2015年09月11日

◆言語を磨く文学部を重視せよ

西尾 幹二

自国の歴史を漢字漢文で綴(つづ)っていた朝鮮半島の人々が戦後、漢字を捨て、学校教育の現場からも漢字を追放したと聞く。住人は自国の歴史が漢字の原文で読めないわけだ。私はそのことが文化的に致命傷だと憂慮しているが、それなら今の日本人は自国の歴史の原文を簡単に読める ろうか。漢文も古文も十分に教育されていない今の日本人も、同様に
歴史 から見放されていないか。

 ≪未来危うくする文科省の通知≫

学者の概説を通じて間接的に自国の歴史を知ってはいるが、国民の多くがもっと原典に容易に近づける教育がなされていたなら、現在のような「国難」に歴史は黙って的確な答えを与えてくれる。

聖徳太子の十七条憲法と明治における大日本帝国憲法を持つわが国が3番目の憲法を作ることがどうしてもできない。もたもたして簡単にいかないのは何も政治的な理由だけによるのではない。

古代と近代に日本列島は2つの巨大文明に襲われた。2つの憲法はその2つの文明、古代中国文明と近代西洋文明を鑑(かがみ)とし、それに寄り添わせたのではなく、それを契機にわが国が独自性を発揮したのであ る。

しかしいずれにせよ大文明の鑑がなければ生まれなかった。今の日本 の困難は自分の外にいかなる鑑も見いだせないことにある。米国は臨時に鑑の役を果たしたが、その期限は尽きた。

はっきり見つめておきたいが、今のわが国は鑑を自らの歴史の中に、基軸を自らの過去の中に置く以外に、新しい憲法をつくるどんな精神上の動機をも見いだすことはできない。もはや外の文明は活路を開く頼りにはならない。

そう思ったとき、自国の言語と歴史への研鑽(けんさん)、とりわけ教育の現場でのその錬磨が何にもまして民族の生存にかかわる重大事であることは、否応(いやおう)なく認識されるはずである。ところが現実はどうなっているのか。

文部科学省は6月8日、「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」という通知を各国立大学長などに出した。そこに「人文社会科学系学部・大学院については(中略)組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」とあり、現にその方向の改廃が着手されていると聞く。先に教養課程の一般教育を廃止し、今度リベラルアーツの中心である人文社会科学系の学問を縮小する文科省の方針は、人間を平板化し、一国の未来を危うくする由々しき事態として座視しがたい。

 ≪国家の運命を動かした文学者≫

文学部は哲学・史学・文学を中心に据え、西欧の大学が神学を主軸とするように(ドイツでは今でも「哲学部」という)、言語教育を基本に置く。文学部が昔は各大学の精神のいわば扇の要だった。言語は教養の鍵である。何かの情報を伝達すればそれでよいというものではない。言語教育を実用面でのみ考えることは、人間を次第に非人間化し、野蛮に近づけることである。言語は人間存在そのものなのである。言語教育を少なくして、理工系の能力を開発する方に時間を回すべきだというのは「大学とは何か?」を考えていないに等しい。言葉の能力と科学の能力は排斥し合うものではない。

殊にわが国では政治危機に当たって先導的役割を果たしてきたのは文学者だった。ベルリンの壁を越える逃亡者の実態を最初に報告したのは竹山道雄(独文学)であり、仏紙から北朝鮮の核開発を掴(つか)み、取り上げたのは村松剛(仏文学)だった。その他、小林秀雄(仏文学)、田中美知太郎(西洋古典学)、福田恆存(英文学)、江藤淳(英文学)など、国家の運命を動かす重大な言葉を残した危機の思想家が、みな文学者だということは偶然だろうか。

 ≪日本の魂が抜けたデザイン≫

本欄の執筆者の渡部昇一(英語学)、小堀桂一郎(独文学)、長谷川三千子(哲学)各氏もこの流れにある。言葉の学問に携わる人間は右顧左眄(うこさべん)せず、時局を論じても人間存在そのものの内部から声を発している。


人文系学問と危機の思想の関係は戦前においても同様で、大川周明(印度哲学)、平泉澄(国史)、山田孝雄(国語学)、和辻哲郎(倫理学)、仲小路彰(西洋哲学)などを挙げれば、文科省の今回の「通知」が将来、いかにわが国の知性を凡庸化せしめ、自らの歴史の内部からの自己決定権を奪う、無気力な平板化への屈服をもたらすことが予想される。

今のことと直接関係はないが、オリンピックの新国立競技場とエンブレムの2つ続いた白紙撤回は、組織運営問題以上の不安を国民に与えている。基本には2つのデザインに共通する無国籍性がある。北京オリンピックのエンブレムが印璽をデザインして民族性を自然に出しているのに、今度の失敗した2つのデザインには一目見ても今の日本の魂の抜けた、抽象的な空虚さが露呈している。

大切なのは言語である。自国の歴史を読めなくしている文明ではデザインにおいても訴える言葉が欠けている。
(にしお かんじ・評論家)産経ニュース【正論】2015.9.10

◆「抗日勝戦」、カメラは日本製

平井 修一



「抗日勝戦祝典で日本製カメラが大活躍! 歴史的イベントを後世に記録」(サーチナ9/8)から。

<中国メディアの中国投資咨詢網は7日、北京市で3日に開催された「抗日戦争勝利70周年」を祝う軍事パレードや前後の記者会見を取材するために集まった中国人記者が手にしていたのは一様に「日本メーカー」のカメラだったことが中国のネット上でも大きな注目を集めたと伝え、中国企業はなぜ日本のように高性能のカメラを造れないのかと疑問を投げかけた。

記事は、「抗日戦争の勝利を祝う式典」を、日本のカメラで取材し、記録に残すことは、中国企業の技術力に対して「鋭い疑問を投げかけるものだ」と伝え、中国企業がカメラやコピー機など競争力のある光学機器を製造できないことは大きな問題だと論じた。

続けて、中国国内のオフィスや一般家庭にはFAXやコピー機能を持つ電話機、デジタルカメラが当たり前のように存在すると伝える一方、「中国国内で当たり前のように存在する光学機器のほとんどが日本企業の製品」であり、「中国企業の製品はまず存在しないだろう」と論じた。

さらに記事は、光学機器を製造できない理由を複数の中国企業に取材したところ、「製造することを検討したこともない」というのが基本的な回答で、「技術力が足りない」「他社に特許を握られている」といった答えがあったと紹介。

また、光学機器を製造するうえでは高い技術力が必要な部品もあるとしながらも、わずかな誤差も許されない精密さが求められる光学機器について、中国企業の管理水準では「組み立てることがそもそも不可能」と指摘。

これが中国の製造業の現状であり、水準であると指摘し、「抗日戦争勝利70周年」を祝う軍事パレードの取材に用いられた日本メーカーのカメラが、中国製造業に鋭い問題を提起したと伝えた。(編集担当:村山健二)>(以上)

なんとも締まらないトホホな話だが、見栄と面子で外見は偉そうにしているものの、抗日パレードを記録するカメラが宿敵の日本製だなんて、ほとんどマンガだ。

中共はもっと真面目になって日本の匠の技を学んでから「タメグチ」をきいたほうがいい。日本に嫌われると国家経営を誤るのではないか。

駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任した小原凡司氏(東京財団研究員)の論考「軍事パレードにおける習近平講話の意味」(ニューズウィーク9/7)から。

<現在、中国社会は非常に不安定になっている。習近平指導部が進める「反腐敗」や改革によって、痛みを被る者が増え、改革を進め始めたのに、経済格差も一向に解消しない。さらには、株価が暴落し、大衆が中国経済の継続的な発展を懸念し始めた。

*もはや共産主義を信じる国民はほとんどいない

中国の経済発展が失速し、大衆が豊かな未来を信じられなくなったら、共産党の権威は失墜し、一党統治はますます難しくなる。危機感を抱く中国指導部は、軍事パレードに、社会を安定させ、共産党の求心力を高める効果を期待したのだ。

経済政策は、効果が表れるまでに時間がかかる上、劇的な変化を実感しにくい。そのため、戦勝記念式典で、「これから中国が発展する番だ」という印象を国民に与えようとしたのである。

しかし問題は、他国を挑発したくないと考えているとしても、国内の状況に危機感を有する中国指導部には、国民に「明るい将来」を信じさせるために、時として、中国の実力を誇示する必要があるということである。

国際社会は、その実力の行使が、単なるイベントではなく、実際の他国との紛争の場面で行われることがないよう、注視していく必要があるだろう>(以上)

戦争するのも「心技体」が充実していないとうまくはいかないだろう。将兵はそもそもテンパっていないし、演習は「やったことにする」が永年の得意技、体は公金を使った美酒美食で肥満気味。

チャイナセブンで戦争をしたいのは習近平一人だけ、経済を見ればガタガタの上に抜け出す技はマッチポンプ、まるで右手で火を点け左手で水をかけるデタラメ振りで効き目なし。とてもではないが土俵に昇れる状態ではないだろう。

たとえ勝っても経済制裁は免れない。一時的に人民は高揚するだろうが、経済は確実にマイナス成長になる。優秀な人材や金持は皆逃げだす。まずはプーチンに損得を相談し、ついでにハイブリッド戦法も学ぶことだ。

火遊びにうつつを抜かす間にも経済は悪化する。人民元と株を買い支えては売り浴びせられるから外貨準備はどんどん消えていく。資本はどんどん国外へ逃避する。抗日・反米パレードという“皇帝即位式”は、習近平の最後のスカシッ屁として記憶されるだろう。(2015/9/10)

2015年09月10日

◆何清漣氏「抗日戦争の真実」

平井 修一



何清漣女史の論考「本当に抗日戦争紀念というなら歴史を真実に還すのが最上です」9/2は、人民がどういう歴史教育を受けているか、から論考を始めている。以下、驚くほどの歴史の改竄だ。

<8年にわたる抗日戦争は、中共のデタラメな嘘っぱちの山に埋もれてすっかり真相とは異なっている。

私が小学校のとき、5年生の教科書に毛沢東の「抗日戦争の勝利後の時局と我々の方針」という一文が掲載され、重点は抗日戦争の「果実」は誰に属するか、というものでした。

教師は生徒に全文を暗記させ、

「我らの解放区の人民と軍隊は8年来、いささかの外部の援助もない状況のもとで、完全に自らの努力だけにたより広大な国土を解放し、大部分の日本の侵略軍とすべての傀儡軍を打ち破った」

「蒋介石は峨嵋山の上に隠れて傍観しているばかりで(内戦)勝利へ実力を温存し内戦に備えていた。果たして勝利がやってきたときようやく山を降りて抗日戦争の果実を奪い取ろうとした」

「抗日戦争の果実は誰のものか? 明白である。例えば桃の木に桃がなったとする。これが勝利の果実だ。果実は誰のものか? それは果実を植えた人は誰か? 誰が水をやったかを問わなければならない。蒋介石は山の上に居座り一回も水をやっていないのに、手を伸ばして桃を獲ろうとするのである」

とありました。「桃を獲る」という言葉は1949年後の中国語では他人の果実をこっそり盗む、という意味になりましたが、その始まりはこの毛が書いた“勇ましい”文章でした。

何年も後になってやっと知ったのですが、実は8年間の抗日戦争の「水を運んだ人」は蒋介石であって、「桃を盗んだ人」が毛沢東でした。

しかし、私と同時代の中国人は多くが小中学校を卒業してからいくらも本など読みませんから、この毛沢東の文章と、かの「♪中国共産党がなければ新中国はなかった」という歌とともに、「中共が抗日戦争の大黒柱だった」という嘘っぱちをそのまま真に受けて信じていますし、抗日戦争の主要な戦場で95%以上の主力がすべて中国国民軍(共産党以外の軍)の軍隊だったということなどまったく知らないのです。

かの有名な淞沪会戦、太原会戦、徐州会戦、武漢会戦、長沙会戦だけでも何十万の中国国民軍の将士が戦死しました。彼らは当然、8年間の抗日戦争のなかで国民軍の死亡した将官は200人以上おり、なかには8人の大将、45人の中将がおり、(名だたる)人々が国のために殉じたのでしたが、もちろん(その歴史を)知りません。

そして自称抗日戦争の主役と主張する共産党軍はわずか2人の少将しか戦死していません。(中華民国の)黄埔軍学校は23期あって、そのうち1945年以前卒業したのは19期で合計3万7000人です。この卒業生の抗日戦争で犠牲となったのは2万人以上、6割から7割が戦死しています。

20世紀の80年代から、中共の築き上げた歴史に関する嘘っぱちはすこしづつうち砕かれました。世界がインターネット時代にはいって、真実の抗日戦争史がちょっとづつ民間に知れ渡ってきたのです。

しかし、本当の姿とはまだまだとても長い距離があります。例えば、最近の映画「カイロ宣言」の製作者は、なんと出席していなかった毛沢東の巨大な映像をポスターにつかっており、これをみても中共の歴史改ざんの悪習はなかなかなおらないことがわかります。

ですから、抗日戦争を紀念する一番良い方法は、歴史の本当の姿にもどって、もっとも大事な一環である、つまり教科書から正しいまともなものにしていくことです>(以上)

習近平は文革の混乱で中学もまともに出ていないから、毛沢東の嘘っぱち史観にどっぷり染まった中2坊主。多くの人民も似たようなものだろう。

無知蒙昧、暗愚の群。

以上も大いに勉強になったが、これに続く論考にはとても感動した。内容は大きく以下の3点だ。

1)「中共が抗日戦争の大黒柱だった」というのは嘘である。抗日戦争の主要な戦場で95%以上の主力は中国国民軍(共産党以外の軍)だった。

2)抗日戦で戦死した326万国民革命軍将士たちは、この土地を守るために命を犠牲にしたにもかかわらず、彼らが属していた軍隊が当時の国民党政府だったというだけで死後の安息の地まで破壊された。

中共政府がイデオロギーの桎梏から脱して、中国本土に抗日戦争の戦死した将士の紀念堂をつくってすべての戦死したひとびとの魂を名前とともに壁に刻んで、御霊の帰する場所とするとともに、中国人にこの歴史をしらしめてほしい。

3)百戦を戦い生き延びた将士に比べて、抗日戦争で戦死した将士の運命はひょっとするとまだましなのかもしれない。なぜならば生き延びたひとびとは国共内戦の3年間後、そのまま1949年の中共統治下の中国にはいって、階級闘争と政治運動の苦海のなかで苦しみ抜いたからだ。

かつて国民党の軍隊にいた、ということだけで彼らの一生は悲惨の極みとなった。「国民党の残党」として「地主、金持ち、反動、腐敗」の四分子と同等とされ、つねに辱めを受け侮られる政治的賎民とされ弾圧された。

一生耐え難い差別を受け、大多数はその差別と貧困と病のうちに死亡した。少数の命を長らえた人がここ数年やっと「五保戸」(生活保護所帯)にいれてもらってごくわずかの保障をえられるようになった。これらの老兵たちの唯一の願いは自分たちも抗日戦争参加者の紀念徽章がほしい、というものだ――

そして女史はこう結んでいる。

<日本の軍人と、台湾に連れて行かれた国民軍の兵士の運命は、中国にどとまった国民軍の将士よりはるかによいものでした。まず彼らは「反動軍人」という屈辱を味わうことはありませんでした。

そして、経済的待遇も悪くありません。日本の軍人は毎月、日本の天皇の「恩給」(約十数万円)が与えられ、さらに「定年退職費用」(平井:年金?)もあり、生活に心配はありません。

台湾の国民軍の老兵も「生涯年金」の対象となり一時払い、毎月払いが選べ、最少でも毎月6万台湾ドル(1台湾ドル=約3円)になります。

もっともよき抗日戦争紀念方式は、歴史の真相に還ることです。中国国民軍の抗日戦争将士は大陸では凄惨で不公平な目にあわされました。これは中国現代史における暗黒の一ページです。いま、中国にはまだ2000人の抗日戦争参加の老兵が生きています。

中共政府はすみやかに抗日戦争の真相をあきらかにし、栄誉と尊厳を、血を流して奮戦した抗日戦争の将士たちに還すべきです。それは生きている人たち、死んであの世にいる人たちを慰めるというだけではなく、さらに執政者の知恵と良識と政治的度量をみせる機会なのです>

何清漣女史は中共の更生を願っている。「いつかは反省して、まともになるのではないか」と期待をつないでいる。「中共は根っからのゴロツキ、叩き潰すしかない」と言う小生からすれば、ずいぶんナイーブだなあと思うのだが、それは「まだ小さな希望がある、そう思わなければあまりにも中国国民は悲惨、惨め、救いようがない」からなのだと言う。

靖国神社を(同行者に知られないようにこっそりと)3回訪れている女史は、国のために命を捧げた将兵を(指導者だろうが一兵卒だろうが)階級にかかわらず慰霊する心に共感したようだ。女史の全文は以下に。とても勉強になる。
http://heqinglian.net/2015/09/05/wwii-truth/

(2015/9/9)

◆いつまでもあると思うな、親とカネ

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)9月9日(水曜日)弐 通算第4652号 >

 
〜いつまでもあると思うな、親とカネ
  3兆3000億ドルとされる中国の外貨準備は、本当にあるのか?〜


中国の外貨準備高に「からくり」があることは屡々指摘してきたが、直近の統計数字から判断する限り、それは限りなく空っぽに近いようだ。

8日発表の中国輸出入統計8月速報では、輸出が5・5%の急減、とくに天津港からの輸出は17・3%も減っていた。輸入もじつに13・8%の急減、10ヶ月連続で前月比を割り込んでいた。

上海株がかろうじて3000台を維持できているのは、依然として「売るな」という当局の指令。それでも売りが絶えないため、すでに70兆円以上の資金を投入している。

中国からの資本流失が急増している。

15年上半期だけで5000億ドルが海外へ流れた(シティグループの調査)という。

アフリカの農地買収、スリランカとパキスタンの港湾整備事業、ニュージーランドとカナダのエネルギー企業買収などが最近目立つ投資だが、加えてAIIB、BRICS銀行ならびに「シルクロード構想」への資金拠出が予定されている。

このため保有する米国債や海外資産を取り崩し、さらに当局が目の敵とし始めたのが、海外旅行ブームによる外貨流失の列に加わり、とりわけ敵対する日本への爆買いツアーがやまないことに敵意さえ抱いているかのような論調が華字紙に散見される。

中国一の資産家とされる万達集団(CEO=王健林)は米国の私募債に6億5000万ドルを投じた。王健林ははやくから不動産ビジネスに見切りを付け、米国の映画館チェーンなどを買収してきた。

中国生保ナンバースリーの「安邦保険」はポルトガル企業買収に資金投入直前、ポルトガル当局から待ったをかけられているが、ことほど左様に「海外企業買収」に名を借りて、外国への資本逃避が起きている。


 ▲中国の対外債務は1兆5000億ドルと見積もられている

2014年末、中国の外貨準備高は3兆9900億ドルとされた。

2015年8月末の速報値で、それは3兆300億ドルに激減した。中国当局の発表でも「外貨準備高は3557億ドルに減った」とされた。

「原因は上海株暴落、人民元切り下げに嫌気しただけの逃避ではない」とするドイチェ銀行のジョージ・サラベロスは「もっとも重要なことは中国の外貨準備の性格の変化であり、世界の金融の流動性と連動している」

また中国の対外債務はすでに1兆5000億ドルに達しており、保有する米国債よりも多く、GDPの15%である。この先、さらに2兆ドルの外貨が必要である。

したがってある日突然、中国の外貨準備はブラックホールに吸い込まれるように消失する危険性が増している。
           

◆「次は池田勇人路線」

阿比留 瑠比


「安全保障関連法案が成立したら、次は国民に喜んでもらえる政策に取り組みたい。経済最優先だ」

安倍晋三首相は自民党総裁に再選される数日前、周囲にこう語っていた。具体的には、景気対策や待ったなしの少子化対策、そのための女性活躍や子育て支援施策などを大胆に打ち出していく考えだ。

また、安倍首相は今後の政権運営に関しては、周囲にこう強調している。

「これからは池田勇人元首相路線でいく」

これは、昭和35年の日米安全保障条約改定と引き換えに退陣した祖父、岸信介元首相の跡を襲った池田氏が、「寛容と忍耐」を掲げて低姿勢で経済重視の政策を進めたことを意識した言葉だ。谷垣禎一幹事長も安倍首相に、岸氏だけでなく池田氏の役割も果たすよう進言していた。

安保関連法案は、海洋へと膨張する中国や、核・ミサイル開発に余念がない北朝鮮の脅威など、日本をめぐる厳しい国際環境をみると必要最低限の備えだが、国民には人気が低い。

第1次内閣当時にやり残した「宿題」であるこの問題を乗り越えたなら、「道半ば」(安倍首相)のアベノミクスを仕上げて、景気回復の実感を全国に届け、さらに政権基盤を固めたいとの狙いがある。

自身が正しいと信じること、やりたいことばかりをしていても国民はついてこないし、物事を為すには回り道も必要だ。これは短命に終わった第1次内閣の経験に学んだ教訓だ。

もちろん、その先には安倍首相の悲願である憲法改正がある。ただ、そこにたどり着くために新たに得た総裁任期の3年間は、党内は「安倍1強」ながらまだまだ綱渡りが続きそうだ。

北朝鮮による拉致問題は膠着(こうちゃく)状態が続き、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題はなかなか県側の理解が得られない。

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の行方はまだ見通せず、肝心の景気回復も中国経済の失速と無関係ではいられない。日中・日韓関係も改善方向にはあるもののまだ不安定だ。

 安倍首相にとって幸いなのは、戦後70年の安倍首相談話発表後の各種世論調査で内閣支持率が上昇傾向にあることだ。「支持率が5ポイント程度下がるだろう」(政府高官)と懸念した原発再稼働もほとんど影響しなかった。

国民の支持をいかにつなぎとめながら、憲法改正をはじめ日本を取り戻すための政策を実現していくか。安倍首相にとり、これからの3年間が本当の正念場だ。
(論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース 2015・9・9

2015年09月09日

◆プーチンがウラジオストックの強調

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)9月8日(火曜日)通算第4650号> 

 
〜プーチンはウラジオストック訪問で何を強調したか
  中国から王洋副首相が同行し、現地ではステーブ・シーガルが待っていた〜


アクション俳優ステーブ・シーガルは日本でだけ有名かと思っていたら、そうではなかった。

プーチンもこのアクションスターが大層お気に入りのようだ。武術家同士だから気が合うのかもしれないが、シーガルはアムール川に生息するレオポルト(アムール豹)の生息状況に関心があるようだ。

ウラジオストックで、プーチンは演説など公式行事の合間をぬって、シーガルならびに中国から同行した王洋副首相をともなって水族館を見学した。

さてプーチンは、ウラジオストックの国際会議場で「東方重視政策」を発表したのだが、その「極東経済セミナー」においてロシア経済を離れて、「移民、ISIS、イスラム過激派、テロリスト排撃の共同作戦」などについて、西側とカナリノ距離をおいた内容を語っていた。

シリア難民がドイツへどっと避難し、さすがのドイツが悲鳴を挙げている。トルコからギリシアを経由し、マケドニアへはいり、ハンガリー・ルートを北上し、ドイツへ向かうのだが、なぜドイツなのか?
 
難民の誰もがロシア行きを希望しない理由はなに?

プーチンはこう言った。

「移民問題は驚くべき問題ではない。歴史的に何度も繰り返された。このシリア難民は、西側のアラブ世界への無知と、外交の失敗に起因するものであり、とうに予測されたことではないか」とプーチンは荒々しい語彙を撰んで、この際、西側の対ロシア制裁の仇をとったかのように高揚した感じである。

西側が期待するのは、ロシアがISISなどテロリスト退治に、いったい協力するのか、どうか、だろう。

プーチンはこうも言った。

「ISISなどテロリストや過激派の退治にロシアが西側と連立を組むことが確実というには時期尚早である。すでに米国大統領のほか、サウジ国王、トルコ大統領とも、この問題では話し合っている」。

だから、どうするという次の言葉がなかった。
  

◆日弁連の左巻き政治活動に異論噴出

太田 明広



弁護士に強制加入が義務づけられている日本弁護士連合会(日弁連)や全国の弁護士会の“政治的活動”に対し、内部から異論が上がっている。若手弁護士を中心に活動を疑問視する声が出ているといい、権力に干渉されず、独自の自治権が認められた弁護士会の活動のあり方が問われている。

■「政治的発言とは考えていない」

「戦争する国絶対反対!」

「9条守れ!」

日弁連が8月26日に主催した安全保障関連法案廃案を訴えた抗議行動。日弁連の村越進会長も東京・日比谷公園から国会議事堂までデモ行進に参加した。

この日の会見で、村越会長は「立憲主義の破壊だけは認められない」と訴えた。日弁連はこれまでも会長声明や理事会決議で、法案反対の立場を打ち出している。

強制加入団体の日弁連が特定の政治的意見を掲げることへの懸念。本紙記者が会見で質問したところ、全国の弁護士や大学教授ら約300人が集まった会場から「何を言っている」「帰れ!」などの怒号が飛ぶという場面もあった。

村越会長はデモ終了後の取材に「『戦争法案』というレッテル貼りはしていない。『9条を守れ』ということまではぎりぎりの範囲だと思う。政治的な発言とは考えていない」と話す。

ただ、デモ行進前に約4千人(主催者発表)が集まった集会では、女性グループが「戦争法案なんていらない」などの横断幕を掲げ、反対の気勢を上げた。

民主党の辻元清美議員や社民党の福島瑞穂議員が駆けつけたほか、政党からの参加者で最多だった約10人の共産党議員も駆けつけた。

ある弁護士会幹部は「活動の趣旨が違う団体や政党との協力は誤解される恐れがあり、慎重にすべきだ」と語る。

■「任意団体にすべき」との声も

「弁護士が全員『左』だと思われるのは腹が立つ」

「政治的意見ばかりの弁護士会は任意団体にすべきだ」

都市部の弁護士会幹部は、特に若手からの批判を耳にする。「弁護士会まで正式な批判は上がってこないが、若手の不満は大きい」と指摘。その上で、「任意団体として国から監督された立場で、国賠訴訟などで国と闘うのは難しい。

弁護士自治は守らなければならないので、サイレントマジョリティー(静かな多数派)への配慮も必要だ。強制加入団体の枠から離れた政治的な主張などをし続けるといつか不満が爆発しかねない」と話す。

日弁連関係者は、弁護士会で要職に就くのは会の活動を熱心にしてきた人だと明かす。「弁護士会は権力に対するチェック機能を持たないといけないと考える人が多く、自然と反権力志向になる」と説明する。

さらに、「都市より地方の方が弁護士会活動に熱心な人が多く、その代表が日弁連で理事などを務めるため、数の上でも反権力の声が大きい」と指摘。一方、「都市部のビジネス中心の弁護士は会の活動に冷淡な人も多い」と話す。ただ、弁護士会が持つ懲戒権限を意識し、公然と批判する弁護士は少ないという。

弁護士資格を持つ自民党の稲田朋美政調会長は「賛否が分かれる政治問題への意見表明や反対活動は強制加入団体として好ましくない。『日本弁護士政治連盟』という加入を強制されない政治団体があり、そちらでされればよいと思う」とコメントして
いる。

■訴訟にまで発展

日弁連や全国の弁護士会が打ち出す“政治活動”に対する懸念は、訴訟という形でも表面化している。どのような考え方を持つ弁護士も、日弁連と弁護士会に加入しなければならない。そうした強制加入団体が必ずしも総意とは言い切れない、特定の立場を取ることの是非についての判断が注目される。

「日弁連や弁護士会の目的から逸脱しており、違法無効だ」日弁連などの特定の政治的主張について、京都弁護士会所属の南出喜久治弁護士は日弁連会長らを相手取り、意見書や会長声明の削除などを求めて、今年月に東京地裁に提訴した。

南出弁護士は「安全保障法制改定法案に反対する意見書」や「集団的自衛閣議決定に抗議し撤回を求める会長声明」などのホームページ(HP)上からの削除を求めており、9月7日に第1回口頭弁論が開かれる。

過去にも政治的な問題で特定の立場を取った日弁連に対して、弁護士グループが裁判という手段に訴えたことはある。

昭和62年に行われた日弁連の定期総会で、国家秘密法案への反対決議が採択されたことに、決議無効を求めて提訴した。日弁連によると、1審東京地裁で「組織としての日弁連の意見が、会員の弁護士個人の意見と同じだとは一般に考えられない」などとして請求は棄却され、平成10年に最高裁で確定。日弁連が声明を出す際には、この判決も参考にしているという。

南出弁護士は「個々の弁護士に求められる使命と、強制加入の団体の目的を区別できていなかった」などと、過去の訴訟と今回の訴訟の違いを指摘。「弁護士会は強制加入させた弁護士から会費を徴収し、脱退の自由も保障されていない。だからこそ政治的中立を守る必要がある」と訴える。
産経ニュース【日本の議論】2015.9.7
                 (採録: 松本市 久保田 康文)


◆私の「身辺雑記」(258) 

平井 修一


■9月6日(日)、朝は室温27度、薄曇り、涼しい、ハーフ散歩。4歳男児は元気になった。もう大丈夫だろう。

パクリ疑惑のデザイナーは社名もパクリなのか。末期的だ。こんな記事があった。

<佐野氏の「MR_DESIGN」、社名にもパクリ疑惑? 大阪のMr.DESIGN社、風評被害で大迷惑

(大阪の“パクられた”会社のサイトから)

弊社は、「株式会社MR_DESIGN」社(東京都渋谷区)とは一切関係はございません。改めてお間違えがないことをご確認の上、ご連絡くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

今、世間を賑わせている佐野氏と同じ社名「ミスターデザイン」なので間違えメールの投稿や、いたずら電話が多くて困ってます。

インターネットで、社名を検索しても「盗作」や「倒産」などの言葉が表示されるので、風評被害もたまったもんではありません。日頃お世話になっている方々にも、いろいろご心配をお掛けしておりますが

ボクがこの社名を付けたのは2006年、彼より2年以上も前に開業し、考え抜いて付けた名前で、深い想いもあり、愛着もあります。

なので、当然、社名も変えず、この風評被害を乗り越えていくつもりですので変わらぬご支援いただけますようお願い申し上げます>(以上)

まったく、いい迷惑だ、同情する。法務省のサイトにはこうある。

<会社の登記については,既に登記されている他の会社と同一の「商号」であり,かつ,本店所在場所も同一である場合には,登記することができないとされています(商業登記法第27条)。

そのため,会社の登記の申請をする前に,設立等をしようとする会社と同一商号で,本店の所在場所も同一の会社が既に登記されていないかどうかを調査する必要があります。このような調査を「商号調査」と呼んでいます>

本店所在場所が同一でも「株式会社平井商店」と「平井商店株式会社」は別の商号として扱われる。つまり問題なしなのだが、通常は「平井商店」で商売をするから同業の場合はトラブルになることもありそうだ。

この世はトラブルに満ち溢れており、弁護士はそれで食っている。五輪マークのパクリ騒動で国・自治体などは被害をこうむったが、損害賠償訴訟になるのだろうか。競技場案も白紙撤回されたが、それによって生じた損害は誰に賠償責任があるのだろう。

示談にするのか、なあなあで誤魔化すのか・・・なにしろ血税だから処理を曖昧にするとオンブズマンや「○○を糺す市民の会」などが提訴するから大事になる。弁護士は飯のタネだから食いついてくるのだろうが。

まあ金目の話で命にかかわる問題ではないけれど。

欧州に押し寄せる難民問題。故国での飢餓や生活苦、戦争禍、脅威、迫害、圧迫から逃れるために危険を冒して欧州を目指すのだろうが、かつてはユダヤ人もそのようにして世界中へ逃れたのだろう。日本人も外地から命からがら引き揚げてきた。

(苦難の道だったが、還るところ=祖国があるというのはなんと素晴らしいことだろう! 日露戦争で捕虜になったユダヤ人ロシア兵、トルンペルドールは日本に送られて、国家を持つことの素晴らしさを知り、2000年の亡国の末にイスラエル建国を決意したのだった! 祖国は民族の拠り所だ)

居住地の安全・安心、すなわち「安全保障」は人間にとって最も大事なことだ。残念ながら戦後70年たっても世界は危ういままだが、人間は物質的には進歩しても、精神的には少しも進歩しないのかもしれない。

「奴は敵だ、敵を殺せ!」とばかりに中共は日本を名指しでヘイトスピーチしているが、70年前も排外主義、日貨排斥でそう叫んでいた。70年前の欧州ではユダヤ人迫害がすさまじかったが、心の奥底ではユダヤ人への憎悪が今でもあるのではないか。今はそれが表に出ていないだけではないか。

米国における白人VS黒人の対立もまったく解消されていない。お互いに憎悪しているみたいだ。黒人の犯罪率は(貧しさ=低学歴=就職難ゆえに)高いから白人警官は警戒し、職質する。度重なる職質に黒人はうんざりしているから白人警官を敵視する。ときどき殺し合う。憎悪の連鎖反応。あの世でキング牧師は嘆いているだろう。

美人の白人女性が黒人男性と腕を組んでいると、米国の白人は不快になるそうだが、フランスの白人はニコリとするという。「美女が真っ黒な大型犬を連れている」と見るからだと開高健が書いていた。黒人を人間とも思っていないのだ(今は知らないが)。

40年ほど前に初めてパリへ行ったら、ガイドが「運動靴をはいた黒人には気を付けてください、たいていドロボーですから」と注意喚起していた(今は知らないが)。

日米開戦の頃、米国人は日本人を人間未満の猿だと思っており、「飛行機を操縦しているのはドイツ人だ、猿にできるわけがない」と信じていたから、真珠湾攻撃で日本人が操縦していたと知って腰を抜かすほど驚いたという(今でも似たようなものだろう)。

他の民族や人種に対するこの種の見方(偏見〜卓見?)というのは誰もが持っているだろう。これはDNAのように引き継がれるようで何十年たっても基本的になくなることはないのではないか。

偏見、憎悪、敵対心、反感を国の指導者が煽ることがあるのも昔からだ。敵をつくれば国民が団結し、支持率が高まる。

戦争は嫌なものだと思う人は多数派だろうが、近衛兵の父は「戦争中は国民の心がひとつになっていた、今はバラバラだ」とぽつりと言ったことがある。

題名は忘れたが、フランス映画にこういうのがあった。

冴えない風体の男が主人公で、出入りしていた屋敷の主人(将校)が出征する際に「男手がないと困ることもあろうから、私の留守中はなにかと助けてやってくれ」と頼まれ、奥様と子供に献身的に尽くした。

男は“疑似家庭”で生き甲斐と喜びを得たのだが、戦争が終わってご主人が帰って来て束の間の夢は終わった、というもの。男にとって戦争は幸福のもとだったわけだ。「無法松の一生」に似た感じがする。

負け戦であっても戦争中の方が良かった、生きている実感があった、一所懸命に頑張ったという人もおり、これが勝ち戦ならほとんどの将兵が「あの戦争はきつかったが実にいい体験、いい思い出になった、わが国は俺たちが守ったのだ」と誇りをもって懐かしむだろう。

負け戦は大体ロクでもないが、勝てば気分は最高だろう。戦争はないにこしたことはないが、スポーツ的要素もあるから男の本能を大いに刺激するのではないか(「遊びと人間」「ホモルーデンス」)。ベトナム戦争で捕虜になったジョン・マケインは「戦争には栄光から挫折、幸福から悲惨まで、濃縮された人生がある」と語っていた。

維新の元勲には文武両道に優れた人が多いが、先の大戦で「修羅場をくぐった人は人間の出来が違う」と渡部亮次郎氏は園田直氏を評していた。70年間も熱戦がないこともあってか、今の政治家はキリっとしたところがあまり見られない。平和ボケというのか、安保、国防、軍事への関心が総じて低いのではないか。熱戦がないことの弊害も議論されてしかるべきだろう。

元法務大臣の長勢甚遠氏の論考「怒りの声」(日本戦略研究フォーラム9/4)は中共の危険性とNHKの反日性をよく示していた。http://www.jfss.gr.jp/news/20150904/20150904.htm

■9月7日(月)、朝は室温27度、雨模様の曇り、ちょっと蒸す、ハーフ散歩。

夕べ、4歳男児は久し振りに自宅へ帰った。子供のケアは不慣れだから精神的にとても疲れる。小生らは親や先生からゲンコツやビンタをもらいながら教育、躾を学んだ(叩き込まれた)が、今のミンシュシュギ社会では体罰だと非難される。その結果、猿のようなガキが増えて、殺したり殺されたり。どこかが歪んでいる。

猿はまだマシか。中共という狂気の怪獣は断末魔のようにのた打ち回っている。「軍事評論家=佐藤守のブログ日記」9/5から。

<“上海閥の式典!”

3日のシナの軍事パレードについて、兵器の種類などの解説は例年通りだったが、そんなことより、熾烈な政権争いに関する分析は少なかった。

勿論それぞれの部署で分析中で、いずれ公表されるのだろうが、老兵の興味は雛壇上に立つ、上海派、共青団派、太子党派の“元気度”を比較すると、なんとなく上海派(江沢民派)の方が元気に見えたことだ。

ウォッチャーによると、現地のCCTVは自信満々にふるまう曽慶紅を取り上げていたという。勿論彼は江沢民の側近だった。

習主席の発言にはトウ小平や江沢民、胡錦濤が目指したスローガンも適度にちりばめられていて、江沢民の力はさほど衰えていないと見たというが、例年、建国記念日ごとに行われていた式典を「抗日」に絞って強行したのは特異である。なんとなく習政権の安定度を誇示したかったようだが、逆に不安定さをさらけ出してしまったのではないか?

以前から、習主席は歴代元首席らに出席を要請していたらしいが、老人や病人が多く、全員がそろうことはあるまいとみられていた。

今回も李鵬や朱鎔基らの病人は雛壇後方で医師の介護付だったとか。

しかし見方を変えると、未だに「悪の根」を断つことが出来ない習主席が、自分の強大さと人民の求心力を求めるため、その影響力を誇示しようとしたのだろうが、その恰好の“餌”に、わが「大日本帝国」が選ばれたのだとしたら片腹痛い。

確かに現在の日本の政治家らは、バラエティショウ出演者程度の人物たちばかりで頼りないが、声なき国民は、歴史を改ざんしてまで自己保身を図ろうとしているシナの指導者の実態を見抜いている。

モデルに銃を持たせて歩かせたり、戦車行進を強調するため集音マイクを路上に設置したり、はたまたお化粧した各種ミサイルのダミーを見せびらかしても、壇上に立つ指導者らの表情はさえなかった。

むしろ江沢民が異常に?元気だったが、これもポーズだろう。

CCTVの画面では胡錦濤氏の左腕が小刻みに震えていて、自殺未遂の治療中か?というのだが、わが地上波TVでは確認できなかった。

現地ではCCTVが誰をどのくらい長く放映したかで、その影響力を見るのだそうだが、私にはせいぜい「人相と覇気」くらいしか判断資料はない。

それにしても雛壇上の要人らの健康状態は何となく推察できた。

江沢民の元気度から推定すると、彼が任期中に組織した政界財界、軍界における人脈はまだまだ息絶える気配がないということか。金の力は甚大である!

とすれば彼は「習主席は裸の王様、馬鹿と鋏は使いよう」だとばかりに、上海閥の健在ぶりを国内外に誇示したかったのだろう。虎退治はまだまだ長引きそうだ>(以上)

胡錦濤自殺未遂の噂は1週間前あたりからネットで報じられていたが・・・

権力闘争の実態は何十年もたってから少しずつ明るみに出るのだろうが、蒋介石も張学良も「西安事件」(1936/12/12)の件は見事にあの世に持って行ってしまったから、現在の解釈は「状況証拠からするとこういうことだったようだ」というものにとどまっている。

真珠湾の件の米国公文書は100年間は公表しないそうだし、JFK暗殺も真実は不明だ。公表すると国益上不都合なことがいっぱいあるのだろう。

ドイツは敗戦時に政権が同時に崩壊したから、海軍の通信記録6万点を含めて485トンの公文書がそっくり残って米国に運ばれたそうだ。ナチスの悪事は公文書の裏付けがあるから、連合国はドイツに「時効なしにナチス犯罪を責め続けろ」と命令したのだろう。

日本は占領されて人身御供を強要されたが、講和条約で1952/4/28に主権回復したから、戦犯とされた人々をすべて恩赦し、名誉回復できた。ドイツに比べればマシなのか。

ドイツは現在の難民問題で「難民を受け入れざるを得ない。それなら笑顔で迎えよう」と(無理)しているのは、ユダヤ人迫害の贖罪を未だに国際社会から(陰に陽に)強いられているからではないか。気の毒というか、酷というか・・・性格が悪くなるのも仕方がないか(これは言い過ぎか、ゴメンゴメン)。

■9月8日(火)、朝は室温26度、びしょびしょの雨、散歩不可。

支那通の姫田小夏氏の論考「中国人宅の軍事パレード鑑賞会がいつの間にか・・・抗日に飽きた? 愛国に火がつかない上海の人々」(JBプレス9/8)を読んでいたら、「あれ? 姫田氏はもしかしたら女性?!」と疑問に思い、調べてみたのだが・・・

<姫田 小夏(ひめだ こなつ):ジャーナリスト

東京都出身。不動産会社、衆議院議員秘書、出版社勤務を経て97年から上海に居住。99年に上海、02年に北京で日本語フリーマガジンを創刊、08年まで編集長としてグルメ誌、ビジネス誌含む5誌の発行に携わる。肌感覚の中国情報を幅広く執筆・発信中。

定期連載に「ダイヤモンド・オンライン」「JBpress」がある。また、「中国ビジネスの光と影」をテーマに時事通信社内外情勢調査会の講師として講演活動中>

これだけでは性別が判明しない。氏はいつも歯切れのいい文章なので男だと思っていたが、あるサイトに写真が載っていて、女性だと判明した。名前に「小夏」とあるから女だろうと言われそうだが、トウ小平のように氏の本名は「姫小夏」なのかなあなどと思っていたのだ。

上記の論考から。

<中国政府は、中国全土を再び「抗日一色」に染めようとしていた。2012年9月の反日デモを体験した日本人は、当時のつらい記憶を思い出さずに
はいられない。

中国人たちに囲まれて言いがかりをつけられる日本人もいれば、熱いラーメンをぶっかけられた日本人もいた。日本語を話すことさえ憚られ、中国にいる日本人たちは隠れるようにして嵐が過ぎ去るのを待ったものだ。

現地の日本人はあの悪夢が再び現実のものになることを怖れた。9月3日の「戦勝記念日」を前に、多くの日本人が上海から退避した。日本料理店の従業員は「日本のお客さんはみんな帰国してしまった」と話す。上海在住20年のベテラン駐在員も、「この日は何が起きるか分からない。家からは出ない」と“戒厳令”を決め込んだ。

*反日特番に反応しないマッサージ店員

筆者は戦勝記念日直前の街を歩き回った。すると、街にはある変化が起こっていた。

9月2日、上海の徐匯区の足ツボマッサージ店に行ってみた。建物は老朽化し、お世辞にも衛生的とは言えないが、なぜか壁に掛けられた液晶テレビだけは大きく立派だ。その画面に映し出されていたのは、CCTV(中国中央テレビ)の「日本の戦犯の懺悔備忘録」という番組だった。

その番組は「2013年に企画され、制作に100日をかけた」力作だと宣伝されていた。

その時、客を含めて20人近くの中国人がこのフロアにいた。しかし、不思議なことに誰一人としてこの“力作”を話題にする者はいない。安徽省や四川省出身の従業員たちは、マッサージの手を動かしながらあくびを連発し、晩飯の話や他人の噂話を繰り返していた。

番組が終盤に差しかかったとき、1人の従業員がおもむろに「日本は中国の女性や子どもを殺したんだ。中国人は日本人に痛めつけられた!」と声を上げた。筆者は内心「来た、来た!」と身構えた。しかし、呼応する者は誰もいなかった。

日本人の客である筆者に遠慮したせいだろうか。いや、違う。そのあと、従業員は筆者に向かってこう言った。「あんたの国もやられたでしょう」。彼女たちは筆者を韓国人と思い込んでいたのだ。

*国歌の歌詞があやふや

9月3日、筆者のスマートフォンには、朝から軍事パレードのニュースが続々と送られてきた。

多くの国民が生中継の軍事パレードを見るために午前10時から家にこもった。上海では道路から車両が消え、店舗は臨時休業となった。筆者の乗ったタクシーの運転手も「あんたが最後の客だよ」と言ってそそくさと家路についた。

筆者は、法曹や教育、実業などの分野で活躍する中国の友人たち(いずれも女性)と一緒に、テレビで軍事パレードを鑑賞することになった。

人を殺傷する武器を見せつけながら平和を唱える習近平国家主席。パレードの武器と隊列は間違いなく日米を牽制するものでありながら、「日本、日本人に向けたものではない」とする中国政府。筆者は違和感を覚えながら、テレビ画面に見入った。

軍事パレードのプログラムが国歌斉唱に移った。正式名は「義勇軍進行曲」、日中戦争中に歌われた抗日歌曲である。

「さあ、立って」と家の主人に促され、テレビの前で皆が起立した。筆者は、軍事パレード鑑賞会はテレビ画面の前に正座するぐらいの謹厳な雰囲気になるのではないかと想像していた。やはりその通りになりそうな気配だった。

ところが、皆の歌が怪しい。誰も完璧に歌えないのだ。「正確に覚えてない」「私も・・・」。テレビに映った多くの国民の口元にも「自信のなさ」が垣間見えた。軍事パレード鑑賞会は照れ隠しの笑いに包まれた。

だが、軍事パレードを鑑賞する友人たちの話題の中心は、いつの間にか「最近の流行」に移っていた。巷で流行っている「豆芽花(もやしの花)」というヘアピンを頭に刺し、いつの間にか撮影大会になってしまった。

*「抗日」にはもう飽きている?

軍事パレードの大きな目的の1つは、中国の民族主義を高揚するためである。国民の帰属意識を高め、愛国教育の絶好の機会に利用するためのものであることは間違いない。

だが、上海市民は一定の距離を置いていた。2012年の反日デモは政府が焚きつけて、市内や国中に燃え広がったが、今回の軍事パレードでは当時のような国民の一体感は見られなかった。

反日デモは経済損失につながる。軍事パレードは予算を食いつぶすだけで経済効果はもたらさない。「抗日」「反日」を唱えても自分たちの生活は向上しない――。上海市民はそれを見抜いているかのように冷静だった。

今回、上海市民の「成熟」も強く感じた。筆者はタクシーや飲食店などで「私は日本人だ」とあえてアピールしてみた。しかし、そこで拒否反応を示されたり、攻撃的な態度をとられることはなかった。

タクシーの運転手は「我々は同じ民衆だ。戦争中の苦労も同じだ」と、日本人である私にかえって同情の目を向けてくれた。飲食店で隣に居合わせた上海人の夫婦は、「歴史を忘れないでくれたらそれでいい。私たちもいつか日本に行ってみたい」と日本への関心を語ってくれた。

*笛吹けど踊らない中国人

中国人がそうした「大人」の対応を見せるようになった要因の1つは、何と言っても訪日旅行客の増加だろう。

上海では、日本人が想像する以上に訪日旅行が大ブームとなっている。市民の間で「抗日」や「反日」がほとんど話題に上ることがないのは、多くの人が実際に日本を訪れてみて、従来の政府やメディアの喧伝とかけ離れていることに気づいたせいかもしれない。

道端で不動産販売の客引きを行う若い女性従業員がいた。筆者が日本人だと知ると「私は日本に旅行したくて、ここで働いてお金を貯めているの。あなたと『wechat』(『LINE』に相当するメッセージアプリ)をしたい」と営業そっちのけで誘ってきた。中国メディアが煽る抗日は、若い世代にほとんど作用していない。

確かに「抗日戦勝記念日」を迎えて、上海市民は「過去の歴史は忘れまい」と胸に刻むことだろう。だがその一方で、「永遠に日本に敵愾心を抱き続けることは不可能」だということも理解している。

上海において、今回の軍事パレードは、残念ながら愛国教育の絶好の機会とはならなかったようだ。メディアが連発する「抗日」という言葉も新鮮味を失いつつある。

笛吹けど踊らず――。中国は今、そんな局面に差しかかっている>(以上)

「義勇軍進行曲」は――

起て!奴隷となることを望まぬ人びとよ!
我らが血肉で築こう新たな長城を!

中華民族に最大の危機せまる、
一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。

起て!起て!起て!

我々すべてが心を一つにして、
敵の砲火をついて進め!
敵の砲火をついて進め!

進め!進め!進め!(以上)

「♪昨日の敵は今日の友、手を携えて戦おう、諸悪の根源、中共殲滅へ、イザ!イザ!イザ!」と結べば素敵な新しい国歌になる。

さあ、同志諸君、支那人民を温かく迎えよう! おもてなし、ホスピタリティで日本ファンを創ろう! 戦争するよりよほどいい。

直接コストと経済的損失で習の火遊びは1兆円近い散財だったろう。「バカが戦車でやってくる」、末期的だ。(2015/9/8)

2015年09月08日

◆中共という狂気の怪獣

平井 修一



世界はのた打ち回る狂気の怪獣に振り回されている。「フォーリン・アフェアーズ・リポート」9月号から。

<*迫りくる中国経済の危機 人民元下落は危機のプレリュードにすぎない by サルバトーレ・バボネス/シドニー大学准教授(社会学、社会政策)

中国で金融危機が進行している。株式市場の混乱、輸出の低迷、そして人民元のクラッシュはまだ序の口にすぎない。

今後、人口動態の停滞、資本逃避、そして、経済の多くを市場に委ねるとした2013年の決定がさらに大きな危機を作り出すことになるだろう。

高齢化で政府の社会保障関連支出が増大していくにも関わらず、税収を通じた歳入増にはもはや多くを期待できない。「中国は豊かになる前に歳をとる」とよく言われるが、同様に、完全な税制を整備する前に、経済が自由化されれば、歳入を確保するのはますます難しくなる。

課税なき自由化は中国政府を第3世界特有の永続的な金融危機に直面させるだろう。主に逆累進税で資金を調達し、社会保障上の責務を果たそうとすれば、中国は、すでにそこから抜け出したはずの第3世界のような状況に陥る。

人民元の切り下げは、さらに大きな危機のプレリュードに過ぎず、そこで問題が終わることはない。

*中国の対外行動をいかに制御するか 台頭する中国とアメリカのアジア外交 by トマス・J・クリステンセン/プリンストン大学教授

グローバル金融危機をアメリカや他の主要国よりもうまく凌いだ中国のエリートたちは、国際的な対応への自信を深め、中国人の多くも他国に譲るのはもう止めて、自国の利益をもっと積極的に主張すべきだと考えるようになった。ナショナリズムも台頭した。

一方、危機を契機に、輸出市場に多くを依存する自国の経済モデルの持続可能性を北京は心配するようになった。別の言い方をすれば、中国は大国に台頭したが、「依然として、非常に多くの国内問題と不安を内に抱える途上国でもある」。

この有毒な組み合わせが、対中関係を管理していくのを難しくしている。

だが、米中が明確に衝突コースへと向かうと決まっているわけではない。アメリカの力を認識し、北京がどこまでアメリカや東アジアを含むアメリカの同盟国と協調するつもりがあるか、その境界を見極めれば、リスクを抑え込むことができるはずだ>(以上)

見栄と面子を最重要視する北京が日米やそのお友達と協調することはあり得ない。華夷秩序によれば「中共は世界に君臨しているのだから、周辺国の野蛮人は俺に従え」ということになる。唯我独尊、俺の発展の邪魔をするな、どけどけこの野郎!という国柄だ。

中共が最も敵視する日本と協調して、日本の経験を謙虚に学んでいれば、公害問題や農村問題を含めて今の危機もある程度は抑えられたのではないか。しかし「協調」「謙虚」なんていう言葉は中共の辞書にはないのだろう。

山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の論考「地方創生に欠けている大きな視点」9/4は中共のデタラメさをよく示している。

<わが国の「地域の再生・活性化」というテーマは、最近になって脚光を集めたものではない。「国民所得倍増計画」が都市と地方の格差の是正を取り上げたのが1960年。最初の過疎法である「過疎地域対策緊急措置法」が10年の時限立法として制定されたのが1970年。農村地域工業導入促進法が制定されたのが1971年。

このテーマは、半世紀以上も政治のアジェンダに載り続けている。ということは、数々の施策を講じながら、いまだに解決できていないということである。

しかし、我々が地域の再生・活性化という課題に失敗したのだろうかというと、そうではない。

中国では、都市と農村の一人当たり所得格差が3倍以上に拡がっているという「三農問題」が内政上の最重要課題になっている。都市や工業の発展を図るために、農業に課税したり、農産物価格を抑制して食料品価格を抑え労働費を安くしたりするなど、農業搾取政策をとってきた。

中国では、経済成長を優先し、格差の是正に無関心だった。そのつけが今の政権に回ってきている。格差の是正は、中国だけではなくベトナムなど途上国では、大きな問題である。

これに対して、我が国では、高度成長期、いわゆる"三種の神器"の普及率は都市部と農村部で数ポイントの違いしかなかった。自動車の普及率については、むしろ農村部が都市部を上回った。

農村は豊かになった。中国のような大きな格差は、日本には存在しない。2016(?)年1月、私は、中国の国家発展改革委員会で日本が採った都市と地方の格差是正政策について講演したところ、日本の政策を研究したいという発言が出るなど、注目された。

ベトナムの政策担当者は、日本の農村振興政策を真剣に勉強している。大分県の一村一品運動はタイなどで普及している。格差の是正や地域振興という点では、日本はある程度成功してきたといえる>(以上)

中共は「農業搾取政策」で農民の膏血を絞ってきたのだ。大躍進では農民4000万人ほどが餓死した。未だに農民を二等国民として差別している。

山口組組長でさえ「過去から学べ」と言っているが、中共は過去を改竄し、隠蔽し放題。何も学びはしないからゴロツキ以下の、しかも痴呆性妄想自己肥大症だ。

新華社天津9/7によれば死者161人、行方不明12人、負傷者(治療中)266人という天津大爆発。実際の被害の規模は不明だ。被害者の多くは農民工だったのではないか。中共は「今」も改竄、隠蔽する。中共は徹底して封じ込めるのが一番だ。(2015/9/7)

◆子息の安全を案ずる自衛隊員の父へ

櫻井よしこ



平和安全法案を「戦争法案」と決めつけ、法案反対を唱え続ける人々がいる。私には全く理解できない。むしろ平和安全法案は、戦争を防ぐためのものであり、その意味で戦争抑止法案に他ならない。

社民・共産両党や一部メディアが自衛隊に関する政策や法案について、実態とは正反対の非難キャンペーンを張ることはこれまでにもあった。彼らは23年前の国連平和維持活動(PKO)協力法成立のときも、日本が侵略国になると批判した。

しかし、23年間の自衛隊の実績は国際社会で高く評価され、野党及びマスコミの批判は的外れだった。今回も同様であろう。

彼らの主張が余りにもひどいので、私は彼らとは正反対の立場から、法案の内容を事実に沿って見詰め、国際情勢の激しい変化を認識し、平和安全法制の早期成立を求めるために、多くの人に呼びかけて国民フォーラムを設立した。

平和安全法制の早期実現こそ日本国民を守り、戦争を抑止するとの認識を共有した学者、有識者、経済界の人々は318人に上り、うち約90人が同席して8月13日、憲政記念館で記者会見も行っ
た。

すると、私のホームページには賛否両論の意見が殺到した。その中に「昨年自衛隊に入った息子の父親」という人物からのメールもあった。趣旨は以下のとおりだ。

〈中越地震などに際して、身を粉にして人々を守り……人命救助に徹する自衛隊員姿に憧れて、息子は入隊した。しかし、今回の安保法制で自衛隊員の活動 範囲が広がり、死のリスクが高まるのは明白だ。これ以上息子を自衛隊に置きたくな い。父親として毎日心配している〉

子息の無事を願う父親の心情が窺われる。この気持ちは自衛隊員の子息をもつ他の多くの父や母、或いは小さな子供を持つ若い親たちも共有しているかもしれ ない。

そこで右の内容について考えてみたい。まず問題を2つに分けて考えることが 大事だろう。日本国民と国の安全と、自衛隊員の安全である。

戦争を抑止する法案

前者については少し長くなるが、大別して4つの柱を考えればよいと、元統幕議長西元徹也氏は指摘する。Aグレーゾーン、B重要影響事態、C国際平和協 力活動、D集団的自衛権の部分行使、である。

Aのグレーゾーンは、平時と有事の間の防護体制の隙間が広すぎる問題だ。現在、自衛隊は組織的、計画的攻撃に対してでなければ防衛出動が許されない。た とえば多数の中国の漁船が尖閣諸島に押し寄せた場合、漁船員らが武装もしておら ず、粛々と上陸すれば、自衛隊は手を出せない。海上保安庁を助ける形で中国人の上陸 を防ぐこともできない。

自衛隊が対処できるのは、中国側が明らかに事前に組織し、計画し、武装して攻めてくるときである。そうではなく、漁船が「たまたま」大挙して押し寄せる 場合などには、自衛隊は何もできないのだ。これでは日本防衛は不可能だ。そこで今 回、海保に代わって自衛隊が動けるよう、電話閣議で迅速に海上警備行動を発令でき るようにした。

国民も国も守り切れない防護の穴が多数あり、敵対勢力の侵略に打つ手がない現状をこのようにして変え、改善するのが今回の法制である。

Bの重要影響事態は朝鮮半島を考えればわかり易い。朝鮮半島有事が勃発し、事態が収拾できなければ、わが国も危険に晒される。危険を防ぐために、米韓同 盟に基づいて行動する米軍への補給を効率的に行えるようにした。

米軍への物品、役務の提供は現在、日本の領域でのみ許されており、その都度、日本の領域に引き返し てもらわければ支援できなかった。今回、その場でできるように改正し、日米連携 をスムーズにした。

但し、米軍への武器供与は禁止されている。

Cの国際平和協力活動にも多くの問題点があった。自衛隊は武器使用が厳しく制限され、海外では外国軍に守ってもらわなければならない。カンボジアPKO ではフランス軍に、イラクでは当初イギリス軍、その後はオランダ軍、そして再びイ ギリス軍に守ってもらった。だが、自衛隊を警護する外国の部隊が攻撃されても、自 衛隊が彼らを守るために一緒に戦うことは許されず、有り体に言えば逃げるしかな い。どう考えても卑怯である。そこで今回は、共に行動している部隊が攻撃された場合、自衛隊も彼らを守れるようにした。

そして最後のポイント、Dの集団的自衛権である。日本を除くほぼ全ての国々が行使する集団的自衛権は、友好国が共同で防衛する権利である。

尖閣諸島など を窺う中国、核攻撃の構えを見せる北朝鮮などに対し、限定 的ではあっても、日本 が米国などと共に集団的自衛権を行使することは、対日侵略を思いとどまらせる大き な効果を生む。集団的自衛権の一部行使は、戦争をするためではなく、戦争が起こら ないように抑止するものなのである。

以上4つの柱を見たが、これらはすべて日本と国民を守るためだ。日本が戦争をしかけたり、他国に戦争をしに行くためではない。

身を賭して公益の為に

さて、「自衛隊員の父」の、隊員の死のリスクが高まるとの懸念についてである。まず、安保法制の有無にかかわらず、自衛隊にリスクは付きものである。消 防隊員も警察官も同様である。今も、日常活動で自衛隊員の尊い犠牲は生じている。

悪天候下、離島の患者の緊急搬送作業で亡くなる隊員もいる。訓練中の事故で命を落 とす場合もある。

そのような危険を認識したうえで、それでも強い使命感を抱く人々が自衛隊に入隊する。だからこそ、自衛隊員は国民と国家を守るために、究極の場合、命を 賭して任務を遂行すると宣誓して職務に就いている。

国防に危険は付きものだと指摘したが、私は国防に携わる人々への感謝と尊敬の念が、わが国に全く欠落していることを非常に残念に思う。感謝と尊敬どころか、長年、国民の多くは自衛隊員を偏見に満ちた差別の目で見てきた。

しかし、長期にわたる自衛隊の地道な働きが少しずつ国民の心を溶かした。現在、自衛隊に寄せる国民の信頼度は92・2%と比類なく高い。圧倒的多数の国民 が、身を賭して公益の為に働く自衛隊員の有り難さを実感し、彼らがいて初めて国民 も国も守られると感じ始めた。自衛隊への尊敬と感謝の念が国民の間に漸く生まれて きたと思う。

私は、国民を守り国を守る責務を自らの使命とする自衛隊員たちこそが、国民と国との一体感の中心軸を成すと考えている。だからこそ、今回、私にメールを 下さった自衛隊員の父のように、隊員に近い人ほど、平和安全法案を正しく理解し、 それが決して戦争法案などではないことを知ってほしいと願っている。

『週刊新潮』 2015年9月3日号 日本ルネッサンス 第669回
                 (採録:松本市 久保田 康文)

◆この国に経済学処方は通用しない

田村 秀男



上海株は下落基調が収まらない。以前から指摘しているように、党主導で図体だけを膨張させた異形の市場経済を党が制御できなくなったのだ。

ところが、日本のメディアでは、中国を西側の市場経済国家同然に見立て、やれ金利を下げれば景気が上向くとか、元安で輸出が増えるなどという楽観論がまかり通る。中国では経済学の教科書に書かれているような処方箋は通用しないのだ。

金融政策を例にとろう。利下げは一般的に「金融緩和策」と呼ばれる。ところが、中国は金利を下げると量的側面で金融引き締めが進む。

2008年9月のリーマン・ショック後、どれだけ増えてきたかを、中国の外貨準備と合わせて追っている。

FRBは3度にわたる量的緩和策でドル資金発行量をリーマン前に比べて4倍増やしたが、人民銀行はドル増加量にぴったり合わせて元資金を増量してきたことが読み取れる。

人民銀行はやみくもに元資金を発行するわけではない。流入する外貨を買い上げては元を市場に流し込む。元発行残高の約8割はドルを中心とする外貨の裏付けがある。2000年代初めはその比率が40%弱だったのだがリーマン後に急上昇した。

言い換えると、中国はドルの大増刷のおかげで元を米国並みの規模で刷り、不動産開発部門などに流し込んで投資主導型の高度成長を実現した。

ところが、12年から13年にかけて中国の不動産市場はバブル崩壊して不振に陥り、14年初めからは国内資金や流入していた外貨が流出し始めた。貿易黒字は続いていても、外貨準備は増えなくなった。そうなると、人民銀行は元資金を増発しにくくなる。

そこで、習近平政権は党、政府総ぐるみで株価押し上げ政策を打ち出し、株式市場に国内や海外の資金を引きつけようとした。14年10月に米国が量的緩和政策を打ち切ると、中国を含む新興国市場から資金が米国に逆流する傾向が強まるので、習政権は上海株価引き上げにますます躍起となったが、6月中旬、暴落が始まった。

株価下落とともに、資金流出に加速がかかる。景気悪化も止まらない。そこで人民銀行はそれまでの利下げに加えて8月11日に元を切り下げ、輸のてこ入れを図ったが、米国は9月にも利上げする動きを見せたので、元資金の流出がますます激しくなった。

人民銀行は外貨準備を取り崩して元を買い上げるしかない。その結果、元の資金量は急減するという具合である。8月25日には追加利下げに踏み切ったが、資金流出を助長し、株安も止まらない。

金融の量的縮小圧力がますます高まる。中国の通貨・金融政策はことごとく裏目に出るのだ。党が株式や外国為替など金融市場を支配する体制のもとでは、中国経済は悪循環から抜け出られないだろう。 
(産経新聞特別記者)
夕刊フジ【お金は知っている】 2015.9.5
(採録:松本市 久保田 康文)

2015年09月07日

◆「どっこい!」人民は生き残る

平井 修一



支那の人民のほとんどは漢族だが、生命力、生活力、他民族をのみ込む同化力は、良くも悪くも世界有数だ。とにかくタフ! 生きることに貪欲。それだけ生きることが困難な時代が当たり前だったのだろう。金儲けにも熱心で、遊ぶことにも積極的だ。

日清戦争で従軍記者になった岡本綺堂は、清兵が戦闘で敗けると戦線を離脱して、今度は日本軍の軍夫に応募し、献身的に働いたことを感動的かつユーモラスに書いていた。

清朝に仕えていたのは清兵にとって飯のタネだったからで、清朝の米びつが空になったのなら、今度は日本軍に仕えようというわけだ。

生きること、飯を食うことが何を置いても最優先課題であり、それをもたらしてくれるのであれば白い猫でも黒い猫でも構わない、というのが支那人5000年のDNAなのだ。祖国への思いや忠誠心はあまりないだろう。

だから蒙古族や満洲族による異民族支配にも動じない。逆に支配階級である異民族を籠絡して漢族化してしまうのだ。恐るべきパワー。

自分の出世のために奥さんを上司の一夜妻にすることもためらわない。奥さんもほとんどは納得ずくなのだろう。何清漣女史は「漢族の道徳的堕落は落ちるところまで落ちた」と嘆き怒っていたが、出世すれば儲かるのだから「上司に一発やらせたっていいじゃないか、別に減るわけではないのだから」、と思う人は少なくないのだろう。金瓶梅の国だし・・・

中国でコンサルタント業を営む田中信彦氏の論考「『13億総商売人』の時代がやってきた 『ネット小商売』隆盛に見る中国人の『しぶとさ』」(WISDOM8/28)から。

<中国ではいま個人のネットショップが爆発的に増えている。誰でも始められる「ネット小商売」は猛烈な勢いで生活に浸透しており、中国人はまさに水を得た魚のようにますます「個人モード」中心の生き方を加速している。そのメカニズムついて考えてみる。

*「カニの紹興酒漬け」が大ヒット

1カ月ほど前、江蘇省無錫市でブティックをやっている張さんという女性から連絡があった。「上海蟹の紹興酒漬けを自宅で作って売る商売を始めたら、売れすぎて大変なことになっている。知恵を貸してもらえないか」というのである。

張さんは同市の中心部で婦人服を商っているが、景気低迷で服の売上は頭打ちなので、不況に強い食品を手がけることにした。ホテルのレストランで調理師をしている親類に頼み、看板料理のひとつ「上海蟹の紹興酒漬け」のレシピを内緒で教えてもらった。

江南一帯では、茹でた上海蟹を紹興酒や醤油、砂糖、生姜などで味付けしたタレに漬け込み、味が染みてから食べる料理がある。地元ではファンが多く、実は私も大好きである。

張さんのご主人がレシピをもとに丸1カ月、家にこもってタレの作り方を研究した。「大鍋何杯ぶんのタレを捨てたかわからない」という試行錯誤の末、納得できる味のものができあがった。

自宅の大釜で試作品を作り、親戚や友人知人に食べてもらうと非常に評判が良い。手応えを感じたので、店の前に机を出し、無料の試食品を配って道行く人の反応を聞いた。これまた大好評で、「どこで買えるのか」という声がたくさん出た。

自信を得た彼女が目をつけたのが日本では「中国版LINE」と称される「微信(WeChat)」である。「微信」には「朋友圏(モーメンツ)」と呼ばれる、フェイスブックのようなソーシャル機能があり、数百人から時には1000人以上の「朋友」がいる人も珍しくない。

そこに「自家製の上海蟹の紹興酒漬け、〇〇個限定、5つで100元」みたいな話を写真付きで載せたところ、注文が殺到。

慌てて生産して届けたところ、すこぶる好評で、「友人にも配りたい」「両親に食べさせたい」といったリピートオーダーが続出した。さらに「こんなおいしいものがある」という新たな書き込みが友人たちの「朋友圏」上に続々と転載され、引き合いが加速度的に増えた。

*友人から友人へ、爆発的に拡散する情報

「微信」の威力は、友人の紹介というレバレッジ(テコ)が効きやすいところにある。中国人の「朋友圏」の中では、常日頃からさまざまな商品やサービス、飲食店の評判などが飛び交っており、気に入ったサービス、商品、おいしかった店などを積極的に友人たちに紹介する。その心理には次の3つの要素がある。

(1) 自分はこんな良いものを(人より先に)知っているのだという、鼻が高い気持ち

(2) こんな良い体験は友人たちにも味わってほしいという、友人を思う心

(3) 頑張っている商品、サービス、店を応援したいという心情

とにかく中国人は、自分が良い経験をすると、それを親しい人、仲の良い人と共有したいとの気持ちが非常に強い人たちである。日本人にもそれはあるが、中国人のほうが友人の範囲が広く、共有の程度が強い。良い経験を自分だけに留めておくことができず、みんなで分け合えばさらに楽しいと感じる。

そして情報の共有を受けたほうも、聞き流さずにそれを正面から受け止めて「自分も試しに買って(行って)みよう」と反応する傾向が強い。

中国では友人の商売については、もちろん度を越せば問題だが、寛容というよりむしろ積極的だ。ここが日本社会と大きく違う。この個人と個人の相互扶助的な関係性に「微信」の爆発的なパワーの源泉がある。

*お客がその場で代理店に変身

張さんのカニ商売は、紹介に継ぐ紹介で、あっと言う間に毎日の注文が200個(5個入り40パック)超えるようになり、夫婦では手が回らなくなった。張さんはブティックの中二階に業務用のコンロと巨大な釜を据え付け、退職して家にいた両親を駆り出して一家総出の増産体制を敷く。

素人相手に最初は愛想のない対応をしていたカニの卸売業者も、仕入れが増えてくると本気になり、質の良いカニを安く出してくるようになった。

次に起きたのが流通形態の変化である。一口で言うと、頼んだわけでもないのに、お客が代理店に変身してしまったのである。

張さんの「朋友圏」には服の商売で知り合った仕入れ先など、地元以外に住む友人も多くいた。取引先の1人である広東省の服飾ブローカーは張さんのカニのおいしさに驚き、再注文して友人知人にも配った。

それも大好評で「もっと食べたい」との声が相次いだので、この人物は「継続的に売るから、広東省の代理権をくれ」と言ってきたのである。「広東省の人口は1億人以上だ」と気宇壮大なことを言う。

ちなみに現在では中国でも物流網の進化が進み、運輸会社の冷蔵宅配便を使えば、上海から1000q以上離れた広東省でも生ものを翌日配達で送ることができる。

このほかにも北京や蘇州などからも「代理をやりたい」という申し出が相次ぎ、販売開始2カ月も経たずに1日の平均販売個数は500個(5個入り100パック)を突破、金額にして1日1万元、日本円20万円を超えた。単純に掛け算すれば1カ月25日として月商500万円、年商6000万円。個人の商売としては相当の規模である。

現在、張さんは無錫から近い中国一の大市場である上海に代理店をつくり、小さな食品加工場を開いて安定的に商品を供給し、販売を拡大していくプランを描いている。冒頭に触れた私への連絡は、簡単に言えば「上海の代理店になってくれないか」という話だったのである。

ありがたい申し出ながら、私にはカニを売る能力はないので断念したが、要はこういうフットワークの軽さが中国人の商売の活力なのである。

*猛烈に広がる「小商売」のネットワーク

個人の商売が個人を媒介に拡散し、その商売を個人が代理店となってさらに拡大する。張さんの商売は「微信」を舞台にした、典型的な創業物語のひとつである。

彼女の場合、もともと自営なので事業の拡大ペースが早いが、ごく普通の市民の間でも「微信」上の個人ショップ「微店(YouShop)」を通じた小商売のネットワークは深く広がっている。

いま中国全土でこのような個人による「小商売」の波が猛烈な勢いで広がっている。いささか誇張した表現ながら、メディアでは「国民総商売人の時代」といった文言が踊っている。

*SNSと社会の親和性

中国人と日本人の発想を比べた時、最も大きく異なるのは、個人志向か全体(枠組み)志向か、という違いにある。中国人は自分個人の利害から出発し、自らの利益を確保するために自分が属する「枠組み」(国、会社、制度……)をどう利用するかという発想をする。

日本人は自分を含む「枠組み」全体の利害をまず考慮し、その結果として自分にも利益がもたらされるようにしようと考える傾向が強い。

これは、どちらが優れているとか、どうあるべきかという話ではなく、社会としての考え方の「クセ」である。もちろん個人差は大いにあるし、自分が育った環境や従事している職業などによっても、このあたりの感覚には違いがある。

しかし「微信」に代表されるような個人を軸にしたコミュニケーションツールとの親和性は、中国社会のほうが日本より圧倒的に高い。

中国では仕事や商売とプライベートの区別がない。自分と気の合う、利害の一致する個人どうしが組織の枠に関係なく結びつき、「個」と「個」としてスクラムを組んで商売をする。そういう傾向が強い。

今回のスマートフォン普及による「微信」の浸透は(携帯やメールに)続く第三の波である。これによって中国人の「個」と「個」のコミュニケーションの頻度と密度はさらに高くなり、個人が商売を始める手間とリスクは劇的に軽くなった。

報道によると、すでに3000万軒の個人ショップがオープンしているという。「微信」のユーザーは1990年代以降生まれが中心なので、今後、時の経過とともにユーザーが増加していくことは間違いない。

*激変する「ものの売り方」

組織に頼らず、個人を単位に、個人と個人のつながりで自分たちの利益を図っていくという「中国人的生き方」は、こうした「個」を単位にしたネットワーク上において非常に強いパワーを発揮する。

強いネットワークを持つ個人どうしが協力し、互いに資源を共有しながら、お互いの商品を互いのネットワークで売り合う。

そう言えば、冒頭に紹介した張さんの店では、高級婦人服の既存顧客には「上海蟹の紹興酒漬け」もよく売れている。個人の力で販路を広げ、信頼できる個人どうしが商品を融通して、大胆に売る。

商売人としての中国人のパワーは、今後ますます強まっていくだろう。

もちろん現状の個人のネットショップには、食品の品質や衛生基準の確保をどうするか、ショップ乱立による過当競争と商品画一化をどう防ぐかなど課題は多く、すでにそうした問題は噴出している。

しかし「微店」的な「小商売」のシステムは、紆余曲折はありながらも中国人の人生に不可欠のプラットフォームとして機能していくだろうと私は考えている。

「個」の力を自ら矜(たの)んで生きていく「しぶとさ」こそが中国社会の強みであり、中国人の魅力であり、これからの日本人が世界の荒波の中で生きていくために学ばねばならないことではないかと思うのである>
(以上)

自然発生的に資本主義経済が発展し始めたような印象だ。北朝鮮も同様で、最近では鉱区の開発権を買う小ブルも誕生しているという。ともに国家独占資本主義の国だが、草の根資本主義はどんどん育っていくだろう。

独裁者どもはこの芽を摘むのか、それとも育つに任せるか。摘めば経済の低迷を招くし、育てれば独裁者の利権を脅かすほどになるかもしれない。13億の走資派が共産党独裁を揺るがしつつある。(2015/9/5)


◆宋平も参加していたが

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)9月5日(土曜日)通算第4648号  <前日発行>> 

〜北京軍事パレード続報
  宋平も参加していたが、政治局常務委員歴任者は全員出席だった〜


その後、天安門の雛壇に並んだ顔ぶれを精密にチェックした結果、次のことが映像から判明した。

習近平の隣は左手がプーチン、朴権惠、蕃基文、ナゼルバエフ(カザフスタン大統領)だが、ほかにカリモフ(ウズベキスタン)大統領もいる。エジプトのシシ大統領。。。その列の後方に李克強首相が影薄く立っている。ややおいて賓客席に連戦(国民党名誉主席)夫妻だ。

問題は右手である。

江沢民、胡錦涛が並び、続いて張徳江、愈正声、劉雲山、王岐山、張高麗と現職の常務委員全員が出席している。

そして歴代首相の朱容基、李鵬、温家宝。後方に96歳の宋平がいる。宋平は周恩来の秘書役で、若き日の胡錦涛を発掘した上、朱容基を周囲の反対を押し切って首相の座につけた、珍しく清廉潔白の政治家である。

さらに前政権の常務委員だった曽慶紅、賈慶林、呉官正、賀国強、李瑞環。。。。このなかに汚職の追求が激しく、拘束説まであった曽慶紅、賀国強がいることは意味深長である。

そして習近平の母親、齋齋が壇上にいた!

香港紙『明報』(9月3日付け)は、こうして全指導者を集めての軍事パレードとは、換言すると「習近平の軍権掌握ならびに指導者として揺るぎない地位を確保したことを意味するセレモニーとなった」と分析した。「まさに習近平時代が到来したことを明確に告げる式典だった」と。