2009年05月05日

◆動脈瘤手術に新しい波

石岡 荘十

メスを使わずに動脈瘤の手術を行う最先端の術式が、徐々にではあるが、普及しつつある。

高齢化や食生活の欧米化に伴って、動脈硬化による血管病が急増している。血管が部分的に狭くなったり(狭窄→脳梗塞、心筋梗塞)、動脈血管の壁の一部が、薄くなって瘤(こぶ)ができたりする疾患である。

動脈にできる瘤を動脈瘤という。丁度、餅を焼いたときにぷくっとふくらみが出来るようなイメージのものだが、瘤はある日突然できるのではなく、年間に5〜10%ずつ大きくなるといわれ、ほとんど自覚症状はない。

石原裕次郎がこの病気だった。解離性動脈瘤、つまり瘤が裂ける。彼は危うく手術が成功したが、ほとんどのケースでは、これが破裂すると、大量の出血によって、患者の9割が死、突然死に至る。だから破裂する前に早期発見し、手術を受けなくてはならない。

脳内の動脈や心臓近くの動脈(大動脈)の血管にこれが出来ると、ここは脳外科医や心臓血管外科医の守備範囲で、頭蓋骨を開ける、心臓から全身に血液を送る大動脈にメスを入れるという命懸けの大手術になる。

だが瘤ができる場所は脳や心臓に限らない。腹、胸などの血管に瘤が出来たときも、メスで腹や胸を開くというのがこれまでの常識だった。

ところがこの数年、血管外科医が、メスを使わず脳と心臓を除く全身の動脈瘤の手術を手がける最先端の治療法脚光を浴びている。

この術式の第一人者は東京慈恵会医科大学外科学講座 統括責任者、大木隆生・血管外科学教授(46)だ。

たとえば大動脈瘤の手術は通常、胸を切り開いて、瘤の前後合わせて30センチほどを切り取って、人工血管に置き換える。または瘤のクビを特殊なクリップで挟んで瘤の中に血流が流れ込まないようにする術式もあるが、手術は心臓血管外科医の守備範囲とされている。

そんななか、最近注目されているのが血管外科医による「ステントグラフト」という人工血管を瘤のあるところへ挿入して、破裂を阻止する方法である。

ステントグラフトはポリエステル繊維やフッ化エチレン膜などの素材によって作られている。ステントといわれるバネ状の金属を取り付けた新型の人工血管で,これを圧縮して細いカテーテルの中に収納し、患者の脚の付け根を4〜5cm切開して動脈内に挿入する。

動脈瘤のある部位まで運んだところで収納してあったステントグラフトを放出する。

この方法だと,胸部や腹部を切開する必要はない。放出されたステントグラフトは、金属バネの力と患者自身の血圧によって広がって血管内壁に張り付けられるので,外科手術のように直接縫いつけなくても,自然に固定される。

http://www.tokyo-med.ac.jp/mit/05.html

動脈硬化は老人に多い病気だが、患者への負担が少ないため、80歳を過ぎた患者にでもこれで手術が出来るようになった。

まだ新しい技術だが動脈破裂を阻止する最後の治療法だとされている。

その世界随一の使い手と評価が高い大木教授は、慈恵医大を卒業後、32歳で無給医としてアメリカで働き、ステントグラフトの開発に携わり、腕を磨く。

やがて手術不可能という患者をつぎつぎと救い、「ベストドクター・イン・ニューヨーク」に4年連続で選ばれた。そして10年、名門大学教授、年収1億円の地位と名声を捨て、アメリカに較べ血管病の治療が遅れている日本の現状を何とかせねばと3年前、母校に帰ってきた。年収は10
分の1になった。

大木医師を動かしたのは「人間は金じゃない.ときめきだ」

大木教授はいま220人の外科医を率い、年間800例の手術をこなしている。毎日、4・5件の手術に臨み、彼に最後の希望を託して全国からはせ参じる患者を救っている。週に1度の外来診察は、午前3時になることもしばしばだという。患者が門前市をなす。

家族が、あるいは自身が動脈瘤と診断されたときの苦悩は、経験した者でなければ分からない。その苦悩を、芥川賞受賞作家・村田喜代子さんが最新作『あなたと共に逝きましょう』(朝日新聞出版)で訴えている。

2月発売と同時にあっという間に売り切れで、急遽、増刷中だという。大木教授は、先月の14日(火)。NHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 〜仕事の流儀〜」でも詳しく紹介されている。

動脈硬化が進行している筆者は、動脈瘤が出来やすい。最先端のこの術式が出来る病院は全国で30ほどだというが、病院が手術するわけではない。きわめて高度な技術が必要な手術だけに医師選びが生死を分ける。で、番組を見て、「いざとなったら、ここへ駆け込もう」と決めた。

両方とも血管病の予備軍であるアラカン(アラウンド還暦)以上の方々、テレビを見ない諸兄、NHKを目の敵にされている諸兄にもお薦めする。

放送済みの番組は、下記の「NHKオンディマンド」のURLにしたがって手続きをすれば、パソコンで見ることが出来る。料金は、1本315円。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2009006170SC000/index.html
20090430          <ジャーナリスト>

2009年05月02日

◆中国残留孤児問題の総括


石岡 荘十

山形県の貧農に生まれ、元中国大陸の憲兵、元新聞記者、そして退職後は残留孤児の救済に賭けた菅原幸助氏が、老骨に鞭打って1冊の本を上梓した。「中国残留孤児裁判」(平原社刊)である。その帯にはこうある。

「国家とは何か、戦争とは何か。満州の曠野に遺棄された中国残留孤児らの人間の尊厳と国の謝罪を求めた裁判闘争の全記録」

著者・菅原幸助氏と孤児問題については、これまで折りに触れ、本メルマガで報告した。

http://www.melma.com/backnumber_108241_2280065/ (05/09/11)

http://www.melma.com/backnumber_108241_3526938/ (07/01/31)
そのほか。

本書はその総括である。

少しだけ繰り返すと、菅原氏は大正14年生まれ。つまり彼の年齢は昭和で数える年数そのままの老人である。

東北のどこにでもある小さな寒村から、14歳のとき満蒙開拓青少年義勇軍に自ら志願して満州へ。20歳になるまでの間にいろいろあって終戦時には関東軍憲兵となっていた。

与えられた最後の任務は、高位高官の家族を避難列車に乗せて日本に送り届けることだった。

終戦からひと月あと、小串(山口県豊浦町)に上陸、無事任務を果たした。しかし、その途中、蹴散らし、置き去りにした多くの開拓民の子どもたちが、中国残留孤児となり、日本鬼子(リーベンクイズ)とののしられ迫害されながら、異国の地で懸命に生き抜いた記録を、図書館で発見する。

もしかしたら、「あのとき蹴散らした開拓民、列車を追いかけ助けを求めたあの子どもかもしれない---」

この日から、菅原氏の「贖罪」の活動が始まった。孤児の肉親探し、帰国した孤児の生活支援、身元が判明しても引き受けを拒否する肉親に代わって身元引受人にもなる。残留孤児の多くが「菅原」姓を名乗っているのは、彼が、身元が確定できなかった家族の身元引受人となったためだ。

また一連の「中国残留孤児国家賠償請求訴訟」の法廷では、彼が見聞きした、国家が棄てた国民、棄民の惨状を証言している。

さて本書は、1945年8月9日、ソ連軍が満蒙国境を越えて開拓民を襲ったその日、何が起こったか。軍は、とっとと退散(敗走)して、残された女子供、年寄りが集団自決し、ソ連兵に陵辱された様子を、目撃者(孤児たち)の菅原氏に対する証言で生々しく再現してみせるところから始まる。そして、裁判、政治決着。

帯にいうように、国家が異国に棄民した孤児たちに、国がどう償ったか。国家にとって国民とはどのような存在だったかを淡々と事実の積み重ねの中で告発している。

日本の中国進出が侵略だったかどうか、そんな議論の前に、日本人である孤児一人ひとりを国家はどう扱ったか、人間としての尊厳を問うている。

菅原氏はパソコンが出来ない。すべて手書きの原稿だった。380枚。新聞記者の経験が生きた。淡々と事実を積み上げて感動を呼ぶ。ややこしい裁判経過も新聞記事を読んでいるようにすっと入ってくる。残留孤児問題でこれほど客観的にまとめて書き残したものはほかに見ない。記録文学とでもいえるドキュメンタリー、歴史的資料ともいえるものだ。

筆者が記者として駆け出しの頃、札幌で一緒にサツ回りをした。その後、彼が朝日新聞の鎌倉支局長をしているころ、昔の仲間が集まって徹夜マージャンをしたこともあった。

お祝いの電話をしたら、「米寿までは生きるぞ」と意気軒昂だった。近々、上京の機会があるようなので、一杯やろうと約束した。
20090421


2009年04月26日

◆あなたも医者を起訴できる

石岡 荘十

裁判員制度の実施を1ヵ月後に控えて、一般市民が重大犯罪事件の裁判に参加するようになることの是非が引き続き議論になっている。

その一方で、疑わしい人を一般市民が、裁判に持ち込む起訴を、強力に促す道が開ける制度の改正が同時進行している。しかし、このテーマについては、ほとんど議論の俎上に載っていない。

刑事訴訟法第247条は「公訴は、検察官がこれを行う」と定めている。これを国家訴追主義という。

この条文はわずか1行の短いものだが、検察官だけが国家権力を代行して強力な権力を行使できる根拠を与えている。市民を起訴するか不起訴にするかの判断をする権力を有することを定めているのである。

警察は「犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする」(刑事訴訟法189条)ことになっているが、公判に持ち込むために公訴を提起できる権限は検察官にだけみとめられている。

捜査の結果、犯人を特定し、警察が、送検してきても、検察官が「うーん、これでは公判を維持できない」と判断すれば「不起訴」。嫌疑はあるが「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の状況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」
(刑事訴訟法第248条)。これが「起訴猶予」である。

ところが、犯罪の遺族・被害者がこのような検察判断に納得できないときは、検察審査会に異議を申し立てることが出来る。検察審査会は、選挙権を持つ一般の国民から無作為に選ばれた11人で構成され、事件の内容を審査して票決を行う。

この際、これは起訴すべきだと8人以上が判断すれば「起訴相当」、半数(6人)以上が起訴しないのはおかしいという判断に到達すると「不起訴不当」、そして半数以上が、まあ不起訴でもしようがないという結論を出せば「不起訴相当」、この3通りのいずれかの判断を下して検察に通知することになる。

これを承けて検察は、起訴または不起訴を再び判断する仕組みになっている。が、現行法では検察審査会の判断に拘束力はなく、検察がもう一度、不起訴にしてしまえば、万事休す、容疑者は無罪放免となる。犯罪の遺族・被害者もここで諦めざるを得ない。

ところが、検察審査会法が改正され、もう一度異議を申し立て、検察審査会が2度目の「起訴相当」の判断を下せば、今度は必ず起訴されることになった。どうしてもというときには、あなたも医師を法廷に引きずり出すことが出来る可能性が高くなった。一般の犯罪遺族・被害者の主張に法廷が耳を傾ける道が開かれることになった。

この改正法は、裁判員制度が実施される来月21日から施行される。

最高裁判所の統計によれば、医療事件に限ってみると、検察審査会が扱った“事件”の1割ほどが、「医療ミスや過誤などを疑われた医者を起訴しなかったのはおかしい」と検察の不起訴処分に反対する決議を行っている。

医療事故などで家族を失った遺族は、ほかの事件の被害者に較べ被害感情が強いといわれる。医者と患者家族との間のコミュニケーション不足もかねてから指摘されている。

専門用語だらけでチンプンカンプン。頭にきて、「裁判で決着を---」となるケースも仄聞する。

このような状況の中で、改正法が施行されれば、警察・検察に対する告訴・告発は増え、検察審査会に対しても強硬にプレッシャーをかけ、例え検察が不起訴の判断をしても、訴訟に持ち込む訴訟ルートが出来上がることになる。

医療には素人である検察審査会メンバーが起訴に持ち込んだ裁判所には、これまた素人の裁判員が待ち構えていて、被害者に感情移入し、判断が論理的というより、情緒的に流れるのではという懸念もある。しかし、このような検察審査会のあり様についてまともな議論をしている報道に
はお目にかかっていない。

逆に、「起訴不当」で社会問題に発展したケースもある。2006年、帝王切開を受けた妊婦を死亡させたとして医師が逮捕・起訴された事件では、医師不足が原因との批判まで招き、「起訴不当」の激しい反発を司法は食らった。

つい先だって、東京女子医大でも心臓手術を受けた12歳の少女が死亡した事件で、最高裁判所は、医師を無罪とする判決を出した。少女1人が死んでいるのに、誰にも責任がないの? 

それやこれやで、検察は、特に医療事故・過誤事件の判断に慎重にならざるを得ない情勢である。

こんな中で、人殺しや窃盗などはまだしも、きわめて専門的・論理的な知識と豊富な社会経験が求められるケースの司法判断に、このたびの裁判員制度や検察審査会改正法はなじむだろうかという疑問。

それよりなにより、この程度の政治体制しか構築できない民度の国民に、人の一生を左右する重大な判断を任せてよいものか、筆者は疑問に思っている。       
           <ジャーナリスト>     20090421

2009年04月21日

◆周辺国・ニッポン

 
石岡 荘十

北朝鮮の“飛翔体”発射騒動で「やっぱり」と思い出した言葉がある。「ペリフェラルズ」である。

コンピュータの業界の専門用語で、ペリフェラル(peripheral:重要でない、末梢的な、周辺の)の複数形だ。20年近く前、コンピュータ会社で働いているときに覚えた言葉で、日本語では「周辺機器」と訳されている。

日本はさしあたり米国のペリフェラルズ、「周辺国」の一つに過ぎないのではないか。

こんなことを連想させたのは、ゲーツ米国防長官の発言である。先月末、テレビの記者会見で「北朝鮮のミサイルが米本土に向かってこない限り迎撃の計画はない」と発言したと伝えられているからだ。

コンピュータの頭脳部分はCPU(*1)である。日本語で「中央演算処理装置」と言われ、この良し悪しがコンピュータの機能・性能を決定付ける。

70年代の後半、パソコン用に広く使われるようになった。開発・製造は米国の独壇場だった。パソコン普及の初期、「インテル入ってる」というキャッチフレーズが品質を保証するCMとして流行った。

このほかの、ディスプレイ、ハードディスクドライブ、キーボードなどはペリフェラルズ、つまり周辺機器であり、コンピュータのいわば手足に過ぎない。周辺機器がぶっ壊れたときは廃棄して新品に取り換えれば、本体は以前と変わらず機能する仕組みである。

手足は、文字通り足手まといになれば交換すればいいという発想で、CPUだけはコンピュータの設計上も厳重にガードされている。CPUはこれを動かす基本ソフトOS(*2)と共に長い間、米国の特許で守られ、各国は周辺機器しか生産するとことが許されていなかった。結果各国は、膨大な特許料を上納させられてきた歴史がある。

だから、ゲーツ米国防長官の発言を聞いたとき「それはそうだろう」と納得した。いつだったかどこかで「いざとなったら、米国はハワイさえ見捨てる」と聞いたことがあり、その時から、「まして日本有事という事態になっても、米国がまともに反撃するはずはない」と前から確信していたからである。

「飛翔体発射」の第一報は米国早期警戒衛星が探知した情報だったという。これを受けて自衛隊イージス艦、陸上レーダーが一斉に探知作業に入った。米国の軍事情報システム早期警戒衛星がいわばCPUで、ほかはペリフェラルズ。やっぱり、日本は「重要でない、末梢的な」米国の周辺国に過ぎないのである。

不況の中、日本の製造業は健在だというが、CPUに迫るものは少ない。周辺機器の製造技術にとどまっている。そんなに威張れたものではないのではないか。

医療業界にも長年、同じ構図が見られる。

例えば、CTは保有台数で日本は世界一だし、携帯型の血圧測定器、心電計などこまごまとした医療機器開発・製造の分野でも世界のトップランナーであるが、所詮これらの機器は病状を検査するための診断機器であり、治療そのものに使う機器(治療機器)ではない。

この分野では米国はじめドイツに拠点を置く多国籍企業(シーメンス社)など欧米の企業頼りなのである。不整脈治療、突然死防止に威力を発揮する最新型のペースメーカーの一種、埋め込み型除細動器、ICD(*3)は、心室頻拍や心室細動などの、いわゆる致死性の不整脈の治療を行う最終兵器、治療電子機器である。

メドトロニクス社(米国)製で、なんと国産車の2台分、419万円。米国での価格の3倍である。差額のほとんどが特許料や国内での流通経費であり、国の医療費を押し上げる原因の一つともなっている。

小さなものでは心筋梗塞などの治療に使うビニールの管、カテーテルはそれほど高度な製造技術を必要とはしない治療機器だが、圧倒的に外国産である。

患者の病を治してなんぼの業界で、国産の検査機器は治療のペリフェラルズに過ぎない。リスクの少ない周辺機器は作る。

しかし、まかり間違えば患者の命かかわる治療機器には、製造技術はあっても国内メーカーには国の支援もなく、手を出す環境にはないのである。世界に誇れる国産の治療機器は、刺しても痛くない極細の注射針くらいのものだ。「君子危うきに近寄らず」である。

政府高官だったか、テレビ出演をした軍事評論家だったかが、北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込んだ瞬間に、米国が反撃し、北は一瞬にして崩壊する。だから撃ってくるはずはない。先日のような騒動は「騒ぎすぎだ」としたり顔だった。

しかし、所詮ニッポンは周辺国に過ぎないことを、お忘れではありませんか。沖縄に核があることは公然の秘密であるが、ワシントンが周辺国のために核ボタンを押すかどうか、疑わしいと私は思っている。

かといって、技術力はあっても、自力で国防に必要な装備の開発・製造の決断をするにはハードルが高すぎる。なにより、そんなことを決断できる政治家がいない。

あと100年は、米国のスカートの中に隠れて、危ないことには手を出さず、ペリフェラルズをもてあそびながら、悪たれ坊主の乱暴狼藉を、指をくわえてみているしかないのかもしれない。

*1 CPU:Central Processing Unit
*2 OS:Operating System
*3 ICD:Implantable Cardioverter Defibrillator



2009年04月13日

◆目に余るコピペ論文

石岡 荘十

「パソコンの普及で、若者の思考力が落ちている」

筆者の学生時代からの友人で弁護士、母校の法学部の講師をしている男と飲んだ。彼の愚痴である。

つい最近、娘婿が仕事でイスラエルに転勤。娘は夫とともにイスラエルへ、孫娘は英国の学校へ行ってしまった。

友人は、パソコンの普及の流れに抗って手書きで通してきたが、奥さんに脅されて、孫の顔見たさに遂にパソコンを買い、3ヶ月間、駅前の学校に通ってハウ・ツゥ・ユースをマスターした。お陰で、遠い異国で暮らす娘や孫とのコミュニケーションは、東京都内に居るときより、ぐっと
密になった。

が、世の中そんなにいいことばかりあるわけはない。仕事に持ち込んだ。受け持つゼミ「刑事訴訟法」の卒論を、メールの添付で受け付けるようになり、読んで暗い気持ちになった。

A君は、学校では無口な青年だが、論文を見ると人が違ったように雄弁、引用例は豊富、判例解釈も抜群で、将来性を疑わなかった。教えたことのないような専門用語を駆使している。

そこで念のためキーワード検索をすると、出てくるわ出てくるわ---。9割がコピーと貼り付け、つまりコピペであることが判明したのである。自分の言葉は数行。それも感想程度の評価。

まさかと思って、他の学生の論文も検索すると---「ガーン」。すっかり落ち込んでしまった。

「オレがやってきた講義・演習はなんだったんだろう?」

医療の業界では、EBMが近年特に重要視されている。Evidence BasedMedicine、「根拠のある治療」、つまり新たな治療法を採用するときには、効果があることを挙証しなくてはならない。

これを説明するために、出典となる研究論文やURL(*)を明らかにすることになっている。こんなとき、パソコンのコピペ機能が不可欠、きわめて有用である。

引用文献は海外の論文が多用される。世界的に権威がある英国の学術雑誌「ネイチャー」や臨床医学論文雑誌「ザ・ランセット」が有名。これらに日本人の論文が掲載されると、ニュースになるくらいだ。が、英文なので、素人には難解なものが多い。ひょっとしたら、医師も医学専門の英和翻訳ソフトに頼っているかもしれない。

卒論はそこまで厳密に「出典」を要求はしていないが、引用元を明示しないのは失礼なことだ。そして、ほとんどが、まるで自分で構築した理論を装っている。“判例”を収集し情報を集めるのは悪いことではないが、これでは自分で考え、評価する能力は育たないのではないか。

コピペは目に余る。友人は、頭にきた。ネタがばれた以上、合格点はつけまい、単位はやらない、と思ったが、待てよ。去年から前、卒業させた連中はどうだったのか。すでに裁判官、弁護士、検察官になっているヤツもいるし---。頭を抱え込んでしまったという。

若者だけではない。

「対岸の火事」とせず、胸に手を当て、「他山の石」としたい。

*URL:Union Resource Locator( 統一資源位置指定子)
20090409

2009年04月10日

◆誰が「団塊世代」を診るのか

石岡 荘十

「団塊世代」はご存知、作家であり元経済企画庁調長官も務めた堺屋太一氏が名付け親である。

1947〜49年(昭和22〜24年)の3年間に産まれた人たちのことをいう。

ほとんどが、元日本兵が終戦後、命からがら、ぞくぞくと戦地からが帰還してきて、10月10日後に生まれた。その数、690万人。生殖能力を持つ男がまだ戦地からまだ帰国していなかったその前3年間の世代に較べると、ざっと5割増しである。

暦年の人口構成ピラミッド表を見ると、この世代は文字通り団子状態で年々、上へ上へと競りあがっている様子が見て取れる。

その世代が2007年から定年を迎え始め、来年にはほとんどが世にいう“老境”に入る。ということは“加齢疾病適齢期元年”に突入するということを意味する。

統計を見ると、60を過ぎると脳や心臓の病気になる人が急に増える。とははいっても、還暦を迎えた途端、ある日突然、病気になるわけではない。50を過ぎると体力も落ち、ときどき手足がしびれたり、息苦しい、胸苦しくなったりすることはあっても、二日酔いだと勝手に自己診断して誤魔化す。

管理職になりたてだったりすると、サラリーマンとしては、それから7・8年が最後の勝負時だから、こんなときに病院になんか入っているわけにはいかない。

そうして定年を迎え、やっと暇も出来たから入院するならしてもいいし、退職金ももらっているから入院費も大丈夫だろう、と考える。女房と海外旅行でもと思って、念のために精密検査を受けると、「大変! ハイそのまま入院、手術---」

筆者がそうだった。だから統計を見ても、60を境に“加齢疾病”になる人が急に増える。突然、病気に罹るわけではなくて、定年になってやっと覚悟して、遂につらい現実を受け入れざるを得なくなった。

団塊世代は高度成長時代の真っ只中を頑張ってきた。その後のバブル時代もがむしゃらに働き続け、それがはじけたどん底も経験した。長年にわたる無茶苦茶な日常生活やストレスが、心や体をじわじわと痛めつけてきただろうことは、容易に想像できる。

彼らは間違いなく高齢者に多い脳や心臓病患者の適齢期の真っ只中にあり、いままさに巨大な塊となって病院に雪崩れ込んでいる。

筆者は10年前に心臓手術を経験し、その後ずっと2、3ヶ月に一度、定期健診に通っているが、見ると、明らかに加齢疾病を診る診療科の外来待合所は想像以上の混雑振りである。それらしき世代の男女が我慢強く待っている。

この10年間、診てもらっているかかりつけの勤務医(女医)はある日の午後3時過ぎ、「あなたが丁度50人目。もう限界よ」と嘆息した。「3・3診療」、つまり「3時間待ちの3分診療」などは「ラッキー!」だ。

筆者が紹介した後輩は予約なしの初診だったが、「ご忠告どおり、文庫本を持っていってよかったです。1冊読み終わりました」と報告してき
た。

団塊世代はまだ“若い”老人だから、耐えられるが、彼らが“本格的な”高齢者になり、さらに病院にも行けなくなった時、誰が彼らを診るのか。余程、健康な人でなければ、病院で待ち続け、診てもらうのは無理なのだ。

日本で心臓手術が必要な患者は年間4万人ほどといわれていたが、単純計算で老人が増えた分、つまり5割は多くなるだろう。心臓血管外科の専門医と認定されている医師は2000人。

だが、いざというとき、お任せできる高度な技術でメスを揮うことができるプロの医師は100人ほどしかいないといわれる。1人当たり1年に5、600人の患者を手術するなんて---できっこない。若葉マークの専門医に当たったりして、医療ミスや過誤の犠牲になる患者が続出する事態にな
るだろう。

これが「医療崩壊」といわれるものだが---もう間に合わない。

高度なスキルが求められる、たとえば、赤ちゃんの心臓移植などは、いまでもアメリカやドイツなど海外の医療機関に頼っている。

かつて、1980年代のイギリスで医療が崩壊し、入院待ちが100万人に達したという経験がある。医師を海外から招聘して凌ごうとした。英語圏であるイギリスだからできた緊急措置だったが、それでも間に合わず、金持ちの患者は海外に出て手術を受けたりして自力で命を護った。

日本がいまそのときのイギリスに似た状況に置かれている。が、海外から医師を招くにしても日本語が通じない。では激増する団塊世代の脳梗塞や心筋梗塞の患者を、誰が診るのか。

お金持ちは、ウン千万円という膨大な出費を覚悟してシンガポールとか欧米とか、海外の専門医に頼ることになるかもしれない。

国内消費とかなんとかに騙されてはならない。1500兆円といわれる高齢者の資産は、最後の虎の子である。      2009.03.26

2009年04月06日

◆心臓移植患者の9割が生存

石岡 荘十

この10年に国内外で心臓移植を受けた日本人の9割が生存しており、予後も極めて良好であることが、分かった。先月20日から3日間にわたって大阪で開かれていた第73回日本循環器学会総会・学術総会で、心臓移植委員会が記者会見を開いて明らかにした。会見の要旨を「日経メディカル(オンライン)」から抜粋する。
    
日本では1997年に臓器移植法が制定され、1999年2月に新法の下で1例目の心臓移植が行われた。今年は1例目の移植から10年目に当たる。

心臓移植では、これまでドナーやレシピエントの情報が基本的に公表されて来なかったため、調査結果が明らかになるのは、「ほぼ初めて」だという。

現在、国内外で心臓移植を受けるには、登録が必要で、日本循環器学会の心臓移植適応小委員会が、適応症例として適切かどうかを判定している。

1997年から2009年3月までに適応症例の申請を行った症例数は555人。そのうち、検討中または待機中に死亡した症例を除いた550人を検討対象として、473人が適応症例とされた。

実際に心臓移植を受けたのは、そのうちの150人で、うち86人が海外、64人が国内で移植を受けた。

心臓移植委員会は、1997年から2008年10月までに心臓移植が適当と判断した症例524人のうち、再移植を申請した患者3人と、アンケートが返ってこなかった18人を除く503人を解析した。

その結果、適応症例の申請時の患者の平均年齢は32歳で、男女比は2.6対1。心臓移植を望む症例の約80%が心筋症であることが分かった。

503人のうち、判定で適応症例とされたのは432人。その31%に当たる136人が実際に心臓移植を受けた。が、国内で心臓移植が受けられたのは58人に過ぎず、適応症例の13%にとどまった。

国内外で心臓移植を受けた136人のうち、約90%に当たる125人が現在も生存している。死亡は10人、不明1人だった。生存者の90%は、ほとんど症状がなく予後は良好だった。半面、心臓移植を受けていない296人のうち生存は129人で、不明3人を除く死亡率は55%だった。

国際的にみると、心臓移植を受けた患者の9割が生存しているという日本の状況は、国際心臓・肺移植学会が把握している全世界約4万人の予後に比べ、はるかに良好という。

その理由について、北里大学医学部循環器内科学教室教授の和泉徹氏は、「現在、要因を分析中だが、おそらく国内の医療のフリーアクセスがこのような効果をもたらしているのではないか」とした。

ただし、国内で心臓移植を受ける患者数が限られていることは、心臓移植を待つ患者にとって大きな問題だ。この点について心臓移植委員会は、「一般の人や医療関係者へ向けた一層の啓蒙が必要」とし、脳死の判定や年齢制限などについて、法改正に向けた議論をすべきとの見方を示し
た。(引用終わり)

だから日本の臓器移植技術はすごい! と威張ってはいられない。

移植臓器供給米国ネットワーク(UNOS;United Network for OrganSharing)のデータによると、小児の全移植希望者のうち乳児の待機中死亡率が最も高い。

心臓移植を待っている乳児の待機中死亡率は、現在も22%と依然として高いことが分かった。ニューオーリンズで開催されていた米国心臓協会・学術集会(AHA2008)での発表。 

1999年1月から2006年7月までの間に心臓移植の待機リストに載った年齢12カ月未満のすべての乳児を分析した結果、調査した6年間に、年齢12カ月未満の患者は1133人だった。全体では、250人(22%)が待機中に死亡した。半分以上が先天的に心臓疾患を持って産まれたこどもだった。 

成人の移植に比べ、乳幼児の移植は比較にならないほど高度な技術が必要だが、日本では15歳未満の子供の心臓移植は法律上認められていない。待機中亡くなった250人の中には日本人のこどもも含まれている。   
    
国の防衛も国民の健康も自前で守れない、アメリカ頼み。どちらも、政治の決断にかかっているのだが---。       20090323

2009年04月03日

◆このユニークな医療改革論


石岡 荘十

作家・村上龍氏が編集長を勤めるメールマガジンJM(JapanMailMedia)が3月16日、ユニークな論文を掲載している。

「政府予算から2兆円を自由に使えるとしたら?」という設問で学者や経済評論家の意見を求めたものだ。8人が応えて寄稿しているがこの中でもっともユニークな論文は、土居丈朗氏(慶應義塾大学経済学部准教授)の提言である。

こうだ。

<財政政策として期待できる分野は、少子化対策、教育強化、医師不足解消、貧困対策がまずは最重要なものとして挙げられるでしょう。(中略)限られた金額でできることなので、この4つにそれぞれ5000億円ずつ投じる>とした上で、

<少子化対策は、周産期医療と小児科医療を再構築・強化すべく、産科・小児科の診療報酬の大幅引上げや産科女医の復職促進を始め、これらでインセンティブをつけた上で産科と小児科の医学部生の育成を強化して将来に備える。>

ここまでは、まあ「うんうん」と頷いて読んでいたが、ここからが聞かせどころだ。

<開業医抑制策や小児医療の無料化は、資源配分を歪め、誤ったメッセージを医療関係者や患者にもたらすのでよくありません。その対策に加えて残った金額で、保育所の増強や育児手当等に充ててもよいでしょう>。

「えっ?」。そして本題に入る。真骨頂はここからである。 

<医師不足解消は、医師(医学部定員)の増員はほどほどにして、患者の移住促進(もっと露骨に言えば病院のある都市への引越しの補助)に重点を置きながら政府支出を投じる必要があります。

医師不足とは、単に供給側の医師が足らないという現象にとどまらず、供給側の医師と需要側の患者の間の需給のミスマッチという現象でもあります。

供給側の医師が急には増やせないとなれば、需要側の調整を進める必要があります。要するに、患者が医師のいるところに移住することです。

もちろん、移住を強制しません。しかし、抜き差しならない形で受診に片道2時間もかかるとかという状況を放置できない患者は、医師がその患者のところに赴くより患者が医師のいるところにもっと近づくしか即効性のある対策は講じられません。

ある一定の客観的な基準を決めて、患者の移住を促進するように(もちろん一旦移住したが元々居たところに戻るならそれは補助対象にすべきではありません)政府支出を投じるとよいと考えます。

医師(医学部定員)の増員は、ある程度は必要ですが、将来人口が減少することを踏まえ、将来の医療需給の状況を見通しながら、将来医師過剰にならないよう対応すべきです。へき地に医師を強制的に赴かせるやり方は、職業選択の自由を妨げるとともに、「へき地」の不必要な延命につながるため、賛成できません>。

患者は医師のいるところに移住せよ、移住する住民にカネを出せ、「へき地」の住民は不必要なので延命に手を貸すな、と提言しているのである。医師は過剰になると困るので増員はほどほどに、ともいう。

何とユニークな発想ではないか。いちいち反論はしないが、土居丈朗氏とはいかなる人物かに、興味を持った。ネットで検索すると、財政、公共政策がご専門で、著書も多く、政府(厚生労働)関係の懇談会の委員や参院財政金融委員会の公述人も務めておられる立派なお方のようだ

そのせいか、「増員はほどほどに」「医師過剰にならないように」と政府サイドの主張にぴったりの提言が目に付く。それにしても、「患者を医師の多いところに移住させよ」はユニークだ。厚生労働省のお役人もビックリだろう。

人口1000人当たり医師数が一番少ないのは埼玉県である。都内では、東京都の中央部が12.6人なのに対して東部医療圏(墨田区、江東区、江戸川区)では1.6人、最もひどいのは江戸川区で、住民1000当たりの医師は0.9人に過ぎない。

土居先生のご高説に従えば、政府が5000億円で支援する。患者と医師、需要と供給のミスマッチを解消するために、埼玉県や墨田、江東、江戸川の病人・住民は医者を求めて川を越えて移住せよ、全国の過疎地住民は僻地を棄てて、都会の医者を目指せ、となるのだ。

土居先生に、筆者の意見と共に「反論があれば」、と19日メールを送ったが、現在、返事はない。

2009年04月01日

◆還暦の執念、FM放送へ 

石岡荘十

歴史小説「碧眼の反逆児 天草四郎」(松原誠)がNHK(FM)でラジオドラマ化され、4/6(月)から10日(金)まで5回にわたって放送されることとなった。放送時間は夜10時45分から毎回15分間となっている。

作者松原誠は、本名は古屋成正。昭和7年、東京は神田産れのチャキチャキで、昭和34年、NHK入局。報道畑で筆者とは以来ウン十年の付き合いである。

どちらかといえば、オレがオレがという輩が闊歩する業界では珍しい穏やかな人柄。じつは、現役時代も押し詰まったある日、「読んでくれない?」とワープロ書きの“作品”を手渡され読んだ覚えはあるが、まったく印象に残っていなかった。

所詮、時代小説好きの素人の手慰みと思っていたら、定年を3年はやめて退職し、60歳の誕生日から本格的に歴史小説の執筆を開始したという。

その甲斐あって、投稿を繰り返すこと6回目で人物往来社の歴史文学賞の佳作に入選。69歳だった。

2002年、大塩平八郎を描いた歴史長編歴史小説『「天誅」天命を奉じ 天討致し候』を上梓(新人物往来社)。

2007年、吉田松陰と女囚・久子との恋を扱った「いかで忘れん」(新人物往来社)、そして昨年、「天草四郎」(日本放送協会出版)の連発である。
http://shop.tsutaya.co.jp/book/product/9784404034472/

出版直後、東京・丸の内の大型書店で、うず高く平積みされているのを確認して、わがことのように嬉しかった。このジャンルでの手足(てだれ)、池波正太郎のようなドマチックな展開はないが、歴史資料で緻密に裏打ちされた作風が、専門家の評価を受けている。

還暦過ぎてのこの執念はどこから来るのか。出版記念会で、小柄ながらきりっとした和服姿の美しい奥様に初めてお目にかかった。で、エネルギー源の謎が解けた。

「これでは爺さん頑張るはずだ」。FM放送の番組の枠は「青春アドベンチャー」。20090330

2009年03月28日

◆日赤医療センターで労基法違反

石岡 荘十

医療や健康の問題についての情報を掲載し、病院に無料で配布しているフリーマガジン「ロハス・メディカル」が、26日、ウエブ版でつぎのような情報を配信している。東京大学医科学研究所の上昌広(うえまさひろ)特命准教授が今日(26日)午後、筆者に"速報メール”で通報してきた。

<東京都渋谷区の日赤医療センター(幕内雅敏院長)が渋谷労働基準監督署から、36協定を締結していないことなどを理由に労働基準法違反で是正勧告を受けていたことが分かった。

同センターは、心臓病など緊急の救命処置が必要な妊婦を(24時間)必ず受け入れることを目的に、東京都から指定を受けた3つの「スーパー総合周産期センター」の1つで今月25日からスタートしたばかりだった>。

福島県で産科医が医療ミスがあったとして警察に逮捕されたり、妊婦のたらい回し事件が相次いだりしたこともあって、産科・小児科の、特に勤務医不足が社会問題化している。

スーパー総合周産期センター指定は東京都が世論に押されてひねり出したシステムなのだが、産科・小児科に限らず勤務医が労働基準法違反をものともせず、患者を診ている現状は、周知の事実で、病院側も労働基準署も、見てみぬ振りをしてきた。

なのに、ここへ来て、この時期になぜ渋谷労働基準監督署が是正勧告などを行ったのかは、報道されていない。

ただ、ロハス・メディカルの情報で、明らかになった事実がある。労基署は、医療の現場で勤務医の基準外の労働が日常化している事実を認識していた、ということだ。

36協定というのは、労働の法定時間の上限を定めたもので「1週間40時間、1日8時間を越えてはならない」とし、「これを超える場合には、書簡による協定が必要で、これを労基署に届け出なければならない」とされている。日赤病院はこの法律に違反しているというわけだ。「届出を怠った」といういわば形式犯なのだが。

違反の理由は医師不足であった、と誰でも推定できる。そうでなければ、基準外労働が日常化することもなく、渋谷労働基準監督署に目をつけられることもなかっただろう。それにしてもこの時期に、なぜ労基署がどこにでもある違法状態を表に出すような挙に出たのか。「パンドラの箱
を開けてしまった」のか。

じつは、周産期病院の労働条件については、もう一つ問題が起きていた。

恩賜財団母子愛育会・愛育病院(中林正雄院長)が今月17日、三田労働基準監督署から、医師など職員の労働条件に関して、36協定を締結していないことなどを理由に、労働基準法違反で是正勧告を受けていたのだ。

愛育病院は、秋篠宮紀子様が2006年、悠仁親王を出産されるなど、条件の整ったセレブ病院として知られている。1999年には東京都から総合周産期母子医療センターの指定も受けている。

そんな病院でさえ是正勧告を受け、最悪の場合、業務停止に追い込まれるのではという懸念が広がっていた。病院側は、指定を返上するとの意向を東京都に伝えたという。言葉は悪いが、頭に来てケツをまくったのである。

ロハス・メディカルによると、<現状での法令遵守は通常の医療サービス提供に支障をきたすと判断したとみられる>。

<医師の過重労働で支えられている周産期医療の実情が露呈した形だ。現在の人員では総合センターに求められる産科医2人と新生児科医1人の当直を維持できないため、指定を返上することにした>(asahi.com)。

周産期医療体制の維持を危ぶむ声も上がっている。あわてたのは東京都だ。

<東京都福祉保健局医療政策部の室井豊救急災害医療課長は25日夜に取材に対応し、愛育病院側と協議の場を持ったとした上で、「病院側は法律の解釈について厚生労働省と相談し、調整していくということになった」と話し、病院側が総合センターの継続に前向きな意向を示しているとの見方を示した>(ロハス・メディア)という。

このニュース、新聞夕刊でどのように報道されているのか、チェックしていないが、NHKの26日のニュースでは一言も触れていなかった。霞ヶ関村字永田とか三宅坂とか信濃がどうのというどうでもいい話。うんざり、だ。

今、俎上に載っている新しい医師の研修制度で、厚生労働省のなかの厚生省は、医師はそんなに足りないのではなく、偏在しているだけだとこじつけて、大幅な医師増員から逃げようとしている。そこへ今度は労働サイドが結果的に医師不足の深刻な現状をあぶりだしてしまった。
この問題、このままでは納まるまい。   20090326

2009年03月26日

◆いまどき「飲み・喰い合せ」異聞

石岡 荘十

昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干

・鮎とごぼう

・熊の胆とかずの子

・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆

・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、10年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、このメルマガの主宰者が脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされているが、ご本人が医師からどのような注意を受けたのかは確かめていない。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。

20090320

主宰者より:プレタールについての注意はなかったが、大変な薬害が起きて中止した。動悸、高血圧、浮腫。別の薬に換えた途端、快癒した。『副作用、起きてみなけりゃ、医者だってわかりませんもの」と別の女医。怖い。

2009年03月24日

◆12月31日の首相は誰か

石岡 荘十

発売中の月刊誌・文藝春秋(4月号)が「これが日本最強内閣だ」という記事と掲載している。それによると、首相・奥田碩、以下、総務相・橋下徹---。まあこれはお遊びだから、100パーセントあり得ないことは社会部出身者でも断言できる。

が、これで思い出したことがある。日本記者クラブが新年会の余興として毎年行っている「予想アンケート」である。

今年の新年会で配られた、予想アンケートの中身を紹介する。

!) 12月31日現在、わが国の首相は誰か

!) 総選挙で民主党は単独過半数を獲得 (する/しない)

!) 日経平均株価が1万円を回復することが(ある/ない)

!) 東京外為市場で1ドル=70円以上の円高になることが(ある/ない)
*戦後最高値は95年の79.75円

!) 第3四半期までの中国の実質経済成長率(政府発表の前年同期比GDP伸び率)が、  年率5%を割ることが(ある/ない)*08年第2四半期は10.1%、第3四半期は9.0%だった

!) 12月31日現在で、北朝鮮の金正日氏は総書記の座に(ある/ない)

!) 米3大ネットとCNNいずれかの世論調査で、オバマ米大統領の支持率が50%を切ることが(ある/ない)

!) コペンハーゲンのCOP15(第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議 12月)で中国、インドも数値目標義務を負う形でポスト京都議定書が合意 (される/されない)

!) ゴルフの石川遼プロは賞金王に(なる/ならない)
*08年、最年少の17歳で獲得賞金1億円を突破し、賞金ランキング5位

!) 2016年の五輪開催地は( 東京  シカゴ リオデジャネイロ マドリード)に決まるいずれかに○印をつけてください)*10月のIOC総会(コペンハーゲン)で決定

なお、日本記者クラブは東京・内幸町のプレスセンタービルにある。もうかれこれ20年ほど前に出来た社団法人で、現役・OBの報道関係者、法人(マスコミ、在日大・公使館、企業など)が会員となっている。

来日した世界のVIPのほか、首相はじめ政財界の要人、学者、話題の人などもタイミングを捕らえて記者会見をしている。会員数は、国内外二百十数社、2600人ほど。

筆者も現役時代に引き続き、惰性で個人会員になっているが、自身を含め、日頃、9階サロンで見かけるほとんどの会員は、マスコミOB。中には矍鑠という人も居るが、老人サロンといったところか。隅の方で碁を打ったり、英字新聞を読んだりしている姿も見かける。

ちなみにアンケートだが、昨年12月31日現在の首相を「麻生」と書いた会員は、十数パーセント、残りのほとんどは「福田」(6割)。ついで「小沢」だった。全問的中したのは3人だったと思う。

前回の質問内容は、下記の記者クラブHPでご覧になれます。

http://www.jnpc.or.jp/section3/question00-05.htm

日頃、格調高い国際・政治評論を展開されている専門家諸兄の花見酒の肴にどうぞ。ご高見を、出来れば、公開していただきたい気分だが、自信のない方はそっと耳打ちしてくださってもいい。

蛇足だが、筆者は首相予想のところに「岡田」と書いた。大晦日が楽しみ(?)である。 20090318


2009年03月23日

◆今そこにある「病・病医療」(その2)

石岡 荘十

過労で脳や心臓の病気になる寸前、精神のバランスが崩れ自殺を考えることがある。そんな過酷な労働条件の中で、多くの医師、特に勤務医は患者を診ている。

例のないことだが、一地方自治体である滋賀県が勤務医の実態調査を行い、その結果をまとめたものだ。では、国レベルでの調査は? 厚生労働省、医師会などに当たった結果は、「そんな統計はとったことはない」だった。

ただ辛うじて、日本医師会がいま「勤務医の健康の条件と支援のあり方に関するアンケート」を集計しつつあることが分かった。日本医師会に所属する勤務医(約75000人)の中から1万人(男性8000人、女性2000人)を無作為に抽出してアンケートをとっている

。締め切りは3/6で、すでに過ぎているが、回収率が悪い(35%)ので、期限を少し延ばして5月一杯で集計分析結果をまとめたい、といっている。

さて、今の日本の医師数はざっと26万人(厚生省・2006)だが、この中には出産・育児で職場を離れている女性医師や、医師免許は持っていても、すでに引退している高齢医師も含まれる。

だから、いくらか割り引いた方がよさそうだが、とりあえずこの26万人という数で国民の需要(患者数)を賄えているのか。先進各国との比較はよく「OECD(*1)加盟国の平均値」と比べる形で報告される。

それによると、欧米はじめ先進国の平均(人口1000人当たりの医師数)は、3.1人である。日本は悲しいかな、約2.06人(OECD Health Data2007)。

加盟30ヵ国のドン尻から3番目で、後ろには韓国とメキシコが控えているだけだ。しかし近年、この両国では医師の増員に力を入れていると聞くから、近い将来、日本が名誉あるアンカーを走ることになるかもしれない。

平均3人に対して日本は2人。たった1人の差で大したことないと思うかもしれないが、人口でいうと、12万人の医師が不足しているという計算になる。

ざっと今の5割り増しの医師が居てようやく先進国並に届く。医療問題の研究者も、5割り増しの医者が必要だと提言している。

イギリスがかつて医療費をただにする代わりに、医師の数を削減する医療政策を進めた結果、医療が崩壊したことがよく知られている。100万人の患者が入院待ちする事態となった。

鉄の女、サッチャーの1980年代のことだ。そこで2000年、ブレアが英断を下す。医療費を対GDP比7.7から10%まで引き上げ、医学部の定員を50%増員したのだ。

当時の人口1000人当たりの医師数は2.2。今の日本よりいくらかましだったが、医師を一人前にするのに10年はかかる。この改革が断行されて間もなく10年だというのに、いまだに医療現場の混乱が納まったとはいえないという。

「崩壊」はあっという間、「再建」は遅々として実現しないという教訓を、日本はなぜ学び取らないのか。医療費亡国論という妄想、25年前の亡霊が国の予算を締め付けている。

日本の医療費の対GDP比は、OECD加盟国平均8.9%、G7平均10.2%を割るる8.0%で最下位。(OECD Health Data 2004)。かつて日本を下回ったイギリスは日本を越えた。

妊婦はじめ患者のたらい回しで問題になっている病院で患者を診るのは、主に大きな病院の勤務医である。その数は12万人と推定されている。脳や心臓の不具合、加齢疾病は夜中から明け方にやってくることが多い。赤ちゃんは夜泣きする。

本当かどうか知らないが出産は潮の満ち引きに関係がある、と昔聞いたことがある。夜間から明け方の病院は、よいよいの老人と赤ちゃんの泣き声で大騒ぎ。これからもますます繁盛するだろう。が、頼みの医者が“ほろ酔い”、“ふらふら”で大丈夫なのか。

海外の研究成果に注目する。

NEJM (*2) 誌2005年6月16日号。ハーバード大学のエヴァ・シェルンハマー氏による医師の自殺25件の分析結果だ。

それによると、男性医師の自殺率は一般男性の1.41倍、女性医師の自殺率は一般女性の2.27倍だった。医師の自殺率が高い理由は、うつ病や情動障害、薬物依存、統合失調症などにかかっているため、としている。

職業上の責任感、社会からの孤立感がこれに追い討ちをかける。自分がうつ状態になっても軽視する傾向が強く、手じかにある薬物に頼る。「紺屋の白袴」などとふざけている場合ではない。

女医の死亡率が高いのは、一般の女性は失敗率が高いが、女医はこうと決めたら確実に死ねる方法を知っているからだ、という。

この研究成果がそのまま日本に当てはまるかどうかは疑問だが、今すでに「病・病医療」が現実のものになってきているという推定は間違っていないだろう。

本格的に調べれば、想定を上回る悲惨なデータが出てくる可能性は予測できても、明るい展望を持つのは、まず無理だろう。が、なにはともあれ実態調査が必須だ。日本医師会によるアンケート結果が待たれる。

(*1)OECD:経済開発協力機構   
(*2)NEJM:New England Journal of Medicines
参考: 『誰が日本の医療を殺すのか』(本田宏 洋泉社 2007)
                               20090316