2015年09月04日

◆北京に「戦勝」を祝われる違和感

泉 ユキヲ



9月2日は敗戦の日(=降伏文書に署名した日)だったのだが、2日それを顧みたメディアも論者も無いようだ。(もしあれば、ご教示ください。)

8月15日前後にさんざん回顧したのだから、9月2日にわざわざダメ押しは不要なわけですが、平成27年現在はそういう景色の9月2日であったことをここに記録しておきます。


■ 中国に洗脳されました ■

中国共産党が抗日勝利をさんざん言うものだから、「第2次世界大戦で日本は中国に負けた」という一文に あまり違和感を感じない自分に気がついた。

(もちろん、この「中国」とは「中国国民党」のほうであって、中国共産党が日本軍とほとんど戦っていないのは歴史の常識ですが。)

しかし!昭和55年ごろの日本人の感覚は、今とは明らかに異なっていた。
 
「第2次世界大戦で日本は中国に負けた」とは思っていなかった。なぜそれを断言できるかというと、こんなことを思い出したからだ。

昭和55年か56年のことだが、財団法人・日本エスペラント学会が井上ひさし氏とダグラス・ラミス氏の講演会を開催した。(いやはや、朝日新聞的な人選でありますな!)
 
わたしはエスペラント学会の編集部員だったので、機関誌に記事を書くべく熱心に聴いていたのだが、その講演でダグラス・ラミス氏がこんなことを言った。

≪日本人には、いろんな思い込みがありますね。たとえば、ですよ、第2次世界大戦で日本はどこの国に負けましたかというと、みんな「アメリカに負けた」と言います。

でもね、こうも言えるでしょ。「第2次世界大戦で、日本は、……中国に負けました」≫

「中国に負けた」と言われたときの強烈な違和感を、今でも鮮明に覚えている。会場の聴衆からも戸惑いのオーラが立ちのぼっていた。「何だよ、こいつ、何を言い出すんだよ!」という空気。

≪「中国に負けました」と言われて、皆さんは「え? 何、それ?」と思うでしょ。「あの戦争はアメリカに負けたんだ」と思い込んでるわけですね。

でも、「中国に負けた」のは、事実でしょ。違いますか。≫ひとを小馬鹿にしたダグラス・ラミス氏の口調が、今も耳に残る。


■ 日本はタイに負けました(?)■

日本が全力で戦い、その日本を敗北に追い込んだのは、あくまでアメリカだ! というのが昭和55年当時の常識であり、空気だった。『アサヒグラフ』が広島・長崎の写真大特集号を出していた時代である。

中国が連合国側にいたのは事実だが、「戦争で中国に負けた」などと発想すること自体がちゃんちゃらおかしい、そういう意識が昭和55年ごろには確かにあった。

ダグラス・ラミス氏の指摘は、いま思うと、そういう日本人の意識のスナップショットだった。

こういう「まるで空気のような常識」は、具体的に記述されることなく忘れ去られがちだ。
 
今や「日本は戦争で中国に負けた」と言われても、違和感なく聞き流す自分に気がついて愕然とする。

わたしが何を言っているのかピンと来ないひとも、「第2次世界大戦で日本はタイに負けました」と言われたら、さすがに違和感を感じないか。

9月3日の北京にはタイの副首相も「戦勝国」の顔で来ている。タイは戦争中、日本側についていた。戦争末期に王族みごとな二股外交を行い、終戦の瞬間には「連合国側」扱いを享受した。
 

■ 朴槿恵(ぼく・きんけい)と潘基文(はん・きぶん) ■


昭和55年ごろの常識では、韓国の大統領がやおら「日本に対する戦勝国」を演じるなど、あまりに滑稽で、想像だにできなかった。
 
日本の帝国陸軍士官学校で教育を受け、満洲帝国軍第8師団参謀としてソ連軍を迎え撃った高木正雄こと朴正熙(ぼく・せいき)大統領の娘は、いまや、韓国が中国に併合されれば正真正銘の「戦勝国」になれることを発見したようだ。

連合国組織(=いわゆる「国連」)の事務局長・潘基文(はん・きぶん)氏が北京の戦勝イベントに参加することを知ったとき、わたしは発作的に「大統領選に出るための選挙資金を北京からもらいに行くのかよ!?」と感じたものだ。

しかし、違和感をもつほうが甘ちゃんなのかもしれない。

わたしが「連合国組織」と正しく呼びならわしている通り、国連とは しょせん第二次世界大戦の戦勝国組織であり、日本もドイツもいまだに国連における「敵国」なのだから。

潘基文氏の行動は下劣だと思うが、それに抗議すると同時に、国連憲章から「第2次世界大戦中に連合国の敵国であった国」についての、いわゆる「敵国条項」を削除せよと改めて提起するのがモノの道理なのだろう。


■ なぜ中国が9月3日を記念するか ■

ところで、8月15日号にも書きましたが、中国ではいまだに、降伏文書署名の翌日である9月3日が「中国人民抗日戦争勝利記念日」とされており、ずいぶん間の抜けた話であります。

国慶節を10月2日とするようなものですな。

記念日にするなら、降伏文書調印当日である9月2日にするのが正でしょう。

9月3日を記念するのは、中国国民党が昭和20年9月3日を急遽「記念日」として休日にしたのが起源。

当日は休みにするのが間に合わず、翌日に休んじゃいましたということで、それを共産党も引き継いで記念日にするわけですから、ふざけた話であります。

ちなみに中国国民党政府が南京で日本軍の降伏文書を正式に受理したのは昭和20年9月9日でした。
 

◆未来に禍根残す「お詫び」はオシマイ 

安藤 慶太


 ■総力特集 安倍談話と歴史復興への道

「死んだ人々や子孫がどのように考えるかを考慮に入れる民主主義が、縦の民主主義である」。英国の小説家、G・K・チェスタトンはこう述べた。

今を生きる私たちの意思や判断は最大限尊重される。それが民主主義だ。だが、その私たちが今あるのは過去の先人の歩みがあってこそ。受け継いだものを大切にし、未来へとつないでいく責任を私たちは負っている。このことを忘れてはならないのだ。

「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

安倍晋三首相が8月14日に出した戦後70年談話が、これまでの「戦後談話」と決定的に異なるのはここだろう。

渡部昇一・上智大学名誉教授は「これまで歴代の総理大臣が全く言及することがなかった」というように、平然と過去を指弾断罪し、周辺国に好餌を与え、そして未来には禍根を残す−こんな過ちがこれまでどれだけ繰り返されただろうか。
 
「侵略」も「植民地支配」も「お詫(わ)び」も「反省」も言葉としてはあった。しかし、それらの言葉はこれまでとは異なる文脈で使われているといってよい。

首相が談話に込めた思いは、阿比留瑠比・産経新聞政治部編集委員が解説。古田博司・筑波大学教授は中国語と韓国語に訳された「安倍談話」を再び日本語に戻して比較対照。中韓が談話発表後に急速にしぼんでいった事情を指摘しつつ、「だから、『お詫び』はもうお仕舞いなのである」。産経ニュース【異論暴論】2015.9.1


◆中共はホントに金持ちか

平井 修一



まあ家庭でいえば財布や金庫の中の現預金だ。昔から「勘定合って銭足らず」はよくあることで、書類上は1億円あることになっているが、実際に数えてみたら5000万円足りないとか。今の東芝みたいだ。道楽息子が遊興に使ってしまって金庫は空っぽなんていうのは結構多いのではないか。

支那は伝統的に数字とキャッシュが合わない。天文学的なキャッシュが行方不明になったりする。大昔から官吏の汚職は日常茶飯事だ。

日経9/2「中国3.6兆ドルの外準マネーは張り子の虎か」(滝田洋一編集委員)から。 

<中国当局が米国債を売りに出ている。そんな話が世界の金融市場を駆け巡っている。中国の資金繰りはきついのだろうか。案の定、中国人民銀行は人民元の先物売りの規制に乗り出した。

*資本流出に音を上げた人民銀

中国人民銀行は8月25日、利下げと預金準備率の引き下げに踏み切った。その直後に人民日報(電子版)が載せた、金融緩和の理由のひとつが興味深い。

「外貨買い取り専用資金の減少、近ごろの元安と資本流出という背景の下、預金準備率の引き下げは流動性供給につながり、市場の金利上昇圧力を和らげるのに役立つ」

8月11日の人民元の切り下げを機に、資本流出が膨らみ、国内金融市場の資金繰りがきつくなっている。かくて9月1日には人民銀が資本流出の加速を防止すべく、銀行に対し元売りの規制を通知した。

外貨買い取り専用資金が減少したのは、資金の国外流出に伴うドルなどの外貨需要に、当局として応える必要があったからだ。そのためには、外貨準備として保有する米国債を売却せざるを得ない。

中国の外貨準備は依然として断トツである。それなのに、資金繰りのきつさが取り沙汰されるのは、なぜなのだろうか。この問いの答えを得るには、外貨準備の中身を知るほかない。

*拡大した開発投資に焦げ付き

「外準のうち、運用先の見当がつかない分が、少なく見積もっても1兆ドル程度はある」と、ベテランの市場エコノミストはいう。

市場関係者が気をもむのは、ソブリン・ウエルス・ファンド(平井:産油国などの政府が出資する投資ファンド)などに、使途不明の外準マネーが流れていることだ。直近ではシルクロード基金(SRF)やアジアインフラ投資銀行(AIIB)の元手ともなっている。

ここ10年ばかり、中国はアフリカや中南米で資源開発投資のアクセルを踏んできた。外貨準備がこうした開発投資に振り向けられているとしたら、どうだろう。

ただでさえ開発・採掘コストの高いこれらの案件は、最近の国際商品相場の崩落で火を噴いているはずだ。投入した資金も、相当額が焦げ付いていると思われる。こうみると、中国の外貨準備や人民銀行の外貨資産も、水増しされた張り子の虎ということになる。

欧州の政府債務危機の発端は、ギリシャの財政赤字の粉飾が発覚したことだった。中国の外貨準備の中身をめぐる疑惑が、新たな金融危機の火種になりはすまいか。中国による米国債売りの情報に、市場が敏感になるのもむべなるかな>(以上)

「張り子の虎」・・・毛沢東曰く「帝国主義と反動派は張子の虎である。見たところは恐ろしそうでも、実際には大した力は持っていない」。見た目と実際は違うということだ。

○○さんちは大金持ちで、いくつもの会社を経営しているし、いろいろ資金運用しているそうだ――こういう評判が長年続くと「信用」になり、銀行などが「いくらでも優待金利でご融資しますよ」となる。

じゃぶじゃぶ金が集まってくるが、実は○○さんの事業はほとんどが赤字で、大金持ちどころか借金まみれ。持ち株は紙くず同然。借金の返済は新たな借金で賄うという自転車操業だった――こういう話は結構ある。投資詐欺はその典型だ。

中共の金庫に実際いくら現預金が残っているのかは分からない。怪しげなファンドに投資した金は戻ってはこないだろう。かの国では数字は実態を反映していない。数字は担当者の創意工夫で創られること、1000年2000年前と同様だ。

慌てて金庫をチェックしたら100兆円が行方不明、投資はすべて失敗だった、という事態は大いにあり得ることだ。

政策の前提となる数字が信用できないのだから、正しい政策の打ち出しようがない。海図がない、GPSもない、これでは船はさまようばかりで、やがては座礁、沈没する。

竹中正治・龍谷大学経済学部教授の論考「中国ショックは世界不況招くか」(ロイター8/31)から。

<以下の4つの事情で、中国経済の成長率は深刻な下方屈折を起こしている。構造的な変化に適応しなくてはならない中国の苦しい過程は始まったばかりだ。

他の国々も程度の違いこそあれ中国経済の失速から受ける実体経済面の負のインパクトに備える必要がある。また、新興国投資全般は当分の間、高リスク・低リターンの「冬の時代」に入るだろう。順番に説明しよう。

*中国の構造的4重苦

整理すると、中国経済の成長率下方屈折の要因は以下の4つだ。

第1は、固定資本形成(住宅、工場設備、インフラ建設などの設備投資)依存度の高過ぎる経済成長がついに限界にぶつかったことだ。

中国政府は民間個人消費主導型の経済成長への転換を唱えている。しかし、年金から医療まで社会保障制度が脆弱な状況で国民の貯蓄率は高止まりしており、同様の転換の必要が強調された1970年代や80年代の日本以上に構造転換は困難を極めるだろう。

第2は、人口動態が経済成長の促進要因からブレーキ要因になる転換点に中国が入ったことだ。

一般に15−64歳の生産年齢人口に対する14歳以下と65歳以上の従属人口の割合を「従属人口比率」と呼ぶ。従属人口比率の低下は経済成長を押し上げる(人口ボーナス)。逆に同比率の上昇は経済成長を押し下げる(人口オーナス)。

この人口ボーナス(成長加速)からオーナス(成長抑制)への転換点を中国は2015年前後に迎えている。そして転換点通過後の中国の従属人口比率の上昇速度は、これまでの「一人っ子政策」の結果、日本よりも急である。

第3は、「ルイス転換点」に中国が至った可能性だ。

途上国がテイクオフする急速な工業化の過程では、低付加価値産業である伝統的な農業部門から、都市部の高付加価値産業の工業部門などに大規模な余剰労働力の移動が起こり、高度成長が実現されやすい。

そして農業部門の余剰労働力の底を突いた時が高成長の終焉時であり、ルイス転換点と呼ばれる。

現代的な産業では労働力の量のみならず質も問題となる。近年の中国都市部での賃金の高騰は現代的な産業部門で実際に使える労働力がひっ迫する段階に達したことを示唆している。

第4の問題は、指令経済的な体質を色濃く残し「開発独裁体制」と位置づけられる中国共産党一党独裁の政治体制と、改革開放政策で導入された市場経済メカニズムの間の軋轢、矛盾が拡大していることだろう。

「社会の物質的生産諸力は、その発展がある段階に達すると、今までそれがその中で動いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏へと一変する。このとき社会革命の時期がはじまるのである」(「経済学批判」序言)。

これはカール・マルクスの有名な一節であるが、そうした事態に今の中国が立ち至っているのは、歴史の痛烈な皮肉だろうか。経済成長の失速は、民主主義国家ならば選挙での政権交代をもたらすだけだが、中国の場合は中国共産党の一党独裁体制自体の不安定化につながるだろう。

以上の4つの制約が重なっている点に今の中国が直面している状況の深刻さがある>(以上)

中共は高度成長で潤沢な資金を蓄えた、金持ちだと、中共も世界も思っていた。ところが昨年末から今年にかけてボロが出始め、暴走、迷走し、政策も右往左往するようになった。まことに社会革命の時期を迎えている。軍事パレードは最後の花火だ。(2015/9/3)

2015年09月03日

◆人間は放射線を必要としている

池田 元彦



生命の地球誕生は、今から37億年前。誕生場所は海の中だ。当時、地球には空気もなく、宇宙空間同様、太陽からの放射線が直に地球に降り注いでいた。強力な放射線は生命体のDNAを破壊するので、宇宙からの放射線の直射に耐えられず、死滅する。だから生命は、放射線をある程度遮る海の中で、先ず発生したのだ。

27億年前には、地球内部のマントル(=溶けた鉄)の対流により磁場が生じ、宇宙からの放射線を遮るバリヤが形成され、生きる為に必要な光合成の源である太陽光を求める生命力ある生物は海水面まで上昇してきた。15億年前、生物の光合成による酸素が上空に充満し、成層圏でオゾン層を形成し放射線が更に遮断された。

以上の経過を辿り、多様な生物が陸上で繁栄し、一定度の放射線被曝耐性を備えるようになった。6億年前には地球温暖化で気温は上昇し生物が急激に繁殖した。その末裔の末裔が人間だ。人間は放射線量年間平均で2.4ミリシーベルト(=mSv)被曝するが全く健康だ。自然放射線10mSv超の地域でも健康に生活している。

ラドン温泉湯治は、3か月湯治で被曝量1.3mSv程度だ。宇宙飛行士は、半年で180mSvの放射線を被曝するが健康だ。放射線被曝は一定度以下なら健康に役立つ。ラッキー博士は、年間100mSvあたりが閾値で、それ以上或は以下、即ち被曝ゼロでも、被曝100mSv以上でも健康を損ねると断言する。被曝ゼロは死に至る。

水や塩を摂取しなければ死ぬが、摂取過多でも確実に死ぬ。水6リットル、塩なら大匙16杯(200g前後)、醤油でも1リットルでは危険だ。

カリウムやマンガン等は有毒だが、体の平衡を保つ必須のミネラルだが、摂取ゼロでは死に至る。そもそも「薬は毒」だ。毒を小量処方することで薬になる。要は、処方量の多寡が生死を分ける。 

放射線も例外ではない。少量放射線被曝(100mSv以下)は寧ろ健康の為必要だ。放射線関連医師は、低放射線量被曝のメリットを十分に確認している。癌治療に放射線は現代医学の常識だ。ピンポイントで癌部位のみを照射被曝出来る技術も開発された。普通の労働者より、低量被曝の原発労働者の方が健康で生存率も高い。

国民の大半は「原爆と原発の違い」が判っていない。原理は同じだが、低濃度のウラン・プルトニウム等を使う原発は爆発しない。爆発するのは充満した水素や水蒸気だ。第五福竜丸23名中船長他6名の死因は売血輸血による肝臓障害であり、放射線ではない。放射線被曝後遺症のある方も居るが、放射線で誰も死んでいない。

最初の原発事故死亡は、格納容器がないチェルノブイリだ。大騒ぎした福島第一原発でも死亡者いない。年間100mSv以下なら問題ないのだ。出鱈目・間違い情報をマスコミが垂れ流す。放射線量ゼロが一番望ましく、増えるにつれ危険という、単純に危険度が直線で増加するという根拠なき都市伝説を、拡散し恐怖を煽る。

自動修復機能がないショウジョウバエの精子を使った、ノーベル賞受賞学者の仮説に未だしがみ付く学者がいる。ショウジョウバエとは異なり、人体は、放射線によるNDA崩壊を自動修復出来る機能があり、通常の放射線被曝では癌にならない。原爆の100Sv、10Svは危険だが、少量被曝は危険ではなく、寧ろ健康の為に必須だ。

人体のDNA分子損傷は1日1細胞あたり5万回から最大50万回も繰返す自動修復機能で日常生活を維持する。これが何十億年間に蓄積された人体の対放射線被曝耐性なのだ。マスコミはこの事実に目を瞑り、放射線は危険だ、死に至ると偏向情報を流す。過剰な除染作業が未だ続く。安保法制を戦争法案と煽るのと同じだ。

発電源区分別の世界の発電所事故死亡率統計がある。原発死亡者数を1とした時、風力で2倍、太陽光5倍、LNG40倍、石油400倍、石炭では1900倍だ。原発が、一番死亡事故率が少ないのだ。その事実を隠し、活断層の有無で騒いでいる学者同様、過剰な危険を煽り、死亡事故発生確率を全く考慮しない間抜けがいる。

原発は、低コスト、空気を汚さず省スペース、温暖化影響もない現時点でベストのエネルギー源だ。更にシェールガス、メタンハイドレード等の有望な熱源が開発中だ。加えて核分裂で発生する熱を利用する原発から、核融合原発が利用できる目途が付きつつある。しかも核融合は、放射線発生量がかなり少なく、より安全でもある。

◆「反日」恋愛ドラマ

矢板 明夫
     


複数の中国のアイドルが出演した恋愛ドラマ「約会専家(デート請負人)」を見ていた際、飛び出したせりふに思わず耳を疑った。男性の主人公が複数の若い女性に、「海馬(タツノオトシゴ)は馬ではない。鯨魚(クジラ)は魚ではない。では日本人は?」と尋ね、笑いを誘ったのだ。

「日本人は人ではない」とでも言いたいらしい。いまどき、こんな差別的発言が公然と電波に乗って流れていることにあぜんとした。

中国のテレビ番組はすべて共産党の宣伝部門の厳しいチェックを受けており、少しでも政府批判のシーンがあればすぐに削除される。問題のせりふが残ったのは当局があえて見逃したか、あるいは、わざわざ入れさせた可能性もある。

旧日本兵が中国の市民を虐殺する日中戦争をテーマとした反日ドラマが多く作られているが、ストーリーの陳腐さと、血なまぐさい場面が多いことから若者に敬遠され、あまり視聴率が取れなくなったという。

政権の求心力を高めるために、どうしても日本という仮想敵がほしい習近平指導部が、青春ドラマを通じて日本人への憎しみを植え付けようとしたのかもしれない。中国国民の対日感情が悪化した本当の理由は、尖閣諸島や靖国の問題より、こうしたところにあるのではないか。(矢板明夫)

産経ニュース【外信コラム】北京春秋2015.9.2
--

◆インドも南シナ海で石油探査へ

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)9月1日(火曜日)通算第4643号>    

 
〜インドも南シナ海で海洋リグ建設、石油探査へ
  中国が執拗に抗議しているが、インドは本格開発の姿勢〜


2006年、すでにインドはベトナム政府から南シナ海の資源探査のためのプラットフォーム建設許可を得ている。国際法上、なんら問題はない。

多維新聞網(8月30日)が報じるところでは、インド国有の石油会社は南シナ海のベトナム領海内で鉱区開発の許可を取得し、近く本格的な探査のための海洋リグを建設するとみられる。

ベトナム政府は同様に日本、米国、シンガポールの企業にも探査許可の方向にある。

南シナ海には300億トンの石油と16兆立方メートルの天然ガスが埋蔵されていると推計され、資源奪取のために中国が7つの珊瑚礁を埋め立てて、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、インドネシアと軽装を続けていることは周知の事実。

この輻輳した状況にインドが乗り込んでくるとすれば、中印対立はますます激甚なものになるのだが、はたして。

 

◆私の「身辺雑記」(256)

平井 修一



■8月31日(月)、朝は室温23.3度、曇り、涼しい、雨上がりの道をハーフ散歩。

ビーグルを連れた45歳ほどの女性を見てちょっと驚いた。昔懸想していたロコちゃんそっくり。明るい老人を装ってアプローチ。

「元気だねー、男の子?」
「ええ。こちらはおいくつなんですか?」

「うちのはもうすぐ17歳。おばあさんです」
「すごいですねえ、うちのは9歳」

まあ、たわいのない会話。ロコちゃんとは15年も会っていないが、今頃はこの女性のようになっているのかもしれない。男は大体未練がましい。♪
逢いたいなァ あの人に・・・

穏やかな日本で「など波風のたちさわぐらむ」。昨日のアンポハンタイ、アベヲタオセのゾンビ的国会前デモは野党4党が動員をかけたためだろう、数千人〜3万人ほど集まったらしい。映像を見ると中高年や高齢者が7〜8割を占めているようだが、枯れ木も山の賑わいか。サヨクはやがて絶滅するだろう。

60年安保でくたばったはずのゾンビサヨクが「最後の砦」と懸想する怪しい中共は「今日も人災、金目で解決」。産経8/28「人民日報サイト総裁を連行、汚職に関与か」から。

<中国メディアは28日までに、共産党機関紙、人民日報のニュースサイト「人民網」のリョウコウ総裁が検察当局に連行され、取り調べを受けていると伝えた。汚職問題への関与が指摘されている。リョウ氏は2010年から人民網の総裁を務めている。(共同)>

人民日報、人民網ともに中共直轄メディアだが、そのボスがパクられたというのはNHK会長が逮捕されたようなものか。人民網は時々、中共中央とは異なる見解を載せることがあり、権力闘争があるのだなあと思っていたが、今回の逮捕も江沢民派つぶしに違いない。一種の人災だ。

6月に大型客船「東方之星」(中共や毛沢東のこと)が長江(揚子江)で転覆した事故。431人が死亡、行方不明は11人だった。客船は重慶市の国有企業「重慶東方輪船公司」が運航しており、事故は最終的には国の責任となる。補償金は死亡1人一律1400万円という。

中国人の平均年収は30〜40万円あたりだろうが、1400万円は年収40年分になる。かなりの大盤振る舞いで、遺族の声を押さえ込んだ印象だ。真相解明や責任追及を求めたところでパクられるのがオチだから、遺族も受け入れざるを得ないのだろう。

天津大爆発の現場の掃除はすごい勢いで進められているそうだが、要は証拠隠滅、更地にして「事故は無かったことにする」わけだ。1人一律1400万円+住宅などの物損補償となるのだろう。死傷者は2000人ほどになるのではないか。まったく気の毒なほどの人災大国だ。

■9月1日(火)、関東大震災の日。朝は室温25度、曇り、涼しい、雨上がりの道をハーフ散歩。洗濯物が乾かず悩ましい。

今日9月1日は小学校の二学期の始まりだと思っていたら、N曰く「今は三学期制じゃなくて二学期制で、もう1週間前に始業式があった。行事がずれるのよ」。びっくり、全然知らなかった。どうなっているのか。

<日本では大学、短期大学、高等専門学校などの高等教育ではほとんどの学校が2学期制である(半年の学期毎で単位認定を実施する制度)。これに対して中等教育以下では3学期制が多く、高等学校も1年間の学習成果を根拠とした単位認定がほとんどで、2学期制の高校は稀である。

最近は、新しい学習指導要領(小中学校:平成23、24年度から全面実施、高等学校:平成25年度の入学生から実施)が始まる前に「授業時間を確保したい」という気持ちから、夏休みの短縮と2学期制を導入することが公立小中高等学校を中心に広がってきた>(ウィキ)

川崎市議会議員・松原しげふみ氏の論考「二学期制 学校週5日制について」(川崎タウンニュース2012年10月26日号)から。

<(川崎市では)平成16年度からは学校二学期制の試行が行われ、平成18年度からは特別学校を含む、市内全小中学校が二学期制となりました。

このような経過の中、平成18年12月に60年ぶりに教育基本法が改正され、平成20年3月には学習指導要領が改訂されました。改訂後、小学校では6年間で278時間、中学校では3年間で105時間、標準授業が増えております。

二学期制の評価について教育委員会に質問したところ、校長は長期休業(夏休み等)の期間を学校裁量で設定できるので弾力的に教育課程を編成でき、学校の特色を出しやすくなった事などが挙げられました。

教員からは7月や12月の成績処理に追われていた時期に授業研究等の教育の資質向上の為の研修機会が持てたり、学校行事も柔軟に設定できるので保護者からも理解は得られていると受け止めているとのことでした。

しかし横浜市では二学期制から三学期制を復活させる動きが中学校で活発化しています>(以上)

試行錯誤中のようだが、日本全体として二学期制が増えているという。

小生の小学生時代、始業式前の8月29〜31日は宿題が間に合わずにいつもブルーだった。25歳で記者になり、25年間、締め切りに追われたが、大好きな仕事だったので苦しいけれど苦痛ではなかった。締め切りを守れず発送日を1日遅らせてしまったのは1回だけ。ごくたまにミス(誤報、誤認)はしたが、パクリはしなかった。

話題のデザイン会社はパクリの常習者みたいだ。日本人離れしている。もうこの業界では多分やっていけないだろう。

ウィキによると旧石器捏造事件のFは「捏造発覚後に離婚。解離性同一症(旧・多重人格障害)を発症し、障害者認定を受けた。右人差し指・中指を自ら切断した。2003年に入院先で知り合った女性と再婚し妻の苗字を名乗っているため、F姓は旧姓である」。

嘘やらインチキの代償は大きすぎる。かの国は1949年の建国までが一学期、大躍進・文革の混乱と終息が二学期、改革開放で高度成長を謳歌した2014年までが三学期。今は2年生に進級できずに落第か。

嘘、パクリ、インチキ、強権での世渡りはもう続かない。厳格な市場原理に中共独裁統制経済が破れたのだ。「市場原理を促進するが、共産党の指導に従う」という二律背反で墓穴を掘った。西側のルールを守る気がないのなら放校処分が妥当だろう。

落ちこぼれ、文無しの極道・習近平一家をプーチン・ロシア組組長が拾ってくれるか。まさか、ね。金の切れ目は縁の切れ目。プーチン・ロシアも金欠病に加えて、タガが緩めば分裂しかねないから、中共どころではないだろう。

地域の輪 結んで広げて 中露追放

暴力を 許さぬ地域の 意志と武器

その装備 暴力排除の 第一歩

■9月2日(水)、朝は室温26.8度、雨、まるで梅雨みたい。微雨のなかハーフ散歩。

4歳男児発熱で夕べから集団的子育て。今日は小生が面倒を見るが、熱がまだある。9:10/40.3度、引きつけたら大変だから慌てて頭を冷やし、10:00/39.8、11:00/39.0、12:00/37.9度に。食欲なし、辛うじてリンゴジュースを二口。

産経を読みながらそばに待機したが、石平氏の寄稿「日本の『リベラル』すでに死んだ」はとても印象深かった。

ヘンリー・ストーク氏は「日本のリベラルは反日だが、本当のリベラルはそんなものではないし、愛国だ」と書いていたものだ。

小生は本来リベラルは「自由、民主、人権、法治」を重視する姿勢であり、西欧の場合はこれに「寛容」がプラスされていると思っている。

ところが日本の戦後リベラルは容共左派的反日屋、いわゆるアカやピンクがほとんどで、驚くべきことに欧米リベラルと対極にある「統制、独裁、強権、非寛容」を信奉しているとしか思えないことだ。

戦前の日本型リベラルは岩波書店が代表していたが、岩波茂雄(創業者、初代店主)は明治維新の精神である「五箇条の御誓文」を社内の壁に掲げていた。

戦後の岩波は日共に乗っ取られたが、GHQ・占領憲法を父、ソ連・中共を母として生まれたのが奇妙奇天烈な「戦後民主主義」「戦後リベラル」、正確には共産主義を志向、嗜好する「容共左派的反日主義」なのだ。

60年安保、70年安保、2015年安保で政府をデモで倒そうと騒いでいるのは同じ人々、すなわちリベラルを騙った「容共左派的反日主義者」なのである。

彼らはソ連・中共・北朝鮮のシンパであり、信奉者なのだから、欧米リベラルと対極にある「統制、独裁、強権、非寛容」を口には出さないがDNAのごとく体中に染み込んでいる。

これらの国では「あいつは敵だ、敵を憎め、敵は殺せ」が日常的な行動原理で、石平氏が今回触れたのもアカどものそういう歪んだDNAを嫌悪したからだろう。氏はこう書いている。

<8月30日、国会議事堂前での安保法案抗議集会で、山口二郎法政大教授は安倍晋三首相に対し「お前は人間じゃない」との暴言を吐いた。時代劇の決めぜりふからの借用らしいが、現代の人権感覚からすれば、それは明らかに、安倍晋三という一個人に対する言葉の暴力である。

反安保法案運動が始まって以来、映画監督の宮崎駿氏は安倍首相のことを「愚劣」と罵倒し、日本学術会議前会長で専修大教授の広渡清吾氏は7月末に安倍首相のことについて「バカか嘘つきか」と二者択一の手法でののしった。

そして学生団体「SEALDs(シールズ)」の中核メンバーの奥田愛基氏に至っては、8月の連合主催の国会前での安保集会で「バカか、お前は」と罵声を安倍首相に堂々と浴びせた。

こうした中で反安保法案運動はそのしかるべき趣旨から逸脱して理性と節度を失い、単なる安倍首相に対する「怨念の個人攻撃」へと変質した。このような「平和運動」はもはやその名に値しない。言葉の暴力を平気で振るうような人間たちに、「平和」を語る資格はどこにあるのか。

このような異様な事態はむしろ、日本のリベラル全体において基本的な人権感覚がまひしていることを示している。言葉の暴力を容認するような「リベラル」はリベラリズムと言えるのか。

奥田氏や山口氏の暴言が吐かれたその日、そしてそれを容認してしまった時、日本の「リベラル」はすでに死んだ>(以上)

理性よりも狂気が、知性より暴言が、選挙より集団的威嚇が重視される異常なカルト的日本型リベラル。中共は盛んに走狗どもを応援しているが、無理が通らなければテロやゲリラ戦でも始めるのだろうか。それとも絶望して「徴兵されるよりは」と集団自殺をするのだろうか。

中共が先か、カルトリベラルが先か、老後の楽しみは尽きない。

澁谷司・日本戦略フォーラム政策提言委員/拓殖大学海外事情研究所教授の論考「中国の『抗日勝利70周年』記念行事」8/31から。

<今年9月3日、「抗日勝利70周年」記念行事の一環として、映画『カイロ宣言』が公開される。ところが、その映画に毛沢東が“主演”するという。当時、毛沢東は延安で「整風運動」を行っていたはずである。

1943年11月、ルーズベルト米大統領、チャーチル英首相、蔣介石中華民国総統の3巨頭がエジプト・カイロに集まり、戦後処理を話し合った。毛沢東は会談には出席していないので、「カイロ宣言」とは無縁だろう。

ネット上では(この映画)『カイロ宣言』は“歴史の改竄”ではないかと物議を醸している。

以前から我々が指摘しているように、「抗日勝利70周年」自体が噴飯モノである。中国共産党は「抗日」とは名ばかりで、ほとんど日本軍とは戦っていない。

最近、国民党の赫柏村*元中華民国行政院長(首相)が「(国民党が日本軍と戦った)正面戦場の役割が95%で決定的、(中国共産党が日本軍と戦った)後方戦場の役割が5%で補助的」と喝破した。それにも拘らず、北京は堂々と記念行事を行う。これも一種の“歴史の改竄”ではないだろうか>(以上)*赫の右の赤はオオザト。

赫の発言は以前から蒋介石が言っていたことだから新鮮味に欠けるが、この時期に改めて国民党が吠えたのは結構なことだ。

来年の台湾総統選挙で国民党は「選挙という民意で」政権を失うことになりそうだが、大陸では共産党が「暴動という民意で」政権を失うか。

国民党が先か、共産党が先か、老後の楽しみはまだまだ尽きない。14:00/38.7度。心配も尽きない。(2015/9/2)
--

2015年09月02日

◆9/3北京に集う世界のゴロツキ

平井 修一



北村隆司氏の論考『「抗日戦勝式典」に招かれた、弾圧、汚職の首脳たち』(アゴラ8/28)から。

北村隆司氏のプロフィール:

早稲田大学 政治経済学部を卒業、伊藤忠商事東京本社に入社。2度の駐在で24年間 伊藤忠アメリカ・ニューヨーク本社に勤務。1986年にはSenior Vice Presidentに就任。1984年にエンプロテック社を創設。従業員3人で出発したエンプロテック社は、1995年末には約1500人の従業員を擁する会社へと発展した。1995年に伊藤忠商事を退社後も引き続きニューヨークに居住し、幾つかののスタートアップ事業や、慈善事業団体の役員を務める。

<9月3日に行なわれる「抗日戦勝70周年式典」には、主催国の中国を含めると30カ国の首脳が出席すると言うが、首脳が出席する国の大半は「抗日戦争」時には未だ誕生してもおらず、「戦争の勝利」には関係ないはずである。

「類は友を呼ぶ」と言う。そこで、この言い伝えに従い首脳の出席する国の似通った点を統治形態を比較して調べてみた。

比較の参考資料では、エコノミスト誌傘下の研究所エコノミスト・インテリジェンス・ユニットが世界167ヶ国を調査対象として2年おきに発表する「民主主義指数」の2014年版が便利であった。

この指数は、各国の民主化レベルを総合評価して数字化し、「民主国家」「欠陥のある民主国家」「非民主国家」「独裁国家」に四分類し、更に民主化度の進捗状況に沿って国別にランキングしたものである。

「抗日戦勝70周年式典」に出席する30カ国の首脳の顔ぶれを見て、「似たもの同士の集まりでは?」と疑ったのは正解で、30カ国の中で16カ国が「独裁国家」、6カ国が「非民主国家」、7カ国が「欠陥のある民主国家」で、「民主国家」に分類された国は韓国1カ国だけであった。

ノルウエーを民主化度第1位、北朝鮮を世界最下位の167位に評価した「民主主義指数」で30カ国の国別ランクを見ると(数字は民主化度ランク、職名は出席首脳の地位)、

*「民主国家」1カ国
21位 大韓民国(大統領)

*「欠陥のある民主国家」7カ国
26位 チェコ(大統領)
30位 南アフリカ(大統領)
40位 ポーランド(下院議長) 
46位 東ティモール(大統領)
52位 アルゼンチン(副大統領)
56位 セルビア(大統領)
61位 モンゴル(大統領)

*「非民主国家」(独裁と民主の混合政治国家)6カ国
93位 タイ王国(副首相)
95位 キルギスタン(大統領)
100位 ベネズエラ(大統領) 
103位 ボスニア・ヘルツェゴビナ(大統領評議会議長)
103位 カンボジア(国王) 
108位 パキスタン(大統領)
 
*「独裁国家」16カ国
117位 アルジェリア(下院議長) 
124位 エチオピア(首相)
125位 ベラルーシ(大統領)
127位 キューバ(国家評議会第1副議長)
130位 ベトナム(国家主席) 
132位 ロシア(大統領) 
137位 カザフスタン(大統領)
138位 エジプト(大統領)
141位 ミャンマー(大統領) 
144位 中華人民共和国(主席)
153位 スーダン(大統領)
154位 ウズベキスタン(大統領)   
156位 タジキスタン(大統領)
157位 ラオス(国家主席)
162位 コンゴ民主共和国(大統領)
167位 北朝鮮(朝鮮労働党書記)(世界最下位)

とランクされている。

こうして見ると、中国外務省が八方手をつくして世界167カ国の中から、弾圧、腐敗、虐殺等で悪名高い30カ国の似た者同志の指導者を厳選して招待した努力の跡がよくわかる。

自分の努力だけで、世界有数の腐敗首脳にのし上がる事は並大抵ではないと思い、どのようなDNAの持ち主であるかを悪名高い大量虐殺者リストで調べると、

1位 毛沢東(中国)7800万人
2位 ヨシフ・スターリン(ソ連)2300万人
6位 ポル・ポト(カンボジア)170万人
7位 金日成(北朝鮮)120万人
9位 メンギスツ・ハイレ・マリアム(エチオピア)

とあるように、歴史上のワースト10の中で、6カ国までが今回の式典に出席する首脳の母国の指導者であった。

出席首脳の中では最大の大物であるロシアのプーチン大統領は、ビル・ゲイツを凌ぐ世界一の富豪だと言う噂に加え、ロシア国内の回教徒を中心にした少数民族の徹底弾圧やプーチン政権を批判していた人物が次々と不審な死を遂げるなど、さすがソ連時代の秘密警察(KGB)出身者らしい活躍振りである。

首脳出席国の中で唯一の「民主国家」に分類された韓国も、歴代大統領が例外なく暗殺、投獄、亡命、自殺、親族逮捕のいずれかの運命に陥る壮絶な国である。

それでも、腐敗規模と言う点では流石の韓国でも勝てない汚職大国の中国は、経済規模では世界第二位でも、腐敗規模は間違いなく世界を制覇している。

我々日本人も戦争犠牲者への贖罪と反省は欠く事は出来ないが、中国の指導者も「日中戦争終了70周年」の機会を利用して弾圧と不正の大物を一堂に集めた以上、これまで犯した大量虐殺や腐敗への自己批判を続けると同時に、今後は戦後日本に学んで清潔な施政に努力する旨の共同宣言でも発表したら、圧政で苦しんで来た諸国民へのせめてもの贖罪にはなるだろう。

さもなければ、暴力団幹部の会合のように、反社会的集団の集まりに終ってしまう事は間違いない>(以上)

よりによって世界中のゴロツキを北京に集めるわけだ。「交際して良い人かどうかは、その人の交友関係を見れば分かる」と昔から言われているが、習近平のお友達は「ゴロツキ五輪」をやったら間違いなく上位入賞のワルばかりだ。

クネは朝鮮戦争で中共に侵略され、韓国軍は20万人死傷、市民の犠牲は約200万と推計されている。習近平に謝罪を求めるのが筋なのにヨイショに出かけるのは閔妃(明成皇后)同様の事大主義。「習さま命」のお娼妓さん。嗤うべし。(2015/9/1)

◆アメリカの世界戦略はどう変わるか

加瀬 英明



6月にワシントンに4泊して、帰国した。

ワシントンは8ヶ月ぶりだったが、アメリカの中国に対する態度が一変していた。

滞在中に、中国から楊潔篪国務委員(前外相)と汪洋副首相によって率いられて、約400人が繰り込んで、国務省において第7回の米中戦略経済対話が開催された。

2日にわたった協議のあいだ、『ワシントン・ポスト』紙をはじめ、現地のどの新聞も米中対話について1行すら報じることがなかった。テレビもまったく取り上げなかった。私は国務省のブログで検索するほかなかった。

東京に戻ったら、日本の各紙が連日、米中対話について紙面を大きく割いて報じていた。

中国側が米中両国が「2つの特別な大国関係を構築」して、太平洋を両国で管理しようと求めた。いわゆるG2だが、アメリカ側が無視した。アメリカ側が中国による南シナ海における人工島の強引な建設、ハッキングによるサイバー攻撃に対して強く抗議したが、中国という龍の面に水を掛けただけだった。

 中国の存在感とは何か

太平洋を挟んで向き合う2大国の対話だというのに、まったく内容がなかった。

中国側は9月に習近平主席の訪米を予定していることから、アメリカをできるだけ刺激しないよう計算を働かせていた。といっても、訪米団の背広の下から、“中華大帝国”を「復興」して、太平洋を分割して覇権を握ろうという、無気味な鎧が、チラついていた。

これまでアメリカは、中国の旺盛な経済発展によって眩惑されてきたが、中国の鍍金(めっき)が剥げてしまった。

オバマ政権の眼がアジアへようやく向いたのには、中国が周辺のアジア諸国を露骨に脅かしてきたうえに、中国から南シナ海の海中に1000キロも離れた岩礁に巨大な人工島を建設して、傍若無人に振る舞っているのに加えて、安倍政権の日本が“積極的平和主義”を掲げて、アジア諸国の結束を促すことによって、アメリカを励ました成果が大きい。

いまや、アメリカは中国の脅威をはっきりと意識して、日本との同盟関係を重視するようになった。

オバマ政権は安倍首相の対応力に注目を始めた

オバマ政権による安倍首相の日本に対する態度も、一変した。安倍首相の功績である。

そのかたわら、昨年まで台湾はまったくお呼びでなかったのに、台湾の安全に久し振りに目を向けるようになっている。

来年1月に行われる台湾の総統選挙へ向けて、『タイム誌』が蔡英文民進党候補を取り上げた、きわめて好意的な特集記事をのせた。現時点では、中国に擦り寄る国民党政権に対して、蔡女史の当選がおおむね確実視されている。

国家安全会議(NSC)の幹部と昼食をとったが、今後、アメリカは軍事力を背景にして、南シナ海の人工島について、中国と対決する方針を固めたといった。

それにしても、中国の一党独裁政権は「5000年の偉大な中華文明の復興」をさかんに煽ってきたが、どうして13億人の人民の幸福を、国家目標として掲げないのだろうか?

習近平政権はスローガンとして、「中国(チュング)の夢(オモン)」を掲げているが、中国共産党による「特権支配」を未来永劫にわたって、続けたいという妖夢である。

中華帝国は秦の始皇帝時代から、一貫して膨張してきた。清朝の6代目皇帝の乾隆帝(在位1735年〜96年)のもとで、中華帝国の版図が新疆から、チベット、ネパールまで、もっとも大きく拡がった。中華帝国は、イクォール中華文明である。

習近平首席の「5000年の偉大な中華文明の復興」の夢は、レーニン、スターリン、ブレジネフが世界の共産化を目標とし、ヒトラーが「第三帝国」、ムソリーニが「ローマ帝国の復活」を夢見たのと、変わらない。

東京に戻ると、国会で民主、共産、社民党などが、日本が置かれた現実にまったくそぐわない、5、60年前の空想的な議憲論を、振り回していた。

 岡田代表の時代認識の甘さ

民主党の岡田代表が「集団的自衛権は必要ない」「北朝鮮がアメリカへ向てミサイルを発射した場合に、迎撃すべきでない」と述べたが、それだったら、どうして「日本安保条約を破棄するべきだ」と、はっきりいわないのか。

国会議員会館の前を通ったら、歩道に並んだ反対派の男女のなかに、「日本は戦争をしないと誓った国」という幟(のぼり)を立てた、労組員がいた。私はこれらの男女は、幕末からの日本の古難の歴史を、まったく学んでいないのだと思った。

もし163年前に、ペリーが黒船を率いて江戸湾にやってきた時に、浦賀の海岸に同じ幟を持って迎えたとしたら、日本はアメリカによってすぐさま支配されて、後にアメリカがフィリピンを奪った時のように、抵抗した数十万人か、数百万人の国民が虐殺されていたことだろう。
 
もし、120年前の日清戦争、110年前の日露戦争に当たって、日本は「戦争をしない国」というような寝言をいっていたとしたら、日本が中国のチベット、ウィグルになったか、ロシアの支配を受けていたはずだった。

 議会政治とは何か

7月16日に衆議院本会議で、安保関連法案が次世代の党を除く野党議員が欠席する中で、通過した。

野党とマスコミが「強行採決」と叫んだ。不思議な言葉である。

ヨーロッパや、アメリカをはじめとする議会民主主義諸国では、「強行採決」という奇妙な言葉が存在していない。日本の議会政治が、未熟なことを示している。

国会の集団的自衛権の行使をめぐる論議には、暗澹とさせられる。日本国か、日本国民のリスクを論じるべきところを、民主党の「自衛隊員のリスクが増えないのか」という質問には、耳を疑った。

民主、維新、共産などの野党の諸先生がたは国防に無関心で、日本が置かれた国際環境が激変していることに、構わない。

野党は安保法制に水を掛けることに狂奔しているが、日本が国防力を強化することを阻みたいのは、中国、ロシア、北朝鮮、韓国の4ヶ国だけである。いつ野党は、中国や、韓国の代弁者となったのだろうか。

日本は大和朝廷による建国以来、つねに武を重んじる国であった。徳川時代に260余年にわたって泰平の世が続いたが、武の心を忘れなかったから、ペルリ来寇以後の国難を乗り切ることができた。

日本では中国が武人を文官の下に置いて、蔑んできたのと違って、武を文よりも、忠を孝よりも、尊いものとしてきた。

ところが、今日の日本では軍にまつわる一切が、疎まれている。日本の歴史において武が、これほど軽視されたことはない。

これでは、小型の中国となってしまおう。日本が小さな中国となったら、巨大な中国によって、呑み込まれてしまう。

 安保法案は自衛のための抑止力

国会の安保法制論議は、幕末に長州征伐と馬関戦争に惨敗した後の長州藩を、連想させる。藩論が幕府に恭順しようとする俗論派に固まったのに対して、高杉晋作ら正義派が奇兵隊を率いて、立ち上った。俗論派、正義派は、高杉の命名によるものだ。

今日の日本にあてはめると、民主党や、マスコミが腰が抜けた俗論派であって、自公、次世代の党が正義派となるのだろう。

それにしても、安保関連法案に反対する学者や、大新聞、付和雷同する市井の人々が「憲法に違反する」とか、「戦争を招く」「徴兵制につながる」と騒いでいる光景は、いまから55年前の安保騒動の昭和レトロ劇場をそのまま再演しているようにみえる。

憲法学者が集団的自衛権の行使が憲法に違反するというが、自衛隊が合憲なのに、安保関連法案が違憲だと主張するのは、矛盾していると思わないのか


◆インドも南シナ海で石油探査へ

宮崎 正弘



<平成27年(2015)9月1日(火曜日)通算第4643号>    

 
〜インドも南シナ海で海洋リグ建設、石油探査へ
  中国が執拗に抗議しているが、インドは本格開発の姿勢〜


2006年、すでにインドはベトナム政府から南シナ海の資源探査のためのプラットフォーム建設許可を得ている。国際法上、なんら問題はない。

多維新聞網(8月30日)が報じるところでは、インド国有の石油会社は南シナ海のベトナム領海内で鉱区開発の許可を取得し、近く本格的な探査のための海洋リグを建設するとみられる。

ベトナム政府は同様に日本、米国、シンガポールの企業にも探査許可の方向にある。

南シナ海には300億トンの石油と16兆立方メートルの天然ガスが埋蔵されていると推計され、資源奪取のために中国が七つの珊瑚礁を埋め立てて、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、インドネシアと軽装を続けていることは周知の事実。

この輻輳した状況にインドが乗り込んでくるとすれば、中印対立はますます激甚なものになるのだが、はたして。

◆スタンドプレーの愚

加地 伸行



朝日新聞社主催の高校野球の試合をテレビで観(み)ていて、ふっと思った。ああ、今の日本人の様(ざま)をよく現していると。

それは、こうである。外野手の場合、フライであろうとゴロであろうと、抜かれた場合は別として、その他は、必ず自分の身体の正面で止めるのが原則。

ところが、みな片手捕り。それも来たボールに対してわざわざ身体を横にらしての上だ。これは、プロ野球のまねをしての、エエかっこしいである。

老生が野球少年だったころ、外野手は必ずボールを身体の正面で止めるのが鉄則。もし止め損じたならば、ボールは無人の野を転々とするからである。

そうした基本を選手は守らず監督も解説者も何も言わない。

基本を守る−これはスポーツのみならず、人間として当然のことである。ところが、最近の日本人は基本を守らず、いや忘れて片手捕りのスタンドプレー。そして捕り損なってボールははるか彼方(かなた)に転々。右往左往。それを何度もくり返している。特に国家問題においてだ。わが国の最大国家問題は外交と国防である。この2点において、ともに基本を忘れている。

まず外交問題。戦争があって、それが終結後、当事者間で講和条約(あるいはそれに類したもの、準じたもの。例えば日中平和友好条約。戦争はなかったが独立承認の日韓基本条約)を結んだ後は〈双方にそれぞれ不満があっても、それには一切触れない〉で未来への新しい関係を作ってゆく。それが講和条約の意義であり、基本である。

謝罪等々は、道徳的問題であり、法的問題ではない。法的立場に立つ政府は、謝罪等々の道徳的立場を国民から委ねられていない以上、謝罪等々をなすべきでない。

もし謝罪等々をすれば、国民の預託を超えた越権行為であり、過誤である。そういう片手捕りスタンドプレーをする限り、球は転々。

次に国防問題。近代以前、国家は王侯貴族国家であった。近代国家は国民国家である。すなわち、国家は国民のものであり、国民が国家を運営する。その運営方式はさまざまあるが、わが国は議会制民主主義の方針を採っている。

こうした国民国家である以上、自国は国民自らが守らなければならない。それが嫌ならば、亡国か外国の植民地になるほかはない。

つまり、国民国家である以上、徴兵制が基本である。自分たちの国家を守るためであり、徴兵と言っても、王侯貴族国家時代の〈税としての徴兵〉とは決定的に異なるのである。

もちろん、基本は徴兵制としても、志願兵制や一部は外国人傭兵(ようへい)制もありうる。

ところが、近ごろの議論の大半は徴兵制を悪とする論調である。それは国民国家とは何かということがまったく分かっていない感情論である。こうした片手捕りスタンドプレーが国家を誤らせる。

『礼記(らいき)』大学篇(へん)に曰(いわ)く、「心 ここ(対象)に在(あ)らざれば、[物事を]視(み)れども見えず、聴(き)きても聞こえず、食(く)らえどもその味を知らず」と。 

(かぢ のぶゆき・ 立命館大フェロー)

産経ニュース【古典個展】2015.8.30

2015年09月01日

◆中央が景気減速を認めたから

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)8月31日(月曜日) 通算第4642号 >   

 
〜中央政府が景気減速を認めたので、地方政府が正直(?)な「数字」を発表
  遼寧省GDPは0・1%、山西省は2・7%。それでも「高い」けれ
ども。。。〜


中国政府はGDP成長を目標7%においているが、本年度の達成は不可能。

電力消費が横ばい、鉄道貨物輸送量がマイナス10%。どうして7%成長が可能なのか? おそらく実質成長はマイナスへ転落している筈である。

地方政府の方針転換をみて、地方政府は安心して「真相に近い」数字を発表した。

最悪は遼寧省の0・1%成長だ。

主因は鉄鋼と石炭の壊滅的後退である。大連はハイテク企業が揃い、電話のバックアップセンターから老人介護ビジネスは盛んだが、盛り場は青息吐息、大連森ビルの裏通り(通称日本人街)も火が消えているという。

スマホの頭打ち、通信機器の部品不振などによるもので、中国最大の富豪「万達集団」の本社は、この大連にあるが、主力の不動産ビジネスの比率を早くから下げ、映画、エンターティンメント世界へ進出した。

それでも、この中国一の財閥、万達集団は8月25日の上海株式暴落で時価総額が10億ドル減じた。CEOの王健林は36億ドルを減らしたが、それでも彼の財産は320億ドルある。

同日、世界連鎖株安で、ちなみにビル・ゲーツも32億ドルを減らしたというが、これは余談。

遼寧省は、大連市長、遼寧省長を歴任した薄煕来の失脚から、経済の失速は始まっていた。

失脚前に薄は重慶書記に転じていたが、周囲の補佐官、ボディガードなどに遼寧省時代からの側近を引き連れ、遼寧省から去った。

また夫人の谷開来の法律事務所を経営していたのも大連である。

その時の利権の黒幕が大連実徳集団を率いた徐明で、かれらの連座失脚により、薄利権、薄コネクションが壊滅。

遼寧省はそれでなくとも、撫順炭鉱など多くの石炭ビジネスと、鉄嶺など、鉄鋼都市を抱えており、付近の地盤の弱いところに三十万都市を造ったりしてゴーストタウン化した。

通化では全国に先駆けて鉄鋼メーカーが倒産し、給料不払いの社長が従業員に殴り殺される事件が起きたのは数年も前のことだった。


 ▲不景気の山西省の省長は李鵬の息子

ついで景気悪化のサンプルとなったのは山西省だ。

仏教の聖地=五台山があるが、経済活動とは無縁の存在、この地も石炭が主力ビジネスだが、誘拐してきた夥しい少年を奴隷労働させるなど、悪魔のような企業体系があり、石炭不況に落盤事故、地下水噴出など最悪の炭鉱事故が山西省では続出し、閉鉱となった企業が続出した。

拠点の大同は一時の繁栄が終焉し、冷戦時代には50万の兵隊が駐屯したこともあったが、いまや廃墟、廃屋が目立ち、企業工場は閉鎖、繁華街はシャッター通り。

十数年前、筆者は石炭黄金時代の大同へ行ったことがあるが、ホテルの宴会場は朝からドンチャン騒ぎ、卑猥なパーティ、大通りを疾駆するのはBMW、ベンツ。

「中国で高級車の人口比は一番高い」「如何に石炭成金が多いか」と言われた場所である。

この深刻な事態に山西省首脳が連続的に打開策を討議する会議を開催し、中央政府に窮状を訴え、国有企業各社に山西省子会社へのテコ入れ、再投資を訴えるという挙に出た。

山西省の書記は王儒林、省長が李鵬の息子の李小鵬である。

8月28日、ふたりは中央政府が派遣した「国務院資産監査委員会」のメンバーと省内の有力企業60社の幹部との会合にも出席し、中央に窮状を訴えた。
 
  

◆中共の呆れたオソマツ技術

平井 修一



小生は中国共産党を激しく憎悪しているが、人民は好きでも嫌いでもない。第一、支那人との交際がほとんどないから、好きも嫌いもない。

文革中に日本に逃れてきた潘さん(女性、美人)は同僚だった。父はフランス人、母は支那人というハーフで、後に米国人と結婚して米国籍をとった。ハーフということでずいぶんと迫害され、常時監視されていたという。英語、フランス語、北京語、日本語に堪能だった。

李さん(男性)は正確には支那人ではなく香港人で、香港観光協会に勤めており、小生は仕事でいろいろお世話になったが、中国返還後の生活に不安を覚えてカナダ国籍を取り、その後日本国籍を取り、華人向けの旅行会社を東京で創業した。華人の日本旅行が急増しているから商売は上手くいっているに違いない。広東語、北京語、英語、日本語に通じている。

あとは馴染の居酒屋の小姐(シャオチェ、お嬢さん)2人と新宿のホステスさんくらいだ。小姐2人は留学生で、なんと「ヒライさん、この前の週末に富士山へ行ってたでしょ」、2人も行っていたという。びっくりした。

小生が知っている支那人はそれくらいだから、支那人を語る資格はないが、終日株屋の電光ボードを見て一喜一憂している写真を見ると、「カネを働かせてカネを儲けるのが本当に好きなんだなあ、みな邱永漢みたいだ」と思ってしまう。

<邱 永漢(きゅう えいかん、1924年3月28日 - 2012年5月16日)は、日本および台湾の実業家、作家、経済評論家、経営コンサルタント。株式会社邱永漢事務所代表取締役。旧本名は邱炳南、帰化後の本名は丘永漢。初期の筆名は邱炳南および丘青台。株の名人で「金儲けの神様」と呼ばれた。

1924年3月、婚外子として日本統治時代の台湾台南市に生まれる。10人兄弟の長男。父邱清海は台湾人実業家。母堤八重は久留米生まれの日本人。

1937年 13歳のとき台北高校尋常科に入学。このころから文学に志して自ら詩を書き、個人雑誌『月来香』を発行。16歳で「台湾詩人協会」の普通会員(最年少)となり、邱炳南名義で詩作を西川満が主宰する『華麗島』創刊号に発表。台北高校の同窓に李登輝がいた。

1942年 内地(現・日本本土)へ。

1943年 10月東京帝国大学経済学部入学。

「文学部ではなく経済学部を選んだことは学校のクラスメイトや教師たちを驚かせた。私の文学かぶれはあまねく全校生徒に知れ渡っており、私が文学部にすすむのは当然のことと思われていたからである。

私がそうしなかったのは、植民地台湾に生まれた私のような人間が将来、文学を志しても生計を立てていく自信がなかったからである」(『わが青春の台湾 わが青春の香港』)

しかし文学への関心やみがたく、仏文科の辰野隆の講義も聴講した。

1948年 台湾独立運動に関係して中国国民党政府から逮捕状が出たため香港に亡命。このとき、物資欠乏の日本に郵便小包で商品を送る事業を始めて成功を収めた。

1955年に小説『香港』で第34回直木賞を受賞。外国人として最初の直木賞受賞者である>(ウィキ)

氏は支那人ではなかったが、支那人を越える金儲けの神様だったわけだ。それにしても台湾→日本→台湾→香港へ亡命→日本→国民党と和解して台湾→香港→中国→日本・・・波乱万丈だ。最近、氏の遺産相続で税務当局と「見解の相違」があったと報じられていたが、死してもなお波乱万丈だ。

ところで支那人はどうもモノ造りへの関心や腕を磨くことにはあまり興味がないようだ。理系ではなく文系脳なのかもしれない。

「中国製品『そっぽ向かれる』!?ドイツの展示会で実感」(サーチナ8/11)から。

<中国メディアの儀器信息網は9日、ドイツで開催される世界最大の産業見本市であるハノーバー・メッセに出展した中国企業の関係者の手記を掲載し、中国製品は現在、「冷遇され、捨てられようとしている」と伝えた。

ハノーバー・メッセには6500社以上の企業が出展し、18万人以上が商談などのため展示会に訪れるが、「中国企業のブースを訪れる来場者はほとんど見られず、来場者の多くは中国企業のブースまで来ると帰っていった」と伝えた。

さらに記事は、ハイテク製品や技術の専門パビリオンでは、人工知能を搭載したロボットや3Dプリンターなどが展示されていたとしながらも、「同パビリオン内では中国企業は1社も見られなかった」と指摘。

中国国内では製造業の高度化が叫ばれ、「中国製品はすでに世界最先端だという声も聞かれる」としながらも、なぜ「中国のハイテク製品は“戦場”に姿を見せなかったのか」、「まさか中国製品が他社のコピーで、知的財産権を侵しているからなのか」と疑問を投げかけた。

続けて記事は、ハノーバー・メッセの来場者の多くは「中国製品を信用していない」、「関心を持っていない」と伝え、中国企業のブースがあると踵を返して去って行ったと伝えた。

さらに、中国製品は現在、「冷遇され、捨てられようとしている」と伝え、その理由として、「中国メーカーには長期的なビジョンがなく、製品づくりにおいても短期的な利益を追い求めすぎている」ことを指摘。

また、研究や技術、人材を重視せず、道徳や信用、責任もないと伝え、「中国の社会でたびたび指摘されてきた道徳や信用の欠如などが中国製品の世界市場における危機につながっている」と指摘した。(編集担当:村山健二)>(以上)

かなり深刻な状況だが、製造現場では「嘘」や「データ捏造」が日常化し、正しいデータなのか嘘のデータなのかが、現場でも分からなくなっているという。製造業に限らず、中共では何から何まで、上から下まで嘘が蔓延しているのだ。

「航空エンジン『開発失敗史』中国社会の縮図、目標高すぎ虚偽報告横行」(サーチナ8/29)から。

<中国のポータルサイト「新浪網」はこのほど、中国の航空ジェットエンジンの開発を批判する記事を発表した。外国の技術を安易に模倣すること、目標が高すぎて、達成できない技術者らが虚偽の報告をすることなどと、問題点を指摘した。

記事は冒頭で、開発で最初は外国の技術の導入が必要としても、「まず、レベルの比較的低いものを導入し、技術の持つ意味をひとつひとつ完全に理解した上で、次には自らの力で上を目指す」との考え方と、「とにかく模倣する。だめだったら別のエンジンを模倣する。うまくいかなければ外国製を買えばよい」との方針があると指摘。中国は後者だったと論じた。

典型的な失敗例として新型戦闘機「J−13(殲−13)」に搭載される予定だった「WS−6(渦扇−6)」を紹介。1960年代の開発着手だったが、結局は放棄された。記事は、「最大の害毒。その厄災は現在にまで及んでいる」と非難した。

同エンジンには、12.6トンの推力が求められた。WS−6の開発で、「紙の上の設計」は「神速」で進んだが、実際に組み立ててみると、設計上の問題点や部品の精度不足などの問題が次々に露呈した。

しかし「WS−6は必ず完成させねばならない」という要求があったため、何度も作り直しては試運転をした。そのたびに故障が出た。技術者らは、故障をごまかして報告したので、長期間にわたって「WS−6には希望がある」と見なされた。

最後には、開発スタッフも報告のどの部分が正しく、どの部分が欺瞞であるか、分からなくなってしまったという。

WS−6は1980年代に放棄された。中国はその後、新たに「WS−14」の開発に着手した。ところが「WS−6の経験を生かす」との方針となり、WS−14にはWS−6の技術が取り入れられた。

その結果、WS−14は完成したものの信頼性が極めて低く、燃料漏れや出火などを繰り返した。記事は、最新のWS−10の開発も、どのように取り組まれてきたかは「天のみぞ知る」と主張した。

記事は最後に、中国はこれまで航空エンジンの開発に大量の資金を投入してきたが、結局は「数十年にわたる歴史的錯誤のツケを残す」結果になったと批判した。(編集担当:如月隼人)>(以上)

東芝の「利益水増し」が可愛く見えるほどの組織的かつ長期的な偽造。すさまじいというか呆れるほどのモラルとレベルの低さだ。GDPから歴史、報道、製造現場まで、嘘に嘘を重ねた「偽造の楼閣」。崩壊は時間の問題だ。(2015/8/29)