2015年08月17日

◆政治家の大切な仕事

山内 昌之

政治家の大切な仕事は、いかなる外国に対しても、自国を必要以上に卑屈にさせず、足に枷(かせ)をかけた上に首まで軛(くびき)に差し出す事態をつくらないことだ。このプルタルコスのひそみに倣(なら)えば(『モラリア9』)、歴史を含めて万事を特定の国々の判断に任せっぱなしにし、自らの国益を麻痺(まひ)させ歴史解釈に臆病になることで、結局は国や自分の政治生命をすっかり台無しにしてしまう人びともいる。

日本の戦争責任や歴史認識を話題にするとき、いつも元ドイツ大統領ワイツゼッカーの演説を持ち出す論者がいる。そこには、中国や韓国が日本に望む以上にこれらの国を「自分たちのご主人さまに祭り上げてしまう」(プルタルコス)人びともいないとは限らない。

戦後70年にあたり、こうした点を改めて考えたのは、元ドイツ大使の有馬龍夫氏の『対欧米外交の追憶』(藤原書店)に負うところが多い。氏は、ワイツゼッカー演説にはどこを探してもホロコーストについて謝罪やそれに類した表現が見当たらないと指摘する。

元大統領は「民族全体の罪、もしくは無実」というものはなく、罪は「集団的」ではなく「個人的なもの」だと言い切る。現代のドイツ人は自分が生まれてもいない時代の事件について罪を「告白」できないというのだ

有馬氏が解釈するように、「告白」とは神の許しを請うことだから他人の罪を告白するいわれもなく、ナチス党員の犯した罪を今のドイツ人や国家が謝罪する必要がないとワイツゼッカーは非常に明快な立場を示しているのだ。

確かにワイツゼッカーはドイツ人の過去に対する責任を認め、ナチスの犯した罪状を長々と紹介している。このやや冗長な演説のなかで有名な「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在に盲目となる」というくだりが出てくるのだ。

しかし、そこで言わんとする事は、ナチスの犯罪を心に刻んで記憶せよということであり、国家ましてやドイツ人の責任や謝罪を明示的に認めたのではない。その後にすぐ「非人間的行為を心に刻もうとしない者は、また新しい感染の危険への抵抗力をもたない」と述べたのは、忘れると再犯しかねないという一般的メッセージだと有馬氏は推測している。

ワイツゼッカー演説の肝は、ドイツ人がナチスの台頭を許した重大責任やナチスの蛮行の共同正犯だった面を認めていないことだ。

その意味では、元大統領はどの外国に対しても祖国ドイツを必要以上に卑下させず、「足に枷をかけた上に首まで軛に差し出す」ような事態を後世の国民に経験させまいとしたのである。

彼は、未来の子孫に過去への過剰な責任と謝罪の意識を残すまいとする装置を巧みに編み出した。

同時に、ナチスの外務次官・親衛隊将軍としてニュルンベルク裁判で有罪となった父をもち、歩兵将校として赤軍と戦った自分の過去を、ナチスの犯罪から切り離す役割も担わそうとしたのである。この二重性を苦もなく演説にまぎれこませた点こそ、端倪(たんげい)すべからざる政治家たる所以(ゆえん)というべきであろう。 
(やまうち まさゆき・フジテレビ特任顧問)産経ニュース【歴史の交差点】
 

◆涼しいはずのドイツも猛暑

平井 修一



ひと夏でクーラーを3日間しか使わなかったことがあるが、ここ1か月ほどは猛暑で毎日お世話になっている。やせ我慢をしていると、犬がへたってしまうからでもある。

ドイツも猛暑に襲われているという。川口マーン惠美氏の論考「ドイツ市場にクーラーを売り込むなら今がチャンス 今年のドイツは暑くて、暑くて、暑くて、暑い!」(現代ビジネス8/14)から。

<*エルベ川の水位は55センチ、「飢餓の石」も出現

7月5日に、観測史上最高の40.3度という記録が出たと思ったら、8月7日、またしても同じ温度が観測された。両方とも、南西ドイツのキッツィンゲンという土地での話。それにしてもドイツで40.3度とは、信じられない!盆地のシュトゥットガルト(平井註:氏の地元)も、もちろん、激しく暑い。

最近、異常気象が多い。ドイツ気象局によると、干ばつ、暴風、猛暑、豪雨、雷雨、洪水などすべてが増えており、2015年の異常気象による被害は、1980年の4倍になっているという。今年はとくに南ドイツで雨が降らず、干ばつが続いている。

気象局の話では、バイエルン州北部、ザクセン州からブランデンブルク州にかけて、地面の乾燥度が過去50年来で一番ひどい状態になっているという。先日からスペインではひどい山火事が複数起こり、観光客が泊まるホテルまで焼けているが、ドイツの森も、いつどこで山火事が発生してもおかしくない状態らしい。

ザクセン州とザクセン・アンハルト州、そしてハンブルクと流れるエルベ川は、2年前に世紀の大洪水を起こし、今もその復興が終わりきっていないというのに、今年は大干ばつに見舞われ、すでに一部、船が航行できない。マクデブルクでは、2年前は7.47メートルまで上がった水位が、現在のところ55センチ。水上警察は船を捨て、川沿いをパトカーで走っているとか。

エルベ川下りの船会社は、観光客の掻き入れどきだというのにずっと運休で大変困っているが、こればかりはどうしようもない。それどころか、大昔の大干ばつの時に、日付を刻んで川底に設置された大石、「飢餓の石」が水底から姿をあらわした。

「飢餓の石」というのは、これが見えた年には大凶作になるので対策を考えろ、という警告だそうだ。昔の怨念がこもっていそうで、なんだか怖い。

*ドイツでは、家庭にも会社にもクーラーがない

ドイツの家々は、暑さに対する防備がない。寒さに対しての防備がゆるい日本の家屋とは正反対だ。日本の家は、夏に風通しを良くして、なるべく涼しく、かつ、湿気を抑えることを考えて作られているから、冬はスースーして寒い。一方、ドイツの家は、冬の暖気を逃さないよう作られているので、一旦、熱気が入り込むと、なかなか出ていかない。

そこでドイツ人は、猛暑の日々は夜から早朝にかけて換気をして家の中に涼しい空気を取り込むと、昼間は窓を閉じ、外のよろい戸までガッチリと下ろし、外気が入ってこないように防御する。南と西に向いた部屋は、一日中、真っ暗だが、この方法で部屋の暑さはある程度まで抑えられる。

ただ、最上階のフラットだけは、普段は見晴らしが良くて快適だが、夜になって窓を開けても部屋の温度が下がらない。だから私のドイツの友人などは、ベランダに寝椅子を持ち出して寝ているそうだ。

クーラーがないのは家庭だけではなく、大概の職場も同じだ。10年前ぐらいまでは、クーラーは確かに必要なかった。本当に暑いのは年に10日ぐらいだったし、せいぜい34度止まり。

その上、休暇の季節なので、一番暑い時期、どのみちオフィスや工場は休業中のところが多く、経済活動はほどよく減速していた。それどころか、ドイツ人は太陽を愛する人たちなので、その暑い10日間を皆がワクワク心待ちにしていたのである。

ところが、このところ、毎年のように酷暑がやってくる。それも10日ではなく、延々と続く。昔のように、まるまる3週間、店を閉めるという習慣もだんだん踏襲できなくなってきて、猛暑の中で働いている人も多い。

ドイツ人はクーラーに対する偏見が強いこともあり、かなり大きな会社の本社ビルなども、空調は暖房しかないところが少なくない。この暑さでは仕事にならないのではないかと、他人事ながら心配になる。

*快適なのはショッピングモールと近代的なホテルだけさて、そんな猛暑の折、日本から友人が二組、立て続けに遊びに来た。普通なら避暑がてらなのに、可哀想に、猛暑の日本から再び猛暑のドイツに紛れ込んでしまったわけだ。

私たちは計画通り、果敢にあちこちへ小旅行を決行したが、やはり暑かった。日本より湿気が少ないとはいえ、その分こちらは日差しが強い。湿気のフィルターを通さない日光が、じりじりと照りつける。肌を焼きたくない日本女性は、日陰を求めて右往左往して、行動がかなり制限されてしまう。

そのうえ、小な家族経営のホテルなどは、どんなに素敵でも、もちろんクーラーは望めない。高級そうなブティックも、5分といられないほどの蒸し暑さ。あんなところで試着など到底できないと、結局パス。レストランも全滅に近く、戸外に並べられたテーブルだけが千客万来だ。結局、快適に冷えているのは、比較的新しいショッピングモールと近代的なホテルだけ。

大きな駅構内などはもっとも悲惨だ。熱気が逃げない上に、食堂コーナーで火を使うので、恐ろしく蓄熱している。一度、ミュンヘン中央駅で少し時間があったので、暑気祓いに冷たいビールでもと思ったのだが、耐え難い暑さに這々の体で逃げ出した。ホームは熱風が吹くが、まだ一番涼しい。

それにしても、あのような過酷な環境で一日中働いている人たちが本当に気の毒だ。しかも、ほとんどは薄給の職種。当然のことながら、皆、極端に不機嫌だった。

ただ、働かない人々だけは、暑い夏を楽しんでいる。我々日本人には信じられないが、海辺ではなく街中の公園の芝生にも、ほとんど裸同然の格好で、わざわざ日向で仰向けに寝そべって日光浴をしている人が多い。白人は皮膚が弱いので、テレビや雑誌でしょっちゅう皮膚ガンの警告をしているのに、そんなことはどこ吹く風。やはり、冬が長く、太陽があまり照らない国の人々は、太陽に対する憧れが貪欲なまでに強いようだ。

*家庭用クーラーを売り込むなら、今でしょ!

今回はすっかり旅行者気分で、久しぶりにライン川下りもした。こちらは、エルベ川と違って、水位はそれほど下がっていなかった。船旅の間、私たちはほとんど空調付きのキャビンにこもり、そこから美しい古城や水鳥を眺めていたが、ほかの人々は炎天の甲板で風に吹かれて楽しんでいた。おかげでキャビンはガラガラで快適、肌寒いほどだった。

今年のドイツはとにかく暑くて、暑くて、暑くて、暑い。このまま暑い夏が続くなら、ドイツ人がクーラーなしで夏を過ごせなくなるのは時間の問題ではないか。私は何年も前から、今こそドイツ市場にクーラーを売り込むチャンスだと日本のビジネスマンたちに提案しているのだが、頑固なドイツ人が見向きもしないのか、今のところ、まったく普及の兆しはない>
(以上)

ほとんど悲鳴のような一文だが、今夏は世界中が猛暑に襲われているようだ。気象庁8/15発表によると、2015年7月の世界の平均気温は、平年(1981〜2010年)より0.38度高くなった。1891年の統計開始以来125年間で、最も高いという。

「低緯度域の各地や、ヨーロッパ南部〜北アフリカ西部では異常高温となり、日本でも北〜東日本で月平均気温が高くなりました。

世界の7月平均気温は、上昇傾向が続いています。長期的には100年あたり約0.67度上昇しています」

国立極地研究所5/24によると、今夏の北極海の海氷面積は昨年より減少し、最小期となる9月11日には450万平方キロメートル程度まで縮小する見込み。これは、2012年、2007年、2011年に次ぐ過去4番目の小ささという。

この猛暑はきついけれど、経済的には追い風だ。家庭用エアコンの販売が好調で、需要が低迷した昨年夏に比べて2倍程度に急増しているという(産経)。夏物衣料の売れ行きも加速しており、ビールも好調、避暑地なども旅行者で賑わっているのではないか。

日経8/4「猛暑はトータルで夏の消費にプラスとの見方が多いが、家計は想定外の出費を余儀なくされている面があり、秋物商戦に響く可能性もある。過去に猛暑だった1994年や2010年をみると、秋以降に消費の反動減が出て10〜12月期はマイナス成長となった」。

ことはそう単純ではなさそうだ。(2015/8/14)

2015年08月16日

◆私の「身辺雑記」(250)

平井 修一



■8月13日(木)、朝は室温29度、雨、散歩不可。今朝はプラ系ゴミの日。結構な量が溜まっており、今朝を逃すと1週間ブルーになるので、傘を差してゴミ出し。「大変? なんてことないよ、だって主夫だもの」シュウイチ、ってか。

夕べはスペアリブが大好評だった。2歳女児は拒否していたが、カミサンがスライスして食べさせたら「もっと!」。この娘はお兄ちゃんと違ってよく食べるし、牛乳も好きなので、タフで、かつ大きくなるだろう。

鶏唐は相変わらず人気。ニンニクとショウガを入れているのがいいのかもしれない。

今日はお盆飾り。回転灯篭が5つもあるので組立がしんどかった(視力が落ちているせいだ)。なんとか夕食を作ったけれど、残り物をつまむ元気もなく、片づけ終わったのは9時。

シャワーを浴びて、ようやく産経を蒲団の上で読んでいたが、左下の奥歯がかなり揺らいでおり、ちょっと力を入れたら見事に抜けた。

痛みはほとんどなかったが、ずいぶんな出血。ああ、俺にも血が流れているのだなあと、なぜか感動した。鮮やかな真紅の血で、ワインの飲み過ぎか。

この快挙は23時15分。皆はまだグダグダ飲んでいたので、「おい、抜けたぜ、すごいだろう」と見せてやった。このようにして老化するわけだが、痛みや不快感を伴う老化は辛いだろうな。トヨタの米人看板娘は膝の痛みを和らげるためにクスリに手を出したと言ったらしいが、この手のクスリはある程度解禁してもいいのではないか。

看板娘は不起訴、指揮権発動みたい。

<日本大百科全書(ニッポニカ)の解説「指揮権発動」

法務大臣が検察事務に関し、検察官に対して有する指揮監督権を行使すること。ただし個々の事件の取調べまたは処分については、検事総長のみを指揮できる(検察庁法14条)。1954年(昭和29)の造船疑獄の際、これが発動されて有名になった。

造船疑獄の捜査が最終段階に入った1954年4月20日、最高検察庁は、自由党幹事長佐藤栄作に対する収賄容疑による逮捕許諾の請求を行ったが、翌日、犬養健法相は、吉田茂首相の意向を受け、指揮権発動によってこれを拒否した。

このため捜査は挫折し、構造汚職事件の追及は阻止された。犬養は4月22日辞職し、第五次吉田内閣も、結局、12月7日、総辞職を余儀なくされた>

まあ、日米の阿吽の呼吸ってやつだろうな。

雨が上がって孫たちは屋上でプール遊び、スイカ割。4時に迎え火を焚く。夕食は8人で八宝菜、里芋と野菜煮など。

長男一家は引き上げた。わが家の帰省ラッシュは終わったが、ミニ帰省ラッシュはしょっちゅうだ。子・孫は優しいバアバが大好きなのだ、無口なヂイヂの料理も。

■8月14日(金)、朝は室温28度、薄曇り、結構涼しい、雨上がりの道をハーフ散歩。

昨日、天津の倉庫が大爆発し、多数の死傷者が出た。習近平は一世一代の晴れ舞台の9/3軍事パレードで、こんな爆発が起きたら世界の恥になるから、化学工場の操業を1か月ほど禁止した。テメエの妄想的火遊びのために実業の足を引っ張ったのだ、バカ丸出し。

それでなくとも連日、世界中から不信視されている習には、この天津大爆発は泣きっ面にハチ/恥だ。弱り目に祟り目。

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・瀬口清之氏の論考「中国経済は安定を持続、株暴落の影響は軽微<北京・武漢・上海出張報告(2015年7月20日〜7月31日)>8/13は、“中共応援団”の臭いがプンプンする見出しではあるが、要旨を読む限り「中共経済は出口なし」という印象だった。以下サマリーから。

<◇ 昨秋発表された地方政府債務の管理強化に関する行政命令により、地方政府の資金調達が突然困難となり、大半の地方政府が財源調達難に陥ったことから、多くの地方プロジェクトが一斉に停滞した。

◇ 中央政府はこの状況を深刻に受け止め、4月以降、習近平主席、李克強総理等も地方を訪問し、金融機関貸出の促進、地方政府に対する財政支出実行の働きかけなど、過度に慎重化した地方政府および金融機関のマインドの解きほぐしに注力している。

◇ 地方プロジェクトの落ち込みをカバーするため、中央政府は昨年11月以降、4回にわたる利下げ、高速鉄道建設の前倒しなど金融財政両面から景気テコ入れ策を実施した。しかし、これらはいずれも小粒の施策であり、小幅の景気刺激効果しか持っていなかった。この間、最も大きなプラス要因として成長率の押し上げに寄与したのは、昨年11月以降の株価の急騰だった。

◇ 先行きの見通しについては、6月半ば以降の株価の大幅下落により、金融面の寄与度が低下する一方、地方プロジェクトの回復がプラスに寄与する。それに加えて、不動産開発投資もわずかながら回復方向に向かうことから、下半期の成長率は上半期を若干上回り、7.1〜7.2%、通年では7.1%前後との見方が一般的。ただし、一部には地方プロジェクトの回復の遅れによる下振れリスクを懸念する見方もある。

◇ 上海株急騰の背景は、昨秋以降不動産も理財商品も投資対象としての魅力を失ったため、行き場を失った大量の余剰資金が株式市場に向かったことによるものと見られている。マクロ経済情勢や企業収益の低下を考慮すれば明らかに異常な急騰だった。

◇ 6月中旬以降の株価暴落に対して政府が介入して買い支えているため、足許の株式市場は表面的には安定を回復している。しかし、市場本来の機能は失われてしまっている。中国の株式市場が元の正常な状態を回復するには2〜3年を要するとの見方もある。なお、実体経済への影響は軽微なものにとどまるとの見方が大勢である>(以上)

「我が方の被害は軽微」って、まるで戦時統制下の記事みたいだ。

中共経済は個人消費が拡大せずに、景気浮揚策は相変わらずのインフラなど不動産開発投資(公共事業というムリ・ムダ・ムサク)だ。「地方政府はもっと企業に融資しろ」と習は叫ぶが、結局は不良債権を増やすだけだ。地方政府はやる気なし。

習は本音では「高度成長の夢よ、もう一度」と思っているのだろうが、株で火傷を負った人民はもう二度と中共に踊らされることはないだろう。

台湾の「経済日報」の総主筆で経済専門家の馬凱氏はこう語っている(東森新聞雲/サーチナ8/13転電)。

<11日の人民元切り下げは、中国国内の資金の対外流失を招くだけなく、外国人の人民元保有の意欲を失わせることになる。つまり「人民元の値上がり期待を経済成長に結びつける」という中国当局の長期戦略の「最後の陥落」したことになり、中国経済は今後「これまでの予想以上にひどい状態」、「すぐにでも、さらに恐ろしい状況が到来する」ことになる>

世界のエコノミストの大半は中共経済は停滞期に入ったと見ているだろう。幇間のような人だけは「中国経済は安定を持続」などと言っている。客船沈没、株暴落、天津大爆発・・・習の運はつき始めた。

夕食はカミサンと二人だけ。和風おろしハンバーグ、冷奴など。

後片付けをしシャワーを浴びてから産経を読んだが、いい論考、取材記事が多くて実に読みでがある。陸羯南の新聞「日本」は明治大正のオピニオンペーパーだったが、現在のそれは産経だろう。

一般新聞朝刊有償部数は4000万部当たりだろうが、まともなのは産経、読売の1000万部くらい。つまり有権者の25%はコアの保守系。

それから思うに国民の75%はアカかピンクの新聞/TVに影響されている反自民系のはずなのだが、選挙で棄権する(現状にさほど不満はない、とか、政治に期待しないとかの理由だろう)から有権者の30%ほどしかパワーがない。

それでも25%対30%で、反自民が多いのだが、小選挙区選挙(1位だけが当選)のために、反自民票は民主、日共、社民、維新とかにばらけてしまい、結局、自民が一強になる。

野党が人民戦線方式で統一候補を立てれば強力になるが、みな銭がらみの利権/縄張りがあるから、なかなか手を握れない。まあ、その調子でやってほしいが。

ラヂオで安倍氏の戦後70年談話のニュース。どうもパッとしないが「韜晦」の印象。「何を言わなかったのか」、こちらの方に意味がありそうだ。

■8月15日(土)、朝は室温27.5度、快晴、涼しい、ハーフ散歩。

弔旗掲揚、忠魂碑に献花、皇居、靖国遥拝。感謝を捧げ、「英霊の皆様、戦ってくれてありがとうございます。後に続いて日本を素晴らしい国にします、どうぞお力添えをお願いします」と合掌。

戦後70年談話を読んだが、「進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました」とは何か。天皇を輔弼する指導者はミスを犯したということだが、それでは選ぶべき針路はどこだったのか。

対英米蘭豪開戦でアジアに独立への種がまかれた。アジアの人々は(支那の国民党や共産党を支持する華僑以外は)白人を追い払った日本軍を熱烈歓迎し、その支援を得てわが血を肥料にし種を育て、やがては独立という果実を手にした。

日本は矢尽き刀折れ、戦に敗れた。勝ち負けは兵家の常だから仕方がない。アジアの諸国は日本に感謝している。素晴らしい針路だったのではないか。世界で初めて人種差別廃止を唱えた日本以外には誰もなしえなかった快挙だ。日本が決起しなければアジアは今でも植民地のままだろう。

こういう歴史観を持ってこそ英霊と対面できるのだ。「誤った戦争」をしたのなら英霊は犬死あるいは犠牲者ということになる。英霊の遺志を継ぎ、アジアの海に波風を立てる中共を殲滅する覚悟がないのなら靖国参拝は止めるがいい。(2015/8/15)

            

◆団派ナンバー2李源潮右腕を除籍処分

宮崎 正弘 



<平成27年(2015)8月15日(土曜日)弐 通算第4628号>   

〜団派ナンバー2=李源潮の右腕を除籍処分
  習近平、「反腐敗」でまたも胡錦涛人脈をねらい撃ちか〜

8月14日、元江蘇省党常任委員会秘書長だった越少麟を「重大な規律違反」で拘束、党籍を剥奪したと発表し、斯界に衝撃をあたえた。同時に当時の江蘇省幹部3人が失脚した。

容疑として挙げられたのは越少麟が特権を利用して息子(越晋)の不動産ビジネスに便宜をはかり不適切な収入を得るなどしたというもの。

注目するべきは、この越少麒が秘書長時代(2003年―06年)のボスは李源潮だったことである。

李源潮は団派を代表する実力者で、現在は「国家副主席」。政治局員でライジングスターの王洋と肩を並べる。

在米華字紙などは単に失脚を報じただけだが、香港の『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』(8月15日)は、「李源潮の右腕が失脚」と、団派の実力者の側近に捜査の輪を広げたポイント力点を置いた報じかただ。

さきに胡錦涛の右腕だった令計画が失脚し、家族もろとも拘束されたため、末弟が米国へ逃げた。今度は李源潮の右腕だった男の失脚だから、これを習近平 vs 団派の確執第2弾と捉えることは可能だろう。

さきにも李源潮は女婿らが香港でファンドを展開していることなどが香港のメディアにリークされ、「清廉」のイメージのあった団派人脈の評価を低める総合的効果をあげたこととなる。

奥の院の権力闘争、まだまだこれからが本番、安倍談話批判どころではない。

◆終戦→祖国防衛戦→停戦→敗戦の順だ

泉 ユキヲ



「戦後70年 安倍首相談話」は、注目すべき新たな視点が盛り込まれている。

第1は、現在の中国をいさめていること。いままさに「国際秩序への挑戦者」として領土・領海の拡張(=侵略)をはかり、株式市場にまで露骨に国家介入する中国をいさめていることだ。

≪私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて……≫

「自由」「民主主義」「人権」は、いずれも中国共産党政権が正面切って否定する価値観である。その価値を共有しない中国とは手を携えることができないと、終戦70年のいま改めて宣言したものだ。

第2に、「深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たち」を広い概念でとらえなおす契機となるであろうこと。

日本人が多数を占めた戦時娼婦(=婉曲語法でいう「慰安婦」)もさることながら、談話中の2ヶ所に言及された「女性たち」には、停戦・敗戦後に豹変した旧日本人やロシア兵や占領軍兵らの欲望の犠牲になった女性たちのことをも読み込むべきである。

第3に、中華人民共和国が1秒も支配したことのない台湾を、はっきりと中国とは区別して別出ししたこと。


≪インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など隣人であるアジアの人々……≫北朝鮮は、「……など」に一括されてしまった。

英訳では、those in Southeast Asian countries such as  Indonesiaand the Philippines, and Taiwan, the Republic  of Korea andChina, among others となっている。

これには驚いた。安倍総理と事務方諸氏に御礼申し上げたい。


■■

終戦→祖国防衛戦→停戦→敗戦の順だ

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「終戦の日か、敗戦の日か」という言い草があります。「終戦は8月15日なのか。それとも?」という議論もあります。

 わたしは、どう整理しているか。

8月15日  終戦
8月22日  停戦
9月2日  敗戦

昭和20年8月15日付で「終戦の詔書」が煥発(かんぱつ)されます。

「終戦」は「戦(いくさ)が終わる」ではありませんね。「戦ヲ終エントス」の日であります。

戦争「を」終わらせようと決めた、のであり、残念ながら実際の戦争はまだ終わりませんでした。

帝国陸海軍に対しては8月15日付で「停戦命令」が発布されます。

戦闘する相手の軍と停戦を取り決めよという命令です。相手の軍が応じなければ、やむなく戦闘を続ける必要は存在しました。


■ 停戦までの祖国防衛戦 ■

8月18日午前1時半、わが祖国の領土である北千島の北端、占守島(しゅむしゅとう)にソ連軍が攻め込みます。

北海道をソ連領にしよう(=侵略しよう)と意図した、大東亜戦争の延長戦です。

このソ連侵攻の第一報を札幌で受けたのが、わたしが尊敬してやまない樋口季一郎(ひぐち・きいちろう)中将です。

樋口中将は「自衛戦闘」を指示しました。それに応えて、ソ連軍に対して猛烈な逆襲を繰り出したのが、池田戦車連隊。当時の精鋭部隊で、戦車隊の戦闘は日本軍の勝利でした。

この守備隊が、日本軍の戦闘能力と気概をソ連に見せつけ、時間稼ぎをしてくれます。

ソ連軍の別部隊は、北海道侵略を目指して留萌(るもい)沖合に集結します。なるほど留萌から上陸すれば、札幌と旭川へ容易に進軍できます。

しかし、未解明の「国際政治」が動き、留萌に上陸寸前のソ連軍はモスクワから8月22日に転進命令を受け、8月23日未明までに全部隊が北海道の北を回って南千島の占領に向かいます。

北千島で日本軍第六方面軍が8月18日から繰り広げた祖国防衛戦は、8月22日にソ連軍と停戦を取り決めることで終了します。

だから、8月22日が日本国防衛戦争の停戦の日なのです。「戦(いくさ)ヲ停(や)メタル」日です。

こちらの自由主義史観研究会サイトに8月22日の停戦のことが詳述されています:
http://www.jiyuushikan.org/rekishi/rekishi-324.html


■9月3日を記念日にする中国の馬鹿さ加減■

そして9月2日に「降伏文書調印に関する詔書」が煥発されます。東京湾に浮かぶアメリカ戦艦ミズーリ号の艦上で、降伏文書の署名が行われます。

これが、敗戦の日となりました。「戦(いくさ)ニ敗(やぶ)レタル」日です。

連合国側の Victory over Japan Day 略して V-J Day は、英国では8月15日、米国では9月2日です。

中国では、降伏文書署名の翌日である9月3日が「中国人民抗日戦争勝利記念日」とされており、ずいぶん間の抜けた話であります。国慶節を10月2日とするようなものです。

記念日にするなら、降伏文書調印当日である9月2日にするのが正でしょう。

9月3日を記念するのは、中国国民党が昭和20年9月3日を急遽「記念日」として休日にしたのが起源。当日は休みにするのが間に合わず、翌日に休んじゃいましたということで、それを共産党も引き継いで記念日にするわけですから、ふざけた話であります。

ちなみに中国国民党政府が南京で日本軍の降伏文書を正式に受理したのは昭和20年9月9日でした。

◆安倍談話、表記の修正は何のためだ

上西 俊雄



安倍談話のテキスト、本日(15日)の新聞でみると、公文書としての規制にかかるものはほかにもあった。左側は官邸のサイトに14日23時頃公開のかたち。


「國内外に斃れたすべての人々」→「國内外にたおれたすべての人々」


「永劫の、哀悼の誠を捧げます」→「永劫(えいごう)の、哀悼の誠を捧げます」

「灼熱の、遠い異郷の地」→「灼熱(しゃくねつ)の、遠い異郷の地」

「多くの無辜の民」→「多くの無辜(むこ)の民」

「戰爭の苦痛を嘗め盡くした」→「戰爭の苦痛をなめ盡くした」

「敵として熾烈に戰った」→「敵としてしれつに戰った」

「恩讐を越えて」→「恩しゅうを越えて」

「世界の更なる繁榮を牽引」→「世界の更なる繁榮をけん引」


ルビがついたところはパーレンで示した。交ぜ書きや、「しれつ」のやうにすべて漢字にした箇所もある。「牽」が表外字であるといふことは知らなかった。


表記を規則で決めてしまったものだから法の安定のために表記を手直しする作業が必要なのだ。磯崎補佐官ならずとも法の安定は二次的だといひたくなるではないか。

結果、わかりやすくなったかといへば逆だ。元來漢語なのだから、假名にすれば一層わかりにくくなるのが道理。ものづくりの日本語檢定のやうな目的別國語といふものがあるわけがない(3743(27.8.14)參照)。このために掛かる費用の厖大さを思へ。

◆ひとますホッとしたが、歯切れが悪い

浅野勝人 (社団法人 安保研理事長)
 

さっそく、人民網の東京駐在記者から「村山談話と安倍首相の靖国参拝」について、ひと口コメントを求められたので、次のように述べました。

●村山談話は踏襲したが、歯切れが悪いのが誠に残念。

せっかく、談話に「侵略」「植民地支配」「痛切な反省とお詫び」を挿入しながら、日本が「侵略した」「植民地支配をした」歴史の事実について明言を避け、間接話法であいまいにしてしまった。だから誰に対して、何に対してお詫びと反省をしたのか漠然となって、迫力に欠ける談話になったのが惜しまれる。

村山談話にあって、小泉談話では避けた「国策の誤り」を安倍談話で明言して、反目の歴史に区切りをつけて欲しかった。

日本は、将来、二度と「侵略戦争はしない」と改めて誓ったのだから、安保法制との整合性をきちんと説明する責任が安倍総理に科せられる。

●安倍総理は、靖国参拝はしないと確信する。

理由は、中韓およびアジア諸国だけでなく、アメリカ、ヨーロッパからも「侵略戦争を肯定している」と誤解されるのを避けるため。
参拝したら安倍談話の否定になる。

 以上です。
 
「侵略」「植民地支配」「反省とお詫び」が、とにもかくにも、まず「文言」として入ってホッとしました。内外からいろいろ言われるでしょうが、近隣諸国とのこれ以上の関係悪化は避けられるでしょう。
 
その反面、往生際の悪い談話になりました。内外の世論に気配りして八方顔を立てるため、苦心に苦心を重ねた結果、3、000字に及ぶ論文になりました。そして、リトマス試験紙となった「文言」に不承不承言及せざるを得なかった苦しい心情が透けて見えます。

村山元首相から「あーでもない、こーでもないと言い訳して、何に反省をしたのか、誰にお詫びをしたのかわからない。村山談話を否定もしていないが、踏襲もしていない」と言われた理由(わけ)です。

安倍首相は「歴史と正面から向き合う」「歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なもの」とせっかく述べたのに、現実にはするりと身をかわした。

私は、安倍首相が「70年談話を発表する」と言った時「まずいなあ!」と直感しました。スッタモンダノ挙句、安倍さんのこと志と異なり、こうゆう結末になるのが見えていたからです。

これなら「村山談話、小泉談話を継承します」と言った方がスッキリして、一番わかり易かった。「出すと言わなきゃあよかった」と思い続けた私の直感が正解だったように思います。

未来志向の色濃い談話です。今後は、未来に向かって言明した不戦の誓いを行動で示すことが談話の担保となります。世界は安倍首相のこれからの言動を談話と照らしてジーと見守ります。安保法制が談話の足を引っ張らなければいいがと案じています。
(元内閣官房副長官)    安保研ネット掲載( 2015/8・15 )

 <主宰から。 本日は「整形外科治療の光と影A」を掲載する予定でしたが、浅野氏寄稿先に掲載しましたので、明日「整形外科治療の光と影A」を本誌に掲載します。>

2015年08月15日

◆ヒラリーの犯罪追及は続く

Andy Chang


ヒラリーのスマホ、サーバーとEmailの犯罪調査については、国家機密に属するので情報公開も遅い。しかし調査は少しづつ進んでいる。

8月10日、国家の17局のインテリジェンス部門を扱う監察長官はヒラリーの400通のメールを調べて発見した4通のメールのうち、二通はシークレット(機密)扱いではなくトップシークレット(最高機密)扱いすべきだったと述べた。この発表のあと司法部はヒラリー
の個人サーバーを没収すると発表した。

翌11日、ヒラリーの選挙事務所は、サーバーの提出はヒラリーが決定したのであると発表した。ヒラリーのサーバー没収はそれ自体、犯罪追及である。だからヒラリー陣営は没収ではなく自分で提出したのだと発表したのである。

これに反し司法部はサーバーは10日午後4時、すでに受け取ったと発表した。FBIがサーバーの調査に入ると言うが、ヒラリー事務所はサーバーは空白だから何も見つからないと述べた。

続いて12日、司法部の高官は問題のある二通のメールには、米国の衛星写真と、それに関連した討論が入っていたと述べ、衛星写真は当然機密だが、討論の内容も最高機密に該当すると述べた。

ところがヒラリーの二通のメールにはトップシークレットのマークがなかったと言う。つまり最高機密のメールが発信源からヒラリーのサーバーに届くまでの間に誰かが「最高機密」の記号を消去したが、国防部の高官には機密のマークを消去するような罪を犯す者は
いないはずだから、ヒラリーのトップ幕僚二人の誰かがやったのだろうとメディアが報道した。

機密資料や機密記号の改竄は国家反逆罪である。改竄した者も、改竄を命令した者、改竄を知りながら通報しなかった者も同罪である。ヒラリー陣営は(二年も遅れて)提出したサーバーは2013年に新しいサーバーに替えたから中身は空白で、何も証拠が出るはずがないと強気な発言をしている。

●Foxnewsの報道

国家機密に関する報道、ことに最高機密の漏洩に関する報道は詳細を書くことができない。Foxnews が14日に発表した記事によると、二通の問題メールは、米軍の無人攻撃機(ドローン)オペレーションと、これに関する討論の交信だったと言う。

Foxnews の記事によると二通のメールはCIAのドローンオペレーションに関するもので、パキスタンの国境内の行動だったと言う。

米国はパキスタンと交戦していないからパキスタンの国境内で無人機を使って攻撃を行うのは当然最高機密である。こんな最高機密のメールがヒラリーの個人サーバーに送信され、ヒラリーの個人スマホが受信したなら当然罪に問われる。しかしヒラリーや民主党側の
弁解では無人機オペレーションは機密でも広く知られていることだから反逆罪に問われる「可能性は薄い」と言う。

ところがこのうちの第二通目のメールを審査したマッカラ検察長官(Inspector General Charles McCullough)によると、メールの内容に変化(つまり消去や改竄)はなかったが、情報来源が違っていたと言う。つまり発信源が違っていた、無人機オペレーションに関するメーならCIAから出たものだがヒラリーのサーバーに送信されたメールは改竄されていた。すると誰が改竄したかが問題となる。

●疑問は尽きない

ヒラリーの陣営は、司法部に没収されたサーバーは中身が空白だからヒラリーが(二年も遅れてプリントして)国務省に提出したメールとサーバに残された原本を突き合わせることはできないと強気である。個人スマホの使用も個人サーバーの使用も違法だがヒラリ陣
営はこんなことで有罪にする根拠は薄いと頑張っている。

問題になっているヒラリーが国務省に提出した55000通のメールのうち、3000通だけが国務省から公開され、二人の部門に属する検察長官(Inspector General)が3000通の中の400通を審査した結果、4通に機密情報があった。残りのメールの審査は今後も続くし、最
終的には55000通が公開され、審査されるから、もっとたくさんの機密メールがあることは当然と予測される。

ヒラリーはサーバーに60000通のメールがあったが一部分を「ヒラリーの自己判断で、国務省の許可なく」消したのである。ヒラリーは消去したメールはプライベート通信だったと弁解しているが、この中に機密メールがあったかどうかは不明で、そのことを追及され
ないようにサーバーを消去して空白にしたのである。

専門家によればサーバーの内容はたとえ消去しても取り出すことはできるかもしれないと言う。サーバーの内容が完全に復旧されれば罪はもっと重くなる可能性もある。

クリントン夫妻はこれまでたくさんのスキャンダルを潜り抜けてきた。ビル・クリントンはルーインスキーとの情事を追及され、何度もテレビで「絶対にない」と言い続けてきたが、証拠が見つかって罷免されるとわかったら、たちまち「嘘をつきました、謝ります」
とテレビで公言して罷免を免れたのだ。

ヒラリーは「個人のスマホを使っていたが、機密情報は送受信していない」と強調している。犯罪の証拠があがれば夫と同じように「嘘でした、済みませんでした」で済まそうとするかもしれない。

だが問題はそんなに簡単ではない。国務長官が国家の規定に背いて機密防止のないスマホとサーバーを使い、メール提出の拒否、メールの無断消去だけではない。

国務長官の地位にあるものは、特に中国やロシアのハッカーの最高ターゲットである。それなのに違法と知りながら個人スマホ、サーバーを4年も使っていたのである。こんな国務長官は世界中どこにもいない。こんな人間を国務長官にしたオバマにも責任がある。

ヒラリーの国務長官時代に個人スマホをハッキングされ、どれだけの情報が敵にキャッチされたか。その罪は謝っただけで済むものではない。ヒラリーの勝手な行いでアメリカや関連諸国の機密がどれほど漏れたか、どれだけの損害を与えたか、この罪は簡単に補える
ものではない。

◆習近平支える「阿Q」の群

平井 修一


近藤大介氏の論考「風化が進む中国の『反日感情』五輪招致成功と抗日戦争勝利70周年にみる、習近平政権と民衆の乖離」(現代ビジネス8/10)から。

<*「オリンピックは2008年にも北京でやっているから……」

北京時間の7月31日午後6時、マレーシアのクアラルンプールで開かれていたIOC総会で、2022年冬のオリンピックの開催地が北京に決定した。

私はこの日に北京に着いたばかりで、その時間は「北京の銀座通り」こと、王府井のホコ天を歩いていた。ホコ天の南側の角、長安街と交わる近くの東側に、「北京2大書店」の一つ、王府井書店が設置した巨大な電光掲示板がある。6時前になると、広告用の電光掲示板が、中国中央テレビ(CCTV)のニュース画面に切り替わり、クアラルンプールの会場から生中継となった。

道行く若者たちも立ち止まって、固唾を飲んでスクリーンを見守っている。

「Beijing!」

IOCのバッハ会長がそう告げた瞬間、クアラルンプールの中国代表団が、歓喜を爆発させた。中央テレビのアナウンサーも「われわれはついに勝ち取りました!」と、興奮気味に伝えている。

だが王府井のホコ天は、いたって静かなものだった。人々はポケットからスマホを取り出し、パチパチとスクリーンを撮って、その場から「微信」(WeChat)で友人たちに送るだけ。それは彼らが普段、レストランで「水煮魚」を食べた時に写真を撮って送るのと、何ら変わらない行為だ。その間、わずか30秒ほど。それが終わると三々五々、散って行った。

「自分の故郷に再度、オリンピックを誘致する」という習近平主席肝煎りの「国家事業」を成功させたにしては、何とも寂しい光景だった。隣に立っていた20代の女性に聞くと、次のように答えた。

「今回のライバルは貧国のカザフスタンだけだったし、2008年にも北京でやっているから、別に招致を成功させたからって、『それが何?』という感じ。嬉しいのは、オリンピック期間中、大気汚染がなくなることと、臨時の祝日ができることくらいかな」

それだけ言うと彼女は、「いまからユニクロのタイムセールがあるから」と言って、走り去ってしまった。

続いて30代の男性に聞くと、ややくぐもった声でこう回答した。

「冬に雪も降らない北京で、どうやって冬季オリンピックをやるの?きっとヨウ化水銀をしこたま空に撒いたり、人工雪を造ったりするんだろうけど、ますます北京の街が汚染されることになる。それに誘致にかかった費用や開催にかかる費用は、われわれの税金で賄うわけでしょう。政府にそんな余裕があれば、税金を減らすか、株価を上げる対策にでも使ってもらいたい」

興味深い光景にも遭遇した。私の近くで、中国メディアの4人のカメラマンが、「オリンピック招致成功で沸き返る市民たち」のショットを撮ろうと、待ち構えていた。だがホコ天では、万歳も拍手喝采もないので、望んでいた写真が撮れない。しびれを切らせたカメラマンの一人が、大型のカメラバックから「五星紅旗」(中国国旗)を取り出して、幼児を抱いていた母親に頼み込んだ。

「この旗を子供に持たせてポーズをください」

母親は、仕方ないなという感じで、幼児に旗を持たせて、「このお兄さんの前で振りなさい」と促した。カメラマンはフラッシュを何度も焚いて、「ありがとう」と言って立ち去った。

すると残りの3人のカメラマンも近寄ってきて、「もう一度、子供に旗を振らせてくれ」とせがんだ。すると子供は委縮して、泣きそうになった。その時、母親の堪忍袋の緒が切れた。

「いったい何度、この子に同じポーズを取らせれば気が済むの!」

だがカメラマンたちは、母親の怒りを無視するかのように、子供の手を無理やり挙げさせて、写真を撮って行ったのだった。

*インテリや中間所得者は「習近平思想」より日本旅行に夢中

こうした王府井の光景を見ていて、習近平政権と北京っ子との「乖離」を感じた。

中国中央テレビは、世界各国に配置した特派員を駆使して、北京が世界中から祝福を受けていると報じた。マイクを向けられたヨーロッパや南米の市民たちが、「中国の経済とセキュリティは素晴らしい」「世界一の人口大国は世界一のオリンピックを実現するだろう」などと語っている。

今回44対40と惜敗したカザフスタンのカシモフ総理も、「北京に祝福を送りたい」と述べている。2018年に冬季オリンピックを行う韓国平昌市の実行委員長もインタビューに応じ、「初めて隣国で続けてオリンピックを行うことになり、大変嬉しい。両国で力を合わせて二つのビッグイベントを成功させよう」と語った。

だが、習近平政権やその意を受けた官製メディアの盛り上がりとは裏腹に、今回の招致を受けて北京っ子は、いたって醒めているのだ。

思えば14年前の夏にも、たまたま取材で北京へ来ていた時に、2008年夏のオリンピック招致が決まった。その時は、それこそ町中がお祝いムードに沸いた。市民の顔が数日間、パッと明るくなり、誰もがオリンピックの話題を口にして、喜びを分かち合っていた。

だが今回は、だいぶ様子が違うのだ。この決定の直後に、王府井で中国の経済官僚と待ち合わせて『東来順』に行ったが、オリンピック決定の乾杯をしている客など皆無だった。『東来順』は、清朝末期の1903年から100年以上続く、庶民的な羊しゃぶしゃぶの名店である。この経済官僚の話は後述する。

習近平政権と北京市民との乖離は、王府井書店でも見られた。1階の入口を入ると、書店員が必死に、両脇の特設コーナーを宣伝していた。入ってきた客から見て右側は、「中国共産党コーナー」、というより「習近平コーナー」だった。

『習近平国政運営を語る』が、ドーンと積まれている。国営新華社通信が「世界で400万部を突破したベストセラー」と報じた、習近平主席の演説などをまとめた分厚い書物だ。ちなみに、この本の日本語版を出した出版社の関係者は、「日本語版は6000部刷って、たったの100部しか売れず、返品の山となった」と嘆いていた。

王府井書店の書店員が宣伝していたもう片方の左手の特設コーナーは、「抗日戦争勝利70周年記念」関連本だった。

中国では8月15日は「解放記念日」であり、習近平主席は昨年から、9月3日を中国人民の抗日戦争勝利記念日に指定した。日本が降伏文書に調印した1945年9月2日の翌日に、旧ソ連が勝利記念パレードを開いたことから、中国もこの日を「勝利の日」としたのだ。

その「勝利コーナー」には、『中国抗日戦争史』という本が、豪華本から簡略本まで大量に積まれていた。だが、10分ほど観察していたが、この両サイドの特設コーナーに足を止める客は皆無だった。

正確に言えば、大学院生と思しきカップルが、抗日戦争のコーナーの前で一瞬、立ち止まった。女性が男性に聞いた。「共産党が日本軍を破ったって本当なの?」。すると男は、首を横に振った。「日本軍を破ったのはアメリカ軍でしょう」。それきり二人は立ち去ったのだった。

書店でどのコーナーに人気があるかと言えば、習近平コーナーの右手にある海外旅行のガイドブックのコーナー、とりわけ日本旅行のガイド本である。10種類ほど揃っていて、立ち読みをする人たちで溢れ、何冊も売れていくのだ。

これは何を意味するかと言えば、書店に立ち寄る層、すなわちインテリや中間所得者、大学生、大卒の若者らは、「習近平思想」や「抗日戦争勝利70周年」よりも、日本旅行の方に興味があるということだ。

私が北京へ行くたびに定点観測している日本料理店がある。北京最大のビジネス街であるCBD(中央商業区域)の北部、「財富ショッピングセンター」3階にある「響」(ひびき)という店だ。この店に来る客は、「白領族」(バイリンズー)と呼ばれるエリート・サラリーマンや、アッパークラスの若者たちが多い。

今回は平日の夜に訪れたが、やはりほぼ満席だった。店長に聞くと最近、最高級純米大吟醸の「獺祭」を日本から直輸入してメニューに載せたところ大好評で、早くも品薄なのだという。「獺祭」は、安倍首相が昨年4月に訪日したオバマ大統領に飲ませたことで話題を呼んだ山口の銘酒だ。

私はメニューを見て、仰天した。「獺祭」は720mlの4合瓶で、1,100元もする。約2万2,000円だ。1升瓶なら2,100元(約4万2,000円)もする。それより高い新潟の銘酒「久保田万寿」もあって、1升瓶で2,800元(約5万6,000円)だった。こちらも人気が高いという。

日本食は相変わらず、ブームだった。新規の日本料理レストランが、続々オープンしている。寿司をひと握りずつパックに入れて1元(約20元)から売る「池田寿司」、北京で寿司の代名詞になっている「将太寿司」、同じく日本ラーメンの代名詞になっている「味千ラーメン」など、街のあちこちで日本料理店を見かける。

この頃は、日本旅行に出かけた人たちが帰国後、「日本の味」を懐かしがって来店するケースも少なくないという。「食在中国」(食は中国にあり)と称される中で、日本料理が「差別」を受けることはない>(以上)

それでは誰が習近平を支持し、反日に夢中になっているのかと言えば――

<抗日記念館は、「習近平の習近平による習近平のための記念館」という印象を持った。(展示の)最後は、2014年7月7日に、習近平主席がこの記念館で行った演説のビデオが、部屋いっぱいの巨大スクリーンに流れていた。

その脇には、参観者たちが感想を記すノートが置かれていた。めくってみると、「日本鬼子を許さない!」「中国は日本を再び打倒せよ!」といった強烈な文句が、ノートに綴られていた。

私がノートをめくっていた時、一人の中年女性が、毛沢東、トウ小平、江沢民、胡錦濤、習近平の「5人の指導者」の写真の前で、声を張り上げた。

「毛主席、好!ケ小平也好!習近平主席、很好!但是江沢民和胡錦濤、不好!」(毛主席は素晴らしい、ケ小平も素晴らしい。習近平主席は大変素晴らしい。だが江沢民と胡錦濤は、よくない)

すると観覧を終えた中国人たちが、拍手喝采したのである。

その様子を見ていて、私は一つのことを理解した。習近平主席は、王府井書店で専門書を買うようなインテリたちには見向きもされない。だが、自ら2元のバスに乗って盧溝橋までやって来るような「老百姓」(庶民)には、圧倒的に支持されているのである。まさに、かつての毛沢東主席の支持層と同じ構造だ。

実際、この記念館には、これだけ習近平政権を挙げて盛り上げているというのに、館内の売店に関連図書を1冊も置いていないのである。あるのは記念切手とか盧溝橋の模型などだ。建物の外にも民間人が経営している売店があったので入ってみたが、売れ筋は「抗戦勝利70」と書かれた55元のTシャツだという。北京市内の地図はあったが、やはり書籍類は皆無だった>

習を支持しているのは6億の貧困層などの無知蒙昧な庶民なのだ。彼らは読書とは無縁、株や財産とも無縁、有力なコネとも無縁、飢えてはいないが暮らし向きは改善せず、夢を持てない人々だ。抗日ドラマの熱心なファンで、これで鬱屈を晴らすのだろう。

習が右と言えば右、左と言えば左に走る根無し草のような人々。純粋と言えば純粋、暗愚と言えば暗愚。まさに膨大な「阿Q」の群。魯迅が描いた中華民国建国前後の阿Qは暗愚として笑われたが、毛沢東は阿Qを純粋な庶民=ルンペンプロレタリアートとして評価し、その暴動の力で権力を奪取したのだ。

毛を尊敬する習近平も「阿Qこそが中共の最強最後の矛と盾だ」と信じているはずだ。暴力肯定、ルール無視は阿Q=漢族のDNA。それならば暴動が中共に牙をむく日が来るかもしれない。(2015/8/14)

◆「父祖の歴史」知ることから

渡部 裕明


「ファミリーヒストリー」というNHKの番組が、なかなかに面白い。芸能界などで活躍する著名人の両親や祖父母、曽祖父母ら一家が生きた歴史について徹底的に調べ、映像で再現していくものだ。

登場人物のほとんどは、名もない庶民である。縁あって結ばれた男女が一家をなし、子供が生まれる。
 
しかし彼らの前には、貧しさや戦争が立ちふさがる。再現映像はゲストも初めて見聞きする話だから、「こんなことがあったのですね…」と涙を流すこととなる。

「戦後70年」を機会に

昭和25年生まれの筆者にはよく理解できるのだが、昭和40年代前半 ころまでの日本人の暮らしは貧しかった。そんな時代を生き抜いた人たち の苦労話は重く、視聴者もジンとくる。ゲストには身近な父祖の話だから、なおさらなのだ。

今年は先の戦争に敗れて70年の節目とあって、「戦争」や「戦後」を 検証するさまざまな試みが行われている。すべての日本人が忘れてはならない歴史で、この機会に振り返ってみるのには意義がある。

近現代史の分野では近年、新たな史料も加わってきている。「昭和天皇実録」の公刊や、玉音(ぎょくおん)放送のレコード原盤の公開などだ。これらがもたらす研究成果を楽しみに待つ一方、それぞれの家庭でも「ファミリーヒストリー」にならい、改めて「父祖の歴史」に視線を向けることを提言したい。

筆者を例に取るなら、祖父は明治28(1895)年に生まれ、愛媛県で 旧制中学の教師をしていたが、昭和12(1937)年7月、盧溝橋で起 きた日本と中国の軍事衝突を機に出征した。そして同年12月7日、戦 死。祖母は若くして未亡人となり、筆者の父親をはじめとする5人の子供 を育てあげた。

祖父の顔は座敷に掲げられた写真で毎日見ていて、人となりも祖母から多々、聞かされた。喜怒哀楽を表に出さない昔気質(かたぎ)の人間だった一方、子煩悩で、筆者の父親が陸軍幼年学校に入ったことを何より喜んだエピソードなどがある。

一家の大黒柱が突然亡くなったことで、残された祖母と父たちは並大 抵でない苦労を味わった。何とか生き抜けたのは、曽祖父が老骨にむち打って働き、一家を支えてくれたからであった。

被害者だが告発はせず

筆者の父親といえば、士官学校を出て陸軍軍人となったが、終戦で故郷に戻った。そして小学校教師だった女性と結婚し、筆者が誕生した。父親は戦死こそ免れたものの、幼少時からの「人生の目的」を奪われた内面の傷は深く、その後の人生に精彩を欠いた。

これが、わが「ファミリーヒストリー」である。一家が戦争で被った被害は、やはり甚大と言わねばなるまい。

とはいえ、祖母も父親も、こうした暮らしの中で国を恨んだり、他人の責任を問うた形跡はない。皇室への深い敬愛は終生、変わらなかったし、靖国神社や地元の忠霊塔への参拝・慰霊も欠かさなかった。

さらに筆者の体験として、わが家では表立って、「戦争」は話題にのぼらなかった。「触れると血が噴き出る記憶」で、祖母も父親も進んで語りたくなかったのだろう。

筆者もそんな気分を感じ、問いかけることをしな かった。とりわけ、父親が進んで軍人の道を選んだという事情は、よその 家庭とは異なっていた。「意に反して兵士とされた」と、国家を弾劾する わけにはいかなかったからだ。

「国民の戦争」だった

先の戦争が国際情勢に対する冷静な判断を欠き、妄想のような観念に突き動かされた無謀なものだったことは、疑いようがない。二度と繰り返してはならない。しかし、そうであっても、少なからぬ国民は国のためにと戦場へ赴き、銃後の不自由な生活に耐えた。「国民の戦争」だったのだ。

祖父はどのような思いで故国を後にし、どう戦って斃(たお)れたのか、知りたい。そして、父親が幼くして軍人を目指した理由についても。答えてくれる本人がいないのは残念で、歯がゆい限りである。

だが、父祖の時代を知る人たちは、わずかながらもまだ残っている。父母の弟妹らである。その人たちの話に耳を傾け、一方では近現代史を「父祖の歴史」として学ぼうと思う。それを第一歩に、この国の未来に思いを馳(は)せたい。
(わたなべ ひろあき・論説委員)
             産経ニュース【日曜に書く 】2015.8.10

◆令完成の持ち出した機密書類とは

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)8月14日(金曜日)弐通算第4626号 > 

〜令完成は一体、何の機密書類を持ち出したのか
  令計画一派の「経済犯罪」は中国テレビ界の腐敗の元凶でもあった〜

失脚した令計画は胡錦涛時代の中央弁事処主任(つまり米国で言うと大統領首席補佐官)、胡錦涛のスケジュールから演説草稿、面談相手の選択などを掌握した。権力中枢の権化であり、あらゆる機密情報も同時に掌握できる立場である。

令計画の失脚は2014年12月22日だった。

このショックで父親(105歳)と母親(95歳)が相次いで死去した。一部に、この両親の葬儀には特別に令計画が出席を許されたとする報道がある。

令計画の拘束直後に令夫人の谷麗坪が逃亡を企てたが、2日後の12月24日に潜伏先の青島で逮捕され、その「華麗なる」政商人脈が明るみに出た。谷麗坪の愛人は「中央電視台」のディレクター、丙成鋼だった。
 
谷の実弟である谷源旭と夫人の羅芳華、ならびに逃亡した李完成の妻、李平が中央電視台の人気番組「東方時空」(NHKスペシャルのような情報番組)に深く関与していたことが判明した。
 
この関連で中国のテレビ界で活躍する美人キャスターとテレビ局幹部、新聞人、党幹部らとのどろどろした愛人関係も一気に表面化する。香港へ行くと真偽とりまぜた愛人相関図などの暴露本が出ているが、これは本稿の目的ではない。 

谷夫人は方正集団のCEO、李友とも親密で、谷の情報からただちに逃亡を決意し、倫敦へ旅発った。李友は京都の豪邸を購入したとして騒がれたが、これらは令計画、令完成らが噛んだ海外への資産隠しの一環である。彼らが日本で所有する不動産は合計460億円にのぼるという噂もある。

関連して次の令政策(山西省政商協副主席)、妹の令狐路線らが拘束、調査対象となり、関連した「西山会」人脈は悉くが拘束、逮捕されたが、末弟の令完成だけは機密書類2700件のファイルもろとも逃亡に成功し、米国に潜入した。

西山会というのは、令兄弟が地盤とした山西省人脈(山西幇の別名)。また令家は本名が「令狐」姓である。

令完成は米国の永住権を所有しており、もともと米国との関連が深く、カリフォルニアに250万ドルの豪邸を所有し、現在、機密書類と引き替えに米国への政治亡命を求めていることは日本のメディアも報じている。

さて。

いったい、令完成はいかなる機密を持ち出したのか。またそれは「中国版スノーデン事件」に発展するほどの爆発力を持って情報なのだろうか?

それとも幹部等の海外所有の不動産や隠し資産の銀行口座、そして誰と誰とが愛人関係にあり、その密会のヴィデオ程度の情報なのか?

反腐敗キャンペーンを推進する王岐山が訪米してこれらを回収すると言われたが、五月に王岐山その人のスキャンダルが米国で報じられ、直前に中止された。

こうした経緯も、令計画一派の醜聞とどのていどの関連があるのか、興味津々、いや党幹部は戦々恐々、夜も眠れない連中が多いかも知れない。
         

2015年08月14日

◆中国人民元、3日連続の下落

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)8月14日(金曜日)通算第4625号   <前日発行>>

 〜中国人民元、3日連続の下落(4・65%)
              西欧の市場が日本より揺れている〜

8月13日、中国人民銀行は為替レートの管理率をまた下げた。

これで3日連続、4・65%の通貨下落となった。すでに日本の市場では中国関連企業の株価が悪影響をうけており、とくにJFEは10%強もの下げとなった。

上海株式暴落と、当局の強圧的コントロールを見て世界の投資家は慄然となった。これはまともな「市場経済」ではなく「独裁市場の操作株価」、つまり市場は死に体同然なのである。

海外勢の一斉脱出がつづき、当局は通貨切り下げで応じた。

通貨下落をもろに被ったのは、日本ではなく通貨では豪ドルなど資源輸出国と、中国の貿易依存度の高いアセアンの一部の国々、しかし深刻な影響が広がっているのはドイツ、仏蘭西、英国の株式と投信市場である。

欧州は「やがて中国経済が米国を越える」という観測がこれまで強かったため、遠いミステリアスな中国のことを幻像でみていたからだろう。

さるにても、人民元下落テンポは、まだ穏やか、下落は続くとみたほうが良い。
            

◆この方が日本の首相になってくれれば

船津 寛



こんなに和やかなムードで行われた会談は、昨今珍しいのではないか。

「野党第一党の代表として、日韓関係を少しでも前に進めることができればと、そういう思いでまいりました」と会談を熱望した政治家に対し、夏休み明けの最初のゲストとして、大統領府に招き入れる厚遇で応える。当然のように会話は弾み、10分間の面会予定は、気がつけば40分にも及んでいた。

民主党の岡田克也代表が8月2日から4日にかけてソウルを訪問し、3日には大統領府(青瓦台)で朴槿恵氏と会談した。「いい雰囲気の中で、かなり内容のある会談になった。私は来てよかったというふうに思っている」。会談後の記者会見で岡田氏がこう語ったのもうなずける。

岡田氏の記者会見や韓国紙の報道から会談の内容を振り返ってみる。慰安婦問題について、大統領が「急いで解決しなければならない。事実上、今が解決のための最後の機会だ」と語れば、岡田氏は「日本の政治家として恥ずかしい」と答える。

安倍晋三首相の戦後70年談話に関し、岡田氏が「日本の歴代内閣は、従来の歴史認識を再確認することが重要だ」と力説すると、大統領は「これらの認識を踏まえたものとなれば、両国関係も未来に向かう」と返答する。

唯一、岡田氏が「民主党は今、安倍内閣が提案している安保法制について、集団的自衛権の行使については反対している」と述べた場面だけは、大統領も直接の言及を避けたという。岡田氏の意図は不明だが、北朝鮮という“敵国”と国境を接する韓国の指導者が、米国という共通の同盟国を持つ日本の安保政策に関し、うかつに口をはさめないのは当然だろう。

この点を除けば、まさに息がぴったりとあったやりとりで、2人の相性の良さがしっかりと伝わってくる会談だったことは間違いない。

ただ、ちょっと気になることがある。同行取材した本紙政治部、山本雄史記者によると、会談後の岡田氏の記者会見に詰めかけた韓国人記者は数人。質問も「大統領がどういう脈絡で韓日中首脳会談に触れたのか」という事実確認の一問だけだったという。日韓関係が長く冷え込む中、雪解けのきっかけと期待してもよさそうな会談だったのに、なんともそっけない韓国メディアの反応である。

気を取り直して、一般の韓国人の反応をインターネットで探ってみると、「民主党は韓国と仲良くしたいと思っている。ありがたい人だから、いいおもてなしをしてほしい」「この方が首相になってくれれば、韓国と日本はより良い関係に一歩近づけるだろう」などなど、岡田氏の好感度は急上昇したようだ。

一方で、中央日報のニュースサイト(日本語版)を見ると、安倍政権を批判する論文の中で、「民主党は支離滅裂状態であり、自民党の相手にならない」(国民大学の李元徳教授)という身も蓋もない分析が紹介されている。韓国メディア一流の叱咤激励なのか。

さて、韓国メディアといえば、昨年のセウォル号沈没事故や今年の中東呼吸器症候群(MERS)での政府の不手際を受け、「反朴政権キャンペーン」を継続中だ。朴大統領の支持率は、岡田氏との会談直前の調査(リアルメーター社、7月27〜31日調査)では34・9%に低迷している。

そこに日本からやってきたのが、韓国国民の好感度が高そうな岡田氏。こりゃ会わなきゃ損だ。そして会ってみたら、慰安婦問題や歴史認識問題で、自分が言わなくちゃいけないことを、彼がすべて言ってくれた気がする-。

「渡りに船」ということわざに相当する言い回しが韓国にあるのかどうかは知らないが、朴大統領の心中をたとえてみれば、この言葉がぴったりだったに違いない。(政治部次長)

産経ニュース【政治デスクノート】2015.8.11
              (採録:松本市 久保田 康文)