2013年01月12日

◆勤務医はほろ酔い状態

石岡 荘十


患者のたらい回しはなぜ起きるのか。このままでは日本の医療は崩壊すると懸念されている。

原因は「医師不足」、あるいは地域や診療科目によって医師の数が多すぎたり少なすぎたりする「偏在」にあると、これまで指摘してきたが、今回は、そんな医療の現場で何が起こっているのか、見ていきたい。

東京大学医科学研究所の「医療再建を目指すワーキンググループ」による論文が詳細な現状分析を行っている。そのひとつが勤務医の労働条件に関するものである。

風邪を引くとか、ちょっと子供の具合が悪いと、一口に「病院にかかる」というが、じつは統計上、「病院」はベッド数20以上の医療施設をいい、ベッド数19以下は「診療所」と分けている。「○○医院」、「××クリニック」と呼ばれる所のほとんどが診療所に分類される、いわゆる開業医である。

日本の医師の総数は27万人。このうち、病院で働く医師が16.3万人、診療所で9.3万人、残りは介護施設、行政機関などで働く医師という内訳になっている。

「ちょっとした病気は近所の診療所で、重い病気は大きな病院で---」

これがほとんどの患者の対応だ。だから妊産婦が診察を受けるところ、陣痛が来て駆け込むのは診療所、近くの医院という人がほとんどだ。

もともとお産は病気ではなく、大半の赤ちゃんは医師のお世話にならなくとも、すんなり産まれるものだという考えがあるからだ。

昔、札幌で駆け出しのサツ回りをしていたころ、軒下で雨宿りをしていた婦人が、立ったまま出産をした”事件“を取材したことがある。

それが近年、高齢出産のケースが増え、これに伴う異常分娩が増えていることもあって、“正常な”妊婦までが周産期(妊娠満22週以降)に入るやいなや入院して、医師に見守られながら出産を待つ妊婦まで出てき
た。

ところが誤解を恐れずに言えば、診療所の医師9万人のほとんどは、異常分娩の妊婦、重症の救急患者治療については無力で、正常分娩をただ見守るだけといっていい。

いざ妊婦に異常、例えば脳出血のような症状や胎盤が子宮に癒着し帝王切開しなければならない事態が起きて医師の出番となっても、ほとんどの産婦人科開業医にはこれを受けて立つ技術も設備もないし、スタッフもいない。

そこで、総合病院に搬送される事態になるのだが、大きな病院でも「医師がいない」「ベッドが空いていない」などの理由で、受け入れを拒否するという経過をたどる。それどころか総合周産期病院でさえ患者を断り、政治問題化する。これがよくある“妊産婦たらい回し事件”のストーリーだ。

役割の分担ということもあろうが、それはそれとして、医師の数が、国内平均の6倍(人口1000人当たり12.6人を超え)の東京都心部でさえ、妊産婦に限らずほかの救急患者も土日祝日365日、24時間、患者を受け入れる余裕のある病院は稀である。

なぜか。理由の第一は、医師不足だ。

「あんな大きな病院で、患者ひとりくらい何とかならないのか」

そう考えるのがせっぱつまった救急患者の率直な感想だが、大きな病院でも、患者を診る医師は足りないのである。

数字で示そう。

ベッド数200以上の病院で働く勤務医16万人余の週平均勤務時間は70.6時間、診療所医師55.2時間、ヨーロッパ諸国平均は40〜50時間だ。

日本の多くの病院では日勤の医師がそのまま当直を行い、交代要員がいないため次の日は続けて日勤という勤務形態が常態化している。日勤の医師がそのまま夜間の当直勤務(ほぼ不眠)をする。

その翌日も普段どおりの夕方まで勤務を行い、その日の夜に患者の容態が悪化すればまた病院へ出向く必要がある日もある。いつも寝不足というこんなケースは、特に若い医師の場合、決して珍しくない。

研究グループによると、睡眠不足(24時間覚醒)はアルコール血中濃度0.10%と同程度の注意力しかないとされている。ビール大瓶2本飲酒後のほろ酔い期から酩酊初期の状態にあたり、

理性が失われる、脈が速くなる、運転すると交通事故の可能性は6〜7倍、判断力が鈍り、スピードの出しすぎにも気づかない、とっさの判断が難しい、平衡感覚が鈍る---。当直明けで手術など診療に当たる医師は、こんな「ほろ酔い期」状態だ(出典Nature )、というのである。

内科の問診などの診療はまだしも、脳や心臓など高度な技術と経験が生死を分ける手術でメスを握る担当医が、こんな状態だと知ったら、怖くて病院にいけなくなる。

医療の崩壊は、じりじりとわれわれ一人ひとりの日常に迫ってきている。医師不足からくる勤務医の過酷な労働環境の見直しは他人事ではないのである。

2013年01月10日

◆悪歌が良歌を駆逐する日本

石岡 荘十


表題は「悪貨が良貨を駆逐する」というグレシャムの法則をもじったものだ。いうまでもなく経済学の法則のひとつで、実質価値の低いものが流通すると、価値の高い貨幣が流通ルートから駆逐されるという法則だ。転じて、悪人がはびこるような治安の悪い状態や、軽佻浮薄な文化が流行するような場合を指すときにもよく引き合いに出される。

毎年、年末年始ちびちびやりながら音楽番組をテレビで見ていると、この風潮を実感する。

音楽としては実質的価値のない薄っぺらな最たるものは、最近ではAKB48だ。恒例の民放(TBS)のレコード大賞でこのジャリタレグループが2年連続大賞に選ばれた。

1人ひとりの貧弱な歌唱力を大勢の派手なパフォーマンスと、ドタバタで誤魔化し、ちゃんとした音楽を聴いたことのないミーハーや小遣いをむしりとったことで業界に貢献した。音楽性を評価されたわけではない。

小遣いだけならいいのだが、大事な感性をはぐくむべき若い年頃の人たちの脳に、“悪歌“を刷り込んだことに対するご褒美だった。

こんな傾向はいまに始まったことではなく、思いつくまで挙げると、1962年発足したジャニーズ、その後のジャニーズjrあたりがはしりだろう。素人の女の子をオーディションで選んで出来たおにゃん子クラブ(1982〜1987)、etc,etc---。

こんなグループだけでなく、音楽的にレベルの低いCDが何百万枚も売れる国は希だ。先日の紅白でもジャリタレ嵐が司会を、おおとりをSMAPが勤めた。

勿論、どんな音楽を好きになるかは個人の勝手だが、NHKの紅白も含め、“悪歌”が若者の感性にギコギコやすりをかけ、いまやその時代に育った世代がプロデュースするテレビ番組がまた、音楽を知らない若者を再生産している。

結果、日本の音楽番組はガラパゴス状態にあるといっていいだろう。日本のポップスは世界には通用しない絶海の孤島、日本列島の固有種、ローカル音楽だ。

ソロ歌手はどうか。

唯一、記憶に残っているものでいうと‘SUKIYAKI’(「上を向いて歩こう」坂本九 1961年)くらいだ。世界で売れた音楽のランキング、米ビルボード(BILL BOARD 100)で3週連続のNo.1を果たした(1963年)。

もうひとつあえて挙げれば、昨年由紀さおりの古い曲『夜明けのスキャット』が偶然、アメリカのミュージシャンに発掘され、世界的な話題となったくらいだろう。

サザン・オールスターズ(桑田圭祐)の「いとしのエリー」(1979年)。盲目の黒人歌手レイ・チャールズが惚れ込み、英語でカバーした‘ELLIE MY LOVE‘がレイの持ち歌として世界進出を果たしたこともあるが---。

あの松田聖子が、米ポップス界の凄腕音楽プロデューサー、デイヴィッド・フォスターの門を叩いたが、門前払いを喰らったといわれる。デイヴィッド・フォスターはマイケル・ジャクソン、バーバラ・ストライサンドらを世に送り出しただけでなく、フランス語しかしゃべれなかったセリーヌ・ディオンに英語の手ほどきをし、映画「タイタニック」
(1997年)の主題歌‘My Heart Will Go On’を謳わせた。屈指の音楽プロデューサーだ。

松田だけでなく、世界進出を企んだ日本人歌手は数知れないが、フォスターのお眼鏡にかなった歌手は皆無だ。日本人で世界レベルの活躍を勝ち取ったのは、宇多田ひかる(1983.1〜)くらいだ。

彼女の母親は往年の日本人演歌歌手、藤圭子だが、ひかるは米国生まれ米国育ちで、その感性はmade in USAだから、日本人シンガーのジャンルには入らない。

メイドインジャパンのシンガー、楽曲は世界的なレベルでいうと惨憺たるものだ。日本では若いときから“悪歌”にその感性を汚染されて育った、いい音楽を聞き分ける耳が退化しているからだ。フォスターが手がけた、世界レベルのシンガーを見ればそれが分かる。

フィリピンのシンガー、シャリース・ペンペンコ(Charice Pemgpenco)は、母親が鼻歌で歌っていたセリーヌ・ディオンを小さいときから聞い
て育った。
http://www.youtube.com/watch?v=35z5VOmI7Gs

http://www.youtube.com/watch?v=Bfa8YrdsfpI

彼女は昨年、日本進出を果たした。

天使といわれる、天才少女オペラ歌手、ジャッキー・エヴァンコ(Jackie Evancho)は音楽教育を一度もうけたことはないが、両親が無類のオペラ好きで、物心が着く前から、オペラの楽曲にどっぷりつかって育ったという。
http://www.youtube.com/watch?v=MY-yYHfVEiM

AKB48で汚染されたミーハーの中から、第二のシャリースや、エヴァンコが産まれることはあり得ないだろう。「悪貨が良貨を駆逐する」というグリシャムの法則がそのことを予言している。

若者の良歌に感動する感性をつぶし続ける「良歌駆逐運動」の共犯者はテレビだ。「1億総白痴」を予言した大宅壮一も、この考えに賛同するに違いない。「それみたことか」と。     
                                20130107

(いしおか そうじゅう)1935年京都市生まれ。NHK社会部 OB。


2012年12月30日

◆歳は足にくる(続編)

石岡 荘十



数十メートル歩くと左足がだるくなって歩行困難になる。で、数分立ち止まって休むとまた歩けるようにはなるが、またすぐだるくなる。このような症状を専門的には「間欠性跛行」という。「跛行」はビッコを引くという意味だ。こうなった経緯については前回述べた。今回はその続編である。

8月、閉塞した足の大動脈にステントを入れる治療を受け、ビッコは解消し、元通り颯爽と歩けるようになった。

はじめ、「これはてっきり腰をやられた」思い込んで、近所の接骨院に駆け込んだら、「典型的な脊柱管狭窄症の症状だ」と断言する。つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、電気治療、針を数回やってもらったが、はかばかしくない。

業を煮やして、行きつけの大学病院の整形外科で腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、腰椎のひとつがずれているが、神経には触っていないことが確認できた。脊柱の管にはどこも狭くなっているところはない。ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、血液や栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかないのではないか。血管の動脈硬化ではないかというのが循環器内科の医師のお見立てだった。

となると、検査法はPWV(脈波伝達速度)。両腕、両足に幅広のベルト(カフ)を巻いて四肢同時に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)手足の動脈などの比較的太い動脈の高度狭窄の有無がわかる。

結果は、左足だけが標準値に遠く及ばない。病名は閉塞性動脈硬化症。左足へ行く動脈のどこかが詰まっている疑いが強まった。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると狭心症、詰まると心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

造影剤を使ったCTで診ると、左足付け根から動脈を15センチほど遡ったところで90パーセント狭窄していることが確認できた。左足へは最大、通常の7割ほどしか血が流れていない。これではビッコになるわけだ。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを挿し込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、etc。

8/23、心臓カテーテル室でカテーテル台に横になると、若くて美形の看護婦さんが何の躊躇もなくパラリとT字帯をはずし、左足の付け根周辺の陰毛を電気かみそりで刈る(剃毛という)。慣れたものだ。

局所麻酔の後、この治療では実績も多い腕利きの医師が、モニター画面を見ながらカテーテルを挿入。先端には、中心部に細くすぼめたバルーンを仕込んだステントがある。ステントはステンレスで出来た金網のチューブである。

これを狭窄部分まで持っていってバルーンを膨らますと、すぼめてあったステントの内径も同時に拡がって、狭窄した血管を見事に押し広げた。

ステントは内径8ミリ、長さ40ミリ。心筋梗塞の治療に使うステントは内径2ミリほどだから、それに較べると大型だ。治療時間は1時間ほど、治療費86万円、自己負担9万円ほどだった。

心筋梗塞でステントを使う治療法はよく知られているが、足の大動脈狭窄にステントを使うケースはまだそれほど多くない。

治療を受けた東京女子医大では、ステントを使った心筋梗塞治療が今年すでに数百件に上るのに対して、足に使った症例は筆者でまだ56件目だという。

下肢(足)へ行く動脈が詰まると、下肢が腐ってしまい、痛いだけでなく、命にかかわるケースもある。そうなると「命には代えられない」とやむを得ず下肢を切断しなければならなくなる。日本では毎年1万人以上が足を切断されているという報告もある。高齢化で症例は増えている。

足にもステントを入れるという治療法は、循環器内科ならどこでもやっているわけではない。リスクもある。医師の選択には慎重でありたい。

元京都大学心臓血管外科部長・米田正始(こめだまさし)医師を中心とする研究グループは新しい血管を作って下肢切断を救う「血管再生法」という試みを行なっていて、再生医学のひとつとして注目されている。が、成功症例はまだそれほど多くない。

「なんとなく足の先が冷たい」

これが、アラームだ。接骨院では治らない。歳は足にくる。専門の医師を選んで、治療を受ける必要がある。(再掲)

2012年12月17日

◆歳は足にくる 

石岡 荘十



学生時代から体育会系で足腰には自信があるつもりだったが、古希を過ぎる頃から歳が足にきた。

ことの始まりは3月末、高校の友人と花見がてら玉川浄水伝いの小道を小金井公園まで数キロ歩いたときだった。暫く歩くと左足がだるく、重くなって思うように歩けない。しばらく(数分)休むと回復してまた歩けるようになるのだが、また、だるく重くなる。

こういうのを間欠性跛行(かんけつせいはこう)といい、腰部脊柱管狭窄症の典型的な症状だとされている。跛行とはビッコを引くということだ。

人間の脊椎骨は上から頚椎(7個)、胸椎(12個)、腰椎(5個)、仙骨(1個)、それに数個の尾骨から成っている。脊椎骨の中心を走る脊柱管の中に神経の柱がある。一つひとつの脊椎と脊椎の骨の間には椎間板というクッションの役割を果たす軟骨組織がある。そしてさらにこれらは靭帯や背筋などの筋肉で支えられている。

ところが、40代後半になってデスクワークが増えたせいか、足に痺れや傷みが来た。背筋が脊椎を支えきれなくなって5番目の腰椎がずれていると診断された。それから、少なくとも一キロ/週、泳ぐ習慣をつけて今日に至っているので、重い足を引きずってビッコを引くようになろうとは思いもしなかった。

脊柱管狭窄症、つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、5番目の腰椎がずれている。が、神経には触っていないことが確認できた。脊柱管はどこも狭くなっているところはない。

しかし、MRIをよく見ると、3番目と4番目、4番目と5番目の間の椎間板がほかの椎間板より白く写っていて、炎症を起こしていると認められ、そのせいでごくわずか椎間板がはみ出して、脊柱管を押している。

治療法としては、腰椎を引っ張る、固定装具を使う、消炎鎮痛剤や飲み薬を使う、重症でそれでもダメなら外科手術をするということになる。みのもんたさんは手術をしたといわれるが、そこまでひどい症状は患者の一割程度だそうだ。

私の場合は軽症で、椎間板の炎症は飲み薬でなおる、ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

では、ビッコの原因は何か。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかない動脈硬化ではないかと循環器内科の医師は考えた。

これを立証するのが、「血圧波検査」だ。両腕、両足に幅広のベルトを巻いて一斉に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)がわかる。

結果は、左足だけが標準値に達していない、(専門的には「閉塞性病変の疑い」という)左足の血流は右足の7割しかないことが分かった。左足へ行く動脈のどこかが詰まっていた。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると、狭心症や心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを入れ込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、などなど。

診療科の選択は大事だ。教訓は、大雑把に言うと、足が「痛むとき」は腰の神経になにかが触っているのだから、整形外科へ、「だるい・重いとき」は循環器内科へ、である。

多くの病気は、原因が分かり適切な治療が行なわれれば治るし、治療が適切でなければ治るものも治らない。癌の多くが治らないのは、原因が分かっていない。原因はわかっても治療法がそこまでいっていないか、誤った治療法がまかり通っているためだ、と私は思っている。

いわゆる「難病」といわれるものは、原因が明らかでなく、従って治療法もわからないものをいう。

と、考えると、足がだるくなる間欠性跛行は難病ではない。脳や心臓の梗塞と同じ加齢疾病だと考えればいい。治療法はあり、医師を選び抜けば高い確率で治る。調べてみて“悲観”は飛んだ。

ただ、このような治療法は対症療法に過ぎない。創造主に逆らって老いを押しとどめる智恵はヒトにもない。例外はない。

ガキは頭にくる、なにかというとキレるらしいが、歳は足にくる。(再掲)

2012年12月08日

◆「侵略」の時効は?

石岡 荘十


どなたか教えてください。

先日、大学時代の友人数人と会った。その席でひとりがこう訊いて来た。

「歴史上、人の国を侵略し、植民地化し、虐殺し、じつに多くの人を大規模に連れ去って奴隷とした例は数知れない。日本はいま、70年余前の戦争をめぐって、近くの国から『謝れ。口ばかり出なく、謝罪の意を行
動で表せ』と攻め立てられている」。

その上「戦争指導者を祀っているところに,総理がお参りするのはけしからん。おまえの歴史認識をこっちと同じに改めない限り、会ってやらんと脅されている」

そこで、2つ訊きたいと友人は言う。

まず、歴史上、他国を侵略し、占領し、植民地化した国々が、謝った話はあまり聞かないが、あるとすればどこの国がどこにどんな謝り方をしたのか。先の戦争で謝罪をしたのは、ドイツと日本ぐらいだと思うが----。ほかにあったっけ? 

次に、歴史認識が国によって異なるのは当たり前だと思う。が、それを変えなければ、会ってやらんとごねた国は、歴史上あるのか。あるとすればどの国がどこの国にそう言ったのか。言われた方は、どう対応したのか。

日本はかつて蒙古に襲われたり、近海でロシアの海軍相手に戦ったりしたこともあった。防衛のために多数の死傷者が出ている。幸い、侵略未遂だったが、彼らは謝ったのか。
加藤清正のことを謝れとは言ってないようだが。

友人はつまり、先の戦争が「侵略」だったとして、それがいつになったら時効になるのか、そんなものに時効はないのか、教えてくれと言っている。

酒席だったこともあって、むにゃむにゃとごまかして、議論は消化不良のまま終わってしまった。

どなたか、正解を教えてくれませんか。

2012年12月05日

◆「一病」がもたらす息災

石岡 荘十


本メルマガで毛馬一三氏、渡部亮次郎氏が加齢疾病といえる病を切り抜けた自らの治療体験を、実感をもって生々しく語っておられた。

両氏とも筆者の古くからの友人であるが、治療前は、失礼だが、医療分野についてはそれほど深い関心も造詣も持ってはおられなかった印象であった。

ところが、このたびの2つのリポートは体験したものしか分からない現実感を持って迫ってくる。その上、がん治療とは何か、脳梗塞とはどのような病気で原因は? 治療法は? と微に入り、細を穿った学習結果を披露している。

かくいう筆者も、心臓手術を経験している。全身に血液を送り出す最後の扉ともいえる心臓の大動脈弁が機能しなくなった。そこで、弁を切除、機械で出来た人工弁(100万円)に置き換える大手術だった。大動脈弁置換手術という。

‘99年、もう13年近く前のことになる。当時64歳だった。「心臓手術が必要」と医師に告げられたそのときの衝撃・恐怖、絶望感は今でも忘れることは出来ない。

が、手術後、カルテ(手術記録)を取り寄せ、心臓外科医の話を聞き、専門書を漁ってよくよく検証してみると、現代の医学をもってすれば、それほど、怯える類の手術でないことが明らかになった。この間の経緯については、術後5年目に薦められて、上梓した。(「心臓手術 〜私の生還記〜」 文藝春秋社刊)。

手前味噌になるが、神の手を持つといわれる何人かの心臓血管外科医からは、「プロの医者から言うと生還記は大げさだけど、医者が一番知りたいと思うこと、患者の怖れ・不安・気持ちをよく書き込んでいる」と評価され、この道を目指す研修医の参考書のひとつに推薦して戴いた。

手術する者とされる者との間には、天と地ほどのギャップがある。その原因は病気に対する正しい知識の有無にかかっていることを、学習することが出来た。

日本では年間100万人以上が死ぬ。大雑把に言ってその死因の3割は癌、心臓と脳の疾患が3割だ。それで、この3大疾病は、「死に至る病」と思われている。これらの病を告知された患者が異口同音に発する台詞がある。

「何でまたオレが---、このわたしが---」である。死を宣告されたような衝撃を受けるのだ。この中には一部の癌のように、正しく診断して最高の医者が手術をしようと、放射線を照射しようと、現代の医学が総力を挙げても手に負えない疾病もあるが、一口に癌といっても、転移していない段階で適切な治療が行われれば、天寿を全うすることも夢ではない。

癌といわれるものの中でも転移していないものは、癌ではないという説さえある。これを「がんもどきという」(慶応大学病院 放射線治療・核医学科 近藤誠医師)そうだ。

そのほかのほとんどの病は、原因、治療法、治療に伴うリスクなどについてきちんと学習をすれば、恐れるに足らないものであることが分かる。ただし、正しく診断され、最適のタイミングで最高の治療を受ければ、のことであるが---。

名古屋ハートセンター副院長(元京都大学病院教授心臓血管部長)米田正始医師は、手術実績8000例以上、神の手を持つといわれる名医だが、「ともかく心臓が動いているうちに連れてきなさい。全力を挙げて何とかします」と豪語している。

早期発見、早期治療、つまり適切なタイミングで真のプロの医師に診断と治療を受けること。まかり間違っても、家から近いからとか、大きな病院だからとかで、病院を選んではならない。

病院が手術をするわけではない。患者に触れるのは医者だからである。名医を見つけることが出来るかどうかが生死を分ける。これが、とくに団塊世代以上の高齢者が快適な余生を楽しむための鉄則である。

偉そうなことをいうが、それもこれも病を得た後の学習がもたらした結論だ。乞、寛恕。毛馬氏、渡部氏の両リポートは高齢者にとって貴重な情報といえると思う。一病息災という。「一病」がもたらした果実である。          (再掲)(ジャーナリスト)


                   

2012年11月22日

◆せめぎ合う内科と外科

石岡 荘十


医療技術の賞味期限は5年、といわれる。心臓疾患治療の分野もその例外ではない。

心臓の筋肉にエネルギーを送り届ける冠動脈の血管が狭まって血液が流れにくくなるのが狭心症、完全にふさがってしまうのを心筋梗塞という。こんな病状の患者の治療法をめぐって、内科医と外科医の陣取り合戦が繰り広げられている。

とりわけ、心筋梗塞の治療法は、かつては心臓外科医の独壇場だった。手術は胸の胸骨の真ん中を縦に真っ2つ切り離し、肋骨、つまり胸板を持ち上げて心臓を露出し、人工心肺を取り付けて、全身への血液循環を確保しながら、心臓に張り付いた冠動脈の詰まったところをまたぐように別の血管を吻合(縫い合わせる)し、詰まった部分をまたいでバイパ
スを作る。

開心手術というが、医者にこんな説明を受けた患者は例外なく衝撃を受ける。だけでなく、その後肉体的にも患者には大きなダメージとリスクを強いる手術が待っている。

そこで、内科医は考える。

「心臓を露出しないで、詰まった血管を開通させる方法はないのか」と。

考え出された治療法が、細い管(カテーテル)を、血管を通して心臓まで挿入する。狭くなった部分にカテーテルが到達すると、そこで先端に仕掛けられたフーセン(風船)をぷっと膨らませて狭くなったところを広げる。

あるいは、先端に仕掛けられたドリルで血管にこびりついたコレステロールを削り取ったり、最近、脳梗塞治療薬として人気が高まったt-PA で血栓を溶かしたりする方法だ。

崖崩れでふさがったトンネルをあきらめてバイパスを作る外科心臓手術か、土砂を取り除いてもともとのトンネルを開通させる内科治療か。

この判断は、まず、最初に患者の診断をする内科医が行なうが、内科医によるトンネル再貫通(カテーテル)方式は、1度貫通しても、かなりの患者の血管がまたふさがる(再狭窄)、何度も手術をしなくてはならない。これが欠点だ。

一方、外科手術は患者に与える精神的な衝撃だけでなく、全身麻酔や人工心肺がもたらす肉体的なダメージやリスクも大きいが、同じ部分が再狭窄するリスクだけは避けられる。

一長一短だ。
そこへ登場したのが内科医によるカテーテル治療の新兵器「ステント」である。

ステントは金網でできた筒。まず、風船で押し広げたところへ、これそっと挿し入れて置き去りにすると、そこは再び狭窄しなくなる。掘ったトンネルを中から強固な金属の管で補強するような治療法だ。

しかし、ステントの金属が血管を傷つけて炎症を起こし、2・3割がまた再狭窄へ向かうという問題が起きる。

これを阻止できないか。

そこへ「薬剤溶出性ステント」が米国で03年4月に登場し、日本でも04年4月から使われるようになった。新型ステントは再狭窄を防ぐ効果のある薬(シロムスリ)が塗ってある。

これが少しずつ溶け出して、再狭窄を防ぐ。再狭窄率は最大5%へと激減した。ほとんどゼロだった。世界の内科医軍団は、もはや心筋梗塞治療で外科医の手を借りることはなくなった、と胸を張った。

外科医によるバイパス手術と内科医によるカテーテルの割合は欧米で1対1だった。日本では1対3から4だったが、それが1対7か8となり、間もなく10人中9人がカテーテルという時代になるのではないか。

しかし、世の中そんないいことばかりあるわけない。問題が起きた。

血管内に異物であるステントを入れると、血栓ができやすくなり、かえって心筋梗塞を起こすリスクが高まる。それを防ぐ薬を使うと、今度は重い肝臓障害などの副作用が出て、死に至るというケースも報告された。あちら立てればこちらが立たずというわけだ。

一方、外科医も指をくわえてこんな状況を見ていたわけではない。外科手術の分野では、胸は開くが人工心肺も使わず、心臓を動かしたままバイパス手術を行なう手法(心拍動下CABG)や、胸も開かず、胸を6〜7センチ切るだけで、そこから手術器具を挿入、バイパス手術を行なうというすでに評価の定まった“名医”も登場している。

心筋梗塞治療をめぐる内科医と外科医の陣取り合戦はさらに熾烈なものとなるだろう。

ちなみに、治療費である。
・人工心肺を使った冠動脈バイパス術 : 300万〜400万円
・使わないバイパス術: 200万円くらい
・カテーテル治療:技術料などを含めると100万円ほど。

額面の値段では内科方式に分がありそうだが、副作用の問題もある。治療費用は一定額を超えるとほとんどが戻ってくる高額療養費制度もあるし、致命を回避する費用としては、大差ない差額といえそうだ---。

さて、そうなったら、♪あなたならどうする? (了) (ジャーナリスト)

2012年11月16日

◆だんまり女房は早死にする

石岡 荘十

 
古い医学論文を拾い読みすると、ときどき面白い研究成果に出っくわす。そのひとつ---。

「夫と意見が対立したときに沈黙してしまう“だんまり女房”の死亡リスクは、そうでない妻に較べ4倍高い。これに対し、亭主のだんまりは健康にさほど害をもたらさない」。

本文の原題は、‘Wives Who Bite Their Tongues Risk Their Lives’。これを翻訳したNIKKEI NETの連載シリーズは、「押し黙る妻は死亡リスク高い」と直訳しているが、ボストン大学の研究者らが2005年、明らかにした論文を見ると、表題のような翻訳で間違いなさそうだ。

さて、その研究成果はこうだ。(以下、当時のNIKKEI NETの「アメリカ健康最前線」を引用しながら紹介する)

<先ごろオーランドで開かれた米国心臓協会(AHA)主催の「第2回女性、心疾患および脳卒中に関する国際会議」で報告された。

米ウィスコンシン州の独立研究法人代表Elaine D. Eaker氏とは、心疾患と社会的データ、人口統計学的データとを評価するフラミンガム子孫研究の参加者である18歳から77歳までの男性1,769例、女性1,913例を対象に、結婚生活における不調和が心疾患発生率あるいは総死亡率に及ぼす影響を検討した>。

研究論文と名がつくと、どうしてもこんな文章になってしまうが、要するに、「夫婦喧嘩は心臓病にどんな影響を与えるか」ということである。

<既婚者または結婚の形態をとっていた男性1,493例、女性1,501例に対して、1984〜1987年に初めての評価をし、その後10年間にわたって心疾患発症あるいは死亡状況を追跡評価した。その結果、夫婦喧嘩のときぶすっと黙ってしまう(self-silencing)妻は、そうでない妻に較べ死亡リスクが4倍高い。このことは年齢、血圧、コレステロール値、体重などで調整した後でも認められた>

一方、口下手のだんまり亭主のほうはどうか。

<沈黙する亭主では健康に対する悪影響は認められなかった>
しかし、
<仕事上の問題を家庭に持ち帰る妻を持つ夫は、そのようなストレスを持たない夫に較べ心臓疾患の発症率が2倍であることが判明した>。

Eaker氏は、だんまり女房の死亡リスクが高い原因について、意見が対立したときにいつも沈黙する女性では、ストレスホルモンが活性化し、健康に害を与えるようになる>と推測している。

物言わぬは、腹が膨れるだけでなく心臓にも悪いということらしい。この結果を踏まえて、
<ニューヨークのある病院の女性専門心臓病治療部門主任、Nieca Goldberg博士は、女性が自分自身をいたわり、怒りの感情を前向きな方法で表現する必要がある>と指摘している。

またEaker氏は
<医師が病歴を問診する際に、結婚生活の緊張度や配偶者の仕事の影響について質問すれば、こうした問題に対処することができ、必要に応じてカウンセリングを進めることができると述べている>。

研究結果は、健康上どのような夫婦関係が望ましいかについて興味深いデータを示しているかもしれない。つまり、夫婦喧嘩でぎゃーぎゃーわめきまくる妻はいい女房。黙ってそれを聞き流す夫はいい亭主。女房は家庭に仕事を持ち込むな。(ただし、夫が家庭に仕事を持ち込むことの是非については研究テーマになっていない)。共白髪を目指すならこうでなくてはならない。

日本では昔から「沈黙は金」という。だが、これは男に限ったことで、女性にとってはマイナス。雄弁、しゃべくりが女性の長生きの秘訣であることを、この研究成果は示唆している。

2012年11月11日

◆木津川だより 〜幻の大佛鐡道A〜

白井 繁夫

「大佛鉄道」について書き始めたのに、私事で長らく休み申し訳ありませんでした。ところで、前回は「関西(かんせい)鉄道」と「大佛鉄道」の概要に触れました。今回は関西鉄道の木津地区の歴史と加茂駅周辺の散策をしようと思います。

「関西鉄道大佛線」は明治31年に、加茂駅(木津川市)〜大佛駅(奈良市)間が開通しました。加茂駅(地図Z:1番)は、名古屋方面から奈良の大佛詣でに来る人々の玄関口になるとともに、同年11月には関西鉄道の目指す大阪進出への接続駅:新木津駅(片町線:現学研都市線)とも繋がりました。

即ち、地図Z:2番の新木津駅を経て大阪の網島駅(現大阪環状線桜の宮駅の西)まで、名古屋から繋がったのです。ちなみに、新木津駅は和泉式部の墓の南側の線路沿いの少し東に明治40年までありました。
地図Z: http://chizuz.com/map/map133784.html

大佛鉄道の始発駅、加茂駅近隣には、100年前の大佛鐡道の遺構赤レンガ造りの『ランプ小屋』や鉄道モニュメント『当時の機関車の動輪』があり、少し西方の加茂小学校のフェンス沿いには、現天皇がご成婚後、奈良の畝傍御陵と伊勢神宮を参拝された時のお召し列車の機関車『SL(C5756)の展示』があります。

『ランプ小屋』は、明治30年代の灯火や列車内の照明ランプの油、機器等の保存庫でM30年(1897)10月の建造。

『SL C5756号』の愛称は『走る貴婦人』と云われ、関西本線では特別列車や急行列車として活躍していました。同型の機関車で現在も稼働中の機関車は、山口線を走る『やまぐち号:C571号』が有名です。

P1010018.jpg

<上写真:レンガ造り小屋は、明治30年建造のランプ小屋>。
<下写真:今上天皇ご成婚(昭和34年)のご報告旅行(畝傍御陵、伊勢神宮)に、関西本
線でのお召し列車の機関車>。

今上天皇お召し列車.jpg

それでは、大佛鉄道とその周辺の鉄道路線の接続の歴史を時系列になぞっていきましょう。

明治31年(1898)11月に(片町線)新木津〜木津(奈良線)、新木津(片町線)〜加茂(関西線)が接続されました。

しかし、M34年に関西鉄道が大阪鉄道を買収して大佛駅〜奈良駅が繋がった時、新木津〜木津駅の路線は廃止されました。その後、M38年(1905)2月、関西鉄道は奈良鉄道を合併して、加茂駅〜木津駅〜奈良駅(現大和路線)が開通しました。

M40年(1907)2月に関西鉄道の大佛線と加茂〜新木津は廃止になり、新木津〜木津駅の新木津駅も廃止されましたが、線路は復活して現在の「学研都市線」になって利用されています。ところが、同年10月に関西鉄道は国有化されてしまったため、路線はすべて官営の鉄道になりました。

このようにして、奈良鉄道の木津駅は片町線(学研都市線)、関西線(大和路線)、奈良線の三路線が乗り入れる現在の形態になったのです。(地図Z:3番)

<下写真:加茂駅から新木津駅への旧関西鉄道の路線跡(現府道)の上を立体交差して通過する現奈良線(京都〜奈良)の快速電車>

関西鉄道木津加茂線跡.jpg

「関西鉄道大佛線」はわずか10kmの距離ですが、100年を経た現在も当時の遺構が所々に残っており、路線跡も府県道や市道として一部が上記写真の如く利用されています。

この沿線の状況などをもう少し観察しながら次回散策し、なぜ「廃線」となったのか、原因は軌道か機関車かそれとも経済性か、などについても考えてみようと思っています。
                        (終)   <郷土愛好家>

2012年11月07日

◆失明を阻止できるか、iPS細胞

石岡 荘十


2年前。それまでコンサイス豆辞典を裸眼でらくらく読んでいた眼に、異変が生じた。テレビの画像がずれて見える。10年近く使ってきた受像機も遂にがたが来たのかと思って、折しもブームになっていたデジタルテレビに買い換えた。が、映像のずれはなくならない。

東京女子医大の眼科で検査を受けた。診断は右目の「加齢黄班変性」だった。加齢黄班変性とはどんな病気か。

眼に入った光は「角膜」→「瞳孔」→「水晶体」→「硝子体」というルートで「網膜」の上に像を結ぶ。その情報は「視神経」→「脳」に伝えられ最終的に映像として認識される。ここまでは学校で習った。

「黄班」は網膜の中でも視力をつかさどる重要な細胞が集中している中心部で、そこにある細胞が物の形、大きさ、色、奥行き、距離など光の情報の大半を識別する機能を持っている。

その黄班の中心部である「中心窩」に変性、つまり異常をきたすと、視力の低下だけでなく、物がかすんで見える、視野の真ん中がぼやっと黒くなって見えたり、直線がぐにゃっとゆがんで見えたりする。

黄斑部の機能が、加齢等の原因によって障害される疾患だった。検査で右目の網膜の裏側にある脈絡膜から細い新しい血管(新生血管=脈絡膜新生血管)が生えてきていることがわかった。

この新生血管は非常にもろく破れやすいため、出血を起こしたり、血管中の成分が漏れたりして、急激な視力低下の原因となっているという診断である。視力検査では1.2あったはずの右目の視力が0.7にダウンしていたのだ。

その後も症状は急速に悪化し、現在0.1まで落ちた。さらに最近の診断では健常な左目にもその兆候が現れ始めているという。

「おれはこのまま失明するのか」

2年前の猛暑の夏、怯えた。視力の改善をする治療法はない。いまのところ救いは病気の進行を抑える療法があるだけだ。

その治療法は、眼球にぶっつり注射をする方法だ。注射液はスイスが開発・製造した商品名「ルセンティス」。遺伝子組み換えによる薬品で、新生血管の出現を抑え、改善する効果がある。

2006年アメリカとスイスで承認され、日本では2009年、去年3月から使われ始めた。

これを最初の3カ月間は月に1回、以降は様子を見ながら間隔を調節し、1回0.5mg を硝子体内に注入する。だが、「眼球にぶっつり」でビビッた。でも、2年前の9月、1回目の硝子体内注射を敢行。以来、合計8回やったが、症状はじりじりと進行している。加えて、問題はルセンティス治療にかかる費用だ。

ルセンティス0.5mg のお値段は1本17万円と、それこそ目ん玉が飛び出さんばかりの高額なものである。3割負担で1回の請求書は5万5000円、前後の検査・診察・目薬などを合わせると1回につき6万円の出費であった。

加齢黄斑変性症は米国をはじめとする欧米先進国の成人(特に500歳以上)の失明原因の第一位であり、65歳以上のアメリカ人の4人に1人がかかり、そのうち半数が失明しているという恐い眼病だ。

日本ではこの10年で倍増し、2008年時点の患者数は5万5000人と推定されている。

そこへ、「iPS細胞にノーベル賞」の朗報である。臨床利用で実現可能性のある再生医療の中でも臨床実験の最短距離にあるのが黄班変性治療だといわれる。

理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の高橋政代プロジェクトリーダーらは1日までに、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った目の病気に対する臨床研究を先端医療センター病院(同市)に申請した。申請は10月31日付。実施されればiPS細胞を使った世界初の臨床応用例になるとみられる。

トンネルの向こうに一筋の光明が見え始めた。いま、神様、仏様、山中様の心境である。                  20121105


2012年07月27日

◆だんまり女房は早死にする

石岡 荘十

 
古い医学論文を拾い読みすると、ときどき面白い研究成果に出っくわす。そのひとつ---。

「夫と意見が対立したときに沈黙してしまう“だんまり女房”の死亡リスクは、そうでない妻に較べ4倍高い。これに対し、亭主のだんまりは健康にさほど害をもたらさない」

本文の原題は、‘Wives Who Bite Their Tongues Risk Their Lives’。これを翻訳したNIKKEI NETの連載シリーズは、「押し黙る妻は死亡リスク高い」と直訳しているが、ボストン大学の研究者らが2005年、明らかにした論文を見ると、表題のような翻訳で間違いなさそうだ。

さて、その研究成果はこうだ。(以下、当時のNIKKEI NETの「アメリカ健康最前線」を引用しながら紹介する)

<先ごろオーランドで開かれた米国心臓協会(AHA)主催の「第2回女性、心疾患および脳卒中に関する国際会議」で報告された。

米ウィスコンシン州の独立研究法人代表Elaine D. Eaker氏とは、心疾患と社会的データ、人口統計学的データとを評価するフラミンガム子孫研究の参加者である18歳から77歳までの男性1,769例、女性1,913例を対象に、結婚生活における不調和が心疾患発生率あるいは総死亡率に及ぼす影響を検討した>。

研究論文と名がつくと、どうしてもこんな文章になってしまうが、要するに、「夫婦喧嘩は心臓病にどんな影響を与えるか」ということである。

<既婚者または結婚の形態をとっていた男性1,493例、女性1,501例に対して、1984〜1987年に初めての評価をし、その後10年間にわたって心疾患発症あるいは死亡状況を追跡評価した。その結果、夫婦喧嘩のときぶすっと黙ってしまう(self-silencing)妻は、そうでない妻に較べ死亡リスクが4倍高い。このことは年齢、血圧、コレステロール値、体重などで調整した後でも認められた>。

一方、口下手のだんまり亭主のほうはどうか。
<沈黙する亭主では健康に対する悪影響は認められなかった>。

しかし、
<仕事上の問題を家庭に持ち帰る妻を持つ夫は、そのようなストレスを持たない夫に較べ心臓疾患の発症率が2倍であることが判明した>。

Eaker氏は、だんまり女房の死亡リスクが高い原因について、意見が対立したときにいつも沈黙する女性では、ストレスホルモンが活性化し、健康に害を与えるようになる>と推測している。

物言わぬは、腹が膨れるだけでなく心臓にも悪いということらしい。この結果を踏まえて、
<ニューヨークのある病院の女性専門心臓病治療部門主任、Nieca Goldberg博士は、女性が自分自身をいたわり、怒りの感情を前向きな方法で表現する必要がある>と指摘している。

またEaker氏は
<医師が病歴を問診する際に、結婚生活の緊張度や配偶者の仕事の影響について質問すれば、こうした問題に対処することができ、必要に応じてカウンセリングを進めることができると述べている>。

研究結果は、健康上どのような夫婦関係が望ましいかについて興味深いデータを示しているかもしれない。つまり、夫婦喧嘩でぎゃーぎゃーわめきまくる妻はいい女房。黙ってそれを聞き流す夫はいい亭主。女房は家庭に仕事を持ち込むな。(ただし、夫が家庭に仕事を持ち込むことの是非については研究テーマになっていない)。共白髪を目指すならこうでなくてはならない。

日本では昔から「沈黙は金」という。だが、これは男に限ったことで、女性にとってはマイナス。雄弁、しゃべくりが女性の長生きの秘訣であることを、この研究成果は示唆している。

2012年07月20日

◆「痰の話」で思い出す支那

石岡 荘十


‘35京都で生まれ、そのすぐ後から敗戦2年後まで中国(当時は支那)に留め置かれた。幼い頃の記憶はもちろんないが、物心ついて以降、見聞きしたかの国の“文化”といまの日本のギャップを、本メルマガの反響欄が思い起こさせた。 

幼い頃の記憶はこうだ。

その1。

夏の日、父の仕事が休みのある日、「支那人と犬入るべからず」という立て札が入り口にある公園に家族そろって出かけ、公園の中の、支那人以外のためのプールで家族で泳ぐ。ある日、帰りに天津市内でも最高級の中華料理店でそろって子豚の丸焼きを食った。

糞をしたくなって、用を足そうと便所へ行くと便器のはるか暗い、深い底にうごめく動物がいて、驚いて下を見ると、数匹の豚が新鮮な私の排泄物をむさぼっていた。今思えばここでは完璧な“食の循環”が実現している。

だが、これで私は完全に食欲を失った。これがトラウマになって、決して宗教上の理由ではなく、長い間、私はブタが食えなかった。

その2。

小学校の同級生に、当時の天津領事の息子(小山田あきら?)がいて、放課後、いつも領事館へ遊びにいっていた。ほとんどは広大な領事公邸の中で遊んでいたが、ある日、門の外に来る物売りの声に誘われて外に出た。

天秤にかけた台に切り分けた瓜が載っていた。それが喰いたくて「どれがうまい?」と私たちに付き添ってきた領事館の守衛に聞いた。守衛は「ツエーガ(これだよ)」と指差したのは、ハエが一番多く群がっている瓜だった。

“動物学的”に言ってそれはそうだろうと納得したのはずっと後のことだが、ハエがたかっているのは汚いという考え方は彼らにはないらしい。

いつだったか大分昔、多分、日中国交回復の頃、「中国にいまや1匹のハエもいなくなった」という提灯記事をどこかの新聞で読んだ記憶があるが、決して信じなかった。私の幼い頃の確かな記憶が記事のウソを見破った。

その3。

父が勤めていた会社の管理職住宅は鉄筋コンクリートの一戸建ての“豪邸”で、玄関を入ったところに、日本流で言うと、女中部屋があった。女は阿媽(アマ)と私たちが呼んでいた纏足の小柄な女だったが、時々、旦那が小さな女の子を連れて泊まりに来ていた。

女中部屋は6畳ほどの小さな部屋だったが、遊びに行くと、部屋の隅に花瓶のような形の壷が置いてあって、そこに時々、「ペッ」と痰を吐く、というか飛ばす。

それがまた結構遠くから正確に痰壷のど真ん中に命中するのを、何の不思議もなく見ていたのを思い出した。ホールインワンどころではない。アルバトロス級である。北京オリンピックで「痰飛投」などという種目が出来たら間違いなく金だろう。

人前での屁は慎むが、食事中、げっぷは割と平気でやる。屁は平気だけど、げっぷは禁忌という国もあると聞く。生活習慣がそんなに違う民が十数億人もすぐそこにいる。

痰。さてどうするか。

話題はそれますが、昭和18・9年当時、幼馴染の父、小山田天津領事とその家族の消息を知りたいと思っています。その頃、いつもアイスキャンディーを作ってくれた、髪の長い、美しいお姉さまがいました。確か、「たえ」さんでした。              (ジャーナリスト)


2012年07月11日

◆歳は足にくる(後編)

石岡 荘十


数十メートル歩くと左足がだるくなって歩行困難になる。で、数分立ち止まって休むとまた歩けるようにはなるが、またすぐだるくなる。このような症状を専門的には「間欠性跛行」という。「跛行」はビッコを引くという意味だ。こうなった経緯については前回述べた。今回はその続編である。

8月、閉塞した足の大動脈にステントを入れる治療を受け、ビッコは解消し、元通り颯爽と歩けるようになった。

はじめ、「これはてっきり腰をやられた」思い込んで、近所の接骨院に駆け込んだら、「典型的な脊柱管狭窄症の症状だ」と断言する。つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、電気治療、針を数回やってもらったが、はかばかしくない。

業を煮やして、行きつけの大学病院の整形外科で腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、腰椎のひとつがずれているが、神経には触っていないことが確認できた。脊柱の管にはどこも狭くなっているところはない。ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、血液や栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかないのではないか。血管の動脈硬化ではないかというのが循環器内科の医師のお見立てだった。

となると、検査法はPWV(脈波伝達速度)。両腕、両足に幅広のベルト(カフ)を巻いて四肢同時に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)手足の動脈などの比較的太い動脈の高度狭窄の有無がわかる。

結果は、左足だけが標準値に遠く及ばない。病名は閉塞性動脈硬化症。左足へ行く動脈のどこかが詰まっている疑いが強まった。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると狭心症、詰まると心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

造影剤を使ったCTで診ると、左足付け根から動脈を15センチほど遡ったところで90パーセント狭窄していることが確認できた。左足へは最大、通常の7割ほどしか血が流れていない。これではビッコになるわけだ。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを挿し込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、etc。

8/23、心臓カテーテル室でカテーテル台に横になると、若くて美形の看護婦さんが何の躊躇もなくパラリとT字帯をはずし、左足の付け根周辺の陰毛を電気かみそりで刈る(剃毛という)。慣れたものだ。

局所麻酔の後、この治療では実績も多い腕利きの医師が、モニター画面を見ながらカテーテルを挿入。先端には、中心部に細くすぼめたバルーンを仕込んだステントがある。ステントはステンレスで出来た金網のチューブである。

これを狭窄部分まで持っていってバルーンを膨らますと、すぼめてあったステントの内径も同時に拡がって、狭窄した血管を見事に押し広げた。

ステントは内径8ミリ、長さ40ミリ。心筋梗塞の治療に使うステントは内径2ミリほどだから、それに較べると大型だ。治療時間は1時間ほど、治療費86万円、自己負担9万円ほどだった。

心筋梗塞でステントを使う治療法はよく知られているが、足の大動脈狭窄にステントを使うケースはまだそれほど多くない。

治療を受けた東京女子医大では、ステントを使った心筋梗塞治療が今年すでに数百件に上るのに対して、足に使った症例は筆者でまだ56件目だという。

下肢(足)へ行く動脈が詰まると、下肢が腐ってしまい、痛いだけでなく、命にかかわるケースもある。そうなると「命には代えられない」とやむを得ず下肢を切断しなければならなくなる。日本では毎年1万人以上が足を切断されているという報告もある。高齢化で症例は増えている。

足にもステントを入れるという治療法は、循環器内科ならどこでもやっているわけではない。リスクもある。医師の選択には慎重でありたい。

元京都大学心臓血管外科部長・米田正始(こめだまさし)医師を中心とする研究グループは新しい血管を作って下肢切断を救う「血管再生法」という試みを行なっていて、再生医学のひとつとして注目されている。が、成功症例はまだそれほど多くない。

「なんとなく足の先が冷たい」

これが、アラームだ。接骨院では治らない。歳は足にくる。専門の医師を選んで、治療を受ける必要がある。(