2015年08月14日

◆戦術核ミサイル配備が必要だ

平井 修一



報道によると人民元は対ドル為替レートを2%切り下げた。元安にして輸出回復をめざすのが狙いだが、中国の7月の輸出額は前年同月比8.3%減と大幅な落ち込みであり、2%切り下げでは効果は薄そうだ。

中共は景気後退を受けて昨秋から徐々に貸出金利を下げるなど景気浮揚策をとってきたが、ほとんど効果は上がっていない。もはや通貨安を繰り返すしか打つ手がない模様だ。

経済が傾くと人民の不満は募る。戦争を始めれば政権の求心力は高まるから、中共はますます開戦願望を募らせるだろう。当面の主敵はもちろん日本だ。日高義樹/ハドソン研究所首席研究員の論考『日本人が知らない「アジア核戦争」の危機』(衆知8/11)から。

<編集部:著者日高義樹氏が前作『中国、敗れたり』(PHP研究所)で解説したように、中国は海軍力を大増強してアメリカを太平洋から追い出そうとしたが…「海軍力増強」「人民元の国際化」に失敗した中国は、もはや核兵器に頼るしかない!? ワシントン情報から読み解く緊迫のアジア情勢。本書まえがきより、著者のメッセージをお読みください。
・・・

その日、南太平洋のフィリピン沖は普段よりは凪いでいたというが、1メートル以上の波があり、アメリカ第七艦隊ですら警戒する三角波が夏の太陽にきらめいていた。その波間から白銀色の大型ミサイルが飛び出し、大気圏を通って中国奥地のゴビ砂漠に着弾した。

この大陸間弾道ミサイルの発射実験で中国は、アメリカ本土へ核兵器を搭載した長距離ミサイルを撃ち込めることを証明してみせた。それから十数年後、中国国務院は2015年5月26日、「中国の軍事戦略」と題する国防白書を発表し、南シナ海の南沙諸島近辺で中国が行っている人工島の建設をアメリカが妨害すれば、戦争も辞さないと威嚇した。

中国がここで戦争と言っているのは、まぎれもなく核による戦争である。本書では中国が始めようとしている核戦争を明確にしたい。

PHP研究所から出版した私の前著『中国、敗れたり』の中で指摘したように、中国は海軍力を大増強し、機動艦隊をつくってアメリカを太平洋から追い出そうとしたが、失敗した。このため、最後の切り札として軍事力のレベルを格上げし、核兵器による挑戦状をアメリカに突きつけている。

中国は大陸間弾道ミサイルとともに、核兵器の開発を進め、アメリカの軍事情報筋によれば、いまやアメリカ、ロシアと並ぶ核大国になっている。第二次世界大戦後、核抑止力体制によって世界を動かしてきたアメリカに倣って中国は、核の力でアメリカの行動を抑えにかかっている。

この状態を座視すれば、中国は核戦力を背景にアジアの近隣の国々を制圧し、アメリカが動こうとすれば、アメリカが示した手本どおりに核の抑止力でアメリカの行動を抑えつけるだろう。

さらに危険なのは、中国が核兵器を「使える兵器」として考えていることである。中国が戦術的に核兵器を使うことがあれば、核の偶発戦争が勃発する恐れがある。

わが国は、日米安保条約の実質的な改定にとりかかっている。新しいガイドラインとして、集団的自衛権を拡大することやアメリカ軍との協力体制について見直す動きが始まっている。

だがこれから日本を襲ってくる危機は、こうしたガイドラインで対応できるような生易しいものではない。中国が強大な核兵器の力によって、アジア全体を自らの不法な体制の中に閉じ込めようとしているのだ。

アメリカは日米安保条約で日本を守っているが、中国が強力な核ミサイルでニューヨークやワシントンを攻撃すると恐喝した場合、日本を助けるために軍事行動をとることができるのであろうか。

アメリカの人々のあいだには、「世界のことには関わりたくない」という考え方が強くなっている。こうしたアメリカの国内情勢が変わらなければ、アメリカの抑止力、つまり70年にわたって日本を守ってきた「核の傘」が機能しなくなる。

アメリカの軍事専門家のなかには、米中の核による対決は、米ソの核の対決と同じように50年は続くと予測する者もいる。日本の命運を左右する重大な危機がやってくることは間違いない。

中国は、通常兵力による軍事力拡大競争に敗れた。だが強大な核戦力によって再び西側諸国に対する挑戦を始めた。この中国の危険な挑戦が、これから国際社会を大きく変えることは必至である。われわれは、この事態をいかに切り抜けるかを早急に考えはじめなければならない>(以上)

非核三原則とか専守防衛で日本を守れると考えるのは完全な時代錯誤、現実無視の無責任な暴論だ。今、日本が早急に取り組むべきは戦術核ミサイル配備である。自ら報復用の核兵器を持たないと抑止力はザルになってしまう。日米の合意がないと発射できない「Wボタン」方式でもいいから、購入あるいはレンタルで核兵器を配備すべきだ。

戦争大嫌いのへたれオバマの在任中(実質2016年秋まで)の開戦が中共にとってチャンスだろう。核の脅迫を受けてからでは遅い。拙速でもいいからとにかく核兵器を持つ。

中共が報復を恐れないのなら抑止力にはならないが、70年間は抑止力が働いてきたのだから、これから数年間ぐらいはそれが続くだろうと期待するしかないのだが・・・中共は西側の常識が通じない狂気の国だから「核兵器を使ってみたかった」と平気でボタンを押すかもしれない。政治家は危機意識をもたなければならない。(2015/8/11)

◆ものづくりの日本語檢定とは何だ

上西 俊雄


日本經濟新聞の8月12日夕刊一面で「ものづくりの日本語檢定」といふ見出しの小さな記事が目に止まった。

<海外進出したメーカーの現地スタッフ向けに、ものづくりに特化した日本語檢定が來春にも始まる。海外の日經企業で働く人はアジアを中心に約400萬人に上る。

日本語人材の育成を後押しし、英語や現地語への對應が難しい中小企業の進出を後押しする。

官僚OBや學識者、日本技術者聯盟など日本の産學が連携し月内にも實施主體となる社團法人を設立。「ものづくり日本語檢定」として來年から春と秋の年2囘實施する。

まづタイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、ミャンマーで數萬人の受驗を目指す。1000點滿點で讀み書きと聞き取りの能力を判定する。>

表記は好みに從った。「まづ」と書いたのは「づ」をつかってはなかった。ただし「ものづくり」は原文のままだ。

これはいはゆる現代假名遣では2語の連合によって生じた「ぢ」「づ」であって、筆者のいふ制限假名字母のうち例外的に使用を認められたものだ。

國會圖書館のJapan/Marc のアクセスポイントのカナ形サブフィールドにおけるカナ表記要領(附録 B-1)には次のやうにある。

<助詞「ハ」「ヘ」「ヲ」は「ワ」「エ」「オ」と表記する。

二語の連合または同音の連呼によって生じた「ヂ」「ヅ」は「ジ」「ズ」と表記する。>

後者の例として、「ちかぢか チカジカ、磯づり イソズリ、かなづかいカナズカイ、ちぢむ チジム、つづり方 ツズリカタ」があげてある。

つまり「ものづくり」といふ表記は所詮「ものずくり」と書くべきものの假のすがたで一過性のものにすぎない。


なほ、現代假名遣では、たとへば「ア列の長音」についてはア列の假名に「あ」を添えると書き、以下同じ形式でイウエオの各列について繰り返してゐるけれど、Japan/Marc のカナ表記要領ではア列の長音はアと表記するとなってゐて同じではない。

現代假名遣では長音は2拍であるとして、その2拍目を「添えて書く」としてゐるのに對し、後者では長音符のことを言ってゐるやうである。

長音なるものはローマ字で書くときにはじめて問題になるものであるが、ローマ字のことについて觸れてないので、結局、何を言ってゐるのかわけのわからないことになってしまった。


ついでながらJAPAN/MARCアクセス・ポイントのローマ字形サブフィールドにおける表記要領(2002年4月〜2011年11月)といふのをみると變更になったものに長音のことがある。

「長音は母音に(^)を附した文字を使用してゐたが、今後使用しない」といふもので、實例をみると學校は gakko^ と書いてゐたのを gakkou と書くことにするといふものだから單に使用しないといふことではない。

また長音記號「ー」は使用しないともあって、スーパーカーは supaka と書くとある。

一字一音を追求してゐたはずが、斯くもいいかげんであるとは驚くほかない。


海音寺潮五郎は國語は管掌してはならないといふ。筆者は差配といってきた。戰後の表記改革は一字一音であるべきだとする表音原理主義者のテロのやうなものであったけれど、これがが猛威をふるってゐることまことにすさまじいものがある。

米軍のヘリコプターが着艦に失敗した事故の報道で負傷者といはず、怪我人といふ。着艦といふときに洋上の艦艇にといふ説明をつける。川内の原子力發電所の場合でも臨界といふ語には必ず説明がつく。

鮫が出沒するといふときにシュモクザメと言ってゐながらhammer-head と英語を用ゐて頭の形について言及する。みなこれ漢語を忌避した結果だと思ふ。

辭書の方であったか言語學の方であったか目的別といふことを聞いたことがある。ものづくりの日本語はまさに目的別のものだ。さういふふうに叩きこまなければならない場合があるかもしれないけれど、さういふ場合であればローマ字の出番ではないのか。

岡崎久彦氏は戰前の駐日大使には日本語日本文化への深い理解を持ってゐる人が少なくなかったといふことを言ってゐたが、戰後の日本語教育は戰前と戰後とを分けてしまったから、日本語を學ぶ魅力は減じただらう。

この問題、1964號(10.6.30)「戰後の表記改革は未完成」、3518號(26.12.16)「テトラグラマトン」、3724號(27.7.27)「愛國百人一首」、3740號(27.8.11)「「侵略」は faux amis」等で論じてきた。御參照いただけるとありがたい。

「愛國百人一首」は擴張ヘボン式で轉寫しただけのもの。これが本紙に掲載になったといふこと自體ひとつの事件だと思ふものだ。歴史的假名遣の合理性を示すものとしてこれほど明解な例はない。

掲載號の身邊雜記に「百人一首の正確なルビがローマ字でしか示せないといふのは文字行政の敗北である。」との主宰者の辯がある。ただし、そのやうな主張をなすひとは少い。

日本語教育にも既得權者が多數あることをあらためて思ふものであるが、斯く橋頭堡を固めなければならないやうなものではないはずだ。國立競技場におとらず議論の必要な問題だと思ふ。

入力ミスがあった。

15番 aratashiki noshino → aratashiki toshino

40番 arameyaha → arameya`a

66番 tsuta`etaru → tsuta`etsuru

なほ、6番 furiokoshi は furi-okoshi とハイフンが欲しいところだ。

 

2015年08月13日

◆関心を持たせドナー増やそう

木村 良一



改正臓器移植法が施行されて5年が過ぎた。しかし肝腎の臓器提供者(ドナー)の数が、期待したようには伸びない。なぜなのだろうか。どうしたらドナーを増やせるのだろうか。

改正前の臓器移植法だと、脳死と判定されても臓器を提供しようとする人の意思がドナーカードに明記されていない限り、提供はできなかった。ドナーカードにわずかな記入ミスがあるだけで無効になる問題も浮上、移植医療の大きな足かせとなっていた。

このため世界保健機関(WHO)の推奨基準に沿って本人が提供を拒否していなければ家族の同意だけで提供できるように改められた。これが改正臓器移植法で、平成22年7月から施行された。

施行の結果はどうかというと、改正前の7倍以上に相当する年間平均約50人の脳死ドナーが現れるようになった。増えるには増えたわけだが、この「50」という数は改正時の目標の半分にすぎず、年間数千人もの脳死ドナーが現れる移植先進国の欧米諸国と比べると、かなり見劣りする。改正によって可能となった15歳未満の子供の脳死ドナーに至っては、5年間で10人にも満たない。

日本臓器移植ネットワークに登録されている移植を希望する待機患者の数(6月30日現在)は、心臓412人、肺252人、肝臓379人、膵臓(すいぞう)195人、腎臓1万2496人−となっている。この待機患者数を見ても年間50人という脳死ドナーでは足りない。

腎臓だけは心停止後のドナーからの移植も可能だが、これも同様に大幅に不足している。待機患者の大半は移植する臓器がないと自らの生命を保てない。ドナー不足は臓器売買の温床にもなっている。

そこで提案したいのが、「オプティングアウト(反対意思表示)」の導入だ。これは生前、公の機関に「臓器は提供しません」と届けておかないかぎり、提供の意思があるとみなされる制度で、欧州の国々で採用されている。

提供したくない人にその意思を明らかにさせる。つまり自分に関係あることでないと、関心を示さない人間の心理を逆手に取って、全ての国民に臓器提供に関心を持たざるを得なくさせ、ドナー不足を改善していく方法だ。

有名な話だが、衆院議員の河野太郎氏は当初、脳死移植に慎重だった。しかし自らが生体肝移植のドナーとなって父親の河野洋平氏に肝臓の一部を提供したことで、健康な体を傷付ける生体移植に疑問を持ち、脳死移植を肯定し、脳死ドナーを増やそうと、臓器移植法の改正に力を注いだ。

私自身のことを考えてみても、日本で初めて腎臓移植の手術を執刀した東京女子医大名誉教授の故太田和夫先生との取材での出会いがなかったら移植医療にこれほど関心を持たなかったと思う。

ところで改正臓器移植法では家族が脳死になった肉親の意思を把握しないまま、重い決断を迫られるケースもある。それゆえ脳死をどう考え、臓器を提供するのか、しないのかについて日ごろから家族で話し合っておくことが大切だ。家庭で話題にすれば、自然と関心を持つようになる。

          (論説委員)産経ニュース【一筆多論】2015.8.8
 

◆人民元切り下げは何処まで?

宮崎 正弘



<平成27年(2015)8月13日(木曜日)通算第4624号  <前日発行>  >


〜遂にやってきて人民元切り下げは何処まで?
  連日2%、1・6%の切り下げで貿易輸出を回復へ〜


小誌が何回か予測してきたように中国人民元の人為的な「切り下げ」が始まった。

第一に輸出の急減は人民元高によるため、切り下げる必要があった。

第二に中国への投資が急減し、あまつさえ中国企業が海外投資を増やすために産業の不均衡が生じていた。

第三に変動相場制への実験期を経ないと人民元がSDRの基礎通貨の仲間入りすることは叶わないからだ。

中国人民銀行は8月11日に人民元の2%切り下げを発表したが翌日も1・6%切り下げて、4年ぶりの安値を付けた。

この影響は日本市場にもおよび中国関連株は下落に見舞われた。アジア通貨も軒並み対ドルレートが下落したうえ、豪ドルは6年ぶりの安値を記録するにいたる。

さて問題は人民元がどこまで下落するかである。

もし人民元が完全変動相場制なら、おそらく30%程度の下落を演じるだろうが、中国は為替政策を厳重な管理下においているため、当面はじわりじわりと下げて、10%ほど下降したあたりで、いったん収まりをつけようとするだろう。

劇薬は30%切り下げだが、いまの中国は、そうしたリスクを取れないだろう。

日本への影響力は、一般的にいえば、輸出関連企業が打撃を受けるだろう。

コマツ、ダイキン、伊藤忠、ファナックなど株価の回復は期待薄の状況であり、8月12日の市場では「爆買い」にやってくる訪日中国人の激減が予測されるようになり、ホテル、デパート、量販店、資生堂などの株価も下げを演じた。


 ▼爆買いツアーは「突然死」を迎えるのではないか

蛇足ながら、11」日夕刻、ひさしぶりに銀座で友人と会食した。

午後5時に銀座通りを2丁目から8丁目まで歩いた。「なんじゃこれは」である。なんと99%の通行人は中国人、ブランド店、宝飾店、デパート、量販店、薬局でうじゃうじゃ蝗の大群のように、全部が中国人だ。

とまっているバスは地方から動員されていることが分かる。
 
或るレストランに入った。

周りを見ると、うわーーっ。ここも全部中国人、大声で中国語が飛び交い、行儀の悪い食べ方。叫び声、仲居さんに聴くと、ずっとこの二年ほど同じ光景は続いており、日本人客は殆ど居ないという。

食事の後片付けに従来に二倍の時間と手間がかかり、「ありがた迷惑」という顔つき、しかし、人民元安になれば、この光景も珍しくなり、すべては逆転する。

銀座は元通りの街に戻り、爆買いツアーは「突然死」を迎える可能性が日々高くなってきたようである。
           

◆呆言爺の戦後70年談話

池田 元彦



今年も朝から猛暑だ。6日広島にウラン、9日長崎にプルトニウムと、敢えて2種の原爆を米国は爆破効果検証の為に落とした。日本の降伏を促し、日米軍人の更なる死傷者を防ぐ為止むを得なかったと、トルーマンは言訳した。日本の和平模索は当然知悉していた。1発で十分だった。

日本の和平は3月頃から模索され、6月頃から交渉が始まった。日本陸海軍や外務省暗号は、既に解読済のトルーマンは日本の降伏は時間の問題だと知っていた。が、畜生日本に原爆投下した。Hiroshimaは原爆被災地として世界に周知された。が、長崎は不思議と外人は話題にしない。

「Hiroshima atomic bomb」と英語でネット検索をすると1200万件ヒットするが、同じ検索でもNagasakiは36万件しかヒットしない。明らかに米国の隠蔽工作の結果だ。当時長崎には1万2千のカトリック信者がいたが、内70%以上の8500人を一瞬にして虐殺した後ろめたさがあるのだ。

当時東洋一の浦上天主堂も破壊されたが、高さ11mの南側壁やマリア像は辛うじて残り、原爆資料館に展示されるだけで、広島原爆ドームと同様の現場での保存を何故しなかったのか。議会の保存意向に拘らず、米国から帰国した田川務市長が突然再建を言い募り、廃墟は取り壊された。

米国は教会の原爆残骸を世界に晒したくなかった。再建資金提供もした。縁も所縁もないセントポール市を、長崎市の姉妹都市にした。

日本初の姉妹都市だ。現在長崎市と姉妹提携は10都市あるが、提携から37年間セントポール市からのモニュメント贈呈はなかった。1992年漸く実現した。

広島の原爆被災者慰霊碑の「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから」とは、誰が主語か。誰が広島で謝っているのか。長年の論争の終結を期し広島市は「碑文の趣旨を正確に伝える為」1982年英語で、その後6か国語での翻訳説明板を掲示した。英語で主語が初めて判った。

「We shall not repeat the evil」。主語は紛れもなく日本人だ。あの悪事(the Evil)、原爆を落とした米国が謝るべきなのだ。倒錯した被虐史観に染まり、毎年核兵器廃絶を唱え世界平和が来ると本気で思うなら、歴代広島市長や長崎市長は、一度病院で精密検査を受けた方が良い。

ドイツ降伏3か月以内の対日宣戦を要請され、交換条件として千島、南樺太及び満州の全権益をソ連は要求し、5月8日ドイツが降伏するや期限ギリギリの8月9日満州侵攻、日ソ中立条約が1946年4月迄有効なのに一方的破棄をし、日本を裏切ったソ連の許せない国際条約違反だ。

日本は、唯一の中立条約締結国と信頼し、和平仲介をソ連に依頼する間抜けさだ。ノラリクラリのソ連に必死に交渉したが、実は全兵力を満州・極東方面に移動させ戦闘準備万端だったのだ。満州居住の日本人は、無抵抗のまま集団で銃殺、凌辱、強奪のあらゆる苦渋を味わった。

ポツダム宣言は、有条件降伏勧告だ。13項の条件中第5項は「我等の条件を以下に述べる」と当に条件を宣言し、以降の8項目は、第13項の日本軍の無条件降伏他8条項に亘る条件の列挙だ。明らかに有条件降伏なのに、トルーマンは意図的に無条件降伏と、戦後も言い募った。

当初の草案にあったソ連の署名と天皇の地位保全の2項目はトルーマンが削除した。ソ連の対米協力を隠し、天皇地位安泰を明記しないことで、日本側の降伏を遅らせる策略だ。ヤルタ会談はFDRの個人的密約だとして、アイゼンハワーは米国の公式条約でないと断言し、ブッシュは斯様なFDRの独断専行を強く非難した。「平和を愛する諸国民の公正と信義」等、お花畑の霞か雲だ。

◆祈りを運ぶ“風の馬”

湯浅 博



冬山登攀(とうはん)に熱中していた頃、ヒマラヤの山腹にあるチベットは憧れの地であった。高嶺(たかね)に吹き付ける強風が、祈りを込めた色とりどりの紙や布を激しく揺さぶる光景を見たいと考えていた。

そこに描かれた絵こそ、天を翔(か)ける風の馬「ルンタ」である。チベット人は、風の馬が人々の祈りを神々のもとに届けてくれると信じている。池谷薫監督の記録映画「ルンタ」の上映を知ったとき、そうしたチベット人の何人かの顔が思い出された。

そのうちの一人、当時、25歳のトガ青年とは、インド北西部のダラムサラのノブリンガ研究所で会った。彼は1998年11月、チベットからヒマラヤ山脈を越えてインドに亡命し、チベット工芸を伝承するこのノブリンガで学んでいた。

トガ青年と兄を含む一行15人は、厳冬期にチベットからの脱出行を試みた。だが、夜間にネパール国境を越えるころ、大雪で行く手を阻まれる。中国警備隊の目をかすめるには、危険でも夜間の登山を敢行するしかなかった。

吹雪と胸までの積雪の中を、4日間もさまよった。仲間5人が行方不明になり、7人が凍傷にかかり、トガ青年も足がどす黒く壊死(えし)して動けなくなった。たまたまヒマラヤにトレッキングに来ていたドイツ人夫妻に救助された。

トガ青年が勉強するノブリンガが、映画の中でダラムサラを案内する中原一博さん(62)の設計であったことを初めて知った。

中原さんは早稲田大学建築学科を卒業すると、インド北部を旅行中にチベット仏教建築に魅せられた。1985年に亡命政府の専属建築家になると、家族とともにダラムサラに移住した。亡命政府の庁舎や僧院、学校などを手がけ、代表作がこのノブリンガ研究所であるから驚きだった。

1949年に建国した中華人民共和国は「帝国主義からの解放」を掲げて東チベットに侵攻した。中心都市ラサに進軍すると、59年にラサ市民が一斉に蜂起した。だが、圧倒的な軍事力に制圧される。ダライ・ラマは新たな帝国主義を避けてインドに亡命した。このとき、10万人のチベット人がインドに逃れたといわれる。

山岳民族のチベット人は元来が、山裾の高原で馬をあやつり、ヤクの放牧でも自由に草原を移動した。それが、中国政府は彼ら放牧民を管理するために草原をフェンスで仕切り、定住を促進して移動の自由が制限された。
 
2008年にチベット全土で抗議活動が始まると、中原さんはサイトを立ち上げ、チベット人の非暴力の実像を発信しはじめた。とくに、翌年に焼身抗議が始まってからは、ブログで彼らの情報を発信してきた。

彼は19歳で焼身した中学生のツェリン・キに心を揺さぶられた。さらに、17歳で焼身した尼僧サンゲ・ドルマが残した詩から、彼女の心情を想像する。いまも自らに火を放って抵抗を示す人々が後を絶たない。すでに141人(2015年3月3日現在)もの命が失われている。

映画の終わりに、放牧民の若者が競馬大会でその腕を競う場面が登場する。だが、その陰で警察が重武装で監視している姿が映し出されていた。批判するものは、身柄拘束されて拷問を受ける。

中国の暴政を逃れていまも、危険なヒマラヤ越えを敢行する人が絶えない。亡命チベット人たちにその理由を聞くと、自由と教育の機会を求め、なによりもチベットの精神的指導者ダライ・ラマ14世に会いたい一心、という答えが返ってくる。

映画「ルンタ」は、チベット人の非暴力の闘いと、その気高さを淡々と追っていく。それは、強風にあおられて疾駆する「風の馬」の姿に似ていた。(ゆあさ ひろし)
産経ニュース【東京特派員】2015.8.11

◆戦術核ミサイル配備が必要だ

平井 修一



報道によると人民元は対ドル為替レートを2%切り下げた。元安にして輸出回復をめざすのが狙いだが、中国の7月の輸出額は前年同月比8.3%減と大幅な落ち込みであり、2%切り下げでは効果は薄そうだ。

中共は景気後退を受けて昨秋から徐々に貸出金利を下げるなど景気浮揚策をとってきたが、ほとんど効果は上がっていない。もはや通貨安を繰り返すしか打つ手がない模様だ。

経済が傾くと人民の不満は募る。戦争を始めれば政権の求心力は高まるから、中共はますます開戦願望を募らせるだろう。当面の主敵はもちろん日本だ。日高義樹/ハドソン研究所首席研究員の論考『日本人が知らない「アジア核戦争」の危機』(衆知8/11)から。

<編集部:著者日高義樹氏(元NHK記者)が前作『中国、敗れたり』(PHP研究所)で解説したように、中国は海軍力を大増強してアメリカを太平洋から追い出そうとしたが…「海軍力増強」「人民元の国際化」に失敗した中国は、もはや核兵器に頼るしかない!? ワシントン情報から読み解く緊迫のアジア情勢。本書まえがきより、著者のメッセージをお読みください。

             ・・・

その日、南太平洋のフィリピン沖は普段よりは凪いでいたというが、1メートル以上の波があり、アメリカ第7艦隊ですら警戒する三角波が夏の太陽にきらめいていた。その波間から白銀色の大型ミサイルが飛び出し、大気圏を通って中国奥地のゴビ砂漠に着弾した。

この大陸間弾道ミサイルの発射実験で中国は、アメリカ本土へ核兵器を搭載した長距離ミサイルを撃ち込めることを証明してみせた。それから十数年後、中国国務院は2015年5月26日、「中国の軍事戦略」と題する国防白書を発表し、南シナ海の南沙諸島近辺で中国が行っている人工島の建設をアメリカが妨害すれば、戦争も辞さないと威嚇した。

中国がここで戦争と言っているのは、まぎれもなく核による戦争である。本書では中国が始めようとしている核戦争を明確にしたい。

PHP研究所から出版した私の前著『中国、敗れたり』の中で指摘したように、中国は海軍力を大増強し、機動艦隊をつくってアメリカを太平洋から追い出そうとしたが、失敗した。このため、最後の切り札として軍事力のレベルを格上げし、核兵器による挑戦状をアメリカに突きつけている。

中国は大陸間弾道ミサイルとともに、核兵器の開発を進め、アメリカの軍事情報筋によれば、いまやアメリカ、ロシアと並ぶ核大国になっている。第二次世界大戦後、核抑止力体制によって世界を動かしてきたアメリカに倣って中国は、核の力でアメリカの行動を抑えにかかっている。

この状態を座視すれば、中国は核戦力を背景にアジアの近隣の国々を制圧し、アメリカが動こうとすれば、アメリカが示した手本どおりに核の抑止力でアメリカの行動を抑えつけるだろう。

さらに危険なのは、中国が核兵器を「使える兵器」として考えていることである。中国が戦術的に核兵器を使うことがあれば、核の偶発戦争が勃発する恐れがある。

わが国は、日米安保条約の実質的な改定にとりかかっている。新しいガイドラインとして、集団的自衛権を拡大することやアメリカ軍との協力体制について見直す動きが始まっている。

だがこれから日本を襲ってくる危機は、こうしたガイドラインで対応できるような生易しいものではない。中国が強大な核兵器の力によって、アジア全体を自らの不法な体制の中に閉じ込めようとしているのだ。

アメリカは日米安保条約で日本を守っているが、中国が強力な核ミサイルでニューヨークやワシントンを攻撃すると恐喝した場合、日本を助けるために軍事行動をとることができるのであろうか。

アメリカの人々のあいだには、「世界のことには関わりたくない」という考え方が強くなっている。こうしたアメリカの国内情勢が変わらなければ、アメリカの抑止力、つまり70年にわたって日本を守ってきた「核の傘」が機能しなくなる。

アメリカの軍事専門家のなかには、米中の核による対決は、米ソの核の対決と同じように50年は続くと予測する者もいる。日本の命運を左右する重大な危機がやってくることは間違いない。

中国は、通常兵力による軍事力拡大競争に敗れた。だが強大な核戦力によって再び西側諸国に対する挑戦を始めた。この中国の危険な挑戦が、これから国際社会を大きく変えることは必至である。われわれは、この事態をいかに切り抜けるかを早急に考えはじめなければならない>(以上)

非核三原則とか専守防衛で日本を守れると考えるのは完全な時代錯誤、現実無視の無責任な暴論だ。今、日本が早急に取り組むべきは戦術核ミサイル配備である。自ら報復用の核兵器を持たないと抑止力はザルになってしまう。日米の合意がないと発射できない「Wボタン」方式でもいいから、購入あるいはレンタルで核兵器を配備すべきだ。

戦争大嫌いのへたれオバマの在任中(実質2016年秋まで)の開戦が中共にとってチャンスだろう。核の脅迫を受けてからでは遅い。拙速でもいいからとにかく核兵器を持つ。

中共が報復を恐れないのなら抑止力にはならないが、70年間は抑止力が働いてきたのだから、これから数年間ぐらいはそれが続くだろうと期待するしかないのだが・・・中共は西側の常識が通じない狂気の国だから「核兵器を使ってみたかった」と平気でボタンを押すかもしれない。政治家は危機意識をもたなければならない。(2015/8/11)

◆平時と危機における法的安定性

大江 洋三


8月15日近くになると、各局競って平時法制(現在)で戦時法制(戦中)を裁くから困ったものだ。

これもまた「戦後」というべきであろう。

いつぞや述べた通り、自然権としての自衛権は法に書いてなくてもある。それに、国会で批准された「2国間条約>国内法」である。逆が成立したら大事である。

どうして、かくも平和安全保障法案をメディアが疑問視するか問えば憲法9条に内在する。

どう読んでも武力行使禁止条項で、読解力とすれば個別であれ集団的であれ自衛権の否定である。真っすぐ読めば、自衛隊の存在すら違憲である。集団的自衛権行使は立憲主義の立場から憲法違反だとする学者も「だから憲法を改正せよ」という者もいる。

村山富一が安全保障整備法案反対デモに参加し、国会議事堂前で叫んだ「せめて憲法改正してからにしてくれ!」

筋とすればよく通っている。

●だから従って、真の問題は「憲法改正するまでどうするか」である。現実は都合よく待ってくれないからだ。

この現実を扱うのが内閣府(行政府)である。立法府でもなければ裁判府でもない。

立法に基づき、不遡及の原則で過去の出来事に適否の判断を下すのが裁判府であり、未来を構築するのが立法府(国会)である。過去と未来の狭間(現実)を処理するのが内閣府(行政府)で、いわば過去と未来への箸渡し役である。

こうして、現実認識の当事者もまた内閣府にある。

どの位置が最も困難な立場にあるかは論を待たないであろう。

その内閣が東シナ海に危機感を抱いている。また半島有事は常に起こりうる。皆、黙っているが半島は東アジアの火薬庫であったし、潜在的には今もそうである。

従って、現内閣は平時に予め有事法制をしておきたいと提示しているのだ。

それが下記の「武力行使の新三要件」である。

 1.我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること

 2.これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと

 3.必要最小限度の実力行使にとどまるべきことよく読めば、自衛権を踏まえ現行憲法内で必死に現実に対応しようとしている姿が解る。いずれにしても平時における危機対応である事に違いはない。

回りくどいが、内閣は「イザとなれば必要最小限度ながら戦う」と述べているわけだ。主権国家だから当たり前ではないか。

そして、すべからかく国会で批准された日米安保の上に構築されている。

●平時法制のまま有事に対応したことが過去2回ある。

1977年の赤軍派によるダッカ日航機ハイジャック事件では、人命尊重という大義で赤軍派の無茶な要求を全面的に飲んだ。

昨年、スーダンでPKO仲間の韓国軍に小銃弾1万発を緊急提供した。他にもあるだろうが、いずれも超法規で、対外的には篠崎補佐官のいう通り緊急時には「法の安定性は関係ない」ことになる。法よりも使命が先にあるからだ。

つまり「使命>法」の現実認識も内閣が保有する。

スーダンのときは武器供与にも拘わらず野党は騒がなかった。大規模な小笠原領域侵犯においても東シナ海におけるシナ政府の活発な行動にも野党は大人しかった。

国会論戦を聞いていると、日本の安全が抜けて、とうとう「米軍の道連れになる」「自衛隊員のリスクが高まる」論にまで発展した。

60年安保闘争同様に「反米」が先にあり、シナ政府を庇うこと大である。10日に当メルマガで平井修一氏が紹介したごとく、米国議会の一部が「セイがない」と思うのは無理もない。

国内において「法の安定性」は必要であるが、対外関係になるとまるで異なる。特に、隣の大陸系は2国間条約を守ったことはない。欧米は「契約」の概念が通じるが、彼らには通じない。

その米国ですら、紆余曲折あって成長した1894年の日米修好通商条約を11039年に一方的に破棄した。つまり戦時法制に移動したことになる。

篠崎補佐官発言の全文を読んだわけではないが、メディアがいつもの通り、一部を抜き取り拡大しただけではなかろうか。

●戦時といえば、先の大戦を思い起こす人も多いだろうから釘をさしておくと、武器をもって両者ともに「国家総力戦」で勝負する事はもう起きない。

人類もバカではないから、国連がブレーキ役を果たす事になったからだ。世界史に影響を与えたこの種の総力戦は20世紀初頭の40年間に集中した。講和条約をもって勝者と敗者の決まる種類の戦争と言い換えてもいい。

並べると以下の通りである。

 ・ゼロ次世界大戦(日露戦争)・一次世界大戦・二次世界大戦朝鮮戦争やベトナム戦争があると言う人もいるだろうが、当時の半島やベトナムに主権国家はなく、統一国家を産むべく内戦が火種である。

最終的にベトナムは目的を果たしたが、半島は分断国家で固定した。いずれも、米国は割が合わないと思うとサッサと引き上げてしまった。正確には中・ソとの総力戦を避けたと思う。

その後において、双方ともに国家総力戦を探すと、1980〜1988年の地域限定版のイラン・イラク戦争ぐらいだ。これも国連が仲介してとりあえず休戦した。

その代わり、地域紛争はいたるところに起きたし、今もある。

それが現実であり、なにもかも「戦争」で一括りにする事に賛成できない。


◆私の「身辺雑記」(249)

平井 修一



■8月9日(日)、長崎原爆大量無差別虐殺70周年。小倉が曇りだったので長崎がやられた。広島は盆地だったから壊滅したが、長崎は山がちだったので、山の陰は被害が小さかったという。つまり生存の可能性はあり、核兵器を持っていれば報復できるということ。持っていなければお話にならないし、抑止力にもならないが。

核兵器があれば報復は北京、上海、広州、南京、重慶、深センあたりが目標だ。毛沢東曰く、「うちは人口が7億にもなる。多すぎる。半分が核戦争で死んでも3.5億も残る。まったく問題なしだ」。報復も蛙の面に○○、効果なしか。毛沢東は異次元スケールの殺人鬼だ。

この手の独裁者は暗殺するしかない。そうでもしないと犠牲者が後を絶たない。大躍進の失敗(餓死者3635万人=茅於軾説)で主席から引きづり降ろされた際に処分しておけば、文革による大被害もなかったろうに。情けをかけて大失敗した例だ。

劉少奇とトウ小平がトップについたころの1960年に改革開放、資本主義化を断行していたら文革もなかったろうし、今頃は先進国になっていたろう。逡巡、因循姑息よりは、拙速の方がマシなことも多い。走りながら考えたらいい、ときどき転ぶが。転んでもただでは起きない、これが肝心だ。

今朝は室温28度、晴。30度を切るのは1か月ぶりか。秋子見参? 日曜なのに6時半に犬に起こされた。腕をガリガリされ、それでも起きないと尻で押してくる。糞がつくから起きざるを得ない。「散歩へ行こう」と、えらく元気だ。で、久し振りにフル散歩。

畑のところでジョギングしていたオッサンが「おはよーございます」。見れば180センチほどの白人だ。挨拶を返したが、初めて見る顔。スマートだから英国人かも知れない。若き日のヘンリー・ストーク氏もかくやか。

農道もどきの未舗装路は小生が暫く踏みつぶさなかったこともあって草ぼうぼう。そのうち園芸業者がきれいにしてくれるだろう。畑ではミニトマトが鈴なりだった。

横浜市大自動車部が秋になったら同期会をやろうというので以下、返信した。

<暑中お見舞い申し上げます。

今夏は特別に暑い。昨日8日の立秋からちょっと涼しくなり、今日9日は久しぶりに30度を切って室温28度に。秋子の足音か。

もう数年間、電車に乗ったことがない。ひたすら引き篭っている。専業主夫(ヒモ)だから隠居ではないが「隠棲」。炊事、洗濯、老犬の世話で6時間、ブログで6時間を過ごしている。これが今の天職だ。時間に追われているわけではないが、忙しい。

3年ほど前に焼酎を断って、赤ワインにした。医者に行くのも止めた。すこぶる体調が良くなった。今年は5人目の孫も生まれた。あと3人は欲しいが、どうも難しいようだ。

引き篭りでますます言語障害が高じた。会話は苦痛になった。犬と対話はするが、彼女(雌)は「起きてよ」「散歩へ行こうよ」「ご飯まだ?」「氷水頂戴」「オヤツ食べたい」「涼しくしてよ」くらいしか言わない。すべて目とボディランゲージで伝達する。会話の必要がない。楽である。

カミサンはよく喋るが、適当に相槌を返すだけにしている。今朝もずーっとさえずりっぱなし。女は異性ではなく異星人だ。理解不能。

以上、近況報告をもって出席に代えさせて頂きます。声をかけていただいて感謝しています。数年前に横浜市大を覗いてみましたが、噴水もなく、食堂のビルもなく、高いビルが建ち、すっかり変わっていました。駒光なんぞ馳するが如し。時は過ぎても老境にはなれないものですね。草々>

N母子来。カレーとコロッケ、サラダなどを4人で楽しむ。地元で宴会後に長男坊来泊。

■8月10日(月)、今朝は室温29度、晴れたり曇ったり。ほんのちょっぴり雨が降ったが、すぐに止んでしまった。アジサイがへたっている一方で柿の実は大きくなってきた。ハーフ散歩。

娘二人はPCを使っていない。専らスマホだが、写真のプリント発注の時は小生のPCを使う。その画像はPCに保存するのだが、動作が重たくなったのでNに整理を依頼し、1200点ほどのデータを消去した。2ギガバイト以上。

これでずいぶん軽快になったが、先週あたりからマウスの調子が悪くなり、修理しようにも分解できない、さてさて困った。そういえば古いPCのマウスがあったっけと、それの埃を払って交換してみたら大当たり。とても具合がいい。

人間も人工臓器や移植手術で延命するのが当たり前の時代になるのか。「お元気ですね」「いやー、右足と右腕はロボットですよ」こんな会話が珍しくない時代が来るのか。ちょっと嫌だな。「下取りセールをやっていたのでカミサンを最新型に換えたよ。おしゃべりモードは“低”にしておいたから静かでいい」なんて・・・

昼前から降ったり止んだりしていたが、夕方から集中豪雨。かなり涼しくなった。夕食はN母子とともに4人で五目ラーメン。

■8月11日(火)、今朝は室温28度、快晴、ハーフ散歩。まあまあ涼しいが、日射しは相変わらずすごい。

午前中は墓参りと供養料納付、帰路に買い物。今夜からわが家への帰省ラッシュが始まる。150デシベル・・・耳栓でひたすら専守防衛だ。7人で煮込みハンバーグ、チャーハンなど。

■8月12日(水)、JAL御巣鷹事故から30年。事故の翌日あたりに別件で丸の内のJAL本社を訪ねたが、まったく音がせず、静まり返っていた。ショックの大きさがうかがえた。

「航空機は一番安全な乗り物」ではあるが、それだけに事故になると“報道価値”が高いために大々的に報じられるから影響はすこぶる大きい。事故機にたまたま乗り合わせたJALのCA(その日はオフだった)で奇跡的に生存した落合さんの手記(モノローグ?)を読んだが、本当に恐ろしい事故だった。520人の霊に合掌。

今朝は室温30度、曇、ハーフ散歩。まあまあ涼しいが、暑くなりそう。ミンミンゼミの声が大きくなってきた。

犬は粗相をするようになった。今朝は食堂の床に竹の子でも生えたようにウンチがあった。危うく踏むところだった。

時事通信によると人民元が昨日に続いて今日も1.6%切り下げになった。中共は露骨に「通貨安戦争」を仕掛けているが、今日の上海株式市場の株価は、取引開始直後から大幅下落しているという。市場は元安を好感していない。

日経8/12はこう報じている。

<米財務省報道官は11日、中国人民銀行(中央銀行)が輸出の押し上げに向けて人民元相場を切り下げたことについて、市場を重視した為替相場制度への移行に「逆行するいかなる動きも厄介なものになる」とする声明を発表した。

そのうえで「輸出でなく、基本的に内需主導型の経済を目指すことが米中両国にとって最善の利益にかなう」と指摘した。通貨切り下げによる景気刺激策を慎重に進めるよう求めた>

国際ルールを無視して、なりふり構わずの「70周年記念特別バーゲンセール」か。中共というババを踏んでひどい目に遭わないよう、大いに警戒すべし。各地の株式市場も軒並み下落したそうだ。

今日は長男一家4人も来るので11人で宴会。午後に買い物、その後にお盆のお飾りをする。発熱した4歳男児を朝から預かったが、食欲も出てきたので少し安心しているが、一人残して外出するのはちょっと怖い(保護義務違反)。大急ぎで行ってこよう。(2015/8/12)

2015年08月12日

◆亡国外務省の馬謖を斬るべし

平井 修一



日本戦略研究フォーラム8/5に元法務大臣・長勢甚遠氏の論考「シナ、韓国に対する日本の貢献というが」が掲載されていた。ODAなどの支援は意味があるのかなあと思ったり、実際はカモにされているだけじゃないかと思う小生には勉強になった。以下引用。

<政府はことあるごとにODAなどの日本の支援が開発途上国で大いに感謝されているとし、平和国家日本の役割として国際社会に貢献すると内外に強調している。一方国連などは経済大国である日本の対外援助の拡大を強要し続けている。

国際協力機構(JICA)はODAの成果を得意気に宣伝するとともに対外援助の内容が他の先進国より劣っているなどとしてその改善、増額を要求してとどまるところがない。

国会でも防衛費の抑制の議論はされても対外援助削減の議論はまずない。外国にやるカネがあるのなら国民生活に回してもらいたいということはみんな思っていることであろうが大きな声となることはない。

それはそれでいろんな事情があることでありやむを得ないことであるが、ODAなどの対外援助とは何なのかを冷静に考えておく必要があるのではなかろうか。

国際貢献といえば聞こえはいいし、国民も気持ちがいい。しかしその本質は単なる我が国に対するゆすり、ねだりさらには恐喝の安易な受容に過ぎないのではないか。

戦争で被害を与えた国に援助するのは当然という意見は国内にもあるが、そうであれば相手国には当然の権利で日本に感謝するいわれなどないことになる。

こんなことだとすれば、相手国が日本に感謝しているとか、成果が上がっているとかいうのは日本が勝手に思っている独りよがりの自己満足に過ぎないということになる。

欧米諸国の対外援助は日本のものとは異なり経済侵略の一手段として行われている観がある。近年の中共(中華人民共和国)の膨大な対外支援は経済・軍事侵略の方策として行われていることは明白である。

外交は複雑な要因が絡むから軽々にこれからの対外援助のあり方を論ずることはできないが、いい子ぶってあるいは敗戦国の責任だなどと思って、未来にわたって日本がたかられ続けることには一考を要するのではなかろうか。

新聞で、今年6月に北京で開催された国際会議での中共の王毅外相(元駐日中国大使)の発言を読んで、改めてこんな思いを深くした。

王毅外相の日中関係改善の具体策は何かという質問に対する答えは「中国の発展と台頭を、日本が心から受け入れ、歓迎できるかどうかだ」というものだった。

また、シナが世界第位2の経済大国に成長したことについて「中国の復興は、過去の歴史のあるべき状態に戻っただけだ」と述べたという。

シナにとって日本など対等の相手ではなく、単なる朝貢国にすぎないと考えているということである。そんなことはシナ何千年の歴史を見れば明らかではないかというのがシナの歴史認識であるということだ。

シナの経済成長には日本の何兆円にも上るODAが原動力となったと日本では考えられているが、シナにはそんな評価は全くないのである。シナでは日本の援助について語られることはなかったという。日本の援助で行われた事業もそれには触れず自らの予算で行われているように装われていたという。

それどころか昭和59年に日本の164億円の無償資金協力で開設した北京の「中日友好病院」の名称について、今年2月には「友好」を削り「中日病院」に変えたという。日本に感謝する気持ちを国民が持つことの無いようにするためである。

シナと歴史認識を同じくする韓国でも、奇跡といわれた経済成長は日本では日韓国交正常化の際の経済協力協定、その後のODAに負うものと考えているが、日本の援助のことは誰も知らないでいるという。日本の援助など国民に知らされていないのである。

そういえば、ギリシャがEUへの借款返済を拒否していることが問題になっているが、ギリシャにとってフランス、ドイツの指示を受けることなど選択肢にはないのであろう。なにせギリシャの時代にはフランス、ドイツはシナで言えば東夷、南蛮の蛮人が棲む地であったのだから。

ギリシャはそんなものに感謝したりお願いしたりなどあり得ないと思っているのではなかろうか。シナ、韓国も日本に対して同じようなことであろう。

こんなことは我々には恩知らずな話で不愉快なことに違いない。しかし、これが世界の常識というものなのである。日本の復興はアメリカのお蔭といまだに有難がっている日本は他国から見れば不思議で信じられない国であることだろう。

我々世代は子供のころの思い出としてアメリカからもらった脱脂粉乳に対する感謝を語るが、そんな日本人は哀れな劣等民族に見えることだろう。

日本は困った時には助け合い、助けられた時には感謝するという価値観を培ってきた民族であった。

敗戦によりそういう価値観は世界に通用しない間違ったものとして否定されてきたのであり、そういう価値観をもってシナ、韓国を非難することは許されない。そういうことも分らずにカネを与えた方が馬鹿なお人よしといわれるだけだということである。

昨今のシナ、韓国の激しい反日姿勢に対してあれだけ援助したのになぜだろうと疑問を持つ向きもあるが、もともとそんな人間的感情など日本人以外には存在していないと考えれば納得できる。

日本の国際社会に対する役割、貢献というものも、他国においては日本が考えるものではない(日本式ではない)ことをシナ、韓国の事例から気づかなければならないことではなかろうか。その上での国際協力をどうしていくかがこれからの問題である。

何とも気が滅入る。シナ、韓国との協力関係拡大を声高に発言されている方々はどんなことを思っておられるのであろうか>(以上)

ユスリ、タカリも芸のうち、か。

平井思うに、外務省は日本の国益ではなく「友好=波風が立たない」ことを最優先する、ほとんど反日的集団だと理解しておいた方がいい。チャイナスクール、ロシアスクール、USスクール、それぞれ中、露、米の外交官とワインとチーズで交歓し、相手の厭がることはせず、いつも譲歩しているばかりではないのか。

「東郷和彦氏が説く歴史認識問題を克服するための『道徳観』」(ダイヤモンドオンライン8/10)は外務省がどういう官僚の集まりか実によく分かる。

とうごう・かずひこ:1945年生まれ。68年東大教養学部卒後、外務省入省、主にロシア関係部署を歩き、条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使などを経て、2002年退官。10年から京都産業大学教授。近著は『危機の外交』(角川新書)。

<戦後70年を迎え、日本は安定した東アジアをつくるために、歴史認識問題を巡る相克をどう乗り越えればいいのか。京都産業大学教授の東郷和彦氏(元駐オランダ大使)は、「道徳的高み」を目指すことが、日本の戦略的立場を強化することにつながると説く。(インタビュー・構成/『週刊ダイヤモンド』論説委員・原英次郎)

――戦争責任と戦後処理については、日本とドイツが比較され、「ドイツに学べ」と批判されますね。

(ドイツと比べて)日本は何もやっていないのかというと、そんなことはありません。日本の場合、北朝鮮とソ連以外は条約、すなわちサンフランシスコ講和条約や2国間の平和条約で、賠償などの戦後処理は法的にはすべて済んでいる。

ただし、法的責任を超えた自らの判断として、あの戦争をどう考えるか。つまり、法的な問題としてではなく道徳的な判断の問題が残っていた。

そういう意味での日本の戦争責任ついては、1995年に出された村山談話がその総括になっていると思います。戦後、どう歴史を認識するかについて、日本の魂は左翼・右翼の対立の間で遍歴してきましたが、村山談話は日本の道徳的な高みを示しています。

ドイツとは元々罪の性質が違うのだから、日本は戦争責任の取り方についてもっとプライドを持っていい。ドイツは謝ったけれど、日本は謝っていないかというと、そんなことは全くないのです。

村山談話はドイツのワイツゼッカー演説にも比肩できます。その後の諸外国との歴史認識問題については、みな村山談話を使って和解をしてきたわけで、外務省は村山談話に足を向けて眠れないはずです。

8月14日頃に出される安倍談話は、この高みを引き継ぎさらに一歩進めてほしい。和解というのは被害者の側から手を差し伸べて来ないと成立しません。そのような状況をつくることが、日本の戦略的な立場を一番強めることになります。歴史認識問題の解決は、保守派のプリンス安倍首相でこそできる部分が大きいと思います>(以上)

中韓は和解する気はないという本音を東郷和彦はまったく知らない。彼らは永遠に日本を土下座させ続け、それによって自分は正しかったのだという補償を得たいのである。

なぜか、中韓の近現代史には誇るべき歴史がないのだ。日本という野蛮人の国にやられっ放しだったという屈辱の歴史しかない。白人は中韓より上位だからいいが(下手に刺激すると白人連合で逆襲されるから)、下位の日本は永遠に許せないのだ。

こんな狂気じみた国は放置して防備をしっかり固めておけばいいのだ。このイロハが外務省はまったく分かっていない。世界への日本の主張の発信がまったく進まないのも外務省容共左派の“抵抗勢力”のためだ。

獅子身中の虫を駆逐しないと日本の名誉回復は永遠に難しくなる。安倍氏は泣いて馬謖を斬るべし。(2015/8/10)

◆やがて悲しき中国人女性留学生

宮崎 正弘



<平成27年(2015)8月12日(水曜日)通算第4622号 <前日発行> >

〜抱腹絶倒、やがて悲しき中国人女性留学生
職業は売春婦、なのに大学へ留学し卒論を日本人に下請けさせるたくましさ〜

小生は毎週のように池袋のチャイナタウンへ通っている。なぜなら日本のメデイアが伝えない中国の隠れた情報を得られからである。

中華書店をめぐり、食材屋をからかい、そして店先に積まれた中国語新聞を集めていく。多い日には十数種の華字紙があるまる。ときにスナックに立ち寄り、無駄話に興じるが、中国人の若者の問題意識が奈辺にあるか、よく分かる。

『東方時報』(8月13日付け)に掲載された或る記事を読んで嗤ってしまった。

記事のタイトルは「野鶏大学和中国人的意識」となっている。日本語の「野鶏」は『掃き溜めの?』という意味だが、中国で野鶏は偽物という意味があるのかも知れない(「野鴨」なら日本語では「手ぬぐいで顔を覆い、ゴザを抱えた最安の売春婦」という意味があるが)。

さて記事の中味とは要約すると、こうである。

中国人の友人から頼まれた或る日本人企業家は、その人の娘さんが日本の某大学へ留学しているが、卒論が書けなくて卒業が出来ないから困っている、なんとか代筆をしてもらえないか、金は払うから、とせっつかれ、ともかくその娘と会うことにした。

面談の場所に20分も遅刻し、謝るわけでもなく、いきなり「コピペでも何でも良いから、資料はあるけど、流ちょうな日本語だとかえって先生から疑われるので、下手な日本語でいいから、ともかく卒論を早急につくって欲しい。謝礼は10万円くらい用意できるけど、安いか、高いか」といきなり喋りまくる。

卒論は皆がウィキペディアなどを引用するので担当教授は、もすこし、表現を変えてはどうかと「指導」しているそうな。

この大学は入学志願者が少なく、中国人留学生を片っ端からかき集め、代返を黙認し、卒論は「ともかく出しさえすれば卒業を認める」という悪名高い某大学(千葉県にある)。

あまりのことに断ったらしいが、女子留学生は悪びれもせず「わかったわ、別の人を捜す」。

と言いつつ、別れ際に「閑だったら会いに来て」とエステの名刺を置いていった。調べてみると、そのエステは看板だけで実態は売春宿だった。さすがに彼は中国の友人にそのことを伝えられなかった。
報復雑踏、やがて悲しき。。。

◆日経新聞のFT買収に物申す

田村 秀男


「グローバルメディア」は自滅の道 

 日本経済新聞が英国の名門紙、英フィナンシャル・タイムズ(FT)グループを傘下に加え、「グローバルメディア」を目指すという。経済メディアとして圧倒的な日本国内シェアを持つ日経の「グローバル化」は日本経済にとってどんな意味があるのか。

日経は、FTの編集権の独立を保証し、お互いの文化の違いを尊重すると明言している。新聞社の場合、首脳や編集担当幹部がだれになるかによって、編集路線が決まる。日経側は1600億円を投入しても、FTの人事に介入を自制するだろう。

それでも通常のパートナーシップを通じて、FTの国際ニュースやデータなどのコンテンツの取り込みやFTが先を行くといわれるデジタル技術くらいは活用できるだろう。

ともかく、目指すのは「真のグローバルメディア」(喜多恒雄会長)である。読者ベースを日本列島に限定せず、グローバル、つまり地球規模に広げる。画期的な挑戦なのだが、気がかりな点がいくつかある。

まず、ジャーナリズムは基本的にローカルであり、ローカルに根ざした上でグローバルという世界に切り込んでいくものだ。FTはロンドン金融街シティをホームグラウンドとするローカル紙のはずだが、シティはニューヨーク・ウォール街と一体となった国際金融センターだ。

グローバル言語の英語の格調の高さを誇るFTはローカルにしてグローバルなのだ。

日経はジャパン・ローカルそのものである。海外に支局や販売法人を多く設置しても、主たる読者やユーザーは日本語利用者である。

ローカルがグローバルに劣るわけではない。本国の幅広い読者のためになる情報を海外で取材することは日本メディアの基本的使命である。社会の公器として、新聞には再販価格制度などの「特権」が付与されているゆえんでもある。

筆者自身、日経に長く在籍し、1980年代半ばから後半にかけてワシントンに駐在した。ワシントンは当時、円高に誘導して対日金融緩和圧力を激しく加え、通商摩擦では戦時の対日制裁条項まで持ち出す。中央情報局(CIA)まで動員する。戦勝国対敗戦国の構図さながらである。

日本の「不公正貿易慣行」を攻撃しがちな米国大手紙に対し、日本人記者として、米国の傲慢ぶりを行間に詰め込んだ。

香港の中国への返還(1997年)時には香港に駐在したが、英メディアは英国領香港が恥ずべきアヘン戦争勝利のたまものであるとはみない。他方では中国共産党体制に好意的である。日本人である筆者の関心は、大英帝国の狡猾(こうかつ)さと中国共産党の強権に翻弄される香港市民の運命だった。

今、日経とFTが日本の針路にかかわる政策で一致するケースが少なくない。消費税増税が典型例だ。

FTは2013年9月13日付の社説で、消費増税を「挑戦するに値するギャンブル」、「さいは投げられた」として、増税に逡巡(しゅんじゅん)する安倍晋三首相の背中を先回りして押した。

日経はもとより増税一点張りの論調である。国際、国内両面から包囲された安倍晋三首相は13年9月下旬、翌年4月からの消費税率8%への引き上げに踏み切った。

中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立や人民元の国際準備通貨制度である国際通貨基金(IMF)のSDR(特別引き出し権)への組み込みについて、FTは終始好意的だ。

背景にはロンドン市場での人民元決済権益を追求する英国の思惑があるはずだ。日経もAIIBへの日本の参加を強く求めてきた。元のSDR通貨化についても、日経はFTと同調しかねない。

日本経済は消費税増税後、再生軌道から外れ、マイナス成長は4〜6月期も不可避の情勢だ。日本が成長することよりも、デフレの中で余剰貯蓄が国内で使われず、海外に流れるほうに関心を向ける国際金融市場の利害を反映するFTに対し、日経は驚くほど親和性が高い。

人民元膨張は中国の軍拡と同時並行だが、東シナ海や南シナ海から遠く離れた英国にとっては、人民元金融での利権獲得しか目に入らないようだ。
日経がグローバルメディアとしてFTと同一論調になる構図は、日本にとってリスクとなるだろう。

「日経はFTと報道の使命、価値観を共有する」(喜多会長)とはいかにも聞こえがよい。だが、日本メディアという原点を忘れたグローバル化は、日本の自滅の道ではないか、と恐れるのだ。(編集委員)

産経ニュース【日曜経済講座】2015.8.9

◆共和党の大統領候補者たち

Andy Chang



8月6日、Foxnewsの主催で2016年の大統領選挙に立候補を表明した共和党候補者たちの第1回弁論大会が行われた。立候補を表明した候補者は17人だが、人数が多すぎるので弁論大会ではWall StreetJournalとNBCの連合調査による人気の高い10人に限定した。参加者は以下の通り:

(1)不動産ブローカー、ドナルド・トランプ(19%)、
(2)ウィスコンシン州知事、スコット・ウォーカー(15%)、
(3)前フロリダ州知事、ジェブ・ブッシュ(14%)
(4)神経外科医、ベン・カーソン(10%)
(5)テキサス州参議員、テッド・クルス(9%)
(6)前アーカンソー州知事、マイク・ハッカビー(6%)
(7)ケンタッキー州参議員、ロン・ポール(6%)
(8)フロリダ州参議員、マーク・ルビオ(5%)
(9)ニュージャーシー州知事、クリス・クリスティ(3%)
(10)オハイオ州知事、ジョン・ケーシック(3%)

以上10人の候補者に対し3人のアンカーが交互に質問する。人数が多いので候補者の回答は1分に限り、30秒の追加説明が許された。弁論大会は途中で短い休息を含んで全部で2時間だった。

●最多の候補者と最高の視聴率

今回の選挙で共和党側に名乗りを上げた候補者は17人、史上最多の候補者でしかも全体的に年齢が若く、それぞれの発言主張もしっかりしたものが多かった。また名乗りを上げた17人のうち州知事経験者が7人もいた。若手候補のマーク・ルビオ、テッド・クルス、ロン・ポールの3人は理論も発言もハッキリして、今回でなくても将来は大統領の資格十分と思われた。

弁論大会は米国国民にとって重要な行事で、今回は史上最高の2400万人の視聴者がいたと報道された。共和党に賛成する国民が多いと言うのではなく、アメリカはオバマの過去7年の失敗で国威の衰退を招き、違法移民、人種問題と暴動の続発、オバマケアなどたくさ
んの問題に怒りを覚える国民が多いからである。

しかも民主党側の候補はヒラリー・クリントンの人気がトップだが彼女は幾つもの違法や違法すれすれの問題を抱えているから、共和党の誰がヒラリーと対決するか興味を持つ人が多いのである。

●共和党から脱退するか

弁論大会の始めに、アンカーが「共和党の代表になれなくても共和党を離れて選挙に出ないと誓はない人は居ますか?」と聞いたら、ドナルド・トランプが手を挙げた。

トランプはもともと政治家ではなく不動産ブローカーで資産100億ドルと自慢している大金持ちで、刺激的な発言や個人の欠点をあげつらうことで有名だが、政治経験がなく刺激的な発言で人気を集めている。彼は人気が最高だから党を離れることはないが、もしも共
和党の代表になれなかったら自費・無所属で出るかもしれないと強気である。

トランプは金持ちだから共和党や民主党の政治家にに献金した過去がある。金持ちを自慢して政党の資金援助がなくても無党派で個人の資金で選挙を戦うことができると豪語している。メディアは共和党の混乱を喜ぶ。左翼がかったメディアの人気投票で最高の19%を
獲得したから無党派で出ないとは言わないのだ。

●若手の善戦が目立った

トランプの外にこれまでブッシュやウォーカーなど州長経験者の人気が高く、弁論大会ではこの3人に質問が多く、他の候補者には不公平なところも見られた。トランプは政見がなく自画自賛で反感を買った。ブッシュやウォーカーの発言は平凡で威力がなかった。

人気を集めたのはクルスとルビオの政見発表で何度も喝采を浴びた。この二人の外に発言が受けたのは外科医のカーソンとハッカビー元州長、二人とも落ち着いた思想のある態度で好感を買った。

●トランプはジョーカー

大会前の人気調査で最高点を取ったドナルド・トランプは政治家ではなく不動産屋で、100億ドルの財産があると豪語し、刺激的な発言で知られる。彼は「政治的合理性(Political Correct)」に挑戦すると称し、戦略的に挑発や個人攻撃で注意をそそるので人気が高い、メディアはこれを「トランプ現象」と呼んでいた。

傲慢な発言で高い人気を得たのである。たとえば違法移民について、メキシコ政府が犯罪者や麻薬をアメリカに送り込んだ。違法移民は殆どが犯罪者だと発言して国際問題になった。参議員ジョン・マッケインはベトナム戦争で捕虜になったから英雄ではないと貶した。
有識者はトランプを嫌うが野次馬は共和党が分裂するような紛争を喜ぶ。こんな人物がアメリカの大統領になったら大変だ。

弁論大会では彼に対する質問も多かったが、政策についての質問を受けた時の彼の答えは刺激的なはぐらかしで済ませ、弁論の評価は
よくなかった。

トランプは女性蔑視発言も多く、嫌いな女性を「醜い、太った豚」などと言って憚らず、女性蔑視について厳しい質問をした女性アンカーのメギン・ケリーに、「俺はいつも正直な発言をしているので、政治的合理性など気にしない」と返事した。女性蔑視についての質
問に答えられず、持論の「政治的合理性」は反対、世間の批評は気にせず思ったことを言うと答えたのである。

弁論大会の翌日7日、フェイスブックで質問をした女性アンカーのことを「Binbo(ふしだら女)」と書いたが謝罪しなかった。

その晩のCNNのインタービューで再び女性アンカーのメギン・ケリーの質問に返答できなかったことを聞かれて、「あんなタフは質問をしやがって、目ん玉から血が出るような、身体のほかのところからも血が出るような…(blood coming out of her eyes, blood coming outofher wherever.)」と発言したので大問題になった。アメリカの投票者の53%は女性である。

この発言があったので、8日からアトランタ市で開かれたRedStateGatering(赤い州の集会)と呼ぶ共和党有利な州の集会があり、子の集会の夜はトランプが講演する予定だったが、「女性の生理発言」で主催者のエリック・エリックソンは招待を取り消すと決定した。

●結論

弁論大会と赤い州の集会の結果を要約すると次のようになる:

(1)Ted Cruz州議員の主張と発言が最も優秀で南部州の集会でもウィスコンシン州知事Scott Walkerはかなり共感を呼びブッシュと対等の人気を得た

(3)Jeb Bush 元フロリダ州知事の表現は平凡

(4)女性候補のCarly Fiorinaの表現がよかったが民衆が彼女に投票するかはわからない。

(5)Donald Trumpは失言について謝罪する気配はない。

この記事を書いている今もトランプは発言取り消しも謝罪もしないと強調している。共和党の候補者選びは前途多難である。