2015年08月05日

◆中国の代理人の如き安保法制反対論

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)7月23日(木曜日)通算第4611号 <前日発行> >

 
〜中国の代理人の如き安保法制反対論
      日本の左翼の反対論と新華社などの日本批判は同一線上〜

衆議院を通過した安保法は参議院での議論のあと、たぶん衆議院に戻され可決される運びである。

中国の日本批判報道をみて驚いたのは「なんじゃこれは、日本の某新聞とまったく同じではないか」という印象である。日本の左翼と共闘しているのか、いや新華社は日本の某新聞を引き写しているのか。

新華社(7月17日)「第二次世界大戦中に日本軍の野蛮な侵略にあった国家の感情や抵抗は顧みられず、集団的自衛権を解禁する法案を強行的に議会を通過させた。これは残酷な歴史の教訓を無視し、平和憲法を破壊し」云々。

『環球時報』(同日付け)「日本はこの法律によって自ら米国と密接に繋がり、米国が主導する戦争に参加する意思表示であり、同時に中国を最大の仮想敵国と見なしている」(高洪・社会科学院日本研究所副所長へのインタビュー)

新華社の談話(同日)「日本は今後自由に海外派兵ができる。現行憲法を骨抜きにしたもので日本の平和理念を覆すものだ」(胡令遠・復旦大学日本研究センター主任へのインタビュー)

これらの内容は鳩山由紀夫・元首相が言ったように「日本が集団的自衛権を行使することは戦争への道を切り開くことを意味する」。

そして中国新聞社(国営通信社)は、日本の朝日、毎日、東京新聞の社説を援用し、韓国メディアの日本批判をも援用し、あたかも世界中で日本の安倍政権のやり方に反対しているような印象を作り出して報じた。 『人民日報』はこう結語した。

 「カンボジア、タイ、ロシア、米英、仏蘭西のメディア報道や専門家の見方でも、日本の安保法制案の成立は地域の安全保障にとっての不安定要素になる」と。

しかし中国政府は珍しく日本批判を抑制し、「日本の戦後外交で重大な変化を示し、日本は専守防衛を放棄するのかという疑念を抱いている」(外交部、華春宝報道官)

こうみてくると、中国はやはり日本が怖いのであり、防衛力は弱いままがよいと考えていることだけは明らかだろう。

また同時に日本のメディアが今回の法案にけちをつけたことは、「中国の代理人」のごとき、あるいは裏で連携しているのか、つまり自主的志願的代理人なのか、「自覚のない代理人」なのかと峻別ができないまでも、この奇妙な論調の一致は共同謀議的な、同一線上にある。

日中の疑似論調の暗合にこそ疑問が生じる。つまり宣伝戦、心理戦においては、中国が日本より勝っている現実を物語っている。

◆大局と本質を語らぬ政治家を大喝せよ

伊豆村 房一



70年前の8月6日午前8時15分、世界初の原子爆弾が広島市に投下された。その高熱高圧の爆風で市内中心部は壊滅、一瞬にして10万人を超える尊い命が奪われた70年たった今も放射能の影響に苦しむ人たちがいる。

この原爆による犠牲者を祭った慰霊碑には、「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」と刻まれている。

この誓いには、「原爆の犠牲者は一国一民族の犠牲者ではなく、人類全体の平和のいしずえとなって祀られている。その原爆犠牲者に対して反核の平和を誓うのは、全世界の人々でなくてはならない」(広島市ホームページ)という気持ちが込められている。

「その誓いはスピリット・オブ・ヒロシマ(広島の精神)であり、非人道的兵器の極みである核兵器の廃絶に向けて今後も全世界の為政者にその誓いを訴えていきたい」。松井一実(かずみ)広島市長はそう述べている(7月23日、日本外国特派員協会での会見)。

くしくも同14日、イランと欧米など関係6カ国はイランの核問題で最終合意に達した。この合意は今後の中東情勢や米イラン関係に影響を与える可能性があり、歴史的成果といえる。

日本でも歴史的転換点とも言うべき安保法制をめぐる国会論戦が続いている。安保法案は衆院で可決され、目下、参院で審議の真っ最中である。

ただ、その議論を見聞していると、違憲論や徴兵制への脅威などが前面に出され、東シナ海での中国のガス田開発など、正面から議論すべき安全保障問題についての議論がおろそかにされている。与野党とも安全保障問題に精通した国会議員が育っていないのではないか。

松井広島市長は、安保法制そのものについて、ワーストシナリオに対する準備、平和を守るための法案であり、戦争に向かう対応策ではないとみている。与野党間の疑心暗鬼の議論を絶つとともに、関係各国も疑心暗鬼に陥らず、信頼に基づく対話によって解決策を導き出していくべきだというのである。違憲論、反戦平和論など内向きの議論よりもずっと健全で前向きだ。

同市長の平和宣言は、安保法制については語られないという。そもそも平和宣言は全世界に向けたものであり、安保法制という個別テーマよりも、核兵器廃絶など根源的なテーマを世界にアピールするものだからだ。

それにつけても国会での安保論議は食い足りない。日本語学の権威・芳賀綏(はがやすし)東京工業大学名誉教授は「議会人は大局を論じ本質を説け」と昨今の国会議員のスケールの小ささを嘆いている(産経同17日付「正論」)。新聞は大局と本質を語らぬ政治家をもっと大喝していい。

              ◇
【プロフィル】伊豆村房一
いずむら・ふさかず 昭和16年東京生まれ。慶大経卒。元東洋経済新報社
取締役編集局長。

産経ニュース【新聞に喝!】2015.8.2

◆人類を変えるバイオで日本が主導

櫻井よしこ


これ程国際的に活躍している日本人が他にいるだろうか。伊藤穰一氏を見てそう思う。しかも彼は組織に属さず、独力で今の彼になった。
 
親しみをこめて人々は彼を「ジョイ」と呼ぶ。1966年、京都府生まれの49歳。87年シカゴ大学中退後、多数のIT関連会社を起業し、日本のインターネットの発展に計りしれない影響を与えた。

2011年MIT(マサチューセッツ工科大学)のメディアラボ所長という輝かしいポストに、日本人として初めて就任した。ソニー、「ニューヨーク・タイムズ」社などの取締役でもある。
 
多彩な才能を持つデジタル世界の先駆者、ジョイは、アナログ人間である私の長年の友人だ。彼と7月10日、「言論テレビ」で対談した。
 
彼は3・11の体験から語り始めた。

「あのとき僕はボストンに、うちの奥さんと家族は千葉にいたの。僕たちは殆どの食物を自分の畑で作っているから、放射能のことがとても心配で、すぐにネットでいろんな人を掻き集めた。

ガイガーカウンターを作れる人、地図のわかる人、放射能の専門家など、多くの学者が集まり、すぐにデータ測定の作業を始めることができました。何が安全か安全じゃないかは、僕たちは一切語らない。一番ないのが正確なデータだと考え、ガイガーカウンターを持ったチームを次々送り込んだの」
 
当時、民主党政権が福島に派遣した専門家は白い防護服とマスク姿でデータを集め現地の人たちに説明もせずに東京に戻った。ジョイが語る。

「あのやり方が一番、住民に恐怖を植えつけたと思います。僕たちは現地の無数の人たちと協力した。郵便配達の人はバイクに測定器をつけて、正確なデータ集計に協力してくれた。こうして震災からひと月で、世界で断トツの量と正確さを誇る放射線データを集めたのです」
 
データ収集地点は3000万か所に達し、190頁の報告書も発表した。

「東電も復興庁も最初は僕たちを危険視したけれど、非政治的姿勢を見て、安心するようになった。僕らも政府や東電関係者の仕事振りをみて、彼らは案外ちゃんとやっていると公正に評価した」

人類の在り方を変える
 
彼らが開発したガイガーカウンター、「SAFECAST」(安全発信)の情報は全て開示され、安全な地域と危ない地域を明示した。情報開示が、事実がわからないという一番の恐怖心を取り除き、安心材料を提供したと、ジョイは笑顔で語る。正しい数字を知ることは生活再建を後押しする力にもなっていると言う。
 
皆で実態把握に貢献するこの手法をジョイは「シチズン・サイエンス」(市民科学)と呼ぶが、同手法はこれまでに中国の大気汚染の実態解明にも役立ってきた。
 
インターネットが否応なく世界を変えてきたことは、私たちの実感である。だが、いまそれ以上に人類の在り方を根本的に変えようとしているのがバイオだと、彼は強調する。

「僕らが普通に考えていることが全く通用しなくなる時代が、すぐそこに来ています。たとえば、子供をいくらでも編集できるようになる」
 
卵子や精子の遺伝子を簡単に操作できるようになるというのだ。

「2003(平成15)年に人間のゲノムが完全に解析されたとき、費用は2700億円でした。いま、10万円です。先日、僕の知り合いが10万円で遺伝子解析の機械を発売した。解析だけでなく、遺伝子をいじる技術も、昔はもの凄く高かったけれど、いま30ドル(3600円)です」
 
それは2年前にできたクリスパーという遺伝子操作技術で、人間に適用してよいのかどうかが議論されている。胎児に遺伝子の病気があったら治すのか。ジョイが語る。

「人間は欲張りだから、もっと目を大きく、頭ももっとシャープにと、なっていく。37年前に『タイムマガジン』の表紙に体外受精児(Test-Tube Baby)と大書された。

大議論を巻き起こしたけれど、いま、体外受精は保険対象になるくらい普通のことです。卵子を冷凍して蛋白質で編集し、他の人のものと混ぜたりもできる。すると、結婚と子供が段々関係なくなっていくかもしれない。
 
子供の遺伝子も自由に選び、欲しいときに子供を作れる。結婚して子供を作る社会構造は、バイオ技術の発展で変化していくと思います」
 
結婚も人間の生き方も、大変化する可能性があるのである。
 
虫の遺伝子操作技術は5年から10年程で、高校生が簡単にこなせる時代がくると、ジョイは語る。農作物を食い荒らす虫を遺伝子操作して農作物を嫌うようにしてしまえば被害は減少するというような考え方で、こうした技術が生み出され実用化される可能性もある。

日本人がリードできる
 
米国主催のiGEM(the International Genetically Engineered
Machine competition=合成生物学の国際大会)という競技会では、地雷を探し当てる生物や特殊機能をもつバクテリアなどを作ることを、全世界から2000人規模の高校生や大学生が集って競う。同大会の1回目の主催者はFBI(米連邦捜査局)だった。

「うちのメディアラボでも学生たちが研究しています。情報も、パーツの形の遺伝子もネットにあります。学生がプログラムを書いてデザインして、プリントして、それをバクテリアに入れて餌をやる。するとバクテリアがプログラムを動かす。このストリート・バイオロジー、街角バイオは誰にでもできる時代です」
 
インターネットでハッカーを敵に回したFBIは、バイオで若い世代との協力関係構築を目指している。

「バイオはインターネットよりもはるかに危険で、倫理面での抑制が必要です。規制を強化すると善い人たちは研究しなくなり、悪用しようという人たちばかりが技術を修得して却って危険です。規制の替わりに倫理を確立し、浸透させる。その議論が大事です」と、ジョイ。
 
遠い未来のサイエンス・フィクションではなく、こうしたことは足下ですでに始まっている。だからこそ、人間の在り方を根本的に変えてしまいかねないバイオ技術の発展にどう対処するのか。ジョイは、この新しい時代を最も賢く切り拓いていけるのは日本人だと言う。

「日本人は科学が好きで、社会に基盤ができています。宗教的な勘違いも余りありません。宗教的すぎたりイデオロギーが強すぎる国民よりも、自然と対立せずに自然に溶け込む形で暮らしてきた日本人が先頭に立って、世界をリードできると、僕は考えています」
 
この分野で日本人は自然と人間のよき関係を世界に示せるのだというジョイの言葉に、私はとても勇気づけられた。

『週刊新潮』 2015年7月23日号 日本ルネッサンス 第664回

◆中共軍のPKOと人材の「?」

平井 修一


サーチナ7/20「中国人民解放軍の不発弾処理中に爆発、レバノン派遣PKO 中国メディア『犠牲を恐れない天性を頼り』に任務遂行」から。

<中国新聞社など多くの中国メディアはこのほど、レバノンでの国連平和維持活動(PKO)に派遣された中国人民解放軍工兵隊の不発弾処理作業中に、爆発事故が発生したと報じた。

中国軍の工兵隊は、戦乱による不発弾が多く残る果樹園で作業をした。中国軍側と連絡や任務の調整を9年間おこなったという国連関係者によると、極めて危険な作業であり、中国軍が「困難を理由に辞退」する可能性も考えたという。

しかし、現場に到着した工兵隊は防護服を着用し、上官の指揮に従って作業を開始した。不発弾は爆発しても被害を軽減できる「大きな砂箱」に入れるが、砂箱に入れる前に、小型の爆弾が突然爆発した。

同爆発で死傷者は出なかった。中国の工兵隊は翌日も作業を続け、担当した果樹園の不発弾撤去を完了したという。

記事は、中国工兵隊の不発弾処理能力が「レバノン派遣部隊の中では最高と公認されている」とし、最も危険で最も複雑な任務を担当していると紹介。

航空機から投下された不発弾の撤去をした際には、「爆弾には信管が残っており、いつ爆発してもおかしくない状態だったが、中国の工兵隊は「犠牲を恐れない天性を頼り」に、地中に埋まっていた爆弾を回収し、搬出したという。

◆解説◆
PKOは、内戦を含む戦闘行為が終了したばかりの地域に派遣される。外部からの支援、場合によっては強制力なしには平和の維持や回復が困難だからこそ派遣されるのであって、派遣部隊に程度の差こそあれ危険が伴うのは、当然のことだ。

そのため、日本ではPKOや自衛隊の海外派遣が大きな議論になるが、中国では報道の統制が実施されていることもあり、メディアの反対意見が表明されることはない。中国当局は、軍の海外派遣により、経験の蓄積も得られると判断していると考えてよい。

中国メディアは、中国軍などのPKOに際しての「犠牲的精神」などを強調するが、これまでのところ「大量の犠牲者」を出した事例は、それほどない。そのことから、人命軽視とも言える「無茶な活動」は行っていないと判断してよいだろう。

PKO関連で中国の派遣員に大きな犠牲が出た例としては、2010年のハイチ地震にともなう津波で、中国人警察官8人が殉職したことがある。

なお、中国のPKO派遣人数が上位10カ国に入った年はない。1990年代後半から、PKO派遣人員数上位国のほとんどが、いわゆる「発展途上国」だ。PKOで人員を派遣すれば費用が支払われという、財政上の理由が絡んでいる。

2013年12月末時点のPKO派遣人数はパキスタン(8266人)、バングラディシュ(7918人)、インド(4849人)、エチオピア(6619人)、ナイジェリア(4836人)の順だ(内閣府組織の国際平和協力員、都築正泰氏まとめ)。

日本のPKO負担金は2014年度(14年7月−15年6月)実績で約9億1700万ドル。負担率は米国(約28.4%)と日本(約10.8%)が上位2カ国で、以下、仏、独、英、中国と並ぶ。中国の負担率は約6.6%だ。東アジアでは韓国の負担率が第12位の約2.0%だ。(編集担当:如月隼人)>(以上)

如月隼人氏の解説はとても優れている。PKOは一種の出稼ぎでもあるとは知らなかった。中共のPKOは訓練の意味合いが強そうだが、大国を自任しながらPKO負担金で6位とは、ちょっと低すぎはしないか。

ところで中共軍はものすごい勢いで軍拡を進めているが、人材育成は並行して進んでいるのだろうか。サーチナ8/4「海上自衛隊に劣る兵士の能力 中国海軍は人材不足」から。

<中国メディアの参考消息は1日、香港メディアのサウスチャイナ・モーニング・ポストの報道を引用し、中国人民解放軍では人材不足が深刻化していると伝えた。

記事は、中国海軍は艦艇や兵器の建造を進め、急速に軍備を拡張しているとする一方、中国人民解放軍は「古くさい訓練方法や人材の抜擢方法を改めない限り、多くの問題に直面することになるだろう」と論じた。

続けてカナダの「漢和ディフェンスレビュー」の報道を引用し、中国は2016年までに少なくとも12隻の「052D型」駆逐艦と22隻の「052A型」駆逐艦を保有する見通しだと伝え、2隻の空母を含め、さらに多くの先進的な軍艦を建造する計画だと報じた。

一方で、マカオ在住の軍事専門家である黄東氏の話として、「中国国内の海軍学校では外洋海軍の保有に向けた訓練ができない状況」であるにもかかわらず、米国を始めとする西側諸国は中国と軍事面の交流を行いたがらない」と指摘。

さらに、米国はインドやベトナムなど中国以外のアジアの国と海軍の共同訓練を行い、中国の勃興とのバランスを取ろうとしていると主張。中国は何が何でも自国の海軍の人材を育成する必要があると指摘し、「下手をすれば人材育成には他国より長い時間が必要となるだろう」と危機感を示した。

また記事は、人民解放軍の兵士は訓練が不足しており、日本の海上自衛隊と比較すると、軍艦などのハード面の能力の差に比べて、兵士としての能力は大きく劣っているとし、「中国海軍が海上自衛隊に匹敵する能力を持つにはあと10年はかかる」と論じた>(以上)

上記の記事に「人材の抜擢方法を改めろ」とあるのは、軍が人気の就職先(鉄板飯=親方五星紅旗)であり、コネやら賄賂で採用が決まることを批判したものだ。兵士に向かないお坊ちゃま君が多いのかもしれない。

ちなみに毛沢東の孫も中共軍にいるが、先頃一躍有名人になった。習近平が「兵士は体を鍛えろ、呼べばすぐ来い、来たら戦え、戦えば勝つ、これが目標だ」と訓示したが、習の尊敬する毛の孫は習以上のメタボだったからだ。この手のヤワな将兵が多いのかもしれない。

中共軍兵士のうち、身長180センチ以上の兵士は9/3の閲兵式のために連日訓練しているのだろう。パレードの時には日焼けで真っ黒になっていそうだ。パレードが上手くなっても兵士としての能力は向上しそうもない

2015年08月04日

◆首相は日本の価値観の表明にひるむな

櫻井よしこ 


着々とアジアインフラ投資銀行(AIIB)を進める中国とは対照的に、日米など12カ国は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の合意回も達成できなかった。

決定に時間がかかる民主主義陣営はいま、米国の強いリーダーシップを失い、本来の力を発揮し得ていない。米国の消極性を前に、アジア諸国が求めているのは日本の指導力である。米中のせめぎ合い、中国の世界戦略の本質を明確に把握して、世界が必要とする日本の力を発揮することが、安倍晋三政権の歴史的使命である。

9月3日、習近平国家主席は大閲兵式に臨み、抗日戦争の意義と中国共産党政権の権威を強調するはずだ。その中国がいま日本に対して熱心な接近を試みている。安倍首相を手招きしつつも、歴史の捏造(ねつぞう)から領土領海への侵犯まで日本への挑戦をやめない。

南シナ海、東シナ海での中国の動き、第1列島線を出た太平洋での彼らの行動、例えば沖ノ鳥島を島と認めず、同島周辺海域を日本の領海および排他的経済水域(EEZ)と認めないことなどを総合的に見るとき、右のいずれの海域にも共通するのが、中国に空域管制能力がない点である。そしていま中国が進めているのが、その管制権の空白域を埋める作業なのである。

東シナ海のプラットホームを軍事転用すれば同海域上空に設定した防空識別圏(ADIZ)は真に機能し始め、自衛隊および米軍の展開は大きな制約を受ける。南シナ海の7つの島の埋め立ては中国による管制の空白圏だった南シナ海中央部およびフィリピンと台湾間のバシー海峡での中国の管制力を強化する。

7月30日、沖縄本島と宮古島間の宮古水道上空を中国人民解放軍の爆撃機など4機が2日連続で堂々と飛行したが、台湾海峡への中国のコントロールが強まれば、日本への影響も計り知れない。

第1列島線を越えた太平洋に目を転じてみよう。中国が沖ノ鳥島を日本の島だと認めないのは、射程3000キロを誇る米軍の巡航ミサイルが北京を襲う可能性への恐れだと専門家は見る。沖ノ鳥島は、北京を起点に半径3000キロの海域のふちにあり、中国は同海域を日米ではなく、自身の支配下に置くことで北京防衛を考えているとみられる。

個々の事案にとらわれることなく、全体像を見渡せば、中国の意図は明白である。習主席は「偉大なる中華民族の復興」を掲げるが、相手と戦うよりも、詭道(きどう)を旨とし、相手の脅威を無効化することによって戦わずに夢の実現を達成するのが賢明な方法だと孫子は教えている。

具体的には中国の支配権を確立し日米両国に、中国の力と威光を受け入れざるを得ないと納得させることを目指している。

その意味で、中国が東シナ海に新たに建造した12基もの海洋プラットホームを経済面だけから分析するのは誤りであろう。

国家基本問題研究所副理事長、田久保忠衛氏は、これら海洋構築物が軍事転用されれば日本にとってのキューバ危機になると喝破した。

中国はエネルギー調達先の多様化において、日本に先行しており、東シナ海のガスをはじめ、海洋由来のエネルギーが中国のエネルギー供給量全体に占める割合は9%強で大きくない。

ガス単独で見れば、2012年実績で中国はLNG(液化天然ガス)3040万トンを11カ国から輸入、内52%はパイプラインでトルクメニスタンから輸入した。

他に買い手が存在しないために、完全に中国の買い手市場となるパイプラインによる輸入契約は中露間でも結ばれた。ロシアの大幅譲歩で成立した同契約は、エネルギー需要が伸びる中で、中国が安定した安価なガス輸入の枠組みを作り上げたことを示している。

経済産業省関係者は「こうした中、コストが高く、採算が合うのかどうかもわからない東シナ海ガス田を、なぜ急激に開発するのか。違和感を覚える」と述べた。

東シナ海開発のエネルギー確保の可能性は否定できないが、真の動機は他にもあり得るということだ。経済的発想では解けない疑問は軍事的発想を適用すれば解けてくる。

東シナ海、沖縄・南西諸島、沖ノ鳥島海域を含む西太平洋、南シナ海、バシー海峡、台湾海峡をまたぐ勢力圏を形成すれば、中国は日米両国の生命線であるシーレーンを握ることができる。日本は石油の90%以上を同海域を通って運び、米国の戦略物資の過半も同様である。

東シナ海ガス田問題はこうした全体像の中に置いて考えるべきであり、安保法制の議論にも反映させるべき深刻な問題であろう。

中国を駆り立てるエネルギーは、かつて中国は全てを奪われたという恨みである。彼らは、米国でも欧州でもない中国の価値観に基づいた世界の形成を目指していると思われる。

だからこそ、問うべきだ。中国で人々は幸せになっているか、と。7月のわずかひと月で、人権擁護派の弁護士ら200人以上が拘束・逮捕された。

チベット、ウイグル、モンゴルの人々は弾圧され、虐殺され続けている。

その中国がいま、安倍晋三首相に靖国神社に参拝しないという意思の伝達を含む3条件付きで訪中を求めている。

価値観を大事にする日本の首相として、中国の現状に目をつぶることになる訪中には慎重でありたい。日本の戦後70年の歩みに自信を持って、中国とよき友邦国であるためにも、日本の価値観の表明にひるんではならない。

産経ニュース【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】2015.8.3

◆中共と日本の野党の集団的自衛権批判

野口 裕之



参議院で7月27日に始まった安全保障関連法案の審議を聴こうとテレビをつけ机に向かったが、中国が発した日本の集団的自衛権批判を扱う番組と勘違いし、チャンネルを替えようと振り返って驚いた。参院本会議で質問に立つ民主党の北澤俊美氏(77)が映っているではないか。北澤氏はこう言った。

「憲法違反の法案、立憲主義を理解しない首相。この組み合わせが安全保障法制だ」

■酷似の集団的自衛権批判

北澤氏の質問は、中国国営新華社通信が発信した中国共産党のプロパガンダにソックリだった。安保関連法案が衆院平和安全法制特別委員会で可決(7月15日)されるや、新華社は速報で批判を繰り広げた。

《広く違憲と考えられている/(成立後)海外の武力衝突地域で、自衛隊がより大きな任務を果たすことを許す/憲法第9条は明らかに自衛隊の海外での戦闘と集団的自衛権行使を禁じている/日本政府は制約を撤廃すべく違憲解釈をした》

中国の批判は明々白々。日本が極めて限定的ながらも、米国はじめ民主国家との間で集団的自衛権を行使できるようになると、日本領域奪取など軍事膨張を 背景とする中華秩序建設の妨げになるためだ。明らかに、中国は危機感を抱いてい る。

逆説的には、政府が整備を進める関連法制は、中国に侵略を躊躇させる抑止力に成 り得る証し。

なのに、左翼野党は中国ではなく、日本政府にファイティング・ポーズを向ける。日本共産党の市田忠義氏(72)に至っては、中国共産党顔負けの切り込み を展開した。

「憲法と国民主権の蹂躙で、立憲主義の原則に反する歴史的暴挙だ。米国の戦争に自衛隊が参戦し、海外で武力行使を行おうとするものだ。クーデターとも いうべき法体系の破壊だ」

左翼野党には、中国の膨張に対する強い危機感が見られぬばかりか、もはや左翼野党と中国共産党による日本政府への中傷は見分けがつかぬ。そも集団的自 衛権は全国家が権利を有し、ほとんどの国家が行使を前提に安保体制を整えるが、日 本のみ行使できない。左翼野党は、国際社会を武力をもってかき乱す中国も、北朝鮮 も、ロシアも眼中になく「日本は世界で一番アブナイ国」と断定している。

■今国会成立を望む石垣市

一方、外交的配慮もあり、名指しに慎重だった安倍晋三首相(60)は憂慮を明確にした。7月28、29日の参院特別委で、岩礁を埋め立てて軍事基地を急造 し、資源を違法開発する中国を名指しで指弾。法制整備が中国の強引な海洋侵出に歯止 めを掛ける旨を強調した。

 (1)南シナ海で中国が大規模な埋め立てを行い、東シナ海のガス田でも(日中共同開発の)合意が守られていない

 (2)こうした力による現状変更はでき ないと理解させつつ、平和的発展への方針変更を促すことが大切。法制を整備し、日 米同盟が揺るぎないと内外に示すことで、わが国の平和と安全を守り抜いていける

 (3)中国の力による現状変更の試みには、事態をエスカレートすることなく、冷静か つ毅然として対応していく。

抑止力強化=戦争回避を目指す至極もっともな法制整備理由と思う。ところが、北澤氏は「覇道」、市田氏は「独裁の道」と、軽々に法案にレッテルを貼 る。「覇道」「独裁の道」こそ、中国に浴びせる言葉であろう。

日本を危険視し、中国に寛大な左翼野党を尻目に、中国が占領を狙う尖閣諸島を市域に抱える沖縄県石垣市議会は7月15日、法案の今国会成立を求める意見 書を可決したが「永田町では感じ得ない肌感覚の危機感を持っている」(首相)。

もっとも「危機感」は持つが、政治的に封印する政治家もいる。民主党の枝野幸男幹事長(51)は会見(7月29日)で「特定の国名を出して話をすることは 避けるべきだ」と指摘し、政府の「焦り」だと切って棄てた。

枝野氏は意外にも、中 国へはそれなりに厳しい態度を採ってきたが、この日はなぜか変心した。小欄はむし ろ、安倍氏が中国を名指しするはるか以前より、日本を日常的に名指し批判してきた 中国の「焦り」を感じる。例えば、5月発表の国防白書《中国の軍事戦略》。

《日本は戦後体制脱却を目指し軍事・安全保障政策の大幅な調整・変更 を進め、地域諸国に重大な懸念を誘発した》

■国民の姿勢にも問題

《地域諸国に重大な懸念を誘発》しているのは中国で、主要国もASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国も、日本の集団的自衛権行使をこぞって歓迎。《重大 な懸念を誘発した》のは、誼を通ずるわずかばかりの無法国家だけだ。

否、日本の左翼野党も《重大な懸念を誘発》された。国際社会が支持して、無法国家と左翼野党のみ反対する様子は、天下の奇観である。

審議では、左翼野党が「国民の理解が深まっていない」と連呼。「戦争法案」へと問題を単純化し、国民の不安を煽る。同時に、なぜ今必要なのかをけむに 巻きながら、出自の怪しい故に分かり難い憲法や法律をこねくり回し議論を複雑化 する。

国民は単純化された「戦争法案」なる看板の前で凍り付き、複雑な議論が耳に 入らない。産経新聞の投書欄に載った岡山県の中学校講師(33)の声を抜粋したい。

《国会中継を見て、新聞やインターネットで関連記事を熟読した人は、 おそらく少ないだろう。多くが、編集されたニュース番組などを見た程度ではないか (略)国民の姿勢にも原因があるように思えてならない》

《編集された番組》という箇所で目が留まった。授業中、生徒に《もうす ぐ日本は戦争を始めるんですよね》といわれた福岡県の中学校教員(30)も、生徒 ではなく《社会に関心を持ち始め、成長途中の中学生に、いいかげんな感覚を植え 付ける社会に》怒っていた。

《まことしやかに流される「情報」には中立を欠くものが多い。国会で 議論されている安保法制に関しては特に顕著で(略)ネガティブなキャンペーンを執 拗に繰り返す一部マスコミが中学生を不安に陥れている(略)生徒に「全くその逆 だ」と答えた私は、それから1時間の特別授業を始めた》

左翼野党や《一部マスコミ》はぜひ《特別授業》を受けていただきたい。(政治部専門委員)

産経ニュース【野口裕之の軍事情勢】 2015.8.3
               (採録:松本市 久保田 康文)

◆「電柱」好き好きだけれども

平井 修一



電柱と電信柱(以下、電柱)を嫌う人は多いだろうが、気にしない人はもっと多いだろう。日本で最初に電柱の地中化を実施したのは東京の一番広い動脈である「昭和通」だと記憶しているが、「電柱がなくても景観はさして良くならないよね」と友人が言っていたものである。

昭和通は実に頻繁に利用していたし、勤め先が昭和通沿いにあったから毎日見ていたが、昭和通は小生から見れば結構汚い道路だった。ゴミが多いとかではなく(歩道橋の階段の下はゴミが多いが、1億円も捨てられていた)、風情というか情緒がない。統一性のないビルが林立しているだけで、無味乾燥。嫌いな道路だった。

小生は電柱は嫌いではないが、わが街も発展するに従い電線がずいぶん増えているのは気にかかる。

電柱がなければずいぶん景観は良くなるだろうなあ、可能なのかなあ、地下の共同溝に電気、ガスと一緒にすると危ないのではないかなあ、雨が多くて冠水や洪水もあるから電柱は必要かもしれないなどと思ったりするのだが、小池百合子氏/衆議院議員の論考「日本を救う無電柱革命」(衆知7/31)を読んで、そろそろ地中化を進めていく時期なのかなあと思った。以下は論考の一部。

<「まるでインドのようだ」

『ニッポン景観論』(集英社新書、2014年)の著者である東洋文化研究家アレックス・カー氏も電柱だらけの日本を嘆く一人だ。彼のもとに訪日した友人たちは、電柱だらけの日本の景観に驚き、「まるでインドのようだ」と表現したという。

いや、インド人もびっくりするに違いない。

2020年にオリンピック・パラリンピックのホスト国として、首都東京に世界からの訪問客を迎えようとしているのに、このままではいけない。「オリンピックのマラソンコースの周りだけ整備すればよい」との声もあるが、無電柱化はオリンピックのためだけではない。日本の問題である。

沖縄や奄美などの台風銀座からも、台風のたびごとに電柱が倒壊し、「早期に無電柱化を」との声が上がっている。

また京都の祇園祭や博多どんたく、岸和田のだんじりなど、高さのある山車系の祭が盛んな地からも、「山車を電線に合わせて低くした」「山車の通り道だけ整備した」との話も聞く。

なによりも、1億2000万人の毎日の安全な通行を確保し、防災への備えを進める必要がある。バリアフリーはお題目だけではいけない。

*「無電柱化推進法案」をまとめる

松原隆一郎教授との出会いはその著書『失われた景観』(PHP新書、2002年)をむさぼるように読んだことから始まる。10年ほど前、長年続いている財界人との読書会の課題図書としてであった。選者はメンバーの一人、トヨタ自動車の奥田碩会長(当時)だった。

長年、電柱問題に関心を抱き、1985年のプラザ合意に伴う円高で、電力会社が個々の利用者に薄く広く差益還元すると決まった際には、「無電柱化費用に充てて、社会資本の充実に努めるべき」と発言してきた私にとって、理論的、技術的に解き明かす松原教授の著書には大いに触発された。

特に1880年代のニューヨークの風景(ブロードウェイとジョンストリートの交差点)を描いた銅版画には目を見張った。整然とした街並みで知られるマンハッタンも当時は電柱が林立し、松原教授の言うところの「電線病」、いわゆる「蜘蛛の巣」状態であったことを知ったからだ。

逆に言うならば、日本の「電線病」も治癒の可能性があるわけだし、それが政治、行政の役割だと自覚するに至った。

意を強くし、2009年、自民党と公明党の有志による議員連盟「電柱の林を並木道に変える議員連盟」を立ち上げ、有識者、事業者とともに勉強を開始した。会長は「美しい国」を標榜してきた安倍晋三前総理(当時)にお願いした。この年、世界を金融危機に陥れたリーマンショックの対策としても、社会資本形成と内需拡大、雇用確保のあらゆる面で有効と考えたからだ。

ところが、設立間もない議員連盟は自民党の野党転落とともに、開店休業へ。

3年3カ月後の政権復帰とともに、「無電柱化推進議員連盟」に看板を替え、再開することとなった。さらに2014年には自民党政務調査会のITS推進・道路調査会に「無電柱化小委員会」として正式な党の機関に位置づけられ、今日に至っている。

その間、国土交通省をはじめとする関係省庁、電力、通信事業者、地方自治体関係者、無電柱化を進めた各地の団体などから数々のヒアリングを重ね、2015年には「無電柱化推進法案」を議員立法としてまとめることができた。

法案の肝は「新規の電柱は立てない」こと。ノーモア電柱である。

無電柱化を「遅々として進める」一方、新たな電柱をどんどん設置し続ける現状が続けば、何をしているのかわからないからだ。

ここは、いったん電柱とオサラバする覚悟が必要である。

最大のネックであるコスト問題には工事の工夫や技術開発で縮減を進めることを盛り込んだ。電線は世界標準ともいえる直接埋設方式の導入を可能とし、低コスト化を実現する。

一方、無電柱化推進に欠かすことのできない電柱への国民の関心を高めるため、議員連盟の動きと連動し、民間の方々による民間プロジェクトが立ち上がった。会長には画家の絹谷幸二東京芸術大学名誉教授、幹事長として松原教授が就任し、議員連盟などと連携しながら、各地で様々なイベントも展開している。

無電柱化を進めるエネルギーは国民の共感だ。「遅々として、進んできた」無電柱化の背景には、美観を確保する前に、「私の家、店の前に無愛想な地上機器(トランス)を置くな」「工事中の営業損失は誰が埋めてくれるのか」と総論賛成・各論反対の世論が立ちはだかる>(以上)

この論考によると、桜とほぼ同数の3552万本(平成24年)の電柱が日本の津々浦々に林立しており、毎年7万本も増えているそうだ。国民3.5人に1本! もう重すぎて担げやしない。

電柱は事故の復旧の際には便利だろうが、利便性ばかりを追求すると、老人の身の回りのように入歯、メガネから急須、爪切り、耳かき、薬と際限なく置き、グチャグチャになる。五輪を前に電柱を片づけ始める時期だろう。

ついでに看板も規制した方がいい。景観が良くなれば観光客も増えるから、見返りも結構あるのではないか。なせば成る。(2015/8/1)


2015年08月03日

◆私の「身辺雑記」(246)

平井 修一



■7月31日(金)、朝は室温31度、快晴、猛暑の予感。犬は玄関のタイルの上に水をゲボし、その上に寝転んでいたから下半身が濡れていた。ちょっと呆けてきたのかもしれないが、機嫌よくハーフ散歩。アジサイはすっかり枯れた。

習近平はブルーだろうな。官民合計100兆円で火消しに努めたが株式市場は少しも安定しない。

<中国株:下落、取引終了前1時間で急落−投資家にも理由不明

(ブルームバーグ7/30):30日の中国株式相場は下落。上海総合指数が取引終了前の1時間で突然大きく値下がりしたが、その理由については投資家にも分かっていない。

上海総合指数は前日比2.2%安の3705.77で終了。医薬品銘柄とテクノロジー株を中心に売られた。同指数は一時、1.5%上昇する場面もあった。100日ボラティリティ(変動性)は6年ぶりの高水準に上昇した。

申万宏源集団のセールストレーダー、ジェリー・アルフォンソ氏は、「大きなマクロ的展開はなかった。ファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)との乖離のため引き続き取引は難しい」と指摘した>(以上)

中国株は“狂った相場”みたいで、どうなるのか全然分からない。不気味な感じがする。

以下の論考「中国の異常な株式市場 ジェットコースターのような乱高下はまだまだ続く」(JBプレス7/30)の筆者リンダ・ユー(Linda Yueh、岳林達)氏はオックスフォード大学セント・エドモンド・ホールの経済学フェロー、ロンドン・ビジネス・スクールの経済学非常勤教授、著書に『China's Growth: The Making of an Economic Superpower』など。

<中国の株式市場が再び急落した。今度は8.5%。この市場での1日の下落率としては過去2番目の大きさで、世界金融危機以降に限れば最大だ。ジェットコースターのような相場は、まだ収束にはほど遠い。

実を言えば、中国の株式市場は遊園地の乗り物よりもカジノに似ている。

ほかの主要な株式市場では、情報を比較的多く持っている機関投資家が最大の投資主体だが、中国の株式市場では売買の85%が個人投資家によるものだからだ。

その結果、意外なことではないが、この市場では株価形成においてうわさや感情が過大な役割を果たしており、値動きが極端に荒い。

*カジノのたとえが適切な理由

そしてこの値動きの荒さ、つまりボラティリティー(変動性)の大きさが、カジノというたとえが使われるもう1つの理由になる。中国の株式市場は、景気失速の引き金を引くことなく2ケタの変動を記録し得る市場なのだ――少なくとも今までは。

このボラティリティーは、中国の金融自由化が間違いなくスムーズに進むようにすることがいかに難しいかを浮き彫りにしている。政府による大規模な市場介入で一部の株主による株式売却が禁止され、市場の売買の大半が凍結された後、確かに株価は反発した。しかし、介入で急落の再来を防止できる公算は小さい。

なぜか。それは、中国の株式市場が完全に流動的(平井:自由な売買)だとは言えず、世界市場に統合されているわけでもないからだ。

また、この市場は中国の貯蓄主体/個人投資家の資金に支配されている。

実際、中国の株式市場にある株のほとんどが売買可能になったのは2009年になってからにすぎない。2005年に改革が始まるまでは株式の3分の2が国有企業や法人(国家に支配されているのが普通だった)で保有されている「非流通株」で、売買できない状態にあった。

中国の上場企業では民間企業はまだ少数派だが、今日では中国市場における非流通株の発行済み株式数に対する割合は30%より小さくなっている。

*まだ比較的閉じられている市場

確かに、非流通株の割合が低下したことを受け、中国の株式市場にはこのほんの数で大量の流動性が流れ込んでいる。だが、中国は証券投資目的の資本流入に対し資本勘定の規制(平井:外資が市場を支配しないようにする措置)もかけており、株式市場は比較的閉じられている。

上海と香港の市場をリンクする上海・香港相互株式投資制度(ストックコネクト)が先日立ち上げられるまで、外国人投資家は中国本土の取引所でA株(上海・深セン上場株)を直接購入することができなかった。直接購入は割り当ての対象であり、いわゆる適格外国機関投資家(QFII)の免許を限られた数の投資家に交付するという形で実施されている。

そのうえ、人脈やその他の手段を利用できるかなりの富裕層は別にして、中間層になったばかりの何千万人という中国の普通の個人は世界の市場に容易にアクセスできない。

また、預金のリターンは低く(以前はマイナスだった)、国家が支配する金融システムでは金融商品の多様化も進まない。その結果、普通の個人が利用できる投資対象は住宅と国内株式が主体となる。

しかしその後、住宅市場が失速した。不動産バブルへの恐怖心が政府による融資の取り締まりに拍車をかけ、中間層の個人が蓄えを運用できるところは株式市場だけになってしまった。

そこで大きな問題として浮上するのが、昨今のボラティリティーの高さは、ほかの資産の市場や実体経済にも影響を及ぼすのかということだ。

上海総合指数は6月以降2ケタの下落を記録しているが、経済危機の引き金を引くには至っていない。これは恐らく、株式市場に参加している中国人の世帯数が全世帯の10%にも満たず、家計資産に占める株式の割合も15%に満たないからだろう。

しかし、株式投資で含み損を抱えた中国人の世帯が全体のごく一部であっても、絶対数にすればその数は数千万人に上る。このため政府は懸念を抱き、対策を講じるに至った。具体的には、担保の条件を緩和し、信用取引のマージンコール(追い証)に不動産で応じられるようにした。

*中程度の下落が簡単に相場の総崩れに転化

そもそも、市場のメルトダウンの引き金を引いたのは、世界市場の下落を背景とした投資マインドの減退に加え、当局による信用取引の取り締まりだったと考えられている。

これも、小口の参加者が支配する市場の特徴である。そのような市場では、同じ方向に「群れをなして」進む投資家の行動が相場の急騰や急落を招く。個人投資家は、ほかの参加者の方が自分よりも良い情報をつかんでいると思い込んでいるからだ。

その結果、目の前で展開されているように、今日では中程度の下落が簡単に相場の総崩れに転化し得るようになっている。そして、出口をふさぐ政府介入は不適切だ。

中国の株式市場が外に開かれ、その制度的な土台が予測可能になるまでは、ボラティリティーがこの市場の唯一の指針であり続けるだろう>(以上)

丁半博奕みたいだ。株の動きが実体経済と乖離しているから先が読めない上に、経験から編み出された方程式やら定石、ルールがない。

漢族は昔から行列に割りこむ。戦争でも正面戦を避けて権謀術数、威嚇恫喝、脅迫、暗殺、ゲリラ戦を活用する。「騙される方が悪い」の国柄。強い者が勝ち、勝ったものが正義だ。

ルールがないから、言行不一致は当たり前、ちゃぶ台返しもある。気に入らないと海上民兵が激突してきたり、反日暴動で暴れまくる。人民は付和雷同で、右へ行ったり左へ行ったり。

1980年頃に初めて上海へ行ったが、ホテルのフロントで奇妙なやり取りを見た。客が来て宿泊を希望するのだが、ホテルスタッフは「部屋がない」と断っている。客が大声で怒鳴ると、スタッフはキーを出した。

なぜ客を拒否したのか。客が増える→忙しくなる→給料は増えない→客を断ればいい。だから電話で予約を申し込んでもスタッフは「満室です」と断るのが常だから、事情を知っている客はホテルに直行して談判、埒が開かなければ怒鳴るのだ。

ビジネスのルールが西側とまったく異なっており、今でも「会社のために頑張る」なんていう社員はほとんどいないのではないか。私利私欲最優先。「自分が儲からないのに一所懸命にやるなんてバカだ」と思っているのではないか。

中共は永遠に(崩壊するまで)「ルールがないのがルール」でいくのだろう。「そのうち西側のルールに従うようになるだろう」と期待していた西側顧客は「もう付き合い切れない」と離れていくだろう。中共は失速を免れない。

中共のイケイケドンドンのピークは2000〜2015年のたったの15年だった。中国夢は意外に儚い「一炊の夢」だった。

■8月1日(土)、朝は室温31度、快晴、猛暑、犬は元気にハーフ散歩。ツクツクホウシの声。

時代は加速度をあげて進んでいる。米国通のジャーナリスト・堀田佳男氏の論考「ロボットが人間の職を奪う時代がついに到来 米国で壮年男子の失業率は11.5%、テクノ失業が原因」(JBプレス7/31)から。

<テクノロジー失業(以下テクノ失業)が広がっている。

この言葉は2年ほど前から広く使われはじめ、コンピューターやインターネットの発達によって人間が仕事を奪われることを意味する。

言葉は新しくても、雇用市場ではすでに何年も前から情報技術の進歩によって事実上の解雇が発生してきた。これまで3人でこなした仕事をIT技術の導入によって、2人でできるようになり、1人が解雇されればテクノ失業になる。この潮流が今後はさらに加速してくる。

特に米国でその流れが顕著だ。8月4日に米国で出版される『Humans eUnderrated(ロボットに負けた人間:拙訳)』の著書ジェフリー・コルビン氏は、人間が作り出したコンピューターやロボットによって、今後は加速度的に仕事を奪われていくと予測する。

同書は出版前から米国で話題を集め、21世紀の人間と機械との住み分けを示す内容になっている。コンピューターが社会に根を下ろし始めて久しいが、今後はロボットが人間社会に深く関与してくるというのだ。

*発売開始1分で完売した「ペッパー」

それはまぎれもなくロボットに職を奪われることでもある。第1次テクノ失業の要因がコンピューターならば、第2次テクノ失業はロボットと言えるかもしれない。

今月に入って日本でも、ロボットの話題が続いた。ソフトバンクが売り出した感情認識ロボット「ペッパー」は、初回生産1000台だったが、発売開始から1分もたたないうちに完売となった。

長崎県佐世保市にあるハウステンボスにオープンした「変なホテル」では、ロボットが接客する奇抜さが話題になっている。

進歩し続けるロボットの可能性に思いを馳せると、人間はもっと真剣に危機感を抱くべきなのかもしれない。20年後、人間は確実に「ロボットからの上から目線」を感じることになるだろう。

前出のコルビン氏は米国ではすでにテクノ失業が起因して解雇が増えていると書いている。今年5月の米失業率は5.5%(米労働省)だが、コルビン氏によると25歳から54歳の男性の実際の失業率は11.5%になるという。その要因がテクノ失業で、この数字は今後も増え続けていくようだ。

冷静に考えれば、機械ができる仕事で、しかも人間よりも正確に、さらに迅速に職務をこなせれば機械に任せる方が得策ではある。

例えばテラーと言われる銀行の窓口業務は今やネットバンキングに移行しつつある。すでに数字に現れている。マッキンゼーの調査によれば、2001年から2009年までで、全米のテラー数は約70万人も減少した。

*ロボットが癌の手術をする時代に

製造業一般でも状況は同じだ。ロボットの導入などによって、同期間に約270万人の職が奪われている。特に今後はロボット技術の進展によって、多くの分野で人間がロボットに取って代わられていく。

カリフォルニア大学バークレー校の研究者は、ロボットが癌細胞の切除手術の全行程を行う実験をすでに始めているし、ドイツのダイムラーは今年5月、米ネバダ州で無人トラックの走行運転を行った。

米国ではトラックの運転手は約290万人もおり、男性の間では最も雇用者数の多い職業である。将来、トラックや車の運転が完全に無人化されるかどうかは疑問が残るが、少なくとも一部で無人化・ロボット化が進むだろう。

ただロボットが人間を凌駕するとの見方は何もいまに始まったわけではない。

福岡県北九州市にある安川電機の社長にインタビューしたのはずいぶん前のことだ。産業用ロボットの生産台数で世界1位を誇る同社は、特に自動車を組み立てるロボット製造で業績を伸ばした。いまではロボットがロボットを製造する段階に達している。

21世紀にロボットに負けずに生き抜ける人間は、人とのコミュニケーション能力に優れ、創造力と統率力があり、人の心に共感できる人材のようだ。円滑な人間関係を築くスキルはロボットにはないものだ。

コルビン氏は「21世紀に必須の究極的なスキルは共感」と断言している>(以上)

「円滑な人間関係」・・・引き篭りの小生は苦手だから、ロボットに駆逐されるのか。まあ、料理が得意だからそうはならないな。芸は身を助く。

昼から集団的子育て、2歳女児と4歳男児を預かる。かき揚げうどん、鶏モモと野菜のゴマダレサラダなどを6人で。2歳女児は体調不良ですこぶる機嫌悪し。

■8月2日(日)、朝は室温31度、快晴、猛暑の予感、犬に起こされてハーフ散歩。

昨日は広範囲にクーラーをかけたが、今日は小生のPC部屋のみを冷却。無駄がなくていい。犬が出入りできるようにしてある。それにしても猛暑が続く。日本列島が焦げつきそうだ。

産経8/1「TPP交渉 閣僚会合、大筋合意見送り 乳製品、知財など対立」「日本の通商戦略に打撃…メガFTA交渉失速も」と報じた。

TPPが今後どうなるかは分からないが、合意したとして日本にとって具体的なメリットは何なのかは、小生にとっては分からないことだらけだ。専門家の間でもいろいろな見解がある。

日本戦略研究フォーラム理事/政治評論家・屋山太郎氏の論考「TPP交渉大詰め 時錯誤の農業指導は不要」から。氏は農業/農協問題に詳しい。

<環太平洋経済連携協定(TPP)が大詰めを迎えている。農協団体は交渉に参加すること自体に反対していたが「農産品5品目に着手しないなら、交渉に参加することだけはよい」との厳しい条件を出した。

目下、進行中の交渉では、1)コメの輸入枠をどのくらい増やすか、2)牛肉、チーズの関税を下げる――などの交渉案件が洩れてくる。安倍政権が行った2度の選挙中、全中(農協のトップ組織)は農産品目の聖域化を主張していた。

世界の貿易というのは、あらゆる品目が世界を回る。いきなり回ってこられると自国産が全滅すると困るから、関税で調節するというのが世界貿易機関(WTO)のルールである。

各国がリカードのいう「比較優位」の品目を成長させて稼ぐことになる。この物資の回転は戦後、世界が得た知恵であって、農協団体がこのカラクリを止めろとか、国として脱退しろというのでは国際社会では生きていけない。

30年ほど前、WTO(当時はガットと言った)の取材から帰国した時、木内信胤さんという言論界の大御所から招かれたことがある。当時、ジュネーブでの最大のテーマは日本のコメ関税800%はあんまりだ、というものだった。木内氏の結論は、日本はその機関から脱退しろとの極論だった。

戦後、農水官僚の悲願は大地主の土地を分割し小作農に分譲(分与)することだった。占領軍の力添えで、各農家に2ヘクタールずつ分割する「自作農創設」が実現した。

本来ならその時点から各農家が競争して、拡大、脱農を自由にすべきだった。しかし地主となった小作農は、肥料や農機具を自前で買った経験が乏しい。そこで全国に「農業協同組合」を設立して農業指導を行うとともに必要な資材を調達することになった。

この組織自体が利権化し、肥料や飼料を国際価格の3、4倍で農家に売って、独占禁止法の例外を政府に認めさせた。

そこに始まったのが池田内閣の所得倍増計画だ。毎年10%の大成長が続いたものが、その成長にコメ生産はついて行けない。政府は毎年のように米価引上げ」のムシロ旗で国会を取り巻かれた。

当時は中選挙区制度の上に、一票の格差が無制限となって、衆院では1対3。参院では1対6が“許容範囲”とされた。政治家は農協に迎合していれば当選が保証されるから、農協の発言権は大きかった。

この環境の中で発明されたのが田植機だ。この機械一丁で、ジィチャン、バァチャンで生産性が何倍にも増えた。コメの買い上げが無制限に増えて、政府は過剰米を3兆円分ドブに捨てた。

農政改革が可能となった契機は小選挙区制度になって、農協の力が絶対ではなくなったからだ。安倍晋三首相は第1次内閣で「減反の廃止」を打ち出し、今回の政権では全中の改革を強行した。

この全中の存在こそが、田んぼの売買を制限し、各農協の独立独歩の歩みを止めている元凶と見做した。TPPに加わって、農業を自ら変わらせるしかない。時代錯誤の農業指導者はいらないのである>(以上)

で、日本の農業は強くなるのか、農産品は安くなるのか、というと、どうもそうはなりそうもない。キヤノングローバル研究所研究主幹・山下一仁氏は農業分野のプロだが、その論考「このままのTPPでは農業の合理化は望めず 消費者が国際価格よりも高い価格を払っている現状は改善されない」7/27から、ごく一部を引用する。

<TPP交渉によって、“農産物の輸入自由化が進めば、国内農業はコスト削減による合理化をせざるをえない、農協改革や農業への株式会社の参入はそのために必要なのだ”と、マスコミでは主張されることがある。

しかし、これとは違う方向で事態は進んでいる。

第一に、TPP交渉では、日本農業にほとんど影響のないようにしようと、日本政府は交渉しており、実際にもそのような形で合意されるようだ。(平井:牛肉、豚肉は事実上、安くならないという)

問題なのは、自由化や合理化に真っ向から逆行する政策を、政府が展開しようとしていることである。

それは、膨大な補助金によってエサ米の生産を拡大して、主食用のコメの供給を減少させ、米価を引き上げようとしていることである。現状の米価であれば、カリフォルニア米よりも安いので、いくら関税ゼロの輸入枠を設定しても、外米は輸入されない。

だが、米価を上げれば、外米は輸入されるようになる。そうなれば、税金を無駄に使って、外米を処理しなくてはならなくなる。現に、輸入米を市場で流通させたと同量の国産米を買い入れ、備蓄量を積み増しするのだと報道されている。

内外価格差を縮小して、輸入農産物に耐えられるような農業を作るために、農業には多額の公共投資を行ってきた。今行っている政策は、内外価格差をもと(の高い国産米)に戻そうとしているのである。輸出の拡大など絵空事である。

結局、TPPで農産物の自由化が進むように見えても、消費者が国際価格よりも高い価格を払っているという現状は改善されない。

農業への影響を阻止するため、国民の納税者としての負担は増大する。農業にとっても、輸出の可能性が減少するので、人口減少で縮小する国内市場に合わせて、生産を縮小するしかない。国民全ての利益を損なう。

しかし、農林関係議員の人たちは、これで国益を守ったのだという。かれらの“国益”とは何なのだろうか?>(以上)

農水族が自分と農家の利権を守り、国民が享受するはずだった利益を奪ったということになりかねない。換骨奪胎、一種の裏切り、詐欺になる。山下氏によると農協改革も骨抜きになりそうだという。大山鳴動、鼠一匹か。

小生が夢みる「商社先導の大規模農業で世界市場へチャレンジする」は真夏の世の夢で終わるのか。族議員と利権屋と高級官僚とアホな大臣が国益を毀損するという「売国カルテット」はまだ続くのか。何か腑に落ちない感じだ。(2015/8/2)

◆日教組、注意すべき4ポイント

森口 朗



安倍総理のヤジによって、久しぶりに世間から注目されている日教組=日本教職員組合とは何者なのか。

 日教組の現状を一言で説明するならば、

「日本共産党の党員やそのシンパではないが、『9条を遵守すれば未来永劫日本は平和である』『戦前の日本の歴史は侵略の歴史である』『国旗掲揚や国歌斉唱の強制は良くない』『教育に競争原理を持ち込むべきではない』といった左翼思想に対して共感している教職員を中心とした職員組合」という事になるでしょう。

 ここで注意すべき点は4つです。

1点目は、日教組は日本共産党とは仲がよろしくないという点です。この辺りはご年配の方とお話をしていると誤解されている人が多い気がします。

確かに戦争直後日教組を立ち上げる際には、日本共産党が密接に関わり、一時期は日教組を思想的に先導していたのですが、1989年に日本労働組合総連合会(いわゆる「連合」)が発足する際に、多くの官公労がそれを支持する非共産党系組合と、それを「良し」としない共産党系組合に分裂しました。日教組もこの流れで、共産党系が日教組とは別の全日本教職員組合(いわゆる「全教」)を設立して出て行く形になったのです。

2点目は、日教組の中枢を占めている人たちが極めて左翼思想の色濃い人たちであるということです、先ほど述べたように日教組は共産党と袂を分かったのですが、それでは共産党が出て行って日教組の左翼体質は多少改善したかというと実態はその逆です。

教師という職業の捉え方にしても全教が「教師も労働者であり、同時に教育の専門家でもある」と捉えますが、日教組はそのような捉え方は教師の労働強化に繋がる恐れがあるとする考え方が主流です。

また、同和教育についても全教は同和差別が過去の問題であると考えるのに対して、日教組は同和教育推進派です。

3点目、これが最も重要なところですが、教育政策の決定に極めて大き影響力を有しています。但し、その表れ方は政治状況によって異なります。民主党政権の時には、日教組が民主党の支持団体というよりは、民主党が日教組の政治部門かという程に権勢をふるいました。

その典型が、あれほど議論した末に導入した悉皆調査である全国学力・学習状況調査(いわゆる「全国学力テスト」)を、抽出試験にして完全に骨抜きにしたことです(これは、自民党政権復活によって直ちに悉皆調査に再是正されました)。

全国一律の試験によって小中学生の学力を調査し教育政策に役立てるという視線は、1960年に日教組が中心となった運動によって廃止に追い込まれました。合理的な政策は事実を把握するところからしか生まれません。

この調査が復活するまで、秋田県や福井県の子ども達が高学力であることなど、その県の教育関係者さえ知りませんでした。しかし、客観的事実の把握は、思想洗脳教育にとっては邪魔なのでしょう。全教も日教組も一貫して調査に反対しています。

その根拠が「教育に競争原理はそぐわない」という左翼思想です。

もちろん、自民党政権下で日教組が表立って政策に影響を当てることは不可能です。このような場合、彼らは現場レベルに降りてきた政策を骨抜きにすることに腐心します。

例えば、卒業式や入学式に国旗を掲げ、国歌を斉唱することは学習指導要領で定められています。学習指導要領には法的拘束力があるので、さすがにこれを無視する学校現場は今ではほとんど無くなりました。

しかし、「事前に国歌斉唱の練習をしない」などは当然で、「ピアノ伴奏ではなくCDにしてボリュームを押さえる」「事前に生徒に『国歌斉唱時は無理に立たなくても良い』と指導する」「国旗は正面ではなく緞帳の陰に隠れるくらいの場所に置く」等々、様々な妨害工作を行います。それを行う際に最も肝腎なのが、卒業式・入学式の実務責任者を誰にするかです。

文部科学省の調査により、一部の学校で教職員の選挙により校内人事が行われていた事実が発覚し、過半数を占めていた大阪府で教育委員長(「百マス計算」を普及した陰山英男氏)の責任が問われていますが、その背景には卒業式・入学式を始め様々な学校行事で自分達の主張を通したい教職員組合の意向が働いているのです。

また日教組は教育委員会とも密接な関係を持ち、地域によっては校長や教頭といった管理職の選考にも口を出します。そこまで酷くなくても、慣例的に友好関係を持つ自治体は少なくありません。

例えば、表向き日教組と関係のない団体が教職員研修を行い、それを教育委員会が後援する。しかし、会場は日教組が事実上所有する会館で、会場使用料を通じて日教組が潤う、というのは現在も頻繁に見られます。

冒頭の安倍総理のヤジやそれに対する弁明は舌足らずの点がありますが、これらの事実を念頭になされたものと理解すれば、本質を捉えたものであることが判ります。

最後に4点目として、これは希望的観測ではありますが、日教組はこれからの数年で益々影響力が低下していくと予測できます。それは教職員集団の左翼洗脳が、若い人ほど解けてきているからです。

その昔、組合活動をしていた教育委員会の指導主事よりも、現場の若手教員の方が、国旗や国歌に批判的な老教師を軽蔑しているなどという例はざらにあります。日教組は現在、左翼思想をひたすら隠して若手勧誘を行うか、思想に準じて滅びるかの岐路に立たされているのかも知れません。

■森口朗

日本の教育評論家、東京都職員。95年〜05年まで都内公立学校に勤務。偏差値で学力を測ることの妥当性と限界を明らかにした。紙媒体で初めてスクールカースト概念を紹介し、いじめとの関係を解明。著作に『日教組』(新潮新書)、『いじめの構造』(新潮新書)、『偏差値は子どもを救う』(草思社)などがある。

産経ニュース【iRONNA発】 2015.8.1


          

◆「持てど使えぬ」集団的自衛権の怪

伊勢 雅臣



「集団的自衛権違憲」論の裏に潜む中国の影。

■1.「これは武士道ではない。日本は臆病ものだ」

2004(平成16)年4月、ペルシャ湾で日本のタンカー「高鈴(たかすず)が武装勢力に襲われたが、アメリカの海軍と沿岸警備隊が護ってくれた。「高鈴」の乗組員は全員無事だったが、米海軍2名、沿岸警備隊1名の合計3名の若者が命を落とした。

しかし、アメリカ側は「同じ活動をやっている仲間を助けるのは当たり前だ」と語った。当時、陸上自衛隊がイラクで人道支援活動で展開[a]、航空自衛隊はクウェートからイラクに支援物資などを空輸し、海上自衛隊がインド洋で同盟国の艦隊に給油活動をしていたからだ。

しかし、その後、小沢一郎民主党が「インド洋での給油は憲法違反」としてテロ対策特措法の延長に賛成しなかったため、給油活動を行っていた海自は帰国を余儀なくされた。

その途端、日本に対する評価はガタ落ちとなった。「日本の油を守るためにアメリカの若者が死んでいるのに、日本人は国内の事情で帰るのか」とアメリカは反発した。イギリスのファイナンシャルタイムスは一面で「これは武士道ではない。日本は臆病ものだ」とまで書いた。[1]

「高鈴」の逆のケースを考えてみよう。日本近海で米海軍の艦船が中国の軍艦に襲われた、とする。救援依頼の電波を受信して、海上自衛隊の護衛艦が駆けつけたが、国内法の事情から、海自は米国艦船を守るために中国の軍艦と戦うことがきない。

米海軍の艦船は日米同盟によって、日本近海で日本を守るために活動をしていた。それを日本が助けないとは何事か、と米国民は激高するだろう。その瞬間に、日米同盟は深刻な危機に陥る。いくら条約があっても、米国民は身勝手な日本を守るために、米青年の血を流すことに猛反対するだろう。

日本を含む太平洋の西半分を自らの覇権下におこうとする中国にとって、唯一の障碍は日米同盟だが、その同盟にクサビを打ち込む最も簡単な方法がこれである。


■2.「集団的自衛権は保有しているが行使できない」という詭弁

上述のケースで、海自護衛艦が米艦船を守るために戦えないのは、我が国が「集団的自衛権」を行使できないという憲法解釈を政府がとってきたからである。

集団的自衛権とは「ある国家が武力攻撃を受けた場合に直接に攻撃を受けていない第三国が協力して共同で防衛を行う国際法上の権利」と定義されている。

これに関して、昭和47(1972)年9月14日、社会党(当時)の質問主意書に対する答弁書(以下、「47年答弁」と呼ぶ)として、「国際法上は集団的自衛権を保有」としながらも、「その行使は違憲」とする次のような見解が出された。

<・・・わが憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。>[2,p132]

現在、国会で議論されている平和安全法制は、限定的な集団的自衛権行使を含んでおり、これを多くの憲法学者が違憲と指摘する根拠の一つが、この47年答弁である。

しかし、たとえば「あなたは投票権を持っているが、行使はできない」などと言われたら、一般国民の常識では理解できない。「持てど使えぬ」権利が世の中にあるだろうか? こんな詭弁が、どうして出てきたのか?


■3.平和条約と国際連合憲章で保証された集団的自衛権

この詭弁的答弁が表明された昭和47(1972)年以前には、我が国が集団的自衛権を持っていることは、自明の理だった。我が国の戦後の独立は、昭和26(1951)年に締結されたサンフランシスコ平和条約によるが、その第5条(C)では次のように謳われている。

<連合国としては日本国が主権国として国際連合憲章第51条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること・・・を承認する。>[2,p145]

その国際連合憲章51条は、こう定めている。

<第51条 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。>[2,p22]

主権国ならば当然、自分の国を守る権利を持っており、それは個別的、集団的の区別を問わない、というのが国際常識である。大国に対して、小国が単独で自らを守れない場合は、他国との同盟関係を構築して相互に防衛する権利を有するという集団的自衛権は、国家の固有の権利である、と考えられていた。

我が国の「国際法上は集団的自衛権を保有」とは、このサンフランシスコ条約、および、日本が昭和31(1956)年に加盟した国連憲章によって保証されているのである。


■4.実は行使されていた集団的自衛権

47年答弁は「憲法上、行使不可」というが、現実には、集団的自衛権の行使を前提とした条約が結ばれてきた。サンフランシスコ平和条約と同時に、昭和26(1951)年にアメリカとの間で結ばれた安全保障条約(旧安保条約)では、前文に次のような一節がある。

「平和条約は、日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している。

これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する」。

「これらの権利の行使として」とは、その前節の「個別的及び集団的自衛の固有の権利」を指す。すなわち、旧安保条約を結ぶこと自体が集団的自衛権の「行使」だったのである。

なお、その10年後の昭和35(1960)年に改訂され、現在も有効な安保条約でも、「行使」の文字こそないものの、「両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し」た上で、第5条で以下のように謳う。

「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」。

これは、集団的自衛権を行使するという宣言に他ならない。もし、集団的自衛権の行使が違憲であるならば、現在の日米安保条約そのものが違憲であると主張しなければ、筋が通らない。


■5.政府も最高裁も「集団的自衛権は合憲」

47年答弁の以前は、政府見解は「憲法上も保有、行使も合憲」をきわめて明確に打ち出していた。昭和29(1954)年に鳩山一郎内閣のもとで出された政府見解は次のようなものであった。

<戦争と武力の威嚇、武力の行使が放棄されるのは、「国際紛争を解決する手段としては」ということである。

他国から武力攻撃があった場合に、武力攻撃そのものを阻止することは、自己防衛そのものであって、国際紛争を解決することとは本質が違う。従って、自国に対して武力攻撃が加えられた場合に国土を防衛する手段として武力を行使することは、憲法に違反しない。>[1,p203]

ここでは自衛権を「個別的」か「集団的」かの区別をしておらず、両方とも自己防衛である限り、憲法は武力の行使を認めている、としている。国連憲章にも、サンフランシスコ条約にも、日米安保条約にも整合する単純明快な見解である。

最高裁判所も同様の判断を下している。自衛権について、最高裁判所が下した唯一の砂川判決(昭和34(1959)年)では、国際連合憲章に基づいて「すべての国が個別的および集団的自衛権の固有の権利を有することを承認している」事を確認した上で、補足意見ではこう述べる。

「今や諸国民の間の相互連帯の関係は、一国民の危急存亡が必然的に他の諸国民のそれに直接に影響を及ぼす程度に拡大深化されている。従って一国の自衛も個別的にすなわちその国のみの立場から考察すべきでない。

・・・換言すれば、今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち「他衛」、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従って自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである」。 [3]

「自衛はすなわち『他衛』、他衛はすなわち自衛」とは、集団的自衛権そのものである。憲法解釈の最終の権威は最高裁にあり、その最高裁が、自衛権について下した唯一の判決がこう述べているのである。すなわち、政府も最高裁も「集団的自衛権を国際法上も憲法上も保有しており、当然、行使も合憲」という判断であった。


■6.自衛権行使違憲論に中国の陰

この常識的判断が、47年答弁によって突然、「国際法上保有、憲法上行使不可」と変更されたのだ。「解釈改憲」というべきは、こちらの方だろう。どうしてこんな解釈が突然出てきたのか。

この答弁の出された昭和47(1972)10月の前月、田中角栄首相が訪中して、毛沢東や周恩来と会談している。この時、田中首相が何を話し合ったのかは、いまだ正式な外交文書が公開されていないので不明である。

しかし、その前年の1971年7月と10月に訪中したアメリカのキッシンジャー大統領補佐官と周恩来首相との会議録は公開されている。そこでは周恩来が「台湾と朝鮮半島に対する(日本の)野望を放棄すること」を日本に望むと述べている。対するキッシンジャーは「我々は日本の軍備を日本の主要4島防衛の範囲に押しとどめることに最善を尽くすつもりです」と応えた。

ここから中西輝政・京都大学名誉教授は次のように断言する。

「この2人の会談の翌年10月----しかもそれは田中訪中の翌月でもある----に出されたのが、前述の集団的自衛権に関する政府・内閣法制局の新解釈なのである。その背景要因として、朝鮮半島、台湾有事に自衛隊を関わらせたくないという米中両国、特に中国側の意向が強く影響していたことは間違いない」。[4]


■7.「社会党が言うから」

47年答弁は、社会党の参院議員・水口宏之の要求に応じる形で、政府が参議院決算委員会に提出したものだった。当時、官房長官であった宮澤喜一氏は、後に「集団的自衛権は違憲だという答弁は、社会党が言うから防衛線を固く敷いてきた」と述べている。[5]

社会党の要求通りの「集団的自衛権行使不可」の政府答弁は、いたく社会党の気に入ったので、珍しいことにこれに反対を唱えたことはついぞなかった。[5]

社会党は、かつてはソ連から資金援助を受けていたことが、ソ連崩壊後に公開された秘密文書により公開されたが、47年答弁の時期に同様に中国の代弁者として活動していたと推定しても不思議ではない。中国側の指示を受けて社会党が参院で質問し、自民党はキッシンジャーの意向を受けて新解釈を打ち出した、というのが真相のようだ。


■8.「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」

日本の集団的自衛権行使を一番恐れているのが中国、という構図は今も変わらない。

中国は集団的自衛権行使に反対しており、社民党や朝日新聞なども、中国の意向を受けてであろう、「戦争への道」などとヒステリックに非難している。しかし、南シナ海で軍事基地を作り、わが国の領海領空に侵犯を繰り返す中国の脅威には言及しない。

他方、アメリカを始め、中国の脅威を受けているフィリピン、ベトナムなどの東南アジア諸国、オーストラリア、インドは、集団的自衛権を含む安全平和法制を両手を挙げて歓迎している。

集団的自衛権の議論は、わが国とこれらの国々が中国の覇権に下り、ウイグルやチベットのような隷従の道を歩むのか、それとも共産中国を封じ込めて、自由と独立を守るかの分かれ道なのである。

日米欧はかつての冷戦において結束してソ連を打倒し、欧州側の多くの国家、民族を解放した。しかし、アジアにおいては共産中国との冷戦はまだ続いている。[b]

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」という日本国憲法に従うならば、我々は米国・アジア・太平洋諸国と連帯して、共産中国の「専制と隷従、圧迫と偏狭」から人類を救わねばならない。


■リンク■

a. JOG(378 サマーワに架けた友情の架け橋
 自衛隊のイラク支援活動によって得られた信頼と友情は「日本人の財産」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h17/jog378.html

b. JOG(889) 対中戦略を対ソ冷戦の歴史から学ぶ
 ソ連消滅はいかに実現されたのか。
http://blog.jog-net.jp/201503/article_1.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 佐藤正久『自衛官のリスクを政22]争の具にする勿れ』、「WiLL」H27.8

2.佐瀬昌盛、「集団的自衛権」★★、PHP新書、H13.5
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/456961616X/japanontheg01-22/

3. 潮匡人「集団的自衛権で錯乱する朝日新聞」、『正論』H26.6

4. 中西輝政「集団的自衛権の衝撃 日本を歪めてきた『日中友好』の闇は打ち砕かれた」、『正論』H26.9

5. 岡田邦宏「集団的自衛権 『行使違憲論』の正体」、『明日への選択』H26.6

◆無知な上に無恥だ 安保法案審議

ケント・ギルバート

唐突だが「正当防衛」の条文は以下の通りだ。

《【刑法36条】第1項 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない》

このように、正当防衛は、防衛対象が「自己の権利」か「他人の権利」かにより、2つに大別できる。一方で、日本の刑法が両者の違いを重視していないことは、この条文から明らかだ。

もし、世の中に、他人の権利のための正当防衛を認めない国があったとしたら、どうなるか。

妻や娘が目の前で強姦されていても、犯人が自分を攻撃しない限り、正当防衛は認められない。横から割って入って犯人にケガをさせれば傷害罪、うっかり殺せば殺人罪になる。あまりにもバカげた法律を持つ国として笑われるのは確実だ。

正当防衛を行う権利を「自衛権」という用語に置き換えれば、自己の権利を防衛するのが個別的自衛権、他人の権利を防衛するのが集団的自衛権である。個別的と集団的、最初から両方持っているのが大前提なのである。だからこそ、国連憲章では、すべての国連加盟国に、両方の自衛権を認めている。

今週、安全保障関連法案の参院での審議が始まった。「戦争法案」や「徴兵制」などの嘘八百を並べて、学生や若い母親の不安を煽る政治家やメディアは、無知な上に無恥だ。

真夏の炎天下、反対デモに、子連れの母親を動員した団体もあった。わが子の命を危険にさらすのは、安保法案ではなく、無責任な嘘をつく扇動者と、子連れでデモに参加した母親自身であることに気付くべきだ。

 ★集団的自衛権の最大のポイントは、正当防衛の範囲が拡大する点にある。従来は危機に直面した友好国を助けることは違法だった。それが正当防衛として認められるようになる。実施されたら困るのは敵だけなのだ。

すべての国連加盟国が集団的自衛権を行使可能だが、この権利を放棄してまで日本が米軍に依存してきた理由は、強引に武力を奪った米国への報復だったのかもしれない。しかし、そろそろ自立すべきだろう。

世界中で安保法案に反対する国は、中華人民共和国(PRC)、北朝鮮、韓国の3つだけだ。

韓国は無視して構わない。無法国家のPRCと北朝鮮は法案成立で、従来通りの無法を続けづらくなる。これこそが抑止力の強化である。

安保法案のキャッチコピーには「戦争をしたくないから、そなえる。」を推薦したい。

■ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。83年、テレビ番組「世界まるごとHOWマッチ」にレギュラー出演し、一躍人気タレントとなる。

現在は講演活動や企業経営を行う。自著・共著に『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』(PHP研究所)、『素晴らしい国・日本に告ぐ』

(青林堂)など。
ZAKZAK【ニッポンの新常識】015.08.01

2015年08月02日

◆8月15日の消えない2つの思い出

加瀬 英明



また、暑い8月が巡って来た。

70年前の8月6日に、広島に原爆が投下され、その3日後に長崎が原爆に見舞われた。

私より20歳年上になるが、「陸軍航空の撃墜王」といわれた田形竹尾氏と親しくさせてもらった。平成19年に故人になられたが、田形准尉は終戦の前年の10月に、台湾上空で三式戦闘機『飛燕』を駆って、二十数分の空中戦でアメリカ・グラマンF6Fを6機撃墜したことによって、知られている。

私は田形氏の九州の実家に招かれて、丘の中腹に建つ農家で、御馳走になったことがあった。「わたしが2枚翼の練習機ではじめて単独飛行を行って、郷里を訪れることを許された時に、高度を低く下げて、この縁側のすぐ前を飛び抜けました。父母と一族郎党が、庭に総出になって、日章旗(ひのまる)を振りながら、歓呼してくれたのを忘れません」と、いった。

田形氏は広島に原爆が投下された3日後に、任地へ向かう途中、満員だった列車が広島駅で数時間停まったので、屋根が吹き飛ばされ、柱やわきのレールが、まるで飴細工のように捻じ曲がった駅舎の外へ出た。

すると、顔や、腕が無惨に焼き爛れた婦人や、子供たちに囲まれた。

目を背けるような火傷を負った老婆や、女性たちが、田形准尉の軍服の胸に、銀色の航空徽章がついているのを認めて、口々に「この仇をかならず討って下さい! お願いします!」と叫びながら、胸にとりすがった。

田形氏は「これが生涯忘れることができない、2つの思い出です」と、いった。

フーバー元大統領の回顧録 広島への原爆投下への強い意見

4年前に、ルーズベルト大統領の前任者だったフーバー大統領の『フーバー回顧録』が、アメリカ有数のフーバー研究所から刊行された。957ページの大著である。

このなかで、フーバー大統領は広島への原爆投下を、強く非難している。

「1945年7月のポツダム会議の前から、日本政府は和平を求めている意向を、繰り返し示していた。ポツダム会議はこのような日本の動きを、受けて行われた」

「ヤルタ会議が1945年2月に催されたが、その翌月に、日本の重光葵外相が東京駐在のスウェーデン公使と会って、本国政府に和平の仲介を求めるように要請した。ここから進展はなかったが、日本が和平を求めている決意を、はっきりと示したものだった」

「7月26日に、ポツダム会議が日本に対して最後の通告を発するまで、日本は6ヶ月にもわたって、和平について打診していた。

日本は原爆投下の2週間前に、ソ連に対して和平の明らかな意向をもっていることを知らせていたが、トルーマンも、バーンズ、スティムソンも、日本の外交電文を傍受解読して、すでに承知していた」バーンズは当時の国務長官、スティムソンは陸軍長官である。

 「トルーマン大統領が人道に反して、日本に対して、原爆を投下するように命じたことは、アメリカの政治家の質を、疑わせるものである。日本は繰り返し和平を求める意向を、示していた。

これはアメリカの歴史において、未曾有の残虐行為だった。アメリカ国民の良心を、永遠に責むものである」

後にアメリカの第34代大統領となった、ドワイト・アイゼンハワー元帥が、スティムソン陸軍長官から、広島に原子爆弾を投下することを決定したと知らされた時に、「日本の敗色が濃厚で、原爆の使用はまったく不必要だと信じていたし、もはや不可欠でなくなっていた兵器を使うことは、避けるべきだと考えた」と、回想している。当時、アイゼンハワーはヨーロッパ戦線における、連合軍最高司令官だった。

 一億総特攻を否定した御聖断

今月、私は日頃、親しくしている著名な歴史学者から頼まれて、次著の原稿を読むことがあった。

そのなかで、原爆が投下されることがなかったら、日本が降伏することがなく、本土決戦が戦われて、国民にはるかに大きな犠牲が強いられた、原爆投下を招いた政府、軍の指導層の責任を問うことが今日までないのはおかしいと、論じられていたのに唖然とした。

日本が原爆が投下されたために、連合国に降伏したということは、まったく当たっていない。

軍は広島、長崎に原爆攻撃が加えられたにもかかわらず、「一億総特攻」を呼号して、本土決戦を戦うことを主張していた。昭和天皇による御聖断によって、やっと終戦がもたらされた。

日本が降伏を決意したのは、前月末に『ポツダム宣言』が発せられて、無条件降伏を要求してきた『カイロ宣言』が、条件付き降伏に大きく改められたからだった。『ポツダム宣言』は「われらの条件は左の如し。それから逸脱することはなし」と、述べている。

私は終戦の経緯について、当時の多くの関係者に面接して、研究してきた。原爆投下については、トルーマン大統領が8月に、原爆を使用することを決定したホワイトハウスの会議に出席した、ジョン・マケロイ国防次官と夕食をともにしたことがある。

原爆使用がなくとも日本は降伏したと語ったところ、反対の意思表示を受けた

私はいまから25年前に、広島、長崎に原爆を投下した、アメリカ陸軍航空隊第509混成団の最後の隊友会(リユニオン)が、原爆投下実施部の訓練のために設けられた秘密基地があった、ネバダ州とユタ州の州境のウエンドオーバーで催された時に、記念講演を行うために招かれた。

私がB29『エノラ・ゲイ』号から広島、長崎に原爆を投下した指揮官のポール・ティベッツ准将(退役)をはじめとする隊員と、その家族を前にして、「原爆を使用がなくても、日本は降伏した」「原爆投下は国際法の重大な違反だった」と話しているあいだに、聴衆の8割が抗議のために廊下に出て、つぎつぎと愛国歌を合唱した。

先の対米戦争について、日本国民の多くの者が軍部が暴走したために、無謀な戦争に突入したと思っている。

フーバー大統領は回想録のなかで、占領下の日本を訪れた時に、マッカーサー元帥と3回にわたって、余人をまじえずに会談したが、「日本との戦争をもたらしたのについて、ルーズベルトという狂人(マッドマン)1人に責任があった」と述べたところ、「マッカーサーも同意した」と、回想している。

日本は20世紀に入ってから日米開戦まで、アメリカの国益を損ねるようなことは、何一つしていなかった。

ルーズベルトは、母方の祖父が清との阿片貿易によって巨富を築き、幼少の頃から中国に強い愛着心をいだいていたために、日本を嫌っていた。

日本は中国本土を侵略する計画を、まったく持っていなかったが、中国による度重なる挑発に乗せられて、日中間の戦闘が不本意に拡大していった。

アメリカは国際法に違反して、蒋政権に大量の資金、武器援助を行うかたわら、次々と日本を圧迫して締めあげていった。日本は追い詰められて、自存自衛のために立ち上った。

日本軍は勇戦敢闘して、太平洋に散らばる多くの島々において、孤立無援の状況下で玉砕していった。

 敗北のなかでも真実の客観化は必要

トルーマン政権が条件付降伏に切り換えたのは、統合参謀本部が本土決戦を行ったら、戦争が1947(昭和22)年まで続き、アメリカ軍に100万人以上の死傷者が出ると見積もったからだった。

玉砕した部隊や、特攻隊の勇士たちが、日本を救ったのだった。けっして無駄死にではなかった。もし、アメリカが無条件降伏を要求し続けたとすれば、原爆が投下されても、本土決戦が戦われたはずだった。

私は5月に先の戦争について、『大東亜戦争で日本はどう世界を変えたか』(ベスト新書)という新著を刊行して、いったい何が正しい事実だったのか詳述した。好評で5月のうちに再版となった。ぜひ、お読み頂きたい。

日本は正しい歴史を奪われた国家と、なっている。そのために記憶を喪失した人と同じように、正常な国家生活を営むことができない。


              

◆サイバー攻撃に災害対策意識を

坂村 健



 ≪侵入できないシステムはない≫

つい最近、ハッキングツール開発販売のイタリアの会社が逆に国際ハッカー集団に侵入され、顧客リストを盗まれるという事件があった。リストを公開された顧客の国や機関はご愁傷さまだが、泥棒が義賊にしてやられるような時代劇的な痛快さもある。とはいえ考えてみると深刻だ。諜報機関が御用達にするほどハッキングに詳しい会社でも、侵入を防げなかったということだからだ。

日本でも年金機構の125万人の情報流出があった。しかし機構側の管理のずさんさが表に出たせいで「こんな怠慢がなければ…」「こういう管理にしていたら…」という「たられば」的な議論がクローズアップされてしまった。

管理には慎重そうなドイツでも議会がサイバー攻撃を受け情報流出が止められず、ハードの総取り換えだけは免れたがシステムを全部作り直すという。

世界一サイバー戦争に強そうな米国ですら、政府の人事管理局がハックされ420万人の米政府職員の社会保障番号などの情報が漏れた−と驚いていたら、その後の調査で、別のハッキングにより身辺調査対象者1970万人、採用候補者の配偶者180万人分の情報が流出していたという。健康・財政状態、犯罪歴の有無、家族構成、110万人分は指紋情報もというから深刻だ。

ところで、これらの被害はすべて標的型攻撃というタイプのサイバー攻撃だ。個人が被害を受ける無差別型の攻撃とは違う。

無差別型が端からドアを試して鍵のかかっていない家を探す空き巣なら、標的型攻撃は相手の組織や警備システムまで調べあげ、関係者の顔、声、指紋までコピーし、時間をかけ潜入する−映画『ミッション:インポッシブル』のような高度な作戦のイメージだ。映画で米中央情報局(CIA)本部だろうがクレムリンだろうが侵入しているように、絶対に侵入できないシステムはないと思った方がいい。

 ≪バランスで成立する社会≫

ならば、いっそのことコンピューターなど使うのをやめた方がいいのだろうか。しかし、情報化社会において、いつ起こるかわからないサイバー攻撃をおそれて、システム化をやめるのはテロが怖いからといって飛行機を使うのをやめて歩くようなものだろう。特に、少子高齢化の日本では、少ない人手、少ないコストで社会を回すために今やシステム化は避けて通れないところまで来ている。

ドアの喩えをするなら、鍵をかけ忘れるようなずさんな管理は論外だが、一般の住宅で玄関に銀行本店の大金庫のような鍵をつけるのもばかげている。設置コストもあるが、問題は運用コストだ。

毎回開けるのに苦労するうちに家人が今だけと窓を開けて出入りし、それで何も起こらないと常態化する。結果、普通の玄関鍵より弱くなる。そしてハッカー側にもコストもリスクもある。もうけにも名誉にもならないシステムにまで面倒な標的型攻撃をかけることはしたくない。

手間を含むコストと人命も含むリスク、金銭から公共の福祉までも含むベネフィットとメリット−そのバランスでこの世の全ては成り立っている。

絶対安全でなくてもメリットがリスクを上回れば、年間4千人以上の死者を出す交通事故も社会は許容する。そして、道路交通法から保険といった制度、点検補修や取り締まり、救急救命や訓練などの不断の努力−それらにより、技術の不足を補って社会のバランスを維持している。

技術に安全を無限に求めれば、銀行本店の大金庫になる。それでも『ミッション:インポッシブル』に侵入されない完全な保証は不可能。その諦念が認められないというなら、むしろサイバー攻撃は災害だと思った方がいい。

 ≪緊急対応と責任追及は別≫

米国のサイバーセキュリティーの基本計画は「NCIRP−国家サイバーインシデント対応計画」というもので、「NRF−災害対策大綱」の特別版として国土安全保障省がまとめた。

災害と捉えるというと、犯罪者を処罰しないのかとか、侵入された側の責任を問わないのかと思われるかもしれない。もちろん犯罪は処断されるべきだが、それは緊急対応とは別件だ。

また責任問題については、近年の専門家の常識では、責任追及は事故調査や緊急対応を難しくするという。米人事管理局の例のように、終わったと思っても侵入口が残っていることもある。年金機構のあまりの怠慢に擁護の余地はないが、責任追及のあまり状況対応中に事態把握に失敗したら、さらなる被害だ。

地震にしろ台風にしろ防げない災害には諦念し、だからこそ黙々と備える−いかに早く情報漏れを遮断するか。どうやって遮断を確認するか。ネットの連絡が信用できなければ伝令を使うことまで考えなければならない。

普段からの訓練も欠かせない。そしていざ起これば冷静に対処する−。犯罪や攻撃には弱くても、こと災害相手なら日本人は世界一。だからこそ「サイバー攻撃対策は災害対策」の意識変更が重要なのである。

               (さかむら けん 東京大学教授)
                産経ニュース【正論】2015.7.31