2015年10月10日

◆潘基文事務総長、不意打ち作戦!

〜安倍首相に〜

桑原 雄尚



安倍晋三首相は第70回国連総会に出席するため、9月26〜30日の日程で米ニューヨークを訪問した。960億円の難民支援を訴えた一般討論演説やロシアのプーチン大統領との会談などが話題となったが、政府関係者の間でひそかに注目されていたのが、国連の潘基文事務総長との会談が開かれるかどうかだった。

■軍事パレード出席に不快感

日本の首相が国連を訪れる際、短時間でも事務総長と会談するのが通例だ。国連創設70年で機運が高まる安全保障理事会改革に向け、事務総長の強い後押しも必要となる。首相としても、潘氏に直接協力を要請したいところだった。

ただ、今年は直前の9月3日に中国・北京で開かれた抗日戦争勝利70年記念行事の軍事パレードに潘氏が出席したことで、こうしたシナリオが狂った。

日本政府は潘氏への態度を硬化させ、首相自ら「事務総長は特定の過去に焦点を当てるのではなく、自由や民主主義など基本的価値に基づく国際社会の融和と発展を推進する立場から、未来志向の姿勢を加盟国に促すべきだ」と批判するなど、とても和やかに会談する雰囲気ではなくなってしまった。

潘氏は「国際社会にとって過去から学び、前進することは非常に重要だ」などと反論したが、国際世論の批判覚悟で中国の軍事パレードに出席した背景には、韓国の次期大統領選出馬への布石と見る向きもある。韓国国内向けに「反日親中」の姿勢をアピールしておく必要があったというのだ。

ニューヨークの国連ウオッチャーは「国連事務総長はS・G(セクレタリー・ジェネラル)と称されるが、最近の潘氏は『サウスコリア・ガバナー』(韓国司令官)じゃないかと揶揄されている」と指摘する。ニューヨークの事務総長公邸は韓国の物産品であふれかえっているといい、母国・韓国への思い入れはかなり強いといえる。

一方で、国連内では「どんな小国の行事にも顔を出すまめな人」(外務省筋)との評判もある潘氏。こうしたこまめな活動を積み重ねる処世術で国連トップの事務総長まで上りつめたともいえるが、さすがに今回の軍事パレード出席は度を越していた。

首相は、今回の国連総会で潘氏との会談は行わない方向に舵を切った。首相周辺は「こんな国連事務総長として公平性を欠く人物に会う必要はな
い」と切り捨てた。

■不意を突き安倍首相に接触

ただ、潘氏は首相との接触の機会を探っていたようで、9月27日に国連本部内で開かれた気候変動問題を話し合う首脳級会合の直前、待合室で待機していた首相のところに潘氏の方から歩み寄り、「日本のシリア難民支援に感謝する」と話しかけてきた。

首相は「引き続き支援する」と応じたが、不意打ちされた感は否めない。これで中国の軍事パレード出席への批判をうやむやにしようとしているようにもみえる。

こんなしたたかさも見せる潘氏だが、以前から韓国の次期大統領候補として人気が高く、直近の世論調査でも支持率は1位となっている。潘氏は「内政に関心を持ったことはない」と言うが、大統領選への出馬自体は否定していない。

側近に有力者が少ない朴槿恵大統領にとっても、国民的人気がある潘氏を後継者に指名する可能性は少なくない。朴氏が今回の国連総会出席のためニューヨークに滞在中も、潘氏と何回も同席するなど良好な関係を築いている。

そんな潘氏について、政府高官は「大統領になる器ではない」と切り捨てるが、政治の世界は、国内外ともに一寸先は闇。潘氏に対しても“要注意人物”として警戒は怠るべきではないだろう。(政治部)

産経ニュース【安倍政権考】2015.10.7
                 (採録: 松本市 久保田 康文)



2015年10月09日

◆石油派の残党がもう1人失脚

宮崎 正弘 



<平成27年(201510月8日(木曜日)通算第4676号 > 

 
〜「石油派」の残党がもう1人。蘇樹林(福建省省長)が失脚
   これで「石油派」の江沢民派ほぼ一斉か〜

 
「石油派」のボスだった周永康が失脚し、天津裁判所で「無期懲役」。金庫番だった蒋潔敏はそれ以前に拘束・逮捕され、89万香港ドル(邦貨換算1400万円弱)を賄賂で「上納」していたことが分かった。

中国共産党中央規律委員会は10月7日、福建省長兼同省党委副書記の蒋樹林を拘束したと発表した。福建省は台風に見舞われたばかりで、蘇省長は9月29日に台風被災地を慰問したことが報じられた後、公の場から姿を消していた。

蘇樹林は2002年から06年までシノペックの副社長、07年から 11年まで同社会長を務めた石油派。江沢民が握った石油派は、いよいよ 最後の砦も陥落した。

◆「本当に頼れる国は日本」

櫻井よしこ



李登輝元台湾総統が語る

台湾安全保障協会主催の「アジア太平洋地域の平和と安全セミナー」で講演するために、久しぶりに台湾を訪れた。

米国が世界の警察官ではないと宣言し、中国が力に任せて膨張する中、中国不変の最大の狙いが台湾併合である。これまで台湾の強力な後ろ盾だった米国だが、実は中国との外交取引の中で、台湾擁護の政策は複数回にわたって揺れてきたというのが、台北にある国立清華大学アジア政策セターの主任教授で米国人のウィリアム・スタントン氏の主張だった。

どこから見ても台湾はかつてない深刻な危機に直面している。その台湾が最終的に頼れる国はどこか。国民党の馬英九総統は明らかに中国だと考えている。国民党と対立する台湾人の政党で最大野党、民主進歩党(民進党)は米国と日本だと考えている。

しかし、どこまで日米両国を信頼しているのかについては、民進党内でも世代間格差があるというのが、李登輝元総統の主張だ。

9月18日、台北のご自宅で2時間半余り、お話を聞いたが、李元総統はご自身より一世代若い台湾人は国民党の反日教育で育っており、自分の世代とは対日感情が違うこと、その代表が民進党の陳水扁前総統だったという。

「私が総統になって最初に取り組んだのが教育です。台湾人でありながら国民党支配下の台湾人は、子供に自分たちは台湾人であることを教えられなかった。

学校の歴史の授業は中国のことばかり、地理も中国の地理です。私はそれを『台湾を 知ろう!』と呼び掛けて、子供たちに台湾の歴史や地理を教えるため、教科書も新し くしました」

李総統主導の教育は「認識台湾」と呼ばれる。台湾人として李氏の後継総統となった陳氏はこの台湾回帰を鮮明にした教科書をやめてしまった。

「彼は日本の教育を受けていないから、その良さを知らない。反日教育が効いている」と、李元総統は明言する。

22歳まで日本人として過ごし、いま92歳の李元総統は、70年間、(国民党の)中国人と暮らしてきた。国民党の蒋介石主席(当時)の長男、蒋経国氏に引き立 てられた。

経国氏が総統に就任すると、李氏は副総統に指名された。なぜ、中国人で
はない台湾人の李氏が引き立てられたのか。李元総統はこう断言した。

「正直で真面目だからです。とても日本的だからです。蒋経国は中国社会でもまれて、ロシアで暮らし、中国人、ロシア人について何でもよく知っている。 その彼が中国的でもロシア的でもない極めて日本的な私を選んだ」

李元総統は日本人は誇りを持てと私を励まし、日本人があまり知らないかつての日本人の功績について語った。

「日本人が台湾総督府を開設したのが日清戦争後の1895(明治28)年。7月には芝山岩(しざんがん)に最初の国語学校が造られ、6人の教師が赴任しました」

日本はこのときから50年間台湾を植民地として支配したが、植民地統治を教育の徹底から始めた国は日本をおいて他にない。植民地支配を肯定する気はない が、それでも、日本国政府も国民も、教育を通して相手国を成長させたいと望んでい たことは評価してよいだろう。

日本から派遣された6人の教師は楫取道明、関口長太郎、中島長吉、井原順之助、桂金太郎、平井数馬各氏だった。6人の教師は1896(明治29)年、総督府で の新年の会に参加すべく、早朝、芝山岩の学校を出発た。その途上、現地住民の襲 撃を受けて全員が殺害された。

6人の師を悼む記念館が芝山岩に建てられ、今でも毎年2月1日に供養の法要が営まれている。惨殺の悲劇を超えて、芝山岩は日本が台湾人教育に力を注いだ証 しとして大切に保存されている。日台の絆の深さを示す歴史がここにあると感じた。

『週刊ダイヤモンド』【櫻井よし子】 2015年10月3日号 新世紀の風を
おこす オピニオン縦横無尽 1102 
               (採録: 松本市 久保田 康文)


◆女優・川島なお美さんを悼む

泉 ユキヲ




新内閣の布陣を見ると、閣僚に“民主党議員”が紛れ込んでますね。

河野太郎さん、初入閣。

「心は社民党」の自民党議員です。さすがに、不出来な父親よりは賢いように思えますが。

わたしがマスゴミ人なら、首相見解と異なる内容を河野太郎氏からなんとか引き出し、これを取り上げては「閣内不一致だ」とあおりたてようと、手ぐすねを引くところです。

安保法案審議で中国の代辯(だいべん)をしそうな人なのに今年の河野太郎氏は静かでしたね。

さすがに周囲から

「あんたも52歳、当選7回。隠忍自重すれば閣僚も夢ではない」くらいのことは言われていたのでしょう。

河野太郎大臣におかれては、マスゴミに翻弄されることなく、ひきつづき本務を全うしていただきたいものです。

とにかく、安倍首相のさらなる活躍に大いに期待しています。

舞台女優・川島なお美さんを悼む



平成19年4月、両国にあった劇場ベニサンピット(今はもうない)で「とんでもない女」という演劇を観ました。

主演が川島なお美さんでした。

あらすじは、こちらをご覧ください:
http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/200704270000/

すてきなラブコメディーですが、後半に被差別部落問題が重く立ち上がるうつくしい川島なお美さんが演じる日和(ひより)という女性が、出身を語るテンションが高かった。

心憎い結末にもってくる中津留章仁(なかつる・あきひと)さんのシナリオが深い。

その日のぼくは、演劇の天使に導かれた。

なんと小劇場の最前列のど真ん中から、川島なお美さんと視線を合わせるという、忘れられない夜となりました。

カーテンコールの川島なお美さんはとても愛らしくて、上手(かみて)へ引き上げてゆくときスカートをふりふりさせながら少しスキップするようすが少女のようでした。

失踪から帰った妻・日和(川島なお美)がお茶漬けを食べながら、夫・実明(下條アトム)の巨根のしぐさを見てブッと吹き出すシーンがあるのですがね(アドリブではなくシナリオにあります)、

川島なお美さん、そのとき多分ほんとに笑っていて、夫役の下條アトムさんの想定をこえて、なお美さんの口から米粒飛びまくりで、なお美さんはそのあとも舞台上の流し台のところで くっくっくと肩をふるわせる。

あの後ろ姿、かわいかったぁ。

失踪中の5年間はアメリカと中国にいたという設定で、川島なお美さんは英語と北京語も披露しました。(もともとのシナリオにはない、公演時のアドリブ)。

北京語は“我是川島直美。大家好。……”まではよく頑張っていましたが、そのあとはハナモゲラ語になってしまい残念。でも、北京語らしく聞こえていたので、舞台としては ○ です。


その後、この「とんでもない女」は平成21年7月にも両国のシアターX(カイ)で再演され、これも観に行きました。

終演後、ロビーで他公演の演劇ちらしを見ていたら、楽屋から出てきた川島なお美さんがこちらに歩いてきた。 目が合ってしまった。

舞台をほめる一言を言いたい。2年前にも観ましたと言おうかな……。 ──何も言えず幸運の数秒はあっさり流れ去った。

もう川島なお美さんの「とんでもない女」は観られない。

悲しいです。

◆私の「身辺雑記」(268)

平井 修一



■10月6日(火)、朝は室温21度、快晴、ハーフ散歩。「平成支那事変」が静かに始まった。

ハラハラドキドキの対中包囲戦。昔南京、今北京。まずは北京城を完璧に包囲する12か国連合軍の戦闘態勢が(各国議会の承認待ちだが)固まった。小生は“ウレション”しそうだ。中共殲滅は夢ではない、必ずできる、生きているうちに。

日経2015/10/6 2:00「TPP合意、環太平洋 成長への決意 編集委員・太田泰彦」から。皆、興奮している。

<対立、攻防が白熱した交渉の焦点が、必ずしもその通商協定の本質とは限らない。モノの輸出入を増やす市場開放は欠かせないが、環太平洋経済連携協定(TPP)の本当の心臓部は、これまで無かった斬新な国際ルールの制定にある。

12カ国の国内総生産(GDP)の合計は3100兆円。だが、そんな数字の巨大さは一人ひとりの消費者や己の事業に打ち込む企業にとって、どれほど意味があるだろう。肝心なのはTPPがある世界と無い世界がどう違うか。人々の暮らしや経営がどう変わるかだ。

TPPはいまひとつピンとこないとされた原因がここにある。12カ国は「協定を成立させる」という重い選択を下した。埋めがたい乳製品や医薬品での溝を最後に克服できたのは、目先の損得よりルール策定を優先する大局観からだ。

背景には中国の台頭がある。南シナ海に軍事進出し、国有ガリバー企業が幅を利かせる超大国。中国の恣意的な判断と腕力がものをいう不安定な未来の景色がほの見えている。日本が敗退したインドネシアの新幹線商戦はその象徴だろう。

戦後70年を経て、いま世界は新たな歴史の岐路に立つ。TPP12カ国はアトランタで、危機感と時代認識を共有した。

なぜ新しいルールの経済圏が必要なのか。それは自由で公正な競争を通じ高い経済価値を産み出す力を発揮するためだ。透明な秩序を築くことで、環太平洋地域は一段と成長することができる。

たとえば、ネット販売の代金支払いの決め事、宅配便がきちんと速く届く通関手続き。コストを抑えるために労働者を酷使するブラック企業の取り締まり、工業優先で自然環境を犠牲にしない約束――。

国境を越えた独占禁止法とも呼べる競争政策の条項もある。市場で民間企業を圧迫する国営企業の活動制限も定めた。いずれも20年前にできた世界貿易機関(WTO)協定では途上国が猛反発し盛り込めなかった課題だ。

アジアや中南米の新興国では、日本の常識では考えられない密貿易や賄賂が横行している。ガソリンが安いマレーシアには、二重底の荷台にタンクを隠したトラックがタイから殺到する。税関の職員が嫌がらせで荷揚げを止め、企業から見返りを要求する国もある。

世界経済の成長の中心となったアジアは、現実には無法地帯から抜け出せていない。一部の日本企業にも心当たりがあるだろう。不透明な商習慣の世界で勝ち残るのは、これまでは有力者との人脈と資金力を握る大企業だけだった。

協定違反への対抗措置や紛争処理の仕組みは混沌とした市場に「法の支配」を浸透させる力を秘める。ルールさえ定まれば、次に何が起こるかは予測できる。誰もがリスクを取って飛び出せる新境地。恩恵を受けるのは大企業だけでなく、中小企業や個人事業者だ。

TPPは日本社会を覆う「内ごもり」を破るカギとなるかもしれない。反中・嫌韓など負の感情が渦巻く世相の根に何があるのか。未来へと伸びていけない不安感。個人が存分に活躍できない閉塞感。企業も人も投資を恐れ、アジア新興国の人々に比べて、日本人の多くは目が輝いていない。

人の交流と域内分業、投資で互いに相手を必要とする依存関係が深まれば、地域の安定は増す。軍事力だけで中国に対抗するのではなく、経済から安全保障を高める力がTPPにはある。次の課題は仲間を増やす工夫だろう。希望と可能性あふれるアジアに、秩序ある市場を広げていきたい>(以上)

これは歴史に残るいい記事だ。グッバイ中共、ハロー新大東亜共栄圏! アジア版NATO構築が始まったとも言える。チビリそうだ。

読売新聞10/5 21:7「TPP大筋合意…交渉5年半、巨大経済圏誕生へ」から。

<【アトランタ(米ジョージア州)=横堀裕也、辻本貴啓】環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に参加する12か国は5日朝(日本時間5日夜)、共同記者会見を開き、交渉が大筋合意に達したとする声明を発表した。

2010年3月に始まったTPP交渉は5年半を経て終結し、世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める巨大な経済圏が誕生することになった。

記者会見に先立ち、甘利TPP相は記者団に「TPPは21世紀型のルール、貿易のあり方を示す大きな基本になる。この基本は世界のスタンダードになっていく」と意義を強調した。議長役のフロマン・米通商代表部(USTR)代表は記者会見で、「成功裏に妥結したと発表できることをうれしく思う」と述べた。

TPPは安倍首相の経済政策「アベノミクス」の柱の一つ。発効すると、域内でのモノや人材、サービスのやりとりが盛んになり、経済が大きく活性化することが期待できる。日本は少子高齢化で国内市場が縮小に向かう中、米国や新興国の需要を取り込み、新たな成長のよりどころとする>(以上)

アトランタ・・・「風とともに中共去りぬ」か。安倍、甘利のチームはよくやった。中共が迷走し始めたことも12か国の背中を押したろう。

TPPのルールに賛同する国をどんどん増やして中共を締め上げ、中共殲滅・支那解放、チベット、ウイグル、モンゴル独立、10か国ほどの共和国からなる「中華連邦」に再編する。毛沢東が言っていたように、最低でも南北に分けた方がいいかもしれない。

21世紀版「中華解体、腑分け、再生」のシナリオを作ろう。大統領は“マンデラ”劉暁波だ。12か国軍の一員として皇軍はPKOで貢献するだろう。北清事変・・・デジャブ・・・歴史は繰り返す・・・赤匪への国際社会の同情は今は浅いから上手くいくだろう。

李克強などの団派を活用すればスムースに体制変換できるのではないか。日本は深入りしない方がいいが、この際だから硬軟にたけた(狡猾な)シンガポールの華僑に総合監督を委ねてはどうか。中共はリー・クアンユーを尊敬しているから息子のシェンロン・シンガポールの指示には従うだろう。(日本、台湾、香港の言うことにはハナから反発するだろうが)

話は変わるが、五輪マターは商社に丸投げした方がいいのではないか。有識者は戦争(汗と涙のモノヅクリの現場体験)をしたことがないだろうから役に立たない。童貞、インポ、早漏、宦官の類。商社は年中無休、24時間、世界中で戦争をしている海千山千のツワモノぞろいだ。

商社を活用することが日本の未来を拓くのではないか。政府も商社に任せた方が良かったりして・・・

■10月7日(水)、朝は室温21度、快晴だが肌寒い、ハーフ散歩。

ウォールストリートジャーナル10/6は「中国、国際貿易の覇権争いに敗れる―TPP合意」と報じた。

<環太平洋経済連携協定(TPP)の合意は、日米など12カ国にとって、今後の国際貿易を巡る中国との主導権争いで一定の勝利を意味する。

TPPにはオーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、マレーシア、ベトナム、ブルネイなどアジア太平洋地域の国々も参加しており、参加国の経済規模を合わせると世界の40%にもなる。中国が改革を先送りした代償は大きかった>

同紙は他の記事で「5日に大筋合意したTPPについて、米国では航空宇宙、農業、アパレルなどの業界が歓迎しているのに対し、製薬会社やたばこメーカーなどは主要分野で欠陥があると批判している。オバマ氏は、分裂した議会でTPP承認を取り付けるという難しい課題に直面している」とも。ネジレ議会でかなり紛糾するだろう。うまくいけばいいが。

ところでネット言論界では実に多彩で面白い視点の論考が溢れており、これもあれもと紹介したいが、ブログやメルマガでも「忙しい人たちがさっさと(サクサクっと)読めるくらいの量」というスペースは限られているから、結局は優先的なテーマに絞らざるを得ない。

小生の最優先課題は「中共殲滅」プロパガンダだから、それに集中するのだが、中共の刺身のツマの韓国ネタはどうでもいいやと軽視しつつも、「これは紹介しておいた方がいいだろう」というのはある。

小生は米軍座間キャンプのお膝元で生まれ育って、物心つかぬ頃から「ギブ・ミー・チョコレート」で稼いでいたから、「パンパン」も「オンリーさん」もなんとなく、どういうことなのかは知っていた。もっとも「仲良くして稼ぐのだろうなあ」という程度の理解で、「アイ・ギブ・ユー・マイ・チョコレート」で稼いでいるとは、まさか知るはずもなかったが。

母上が日本人の韓国人医師による「シンシアリーのブログ」10/3「チャイナ+1」から。

<「ヘラルド経済」の記事から部分引用します。

同じ内容を聯合ニュースなども報じていますが、趣旨は「韓国はチャイナリスクへの対処が遅れている」というものです。

・いわゆる「チャイナリスク」への懸念が高まっている中、日本の各企業はずいぶん前からこれに備えてきた

・LG経済研究院は3日「ジャパンインサイト(73号)」に掲載した文で、「日本企業は、中国への過度の依存を警戒し、韓国企業より相対的に早く脱・中国戦略を展開してきた」と紹介した

・(同研究院)によると、日本企業は2010年を前後して「中国+1」という戦略を掲げ、投資先を中国から東南アジア、インドなどに移転してきた。2010年から中国に対する選好度が急激に下落し、2013年と昨年には、それぞれ選好度4位と3位に落ちた。中国を抜いて、インドネシアとインドが1、2位に上がった

・日本企業の対中国投資額は、2012年に134億8000万ドルを頂点に、昨年は67億4000万ドルまで急減した。日本企業は、実際に中国の生産拠点を統廃合しながら低価格製品の生産機能を東南アジアに移す戦略を実行した一方、中国が生産基地ではなく、消費市場であるという点に焦点を合わせて、中国内需市場を開拓する戦略を強化した・・・

「日本がチャイナリスクに韓国より素早く対処している」は、ある意味では間違いです。なぜなら、韓国はチャイナリスクに全然対処してないからです。日本が「チャイナ+1」戦略なら、韓国は「チャイナONLY」みたいな構図ですから。

チャイナリスクから「影響なし」の国など存在しないかもしれませんが、だからこそ衝撃を和らげるための備えは必要ですね。口で言うほど簡単ではないことなど百も承知ですが・・・>(以上)

韓国はチャイナONLY、習さま命。パンパンは多くの恋人をもってリスク分散したが、選ばれしお娼妓さんはオンリーさん=お妾さんに“出世”した。ところが旦那がこけると実に惨めなことになる。確か荷風の「浮沈」はそれを描いていたが、天国から地獄だ。

「奥さま、奥さま」とちやほやされていたのが、一気にパンパンに逆戻り。虎退治で中共ではこういう「浮沈」が頻発しただろう。罪な奴だよ、習近平。

クネは・・・メルケルも・・・うーん、老嬢だから・・・養老院しかないか。

■10月8日(木)、朝は室温21度、快晴、ハーフ散歩。犬は2回腰砕け。

岡田克也は櫻井よし子氏にコテンパンにされたが、よりによって櫻井氏に噛みつくなんてタイガーにコアラがちょっかい出すようなもので、ハナから勝負にならない。

そもそも「できる女には、男が10人でかかっても絶対勝てない」というのが、男が数千年間、屍を重ねながら学んだ教訓である。これを知らないようでは政権交代は絶対できない。

岡田は10/4に北海道でこう訴えた。

「われわれ民主党はもう1回政権にチャレンジする。このまま今の安倍政権を好き放題させるわけにはいかない。政権交代がきちんと出来る政治にしなくてはいけない。3年3カ月の民主党政権をしっかりと反省しながらしっかりと前を向いて歩き、政権交代を目指していく。皆さんのご理解とご支援をお願いしたい」

「しっかりと反省しながら」って、多くの国民にとって悪夢の3年3カ月をまだ総括していないのか?! 2013/2/24民主党「党改革創生本部第1次報告」から。

<2009年夏の総選挙で308議席を得て政権交代が実現した。多くの国民の期待があった。それが2012年暮れの総選挙では57議席、かろうじて野党第一党の地位は占めたものの、2009年総選挙の5分の1の議席しか得られなかった。

比例区得票数では3000万票(2984万票)が、900万票と3分の1以下に激減した。これはとりも直さず、民主党政権下の3年3カ月の間に、国民の期待が幻滅・失望に変わったことの証左である・・・

しかし私たちが1998年の結党以来目指してきた公正・公平な社会、機会の均等を保障する社会、競争至上主義ではない共生社会を実現する、日本社会の停滞の原因である旧弊を改革する、この方向性は今も正しいと考える。

民主党に代わって政権の座についた安倍自民党政権がはらむ格差社会の拡大・固定化、市場万能主義、排他的で狭隘なナショナリズムなどの危険性を考えると、民主党の日本社会、国際社会における存在意義はますます重要になっている>

「私たちは正しい、民主党の重要性は高まっている」って、完全な居直りだ。まるで中共ソックリさん。結局、「方向は正しかったが、やり方が稚拙だった」というのが総括で、だから鳩も菅も斬首されないで生き延びているわけだ。民主党、岡田自身も相変わらずの暗愚ということ、ちっとも成長していない。

暗愚だから当然、発達障碍者養成機関の東大法学部卒だ。通産省→自民党→各種の新党→民主党。今の支持基盤は労組。

<中選挙区制時代は岡田克也の自身の後援会と実家のイオングループが支援組織だったが、小選挙区制の時代となり、自身の組織に加えて日本社会党出身の伊藤忠治の情報労連・三重県の日本教職員組合・NTT労働組合票・左翼票と、民社党出身の中井洽の全日本労働総同盟が、民主党及び岡
田克也を支持する支援組織となっている>(ウィキ)

左巻の支援を受けていれば、本音はどうであろうと左巻の言動になる。過去の集団的自衛権容認の言論は「なかったことにしたい」から櫻井氏に噛みついて、見事に返り討ちにあった。下手を打ったわけだが、周囲を読めない発達障碍が背景にあると診ていいだろう。入院した方がいい。(2015/10/8)

2015年10月08日

◆人は志が無くなると小粒になる

加瀬 英明



私が日本ペンクラブの理事となったのは、昭和52年だったから、40歳のときだった。

 ペンクラブの左傾化がひどかったので、2年後に脱会した。金日成主席の北朝鮮が天国で、朴正煕大統領の韓国が言論を弾圧していると非難する決議を行ったので、あまりにも馬鹿馬鹿しかった。

 多士済済

あのころの文壇には、石川達三、丹羽文雄、芹沢光治良、井上靖、安倍公房、三島由紀夫、遠藤周作、吉行淳之介と、思い出すままにあげていっても、古い表現になってしまうが、一家をなしていた作家が少なくかった。

画壇についても、そうだった。壇は高く設けたところを意味しているが、文壇、画壇という言葉が廃れたのも、作家も、画家も、平準化してしまったからなのだろう。

政財界をみても、毀誉褒貶があるものの、存在感がある人物が多かった。

そういえば、人物とは非凡な人や、優れた人のことをいったが、このところそのような用途では、使われなくなっている。

この30年ほどか、日本が活力を萎えさせるのにしたがって、日常の会話のなかで「人が小粒になった」と、嘆かれている。

 団栗の背競べ

似たようなもののことを、団栗(どんぐり)の背競べという。秋に入って樫に実をつける団栗は、秋の季題となっているが、団栗の里となった日本は、冬に入ろうとしているのだろうか。

人はさまざまな衝動に駆られて、生きている。喉が渇く、空腹を覚える。ある時は酒に酔いたい。本を読むのは暇を潰すとか、事実を知りたいとか、好奇心を満たしたいからだ。

 絵心と人心

私はたまに絵を描くが、この夏も鎌倉の鶴岡八幡宮の雪洞(ぼんぼり)祭のために、絵筆をとった。

人は誰もが上手下手は別として、芸術家だといえる。自分を慰めるために絵を描いたり、詩を書くのは、自分を表現したいからだ。

自己表現は、自分がどのような存在なのか知りたい不安を、紛らわすために役に立つ。精神病の療法の1つとして、患者に絵を描かせることが行われるが、無意識に自分の中心を探し求めているのだ。

 芸術の根源は神事から

芸術の根源は世界のどこでも、神事から始まっている。宗教祭祀と結びついていた。

日本でも音楽や踊りは、神々に奉納することから始まったし、どの民族についても同じことがいえる。西洋音楽は賛美歌から発した。はじめはただ声を合わせるオルガヌムから、複音楽であるポリフォニーへ発展した。

 シェイクスピア劇の源流

シェイクスピア劇の源流も、教会で演じられた寸劇に求められる。シェイクスピアは16世紀から17世紀に活躍した。イギリスでは14世紀ごろから、祝祭日に聖書の物語をもとにしたコベントリー劇とか、ヘッジ劇と呼ばれた宗教劇や、艱難(かんなん)の末に神に救いを見出す、エブリマンという道徳的な寸劇が、教会で上演された。

芸術は人の心を表わすから、万国に共通している。

遠く離れた文化の間で、よく似ていることがある。私は中国を訪れたときに、新疆のウイグル族が織った絨毯を贈られたが、図案がアメリカ・インデアンの織物の柄を思わせる。チベットの曼陀羅は東方教会のイコンにみられる、キリストの後光の図柄に通じている。

 心を打つ作品

絵であれ、彫刻、小説であれ、心を打つ作品は誰にでも訴える力を持っているから、普遍性を備えているものだ。どうしてなのか。

芸術には難解なものが少なくない、遊びだから楽しめさえすればよいが、作家というよりも、自称芸術家と呼ぶべき人たちの作品は、独り善がりのものだ。人は何か創ってみたいという衝動を感じるから、自分のためだけであってならないわけはない。

 独り善がりであっても、精神病理学の分野で治療法として使っているから、悪いことではない。しかし、自分しか満足できない作品は、芸術と呼べない。自慰的で普遍性がない。

 芸術は独創的なものであるべきだ。しかし、私は優れた作品は、個人のスタンドプレイではないと思う。優れた作品は、作者1人に属するものではないはずだ。

 才能は無限の可能性をもつ

 才能は不可抗力のようなものだ。持って生まれたものや、育った環境によって作られる。

 このごろ流行している英才教育といった教育論では、どんな子供でも肥料さえやればよいように説かれているが、その子供がもとから秘めている才能を伸ばすのには役立とうが、どの子供にも効果があるものではなく、ほとんどの場合、親の自己満足のために、子供を苦めている。

 優れた作家は内的な強い衝動に促されて、創作活動に取り組むと思う。だから受け身なのだ。才能が不可抗力であるのと、似ている。

 個人は自分の中に個人的な意識されない意識と、1つの共同体に属していることから、目に見えない根のような、全員に共通している普遍的な意識を持たされている。日本人なら個人としての自我の他に、無意識の中に共同体の意識が植えつけられている。私たちは目に見えない糸によって、しっかりと結ばれている。

 芸術はこのような普遍的な意識が、恵まれた作家を通して形になるものだと思う。いってみれば、火山のようなのだ。このような無意識の意識が、地下マグマのように燃え盛っており、才能のある個人が火口のように選ばれて、爆発するのだろう。

 このように考えると、作者は部族的な代表なのだ。作家は媒体ということになる。優れた作品が、その時代の人々の心を強く捉えるから、作品はひとりだけのものではない。人々が共有しているものが、表現されている。

 偉大な作品は時代精神を体現する

 偉大な作品は時代精神を表している。思いつくままにあげれば、ドストエフスキーの『悪霊』は、リベラルなインテリの息子が悪霊に取り憑かれ、過激派になる物語である。その後にくるスターリン時代を、生々しく予言している。T・S・エリオットの詩の『荒地』は、現代人の精神を見事に描いている。

 T・H・ローレンスの『チャタレー夫人の恋人』は、急速に都市化と機械化してゆく社会における、男女の新しい性を描いたものだ。作者はこの作品によって受難したが、書かねばならない衝動に駆られたのだろう。

 ニューヨークの近代美術館の心

 私はニューヨークの近代美術館を訪れると、マックス・ベックマンの絵の前で足を停める。第1次大戦後のドイツの表現派の巨匠だが、大戦による人間への幻滅から、グロテスクでサディスティックな絵を描いている。

 このところ、日本で火山活動が活発になっているが、きっと優れた作家は地殻の弱い箇所に当たるのだろう。時代の要請に応えて、出てくるのだ。

 かつて神話は、心にあった象徴的なものを表わしていた。神話は遠い過去に追いやられたが、現代のエピック――民族の姿を描いた叙事詩を創りだす人々が、同じ役割を果している。

 優れた宗教家や、政治家についても、同じことがいえよう。なぜ、イエスは磔(はりつけ)になる危険まで冒して、愛を説いたのか。明治維新の若い志士たちは新しい日本を創ったが、日本が彼らを創ったのだった。

 優れた作家の輩出は何か

 この30年ほど、日本には優れた作家が現われない。宮沢賢治、小川未明、小林多喜二、安倍公房、三島由紀夫、小津安二郎、黒沢明といったような人々が出なくなってしまった。

 私は都心の麹町に住んでいるが、利に聡い不動産屋の手によって、45、6階もある新しいビルが、つぎつぎと建つようになっている。人が小粒になったのは、このような巨大な建造物のためだろうか。

 萩にかつて吉田松陰が教えた松下村塾の小さな日本家屋が、残っている。部屋が2つしかなく、畳が摩り切れているが、人間の体の大きさに適っている。

 飽食の時代に入って人々が苦しむことがなくなり、共同体の意識が薄れたために、社会が真剣味を欠くようになったからに違いない。

◆銀座「爆買い」現場にも秋風

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)10月7日(水曜日)通算第4675号>   

〜銀座「爆買い」現場にも秋風。ブームが終わる兆候か
  他方、決済通貨で人民元は世界4位に躍進したが〜


10月6日、SWIFT社が発表した国際的な決済通貨のシェアは以下 の通り。
 米ドル  44・82%
 ユーロ  27・2
 英ポンド  8・46
 人民元   2・79
 日本円   2・76

僅かに0・03%だが、人民元が日本円を抜いた。

しかし外貨流出を防ぐため、中国当局は海外旅行の持ち出し外貨交換をひとり千ドルに制限したうえ、買い物決済手段の中軸を担う「銀連カード」の外貨使用上限を年間10万元(180万円)から5万元(90万 円)に唐突に縮小するとした。

つまり買い物限度額が半分となったのである。

それかあらぬか、銀座の現場はどうなったか。筆者はさっそく銀座へでかけた。

相変わらず蝗の大群、観光バスがひっきりなし、集合場所で中国人を降ろし、あるいは集めているが、荷物が少ない。「えっ?」という感じである。
 
銀座4丁目あたりで、中国人が電話で大声をあげているので、何を喋っているか訊いていると「バスの集合場所が分からない」「いま和光の前だけど、そこまでどう行けば良いのか?」

殆どの中国人ツアーが日本でも通話可能なスマホを持っていることには驚かされたものの、爆買いの様相からはほど遠いのだ。

先月まで荷物を何重にも抱え込んだ中国人ツアーが目立ったが、買い物袋をたくさん抱えている中国人はきわめて少ない。

免税店の幾つかを見学したが(見学時間は午後4時半から5時半ごろ)、ラオックスは閑古鳥、銀座通りの有名ブランド店=ルイビュトンやフローラ、ティファニーにもまばらにしか客がいない。

レストランも高級店をさけ、吉野屋とか、ラーメン屋、ファストフードに客が溢れているが、寿司屋では殆ど見かけなかった。


 ▲習近平、急遽ロンドンへとぶ可能性大

おりしも中国の習近平主席は10月20日から23日まで、急遽、英国 を訪問するという情報が流れている。

さきの訪米で大失敗、つめたくあしらわれた中国は、米中心のTPP合意を目撃した。

こんな筈ではなかった、というのが中国の本音だろう。なぜなら訪米にあたって、ボーイング300機という大量注文が手みやげ、しかも随行訪米団は、なんと1000人。このうち800人はアリババ、テンセント、ハイ エールなど中国を代表する企業経営者だったから、すごい意気込みで米国 に乗り込んだのに、議会演説を拒否され、米マスコミは黙殺に近い態度だった。

思惑の狂った中国は、西側との橋梁を演出する必要に迫られた。そこで御しやすいロンドンの小当たりしようという計算が働く。

 なにしろ英国がAIIBに先に手を挙げて呉れたお陰で、57ヶ国の参加表明の胎動を作り出したのだから、この危機に米国にあてつけるように、英国に飛んで、孤立打破の道筋を協議する目的があるのだろう。
 
さらに二番手の投資国=ドイツがVW問題と難民60万人受け入れにより、対中投資縮小、VW新工場沙汰止みの可能性もでてきたため、中国の焦りが深刻化したのかも知れない。
     

◆長寿企業は日本の誇り、資産だ

平井 修一



7年も前の韓国聯合ニュースの記事だったが、とても興味深かった。2008/5/14「日本に長寿企業が多いわけは?韓国銀行が分析」から。

<世界で最も古い企業は?――韓国銀行は14日、「日本企業の長寿要因および示唆点」と題する報告書を発表し、578年に百済から渡った金剛重光(柳重光)が創業した日本の建設会社・金剛組を世界最古の企業として紹介した。日本は世界2位と3位の長寿企業も有する長寿企業大国だとしている。

報告書によると、世界で創業200年以上の企業は5586社(合計41カ国)で、このうち半分以上の3146社が日本に集中しており、続いてドイツ837社、オランダ222社、フランス196社の順となる。

韓国には創業200年を超える企業はなく、創業100年以上の企業も斗山(1896年)と東洋薬品工業(1897年)の2社にとどまる。

日本の場合は、創業1000年以上の企業は7社、500年以上は32社、200年以上は3146社、100年以上は5万社余りなどで、これら長寿企業の89.4%は従業員数300人未満の中小企業だ。

報告書は、日本経済が1980年代の円高と1990年代の長期不況から脱したのも、素材・部品分野で先端技術を保有する長寿企業の役割が大きかったとした。

また、日本企業がこのように長い歳月のあいだ耐えることができた秘訣として、▽本業重視▽信頼経営▽透徹した職人精神▽血縁を越えた後継者選び▽保守的な企業運用――などを挙げた。

このほか、外国からの侵略が少なかったことや職人を尊重する社会的雰囲気など、外的要因も影響を与えたと分析している。

報告書は、韓国も長寿企業の育成に向け、中核部品の製造技術の研究開発投資に対し税制・金融支援を行う一方、中小企業の成功的な技術開発に対する画期的な補償体系の確立が必要だと強調した>(以上)

4年ほど前に茨城県の神社に行ったら、本殿の脇に新しい建物が建設中で、「金剛組」の看板を見つけて小生は大いに感動したものだ。

今朝は和菓子の「とらや」の「十七代 黒川光博より 赤坂本店をご愛顧くださったみなさまへ」を読んだら涙が出てきた。

<赤坂本店、および虎屋菓寮 赤坂本店は、10月7日をもって休業いたします。

室町時代後期に京都で創業し、御所御用を勤めてきた虎屋は、明治2年(1869)、東京という全く新しい土地で仕事を始める決断をしました。赤坂の地に初めて店を構えたのは明治12年(1879)。明治28年 (1895)には現在東京工場がある地に移り、製造所と店舗を設けました。

昭和7年(1932)に青山通りで新築した店舗は城郭を 思わせるデザインでしたが、昭和39年(1964)、東京オリンピック開催に伴う道路拡張工事のため、斜向かいにあたる現在地へ移転いたしました。「行灯 (あんどん)」をビルのモチーフとし、それを灯すように建物全体をライトアップしていた時期もありました。

周囲にはまだ高いビルが少なかった時代で、当時 大学生だった私は、赤坂の地にぽっと現れた大きな灯りに心をはずませたことを思い出します。

この店でお客様をお迎えした51年のあいだ、多くの素晴らしい出逢いに恵まれました。

3日と空けずにご来店くださり、きまってお汁粉を召し上がる男性のお客様。

毎朝お母さまとご一緒に小形羊羹を1つお買い求めくださっていた、当時幼稚園生でいらしたお客様。ある時おひとりでお見えになったので、心配になった店員が外へ出てみると、お母さまがこっそり隠れて見守っていらっしゃったということもありました。

車椅子でご来店くださっていた、100歳になられる女性のお客様。入院生活に入られてからはご家族が生菓子や干菓子をお買い求めくださいました。お食事ができなくなられてからも、弊社の干菓子をくずしながらお召し上がりになったと伺っています。

このようにお客様とともに過ごさせて頂いた時間をここに書き尽くすことは到底できませんが、おひとりおひとりのお姿は、強く私たちの心に焼き付いています。

3年後にできる新しいビルは、ゆっくりお過ごしになる方、お急ぎの方、外国の方などあらゆるお客様にとって、さらにお使い頂きやすいものとなるよう考えています。

新たな店でもたくさんの方々との出逢いを楽しみにしつつ、これまでのご愛顧に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

虎屋17代 代表取締役社長 黒川光博>

なんという感動的な挨拶文なのだろう。歴史の重み、お客様への感謝、仕事の誇り・・・日本の匠、商人、商売の原点が日本人のDNAを共振させるのだろう。まことに長寿企業は日本の誇り、資産だ。日本に生まれて本当に良かった。(2015/10/7)


 

◆翁長知事の国連演説は国内向け宣伝 

仲新城 誠



沖縄県の翁長雄志知事が9月21日、スイス・ジュネーブで開かれた国連人権理事会で演説し、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設で「県民の人権が侵害されている」と訴えてから約18時間後。

名護市民の我那覇真子さん(26)が22日、知事と同じ席から「県民は世界最高水準の人権を享受している」と真っ向から反論した。日本政府の代表も知事の発言を否定。沖縄の民意として反基地を国際発信するはずだった知事演説は、政府、沖縄県民の双方から「挟み撃ち」で打ち消された格好になり、信憑性は大きく揺らいだ。

  ■極秘裏に準備

「翁長知事が発信した情報を正すため行った」

我那覇さんは帰国後の25日、東京での記者会見で、スイス行きを決意した理由を説明した。

 2013年、辺野古移設を推進する地元の大会で登壇したことがきっかけで、沖縄の保守活動を牽引する若者として注目されるようになった。

 翁長知事が国連で演説することが報道され「対抗して県民の声を発信すべきだ」と
準備を開始。尖閣諸島を行政区域とする石垣市からは砥板芳行市議が参加することに
なり、我那覇氏を団長に、通訳などの支援者も含めた派遣団が結成された。

準備は極秘裏に進み、翁長知事周辺や同行したマスコミは我那覇氏の動きを直前まで把握できなかった。国連では記者が砥板氏らに「何を演説すんです か」と食い下がる姿も見られた。

  ■宣伝戦略

人権理事会で、NGO関係者らの演説者は1日に100人近くに及ぶ。持ち時 間は全員が2分間。演説を開始すると前方の大型スクリーンに演説者の姿が映し出さ れ、画面右上で時計表示が1秒ずつ時を刻む。タイムアウトになるとマイクの音声が落 ちる仕組み
だ。

「国連での演説」という華やかなイメージとは異なり、演説者は慌ただしく交代し、演説席を次の順番の者に譲る。流れ作業と言っていい。

我那覇氏の派遣団の1人は「知事の人権理事会での演説が、ただちに国 際発信力を持つとは思えない。辺野古反対を国際社会に訴えた、というパフォーマン スで支援者を鼓舞し、政府に圧力をかけるための演説。あくまで日本国内向けの宣伝 戦略だろう」と知事サイドの狙いを推測した。

  ■軽重の差なし

人権理事会では、翁長知事、我那覇氏とも国連で活動するNGOから発言 枠を譲り受けた。

両者の演説の条件は発言場所、時間とも全く同じ。翁長氏は知事、我那氏は一般県民だが、翁長氏は知事の肩書で発言権を得たわけではないた国連の システム上、両者の発言に軽重の差はない。

我那覇氏の派遣団関係者は、翁長氏の発言だけを根拠に「基地問題で、日本政府に何らかの勧告が出ることは有り得なくなった」と安堵した。

翁長氏は帰国後の記者会見で、自身の演説に対し、日本政府が反論したことについて「基地削減に尽くしていると、大きく誇張するのは大変残念だ」と不快 感を示したが、我那覇氏の演説には触れなかった。

我那覇氏は「演説後に会場の空気が変わったと感じた。会場を出る時、聞いていた
外国人が大きくうなずいたり、ウインクしたりして共感を表してくれた」と手応えを強調した。  (八重山日報記者)【八重山日報記者の知事同行記(中)】
     

 ジュネーブで翁長知事の国連演説を取材した八重山日報の記者が現地での状況や演説が県内外に広げた波紋などを報告する。
                (採録:松本市 久保田 康文)

◆古墳時代の「木津川地域」

白井 繁夫


木津川の右岸で世紀の大発見と騒がれた約1700年前の「椿井大塚山古墳:木津川市山城町椿井」が、昭和28年(1953)3月にJR奈良線の改修工事中に発見されました。

この古墳の前方部と後円部の境目に鉄道が敷かれており、改修工事により崖面の中程の地層の奥から石室を発見して、天井石を取り発掘を進めると、そこから驚くべき事柄が起きました。

と云うのは、「邪馬台国女王卑弥呼(ひみこ)の鏡」と推察できる「三角縁神獣鏡」が30数枚を始め、副葬品としての鉄刀、鉄剣などの武器類、武具、農工具類等が、大量に出土したのです。

この年の木津川地域は夏から秋にかけて、2度も未曾有の大水害に遭遇しました。木津川左岸の木津町は木津川に架かる国道24号の泉大橋が流失(8月15日)し324町歩が冠水して、人的、物的被害が甚大となり、更に9月には台風13号の暴風雨に追い打ちをかけられました。

局地的集中豪雨による南山城一帯の被災者は死者330人超、重軽傷者1700人超、罹災者は3万人弱の大災害でした。

まさに、「人類による歴史の偉大さと、人類に対する自然の脅威とを同時に眼前に見せられました。」と当時のことを知る、古老が語ってくれました。

弥生時代の大畠遺跡(相楽地域の集落の母村)以降、前方後円墳の前期古墳時代(3世紀末〜4世紀)が始まりますが、地域の首長墓として盛土をした墳丘墓や古墳は、左岸の木津町では発見されていません。

日本最古の前方後円墳は、大和の現桜井市に築かれた3世紀末の「箸墓(はしはか)古墳」(全長280m)です。右岸の山城町には前述の「椿井(つばい)大塚山古墳」が4世紀の初め、箸墓古墳の三分の二の大きさ(全長約190m)の同形古墳として出現したのです。

この古墳の被葬者は大和政権にとって、重要な役割或は絆を持った豪族か首長であったと推察されます。それは、この地域の地形と『記』『紀』の物語(古事記、日本書紀)などからも推察されます。

地形からの推察:大和の国の北の丘陵を越えると、そこの平野部には木津川が流れ、宇治川、淀川経由で西は瀬戸内、北は近江(琵琶湖)から日本海、東は(三重経由)東海道へと、さらに中国大陸から、蝦夷地まで伸ばせる古代の交通の要衝です。

前期古墳時代の各地域の首長の宝物は、銅鏡の中国鏡「三角縁神獣鏡」が絶対的でした。

この椿井大塚山古墳出土の鏡と同形の鏡(同笵鏡)の配布先(分有する古墳)は九州(9)、中四国(10)、近畿(16)、中部(9)、関東(4)にあります。各地域の王(首長)と繋がりを持つ役目を大和政権は、大塚山に与えて全国的な広がりを築いたと思われるのです。

(弥生時代に首長が祭祀に用いる重要物は銅鐸でしたが、前期古墳時代は磨鏡の中国鏡となり、後期古墳時代になると鉄刀、鉄剣などの武器、武具や宝石、装飾品に変化しました。)

古墳時代の木津川地域を古代の律令郡制で云えば三つの地域、久世郡、綴喜郡と相楽郡に
古墳群がありました。

大和の大王が全国的な展開をするためには、北の玄関港(泉津)、即ち南山城の木津川市と木津川流域を確保しないと、物流も情報も得られ難くなるのです。(南西の大和川を利用する水上交通では、大量の物資を運ぶ物流ルートに困難な個所があったのです。)

大和政権は、木津川を勢力範囲に組み入れた後(4世紀後半〜5世紀前半)、北部の奈良山丘陵に巨大な前方後円墳の佐紀盾列(さきたたなみ)古墳群を築いています。

「宝来山古墳(伝垂仁陵:227m)、五社神ゴサシ古墳(伝神功皇后陵:275m)、佐紀陵
山サキミササギヤマ古墳(伝日葉酢媛ヒバスヒメ陵:207m)、佐紀石塚山古墳(伝成務陵:218m)」

大和政権は、木津川流域の各首長(豪族)と戦うか、或いは絆を結んで畿内、瀬戸内を掌握しました。それから椿井大塚山から北へと進み、日本海を望む丹波地方の巨大古墳(網野銚子山古墳:約200m、神明山古墳:約180m)の王と縁を結び、山陰から、北陸道諸国も平定したのです。

『記』『紀』の物語(古事記、日本書紀):

<崇神天皇10年、武埴安彦(たけはにやすびこ)の反乱:四道将軍の大彦命(おおびこのみこと)が、北陸道へ平定に行く途中、大和と山代の境、平坂で御間城入彦(ミマキイリヒコ:崇神天皇)の命が狙われている云々の童女の童謡(わざうた:政治等の風刺謌)を聞き、山代の国へ派遣している武埴安彦の謀反を知る。

崇神天皇は、大彦命と彦国葺(ひこくにぶく:和珥氏の祖)を戦場へ派遣。那羅山(現奈良坂)から南山城(山代)へ進軍、輪韓河(わからがわ:→挑河いどみかわ→泉河)で相対峙し、武埴安彦の忌矢(いはひや)は外れたが、彦国葺の矢にあたり戦死する。

反乱軍は総崩れになり北へ敗走するが、官軍に追撃され斬り殺された処が羽振苑(はふりその:現祝園)、更に、彦国葺の軍は伽和羅(かわら)で敗走兵の甲冑を脱がすと、彼らは恐怖で褌に屎を漏らした。(屎褌→久須婆→樟葉:訛ってくずは)>

武埴安彦の妻吾田媛(あたひめ)が固めていた西国道も、やはりその時敗れました。

『記.紀』によると4世紀末:忍熊王の謀反

<忍熊王(おしくまのみこ)と兄の香坂王(かごさかのみこ)が神功.応神に謀反して失敗する。また、大和東北部(佐紀古墳群)に本拠地を持つ和珥氏の伝:応神天皇側の将軍として、和珥氏の祖先(建振熊命:たけふるくまのみこと)が山背(山代)南部を拠点とする忍熊王の軍勢との戦いで、これを打ち破った。>となっています。


2015年10月07日

◆日本人よ、清く正しく美しくあれ

加瀬 英明



福田赳夫内閣が、昭和51(1976)年に発足した。

私は首相から対米折衝を手伝うよう頼まれ、首相特別顧問という肩書を与えられて、ワシントンをしばしば訪問した。40歳だった。

当時のアメリカは、カーター政権だった。私はホワイトハウスを訪れるうちに、カーター大統領の妹のルース・ステイプルトン夫人と、親しくなった。

ルースはなかなかの美人だった。背の高い獣医と結婚して、ジョージア州のカーター家の郷里に住んでいたが、ホワイトハウスにしばしば遊びにきて、泊っていた。兄の大統領がルースを溺愛していた。

カーター大統領はキリスト教の信仰心が、きわめて篤いことで知られるが、ルースも奉仕活動として、神霊治療の仕事に打ち込んでいた。神霊治療師はアメリカで「スピリチュアル・ヒーラー」と呼ばれるが、精神が病んでいる人や、過去に過ちを犯した人に、聖書を教え、ともに祈ることによって立ち直らせることをする。

私は首相に進言して、ルースを日本に招待して貰った。

私がルースと親しくなって、感動したのは、過ちを犯した人に、「目を閉じて、そのときのことを、一瞬一瞬、思い出して下さい。そして、あなたのすぐわきに、イエス様がいたと想像して下さい。あなたは階段をあがって、ドアをあけた? あなたは何を考えていましたか?」といって、「その時に、イエス様がどう思われたことでしようか? きっと、深くお悲しみになったことでしよう」と、話しかけるということだった。

そして、ともに祈ったうえで、「これからも、イエス様がいつもあなたのわきにいらっしゃいますから、イエス様を悲しませないで下さい」というのだった。

ルースは、しばらく前に他界した。いま、この原稿を書きながら、ルースをホワイトハウスまで迎えにいって、市内のイタリア・レストランに案内したことや、東京にきた時に、わが家で亡妻が手伝って和服を着せて、料亭の歓迎パーティに連れていったことを、思い出す。

ルースは神霊治療を、「内なる救い」と呼んだ。人は誰でも、みな、救いを求めている。これは太古の昔から、東西を問うことなく、人類に共通している心の渇きあった。

イエスは人類を救うために、神の子として降臨した。釈尊は瞑想することを通じて、心を無にすることによって、心身をわずらわせる煩悩(ぼんのう)を断つことができると、説いた。

自らを救うためには、神や、仏に縋(すが)るだけではなく、自分の持てる力を振り絞らなければならない。そういっても、人は非力である。ルースが説くように外から大きな力を、借りるとよいだろう。

私は「宗教は何ですか」とたずねられたら、とまどいながら、神道と答えるだろう。

仏教諸派の教えはすばらしいと思うものの、外来宗教であるから、なじまない。神道は教典も、戒律もなく、宝塚歌劇団のモットーと変わらないが、「清く正しく美しく」あれということを旨として、生きてきた。

今年は終戦70年に当たる。日本は経済繁栄のなかで、日本人として多くの美点を失ってしまった。日本を取り戻さねばならない。

そこで、私は日本人として英霊に恥じないように、毎日を英霊とともに歩んでゆこうと思う。


◆ようやく「戦争も辞さない」国に

平井 修一



日米の保守派陣営では「オバマは国際問題で有効な手を打てないでいる、史上最低の大統領だ」という苦情が繰り返されているが、米国民自体が「アメリカは世界の事柄に関わるべきではないと考える非介入主義的な世論」が根強いようだ。

飯田健・同志社大学准教授のレポート『なぜアメリカ世論は「内向化」しているのか』9/28は、平成27年度日本国際問題研究所プロジェクト「国際秩序動揺期における米中の動勢と米中関係」におけるサブプロジェクト「米国の対外政策に影響を与える国内的諸要因」研究会(米国研究会)における研究成果の一部。以下、要約する。

<1.「内向化」するアメリカの有権者

2016年大統領選挙に向けて共和党内の有力候補者たちもこぞって、「イスラム国/ISILを作り出したのはオバマだ」などと、オバマの対外政策批判を強めている。

しかし、こうした批判にもかかわらずオバマの支持率は落ちていない。例えばGallup の世論調査によると、ISILが攻勢を強める中、大統領支持率は2014年初めの40%代前半から、2015年中ごろの40%代半ばへと若干の上昇傾向すら見られる。

この理由の一つとして、アメリカ世論の「内向化」が挙げられる。オバマ政権下において世論の「内向き」志向が急速に強まっており、例えば2014年のThe Chicago Council on Global Affairsの世論調査によると、アメリカは世界の事柄に関わるべきではないと考える非介入主義的な回答者の割合は、2008年には36%だったのが2014年には41%となり、1947年の調査開始以降最高の値を記録している。

つまり、世論がそもそもアメリカの積極的な対外関与を望んでいないため、対外政策に対する「弱腰」との批判にもかかわらず、オバマの支持率は下落しないのである。

2.「内向化」の原因

では、なぜ有権者の間でこのような「内向き」志向が強まっているのであろうか。その原因として有力なのが、アメリカのパワーが相対的に低下しているとの認識が有権者の間で広がっているということである。

第一に、世界におけるアメリカの経済力の相対的低下の認識がある。第二に、世界におけるアメリカの軍事力の相対的低下の認識がある。

アメリカのパワーの相対的低下の認識は、アメリカの有権者の間での内向き志向が強まる有力な一つの原因であると考えられる。これは今後、経済面でも軍事面でも中国が伸長していく場合、アメリカの有権者はますます内向的になる可能性が高いということを意味する。

3.アメリカの有権者は日本のための武力行使を容認するのか

こうした世論の内向化を基調として、個別具体的な事件においてどのような状況下でアメリカの有権者は、アメリカ政府による対外武力行使を容認するのであろうか。この問題はとりわけ日本をはじめとするアメリカの同盟国にとって切実な問題である。

例えば、2013年11月23日、中国は尖閣諸島周辺を含む東シナ海上空に防空識別圏を設定したが、このとき日本の政府、マスメディア、有権者はアメリカ政府がどのような対応を取るのか、どの程度中国を非難するのか、どの程度日本の立場に同調してくれるのか、注視した。

これは将来予見しうる中国との更なる摩擦において、果たしてアメリカが日米同盟に則り、最も極端な場合、武力行使も含めて日本のために中国に対抗してくれるのか、との懸念が存在したからであった。当然、アメリカ政府の対外政策意思決定は国内世論の制約を受ける。

このような問題関心の下、筆者は中国による防空識別圏設定から約2か月後の2014年1月中旬、約1500人のアメリカの有権者を対象にインターネットサーベイ実験を実施した。

詳細は別稿に譲るが、実験結果から得られた含意は、日本に対する好意的な感情が広く存在することを前提として、国際社会から懸念が表明された場合には、アメリカの武力行使に対する有権者の反対が弱まる、というものであった。

つまり、アメリカの有権者の間で積極的対外関与を嫌がる「内向き」志向が強まっている中、政府による国外での武力介入が有権者に容認されるためには、アメリカの武力行使によって恩恵を被る国がアメリカの有権者に好意的に評価されていること、そしてその恩恵を被る国だけでなくより広く国際社会からの要請があることが重要であるということを示唆する>(以上)

「米国は己を助ける者を助ける」ということで、これは日本でもそうだろう。自助自立を怠り、集団的自衛権による同盟軍支援を無視するような国は「とてもじゃないが同盟国とは言えない、つきあい切れない」「そんな国のために兵士を危険にさらせるわけにはいかない」となる。当たり前だ。

安保法制成立は「日本の非常識」を「世界の常識」に改めた。戦争をしない、できない国から、イザとなれば「戦争も辞さない」国に変えた。日米間の絆を強め、抑止力が格段に向上した。日本はかなり普通の国になり、世界の常識に近づいた。

多少とも軍事や外交、国際情勢を学んでいる普通の高2レベル以上の国民は「それは良いこと、安保の双務性が高まった」と歓迎するが、小4とか中2坊主は嘘つきアカの報道に洗脳されて安保法制に大反対している。その中核になっている岡田民主党は、このところ櫻井よし子氏の筆誅を浴び続けてサンドバッグ状態、ボコボコになっている。

岡田民主党や日共と平仄を合わせて安保法制を非難しているのは中共で、彼らはグルである。岡田民主党や日共は中共の手下、狗で、日本の国益ではなく中共の国益のために蠢動している。裏で工作資金をもらっているのではないか、前原のように。

人民網8/31はまるで日共の赤旗のコピーだ。

<東京の国会前に30日午後、12万人の日本国民が集まり、参議院で審議中の安保法案の廃案と安倍晋三首相の即時退陣を要求した。

民主党の岡田克也代表、日本共産党の志位和夫委員長、社民党の吉田忠智党首、「生活の党と山本太郎となかまたち」の小沢一郎共同代表らが現場を訪れ、演説した。野党代表4人は安保法案を改めて批判。一致団結して安倍政権を倒し、安保法案を撤回させるよう呼びかけた。

志位氏は「審議するほど安倍政権は苦境に追い込まれ、正常な答弁が全くできなくなっている。すでに次々とぼろの出た『戦争法案』は廃案にするほかない。安倍政権による採決を阻止し、廃案にさせなければならない」と表明した。

小沢氏は人民日報の取材に「筋の通らない危険な安保法案を阻止するため、みなが心を一つに協力し、安倍首相を退陣させなければならない」と表明した。

「安保法案は日本国民の平和と安全にとって少しもメリットがない。日本がアジアおよび世界の平和を実現するには、安保法案を廃案にする以外にない。もし日本の政治家が安保法案に抗議する人々の声に耳を傾けられないのなら、辞任してもらいたい」と、山本太郎参議院議員は人民日報の記者に語った。

法政大学の山口二郎教授(政治学)は人民日報の取材に「今日これほど多くの民衆が雨の中集会に参加したことで、憲法違反の安保法案に反対する日本国民の揺るぎない決意が改めて証明された。これは憲法9条を日本国民が愛していることの反映でもある」と述べた>(以上)

この連中は一体となって日米同盟と自衛隊の強化に反対し、中共のアジア覇権の野望を後押ししている。彼らは昔は「売国奴、非国民」と罵られ恥じ入ったものだが、今は督戦隊のゴロツキ中共がバックにいるから恥じ入らない。強気で安保法制と安倍自民を非難し続けた。

安保法制が成立したから2015年安保闘争も彼らの敗けである。熱狂はすでに冷めた。「安倍政権は生きる屍、ゾンビのようなものだ」などと罵ったところで何も変わらない。新しい騒動のネタは何にするのだろう。
(2015/10/6)


◆安保法案反対デモを過大評価?

酒井 充



安全保障関連法案の成立が迫っていた9月17日、毎日新聞はインター ネットのサイト上に世論調査室長・平田崇浩氏の署名入りで「産経世論調査:安保法案 反対デモの評価をゆがめるな」と題した記事を掲載した。

産経新聞社とFNN(フジ ニュースネットワーク)が9月12、13両日に実施した合同世論調査で「安保法案に反対 する集会やデモに参加したことがあるか」を尋ねた結果について、産経の同15日朝 刊で「ある」が「3・4%にとどまった」と書いたことなどを批判する内容だった。

「野党ウオッチ」の表題とは離れるが、「とても世論調査分析とは呼べないもの」 との指摘を受けた以上、きちんと反論しておきたい。

平田氏は、「安倍政権の応援団として、全国に広がる安保法案反対デモが気に入らないのはよく分かる。『毎日新聞や朝日新聞はデモを大きく扱っている が、デモに参加しているのはたった3・4%にすぎない』と言いたいのだろう」と書いた。

毎日新聞が、安保法成立が気に入らないのはよく分かる。連日のように安保関連法案反対のデモを取り上げ、世の中の大半が法案に反対かのような記事を 大々的に書いてきたのだから、安保法成立が秒読み段階となり、よほど無力感が漂い、 悔しかったのだろう。

推測するは自由だが、少なくとも私は「安倍政権の応援団」との自覚はない。安倍晋三首相が取り組んでいることを私なりに取材して記事を書き、同様に現 在は野党担当記者として「おかしいなあ」と思うことが多い民主党など野党の動きを 率直に書いているだけである。

毎日新聞は「反安倍政権の応援団」なのかもしれない が、私は「安倍政権の応援団」などという矮小化したレベルで記事を書いていない。

平田氏は、産経・FNNの世論調査のサンプルが1000人であることから「3・4%」を有権者1億人にあてはめ、「安保法案反対デモの参加経験者が340万人に上 る計算になる」と記し、「大変な数字だ」と持ち上げた。

さらに、集会に参加したことがないと答えた人(全体の96・6%)のうち、「今後参加したい」が18・3%いたことから、「回答者全体の17・7%がデモ・集会に 参加したいと考えている計算になる」と指摘。「3・4%」と合わせ有権者1億人にあて はめると2000万人だとして、ご丁寧にも「『安保法案に対する世論の反発の大きさ を示した』と書かなければならない」との“ご指導”も承った。

一方で、平田氏は「1000サンプル程度の無作為抽出調査では、パーセンテージで通常3〜4ポイントの誤差が生じるとされる。にもかかわらず、3・4%という 小さな数値を根拠に『デモに参加しているのはごく少数の人たちであり、共産党などの野党の動員にすぎない』というイメージを強引に導き出したのが産経新聞の記事 だ」と断じた。

「野党の動員」とは一言も書いていないが、そこは個人の推測の域だ。しかし、「3・4%」を「大変な数字」とする一方で、「小さな数値」とはどういう 了見だろうか。「3〜4ポイントの誤差が生じる」ならば、そもそも「大変な数字」と 指摘すること自体が矛盾している。

毎日新聞の世論調査のサンプルはきっと万単位なのだろうと思って調べたら、9月19、20両日に実施した世論調査は「有権者のいる1688世帯から、1063人の 回答を得た」という。毎日新聞の世論調査は「3〜4ポイント」の数値は意味がない と自ら宣言していることになる。

安保法成立後に実施したこの毎日新聞の世論調査で、安倍内閣の支持率は「8月の前回調査より3ポイント増の35%、不支持率は同1ポイント増の50%」だった という。毎日新聞をはじめ朝日新聞や東京新聞、一部の民放は必死に安保法案反対の キャンペーンを行ったが、それでも内閣支持率は上昇していた。

「毎日新聞などがあれだけ法案反対を訴えた中でも内閣支持率は上昇したのか」と受け止めるのが普通の感覚だと思うが、毎日新聞にとって「3〜4ポイント は誤差」なのだから、見出しに取るはずがない。9月21日付朝刊の1面トップで報じた 世論調査の記事のメーン見出しは「安保成立『評価せず』57%」で、袖見出しは「強 行『問題だ』65%」だった。

もう一つの見出しは「内閣支持35%」で、支持率が上昇 したことは記事を読まないと分からない。「3〜4ポイントは誤差」だというのだか ら、当然だろう。

ところが、毎日新聞が今年7月4、5両日に実施した世論調査の結果を報 じた7月6日付朝刊1面の記事の見出しは「安倍内閣不支持上回る」だった。サンプル は「有権者のいる1720世帯から、1036人の回答を得た」という。

それによると、7月の安倍内閣の支持率は「5月の前回調査から3ポイン ト減の42%、不支持率は同7ポイント増の43%」だったという。そして「2012年12月の第 2次安倍内閣発足後初めて、支持と不支持が逆転した」としている。

支持42%と不支持43%の差は1%。平田氏の理屈で言えば、「誤差」でしかない。ところが記事のメーン見出しは「安倍内閣不支持上回る」。1%という誤差の範 囲内の小さな数値を根拠に「安倍内閣は国民に支持されていない」というイメージを 強引に導き出したのが毎日新聞の記事だ。とても世論調査分析とは呼べないものだ。

さらに平田氏は、産経・FNNの世論調査を報じた私の記事について「世論調査の社会的な役割とはほど遠い『扇動記事』と言わざるを得ない」とも指摘した が、室長として自社の新聞を読んでいないのだろうか。それとも自分たちの書く記事 は扇動ではないが、産経が書く記事は扇動だとでも言うのだろうか。民主党政権での 「強行採決」は良くて、自公政権の「強行採決」はよくないと訴える民主党と同じ 理屈だ。さすが「反安倍政権の応援団」だ。

私は9月12、13両日の世論調査で、集会への参加経験者の41・1%が共産 党支持者であり、14・7%が社民、11・7%が民主、5・8%が生活支持層で、参加者の 73・5%が4党の支持層だったと書いた。産経・FNNは安保法成立後の9月19、20両日にも合 同世論調査を実施し、22日付朝刊では、集会に「参加したことがある」が4・1%で、 共産党(24・3%)や民主党(17・0%)など法案に反対した政党の支持層が計46・ 3%を占め、支持政党なし
が29・2%だったことを伝えた。

安保法案に反対する(した)政党を支持する人たちが集会参加に占める割合は、わずか1週間で73・5%から46・3%となった。「誤差」のレベルを超えた差 だ。それでも、共産党を筆頭に法案に反対する(した)政党の支持層の参加率が高い ことは変わらなかった。

世論調査の設問で集会やデモへの参加の有無を尋ねたのは、 私が知る限り産経・FNNの調査だけだった。集会やデモの実相の一端を伝えることができたと自負している。

しかし、平田氏は「デモ・集会の参加経験を無理やり数値化」と批判した。毎日新聞は同様の質問をしたことがないと思うが、平田氏は「デモ参加者に野党 支持者が多いことは何の驚きもない」と推測している。「他人の土俵」で論評するの は勝手だが、驚くか驚かないかは、まず自紙の世論調査で尋ねた上で書いたらどうか。

平田氏は、デモ参加経験者の支持政党別の内訳を記した私の記事について、「小数点以下まで算出することに統計的な有意性はほとんどない」とも指摘して いる。産経・FNNの合同世論調査は、全ての数値について原則、小数点第1位まで記 していることを付言しておきたい。

前回の「酒井充の野党ウオッチ」(9月10日にネットで公開した「朝日 新聞や民主党が絶賛した8・30国会デモは、デマと罵詈雑言が飛び交う『異常空間』 だった…」)でも記したように、私自身、何回か国会周辺の集会に足を運んだ。 有識者までが首相を呼び捨てにして「安倍をたたき斬る」とか「安倍の頭に五寸くぎ を打つ」と叫び、聴衆がそれに歓喜の声を上げていた。

デマと罵詈雑言が飛び交い、 参加者による警察官への悪態がはびこる唾棄すべき空間だった。しかし、毎日新聞の 「扇動記事」ではそういった実態は伝わらない。

毎日新聞特別編集委員の岸井成格氏は、自身がキャスターを務める9月 16日放映のTBS番組で「メディアとしても廃案に向けて声をずっとあげ続けるべきだ と思う」と主張し、放送法違反の疑いがあるような「扇動発言」を堂々とした。産経 の批判をするのは結構だが、もうちょっと自分たちの足下を見つめ直したらどうです か、毎日さん。

「これからもずっと訴え続ける」と訴えていたはずの安保法案反対のデモと集会が、成立後にはパタリと行われなくなり、静寂を取り戻した国会周辺で9 月某日、この記事を書いていて、本当にそう思う。

産経ニュース【野党ウオッ チ】2015.10.5
                 (採録:松本市 久保田 康