2010年01月02日

◆立法府の怠慢(1)

石岡 荘十

この1年、派手々々しく、これでもかと政局関連の動きが繰り返し報道される中、もろに命に関わる立法の大切さをマスコミは申し合わせたように報道せず、法律は1ミリも進展しないまま、ひっそりと先送りとなった

医療現場が今すぐにでもと立法化を渇望している法律が2本ある。

1.延命治療に関わる法律

2ワクチン行政に関わる法律

このうちここでは、瀕死の患者に付けられた人工呼吸器を家族の了解・要請で取り外す医師の医療行為は、殺人罪に当たるか、延命治療に関わる問題を検証する。

<ケース1>

平成1998年11月、川崎協同病院(川崎市)で、当時58歳の男性が重い気管支喘息の発作を起こした。救命措置により心肺は蘇生したが意識は戻らず、家族の希望により医師が気管内チューブを抜き、患者は死亡した。

3年後の02年12月、神奈川県警は医師を逮捕。07年2月28日、東京高裁で殺人罪で有罪、今月7日、最高裁で上告棄却、“事件”から11年目に懲役1年6月、執行猶予3年の判決が出た。ところが、同じ人工呼吸器の取り外しで殺人罪に問われながら、医師が不起訴となったケースがある。  
                 
<ケース2>

富山県の射水市民病院で2000年から5年の間に、人工呼吸器を外された50歳から90代の男女7人の患者が死亡。調査を進めた病院側が06年3月に公表した。この“事件”について富山県警は08年7月、「重い処分は求めない」とする意見書を付けた上で、殺人容疑で当時の外科部長書類送検した。

結果、今月21日、殺人容疑で書類送検された元外科部長について、富山地検は、「呼吸器取り外しを殺人の実行行為と認定するのは困難」などとして、嫌疑不十分で不起訴処分にした。片や有罪、もうひとつは無罪だ。このギャップはどこから来るのか。

さらに、昨年10月、呼吸器外しをめぐって亀田総合病院(千葉県・鴨川市)の倫理委員会が、全身の筋肉が動かなくなる難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の男性患者が提出した「病状が進行して意思疎通ができなくなった時は人工呼吸器を外してほしい」という要望書について、同病院の亀田信介院長は「人工呼吸器を外せば逮捕されるおそれがあり容認できない。しかし、患者みずからが治療を選ぶ権利を奪うこともでき
ない」とハムレットの心境をコメントとして出した(m3.com 08年12月11日)。

この院長の言葉に医療現場の苦悩が凝縮されている。延命治療の限界、あるいは尊厳死についての法律は日本にはない。立法府のこの怠慢から、医療の現場では患者や家族、医師が呼吸器を外すに当たって殺人罪に問われるかもしれない判断を迫られるなかで、終末医療に取り組んでいる。

亀田院長は「踏むべき手続き、プロセスを法で定める必要がある。社会全体で議論してほしい」と提案している。

では海外では、患者や医師はどのような対応しているのだろうか。

厚労省の村重直子医系技官が、医療関係者限定の会員制のメールマガジンm3.com に興味深い論文『呼吸器外しと「Physician-Assisted Suicide」』を掲載している(08.12.15)。

それによると、彼女がニューヨークで勤務していた99〜02当時、"medically futile" つまり、治療しても治る見込みはないと医師が判断すれば患者の呼吸器を外すことは、"standard of care(標準的医療)"として日常的に行われていたという。

<呼吸器を外す行為は、担当医による医療行為の一環である。当然、担当医以外の第三者医師の判断を仰ぐ必要も、院内の倫理委員会に諮る必要もない。まして、刑事司法や行政が介入するなど考えられない。呼吸器を外すことに同意しない家族に遭遇したことはない。

治る見込みがないと診断されたにもかかわらず家族が呼吸器を外さないという選択をしようとした場合、合理性がないとみなされ、(はじめて)院内の倫理委員会に諮って第三者の意見を聞く必要性が出てくる>。これが「当然」「常識」なのである。

日米独の調査報告によると、ホスピスや緩和病棟において、「無駄な延命治療をしない」等の事前指示(Advance Directives)の書類にサインしている患者の割合は、米国79%、ドイツ18%に対し、日本ではわずか9%だった。

自らはサインせず、最も重要な意思決定を家族に任せたと答えた患者は米国とドイツでは、ゼロである。(日本では9%)。

だからといって、日本もこの方向で立法化すべきだといっているわけではない。患者と医師の間の契約にサインをするという概念が、日本人には馴染まないだけでなく、文化、生活、習慣、宗教観も異なるから、そのことを踏まえた充分な合意を探る必要があるだろう。

<ケース1>を有罪とした理由について最高裁は、「家族による自己決定の代行は認められない。家族の経済的・精神的な負担等の回避という思惑がつきまとってしまうため、否定せざるを得ない」としている。

「患者が意識を失う前の日常生活上の発言等は、そのような状況に至っていない段階での気楽なものととり得る」として、やはり否定している。つまり、家族が「もう結構です」と言っても、患者本人のはっきりした意思表示が証明されない以上、有罪とせざるを得ない、という。

罪名こそ「殺人罪」ではあるが、量刑としてはのりピーのあの覚醒剤等違法薬物の初犯とほぼ同じ軽い判決である。有罪とするに忍びないが、無罪とする法律がない、という判決だ。

と同時に、そもそも「「終末期において患者自身が治療方針を決定することは、憲法上保障された自己決定権といえるかという基本的な問題がある」と大きな疑問を投げかけている。

テキサス州の法では倫理委員会の判断に患者側が同意しない場合でも、最終的には、担当医は倫理委員会の判断に従って、呼吸器外しなどの延命治療中止をすることができる。

この延命治療中止はまた、民事・刑事上「免責」される。家族から訴えられることもない。呼吸器を外すという行為そのものに刑事司法が介入し、医師が殺人罪に問われている日本とは大違いである。

ただ<見落としてはならないことは、このような法が成立し得る米国の背景に、日本では想像もつかないことだが、「医学的に治る見込みのない患者に不必要な苦痛を与えることは、医師としてのモラルに反する」「医師は自らのモラルに反する医療行為を拒否する権利がある」という「常識」が存在することである>(村重医系技官)

データはないがこの高齢社会では、呼吸器の抜菅を迫られるケースは間違いなく激増するだろう。そのとき家族や医療従事者に迷惑をかけないためにも、この正月を機に、自らの延命治療の限界についての意思を明確に書き遺しておくべきだろう。 立法の怠慢を責めていたのでは間に合わない。20091231 

2009年12月18日

◆それで、次期首相には誰を?

石岡 荘十

新政権発足から3月が経った。100日間は、いわばハニムーンで世間も優しく、暖かく見守るというのが慣わしだそうだが、早くもマスコミ、ミニコミを含めての罵詈雑言、ヤメロコールの大合唱である。なまこだのアメーバだのといわれている。評論家として品がない。

つい先だって、旧政権末期の酷評が奏功して出来た新政権なのに、著名から無名まで、同じ口で今度はこれだ。なぜ?

それは、自民党が野党慣れしていないのと同じように、長年続いた自民政権時代に刷り込まれた判断基準で新政権を評価しようとするからではないのか。

竹で出来た尺貫法の物差しではなく、メートル法で、コンピュータで測らねばならない時代なのだ。最高権力者が、切っても切っても基本部分では似たような考え方の金太郎飴だった時代は終わったのである。「前例」も意味がなくなったのだ。それが政権交代ということなのだ。

例えば---

<八ッ場ダム問題>。住民に説明もなく中止をした手法に、「今までに巨額な投資をしてきたのに、住民無視、ヒットラーだ」だとかみつく。
                

<沖縄の基地問題>。「地元地方選の結果を待ちたい」という政府に対してはは、「判断の責任を地元に押し付けるのは無責任。米との約束があるのだから早く決断せよ、優柔不断」だと追及する。だが、「今までだって十数年かかった。いまさらあわてなくとも」と無期延期となった。

<子ども手当て>。マニフェスト通りスパッときめようとすると、バラまきだ、予算はあるのか」といわれる。

<事業仕分け>。2兆数千万円を搾り出したのに、「パフォーマンスだ。3兆円といったではないか」とケチをつける。2兆数千億の税金のバラまきをあぶりだしただけでも、上出来だと思う。事業仕分けをチャラにして元に戻せとでもいうのだろうか。仕分け人の1人は、「来年4月から独法中心に再開するらしい」と言っている。

<密約問題>。密約があったことはほぼ間違いなさそうではないか。ということは、数十年、歴代の首相は国民にウソをついてきたということになる。

つまり彼らは「ウソつき」なのだが、誰一人説明責任を果たしていない。外交に機密があることは認める。だが、政権交代がなければ、日本が自ら歴史を明らかにすることはなかったのではないか。

事情があったことは認めるにしても、「存命中の元総理はガン首をそろえて国会でその事情を説明すべきだ」という論陣をなぜか、見かけない。歴史の法廷で証言するのは一国の最高指導者の責務であると、私は思う。政界に留まるなどというのはもってのほかである。

<鳩山家の子ども手当て>。「悪うござんした」と頭を下げ、相続税をきちんと払い、説明責任を果たすべきだが、すっぱ抜いた西山氏(元毎日新聞政治記者)に言わせれば、「数1十年米国に払った袖の下に較べると、ちいせーちいせー」ではないか。

<小沢幹事長ご一行さまの訪中>。単独過半数目指しての選挙運動策であろう。新人とのツーショット記念写真。恥や外聞にこだわって、格好を付けていたのでは戦いには勝てないことを彼は知っている、と見た。

<天皇の中国要人との会見>政治利用問題だと姦しい。だが「30日ルール」は尺貫法時代の官僚が決めたものだ。医学的なエビデンス(科学的な根拠)があるわけでもない。

「政治利用論議」は「ともかく会わせたくない」本音を隠すための口実だろう。ただ、幹事長も長官も歴史上の「君側の奸」がどのように天皇を利用してきたか、学べと言いたい。

天皇・皇后が11/11、日本記者クラブ40周年記念のパーティーにおいでになった。二十数年前、宮内庁の取材を担当していた頃、まだ皇太子ご夫妻だった天皇・皇后に何度かお目にかかっている。

20年以上前のお誕生日には、東宮御所で開かれた記者会見で、代表質問をしたこともある。二十数年ぶりにお会いした両陛下は、会員と1時間ほど談笑した。少しお太りになったようだがお健やかとお見受けした。

昭和天皇の側近中の側近であった入江相政侍従長(1905-1985)とは定期的に会食し、雑談した。天皇は何かにつけて入江侍従長の意見をお訊きになったそうだ。入江さんに政治利用についてご意見をお聞きしたいものだ。

「犬が西向きゃ尾は東」というが、政権はいま、尻尾に振り回されている犬だ。だが、来年の参院選で単独過半数を取れば、尻尾を切り離すだろう。そのとき政権政党はドーベルマンとなる。

この犬種は元々は長く垂れた耳と細い尻尾をもっているが、子犬のときに耳も尾も切断する。警備犬として吠えまくり気に入らないと噛み付く。今の比ではないだろう。

「可及的速やかな総辞職を」というのはいいが、それでどうする? 批判を繰り返していればいいというものではないだろう。ケチをつけるだけなら誰にでもできる。政治のプロなら「何某を次期首相にせよ」とご高説を明示していただきたい。本誌の愛読者として心から期待している。

このままでは、最近新聞を読み始めた知り合いの中学生に、こんな国に「愛国心を持て」などとはとても言えない。
20091216

主宰者より:誰がいいか。それを言う有資格者は国会議員以外に無い。

2009年12月10日

◆医療費「+3vs−3%」の攻防

石岡荘十

来年度の医療費、診療報酬を上げるのか下げるのか、それとも据え置くのか。厚労省、財務省に関係団体を巻き込んだ攻防が展開されている。

いま論議が集中している医療制度改革論議の柱は大雑把に言って
・診療報酬(医療費)の増額の是非
・医師不足の解消
この2点だ。

国民が使う医療費(診療報酬)を「国民医療費」というが、2008年度この総額は34兆円にのぼった。社会の高齢化に伴って医療費は毎年3%程度ずつ多くなり、このままでは医療費が国を滅ぼしてしまうというのが、自民党与党時代の厚労省の主張だ。「医療費亡国論」である。

そこで小泉政権時代、この医療費を毎年2200億円ずつ削っていく政策がスタートした。その影響をもろにかぶったのは先端医療を行う大学病院や地方の基幹病院など第一線の医療現場である。

ここで働く勤務医は体力の限界ギリギリのところまで追い込まれている。日勤→泊り、そのまま日勤という長時間の連続勤務で睡眠不足。ふらふらのほろ酔い状態で患者の治療に当たっているという、研究結果もある。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4358074/

開業医を含め診療科別にみると、産科、小児科の医師不足は深刻だ。妊婦がたらい回しされて死亡する“事件”が社会問題となった。産科医がつぎつぎと廃業し、日本は「安心して赤ちゃんを産むことも出来ない国」になってしまった。若い人は、半分以上が結婚をしても子どもは要らないという。

このままでは日本の医療、国の体制全体が崩壊するとの危機感が高まった。舛添前厚労相は、最後に、
・医師の数をいまの1,5倍に増やす
・医療費の削減は行わない
というこの2点を置き土産に去った。新政権もこの方針を引き継ぐかに見えた。

ところが、新政権の“平成田舎芝居”とでもいえそうな「事業仕分け」を受けて具体的な予算の数字論議に火がついた。仕分け人の判断は
・診療報酬の配分を見直す
・薬剤費を大幅に減額する

つまり、薬価を大幅に引き下げ、開業医の診療報酬を引き下げ、医療費については据え置いて、勤務医への配分を厚くすることで開業医の待遇改善を図ろうというものだった(11月11日)。

ところがこれを受けた財務省の野田佳彦副大臣が「3%の引き下げ」と数字を挙げて医療費カットの意向を明らかにする。「診療報酬本体自体は、底上げではなくて大胆な配分の見直しを行うという姿勢で査定」する、と田舎芝居にお墨付きを与える発言(11月19日)をしたものだから、さあ大変。

選挙前の“公約”「民主党政策集INDEX2009」に、「総医療費対GDP比をOECD(経済協力開発機構)加盟国平均まで今後引き上げていく」と明記。2009年9月9日の三党連立政権合意書にもそのことが明記されているからだ。

加盟国の医療費平均は対GDP比で8,9%。日本は8,1%で、21位。つまりよく働く割に、稼ぎに見合った医療の恩恵は受けられない国なのである。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1890.html

3%以上の改定を今後3回続け、やっとOECD加盟国平均に追いつくという計算もある。
そこで「適切な医療費を考える民主党議員連盟(160人)」(会長、桜井充・参議院議員)は12月4日、幹事長室に、「医療崩壊を防ぐための緊急提言」を提出した。

提言は4項目だが、一番目が「次期診療報酬改定ではネットでプラス3%以上」とし、3%カットの財務省との間でバトルを展開している。

では肝心の所管大臣、長妻厚労相の考えはどうか。
12月3日、医療の現状把握のため、東京女子医大などを視察した後の会見で、次期診療報酬改定について触れている。

「市場メカニズムを考えれば、国民のニーズがあるところにお金が付くのは当たり前であり、中長期的には診療報酬もそのような体系にしたい。また日本の対GDP比医療費は、OECD先進7カ国の中でも最低。絶対的な金額の低さがある。

『これだけ負担すれば、こうした医療が受けられる』といった透明性のある議論をしていきたい。本体部分はプラス、薬価は下がるが、全体部分でプラスにしていく必要があると考えている。ネットでプラス改定を目指す」と述べている。

医療関係者は、勿論「+3%」支持である。固唾を呑んで議論の行方を見守っている。
「+3%か−3%かの攻防」はここだけではない。

診療報酬の詳細をきめる中央社会保険医療協議会(中医協、会長=遠藤久夫・学習院大経済学部教授)の総会が11月25日に開かれ、+3%を主張する診療側に対して、支払側は「保険料引き上げに直結するような診療報酬の引き上げを行う環境にはない」と主張。意見の隔たりは埋まらなかった。

医療費を引き上げれば、それはめぐりめぐって個人の負担となって跳ね返ってくる。かといって、ほって置けば日本の医療は崩壊する。

ここが思案のしどころなのだが、この論議の中から患者の声は聞こえてこない。
さて、あなたならどうする?  20091208

2009年12月01日

◆「新型インフル」で死んだ法皇

石岡荘十

インフルエンザというか、「はやり風邪」の記述を歴史の中にたどると、今で言う「新型インフルエンザ」はじつは昔から繰り返し起きていたことがわかる。だからいまさら「新型」というネーミングは「いかがなものか」と首をかしげる感染症や公衆衛生の専門家が少な
くない。

南北朝時代を描いた歴史物語、「増鏡」にこんな記述がある。

「ことしはいかなるにか 、しはぶきやみはやりて、ひとおおくうせたまふ」「しはぶき」は咳のことだから「咳をする病で多くの人が死んだ」ということだ。また、「大鏡」には、1000年前の寛弘8年(1011年)6月、一条法皇が「しはぶきやみ」のため死亡したと書かれている。

ずっと時代を下って享保18年(1733年)、大阪市中で33万人が流行性感冒にかかり、2,600人が死亡。この流行は江戸へ蔓延し、人々は藁人形で疫病神を作り、鉦(かね)や太鼓を打ち鳴らし、はやし立てながら海辺で疫病神を送った、とある。

これらの出来事は、いずれも6月、7月の暑い季節に起きており、疫学的に証明されたわけではないが、どうも、寒い時期に起きるいわゆる季節性の風邪とは違うようだ。

さらに、江戸時代には天下の横綱・谷風がはやり風邪にかかり本場所を休んで、連勝記録が止まってしまった。世間では「谷風もかかったはやりかぜ」と怖れ、四股名にひっかけて、はやりかぜのことを「たにかぜ」と呼んだそうだ。

天保6年(1835年)の「医療生始」という書物には「印弗魯英撒(いんふりゅえんざ)」の言葉が早くも見える。

そして1918年春から翌年にかけて、第1次世界大戦の最中、海の向こうではアメリカに端を発した史上最悪のインフルエンザ「スペイン風邪」がヨーロッパに持ち込まれて猛威をふるい、やがて全地球に蔓延する。

感染者は当時の全地球人口の三分の一の6億人、いろいろな説があるが死者は5000万人に達したといわれる。日本では、大正7年のことだ。当時の人口5500万人に対し最新の研究では死者は48万人に達していたと推定する説もある。当時の新聞の見出しはこうだ。
「西班牙風邪遂に交通機関に影響(東京朝日新聞 大正7年10月31日)」。「電信事務も大故障(読売新聞 大正8年2月6日)」---。

スペイン風邪については↓。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4570052/

これらは明らかに、季節性のインフルエンザとは違った。スペイン風邪の病原体が「新型インフルエンザ」と同じA型インフルエンザH1N1と分かったのは、1933年になってからのことである。

つまり、いま問題になっている新型インフルエンザはじつは「新型」でもなんでもなく、「旧型」のリバイバルなのである。その後1997年、アラスカの凍土の中から発見された4遺体から、肺組織の検体が採取され漸くスペイン風邪の病原体の正体が科学的に裏付けられた。

スペイン風邪だけでなく、6月や7月の湿気の多い梅雨のむし暑い季節に流行った「しはぶきやみ」もじつはいまの新型インフルエンザのご先祖様の仕業だったかもしれない。

「新型インフルエンザは時々現れる。1580年以来10〜13回パンデミック(世界規模の蔓延)が発生している」(国立感染症研究所の岡部信彦情報センター長)のである。

アジア風邪は1956年に中国南西部で発生し、翌年から世界的に流行した。ウイルスはA型のH2N2亜型である。H、Nの詳しい説明は素人には手に負えないのでここでは省くが、新型インフルエンザH1N1の親戚筋、「いとこ」か「はとこ」だ。死者はスペインかぜの1/10以下であったが、抗生物質の普及以降としては重大級の流行であった。

40年ほど前、前回の「パンデミック」である香港風邪(H3N2)が1968年に発生。6月に香港で流行を始め、8月に台湾とシンガポールに、9月には日本に、12月にはアメリカに飛び火する。結局、日本では2,000人、世界では56,000人が死亡したと言われている。日本では3億円事件のあの年である。

10年前、1998年にも香港風邪が流行った。このときはH3N2ウイルスだったが、アジア風邪(H2N2)のフルチェンジだったといわれる。

一昨年2007年に流行ったAソ連型インフルエンザの先祖は、30年前の1977年のソ連風邪(H1N1)だ。因みに、ソ連と名前が付いているが、“原産地”、つまり発祥地は中国だといわれている。1977年5月に中国北西部で流行をはじめ、同年12月にシベリア、西部ロシア、日本へ、さらに翌年1978年6月にはアメリカへと飛び火。

ウイルスがスペイン風邪と同型だったということで、研究室に保存されていたスペイン風邪のウィルスが何かの理由で漏れ出したという憶測もあるくらいよく似ている。

これらスペイン、香港、ソ連の風邪は、いずれも近年も流行を繰り返しているA香港型インフルエンザのご祖先、鳥インフルエンザから変異した新種のウィルスによるものだといわれている。

「新型インフルエンザ」とは、人間はまだ感染したことがない新種のインフルエンザのことを言い、新種のウィルスであるため、人間にとっては免疫が働かないとされているが、じつは中にはリバイバル、ちょっと“化粧直し”をして姿を現すものもあることがわかる。

いま大騒ぎしている新型インフルエンザは英語では‘Swine Flu’という。

‘New Type Influenza’などとは言わない。「新型」とまったく別のインフルエンザのような印象を与えるネーミングをしているのは日本だけのようだ。いま流行っているのはブタ由来のインフルエンザなのだが、死亡率が高く本当に怖いのは鳥由来のインフルエンザ(’Avian Flu’ Bird Flu’)である。

過去にも何度か鳥インフルエンザの“震源地”となった中国大陸の関連情報について業界では、今ひとつマユツバだという見方もある。ことによったら香港風邪のリバイバル型が周辺国を窺っているかもしれない。

軍事的な脅威ばかりが声高に議論されているが、ウイルスに対する警戒を怠ってはならない。2009.11.24

2009年11月26日

◆「古稀快挙」の反響・続編

石岡荘十

畏友、毛馬一三氏の友人がホールインワンという記事を見て思い出したことがある。

ゴルフを始めたのは14年前の誕生日だった。2歳違いの兄に「還暦記念でなにか始めたらどうだ」とそそのかされて、近くの打ちっぱなしへ連れて行かれた。

1ヶ月練習して、コースへ出て3月目の群馬のゴルフ場。135ydのショート。1打目はチョロって5・60ヤード。ところが、である。池越えの2打目が、あろうことかそのままカップイン。

その日は、台風一過の晴天だったがグリーン周りが荒れていて、20人ほどのおじさんおばさんが作業中だった。見守る中の、生まれて初めての70ydチップインバーディーで、歓声のスタンディング・オベーションである。

さらに同じコースで1月後、100を切った。この連続椿事が後々まで祟って、定年後の日常は、何をおいてもゴルフ、と相成った。ところが、好事魔多し。

62歳で心臓手術。最早これまでと覚悟していたが、精進が天に通じたか、1年後、戦線に復帰。

最近は、「100を切るとお赤飯」である。が、例のよく行くコースに、胃がんで胃を全摘手術した後、ホールインワンをした高校時代の悪友の名札がかかった記念樹がある。これが目障りだ。

現職在任中は「ウイークデーのゴルフ禁止令」を出してさんざん部下の恨みを買っていたゴルフだが、まだまだ諦めてはいない。奇跡を信じてホールインワン保険にも入っている。準備万端である。

馬場伯明さまへ。きっとその日が来ますよ。頑張れ!
(ジャーナリスト)




 

2009年11月25日

◆ワクチン「10mlバイアル」騒動

石岡 荘十

標題を見て「ああ、あの“事件”か」と思い当たる人はそう多くないだろう。新型インフルエンザのワクチン接種が本格的に始まっているが、“有能な”医系技官が計画した「ワクチン10ml入り容器」が、厚労省が考えもしなかった混乱を医療現場で引き起こしている。

「バイアル」は医療薬品を封入するビンのことで、ワクチン10mlが入ったものを「10mlバイアル」と呼ぶ。容器本体の素材はガラスでアルミシールを付けた薄いゴム栓で封をしてある。日本では10mlバイアルが医療機関に配られている。

一般的にインフルエンザワクチンは0.5mlを皮下注射することから、10mlバイアルは20人分、小児(1歳から6歳未満)では接種量が少ない0.2mlなので、もっと多くの50人に投与されることとなる。

1歳未満だと0.1mlずつ2回注射することになっているから100回分ということになる。これだけの患者がまとまらず、残ってしまうと、ビンの中に残ったワクチンは棄てなければならない。

一度開封されたバイアルは雑菌の混入の恐れがあるために24時間以内に使い切らなければならず、それを過ぎた場合は破棄するのが原則となっているからだ。

町の小さな診療所で万が一、それだけの希望者が集まらないときにはどうするか。ワクチン不足という中、捨てるのはもったいないので、優先対象以外の人にも独自判断で接種するなど"苦肉の策"に出る医師もいる。

山形のある病院では、余った分を捨てるとその分(1瓶6万円)は病院の自己負担となるので、病院の親戚や知り合いの子どもを急遽集めて、打った。ところがこれがばれて、国が決めた優先順位を無視したと新聞でたたかれる“事件”となる始末だ。

もったいないというだけではない。患者さんすべてが6歳未満だとすると最大で50回も一つのバイアルに注射針を抜き差ししなければならないので、雑菌が混入する危険があると医療現場から指摘されている。

医師が1人しかいないある地方の小規模な病院(関西)では、そうでなくとも新型インフルエンザの患者の診察でてんてこ舞いの中で、1日に100人もの患者に接種するのは不可能に近いという。

そこで、そのことを患者に説明すると、嫌味を言われる。子どもを抱えて、4軒目でやっと打ってもらったと母親がテレビで嘆いている。新型たらい回しとでもいうべきか。

それもこれも、原因は10mlバイアルを生産するよう国内のメーカーに指示し、配布した厚労省官僚の判断ミスにある。

ほとんどの欧米諸国では、10分の1の1mlのワクチンの入った注射器が使われていて、使い捨ての針で2人に接種する方法が一般的だ。使い切るように約1.2 mlが封入されている。

先進国で使用されているワクチンは、薬液が出荷されたときにはすでに注射針のついた注射筒に入っていて、”あとは打つだけ”というプレフィルドタイプが少なくない。取り扱いが簡易であるだけでなく、ヒューマンエラーを生じる要素が少ない。

それなのに日本では、10mlバイアルの方が「生産効率がいい」という理由で、“有能な”医系技官がこれに飛びついたのである。ワクチン不足を批判され、ワクチン調達の出足が遅れたことを責める世論を「これでかわせる」と踏んだのだ。だが結果は裏目。現場を知らない「机上の空論」の見本のような計画をさらけ出してしまったことになる。

当初、新型インフルエンザワクチンは「2回接種」で計算していたが、これが「13歳以下の小児以外について原則1回接種」となってワクチンの必要量に余裕が出来たことから、可能なら半月〜1カ月前倒しして今月中旬とするよう都道府県に要請した。

しかし、大阪のある医院の院長は、「1〜2週ごとに優先対象者を増やすという計画は全くナンセンスだ」と切って捨てる。

「1週間に500人接種すると決めても思惑通りその期間に患者さんを集中して来院させる手立てはない。それが出来るのは集団接種をおいて他にはなく、集団接種ならあらかじめ時間と場所を決めておいて事前に広報や郵送で周知することができるからだ。

このままでは、優先順位の高い未就学児の接種だけでも年内に終わらないことになる。計画はまさに現場の状況を知らない行政が決めた机上の空論といわざるを得ない」と現場の実情をメールマガジンに投稿している。

長尾クリニック(尼崎市)の 長尾和宏医師の提案(2009年11月7日MRIC)。                 

<10mlバイアルはどう見ても集団接種を想定しているとしか思えません。学校保健には学校医として開業医が出務しますし、保健所にも地域医師会から分担して応援医師を派遣すれば充分可能だと思います。

新型インフル接種には、個別接種より集団接種で対応した方が、医療現場の混乱を回避でき、副作用のサーベイランスの観点からも有益性が高いと思われます。是非、行政には早急な検討、決断をお願いいたします>

混乱する現場の声にたまりかねた厚労省は「10mlバイアルの生産は止めます」と言っているという。 2009.11.21

2009年11月14日

◆「心臓手術取り止め」の背景

石岡 荘十

産科、小児科などで医師不足が深刻な社会問題となっている一方で、医師が多すぎることがかえって裏目に出て、心臓血管外科手術を廃止する事態が出来し始めている。

長野県岡谷市が経営する岡谷塩嶺病院が今年度一杯で心臓血管外科を休止することとなり、地元市民の間で大騒ぎになっている。(以下、事実関係は信濃毎日新聞を参考にする)。

岡谷市では重い財政負担から市内にある大病院岡谷塩嶺病院と市立岡谷病院を統合し、13年に新病院開設を目指している。このうち塩嶺病院は日大医学部(東京)の“関連病院”で、心臓手術は日大から派遣された医師6人(畑博明院長ら外科医4人,循環器内科医2人)が一手に引き受けている。

ところが日大は、「岡谷病院と統合すると他の専門外の仕事にも追われることとなるおそれがある。(若手医師の)教育の場として維持できるかは疑問」だとし、心臓血管外科医全員を引き揚げ、この地方から撤退する方針だという。

一方、岡谷病院は信州大学系の“関連病院”で、日大の医師が引き揚げた場合、循環器内科医は信州大学から派遣を受けて凌ぎたいとしているが、外科医がいなくては、心臓手術は出来なくなる。

塩嶺病院は日本心臓外科学会など3つの学会からつくる「心臓血管外科専門医認定機構」から「基幹病院」としての認定を受けてはいるが、じつはこの数年の患者数は減り続けている。

04年〜07年は年間平均100〜106例を手がけていたが、08年は77例、今年は50例を切る見通しだという。

京都大学の元心臓血管外科教授で現在は名古屋ハートセンターの米田正始(こめだ・まさし)心臓血管部長は、「神の手」を持つといわれる名医だが、「最低年間100例の執刀をしなければ、プロといわれる心臓血管外科医のスキルは維持できない」と言う。これは米田医師だけでなく、いわば業界の“常識”だといわれている。

だとすると、塩嶺病院は表向き外科医引き揚げの理由として「(若手医師の)教育の場として維持できるかは疑問」だとしているが、本音は、年間50例しか患者がいないこの地方では、プロとしてのスキルが出来なくなる。

つまり、医師引き揚げの本音は、患者数が少ない、言い換えれば、患者数に較べ医師が多すぎて若手の教育が出来ないばかりではなく、経営的に病院が維持できなくなる、と日大が判断したと言うことだろう。

この傾向は、岡谷市だけではない。

心臓血管「外科専門医認定機構」が専門医と認定している心臓血管外科医は2086人(09年3月現在)。対して、外科手術が必要な患者は年間5〜6万人だから、外科医1人当たりの症例数は30人に満たないことになる。

これでは、プロとしてのスキルを維持できるはずがない。そこで、多過ぎる専門医の間では患者の奪い合いが起きている。

奈良県郡大和市の病院を舞台に、生活保護受給者を見つけてきては心臓手術をし、診療報酬を不正に受給した事件がつい先だって表沙汰になっている。

それでも、患者を集められない病院は「心臓血管外科」の看板を降ろさざるを得ないところへ追い込まれるのである。岡谷市のケースにはこんな背景があることに気づかなければならない。そこに着目した方策を探らなければ根本的な解決には到達しない、と私は考える。

ひとつの方法は、病院のもっと広域な統廃合を考えることだろう。例を挙げる。

神奈川県大和市にある心臓病専門病院「大和成和病院」は院長以下4人の専門医で年間500例をこなす日本でも有数の施設だが、ここへは、例えば近くに頼れる心臓病院のない福島、静岡などの重症の患者がヘリコプターで搬送されてくるだけでなく、沖縄、北海道から南淵明宏院長のウデを頼って来院している。

南淵院長の主張は「多過ぎる心臓血管外科病院をもっと統廃合し、機動的な治療体制を整えなければ助かる患者も助からない」である。

岡谷市は、長野県のほぼ中央に位置し、諏訪湖の西岸に面した人口5万4000人の町だ。北は松本、東は下諏訪町、西は塩尻市、南は諏訪市・辰野町と接している。

この周辺都市の医療体制についての知識は私にはない。しかし、心臓や脳など高度な技術が必要な専門病院を地方行政区分に従ってあちこちに作っても、自治体の財政負担は大きくなるばかりである。

専門病院の広域統廃合がなければ問題は解決しない。あわせて、ドクターヘリなど患者の救急治療・搬送体制の整備、これも周辺都市と広域運用する体制を目指す必要があるだろう。本当は、国にお願いできればいいのだが、そうも行くまい。

昔、「教育1等県」といわれた長野県。地方自治能力の発揮のしどころではないのか。  

◆2009.11.13・全国版「頂門の一針」に掲載 <ジャーナリスト>

2009年11月06日

◆瓦解する日本医師会

石岡荘十

新政権が、長年の自民党の強力な支持団体、金づるでもあった日本医師会の首を真綿のようにふんわりと締め上げている。

<日本医師会(日医)の政治団体である日本医師連盟(日医連)は10月20日開かれた執行委員会で先の衆議院議員選挙を総括し、連盟の活動方針にある「支持政党は政権与党である自民党とする」を白紙撤回することを決めた>(以下、m3.com:医師限定メールマガジン)。

この席で「白紙撤回」した理由について、常任執行委員の内田健夫氏は、自民党が「政権与党」でなくなり、現実に合わなくなったと述べたが、そうかといって、民主党支持に一気に乗り替えるところまでの踏ん切りはつかず、来年夏の参議院議員選挙では、自民党の西島英利氏の推薦を継続することを確認した。

ただ他の政党の支持を受けた立候補者でも、意見を聞き、日医連として推薦するとしている。満場一致ではなかったが、唐沢祥人委員長(日本医師会会長)の総括として、認めてもらった。わけが分からん。明らかに、自己矛盾を起こしている。執行委員会には150人が出席していたが、どうしたらいいのか分からなくなっているのだ。

その兆しは、選挙前にすでに現れていた。茨城県医師会をはじめとする地方組織が、民主党支持を打ち出していた。そして執行委員会に先立つ19日、茨城県医師会長の原中勝征氏が、再選を目指す唐沢医師会長に対抗して来年4月の日医会長選会長選挙へ出馬すると表明。内部分裂がはっきりしてきた。

茨城県医師連盟委員長の立場で執行委員会に参加した原中勝征氏は記者会見で「初めからほぼ予想された結論だった。議論もほぼいつもと同じ。執行委員会の結論は、果たして一般の意見を代表しているのか」と疑問を投げかけた。

そうこうしているうちに、日医城の外堀を埋める動きがつぎつぎと明らかになってきた。

まず、中央社会保険医療審議会(中医協)の審議会委員の人事だ。

中医協は診療側7人、支払い側7人、公益側委員6人の計20人で構成され、診療報酬、医療費、医療制度など重要な案件の審議機関だが、これまでは、厚労省の医系技官が書いた原案をそのままそっくり承認する、官僚の隠れ蓑に過ぎない、自民党を支援する日医が開業医に有利な形で影響力を行使している、という批判を受けてきた。

ところがこの時期、(日医にとっては折悪しく)新政権発足間もない10月1日、診療側7人中6人が任期満了を迎えたのだ。この機会を新政権が見逃すはずはない、と思ってみていたら---案の定である。

特に、日医のいわば指定席となっていた診療側代表7人中3人が再任されなかったのだ。首になったのは日医の副会長、常任理事2人。
替わって選任された委員は、

安達秀樹・京都府医師会副会長
嘉山孝正・山形大学医学部長
鈴木邦彦・茨城県医師会理事

いずれも、民主支持の組織や地方の代表である。安達氏は山井和則厚労大臣政務官と同じ京都が拠点で、早くから民主支持を表明している。

嘉山氏は舛添要一・前厚労大臣のアドバイザー的役割を果たしたこともあり、勤務医の利益代表といえるだろう。大学関係者が中医協委員として入ったのは初めてのことだ。鈴木氏は、茨城県医師会長の原中勝征氏の推薦である。

長妻大臣は、記者会見で「中医協は重要な会議。民主党は医療再生を目指している」と、それらしい建前を述べているが、誰が見たって「日医外し」だ。「露骨な報復人事」と日医の中川俊男常任理事は批判しているが、犬の遠吠えとしか聞こえない。

追い討ちをかけたのが、社会保険審議会(社保審)人事である。10月30日、社会保障審議会(社保審)の医療保険部会委員の一部が任期満了を迎えたのに伴い、新しい委員の人事が行われた。

社保審には、医療・介護・年金・福祉の分野別に、分科会・部会があり、そのなかのひとつ医療保険部会は、保険制度について論議が行われる。大きいのは診療報酬の方針を決める作業だ。

医療保険部会の委員は21人。任期満了を迎えたのは6人、うち2人は再任、残る4人が新任となったのだが、日医の指定席はなくなった。新任での注目は諫早(長崎県)医師会長の高原晶氏。

諫早医師会執行部は衆議院議員選挙で、茨城県医師会と並んで、いち早く民主党支持を打ち出した。最終的に諫早支部としては「自主投票」としたが、同医師会がある長崎2区では、自民党現職だった久間章生・元防衛大臣を破って、民主党新人、薬害肝炎九州訴訟原告団代表の福田衣里子氏初当選という金星を挙げた。

こんな経緯を思い浮かべると、来年夏の参院選をにらんだ「ご褒美?」と勘ぐりたくもなる。

いずれにしても「勝てば官軍」、やり放題に見えるが、「政権交代」というのはそういうことなのである。開業医の利益代表者だった日医は、政権与党へのルートを絶たれてしまった。いったい日本医師会はどういう意見をどこに持っていくか、ルートがなくなってしまった。

新聞に、日医会長出馬に名乗りを上げた茨城の原中氏が小澤幹事長と会ったと小さく出ていた。勤務医の処遇を改善すると厚労相は語っている。潮目は変わった。

武見太郎以来、自民党との二人羽織を演じてきた日本医師会の瓦解の始まりである。
20091103

2009年10月31日

◆大規模な中国のワクチン治験

石岡 荘十

ランセット(Lancet)と並んで世界的に権威のある医学誌だとされるNEJM(The New England Journal of Medicine)が、「さまざまな年代群における新型インフルエンザワクチン」 (A Novel Influenza A (H1N1)Vaccine in Various Age Groups)と題する論文を掲載し、専門家の注目を集めている。(原文は下記)

http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMoa0908535

論文は、中国で3歳から77歳までの2200人を対象に年齢別に4群に分けて、新型インフルエンザワクチンの有効性や安全性を調べた試験(治験)についてだ。具体的には

 ・プラセボ対照のランダム化比較試験
 ・1回接種と2回接種
 ・アジュバンドの有無
などによる抗体価(免疫力)の変化を調べている。

試験の詳細はきわめて専門的なものなので、ここでは、その概要の紹介にとどめる。

まず、「プラセボ対照のランダム化比較試験」というのは、治験に参加する人をランダムに2つのグループに分ける。一方にはワクチンを打つ、もう一方のグループには偽のワクチン(プラセボ)を打つ。その上で、双方を比較する試験のことで、これによってワクチンの効果を確かめることが出来る。

ワクチンに限らず、新薬が開発されたときなどには、相手の同意を得たうえで行われる標準的な治験方法である。

つぎの「1回接種と2回接種」は、2つのグループに分け、一方には1回しか打たない、もう一方には3週間後に2回目の接種を行う。そしてこの双方の効果にどれくらいの違いが出るかを比較する。

これによって、我国でも問題となった1回打ちでいいのか、2回打たなければ充分な効果が出ないのかを判断するデータを得ることが出来る。

最後の「アジュバンド(adjubant)」というのは、ワクチンの免疫力を強める目的でワクチンと一緒に投与される試薬のことで、国内産のものにはこれを使っていない。

しかし欧米から輸入を予定されているワクチンにはこれが含まれている。因みに「ブースター・ロケット」というと、ロケットの推進力を高める2段目の補助推進装置のことをいう。

ところが、厚労省医系技官のなかには、このことを理由に「輸入ワクチンは危ない」と否定的な意見を吐く者が少なくないが、じつは新型インフルエンザについて欧米でも日本でもきちんとしたアジュバンドの試験が行われたことはない。

中国でアジュバンドの有無を比較した治験が行われたとすれば、世界で初めてということになる。

NEJMによれば、研究を実施したのは、中国江蘇省をはじめとする行政機関、Southeast Universityなど。ワクチンを製造したのは、中国のHualan Biological Bacterin Companyだという。

新型インフルエンザワクチンの有効性について、このような大規模な治験は初めてのことだ。日本での治験は20歳から50歳までのわずか健常者200人についてのものだけで、ワクチンの有効性、全体像を評価するデータとしては不足だとされ、他の年代別の治験は先送りになった経緯がある。

ワクチン接種の回数をめぐっては、厚労省内部でごたごたがあり、マスコミを誤報へ追い込んだ。この“事件”については、10/23既報の通りである。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4648006/

自治医科大学感染免疫学講座・臨床感染症学部門准教授の森澤雄司氏は「この論文は二重の意味で、衝撃だった。臨床医学のレベルで日本は中国にはるかに及ばないこと、日本のワクチン戦略が世界標準から大幅にずれていることが浮き彫りになった」と述べている。

森澤氏は厚労省の新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会などで、専門家の立場から積極的に発言しているだけでなく、前厚労相に対しても医系技官の施策に批判的な意見を述べてアドバイスしているが、

同氏はさらに「日本では200人という規模で臨床試験をやっただけで、中間結果が報告されたのは10月16日だった。それに対して、中国では(大規模な)臨床試験の結果が既にNEJMに掲載されている。もう率直に言って、話にならない。

また、従来、感染症の領域ではドラックラグ、つまり新開発の薬を患者に投入できるまでの時間差、あるいは、海外での新薬を国内承認できるまでの時間差はあまり問題になっていなかったが、今回の新型インフルエンザでは、急に流行が開始し、早急な対応を求められる事態になり、ドラックラグが強く認識されるようになった。

中国で今回の試験が可能だったのは、ワクチンを海外に売ろうという意識を国策としてきちんと持っているからだ。これに対して、日本ではワクチンを作っているのは小規模のメーカー(4社)。

行政が企業を守り、護送船団でがんばるという発想はもうあり得ないはずなのに、まだやっている。今の状況は、そのようにしか見えない。

ワクチンを作るのであれば、ワクチンを輸出するくらいの心意気、ビジョンが必要なのではないか」。と憤懣やるかたない思いを医療従事者限定のメールマガジン(「m3.com」)で語っている。

「そもそも国産ワクチンと輸入ワクチンを区別して考えているのは、恐らく日本だけ。この考え自体が、世界標準からも大幅にずれている」と批判している。

仰るように、論文が示唆するところは少なくない。ただ、中国の食品問題で痛い目にあっている日本人としては、「エッ、中国製のワクチンだって?それは勘弁してよ」という庶民感覚があってもおかしくない。

治験に参加した人々がどのように集められたのか、重大な副作用がおきた場合の補償はどうなっているのか、NEJMの論文で示された科学的なデータだけではストンと腑に落ちない、別の次元での不信感は拭えないというのが、素人の筆者の正直なところである。20091028

2009年10月23日

◆誤報!「ワクチン1回接種」

石岡荘十

<新型インフルエンザの国産ワクチンの接種回数について、厚生労働省の専門家会議は16日、免疫が上がりにくいとされる「1歳から13歳未満の小児」以外は、原則1回接種とすることで合意した。来週にも1回接種の方針が正式決定する見通し>(産経ニュース2009.10.17 02:00)。

この記事を読んだ読者は、ほっとしたに違いない。

<2回接種を想定した場合の2700万人分から大幅に増加し、4000万人分の国産ワクチンが確保されることになる。輸入ワクチン(4960万人分)が使われる予定だった高校生や高齢者にも国産ワクチンが使われる。また、輸入品の接種効果も調査中で、こちらも1回で効果が確認されれば、国内生産分と合わせ全国民にワクチンが行きわたる計算となる>

とご丁寧にワクチン不足が解消したような明るい見通しを付け加えてあったからだ。

しかし、この記事は誤報であった。そのことが明らかになったのは、3日後のことだった。事の次第は、20日付け朝刊で各紙が一斉に報じている。

産経新聞の見出しは「突然の政務官介入---方針は二転三転」。つまり足立信也政務官が突然、1回接種に異論を唱え、口出しをしたお陰で結論が変わり、先延ばしにされというニュアンスだ。 

19日午後9時20分、厚労省で専門家を集めた意見交換会(ヒヤリング)が急遽、公開で開かれた。この模様を伝える記事で各紙は「16日まとめた1回説は世界保健機関(WHO)の事務局経験者、つまり権威のある委員の結論なのに、政治家が横車を押してくるなんて、けしからん」と言っているのである。

<厚労省のある幹部は、「脱官僚を掲げる民主党としては、医系技官と一部の専門家で決めた内容が気に入らなかったのだろう」と語った>(産経新聞)と誤報の言い訳をするように、官僚の愚痴を紹介している。

ところが、フリーマガジン「ロハス・メディカル」がウエブ版でヒアリングのやり取りの一部始終を明らかにした記事(下記URL)を読むと、上記の記事は明らかに、会議での議論を捻じ曲げ、的外れなものであることが分かる。

http://lohasmedical.jp/news/2009/10/20010545.php
「原則1回接種」と報道した最初の各紙の記事は、専門家会議での合意事項を(記者クラブで?)役人に聞いて、これを記者が厚労省の最終的な方針として受け止めて報道したものであることが分かる。

足立政務官は「リザルトとディスカッションがゴチャ混ぜになっている」と述べている。議論の途中での発言(ディスカッション)と結論(リザルト)を混同しているというのである。単なる意見交換会の話し合いを、決定事項として報道したことになる。つまり、冒頭で紹介した記事は誤報だったのだ。

それだけではない。
19日の政務官によるヒアリングの席で、医系技官が説明した「1回接種」について自治医科大学の森澤雄司准教授は、医系技官の提案には科学的なエビデンス(根拠)がない」と述べているが、産経新聞にはこのような批判的な発言は一言も紹介されていない。

ヒアリングに出席した委員の中で、16日の専門家会議で「1回接種」を認めた尾身茂自治医科大学教授は、元医系技官。WHOでの勤務経験もある人物だが、これまでにも「明らかな失策」という評価が定着している「水際作戦」についても、当時、記者会見で肯定的な発言をし、医系技官に肩を持った経緯がある。

なんとなく臭う。彼のことを“御用学者”という専門家もいるほどだ。

限られた年代(20〜50歳)の健康な人を対象にした小規模な臨床試験結果を根拠に、「1回接種」を全体に適用できると判断する医系技官の主張は、「事実」と「推論」の区別が出来ていない結論だ。

医師の教育課程でみっちりトレーニングを受けていないのではないか、あるいは、医系技官の多くは、初期研修を終えて、そのまま行政官となっているため、科学者としてのこの基本を失ってしまったのかもしれない。

まともな医学トレーニングを受けた医師の提案とは思えない。

「はじめ、医系技官の行動は保身のための“確信犯”ではないかと思っていたが、判断の前提条件を3重にも4重にも間違えている。

以前は確信犯的にやっていると思っていたのだけれど、最近は本当に知らないんじゃないかと思うようになった」と委員の1人はあきれ返っている。

さて、署名入りで誤報をした記者である。役人に聞いたことをそのまま記事にする役人主導時代のクセが抜けきっていないのではないか。他の新聞もそうだ。16日の会議が終わったのが午後2時。その会議の結果がその日の夕刊に載るのはおかしくないか。

誰かが情報を事前にリークしたに違いない。役人が小声でささやいた情報が政府の方針とはならない時代なのである。その気になってとばし記事を書いたり、偏向したりすると、医療関連では特に電子メディアの記者も細かく目を光らしていて、すぐ底が割れる。

新政権にはいろいろな批判がある。しかし、副大臣や政務官の働きぶりはこれまでなかったものだ。目立ちすぎという声も聞こえるが「政治主導」を楽しんでいるようにさえ私には見える。

医療関連では、足立政務官がすでに医系技官の天敵の様相を見せている。参院一期目とはいえ、外科臨床歴23年、助教授の経験もある政務官はそうざらにはいない。これから、官僚とのバトルが見ものである。 200921

2009年10月21日

◆ワクチン接種は1回か2回か

石岡荘十


新型インフルエンザワクチンの接種が始まったが、その効果をめぐる議論が専門家の間で続いている。議論のひとつは接種回数の問題である。

ワクチンはこれまで1人につき2回接種しなければ、免疫効果が出ないとされていたが、厚労省は16日、20歳から59歳までの200名の健常成人を対象に行なわれた臨床試験の中間報告を根拠に、「1回の接種で十分な免疫が得られた。13歳以上は原則1回」とする方針を示した。

マスコミのなかにはこれが最終決定だという印象を与えかねない報道をしたところも少なくない。

接種回数にこのように厚労省がこだわるのは、ワクチンの絶対量が不足していることについて、厚労省の責任を問う世論が起きているためだ。2回接種を1回にすれば、倍の国民に接種することが出来る計算となり、予定されている海外からの輸入分をあわせれば、全国民に新型インフルエンザに対する免疫を実現できるというのが厚労省の目論見である。1回接種が実現すれば責任を問われなくて済む。

ところがこの報道を受けて、感染症専門家の間から「原則1回は拙速」という批判が続出したことから、足立信也厚生労働政務官は19日夜、厚労省の意見交換会で新型インフルエンザ用ワクチンの「接種回数を原則1回としたのは拙速だった」として、同省内に専門家を集めて議論のやり直しを行った。

この席で足立政務官は国立病院機構による臨床試験は「健康な成人200人弱で行われながら、結論がほかの接種対象者に拡大解釈された。20〜50代の健康成人について、1回の接種で一定の効果があるとしか言えない。2回接種の効果とも比べたわけでもない」」と指摘。

つまり、健康な限られた年代の人を対象にした試験結果を、科学的、医学的な根拠も示さないで他の年代や妊婦、基礎疾患のある人にまで拡大評価した医系技官の“暴走”を批判したものだった。

会議に出席した東北大学大学院感染制御・検査診断学分野講師・森兼啓太氏は翌日(10/20)、厚労省方針を疑問だとする理由を、会員を医師に限定したメールマガジン「MRIC by 医療ガバナンス学会 」でおおむねこう述べている。

<20歳から59歳までの200名の健常成人を対象とした試験では、1 回接種した96人中、75 人(78.1%)が)HI 抗体価(免疫効果)が40倍となっている。従って、健常成人では国産ワクチンの1回接種で十分な効果を得ることが期待できる>

しかし<これ以外のことに関しては、本試験の報告からは一切導き出すことができない。基礎疾患を有するもの、妊婦、19歳以下の児童・生徒・学生などについては、別途臨床試験を行なった上で、接種回数を決定する必要がある>

<若年者において複数回の接種が必要なことは今更述べるまでもない。季節性ワクチンでも小児に対する適切な接種回数は2回であり、今回の新型インフルエンザワクチンでも多くの国で小児を2回接種としている。

19歳以下については何も言えない。若年者を対象としたスタディは、採血への同意が得られにくいなどの理由で行ないにくいという可能性はあり、実施は困難かもしれない。そうであれば、その旨を公表すべきである>

<いずれにせよ16日の会議での結論は拙速で非科学的だと考える。専門家が出す結論としては理解できない。基礎疾患のある者や妊婦への接種回数が不十分だったために、十分な免疫がつけられないことになっては、本末転倒である。

さらに、児童・生徒・学生に接種が始まるのは1月ごろになると予想されている。なぜ今、これらの人への接種回数を性急に決定する必要があるのだろうか>

長妻厚労相は20日、最終結論を明らかにすると報道されている。本稿がアップされる時点では決着しているだろうが、いずれにしても、感染症についてど素人の厚労省医系技官が机上で対策・制度を作文していることがまたまた明らかになった。

今後も眉につばをつけて、かからねばひどい目にあうことになる。
20091020

2009年10月06日

◆ワクチン被害の補償と免責

石岡荘十


新型インフルエンザのワクチン接種が月内にも始まるが、万が一、副作用で患者に被害が出た場合の補償やメーカーなどの責任をどうするか、すっきりした政府の対応は示されていない。

この問題について政府は、輸入ワクチンによる被害で訴訟が起きた場合、製薬会社の訴訟費用や賠償金を国が肩代わりするという方向で検討をしていると報道されている(9/26共同)。ところが、この考え方にはいくつかの疑問がある。

まず、
1.製薬会社の訴訟費用や賠償金は国が肩代わりするというが、ワクチンを打った医療機関や医師が訴えられた場合はどうするのか。

2.つぎに、
輸入ワクチンではなく国内産のワクチンでの被害が出た場合、国内のワクチンメーカーは保護されないのか。

マスコミ(記者クラブ)がこの2つの疑問を問い詰めたかどうかは知らないが、少なくともこれらに応える報道には私は接していない。

訴訟費用や賠償金は国が肩代わりする政策の背景には、海外メーカーが「何かあったときに面倒を見てくれないような国(日本)には危なくて輸出できない」とびびって、輸入交渉が進まないためだ。

大流行期を間近に、背に腹は変えられない、「万が一の時には面倒を見ますからワクチンを売ってください」というのが、政策に現れているのである。

通常、医療事故でまず訴えられるのは病院や医師である。ワクチンによる健康被害は輸入ワクチンに限らず、国内生産ワクチンでも生じる。

しかしこの二つの問題については、「文句があるなら勝手に訴えなさい」と言わんばかりだ。訴訟は、「誰に責任があるか」を明確にし、損害賠償の対象となるかどうかを判断するものであり、結論が出るまでには、場合によっては何年もの時間と労力がかかる。

しかし他の薬害訴訟がそうであったように、「好きなように、おやんなさい」と何の解決策も示されていないのである。

こんな場合、海外先進国(米、仏)では、国産か輸入であるかを問わず、何らかの健康被害は生じた場合、国が一定額、といっても数千万円の高額な補償を直接患者に支払う。

その代り被害を受けた側は、国、製薬企業、医療機関などを「訴えません」という約束をさせる(無過失補償)。またワクチンメーカーの責任は問わない(無過失免責)というのが一般的であり。このような仕組みがいわば国際的なスタンダードとなっている。

このような仕組みは、1人でも多くの国民にワクチンを打ってもらい、感染を食い止めることが社会にとってのベネフィットだという考え方が根底にあるためで、訴訟を起こして誰が悪いと犯人捜しをしても、社会全体としてのメリットはないという考え方にもとづいている。

政府の施策にはここのところが欠落している。所詮、小役人の作文する対策の限界といえるかもしれない。ここはひとつ高度な政治主導の判断、それの必要な法の改正が急がれねばなるまい。

じつは舛添前厚労相のころ、国内生産か輸入かを問わない、「補償・免責」制度の創設が検討されていた。何らかの健康被害が生じた場合に、それを社会全体で受け止め、補償するというのが「補償・免責」制度の趣旨だったという。

この“世界の常識“を大臣に吹き込んだのは、厚労省の前大臣政策室政策官・村重直子氏。彼女は,医師限定のメールマガジン「m3.com」のインタビュー(9/4)で、「誰か悪い人を仕立て上げないと賠償金をもらえなかった歴史が、“恨みの連鎖”を生み出している。

これは、ワクチンの副作用以外でも、当てはまる」。こう語って、補償・免責制度の必要性を主張している。

いまさら、舛添前厚労相本人を長妻大臣の「大臣政策室」引っ張り込むわけにいくまいから、せめて村重政策官以下、感染症の専門家グループの知見を引き続き活用する発想を期待するのは無理か。あすにでも出来そうなものだが。              20091005

<追記>

上記原稿を送稿した後、厚労省が新型インフルエンザの治療方針を10/5、180度転換したことが確認できた。

抗インフルエンザウイルス薬の予防投与については「特段の理由がない限り推奨しない、とこれまでの予防投与推奨の方針を転換した。

あわせて、外来では、慢性疾患患者の受診機会を減らすため長期処方を行うことや、新型インフルエンザ発症時には電話診療でファクスによる抗インフルエンザウイルス薬の処方が可能なことを改めて確認した。WHOや国内の専門家の見解を斟酌したものと見られる。(以上)


2009年10月02日

◆どうする? 日本医師会


石岡荘十


あの武見太郎(1904〜83)以来だろうか、日本医師会は、「金と票も出すが口も出す」。与党の有力な応援団として無視できない存在感を誇示してきた。

あらゆる医療制度設計や医療費(診療報酬)決定の過程で、会員(医師16万余)の半数を超える開業医の利益を代弁してきた。ところが今、政権交代で、半世紀続いたその仕掛けが機能不能に陥りつつある。

医師会の組織内の不協和音は、選挙前からあった。茨城県医師連盟は、昨年9月、民主党支持を打ち出していた。約7万人の会員を抱える日本医師連盟(日本医師会の政治団体)は従来通り、自民・公明の両党支持という姿勢を崩さなかった。

保守王国として知られ、自民党支持を続けてきた同県医師会にとっては大きな決断だった。それでも自公政権への世論の反発を受け、民主党支持に切り替えたり、両党の候補だけでなく民主党候補にも推薦を出したりする動きは、青森、栃木、愛知などに広がった。そしてふたを開けてみれば、いずれの選挙区でも民主党候補の圧勝であった。

4年前の選挙では民主党議員は1人しかいなかった茨城では小選挙区だけで5人が当選した。会員を医師に限定したメールマガジン(MRIC by 医療ガバナンス学会 9/15)による選挙後のアンケート調査では、小選挙区で医師の61.1%が、比例区では50.6%が民主党候補に投票した。

一方、自民党への投票は、小選挙区27.1%、比例区21.8%に過ぎなかった。

茨城県医師連盟の原中勝征委員長は「日本医師連盟、日本医師会の幹部には、会員の声が伝わっていない。これでは自民党政権の体質と同じ」だと言う。

日本医師連盟は票とカネの両面で長年、自民党を支えてきた。2007年の政治資金収支報告書などによると、同連盟が自民党の政治資金団体「国民政治協会」に行った寄付は2億円だったのに対し、民主党の「国民改革協議会」は500万円。

これも含め、同年の寄付総額約8億円のうち、自民党の政党支部や国会議員の資金管理団体向けの寄付が9割を占めている。

しかし、野党に転落した自民党にもう用はない。政権交代を機に、政治献金の配分を見直すことを決めた。与党への発言権を確保するため、民主党に軸足を移すことも検討するという。

日本医師連盟も選挙の翌日、いち早く日本医師会長を務める唐沢祥人委員長名で「国民の医療を守るため、与党に対し、こちらの考えを理解してもらえるよう努めていく」という声明を出した。

この変わり身の早さ、医者にしておくのはもったいない。笑止というほかはない。医師会としての選挙総括はまだ行われていない。にもかかわらず、唐沢氏は来年4月の医師会長選挙で再選を目指すという意思を表明している。

また羽生田常俊常任理事は、9月2日の記者会見で「与党の民主党に理解を求めていくことは、国民の利益のためにも当然。献金を含めた活動方針を見直していく」と変節した。
  
この発言を民主党は同受け止めるか。

仙谷由人衆議院議員はフリーペーパー「ロハスメディカル」のインタビューにこう切って捨てた。「民主党に持っていけばどうにかなるのではないかという程度の話。情けない」と。鈴木寛参議院議員(文科省副大臣)は、「民主党は『企業献金を廃止する』とマニフェストでうたわせて頂いているので、それを読んで頂きたい」と素っ気無い。

民主党は、自公政権が決めた補正予算や概算要求は見直しに取り掛かっている。医療分野で注目すべきは、補正予算の中の「地域医療再生基金」、3100億円だ。

これは、「地域の医療崩壊対策」として、自公政権が補正予算に組み込んだものだが、1年限りの究極の典型的なばら撒き、選挙対策そのものだという批判が、当時の野党(民主党)から噴出した。開業医を含む日本医師会や病院団体は「地域医療再生基金」のお裾分けに預かる可能性がまだある今、浅ましいことに地方組織の間で激しい分捕り合戦を展開している。

しかし、民主党は、マニフェストの中で、がん・新型インフルエンザ対策に3,000億円の予算を準備すると明言している。この金額は地域医療再生基金とぴったり一致する。民主党が見逃すだろうか。

大きな病院の勤務医に較べ開業医は「仕事半分、収入2倍」、開業医の三分の一は「欲張り村の村長さんだ」と言われたことがある。これは誇張された言い方だろうが、よく聞かれる開業医の高収入を確保する仕組みのひとつが、医療行為の単価となる診療報酬を決める中央社会保険医療協議会(中医協)である。

協議会は医療関係者など診療側、健康保険組合関係者など支払い側各7人、中立的立場の公益委員6人で構成されているが、日本医師会など医療側代表と官僚が見事なタッグマッチを組んで開業医の利益を確保していると思われて久しい。