2009年09月30日

◆ワクチン接種策を歪める官僚


石岡 荘十


ワクチン接種が新型インフルエンザ防止の最後の砦として、いよいよ10月末から実施されることになっているが、ここへきて必要な法整備をゆがめる官僚、医系技官の策動が目立ってきた。

ちょっと振返ってみると、ワクチン接種が必要になると見られるに人の数は、日本では5,400万人と想定されているが、国内で調達できるのは、最大1,700万人分に過ぎない。このため、誰に優先的に接種すべきか、つまり優先順位が決められている。

・最優先は医療従事者:医療従事者(救急隊員を含む)、基礎疾患を有する者、及び妊婦、6か月〜就学前の小児、6ヶ月未満の小児の両親、
 
・その他の優先接種者:小・中・高校生、高齢者(基礎疾患のある小・中・高校生は最優先)

ということになっていて、国のお役に立たない高齢者など、この順位に該当しない人に対しては、海外からの輸入ワクチンを接種する考えだ。

厚労省は、スイスの製薬大手ノバルティスと英グラクソ・スミスクラ イン社の2社と詰めの輸入交渉中だといわれる。ところが、海外メーカーによるワクチンは、国内産とは製造方法が異なることなどから副作用などのリスクが高い、「国内生産のワクチンが安全」という風評(?)が流布している。

それを捉えて厚労省の“有能な医系技官”はいざとなっても責任を問われることのないよう責任逃れの関係法の整備をしようとしている。

新型インフルエンザワクチンは人類が始めて経験するわけだから100%安全だとは言い切れない。命に関わる副作用の報告もある。そこで米を始め、英、仏、独など欧米各国では、リスクを想定した法的な救済策をすでに講じている。リスクは大きく分けて2つ。

1.被害を受けた場合その人に対する補償をどうするか
2.メーカーに対する損害賠償責任をどうするか
この2点である。

米では、被害者には訴訟を起こさないことを条件に、高額の補償金が支払われる。無過失補償制度という。その原資は、ワクチン一本当たり75セントが上乗せされてこれによる基金から補償が行われる。

また、メーカーに対しては、厚生省長官が公衆衛生上の危機と宣言したワクチンについて、副作用が故意によるものでなければ、メーカーの(製造)責任が免責されることになっている。無過失免責制度という。詳しくは、
http://www.melma.com/backnumber_108241_4591985/

(「ウイルス副作用被害無過失補償制度」8/29)

ヨーロッパ先進国でも似たりよったりの法整備が行われている。「被害者は国が救済する、メーカーの責任は問わない」。無過失補償+無過失免責、これが国際的なスタンダードなのである。

ところが、である。

わが日本では、すでにインフルエンザの蔓延が始まって半年、やっと被害補償のための原案が出来た。こういうのを日本ではドロナワという。

<厚労省は新型インフルエンザ用ワクチンの副作用被害をめぐる新たな法整備で、輸入ワクチンによる被害で訴訟が起きた場合、製薬会社の訴訟費用や賠償金を国が肩代わりする方向で、秋の臨時国会への法案提出に向けた準備を進める>(共同通信 9/24)。

つまり、欧米では、インフルエンザ蔓延は国家の危機だから個々人の被害は「国が」というか、「社会全体でワクチン接種の被害に直接責任を持つ」。

ところが日本では、訴訟費用や賠償金を国が肩代わりする。「まず、文句があるなら訴えなさい。訴えられた製薬会社の面倒は国が見ます」という態度なのである。軸足は企業にある。国民に訴訟を勧めている。

民主党はマニフェストで「ワクチン接種体制を整備する」と約束し、「無過失補償制度の創設」を約束している。政治主導のために長妻大臣が指名した2人の副大臣、2人の政務官の中で医療問題のエキスパートとしてただ一人医師免許を持つ足立信也政務官が、問題点を訴えても、大臣は聞かないという声が聞こえて来ている。

「年金オンリー」の長妻厚労相に医療問題の理解は無理という懸念。そこを“有能な”官僚が突いて、世界の非常識を微妙に歪めて押し通そうとしているのではないかと疑う。

マスコミはその懸念を報じていない。記者クラブも政権交代のニッチで泳ぐ官僚に操られているのでは---。

「少数ながら必ず発生してしまう副作用を受けた人々を、国民全体として受け止める覚悟があるのかどうか。副作用を受けた人々を支える観点から、現状の補償金額は十分といえるのか。

そのコストを誰がどう分担するのか。十分な補償金を受け取ったら訴訟しないという約束は、社会全体のバランスや国民のベネフィットも考えて、日本国民のコンセンサスを得られるのか。国民一人ひとりが考え、議論しなければ乗り越えられない課題なのです」。

舛添前厚労相の知恵袋だった村重直子医系技官の的を射た提言だ。

ジャーナリストのキャリアを持つ長妻だ。そんな簡単にヤキが回るとは考えにくい。野党議員となった舛添と長妻の国会での対決が見ものである。        20090927

2009年09月26日

◆「ミスター年金」から脱皮せよ




          石岡 荘十

新内閣の顔ぶれが決まった。内閣全体を評価する能力や知見は私にはないが、新・厚労省スタッフ人事について私見を披瀝する。

トップは、ご存知「ミスター年金」長妻昭氏だ。野党時代の彼の調査能力については大方の国民が評価するところだろう。彼は年金問題の専門家としてだけではなく、自民党を追い詰めた“風“を起こす起爆剤のひとつとなった。

厚労相人事をめぐっては、医療業界では仙谷由人氏の登場を望む声が早くから聞かれ、正直言って、私も厚労省所管の業務全般を見渡すと、「年金問題を除けば、仙谷氏のほうが適任」と考えていたのだが---。

当初、鳩山代表の頭の中でも有力だった。ところが長妻氏が厚労相ポストを強く希望したことから、これを無視できず、仙谷氏とポストが入れ替わった、と各紙が伝えている。

経緯の真偽はともかく、長妻氏は念願のポストを射止めた。各紙は概ねこれを歓迎し、新大臣紹介・解説のコラムでも、年金問題をフレームアップして抱負を語らせ、「よかった、よかった」と手放しであった。

その気持は、まあわかるが、気になったのは緊急の課題である新型インフルエンザ対策、医師、特に産科、小児科医の不足問題、無能呼ばわりされている医系技官を中心とする医療行政体制などなど、厚労省が引きずっている旧厚生省マターがすっ飛んでしまっていることである。

いうまでもなく、雇用などの労働政策、医療から年金問題に至るまで幅広い所管業務の全てに精通していることを、1人の大臣に期待するのは無理である。

となると、不得意分野の知見を誰かが補わなくてはならない。そのためのスタッフ、大臣が指名する副大臣(2人)と政務官(2人)の人選が重要である。そこで、選ばれた4人を点検する。

副大臣:

・細川律夫(66)。明大卒。衆院当選7回。弁護士。専門は労働関係の法律。

・長浜博行(50)。早大政経部卒。参院当選1回、衆院当選4回。松下政経塾出身。伊藤忠商事勤務経験あり。ネクスト環境大臣だった。

この2人では、医療の制度と財源の運用を思いのままに差配する医系技官には対抗できそうもない。

政務官:

 ・山井和則(47)。京大工学部卒。衆院当選4回。松下政経塾出身。党内では、長妻氏に次ぐ年金問題のエキスパートとされる。社会保障に関する著書がある。長妻氏は著書の中で「一生の友」と言っている。マスコミには知られた顔だが、外人選挙権には賛成している。
 
・足立信也(52)。大分出身、筑波大医学部卒。医師、(消化器系外科)、医学博士。参院。

こう並べてみると、医療問題について専門的な判断をし、大臣にアドバイス出来そうなスタッフは唯一人、足立氏だけだろう。政治的な経験は充分ではないが、臨床医の経験で医療の現場を知っているだけでなく、母校での教官も勤めた経歴がある。

自身のホームページで政界に転じた理由をこう述べている。「医療現場で感じた問題を政治の場で解決したい」「小医は病気を治し、中医は人も治し、大医は国をも治す」。

そうは言っても、緊急の課題である新型インフルエンザ対策。判断が必要な疫学や公衆衛生学については、門外漢である。

前大臣・舛添氏は勤めた2年間の後半は、医系技官の言うことを信用せず、自身で「大臣政策室」を立ち上げ、内外から本当のプロをかき集めた。そのスタッフは「近衛兵」とか「親衛隊」とか呼ばれ、その助言で医師の増員、インフルエンザ対策を打ち出した。新しい執行部はこの手法を学ぶ必要がある。

http://www.melma.com/backnumber_108241_4602609/

(なお、3人目の女性「重村直子さん」は「村重直子さん」の間違いでした。お詫びして訂正します)。

誤解を恐れずにあえて言えば、旧労働省マターはいわば常識の範囲内で判断できる問題が大半だが、旧厚生省所管に関わる諸問題は、医療というきわめて専門的な分野についての専門知識がない者にとっては、まるで“違う星の出来事“だ。

だから、特にこの分野の制度設計については、医師免許を持った”スペシャリスト“とされる医系技官250人が一手に引き受け、数十兆円にのぼる予算配分に采配を振るう仕組みになっている。

しかし、その医系技官は大学卒業後、研修医を経て5年以内に厚労省に入省.以来、一度も医療現場に出ることもなく、定年まで、ひたすら机上で法律を作り、予算の配分を行っている。

欧米で公衆衛生の専門教育を受けた経験のある身内であるはずの仲間のプロからは、「文系の事務官と代わらない素人だ」と批判される有様である。

舛添氏が新型インフルエンザ騒動の最中、呼び寄せた政策官のなかには、例えば、直接の上司である局長に対しも、「辞めるべきだ」と批判している若手の女性専門官(村重直子政策官)もいる。

政権交代の日、舛添前代人は職員の盛大な拍手と花束の中を去った。舛添VS医系技官の対立はよく知られている。厚労省官僚からすると、やっとうるさいのがいなくなったという安堵の気持ちを素直に表した風景であった。

ところが一難去ってまた一難。またまたうるさ型の登場である。職員の拍手も花束もなく、数人の幹部が、不安を秘めて品定めするように、上目遣いで長妻氏を迎えた。厚労省の職員はまことに素直な方々ばかりである。

舛添時代の副大臣、政務官は誰一人思い出せないが、望んでなったからには長妻氏は最早「ミスター年金」であってはなるまい。政治主導をいうなら、前任者の大臣政策室のプロをそっくり活用し、長妻氏が「ミスター厚労相」へと脱皮、大化けされることを期待する。

2009.09.22 

2009年09月23日

◆小澤幹事長の健康状態について




石岡 荘十

本誌の主宰・渡部亮次郎さんが、小澤幹事長の健康状態に触れ「おそらく太ももの付け根の動脈から器具を使って、心臓内のある種の器具を交換するのではないか、と言っている」と書いている。これについて、私見を述べる。

まず、「太ももの付け根の動脈から器具を使って、---」とすると、それは通常、太腿の付け根(鼠径部)から動脈にカテーテルを挿入して心臓や脳の血管治療を行う治療法のことだろう。

心臓の治療では、心筋梗塞、つまり心臓の筋肉に血液と栄養分を送る冠動脈が詰まった場合、カテーテルを挿入。よくいうフーセンで狭くなったり、詰まったりした部分を広げたり、血管の内部にこびりついたコレステロールを、カテーテルの先端についた小さなドリルで削り取ったりする。

最近では、狭くなったところが再び狭くなる(再狭窄)ことがないようフーセンで拡げた後、金属(チタン)で出来た細い網状の筒(ステント)を狭窄部分に置き去りにする術式が一般的である。ステントを使っても、数年前までは再狭窄が起きた。

そこへ開発されたのが特殊な薬剤を滲みこませたステントで、これを使うと薬剤(シロリムス)が少しずつ染み出して95%以上の確率で再狭窄を防ぐ。

この術式だと患者に対する負担が少ない。循環器内科医が担当する。心筋梗塞だからといって外科医が胸を切り開いてバイパスを行うとは限らない。

この術式は日本国内の専門病院でも広く行われている。入院期間は、長いといわれる日本でも一週間以内、アメリカでは1泊2日というところもある。

だからもし、小澤氏がそのためにわざわざ国外の病院に出かけるとしたら、その理由は、医学的にはない。理由があるとすれば、政治家の健康状態がもたらすであろう政治的な影響を慮ってのことだろう。

次に「心臓内のある種の器具を交換するのではないか、---」ということだが。

大腿部の動脈から挿入されたカテーテルは血流に逆らって心臓を目指す。行き着いたところは大動脈弁である。私は10年前、胸を開けて、この心臓弁をチタンとカーボンで出来た人工弁に置き換える手術(大動脈弁置換手術)を受けた経験がある。

「ある種の器具」というのは弁のことを指しているのかどうか分からないが、このような疾患を治療するには、今の医学では心臓血管外科医による開胸手術をするほかはない。いずれ、カテーテルで弁置換手術も出来るようになりますよという話を聞いたこともあるが、成功症例は世界でもまだ報告されていない。

因みにいうと、橋元龍太郎元首相は国内の大学病院で、大動脈弁からさらに遡った僧帽弁の置換手術を受けている。

「心臓内にある器具」という言い方は医学的にはないが、仮に、心臓周辺の臓器の病気と考えると、例えば大動脈に瘤が出来る大動脈瘤も考えられる。石原裕次郎がそうだったが、この場合も胸を切り開いて、瘤の根元を特殊なクリップで挟んだり、人工血管に置き換えたりする手術法が一般的だ。カテーテルでは対処できない。

余談だが、裕次郎の主治医は後に宇宙飛行士となった向井千秋さんだった。

伝聞情報なので、用語の使い方を含めて不確かなところが多すぎ、これだけでは小澤氏の肉体的、政治的な生命を云々する材料としては今ひとつ判断を躊躇せざるを得ない、というところだろう。

いずれにしても年寄り相手の「現職の政治記者は、政治情報と共に、かなり高度な医学知識を持っていなければならないことが納得できるだろう」という主宰者の見解には、同感である。            20090921

2009年09月15日

◆ワクチン接種お国柄較べ

石岡荘十

新型インフルエンザのワクチン接種を、いよいよ来月下旬から始めると政府が明らかにしている。ワクチンについては紆余曲折、ここに至るまでいろいろな問題があった。

例えば、1億数千万人の国民のうち、ワクチン接種が必要な人は5400万人と試算されているが、この数字にはエビデンス、つまり科学的根拠がないという異論があり、いまだに明確な根拠は示されていない。しかもこれを認めたとしても、実際に用意できるのは、国産分では1700万人分に過ぎない。圧倒的に、足りないのだ。

したがっておのずから優先順位をつけなければならないのだが、その順位をどうするか。まず患者を診る医療従事者を最優先とし、つぎに妊婦、妊婦、基礎疾患(持病)のある人などの優先対象者には10月下旬にも出荷が始まる国産ワクチンを使う。

足りない分は海外メーカーから輸入。接種が望ましい小中高校生や持病のない高齢者には原則として輸入ワクチンを使うと国は言うが、その場合、輸入ワクチンで副作用被害が出たらどうするのか。ワクチンの安全性をめぐるいろいろな問題がある。

欧米では被害者への補償(4000〜5000万円)と共に製薬会社に対しても過失がなければ責任を問わないという制度(無過失免責補償制度)が確立しているが、日本では、任意の接種の場合の被害補償は700万円に過ぎず、メーカーの免責を保障する制度はない。海外メーカーからすると、万一副作用が出たりすると、高額な損害補償を求められるかもしれない日本には、ワクチン売りたくないとびびっている。

免責を求めてきているという。これをどうクリアするか、今でも交渉が続いている。出来るだけ速やかに必要な法改正を急ぐことになっているが、時間がない。すんなり必要分を確保できるかどうかは、いまだ不明なのである。

さて、それやこれやで問題は多いが、ともかく決められた優先順位に従って接種を始めることになった。

ここでの問題は、接種の仕方、方法である。ワクチン接種は国と委託契約を結んだ医療機関で、原則予約制で行う。厚労省は医療機関を都道府県の医師会の協力を得て選び、来月(10月)下旬をメドにリストを公表することを、8日決めた。

ところが、早くも、この方法に対して地方の開業医(複数)から「机上の空論だ」という異論を唱えるメールがウェブ上に相次いで掲載されている。

「狭いクリニックの中でインフルエンザ患者とこれから接種して免疫を付ける者が同居することになる。ワクチンを接種して免疫を付けたい人が、わざわざ自分が免疫のない病気の患者のそばに行く形になる。

これについて厚労省はクリニックのような医療機関であっても場所や時間帯を分けることなどにより対応可能と考えている、とのことであった。

しかし、現時点ですでに、発熱患者とそうでない患者を場所や時間を分けて診療することに苦慮しているクリニックに、さらにワクチン患者も分ける時間・空間的(診察時間をずらしたり、場所を変えたりする)余裕がどこにあるというのだろうか?」

どこで誰がワクチンを打つのか。現場での混乱は目に見えているという。
アメリカの医療関係者からの報告がある。

<アメリカでは、州ごとにワクチンの計画がされており、すべての州でワクチンを供給する計画を立てている。ワクチンは、病院や学校以外にも薬局や職場など私的な場所でも受けられる準備をしています。米国(テキサス州)でユニークなシステムとして、マクドナルドとの提携があります。

ワクチン接種用の車が特別に用意されて、マクドナルドの駐車場でワクチン接種が行なわれます。子どもが、マクドナルドでワクチン接種を受けると、ワクチン接種のご褒美としてアイスクリームがもらえます>

こんな発想が出来るのは、アメリカではすでに全国民が必要とするであろう充分な量のワクチンを確保してあり、優先順位を勘案する必要がないことが挙げられる。接種を受けるかどうかの判断は、勿論、個々人に任されている(任意接種)が、オバマ大統領が自らテレビに出演し、「ワクチン接種を推奨(recommend)する」という声明をと発表している。

ということは、万が一、副作用の被害が出た場合、国がその補償に責任を持つ約束をしたと考えていいだろう。接種は無料である。

対して日本では、厚労省が接種を受けた人やその保護者から、必要な2回分の実費相当分(7000〜8000円)を徴収することを決めた。

お金のない人には別途、所得によって無料または援助を検討するというけちけちぶりである。この彼我のお国柄の差は一体どのような判断の違いから出てくるのか。

新型インフルエンザは個人の病気ではない。社会が病んで危機に瀕している。放置すれば、社会的な混乱を招き、経済的にも重大な損失をもたらすおそれがある。国民から政治的に責任を問われかねない。ワクチン接種は国家の危機管理の問題である。したがって高度な政治判断が必要だとアメリカでは考えられているからに違いない。

日本で発表されたワクチン対策は所詮、官僚の責任逃れの作文に過ぎない。先に発表された厚労省による「被害の想定」で、未曾有の危機を予想していながら、高度な政治判断をすることなく、ど素人(医系技官)の作った路線に乗ってわれわれは新型インフルエンザ第二波を迎えることになる。   20090911   

2009年09月10日

◆感染症プロ、3女性に注目!




石岡荘十

新型インフルエンザの蔓延でにわかに社会問題となった感染症。昔は伝染病といわれたもので,1897年(明治31年)に制定された伝染病予防法を改正し、感染症予防法が出来たのが1999年、このとき「伝染病」という言葉も「感染症」に言い換えられた。

わずか10年前のことで、比較的新しいジャンルの学問ということが出来る。どちらかというと、マイナーな分野という印象があるが、歴史的にはペスト、天然痘、スペイン風邪など数百、数千万人の死者を出す病気として恐れられている。

この分野で、いま有能果敢な女性医師が、官僚を凌ぐ影響をもたらしている。3人の女性プロを紹介する。

一人目は、新藤奈邦子さん。
肩書きはWHO(世界保健機関)本部(ジュネーブ)のメディカル・オフィサー。世界をまたにかけて、鳥インフルエンザやパンでミック(世界的大流行)に関わる大規模感染症の制圧活動に当たっている。第一報が入ると現地へ飛ぶ。

アンゴラなどにも派遣されウイルス性出血熱の封じ込め、制圧のため現地で指導に当たったこともある“猛者”である。

1990年、東京慈恵医科大学卆。ロンドンの病院で研修後,母校で脳神経外科医として働き始めるが、職場でセクハラに合ったこともあって日本は女性医師が働く環境がないことを痛感、内科に転向。国立感染症研究所情報センターからWHOに応募。世界から殺到した応募者671人の中から選ばれ、2002年WHOへ。

2006年2月、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介され一躍「インフルエンザなら新藤」と注目を浴びるようになった。番組の中で、医師になった動機を語っている。それは脳腫瘍で失った弟の言葉だった。

「医師になって、ぼくと同じように苦しんでいる人に、ぼくの代わりに明日があると言ってほしい」

現在は二児と一緒にジュネーブに永住、今回も新型インフルエンザで日本に一時帰国して、国立感染症研究所で、世界のスタンダードで新型インフルエンザ対策のアドバイス当たっている。

「管理職以上は外交官扱いを受け、サラリーも悪くない」とメーマガジンでインタビューに答えている。
http://yamabuki.ewoman.co.jp/report_db/id/2601/dow/1

二人目、木村盛世さん。
筑波大学医学群卒業。米国ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院疫学部修士課程修了。優れた研究者に贈られる、ジョンズ・ホプキンス大学デルタオメガスカラーシップを受賞する。

内科医として勤務後、米国CDC(疾病予防管理センター)多施設研究プロジェクトコーディネイターを経て帰国。財団法人結核予防会に勤務後、厚労省に入省。大臣官房統計情報部を経て、厚労省検疫官(羽田検疫所)。専門は感染症疫学。

彼女についてはこれまでにも何度か書いてきたが、現役の官僚でありながら、厚労省を鋭く批判した著作「厚生労働省崩壊」(講談社)が評価され、新型インフルエンザ問題の集中審議が行われた参議院予算委員会(5/28)では、野党側の参考人として証言を行ったこともある。これが呼び水となって、新聞、テレビ、週刊誌などあらゆるマスコミの間で引っ張りだこになった。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4480390/(「心配なのは医系技官の水準」 5/15)
http://www.melma.com/backnumber_108241_4543183/(「木村もりよさんインタビュー」 7/14)

最近のメールマガジンでも、厚労省にいる医系技官250人について
<医師は人(患者)の傍にいてこそ医師である。日進月歩の医療界の中で患者も診ず、論文も読まずでは妥当な対策が立てられるはずもない。現場を知ろうとしない医系技官は医師免許を捨てたらどうだろうか>とバッサリ。

最後の1人は、重村直子さん。
重村さんはその現役の医系技官の1人だが他の医系技官とは一味違う。
1998年東大医学部卒の医師で、日米で予防医療の臨床を経験した後、入省。まだお若いのに、舛添厚労相の私的なアドバイザーグループ「大臣政策室」の政策官に抜擢され、予防医学の専門家として大臣に意見を具申し、アドバイスをつづけている。

ワクチンの輸入問題で、「副作用被害の補償制度や、ワクチンメーカーの責任を問わない無過失免責制度などの法の改正をすべき」とした大臣の発言の振り付けをしたのは彼女だといわれる。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4591985/(「副作用の無過失補償制度」8/29)

以上、3人に共通しているのは、国内の大学を卒業後、欧米の大学でみっちり公衆衛生学の教育を受けていることだ。

日本の公衆衛生学教育のレベルは欧米やアジアの一部諸国に比べて大きく立ち遅れているのが現状である。そのため多くの日本人が海外の公衆衛生大学院で学ぶために留学する。<私が学んだジョンズ・ホプキンズ大学で出会った優秀な日本人は誰一人として日本に帰ってこない。それは日本に魅力がないからだと思う。今の課長、局長と言った幹部は自分たちの天下り先だけを考えて仕事をしており、行動すべてが保身のためで国民の方をまったく向いて
いない。>(木村防疫官)。

WHOの新藤メディカル・オフィサーも帰国する意思はないという。
彼女たちの発想が厚労省官僚と異なるのは、日米の教育制度に由来する。
舛添厚労相と彼女たちは、波長が合ったらしい。

現場医師のメールを読むと、これからも大臣を突破口に政治主導で日本の医療制度改革に取り組んでもらいたい、と期待している。

だが、舛添大臣の退任は近い。厚労省ではほっとした空気が流れているそうだ。彼女たちの思考回路はHIV訴訟で政治主導の判断を示した菅元厚労相とも近いように思われる。
次期大臣は誰か。その後の彼女たちの処遇が気になるところである。

2009年09月02日

◆ワクチン接種の政府基本方針

石岡荘十

厚労省の新型インフルエンザ対策本部が8/31、「ワクチン接種に関する基本方針」(案)をまとめ、専門家諮問委員会のオーソライズを経たうえで、9月末に最終決定することとなった。

入手した資料(A4 11枚)によると、基本方針案は次の3点から成っている。(【 】は筆者コメント)
1.予防接種の位置づけ
2.ワクチンの接種
3.ワクチンの確保
まず接種の目的については「死亡者や重傷者の発生を出来る限り減らすこと」としている。
その上で、案によると優先接種の順位はこうなっている。

・最優先接種者:医療従事者(救急隊員を含む)、基礎疾患を有する者、及び妊婦、六か月〜就学前の小児、6ヶ月未満の小児の両親
・その他の優先接種者:小・中・高校生、高齢者(基礎疾患のある小・中・高校生は最優先)

【厚労省が先に中央省庁の担当者に示した資料では、「新型インフルエンザ対策に従事する職員(官僚)は優先的に接種する、省庁内の診療所に医薬品(抗インフルエンザ剤)の備蓄を確認する」となっているので、ワクチンも当然、優先的に自分たちの分を確保するに違いない。が、ここではさすがにそのことには触れていない】

この場合の基礎疾患は次ぎのとおり。
喘息を含む呼吸器疾患、高血圧を除く心疾患、腎疾患、肝疾患、神経疾患、血液疾患、糖尿病を含む代謝性疾患、HIV・悪性腫瘍を含む免疫抑制状態など、としている。

それでは、この「最優先接種者」と「その他の優先接種者」の数をどのくらいと見積もっているのか。

合計5,400万人。その内訳は、
・医療従事者 約100万人
・妊婦    約100万人
・基礎疾患のあるもの 約1,000万人
・小児(6ヶ月〜就学前) 約600万人
・6ヶ月未満の小児の両親 約100万人
・小中高学生       約1,400万人
・高齢者(65歳以上)   約2,100万人
となっており、この順で優先的に接種するとしている。

6ヶ月未満の小児は予防接種によって免疫をつけることが難しいとされているため、次善の策として保護者に接種することにしたと説明している。

ところが、ワクチンが足りない。年度内の製造可能な量は多く見積もっても1,800万人分しかない。この量では人口の10%程度であり、全く足りない。

そこで、厚労省案では急遽、海外からの緊急輸入することになった。
【ドロ縄対応である。欧米諸国の中には、新型インフルエンザが発生するずっと前から、新型インフルエンザが発生したら自分の国に優先的に供給するようあらかじめワクチン製造企業と契約を結んでいるところもあっというが、日本は完全に出遅れた】

しかも、ワクチンの輸入については、問題点が二つある。
一つは、全世界的にワクチンの量が限られる中で、日本が率先して輸入してよいのかという点だ。発展途上国の配分を奪うことにならないか。

この点について厚労省の担当者は会議の席上、「現在交渉している分量は先進国分としてメーカーが割り当てているものであり、もし日本が買わなかったら他の先進国に行くことになる」と答えている。
【メーカーの名前は明らかに出来ないという】

もう一つの問題は、海外のメーカーが副反応などに関する免責を求めてきている点だ。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4591985/

この問題について、森兼啓太・東北大大学院の講師(感染制御・検査診断)は「ワクチンのように、ある程度の副反応を覚悟の上でそれでも公衆衛生的ないしは個人防護の観点からメリットがあると判断されるもの、しかも新型インフルエンザワクチンは十分な臨床試験も出来ず、なかば緊急接種的に使用されるものは、メーカーにその使用に関連する副反応などの責任を負わせるべきでない」と言う。

「輸入ワクチンに関しても免責制度にはできないと厚労省は考えているようであり、その点で交渉が難航しているとのこと。難航するのは当たり前の話であり、そもそも交渉にならないのではないか」とも言っている。

また輸入ワクチンの安全性について、この資料では、「輸入承認申請の際に添付される「海外臨床試験成績の資料で確認するが、万一、輸入後に安全性に問題がある場合には、「使用しないこともあり得る」と逃げ道は作ってある。

同時に、「ワクチンの効果や限界、リスクについて充分に説明・理解を得たうえで実施すること。個人の意思を軽視し、強制的に接種しないように」と最後にいざというときの責任回避の文言を付け加えることも忘れない。
【「何かあっても知りませんよ」ということだ】

この基本方針(案)は、今月中旬、専門家諮問委員会で「いいですね」とダメ押しをした後、下旬に決定・発表するスケジュールとなっている。が今月中旬に首班指名が行われ、組閣という段取りだ。舛添厚労相の後任がど素人だと丸め込まれ、精々ベタ記事で、衆目を集めるニュースとはならないかもしれない。
20090901

2009年08月31日

◆いい加減な死因報道




石岡荘十

医療ミスや有名人の死亡を報道する記事の中で、死亡原因に触れた部分で、時々「ん?」と首を傾げるケースが少なくない。

例えば、【時事 2009/08/25-17:01】
<聖マリアンナ医科大学病院(川崎市宮前区)で、心筋梗塞(こうそく)で入院していた70代の男性患者に対し、静脈に入れるべきカテーテルを誤って動脈に挿入、2日後に患者が死亡していたことが今月25日、分かった。同病院は神奈川県警などに事故を届け出た。

同病院医療安全管理室によると、患者は今月中旬、心臓の大動脈弁を人工弁に置き換える手術を受けた。術後、栄養を直接投与するため頸(けい)静脈からカテーテルを挿入する際、誤って頸動脈に挿入。先端が人工弁の中に入り、心不全を起こした。

直ちに人工心肺を取り付けるなど緊急処置をしたが、患者は2日後に死亡した>
この“事件”について、産経新聞は26日、ほぼ同じ経過を書いた後<担当医は30代ベテラン>と書き加えている。

疑問点がいくつかある。

まず、心筋梗塞で入院した患者であれば、心臓血管外科医が胸を開き、冠動脈の梗塞した部分をまたぐようなバイパス手術を行なう。または循環器内科医がカテーテルで狭窄した部分を開通させ、網状の金属の管(ステント)を挿入する。

このどちらかの治療法を採る場合が多い。ところが、記事によれば、<心臓弁を人工弁に置換した>という。

心臓には4つの弁があるが、まず弁置換の手術が多いのが大動脈弁だ。これは筆者が10年前に経験している。次が、左心房と心室の間にある僧帽弁の不具合で、橋本龍太郎元総理が置換手術を受けている。

つまり、心筋梗塞と弁置換手術はまったく異なる手術なのだが、記事を書いた記者はその区別がついていなかったらしい。心筋梗塞と弁置換の手術を同時に行うことはありえない。

まず、心筋梗塞治療を行った後、別の日に弁置換手術を行ったということなら、弁置換のことだけを書けばいいのであって、事故との関連性のない<心筋梗塞で入院していた患者>と誤解を招くような書き方は感心しない。

事実、同病院のホームページでは<機械弁(人工弁)による大動脈弁置換術を施行しました。術後5日目、左内頸静脈より中心静脈カテーテルを挿入しようとしたところ、誤って頸動脈に挿入してしまい、その先端が機械弁の中を通過したことにより人工弁機能不全を起こしました>と心筋梗塞にはまったく触れていない。

心筋梗塞が“事故”とはまったく因果関係がないからである。

次の疑問点は(おそらく病院の発表どおり)<担当医は30代ベテラン>としている点だ。
同病院のホームページによると、心臓血管外科医は教授以下4人。主な手術および検査件数(平成20年度実績)は、

・開心術 (冠動脈バイパス術、弁置換術、胸部大動脈瘤手術、先天性心疾患など)126例
・腹部大動脈瘤手術 35例
・末梢血管手術  68例
小児から高齢者までの心臓・血管疾患に対して、年間約220例の手術を行っている、としている。

症例実績を外科医の数で割ると、1人あたりの年間執刀例は50数件に過ぎない。同じような要員体制で心臓治療を専門とする病院では、500例〜600例をこなしているところもある。

外科医1人当たりの実績は100件を超えるのである。よく「年間100例以上の執刀を手がけなければプロとしてのスキルは維持できない」と言われるが、そんな世界で、同病院の30代の執刀医を「ベテラン」と呼べるだろうか。疑問である。

心臓大手術後の患者に対する栄養補給は、同病院の発表どおり、<左内頸静脈より中心静脈カテーテルを挿入して>行われるが、ここで静脈と動脈を間違えてカテーテルを挿入するなどというのは信じられないようなきわめて初歩的なミスである。

静脈にカテーテルを入れるとカテーテルは血液の流れに乗って帆を張った船のように、するすると心臓(右心房)に達する。対して頚動脈は心臓から発して脳など首から上の臓器に血液を送る大動脈である。

だからカテーテルをここに挿入するということは、大川の流れに逆らって舟をこぐようなものである。行き着く先は左心室。で、置換をしたばかりの大動脈弁を壊してしまった。静脈と動脈では手ごたえが違うことは、経験豊かな者ならすぐ分かることだ。

“事件”の行方は患者の死因、執刀医の過失の程度、若葉マークに執刀を任せた上司の管理責任にもかかわってくる。医療訴訟が激増している。司直の手が入る。事件記者にもこの程度の医学知識が求められる時代になった。

もうひとつ、大原麗子さんの死因に関する記事である。各紙、テレビは<不整脈による脳出血が原因>と報じている。これもなにかの間違いだろう。

よくあるのは不整脈による脳梗塞だ。不整脈のなかでも心臓の心房(主に左心房)がぶるぶる震え、そこで出来た血栓(血の塊)が脳に飛んで脳の血管を詰まらせる(=塞ぐ)病気である。専門的には「心原性脳梗塞」という。あの長嶋茂雄さんがそうだった。不整脈で脳の血管が破れて死に至るという病態は聞いたことがない。

推察するに、大原さんは脳出血、くも膜下出血、または脳動脈瘤の破裂で急死した。不整脈もあった、ということではないのか。だがこう指摘した記事を見ていない。不思議なことである。

死因に関する記事で、最近最大のものはマイケル・ジャクソンさんの死因をめぐる報道である。専属医コンラッド・マーレー医師が強力な麻酔薬「プロポフォール」を点滴で注入したとされている。他殺の疑いである。

ただ、殺人のなかでも計画的で殺意のあるmurderなのか、殺意のない非計画的なmanslaughterなのかははっきりしない。しかしはっきりしていることは、異状死の解剖率が10%しかない日本と違って、アメリカでは、死因解明には異常に熱意を持っているということだ。

ロス市警の担当記者は、ジャクソンさんが使っていたといわれる、聞きなれない鎮静剤「ロラゼパム」と「ミダゾラム」についても猛勉強していることだろう。

長年続いた政権の死がカウントダウンに入った。評論家の皆さんに、死因解明、丹念で国民に納得のいく腑分けをお願いしたい。
2009.08.30

2009年08月29日

◆ウイルス副作用被害無過失補償制度


石岡荘十

国内での生産では足りないワクチンの輸入を検討する中で、明らかになったことがひとつある。

それは、海外のワクチンメーカーにとって、日本がいかにワクチンを売りにくい国であるかということ、日本での販売は他の国で販売するのに比べてリスクが大きすぎるということである。

ワクチンを打って副作用が起きても「過失がなければメーカーの責任を問わない」。これを「無過失補償」という。これがいわば“世界の常識”なのだが、日本の場合、副作用が起きたときはメーカーが裁判で訴えられて青天井の賠償をされる恐れがある。

これでは、海外のメーカーは危なくて日本にワクチンは売れないというわけである。副作用の責任が誰にあるのかを問題にするのではなく、被害が出たら公的に救済される仕組みがあって、その救済を受けたら、それ以上の賠償を請求する権利は失われる。

このような欧米諸国の考え方の背景には、被害を受けた患者の個人的な利害だけではなく、ワクチンは社会全体の利益のために接種するものという認識が一般に浸透しているため、被害が出たとしても、メーカーや病院などの関係者に不当に責任を負わせることはできないし、社会全体のために犠牲になった人は社会全体で支えるのが当然という考え方がある。

たとえばアメリカでは、88年からワクチン1本あたり75セント上乗せされていて、これを補償の原資に充てる制度になっている。フランスの場合は、ワクチンにとどまらず、02年に医療全体への無過失補償が導入されている。

ワクチンや公衆衛生上の危機に関することはわずかな障害でも補償される。ただ、補償金を受け取る際には裁判をしないという契約書にサインする必要がある。

一方、日本の副作用に対する救済策は、以前はワクチンと輸血によるエイズだけは国が補償する仕組みだった。普通は、補償を受けるには患者側が訴訟をするしかないが、6月15日、新型インフルエンザが追加して指定されている。しかも日本では、公的な救済を受けた後でもメーカーを相手取って損害賠償訴訟を受けることが出来ることになっている。

そのどちらも給付の原資はメーカーの拠出金なので、メーカーからすると二重に負担を強いられることになり、他の国のメーカーに比べて突出してリスクが高いことになってしまう。ここに日本のメーカーがワクチン製造に、二の足を踏んできた背景にある。

欧米並みの制度を日本に持ち込むためには予防接種法と感染症法の改正が必要である。アメリカやフランスでは、ほぼワクチンの必要量を確保したと伝えられているが、長年、法の整備をないがしろにしてきたつけが今日本に回ってきたことになる。

厚労省の役人は、「歴史上、薬害で国が訴えられたら必ず負けると思っているので、副作用と救済の問題は恐ろしくて議論すらできなかったということだと思います」(村重直子厚労省現役医系技官)。

そこで、26日開かれた2回目の「新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会」のなかで舛添厚労相は「必要な法改正をしなければならない」と、初めてこの問題について積極的な認識を示した。仮に、ワクチンを輸入するということになったときの障害は他にもある。
ワクチンの安全性をどう担保するか。
   
通常なら安全性を確認する臨床試験(治験)には5年程度の時間が必要だが、これでは間に合わない。舛添厚労相は「特例承認になると思う」と記者会見で述べている。特例承認は、緊急時に限って最小限の治験で輸入などを承認する制度だが、交渉中の海外メーカーは、副作用が出たときの責任を免除するよう求めているという。

舛添厚労相は「最終的には総理が判断することになるだろう」としている(8/26 産経新聞)。

それにしても時間がない。そんななかで、法の改正やワクチンの特例輸入(筆者は異議あり)についての政治判断を示した舛添厚労相の発言は、評価されていい。

前例のない、大臣のこのような認識・発言の仕掛け人は「厚労省大臣政策室」の村重直子政務官だというのが衆目の一致するところだ。彼女は98年東大医学部卒の医師で、日米で予防医療の臨床を経験した後、入省。

現役の医系技官の1人だが、厚労省の医系技官主導の新型インフルエンザ政策に終始批判的で、予防医学の専門家として大臣に意見を具申し、アドバイスをつづけている。大臣政策室には彼女のほかにも各省庁の若手官僚が集められ,舛添大臣の教え子も少なくないという。  
村重政務官は、医療専門誌「ロハスメディカル」(8/27)電子版で、インタビューに答えてこう医系技官を批判している。                 
「医系技官や薬系技官にきちんと調べた方がよいとアドバイスしても、やっつけ仕事しかしてこないんです。ちょっと訳して、大臣にちょっとだけレクチャーしてお終いでした。サイトのURLまで教えたのに、見向きもされませんでした。

部外からアドバイスされること、外国の事情を調べなさいと言われるのを、ものすごく嫌がります。
おそらく忙しいのと英語が読めないのと重要性がわからないのと、理由は色々だと思います。技官の存在意義って何なんだろうと悲しくなります」

「多くの医系技官が、大卒後すぐ、または見学程度の研修後に厚生労働省に就職し終身雇用を前提に2年毎に部署をローテーションするという人事制度なので、どの分野に関しても素人で、そのうえ法律のことも分からない、憲法感覚すらないから平気で人権侵害の政策を立案する、そういう状態になってしまっています。

誰でもこのような人事制度に組み込まれたらそうなってしまうので、彼らもかわいそうなのです」。

「こんな集団が、国の公衆衛生をリードしている、リードしているとも言えない状態ですが、これでは国民が非常に不幸だと思います」。      20090828
  

2009年08月25日

◆ワクチン輸入に異議あり




石岡荘十

懸念していたことが起きそうだ。新型インフルエンザワクチンの輸入である。

政府は秋以降の新型インフルエンザの本格的流行に備え、不足分のワクチンを輸入する方針を固めた。河村建夫官房長官は24日午前の記者会見で、麻生太郎首相が25日の閣僚懇談会でワクチン確保に万全を期すよう関係閣僚に指示すると述べた。(8/24 共同通信)

この秋に予想される第2波の襲来に備えて、日本で必要なワクチンは最大約5300万人分とされる。ところが国内製造できるワクチンは当初の生産見込み2500万人分を大きく下回る1300万〜1700万人分にとどまると今月20日、計画を下方修正している。

このようなワクチン不足は日本だけではない。程度の差はあれ、世界的にワクチンの絶対量は予想される患者数を大きく下回る。自国で生産能力のない開発途上国はなおさらのことである。

そこでWHO(世界保健機関)は世界の製薬企業首脳を集めて、発展途上国向けに予防用ワクチンの寄付や備蓄、廉価販売などを要請した。

そんななかで、曲がりなりにも生産能力のある日本が、輸入に踏み切るならば、その分どこか、生産能力のない国への供給が少なくなる理屈である。

だから筆者はこのメルマガ(8/8 「新型インフルエンザの常識・非常識」)で、「日本が世界のワクチンを買占めなどという非難を受けないことを祈るばかりである」と懸念を表明した。

これに先立つ6/3、桜井よしこ氏はさらに踏み込んで、「 危機を国際貢献チャンスに転換」と題して、「感染症の専門家、高橋央(ひろし)氏や国立成育医療センター臨床研究開発部部長の千葉敏雄教授らが提唱するアジアワクチンセンター構想を考えてみてはどうか」と提言している。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4498584/              

このなかで「日本のメーカーが開発したワクチンは、厳しい薬事法にのっとった手続きと、これまた厳しい生物製剤基準で製造されているために、品質および安全性で信頼に値します。そうしたワクチンをアジア諸国に提供できれば、非常に喜ばれ感謝されます」

「アジアワクチンセンターで日本はアジアの人々に喜ばれ、同時に日本国民も救われると思うが、どうか」と述べている。まことに同感である。

ところが、所管官庁である厚労省の医系技官にはそんなインターナショナルな発想はまったくない。官房長官の記者会見の発言は、厚労省の医系技官の作文だろう。何とかワクチンを調達して、自分たちが批判され、責任を問われないようにしようという発想ではないのか、と疑わせる。

国際的にワクチンの調達競争が起こっており、高度の医療態勢を持つ日本の大量輸入には、各国から批判が出る可能性がある。世界保健機関(WHO)も日本の輸入に懸念を示しているという。

足りないワクチン。政府は現在、ワクチン接種の優先順位も検討している。優先接種の対象としては医療従事者や基礎疾患を持つ人、妊婦らが挙がっている。9月中にも優先順位を決めたい考えで、厚労省がワクチンの専門家や患者団体、学会などの意見を聴いている。が、そんなことにはお構いなし。

「中央省庁が業務を継続するためにとるべき対応策」について、今月7日、膨大な資料が配布された。そのなかで、「新型インフルエンザ対策に従事する厚労省職員にはワクチンを先行接種する」と決めている。そして省内の診療所には必要な薬剤が不足することのないよう早めの備蓄を促しているのである。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4573804/

現役の医系技官で「厚生労働省崩壊」(講談社)を書いた現役の防疫官、木村盛世さんは「こんな医系技官はいらない」と出演したテレビ番組で切って棄てている。

ワクチンの輸入を舛添厚労相は了解しているのか。だとすれば選挙の応援ボケとしか考えられない。あるいは、東奔西走する鬼のいぬまの医系技官の小細工か。

どうせ勝てっこない選挙の応援演説はそろそろ切り上げて、舛添さんには有終の美を飾る判断をしてもらいたいものだ。
2009.08.24
      

2009年08月22日

◆医系技官の内輪話

石岡荘十


大臣の定例記者会見や引き続いて行われる事務方の会見は、役所のいわば表向きの顔であるが、大臣に何を言わせ、情報をどこまでオープンにするかの判断は、事務方の胸先三寸である。本音はお役人の内輪の話し合いで顔を出し、決まっていく。

19日、死者3連続という事態を受けて舛添厚労相は定例の記者会見で、「新型インフルエンザの本格的流行」と宣言した。これを受けて翌日、医系技官による部内の打ち合わせがあったのだが、彼らはそこで何を話し合ったのか。
オフリミッツの部屋を覗き見をするようでいささか気が引けるが、打ち合わせでの発言内容を入手したので、その一部をバラす。
(以下、A、B---は医系技官。【 】は筆者注)

<8月20日 班長会議>
まず記者会見発表の内容について。
A:感染研(国立感染症研究所)から、定点サーベイランスの結果は毎週水曜夜にわかっている。これまで火曜発表だったが、金曜に発表するようにしたいとのことだった。
【定点サーベイランス:全国5000ヶ所(医療機関)で感染者の観測・監視を行っている。平均患者数が1を超えると、流行が始まったと判断される】
B:会見で、医療体制整備とワクチンをやる、と言っているが、医療体制 の数字は言えない、ワクチンの数や日にちは言えない、となるので(会見が)持たない。他にも感染防止対策や手洗いなど言えることがないと持たない。
【情報の公表時期をずらしてでも、記者会見に合わせて面子を失うことのないように小細工している】
C:もう(患者数が多くなりすぎて)PCRが追いつかない。入院患者は全員PCRさせる方針をやめたほうがいいのでは。
【PCR:インフルエンザの病原体を見極める本格的検査法】
D:民間でPCRできないのか。
E:民間ではまだできない。
F:保険適用をどうするか議論し始めると間に合わない。「入院患者は全員PCR」という方針は止めよう。
B:今の医療体制で大丈夫だと記者に答えているが、1例でも救急で受け入 れられなかったらこの説明は破れてしまう。
F:ICUや感染症病床では足りない。一般病床に入れるから足りるのだ。
B:記者は重症例をじっと見ている。「まだICU(集中治療室)にいますね」「ベッド足りますか」「平均の入院日数は?」と(記者の質問は)だんだん専門的な質問になってくる。
F:入院率1.5%なんだろ?
G:はい。1日3万人入院し、平均7日入院とすると、ピーク時21万人入院。
F:ICUを期待するから(ベッドが)足りなくなるんだ。
H:南半球の状況。ピークは過ぎつつある。季節性インフルの3倍の患者数です。
F:3倍というと多いと思うが、入院患者数はどうなんだ。3800人ならたいしたことないだろう。
I:ピークまでの期間は?
H:4〜5週間。
F:オーストラリアに調査団を出そう。
【国内発症当時ニューヨークに調査団 を派遣したが、まだ症例報告さえ書けずにいるのに、また出すつもりらしい】
ふ:(重症感染者の)事例集はまだか。
G:事例集について、主治医から家族に同意をとってもらっているが、今はまだ聞けないなど色々あってまだ時間がかかる。
I:3〜4例でもいいから早く出した方がいい。
F:そんなんじゃなくて30〜40例まとめて出すんだ。
I:ニューヨークの数例でも、現場は役に立つとあんなに喜んでいる。出せるものをどんどん出して追加していけばいい。
F:やらんでいいとは言わない。
B:学校閉鎖とも絡む。文科省にちゃんとやってくれと厚労省から言う必要がある。
F:予防・軽症者全員にタミフル使うのか決めないといけない。季節性でも全員が使ってるわけじゃないんだろう。これから増えたりH5(鳥インフルエンザ)が来たりしたら足りなくなるかもしれない。
D:イギリスみたいに電話一本・ドライブスルーでタミフル配るか。
F:それが重要な点だ。誰かタミフルどうするべきかレポートまとめてくれ。
【ワクチンどころか、抗ウイルス剤タミフル投与の基準、配布の方法も決まっていない。イギリスでは、症状が出た場合、病院に行かなくても、インターネット上で症状に関する10問程の質問に答えるだけで、処方用の番号が発行される。番号を指定された施設で提出すると、無料で入手できる制度が出来ている】
I:9月2日に都道府県の担当者会議のために講堂をとってあるが、諮問委員会の日程上ワクチンについても言えることはない。

会議の模様をずっと聞いていた大谷官房長が最後にこう発言している。

「ワクチン確保については、官邸もかなり心配している。選挙どうなるかわからないがおそらく政権交代あり得る状況。厚労省でもっと詰めてから官邸に持っていくこと。ワクチンと医療どうするか、全体のス ケジュールなどについて、厚労省として本部としての報告を来週にはするように。引き締めなおしてやるように」
J:今週中に官房長へ、来週官邸へ上げる予定です。
【官房長官は、医系技官上がりではない。法令が専門の事務官だ。顔は官邸に向いている。政権交代が気がかりらしい。Jも医系技官ではない】

以上が、日本の新型インフルエンザ対策だけでなく全ての医療制度の設計に事実上、決定権を持つ医系技官の叡智を集めた会議の模様である。入手したやり取りを読んだ感想は、ドロ縄、行き当たりばったり、思いつき、保身---。
免疫力の低い高齢者は心臓、腎臓、糖尿、肥満など基礎疾患を持つ年代だが、タミフルもワクチンもまわってこない可能性が高いことがよくわかる。
となると、この冬は、夏バテを一日も早く回復し、うまいものを喰って体力を涵養し、数か月分の保存食を備蓄し、投票所のような人が集まるところへ出かけるのは避け、自宅に引きこもって食いつなぎ、ウイルスの嵐をやり過ごすしかないのかもしれない。
(2009.08.21)

2009年08月21日

◆新型インフルエンザ記者会見



石岡荘十

のりピーに乗っ取られていたテレビのワイドショーに、この数日、「新型インフルエンザ報道」が帰ってきた。

19日、厚労省で開かれた定例記者会見でのナマのやり取りの概要を、一部補足しながら紹介する。
(以下、Qは記者、Aは医系技官。【 】は筆者注)

Q 沖縄で出た重症患者3人のうち1人だけ基礎疾患があり、残り2人は基礎疾患が特にないのに重症化しているが---。
A 13歳の女性、11歳の女児がPCR検査で陽性、ICU(集中治療室)で人工呼吸器管理とのことで、我々も重症であると認識している。基礎疾患が確認されない若い世代についても重症化が認められる例というのは、国内では聞いてないが、米国やメキシコではこういった例はあった。沖縄の2人がこれに合致するかについては軽々に申し上げにくいが、基礎疾患がなくともウイルス性肺炎が重症化する例は、患者数が増え裾野が広がるにつれ起こりうるということは想定していた。

Q 入院患者86人のうち基礎疾患ない者が50名。入院の状況は?
A 退院等した方も相当いる。50人すべての精査はできていないが、(重症というより)心配で入院しているという方もいらっしゃると思う。

Q 入院者のうち、未成年が多いのは、感染者が多いからということか。
A  5〜19歳で患者さんの50%、29歳までで85%占めているとのこと。

Q 沖縄の3人及びこれから発表される予定の熊本の患者の容態については?
A 沖縄の方については特に急を要する状態だとは聞いてない。熊本も第1報を聞いたくらいだが、肺炎像は明らかではないものの、呼吸症状が悪く、18日の時点から人工呼吸管理されていると聞いている。

Q 流行が本格化していくと、今のクラスターサーベイランスの意味が薄れるの ではないか? 今後もサーベイランスは続けるのか?
【クラスターサーベイランス:感染集団の監視】
A クラスターサーベイランスは新型インフルエンザの患者が出始めて、その中で感染拡大の防止にどういった方策をとればよいか、(見極めるために)始まったもの。医療機関、社会福祉施設、その他事業所といったところからクラスターで発生がみられたという報告があった場合に、就業の中止等を指導し、それによって感染のスピードを抑えるとい考え方によるが、(蔓延が拡大すれば)このままの形でやっていくには無理な部分も生じてくるだろう。【クラスター:小さな人の集団、ぶどうの房。参考:「クラスター爆弾」】

今後は定点観測による数値がどのように推移していくかが、全体の傾向を見て行くためには役立つと思われる。重症化の防止に力点を置いた新たな対策というものも考えて行かなくてはならないとも考えている。

Q 医療機関に配るといっていた症例集はいつごろ出すのか。
A 今作業してるところなので、いつ出すとはまだいえないが、誰(患者団体等)に対してどのように伝えるかについても併せて考えていかなければいけない。

Q  ICU、人工呼吸器の整備状況は?
A  ICUが何床、人工呼吸器が何台、という数字は今は手元にない。流行というのは波があるので、全国に何台必要という分析は大変難しい。厚労省としては平成20年度の補正予算から、医療機関向けの設備整備事業を補助事業として実施している。国で人工呼吸器、個人防護具等について半額補助するというもの。30億円調達した。この事業で20年度は人工呼吸器666台、21年でも704台購入している。

Q ICU、人工呼吸器の数について手元にないというのは、省として数字を 把握していないということか?
A  ICUのベッド数は把握している。人工呼吸器の台数については把握しようと している。毎年冬の季節性インフルが1000万人規模で流行っているが、新型の場合はそれを上回る可能性、しかもそれが一気に起こってしまった場合に医療機関への負担は大きくなる。国民の皆様一人一人に、感染防止ということを考えていただき、少しでも流行の山を低くし、遅らせるようにしなければならない。

Q 比較的早い夏の段階に流行が来たということは、対応がとりやすいといえるのか。
A そうだといいが、今後の予測は全くできないので、いい悪いについてはお答えできない。

Q ワクチンの考え方について、どういうスケジュールで考えていくのか。
A 国内各メーカーの協力を得て、季節性から新型への製造切り替えをしてもらっている。秋に実際の製品として出てくるまでに、どういった枠組み、優先順位で接種 を進めるかは要検討。

【20日、接種順位について専門家、関係団体等に広く意見を聞く会が開かれた】
現段階では新型インフルに関する情報収集も並行して進めているので、最終的にどのように議論して決定していくかは政府内で調整していきたい。

Q 推定患者数が1週間に6万人対し入院患者86人という数字は、季節性インフルエンザに比べるとそれほど多くないという実感はあるか。
A 諸外国からの情報のなかには1/3はほとんど症状ないまま終わるというものもある。
我々が念頭に置いていたH5N1(鳥インフルエンザ)に比べると確かに圧倒的にマイルド。ただしどの程度のマイルドさか、季節性に比べて重いか軽いかは、科学的知見が十分集まっているとはいえない現段階では断言できない。

以上が会見の概要であるが、これに先立って大臣会見で舛添厚労相は「本格的大流行期に入った」と述べている。これでテレビのワイドショーに火がついた。一連の会見を受けた20日の各紙の記事はご覧の通りである。読み比べて、読者の評価は如何?

一服していた「新型インフルエンザ報道」が帰ってきた。

「帰ってきたウルトラマン」は、自然界の異変により、眠っていた怪獣が目覚めたため、初代ウルトラマンが帰って来てやっつけるという1971年のTBSドラマだが、現実の世界は、そう簡単には行かない。残り少ないあと一ヶ月、初代ウルトラマンはどう闘うか。二代目は誰か。

2009年08月19日

◆インフルエンザの致死率




石岡荘十

予測の範囲内とは言え、遂に出た。インフルエンザの国内初の死者である。厚労省は腎臓、心臓に基礎疾患があり、透析中の57歳の沖縄の男性が15日、新型インフルエンザに感染したことから肺炎を併発し死亡したと発表した。

これに追従するように、18日、神戸市でも糖尿病による腎不全で人工透析を受けていた77歳の男性が死亡した。2人目の死者である。
この報道と相前後して、イラクで21歳の女性、韓国では中年男性が初めて亡くなったと報じられている。

インドでの最初の死亡ケースは今月3日の14歳の女子学生で、その後15日までに24人が死亡したとニューデリーの産経特派員が伝えている。

WHO(世界保健機関)は、今月6日現在の感染者は170以上の国・地域で17万7.457人が確認された。死者は1.432人に達したとしているが、前述したケースなどを考え併せると、死者数はすでに現時点で1.500人に達していると見てもいいだろう。

これらの動向を見ると、日本では最初の感染者が確認されて3ヶ月、よくここまで持ちこたえたというべきかも知れない。だからといって、日本の被害がここでとどまるとはとても思えない。

そう予測する理由はいくつかある。まず季節的な要因である。

インフルエンザは「寒い地域で流行る」とうのがこれまでの“常識”であったが、今回は、真夏の北半球でもじりじりと患者が増え続けている。疫学上、なにか“異変”が起きているのではないかと疑わせる現象だ。

罹患患者が増えるということはそれだけ重傷者が多くなる、なかには死に至る患者が出てきてもおかしくない。

そこへオランダ・ユトレヒト大の西浦博研究員(理論疫学)らの研究成果である。

それによると、国内でも死者が出た新型インフルエンザの致死率は、季節性インフルエンザよりも高く、1957年にアジアで流行した当時の新型インフルエンザ「アジア風邪」並みの0.5%程度と推計している(8/15 各紙)。推定死亡率0.45%という日本国内での別の研究もある。

不確定な未来を予測する有効な方法は、過去をつぶさに検証することである。

過去の統計によると、今回の新型インフルエンザの毒性は弱い、つまり弱毒性のインフルエンザだとされているが、同じ程度の毒性で、致死率0.1%とされる季節性インフルエンザでさえ、日本では毎年1万人が死んでいる。アメリカでは季節性インフルエンザによる死者は36.000人にのぼっている。

ということは、新型インフルエンザでは致死率0.5%とすると、日本では5万人が死に至る危険性があるということになる。

また政府の想定によると、新型インフルエンザの第2波が発生した場合、「人口の25パーセント(つまり4人に1人)が罹患し、ひとつの波が2ヶ月間続き、その後流行の波が2〜3回ある」。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4573804/
この数字から算定すると、少なくとも15万人が最悪の事態に瀕する可能性があることになる。

史上最悪のインフルエンザ「スペイン風邪」が日本を襲ったのは大正7(1918)年の春だった。ウイルスの構造は今回の新型インフルエンザと同じで弱毒性。それなのに、世界で2.500万〜4,500万人もの死者を出した。

当時、罹患情報が把握できなかったアフリカなど未開発国の人口から推定した死者数を含めると1億人に達したのではないかという研究数字もある。

「インフルエンザの嵐を免れたのは、アフリカ西南海岸から2.800キロ離れた絶海の孤島であったため流刑地として使われたセントヘレナとニューギニアのみであった」という話もある(『新型インフルエンザ』山本太郎)。そのスペイン風邪で日本では大正18年11月だけで13万人以上が死亡。20年までに45万3.000人が亡くなったとされる。

WHOの担当官は「人口比でみると、どの国も似たような割合で死者が出ている。今回、患者が多いのに死者が出ていない日本は非常に珍しいケースだ。タミフルを積極的に使っていることと関連があるのかもしれない」

世界がスペイン風邪で震撼した90年前、大正時代に比べ、衛生環境や医療技術が格段と進化したとはいえ、ネットでぶちまける医療現場からの不安・不満をみると、日本だけが例外であると言う確信は持てない。

1918年、米マサチューセッツ州の記録(ハーバード大学公衆衛生レビュー 2005年10月)
・9月12日 風邪のような患者1例が発生
・9月18日 患者数6.000人に達す
・9月24日 患者数12.000人、死者700人
・6ヵ月後 人口の25%が感染、人口の2%が死亡
・世界で4.000〜5.000万人が死亡

この時期を日本に当てはめて想定する。

選挙後、2週間目だ。冷夏、事実上の政治的な空白のなか、新学期が始まったばかりで蔓延に拍車がかかる。そうなると、医療現場だけでなく、社会機能の混乱は避けられない。
最悪の事態を想定すると、選挙どころではないはずだ。国民にその事態を迎える覚悟はあるか。

かみさんは、密かに、米、味噌、醤油の買いだめ備蓄に走っている。それにしても、隣国の中国と北朝鮮。死者はゼロとされている。本当だろうか。不気味である。             20090818  

2009年08月17日

◆繰り返すインフルエンザ蔓延の歴史



              石岡 荘十

【ドバイ=太田順尚】AP通信によると、イラク駐留米軍は12日、新型インフルエンザに感染していると確認された米兵の数が67人に拡大したと明らかにした。感染はイラク国内の6カ所の米軍基地で確認されたという。

イラク駐留米軍は9日、同日までに米兵51人が新型インフルエンザに感染していると確認され、別の71人が感染の疑いがあるとして隔離されていると発表していた。(13:01)

そして、14日早朝、NHK/BS1のワールドニュース。米CNNによると、「各国から派遣された兵がウイルスを持ち込んだ可能性が高い」と報じている。

それで思い出したのが、第1次大戦の時代、欧州で蔓延したスペイン風邪のときの蔓延ルートである。

スペイン風邪については、じつは、1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したという説が有力だ。

その頃、世界は第1次世界大戦(1914〜1918)の最中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士がウイルスをヨーロッパに持ち込んだのではないかと言われる

http://www.melma.com/backnumber_108241_4570052/

大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けた。ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、スペインでの大流行がことさらフレームアップされ、不名誉な命名となったのではないか、と推測されている。

あまりにも多くの兵士が病気で死ぬものだから、戦争どころではなくなり、スペイン風邪が勢い付いた1918年、大戦終結したという説さえある。

このときのインフルエンザウイルスは、いま世界を席巻している新型インフルエンザと同じH1N1であったことが分かっている。

AP通信によれば、今回発症した兵士はいずれも回復したが、現在、別の71人が感染の疑いがあるとして隔離されている。感染が1カ所の基地内で起きたのか、イラク全土の米軍基地に広がっているのかは明らかでないという。

ただ、カイロ発共同によれば、イラク保健省報道官は9日、新型インフルエンザに感染した21歳の女性が5日に死亡したと発表した。イラクでの感染による死者は初めて。

女性は中部ナジャフのイスラム教シーア派聖地を訪れた後、発症したという。米軍兵士が重要な役割を演じた90年前と相似した不気味な予兆である。

多分、イラクでは防疫体制が整備されているとはいえないだろう。疫病に無防備だったスペイン風邪流行の時代から、どれほど進化しているか。衛生状態が整っているとはいえないだろう。ウイルスは人種・国籍を区別しないから、スペイン風邪の歴史を繰り返すかもしれない。    
      20090814