2011年03月04日

◆脳卒中予防に半世紀ぶりの新薬(1)

石岡荘十

脳の血管がつまったり、破れたりして、そこから先の脳細胞に栄養が届かなくなって、細胞が死んでしまう病気、脳卒中。日本では、137万人(平成17年)がこの病気で治療を受けている。

この治療薬の一つワーファリンに代わる新世代薬「ダビガトラン」が日本でも4月から医療現場で使われる見通しとなった。脳卒中になりやすい高齢者にとっては、半世紀ぶりの朗報である。

ここでは、「ワーファリンの50年」と「新薬ダビガトランへの評価」を2度に分けて述べる。

脳疾患のうち、脳の血管が詰まるタイプを「脳梗塞」、脳の血管が破れるのを「脳出血」という。昔は脳出血が多かったが、最近は脳梗塞が多い。脳梗塞には次の3つの種類がある。

(1)脳の太い血管の内側にドロドロのコレステロールの固まりができ、そこに血小板が集まって動脈をふさぐ「アテローム血栓性梗塞」
(2)脳の細い血管に動脈硬化が起こり、詰まってしまう「ラクナ梗塞」
(3)心臓でできた血栓が流れてきて血管をふさぐ「心原性脳塞栓症」。脳卒中死亡の60%以上を占める。

このうち、(1)と(2)は、脳の血管そのものに原因があるが、(3)は元をたどれば心臓の不具合、多くは心房細動がその原因である。心房細動は心房がぶるぶる震える頻脈性不整脈の一つで、この病気になると、血液がよどんで固まりやすくなり血栓(血の塊)が出来る。

これが血流に乗って脳に達し、脳の血管を塞ぐ。心房細動をそのままほっておくと、5%の患者が脳梗塞になるといわれる。専門的には心臓病が原因の脳梗塞、「心原性脳梗塞」と呼ばれる。あの長嶋茂雄さん、小渕元総理がそうだったというのが専門医の間の定説だ。

心房細動が起きる原因については、加齢、高血圧、飲酒や喫煙、過労、ストレス、暴飲暴食、睡眠不足など不規則な生活等も原因であるといわれている。思い当たる人も少なくないだろう。

治療法は、血液を固まりにくくする「坑凝固療法」だが、そのために使われる唯一といっていい代表的な薬がワーファリンだ。

日本でも1962年から半世紀近く広く使われている。昨年発刊された「脳卒中治療ガイドライン2009」でも、心房細動を原因とした脳梗塞が含まれる心原性脳塞栓症については、その効果の高さからワーファリンが第一選択薬として推奨されている。

ワーファリンについてはこれまでに何度か、本メルマガで書いた。
http://www.melma.com/backnumber_108241_3286107/

「納豆は高齢者の天敵?」(2006年7月23日)
http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/entry/2172769/
「ワーファリンにご用心!」(2011年2月26日)

ところが、ワーファリンにはいくつかの問題がある。その使いづらさだ。

まず、飲む量が多すぎると出血のリスクがあることから、プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)を定期的に検査(モニタリング)しながら、効果と安全性のバランスが取れた適用量(専門的には「治療域」という)を定めなければならない。ただ、年齢など個人差も多く、この適用量は厳密なもので無ければならず、決定が難しいとされている。

加えて、出血リスクが高まることから、手術や抜歯時の対応が難しい、専門医でなければ十分なコントロールが難しい。

また、納豆、クロレラ、青汁、抹茶などの食物や、薬物の影響を受けることなどから、患者が処方どおりきちんと飲まなければならないなど面倒な薬だ。中でも納豆は“禁忌”とされている。飲み忘れ、摂り過ぎも重大な結果、死につながるリスクを招く。

つまり、処方する医師→処方箋を正確に調剤する薬剤師→もらった薬を正しく服用する患者→そして患者は少なくとも月1の血液検査結果を医師に提供する。この連鎖のどこが欠けても、ワーファリンはその効果を発揮しない。それぞれのステップで無謬が前提となっている。

どこかでミスがあると、よく言われるようにもともと「すべての薬は毒」だから、例えば投与量を間違えたりすれば毒としての効果を患者にもたらすことになる。ワーファリンはじつは年寄りが綱渡りをするようなやばい薬なのである。

調剤過誤が起きたのは、2008年8月13日。東京・足立区の薬局で患者が持参した処方に記載されたワーファリンの1回量は、1mgの錠剤と0.5mg(合計1.5mg)とすべきところを、誤って1mgの錠剤と5mg(合計6mg)の錠剤を一包化してしまった。処方の4倍の過量投与だった。薬を服用した82歳の男性患者は9月9日の朝に容態が急変し、救急車で搬送されたが、死亡したというものだ。

警視庁の捜査一課は2009年4月29日になって業務上過失致死の疑いで強制捜査に踏み切った。

<薬剤師で弁護士の小林郁夫氏は、「薬剤師の調剤過誤が刑事事件にまで発展し、業務上過失致死罪に問われるケースは、昭和40年代くらいまでは散見されたが、最近では珍しい。(中略)完全に薬剤師のミスで過剰量が投薬され、それが原因で患者が亡くなったのであれば、業務上過失致死罪に十分問われ得るだろう」と話している。>(日経ドラッグインフォメーション 2010年8月19日)

まったく同じような“誤調剤事件”については、先日「ワーファリンにご用心!」で報告したとおりだ。私は薬局で薬を受け取る段階で確認して気づき、危うく難を免れた。
発売元エーザイによると、「この50年、ほかにも過剰処方、飲み忘れなどあった可能性はある」(志水健史PR部長)と認めているが、「一つひとつのケースの詳しい因果関係は把握していない」(同)という。

この半世紀、ワーファリンをほとんど独占販売してきたエーザイのこの5年の売上げ実績を見ると
2006年 63億円
2007年 68億円
2008年 79億円
2009年 87億円
2010年 95億円(見込み)
日本の高齢化に伴って確実に売上げを伸ばしていることがわかる。

事件が報じられていたのにもかかわらず、ワーファリンのこの使いにくさを克服されてこなかった。メーカーとしては、よく言う「ヒヤリハット」を報道された以外は把握していないというが、薬の添付文書に掲載する副作用は年々増えている。

このことは、何かがあって“改善”に努めた結果である。だが、それが充分だったかといえば、そうでなかったことを新聞沙汰になった“事件”が、実証している。競合品のない世界ではよくあることだ。これに代わる薬が、開発されていなかったからだろう。いま、独壇場だったジャンルに新薬が登場する。

次回は、その新薬ダビガトランについて述べる。20110302

■本稿は、3月4日(金)刊の「頂門の一針」2199号に掲載されました。
また本誌主宰・毛馬一三の「大坂を行脚していた与謝蕪村」も掲載され
ています。以下、3月4日号の<目次>を記載します。

◆ <目次>
・脳卒中予防に半世紀ぶりの新薬(1):石岡荘十
・言葉のごまかしが多すぎないか:加瀬英明
・中東の民主化ドミノより核拡散が深刻:宮崎正弘 
・平成の開国とは:MoMotarou
・大坂を行脚していた与謝蕪村:毛馬一三
・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

◆「頂門の一針」の購読(無料)申し込み御希望の方は
下記のホームページで手続きして下さい。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm




2011年02月27日

◆ワーファリンにご用心!

石岡 荘十

ワーファリンで危うく死ぬところだった。

その顛末を話す前にワーファリンについてどんな薬なのか、基礎的な“常識”を説明しておく。

ワーファリンは血液をさらさらにする代表的な薬だ。心筋梗塞や心臓の弁を人工の機械弁に置き換えた弁置換手術経験者は血液が固まって血栓を作りやすくなるため、これを防ぐべく処方される。

心臓病患者だけではなく慢性的な脳梗塞患者に対しても、血栓が脳に飛んで細い血管を詰まらせないように予防薬としても使われている。

もともとは、ネズミ取りの薬剤(殺鼠剤、商品名は、強力ラットライス、強力デスモア、ネズミランチdeコロリ)として使われていた。

ネズミにこの薬が入った餌を与えると、目の網膜内の内出血で視力が低下するため明るいところに出てくる。最終的には腹腔内の内出血で死亡するというわけだ。人間に対する治療薬として日本で使われ始めたのは30年以上前の1976年のことだった。

よく言われるように、薬はすべて毒物であり使い方、とくにその量を間違えると、死に至る。薬として有効かどうかは、微妙な量(専門的には治療域という)の調整が欠かせない。

ワーファリンは殺鼠剤に使われるくらいだから、とりわけ服用する量の調整が重要だとされている。

私は‘99年心臓にある4つの弁のうち血液の出口である大動脈弁を機械弁に置き換える手術を受けて以来、毎日朝食後、この薬を飲み続けて
いる。

私の場合、3ヶ月前までは毎日2錠(1mg×2)だったが、最近は加齢の影響もあってか、先月、血液検査の結果、効き目が落ちているとのことで、週3日は、プラス0.5mgの処方を受け、処方箋を病院の周辺に門前市をなす薬局の一つに出した。

エーザイが販売しているワーファリンは、0.5mg、1mg、5mgの3種類の錠剤だから、処方箋に従えば私の適量は

・月、水、金 1mg2錠と0.5mg1錠で合計2.5mg
・残る火、木、土、日は1mg2錠で2mg ということになる

ところが、である。

薬局で手渡された薬をその場で確認すると、0.5mgの錠剤は見当たらず、代わりに袋に入っていたのは5mgの錠剤だったのである。つまり、処方箋で指示された量の10倍の量のワーファリンを薬剤師が出したのだ。

ここでこのことに気づかず、服用したらどんなことになるか。殺鼠剤入りの餌を与えられたネズミになるところだったのだ。おお怖!   

「人は間違う動物」、医療の世界ではTo err is human.とよく言われるが、これは酷すぎる。まかり間違えば業務上過失致死に問われかねない過ちではないか。

いろいろな薬の中で、とりわけワーファリンに対する感受性は個体差が大きい。薬の量は大概、患者の体重によって決まるが、ワーファリンは同じ体重でも、年齢や食生活、疾患の種類などによって適量を厳密に調整する必要のある薬だとされ、同じ人でも、適量(治療域)は変わる。

このため、永年この薬を飲んでいる患者は、少なくとも月に1度は血液検査をして適量を決めなくてはならない。プロトロンビン時間測定(=PT-INR)という検査である。

昔は、トロンボテストという検査が一般的だったが、近年はPT-INRが推奨されている。その標準値は、1.6〜3.0(値が高いほど血が固まりにくい)が理想的である。(「1.8〜3.4 の間であれば、ワーファリンの投与量は変更しないほうがよい」という報告もある)。

先月の私のINRは1.9。適正だった。そこへ、5mgを飲んだりすれば、血液は真水のようにさらさら流れ、体内の臓器、とりわけ脳出血のおそれもあった。

ほとんどの薬は、薬品メーカーが製造、医師が処方し、薬剤師が調剤し、患者は何の疑問も抱かず指示通り服用する。つまり水源から河口まで関係者はすべて性善説に立っている。

ワーファリンの販売元エーザイに確認すると、担当者は、「こんな間違いは初めてのケースだ」という。しかし、どんな仕事もそうだが慣れてくると、そこに’to err’が起こる。メーカーは貴重な教訓とし、包装紙の色を変えるなどの防止策がないか検討するというが、同時に、ユーザーである患者もやばい薬については特に確認をする努力を心がけたいものである。

(註)INR:International Normalized Ratio=国際標準比

                               2011.02.24


2011年02月05日

◆角を矯めて牛を殺すな

石岡荘十

大相撲の八百長問題で、日本相撲協会をなくしてしまえという意見がある。文部科学省の偉いさんが、公益法人の認可取り消しもありうるとテレビのぶら下がりで発言している。で、思い出したのが表題の諺である。        

その意味は「牛の曲がっている角をまっすぐに直そうとして、かえって牛を死なせてしまうことから、小さな欠点を直そうとして、かえって全体をだめにしてしまう例え」だと学校で教わった。

事の真相がまだとことん明らかになっているわけではないが、すでに何人かの力士が事実上ゲロっているし、警視庁が携帯電話のやり取りしたメールの交信記録を復元して明らかにしている。そのメールのシナリオに出てくる実際の取り組みを記録映像と突合せたNHKのニュースを見ると、これはもう疑いようがない。

私は相撲に特段の深い関心を持っているわけではないが、小学校のころの子供相撲では、父母の故郷にある秋田の名山「鳥海山」を四股名にしたふんどしを締めて土俵に上がった経験がある。

そのころは、どこの学校(国民小学校)にも校庭に土俵と二宮金次郎の銅像があった。そんな育ちだった世代としては、相撲はいまどきのスポーツとはちと違う。国民のあるべき志を育てる徳育の一環、そう国技だったという思い入れがある。

だから、力士がいま何人いるか知らないが、10何人かの角が曲がっているからといって、牛を殺すことが最良の選択とはとても思えないのである。

そこで、さあ相撲協会、どうする?
例えば、
・来月から始まる大阪場所の開催の是非、
・公益法人格の存続の是非
・NHKの中継の是非
・力士の給与体系をはじめとする業界のシステムの改革
などなど。ここが知恵の出しどころである。

話は跳ぶが、「JAPAN」“事件”。

戦時中の台湾統治の問題を扱ったNHKの番組だが、番組制作スタンスに事実誤認があった。謝罪と訂正を求める人々の渋谷駅前での集会、デモもあった。挙句、あるNHKOBは視聴料不払いに踏み切った、と本メルマガで明らかにして抗議の意思を表明している。

NHKは視聴料で成り立っているから、不払いはその存在を否定したことになる。OBだから年金はもらっているはずだが、返上したという話しは聞いていない。普通、牛を殺せと言うなら、ミルクは飲むべきではないだろう。

確かに、NHKの数え切れない番組の中には「これは、どうかな?」と疑問符がつく番組、つまり“角が曲がった”ものがないわけではない。だが、中には結構長生きしてきた私のような老人の盲を開かせる番組も少なくない。OBとして、またまだ現役の連中をよく知る者として、即、表題がひらめくのだ。相撲もそうであると信じたい。

大半の力士は“曲がった角”とは関係なく外人力士であっても、その多くが日本人力士に代わって“国技”を辛うじて相撲、“牛”の伝統を具現していると信じたいのである。牛を殺してはならない。

角を矯めて牛を殺そうとする“見本”はテレビでもリアルタイムで中継されている。NHKの予算審議の国会中継とこれを捉えた泥濘政治評論である。

野党の追及と、翌日新聞の論旨は角を矯める、つまり曲がりを直そうとする謗りに終始している。中継翌日の政治評論は。「菅ヤメロ!」「一刻も早い解散総選挙」「小沢を出せ」だと。ケツ(失礼!)を拭く能力もないくせに---。

閣僚席にいる、野党の“標的”の一人をテレビ中継で見ていて、そのご先祖の言いを思い出した。もじっていえば、
「嗚呼、吾子よ、(母は)人を謗れと教えよや---」

手許の新聞に、「正体見たり枯れ尾花」なのに、一兵卒を取り上げた「豪腕起訴」の連載記事。永い政治記者経験で刷り込まれた小沢=豪腕の妄から覚めよ!

牛を殺さない知恵はないのか。 20110203

2011年02月01日

◆どこまで続く泥濘政治評論

石岡 荘十

新聞・雑誌、メールマガジンを含め、政治評論を読むたびに毎日、思い出す軍歌がある。

「♪どこまで続く泥濘ぞ 三日二夜の食もなく 雨降り渋く鉄かぶと---」。「討匪行」(作詞:八木沼丈夫作曲/藤原義江・霧島昇・唄)である。

この歌を覚え歌った当時、まだ小学3・4年生で、ところどころ歌詞があやふやだが今でもなんとか謳うことが出来る。

http://www.youtube.com/watch?v=E70NnlTpSk8

確かに、政治、政局は泥沼状態である。

国会はどうなる、なにより新年度予算の行方。社会保障、医療、子ども手当て、TPP、対中国問題、国防、外交、どれを取っても先行き定かな問題は一つもない。

にもかかわらず、元官房長官の「暴力装置」発言、首相の日本国債格付けで「疎い」発言。野党は待ってましたと揚げ足取りの「やめろやめろ」の大合唱。

評論では、辞めさせて次期首相に誰を据えるのかの見解も、諸問題の着地点も示さず、泥沼評論の挙句の果てには、まるで解散総選挙をやれば一発で万事解決するような口ぶりである。

葵の御紋じゃあるまいし、そうはいかない。政治のプロを自認する評論家に留まらず、最近はど素人のにわか評論家までが訳知り顔に、やれ新左翼だった育ちがどうの、市民運動上がりの限界だ、一刻も早く辞めて総選挙で信を問えと尻馬に乗ってご高説をぶち上げている。

総辞職をして誰にこの国を任せるのか、だれを推すのかという見識を示す評論家はほとんど見かけない。舌鋒鋭いあの美人の評論家も、年始の民放の番組で、「分からない」と答えている。

うっかり、固有名詞をあげれば、そうならなかったときに、政治評論専門家としての知見を疑われ、おまんまの食い上げになってしまうかもしれないから、軽々しい見通しは慎重に避けている、と私は思っている。

対中国・北朝鮮問題に関連して、国防力の強化・充実を持論とする評論家は、原資もないばらまき予算編成だと批判するが、国防力の強化、核武装の保持をするとして、憲法をどう変えるのか、その原資をどうひねり出すのかなど具体策は訊かれても、ウニャムニャ。

人のやることにケチをつけるが、だからどうすると説得力のある具体案はない。だから評論家なのだと開き直られれば、われわれ素人はどこまでも続く泥濘政治評論に惑わされ、鼻白むばかりである。

ちなみに、日清戦争の時の軍事費は当時のGNPの四分の一、日露戦争当時は二分の一だったそうだ。当時、こうでもしなければ、列強に太刀打ちできなかった。

第二次大戦では、戦後、私にも経験があるが、敗戦後の育ち盛りに、主食サツマイモにおかずはキュウリとナスビだった。だから、「イモ食ってぶー、マメくってぴー」だった。

だが、豊かな時代を思いっきり堪能してきた経験を持ついまの日本人がこんな試練に耐えられるとはとても思えない。

核を持つことも辞さない---その意気や勇まし。としたら、一体いくらかかるのか。この際、どなたか試算をしてご教授願いたい。

専門知識がないので、あれこれ評論をする識見は持ち合わせていない。ただ、一つだけ挙げれば、新聞の政治記事の中で、一番無意味なのは小沢関連の“作文”だと私は思う。

見出しを読めば、後は読むに値する中身はない。本文は過去の記事のスクラップの切り貼りでできた水増しで原稿であり、品のない誹謗中傷の“新語”の羅列に過ぎない。

この後首相になる可能性もない、知性も政治的な信念のかけらもない、言い訳ばかりの「一兵卒」の動向や発言をいちいち取り上げる意味がどこにあるのか。

各紙、各評論家が一斉に小沢関連記事や発言をぴたっと止める見識がほしいものである。もはや、ただの仕掛け屋にすぎない彼。起訴されたときぐらいは、ベタ記事で書くとして、彼の動向、発言は一切無視すべきだろう。

小沢担当の記者が、出勤簿代わりに、何か書かねばと思う気持ちは、経験上分からないわけではないが、こんな記事の掲載は無意味である。

先日の大学のOB会で、新聞や評論家がいかにも政治的な影響力があるような思い込みから大きく取り上げるのは、彼の増長に力を貸すだけでなく、まだ大物だという誤解を国民に与える、との意見の一致を見た。

併せて、果てしない泥濘のような首相・政権・政治批判。こんな記事を毎日読まされている中・高生に、愛国心を説くのはとても無理だろう、と。

善良な国民は果てしない泥濘評論に足を取られて身動きが取れなくなっている。何度首相を変え、総選挙をやっても何の意味もないだろう。 
                           20110130



2011年01月26日

◆脳梗塞の治療薬t-PAの投与時間延長へ

石岡荘十

脳梗塞治療の“特効薬”に、血栓を溶かすt-PA(アルテプラーゼ)がある。 

一般的に脳梗塞と呼ばれる症状には@心臓でできた血栓が脳に飛んで血管を詰まらせる脳塞栓と、A脳の動脈硬化によって血管が詰まる脳血栓の二つのケースがある。

こうなると脳へ行く血の流れが滞り、脳の組織が死んでしまうことを言うが、脳梗塞で倒れたあの長嶋茂雄さんの場合は、心原性脳梗塞だったと発表されている。

「心原性」とは、心臓病が原因のということで、心臓の中で出来た血の塊(血栓)が脳の血管を詰まらせたことを意味する。心原性脳塞栓というほうが正確な病名である。血栓が出来る原因は、心臓にある四つの部屋の一つ、心房がぶるぶる震える不整脈、心房細動であるケースが多い。

しかし、心原性脳塞栓の場合、条件がそろって適切な処置が行われれば、後遺症も残さずあっけなく回復することもある。その「条件」は、症状が起きてから3時間以内に処置をすること。その「処置」に使われるくすり、それがt-PAという血栓溶解剤である。脳の組織は血流が少なくなったからといって、とたんに死ぬわけではない。

ちょろちょろとわずかでも血が流れていれば活動をやめてじっと血流の再開を待つ。3時間以内に血流が戻ってくれば、患者は劇的に回復し、後遺症もまったく残らない。血流再開が早ければ早いほど、症状が回復して、後遺症も軽くなる可能性も高くなる。t-PAの点滴を開始して15分後に歩けるようになったという報告もある。

脳梗塞患者を寝たきりから救える“夢の治療薬”t-PAは1996年、米国で開発・承認され、欧米では広く使われるようになったが、日本でこの薬が認可されたのは欧米に遅れること10年、2005年10月になってからだった。

t-PAは1時間かけて静脈に点滴(「静注」という)することで、脳内に詰まった血栓を溶解して、閉塞血管を再開通させる効果が認められている。と言ってもすべての脳梗塞に効くわけではなく、

(1)発症時間が特定されて、発症から3時間以内に投与開始できる場合
  (2)治療前のCT/MRI検査で、脳梗塞の所見が全くないか、ごく軽微な場合
(3) 脳梗塞の症状が軽症から中等症ぐらいの場合

などこれを使える条件(適用条件)は厳しく限定されている。まかり間違えば重大な副作用を起こすからだ。特に発症からの時間については「3時間以内」と厳しい。

ところが最近、脳梗塞発症後3〜4.5時間(4時間半)であっても、t-PA投与により病状が改善するという臨床試験の結果を受けて、t-PAの推奨投与時間を「発症後4.5時間以内」に延長するガイドラインの書き換えが進んでいる。

<欧州脳卒中学会(ESO)は、09年1月にガイドラインを書き換え、t-PAの推奨投与時間を発症後3時間から4.5時間以内に延長した。その後、米国、カナダ、オーストラリアでも同様にガイドラインの書き換えが進んでいる>(この項「日経メディカルオンライン」)。これを受けてわが国でも、日本脳卒中学会が今年度中にも指針の改訂を行う見通しとなった。

併せて、現在80歳未満となっている適応年齢について、英グラスゴー大学のNishant K. Mishra氏らは複数の試験による検討を行い,80歳を超えても同療法の効果は80歳以下と同様であるとの結果を医学誌BMJ(British Mdical Journal)の電子版で報告。高齢を理由に適応から除外する現在の治療方針を見直すよう提唱している。

こんな学術報告を読むと、高齢者にとっては世の中がパッと明るくなったような気がするが、問題がないわけではない。

慎重に判断しないと重大な副作用を起こすおそれがあるからだ。例えば、「症状の悪化を伴うような脳出血の合併症が5〜6%に発生する。大出血を生じた場合には生命に関わることもあります」(聖マリアンナ医科大学)。日本脳卒中学会はこの治療が認められる病院は、次のような体制がなくてはならないとしている。

(1) CT・MRI検査が24時間可能なこと
(2) 集中治療のため十分な人員や設備があること               
(3)内出血などの不慮の事故に際し、脳神経外科的処置が迅速に行える体制 急性期脳梗塞(発症後24時間以内)治療の経験が十分(例えば年間50例以上)あること
(4) 省略

要するに、ヒトも設備も充分ではない病院には認めないということだ。ウン億円の検査機器、コンビニ並に24時間患者受け入れ態勢の使用条件を満たすところはそう多くはない。結果、t-PA投与の対象となる患者の割合は全脳梗塞患者の2〜3%程度に留まっているのが現状だという。

付け加えれば、救急体制との連携の問題もある。急性の脳梗塞だとわかっても、どこの病院に搬送したらt-PA治療を受けられるのか。救急隊員は、その情報をもっていないので、患者はたらい回しにされ、制限時間以内に専門病院に駆け込むことは、まず不可能だ。

そこで、いつ脳梗塞になってもおかしくない高齢者の防衛策は? もうこれは、本人があらかじめ、いざというときの“駆け込み寺”を決めておくしかないだろう。

本メルマガ主宰者、渡部氏がかかりつけの病院には、あの長嶋さんを診た名医がいて、t-PAにも対応する数少ないところだ。四六時中、診察券を肌身離さず持っていて、イザとなったら、救急隊員にこれを見せて「ここへ行ってくれ」と指示するしかない。
見習いたいものである。   20110121




2011年01月23日

◆君はもうシャリースを観たか

石岡荘十

弱冠18歳のシンガー、シャリース(Charice 1992,5,10〜).

音楽は聴くものだが、シャリースに限っては観る、そして聴くことをお薦めする。
そのシャリースがこのたび来日し、先日19日、NHK(総合)の音楽番組‘SNGS’に登場した。

彼女はフィリピン・マニラの貧しい家庭に育ち、幼い頃から歌で家計を支えてきた。小さいときからの天性のその卓越した歌唱力が自らの運命を切り開き、2010年、世界デビュー、1stアルバムは全米ヒットチャートで、アジア系のシンガーとしてははじめてベスト10入りし、総合8位に輝いた。

4歳の頃からDVで離婚した母が鼻歌で歌っていたセリーヌ・ディオンの歌を自然に覚え、地元フィリピンのアマチュア・コンテストで数々の賞を獲得、家計を支えてきた。世界的に有名になったのは、16歳のとき。動画サイトYouTubeに投稿されていた彼女の歌唱シーンが、1500万回ものアクセスで視聴されたことがきっかけとなった。

アメリカの有名番組の司会者オブラ・ウインフリーの目に止まりテレビショウに出演。ウインフリーが世界的な音楽プロデューサーであるデイヴィッド・フォスターに電話で推薦、わずか10日後のフォスターのショウに急遽、デビューしたのだった。典型的なアメリカン・サクセスストーリである。

デイヴィッド・フォスターはマイケル・ジャクソン、バーバラ・ストライサンドらを世に送り出しただけでなく、フランス語しかしゃべれなかったセリーヌ・ディオンに英語の手ほどきをし、映画「タイタニック」(1997年)の主題歌‘My Heart Will Go On’を謳わせた凄腕音楽プロデューサーだ。

DVD「デイヴィッド・フォスター」では、映画‘ボディー・ガード’(1992年)でホイットニー・ヒューストンが歌った‘Always Love’をカバー。150センチに満たない小柄なまだ16歳だったシャリースの絶唱に満場は総立ち、拍手は鳴り止まなかった。

圧倒的な歌唱力とパフォーマンス。司会とピアノ、進行をするデイヴィッド・フォスターから、「今夜、新しいスターが誕生しました(A New star born tonight.)という最大級の賛辞と、スタートしてのお墨付きを送られたのだった。
昨年6月には、大統領の就任式で50万人の聴衆を前に国家を斉唱する名誉を与えられている。

シャリースはNHKの番組で、「小さいとき家は小さく貧しかった」と流暢な英語で振返っているが、愛し続け、励まし続けてくれた母ラルケに豪華な家と2台の車をプレゼントした、と伝えられている。

DVDでシャリースをはじめて観たのは昨年の春だった。以来、年甲斐もなくハマっている。振り返ると、この年末年始、テレビは小学校の学芸会のようなジャリタレとアホみたいなお笑いのオンパレードだった。

大宅壮一の“予言“「1億総白痴」を目の当たりにした。この業界も、永田町同様世界的な水準から置き去りにされたガラパゴス状態であることを実感する。だが、音楽に関しては、選球眼さえあれば、ときどき珠玉の番組を掘り出すことが出来る。

19日のSONGSお見逃しの方には、再放送をお薦めする。今月24日(月) BS2 午後5:30〜5:59

でなければ、YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=tVuPu3FRk7A
あたりを入り口にwebを逍遥すればシャリース堪能することが出来る。
20100120  

2011年01月06日

◆ヒズ・マスターズ・ボイス

石岡 荘十

蓄音機から飛び出したラッパのような形をした大きなスピーカーの前に、きちんとお座りをして、ちょっと首をかしげた犬が音楽に聞き入っている。この図は、最近はあまり見かけなくなったが、歴史のある音響メーカー「ビィクター」のトレードマークである。

http://www.jvc-victor.co.jp/company/profile/nipper.html

昭和21年、群馬県新町(現・高崎市)に紡績工場があり、わが一家は中国から引揚げてきたばかりで、その社宅に住んでいた。木造平屋の粗末な建物だったが、その居間に、小型冷蔵庫ほどの大きさの電蓄がでーんと居座っていた。

クラシック好きの父親がどこでどう工面してきたのか、戦後間もない食うや食わずの時代にいかにも似つかわしくない“贅沢品”であった。

おまけに、唯一のレコード、これがすごかった。羊の皮表紙の12枚組みのアルバムで、その表紙の真ん中には「ヒズ・マスターズ・ボイス」が刻印されている。収蔵された曲は---

1.A&B パガニーニ作曲 「狂想曲イ短調」 ハイフェッツ
2A&B  ヘンデル作曲 「ピアノ組曲ニ短調」 フィッシャー
3.A&B  ヴェルディー作曲  歌劇「トラヴィアータ 第一幕、(あヽ、そは彼の人か)」 
ソプラノ独唱 アイデ・ノレナ

4.A&B  ヨハン・シュトラウス作曲 管弦楽 歌劇「蝙蝠 序曲」ミネアポリス交響楽団 
5.クラヴサン独奏 ランドルフスカヤ
A「燕・愉しき夢」
B シャコンヌ 円舞曲」

6. A&B  ハイドン作曲 「弦楽四重奏曲ヘ長調」 プロ・アルト弦楽四重奏楽団
7.バス独唱 シャリアピン ムソルグスキー作曲 
A  ヴォルガの舟歌
B 蚤の歌

8. チェロ独奏 ピアティゴルスキー
 A ウエーバー作曲「アダヂオとロンド」
  B フランクール作曲「ラルゴーとヴィヴォ」
9. A&B 管弦楽 バッハ作曲 「トッカータとフーガ」 フィラデルフィア管弦楽団 

10. A&B ベルリン独唱者連盟
  A バリトン独唱 ベートーベン作曲 「自然に顕はる神の栄光」
  B ソプラノ独唱 ヴェルディー作曲 「アヴェ・マリア」
11. A&B  ヴァイオリン独奏 ヴェラチーニ作曲 「奏鳴曲ホ短調」(ティボー)
12. A&B  管弦楽 ワグナー作曲 歌劇「ローエングリン」(第一幕への前奏曲) ニューヨーク愛好家協会 

どうです、この見事な選曲と演奏者の顔ぶれ。珍品はシャリアピン本人のサイン入りのレコードだ。一つしかないこのアルバムを小学校の高学年から高校を卒業して家を出るまで繰り返し繰り返し聴いているうちに、全曲、鼻歌を歌うように何気なくハミングできるように刷り込まれてしまった。

その一方で、ラヂオから流れるハリー・ベラフォンテ、高校のときには、高崎市に本拠を置く群馬フィルハーモニーオーケストラ」(群響)合唱団でロシア民謡から第九まであらゆるジャンルの楽曲を歌い続けた。

群響はあの映画「ここに泉あり」(昭和30年 監督今井正、音楽団伊玖磨、出演岸恵子・小林桂樹)で知られた市民オーケストラで、当時大学生であった小沢政爾もしばしば指揮をとった。

この映画のストーリどおり、夏休みには県内の田舎の中学校を群響と一緒に巡回して移動音楽教室を開き、歌った。

当時、シルクを生産していた鐘紡では、年に1回、当時有名な歌手を工場に呼んで、社員の慰労演芸会を開いていた。高峰三枝子、林伊佐緒、奈良光枝、灰田勝彦・晴彦----ナマの流行歌手を目の前にして、ジャンルを問わない音楽にのめりこんだ。

音に対するこんな思い入れのきっかけとなったのが、「ヒズ・マスターズ・ボイス」だった。この出会いがなければ、この歳で、クラシックからカントリー、演歌まで、数百曲をパソコンに取り込んで、一日中BGMに濫読ならぬ“濫聴”する生活をエンジョイすることにはならなかっただろう。

1889年にイギリスの画家フランシス・バラウドによって画かれビクターの商標となった原画は、フランシスの兄マークが亡くなるまで可愛がっていた愛犬のフォックス・テリア「ニッパー」が、兄のマークの生前、蓄音機に吹き込んだ声に聞き入っている姿を描いたものだそうだ。

愛犬ニッパーがラッパの前でけげんそうに耳を傾けて、なつかしい主人の声に聞き入っている姿だとビクターのHPにある。つまりHisMaster's Voiceに耳を傾ける姿なのである。

そこで話は飛ぶが---、

政権に関わる者は、この国の主である国民の声に耳を傾けるニッパーを見習ってもらいたいものである。         20110103


2010年11月16日

◆「巴里だより」ところ変わればビールも

          岩本宏紀(在仏)

アムステルダムの古いレストランでのこと。

旨いぞ、と同僚に薦められたビールは
口当たりよく、本当に旨かった。

ところがすぐにいい心持になった。
ラベルを見ると アルコール10% と書いてある。
普通のビールの2倍以上だ。

小瓶1本ですっかり赤くなってしまった。
デンマークのメーカー、カールズベルグには
エレファントという銘柄がある。

度数はたしかワインと同じ12か13。
僕は飲んだことはないが、アルコールに弱いひとは
水で薄めることもあると聞いた。

ところ変わればビールも変わるというはなしでした。
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2010年11月15日

◆ホイッスルブローアーの功罪

石岡 荘十

「ホイッスルブローワー」(whistle-blower)は「笛を吹く人」。もともと「危ないぞ! ピッピッ」と笛を吹いて歩行者や群集に注意を喚起する英国の警官のことを指す言葉だったそうだが、今では転じて通報者、内部告発者と訳されている。

密告者という言い方をすることもあるが、これはどうも仲間を裏切る者という陰湿で暗い感じがして、もともとの意味とはかけ離れている、と思う。

“尖閣事件“の映像が流出したという第一報を聞いた今月4日、ピンと来たのはこの単語だった。そして、11月10日案の定、海保の保安官が「自分がやった」と告白をして大騒ぎになっている。

まだ、映像を誰が流出させたか明らかになっていないときから「犯人探しはすべきでない」とか「機密漏洩罪や場合によっては窃盗罪などで捜査、刑事手続きにのっとって厳正に対処すべきだ」、と大雑把に言うと世論は二つに分かれていた。

その後、YouTubeに映像を貼り付けたのが海上保安官だとわかった今でも両論に決着はついていない。判断の分かれ目は内部告発者をどう評価するかにかかっているといえるだろう。

日本国内で内部告発者をめぐる問題が世間の関心を呼んだ事件があった。

雪印牛肉偽装事件(2001年)だ。国外産牛肉を国内産牛肉と偽ることにより、農林水産省に買い取り費用を不正請求した事件だが、取引のあった西宮冷蔵会社「雪印食品関西ミートセンター(兵庫県)」による内部告発で牛肉の偽装が発覚した。

事件の影響で西宮冷蔵は取引先からの信用が激減するなどし、一時は廃業状態にまで陥ったが、その後カンパを募るなどし、2004年に営業を再開した。

この事件をきっかけに、2006年「公益通報者保護法」が与党(当時)だけの賛成で成立した経緯がある。
   http://law.e-gov.go.jp/announce/H16HO122.html

その第1条(目的)はこうだ。

<この法律は、公益通報をしたことを理由とする公益通報者の解雇の無効等並びに公益通報に関し事業者及び行政機関がとるべき措置を定めることにより、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする>

つまり、公益のために企業の不正行為を内部告発しても、解雇などの不利益を受けないよう通報者を保護する法律であるとされている。

この法律ではまた、保護される通報者を退職者を含む労働者(公務員を含む)と定義しているが、通報内容は切迫性、確実性を強調するなど、気軽に笛を吹きにくい縛りをかけている。

ただもちろんこの法律が出来たころには公務員がインターネットに動画を貼り付けるような事態は想定外であり、万が一、今回の事件で通報者が逮捕、起訴されるようなことにでもなれば、この法律の解釈をめぐってややこしい法律論争を引き起こすことになるだろう。

それ以前に、問題の映像が機密事項なのかどうかも疑わしい。それでも事実上、法律家を自称する女房役が牛耳る内閣が「機密漏洩」「公務員法違反」を言い募るなら、法廷で決着するのも法治国家としては当然の手続きであるから、とことんやってみたらいい。

公益通報者保護法案について「もっと幅広く告発者を保護すべきだ」として反対していた当時の野党の対応が見ものである。いまのところ“漏洩”の動機ははっきりしないが、笛を吹いたノーベル賞受賞者を牢にぶち込むかの大国なみの失笑を買うことになるだろう。

あえて今回のホイッスルブローアー功罪を問うなら、国民に議論のネタを提供しただけでも彼の行動は評価されていい。ホイッスルブローアーを“密告者”とするような陰湿な受け止め方から、この際、脱却する絶好のチャンスである。         20101112


2010年11月08日

◆判って貰えないがん患者の性

石岡 荘十

子宮、卵巣、子宮頸がんなど女性特有のがんを患い手術を受けた女性は、もう女ではないのか、こんな疑問を抱き続けてきた知人が、会員制の月刊誌テーミスの求めに応じて、自分の手術体験をふまえて、術後の女性の性について赤裸々に告白する記事をまとめあげた。11/1発売号に掲載されている。

同誌は会員制の雑誌なので、ここに紹介する。

以下、要旨を引用。

「男性の方にうかがいたい。病気で卵巣や子宮を失った恋人や連れ合いのことを『女としてもうおしまいだ』と思っていませんか。婦人科のがん患者はその偏見に悩んでいます」

女性の場合、勃起する、しないに悩みが集中する男性とは異なり、パートナーや周囲の偏見による悩みが大きい。

病院で知り合った同じ病気をかかえる女性患者たちのなかにも、「夫のセックスの相手ができないのが申し訳ない」、「術後の女性の機能を知ろうとせず迫ってこられても、性交痛でセックスするのが嫌だ。

気持ちはあるけど応じられない」、「自分が女じゃなくなったのだから連れ合いが浮気をしても仕方ない」などと考える女性は多かった。しかし、そんな深刻な悩みをどこにも相談できない人もまた多いのだ。

病気をしたり、歳とったりした人は性の戦線からはずれて当然。60歳、70歳でセックスしてるなんて気持ち悪いと平気でいう若者もいます。病気で卵巣や子宮を取ると『もう女じゃないのね』と女性からいわれたこともありました」

女性にとっても、セックスは重要なのだ。命が助かった、仕事にも復帰できると一安心した時、「あのー、できますか?」と回診にきた主治医に思い切ってたずねると医師は、「うーん、性欲がいつ回復するかだけどね・・・。大丈夫だよ」と答えた。その後、退院時に渡された「退院の栞」の性生活についての説明に力づけられた。

「開始時期については個人差がありますので医師の指示に従うのが望ましいでしょう。初めは男性の方が浅いと感じますが性生活を繰り返していくうちに膣の部分が伸びていきます。

数か月で元に戻り、違和感がなくなります。膣の中の縫ってある部分がさけたり、傷ついたりすることはありませんので安心して行って下さい。また、性生活によって病気が再発することもありません。

ホルモン分泌の環境を整えるためには、むしろ積極的に性生活を行った方が良いと考えられています。

卵巣を摘出した方は性交時の分泌が減り、膣が委縮するため性交時痛が起こりますので、潤滑剤リュウブゼリーの使用をお勧めします。今までは、精子の一部が子宮の入り口より中に入り、膣内に排出された精子はすべて流れ出てきます(腹腔内には入りません)…」

退院後、夫に栞を見せ、セックスに挑戦してみた。

「まだお腹の傷も生々しい時期でしたから、お互いにお腹に触れるのが怖く、でも久しぶりの触れあいは素敵で、ただ抱き合い、触り合う時から体は反応して濡れました。

それでも挿入するとき彼はとても心配して『大丈夫?』と聞きました。久しぶりなので緊張もありましたが、始めの痛さはすぐに消えて、気持ちよくなりました。以前のようなオーガズムとは比べようもありませんが、満たされた気持ちで満足しました」

術後3年で夫とは別れたが、新しく出会う人に病気のことは話せても、ベッドに行きたいとはいえない。

「女性器を失っているという劣等感があるからです。婦人科がんを患い、離婚した芸能人カップルのニュースをみるたび、同じ悩みを抱えているのではと思うようになりました」

婦人科がん患者の悩みは病院での治療が終わってから始まる。しかし、医者や看護師との密接な関係はすでになく、相談相手もいない。前述の「栞」の内容を、引け目を感じている女性がパートナーに説明するのは難しい。

「退院する時に医師や看護師が、患者とそのパートナーに病気と性生活についての説明をし、疑問に答えてくれる機会があればどんなに救われるかわからない」。

これまでがん患者は命を救うことが第一とされ、セックスについてはタブーとされてきた。だが、若い世代も含め、2人に1人ががんに罹る時代だ。がん患者のセックスの問題は、生活の質という点からも真剣に取り組むべき時期に来ている。(引用終わり)

筆者は、私の大学の後輩で53歳のときから4回にわたって手術を受けた経験を持つ。高齢域に入って、ようやく率直に話せるようになったと告白している。    20101101


2010年11月01日

◆失明のリスクに怯えた夏

石岡荘十

本メルマガ2068号(10月17日)で、加齢疾病のひとつ帯状疱疹に悩まされた夏の騒動を報告した。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4996790/

今回はいま加療中のもうひとつの典型的な加齢疾病、失明のおそれもあった私の「加齢黄班変性」症例について述べる。

まず、加齢黄班変性とはどんな病気か。

眼に入った光は「角膜」→「瞳孔」→「水晶体」→「硝子体」というルートで「網膜」の上に像を結ぶ。その情報は「視神経」→「脳」に伝えられ最終的に映像として認識される。

ここまでは学校で習った。カメラに例えると水晶体はレンズ、網膜はフィルムにあたる。「黄班」は網膜の中でも視力をつかさどる重要な細胞が集中している中心部で、場所は視神経のちょっと上にある。

そこにある細胞が物の形、大きさ、色、奥行き、距離など光の情報の大半を識別する機能を持っている。その黄班の中心部である「中心窩(ちゅうしんか)」に変性、つまり異常をきたすと、視力の低下だけでなく、物がかすんで見えたり、視野の真ん中がぼやっと黒くなって見えたり、直線がぐにゃっとゆがんで見えたりする。

こんな症状を自覚したのは、昨年春、薄暗い部屋でテレビを見ていた時のことだった。70歳を過ぎてもコンサイス豆辞典を裸眼で読めた。眼には自信があった。テレビが古くなったせい、パソコン疲れかと思ったりして、丁度いい機会だとテレビを最新の薄型、デジタルに買い換えたりしてみた。が、症状は改善しなかった。どうも変だぞ---。

診察で「加齢黄斑変性」の宣告を受けたのは今年2月だった。黄斑部の機能が、加齢等の原因によって障害される疾患だった。検査で網膜の裏側にある脈絡膜から細い新しい血管(新生血管=脈絡膜新生血管:みゃくらくまくしんせいけっかん)が生えてきていることがわかった。

この新生血管は非常にもろく破れやすいため、出血を起こしたり、血管中の成分が漏れたりして、急激な視力低下の原因となっているという診断である。正確な病名は「滲出型(しんしゅつがた)加齢黄斑変性症」。視力検査では1.2あったはずの右目がなんと0.7にダウンしていたのだ。

この疾患は加齢以外の原因が明らかにされていない。このため、その発症を前もって抑えることができず、現在でもさまざまな治療法が検討されている。「おれはこのまま失明するのか」、猛暑の夏、怯えた。

従来、加齢黄斑変性症の治療では、外科的治療やレーザー治療などが行われていたが、ただ近年、「病気の進行を抑え、運がよければ病状を改善する、画期的な治療法が見つかり、急速に普及し始めている」という担当医の説明が救いだった。

その治療法は、眼球にぶっつり注射をする方法だ。注射液はノバルティス・ファーマ社(スイス)が開発・製造した商品名「ルセンティス」(一般名ラニビズマブ)。遺伝子組み換えによる薬品で、新生血管の出現を抑え、改善する効果がある。2006年アメリカFDA(食品医薬品局)とスイスで承認され、日本では2009年、去年3月から使われ始めた。初めての加齢黄班変性の治療薬である。

これを最初の3カ月間は月に1回、以降は様子を見ながら間隔を調節し、1回0.5mg を硝子体内に注入するという。だが、「眼球にぶっつり」でビビッた。この夏、眼下の敵「帯状疱疹」の治療で病院に行ったついでに視力検査をすると、右目0.63と病状は明らかに進行中であった。ルセンティスの効果は現状維持がほとんどで、治癒・改善(視力回復)の効果は希だとされている。となると、治療は早いほどいいということになる。
         
で、帯状疱疹がヤマ場を越えた9月29日、1回目の硝子体内注射を敢行。今月20日、2回目を終えた。手順はこうだ。

まず瞳孔を開く点眼をした後、歯医者にある大きな椅子に仰向けに寝る。椅子を水平近くに倒し、消毒用点眼液を注す、消毒液を生理食塩水で流す。麻酔液を点眼する、瞼を特殊な器具(滅菌開瞼器)で開く---そして注射。違和感はあるが、痛みは想像して、怯えたほどではなかった。が、脇の下と額にじんわり冷や汗が。ルセンティスをゆっくり注入する。「終わりました」とドクターの声。この間15分ほど。

片目を厚いガーゼでふさがれた“丹下左膳”である。その日は、迎えの家族の車で帰宅。翌日、朝一番でガーゼを外し簡単なルセンティス効果の確認。さらに1週間後、治療の精密評価、視力検査と言う手順だ。

結果は、1回目で視力が0.8、2回目で1.0と顕著な改善を見た。注射治療の前後3日間、抗菌点眼を毎日4回といったわずらわしさはあったが、担当医は2回目を終わったところで、「予想以上」と評価して微笑んだ。

それはそうだ。日本でルセンティス認可に先立って行われた臨床試験では症例88件中21例(23.9%)、ほぼ4人に1人が何らかの副作用があったと報告されている。主な副作用は、眼圧上昇8例、視力低下3例、眼痛3例などとなっているから、2回の注射で視力回復まで漕ぎつけた私のケースは「希な部類に入る」(担当医)成功例と言っていいだろう。
だが問題はルセンティス治療にかかる費用だ。

ルセンティス0.5mg のお値段は1本17万円と、それこそ目ん玉が飛び出さんばかりの高額なものである。3割負担で1回の請求書は5万5000円、前後の検査・診察・目薬などを合わせると1回につき6万円の出費であった。

来月半ば、3度目のルセンティスを予定している。

加齢黄斑変性症(AMD)は米国をはじめとする欧米先進国の成人(特に50歳以上)の失明原因の第一位であり、国民の注目度も高い眼疾患だとされている。65歳以上のアメリカ人の4人に1人がかかり、そのうち半数が失明しているという恐い眼病だ。

日本ではこの10年で倍増し、2008年時点の患者数は5万2000人と推定されている。失明原因第3位。病名が示す通り加齢が原因なので、年を取れば誰にでも起こりうる病気だ。放置すれば、光を全く感じられなくなるわけではないが、事実上、失明する。加齢黄斑変性症による失明は「社会的失明」と呼ばれる、と専門書には書いてある。
 
製造元ノバルティス・ファーマ社のルセンティス添付文書にはこう書いてある。

<ルセンティス0.5mg投与後、視力が維持された患者の割合は、投与6ヵ月後、投与12ヵ月後ともに100%(41/41例)でした。ルセンティス0.5mg投与後、視力が改善した患者の割合は、投与6ヵ月後で24.4%(10/41例)、投与12ヵ月後で31.7%(13/41例)でした>
http://www.lucentis.jp/m_sayo/index.html

加齢黄班変性の危険因子は何か。まだはっきりしていないが、喫煙がこれに当ることははっきりしている。紫外線を浴びる機会の多いテニスやゴルフ好きの方等は注意が必要だと言われている。伊達ではなく、サングラスをと専門医は注意を促している。

加齢黄班変性の適齢期のほとんどは年金生活者だ。運悪くかかったら、財布が持たないだろう。             20101028

2010年10月23日

◆加齢疾病連発に悩まされた夏

石岡 荘十

今日書こう、明日こそはと思いながら、胸や背中を孫の手で掻くのに忙しくて今日に至ってしまった。何の話か。すでに畏友毛馬氏が15日の本誌で報告しているように帯状疱疹“事件”の経緯についてである。

この夏は、典型的な加齢疾病といわれる病につぎつぎと襲われ、悪戦苦闘した3ヶ月だった。この間、私を襲ったのは帯状疱疹。発症から3ヶ月、やっと終息にこぎつけたと思ったら今度は、加齢黄班変性といわれる眼球の疾病である。これについては今なお加療の真っ只中であり、別稿で報告したい。

帯状疱疹の兆しが現れたのは6月の末のことだった。「夏バテ」というのは夏だけの症状だと思われがちだが、気候の変化が激しい梅雨時や初夏にも起こりやすい。

気温の乱高下に老体がついていけず、何もする気がしない。全身がともかくけだるい。にもかかわらず梅雨明けの翌日7月18日、以前からの約束もあって、猛暑の中、秩父盆地のど真ん中にあるゴルフ場に出陣。疲労困憊、這うようにして帰宅した。完全に体力を消耗していた。これが祟った。

思い返すと、その数日前すでに左胸の皮膚に違和感があり肋骨のあたりにピリピリ感があった。間もなく胸から左肩甲骨下にかけて赤い斑点がぽつぽつ。ゴルフの後から左側の神経に沿って激痛が走るようになった。

にもかかわらず、まだ帯状疱疹とは気がつかず、市販のかゆみ止め軟膏(レスタミン)を塗ったり、サロンパスの湿布を患部に張ったりして凌ごうと試みていた。無知は恐ろしい。

そうこうしているうちに、赤い斑点は水ぶくれとなり、夜はベッドの上で転々。背中を孫の手で掻きまくったものだから水ぶくれが破れ、かさぶたへと変わったがかゆみと痛みは治まらなかった。

遂にたまらず、行きつけの病院の皮膚科に駆け込んだのはゴルフから3週間を過ぎていた。

「帯状疱疹です。ずいぶん我慢強い方ですねぇ。もうかさぶたになり始めていますから、ペインクリニックに行きなさい」という。

帯状疱疹は、幼児に経験した水ぼうそうのウイルスが原因だ。ウイルスは長い間体内の神経節に潜んでいて、加齢(50歳代〜70歳代)やストレス、過労などが引き金となってウイルスに対する免疫力が低下すると潜んでいたウイルスが再び活動を始める。ウイルスは神経を伝わって皮膚に達し、帯状疱疹として発症するとされている。

東京女子医大の統計によると、発疹する部位は、一番多いのが私のケース。上肢〜胸背部(31.2%)、次いで腹背部(19.6%)、そして怖いのは頭部〜顔面(17.6%)などとなっており、高校の友人が右顔面に発症。何年か前のことだが、今でも顔面の筋肉がこわばっている。

最悪、失明をしたケースも報告されている。頚部〜上肢にも発症する。いずれの場合も体の左右どちらか一方に現れるのが特徴だ。

発症してすぐ気づき、すぐ適切な治療を受けた場合でも3週間は皮膚の痛みや痒みが続く。痛みがやや治まってからも神経の痛みは容易に治まらない。数年間、痛みが消えなかったと言う症例もある厄介な加齢疾病である。

まして、私のケースは、初期治療のタイミングを逸した。その祟りで、いまだにときどき、肋間や背中にピリピリと痛みが走る。

さて治療法である。皮膚科では坑ヘルペスウイルス薬を処方する。ウイルスの増殖を抑える飲み薬で初期の痛みや痒みを抑える効果があるが、私はそのチャンスを逃し、我慢強く無為に苦しんだ。

ペインクリニックでは、飲み薬と塗り薬を処方される。

【飲み薬】、

・鎮痛剤リリカプセル:今年4月、保健が適用されることとなった帯状疱疹の最新特効薬だ。

・セレコックス:リリカカプセルが効かない場合に飲む頓服錠剤。炎症による腫れや痛みを和らげる。
・メチコバール:末梢神経のしびれ、麻痺、痛みを改善する。
【塗り薬】、

・強力レスタミンコーチゾンコーワ(軟膏)

ペインクリニックでの治療5週間。今月初旬にくすりの処方が終わった。発症から3ヶ月の闘病であった。この間体力をつけようと金に糸目をつけず美食に走った結果、太ってしまった。

毛馬氏が先日レポートしたとおりで、初動がこの病気治療の決め手である。他山の石とされたい。

もうひとつの加齢疾病、現在加療中の加齢黄班変性については別途報告する。20101015
     

2010年10月13日

◆敵の敵は味方?

石岡 荘十

赤軍派の塩見孝也元議長が「小沢氏よ、裁判、監獄を恐れず、己の信ずる義を通せ!」と小沢一郎氏に応援メッセージを発信している。10月5日、私へのメールが届いた。こうだ。

「現代の検察、警察体制は腐敗の極にあります。これは、自民党体制が作り出したものです。警察、検察と自民党は運命をともにして泥舟に乗っているのです。

小沢氏は、これは権力闘争だと言ったようですが、まさにその通りです。小沢氏は、命を賭けてこの不当弾圧と真っ向から対決するべきである。

そうすれば、われわれ民衆は、彼の反弾圧闘争を支持します。鈴木宗男氏がそうであったように、反弾圧闘争は氏を鍛え直してゆくでしょう。金大中氏がそうであったように、ここで鍛えなおしをやれば、もっとスケールの大きい政治家として再生できます。小沢氏よ、裁判を恐れるな、監獄を恐れるな!」

塩見元議長が“時の人”だったのは40年前、70年安保のころのことだ。当時の学生や労働者、社会党を中心とする安保反対闘争に飽き足らず、暴力を以って政権を打倒しようと過激な運動を展開しつつあった。

同時に、日航機をハイジャックして仲間9人とともに北朝鮮に渡り、世界同時革命を実現する計画だったが、ハイジャック実行直前の70年7月15日、東京・田端のアジトから出てきたところで尾行していた警視庁捜査員に逮捕されてしまう。

懲役18年の刑期を終わって出所したのは89年の暮れだった。未決拘留期
間を含めると20年間、獄中で国家に扶養されて生き、出獄した後、いま
だ革命家を自称している塩身元議長(69)。

「獄中ボケが治っていない」と一部の元同志から批判される中、最近は時給 1000円で西武線沿線の大型スーパーで駐車場の管理の仕事をしながら、雑誌やネットで、憲法改悪反対や重信房子ら獄中にある昔の同志へのカンパを呼びかけている。

塩見氏は1941年5月22日生まれ。丁度その丸1年と2日後の1942年5月24日、小沢氏が生まれている。2人はバッチリ同世代なのである。

小沢氏が27歳で衆議院議員に初当選した1969年12月、塩見氏はまさに70年の安保闘争の真っ只中にあり、公安関係者の間ではすでに赤軍派議長として小沢氏よりはるかに“有名人”だった。総選挙1ヶ月前(‘69年11月5日)に大菩薩峠で起きた赤軍派の“軍事訓練”で指名手配されていた。

当時、私はNHKの警視庁担当で公安・警備担当だった。

当日の払暁、私は携帯無線を片手に、53人逮捕劇の大菩薩峠の現場にいた。無線で送った原稿がその日の朝7時のNHKニュースのトップを飾った。各紙の夕刊も一面頭で軍事訓練を伝えた。

塩見氏が逮捕されたのはその翌年7月のことだ。1人息子の歳の誕生日だった。以来、塩見氏にとって警察・検察は敵である。

メールの中で「警察、検察と自民党は運命をともにして泥舟に乗っているのです」と塩見氏はいうが、塩見氏が獄中にある間、その自民党を牛耳ってきたのがほかならぬ小沢氏だった。

が、時代はどう間違ったのか、いまや小沢氏の当面の敵は、塩見氏が、獄中20年を通じて怨念を抱き続けた検察権力なのである。不思議な因縁としか言いようがないが、塩見氏の敵である検察はまた、いま小沢氏の敵でもある。

だから、塩見氏が小沢氏に送る応援メールを読んで思い浮かんだのは「敵の敵は味方?」である。

同じ世代の2人。片や、かつては暴力革命論で世間を震撼させ、いま時給1000円のスーパーマーケットの駐車場管理人、一方は実質的には時の最高の権力者とマスコミははやし立てる存在である。

小沢氏が獄中の人に転落する可能性はまずない、と私は思う。駐車場管理人が送る「監獄を怖れるな」というエールは有難迷惑、役に立たないだろう。 20101010