2017年04月27日

◆追悼 ペギー葉山・渡部昇一さん

MoMotarou



【追悼 ペギー葉山・渡部昇一さん:占領から離れて】

徹子の部屋 150413 ペギー葉山 4月13日 https://www.youtube.com
/watch?v=PtQgDIhZ3Kc

         ☆彡

亡くなられたペギーさんの曲で一番好きなのは「南国土佐を後にして」で
す。あの伸びのある声は良いですね。今回はペギー葉山さん関連の記事を
調べて見ました。WIKIより転載。お爺さんは何と会津白虎隊隊士!

■ペギー葉山さん

<<出生名:小鷹狩 繁子(こたかり しげこ) 1933年12月9日生まれ 
出身地:東京都新宿区 平成29年4月12日(満83歳没) 青山学院女子高
等部卒 歌手としての活動期間:1952年 - 2017年

★芸名の誕生

"ペギー"は友人宅の混線電話がきっかけで親しくなったテレホン・フレン
ドのアメリカ人から「君の声はペギーという感じだ」と言われたことか
ら、"葉山"は進駐軍廻りの際に一緒にアルバイトしていた学生に「長谷川
一夫にフランク・シナトラ…芸能人にとって、ハ行は縁起がいい。」と言
われ、「確かにその通り」と決定。

ペギーだけでは苗字が無いし、それなら何か…」ととっさに思いついたの
が葉山であったことからである。ただ、芸名の由来となったペギーの愛称
を付けたアメリカ人とは一度も会ったことが無いそうである。

当時、巡業等で地方へ行くとペギー葉山ではなく、ペリー葉山、ペンギン
葉山、ペジー葉山といった誤記が多数あった。>>

「進駐軍回り」。何とも言えない響きだ。歌手の伊東ゆかりさんもの父も
進駐軍回りのバンド員だった。お母さんが度々変わったのが嫌だったそうだ。


●「進駐軍回り」に関連して(WIKIより)

★伊東ゆかり (本名:伊東信子1947年4月6日 70歳 東京都 女優)
 幼少期から進駐軍キャンプで唄い始め、11歳のとき(1958年6月)「か
たみの十字架/クワイ河マーチ(映画『戦場にかける橋』テーマソン
グ」)でキングレコードより本格デビュー。これは美空ひばりのデビュー
年齡(12歳)よりも早い。

★中尾ミエ(本名:中尾美禰子1946年6月6日(70歳) 福岡県小倉市 活動
期間1961年 〜)

 6人きょうだい。実家は書店を経営していた。父親が事業に失敗し、
1958年に一家で上京。東京学芸大学付属中学校時代に、渡辺プロダクショ
ンにスカウトされた、園まり・伊東ゆかりらとスパーク3人娘を結成。

ザ・ピーナッツの後継として期待され、一時代を築く。確かな歌唱力で、
人気を博し、アメリカンポップス系を得意とする。

16歳にしてリリースした『可愛いベイビー』が大ヒット。一躍スターの座
に。20歳の若さで都内に一軒家を購入して両親へプレゼントした。

先日のラジオ番組で随分早いデビューですねと聞かれたミエちゃんが「学
校へ行くお金が無かったのよ」と答えていたのが印象的でした。

★江利チエミーなぜか一番好きな曲は「さのさ」です。
 https://www.youtube.com/watch?v=_EChSrYbpdY

“少女歌手・江利チエミ”のルーツは「生活を支えるため」であり、この点
は美空ひばりとの相違である。

長兄も陸軍士官学校出身で英語も堪能なエリートだったが、戦後の価値観
の変化などで順調とは行かず、結局、父がマネージャー、長兄が付き人と
いう3人4脚での芸能活動が、1949年(昭和24年)、12歳のころからスター
トすることになった。

進駐軍のキャンプまわりの仕事をこなしていくうちに智惠美はドリス・
ディの「アゲイン」などを習得し、ジャズ歌手への志向を高めていく。進
駐軍のアイドルとなり、愛称は「エリー」となる。芸名の江利チエミはこ
の「エリー」から母が名づけた。特にチエミをかわいがってくれた進駐軍
兵士ケネス・ボイドからその後の「運命の曲」となる「テネシーワルツ」
のレコードをプレゼントされる。

■「南国土佐を後にして」ついて
 https://blogs.yahoo.co.jp/momotarou100/63877397.html

(転載始)<<1958年11月にNHK高知放送局テレビ開始の記念番組として
「歌の広場」にペギー葉山が登場し歌い、テレビ時代の幕開けとともに日
本全国に知れ渡った。1959年5月にペギーの歌でキングレコードからシン
グル発売されると、発売からほぼ1年で約100万枚を売る大ヒット[3]とな
り、累計では200万枚を売り上げた。

NHKからオファーを受けた当初は「自分はジャズ歌手だから」と乗り気で
なかった。鈴木三重子盤を聞いて曲を覚え生放送の本番に臨んだが、観客
のボルテージが最高潮になるのを感じ、驚いたという。のちに鯨部隊で歌
い継がれていたことを知るが、それを最初から聞いていたらオファーを快
く受けただろうと語っている

原曲は、中国大陸中部に出兵した陸軍朝倉歩兵236連隊(鯨部隊)内で自
然発生的に生まれ、歌われていた曲とされる(同部隊には高知県出身者が
多かった)。後半部に土佐民謡「よさこい節」を歌いこんでいる。

戦後、復員兵らによって高知県にもたらされ、古里ソングとして定着し
た。そして、後述のペギー葉山盤の大ヒットで全国的に知られるようになった

武政英策(作詞・作曲)は原曲を採譜、整理、改編しており、原曲の歌詞
にあった「中支」「露営」といった、戦時下を連想させる言葉を、集団就
職の若者をイメージさせる言葉に置き換えた。>>(終)

■渡部昇一さん
 追悼番組 渡部昇一先生を偲んで 宮脇淳子 倉山満【チャンネルくらら】
 https://www.youtube.com/watch?v=bbbUR7cd2UE

(転載始)<<山形県鶴岡市出身。1948年(昭和23年)山形県立鶴岡中学
校(旧制)卒業、1949年(昭和24年)山形県立鶴岡第一高等学校(現:山
形県立鶴岡南高等学校)卒業を経て、同年に上智大学文学部英文学科に入
学。上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了を経てドイツのミュンス
ター大学(ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学)大学院博士課程修了。

自著によると極貧の状態で大学を卒業し、奇跡的にヨーロッパの大学に留
学し、学位を取ることができたと記述されている。ミュンスター大学
(ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学)哲学博士(Dr.Phil. 1958
年)、オックスフォード大学留学、ミュンスター大学(ヴェストファーレ
ン・ヴィルヘルム大学)名誉哲学博士(Dr.Phil.h.c. 1994年)。

ヨーロッパから帰国して10年ぐらい経った助教授の頃、フルブライト・ヘ
イズ法によるアジアからの訪問教授プラン(VAPP)によって渡米、4つの州
の6つの大学で半学期ずつ講義を行う。上智大学講師、助教授、教授を歴
任して定年退職。2001年に上智大学より名誉教授の称号を受ける。

専門の英語学以外にも歴史論、政治・社会評論を著している。内面の充実
を求める生活のさまざまなヒントとアイデアを示した著書『知的生活の方
法』はベストセラーとなった。また、大島淳一のペンネームでジョセフ・
マーフィーの成功哲学を日本に紹介した。(終)>>

■成功哲学の実践者だった

渡部昇一さんの事は皆さまご承知の通りです。注目は「ジョセフ・マー
フィーの成功哲学」を日本に紹介したことです。一連の著作(著者名:大
島諄一)に「眠りながら〜」シリーズがありますが、これは当時(1970年
代)「眠りながら〜」という言い回しが流行っていたからです。原書の名
前はinifiniteを使ったものが多く、潜在意識の力に触れています。東西
冷戦の時代でした。ご冥福をお祈りします。


         
             

2017年04月26日

◆「措置入院」精神病棟の日々(29

“シーチン”修一 2.0



精神科医/精神鑑定医は容疑者や被告の精神鑑定を行うことがある。小生
は「医師は対象者との数回の面談や犯罪歴、カルテなどの既存資料で診断
書を作るのか」と思っていたが、どんな生い立ちだったのか、どんな生活
環境だったのか、親、兄弟姉妹、親族はどのような人々なのかなどなど、
現地へ行って取材もしていると知って、小生はびっくりした。

「すごいものだ、デスクワークだけじゃないんだ、フィールドワークもし
ているんだ」

と感動し、敬意を覚えた。福島章著「犯罪心理学入門」から。

<「深川の通り魔事件」(1981/6/17、殺害4人、傷害2人、人質1人)の鑑
定を引き受けた時に、私はすぐに、以前の「Q遊園地人質事件」を思い起
こさなければならないはずであった。しかしながら不思議なことに“ある
瞬間”まで、まったく思い出しもしなかったのである。

思い出したのは、深川の事件で(犯人の)川俣軍司の家族に会いに行くべ
く、車でI県のある小さな町を通り過ぎた時のことである。東京から2時間
余り・・・ところどころに農家が点在し、ほぼ一直線の街道と交差する小
さな道は、たいてい曲がりくねっていて、両側が夏草に覆われている。

車の窓の外に、ある四つ路を見た時、私はふと「これは前にも見たことの
ある景色だ」と思った。しかし、平凡な、それこそどこにでもありそうな
田舎の風景なので、精神医学的に言えば「既視(デジャブ―)」体験、常
識的に言えば偶然の一致でもあろうかと初めは思った。

しかし、道標を見、その土地の名前を知るに及んで、一挙に記憶がよみが
えってきた。

10年近く前、私はその道を確かに歩いていたのである。今、車で通り過ぎ
たこの新しい国道を斜めに横切って、その道の奥へ、「Q遊園地人質事
件」の犯人S(21歳)の祖母に会うために歩いて行ったことがある・・・

日常的で平凡な人々の小路が続く、その屈折の先に、突如として非日常的
な決意や行動が思いもかけず現れてくる。見慣れた小道や枝道の先に、突
然恐ろしい深淵が口を開けている。それが「犯罪」という名の出来事である。

そしてその「犯罪」が、不思議なことに彼(犯人)を、いつかどこかで
会ったような平凡な人々ではない、まぎれもなく独自性を持った一個の人
間として刻印する>

早川ミステリーよりドキドキするのは、発狂老人の小生がいつ犯人になる
か分からないという恐怖心を抱えているためだけではなく、人間は十字
路、Y字路、T字路、小道、枝道をほんのちょっと外れただけで「恐ろしい
深淵」に落ち込むというのが冷厳な事実だからである。

がん、糖尿病、心臓疾患・・・善人だろうが悪人だろうが誰でも病気にな
る、そして大なり小なり同情される。ところが発狂、ましてやそれゆえの
犯罪はほとんどが憎まれる、「許せない!」と。

キチ○イの小生は、やったことは反省し謝るが、「Who let me go mad?」
という思いはある。「干渉しないで(俺は俺、君は君)、話しかけないで
(言った言わないの争いの元)、必要なことはメモして(証拠になる)、
とにかくLeave me alone!」と10年も前から言っている小生に対して、
寄ってたかって小生を干渉し、狂気を育んだのは誰なのか。彼らは誰も反
省していない。

城山三郎の「素直な戦士たち」そっくりの知人家族を見た。一緒にハイキ
ングに行ったこともあるお嬢さんが中1で発狂してしまった。教育熱心な
母親がせっせと「恐ろしい深淵」を掘っていたのだ。

「キチ○イにも三分の理」かもしれないが、図らずもキチ○イになったのだ
からキチ○イの思いを代弁するにはいい機会だろう。小生のようなキチ○イ
はレアのケースで、凡作、愚作だろうが、目を通していただければありが
たい、ヤル気も出るでよ・・・お馴染み病棟日記から。

【2016/11/26】児童書の有力版元には岩波(日共系)、福音館(キリスト
教系)、未來社(リベラル系、創業者の西谷能雄氏は小生の先生)などが
ある。

児童書を読んでいて気になるのは、権力、為政者、王侯、貴族、役人、地
主、豪商、富商など支配階級(今でいうセレブ、メインストリーム、狡
猾?な人)は「悪」、被支配階級(まあ普通の人、庶民)とかは「搾取さ
れ、虐げられている可哀そうな善人、正直者、弱者」という、ステレオタ
イプの表現が目立つことだ。

斎藤隆介著「職人衆昔ばなし」(文藝春秋)は小生の愛読書で、明治生ま
れの職人の心意気に大いに啓発されたものだが、実は彼は児童文学作家
で、ウィキによると短編童話集『ベロ出しチョンマ』で1968年に第17回小
学館文学賞を受賞している。

斎藤が日共党員だったことは山本夏彦翁から学んだが、どうも児童書は
「悪の支配階級を倒し、庶民に善政をもたらす革命万歳!」というイデオ
ロギーが底流にありそうだ。国旗、国歌を嫌悪、拒否する日教組はまだ生
き残っているし、彼らが「革命礼賛」図書を推奨しているのではないか。

「歴史は勝者が創る」、これは概ね真実だろうが、歴史解釈は多彩であ
り、信長にしろ家康にしろ秀吉にしろ、人物像や政策評価が定まっている
わけではない。人々がそれなりに歴史の真実を探ることができる日本人は
幸せである。

真実はなかなか公表されない。日米開戦にかかわる米極秘公文書は最低
100年は公表されないし、多分、よほどの政治変革がなければ永遠に秘匿
されるだろう。たとえ公表されたとしても、納得せずに受け入れない人は
多いものだ。

サメは人間に恐れられているが、サメに殺される人間は世界合計で年間10
人前後(シドニー水族館)、せいぜい700キログラムだ。一方で、人間に
食われるサメは2003年に90万トン(20万尾ほどか)に達した(のちは減少
傾向)。日本では昔からサメ漁が盛んで、蒲鉾やハンペンなどの魚肉練り
製品の材料として有名だし、所によっては刺身でも食べられているとか。
サメこそが人間を恐れている。

ついでに書けば、原子力発電稼働から60年ほどだが、被曝による死者は世
界累計で60人ほど、つまり年間1人前後しかいない。また、移動距離を基
準にした統計では、航空機は最も安全な乗り物だとIATA(国際航空運送協
会=民間レベル)、ICAO(国際民間航空機関=政府レベル)は公表している。

原発反対を唱える組織は宗教のようなもので、彼らは日本の交通事故死傷
者が年間80万人(24時間以内の死者だけで4000人。それ以後の死者も含め
れば1万人ほどになるのではないか。警察は死傷者を減らせと上から指導
されているから、現場では「とにかく24時間は延命させろ」となっている
のではないか)で、こういう事実を彼らがまったくスルーなのはほとんど
狂気だ。

真実は人を驚かす。

・“バスケ”の首の右にハート形のピンクの刺青があった。髪を垂らしてい
るときは分からなかったが、ポニーテールにしたので発見した。そこが性
感帯か。‟バスケ”は札付きの不良少女だったのかもしれない。「職人衆昔
ばなし」では一人前の職人は皆刺青をしていたそうだが、今の日本では一
般的に刺青=ゴロツキと見られている。“バスケ”の両親は嘆いたことだろう。

・小生より一つ下の看護助手のオッサンが夜勤明けで「疲れた、シンド
イ」を繰り返している割には日に焼けて元気そうだ。「何かスポーツを
やっているの?」と聞けば「ゴルフ。この辺はゴルフ場だらけだからね」。

小生「ボクのグリーンデビューは大秦野CCで、崖の上から打つホールも
あったよ」

オッサン「フラットのコースは面白味がないし、でもアップダウンが激し
すぎると疲れちゃうから、適度なアップダウンのコースがいい。それなら
27ホール回れるしね」

オッサンはゴルフ場建設の際に土地を売るか提供して永久会員権をGETし
たのではないか。病院のあたりは土地だけはうんざりするほどある。“緑
の料亭”に庶民も通うのだから、日本はまったくいい国だ。ゴルフはもは
や米国並みに庶民のスポーツになったようだ。

・ビートルズ大好きの“ポール”が転院した。重度の統失のFさんは荷物と
ともに消えたが、3Fの隔離病棟に戻されたか、90日を過ぎたので転院させ
られたのか。Gone with the bagageだな。

・フロアを歩きまくっているのは小生と、同室の“マジメ”だ。「競歩で競
争しよう」ともちかけたら、「実はリハビリ中なんです。入院前は前のめ
りにチョコチョコとしか歩けなくて・・・早く治して工場に戻りた
い・・・」。

思わず「頑張ってね」と言ってしまったが、これは精神病患者には禁句
だった。頑張り過ぎて病気になった人が少なくないからだ。小生も頑張っ
て飲んだから・・・「まあボチボチ、マイペースでね」と言うべきだった
な。(つづく)2017/4/24


2017年04月25日

◆「リベンジ」という使い方

室 佳之



4332号渡邊好造さんの片仮名の話は、確かに、なるほど、そうだそうだと
思い読みました。小生も『リベンジ』という使い方は、どうにも好きにな
れません。

ヘルパーをやっていた数年前、別のヘルパーがとある利用者宅で色々と拒
否に会い『次こそリベンジ!』と発したので、『それって本来の意味から
すると、復讐しに行くって意味だからおかしいぞ』と指摘したことがあり
ます。

ところで、文末に『ハングル文字』と書いていますが、ハングル自体に文
字の意味が含まれていますから、『文字』をつけるのは不自然です。加え
て、中国は漢字を簡略化したかも知れませんが、日本も戦後間もなく、簡
略にして今に至っていますから、他所様のことを云える立場でもないとい
うのが小生の考えです。

韓国も漢字は消えかかっているものの、使う時は旧漢字を使ってます。


◆巴里だより「さっぽろラーメン」

岩本 宏紀(在仏)



巴里の中心にサンタンヌ( Sainte Anne)という、バス1台がやっと通
れる一方通行の道がある。両側に日本食レストラン、ラーメン屋、うど
ん屋、すし屋、カラオケスナックが並んでいる。日本語の看板の下を日
本人が行き交う光景を眺めていると、まるで日本かと錯覚してしまう。

サンタンヌから一本入った道に、赤ちょうちんがぶらさがった「ラーメ
ン屋」がある。店員は中国人だが、ここの「さっぽろラーメン」は美味
い。ぼくがいつも注文するのは塩ラーメン餃子セットとハイネケン。ボ
リュームのあるどんぶりに胃も心も満たされる。

すっかり日本人気分で店を出るのだが5メートルも歩くと、ここは巴里
だったと我にかえる。百年は経っている石造りのアパルトマンと、それ
よりも古そうな重厚な国立図書館。そのあいだの小さな四角い空間が、
公園になっているのだ。

まわりを大きな樹に囲まれ、中央に女性の立像でできた噴水がある。女
性はセーヌとかロワールとかフランスの大きな川の名前の入った台座の
うえに立っており、その頭上の円盤から水が溢れ落ちるという趣向だ。

もうひとつ感心するのは色遣いだ。ベンチも街頭も深い緑色に統一され
ている。注意書きの立て札まで同じ色という徹底ぶりだ。樹との折り合
いがいい。この色のおかげで、淡いピンク色の女性の像が映える。

噴水を眺めるように数個のベンチが据えてあり、天気のいい日は読書を
するひと、お昼のサンドウィッチを頬張るひと、ぼんやりと時間を潰す
浮浪者を見かける。巴里の財政がどうなっているのかは調べていないが、
こんなふうに税金を使うのも悪くない。(了)

2017年04月23日

◆「措置入院」精神病棟の日々(28)

“シーチン”修一 2.0



女性読者から次のコメントをいただいた。一部紹介する。

「この(夫婦仲の良い上記の)2つの例は、夫が妻より大人で、妻の心理
的欲求を満足させている例ですが、幸せな妻は夫のことも忖度するように
なる率が高いと思います」

小生はカミサンの「デキの悪いわんぱく小僧」みたいなもので、「見捨て
るわけにはいかないし、ホント、困ったクソガキ。でも時々可愛い
し・・・」とカミサンは迷っている感じだ。「♪憎い 恋しい 憎い 恋
しい めぐりめぐって 今は恋しい」、八代亜紀の歌のように。

その次は「憎い」となり、昨日のカミサンは1時間後には「恋しい」とな
り、愛憎相半ばという状態がしばらくは続くのだろう。医者に行った方が
いいと思うが・・・夫婦そろってビョーキというのはよくあることで、ダ
メ夫に愛着があると「♪尽くし足りない私が悪い」と自責の念にかられた
り、他者を恨んだりするようだ。島尾敏雄の奥さんミホも心を壊した。

比翼の鳥、連理の枝・・・仲睦まじい夫婦は1割あるかどうか・・・小生
の周辺では、それは例外的だ。カミサンにミホになられたら困るから、小
生は春琴に仕えた佐吉のように生きる「佐吉主義」で今のところシコシコ
やっているが、小生が再発狂しないためには精神の安定が大事で、それな
りにガス抜きは必要になる。たとえば――

昼食に「肉まん」を食べようと思い、散歩に出かける次女母子に調達を頼
んだが、「どこにも売っていない、店員にも確認した」と言う。がっかり
だ。肉まんはいつの間にか冷やし中華みたいに季節商品になってしまった
のか。

売り場の棚は限られているから売れ行きの良い商品を置くのが原則だろ
う。秋から冬には100個/日売れていたものは春以降は10個になるのか。
「それなら鍋の具材よりもっと売れるもの、行楽の季節だからサンドイッ
チやお握りの品ぞろえを増やそう」とかなって、売れ行きの悪くなった商
品は排除されたりするのだろう。

日本は料理に恵まれている。料理が発達する地域は「飢饉が発生しがち=
カタツムリ、ツバメの巣、クサヤ・・・何でも試してみる」、「絶対的な
王政が敷かれた=王様は宴会好きだから宮廷料理が発達する」、「暑い夏
や寒い冬など明確な季節がある=旬の食材・料理がある」というのが絶対
条件だろう。

この3点を満たしているのは中華料理、フランス料理が双璧で、これに続
くのがイタリア料理、日本料理あたりか。手を伸ばせばバナナがあるよう
な熱帯地では料理はなかなか発達せず“猫まんま”みたいなのが多いよう
だ。(熱帯の○○国を訪れた際にそう思ったのだが、ケナスのもどうかと
思って黙っていた。しかし、数年後に訪れた部下(女性)曰く“○○料理?
 ありゃ猫まんまですよ”。

熱帯地でも寒帯地でも地元の人にとっては「旨い!」というものはあるだ
ろう。米国ではアラスカで食べたカニはとても旨かったが、ビーフステー
キ(硬い!)、フライドチキン(南部ではサザンフライと言っていた)は
味は並だが量に圧倒された。日本の倍はある。

上記の部下は香港観光協会の招待旅行で食べた中華料理(上海料理、広東
料理だろう)の「あまりにもの美味しさに感動して涙が出ちゃいました
よ!」と言っていた(女はすぐに泣くなあ、感動しやすいのだろう)。

「感動」・・・大辞林(第五版)にはこうある。「深く心に感ずること。
感じて起こる急激な精神の興奮」。

精神病患者にとって負の感動、急激な精神の興奮はあまり良くないかもし
れない。気分が落ち込みやすく、家庭不和などによる破滅願望から「死刑
になりたかったので殺した、誰でもよかったが、できるだけ大事件を起こ
して家族や世間を騒がせ、復讐したかった」という症例は昔から多いようだ。

うつ病患者はそういうことをしてしまいかねないという不安を抱えている
のだろう、小生も自分自身が怖い。不満、ストレスが突飛な言動を誘発する。

優れたボクサーであった具志堅用高は試合直前の習慣となっていた「計量
後のアイスクリーム」を周囲から止められたことで戦意を喪失したのか、
世界王座から陥落した。たかがアイス、たかが肉まん、されどアイス、さ
れど肉まん。小生は食パンを利用して肉まんもどきを作り、鬱屈を解消した。

何事もなく感動の薄い穏やかな病棟日記から。

【2016/11/25】学研編「もう一度読みたい『教科書の泣ける名作』再び」
(2014)を読み始める。何しろ病棟でやることと言ったら、読書、作文、
服薬、カウンセリング、作業療法、室内歩行&運動(通路の1往復は150
メートル)、中2日の入浴、食事、多少のおしゃべりくらいしかない。

ナースは「脳を休めることはとても大事」としょっちゅう言うから、病棟
で感動や感涙することはまずない。たまに大声で泣き叫んだり暴れる娘さ
んもいるが、それはただの発狂にすぎない。

10:00から1時間ほどのOT(作業療法)は、数十年ぶりのラヂオ体操第1と
第2、さらに柔軟体操。その後は8人でチームを組んでホッケーゲームに興
じた。わがチームは大逆転され、トップから屈辱の最下位に落ちてしまっ
た。まるで小生の人生そのもので、こういう場面では笑うしかない。

車椅子の45歳ほどの白人も参加していたが、左腕なし、両足は義足で、慢
性期病棟の人のようだ。事故にでもあったのか、電車に飛び込んだのか、
この辺には米軍基地も多いから戦傷なのか・・・人生いろいろだ。(つづ
く)2017/4/22




2017年04月21日

◆「措置入院」精神病棟の日々(27)

“シーチン”修一 2.0



昼食に「肉まん」を食べようと思い、散歩に出かける次女母子に調達を頼
んだが、「どこにも売っていない、店員にも確認した」と言う。がっかり
だ。肉まんはいつの間にか冷やし中華みたいに季節商品になってしまった
のか。

売り場の棚は限られているから売れ行きの良い商品を置くのが原則だろ
う。秋から冬には100個/日売れていたものは春以降は10個になるのか。
「それなら鍋の具材よりもっと売れるもの、行楽の季節だからサンドイッ
チやお握りの品ぞろえを増やそう」とかなって、売れ行きの悪くなった商
品は排除されたりするのだろう。

日本は料理に恵まれている。料理が発達する地域は「飢饉が発生しがち=
カタツムリ、ツバメの巣、クサヤ・・・何でも試してみる」、「絶対的な
王政が敷かれた=王様は宴会好きだから宮廷料理が発達する」、「暑い夏
や寒い冬など明確な季節がある=旬の食材・料理がある」というのが絶対
条件だろう。

この3点を満たしているのは中華料理、フランス料理が双璧で、これに続
くのがイタリア料理、日本料理あたりか。手を伸ばせばバナナがあるよう
な熱帯地では料理はなかなか発達せず“猫まんま”みたいなのが多いよう
だ。(熱帯の○○国を訪れた際にそう思ったのだが、ケナスのもどうかと
思って黙っていた。しかし、数年後に訪れた部下(女性)曰く“○○料理?
 ありゃ猫まんまですよ”。

熱帯地でも寒帯地でも地元の人にとっては「旨い!」というものはあるだ
ろう。米国ではアラスカで食べたカニはとても旨かったが、ビーフステー
キ(硬い!)、フライドチキン(南部ではサザンフライと言っていた)は
味は並だが量に圧倒された。日本の倍はある。

上記の部下は香港観光協会の招待旅行で食べた中華料理(上海料理、広東
料理だろう)の「あまりにもの美味しさに感動して涙が出ちゃいました
よ!」と言っていた(女はすぐに泣くなあ、感動しやすいのだろう)。

「感動」・・・大辞林(第五版)にはこうある。「深く心に感ずること。
感じて起こる急激な精神の興奮」。

精神病患者にとって負の感動、急激な精神の興奮はあまり良くないかもし
れない。気分が落ち込みやすく、家庭不和などによる破滅願望から「死刑
になりたかったので殺した、誰でもよかったが、できるだけ大事件を起こ
して家族や世間を騒がせ、復讐したかった」という症例は昔から多いようだ。

うつ病患者はそういうことをしてしまいかねないという不安を抱えている
のだろう、小生も自分自身が怖い。不満、ストレスが突飛な言動を誘発する。

優れたボクサーであった具志堅用高は試合直前の習慣となっていた「計量
後のアイスクリーム」を周囲から止められたことで戦意を喪失したのか、
世界王座から陥落した。たかがアイス、たかが肉まん、されどアイス、さ
れど肉まん。小生は食パンを利用して肉まんもどきを作り、鬱屈を解消した。

何事もなく感動の薄い穏やかな病棟日記から。

【2016/11/25】学研編「もう一度読みたい『教科書の泣ける名作』再び」
(2014)を読み始める。何しろ病棟でやることと言ったら、読書、作文、
服薬、カウンセリング、作業療法、室内歩行&運動(通路の1往復は150
メートル)、中2日の入浴、食事、多少のおしゃべりくらいしかない。

ナースは「脳を休めることはとても大事」としょっちゅう言うから、病棟
で感動や感涙することはまずない。たまに大声で泣き叫んだり暴れる娘さ
んもいるが、それはただの発狂にすぎない。

10:00から1時間ほどのOT(作業療法)は、数十年ぶりのラヂオ体操第1と
第2、さらに柔軟体操。その後は8人でチームを組んでホッケーゲームに興
じた。わがチームは大逆転され、トップから屈辱の最下位に落ちてしまっ
た。まるで小生の人生そのもので、こういう場面では笑うしかない。

車椅子の45歳ほどの白人も参加していたが、左腕なし、両足は義足で、慢
性期病棟の人のようだ。事故にでもあったのか、電車に飛び込んだのか、
この辺には米軍基地も多いから戦傷なのか・・・人生いろいろだ。

昨日カウンセラーから「奥様の良いところ、感謝することを書いてみた
ら」とアドバイスを受けたので、ホールで「カミサンの良いところ、感謝
すること――あるいは小生の半生記/反省記/自省録」を書いた。

*ロクデナシを拾ってくれた

小生の青春は概ね悲惨だった。公安事件で長期裁判を抱えており、法的身
分は「保釈中」だった。大学も除籍処分になったが、それ以前に内ゲバが
激しく、大学に戻れる状況ではなかった。戻れば殺されていたろう。

経歴を糊塗するために、鳶職で学資を貯めて専門学校で学び、1975年、24
歳でどうにか海外旅行関係の出版社にもぐりこんだ。

当時、B747ジャンボ機の就航で運賃が下がり、海外旅行は大ブームになり
つつあった。旅行会社は海外事情などの情報を求めていたが、特に上り坂
の業界では「先んずれば人を制す」で、とても情報に敏感だった。

小生は週刊業界紙の記者・編集者として読者に現地情報、市場動向、マー
ケティング戦略、政治・行政の動き、業界動向などを伝えるのが仕事で、
当初は保釈中のためにパスポートを取得できないという障害もあったが、
なんとかクリアし、やがて編集デスクになった。

その後、月刊の海外旅行雑誌を立ち上げることになり、小生は事実上、そ
の編集長になったが、広告・販売ともに低調で休刊、小生は週刊業界紙に
戻されたものの、なんとなく“窓際”のようだった。年収もがくんと減って
意気消沈していたものである。

そんな時に出会ったのがカミサンで、小生がフィリピン出張でコレラにな
り、3週間隔離された際に毎日のように見舞いに来てくれた。30メートル
ほど離れた別棟の内線電話から顔を見せ手を振りながら会話するのだ。

フィリピンから帰国した足で会社、印刷所、寿司屋、そしてカミサンのア
パートへ行ったが、すべて消毒され、接触した人は検便させられた。会社
からは始末書を取られた。

こういう孤立無援の中で、カミサンの見舞いは何よりもありがたかった。
「この人を世界中で一番幸せにしよう」と心に決めた。

結婚すると“青春の鬱屈”はきれいに晴れて、仕事も上手くいき、29歳で週
刊業界紙の編集長(部長待遇)に昇進。良き先輩、同僚のおかげでもある。

家庭も仕事も絶好調で、勢いに乗って日刊紙と旅行業界年鑑も創刊し、生
まれて初めて表彰された。

そんな折、カミサンに「なんで俺みたいに見栄えのしない奴を選んだの
か」と問うと、「あなたと一緒なら一生退屈しないと思ったの」と答えて
いた。確かに退屈はしなかっただろうが、今は心配ばかりかけているから
心苦しい。

小生はカミサンに拾ってもらったおかげで、まずまず人並みの幸福な人生
を得たと感謝している(カミサンはどう思っているのだろうか・・・聞く
のが怖い)。

*起業を支援してくれた

3人目の子(男)が生まれた1984年、33歳の時にスピンアウトし、編集プ
ロダクションを起業、同時に自宅を新築し、不動産賃貸事業も始めた。長
女4歳、次女3歳の春だった。

計算外だったこともある。起業後に仕事はきたが、納品から入金まで最低
3か月、中には6か月の約束手形払いもあって、カミサンに十分な金を渡せ
ない。

このためカミサンは再びナースとして働き始め、小生の仕事を支えてくれ
た。幸いにも病院の育児室で0歳児を預かってもらえ、その後は近所の公
立保育園に預けることもできた。

空前絶後のバブル景気(1986〜2002年頃)の追い風もあり、事業は軌道に
乗り、カミサンの支援、踏ん張りもあって子供3人を無事育て上げること
ができた。

*自殺未遂、蘇生、そしてがん手術

2000年8月、大阪出張から疲れ果てて帰宅した夜、酔った小生は首吊り自
殺を試みた。アッと思う間もなく気が遠くなり、夢を見るように黄色い花
畑の中を歩いていた・・・遠くからカミサンの声がし、やがて「生きて!
生きて!」という声で目覚めた、というか蘇生した。

カミサン「アンタ、飲み過ぎよ!」
小生は喉が壊れたシワガレ声で「長生きし過ぎた」。

カミサン「命を救ったのは私だからね、アンタはこれから私のものだから」
なんのことやら小生には分からなかったが・・・

2003年4月、胃潰瘍から胃がんになり、胃のほとんどを摘出した。退院し
た夕方、酒を飲んでいるとカミサンが激怒し、「アンタって人は!」と蹴
飛ばしはじめた。小生は抜糸して間もない腹を蹴られないようにするのが
精いっぱいだった。

カミサンは懲りずに酒を飲む小生に、「私がとても心配しているの
に・・・コイツは許せない!」と怒り心頭に達したのだろう。

愛する者、自分の飼い犬に裏切られた思いだったに違いない。

*キッチンドリンカー、発狂、措置入院へ

胃がん手術で小生のQOL(quality of life、生活の質)は著しく低下し、
ダンピング症、低血糖、下痢、嘔吐、こむら返り、さらに抗がん剤の副作
用で「生きながら死んでいる」ようなフラフラ状態になり、仕事を再開す
るまでに1年かかってしまった。

仕事をしていれば飲酒は夜からだから問題ないし、2009年、58歳でリタイ
アし、家事と、呆け始めた母(89歳)の介護を担当したからおのずと酒量
は限られる。カミサンの協力もあって母は92歳、自宅で大往生した。

介護が終わってから、飲み始めは午後4時になった。家には誰もいないか
らブレーキが利かない。キッチンドリンカーへの道だ。その頃(2011年)
から飲酒や生活に対するカミサンの苦情、説教、干渉が増えていった。

当時はもっぱら焼酎を飲んでいたが、体調が悪化し、肝機能低下、前立腺
肥大、脳機能劣化を招き、2013年には半年間断酒、再開後は焼酎をやめて
赤ワイン主体にしたところ、体調はかなり改善された。

ところが2016年5月頃からウイスキーも飲み始め、9月末の発狂事件の10日
ほど前からは風邪で体調が悪く、元気をつけるため、と朝から飲むように
なってしまった。

当然、カミサンは苦情を言い、小生は「干渉するな、話しかけるな、ほっ
といて、Leave me alone!」と反発する。小生はついに酒乱となり、発狂
したのだった。

古人曰く「後悔先に立たず」、今さら元には戻れない。戻りたいのなら
「君子危うきに近寄らず」で断酒すべきなのだし、「今度しくじったらお
しまいだ」「カミサンを世界一幸せにするという結婚時の誓いを反故にす
るな」とは分かっている。

それでも未練たらしく「節酒で上手くいくかもしれない」などと悩ましい
日々が続いていたが、1か月の入院治療でようやく吹っ切れた。哲学者曰く――

「君は心の中に葛藤を抱えている。今のままではダメだ、自分を変えた
い、変わりたい、という思いがある一方で、変わろうとしない頑固な自分
もいる。頑固な自分に打ち克つことが、本来の“あるべき自分”を活かすこ
とになるだろう」

“あるべき自分”とは何か? 冷静沈着、知行合一、良き夫、良き父、良き
生活者だろう。それが酒乱では誰からも相手にはされない。先達の言、
もって銘すべし。

余生は短く、十分な報恩はできないかもしれないが、カミサンや娘たちの
受けた傷はあまりにも深く、大きく、どんな言葉も癒しにはならないかも
しれない。それならなおさらのこと、行動で反省、改悛を示すべきだろ
う。(つづく)2017/4/19


2017年04月18日

◆「措置入院」精神病棟の日々(26)

“シーチン”修一 2.0



カフカの「城」のような“どうしても辿り着けない”と焦燥感にあえぐ夢で
起きた。以前は“締め切りに追われる”夢をよく見たが、発狂以来、「城」
もどきが多いようだ(どういうわけか浅草あたりで迷う。一葉女史、荷風
散人、吉原などの印象が強いためかもしれない)。悪夢で目覚めるとしば
らく呆然とするが、それにしてもなぜ「城」なのだろう。

「不条理」「夢と現実の混在」「困惑と焦り」・・・カフカの作品はそん
な風に語られているようだが、彼は父親へのコンプレクス(複雑な思い)
がトラウマになっているとか。

彼は肺結核だったが、小生のような発狂経験はなく、キチ○イではない。
なぜ彼は「城」や「変身」を書いたのだろう。WIKIから。

<精神分析的解釈の代表的なものはヘルムート・カイザーの『フランツ・
カフカの地獄』(1931年)であり、カイザーはここで『変身』や『流刑地
にて』などの作品を、父に対する息子のエディプス・コンプレックスが表
れた作品として論じている。

新フロイト派のエーリヒ・フロムは『夢の精神分析』(1951年)で『審
判』を取り上げ、この作品を心理的事実が表れた一つの夢として読むべき
だとした。

また精神分析の発想を応用しているものとしてジョルジュ・バタイユのカ
フカ論(『文学と悪』所収、1957年)があり、ここではジークムント・フ
ロイトの快感原則の理論などを踏まえつつ、父親の権威が支配する世界に
対して小児的な幸福を追求した者としてカフカを論じている>

カフカは父から自分という人格を認めてもらいたいが、父は理解しようと
もせずに、自分を難じる、共通の言葉もない・・・これはデュガールの
「チボー家の人々」でも父と次男の葛藤として描かれている。

小生の場合、カミサンに理解されたい、「ああ、修一はこういう人格なの
だ、ずいぶん変わっているけれど、それだから修一なのだ」と。しかし、
カミサンは小生に常に疑い深い視線を向けるし、「彼は彼、私は私、考え
や価値観、嗜好は全然違うけれど尊重はする、個人主義でいいのではない
か」とは思わない、思えない、思いたくない。

このあたりが小生の緊張や欲求不満、ストレスとなり、「城」的なもどか
しさや悪夢になっているのではないか。カミサンは永遠に変わらないから
小生のストレスも溜まり続けるのか。

今朝は発狂して壊したドアを修繕する。まるで新品のようになったが、こ
れで発狂の物理的痕跡は表面的には消えたことになる。憂さ晴らしにビー
ル瓶を叩き割る奥さんの話を聞いたことがあるが、奥さんなりの発狂防止
策だったのかもしれない。田舎ならそれもできるが、街中では難しいだろ
う。ストレスを上手く発散しないと爆発に至る。

発散をしくじった人々の集う病棟日記から。

【2016/11/24】統合失調症のYさんはずーっと軽いいびきをかきながら気
持ちよさそうに寝ていた。眠っているときだけが落ち着けるのだろう。起
きているときは幻覚、幻聴でぶつぶつ言ったり、朦朧とし、フラフラした
り。まだ40歳前後だろうに、顔の筋肉が衰えてドローンとした表情だ。

社会復帰は到底無理で、一生を障害者、患者として生きるのだろう。服装
を見ても着た切り雀で、近親者から見捨てられているようだ。

80歳過ぎのおばあちゃんのTさんは、「娘が一人いるけれど離れて暮らし
ているから、家に帰っても自分一人では(気力体力的に?)何もできな
い」と意見交換会で言っていた。彼女はホールで塗り絵にはまっていた
が、実に上手だった。どう見ても精神疾患ではない。

介護施設の機能はすべての精神病院が引き受けられる。前者は深海(まる
で死後の世界)のようにひっそりとしていたが、後者は若い女性も多く、
ホールではおしゃべりで賑やかだ。彼女も10代の孫のような女の子とお
しゃべりをしていた。どちらが老人にとっていいかは明らかだ。精神病院
は積極的に介護事業に取り組むべきではないか。

30歳ほどの美女の歩きっぷりが素晴らしい。歩幅は大きいし、とても力強
く、男でも見ない歩き方だ。“ボス”と仲良しなので、誰も手を出さない
が、声をかけてみた、「ちょっと伺いたいんですけど、とても歩き方がい
いですね、何かスポーツをやっていたんですか?」。

「小学校と中学校でバスケットをやっていました」

ナルホド、納得。ボールを持たせたらダムダムダムとドリブル、一気に
ダッシュし、スラムダンクでゴールに叩き込みそうな感じだ。通称“バス
ケ”でいこう。このパワーで家庭内で暴れまくったら両親は警察に助けを
求めるしかないな・・・

小生の息子はマッチョ、キン肉マンで、4、5歳から剣道を習っていたが、
消防官に採用された。一芸に秀でることは人生にプラスになる。年長の知
人は剣道5段で、学校やビルの警備員として優先的に採用されている。剣
士は棒を持たせるとまったくスキがなく、びしっと決まる。剣道4段のカ
ミサンは暴れる統失患者にもひるまない。

中姉と長女の連れ合いは高校まで球児で、ともにゴルフが上手い。スポー
ツは趣味の範囲でもいいからやっておくほうがいい。小生は一升瓶の火炎
瓶を室伏のごとくに投擲する迷人で、千葉刑務所へ送られたから、投げる
のが好きなら火炎瓶や石はやめておいたほうがいい。

今朝の産経コラム「だからリベラルは嫌」(加納宏幸記者)は面白かっ
た。彼らリベラルは口先ではきれいごとを言うが、オバマ(イスラム教か
ら白人を憎悪する過激プロテスタントに転向したりした)やメルケル(穏
健プロテスタントの牧師の娘、自分は正義だと思い込んでいるお節介オバ
サン)のように国家を棄損する。

リベラルは宗教のようなものだから棄教は難しい。論稿で理路整然と叩き
まくり、選挙で落としていくしかないが、あと10年もすればリベラルはほ
とんど消えているのではないか。カトリックも中絶、離婚、同性婚などに
寛容にならざるを得ないし、イスラム教は永遠に殺し合いを続けるから、
どちらもパワーは衰えていくだろう。

中韓を未だに拘束している儒教の「朱子学」は人民統治にはすこぶる有効
だが、頑迷固陋のガチガチの保守でありイノベーションにはまったく不向
きである。英仏さらには見下していた日本にも負けた支那は、明治維新の
チャイナバージョン「洋務運動」を始めたが、半分は自滅、半分は保守派
に潰されてしまった。

世界は、というか先進国はIndustry 4.0(第4次産業革命=情報通信技
術、人工知能などによる生産性の飛躍的向上)に取り組んでいるが、支那
にはインターネットさえない。人民は世界の情報から遮断されたままだ。

そして支那、朝鮮は基本的に強者が弱者を支配する朱子学秩序のままで、
ロシアも同様だろう。有能な人材はどんどん流出するばかりだ。習近平曰
く「マルクス主義を学べ、俺の言葉を暗記しろ」だと。現代版の科挙によ
り大失敗した共産主義を延命させようというのだろうが、滑稽を通り越し
て痴呆症の域だ。暗記ではなく創造がミソ、キモなのに・・・

才あるものは沈没船から逃げ出すから、グズグズしているのはクズばか
り。弱体化は免れない。

日本の場合、改革を唱えるのが保守派で、既存秩序維持を叫ぶのがリベラ
ルを含めたアカという、実に奇妙なことになっている。リベラルはとっく
の昔に粗大ゴミになり、廃品回収車も避けて逃げる汚染物に堕してしまっ
た。「壊れていてもかまいません」が、腐臭ふんぷんの汚物には誰も手を
出さない。

長興寺蔵の「織田信長像」は優しげな美男で、巷間伝えられる残虐過酷な
イメージとはまったくそぐわない。天安門の毛沢東像も、1949年の建国以
降だけでも(餓死を含めて)4000万人を殺した独裁者とは思えない。

プーチンやドゥテルテは人殺しの人相をしている。トランプは狡猾かつ有
能なビジネスマンの顔で、選挙中はタフガイを演じていたのだろう。

中共は公式見解で毛沢東は「貢献7割、誤り3割」とされており、それ以上
の詮索を禁止しているが、まったくの善人も、まったくの悪人もいないの
なら、英雄・偉人も善7:悪3あたりかもしれない。英雄の自宅でのくつろ
いだ姿、たとえば褌一丁で夕涼みをしているとかを間近に見る下男にすれ
ば「下男の目に英雄なし」となるわけだ。

小生は自分を5:5あたりかと思うのだが、カミサンから見れば4:6、3:7
で悪の方が目立つのかもしれない。

14:00〜16:20、立て続けに心理面接。1人目は「両方が納得する解を得
るために奥様にもヒアリングする」、2人目は「奥様の良いところ、感謝
することを書いてみたら」とアドバイスを受けた。

精神病院には臨床心理士、精神保健福祉士、作業療法士などがいて、彼ら
カウンセラーはコメディカル部に所属していた。「コメディー・・・患者
を楽しませるからなのかなあ」などと奇異な感じを受けていたが、Co-
Medical部、訳せば「医療支援部」に所属しているという。「二度と病院
に来ないで済むよう、患者と家族が平穏に暮らせるようにするのが仕事」
だそうだ。

17:00、夕薬に整腸剤のビオフェルミンが追加された。20:00、就寝前薬
としてこれまでのフルトラムゼパムに加えて「グッドミン」が加わった
が、深く眠り過ぎないか。トイレで目が覚めないと大事になるが、大丈夫
なのか・・・心配だ。(つづく)2017/4/16

2017年04月17日

◆「措置入院」精神病棟の日々(26)

“シーチン”修一 2.0



カフカの「城」のような“どうしても辿り着けない”と焦燥感にあえぐ夢で
起きた。以前は“締め切りに追われる”夢をよく見たが、発狂以来、「城」
もどきが多いようだ(どういうわけか浅草あたりで迷う。一葉女史、荷風
散人、吉原などの印象が強いためかもしれない)。悪夢で目覚めるとしば
らく呆然とするが、それにしてもなぜ「城」なのだろう。

「不条理」「夢と現実の混在」「困惑と焦り」・・・カフカの作品はそん
な風に語られているようだが、彼は父親へのコンプレクス(複雑な思い)
がトラウマになっているとか。

彼は肺結核だったが、小生のような発狂経験はなく、キチ○イではない。
なぜ彼は「城」や「変身」を書いたのだろう。WIKIから。

<精神分析的解釈の代表的なものはヘルムート・カイザーの『フランツ・
カフカの地獄』(1931年)であり、カイザーはここで『変身』や『流刑地
にて』などの作品を、父に対する息子のエディプス・コンプレックスが表
れた作品として論じている。

新フロイト派のエーリヒ・フロムは『夢の精神分析』(1951年)で『審
判』を取り上げ、この作品を心理的事実が表れた一つの夢として読むべき
だとした。

また精神分析の発想を応用しているものとしてジョルジュ・バタイユのカ
フカ論(『文学と悪』所収、1957年)があり、ここではジークムント・フ
ロイトの快感原則の理論などを踏まえつつ、父親の権威が支配する世界に
対して小児的な幸福を追求した者としてカフカを論じている>

カフカは父から自分という人格を認めてもらいたいが、父は理解しようと
もせずに、自分を難じる、共通の言葉もない・・・これはデュガールの
「チボー家の人々」でも父と次男の葛藤として描かれている。

小生の場合、カミサンに理解されたい、「ああ、修一はこういう人格なの
だ、ずいぶん変わっているけれど、それだから修一なのだ」と。しかし、
カミサンは小生に常に疑い深い視線を向けるし、「彼は彼、私は私、考え
や価値観、嗜好は全然違うけれど尊重はする、個人主義でいいのではない
か」とは思わない、思えない、思いたくない。

このあたりが小生の緊張や欲求不満、ストレスとなり、「城」的なもどか
しさや悪夢になっているのではないか。カミサンは永遠に変わらないから
小生のストレスも溜まり続けるのか。

今朝は発狂して壊したドアを修繕する。まるで新品のようになったが、こ
れで発狂の物理的痕跡は表面的には消えたことになる。憂さ晴らしにビー
ル瓶を叩き割る奥さんの話を聞いたことがあるが、奥さんなりの発狂防止
策だったのかもしれない。田舎ならそれもできるが、街中では難しいだろ
う。ストレスを上手く発散しないと爆発に至る。

発散をしくじった人々の集う病棟日記から。

【2016/11/24】統合失調症のYさんはずーっと軽いいびきをかきながら気
持ちよさそうに寝ていた。眠っているときだけが落ち着けるのだろう。起
きているときは幻覚、幻聴でぶつぶつ言ったり、朦朧とし、フラフラした
り。まだ40歳前後だろうに、顔の筋肉が衰えてドローンとした表情だ。

社会復帰は到底無理で、一生を障害者、患者として生きるのだろう。服装
を見ても着た切り雀で、近親者から見捨てられているようだ。

80歳過ぎのおばあちゃんのTさんは、「娘が一人いるけれど離れて暮らし
ているから、家に帰っても自分一人では(気力体力的に?)何もできな
い」と意見交換会で言っていた。彼女はホールで塗り絵にはまっていた
が、実に上手だった。どう見ても精神疾患ではない。

介護施設の機能はすべての精神病院が引き受けられる。前者は深海(まる
で死後の世界)のようにひっそりとしていたが、後者は若い女性も多く、
ホールではおしゃべりで賑やかだ。彼女も10代の孫のような女の子とお
しゃべりをしていた。どちらが老人にとっていいかは明らかだ。精神病院
は積極的に介護事業に取り組むべきではないか。

30歳ほどの美女の歩きっぷりが素晴らしい。歩幅は大きいし、とても力強
く、男でも見ない歩き方だ。“ボス”と仲良しなので、誰も手を出さない
が、声をかけてみた、「ちょっと伺いたいんですけど、とても歩き方がい
いですね、何かスポーツをやっていたんですか?」。

「小学校と中学校でバスケットをやっていました」

ナルホド、納得。ボールを持たせたらダムダムダムとドリブル、一気に
ダッシュし、スラムダンクでゴールに叩き込みそうな感じだ。通称“バス
ケ”でいこう。このパワーで家庭内で暴れまくったら両親は警察に助けを
求めるしかないな・・・

小生の息子はマッチョ、キン肉マンで、4、5歳から剣道を習っていたが、
消防官に採用された。一芸に秀でることは人生にプラスになる。年長の知
人は剣道5段で、学校やビルの警備員として優先的に採用されている。剣
士は棒を持たせるとまったくスキがなく、びしっと決まる。剣道4段のカ
ミサンは暴れる統失患者にもひるまない。

中姉と長女の連れ合いは高校まで球児で、ともにゴルフが上手い。スポー
ツは趣味の範囲でもいいからやっておくほうがいい。小生は一升瓶の火炎
瓶を室伏のごとくに投擲する迷人で、千葉刑務所へ送られたから、投げる
のが好きなら火炎瓶や石はやめておいたほうがいい。

今朝の産経コラム「だからリベラルは嫌」(加納宏幸記者)は面白かっ
た。彼らリベラルは口先ではきれいごとを言うが、オバマ(イスラム教か
ら白人を憎悪する過激プロテスタントに転向したりした)やメルケル(穏
健プロテスタントの牧師の娘、自分は正義だと思い込んでいるお節介オバ
サン)のように国家を棄損する。

リベラルは宗教のようなものだから棄教は難しい。論稿で理路整然と叩き
まくり、選挙で落としていくしかないが、あと10年もすればリベラルはほ
とんど消えているのではないか。カトリックも中絶、離婚、同性婚などに
寛容にならざるを得ないし、イスラム教は永遠に殺し合いを続けるから、
どちらもパワーは衰えていくだろう。

中韓を未だに拘束している儒教の「朱子学」は人民統治にはすこぶる有効
だが、頑迷固陋のガチガチの保守でありイノベーションにはまったく不向
きである。英仏さらには見下していた日本にも負けた支那は、明治維新の
チャイナバージョン「洋務運動」を始めたが、半分は自滅、半分は保守派
に潰されてしまった。

世界は、というか先進国はIndustry 4.0(第4次産業革命=情報通信技
術、人工知能などによる生産性の飛躍的向上)に取り組んでいるが、支那
にはインターネットさえない。人民は世界の情報から遮断されたままだ。

そして支那、朝鮮は基本的に強者が弱者を支配する朱子学秩序のままで、
ロシアも同様だろう。有能な人材はどんどん流出するばかりだ。習近平曰
く「マルクス主義を学べ、俺の言葉を暗記しろ」だと。現代版の科挙によ
り大失敗した共産主義を延命させようというのだろうが、滑稽を通り越し
て痴呆症の域だ。暗記ではなく創造がミソ、キモなのに・・・

才あるものは沈没船から逃げ出すから、グズグズしているのはクズばか
り。弱体化は免れない。

日本の場合、改革を唱えるのが保守派で、既存秩序維持を叫ぶのがリベラ
ルを含めたアカという、実に奇妙なことになっている。リベラルはとっく
の昔に粗大ゴミになり、廃品回収車も避けて逃げる汚染物に堕してしまっ
た。「壊れていてもかまいません」が、腐臭ふんぷんの汚物には誰も手を
出さない。

長興寺蔵の「織田信長像」は優しげな美男で、巷間伝えられる残虐過酷な
イメージとはまったくそぐわない。天安門の毛沢東像も、1949年の建国以
降だけでも(餓死を含めて)4000万人を殺した独裁者とは思えない。

プーチンやドゥテルテは人殺しの人相をしている。トランプは狡猾かつ有
能なビジネスマンの顔で、選挙中はタフガイを演じていたのだろう。

中共は公式見解で毛沢東は「貢献7割、誤り3割」とされており、それ以上
の詮索を禁止しているが、まったくの善人も、まったくの悪人もいないの
なら、英雄・偉人も善7:悪3あたりかもしれない。英雄の自宅でのくつろ
いだ姿、たとえば褌一丁で夕涼みをしているとかを間近に見る下男にすれ
ば「下男の目に英雄なし」となるわけだ。

小生は自分を5:5あたりかと思うのだが、カミサンから見れば4:6、3:7
で悪の方が目立つのかもしれない。

14:00〜16:20、立て続けに心理面接。1人目は「両方が納得する解を得
るために奥様にもヒアリングする」、2人目は「奥様の良いところ、感謝
することを書いてみたら」とアドバイスを受けた。

精神病院には臨床心理士、精神保健福祉士、作業療法士などがいて、彼ら
カウンセラーはコメディカル部に所属していた。「コメディー・・・患者
を楽しませるからなのかなあ」などと奇異な感じを受けていたが、Co-
Medical部、訳せば「医療支援部」に所属しているという。「二度と病院
に来ないで済むよう、患者と家族が平穏に暮らせるようにするのが仕事」
だそうだ。

17:00、夕薬に整腸剤のビオフェルミンが追加された。20:00、就寝前薬
としてこれまでのフルトラムゼパムに加えて「グッドミン」が加わった
が、深く眠り過ぎないか。トイレで目が覚めないと大事になるが、大丈夫
なのか・・・心配だ。(つづく)2017/4/16



2017年04月16日

◆「措置入院」精神病棟の日々(25)

“シーチン”修一 2.0



桜の花びらが風に運ばれて、少しばかり開けておいた小生の部屋の窓から
ひとひら入ってきた。窓を開けて外を見ると、花びらがいくつか舞ってい
る。桜の季節は終わりつつあるが、南の多摩丘陵を眺めると新緑で覆わ
れ、二回りほど山容が大きくなり、そこに桜がいくつか咲き残っている。

美しい季節、今日は初夏の日射しだった。

ここ数日は無理しないように家事を控えているが、昨日で浴室の修繕は終
わり、今日からは小生が包丁でぶすぶす穴を開けた木製ドアの補修を始め
た。穴を開けた後の記憶がなく、気づいた(正気を取り戻した)時は警察
署の保護室だった。

補修をしながら、「カミサンはずいぶん怖かったろうなあ」とか、出所、
じゃない、退院後も小生をどう受け入れるかで揺らいでいたカミサンの心
も最近は落ち着いてきてずいぶん明るくなったなあ、などと思っていた。

向田邦子が「あ・うん」の中で「へそ下の病気よりへそ上の病気の方が上
等に見える」というようなことを書いていたが、確かに満都の子女の紅涙
を誘った徳富蘆花のベストセラー「不如帰」の浪子の病気が肺結核だから
サマになるのであって、それが痔疾だったらかなりまずいだろう。

それではアタマの病気、小生のような発狂はどうなのかというと、誰も同
情しないし、反対に嫌われる、恐れられる、あるいは敬して遠ざけるべし
となるだろう。

「精神病? うつ病? なんてことないよ、誰でもなるし・・・20年ほど
前は米国では憧れの病気で、心理カウンセリングを受けるのがセレブのス
テータスシンボルの一つになっていたしね、ま、病気自慢」

そんな風に思っているから小生は持病を恥じてはいないが、カミサンや娘
は「表沙汰にはできない病気」と(世間の人と同様に)思っている。ま
あ、多少は恥じた方がいいのかなあ、などと思わないわけではないが、
「それならお前だってイカレテル。人のことを言えるのかよ」と反発した
くなる。

狂気というマグマは誰もが抱えている。発狂、噴火するかどうかは予知も
できない。It's your turn、今度は君の番・・・病棟日記から。

【2016/11/23】下痢は続くは、歯茎は腫れるや、ろくなこともないけれど
虜囚の身、俎板の上の鯉だから、こんなものだろう。気晴らしに「漢字ク
ロスワードパズル」で遊んでみたが、とても難しくて困惑するし、自信も
なくす。

支那王朝は世界に類を見ないモノ、ソフトを創ったが、漢字はその筆頭だ
ろう。10万字もあるそうだが、日本では3万字ほどが流通し、現在は1万字
ほどに絞られ、日常的に使われるのは当用漢字(後の常用漢字)を含めて
3000字ほどか。それでも新字体と旧字体(斉藤、斎藤、三沢、三澤とか)
もあるし、二つ以上の組み合わせで意味をなす言葉(参画、幼稚園、優勝
劣敗、無我夢中とか)もあるから実に多彩だ。

アルファベットは大文字小文字で52文字。この組み合わせで単語を作るか
ら、意味を知らなくても一応は発音できるのだろう。

しかし漢字は老人の小生でも意味不明、発音不明が多いし、たとえ読めて
も書けない難字も実に多い(魑魅魍魎、虎視眈々とか)。それでも漢字は
一文字でもおおよそ意味が分かる(例えば「偽」なら、嘘とか偽物)から
とても便利だ。

戦後、日本ではGHQの政策で漢字を大幅に制限した。GHQ占領政策としての
文化大革命だ。それまで新聞は漢字にルビをふっていた(このため紙面は
真っ黒だったが、子供でも読めた。

一方、インテリ向きの新聞はルビがなく真っ白だったそうだ)が、当用漢
字として2000字ほどに制限すればルビの手間はほとんど要らなくなるから
コスト削減になり、この漢字制限に新聞社は大賛成、これに出版社、印刷
会社も追随したから、あっという間に漢字狩りは成った。

かくして漢字を読めない、書けない大学生に象徴されるように浮薄は普及
し、白痴化は進んでいったのだ。

中共は革命戦争に勝利すると簡体字を導入したが、日本と同様に文化、伝
統破壊につながった。朝鮮は漢字を追放してハングルのみにしたから、古
文書を理解できる人は年々少なくなっている。韓国では漢字復活を希望す
る人は少なくない。

支那のビックリ発明品の二番手は火薬かもしれないが、これは門外なので
書きようがないから「纏足/てんそく」にする。女性の足を童女のように
小さくしておくものだった。奇習としか言いようがないが、何のためだっ
たのかは諸説ある。纏足しない女は女とは認知されなかったというから凄
まじい。

「宦官」もそれに劣らず凄まじい。皇帝が政務する場と、私的生活の場で
ある後宮を分離し、政務に後宮が介入しないようにしたのだという、表向
きは。

後宮は女ばかりだから間違いがないように男は去勢が義務付けられ、男で
も女でもない役人が取り仕切っていた。表の政務に参与する官僚と、裏の
後宮を運営する宦官は一切の接触を禁じられ、それを犯せば厳罰に処せら
れたという、表向きは。

それでも宦官のなり手が多かったのは食が一生保障されたこと、出世すれ
ば袖の下も期待できたためだろう。

「督戦隊」というのも実にユニークだ。戦闘中に逃げる味方の将兵を殺す
のが仕事で、将兵は戦線にとどまって戦うしかないわけだ。戦えば戦死す
る、それを避けるために戦線離脱すれば殺される。台湾人の林建良氏
(「台湾の声」代表)によると「戦闘中に唯一生き残る可能性は、武器を
捨てて両手を上げ、あるいは白旗を掲げて敵陣に走ることだった」そうだ。

以上のほかにも「出世のために妻を貸す」「騙された方が悪い」「事件事
故を目撃してもかかわるな」などなどあり、支那流は無尽蔵だろう。友達
にはなりたくない人々が多いだろう。

13:10、ナースによる病識調査。「カミサンと上手くやれるのだろうか、
どうしたらいいのか悩んでいる」などと伝えた。

漢字パズルは手に負えず、時間ばかり食うのでギブアップした。小生は月
刊誌にクロスワードパズルを寄稿していたが、作るのは意外に簡単だっ
た。解くのはちょっと手間取る。

20:00、眠剤を飲み寝つく。この真空地帯では何事もなく毎日が過ぎてい
く。(つづく)2017/4/14


◆ミネラル(宝物)不足 を考える

永冶ベックマン啓子



「全ての病気を追及すると、全てがミネラルの欠乏に辿りつく」と言う言
葉は、天才生物化学者のライナス ポーリングの言葉です。

ミネラルと言えば、金属元素の周期表を思い出しますが、全118種類の総
称のことです。人体はおよそ70%が水分ですが、30 %が固形物です。人体
の95%を構成します主要元素は、酸素、炭素、水素、窒素ですが、残りの
5%が無機質の微量元素、つまりミネラル(灰分)です。

従来必須ミネラル(灰分)は13種類とされていましたが、現在はもつと多
くなり、主要ミネラルは7種(カルシュム、マグネシュム、カリウム、ナ
トリウム、リン、塩素, 硫黄)です。

微量ミネラルは12種(鉄、銅、亜鉛、コバルト、セレン、クロム、マンガ
ン,臭素、フッ素、ケイ素、ヨウ素、モリブデン)です。

更に10種類(ルビジウム、アルミニウム、鉛、カドミウム、ホウ素、バナ
ジウム,ヒ素、錫、ニッケル、リチオウム)が加えられ、これらの29種類
が必須ミネラルと分子整合栄養学ではされていまして、そのバランスが大
切になります。

しかし最近の研究では、その29種類ではまだ足りなく、アメリカの国立科
学財団の研究では、「人間の健康維持には少なくとも45種類のミネラルが
必要」とされています。問題は農産物を育てる土壌からミネラルが様々な
原因で減少していることです。

太古のめずらしい植物層から見つけられたミネラルや海水には何70〜100
種類位ものミネラルが含まれていまして、西洋医学で難病と診断された人
達が、物質の最小単位のこれらのミネラルを多く取る事で見事に元気にな
られている症例も沢山有ります。

これらの人体の元素の割合は、汚染されていない昔の海や大地と成分が大
変よく似ています。フランス語では海と母の事は発音がよく似てラ・メー
ル、ドイツ語で海はメアーです。38億年前に地球での最初の生命は、多く
のミネラルが存在した太古の海で生まれたそうです。しかし、現代の海は
汚染されてしまいました。

人の血液は0,9%,海水は、3,8%と濃度は異なりますが、含まれるミネ
ラルの構成や比率は大変よく似ています。そして、母親の子宮内の胎児が
育つ環境の羊水が、海水のミネラルバランスにまた大変近いという分析が
ありますが、海水と同様羊水も汚染されているようです。。

ミネラルは人の体内で合成する事が出来ませんので、食事から取る必要が
有ります。ミネラルの人体の中での最も重要な働きは、現在は約20,000種
以上ともいわれます酵素の反応に、補酵素として関わっていることです。
食べたものを消化、吸収、運搬、代謝、全ての生命活動に関与しています。

船瀬俊介氏からの引用ですが、1907年 フランスの生理学者René
Quinton/ルネ・カントン は、血液の濃度に薄めた海水を2匹の犬の血液
を殆ど抜いた後、輸血替わりに犬に注入して,見事犬は健康回復してこの
実験は成功に至りました。

他の様々な動物でも成功となり、海水こそが生命を生かす源であり、細胞
は完全な状態で生きることが可能だという証明された事を彼は確信しました。

1910 から30年間で70のクリニックを開き、コレラ、チフス、リンパ腫肺
結核、消化不良、皮膚病、婦人病、精神障害、神経症、急性中毒、筋無力
症、肝硬変、遺伝病、うつ病、不眠症、老化、拒食症、貧血症、骨粗そう
症、自殺未遂者、小児疾患などの病気を、薄めた海水を点滴注射する事で
健康回復させ、3年間で50万人の命を助ける事ができたそうです。

ところが、ただの海水で病気が治ってしまうと困る人達もいました。当時
ワクチンを用いて治療する方法で医学会で注目を集めていたルイ・パス
ツールをロックフェラー家がサポートし、現代の薬物療法に到ると言うわ
けです。

自然界にある物だけを体に入れ、個体にあわせてバランスが取れれば健康
になるという事ですね。ミネラル無しでは生命が輝かないというわけで
す。現代人はどうやら大変なミネラル不足も明らかのようです。 
 ミュンヘン在住  永冶  ベックマン啓子            
                    4.2017


2017年04月14日

◆結社の自由と秘密結社

大江 洋三


朝日、毎日系で「日本会議」が標的になる事が多い。保守自民党を影で
操っているという。まるで秘密結社扱いである。

確かに、日本会議は保守政党を支えている結社である事に間違いはない。
結社あるいは団体形成の自由は憲法でも認められている行為で、共産党や
自民党も結社の一つである。

このように、理念も組織も明瞭であれば秘密結社ではない。

従って、結社が結社であるためには、組織あるいは責任者が明らかでなく
てはならない。そうでなければ、秘密結社である。

日本会議・議長の田久保忠衛氏は、自身の所属と職責を明らかに上で、各
所で言論活動をされている。このように、非常にオープンな存在が、秘密
結社扱いされるとは奇妙である。

同じような意味で、民進党など革新系の支持母体の日本労働組合総連合会
も秘密結社ではない。

原発反対も基地反対も、思想信条の自由があるから構わない。しかし、講
演会や集会やデモなどのように団体行動をする限りは、責任者や組織を明
らかにしなくてはならない。講演者は責任者ではないし、少なくともメ
ディアが明らかにする事はない。

俗に「市民グループ」という。この種こそ、秘密結社と称して構わないの
ではないか。

日本会議在籍の友人に「市民グループ」という名の抗議文が届いた事がある。

内容を見せてもらったが、どこに反論したらいいか皆目見当のつかない代
物で、卑怯極まりない行為である。平素から表に出たら困る事をしている
人達に違いない。

暴力団という名の結社ですら、組長という責任者がいる。
市民グループとは暴力団以下の結社ではなかろうか。
冗談と思うなかれ。対処可能の意味では、闇に潜む者の方が、表に出てい
る者よりも何倍も怖い。

順調にいけば、5月にはテロ対策特別措置法に、共同謀議まで備わったテ
ロ等準備罪が加わる事になる。
責任者不在にして潜ろうとする秘密結社には、怖い法律である。

2017年04月13日

◆「国民力・庶民力」

MoMotarou



【日本を底から支える力:「国民力・庶民力」】

気になる先導者2人。桜井誠(日本第一党)さんと我那覇政子(がなはま
さこ、沖縄県)さん。詳しくはネットで経歴をお調べくださればわかりま
すが面白い。日本の国会議員が二世三世が多くなり、また当選しやすいイ
ケメンや有名人・芸能人が多くなっている中、現場から“叩き上げられて”
きた人々だ。

この上の世代には青山繁晴自民党参議院がいる。特徴はマスメディアから
は黙殺されているがインターネットで活動が知られていることだ。「先物
買い」が好きな小生には楽しみだ。

明治維新では坂本龍馬や高杉晋作・吉田松陰が賞賛されているが、最初は
「異端」扱いだった。先のお2人の「日本語」は聞き取りやすい“公的”な
言葉使いだ。声も良い。辻元や福島氏等のものとは違う。現実に動き辛い
方は“視聴応援”や著書の“購買応援”をやるのも一助でしょう。

             ☆彡

(転載 長文失礼)「情報を読む力」中西輝政 2010年刊 より。タイト
ルは小生。

<<では、(情報収集力の弱い)日本という国はいったい、どうしたらよ
いのでしょうか。

それには日本人全体の国民力を高めることだとしか、いいようがないので
す。といっても、諜報員のような情報獲得力、情報解析力を身につけると
いう意味ではありません。 日本の国力、日本人の国民力は、日本人が本
来持っている「勤勉さや自発性」に支えられてきました。

■「空気」を支えてきた人々
 
たとえば、東京でいえば大田区に多く存在する町工場の人たちが、日本の
技術力を支えてきました。これは政府の指導でも公教育の紡果でもなく、
自分たちで試行錯誤を重ねて築き上げたものです。

あるいは霞が関のノンキャリア組にも、一つの仕事に徹してコツコツやっ
てきた人、たとえばインテリジェンスの世界でも、長い間、一つの国を
ずっとウォッチしているような職人肌の専門家がたくさんいますし、最前
線で都民の安全を守っている警視庁の警部補や巡査部長といった人たち
も、みな叩き上げで実力をつけてきました。

■「不立文字(ふりゅうもんじ・禅語)」の大和民族型民主主義

このような、誰に教えられるわけでなく、自分の勤勉さ、自発性でもって
能力を磨く力こそが、本当の「日本の国力」、「日本の国民力」の源で
す。この強固な国民力が、ぶれない、惑わされない強い個をつくりだし、
なんとか下から支え続けて、乏しい情報力やエリートの無能力を補ってき
たのです。

*不立文字(ふりゅうもんじ)は、禅宗の教義を表す言葉で、文字や言葉
による教義の伝達のほかに、体験によって伝えるものこそ真髄であるとい
う意味。(wikiより)

■大和民族型民主主義

国の発展は、トップダウンではなく、ボトムアップで成されるものです。
かつての江戸文化が江戸庶民によって支えられていたように、日本の場合
はとくに、ボトムアップ型の社会です。国際比較をしてみても、日本の場
合はとくに下からの支えが欠かせず、上にいけばいくほど、個の能力は下
がる傾向があります。

■戦争に見た民族精神

軍隊で各国の社会構造を比較するとわかりやすいのですが、いわゆる一兵
卒が優秀なのは、日本とロシアだといわれています。黙々と耐えて任務に
当たる、会社でいえば何の役にもついていない平社員のような人びとです。

日本が日清戦争、日露戦争で勝利し、負けたとはいえ太平洋戦争というあ
れほど大きな戦争を戦い抜けたのは、一兵卒クラス、下士官クラスが必死
で歯を食いしばってがんばったからです。

また、焦土と化したにもかかわらず、戦後にあれほどの高度成長を成し遂
げられたのも、庶民の創意工夫と刻苦勉励のたまものです。日本の社会
は、こうした下からの支えがあって発展してきたのです。

■大和民族型民主主義の神髄

このように、国際比較をしてみても、日本の場合、下からの支えが社会の
発展、維持繁栄には欠かせないということがよくわかります。社会の構造
や国民性の違いから、こうした違いが生まれるのですが、「動機づけ」と
いう要素もあると思います。

というのも、「しっかり仕事をしていれば必ず報われる」という論理が貫
徹するのは、日本では真ん中から下の社会だからです。がんばれば報われ
ると思えばこそ、一兵卒クラスも下士官クラスも、がんばることができた
のでしょう。

■大和型民主主義を弱体化する「竹中平蔵型ディベート民主主義」

ところが残念なことに、ここ20年ほどで、下からの支えが、とみに弱く
なっています。経済力から精神力まで、近年顕著な「日本の弱体化」に関
しては、政治が悪い、経済が悪いと、さまざまな議論がなされています
が、日本の国力の低下は、国民力が低下している、国民全体の力が落ちて
いるからにほかなりません。

日本人がかつて持っていたような国民力が、どんどん弱くなってきている
のです。 戦国時代の後に江戸時代があるように、また太平洋戦争の後に
六十年来の平和があるように、世の中は、静と動、乱と治、混乱と秩序を
繰り返しています。>>(転載終)

               ☆彡

■「竹中平蔵型ディベート民主主義」

竹中平蔵氏型は兎に角相手を論争で言い負かすことが第一でアメリカ仕込
み。マスメディアを駆使する。「民族精神」の分断化の危険性もありま
す。会社では「派遣社員・非正社員」という「奴隷身分型労働」も始まり
ました。

「民族精神」に侵入して、敵方の“内から支配”もありうる。民主党政権の
三年間は、将に「行政組織」を通じて反日組織が浸透して行った。庶民が
粘らなければ国・民族が危ない。反転攻勢を!。現場からの「庶民力」を
全開せよ!


◆「聖徳太子」が復活した!

育鵬社編集部M



(1)パブリックコメントで文部科学省が異例の方針転換



◆厩戸王(聖徳太子)へのパブリックコメントが殺到

聖徳太子の名称をこれまで通りに戻す――3月20日に産経新聞、朝日新聞が
報道し、翌日、各社も一斉に報道した。

焦点となっていたのは、文部科学省が2月に公表した中学校の次期学習指
導要領の社会科【歴史】の改訂案で、日本史上、重要人物の一人である聖
徳太子を()書きにして、厩戸王(聖徳太子)と表記する方針を打ち出し
ていた点である。ちなみに厩戸王は「うまやどのおう」と読む。

これを現行の学習指導要領(平成20年3月告示)通りに聖徳太子をメイン
として、聖徳太子(厩戸皇子[おうじ])と表記することで最終調整が行
われていると報道された。

文科省は、この改訂案に対するパブリックコメント(政策に関する意見募
集)を3月15日まで行ったが、その「総数は1万1210件で、そのうちの4割
にあたる約4600件が『聖徳太子』について」であったという(『つくる会
FAX通信』3月25日号より)。聖徳太子を厩戸王と呼称することに対する、
国民からの強烈な反対と読み取れる。

この件は国会でも問題になり、笠浩史衆院議員(民進党)や松沢成文参院
議員(無所属)が、それぞれの文部科学委員会で質問していた。

こうした反響を受け文科省は、次期学習指導要領案の「歴史用語」の変更
に関して、異例ともいえる方針転換表明を行ったのである。最終的には、
今月3月末に次期学習指導要領は確定して公示される。

◆10年に一度改訂される学習指導要領は、どのように作られるか

そもそも、学習指導要領は、どのように作られるのか。

 学習指導要領は、おおむね10年前後に一度、改訂され、その改訂内容に
基づき教科書会社は教科書を編集し直し、学校現場では新しいカリキュラ
ム(教育課程)に基づき児童・生徒に授業を行う。こうした性格のため、
学習指導要領の改訂作業は、膨大な手間暇がかけられる。

文科省の担当部署は、義務教育を担当する初等中等教育局の中の教育課程
課であり、(1)課長をトップとして、(2)主任視学官、(3)視学官、(4)教科
調査官(国立教育政策研究所に所属)というラインがある。

ここが学習指導要領の原案を作成し、中央教育審議会(中教審)の中の教
育課程部会や教育課程企画特別部会に諮られ、中教審の総会で答申がまと
められる構図である。

今回の歴史用語の変更に関しては、上記の(4)教科調査官(小中学校の教
員出身)⇒(3)視学官(ベテランの教科調査官)⇒主任視学官(文科省キャ
リア)のボトムアップで原案がつくられ、そのまま中教審の各部会や総会
で了承された経緯という(自民党の山田宏参院議員の『言論テレビ』3月
10日放送などより)。

◆歴史用語の変更は「勇み足」?

教科調査官や視学官は、小中学校の教員出身者であり、「アクティブラー
ニング」といった教科をどう教えるかの教育方法についてはプロ中のプロ
であるが、歴史用語の詳細にわたる機微については、歴史教育に造詣の深
い専門家の意見を聞く必要がある。

仮に、中教審の各部会を含め、歴史用語の変更に関して専門家から詳しい
ヒヤリングを重ねていなかったとしたら、勇み足だったのではないか。

その一方で次期学習指導要領案では、世界史重視の観点から「ムスリム商
人」(イスラム教徒の商人)という用語を新規に加えるなど、専門家から
のヒヤリングの形跡もうかがえる。(続く)