2012年02月23日

◆手術実績を隠す日本胸部外科学会 B

石岡 荘十

 
――日本胸部外科学会のアンケート調査で浮かび上がった問題点――

・“危ない病院”名を公開しない日本胸部外科学会

となると患者としては「安心できる施設はどこだ」「危ない病院はどこか」と知りたくなるのが人情というものだ。しかし、日本胸部外科学会は具体的な施設の名称は明らかにできないと言う。これでは一体何のためのアンケート調査かと言いたくなる。

日本胸部外科学会の坂田隆造理事長(京都大学心臓血管外科教授)は2011年11月、理事長就任の挨拶の中で「日本全国で行われる胸部外科手術のほぼ全例の成績を含めて掌握している事実は驚くべきことだ」と自画自賛した。

なるほど心臓外科業界の利益を優先する団体としてはアンケート調査は心臓手術の実態を掌握するうえで意味があるのかもしれない。

しかし、患者サイドからすれば、942カ所もある心臓手術施設のうち、安心して任せることができる施設は10カ所に過ぎず、まあまあの施設が71カ所、残りは“危ない病院”だということが明らかになったという意味で「驚くべき」調査結果だった。

また942施設のうち464施設を対象にした調査をもってして「ほぼ全例の成績を含めて掌握」と評価するのは、いかがなものか。残る半数以上の施設の実績は取るに足りないと言うのか。学会は「実態はどうなっているのか」という患者の一番知りたい情報を隠し続けているのである。

日本胸部外科学会は、若い外科医を育てるため466施設を「修練施設」とし、さらにこのうち332施設を「基幹施設」と指定し、ここでは年間手術実績100例を超えているとしている。その名前は以下ホームページ上で公開している。
http://cvs.umin.jp/inst_list/inst.html

「ここなら安心して手術を受けられます」というつもりのようだが、今回のアンケート調査の結果と照らし合わせてみると、年間総手術数100例以上をこなす施設は81に過ぎない。実は332もなく、相当甘く見ても基幹施設の4分の1しかないのではないかと疑われる。この数字の食い違いを学会はきちんと説明すべきだろう。

学会は「日本の手術成績は悪くない」と言うが本当か

それでも日本胸部外科学会は「日本の手術成績は欧米に較べて決して悪くない」と胸を張っているが、本当にそうだろうか。

少し古いが、ここに日本経済新聞が調査したデータ(2006年1月15日付特集記事)がある。心臓疾患の中で一番症例数が多い冠動脈バイパス手術144例について、3本の冠動脈バイパス手術の所要時間を調査したものだ。

それによると、もっとも短いものは3時間だった。全体的に見た場合、4分の3は6時間程度だったとされている。しかし、長いもので9時間程度、中には10時間以上かかった手術もあったという。

10時間以上もかかったのは近畿地方のある大学病院で、その理由は「経験の少ない若手医師の指導もしなくてはならないからだ」と説明されている。手術時間が長い施設は、大学病院に限らず手術数の少ない施設に集中している。

欧米のテクニシャンは「心臓を覆う冠動脈手術で1.5時間、胸部大動脈手術は2時間で終わらせる」という報告もある。
心臓手術はいわばチーム医療であり、術者(執刀医)のほかに麻酔医や看護師、臨床工学士、事務職員など大勢のスタッフが関わる。しかし、下手な執刀医だと、これらのスタッフを長時間拘束してしまう。

このため医療経済から見ても効率の悪い医療が平然と行われることになる。患者が死なくても、手術時間が長ければ長いほど、患者に余分な肉体的負担をかける。それだけではない。手術後の合併症を起こす可能性さえ高くなる。

手術の成績は、患者が死亡しなかったからいいというものではなく、手術時間や術後の患者の経過、手術の効率などを総合的に評価すべきものだ。「手術成績は悪くない」などと自画自賛している場合ではないだろう。(続く)


2012年02月22日

◆やっぱりそうだったのか東大の実力

石岡 荘十


天皇陛下が18日、東京大学付属病院で心臓を覆う冠動脈のバイパス手術を受けられ、術後の経過は順調だと伝えられている。慶賀に堪えない。

冠動脈バイパス手術は、いろいろな心臓手術の中でも難易度は小さく、確立された術式(手術方法)だとされ、わが国では年間1万数千人がこれによって命を救われている。

にもかかわらず、誇り高き東京大学が一私立大学にの執刀医を“外注”したのはなぜか。

手術で執刀医を勤めた天野篤・順天堂大学心臓血管外科教授(56)は、この分野では日本で十指に入る名医として誰もが認めるところだ。しかし東京大学をはじめとする旧帝大系や慶応大学など一部の名門私立大学系の医師がハバを利かせる日本の医学界で、天野医師は決してエリートコースを順調に上り詰めた外科医とは言い難い。

3浪で入った日大医学部を‘83年卒業した後、研修医として国立循環器センター(大阪・吹田市)に就職しようとした。このとき一緒だったのが、大学は違うが同期の南淵明宏医師(奈良医科大学卒・現東京ハートセンター長)。

南淵医師は受かったが、天野医師は落ちた。このため天野医師は、関東逓信病院(現NTT東日本関東病院 東京・品川区)での研修医を経て、当時心臓手術の症例数の多さで有名だった亀田総合病院(千葉・鴨川市)に就職、その後、新東京病院(千葉・松戸市)---と渡り渉り歩いて腕を磨いた。

一方、南淵医師はオーストラリアに武者修行に旅立つ。南淵医師が帰国後、2人は、同じ新東京病院で働くことになり、「宿命のライバル」と朝日新聞(夕刊)で報じられた(2006年)ことがある。

南淵医師はその後、神奈川県(大和市)の小さな病院(大和成和病院)に心臓外科を立ち上げ、10年でここを心臓病専門病院として全国ブランドに育て上げた。

エリートコースを歩んだ東大などのドクターがお公家さんだとすれば、この2人は野武士。

今回の天皇の心臓手術は、公家が実力で勝る野武士に膝を屈した瞬間だったといえよう。なにやら平氏が公家社会で、実力でのし上がった構図を思わせる出来事だった。その意味で今回の人選は異例中の異例だったということができる。

筆者が十数年前、自身の心臓手術を契機に医療問題に関心を持ち始めたころ、ある現役心臓外科医から聞いた言葉が忘れられない。

「検査まではいいけど、心臓手術を受けることになったら特に旧帝大系の病院は止めなさい」

その通りのことが、国内最高のVIP手術で現実に証明されたことになる。やっぱりそうだったのか。

東京大学が天野医師に助けを求めたのは、まだ精密検査(造影検査)が行われていない10日のことだったという。狭心症や心筋梗塞など虚血性心疾患の患者にどのようは治療を行うかは精密検査結果を待って判断されるのが普通だが、東京大学は、天皇検査入院が伝えられて間もなく、検査の2日前に、迷わず天野医師に連絡を取っている。

東大病院には、最高のVIPの執刀を行う実力のある外科医がいない、万一のときは大きな責任を問われかねない手術にビビッたのかもしれない。いやいや、万一のことを考え責任回避を図ったかも、という人もいる。

冠動脈バイパス手術の場合、普通、手術室には、執刀医のほか2〜3人の外科医(助手)麻酔科医、看護師らが立ち会うが、今回は、天野執刀医のほか同じ順天堂大学の稲葉博隆准教授(48)、東大の小野稔教授(50)の3人の心臓外科医が担当した。小野教授は東大病院心臓外科診療科長だ。

看護師についての報道は見つからなかったが、おそらく、天野医師といつも一緒にチームを組んで手術をしてきた順天堂大学の方ではないかと思われる。

手術のとき、執刀医は4倍の拡大鏡を装着し微細な作業を行う。ところが、この拡大鏡は視野が狭いため執刀医は手術中は手術部位から視線をそらすことができない。焦点を手術部位から外さず、すぐ傍らに控えている看護師から渡されるいろいろな手術器具順序よく使って集中して作業を進めることになる。

この看護師のことを、「器械出し」という。手術の進行具合を確認しながら、執刀医がつぎに使う手術器械を的確に判断し、いちいち指示されなくとも、阿吽の呼吸でメス、ピンセット、持針器(針をはさむはさみに似た器械)など必要な器械を順序良く選択して、つぎつぎと執刀医に手渡しする。

執刀医と器械出し看護師の呼吸が合わなければ、手術は滞る。看護師は執刀医の手術手順やクセを呑み込んだ経験豊かなサポーターでなければならない。だから多分、看護師は、天野執刀医とコンビを組んできた順天堂大学の方だと推察されるわけ。

今回の手術は、「東大と順天堂大学の合同チーム」が担当したと報じられているが、実は、順天堂がメインで、東大が場所を貸し、ちょっとお手伝いをしたというのが、実態だと思われる。

さきの昭和天皇のご不例のとき、治療を担当したのは東京大学だった。だから、東大病院が最高の医療機関という考え方に誰も疑問を持たない。これが常識となっていた。しかし、実はこれが“迷信”に過ぎなかったことが、今回のケースで明らかになった。

100万人といわれる心臓手術“予備軍“の高齢者は、病院選択の参考にしてもらいたいものだ。                 20120221

◆石岡 荘十氏のシリーズ「手術実績を隠す日本胸部外科学会B」は、23日に順延


2012年02月21日

◆手術実績を隠す日本胸部外科学会 A

石岡 荘十

 
―日本胸部外科学会のアンケート調査で浮かび上がった問題点――

・圧倒的多数は手術数「99以下〜ゼロ」の施設

詳しく見ていこう。
 
いろいろな心臓疾患の中で最も多いのは上記の4分野のうち(2)の「心筋梗塞などの虚血性心臓疾患」である。そこでその手術実績を数えてみると、2010年を通して最も多かった施設は198例(1カ所)だった。

ここを含めて、年間100例を超えた施設は10カ所で、残りは「99例以下からゼロ」だった。このうちゼロの施設は14カ所だった。

同じ心臓手術の看板を掲げていながらも、その実績はピンからキリまであるということだ。特に1年間に1例も手術していないのに、それでも心臓手術の看板を掲げているとこうろがあるわけで、驚くべき結果だと言わざるを得ない。

「99例以下からゼロ」のうち、35例以上をこなしているところが71カ所あった。この「35」という数字は次のことを示唆している。

心筋梗塞などの虚血性心臓疾患は心臓疾患全体の3分の1を占めると言われるから、この71の施設では他分野の心臓疾患治療と合わせると、年間の心臓手術総数は100例を超えると推定される。

「心臓外科医のスキルを維持するためには、コンスタンスに年間、最低100例の手術をこなす環境が必要だ」というのが、心臓外科業界の常識だと言われている。それを基準にすれば「まあまあの実績を残した」ということになる。

逆に言えば、「35」に満たない施設の外科医はスキルを維持する手術環境にはなく、結果として、その信頼性に大きな疑問符がつく“危ない病院”だと言っても過言ではない。

・手術実績の少ない施設ほど高い患者の死亡率
では患者の死亡率はどうか。

この場合の「死亡」とは、手術後30日以内に患者が死亡した症例のことを指すのだが、手術数の多いところほど死亡率が低い傾向が読み取れる。

心筋梗塞手術の全国平均死亡率は2.0%以下と言われる。今回、調査対象となった施設のうち手術数が100を超える10施設(石岡さんへ:11ではないのか→10です)では2カ所を除いて死亡率はゼロだった。死者の出た2カ所でも死亡率はいずれも1%台にとどまっていた。手術実績が多ければ多いほど実力を発揮していると考えられる。

一方、手術実績の少ないところでは、年間手術数5の施設の死亡率は20.00%▽手術数6の施設では16.67%▽手術数19の施設では15.79%――といった具合だった。手術実績の少ない施設ほど「危ない」という傾向がはっきりと出ていると言っていい。これでは死者の何人かは未熟な医者の犠牲になったのではと疑われても仕方がないだろう。

総じて言えば、心臓手術の看板を掲げている全国の942施設のうち「まあまあの実力がある病院」は81カ所ということになる。全体の1割にも満たない。

極端な言い方かもしれないが、死亡率がゼロないし1%台の安心して手術を任せることができるところは10カ所(全体の1%)、つまり100施設に1カ所しかないことをこのデータは示唆している。(続く)

2012年02月20日

◆手術実績を隠す日本胸部外科学会 @

石岡 荘十

 
――日本胸部外科学会のアンケート調査で浮かび上がった問題点――
                       


多過ぎる心臓血管外科専門医と、乱立する心臓手術施設(=病院、医院)が国民にもたらすリスクについては今年1月、当「メディアウオッチ100」の第129号から131号まで3回シリーズで報告した。

同シリーズを執筆していたころ、日本胸部外科学会が、国内の心臓手術施設を対象とした手術実績(2010年分)に関するアンケート調査結果を公表した。それを仔細に分析してみたところ、同シリーズで示したリスクへの懸念が杞憂でないことが明らかになった。

これほど重大な問題なのに大手マスコミは今日までまったく取り上げていない。今回、数字で裏付けされた驚くべき現実を詳細にリポートする。

・安心して手術を受けることができる施設はわずか10カ所

厚生労働省の統計によれば、心臓血管手術の看板を掲げている施設は日本国内に全部で942カ所ある。

アンケート調査の対象になったのは、この942施設のうち比較的、手術の実施例が多いと思われる550施設。この施設が2010年中に行った4分野の手術について、@件数やA手術に伴う患者の死亡例の数、Bその死亡率――について質問した。

4分野の手術の内容は以下の通りだ。

(1)心室中隔欠損症(生まれつき心室の壁に穴があいている)などの先天性の疾患。
(2)心筋梗塞(冠動脈が詰まる)などの虚血性心臓疾患。
(3)大動脈弁など4つある弁のどれかの機能に不具合がおきる弁膜症。
(4)胸の大動脈に瘤が出来る胸部大動脈瘤。

アンケート調査に対して550施設のうち72施設は何の返事もない“なしのつぶて”だった。また14施設は、回答用紙は送り返してきたものの解答欄は白紙だった。このため日本胸部外科学会は残る464施設からの回答を有効として分析し、その結果を昨年12月22日に記者会見を開いて公表した。

結論を先に言うと、
@464施設のうち患者が安心して手術を受けることができる施設は10カ所、心臓手術施設としての最低のハードルとされる年間手術症例数100例をなんとかクリアーしたまあまあの施設は71ヶ所。トータル81ヶ所に過ぎなかった。

A調査では病院の固有名詞、名前を明らかにしておらず「どこの病院で手術を受けようか」と迷う患者にとって何の役にも立たないものだった

B過剰な心臓外科専門医と手術施設というこんな異常な現状の改革は、当面、期待できない――ということになる。(続く)
 

2012年02月16日

◆天皇陛下の心臓手術

石岡 荘十


天皇陛下が虚血性心疾患の疑いで、12日(日)、東京大学付属病院で精密検査を受けられ、18日(土)同病院で心臓冠動脈バイパス手術が行われると報じられている。

新聞各紙の情報を総合すると、これまで確認できた「事実」は次のようなことだ。(以下、敬語は避ける)。

・造影検査の結果、3本ある冠動脈のうち2本が部分的に狭くなっていて、血流が滞っている(狭心症)このため、冠動脈の狭窄した部分を迂回するバイパス手術を受ける

・手術は胸を切り開く開胸手術ではなく、人工心肺を使わず(off-pump)、心臓を動かしたままの状態、心拍動下で行う

・手術の執刀は順天堂大学心臓血管外科の天野篤教授が担当する。高度なテクニックを持った外科医であり成功率が高い

といったところだが、それぞれの項目をよりよく理解するためには医学的に、専門的な知識が必要である。まず

【造影検査】

左腕(または足の付け根)から直径2ミリほどのカテーテルを挿入。心臓からの血液の出口(大動脈弁)から数センチのところにある冠動脈の入口にカテーテル先端が到達したタイミングで造影剤を冠動脈内に注入。

これをレントゲンで撮影すると、冠動脈のどの部分がどれくらい狭まっているかが分かる。

陛下は、3本ある太い冠動脈のうちの2本に狭窄部分のあることが確認できたという。特に、「左回旋枝」と呼ばれる血管に75%から90%の狭窄が見られた。通常、75%以上の狭窄がある場合、バイパスが必要と判断される。

【バイパス手術】

文字通り、冠動脈の狭窄した部分をまたぐように迂回路を造る手術。かつて(90年ほど前)は心臓を一旦停め、人工心肺を使って全身の血液の循環を維持しながら、太股の内側にある静脈(大伏在静脈)を切り取ったもの(グラフト)でバイパスを作る方法(術式)が、一般的だった。

ところが、最近(‘90年代半ば以降)は、肋骨の内側を走る左内胸動脈や右内胸動脈を使う方法がスタンダードとなった。このような方法を専門的にはオフポンプ(’off-pump CABG‘:Coronary=冠動脈、Arterial=動脈、Bypass Grafting)バイパス手術といい、人工心肺を使った方法に較べ、患者への身体的が小さく、術後の患者の回復も早いというメリッ
トがある。

 【執刀医】

さて、執刀医である。東京大学が私立大学順天堂の医師と協力する、国内最高のVIPの心臓手術を自前の外科医に執刀を任せなかった。これは異例中の異例である。執刀医とされた天野篤教授とは何者か。

天野篤・順天堂大学心臓血外科教授は、‘83年日本大学医学部卒。テレビの「天皇心臓手術」報道番組でコメントを聞かれて度々登場している、「神の手」(ゴッドハンド)を持つといわれる心臓血管外科医.

東京ハートセンター病院の南淵明宏医師(奈良医科大学卒)とは大学は違うが同期だ。2人は30〜40代の若いときから「宿命のライバル」と報じられたこともある。珍しく海外留学の経験のない“メードインジャパン”の名医である。

2010年、順天堂大学病院の冠動脈バイパス手術の実績は、症例数170、このうち162例がオフポンプ手術だった。患者死亡率は0.6%。最高のVIP手術の執刀医としては申し分のない人選だったといえるだろう。
20120214

2012年02月09日

◆齢は足にくる

石岡 荘十


学生時代から体育会系で足腰には自信があるつもりだったが、古希を過ぎる頃から歳が足にきた。

ことの始まりは、高校の友人と玉川浄水伝いの小道を小金井公園まで数キロ歩いたときだった。暫く歩くと左足がだるく、重くなって思うように歩けない。

しばらく(数分)休むと回復してまた歩けるようになるのだが、また、だるく重くなる。こういうのを間欠性跛行(かんけつせいはこう)といい、腰部脊柱管狭窄症の典型的な症状だとされている。跛行とはビッコを引くということだ。

人間の脊椎骨は上から頚椎(7個)、胸椎(12個)、腰椎(5個)、仙骨(1個)それに数個の尾骨から成っている。脊椎骨の中心を走る脊柱管の中に神経の柱がある。

一つひとつの脊椎と脊椎の骨の間には椎間板というクッションの役割を果たす軟骨組織がある。そしてさらにこれらは靭帯や背筋などの筋肉で支えられている。

ところが、40代後半になってデスクワークが増えたせいか、足に痺れや傷みが来た。背筋が脊椎を支えきれなくなって5番目の腰椎がずれていると診断された。

それから、少なくとも1キロ/週、泳ぐ習慣をつけて今日に至っているので、重い足を引きずってビッコを引くようになろうとは思いもしなかった。

脊柱管狭窄症、つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、5番目の腰椎がずれている。が、神経には触っていないことが確認できた。

脊柱管はどこも狭くなっているところはない。しかし、MRIをよく見ると、3番目と4番目、4番目と5番目の間の椎間板がほかの椎間板より白く写っていて、炎症を起こしていると認められ、そのせいでごくわずか椎間板がはみ出して、脊柱管を押している。

治療法としては、腰椎を引っ張る、固定装具を使う、消炎鎮痛剤や飲み薬を使う、重症でそれでもダメなら外科手術をするということになる。みのもんたさんは手術をしたといわれるが、そこまでひどい症状は患者の1割程度だそうだ。

私の場合は軽症で、椎間板の炎症は飲み薬でなおる、ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

では、ビッコの原因は何か。考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかない動脈硬化ではないかと循環器内科の医師は考えた。これを立証するのが、「血圧波検査」だ。

両腕、両足に幅広のベルトを巻いて一斉に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)がわかる。

結果は、左足だけが標準値に達していない、(専門的には「閉塞性病変の疑い」という)左足の血流は右足の7割しかないことが分かった。左足へ行く動脈のどこかが詰まっていた。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると、狭心症や心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを入れ込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、などなど。展望は開けた。近々、トライしようと思っている。

診療科の選択は大事だ。教訓は、大雑把に言うと、足が「痛むとき」は腰の神経になにかが触っているのだから、整形外科へ、「だるい・重いとき」は循環器内科へ、である。

多くの病気は、原因が分かり適切な治療が行なわれれば治るし、治療が適切でなければ治るものも治らない。癌の多くが治らないのは、原因が分かっていない。

原因はわかっても治療法がそこまでいっていないか、誤った治療法がまかり通っているためだ、と私は思っている。いわゆる「難病」といわれるものは、原因が明らかでなく、従って治療法もわからないものをいう。

と、考えると、足がだるくなる間欠性跛行は難病ではない。脳や心臓の梗塞と同じ加齢疾病だと考えればいい。治療法はあり、医師を選び抜けば高い確率で治る。調べてみて“悲観”は飛んだ。

ただ、このような治療法は対症療法に過ぎない。創造主に逆らって老いを押しとどめる智恵はヒトにもない。例外はない。

ガキは頭にくる、なにかというとキレるらしいが、歳は足にくる。

                                (再掲) 

2012年02月04日

◆“危ない”心臓外科専門医(下)―C

石岡 荘十


     〜専門医資格認定機構に訊く展望〜

◆必要なのは患者の医療情報リテラシー

医療の世界では医師不足も大きな問題だが、<「過剰な医師数こそが疫病神」と叫ばれてきた>(『慶應医学』81巻2号 平成16年6月)。手術実績の少ない医療施設の存在もまた心臓疾患患者にとっては疫病神なのである。

「心臓血管外科専門医」の看板を見て、うっかり病院に飛び込んでも、まともな心臓治療を受けられるところは少ない。となると、“危ない手術環境”におかれていることを自覚し、患者やその家族は自力で必要な情報をかき集めなければならない。

700万人にのぼる団塊世代が心筋梗塞など冠動脈の虚血性心疾患発症の“適齢期”だ。団塊世代より上の年代の人を含めると、心臓病手術が必要となる“手術予備軍”は100万人と推定されている。

難易度Aなら、外科医ではなく内科医による治療で比較的簡単に治せるケースもあるが、重症と判断されればブラック・ジャックを捜さねばならない。だが「なんでもお任せできる」本物のスーパードクターは100人ほどしかいない。

もっとも悲観的な数字は、「10人ほどしか思い浮かばない」(南淵医師)という。この街一番の大きな総合病院だから、自宅から近いからといって信用してはいけない。頼れる病院は、まあ多く見ても全国で150くらいしかしかない。

ただ、こんな業界の専門的な裏事情は、必ずしも、世間によく知られているとは言えないから、ほとんどの高齢者は、「専門医の看板を掲げているから大丈夫だろう」くらいの認識しかない。団塊世代が狙われている。

“危ない専門医“のカモになる可能性が高い。

・100人のブラック・ジャックはどこにいるのか
・150ほどしかないというプロがいる日本の心臓病治療のホットスポットはどこか

「病院で産まれ、病院で死ぬ」人が多い現代、その節目である誕生に関わる医療体制は医師不足と病院の廃業が社会問題となっている。その一方で、終焉の時には逆に過剰な専門医と心臓手術病院が乱立し、高齢者を食い物にしている。

産まれ方を選ぶことは出来ないが、死に場所はその気になれば選択できる。医療情報を読む力、患者リテラシーがいまこそ必要な時代なのである。(終)

(いしおか・そうじゅう)・著書に『心臓手術 〜私の生還記〜』(文藝春秋社刊)。



2012年02月03日

◆“危ない”心臓外科専門医(下)―B

石岡 荘十


〜専門医資格認定機構に訊く展望〜

◆結局、改革には“外圧”が必要

このような異常な状態から脱出するためには
@何よりも業界の自力改革、
Aそれを促す強力な世論、

そして最終的には
B一国の医療体制の構築に責任ある行政のはずだ。

ところがこの3者とも、決定打を欠いている。「すべての専門医に手術症例の登録を義務付ける」方向だと幕内教授は言うが、東京医科大の“事件”が内部告発によって明るみに出たように、医療施設長が進んで正直に申告するとは思えない。

データベースの公開もしないという。なんといってもカネも時間もあるが、医療問題や業界事情に疎い無邪気な心臓病“適齢期“の方々、団塊世代という700万人のカモの大群が眼の前をひらひらと飛んでいるからだ。

業界では、この”マーケット“でひと稼ぎするビジネスチャンスを見逃す手はないという心理が働いているとしか思えない。

ならば、世論に期待したいところだが、少なくとも大手マスコミで今年の資格試験と、これがもたらすリスクをまともに取り上げたところはなかった。日本胸部外科学会への「大手マスコミからの取材は1件もない」(折原正典事務局長)という。まことに不思議なことだといわねばならない。

改革のために残る手段は、医療行政に責任を持つ国の強力な調査・指導、場合によっては規制という“外圧”が必要なのではないか。国民の命を守るのは国の責務であり、同時に今日までこの問題を放置してきた責任が問われなければならない。

厚労省は10月13日、初めての「専門医の在り方に関する検討会」(座長 高久史麿自治医科大学学長)を開き、報告書をまとめることとなった。

報告書では(1)求められる専門医像、(2)医師の質の一層の向上、などが取り上げられ、専門医の認定プログラム・基準、専門医資格更新の基準などについても踏み込んだ検討を行うとしているが、結論が出るのは2012年度末をメドとしている。

この問題は最早放置できないと気づいた厚労省だが、「検討会の結論に期待して見守りたい」(植木誠医政局医師臨床研修推進室長)とのんびりしている。それまで“危ない”外科医を野放しにしておくことになる。

東京医科大学病院であったように危ない心臓血管外科専門医の執刀で患者が死亡するようリスクを杞憂だと見過ごすことは出来ない。いま同様のケースが表沙汰になったら、国はどう責任を取るつもりなのだろうか。

もしこの間に、重大な医療ミスが発覚するようなことがあれば、病院や認定機構などの業界だけでなく、国も心臓手術が“危ない状況”にあることを認識していながら放置した責任、未必の故意を厳しく問われることとなるだろう。(続く)


2012年02月02日

◆“危ない”心臓外科専門医(下)―A

石岡 荘十


〜専門医資格認定機構に訊く展望・

     進まない心臓手術業界の改革〜

要するに、幕内教授の考えでは、

@ 専門医認定基準を一気に引き上げると混乱するので得策ではない
A 一気に専門医認定基準を挙げると、地方の過疎地に住む患者を見捨てることになる
B 日本の心臓手術の成績は欧米諸国と比較してまったく遜色がない
C 心臓疾患による年間の死者16万人の中には、最適の治療を受けられなくて亡くなった人がいる可能性は否定できない
D専門医の扱った症例報告を義務付け、データベースを作るが公表の予定はない

幕内教授は明言しなかったが、どこの業界でも改革を進めようとすると、既得権が改革を妨げるという話をよく聞く。

もし専門医認定基準をめぐってブレーキをかけようとする勢力があるとすれば論外だ。ことは患者の生命に関わる問題だからだ。業界にとっていま必要なのは、患者の利益より業界の既得権を優先する対症療法ではないだろう。

専門医制度そのものを俎上にのせて、大鉈を振るう外科治療が必要なのではないのか。ただこの手術は相当難易度が高い。

いま高齢者といわれている人たちが、存命中に改革が実現する見通しはないということである。それまでの間、あちこちで、まともな手術を受けられなくて死亡する人も出てくるだろう。いや、新聞沙汰にはなっていなくとも、現にきのう今日、そんな犠牲者が出ている可能性は否定できない。

専門医の資格認定制度が実施されたのが2004年。この間心臓手術を受けた患者は、少なく見積もっても年間5万人として、30〜40万人以上という計算になる。

「日本の心臓手術の成績は欧米諸国と比較してまったく遜色がない」と言うが、この危ない治療体制の下で起きた医療事故は内部告発で明らかになった東京医科大学の”事件“だけだ。ほかはすべてうまくいったというのは本当だろうかという疑念を拭えない。


幕内教授も心臓疾患の年間死者16万人の中に東京医大のようなケースが他にないとは「断言できない」と認めている。未熟な専門医の医療ミスで患者が死んでも、施設は申告せず、患者遺族から訴えられもせず、内部告発もない。こうして”事件“は闇から闇へと葬り去られているのではないか。(続く)


2012年02月01日

◆“危ない”心臓外科専門医(下)―@

石岡 荘十


〜専門医資格認定機構に訊く展望〜

◆ 専門医資格認定機構はどう答える?

外科医の守備範囲はさらに狭まり、より高度な技術、難易度の高い分野での手術に限られることになりそうだ。心臓血管外科医にはより難易度の高い手術をこなすウデが期待される時代になった。

月に数人の患者しか来ないような病院の心臓血管外科専門医に対する「需要」はなくなり、消えていくしかないということになるだろう。

南淵医師は「1ヶ月の手術20件なんてチャンチャラおかしい。こんな専門医を送り出す専門医認定機構は、詐欺みたいなもので、患者にとっては百害あって一利なしだ」と切って捨てる。

にもかかわらず、心臓血管外科専門医認定機構は、相変わらず専門医を“増産”し続けている。昨年の資格試験で、新たに114人が専門医となったのだ。

そこで、心臓血管外科専門医認定機構の幕内晴朗代表幹事(聖マリアンナ医科大学病院長、心臓血管外科教授)はこの批判にどう答えるか。業界改革の展望を訊いた。

-―専門医認定基準はまだまだ甘すぎるのではないか。基準を思い切って引き上げ、専門医の数をもっと絞り込むべきではないのか。

幕内教授 基準を思い切って引き上げるのは得策ではない。専門医の数を一気に少なくすれば、大混乱になる。地方では大学病院や総合病院でさえ、年間100件以上という基準を満たせないところが出てくるかもしれない。

――病院の数も多すぎるのではないか。

幕内教授 心臓血管外科を開設したいという施設に、機構の幹事という立場でダメだというわけにはいかない。そこで、(専門医になろうとする若い医者を育てる「修練施設」をいまの440から徐々に減らそうとしている。個人的には300ぐらいに集約するのがよいと思っているのだが、一気にこれをやると大混乱になる。北海道、東北、四国、九州などでは患者さんのアクセスが悪くなり、助かる人も助からないということになるかもしれない。

――修練施設認定の基準は?

幕内教授 機構では、とくにリスクの高い心臓・胸部大動脈に限って、年間手術数24例(月2例)以上という基準を新たに設けた。来年からその基準を40例以上に引き上げ、数年後にはさらに引き上げることを目指している。

――それでも怖いですねぇ。4人の患者を死なせた東京医科大学の外科医の年間症例数は40件でした。欧米(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ)、オーストラリアでは専門医は1ヵ月150例から250例の手術をしています。日本は世界各国に較べると基準が甘すぎるのではないか。先生もアメリカへの留学経験があるのでよくご存知だと思うが---。

幕内教授 欧米では執刀医になるためには100例以上の経験が必要だし、病院も年間1000例以上の手術をしているところは欧米に限らずアジア諸国でも珍しくない。だが、日本には日本の特殊事情がある。

東京や大阪のような大都市では問題にならないが、地方では県庁所在地にだけ3つも4つも心臓血管外科施設が集中して、他のところには施設がないというところも少なくない。だが日本では急患を運ぶドクターヘリの数がまだ少ない上、夜間の飛行は出来ない。専門医の絞り込みや病院の集約化を一気に進めると病院のない過疎地の患者さんを運べなくなり、見捨てることにもなる。

――学会や専門医認定機構の力では無理ということか。行政が動かなければ、先進国並の医療体制は出来ないのでしょうか。時間がかかりますねぇ。

幕内教授 時間はかかるが、順々にやるしかないと思う。ここでお断りしておきたいのは、日本の心臓手術の成績は欧米諸国と比較してまったく遜色がないということです。

――日本では毎年16万人ほどが、心臓病で亡くなっています。がんに次いで日本人の死亡原因の2番目ですね。この中に、東京医科大学の事件のように、外科医が未熟で患者が死んだというケースはゼロだと言えますか。

幕内教授 それは断言できませんね。外科医が未熟で患者が死んだというケースを実際に抽出することは不可能ですが---。ただ、日本では10年前から心臓外科手術のデータベース作りが始まっており、来年からすべての専門医に手術症例の登録を義務付けることになっています。

それが軌道に乗れば、成績の著しく不良な専門医をピックアップできるようになるかもしれない。ただその場合でも、一般に公表するのではなく、機構などがその施設に自浄作用を求めていくことになると思います。
(続く)

2012年01月31日

◆“危ない”心臓外科専門医(中)―C

石岡 荘十


〜危ない専門医を“粗製濫造”する専門医認定機構〜

◆ところが、である。

南淵明宏医師が一昨年暮れまで病院長を勤めていた病院の治療実績を見ると、2010年の手術は505例。このうち440例(87%)が「他院からの紹介」となっている。要するに、他の病院で手に負えなくなった重症患者を引きとって手術をしてきたという意味だ。

この中には2度目、3度目の心臓手術という患者も少なくない。初めての心臓手術に比べ死亡率で2・3倍といわれる難易度の高い重症患者である。例えば最初の手術で臓器が癒着しているケースが多いため、これを丁寧に剥がしていかなければならないからだ。

心臓大血管を傷つけるリスクも高くなるから、月間2〜3例というような未熟な外科医の手には負えない。都心の立派な大病院でもてあました重症の患者がつぎつぎと搬送されてくる。いわば難易度の高い患者手術の最後の砦となった。

胸に違和感を覚えて病院へ行くとまず循環器内科の診察を受けることになるのだが、お飾りで心臓外科の看板を掲げているような総合病院では、最初に患者を診る内科医は自分の病院の外科医が“危ない専門医”であることをよく知っているので、難しい手術が必要と判断すると、自分の病院の外科医には患者を任せず、他の心臓専門病院に患者を回すところもある。

中には他県の大学病院で手に負えなくなってヘリコプターで患者の手術を引き受けたこともあった。そんな見栄で心臓外科の看板を出していても、まともな手術は出来ない病院にとって、ブラック・ジャックはいまでも尻拭いをする貴重な存在なのである。

心臓血管外科専門医認定機構の分類によると、心臓血管手術と一口に言ってもその難易度によってA、B、Cの3ランクに分けられている。誤解を恐れずに言えば、簡単な心臓治療(A)は内科医、難易度の高い複雑な重症患者(BとC)は外科医、という棲み分けが出来つつある。

例えば、心臓病全体の3分の1を占める心筋梗塞は、この分類ではAの「動脈血栓摘除術」で、いまやその多くを内科医がカテーテルで治療に当っている。外科医の出番は確実に少なくなっている。

筆者が12年前に経験した弁膜症、「大動脈弁置換術」はB、つまり心臓手術としては「難易度は中程度」とされているが、いまやこの分野でも、開胸手術によらずカテーテルを使って弁を人工の機械弁に置き換える手術に成功したという報告(大阪大学)もある。

まだ国内での成功症例は少ないが、海外の先進諸国では、カテーテルによる弁置換の症例が増え始めている。近い将来、外科医による大動脈弁置換術に代わって内科によるカテーテルを使った術式(経皮的大動脈弁形成術)が主流となると予想する専門家も少なくない。
                                     (続く)


2012年01月30日

◆“危ない”心臓外科専門医(中)―B

石岡 荘十


〜危ない専門医を“粗製濫造”する専門医認定機構〜

◆進化する心臓手術法で狭まる外科医の土俵

心臓血管外科を取り巻く状況は、かつてない変革を遂げつつある。近年、治療技術の進化によって、外科医に対してはさらに難易度の高い技術が求められるようになった。外科医に求められるハードル、熟練度はいっそう高くなり、“守備範囲”はぐっと狭くなった。高度な技術をもたない外科医の出番はさらに少なくなった。

その背景には、高齢化に伴って手術が難しい高齢の心臓病患者が増えていることだけでなく、心臓病の中で一番多い心筋梗塞治療の分野で治療技術が急速な進化を遂げてきたことが挙げられる。

かつては、胸を開き(開胸手術)冠動脈の狭くなったり詰まったりした部分にバイパスを作る外科手術が主流だった。心筋梗塞の手術は心臓血管外科医の独壇場だったのだが、この術式(手術方法)では、一旦、心臓を停めて人工心肺を使わなければならないケースが多いため患者への肉体的な負担を強いるだけでなく、手術のリスクを高めている。

ところが最近は、循環器内科の医師が心臓を動かしたまま直径数ミリのビニールの管(カテーテル)を駆使して、詰まった血管の開通させるという患者に優しい術式(手術方法)が心臓病治療の土俵で活躍する時代となった。心臓疾患の治療法をめぐって、外科医と内科医がせめぎ合い、いわば陣取り合戦が続いているのだ。

心筋梗塞治療の分野では、数年前までは、【外科医によるバイパス手術】vs【内科医によるカテーテル手術】の割合は、欧米で1対1、日本で1対3〜4だったのが、先進的な治療を行う日本の民間の病院の中には1:9というところも出始めている。

こんな変革を捉えて昭和大学心臓血管外科の手取屋岳夫主任教授は、こう述べている。

「外科医に求められているのは、他人に真似のできないような“匠の技”ではないはずです。そんな技は手品でしょう。手塚治虫は大好きだけど、現実の外科には、ブラック・ジャックは必要ありません!」(2010.11.19 日経メディカル電子版)と言い切っている。

「ブラック・ジャック」は、男性コミック誌「モーニング」で連載され(‘02年)、その後、手塚治虫の手でテレビドラマ化されて高視聴率を稼いだ劇画、「ブラック・ジャックによろしく」(作:佐藤秀峰)に登場するスーパー心臓血管外科医である。

当時、神奈川県大和市の心臓病専門病院(大和成和病院)の南淵明宏院長がそのモデルだったことに由来して、彼のニックネームとなっている。転じてスーパー外科医の代名詞にもなっているのだが手取屋主任教授は、もうそんなゴッド・ハンド、「神の手」は要らないと言っているのだ。(続く)

2012年01月28日

◆“危ない”心臓外科専門医―(中)―A

石岡 荘十


〜危ない専門医を“粗製濫造”する専門医認定機構〜

◆専門医更新制度で“危ない”専門医の資格を剥奪したが---
そこで機構は2009年「専門医更新制度」を発足させる。専門医と認定されてから5年経った外科医、「2004年1月現在、専門医を標榜していた外科医について実力を見直し、資格を更新」しようというものだ。

専門医資格の更新に当って「この5年間に術者(執刀医)または指導者(指導的助手)として100例以上の手術経験を有すること」とぐっとハードルを高くした。

といっても、年間実績20例と、“業界の常識”とされる年間100例には遠く及ばない甘い基準だった。にもかかわらず一昨年(2009年)の1回目の資格更新で審査の対象となった1442人のうち、なんと3人に1人(482人)がこの低いハードルをクリアできず、“危ない専門医”だったと看做されて専門医の資格を取り消されている。

2回目の去年、2010年にはさらに30人、昨年8月の3回目の資格審査で87人が専門医の資格を剥奪された。しかしその一方で、今年11月の資格認定試験で新たに114人が合格し、来年1月から専門医を名乗ることを許された。結果、専門医の数は今年6月時点より30人以上多い1742人となった。

この経緯を振り返って明らかになったのは、まともな手術をする実力のない外科医が「専門医」の看板を堂々と掲げて、長い間、メスを振るってきたという事実だ。3回の資格更新試験で、不適格となった専門医は600人にのぼった。つまり実力のない“危ない専門医”が野放しになっていたことが明らかになったのだ。

なんぼなんでもとは思うが「何とかに刃物」状態だったのでは? という言葉が頭をかすめる。

では専門医資格更新制度の発足で、危ない医師は一掃されたのか。これでもまだ1000人以上の専門医が、スキルを維持できる環境にないことは、すでに述べたとおりである。

“危ない手術環境”は一向に改善されていない。心臓病患者にとってはよほど慎重に医師や病院を選ばない限り、ただいま現在、知識も技術も未熟な危ない専門医の手にかかる危険な状況であることに変わりはない。(続く)