2012年01月27日

◆“危ない”心臓外科専門医(中)―@

石岡 荘十


〜危ない専門医を“粗製濫造”する専門医認定機構〜

◆問題は甘い専門医認定基準

地域の基幹病院と見られている総合病院の中にも診療科の一つとして循環器内科、心臓血管外科の看板を掲げているところが少なくない。

しかしほとんどのところは人材も設備もみすぼらしいもので、世界的なレベルで較べると「国辱物だ」(東京ハートセンター南淵明宏医師)という。患者も少なく、採算が取れなくなり、遂には堪らず総合病院としての見栄でつづけていた「心臓外科」の看板を降ろすところも出始めている。

多くの心臓外科専門医は自らメスを握る機会がほとんどなくウデは錆付くばかりだ。「そのレベルの病院や、そこで働く専門医はいずれ自然に淘汰されていくだろう。こんなところにうっかり飛び込んだ患者はどんな目にあうか。お気の毒だが命の保障はない」(同医師)。

日本胸部外科学会は施設の集約と統廃合を目指しているというが、目に見える効果はほとんど現れていない。

それにしても、こんな専門医供給過剰の体制が見過ごされているのはなぜか。その原因のひとつははっきりしている。専門医を“粗製濫造”する体制・制度がしっかり出来上がっているからだ。その仕組みはこうだ。

「心臓血管外科専門医認定制度」が発足したのは2002年。まもなく10年を迎える。日本胸部外科学会など心臓に関係のある3つの学会が「心臓血管外科専門医認定機構」を立ち上げ、2004年から毎年1回、ペーパーテストと面接試験で専門医としての資格を認定している。「専門医資格」はいわば心臓手術のライセンスだ。

問題はこのときの受験資格の決め方だった。この制度が発足した当初、受験まで数年間の執刀数実績がわずか20例という甘い基準だった。

プロ野球選手に例えると、年間多くて10試合も登板しないピッチャーをプロと認定するようなものだ。これに対して当初から「認定基準が甘すぎる。このままでは重大な医療事故が起きかねない」と懸念する批判が現役のベテラン外科医の間から噴出していた。しかし、認定機構は反応しなかった。


案の定、心配された医療事故が発生、新聞社への内部告発で明るみに出た。2004年4月のことだ。

2002年秋から2004年1月にかけての実質14ヶ月の間に、東京医科大学病院(東京・新宿区)の49歳の心臓血管外科専門医が手がけた心臓弁置換手術の患者4人が相次いで亡くなった。

弁置換術は心臓にある4つの弁のうち、うまく動かなくなったものを人工の機械弁などに置き換える手術のことで、心臓外科分野では技術的にほぼ確立した手術とされている。手術の難易度は中程度で、死亡率も高くない手術であるのにもかかわらず、1年余りの間に4人が相次いで死亡したのである。

このときの執刀医が2004年までの4年間に手がけた手術はトータルで155例に過ぎなかった。年間40例、1ヶ月に3〜4人しか手がけていない未熟なウデの専門医にメスを握ることが許されていたことが明らかになった。事故後の記者会見で大学病院側は「外科医の知識や技術の不足が招いた事故だった」と認めている。

専門医の認定を行っている機構はこの“事件”を直接のきっかけに、発足からわずか2年で認定基準の見直しを迫られた。専門医取得に必要な手術経験を20例から倍以上の50例に引き上げる改訂に踏み切った。

しかしこの程度の小手先の改訂では、専門医の“粗製濫造“に歯止めはかからず、2008年には遂に専門医の数が2000名の大台に乗った。認定制度がはじまって6年間に、じつに600人もの「専門医」が生まれたのだ。多過ぎる専門医が事故を繰り返す可能性はかえって高くなった。”危ない手術環境“は改善されなかったどころか、改悪されてしまった。(続く)

2012年01月26日

◆危ない“心臓外科専門医”(上)―C

石岡 荘十

〜これでいいのか、日本の心臓手術体制〜

◆異常に多い心臓手術の看板を掲げた病院の数

もう一つ重大な問題は、心臓手術の看板を掲げている病院の数の異常な多さだ。

前述のアンケート調査(2004年)当時、日本で心臓外科の看板を掲げている病院は813施設(厚労省統計)だった。このうち比較的、手術実績が多いとされる553の「修練施設」について「胸部外科医の処遇調査ワーキンググループ」が調査したところ、その結果は惨憺たるものだった。

修練施設というのは、専門医を育てるため若い医師の教育を請け負っている比較的大きな病院のことだが、以下のような結果だった。

<553施設のうち厚生労働省基準の「年間手術数100例以上」をクリアするためには152施設があれば十分>

要するに@400以上、つまり全体の7割を占める修練施設で、十分なスキルを習得し、維持するチャンスのない外科医がうろうろしているA心臓手術という看板を掲げているものの、その実力には疑問符がつくB「看板に偽りあり」――というわけだ。

それから3年後の2007年行なわれた同様の調査では、回答のあった202施設の年間手術数は数十から数百、平均は96例に過ぎなかった。

ところが、厚生労働省統計によれば、こうした調査結果が出たにもかかわらず、2010年現在、心臓外科を標榜する病院の数は、少なくなくなるどころか、100以上の施設が新たに心臓外科を掲げて開業し、938にまで激増している。

この中には、数は多くないが年間の手術数500例以上のところや、1000例を超える患者の手術実績を誇っているところもある一方で、残る8割近い病院には年間数十人の患者しか来ず、手術が月2〜3例という中小の病院が乱立しているのである。

数に限りある患者を、多過ぎる心臓血管外科専門医と中小の病院が奪い合う構図が浮かび上がってくる。これに巻き込まれる患者はたまったものではない。後で触れるが、中には「カテーテル治療などの内科的な治療法で治る患者まで手術室に引きずり込んで、外科医がメスを振るうという怖いケースもある」と噂されている。(続く)

2012年01月25日

◆危ない“心臓外科専門医”(上)―B

石岡 荘十


〜これでいいのか、日本の心臓手術体制〜

◆驚きの結果が出た日本胸部外科学会のアンケート調査

これを裏付けるデータがある。

日本胸部外科学会が2004年、会員である病院に対して大規模なアンケート調査を行った。この中で現場の医師に「心臓血管外科医がどの程度、手術に関わっているか」を聞いたところ、次のような驚くべき現実が浮き彫りになった。

<胸部外科医になるために最も重要な術者(執刀医)として手術するチャンスは、卒業後6年未満では63%の外科医が月1回未満であり、37%の外科医は全くメスを握る機会がない。卒業6〜9年のチーフレジデントクラスで最も集中的な心臓外科手術トレーニングが必要な層でも42%の外科医が月1回未満の術者となる機会しかない。さらに16%の外科医は術者の機会がまったくない>

つまり、医師免許を取得して9年未満の外科医のうち、月に1回の執刀チャンスにありつける医師は半分以下でしかなく、残る大半の外科医は月に1度もメスを握る機会がないということだ。

名医となる条件は、いかに多くの成功経験と失敗経験を重ねてきたかにかかっていると言われる。しかし、実態は、駆け出しの外科医(といっても医師免許を得て10年近く)には30歳半ばまで手術に必要な実績や最低限のスキルの習得・維持する機会がないということだ。

多くの成功・失敗経験を積むことなど夢のまた夢である。プロ野球で言えば、選手になって10年間、月に1回しか登板のチャンスがあるかないかだ。これでは外科医の卵が一人前のプロの心臓外科医に育つ可能性は限りなく小さくなってしまう。

この結果についての日本胸部外科学会の受け止め方はこうだ。

<手術技術が高度化して行く中で、若手外科医が早くから術者として手術修練を積むことができない現状を考えると、胸部外科にかかわる日本の国際競争力が益々低下していくのではと危惧される>
現状では、国際競争力どころか国内の「需要」に応え得る戦力になることさえできないだろう。

心臓血管手術は、いわゆるチーム医療であり、普通、執刀医のほかに2〜3人の助手が必要だ。日本胸部外科学会はそれも勘定に入れて、心臓血管外科外科専門医の必要数を1000人程度と試算している。

しかし「神の手」を持つと言われ、現役バリバリの心臓血管外科外科医である東京ハートセンター(東京・品川)の南淵明宏センター長は「(助手を勘定に入れても)日本で必要な実数はその半分、500人程度で充分」と言い切っている。

もっと厳しい見方をすれば、現実は専門医1742人中、「毎年100例以上の手術を執刀するプロと呼べる外科医は100人ほどしかいない」(南淵医師)という。

前述の日本胸部外科学会のアンケート調査でも、半分以上の外科医が「専門医の必要数は200人ぐらいだ」と答えている。いずれにしても1000人以上の“危ない外科医”が、手術実績を積み、スキルを習得・維持する環境にないばかりか、訓練を受ける機会もないまま、野放し状態になっていると言っていい。(続く)



2012年01月24日

◆危ない“心臓外科専門医”(上)-A

石岡 荘十


〜これでいいのか、日本の心臓手術体制〜

◆専門医が多過ぎることが様々な問題が引き起こしている

ところが実は、この多過ぎる専門医の存在が様々な問題を引き起こしているのだ。

心臓血管外科の執刀医には、脳神経外科と並んで、高度で微細なテクニック(手技)が要求される。たとえば、鉛筆の芯ほどの細い血管を何本も、髪の毛より細い糸で素早く縫い合わせる高度な縫合は、心臓血管外科外科医にとって基礎的なものではあるが、必須の技術である。

しかし、この技術をマスターするのは容易なことではない。少なくとも数百例の手術経験を積まないと習得できないと言われている。

海外留学中の執刀医と助手の経験を含めて、これまで8000例以上の手術経験を持つという元京都大学心臓血管外科教授(現名古屋はハートセンター副院長)の米田正始医師は「心臓血管外科医にはプロのスポーツ選手と同じ一面がある。

手術中に想定外の事態に遭遇したとしても、とっさに最適の対応を取ることのできる反射神経と、これを裏付ける高度な知識と技術が必要だ。そのためには一定の数、少なくとも数百例の手術経験と、毎年100例以上の手術をコンスタントにこなす環境が必要だ」と言う。これが、この業界の常識である。日々のトレーニングを怠れば、勘が鈍り技術力は落ちる。スポーツと同じだ。

仮に1人の執刀医が毎年100人の手術を手がけるとした場合、日本国内に600人のプロの医師がいれば、心臓病患者約6万人の「需要」に応えることが出来るわけだ。

ところが現役の外科医の中には、数はそれほど多くないものの1日当たり2〜3例、年間で数百例を精力的にこなすスーパードクターもいる。このため外科医はもっと少ない人数でも需要に応えることができる計算になる。ということは、残る千数百人もの専門医のところへは、執刀のチャンスはめったにめぐってこないことになる。(続く)

2012年01月23日

◆危ない”心臓外科専門医(上)−@

石岡 荘十


〜これでいいのか、日本の心臓手術体制〜

産婦人科や小児科の医師の数や病院が足りないといわれる一方で、心臓血管外科専門医や心臓手術の看板を掲げる病院だけは患者の数に対して異常に多い。心臓・血管の疾患は高齢社会の宿痾とでもいうべきものだ。

しかし、多過ぎる心臓外科専門医や病院が多過ぎるという現実が患者を惑わせている。それだけではない。手術を受ける年間6万人の患者の命を危険にさらし、未熟な専門医の手術によって人知れず犠牲者が出ているのではないかと懸念されている。

見かねた厚労省は2011年10月、「専門医のあり方」を見直す検討会を発足させた。報告書が出るのは2013年の春だという。

高齢社会で確実に増え続けている心臓病や動脈瘤など血管疾病の患者の治療体制を上・中・下にわたって検証してみる。

◆乱立状態が続く心臓血管外科の医師と病院

市場原理がきちんと働くマーケットでは、供給は需要の大きさによって自然に決まっていく。売れないものを作りすぎたりすれば商売は成り立たないからだ。

医療業界での「需要」は治療を希望する患者であり、「供給」は医師や看護師などの医療従事者、さらには病院などの医療施設ということになるが、いろいろな診療科の中で心臓血管外科だけは需要をはるかに超える専門医が次々と世に送り出されている。

また心臓血管外科の看板を掲げる病院も乱立した状態が長年続いていている。専門医も病院も、数が多ければいいというものではない。問題は医師や病院の“品質”である。

その患者の数と、心臓血管外科専門医の“品質”との関係に着目してみよう。

2008年時点での日本胸部外科学会の調べによると、日本国内で心臓血管手術を受けた患者(末梢血管の治療を除く)の数は年間5万9000人ほどだった。

最近の数字はまだ算出されていないが、社会の高齢化に伴って患者は確実に増えているのは間違いないから、手術が必要な患者の人数はざっと6万人に達していると考えられる。

これに対して必要な手術の執刀を許されている心臓血管外科専門医の数は2011年11月現在で1742人である。単純に、患者の人数(約6万人)を、専門医の人数(1742人)で割ると、年間34〜35例ということになる。

つまり1人の専門医が、1カ月当たり1〜2人の手術をこなしていけば、遅滞なく患者からの「需要」に応えることができるわけだ。つまり「供給」体制は十分に整備されており、ここには産婦人科や小児科などのような医師不足の問題はない。(続く)

2012年01月09日

◆病院の手術実績を隠す学会(下)

石岡 荘十


【一人前の外科医が育たない日本】

日本胸部外科学会の坂田隆造理事長(京都大学心臓血管外科教授)は理事長就任挨拶(2011年11月)の中で「日本全国で行われる胸部外科手術のほぼ全例の成績を含めて掌握している事実は驚くべきことだ」と自画自賛している。

なるほど、業界の利益を優先する団体としては施設の実態を掌握する上で意味があるかもしれない。しかし、患者サイドから見ると、900を超える心臓手術施設のうちお任せできるところは10ヶ所に過ぎない、残りは “危ない病院”であることが明らかになった。

また、患者5人に一人が亡くなるようなところが心臓手術の看板を掲げている現実が明らかとなり、その意味で「驚くべき」調査結果だった。

また、942の施設のうち464ヶ所の調査結果をもって「ほぼ全例の成績を含めて掌握」と評価するのは、いかがなものか。残る半数以上の施設の実態はどうなっているのか。

調査に回答した病院・施設よりもっと酷い状況に置かれている。だからアンケート調査の対象にもなっていない、と考えるのが普通だろう。にもかかわらず学会は患者の一番知りたい情報を公開しないのである。これでは何のための調査か。

日本胸部外科学会は、若い外科医を育てるため466の施設を「修練施設」としている。このうち、さらに年間手術実績100例を超える332施設を「基幹施設」とし、ホームページでその名前を公開している。http://cvs.umin.jp/inst_list/inst.html

「ここなら安して手術を受けられます」というつもりのようだが、今回のアンケート調査の結果と照らし合わせてみると、年間100例以上をこなす施設は、実は300も無く、精々その半分くらいに過ぎないのではないかと疑われる。この数字の食い違いを学会は説明すべきだろう。

それでも、日本胸部外科学会は「日本の手術成績は欧米に較べて決して悪くない」と胸を張る。しかし、心筋梗塞など冠動脈手術で6時間、大動脈瘤手術で10時間以上という手術も行われている。

心臓手術はいわばティーム医療であり、執刀医(術者)の他に麻酔医、看護師、臨床工学士、事務職員など大勢のスタッフが関わっている。手術が下手な執刀医ほど時間がかかる。

結果、これらのスタッフを長時間拘束することになるので、医療経済から見ると効率の悪い医療が平然と行われているのである。

一人前の外科医を育てるためには多く時間と経費がかかる。しかし、日本の心臓手術現場の現状を見ると、こんな環境の中でプロと呼ばれる名医を育てる可能性は限りなく小さい。

これでは時間と金(医療費)をドブに捨て続けているようなものではないのか。また患者の命が無駄に失われているのではないかという懸念は拭えない。

その最大の原因は、多過ぎる専門医と乱立する施設を野放しにしていることにある。専門医の数は異常に多く、中小の病院が手術の必要な患者を奪い合う中で患者が犠牲になっている可能性を否定できない。

心臓血管外科専門医認定機構は発足した2004年当時、済世会宇都宮病院の心臓血管外科医だった木曾一誠医師が「手術症例数と施設数、本邦での問題点」と題する論文(『慶應医学』・81・2)を発表している。

この中で木曾医師は「施設数も過剰で一施設あたりの症例数欧米に比べきわめて少ないために専門医になるための修練も必ずしも満足できるものではない」と述べている。

その上で、厚労省による「施設基準」の縛りがむしろ「黒船」となって、改革が促進されることを願っている、と問題を提起している。しかしあれから7年経ったいまも、状況は一向に改善していない。

厚労省は昨年末やっと「専門医のあり方検討会」をスタートさせたが、日本胸部外科学会は、その結論が出るとされる2012年度末まで、「黒船」という名の“外圧”がかかるまで、この問題を放置し続けるつもりなの
だろうか。

このままでは日本では一人前の心臓血管外科医は育たない、患者がリスクにさらされている。              20120106

2012年01月08日

◆病院の手術実績を隠す学会(上)

石岡 荘十


【アンケート調査の詳細】

2010年、国内460余の心臓手術施設(病院)が手がけた心臓手術の実績について、日本胸部外科学会がアンケート調査の結果をまとめ、昨年末発表した。

ところが、この発表では施設の名前を明らかにせず、患者が病院の選択をする上で何の役にも立たないものだった。

しかも調査の対象となったのは、国内で心臓血管手術の看板を掲げている942施設(厚生労働省統計)のうち、比較的症例数の多いと見られる568施設で2010年中に行なわれた4つの疾患に限られている。

調査対象となった症例は、
!)心室中隔欠損症(生まれつき心室の壁に穴があいている)などの先天性の疾患

!)心筋梗塞(冠動脈が詰まる)などの虚血性心臓疾患

!)大動脈弁など4つある弁のどこかの機能に不具合がおきる弁膜症

!)胸の大動脈に瘤が出来る胸部大動脈瘤

 この4つの疾患について

・手術件数

・手術に伴う患者の死亡例の数と、その死亡率この3つを問うものだ。

これらのアンケート調査に対して、496施設が回答を寄せているが、72施設は手術実績を明らかにすることを拒否した。また回答は寄せたものの14の施設は全項目について症例数の記入がなかった。つまり白紙答案を出してきたのである。

調査に対して回答をせず、なしのつぶてというところもあった。この結果、データとして有効なところは、464ヶ所となった。

さて、その内容である。

いろいろな心臓疾患の中で最も多い、?心筋梗塞などの虚血性心臓疾患の症例数を数えてみると、年間もっとも手術実績が多かった施設は198例、少ないところはなんとゼロ。同じ心臓手術の看板を掲げていてもその実績はピンからキリなのである。

35例以上をこなしているところは71ヶ所(15%)だった。この数字は次のことを示唆する。心筋梗塞は心臓疾患全体の三分の一を占めるといわれるから、他の心臓疾患治療と合わせて、この71ヶ所では年間の心臓手術の全症例数が100を超えていると推定される。

まあまあの実績だった施設ということである。ということは、他の8割以上の病院・施設は外科医のスキルを維持するために必要だといわれる年間100例以上というハードルをクリアする手術環境にはなく信頼性には疑問符がつく。 “危ない病院”だと読み取れる。

 では患者の死亡率はどうか。

この場合の「死亡」とは、手術後30日以内に患者が死亡した症例のことを指すのだが、症例数の多いところほど死亡率が低い傾向が読み取れる。

心筋梗塞手術の全国平均死亡率は2.0%以下といわれるが、とりわけ症例数が100を超える10施設では2カ所を除いて死亡率はゼロだった。死者の出た2ヶ所でも死亡率はいずれも1%台にとどまっている。

一方、手術実績の少ないところは、年間10例以下のところが75ヶ所(16%)にのぼっている。この中で例えば、年間症例5の病院で死亡率20.00%(5人に1人)、症例6のところで16.67%。症例19の施設でも15.79%----。

症例実績の少ない施設ほど“危ない”という傾向がはっきり出ている。死者の何人かは未熟な医者の犠牲になったのではと疑われても、仕方がないだろう。

つまり、わが国全体では心臓手術の看板を掲げている施設は942ヶ所にのぼるが、極端な言い方かもしれないが、安心して手術をお任せできるところは10ヶ所に過ぎないことをこのデータは示唆している。

となると、患者としては「安心できる施設はどこだ」「危ない病院はどこか」と知りたくなるのが人情というものだが、日本胸部外科学会は具体的な施設名は明らかに出来ないというのである。(つづく)


2011年12月05日

◆乱立する心臓外科手術病院

石岡 荘十


高齢社会の宿?とでもいうべき心臓疾患で外科手術を余儀なくされる患者は、日本では年間ざっと6万人にのぼる。

これらの患者の手術を請け負う病院・施設は、2004年当時、813施設だった(厚生労働省統計)が、その後5年間で100施設以上が新たに開業。2009年現在、921が心臓血管手術の看板を掲げて乱立している(厚労省統計)。単純に計算をすると、病院施設1ヶ所当たりの手術数は年間65件ということになる。

じつは乱立する病院医手を焼いた国は2002年、「冠動脈バイパス手術+人工心肺を使用する手術」が年間100例に満たない施設では、手術料を30%減額するという施設基準を設定したが、そんな締め付けもなんのその、心臓手術の看板を掲げた病院がつぎつぎと新たに開業し続けている。

手術料を3割カットされても心臓手術病院が増え続けるのはなぜか。

考えられる原因は、施設が貧弱であろうと専門医が未熟であろうと、いま心臓疾患の患者は絶えることがなく儲かるからだ。網を張って待っていれば無知な患者が迷い込んでくる可能性が高い。

医療問題や業界事情に疎い無邪気な心臓病“適齢期“の方々、団塊世代という700万人のカモの大群が眼の前をひらひらと飛んでいる。この”マーケット“でひと稼ぎするビジネスチャンスを見逃す手はないという心理が働いているからだとしか思えない。

2004年、日本胸部外科学会など心臓手術に関連する3つの学会が「心臓血管外科専門医資格認定機構」を発足させ、専門医の資格を認定するとともに、施設基準を決めている。

この基準は「「症例の多いところほど、手術成績が良好である」という欧米の考え方を根拠にしている。

同機構は専門医を育てるための比較的大きな病院466ヵ所を、「修練施設」と認定している。このうち認定基準である年間100例をクリアしているところ(基幹施設)は、332施設。心臓手術の看板を掲げている病院921のうち7割近くが“危ない”病院、看板に疑問符がつく施設ということになる。

年間100例をクリアした基幹施設は、機構のホームページで確認することが出来る。↓

http://cvs.umin.jp/inst_list/inst.html

イザというときにどこに駆け込むか。自分の住まいの近くにある、基幹施設をいまから確認しておけば役に立つ。

心臓血管外科専門医資格認定機構の幕内晴朗代表幹事(聖マリアンナ医科大学病院長、心臓血管外科教授)は「修練施設を徐々に減らそうとしているが、一気にこれをやると大混乱になる。北海道、東北、四国、九州などでは患者さんのアクセスが悪くなり、助かる人も助からないということになるかもしれない」という。

医療の世界では医師不足も大きな問題だが、「過剰な医師数こそが疫病神」と叫ばれてきた。過剰な専門医の数がもたらすリスクについては、11月24日、本メルマガでも指摘した。↓

http://melma.com/backnumber_108241_5345916/

手術実績の少ない医療施設もまた心臓疾患患者にとっては疫病神なのである。欧米では一施設で1000例をこなす所もざらだ。専門医は1人で年間150例から200例を手がける。彼我のウデの差は歴然といえよう。 

だが、大手マスコミのなかでこの惨状を突っ込んで取り上げたところはない。不思議なことといわねばならない。     20111202
 

2011年12月01日

◆せめぎ合う内科と外科

石岡 荘十


医療技術の賞味期限は5年、といわれる。心臓疾患治療の分野もその例外ではない。

心臓の筋肉にエネルギーを送り届ける冠動脈の血管が狭まって血液が流れにくくなるのが狭心症、完全にふさがってしまうのを心筋梗塞という。こんな病状の患者の治療法をめぐって、内科医と外科医の陣取り合戦が繰り広げられている。

とりわけ、心筋梗塞の治療法は、かつては心臓外科医の独壇場だった。手術は胸の胸骨の真ん中を縦に真っ2つ切り離し、肋骨、つまり胸板を持ち上げて心臓を露出し、人工心肺を取り付けて、全身への血液循環を
確保しながら、心臓に張り付いた冠動脈の詰まったところをまたぐように別の血管を吻合(縫い合わせる)し、詰まった部分をまたいでバイパスを作る。

開心手術というが、医者にこんな説明を受けた患者は例外なく衝撃を受ける。だけでなく、その後肉体的にも患者には大きなダメージとリスクを強いる手術が待っている。

そこで、内科医は考える。

「心臓を露出しないで、詰まった血管を開通させる方法はないのか」と。

考え出された治療法が、細い管(カテーテル)を、血管を通して心臓まで挿入する。狭くなった部分にカテーテルが到達すると、そこで先端に仕掛けられたフーセン(風船)をぷっと膨らませて狭くなったところを
広げる。

あるいは、先端に仕掛けられたドリルで血管にこびりついたコレステロールを削り取ったり、最近、脳梗塞治療薬として人気が高まったt-PA で血栓を溶かしたりする方法だ。

崖崩れでふさがったトンネルをあきらめてバイパスを作る外科心臓手術か、土砂を取り除いてもともとのトンネルを開通させる内科治療か。

この判断は、まず、最初に患者の診断をする内科医が行なうが、内科医によるトンネル再貫通(カテーテル)方式は、1度貫通しても、かなりの患者の血管がまたふさがる(再狭窄)、何度も手術をしなくてはならない。これが欠点だ。

一方、外科手術は患者に与える精神的な衝撃だけでなく、全身麻酔や人工心肺がもたらす肉体的なダメージやリスクも大きいが、同じ部分が再狭窄するリスクだけは避けられる。

一長一短だ。

そこへ登場したのが内科医によるカテーテル治療の新兵器「ステント」である。

ステントは金網でできた筒。まず、風船で押し広げたところへ、これそっと挿し入れて置き去りにすると、そこは再び狭窄しなくなる。掘ったトンネルを中から強固な金属の管で補強するような治療法だ。

しかし、ステントの金属が血管を傷つけて炎症を起こし、2・3割がまた再狭窄へ向かうという問題が起きる。

これを阻止できないか。

そこへ「薬剤溶出性ステント」が米国で03年4月に登場し、日本でも04年4月から使われるようになった。新型ステントは再狭窄を防ぐ効果のある薬(シロムスリ)が塗ってある。

これが少しずつ溶け出して、再狭窄を防ぐ。再狭窄率は最大5%へと激減した。ほとんどゼロだった。世界の内科医軍団は、もはや心筋梗塞治療で外科医の手を借りることはなくなった、と胸を張った。

外科医によるバイパス手術と内科医によるカテーテルの割合は欧米で1対1だった。日本では1対3から4だったが、それが1対7か8となり、間もなく10人中9人がカテーテルという時代になるのではないか。

しかし、世の中そんないいことばかりあるわけない。問題が起きた。

血管内に異物であるステントを入れると、血栓ができやすくなり、かえって心筋梗塞を起こすリスクが高まる。それを防ぐ薬を使うと、今度は重い肝臓障害などの副作用が出て、死に至るというケースも報告された。あちら立てればこちらが立たずというわけだ。

一方、外科医も指をくわえてこんな状況を見ていたわけではない。外科手術の分野では、胸は開くが人工心肺も使わず、心臓を動かしたままバイパス手術を行なう手法(心拍動下CABG)や、胸も開かず、胸を6〜7センチ切るだけで、そこから手術器具を挿入、バイパス手術を行なうというすでに評価の定まった“名医”も登場している。

心筋梗塞治療をめぐる内科医と外科医の陣取り合戦はさらに熾烈なものとなるだろう。

ちなみに、治療費である。
・人工心肺を使った冠動脈バイパス術 : 300万〜400万円
・使わないバイパス術: 200万円くらい
・カテーテル治療:技術料などを含めると100万円ほど。

額面の値段では内科方式に分がありそうだが、副作用の問題もある。治療費用は一定額を超えるとほとんどが戻ってくる高額療養費制度もあるし、致命を回避する費用としては、大差ない差額といえそうだ---。

さて、そうなったら、あなたならどうする? (了)

2011年11月27日

◆誰も書かない心臓外科専門医認定試験

石岡 荘十


今月18日、心臓血管外科医に専門医の資格を与えるための筆記試験が東京で行われた。試験の結果は来週発表されるが、多分、数百人が新たに専門医の資格を獲得することになるだろう。

筆者はかねてから、日本では充分な知識も豊富な経験もない“危ない外科医”に、専門医の資格を与え続けてきた結果、多過ぎる心臓血管外科医の存在が高齢者に多い心臓病患者が危険にさらされているのではと危惧している。

だが大手マスコミはこの問題にまったく無関心で、今回も朝・毎・読をチェックした限りでは試験の意味とそのバックグラウンドを記事にしたところはゼロだった。

今年6月現在、日本で心臓血管外科専門医を標榜する外科医は1700余人にのぼる。

専門医資格は心臓手術の執刀を許された、いわば「手術のライセンス」で、プロとしてのスキルを維持し続けるためには、年間少なくとも100例の手術をこなす必要があるというのが“業界”の常識である。

ところが、日本で心臓手術を必要とする患者は年間6万人ほどだから、外科医一人当たりの手術症例は単純に算術計算すると、1人当たり年間平均35例に過ぎない。

つまり月に1人か2人の患者しか回ってこないことになるから、これではプロとしてのスキルは維持出来ないことになる。

要するに、心臓血管外科は、医師不足が問題となっている小児科や産婦人科と違い、「需要」、つまり手術が必要な患者の数に対して心臓血管外科医の数、「供給」は異常に多過ぎるのである。

そこへ、さらに数百人が専門医としての資格を認定されるとなると、外科医1人当たりの患者数はさらに少なくなり、プロと呼ぶにふさわしい外科医のウデを磨き、スキルを維持する環境はさらに悪化することとなる。

2004年、東京医科大病院で心臓の弁を人工の弁に置き換える手術を執刀した49歳の外科医の患者4人が相次いで死亡するという事件があった。

この執刀医の手術実績は、年間平均45件に過ぎず、大学側は「この外科医が経験・実績も少なく、技術的に未熟だった」と認めている。

年間数百件の執刀をする現役バリバリの心臓外科医は、1700人の専門医のうち、まあまあのスキルを持った医師は100人ほどに過ぎず、残りの専門医は“危ない”医者だ。

こんな医者の手にかかった患者の命の保障は出来ない。専門医の資格を認定する心臓血管外科専門医認定機構(以下、機構)は有害無益」と切って捨てる。

見かねた厚労省が先月、「専門医の在り方検討委」を発足させたが、これまた大手マスコミは、まともに取り上げなかった。

東京医大の“事件”は読売新聞への内部告発で明るみに出たものだったが、機構の幕内晴朗代表幹事(聖マリアンナ医科大学病院長、心臓血管外科教授)は、心臓疾患の死者年間16万人の中に、同じような未熟な専門医による犠牲者がいないとは「断言できない」と言っている。

そんな中での、専門医認定試験である。是非、現役記者の認識を伺いたいものだ。
20111122

2011年11月25日

◆歳は足に来る(後編)

石岡 荘十


数十メートル歩くと左足がだるくなって歩行困難になる。で、数分立ち止まって休むとまた歩けるようにはなるが、またすぐだるくなる。このような症状を専門的には「間欠性跛行」という。

「跛行」はビッコを引くという意味だ。こうなった経緯については前回述べた。今回はその続編である。

8月、閉塞した足の大動脈にステントを入れる治療を受け、ビッコは解消し、元通り颯爽と歩けるようになった。

はじめ、「これはてっきり腰をやられた」思い込んで、近所の接骨院に駆け込んだら、「典型的な脊柱管狭窄症の症状だ」と断言する。つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、電気治療、針を数回やってもらったが、はかばかしくない。

業を煮やして、行きつけの大学病院の整形外科で腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、腰椎のひとつがずれているが、神経には触っていないことが確認できた。脊柱の管にはどこも狭くなっているところはない。ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、血液や栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかないのではないか。血管の動脈硬化ではないかというのが循環器内科の医師のお見立てだった。

となると、検査法はPWV(脈波伝達速度)。両腕、両足に幅広のベルト(カフ)を巻いて四肢同時に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)手足の動脈などの比較的太い動脈の高度狭窄の有無がわかる。

結果は、左足だけが標準値に遠く及ばない。病名は閉塞性動脈硬化症。左足へ行く動脈のどこかが詰まっている疑いが強まった。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると狭心症、詰まると心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

造影剤を使ったCTで診ると、左足付け根から動脈を15センチほど遡ったところで90パーセント狭窄していることが確認できた。左足へは最大、通常の7割ほどしか血が流れていない。これではビッコになるわけだ。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを挿し込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、etc。

8/23、心臓カテーテル室でカテーテル台に横になると、若くて美形の看護婦さんが何の躊躇もなくパラリとT字帯をはずし、左足の付け根周辺の陰毛を電気かみそりで刈る(剃毛という)。慣れたものだ。

局所麻酔の後、この治療では実績も多い腕利きの医師が、モニター画面を見ながらカテーテルを挿入。先端には、中心部に細くすぼめたバルーンを仕込んだステントがある。ステントはステンレスで出来た金網のチューブである。

これを狭窄部分まで持っていってバルーンを膨らますと、すぼめてあったステントの内径も同時に拡がって、狭窄した血管を見事に押し広げた。

ステントは内径8ミリ、長さ40ミリ。心筋梗塞の治療に使うステントは内径2ミリほどだから、それに較べると大型だ。治療時間は1時間ほど、治療費86万円、自己負担9万円ほどだった。

心筋梗塞でステントを使う治療法はよく知られているが、足の大動脈狭窄にステントを使うケースはまだそれほど多くない。

治療を受けた東京女子医大では、ステントを使った心筋梗塞治療が今年すでに数百件に上るのに対して、足に使った症例は筆者でまだ56件目だという。

下肢(足)へ行く動脈が詰まると、下肢が腐ってしまい、痛いだけでなく、命にかかわるケースもある。そうなると「命には代えられない」とやむを得ず下肢を切断しなければならなくなる。日本では毎年1万人以上が足を切断されているという報告もある。高齢化で症例は増えている。

足にもステントを入れるという治療法は、循環器内科ならどこでもやっているわけではない。リスクもある。医師の選択には慎重でありたい。

元京都大学心臓血管外科部長・米田正始(こめだまさし)医師を中心とする研究グループは新しい血管を作って下肢切断を救う「血管再生法」という試みを行なっていて、再生医学のひとつとして注目されている。が、成功症例はまだそれほど多くない。

「なんとなく足の先が冷たい」

これが、アラームだ。接骨院では治らない。歳は足にくる。専門の医師を選んで、治療を受ける必要がある。                  

2011年11月23日

◆歳は足に来る(前編)

石岡 荘十


学生時代から体育会系で足腰には自信があるつもりだったが、古希を過ぎる頃から歳が足にきた。

ことの始まりは3月末、高校の友人と花見がてら玉川浄水伝いの小道を小金井公園まで数キロ歩いたときだった。暫く歩くと左足がだるく、重くなって思うように歩けない。しばらく(数分)休むと回復してまた歩けるようになるのだが、また、だるく重くなる。

こういうのを間欠性跛行(かんけつせいはこう)といい、腰部脊柱管狭窄症の典型的な症状だとされている。跛行とはビッコを引くということだ。

人間の脊椎骨は上から頚椎(7個)、胸椎(12個)、腰椎(5個)、仙骨(1個)、それに数個の尾骨から成っている。脊椎骨の中心を走る脊柱管の中に神経の柱がある。一つひとつの脊椎と脊椎の骨の間には椎間板というクッションの役割を果たす軟骨組織がある。そしてさらにこれらは靭帯や背筋などの筋肉で支えられている。

ところが、40代後半になってデスクワークが増えたせいか、足に痺れや傷みが来た。背筋が脊椎を支えきれなくなって5番目の腰椎がずれていると診断された。それから、少なくとも一キロ/週、泳ぐ習慣をつけて今日に至っているので、重い足を引きずってビッコを引くようになろうとは思いもしなかった。

脊柱管狭窄症、つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、5番目の腰椎がずれている。が、神経には触っていないことが確認できた。脊柱管はどこも狭くなっているところはない。

しかし、MRIをよく見ると、3番目と4番目、4番目と5番目の間の椎間板がほかの椎間板より白く写っていて、炎症を起こしていると認められ、そのせいでごくわずか椎間板がはみ出して、脊柱管を押している。

治療法としては、腰椎を引っ張る、固定装具を使う、消炎鎮痛剤や飲み薬を使う、重症でそれでもダメなら外科手術をするということになる。みのもんたさんは手術をしたといわれるが、そこまでひどい症状は患者の一割程度だそうだ。

私の場合は軽症で、椎間板の炎症は飲み薬でなおる、ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

では、ビッコの原因は何か。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかない動脈硬化ではないかと循環器内科の医師は考えた。

これを立証するのが、「血圧波検査」だ。両腕、両足に幅広のベルトを巻いて一斉に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)がわかる。

結果は、左足だけが標準値に達していない、(専門的には「閉塞性病変の疑い」という)左足の血流は右足の7割しかないことが分かった。左足へ行く動脈のどこかが詰まっていた。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると、狭心症や心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを入れ込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、などなど。

診療科の選択は大事だ。教訓は、大雑把に言うと、足が「痛むとき」は腰の神経になにかが触っているのだから、整形外科へ、「だるい・重いとき」は循環器内科へ、である。

多くの病気は、原因が分かり適切な治療が行なわれれば治るし、治療が適切でなければ治るものも治らない。癌の多くが治らないのは、原因が分かっていない。原因はわかっても治療法がそこまでいっていないか、誤った治療法がまかり通っているためだ、と私は思っている。

いわゆる「難病」といわれるものは、原因が明らかでなく、従って治療法もわからないものをいう。

と、考えると、足がだるくなる間欠性跛行は難病ではない。脳や心臓の梗塞と同じ加齢疾病だと考えればいい。治療法はあり、医師を選び抜けば高い確率で治る。調べてみて“悲観”は飛んだ。

ただ、このような治療法は対症療法に過ぎない。創造主に逆らって老いを押しとどめる智恵はヒトにもない。例外はない。

ガキは頭にくる、なにかというとキレるらしいが、歳は足にくる。(続く)

2011年10月15日

◆「あたる」前に必ず「かする」

石岡 荘十

やや旧聞に属すが、ベテラン俳優若林豪さんが2008年3月5日、倒れた。若林さんは小林幸子特別公演「天勝物語」で小林扮する天勝の師匠松旭斎天一役で、名古屋市の御園座に出演していた。

しかし、若林さんの体調は思わしくなく、「セリフもよく入っていなかった」という。この日も昼の部に出演したが、本番を終了直後に病院に向かった。医師の診察を受けて手術が行われた。
 
病名「慢性硬膜下血腫」というのは、脳の血管が切れて脳を覆っている硬膜とその下の脳との隙間に血(血腫)が貯まる病気で、血腫が脳を圧迫する病気だ。

病名は違うが同じ脳疾患で、脳の血管がつまったり、破れたりして、その先の細胞に栄養が届かなくなる「脳卒中」で倒れることを、昔から業界では「あたる」といい、一過性の前ぶれを「かする」という。

つまり「あたる」前に必ず「かする」前兆がある。

したがってこの段階で、“適切な”治療を受けていれば、頭蓋骨を開くというような恐ろしい経験をしなくとも済むかもしれないのだ。

新聞やテレビの報道を総合すると、座長の小林幸子さんは、「2日ほど前、若林さんが小林の楽屋に顔を出し、セリフが引っかかっちゃってゴメンネと謝りに来た。その時は、『長いセリフで大変でしょう』ってお話しはしました。

それが、まさかこの前兆だったと思うと言葉もありません」と話したという。テレビの芸能ニュースでは「右肩がなんとなく下がっているような気がした」と語っている。

このやり取りから判断すると、当時68歳の本人も54歳の座長もいい年、つまり心臓疾患や脳疾患の“適齢期”だというのに、これが重大な病気の前ぶれだと判断する知識をまったく持ち合わせていなかったようだ。

したがって、舞台を降りてでも病院に行くという発想には行き着かなかった。

「舞台に穴を開けられないと頑張ったのでは」と有名な仲間の芸能人が若林さんの芸人根性を褒めたつもりで感想を洩らしていたが、バカ丸出しだ。

もし「あるいは---」と感じながら、無理を通そうとしていたのなら、この年代にとって残った人生で何が一番大切なことか、プライオリティー、つまり優先順位について発想の転換が出来ていなかったということだろう。

変な言い方だが、ポックリいければまだいい方で、160万人以上が半身マヒや言語障害という後遺症で苦しんでいる。

本人だけではない。家族が、大きな負担を強いられることを考えると、「自分に限って---」などという根拠のない楽観は捨て去った方がいい。

救いは、心臓も脳も「あたる」前に「かする」、つまり前兆があるということだ。

その脳疾患の前兆は、
・片方の手足がしびれる
・持っているものをポロリと落とす、
・思っていることが言葉に出てこない、
・ろれつがまわらなくなる
などなどだ。

心臓の血管(冠動脈)が狭くなる狭心症、完全に塞がる心筋梗塞も高齢者に多い疾患だが、よくよく思い出すとほとんどの人にその前兆がある。

血圧が高い、胸が痛くなったり、なんとなく重苦しい感じがしたりするが15分かそこらで治まるので、「ああよかった」とやり過ごす。

人によっては左の奥歯が痛くなったりうずいたりすることもあるが、このように心臓から遠いところに違和感を覚える人もいる。

これを専門的には「放散痛」というが、大概の人はこれが心筋梗塞の前兆であることに気づかない。

こんなときには、バカにせず、24時間緊急対応をしてくれる専門の医師と検査体制の整った病院へ行って診察を受けることが大切だ。
 
私は、10数年前からかすった段階で診察を受け、診察券を確保して、これを外出のときも肌身はなさず携帯して歩いている。

そのくらいの心掛けがなければ、attackでよしんば一命をとりとめても、半身不随では快適な老後は過ごせない。

よくよく振りかえると、ほとんどの高齢にかすって経験があるはずだ。「ああ---」と思った以上に多くの高齢者が、膝を叩くに違いない。            20111013