毛馬 一三
NPO近畿フォーラム21主催「蕪村生誕300年記念事業委員会」が、
大阪市立大学と共催して、「蕪村生誕300年記念事業」を、いよいよ本格化し始めた。
本事業は、昨年24年の暮に、国際俳句交流となる「国際交流蕪村賞」授与記念として、大阪市毛馬町の「蕪村公園内」でサクラ・ウメ・モミジの植樹祭を行い、その第1歩を踏み出した。
今回は25年の最初の事業として、大阪俳人蕪村ゆかりの地を巡る「毛馬まち歩き会」事業を、大阪市大学とNPO法人近畿フォーラム21主催の「蕪村生誕300年記念事業委員会」が共催して行ったものだ。
この「毛馬まち歩き会」では、当初一般参加者を公募したところ、定員20名にアッという間に応募が集まり、大阪俳人蕪村ゆかりの地巡行への関心の高さを知らされた。
同事業は、同日13時に大阪市北区天神橋六丁目の「大阪市住まいいの情報センター」に一般参加者と関係共催団体から30名が集合。
まず大阪市立大学の大場茂明教授が、参加者に対して、当日の「毛馬まち歩き会」の主旨と巡行の道順の説明を行ったあと、本番の「歩き会」を開始した。
まず長柄八幡宮へ→淀川河川事務所→毛馬閘門・蕪村生誕の碑(淀川堤防)→蕪村公園を経て→飛翔橋で解散。約3時間をかけた「歩き会」の巡行だった。
この巡行の内「淀川河川事務所」では2人の係官が、国の重要文化財「毛馬閘門」の周辺部を細部に誘導しながら諸説明をして呉れた。特に「毛馬閘門」を施工した明治時代の技術が、如何に優れていたものだったかを、参加者の土木技術者に実感させていた。
更に参加者を驚かせたのは、蕪村生誕地「毛馬村」の所在が、実は明治29年の淀川河川工事によって完全に埋め立てられ、「毛馬村」は川底に埋没させられ、村全体が消滅して仕舞た事実の説明だった。
つまり、川底に埋没したままになっている「幻の生誕地毛馬村」が、現在の淀川堤防の上から、はっきりと遠望出来たのである。目の前の川底に消滅した「幻の毛馬村」を目撃出来た参加者のほとんどが、胸を打ち震わせていた。
つづいて「蕪村生誕の碑(淀川堤防)」を巡ったあと、淀川支流の「大川」の側にある「蕪村公園等」に辿り付いた。
そこで大阪市立大学の村田正博教授(蕪村生誕300年記念事業委員会・委員長)が、「毛馬村が蕪村生誕地であることを証明」する「古文書」のコピーを参加者に配布して講演。NPO法人からも大阪市造営の「蕪村公園」の構造、蕪村俳句の句碑の配置などについて、説明をした。
大川の桜並木の開花が進み、春めいてきた陽気の下での「毛馬まち歩き会」は、参加者から大いに感動を誘ったようだった。その様子を見ながら「蕪村生誕300年記念事業」の本格的開始が、一応成功裡に終わったことに心から感謝した。
これからは更に「蕪村生誕300年記念事業」を本格化していく方針。今度の「歩き会」ご協力頂いた大阪市住まいいの情報センターにお礼を申しあげたい。
ところでこれから「蕪村生誕300年記念事業」は、「海外諸国との国際俳句交流活発化と俳句作品の募集」、「蕪村学者による蕪村シンポジューム」、締め括りは「蕪村公園に蕪村銅像の建立」の計画を進めていく方針。どうか皆様のご協力、ご助力を賜りますようお願いしたい。
今日の3月24日は、市民講座「蕪村顕彰俳句大学」第6期の「優秀句表彰式」と近郊の「蕪村公園」での「同表彰句の記念プレート碑」の除幕式を行う。
どうか俳句つくりご興味のある方、また俳句をこよなく愛する方々に是非ともご参加頂きますようお願いしたい。
以上