2012年04月23日

◆天皇陛下のご訪英を危ぶむ

石岡 荘十


天皇陛下のお姿を見た最新映像は、4月19日(木)の園遊会での模様だ。心臓バイパス手術から2ヶ月。順調に回復されたとお見受けしたが、最近は医学的な見解は報道されていないので本当のところは、はっきりしな
い。

ただこの間、3月29日(木)産経新聞が朝刊の一面トップで、天皇陛下心臓手術の執刀医である順天堂大学天野篤教授への独占インタビュー記事を掲載している。

このなかで天野教授は「(胸水は)時間と気候が解決すると思う」と見通しを語ったと報じ、これを根拠に産経新聞は「天皇陛下5月のご訪英 可能」と断定して大見出しに採っている。

しかし、手術後の患者の予後、ケアに責任を持つのは、この場合東大循環器内科のはずである。執刀医である天野教授が、願望として「訪英できるほど回復されるように」と期待するのは無理もないが、術後の体調や今後の見通しについてなら、東大の永井良三循環器内科長に聞くべきだ。

予後、手術後の患者管理体制について、どこが責任を持つのか、最新の情報を持っているのは誰か、記者はわかっていなかったのではないか。見通しについてまで執刀医に質すのは、医学的には筋違いというものである。

医療の世界ではEBM(Evidence-based Medicine)、つまり「医学的に根拠のある科学的な治療」が強く求められている。

外科医に術後の経緯や展望を語らせるのは、「木に縁りて魚を求める」類の情報であって、これを根拠に天皇陛下の訪英の可能性を語る内容には医学的な根拠があるとはいえない。

来月中旬に予定されているエリザベス女王即位60周年記念祝賀行事については、60年前、陛下が皇太子だった19歳のとき訪英し、エリザベス女王の戴冠式典に出席されていることもあって、今回も出席を強く望まれているであろうことは容易に想像できる。

しかし、天皇陛下の海外旅行については、政治的な配慮が必要となる。これまでのいろいろな前例が示すとおりである。

加えて今回は、ご高齢、心臓手術後という状況を勘案し、危惧・想定される諸問題をクリアしなければならない。渡英のハードルはいっそう高くなったと考えられる。

具体的に言うと、循環器内科の優秀な医師だけでなく看護師の同行が必要となるであろうし、万が一旅行中に体調が急変した場合を想定して、現地の医療機関との綿密な事前打ち合わせもしておかなくてはならない
だろう。

英国までは、十数時間の長旅である。機内で不具合が生じたときにはどうするか。万全を期さなければならない。

そんな事態になった場合、政治的な責任論が浮上するかもしれない。現政府にそんな決断が出来るだろうか。

週刊文春(4月12日号)が。「雅子さま『突然のご回復』公表」という記事を掲載している。このなかで東宮が“ご回復 ”をアピールしている。

外務省に詳しいジャーナリストは「外務省は、宮内庁に、皇太子ご夫妻で行って頂いてはどうか、と内々打診している」と語った、と伝えている。

記事の真偽は不明だが、医学的には心臓手術後、3ヶ月は無理をしないようにというのが、常識である。エリザベス女王の即位記念行事は丁度、その3ヶ月後という微妙な時期に当たる。

術後問題となった胸水については、これまで2度、穿刺(針を刺して水を抜く)治療が行われたが、その後の経過については報じられていない。

陛下のご訪英については、いずれにしても慎重な判断が必要となる。関係者が水面下で調整を行っているのは間違いないものと思われる。  
                            20120420


2012年04月08日

◆心臓手術関連記事を週刊誌が掲載

石岡 荘十


今月9日(月)発売の週刊現代が、心臓手術関連の記事を掲載している。3ページの記事のタイトルは「その病院で 『心臓手術』すると 死にます」。いかにも週刊誌らしい刺激的な見出しだ。

発売前に送られてきた記事見本によると、体裁は筆者からの聞き取りということになっているが、その大部分は、筆者が本メルマガ始め、あちこちで書いた記事の引用である。

実は、日本の心臓手術体制の問題については、ここ数年「これは放っておけない」と取材を始めていたテーマで、医療関係者を会員に持つメールマガジン「MRIC」(東京大学医科学研究所准教授が主宰)を中心にときどき断片的に寄稿すると共に、本メルマガでも時折、リポートし
た。

http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/entry/2560269/

1/6「病院の手術実績を隠す学会」(上)

http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/entry/2561190/

1/7「病院の手術実績を隠す学会」(下)
 
これら、一連の記事に目をつけて筆者に接触をしてきたのが、週刊現代だったというわけだ。

従って、筆者の原稿を裏づけする医師としては、上記メルマガでも談話を使い、天皇陛下の心臓手術に関連してマスコミの間でコメンテイターとして引っ張りだこだった南淵明宏医師(東京ハートセンター長)が、ここにも登場し、「実態はもっと酷い」という趣旨のコメントを展開している。

世間には「たかが週刊誌」という見方があるのは確かだが、南淵医師は2006年、「異端のメス」というタイトルで週刊現代に1年間にわたって毎週、心臓手術業界についての内幕を書いた実績があり、同誌は医療問題について大手マスコミとは異なった視点で改革への提言をつづけている。筆者も会員制月刊誌「テーミス」(2007年2月号)で同医師を取り
上げたことがある。

ただ、日本胸部外科学会が手術実績のデータ公開に当たって、病院の実名を隠し続けている。このことが結果的に患者を危険にさらしている、患者が死んでいるかもしれない現状について週刊現代は、ヒポクラテス(B.C.460−370)の「患者の健康と生命を第一とする」という「医の倫理」を、日本胸部外科学会に問うていない。

さらに、心疾患は日本人の死亡原因の第2位であるが、この中に未熟な心臓外科医の手術の犠牲になった患者はいないのか。儲かるから、心臓外科病院が増え続けている現状を国は事実上、放置している。そのことを、もっと厳しく責めるべきではなかったか。この2点で、書き足りない。

心臓手術業界の利益や秩序を守るために、患者の犠牲には目をつぶる。学会と国のこの不作為で、今日も心臓患者が犠牲になっているかもしれない。この点を見過ごした記事は、画竜点睛を欠く。

それにしても、理解できないのは、この問題に対する大手マスコミの無関心振りである。「たかが週刊誌」「たかがメールマガジン」と侮ること勿れ。メディアが多様化するなかで、画一的な記事しか書かない“大手マスコミ”に、本誌を含めたミニコミが一石を投じることになれば、書いた甲斐があるというものである。            
                           20120407

2012年04月04日

◆「6」年制薬剤師国家試験

石岡 荘十


大学の薬学部が、4年制から6年制へ移行したのは2006年のことだった。あれから6年、以前にくらべ2年長く教育を受けた第1期生が先月3日、薬剤師になるための国家試験を受けた。

全国99大学、9785人が試験に臨み、30日、合格者8641人(合格率88.31)の名前が発表になった。6年間の専門教育を受けた学生がはじめて世に出る記念すべき第1回国家試験だった。

医療現場における薬剤師の存在感を高めようというこの試みはいずれ、患者と薬のありように変革をもたらすものと関係者は期待しているが、この間の経緯とその展望についての記事をほとんどの大手マスコミは書いていない。

医療現場で見かける医療の主役はと聞かれれば、誰でも医師と看護師だと思うが、実は、ほとんどの患者が医師が処方する薬の世話になっている。

しかし、薬剤師はバックオフィスで仕事をしており、病院で患者と顔を合わせる機会は滅多にない。医師に処方箋をもらって、薬局に行くとやっと薬剤師にお目にかかるが、「処方箋に従って薬を数えて渡してくれるお姉さん」くらいにしかほとんどの患者は思っていない。いわば黒衣である。

高齢社会では特に、沢山の薬を処方されて、「飲み忘れる」「飲みきれない」、「くすり漬け」などが社会問題になっているが、一向に改善されない。

そこで、6年制への移行をきっかけに薬学部では、臨床を重視した実務実習などの教育が行われてきた。

今までのような医療の脇役ではなく、患者と直接顔をあわせ、専門知識を駆使して医師とは違った視点からどのような薬物療法が良いのかを提言していく役割を期待してのことだ。

また患者には「どんな薬がいいのか」「どう使えばいいのか」をしっかり説明し、医師に対しては意見を述べることができるような知識とコミュニケーションのできる薬剤師を育成するためには、4年間の勉強では足りないと判断しての改革だった。

欧米では医療現場で常時使われる薬は500種類程度だといわれる。これに対して日本で国が認可している薬の種類は1万8千。国家試験を通った医師はこの中から、一人ひとり、異なった病状を持った患者に「一番ふさわしい薬を選ぶ」期待と責任を負わされている。

処方権は医師にだけ認められた特権だが、そんなこと言われたって、医学部で薬についてろくな教育を受けていない医師には無理に決まっている。

そこで、仕方なく、駆け出しの医師は、先輩の医師の猿真似で処方するか、MR(製薬会社の営業担当)のお勧めに従うしかない。ここに「くすり漬け」(多剤処方)の大きな原因があると言われている。

薬剤師が薬の専門家として医師に対等な立場でアドバイスする。6年制で医療現場に配置される薬剤師が、直ちに、関係者が期待するこんな成果を挙げるとは思わないが、その第一歩を踏み出したことに、マスコミはもっと注目したほうがいい。  20120402



2012年04月01日

◆筋違い執刀医インタビュー

石岡 荘十


産経新聞は3月29日朝刊の一面トップで、天皇陛下心臓手術の執刀医である順天堂大学天野篤教授への独占インタビュー記事を掲載している。

この中で、「退院後の胸水のご治療は想定内か」という質問に対して天野教授は「はい。問題がある場所にたまらないよう、わざと胸に逃がすようにあらかじめ手術で処置してある」と答えている。

この発言は、一連の報道の中では「新事実」であり、注目に値する。しかし、ここで記者は胸に溜まるであろう水を体外に排出する措置について問いかけをしていない。

術後しばらく胸水が溜まる症状は、多くの心臓手術患者にみられる。このため、心臓外科医(執刀医)は、この水を排出するための管(ドレーン)をあらかじめ胸の中に差込んでおき、肋骨の下から出口を体の外へ出しておくのがスタンダードな術式(手術方法)である。

13年前、筆者が心臓手術(大動脈弁置換手術)を受けたときには、ドレーン2本を入れ、3日後にやっと胸水が止まって抜いた経験がある。

ドレーンの問題については、本メルマガ(3/23号)でもすでに指摘した。↓

http://melma.com/backnumber_108241_5521912/

「天野先生は自信があるのか、胸にはドレーンは入れていないようだが、ドレーンを入れていれば術後の胸水はなかった可能性は十分あります。結果としてこれは失点というべきでしょう」という批判的な見方をする心臓外科医もいる。

ところが記者はこの問題には一切触れていない。心臓手術の標準的な手順についての知識がないからだろう。記者だけでなく、デスクも同じレベルだったに違いない。

さらに、天野教授は「(胸水は)時間と気候が解決すると思う」と見通しを語ったと報じ、これを根拠に産経新聞は「天皇陛下5月の訪英、可能」と断定して大見出しに採っている。

しかし、手術後の患者のケアに責任を持つのは、この場合東大循環器内科のはずである。執刀医である天野教授が、願望として訪英できるほど回復されるようにと期待するのは無理もないが、術後の現状や今後の見通しについてなら、東大の永井良三循環器内科長に聞くべきだ。

執刀医に見通しについてまで質すのは、医学的には筋違いというものである。

術後の健康回復の見通しは、同じ手術を受けた患者でも1人ひとり、異なる。この国のMVIPのご回復への歩みについて、多くの国民が関心を持っているのは間違いない。それだけに、医学的にちゃんとした知識を持った記者がきちんと相手を間違えず問いただすことが望まれる。

2012年03月24日

◆宮内庁担当記者では無理 

石岡 荘十


3月20日発売の週刊現代が「スクープ!隠された『本当の病状』」と題して、金澤一郎皇室医務主管によるオフレコ会見の内容を公開している。記者会見は今月4日午後、宮内庁の隣にある蓮池参集所で新聞・テレビ・通信社など皇室担当記者50人が出席して行われたという。

金沢医務主管は、術後の記者会見で「術後のさまざまな出来事があったが、想定内であって、すべて改善の方向に向かっている」と順調に回復したかのような発言をしていたが、実はそうではなかった、というのである。

金澤医務主管のオフレコで、

<手術中に胸水がたまっているのは分かっていた>と発言したと同誌は書いている。

これは、新しい情報だ。ならば「ドレーンは入れたのか」と記者はここで訊くべきところだが、そんな質問は出ていない。

「ドレーン」は、胸を開けたバイパス手術(開胸手術)をした場合、術後胸に溜まるかもしれない水や、じわじわと滲み出す血液を体外に排出するため、あらかじめ胸骨の下に入れて体外に出しておく管のことで、多くの外科医が、1本(場合によっては2本)入れておく。

13年前、筆者が心臓手術(大動脈弁置換手術)を受けたときには、ドレーン2本を入れ、3日後に抜いた経験がある。

また、<(術後)穿刺(注射針で水を抜く治療法)は感染症を起こす可能性があるのであまりやりたくなかった。(中略)議論の結果、やらないことになりました>と金澤医務主管が述べたと同誌は報じている。

そうこうしているうちに、3月11日の震災追悼式典が間近に迫ってくる。このままでは陛下は出席できない。7日、追い立てられるかのように穿刺に踏み切った。さらに、20日、2度目の穿刺が行われた。

術後の患者のケアは東大病院循環器内科が受け持つが、穿刺に伴う感染症のリスクは、外科医による開胸手術のリスクとは比べものにならないくらい小さい。金澤医務主管の発言は、東大が臨床についていかに自信がないかをさらけ出したものだ。

手術では天野篤順天堂大学教授がdecision makerだから、天野教授が「ドレーンは必要ない」と判断したことになる。

しかし、7年前まで現役の心臓血管外科医だった木曽一誠医師(慶應大学卒・『介護老人施設しらさぎ荘』栃木県)は「天野先生は自信があるのか、胸にはドレーンは入れていないようだが、ドレーンを入れていれば術後の胸水はなかった可能性は十分あります。結果としてこれは失点というべきでしょう」と批判している。

週刊現代は、「思ったほど術後の経過が順調でない」ことを以って、「スクープ!」とぶち上げているが、このあたりがいかにも“週刊誌的”である。

そもそも、術後の患者の経過について医学的な”常識の無い“宮内庁担当の記者の能力で報道するのは無理だ。蟷螂の斧で隆車に立ち向かうようなものだ。ちゃんとした専門知識のある記者が、東大循環器内科の責任者に訊かなければ、真実は明らかにならない。
                              20120322        


◆主宰者よりー明日25日(日)は、サーバーのメンテナンスのため、本誌は「休刊」致します。
       26日(月)から発刊しますので、よろしくお願いいたします。

2012年03月20日

◆天皇陛下心臓治療法に2つの疑問

石岡 荘十


天皇陛下が心臓手術を受けられてから1ヶ月が経った。この間、陛下ご自身が出席を強く望まれたと伝えられる震災一周年追悼式典にも出席されている。

執刀医の天野篤順天堂大学教授は手術後の記者会見で、「手術は成功したのか」と問われて「今はまだそのことをいうべき時期ではない。陛下が日常生活に復帰したときに判断することだ」と答えている。

その意味でいうなら、術後1ヶ月を経たいま、ほぼ、手術は成功したと言っていいだろう。

しかし、手術の経緯を改めて振返ると、検査の方法や手術方法に関して、医学的にはいくつかの疑問が残っている。(以下、敬語略)

疑問は、次の2点だ。

1.検査でCTを使わず、造影検査を選択した理由

2.手術でカテーテルを使わず、外科手術を選択した理由

まず検査方法についてである。

治療法選択の決め手となるのは、事前に行われる検査だ。検査の方法として一般的なものは

!)高性能のCTによる検査

!)カテーテルを使った造影検査

陛下の場合、2/12、造影検査が行われたと伝えられている。CT検査が行われたという報道はない。なぜか。

造影検査は、腕または足の付け根(鼠径部:そけいぶ)から細い管(カテーテル)を挿入して冠動脈に造影剤を注入し、レントゲンで撮影する。これによって冠動脈のどの部分がどの程度狭まっているのかを確認することが出来る。

この検査によって陛下は、3本ある太い冠動脈のうちの「左冠動脈」から分岐した「左回旋枝」と「左前下行枝」と呼ばれる血管の2ヶ所に75%から90%の狭窄があることが確認できた。

通常、75%以上の狭窄がある場合、カテーテルによる治療(インターベンションという)または冠動脈バイパス手術が必要と判断される。

CT検査では、高性能の「64列マルチスライスCT」を使えば、ベッドの上で一度、十数秒間、息を止めているだけで人体を輪切りにした映像を得ることが出来、これをコンピュータ処理することで、心臓の詳細な立体画面をカラーで描き出す。

これを見ると冠動脈の狭窄した場所と狭窄の程度を確認することが出来る。

これら2つの検査法ではいずれも造影剤を使うが、造影検査ではカテーテルをウデや足の付け根から挿入して造影剤を注入する。これに対して、64列マルチスライスCTは、心臓カテーテル検査と同じように造影剤を用いるものの、ウデの静脈から点滴投与をするだけだ。造影剤にアレルギーを示す患者でも、単純CT検査として行うことが出来る。CT検査のほうが患者に対する負担が小さい。

CT検査でも、血管造影検査と同等か、それ以上の情報が得られるといわれる。血管造影検査は、今後、64列マルチスライスCTに置き換わると期待されている。

にもかかわらず、東京大学はどちらかといえば患者に優しいCT検査法をなぜ採用しなかったのか。これが第一の疑問である。
 
もうひとつの疑問は、治療方法についてである。

心臓に酸素と栄養を補給する冠動脈が狭くなった症状(狭心症)が確認されたとき、普通、3つの治療法が考えられる。まず、

!)薬物の投与

!)内科医によるカテーテル治療

!)外科医によるバイパス手術

このうち?と?は主に内科医の守備範囲で、陛下の場合は薬による治療で充分な効果が現れなかったため、残る2つの治療法についてさまざまな角度から検討が行われたものと考えられる。

まず、外科的治療法の場合は、全身麻酔で胸骨という骨を縦に切断(胸骨正中切開)して、肋骨の裏側を走る内胸動脈を心臓の血管(冠動脈)の狭窄した部分の川下につなぐ(吻合)。

冠動脈にもメスを入れる大掛かりな手術となる。入院日数も2〜3週間になる。

一方、カテーテルを使う方法(インターベンションという)では、造影検査のときと同じように腕または足の付け根からカテーテルを挿入し、先端が冠動脈の狭くなった部分に到達したら、先端に仕掛けた風船(バルーン)をふくらませて狭くなった部分を広げる。

この後、小さな網目状の金属の筒(ステント)を、狭くなった部分に置き去り(冠動脈ステント留置術)にし、カテーテルを抜く。ただ、この方法では、かつては数ヶ月で、再び狭窄(再狭窄)するケースが少なくなかった(再狭窄率は15〜20%)。

ところが2004年、「薬剤溶出ステント」(DES:drug eluting ste nt)が日本でも使えるようになり、再狭窄率は驚くほど小さく(5%程度)なった。この方法だと、カテーテルを差し込んだ傷が小さいため術後の回復が早く、3日ほどで退院できる。

患者の負担が非常に少ない治療法として、また患者のQOL(Quality oflife:術後の生活の質)を大きく改善する治療法として、大袈裟に言えば“爆発的に普及している。心臓手術専門の病院では、外科的な治療法(バイパス手術)1に対してインターベンションが9割を占めるところもある。

陛下が検査を受ける2日前の10日、東大(循環器内科)から冠動脈バイパス手術に第一人者である順天堂大学の天野篤教授に連絡があった、と報じられている。ということは、東大は、検査結果を確認する前から、外科医によるバイパス手術が必要となる可能性を認識していることになる。

造影検査の後、狭心症や心筋梗塞の治療法として広く行われている内科医によるカテーテル治療も当然、検討したに違いないが、最終的にこの治療法を採用せず、早い段階で外科手術を実施する方針を固めたのはなぜか。

陛下の場合、報道を見る限り“患者に優しい”カテーテル治療を選ばず、どちらかといえば患者にはつらいバイパス手術を選択した理由がはっきりしない。これが第二の疑問だ。

あえて、インターベンションを採用しないケースとして専門家の間でよく議論されているのは次のような症例だ。

!)3本の冠動脈が全て詰まってしまっているとき

!)腎臓に障害があるとき

このような症状の患者は、原則的にはバイパス手術を選択したほうがいいといわれている。陛下のケースではこの症状には該当しない。

また、インターベンション術後の問題としては、ステント留置後に血栓ができやすくなるので、アスピリンなどの抗血栓薬を忘れずに一定期間内服することが必須となるので、煩わしい。だから、むやみにカテーテルを使うことは控えるべきだ、という警告(カナダ・マクマスター大学のSalim Yusuf氏)もある。

バイパス手術は、カテーテル治療に較べ患者への肉体的な負担も大きいが、手術さえうまくいけば、予後が改善し、また狭心症などの症状も消失することが期待できる。

長期予後の改善にも、狭心症の治療にも、バイパス手術のほうがカテーテル治療に較べて優れているという結果が得られているとされている。

それなら、「手術のとき患者に多少の負担にはなっても、そこは執刀医(天野篤順天堂大学教授)のウデに期待し、術後のリスクを回避する治療法、外科手術のほうがベターだ」と東大は考えたのかもしれない。

つまり、治療時のリスクや患者への負担と、術後の生活を天秤にかけて判断した結果、人工心肺を使用しない外科手術(オフ・ポンプ)を選択したのではないかと推測される。

いずれにしても、検査と、治療法の選択をした東大循環器内科は、判断の根拠を明らかにすべきだろう。

指摘してきたような疑問は、やや専門的に過ぎるという見方もあるかもしれないが、現実に心臓に不安を持った患者が医師の診断を受けると、良心的な医師であれば必ず患者に説明する内容なのである。診断をする循環器内科の医師はこう患者に問いかけるだろう。

「検査はCTでやりますか、造影検査にしますか?」

「手術はカテーテルにしますか、胸にメスを入れる心臓手術にしますか」

提案された検査法や治療法のメリット、デメリットを比較し、判断して最後に決めるのはあなただ。医師が充分に説明をして、患者が決める「インフォームド・コンセント」といわれるものだ。

国内最高のVIPである天皇陛下の心臓手術は、高齢社会で増え続ける心疾患患者やその家族に心臓手術に対する理解を促したと評価されてい
る。

しかし、一連の報道を見る限り、マスコミは心臓に不安を抱える患者の判断に役立つ情報を充分に提供しているとは言い難い。

このような疑問は、医療担当の専門記者にとっては常識のはずなのだが---。心臓手術後に行われた当時の報道、「記者会見全文」などを見ても、この疑問を質す質問はひとつもなかった。多分、記者に心臓治療の基礎知識がなかったためではないかを思う。これでは、読者の疑問に充分応えているとは言い難い。

日本で心臓手術を受ける患者は、ざっと6万人といわれる。狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患で冠動脈バイパス手術を受ける人だけでも1万5000人以上に上っている。

心臓疾患で死亡する人は年間16万人。日本人の死亡原因の第2位という病気について、専門記者が育っていないという現実は誠に嘆かわしいと言わねばならない。

現役記者の奮起が望まれる。 201203018  (ジャーナリスト)

2012年03月16日

◆「痰の話」で思い出す支那

石岡 荘十


‘35京都で生まれ、そのすぐ後から敗戦2年後まで中国(当時は支那)に留め置かれた。幼い頃の記憶はもちろんないが、物心ついて以降、見聞きしたかの国の“文化”といまの日本のギャップを思い起こした。 

幼い頃の記憶はこうだ。

その1。

夏の日、父の仕事が休みのある日、「支那人と犬入るべからず」という立て札が入り口にある公園に家族そろって出かけ、公園の中の、支那人以外のためのプールで家族で泳ぐ。ある日、帰りに天津市内でも最高級の中華料理店でそろって子豚の丸焼きを食った。

糞をしたくなって、用を足そうと便所へ行くと便器のはるか暗い、深い底にうごめく動物がいて、驚いて下を見ると、数匹の豚が新鮮な私の排泄物をむさぼっていた。今思えばここでは完璧な“食の循環”が実現している。

だが、これで私は完全に食欲を失った。これがトラウマになって、決して宗教上の理由ではなく、長い間、私はブタが食えなかった。

その2。

小学校の同級生に、当時の天津領事の息子(小山田あきら?)がいて、放課後、いつも領事館へ遊びにいっていた。ほとんどは広大な領事公邸の中で遊んでいたが、ある日、門の外に来る物売りの声に誘われて外に出た。

天秤にかけた台に切り分けた瓜が載っていた。それが喰いたくて「どれがうまい?」と私たちに付き添ってきた領事館の守衛に聞いた。守衛は「ツエーガ(これだよ)」と指差したのは、ハエが一番多く群がっている瓜だった。

“動物学的”に言ってそれはそうだろうと納得したのはずっと後のことだが、ハエがたかっているのは汚いという考え方は彼らにはないらしい。

いつだったか大分昔、多分、日中国交回復の頃、「中国にいまや1匹のハエもいなくなった」という提灯記事をどこかの新聞で読んだ記憶があるが、決して信じなかった。私の幼い頃の確かな記憶が記事のウソを見破った。

その3。

父が勤めていた会社の管理職住宅は鉄筋コンクリートの一戸建ての“豪邸”で、玄関を入ったところに、日本流で言うと、女中部屋があった。女は阿媽(アマ)と私たちが呼んでいた纏足の小柄な女だったが、時々、旦那が小さな女の子を連れて泊まりに来ていた。

女中部屋は6畳ほどの小さな部屋だったが、遊びに行くと、部屋の隅に花瓶のような形の壷が置いてあって、そこに時々、「ペッ」と痰を吐く、というか飛ばす。

それがまた結構遠くから正確に痰壷のど真ん中に命中するのを、何の不思議もなく見ていたのを思い出した。ホールインワンどころではない。アルバトロス級である。

人前での屁は慎むが、食事中、げっぷは割と平気でやる。屁は平気だけど、げっぷは禁忌という国もあると聞く。生活習慣がそんなに違う民が十数億人もすぐそこにいる。

痰。さてどうするか。

話題はそれますが、昭和18・9年当時、幼馴染の父、小山田天津領事とその家族の消息を知りたいと思っています。その頃、いつもアイスキャンディーを作ってくれた、髪の長い、美しいお姉さまがいました。確か、「たえ」さんでした。

2012年03月05日

◆いまどき「飲み、食い合わせ」異聞

石岡 荘十


昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、13年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされている。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。
                       (ジャーナリスト)

2012年02月29日

◆東大の執刀医“外注”は英断か

石岡 荘十

天皇陛下の心臓手術の執刀医として、東京大学が順天堂大学の天野篤教授を指名したことについて、評価が分かれている。

そのひとつは、本メルマガ2531号(12・2・25)に掲載された川上恭司氏の「 陛下の心臓執刀医に天野氏を選んだ英断」だ。その骨子は、「特に今の時代、人の命より党利党略を優先する傾向の強い時代にあっては、実力ナンバーワンではあるがアウトサイダーの一人である天野氏が代表として選ばれた事は奇跡的でさえある。腐敗した社会に比べ、心臓外科はまだ健全であったのだ。(中略)。この決定に携わった(東大の)方々の英断を称えたい」というものだ。

もうひとつの評価は、木曾一誠医師(栃木県・介護老人保健施設しらさぎ荘 慶應大学卒・心臓血管外科医)から筆者に寄せられた次のような見方だ。

「今は安全にどこでもできる手術である冠動脈バイパス術(予定手術)を、(東大と順天堂大学が)チームを組む必要など医学的にはない。極めて異例なことと言わざるを得ない。

こんな簡単な手術で、東大の心臓外科の顔は丸つぶれと見るのが普通に思えるのだが。主治医は東大の循環器内科で、検討会(カンファレンス)で外科的治療を行うことになったので、東大の心臓外科は信用できない。普通は他の施設に(患者を)紹介しているが、相手が天皇陛下なのでよそへは回せない。苦肉の策として、執刀医のみ天野先生におねがいした。(中略)執刀医は単なる技術者として呼ばれたことになる」

手術の成否を握る執刀医を一私立大学の外科医に頼んだ、つまり“外注”したのは、英断でもなんでもなく、東大の心臓外科に国内最高のVIPの手術を、自信を持って任せる執刀医がいないと判断した挙句の苦肉の選択だったのでは、という推定である。

川上氏を、ネットで検索すると、「興生総合病院」(広島県三原市・広島大学卒)の冠動脈バイパス手術などを専門とする心臓外科医だが、同じ心臓外科医の間でも、微妙に評価が分かれている。

しかし、両氏に共通しているのは、誇り高き東京大学が、実は、世間がいうように、国内最高の医療機関ではなく、自前では外科医を賄えない弱みを持っており、在野の人材に膝を屈したという点だろう。

両氏とも、面子にこだわらずベストドクターを選んだその判断が「異例」であり「奇跡的」だったと言っているのだ。

木曾医師は“外注”に至った経緯について「東大に限らず慶応大学を含め多くの施設では冷静な内科系の医師は、循環器内科で診断して外科的治療が適当と決めた場合、同じ大学、病院に心臓血管外科があっても、他の施設に紹介したほうがベターと考えた場合は、躊躇なく紹介状を書きます」と述べ、その上で「東大の英断はたたえたいと思います」と評価している。

東京大学からただ1人手術室で立ち会った小野稔教授は、今回の天皇手術では天野医師を手伝う一助手に過ぎなかったが、天皇の主治医という報道で、辛うじて面子を保った。「名を捨てて実をとった」ということだろう。    20120227
 

2012年02月24日

◆手術実績を隠す日本胸部外科学会 C

石岡 荘十

 
―日本胸部外科学会のアンケート調査で浮かび上がった問題点――

・放置できない“危ない外科医”

一人前の外科医を育てるためには多く時間と多額の経費(学費や税金)が注ぎ込まれている。しかし、日本の心臓手術現場の現状を見ると、こんな環境の中でプロと呼ばれる名医が育つ可能性は限りなく小さい。これでは時間とカネ(医療費)をドブに捨て続けているようなものではないか。

メスで人の体に傷をつける。針で刺す。通常なら刑法上の傷害に当たるこんな行為が、外科医に合法的に許されているのはなぜか。それは、外科医には病気を治すためという大義名分があるからだ。

裏返して言えば、病気に立ち向かう十分な知識もスキルもない外科医の治療行為は単なる傷害行為なのである。患者が死ねば、業務上過失致死、場合によっては殺人罪に問われかねない。

今回のアンケート結果は、そんな知識もスキルも不十分な多くの“危ない外科医”が跋扈している現実を裏付けている。こんな状況の中で未熟な執刀医のお陰で患者が死亡したり、重大な後遺症を残すような手術ミスが明らかになったりしたら、執刀医本人だけでなく、長年、無法状態を放置してきた施設や国も未必の故意による業務上過失傷害・致死の責任を問われることになりかねない。

・日本胸部外科学会はすべての手術実績を公開せよ

その最大の遠因は、多過ぎる専門医と乱立する施設を野放しにしていることにある。専門医の数は異常に多く、乱立する中小の病院が手術を求める患者を奪い合う中で患者が犠牲になっている可能性を否定できない。

心臓血管外科の専門医を認定するための認定機構が発足した2004年当時、済生会宇都宮病院の心臓血管外科医だった木曾一誠医師は「手術症例数と施設数、本邦での問題点」と題する論文を『慶應医学』に発表した。

この中で木曾医師は「医療の世界では過剰ない医師数こそが疫病神である」「施設数も過剰で1施設当たりの症例数は欧米に比べて極めて少ないことから専門医になるための修練は必ずしも満足できるものではない」と述べている。

そのうえで同医師は「厚労省による施設基準の縛りがむしろ『黒船』となって、改革が促進されることを願っている」と問題提起した。自力改革の見込みはなく、“外圧”に頼らざるを得ないところまできていると訴えたのだ。しかしそれから7年以上が経った今も状況は一向に改善されていない。
 
厚労省は昨年10月、このまま放置できないとして、やっと「専門医のあり方検討会」をスタートさせたが、日本胸部外科学会は、その報告書が出るとされる2012年度末まで、つまり「黒船」という名の外圧がかかるまで、この問題を放置し続けるつもりなのだろうか。

「このままでは日本では一人前の心臓血管外科医は育たないのではないか」「患者がリスクにさらされているのでは」という懸念を杞憂だと切り捨てることはできない。

患者サイドから見た疑念をはらすために日本胸部外科学会は、すべての施設の手術実績のすべてオープンにし、患者が安全な病院を選ぶことのできる選択肢を示すなど国民に貢献しなければならない。

今回の数字で裏づけされたみすぼらしい実績を隠して“危ない病院”の延命を図る心臓外科業界の陰謀に手を貸してはならない。(終)      

(いしおか・そうじゅう)NHK社会部元記者。著書に「『心臓手術』 〜私の生還記〜」(文藝春秋社刊)
                           


2012年02月23日

◆手術実績を隠す日本胸部外科学会 B

石岡 荘十

 
――日本胸部外科学会のアンケート調査で浮かび上がった問題点――

・“危ない病院”名を公開しない日本胸部外科学会

となると患者としては「安心できる施設はどこだ」「危ない病院はどこか」と知りたくなるのが人情というものだ。しかし、日本胸部外科学会は具体的な施設の名称は明らかにできないと言う。これでは一体何のためのアンケート調査かと言いたくなる。

日本胸部外科学会の坂田隆造理事長(京都大学心臓血管外科教授)は2011年11月、理事長就任の挨拶の中で「日本全国で行われる胸部外科手術のほぼ全例の成績を含めて掌握している事実は驚くべきことだ」と自画自賛した。

なるほど心臓外科業界の利益を優先する団体としてはアンケート調査は心臓手術の実態を掌握するうえで意味があるのかもしれない。

しかし、患者サイドからすれば、942カ所もある心臓手術施設のうち、安心して任せることができる施設は10カ所に過ぎず、まあまあの施設が71カ所、残りは“危ない病院”だということが明らかになったという意味で「驚くべき」調査結果だった。

また942施設のうち464施設を対象にした調査をもってして「ほぼ全例の成績を含めて掌握」と評価するのは、いかがなものか。残る半数以上の施設の実績は取るに足りないと言うのか。学会は「実態はどうなっているのか」という患者の一番知りたい情報を隠し続けているのである。

日本胸部外科学会は、若い外科医を育てるため466施設を「修練施設」とし、さらにこのうち332施設を「基幹施設」と指定し、ここでは年間手術実績100例を超えているとしている。その名前は以下ホームページ上で公開している。
http://cvs.umin.jp/inst_list/inst.html

「ここなら安心して手術を受けられます」というつもりのようだが、今回のアンケート調査の結果と照らし合わせてみると、年間総手術数100例以上をこなす施設は81に過ぎない。実は332もなく、相当甘く見ても基幹施設の4分の1しかないのではないかと疑われる。この数字の食い違いを学会はきちんと説明すべきだろう。

学会は「日本の手術成績は悪くない」と言うが本当か

それでも日本胸部外科学会は「日本の手術成績は欧米に較べて決して悪くない」と胸を張っているが、本当にそうだろうか。

少し古いが、ここに日本経済新聞が調査したデータ(2006年1月15日付特集記事)がある。心臓疾患の中で一番症例数が多い冠動脈バイパス手術144例について、3本の冠動脈バイパス手術の所要時間を調査したものだ。

それによると、もっとも短いものは3時間だった。全体的に見た場合、4分の3は6時間程度だったとされている。しかし、長いもので9時間程度、中には10時間以上かかった手術もあったという。

10時間以上もかかったのは近畿地方のある大学病院で、その理由は「経験の少ない若手医師の指導もしなくてはならないからだ」と説明されている。手術時間が長い施設は、大学病院に限らず手術数の少ない施設に集中している。

欧米のテクニシャンは「心臓を覆う冠動脈手術で1.5時間、胸部大動脈手術は2時間で終わらせる」という報告もある。
心臓手術はいわばチーム医療であり、術者(執刀医)のほかに麻酔医や看護師、臨床工学士、事務職員など大勢のスタッフが関わる。しかし、下手な執刀医だと、これらのスタッフを長時間拘束してしまう。

このため医療経済から見ても効率の悪い医療が平然と行われることになる。患者が死なくても、手術時間が長ければ長いほど、患者に余分な肉体的負担をかける。それだけではない。手術後の合併症を起こす可能性さえ高くなる。

手術の成績は、患者が死亡しなかったからいいというものではなく、手術時間や術後の患者の経過、手術の効率などを総合的に評価すべきものだ。「手術成績は悪くない」などと自画自賛している場合ではないだろう。(続く)


2012年02月22日

◆やっぱりそうだったのか東大の実力

石岡 荘十


天皇陛下が18日、東京大学付属病院で心臓を覆う冠動脈のバイパス手術を受けられ、術後の経過は順調だと伝えられている。慶賀に堪えない。

冠動脈バイパス手術は、いろいろな心臓手術の中でも難易度は小さく、確立された術式(手術方法)だとされ、わが国では年間1万数千人がこれによって命を救われている。

にもかかわらず、誇り高き東京大学が一私立大学にの執刀医を“外注”したのはなぜか。

手術で執刀医を勤めた天野篤・順天堂大学心臓血管外科教授(56)は、この分野では日本で十指に入る名医として誰もが認めるところだ。しかし東京大学をはじめとする旧帝大系や慶応大学など一部の名門私立大学系の医師がハバを利かせる日本の医学界で、天野医師は決してエリートコースを順調に上り詰めた外科医とは言い難い。

3浪で入った日大医学部を‘83年卒業した後、研修医として国立循環器センター(大阪・吹田市)に就職しようとした。このとき一緒だったのが、大学は違うが同期の南淵明宏医師(奈良医科大学卒・現東京ハートセンター長)。

南淵医師は受かったが、天野医師は落ちた。このため天野医師は、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院 東京・品川区)での研修医を経て、当時心臓手術の症例数の多さで有名だった亀田総合病院(千葉・鴨川市)に就職、その後、新東京病院(千葉・松戸市)---と渡り渉り歩いて腕を磨いた。

一方、南淵医師はオーストラリアに武者修行に旅立つ。南淵医師が帰国後、2人は、同じ新東京病院で働くことになり、「宿命のライバル」と朝日新聞(夕刊)で報じられた(2006年)ことがある。

南淵医師はその後、神奈川県(大和市)の小さな病院(大和成和病院)に心臓外科を立ち上げ、10年でここを心臓病専門病院として全国ブランドに育て上げた。

エリートコースを歩んだ東大などのドクターがお公家さんだとすれば、この2人は野武士。

今回の天皇の心臓手術は、公家が実力で勝る野武士に膝を屈した瞬間だったといえよう。なにやら平氏が公家社会で、実力でのし上がった構図を思わせる出来事だった。その意味で今回の人選は異例中の異例だったということができる。

筆者が十数年前、自身の心臓手術を契機に医療問題に関心を持ち始めたころ、ある現役心臓外科医から聞いた言葉が忘れられない。

「検査まではいいけど、心臓手術を受けることになったら特に旧帝大系の病院は止めなさい」

その通りのことが、国内最高のVIP手術で現実に証明されたことになる。やっぱりそうだったのか。

東京大学が天野医師に助けを求めたのは、まだ精密検査(造影検査)が行われていない10日のことだったという。狭心症や心筋梗塞など虚血性心疾患の患者にどのようは治療を行うかは精密検査結果を待って判断されるのが普通だが、東京大学は、天皇検査入院が伝えられて間もなく、検査の2日前に、迷わず天野医師に連絡を取っている。

東大病院には、最高のVIPの執刀を行う実力のある外科医がいない、万一のときは大きな責任を問われかねない手術にビビッたのかもしれない。いやいや、万一のことを考え責任回避を図ったかも、という人もいる。

冠動脈バイパス手術の場合、普通、手術室には、執刀医のほか2〜3人の外科医(助手)麻酔科医、看護師らが立ち会うが、今回は、天野執刀医のほか同じ順天堂大学の稲葉博隆准教授(48)、東大の小野稔教授(50)の3人の心臓外科医が担当した。小野教授は東大病院心臓外科診療科長だ。

看護師についての報道は見つからなかったが、おそらく、天野医師といつも一緒にチームを組んで手術をしてきた順天堂大学の方ではないかと思われる。

手術のとき、執刀医は4倍の拡大鏡を装着し微細な作業を行う。ところが、この拡大鏡は視野が狭いため執刀医は手術中は手術部位から視線をそらすことができない。焦点を手術部位から外さず、すぐ傍らに控えている看護師から渡されるいろいろな手術器具順序よく使って集中して作業を進めることになる。

この看護師のことを、「器械出し」という。手術の進行具合を確認しながら、執刀医がつぎに使う手術器械を的確に判断し、いちいち指示されなくとも、阿吽の呼吸でメス、ピンセット、持針器(針をはさむはさみに似た器械)など必要な器械を順序良く選択して、つぎつぎと執刀医に手渡しする。

執刀医と器械出し看護師の呼吸が合わなければ、手術は滞る。看護師は執刀医の手術手順やクセを呑み込んだ経験豊かなサポーターでなければならない。だから多分、看護師は、天野執刀医とコンビを組んできた順天堂大学の方だと推察されるわけ。

今回の手術は、「東大と順天堂大学の合同チーム」が担当したと報じられているが、実は、順天堂がメインで、東大が場所を貸し、ちょっとお手伝いをしたというのが、実態だと思われる。

さきの昭和天皇のご不例のとき、治療を担当したのは東京大学だった。だから、東大病院が最高の医療機関という考え方に誰も疑問を持たない。これが常識となっていた。しかし、実はこれが“迷信”に過ぎなかったことが、今回のケースで明らかになった。

100万人といわれる心臓手術“予備軍“の高齢者は、病院選択の参考にしてもらいたいものだ。                 20120221

◆石岡 荘十氏のシリーズ「手術実績を隠す日本胸部外科学会B」は、23日に順延


2012年02月21日

◆手術実績を隠す日本胸部外科学会 A

石岡 荘十

 
―日本胸部外科学会のアンケート調査で浮かび上がった問題点――

・圧倒的多数は手術数「99以下〜ゼロ」の施設

詳しく見ていこう。
 
いろいろな心臓疾患の中で最も多いのは上記の4分野のうち(2)の「心筋梗塞などの虚血性心臓疾患」である。そこでその手術実績を数えてみると、2010年を通して最も多かった施設は198例(1カ所)だった。

ここを含めて、年間100例を超えた施設は10カ所で、残りは「99例以下からゼロ」だった。このうちゼロの施設は14カ所だった。

同じ心臓手術の看板を掲げていながらも、その実績はピンからキリまであるということだ。特に1年間に1例も手術していないのに、それでも心臓手術の看板を掲げているとこうろがあるわけで、驚くべき結果だと言わざるを得ない。

「99例以下からゼロ」のうち、35例以上をこなしているところが71カ所あった。この「35」という数字は次のことを示唆している。

心筋梗塞などの虚血性心臓疾患は心臓疾患全体の3分の1を占めると言われるから、この71の施設では他分野の心臓疾患治療と合わせると、年間の心臓手術総数は100例を超えると推定される。

「心臓外科医のスキルを維持するためには、コンスタンスに年間、最低100例の手術をこなす環境が必要だ」というのが、心臓外科業界の常識だと言われている。それを基準にすれば「まあまあの実績を残した」ということになる。

逆に言えば、「35」に満たない施設の外科医はスキルを維持する手術環境にはなく、結果として、その信頼性に大きな疑問符がつく“危ない病院”だと言っても過言ではない。

・手術実績の少ない施設ほど高い患者の死亡率
では患者の死亡率はどうか。

この場合の「死亡」とは、手術後30日以内に患者が死亡した症例のことを指すのだが、手術数の多いところほど死亡率が低い傾向が読み取れる。

心筋梗塞手術の全国平均死亡率は2.0%以下と言われる。今回、調査対象となった施設のうち手術数が100を超える10施設(石岡さんへ:11ではないのか→10です)では2カ所を除いて死亡率はゼロだった。死者の出た2カ所でも死亡率はいずれも1%台にとどまっていた。手術実績が多ければ多いほど実力を発揮していると考えられる。

一方、手術実績の少ないところでは、年間手術数5の施設の死亡率は20.00%▽手術数6の施設では16.67%▽手術数19の施設では15.79%――といった具合だった。手術実績の少ない施設ほど「危ない」という傾向がはっきりと出ていると言っていい。これでは死者の何人かは未熟な医者の犠牲になったのではと疑われても仕方がないだろう。

総じて言えば、心臓手術の看板を掲げている全国の942施設のうち「まあまあの実力がある病院」は81カ所ということになる。全体の1割にも満たない。

極端な言い方かもしれないが、死亡率がゼロないし1%台の安心して手術を任せることができるところは10カ所(全体の1%)、つまり100施設に1カ所しかないことをこのデータは示唆している。(続く)