2015年08月02日

◆外務省主導の対中・対北外交の甘さ

櫻井よしこ



7月22日、政府は、中国が東シナ海日中中間線のすぐ近くでガス田開発を急速に進めている実態を15枚の写真を基に公表した。菅義偉官房長官は記者会見で2013年6月以降に新設されたプラットホームや土台は12基に上り、開発済みのものと合わせると、16基に達することを明らかにした。
 
中国による増設のペースは速く、13年に3基、14年に5基、15年に4基である。それを7月23日の「読売新聞」朝刊はまるで「雨後の竹の子」だと表現した。
 
外務省ホームページ上の公開写真ではいずれのプラットホームも作業員用宿舎とガス掘削施設、ヘリポートを備えている。専門家は宿舎は3桁の数の人員を収容可能な規模だと指摘する。
 
菅氏は昨年11月の北京での初の日中首脳会談で、安倍晋三首相が習近平国家主席にプラットホーム増設に強く抗議したことを明らかにしたが、中国側は日本政府の抗議を無視して建造を続行していたのだ。

「ヒゲの隊長」、佐藤正久参議院議員は7月17日、インターネット配信の「言論テレビ」で次のように語った。

「海上自衛隊は日々、東シナ海の哨戒活動を通して中国のガス田開発の映像を記録しています。新たな動きは逐一政府中枢に報告しています」
 
報告は原則として防衛、外務、経済産業の3省に送られ、そこから国家安全保障会議(NSC)に上げられる。このプロセスの中で東シナ海の中国による侵略的開発の事実は非公開にされてきた。私の疑問はなぜ、約3年間も日本政府は東シナ海の状況を公開しなかったのかという点だ。
 
複数の関係者によると、情報を非公開とした主体は外務省とNSCだという。NSC事務局長は外務省出身の谷内正太郎氏である。7月23日の「朝日新聞」朝刊も今回の公表について、「外務省幹部」が「『官房長官から宿題を出されたので回答せざるを得ない』と、公表の背景に官邸の意向があったことを認め」たと報じた。外務省任せなら、中国の東シナ海での蛮行は現在も公表されていなかっただろう。
 
中国外務省は日本側の公表について、即、「ことさらに対立をつくる意図があり、両国の関係改善に何ら建設的な意義を持たない」と反発したが、中国の行動こそ、建設的ではない。
 
日中中間線から申し訳程度に中国側に入った海域での開発は、ガス田が海底で日本側につながっている可能性が高いだけに問題視するのは当然である。また中国は「傾斜掘削」という方式を開発したといわれる。中国側から掘削パイプを下ろし、海底を這うようにして中間線の日本側に入り、日本のガス田にまでパイプを延ばし、ガスを掘り出す技術だという。
 
日本の資源が盗まれることに加えて、一連の施設の軍事利用も警戒しなければならない。南シナ海の埋め立てを中国は当初、平和利用だと主張した。米国が逆立ちしてももはや埋め立てた島を元に戻すことが不可能になった時点で、初めて中国は人工島の「軍事利用」を宣言した。同じことが東シナ海でも起き得ると警戒するのは当然だ。
 
にもかかわらず外務省は中国の意向を気にして3年間、情報を非公開にした。外務省は9月初旬の日中首脳会談の実現を目指して交渉中だ。中国の一方的開発に目をつぶったのはそのためだろうか。それでどんな日中首脳会談を行おうというのか。
 
外務省は北朝鮮外交でも、大失敗を犯している。昨年7月、拉致被害者を調査する特別調査委員会を立ち上げただけで、制裁を1部解除したのだ。

1年が過ぎた今、何の成果もない。先に譲歩することで相手も同様にしてくれるという甘い外交で成果を得られるはずがない。対中国でも同様だ。安倍首相は外務省主導の対中、対北外交を根本から見直すべきではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2015年8月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1094 

◆ヒラリーを起訴しないオバマ司法部

Andy Chang



7月22日、New York Times(NYT)は国務省と情報部の検察長官が司法部に照会状を送り、前国務長官ヒラリー・クリントンが3月に公開したE-mailの一部に国家機密情報が含まれていたので犯罪調査照会(Criminal referral)を要求したと報道した。クリントン選挙
事務所は慌ててもみ消しに入った。

24日、司法部某高官は機密漏洩は憲法違反に当たると発表したが、25日になるとNYTは22日の記事にメールに「機密情報」があったと書いた部分を「機密漏洩の可能性」と訂正した。

続いて26日、NYTは「犯罪調査照会(Criminal referral)」と書いた部分を機密違反照会(Security referral)と訂正した。憲法第3条第2項の罪は10年以上の有期徒刑である。だが司法部はヒラリーを起訴するかどうかはまだ決めていないと発表した。オバマの圧力があったらしい。

ヒラリーが国務長官時代に個人のスマホで通信したこと自体が違法行為だが、更にヒラリーは政府の機密保持サーバーでなくクリントンの家の普通のサーバーを使っていた違法行為もある。

オバマ政権はヒラリーを断罪したくないから国務省も司法部もヒラリーの起訴を避けたがっている。一部の人は今の司法部(JusticeDepartment)を違法部(Department of Injustice)と皮肉っている。

●ヒラリーのEmailgate

クリントン夫妻にはいつも犯罪疑惑が付きまとう。ヒラリーはこれまで幾多の違法行為を糾弾されてきたがいずれも起訴されていない。それほどクリントン夫妻の勢力が強いのである。夫のビルクリントンはルーインスキーとの浮気でテレビで二度も嘘をついて危うく弾劾罷免にされるところをうまく免れた。

今回のEmailgateと呼ばれるヒラリーの違法行為はいくつもの違法を含んでいるのでうまく説明できないが、要点は以下の通り。

(1)米国政府の公務員は公務のEmail通信に公用スマホの使用を義務付けられている。ヒラリー国務長官は公用スマホを使用せず個人のスマホを使っていた。これは違法である。アフリカに駐在していた某大使が個人スマホを使っていた廉で彼女が大使を免職にした過去がある。ヒラリーは違法と知りながら法を犯したのである。

(2)公務員は退任すると在任中のEmail資料をすべて提出する義務がある。ヒラリーは12年に退任したが資料を提出しなかった。2015年に追及されてから15年3月に資料を提出し、その際に初めて個人スマホを使っていたと発表した。しかも個人スマホの使用は違
法でないと強調した。ヒラリーは個人スマホの使っての通信に国家機密は入っていないと何度も弁解している。今回はNYTがヒラリーの通信に機密資料があったと発表したのである。呆れたことにヒラリーは「私が通信した時点では違法でなかった」と述べたが、長官
ともあろう者がこんな言い訳が通ると思っているのは笑止である。

(3)資料を提出した時に初めて彼女は政府の公用サーバーでなくクリントンの家庭サーバーを使っていたと白状した。これも違法である。しかもヒラリーは在任中の通信資料55000通を「紙にプリントして」提出した。プリントした資料は改竄した可能性があるから違法である。更にヒラリーは提出したメール以外に32000通を個人メールと称して政府の承認もなく消去し、電子資料の提出を拒んだ。

(4)国務院はヒラリーの在任中に使ったサーバーは国家の資料であり政府の所有だとして提出を要求したが、ヒラリーはサーバーの全資料は既に消去した(これも違法)と強弁して提出を拒んだ。

●国務院も非協力

3月にヒラリーが提出した55000通のEmailのプリントは国会やその他のオフイスが公開を要求したが、国務院は3月から6月まで公開を遅らせ、6月30日にようやく3000通を公開した。

問題が起きたのはこの公開された3000通について国家情報局のCharles McCulloughと、国務院のSteve Linickの二人の検察長官が別々に調べた結果400通のうち4通に機密情報が含まれていたので司法省に犯罪調査を照会したのである。

400通のうち4通に問題があったなら3000通の残りにどれだけ機密漏洩があったのか、提出した3000通だけでなくヒラリーの55000通にどれだけの機密漏洩があったのか。司法部だけでなくFBIも調査すると発表した。

ヒラリーの個人スマホ使用とクリントン家の家庭サーバーは既に中国やロシア、アルカイーダなどからのハッキングれているとういう。違法と知りながら公用スマホ、私用サーバーを使ったヒラリー長官の罪は重い。

●オバマも共犯である

ベンガジ事件ではアメリカのリビア大使ほか3人がテロ攻撃で死亡した。テロ攻撃の開始から大使が死亡するまで半日以上かかった。ホワイトハウスで刻々と救援通信を受けていたオバマとヒラリーは援軍を派遣しなかった。

ベンガジ事件でオバマは共犯だからヒラリーのEmailが調査されるのを怖れ、国会のベンガジ事件調査委員会の資料要求を2年近く放置してきた。国務院のサボタージュで資料不足のため調査委員会はヒラリーの喚問を延期してきたのである。

ヒラリーのEmailgateの問題は、ヒラリー個人の違法だけでなく、国務長官の責任を追及されるからである。大統領選挙に出馬できないどころか有罪判決を受けたらヒラリーはホワイトハウスでなく監獄入りかもしれない。

今朝(7月31日)のFoxnews発表によると、国務院はヒラリーの提出したEmailの一部を新しく公開した。この新資料には少なくとも25通のEmailに国家情報局、国務院情報部、CIAなどの国の情報機関のメールアドレスや人員の情報など、重大な国家機密資料が含まれていたので公開前に抹消したと発表した。

ヒラリーは幾度も個人スマホの通信に機密資料は入っていないと強調してきたが、嘘がどんどん明らかになると国務省も司法部も公開調査を拒む理由がなくなる。


          

2015年08月01日

◆最善策は騙し 中国外交の本質を見よ

櫻井よしこ



『中央公論』8月号に中国『人民日報』元論説委員の馬立誠氏が「中日の和解なくして東アジアの安寧はない」を寄稿した。同論文で氏は日中間に、➀平和、➁反省、➂寛容を求めている。
 
➀で氏は、「ある国は口では平和を唱えて、実際には武力発動を準備する」「こうしたやり方は、平和を謀略とするものであり尊ぶに値しない」と中国批判ととれる主張を展開する。
 
➁では一転して「日本は加害国」「深く反省」すべきだ。『朝日』の世論調査では「日本人の74%が『村山談話』を妥当とみなし」ているとして、村上春樹氏の「日本は繰り返し謝罪すべき」とのコメントも引用し、戦後70年のいま、村山談話と謝罪が重要だと強調する。
 
➂の、寛容が和解の母だという指摘は中国向けであろう。
 
日中双方に厳しい要求を突きつけながらも、氏は論文を通じて両国関係の善き面のみの紹介に努めている。日本政府は戦争について25回謝罪し(実は日本側は60回以上も謝っている)、2007年の温家宝首相のように中国政府は日本政府の謝罪を評価しているとして、毛沢東、周恩来、ケ小平の日本賛辞の言葉も紹介する。「日本は軍国主義ではない」と、反日で凝り固まった中国では仲々言えないことも述べている。
 
氏の論文は、日本人の対中警戒心を解き、日本が謝罪し許しを乞えば中国は応じ、和解もたらすという希望的観測へと読者をいざなう。
 
はたして、そうなるだろうか。13年前、氏は「対日関係の新思考」を『中央公論』『文藝春秋』両誌に寄稿し、「事実に即して言えば、(日本は)アジアの誇りである」と、驚くべき見解を披露した。

反日の嵐の中での勇気ある主張に私は感動し、氏を取材した。そのときすでに氏は批判をうけて『人民日報』論説委員の職から外されていたのだが、私は「新思考」が江沢民主席の事実上の了承の下で書かれたことを確信した。

中華大帝国を築く陰謀
 
政権トップが対日友好の論文発表を認めたにも拘らず、日中関係は悪化し続け、現在、対日歴史捏造は広く国際社会に定着しかかっている。一体この間、日中関係はどう動いたのか。

中国共産党は反日路線を走りながら、親日路線という異なる球を日本に投げ、日本がそこに希望を見出し譲歩すると、日本の譲歩を足がかりにして、さらに日本を追い込んだのではないか。

その積み重ねの中で、歴史の捏造が進み、日本が認めようが認めまいが、捏造した歴史の大記念館を中国にも米国にも建て、「侵略国日本」の悪評を国際社会に広げたのではないか。
 
戦後70年の首相談話の直前というタイミングで、馬論文が発表された。論文は日本に深い理解を示し、日本人の共感を得つつ、それでも国際社会及び日本国内の世論の力を借りて安倍晋三首相の謝罪を求めている。このことを、どう考えるべきか。
 
馬氏が公正な言論人であると認めるにしても、中国共産党政権は馬氏を使える駒のひとつと見ているのではないか。米国随一の中国通で親中派でもあったマイケル・ピルズベリー氏の著書『百年マラソン』を読むと、尚その思いは強まる。
 
ハドソン研究所中国戦略センター長を務める氏は40年以上、毎年中国を訪れてきた。中国人民解放軍をはじめ権力中枢に人脈を有し、中国政府の内部資料も余人の追随を許さない程に入手し、精読したという。氏はそのために対中宥和政策を推進するパンダハガーという蔑称にも甘んじてきた。
 
その氏が、自分は40年間騙されていたと激白したのが先の書である。「百年マラソン」とは、共産党政権樹立から100年後の2049(平成61)年までに米国を排除し、中華大帝国を築くという陰謀を指す。
 
右の書の冒頭に米国が抱いた5大幻想が書かれている。第1の幻想は、中国を敵視せず交流を増やす関与政策によって、中国が西側諸国と協調する国になるというものだ。彼は「我々のバラ色の期待はほぼ全て裏切られた」と語っている。
 
第2の幻想は中国は民主主義国になるというものだが、実際は中国共産党の支配はこれからも続き、独裁的資本主義国になると氏は見る。
 
第3の幻想は氏の苦い告白と共に綴られている。1996(平成8)年に訪中したとき、中国側が驚く程率直な意見を吐露した。中国は深刻な政治的、経済的危機の只中にあり、国家崩壊の危険性が増大しているという内容だった。

「中国政治局の秘密主義からして、これらの専門家の誠実さと予測に心底、驚いた。そして私はこの脆弱な中国を米国が支援すべきだと強く主張した」と、氏は振り返る。

米国に対する復讐
 
実は、同じような「率直」な説明が米国各界の要人に行われ、その結果、国防総省のシンクタンク、ランド研究所さえも中国を支援すべしと主張した。米国が中国に自由選挙の実施を強く求めすぎたり、反政府活動家の釈放、法の支配、少数民族の公正な取り扱いなどを要求しすぎると、中国は内部から崩壊し、アジア全体を揺るがし兼ねないと米国人は恐れたというのだ。
 
だが、「米国が中国の悲哀を心配し、あらん限りの援助を与えている間に、中国は経済規模を2倍以上に拡大した」と氏は苦々しく述懐する。
 
中国人は米国人のようになりたいと思っていると、米国人が考えたのももうひとつの幻想であり、中国の野望に全く気づかなかったことも米国の誤算だと、氏は悔やむ。クリントン政権下、氏は国防総省で中国に関する特別検証を担当した。

このとき初めて、中国政府が米国を欺いて情報、軍事、経済のあらゆる面で米国の支援を受けつつ力をつけ、2049年の中国共産党100周年までに米国に取って代わるという目標を掲げていたことを理解した。

目標達成の最も効果的な方法は、中国の意図を悟られないよう米国を騙し、中国の必要とするあらゆるものを手に入れることだと氏は納得した。報告書をまとめたとき、氏の分析を信じたのはCIA長官のテネット氏だけだったという。
 
中国の覇権確立が意味するものは、米国に対する復讐とでも言うべき国際社会のあらゆる体制の転換と価値の変質だと、氏は強調する。希望的観測に満ちた馬論文と、極めて詳細な資料に裏づけされたピルズベリー氏の主張を併せ読み、習近平政権が国際社会で対日攻勢を強めている現実を見れば、馬論文は霞んでしまう。
 
安倍外交はこの中国の正体を見て行わなければならない。にも拘らず、外務省は東シナ海ガス田での中国による侵略的開発も伏せたまま、ひたすら日中関係の改善をはかろうとしている。外務省主導の外交に強い懸念を抱くのだ。
『週刊新潮』 2015年7月30日号 日本ルネッサンス 第665回
                  (採録:松本市 久保田 康文)

  

◆難民激増に困惑・混乱するドイツ

平井 修一



リベラルという脳内お花畑的寛容がとんでもないことになっている。明日は我が身、と日本人は警戒しなければならない。

川口マーン惠美氏の論考「ドイツが抱える最大の問題はギリシャ危機ではない。激増する「難民」だ 頻発する難民お断りデモ、受け入れ宿舎の放火・・・」(現代ビジネス7/31)から。

<*難民庇護はドイツ国の義務だが

ドイツ基本法(憲法に相当)には、「政治的に迫害される者は庇護権を享有する」と明記されている。ナチの時代にユダヤ人を排斥したことへの反省と、逃げたユダヤ人が外国で助けてもらったことへの感謝が、ここに表されている。つまり、「難民庇護はドイツ国の義務」という解釈だ。

そんなわけで、今までかなり気前良く、難民、および亡命者を受け入れ続けてきた。90年代、ソ連や東欧が崩壊した時も、ユーゴの内乱の時も、多くの難民がドイツに駆け込み、申請をし、最終的に多くがドイツに留まることになった。

しかし、現在、当時とは比べ物にならないほどの数の難民がドイツに押し寄せている。今年の1月から6月までの半年間で、約18万人!1日1000人の計算だ。しかも、その勢いが下火になる様子はない。それどころか、おそらく年末までには、45万人に膨れ上がるという。ドイツは今、騒然としている。

*ドイツ中、予算も宿舎もとにかく足りない

しかし、(難民認定の)チャンスがないとわかっていながら、今、バルカン半島からの"亡命"希望者が、雲霞のように殺到している。実に全体の半数以上が、バルカンの、難民資格も亡命資格もない人々なのだ。

チャンスはないといえ、来た以上、審査が終わるまでは衣食住は保障される。難民の保護は州政府の仕事(もちろん、国から経済的な補助は出ている)だが、どこも現在、経済的にも、また、物理的にも、破綻寸前だ。いや、ほとんど破綻している。

バイエルン州は、ドイツの中でも比較的豊かな州だが、この半年で、新たに2万8083人の難民が押し寄せた。16年の終わりまでに難民関係の経費は、30億ユーロを超えるだろうという。同州の財務、厚生、環境の予算を全部合わせたよりもまだ多い。

そんなわけでドイツ中、宿舎がとにかく足りない。体育館や、廃校になった学校、使っていない工場、急遽建設した仮宿舎、町外れの空き地に設置したテント、コンテナ、あるいは一般住宅やホテルやユースホステルの借り上げと、ありとあらゆる手を尽くしているが、それでもまだ足りない。

難民の宿舎を住宅地のそばに新設する、あるいは、普通の住居を借り上げて難民を住まわせようとすると、周辺住民の反対も凄まじい。小さな村などで、突然、言葉の通じない、しかも、風貌の異なる人々が急増すれば、人々が不安に思う気持ちはよくわかる。しかも、多くの難民希望者は若い男性だ。バルカン半島には、ロマも多い。治安の問題、病気の問題、衛生の問題と、心配し始めるとキリがない。

自治体によっては、経済的に困窮し、増税したところもある。そうでなくても複雑だった国民の難民に対する感情は、さらに複雑になってきた。難民お断りのデモが頻発し、難民のために用意していた宿舎が入居直前になって放火される事件も、すでに175件、起こっている。難民の宿舎の周辺は不穏で、ドイツの警察が守っている状態だ。

*アルバニア人がドイツを目指す理由

チャンスのない難民がなぜやってくるかというと、まず、審査結果がでるまでに時間がかかることがわかっているからだ。現在、管轄の部署は、どんなに人を増やしても審査が追いつかない。結果が出るまで早くて半年、遅いと14ヵ月もかかる。ドイツの役所には、審査を待っている申請書が24万通も溜まっている。

しかも、待っているあいだは、衣食住のほか、月々のお小遣いも出る。バルカン半島の平均月収が300ユーロほどであることを考えれば、これは大きい。子供を3、4人も連れていれば、一家であっという間にその二、三倍はもらえる。

そのうえ、一番の魅力は医療だ。バルカンでは、貧しい人にとって医療は高嶺の花だが、ドイツで難民申請をしているあいだは、無料で医療が受けられる。だから、病気の治療を目的で来ている人も多いという。

うちの末娘は、2013年、14ヵ月間、アルバニアでボランティアをしていた。最近、ものすごい勢いで、同地の人々から連絡が入り始めたという。知っている人も、あまり知らない人も、全員決まって、「ドイツに行きたい。力になってくれないか」という相談だそうだ。

先日、バイエルン州の州知事ゼーホーファー氏が、資格がないとわかっている人たちが誤った期待を抱かないよう、審査のスピードを上げ、速やかに帰ってもらうと宣言した。それを心がないと非難する人もいるが、彼は、現状を見て、政治家としておそらく正しいことを言ったに過ぎないのだと思う。

一方、緑の党などは、もっと受け入れろと強硬だ。しかし、いったい何人、どうやって受け入れるのか、そして、そのコストは誰が負担するのかといったことには、一切触れない。具体的な問題点を避けたまま、感情だけに訴えるやり方は、緑の党の常套手段だ。

*難民問題はまだまだエスカレートする

7月27日、ドイツ各州の内務大臣がシュトゥットガルトで、難民問題についての緊急会議を開いた。しかし、これといった妙案は出ない。難民にあげるお小遣いを大幅に減らすとか、旧ユーゴやアルバニア、コソボなどと取り決めてある、3ヵ月間の相互ビザ免除協定を停止して、ビザの義務を復活させようなどという意見が出ただけだ。そうすれば、少なくとも、国境のところでビザのない人の入国を止められる。

難民問題は、一つ一つの物語を聞くと可哀想で、とても追い返す気にはなれないからこそ難しい。私がバルカンに生まれ、病気の子供を抱え、職もなく、希望もなかったとしたら、おそらく、どうにかしてドイツに行こうとするだろう。せめて、子供を病院に連れて行きたいと思うだろう。

卑怯なのは、アルバニアやコソボの政府が、一切、何の声明もコメントも出さないことだ。自国民が、これほど苦しみ抜いているというのに、知らん顔している。

最新の世論調査では、ドイツが抱えている最大の問題は、ギリシャの金融危機ではなく難民だと、多くの人が答えた。難民問題のエスカレートは、すでに想定内だ>(以上)

赤色汚染されていた頃の小生は日本を呪っていた。悪逆非道の限りをつくした悪い国だと洗脳されていた。その後、共産主義者も虫を殺すように殺しまくったじゃないかと知ったが、それから何十年たっても中韓が日本を叩き続けるので、2003年から近現代史を勉強し始めた。今はすっかり除染し、再生の過程にあるが、日を追って「日本はいい国だなあ」との思いを強くしている。

昨日も平穏、今日も平穏、明日も来月も来年も平穏だろうなあとほぼ確信できる(もちろん天災、人災はあるけれど)。こういう国というのは、世界を俯瞰すると実に少数派だろう。いくら難民受け入れに反対だとしても、宿舎に火をつけるほどの憎悪を日本人はまず持たない。

日本では政策に反対だからとか、中韓北の横暴を許さないとかいっても、精々プラカードをもって大人しくデモをするくらいだ。憎悪むき出しで機動隊に突っ込むなんていうシーンは1971年あたりが最後だったと思う。年々、穏和な国になっていると思う。

今、日本人が守るべきは穏和な日本であり、努力すべきはアジアの安定だ。アジアから中共の危険を除去し、アジアが穏和になるように諸国と協力していく。そのためにできる限り抑止力、反撃力を高め、しっかり備えていく。必要なら武力を行使する。戸締り用心、火の用心だ。

先進国としてそういう当然の義務を果たしていかなければ、周辺諸国からの信頼は得られない。トモダチが困っている時に助けなければ「一国平和主義のエゴイスト」と軽蔑されるだろう。

それは我々の祖父母や父母が命懸けで守った日本の名誉、愛国心、義侠心、勇気をひどく毀損することになる。子孫としての大不孝、大恥だ。世界から植民地を一掃する魁となった日本という超一流のブランドを、命懸けで守っていくのが我々の義務であり、かつ大いなる名誉だ。

「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壤無窮の皇運を扶翼すべ」。穏和な日本、平和のアジアを守るために、教育勅語の精神で難局を乗り越えていくべし。イザ!(2015/7/31)
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◆あの高級ブランドで着飾った李小琳

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)7月27日(月曜日)弐 通算第4618号>  

 
〜あの高級ブランドで着飾った李小琳、ヘルメットに作業服で現場に
    顕著な降格人事に殊勝な演技が濃厚〜


7月23日、李小琳が作業服にヘルメットで内蒙古省にある現場に現れた。しかも「視察」ではない。彼女の新しい職場なのである。

中国発電利権の総元締めは李鵬元首相。その娘、李小琳は父親の七光りの下、発電企業(国有)の社長に納まっていた。まったく能力とは無縁に撰ばれるのだ。

4月、突如スキャンダルが明るみに出て、海外逃亡を企て北京空港へ赴いた彼女を待っていたのは出国停止措置だった。ついで新しい任務は子会社の「副社長」。これは実質的に3階級降格人事、あからさまな左遷である。

大唐集団副社長の肩書きで、李小琳は内蒙古省の発電現場に、ヘルメットに作業着というぎごちないスタイルで出現した。

この発電所は北京に電力をおくる。当日は摂氏40度をこえる猛暑だったが、李小琳は殊勝にも現場で労働者と一緒になって汗を掻くジェスチャー。その写真が大唐集団のHPに掲載された。

だが、「いつも高級ブランドにリムジンだった彼女が仮装行列じゃあるまいし」と写真を見た多くの庶民が失笑したという。

まだおまけが付いた。彼女はその足で大日金剛という仏教寺院に立ち寄り、ラマ僧の歓迎を受けながら、祈祷した。薄い黄色の首巻き(チベット仏教の特色)に白色パンタロン、もう作業着は脱いでいた。こまったときの神頼みはわかるにせよ、共産党はいかなる宗教も信じてはならない、という掟破りでは?

2013年のボーアオ会議では女性ビジネスウーマンの代表選手であるかのように発言し、「わたしは家筋で出世したのではなく懸命な努力のたまもの。人は誰でも努力すれば、出席も出来る」などと訓辞を垂れたものだった。

しかも、習近平と握手する。高級ブランドを毎日着替え、颯爽と歩く姿を写真に撮らせていたのが絶頂期だった。

彼女の今日の落日ぶりは、反腐敗キャンペーン最中の政治的「見せしめ」であるかのようだ。
  

◆痴呆で地方創生はできっこない

平井 修一



秋田県には1度だけ行ったことがある。国際線が開設されたセレモニーの取材だったから1981年か82年あたりだったろう。取材を終えて記者仲間と市内をぶらぶらし、デパートらしい大型店を覗いてみたら、すごい美人がいて、小生は仲間を呼びに行ったものだ。絶世の美女で、後にも先にもこれほどの玉(ぎょく)は見たことがない。

皆、大いに感心したが、首をかしげている奴がいた。「こんなのあり
か?」と信じられない思いだったのだろう。

その時に小生が思ったのは、「こんな美女を嫁さんにしたら、人生の目的を達成したようなもので、男どもはがもはや、むしゃらに働くなんてことはしなくなるのじゃないか」。

どうもこの感想は当たらずとも遠からず、のようだ。

ブログ「Argus Akita」7/26「企業立地・誘致に見る秋田県自治体の無為無策」から。

<木曜日(7/23)、都内某ホテルで秋田県(+23市町村、銀行)による大企業の研究・生産拠点の県内誘致を目指す説明会があったそうで、参加した知人から『実際はどうなの?』という問い合わせを受けた。

この県企業誘致推進協議会は製薬、新エネルギー、航空機産業といったセクターをターゲットにしていたらしいが、その知人によれば、全国の他の地域に比較して何の特徴も無く、秋田に進出するメリットはほとんど感じなかったそうだ。

特に殿様知事(平井:佐竹敬久氏、男爵だった佐竹北家の第21代当主)のプレゼンで、若年層の英語教育に力を入れていることや、『7年後には新規高卒者全員が英会話ができるようになる』といったジョークは会場から失笑も漏れたということで、やはりどこか感覚がズレているという印象だったらしい。

7年後という数字もアホ臭いが、大企業の研究・生産拠点というのは日本に限らず世界中に候補地があるわけで、多少英会話ができるくらいの高卒の人材よりは、大卒・院卒の専門知識のある外国人に日本語会話を習得させるほうがコストも低く現実的というのは大企業では今や半ば常識で、殿様知事のプレゼンでは既に2、3周遅れている。

この常識は筆者のやっているようなマイクロ企業でも同様で、即戦力が欲しい場合は尚更である。

企業の生産拠点というのは原料供給地・エネルギー供給地・消費地の3つとの距離・利便性が条件(ウェーバーの工業立地論による)であって、それに何らかの技術的な伝統や文化の素地と安い労働力(しかも高質・高流動性)があれば文句無しで、自治体の優遇制度や税制などはその次である。

ところが、県企業誘致推進協議会などは、自治体やそれとつるむ金融機関による受け入れ体制(土地や補助・助成)が多少有利なら企業が進出してくるはずだと考えているフシがある。

秋田の地元企業は、なにかと民間よりも自治体・公共機関に顔を向け、公共事業的なものを受注することに躍起なため、田舎の自治体は「企業とはそういうものだ」という根本的な勘違いをしているのではないか。

企業に限らず、県内の産品を知事に届けるPR目的のニュースが未だに時々流れるが、ああいった藩主・領民的な図式も時代錯誤の勘違いによるものだろう。あれがPRに効果的だと思っているなら度し難い。

自治体による一時的な優遇制度などは、長期的な経営判断では、必ず何らかの税制他で回収されるものだという当たり前のことを企業は皆知っている。

つまり、殿様知事のプレゼンだのリップサービスで企業立地・誘致の一時的優遇制度をいくら魅力的に語ったとしても全く効果が無いばかりか、他の自治体に比べて周回遅れのピント外れにしか見えない。

原料供給地・エネルギー供給地・消費地の揃っていない秋田で新たな産業を興す、立地・誘致するには、それらの一部が物理的に必要が無い、あるいは傍にある必要が無いといったセクターをターゲットにするのが普通の考え方だが、何故か秋田県や県内自治体は消極的あるいはむしろ排除する方向に向いている。

しかも、製薬、新エネルギー、航空機産業といった伝統的な技術も文化の素地も無い方向を向いている。

かつて、インターネットの商用利用が解禁された直後はそれこそ全国一斉にヨーイドンの状態で秋田でもICT(情報通信)産業の様々な構想があったが、当時の寺田知事がその方面に全く疎かったため、旧商工労働部あたりがいくら笛を吹いても踊った人や企業は少なかったし、一時的に盛り上がってもすぐに雲散霧消を繰り返した。

筆者も含めて何人かは秋田の某所に大規模なIDC(大塚家具ではなくInternet Data Center)をということで奔走したが、その先にあるものに想像力の及ばない役人や短期的な収支しか考えない金融機関の前に頓挫した記憶がある。

結局筆者の場合は自分でできる範囲で軸足を海外にという自由度を取ったが、月日の流れを考えると正解だった。しかし、現在の秋田のこの分野の度し難い状況を見るに、もう少し粘り強くやっておけば良かったと思わないこともないが、ボランティアやるほどの余裕は無かった(^^)。

米軍基地関連の交付金は別としても沖縄などよりもはるかに条件が揃い、可能性が高かったにも関わらず・・・。

そして、現在では沖縄は嘘でも本当でもコールセンターやコンテンツ制作会社などが集まる以外に、『沖縄IT津梁パーク』に代表されるようなICT産業の拠点が出来つつある。

ただし、このIT津梁パークは支那の成都ウィナーソフト有限公司という支那資本により出来ていて、詳しくは触れないが非常に『危うい』モノを秘めている。

一方の秋田は、今頃になってICTで雇用をという超近視眼的な姿勢だったため足元を見られ、県といくつかの自治体がコールセンター業務というICT分野でも最も難しいものにチャレンジさせられた結果、あっさりDIOジャパンという詐欺に遭遇し、地元の若年雇用層を憂き目に遭わせている。

秋田にはKDDIのJIHの陸揚げポイント(岩城)もあり、役人に目利きがいればKDDIやNTTに働きかけてロシアと高速回線(RJCN:640Gbps)を繋ぎ、そこから始まるビジネス(IP-VPN等)なども創る事も出来ただろう。

が、ロステレコム(ロシアの大手通信会社)がナホトカから繋いだのは新潟の直江津、NTTコムがトランステレコム社(ロシア)と繋いだのは北海道の石狩市とサハリン州ネベルスク市(こちらも640Gbps)といった具合に全く相手にされていない。

・企業立地・誘致の考え方や手法が古過ぎる。・有望な産業に対する目利きがいない。

だけではなく、さらに秋田の自治体全体の大きな欠陥があ。

それは、国内企業に対する首長のトップセールスに関して首長が全く熱心ではないことだ。たまに首長のトップセールスの話題で出てくるのは南朝鮮や台湾の航空会社や観光くらいで、国内企業に対しての話題などほとんど聞いたことが無い。

国内で企業立地・誘致は熾烈な競争が繰り広げられているが、その中でも実績を上げている自治体は東日本では例えば北海道の白老町、岩手の北上市、山形の米沢市、茨城のつくば市、栃木の足利市、日光市、長野の駒ヶ根市、佐久市、新潟の妙高市、富山の高岡市などが挙げられる。

いずれも秋田市より人口の少ない自治体であり、実はこれらの自治体ではICT関連の誘致は少ない。

企業立地・誘致の優遇策が特別有利な条件というわけではない(優遇策は一般的に西日本の自治体のほうが有利なものが多い)し、それぞれ道・県ではなく市町村が独自に動いているのだ。

何が違うか。

これらの頑張っている自治体の共通点は一つ。首長自らがトップセールスを年間100〜150といったノルマをこなしていることだ。決して数字が問題ではないが、これだけでも首長の『熱意』『本気度』が感じられる。

秋田はどうだろうか、こんなトップセールスのノルマを自ら課している首長など聞いたことが無い。

海外に大名行列を連れていく『殿様』や、遊びのゴルフを指摘され気色ばむ『行灯』(平井:高級役人のあだ名か)くらいしかいないのではないか。

現知事は公約で2期目の最初の2年間で新規雇用創出5,000人を掲げて無投票当選した。2年以上経った今、どの資料からどの数字を拾って足したら5,000人になるのか教えてもらいたい。公約実現ができなかったのだからそれなりのケジメの行動は有権者に対して必要なのではないか?>(以上)

「地方創生」などと政府は叫んでいるが、余程の「地方力=地力=自力」がないと企業誘致や産業育成は難しい。全国の自治体がみな、必死で競争しているのだから、強い地方は生き残り発展し、弱い地方は過疎化し、やがては消滅する。

優秀な人材がいないとどうしようもないが、優秀な人材は(美女の産地であろうとも)大都市に向かうから、果たして地方に優秀な人材が残っているかどうか。小生は甚だ疑問に思う。

むしろ優秀でガッツある人材からなる歴戦のツワモノ「総合商社」に地方創生を委託した方がはるかに成功率は高まるのではないか。

偏見かもしれないが、地方の人は何かを始めるときに公金やら公的支援を当てにする。自立心が薄い「公」依存症だ。バラマキ政治にたかる、群がる。これではとても大きな仕事はできない。エコノミスト曰く、

「会社がつぶれるのはバカが仲良くしているか、利巧が喧嘩しているかだ」

地方も同じだ。秋田の男どもは嫁さんを眺めながらデレデレし、テレテレ仕事もどきをし、夜は川反で宴会か。こんな風だと消滅は免れないだろう。(プーチンに秋田犬をプレゼントしたのは「殿様」だ。救いようがない現状認識力、ほとんど痴呆症=地方症)(2015/7/30)

◆「バブル崩壊」で中国は変わるか

宮家 邦彦



上海株式市場で再びバブルが「崩壊」した。今中国では一体何が起きているのか。中国当局は経済ファンダメンタルズを反映しないこの経済現象に常識を超える政策で対応した。

7月4日、当局は中国大手証券会社21社に上場投資信託約2・4兆円分を購入させ、上海総合指数が4500に戻るまで保有株の売却を禁止した。

これで驚いてはいけない。市場関係情報の統制、悪意ある空売りへの懲罰、新規株式公開の承認凍結、大量保有株主による株式売買の半年間停止など、およそ世界に通用しない株価下落阻止策を総動員しているのだ。

このなりふり構わぬ市場介入の功罪はエコノミストに任せることとし、本稿ではこの「バブル再崩壊」が、中国内政に及ぼす影響について考えたい。

 《権力と民衆の異なったこだわり》

現代中国指導部の行動指針は経済だけでなく、軍事・政治・歴史を含め総合的に分析すべし、というのが筆者の持論だ。

現代中国漂流の原点は1840年のアヘン戦争、ここから歴史的屈辱が始まったからだ。爾後(じご)の中国史はこの不名誉を克服しようとする中国人の絶望的努力の歴史でもあったが、不幸にもこの努力はいまだ報われていない。

1851年の太平天国の乱、1861年の洋務運動、日清戦争敗北後の変法運動、1900年の義和団事件、1911年の辛亥革命に至っても、あの屈辱感は克服されなかったからだ。

興味深いことに、これらの「下から」の民衆蜂起と「上から」の改革運動には一定のパターンがある。それは権力側の中華至上主義と、民衆側の対政府不信・財富への妄信に近いこだわりだ。

近代中国では、権力エリート層がほぼ一貫して既得権確保に耽溺(たんでき)し一般民衆を見下し続けた。これに対し、庶民側も政府・権力者を全く信頼せず、自己防衛のため近親者と財富のみを信じ続けてきた。

現在の最高権力者である中国共産党指導部もこの歴史を受け継いでいる。1949年の共産革命は民衆の財富へのこだわりを不自然なまでに戒め、非現実的な共産主義型経済政策を続けた。その結果が、多数の犠牲者を生んだ大躍進政策と文化大革命だ。

《乖離する政治分析と経済分析》

建国から30年後の1979年以降、今度はトウ小平氏が民衆の財富へのこだわりを巧みに利用した。権力側は対外的に中華の野心を隠しつつ、資本主義の導入で国力を蓄える「韜光養晦(とうこうようかい)」政策を進めた。

これまで中国共産党の統治に関する政治分析と経済分析には常に乖離(かいり)があった。共産革命後最初の30年間、中国経済は停滞・疲弊したが、大方の予想に反し共産党指導の政治体制は崩壊しなかった。

続く1979年からの30年間、中国経済が順調に成長する中、西側諸国の多くは中国での民主化・政治改革を期待した。しかし、中国の権力者は豊かな経済力の多くを政治改革ではなく、軍事大国化に投入した。またしても、経済分析と政治分析が一致することはなかった。それでは習総書記率いる共産党政権はどこへ行くのか。

 《共産党統治は揺らがない》

まずは今回の「バブル崩壊」の経済分析から始める。当局の異常ともいえる「市場介入」は短期的に奏功するだろう。もちろん世界の市場関係者はこうした禁じ手を決して認めない。

中国経済が真の「グローバル」市場に成長することもないだろう。だが、中国権力者の関心はあくまで目先の面子(めんつ)と短期的安定だ。そのためなら如何(いか)なる強権発動も辞さないだろう。

では政治的影響はどうか。今回の株バブルで踊った中国人の大半は、やはり財富のみを妄信する庶民だった。今回の株投資も彼らにとってはひとつのばくちに過ぎないし、もともと庶民は政府など信じていない。ある程度の抗議暴動は起きるだろうが、その程度で中国の伝統的な権力者・庶民関係が変わるとは思えない。

要するに、中国共産党の統治が揺らぐとの分析は希望的観測に過ぎない、ということだ。独裁政権が一時的な経済的繁栄で民主化することはない。同様に、一時的な経済的困窮によって崩壊することもない。やはり、中国共産党の統治は当面続くと見るべきだろう。

財富のみを信ずる庶民はこれを大いに歓迎したが、権力側は彼らに政治的自由を認めなかった。これを不満とした学生らは1989年、天安門で立ち上がったが、権力側は民主化運動を徹底的に弾圧した。アヘン戦争以来の、中華を志向する権力者と、財富を妄信する民衆側との相互関係は、結局変わらなかったのだ。

さらに、改革開放政策導入から30年、中国では2ケタの経済成長が続いた。2009年以降も中国は4兆元の大型景気刺激策でリーマン・ショックを乗り切り、胡錦濤総書記から習近平総書記への政権交代も順調に進んだ。誰もが、近代史上初めて中国が政治・経済ともに順風満帆、安定していると信じていた。その矢先に上海株バブルが「崩壊」した。従来の権力・民衆関係は変化するだろうか。(みやけ くにひこ)

(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・元外務省)
                産経ニュース【正論】2015.7.28
 

◆中国軍制服組元トップの党籍剥奪

矢板 明夫



収賄の疑い、前政権軍ツートップが失脚

中国共産党中央政治局は30日、収賄などを理由に郭伯雄・前中央軍事委員会副主席に対し、党籍剥奪処分を決めた。胡錦濤前指導部で軍制服組の最高位を務めた郭氏の身柄は今後、党の規律部門から検察に送られ、軍法会議への訴追手続きに入る。

郭氏と同時期に中央軍事委副主席を務めた徐才厚氏(今年3月に死亡)は昨年夏に収賄などの容疑で党籍を剥奪されており、前政権を支えた軍制服組ツートップがともに失脚する異例の事態となった。

国営新華社通信は「職務の権限を利用して他人の昇進に便宜を図ったり、自らあるいは家族を通じて賄賂を受け取った」などと指摘した。

郭伯雄氏は蘭州軍区出身。内陸部に強力な権力基盤を持つ陸軍の実力者で、「西北の狼」の異名を持っていた。死亡した徐氏とともに江沢民元国家主席に引き上げられた人物だ。
(産経ニュース・北京発)

2015年07月31日

◆私の「身辺雑記」(245)

平井 修一



■7月28日(火)、朝は室温31.5度、薄曇り、猛暑は一服か。犬はヨボヨボしてきたが、どうにかハーフ散歩。

どうにか集団的子育ても一服。皆、機嫌よく帰っていったが、2匹は怪獣ギャースカだから小生の精神的なダメージは大きい。5歳までは耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶしかないか・・・もうすぐ終戦記念日だ。

先日、李香蘭(山口淑子)のヒット曲「夜来香」(イエライシャン)を調べていたら、彼女(支那生まれの日本人だが支那人として振る舞っていた)は1945年の終戦直前まで支那でコンサートをしていたそうだ。日中戦争どころか平和だった!

ブログ「Cosmopolitan’s Diary」2008/3/19にはこうあった。

<中国本土での(戦後の)「李香蘭」の再登場は、政治的な背景を抜きに考えることは出来ない。それは、日中国交回復20周年記念に上演されたミュージカル「李香蘭」と、「李香蘭 私の半生」の数種類の中国語訳の出版によるものである。

それまで、中国本土では、長きにわたって、「夜来香」のような全く政治色のない名曲ですら「売国奴の唄った歌」として公の席で唄うことは禁止されていたということに注意する必要がある。そもそも李香蘭という名前ですら、川島芳子とともにタブーであったといってよかろう。

1945年の上海で、李香蘭のコンサートに詰めかけ喝采した中国人が多数になればなるほど、国民党であれ、共産党であれ、李香蘭の背後に日本軍を見ていた中国人にとっては許し難い「漢奸」ということになるだろう。たとえその歌が恋の歌であれ、別れの歌であれ、中国人のこころを「文化漢奸」が掴むということ自体が彼らには許し難かったように見える。

中国の作家であり、かつて文化相をつとめたこともある王蒙は、ミュージカル「李香蘭」を観劇して、李香蘭を悲劇の主人公とするテーマに 違和感を覚えたとはっきりと言っている。彼は、李香蘭を死刑にせよと主張した中国人の心理を適切に指摘している。

つまり、日本軍に協力した有名女優が銃殺されるということ自体が、一般大衆にとっては実に溜飲の下がる光景なのであったというのだ。こういう心理は理解の出来るものである。

李香蘭が最後にコンサートを行った上海の競馬場で銃殺されることが決まったことを伝えた新聞報道の背後には、マリーアントワネットが断頭台にかけられることを望んだフランス人の群衆心理と同じようなものが働いていただろう。  

王蒙は、当然、漢奸として銃殺されるべきであった「李香蘭」のイメージを描いた後で、次のように言う。

「抗日斗争は、私達の感覚では愛国者と漢奸の戦いであることに異論がない。 左、中、右、国、共、すべてみな意見は一致している。 山口淑子は無罪釈放してもいい。大鷹淑子(旧姓)も賓客として待遇しよう。 李香蘭は、絶対に埋葬しなくてはならない。侵略者、強盗、満州、“支那の夜”“白蘭の”-------これ以上言うことがあろうか?」>(以上)

漢奸は売国奴のこと。日本と仲良くウィンウィンでいこうという支那人のことで、つまり漢奸は少なくなかった。そもそも庶民は政治にはあまり関心はなかったろう。日本が空襲で苦しんでいる時でも上海は平穏で、コンサートを楽しんでいたというのは、治安が安定していたということだ。

誰が治安を安定させたのか。日本軍か、蒋介石、張作霖などの軍閥か、それとも毛沢東率いる赤匪か。王蒙はこうも書いている。

<歴史の事実は一つだけである。人によってそれぞれ見方が違う。だから少なくとも同じ歴史というものはない。そのため種類の違う歴史の本が沢山ある。一人の人間についても何種類かの歴史書がある。何種類かの版本の歴史を読むことは、一つの版本を読むより人、生活、歴史についてより詳しく知ることが出来る。

日中関係のその回想についても、それが“不幸”だとか“不愉快”だからといって、まったく無視してしまうことはできない。歴史を正視することは、現実を正視するように、勇気と見識が必要だ>(同上)

「歴史の事実は一つだけ」というのはどうかな。歴史は多彩な事実からなる多面体であり、人はそれを自ら体験し、目撃し、現認しても、すべての面を知って「この戦争はこうだった」と判定することは非常に難しいと思う。木を見ても森の全体像はなかなか分からない。

マケイン元・米大統領候補はベトナム戦争で捕虜になったが、戦争には「栄光から屈辱、喜びから悲しみ、希望から絶望までのすべてがある」と語っていた。日支事変も一面とか数面を捉えて「これが歴史の事実だ」と決めつけるのはどうか。そもそも「事変」であり、国と国が国交断絶して戦う「戦争」ではなかった。これも事実の一つだ。

瀬戸内寂聴は所帯を持ってから戦前の北京に引っ越したが、「とても静かで、日本が侵略戦争をしていたなんて思いもよらなかった」と書いていた。このクソ尼モドキは、自分の体験よりも戦後のアカどもの嘘八百の言い草を信じたのだ。とても歴史を正視する見識があるとは言えない。

そう言えば、昨日の産経に岡本行夫氏(MITシニアフェロー)が「日本は70年前の負の遺産から逃れられない」と、こう書いていた。

<日本は欧米人の捕虜を差別的に取り扱った。白人は「碧眼俘虜」と呼ばれ、日本に連行されてきた。昭和17年の陸軍の「俘虜処理要領」には、白人以外の捕虜は速やかに解放するが「白人俘虜はこれをわが生産拡充ならびに軍事上の労務に利用する」とある。

日本人の白人コンプレックスを払拭させようと、見せしめのようにして、重労働を課したのである。その数3万4千人。そのうち1万2千人の米国人捕虜を筆頭に、英、蘭、豪の4カ国の「白人捕虜」が全体の95%を占めた。(数字は茶園義男氏の調査による)

陸相、東条英機は捕虜収容所長たちにこう訓示した。「抑々我国は俘虜に対する観念上其の取扱に於いても欧米各国と自ずから相異なるものあり。諸官は…人道に反せざる限り厳重に之を取締り一日と雖も無為徒食せしむることなく…」。

苛酷な扱いを受けた日本の収容所の捕虜たちの致死率は25%に達した。この数字はロシアのシベリア抑留とともに世界で群を抜いて高い。ちなみに欧米が抑留した捕虜の致死率は数%であった。

「価値の外交」を標榜してきた日本である。安倍首相の米議会演説は見事であった。戦争捕虜問題を含めて、日本は70年前の負の遺産から逃れられない。国家は、モラルを失えば漂流する>(以上)

茶園義男氏って誰だ。

<茶園義男:1925年徳島県に生まれる。広島大学広島文理科大哲学科卒。同大学院倫理学研究科四修。元国立阿南工業高専教授。現在、P・ウエスタン大学名誉教授、文学博士。平成昭和研究所を主宰、戦争犯罪を中心テーマに据えて、埋もれた歴史の発掘と平和への提言を行っている。TBSテレビ「わたしは貝になりたい」(1994年)の考証主幹を担当>
(「BOOK」データベース)

P・ウエスタン大学はパシフィック・ウエスタン大学。公的に認知された大学ではなく、ただの民間企業だ。この“大学”はディプロマミルで問題になったことがあると記憶している。

<ディプロマミル(diploma mill)、または、ディグリーミル(degreemill)とは、実際に就学せずとも金銭と引き換えに高等教育の「学位」を授与すると称する機関・組織・団体・非認定大学のことである。それらの活動は学位商法とも呼ばれる>(同)

茶園氏は信頼できる人物なのか。詐話師の吉田清治の類ではないか。

そもそも「日本の収容所の捕虜たちの致死率は25%に達した」とあるが、欧米は投降者を捕虜として受け入れると面倒だからと機関銃で殺したのではないか。「翼よ、あれがパリの灯だ!」で知られるリンドバーグは貴重な著述を遺している。(小生は未読だが)

<リンドバーグは1944年までに民間人として太平洋で50回の実働任務をこなしており、九九式襲撃機などの日本機とも何度か交戦している。また、ロッキードP-38での長距離航法やF4Uでの離陸法の発展に貢献した。

また、連合国軍(米豪軍)による日本兵捕虜の虐殺・虐待をしばしば目撃し、その模様を日記に赤裸々に綴っていた。その著書*の中で、リンドバーグは「ドイツ人がヨーロッパでユダヤ人になしたと同じようなことを、われわれは太平洋でも日本人に行ってきたのである」と記している。

*新庄哲夫訳『リンドバーグ第二次大戦日記』(新潮社、1974年)、改題し『孤高の鷲 リンドバーグ第二次大戦参戦記』(学研M文庫、2002年)>
(ウィキ)

役立ちそうな投降者は保護し、それ以外はさっさと殺してしまう米豪軍。「日本人は猿だ」と思っているから情け容赦しない。米豪など連合国軍の捕虜を受け入れ、苦しい食糧事情の中で不十分ながらも保護した日本軍・・・そういうことではなかったのか。

岡本さん、どちらが「モラルを失」なっているのか。米国をヨイショするのは結構だが、日本人の魂を忘れてはいけない。モラルを失えば漂流すること、個人も同じだ。

一橋出も東大出も外務省は「バカ」の温床だな。千葉刑務所の独房でせっせと除染を始めた小生は、まあ「マシ」な方だ。インテリを装うバカは疑うことを知らないから吉田清治のような嘘つきにコロッと騙される。違うか。

岡本氏がこれからも小生など庶民の敬意を保ちたいのなら、「世の中にはインチキ野郎がいっぱいいる」ということを覚えなくてはいけない。行夫ちゃん、晩年を真っ当に過ごしたいのなら、ちゃんと勉強しましょうね。

本来、頭のいい奴がバカなのは、疑うことを知らないからだ。世の中は善意に満ちていると刷り込まれているから、腹黒い、悪意に満ちた現実を見ない、聞かない、言わないの猿になっている。

困ったものだが、この手の猿=モンキーパーは動物園に収容するわけにもいかないし、機銃掃射もできないから放牧状態で、あちこちでギャーギャー騒いでいる。いかにせん。

昼前から猛暑、室温35度。夏子とがっぷり四つで戦う。今のところは扇風機で耐えているが、夜はクーラーなしでは凌げないだろうなあ・・・アカ対策の決め手はないのか。

戦前もマルクスボーイに手こずって、「とにかく皇室=国体を認めればお構いなし」=「転向」で処理した。こいつらが戦後に復活したわけだ。70年どころか100年戦争だ。共産主義思想を完璧に絶滅する・・・長い年月がかかりそうだ。

■7月29日(水)、朝は室温31度、快晴、猛暑の予感、ハーフ散歩。

昨日の産経正論「『バブル崩壊』で中国は変わるか キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・宮家邦彦」は勉強になったが、結論はこうだ。

<今回の株バブルで踊った中国人の大半は、やはり財富のみを妄信する庶民だった。今回の株投資も彼らにとってはひとつのばくちに過ぎないし、もともと庶民は政府など信じていない。ある程度の抗議暴動は起きるだろうが、その程度で中国の伝統的な権力者・庶民関係が変わるとは思えない。

要するに、中国共産党の統治が揺らぐとの分析は希望的観測に過ぎない、ということだ。独裁政権が一時的な経済的繁栄で民主化することはない。同様に、一時的な経済的困窮によって崩壊することもない。やはり、中国共産党の統治は当面続くと見るべきだろう>(以上)

清朝が亡びたときに人民は今日のごとく金儲けにいそしんでおり、清朝を憎む人民はほとんどいなかったのではないか。「多くの人々は自由を謳歌していたし、清朝に不都合を感じてはいなかった」と最後の皇帝溥儀の家庭教師ジョンストンは書いていた。

清朝を潰して近代国家を創ろうというのは日本や欧米留学経験者、つまりインテリだった。結局は武力を持った軍閥が清朝を紫禁城から追放し、潰した。

だから中共を潰すのには、どこかの管区の軍が決起するしかない。あるいは絶望的な不況が長引いて全国的な義和団的大騒動になり、これに軍が便乗するとか。

いずれにしても軍の圧倒的支持を得るような軍人や政治家、つまりカリスマ的リーダーがいないことには中共を潰して新しい体制を創ることはできない。

それでも「非常のときには非常の人が出る」のか、高杉晋作のように。彼の藩内クーデターが幕府壊滅の導火線に火を点けた。

北京のまだ見ぬ晋作さん、出番ですよ。

■7月30日(木)、朝は室温32度、晴、猛暑の予感、ハーフ散歩。

振り返ればずいぶんバカなことをしてきたが、今もバカなことをしている人たちがいる。ジャーナリスト・石井孝明氏の論考「炎天下我が子をデモに徴兵す−狂気拡散メディアの恐怖」(アゴラ)は痛烈だ。

<東京では連日の酷暑が続く。その中で、反安保のデモをする人たちがいる。驚いたことがある。26日の日曜日は都心で36度になった。その日の昼、子どもをつれた母親が昼間、渋谷でデモをした。

渋谷は舗装道路に囲まれ、照り返しなどで大変暑い。デモへの参加は子どもの命にかかわる行動だ。それなのに親がそれを心配しない。そして自分の政治主張に子どもを使う。日本共産党系の婦人団体である「新日本婦人の会」が、気味悪いデモのコールと写真をネット上にあげていた。

ネット上では批判一色になった。筆者は、正義感からこれに不快さを感じ、からかいたくなる衝動があって、以下の川柳をツイッターに掲載した。同意の反響が広がった。

「炎天下 我が子をデモに 徴兵す」
「ママ暑い ほしがりません 勝つまでは」
「夏休み 海山ディズニー 僕はデモ」

企業家の堀江貴文氏、医師の高須克弥氏も同趣旨の批判をしていた(略)。これが普通の人間の感覚だろう。

*狂気の行動を賛美するメディア

ところが日本の新聞は違った。

「安保法案、ママたちもデモ 学生のSNS投稿、背中押す」朝日新聞

「安保法案反対の母親、渋谷でデモ「誰の子どもも殺させない」(共同通信・東京新聞)

この記事に、デモの異様さへの言及はない。子どもへの心配もない。ちなみに、ここに登場する主宰者の一人のSさんという「ママ」「京大の大学院生」は、名前をネットで検索すれば、極左暴力集団中核派系の政治集会に頻繁に登場する政治活動家、プロ市民だ。なぜ共産党と対立関係にある中核派が一緒に動いているか不明だが、安保では一般人をだませるので、共闘しているのかもしれない。

新聞は「普通のママ」「ネットが背中を押した」という彼女らの嘘に簡単に騙されている。もしくは知っていて書かない。これは偏向報道だ。

安保法案の反対のために、多様な意見を無視し、メディアがバイアスのかかった情報を拡散する。これは大変危険なことだ。

21世紀の日本はこの(昭和前期の)メディアの異常さを笑えない。かつては「軍国主義」を、今度は「平和勢力」という人々の狂気めいた行動を賛美している。右と左にベクトルが違うだけで、70年経過しても狂気の根本は同じだ。

言論の自由を隠れ蓑にして、変なプロパガンダにいそしむ日本のメディアに、私たちは徹底して批判をするべきだと思う。今、既存のメディアは衰退の途中だ。市民=顧客の声が届きやすい状況にある。

現代社会では、私たち普通の市民が情報の発信者であり、それを自由に取捨選択できる。私たちは自分の頭で考え他人に頼らずに答えを作らなければならない。

しかし、「正義!正義!」と繰り返すのは、夏なのに暑苦しいし、かっこわるい。できれば川柳などのユーモアを使って、楽しく、したたかにおかしな情報に立ち向かおう。そして日本の民主主義を健全にしよう。

1945年とは違って、2015年には騙されない>(以上)

「中共の 走狗が叫ぶ アンポンタン」

ところで横浜市大の自動車部で一緒だったS君(大手金融会社)からメールが来たが、外部に情報が漏れないよう非常に警戒しているようだ。

<O君、H君より携帯電話にメールをいただき、ありがとうございました。

私はいまだにガラケーを使っており、ドコモへの支払い金額が月額で1,800円を超えたことがないような状況で、携帯は家人との連絡で使う程度で、両君のような長文のメールなど打ったことはありません。

また、まだこの10月までは継続で勤務(週3日)しており、情報管理規定やらで外部とのコンタクトにはややこしい制限があります。

従って、Fecebookとかラインとかはやったことがありません。ガラケーで出来るのかも知りません。

皆さんにお会いできる機会を設けていただける件には大いに同意します。場所はお任せします。できれば涼しくなってからがうれしいです。

「ようこそ、H家へ」や「ガツンと一発」は時々拝読しています>(以上)

想像するに、社内ではインターネットに接続できるPCは限定され、業務上で通常使うのはイントラネットのPCではないか。そうしないとサイバー攻撃で情報を盗まれるからだ。

中共は米国に盛んにサイバー攻撃を加えているが、サイバー戦士を教育する学校まであるという。

<(朝日新聞・峯村記者の報道を引用して)それは山東省済南市郊外にある山東藍翔高級技工学校で、130ヘクタールの敷地があり、3万人の生徒が学んでいる。軍の技術者を養成する全国唯一の民間訓練校で、調理や自動車整備などの教育も行うが、掲載された写真には、5千平方メートルの巨大な教室に2千台のパソコンが並んでいるから、一度に2千人のサイバー戦士を養成しているわけである>(酒井信彦氏、『月刊日本』2011年12月号)

日本でも一流のワルをスカウトし、サイバー戦士を養成してはどうか。ワルとハサミも使いよう。(2015/7/30)

◆本挑発する北方領土訪問計画

袴田 茂樹



7月23日の露閣僚会議でメドベージェフ首相が、北方領土訪問の意向 と国境防備のための島の軍備強化方針を打ち出し、他の閣僚たちにも訪問を強く誘った。日本への挑発的な言動である。この報道に接して、私は3年前の深刻な事態を想起せざるを得なかった。

 《韓国、中国へも“飛び火”》

2012年7月末に、民主党の玄葉光一郎外相とラブロフ外相の会談が ロシアで予定されていた。しかし7月初めに突然メドベージェフ首相が国 後島を訪問し、しかも日本に対してきわめて侮辱的な発言をした。

外交常 識から見て当然、日本は外相会談をキャンセルするか延期すべきだった。

しかし日本政府は抗議したが行動では逆に、玄葉外相は予定通り訪露し、しかもプーチンへの秋田犬のプレゼントまで持参した。

これを注視していたのが韓国の李明博大統領だ。専門家によると、李大統領は領土問題に関し日本は真剣勝負ではないと見て、直後の竹島訪問(8月)を決断したという。これが転回点となって、日韓関係が一挙に悪化した。

さらに翌9月、尖閣諸島が国有化されると、私有地の国有化は主権問題とは無関係にもかかわらず、中国が主権問題だと大騒ぎをし中国各地で反日暴動が起きた。

北方領土問題は主権侵害の問題だが、日本が真剣な対応をしないと、他の外交、安全保障さらには経済問題にも大きな影響が及ぶという具体例である。

先日の露閣僚会議では、来年から10年間の新クリール発展計画も採択 した。これは軍事と民生を結合した島の総合開発計画で(予算700億 ルーブル)、島の人口も%増25の2万4千人にする計画だ。

6月には ショイグ国防相が択捉、国後の軍事拠点建設などの2倍加速を命じ、露国 内ではこれは日本の領土返還要求への対応と報じられた。クリール発展計 画も軍備強化も、島を日本に返還するつもりはないとの意思表示でもある。

 《なぜいま対日強硬策なのか》

わが国では、プーチン大統領の年内訪日が検討され領土交渉進展が期待されている。それに配慮し、欧米諸国が6月以後、対露批判を強めているにもかかわらず、対露制裁も控えめにしてきた。

従って、なぜいま対日強硬 姿勢なのか、との戸惑いの声が政府などからも出ている。「大統領は北方 領土問題解決に強い意欲を示しているのに、首相がそれを阻害する言動を 繰り返している」といった報道さえある(朝日新聞 7月24日)。しか しこの認識は間違いだ。

4島の発展計画や軍備増強も、プーチンの意に反して首相や国防相が進めることはあり得ず、当然、大統領の指示で推進されている。北方領土問題でも大統領自身が強硬姿勢なのだが、わが国ではほとんど報じられていないので、説明しよう。

 《露大統領招聘は正しい行動か》

北方4島の帰属(主権)は未定と両国が公式に認めていたのに、平和条約交渉に関連して「4島が露領であるのは第2次大戦の結果だ」と初めて述べたのはプーチンだ(2005年9月27日 露国営テレビ)。

彼は 2012年3月に、朝日新聞の若宮啓文主筆に領土問題で「ヒキワケ」と 述べ注目された。その時彼は、日ソ共同宣言に従って歯舞、色丹を日本に 引き渡しても、「その後それらの島がどちらの国の主権下に置かれるの か、宣言には書いてありませんよ」との強硬発言をしたが(昨年5月にも 同じ発言をしている)、朝日や他の日本メディアはこの強硬部分を報じな かった。

筆者は露屈指の日本専門家と日露関係について3月から5月にかけて往復7回の公開論争を続けた。露側の結論は、日本は数十年か無期限、領土問題は一切提起せず、露との協力関係を推進すべしというものだ。

今回の メドベージェフの島訪問に関する露側報道でも、「露は島の共同開発を提 案しているが、条件は日本側が領土要求を忘れて経済協力に集中するこ と」としている(『RIAノーボスチ』2015年7月25日)。

わが国では、プーチン大統領の年内訪日が検討され領土交渉進展が期待されている。それに配慮し、欧米諸国が6月以後、対露批判を強めているにもかかわらず、対露制裁も控えめにしてきた。

従って、なぜいま対日強 硬姿勢なのか、との戸惑いの声が政府などからも出ている。「大統領は北 方領土問題解決に強い意欲を示しているのに、首相がそれを阻害する言動 を繰り返している」といった報道さえある(朝日新聞 7月24日)。し かしこの認識は間違いだ。

4島の発展計画や軍備増強も、プーチンの意に反して首相や国防相が進めることはあり得ず、当然、大統領の指示で推進されている。北方領土問題でも大統領自身が強硬姿勢なのだが、わが国ではほとんど報じられていないので、説明しよう。

 《露大統領招聘は正しい行動か》

北方4島の帰属(主権)は未定と両国が公式に認めていたのに、平和条約交渉に関連して「4島が露領であるのは第2次大戦の結果だ」と初めて述べたのはプーチンだ(2005年9月27日 露国営テレビ)。

彼は 2012年3月に、朝日新聞の若宮啓文主筆に領土問題で「ヒキワケ」と 述べ注目された。その時彼は、日ソ共同宣言に従って歯舞、色丹を日本に 引き渡しても、「その後それらの島がどちらの国の主権下に置かれるの か、宣言には書いてありませんよ」との強硬発言をしたが(昨年5月にも 同じ発言をしている)、朝日や他の日本メディアはこの強硬部分を報じな かった。

またその時、彼は「両国外務省に(交渉)ハジメの指令を出そう」とも述べたが、その後、露外務省は日本外務省との領土交渉を拒否してきた。もちろん、反大統領ゆえではなく、彼の指令がないからだ。

プーチンが外 務省に話し合いをさせようなどと人ごとのように言うこと自体、解決の意 思がない証拠だ。両外務省は何十年も議論をし尽くしているが決定権はな く、いま残されているのは両国首脳の決断だけだからだ。

ではこの状況で日本として露にどう対応すべきか。わが国は北方領土問題に関して、しばしば露側に抗議し言葉で批判するが、行動が伴わず、時には逆の行動さえとる。従って、日本の抗議は単なる「儀式」だと、露首脳たちにも揶揄(やゆ)される。

結局いま問われているのは、今年プーチ ン大統領を招くのは国家として正しい行動なのか、国家主権の問題でまた 誤解を招くことにならないか、ということである。露との良好な関係構築 は必要だが、それと個々の問題への対応ははっきり区別すべきだ。
        (はか まだ しげき ・新潟 県立大学教授)


◆辛坊治郎には、辛抱出来ん!

池田 元彦



本来の使用目的に沿った実用性、周辺環境と景観を殆ど無視し、只管奇抜なデザインに拘り、想定コストが倍になっても文科省等にザハ案を強要した安藤忠雄氏が、よくも審査以降自分は知らない、何故倍になったか判らないとはよく言えたものだ。貴方が責任者なのだ。

1300億の応募前提条件も安藤氏が設定した(他に判る人はいない)。ザハ・ハディド女史も、予算1300億を想定して応募したというが、コスト・景観を無視 する過去の行状からして怪しい。

ハディド作品はデザインの観点では確かに天才だ。彼女の建築されなかった (Unbuilt)作品群は、確かに見応えのある斬新さがある。感性のある人 はデザインに皆幻惑されるだろう。デザイン画なら絶賛するが、実際の競 技場建設を想定すれば、予算・景観でNGものだ。

ハディドも安藤も施主の目的や予算を顧みないデザイン中心の、世界に冠た る建築家だ。使用目的・環境・景観を勘案せず、実際の利用上の利便性や 機能性を殆ど顧みない人達だ。

9.11後の新世界貿易センターの1WTC(One World Trade Center)は、2003年コンペ受賞したものの、オウナー・入居団体、更には世論がNGとし、別の建築家の手で2014年に完成した。将に新国立競技場のコンペ結果と同じ成り行きだ。白紙化は珍しいことではない。

2WTCと3WTCの間にある地下鉄複合駅舎(PATH)は、奇抜な鳥のイメージで2006年受賞したが、デザイン重視・コスト無視のまま建設続行、10年遅れで未完のままだ。独り善がりの駄作、4千億の公金無駄遣いと酷評されている。安倍決断がなければ同じ結果だ。

1WTCは民間施主で即白紙撤回された。地下鉄PATHはNY/NJ港湾局が施主で、JSC・文科省同様お役所が発注者だ。要は公共機関・官庁は、著名建築家にクレーム出来ない。だから今更変更不可と言募り、予算追加を上司に言い包める。今回の白紙撤回迄の図式だ。

TVキャスター辛坊治郎は、個人的交際ある安藤忠雄を、TV等で強引に弁護する。当初よりハディド案に反対していた建築家槇文彦氏を作品比較して 「才能が無い」と暴言を吐く。応募条件の建築設計賞の内4つは、RIBAを 除き槇文彦も受賞していることを知らないのか。

問題は、どんな作品で受賞するかだ。安藤忠雄の作品は、確かに斬新奇抜でユニークだが、実用性、コストにお構いなしだ。槇文彦の作品は、使用目的・景観、コストを勘案したデザインだ。2010年北九州日本建築家大会で槇文彦の講演を聴く機会があったが、感動した。

弁護士も一級建築士もピンキリなのだ。槇文彦氏は奇を衒わず、施主の要望を勘案し尽して設計する。建築家としての思想、才能に人格を兼ね備えた類稀な建築家だと心酔した。因みに4WTCは遅滞なく最初に完成、ザハ案に当初より反対していた槇文彦氏の設計だ。

下司な辛坊は「槇を頂点とする東大閥の建築学会の反対理由の根本は、学歴の無い天才建築家安藤に対する嫉妬と対抗心だ」「コンペ責任者を取られた恨みも当然ある」と迄言う。

本当に下司な勘繰りと馬鹿発言をする辛坊治郎は、改めて勉強し直したら如何か。

切れ味のいい論評は好感するが、時たま首を傾げる男だ。中川昭一酩酊事件は明らかに仕組まれた芝居なのに「自殺しても当然」と言い放ち、疑惑の読売女性記者越前谷某の言動疑惑を隠蔽した。半年後中川は自殺した。直後、讀賣テレビ報道局解説委員長に昇格した。


◆中共株式デタラメ狂想曲

平井 修一



姫田小夏氏の論考『「株はもっと上がる!」中国はまだまだ強気だった 次々に繰り出す共産党の“見えざる手”』(JBプレス7/14)から。

<(上海総合指数は)6月12日にピークを迎え、ついにリーマンショック以来最高水準となる5178ポイントにまでに上り詰めた。

しかし、この日を境に株価はじりじりと下落に転じる。7月8日に「暴落」が伝えられると世界中のマーケットが連鎖下落を起こした。

*身元不明のブローカーがうごめく信用取引の実態

これまでの株価の高騰は政府による景気刺激策の一環だったと言われている。現地では年が明けた早い段階から「今年は株が上がる」という情報が出回っていた。一部の個人投資家は、意図的に仕組まれた「中国株バブル」が再来することを見通していた。

上海在住のある実業家A氏は、こうした噂を聞きつけていた1人だった。A氏は春節と前後し、自己資金と両親のタンス預金とを合わせて300万元を株に投資した。その結果、たった数カ月で1200万元を儲けた。日本円にすれば2億4000万円である。

A氏はまず、株式投資を運営する民間業者Xに300万元を預託。XはA氏に預託金の倍額である600万元を貸出し、合計900万元の枠で株式運用を開始した。

“民間業者”といっても会社組織ではなく、3人程度で動かしているブローカーのようなもの。これがいわゆる中国における「信用取引」の実態なのである。

A氏はうまく売り抜けたが、その後の急落で、多くの個人投資家が預けた資金を失った。現地の株式投資に詳しい貿易商B氏は「身元も定かでないこうした組織に資金を預けた個人投資家は多い。今回の下落で“資金がゼロ”になった人も少なくない」と語る。

*自殺に殺人・・・混乱する社会

上海総合指数がわずか3週間で32%も大幅下落したことで、街中ではさまざまな事件が起きているようだ。

報道がこれまで以上に厳しく規制され実態が見えにくくなっているが、中国がパニックに陥っていることは口コミで伝わってくる。財産を失い家庭が崩壊した者もいれば、政府の責任を追及する者もいる。さらには、自殺した者もいる。

江西省南昌市では殺人事件があった。自宅を担保にして高利貸しから借金、近隣からも借金して株につぎ込んだ妻が180万元(約3600万円)の大損を出した。怒り心頭に発した夫が妻を殺したというのだ。

そもそも今回の株価上昇は異常だった。2015年1月から4月にかけて、株に上場する二千数百と言われる銘柄のほとんどすべてが上昇した。財務状況に問題があるなど上場廃止リスクがある銘柄(いわゆる「ST銘柄」)ですら暴騰していた。中国の製造業は生産停止や倒産が相次いでいる。相場の動きは明らかに実体経済から乖離していた。

中国政府は下落防止の下支え策を矢継ぎ早に打ち出した。大手証券会社に命じて1200億元以上を上場投資信託に投じさせたり、国営企業に自社株買いを要請したりするなど、なりふり構わぬ介入を行った。

大学教授のC氏はこの一連の出来事を冷めた目で見る。

「当局がやっていることはメチャクチャ。もともと不透明な部分が多く誰が操作しているかも分からない株式市場が、ますますおかしなことになっている。これで民間の信頼を失えば、もう株価は戻らないだろう」

今後の動向が気になる上海株だが、人民銀行の内部から筆者のもとにこんな情報が流れてきた。

「下落は長くは続かない、再び上昇に転じるだろう。政府による株式市場への刺激策はまだ続くからだ。6000ポイントを超えることだってあり得る」

急落していた上海株は先週末に下げ止まり、反転上昇の気配も見せている。共産党の“見えざる手”が、今後も上海株を上昇させるのだろうか。まるで化け物のような市場である>(以上)

「化け物」どころか何でもありのデタラメ、政策なしの「行き当たりばったりのモグラ叩き」的後手後手対処療法だ。

武者陵司・武者リサーチ代表の論考「中国の公的介入が導く『株式市場の死』」から。

<[東京13日ロイター]中国の共産党政権がいよいよ本性をむき出しにしてきた。今回の株暴落局面で同国政府が繰り出した一連の相場テコ入れ策を見るにつけ、筆者はそうした思いを強めている。

むろん公的介入で株価が持ち直せば、帳簿上の富がある程度確保されるのは事実だが、本源的企業価値からはどんどん乖離してしまう。

株価は、言うなれば経済の体温計である。その「目盛り」を意図的に変えてしまうことは市場原理の否定そのものであり、グローバルな尺度で見て中国株式市場の死を意味しかねない。

資産市場への公的介入は、ある意味で、共産党一党独裁体制の宿命と言える。短期的な高成長路線を優先するあまり、資産バブルの膨張を許してしまった(あるいは暴落の恐れがあっても、資産効果に頼らざるを得ないほど、政策手詰まりに陥っていた)わけだが、いまさら崩壊するままに任せて、政治システムを揺るがすような社会不安を起こすわけにはいかない。今後も弥縫策を繰り返すしかないだろう>(以上)

社会主義市場経済を標榜しながら、実態は中共独裁統制経済で、すべての市場に中共が手を突っ込んで価格や売買などを操作するのだ。「株は買え、売りはダメだ」なんていう市場があるなんて、世界は唖然とした。

今回の騒動で一番注目すべきは、中共が国家経営でダッチロールをし始めたことを世界中に知らしめたことだ。

人民は爆発の機会を待ち望んでおり、株暴落を機に、その導火線に火をつけかねない人権派弁護士の大量拘束は、暴動を抑え込むための予防拘禁だ。これまた世界は驚愕した。

人民が中共独裁に耐えているのは「昨日より今日、今日より明日はもっといい」とそれなりのリターンがあったからだ。ところが今や、中共経済は低迷期に入ったから、中共は人民に「明るい明日」を説けなくなった。アメがなくなり、ムチばかりになった。

今回の暴落騒動で個人投資家は平均で500万円から1000万円を失ったという見方もある。人民は中共への不信と不安と不満を募らせている。中共は遅かれ早かれクラッシュは免れない。(2015/7/15)

        

◆「北戴河会議」前の不気味さ

中澤 克二
   


国家主席の習近平が進める反腐敗を掲げた政治闘争が新たな段階を迎えようとしている。20日に前国家主席、胡錦濤の側近、令計画の共産党籍を剥奪し、24日には河北省トップの周本順(中央委員)を摘発した。現役の省トップ摘発は習体制下で初めてだ。

この周本順は司法を統括する政法部門で長く働き、先に無期懲役が下った前最高指導部メンバー、周永康に近かった。2013年春、河北省党委員会書記に就いた後、しばらく様子見していたが、周永康の摘発が不可避と判断すると即座に寝返った。周永康の罪状を巡る情報を習側に提供したのだ。

「反腐敗で日和見を許さず」

「旗幟(きし)鮮明にし、決して『塀にまたがる派』をつくらない」寝返らないと大変な目に遭うという警告の言葉だ。かつての周永康派の面々に自分の口で言わせてきた。中国語で日和見を意味する「塀にまたがる派」は、優勢な方に降りようと様子見するずるいやつらを意味する。

人民日報の論評にも登場しており、内部講話で習近平が繰り返したキーワードだ。

「塀にまたがる派」は、文化大革命(1966〜76年)前後に繰り返し使われた毛沢東の言葉だ。毛に倣う習の政治手法は「左寄り」である。敵を見つけたら大運動の展開で徹底してつぶす。

その結果、絶大な権力を手に入れる。「旗幟鮮明」は89年の天安門事件で「民主化運動を潰す決断をしたケ小平の側につかないと明日はない」と脅す際に使った。似た党内闘争が今も続く。

■自己批判迫る習近平

2013年夏、習は反腐敗の政治運動として打ち出した「群衆路線教育実践活動」の一環で河北省に3、4日間滞在した。河北省は20代だった習の初の地方赴任 の地で、思い入れがある。

同行したのは官房長官役の中央弁公庁主任、栗戦書。習が 河北省正定県トップだった時代に隣町の無極県トップだった。若年の習は3歳年上の兄貴分、栗戦書を慕い頼った。2人は「河北閥」でもある。

周本順 河北省党委員会書記(河北省政府ホームページから)

周本順 河北省党委員会書記(河北省政府ホームページから)

習は、河北省で文化大革命並みの「自己批判大会」を開き、派閥の違う周本順らを叱咤(しった)した。

「私は本当の自己批判を聞きに来たんだ」

こうすごんだ習には周永康派を抑え込む意図があった。

「ぜいたくの病根は私たちの理想・信念の不足にあります……」

たじたじとなった周本順は自己批判のうえ、全面降伏するしかなかった。

共産党籍を剥奪された令計画は胡錦濤の側近だった

共産党籍を剥奪された令計画は胡錦濤の側近だった

習による「群衆路線教育運動」は、敵と味方を色分けし、日和見を許さない仕掛けだ。敵なら摘発し、寝返ればしばらくこき使う。文化大革命の際、多用さ れた自己批判を迫る手法に似ている。

2002年にトップに立った胡錦濤が本格的な政治運動に乗り出したのは3年後だ。その前任の江沢民の場合はトップ就任の11年後である2000年になってから。 習はわずか半年で自らの運動を打ち出した。異例の速さである。

この群衆路線教育実践活動をまじめにやっていないと指摘され、失脚しそうになった男がいる。最高人民検察院院長の曹建明。中国の検察トップである。

一 時、周永康との深い関係を噂された中央テレビ出身の女性が妻だ。周永康の下で司法 関係の仕事をし、中央テレビ出身の元公安省次官で摘発され李東生とも近かった。曹 建明は習に旗幟鮮明に忠誠を誓い、ひとまず九死に一生を得た。

しかし、周本順が河北省トップ就任後、2年4カ月もたってから摘発されたことで情勢は流動的だ。せっかく寝返って恭順の意を示しても、政局次第で捕ま る時には捕まるのだ。関ケ原の合戦で徳川方に寝返った小早川秀秋の家が最後は改易 となったのにも似る。

周本順は12年3月に起きた令計画の息子の「フェラーリ事故」の隠蔽工作への関与が取り沙汰される。周本順は当時、中央政法委員会秘書長で、同委トップ だった周永康の直系の部下だった。令計画の息子は、運転していたフェラーリが北京 の北四環路の橋脚に激突して即死。同乗の女性2人は全裸、半裸だったとされる。令 計画は不祥事の隠蔽を周永康に依頼し、周本順も関わったとみられる。

■北の守り固めの一環

周本順の摘発には別の意味もある。習は今、河北省と北京、天津の両直轄市を三位一体で統合的に開発する構想を「重大な国家戦略」と位置付け、急ピッチ で進めている。

「胡錦濤時代に計画された河北省、北京、天津それぞれの大規模開発構想の6、7割は習時代になって覆され、修正を余儀なくされた」

計画修正に奔走した関係者の指摘だ。習は、三位一体開発の推進で首都圏の経済開発、資金配分、人事の主導権を引き寄せようとしている。習は長く勤務し た福建省や浙江省、そして父の故郷、陝西省などでは絶大な影響力を持つ。

しかし首 都圏と、元国家主席の江沢民のお膝元である上海では、なお基盤を固める必要があ る。周本順の摘発は北の守り固めの一環だ。

■長老らとなお力比べ

とはいえ、周本順は「大虎」とはいえない。17年の共産党大会での最高指導部人事に向けて、少なくてもこのクラスの幹部の摘発は続く。政治闘争が佳境を 迎えるのは16年以降だからである。

一方で今、注目されるのは周永康や、軍制服組トップ級だった徐才厚(摘発後、3月に死去)のような大虎がまだいるのか、だ。徐才厚と同クラスの軍制服 組で前中央軍事委員会副主席の郭伯雄。軍人である息子が既に摘発されたことで、本 人の摘発公表に至るのかが当面の焦点になる。

長老らとの重要会議が開かれる河北省・北戴河の海岸には一般人の立ち入りを禁じる党幹部専用のビーチが多い

長老らとの重要会議が開かれる河北省・北戴河の海岸には一般人の立ち入りを禁じる党幹部専用のビーチが多い

「周永康が死刑や執行猶予付き死刑ではなく、無期懲役に終わったことで『超大物』の摘発はしばらくない。長老らの力はなお強い」

「反腐敗は、周永康のような『大虎』の派手な摘発の次の段階に入る。党規約の厳格な運用を意味する『規格化』だ。何をすれば捕まるのか明確な基準を示 すのが望ましい」

政治闘争の嵐で右往左往してきた党幹部らは、期待も込めてこうささやきあう。しかし、中国の権力闘争では一寸先は闇だ。河北省の保養地、北戴河で指導 部メンバと長老らが重大問題を巡って意見を交わす「北戴河会議」がまもなく開か れる。再び、習近平と長老らの力比べである。 
                        (敬称略)

中澤克二(なかざわ・かつじ) 1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デス クなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14 年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞

日本経済新聞 電子版 【激震習政権ウオッチ】2015/7/29
                (採録:松本市 久保田 康文