2010年04月02日

◆「条」から「條」に戻らぬ悩み

毛馬 一三

自治体名の正しい表記の書き換え要請に、中々応じてくれない公的交通機関があるという、珍しい話題を耳にした。

話題の自治体とは、本誌3月8日刊の「百家争鳴」欄で「古代の馬の渡来地」として取り上げた大阪府の四條畷市のことだ。

四條畷市は、南北朝時代の武将・楠木正成の息子正行(南朝)が自決した「四條畷の戦い」の有名な所で、そこには「四條畷神社」があり、楠木正行を主祭神とし、一族将士24人を祀っており、休日になると大勢の観光客が訪れている。いわば四條畷市の観光拠点のひとつだ。

このため四條畷市では、古くから受け継がれてきたこの「伝統的な地名」を継承すべきだとして、同市の施設表示には一貫して「條」の字を使ってきたが、警察や府立高校、国道の道路標識、そしてJR駅などでは、「條」の字を使用せず、常用漢字の「条」を使ってきていた。

これでは市のイメージに混乱を期たすとして四條畷市は、平成16年に大阪府に要請し、市名を「四條畷市」の表記を正式に使用する条例を制定させた。これによりそれまで「条」を使ってきた警察署、保健所、国道標識、公立高校など民間も含め公的機関のほとんどが、「条」から「條」に改めた。

ところが、ここにきてひとつの壁に当たった。

というのは四條畷市の交通機関の主要駅で「玄関口」ともいえるJR片町線の「四条畷駅」の看板等が依然として「条」のままで、「條」に改まらない。それだけではなく、JR各駅で発売される乗車券や列車運行表内等に表示される駅名も、「条」のままだ。

府条例がJRには及ばないにしても、何とか協力して貰えないかと先頃、四條畷市の首脳がJR西日本を訪ね、「四條畷」駅名などの変更の応じて貰えない理由を訊ねた。

これに対してJR側は、切符発売システムや運行表の手直しなどJRコンピュータシステム全体の改編に手を付けなければならず、そのためには数億単位の費用が掛かる。ただ、JRのダイヤ改正時に併せれば、約8000万円で済むということだった。

しかもJR西日本は、「條」への変更要請への協力は、8000万円を市当局が全額負担してくれることが条件で、それが実現すればJRとしての対応も可能という、いわば「条件付きの回答」だった訳だ。

これを聞いて困惑したのは四條畷市。22年度一般会計予算が176億円の四條畷市にとって、これに8000万円もの金を支出しければならないとなれば、市財政運営上大変な支障となるのは明らか。

とはいうものの、観光客が訪れる表看板駅名や当市までの切符までもが、市の「條」名前と違うままで継続するという事態も、安穏に見過ごせる問題でもない。

四條畷市では妙案がないものかと、今悩んでいる。(了)

■本稿は全国版メルマガ4月2日刊「頂門の一針」1869号に掲載されました。
<1869号・目次>
・理想のNHK会長を探そう:「NHK110番」
・NHK毛虱物語(再掲):渡部亮次郎
・普天間問題に首相「腹案ある」:古澤 襄
・「条」から「條」に戻らぬ悩み:毛馬一三
・ドイツは「マルク」に復帰するのか?:宮崎正弘
・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

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2010年03月23日

◆「米パラマウント大阪進出」一歩前進

毛馬一三

<本稿は、3月24日刊の「頂門の一針」1860号に掲載されました>
大阪府の橋下徹知事が、先の府議会で初めて明らかにした「米パラマウント大阪誘致構想」が、いよいよ現実の向かい一歩前進した。

「米パラマウント誘致構想」は、閉鎖した大阪府吹田市の万博記念公園等の跡地に、米大手パラマウント・ピクチャーを誘致して一大テーマパークを作り、それによって税の増収、雇用促進、観光集客等を図り、大阪経済の活性化を推進させようという知事の計画だ。

ところが大きなネックは、テーマパークの予定地となる万博記念公園跡地40ヘクタールのうち、半分に当たる20ヘクタールが国有地で、それを大阪府へ賃貸してくれるか否かだった。

つまりテーマパークの「用地」が決まらなければ、進出への鍵となる「出資」に見通しが立ちにくいと言う、いわば「鶏が先か、卵が先か」と同じ論理が長きにわたって交錯していたのだ。これに目途が付かなければ実現の可能性は見えてこない。

ところが橋下徹知事が21日、枝野幸男行政刷新相と、土地所有者の独立行政法人・日本万国博覧会記念機構をまじえ、東京都内で同「構想」をめぐり意見交換した結果、大阪府に跡地を貸与する方向でほぼ合意したという。「用地」が解決の方向に向かったのだ。

これにより「知事構想」は、実現に向かってが一歩前進したことになる。これを支えるように枝野幸男行政刷新相がこの後記者会見で、「万博跡地は利潤を生む可能性がある。ここにテーマパークが出来れば、大阪のUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)とあわせて、一大エンターテイメント都市になる」と述べているが、この発言の意義は大きい。。

これを受けて大阪府は5月にも、跡地を含むエリアの活用プランをまとめる方針を固めた。

活用プランのまとめは、これまで米大手パラマウント・ピクチャー誘致窓口となってきた大阪の民間投資会社「燦キャピタルマネージメント」と協議しながら「観光客に、感動的で独創的なエンターテインメントを体験してもらう」計画を組み立てる方針。事態は急速に進展しそうだ。

ただ問題が無いではない。財務省・万博機構では、「万博跡地の活性化計画に大阪府が責任を負う」との条件で、跡地貸与を認めることにしたとしているため、事業仕分けで機構が廃止されると、大阪府営とするべきだという意見の浮上の可能性もある。

となると、万博機構からエキスポランド跡地の20ヘクタールを含む40ヘクタールを借りる場合、賃料は年36億円という高額賃料が伴う。これは大阪府にとり高負担となる。

そこで知恵者の橋下知事は、会談した枝野幸男行政刷新相に、「公の財産を有効活用させてほしい。所有は国でいいから、マネジメント権だけ渡してほしい」と、府営に固執しないようにと釘を刺している。

と同時に知事は、誘致後に利益が出たら国に一部を還流させる仕組みも検討していると、国も喜ぶ「アメ」も覗かせている。

ところで、「米パラマウント進出構想」とは、40万平方メートルの万博跡地に、パラマウント映画ブランドを冠する世界的なエンターテインメント・リゾート施設の開発を目指す計画。豪華な造園風景、美しい建築物、革新的「グリーンテクノロジー」を特徴とする、パラマウント映画の伝説的な貯蔵フィルムの感性をちりばめた複合施設を設けるものだ。その姿が見え出してきたのはたしかだ。

昨年7月ごろから府庁と大阪経済界の舞台裏で話題になっていた米パラマウント進出構想は、ついに今回の知事と枝野幸男行政刷新相との会談で、いよいよ道が開けることになり、大手銀行・商社・証券会社などが出資に応じる態勢が確実となってきた。

橋下知事は「国は膨大な資産を持っているので儲かるようにすべきだ。資産の有効活用という視点でいろいろ提案していきたい」と話している。

活気を求める大阪府民の夢を結ぶ知事構想が、今回の会談で大きく前進し出し、1万人の集客を見込んだテーマパークのシュミレーションが5月には示されるというだけに、期待は膨れ上がる一方だ。(了)2010.03.22

2010年03月19日

◆「米パラマウント」大阪誘致へ意欲

毛馬一三

大阪府の橋下徹知事は、知事就任直後から逼迫する府財政を立て直すため、先ずは職員給与のカットや不要府施設の廃止・経費削減など府財政切り詰めに集中してきたが、肝腎の府財政収入増加を目指す施策は宙に浮いたままになっていた。

大阪流に言えば、「節約」に終始するばかりに見えたことから、府民の間からは肝腎の「金儲け」事業には中々知恵が湧かない知事ではないのかという、過激な批判も飛び交い始めていた。

ところが、これを逆転させるような新たな知事方針が明らかにされ、これを知った府民は、目を剥いた。

というのは、3月18日開かれた大阪府議会の府民文化常任委員会で、橋下知事は府税収入増加に貢献するだけではなく、雇用促進、観光集客等にも多大な効果が見込める「画期的な府経済活性化構想」を、光澤忍府会議員(公明会派)の質問に答えて、初めて明らかにしたのだ。

この「画期的な構想」とは、閉鎖した大阪府吹田市の万博記念公園等の跡地に、米大手パラマウント・ピクチャーを民間の力を借りて一大テーマパークのしようというものだ。

この常任委員会で知事は「万博の南側の跡地に、世界で初めてパラマウントが大阪にテーマパークとして出来れば、大阪のUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)とあわせて一大エンターテイメント都市になる」と述べている。

この発言で最も注目されるのは、パラマウントが大阪進出に意欲のあることを知事が、初めて公に発言したことだ。しかも「万博公園の跡地は非常に勿体ない状況になっている、相当インパクトのあるものを持って来ないといけない。このテーマパークで賑わいの施設を作りたい」と付け加えたことからも積極性が伺える。

そこで光澤議員が「誘致プランをつくって活用の方策を、(万博跡地53%所有する)国に対してどう働きかけていくのか」と質したのに対し、橋下知事は「溝畑観光庁長官に間に入ってもらい、大阪府がきちんと責任を持てば、既に土地を貸せるようになった。21日には枝野行政刷新相と会い、実現に向けて協力を働きかける」と裏舞台まで明かした。

ところで、進出を予定しているパラマウントは、40万平方メートルの万博跡地に、パラマウント映画ブランドを冠する世界的なエンターテインメント・リゾート施設の開発を目指す計画。豪華な造園風景、美しい建築物、革新的「グリーンテクノロジー」を特徴とする、パラマウント映画の伝説的な貯蔵フィルムの感性をちりばめた複合施設を計画している。

一方、誘致役に名乗りを上げている民間会社(大阪市北区)の「燦キャピタルマネージメント」は、開発・建築資金の出資を募ることしているが、出資の確保には確信を持っており、「大阪地元と観光客の双方に、感動的で独創的なエンターテインメントを体験してもらう」ための計画作成も、ほぼ完了しているという。

要は、昨年7月ごろから話題になり初めたパラマウント進出の動きは、今回の府議会での知事の積極取り組みの意向が初めて表面化したことにより、関西財界などでは、大手商社や大手証券会社などが出資に応じる態勢を固めだすことが予想される。

今後、知事と国との交渉が順調に進めば、パラマウントテーマパーク進出の動きは今後急速に進みそうだ。しかも混迷する大阪の雇用情勢や大阪経済活性化とともに、大阪を訪れる観光客も増え、活気溢れる大阪を期待する府民の夢が実を結ぶことも予想される。

これに取り組む知事の意欲も強く、「知事構想」が実現に結びつくことに期待したいものだ。(了)2010.03.18

映画橋下知事と光澤議員の質疑応答動画(パラマウント関係)全体約40分





2010年03月14日

◆気付けてぇ!大流行の「副鼻腔炎」

毛馬一三

 <本稿は、全国版メルマガ「頂門の一針」3月15日刊(1849号)に
掲載されました>

喉にきつい痛みが出だし、熱が伴いだしたので近くの内科医院に診察に行った。昔から花粉症には罹ったことはないので、単なる風邪の一種だと思ったからだ。3月9日だった。

診察の結果、鼻腔にウイルスが感染し、鼻の炎症が喉へ移行し痛みが発生する「副鼻腔炎」だと、医師(阪大医学部卒)診断された。医師から取り敢えず4日分の「飲み薬」を出すので、4日後には「必ず再診」に来るよういわれた。

出された「飲み薬」は、
・抗生物質・クラリス錠 200mg(朝・夕 各1錠)
・鼻づまり防止等薬・アレロック錠 5mg(朝・夕 各1錠)
・胃薬・セルベックスカプセル50mg(朝・昼・夕 各1c)。

薬を飲み始め熱は下がり出したが、逆に喉の痛みはますますひどくなっていく。体のだるさも急激に加速する。「副鼻腔炎」に罹ったことはなく、初診の薬で快方に向かうだろうと気楽に思っていたが、迂闊だった。医師から「必ず再診」に来るよういわれた意味も分かった。

4日後医院に駆けつけた。診察の結果、まだ鼻腔・喉の炎症は治っていないといわれた。医師の話によると、春の季節病「副鼻腔炎」は「花粉症」とは別の病気で、今年は早くインフルエンザが終息したため、その直後から発症し全国的に大流行しているという。しかも4月まで流行するそうだ。

再診後に出された「飲み薬」は、
・抗生物質・クラリス錠 200mg(朝・夕 各1錠)
・鼻づまり防止等薬・アレグラ錠 60mg(朝・夕 各1錠)
・咳を鎮める薬・メジコン錠 15mg(朝・昼・夕 各2錠)
・痰や膿をうすめる薬・ムコダイン錠500mg(朝・昼・夕 各1錠)
・胃薬・セルベックスカプセル50mg(朝・夕 各1c)。

上記の薬を飲んだら、喉の痛みはやや減り出した。

大流行している「副鼻腔炎」の罹患者は大人だけだそうだが、喉に違和感、痛みが走ったら、大事になる前に、かかりつけの医院に行かれることをお勧めする。(了)          20010.03.14

■3月15日刊「頂門の一針」をご高覧下さい。
<目次>
・次に斬られるのは石井氏?:渡部亮次郎
・小沢幹事長が男を上げる方法:石岡荘十
・総員玉砕せよ!!聖ジョージ岬 哀歌:馬場伯明
・真の狙いは別にある?:宮崎正弘
・大流行の「副鼻腔炎」:毛馬一三
・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

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2010年02月15日

◆今年生まれも「八方塞の厄」だった

毛馬一三

人生、突然行く先を遮る切る壁にブツかると、「四面楚歌」だとか「八方塞がり」だとか、心の中で密かにつぶやいて仕舞うものだ。

ところが「八方塞がり」の語源が、何と「暦の厄」に関るものであることを初めて知った筆者は、2月5日の本誌(下記参照)に掲載した。
http://hyakka.seesaa.net/article/140289176.html

2月10日には、渡部亮次郎氏主宰の「頂門の一針」1813号に「八方塞の厄祓い」として掲載され、全国に発信された。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm

ところが掲載後に、予想外の反響があり驚かされた。郷里福岡や、関西・東京の同じ年生まれの学友や知人、読者からは勿論、昭和4年生まれの81歳の先輩からも連絡があった。

<平成22年は、暦の「八白土星」の年齢者が、暦の方位吉凶図で九星干支の残りの「八星干支」に周囲をしっかり囲まれ、外への道が完全に塞がれている構図になっているため、「八方塞がりの厄」というのですか。早速厄祓いに行ってくるよ>。概してそうした感想だった。

ところが、この話題はその後、実に身の引き締まる思いをする状況に直面した。実は先日(2月12日)、畏友仲村友彦氏と会食した時のことだった。仲村氏は、昭和22年生の63歳、筆者と同じ「八白土星」だ。話題は共通する「八方塞がり」に及んだ。

海運会社役員の仲村氏は、すでに本誌とファンの「頂門の一針」を既読して、驚きのあまりすぐさま早速神社に「厄祓い」に行ったそうだ。そのあと、「厄年」と思われる親会社の部下だった数人に、「頂門の一針」を閲覧するようメールしたという。そうすると、1人の該当者がいたが、他の数人は「厄年」ではなかったそうだ。

ところが、これに関連する話が進んでいく内に、緊張を呼び起こす事態が起きた。仲村氏が携帯電話の「画像」を開いて見せてくれたのがキッカケ。この12日の日に生まれたばかりの女の赤ちゃんの写真が映っている。なぜこの「写真」を見せるのか、訝しがって仲村氏の顔を見た。

仲村氏曰く「今日生まれたばかりの女の子の写真を送ってきてくれたのは、先に「厄年」かどうか確認した後輩の赤ちゃんなんです。後輩夫婦は共に厄年じゃなかったのですが、この赤ちゃんは「厄年」なんですよね」。

だから、機会を見つけてこの子のために「厄祓い」をしたら如何と、お祝いの言葉にこのことも付け加えて伝えました」と仲村氏は言う。

たしかに、今年生まれ、即ち平成22年生の0歳は皆、「八白土星」の「八方塞がりの厄年」である。

筆者はこれを書く時、「八方塞がりの厄年」の「語源」の新知識会得に新鮮味を感じて書き綴ったものだった。しかし書く途中で迂闊にも、今年生を受けた赤ちゃんまでもが「厄年」であることに深く思いを馳せていなかった。急激に身の引き締まる想いを感じ出した。

「厄年」に何度も経験した人なら、「八方塞がりの厄年」が新たに出現してしても、驚きはするだろうが、何とか受け流せるだろう。ところが今年生を受けた新生児が「厄年」となると、これはまるで意味が違う。知った親御さんは戸惑うに違いない。

その胸中の想いを告げると仲村氏は「八方塞がりの厄祓いを生まれ立ての時に済ませて、人生の活路を拓いてやることも大事なことです。その子のためになると思う親が、思い立って「厄祓い」をするならば、それはいいことじゃないですか」と言ってくれた。

今年既に生まれた、また生まれる子は沢山いる。携帯電話に映し出された生まれたばかりの赤ちゃんは可愛かった。次世代を背負う赤ちゃんたちが、健やかに育ち、未来の日本をしっかり支えてもらいたいと思う。仲村氏の助言で筆者の気持ちが些か軽くなった。

再掲するが、「暦」(神宮館蔵版)によると、「八方塞がりの厄」の「八白土星」の年齢は、
・平成22年生の0歳
・平成13年生の9歳
・平成4年生の18歳
・昭和58年生の27歳
・昭和49年生の36歳
・昭和40年生の45歳
・昭和31年生の54歳
・昭和22年生の63歳
・昭和13年生の72歳
・昭和4年生の81歳
・大正9年生の90歳
となっている。    (了)  2010.02.14

2010年02月08日

◆脂に載る橋下府政の3年目

毛馬一三

大阪府の橋下徹知事が2008年2月6日に就任して、丁度任期の折り返しを迎えた。橋下知事の府政運営は、逼迫状態の府財政緊急建て直しを軸に、府庁の財政健全化と国に地方分権を求める内外二面改革を進めてきた。

知事の際立った特徴は、独自発想の施策構想を真っ先にメディアに公表し、その反応を伺いながら運営の実現を図るという手法で、この積極的なやり方が府民から「大阪府のため、何かをやってくれる知事」という印象をうけている。

つまり、「役所機構主導型」の歴代府知事とは異なり、「知事主導型」に180度切り替えて、役所機構を自らの方針に牽引しながら、施策実現に向けて推進させるというやり方が効を奏して入る。内部統制も職員ごとに管理する厳しい手法が取られている。

とは言うものの、一度打ち上げた構想が宙に浮いたり反対機運が高まり出すと、間髪を入れず撤回、あるいは次善の策をとるなどの変わり身の速さを見せる。その切り替えは、まさに知事固有の感性と政治感覚に基づくものと見ても的外れではない。

事実、朝日新聞が1月末に行った「世論調査」によると、橋下知事の支持率は79%と非常に高く、全国では09年の東国原英夫宮崎県知事の92%に次ぐ高さだ。しかも支持の理由として、やはり指摘した「改革の姿勢や手法」を挙げていることが注目される。

中でも橋下知事が渾身の力を振り絞って立ち向かったのは、府庁舎を大阪港近くのWTC(大阪ワールドトレードセンタービル)に移転し「新都心」の構築を図る構想だった。だが、府議会の全面反対を受けて、一時は挫折を余儀なくされる事態に陥った。

そこで打ち出した奇策が、府議会を含め本庁部局は移転しないものの、別館などの8部局を移転させる譲歩議案を再提出し、これに賛成の議決を受け、構想実現へ向けて夢をつなぐ一歩を踏み出したのだ。

また、関西空港の活性化を図るため、近畿3空港のうち伊丹空港を廃止するという案を打ち出し兵庫県からは猛反発を浴びたが、矛先を変えて折衝した国土交通省から「前向きに検討する」という回答を引き出し、関西経済界等から評価を受けた。

さらには、「市立高の実質無料化制度の拡大」を図る意向をブチ上げたことで、直ちに2010年度の私立高入試の競争率が過去最高の3.44倍に跳ね上がる効果を生み出すなど、とりわけ受験生を持つ府民からの支持を受ける結果に繋がっている(2月6日・朝日新聞)。

特に注目されるのは府経済活性化。万博記念公園に民間投資を呼び込む環境を整え、内外から年間1000万人が訪れる、にぎわいと魅力溢れる一大アミューズメント(約130ha)等の近々設立構想も視野に入れて動き出していることだ。知事の意欲は止まる所が無い。

とは言え、総てが知事の手のひらの中で動いているわけでもない。知事は、「府が歳入を確保して自立的な運営をするには、国と地方の関係を変えて、地方に課税自主権を完全に与える形にしないと無理」として、「道州制」を就任当初から主張し続けている。

ところが、橋下知事が最近「大阪府と大阪市の合併」を大阪市に提案したのに対し、大阪市は直ちに、大阪市には何のメリットもなく、市民生活を阻害する要点が多くて提案自体に理解ができないと反発し、同意する気配を全く示していない。

考えようによっては、悲願の「道州制」構想が足元から崩れた格好だ。

これは一例に過ぎないが、これに挫ける知事ではないようだ。これに関してもおそらく府市共通の行政部門を統合させる方向で再提案を試み、「道州制」確立の機運が醸成されるような手を打つに違いない。

任期前半の橋下知事は、話題が豊富で、曲折に立ち向かう日々の連続だったが、府政運営のリズムはしっかりと掴んでいる。それだけにこれからの3年目の任期後半は、益々脂に載り、勢いを受けた様々な挑戦に取り組むに違いない(了)  2010.02.06


 





2010年02月05日

◆「八方塞」(はっぽうふさがり)って?

毛馬一三

「お兄さんは今年「八方塞」の厄年だから、厄払いをした方がいいですよ」と、福岡の宮地嶽神社に初詣した家内の妹から連絡があったのは、つい最近だった。

行き詰まった事態に直面することを「八方塞がり」という慣用語は知っている。広辞苑によると、「八方塞がり」とは、「どの方面にも障害があって手の打ちようがないこと」とされており、その通りの意味に理解している。

ところが「八方塞の厄年」があるとは、まさに初耳だった。「42歳の大厄のお払い」を済ませた筆者には、もう「厄」なんて巡り来ないものと信じ込んでいた。「験(げん)」担ぎの性格だけに、新たな「厄年」の出現が気になった。

しかも、いろんな活動をしている最中だけに「八方塞の厄」は、何としてでも免れなければならない。近くの厄除けの宮「淀川神社」に、そのような「厄年」があるのかどうか確認してみた。すると昭和13年生まれ・八白土星である筆者は、紛れも無く「八方塞の厄年」だとのことだった。

とにかく「厄」だけは避けたい。お払いを受けて「八方塞という厄」からは解放されたいと願って、2月4日「厄除けの祈祷」に行って来た。

小春日和の神社の境内を通って、社務所で手続きを済ませたあと、本殿で神主から「お払いの祈祷」をして貰った。静かな本殿での神主の祝詞と拝礼が終わると、筆者が立席し拝殿に向かって拝礼を行なった。荘厳な雰囲気もあって、気持ちが落ち着くのが自分でも分かった。

祈祷のあと社務所に寄って「八方塞の厄年」の謂れを聞かせてもらった。差し出された「暦の平成22年・方位吉凶図」を見ると、「八白土星」が九星干支の残りの「八星干支」にしっかり囲まれており、外への道が完全に塞がれている。

つまり「八白土星の人」は、「八つの全方位」から封鎖されて、どこにも逃げようがない「厄」の構図になっている。どうやら「八方塞」とは、これが語源に違いない。

さらに「暦」を熟読すると、「八方塞の厄」となる「八白土星」の年齢は、
・平成22年生の0歳
・平成13年生の9歳
・平成4年生の18歳
・昭和58年生の27歳
・昭和49年生の36歳
・昭和40年生の45歳
・昭和31年生の54歳
・昭和22年生の63歳
・昭和13年生の72歳
・昭和4年生の81歳
・大正9年生の90歳
・明治44年生の99歳となっている。(「暦」東京 神宮館蔵版)

「八方塞」という何気なく使っている言葉が、「暦の方位吉凶」と結びついたものであること学んで喜ばしかったが、それよりも「厄除け祈祷」を終え心が軽くなったのが快適だ。しかも語源とは、何かと意義深い。(了)2010.02.04

2010年01月12日

◆「おきゅうと」って知ってる?

毛馬一三

福岡の友人が案内した博多料理屋の宴席で、「おきゅうと」が出た。

エゴノリという海藻から作った食品で、生姜、ゴマ、かつおぶしなどを振りかけ、それにポン酢を注いで食する。涼感を誘うツルッとした味わいと、磯の香りの食感が口内いっぱい広がった。

久し振りの味は、淡泊ながら旨みと滋味に溢れた、福岡特産の食感を十分に嗜め、郷愁を身近に感じた。

ところが、この「おきゅうと」を知る人は意外に少ない。筆者自身も、同じ福岡出身でありながら、福岡から僅か離れた筑後・久留米で育ったので、「おきゅうと」の名前は幼少の頃から耳にしたことはなく、食膳に上った記憶も無い。

筆者が、料理の一品として魅せられたのは、社会人になってからだ。以来、「おきゅうと」の愛好者になった。下戸なので、お酒のつまみではなく、専ら深みのある味を、ゆっくり箸を付けながら食する楽しみ方だ。

エゴノリが生育する日本海側の秋田、山形、新潟、長野の各県では「えご」、宮崎県では「キリンサイ」などと呼ばれて食用にされているらしいが、「おきゅうと」とは言わない。食べ方も福岡とは全く異なる。

さて、肝腎の「おきゅうと」の名前の由来だが、
1.「沖の独活(ウド)」説。エゴノリはウドの木の様に早く育つので、沖のウドが転訛した。
2.沖からやってきた漁師が作り方を伝授したから「沖人」(おきうど)説。
3.飢饉の際に簡単で大量に作られ多くの人を救ったから「救人」。
などの諸説あるらしい。

「おきゅうと」の食べ方だが、
・真空パックの中に5枚入っている添加物不使用
・厚さ約3mmの「おきうと」を、水洗いして、幅2〜3mmくらいに切る。
・それを器に盛りつけ、生姜、ゴマ、かつおぶしなどをふりかけ、醤油またはポン酢で食べる。また、酢味噌などでもおいしい。

いとも簡単に食することができる。しかもふりか材の工夫では、味付けが自分の好みに合わせられるだけに,楽しみも倍増だ。

他府県の人が初めて食べた時は、独特な味覚と触覚に戸惑う人もいるらしい。しかし2度目からは、仄かな磯の香り・海苔の風味、涼感を誘う喉ごし、溢れる旨みと滋味に魅せられて、愛好者は増えていると聞く。

「おきゅうと」は「めんたいこ」と共に、数百年の昔から朝食の一品を占め続けて来た福岡・博多の食文化であり、福岡・博多の人々はその重みを了知している。

残念なことに大阪では、「飲み屋」か「博多料理店」に行かないと「おきゅうと」にはお目にかかれない。近郊スーパーの店頭にその姿が消えて長い。情けない話だ。

来週から郷里福岡に帰省する福岡高校同窓会の先輩が、地元でしか味合えない特製「おきゅうと」の店に立ち寄り、新年の幕開けを実感してくると述懐していた。こればかりは、羨ましい限りだ。(了)  
参考:ウィキペディア            2010.01.11

◆本稿は、「頂門の一針」(1月13日刊 1785号)に掲載されました。
<1785号・目次>
・江東区に急増する中・韓国人:渡部亮次郎
・外国人参政権問題は日本解体総仕上げ:クライン孝子
・従軍記者の死亡は18人:宮崎正弘
・成人の日と国民の義務:西村眞悟
・「おきゅうと」って?:毛馬一三

・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

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2010年01月05日

◆学問の神様は「政治左遷」

毛馬一三

<本稿は、全国版メルマガ「頂門の一針」(1月6日号)に掲載されました。下記からお手続きして「同誌」をご覧下さい。>

■郷里九州福岡の友人から遅れ馳せながらの「年賀状」が届いた。添え書きに、「大宰府天満宮に初詣。道真公は、学問の神様というより政治家」と記されている。謎めいた書き様だった。

筆者も、今年の初詣は、高校受験と小学校1年生進学の孫の無事達成を祈って、大阪市北区の菅原道真を祀る「綱敷天神社」を詣でた。大宰府に流される時、淀川のこの地の「梅」に目を留め立ち寄ったことを縁起とする学問の神様の神社だ。

友人の「書き添え」が気になった。菅原道真が右大臣という宮廷要職から大宰府に「左遷」されたことは承知していた。が、「左遷の背景」など全く脳裏に浮かんだことはなく、むしろ「学問の神様」として幼少の頃から崇め参拝し続けてきただけである。

ところが友人がわざわざ「学問の神様というより政治家」と、この歳になり改めて添え書きしたのは、道真が「大宰府まで流されてきたのは政治絡み」であったことを伝えたかったのではないかと考えた。

となると、道真の大宰府への「左遷」とは、秀でた「学識」に対する貴族や官僚達の妬みや、やっかみからではなく、右大臣道真である「政治家」としての暗闘の絡みがあったことを指していることになる。

調べて行くうち、添え書きが納得出来るような気がしてきた。それはこうだ。

道真は、父から天才教育を受けて育ち、862年(貞観4年)弱冠18歳で文章生に合格、さらに870年(貞観12年)26歳で国家試験に合格。祖父や父と同じく式部少輔、文章博士もつとめ、いわゆる宮廷筆頭学者として名声を博した。

こうした博学な道真に目を付けた宇多天皇が、道真を右大臣まで重用し、藤原氏を後ろ盾にしながら、有力皇親、賜姓源氏を抑え込む政略遂行に利用した。しかも宇多天皇が譲位の時、新帝への上奏と勅命旨達は、必ず道真を経るようにまでの権力を与えた。お陰で道真は、遣唐使廃止も強行している。


これらが裏目に出て、宇多天皇(その後上皇・法皇)と、譲位された醍醐天皇との政争に巻き込まれることになった。しかもこの抗争が、宇多天皇が擁護する右大臣道真と、醍醐天皇の懐刀の左大臣藤原時平と政敵になるまでに発展、宮廷内の政争は激化した。

醍醐天皇になって実権を握った藤原時平は、味方の有力皇親、賜姓源氏に加えて、藤原氏一派までも纏めて「反右大臣道真」組織を作り上げ、道真を急速に破局に追い込んで行った。

しかも道真の娘を斎世親王(醍醐天皇の弟)に嫁がせたことが、醍醐天皇を廃することを企図していることだとの噂を宮廷内に流し、道真を完全孤立化させた。

その後、昌泰4年(911)1月25日、突然道真に「太宰権帥(だざいのごんのそち)」への左遷の「宣命」が出されたのである。

伝えられる「宣命」によると、道真は、「寒門より取り立てられ大臣になったのに知足の分を知らず、専権の心を以って前上皇を欺き、廃立を行って父子(宇多先帝と醍醐天皇)の慈を離間し、兄弟(醍醐天皇と皇弟斎世)の愛を破ろうとする」となっている。

道真の左遷の報せを聞いた宇多上皇が、内裏に駆けつけ醍醐天皇との面会を申し出たが、結局叶わなかった。頼みの綱だった上皇の擁護も受けることができず、左遷は実行に移された。肝腎の道真には、一言の釈明、弁解も許されなかったという。

政敵藤原時平の完全勝利に終わったわけで、「政治左遷」が見事に成功したことになる。政争に敗れた道真は、筑紫下向に当たり、自邸の梅に向かって「東風吹かば匂いおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」と屹然と詠んだと伝えられる。

友人は、今年の初詣でこれを知り得たことから、恐らく筆者も同類であろうと考え、添え書きを寄越したに違いない。それも謎めいた書き方で。

添え書きを貰って、新たな菅原道真像が浮かび上がってきた。純粋博学な「学問の神様」と信じ込んでいた道真も、関った激しい「政争」に敗れ、九州築紫の大宰府に「左遷」させられた政治家だったのだ。(了)
参考―平凡社発行 「菅原道真」      2010.01.04

◆ 本稿が掲載された「頂門の一針」(1月6日刊・1778号)の
目次は下記の通り
<目次・1778号>
・越前大野藩の樺太開拓:平井修一
・特派員が見たシンガポール:古澤 襄
・イエーメン、戦争前夜の状態:宮崎正弘
・学問の神様は「左遷」:毛馬一三
・だまこもち食べる?:渡部亮次郎

・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記
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  http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm


2010年01月01日

◆11年目への挑戦

毛馬一三

明けましてお目出度う御座います。

日刊メールマガジン「ネットメディアおおさか」をご拝読頂き、心から感謝して居ります。どうか本年もご愛読を賜りますようお願い致します。

さて「ネットメディアおおさか」は、もともと大阪を中心に自治体に関る行政論評やふるさとだより、まちづくりなどを発信する目的で、99年に立ち上げたもので、新年から11年目を迎えます。

本誌主題の「百家争鳴」は、全国版メルマガ「頂門の一針」主宰の渡部亮次郎氏による秀逸な政局評論や同誌常連筆者・畏友石岡荘十氏の卓越した医学論評の寄稿を得て、既存メディアとは異なる視点と筆力による、新しいメルマガとして大きな評価を集めて来ました。

また、川原俊明氏(弁護士)、渡部好造氏(財界OB)、岩本宏紀氏(在仏)、眞鍋峰松氏(行政職OB)、仲村友彦氏(海運会社勤務)、久保成行氏(雑誌主宰)、藤本敬八郎氏(彫刻家)、石田岳彦氏(弁護士)、医師ら医療関係者など多彩な20余名の執筆者の参加も頂き、新メディアとしての分野を拓いて参りました。

しかも、当「ネットメディアおおさか」は、上記「百家争鳴」の卓見発信のほかに、様々な地域支援活動にも参加、尽力してきました。

想えばこの他、大阪市が目指した「08年の大阪五輪誘致」運動にインターネットによる新企画で全面支援をしたり、国松孝次氏(元警察庁長官)主宰の「救急ヘリ病院ネットワーク」が進める「ドクターヘリの大阪府導入」を支援して、ドクターヘリが大阪府民の救急救命に当たるよう努力し、成果を上げました。

さて11年目の今年からのことです。当然、当「ネットメディアおおさか」が、論評・卓見を披瀝する「百家争鳴」の発信に傾注することには変りはありません。

しかし10年を越えて11年目となった今年は、大きな「転換期」だと位置づけ、新たな挑戦に立ち向かいたいと考えております。


即ち今年からは「百家争鳴」と併行して、地域住民との関わりを繋げる「ふるさと活性化」支援活動を、NPO「近畿フォーラム21」と連携強化していきたい考えております。

「ふるさと活性化」支援活動とは、一例を上げれば、経済沈下から脱皮したい自治体と連携し、農産物の育成と販売までの効率的システム化の支援、また有効地を活用した介護施設建設の計画とその運営コンサル事業などを進めます。

また文化支援事業として、「ネットアカデミー」(仮称)を立ち上げ、次世代のために自己の「経験と知識」を綴る「いわゆる自分史」作成支援を行います。特に「昭和と戦争」、「大阪経済の衰退の原因」、「零細企業の奇想と人材発掘」などを綴るもので、「講習会」も開き、優秀作品の全集を発刊する予定です。

このように、「ネットメディアおおさか」のIT情報システムを活用しながら、自治体の「ふるさと活性化」事業を特定地域と結びつけて、住み良い「ふるさと」作りの貢献に臨む方針です。

当メルマガから積極的に「ふるさと活性化」案を発信し、自治体と地域との橋渡しになり得れば、これにこしたことはないものと考えております。

どうか従来通り「百家争鳴」卓見のご拝読とともに、是非この新しい挑戦に皆様のご協力が得られますよう祈念いたし、新年のご挨拶とさせて頂きます。(了)
                    2010.01.01


2009年12月30日

◆大阪「お笑い殿堂」、そのまま

毛馬一三

<本稿は、全国メルマガ「頂門の一針」12月30日号に掲載されました。同誌掲載の満載卓見をご覧になりたい方は、下記から。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm

■移転先を巡り迷走状態だった「大阪お笑い殿堂・ワッハ上方」(大阪府立上方演芸資料館)が、結局、現在の場所で存続することで、やっと落ち着いた。

一時は大阪の観光名所・通天閣移転へ傾きかけたが、橋下徹大阪府知事の決断で28日、“振り出し”に戻った。マスコミは「二転三転の上の大逆転」で決着と、意外性を報じている。

しかし、実はここに至るまでには、いわゆる橋下流のしたたかな情況判断と駆け引きが込められた秘策がある。

もともと、当選直後の橋下知事は、際立った政治姿勢をいち早く披瀝する目的で、年間賃料が約4億円要する「お笑い殿堂・ワッハ上方」の運営費を早速槍玉に上げ、直ちにこれより安価な場所への「移転」を俎上に掲げた。

つまり知事としては、大阪伝統文化保存育成の手抜きだと評価されても、安価な「移転先」を優先させる方が、府民には財政再建を貫く知事の積極姿勢が、分かりやすく、しかも効果的だとの筋書きを立てたのだ。

「ワッハ上方」は、浪速の漫才師「捨丸師匠の鼓」の保存をきっかけに、昭和63年から西川きよし氏と大阪府庁生活文化部(当時)が共同して企画、吉本興業に協力を求めて、平成8年11月14日にオープンしたものだ。

ここには、設立当初「浪速有名芸人の遺品、ビデオ、レコード、音声テープ」などの資料が、遺族や愛好家から4万点余が寄贈され、今では7万点に達すると言われている。「府庁が責任を以って保存してくれるなら、喜んで預けたい」と盛り上がった。

だが、「ワッハ上方」も創設以来13年間して除々に来館者も減り出したこともあって、たしかに知事案に理解を寄せる世論が醸し出され出した。

このため知事は移転先の選択肢の一つとして、今より年間経費を約3億円節約出来る「通天閣」への移転をしようと、自ら現地視察し交渉を煮詰め出した。交渉は前進し出した。

ところがそこに至って、難問が立ちはだかった。

i)大阪府と吉本興業との「ワッハ上方」の最重要規定である契約期間がまだ3年残っており、大阪府がこれを強行するなら吉本側は訴訟も辞さない構えを見せ出した。
i)寄贈に協力した著名芸人の中から、「通天閣」へ移転するなら、寄贈品の返還を求める動きが出始めた。

i)「通天閣」への移転後は、「資料展示」のみに縮小するとした府案に対し、「保存管理」に新たに費用をかけて「通天閣」に維持装置を新設すべきだとの意見が出だした。
I)かつ、現地運営に当たる在阪放送局によるNPO法人が、「移転」そのものに反対行動を強めだしたーなどなど。

橋下知事の真骨頂はここからだ。こうした露呈してきた難問に苦渋している意向を全く見せず、吉本興業に対して「通天閣移転」実施意向を伝える場を拵え、吉本側に譲歩の考えがないかどうか最終的な確認をやってみたのだ。一種の賭けでもあった。

ここぞとばかり吉本側も踏み込んだ。現在の4フロアのうち落語や漫才を公演する「ワッハホール」のある5階は吉本が運営。残る3フロアの家賃は年1億円として、吉本が委託料0円で管理を請け負うなどと提案したのだ。しかも隣接する「なんばグランド花月」などと連携し、集客増を図るという。

知事の「読み」は見事に成功した。「通天閣」と同額で運営が可能になり、「ライブラリーの維持は従来通り完璧に行われる見通しがたった。否応もなかった。知事は「通天閣観光」の社長を訪ね、陳謝を兼ね移転取りやめを報告している。

こうして「ワッハ上方」は、現在の場所で存続することで、やっと決着したのである。

筆者は、「ワッハ上方を作った男たち」という題名で、「ワッハ上方」創設のドキュメント小説を2005年5月に(有)西日本出版社から発刊している。苦闘話ばかりだ。(http://www.jimotonohon.com

ここに登場する大阪府庁、吉本興業、民間放送局の諸氏(ほとんどがOB)、それに西川きよし氏らは、きっと今頃、極限を超えて譲歩した吉本興業と、秘策を弄しながらも浪速の文化殿堂を護った橋下知事に感謝しながら、将来にわたり「ワッハ上方」が永続することをひたすら願っているに違いない。筆者もそう願っている。(了)
                                           2009.12.29

2009年12月28日

◆年の瀬に賑わう漁協「青空市場」

毛馬一三

<本稿は、12月29日刊・全国版「頂門の一針」に掲載されました>

年の瀬も迫った27日(日)の朝、車で急遽大阪府泉佐野漁協の「青空市場」に駆けつけた。50メートルほどの市場内には27店舗余が軒を並べる、こじんまりとしたもの店舗群だが、大阪では知る人ぞ知る人気の「魚市場」だ。

何といっても、水揚げされた直後の豊富な魚介類が、その日の内に買い求められるというのが最高の魅力。しかも、店の女将さんに「なんぼになるの?」と掛け合って「値切り値段」で買うのも、楽しみを倍化させる。

普段なら左右の店舗を交互に目を配りながらゆったり歩けるこの「市場」も、この日ばかりは、暮とお正月用の買い物客でごった返し、店舗1軒毎に順番待ちをするか、客の肩越しに品定めをするという異常な混みようだった。

あじ、穴子、赤えい、車海老、おこぜ、いか、こち、がっ長、さば、しゃこ、かに、太刀魚など超新鮮な魚貝のほか、数の子や烏賊の塩辛、干物などが店先に山積みされている。男女の店員が「売り込み」の声を張り上げて客の気持ちを惹こうとするので、客の足は停まってしまう。

各店舗では、鯛、いか、赤えい、かにに人気が集中していた。面白いことに、こうした単一の魚類だけでなく、「赤えいの鍋物セット」が売れていることが目に留まった。3000円前後の値段で、家庭で4人〜5人程度で十分楽しめる盛り付け量と見栄えのよさが、人気の的になっていたのだろう。

我が家では、お歳暮と正月用に供する買い物は予め決めていたので、一応各店舗を見て回ったものの、やはり店主との「なんぼ迄まけてくれるか」の駆け引きが焦点となった。「まけさせる」ことには中々不慣れな我が家だが、ここだけは通用する慣習だけに思い切って相談した。やはりやすさは、背に腹をかえられない。

結局、顔なじみの店の女将さんに頼んで、鯛、いか、ぶり、マグロ、太刀魚を安く買い求めることが出来た。これほど新鮮且つ大きさの同種の商品を、居住している近くのスーパーで買ったら、恐らく倍くらいの値段を取られていたのではないだろうか。

買い物を済ませると、ここに来た時必ず立ち寄る「お食事処」で、久しぶりに新鮮な味が嗜める「「あなご丼」、家内は「いくら丼」を食べて、魚の旨さに接した。やはり「魚市場」内にある食事処だけに、大阪市内で食する食べ物とはまるきり違う。ここに来た甲斐があった。


小生宅と泉佐野「魚市場」とは、高速道路を使い往復100キロ余もの道のりを行き来しなければならないが、やはり年越時期になるとわざわざここまで買い物にくる客で混雑する。

31日までは「市場」が開いているそうだから、それまでは暮と正月の楽しみを求めてここを訪れる買い物客で混雑するだろう。(了)                    2009.12.27

<交通アクセス>
 ・南海 泉佐野駅から徒歩約20分
 ・阪神高速湾岸線 大阪方面からの場合「泉佐野北」出口から
         臨海道路直進。「佐野漁港前」交差点を右折

<本稿は、全国版メルマガ「頂門の一針」(12月29日・1770号)に
掲載されました。他の著名寄稿者の原稿もご拝読を!>
◆<1770号・目次>
・新幹線を創ったサムライたち:伊勢雅臣
・温首相「元切り上げ圧力には屈しない」:宮崎正弘
・小沢人民共和国を潰せ:平井修一
・「小澤氏は曹操気取り」…香港報道:古澤 襄
・年の瀬に賑わう漁協「青空市場」:毛馬一三
・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

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2009年12月07日

◆アフガン・中村哲医師の死闘

毛馬一三

<本稿は、全国版メルマガ「頂門の一針」(12月8日刊・1748号)に掲載されました>

パキスタン北西辺境州およびアフガニスタン北東部で医療活動に取りくんでいる、医師・中村哲氏のことは耳にしたことはあるが、何と同氏が筆者と同じ福岡高校の後輩(17回卒)とは、不覚にも知らなかった。

つい先日の同校同窓会合幹事会の席上、DVD化された「アフガンに命の水を」を同窓会ホームページに転載出来ないかと相談を持ちかけられた時、初めてその事実に接した。驚きと敬服の想いが脳裏を駆け巡った。

中村氏は、福岡高から九州大学医学部を卒業、国内の神経内科の診療所勤務を経て、1984年にパキスタンのペシャワールに赴任。以後アフガン難民の診療に携わり、ペシャワール会現地代表・PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長を務めている。

中村氏は当初、主にハンセン病の治療に当たっていた。ところが2000年の大干ばつに遭遇し、これが同氏の運命の岐路となったという。

この大干ばつ状況下での医療では、人々を救えないため、命をつなぐ飲料水確保のためには「井戸掘り」しかないと決意、日本に帰国して義援金を集めに奔走。

集まった2億円の義援金をもとに、アフガンの600箇所に井戸を完成させた。だがこれだけでは難民の生活を支えることは出来ない、そう考えた中村氏は、2003年から農業の復活に要する全長24キロにも及ぶ、とてつもない長い用水路の建設に挑んだ。完成すれば3000ヘクタールの緑が蘇るからだった。

ところがその最中、不運にも米軍とタリバンとの戦争に巻き込まれ、一刻も無駄に出来ない用水路建設は、被弾をさけながら工事敢行を進めざるを得ない、まさに命懸けの闘いを余儀なくさせられた。今は順調に進み完成の目途が付き出しているという。

このDVD「アフガンに命の水を」は、菅原文太の朗読による3部構成(56分)になっている。言葉や文字ですら表現できない“死闘”の様子が、中村氏の述懐を交え、克明に映し出されている。

己の生き方にしか執着固執しない現行社会の中で、自らを省みず「国際貢献に邁進している」同窓生中村氏の死闘の姿を見たとき、感動以外にはなかった。ぜひこのDVD「アフガンに命の水を」をご高覧願いたい。

◆企画 ペシャワール会 制作 日本電波ニュース社
語り 菅原文太
問い合わせ・申し込みは(株)日本電波ニュース社
〒106-0047 東京都港区南麻布1‐5‐10小池ビル3F
TEL 03‐5765‐6810 
定価 2500円(税抜き・送料別)


afgan.gif

■本稿が掲載された12月8日刊「頂門の一針」1748号の
<目次>は下記の通りです。

◆<目次>
・亡国の連立内閣:前田正晶
・中村哲医師の用水路建設:毛馬一三
・「鳩山さんは誰にもいい印象を」:古森義久
・中国人、10万人が日本に帰化:渡部亮次郎
・馬英九の統一路線に「NO」:宮崎正弘

・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

◆上記<目次>の著名人による「卓見」をご覧になりたい方は、
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