2015年08月29日

◆沖縄・翁長知事の変節は、

〜あの元首相と同じ〜
佐々木 美恵

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題に関して、沖縄県議会で行われた議事録を読んでいると、次のような発言がありました。

「沖縄の基地問題の解決には、訪米要請(注・県が組織した要請団による訪米)もないよりはいいでしょうが、むしろ訪米のエネルギーを日本政府にぶつけることによって大きな進展が図られるのではないでしょうか」

これは、最近の議事録ではありません。平成7年6月の定例議会で、発言者は自民党県議の翁長雄志氏。現在、沖縄県知事の翁長氏が、当時の大田昌秀知事に対して行った代表質問での一幕です。

翁長氏は大田氏が基地問題を訴えるためとした2度の訪米はたいした成果がなかったとして、日本政府との協議を重視すべきだったのではないかと追及していました。

さらに県議会の議事録をめくっていると、大田氏に続いて県政を担った稲嶺恵一県政時代にも、当時の翁長県議は立派な発言をしていました。

平成11年10月の県議会の定例会で、普天間飛行場の移設問題を取り上げ、「私たちがなにゆえにこの県内移設を早期にやらきゃならぬかという見地に立ったのは、県全体の立場に立っての危険性の軽減であります」と強調していたのです。

その翁長氏ですが、政府との協議を重ねる前の今年6月、約10日間の日程でハワイやワシントンを訪問し、辺野古移設反対を訴えました。

翁長氏自身や共産党県議が強調するように、「辺野古に基地を作らせない」と米側に直接訴えたことには一定の意義があるのかもしれません。しかし、米側はおおむね「(名護市辺野古への移設の)計画を白紙に戻すことはない」という反応で、一般に言う成果とはほど遠い結果に終わりました。

8月から9月上旬までの1カ月間に県と政府は集中協議を行うことにしていますが、菅義偉官房長官が訪沖した8月11、12日の初会合に続き、19日の4閣僚との会談も「距離感は詰まらない」(菅氏)ままでした。

協議は計5回程度行うことになっていますが、翁長氏はすでに、9月14日から10月2日の日程でスイス・ジュネーブで開催される国連人権委員会で演説する計画を立てているようです。

海外で訴えるよりも、かつて自身が県議会で指摘したように日本政府にエネルギをぶつけ、大きな進展をはかるべき時ではないかと思われるのですが、自身が知事になると意識が変わってしまうものなのでしょうか。

歴代の知事に対する自身の発言や批判と矛盾しているのではないかと受け止める向きがあったとしても、知事に選ばれた以上は選挙支援してくれた勢力の意向を最大限、尊重すべきなのでしょうか。

そういえば、民主党政権で、辺野古移設について「最低でも県外」とぶち上げていたにもかかわらず、首相に就任すると二転三転し、1年もたたないうちに「学べば学ぶほど…」と辺野古移設を容認した政治家もいました。

首相を辞め、議員バッジをはずして政界を引退した彼は最近また、「辺野古に決めてしまったことを沖縄県民にお詫びする。辺野古では無理」と変心(さらに韓国で土下座も)しています。

いい意味でも悪い意味でも「立場が人を変える」とは、よくいったものだと思わずにはいられません。
(政治部次長)
産経ニュース【政治デスクノート】2015.8.27
               (採録:松本市 久保田康文)

◆米中戦争はもう始まっている!?

平井 修一



地政学者・奥山真司氏の論考「米中戦争はもう始まっている」8/19から。

<今後起こるであろう米中戦争を防ぐために、アメリカがとるべき3つのアプローチについて書いた記事の要訳です。

              ===

中国の対米戦争はもう始まっている? by スティーブン・メッツ

この夏のワシントン周辺の安全保障専門家たちの必読書は、ホワイトハウスの政策文書や大手シンクタンクの報告書ではなく、ピーター・シンガーとオーグスト・コールという2人の安全保障専門家たちの書いた小説だ。

彼らの書いた『亡霊の艦隊』(the Ghost Fleet)という小説は、トム・クランシーの伝統を受け継いだスリラーであり、この本が注目されている大きな理由の一つは軍事技術の最先端を説明している点にあるが、それ以上にそのシナリオがアメリカと中国の大規模な戦争という多くの政治家や専門家たちが恐れるものだからだ。

中国の台頭や、段々と強まるその独断的な態度を見ている人々は、アメリカが最後にアジアの国(平井:日本のこと)と大規模な戦争を戦った歴史によって警戒するようになっている。

たしかに1941年の真珠湾攻撃によって日米戦争は始まったが、東京政府はその奇襲の数年前から基地のネットワークを構築して、軍の戦力投射能力を拡大していたのだ。真珠湾攻撃はただ単にアメリカ人に紛争の存在を教えただけで、日本側から見れば戦争はすでに始まっていたのだ。

ところがワシントン政府と米軍たちは戦争がどれほど近づいているのかを気づかずにいた(平井:戦争を仕掛けたのは米国だ)。これは今日の中国にも当てはまるのだろうか? 中国との戦争はすでに始まっているのではないだろうか?(中略)

真珠湾攻撃までの長年にわたる日本の行動は、それ自体が耐え切れない挑発行為というわけではなかった。ところがアメリカの政治家たちは、紛争が不可避となるパターンが明確になってから、東京政府が長年準備をしてきたことをようやく知ることになったのだ。

中国の行動はこれと同じことなのだろうか? さらに重要なのは、もし中国の行動がさらなる大きな紛争につながるとすれば、アメリカが戦争を防ぐためには一体何ができるのだろうか?

もしアメリカの政治家たちが中国との紛争を一致団結して避けたいと考えるのであれば、以下のような三つのアプローチを考慮することができるだろう。

*一つ目が、紛争を避けるために何らかの手打ちをして、(地域覇権の)権力を共有する仕組みをつくるというものだ。ところがこの最大の問題は、アメリカ側がこれによって中国側を満足させられるかどうかを確実に知ることができないという点だ。

さらにいえば、これは中国自身にもわからないという部分がある。なぜなら政府内でも意見の違いがあり、権力の共有を認める勢力と認めない勢力が争う可能性があるからだ。そしてそのような取り決めは、たとえ両国にとって望ましいものであったとしても、その実行は無理だということにもなりかねない。

何人かの中国人が言っているように、この地域を支配できるのは北京政府かワシントン政府のどちらかであり、両方ではないのだ。

*2つ目のアプローチは、非対称的な対抗圧力を強調するものだ。もし中国が南シナ海で軍事プレゼンスを拡大しつづけ、アメリカに対してサイバー攻撃を行い、アメリカとの紛争のチャンスを増やすような軍事近代化を追求しつづけるのであれば、ワシントン政府側は北京政府側が最も恐れることや嫌がることを行うのだ。

これには、軍事協力関係を疎遠にしたり終わらせることや、制裁のようなさまざまな経済手段を使用したり、米軍の非正規戦の能力(外国のゲリラ活動や解放運動を支援)を補完することなどが含まれる。

もちろんこのアプローチのリスクは、中国の中に親米派と反米派がいれば、このような対抗手段は反米派を増長させ、権力の共有などは不可能になってしまうことだ。

*3つ目のアプローチは、直接的で対称的な対抗圧力を使うことだ。これにはアメリカのサイバー能力(攻撃・防御の両面における)の拡大や、海軍力の向上が挙げられる。また、アジア太平洋地域の他の国々との軍事関係の強化も含まれる。

ところがこれも中国内の反米派を増強させ、アメリカ自身も大きな額の資金が必要になってくる。もちろんこれは最も安全な手段かもしれないが、コスト的に最も高くつくことになるのは間違いない。

日本が1941年に戦争に向かったのは、大恐慌から復活するまでのワシントン政府に軍事的に対抗するチャンスが狭くなりつつあると考えたからだ。中国もアメリカのアジア太平洋地域におけるパワーが後退しつつあり、その空いた穴を埋めようと考えているのかもしれない。

もしそれが本当ならば、アメリカがやるべきことは、中国に対して「撤退していない」ということを(たとえ中国にとって不快な手段を使ってでも)理解させることだ。

ところがもし中国が「アメリカとの紛争は不可避であり、すでに始まっている」と考えているのであれば、アメリカ側の気付きが早ければ早いほど、大戦争に至らない効果的な対抗手段を考える時間が増えるのである。

もしそれに失敗してしまえば、シンガーとコールの本は、単なる警告ではなく悪い予兆となってしまうかもしれないのだ。===

この記事で提唱されている「アメリカがとるべきアプローチ」をまとめると、以下の3つです。

1)米中共同管理(Power-sharing approach)

2)テロや民主化運動で嫌がらせ(Asymmetrics approach)

3)正面から軍事圧力で対抗(Symmetric approach)

そして、著者がオススメしているのは(3)ですね。コストが高いのが難点ということらしいですが。

日本をアナロジーとして引き合いに出すのは正直迷惑なところがありますが、中国と日本の戦略文化の違いはさて起き、直近で参考にできるとすれば、たしかに真珠湾攻撃しかないんでしょうな>(以上)

米中戦争はもう始まっているのかどうか。水面下、グレーゾーンではサイバー戦や宇宙戦準備、核兵器の強化などのサヤ当て始まっているが、表面上では波が立っていない。しかし、戦争になる可能性は否定できない。

そもそも戦争とは何か。「戦争は一種の強制行為であり、その目的は相手の抵抗力を完全に無力化し、自らの意志を強要することである」とクラウゼヴィッツは書いている。

「相手を完全に無力化」するまで戦うというのは今はなく、大体が停戦で終わるようだ。

戦争はなぜ起きるのか。いろいろな答えがあるだろう。一般的には、自分はこうしたいと思い、他者はそれに反対する。話し合いでは何の進展もない。それなら戦争に訴える、となる。

たとえば現在のウクライナとロシアの戦争。勢力図を見ると、西から欧州、ウクライナ、ロシアがある。欧州とロシアは歴史的に対立している。ウクライナは欧・ロの「緩衝地帯」になっており、ウクライナの西側国境はロシアにとって「外堀」、東側国境は「内堀」だ。

ところがウクライナは欧州と一緒になりたいと、外堀を埋め立て、欧州勢力を引き入れた。ロシアは内堀でウクライナ・欧州の圧力に耐えなくてはならなくなった。そこで武力で西側へ押し出し、内堀を強化、一応の停戦になった。

これによりロシアVSウクライナ・欧州のパワーバランスは危ういながら保たれている。

戦争は我にも正義、彼にも正義のぶつかり合いで、双方ともに「自分は自衛のために侵略者と戦った」ことになる。

中共は自らの安保を確実にするために地域覇権を目指し、米国および周辺国は危機感を募らせている。山口組がシノギのためやら安保のために進出してきたら住民は不安になり、「暴力団は出ていけ」と結束する。それと同じだ。

今、戦争をしたい、周辺国から包囲・監視されている「現状を変更したい」という軍事大国は中共とロシアだ。中共は内政、外政の手詰まり状況が危険レベルに達しているから、戦争で一気に解決を図りたい。過剰設備、過剰在庫は戦争により解決され、経済は好転するし、中共の求心力は高まる。

戦争して勝たなければ中共は確実に衰退する。戦争して敗ければ中共独裁帝国はあっという間に崩壊する。リスクを取らずに座視していてもやがては崩壊する。勝てば中共は起死回生し、寿命は数十年延びるだろう。2049年の建国100周年を盛大に祝えるかもしれない。

習近平はリスクを恐れずに戦争を選ぶはずだ。ハエ(日本などの周辺国)叩き、虎(米国)退治して、中共安泰のアジア・太平洋秩序を確かなものにしたい。これができれば中興の祖として永遠に讃えられる。習にとって戦争は魅力的な選択だ。

中共が軍事力にある程度の自信を持つようになれば、プーチン流の灰色ハイブリッド戦争を仕掛けてくるだろう。その日は近いと小生は思っている。「心技体が充実している今しかチャンスはない」と習は思っているだろう。

我々はアジア版NATOで迎撃する体制を早急に創らなければならない。(2015/8/28)


      

2015年08月28日

◆真相究明をさせない中国共産党体質

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)8月28日(金曜日) 通算第4637号  <前日発行>>
 
〜天津大爆発の真相究明をさせない中国共産党の体質
  21トンTNT火薬に相当する爆発力とはスカッドミサイル100本〜

 
スカットミサイルに搭載できる爆薬は200キロから250キロとされる。 天津812大爆発は一回目がTNT火薬に換算して一トン、二回目が21トンと推定された。となるとスカッドミサイルおよそ100本が一定箇所に集中して撃ち込まれたと想定していいだろう。

まるで戦争、ビルが木っ端微塵と吹き飛び、爆発現場には大穴があいた。

もし巡航ミサイル「トマホーク」の通常装備に置き換えると3本分にあたる。

トマホークミサイルに搭載の爆弾は通常454キロ爆弾が16個。ミサイル一本につき、およそ7・3トン。

したがって天津大爆発の規模を比較すれば、トマホーク3本分に相当することになる。

産経新聞(8月27日)に寄稿した石平氏の論文によれば、中国国務院は天津の事故究明特別チームを送り込んだが、なんとこの現場検証責任の楊棟梁(元天津副市長)を「重大な規律違反」というイチャモンをつけて中央規律委員会が身柄を拘束し連行したという。

習近平主流派にとっては、国務院特別チームに捜査され、原因が究明されることを懼れての措置である。

前号でも指摘したように、天津は各派閥の利権の巣窟と化けており、前書記の張高麗は江沢民に胡麻をすって政治局常務委員入りしている。張高麗はいま、シルクロード構造大プロジェクトの責任者である。

天津を地盤とする政治家は李瑞環(元政治局常務委員)である。かれは大工出身で、庶民に人気があり、胡錦涛に近かった。彼の一族が天津利権に関与した。
 
前の市長だったのは戴相龍で、かれは女婿のスキャンダルに揺れて失脚寸前、いま拘束されているとされる。

戴相龍は、しかも中国人民銀行総裁だった人である。

爆発した倉庫は危険物取り扱い許可を得た、資本金の小さな利権集団であるが、会社情報は事故直後からネットから削除された。役員リストが消え、責任の所在が分からない。逮捕された「経営者」というのは雑魚である。

背後にいる大物政治家らの名前は、一切でてこないため、共産党はなんとしても、原因を究明させない腹づもりなのだ。

◆原発停止で国益棄損した菅直人首相

池田 元彦
 

2013年9月の大飯原発4号機の稼働停止以来、1年11か月ぶりに8月川内原発1号機が新規制基準の下、初の再稼働を果たした。9月から本格営業となる。2011年度来、原発停止による燃料費増は増え続け、原発稼働ゼロの2014年度は、年間3.7兆円に達した。累計12.7兆円だ。

原発の総コストに占める代替燃料費増は、2011年度の13.6%から2014年度19.4%迄上昇した。原発比率の高い九州電力等は、4期連続の経常での損失、最終利益も大赤字になっている。

こんな経済不合理、国益棄損が4年以上も続いている。諸悪の根源は菅首相だ。あの日国会で在日韓国人からの不正献金問題を追求されていた将にその時間、あの大地震が発生、地震・原発対処で国中の関心は避難、救援に手一杯で、献金問題は有耶無耶となった。菅にとっての天佑だ。

原発対応の無能さ・無謀さを曝け出し、与野党国民からも退陣要求が強まるが、自己保身の変節「脱原発」で延命を図った。前日迄は原発推進派で、2010年には、2030年に原発比率50%に上げると公言し、又、前年10月にはベトナムに自ら1.5兆円原発売込みに出かけた程だった。

自己弁明の為、菅首相は何故かソフトバンク孫社長とこれからは太陽光発電と言い立て、発電量全量を固定価格(2012年度は42円/kWh)で、電力会社に強制買取りさせる法律を通す一方、ストレステストを再稼働条件にお願いと言いつつ法律無視の54基全原発の稼働停止を指示した。

浜岡原発の超法規的停止指示、規制委員会の新安全性基準審査が恰も再稼働可否審査の如く世論操作をマスゴミ連携で進める一方、長年の原研労組幹部であった田中俊一を委員長に迎え、千年から数万年に1度の確率の活断層地震を恰も高頻度の如く印象付け審査期間を引延ばした。
  
他方、原子力安全・保安院(=保安院)は、全交流電源、海水冷却機能、使用済核燃料プール冷却機能の全てが喪失しても、炉心損壊を阻止出来る早期緊急安全対策を3月30日に指示、全電力会社は4月中に緊急安全対策を完了、実施訓練の上、再稼働可能の旨確認・報告済だった。

更に過酷事故発生の場合の水素爆発防止についても安全確実に出来る対策を指示し、稼動中の原発は稼働運転と並行しつつ対策を取り、報告・検査を経て適切に処置されたと評価した。これを受け、海江田大臣は、定期検査で停止中原発の速やかな再稼働を要請していたに拘らず、だ。

海江田大臣が安全宣言し、再稼働を促した直後、菅直人は「ストレステスト」なる勝手な理由で超法規的に再稼働条件を加え、全原発の全面停止を強制したのだ。何度も言うが、燃料棒は原発の稼働、停止、廃棄の状態でも発熱し冷却は必須だ。であればリスクは同じで稼働させるべきなのだ。

保安院が安全保証し、担当大臣が電力会社に再稼働を要請していたに拘らず、全面停止とした為、燃料輸入追加費用13兆円損失、稼働継続していればそのまま電力供給出来た原発の無意味な停止、全面停止での原発運用技術レベル低下等、全ての国益棄損者は菅直人元首相だ。

日本が全面停止の馬鹿をしている間、世界は原発建設ラッシュだ。中国は9基、韓国・インド各3基、ロシア2基、パキスタン・イラン各1基がこの間に送電開始をしている。中国は更に29基、韓国5基、迷っていた米国も5基建設中だ。世界では435基が稼働中、72基が建設中なのだ。

更に174基計画中、検討中が299基もある。先のベトナム、トルコ、UAE等、福島事故に拘らず、日本の高品質・安全性を買われ引合いは数多なのだ。国際的視野で国益を考えるべきだ。

◆平成 27 年度全國學力テストの問題

上西 俊雄



集團的自衞權をめぐる議論で軍事技術の發達により、從來のやうなやりかたではすまなくなったといふ、ごく當然のことを政府が主張するのに對し、野黨が相も變はらず憲法の制約をいふけれど、教育についてはどうなのか。

上田萬年が漢字制限に對する批判に抗して

<世の中の論者は、何ぞといふと漢字の問題に付て、日本は普通教育に於ても、漢字を充分に教へなければならぬ、又其漢字の假名遣の如きものも、成るべく昔通りのものを教へなければならぬ、といふやうな事を論ずる。

其理由を聽くと、清韓教育の爲に、日本人は今後大に仕事をしなければならぬのであッて、清韓教育の爲めには、漢字の智識或は舊來の字音假名遣の如きは、非常に必要なものである、と斯う云ふ事を言ッて居る。

其議論は一應は尤もの樣だが、併ながら其智識は中等教育以上を受けられる人に向ッて望み得べきことであッて、普通教育を以て終る人々に、斯う云ふやうな事は決して望まれないのである。

言換へて見れば、專門教育の上に於て、此知識は充分に養成する價値はあるが、普通教育の上に於ては、斯樣な知識は決して要らないのである。

我々日本人の大多數は、4ヶ年間の教育を以て滿足しなければならぬことであッて、此四年間の教育を以て、日常の生活をして行く所のものである。>

と書いたのは『教育學術界』明治 38年7月號であった。敗戰後の混亂期に漢字制限の宿願をはたした保科孝一は上田萬年の弟子だ。保科は漢字だけでなく假名まで一字一音であるべきだとする表音原理主義を持込み戰後の文部行政の基本を定めたので、我國が正書法を失ひ、そのことが國益を損なってゐること如何ばかりかと思ふのであるが、全國學力テストの場合についてみてみたい。

日經新聞27年8月26日朝刊の記事には次のやうにある。引用の際も支障のない限り漢字制限や假名字母制限は無視して入力した。

<小學6年と中學3年を對象に實施された2015年度の全國學力・學習状況調査(全國學力テスト)では基礎的な知識を問ふ一部の問題で成績が上向いたが、文章や實驗結果を分析したり、自分の言葉で表現したりする力には課題がみられた。これからの學力のカギとなる活用力の育成は道半ば。學校現場には指導方法の一層の改善に向けた繼續的な努力が求められてゐる。>

としてあげられた問題のうち、まづ小學校・國語の例は次の通り。

<次は、讀書のことについて書かれた新聞の【コラム】(筆者自身の思ひや考へなどを述べた短い記事。)です。この【コラム】は、全體の内容が1から5までのまとまりに分かれてゐます。これをよく讀んで、問に答へませう。

\begin{enumerate}

 1▼ 4月23日は「子ども讀書の日」、世界では「世界本の日」とも呼(よ)ばれてゐる。本とその作者たちを敬(うやま)ふとともに、讀書の樂しみを味はふ日である。

 2▼ 子供(こども)のころ宮澤賢治(みやざはけんぢ)の『セロ彈(ひ)きのゴーシュ』に夢中になった。樂團の中で一番へたなセロ彈きであるゴーシュが、動物たちとの出會ひを通して成長していく樣子に心がおどった。

 3▼ ある作家の言葉に「讀書といふものは、その時その時によって讀みの味はひがちがふ」といふものがある。子供時代に讀んだ本を大人になって讀み返すと、また別の樂しみが味はへるものだ。

 4▼ 先日、『セロ彈きのゴーシュ』を再び讀んだ。當時は氣が付かなかった人物の見事(みごと)なゑがき方や描寫(べうしゃ)に、賢治のすばらしを實感した。

 5▼ 世界の人々が本について考へる日。子供はもちろん、かつて子供であった大人も童心に返って本を樂しむ。そんなひとときもよいものだ。

筆者は、自分の思ひや考へを根據(こんきょ)付けるためにある言葉を引用してゐます。それはどの言葉ですか。最も適切な言葉のはじめの五文字を書きぬきませう。>

これをみて改めて驚くのは宮澤賢治に振假名がついてゐるだけでなく、「敬」や「彈」の訓を小學校六年生は知らないことになってゐるといふことであり、描寫や根據といふ語も知らないことになってゐるといふことだ。「見事」に振假名がある理由はわからない。

そのほかに氣になった點がなかったわけではない。「本とその作者たち」といふのは英文法の影響だと思ふ。「別の樂しみが味はえる」とあるけれど、味はふ對象が樂しみであるはずがない。とにかく何らかの興趣を味はふ、それが樂しみなのではないか。小學6年生ではどの漢字まで使用可能かといふことに頭を割けば、筋の通った設問を書くことは難しいに違ひないと同情するものだ。

學年配當表によれば「敬」も「呼」も6年。つまり6年生はまだおそはってゐてはいけない漢字なのだ。これだけのことを調べるだけでも大變だった。

「宮澤賢治」の振假名の最後はもちろんヂでなくジとなってゐる。手許の漢字表は平成22年の文化廳の配布資料。「治」はチのところでなく呉音のヂすなはち制限假名のジのところに配列してあった。ヂはチに統合し清濁を區別せず書くやうにしたので假名は成立したのであるから、ヂをジに書き換へ、チの方で立項してないことは倒錯といふより仕方がない。

露伴が最晩年に音幻論で次のやうに述べてゐる。

<普幻論は、その意味で長年考へてゐたことであるが、その大綱を成就するに及ばないで已に私は耳も疎く、目も殆ど盲するに及んでゐる。それで今たゞ、シとチだけのこと言って、その萬分の一の思考を遠慮しながら一例として述べたまでである。何も自分は言語の上に新古正邪の見を立てようとするのではない。たゞ眞の邦語がどういふものであったかを考へ知りたいと思ふばかりである。>


保科は漢字全廢が目標であったのだから、これだけ漢字の使用を面倒くさいものにしておけば、いづれ嫌氣がさして漢字は全廢すべきだとの輿論が起ると踏んでゐたのだ。

海音寺潮五郎が日本人は女性的だ、さうでなければとっくにGHQ憲法などは振り捨ててゐたはずと語ってゐる。(文言は正確でなく、語ったのでなく書いたのであったかも今確かめてないが、全集についてくる月報にあったこと)。漢字の學年配當を今でも守ってゐることを思へば、この指摘は何ほどかあたってゐると思ふ。私ならマゾヒズムといふところだ。

さて、この問題の正答率は 20% だとある。出題者は非常に易しい問題を出したつもりであったに違ひなり。引用箇所は鈎括弧にくくってある。その冒頭の5文字を書けばよいところになぜ誤答があるのか。恐らく易しすぎたのがいけなかったのだ。設問では「ある言葉を引用」とある。引用箇所はどれかとあれば、迷ふことはないかもしれないが、言葉といふと、もっと核心部分のことを問はれてゐると思ふのが自然ではないか。

設問の最後、「書きぬきませう」も氣持の惡い表現だ。「書け」と單純明解に問ふのがよい。

次に小學校・算數の問題

<たか子さんは、おつかひに行きます。

せんざいを買ひます。家で使ってゐるせんざいが、20\% 増量して賣られてゐました。増量後のせんざいの量は 480mL です。

増量前のせんざいの量は何 mL ですか。求める式と答を書きませう。>

洗劑などといふ言葉は洗濯機が出來てから普及した言葉だ。保科孝一の時代には不要だったかもしれない。とにかく戰後の表記改革が時代に合はなくなってゐること、軍事技術におとらないではないかといふことを言ひたい。

この問題、増量する前の量に1.2を乘じて得られた値からもとの値を求めるだけの話。乘じたのだから除すればよいといふことは未知數を立てて考へるのでなければちょっと難しい。ただ、わざわざ文章題にするほど、もとの値を知りたいものかどうかはいささか疑問だ。

次に小學校・理科の問題

<としをさんは、20℃ の水 100mL を 50℃ にあたためてから、砂糖を入れてかき混ぜました。すると、とけ殘りが出たので、ろ過(か)してから砂糖水を冷藏庫()れいざうこ)で保管しました。次の日、冷藏庫からとり出すと、底に砂糖がたまってゐました。>
とあって、實驗裝置の圖があり、「そこで、としをさんは、水の温度と砂糖が水にとける量との關係を調べました。」と説明が入って、次に砂糖のとける量を縱軸、水の温度を横軸にとった棒グラフがある。そして、男女の生徒がそれぞれつぎのやうに述べ、そのあとに問題が續く。

<としをさん「グラフから、ろ過してとけ殘った砂糖をとり除いた 50℃の砂糖水には、260g の砂糖がとけてゐることがわかるね」

ゆかりさん「水の温度が下がると、砂糖のとける量が減っていくんだね。」

グラフから考へると、砂糖水を 5℃ の冷藏庫からとりだしたときとけきれなくなってたまってゐた砂糖は約何gだと考へられますか。下の1から4までの中から一つ選んで、その番號を書きませう。>

算數の問題のときにも感じたことであったけれど、理科の場合は筆者と同じ名前なのでなほさらいやなのであるが、なぜ姓でなく諱で呼ぶのか。なぜ「さん」づけにするのか。ひょっとしたら男の子でも「君」づけでなく、「さん」づけにすることによって男女の區別をすべきでないといふことを刷り込むつもりなのかもしれない。

さて、ここでも冷藏庫がつかってはならない漢字であることがわかる。濾過といふ語もつかってはゐけないわけだから、實驗のときなど濾紙をどう呼ぶのか氣になった。しかし、本當は實驗など不要であるといふことがよくわかる問題なのだ。

トシヲのいふところをもう一度みてほしい。「濾過してとけ殘った砂糖をとり除いた 50℃ の砂糖水」といふ表現がすでに怪しい。「とけ殘った砂糖を取り除く」といふのは實驗の手順を述べたものとしては不自然だ。さういふまでもなく、結果はグラフから讀み取るのであって、このグラフは實驗とは無關係に與えられたものなのだ。

この後に中學校・理科の問題があるのであるが、表記について特にいふことはない。距離について筆者なら長短でなく大小といふ表現をするだらうなと思っただけである。

◆私の「身辺雑記」(254)

平井 修一


■8月25日(火)、朝は室温23.8度、今夏最低か、薄曇り、涼しいどころか肌寒いほど。犬は元気いっぱいで、散歩へ行こうとせがむ。久し振りにフル散歩。落葉が目立ってきた。

畑ではトマトが終わって秋茄子栽培へ。グラジオラスは花を落とし始めた。クロアゲハが地面に落ちていたので拾い上げたらまだ生きていて、葉の上に置いてやった。成仏するだろう。

昨日までうろちょろしていたアリは気温が下がったせいだろう、巣にこもったようだ。セミの声も止んだ。

顔見知りの小ぎれいな奥さんと挨拶。同年輩みたいだが、早朝なのにきちんと化粧し、服も余所行きのようだった。とても裕福な感じで、いつもニコニコしている。天真爛漫、底抜けに明るい。運や幸福が向こうからついてくる感じ。こういう人は今どき珍しいのじゃないか。

報道によると「石垣島では23日21:16に観測史上1位の値を更新する最大瞬間風速71.0m/sを観測した」「大阪からの2人組20代女性は『電柱が折れて道をふさいでいたり、車がひっくり返ったりしていて驚いた。台風を甘く見ていた。ホテルはまだ停電しているし、見学して回ろうと思う』とカメラを首からぶら下げて立ち去った」。

忙中ならぬ嵐中閑か。車がごろごろ吹き飛ばされるのだから長女一家もさぞ驚いたろう。本場の台風を見物に行ったようなものだ。

モーレツ台風並みの中共発「世界同時株安」で世界中が揺れている。持ち直すのかどうか、とりあえず企業は非常口を用意し、対中取引を縮小しつつ様子を見ることになるだろう。中共大爆発、大炎上、やがては債務不履行、最悪事態に備えよ、ということ。上手くやらないと大火傷をしかねない。

マクドナルドの長梅雨、秋の長雨のような不振が続いている。3年前の産経の記事「マックの59円バーガー『間違った経営戦略』原田社長、低価格競争に警鐘」(2012.10.10)から。

<「59円バーガー」の登場は、10年前の平成14年8月5日。「ハンバーガー59円」と書かれたマクドナルドの店舗には、激安価格を求める客が列をつくった。この日から1週間の客足は、前週比約25%の大幅な伸び。会長兼最高経営責任者(CEO)の藤田田、社長の八木康行の戦略は当たったかのように見えた。

日本マクドナルドは平成不況が深まりつつある7年に、ハンバーガーを210円から130円に値下げ。10年以降も、期間限定の「バーガー半額65円」キャンペーンで売上高を伸ばし、13年のジャスダック上場時には「デフレ下の勝者」の異名をとった。

だが、値引き効果の限界を感じ始めた藤田は14年2月に、「もうデフレ時代は終わる」として値引きの終了を宣言、バーガー価格の値上げに踏み切る。藤田の「経営感覚」は正しかった。

ただ、すでに消費者には、「マクドナルドのハンバーガーは65円の価値」でしかなかった。値上げ後の売上高は2割も落ち、「59円バーガー」の投入も、一時しのぎに終わった。

マクドナルドの経営は、客足が伸びない、値上げもできない袋小路に入り、この年に創業以来初の赤字に転落。翌年も赤字は解消できず、藤田は会長兼CEOを退任。16年に、アップルコンピュータ社長の原田泳幸を招いた。

原田は「一世代で4千店近くまで店舗網を広げた能力は素晴らしい」と、藤田の経営手腕を今も高く評価する。だが、低価格戦略については、「商品価値を変えずに値段を下げれば、消費者はそれが妥当な価格と思う。値下げで一時のシェア争いはできても、隣の店から客を奪うにすぎない」と否定した。

「独自の価値を常に創造しなければ、価格競争に向かうのは当たり前。日本企業は価格でなく価値で勝つ。すべての業界、政治のリーダーも、これを徹底しなければ日本は沈没する」。原田はそう断言する>(以上)

小生は子供が小さい頃はマックをよく利用した。オシャレであり、ちょっと贅沢であり、一種の娯楽だった。60円ほどに値下げされて小生が思ったのは記事にあるように「何だ、結局そんなもんだったのだ、所詮はジャンクフード、貧乏人の食いものか」。

マックの不振の最大の原因は異物混入や期限切れの肉ではない。メニューが飽きられたことでもない。「オシャレでなくなった」ことだ。マックをぱくつくことは「カッコよくない」「みっともない」「貧乏くさい」「不健康」だと多くの人が思うようになったからではないか。

60円に値下げしてブランドイメージが大きく毀損されたのだ。

米国では1980年頃から「ケンタ=貧乏人の食いもの」が定着していたという。マックもそうなったのではないか。「不健康」「肥満」という負のオマケも付いた。

一旦「ダサイ」と思われたら元の「オシャレ」には戻らないだろう。マックの棘の道は長く続きそうだ。

中共はブランドと言えるほどのものはないが、プラスイメージとしては「巨大な消費市場」「急成長」「剛腕的拡大政策」というのがあった。今はどうか。

今回の世界同時株安で「中国経済は怪しい、どこへ向かうのか分からない、市場経済とは違う原理で動いている、チャイナリスクが顕在化した」というマイナスイメージが一挙に世界に広まったはずだ。

投資家の多くは「確かに巨大な消費市場は魅力的だが、リスクが大きすぎる。投資は見送らざるを得ない」と判断したろう。低成長のデフレ不況という苦難の長いトンネルを行くしかない。

インチキ「社会主義市場経済」は大爆発で吹き飛んだ。「中国夢」も雲散霧消した。残る課題は共産党殲滅だ。溺れる犬をさらに打て、イザ!

習近平 火遊び過ぎて 大炎上(修一)

■8月26日(水)、朝は室温22度、今夏というか今秋最低か、中雨、肌寒い。散歩不可。

在香港の弁護士・ 村尾龍雄氏の論考8/17「シチズン型撤退の終焉」から。

<2015年2月上旬にシチズンホールディングスの広州市の中国子会社「シチズンセイミツ」で1000人以上の労働者が出勤してきた朝に突然工場閉鎖(外商投資企業の経営期間途中の中途解散)を通知し、現場が大混乱となったことが報道されました。

(日経新聞電子版2月9日「シチズン子会社の広州工場、従業員が抗議 突然の解雇に不満」、2月23日「シチズン、中国工場1000人一斉解雇の衝撃」参照)。(中略)

現在、人力資源社会保障部では労働契約法に関する施行後(2008年1月1日)7年以上の経験をもとに、その解釈運用の充実を図るための法令を制定中であり、来年にもそれが発布、施行されるとのことです。

そこには工場閉鎖(中途解散)の場合は必ず事前に労働組合(企業内に労働組合がある場合、企業内労働組合、これがない場合、各地の総労働組合)に工場閉鎖の理由を通知し、労働組合と協議し、その意見を検討したうえで、具体的処理方法を労働組合に書面で通知するという内容が盛り込まれる予定となっています。

こうした規定が登場すれば、法的にもシチズン型(中途解散)撤退を実施することは不当であるだけでなく、明確に違法と位置付けられますから、今後こうした撤退は終焉を迎えることになります。

現在、撤退を準備している日系企業があるとしても、法令を先取りして、決してシチズン型撤退を選択されることがないように、くれぐれもお願い申し上げます>(以上)

村尾氏は「日中友好に命をかけている」から、法の網をくぐるようなシチズン型撤退(中途解散)は労働者や当局に多大な負担を強いる結果になるのでやめてくれと言っているわけだ。

しかし「中共殲滅に命をかけている」小生としては、「支那から撤退するのは今が最後のチャンスだ、来年には新法で難しくなるぞ」と大声で警鐘を鳴らすしかない。

残念なことだが、さんざん外資をいじめ、あまつさえ暴動で店舗や工場を破壊してきたのは中共だ。撤退されるのは自業自得である。来年には撤退したくても事実上不可能になるのだろう。つまりすべての資産を諦めて身ひとつで逃げるしかなくなるということだ。

外資系企業は燃え上がり始めた「びっくり仰天島」中共から逃げろ逃げろ! 今なら「手傷」、来年には「イケナイ」ことになる。

(蛇足:神風連の乱(しんぷうれんのらん)は、1876年(明治9)に熊本市で起こった明治政府に対する士族反乱の一つ。敬神党の乱とも言う。

1876年10月24日深夜、敬神党が各隊に分かれて、熊本鎮台司令官・種田政明宅などを襲撃。種田が殺害された際、その場にいた種田の愛妾小勝は負傷しながらも、熊本電信局へ走り、「ダンナハイケナイ ワタシハテキズ」(旦那はいけない、私は手傷)との電報を、東京の親元に送った。

このエピソードは、短く簡潔かつ的確にまとめることが重要な電報文体の好例として「朝野新聞」紙上に紹介された。その後、仮名垣魯文が脚色したものが一般に広まり、電報の利用方法や有用性が広まるきっかけの一つになった(ウィキ))

愛妾小勝さんは歴史に名を刻んだ。習近平は何を遺すのか。ゴーストタウン、焦土、セックスビデオ、やる気を失った官僚の群、6〜9億の貧困層、閉鎖した工場、汚染された空気、水、土壌・・・ゲームオーバーだ。「中共いけない、人民手傷」

金のある人民も「逃げろ逃げろ!」だ。『人民元切り下げ、中国の富裕層が「資産保全」加速か・・・狙いは国外不動産』(サーチナ 8/26)から。

<中国メディアの参考消息は22日、香港メディアを引用し、中国人民銀行が人民元切り下げを行ったことで、資産保全のため中国の富裕層が国外の不動産を購入する動きを加速させる可能性があると伝えた。

英国の総合不動産サービス会社「サヴィルズ」の分析として、2015年の中国人による国外での不動産投資額は200億ドル(約2兆4452億円)を超え、過去最高を更新する見通しだと紹介。

また、中国国内の投資用物件を売却し、資金を国外への投資に振り向ける投資家もいることを伝え、香港人の事例として「深セン市に所有していた4つの物件を売却し、日本でマンション2件と戸建住宅1件を購入した」と紹介した。

さらに、人民元の下落は「国外の資産の購入を検討していた人にとっては値上がりを意味する」と指摘し、人民元のさらなる下落前に人民元建ての資産を国外に移そうと考える中国人が多くいることを指摘。

また、日本円はすでに大きく下落しており、さらなる円安のリスクは小さいとしたうえで、「日本の不動産はさらに値上がりする可能性も高く、日本は中国の中産階級の人びとにとっても人気の投資先」と紹介した>(以上)

シコメの深情け、か。東名阪福の不動産が高騰して日本人には手が届かなくなるかもしれない。まったく厄介な隣人だ。

■8月27日(木)、朝は室温24度、ちょっと上がったが涼しい、寝坊して7時起床、慌てて朝食4品を作り、7:40からハーフ散歩。この時間だと結構セミが鳴いていた。

先日カミサンは一人で「ジュラシックワールド」をシネコンに観に行った。「一緒に行こう」と誘われたが、オムツ、じゃない、オツムが良くなるわけではないから遠慮した。火曜日割引で税込み1100円だったそうだが、電車賃を含めれば1500円ほどか。安いのか高いのか。大画面は魅力的だが・・・

安倍宏行氏(Japan In-depth 編集長/ジャーナリスト)の論考「ネットフリックス、衝撃の低価格戦略 テレビ無料視聴の壁、崩壊間近」8/25から。

<有料動画配信の世界に乗り込んだ「黒船」、米ネットフリックスが、いよいよサービスを9月2日に開始する。利用料は最安プランだと衝撃の650円(税抜き)。主にスマホユーザーをターゲットにした。(950円、1450円プランもある)

日本テレビが去年日本法人を買収し傘下に収めた“Hulu(フールー)”(会員数100万人・月額933円)やNTTドコモのdTV(会員数450万人・月額500円)などにとって、米ネットフリックスの最安プランは脅威となろう。

「テレビ視聴は無料」の日本で、お金を払って動画を見る習慣が定着するだろうか? 

私の答えはYesだ。筆者は面白くない地上派のドラマはほとんど見ず、“Hulu”で洋画かアメリカのテレビドラマを視聴している。月額1000円ちょっとで、家のPC、事務所のPC、スマホやタブレットでどこでも視聴できる。一回体験したらもう止められない。

しかし、テレビ局の人間に危機感はないようだ。特に50歳以上となったらネットで動画はほとんど見ないだろう。某キー局の管理職クラスとこの間話したら、“Hulu”を見たことも無ければ、映画館にもほとんど行かないとのことだった。

しかし、10代から30代くらいの層はスマホで動画を見ることに抵抗がない。電車の中でスマホで動画を見ている人は日増しに増えている。彼らは「ニコニコ動画」や「YouTube」などネット動画を子供の頃から見ているため、携帯での動画視聴に抵抗がないのだ。

テレビ局が思っている以上に早いスピードで有料動画配信サービスの会員は増えるのではないか。

さすがにそれに気づいたか、在京民放5社は10月から無料で見逃し配信サービス「TVer(ティーバー)」を始めるほか、日本テレビは“Hulu”とドラマ「ラストコップ」をこの春共同製作し、地上波とネットで番組を配信した。

ネット配信は、放送時間の制約や放送倫理コードなどに縛られず自由に番組が製作できるのが魅力だ。フジテレビも9月からネットフリックスと組み、独自番組「テラスハウス」の続編などを放送する。

テレビ局が良質なコンテンツを提供しなければネットフリックスの成功はない、などと思っているなら、とんでもないしっぺ返しを食うだろう。

何しろネットフリックスは世界50か国に6500万人の会員を擁し、潤沢な資金と視聴データを誇る。既に権威ある米エミー賞を受賞した政治ドラマ「ハウス・オブ・カード」を100億円超かけて独自製作した実績がある。ネットフリックスの資金力を当てにして各テレビ局が共同製作に殺到するかもしれない。

ネットフリックスの力で全世界に配信されるのは確かに魅力だ。しかし、それでは地上波放送のリアルタイム視聴が減るばかりで、放送収入に影響が出る。痛しかゆしといったところだ。テレビ局はお金をかけて質の高い独自番組を作るしか、拡がる動画ネット配信には対抗できないだろう>(以上)

8/24にネットフリックスとソフトバンクは業務提携したと発表した。

<これにより、日本においてNetflixの申し込み受け付けから請求までまとめて提供できるのはソフトバンクだけとなります。また、今後、オリジナルコンテンツの共同制作も検討していきます>

勝ち馬に乗れ! 孫正義は目ざとい。大したものだ。

テレビは「お金をかけて質の高い独自番組を作る」なんてできっこない。粗製乱造、小4やら中2坊主向けの下らない白痴番組を50年以上創り続けてきたのだから、骨の髄まで痴呆症、今更出直しは無理。かくして電波利権のテレビ屋は淘汰されていくだろう。楽しみだ。(2015/8/27)

2015年08月27日

◆英雄像が伝える日本とインドネシア絆

加瀬 英明



防衛省内に立つ英雄像が伝える日本とインドネシアの絆
 (2015年8月22日 夕刊フジより)


東京・市ケ谷の防衛省構内に、インドネシア独立戦争の英雄で、初代軍司令官であるスディルマン将軍(1916〜50)の像が設置されている。
 
同国の独立記念日である17日、日本人有志によって献花式が行われ、ユスロン・イザ・マヘンドラ駐日インドネシア大使らも出席した。ジャーナリストの石井孝明氏が、両国をつなぐ絆についてリポートした。

              ◇

「みなさんに、わが国の英雄を称えていだくことは、本当にうれしい。両国には深い絆があります」。ユスロン大使は、流暢(りゅうちょう)な日本語でこうあいさつした。
 
同大使は、筑波大学に留学し、国際政治経済学の博士号を習得した経歴を持つ。

インドネシアは、350年にわたってオランダの圧政を受けていた。日本軍が1942年に侵攻してオランダ軍を追い出し、日本が敗戦した2日後の45年8月17日、独立を宣言した。

スカルノ初代大統領は独立宣言文に「170805」と日付を入れた。「05」とは、 戦前の日本で使用していた皇紀2605年の意味だ。スカルノ氏 らは、独 立を支援してくれた日本を評価していたのだ。

ところが、オランダ軍が再び植民地にしようと戻ってきた。

これに立ち向かったのが、日本軍政下で結成された郷土防衛義勇軍で、スディルマン将軍はリーダーとして4年にも及んだ独立戦争を戦った。

そ して、何と2000人以上もの元日本将兵が現地に残り、「インドネシアの独立のために」と戦い、約1000人が尊い命を捧げた。残念ながら、 こうした事実は、日本ではあまり知られていない。
 
スディルマン将軍は、オランダが49年12月にインドネシア独立を認 めたのを見届け、翌年1月、34歳の若さで結核で亡くなった。同将軍の 像は2011年1月、インドネシア国防省から日本に贈呈された。

今回の献花式の実行委員長である国際政治学者の藤井厳喜氏は、日本が大東亜戦争で「民族解放の理念」を掲げたことを強調し、「インドネシアが主導し、民族自決を訴え、欧米列強の植民地支配からの独立を宣言した55年のアジア・アフリカ会議(バンドン会議)と理念がつながる」とあいさつした。

同会議の60周年式典は今年4月にインドネシアで行われ、安倍晋三首 相も出席し、「平和と繁栄を目指す諸国の先頭に立ちたい」と演説した。

献花式の呼びかけ人である評論家の加瀬英明氏は「この場所の意味を考えてほしい」と語りかけた。防衛省のある市ケ谷台は、戦時中には参謀本部と陸軍省があり、戦後は「日本がアジアを侵略した」と断罪した東京裁判が行われた。

加瀬氏は「アジア諸国と日本の関係、特にインドネシアとの関係は決して侵略ではなかった。両国の絆を確認し、歴史の正確な事実を示すことは、東京裁判の欺瞞(ぎまん)を示す意味がある」と続けた。

独立への貢献と戦後の経済協力から、インドネシアには親日的な人々が大半だ。「日本は悪い」と決めつけるメディアや有識者の偏見もあり、両国の絆は戦後70年にわたって黙殺されてきた。市ケ谷台に立つスディルマン将軍の像は、日本が戦った戦争の知られざる真実を伝えている。


◆「シルクロード」構想も破綻への一歩

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)8月26日(水曜日)通算第4635号 > 
 
〜中国経済大破綻、そして「シルクロード」構想も破綻への一歩
   習近平の中国、株暴落、人民元切り下げ、天津大爆発で蟻地獄へ〜


習近平の中国、高度成長時代は終わった。

予測されていたように株暴落、人民元切り下げ、そして天津大爆発で蟻地獄へ陥没寸前の状況となった。

世界同時株安に見舞われ、日本株まで悪影響が波及しているが、理論的に考えると、日本経済はしっかりしており、5%程度の影響しか受けない筈である。いまの同時株安は投資家のパニックを利用してファンド筋の空売りが主因ではないだろうか。

たとえばトヨタの中国依存度は3-4%程度であり、なぜトヨタ株が上海株下落開始以後に10%も値下がりしているのか、中国主因ではなく複合的なものであろう。

さて、シルクロード構想が破綻するのは時間の問題となったように見える。

世界的規模で中国の軍事的脅威はアジアに留まらず、全地球的規模に及んでいた。しかし、財源の問題がでてきて、「真珠の首飾り」は新バージョンになって実現思想な状況から一転するだろう。

従来は南シナ海からマラッカを越え、ミャンマー、スリランカ、モルディブ、パキスタンを越えアフリカの南部ジンバブエまでを「海のシルクロード」として「一帯一路」構想の中核と位置づけされてきた。

ところがミャンマーは反中国に転び、スリランカは中国の建設していた人口島プロジェクトを見直して過度の中国傾斜を再考するに到り、総選挙の民意も全方位外交を良しとしたため、中国の構想に大きな誤算が生じた。

中国はスリランカの影響力回復、人口島構想復活に執念をもやし、ラジャパスカ前大統領を梃子に権力の奪還を目指させたが、8月の選挙で敗北、中国の影響力は頓挫した。

スリランカに中国の潜水艦は2回寄港している。

 
 ▲上海株暴落で少なくとも2兆ドルが蒸発した

そこで中国は南インド洋にあってインドを南西から脅かすモルディブ群島に濃密に接近した。「中国城」の建設である。

モルディブ政権は独裁色が強く、中国の海洋埋立てプロジェクトにのって、外国の土地所有を、その国が開発したのであれば70%まで認める法律を制定した。

次に国際的な海賊退治で協力行動の拠点であるジブチに目を付けた。

ジブチ政権も独裁、米国はここの空港と港湾を借り受け、巨大な軍事基地(レモニエ空軍基地とオボック海軍基地)を設営しているが、一方で米国務省がゲレ大統領の独裁を強く批判するため、ジブチは中国にも軍事基地建設を持ちかけ、シルクロードの一環とする方向にある。

すでにジブチの港湾運営は中国企業が請け負っている。パキスタン、ギリシアと同様である。

さらに中国は「海のシルクロード」の通貨拠点としてケニア、タンザニア、マダガスカル、セイシェルからモザンビーク、ジンバブエから喜望峰をまたぎ南西アフリカのナミビア、アンゴラへと一帯一路構造を延ばす戦略に傾いている。 

これらを支える財源が問題となった。ついに高度成長経済が終幕を迎え、上海株式の破綻に直面して、強気の財政支出を継続できるかどうか、きわめて怪しくなった。

拙著『アジアインフラ投資銀行の凄惨な未来』(PHP)で指摘したように、もはや『中国の時代は終わった』と見てよいのではないか。

      

2015年08月26日

◆「戦争反対」は中国大使館前で掲げよ

加瀬 英明



安保関連法案が衆議院を通過して、舞台が参議院に移っている。

7月23日の大暑の夜に、テレビのニュースに、村山富市元首相が出てきて、まわりの男女が「戦争を許さない」と書かれたプラカードを、振っていた。

例年にない暑さで注意力が散漫になっていたために、一瞬、麻布の中国大使館の前に集まっているのかと思ったが、すぐに国会の前だと気づいた。

私は安保法案が衆議院で審議されていたあいだ、国会の周辺を通ったが、反対グループが「日本は戦争をしないと誓った国」「戦争反対」という幟(のぼり)やプラカードを掲げていた。

中国では習近平主席が登場してから、「5000年の偉大な中華文明の復興」を「中国(チュング)の夢(オモン)」として煽り立てるだけでなく、公的な場において「戦争の準備を進めよ」と、発言を繰り返してきた。

中国側の発表によっても、毎年、国防支出が世界のどの国よりも大きく増している。いったい、日本と中国政府のどっちが、「戦争準備を進めよ」と揚言しているのだろうか。

私は村山元首相や、「戦争を許さない」というプラカードを見た時に、中国大使館の前で抗議しているのかと、勘違いした。

安保関連法案に反対する人々、学者や大新聞が「憲法に違反する」「戦争を招く」「徴兵制をもたらす」と騒ぎ立てているが、懐かしさがこみあげてくる。55年前の「安保ハンタイ」の昭和レトロ劇場を、再演しているのだ。

野党が「徴兵制をもたらす」と主張しているが、軍事について何一つ勉強していない。

今日では、ドローンをはじめとして、AI(人工知能)が戦場の主役となりつつあって、徴兵制は遠い過去のものになっている。

アメリカは1990年のフセイン大統領のイラクに対する湾岸戦争以来、「バトルフィールド・オートメーション(戦場自動化)」を進めているが、従来の戦争の形態が一変するようになっている。

オバマ政権がドローンをいっそう活用しているが、アメリカから安楽椅子に座って遠隔操縦するドローンが、中東のシリア、リビア、イエメンの目標を攻撃している。そのために、「エアウォア」が「チェアウォア」になったと、揶揄されている。

野党は自衛隊が38歩兵銃を手にして、閧(とき)の声をあげて突撃する姿を、描いているにちがいない。

それにしても、163年前にペリーが黒船を率いて江戸湾にやってきた時に、もし浦賀の海岸に「日本は戦争をしないと誓った国」という幟を立てて迎えたとしたら、日本はアメリカによってすぐさま支配されて、後にアメリカがフィリピンを奪った時のように、抵抗した数十万人か、数百万人の国民が虐殺されていたことだろう。

120年前の日清戦争、110年前の日露戦争に当たって、「戦争をしない国」と寝言をいっていたとしたら、日本が中国のチベット、ウィグル、南モンゴルになったか、ロシアの支配を受けていたにちがいない。

反対を叫ぶ男女は、日本の幕末からの古難の歴史を、まったく学んでいないのだ。

憲法学者が集団的自衛権の行使が、憲法に違反するというが、自衛隊が合憲だと認めながら、安保関連法案が違憲だと主張するのは、矛盾していると思わないのだろうか。

◆中共は歴史捏造の総本舗

平井 修一



中共は「近現代史の歴史解釈権は共産党のみが持つ」とする、ほとんど狂気じみた国だ。自由な研究もできないし、発表すれば国家転覆罪で刑務所行きだから、学者の出番がない。

結局、学者は中共認定の歴史を暗記したり、中共好みの歴史解釈を捏造するのが“研究”になる。つまりはクチパクで、100人いても全員が同じことを言うから、学者どころか痴者でしかない。科学=学問の自由を奪われた可哀想な社会科学院。

『中国が「日本はドイツのように歴史を直視せよ」と要求・・・独メディアがツッコミ!「歴史を直視してないのは中国だ」』(サーチナ 8/24)から。

<ドイツメディア、ドイチェ・ヴェレの中国語版が20日、中国・天津市で現地時間12日発生した爆発事故にかんしてドイツやスイスのドイツ語圏メディアから、戦後70周年における歴史認識問題と絡めて「歴史を直視していないのはいったい誰だ」との論調が出ていると報じた。

記事は、スイスの日刊紙「ノイエ・チュルヒャー」が「腐敗が命取りになりうる」と題して、中国経済における「官と商の癒着」が天津市の爆発事故を起こしたと指摘する文章を掲載したことを紹介。

この文章の中で「当事者間に人情や金銭の関係があると、もっとも厳格な法規も役に立たなくなるということを、天津市の爆発事故が説明した」という批判的な論調が展開されたことを伝えた。

また、ドイツ紙「フランクフルター・アルゲマイネ」が、「中国は日本に対して第2次世界大戦の暴行への謝罪を強く要求している一方で、共産党当局は自らが歴史を直視することを拒絶している」とする評論記事を発表したことを紹介した。

同評論記事では、9月3日の軍事パレードで中国の戦勝70周年イベントは最高潮に達する一方で、中国当局が日本に対して仕掛ける「宣伝戦」はこれで終わりにはならないとし、習近平率いる中国当局が「ありとあらゆる話を使って、人びとに『日本の侵略についての記憶』を呼び覚まさせようとしている」と評している。

中国当局の言い分によれば、「戦争によって中国では約3500万人が死亡」し、旧日本軍が中国国民に対して「巨大な苦痛をもたらした」とする一方、「しかし、中国当局が再三日本に歴史の直視を求めても説得力がないのである。中国政府自らも歴史を書き改め、回避しているのだから」と風刺した。

評論記事はさらに、中国共産党当局はその統治下における「暗黒面」にかんする議論を認めていないとも指摘。中国では文化大革命や大躍進政策で死亡した人数について「公の場で語る勇気を持った人がわずかしかいない」、旧日本軍による中国侵略で死亡した人数より「同死者数は多い可能性すらあるのにだ」とし、「日本に歴史の直視を求めているのに、中国共産党当局自身がそれをできていないのだ」と繰り返した。(編集担当:今関忠馬)>(以上)

歴史に関してはこんな記事もあった。

『「日本人より残虐だ」!日本に歴史の「正視求める」一方で、「あの時代」の自分たちの罪は隠す・・・矛盾に苛まれる中国ネット民』(サーチナ3/9)から。

中国版ツイッター・微博で約8000人のフォロワーを持つ、海外在住というネットユーザーが6日、中国で1960年代末に起きた文化大革命にかんするツイートを掲載したところ、多くのユーザーの注目を集めた。

このユーザーは「文革時期に北京市大興県で大虐殺が行われた。中国人がどうやって中国人を殺したか見て欲しい。日本人より残虐だ」というツイートとともに、当時の「大虐殺」の様子として1枚の写真を掲載した。画像の信ぴょう性については不明である。

ツイートはこれまでに約1400件転載されており、その注目ぶりが伺える。また、多くのユーザーがコメントを残していった。以下がその一部だ。

「非常に恐ろしい」「少なくとも日本人より5倍はひどい」「日本に侵略された時には家族が命を失うことはなかったが、文革では命を落とした!」「善が抑圧され悪がはびこった時代!なんで懐かしむ人が多いのか分からない」

「文革を清算しなければ、事実は永遠に清算されることはない。恥ずかしいことに、北京の資料館では文革の資料がまったく見つからないのだ」

「日本に歴史の正視を求めつつ、自分たちの罪は隠す。歴史教科書の文革に関する記載は減る一方で、いつか『なかったこと』になるんじゃないだろうか。文化、精神、影響が及ぶ範囲と言う点で、文革は戦争より恐ろしい」「文革博物館を作って歴史を正視せよ!」

あるユーザーは「文革は全面的に否定できないし、肯定もできない。なぜなら、誰の言うことが客観的な事実か分からないからだ」と論じている。

まさにそのとおりであり、文化大革命に限った話ではなく、さまざまな事象に対して当てはまることだ。ただ、客観的な事実を追い求める姿勢は忘れてはならない。それが、時代が変わったとはいえ当事者であることに変わりはない中国共産党にできるのか。

「人類に平和と尊厳を伝えるために、インターネットという道具は誕生したのだ」というユーザーのコメントが印象的。「日本人と比べてどちらが残虐だ」などという議論は不毛であり幼稚だし、ツイート主が掲載した画像だけでは本当に文革時期のものなのか判断できない。

しかし「あの時代に何があったのか」を知りたいという中国の若者たちの欲求が潜在的にせよ顕在的にせよ高まりを見せつつあるように思える。(編集担当:近間由保)>(以上)

中共は激しくネット規制をしているが、中共にとって不都合な言論、不都合な真実は少しずつであれ拡散している。

天は中共を見離した。中共の危機は支那6億ネチズンにとってチャンスだ。中共と心中するのか、それとも自由・民主・人権・法治の連邦共和国を造るのか。ロシア以外の世界中が6億ネチズンを応援するだろう。

ソ連共産党からゴルバチョフが生まれ、中国国民党から李登輝が生まれ、ともに奇跡的な無血革命を実現した。中国共産党から新しい指導者が生まれないとも限らない。

蝸牛の歩みであってもネチズンの自由への思いは着実に拡散するだろう。やがて化学変化が起き、巨大なエネルギーとなり、共産党を瓦解させるに違いない。

独裁政権は長続きしない。ソ連は建国から74年で幕を閉じた。中共は今66年だ。そろそろ寿命が尽き始め(腐り始め)たことは今現在の混乱を見れば一目瞭然だ。Slow but steady に自由民主革命の大輪を回していこう。

暗黒の 夜明けは近い はらからよ 五星紅旗を 撃ちてしやまむ
                          (2015/8/25

◆科学のショーウインドー化で解決へ

武田 邦彦


広島と長崎は今年、原爆投下から70回目の夏を迎えた。11日には、九州電力川内(せんだい)原発が新規制基準導入後初となる原子炉の再稼働に踏み切り、国内で続いた原発ゼロは約2年ぶりに解消した。20世紀の科学史最大の発見とも言われる核エネルギーは、日本に何をもたらしたのか。

日本は原発を再開すべきか、核武装すべきか−。国内で延々と続く議論は、ますます思想的な色彩を強めている。このままでは、せっかく議論をしてもいたずらに対立を深めるだけで未来のためにならない。本稿では、原発や核といった重要な政策課題の選択で、対立を緩和する手順について整理してみたいと思う。

キュリー夫人が19世紀にラジウムを発見し、「太陽はなぜ光っているか?」という大きな疑問が解けた。その後、エックス線検査という診断方法ができて、多くの人の命を救うことになった。でも、その発見は同時に原子爆弾にもつながり多くの人の命を奪った。

日本は準核武装国

科学の結果は、それが人類社会にプラスになるか、マイナスになるかは、科学者当人にも分からないし、社会も予測できない。だからこそ、科学はその成果を「ショーウインドー」に飾るにとどめておく必要がある。

それを見た一般社会の人が、科学の産物を使おうと思うか、思わないかを判断するという2段プロセスを踏まなければならない。時々、「人類に災厄をもたらすものを科学者が開発すること自体が間違いだ」と言う人がいるが、科学者にはそんな判断力はない。どんなものも良い点と悪い点があり、それは社会が判断するしかない。

原発再開の問題を見ても、賛成派と反対派がいつまでたっても自己の主張をするだけで、議論が深まらない。その理由は「ショーウインドー論」が日本社会に定着していないからである。

まず、科学者はショーウインドーに原発を飾り、その説明を示す必要がある。

例えば、(1)原発は原子核を反応させ、高効率で電気を取り出すことができる(2)地震などの天変地異がなければ他の電力生産設備より災害が少ない(3)震度6以上の地震に耐える設計はできない(4)電源喪失が最も危険なので、複数の電源を違う場所に設置する必要がある

(5)被曝(ひばく)のリスクがあり、被曝と疾病の関係は明確ではない(6)被曝と疾病の関係が明らかではない段階で原発を稼働する場合は、1年1ミリシーベルトを被曝限度とする。

この説明を示した後、社会の判断を求める。この説明は純科学的な議論を経て行うことが大切で、思想的、経済的な関係のある人が参加してはいけない。原発は思想問題ではなく、科学技術とそれを受容するかどうかの社会の判断である。

原子力技術は「平和利用」と「軍事利用」が区別できない。つまり、「原発を持っている国で核武装できない国はない」ということだ。だから、日本は「いつでも核武装できる力を持っている準核武装国」であることは間違いない。

手順踏み論点明確に

原発再開や核武装の是非は、日本の未来にとって極めて重要なテーマである。したがって、現在のように思想が先行して混乱が収まらない状態を脱する必要がある。そのためには、「科学技術が伴う議論を要するテーマ」についての「整理手順」を決める必要がある。

まず第1に、「技術のショーウインドー化」を社会的、あるいは法的に定める。この段階では、エネルギーの国策などは一切考慮せず、純粋に技術面から社会に説明する事項を決定し、透明性とオープンな議論を経る。

第2に、「ショーウインドー化された技術」を日本が採用した場合の利点や損害を、政治・経済・社会・思想の各面から、政策とは切り離して専門家が検討し、議論を公開して国民の理解を促進する。

第3に、現在のプロセス、すなわち第1、第2のプロセスを報道によって知った国民が作る世論、選挙を通じた国会などで意思決定する。第1と第2のプロセスがない日本では、議論が行ったり来たりするので、手順を踏んだ方が論点が明確になり、かつ意思の統一もできる。

日本は一日も早くこのような決定手段を持つ国になるべきである。

【プロフィル】武田邦彦 たけだ・くにひこ 中部大特任教授。昭和18年、東京生まれ。日本エネルギー学会賞など受賞多数。環境や科学の問題に対して、定説とは異なる主張を展開して注目を集め、テレビのコメンテーターとしても活躍する。著書に『エネルギーと原発のウソをすべて話そう』(産経新聞出版)など。
          産経ニュース【iRONNA発】2015.8.

◆海賊退治に原潜を随伴する中国軍 

野口 裕之



狡猾な帝国は海賊の悪用法をご存じだ。イングランドを治めたエリザベス1世(1533〜1603年)は、海賊の頭目フランシス・ドレーク(154頃〜96年) に出資して略奪行為を支援し、見返りに莫大な金銭を受け取り、大英帝国繁栄への道 筋を敷いた。今なお、海賊は使い勝手がすこぶる良い。

◆実体は戦力投射演習

中国海軍はソマリア沖などで跋扈する海賊より商船を護る任務に、憑かれたように、参加各国中突出した積極性を見せる。南シナ海の係争海域で岩礁を埋 め立て、東シナ海では日本領海を侵すなど、国際法を公然と破る中国が、海賊退治で は国際社会との協調性を示す不可解。

案の定「水面下」でたくらんでいた。海賊退治 には無用の長物・原子力潜水艦を随伴したのだ。海賊退治は隠れみので、実体は米軍 に比肩する遠征軍創設に向け、実戦を意識した長期・遠方での戦力投射演習。

しかも 往復の航海中、インド洋での有事を想定し、宿敵のインド軍や米軍など敵性国軍を迎 え撃つべく、潜水艦の待ち伏せ場所の探査まで行う。中国軍膨張を看過できぬ国は インド洋を表玄関とするインドや、航行の自由を国是とする米国に限らない。

エネル ギーや食料の大動脈=インド洋で、航行の生殺与奪権を中国が握れば、日本や東南ア ジア諸国の生存に関わる。中国海軍はエネルギーや途上国の市場など、世界の富をあ さりまくる「大海賊」の様相を呈している。

中国海軍は2008年12月〜15年8月まで21次にわたり、延べ1万7000人の海軍将兵+1400人の海軍陸戦隊・特殊作戦部隊が800回以上の任務を遂行。13年12月 以降だけで、攻撃型原潜や通常型潜水艦、潜水艦救難艦が最低各1回随伴した。

海賊をにらむ商船護衛に潜水艦は原則必要ナシ。そも海賊の操る高速艇に比し、水上航行する潜水艦は遅い。新世代は甲板に大砲や機関銃は装備していな い。丸みを帯びる船体も、海賊船の拿捕に使う小型ボートの緊急発進を阻害する。

実は、オランダ海軍が10年と12年、海賊対処活動中のNATO(北大西洋条約機構)艦隊に通常型潜水艦を参加させている。潜水艦には、海賊根拠地の偵察や、 根拠地に対する特殊作戦部隊の潜入・急襲任務を支援する母艦としての役割も考えら れる。

ただ、海賊の警戒網突破は潜水艦の隠密行動が不要なほど難度が低く、潜水 艦投入は例外中の例外だ。

◆「親善」寄港も看板に偽り

国力や取り巻く情勢に見合う《軍備=能力》保有は独立国の権利だが、問 題は《意図》。日米印や豪州、東南アジア諸国の多くは中国が邪悪な軍事拡大意図 を隠していると警戒する。

中期的には、エネルギー・市場や台湾の支配を狙った南シ ナ海/東シナ海の覇権確保。長期的には政治・経済・安全保障上の「中華圏」に、米国を介入させない総合力の確立だろう。中華圏が膨張し続けるには南シナ海/東シナ 海のみならず、さらに遠方=インド洋での覇権も必要となる。

覇権達成には、陸海空軍の統合運用を基盤としつつ、陸空軍兵力投射が難しい遠地における、海軍の長期作戦が不可欠。作戦成功には、武装水上艦/潜水 艦/補給艦/艦載・艦上機の相互連携などがカギとなる。

当然ながら、純粋に国際の安定を目的に海賊対処に加わる国の海軍でも装備・作戦・補給・教育訓練といった各面での「戦訓」を得ようと総括を繰り返 す。ただし「付加価値」追求には常識と節度が求められる。

「戦訓」を暴力的な覇権目的に悪用されては、東シナ海/南シナ海/インド洋をエネルギー・食料の生命線と位置付ける国々の生存は脅かされる。

中国が静粛 性を向上した潜水艦の投入をインド側に通告しなかったケースでは、探知できなかっ た印国防省が衝撃を受けた-との情報も在り、生命線を分断される不吉な予兆は既に 顕著だ。

「親善・補給・休養」目的の寄港でさえ看板に偽りが有る。一般的に「移動大使館」でもある海軍艦は陸空軍に比べ外交の一翼を担いやすいが、中国の軍 事外交は生臭過ぎる。中国海軍は海賊対処活動を行っている7年近くの間に百数十回 の外国寄港を果たした。多くはインド洋上か沿岸の国々で、その内ミャンマー▽イエ メン▽オマーン▽パキスタン▽スリランカ▽ケニア▽タンザニア▽モザンビーク▽セーシェル▽ジブチ…などで、中国
企業が港湾・補給施設建設を終了か計画している。

◆モルディブが「周辺国」?

16世紀の海賊は港湾都市などを急襲して財宝を奪い、酒と女性に飽きれば次の獲物を目指した。ところが、現代の「海賊」はもっと獰猛で、相手国を骨抜き にして事実上乗っ取る。

中国海軍は海賊退治を名目に、乗っ取りの先兵として寄港。 本国が乗り出し次第に誼を深め、文化交流→経済支援・インフラ建設→貿易拡大→軍事交流や兵器供与→兵器輸出→労働者派遣→港湾・補給施設建設→軍事同盟締結→中国 船・国民保護名目で駐留軍派遣→中華街建設…と、受け入れ国の意向に関係なく、中 華圏に呑み込んでいく。

欧州列強の苛烈な植民地政策に虐げられたアフリカ・アジアの人々に「遅れてきた帝国」の恐ろしさは自覚してもらわなければなるまい。

ハリウッド映画上はともかく、今どきの海賊は損得しか考えぬ。インド洋上のモルディブで14年12月、海水淡水化施設が火災に遭い断水に陥ったときのこ と。

淡水化装置を有す中国潜水艦救難艦が対海賊任務を中断、来援したのは支援要請2 日後だった。大量の飲料水を積む空軍の大型輸送機や民間機も次々に到着。迅速な 給水・資金支援に国際社会は目を疑った。

同時に、中国外務省報道官の「モルディブ 国民の危機をわが身のことのように感じ(略)親・誠・恵・容という中国の外交政策 を明示した」とのコメントに、少なからず関係者は白けた。

インド国防関係者も、 伝統的に担保してきたモルディブの安全保障を切り崩している、中国の野望を憂う。 借款+外務省庁舎・国立博物館建設などは全て、軍事協定締結と潜水艦基地建設を求 める“中国の善意”だった。

中国外務省報道官は「中国と周辺諸国は運命共同体」だとも説明したが、小欄には「周辺諸国の運命は中国が握っている」と響く。はるか遠方のモルディブ が「周辺諸国」と認定するズレた感覚にも中華帝国の「鎧」を見る。(政治部専門委員) 
産経ニュース【野口裕之の軍事情勢】 2015.8.24

(採録:松本市 久保田 康文)

2015年08月25日

◆「侵略」の一語でくくる危うさ

櫻井よしこ



ポツダム宣言受諾から70年、さまざまな歴史論争が展開されている。安倍晋三首相の70年談話も発表された。
 
そこで大東亜戦争の本質を考えてみよう。同戦争は大別して3つに分けられる。(1)日中戦争、(2)日米戦争、(3)ソ連参戦である。
 
3つの骨格を見るだけで「侵略」の1語で大東亜戦争をくくることが果たして適切なのかが、分かるだろう。
 
昭和21(1946)年4月まで有効だった日ソ中立条約を、ソ連は一方的に棄して満洲に攻め入った。その対日戦がいかに卑怯であったかについてはもはや多言を要しない。それでも8月9日付「産経新聞」1面トップの記事を、日本人は読むべきだ。

編集委員の岡部伸氏がスクープした英国立公文書館所蔵の極秘文書である。
 
それによると、ソ連のモロトフ外相はモスクワ時間の昭和20(45)年8月8日午後5時(日本時間同日午後11時)、佐藤尚武駐ソ連大使に宣戦布告文を読み上げ手渡した。

佐藤大使は直ちに本国に打電したが、この公電はソ連当局が電報局を封鎖したため、日本政府には届かなかった。
 
1時間後の、日本時間9日午前0時に157万人のソ連兵が3方向から満洲へ怒濤のごとく攻め入った。日本政府がソ連の宣戦布告を知ったのは9日午前4時、ソ連軍 侵攻開始から4時間後であり、情報はタス通信のモスクワ放送や米国のサンフランシ スコ放送などから得たものだった。

日本政府への正式な宣戦布告は、マリク駐日大使 が東郷茂徳外相に告げた10日午前11時15分、侵攻開始から実に35時間以上も後だった。
 
日本は真珠湾攻撃前に宣戦布告ができずに、「スニーキーアタック」と非難され、たちはその1件を恥じてきた。が、ソ連の卑怯な行動は戦勝国であるため に不問にされる。
 
次に日米戦争。日米戦争の本質は、マッカーサー氏が米国議会で述べた言葉に尽きる。彼は敵国であった日本を憎み、世に「マッカーサー3原則」と呼ばれ る考え方を示して日本国憲法の草案を書かせた。3原則の1つが、たとえ外敵に侵略さ れても日本は戦ってはならない、自衛のためでも戦ってはならないとする過酷なもの だった。
 
憲法草案を取りまとめたケーディス民政局長は、日本の生存権を否定する同条項は、さすがに行き過ぎだとして削除したが、そこまで日本を憎んでいたマッ カーサー氏が、日本の対米戦争は自衛のための戦争だったと議会で証言したことを受 け止めたいと思う。
 
最後に日中戦争。日中戦争は昭和6(31)年9月18日の柳条湖事件に始まる満州事変から昭和20(45)年の敗戦までを指すという考え方がある。その考え方に 沿って、満洲事変が「侵略戦争」の始まりだと主張する人々にぜひ読んでほしい本がある。
 
1冊は国際連盟が派遣したリットン調査団の報告書を渡部昇一氏が解説した『全文リットン報告書』である。もう1冊は、満州事変当時、在北京米国公使 だったジョン・マクマリー氏の報告書である。『平和はいかに失われたか』の邦題で 単行本になっている。
 
少なくとも右の2冊を読めば、日中戦争さえも「侵略」の1語で定義することがいかに危ういか、気付いてもらえるだろう。
 
歴史観ほど、国によって異なるものはない。個人も同様だ。国家間であれ、個人間であれ、歴史観の統一はなかなか難しい。私たちにできるこは、可能な限 り幅広く、当時の人々が見て、聞いて、考えてたどり着いた結論を学び、それらに基 づいて考えることだ。そうすることが当時の状況のより深い理解につながると私は信 じている。

『週刊ダイヤモンド』 2015年8月22日号 新世紀の風をおこす 
オピニオン縦横無尽 1096 
                 (採録:松本市 久保田 康文)