2009年05月30日

◆消化不良の流感集中審議



             石岡 荘十

本誌で予告した、新型インフルエンザ問題などを集中審議する参議院予算委員会が、5/28開かれた。審議の模様は、NHKで中継放送されたので、ここでは繰り返さないが、審議の目玉は、参考人が何を証言するかだった。

参考人は、国立感染症研究所感染症情報センター主任研究員の森兼啓太氏と、終始政府の新型インフルエンザ対策に批判的だった現役の厚労省検疫官(東京空港検疫所支所・検疫医療専門職)の木村もりよ(本名は盛世)氏の2人。

中でも木村氏は、自らの著作(『厚生労働省崩壊』)やホームページなどで、検疫などの水際対策をはじめ、政府の防疫対応を厳しく批判していることで最近話題になっている人物である。

質問に立ったのは民主党、鈴木寛委員。さわりの部分だけを紹介すると

Q:防疫が水際での検疫に偏った印象だがその背景は?

A:その前に、先ほど盛兼参考人の発言で、舛添大臣の迅速な対応によって検疫体制が縮小されたと言うことでしたが、今も大して変わっていない。かなりの労力をかけて検疫を行っている最中だ。現場は人的にもかなりの負担を強いられている。

質問に答えるが、まずなぜこんなに検疫偏重が起こったかというと、理由は3つある。

まず第1点は、成田で検疫官がマスクやガウンをつけ飛び回っている姿というのは、毎日テレビで放送され、パフォーマンス的に国民の共感を呼ぶということで(政治的に)利用されたのではないかと疑っている。

第2に、新しい感染症が入ってきた場合には検疫法というのがあって、水際でシャッタアウトする。ひとりの患者も国内に入れないようにしようというのが基本だから、偏りすぎると、国内に入ると必ずそこがおろそかになると思う。

国内に入ると感染症法というのがあるが、主導は地方自治体にある。だから感染症法になってしまうと、国の方は「地方でやりなさい」と言う通知を出して終わってしまう危険性がある。

第3に、いま「行動計画(ガイドライン)」に基づいて動いているのだが、これには医療や防疫のプロフェッショナルである医系技官が深く関わっている。しかしこの中で充分な議論がされないまま、あるいは充分な情報の見直しがされないまま、このような検疫偏重が行われてしまったのではないかと思っている。

木村参考人は淡々と、おおむねこのように証言した。厚労省の対応について木村氏は、自身のホームページなどでは、もっと厳しく指弾しているが、きょうはこの程度、やんわりと私見を述べただけで証言を終わった。

質問者も、厚労省のほかの誤算について、参考人の見解を求めることはせず、国の防疫体制について、広く浅く政府見解を質しただけだった。

同予算委員会は、参考人の招致について 、理事会の意見がまとまらなかったとして、5/25、開始が1時間も遅れた上、2人の医師の招致は見送られてしまった経緯がある。それだけに今日に期待したのだが、全体的にインパクトに欠け、消化不良に終わった。

委員会室の記者席も、閑散。文庫本に熱中している者も見かけた。

ただ、この問題に関心を持っている東京大学の研究者や民放の特番ティームのスタッフらが熱心に傍聴していたので、いずれ他のメディアで詳報を聞くことになるだろう。

なお、午前のテレビ中継を見た疫学の専門医が、次のような趣旨のメールを送ってきた、と筆者の友人から連絡があった。

<28日朝の国会中継で、厚労省の態度が一変、謝罪に変わりましたね。「医系技官(医者・疫学者)や専門家(統計官等)の内部における意思疎通が欠けていて、最強度の検疫体制の速やかな見直しができないまま、ずるずると時間が過ぎてしまった」のでは? 

こうなると、全国の公衆衛生学者や疫学者が、一斉に声を発するでしょう。先日、講演で新型インフルに触れたのですが、聴衆の方が大人で「大阪・神戸の対応には違和感を通り越して、不可思議さを感じた」と言っていました。「軽い症状なのに、集団パニックのようでしたね」という声もありました>。 20090528

2009年05月28日

◆新型インフルエンザ集中審議



                     石岡 荘十

一度流産した新型インフルエンザ問題を集中的に審議する参院予算委員会が28日午前に、開かれることになった。

同委員会は、25日(月)、国立感染症研究所感染症情報センター主任研究員の森兼啓太氏と、以前、このメールマガジンでも紹介した現役の厚労省検疫官(東京空港検疫所支所・検疫医療専門職)の木村盛世氏の2人を参考人として呼び、民主党・参議院委員の鈴木寛議員が質問に立つ予定だった。

このうち森兼氏は、舛添厚労大臣が組織した「新型インフルエンザのアドバイザリーボード」の4人のうちの1人。また木村氏は、自らの著作(『厚生労働省崩壊』)やホームページなどで、検疫などの水際対策をはじめ、政府の防疫対応を厳しく批判していることで最近話題になっている人物である。

ところが、午後1時開会予定だった同予算委員会は開始が1時間も遅れた上、2人の医師の招致は見送られてしまった。鈴木議員は、「(予算委員会に出席する)4人の大臣を1時 間も待たせるほ ど、厚労官僚は偉いのか」「政府参考人招致のための書類を提出している。

本人の了解も得られていると聞いている。森兼先生については(併任している厚労省の改革推進室の)上司も了承 したほか、舛添大臣の秘書 も、2人の招致を了承したと聞いている」と詰め寄ったが、「参考人の招致につい 、理事会の意見がまとまらなかった。協議の結果、別途、機会を設けて質疑を行う」(溝手顕正委員長予算委員会委員長)とされただけで、具体的な説明はなかった。

同委員会はこうして事実上“流産した経緯があるが、ほとんどのマスコミは、この経緯をほとんど報道していない。なぜ参考人招致が実現しなかったのか……。

ここからは、筆者の邪推だが、おそらく”有能な“医系技官が、舞台裏で”暗躍“したに違いない。

この点について、医師を始めとする医療関係者限定で医療情報を提供している「ソネット・エムスリー」は「木村氏は当サイトの記事のほか、新聞、テレビ、雑誌などで、今回の政府の対策を批判しています。それが国会の場で指摘されることを 政府、厚 労省は恐れたのでしょうか」と観測している。

ソネット・エムスリーのインタビューに対し木村氏は、「批判を目的として発言しているわけではありません。新型インフルエンザ対策は国防だという認識を持ち、その感覚に乏しい政府の対応に危機感を抱いて、問題視しているのです」と答えている。また木村氏は「参考人招 致されていることは、民主党から聞い た。国会や厚労省からは連絡を受けていない」と言っている。

28日の集中審議には4大臣が出席し、審議の模様はNHKが生中継する予定。
  20090526

2009年05月26日

◆反省しない医系技官



                      石岡 荘十

新型インフルエンザはヤマを越えたという雰囲気の報道が、ぼちぼち出始めている。23日、大阪府の橋下知事は、発症者数が減少に転じていることから「すでに流行ではない」と宣言しており、厚労省もこれを是認する見解を示していると伝えられている(5/24 産経新聞)。ではこれで、一件落着か。

筆者がこの問題を取り上げたのは
http://www.melma.com/backnumber_108241_4480390/ (5/16)
http://www.melma.com/backnumber_108241_4480925/ (5/17)
http://www.melma.com/backnumber_108241_4482824/ (5/19)
http://www.melma.com/backnumber_108241_4484191/ (5/20)

以上4本だが、これらの記事の発想の原点、ネタ元は、WHO(世界保健機構)や米CDC(疾病予防センター)のホームページである。

加えて言えば、この時期に絶好のタイミングで出版された、現職の厚労省防疫官である木村盛世氏の著作『厚生労働省崩壊』(講談社)に啓蒙され、厚労省のガイドライン(新型インフルエンザ対策行動計画)が“欠陥商品”であることの発見に漕ぎつけた。

欠陥商品であるとする根拠については、5/20の「破綻した流感ガイドライン」でその一端を紹介した。主なものをまとめると、
 
 1.第1段階(海外発生期)の対策として、水際での「防災オンリー」に全力に傾注したこと。

WHOや木村氏は当初から「インフルエンザは波及するもので、潜伏期が一週間もある疾病に水際作戦は意味がないという見解を明らかにしていたのもかかわらず、である。

まして、濃厚接触者を“隔離”する意味はないとしていた。事実、世界中で停留政策を採ったのは、日本と中国だけだった。そこで、水際作戦を中止した途端、機内ですでに発症していた人まで見抜けず、1人がすり抜けた。
 
 2.第2段階(国内発生早期)で地方自治体に対し、発熱外来の設置をはじめ、発症者の出た地域の事業所休業、休校を要請したこと。
 
要請といっても、自主的に判断する能力のない地方から見ると、事実上「命令」であった。が、これが地方社会に想像以上の悪影響を与えることが明らかになると、今度は、「自主的に柔軟に判断してくれ」と対応を丸投げしたのである。

また、「熱が出たら発熱外来に行け」「危ない人は入院をさせよ」と言っていたのに、現場で設備、人、カネが追いつかないと分かると、すぐ「微熱の患者は自宅で様子を見ろ」という。

さらに、マスク。危ないところ(人ごみ)ではマスクをと呼びかけたこと。

WHOやCDCははじめから医学的に見て「無意味」「マスクで感染が防げるというのは神話に過ぎない」と日本のマスク過信にあきれている。しかし、世界の常識から見て日本のユニークな防疫常識を厚労省は見てみぬ振りである。
 
 3.第三期(感染拡大期/蔓延期)引き続き発熱外来、入院措置を続ける。と言っているが、この方針は事実上チャラにしておきながら、行動計画を訂正したとは言っていない。

厚労省で医療制度の設計を一手に担っている600人の医系技官。彼らが“作文”したガイドラインをあざ笑うように現実は裏目、裏目で、手直し、変更の連続だったが、その過ちをまだ認めず、反省をした様子もな
い。

その場その場で、なし崩しに基本的方針を変えてきた。臨機応変に変更したと言う言い方もあるが、明らかに、ガイドラインは現場を知らない官僚が机上の設計した制度だったことが明らかになった。

なぜ「マスクは無意味だからやめましょう」と大臣に宣言させないのか。呼びかけた責任、やめてなにかが起きたときの責任、を問われるのが怖いと言うのが本音だろう。

マスコミにも責任がある。「マスクの効果は限定的だ」と奥歯に物の挟まった言い方である。

誤解を恐れぬ言い方をすれば、一連の騒動は、反省しそれを糧としようという発想のない、この無能な医系技官と、それを妄信して机上の作文を口パクで発表する大臣にある。マスコミがそれに手を貸している。

インフルエンザは、秋口と予想される季節性の第2波が怖いといわれる。スペイン風邪(1918〜19)でも、第2波でより多くの人が死んでいる。厚労省はそのときまた、犯人探しのような防疫対策を展開するのだろうか。

<強毒性であれ弱毒性であれ、封じ込めは不可能です。それは症状がはっきりしないことと、潜伏期が1週間程度あることが主な理由です。今の施策を徹底するなら鎖国以外、手立てはありません。インフルエンザである以上入ったら必ず広がります>(木村氏)。

その頃、舛添大臣ではないと思うが、ことインフルエンザ対策に関しては、筆者はWHOなどが発信する“世界的な常識”に従って行動しようと思う。2009.05.24

2009年05月20日

◆破綻したガイドライン


石岡荘十

「新型インフルエンザ対策行動計画」、いわゆる「ガイドライン」については、先だってもメルマガ頂門の一針(5/15)で紹介したが、ここへきて事実上、これが現実的には何の役にも立たなかったことが明らかになってきた。

簡単に繰り返すと、ガイドラインは、新型インフルエンザの国内感染が出た第2段階(国内発生早期)から、第3段階(感染拡大期/まん延期/回復期)にかけての対策として、次のような行動計画を定めている。

・引き続き水際作戦を続行する
・住民に対し、可能な限り外出を控えるよう要請する
・学校や事業所などに対し、臨時休業、入学試験の延期を要請する。
・マスクの着用、うがい。手洗いを強く勧奨する。             
医療機関に対しては、
・発熱者の海外渡航歴を確認した上で、感染指定医療機関等の受診を指示するよう、周知する。
・新型インフルエンザの患者と判断された場合には入院勧告を行う---(一部、以下省略)。

これに従って、国内感染者第1号発生が確認された兵庫県、神戸市、次いで隣接した大阪府が蔓延防止対策を進めているが、ここへきてこのガイドラインに綻びが目立ち始めている。

まず、水際対策の縮小。やっと意味がないことに気づいた水際「検疫オンリー」の替わりに、対策の重点を国内へシフトすることを、いまになって舛添大臣が明らかにしている。

そもそも、短時間で人が航空機で大陸間を行き来する時代に、潜伏期間が1週間といわれる新型インフルエンザ感染者を水際でチェック・補足するという発想自体に、理論的に無理がある。時代錯誤、素人が考えても、分かることであった。

“震源地”メキシコと長い国境線を接している米国で、水際作戦が実施されているという話は聞いたことがない。

つぎに、マスクの着用については、ほとんど無意味であることを、5/19号で紹介した。

さらに、「発熱者の海外渡航歴を確認した上で、感染指定医療機関等の受診を指示する」としているが、国内感染者と海外渡航の経験は無関係であることがすでに明らかになっている。

医療機関では、発熱外来の設備も、医師の余裕もない。その上で「入院勧告を行う」となっても、ベッドはすでにパンク状態だと現場からの悲鳴が聞こえてきている。

そこで、今度は「新型インフルエンザは毒性も弱く、普通の季節性インフルエンザと変わらないので、軽微な症状の人は、冷静に自宅で様子を見てほしい。

すぐに医療機関に駆け込まないで---」と今頃になって呼びかけ、厚労省は180度、はじめの基本方針を転換し始めている。ここまでくると、「冷静になってほしいのは、あんただろう」と言いたくなる。水

際作戦にしてもマスクの着用にしても、すでにWHOや米CDC(疾病予防管理センター)が「奇妙な対応だ」と基本的な考えを公表している日本独自の“防疫対策”だ。

「ガイドライン」は、基本的な医学的な認識を世界の常識と共有していない。最早、砂上の楼閣であり、事実上、破綻しているというべきだろう。

ところが、厚労省は決して、「間違ってました。ごめんなさい」とは言わないのである。小手先で方針を手直ししている。

日本の疫学的な危機管理制度の設計、医療予算の配分などは、遡ると、600人の厚労省医系技官が担い、今回のガイドラインドライを作文したのもまた彼らである。大臣は、口パク、彼らの作文を朗読するだけだ。

担当記者は、それをまたそのまま記事にしている。なぜこんなことになったのか。問題点を指摘した記事を筆者はまだ発見できていない。

結果論として、初歩的な勉強不足と無能で誤った防疫路線を敷いた、医系技官に責任はないのか。

日本の官僚は有能だとよく言われるが、今回の騒動で見えてきた彼らのレベルは、その評価に値しないと筆者は実感している。

医師として臨床や研究の経験もなく、ぺーパー試験だけで入省した、医療現場経験のほとんどない“専門家”と、出たがり屋の大臣が、社会に無用の混乱をもたらしている。

筆記試験だけで“専門家”になったペーパードライバーがF1レーサーに運転技術を教えているようなものだ。

ウイルスが、「おっ、ここは県外だ」と県境を意識して兵庫や大阪に引き返すわけはないから、東京はじめ主要都市で騒ぎが蔓延するのは時間の問題だ。
<20090519>

2009年05月19日

◆マスクは誰のものか

石岡荘十

第一次オイルショックのときだったか、トイレットペーパーはじめ、白いものが無くなるという風評が飛び交い、買い占め騒動がおきたことがある。結果的にあれは流言蜚語の類だったが、いま、関西地方を中心にマスクの買いだめ現象がおき、売り切れになるところが続々だという。

いうまでもなく、新型インフルエンザの国内感染者が蔓延しつつあるとマスコミが速報で煽るものだから、いざ一大事、家族を感染から守ろうと庶民がマスクの買いだめに走った結果である。

しかし、本メルマガ(5/17)でも紹介したように、WHOやCDC(米疾病センター)の見解は「マスクで新型インフルエンザを防げるというのは、神話であり、事実、インフルエンザ防止にマスクが役立ったという歴史的なデータはない」とプレスリリースで発表している。

そのせいか、今回の騒動の“震源地”で死者も出ているあるメキシコや、隣のアメリカの様子を報じるテレビ映像を見ても、マスクをしている市民は少ない。

一方、国内感染第一号が出たと報じられている神戸はじめ関西地方の市民は、少なくとも3人に1人はマスクをしているという報告があるだけでなく、政府のガイドラインにしたがって地方自治体の首長が、「マスクをせよ、学校を休校にする、外出をするな」と記者会見で呼びかけ、国家非常事態さながらの騒ぎである。

海の向こうと日本では、なぜこうも違うのか。

そもそも、マスクというと西欧では顔全体を覆うフルフェイ・スタイプのものをいう。少年のころ読んだあの不気味な「鉄火面」(原作 アレクサンドル・デュマ)の翻訳物を思い出すが、近年では、「オペラ座の怪人」、仮面舞踏会の仮面、野球のキャッチャーマスク、フェンシングのあれのようなのが「マスク」のイメージのようだ。

眼の下から顎までだけを覆うマスクは、「サージカル・マスク」つまり(手術用の)外科マスクといって区別し、一般的には「感染者がウィルスを飛散させないためにする」という用途に限定されている。日本のように予防目的で健康な人がマスクをするのは珍しいというのが、世界の常識である。あちらでは医学専門家の間でも推奨されていないという。

自分を守るためにするのか、風邪を引いた人が他人(ひと)に迷惑をかけないために、マスクをかけるのか、考え方に違いがある。

だから、この時期NYあたりに出かけてマスクをしていると、こんなふうに警察官に誰何されるかもしれない。

警察官「汝、感染者なりや」
旅行者「否、余は感染者に非ず」
警察官「ならば何故、マスクを使用するや」
旅行者「我国では、予防のため使用する也」
警察官「奇怪! 理解不能。我と同行せよ」

こんなトラブルに巻き込まれ「ちょっと来い」ということになるかもしれないから、どうしてもマスクをしたいのなら、こんな問答を想定した英語をどなたかに作ってもらって、あらかじめ学習しておいた方がいい。

ところで、国内感染者が何人になったと逐一報道するのは無意味。それどころか、いたずらに危機感をあおるだけだと苦々しく思っている。

熱が出て疑わしい人は、最終的に新型インフルエンザと確定するためには、ウイルスの遺伝子の配列を調べる。PCR検査法といわれ、これで陽性となるとクロと判定される。しかし患者の症状はいろいろであり、微熱があるが医療機関には行かず、安静にしていたら治ってしまったという人もいる。(完)          <ジャーナリスト>

2009年05月18日

◆おかしな国内感染者対応

                    石岡 荘十

予想通り、海外に渡航歴のない人に、ついに新型インフルエンザの国内感染者が出た。

<神戸市内の高校生、さらに2人感染確認

厚生労働省は16日、神戸市内の県立高校に通う2年男子生徒(16)と2年女子生徒(16)について、新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)への感染が確認されたと発表した。

同じ県立高校に通う3年男子(17)も同日、新型インフルエンザへの感染が確認されており、水際の検疫以外では国内2例目と3例目の感染確認となった。>5月16日20時28分配信 読売新聞

「予想通り」というのは、潜伏期間1週間といわれているから、船で往来する時代ならともかく、航空機のこの時代、いかに厳密な「水際作戦」を展開しても、帰国した時点でまだ発症していない人を含め、100パーセントチェックすることは理論上不可能のだからだ。

事実、まるで月面に降り立った飛行士の宇宙服のように防護服に身を固めた検疫官が、水際で補足できたのは数人に過ぎない。そして今回の国内感染である。

そこで、産経新聞が「心強い」と拍手を送った政府のガイドラインでは、国内感染者が出た段階でどのような対策を展開ずることになっているのか、点検した。

ガイドラインは、正式には「新型インフルエンザ対策行動計画」という。鳥インフルエンザ騒動の時作られ、これを基に今年2月、改訂版を書いた。A4で69枚のもので、まず総論で、背景、流行および被害の想定、対策の基本方針とくる。そして各論では、

第1段階 海外発生期

第2段階 国内発生早期

第3段階 感染拡大期/まん延期/回復期

第4段階 小康期

と分け、それぞれの段階での対応策を示している。

これに従えば、現段階は第2にあり、第3への途上ということになる。

その際の「まん延防止策」はこうだ。

住民に対し、可能な限り外出を控えるよう要請する学校や事業所などに対し、臨時休業、入学試験の延期を要請する

マスクの着用、うがい。手洗いを強く勧奨するなどなど。さらに医療機関に対しては

発熱者の海外渡航歴を確認した上で、感染指定医療機関等の受診を指示するよう、周知する。

新型インフルエンザの患者と判断された場合には入院勧告を行う---(一部、以下省略)

と地方自治体に対しヤマほどの対策を要請しているが、この場合の「要請」は事実上の「命令」であり、楯突くことなど出来ない。そんなことをすれば、後が怖い。

16日、民主党の代表選挙の最中行われた舛添大臣の緊急記者会見での発言は、“有能な”医系技官による作文、ガイドラインの口パクだったことがわかる。

要は、水際は国の責任だが、網をすり抜けたかどうかは分からないが、「国内の発症だから、地方自治体さん後はよろしく」というわけである。これを承けて地元兵庫県や神戸市は、ガイドラインに沿って対策を講じている。

全国版メールマガジン「頂門の一針」(5/16号)で紹介した現職の厚労省防疫官である木村盛世氏は、ご自身のHPで、政府の対応をおおむねおおむねこう批判している。
http://www.kimuramoriyo.com/25-swine_influenza/
http://www.kimuramoriyo.com/

<成田空港の検疫に代表される“魔女狩り”を思わせる「検疫オンリー」作戦は、国際社会から奇異の目で見られています。BBCがヒースロー空港と成田空港を比較して、成田の姿を滑稽だとしている。

加えて、インフルエンザにかかってもいない人がマスクをするのも日本人だけです。マスクがインフルエンザ感染を予防したというエビデンス(医学的な根拠)はありません。

「マスクをすることによってインフルエンザにかからなくなる」という神話にすぎない。

WHOや米国CDC(疾病センター)がいうように、国境封鎖や学校封鎖が意味がないということは歴史が教えています。
http://www.upmc-biosecurity.org/website/focus/2009_H1N1_updates/isssue_briefs/2009-04-28-BorderClose.html

5/6の時点で木村氏はこう予言している。

<強毒性であれ弱毒性であれ、封じ込めは不可能です。それは症状がはっきりしないことと、潜伏期が1週間程度あることが主な理由です。

今の施策を徹底するなら鎖国以外、手立てはありません。インフルエンザである以上入ったら必ず広がります>。

<厚労省は、発熱外来をおかない医療機関に対して、発熱した患者を拒否してはいけないという事務連絡を出しました。

厚労省から地方自治体への「事務連絡」は、事実上の「命令」です。医療機関には抗がん剤を使っている患者さんもいます。白血病の治療をして免疫機能が低下している子供もういます。外来にもこうした患者が訪れます。

今回の命令は、そのような人たちがいても新型インフルエンザの疑いの患者を断るなということです。

今回の厚労省通知は、体の弱い人や免疫が低い人が新型インフルエンザに感染して命を落とすこともいとわないと言っていると同じ事です。

実際アメリカでは呼吸器に持病を持つ人が新型インフルエンザで命を落としています。発熱外来とは新型インフルエンザとそれ以外の人たちを区別すべく作られているものですが、敷地の問題、マンパワーの問題あるいは予算の問題から多くの医療機関は発熱外来を作れずにいるのです。

米国CDCが、学校閉鎖に関するポリシーを変更しました。「WHOがPhase6に上げたとしても、学校閉鎖に関するCDCガイダンスが影響を受けるものではない。

今回のポリシー変更に関してCDCは「インフルエンザA(新型インフルエンザ)は通常の季節性インフルエンザと変わりがないから」としていますが、変わりがあろうがなかろうが初期段階で行われる学校閉鎖や集会の禁止が効果を奏したという歴史的事実はありません。

http://www.hhs.gov/news/press/2009pres/05/20090505a.html

この批判を裏付けるように、16日夜になって、大阪府内でも疑いのある患者が出始めている。検疫騒ぎはなんだったのか。

批判はまだまだ延々と続くが、5/3のブログ。

<今回の新型インフルエンザが国内に入るのは時間の問題ですが、何カ月か後にくる第2波に備えてどのように行動するかが大切です。

じゃあ国民は何もできないのかと言ったら、そんなことありません。他の気道感染性のウイルス感冒の予防と同様に、手洗い・うがいをしっかりやる。

それからウイルスに負けない抵抗力を持つために、休養をちゃんと取ってバランスのよい食事をしてストレスを溜め込まないことが大事です>。

“有能な”厚労省医系技官は、この提言を読んでいなかったのだろうか。
 20090516 <ジャーナリスト>


2009年05月16日

◆基礎疾患は治らない

石岡 荘十

日本では年間100万人余が病気で死ぬ。その死因の3割が癌、心臓疾患と脳疾患で3割で、この3つを3大疾病という。

このうち癌については、本当のところ、原因が分かっていない。したがって治療法が確立しているとは言いがたい。はっきりした原因が分からず、治療法が確立していない病を「難病」というが、癌はこれに準ずる病といえる。

が、残る2つは、ある日突然、罹るのではなくほとんどが原因も明らかになっているし、治療法も日進月歩。タイミングと医師選びが適切であれば、9割方治る。なのになぜ、こんなに多くの人が亡くなるのか。

原因の中で一番厄介なのが「基礎疾患」だ。医学の専門用語で大元の原因とでもいう意味で、元をただせば長年の生活習慣に原因があるから、生活態度をチェンジするのはそう容易ではない。しかも放置すれば、動脈硬化から動脈狭窄(心筋梗塞、脳梗塞)を発症し死に至る。

本メルマガの主宰者は、小沢辞意表明を聞いてボツリヌス菌を連想されたそうだが、筆者が連想したのはこの「基礎疾患」である。土建屋とカネ。

“西松の事件”を聞いたとき、長年の基礎疾患は治らないなぁと納得。挙句、心筋梗塞かまだ狭心症か。その基礎疾患の上に現政権は腰を据え、抜け出せない。景気対策と称して、ドサクサ紛れにドーンと公共事業費を積み増している。「土建屋と政治」疾患である。

後に、仙台地下鉄汚職で挙げらた某土建屋の役員が現役の頃「富士山を削り取って駿河湾を埋め立てるまでこの関係は続きます」と保守との間に築かれた基礎疾患を豪語していたのを思い出した。

小沢さんには政治的な基礎疾患があるだけでなく、体型的にも、お隣の金さんに似ている。肉体にも3大疾病のどれかと関係がありそうだと筆者は睨んでいる。

ただ、辞意表明のタイミングは、筆者の予想よりちょっと早かった。

難しい政界の事情は知らないが、こう考えていたからだ。“打っちゃり辞任”である。

西松事件以降、党の内外から小沢タタキが激しくなる一方だったが、総選挙にすべてを賭けるといっていたから、ギリギリまで土俵際でうんうん頑張って、解散の日程がもっとはっきりした時点で、辞任。どちらかといえばゼニカネにクリーンなイメージのある岡田にぱっと渡す、のでは---。党のイメチェンをはかって選挙へ。でも、検察の動きなども考えると、「最早これまで」となったのではないか。

だが、岡田は小沢にああだこうだと言われるのを嫌う性分だそうだから、それを分かっている小沢は、前ぶれナシに辞意を表明した、ということではないのか。

片や、自民。あのタイプはそう簡単には投げ出さない、ぎりぎりまで頑張る。とすると、選挙の顔は、麻生VS岡田。それどころか、麻生は選挙で辛うじて第一党を維持、続投を目指しているに違いないというのが、岡目筆者の勘である。

それか、僅差であれば、保守の基礎疾患にうんざりしている国民は、富士山を切り崩される前に、あの“村山事件”の時みたいに政界再編を促し、年が開けてみれば岡田首相の年頭の辞を聞くことになっているかもしれない。というようなチェンジがなければ治らない、基礎疾患は頑固な生活習慣病なのである。

自分の気に入らないヤツはすべて「アカ」とマッカーシーのようにののしる価値観。ライトから見ればセンターもレフト寄りに見える。

新仮名遣いに馴染めない、それでいながら万葉仮名まで遡ることも出来ない。

昔、受信料の集金に行くと犬が吠え立てた。で、「イヌアッチケー」といわれたことがあると聞く。いまではアルファベット3文字を見ると、条件反射を起こす。

すべて、大元に何らかの基礎疾患があるのでは、と私は診ている。容易には治らないだろう。

かくいう筆者は、最近、網膜細動脈瘤があると診断されている。眼球に栄養を送る細い動脈に出来る瘤である。瘤は、直径1.2ミリの視神経の20分の1ほどの極く小さなものだそうだが、破裂すると失明する。

その影響で、左右の焦点距離がずれ、像が定まらない。その基礎疾患は加齢による動脈硬化とパソコン漬けの生活習慣にあるらしい。手術法はあるにはあるが、リスクも小さくない。

「どうしますか。お歳もお歳だし---」

と医者はいう。まあ4〜5ヶ月に1度くらいの割合で瘤の成長具合を見ましょうということに相成った。そんなわけで、本稿のような藪睨み視点もお許しいただけるだろう。 20090512

2009年05月05日

◆動脈瘤手術に新しい波

石岡 荘十

メスを使わずに動脈瘤の手術を行う最先端の術式が、徐々にではあるが、普及しつつある。

高齢化や食生活の欧米化に伴って、動脈硬化による血管病が急増している。血管が部分的に狭くなったり(狭窄→脳梗塞、心筋梗塞)、動脈血管の壁の一部が、薄くなって瘤(こぶ)ができたりする疾患である。

動脈にできる瘤を動脈瘤という。丁度、餅を焼いたときにぷくっとふくらみが出来るようなイメージのものだが、瘤はある日突然できるのではなく、年間に5〜10%ずつ大きくなるといわれ、ほとんど自覚症状はない。

石原裕次郎がこの病気だった。解離性動脈瘤、つまり瘤が裂ける。彼は危うく手術が成功したが、ほとんどのケースでは、これが破裂すると、大量の出血によって、患者の9割が死、突然死に至る。だから破裂する前に早期発見し、手術を受けなくてはならない。

脳内の動脈や心臓近くの動脈(大動脈)の血管にこれが出来ると、ここは脳外科医や心臓血管外科医の守備範囲で、頭蓋骨を開ける、心臓から全身に血液を送る大動脈にメスを入れるという命懸けの大手術になる。

だが瘤ができる場所は脳や心臓に限らない。腹、胸などの血管に瘤が出来たときも、メスで腹や胸を開くというのがこれまでの常識だった。

ところがこの数年、血管外科医が、メスを使わず脳と心臓を除く全身の動脈瘤の手術を手がける最先端の治療法脚光を浴びている。

この術式の第一人者は東京慈恵会医科大学外科学講座 統括責任者、大木隆生・血管外科学教授(46)だ。

たとえば大動脈瘤の手術は通常、胸を切り開いて、瘤の前後合わせて30センチほどを切り取って、人工血管に置き換える。または瘤のクビを特殊なクリップで挟んで瘤の中に血流が流れ込まないようにする術式もあるが、手術は心臓血管外科医の守備範囲とされている。

そんななか、最近注目されているのが血管外科医による「ステントグラフト」という人工血管を瘤のあるところへ挿入して、破裂を阻止する方法である。

ステントグラフトはポリエステル繊維やフッ化エチレン膜などの素材によって作られている。ステントといわれるバネ状の金属を取り付けた新型の人工血管で,これを圧縮して細いカテーテルの中に収納し、患者の脚の付け根を4〜5cm切開して動脈内に挿入する。

動脈瘤のある部位まで運んだところで収納してあったステントグラフトを放出する。

この方法だと,胸部や腹部を切開する必要はない。放出されたステントグラフトは、金属バネの力と患者自身の血圧によって広がって血管内壁に張り付けられるので,外科手術のように直接縫いつけなくても,自然に固定される。

http://www.tokyo-med.ac.jp/mit/05.html

動脈硬化は老人に多い病気だが、患者への負担が少ないため、80歳を過ぎた患者にでもこれで手術が出来るようになった。

まだ新しい技術だが動脈破裂を阻止する最後の治療法だとされている。

その世界随一の使い手と評価が高い大木教授は、慈恵医大を卒業後、32歳で無給医としてアメリカで働き、ステントグラフトの開発に携わり、腕を磨く。

やがて手術不可能という患者をつぎつぎと救い、「ベストドクター・イン・ニューヨーク」に4年連続で選ばれた。そして10年、名門大学教授、年収1億円の地位と名声を捨て、アメリカに較べ血管病の治療が遅れている日本の現状を何とかせねばと3年前、母校に帰ってきた。年収は10
分の1になった。

大木医師を動かしたのは「人間は金じゃない.ときめきだ」

大木教授はいま220人の外科医を率い、年間800例の手術をこなしている。毎日、4・5件の手術に臨み、彼に最後の希望を託して全国からはせ参じる患者を救っている。週に1度の外来診察は、午前3時になることもしばしばだという。患者が門前市をなす。

家族が、あるいは自身が動脈瘤と診断されたときの苦悩は、経験した者でなければ分からない。その苦悩を、芥川賞受賞作家・村田喜代子さんが最新作『あなたと共に逝きましょう』(朝日新聞出版)で訴えている。

2月発売と同時にあっという間に売り切れで、急遽、増刷中だという。大木教授は、先月の14日(火)。NHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 〜仕事の流儀〜」でも詳しく紹介されている。

動脈硬化が進行している筆者は、動脈瘤が出来やすい。最先端のこの術式が出来る病院は全国で30ほどだというが、病院が手術するわけではない。きわめて高度な技術が必要な手術だけに医師選びが生死を分ける。で、番組を見て、「いざとなったら、ここへ駆け込もう」と決めた。

両方とも血管病の予備軍であるアラカン(アラウンド還暦)以上の方々、テレビを見ない諸兄、NHKを目の敵にされている諸兄にもお薦めする。

放送済みの番組は、下記の「NHKオンディマンド」のURLにしたがって手続きをすれば、パソコンで見ることが出来る。料金は、1本315円。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2009006170SC000/index.html
20090430          <ジャーナリスト>

2009年05月02日

◆中国残留孤児問題の総括


石岡 荘十

山形県の貧農に生まれ、元中国大陸の憲兵、元新聞記者、そして退職後は残留孤児の救済に賭けた菅原幸助氏が、老骨に鞭打って1冊の本を上梓した。「中国残留孤児裁判」(平原社刊)である。その帯にはこうある。

「国家とは何か、戦争とは何か。満州の曠野に遺棄された中国残留孤児らの人間の尊厳と国の謝罪を求めた裁判闘争の全記録」

著者・菅原幸助氏と孤児問題については、これまで折りに触れ、本メルマガで報告した。

http://www.melma.com/backnumber_108241_2280065/ (05/09/11)

http://www.melma.com/backnumber_108241_3526938/ (07/01/31)
そのほか。

本書はその総括である。

少しだけ繰り返すと、菅原氏は大正14年生まれ。つまり彼の年齢は昭和で数える年数そのままの老人である。

東北のどこにでもある小さな寒村から、14歳のとき満蒙開拓青少年義勇軍に自ら志願して満州へ。20歳になるまでの間にいろいろあって終戦時には関東軍憲兵となっていた。

与えられた最後の任務は、高位高官の家族を避難列車に乗せて日本に送り届けることだった。

終戦からひと月あと、小串(山口県豊浦町)に上陸、無事任務を果たした。しかし、その途中、蹴散らし、置き去りにした多くの開拓民の子どもたちが、中国残留孤児となり、日本鬼子(リーベンクイズ)とののしられ迫害されながら、異国の地で懸命に生き抜いた記録を、図書館で発見する。

もしかしたら、「あのとき蹴散らした開拓民、列車を追いかけ助けを求めたあの子どもかもしれない---」

この日から、菅原氏の「贖罪」の活動が始まった。孤児の肉親探し、帰国した孤児の生活支援、身元が判明しても引き受けを拒否する肉親に代わって身元引受人にもなる。残留孤児の多くが「菅原」姓を名乗っているのは、彼が、身元が確定できなかった家族の身元引受人となったためだ。

また一連の「中国残留孤児国家賠償請求訴訟」の法廷では、彼が見聞きした、国家が棄てた国民、棄民の惨状を証言している。

さて本書は、1945年8月9日、ソ連軍が満蒙国境を越えて開拓民を襲ったその日、何が起こったか。軍は、とっとと退散(敗走)して、残された女子供、年寄りが集団自決し、ソ連兵に陵辱された様子を、目撃者(孤児たち)の菅原氏に対する証言で生々しく再現してみせるところから始まる。そして、裁判、政治決着。

帯にいうように、国家が異国に棄民した孤児たちに、国がどう償ったか。国家にとって国民とはどのような存在だったかを淡々と事実の積み重ねの中で告発している。

日本の中国進出が侵略だったかどうか、そんな議論の前に、日本人である孤児一人ひとりを国家はどう扱ったか、人間としての尊厳を問うている。

菅原氏はパソコンが出来ない。すべて手書きの原稿だった。380枚。新聞記者の経験が生きた。淡々と事実を積み上げて感動を呼ぶ。ややこしい裁判経過も新聞記事を読んでいるようにすっと入ってくる。残留孤児問題でこれほど客観的にまとめて書き残したものはほかに見ない。記録文学とでもいえるドキュメンタリー、歴史的資料ともいえるものだ。

筆者が記者として駆け出しの頃、札幌で一緒にサツ回りをした。その後、彼が朝日新聞の鎌倉支局長をしているころ、昔の仲間が集まって徹夜マージャンをしたこともあった。

お祝いの電話をしたら、「米寿までは生きるぞ」と意気軒昂だった。近々、上京の機会があるようなので、一杯やろうと約束した。
20090421


2009年04月26日

◆あなたも医者を起訴できる

石岡 荘十

裁判員制度の実施を1ヵ月後に控えて、一般市民が重大犯罪事件の裁判に参加するようになることの是非が引き続き議論になっている。

その一方で、疑わしい人を一般市民が、裁判に持ち込む起訴を、強力に促す道が開ける制度の改正が同時進行している。しかし、このテーマについては、ほとんど議論の俎上に載っていない。

刑事訴訟法第247条は「公訴は、検察官がこれを行う」と定めている。これを国家訴追主義という。

この条文はわずか1行の短いものだが、検察官だけが国家権力を代行して強力な権力を行使できる根拠を与えている。市民を起訴するか不起訴にするかの判断をする権力を有することを定めているのである。

警察は「犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする」(刑事訴訟法189条)ことになっているが、公判に持ち込むために公訴を提起できる権限は検察官にだけみとめられている。

捜査の結果、犯人を特定し、警察が、送検してきても、検察官が「うーん、これでは公判を維持できない」と判断すれば「不起訴」。嫌疑はあるが「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の状況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」
(刑事訴訟法第248条)。これが「起訴猶予」である。

ところが、犯罪の遺族・被害者がこのような検察判断に納得できないときは、検察審査会に異議を申し立てることが出来る。検察審査会は、選挙権を持つ一般の国民から無作為に選ばれた11人で構成され、事件の内容を審査して票決を行う。

この際、これは起訴すべきだと8人以上が判断すれば「起訴相当」、半数(6人)以上が起訴しないのはおかしいという判断に到達すると「不起訴不当」、そして半数以上が、まあ不起訴でもしようがないという結論を出せば「不起訴相当」、この3通りのいずれかの判断を下して検察に通知することになる。

これを承けて検察は、起訴または不起訴を再び判断する仕組みになっている。が、現行法では検察審査会の判断に拘束力はなく、検察がもう一度、不起訴にしてしまえば、万事休す、容疑者は無罪放免となる。犯罪の遺族・被害者もここで諦めざるを得ない。

ところが、検察審査会法が改正され、もう一度異議を申し立て、検察審査会が2度目の「起訴相当」の判断を下せば、今度は必ず起訴されることになった。どうしてもというときには、あなたも医師を法廷に引きずり出すことが出来る可能性が高くなった。一般の犯罪遺族・被害者の主張に法廷が耳を傾ける道が開かれることになった。

この改正法は、裁判員制度が実施される来月21日から施行される。

最高裁判所の統計によれば、医療事件に限ってみると、検察審査会が扱った“事件”の1割ほどが、「医療ミスや過誤などを疑われた医者を起訴しなかったのはおかしい」と検察の不起訴処分に反対する決議を行っている。

医療事故などで家族を失った遺族は、ほかの事件の被害者に較べ被害感情が強いといわれる。医者と患者家族との間のコミュニケーション不足もかねてから指摘されている。

専門用語だらけでチンプンカンプン。頭にきて、「裁判で決着を---」となるケースも仄聞する。

このような状況の中で、改正法が施行されれば、警察・検察に対する告訴・告発は増え、検察審査会に対しても強硬にプレッシャーをかけ、例え検察が不起訴の判断をしても、訴訟に持ち込む訴訟ルートが出来上がることになる。

医療には素人である検察審査会メンバーが起訴に持ち込んだ裁判所には、これまた素人の裁判員が待ち構えていて、被害者に感情移入し、判断が論理的というより、情緒的に流れるのではという懸念もある。しかし、このような検察審査会のあり様についてまともな議論をしている報道に
はお目にかかっていない。

逆に、「起訴不当」で社会問題に発展したケースもある。2006年、帝王切開を受けた妊婦を死亡させたとして医師が逮捕・起訴された事件では、医師不足が原因との批判まで招き、「起訴不当」の激しい反発を司法は食らった。

つい先だって、東京女子医大でも心臓手術を受けた12歳の少女が死亡した事件で、最高裁判所は、医師を無罪とする判決を出した。少女1人が死んでいるのに、誰にも責任がないの? 

それやこれやで、検察は、特に医療事故・過誤事件の判断に慎重にならざるを得ない情勢である。

こんな中で、人殺しや窃盗などはまだしも、きわめて専門的・論理的な知識と豊富な社会経験が求められるケースの司法判断に、このたびの裁判員制度や検察審査会改正法はなじむだろうかという疑問。

それよりなにより、この程度の政治体制しか構築できない民度の国民に、人の一生を左右する重大な判断を任せてよいものか、筆者は疑問に思っている。       
           <ジャーナリスト>     20090421

2009年04月21日

◆周辺国・ニッポン

 
石岡 荘十

北朝鮮の“飛翔体”発射騒動で「やっぱり」と思い出した言葉がある。「ペリフェラルズ」である。

コンピュータの業界の専門用語で、ペリフェラル(peripheral:重要でない、末梢的な、周辺の)の複数形だ。20年近く前、コンピュータ会社で働いているときに覚えた言葉で、日本語では「周辺機器」と訳されている。

日本はさしあたり米国のペリフェラルズ、「周辺国」の一つに過ぎないのではないか。

こんなことを連想させたのは、ゲーツ米国防長官の発言である。先月末、テレビの記者会見で「北朝鮮のミサイルが米本土に向かってこない限り迎撃の計画はない」と発言したと伝えられているからだ。

コンピュータの頭脳部分はCPU(*1)である。日本語で「中央演算処理装置」と言われ、この良し悪しがコンピュータの機能・性能を決定付ける。

70年代の後半、パソコン用に広く使われるようになった。開発・製造は米国の独壇場だった。パソコン普及の初期、「インテル入ってる」というキャッチフレーズが品質を保証するCMとして流行った。

このほかの、ディスプレイ、ハードディスクドライブ、キーボードなどはペリフェラルズ、つまり周辺機器であり、コンピュータのいわば手足に過ぎない。周辺機器がぶっ壊れたときは廃棄して新品に取り換えれば、本体は以前と変わらず機能する仕組みである。

手足は、文字通り足手まといになれば交換すればいいという発想で、CPUだけはコンピュータの設計上も厳重にガードされている。CPUはこれを動かす基本ソフトOS(*2)と共に長い間、米国の特許で守られ、各国は周辺機器しか生産するとことが許されていなかった。結果各国は、膨大な特許料を上納させられてきた歴史がある。

だから、ゲーツ米国防長官の発言を聞いたとき「それはそうだろう」と納得した。いつだったかどこかで「いざとなったら、米国はハワイさえ見捨てる」と聞いたことがあり、その時から、「まして日本有事という事態になっても、米国がまともに反撃するはずはない」と前から確信していたからである。

「飛翔体発射」の第一報は米国早期警戒衛星が探知した情報だったという。これを受けて自衛隊イージス艦、陸上レーダーが一斉に探知作業に入った。米国の軍事情報システム早期警戒衛星がいわばCPUで、ほかはペリフェラルズ。やっぱり、日本は「重要でない、末梢的な」米国の周辺国に過ぎないのである。

不況の中、日本の製造業は健在だというが、CPUに迫るものは少ない。周辺機器の製造技術にとどまっている。そんなに威張れたものではないのではないか。

医療業界にも長年、同じ構図が見られる。

例えば、CTは保有台数で日本は世界一だし、携帯型の血圧測定器、心電計などこまごまとした医療機器開発・製造の分野でも世界のトップランナーであるが、所詮これらの機器は病状を検査するための診断機器であり、治療そのものに使う機器(治療機器)ではない。

この分野では米国はじめドイツに拠点を置く多国籍企業(シーメンス社)など欧米の企業頼りなのである。不整脈治療、突然死防止に威力を発揮する最新型のペースメーカーの一種、埋め込み型除細動器、ICD(*3)は、心室頻拍や心室細動などの、いわゆる致死性の不整脈の治療を行う最終兵器、治療電子機器である。

メドトロニクス社(米国)製で、なんと国産車の2台分、419万円。米国での価格の3倍である。差額のほとんどが特許料や国内での流通経費であり、国の医療費を押し上げる原因の一つともなっている。

小さなものでは心筋梗塞などの治療に使うビニールの管、カテーテルはそれほど高度な製造技術を必要とはしない治療機器だが、圧倒的に外国産である。

患者の病を治してなんぼの業界で、国産の検査機器は治療のペリフェラルズに過ぎない。リスクの少ない周辺機器は作る。

しかし、まかり間違えば患者の命かかわる治療機器には、製造技術はあっても国内メーカーには国の支援もなく、手を出す環境にはないのである。世界に誇れる国産の治療機器は、刺しても痛くない極細の注射針くらいのものだ。「君子危うきに近寄らず」である。

政府高官だったか、テレビ出演をした軍事評論家だったかが、北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込んだ瞬間に、米国が反撃し、北は一瞬にして崩壊する。だから撃ってくるはずはない。先日のような騒動は「騒ぎすぎだ」としたり顔だった。

しかし、所詮ニッポンは周辺国に過ぎないことを、お忘れではありませんか。沖縄に核があることは公然の秘密であるが、ワシントンが周辺国のために核ボタンを押すかどうか、疑わしいと私は思っている。

かといって、技術力はあっても、自力で国防に必要な装備の開発・製造の決断をするにはハードルが高すぎる。なにより、そんなことを決断できる政治家がいない。

あと100年は、米国のスカートの中に隠れて、危ないことには手を出さず、ペリフェラルズをもてあそびながら、悪たれ坊主の乱暴狼藉を、指をくわえてみているしかないのかもしれない。

*1 CPU:Central Processing Unit
*2 OS:Operating System
*3 ICD:Implantable Cardioverter Defibrillator



2009年04月13日

◆目に余るコピペ論文

石岡 荘十

「パソコンの普及で、若者の思考力が落ちている」

筆者の学生時代からの友人で弁護士、母校の法学部の講師をしている男と飲んだ。彼の愚痴である。

つい最近、娘婿が仕事でイスラエルに転勤。娘は夫とともにイスラエルへ、孫娘は英国の学校へ行ってしまった。

友人は、パソコンの普及の流れに抗って手書きで通してきたが、奥さんに脅されて、孫の顔見たさに遂にパソコンを買い、3ヶ月間、駅前の学校に通ってハウ・ツゥ・ユースをマスターした。お陰で、遠い異国で暮らす娘や孫とのコミュニケーションは、東京都内に居るときより、ぐっと
密になった。

が、世の中そんなにいいことばかりあるわけはない。仕事に持ち込んだ。受け持つゼミ「刑事訴訟法」の卒論を、メールの添付で受け付けるようになり、読んで暗い気持ちになった。

A君は、学校では無口な青年だが、論文を見ると人が違ったように雄弁、引用例は豊富、判例解釈も抜群で、将来性を疑わなかった。教えたことのないような専門用語を駆使している。

そこで念のためキーワード検索をすると、出てくるわ出てくるわ---。9割がコピーと貼り付け、つまりコピペであることが判明したのである。自分の言葉は数行。それも感想程度の評価。

まさかと思って、他の学生の論文も検索すると---「ガーン」。すっかり落ち込んでしまった。

「オレがやってきた講義・演習はなんだったんだろう?」

医療の業界では、EBMが近年特に重要視されている。Evidence BasedMedicine、「根拠のある治療」、つまり新たな治療法を採用するときには、効果があることを挙証しなくてはならない。

これを説明するために、出典となる研究論文やURL(*)を明らかにすることになっている。こんなとき、パソコンのコピペ機能が不可欠、きわめて有用である。

引用文献は海外の論文が多用される。世界的に権威がある英国の学術雑誌「ネイチャー」や臨床医学論文雑誌「ザ・ランセット」が有名。これらに日本人の論文が掲載されると、ニュースになるくらいだ。が、英文なので、素人には難解なものが多い。ひょっとしたら、医師も医学専門の英和翻訳ソフトに頼っているかもしれない。

卒論はそこまで厳密に「出典」を要求はしていないが、引用元を明示しないのは失礼なことだ。そして、ほとんどが、まるで自分で構築した理論を装っている。“判例”を収集し情報を集めるのは悪いことではないが、これでは自分で考え、評価する能力は育たないのではないか。

コピペは目に余る。友人は、頭にきた。ネタがばれた以上、合格点はつけまい、単位はやらない、と思ったが、待てよ。去年から前、卒業させた連中はどうだったのか。すでに裁判官、弁護士、検察官になっているヤツもいるし---。頭を抱え込んでしまったという。

若者だけではない。

「対岸の火事」とせず、胸に手を当て、「他山の石」としたい。

*URL:Union Resource Locator( 統一資源位置指定子)
20090409

2009年04月10日

◆誰が「団塊世代」を診るのか

石岡 荘十

「団塊世代」はご存知、作家であり元経済企画庁調長官も務めた堺屋太一氏が名付け親である。

1947〜49年(昭和22〜24年)の3年間に産まれた人たちのことをいう。

ほとんどが、元日本兵が終戦後、命からがら、ぞくぞくと戦地からが帰還してきて、10月10日後に生まれた。その数、690万人。生殖能力を持つ男がまだ戦地からまだ帰国していなかったその前3年間の世代に較べると、ざっと5割増しである。

暦年の人口構成ピラミッド表を見ると、この世代は文字通り団子状態で年々、上へ上へと競りあがっている様子が見て取れる。

その世代が2007年から定年を迎え始め、来年にはほとんどが世にいう“老境”に入る。ということは“加齢疾病適齢期元年”に突入するということを意味する。

統計を見ると、60を過ぎると脳や心臓の病気になる人が急に増える。とははいっても、還暦を迎えた途端、ある日突然、病気になるわけではない。50を過ぎると体力も落ち、ときどき手足がしびれたり、息苦しい、胸苦しくなったりすることはあっても、二日酔いだと勝手に自己診断して誤魔化す。

管理職になりたてだったりすると、サラリーマンとしては、それから7・8年が最後の勝負時だから、こんなときに病院になんか入っているわけにはいかない。

そうして定年を迎え、やっと暇も出来たから入院するならしてもいいし、退職金ももらっているから入院費も大丈夫だろう、と考える。女房と海外旅行でもと思って、念のために精密検査を受けると、「大変! ハイそのまま入院、手術---」

筆者がそうだった。だから統計を見ても、60を境に“加齢疾病”になる人が急に増える。突然、病気に罹るわけではなくて、定年になってやっと覚悟して、遂につらい現実を受け入れざるを得なくなった。

団塊世代は高度成長時代の真っ只中を頑張ってきた。その後のバブル時代もがむしゃらに働き続け、それがはじけたどん底も経験した。長年にわたる無茶苦茶な日常生活やストレスが、心や体をじわじわと痛めつけてきただろうことは、容易に想像できる。

彼らは間違いなく高齢者に多い脳や心臓病患者の適齢期の真っ只中にあり、いままさに巨大な塊となって病院に雪崩れ込んでいる。

筆者は10年前に心臓手術を経験し、その後ずっと2、3ヶ月に一度、定期健診に通っているが、見ると、明らかに加齢疾病を診る診療科の外来待合所は想像以上の混雑振りである。それらしき世代の男女が我慢強く待っている。

この10年間、診てもらっているかかりつけの勤務医(女医)はある日の午後3時過ぎ、「あなたが丁度50人目。もう限界よ」と嘆息した。「3・3診療」、つまり「3時間待ちの3分診療」などは「ラッキー!」だ。

筆者が紹介した後輩は予約なしの初診だったが、「ご忠告どおり、文庫本を持っていってよかったです。1冊読み終わりました」と報告してき
た。

団塊世代はまだ“若い”老人だから、耐えられるが、彼らが“本格的な”高齢者になり、さらに病院にも行けなくなった時、誰が彼らを診るのか。余程、健康な人でなければ、病院で待ち続け、診てもらうのは無理なのだ。

日本で心臓手術が必要な患者は年間4万人ほどといわれていたが、単純計算で老人が増えた分、つまり5割は多くなるだろう。心臓血管外科の専門医と認定されている医師は2000人。

だが、いざというとき、お任せできる高度な技術でメスを揮うことができるプロの医師は100人ほどしかいないといわれる。1人当たり1年に5、600人の患者を手術するなんて---できっこない。若葉マークの専門医に当たったりして、医療ミスや過誤の犠牲になる患者が続出する事態にな
るだろう。

これが「医療崩壊」といわれるものだが---もう間に合わない。

高度なスキルが求められる、たとえば、赤ちゃんの心臓移植などは、いまでもアメリカやドイツなど海外の医療機関に頼っている。

かつて、1980年代のイギリスで医療が崩壊し、入院待ちが100万人に達したという経験がある。医師を海外から招聘して凌ごうとした。英語圏であるイギリスだからできた緊急措置だったが、それでも間に合わず、金持ちの患者は海外に出て手術を受けたりして自力で命を護った。

日本がいまそのときのイギリスに似た状況に置かれている。が、海外から医師を招くにしても日本語が通じない。では激増する団塊世代の脳梗塞や心筋梗塞の患者を、誰が診るのか。

お金持ちは、ウン千万円という膨大な出費を覚悟してシンガポールとか欧米とか、海外の専門医に頼ることになるかもしれない。

国内消費とかなんとかに騙されてはならない。1500兆円といわれる高齢者の資産は、最後の虎の子である。      2009.03.26