2015年09月14日

◆憲法前文に日本統治抹殺の思いを

〜込めた国だけに〜

久保田 るり子



韓国にとって日本はどういう存在なのか。10年前、小泉純一郎首相の靖国参拝に反発した盧武鉉政権が「新対日ドクトリン」という物々しい外交原則を発表したことがあるが、そこにはこうある。「日韓関係は日本の謝罪と反省が基礎である」

韓国は憲法の前文で「悠久の歴史と伝統に輝くわが大韓国民は、3・1独立運動(1919年、朝鮮全土で人々が決起し運動家が独立を宣言)により建設された大韓民国臨時政府の法統を継承する」と明記している。この一文には、日本統治を歴史から抹殺したいという想いが詰まっている。少なくとも日本時代は日本に不法、違法に占拠されていたのであって、『我々はこれを認めない!』とする立場が示されている。

「臨時政府」(1919-45年)は、李承晩や呂運亨ら独立活動家によって上海(のちに重慶)に設立された。だが連合国、枢軸国の双方から認められず、米軍に解体され
た。

しかし韓国は、いまも「幻の政府」の正統性を国史の根幹としている。世界史的からみると、虚構を生きていることになる。

だから、日本統治は「不法」で当時を「日帝強占期」と呼ぶ。力によって強制的に占領されたと位置付ける歴史観のみが韓国にとって「正しい歴史認識」なのである。だから、日本にはいつまでも、何度でも謝ってもらわなくてはならないのだ。朴槿恵大統領の「加害者と被害者の立場は1000年過ぎても変わらない」という言葉の真意である。

しかし、日韓併合の合法・不法論争は、実はとっくに学術的な決着がついている。

不法論を国際認知させようと考えた韓国は、2001年に「韓国併合再検討国際会議」という国際会議を主催した。日韓のほか欧米からも歴史学者らが参加しハワイ、東京、ワシントンで開かれた会議で、韓国側は併合の不法性を全面展開した。

彼らが特に根拠としたのが「第二次日韓協約」(1905年)での強制性で、不法な強制(脅迫)により外交権を奪っての日韓併合は「不法であり無効」との持論を主張した。

しかし日本側は皇帝(高宗)の日記などを分析して高宗が協約に賛成していたことを実証した。また英国の学者などから、当時、米英など列強が日韓併合を認めた以上「違法・無効論」は成り立たないとの見解が相次いで、韓国はこれに反論はでき論争には終止符が打たれた。

これで怯む韓国ではない。その後、今度は「反省と謝罪」の要求の矛先を日韓基本条約(1965年)に変え、これにチャレンジ(挑戦)を開始した。キーワードは「人権」である。女性の人権(慰安婦問題)、個人の賠償権(徴用工問題)である。

盧武鉉政権が慰安婦問題で「(基本条約の)請求権協定で解決したとみることはできず、日本の法的責任は残っている」との初めての政府見解を出した。

その後、慰安婦問題は2011年、憲法裁判所が「慰安婦が(日本から)賠償請求を得られるように(韓国)政府が行動しないのは憲法違反」との賠償請求権判決を出した。徴用工問題でも、韓国大法院(最高裁に相当)が2012年、「個人の請求権は消滅していない」と判断し、これに依拠して日本企業がいまも続々と訴えられている。

併合不法論も請求権の蒸し返しも、国家のアイデンティティーとは別に、もうひとつの政治性を帯びている。つまり併合したのは現在の韓国だけではなく、北方の北朝鮮があり、未来の日朝国交正常化交渉の重要なテーマとなるからだ。

韓国の併合不法論者や慰安婦・徴用工支援勢力の核心部には親北派が見え隠れしている。

もちろん韓国では、「安倍談話は村山談話、小泉談話から一歩も後退してはならない」「日本は植民地侵略や慰安婦動員に対する責任を認める謝罪を」とする声は保守、進歩を問わずにあるから、「過去」をめぐる日韓論争のなかに北朝鮮勢力の思惑を見極めるのには、それなりの眼力がいる。『和解のためにはまず侵略を認め、植民地支配に反省と謝罪を』とする日本の贖罪派の、何と平和で情緒的であることか。

(産経新聞編集局編集委員)

(採録:松本市 久保田 康文)

◆面妖な「沖縄の基地負担」説

平井 修一



沖縄には2回行ったが、普通に旅行していると基地を見かけることはまずないだろう。CH桜・沖縄支局スタッフのブログ9/7「基地負担軽減よりも・・・」から。

<沖縄関連のニュースを見ていると、基地の負担についての議論がやたらと多いですね。

はっきりいって、沖縄県民の大半は基地の負担について、それほど関心を寄せておりません。というか良くも悪くも興味すらないでしょう。

私がこういうのも、決して私の偏見ではなく、客観的に穿って見れば、そうとしか思えないのです。

というのも、米軍基地があるのは専ら沖縄本島に集中していますし、その沖縄本島も、米軍基地が全域にあるわけでもないので、ごく限られた地域に住む人しか米軍基地と共存していません。

従って、沖縄県民にとって、負担と感じているのはごく一部というほうが、正確な見方だと思うのです。

個人的にいえば、基地の負担よりも、物流コストの負担のほうがはるかに大きく、特に送料の負担は大きいですね。

以前、このブログでも書きましたが、沖縄県は離島ゆえに、地方とはいえ、必ずしも物価が安いわけではありません。沖縄県の中でも本島以外の離島はさらに顕著です、云々>

カミサンの生まれ育った奄美もほとんどが“輸入品”だから本土より物価や送料が高い。

それはさておき、米軍基地と共存しているのはごく一部の地域だということだ。政治家などは「沖縄県民の基地負担を減らしていく」というが、ほとんどの県民が基地負担を感じていないというのが現実、リアリズムだとすれば、どういうことになるのだろう。

東京財団7/23「戦後70年を考える:「沖縄の姿」が問いかけるもの〜米軍基地から考える戦後日本の政治と安全保障」から。小生はこの論考を読んで、何か変な違和感を覚えたのだが、読者諸兄はどう思うだろうか。

<政治外交検証研究会は、戦後70年を機に、「日米安保体制」、「沖縄基地問題」、「日中関係」をテーマに取り上げ、新進気鋭の外交史や国際政治史の研究者が歴史を手がかりに、それぞれの課題と方途を探る公開研究会を行った。

◆2015年5月26日 政治外交検証公開研究会

・発表者:平良好利(政治外交検証研究会メンバー/獨協大学地域総合研究所特任助手)

・モデレーター兼コメンテーター:宮城大蔵(政治外交検証研究会サブリーダー/上智大学総合グローバル学部教授)

*はじめに

本報告は、戦後70年という歴史の文脈からみて、果たしていまの「沖縄の姿」が日本の政治と安全保障にいかなる問いを投げかけているのか、ということを考察することにある。より具体的にいえば、沖縄戦から米軍占領期に構築された沖縄の米軍基地がいまも変わらず広大に存続しているという現実が、戦後70年を迎えた日本にとって、一体いかなる意味を持っているのかを検討するものである。

*日本本土における米軍撤退と基地縮小

対日平和条約の発効によって日本が主権を回復した1952年当時、本土における米軍基地(専用施設)の面積は13万5200haであり、1万6000haの沖縄より、実に8倍以上もあった。
こうした広大な米軍基地あるがゆえに、1950年代の日本では、全国各地で米軍絡みの事件・事故が多発し、しかも基地の新設・拡張をめざす米軍に対して「反基地闘争」が繰り広げられ、国内では「反基地」「反米」感情が渦巻くことになる。

この「反基地」「反米」感情について駐日アメリカ大使のアリソンは、1955年に次のような電報を本国に送り、アメリカ側の危機感を示している。

「日本の世論の多数は、駐留する地上軍を占領のシンボルとして見続けている」「地上軍の早期の、しかし秩序だった撤退がきわめて望ましい」(林博史『米軍基地の歴史』)。

こうした国内世論を背景に57年に首相の座に就いた岸信介は、この「占領のシンボル」である米地上軍の撤退をアメリカ側に要求し、同年6月の日米首脳会談で実現をみることになる。

これを受けて日本本土からは次々と米地上軍が撤退し、米軍基地も3万3000haにまで削減されることになる(一方、沖縄では本土から移駐した米海兵隊が大規模な土地を接収し、沖縄の基地は3万350haにまで拡大するこ
とになる)。

しかし、米地上軍がこのように全面的に撤退したとはいえ、日本本土にはいまだ米空軍と海軍が残留しており、しかも首都近郊の広大な地域を基地として確保していた。

日本ではこの頃から高度経済成長に入り、しかもそれにあわせて敗戦の結果失ったナショナル・プライドも徐々に回復してきたこともあって、首都近郊にいまだ「敗戦と占領」の負のイメージを喚起させる米軍基地が厳として存在していることは、決して好ましいものではなかった。

1970年に佐藤栄作が国会で次のように述べたことは、そのことを端的に示している。

「外国の兵隊が首府のそばにたくさんいるという、そういうような状態は好ましい状態ではない」

かくして、「関東計画」なるものが日米間で合意されるなどして、米軍基地の整理縮小が進み、72年には1万9700haにまで削減され、さらに80年には8500haにまで削減されることになる(現在は8000ha)。

このように岸や佐藤などの政治指導者たちをして、米軍の撤退、基地の縮小へと走らせたものは一体何だったのか。安保改定に乗り出した岸信介の言葉を借りていえば、占領の「残滓」の払拭であったといえる。

つまり、「占領時代の滓みたいなもの」を「一切なくして日米を対等の地位に置く」といったものが、強弱の違いはあれ、日本の政治指導者たちを突き動かす原動力になったといえよう(原彬久編『岸信介証言録』)。

こうしたものを駆動力にして、60年には日米安保条約を改定し、また72年には沖縄返還を実現し、さらには50年代から70年代にかけて在日米軍の撤退、基地の整理縮小を実現していったのが、アメリカ占領から脱して講和後主権を回復した日本の姿であったといえる。

これによって日本は、占領の「残滓」の払拭、「日米対等」の実現という戦後政治の最大課題のひとつに、ひとまず“ケリ”をつけたのである。

その日米関係に付着する負の側面を拭い去って、日本はその後、「日米同盟」という呼び名の下、その同盟関係を深化・発展させていくの
であった。

しかし、ここで少し立ち止まって考えると、本当に占領の「残滓」は払拭されたのであろうか。確かに悲願であった沖縄返還は実現されたとはいえ、沖縄にはいまだ2万2800haという広大な米軍基地が存在していることを考えれば、果たして「占領時代の滓」を取り除くことはできたのであろうか、ということである。

*「沖縄の姿」が問いかけるもの

以上のことを踏まえて冒頭で述べた問いに戻ると、現在の「沖縄の姿」が戦後日本に問いかけているものは一体何なのか。大きくいって2つあると考える。

まず第1は、敗戦国日本が拭い去ろうと努めてきた「占領の残滓」をどう考えるのか、という問いである。もっと端的にいえば、現在の沖縄にみられる「敗戦国の姿」を日本国民としてどう考えるのか、ということである(阿波連正一「公有水面埋立法と土地所有権」)。

本土ではなくなっていった、いやなくしていった「敗戦国の姿」がそのまま強烈に残っている「沖縄の姿」をそのまま容認し、その「敗戦国の姿」を沖縄でこれからも感じ続けるのか、という問題である。講和後、主権国家として歩んできた日本という国のあり方そのものが、問われているといえよう。

第2は、国土面積の僅か0.6%しかない沖縄に在日米軍基地(専用施設)の73.8%が集中するというこの現実を、民主主義国家としてどう考えるのか、という問いである。言い換えれば、基地提供という形で安全保障上の負担を一地域が過重に背負っているという現実をどう考えるのか、ということである。

そもそも民主主義国家においては国民みずからが主権者であることから、その国家を守るためには主権者である国民みずからが国を守る意志をもち、かつその負担(責任)を等しく分かち合うことが必要となるとなる。そう考えると、民主主義国家として戦後70年歩んできた日本という国のあり方そのものも、根源的に問われているのではないだろうか>(以上)

「沖縄の姿」を学者がデスクの前で研究すると以上のような結論、問題提起になる。

ところがCH桜の沖縄人は「沖縄県民の大半は基地の負担について、それほど関心を寄せておりません。というか良くも悪くも興味すらないでしょう。負担と感じているのはごく一部」だという。

小生はキャンプ座間近くに生まれ育ち、学生時代はそこでバイトもしたが、この基地を負担に感じているとか、「占領の残滓」として嫌っている住民がいるなんて聞いたこともない。父も叔父さんも基地で働いていたし、年1回の基地祭は大人気だった。

小生も沖縄に2回旅行して基地と出会わなかった。特定の場所にいかないと基地は見られないのではないか。負担の感じようがないのではないか。

学者はフィールド調査をしていないだろう。CH桜スタッフは毎日のようにカメラを担いでフィールド調査をしている。基地でヘイトをしたり辺野古で工事を妨害しているのは少数の常連ばかり。大きな集会に来るのは本土のアカがほとんど。CH桜はそう伝えていた。

こういう事実を考えると、「沖縄の基地負担」は「強制連行された性奴隷」のような、ほとんど事実と異なる面妖な説と言えまいか。捏造に近いのではないか。ユスリタカリも芸のうち、「沖縄の基地負担」を叫べば金になるのも事実だ。

現実をしっかり見ないと騙される。岸、佐藤は頑張った、今は安倍が奮戦している。翻って学者はどうなのか。「戦後70年歩んできた日本の学者のあり方そのものも、根源的に問われているのではないだろうか」(2015/8/16)

2015年09月13日

◆五輪エンブレム選考の怪

池田 元彦


JOC、2度目のチョンボ。勿論大会エンブレムのことだ。結論を先に言えば、選考委員会に不透明な選考過程、選考判断、選考手続等疑問が多い。勿論、最終責任はJOCが持つのだが、何処が原因かと言えば選考員会しかない。JOCが競技場問題同様、選考委員会に丸投げした結果だ。

国立競技場のケースは、安藤忠雄氏のゴリ押しにJSC、JOCが抗えなかったのが全ての原因だが、エンブレムの方は、委員長以下の出来レース開催、八百長順位決定の疑いが濃厚だ。選考委員会委員8人の内4人は永井一正委員長以下、皆、佐野研二郎氏の身内とも言える仲間だ。

浅葉克己委員は日本グラフィックデザイン協会会長、永井委員長は特別顧問、長嶋りかこ委員は佐野氏の元部下。佐野氏や永井氏の子息一史氏もその会員。多摩美大では、一史氏と佐野氏は同僚教授。そして高埼卓馬委員は、疑惑のトートバッグデザインを電通として依頼した人物だ。

仲間が委員半数を占めることは有り得るが、その半数を広告デザイン専門家ばかりにするのは不自然だ。一歩譲って佐野氏に決定した後、2度も委員会の意向で修正させたのは選考手続きとして信じ難い。瑕疵・疑惑を確認した段階で没が当然だ。佐野氏有りき、の選考だと誰もが疑う。


2度も修正させ、結果的に原案と明確に異なる作品を、恰も最終選考に残った採用作品として公表し、委員長が知らなかったはないだろう。で、組織委員会に事実関係を確認した(9月3、7日)。選考委員会の議事録はあるか、最後迄残った4点の応募作品を公表しないのは何故か等である。 

驚いたことに当初は議事録の有無は言えない、他の選考作品の公表予定はない、との回答だ。

無いので有無を明確に出来ないのか、には議事録ありだが公表予定はないと回答。益々怪しい。疚しくないなら、不透明さを払拭するため、議事録や最終選考に漏れた作品を公表すべきところだ。

因みに国立競技場のJSCは、審査委員会議事録も全応募作品をネット上に公表している。この違いは何か。仲間内での受賞たらい廻しだと勘繰りたくなる。個性あるプロの作品は、名前を隠しても、それが誰の作品かは、殆どプロの勘で判るので、佐野氏の作品を抽出するのに困難はない。

ベルギーの劇場ロゴは類似点もあるが、配色も全体イメージも異なり、盗用と私は判断しないが、次々に判明する盗用、剽窃、他人の写真のクレジットを消しての流用等は、部下の所為には最早出来ない。本人の制作モラル・プロとしての信用は一気に失われた。プロフェッショナル失格だ。

当に疑惑が沸騰寸前で、敢えて反論の為に出した原案と2つの修正案の経緯発表は逆効果の藪蛇だ。原案が2013年のヤン・チヒョルト展のポスターに酷似している為2度も修正させたのだ。本人はこの展覧会を見て衝撃を受けたとツゥイートしている。記憶にないとは、何をか言わんや、だ。

家族を含め謂れなき中傷で耐えられず降りたのはご立派だが、疚しくないなら徹底して戦うべきだ。しかしチヒョルト図形との酷似は、最早弁解出来ない。恥ずべき流用の数々にも同情の余地はない。

採用取消案は採否に拘らず不愉快だ。人が立ち、小さな日の丸が項垂れているイメージで、配色も暗く五輪に相応しくない。招致用デザインの方が、格段に素晴らしい。五輪を想定するなら、日本の特長や誇りをイメージする図案であるべきだ。そして明るく楽しく美しいデザインとすべきだ。

そういえば民主党旗は、夕日が海に沈むイメージだ。これは反日イメージだ。因みにこのデザインの作者は、佐野氏のお仲間、浅葉克己委員だ。今後の参考の為、これはこれでよく覚えておこう。

◆経済政策へ「リセット」の秋だ

竹中 平蔵



アベノミクスは、着実な成果を挙げているが、その成果を見えにくくするようないくつかの要因が、内外で働いている。重要なのは、今の国会で安保関連法案の処理を確実に終え、経済政策への「リセット感」を示すことだ。

そのための具体策として、短期には環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)対応型の建設的な補正予算を準備すること、そして中長期には国が所有する施設の運営権を民間に移すコンセッション方式を活用し、2027年にリニア新幹線を(名古屋までではなく)大阪まで開通させるナショナル・プロジェクトの実施を提言したい。

 ≪求められる政策的な工夫≫

成果を見えにくくする要因として、まず中国経済の混乱が挙げられる。ドルベースでみた中国の国内総生産(GDP)は日本の2倍強、アメリカの6割に達する。また貿易額の面で中国は世界1位、輸入額で世界2位の地位を占める。金融面の影響もさることながら、実物経済の悪化を通じた日本および世界経済への影響は相当に大きいと考えておく必要がある。

国内的にも二つの要因がアベノミクスの成果を見えにくくしている。一つは安全保障論議に、経済論議が埋没してみえることだ。6月末には今年度の骨太方針と成長戦略改訂版が決定されているが、メディアにおける取り上げ方は安保論議に影響されて極めて限定的だった。

さらにもう一点、昨年の消費税引き上げのマイナス影響が続いている点だ。消費増税は前政権下で決められたことであり、アベノミクスの内容とは異なるものだ。しかし増税によって消費マインドは負の影響を受け、そこに対外要因も加わって、第2四半期の成長率は再びマイナスとなった。

以上のような要因を考慮して、いまいくつかの政策的な工夫が求められている。まず重要なのは、経済論議に明確な「リセット感」を出すことだ。一つの手段は内閣改造であろう。斬新な人材の登用は、市場の期待変化を生み出す。

 ≪効果の大きい東京・大阪リニア≫

その上で政策の中身として、短期的には中国の経済悪化への対応が求められる。現状において日本の需給ギャップ率はマイナス1・7%と考えられている(内閣府推計)。そこに中国発の影響があることを考慮すると、何らかの補正予算は避けられなくなるだろう。

しかしこれが、来年の参院選を意識した政治的なバラマキにならないよう、建設的な財政論議を行う必要がある。具体的にTPP交渉がやがて纏(まと)まることを前提にしたうえで、構造改革型の補正予算を準備することだ。その際の財源としては、為替差益によって生じた外国為替資金特別会計の資金(まさにアベノミクスの成果)を活用することが考えられてよい。

加えてナショナル・プロジェクト型の思い切った政策を提言したい。

2027年に、東京・名古屋間のリニア新幹線が完成する計画だ。東海道 新幹線が開通から51年を経過し老朽化が懸念されること、海岸線を走る新幹線には大災害時のリスクがあることなどを考えると、リニア新幹線の構想には、それなりの意義がある。

しかし名古屋までの開通では、供給サイドにもたらす効果は極めて限定的だ。大阪まで開通してはじめて、本来の効果が期待できる。大阪・東京がリニアによって60分強で結ばれれば、人口7200万人の世界最大の メガ・リージョンが生まれることになる。

元来イノベーションは、さまざまな人材や企業の「結合」によってもたらされるものだ。現状の計画では、2045年に大阪まで開通することになっているが、これを一気に早めることが日本のイノベーション力強化につながる。

 ≪構造改革で投資機会を増やせ≫

こうした際に必ず問題になるのが財源だ。そこで考えられる新手法が、名古屋・大阪間についてコンセッション方式を用い、財政資金を使わずに開通を実現することだ。具体的に、鉄道建設支援機構(前鉄建公団)が名古屋・大阪間を建設する。そしてその運営権を、JRに売却する。その際、いくつかの工夫をすることによって、JRのバランスシートを大きくすることなく、実質延べ払いのような形でコンセッションを実現することが可能と考えられる。

このような政策は、グローバル経済の潮流から見ても正当性が高い。いま世界的に、デフレ圧力が高まっている。その背景に、投資機会が減少しているため世界が「長期停滞」(セキュラー・スタグネイション)に陥る危険のあることが、ハーバード大学のサマーズ教授らによって指摘されてきた。

これを克服するために、まず規制緩和などの構造改革で民間の投資機会を増やすことが求められる。アベノミクスの成長戦略は、まさにこれに当たる。同時に、供給サイドを強化するようなインフラ投資が期待されているのだ。

こうした大胆な方策を打ち出すことで、いまこそ経済政策への「リセット感」を高めることを期待したい。

(たけなか へいぞう・慶応大学教授)

産経ニュース【正論】2015.9.11
 

◆中共のウイグル人殺戮

平井 修一


ニューズウィーク8/28「ウイグル人なら射殺も辞さない中国に噛み付くトルコ」から。

<7月にトルコの首都アンカラやイスタンブールで、トルコ系イスラム教徒のウイグル人を迫害する中国政府への抗議デモが起きた。韓国人観光客らが中国人と間違われてトルコ人に襲われ、タイ領事館が襲撃される騒ぎも発生した。

領事館襲撃は、中国新疆ウイグル自治区こと東トルキスタンから脱出していたウイグル人約100人を、タイ政府が中国へ強制送還したことへの抗議だった。6月末には同じように亡命を希望していたウイグル人173人をトルコへ引き渡したのと対照的なタイの対応に、アンカラとイスタンブールの住民は激怒している。

中国の治安当局が暴動に対処するとき、根本的に異なる2つのやり方を取っていることに、国際社会は気付いている。万里の長城以南の中国本土では安易に「暴徒」を殺害しないのと対照的に、ウイグル人はすぐさま射殺する点だ。

*シルクロードで民族改造

直近でいうと7月半ばに中国東北部の瀋陽で地元の警察の部隊がウイグル人3人を射殺。6月には東トルキスタン西部のカシュガルで15人、3月にも7人を射殺と、たった5カ月で少なくとも25人ものウイグル人が命を奪われている。

香港の中国人権民主化運動情報センターによると、2月中旬からの1カ月だけでも46人が射殺されたという。こうした間にも暴動は中国各地で起きているが、ほかの地域で漢民族が警察によって射殺されたとの報道はない。このような天と地ほどの差について、中国政府は合理的な説明を国際社会にしていない。

経済的に豊かになれば、民族問題も宗教問題もすべては簡単に解決できる、と中国人は理解している。「西部大開発」や「一帯一路構想」を政府主導で推進することで、「貧しいウイグル人を裕福な中華民族の一員に改造できる」と盲信する。

漢民族のようには政府に柔順にならないウイグル人を素直な「奴隷」に仕立て上げるには、人口の逆転が最も効果的と認識している。そのため、内地に住む漢民族の新疆への移住を奨励する政策も矢継ぎ早に打ち出される。

例えば、内地では農村戸籍の者でも新疆に移民すれば、都市戸籍を与えるという。中国では都市戸籍と農村戸籍とでは、福祉の待遇面に大きな格差がある。ウイグル人固有の領土で都市住民になろうという野望を持つ漢民族が陸続と入植してきて、先住民の手からあらゆる権利を剥奪している。

悲しいことに、日本や欧米の中国シンパたちは中国の高圧的な民族政策を黙認している。その点、トルコは異なる。「われわれはいかなる場合でもウイグル人と連帯する。同胞たちが弾圧されている事実に接し、トルコ国民は悲しんでいる」とトルコのチャブシオール外相は表明した。

民族問題は決して中国の国内問題ではなく、歴然とした国際問題だ>(以上)

この記事の筆者はモンゴル出身で静岡大学教授/文化人類学者の楊海英氏だ。ウィキによると氏は中共の内モンゴル自治区(南モンゴル)出身。モンゴル名はオーノス・チョクト、日本に帰化した後の日本名は大野旭で、楊海英は中国名。

1966年から1976年にかけての文化大革命において、モンゴル人数十万人が中国共産党政府によって粛清された「内モンゴル人民革命党粛清事件」についての研究で知られるという。

氏は中国人の反体制派作家、王力雄著『私の西域、君の東トルキスタン』の書評を『図書新聞』2011年6月11日号に寄稿している。以下はその一部。

<東トルキスタンとは、中国人が西域と称する地の、原住民たちが擁する固有名詞である。しかし、この固有名詞の使用は、今や征服者の中国人たちによって堅く禁止されている。自らの故郷において昔から用いてきた地名を、後からの侵略者によって禁じられるほどの悲哀はなかろう。

その悲しみこそが、現在の新疆ウイグル自治区が置かれている深刻な状況を現わしている。東トルキスタンという表現を使えば、「民族分裂活動をおこなう反革命分子」として容赦なく逮捕され、処刑されているのが、事実である。

王力雄は、(名作『天葬 チベットの運命』出版の)その後、少数民族への関心を更に広げ、まず新疆ウイグル自治区の実態を把握しようとして東トルキスタンに乗り込んだ。植民地新疆に駐屯する生産建設兵団という屯田兵関連の「秘密資料」を窃取した容疑で秘密警察に逮捕連行される。連日昼夜にわたる過酷な尋問を受ける。その詳しい経緯はまさに驚天動地の大事件の連続である。

中国の少数民族地域で調査ないしは取材した経験を持つものなら、一度や二度は同じような境遇に置かれたことがあろう。評者の友人で、現在アメリカの大学で研究生活を送る文化人類学者が内モンゴル自治区で体験した逮捕監禁生活とまったく同じである。尾行と逮捕、そして取り調べ。恐らく、中国にはシステマティックな秘密制度があるのだろう。

西域で捕まった王力雄は、獄中で東トルキスタン出身の一人のウイグル人に出会う。ウイグル人差別に抗議しようとしたことが罪となり、同じ牢屋に繋がれていた。ここから、中国人とウイグル人の対話が始まる。出獄してからもウイグル人の「牢友」との交流は続き、文通したり、再訪して話し合ったりした。

ウイグル人は王力雄に言う。

「ウイグル人にとっての民族問題は、三つの視点からみることができる」

一つ目は民族主義の視点で国家の独立を求める。二つ目は宗教者の視点で、無宗教者ないしは異教徒の中国人の統治を受け容られない。そして、三つ目は社会的地位の低いウイグル人たちの不満である。

この三つの動きに対して、中国共産党は、漢族の民族主義を煽ることで策を講じた。大部分の漢族は無原則に独裁政権に追随し、自分たちが占領した地域の少数民族を抑え込もうと政府に協力している、と王力雄は事実を述べる。

イスラームの指導者たちは中央アジアや中東に救いの星の出現を祈念するし、底辺の民衆はテロの手法に訴えでる。著者が危惧する「新疆のパレスチナ化」は現実化しつつある。

テロリストは決して道徳意識の欠如した「ならず者」ではなく、その献身行為はむしろ強烈な道徳観に支えられている。その道徳観の圧殺に躍起になっている中国に、民族問題を解決する糸口はまだ見いだせていない>
(以上)

世界ウイグル会議(ラビア・カーディル総裁)は機能しているのかどうか。活動理念にはこうある。

<東トルキスタン国内外のウイグルの人々を代表する唯一の合法的な組織として、対話と交渉を通じて東トルキスタン問題の平和的解決のための道筋を示すために全面的な努力を行う。

世界ウイグル会議は、中国の東トルキスタン占領に反対する非暴力と平和的な反対運動を宣言する。

そして、国際的に受け入れられている世界人権宣言で決められた人権の無条件での順守、民主主義の多元的共存原則の順守、全体主義や宗教的な不寛容やテロ手段の拒絶を宣言する>

「非暴力と平和的な反対運動」で暴力的弾圧を加えている中共を駆逐できないことは、焼身自殺が相次ぐチベットを見ても分かる。中共にとって銃弾や爆弾のない運動は痛くも痒くもない。歴史を大きく変えるのは戦争、武力闘争であることは自明の理だ。毛沢東曰く「政権は銃口から生まれる」。

そもそもウイグルが中共に侵略されたのも軍事力によるもので、平和的な運動や交渉によるものではない。正しく敵を憎悪し、敵意を高め、武力を発動しない限り、中共は倒れない、すなわちウイグルの独立は果たせない。

まさか世界ウイグル会議がそれを知らないはずはないから、表向きは平和的だが、裏ではしっかり準備しているのだろう、と思いたい。親日国のトルコはウイグル人の武器庫になるかもしれない。ウイグル人はそもそもがトルコ系民族なのだから。

中共は日本の最大の危険要因だから、その除去のためにもウイグル人を支援するのが正しい。ウイグル人にトルコ経由で資金、武器弾薬を密かに供給すべきではないのか。海千山千の商社を介したらいい。

中共が弱体化すればロシアもますます孤立する。それはわが国の国益になる。領土返還のチャンスも生まれるだろう。皇軍に継承されているはずの中野学校、藤原機関の智謀諜報工作力を今こそ生かすべきだ。
(2015/9/12)

             
       

◆私はこう読んだ終戦70年安倍談話

櫻井よしこ

 
8月14日に発表された戦後70年談話には、安倍晋三首相の真髄が表わされていた。
 
談話発表まで、日本の多くのメディアが報じたのは「植民地支配」「侵略」「お詫び」「反省」の4語をキーワードとし、これらが談話に盛り込まれるか否かという浅い議論だった。

中韓両国も注文をつけ続けた。静かに歴史を振りかえり、未来に想いを致すことを許さない非建設的な雰囲気の中で安倍首相が語ったのは、大方の予想をはるかに超える深い思索に支えられた歴史観だった。
 
最大の特徴は有識者会議「21世紀構想懇談会」が打ち出した「満州事変以降、日本は侵略を拡大していった」という歴史観を拒絶したことだ。首相は談話でこう語っている。

「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう2度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」「先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました」
 
この件りについて談話発表直後の「言論テレビ」の番組で外交評論家の田久保忠衛氏が喝破した。

「首相は、第1次世界大戦、不戦条約、国連憲章及びわが国の憲法9条の言葉を語っているのです。これら国際間の取り決めに込められた普遍的原理をわが国も守ると一般論として語っただけです。

21世紀懇は日本が侵略したという歴史観を強く打ち出しましたが、歴史には常に因果関係があります。そのヒダを見ることなしに満州事変以降を切り取って議論するのでは歴史の実相は見えてきません。そのような21世紀懇の歴史観を、首相が採らなかったことを高く評価します」

戦後の日本の思い
 
首相は21世紀懇の意見に耳を傾けたと再三強調したが、同懇談会の主張は日本の近代化の歴史を描いた部分で活用された。100年以上前の世界には、西洋諸国の広大な植民地が広がっていた。

植民地支配の波は19世紀、アジアにも押し寄せた。そうした中で日露戦争となり、同戦争はアジア・アフリカ諸国への勇気づけとなった。だが欧米諸国による経済ブロックの形成で日本の孤立が深まり、やがて日本は世界の大勢を見失った。談話の冒頭に書かれたこの振りかえりは、まさに21世紀懇が示した歴史の枠組みだった。
 
彼らの議論は、日本は歴史の大勢を見誤ったけれども、背景にはそれなりの事情があったという日本の歴史観として、公式の談話に明確に盛り込まれた。
 
首相は一方で日本と戦った国々や戦場で犠牲となった人々に心のこもった言葉を重ね、そうした犠牲を忘れてはならないことを、おざなりではなく、丁寧に伝えた。

首相の真摯な哀悼の表現を、米戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部長、マイケル・グリーン氏は「侵略や植民地化への言及や反省に関する表現は多くの人が予想した以上に力強かった」と語り、評価している。
 
日本国民に強いられた無残な犠牲も言及された。「終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々」という件りには、ソ連軍によってシベリアに抑留された60万余の兵たちが含まれているはずだ。ソ連兵に蹂躙された100万余の婦女子の悲劇も心にうかぶ。広島や長崎での原爆投下、都市への爆撃は、当然、米軍による非人道的な行為を指す。
 
敵側による犠牲だけでなく、南方戦線で、戦闘ではなく、飢えで命を落とした幾万の兵、彼らを死なせた日本軍の拙劣な戦略戦術も含めて、首相は、歴史を取り返しのつかない、苛烈なものと悼んだ。
 
民主党代表の岡田克也氏は、首相談話の先述の4つのキーワードは「いずれも引用の形で述べられている。一般論に終始している」と批判した。
 
だが、国際社会の声から明らかなのは、戦後70年のいまも日本にお詫びを求め続ける中国や韓国はおかしいということだ。アジアの多くの国も、米国も豪州も、大事なことは日本の未来の行動だと考えている。
 
その点を首相は振りかえり、戦後の日本の思いを行動で示すため、「インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました」と述べた。
 
日本が21世紀の国際社会、とりわけアジアの人々のためにどのように貢献したいと考えているかが、ここに反映されている。
 
東南アジアの国々に続いて、台湾、韓国、中国、と台湾を筆頭にあげたことに中国は強く反発した。中国共産党機関紙傘下の『環球時報』は「中国が最後に列挙されたこと」「台湾が個別に言及されたこと」に対する不快感を示した。

謝罪に終止符
 
日本の歴代政権は日本と中華人民共和国との国交回復以降、72年の共同声明の精神に基づいて、「ひとつの中国」という考えを「理解し、尊重」するとして、諸国の国名と並列で台湾を明記することはなかった。並列で明記した談話から読みとれるのは、中国の主張は理解し尊重するが、それは100%の同意ではない、ということではないか。ここには日本が大事にしようとする価値観がにじみ出ている。
 
首相は21世紀の価値観として、女性の人権擁護、自由で公正で開かれた国際経済システムの構築、自由、民主主義、人権の尊重を推進する積極的平和主義の外交などを説いた。
 
会見の質疑応答では、こうも述べた。「残念ながら、現在も紛争は絶えない。ウクライナ、南シナ海、東シナ海での力による現状変更の試みは許されない」。驚く程率直な、中国及びロシアに対する痛烈なメッセージではないか。
 
日本が自らの歩みを振りかえるとき、「大勢を見誤った歴史」がくっきりと見える。中露両国が大勢を見誤っているとの発言は自省すればこそ21世紀の価値観をリードしなければならないという責任感でもあろう。
 
談話で最も重要な点は「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と語り、謝罪に終止符を打ったことだ。謝罪の終わりを宣言したことは、中国、朝鮮半島のためにも評価すべきだ。

東アジアで、日中韓3カ国が協力することこそ、すべての人々の幸せに繋がる。日本が謝罪を続けることは、その照り返しとして中国、朝鮮半島に歴史に対する後ろ向きな価値観を生み出す。その非生産的な歴史の連鎖を断ち切る道が、日本は過去を受け継ぎながらも、未来へ向かって進むと宣言した首相談話なのである。

『週刊新潮』 2015年8月27日号 日本ルネッサンス 第668回


     

◆国民に伏せられた暗闘2人の談笑

中沢 克二



軍事パレードがあった3日の未明、いつもはPM2.5に遮られる北京の空にオリオン座が瞬いていた。工場の全面操業停止の効果だった。

■周永康を除く15長老が勢ぞろい

現地時間、午前10時、強い日差しを受けた天安門の楼閣上には共産党、国家、軍のトップである習近平と、先々代、先代の国家主席、江沢民(89)と胡錦濤(72)を含む存命の最高指導部経験者15人が顔をそろえた。

注目すべきは、1年ぶりとなった江沢民の公式の場への登場とともに、ただ一人、欠けていた最高指導部経験者だ。習近平が牢(ろう)に送った周永康である。

彼は江沢民グループの重鎮だった。周永康の欠席までの経緯は、習近平がトップに就いてから1000日強にわたる「反腐敗」と言う名の権力闘争そのものだ。

習近平は、江沢民ら長老による「院政」を封じ込めるため必死に戦ってきた。これはあくまで党内部の暗闘だ。表舞台では、習近平と江沢民がパレードを見ながら、にこやかに会話を交わす。

1年前、国慶節(建国記念日)を控えた9月末の音楽会でも、健康不安説があった江沢民が久々に現れ、習近平の隣に座っていた。2014年7月末の周永康の摘発発表から間もない時期だった。直後の8月、河北省の保養地に最高指導部と長老らが集まった「北戴河会議」で、周永康の摘発公表は渋々、了承された。だが、習近平と江沢民の暗闘は続いた。

軍事パレードは習近平の独り舞台――。その演出は手が込んでいた。

「老江(江沢民)が現れたのは見たけど、習大大(習近平)の隣にいたなんて知らなかった」

北京の庶民の感想だ。国営中央テレビの生中継にくぎ付けとなった多くの国民は、江沢民の出席は映像で確認したが、習近平の左隣にいることが分からない。「ツーショット」が無いのである。

「習・江の確執にも配慮した上での報道上の操作だった」

関係者の声だ。そもそも江沢民は一般国民に人気がない。周囲の人物が汚職まみれなのは、江沢民自身の問題でもある、と見られている。「反腐敗」や「虎退治」で大衆の支持を得た習近平が、“悪役”の江沢民と談笑する映像は習人気を冷やしかねない。つまり一般国民向けには「ツーショット」は不要だった。

一方、習・江の確執は、中国政治の不安定の象徴として世界の視線を集めている。海外からの目を考えれば、習・江の談笑は報道すべき事象だ。だからこそ、海外、華僑向けの通信社は2人が談笑し、隣に胡錦濤もいる写真を配信した。事実上、共産党宣伝部の管轄下にある中国系香港メディアもこれを使った。非常にわかりやすい。

江沢民の健康状態はどうなのか。天安門上の席に着く前、階段を下る際は左脇か抱えられたものの、歩くのには支障がない。高齢でも健康に大きな問題があるようには見えなかった。左隣の胡錦濤に向けて親指を立てるポーズまでとったのが話題なった。

天安門前の巨大スクリーンに映し出された江沢民(左)と胡錦濤。国営中央テレビは、江の向かって左に座る習近平と一緒に映った映像をあえて流さなかった(9月3日の軍事パレード)

天安門前の巨大スクリーンに映し出された江沢民(左)と胡錦濤。国営中央テレビは、江の向かって左に座る習近平と一緒に映った映像をあえて流さなかった(9月3日の軍事パレード)

胡錦濤は終始、表情が硬かった。いや、表情がなかったと言ってもよい。そして、気になる映像がインターネット上に出回った。欄干の間から見える胡錦濤の左手先が絶え間なく小刻みに震えているのだ。意図的なズームアップ映像だ。

「不仲だった隣の江沢民の振る舞いに我慢ならない怒りの表明」「側近の令計画を追い落とした習近平が気に入らないのでは……」。少し不真面目な解説も流れたが、健康になんらかの問題があると見るのが一般的だろう。「パーキンソン病を患っている」。そんな噂もある。

胡錦濤は9000万人近い共産党の青年組織、共産主義青年団のボスだった。12年の習近平への権力委譲では、中央軍事委員会主席を含めて全て引退した。江沢民の院政に悩まされた経験から「口出ししない」スタイルを取った。

しかし、17年の党大会での最高指導部人事は別だ。共青団のホープで広東省トップの胡春華(52)らを押し上げたい。だが、もし健康が優れないなら政治力も衰えるのがこの国の常だ。

他の長老らの様子はどうか。中央規律検査委員会が「慶親王批判」の文章を発表したことで、次ぎに習が狙う標的と噂された曽慶紅(76)。無表情の胡錦濤の後方で元気に動き回り、健康をアピールした。一族が電力業界に多大な影響力を持つ元首相、李鵬(86)の姿もあった。この2人は、習近平と同様に党高級幹部を親に持つ「太子党」の重鎮である。

国有企業改革の断行などで評価の高い元首相、朱鎔基(86)には、やや衰えが見えた。脇に控える秘書役は声も発せず天安門の欄干の手すりをたたく動作をした。「ここに両手を置きなさい」というサインだった。

長時間、日差しの強い壇上に立つ老人が体力を消耗して倒れないよう、両手による支えを促したのだ。とはいえ、重鎮に対し、子供を諭すようなしぐさをするのは違和感があった。朱鎔基は一瞬戸惑いつつ指示に従った。

■後継者を決めるのは俺だ

めったに姿を現さない最高齢98歳の元老、宋平は、習近平と同じ中山服姿だった。ケ小平から信頼された宋平は、胡錦濤や温家宝を見出し、最高指導部メンバーにまで押し上げた。

天安門前をパレードする米国を射程に入れる大陸間弾道弾「東風5B」を載せた軍事車両。(3日、北京)=写真 柏原敬樹

天安門前をパレードする米国を射程に入れる大陸間弾道弾「東風5B」を載せた軍事車両。

07年、習近平がいきなり次期最高指導者候補の最右翼に躍り出る際も影の立役者だった。当時は、共青団を基盤とする李克強が有力と見られていた。だが、長老らの反対が多く、まとまらない。内情を知る党関係者はこう述懐する。

「長老の意見取りまとめに向けて宋平は習近平を強く押した。キーマンの一人だった」

 ここでは習近平の父で元副首相の習仲勲と宋平の良好な関係も功を奏した。宋平が名伯楽だとすれば、2年後の最高指導部人事では、なお発言力を持つかもしれない。

「後継者を決めるのは俺だ」。軍を掌握した習近平は、17年の最高指導部人事を見据え、こう思っているに違いない。だが、共産党の伝統では、今回、天安門上に並んだ15長老の力は無視できない。


 だからこそ毎年、「北戴河会議」が注目される。今夏、北戴河には15長老が皆、い
たわけではない。だが、長老それぞれが習近平に対してなんらかの形で見解を提出している。テーマは今回の軍事パレードのあり方、経済運営、そして今後の重要人事だ。習近平と江沢民ら長老との綱引きはまだ終わらない。

目立たない温厚な男と見られていた習近平は、中国トップに就くやいなや豹変(ひょうへん)した。「反腐敗」を名目に政敵を次々に放逐する”新皇帝”の野望とは何か。日本経済新聞出版社より「習近平の権力闘争」を出版しました。。
日本経済新聞 電子版:2015/9/9

中沢克二(なかざわ・かつじ) 1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞

              (採録:松本市 久保田 康文)

2015年09月12日

◆半世紀前と変わらぬ野党の国会質疑

阿比留 瑠比



今国会の焦点である安全保障関連法案は来週にも成立する見通しだが、肝心の国会での質疑水準はどうだったか。議員の知識・見識は、過去に比べ進歩したのだろうか。まず、次のやりとりを紹介したい。

◆まるで今国会質疑

野党議員「反対という国民の声の方が、世論調査で明らかに多い。こういう大勢の国民の声をあなたは聞いていないじゃないか」

首相「この問題については、政府が全責任を持って決定することが適当だ」

野党議員「ここに、民主国家の中に独裁へ通じる道が開かれていくのじゃないか。ただ俺を信ぜよというだけではすまない」

首相「国会で選任される内閣の首班が作る内閣が全政治的責任を負うこの制度は、今の民主政治、議会政治の形式としてそういうものだ。独裁の道が開けると考えるのは間違いだ」

まるで今国会の一場面のようだが、実は今から55年前の昭和35年4月14日の衆院日米安全保障条約特別委員会でのやりとりだ。野党議員は社会党の飛鳥田一雄氏(後に党委員長)で、首相は岸信介氏である。

◆二番煎じ「徴兵制」

今国会で、安倍晋三首相の政治手法は野党議員らに「独裁の道」と批判されてきたほか、世論調査を根拠に「民意に耳を貸さない」と繰り返しレッテルを貼られている。だが、日米安保条約をめぐる審議でも似たようなことがあったのだ。

また、今国会で野党側は安保関連法案が通ると「徴兵制」につながるというデマを盛んに流した。これも55年前に同様のやりとりがあった。例えば岸氏はこんな答弁をしている。

「反対の人々は、軍備拡張によって徴兵制度が敷かれる恐れがあるとか、いろいろのことを国民の間に流布宣伝している」(6月12日の参院日米安保特別委)

「徴兵の問題は考えておりません。徴兵制度を前提としたようなことは一切考えておりません」(4月5日の衆院日米安保特別委)

安倍首相は「徴兵制は明白な憲法違反」「先進国は徴兵制を廃止する方向だ」などと何度も否定している。にもかかわらず、民主党議員らは執拗(しつよう)に徴兵制の懸念をあおって印象操作を試みてきたが、これも二番煎じのやり方なのだ。

さらに今国会で、社民党などは集団的自衛権行使の限定容認によって「米国が起こす戦争に日本が巻き込まれる」と「巻き込まれ論」を強調している。やはり55年前に、そっくりな切り口の議論があった。岸氏はこう反論している。

「われわれが意思に反して戦争に巻き込まれるような事態は、本条約で絶対に起こらない」(2月26日の衆院日米安保特別委)

「こういう条約ができれば戦争に巻き込まれるとか、戦争の危険があるとかいうような反対論が、一体どこから出るか理解に苦しむ」(6月8日の参院日米安保特別委)

このほか、55年前の国会でも自衛隊や日米安保条約の違憲論が幾度も提起されていた。集団的自衛権についてもいろんな角度から議論が戦わされている。

改定日米安保条約によって日本が独裁国になり、徴兵制が敷かれて戦争に巻き込まれたかどうかは、もはや論じるまでもない。

残念なのは、こと安全保障問題に関する質疑は十年一日どころか五十年一日のように進歩がないことだ。陳腐で現実離れした議論が延々と繰り返されるのを防ぐため、いっそ国会議員に安全保障の試験を義務づけたらどうだろうか。(論説委員兼政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2015.9.10

◆団派はコーナーに追いやられたのか?

宮崎 正弘 



<平成27年(2015)9月4日(金曜日)通算第4646号 > 

 〜団派はコーナーに追いやられたのか? それとも
  李源潮(国家副主席)が「金正恩は友人ではないか」と発言していた〜

習近平は北朝鮮の金正恩が大嫌いなようで「われわれはこの地域の安定を望んでいるが、いまの政権の安定を臨んでいるのではない」と発言した。引き替えに韓国に熱烈に近づき、軍事パレードでもプーチンにつぐ重要な席を朴権惠大統領に用意した。北朝鮮にとって、これほど不愉快な措置はないだろう。

習近平の団派への敵意が最近は剥き出しになってきた様相である。

本来なら経済を担当する国務院。その総理である李克強首相から、殆どの経済実験を取り上げ、自らが「小組」を3つも4つもつくって主任を兼ねた。つまり経済実権を団派から取り上げたのだ(ということは上海株暴落、人民元切り下げ、景気不況の責任も李克強がとる必要が無くなって怪我の功名なのだが)。

ついで胡錦涛の懐刀だった令計画を失脚させ、芋づる式に周辺にいた団派人脈幹部を拘束、取り調べ、逮捕した。

李源潮の女婿が香港で展開している怪しげなファンドの存在も外国メディアにリークして、暴いてもみせた。

反撃するかのように、王洋(副首相)は「米中戦略対話」に乗り込んで「われわれは米国の決めるルールに従う。米国は世界の指導者である」と明言し、習近平路線と鮮やかに対立した。

そして李源潮が「北朝鮮の金正恩は欧州留学経験もあり国際的な視野をもって判断できる政治家。中国の友人である」と発言していた。これは韓国の『朝鮮日報』(9月2日)が伝えたが、2013年7月に李が訪朝したおりの発言だったという。

現在の習政権でトップセブンのうち、習の信頼できる政治家は、王岐山ただひとり、李首相は団派の領袖、団派ナンバーツーの李源潮は政治局で実力トップ、国家副主席。ナンバースリーが王洋副主席で政治局の重鎮である。

残る4人、張徳江、劉雲山、愈正声、張高麗は上海派で、江沢民のごり押しで政治局常務委員にはいってきた面々だから、表面上はともかく、 習近平からは遠ざけされている。換言すれば、トップセブンは形式上であり、4人は「上海派残党」として軽く見られている所為か影が薄い。

習の中枢を囲むのは王岐山への信頼と『軍事アドバイサー』が劉源と劉亜州、そして外交が王炉寧、経済ブレーンが劉?、首席補佐官が栗戦書という陣容である。

この人事にもっと留意するべきであろう。

軍は、江沢民派の徐才厚、郭伯雄の失脚により、団派の天下となりかけたが、副主任の許基亮と氾長龍を手なずけ、太子党でもある張又峡を引きづりこみ、団派代表の房芳輝を軍事委員会に孤立させる戦術を行使しているかにみえる。

軍事パレードで習近平は軍権を曲りなりにも掌握したことを内外に見せつけた。そのうえで想定外のことが起きた。欠席が噂された江沢民と胡錦涛が雛壇に現れて、関係者を驚かせた。

◆デマと罵詈雑言飛び交う「異常空間」

酒井 充



朝日新聞や民主党が絶賛した8・30国会デモは、デマと罵詈雑言が飛び交う「異常空間」だった…

8月30日午後、国会議事堂周辺には約2時間にわたり安全保障関連法案に反対する大勢の人が集まった。主催した市民団体「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」は12万人が参加したとしている(警察当局の発表は約3万3000人)。

民主党の岡田克也代表ら野党4党の党首も駆け付けて廃案を訴えた。朝日、毎日、東京各紙は翌31日付朝刊で上空から撮影した集会の写真を1面に掲載し、社会面などでも大展開した。「届かぬ民意 危機感結集」(東京1面)だそうだ。

集会では、日米安全保障条約に関する「60年安保闘争」や「70年安保闘争」を懐かしむ初老の人々が安倍晋三首相を「安倍」と呼び捨てにすれば、若者はデマを拡散し、「安倍を倒せ!」と叫んだ。

こうした集会の異常さを朝日、毎日、東京などのメディアは伝えず、さも「善良な市民の集会」との印象で報じ、岡田氏は「力を貸して」と協力を求めた。礼節も常識もなく罵詈雑言とデマが飛び交い、それに誰も異を唱えない-。日本の将来の危機を感じさせる集会だった。

国会周辺は集会が始まる午後2時前から不穏な雰囲気だった。小雨が降る中、最寄りの地下鉄駅は大混雑。それでも何度か経験した7万人規模のコンサートの雑踏に比べれば明らかに人は少ない。集会が終わると、ほどなくして嘘のように国会周辺は静寂に包まれた。大規模コンサートの帰途は、こうはいかない。

負傷者を出さないために通行を規制する警察官に「なんで通さないんだ! デモをつぶしたいんだろ!!」と毒づく中年の男性がいるかと思えば、「火炎瓶を投げたくなるよ」と不穏な言葉を漏らす青年の姿も。「警察帰れ!」のコールも起きた。この場から本当に警察がいなくなったら混乱に拍車がかかるのは火を見るよりも明らかだ。

メーン会場の国会正門前では、岡田氏と共産党の志位和夫委員長、社民党の吉田忠智党首、生活の党と山本太郎となかまたちの小沢一郎代表がそれぞれあいさつした。

各氏とも声が上ずり、いつもの雰囲気とは違って高揚していた。いずれも廃案と共闘を叫び、岡田氏は志位氏とがっちり手を組んだ。

野党党首の次は、各界からのスピーチに移った。ルポライターの鎌田慧氏は「安倍は本当に珍しい嘘つき」「安倍みたいに対話ができないやつはない」と呼び捨てで訴えた。

続いて山口二郎法政大教授は「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる」と叫んだ。山口氏は教職にあり、民主党のブレーンでもあるという。

講談師の神田香織氏は首相を「あんた」「嘘つき」「泥棒」とののしり、「切腹しろ」と退陣を求めた。袖井林二郎法政大名誉教授は、首相が「デモ隊を鎮圧するために機動隊だけでは足りず、武装した自衛隊を派遣するかもしれない。本当に困った人だ」と主張した。

鎌田、袖井両氏、そして映画監督の神山征二郎氏らは「60年安保」に言及した。

久々の国会周辺の大規模集会に郷愁を感じているようだ。確かに集会参加者には高齢者の姿が多い。

午後3時すぎ、法案反対のデモ活動を行う学生団体「SEALDs(シーズ)」の奥田愛基氏が登壇した。奥田氏は「安倍首相は『どうでもいい』とかやじを飛ばして、この安保法制を結構軽く見ていると思うんですよね」と述べ、「どうでもいいなら総理をやめろ!」と叫んだ。

首相がいつ「どうでもいい」とやじを飛ばしたのか不明だが、8月21日の参院平和安全法制特別委員会で首相が自席から発言した「まあいいじゃないか」を勘違いしていると思われる。このやじの直後、質問していた民主党の蓮舫代表代行が「『そんなことどうでもいいじゃん』とは、どういうことか」と追及していたからだ。

やじは、蓮舫氏の質問に答えた中谷元・防衛相が過去の政府答弁の通称を間違えて審議が中断している際に出た。首相はその後、「どうでもいいなどとは言っていない」と釈明しつつ、やじを陳謝した。

蓮舫氏は8月29日のテレビ番組で「首相は『まあいいじゃないか』と言った」と説明した。「どうでもいい」と「まあいいじゃないか」では印象が随分と異なる。

しかし、奥田氏は8月23日に連合が主催した国会前での法案反対集会で「どうでもいいなら総理を辞めろ」と叫んだ。「どうでもいい」と「辞めろ」が全く結びつかないが、30日も同じく叫んだ。

こうした間違いをただそうとする大人は集会参加者にいなかった。奥田氏が首相を「お前」と呼び、「安倍を倒せ!」と叫んでも、大人はいさめるどころか、「そうだ!」と同調した。大人からして「安倍」と呼び捨てにしている。

「呼び捨てにしてはならない」「嘘をついてはいけない」という常識は、この空間には存在しない。子供連れの女性もいたが、こういう発言を次々と聞かせて大丈夫かと本当に心配になった。

奥田氏が「ビッグな先輩が駆け付けてくれました」と紹介して登場したのが音楽家の坂本龍一氏だった。坂本氏も奥田氏をいさめることはしない。それどころか「現状に対して絶望していたが、若者たちが発言してくれているのを見て、日本にもまだ希望があるんだと思っている」と称賛した。「崖っぷちになって初めて日本人の中に憲法の精神、9条の精神が根付いていることをはっきり皆さんが示してくれた。とても勇気づけられている」とも語った。

そして「イギリス人にとっての『マグナ・カルタ』、フランス人にとっての『フランス革命』に近いものが今ここで起こっているのではないか。僕も一緒に行動していく」とエールを送った。なぜ法案反対の集会がフランス革命に近いのか、さっぱり分からない。だれかをギロチン台に送り込むつもりなのだろうか。

作家の森村誠一氏は「戦争は女性を破壊する」として、「安倍政権は女性を殺そうとしている」と主張した。さらに先の大戦を引き合いに「ばかばかしい戦争を安倍は再びできるような、可能な国家にしようとしている。絶対に安倍を許さない」と訴えた。また呼び捨てだ。

ほかにも憲法学者、弁護士、宗教者らが次々と発言した。「集団的自衛権は違憲だと言っていたのだから、政府は法案が合憲であることを証明しなければならない」(浦田一郎明治大教授)と、法律論に絡めて批判する主張もあった。

だが、発言者の大半は「立憲主義に反する」「戦争法案反対」などの単純な叫びだった。安保法案の反対集会だと思っていたら、原発再稼働反対や米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設反対の声も上がった。

安保法案反対を訴える一方、北朝鮮や中国の軍事的な脅威など、日本を取り巻く安全保障環境の変化や危機感を指摘する声は、各界から登壇して発言した15人からはなかった。

とにかく「安倍憎し」の大合唱だ。いくら気勢を上げるための集会とはいえ、あまりにも物事を単純化しすぎており、理屈も何もない。罵詈雑言による糾弾、事実に基づかない一方的な見解の披露、論理を許さない問答無用の殺気だった空気には恐怖さえ感じた。

もっとも、集会参加者が「守れ」と訴える日本国憲法は、公共の福祉に反しないならば集会の自由、表現の自由を保障している。法律でくくれない礼節の問題があるとはいえ、一般の人が何を言っても原則自由だが、岡田氏は、こうした人たちに「力を貸してほしい」と訴えた。

枝野幸男幹事長は「安保法制に対する批判、不安が大変大きなうねりになっていることが改めて痛感させられる事態だった」と述べた。“党公認の集会”と言ってもいいのだろう。集会には、とても満足そうな笑みを浮かべる菅直人元首相の姿もあった。民主党はそういう政党なのだということがよく分かる集会だった。

産経ニュース【酒井充の野党ウオッチ】2015.9.10

(採録: 松本市 久保田 康文)

◆私の「身辺雑記」(259)

平井 修一



■9月9日(水)、朝は室温22度、今季最低、びしょびしょの雨、台風が来ているとか、昨日に続いて散歩不可。

洗濯物がパリッとしないので昨日は乾燥機を2回まわした。珍しいことだ。(この乾燥機は長女が生まれた1981年の東芝製。当時は日本製だから30年以上たっても元気。電気屋曰く、中国製は10年で故障する。東芝、頑張ってくれ!)

残暑がないままに秋の彼岸を迎えるのだろうか。米の収穫が終わった後でよかったが、猛暑の後にいきなり秋という感じ。珍しい。いきなり冬の中共経済・・・訃報はまだか。

今朝の産経の曽野綾子氏の太宰の私信についての論考「作家の本質はあくまでも作品」は良かった。「私信を公開することも、土足で他人の心に踏み込むような無礼な行為だ」とばっさり。

荷風について山本夏彦翁曰く「美しければすべて良し」。日記「断腸亭日乗」は死後に出版されることを意識して書かれているが、それ以前の不都合な日記は荷風が焼却したようだ。

荷風は下書きのような原稿を盗まれ、それが古書店市場で取引されているのを知ってショックを受けている。作品がすべて、それ以外では論評してくれるな、ということだろう。

私生活を半ば売り物したような太宰ではあるけれど、まったく公表を想定しなかった(いささか卑屈な)手紙を死後67年後に“暴かれる”のは、小生のような凡夫でも嫌なものだ。公開した人はどのような思いだったのだろう。

公表したものと実体、事実は異なることが珍しくない。東芝は赤字を隠して黒字決算にした。「売上は当期に計上、費用は来期に計上して黒字にしよう」なんて経営者の初歩的常套手段だが、税務署は税金をたっぷり納めてくれれば「優良企業」だから数字はさほどチェックしない。税金を納めない赤字企業は重箱の隅をつつくようにチェックするのと大違いだ。

(税務調査を受けると企業は納税することになるのだが、経営者はこれを「お土産」と称している。「まあ見解の相違だけれどね、お土産は1000万円で済んだから、ま、いいか」なんて言う)

だから東芝の真実は表に出なかったのだが、中共と同様で、真実の数字、実態が不明だと、まともな経営ができなくなる。給料のうち、可処分所得がいくらなのか、預貯金はいかほどあるのか、ローン返済はいくらなのか、それを分からずに買いまくったら破綻するのと同じだ。

東芝は土俵から転落寸前、俵に親指だけで残って、どうにか「真実」にたどりついたようだ。前途多難だけれど頑張って再生し、正しく納税してくれ。乾燥機が30年以上も元気なのだから、君ならできる!

■9月10日(木)、朝は室温25度、微雨、どうにかハーフ散歩。

難民問題でEUは分解寸前、EUそのものが難民となって漂流しそうだ。ブログ「Argus Akita」9/9「ハンガリーが批判にさらされている?」から。

<ラトビアのリガのホテルでヒマつぶしにTVニュースを付けっぱなしにして各国のニュースをザッピングしていると、どれを見ても暴徒化する難民を追い返すハンガリーの警察と、制止を振り切って逃げていく難民達の映像が何度も繰り返される。

催涙ガスも使っているが、もともと銃弾やロケット砲の飛び交う中で生活していた難民たちには効果など無いだろう。

ハンガリーはもっと『人道的』に扱えといった論調もあるが、だんだんと欧州全体の空気が変わって来ているように感じる。

ただ、ローマ法王が日曜日『欧州の全ての教区、共同体、修道院、教会で1家族を受け入れるよう』求めたこともあり、各国も経済的な問題で割り切れない葛藤がありそうだ。

メルケルのwelcomeメッセージに始まった民族大移動の加速化だが、ハンガリーにしてみれば降って湧いた災難のようで身に覚えのない誹謗中傷を浴びているに等しい。

ハンガリーはそれ(難民受け入れのシェンゲン協定による手続き)を忠実に行おうとしているが、難民の数が多すぎて処理が追いつかないようだ。どうせドイツに向かうのだからドイツやオーストリアはハンガリーに入国審査の人員派遣や資材供給等をすべきだという指摘もあるが、ドイツやオーストリアはその気はあまり無さそうだ。

結局、ハンガリーはセルビアとの国境に有刺鉄線のフェンスを敷いたが全く効果が無さそうだ。

争いの絶えなかった欧州でウェストファリア条約で国民国家を形成し互いの干渉を抑え、今度はさらにボーダーレス化によって欧州統一を理想にしたが、今そのボーダーを各国が再度固め始めたのは実に皮肉な成り行きだ。

ギリシャ問題のような通貨ユーロ圏の危機以上に『人権』といった道徳的問題で欧州の亀裂は確実に深まっている。

戦禍を逃れた政治難民なのか、あるいは単に荒廃した母国(中東地域の人間は国民国家という概念はほとんど無いだろうが)を見捨て『より良い暮らし』を求める経済難民なのかの線引きは難しいだろうが、これをしないままにメディアの映し出す『いたいけな難民の幼子達』を見て人道、人権といったものを優先する感情論が先行すると、ドイツはローマ帝国と同じ運命になる。

日本もそれが出来なかったから在日棄民を抱え何十年も苦しんでいる。

既にEUはアメリカに難民引き受けを打診していて、アメリカも3万人程度受け入れるようだが、難民にISが混じっていてもわからない現在、アメリカが受け入れるには相当のハードルを設けるに違いない。

日本は遠い国の出来事と考えているだろうが、少なくとも難民支援のための資金提供はガッツリ要求されそうな予感がする。

まずは、V4(ヴィシェグラード4か国、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー)あたりにテントや医薬品提供でも申し入れたらどうなのだろう。もう欧州は夜は冷える日もあるため、難民達、特に子供達には厳しいはずだ。

それにしても、メルケルは調子いいことを言って後で手のひらを反したら、命を狙われそうな気がする>(以上)

「運命は努力次第」というのは概ね誤解か妄言か嘘である。人は両親を選べないし、生まれる場所も選べない。我々が文盲の女と低学歴の男を親としてシリアやイラクに生まれていたら、今頃はエクソダスで欧州を目指す難民になっていたかもしれない。この世は理不尽だ。

「気の毒だし、人道上も排除はできない」と難民を無制限に受け入れたら、国家が崩壊しかねない。長い歴史の中で多くの困難を乗り越え乗り越えて今の国家があり、次代により良い国家を引き渡すのが国民の義務だが、残念ながら難民は多くの問題を引き起こす。厄介なのは「解決策がない」ことだ。

肥沃な広い土地があれば入植させることができるが、そんなものはない。いずこの国も金欠病で、難民を長期にわたって養うことはできない。仕事を与えたくても不景気だから仕事がない。ナイナイづくしだ。

本来なら故国が安定していればいいのだが、イスラム教は宗派が違うだけでも激しく敵対する。宗派が異なれば敵であり、敵を殺すためには自分が死んでもいいという原理主義者もいる。三つ巴、四つ巴の争いをすることもあり、政教一致の国も多いから、他派は圧迫され、政治はまったく安定しない。

こういう国からの難民を、自由・民主・人権・法治を土台とする近代国家が受け入れることはできても、難民が溶け込むことはない。難民はゲットーを作り、治安は悪化し、やがて先住民は逃げ出さざるを得ないことになる。先住民が“難民”になってしまうのだ。

難民・移民を受け入れてそこそこ成功したのは、もともとから難民・移民の国だった米国くらいだ。その米国でもアフリカなどから強制連行されてきた黒人は家畜扱いであり、米国独立後も南北戦争後も差別され、1960年頃までアパルトヘイトは続き、今でも人種対立事件は後を絶たない。

黒人に似て難民・移民は貧困→低学歴→高失業率→犯罪→収監の不幸なコースをたどることが珍しくない。ウィンウィンの受け入れ方法が見つかっていないから、本来は難民は故国へ送り返すべきなのだが、それもできない。EUの苦悩は永遠に続くだろう。

宮家邦彦氏の論考「止まらぬ中東から欧州への難民 欧州委は難民割当問題を協議」(Japan In-depth9/8)から。

<今週はトルコ海岸で亡くなった三歳男子のショッキングな画像が欧州諸国を変えた。それまで冷淡だった英国すら難民受け入れに前向きな姿勢を示し始めた。しかし、それで中東から欧州への難民・不法移民の流れが止まることはない。

今年これまでに約27万人の亡命希望者が海から欧州に渡ったという。長い目で見れば、これは中東から欧州への「歴史的なしっぺ返し」なのだろう。更に、見方を変えれば、欧州の衰退の一環とも言えるかもしれない。

夏休み明けの欧州は難民受け入れの割当制を導入するかで割れている。9日には欧州委員会が16万人の割り当て問題を議論する。しかし、UNHCR(国連)によれば、シリア国内で600万人余りが避難民となり、400万人余りが難民登録をしているという。

そのうち半数以上がレバノン、ヨルダン、イラク、エジプトに流れ、トルコにも約190万人が、北アフリカに約2.4万人がいるという。ドイツでは今年、過去最多の80万人が難民申請すると予測されているが、申請者の約4割は「不法移民」だという>(以上)

欧州は植民地支配のツケを70年後に支払い始めざるを得なくなった、ということか。永遠に払い続けるのか。EUのお花畑的な理想で国境はザルになったが、その代償はあまりにも大きい。現実離れの自己陶酔的なリベラルという“善人もどき”が亡国の危機を招いている。

「戦争法案ハンターイ」と叫ぶ憎悪丸出しの和式リベラルは絶滅危惧種だが、同情満載の洋式リベラルは多数派だろうから危険極まりない。笛の音に魅かれて崖に向かっており、やがて墜落し、その反動から排外主義が起こり、再び三度ガラガラポン・・・

英国はまだまともな現実主義者がいそうだから真っ先にEUを離脱するだろう。これを皮切りに“難民生きてEU死す”という事態もあり得る。日本は他山の石とすべし。国境を開放したら終わり、ということだ。

ネットで国勢調査に回答。初めてだから疲れた。アンケート欄があったので「外国籍別の生活保護受給率を公表してくれ」と書いておいた。

■9月11日(金)、朝は室温23.5度、晴、ハーフ散歩。彼岸花が20本ほど咲いていた。台風一過・・・

2歳女児と4歳男児のお腹が不調で、ここ2泊3日は集団的子育てだったが、今朝機嫌よく帰っていった。天気が悪いのに嘔吐で寝具まで洗濯することになるから膨大な洗濯物になる。疲労困憊。

2001年の9.11テロから14年。原理主義者の“ジハード”は続く。

<【ジャカルタ時事9/10】過激派組織「イスラム国」がインターネット上に公開した英字機関誌「ダビク」の中で、インドネシアやマレーシアなどの日本公館を攻撃するよう呼び掛けたことが10日、分かった。

ダビクはイラクやシリアでの戦闘に参加できない支持者に対し、攻撃の対象として、インドネシア、マレーシア、ボスニア・ヘルツェゴビナにある日本公館のほか、アルバニアにいるサウジアラビア外交官なども例として挙げた。

ダビクはこれまでも、日本人人質殺害に関連して、日本はイラクやアフガニスタンの戦争以来「十字軍に参加している」と非難していた>(以上)

日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)とかNGOピース・オブ・ベルズなどの組織がイラク国民を支援しているようだが、医療支援やハンドベル演奏で治安が回復するのかどうか。JIM-NETのサイトから。

<「日本は戦争をしない非武力の国」。世界中に広く知られているのに、いきなり破り捨てられそうな、このイメージ。けれど、イラクで子たちへの医療支援活動などを10年以上も続けている日本人たちが語ります。

このイメージこそが私たちの命を守り、このイメージこそが私たちの働きを支え助け、武装兵など百害ばかり。そんな実体験のお話をとおして、非武力の値打ちを、輝きを、大いに学びましょう>(以上)

ISは「戦争をしない非武力の国」の人の首を斬ったり、公館襲撃を唆していることを彼ら“脳ナイお花畑人”はどう説明するのだろうか。難民キャンプで活動しているようだが、イラク軍などの「百害」武装兵に守られて活動をしているのではないか。

彼らは9/18には「安保法制の参議院審議も終盤に入り、いつ強行採決されてもおかしくない緊迫した状況の中、“本気で止める!”廃案に向けての集会」を催すそうだが、衆院で審議している時なら意味があるものの、今頃土壇場になってから「廃案」を叫んでもかなり間抜けというかピンボケだ。理性ではなく感情で動いている。

ま、「イラク三バカ」の百害的予備軍は結構いるのだろう。せいぜいISに誘拐されて首を斬られないようにするんだな。

九条の 安眠枕 はずされて ヘイト叫ぶも 犬の遠吠え(修一)
(2015/8/16)

2015年09月11日

◆冷ややかに習近平待つホワイトハウス

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)9月10日(木曜日)通算第4653号>  

〜冷ややかに習近平の訪米を待つホワイトハウス
  米中間にこれほど冷たい風が吹いたことは国交回復以後なかった〜


習近平は9月22日から28日まで訪米する。23日にワシントン入りし、25日にホワイトハウスでオバマ大統領と懇談をはさんで各種歓迎行事に出席するが、習近平が希望した議会での演説は米側がやんわりと「拒否」した。

習は28日に国連で演説する。安倍首相の国連演説は27日の予定という。

安倍首相訪米は大歓迎され、議会での演説は議員が総立ちとなって拍手した。対照的に習近平を待ち受ける米国の空気は冷たい。

まるで氷のように議会、ホワイトハウス、マスコミが凍てついている。

「国賓待遇をやめろ」、「訪米そのものをキャンセルせよ」、「ハッカーを止めない中国に制裁を!」という声は巷のナショナリストが叫んでいるのではない。れっきとして大統領候補が堂々と中国批判を繰り返しているのだ。

第一に9月3日の軍事パレードで、新型兵器、とりわけミサイルを陳列示威したが、米国東海岸に届くDF21のほか、通称「空母キラー」、「グアムキラー」と呼ばれるミサイルが多数ならび、米国を苛立たせた。

「この軍事パレードは『反日』『抗日』ではない。明らかに米国を攻撃するミサイルの展示であり、米国を敵視している」というのが米国の実直な感想なのである。

第二にアラスカの米国領海に中国軍艦5隻が航行した。しかも北京の軍事パレードとタイミングを合わせていたことは、米国の反中国感情に正面から火を付けた。中国が言っている「平和」「覇権を求めない」なんて嘘じゃないか。ならば、米国は控えてきたが、南シナ海への軍艦派遣もありうると反応した。

第三に上海株暴落に連鎖したかたちで、ウォール街の株価暴落に、老人年金、自治体年金が悲惨なほどの被害を被り、アメリカ人個人投資家がむくれていることが、世論のバックにある。しかも上海暴落を中国メディアは「米国が悪い」とすり替えたことにも米人投資家らは怒りを覚えた。

第四に主要マスコミも、ハッカー攻撃に苛立ち、これまでの中国重視をすっかり変節して、中国非難の合唱に加わっていることだ。

9月7日付けニューヨークタイムズの5面に「習首席訪米大歓迎、熱烈歓迎」という異色の広告がでたが、これは中国の出版社がだした『習近平時代』という600ページもの新刊書の広告だった。

どうみても中国がお家芸の対米世論工作であり、政治宣伝工作の一環である。中文と英語版が同時発売というのも、なにやら政治工作の匂いが強い。


 ▲米国はマスコミも民間人も議会も総立ちで中国嫌い

米国マスコミは、ことしにはいってからでも自由民権派弁護士の大量逮捕など、米国の政治原則を揺るがす人権弾圧を強く糾弾し、同時に中国のしかけているハッカー攻撃に強い怒りを表してきた。なにしろニューヨークタイムズも、ウォールストリートジャーナルも編集部が中国のハッカー攻撃をうけた。

共和党の大統領候補として名乗りを上げているドナルド・トランプは『人民元切り下げはドル体制を脅かすものであり、習近平訪米の国賓待遇をとりやめろ』と演説した(8月24日)。

同スコット・ウォーカーはもっと過激で「訪米そのものを中止させよ」と叫び、『市場の混乱はすべて中国に責任がある』と獅子吼した。
 
米国内で中国を褒めているのは前世界銀行総裁のロバート・ゼーリックくらいである。かれは『米中関係はステーク・ホルダーだ』と提議し、ブレジンスキーとともにG2関係と持ち上げた親中派である。

英国マスコミは『習訪米はトウ小平以来の重要な外交行事となる』などと、変な持ち上げ方をしているが、これは米国マスコミ論調と180度異なる。英国はAIIBに真っ先に参加表明するなど、このところドイツ とともに、その対米協調路線が大幅に修正されている。

ならば貿易・通商関係で米中関係の重要性を説く人はいないか、と言えば米国実業界でも少数派である。

理由は貿易において、米国の対中国依存度は7%台であり、重視する必 要性がなくなっているからである。

巨額を投資してきた米国の投資銀行も中国の提携銀行や証券会社への出資をとうに引き上げた。

ちなみに対中国輸出の国別ランキングを一覧してみょう。

対中国輸出依存度ランク
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(1)モンゴル       90%
(2)北朝鮮        76
(3)コンゴ        53・8
(4)アンゴラ       44・7
(5)コンゴ共和国     43
(6)オマーン       38・2
(7)豪州         36・1
(8)南アフリカ      32
(9)スーダン       31・5
(10)イエーメン      29・4

(11)台湾         27・1%
(12)イラン        26・8
(13)韓国         26・1
(14)ラオス        25・1
(15)チリ         24・9
(16)ミャンマー      24・5
(17)カザフスタン     22・7
(18)ニュージーランド   20・8
(19)イラク        19・7
(20)ブラジル       19


(21)日本        18 ・1%
(22)キューバ      15 ・2
(23)マレーシア     14 ・2

らち外
  米国         7・7%
  ロシア        6・8
  ドイツ        5・4
  カナダ        4・4 

なるほど北京の軍事パレードに親日国である筈のモンゴルが参加した理由も、よく分かる。中国がお得意様という資源国が上位10傑に並んでいる。

つづいて工業中進国と資源国がつづき、あれほど中国依存が高いと言われた日本は21位でしかないことも歴然とするのである。
 
習近平は権力基盤を急ぎ、軍事力誇示という拙速行動に出たことにより、外交的に大きな失敗を演じる結果を招いたのである。
           

◆翁長沖縄県知事の論理矛盾

櫻井よしこ


過日インターネット配信の「言論テレビ」で独立総合研究所の青山繁晴氏と沖縄問題を論じた。氏は共同通信社に入社した年から沖縄問題に関わってきた。沖縄の良いところもそうでもないところも十分に知っている氏と比べれば私の沖縄理解は浅いが、それでも私たちは普天間飛行場の辺野古移設に反対している人々の主張にはダブルスタンダードの一面があるという点で意見が一致した。

反対勢力は、辺野古への移設は、(1)沖縄に新たな基地は造らせないという点で許せない、(2)海の埋め立てはサンゴを破壊し、環境破壊にながるために断固反対などと主張する。しかし、辺野古移設と同じような事態が浦添の美しい海で起きていることには、翁長雄志知事も沖縄のメディアも全く触れないのである。

右の一件は、那覇にある軍港を浦添に移設する計画だ。実現すれば、普天間の辺野古移設よりはるかに広大な海が埋め立てられることになる。環境への負荷は辺野古よりも大きいであろう。

新たな軍関連の施設を造らせないというのであれば、軍港の移設先は沖縄県ではなく他県、もしくは外国にせよという要求になるのが、当然であろう。しかし、そうはならず、翁長氏は静かにこの件を進める構えなのである。

翁長氏は知事になる前、那覇市長として、この件に関わってきた。軍港の浦添移設に関する経緯を調べると、翁長氏の立場が二転三転してきたことが見えてくる。興味のある方は浦添市の現市長、松本哲治氏がブログで発表した説明を読まれることをお勧めする。翁長氏は明らかに再三豹変してきた。

大まかな流れは以下の通りだ。

・1974年1月、日米安保協議委員会で那覇軍港の条件付き全面返還の合意成立。

・94年3月、軍港の移設先とされた浦添市議会が反対決議。

・96年、米兵による少女暴行事件発生で全沖縄に反米運動広がる。日米間に沖縄のための特別行動委員会(SACO)がつくられ普天間の辺野古移設、那覇軍港の浦添移設等の合意成立。

・99年3月、浦添市議会が一転して、移設先とされた海岸一帯の開発促進の意見書を可決。

・2001年11月、浦添市長が議会の決議を受けて軍港受け入れを表明。

・13年1月、それまで軍港移設に賛成していた翁長那覇市長が那覇軍港の先行返還を求め、同時に浦添市への移設は求めないと新聞発表。浦添市長は軍港受け入れの必要がなくなったと判断し、受け入れ反対に転じる。

・13年2月、わずかひと月の間に、翁長那覇市長はまたもや方針を反転、那覇軍港の浦添への移設を求める。

こうした状況を受けて松本氏は現在、県民、市民の考えをしっかりと聞いて判断を下すべく、決定を保留中だ。しかし、その決定保留について、氏は「沖縄タイムス」や「琉球新報」から公約違反だと批判されている。

氏は訴えている。

「自分の方針転換は翁長氏の方針転換を受けたものだ。これだけ変遷を繰り返す翁長氏はなぜ公約違反と言われないのか。沖縄のマスコミは全てを知っているはずだが、この件について一切報道しない」と。

松本氏は事が複雑で自身もよく理解できない状況だと吐露した上で、自分の説明に関する疑問や不明な点については、マスコミおよび(翁長氏を含む)相手方にも問い合わせてほしいと末尾に書いている。正直な説明である。

一連の経緯から見えてくるのは、普天間の辺野古への移設は許さないが、軍港の浦添への移設は認めるという翁長氏の論理矛盾と、翁長批判はしないという沖縄二紙の偏向報道である。

沖縄県民の直面する問題には教育も経済もある。基地問題だけを歪曲する翁長県政で県民の暮らしは守れないとつくづく思う。

『週刊ダイヤモンド』 2015年9月5日号  新世紀の風をおこす オピニ
オン縦横無尽 1098
                 (採録:松本市  久保田 康文)