2015年10月17日

◆ロシアの軍事力を甘くみていた欧米

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)10月16日(金曜日)通算第4686号>  
 
〜欧米はロシアの軍事力を甘くみていた
  シリアで登場したスホイ34と巡航ミサイルの威力に専門家が瞠目〜


米国のハイテク兵器はどの国も、もはや追いつけないと考えられてきた。米軍の油断もあった。

冷戦終結後、ソ連が崩壊し15の共和国に分裂して、その大混乱に乗じて旧東欧の殆どがNATO、EU入りし、ロシアは孤立した。経済的困窮のなか、ロシアは軍事力の再建どころではなかった。

ところが、9月30日から開始されたロシア空軍のシリア反体制派への空爆は、米国の専門家が驚愕・瞠目し、ロシアの軍事力の評価替えを行う結果となった。

第一にスホイ34戦闘機の初登場と、その正確精密な打撃能力、しかも爆撃後、無人機ドローンをとばして、戦果の確認を行っていた。シリアのラトキア基地にはいつの間にかロシア海兵隊700名が上陸していた(もともと同港にはロシア軍が駐留している)。

第二に巡航ミサイルの威力である。

黒海にロシア艦隊は弐隻の軍艦を遊弋させているが、これはNATO海軍の監視下にある。

ところが900マイルをこえて、カスピ海から巡航ミサイルが打ち上げられ、シリアの攻撃対象を正確に撃った。

これは米軍の巡航ミサイルに勝るとも劣らないと外交筋、軍事専門家らの一致した見方である。

第三にそのロジェスティック(兵站)の充実ぶりだという。

ロシアは戦闘の長期化にそなえ、野外キッチンのほか、ダンサー、シンガーも引き連れてきており、兵士のエンターティンメントを用意している。この点で米国は艦船の長期作戦や潜水艦の乗組員の25%が女性兵士となり、帰航すると多くの女性兵士は妊娠しているという。米海軍の士気の低下、モラルの乱れは統率が取れないレベルに墜ちているといわれる。

クリミア戦争は隠密な軍事作戦だったし、ウクライナ東部の戦闘は傭兵だった。2008年のグルジア戦争では南オセチアにロシア軍が配備されたが、戦闘結果は芳しくなく、欧米軍事筋はロシア軍はたいしたことはない、と高をくくっていたフシがある。

シリアにおけるロシア軍の急速な展開、その急襲ぶりとハイテク兵器の性能を西側は目の前に目撃することとなり、はからずもロシア軍の復活ぶりをしることとなった。

◆文字と古代日本

大江 洋三


東北大名誉教授・田中英道氏が「日本の歴史 本当は何が凄いのか」を表されている。

二十数年前までは西洋文化の研究に研鑽され、語学にも堪能な方で、そのためだろうが「世界史の中の日本」の趣があり、非常に良くまとまった名著である。

名誉教授は、何もかも大陸や半島から来た説を「敗戦後遺症」として明快に退けている。

名誉教授は、古代日本に文字はなく形あるものすべては口伝に拠ると述べる一方で、縄文文化文明を大きく讃えている。

少し因縁をつけると、高度な文明が文字無し口伝だけで伝わるものだろうか。

名誉教授によると、三内丸山遺跡では35cmの物差しまで発見されている。物差しがあって文字がないとは不思議な現象である。

●数年前、大著「やまと言葉伝説」を表わした林秀臣氏の講義を拝聴していた事がある。そのとき漢字系とは異なる古代文字(神代文字)について、少しばかり講義を得た。

「残念ながら学術対象になっておりません。現存するのは写本だからです」

要するに原本ではなく、後の人の写本だからインチキ扱いされているという。さらに難しくしているのが写本時の知見が混じるからだそうだ。その時、妙な話だと思った。

現在、複写機により再生された文書をインチキと言う人は誰もいないだろう。今は、機器と紙が発達し原本と異なることはない。むしろ鮮やかになる場合が多い。要するに知見が加わるからだ。

この国は地政学的に、何もかも同じところに降り積もった物というか熟成した物である。従って帰納法的考察が最も適した国である。

いきなり鉄が作れるはずもなく、いきなり議会制民主主義ができるはずがない。

途上国が苦労しているのは、この種の経験的蓄積がないからだ。今どきは、この厚みをビッグデータという。

手掛かりは「和紙」と「筆」である。

和紙製造は世界文化遺産に登録され、現在はお洒落で丈夫な紙に大化けし
ている。

筆の生産は広島県の熊野町で今も行われ、なんと化粧筆では世界シェアの半分を占める。

子供のころ山に分け入り、みつまた・こうぞうを採取し皮を剥いで乾かし、業者に売って小遣いの足しにしたことがある。

「グツグツに煮て紙をつくる」と聞いた。

論点は2つに絞られる。

●なぜ発掘考古学で発見されないのか?

今から比べると品質が悪く、湿気に弱くネズミやカビなどの防虫害に弱かった。災害列島だから風水害で流されたものも多かっただろう。

賞味期限が切れそうだと懸念するか、あるいは災害対策として写本し頑丈な所(蔵)に厳重保管した。ときには蔵をあけて傷みを確認した。紙が丈夫になるに従い、写本が原本になった。

筆は? 紙さえあれば今の筆に代わる物はいくらでもある。竹や枝木で万年筆もどきは当時でも思いついただろう。

何しろ物差しを作っているのだ。

もう一つ、なぜ複雑でゴチゴチの漢字に移行したかである。

漢字接触は、紀元前の徐福伝説と共にあったというのが定説である。叙福は秦の始皇帝のための不老長寿の薬草を探して来日しアチコチと彷徨した伝承がある。

脳生理学からすると、人は太陽の昇る東を思考する(東にはいいものがある)から、もっと前から叙福もどきはいただろう。

●なぜ漢字を採用するまで数百年以上も要したのだろうか。

那(くに)の数だけ、あるいは方言の数だけ文字があり、ヤマト朝廷は統治に困難したと思われる。

実際、異なる字体のホツマ文字、アヒル文字などが写本として現存する。トヨクニ文字は石に彫られているものもあるから原本である。

典型的な記号文字で、記録保存として用いられたと推定する。

発声的には、やまと言葉である。やまと言葉は単音が子音+母音のセットになっていて、発声音そのものに意味を感じる。そういう意味では確かに口伝文化である。

逃げ出した渡来人を聞いたことがないから、口伝文化に直ぐ馴染めたという事だ。

●ヤマト朝廷は「那」ではなく「国」を統治するには統一文字(公用語)が必要であった。当時の世界はシナ王朝であり、漢字は今の英語に相当した。漢字は一字毎に意味をもつが、一音々々に意味を持つやまと言葉(訓よみ)に翻訳するのに時間を要した。

6世紀半ばに、仏教などを通じて漢字がなだれ込んだ影響も大きいだろう。やまと言葉で翻訳せざるをえなかったと思われる。こうして「てにをは」が開発され、日本語は仏典漢字により概念を獲得した。

この1世紀後から歌詠みが流行る。約4500首にのぼる編纂万葉集の母数は名誉教授のいう通り、その4、5倍はあっただろう。

新手の文字を習う事と、歌を詠むことが同じものだった可能性がある。身分や階層の別なく編纂されているからだ。

この歌詠みは、俳句や短歌として今も広範に詠まれている。ご皇族そのものが歌人でもある。

好奇心旺盛な習いごと好きも、古くからあったのだ。

件のホツマも五七調の文体だから、和歌のリズムは縄文からのDNAみたいなものだ。

●記録文字があったとすると、日本書紀の理解も変わってくる。

日本書紀は天武天皇の勅命で編纂された。

聖徳太子の「詔は謹んで承れ」のおよそ70 年後の勅命に拠るから嘘はないと考えるのが筋である。異なる説があると「一書に曰く」で紹介しているから、真面目さもまた古来よりあった。

編纂にあたり当時のお役人は必死になって、資料を探したはずである。今の宮内庁が20年がかりで昭和天皇の事跡を探し回り、編纂した如くである。それにも拘わらず、日本書紀の解説書の類を読むと嘘や改竄があると疑う。半島や大陸の書伝中心の考え方である。

ウイディペキで紙回りを探すと、編集段階で何でも可でも帰化人(渡来人)がもたらしたとある。

ここにもまた、名誉教授のいう敗戦後遺症がある。

本題に帰ると、焼失したと言われる帝紀や古辞も神代文字を参照したと思われる。

古事記編纂にあたり伝承を稗田阿礼が暗唱し太安麻呂がメモッタと伝わるが、神代文字を阿礼が読めて安麻呂が読めなかったと解釈するとスッキリする。

では、神武天皇から16代まで、寿命が異様に長い天皇の存在をどう解釈するかである。

当時の宮内庁がスメラミコトやスメラギらしき人物を必死で探したが他に特定できなかった。また、空位であったことは十分考えられる。あるいは天皇家以外の血筋を省いた可能性もある。これらは嘘に当らない。

空位期間があったとする方が相当だろう。

大君あるいは天皇が制度として定着したのは名誉教授が指摘される通り、3世紀の巨大な前方後円墳時代と推量されるからだ。

また、ホツマによるとヤマト朝廷前に近江王朝があったか併存した時期がある。

山岳信仰としては、阿蘇山系と浅間山系(富士山)があったとしも不思議ではない。中間が熊野山々であり、その近くの東北に伊勢と近江が連なる。空気の澄んでいた古代では伊勢から富士山が見えたはずで、なかなか興味深い地形である。

東征中のイワレヒコ(神武天皇)は伊勢で富士山と昇る太陽を同時に見た可能性がある。

陽=日 卑弥呼=日御子である。

近江(滋賀)に多賀神社がある。古事記でいう高天原(たかあまはら)で最後に誕生され、列島と花鳥風月を産んだイザナギの命とイザナミの命が祀られている。ウイディペキに依ると「お伊勢は多賀の子でござる」伝承がある。

ホツマに頼ると、古事記の高天原は近江で起きた現実で常世(とこよ)という。

ヤマト朝廷は常世に敬意をはらい、丸ごと神棚(高天原)に上げて天皇の継続性と正統性を綴ったのが古事記だと愚考する。

文字から大きく脱線したが、この列島は連綿とした歴史文明をもつから第125代の今上陛下もお許しになるだろう。

2015年10月16日

◆欧米はこの難問をいかに解決する

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)10月15日(木曜日)通算第4683号 >  

 
〜シリア難民400万人、欧米はこの難題をいかに解決するのか?
   オバマの無作為が、事態を最悪なものにしたと共和党、ペンタゴン〜


実際にシリアがここまでの泥沼に陥ったのはオバマの泥縄式対応という無作為が遠因の一つであろう。空爆するゾと行って空爆せず、オバマは「狼少年」といわれた。

シリア難民は国内に800万人、トルコに190万、レバノンに70万、そしてヨルダンに110万。すでに欧州へ渡ったシリア系難民は63万人ともいわれる。

今年既に63万人の難民が欧州へ到達したのだ。彼らは収容先で給食にありつき、難民申請の列についている。難民の半数近くが子供である。

スエーデンは申請者の75%を難民と認めるが、ドイツは25%という。ならばあぶれた人はどうするのか、それが問題だ。

救命ボートにすがってギリシアの島々へ脱出し、中欧を経由してドイツなどへ向かう難民はまだ恵まれている方である。

 ISISの支配地区を通過して西へ向かう難民はISISに相当額の「通過料」(関所)を支払いながら絶望の旅を続けている。


 ▲世界的難民の元祖は華僑ではないのか?

 すでに合法難民は何をしているか。難民と移民、亡命者は峻別されるべきだが、欧米でみるとすでに出世頭は、その国に溶け込み、政治への進出も果たしているのである。

英国政界に中国系議員がひとり誕生している。米国は中国系、韓国系それぞれが議席を得た。

 華僑の合法移民はすでに5500万人。コソボ難民の200倍、シリア難民の15倍もの中国人が世界中にすでに散った計算になる。 しかも、このうちの四千万人の華僑は移民先の市民権か国籍を取得している。

 ことしの世界華僑大会はインドネシアのバリ島で開催されたが、インドネシア政府は歓迎し、メガワティ元大統領が祝辞をのべたほど。先にもジョコ新政権は日本の新幹線プロジェクトを蹴飛ばして中国に決めたが、ジャカルタのチャイナタウンはみごとに復活し、インドネシアの金融と流通は華僑が抑えた。

カナダでも異変が起きている。

すでに中国系の移民は150万人で、カナダ全体の人口3500万の5・25%も占める。何が起きるかと言えば、中国によって国政が左右されかねない事態となることである。

10月19日におこなわれるカナダ衆議院議員選挙(定員338名)に対して、中国系移民が17人、国政の議席をえるために立候補している。

このうち3人は当選確実と言われ、トップの余昌波はすでに3回生のベテランでモントリオールから。2期目を目指すのは女性で劉叙雲、そして期待の新人は寇鴻久である。これは日本政治の明日の姿かも。 

 ▲難民は明日の日本の問題である。
 
けっして対岸の火事ではない。すでに小誌でも半島、大陸で危機が発生した場合、悪徳業者による難民斡旋、しかも在日の業者がやくざと組んで密航船を仕立てるケースも考えておかなければならないと指摘した。

対馬、壱岐、五島列島などは欧州における難民のたどりつくシチリア、サルジニア、マルタ、クレタに似ているが、いまの日本には対策どころか備えもない。
 
すでに次のようなケースが日本ではおきている。

不法移民の中国人が永住許可をえるケースが増えている。日本人との便宜的結婚や養子縁組、残留孤児の「育ての親」のなりすまし、偽造書類による縁戚という触れ込みの不法移民も日本当局は強制送還をためらい、しかも司法界にはびこる悪徳弁護士らの「暗躍」によって、永住権を取得するケースが激増している。

在日中国人は、日本人との結婚を除きとうに100万人を超えている。

◆痛恨の下村文部大臣の辞任

MoMotarou


【「日本未来担当大臣」:痛恨の下村文部大臣の辞任】

ポルトガルの首相サラザル(1889−1970)曰く、政治とはパンとワインと家族だと。つまり民衆には生活の安定を与え、家内安全無事息災を考えてやらねばならぬ。 (安岡正篤)
 
                ★

下村博文文部大臣が辞められた。2020年東京五輪問題の責任をとってということです。辞任発表の写真を見ると、大臣の無念さが表情に出ておりました。日教組等によって歪められ続けられた我が国の教育方針の是正をやって居られた。支那韓国朝鮮及び不逞在日らは大喜び。

■教育支配

教科書は生まれて来る次世代の日本人に、「生きる指針と常識と自己信頼」を与えるものです。ここを「敵国・反日勢力」に握られる事は、事実上日本国の崩壊を、自分達の納める税金でやっていることになります。

東京都や神奈川県等は在日朝鮮人学校に補助金を出しておりますが、コレなども税金で未来のテロリストを養成しているようなものです。また朝鮮総連が在日個人に配られた補助金を、自発的に寄付をしたように見せかけて"集金"し、吸い上げて本国に送っております。

■行政を使った国家転覆

教育の分断は世論の分断になり、民主主義のシステムを使った国家の"乗っ取り"に繋がります。

全国津々浦々で展開されている住民投票法推進運動は、今回国会前で行われた「安全保証反対デモ」と同じ勢力によって行われておると確信しております。

短時間に同時的に全国で反対運動が組織展開された事を考えますと、民主主義システムを使った「国家乗っ取りシステム」は、プログラム化しておると断言できます。これを阻止できるのは、我が民族に伝わる「価値観の共有と伝承」でありましょう。そしてそれを生活の中で暗黙のうちに伝えて行くのは「家庭・家族」なのです。

それを「個人の権利」を使って分断分解して行くのが「アトム(原子)化」であります。その例が一連の「子供のための〜、女性のための〜」でしょう。ここに"対立"が芽生えてくるのです。「男のための〜」は出てこない。

■「日本未来担当大臣」

下村博文文部科学大臣の辞任は、安倍総理にとっては心理的痛恨の出来事だったでしょう。救いは次の大臣が馳さんであったこと。元プロレスラーと言う事でどんな人かと思っておりますと、元国語の教師で趣味は「紫式部の研究」でした。英国再生を行った故サッチャー首相も最初は文部大臣でした。文部大臣こそ「日本未来担当大臣」であります。

2015年10月15日

◆中東地政学の何が変わったか?

宮崎 正弘
 


<平成27年(2015)10月14日(水曜日)通算第4682号>  

 
〜ロシアのシリア参戦で中東地政学の何が変わったか?
  第三次世界大戦へ発展するリスクはどの程度あるか〜

 
シリア内戦に本格的に参加したロシア軍の軍事行動によって中東の地政学に大きな変化が起きた。

 第一にイランの影響力が後退しつつあること、サウジアラビア、アブダビなどの湾岸諸国とロシアが密接な連絡をとり、或る方面では連携する場面もある。

イランが永極力を弱めたという意味はヒズボラなどイスラム過激派がアサド支援にむかっていたために発言力が強かったが、ロシア参入により、相対的に影響力が弱体化しているということである。

第二に湾岸諸国がロシアの顔色をうかがい始めたことだ。

ソチにサウジアラビア国防相とアブダビ皇太子が飛んでプーチンと協議したことはニュースに流れたが何が話し合われたかは明らかにされていない。

『プラウダ』などの分析によれば、「湾岸諸国は地域でのイランとシリアの影響力増大を望んでいない。それゆえロシアが反政府勢力を空爆することには理解できないが、ロシアはあくまでもISISを空爆して、テロリストの殲滅に力を注いでいるとするプーチンの説明を受けた」。

これまでは基本的に地域内の主導権争いであり、サウジアラビア vs イランという対立構造のなかでのスンニ派vsシーア派だった。

シーア派に近いシリアをイランは支援し、サウジ、湾岸諸国は反政府勢力にテコ入れしていたが、ここにISISという予期せぬ要素が突出し、事態はいきなり複雑に輻輳しはじめた。

第三に米国はアサド政権打倒のために反政府勢力に軍事訓練を施し、武器を空中から投下したり劣性挽回に懸命だが、他方で「ロシア参戦によってイランの影響力を削いでいる」(『ナショナル・インタレスト』の分析)とする見方がでている。

これらに共通するのは「地域内にいかなる『国家』を認めず、また国家を目ざす組織を認めがたい」とするもので、クルド独立への理解は稀薄である。トルコは事態に便乗し、クルド武装勢力の拠点空爆に力点をそそぐ。 こうした現状維持という共通項が失われ、ウクライナ問題で欧米と退治しているロシアが参戦してきたことで未来が不透明になったのだ。

 ▲スペイン内戦のいくつく先は世界戦争だった

第四は中国の出方である。

中国は冷戦時代のメンタリティを米ロ両国が復活させているのではないかという疑問点に立脚しており、「米国はシリア問題に便乗し、外交的ならびに軍事的に得点をあげ、主導権を確保する狙いがある。ロシアも米ソ冷戦時代のようにスーパーパワーの代理戦争を行っているかのごとくである」とする。

しかし戦争の行方によっては、地域内の覇権を求めず、一方的な利益を主張する国、あるいは組織の跳梁を認めず、現状を破壊して第三次世界大戦に繋がる可能性がありはしないのかと、たとえば『人民日報』もそうした分析しはじめた。

原型はスペイン内戦である。

1930年代のスペイン内戦は、フランコを支持するナチスとロシアとの代理戦争に、多くの義勇兵が反フランコ側に駆けつけた。なかにはヘミングウェイ、マルロォの姿もあったように、シリア内戦ではシリア防衛にイランと露西亜、反政府側に欧米と湾岸諸国という構造であり、この隙に世界中らイスラム義勇兵がISISに駆けつけるという文脈では、スペイン内戦がそのご世界的規模の戦争に発展してしまったように、危機を内包して
いるというわけである。

日本は遠い中東の出来事を対岸の火事視しながらも、イランとは経済的結び付きを復活させようと投資の再開に懸命となっているだけ。もっとも軍事力のない国に出番はないが。。。

◆米国は無法中国を許さない姿勢を

櫻井よしこ



9月末の米中首脳会談で最も充実した社説を出したのが米国の「ウォールストリート・ジャーナル」(WSJ)紙だったと思う。
 
同紙は9月25日付で「北京の新しい秩序」と題する社説を掲げ、これからの対中政策のあるべき姿を説いた。

社説はまず両国間に考え方の違いはあるが、米国は、冷戦終結後の国際社会で中国に「責任ある利害関係者」になってほしいとの思いで接してきたと、歴史を振り返る。
 
冷戦時代、米国の最大の敵はソ連、そのソ連から中国を引き剥がし、ソ連を崩壊に追い込んだのがニクソン大統領の対中接近だった。
 
米国は中国をソ連とは根本的に異なる国と見なして、あらゆる形で支援した。交流を拡大し、中国を内側から「民主化」させ、米国の戦略的パートナーに仕立て上げようとした。大きな市場としての中国の可能性にも期待した。その思いを表現しているのが「責任ある利害関係者」だ。
 
ところが徐々に明らかになったのは、米国の寛容な態度を、中国は「米国の弱さ」と受け止め、そこに付け込もうとすることだと、WSJは警告する。

このような中国の米国観は、今回の首脳会談の2つの大きな課題、南シナ海問題とサイバー攻撃問題においても顕著だったと、社説は説く。とりわけこの両分野において、「中国の無法なる振る舞い」は許し難いと、WSJは強い調子で論難した。

「2010年以来、中国は南シナ海のほとんど、メキシコ湾の倍以上の広さを持ち、世界貿易を支える船の往来の最も激しい航路を、議論の余地がない中国の主権だと主張する」として、だが中国の領有権の根拠は蒋介石の国民党政府が1947年に南シナ海の地図上に書き込んだ9つの点にすぎず、国際法の根拠は疑わしいと批判する。
 
習近平主席との合同記者会見でオバマ大統領は、南シナ海で中国は埋め立てを「やめなければならない」と断じたが、習主席は「古代から中国のものだった」の一言で済ませた。
 
米国の批判を平然と突き放した中国をオバマ大統領は追い詰められなかったが、WSJは明確に書いた。中国が根拠も不明な九段線に基づいてベトナム、マレーシア、インドネシアの領土主権を侵し、米艦船の航行を妨害し、ベトナムの海洋調査船のワイヤーを切断し、日本の尖閣上空に防空識別圏を設定したと。
 
興味深いのはWSJが尖閣を「尖閣」と書き、その後に必ず付いていた中国名の「釣魚島」という表記を入れなかったことだ。米国政府も今では同様の表記をしており、米国の対中認識の変化を表している。
 
WSJは南シナ海における中国の行動が孫子の兵法に基づいているとも指摘した。圧倒的な優位を築いて戦うことなく相手の戦意をくじくことを最高の勝ち方とする孫子の教えが実施されているのが、一連の中国の海における蛮行だとの主張は正しいのである。
 
この中国にどう向き合うべきか。WSJは「ホワイトハウスは(南シナ海に中国が築いた)人工島の12カイリ内は米国の考えでは公海であるのであり、そこに米海軍の艦船を航行させよ」と主張する。
 
そうしなければ、中国は米国が彼らの行動に暗黙の了解を与えていると考える。従って、中国のこの種の「誤解」を速やかに解き、国際社会の規範を受け入れさせなければならないと指摘している。
 
サイバー攻撃についても厳しい制裁を科すことで、攻撃が何も生み出さないと知らしめることが重要だと説く。
 
国際社会は習体制の無法ぶりをいつまでも許してはいない、米国政府はそのことを中国に知らしめる先頭に立つべしとの主張を、私は共有するが、その主張から最も遠いのが、任期を1年半も残しているオバマ政権なのだ。

『週刊ダイヤモンド』 2015年10月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1103 

◆与党議員に送りつけた抗議ファクス

佐々木美恵



安全保障関連法成立までの数日間、国会周辺は抗議集会で大騒動になっていましたが、与党の参院議員の会館事務所もちょっとした騒ぎが起きていました。

というのも、「ざっと積み重ねてみたら1日あたり15センチ以上」(公明党議員 秘書)というほどの大量のファクスが連日送られていたからです。役所からの資料が なかなか受信できなくなったり、委員会審議のための質問通告のコピーが取れず、通 告に時間がかかるなど業務に支障もあったといいます。

「厚さ15センチ」というと、市販されているコピー用紙の500枚の 束の厚さが5センチ程度ですから、だいたい毎日1000枚超を受信していたということになります。

送信枚数の多さで目立つのは、県教組や共産党系の組織、弁護士団体などでした。統一の文書に署名やコメントを傘下の団体や個人に記入させた上で、上部 団体がまとめて送信していました。物量で「これだけの反対者がいるのだ!」という 圧をかけようとしていたとわかります。

ところが、多くの枚数を送り、与党議員に強い圧力をかけねばならないと考えたのか、送信すべきではないと思われる文書を送った団体がありました。

安保法案の賛否を問う「アンケート」の回答用紙そのもの、なかには「公表に同意しない」とサインしたはずの回答者の情報−事業所名、記入した代表者の 個人名、住所−が記載された紙まで送信していたのです。

このアンケートを実施し、ファクスしたのは中部地方の身障者関連の団体でした。

設問は「安保法案(戦争法案)の撤回・廃案にすること」「社会福祉等の改正案を廃案にすること」の2問。賛成か反対かにマルをつけ、それぞれ自由にコ メントできる形式です。

回答用紙には小さな文字で「国会議員との懇談・陳情に活用する」などと断り書きがあるとはいえ、「公表に同意しない」と明記した個人・団体が、実名な ども記入した回答を国会議員のもとへ直接、ファクスすることを想定していたとは思 えません。

そもそも、アンケートの回答をそのまま送信する行為にも疑問があります。

多量の抗議文書をファクスしたかったにしても、これは明らかにやりすぎです。

受信した複数の参院議員事務所の関係者によると、ご丁寧にも120枚 を超す回答用紙の束が日を変えて3回、流れてきたといいます。

これとは別に、県立病院やデイサービス施設、企業などから業務時間内とおぼしき時間に送信した抗議ファクスも見つかりました。1枚や2枚ではありません。公営病院の職員らが安保法反対を訴えるファクスを送ることを業務のうちと容認しているとは考えられません。送信者はどんな上部組織からの通達に応えた のでしょう。

同一の送信番号から鉛筆の下書きをなぞったあとの残る手書き文書が送られていたのに、そのつど「〜ママの会」「〜市民の会」などと別の団体名を名乗る 不可思議な文書もありました。

広い人脈を持つ人がさまざまな組織と連携して送信している可能性もあるとはいえ、毎日、団体名に書き直しただけで送っていたのではないかという疑念 がわきます。

国会前集会に集まった人が掲げていた「アベ政治を許さない」というカードをリサイクルしただけの文書もありました。とにかく送信実績を上げるために、 加工する手間も惜しいのでしょうか。

このほか、太字マジックで「(次の選挙で)確実に落とす 絶対に落とす」と書かれた抗議ファクス、NHKは安倍晋三政権の「宣伝を担当している」とし て「まさにナチスの手口だ」などと意味不明の中傷などもありました。受けとった者 をイヤな気分にさせるだけで、採決に効果があったとは思えません。

 一方で、ごくわずかに訥々と真面目に心情を綴った文書もありました。街頭集会での汚い罵り言葉と同様、埋もれていました。粗悪な物量ファクスを送った 組織・団体は自分たちで、別の可能性を摘んでしまったといえるでしょう。 (政治 部次長)
産経ニュース【政治デスクノート】 2015.10.12
                (採録:松本市 久保田 康文)

◆私の「身辺雑記」(270)

平井 修一



■10月12日(月)、朝は室温22度、快晴、ハーフ散歩。

夕べの祭り/本宮はすごかった。小さな街の駅前に1000人、お宮様に2000人、お囃子の山車、大太鼓に続いて100人で担ぐ大神輿。熱気ムンムン。子供や若い人が多い。こんなに人がいたかと思うほどだが、どうも品性がないように見えるのは立ち食いしているからか。

テキヤが「夜店一同」として祭実行委員会に5万円を寄付していたのは初めて知った。テキヤをまとめていたヤクザが駆逐されて、新しいルールになったのかもしれない。

シノギがどんどん細る“ヤクザ受難時代”。構成員が急減しているが、不良どもの受け皿がなくなることの弊害もありそうだ。

川崎市は職員の国籍条項を全国に先駆けて撤廃したおバカな自治体で、在日半島人の力が結構強いのだろう。彼らはアカとヤクザという反社会勢力においてヘゲモニーを握っていたが、帰化する人は増えているし、暴対法などもあって、影響力は漸減しているようだ。

結果的に裏社会でタガが緩んでいる。不良が跋扈し、徒党を組んで殺したり、殺されたり。多摩川河川敷は警察力が手薄だから不良どもの恰好のフィールドになっている。市民は苦々しく思っているだろう。

市民は川崎駅周辺を想定しているのだろう、20年ほど前に漢字一字で川崎市を表すとすれば、というアンケートで一位は「汚」だった。カミサンに同じ質問をしたら、やはり「汚」だった。

川崎市は「音楽の街かわさき」なんて宣伝しているが、オシャレどころか「汚洒落」だ。政令指定都市なのに市民から「汚」だとバツをつけられている都市は他にはないだろう。市民にとっては大いに悲しいことだ。

市長の福田紀彦は神奈川県知事だった松沢成文の公設第一秘書を務めていた。まあリベラルなのだろう。“「最幸のまち」かわさき”がキャッチフレーズだが、外国人や障碍者を含めて仲良く幸せになりましょう、ということのようだ。ダサイキャッチ。

松沢は(成否は知らないが)タバコ追放の旗を振ったが、福田は「汚」追放に力を入れたらいい。

今夜は奄美の義母、義妹の歓迎パーティ。12人で鶏モモ唐揚げ、鶏レバニラ炒め、手作りギョーザ、豚バラブロックと野菜の炊き合わせ、サラダ、モズクの酢の物、蛤のお吸い物でもてなす。

残り物は娘2人のお土産にしたからほぼ完売した。片づけて翌朝の準備を終えたら10時。腰が抜けそうだ。

まあ、やることがあるのはいいこと。運動にもなるし。

■10月13日(火)、朝は室温21.5度、快晴、ハーフ散歩。

カミサンは義母、義妹を車に乗せて箱根1泊旅行へ。大涌谷は通行規制されているから見物できない。芦ノ湖と美術館しかなさそうだが、どうするのだろう。おしゃべりできれば良いのか。帰路に甲州を回ってぶどう狩りをするのかもしれない。

読者からご意見を頂いた。

<吉丸一昌先生と夢幻問答をしている崎山言世と申します。葛原しげるが唱歌・童謡の草分け、というのは言い過ぎではありませんか。たしかに立派な教育者でしょうけれど。葛原は『赤い鳥』を批判していたはずで、かかわっていたというのも本人にしてみると不本意な記述です。『村祭』と葛原については、

http://blogs.yahoo.co.jp/kotoyo_sakiyama/62977016.html

で吉丸先生が解説しています>

「ご指摘ありがとうございます。知らない分野のことはよく調べて書くように努めます」と返しておいた。

読者のチェックがあるから品質は向上する。中共はチェックを受け付けないから、というかチェックする人を叩きまくるから誰もチェックしない、できない。かくて中共は道に迷って、ドタバタを演じている。

チェック機能がないために迷走するドイツはイスラムに屠殺されるのだろうか。

ドイツは一部のアカに引きずられて亡国へ歩んでいる。ドイツは韓国と同様に言論の自由はない。赤いマスコミとは逆の論説は叩かれ、その論者は社会的に葬られる。つまりブレーキがない。ひたすら崖に向かうのだ。

我々はそれを止められない。観察するだけだ。ただ、市井の人が何を思っていたかは記録すべきだろう。ドイツのサイレントマジョリティは、ドイツ国内では声を上げられない。

中韓とまったく同じだ。日本語ができる人は日本向けには発信する。「ロルちゃんのブログ」10/9から。

<*沈没寸前? 狼と羊

10日ぐらい前から毎日ここで事実上同じテーマ(難民)についてブログを更新して以来、クリック数は爆発し、その前の10倍ぐらいになった。もう少し短く済ませないと、拘束され過ぎることになる。仕事や勉強や個人生活にも支障が生じないように、今日からなるべく約1000文字に収める。

イスラム教徒は狼、西洋の人(特にゲルマン系の人)は羊。実はこんなに簡略に今日の話題を抑えられる。

今から書くことは全然インテレクチュアルではない。トイレの話。トイレの落書き。

しょっちゅう公衆トイレで僕が読んだことがある台詞である。つまり「(キリスト教の)神様は容赦をしてくれるが、我々イスラム教徒は容赦をしない」との事。なるほどね、これは彼らの本心だね。

普通の常識を持っている人はこの事実をとっくに分かっているが、左派の空想家達はそれを拒否している。左派にとっては「ドイツ人の全てにはまだまだナチの魂が潜んでいる」と。

そして、外国から来る人、異質程よい人はみんな聖人。高い教育を受けてきて、才能があり、一所懸命仕事もしたくて、ドイツで問題を起こすつもりもなく、勿論犯罪を犯すつもりもない。我々はそれを期待しているから、その外人達はみんな我々の法律を守り、社会に「統合」もしてくれる――

それは緑の党、左の党、極左の奴らが例外なく唱えている錯覚だ。

現実はそうではない。上記のトイレの話と同じ様に、それら外人達は原住民(ドイツ人)を嫌っている他に、原住民の羊の様な弱さを馬鹿にしている。

もはやイスラム系の子供が過半数を占めているドイツの大都会の学校では少数民族になったドイツ人の子供は彼らに「糞ドイツ人メ!」とけなされる。

ドイツのボクシングクラブ、都会の空手クラブとかはイスラム系の人が溢れている。

逆にあらゆる(ドイツの)文化イベントには(イスラム系は)絶対姿を現さない。なぜか。権力の奪い取りの日に備えているのか。

馬鹿且つ無邪気な西洋が自分の文化的屠殺を待っている。

どういう神経かが分からないが、うちの村で店を経営しているトルコの家族が自分の息子に付けた名前を聞いた時に「どおりで」と思った。

その名前はここでカタカナでも書きたくないけど、僕はそれをググってみたら、意味は「神様の刀」(!!!)とあった。

ドイツ生まれの男の子、幼稚園でドイツ人の仲間達とドイツ語で育っている子供にもう少し可愛い名前はなかったのか、と思った。でも寛容な西洋はそれをどうとも思わない・・・

流入してくる侵略者達のせいでドイツ人vsイスラム教徒の比率は更に悪くなる。現在のドイツの大都会の分娩室にはイスラム系の赤ちゃんはもう既に過半数を占めるようになった。ベルリン、フランクフルト、ケルンもみんなそう。

当然今から30年後にはドイツの大都会の人口全体の過半数はイスラム教徒になる。計算できる人はそれ知ってるが、大きな声でこの事実を言い出したら直ちに「ナチ」と言われる。こんなのを許す馬鹿な国はこの惑星に他に有り得ない>(以上)

日本はどうするのか。ノーズロ・メルケルの愚かなドイツはほぼツンダ、と見ていい。我々は備えを固めて無能力な(肉体労働しかできない)異分子は徹底的に排除すべきだ。100年後、200年後にも日本が日本であるためには、リベラル≒アカ≒共産主義勢力を一掃しなくてはならない。イザ!ヂ
イヂ出撃せよ。

それにしても支那と半島からの想像を絶する難民を日本海側で受け止めることになるが、どうするのだろう。準備すべきだが・・・みな困惑しているが、これは大事なことだ。

■10月14日(水)、朝は室温21度、曇、ちょっと冷えるがハーフ散歩。北海道で初雪。わが街でTシャツ、半ズボンは小生のみ。奇人変人には誰も寄ってこない。安保上もこれは大切で、古人曰く「鶏鳴聞こゆれど人を見ず」が隣村とのベストな距離だ。交際やら知り合いが多いとトラブルも増える。

“トウガラシ”辣椒(ラージャオ、王立銘)氏の論考『「TPPの湯」に入れない中国の自業自得』(ニューズウィーク10/9)から。とても面白い風刺画は↓

http://www.newsweekjapan.jp/rebelpepper/2015/10/post-13.php

偶然だが今朝の産経に氏が紹介されていた。大いに結構だ。

<現在、中国経済の60%以上は対外貿易によってつくり出されている。

深刻な景気後退の兆候が表れている今、TPPが中国経済に対して与える打撃は小さくない。アメリカはTPPが中国に敵対するものではないと繰り返し説明し、日本も中国が加入するのを歓迎すると言っている。

しかし、TPPの規則は中国に対して厳しく、共産党政府が到底実現できない内容だ。

たとえば構成国の政治体制は自由、民主、人権などの普遍的価値観を尊重することを求められている。国有企業と私営企業の同等な待遇を定め、かつ期限付きで国有企業の私有化を求めている。

農産物市場や金融、物流などの開放も含まれているが、どれも中国には実現できないものばかりだ。

またTPPは監督不能に陥ったWTO(世界貿易機関)の二の舞いを避けるため、約束違反を犯した構成国の資格を取り消すとも定めている。WTOという池の水はすでに中国という破壊者によってすっかり汚されてしまった。

アメリカは環太平洋諸国を引き連れてTPPを完成したが、その最大の受益者は元の共産主義国家であるベトナムだ。このかつてない自由貿易協定に参加するため、ベトナムは抜本的な体制改革を断行し、東南アジアの次の「スター国家」になるだろう。

そしてアメリカは一気呵成にTTIP(環大西洋貿易パートナーシップ)も完成させる。

TPPとTTIPの完成で、全世界の貿易量の70%が新しい秩序に組み込まれるが、中国はそれを外から指をくわえて見ることしかできない。

しかし、ほかの国が中国を排斥するのではなく、中国が自分で自分たちを世界秩序の外へ押し出してしまったのだ。

ベトナムはすでに努力して過去の「汚れ」を洗い落とし、世界秩序に加わろうとしている。中国共産党にベトナム共産党と同じ挑戦をする勇気があるだろうか?>(以上)

中共は「過去の汚れを洗い落とし」たら、すべて消える。汚れが模様になっているのだ。砂上の楼閣のように、嘘上の楼閣。近藤大介氏は「対中国包囲網がついに完成!四面楚歌に追いこまれた習近平の次の一手とは?」(現代ビジネス10/12)でこう指摘している。

<これ(TPP)に対して中国では、大筋合意が発表された10月5日以降、TPPに関して様々な見解が発表されている。それらを整理すると、「TPPを恐れるなかれ」と鼓舞するものが多い。なぜ恐れる必要がないかという根拠になっているのは、主に次の5点だ。

1)TPPが発効しても中国の貿易への影響は少ない

中国には世界最大14億人の巨大市場がある。また、多くの熟練工、先端的設備、豊富な部品供給体制があり、世界の工場としての地位も揺るがない。

2)TPPが大筋合意したからといって、アメリカで批准されるとは限らない

大筋合意が発表されたとたん、アメリカでは与党・民主党も野党・共和党も一斉に反対論が噴出している。来年は大統領選イヤーであり、反対論はますます強くなることが予想される。

3)TPPが発効したからといって、直ちには貿易システムは変わらない

例えば、アメリカは25年以内に日本製自動車の関税2.5%を撤廃するとした。だが25年も先の世界など、誰にも想像できない。

4)中国は個別に各国と自由貿易協定を結んでいる

TPP加盟国で言えば、2008年にニュージーランドをFTAを結んだのを皮切りに、ペルー、シンガポール、オーストラリアとFTAを結んでおり、他の国とも個別交渉を進めている。

5)中国には「一帯一路」とAIIB、自由貿易区がある

習近平主席は2013年秋に「一帯一路」(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)と、これらを推進するためのAIIB(アジアインフラ投資銀行)構想を発表しており、AIIBは今年末に、57ヵ国が参加して北京で設立される。また、2年前に始めた上海自由貿易区や、今年発表した天津、福建などの自由貿易区もある>(以上)

小生の見立てはこうだ。

1:世界の工場としての中国の地位は揺るぎ始めている。製造業はガタガタだ。パクリだらけで来たから熟練工なんているはずがない。

2:米国大統領選挙戦では、「米国の雇用を奪っている中国」を叩く方向、すなわちTPP支持に向かうのではないか。

3:世の中はあっという間に変わる。昨日までチヤホヤされていたのが今日は味噌っかすなんて、よくある話だ。中国は年初はそこそこの成長を期待されていたが、今は「クソ野郎!」と非難されている。

4:2国間協定のFTAでは、TPPのいじわるな「原産地の多くをTPPにしないと関税を課す」規定を突破できない。

5:ネズミしかいないところに高速道路や鉄道を敷いても経済は動かない。大体、国際間の物流の基本は海運と空運で、欧州〜アジア間の非効率な陸運なんて前時代的発想だ。インチキ投資銀行はほとんど妄想。絶対に失敗する。

自由貿易区も、そもそも「中国に進出しよう」というニーズが外資叩きや人件費の高騰で細っているのだから閑古鳥で終わりになるだろう。今のトレンドは「中国から撤退、撤収しよう」だ。

かくして中共はお陀仏になるしかない。誰も処方箋を持っていない。国連が顧問団を派遣して再生させるしかないが、14億の国をいじくった経験のある人はいないから、まずは分割するしかない。連邦制でやるしかないだろう。(2015/10/14)

2015年10月14日

◆中東 ロシア参戦で地殻変動

宮崎 正弘 



<平成27年(2015)10月13日(火曜日)通算第4681号>  

 
〜中東を舞台のグレートゲーム。ロシア参戦で地殻変動
  チェチェン紛争の教訓を生かし、欧米の優柔不断の隙を衝いた〜


プーチンが大いに得点を稼いだ。
 
シリア内戦の慢性的泥沼の下、ISISの跳梁跋扈ですっかり見通しを失っていたのは米英欧だった。空爆を続けても、ISISの力は衰えず、アラブ諸国も空爆に加わってはいるが、イラク政府軍も反アサド軍も、その戦力はあまりにも弱体だった。

ましてISISは住民を楯に、かれらの居住区に身を潜めているので空爆は限定される。

ロシアが参戦してきたのは満を持してのことか、タイミングを巧妙に計っていたのか、たとえロシア空軍機が反アサド政府軍の拠点を空爆したにせよ、西側の抗議は弱く、かつて討議された「飛行禁止区域」のことも沙汰止みとなった。

ここで注目するべきは、ロシアの軍事行動は西側との協議を重ねていない、単独行動が殆どであり、プーチンのウクライナ制裁への意趣返しとも取れることである。
 
第一にロシアは、ロシア国内にいるスンニ派1400万住民の大半がプーチンのシリア空爆を支持したことである。

チェチェンの極左暴力的テロリストにおびえていたスンニ派穏健派が、露西亜国内では多数派であり、地上戦への参戦にもこれという反対は露西亜国内に起きてはいない。

プーチンは過去の軍事作戦の失敗を教訓として、泥沼化を避けていることも明白だ。

第二にゴラン高原のオーストリア軍撤退の折や、シリア化学兵器問題でのロシアの仲介が問題解決に手柄となったように、プーチンが狙ったのは「最小の介入で最大の政治効果」をあげることにあった。

もともと海軍基地をのぞいて、陸上戦闘部隊に50名規模の軍事顧問団をシリアにおいていると推測されたが、ロシア軍は想像をこえる規模でシリアに存在していたのだ。 

第三に米国の作戦のまずさと失態ぶり。せっかく育てたイラク政府軍はまったくの体たらくで、42億ドルもの予算を注ぎ込んで最新兵器をあたえたのに、それをみすみすISISにろかくされるという失態。

シリアの反政府軍の訓練もなにも効果が上がらない。オバマ政権のイラクテコ入れ失敗である。

(ついでに言えば22日に開かれるヒラリー・クリントン前国務長官に対する議会公聴会は、この武器問題が取り上げられるという。つまりリビア大使暗殺事件で明らかになりつつあるのは、リビア反政府ゲリラに供与していた武器を米国はシリアに秘密裏に輸送していた(らしい)。これがヒラリー版「イラン・コントラ事件」に発展すれば、彼女の大統領選挙予備選は致命的になる)


 ▲アフガン惨敗の教訓からロシアは軍事戦略が賢くなった

第四にロシアにとって、自国の安全保障に直結する問題であることだ。

ISISの兵力は7000名とも2万人とも見積もられるが、チェチェンを筆頭に北カフカスならびに中央アジア諸国からテログループへの参加が主力であり、ロシアにとって、このISISの主力を叩くことは自国の安全保障に直結する。

第五にロシアにとっての経済的利益とはシリアを経由してのガス輸送がレバノン、キプロス、イスラエルに向けて行われており、海軍基地を租借して戦略的拠点を確保、強化することは有益である。

ロシア介入により石油とガスの価格は上昇するとみられる。

むろん、ロシアは1979年のアフガニスタン介入失敗を巨大な教訓としており、ベトナム戦争で米国が泥沼に陥った愚を繰り返しはしないだろう。撤退をつねに視野に入れ、しかしシリア国内においてもスンニ派居住区を空爆目標とはせずにいるのは、スンニ派の内外の支持を得ようとしているからだ。

こうした中東をめぐる地政学、つまり新しいパワーゲームの主役プレイヤーとしてロシアが急浮上し、最小投資で最大効果を狙っている。

国際政治の複雑系が、このうえに被さるので俄かに次の予測はしにくいが、とりわけ産油国との関係である。

 
 ▲産油国首脳のプーチン詣では何を意味するのか?

サウジアラビアはアサド政権支援、しかしトルコはアサド反対、これらの国々が脅威視するイランがアサド体制死守を掲げて兵力を派遣しており、中東の政治地図はまさに魑魅魍魎の世界だ。

ロシアの本格的軍事介入によって、あきらかにグレートゲームの様相が変わった。サウジ皇太子が頻度激しくモスクワを往復しているのは、その表れであり、軍事戦略にまるで理解のないオバマを見限ってのことではないのか。

というのも、10月7日にソチで63歳の誕生日を迎えたプーチン大統領は、ホッケーに興じたと西側メディアも伝えたが、ひそかにサウジアラビア国防相(サルマン皇太子が兼任)がソチまで飛んでいるのだ。

前後してアブダビの皇太子もロシアを訪問し、プーチンと面談している。

以前にも指摘したがウクライナ問題で執拗な制裁をつづける米国にほとほと嫌気をしめしているドイツ、フランス。日和見主義に陥った英国。米国外交の失敗のツケはこれから傷口の拡大となりそうである。

 またサウジとの関係を強めるロシアという異様な構図をよみとくと、原油減産にサウジが踏み切れば、原油高騰となりロシア経済の再生が日程にのぼってくる。

すでに米国ではシェールガス開発のベンチャー企業の多くが倒産となり、サウジの思惑は半分達成されている。そのうえ、急速に問題となっているのはシェールガスの採掘には三倍の水を注入する技術的必要があるが、米国内のシェールガス鉱区の位置は海から遠く、水不足に直面し始めた。
         

◆米国が植え付けた自虐史観がなお…

ケント・ギルバート



米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏は、8日の九州「正論」懇話会で、「日本は米国から信頼されている」と強調した。講演詳報は次の通り。

私はもともと、米国に進出する日本企業の法律相談をしようと思っていましたが、テレビに出て脱線してしまいました。でも、講演会や活字などの媒体を通して、みなさんと会話ができるのは何よりも楽しいですね。

日本に来る前に、日本に住んだことのある友達にアドバイスを求めました。「日本は米国と考え方や習慣が正反対だ。それをおかしいと思うのではなく、好奇心を持って楽しんだ方がよい」。そう言われてやってきました。

国際法律事務所に就職してから35年。東京に住んでいますが、日本の方と一緒にいるのは楽しい。東京には刺激もあります。

日本のどこが素晴らしいか、いろんな観点からお話できます。

歴史的に日本はとても恵まれているんです。数千年前からの世界地図をみると、(国の領土は)大きくなったり小さくなったりするが、日本だけが変わらずその場所にある。

侵略されることもなく、自分たちだけで細かく文化を練ってつくることができたのは幸せだと思います。仏教や漢字などを中国からもらって、日本的に手直しし、もっとよいものにして使いこなす。これが日本の文化なんですね。

さきの大戦後、日本は幸いにして天皇陛下を残したことで、国としてまとまることができました。戦後、国を改革して再建できたのは、おそらく世界の歴史の中でも唯一の例だと思うんです。(日本の戦後復興と)同様のことを、米国はイラクで行おうとしましたがうまくいかなかった。国民がばらばらで、国民全体が信頼する指導者がいなかったからでしょう。

            × × ×

ただ米国は戦後、WGIP(ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム)で、日本に自虐史観を押し付けた。今日まで影響を与え続けています。韓国や中国、ロシアなどを批判したらだめだ、と。だからマスコミは中国や韓国に遠慮して強く言わない。

歴史的に、戦後体制として、米国が変な憲法を押しつけたのは確かです。憲法自体は文章として悪くないですよ。変なところは2カ所あって、元首を指定していないことと、憲法9条。この2つは他の国の憲法では見当たらないものであり、改正した方がよい。

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が大筋合意し、ようやく日本と米国は貿易においては、平等なところまできました。しかし防衛に対してはまだです。米国が日本を守るのに、日本は自立しようとしない。この状態ではだめだということで、先日、安全保障関連法が成立した。よかったと思います。本当は憲法改正をした方がいいですが、それはそのうちやるでしょう。

            × × × 

 (4月に米議会上下両院合同会議に)安倍晋三首相が行ったのは素晴らしいタイミングだった。それまで、オバマ大統領は中国と韓国、日本の区別ができていなかったと思う。

ところが、大親友の駐韓米大使のリッパートさんがテロリストに刺された。

さらに(韓国を一時出国禁止となった)産経新聞の前ソウル支局長が“監禁”された。あれは(米国にとって)1番いけないことなんです。合衆国憲法には「言論・報道の自由」が規定されています。米国は犯罪につながらない限り、言論の自由を認めている。韓国にとってはダメージでしたね。オバマ大統領は韓国と日本の違いが分かったみたいです。

安保法制とTPPが実現した。安倍さんはすばらしい働きをしています。

日本は好まれているだけではなく、信頼されているんです。政府開発援助(ODA)も一時期、世界で一番大きな金額を出していました。東南アジアには日本企業が進出して経済発展に貢献している。(ソニー創業者の一人)盛田昭夫さんは「海外に進出するときには、必ず地元の社会に貢献しろ」と言っていました。

彼は影響力があったから、日本企業はそうしているのではないかという気がします。

(2014年の)サッカー・ワールドカップブラジル大会で、試合が終わった後、日本のサポーターは客席のゴミをゴミ袋に入れ、相手のサポーターの席の分まで掃除して持って帰った。現地のマスコミがすごいねと世界に発信したんです。僕もスタッフにすごいねといったら、「いや、当たり前だよ。ケントさんはこんなに長く日本にいて、まだ普通のことがわからないのか」と言われました。普通じゃないよ。世界的には。

世界に信頼される日本ですが、韓国との関係があります。

できれば付き合う方がよいのだけれど、慰安婦問題をみていると、韓国は「反日」といって自分の国をまとめているんですね。それを中国が利用している。

(慰安婦碑または像の設置を支持する決議を採択した)米サンフランシスコの市議会の審議を見ると、(運動は)韓国よりも中国が中心なんです。中国は、日本と米国との信頼関係を弱くし、日米安保を破棄させて、アジアから米軍を追い出そうとしている。そうして、属国にするか、併合なのかは分からないけれど、中国の影響下に置こうと狙っている。

日本では、いつまでも何もしなくても、平和はいつまでも続くと思い込んでいる「平和ぼけ」の人がいる。もっと自立していただきたい。

今回の安保法制に関する国会の議論はめちゃくちゃでしたが、国民がもしかしたら憲法改正をしたほうがよいのかなと思い始めた。70年かけて。ですから、これから日本はもっともっとおもしろくなると思います。

そのために、われわれは正論を述べなければならない。デモで言っていることがめちゃくちゃなら、それよりも迫力や説得力のあるデモをこちらがやらないといけない。それが言論の自由です。
産経ニュース【九州「正論」懇話会詳報】2015.10.9
                  (採録松本市:久保田 康文)

◆習近平政権にレッドカード

平井 修一



北海道大学公共政策大学院専任講師・西本紫乃氏の論考『中国共産党の「信仰の危機』」(ウェッジ10/13)から。

<*「紅二代」が共産党に騙されたと咬みつく

中国の新聞やニュース報道で自国の大国ぶりを示す習近平主席の訪米の話題一色となっていた9月下旬、中国国内では中国共産党の「信仰の危機」についての話題が人々の耳目を集めていた。

中国では宗教について自由な信仰が認められている。しかし、そこには但し書きが付く。自由に信仰して良いのは中国共産党が認可した宗教団体であることが前提だ。

「宗教<党」である中国における「信仰」とはキリスト教やイスラム教といった宗教一般における信仰という意味の他に、より核心的な意味として中国共産党の政治思想に対する「信仰」、つまりそれを絶対のものとして信じて疑わない心、といった意味でも使われる。

習近平国家主席が大国のリーダーとして外交の舞台に立っていた頃、中国国内では中国共産党の掲げる共産主義の理想に対する疑義がもちあがっていた。

事の発端は9月21日午前、中国版ツイッターと呼ばれる「微博」の中国共産党の若手エリートを養成する組織、中国共産党青年団(共青団)の中央のアカウントが、共産党員たちの共産主義思想に対する「信仰」の重要性を説いた記事を紹介したことに始まる。

この共青団のツイートに対して、大手不動産開発会社の元会長の任志強が「我々は共産主義の次世代の担い手だ」というスローガンに十数年騙されてきたと咬みついたのだ。

任志強の父親は商務部の副部長(中央官庁の副大臣に相当)を歴任した任泉生で、任志強は共産党の老幹部の子弟のいわゆる「紅二代」である。任志強自身も共産党員で北京市の政治協商委員の肩書きももっている。共産党にとって身内であるはずの任志強が吐き出した党の思想への反発であり、すわ「信仰の危機」だ、と中国のネット上で注目を集め、任志強のつぶやきは瞬く間に拡散した。

大きな反響を受けて、任志強は同日夜に「我々は共産主義の次世代の担い手か?」と題するコラムを「微博」で公開した。そのコラムで任志強は次のように私見を述べている。

《(改革開放後)無産階級によって革命で打倒されるべきだとされた資産階級が中国の発展の原動力となったではないか。民間企業の公有化によって計画経済は破綻し、計画経済政策は完全に失敗だったと宣言された。

戦いにおいて負け知らずだったはずの毛沢東思想も数千万人の餓死者を出し、文革でも冤罪でどれほどの人が亡くなったかわからない。ひょっとすると建国後の誤った政策で死亡した人の方が戦死者よりも多いかもしれない。しかし、改革開放が中国人を飢えや寒さから完全に解放したのだ。(中略)

私も共産主義が実現することを望んでいる。しかし、どのような道を辿ればそこに至るのか? マルクスは共産主義は一国家では実現しないと言った。(共産主義は)世界の普遍的な価値観と認識を共にすべきものであり、洋の東西を問うことなく、敵も味方もない。少なくとも今のところ(中国に)この前提はない。

歴史は私たちに教えてくれる。暴力革命でもダメで、公有制の経済でもダメで、計画経済でもダメだった。民主や法治がなければなおさらダメだ!(中略)

我々は遠大な理想の中ではなく、現実の中で生きていかなければならない。目の前の制度設計の問題をしっかりと解決すること、中国の国民が民主と自由を享受できる制度を信頼すること、家庭の収入を安定させること、法律によって国民の生命と財産の安全を保障すること、中国人を世界共通の価値観を馴染ませること、こうしたことをまず先にやらなければならない。

それらをやらずに如何にして共産主義が実現できるというのか?》

共産党の過去の政策の過ちを痛烈に批判し、欧米の価値観を拒否する現政権の姿勢に反発する任志強の文章は、現在の中国の言論環境にあっては非常に過激だ。国民の多くが感じているが敢えて口にしないことを大胆に主張した任志強の意見に多くの人が共鳴した。

共青団側は当初は任志強の主張に対して「人は理想がなければ魚の干物と同じだ」と軽く受け流していたが、任志強の意見がネット上で急速に拡散するのを目の当たりにして、共青団側も看過できなくなってきた。

*国慶節に公開された問題提起 「新国家かそれとも新政権か?」

23日朝、共青団の広報・プロパガンダ部門の責任者、景臨が「任志強氏との討論」と題するコラムを発表し、共青団の団員が任志強の主張に対して冷静に対応するように呼びかけた。

世論の盛り上がりと共青団側の動きを受け、同日夜、任志強は第2のコラム「全世界の無産階級は連帯したか?」を公開し、さらに舌鋒鋭く共青団を批判した。

その文章では共産主義とは国際主義でもあり、中国だけで成し遂げられるものではないので、世界と価値観を共有することが重要だと述べ、

「共青団の文章には共産主義の目標について甚だしい誤りがある。共産主義を“一つの民族、一つの国家、一つの政党”が胸に秘めた大きな目標だといっているが、これは歴史を否定するような無知だ」と切って捨てている。

その上で「マルクス主義と中国の伝統と結びつけて“中国の特色ある社会主義”を打ち立てるのは結構だが、その中身の多くは“中国の夢”であって共産主義ではない!」と、共青団の語る共産主義の実現という大きな目標と、習近平主席の国民向けスローガンである“中国の夢”との理念を同一におくことの誤謬を厳しく指摘している。

国民の国家への求心力を高めるために現政権が「大きな物語」として掲げている“中国の夢”を批判する任志強の第2コラムは、さすがに今の中国の言論環境においてはレッドラインを踏み越えるものだ。

24日、党内の指導者から任志強本人に直接、公開した文章を削除するように指示があったが、任志強は削除せよとの連絡を受けた事実も「微博」で晒したのだった。

その日の夜、共青団側も「立ち上がれ理想主義−任志強たちへの一通の公開書簡」と題する文章を公開して任志強の文章の詳細な部分を取り上げそれらの過ちを指摘した。

共青団側と任志強の泥仕合になってきたこのあたりで、そろそろ論争も終わるかと思われていたが、中華人民共和国の建国記念日にあたる国慶節の10月1日、任志強は「新国家かそれとも新政権か?」と題する第3のコラムを発表した。

この文章で任志強は国家と政権を同一視することの矛盾を突き、1949年1月1日に毛沢東が天安門で宣言したのは新政府の成立であって国家の成立ではない。したがって国慶節は政府が誕生した誕生日であって、国の誕生日ではないということをすべての中国人は認識すべきだ、と訴えている。

国慶節のその日にタイムリーに公開されたこともあり、「新国家かそれとも新政権か?」はわずか数時間のあいだに10万人以上が閲覧したが、この文章も翌日までにはネット上から削除されてしまった。

一連の文章の中で、任志強自身は共産主義の実現という理想自体を否定しているわけではない。任志強の主要な論点は、欧米の価値観の流入を警戒するのではなく、普遍的な価値観も受け入れつつ理想としての共産主義を実現すべきであり、習近平が掲げる“中国の夢”は共産党が本来目指すべき共産主義の実現という理想とは相いれないものだ、というところにある。

2012年の習近平政権スタート時に、中国にとって外交、内政とも大きく分けて「開く」方と「閉じる」方の2つの道の選択ができたと思う。

外交については、経済大国となった中国に対して各国からの中国脅威論を刺激しないよう国際社会と協調する「開く」方の道もあったが、習近平政権はこの道は選ばなかった。

内政については社会が発展し利害が多様化する状況下で、共産党の権力の幅を小さくし相対的に自由と民主の幅を広くしていくという「開く」方の道があったがそちらの道は選ばなかった。

政権発足から今日までの3年間、習近平政権は対外的には大国としてのプレゼンスを高め発言権を獲得すること、国内的には強権的な腐敗の一掃と思想や言論の統制の強化を図り、「開く」戦略より「閉じる」戦略を選択してきた。

その結果、今日生じているのは、伝統中国と共産党が統治する中華人民共和国を重ねあわせるという「自高自大」であり、エスニック・アイデンティティ(民族主義)にナショナル・アイデンティティ(愛国主義)をかぶせることで国民の民族への愛着を利用した愛国心の発揚である。

任志強が投げかけた「信仰」に対する疑問は、習近平政権が「閉じる」方の道を進んできた結果、中国共産党が本来目指していたはずの目標と、政権の方向性のズレを鋭く抉り出している。

今回の「信仰の危機」に対して、共産党はネット上から情報を削除してその声をかき消すことで強制終了させたが、「閉じる」ことで生じている「信仰」へのゆらぎは、閉じれば閉じるほどますます大きくなるのではないだろうか>(以上)

任志強は中共では有名な言論人である。経営者としても成功したが、論評や予測が実に的確で、多くの人がフォローしている。影響力は習近平以上ではないか。

任志強は「習近平政権を終わりにして、新しい政権を創るべきだ」と言っている。経済は低迷し、利権に胡坐をかいた国有企業の改革はまったく進んでいない。株価と人民元は不安定で、乱高下の不安に付きまとわれている。習近平は的確な政策を打ち出せず、軍事パレードも訪米もまったく冴えなかった。

任志強は公然と習政権にダメ出しをしたわけだ。レッドカード。習は任志強を逮捕するかどうか。国家分裂罪とかで逮捕すれば世界中が習と中共を非難するだろう。しかし逮捕しなければネットで政権批判の声は増えるばかりだ。監視員を動員して情報を削除し続けるのだろうが、一旦ネットに載れば皆がコピーして拡散するから、情報統制にはならないのではないか。

逮捕か無視か。いずれにせよコワモテ習近平からオーラがなくなった。近藤大介氏の論考「『対中国包囲網』がついに完成!四面楚歌に追いこまれた習近平の『次の一手』とは?」(現代ビジネス10/12)から。

<*「弱り目に祟り目」の習近平主席

国家、あるいは国家を背負う政治家には、「流れ」というものがある。ある時には、「勝ち将棋鬼のごとし」と言うように、何をやっても面白いようにうまくいく。まるで世界中の「運」という磁力を、掌中に収めているような錯覚を覚えるほどだ。

ところが逆に、「弱り目に祟り目」と言うように、打つ手打つ手がうまくいかないこともある。まるで水流に逆行するサケのように、このような時の周囲からの「抵抗感」は半端ではない。まさに四面楚歌となりがちだ。

2015年後半の中国及び習近平主席を見ていると、どうも後者の「流れ」に入ったように思えてならないのである>(以上)

習政権更迭という政変があれば中共は延命する。習は自分を優先するか、共産党を優先するか。目が離せなくなってきた。(2015/10/13)

        

2015年10月13日

◆習近平氏「反日」外交の挫折

矢板 明夫



■目立ってしまった脇役たち

中国の首都、北京で9月3日に抗日戦争勝利70周年の軍事パレードが世界中で注目されるで行われた。「パレードブルー」と呼ばれる快晴の下、北京市中 心部を東西に走る長安街の大通りを約1万2千人の人民解放軍の兵士たちが軍靴を響か せて行進した。

戦闘機200機あまりの飛行や、初公開の武器など500点強の軍装備を披 露し、中国の軍事大国ぶりを内外に誇示した。

しかし、この日の主役である習近平国家主席は始終、さえない表情をしていた。車に乗って解放軍の隊列を検閲したときも、高揚感はまったくなく、ひどく 疲れた様子だった。

国内のメディアを総動員して宣伝し、長い時間をかけて準備した 大きなイベントにも関わらず、内外から多くの批判が寄せられ、欧米などの主要国に 参加をボイコットされたことは習氏にとって想定外だったに違いない。習氏の表情に は、その悔しさが出ていたのかもしれない。

一方、習氏と比べて、一緒に天安門楼上に並んだロシアのプーチン大統領や、久々に表舞台に登場した江沢民元国家主席ら党長老たちは、最後まで、リラッ クスした表情で手を振り、元気な姿をみせ続けた。

脇役であるはずの彼らは、今回の 軍事パレードを通じて習氏よりも多くのものを手に入れたからかもしれない。

クリミア併合問題で欧米や日本などから経済制裁を受け、国際社会から・村八分・にされたプーチン大統領には、自身の存在感を示す大きな晴れ舞台が提供 された。軍事パレードのメインゲストとして習氏の隣に立ち続け、中露の蜜月ぶりを 演出し、国際社会の孤立と国内経済低迷を払拭し、ロシア国内の支持者を勇気づけよ うとする思惑もあったとみられる。

また、これまで失脚説が何度も流された江沢民氏にとって、自身の健在ぶりを示す最高の場面となった。習国家主席が主導する反腐敗キャンペーンで、江氏 の側近だった周永康・前政治局常務委員や、徐才厚前軍事委員会副主席らが次々と拘 束されたことで、習派と江派の対立が深刻化したといわれる。

式典の約2週間前の8月 中旬、米国を拠点とする中国語ニュースサイトには、「江沢民氏が天津市の爆発に関 与したとして拘束された」との情報が流れた。北京の当局関係者はすぐに否定した が、習派が江氏の影響力を低下させようとして流した偽情報の可能性が指摘された。

この日の軍事パレードで、江氏は強い日差しの中を約2時間立ち続ける 壮健ぶりを見せた。また、親族の不正蓄財で調査を受けていると香港メディアに伝え られた曽慶紅元国家副主席や、李鵬元首相、温家宝前首相らも楼上から笑顔で手を 振った。

党長老たちは、習氏が最近、官製メディアを使って自身への個人崇拝を進めて いることや、反腐敗の名目で政敵を次々と倒していくやり方に不満を募らせてい る。今夏に開し てかれた、共産党内の現、元最高幹部による北戴河会議でも、習氏ら長老からは批判が集まったとされる。

ある共産党関係者は、「今回の軍事パレードは習氏にとって権力集中を誇示する晴れ舞台であり、長老たちに出てきてほしくないのは本音だ」と説明した。 中国で10年ごとに行われる建国記念日を祝う軍事パレードに、党長老を招待する慣習 はあったが、今回は抗日戦争をテーマに行われた初の式典。しかも約30人もの外国 首脳を招待した。場所が狭いことなどを理由に、天安門楼上ではなく、長安街沿いに 長老たちのために特別観覧席をつくるという選択肢もあった。

しかし、結果として98歳の宋平・元政治局常務委員を含めて、存命中の約20人の長老は全員、天安門に上った。共産党関係者は「それを阻止できなかったこ とは、習氏にとって大きな誤算であり、政治力がまだ不十分であることをも内外に示 す結果となった」と指摘した。

習陣営にとって一つだけ・朗報・があった。今回の軍事パレードに出席した、胡錦濤前国家主席の手が微かに震え続けていたことがテレビを通じて流れたこ とだ。

「パーキンソン病など病気を患っているのではないか」といった憶測がインターネットに次々と書き込まれた。習派にとって間もなく90歳を迎える江氏より も、3年前に引退した72歳の胡錦濤氏の方が大きな脅威になっている。胡氏の健康不安 が国民に広く知られることになれば、その影響力が低下することは必至で、現在の指 導部による政権運営がやりやすくなる可能性もある。

■軍事パレードの効果

ロシアは第2次世界大戦後、10年ごとに対ドイツ戦勝利を祝う軍事パレードを実施してきたが、これに対し中国は昨年まで対日戦争を祝う軍事パレードを一 度も行ったことはなかった。

日中戦争を戦った経験者はほとんどいなくなり、100周年ではなく70周 年という中途半端の時期に、なぜこんなに大規模な行事を行うのか。その目的は三つ あると考えられる。

一つ目は、習氏の個人の威信を高めることである。2012年11月に発足した習指導部は、外交、経済面などで目立った実績がほとんどない。しかも、反腐敗 キャンペーンの中で、強引な形で軍制服組元トップだった郭伯雄と徐才厚両氏を失脚さ せた。軍を掌握しているように見えても、軍の中で自分を敵視している勢力があるの ではないかという不安を抱えている。今回の軍事パレードを通じて、自分が軍のトッ プであることを改めて強調する必要があった。

二つ目の目的は、共産党による一党独裁の指導体制の正当性をアピールするためである。共産党は選挙によって選ばれた政権ではないため、その合法性につ いて疑問が持たれている。毛沢東や小平ら革命世代の指導者らが亡き後、官僚出身の 指導者が続き、彼らは国民に本当に支持されているのかについて不安になることがある。

軍事パレードのようなイベントを開催し、国民を結束させる必要があった。

とくに抗日戦争について、共産党指導部は「共産党軍が中心となり、侵略者である日本軍を中国から追い出したため、中華民族の独立が保たれた」と主張し ている。このことを国民にアピールすることも軍事パレードの主要目的といわれる。

もちろん、これは事実ではない。日中戦争における中国側の主役は中国国民党軍であることは言うまでもない。中国当局は歴史を歪曲し、小学校の教科書か ら、日中戦争は共産党軍が戦ったと強調して、国民党が果たした役割をほとんど教え ていない。

三つ目の目的は国民の不満を外に向けさせることである。具体的に言うと、貧富の格差や、景気低迷、それから最近の株価の暴落、さらに天津の爆発に代表されるようなずさんな管理、深刻な環境問題など、多くの国民は今の政府に対し大き な不満を持っている。

そうした不満をかわし、国民の関心をほかの方向にそらす必要があった。ほかの方向とは、日本である。習政権発足後、日本叩きをしつづけたことで政権の 求心力を繋いできたのが実情だ。

今回の軍事パレードの前後に、メディアなどを使っ て、旧日本軍が中国人を虐殺した蛮行が強調され、安倍政権の安全保障政策を批判し た。「日本で軍国主義勢力が復活しつつある」との印象を国民に植え付けようとした。

では、軍事パレートを終えて、以上の目的は達成できたかどうかを検証してみたい。

まず、若者や貧困層の間で一定の効果があったと考える。レストラン の店員や、タクシー運転手、農民工たちに軍事パレードの感想を聞くと、「習主席の 格好がよかった」「兵隊さんの行進が美しかった」といった反応が多かった。

普段、下層社会で厳しい生活を強いられている彼らは、軍事パレードを見ることで中国が 強くなったことを実感し、中国の一員である自分への自信をいくらか取り戻した効果 があったかもしれない。

インターネットを見ても、とくに大学生ら若者が集まる掲示板などには「祖国万歳」「習近平主席万歳」といった内容の書き込みが多かった。中国に招待 されたにもかかわらず、欧米や日本がボイコットしたことに対し批判する声も多かった。

1900年の北清事変で清国の都北京に攻め入った日、英、米、仏、 独、露、伊、墺の8カ国連合軍の歴史に触れ「ロシアを除き列強が中国を再びいじめは じめた」といった書き込みもみられた。

しかし一方、富裕層と知識人たちの間で、今回の軍事パレードに対し「金の無駄遣い」「冷戦時代の発想だ」といった批判が多かった。香港紙の試算によれ ば、今回の軍事パレードの予算と経済損失は合わせて、215億元(約4000億円)に達 した。

政権に強く失望した知識人もあった。ある大学教授は「日米欧をみな敵に回してしまい、小平以来、中国が30年以上も続けてきた善隣友好外交が台無しと なった」と嘆いた。

当局は今回の軍事パレード前後の3日間を休日に決めたが、この期間を 利用して、日本に観光にきた富裕層も多かった。彼らは政府の日本批判キャンペーン を全く気にしていなかった。

また、青空を実現させるために、周辺数千の工場の操業を停止し、経済活動が停滞した。企業の経営者からは恨み節が聞かれた。ある製鉄会社の社長は「う ちの溶鉱炉は一旦止めると壊れてしまう。昨年のAPECの時に止まって、新しく設備を 入れたばかりだ。まだ1年もたたないうちにまた操業停止となり、大損だ」と嘆いた。

しかも、これらの操業停止はすべて行政命令の形で行われ、法的根拠がない。習政権が昨年秋の党中央総会で「法による支配」という執政方針を打ち出した のに、早くも自らがその方針を否定した形となった。

貧困層や若者は人数的に多いけれど、富裕層と知識人の方がより社会的に影響力を持っている。軍事パレードで富裕層と知識人の政府に対する不満が高ま り、批判を浴びたことは、習政権にとって大きなマイナスといえる。

■パレード外交でも失敗した

今回の軍事パレードに対し国際社会の反応も決して良くなかった。習政権にとって外交成果もマイナスだった。今年2月、軍事パレードの実施を決めたと き、習氏の裏でイメージしたのは、米国をはじめ、世界中の主要国のリーダーがみん な北京に集まり、出迎える自分のところに一人ずつやってきて握手する場面だったか もしれない。

しかし、ふたを開けてみれば、日本や米国など先進7カ国(G7)の首脳 は全員参加を見送った。太平洋戦争の戦場となったフィリピンやインドネシアの首脳 も姿を見せなかった。

習政権発足後、唯一関係が良くなったといわれた韓国の朴槿恵大統領でさえ、直前になるまで、態度をあきらかにしなかった。30人の出席者のなかに、朴大 統領とロシアのプーチン大統領以外に、ほとんど国際社会で知名度も影響力も低い リーダーばかりだ。

人民解放軍の隊列に続き行進したパキスタン、キューバ、メキシコなど11カ国の外国軍の部隊のほとんどは、旧日本軍と戦ったこともなければ、日中戦争中 に中国を支援したこともない。むしろ、中国から支援を受けている国が大半を占めた。

ベネズエラ軍代表も行進に参加したが、派遣された兵士はわずか9人 だった。軍事パレードのあと、中国がベネズエラに対し50億ドルを融資することを発表 した。

中国の外交関係者の間で「1人当たり5億ドル弱、史上最高の出場費を中国が 支払った」などと揶揄された。

1980年に独立し、人口わずか20万人あまりのバヌアツ共和国のロンズデール大統領は夫人とともに参加した。同国は今年3月、サイクロンの被害に遭ったと き、中国から3千万元(約6億円)という破格の支援を受けた。「お礼のための出席で はないか」と話す欧米記者もいた。

また、別の理由で国際社会に注目された出席者がいる。スーダンのバシル大統領である。バシル氏はダルフールでの虐殺に関与した疑いで、国際刑事裁判所 (ICC)から逮捕状が出されており、現在、国際指名手配を受けているからだ。

「反 ファシズム

勝利を祝うイベントなのに、ファシストのような犯罪者を呼んでいいのか」と複数の人権団体から抗議の声が上がっている。

5月にロシアで行われた対ドイツ戦勝70周年の記念式典には25カ国が参 加した。このことを受け、中国が苦心してそれを上まわる30カ国を集めた感が否めない。

国の数では、クリミア併合問題で国際社会から制裁を受けているロシアには勝ったようにみえた。しかし、2008年夏に北京でオリンピックが行われたとき、 その開幕式に、米国のブッシュ大統領、日本の福田康夫首相、フランスのサルコジ大 統領(肩書はいずれも当時)ら世界中から86人の首脳と王室関係者が参加した。

胡錦濤政権当時と比べて、いまの中国の外交環境が著しく悪化したことがうかがえる。そういう意味で、習政権が展開した軍事パレード外交は完全に失敗し たといえる。

ただ、一つだけ成果があるとすれば、中露が主導する国際組織、上海協力機構のメンバー全部が出席したことだ。中央アジアの旧ソ連に加盟していた国々を 中心に構成している組織だが、最近、欧州でNATO(北大西洋条約機構)と対抗して、 東アジアで日米同盟と対抗する構図がいよいよ鮮明化した。

これらの国々は中国の習政権が推進する、欧州やアフリカまで結び、新しい経済圏を生み出そうとする「一帯一路」構想と深く関わっており、今後、中国の これらの国々に対する影響力はますます高まる可能性がある。

上海協力機構が中露 中央アジア軍事同盟の雛形になりつつあることを、日本をはじめ、国際社会は注目す る必要があるかもしれない。

■左手で敬礼の波紋

今回の軍事パレードで、思わぬところで話題になったことがある。習主席が自動車に乗り、立ち上がって閲兵した際に、左手で敬礼したことが注目された。

中国軍の規定では、けがや障害など特別な理由がなければ、「右手で敬礼する」と決 められている。習氏がこれを守らず左手で敬礼したことに「兵士たちはあれだけ必死 になって練習したのに、上司は常識も覚えようとしない」といった批判がよせられ た。このことが習氏の人気にマイナス効果をもたらす可能性もある。

3日午前、中国のテレビのほぼ全チャンネルが軍事パレードを生中継した。習主席は車上で、緊張していたせいか、ほとんど無表情だった。長安街をUター ンして天安門方向に戻ろうとしたとき、部隊の方を眺めて左手を顔の横まで持ち上 げ、「敬礼」をした。

不自然な感じがあり、インターネットには「習主席は左利きなの か」「いや左利きでも右手で敬礼しなければならない」といった書き込みが殺到した。

その後、各ネットメディアはそれぞれ、独自の解説をし始めた。あるメディアは中国の古典「老子」のなかに、「吉事は左、凶事は右に属する。君子は左を 貴ぶ、用兵は右を貴ぶ」を紹介し、習主席が左手で敬礼をしたのは、「軍事パレード は戦争ではなく、武力を使用しない吉事である」と解釈した。

また、別のメディアは、「軍服を着たものが敬礼をする場合は右手だが、私服の習主席は左手でするのは当然だ」とも説明した。

その後、共産党の機関紙、人民日報(電子版)で「実際には撮影の角度で(敬礼との)誤解を招いただけ。本当は、習近平主席が軍の将兵に左手であいさつ をしただけだ」と説明した。これが共産党の公式見解となり、その後、すべての中国 メディアは「敬礼」という言葉をつかわなくなり「単なるあいさつ」と報じはじめた。

しかし、これまで、毛沢東、トウ小平、江沢民など軍事パレードで閲兵した 指導者はみな、敬礼も挨拶も右手をつかったのに、習氏だけが左手を使うのは明らか に不自然だ。

「緊張しすぎたため手を間違った」とみる共産党関係者がいる。現場の近くにいた同関係者によると、テレビ画面に映らなかったが、実は習氏が敬礼する直前 に、陳情者と思われる男性が習氏に近づこうとして長安街に一瞬突入し、警察に抑え られた場面があった。「それをみた習主席が動揺したのが、あげる手を間違った原因 ではないか」と推測した。

米国在住の民主化活動家の胡平氏も「単純ミス」と見ている。胡氏は米国メディアに対し、米国大統領も就任宣誓の時に言葉を間違ったことがあるのを指摘 した上で、「人間は誰でもミスをする。しかし、ミスをしてもそれを認めず、官製メ ディアを使ってそれを正当化するのは独裁国家の特徴だ」と指摘した。

ある軍関係者は、「習氏の左手による敬礼について、兵士の中に『失礼だ』と思っている人もいる」と紹介したうえで、「習氏が翌日に、自分の言葉で左手 をあげた理由を説明すべきだった。ミスであっても兵士たちに謝罪すれば、好感度は 上がるかもしれない」と指摘した。

しかし、毛沢東のような偉大な指導者を目指している習氏は、メディアを使って、自分自身をミスのない神様のような指導者に仕立てようとしているため、 謝罪はしいだろう。情報を完全にコントロールすることは不可能のいま、「こうい うことをすればするほど、習氏に対する国民の信頼がうしなわれていく」と指摘する 声もある。

■発行されなかった取材証

今回の軍事パレードで、筆者(矢板)も珍しい経験をした。外国人記者の中で唯一、取材する取材証が発行されなかったことだ。思わぬ形でニュースの当 事者となり、菅義偉官房長官が会見で「記者の扱いは平等に行うことは民主国家と して当然だ」と中国を批判するなど意外な展開となった。

経緯を簡単に説明する。8月中旬、中国で外国人記者を管理する外務省 記者センターに軍事パレードの取材証の発行を申請したが、同月下旬に同僚記者と 支局の二人の中国人スタッフの分が出ただけで、筆者の分は降りなかった。

当初は手 続きミスだと思い、何度も問い合わせをしたが、9月になってから担当者は「審査を 通過しなかった」と回答してきた。北京にある日本大使館に報告すると、大使館は 中国外務省に対し「遺憾の意」を表明してくれた。

取材証が発行されなかったことで、取材に支障が出た。軍事パレード当日は、管制区域内にある支局にもいけなかった。自宅でテレビと電話取材だけで原稿 を書かざるをえなかった。

取材証が発行されなかった理由はいまもはっきりしない。日々の原稿で中国当局を批判することが多いため、中国当局が不満を募らせたのかもしれないが、 北京駐在になってからすでに8年が過ぎた。これまで電話や呼び出しなどで抗議を受 けることはよくあったが、取材証の発行拒否は初めてだ。

心当たりが一つだけあった。8月中旬に北京郊外で軍事パレードに参加 する予定のヘリコプターが墜落した事故があった。ある軍関係者が情報を教えてくれ てすぐ現場にかけつけたが、すでに周辺が封鎖され、目撃者にも厳しい緘口令がしか れた。

なかなか厳しい取材だったが、翌日になってようやく全容がつかめた。しかし、軍の秘密に絡む話で、中国当局が否定する可能性もある。記事にすれば情報 提供者にも迷惑をかけるかもしれないと思いすぐには書かなかった。

その後、共同通 信が北京市関係者の話としてこのニュースを配信したため、後追いの形で記事にし、 共同電よりかなり踏み込んだ内容を盛り込んだ。

今から思えば、へリ墜落後、現場に到着した時から軍からマークされていた可能性があった。軍からみれば、ヘリの墜落の現場を駆け回る記者は、軍事パ レードの成を邪魔しようとしているようにみえたかもしれない。外務省に対し、取材 証を出さないように圧力をかけた可能性もある。

今回、取材証のことで、日中間の外交問題に発展したことは、中国は産経新聞と筆者に対し大きな不快感を覚えたに違いない。今後、取材妨害などの嫌がら せが増える可能性がある。私たち北京に駐在する外国人記者にとって、もっとも大き な嫌がらせは年末に記者証更新が拒否され、国外追放されることだ。

2007年末、産経新聞中国総局の福島香織記者がブログで、当時の胡錦濤国家主席ら中国の指導者を批判する記事などを連続して掲載したことを、中国外務省 が問題視し、年末の記者証を更新しないことを示唆したことがあった。

しかし、こ れを受けた福島記者がまたブログで、「私が追放されれば、元日号の一面トップにそ れを書く」とブログで宣言した。

その後、当時の産経新聞の伊藤正総局長が粘り強く交渉した結果、北京五輪を控えた中国は態度を軟化させ、記者証の更新を認めた。しかし、当時は温厚な 胡錦濤政権だったが、今は日本に対する態度がもっとも厳しいといわれる習近平政権 である。同じようなことになれば、厳しい結果になるかもしれない。

もっとも、中国当局からどんな嫌がらせがあっても、筆者は中国報道の姿勢を変えるつもりはない。

(産経新聞中国総局特派員 矢板明夫)

★月刊「正論」11月号★

 産経「正論」【矢板明夫のチャイナ監視台】2015.10.11       
                (採録松本市: 久保田 康文)

◆米国支える東の日本、西の英国

平井 修一



我々は日露戦争(1904〜1905年)の際に日英同盟(1902〜1923年)が非常に有効だったことを覚えている。当時の大英帝国は「太陽が没することなし」と言われるほど、世界中に領土を持ち、経済力、軍事力、文化力で世界を圧倒していた。

これに対してロシア帝国はアジアでの国益拡大を図るため南下政策をとっており、満洲を実効支配、さらに朝鮮半島への進出を狙っていた。日本は危機感を高め、ロシアと開戦し、駆逐した。

<イギリスとの秘密交渉では、日本は単独で対露戦争に臨む方針が伝えられ、イギリスは好意的中立を約束した。条約締結から2年後の1904年には日露戦争が勃発した。イギリスは表面的には中立を装いつつ、諜報活動やロシア海軍へのサボタージュ等で日本を大いに助けた>(ウィキ)

日英同盟が解消されてから18年後に日本が大東亜戦争を開始し、あっという間に世界最強の英国をアジアから追放し、アジア解放の狼煙を上げることになるとは誰が想像したろう。昨日の友は今日の敵。歴史は実にドラマチックだ。

さて、アジアでは今、中共の軍事的膨張により戦争の危機が高まっている。これに対して日本は日米豪印+アセアン諸国の結束による中共包囲網を創りつつある。

豪州は英連邦の国だから“アジアにおける英国”とも言えるが、本家の英国そのものは伝統的にロシアに脅威を覚えていても、中共への警戒心は薄いし、むしろ中共との経済関係を強めたい意向だ。習近平のインチキ投資銀行構想にも同調した。

防衛省防衛研究所によると、その英国と日本が防衛・安保で協力関係を進めているという。昨日の敵は今日の友。日英防衛当局の共同報告書「グローバル安全保障のためのパートナー 日英防衛・安全保障関係の新たな方向」からポイントを紹介する。

お堅い話かと思っていたが、比較文化論的で、とても面白かった。

<日英両国の安全保障・防衛に関する代表的な研究機関である英国王立防衛安全保障研究所(RUSI、ロンドン)と防衛省防衛研究所は、2014年前半に日英協力に関する共同研究プロジェクトを開始した。本報告書はその成果である。

【序章】日本と英国 戦略的関係のためのアジェンダ ジョナサン・アイル(RUSI国際部長)

英国と日本の戦略的関係を考える際、我々は常套句や固定観念に陥りやすい。

両国ともに島国であり、君主制である。そして、やや翳りが見え始めたかつての大国であり、国民国家としての長い歴史があり、ルールに基づく自由貿易と紛争解決のシステムの堅持に利害を有する主要な貿易国であり、民主主義国家である。そして言うまでもなく、どちらの国も車道は左側通行である。

こうした常套句は、必ずしも総じて肯定的なものばかりではない。

フランスの哲学者ソルマン(Guy Sorman)は最近発表した論文のなかで、フランス人特有の英国に対するドライで洒落っ気のある眼差しを向け、日本人と英国人の共通の宿命として「ごく狭い海で隔てられた偉大な大陸に対する嫌悪感の蔓延」と、「孤立主義への誘惑」に屈しやすい不変の性質を挙げている。

この視点から見ると、日本と英国が開放的な社会の代表であり、グローバル化における主たるクリエイターであり重要なステークホルダーであるという主張はまがいものに過ぎない、ということになろう。

実は両国はともに概して内向きなままで、それぞれの独自の文化が直面する難題にばかり囚われているのである。どちらの国も、社会的分離か国境管理の強化によって移民の流入を防ごうとしており、グローバル化の圧力が増すほど、日英両国の社会は明らかに防御的になっている。

さらに、歴史に縛られがちな点でも両国は共通している。日本ではこれが昨今の江戸時代へのノスタルジアとして現れているのに対し、英国における同様な過去への郷愁は、大英帝国が旧植民地に与えたとされる有益な影響についての、右派による議論の増大から、スコットランドなど国内各地の(地域)ナショナリズムまで、様々な形や色合いをとって現れている。

このいわば「後ろ向き」な風潮が日本の若者の外国語学習への拒否感につながっていると言われており、英国でも似たような傾向がみられ、外国語を学ぶ人は減少の一途をたどっている。

この種の固定観念や大雑把な一般論の例に漏れず、以上のような言説が一抹の真実を含むことは確かである―ただし、いずれの場合もあくまで「一抹」でしかなく、その周囲を多くの無知が取り巻いている。本報告書がそうした無知を取り払う一助となることを願いたい。

*共通の脅威はあるのか?

現在、日本の領土と主権は広範囲の脅威にさらされている。日本の領土を越える弾道ミサイルの試験発射を含む北朝鮮政府の異様な行動は、安全保障上の継続的な脅威となっている。

ロシアの極東地域での軍事活動も活発化しており、特に千島列島をめぐる未解決の歴史問題と長引く日露間の領有権争いを考えれば、同じく懸念要因となる可能性がある。

とはいえ、最大の挑戦となっているのは、中国の軍事的台頭と、東シナ海・南シナ海における同国の好戦的態度の増長である。中国による尖閣諸島周辺の海空域への侵入は2012 年以降急増しており、偶発的衝突のリスクが高まっている。

理屈のうえでは、英国が自らの地域において直面する課題はこれよりも小さい。

欧州大陸は経済・財政面の混乱はあるにせよ、大方の基準に照らせば引き続き安定と繁栄を享受している。北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)が大陸の安定を確保しているのに加え、欧州諸国の圧倒的多数の間に領土紛争は存在しない。バルカン諸国間でいくつかの紛争がくすぶり続けてはいるものの、欧州全体の安定を脅かすようなものではない。しかし、その欧州にも暗雲が立ち込めつつある。

第一に、このところ欧州の現状に挑戦する姿勢を見せているロシアの問題がある。

また、既存国家の分裂の危険もあり、このことがさまざまな問題を生んでいる。さらに、EUやNATOなど欧州における既存の枠組みの内部制度、一貫性、存続可能性をめぐる重要な諸問題も生じている。

一見したところでは、日英両国が直面する安全保障上の脅威に共通点はほとんど見当たらない。しかし、もう少し慎重に見れば、以下のように少なからぬ共通の安全保障課題が浮かび上がってくる。

・ロシアが欧州・アジア双方にまたがる大国であることを踏まえれば、ロシアと欧州諸国との対立はアジアにも波紋を広げる。したがって、ロシアへの対応は日英を結びつける課題の1つである。

・中国の台頭は欧州には影響しないという主張は誤りである。実際には、世界における欧州の地位や国際貿易、ひいては英国と欧州全体の繁栄を維持する国際秩序を支えるルールに多大な影響がおよぶ。日英両国の地理的位置だけを考えても、中国による挑戦をより強く感じるのが英国より日本であることは明らかである。

しかし、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加をめぐる昨今の議論が示すとおり、日本が英国の中国への対応の仕方に利害を有するのと同様に、英国もまた日本の中国への対応の仕方に本来的に利害を有する。

・日本と英国は、深刻度を増している中東および東南アジアの一部における国際テロや宗教的原理主義の打倒に直接的な利害を有する。両国とも中東や北アフリカで市民の犠牲者を出していることを考えれば、事態の重要性は明らかであろう。

・核不拡散という課題は、アジアにおける日本にとっても、欧州と地中海地域における英国にとっても同様に重要である。

・ともに中規模国ながら多大な安全保障課題に直面する日英両国は、戦略態勢を支える効果的な手段として先端技術に頼っている。したがって、新たな軍事技術の開発における協力は理に適うだけでなく、両者にとってコスト削減にもつながりうるために重要である。

・日英両国は米国と密接な―しかも特有の―関係を有している。両国とも米国を自国の安全保障の基盤とみなしており、どちらもグローバルな問題に対する米国の姿勢への友好的な批判者としての役割を有する。このため両国は、米国による各々の地域への継続的な関与を確保しつつ、米国とのより適切な責任分担を促進しなければならない立場にある。

・国際連合の枠組みや、その他の協力の枠組みで実施される平和構築、平和維持活動における能力構築、多国間主義、法の支配の推進は両国にとって利益となり、優先度の高い課題である。

・民主主義、法の支配、人権といった理念は、中身のないスローガンではない。両国間の安全保障協力は、世界各地の新しく脆弱な民主主義国の強化に資するとともに、中国が推進する権威主義的開発モデルに代わる実行可能で強力な選択肢があることを想起させる役目を果たすと考えられる。

本報告書における議論の底流にあるのは、日本は外交・安全保障の対外関係ネットワークを一層多角化するうえで英国を必要とし、一方英国は技術面のパートナーとして、またグローバルな公益のガバナンスを推進する同盟国としても日本を必要としているとの認識である。

さらに両国は、今日のグローバル秩序を支える諸原則が、主としてロシアや中国のような勢力に起因する安全保障上の挑戦によって損なわれつつある今、これらの原則を堅持するために互いをこれまで以上に必要としているのである。

*協力の機会をつかむ

日英両国政府はこれまで様々な方法で、安全保障への取り組みを強化する意思を示してきた。なかでも最もわかりやすいのは、防衛支出の増額である。

この面での支出拡大の意思は、おそらく英国より日本の方が大きいだろう。それでも、英国では2010年に始まった緊縮財政期の防衛予算の度重なる削減を受け、これ以上はほぼ削減のしようがなくなったとの認識がある。

また、両国政府は、協力が可能な主要技術を特定することにより、双方の能力向上を図る必要性についても意見が一致している。

その好例の1つは、英仏等による合弁のミサイル開発・製造会社MBDAがその他の欧州企業とともに主導する「ミーティア(Meteor)」ミサイル開発プロジェクトを通じ、戦闘機用ミサイル技術を共同開発することに日英が合意したことである。

これは共同技術協力の格好の「試験的」ケースであるだけでなく、日本の自主的な武器輸出禁止の撤廃へ向けた動きの先陣を切るものでもある。

また、両国には共通の調達目標があることも指摘に値する。どちらも空中早期警戒監視能力の開発と、次世代戦闘機F-35 の調達、無人航空機(偵察用ドローン)の開発・調達に強い関心を持っている。

さらに、安全保障パートナーシップの多角化にも共通の利益を有している。これは、米国の衰退といわれる現象に対して日英が対応策をとろうとしているからではなく、防衛調達・開発の選択肢を多角化することは、防衛市場の競争性を維持して調達コストを抑えるために、どの国にとっても理に適うからである。

この点に関しては、日本が近年米国との中核的同盟関係の範囲を超えて防衛産業・技術協力の対象の多角化を図っていることと、英国が欧州各国の企業やグローバルな防衛生産パートナーシップにまで調達の幅を広げていることは、軌を一にした動きといえる。

それ以外にも、両国が追求できる明確かつ賢明で、問題なく実現可能な目標がいくつかある。これらの目標については本報告書の各章で検討するが、大まかにまとめれば以下のとおりである。

1. 構想より行動を。日英両国は、安全保障協力のための組織や仕組みを新たに確立する必要はない。両国の現首相―どちらも今後何年かは政権にとどまる現実的な見通しがある―の間には非常に良好な人間関係があるのに加え、2+2(外務・防衛)閣僚会合が開催され、防衛協力のための各種の協定や覚書がすでに締結されていることを考えれば、あらゆるニーズに対応可能である。

2. 現実的であること。日本の政府高官の一部は、英国に対して東アジアでの海上プレゼンスの拡大や、中国の軍事的・政治的強硬姿勢へのより強い対応を望んでいるが、英国政府が近い将来にそのような取り組みを検討することはおそらくありえないであろう。

したがって必要なのは、両国が互いへの期待値を調整することである。英国は、英国政府が関心を持つすべての防衛装備協力の案件を日本が承認することを期待できないし、日本は英国がアジアの軍事同盟において積極的な役割を担うことを期待できない。

3. 中国への対応をめぐる違いに対処すること。両国は、中国がグローバル大国の地位に台頭することに伴う危険性が存在すること自体については共通の見解を持っているものの、中国への対応の仕方について意見を異にしていることは明白な事実である。

これらの違いについては包み隠そうとするのではなく、違いを認めた上でうまく対処することが必要である。

4. 防衛装備の共同開発・共同生産のプロジェクトの推進において、革新的な取り組みを目指すこと。これは、2013年に合意された日英間の「防衛装備品等の共同開発等に係る枠組み」の枠内で行うのが望ましい。

5. 新たな協力分野を模索すること。例えば、対テロ活動の共同訓練、英国が豊富な経験を有する海外展開における兵站対策に関する情報の共有、さらに、情報収集・分析の分野におけるよりよい手法の推進などが考えられよう。

日本のインテリジェンス部門の改革はセンシティブな問題であり、これを実施できるのは日本政府だけだが、それでもなお英国には、必要に応じていつでも支援できる態勢が望まれる。

特に、インテリジェンスの選別、分析、内閣への提供を補佐する合同情報委員会(JIC)組織の設置に関する支援が考えられる。このような組織は日本の憲法モデルに適しており、日本からも常に一定の関心が寄せられている。

日英両国は、これまで常に一貫した関係を保ってきたわけではない。しかしながら、19世紀の明治維新の時代以来、両国は互いの敵国であった時期より同盟国であった時期の方が長かった。今後、両国の一層密接な結びつきが望まれるのは疑いない。

この種のあらゆる関係がそうであるように、良いときも悪いときもあり、また、挫折することもあれば好機を逃すこともあるだろう。それでも、関係強化に取り組む価値はある。

少なくともこの点については、日英間で完全な意見の一致がある>(以上)

戦時にあっては敵、平時にあっては友。永遠の敵も永遠の友もない。永遠の国益だけがある。日英は1868年の明治維新以来、敵であったのは4年間、残りの143年間は友だった(日米も)。

日英の国益はほとんどが一致している。中共の暴発を抑え込むことは日英の国益だ。それは日本の安全、生存にとって不可欠だが、英国にとっても中共が暴発して経済制裁を受ければ14億の市場にアクセスできなくなるし、英国へ投資を呼び込むこともできなくなるから、経済的損失は大きい。

東の日本、西の英国が、米国をサポートする時代になってきた。
(2015/10/10)