2009年08月19日

◆インフルエンザの致死率




石岡荘十

予測の範囲内とは言え、遂に出た。インフルエンザの国内初の死者である。厚労省は腎臓、心臓に基礎疾患があり、透析中の57歳の沖縄の男性が15日、新型インフルエンザに感染したことから肺炎を併発し死亡したと発表した。

これに追従するように、18日、神戸市でも糖尿病による腎不全で人工透析を受けていた77歳の男性が死亡した。2人目の死者である。
この報道と相前後して、イラクで21歳の女性、韓国では中年男性が初めて亡くなったと報じられている。

インドでの最初の死亡ケースは今月3日の14歳の女子学生で、その後15日までに24人が死亡したとニューデリーの産経特派員が伝えている。

WHO(世界保健機関)は、今月6日現在の感染者は170以上の国・地域で17万7.457人が確認された。死者は1.432人に達したとしているが、前述したケースなどを考え併せると、死者数はすでに現時点で1.500人に達していると見てもいいだろう。

これらの動向を見ると、日本では最初の感染者が確認されて3ヶ月、よくここまで持ちこたえたというべきかも知れない。だからといって、日本の被害がここでとどまるとはとても思えない。

そう予測する理由はいくつかある。まず季節的な要因である。

インフルエンザは「寒い地域で流行る」とうのがこれまでの“常識”であったが、今回は、真夏の北半球でもじりじりと患者が増え続けている。疫学上、なにか“異変”が起きているのではないかと疑わせる現象だ。

罹患患者が増えるということはそれだけ重傷者が多くなる、なかには死に至る患者が出てきてもおかしくない。

そこへオランダ・ユトレヒト大の西浦博研究員(理論疫学)らの研究成果である。

それによると、国内でも死者が出た新型インフルエンザの致死率は、季節性インフルエンザよりも高く、1957年にアジアで流行した当時の新型インフルエンザ「アジア風邪」並みの0.5%程度と推計している(8/15 各紙)。推定死亡率0.45%という日本国内での別の研究もある。

不確定な未来を予測する有効な方法は、過去をつぶさに検証することである。

過去の統計によると、今回の新型インフルエンザの毒性は弱い、つまり弱毒性のインフルエンザだとされているが、同じ程度の毒性で、致死率0.1%とされる季節性インフルエンザでさえ、日本では毎年1万人が死んでいる。アメリカでは季節性インフルエンザによる死者は36.000人にのぼっている。

ということは、新型インフルエンザでは致死率0.5%とすると、日本では5万人が死に至る危険性があるということになる。

また政府の想定によると、新型インフルエンザの第2波が発生した場合、「人口の25パーセント(つまり4人に1人)が罹患し、ひとつの波が2ヶ月間続き、その後流行の波が2〜3回ある」。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4573804/
この数字から算定すると、少なくとも15万人が最悪の事態に瀕する可能性があることになる。

史上最悪のインフルエンザ「スペイン風邪」が日本を襲ったのは大正7(1918)年の春だった。ウイルスの構造は今回の新型インフルエンザと同じで弱毒性。それなのに、世界で2.500万〜4,500万人もの死者を出した。

当時、罹患情報が把握できなかったアフリカなど未開発国の人口から推定した死者数を含めると1億人に達したのではないかという研究数字もある。

「インフルエンザの嵐を免れたのは、アフリカ西南海岸から2.800キロ離れた絶海の孤島であったため流刑地として使われたセントヘレナとニューギニアのみであった」という話もある(『新型インフルエンザ』山本太郎)。そのスペイン風邪で日本では大正18年11月だけで13万人以上が死亡。20年までに45万3.000人が亡くなったとされる。

WHOの担当官は「人口比でみると、どの国も似たような割合で死者が出ている。今回、患者が多いのに死者が出ていない日本は非常に珍しいケースだ。タミフルを積極的に使っていることと関連があるのかもしれない」

世界がスペイン風邪で震撼した90年前、大正時代に比べ、衛生環境や医療技術が格段と進化したとはいえ、ネットでぶちまける医療現場からの不安・不満をみると、日本だけが例外であると言う確信は持てない。

1918年、米マサチューセッツ州の記録(ハーバード大学公衆衛生レビュー 2005年10月)
・9月12日 風邪のような患者1例が発生
・9月18日 患者数6.000人に達す
・9月24日 患者数12.000人、死者700人
・6ヵ月後 人口の25%が感染、人口の2%が死亡
・世界で4.000〜5.000万人が死亡

この時期を日本に当てはめて想定する。

選挙後、2週間目だ。冷夏、事実上の政治的な空白のなか、新学期が始まったばかりで蔓延に拍車がかかる。そうなると、医療現場だけでなく、社会機能の混乱は避けられない。
最悪の事態を想定すると、選挙どころではないはずだ。国民にその事態を迎える覚悟はあるか。

かみさんは、密かに、米、味噌、醤油の買いだめ備蓄に走っている。それにしても、隣国の中国と北朝鮮。死者はゼロとされている。本当だろうか。不気味である。             20090818  

2009年08月17日

◆繰り返すインフルエンザ蔓延の歴史



              石岡 荘十

【ドバイ=太田順尚】AP通信によると、イラク駐留米軍は12日、新型インフルエンザに感染していると確認された米兵の数が67人に拡大したと明らかにした。感染はイラク国内の6カ所の米軍基地で確認されたという。

イラク駐留米軍は9日、同日までに米兵51人が新型インフルエンザに感染していると確認され、別の71人が感染の疑いがあるとして隔離されていると発表していた。(13:01)

そして、14日早朝、NHK/BS1のワールドニュース。米CNNによると、「各国から派遣された兵がウイルスを持ち込んだ可能性が高い」と報じている。

それで思い出したのが、第1次大戦の時代、欧州で蔓延したスペイン風邪のときの蔓延ルートである。

スペイン風邪については、じつは、1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したという説が有力だ。

その頃、世界は第1次世界大戦(1914〜1918)の最中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士がウイルスをヨーロッパに持ち込んだのではないかと言われる

http://www.melma.com/backnumber_108241_4570052/

大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けた。ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、スペインでの大流行がことさらフレームアップされ、不名誉な命名となったのではないか、と推測されている。

あまりにも多くの兵士が病気で死ぬものだから、戦争どころではなくなり、スペイン風邪が勢い付いた1918年、大戦終結したという説さえある。

このときのインフルエンザウイルスは、いま世界を席巻している新型インフルエンザと同じH1N1であったことが分かっている。

AP通信によれば、今回発症した兵士はいずれも回復したが、現在、別の71人が感染の疑いがあるとして隔離されている。感染が1カ所の基地内で起きたのか、イラク全土の米軍基地に広がっているのかは明らかでないという。

ただ、カイロ発共同によれば、イラク保健省報道官は9日、新型インフルエンザに感染した21歳の女性が5日に死亡したと発表した。イラクでの感染による死者は初めて。

女性は中部ナジャフのイスラム教シーア派聖地を訪れた後、発症したという。米軍兵士が重要な役割を演じた90年前と相似した不気味な予兆である。

多分、イラクでは防疫体制が整備されているとはいえないだろう。疫病に無防備だったスペイン風邪流行の時代から、どれほど進化しているか。衛生状態が整っているとはいえないだろう。ウイルスは人種・国籍を区別しないから、スペイン風邪の歴史を繰り返すかもしれない。    
      20090814


2009年08月13日

◆政府の「新型インフルエンザ想定」




               石岡荘十

新型インフルエンザに関する内閣の幹事会が7日開かれ、「第二波の想定」、その場合の「中央省庁が業務を継続するためにとるべき対応策」について、膨大な資料が配布された。

会議の主宰は内閣官房内閣参事官、メンバーは厚労省だけでなく関係省庁を網羅し、資料案を了承した。国として、新型インフルエンザ第2波について具体的な認識を示すはじめてのものだ。

厚労省ホームページの報道資料には含まれていないが、入手した資料はA4、78ページ。これに基づいて、その概要を述べる。

まず、第2波が襲来した場合、最悪どのような事態が起こるか。その想定はこうだ。

・新型インフルエンザが発生した場合、人口の25パーセント(つまり4人に1人)が罹患し、ひとつの波が2ヶ月間続き、その後流行の波が2〜3回ある。
・社会・経済的な影響としては、事業所において、本人の罹患や罹患した家族の看護のため、従業員の最大40パーセントが欠勤することが想定される。

・また不要不急の事業の中止、物資の不足、物流の停滞、多数の中小企業の経営破綻が予想され、経済活動が大幅に縮小する可能性がある。さらに国民生活においては、学校・保育施設等の臨時休業、集会の中止、外出の禁止等社会活動が縮小するほか、食料品・生活必需品等が不足するおそれもある。

そこで「中央省庁では職員の休暇や関連事業者の休業、物資の不足等によって、業務を遂行するための人員、物資、情報が充分得られなくなることも想定しておくべきである」としている。

とくに社会・経済的な影響の具体例として次のような事態を想定している。
【第1段階(海外発生期)】
・帰国者の大幅増や検疫強化による、国内の海・空港の混雑   
・出張や旅行の自粛
・国民の不安の増大、問い合わせの殺到
・食料品・生活必需品の需要の増大
・マスク・消毒液の需要増大

相変わらず専門家が「意味がない」と指摘している検疫を行い、予防上、マスクの無意味なことを啓蒙する気はないらしい。

【第2段階(国内発生期)】
・発熱センターや、国・自治体に対する問い合わせ殺到
・学校・保育施設の臨時休業、集会中止、興行施設などの休業

【第3段階(拡大期、蔓延期、回復期)】
・医師、看護師、医薬品、人工呼吸器等の不足により一部医療機関が診療中止
・電気、上下水道、ガス、電気などのインフラ供給が停止する可能性あり
・食料・生活必需品の不足
・学校・保育施設で最大4割の従業員が欠勤
・企業の経営破綻が増加、雇用失業情勢の悪化

そしてやっと、
【第4段階(小康期)】に漕ぎつけるという想定なのである。

この間、8週間(2ヶ月)。
庶民がトイレットペーパー争奪に走った70年代のオイルショックの、あのときのことを思い出してほしい。想定の最悪事態が現実のものになった場合のことを考えてほしい。

高々、罹患者5000人ほど、死者ゼロのこの春の第一波であの騒ぎである。間違いなく、パニック、機能麻痺した国家の姿が見える。ところが、さすがわが官僚は健気である。

中央省庁の機能を維持するためのガイドラインを、以下、延々と述べているのである。

21ページ以下50枚以上の膨大なものだから、お経(基本的な考え方)は飛ばして、要点を箇条書にすると---

・国内発生以降、一般業務を縮小して新型インフルエンザ対策に要員を投入する
・これに従事する職員にはワクチンを先行接種する
・インフルエンザ様症状のある職員には、特別休暇の取得を認め、外出自粛の徹底を要請する
・ 業務遂行に必要な物資・サービスの調達、人員体制、通勤手段、勤務方法を検討しておく

一般国民は、早くしないと役所に物を買い占められてしまうかもしれない。

・国会関連の質問や資料要求業務は出来るだけ縮小する

国会議員は手足をもぎ取られたコウロギのようになるだろう。役人が国家を動かすことになる。

・職員の通勤時の感染リスクを低減するため時差通勤や自転車、徒歩などによる通勤を検討する
・感染拡大を防止するため、混雑した電車内ではマスクを着用する

まことに行き届いた配慮だ。

・職員が通勤・公務中に罹患した場合は、国家公務員災害補償法によって救済が認められることがある
・庁舎内で感染しないようにパーティションを設置したり、食堂のテーブルを離す
・くしゃみをするときは、口を前腕部(袖口)で押さえて飛沫が拡散しないようにする
・各省庁や(公務員共済組合は)は省内にある診療所での医薬品(抗インフルエンザ剤)の備蓄を確認する

因みに、ワクチンがどこに蓄積してあるのか国民は知らされていない。備蓄場所を知っているのは、彼らだけなのである。

ばかばかしくなってきたので、いい加減にしたいのだが、要するのそこに見えるのは、役人天国。国民の生活、健康維持より自分たちの職場の安全対策、健康を先行して検討する官僚の実相である。

資料はその証拠書類としては、第一級のものだ。78枚の会議資料の20枚が「想定」残る50枚が中央省庁で、国家機能を維持するための仕事の進め方についての対応策に費やされている。

似たりよったりのばら撒き合戦のマニフェストを貴重な紙面や芸能ニュースと一緒にワイドショーで品定めするより、全文を公開して各党の感想を聞き、選挙の判断材料にしたほうが、余程、国民のためになると思うのだが。

もっとも、冷夏の観測。

早くもある候補予定者が、運動員の新型インフルエンザで事務所を一時閉鎖したという報道もある。第2波の襲来は案外早く、「人の集まる投票所へ行くのは止めましょう」、国会は新型インフルエンザで開けないことになるかもしれない。
          
いたずらに煽るつもりはない。だが「適正な危機感」は持っていなくてはならない。

2009年08月10日

◆想定、新型インフルエンザ第二波



石岡荘十

国立感染症研究所の主任研究官・森兼啓太氏が「新型インフルエンザ対策として今、最も必要なもの」と題した論文を会員限定のメールマガジン(MRIC医療ガバナンス学会)で発表(8/2)している。

森兼氏は5月、参議院予算委員会の新型インフルエンザ集中審議で野党(民主党)側の参考人として意見を開陳しているだけでなく、舛添厚労相の私的なアドバイザーとして、どちらかといえばこれまでの政府対策に対しては批判的な助言を行っている。

論文の中で注目されるのは、第二波の規模の想定である。森兼氏はこう述べている。

<諸外国で重症化している症例は妊婦や基礎疾患を有する成人、肥満者に多いと見られており、成人から壮年の年代で発生する患者の中から重症例や死亡例が出ることは早晩避けられないと考える。

秋になるか冬になるか、あるいはまもなくなのかわからないが、いずれ大規模な流行、いわゆるパンデミックになると覚悟しておくべきであろう。

その際の患者発生数は今の患者数の比ではない。過去のパンデミックでは、最初の大きな流行の際に人口の20-40%が罹患している。仮に2009年10月から2010年3月までの6ヶ月間に日本人の30%が罹患するとすれば、180日間に3600万人の患者が発生し、単純計算で1日あたり20万人と、桁違いの数である。

しかもこれが一様に発生するわけではない。大流行の立ち上がりは少ない数であり、ピーク時にはこの何倍にも達するであろう。もちろん全員が医療機関を受診するわけでもないが、今のままの外来診療体制ではさばききれないほど多くの患者が医療機関を訪れることは十分想定される>。

政府など公の機関で、これほど被害の想定を具体的に述べたものはない。そこで、どう対処すべきか。

<今後に向けた厚労省の新型インフルエンザ行動計画運用指針では、重症者に対する病床の確保がうたわれているが、どの程度の割合で重症者が発生するかが全く読めない以上、常時病床を空けておくなどの本当の意味での「確保」は不可能である。

入院患者が発生した時点で対応せざるを得ないだろう。それよりも、ほぼ確実に起こるであろう、外来診療における患者の急激かつ大幅な増加に備える方が優先である>と批判している。さらに、

<学校閉鎖や接触者の予防内服などを行なって、一時的に患者数の増加を防いでも、市中で感染伝播が続く以上、それらによって罹患しなかった人たちもいずれどこかの時点で罹患するだろう。つまり、これらの対策では罹患患者総数を減らすことは困難である>と、切って棄てている。

で、備蓄量が充分ではないワクチン接種の優先順位をどう考えるべきか。

<限られた本数をどの世代・集団に優先的に接種するのが国民全体にとって最も有益かという判断を行わねばならず、簡単な問題ではない。この問題には正解がない。徹底的に議論して、合意を得る必要がある。諸外国では、ワクチン製造と並行して接種優先順位の議論が行われている。ところが日本ではこの議論が端緒にすらついていない。

専門家が委員のグループによる会合がなぜ開催されないのか、理解に苦しむ>。そして<今後、様々な専門家の間での議論、そして国民を巻き込んだ議論が望まれる。決して少数の人間で接種優先順位を付け焼き刃的に決定してはならない>と提言している。

さらに、ワクチンには副反応(副作用)のリスクを指摘する専門家もいるが---

<100%安全なワクチンなどありえない。1976年、アメリカではブタインフルエンザのヒト感染集団発生に対して、パンデミックの恐れありとして4000万人にワクチン接種を行ない、ギランバレー症候群の多発という副反応で死亡者まで出ている。しかし当のブタインフルエンザはその後、世界的大流行にはならなかった>

分かりやすく言えば、副作用が心配だから、少数の死者が出るかもしれないからと言って、ワクチン接種を躊躇すべきでないという提言である。

因みに、「ギランバレー症候群」は、筋肉を動かす神経に障害が起き、重症化すると呼吸ができなくなり死に至る病だ。先日亡くなった大原麗子さんがそうだったと伝えられている。

厚労省が発表したデータの最新版(7月22日発表)では、患者4,433例中10歳代が2,051例、10歳未満が878例、20歳代が761例と、この3つの年齢層が全体の83%を占める。

だから他の年代は心配ないというわけにはいかない。インフルエンザは第一波より第二波のほうが多くの重症者を出すことが歴史的に知られている。もし第二波で<ウイルスの病原性が高くなっていて、成人や壮年層に多くの死者が出ると、社会が崩壊してしまうので、この世代を最優先に接種して社会防衛を計る必要がある。

病原性が低く、これらの世代がたとえ罹患しても早期に回復するような状況であれば、高齢者や幼児など重症化しやすい集団に優先的に接種する。このように、限られた本数をどの世代・集団に優先的に接種するのが国民全体にとって最も有益かという判断を行わねばならない>

このような森兼氏の主張はひとつの見識である。すでに、この考え方は舛添厚労相や国会の集中審議で質問に立った民主党議員に吹き込まれているに違いない。

問題は、責任を負う政府がこのような見解をどう受け止め具体化するか、である。またこれから示される対応策を評価する識見をわれわれが持っているかどうか、にかかっている。

2009年08月08日

◆インフルエンザの常識・非常識




石岡荘十

正直言って、「インフルエンザとは何か」、関心を持って集中的に学習し始めてまだ半年足らずだ。

それで、まず気がついたのは、今までインフルエンザに関して持っていた知識・感覚、“常識”がいかにいい加減で、非常識なものだったかということである。

と同時に、専門家の話をきいたり本を読んだりすると、ことによると国家を滅亡させる引き金ともなりかねないほどの猛威を振るう“身近な”病についていかに無知であるかを思い知らされる。

まず、
・病名について、である。
「インフルエンザ」はなんとなく英語のinfluenceから来たものと思っていたが、その語源はイタリア語の「天体の影響」を意味する「インフルエンツァ」であった。中世イタリアでは、インフルエンザの原因は天体の運動によると考えられていたからだそうだ。

・「スペイン風邪」は濡れ衣
歴史のなかでインフルエンザを疑わせる記録が初めて現れるのは、もっとずっと前の紀元前412年、ギリシャ時代のことだったという。

その後もそれと疑わせるインフルエンザは何度となく起こっているが、苛烈を極めたのは1580年アジアから始まったインフルエンザで、全ヨーロッパからアフリカ大陸へ、最終的には全世界を席巻し、スペインではある都市そのものが消滅したと記録されている。

より詳細な記録は1700年代に入ってからで、人類は以降、何度もパンデミック(世界的大流行)を経験している。なかでも、史上最悪のインフルエンザは「スペイン風邪」である。

というとスペインが“震源地”、あるいはスペインで流行ったインフルエンザだと誤解されがちだが、発祥は、じつは中国南部という説とアメリカのどこかで始まったという説がある。

が、確かなことは1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したということだ。

その頃世界は第1次世界大戦の真っ只中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士を宿主としたウイルスがヨーロッパ席巻の端緒を開いた。大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けたといわれる。

ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、大流行がことさらフレームアップされ伝わったのではないか、と推測されている。「スペイン風邪」はとんだ濡れ衣なのである。

・第二波の毒性をなめるな
スペイン風邪の猛威は、その後2年間、第2波、第3波---と毒性を強めながら津波のように襲い掛かり、猖獗を極めた。第2波の初期、アメリカ東海岸から公衆衛生担当者が国内担当者に送ったアドバイス。

「まず木工職人をかき集めて棺を作らせよ。街にたむろする労働者をかき集め墓穴を掘らせよ。そうしておけば、少なくとも埋葬が間に合わず死体がどんどんたまっていくことは裂けられずはずだ」(『アメリカ公衆衛生学会誌』1918)積み上げられた死体の山を「ラザニアのようだ」と表現するほどだった。

毒性が弱い新型インフルエンザの場合はこんなことにはならないと言うのが今の見方だが、少なくとも秋口と予想される第二波がこの春よりはるかに強烈なものとなる可能性は否定できない。これが常識である。なめてはいけない。

・「寒い地域の病気」はウソ
つい先だってまで、インフルエンザは寒いところで流行るもの、と思い込んでいた。ただ、それにしては夏になってもじりじりと患者が増え続けるのはどうしたことか。そこで、先日「ウイルスは季節に関係なく拡散しているのではないか、と疑わせる」と根拠もなく書いた(7/30)が、最近の定説は私の山勘どおりだった。

インフルエンザは熱帯地域でさえ年間を通して穏やかに流行っている。だが熱帯ではマラリアやデング熱など、臨床症状がインフルエンザに似ているので、インフルエンザと診断されなかった可能性が否定できないという。人口当たりの死亡率は温帯・寒帯地域より高いという報告さえある。

この春、新型インフルエンザの蔓延を経験した兵庫県医師会は、「兵庫県においても、初期規制の徹底で一旦ゼロとなったものが、再 び5月を上回るレベルになりつつあり、全数調査の全国的中止にもめげず、可能なPCR検査実施による確定数は増え続けています」と報告(8/6)している。

日本では、新型インフルエンザは冬であるオーストラリアなど南半球に移っていったという一服感が支配的だ。世界中で笑いものになった日本のあの“マスクマン”も見かけなくなった。マスコミもあの騒ぎをお忘れになってしまったようだ。

しかし、ウイルスは日本だけでなく北半球のイギリス、ドイツでも決して衰えてはいとWHO(世界保健機関)に報告している。いまや新型インフルエンザは「地域の寒暖に関係なく1年を通して穏やかに流行している」というのが常識である。

最近の厚労省の報道リリースを見ても緊張感はない。記憶に新しい水際検疫作戦は、世界の非常識だったことを最近になってしぶしぶ認め、方針転換に踏み切ったが、日本国内の企業は秋口に備えてマスクの買いだめに走っている。

記者会見で、ワクチン不足を突かれた厚労省の医系技官は「輸入もありうる」とバカなことを言っている。「日本が世界のワクチンを買占め」などという非難を受けないことを祈るばかりである。

やはり、この際の世界の常識はWHOのホームページで確認するしかないと私は考えている。   2009.08.07

2009年08月03日

◆米でのワクチン接種順位


                  石岡 荘十

CDC(米疾病対策センター)の諮問委員会が7/29(現地時間)、新型インフルエンザの拡散と影響を弱めるためのワクチン接種の順位についての勧告(recommendation)を出した。

それによると、優先順位は次の通りだ。
・妊婦
・6ヶ月未満の乳児と同居、または世話をしている者
・医療関係者、救急サービス職員
・6ヶ月から24歳の者
・25歳から64歳のうち、慢性疾患や免疫機能低下などによりハイリスクの者

アメリカでの上記に該当する人は1億5900万人。この人数にワクチンが足りないと予測してはいないが、足りない場合は、つぎのグループを優先する。
 
・妊婦
・6ヶ月未満の乳児と同居、または世話をしている者
・医療関係者、救急サービス職員のうち、患者と直接接する者
・6ヶ月から4歳の者
・5歳から18歳のうち、慢性疾患がある者

医療関係者の中でも、直接患者と接触するものを優先する考え方である。

65歳以上の人については、季節性インフルワクチンを接種すべきだと強調している。新型ワクチンは季節性ワクチンに取って代わるものではなく、平行して使用するとしている。
http://www.cdc.gov/media/pressrel/2009/r090729b.htm

このように妊婦の順位をトップに挙げているのには理由がある。

CDCによると、4月中旬から6月中旬までの間、米国では新型インフルエンザで45人が死亡したが、このうち6人が特に持病のない健康な妊婦だった。

妊娠期は、免疫やホルモン分泌が通常時と変わるため、妊婦の死亡の危険を高める要因になるとみられる。ヨーロッパでも妊婦の重症化例が報告されており、CDCは「妊婦が新型インフルエンザにかかった恐れがある時は、速やかに治療薬の投与が必要」としている。

ところで、このようなCDCのリポートを見て驚くことが2つある。

まず日本では、優先順位を決めかねて、もたもたしている間に、いち早く基本的な考え方を明らかにしたことである。

日本では、7/30の本欄で報告したように社会機能維持者を優先して接種する考え方が支配的だとされているが、アメリカでは、統計的に死者の多い順番、科学的な根拠に基づいて接種の優先を決めようとしている。

少なくとも、首相・閣僚・知事・市町村長・議員---など、肩書きで優先順位を決めることはなさそうである。今後の流行に向けた日本の対策でも考慮する必要がある。

もうひとつ驚くのは、用意されたワクチンの備蓄量の多さだ。アメリカではざっと2億人分はすでに備蓄されているという。日本の人口がアメリカの半分とすると、1億人分の備蓄がなければならない計算になるが、現在の日本のワクチン備蓄量は2.500万人分に過ぎない。

この差はどこから来るのか。

欧米では、大規模な疫病の流行で過去に何度も、ときには数千万人の死者を出した疫病を経験している。このことから、学習したことがある。

防疫対策は「国防」だと言う考え方である。

産経新聞は7/29、テロから首都圏を防衛する防衛計画についての記事を1面トップで掲載しているが、「生物テロ」については1行も触れていない。ワクチンの備蓄量、防疫対策の格差は、「鉄の武器オンリー」の日本の防衛思想が欧米の防衛思想とは異質のものであることを示唆している。

防衛ジャーナリストは、市谷周辺をうろうろしているだけでは、責任を全うすることは出来まい。生物テロ対策について、学ぶ必要があるだろう。

折しも、世界保健機関(WHO)のフクダ事務局長補代理は29日、共同通信と会見し、新型インフルエンザの世界の感染者数について、今後2年以内に世界人口の20-40%程度と、10億人を超える水準まで拡大する可能性があるとの見方を示した(ジュネーブ共同)。

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                             2009.07.30

2009年07月29日

◆衰え知らぬ新型インフルエンザ

                   石岡荘十

3ヶ月前、メキシコで始まった新型インフルエンザの感染は、まず北半球の各国を襲い、その後オーストラリア、チリ、アルゼンチンなど南半球で広く蔓延をしている。それだけでなく、イギリスなど北半球でも引き続き猛威を振るい続けている。

WHO(世界保健機関)が7/6現在で確認した患者数は135ヶ国(地域)で、94,512人、死者429人。

23日時点で欧州疾病対策センター(ECDC)がまとめた世界の確認感染者数は151,656人、死者は868人となった。

さらに、米疾病対策センター(CDC)による最新の数字は、既に全米の感染者だけでも100万人を超えると推計。イギリス保健当局もイングランド地方だけで過去1週間で10万人増えたとの見方を示している。感染者の多くは14歳以下の子どもだという。

1週間前の16日の時点では、過去1週間の新たな感染者は約5万5千人と推定されており、感染拡大のペースが上がっている。これは、昨年9月の季節性インフルエンザ患者のピーク時の数を超えている。

BBC放送などによると、イギリスで死亡した人は計31人と報じている。
http://www.hpa.org.uk/webw/HPAweb&HPAwebStandard/HPAweb_C/1247728933406?p=1231252394302

このように感染者数がまちまちで、「推計」と曖昧なのは、WHO(世界保健機関)が「数字の把握よりも、患者の症状の悪化具合や拡大防止策の検討が重要。

患者の数に注目する意味がほとんどなくなった」と各国に報告を求めてきた方針を大きく転換したためなのだが、じつは感染者数が予想を超えて急増したため、詳細な検査(PCR)による感染確認をすべての感染疑い者に実施する作業が、先進国ですら物理的に不可能になったためだ。

ウイルスの猛威を前に正確な事実の確認が追いつかない、つまりお手上げ状態なのである。日本国内ではどうか。

幸い死者は出ていないが、7/6現在で1,790人だったのが、先週24日には5,023人(厚労省統計)と、蔓延は止まったと世間が感じている割に、その勢いは一向に衰えてはいないのである。暑くなったら、インフルエンザの拡散は止まるはずではなかったのか。

イギリス保健当局のホームページによると、感染者の多くは海外からの帰国者だという。海外との往来が緩慢だった時代ならともかく、頻繁に、グローバルな規模で渡航を繰り返す現代にあっては、ウイルスは季節に関係なく拡散しているのではないか、と疑わせる。

特効薬は、タミフルとリレンザ、それにワクチンだ。タミフルは、スイスの製薬会社ロシュが製造、中外製薬が販売している。八角という中華料理でよく使われる香辛料が原料だ。

タミフルを飲めば体内に入ったウイルスを殺して症状が治ると考えている向きもあるが、体内でインフルエンザウイルスを増やさないようする薬であるため、インフルエンザの症状が出てから48時間以内に服用しないと効果が落ちてしまう。

国が備蓄しているタミフルは2,500万人分だという。国民の5人に1人分ということになる。が、これで充分だろうか。もうひとつの抗ウイルス剤リレンザの備蓄はわずかだ。

ではワクチンはどうか。

製造に着手しても製品になるまで6ヶ月程かかり、大量生産が出来ないから、どうしても優先順位を予め決めておいて対応せざるを得なくなる。

ワクチンの接種を誰が受けられ、誰が受けられないかはまだ決まっていないが、社会的機能の維持に携わる人が優先するというおおよそのコンセンサスはあるようだ。優先して接種される社会機能維持者とは、医療従事者・警察職員・自衛隊員、首相・閣僚・知事・市町村長・議員、電気・ガス・水道・金融・郵便業者だ。

このうち首相・閣僚・知事・市町村長・議員が優先して受けられるという考え方には、異議あり。つまらん政府要人や議員に打つくらいなら、若者を優先し、生き残ってもらった方が国のためかもしれない。

秋口に予想される第二波の襲来。そのときの社会的な混乱は予想もつかない。防疫対策を設計する厚労省は、政権交代の潮目をどう読むか、そのとき自分たちの人事はどうなるのか、寄ると触るとその噂話ばかりで、本業に実が入らないと言う人もいる。

加えて、不吉な噂がある。冷夏だ。気象庁が10日、世界的に異常気象を起こす原因となる「エルニーニョ現象」が発生したとみられると発表している。

エルニーニョ現象は、東太平洋の赤道付近の海水温が高くなる現象で、地球規模の気候変動を引き起こす。日本では例年より夏の気温が低く、雨が少なくなる傾向がある。つまり冷夏の可能性が高いというのだ。ということは、発足早々の新政権の足元を、ウイルスが掻っ攫うことになるかもしれない。
                20090728



2009年07月21日

◆「幻の鳩山総理」談義




                    石岡 荘十

月に1度、現役の記者やOB、評論家らが集まって言いたい放題、ときには「時の人」をゲストに招いて、一杯やりながら話を聞く勉強会をこの10年つづけている。

先日(16日)の会合では、ゲストスピーカーに竹中平蔵さんを迎え、機関銃のような早口で経済見通しを聞いた後、時期が時期だけに政治マターに関心が集まった。

まず民間人となってますます饒舌になった竹中さんの話。

「 “大不況”は少し持ち直したようなことをいう人がいるが、“二番底”がこわい。15兆円のばらまきで問題は解決しない。

今の政策には“Policy to help.”があるだけで、“Policy to solve.”がない。定額給付金のように一度ばらまくと、二番底が来たときに国民はone more helpを期待するだけだ。

今の政界には、『与党でいたい人』と『与党になりたい人』がいるだけだ。民主党が政権の座についても民主党にはマクロ経済の構想がない。政権を取って与党であり続けたいのなら、外交、経済、社会福祉などを含めた全ての分野について、180度方針転換をしたほうがいい。

小沢さんもかつて、『野党でいるときと与党になったときは言うことが違ってもいい』と言っている。その通りで、民主党には公約不履行を薦める。『君子豹変す』で、リアリストにならなければ政権は維持できない」とのご託宣であった。

経済紙の記者も「二番底説」を支持した上で、民主党が勝ったときマーケットはどう動くかについて解説。

「総選挙後、株価が上がったのはこれまで4回しかない。中曽根、宮沢、細川、それに小泉のときだ。今回の政治状況は細川のときに似ているが、来年もう一度衆参同時選挙という噂もあるので読みにくい」そうだ。

さて政治記者登場である。麻生後は誰か。

A:「舛添か小池」
Q(私):「小池? あの蝙蝠のような?」
A:「意外に実力評価は高いんだ。ややこしい中東問題にも強いし」
Q:「まあ、ショートリリーフ、敗戦処理短期野党の自民総裁だろうから、誰でもいいようなもんだけど。政界再編もあるだろうし---。次の次を狙うなら、本命は今回は辞退するのでは?」
A:「---」
Q:「それより、民主党が第一党になっても鳩山代表は総理大臣にはなれないような気がするけど? カネの問題が続いたからねぇ」
A:「うん、それはあり得る。総理ともなると野党の代表とはわけが違
うからねぇ」
Q:「その場合は、選挙後、岡田に?」
A:「---だろうね。でも選挙前かもしれない」
となると、「鳩山総理説は」雲散霧消する。

新聞やテレビのワイドショー以上(以下?)の情報しかないので、的外れな予感かもしれないが、臭いものには敏感な社会部出身者としては、小沢はいうに及ばず千葉県知事といい、宮崎県知事、鳩山兄弟、どれもこれも胡散臭い感じがしている。いずれ化けの皮ははがれる、と。

因みに、今年の新年会で、日本記者クラブが行った座興アンケートで、勿論、今日を予測できたわけはないが、私は「12月31日現在の総理は岡田」と書いて投票している。

リーマンショック後のダボス会議の席で、各国の出席者から「アメリカはまた何でこんなことになったのだ」と詰問されたアメリカ財界のある偉い人は、「音楽が鳴っているうちはダンスはやめられないもんだよ」と答えたそうだ。

間もなく多くの先生方がクビになる。この際、非正規雇用の不安をたっぷり味わってもらった方がいい。落選議員は木から落ちたサルだ。不安でじっとしていられないのはわかる。で、踊るのは勝手だが、国民はもう永田町の雑音・騒音には、うんざりしている。 20090718

2009年07月20日

◆医師の8〜9割は民主支持か



                      石岡 荘十

医師を始めとする医療関係者だけが会員のメールマガジン「So-net M3」が、東京都議会議員選挙後、「この民主党への追い風が来るべき衆議院議員総選挙でも吹くのか」というテーマでアンケートを実施し、15日までにその結果がまとまった。回答を寄せた会員は5251人だった。

それによると、【医師会員の結果 3738人】
・民主党への追い風が続く:87.6%
・与党(自民・公明両党)が巻き返しを図る:4.7%
・分からない:7.7%となった。

【医師以外の会員 1513人】

・民主党への追い風が続く:84.2%
・与党(自民・公明両党)が巻き返しを図る:5.9%
・分からない:9.9%

この調査の設問は、「自分がどの党へ投票するか」を聞いたものではないが、期待感を表す数字と受け取ることは出来る。

医師の利益集団と考えられた日本医師会は、大昔、武見太郎会長の時代(1957〜1982)から有力な政府与党の応援団であると同時に、圧力団体というイメージが強い。

ところが、小泉内閣の「聖域なき構造改革」政策以来、反発を強めている。医師会員は16万3000人で医師の6割を占めるが、開業医の利益を優先していると若い勤務医から批判を受けている。

開業医の3分の1は「欲張り村の村長さんだ」と武見自身が医療評論家に語ったことがある。

今回の調査に回答した会員の正確な構成は分からないが、臨床勤務医が多い。そのことを勘案しながら数字を見ると、大雑把に言って、若い臨床医の大部分は民主党支持と考えてもよさそうだ。

自民党はまだ総選挙に対するマニフェストを明らかにしていない。これに対して、民主党は、So-net M3の取材に対して次のように答えている。

・社会保障費の自然増2200億円削減の撤廃

・来年の改定では、救急医療や周産期医療をはじめ、地域住民にとって不可欠な医療を提供する病院の入院部門の診療報酬を1.2倍にする。(診療報酬の単価を一点10円から12円に引き上げる)

・医師の数を今の1.5倍に増やす
などの項目をマニフェストの盛り込みたいとしている。

医師の支持がなくとも、流れは決まったという雰囲気であるが、舛添厚労相の後任が誰であるにしても、マニフェストを真面目に実現しようとすれば、あの(悪名高い)医系技官との間で血みどろのバトルを展開することになるだろう。2009.07.17

2009年07月16日

◆木村もりよさんインタビュー




            石岡 荘十

舛添厚労相のこの2年について、2日にわたって総括を試みた。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4537358/
http://www.melma.com/backnumber_108241_4538679/

ただ、これらはいわば外野スタンドから遠目に見た感想に過ぎなかった。そこで今回は、厚労行政に対し、いま一番批判的な現職の厚労省官僚、現役の防疫官でもある木村もりよさんと話す機会があったので、番外編として彼女から見たこの2年の総括をお届けする。

いわば内野手として組織の中から見た新型インフルエンザ対策や大臣の行動はどう評価されるのか

木村さんについては、
http://www.melma.com/backnumber_108241_4480390/ 
(「心配なのは医系技官の水準」 5/15)

で詳しく報告しているので、ここでは繰り返さない。が、是非、彼女のキャリアをお読み戴き、その上で、以下の見解をお読みいただきたい。

・まず今回の新型インフルエンザ騒動対策について。

「日本時間の4月24日の23時、夜中に大臣が記者会見して、WHOがフェイズ4(ヒトからヒトへの感染)に引き上げたという情報にもとづいて、新型インフルエンザ等の感染症の発症を宣言しましたね。

新型インフルエンザは毒性が低く、大臣が夜中に記者会見して発表するような緊急事態ではありません。行動計画にもとづいて万全をつくすから、冷静に、心配しないでくださいというような雰囲気でした。

大臣が興奮したこの模様をテレビで見てびっくりしました。大臣は多分、感染症に無知な官僚(医系技官)が書いた原稿を読んだだけなのでしょうが、冷静にならなければならないのはあんただろう、と思いました。

その後、空港で活躍する検疫官の姿が連日報道されました。国民は感染症について基礎的な知識がありませんから、国の機敏な措置に共感しない人はいなかったでしょう。

しかし、14世紀イタリアのペスト、世界で4000万人から5000万人が死んだ90年前のスペイン風邪のときのオーストラリアでも、感染症対策として検疫が無効であることは、歴史的に証明されているのに、ですよ。

さらに発熱患者を捜すサーモグラフィーなんてまったく無意味です。季節性のインフルエンザで毎年1万人も死んでいるのに、新型インフルエンザで大騒ぎするのはばかげています。

このことは、WHOも発表でも無意味だとすでに指摘していました。WHOの英語は向こうでは小学生でも分かる優しい文章ですが、厚労省の官僚は英語を読めないんですかねぇ。

この頃からWHOのアップツゥーデイト(最新情報のフォロー)できなくなっています。さすがに検疫は取りやめましたが、学校閉鎖もマスクも意味がないといっているのに、厚労省は方針を変えませんでした。

舛添さんは国際派ですから、WHOリポートの原文をチェックするようになって、気づいたのかもしれません。記者会見には出なくなり、官僚が事務的に発表するようになりました。

最近、経済界の方にお話しをする機会がありましたが、経済界の人は厚労省のホームぺージは(信用できないから)見ないと言ってました。公衆衛生や感染症の知識や経験がないこんな官僚が何か小細工するより、何もしないほうがよっぽど国民のためです」。

・つぎにワクチン問題。

「第2波に備えてワクチンの増産体制を取っているが、全国民の分の生産は間に合わないので、優先順位をつけることになるでしょう。そこで接種の順位をつけることになりますが、まず、(政府の)偉い人。厚労省関係者、厚労省に顔が効く人、与党の人、市町村には抗ウイルス剤タミフルが配られますが、ここで1位は担当者、首長---。要するに、自分たちを守るためなのです。

皆さんのところには行き届かない。順位は確定していないようですが、この問題をクリアしない間は、タミフルの配分はやめたほうがいい」

・さらに医系技官の能力について。

「医系技官は大学卒後、研修医機関を含めて5年以内の人が受験し、入省する。以降、何十年も医療の現場に出ることはないので、医療の実情が分かるわけはない。ただの事務屋です。

だから、エビデンス(科学的な根拠)のない政策を作文し、現場に押し付けることになるんです」

・今回の局長級の舛添人事計画について。

「歓迎します。ただ医政局長は省内の別の局長ポストに横滑りさせるのではなく、辞めさせるべきでしょう。課長以下も“総とっかえ”しないと、頭でっかちの厚労省体質は変わらないでしょう。

私がいたアメリカのメリーランド州ではCDC(米疾病予防管理センター)の医系技官は、週に一度必ず外来患者を診ることになっていて、現場の空気を読み取って政策に反映させています。見習うべきでしょう」

・最後に、現在、羽田検疫所に勤務する彼女の今後について聞いた。

「いても面白くないところだけど、しばらくは頑張る。中から変える以外にないから---」

Q:「舛添さんが親衛隊とも言える『大臣政策室』を立ち上げたが、お呼びはかかっていないのか」

A:[ありません]

Q:「あなたが、霞ヶ関に戻る可能性は何パーセントか」

A:「100パーセント、舛添さんなら。でもねぇ---」

木村さんは、騒動は一息ついた5/28、参議院予算委員会で野党側の参考人として意見を述べているが、

Q:「割と穏やかな発言でしたねぇ」

A:「もう1回出番があることになっていたので、そのとき思い切って言おうと思っていたのですが、手違いでカットされて、残念でした」

厚労省の官僚から見ると、彼女のこういうような存在を「獅子身中の虫」というのかもしれないが、歯切れのいい批判発言にほとんどの大手マスコミが群がった。

それも一通り終わって、最近は雑誌からの取材が多いという。いまやすっかり「時の人」、アラフォーの星である。父親(故人)もWHOで仕事をしたことのある感染症の専門家だったとか。親の魂が乗り移っているのかもしれない。

近々、講談社から、公衆衛生とは何か、分かりやすく書いた本を出版するそうだ。

なお、お名前だが、最近は漢字の「盛世」はやめて、ひらがな「もりよ」にしている。理由は聞き忘れた。20090712

2009年07月12日

◆舛添厚労相の2年(下)





                   石岡 荘十

6/26、舛添厚労相は、閣議後記者会見で、何の前触れもなく、幹部人事の異動方針を発表した。事務次官と社会保険庁長官の2人が退任するほか、医系技官の指定ポストだった医政局長に事務官である阿曽沼慎司・社会・援護局長が就くなど大規模なものになる。

舛添氏は「技官の聖域をなくして風通しをよくする」と短く述べたが、この異動にはバックグラウンドの説明が必要だ。

厚労省には大きく分けて、医師免許を持った医系技官と事務系の文官が在籍する。このうち医系技官は250人が在籍している。彼らが医師の定員を決め、診療単価を提案し、制度設計をし、33兆円にのぼる医療費をどう配分するか、新型インフルエンザのガイドライン(行動計画)をどう
作文するかなど、国民の健康と生命を左右する重要な政策を担っている。

http://www.melma.com/backnumber_108241_4480390/

医系技官のトップはツインピークス。医政局長と健康局長で、医系技官はこの2つの頂、指定ポストを目指す。大雑把に言うと、医政局は医療制度全般の設計、健康局は医療現場のコントロール。因みに、今回の新型インフルエンザ対策は、健康局結核感染症課の所管である。

異動の狙いは、この医系技官指定ポストだったその医政局長をはずして保険局長(旧労働省所管)に横滑りさせ、空いた医政局長に畑違いの事務屋で、医療については素人の社会・援護局長(旧労働省所管)を持ってきたことだ。

医官と事務系文官の入れ替え、人材交流といえば聞こえはいいが、時期的に見て、一連の新型インフルエンザ騒動が一服したところで、自分の任期も勘案しながら、かねてから胸に秘めていた人事発表に踏み切ったのだろう。新型インフルエンザ騒動は異動のトリガーに過ぎない。

医政局の守備範囲は幅広く、救急医療や産科医療の問題をはじめとする医療提供体制から、医療計画、医療安全。また、医師、歯科医師、看護師などの各種免許の付与・取消、臨床研修などの制度設計、行政処分なども担う。

医政局長のさじ加減一つで、日本の医療体制をどうにでも出来る。その局長の異動は、要するに、従来の医療体制全体に「NO」を突きつけたということだ。

このあたりの事情や狙いに切り込んだマスコミはほとんどないが、唯一、医療問題のフリーペーパー「ロハス・メディカル 」のインタビュー(6・26)に対し舛添氏はこう抱負を答えている。

「従来、事務系と医系の局長ポストは固定されていて、“聖域”になっていた。これを厚労省始まって以来、初めてぶち破る。大臣就任以来、2年間、この聖域があることで苦労してきた。国民の代表である大臣が役人をコントロールし、適材適所で人を配置することが必要。これにより、さらに厚労省改革を進めたい」

衣を脱ぎ捨てて、鎧兜で身を固め、居直った発言である。

<舛添大臣に近い筋によれば、決断したのは前晩。内閣改造や自民党役員人事が行われるとの観測が強まり、舛添氏自身にもポスト変更の可能性があることから、人事に着手しておく必要を感じたという。

省内にも全省庁の局長人事を所管する人事検討会議にも諮ることなく、その朝、麻生総理と河村官房長官の了解を得て電撃的に発表した。今後、他の局長や課長クラスの人事にも着手する。(ロハス・メディア 6.26)
> 

診療報酬で首を絞めておいて、「補助金を付ける」と言っていうことを聞かせるパターン。この補助金を動かすのが、上り詰めた医系技官が務める医政局と健康局の局長ポストだ。

舛添氏に異動の発想を促したのは、個人的なアドバイザーの存在である。かねてから政策に批判的な人材を集め、問題点を浮き彫りにしていった。アドバイザーの中には、新型インフルエンザ対策の国会審議の際、野党側の参考人を務めた感染症専門家の顔も見える。医療現場の病院長からも意見を聞いている。

今回の異動が舛添氏の思いつきではないことを示す発言がある。昨年2月に大臣就任から半年後の職員への訓辞。

「審議会についても、自分の役所に好意的な委員を中心に集めることがあってはならない。審議会委員の人選を抜本的に見直し、新しい血を入れつつあります。大臣の目指す方向と背反する政策を進めんがために、たとえば族議員に働きかけをし、その圧力でもって大臣に政策変更を迫
るなどは、断じて許されないことです」

舛添氏は安倍、福田、麻生の3代を通して厚労相を勤め、医療崩壊の原因が医療現場を知らない医系技官の存在にあることを突き止めた。

今回の人事は、厚労省内の文官、医官という縦割りに楔を打ち込んだ。しかし、これで官僚支配の体質が根絶したわけではない。

舛添氏は他省庁のスタッフを大量に登用した親衛隊、「大臣政策室」を立ち上げ、既得権をもつ抵抗勢力に対し、自ら任命した有識者をメディアの前で議論させる手法を継続して、改革を押し進めようとしている。

しかし医政局、健康局以外にも中医協の事務局を務める保健局医療課長や、医学部、看護学部、薬学部教育を主管する文科省医学教育課長など、他省や他局の重要なポジションも医系技官が占めている。

このようなポジションを通じて、医系技官は医療を支配してきた。打倒官僚支配の最終兵器は人事である。本当は省外にまで所管大臣の人事権を及ぼしたいところだ。が、もう時間がない。

官僚をなめたらあかんぜよ!

自民、民主のいずれが政権を牛耳ることになろうと、舛添氏の衣鉢を継いで、予想される官僚の反撃に立ち向かう大臣の顔は、この時点では思い浮かばない。20090708

2009年07月11日

◆舛添厚労相の2年(上)




                  石岡 荘十

ちょっと早いかもしれないが微妙な時期なので、ひとまず舛添厚労相のこの2年間を総括しておく。

2007年8月、安倍内閣で舛添氏が厚労相に就任したこの時期は、社会保険庁の年金のインチキ、杜撰な処理、いざこざがつぎつぎと明るみに出始めたころだった。

そこへリーマンショック。クビになった派遣社員が毎日のように路頭に放り出されて、旧労働省マターにも火がついた。それやこれやで、おそらくこの時期、国会答弁や記者会見での“露出度”でいうと、閣僚の中で最多だろう。厚・労分割騒ぎになるほど多忙だった。

しかしここでは、旧厚生省関連の諸問題に彼がどう対応したか、特に、「医師不足問題」への取り組みと「新型インフルエンザ」がらみの彼の判断と行動、この2点に絞って振返る。

まず、医師不足問題。

直接の発端は、脳出血を起こした東京都内の妊婦(36)が8ヶ所の病院で受け入れを断られた挙句、死亡した事件だった。妊婦のたらい回しは前の年、奈良県でも起きて社会問題となったばかりだった。

失礼だが、奈良のような田舎での出来事ならともかく、大病院が集中する大都会のど真ん中でなぜこんなことになってしまったのか。

当初、石原東京都知事は「医師不足は国の責任だ」と噛み付き、舛添厚労相は「都の病院運用の仕方に問題がある」と互いに責任を押し付け合っていたが、舛添氏は直後、最初に受け入れを拒否した都立墨東病院(墨田区)を視察したところから潮目が変わった。

厚労省には医系技官と呼ばれる医療事案を専門に扱う高級官僚250人がいるが、彼らはこのような問題が起きるたびに、「医師の数は足りている。偏在をしているだけだ」という説明と言い訳を繰り返していた。しかし現場を視察し意見を聞くと事実は違った。

分かったことは、都の対応に問題がなかったわけではないが、根っこには「絶対的な医師不足がある。国が示した医師増員計画では医師不足は解消されず、患者のたらい回しもなくならない。

その頃、厚労省の中に「医師誘発需要説」という名の亡霊が棲みついていた。「医者が増えると、医療費が増加する」という学説である。元厚生省保険局長、吉村仁がぶち上げたのは四半世紀前、1983年のことだった。

この説は当時からアメリカの医療経済研究者のグループによるアメリカでの実験で、事実上否定されていたのにもかかわらず、日本では多くの関係者の間で、「医者が増えると患者が増え、ゆくゆく医療費の増大は国家予算を破綻に追い込む」という「医療費亡国論」がのし歩き、コンセンサスが出来上がっていった経緯がある。

http://www.melma.com/backnumber_108241_4356928/ 
(「厚労省を徘徊する亡霊」09,1,21)

思い切った医師増員に舵を切った大臣に医系技官はあの手この手で抵抗する。これに対して舛添氏は2008年7月、私的諮問会議「安心と希望の医療確保ビジョン 具体化に関する検討会」を立ち上げ、この会議で医師不足問題の議論を始める。委員の大半は大臣が自ら任命。よくある、官僚推薦の御用学者は入れなかった。

検討会の報告書の骨子、要項、試案を、委員たちが自ら執筆し、医系技官の横槍を排除したという。果実は、「医学部定員50%増」。

それまで会議を主導してきた医系技官による政策を180度方向転換するものだった。

医学生の定員をどうするかは文科省の所管業務である。が、文科省医学教育課長にも厚労省から出向した医系技官が在籍し、各大学の医学部長に電話をして、「医学部定員の増加には対応できないと言え」と“反乱”を指示したといわれる。

この件は、後日、日経新聞や医療業界紙で取り上げられ、この技官は「格下の課長」へ降格された、と報じられている。

諮問委員会は2008年9月、医学部定員の1・5倍増などの提言を打ち出した。今年度の医学部入学定員を昨春より693人増やし、過去最高の8486人に増員となる。

一人前の医者に育つまでに10年はかかるから、このペースで毎年計画的に増員を続ける。そのころまでには、徐々に医師不足が解消する、と展望を示している。

大臣の私的な諮問委員会は、しばしば役人が書いた政策を正当化するためのエクスキューズ、隠れ蓑として機能するが、舛添の場合は、いわば親衛隊である。一部のネット上の記事は「近衛兵の反乱」と持ち上げている。

官僚の操り人形にならないこの方式は、舛添氏はフランスに留学していたときに学んだといわれる。フランスの行政組織では、大統領、首相、大臣それぞれに、5〜40人の程度の側近組織がおかれ、ラインの部局とは独自に動く(厚労省プレスリリース)そうだ。

総選挙を前に選挙民にゴマをすっているという匂いがしないでもないが、小泉内閣で決まった社会保障費の自然増を毎年度2200億円抑制する方針を盛り込んだ「骨太の方針06」は事実上、撤回されたことになる。

1996年当時の菅直人厚生大臣が薬害エイズで患者に謝罪して以来の、政治主導の政策となったというのは褒めすぎか。医療現場はこれを高く評価している。

それだけではない。舛添氏は独自の政策だけではなく、新型インフルエンザ問題では人事権を振るって官僚組織の切り崩しにかかる。(つづく)

2009年07月04日

◆なぜ高い日本の医療機器



                 石岡 荘十

薬事法上、医療機器はそのリスクに応じて3つに分類されている。まず、高度管理医療機器。 副作用や機能に障害が起きたとき、まかり間違えば人の命や健康に重大な影響を与える恐れがあるもの。

例えば、透析器、人工骨、人工呼吸器、PTCAカテーテル、ペースメーカなど(PTCAカテーテルは、狭心症や心筋梗塞を治療するための管)。

次に管理療養機器。前項以外の機器で、やはり副作用や機能に障害が起きたとき、それほどではないが患者の命や健康に重大な影響を与える恐れがあるもの。

たとえば、MRI、腹腔鏡、電子式血圧計など。MRIは、日本語では「磁気共鳴画像診断装置」といわれ、強力な磁場や電波で脳や体を輪切りにした画像を撮影する大型の検査機器。

よく似た機能を持つものにCTがあるが、MRIはCTに比べタテ・ヨコ・ナナメなど断面を自由に設定できるなどの利点がある)。

さらに、一般医療機器。副作用や障害が起きても直ちに人命や健康に影響を与える恐れのないもの(聴診器など体外診断用機器、X線フィルムなど)。

これらの機器のうち、ペースメーカ、PTCAカテーテル、MRI、腹腔鏡の4つについて、公正取引委員会が05年12月、詳細な実態調査を行なっている。

それによると、まずペースメーカは100パーセント輸入。メーカーは欧米の10社程度で、04年の日本国内での販売個数は47,460個。その市場規模は465億円だった。

ペースメーカは機能的には8つに区分され、国内価格は、116万円から185.2万円となっている。

ところが、たとえば国内で133万円のものがアメリカでは83万円余と、日本の価格はアメリカの1.6倍である。日本で148万円のものはアメリカで95万円、これまた1.6倍という価格差となっている。

実態調査報告書の翌年06年、保険適用が承認された最新型InSync3マーキー(419万円)の価格差は多少圧縮されて1.27といわれている。それでもこの比率で換算すると、アメリカでは330万円で売られている計算になる。その価格差は90万円である。

ことほど左様にPTCAカテーテルの場合の内外価格差はさらに大きく、2倍以上。

ペースメーカとカテーテルの価格差が大きいのは、国内の多すぎる医療機関の数に関係があるといわれている。

ペースメーカの植込み治療を行なっている病院は、人口比でいうと日本はアメリカの4倍。アメリカは大型集約型、日本は中小分散型で、日本では膨大な流通経費がかかる。

その差は5600億円(05年)と試算されている。これが機器の価格、ひいては医療費に上乗せされている。

ところが、である。

MRIの平均販売価格の対アメリカ比は0.75と、日本のほうが安いのだ。これはどうしたわけか。理由は2つ。

・国産のMRIのシェアが大きいこと

・販売台数の6割はメーカーが直接、医療機関に納品するため流通経費がかからないこと

普及率は60パーセントで世界一。海外でも売れている。メーカーによる売り込み競争は熾烈で、値崩れが起きている。業界では「半値の8掛け」といわれている。

そんなに優れた技術力があるのなら、技術的には遥かに簡単なペースメーカやカテーテルくらい国産で賄ったらよさそうなものだと思うかもしれないが、ほとんどが輸入品である。なぜか。

長年、医療機器の営業に携わっているセールスマン(ME:MedicalEngineerという)はこう言う。

「国民性ですかねぇ。医療機器の中でも、副作用や故障が起きたとき直接患者の命にかかわる高度管理医療機器については、いざというときには膨大な賠償や製品のリコールを覚悟しなくてはならない。

MRIやCTは検査機器ですから、まず命に関わるようなことは考えられないので、複数のメーカーが作っています。ペースメーカやカテーテルは1歩間違うと、訴えられて会社がつぶれてしまいます。

欧米のメーカーはそのリスクを乗り越えて、開発にしのぎを削っています。医療機器の内外価格差は、リスク回避の代償といえます」

「危ないことはごめん」

自分では作らないが危ないところは他所さんにお願いする。技術力があっても自分では作らないのは核と航空機と医療機器だ。

アメリカの核の傘で守られ、カネだけは出すという構図にどこか似てないか。