2015年09月22日

◆植物性乳酸菌水の効能は

馬場 伯明



《2月の入院中から今月初めまで続いた下痢・・・》と前田正晶さん。大変な災難でした。《プラセンタ・エキス注射の・・・吉田クリニック》での快癒・食欲増進・体重増を心からお祈りいたします。

目下病気がない私が言うのも失礼なことですが・・・。吉田クリニックの《プラセンタと漢方薬》もいいでしょうが、「薬は薬は服用しないに越したことはない」。でも自院の提供薬は例外とはよくある言いぐさです。

昔からある自然な薬(ex正露丸)や乳酸菌なども悪くないと思います。3013/3/8、82歳で死去された広島市の中村忠之さん(本誌投稿者)は長年ひどい《下痢と便秘》に悩んでおられましたが、私が《植物性乳酸菌水》を紹介しばらく飲まれた結果、完治されました(死因は別)。

かつて主宰者が本誌でも紹介し飲み続けている長野県産の(動物性ではない)《植物性乳酸菌水》です。ただし、飲むかどうかは、あくまで個人の判断と責任でお願いいたします。

◆木津川だより 高麗寺跡 A

白井 繁夫



「史跡 高麗寺(こまでら)跡」は木津川の右岸の棚田の中(山城町上狛)で、建物がないためか、観光客も少なく、飛鳥時代に創建された国内最古の仏教寺院「飛鳥寺」と同笵の瓦が出土した国の史跡の古代寺院跡と思われずに千年の時が経って来たのです。

この高麗寺跡の第T期発掘調査(昭和13年)から第V期(平成22年度の第10次発掘調査)までの調査で出土した遺物や伽藍跡から皆様と高麗寺の建立の様子や歴史を観て行こうと思います。

高麗寺は渡来氏族の狛氏の氏寺として7世紀初(610年頃)には存在していただろうが、出土遺物などから、12世紀末から13世紀初期ごろに消滅したと推察されています。

高麗寺跡の出土遺物には金銅製の破風(はふ)拝み金具、円盤等の建造物の装飾金具、南門の屋根の鴟尾や最古の築地塀などがあり、更に各時代を現す文様の瓦や三層基壇の講堂など高麗寺の伽藍は驚嘆するような荘厳さで、文明の先端を行く寺院と推察されます。

最初に年代を調べるために、高麗寺の出土遺物で数量が多くて比較的に年代を決めやすい文様瓦(軒丸瓦.軒平瓦)を中心に4期に分けた瓦から始めます。

T期の瓦 飛鳥時代の瓦(軒丸瓦:十葉素弁蓮華文じゅうようそべんれんげもん)
   
  日本最古の寺院「飛鳥寺」の創建時の瓦と同じ型で作られている。京都府下では当然
  最古の瓦ですが、高麗寺から4点しか出土していません。(飛鳥時代に瓦葺の建物が確実に存在していたのか?堂宇は萱葺だったのか?)

U期の瓦 白鳳時代の瓦(軒丸瓦:八葉複弁ふくべん蓮華文、軒平瓦:重弧じゅうこ文)
     川原寺式の瓦と同笵でもあり出土量が圧倒的に多種大量です。

  川原寺式の瓦:古代瓦では最も文様が華麗で日本各地に普及した。地域文化の指標にもなった瓦ですが、高麗寺の瓦は原初的な川原寺創建時と同じ型の瓦から始まり、さらに発展した瓦など多種類が出土しています。(高麗寺は660年頃本格的に造営された伽藍建築の寺院となったのです。)

(川原寺は天智天皇が母(斉明天皇)の冥福を祈るため建立した寺で、飛鳥4大寺の一つ、壬申の乱で勝利した天武天皇が崇敬していた寺院であり、天武天皇に味方した各地の豪族に恩賜として瓦の使用許可が与えられました。山城国では南山城に集中しており、地方では尾張、美濃、伊勢などが特に多い。)

南山城:木津川市の古代寺院では高麗寺と蟹満寺が有名です。
(前代の古墳時代:各豪族は氏族の権威の象徴として大古墳を築きましたが、飛鳥時代以降は氏族の権威となるモニュメントが大寺院の建立に変化しました。)

壬申の乱では渡来氏族の狛氏一族が大海人皇子に味方して大変貢献したため、高麗寺が最初に川原寺の創建時の瓦(同笵瓦)の使用許可を得たのです。その後、川原寺式瓦は高麗寺を核として南山城の3郡にも広がりました。

「蟹満寺:国宝の白鳳仏が有名」から川原寺式瓦の破片が出土したことから、白鳳時代末期(7世紀末から8世紀初)に創建されたと云われているのです。

蟹満寺は前代に平尾城山古墳.稲荷山古墳を築いた豪族の後裔氏族が建立したのでは?と云われています。

V期の瓦 奈良時代の瓦(軒丸瓦:蓮華文、軒平瓦:均整唐草文)平城宮式瓦や「中臣]と文字がある平瓦、恭仁宮式軒瓦など恭仁京造営時に製造した瓦も出土しましたが多種少量のため、高麗寺の修理用として八世紀に使用した瓦と思われます。

W期の瓦 平安時代前期の瓦(軒丸瓦:蓮華文、軒平瓦:唐草文)修理用に高麗寺独特の瓦が少量作られた。(この時代以降の瓦は出土していないので、高麗寺の大伽藍は平安時代以降修理など出来ずに荒廃にまかされたか? 法蓮寺の棟札では金堂などが室町時代まで存在していたようですが?)

高麗寺を軒瓦から観た場合、飛鳥時代(610年頃)萱葺の堂?が創建され、白鳳時代、川原寺式に準じた七堂伽藍の本格的寺院の造営(7世紀後半)が施工され、法起寺式伽藍建築へ繋がって行きました。

奈良時代(8世紀)に聖武天皇が恭仁京(木津川市)へ遷都(740年)して都城の造営時には高麗寺も独特の瓦を作り、他寺院にも供給しました。

しかし、平安時代初期の修理用の瓦の出土が最後でそれ以降の瓦の出土は有りません。瓦から調べた高麗寺の創建時期の推測や隆盛時代は分りますが、歴史(終焉)は何世紀か判断は困難です。

瓦以外の出土遺物や伽藍跡の発掘調査、昭和13年の第T期からV期(平成22年の10次調査)まで、から高麗寺の概要を視ようと思います。(つづく)

参考資料:山城町史 本文篇 山城町、
南山城の寺院.都城 京理セミナー資料No.0106−327
史跡 高麗寺跡 第10次発掘調査概報 木津川市教育委員会

2015.9.21
   

2015年09月21日

◆自衛隊の精強度を高めよ

加瀬 英明



安保法制について、新聞の世論調査をみると、読売から朝日、毎日、日経まで「反対」が50から60%以上、「支持」になると20から30%で、産経だけが58%だ。

安倍内閣の世論調査の支持率も、安保法制のために、「不支持」が50%を上回るようになっている。

これは、日本国民がアメリカによる保護を天与のものだと錯覚して、国家にとって何より大事な防衛問題について、関心がいかに薄いか、示している。世界のなかで、このような国は他にない。

安保法制を、強化しなければならない。

だが、いくら法律を整備しても、肝腎の自衛隊が頼りにならなかったら、安保法制をめぐって空ら騒ぎしていることになる。

政治家も国民も自衛隊の実態に、目を向けることがない。

まず自衛隊は、あまりにも高齢化している。陸海空3自衛隊の平均年齢は35歳、幹部が42歳だ。幹部とは将校のことだが、軍を自衛隊と呼んでいるのと同じことだ。

軍隊の精強度は、平均年齢で計られる。韓国軍、台湾軍、アメリカ陸軍、海兵隊の平均年齢は、23、4歳だ。

自衛隊は優秀な隊員が多いものの、残念だが頼りにならないと思う。

11年前に、イラクに陸上自衛隊が派遣された時にテレビで見たが、そろって中年男性だった。

陸軍となると、戦場を重い装備をもって、駆けまわらなければならない。

「携帯円匙」(えんび)というと、シャベルを使って、「個人用掩体」(タコツボ)を掘らなければならないが、地質が柔らかくても、伏せた姿勢で1人用の掩体を掘るのに、1時間半はかかる。

普通科(歩兵のこと)中隊は230人ほどだが、尉官の定年が54歳なので、定年前の1尉(大尉)の中隊長が多い。

若者が自衛隊に魅力を感じないのも、なぜだろうか。

どの国でも、軍人は名誉ある仕事であるのに、日本ではそうではない。

それに、自衛隊は警察官、消防官より手当が少ないので、待遇に大きな差がある。

陸上自衛隊の予備自衛官は、僅か45、000人だ。45000人では、まったく足りない。そのうえ、予備自衛官はもっと高齢化が、進んでいる。

アメリカも志願制度だが、除隊後は義務として予備役に編入される。

国民が防衛問題を日蔭に置いてきたために、自衛隊には欠陥が多すぎる。

安保関連法案が成立したから、今度はみんなで自衛隊に目を向けたい。


◆中朝は同盟関係ではない

古森 義久



米国では中国と北朝鮮との関係の実態に改めて真剣な関心が集まってきた。その理由は北朝鮮のミサイル発射や核実験の断行が予測されるのと同時に金正恩(キム・ジョンウン)政権の揺れが激しくなったことだといえよう。米側の視線はとくに中国の人民解放軍が北朝鮮にどんな戦略をとりつつあるのかに向けられてきた。

米国の専門家たちによる中朝関係の現状研究の代表例はワシントンの研究機関「米国韓国経済研究所」(KEI)がこのほど開いた「北朝鮮についての中国人民解放軍の論評を解読する」と題するシンポジウムだった。

この集いで基調報告者の米国若手の中国軍事研究家、ネーセン・ブシャムスタファガ氏が人民解放軍は最近は北朝鮮、とくに朝鮮人民軍をどうみているかの分析を明らかにした。
 
この点で米側が最も注視しているのは人民解放軍中将で元南京軍区副司令官の王洪光氏が中国官営新聞の「環球時報」に昨年12月に発表した以下のような骨子の論文だという。

▽中国は中朝相互友好条約の軍事相互支援規定があっても、北朝鮮が攻撃されたり、崩壊に瀕(ひん)しても自動的に軍事支援はしない。

▽中国は北朝鮮を見捨てるわけではないが、救世主でもない。朝鮮半島情勢を左右したり、介入して火をつけるような意図はない。

▽中国は北朝鮮の核兵器開発には反対であり、その核開発がすでに中国に環境汚染の危機を生んでいる。

▽中国は北朝鮮ともうイデオロギーを共有していない。現在の北朝鮮はマルクス・レーニン主義、プロレタリアート独裁、社会主義いずれも保持していない。

ブシャムスタファガ氏は王洪光氏の論文が中国指導層全体の政策を正確に反映するか否かには疑問が残るとしながらも、北朝鮮に対しては中国内では王氏のような人民解放軍の現旧高官たちが他の論者たちよりもずっと頻繁に主張を述べている事実を強調した。

この事実は北朝鮮に朝鮮戦争時に明示された緊密な対中軍事同盟はもう機能しない現状を効果的に伝える方法だからのようだという。

ブシャムスタファガ氏は中国側の元海軍高官の滕建群氏が中国の外交問題雑誌に最近、書いた論文で中朝関係を新たに描写したことも重要だと指摘した。同論文は「中朝関係は友邦関係であって、同盟関係ではない。この点で米日同盟や米韓同盟とは基本的に異なる」と述べていた。

ブシャムスタファガ氏はこの点、「中国にとって北朝鮮はもはや伝統的な同盟相手ではなく、相互の国益に基づく正常な国家同士の関係の相手だとする現在の中国指導層の政策の反映だと思う」と強調した。

同氏はその一方、中国人民解放軍の複数の高官が「中国の安全と安定にとって北朝鮮が現状のように緩衝地帯のままであることが必要だ」と主張していることも指摘した。中国は北朝鮮に対し軍事面で冷淡な言辞を示しても、現実の崩壊や南北統一は望まず、現状の継続が中国の対外戦略には最適だと考えているというわけだ。

同氏は結論として中国人民解放軍幹部たちの北朝鮮への突き放すような論評は北朝鮮の核武装や韓国挑発への抗議をこめた政治要素を割り引いて解釈する必要があると総括していた。(ワシントン駐在客員特派員)産経ニュース【緯度経度】2015.9.19
 

◆米の日本研究レベルは低級

平井 修一



米史学界における日本への見方は画一的で、「日本を軍国主義の悪者と見なす主張以外は見当たらなかった」とジェイソン・モーガン氏(フルブライト研究者・ウィスコンシン大学大学院)は言っている。

なにしろアイリス・チャン著『ザ・レイプ・オブ・南京』を史実だと思っている人が多いようで、学閥のトップがそうであれば弟子たちはそれに倣う。反論すれば追放されること、日本も同様だ。無知、誤解、誤認、バカはそのループからなかなか抜けられない。

米国史学界の近現代日本研究者のレベルは相当低いだろう。IWG報告書(注)さえ知らないようだし、日本国憲法がGHQ製だと知ったのも最近なのではないか。日米戦争中、彼らはFDR/ルーズベルトを含めて日本人を猿だと思っていた(本当に!)のだから、偏見ゆえに物事を正しく見えないのだ。そのDNAを引きずっているから、歴史は学問でも科学でもなく、「思い込み」になってしまう。

以下の文章は拡散したいのでテキストデータにした。オリジナルは「史実を世界に発信する会」のサイトにある。

<「日本人の歴史家と連帯する」(Stadingvn with Historians of Japan)と題する19人のアメリカ人歴史家の声明(後に1名が加わり、最終的には20名となる)が、2015年3月初めに、アメリカ歴史学会(AHA)の月刊の機関誌『パースぺクテイヴズ・オン・ヒストリー』に掲載されました。

この声明は、日本政府が米国マグロウ・ヒル社の歴史教科書の記述に重大な誤りがあるとして訂正要請を行ったことを批判する内容となっています。

今回は、この米側声明に対する日本側学者の反論(rebuttal)です。

なお、2015年5月5日、欧米の日本研究者を中心とする187名の学者の「日本の歴史家を支持する公開書簡」(Open Letter in Support of Historians inJapan)が公表され、安倍晋三首相に歴史認識問題に対して大胆な行動をとるよう促しました。

この公開書簡に対する日本側反応(署名者110名)は、さる8月6日、拓殖大学の渡辺利夫総長を中心に、日本外国特派員協会(FCCJ)で発表されました。

5/5付けの米側の公開書簡は、よりソフトな内容ですが、われわれが今回対象とする「20人のアメリカ人歴史家の声明」は、かなり強硬な内容であり、これをしっかり批判しておこうという趣旨です。

「20人の米国人歴史家の声明」に対する50人の日本人学者による反論 2015年9月4日(於:日本記者クラブ)

一般論としては、政府が教科書の内容に介入しない方が好ましい。しかしながら、教科書に明らかに事実誤認と認められるような記述があり、それがある特定の国家と国民の尊厳を著しく損ねるような場合には、当該国政府が当該記述の訂正を求めるのは極めて自然なことである。問題となっているマグロウヒル社の歴史教科書はそれに該当する。

2015年3月17日付けの19人の日本人歴史家有志による「McGraw-Hill社への是正勧告」は、同社の教科書の慰安婦関係の記述について、僅か2パラグラフ・計26行の中に8カ所も、明らかな事実の誤りがあることを指摘した。

アメリカ政府が、もし同じ立場に立たされたとしたら、おそらく、日本政府とは比べ物にならないほどもっと遥かに激しいやり方で抗議したことであ
ろう。

「20人の米国人歴史家の声明」のタイトルは、「日本の歴史家に連帯して」("Standing with Historians of Japan")となっているが、同声明の中で高く評価している吉見義明教授ですら、尋ねられれば、あの教科書については、何カ所も事実関係の間違いを指摘するであろう。

結局のところ、あの教科書の内容を全面的に支持する日本の学者は、おそらく皆無であろう。20名の米国人歴史家たちは、あたかも「亡霊」と連帯すると言っているかのようである。

米国議会の要請により、省庁横断的な詳細な調査が行われ、2007年4月の米国IWG報告書(注)が提出されたが、第2次世界大戦中の慰安婦の問題については、日本政府の戦争犯罪を示す文書は一つも発見されなかった。

これは、米国国家公文書記録管理局(NARA)によって行われた大々的な調査の結果判明したものであり、2000年から7年間と3000万ドルをかけて、OSS(戦略情報局)、CIA (中央情報局)、FBI(連邦捜査局)、米陸軍対情報部隊(CIC)などが保有するドイツと日本の第2次世界大戦に関する機密文書が対象とされ、両国について戦争犯罪があったかどうか吟味された。

日本については、14万2000件の機密文書が確認されが、慰安婦に関する戦争犯罪を示す文書は何一つ発見されなかった。

しかしながら、マグロウヒル社の歴史教科書も、20人の米国歴史家の声明も、このことには一切触れていない。彼らが、同報告書の存在を知らなかったとしたら、歴史家として不勉強の誹りを免れないし、他方、知っていて意図的に触れなかったとしたら、学者としてのフェアネスが厳しく問われることになる。

マグロウヒル社の教科書には、「慰安婦は天皇からの贈り物である」とか、「終戦に際して、証拠隠滅のために多数の慰安婦が殺された」などという全く根拠のない表現も見受けられる。これらは、いずれも、あたかもフィクション作家による「創作」のようであり、本来、学者が書く歴史教科書には、決してあってはならないものである。

また、すでに述べたように、当該教科書の慰安婦の箇所については、僅か26行の中に8カ所も間違いがあったわけであるが、その他の部分については、間違いがほとんどないとは考えにくい。あの教科書全体の信憑性が問われるわけであり、これは、アメリカの歴史学会全体の名誉にかかわる問題ではないだろうか?

アメリカの歴史家は、日本政府に対する抗議声明を出すより、米国の歴史教科書の内容の妥当性について、全面的な検討作業を開始するよう米国内において然るべく働きかけ、また、自らもそうした方向で行動すべきである。

なぜならば、アメリカの次の世代の人々が正しい歴史認識を持てるかどうかは、それにかかっているからである。そして、それは、アメリカにとってだけでなく、国際社会全体にとっても極めて重要なことである。

*この文章は、アメリカ歴史学会(AHA)の機関誌『パースペクテイヴズ・オン・ヒストリー』の2015年3月に掲載された「20人の米国人歴史家の声明」に対する日本の学者有志による反論である>(以上)

注)IWG報告書:

別名:省庁間作業班報告書、IWG米国議会宛最終報告、ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班報告書など。

英語:Interagency Working Group Report
別名:Nazi War Crimes and Japanese Imperial Government Records
Interagency Working Group Report

ナチス戦争犯罪と日本帝国政府記録について米国の各省庁に残る文書を調査・点検してまとめた報告書。2007年4月に最終版が提出された。2010年代半ばに、いわゆる「従軍慰安婦」問題における資料として見いだされ、注目を集めた。

IWG報告書は2000年にクリントン政権下に立ち上げられ、約7年にわたって調査された。調査費用は3000万ドルに上り、調査された文書の総量は850万ページに及んだという。このうち14万ページ分が日本に関する文書であった。

元米兵のジャーナリスト、マイケル・ヨンは、IWG報告書にまとめられた調査において、日本軍または政府が慰安婦を性奴隷として扱ったことを示す記録は全く発見されず、むしろ慰安婦が娼婦・高給売春婦として活動していたことが明示されていると指摘している。(出典:新語時事用語辞典)(2015/9/20)

◆失敗の中国の抗日軍事パレード外交

矢板 明夫



完全なる 国際社会の“嫌われ者”浮き彫りに…

北京で9月3日に行われた抗日戦争勝利70周年の軍事パレードは、国内外に向けた“国威発揚”の目的のほか、北京に集まる各国のリーダーと首脳会談を通じて中国との友好関係を深める目的もあった。しかし、そのもくろみは完全に失敗したといえる。

北京の外交関係者によると、中国は軍事パレード実施の約半年前の今年2月から世界中の100以上の国に対し招待状を送るなど出席を打診したが、国際社会の反応は厳しかった。

結局、日本や米国など先進7カ国(G7)の首脳は全員参加を見送った。太平洋戦争の戦場となったフィリピンやインドネシアの首脳も姿を見せなかった。

習近平政権発足後、2国関係が唯一良くなったといわれた韓国の朴槿恵大統領でさえ、直前になるまで、態度をあきらかにしなかった。

当日、天安門楼上に上った外国首脳のなかに、朴大統領とロシア大統領のプーチン大統領以外は、国際社会で知名度も影響力も低いリーダーばかりだった。人民解放軍の隊列に続き行進したパキスタン、キューバ、メキシコなど11カ国の外国軍の部隊の大半は、旧日本軍と戦ったこともなければ、日中戦争中に中国を支援したこともない。

むしろ、中国から支援を受けている国が大半を占めた。ベネズエラ軍代表も行進に参加したが、派遣された兵士はわずか9人だった。軍事パレードのあと、中国がベネズエラに対し50億ドルの融資を発表した。共産党関係者の間で「一人当たり5億ドル弱、史上最高の出場費を中国が支払った」などと揶揄(やゆ)された。

1980年に独立し、人口わずか20万人あまりのバヌアツ共和国のロンズデール大統領は夫人とともに参加した。同国は今年3月、サイクロンの被害に遭ったとき、中国から3千万元(約6億円)という破格の支援を受けた。「返礼のための出席ではないか」と話す欧米記者もいた。

また、別の理由で国際社会に注目された出席者がいる。スーダンのバシル大統領である。バシル氏はダルフールでの虐殺に関与した疑いで、国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出されており、現在、国際指名手配を受けているからだ。「反ファシズム勝利を祝うイベントなのに、ファシストのような犯罪者を呼んでいいのか」と複数の人権団体から抗議の声が上がっている。

5月にロシアで行われた対ドイツ戦勝70周年の記念式典には25カ国の首脳が参加したこと。このことを受け、中国がそれを上まわる30カ国を苦心して集めたようだ。

国の数では、クリミア併合問題で国際社会から制裁を受けているロシアにはかろうじて勝った。しかし、2008年夏に北京でオリンピックが行われたとき、その開幕式に、米国のブッシュ大統領、日本の福田康夫首相、フランスのサルコジ大統領(肩書はいずれも当時)ら世界中から86人の首脳と王室関係者が参加した。

オリンピックには「平和の祭典」の側面があり、今回の軍事パレードとは意味合いがだいぶ違うにしても、北京五輪当時の胡錦濤政権と比べて、いまの中国の外交環境が著しく悪化したことが伺える。

少数民族と人権派への厳しい弾圧、南シナ海での人工島建設などの強引な対外拡張路線、それに日本たたきを中心とした民族主義をあおる政治手法など、2012年に発足した習政権が進めてきた内政、外交政策は、国際社会に嫌われた実態が、今回の軍事パレードを通じて改めて浮き彫りとなった形だ。(中国総局 やいた・あきお)

             産経ニュース【矢板明夫の目】015.9.19


  

◆私の見た戦後左翼の正体

伊勢 雅臣



読者の体験談から浮かび上がる「戦後左翼の正体」


(伊勢雅臣) 前々号「戦後左翼の正体」では、多くの読者からおたよりを戴きました。その中で、実体験に基づいてそれぞれの方の見た「戦後左翼の正体」を語っていただいたお便りを紹介させて戴きます。


■1.過激派に怒る院生とおばさん(T.Tさん)

T.Tさんは東大在学中に、大学紛争を経験しました。

「この下宿に移って、間もなく1年が経とうかという頃、東大の各学部は、医学部への機動隊導入を機にそれぞれの学生自治会でスト決議をまとめ、全学ストに入った。

入学以来左翼的な思想、社会観のシャワーを浴び続け、そうとう左翼的な感覚に染まってはいたが、たちまち主導権争いの内ゲバを始めた全共闘について行く気には到底なれず、どうしていいのか分からぬまま、集会などがあれば様子を見に出かけていた。

下宿の茶の間での会話で、(下宿先の家主の)院生の長男が、研究室に全共闘のヘルメット連が乱入占拠し、研究室を追い出されてしまったと憤り、おばさんはそれに輪をかけて憤った。

後から考えれば、それは世の大人としてはごく自然な反応だったろうと思うが、困ったのは、おばさんが私を全共闘の代弁者のように見なし、左翼勢力への反感や、生活上の不満なんかをいっしょくたにして私を憎がり始めたように感ぜられたことだった。

こちらは現実の全共闘にはむしろ敵対的な感情を抱くほどなのに、傍からいろいろ言われるとつい、動機論的な弁護の口調になったりして、おばさんから左翼の代表、兼だいじな長男の敵だと見做されたようなのだ。

 あの頃は正直、辛かった。もともと自分の中に纏まった考えがある訳でもなく、世間の何たるかも知らぬまま、ある種の政治状況の中に放り出されたのだ。教室というヒントの場からも切り離され、自分なりの世界観や社会観への手掛かりを得るために、一人あてどない読書に日を送るしかなかったのである」。


(伊勢雅臣)「入学以来左翼的な思想、社会観のシャワーを浴び続け、そうとう左翼的な感覚に染まってはいた」が、「たちまち主導権争いの内ゲバを始めた全共闘についていく気持ちには到底なれ」なかったT.Tさんは、当時の学生の平均的な姿でした。

また、「研究室に全共闘のヘルメット連が乱入占拠し、研究室を追い出されてしまった」と憤る院生の長男さんは、何の関係もないのに被害を受けた人々の典型です。「左翼勢力への反感」を語るおばさんの姿も、「世の大人としてはごく自然な反応」でした。

過激派の活動は、このように左翼思想のシャワーを浴びながらも暴力的な活動についていけない一般学生、その暴力的活動を憤る世の大人たちから、かくも隔絶したものでした。

なお、T.Tさんが、「動機論的な弁護の口調」になったという点も重要です。動機、すなわち目的は手段を正当化する、というのが左翼の考え方で、革命という崇高な目的のためには「現体制での違法な行為も許される」という考え方だからこそ、研究室に乱入占拠したり、内ゲバ殺人まで犯します。

過激派とは人体で言えば、ガン細胞のようなもので、健全な法治国家、民主国家を暴力で冒す存在です。


■2.一般学生の運動はたちまち過激派に支配された(T.Tさん)

「医学部への機動隊導入を機に、過激派やそれに近い活動家が導入粉砕で一般学生を煽り立て、それに乗った各学部の学生たちがクラス決議などを経て学部の「スト権」を 「確立」し、各学部が相次いでストに入りました。煽り立てられてそれに乗った一般学生は自分たちの意思の積りでストに入ったのです。

最初はノンセクトの積極的な連中が主流であるかに見えた全共闘はたちまち過激派の支配主導するところとなり、それから大学の主要な建物を全共闘が占拠するようになったのです。

 それら建物には地方の大学から続々と過激派学生が集まり、学内はごみためのようになりました」。

(伊勢雅臣)学内の問題を解決するための一般学生の運動が、たちまち過激派に支配され、ついには他の大学からも過激派学生が集まってきた、というあたりに、左翼運動のメカニズムが見てとれます。

目的のためには暴力や違法手段も正当化されるのであれば、より過激な暴力を振るう一派が主導権を握る、というメカニズムです。合法的な手段で目的を達成しようとする一般学生は排除されてしまいます。


■3.「機動隊員のジュラルミンの盾と学生の角棒での殴合い」(TN生さん)

「支那共産党政権の中華人民共和国が1949年に発足した年に生まれた66歳になるいわゆる団塊世代の一人ですが、19歳で初めて新宿大久保の看板屋に就職し、華やかな歌舞伎町など都会の生活にサクセスを夢見ていました。

しかし新宿といえばベトナム戦争の白人帰還兵や地方から出てきたフーテン、ベトナム戦争反対と叫ぶべ平連、ヒッピーまがいの連中などアメリカやイギリスの流行にすっかり取り込まれた世代が跋扈していました。

そうした60年代後期の風景にあって、夜ともなると新宿駅の地下道、東口からヘルメット姿に顔にはタオルを巻き角材を手にした学生が多勢飛び出してきては、都電通りや伊勢丹の通りをスクラムを組んでデモ行進をするわけです。それを鎮圧する機動隊と激しい殴合いをするわけです。

遊びでくり出した人々も歩道で眺めるといった具合で、目の前の機動隊員のジュラルミンの盾と学生の角棒での殴合いの光景に田舎出のノンポリの私は若者同士が何故こんなことをしているのか?呆れて見てました」。

(伊勢雅臣) 現在では想像もできないでしょうが、当時の新宿ではこのような「機動隊員のジュラルミンの盾と学生の角棒での殴合い」が日常茶飯事だったのです。「若者同士が何故こんなことをしているのか?」とは当然の疑問です。

左翼思想で暴力を肯定された過激派青年たちは「ゲバ棒を振り廻すこと自体によろこびを感じている」[a]所まで精神を冒されていたのでした。

真っ当な教育を受ければ、これらの青年たちがどれほど有意義な人生を送れたかことか、と思うと、左翼思想の害毒の恐ろしさが判ります。


■4.「なんでこの人たちは政治家に対してこんなに口汚いのか?」(犬飼裕一さん)

「言葉の暴力を平気で振るうような人間たちに、『平和』を語る資格はどこにあるのか」

まさにこれで、私は子供の頃から、「なんでこの人たちは政治家に対してこんなに口汚いのか?」と、小学校低学年の頃から不思議でした。

まるで暴力レイプ魔や爆弾テロリストについて非難するような口調で、自分と違う考えの政治家を罵る。「低能、嘘つき、人格破綻・・・・恥知らず・・・」といった調子です 。例えば新聞では、選挙で選ばれた風格あるおじさんの顔写真の下に「詐欺師!」とかいって罵っている。

 私の考えでは、マルクス主義の最大の犯罪は、イデオロギーというよりも、この種の罵詈雑言を許す態度。

 今回の「戦争法案!」もそうですが、マルクス主義者には異なる意見の人々に対して、最初から議論しようという意思がない。他のマルキストに対する「内ゲバ」もそうですが、互いに全否定のレッテルを貼って、後は暴力、殺しあいです」。

(伊勢雅臣)民主主義は、多様な思想、言論が許されることを前提とした政治体制ですが、左翼の本質は、「自分たちだけが正しい思想を持っている」という独善主義です。

従って、「異なる意見の人々に対して、最初から議論しようという意思がない」し、罵詈雑言を浴びせかけ、「全否定のレッテルを貼って、後は暴力、殺しあい」となります。

「左翼は自由民主主義体制の癌」とは、こういう所からも言えます。


■5.年金暮らしで街宣を続ける元教師(TN生さん)

「70年代に入り中国と言えば毛沢東万歳、文化大革命、紅衛兵といったニュースが流れ、田舎で入社した会社の先輩が「これからは労働者、農民の味方、毛沢東の時代だ。古い封建的なものを捨て新しい文化を作り出すんだ・・・。」そして労働組合を作ろうとなった。日中友好協会へ入会、毛沢東語録、人民日報を手にするようになった。

ある時、戦中派の伯父に「労働者と農民の味方・毛沢東」を得意になって話したら「モウタクトウ?先祖がえりしてタダの権力者なのだよ。いま日本は沢山のお金を貸しているが返ってこない・・・」と一蹴され、目が覚めたわけです。

敗戦後の食糧難アメリカの脱脂粉乳の貧しい時代、先生も師範でなく労働者という訳で、従兄弟の先生も選挙があると日教組出の政治家を頼むと電話。いまは自適の年金暮らし。宴席で、いまの歴史教育はなってない!などと今更なんだ・・・・。しかし、若い時に埋め込まれた思想信条はなかなか解きほぐせないものだと思う。

いまも共産党街宣車でウグイス嬢を使って「憲法改正や集団的自衛権は戦争をする国になります!」などと安倍政権を批判する街宣を行っている。

戦後体制で築き上げた地位と生活を失いたくないという国家意識の無い彼らの抵抗なのでしょう^^NHKをはじめテレビメディア新聞マスコミも同類です」。

(伊勢雅臣) 戦後左翼が現代でも巣くっているのは、教育、法曹、マスコミ、政治家の分野ですが、これらの分野には共通点があります。いくら非現実的なことを言っていても、食うのに困らない世界だという点です。

 実業人やサラリーマン、職人、農民など、現実から遊離した理想、理論を語っていたら、たちまち食べられなくなる人々とは違います。現代の左翼は、このように現実から遊離しても食べていける世界でのみ、生き残っているのです。

左翼が巣くう学校には子供を入れない、新聞はとらない、政治家には投票しない、という形で、食うのに困るようになれば、目が覚めるでしょう。


■6.「左翼の学者が市民の行政に対する不信感を煽って」(Caunoさん)

 「反公害運動の草分けの一人中西準子が

「汚水をきれいな水に混ぜて処理する流域下水道に対して、汚水だけを分けて処理する方がコストが安いので、全国の市町村が中西の提案を受け入れた。」と書かれていますが,

流域下水道は,同じ河川の流域に位置する複数の市町村の下水を一箇所の処理場で処理する方式で,宇井純氏が講師を務めたNHKの教育番組や日本テレビのキャンペーンで公費の無駄遣いの象徴にされ,全国で未着手の流域下水道計画が廃案とされ,市町村毎に処理場を設置する単独下水道が整備されました。

結果として,市町村合併が進んだとき,耐用年数が残っている処理場を廃止しても処理場を統合したほうが負担が少ないため,本来必要なかった費用が発生しているということが問題です。

左翼の学者が,市民の行政に対する不信感を煽って単一の処理場で処理したほうがトータルコストが安くすむところを,自治体ごとに処理場を整備することを余儀なくした。

中西さんや宇井さんの主張は,下水道行政に関った者からすると反体制のために事実の一部に目をつぶって理論の飛躍を行っているとしか感じられません。彼らを左翼と考えるのは,反体制として長年闘った彼らの経歴と彼らの理論を唯一の真実とする社会党や民主党への対応に苦慮した経験からのものです」。

(伊勢雅臣)弊誌のこの部分の記述は[1]に依っていますが、左翼の主張に弊誌も騙されたようです。

左翼の新しいアプローチとして、地方自治体に入り込んで、国家の存在意義をなくす方向に行政を変えていく、という形があります。市町村単位の教育委員、自治体での外国人参政権などが、この一例です。

現在の体制内に入り込んで、市町村単位で徐々に左翼の目指す方向に変えていこうという「体制内左翼」は、法体制を無視して暴力を働く「体制外左翼」よりも、ある意味危険です。癌にかかればその痛みで病気と判って治療を受けますが、精神をやられては知らず知らずのうちに、健全な人生を送れなくなります。

現代では日教組の行う偏向教育やマスコミの偏向報道など体制内左翼の危険性の方に目を向けなければなりません。世界の先進国で、これほど教育、マスコミ、法曹、政治で、戦後左翼思想が残存している国はありません。明日の日本を築くためにも、日本人一人ひとりが、健全な良識と判断力をもって、戦後左翼思想と戦っていかねばなりません。



■リンク■

a. JOG(916) 戦後左翼の正体
「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」と言う
人々の正体を探ってみれば、、、
http://blog.jog-net.jp/201509/article_1.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 池田信夫『戦後リベラルの終焉 なぜ左翼は社会を変えられなかった
のか』★★、PHP新書、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4569825117/japanontheg01-22/



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◆木津川だより 高麗寺跡 @

白井 繁夫


古代の仏教寺院「高麗寺(こまでら)」の創建は不明ですが、「高麗寺跡」の発掘調査から飛鳥時代に創建された日本最古の寺院「飛鳥寺(法興寺)」と同笵の軒丸瓦(十葉素弁蓮華文:じゅうようそべんれんげもん)が発掘されました。

飛鳥寺と同笵の瓦の出土は、この寺院跡「高麗寺跡」は蘇我氏創建の飛鳥寺(日本最古の本格的仏教寺院)と同時期頃の創建か?と歴史的な注目を集めました。

「高麗寺跡」は木津川市山城町上狛高麗、JR奈良線上狛駅より東へ約600m、木津川の右岸の棚田の中に位置しています。

「高麗寺跡」は昭和13年(1938)から本格的な発掘調査(第T期調査)が行われ、回廊に囲まれた主要な堂塔(塔跡、金堂跡、講堂跡)など含む伽藍の一部が75年前の昭和15年(1940)8月30日、国の史跡に認定されました。

(高麗寺は飛鳥時代に創建され白鳳時代に最盛期をむかえ平安時代の末期(12世紀)頃まで存続していた国内最古の寺院の一つ(京都府内では最古の寺院)と推察されています。)

「史跡高麗寺跡」の発掘調査はその後、第V期調査(平成22年度の第10次調査)まで実施され、平成22年史跡地の追加指定を受け、現在は20100m2の指定地です。調査内容については後述しますが、まず寺名(高麗寺)の「由来」からスタートします。

朝鮮半島と日本列島の九州は距離的にみると近畿と九州の数分の一であり、古代、5世紀の初めごろまではあまり強い国家意識を持たずに朝鮮半島南部の百済.新羅.加羅から渡来人が来ました。渡来氏族では漢氏(あやし)や秦氏(はたし)の氏族が優勢でした。

5世紀半ば過ぎからは北部の高句麗が強大化し南部の百済.新羅が戦場化し、戦火を逃れて日本列島に渡る人々が増加しました。

5世紀の後半は日本の古代国家形成にとって重要な時期であり、大王権力を拡大し、畿内政権を支える官司制の構成員として渡来人を採用し、彼等の文筆を持って官吏に執りたて、国家組織の整備や先進的技術の導入に役立てようとしました。

山城国への渡来人:秦氏は北部に多くの史跡を持ち、氏寺は京都の広隆寺(秦河勝が聖徳太子から下賜された仏像:弥勒菩薩半跏思惟像が有名です。)その他、商売の神様、稲荷神社(稲荷大社)、酒の神様、松尾神社(松尾大社)や嵐山の桂川周辺(大堰川)など。

山城国の南部では高句麗系の渡来氏族高麗(狛)氏が相楽.綴喜の南部2郡に集中しています。高麗寺は地名にもなっている高麗(狛)氏の氏寺です。しかし、南部以外でも有名な八坂神社の「祇園さん」(京都市東山区)は高句麗系渡来人の八坂氏の氏神です。

朝鮮半島からの渡来ルートは一般的には九州へ渡り、瀬戸内海を経て難波に来るルートを採りますが、高句麗から北西の季節風を利用して日本列島に渡るルートもありました。
古代の交通は主として水路を利用した結果、大和は木津川と深く関わりました。

木津川市は大阪市内から直径30kmの圏内です。

古代の水路の場合は、難波から淀川を遡上して八幡市(宇治川、木津川、桂川が合流)を経由する約60kmの道程です。別途、日本海の敦賀から近江の琵琶湖北岸に達し、水路で大津から宇治川経由木津に到着し、大和へ向うルートもありました。

『古事記』の仁徳天皇条、皇后石之日売命が天皇の浮気に嫉妬して難波高津宮から木津川の舟旅で出身地(大和の葛城)への途次の詩に「山代河:木津川」が詠まれています。

6世紀継体天皇が樟葉宮から弟国宮(おとくに)へ遷宮(518年)の頃、朝鮮諸国と畿内政権とは関係が緊張状態でした。
欽明天皇31年(570)条、高句麗の使節のため、南山城に高楲館(こまひのむろつみ)や相楽館(さがらかのむろつみ)を設けた。(木津川沿いに渡来人が多く居住していた。)

6世紀末、廃仏派の物部守屋が敗れ、用明天皇2年(587)、蘇我馬子が飛鳥寺(法興寺)の建立発願。飛鳥寺は日本最古の本格的仏教寺院であり、創建は6世紀末〜7世紀初、蘇我氏の氏寺、本尊は重文の飛鳥大仏(釈迦如来)です。

「高麗寺跡」の発掘調査から、南側土檀で仏舎利を祀る塔跡は東側、本尊仏を祀る金堂跡は西側、伽藍は南面しており、北側の土檀が講堂跡の伽藍配置です。

出土した瓦は年代の古い順から第1期は飛鳥寺と同笵の瓦、第2期は天武天皇が崇敬した寺、川原寺式瓦「種類.数量が最多」白鳳時代、第3期は平城宮式瓦、8世紀の修理、「多種.少量」、第4期は高麗寺独特の修理用瓦「少量」、平安時代前期と4時代の瓦でした。

出土品から高麗寺は新興勢力狛氏の氏寺として飛鳥時代(7世紀前半)に創建され、白鳳時代(7世紀後半)に本格的な造営が成されたが、都が平安京に遷都後は平安時代前期の修理が最後で12世紀末から13世紀初期まで高麗寺は存続していたと思われます。


<国の史跡「高麗寺跡」に付いては、新しい想いを込めて、新規に続編を掲載致します。
筆者の「木津川だより」にご関心を頂き、有り難う御座います。これからは以前の本編を、折を見て再掲させて頂きます。>

参考資料:山城町史 本文篇 山城町、
史跡 高麗寺跡 第V期(第8−10次発掘調査)発掘調査報告 木津川市教育委員会

    2015年8月23日 (再掲)

2015年09月20日

◆杉田玄白「医も兵法と同じ」

加瀬 英明



“防疫体制”の必要性説く

国を人体にたとえれば、国外から蒙っている脅威は、疫病と同じものだ。

杉田玄白といえば、江戸時代後期の蘭方医学の先駆者で、『解体新書』と『蘭学事始』によって有名だが、著作『形影夜話』(1803年)のなかで、医が兵法とまったく変わらないと、論じている。

玄白は「孫呉(孫子、呉子)の兵法を知らざれば軍理は立たぬ。医も形体(かたち)詳(つまびらか)ならざれば、医理は立たざる事と知らる」と戒めて、医術も、その時々に変わる状況の形体(かたち)に合わせて、柔軟に兵略を立てるのと同じことだといって、医術と兵法の共通点をとりあげて詳述している。

玄白の時代から、世界のありかたも、病いを恐れるのも変わっていない。

いま、私たちはアメリカの力が衰えているなかで、中国の切実な脅威を蒙っている。

疫病が日本の岸まで、迫ってきている。安保関連法案は、杉田玄白が説いたように、防疫体制を強化するものだ。

だが、39年前か、38年前までの中国は、ちがった。毛沢東時代が39年前に終わるまで、極貧国だった中国は、中ソ戦争を恐れて、日本に援けを求めていた。ケ小平は揉み手をさかんにしながら、日本から投資と技術を引き出そうとした。

日本が直面する脅威の形体(かたち)が、激変している。

習近平が率いる中国は、2500年の中華帝国のDNAを露わにして、「偉大な5000年の中華文明の復活」を叫んで、華夷秩序を再興しようと、目指している。5000年は、中国人の誇大妄想癖だ。

私たちのすぐ隣に絶対独裁という危険ドラッグの常習者がいて、日本に襲いかかろうとして、隙をうかがっているのだ。

「平和憲法」さえあれば、国外の状況がどうなっても、日本はまったく心配ないという者は、有名なイギリスの科学空想小説作家のH・G・ウエルズの言葉を読むべきだ。

「かつて恐竜は地上の支配者だったが、地球を襲った氷河時代によって草木や森林が枯れ、草食動物だったから、巨大な体を支えることができず、餓死していった」

「恐竜にとって温かく降りそそぐ陽光と、草木が茂る豊かな大地が、永久に続くものとみえた。そして、快楽な生活を送っていた。彼らには聴こえなかったが、その背後では宇宙の不可思議な力が旋律を奏でていた。

そして、永久に変わらないと思われた安定が、崩れる日がきた。ほどなくして、彼らは絶滅した」

◆米国は令完成の機密ファイルを入手?

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)9月19日(土曜日)通算第4662号 >

 
〜米国は令完成の持ち出した機密ファイルを入手したか?
  中国外交部、ベテラン外交官を予防腐敗局副局長に任命〜

 
反腐敗キャンペーンがつづく中国で、外交部から「予防腐敗局」の副局長に任命されたのは劉建超というベテラン外交官だ。

この時期になぜ、と訝しむ向きが多い。

さきに米国へ逃亡し、政治的庇護を求めている令完成は中国の機密2700件のファイルを持ち出したことは分かっている。

彼は胡錦涛時代に政治局の中枢に陣取って、あらゆる幹部の日程、行動などを掌握していた令計画の末弟である。

このため中国は100名の捜査チームを密かに米国へ送り込んで、その行方を追いかけてきた。

しかし依然として、令完成の所在は不明。カリフォルニア州サンタモニカとテキサス州にある、彼の自宅に立ち戻った形跡はないという。

もっとも令完成は早くからグリーンカードを所有しており、米国は令完成を「国民」として安全を保護する義務がある。

となれば、おそらくFBIが身柄を匿っているのではないか。つまり機密書類は、安全と引き替えに米国に渡ったのではないのか。

さて劉建超は、外交部から「予防腐敗局」へ移動した意味はなにか。

対外的に逃亡犯人の引き渡しを求める外交交渉の責任者となって、米国に令完成の身柄引き渡しを要求する、複雑な外交交渉を本格的に行うということである。
          

◆世論形成と高齢者

大江 洋三



国会前の「平和安全保障法案」反対デモを時系列でみると、当初は「歳寄り」だらけあった。

17日は、日が暮れる頃になると若者が集まったのは確かである。夜は、いたずらに人を興奮させるところがあるから、若者の一部はお祭り騒ぎになった。ベトナム反戦運動の再現である。

若者はフェイスブックで連携している。

広島の若者も、東京の若者も「法案に賛成した者は次の選挙では必ず落して償わせてやる」という映像が表れたから、威力業務妨害もフェイスの世界で囁かれているようだ。

安倍総理もツイッターやフェイスをしているし、フェイスはアメーバー的要素もある。だから、反対が沢山寄せられたのだろう。「法案は国民に理解されていると言い難い」


御大自ら、この種の発言をするから混迷したと思われる。デモといえば、沖縄基地移設反対や川内原発再稼働反対運動も、映像的には殆どがお年寄りである。

朝日新聞を教養の書として愛した世代でもある。年金生活で、暇をもてあましている階層としか考えようがない。抗議活動といえども、暇とお金がなければ参加しようがないからだ。年金だけでは生活できない年寄りも沢山いるから、日雇いがいる話も本当だろう。

総務省によると、平成27年度の高齢者(65歳以上)は全人口の26,5%に及び、その数は約370万人。一昨年、男達の平均寿命が80を超えたから元気のよい高齢者も増えたことになる。それは目出度いが問題は女性である。

人口統計をみると55歳を境に、数で女子が男子を圧倒するようになる。女子は男子に比べ感性に優れるが、あまり理屈に馴染めない。民主党の福山哲郎が、法案を「強行採決」に持ち込むため、ワザと長々した法案批判をやっていたが、女子達は男達が「長く理屈を喋る」姿だけで頭がピンクになる。

何度も言うが差別的発言ではない。両性の違いだ。統計・確率研究会によると、2度と勉強したくない科目ランキングは

男子:漢文、古文、英語など、総じて文学

女子:物理、世界史、数学など、総じて科学

互いに、無い物ねだりで反対側に憧れるから両性が成り立つ。フェイブックは女子達の人気である。遠くの人と理屈抜きでお喋りしている感覚がいいという。写真のやりとりも気まま。

その彼女達が選挙権の過半以上を握っている。この参政権者は、いわゆる「戦争法案」の中を調べるわけではない。頭痛くなるからだ。

単に「戦争」に反応するし「海外派兵」に反応し頭がブルーになる。彼等・彼女にも捌け口は必要である。

「生および性あるものは己を表現したい」のだ。幸いなことに筆者は、高齢者に属しながら某ボランティア団体に属し、いろいろ用事を仰せつかって忙しい。仲間も町内の世話とか忙しくしている。

確かに大声を出すことは、ストレス発散にもなり我々高齢者の健康に大変よろしい。しかし、ワザワザ国会の前で「反対」と叫ばずとも、今はカラオケボックスがある。

今どきのカラオケの判定能力は凄い。節やアクセントはもちろん声量判定までする。歌い終わると採点と同時に、声のカロリーが表示される。つまり出力判定である。

数字が低いと、もっと腹筋を強くしなければと思う。おかげ様で、することは山ほどある。

ただし残念ながら、同輩には新聞情報と知識が同じになっている方が多く、月刊誌情報を伝えると慌てる。多分、いずこも似た傾向だろう。こうして、国会の前で「反対」と大声を出すことが健康保持になる。それに多くの連れがいれば楽しい。

1票よりか「声の大きさが大事」と思っている方もいるだろう。これも確かで、外務省の音量は大人しい。

逆に反日家の声は大きい。そんな訳はないから、メディアが優先しているとしか考えようがない。

60年反安保で活躍した人達は絶えつつあるが、その弟分や弟子達が今はメディアのお偉いさんである。昨年、引責辞職した朝日新聞の木村社長もその一人である。

かくして、音量は自然に大きくなり福島瑞穂が不必要に露出することになる。10年前、広島の教育改革に尽力された一回り年配の方が「もう二世代かかる」と慨嘆された。

「100歳まで生きてやろう」と決心した瞬間である。
 
フェイスブックは自分がナヨナヨすると警戒していたが、かくなれば挑まざるをえない。

◆「中禍」は世界に広がるか

平井 修一



日経9/13の滝田洋一・編集委員の論考「『中国症候群』が試すアベノミクスの有事対応」から。

<金融市場の動揺が収まらないなか、日銀と米連邦準備理事会(FRB)は今週、(それぞれ)政策決定会合を開く。震源の中国経済の先行き不透明感が募っているだけに、経済運営でも万一の対応の準備が欠かせない。

FRBについては今週かどうかともかく、年内の利上げが既成事実になりつつある(平井:今の金利ゼロでは不景気になった時にこれ以上の金融緩和ができないので、景気がいい時に利上げをしておき、操作する手段を持っていたいということだろう)。

FRBの前に決定会合を開く日銀が直面するのは、踊り場に入った国内と不透明な海外という内憂外患だ。

2%インフレの実現性や消費再増税時の負担軽減策。エコノミストはこれらのテーマが大好きだが、いずれも平時の議論である。企業経営者はむしろ、地球の反対側まで影響を及ぼす「チャイナ・シンドローム(中国症候群)」に警戒感を強めている。

例えば中国の自動車販売。今年1〜7月の販売台数は前年同期比0.4%の微増にとどまった。8月まででみると伸びはゼロ、9月までとなると前年比マイナスになる公算が大きい。

実はこれはメーカーからディーラーに渡された台数であり、最終消費者に売れた台数ではない。「政府の意向を受けて国内メーカーが、無理にディーラーにクルマを押し込んでいる」との声が聞かれる。それが証拠に、国内メーカーの販売台数が2桁増なのに、外資との合弁企業は前年比マイナスとなっている。

「ディーラーに積み上がった流通在庫が、最終消費者にはけるとは思えない。大幅な生産調整はむしろこれからだ」。自動車メーカー幹部はそう気をもむ。

いきおい、素材産業の過剰生産問題は、深刻さを増す。例えば鉄鋼。中国の鉄鋼業は合わせて4億トンと、日本4つ分の過剰生産能力を抱えている。

鉄鋼メーカーの稼働率は2014年時点で7割近くに低下し、売上高利益率は1%を下回っている(平井:従業員解雇に伴う費用や取引先企業の破綻による不良債権処理、みんなで食べちゃった使途不明金などの「特別損失」を含めればたぶん赤字。借金の上に借金を重ねるしか延命できない)。

長短の借入金は1.4兆元まで膨らみ、総資産負債比率は68%に上昇した。

それでも、地方政府が(平井:社会不安を高めないように)雇用維持を最優先する結果、業界再編が進まない(平井:出社しても仕事がないゾンビ企業がゴロゴロしているということ)。苦し紛れに四半期ベースで5000万トン規模の安値輸出に走っているために、世界にデフレが輸出されることになる。

個人消費も振るわない。中国の小売業の直近の決算は軒並み減収減益。北京など大都市の大型店の売り上げは、前年同月比マイナスが続いている。

不動産系複合企業の大連万達集団は、百貨店を大量出店してきたが、年末までに40店の大量閉店に追い込まれた。他の大手百貨店もここ2〜3年に開店した店舗を、閉じざるを得なくなっている。習近平政権が進める反腐敗キャンペーンも、消費不振には輪をかけている。

(平井:習のオツムでは今の危機をソ連流マルクス主義=統制計画経済で解決できると思っているのだ。失敗例を手本にするという愚の骨頂)

日本での「爆買い」との絡みでも、気になる動きがある。中国当局がこの9月から税関検査を厳格化し、500元以上の買い物輸入品には50%の関税を課すことになった。国内の消費関連産業の保護が狙いとされる。爆買いに水を差さないか、いささか気になる(平井:ドタバタの末期症状)。

中国はいま日本のバブル崩壊後のように、過剰投資や過剰債務の重荷をかかえてしまった。構造調整が短期間で終わるとは、もはや当局者も考えていない。

大連で開いた「夏のダボス会議」で、李克強首相らは構造改革を訴えた。今となっては、だれが発言を額面通り受け取るだろう(平井:李克強は習に権力を奪われたから何もできない、ただの飾り、あるいは何ぞの時のスケープゴート)。

世界第2位の規模となった中国経済が失速すれば、世界経済を道連れにしかねない。

安倍政権も黒田日銀も、備えるべきは鬼怒川の堤防決壊のようなテールリスク(万一の際に被害の大きなリスク)である。今はアベノミクスのプランB、つまり非常時対応を用意するときだろう。

右往左往する金融・株式市場が求めているのは、軽減税率をめぐる小田原評定ではない。今回の水害で濁流の中の家屋からヘリで人命を救助したような対応の用意があるかを、見守っているようにみえる>(以上)

うーん、上手いなあ、座布団10枚だ。さすがプロ。日経も中共離れを始めたか。文章が上手くてウイットに富み、頭がいい論客は大好きだ。

「無理にディーラーにクルマを押し込んでいる」「鉄鋼業は日本4つ分の過剰生産能力を抱えている」「安値攻勢で世界にデフレが輸出されている」「買い物輸入品には50%の関税を課す」・・・中共の滅茶苦茶な現場、場当たり的な政策を軽快なノリで描いている。早川ミステリーより面白い。

それにしてもアベノミクス、足踏みしている印象だ。消費増税の際の「軽減策」やら「還付制度」が議論されているが、税制はシンプルなのが一番で、余計な特例は作るべきではない。年金や健康保険は複雑怪奇でプロしか分からない。この愚かな轍を踏んではいけない。

消費税は当分8%でいくしかない。安倍の晋三をいただく多くの国民は「蚤の心臓」。10%にしたらショック死しかねない。

滝田洋一氏のツイート9/13から。

<軽減税率論議の帰結:もともと消費増税に懐疑的な安倍首相の心はもっと冷えるだろう。16年7月には参院選。ダブル選挙も予想され、税の問題は鬼門となる。与野党とも腰が引けるのではないか。べき論は別として、再増税の再延期とか凍結といった話が出てきておかしくない。――瓢?から駒>

「中禍」は世界経済の足を引っ張るか。

GDPにおける対中輸出への依存度が世界で最も高いのはマレーシアで19.18%。アジアでは、台湾16%、韓国14%、シンガポール10.73%、日本2.48%(2014年)。依存度が高い国は「中禍」を蒙るが、概ね先進国はいから、さほどのマイナス要因にはならないのではないか。

世界同時株安は一時的、投機的なもので、中共以外の国では安定すると思うのだが、楽観的過ぎるか。

いずれにしても中共は米国に次ぐ巨大経済体ではあるけれど、世界経済を牽引した時代は終わったということだ。「非常時対応を用意する」のは当然だが、発動には至らないのではないか。

次の牽引車はどこか。欧州勢は愚かな「オトモダチ“メルケルチック”夢想」で自滅しつつある。BRICSもいまいち。日米とASEANが引っ張るしかないだろう。オバマはヒッキーだから、安倍氏が旗を振るしかない。

ヂイヂの出番があったら言ってくれ。戦時国債はOKだ。特攻なら二つ返事だ。俺だって靖国に祀られたい。同志諸君、靖国で会おう、イザ!
(2015/9/18)

◆交通事故とPTSD

〜法律コラム〜

渡邊計之(弁護士)



 交通事故の被害者が、その後の後遺症に悩まされるケースとして、PTSDというものがあります。
 
最近では聞き慣れない言葉でもなくなりましたが、 原則として、外傷体験があって、6ヶ月以内に発症するということが基準となっています。
 
もっとも、PTSDは、「心の傷」であり、 被害者のパーソナリティの影響を大きく受けるものです。
 
そのため、被害者の方それぞれの性格によっても異なるでしょうから、画一的に判断することが難しいといえます。

 被害者の方の状況をしっかりと踏まえ、その症状をしっかりと反映した形で後遺症として認定してもらう必要があります。
 
また、PTSDを心因性減額の対象とすべきか、素因減額の問題もあります。

 素因減額とは、被害者側に損害が拡大する要因が認められる場合、損害の公平な負担という見地から、損害賠償額の減額が認められるというものです。

 素因減額を肯定する見解もありますが、交通事故によって初めて発症するものであり、被害者本人の持つ既往症などとは一線を画すべきとして、素因減額につき、否定的な立場を取る考えもあります。
 
この点は、今後の判例の蓄積を待つとともに、わたしたちもPTSDの研究等、今後の立証活動に尽力する必要がありますね。
 
 当事務所としても今後は交通事故に力を入れていく方針です。
 
交通事故でお困りの際は、ぜひご一報ください。

 (弁護士法人・川原総合法律事務所)―(06)6365−1065(代表)