2015年11月03日

◆台湾独立は外国に頼るな

Andy Chang



大東亜戦争が終わって70年たった。アジアではいろいろな国が植民地から独立した。だが日本の植民地だった台湾だけは今も独立していない。終戦後すぐに蒋介石が台湾で日本軍の降伏を受理し、そのまま居直り、今も中華民国を名乗って台湾占領を続けている。台湾人は70年たった今でも自分の国を持つことが出来ない。

台湾が独立すると言えば台湾を中国領と主張する中国が武力行使で恫喝する。1978年にカーターが中国と国交を回復し、アメリカは中華民国を認めなくなった。世界で中華民国を承認する国は23?国しかない。台湾が独立すれば台湾国を認める国は増えるに違いないが
独立を助ける国はない米国も独立を助けない。外国に頼ってはならないのである。

●台湾には200以上の政治団体

台湾には200以上の政党や政治団体がある。その殆どが独立を主張しているのに今でも独立を果たせない。各々の独立主張や方法に違いがあり、団結しないからである。問題は方法の違いにある。

人民の蜂起で中華民国の体制を倒すことは中国が反対し、米国は中国と事を構えるつもりがない。平和的手段で政治体制を変えることが台湾人に支持されている。中華民国の制度のもとで選挙して台湾人の政党が過半数を制してから正名制憲が可能となる。

来年1月の選挙では民進党優勢で総統は蔡英文が当選するとみられ、立法委員の選挙で国会の過半数57席を取れる可能性もあると言われている。だが、の選挙で勝利を収めてもすぐに独立できるわけではない。現状維持を数年続ける必要があると言うのが大方の意
見である。

●台湾は「政治体制のある無名国」

李登輝が「台湾は既に独立した国だ」と主張していろいろ批判された。台湾は人民がおり領土があり政治体制もあるが、この体制は中華民国と言う名前でアメリカでさえ承認しない。世界で中華民国を承認し国交のある国は23?國しかない。領土があり政治体制が存在
しても台湾が独立したとは言えない。

それでも李登輝がこの主張をしたおかげで台湾国の名義で国連加盟運動が起き、国連は却下した。台湾国がないのに国連加盟はできない。台湾が独立し、台湾国を認める国があってこそ国連加盟が出来る。独立が先で加盟が先ではない。独立しなければ外国が承認する
わけがない。

●独立主張の違い

台湾国や台湾政府を名乗る政党は幾つもあるが、名乗りを上げても人民が従いてこない。革命運動は人民が従いてこない。台湾の政治事情が大幅に変化したのはつい去年のことだった。去年3月のヒマワリ学生運動で国民党独裁を阻止した、そのお蔭で人民の独立意識
と反中華民国の民意が高揚し、11月の中間選挙で国民党が大敗したので、中国人の台湾統一計画は挫折した。

人民は投票によって意見を表明することがわかった。この次もまたその次も、投票で人民の意見を表明出来ることが可能となったのである。革命のような激烈な手段ではなく、投票と言う民主的手段で国を改善できることが変った。

投票は中華民国の制度だから投票に反対する者もいる。しかし投票で中華民国を倒して台湾独立が出来るなら不完全でもみんな賛成である。これは大きな魅力である。

一部の革命論者が中華民国の制度に反対してもダメ。たとえ中華民国の制度であっても中華民国を倒せる方法が見つかったのだ。中華民国の制度で中華民国を変えることが出来る、これこそ民主主義である。

●独立建国は外国に頼るな

台湾国、台湾政府を名乗る政党、グループは幾つもある。台湾独立を主張するグループは歓迎だが、皆が投票によって独立が達成できることを認めるべきである。

独立を主張するグループのうち、サンフランシスコ平和条約の第23条bにより米国は台湾の占領権を持つと主張し、台湾自治政府を名乗るグループと、もう一つの昭和天皇は台湾の主権を放棄していないと主張する台湾民政府と称するグループは、二つとも詐欺集団で
ある。嘘で独立を果たすことはできない。嘘で一部の台湾人を騙せても米国および世界諸国を騙すことはできない。

米国は台湾の占領権など持っていない。グーグルでサンフランシスコ平和条約の第23条を調べればすぐにわかることだ。ウソで人を騙しても嘘とわかる時がくる。昭和天皇が台湾の主権を放棄していないなど、噴飯ものだ。

米国が台湾の占領権を持っているなら「アメリカが台湾自治政府を認可した」証明書がなければ台湾政府はニセモノ、詐欺集団である。台湾人民にアメリカの認可証書を見せてから台湾政府を名乗るべきだ。アメリカに台湾の占領権があると主張しながらアメリカの認可証書がない、自己の主張を証明できない集団である。

日本はサンフランシスコ条約で台湾澎湖の主権を放棄した。しかし林志昇は日本政府が放棄したが日本天皇は放棄していないと言う。それなら正当な方法で日本政府に掛け合い、日本政府が彼の主張を認めてから台湾人の支持を求めるべきである。日本政府が認知しな
い嘘の主張を勝手に言い触らすのは詐欺行為である。

至誠に悖るなかりしか
言行に恥づるなかりしか

台湾独立は外国に頼るべきでない。

明白な嘘で独立するほど台湾人は恥知らずではない。

◆「元少年A」はどこへ行くのか

馬場 伯明



元少年A(32歳・以下「A」という)は2015/6/28に手記「絶歌」を出版した。事件の経緯と殺害行為の描写、保護観察から社会復帰の日々を記した。悪夢の「酒鬼薔薇聖斗」が帰って来たような衝撃が巷に走った。

遺族は「2次被害に遭う」と出版の中止や書籍の回収を求めた。太田出版はそれに応じず「出版には社会的な意味がある」と主張した。一部の書店は本書を販売せず、また、購入しない図書館もあった。

私は一旦、躊躇しながらもこの本を購入し読んだ。

出版から4ケ月が過ぎた。でも、まだ4ケ月しか経っていないとも言える。すでに多くの書店の平積みは消え購入には注文が必要である。世間は忘れっぽい。静かに私見を述べる。いくつかの論点がある。

 論点1:出版に際し事前に被害者の遺族の同意が必要だったのか。出版の中止や書籍の回収に著者や出版社は応じるべきか。

加害者Aにも言論の自由が憲法で保障されている。出版は可能であり遺族の同意は必ずしも必要ではない。人権侵害や名誉棄損等が立証されなければ出版中止や書籍回収にも応じる義務はない。

いわゆる「出版倫理」にも強制力はなく、遺族感情への配慮は出版社や著者の気の向くままである。感情的には切歯扼腕、憤懣やるかたない。

 論点2: Aの手記は匿名での出版だが、どうか。これには反対だ。自分を安全圏に置き暗闇から突然被害者や遺族を冒涜する。「実名を晒す覚悟がないのであれば出版するな」と率直に言いたい。

ところが「・・逃亡者のように生きている者に対して実名・・という議論は理解しがたい(宮川光治・元最高裁判事)」。「加害男性を再び追いやり、社会に行き場をなくなる(今井義典・元NHK副会長)」という論が朝日新聞では多数派らしい。(2015/9/22朝日新聞・「元少年Aの手記『絶歌』」)違和感がある。

 論点3:Aは出版による利益(印税等)を遺族などに還元するべきか。自主的に還元した事例もありした方がいいと思うが、法による強制は行き過ぎだ。米国ニューヨーク州の「サムの息子法」には1991年に米連邦最高裁で違憲判決が出され法は修正された。

 論点4:遺族への(真摯な・心からの)謝罪がないのではないか。謝罪の文面が最後にある(288p)。「被害者のご家族の皆様へ」として「まず、皆様に無断でこのような本を出版するようになったことを、深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ありません」。

そして最終の頁(294p)の最後の行に「土師淳君、山下彩花さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。本当に申し訳ありませんでした」とある。

だが、これは文例集の複写に近い。その間に挟まれた5頁にわたる文章は「謝罪」ではなく、手記を書くことの動機・理由・言い訳であり、「自分の生を掴み取る手段(294p)」とも吐露している。専ら自分の誇示だ。(本書を読めば)遺族は「Aの『謝罪』は決して本心からではない」との疑念を持つであろう。

 論点5:なぜAへの世間の非難が続くのか。Aは刑法ではなく少年法を適用され保護観察を経て社会復帰した。「Aは逃げ切った」と認識されてい
るのだ。

かつて4人を射殺した永山則夫は自らの過去を著書「無知の涙」に書いた。数冊の印税は遺族に贈った。永山は死刑判決を受け執行された。世間は彼に対し帳尻合わせに似た相殺感情を持った。Aとの違いである。(また、著作のレベル差も歴然としている)

 論点6:Aによるホームページ「存在の耐えられない透明さ」の開設が報じられた(2015/9)。この評価はどうか。呆れた。Aは行為を反省していない。犯行直後に本家帰りした感じだ。ますます本名は名乗れず匿名を通すしかなくなった。

出版社とは無関係らしいが、自己顕示と商売のためとしか思えない。異様な写真がある。頭を布で覆い遺体らしい物体の一部を抱えた(Aの?)裸体、容器に盛られた大量のなめくじ・・・。嫌悪感が募る。(その後HPのアカウントは凍結された)。

ところで、話を大きく転じる。2008年、歌手アンジェラ・アキは「手紙〜拝啓15の君へ〜」を発表した。作詞・作曲・編曲・歌。19分25秒の長い名曲である。15歳と30歳の「僕」が架空の手紙を交信する。

《♪拝啓 この手紙読んでいるあなたは どこで何をしているのだろう 十五の僕には誰にも話せない 悩みの種があるのです・・・・(15歳から30歳の僕へ。中略)。

♪拝啓 ありがとう 15のあなたに伝えたい事があるのです 自分とは何でどこへ向かうべきか 問い続ければ見えてくる・・・(30歳から15歳の僕へ)》

最後に、私はAに提案したい。「32歳の僕から14歳の僕への手紙を書いてください」と。

その手紙は・・・。Aは仮想法廷で(32歳!の)自分の殺害行為を少年法ではなく刑法に問う。自己判決は「死刑」である。14歳の僕へ「死刑と復活」、つまり「過去の抹殺と社会復帰」を報告する。

深刻な反省の果ての社会復帰でなければ、今後のAに平穏な人生は訪れないだろう。「絶歌」の終章(あとがき)を真の謝罪と反省を自分の言葉で書き直す。その言葉を行動に移す。そう、言葉より行動が大切である。

被害者の遺族の昇華された永遠の願い・・・、それは「二度と悲劇が繰り返されないこと」なのだから。(2015/11/3千葉市在住)

◆企業の英語公用語化は不可避?

平井 修一



北村隆司氏は伊藤忠東京本社から伊藤忠アメリカ・ニューヨーク本社に赴任し、この間、Harvard UniversityのAdvanced Management Programを修了。1986年には Senior Vice Presidentに就任した生粋の国際派商社マンだ。

氏の論考「お気は確かか? 楽天の“カタコト”英語主義」(アゴラ11/1)から。

<先日、NHK番組をつけたまま本を読んでいると、とつとつとした日本語訛りの英語が耳に飛び込んできた。

何か?と思ってTV画面を見ると、楽天の三木谷社長が「電力販売に参加する」と言う国内発表の英文原稿を読み上げている最中であった。顧客のほぼ100%が日本人である電力販売の公式発表を英語で行う等は宣伝目的のパフォーマンスかと思ったらそうでもないらしい。

情報量では他言語の追随を許さない世界共通語の英語力で、特段に劣る日本の不利を痛感した楽天が、英語を公用語化した事は理解出来るが、日本で営業する企業で最も大切な筈の顧客とのコミュニケーションを、わざわざ日本語なまりの英語で行う事は「お気は確かか?」と聞きたくなるほど理解を超えている。

企業も含む国際組織では、思考、生活、文化と密接に関係する言語から英語の様な特定言語を公用語として採用する事は、差別的結果を生みやすい事もあり軽々しくすべきではないと言うのが多数意見だが、これを怠ると非英語圏の国際コミュニケーションの効率が低くなるジレンマがある。

この問題に直面した欧州連合では、“言語は欧州の貴重な財産である(Languages: Europe's asset)”と言うモットーの下に特定の言語の公用語化を避けて、加盟国内の市民が用いる24の言語を公用語化し、域内の市民には母語に加え二つの言語が話せる教育に力を入れる決定をした。

この決定の背景には、1000人に1人が母語をベースにした手話を第1言語としている事実を考慮して、加盟各国の手話も公用語として認知する弱者への配慮もあった。

一方、楽天の人事部が発表した「英語公用語化必用論」の3つ理由は「1)優秀な人材を獲得できる事。2)グローバル規模での情報共有と意思疎通を迅速にできる事。3)グローバル市場で勝つには、英語で世界に発信していく必要がある」

と言う「言語道具論」一辺倒で、言語の文化的意味や弱者への配慮は見られない。

楽天では、三木谷社長の「英語だけの強制的な環境を作る」と言う方針に従い「英語のテスト結果と給与を連動する社員資格を設け、目標をクリアしないと、給与を10%カットする」等々、戦時中の「敵性言語使用禁止命令」に匹敵する厳しい社内規定を設けたと言う。

その徹底振りは、ある事業長が「今日は日本人3人の会議なので日本語で……」と語りかけた瞬間、「No! English only !」と社長に拒絶され、その結果は「英語でやると議論は活性化しないし、皆黙ってしまう」と人事部長自ら白状しているくらい、意図とは反対の結果を生んだという。

何れにせよ、TOEICの成績で決める英語力などは子供に毛が生えた程度に過ぎず、世界の競争に堪えるとは思えないが、英語力がそれ程重要なら本社を英語圏に移せば足りる事である。

国家レベルでは規制廃止論のチャンピオンとして安倍総理に目をかけられた三木谷氏だが、自分自身が規制側に廻るとサラリーマンの一番の弱みである「出世」を人質にして英語習得を強制する強権的規制をするのが面白い。

然し、三木谷氏は誰も否定出来ない「大成功の実績」の持ち主であり、楽天の経営方針に外部の者が口を差し挟むべきではなかろう。

問題は、いかに成功しても公共性を持つ大企業のトップとしての社会的責任は免れない事だ。

CSRもその一つだが、日本で行なわれる株主総会、決算発表会、記者会見では株主や記者は同時通訳用イヤホンで内容を知るに至っては、誤解を招いた時の責任が社長にあるのか通訳にあるのかも判らない透明性欠如にもつながりかねない。

これでは「日本人同士のやりとりなのにバッカみたい……。」と言う声が出るのも当然で、これが三木谷社長憧れの英語圏の出来事であったら「嘲笑」「冷笑」の的になるのがおちである。

言葉の取り扱いで特に注意しなければならないのが、日本は世界有数の自然災害多発国だと言う事実である。

緊急災害時の社内連絡を日本語でしたら出世の妨げになるのだろうか? 避難先の指示案内も、英語で書かれているのだろうか? 自然災害での社内放送は何語で行なうのか?

手話も英語の手話か?

仮に、これ等の避難準備情報の伝達が英語で行なわれるとしたら、外部からの訪問客への責任はどうなるのであろうか?

そして、役所を始め複雑なコンプライアンス法規を取り扱う外部と折衝する法務や人事、広報、渉外の各部の社員は、何語で折衝するのであろう?

この様に、楽天の英語公用語化の実施方式には疑問が尽きない。

EU諸国と異なり、日本語文化と英語文化には表意文字と表形文字の違いがある。

「人偏(にんべん)」と「者」との間にコミュニケーションを意味する「言」の字を入れて「儲け」と書く様に、日本語の奥は深く、日本の機微に触れたきめ細かな顧客サービスの特徴も日本語と密接な関係にある。

英語の公用語化が国際化だと考える事は「おはぎにバターを塗れば国際化
が進む」と言う考えに似た愚かな考えで、必要なのは国際的に通ずる価値
観とそれに沿った有益な提案は提案者の国籍を問わずに受け入れる体制を
作ることが先である筈だ。

楽天の英語公用語化の内容を知り「語学力は国際化の一つの要素だが、ま
ず日本の文化を理解していないとグローバル化に対応できるとは思えな
い」と述べられたノーベル賞学者の赤崎教授の言葉が思い出された>(以上)

三木谷社長自身は英語公用語化をどう評価しているのだろうか。「楽天の
英語公用語化は、ヤバいです 楽天・三木谷社長ロングインタビュー」
(東洋経済オンライン2014/3/27)から。

<――楽天は2010年の初夏から社内での英語公用語化を進めてきました。当
初、かなり批判もありましたが、現時点での自己評価は?

(笑)批判ありましたね。なんで批判されるのか、それがわからないですね。一企業がやることはほっといてくれればいいんじゃない。

――今、どうですか。振り返ってみて。

いや、もうこれは、ヤバイですね。

――どうヤバイですか?

いや、もうこれ(英語公用語化)がなかったら、たぶん今の地位にはいないと思います。売り上げもどんどん伸びていますし、国際的なプレゼンスも上がってきていますし、入社する社員のクオリティも非常に上がってきています。社員の視野もまったく変わってきている。

いくつか事例を挙げると、ひとつ目はエンジニアの採用。現在、日本のエンジニアの採用の70%は外国人です。彼らは日本語をまったく話しません。だから新入社員説明会というと、昔は外国人が数人いるという感じでしたが、今は「日本人いたの?」という感じになってきました。

インターネット企業は技術がいちばん重要です。ただ、日本でコンピュータサイエンスを専攻している卒業生は、だいたい年間2万人しかいません。それに対し、アメリカは約6万人、中国は100万人、インドは200万人いるんですよ。だから何百万人のプールから人を雇うのか、それとも2万人のプールから雇うのかによって、競争優位が全然変わってきます>

「大成功だ」と三木谷社長は誇らしげだ。一般に普通の企業なら英語が必要な案件は国際部といった部署で対応するのが長年のやり方だった。ところが上から下まで英語公用語化となると、既存の日本人社員にとってはチャンスどころか大ピンチになる。

「英語公用語化は突然降ってきた……ドメスティック社員たちの慟哭」(プレジデント・オンライン9/14)から。

<12年3月に公用語化に踏み切ったファーストリテイリングでも社員の負担は重かった。管理部署勤務の清水さくら子氏(仮名・36歳)は「目標のTOEIC700点をクリアするまでオンライン学習が義務づけられ、実際にやっているかのモニタリングもされた。

スタートしてからは文書の日英併記などの業務も加わり、当然、生産性は落ちた。多くを占める国内の店舗従業員は英語力を求められるのは予想外で、日常業務での必要性も感じず、忸怩たる思いで辞めた人もいる」と指摘する>

賛否両論はそれぞれ説得力がある。しかしグローバル化のなかで企業が一流を目指すには英語公用語化は時代の趨勢なのだろう。

<ホンダが6月30日に開示した「サスティナビリティーレポート」で2020年を目標にした英語の社内公用語化を宣言し、経済界に大きな衝撃を与えた。

3年前の12年10月。ホンダの伊東孝紳社長(現取締役相談役)はインタビューに答えて、「日本人が集まるここ日本で英語を使おうなんてばかな話」と否定。そのホンダが「1人でも外国人が入る会議や海外部署との打ち合わせは基本的に英語で行う」(広報部)という>(同)

小生が現役だった頃は、もしかしたら今よりずっとのんびりした時代だったのかもしれない。海外旅行の添乗員は英語ができなければお話にならない。一流の人はもうひとつくらいの言語をものにする(ポルトガル語が多い)。当たり前と言えば当たり前だ。

これからのビジネスマンは文系だろうが理系だろうが「最低でも英語ができなければ一流にはなれない」のだ。サラリーマンは気楽な稼業から過酷な稼業になってきた。ますますそうなるのだろう。(2015/11/2)

2015年11月02日

◆「親日教科書」は反対

黒田 勝弘



日本で起きたことは韓国でも必ず起きる。1970年代から韓国で“住み込みウオッチング”してきた経験からくる筆者の韓国観である。大きくいえば、今後の韓国の国家としての最大トレンドは経済の低成長と社会の高齢化であり、その結果、韓国には新たな「日本に学べ」ブームが起きると言い続けてきたが、そうなりつつある。

表向き日本は嫌いでも、自ら生き残るためには裏ではいつも日本を参考にし、学ぼうとするのが韓国だ。

今、韓国は歴史教科書の国定化復活問題で大騒ぎしている。歴史教科書をめぐってはこの数年、社会的、政治的に左右の対立が続いてきた。日本では完全に“デジャビュ(既視感)”の世界である。日本の経験と全く同じ展開なのだ。

そもそも90年代以降の「民主化韓国」は、日本の経験でいえば戦後的風景といっていい。日本が45年の敗戦後に経験したことが韓国で再現されているのだ。

日本の戦後は過去の軍国主義時代を否定する民主化時代だったが、韓国の民主化もそれ以前の軍人政権時代を否定するかたちで進められた。それが時代の潮流となり流行となると必ず行き過ぎが起き、次はそれに対する揺り戻しが始まり社会的・政治的衝突になる。

日韓とも民主化の副産物の象徴が、教育や教科書の左傾化である。これは物事をすべて持てる者と持たざる者、権力と民衆、強い者と弱い者…と二分化して後者が正しいとする“階級史観”のことをいう。

日本では左派の教職員労組「日教組」が教育現場で猛威を振るったが、韓国でも民主化で誕生した「全教組」が大きな影響を持ち政府にいつも反対している。

国を否定し反政府運動を大きく取り上げ、歴史の明るい面より暗い面を強調する左派中心の教科書に反対する保守派は「均衡の取れた新しい歴史教科書」を出した。しかし左派勢力が執筆者や出版社、学校に圧力を加え、それを排除したのも日本と同じだ。

ところが韓国の場合、保守派の朴槿恵(パク・クネ)政権は元の国定の単一教科書に戻すことで左派的歴史観を排除しようとしている。しかしこれは民主化以前への逆戻りイメージで危うい。

国定復活論に反対する左派や野党勢力は「国家が歴史観に介入するのはおかしい自由で多様な歴史観が認められるべきだ」と主張するのだか「だったら保守派や右派の教科書を排除するのはおかしいじゃないか」と言えばいいのだ。

日本と同じく左派は「多様な歴史観を認めろ」と言いながら、実際は右派の教科書に対しては弾圧、追放運動をしている。この矛盾をつくのが得策である。

左派や野党陣営は国定復活論に対し「親日美化」などといって例の反日情緒に訴え反対を扇動している。「親日美化」というのは、保守派の歴史教科書が日本統治時代に人口が増えたことやコメの日本移送を「収奪」ではなく「輸出」と記述し、戦後の日韓国交正常化を韓国発展に寄与したと紹介したことなどをいう。

つまり事実を記述しても「親日」になるからケシカランといって非難する。日本関連では反日以外は一切認めないというのが韓国を支配する左翼史観である。一方、朴槿恵大統領をはじめ保守派や右派も「親日」と言われると、とたんに腰が引ける。多様な歴史観、多様な歴史記述に向けた道は依然、遠い。
                  (採録:松本市 久保田 康文)

◆寿命「100歳」時代の生き方

伊勢 雅臣



■1.「2045年に平均寿命は100歳に到達しているだろう」

平成26(2014)年の日本人女性の平均寿命は86.83歳で3年連続世界一を達成した。男性は80.50歳で4位から3位に順位を上げた。長寿国として世界に誇れる記録である。[1]

「いくら寿命が延びても、寝たきりの状態では」と思う読者もいるだろうが、介護が不要で、日常生活に支障なく、自立して過ごせる「健康寿命」でも、女性75.56歳、男性71.11歳と、男女とも日本が世界一であることを米国の研究チームが発表している。[2]

厚労省は平均寿命が延びている理由として、「がんや心臓病、肺炎、脳卒中などによる死亡率が改善したことが要因」と分析し、「医療技術の進歩や健康志向の高まりに伴って『今後も平均寿命は延びる余地がある』(同省担当者)」としている。[1]

いったい、寿命がどこまで延びるのか、という疑問に、近い将来、平均寿命は100歳に到達するという予測がアメリカでなされている。「そんな、馬鹿な」と思うかもしれないが、論より証拠、日本人女性の平均寿命の伸び具合を見て貰いたい。

大正14(1925)年: 43.20歳
昭和40 (1965)年:72 .92歳
平成14 (2014)年: 86 .83歳

近年、ガン研究が急速に進展し、再生医療技術の劇的な進歩で様々な臓器が再生・移植できるようになり、かつ老化そのものを遅らせる技術も生まれつつある。世界の多くの研究者が「2045年に平均寿命は100歳に到達しているだろう」と予測している。[3]


■2.「働いてない人は目が死んでいる」

平均寿命100歳の時代となると、20歳から40年働いて、60歳台で定年を迎えても、あと30年ほども時間がある。余生というには長すぎる時間をどう活用するか、考えなければならない。

世界トップの長寿国として、そのお手本を示す責務が日本にはある。幸い、我が国には長寿社会での生き方を探求している企業がある。60歳以上の高齢者の人材派遣業を行っている、その名も「高齢社」である。[4]

同社の社長・上田研二さんは、あるスナックのママさんの「働いているかどうかは、ひと目で分かる」「働いてない人は目が死んでいる」という言葉を紹介している。

定年退職後の半年くらいは「定年万歳」と、旅行、ゴルフ、カラオケなどで楽しく過ごす人もいるが、半年もすると暇を持て余すようになり、「毎日が日曜日」の生活に飽きてくる。

運動量が減ることもあって、体重が増え、体調が悪くなる。いつも家にいることで、家族からも邪魔者扱いされる。孤独を感じ、「生きがい」が欲しくなってくる。これらの不安を一気に消し去ってくれるのが働くことだと、上田さんは指摘する。

上田さんは東京ガスの孫会社で社長をしていたが、ガス機器や水回り設備の点検・修理などの技術を持った人々が定年後も働く意欲満々なので、こういう人々に活躍の場を提供しようと新たに会社を作った。東京ガスの多くの幹部も「これからの高齢化社会にも寄与することだから」と後押ししてくれた。

平成12(2000)年に60歳以上の社員30 人で、高齢社をスタートさせた。さらに高齢の女性にも家事代行サービスの仕事を提供し、その後も派遣業務の幅を広げてきた。高齢の派遣者を受け入れる側も、「仕事を丁寧にきちんとやってくれる」「高齢の方でも元気に働いている姿を見ると、周りも刺激を受ける」と好評だった。

上田さんは誰かに会ったら、必ず「何かありませんかね」と高齢者の仕事の需要がないかを聞く。「こういう仕事、やらせてもらえませんか」と自分から提案する。人手を欲している職場と、仕事が欲しい高齢者がきちんと出会っていないのが現状だ、と上田さんは指摘する。高齢社はそんな現状を変えようと挑戦している。

そんな実例を紹介しよう。

■3.まずは朝の掃除から

高田圭子さん(65歳)は、父親の介護のために、57歳で早期退職した。60歳の時に父が亡くなり、第二の人生を謳歌しようと、1年間、デッサンやアートワークショップに通った。しかし、年金だけでは生活は厳しいので、できれば好きな絵を活かして働きたいと思った。

地元のハローワークに通ったものの、60過ぎで絵を活かせるような求人は見つからなかった。そんな時に知人が高齢社を紹介してくれ、リフォームの会社で1年契約のパートして働けることになった。高齢なのに、簡単に勤め先が決まって、正直、驚いた。

その会社は若いスタッフが多く、活気があった。高田さんは何からやったらよいのか判らないので、まず自分でできることとして朝の掃除から始めた。「それをやっちゃうと、あなたがずっと掃除係になるよ」と親切心から忠告してくれる人がいた。

しかし、みんなが気持ちよく仕事できるなら、それでもいいと思い、やはりずっと掃除担当になったが、後悔はなかった。

それに加えて、苦情を言ってくるお客さんや、難しいお客さんの対応は自ら進んで引き受けた。若い社員がストレスを受けるより、人生経験のある自分の方が対応も容易だと考えたからだ。

さらに手書きでリフォーム後のパース(完成予定図)を描いてやると、見積もりの際に役立つと、皆が高田さんに依頼するようになった。翌年にはパソコンでパースを描ける人が転入してきたので、2年で契約終了となったが、最終日には真っ赤なバラの花束を職場のみんなからプレゼントされ、温かく見送ってくれた。充実した2年間だった。


■4.「そんな今の自分が、一番好きです」

次の仕事も、高齢社がすぐに紹介してくれた。段ボール構造を利用したフスマのメーカーで、企画提案のできる女性が欲しいとの要望だった。

高田さんは手書きの紙芝居のような絵を描いて、お客さんに商品を紹介することを提案した。社長もそのアイデアに乗ってくれて、一緒に考えたり、アドバイスをくれた。営業担当の人々からも「お客様に分かりやすい」と好評を得た。社長は妥協のない人で、まだまだ満足はして貰っていないが、高田さんは社長が満足するまで続けようと思っている。

ある時、高田さんの席の後ろに、家電店の大きな箱が置いてあった。社長がニコニコしている。開けてみると、中から出てきたのは、パソコンとペインターソフト。

手書きの味わいも良いが、修正のたびに高田さんが苦労しているのを知っていて、パソコンならそんな手間が省けるのではないか、と社長は考えたようだ。「どうかなって思って買ってみた。使えなくても全然大丈夫。これで遊んでいいんだからね」

最初は正直な所「参ったなあ」と思ったが、こういう機会を与えて貰って「なんて幸せなんだろう」と思い直した。「社長に応えたい!」と奮起して、自宅で練習するために同じパソコンとソフトを買った。

「そんな今の自分が、一番好きです」と高田さんは語っている。


■5.70歳で介護施設に就職

熊野忠孝さん(76歳)は、現役時代は商社マンとして海外を飛び回っていたが、63歳で定年退職、その後、商社時代に付き合いのあった会社で66歳まで働き、さらに70歳までは週1日の契約で、別の会社の相談役をしていた。

残りの6日間はやる事がなく、いつか中国史を学んでみたいと思っていたので、図書館通いも始めたが、だんだん足が遠のいてしまった。大の甘党なので、饅頭や大福を食べながら、朝からテレビを見ていると、体重がみるみる10キロ以上も増えてしまった。

「体は重いし、腰は痛いし、困ったな」と思っているところに、昔の職場の後輩で、介護施設を立ち上げた所長が、熊野さんを入居対象者として勧誘しにきた。もちろん入居する気はまるでなかっが、「とにかく痩せたい」と思っていた所に、「うちで働いたら、すぐ痩せますよ」の一言。

それから熊野さんは、福祉専門学校に通い、70歳手前でホームヘルパー2級と在宅介護の資格をとって、水曜から日曜までの週5日、介護施設で働き始めた。仕事の内容は、日帰りのデイサービス利用者の食事介助、入浴やトイレ介助を中心に、施設内の清掃や厨房での皿洗い、と何でもこなした。

現役時代は一切家事をしてこなかったので、すべての仕事が初めてだった。入居者の抱きかかえ方、背中の洗い方などで「そんなんじゃダメだ!」と叱られれば、「日本一の三助になろう!」と努力し、褒められればとても嬉しかった。

朝5時に起きて通勤2時間、施設には7時半に着いて、夕方5時半過ぎまで働く。万歩計で計ると、毎日1万4〜5千歩も歩いていた。わずか半年で、かつての体重に戻った。


■6.「今日も一日お疲れ様」

施設の仕事は人対人だ。仕事だから相手も遠慮しないし、ごまかしは効かない。

入居者は80代が中心で、70代の熊野さんが出勤すると「おじいが来た、おじいが来た」と喜んでくれる。元魚屋さんや元パン屋さん、元校長がいたりで、元商社マンの熊野さんの知らない世界の話が聞けるのは、とても新鮮だった。熊野さんも商社マン時代に全国あちこちで仕事をしていたので、それを話す。

日々の仕事に加え、「先生」役も始めた。「五七五の会」と称して川柳のような5・7・5のリズムの詩を入居者の人たちと作る。「梅」「節分」
「春」などと題を出して、みんなの前で発表して貰う。
 
レクリエーションに参加することを頑なに拒み続けていた男性がいたが、「梅で一句!」と声をかけたら、その男性はつい乗せられて、一句すらすらと書いた。それを褒めると、いつも怒ったような顔つきをしていたのに、とても嬉しそうな表情になった。以後、積極的にレクリエーションに参加してくれるようになった。

一日の仕事の後には、一杯の缶コーヒーを飲む。「今日も一日お疲れ様」という自分なりの儀式で、これが、今、一番の幸せの瞬間だ。介護の仕事は決して楽ではないが、やればやるほど手応えがある。奥さんとの仲も、とても良くなった。熊野さんは、そんな今が一番幸せだと感じている。


■7.「定年後に働くと、いいことずくめ」

高齢社の社長・上田さんは「定年後に働くと、いいことずくめだ」と言う。

まず健康にいい。働くことで元気になる。熊野さんは毎日1万4、5千歩も歩いて働くことで、半年で太りすぎを克服した。適度な緊張感と責任感が、元気な体をつくり、健康寿命を延ばしてくれる。

第2に、働いて稼いだお金は、いい「お小遣い」になる。貯蓄を取り崩して遊ぶことには抵抗を感じる人が多いが、自分で稼いだ金は、孫に何か買って上げたり、ゴルフにも気分良く行ける。

第3に「生きがい」を感じられること。遊んでいるだけでは、自分がこの世からいなくなっても、誰も困らない。職場で頼りにされることで、自分自身の存在意義を感じることができる。

社会にとっても、少子高齢化で人不足になったり、また農業や介護など、若い人が行きたがらない分野がある。そういう分野で、高齢者が進んで仕事をすることで、社会への恩返しにもなる。


■8.体が動くうちは働いて世の中のお役に立つことが幸せ

我が国は長寿社会として世界の最先端を走っているが、同時に我が国の文化伝統には、長寿社会に適した労働観がある。

キリスト教文化では、労働とは知恵の木の実を食べたアダムやイブが神から与えられた罰とされている。だから、早く金を貯めて退職し、気ままな余生を送ることが夢になっている。そのため、働かない余生がいかに虚しいか、という事に気がつかない。

欧州では、まだ伝統的な家族制度が根づいていて、老人は孫の世話など家庭内の出番があるから良いが、アメリカでは仕事もなく、家族からも切り離された老人が寂しく公園で時間をつぶしている。

筆者も、アメリカに留学した頃、歓迎パーティで出会った老婦人から、初対面なのに「ぜひ遊びに来てくれ」と、懇願するような顔つきで誘われて、返事に窮したことがあった。家族も仕事もない余生とは、かくも寂しいものなのだな、と感じたものだ。

それに比べれば、我が国は高天原の神々でさえ、田畑を耕したり機織りをしたりして働いている。体が動く限りは働いて世の中のお役に立つことが幸せなのだ、というのが、我が国の労働観である。

こういう社会では、商社マンとして功成り名遂げた人が、70歳から介護の仕事についていても、尊敬されこそすれ、誰も軽蔑したり、不思議がったりはしない。60過ぎの老婦人が、仕事に役立てようとパソコンと悪戦苦闘していても、職場で応援されることはあっても、からかったりする人はいない。

この崇高な労働観が伝統文化として根づいているのが、日本社会の美風である。その美風をますます広めて、100歳になっても世の中のお役に立つ仕事をすることが幸福だという生き方を多くの国民に実践して貰いたいものだ。そんな「寿命100歳」時代のお手本を世界に示す事は、国際世界に対する貴重な貢献となろう。


■リンク■

a. JOG(779) 『古事記』がもたらす日本の元気
『古事記』は現代社会の諸問題を解決する知恵に充ち満ちている。
http://blog.jog-net.jp/201212/article_6.html

b. JOG(847) 養生訓 〜 人々がみな幸せに仲良く暮らせる国を創る道
83歳の貝原益軒は、自身の体験から編み出した、心身ともに健康で充実した幸福な日々を送る術を書き残した。
http://blog.jog-net.jp/201404/article_7.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 日本経済新聞、H27.7.30、「女性86.83歳で3年連続世界一 14年の日本人平均寿命」

2. 産経新聞、h27.8.28、「「健康寿命」日本が首位 男性71・11歳、女性75・56歳 英誌に188カ国調査」
http://www.sankei.com/life/news/150828/lif1508280017-n1.html
3. 上野泰也のエコノミック・ソナー「『平均寿命100歳』になると社会保障費はどうなる?」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150116/276329/?rt=nocnt

4.上田研二『私はやった、あなたもできる! 定年後に働く、うれしい毎日』★★、WAVE出版、H24
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/487290592X/japanontheg01-22/

◆日本包囲網築く中国の悪意ある戦略

櫻井よしこ


中国の習近平国家主席は10月20日、英国議会に続いて、バッキンガム宮殿で開催された公式晩さん会でも演説した。英国メディアは、白いドレスで正装したエリザベス女王と赤いドレスで装ったキャサリン妃の間に、黒い人民服姿で座る習氏の映像を伝えた。
 
習氏は2つの演説の双方で、「日本の残虐性」に言及した。女王陛下主催の華やかな晩さん会で、英中以外ただ1つ、第三国の名、日本の国名を挙げて、「日本軍の残虐性」を語ったのである。何という悪意か。
 
習演説は1998年の江沢民演説と重なる。国賓として来日した江氏は天皇、皇后両陛下主催の晩さん会のみならず、早稲田大学でも、「過去の侵略の歴史をかがみとして、日本人は未来永劫、反省しなければならない」と語った。中国の「対日歴史戦争」はいささかも変質することなく、執拗に続いている。
 
同じ日に国連総会では、中国の国連大使、傅聡氏が、日本非難を展開した。日本が保有する核物質は核弾頭にして1000発以上に相当し、核拡散の観点から深刻なリスクだ、日本の「著名な政治家」が核武装論を展開しており、政策決定がなされれば日本はごく短期間で核武装国になると警告した(「産経新聞」10月22日)。
 
日本に核拡散の危険ありなどと、中国に言われるゆえんは全くない。核を拡散してきたのはむしろ中国である。中国が北朝鮮に核開発のための全面支援を行ったこと、パキスタンには核物質の製造を含めて核兵器完成に必要なインフラ技術まで全てを伝授したと、トーマス・リード氏が『核の急行列車』で書いている。氏は米レーガン政権の国家安全保障会議で対ソ連戦略を担った専門家である。
 
中国がパキスタンの核武装を助けたのはインドけん制のためだ。インドはパキスタンによる北からの脅威、中国が仕掛ける国境紛争と、海からイんドを追い詰める「真珠の首飾り作戦」で、膨大な国費を使わされ、そのために「超大国になれず、地域大国として終わるだろう」といわれている。
 
ちなみに、右の分析は英国のシンクタンクによる。彼らは実に冷静に世界情勢を見詰めている。
 
今回、英国は王室を筆頭に国を挙げて中国を歓迎した。格別の歓待を引き出したのが中国の膨大な資金である。ヒンクリーポイントの原子力発電所建設、新高速鉄道建設などの大プロジェクトに総額300億ポンド(約5兆5000億円)を中国が出資する。英国がどれほど徹底して実利を追っているかを見事な絵にしてみせた、習氏の英国訪問だ。
 
EUの大国、ドイツの親中政策に続いて、私たちは英国が中国に吸い寄せられる様子を眼前に見ているわけだ。それはEUが経済で中国に引き寄せられ、歴史問題で日本が徹底的に悪者にされていくプロセスでもある。
 
しかし、中国の国内情勢は異常だ。習氏は「総体的国家安全観」を打ち出し、政治、軍事だけでなく、経済、文化、社会、科学などのあらゆる分野で「国家の安全」が脅かされており、あらゆる分野で取り締まりを強化すると訓話した。当局の意に反すること全てが取り締まりの対象になる。そのことを示すのがますます強化される弾圧と深刻化する人権侵害だ。こんな前近代的習体制の国がどれだけ持つのか、疑問である。
 
中国が無理を重ねて日本非難の包囲網を築きつつあるのを尻目に、安倍晋三首相は22日、モンゴルと中央アジアの6カ国歴訪の旅に出る。いずれも地政学的に非常に重要な国々だ。日本は中国とは対照的な、現地の国の人々を育てる開発と、公正な民主主義の価値観に基づく関係強化で、日本と連携する諸国との未来展望の枠組みをつくればよい。

『週刊ダイヤモンド』 2015年10月31日号 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1106
               (採録:松本市久保田 康文)

◆私の「身辺雑記」(276)

平井 修一



■10月30日(金)、朝は室温21度、快晴、ハーフ散歩。

「南シナ海 米軍派遣 中国人の反応」で検索したら「中華看看」10/29というサイトにこうあった――

・もう気が済んだだろ、早く帰れよ。

・ラッセンは地獄に落ちろ!!!

・人工島にミサイルの配備を急ぐべきだ。

・中国政府はあまりにも無能。もうアメリカのやりたい放題だな、今後も同じようなことが頻発するに違いない。1回弱みを見せたら10倍の強硬的な態度を取られるのに。

・中国がアメリカ第一の攻撃に何もできなかったから、アメリカが調子に乗って第二第三の攻撃を仕掛けようとしているようだ。

・アメリカ空母を押収しオバマに謝罪させ、二度と南シナ海に手出ししないよう約束させろ。

・釣魚島へのパトロール増加!宮古海峡にも船を向かわせろ!

・私は米軍には中国に侵入する勇気など持っていないと思っていたが、勇気がないのは中国の方だった。

・戦争しよう、どのみち経済状況が良くないのだから。

・中国軍はそんなに弱いのですか?

・中国は静かに大物を狙っているだけ、昨日の駆逐艦は無視したが空母が来たら撃沈するから。

・じゃあ次は空母を無視して連合艦隊を待つんですかね。

・米空母が12海里内に入ってくることはないと思うが、艦載機は12海里内上空を飛ぶことになるだろうな、彼らはそれで飛行の自由を試す気なのだろう。

・訪米からわずかな期間でこのような事を許すなんて、いくつもの契約を交わし新型の大国関係を築いたのではなかったのか。このような弱腰の言葉しか言えないならもう大国を名乗るな!

・軍隊は主権を保護するためのものではなく政権を保護するためのものだ!

・そろそろ資産をアメリカに移しておいた方がよさそうだ。(以上)

米中チキンレースで初回は中共がチキンになったと人民は判定しているようだ。習近平は軍に「呼べば来る、来れば戦う、戦えば必ず勝つ」と盛んに発破をかけていたが、軍事力を発動しなかった or できなかった。

「戦」の一字を忘れたら外交で侮られる、と西郷先生は訓示しているが、習とその軍が猛烈に反発しないと内政でも求心力を失っていくのではないか。

米中冷戦は火を噴くのか、それとも一線を越えるか。昨日、中共軍報道官は定例記者会見で、記者の質問(どうせヤラセだろうが)に「米中間の不測の軍事衝突回避の合意について守る」とぶっきらぼうに述べた。軍は今のところ熱戦にする気はないようだが、人民の不満は募るだろう。

小原凡司氏の論考「一隻の米イージス艦の出現で進退極まった中国」(ニューズウィーク10/29)から。

氏は1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。東京財団研究員。

<米国のオペレーションは、中国が軍事的な対抗措置を採れば、軍事衝突につながりかねないものだ。各種戦闘に対応できる駆逐艦を送り込んだのは、中国にとってみれば、「やれるものならやってみろ」と言われているようなものである。米国は、中国との軍事衝突を恐れていない、と言っているのだ。

中国は、米国との軍事衝突は避けなければならない一方で、米国に対する譲歩の姿勢を、特に、中国国民に見せることは出来ない。

米国に対する譲歩の姿を見せられないということは、南シナ海における活動を直ちに停止することは難しいということでもある。目に見える形で、米国の圧力に屈したことになりかねない。

中国は、この公海を領海だとしている。他国海軍の活動を許せば、中国は面子を失う。しかし、排除しようとすれば、交戦も覚悟しなければならない。

米海軍に対処しても、しなくても、中国は追い込まれてしまう。米国は、「航行の自由」作戦を継続する。中国が、米国が納得する譲歩を模索できる時間はさほど長くないかもしれない。中国は、厳しい選択を迫られている>(以上)

■10月31日(土)、朝は室温19.8度、曇、ハーフ散歩。

昨日、老犬はカミサンに引率されて動物病院へ。狂犬病の予防注射や健康診断を受けたが、不整脈は昂進しており、手足の変色はアレルギーのためだという。来月には17歳、人間で言えば90歳だから、あれこれ故障があるは仕方がない。ここ3年ほどは治療はしていない。

食欲もあるし、お通じもいいので、ま、いい晩年だ。伸びすぎていた爪も切ってもらったので今朝は快適そうに歩いていた。母を看取り、これからは老犬も看取り、そして小生は看取られるのだろう。

昼から小1女児預かり。どんどん背が伸び、目も大きくなって、まるで猫娘のよう。11月には7歳になり、七五三だ。18歳?の成人式に小生はまあ、いないだろう。キッチンヂイヂとして記憶されるに違いない。蓋棺事定、棺を蓋いて事定まる。国家も同様か。

大国とは経済力+軍事力+文化力=政治・外交力を含めた影響力で世界から評価されてこそ大国だ。戦後の日本は軍事力と文化力で出遅れていたが、このところ文化力では結構評価されてきたし、通常兵器・兵員の軍事力では米露中に次ぐ世界4位になったそうだ。

ただ、露中は決定的に文化力で遅れており、米に次ぐ大国にはなれそうもない。世界日報10/30「中国共産党政権は“文化”を築けるか」には大いに考えさせられた。

<中国の海外反体制派メディア「大紀元」(10月22日)には、米ニューヨーク在住の中国問題専門家ゴードン・G・チャン氏とのインタビュー記事が掲載されていた。チャン氏には「やがて中国の崩壊が始まる」(2001年)という著書がある。

同氏は、

「中国は今年、国内総生産(GDP)を7%の成長と予想したが、実際は1.2%だ。北京で噂されているのは2.2%だ。その上、資金の国外流失は1440億ドルから1780億ドルと推定されている。北京政府は経済刺激策を実施しているが経済の停滞を止めることが出来ないでいる。財政負債はGDPの350%にも達している」と述べ、

「中国共産党政権下では持続的経済発展は出来ない」と結論を下している。

中国経済の問題点に関しては専門家の分析に委ねるとして、チャン氏の返答で興味があったのは、「国営企業はビルを建てることはできても、文化を築くことはできない。開放的で自由な社会でしか文化は創造されない」と語っている点だ。

チャン氏のメッセージを読んでいると、冷戦時代を思い出した。共産政権下の東欧諸国では立派な党関連の建築物が多かった。中国共産党を含み、独裁政権は大規模な建築物に異常なまでに拘る。しかし、その建物から一歩外に出ると多くの国民が欧米社会を夢み、民主主義を叫んでいたのだ。

例えば、ルーマニアのチャウシェスク大統領(1918〜1989年12月25日処刑)は巨大な大統領宮殿を建設していたが、その大統領宮殿の住人になれず、1989年12月、民主革命で処刑されてしまった。

建設中の大統領府宮殿は当時、国民を威嚇するよう異常なパワーを放出していた。同建築物を初めて見た時、当方も正直、驚いた。ウィキぺディアによると、同建築物は、米ペンタゴン(延床面積61万6540平方メートル)についで世界2番目の大きさを誇っているという。

北朝鮮を訪問したことがないが、金日成主席や金正日労働党総書記の記念像一つにしても大規模で仰々しさが漂う。共産政権の独裁者が大きな建物、記念碑に拘るのは、中身(文化)がないことをカムフラージュするためかもしれない。

世界第2の経済大国となった中国は今日、世界各地に進出し、アフリカのエチオピアでアフリカ連合(AU)本部の建物を建設し、無償贈呈している。しかし、チャン氏流に表現すれば、中国国営企業はAU本部を建設したが、アフリカの文化にこれまでのところ何も貢献していない。

経済的に進出している割には、アフリカでの中国人への評判は良くない。中国ビジネスマンの腐敗汚職を批判する声が現地から頻繁に聞こえてくる。

中国共産党政権は過去、文化の空白を補うために同国の偉人、孔子を呼び出して、「孔子に学べ」を合言葉で儒教社会主義を提唱するなど、中国文化の復興に乗り出す一方、ノーベル賞に対抗するため孔子平和賞を創設したが、「ビル」以外に文化を構築するまでには至っていない。

その理由は、チャン氏が指摘したように、文化は開放され、自由な社会でしか育たないからだ。共産党一党独裁政権下では中国の真の文化は育たないのだ。

チャン氏は最後に、「日本は将来、再び世界第2の経済大国になるだろう」と予言している。その理由は「日本経済が発展して中国経済を抜くのではなく、日本経済はそのままであっても中国が落ちていくからだ」と説明している
>(以上)

そう言えば今年の孔子平和賞に選ばれたジンバブエのムガベ大統領が受賞を拒否する見通しだという。これまでに受賞した人で受賞式に臨んだのは2人の支那人だけだというから、中共は世界中から軽侮されているわけだ。

さてさて昇龍転じて“降龍”が軟着陸してくれればいいが、小生の期待ねはずれ、悪い予感はすべて当たる。ハードランディングは避けられそうにない。可哀想な人民。共産党に騙されて散々な目に遭ってしまった。日本を敵にまわした国は亡びる。

■11月1日(日)、霜月、朝は室温16.5度、今季最低、快晴、ハーフ散歩。

昨日はわが街でも奇妙な格好をした波浪院教徒がはしゃぎまくっていた。まるで「ええじゃないか」。騒ぐ割に経済効果は大したことではなさそうだ。「その晩にはチキンを食べる」とかにすればケンタやコンビニは大喜びするだろう。

波浪院教徒の“聖地”渋谷は、性的少数派のフロンティアでもあり、渋谷区役所は10月28日から「渋谷区パートナーシップ証明書」の申請受付を開始、11月5日から交付する。渋谷区のサイトから。

<区では、「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」に基づき、男女の人権の尊重とともに、「性的少数者の人権を尊重する社会」の形成を推進しています。

パートナーシップ証明は、男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備えた、戸籍上の性別が同じ二者間の社会生活における関係を「パートナーシップ」と定義し、一定の条件を満たした場合にパートナーの関係であることを証明するものです>

そのうち日本でも同性婚が認められるようになるのだろうか。そして養子縁組などで子供を持つようになるのだろうか。子供は幸福かどうか。

日本は衆道についてはずいぶん寛容で、「やじきた」も同性愛だった。まあ、それぞれ嗜好があるから「いいんでないの、とやかく言うことではないでしょ」という感じで、キリスト教的な倫理観でこれを非難、排斥することはなかった。

ただ、家制度を重視したから、同性愛に法的保護を与えたり婚姻として認めることはなかった。小生はそれは正しいことだったと思うが、日本でも「認めろ」という人が増えている気がする。それは正論なのか。世界日報10/19「同性愛家庭の子供、情緒・発達障害が2倍」から。

<*米カトリック大 サリンズ教授が比較研究 科学的客観性無視した米学会

今年発表された米国の研究結果で、同性カップルに育てられる子供は男女の親に育てられる子供に比べ、情緒・発達面で問題を抱える割合が大幅に高いことが分かった。

研究を行ったアメリカ・カトリック大学のポール・サリンズ教授は世界日報のインタビューに応じ、同性婚は「子供にとって有益ではない」と主張。米心理学会(APA)など有力学術組織が同性愛家庭と一般家庭の子供に差異はないと結論付け、同性婚の合法化を支持したことについて「科学的客観性よりも政治やイデオロギー」を優先したと批判した。(ワシントン・早川俊行)

6月の米連邦最高裁判決で同性婚が全米50州で合法化されたが、子供に与える影響は同性婚論争の焦点の一つだった。

米心理学会は「子供の順応、発達、心理的健康は親の性的指向と無関係であることは調査で示されている」、米社会学会(ASA)は「同性愛者の親に育てられる子供は男女の親に育てられる子供と同じように成長することは、明確かつ一貫した社会科学のコンセンサスだ」とする意見陳述書をそれぞれ最高裁に提出。

両学会は、同性愛家庭でも子供は健全に育つとする同性婚賛成派の主張に学術的な“お墨付き”を与えていた。

だが、サリンズ教授によると、同性愛家庭の子供を対象としたこれまでの調査は平均サンプル数が39人と極めて少なく、他の子供と差異は見られないとする結論は「統計学的に信憑性が薄い」という。

子供がいる米世帯に占める同性愛家庭の割合は0.5%とされ、無作為に多くのサンプルを集めるのが困難なことが、信頼度の高い調査結果を得る障害となっていた。

これに対し、サリンズ教授は、米疾病対策センター(CDC)が実施している「全米健康聞き取り調査(NHIS)」に着目。毎年3万5000〜4万世帯に聞き取りをするNHISは、公衆衛生分野の調査としては世界最大規模を誇る。

サリンズ教授は1997〜2013年のNHISデータから、同性カップルに育てられる4〜17歳の子供512人を男女の親に育てられる子供と比較した。その結果、身体面や学力では差異は見られなかったが、情緒・発達面では問題を抱える割合が2倍前後高いことが明らかになった。

例えば、情緒障害を抱える割合は、同性カップルの子供が17.4%であるのに対し、男女の親の子供は半分以下の7.4%だった。また、注意欠陥・多動性障害(ADHD)や学習障害、知的障害など発達障害を抱える割合は19.3%対10.2%、情緒障害で治療を受けた割合は17.8%対10.4%、情緒障害で薬を処方された割合は21%対6.9%と、それぞれ同性カップルの子供が男女の親の子供を大幅に上回った。

*子供に害をもたらす同性婚 伝統的家庭と「根本的な相違」

さらに、その要因を調べたところ、親との「血のつながり」の有無が情緒・発達面で差異をもたらす大きな要素であることが分かった。同性愛家庭では全ての子供が実の父親か母親、またはその両方から引き離される事実を踏まえ、サリンズ教授は同性婚の弊害をこう指摘した。

「結婚は血のつながった親子を結びつけることを目的とした制度であり、これが子供にとって結婚が有益である理由の一つだ。だが、同性婚は正反対だ。同性愛家庭では実の父母と一緒に暮らしている子供は一人もいない。同性婚は子供に害をもたらすものだ」

同性婚賛成派は、同性カップルが法的に結婚できないことが子供に悪影響や不利益をもたらしていると主張し、逆に子供の問題を同性婚を正当化する根拠の一つにしてきた。

だが、サリンズ教授は「同性カップルの間に子供は産まれない。血のつながりの欠如が問題の原因であるなら、同性カップルは実の父母が子供に与えるのと同じレベルの利益を再現することはできない」と主張。

同性カップルが法的に結婚できるようになったとしても、伝統的な家庭とは「根本的な相違」があり、「その欠点を埋めることはできない」と指摘した。

同性愛家庭の子供はいじめや汚名、トラウマの経験が多いことが悪影響を与えているとの指摘もあるが、サリンズ教授の研究結果では、情緒・発達面で差異を生み出す要因ではないことが判明、むしろ、いじめを受けた経験は一般家庭の子供のほうが多かった。

サリンズ教授によると、研究結果を発表した後、これに同意する意見が同性愛家庭で育った人から複数寄せられ、ある男性は「2人の素晴らしい女性に育てられたが、父親がいないことが寂しかった。立派な男性になるにはどうしたらいいか、2人の女性からは学ぶことができなかった」と述べ、同性婚に反対の考えを示したという。

米心理学会と米社会学会が十分な科学的根拠がないまま、同性愛家庭と一般家庭の子供に差異はないと結論付け、同性婚合法化を後押ししたことについて、サリンズ教授は「残念なことに、両学会は科学的客観性よりも政治やイデオロギーに基づいて立場を決めた」と指摘。「最高裁は同性婚反対派が提示した証拠を無視し、両学会の主張を全面的に信用してしまった」と批判した>(以上)

同性愛者などはちょっと前までは「日陰者」としてひっそりと暮らしていたものだが、今では「同性愛を嫌う人は許されざる差別主義者だ」などと普通の人が叩かれる時代になってきた感じがする。どこかの首相の奥さんも性的マイノリティに寄り添ったりしている。

人間も動物も雌雄が結ばれて子孫が生まれるのが自然であり、同性婚は不自然と言うしかない。無理が通れば道理が引っ込む。正道、王道が邪道などと非難されることは人類の未来に対する罪ではないのか。アカは平気で嘘をつくから油断大敵だ。(2015/11/1)

2015年11月01日

◆香港大富豪の投資認可

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)10月31日(土曜日)通算第4710 号>  

 
〜EU反独禁法委員会(公正取引委員会)が香港大富豪の投資認可
   OP−02 李嘉誠が1900億円で買収成立へ〜

EUの公正取引委員会は30日に開いた会合でかねてからの懸案、香港の大富豪、李嘉誠率いる長江和記(ハッチソン・グループ)が提案していた汎欧州通信事業のOP―02の買収を認可した。

 買収金額は123 億香港ドル(邦貨換算1900億円前後)。 先にも英国へ乗り込んだ習近平は7兆円の商談をもちかけ、王室と政界は熱烈歓迎したが、マスコミと市民の反応はじつに冷淡だった。とくに原子炉建設に中国が技術ごと出資することに反対論が集中した。
 
ドイツではVWの不正データによる販売不振の痛手から立ち直るべく、メルケルはまた財界を率いて北京へ乗り込み、ついに中国のVWへの融資を勝ち取る。

しかしドイツのマスコミは従来あった中国礼賛論調がすっかり影を潜め、英国マスコミ同様な中国経済懐疑論があふれているという。

こうした環境変化の中で、EU市場の通信事業の根幹を担う英国系の企業買収は、決して歓迎されているわけでないが、目先の資金不足に背に腹は代えられないというわけだろう。まして買収者は中国ではなく、香港の富豪という安心感もある。

また英国とドイツは証券市場を中国にも開放し、人民元建ての中国国際の取引を開始する。

これは中国へのおもねりで危険とする懸念の声もあるが、問題は利率であり、中国国債の格付けは低く、金利がよほどの魅力でもない限り、南ア債、ハンガリー債クラスの評価しか受けないだろう。

であるとすれば90年代にロシア国債が24%もの高利をつけて、ファンド筋が投機しさっと売り抜けたように、最後にババを引くのは庶民投資家ということになるのではないのか。

◆韓国が(仲介役)となり得るか?

名村 隆寛



11月1日にソウルで開かれる日中韓首脳会談に向けて“ホスト(主催)国”の韓国が慌ただしい。3カ国の首脳が一堂に会する場で、開催国として中心に立つことにより、北東アジア地域の“バランサー(仲介役)”を自任し、誇示したいかのようだ。

しかし、朴槿恵政権発足後の2年8カ月間、現在まで外交の場で見せてきた姿を振り返れば、韓国がバランサーとはほど遠い存在であることが分かる。今後、外部から仲介役を期待されそうな雰囲気もない。(ソウル)

■自称「仲介者」 バランサーであれ

韓国は日中韓3カ国首脳会談のホスト国であることにこだわり続けている。昨年から3カ国外相会談の韓国での開催を熱望し、執着。今年3月、ソウルに岸田文雄外相と中国の王毅外相を招き、韓国の尹炳世外相との外相会談を実現させた。歴史認識問題で王毅外相が日本を非難したことで、韓国側が満足そうな反応を見せたことは、7カ月経った今も記憶に新しい。

外相会談の“成功”に気をよくし、引き続き3カ国首脳会談の韓国開催を目指してきた朴槿恵政権にとって、今回の首脳会談実現は念願であった。ぜひうまく成功に持

ち込みたいところだろう。首脳会談では北朝鮮の核問題などが中心議題となりそうだ。ここでの朴政権の狙いは、韓国が日中の間でバランサーの役割を果たし、北東アジア地域での存在感を内外に示すこととみられる。

韓国大統領府は28日に日中韓首脳会談の開催を正式発表した際、次のようにコメントした。

「約3年半ぶりに開催される今回の首脳会談を契機に、3カ国の協力が正常に戻り、さまざまな分野での協力がより積極的に進められることを期待している」。

韓国中心の“バランサー論”に鼻息が荒いのは朴政権だけでなく、韓国メディアも同様だ。朴大統領が今月中旬に米国で日中韓首脳会談の開催に触れたことを受け、韓国紙、東亜日報は社説で次のように強調した。

「ソウルでの(3カ国)首脳会議で、韓米日と韓中日のトライアングル(三角)協力の強化に向けて、韓国が役割を確固とさせる外交力を発揮することを期待する」

■大好きな言葉

「バランサー」や「仲介役」という表現は、韓国ではこの十数年間、自らの国際的立場を称する言葉として、しばしば使われている。現地で記憶しているのは、2002年12月の大統領選で当選した盧武鉉候補(当時)が、選挙戦中に口にした言葉だ。

当時、北朝鮮の核開発問題をめぐって米朝関係が緊張していた。また、韓国では在韓米軍の装甲車が女子中学生2人をひき死亡させた事故で、反米感情が極度に高まっていた。こうしたなか、盧武鉉氏は「米国と北朝鮮が争うようなことになれば、われわれ(韓国)が間に入って仲介する」と明言したのだ。

この発言は「韓国は米国と北朝鮮のどちらの味方なのか」「人ごとのように軽々しく言うべきではない」などと物議をかもした。当時の“平和的バランサー論”と現在とでは背景は違うが、韓国がバランサー役を気取り始めたのは、盧武鉉政権以降、特に顕著だ。

韓国こそは中立的であり、当事者の間に割って入り、もめ事を平和的に解決できる-といったところか。要するに、韓国自身が描くところの、理想的な国際社会での自身の姿なのである。現在もそれは“夢の韓国像”であり続けている。

■行ったり来たり外交

朴大統領は2013年2月の就任以来、同年5月のワシントンでの米韓首脳会談に続き、訪中して中韓首脳会談をするなど、日本以外の主要国をほぼすべて訪問した。その様子は韓国国内で華々しく報じられ、「外遊好き」の印象が強い。

ただ、この間の朴大統領の外交を振り返ると、お世辞にもバランサーとはいえそうにない。すでに“歴史の事実”として知られているように、訪問先で慰安婦問題をじめとした「歴史認識問題」で日本への非難、批判を繰り返した。「日本が間違っており、韓国の主張がいかに正しいか」との考えを国際社会で触れ回った。

韓国メディアもこれに同調する報道をしつこく続けた。4月末の安倍晋三首相の米議会演説には数カ月前から反発し、日本の世界遺産登録でも猛烈に難癖をつけた。

安倍首相の戦後70年談話に対しても、発表までの数カ月間にわたり“注文”や“異議”を訴え続けた。一部のメディアは、これらを英語や日本語などのネット版などにわざわざ翻訳して、世界に向けて「反日報道」を展開した。この傾向は現在も大筋で変わりはない。

最近の韓国を見れば、「国際社会でのバランサー」どころではないことは明白だ。朴大統領は9月に、北京で中国の「戦勝70年記念軍事パレード」を中国の習近平国家主席や、ロシアのプーチン大統領とともに最前列で観閲し、日米など、とりわけ米国の眉をひそめさせた。

10月には訪米し、16日の米韓首脳会談で米国の誤解を解いたという。韓国メディアによれば、オバマ米大統領から、韓国にとっての対中関係の重要性を理解してもらったそうだ。ここ数カ月を振り返ってみると、バランサーどころか、朴大統領と韓国はむしろ、米中の間を慌てて行ったり来たりしているかのようだった。

■孤独感、孤立感の裏返し

9月末の国連総会に出席した朴大統領は、またしても演説で日本を批判した。今月、再度訪米し、“成功裏”に米韓首脳会談を終えたのは先述のとおりだ。

ただ、オバマ大統領が朴大統領に示した「韓国への理解」について、韓国メディアの間でも社交辞令である」とし、「中韓の距離の取り方や、米中どちらの側に立つのかクギを刺されただけだ」との現実を直視した冷めた見方もある。

韓国では今年春ごろに、「韓国孤立論」がメディアをにぎわした。特に顕著だったのが、朴大統領の中南米歴訪中に、インドネシア・ジャカルタで行われた約5カ月ぶりの日中首脳会談の直後だった。

韓国メディアは当時、安倍首相に対する習主席の態度の変化に衝撃を受けていた。

歴史認識をめぐって韓国と対日共闘姿勢をとってくれていた中国の一転した融和的ともとれる姿勢に、一種の焦燥感さえ伝わってきた。「日中が5カ月ぶりにまた首脳会談を行ったのに、韓国は孤立を避ける戦略があるのか」(朝鮮日報の社説)と、日中に取り残される韓国の外交戦略への懸念もあった。

韓国外務省報道官は「韓日中首脳会談の早期開催のために韓国は努力している、日中関係の改善は韓国側の努力の助けになる」と、しきりに韓国孤立論を否定していたことを記憶している。孤立感を払拭し、早期開催へと韓国が努力してきた日中韓首脳会談が、ついにソウルで開かれる運びとなったのだ。

■バランサーに絶好のチャンス

韓国がバランサーとして“活躍”できる(?)かもしれない、思いもよらない出来事が直前に起きた。米駆逐艦がスプラトリー(中国名・南沙)諸島の人工島付近を航行したことによる、米中の緊張だ。

現在進行中の米中対立は、韓国にとって“名誉挽回”“存在感誇示”の絶好の機会であるはずだ。しかし、韓国政府は一見、慎重に対応。実におとなしい。

朴大統領は先の米韓首脳会談で、オバマ大統領から、中国が国際規範を順守しなかった場合には「米国と同じ(非難の)声を上げることを期待する」と求められた。

最大の同盟国・米国と、最大の貿易相手国・中国の間で苦慮しているのが現状だ。

国際社会が注目、期待するなか、朴槿恵政権は日中韓首脳会談というバランサーと絶好の機会を得ながらも、現実として中国を批判しづらい立場に立たされている。

「平和的に解決」というきれいな言葉で、お茶を濁すことも可能だろうが、そうした韓国の状況を見越している中国が、どのように出てくるかだ。

■外交も自転車操業?!

ソウルの外交筋によれば、韓国外務省はここのところ、米韓首脳会談にかかりっきりだったという。ようやく日中韓首脳会談の準備に入り、日本よりも中国優先で取りかかったらしい。そして、会談4日前の28日、ようやく正式発表に至った。

オバマ米大統領は朴大統領に対し、日韓関係の改善に期待を示し、朴氏は米国での記者会見で慰安婦問題には触れず、安倍首相との会談実現を優先する姿勢を明らかにした。日中韓首脳会談を前に、一見、丸く収めようとしているかのようだ。

まさに、ホスト国として中心となり、日中の間でバランサーの役割を務めるとのプライドや意気込みがうかがえる。だが、一方で振り返ってみれば、韓国はバランサーというよりも、自分を中心に置き、特に日本を批判し続け、周囲を振り回し困惑させてきたきらいがある。

その結果として自覚したのが「韓国孤立論」であり、さらには米国や中国の間を行ったり来たり、戸惑ったりするはめになった。自らの事情で、態度や姿勢は急にコロコロと変わる。

“自転車操業的”な側面は否めない。ただ、韓国が一貫して変えないのが、困ったことに、歴史認識問題を絡めた対日外交なのだ。

■反発できるのは日本だけ

今回の日中韓首脳会談で、韓国のメディア世論が最も注目しているのは、翌2日に行われる日韓首脳会談だ。朴槿恵発足後、2年8カ月あまりを経て初めての一対一の首脳会談となる。

朴大統領は、それまでの慣例に反し、就任後、米国に続く2番目の訪問国から日本を外し、中国を公式訪問した。大統領就任後、一度も訪日しておらず、初の首脳会談は前例のない韓国での開催となる。

安倍首相は再三、「条件なしの首脳会談」を呼びかけてきた。これに対し朴大統領は「慰安婦問題の解決」を条件に、徹底して会談を拒否し続けた。慰安婦問題は日本への“丸投げ”の状態が続き、この間、日韓関係はほとんど進展していない。

米中の間では戸惑いを見せる韓国だが、唯一、反発を繰り返せる相手、批判を“許してくれる”のは日本だけなのだ。日中韓首脳会談を前に韓国紙、東亜日報が社説で安倍首相に注文をつけていた。その一部を要約してみる。

「安倍首相は、自国での人気を意識して韓国を刺激する言葉は慎み、「結者解之(自分のしたことは自分で解決せなばならない)」の立場で解決策を示さねばならない。自由民主主義や人権、法治の価値を共有する韓日に不要な不安と誤解を払拭させるためにも、両国の首脳が会い率直に意見交換する必要がある」

言いたい放題である。この手の主張は、韓国メディアでは日常的であり全く珍しくない。この文章の「安倍首相」を「朴大統領」に、「韓国」を「日本」に置き換えてみるとどうだろう。奇妙なことにシックリとくる。そう感じるのは筆者だけだろうか。

自ら忌避し続けてきた日韓首脳会談で今回、朴大統領が慰安婦問題の解決を安倍首相に求めることは必至であり、注目されるところだ。一方で、ホスト国、バランサーを自任する韓国の朴政権に、日本としてはこれ以上、またしても振り回されないことが期待される。

産経ニュース【ソウルから 倭人の眼】 2015.10.30
           (採録:松本市 久保田 康文)

◆潜水艦定員削減」の是非

平井 修一



新聞社は現役第一線を引いた記者を編集委員として飼っている(or 囲っている、温存している、保護している)が、編集委員は週に1本ほどの記事を書けば良さそうだから、夜討ち朝駆け当たり前の現役時代に比べればずいぶん仕事は楽そうである。

なかには「いつもぶらぶらしている、石潰しめ」なんて揶揄される編集委員もいるそうだが、小生が体感したところでは、彼らがいないと媒体の質は確実に落ちる。彼らがいると質は落ちないし、むしろ奥行きが深くなる。編集委員の味わい深い論考が読者のハートをつかむのだ。

山内敏秀氏(太平洋技術監理有限責任事業組合理事首席アナリスト)の論考「潜水艦の定員削減でそっと忍び寄る危機 技術の継承が後回しにされている」(東洋経済オンライン10/29)を読んで、以上のことを思い出した次第。以下、引用する。

<日本を特徴づける表現はいろいろあると思いますが、「技術立国」というのはそのひとつでしょう。今、池井戸潤氏の『下町ロケット』がドラマ化もされ話題ですが、これも技術立国と、そこにかかわる人々の心意気を描いた物語だからかもしれません。

*トップクラスの潜水艦を支える、日本の技術者たち

潜水艦もまた日本の技術者に支えられており、世界でもトップクラスといわれる艦が建造されています。たとえば、潜水艦のスクリューは「静粛性」と「推進力」という、相反する要求に応えなければなりませんが、日本のスクリューは、職工が100分の1mm、1000分の1mmという誤差を、計測機器ではなくの自分の手先で検知し、修正しています。しかし今、「これらの技術を、どう継承していくのか」が問われています。

刃物で有名な堺市のある工房では、女性の弟子を初めて受け入れ、技術の継承に取り組んでおられるようです。技術は「教科書を読んでそのとおりにやってみればできる」というものではありません。ガラス細工では、炉に入れられたガラスの色を見て「適温かどうか」を見極めると聞きます。刃物をつくる場合も同じだそうです。

時代が変わってきた今では、おそらく師匠が弟子にいろいろと説明し、教えていくのでしょうが、ある一線を越えて先に進むには、言葉にはできない「何物か」が存在します。ここで、武道や芸事でよく使われる「見取り稽古」という言葉が意味を持ってきます。見取り稽古とは、師匠の一挙手一投足、目の配りなどをじっと見つめ、後でそれをまねてみて、何物かを体得しようとすることです。

ここでいう技術とは、「ものをつくる技術」だけを指しているわけではありません。たとえば営業では、どのように契約を勝ち取ってくるのか、電話のかけ方、プレゼンテーションの仕方、相手方との面談ではどのように話を展開させていくのか、どのように相手の話に耳を傾けていくのか、などさまざまな技術が必要でしょう。

書店では、多くのハウツー本が売られていますが、皆がこれを読んだだけでトップセールスパーソンになれるのであれば、苦労はないでしょう。やはり、トップセールスパーソンとそうでない方の間には、言うに言われぬ技術の差が存在します。後輩は、その差を埋めるため、トップセールスパーソンの営業に同行して、その技術を盗んでいくことが必要なのでしょう。

*潜水艦乗組員の人数は、削減され続けてきた

しかし今、この過程が失われつつあり、日本が誇る技術が継承されず、衰退の危機にあるのではないでしょうか。この問題は、潜水艦も直面しているのです。

現行の最新型である「そうりゅう」型潜水艦は、定員65名、その内訳は幹部10名、海曹士55名です。「そうりゅう」からさかのぼること44年前に就役した1600トン型の「おおしお」は、定員80名、幹部10名、海曹士70名でした。

「おおしお」は「そうりゅう」型の原点ともいえます。なぜなら、「おおしお」は現在の潜水艦にまで受け継がれてきた潜水艦運用の基本的な考えに基づいて建造された潜水艦だからです。しかし、この「おおしお」から、現行の最新型である「そうりゅう」の間で、海曹士が15名削減されたのです。

人員削減の大きな要因のひとつは、科学技術の進歩に伴う自動化の進展です。潜水艦では戦闘配置や防火、防水といった総員が配置につく場合以外は、艦長、副長を除き、全乗組員を3つの哨戒直に配置します。各哨戒直には、その長である哨戒長とその補佐である哨戒長付の幹部(2名ないし3名)と海曹士を、特技と階級構成が各哨戒直でほぼ均等になるように分けて配置します。

定員が80名の時代、各哨戒直は26名で編成されていましたが、「そうりゅう」では21名になりました。自動化によってソナーを担当する水測員や魚雷、発射管を担当する水雷科員などが削減されてきたのです。

かつて水雷科員は、水上航走中に艦橋での見張り員、操舵員、発射管室の警戒員という3つの配置をローテーションし、水中では第1スタンド(通常、潜舵と縦舵を受け持つ操舵員)と第2スタンド(横舵を受け持つ操舵員)および、発射管室の警戒員を順番に交代しながらこなしてきました。

*先輩が近くにいないと技の「ツボ」を盗めない

大切なのは、この第1スタンドと第2スタンドにそれぞれ1名の水雷科員が配置され、先輩から後輩へ、さまざまなことが伝えられてきたということです。たとえば、荒天の中でスノーケルを実施する場合、潜水艦の深度を維持することは大変なことです。自然の力によって、操舵を誤ると潜水艦が海面に打ち上げられてしまったり、危険な状況に陥ってしまったりすることも考えられます。

このとき重要なのが、縦舵と潜舵を受け持つ第1スタンド員と横舵を受け持つ第2スタンド員の、それぞれの練度と連携です。

拙著『潜水艦の戦う技術』(サイエンス・アイ新書)でも少し触れましたが、操舵は、潜水艦の動きからその次を予測して先手を打つように行います。この「先を読む力」は、経験の積み重ねの中で育っていくのですが、先輩からの伝承が大きな役割を果たします。

若い隊員が第2スタンドに座ったときは、「第1スタンドに座っている先輩はどのように潜舵を操作しているのか。そのとき、横舵をどのように操舵すればよいのか」を感じ取って身につけます。逆に、若い隊員が第1スタンドに座ったときは、自分の潜舵の取り方に対して「(第2スタンドの)先輩は、どのように横舵を操舵してくるのか」を感じ取って身につけます。それは、教科書にも、マニュアルにも書かれていないものです。言うなれば操舵の「ツボ」を感じ取って身につけていくのです。

もちろん、ときには言葉で指示が出されたり、指導されたりする場合もあるのでしょうが、多くは、目の前で動く舵角指示器の針の動きや、視野の片隅で捉えている先輩の動作から感じ取り、身につけていくことなのです。このことは、水雷科員だけでなく、水測員でも、ディーゼル・エンジンなどを取り扱う内燃員でも、電池やメインのモーターを担当する電機員でも、食事をつくる給養員でも同じです。

しかし、「そうりゅう」型潜水艦では、潜航中、潜舵、横舵、縦舵のすべてを1人の水雷科員が操舵します。したがって、そこは自学研鑽の場となります。それはそれで大切なことなのですが、経験の積み重ねには多くの時間が必要になり、彼の練度の向上には時間がかかります。

今、潜水艦でのこの問題は、当直を終えた先輩が後輩の当直時間に一緒に勤務について、さまざまなことを伝えるという方法で処理しています。言うなれば先輩達の自己犠牲の上に成り立っているのです。しかし、このようなやり方を長期にわたって実施し続けることは困難でしょう。

*「余白」の効用を忘れると危険が忍び寄る

技術の伝承は、ある程度の「人的ゆとり」がなければ、なかなかできません。人のゆとりは、何もないときには無駄なように見えます。しかし、私たちは余白の効用を、もう一度見つめてみる必要があるのではないでしょうか。

皆さんは、道路の路肩をご存じでしょう。路肩は道路構造令という法令に定められていて、「道路の主要構造部を保護し、又は車道の効用を保つために、車道、歩道、自転車道又は自転車歩行者道に接続して設けられる帯状の道路の部分」と定義されています。

言葉を換えれば、道路が道路として機能するために設けられた「余白」の部分なのです。余白は無駄だとして路肩を削ってしまうと、道路の効用は失われてしまいます。

組織の運営に必要な経費の中で、人件費が大きな比重を占めることは理解できます。経費を節減しようとしたとき、最初に削られるもののひとつが人件費でしょう。これは潜水艦でも同じです。ある意味、自動化は人員削減と対になってきたと言っても過言ではありません。

とはいえ、現在の自動化の技術は、残念ながらまだ中途半端なレベルにしかないのではないでしょうか。先ほどの操舵にしても、予測制御技術は人が介在して乗組員の技能でカバーしなければならないレベルに過ぎません。

合理化という美名のもとで人員を削減し過ぎると、組織の人的構成の余白の部分を失い、組織がうまく機能しなくなるのではないでしょうか。それぞれの組織に蓄積された、マニュアルなどでは表しきれない技術やノウハウが継承されなくなる恐れがあるからです。

トヨタ自動車は、オートメーション・ラインの一部を人間に戻したと聞いています。財布の中だけをのぞいていたのでは見落としてしまいがちな、大切な問題ではないかと考えています>(以上)

山内氏は潜水艦にとても詳しいが、それもそのはずだ。プロフィールにはこうあった。

<1948年、兵庫県生まれ。1970年、防衛大学校(第14期)卒業。海上自衛隊入隊。1982年、海上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程学生。1988年、潜水艦「せとしお」艦長。1996年、青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修了。2000年、防衛大学校国防論教育室教授>

防大や海自で氏を教え鍛えたのは帝国海軍出身者に違いない。つまり明治以来の海軍の伝統、理論、ノウハウ、ツボのすべてを継承し、磨きをかけ、さらに氏らが次世代へとそれらを伝えたわけだ。

合理化や人件費削減の大義名分で、その伝統が細ることを憂い、警鐘を鳴らしたのが上記の論考だ。

日本の防衛費はGDPの1%。NATOは2〜3%、米国は5%。せめて3%として装備と人員を強化する必要はあるだろう。経済大国として、世界とは言わないまでもアジア太平洋の安全保障に相応の責任を果たすのが天から与えられた日本の使命だ。「後に続く者あるを信ず」と散華した英霊にしっかり応えるべき秋である。(2015/10/31)

◆正しい裁判とは何か

池田 法彦 
             

1995年大阪東住吉区で保険金目的で自宅を放火し入浴中の少女を殺害したとして、無期懲役確定の実母と内縁の夫両受刑者に対する再審開始を大阪高裁が決定した。TV、新聞は20年振りの釈放と、それが警察・検察による冤罪だと匂わし、正義面して連日報道を繰返している。

この裁判は、一度は最高裁迄上告されたが、地裁・高裁の判決通り棄却したため、一審確定済の事件だったのに、3年後再審請求があり、2012年3月に大阪地裁で再審開始決定がなされた。

被告女性は前夫との長女・長男を引取り離婚、その後接客により知り合った内縁の夫が1990年に女の家に転がり込んだ。翌年家賃の高いマンションへ転居、ローンで車を購入した。ローン支払い等を含め生活が厳しくなり、1994年3月には、家賃の低いマンションへ再度転居した。

翌1995年1月新築マンション最上階の4050万円の部屋を売買仮契約し、頭金10万円を支払い、直後に女性実家所有の一戸建ての事件現場に転居した。9月迄に手数料170万円を支払う必要が有った。その2か月前7月に事件が起こった。保険金殺人事件として捜査が始まった。

事件3年前、内縁の夫に3千万円、娘に15百万円、更に事件4か月前に息子に2千万円の保険を女が掛けた。家計が厳しいのに、態々実子に計2千5百万円の保険を掛ける親がいるか。

事件の経過は以下の通りだ。7月22日小雨の夕刻4時半頃、家族4人全員が家中にいる最中、構造上家の1F半分の車庫からガソリン発火、全焼火災となる。家族3人は逃げたが入浴中の娘が逃げ遅れ、焼死した。保険の件がなければ、不審な事件でもなく、有り得る話ではある。

事件前、車はガソリン満タンで入庫。母親が勧めて娘は入浴した。4時50分頃発火、内縁の夫は消火器を借りるとして車庫経由で飛出し、母は家で119番をした。電話する余裕があるに拘らず、風呂場に娘を残したまま、息子だけを連れて裏口から逃げた。何故娘の入浴を促したのか。

「内縁の夫は飛出したものの近所から消火器を借りていない。母親は娘のことを気使う様子もなく、息子が姉は未だ家の中だと叫ぶ中、救助隊員からの呼び掛けに対し女は『奥におるんや』等と言うのみで、裏路地でしゃがんでじっとしていた」「被告両人はしゃがんでジッとしていた。」

「火災初期段階では、煙は殆ど出ておらず」目撃近隣住民は消化出来ないとか、車庫内に入れない状況では」なかったに拘らず「普通なら火中の娘を半狂乱になって救おうとするがしなかった。」

再審で決定を覆すのは困難だ。多くの場合正式釈放となり20年間留置の賠償請求が有り得る。最初否定するが、事件当日夜には自白し自供調書も書いた、夜弁護士に面談すると翌日自供を否定する、その繰り返しが数回有った。弁護士が否認を、都度唆していた、としか考えられない。

自白強要、暴力的取調があったと言うが、起訴に至る迄の間、弁護士から警察への抗議が有ったとは聞かない。再審開始決定をした水島地裁裁判長の判例歴では、加害者が無罪になる事が侭ある。強姦犯、轢き逃げ殺人等が無罪や執行猶予になることが多い。この人が再審を決定した。

出火原因調査の杜撰さが釈放理由だが、この裁判長は供述よりも実験を優先する人と見た。

別件だが親戚少女を強姦して懲役12年の刑の男がいた。今回の内縁の夫が、事件前に同居女の小学生の娘を強姦していたことは事実だ。改めて懲役12年の刑に服すべきだ。最近、加害者に優しい裁判官、事実関係無視で只管無罪主張の弁護士が増殖している。嘆かわしいことだ。

2015年10月31日

◆村山元首相の憲法ご都合主義

阿比留 瑠比



先の国会では、野党の多くが集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更はけしからんと騒いでいたが、政党の憲法観なんてけっこういいかげんなものである。

7月9日付の当欄では、当初は憲法9条を「一個の空文」と否定していた共産党について 触れたので、今回は社民党(旧社会党)の事例を指摘したい。

自民、社会、さきがけの自社さ政権で首相に就いた社会党の村山富市氏は平成6年7月の衆院本会議で、それまで自衛隊は憲法違反としてきた党の憲法解釈を ひっくり返し、自衛隊は合憲だと明言した。村山氏はこのときの反響について、日経 新聞18日付電子版でこう振り返っている。

「憲法学者だって批判した者がおる。『自衛隊合憲だなんて風上にも置けん政治家だ』と、こっぴどく批判されることもある。だけどそういう憲法学者も今 はあまり言わない。もう半分認めちゃったからね」

「弾力的に幅を持った形で考えていくことがなければ、政党の活動にはならない。学者の集団で議論だけで勉強するならいいが政党なのだから」

◆議論と現実を区別

たとえ憲法学者から批判されようとも、学者の議論と現実とをきちんと区別して政権を運営しようとした跡がうかがえる。村山氏は著書、『そうじゃの う…』の中では、憲法9条と自衛隊の存在の矛盾に関してこう指摘している。

「矛盾をはらんでいる現状を政治がどう受けとめるかと考えた場合、『自衛隊が憲法違反だ』と言って、論外という扱いをしたんじゃ政治にならない」

興味深いのは、自衛隊合憲を打ち出した村山氏も首相時代に、国会でたびたび追及を受けていたことである。村山氏の答弁は、ときに開き直っているかのよ うにもみえる。

例えば平成7年1月の衆院予算委員会で、自身の憲法解釈は憲法学者の多数意見とは異なり、いいかげんだと質問された際には、こんな答えを返している。

「憲法学者がどういう解釈をしているかについては、おそらく学者によっていろいろ議論はあると思う。今あなたが言ったことを一方的に私が受け
ることは できない」
「私の解釈から方針を変えたんですよ。自衛隊に対する政策を変えた」

村山氏はこの答弁の真意について、『元内閣総理大臣 村山富市の証言録』でこう説明している。

「あなたの信奉する憲法学者の言い分を押しつけたって無理ですよ。僕には僕の支持する憲法学者がいるんで、見解が違うのはあり得ることで、当然じゃな いですか」

◆学者に寄りかかる

なるほど、もともとさまざまな矛盾を抱え込んだ政治の世界では、多数派の学者が何を言おうと、己が正しいと判断したことを政治家としての責任で突き進 めるしかないということだろう。納得できる話だ。

ところが、その村山氏は国会で安全保障関連法を審議中の今年7月、国 会前での抗議集会に参加してこう声を上げていた。

「憲法学者の大多数がこの法案を『憲法が認めない、憲法が反対している』と言っているにもかかわらず、公然と国会の中で審議されている。まず憲法を守 るべきだ。それが国会議員の役割だ」

いつのまにか憲法学者に寄りかかっている。社民党もその後、「自衛隊は違憲状態」との立場に戻った。国会は、一部で退行現象を起こしている気がす る。(論説委員兼政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】 2015.10.29
                (採録:松本市 久保田 康文)

◆安倍首相の中央アジア歴訪

〜3兆円のビジネスを展望〜

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)10月30日(金曜日)弐 通算第4708号>   

 
〜安倍首相の中央アジア歴訪、3兆円のビジネスを展望
  「日本+中央アジア」にアベノミクスのひとつの重点を置いた〜


安倍首相は10月22日から28日まで1週間の駆け足旅行で、モンゴルと中央アジア五ヶ国 (カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギス、タジキスタン) を歴訪した。

これらの国々は中国とロシアに地政学的に挟まれ、激動の歴史を刻んだ。

しかし、何れも海の出口のない、内陸国家である。

一部に資源に恵まれる国もあるが、農業だけのキルギス、山岳曠野の多いタジキスタンな経済的苦境にあって、先進国の支援を待っている。首相の歴訪には50社の企業幹部、団体役員が同行した。

安倍首相はウランバートルに半日を費やしたあと、すぐに最も西側のトルクメニスタンへ飛んだ。日本の首相の訪問は初めてだけに、歓迎行事も多彩だったが、実質的にトルクメニスタンは鎖国しており、なかなか入国は難しいところである(ちなみに筆者も、この国だけは行ったことがない)。

トルクメニスタンは膨大なガスの埋蔵をほこり、冷戦下ではソ連が一方的に購入していた。中国が割り込み、ここから総延長8000キロのパイプラインを敷設して、ウズベキスタン、カザフスタンを経由、新彊ウイグル自治区から上海へ輸送している。これを『西気東送』プロジェクトという。

日本勢は日揮、住友商事などがガス田開発、発電所建設などのプラントを受注しており、首相に随行して正式の調印をめざした。

天然ガスの脱硫プラントは1兆円、ほかに三菱商事などの化学プラントが5000億円、住商の火力発電が400億円、東洋エンジニアリングの肥料プラントが4000億円などである。

首都のアシガバードでのベルドイムハメドフ大統領(ニヤゾフ前大統領の庶子)との会談でも安倍首相は「質の高いインフラ整備に協力する」と日本の立場を協調した。

 ▼タジキスタンも首相訪問は初、ウズベクは顔見知り

2番目の訪問国はタジキスタンである。

ラシモン大統領と会談し、地域の安定、とくに国境警備や麻薬対策に関しての協議をおこなったほか、98年に慟哭で過激派の犠牲となった秋野豊氏の慰霊碑に献花した。

同国に日本の首相が行くのは初めてである。

3番目の訪問国はウズベキスタンである。

首都タシケントでカリモフ大統領との首脳会談にのぞみ、人材育成、高度技術センターの開設、物流インフラへの整備協力などが話し合われた。

またナボイ医療センター工事に68億円の無償援助がきめられた後、首相夫妻は日本人墓地を訪れて献花した。

そののち、ナボフ劇場へ赴いたのも、ソ連抑留時代の日本兵が、この劇場を造った曰くがあり、しかも66年のタシケント大地震のときに、ほかの建物は倒壊したのに、この日本人が造った劇場だけは倒壊しなかった。

ウズベキスタンはすでにカリモフ大統領が数回訪日を重ねており、日本にはなじみの深い。ガスプラント、原子力発電開発、農業指導などで協力を積み上げてきた。


▼ギルギス

4番目の訪問国はキルギス。

ここでは三菱商事、双日など5社連合による、ガスの前処理施設の建設に協力し、16年ぶりの円借款が成立した。ほかにビシュケク → オシ間の新幹線道路整備建設に120億円の円借款を金利1%、40年償還(10年据え置き)という有利な条件で供与する。

すでにJICAを通じて多くの無償援助をなしてきたが、首相訪問であらたに16億円を無償援助し、マナス空港の施設改良工事などをアタムバエフ大統領との面談で決めた。

キルギスは風光明媚で観光には恵まれているが、工業のインフラがよわく、大学をでたキルギスの学生はロシアなどに出稼ぎへ行っている実情がある。


▼カザフスタンの首都で「日本+中央アジア」の記念スピーチ

最後の訪問先カザフスタンで安倍首相は歴訪を締めくくる記念スピーチをこなし、「アジアの中央に位置する国々は何千年にもわたって東西の文明の交差点となってきた。多用な文化を受け入れる包容力、多様性のなかかから生み出され未来を切り開く活力、それこそが中央アジアの魅力だ」として、これからの『関係を抜本的に強化する』とした。

また「日本の民間企業の意欲は高まっており、日本政府も公的協力、民間投資の後押し、インフラ整備、人作りを支援する。今後、3兆円を超えるビジネスチャンスを生み出す」と演説し、アスタナを後にした。

こうして安倍首相の「地球儀を俯瞰する外交」は中国の後背地を丹念に訪問して、地政学的にも楔を打ち込む格好となった。