平井 修一
30年以上前の上海では、朝の公園に老人が集まっていた。集団で太極拳でゆったり運動したり、鳥かごを持って散歩する人も結構いた。こういう光景は日本では見ないが、今でも同じようだ。
三菱総合研究所事業予測情報センター研究員・劉瀟瀟女史の論考「中国人が定年後は仕事をせずに過ごす理由 働きたくても働けない『ワケあり老人』も多い」(東洋経済9/16)から。
劉瀟瀟(りゅう しょうしょう)氏のプロフィール:中国・北京市生まれ。外交学院(中国外務省の大学)卒業後、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)(中国)に入行、営業と業務に携わる。その後、東京大学大学院修士課程を修了、三菱総合研究所入社。日本・中国を中心とした生活者行動分析、マーケティングを担当。
<*中国人観光客が驚くのはトイレだけでなない
「中国人の爆買い」。最近は当たり前になったが、中国人旅行客が日本でどんな消費行動をとっているのかは依然として興味津々だ。つい最近も「夜の新宿は中国人の『代理爆買い』で沸騰中」という記事が出ていた。
筆者も、この春から夏にかけて中国に行き、北京や上海など大都市在住の訪日中国人40人ほどにインタビューを敢行した。もちろん、訪日中国人の実態を調査するためだ。だが、彼らに話を聞くうちに、今回は「中国人の働き方」についての話をお届けしたくなったというわけである。
彼らに「日本で驚いたことは何ですか」と尋ねると、まず「公衆トイレが綺麗ですね」となる。これは予想できる。
だが、その次は「タクシーの運転手さんはみんな高齢者ですね!」「空港で手続き場所を案内してくれる係員は高齢者ばかりでびっくり」「みんな白髪なのに仕事をまじめにやっていてすごい」である。純粋に高齢者が働いていることに驚いているのだ。
その一方で、中国では、老人男性が早朝公園で太極拳をしたり、大勢のおばさんたちが公園で合唱の練習をするのはごくありふれた風景だ。また夜になると、スーパーの前の広場で真剣にダンスする(いわゆる「広場踊り」)しているのも中国人なら誰でも知っている。
逆に言えば、中国では高齢者がバリバリ働く姿を街中であまり見かけないのだ。
日本では、定年延長や雇用継続制度により、少なくとも65歳まで働く環境が整いつつある。もちろん、タクシーの運転手が高齢者であっても誰も不思議だと思わない。
一方、中国では、高齢者の定義は、60歳以上である。「高齢者」の人口は2014年では2億1200万人に達し、総人口の15.5%を占めるようになった。中国の定年年齢は、男性60歳、女性50歳、幹部クラスの女性は55歳と規定されているため、多くの高齢者は50歳から60歳の間で定年となる。
中国も、日本と同じく高齢化社会に入り、いわゆる「人口ボーナス」(生産年齢人口の増加率が人口増加率よりも高くなること)は終わった。だが中国の高齢者の多くは日本人のようには仕事をしない。なぜだろうか。そのあとの生活はどうなっているのか。
*「2種類」に分かれる中国の高齢者
大雑把に言うと、中国では「定年後あまり仕事をしない層」は、2つに分かれる。一つは少数の「人生謳歌派」。もう一つは多数の「ワケあり派」である。どういうことか。
前者は自分の第二の人生を豊かなものにするため、今までできなかった勉強・趣味・スポーツ等をする。いわば仕事には見向きもしない人たちだ。
一方、後者は、仕事をしたいという要求はあるものの、孫や親の面倒をみる必要などがあり、仕事をしていない人たちのことである。
一方、中国の職場は、「体制内」と「体制外」に分けられるといってよい。以前の職場が体制内の人には「人生謳歌派」が多く、体制外の人には「ワケあり派」が多いとみられる。
体制内の職場とは何か。例えば政府機関、国有企業、大学、さらにはそれに準ずる組織(日本の独立行政法人や特殊法人などに該当)など、中国で主流に位置する職場のことを指す。
逆に言えば、その周辺や、それ以外の一般民間企業や外資企業などは「体制外の職場」ということになる。
体制内にいれば、給与は安定し福利厚生も厚く、定年後も、年金以外の各種手当が出る。そのため、現役時代とあまり変わらない月収を得ることが可能だ。
インタビューでも確認できたが、体制内の職場で働いていた高齢者は、高学歴の人が比較的多い。一定以上の世代では、ほとんどの大卒者は体制内の職場に就職できたからである。
おカネと知識を持っているため、定年後でも充実した生活を送れる。例えば、年中世界中を旅行している大学教授夫妻もいれば、職場の手厚い住宅制度によって、数百万円で購入したマンションがなんと数千万円に値上がしたおかげで、趣味に没頭している人も少なくない。
こうした「体制内の職場」の人々から見れば、自分の子供に体制内の職場へ就職することを強く願うのも当然のことだ。「80後」(1980年代生れ)、「90後」(1990年代生れ)の世代からしても、自分の親や友達の体制内の親を見て羨ましいと思うのは当たり前。このため、中国の公務員試験と国有企業の入社試験は非常に競争が激しい。
その一方で、体制外高齢者の多くは、働きたくてもなかなか働けないのが現状だ。一般民間企業等の「体制外」で働いていた人は、退職後収入が年金だけになり、現役時代より生活水準を下げざるを得ない。「お手伝い」を雇う余裕がないので、自ら孫や親の面倒を見ることになり、自分の時間をなかなか持てない。
だからストレスを発散したい時は、費用があまりかからない「広場踊り」や「公園合唱」になるのである。中国では、同じ年齢の高齢者でも、元の職場の違いによって、定年後の生活に大きな差が出る。
*中国では「晩年を楽しむ」のが理想的な生活モデル
もし、日本では当たり前の70代のタクシー運転手が中国にいたら、どのように思われるだろうか。
「きっと家計のために働いてるのね。こんな年齢になっても楽ができないなんてかわいそう」「子供の顔が見てみたい。なんて親不孝なヤツなんだ」と思われるのと同時に、「年寄りの運転する車に乗っても大丈夫なのか」というのが一般的だ。つまり、世間体と能力面の両面で普通に働くのが難しいのだ。
中国では、「頤*天年(イーヤンテェンニアン、*羹に似た字)」ということわざがあり、「晩年を楽しむ、寿命が来るまで静養する」ことが一番理想的な老後生活だと思われている。子供が定年後の親に仕事をさせると、周りに親不孝だと思われる。
従って、親が再就職を通して自分の生き甲斐を見つけたいと言ってきても、子供は「面子」「圏子」重視の社会で変な噂を立てられたくない。だから「まあまあいい年だし、せっかく定年になったのだから、『清福(チンフー:何もしなくてもよいという幸せ)』を楽しんだら」と慰めながら断るのが一般的だ。
では、逆に言うと、なぜ高齢者はこんな子供の「言いなり」になるだろうか。理由は、中国の社会保障制度が整っていないため、自分の老後生活は主に子供に頼るしかないからだ。
特に年金だけの生活になる高齢者は、自分が子供の負担になり、迷惑をかけることを心配する。子供の機嫌を取るため、彼らが望むように、働かずに家事をしたり、孫の面倒を見る。従って、定年後、日本人のように「報酬がなくてもいいので、他人のために何かしたい」「仕事を通して自分の生き甲斐を見つけたい」とまで思う中国人高齢者は少ないのだ。
一方、中国の職場は、「効率至上主義」のため、高齢者雇用に後ろ向きである。中国では、定年した「老人」に対しては、ネガティブなイメージが強い。
例えば「身体が弱く、頭の回転も遅いので、効率が低い」「知識が古い」「教養レベルが低い」「何かトラブルがあったら、子供がやってきて大騒ぎする可能性が高い」「下手にこじれると、世論が高齢者の味方をして面倒」「経歴を鼻にかける」などなどだ。
つまり、多かれ少なかれ、中国の企業は高齢者の就職に関しては、最初からかなり高いハードルを設定しているといってよい。
さらに言えば、現在の高齢者は一般的に専門知識を持つ人が少ないので、就職先を簡単に見つけられない。しかも、中国政府は若者の就職率向上に手一杯で、高齢者の就職推進対策は二の次だ。
ここまで見てきたように、中国の高齢者の多くは、仕事の機会に恵まれていない。それだけでなく、人生を楽しむ機会にも恵まれていない。
今の大半の高齢者は、1960年以前の生まれであり、戦争・建国・3年飢饉・文化大革命・上山下郷・改革開放等を経験し、苦労した世代だ。大学進学は難しく、家計のため夢をあきらめた人も多い。
従って、自分がしたような「苦しい思い」を子供たちにさせたくないので、自分は節約しながら子供に大金を使う。いい学校、いい塾、いい服…大学に入れば贅沢三昧、さらに就職先までも必死になって探してあげる。挙句の果ては、結婚も親の責任だと考えコツコツとおカネを貯めていく。
せっかく、ようやく定年になり、楽になれるかと思ったら、孫の教育費用や面倒を考えなければならない。そのため、「自分の人生」は永遠に眠り、自分は何が欲しいか、何か必要か、何があれば楽になれるかについて考えたこともないという人も少なくない。
*生き生きと働く日本の高齢者に学べ
そこで、「高齢化社会の先進国」である日本の出番だ。日本の高齢者の「ロールモデル」、つまり趣味、仕事、ボランティアなどを通じて「定年後の人生でも輝ける」「自分らしく、楽しく暮らせる」ことを、中国の高齢者に伝えていくことが必要だ。
そして、ロールモデルに応じた商品・サービスを提供し、「人生謳歌派」の高齢者はもちろん、「ワケあり派」の高齢者にも自己実現ができる定年生活を送ってもらえば、大きなビジネスにつながるはずだ。
筆者が中国でインタビューを行ったある中国女性は、「日本に旅行に行ったのは、定年後自分を見失っていた頃。このときは娘と一緒に買い物と気分転換のために行った。空港で熱心に道を案内してくれた高齢者の係員や、頑張って荷物を運んでくれた高齢タクシー運転手に感動した」という。
彼女は、中国に戻ってから孤児院の夜勤ボランティアをはじめたという。その理由は、「定年になったと言ってもまだ50代。家でぶらぶらするより、日本の高齢者のように世の中のため何かしたいと思うようになったから」と答えてくれた>(以上)
小生は来春65歳の“高齢者”になるが、同世代には現役バリバリの人もいるけれど、結構「趣味に生きている」人が多いようだ。小生が毎日原稿を書くのも趣味と言えば趣味だが、「忙しい若者に代わって、いろいろなメディアから、いい情報を集めて伝えたい」というのが趣旨だから、無償ではあるけれど「天職」との思いもある。一種のボランティアか。
上記の論考で「体制内」とは公務員・準公務員などの「官」階級、「体制外」は民間企業・自営業・農民などの「民」階級のようだ。豊かな官は老いても楽しい人生、豊かさと縁のない(貧しい)民は老いてもそれなりの人生、というのが一般的なようである。
一般的に民の老人は子の世話になる“厄介者”で、その代わりに孫・親の世話をする。支那では夫婦共働きは当たり前のためだ。それを生き甲斐にする老人もいるが、苦痛に思う人もいるかもしれない。いずれにせよ、老後のゆとり(カネ)がないとあまり楽しめないのは日本でも同じだ。
しかし、「民」階級で生活がきつくても、それなりの楽しみはある。それが公園だ。
ジャーナリスト・姫田小夏氏の論考「日本の高齢者の“七不思議”中国人の目に映った日本の老人たちの『なぜ』」(ダイヤモンドオンライン2012/4/20)から。
<中国では、数人寄れば「おしゃべり」に花が咲く。上海では高齢者が3、4人でひなたぼっこをし、おしゃべりをする風景をよく見るが、年齢を経てもコミュニケーションを楽しむ能力は衰えていないように見受けられる。
高齢者の健康づくりも、日本人と中国人では異なる。
例えば、中国の朝の公園では太極拳を楽しむ高齢者の姿をよく見るが、これはまさしく自分の健康維持のため。「自分の脚が動かなくなったら終わりだ」という恐怖感を常に背負う中国の高齢者は、朝に夕に広場に出てきては競歩やストレッチ、器具を使った運動などを徹底して繰り返す。
中国の高齢者の心理には、保険制度の未整備、儲け主義の病院、袖の下を要求する医師、効果のない外資系の薬、というような、「医療への不信感」がある。中国の大都市には、富裕層向けの高質な医療を提供する医療機関も存在するが、一般市民にとっては縁のない場所だ。「薬に頼らない健康作り」は、高齢者共通のキーワードなのである>(以上)
日本の老人は引き篭り型が多いかもしれない。実際、散歩する老人はあまり見ない。支那人は積極的に公園や広場に出て、体操したりダンスを踊ったりで、息抜きと健康に努める。日本人は薬漬けで痴呆症も多いようだ。
こう見てくると日中ともに老後生活のプラス面、マイナス面がある。いいところはお互いに学べばいい。
小生は一部の共産党員の覇権主義を憎むが、多くの人民は被害者だ。日中人民は友好団結を固め共通の敵と戦うべし。イザ!(2015/9/27)