2007年11月30日

◆太田大阪府知事が出馬断念?

                    毛馬 一三

大阪知事選は、知事にまつわる「カネと業者癒着」のスキャンダル批判が収まらないのを受けて、突如知事与党3党が推薦を拒むことになり、結局3選を目指す現職知事が出馬断念も予測される異常な事態となってきた。

08年1月10日に告示される大阪知事選挙は、3選を目指す太田房江知事(56)が12月7日に出馬宣言を行い、与党の自民公明民主3党に「推薦」を正式要請する段取りを組んでいた。

しかし、一番先に推薦に回ると内外から見られていた民主党が、相次ぐ「カネと政治」のスキャンダル批判を受けている太田知事に、選挙では府民の支持は得られないとして、一転して「推薦」を取り止め、独自候補者擁立に踏み切る意向を29日の会見で明らかにした。傘下の支援組織連合大阪とも共同歩調を取るという。

これに対して最大会派の与党自民と与党公明では、「カネ」に絡む太田知事のスキャンダルが相次ぐ中で、もともと太田知事に対する府民の不信感を拭うことは出来ないとして、3選出馬の推薦には応じられないとの意向を固めていた。

このように太田知事の推薦を拒んだ民主党の動きが、29日に急遽先行したことから、結果として与党3党が「太田知事離れ」で一致することが、事実上確定したことになった。

となると、今後この「太田離れ」の3党が再び「相乗り」する形で、新人候補を共同で担ぐかどうか、ということが焦点となる。

この点では、民主は「自公に相乗りは出来ないが、民主に自公が相乗りすることまでは阻まない」と、与野党対決を回避する道も開く姿勢をのぞかせている。

そこで焦点は自公の動きとなるわけだが、この知事選で自公の退潮と受け取られかねない「市長選の二の舞にはしたくない」との意見が大勢を占めている。つまり自公で独自候補を擁立し民主党と対決する形は避け、その上で民主の候補者に相乗りしてでも知事選に「勝利」を手に入れることが、先決という理屈だ。

しかもこの判断は、現3与党が分裂して票を分散すれば、府下に強力な支持基盤を有する共産党票に凌駕され、共産府政の再現に手を貸すことになりかねないという危機感から出ている。と同時にスキャンダルの太田知事を2期8年支持してきた3与党から離れていく組織票と、特に「カネにまつわるスキャンダル」を嫌う無党派層が大挙して、共産党へ流れていけば収拾が付かなくなるという訳だ。

こうした情勢を踏まえ「太田氏離れ」をした自公陣営としては、中央の与野党対決の代理戦争は避け、3党相乗りをすることで、強力な共産票の封じ込めと無党派層からの集票に一致団結して臨みたいのが本音だ。

29日の午後からは水面下で、自公両党が民主の推薦する新人候補に相乗りする意向を内々伝え折衝を進めている。告示日が切迫する中で、仮に民主党に候補者探しが暗礁に乗り上げた場合は、自民がこれまで打診してきた候補者を、民主候補者として擁立してもらう事もやぶさかでないとの意向も伝えているようだ。

こうした情勢下で、知事が中小企業経営者らで作る任意団体の飲食をともなう講演会で883万円もの高額講師謝礼を受け取り、その団体に所属する21の企業に大阪府が随意契約で36億円もの工事を発注したという「カネと癒着」疑惑についていくら釈明と謝罪をしても、疑惑と批判はそう簡単に沈静化する気配を見せていない。

知事支援周辺では、再度3与党を巡回して「推薦拒否」の撤回をひたすら求めたい方針だが、正直対応策に苦慮している。知事の最大支援母体だった関西財界内に、支援に難色を示す動きが出始めていることにも頭を痛めている。

こうしたことから知事周辺では、3選出馬断念も否定できないとの意見も出始めており、太田知事は苦境に立たされて来たと周辺関係者は漏らす。大阪知事選は、再び大きな局面を迎えた。(了)
                      07.11.29



◆上記記事は「わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1013号・平成19(2007)年11月30日(金)」に掲載されました。

<目次>

  ・孤立する参院民主党:古澤 襄

  ・無謀な山岡国対委員長:渡部亮次郎

  ・太田大阪府知事が出馬断念?:毛馬一三

  ・ヒラリーは苦戦に陥る:宮崎正弘

  ・ 南京陥落 70年 国民の集い

               話 の 福 袋
               反     響
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2007年11月28日

◆混迷深まる大阪府知事選

                  毛馬 一三

08年1月10日に告示、同27日に投開票される大阪府知事選挙が、ここへ来て俄に混乱の度を噴出してきた。終わったばかりの大阪市長選挙につづき、再び激震に見舞われる見通しとなってきた。

3選を目指す大阪府の太田房江知事(56)は、この29日に「立候補表明」をする腹積りだったが、突如期するところがあったのか同表明を何と12月7日まで延期する意向を固めた。1日でも早く体勢を整えたい筈の知事が、こうした異様と思える意向を示したことで、その動揺振りを露呈する印象を世間に与えた。

少なくとも、前回の選挙の時の出馬表明が、告示に先立つこと4ヶ月前だったことを考えると、今回告示までほぼ1ヶ月前に迫った時点にまで出馬表明を延期せざるを得ないという事態は、極めて異常そのものだ。

この知事の出馬表明延期には、大きく分けて2つの理由がありそうだ。1つは、現在知事与党の自民・公明・民主3党の相乗り体勢が、果たしてそのまま継続し共同推薦を受けられるか。2つ目は、知事に集中している「政治とカネ」に対する批判が早期に鎮静化の方向に向かうか、その対策を講じるためだ。

順序を逆にして、2つ目の理由から先に触れたい。発端は、太田知事が883万円の高額講演謝礼を受け取った中小企業経営者らの任意団体所属21企業に対し、大阪府が338件総額約36億円の業務契約をしていたことが明るみに出たことからだった。

このうち契約金額が5億円を越えた2件は、太田知事が決済していたという(読売新聞11.21朝刊)。これは、正に講演会を通じての知事と業者の癒着疑惑だとして府議会各会派は一斉に反発、「知事の政治とカネ」との関りを追及する姿勢を強めだした。これ以前にも太田知事が東京の政治団体の事務所を親族の住むマンションに置き、月額5万円の賃料を払っていた問題も発覚しており、カネにまつわる疑惑はこれとも重なって広がった。

これが最大会派の自民党と公明党会派の間で、太田知事を3選に向けて「推薦できるかどうか」の決定的な疑念の火種になった。2つ目の理由である。

そこで1つ目の理由だが、上記問題が表面化する前の段階で、大阪市長選挙に勝利した民主会派は、その勢いを駆って一気に知事選まで制しようと、自公に先んじて太田知事の推薦を決める方針を一旦固めた。そして「自公の候補には乗れないが、民主の候補を自公が推薦することまでダメだとは言えない」と結果的に相乗りになることを容認する余裕の姿勢も示していた。

しかし、その直後に「知事のカネと政治」まつわる問題が発生。これを機に府民の反発の中で民主が突出して太田知事を担ぎ、知事選を先導することに自重を求める慎重論が会派内に出始め、いま静観を余儀なくされている。

一方、中央政治の代理戦となった大阪市長選挙で、民主に大敗した自公会派は、知事選で民主との相乗りは在り得ないとして、自民会派では独自の候補者探しを進める動きが出始め、テレビにも出て知名度のある私立大学の女性教授と比例区の女性代議士の2人に絞って、密かに出馬の打診を進めている。

しかも市長選挙の際、自公の推薦する現職市長の応援を保留していた太田知事が、当選した民主候補者に「当確」速報の直後に共にバンザイしたことが、自公両党から厳しく批判され、自公の太田離れに拍車を掛けた。そこへきて今回の「政治とカネ」の問題、太田知事への反発は頂点に達した恰好だ。

太田知事が出馬表明を延期したのは、こうした2要因が重なり合い、しかも非難轟々の与党の動きを看過できなくなったためで、止む無く延期の措置を取り、「表明」までの10日の間に3与党相乗り体勢を何としてでも固めたいとの意図のようだと、知事周辺関係者は苦衷を覗かせる。

このように大阪知事選挙は、「自公民の3与党」の相乗り体勢が崩れ、大阪市長選挙と同じ与野党対決の構図が再現する可能性は、激震の余波を考えると否定は出来ない。ただしその場合は、太田知事を民主が推薦し、自公が新人候補を擁立するというパターンの時である。

ところが、大阪知事選では共産党勢力が強く、かって共産党知事が誕生したことがある。だから3与党の間では3与党の枠組みが崩れて独自候補を立てる事態となった時に組織票が分散して、共産党の候補者を有利にすることになるという危機感が底流にある。

しかも与党サイドで追及する「カネと政治」の批判が、無党派層を共産票に流れさせてしまう皮肉な結果にも繋がりかねないとの
見方も出てきている。

こうしたことから、これからの10日の間は極めて流動的で、中央の構図を反映した市長選挙同様の「与野党対決」が再現するか、それとも「政治とカネ」という難問が沈静化で3与党会派の相乗りが固まり、共産府政を阻む戦いに挑むのか、知事周辺と3与党の10日間の動きは予断を許さない。(了)    07.11.27

◆同上「大阪知事選」記事は、メイル・マガジン「頂門の一針」 1011号
   平成19(2007)年11月28日(水)に掲載されました(編集部)

   ●「頂門の一針」 <1011号・目次>
     ・万能細胞への臨床医のコメント:石岡荘十

  ・報道されぬODA惨事:内田一ノ輔

  ・馬鹿につける薬:渡部亮次郎

・今度は大阪府知事選混迷:毛馬一三
 
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2007年11月19日

◆野党が制した大阪市長選挙

                    毛馬 一三

大阪市長選挙が18日投開票され、民主党、国民新党が推薦し社民党が支持する元民放アナウンサーの新人・平松邦夫氏(59)が、自民公明両党が推薦する現職の關淳一氏(72)らを破り、初当選した。

平松氏は、昭和22年に市長公選制になって以来、初めての民間出身の市長となる。

同市長選挙は、福田政権発足後初の政令都市市長選挙で、自公と民主が激突する与野党対決の色濃い大型構図となったが、先の参院選挙の勢いをそのまま維持し民主党が、この“対決”にも圧勝した形となった。

○投票結果は、
(当選)367058 平松邦夫(59)民主・国新推薦・無所属 新         317429 關 淳一(72) 自民公明推薦 無所属 現
113201 姫野 浄(72) 共産推薦 無所属 新 
89843 橋爪伸也(46)無所属 新

昭和38年以来の政党対決となった今回の大阪市長選挙は、自公推薦の現職と民主推薦の新人との事実上の一騎打ちとなり、同時に連立与党と参院選で大勝した民主の激突という中央政界の代理戦争ともいえる様相を示した。

告示当日に起きた「民主小沢騒動」の激震で、一時は市民の間に白け冷風が吹きぬけたが、民主陣営では「この戦いは、迫る衆院選の勝利に繋げる前哨戦」として、来阪した小沢代表や鳩山幹事長ら党幹部が揺れた組織を引き締める一方、現職市長と離反していた市職労組や部落開放同盟などを陣営内の中核に据えてフル活動した作戦が功を奏した。

民主推薦の新人に敗れた自公陣営の有力幹部が、敗因は「参院選で大勝した民主党の風の“高留まり”がそのまま続き、民主党に寄せる期待感がなお強かったのを、自公の力で食い止められなかった」と自省する一方、關市長の2期目に手がけた市政改革の内容とこれからの方針が、市民の理解と評価が十分に得られなかったことも要因だと指摘した。

しかも、国会と訪米の日程があるにせよ、その間隙をぬって福田首相自ら来阪しなかったことも、市民の眼には市長選挙に取り組む民主党との温度差とし映り、これも集票に繋がらなかった一因ではなかったか、と同幹部は声を落とした。

平松邦夫氏は、当選確実となった直後のインタビューで、「大阪を再生させるため、あらゆる情報開示を行い、市民サービスを低下させないシンプルな政策を心掛けたい」と抱負を語った.

が、具体的な政策を進め方について聞かれると、「市庁に入って、有能なスタッフと共にこれから取りまとめたい」と述べるだけに止まり、依然「市政には素人」を売り物とする気懸かりな発言をした。

と同時に大阪市会との対応についても平松氏は、「いずれの会派とも、共同歩調と対決の両面で臨む」と楽観とも受け取られる考えを示した。しかし与野党対決で敗れた自公与党は、衆院選挙を控えて民主との対決姿勢を崩すことを視野に入れておらず、平松新市政は民主単独の少数与党による市議会運営を迫られることから、難航は避けられそうにない。

いずれにしても、民主党の追い風と現職市長の“身から出た錆”といわれる市政停滞批判に援けられて当選を決めた平松新市長だが、気になるのは選挙の争点となった市営地下鉄民営化問題、破綻寸前の財政再建策、大阪まちづくり計画、巨額赤字の第3セクター処理などの重要課題については、選挙中から明確にせず、すべて持ち越していることだ。

国政の代理戦争を背景に勝利した新平松市政は、待ったなしのこれら市政重要課題にどのように望むのだろうか。市民パワーを表看板に登場した新市政が、地に着いた市政運営に実を付け出すのは何時のことだろうか、与野党対決決着の戦塵の燻る中で、はやくも懸念を寄せる声が高まっている。

 敢えて記しておきたいことは、与野党対決という党利党略の激突する中で、政党に頼らず無党派層に“大阪の現状危機”を訴え、新人ながら異例の9万票も獲得した元市大教授の橋爪伸也氏の存在だ。

今回投票率が43.61%と、市長選が単独選挙となってからの最高を記録したが、これは与野党対決旋風の所為ばかりではない。やはりどん詰りの大阪を政党に頼らず、都市再生の専門家に委ねたいと願った9万票が介在したことも見逃せせない事実だ。新市長は、こうした市民派の声に真剣に耳を傾けて貰いたい。(了)
                      2007.11.19

2007年11月17日

◆結局、与野党全面対決へ

毛馬 一三

民主小沢騒動で迷走していた大阪市長選挙は、18日の投票日が迫るにつれ、結局自公与党と民主野党が「勝敗は次期衆院選への影響を及ぼしかねない」との判断を固めた本格的な態勢を取ったことから、真っ向勝負の様相となってきた。

騒動の張本人民主小沢代表が、推薦する元アナウンサー新人候補を激励するため16日来阪。街頭演説には出なかったものの訪問した事務所で、候補者の前に「この選挙は、新しい市政をつくるだけではなく、来るべき衆院選に重要な選挙」だとゲキを飛ばした。また鳩山幹事長も来阪して街頭演説に立ち、中央地方での民主主導政治の確立を訴えた。

「市長選挙と政局とは別物」として、暗に小沢騒動による影響を最小限の抑えようとしていた民主新人陣営では、本部の強烈なテコ入れに押された恰好で運動姿勢を急遽転換、10万人を擁する強力団体の支援と、民主党、労組などの陣営内主力組織を固めるため、俄に与野党対決の構えを前面に打ち出してきた。

一方自公与党の現職陣営では、自民本部の副幹事長が常駐させて、陣営内の自民指揮態勢を固め、地元・応援代議士、府議・市議を投入すると共に候補者との連動布陣をきめ細かく決めるなど、終盤型の組織固めに懸命になってきた。

与党公明は、38万票の組織を漏れなく現職候補にまとめるため、党代表をはじめ、閣僚や党代表代行が来阪して、衆院選並みの応援態勢で臨んでいる。

関係者の話を総合すると、「民主候補が先んじていた趨勢も、終盤に来て両陣営はほぼ互角になった模様」との分析が出されていという。しかし問題は40%前後の「無党派層の去就」。政党が推薦する3候補が中々食い込めない同層には、候補者の中で1番若く、党利党略に左右されない元大学教授の新人候補への期待感が高いという。

同候補は、「後ろ向きの改革ばかりしている70歳の市長に任すわけにはいかない。シロウトのアナウンサーに大阪を託すわけにはいかない。大阪のために「いのち」を捧げる男でないと大阪市長が務まるはずがない」と都市再生を専門とする市民派をあからさまに訴え、政党推薦の選挙戦に背を向ける、特に40台以下を中心とした無党派層に食い込みを狙っている。

このため、政党が推薦する3陣営では、残された僅かの時間に無党派層への食い込みを運動の主力とする戦術を事実上手控え、むしろ足元の傘下有力組織と地元議員の基礎票固めで勝敗の決着を付けたい方針に集中してきた。

となるとやはり残された大詰めの最終盤は、告示以来大きな曲折はあったものの、当初予想された通りの与野党全面激突がふたたび復活することになってきたことになる。

だが、衆参両院の国政選挙とは違い、政令都市の市長選挙ともなれば、地元特有の行政改革や都市再生など地域に山積した重要テーマの対する公約の審判が置き去りになっていい筈はない。党利党略によって地方首長の選挙が決定されるということに地元有権者の反発が強いことも事実だ。

果たして、与野党対決一色に染まった大阪市長選挙が、市民にどのように判断を下されるのか。18日の選挙投開票の結果を見守りたい(了)
   2007.11.16

◆日本一のメルマガ「渡部亮次郎氏の頂門の一針  第999号
 平成19(2007)年11月17日(土)に掲載されました(netmo編集部)

<目次>
   
・毛馬さんの原稿差し替えにつき修正版を配信します。

  ・ 小沢的と小泉的:古澤 襄

  ・ 終盤の大阪市長選挙:毛馬一三

  ・ 鰻は冬が美味なのだ:渡部亮次郎

  ・憂国忌の案内:三島由紀夫研究会

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2007年11月12日

◆民主小沢騒動の余震

                      毛馬 一三

民主小沢騒動で告示当日激震が走った大阪市長選挙は、後半戦に入ってからも各陣営は、まだまだその余震に揺れている。

困惑を隠せないまま方向転換を余儀なくさせられたのが、当の民主推薦の陣営。当初は参院大勝利を背景に一挙に態勢固めにこぎ着けたい腹だったが、戦い突入直後にこの騒動に巻き込まれた。

以来、「中央の動きと市長選とは別」と内部動揺の沈静化に躍起となり、関係傘下諸団体の総動員と候補者のキャラクターに頼った前半選挙戦だったが、後半戦に入っても当初の目算狂いのダメージから未だ完全に抜け切ってはいない。

「衆院選の勝利は困難で、民主党は力量不足と言い放った小沢代表が応援に来ても、党への期待や信頼の回復にはつながらず、反ってイメージダウン」だとして、来阪はお断りとの辛辣な意見が陣営内部に今なお燻ぶっている。

ところが、この小沢騒動で漁夫の利を得たのが、現職市長と政党の推薦を受けない無所属新人。自公の推薦は受けている現職市長陣営は、「思わぬ敵失で、フォローの風が吹き出した」と、むしろ民主党との全面対決を打ち出す作戦で臨んでおり、民主陣営とは明らかに対照的。

他方、政党推薦抜きの新人陣営では、「政党が絡めば、大阪を本当に変えるリーダーの誕生は期待出来ない」として、今回の小沢騒動を批判。「都市再生を目指す市民派市長」の選出こそが今回の選挙の課題だと訴えながら、小沢騒動で白けた市民の間に食い込もうとしている。

某陣営が入手した、某報道機関の大阪市長選挙の世論動向調査情報によると、多少の程度の差はあっても、政党支持の3候補は選挙戦前半で、組織の半分以上を既に固めているという。だが、投票に行くと答えた無党派層の中には、政党に左右されない新人候補への期待が大きいという結果が出ているという。

こうした中、この10日大阪に出張ってきた民主党の幹部は、「今回は非常に大切な選挙だ」と街頭演説して、この市長選挙を政権交代への呼び水にしたい強調。一方現職市長陣営でも、11日に自民党本部の四役が來阪、「与党もこの選挙を重要な選挙として位置付けている」と、与野党対決姿勢を打ち出し、来る衆院選挙の前哨戦として華々しい勝利を収めたいと演説した。

しかし、このような政党対決の印象付けが、果たして後半の選挙戦の「利に叶うか否か」、各陣営はその判断と対応に苦慮している。つまり、政党が対決姿勢を露骨に見せれば其れだけ、小沢騒動が種を捲いた党利党略の政争の具に、大阪市長選挙が利用されるのはゴメンだとの市民の声が強まりそうだからだ。

たしかに首都圏に次ぐ都市圏大阪は、一局集中の煽りをもろに受けて、経済・産業共に停滞し、極端な財政難に直面している。利に聡い大阪市民の願いは、与野党対決などの関心より、如何に大阪の再生に力を発揮できる市長を選ぶかが先なのである。

211億円の黒字を出している大阪市営地下鉄の民営化の是非、市の第3セクターの赤字など6000億円の「負の遺産」の処理問題、職員削減を軸とする市政改革など、山積する財政再建の難問題の解決を急ぐよう求めるのが、市民の声だ。

大阪市長選挙の各陣営は、投票日までの残された期間に、小沢騒動の余震で揺れる市民の関心をどのようにして投票行動に結び付けるかが正念場となってきた。(了)                2007.11..11

2007年11月05日

◆大阪市長選挙に激震

                      毛馬 一三
(この記事は、渡部亮次郎氏のメイル・マガジン 頂門の一針  第987号
 平成19(2007)年11月05日(月)に掲載されました。)


民主党の小沢代表が4日、「自民党との連立政権に向けた政策協議の提案を役員会で認められなかったのは、不信任を受けたに等しい」と述べて辞表を提出したことが、同日選挙戦に突入した直後の大阪市長選挙に激震が走った。

任期満了に伴う大阪市長選挙は、もともと福田政権が誕生してから初の政令都市での選挙であり、予想される衆議院選挙を睨んだ与野党対決の前哨戦の様相になるとの見方から、各政党本部が国政選挙並みの応援態勢で臨むことを決めるなど、早い時期から緊迫してきた。

その通り、自民党と公明党が推薦する現職の関淳一氏(72)に対し、民主党の推薦を受けた元民放アナウンサーの平松邦夫氏(59)が立候補、自公対民主の与野党対決による選挙戦が始まったのである。

しかも有力無所属新人の元大阪市立大学教授の橋爪紳也氏(46)と共産党が推薦する元の市会議員の姫野浄氏(72)が参戦したことで、その様相は更に過熱することになった。

ところが、その激突が始まってから8時間後に、小沢代表の辞任表明のニュースが、各党選挙対策本部に飛び込むと、その事実確認と各方面からの問い合わせの対応に追われるなどに忙殺、大混乱が生じた。

特に激震が激しかったのはご本家の民主陣営。関係者によると4日朝刊各紙が、「自民、民主両党の連立政権構想が、実は小沢氏の方から先に持ち出された」と一斉に報道したことから、陣営内部では戸惑いを隠せない空気が高まるとともに、それが事実だとすれば、「小沢ブーム」に掛けてきた民主陣営の結束に緩みも出かねないとの懸念が急速に広がった。

さらに追い討ちを掛けたのが、この「辞任表明」騒ぎだった。同党市会議員の中から、「これでは今の民主党の勢いが止まり、現職を有利にするだけだ」と、その原因者の小沢代表への批判が飛び交い出したという。

このため民主党大阪府連の平野代表は、「なんとしても辞任を思いとどまるよう執行部が慰留すべきだ」との考えを示した上、「中央のことと市民の代表を選ぶ市長選挙は別であり、これによる影響が出ないようにしなければならない」と、陣営に冷静さを保つようヤッキになったのである。

一方自公陣営では、始まったばかりの選挙戦だけに5日からの民主党の動きを見なければ何とも判断出来ないとしながらも、この騒ぎで現職陣営が不利には結びつくことにはならず、むしろ相手陣営の混乱が加速すれば、その分有利になるのは確かと、ニンマリが本音のようだ。

そこで、党本部の支援を受けて結束を固めたいとしていた各陣営は、一転して中央に頼らず地元に即した公約論争を繰り広げ、選挙戦を勝ちに行くとの意向を再確認している。

上記の動きから各候補は、4日の街頭演説で地元大阪のテーマに絞った論陣を張った。現職の関候補は、「経費の削減や労働組合との関係の正常化に取り組み、大阪をリーディング都市とする基礎を作ることができた。いま市長が代われば、3年前の状態に逆戻りすることになる」と訴えた。

新人の橋爪候補は、「大阪の至るところで街づくりに関わってきた。市民の中から生まれた市民派の市長が大阪の将来にとって大事だ」と訴え、新人の平松候補は、「前向きに未来に向けて税収の増加を図る方法を考え、もう一度日本のリーダーとしての大阪の存在感を打ち出していきたい」と訴えた。新人の姫野候補は、「今度の選挙で、大阪市を正当な地方自治体に蘇らせて健全な財政を確立すれば、市民の多くの要求を実現できる」と演説した。

とはいうものの、市長選へ本格取り組みの構えを見せていた各党の姿勢を知る市民の間では、小沢騒動で一喜一憂する陣営の様子を伝えるニュースに白けた格好。

「自民党と民主党はやりたいことが違うのだから、連立はもともと無理がある話。小沢さんが今の時期に辞めるのも意味がわからない」との声があちこちで聞かれる。

始まったばかりの大阪市長選挙だが、何が起こるか分からない様相を孕みながら、過去の事例とは全く異なる推移を辿りそうな気がしてならない。                      (了)    2007.11.04

◆<お知らせ>

   渡部亮次郎のメイル・マガジン 頂門の一針  第987号
        平成19(2007)年11月05日(月)

<目次>

  ・これが「小沢流」だ: 花岡信昭

  ・大阪市長選挙に激震:毛馬一三

  ・庶民の分際で御政道を批判:平井修一

  ・“世界史のゴミ記事”:宮崎正弘

  ・ミカンにまつわる話:渡部亮次郎

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2007年10月19日

◆大阪市長選 与野党対決の具に

                    毛馬 一三

11月24日に告示が迫ってきた大阪市長選挙は、切迫している衆議院選挙の前哨戦として、中央の「与野党対決」そのままの構図が持ち込まれる公算が強まってきた。停滞に歯止めが効かない大都市大阪市の再生の政策論争が主軸から外され、中央政治の思惑に先取りされることが見えてきたことから、市民の間では早くも“白けムード”が高まりつつある。

任期満了に伴う大阪市長選挙は、現職の關淳一市長(72)と元大阪市立大学教授の橋爪伸也氏(46)、それに共産党元市議の姫野浄氏(72)の3人が立候補表明をしていた。

ところがここに来て、民間放送の元アナウンサーの平松邦夫氏(58)が、18日に立候補表明を行い、同選挙はこの4人で争われる激戦模様となった。

東京都に次ぐ第2の大都市圏の中核大阪市は、近年在阪大手企業が東京への一極集中へ奔り、同関連主力工場が隣国中国へ移転、近隣県へ拠点を移したことなどで、経済基盤の弱体化とこれに伴う税収の激減に見舞われ、都市の円滑運営が見えない大きな岐路に立たされている。

従って今や名古屋・横浜などの後塵を拝するに到った大阪市をこれからどう甦らせるかを、この市長選の最大の争点にすべきだとの期待が市民の間で広まっていたことは事実。「都市規模を縮少」させたいとする現職市長に対し、「大都市復活」を目指す都市工学専門家の元私大教授との、相対立する論争展開に注目が集まりだしていたのは当然だった。

が、状況が変わり出した。上記2候補から公約の説明を受けた市会与党自民会派は即、關氏推薦を決めてしまったのだ。自民府連では、一時、自民本部の協力を得て、テレビで売れっ子のあの某弁護士に折衝したが、結果的には体よく断られたため、急遽關氏推薦に矛先を変えたという秘めた裏話がある。

一方、議会軽視の姿勢に厳しい批判を突きつけている同じ与党会派の公明は、關氏への推薦には応じたくないとして態度保留中だが、市会与党の枠組みは壊すべきではないとの判断から、最終的には自民党と足並みを揃えるだろうというのが、関係者の見方だ。

ここへ来て、事態急変を一段と加速させたのは、これまで候補者見送りを公言してきた民主党が、一転して平松氏を擁立したからである。「自民党が擁立する現職を勝たせる訳には行かない」との党本部からの強い要請を受けて民主府連は、候補者探しに奔走。

民主党傘下の某団体とも個人的につながりが在り、長年ニュースキャスターを務めて知名度もある同氏を党本部首脳にも引き合わせ、ついに口説き落としたものだった。「仮に敗れたとしても、来る衆院選挙で空席となる大阪3区の議席を保証する」との秘密の約束が取り交わされたとうわさも、関係者で取りざたされている。

民主党本部では、先の参議院選挙の大勝をこの大阪市長選の勝利に結びつけて党勢を誇示し、次いで迫る衆院選挙の事前運動に弾みを付けたいと狙っていることは、容易に察せられる。

一方自公連立内閣でも、福田体制が誕生して初めての大都市の市長選であり、これに躓けば、切迫してきている次期衆議院選挙への大きな痛手になりかねないとの判断から、単なる地方政令都市の市長選挙だとは微塵にも考えていない。事実、自民党本部からは大阪府連に対し連日檄が飛んで来ているという。

このように、本来「まちづくり政策」をめぐる論争に集中すべき大阪市長選挙が、何と与野党激突の中央政治情勢をそっくり大阪の場に引き継ぐという異常事態となってきたのだ。大都市首長選挙だから、特に現下の「与野党対峙」の中だからという理由で、中央政治の政争の具に利用されていい筈がない。

おそらく選挙公示後は、与野党の党首らが続々と來阪し、「政権交代」や「政権維持」を巡る論陣を張るのは目に見えている。低迷の極にある大阪の都市基盤と市民の快適生活維持という大阪にとって最大のテーマは片隅に追いやられることも明白だ。中央政治の介入は誠に迷惑千万なことだ。地方首長選挙には、地方の自治を巡る論争が焦点となるべきで、中央与野党のプロパガンダは迷惑至極なことは論を待たない。

大阪の未来を見出す4年に1度の絶好の機会を、“心ならずも”政争の具に奪われて仕舞うことに、市民の間から 早くも“白けムード”が漂い出してきている。
(了)             07.10.18


◆同上原稿は、「渡部亮次郎氏の全国版メイル・マガジン 頂門の一針  第969号」・平成19年10月19日(金)に掲載されました

<第969号の目次>
・キャリア廃止は「没」:渡部亮次郎
・習近平(上海市書記)を大抜擢:宮崎正弘
・ヒラリーのアジア外交:古澤 襄
・大阪市長選 与野党対決の具に:毛馬一三
・インドネシア雑感(7):平井修一
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2007年10月02日

◆迷走する關市長の「選挙公約」


                    毛馬 一三

11月24日に告示が迫ってきた大阪市長選挙は、最大の争点となる「市営地下鉄の民営化」を巡る關淳一市長(72)の二転三転の公約転換に、市民や関係者の間で困惑を隠せない空気が広まっている。

もともと關市長は、有識者の意見を取り入れて「地下鉄を切り離して株式会社化する」と明言していた。が、その後「地下鉄とバスの一体経営がいいのか、別々がいいのかは、これからの検討の結果」と前言を翻した。

ところが、市長選挙立候補会見では、「バスは今、株式会社化できる状態ではないとした上で、株式会社化は地下鉄とする」と、その前言と違う、地下鉄のみ株式会社化する原案に戻る意向を披露。市民が目を白黒さいている間に、今度は推薦を求める大阪市会与党の自民・公明両会派に示した公約原案で、「地下鉄は今後5年を目途に株式会社への移行を目指す」と、株式会社化の時期まで踏み込んだ考えを示したのだ。

これに対して与党公明市議団は、「市長は、19年度末までに市会と議論するとしてきたのに、何の相談もなく選挙公約に盛り込むのは議会軽視で、到底納得できない」として關氏推薦に踏み切ることに強い反発の意向をしめしたのである。

これに動揺したためか、市長は株式会社への移行は堅持しながらも、「5年をメドに」を削除、「議会の了解を得た上で」に急遽変更するという、関係者に言わせると無節操ぶりを露呈した。

なぜこうした關市長に迷走事態が起きるのか。首を傾げる市会関係者や市民団体が目立つ。その理由は、市長自身が側近と称する弁護団らの意見に盲従し過ぎるためで、市政の実態に即した市長自身の経験と見識が片隅に追いやられているからだと、指摘する関係者は多い。

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2007年09月23日

◆京大病院への警鐘


                  毛馬 一三

9月18日発売の「新潮45」の小特集「心臓血管外科医辞任へ・どこへ行く京大病院」(同誌120ページ〜127ページ)を読んで驚愕した。信じきっていた国公立のブランド病院の心臓外科現場で、そのような空恐ろしい実態があったことを初めて知ったからに他ならない。

執筆者は、同期の記者OBで、本欄常連寄稿者の石岡荘十氏である。自ら心臓外科手術を受け、彼岸の際まで彷徨った挙句、辛くも生還した経験の持ち主。以来著書「心臓手術〜私の生還記〜文芸春秋刊」を出版するなど、心臓手術に関するさまざまな所見を医学界・患者会に投げ掛けているジャーナリストである。

同氏は、この特集記事で、脳死肺移植で患者が死亡した手術をきっかけにおきた、京都大学病院の米田正始心臓血管外科前教授(9月15日退任)と同京大病院の間で起きたごたごたをとりあげている。

しかし本当の狙いは、そのごたごたのことではなく、そこに到ったいきさつと舞台裏が、これからの患者にとって重大な問題を孕んでいることに警鐘を鳴らしたのだと思う。

本来インタビュー記事であれば、取材する同氏が聞き取った米田前教授との一問一答のみを書くのが常道だが、ここでは「前・中・後」の3部構成の異色な手法を駆使している。すなわち前節の1部と後節の3部とに「事件の経緯とこれに対する持論」を展開し、それを挟んだ2部の中節に、「米田前教授とのインタビュー」を据えている。

この手法だと、2部のインタビューの内容を前後の論者の主張で補強し、インタビューでの主張内容の合理性・正当性を証明する高度な方法だからだ。

特集によると事のはじまりは、<昨年(’06年)3月、京大病院で行なわれた脳死肺移植手術を受けた30歳の女性患者が死亡したのをきっかけに、手術の助っ人だった心臓血管外科の米田正始教授(52)だけに、病院当局が突然「手術停止」を宣告、事実上メスを取り上げたことからだった。呼吸器外科、麻酔科に対しては“お咎めなし”だった。

米田教授に対する手術停止の理由のひとつとして病院の執行部は、「安全上の問題」を挙げているが、手術実績を検証したところ、取り立てて米田教授だけを問題とする理由は見当たらない。

このため、米田元教授は「手術できる地位を侵害され、外科医としての信用が低下する」などとして診療科長の地位確認を求め、3月6日京大病院を相手取り京都地裁に仮処分を申請した>という。これが前節1部の経過記述である。

目を剥くのは、下記に綴る米田教授(当時)との間で交わされた一問一答である。その一部を以下取り上げる。

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2007年09月03日

◆大阪市長選 一転超波乱含みに

                       毛馬 一三

11月4日告示、同18日に投開票の大阪市長選挙は、当初現職と共産党推薦の一騎打ちとみられていたが、先の参院選挙で大勝した民主党がその余勢を駆って独自候補を立てる方針を固めたことから、様相が様変わりし出した。

ところが、ここに来て新たに市民グループなどが押す有力新人が4日にも出馬の意向を表明する動きが表面化し、市長選はかってない波乱含みの激戦となる見通しとなった。<読売新聞9月1日夕刊>。

大阪市長選挙は、2005年の出直し選挙で現職の關淳一市長(72)が再選され、悪しき因習を打破する市政改革を断行するマニフェストを実行するとして、労働組合との関係を絶縁する一方、同和行政の改革にも乗り出し、とりわけ累積赤字の市の第3セクターの売却に乗り出すなど、行財政健全化を目指してきたのは周知の事実。

ただ気になるのは、その改革に取り組む姿勢の全てが、「過去の清算」という後ろ向きの対応に終始しており、大阪の行政・経済の地盤沈下の回復にどのような将来ビジョンと具体策を持っているのか、それが今でもさっぱり見えてこない。これが市長批判に繋がる最大要因である。

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2007年08月21日

◆事件の真相解明 法廷へ

 
                    毛馬 一三

大阪・枚方(ひらかた)市の清掃工場をめぐる談合事件をめぐり中司宏市長が、大阪地方検察庁特捜部の調べに対し、談合に「主導的」に関与したことを大筋で認めたとされることから、特捜部では市長を競争入札妨害(談合)の罪で
20日起訴した。

しかし、同市長は談合関与を大筋で認めながらも、関与の度合いを「黙認」しただけと主張しているともいわれており、談合を黙認していたという行為が刑法の入札妨害の罪に当るかどうかが、法廷での争いの焦点になってきた。

同市長は、「これ以上市政を混乱させたくない」として、同日弁護士を通じて市当局に対し「辞意」を表明、21日には市議会議長に対して正式に辞職願いを提出する。これに伴い、21日から6日以内に市選挙管理委員会に通知され、その日から50日以内に、市長選挙が行われるため、選挙日程は9月下旬から10月上旬になる見通し。

平成19年5月以来3か月にわたって進められてきた枚方市の清掃工場をめぐる談合事件の捜査は終結し、いよいよ“改革派”新市長を選ぶ選挙が始まる。

ところで、この事件の焦点は、中司市長が、一旦受注を断った大手ゼネコン「大林組」を翻意させる環境づくりに、以下のような市長の関与があったかどうかだった。

それは、17年7月頃、市の清掃工場建設の1回目の入札の際、工場建物本体とプラント部分を39億円で「一括入札方式」を提案したのに対して、大林組が辞退したことから、これを翻意させようと、11月の再入札の際、建物本体とプラント部分を「分離発注」に変更したうえ、入札価格を一挙に56億円に引き上げ、「大林組」との談合が成立するよう働きかける一連の工作に、市長自身が関与していたどうかであり、これについては既にご存知の通り。

中司市長は、供述に二転三転はあったものの、最終的には大筋でこうした談合への関与を認めたという。しかも特捜部の調べで、中司市長が99年12月大阪府議会議員の初田豊三郎被告と共に大林組の元顧問、森井繁夫被告らとホテルで会合した際、同府議が工事受注を促したのに対し、市長自ら「宜しく」と告げ、「大林組」元顧問も「こちらこそ宜しく」といったやり取りの裏付けもとれているという。

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2007年08月11日

◆芭蕉随行の『曾良』は忍者?

                            毛馬 一三

拙稿「芭蕉終焉(しゅうえん)の地って?」の第2弾。同稿が日本一メルマガ「頂門の一針」に掲載されたところ、当主宰者の渡部亮次郎氏からご寄稿を頂戴した。

もともと拙稿とは、松尾芭蕉の「終焉の地」が大阪・南御堂向かいにあった花屋仁左衛門の離れ座敷であったことや、辞世の句といわれる「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」が、この座敷の病の床で亡くなる4日前に詠んだものであることを、筆者は不覚にも知らなかったが、先般偶然このことを知る機会を得たことから、思い立って綴ったものだった。

その執筆中に、渡部亮次郎氏が以前本欄に掲載された『老化は熟成である』の記述の中に、<生きるとは死ぬことである。生まれたら成長すると言うが、それは違う。最後に来る死に向かって懸命に走っているに過ぎないのだ>という同氏の「死生観」が記述されていたことを思い出し、それと終焉の芭蕉の心境と重なるよう思えたので、同拙稿中に引用させて貰った。

芭蕉は、大阪で死ぬなどとは夢想だにせず、早く床払いをして好きな旅を続けたいとの気持であったと、様々な文献が記している。

だが、思いもよらず病(食中毒といわれる)は悪化、意に反して終焉を迎えるのだが、見守る弟子たちの顔を眺めながら「死」が迫るのを悟り、幸せな生涯だったと瞑目しながら、逍遥と死の旅についたようだ。渡部氏の『老化は熟成である』という「死生観」を、芭蕉も終焉のその瞬間同様の想いを脳裏の中に去来させたに違いないと筆者は思ったのだ。

渡部亮次郎氏から頂いた寄稿は、下記の通りであった。
<深川・芭蕉記念館 は拙宅の近くです。徳川家康が江戸に入った頃の深川は、ほとんど海だった。江戸の発展とともに新たな市街地、農地が必要となり、土地の開発が始まった。大阪からきていた深川八郎右衛門が新田を開発、慶長元年(1573年)深川村と称したのが始まり。

江戸の下町と言えばなんと言っても深川。出発地は都営新宿線森下駅。駅を出て新大橋通りを浜町方面に5分ほど歩いていくと隅田川にかかる橋が見えてくる。これがこの通りの名前になっている新大橋。橋の手前の十字路を左に曲がりしばらく歩いていくと最初の目的地「芭蕉記念館」がある。

芭蕉は延宝8年(1680年)江戸日本橋から深川の草庵に移り住んだ。元禄2年(1689年)3月、曾良を伴い奥の細道の旅に出発した。「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」で始まる奥の細道。岐阜大垣までの2400キロの壮大な旅。

「芭蕉記念館」には 当時、芭蕉が着ていた袈裟を初め芭蕉庵を模したほこら、句碑 などがある。記念館の裏木戸を出るとそこはもう隅田川のほとり。川沿いの道を左に少し歩いていくと史跡庭園があり、芭蕉像や芭蕉庵のレリーフがある。 先日来日した李トウキ前台湾総統もご覧になって行った>。
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この寄稿を読ませて貰った時、芭蕉に纏わる新たな衝撃が脳裏を駆け巡った。それは、<徳川家康が江戸に入った頃の深川は、ほとんど海だった。(そんな未開発の深川だったが、その深川から)元禄2年3月、曾良を伴い奥の細道の旅に出発した。(略)岐阜大垣までの2400キロの壮大な旅>というくだりである。

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2007年08月07日

◆枚方市長 辞職へ


                    毛馬 一三

大阪・枚方市の清掃工場建設談合事件で談合容疑で逮捕された市長の中司宏容疑者(51)が、大阪地検特捜部の調べに対し、談合への関与を大筋で認め出したといわれる。特捜部の追及に「すみません」との反省の弁も述べているという。

逮捕されてからも「談合関与」については、曖昧な供述を続けていた同市長だが、容疑を認めたことにより「談合罪」での起訴は避けられないものと見られる。また関係者の話では、「市政に混乱を招いた」と辞意を漏らしているという。この結果、市長の辞職は確実となり、枚方市では、出直し選挙が行われる見通しとなった。

これまで金の収受(贈収賄罪)に発展の見通しのない談合事件に関して、首長の摘発には目を瞑ってきた捜査当局も、官製談合防止法の施行などによって状況は一変した。この7月に着任した大阪地検の斉藤雄彦特捜部長は、「社会の誤った慣行に切り込むのが、検察に求められる役割だ」ときっぱりと宣言している。

「金を受け取っていない限り、問われることはあるまい」と、市長自ら寄せていた微かな期待も、大阪地検の強固な捜査方針が微塵にも打ち砕かれた形となった。

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