2015年07月30日

◆鉄道貨物輸送量が示す作為的GDP

田村 秀男



中国の“党指令型経済モデル”は破綻している 

上海株は中国共産党の市場統制強化によって暴落に「歯止め」がかかったように見えるが、中国経済は閉塞状況にある。上海株暴落は、慢性デフレ不況の症状すら見せている実体経済の惨状を反映した。党指令型経済モデルが破綻したのだ。(夕刊フジ)

中国は今年4〜6月期の国内総生産(GDP)の実質成長率が年率で7%と発表している。党が目標とする水準そのもので、党官僚が明らかに鉛筆をなめた作文と言っていい。

まともなエコノミストやメディアなら、どこも信用しないだろうが、残念なことに、北京の顔色を気にする日本の多くのメディアやエコノミストは「大本営発表」を無批判に受け止めている。

そのインチキぶりを示すのが鉄道貨物輸送量である。同輸送量もGDPと同じく、中国国家統計局がまとめるのだが、李克強首相は以前に「GDPは作為的だが、鉄道貨物輸送データは運賃を基本に集計するので信用できる」と米国の駐北京大使に打ち明けている。

輸送量は2014年初め以来、下がり続けている。今年6月までの12カ月合計を前年同期に比べると実に7・6%減である。

消費者物価指数もなだらかながら、下落が続いている。中国は内需減退でマイナス成長の局面にあるとみてもおかしくない。

もし、7%も生産が伸びているとしたら、莫大な過剰日本を含む世界経済への影響は、上海株価そのものよりも、隠しおおせなくなった中国経済の惨状からくる恐れがある。中国の輸入市場は日本の2・5倍、米国の7割に達する。輸入額は14年秋から前年比マイナスとなり、対中輸出依存度の高い韓国、東南アジアなどの経済を直撃している。

日本からの輸入も減り続けているが、中国輸入市場の不振は日本のアジアなど対外輸出全体のマイナス材料となる。また、流通業や自動車大手など対中投資を増やしてきた企業は泥舟に乗っているのも同然だ。日本としては、本格的なチャイナ・ショックに十分耐えられるよう、アベノミクスを巻き直すしかない。

生産を続けているだけであり、企業は過剰在庫をさらに増やしているはずである。

注目すべきは、人民元の実効相場である。実効相場はドル、円、ユーロなど他の通貨との交換レートを貿易量に応じて加重平均した値である。元相場は実体経済の下降とは対照的に上昇を続けている。円に対しては50%以上も高くなった。道理で、日本製品は超安になるはずで、日本へ爆買いツアーが殺到する。

通貨高、慢性的物価下落・不況というのは、まさしく日本の20年デフレと酷似している。中央銀行、商業銀行、国有企業さらに株式市場も党の指令下に置く以上、株価を引き上げるのはたやすいことで、個人投資家たちも「党が株価を上げてくれる」と信じたから、株価が急騰した。しかし、実体景気とのギャップがはなはだしいので、香港経由の外国人投資家が売り逃げしただけで、暴落した。(産経新聞特別記者)

          産経ニュース【お金2は知っている】015.7.25


◆“偽善コメント”にだまされるな

湯浅 博



安全保障は「常識に還れ」

知人がタクシーに乗車したところ、運転手から「安倍首相は本当に戦争をする気ですかね」と問われて、腰を抜かすほど驚いたという。テレビや新聞を通して「青年を戦場に送るな」と聞かされていると、「まさか」とは思っても不安に駆られてくる。

では、いったい敵性国家はどこなのだろう。それが中国だとしたら、向こうから沖縄県の尖閣諸島に“戦場”を運んでくるから、日本領土ではいやも応もない。そうならないよう「抑止」するのが、今回の安全保障関連法案なのだ。

反安保勢力はここぞと、戦争抑止の法案を「戦争法案」と言い換え、志願制の自衛隊なのに「徴兵制にする気か」と声高に叫ぶ。民主党の宣伝パンフレットに至っては、安保法案に反対するあまり「徴兵制の復活」をおっていた。

「いつかは徴兵制?募る不安」と見出しに掲げ、敬礼する出征兵士が、恋人か母親に見送られるイラストが印刷された。さすがに内部批判が出てイラストだけは差し替えられた。だが、代わりのイラストも母親がわが子を抱え、軍にとられまいとするように見えるし、見出しは前と同じだった。

これでは、共産党の「徴兵制!?広がる不安」と少しも違わない。民主党の菅直人、野田佳彦政権の時に武器輸出3原則を緩和し、「動的防衛力」として南西諸島の防衛に力点を移していたはずだ。それが野党に転じたとたんに、何でも反対党になった。

先の運転手は、ラジオ番組の出演者による偽善的なコメントに、常識的な判断が狂わされている。評論家の福田恆存氏に言わせれば、安全保障は「常識に還れ」である。

米紙ウォールストリート・ジャーナル社説は「なぜ、日本の世論はこれほど動じやすいのだろう」と疑問を投げる。その原因は「憲法をめぐる議論が、人々の不安をかき立てた」からだと論じた。国会で証言した憲法学者らに「集団的自衛権の容認は違憲」といわれると、合憲論の学者もいるのに、それがすべてだと思ってしまう。

野党がいう「首相は軍事大国にしたがっている」との批判も奇妙なものだ。集団的自衛権を認めている国が、すべて軍事大国を目指しているのなら、世界中の国が軍事大国になってしまう。個別的でも集団的でも自衛権は国連憲章に明記された固有の権利なのだ。

ダートマス大学のジェニファー・リンド准教授は、やはり同紙のコラムで、「たとえ安保法制が成立しても、日本は世界の大国の中でもっともハト派に属する」と述べ、「日本の防衛費は国内総生産の1%(中国はその3倍)で、タカ派といえどもカナダのそれよりも左だ」と、むしろ法案の限界をみている。

振り返れば、日米安保改定を推進した「60年安保」や近年のPKO協力法のときも、一部メディアや評論家たちにあおられた。社会党やその応援団だった進歩的文化人が、「米国の戦争に巻き込まれる」と、当時の自民党政権を非難した。

その後の日本は、戦争に巻き込まれるどころか平和を享受し、ソ連崩壊によって彼らの論理は破綻した。すると、「これから巻き込まれる」とごまかす者が現れ、今回の安保法案を格好のターゲットにした。
               (産経新聞東京特派員 湯浅博)
産経ニュース【世界読解】2015.7.28
                 (採録:松本市 久保田 康文)

◆『ピカドン』から70年(2)

大江 洋三


筆者の父親は爆心地から2kmの地点で被爆し、今は原爆資料館に名前を連ねている。それでもアメリカに異議を申し立てる気はない。

●理屈としては、1951年のサンフランシスコ講和条約において、何もかもチャラにしたからだ。勿論、日本は敗戦国として多くの諸権利を失ったし、極東軍事裁判の判決まで受け入れた。

こうして、出来事は時効を迎える。

時効の政治的意味は、過去の諸関係をチャラにし、当事者達が新しいスタートに立つ事をいう。

安倍総理による、4月29日のアメリカ連邦議会上下両院おける演説はその纏めみたいなものだ。演説で総理は日米同盟を「希望の同盟」で締め括った。「Alliance of hope・・Together」
大国同士が四つに組み、よく憎しみよく戦った結果の絆である。因果の始まりとはそうしたものだ。

時々、腹の立つ事もあるが、ヤマト魂とヤンキー魂は相通じるところがある。特に、海兵隊員は指揮官の命によく服し勇敢だった。

●極東軍事裁判の判決同様に、受け入れざるを得なかったものに現行憲法(1947年5月施行)がある。

帝国議会が審議・議決して統治権者の昭和天皇が公布した憲法である。手続的には完璧だが、終戦の詔勅にあるように「耐えがたきを耐へ、忍びがたきを忍び」GHQに隷属していた頃の産物である。

敗戦国として憲法9条1項はやむを得なかったにしても、2項がかくも長く保持されるとは、当事者達は誰も思っていなかったのではなかろうか。当時の関係者はあの世で「まさか!」と思っているだろう。

安倍内閣が「積極的平和主義」を唱えるのは、同条第1項を変える気がなく、2項の代わりに自然権である「自衛権」を明示したいからだ。

それにも拘わらず、安全保障整備法案を「戦争法案」と罵るのは卑怯である。いつぞや述べた通り、安全保障整備の無い主権は幻である。

因みに9条は下記の通りである。

『1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』

●憲法に飛び火したついでに述べると、この種の論は選挙権の過半を占める女性を説得することが第一である。

男と女の間には歴然とした違いがある。女子は感性や直感において男子に優れ、一般的にゴチゴチと長たらしい理屈に馴染めない。ただし小説の類は長たらしくても馴染む。つまり人を読む。

逆に男子は、理屈で微に入り細に入り迷路に嵌まり易い。国会論戦を見聞するとよく解る。そして不都合になると「審議不十分」と叫ぶ。

これらは差別的発言ではなく「両性の違い」である。

彼女達には「強くなければ守りようがない」と訴えるべきなのだ。

個別的あろうが集団的であろうと彼女達には関係ない。「武器をもたず戦う意思なくして守る術がない」と訴えるべきである。そして続けよう「戦う意思が無ければ、死ぬ勇気が必要である」どうして?と聞かれたらシメタものだ。

立法にない徳育から迫るのも効果的である。

「貴女は仲間を見捨て逃げる男が好きですか?」

「貴女は弱い男が好きですか?」

「貴女を守らない男が好きですか?」

「貴女は約束を守らない男が好きですか?」

「卑怯者は?」

過日、解説屋の池上彰氏が軍事力世界ランキングを発表していたが、日本がなかなか登場しないので不安が広がった。11位と聞いて、女性芸能人達は肩を落とした。男性芸能人達は憮然となった。

慌てた池上氏曰く「自衛隊は米軍と一体化したところがあり・・・機雷掃海や海中の潜水艦の探知能力は世界一といわれております」

少しばかり安堵したようにみえた。テレビは新聞と違い表情が見えるのが良い。

あれこれ言うが、実態はそんなものだ。

筆者も井戸端会議風に女子達に9条2項を紹介すると反応はいい。竹島は、日本に武力で守る意思がなかったので「白昼に盗まれた」というのも反応がいい。

斯く次第で、次世代の党の中山恭子氏に労を割いて頂きたい。

国会は放り投げてもいいから、各地の女子会に顔を出すことをお勧めする。北朝鮮拉致被害者救済において味わった、「力を持たずに交渉する空しさ」は必ず女子達のハートを掴むに違いない。

最後に被爆した父について、感性の人達に訴えたい。

ケロイド発症し絆創膏を毎日変えていたこともある。しかし、よく働き91歳まで生きた。後に、反原発思想家を科学的根拠がないと非難する因果の始まりである。

もう一つ加えると、筆者は4人きょうだいの末っ子の長男なのでした。
                             (終り)

◆失速の中共禍から逃げろ

平井 修一



支那と朝鮮半島は永らく宗主国と属国(臣下)の関係にあったから、親和性が強い。中朝はこの1年半ほど「口をききたくない」と仲違いしていたが、ヨリを戻すようだ。デイリーNK7/29『金正恩氏が中国に「関係正常化」のシグナルか…習主席も「関心」アピール』がこう報じている。

<朝鮮中央通信は27日、金正恩第1書記が「偉大な祖国解放戦争(朝鮮戦争)勝利62周年に際して平安南道檜倉郡にある中国人民志願軍烈士陵園に花輪を贈った」と報じた。

同陵園は2012年10月24日、従来の中国人民志願軍烈士墓から拡大される形で竣工。盛大なセレモニーの様子が、北朝鮮の官営メディアによって報じられた。2013年7月には、正恩氏が同陵園を直接訪れ献花している。

*中国メディアが積極報道

しかしその後、正恩氏が中国との窓口になっていた張成沢元国防委員会副委員長を処刑したことや、習近平国家主席が北朝鮮より先に韓国を訪問したことなどから中朝関係が悪化。正恩氏は昨年、同陵園に花輪を送ることさえしなかった。

それが今回、正恩氏が2年ぶりに花輪を贈ったことが明らかになると、中国の官営メディアがこれを主要ニュースとして報道。中朝関係の「正常化」を思わせる空気がにわかに醸成されてきた。

*習近平氏「経済協力のために重要」

韓国政府や主要メディアは上記の報道と合わせ、正恩氏が26日に開催された「第4回全国老兵大会」での祝賀演説で、中国人民志願軍に対し「崇高な敬意を表します」との発言を2回繰り返したことにも注目。聯合ニュースは「(北朝鮮が中国に)関係正常化に向けたシグナルを送っているように見える」とする政府関係者のコメントを紹介した。

同様の動きは、中国側にも見える。

習近平氏は7月16〜18日、北朝鮮との国境に面した吉林省や延辺朝鮮族自治州を視察。中朝露の経済協力を念頭に進められてきた「長春・吉林・図們(豆満江流域)」の開発プロジェクトについて「東北アジアの経済協力のために極めて重要である」と発言した。

また、同氏は続けて27日にも、中朝国境地帯である遼寧省の省都・瀋陽を訪れ、この地域に対する関心の高さをアピールしている。

北朝鮮は10月10日の朝鮮労働党創建70周年に向けて弾道ミサイルの発射を準備中と伝えられるなど、中朝の関係改善のための環境が整うか未知数な部分も残るが、両国首脳が今後、現状打開に向け何らかの動きを見せる可能性もある>(以上)

世界中から異端視されているならず者同士が手を握ると、クネの国はずいぶんと不愉快になるだろうが、宗主国が北のブレーキになるかもしれないから、中朝の手打ちはまんざら悪いことではないと思うのかどうか。

それよりも宗主国の経済が思わしくないことの方がクネにとっては憂鬱のようだ。朝鮮日報7/29社説『低成長の韓国、「中国ショック」に耐えられるか』から。

<中国・上海株式市場の株価が27日、8.48%急落したのに続き、28日にも1.68%続落した。27日には上海と深センの両市場で株価が値幅制限(10%)まで下落したストップ安銘柄が約1800銘柄に達し、上場銘柄全体の半数をはるかに超えた。

上海株式市場は28日、4%以上下げてスタートした後、下げ幅をかなり縮小したが、反発には至らなかった。中国経済に対する不安感が高まり、投資心理が著しく凍り付いている。

中国政府は6月中旬以降、景気浮揚策を相次いで打ち出した。上場企業の大株主には6カ月にわたり株式売却を禁じた。公安当局が悪質な空売りを捜査する方針を示すなど、強硬な対策を繰り出した。その後、上海総合指数は3500ポイントから4120ポイントまで回復したが、再び3660ポイントまで下落した。「官製株価」の限界が表面化した格好だ。

政府の行き過ぎた市場介入はかえって中国に対する外国人投資家の不信感を高めている。中国政府が発表する統計は信用できないという世論も強まっている。さらに、国内総生産(GDP)の160%に達する企業債務問題もクローズアップされている。

中国企業間の過当競争で収益性が大きく低下しており、連鎖倒産を懸念する声も高まっている。破綻企業問題が中国経済の時限爆弾であることは間違いない。これまで高度成長の影に隠れていた中国経済の構造的問題が続々と表面化している。

今後も中国証券市場は不安定に推移し、実体経済が衰退するとの見通しが有力となってきている。中国経済のハードランディングリスクが高まっている格好だ。

万一中国政府が株式市場の崩壊を防げず、その衝撃が実体経済に及んだ場合、景気低迷は長期化しかねない。不動産・株価の同時暴落で中産階級の不満が爆発すれば、政局も不安定化する懸念がある。

既に低成長局面に入った韓国経済にとって、中国ショックは最悪の時期に直面した悪材料だ。政府や企業は中国発のショックが短期間で終わると誤判してはならない。中国経済の状況を細かく点検し、状況によって柔軟に対応策を立てる必要がある>(以上)

クネは内憂外患が尽きない。習近平も経済の安定は最重要課題だし、人気取りの虎退治は続けなくてはならないし、暗殺されるのはご免だし、日本叩きは止められないし、北からの不法移民も悩ましい。

村尾龍雄氏の論考7/24「中国人研究者との対話−中国の雇用情勢を中心に」から。

<研究者:大学卒業生数は間もなくピークアウトし、今後はこれまでのような勢いで増加していくことはありませんから、(新卒の就職問題は)大丈夫です。中国も少子化傾向の影響が確実に生じてきているからです。

それよりはメーカーの生産ラインで稼動する若い労働者が枯渇していく問題をどうするかのほうが心配です。

村尾:それは都市部のメーカーの生産ラインに不断に若い労働者を供給していた農民工が「おらが村」の発展振りから地元に定着して、都市部の生産ラインで稼動する若い労働者が枯渇するという、既に現在でも一部顕著になりつつある現象を述べておられるのですか?

研究者:それもありますが、中国社会全般が以前とは比べ物にならないほど豊かな社会になって、生産ラインで汗と油にまみれて稼動することを希望する若い労働者数が相対的に減少しているのです。

したがって、東北三省や中西部地区ですら、単純労働者の供給を違法な外国人就労に依存しているところすらあり得ます。

村尾:具体例を挙げていただいてもいいですか?

研究者:例えば少数民族である朝鮮族が圧倒的多数を占めることで有名な吉林省延吉市では北朝鮮から流入した違法外国人労働者数が30万人にも達していると噂されます。

彼らは国境を流れる河の水位が低いところを選んで夜陰に乗じて違法入国してくるのですが、頼る先は親戚縁者である朝鮮族なので、組織的に匿われてしまえば、実態の把握が不可能になってしまうのです。

親戚縁者に頼ることができない相違点は抱えていても、同種問題はミャンマーやベトナムとの国境付近でも生じていますから、中国全土で見れば相当数の違法外国人就労者がいると見込まれます。

村尾:では、それを逆手にとって、現状を追認して、外国人労働者を中国人労働者が敬遠する職場に就労させるという選択肢はないでしょうか?

研究者:政府が新規就業者数と有効求人倍率の維持になお緊張感を抱いている中で、正面から単純労働目的の外国人労働者の就労を容認する選択肢はなく、現在のように貧困地域の発展のために「見て見ぬ振り」政策を継続するのが関の山ではないかと思います。

しかし、豊かになった中国では働く場所(生産ライン)があっても、そこで働きたくない若い労働者が急増するというミスマッチングという新たな問題が生じており、これをどうするかも頭の痛い問題の1つですね>(以上)

14億の民を抱えるとトップの心労はすさまじいだろう。課題に優先順位をつけて、劣位のものは後回しにするしかない。「日本叩き」は経済安定化のためにならないこともあって、どうやら後回しになったようだ(報道を追うと緩やかながら関係改善に確実に向かっている。人民の反発もないようだが、反日憤青も日本叩きに疲れてきた/飽きてきたのかもしれない)。

中韓ともにお疲れで、結果的に「日本叩きは反発を招くだけ」と分かり始めたようだ(習近平が暴れたから安保法制案を招いてしまった)。日本にとってはいい時代になっていきそうだが、中韓は頂上に登りつめて、これからは下り坂になる。膝が笑うようになるので、登山の事故は下り坂で多い。

まあ、谷底に落ちないようにすることだな。助けると「侵略した」などと言われるから、日本は何もしないけれど。中共禍からは三十六計、逃げ出したほうがいい。(2015/7/29)

◆首相談話に手ぐすね引く韓国メディア

名村 隆寛



内容どうであれ、すべて「反日」の理屈とは…

韓国が長らく注視してきた「戦後70年の安倍首相談話」が発表されるまで3週間を切った。「談話で朝鮮半島の植民地支配と侵略に対する心からの反省と謝罪をせよ」と、韓国ではメディアを中心に“謝罪要求”にこだわる主張が相変わらず幅をきかせている。

談話が具体的にどのような内容になるのかは不明だが、「謝罪」は盛り込まれない見通しという。ただ、たとえ「謝罪」の意が込められようが、韓国のメディア世論には納得しようとする雰囲気はうかがえない。安倍政権批判は談話後も確実にきそうだ。

■反日ロビー成功で息を吹き返す

4月末の安倍晋三首相による米議会演説の後、激しい日本バッシング、反日報道が一時は影をひそめ、比較的おとなしかった韓国メディアが、また日本との“歴史認識問題”で元気を取り戻している。

日韓双方のユネスコ世界遺産登録が今月、韓国側の意向が反映されるかたちで実現したことが、メディアなどの自信の背景にあるようだ。

韓国は、世界遺産への登録が決まった「明治日本の産業革命遺産」のうち「戦時中に朝鮮半島の人々が強制徴用された施設7カ所が含まれている」と特に5月の時点から反発していた。

尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が日韓国交正常化50年の記念日(6月22日)に合わせて就任後初めて訪日し、岸田文雄外相と会談。日本の世界遺産登録について注文をつけた尹外相は、韓国側の主張に念を押し、双方は韓国の推薦案件(百済の歴史地区)とともに日韓が登録で協力することで“完全に”一致した。

ところが、ドイツで開かれた世界遺産委員会の審議の場では、韓国側の登録に日本が約束通りに賛成を表明する一方で、日本側の登録に関しては韓国の執拗(しつよう)な対日妨害工作が最後まで展開されたという。

結局、韓国側の要求をのむかたちで日本代表団は「意に反して厳しい環境のもとで働かされた(forced to work)」と登録決定後に言わされるはめに。尹外相は「われわれの正当な懸念が忠実に反映されるかたちで決定されたことをうれしく思う」と満足げに韓国の外交的勝利を強調した。

■「してやった」とのお仕着せ論

日本政府は「朝鮮人の徴用は当時、朝鮮半島を(日本として)統治していた日本の徴用令に基づくもので、韓国が主張する強制連行には相当しない」との立場だ。しかし、韓国では尹外相の言葉にみられるように「日本が強制連行による強制労働を認めた」との認識が一般的だ。

むしろ、韓国メディアには「forced to workではなく、forced to labor」の表現であるべきだ-とのより細かい要求が見られた。また、登録決定後に岸田外相が「forced to work」について「強制労働を意味したものではない」と発言したが、これについても韓国メディアでは、予想どおりの反発が出た。

ただ、いずれも韓国の思うままにことが運んだことへの満足感や快感が漂う一種の“難癖”のレベルだ。それよりも、韓国メディアには「われわれが努力して日本に何かをしてやった」式の「してやった論」が目立つ。

日韓外相会談にしても、韓国紙には「韓国が関係改善に向けて手をさしのべた」という主張が多かった。日本の世界遺産登録実現も似たふうに解釈されている。

竹島の領有権を記載した防衛白書に韓国政府は反発し、21日に外務省と国防省はソウルの日本大使館の総括公使と防衛駐在官をそれぞれ呼び、強く抗議した。

現に、この日に発表された外務省報道官による声明は「国交正常化50周年に合わせ、韓日両国の新たな未来を開いていこうというわれわれの努力を無実化させる行為」と、日本を批判する一方で「韓国側の努力」を強調している。

■日本の反安倍世論に活路?

一方、韓国メディアは、安保法案を強行採決した安倍政権に対し、日本国内で批判が起きていることに着目。安倍政権批判の炎を燃え立たせている。

中央日報の社説(21日付)は、法案の強行採決後に安倍内閣の支持率が急落しているとし、「支持しない」という回答が51%に増え、「支持する」との回答は35%に過ぎず過去最悪の支持率となったという某日本メディアの世論調査結果を取り上げた。

同社説は「安保法案の採決強行は、戦後の歩みを覆す暴挙という朝日新聞の社説が出てくるのも無理はない」と指摘。「日本の歴代政権は周辺国との友好関係を着実に発展させてきた」「こうした肯定的な流れが変わった決定的な原因が安倍政権の軍事大国化ということには特に異見はなかろう」「『植民地支配と侵略に対する反省と謝罪が談話に盛り込まれなければならない』という世論が50・8%に達するという事実も忘れてはならない」とまで“忠告”している

日本国内の反安倍政権の世論に活路を見いだし、飛びついたかのようだ。同紙は22日付のコラムでも、安倍政権の支持率に再度触れ、「安倍首相は植民地支配の野蛮行為にまともな謝罪をしなかった」とするニューヨーク・タイムズの社説を紹介した。

■米軍捕虜への民間企業の謝罪にも難癖

「韓日関係を担保にする安倍のごり押し外交」と題したこの中央日報コラムは、防衛白書での竹島領有の記載を「ただ苦々しい」とするとともに、世界遺産登録での日本政府の「強制労働」の解釈を批判した。

同コラムはさらに、元徴用工らからの訴訟を抱えている三菱マテリアルが、戦時中の強制労働について「米軍捕虜にだけ謝罪した」(19日)ことが「強制労働に関するごり押し外交のピーク」だと断定している。

同時に、訴訟進行中を理由に韓国人と中国人の徴用者らには言及しなかったことに不満を示した。

三菱マテリアルの元捕虜への謝罪は、他の韓国メディアもそこそこニュースバリューで報じていた。ただ、「ごり押し」かどうかは知らないが、一民間企業の謝罪と「外交」を勝手に結びつけている。

加えて、米国は日本と戦った相手であり、謝罪対象は労働を強いられた元捕虜である。韓国は日本と戦争したわけではない。

先述のように、朝鮮人(韓国人)の徴用は当時、朝鮮半島を日本の一部としていた日本の徴用令に基づいていた。この徴用工の問題は、日韓請求権協定(1965年)によって解決済みのはずだ。

気持ちは分からなくもないが、一事が万事、すべて日本と韓国の歴史認識問題に結びつけようとしたがる。またもや、韓国メディアにありがちな解釈だ。

■それほど重い日本との歴史

4月末の米議会演説以後、韓国メディアの中には「安倍談話に期待はできない」という意見も早くから散見された。前出の中央日報コラムも「談話に『植民地支配の謝罪』は含まれないようだという」と実に残念なようだ。

しかし、韓国での現在の趨勢(すうせい)は「それでも安倍は謝罪しなければならない」だ。譲ることは、まずあり得ないだろう。韓国の経済状況が悪化しようが、内政が混乱し重要法案が国会で通過できなかろうが、中東呼吸器症候群(MERS・マーズ)コロナウイルスの感染が拡大しようが、歴史問題をめぐっては日本に譲歩しない。

これら国内問題を抱えて大変ななか、韓国はこの5カ月間、安倍首相の米議会演説をさせないように奔走し、演説が決まるとその内容に「慰安婦への謝罪を盛り込め!」と言い張り続けた。

さらには、世界遺産登録をめぐっては、自らの主張を通そうと執着し、“念願”を成就させた。

特に、朴政権発足後のこの2年半の間、日本は嫌というほど、歴史にこだわる韓国のかたくなさを見せつけられてきた。他にやるべきことがあっても、日本との歴史認識問題がともかく最優先。全てをなげうってでも、問題は「日本」だ。譲歩はできない。現在、日本の朝鮮半島統治の時代を知る「体験的世代」が高齢となり、「観念的世代」が社会の中心だ。その観念的世代もどんどん新しい世代に変わっており、日本への反発や批判は、現在の価値観に支配されている。

ここ数年言われていることであるが、対日要求をめぐり、いつの間にか韓国側のゴールポスト(要求)が動かされているような状況にある。ゴルフであれば、ピンとカップの位置がグリーンに行ったときには勝手に動いていた、というようなことがザラだ。

韓国の“反日手法”は形を変えており、韓国側のその時々の価値観に、日本は振り回されて続けている。

朴槿恵(パク・クネ)大統領は2013年2月の就任直後に「3・1独立運動」の記念式典で演説した際、「加害者と被害者の歴史的立場は、千年の歴史が流れても変わることがない」と断言した。その千年のうち、朴政権のわずか2年半が過ぎた。

大統領自らが公言し、実際そうなっているのだから、間違いないのであろう。日本が加害者で韓国が被害者であり続ける限り、この2年半に韓国が見せ続けた辟易(へきえき)とするまでの日本への反発、難癖は続く。ただし、時とともに日本への主張や要求、その手法は、その時の都合でいつでも変わりうる。
(産経新聞 ソウル支局長)
         産経ニュース【ソウルから 倭人の眼】2015.7.29
               (採録: 松本市 久保田 康文)

2015年07月29日

◆ウアルカイシが台湾立方委員に立候補

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)7月28日(火曜日)通算第4619号>  

 〜あのウアルカイシが台湾立方委員に立候補へ
   天安門事件から26年、台湾国籍で新しい政治挑戦〜

 天安門事件のときの学生指導者だったウアルカイシ(中国語で「吾爾開希」を当て字)は台湾に事実上の亡命後、家庭を築いた。

学生指導者も、いまや47歳のおっさん、となった

彼は来年1月の立方委員(国会議員)に立候補すると記者会見した。

当初は民進党比例代表区を狙ったが、折り合いが付かず野党の弱い台中市第四選挙区(現職は国民党)から「無所属」の出馬となる。

24日に記者会見したウアルカイシは「台湾は第二の故郷であり、人権と公正のために残りの人生を捧げたい」と立候補の意思を述べた。

台湾は二大政党制とはいえ、無所属ならびに少数政党(親民党、新党、団結連盟)などが存在し、選挙のたびごとに政党地図は変わる。

次は国民党の大幅な退潮が予想されており、このムードに便乗できればあるいは、という所だが、ウアルカイシは台北が地盤であり、はたして台中市でどれだけの票が獲得できるかは未知数。
         

◆反対一色の朝日新聞に湧く疑問

櫻井よしこ


集団的自衛権の限定的行使容認を可能にする平和安全保障関連法案が7月15日、衆議院特別委員会で可決、16日には衆院本会議で可決され、参議院に送られた。
 
野党各党はこれを「戦争法案」と呼ぶ。「朝日新聞」は16日朝刊で政治部長の立松朗氏が署名入りで「熟議 置き去りにした政権」の主張を展開した。

1面に「安保採決 自公が強行」、2面に「首相突進 異論に背向け」の大見出しを掲げた。1面から4面までと社会両面の6面ほぼ全てを、朝日は平和安全法制への反対論で埋めた。
 
唯一の例外が3面の賛否両論を対比する部分であろうか。成蹊大学教授の遠藤誠治氏が「中国などが日本に対抗する軍拡を正当化し、結果的に日本の安全は低下する可能性がある」と反対論を述べる一方で、慶應義塾大学教授の細谷雄一氏が今回の安保法制の「最大の目的は戦争を起こりにくくすることであり、国際社会の平和と安定を確立することだ。時代に合った新しい法整備は不可欠だ」と賛成論を述べた。
 
中国の軍拡は1989年に始まり、以来26年間も人類史上まれな凄まじい軍拡が続いている。この事実を見れば、遠藤説の破綻は明らかだ。細谷氏の論の方が的を射ており、この部分を除けば、朝日の6面にわたる大特集は一方的情報に満ちている。
 
そこにはいま平和安全法制が必要か否かを考えるための基本的情報が欠けている。国際社会の現状は米国が現行憲法を日本に与えた68年前とは決定的に異なる。

米国は2013(平成25)年に「世界の警察ではない」と宣言、中国が軍事力を背景に膨張政策に走りパワーバランスが変化し、わが国の眼前にもその変化が及んでいる。
 
私は7月6日の「産経新聞」で、中国が南シナ海同様、東シナ海でも力を背景に日本の権益を侵害し続けていたことを報じた。
 
中国は90年代後半から昨年6月までの約20年間で、日本の反対を無視して、6カ所のガス田を開発した。おのおのに巨大なプラットホーム、3階以上の作業員用宿泊施設、ガスの精製工場、ヘリポートなどを建設した。だが、この1年間に彼らはガス田の開発とプラットホームの建設を急ピッチで進め、さらに倍増させていたのだ。
 
これらの施設は軍事転用が可能で、日本にとっては安全保障上も資源を守る上でも大きな危機である。中国がこうした大胆な侵略的行為に及んでいるのは、「世界の警察」をやめた米国は決して介入してこないと見て取ったからである。
 
日本の安全保障は、いまや、日本が主軸となり、その上で米国の助力を得る形へと変わらなければならない時代に入った。そのことを示すのが、東シナ海のガス田の現実なのである。
 
東シナ海での中国の侵略的開発は安保法制に関連する重要事態である。それを、朝日は7月16日朝刊の現時点まで、全く報じていない。情報開示や透明性を大声で叫ぶ朝日が、読者に対して出すべき情報を全く出さないのは、理解に苦しむ。
 
立松氏は、「政治の責任とはなんだろう」と問い、「安倍政権は合意形成をめざす『熟議』を置き去りにし」たと非難するが、朝日こそ合意形成に欠かせない情報を、「異なる立場」を超えて報じるメディアの責任を果たしていないのではないか。

中国に不利益な情報を報道せず、安全保障環境の問題点を提示しないのでは、「熟議」はおろか基本的議論さえもできないであろうに、伝えるべき情報を伝えない朝日はメディアとして落第であろう。
 
かつて岸信介首相が日米安全保障条約を改定したとき、朝日は激しく非難した。岸首相の支持率は12%に落ち、不支持率は58%を記録した。だがいま政治学の専門家の多くが、戦後最も優れた首相に岸氏を挙げる。そのことを、心ある人は胸に刻みたいも
のだ。

『週刊ダイヤモンド』 2015年7月25日号  新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1093 
               (採録:松本市 久保田 康文)

◆ウイグル族と漢族は水と油

平井 修一



近藤大介氏の論考「新疆ウイグル見聞記」(現代ビジネス7/20、7/27)の一部を転載する。

<新疆ウイグル自治区の中心都市ウルムチの地窩堡国際空港に昼過ぎに降り立つと、シシカバブの匂いが、ツンと鼻を突いてきた。シシカバブは中国では、「羊肉串」(ヤンロウチュア)と呼ぶ。文字通り羊の串焼肉に、新疆ウイグル独特の七味唐辛子を振りかけた名物料理だ。

地窩堡国際空港は改装して13年になる近代的な建物で、地元観光協会の人と思しき男性が、降り立った人一人ひとりに観光地図を配っていた。こんなサービスをしてくれる中国の空港は、他にはない。後に知ったが、観光激減で、それほど苦労しているのである。

他の空港では無いハプニングにも出くわした。空港の出迎え口で待っていてくれるはずの現地の運転手が、見当たらなかったのである。というより、300人を搭せた飛行機が北京から到着したばかりで、他にも中国各地からの便が続々と到着しているというのに、出迎える人が皆無なのだ。(警備上、乗客以外は敷地に入れない)

代りに重武装した武装警察が、銃を構えながら、空港構内をひっきりなしにパトロールしている。

空港建物の出口でも、やはり重武装の武装警察が銃を構えて立っていた。このような光景を見たのは、1988年のソウル金浦空港以来だ。当時のソウルは、オリンピック前に大韓航空機爆破事件の犯人・金賢姫が護送されたりして、ものものしい雰囲気だった。

*南北に棲み分ける漢族とウイグル族

新疆ウイグル自治区は、中国の国土の6分の1にあたる166万平方キロメートルという広大な地域だ。日本の国土のざっと4.5倍。そこに台湾や北朝鮮と同じ約2300万人が暮らしているが、その内枠は漢族が874万人(流動人口も含めれば1000万人を超えるという説もある)で、ウイグル族が941万人。残りが45の少数民族である。

車がウルムチ市内に入ると、空港に近い北部は、漢族が占めていた。街は完全に漢字表記で、他の中国の地方都市と何ら変わらない光景が広がっている。そこでは、あちこちで高層マンションの建設が行われていた。1平方メートルが1万元(1元≒19.6円)を超す高級マンションも出始めているという。

ウイグル族は高価なものの値段を、羊の値段(1頭≒1000元)で数えるそうなので、それになぞらえれば、1平方メートルで羊10頭分ということになる。もっとも、マンションの建設ラッシュは市の北側なので、ウイグル族とは無縁だろうが。

車が雅山トンネルを越えて、市の南部に入ったとたんに、風景が一変した。モスクやウイグル文字が目につき、ウイグル族の居住区であることが分かる。新疆ウイグル自治区では、ウイグル族は「南疆」(南部地域)に多く住んでいる。

漢族が多く住む「北疆」(北部地域)の中心都市ウルムチでは、人口353万人の75%を漢族が占めている。ウイグル族はまさに少数民族なのである。

実際に目の当たりにして改めて知ったが、漢族とウイグル族は、まるでユダヤ人とパレスチナ人のように、はっきり棲み分けができている。ウイグル族は敬虔なイスラム教徒で、ウイグル語を話し、ウイグルの習俗に従って生活し、子供はウイグル族の学校に通う。

*「何事にも慣れるものさ」

宿泊する君邦天山飯店は、街のやや南側だが両民族の居住区の境に位置する。昨年末に改装を終えたばかりだそうで、14階建てのモダンなホテルで、砂漠地帯とは思えない噴水がロビーに流れていた。一見すると北京にある5つ星ホテルと変わらないが、一つだけ大きく異なる点があった。それは、ものものしい警備である。

ホテルの隣は武装警察と公安局の拠点になっていて、銃を構えた警官たちが立ち並んでいる。そしてホテルの敷地内に入る際に、車中の荷物検査と、乗車している人の身体検査が行われる。ただし私は、漢族と思われたようで、身体検査は免除された。

検査にパスしてようやく車寄せに着くと、今度はホテルの建物に入るために、同様の荷物検査と身体検査である。こちらはズボンのベルトまで外すという本格的なものだ。

厳重な警備について運転手に聞くと、「何事にも慣れるものさ」とそっけない。ちなみに運転手の男性(推定50代)は、敬虔なイスラム教徒だが、中国語が母国語という回族だった。回族については後述するが(略)、漢族とウイグル族の橋渡し役を担っている。

だが運転手に何を話しかけても、必要最小限の事しか話してくれない。そこには「イスラム教徒以外はアカの他人」という意識が色濃く感じられた。

*観光客激減で、客よりも警官の方が多いありさま

夕刻に、ウルムチの名高い「国際バザール」に行ってみた。2003年にオープンした世界最大4万平方メートルのイスラム式ショッピングモールである。こちらも高い鉄柵に囲まれていて、厳重な手荷物検査と身体検査を経て柵の中に入る。ショッピングというより、刑務所に面会に来たような気分がしてくる。

ようやく中へ入ると、中央中庭の一角に、黒い金網でできた大きな檻が目についた。気になったので傍まで寄っていって仰天した。何と中には、ライフル銃を構えた4人の狙撃兵が、道行く人々に銃口を狙い定めていたのだ。もしも通行人の誰かが少しでも不審な行動を起こしたら、たちどころに狙撃してしまおうというわけだ。

こうした厳重な警備が始まったのは、2009年7月5日以来だという。同年6月25日、26日に、広東省韶関市の玩具工場で、二人のウイグル人労働者が殺害され、少なからぬウイグル人労働者が負傷した。だが地元警察は、漢族による暴行事件をうやむやにしてしまった。

これに不満を持ったウイグル族が7月5日、ウルムチで大規模な抗議デモを挙行。治安部隊との間で全面衝突となった。

中国側は、死者184人で、うち漢族が137人と発表。だが中国の外で新疆ウイグルの独立運動を進める世界ウイグル会議は、ウイグル族の死者は最大で3000人に上ると推定している。

2013年に習近平政権になってからは、さらに両民族の対立が先鋭化している。昨年4月30日、習近平主席が視察を終えたばかりのウルムチ駅で爆弾テロが起こり、3人が死亡、79人が重軽傷を負った。続いて昨年5月22日には、ウルムチ市内の市場で爆弾テロが起こり、31人が死亡している。

こうしたことから、新疆ウイグルへの内外からの観光客が激減。私が訪れた7月中旬は、これに中国株暴落と、海外旅行ブームによる国内旅行衰退が加わり、夏の観光シーズンというのに、閑散としたものだった。4日間で外国人は欧米人観光客を数人見かけただけで、日本人も韓国人も皆無だった。

そんなわけで、ウルムチ名所の国際バザールは、客よりも警備にあたっている警官の方が多いくらいだった。

*ウイグル族の男女の役割分担

ウイグル族の商売人を見ていると、商売熱心なのは女性で、「肝っ玉母さん」といった感じの小太りの女性たちが、しきりに客に愛嬌を振りまいて商品を勧める。地下の絨毯売り場で、中国語がそこそこできるオバサンが暇を囲っていたので話しかけたら、次のように語った。

「昨年5月の爆発事件以降、客足がバタッと途絶えたの。特に夏は一番の観光シーズンだというのに、今年は最悪だわ。外国人はもちろん、中国人だってほとんど来ない。こちらの人間は、どんな仕事をしている人も、不景気に悩んでいるわ」

こうしてオバサンとしゃべっている間も、夫はネクラな表情で、店の奥にグタッと座って呆けている。客に対しては無視しているが、こちらが何かを聞いた時だけ、ボソッと答えるか、妻の背中を引っ張って代わりに答えさせる。

ウイグル族男性がこのようにぶっきらぼうなのは、最初は漢族(と見られている私)を嫌っているのかと思っていた。ところがいろんな店で接しているうちに、二つの理由があることに気づいた。

一つは、彼らは中国語をほとんどしゃべれないのである。

もう一つは、ウイグル族の伝統として、男女の役割分担が決まっているということだ。男性は昔から狩猟に出るか戦場に出るかして、食い扶持を持ってくる。一方、女性は家事と子育てを担う。家で男性が行うのは、女性が苦手な力仕事だ。だからそれ以外は、まるで番犬よろしく、「ナイフを腰に下げてじっと見張っているのが仕事」というわけだ。

こうした習慣も、漢族とは相容れない。漢族は一般に「専業主婦」という職業がなく、家庭でも職場でも、男女同権が徹底しているからだ。

*イスラム教徒と"カネ教"徒の対立

百以上の店が軒を連ねる国際バザールで、ごくたまに漢族が経営している店に出くわす。それらは、高級な玉器を扱う店だ。1本500円のナイフの店はウイグル族が経営し、1個100万円の玉石を売る店は漢族が経営するというわけだ。

ある大型の玉石店の人にウイグル族について聞いたら、「ウイグル族なんかウチの店で雇うわけないだろう」とあからさまに答えた。それはなぜかと畳みかけて聞くと、「懒(惰)」(怠惰)、「慢」(とろい)と答えた。

たしかに、ウイグル族と漢族は、性格的にも水と油である。ウイグル族はアラーの神への信仰心が篤く、人間は厳しい自然の一部であり、現世は来世へのステップと考えている。

それに対し漢族は、現世こそすべてという享楽主義。無宗教だが、あえて言えば「カネ教」の信者で、カネこそが命と同様に重要と考えている。なぜならカネによって、現世で最高の享楽が得られるからだ。

漢族が古代に、西域まで足を伸ばしてシルクロードを開拓したのも、ひと言で言えば金儲けのためだ。そのため漢族からすれば、金儲けのために日夜努力せず、非効率なラマダンなどしているウイグル族は理解不能で、蔑視の対象となる。

一方のウイグル族からすれば、朝から晩まで金儲けに血眼になっている漢族は、まるで蜂の群れのようで、精神的に卑しい存在と映る。

こうした価値観の相違は、以前チベット自治区に行った時にも痛感した。だがチベット仏教が受動的な宗教なのに対し、砂漠地帯で興ったイスラム教は攻撃的な宗教である。そのため、ウイグル族と漢族との諍いが絶えないのである。

その結果、どうなるかと言えば、中国大陸においては常に弱肉強食の世界が展開されてきた。古代に匈奴が全盛を誇った時代は、いまの山西省まで匈奴が支配し、前漢の武帝期に漢族が盛り返すと、いまのウルムチ近くに西域都護府を置いた。その後も取ったり取られたりで、現在は漢族が強いので新疆ウイグル自治区となっている。

過去2000年以上の歴史を見るに、中原(漢族など)が強固な帝国を築いている時代に、ウイグル族が中原を制したためしはない。むしろ中原に朝貢することで生存を図ってきた。中原の帝国も都護府などは置くものの、ウイグル族による一定の自治は認めてきた。

現在は、「北疆」はほぼ漢族が制圧したが、カシュガルやホーテンといった「南疆」はウイグル族の天下だ。中国政府は「南疆」への漢族の移民を増やしたいのだが、2009年7月の衝突以降、一般の漢族は恐怖に駆られて、カシュガルやホーテンから撤退してしまった。

そのため、人民解放軍や武装警察とウイグル族との対立が続いているというわけだ。どちらかが圧倒的優位の状態にならない限り、今後とも対立は収まらないだろう。それが砂漠地域の掟である。

*「少数民族というのは、侘しいものですねえ」

(ウルムチの高級ウイグル料理店で)私の隣のテーブルは、上海から来た一家だった。彼らの話しぶりからすると、奥の席に座った爺さんは、1960年代の文化大革命の時代に、上海から「下放」されて新疆ウイグル自治区で青春時代を過ごした。その思い出の地に、娘夫婦とその孫娘を連れてきたというわけだった。最初は爺さんが下放時代の苦労話を滔々と語っていたが、途中から娘婿が、口を尖らせて義父に向かって言った。

「今回初めてウルムチに来ましたが、道路から建物まで、中国政府はよくこれだけ補助金を出して支えていると感心しますよ。それにわれわれは一人っ子政策なのに、ウイグル族は3人まで産んでいい。点数が低くても大学に行かせてくれる。ウイグル族はこれだけ優遇されていて文句を言うとは、一体、何様のつもりなんでしょう」

娘も口を差し挟む。

「ラマダンという旧習は、本当に体に悪そうだわ。早くあんな呪縛からウイグル族の人たちを解放させてあげられないものかしら」

爺さんは、ウンウンと頷きながら聞いている。その間、孫娘はと言えば、iPadのゲームに夢中で、大人の話など聞いていない。

娘婿がもう一つ、興味深い発言をした。

「今回ここへ来て、周りはウイグル族ばかりなので、初めて自分が少数民族になった気分を味わいましたよ。少数民族というのは、侘しいものです
ねえ」

日本人の私などは、北京に住んでいた時分から、少数民族の気分を味わっていた。こちらウルムチでは、ただの一人の日本人にも出くわさないのだから、なおさらである。

だが考えてみれば、私には日本国という日本民族の祖国が存在する。だから北京やウルムチで、いくら少数民族であろうが、気楽なものである。

ところがウイグル族の場合、外に「ウイグル国」という国家は存在しない。すなわち常に、「漢族に民族浄化されてしまう」という危機感の中で生活しているのである。そうした危機感が時折、暴発してテロになるというわけだ。

ウイグル族の心情は、理解できるようでできない>(以上)

小生が現役時代はシルクロードツアーは大人気だったが、今はウルムチは航空機の乗り換えのために寄る街になってしまったようだ。外務省は新疆ウイグル自治区に「十分注意してください」と危険情報を発出し、こう注意喚起している。

<新疆ウイグル自治区では,2009年に区都ウルムチ等で発生した暴動により多数の死傷者を出しました。

その後も,同自治区のカシュガル地区やホータン地区で無差別殺傷事件等が発生しており、2014年1月にはアクス地区、4月と5月にはウルムチ市、6月にはカシュガル地区やホータン地区、7月にはカシュガル地区、8月にはホータン市,9月にはバインゴリン・モンゴル自治州でそれぞれ事件が発生していると報じられています。

この内、ウルムチ市の事件は、4月は駅前で、5月は市内の市場付近での無差別殺傷事件であり、特に5月の事件では爆発物による爆発等で39名が死亡しています。

中国政府はこれらの事件の犯人を処刑する等厳罰による対応をしていますが、今後も不測の事態が発生する可能性は排除できないことから,引き続き情勢に注意を払う必要があります>

これでは旅行会社はツアーを設定できない。事故が起きれば「危険を承知しながら金儲けのためにツアーを実施した」などと叩かれるし、損害賠償を求められかねないからだ。

ウイグル自治区の治安の悪化は中共の強圧的な民族浄化政策による。カメラマンの村西とおる氏はこうツイートしていた。

<中国共産党独裁政権とイスラム圏との闘いがくすぶり始めている。ウイグル自治区で暮らすイスラム教を信仰しているウイグル人800万人が火種だ。中国政府から文化や宗教活動について厳しい締めつけを受け、漢民族との間での民族対立が深刻化している。トルコで反中デモが続発。中国が懐に抱える地雷>7/16

小生にはウイグル人の心情は大いに理解できる。彼らにとって中共=漢族は「戦時にあっては敵、平時にあっても敵」なのだ。中共もウイグル人をそう思っている。和解はない。

評論家の石平太郎氏もこうツイートした。

<世界の癌となった中国共産党政権、それをどうやって潰すのか。今の時代、外部からの力で彼らを潰すのは無理だ。唯一期待できるのはその内部崩壊。

そして中国共産党政権の内部崩壊の前提条件の一つはすなわち、中国経済の崩壊である。私自身、今進行中の中国経済の崩壊を喜ぶ唯一の理由はこれである>7/11

世界中がメイドインチャイナを排斥する「チャイナフリー」に徹すれば中共の死期はぐっと早まるだろう。同志諸君、イザ!(2015/7/27)

2015年07月28日

◆エクアドルは馬鹿だった

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)7月27日(月曜日)通算第4617号  <前日発行> >

 
〜中国にくっついて、エクアドルは馬鹿だった
       環境破壊、生態系破壊のダム建設に猛烈な抗議行動〜

「水の無いナイアガラの滝」。

赤道直下のエクアドルのアマゾンの山奥に中国はダムを建設している。すでに落盤事故などで多くの死者がでているが、環境破壊に加えて、河川の魚介類の死滅など生態系が破壊され、水がこなくなった原住民達の怒りの声が広がっている。

日本から見ればエクアドルって、バナナの産地、ガラパゴス島の入り口。あと何があるの? 

それくらいの印象しかないが、エクアドル政権が反米、親中路線に傾き、ベネズエラと同様に、中国は原油生産と引き替えに150億ドルという巨額を貸し付け、さらには中国企業を使うことを条件に巨大プロジェクトを持ちかけた。水力発電、ダム、石油精油所、道路、トンネル、港湾改良工事、そのほか。。。。。。。。。

もともと親米派だったエクアドルが急速に反米化したのはコレア大統領の個性にもよる。彼は父親が米国の所為で死んだと恨んでおり、マンタ空軍基地を使用していた米軍を追い出した。米軍はコロンビアとの麻薬戦争のため、空軍基地をエクアドルに置いていたのだ。

この力学的地政学的変更をみて、さっと入り込んできたのが中国だった。2009年、中国は対エクアドル借款10億ドルと決める。金利は7・25%という高利だったが、誰も気にしなかった。

ギリシアどころか、それまで西側から借りていた借金返済について、エクアドルは「非道徳的であり、非合法的だ」と非難してデフォルトをやらかした。IMFと世銀はエクアドル評価を最低ランクとした。

すでに周知のようにベネズエラに中国は450億ドルを注ぎ込み、原油輸入と引き替えに多くのプロジェクトを持ちかけ(というより強要し)、そして原油価格大暴落というハプニングが起きて工事は中断され、雨ざらしとなる。

チャベス前政権に貸した金は早く返せと督促されるも、「こんなに高い金利や条件だったとは」と新政権は嘆く。

追加融資、金利引き下げを北京と交渉するも一向に埒があかず、ついに反米ベネズエラ政府も、親中路線に大いなる疑問を抱くようになった。


 ▲ベネズエラと同様に経済的困窮は以前より酷くなった

いま、エクアドルもベネズエラ同様に経済破綻の直面している。

アマゾンの密林地帯に中国が建設しているダムは22億ドルのプロジェクトである。完成した暁にはエクアドルの3分の1の電力を供給できるとされる。

ところが過去数ヶ月、下流域に水涸れがおきて、大問題となった。
 
マンタ港に進出した中国の銀行は原油精油所建設に70億ドルを融資し、ほかにもハイウエイ、橋梁工事など合計110億ドルを貸し込んでいる。担保? 将来の原油生産の90%を中国が輸入するという条件である。

しかも中国の技術会社は1バーレルごとに25ドルから50ドルの「技術指導料」を巻き上げているらしい(ニューヨークタイムズ、7月24日).精油所建設もパイプラインが砂地に放置されたままの状となり、工事は全域で中断されている。

エクアドル政権は追加で75億ドルの融資を北京に申し込んだが、断られた。このためいくつかのプロジェクトは中止され、キトとグアイキル市内では反中国の抗議行動が頻発するようになった。

環境破壊や生態系破壊だけではなかった。

どの国でもそうだが、中国企業の出ていくところ、労働条件の劣悪さ、賃金の低さ、そして中国人現場監督の現地人を奴隷のようにこきつかう様に直面したのだ。


 ▲中国企業の行くところ、必ず摩擦がおこる

あるいは文化摩擦、つまり中国人労働者は一ケ所に隔離されたようにして居住し、「へんな物を食し」、現地に溶け込もうとはしない。現地民には何一つおこぼれがない。

そのうえエクアドルでは売春は合法だが、中国人労働者らは、中国から連れてきた中国人売春婦のいるボサテル(売春宿)を使う。

アンゴラで、ナイジェリアで、中国に対する怒りは暴徒化し、ベトナムでは中国系工場が放火された。

尤も中国国内でも同様な労働争議が一日平均500件起きているのだから、大騒ぎするほどのことではない(と中国人経営者は傲慢にそう考えている)。

(私事ながらスリランカへ行ったときガイドが言った。「中国人労働者のいるキャンプ近くでは、おかしなことが起きてますよ」「どういう事変?」「イヌと猫がいなくなったんです」。「・・・・・食べちゃった?」「最近はカラスも」)。

エクアドルの名所コカ河のサンラフェルズ滝(エクアドルには10以上 の有名な滝がある)は観光客が多かったのに、過去数ヶ月でダム建設工事のため干上がった。だから「水のないナイアガラ」と比喩される。

だから言ったじゃない。中国にのめり込むとろくな結末にならないって。
 

◆『ピカドン』から70年(1)

大江 洋三



もう直ぐ71回目の8月6日がやって来る。広島に縁のある者には何回迎えてもギラギラと熱い日である。

手許に2006年に発刊された『人物で語る物理入門』がある。各時代を飾る科学者のエピソードを通じて、物理学史を表わす試みで理系嫌いにもお勧めである。

著者は慶応大名誉教授の米沢富美子氏で、肩書に元・日本物理学会会長という凄いのがある。

●女史の案内に従って、箇条書き的に「ピカドン」までを綴と以下の通りである。時代背景はヒトラーの台頭によって、ナチス・ドイツによる反ユダが欧州を席巻した頃である。

・1938年

ドイツ科学者達によりウラン核分裂反応確認。この核分裂がアインシュタインの公式 エネルギー=質量×(光速×光速)により、化学反応とは桁違いのエネルギーを放出することも認識。

・1942年

イタリアからの亡命科学者フェルミが、シカゴ大学でウラン核分裂連鎖反応の実験に成功。アメリカは核エネルギーを手に入れる。

・同年、ドイツが先に原子爆弾を手に入れることを恐れた亡命物理学者達(アインシュタインを含む)が、ルーズベルトに連署で原子爆弾製造を献策。ルーベルトズトほぼ即決。

・1942年8月

マンハッタン計画(原爆製造の暗号名)スタート。

・1943年春

ロスアラモスにおいて、軍の指揮下に原子爆弾開発製造開始。所長はアメリカ人物理学者オッペンハイマーで、開発主体はナチスの迫害を逃れた亡命物理学者達。動員従事者は最大時で54万人に上る。

・1944年9月

ルーズベルトとチャーチルは、原爆を日本に使用することで合意。

・1945年5月 ドイツ壊滅降伏。

・1945年7月16日(原爆3ケ保有済み)

ニューメキシコ・アラモゴード砂漠で、人類初の核爆発実験(プルトニューム型)

あまりの強烈さに、実験責任者のベイブリッジ曰く「これで僕たちは救われない人になった」

・1945年8月6日 広島に原爆投下(ウラン型)

・1945年8月9日 長崎に原爆投下(プルトニューム型)

以上

元来は、ドイツに対抗して作られるはずの原子爆弾は、ドイツが負ける以前から対日用に決定されていた事になる。

ここに、根深い人種差別を感じない人はいないだろう。

宮内庁も公式記録として認めた『昭和天皇独白録』冒頭に率直なお言葉が登場する。

「大東亜戦争の要因ねれば、遠く第一次世界大戦后の平和条約の内容に伏在している。日本の主張した人種平等法案は列国の容認する処とならず、黄白の差別感は依然存在し加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである」

戦後、スッカリ忘れられている重要な事柄で、ここを押さえておかないと、先の大戦(日米決戦)の意味を理解しているとは言い難い。酢の効いていないお寿司みたいなものだ。

●女史に続けると、プルトニュムームはウランより重い「人造物質」で、使用にあたり実験が必要であった。アインシュタインの公式に従えば、質量が大きいほど核爆発力が大きい。

従って、当初から彼等はウラン型より強烈な核爆発を望んだことになる。それこそ総動員して製造した。

自然界にあるウランは、濃縮して中性子というマッチを擦れば、一気に核分裂連鎖いたることはフェルミ達が実験的に確認していた。後は量の問題だけで実験する必要はなかった。現在も、アメリカがウラン濃縮技術拡散に神経を尖らす主たる理由である。

結局、広島は文字通り実験に処されたのだ。

彼等は、プルトニューム型とウラン型を使い分けた。山の分断のある長崎には威力の大きい前者を使用し、回りを山で囲まれた広島には後者を使用した。どちらも軍需都市で、最初から核爆発の威力に応じて獲物を狙っていた事になる。

●ところで、ユダヤ人であるアインシュタインは既に以下の事を知っていたはずである。同胞の情報交換は早いからだ。

リトアニア領事官の杉浦千畝のユダヤ人無制限ビザ発給や、関東軍あるいは満州国のユダヤ人通行許可など。

元々、原爆開発はドイツ対抗であったから、広島と長崎のピカドンを聞いたときアインシュタインは「まさか!」と思ったに違いない。

彼が核廃絶において科学者集団の先頭にたったのは、単に科学者の良心の問題ではなく、日本に対する懺悔があったというのが米沢女史の見解である。頷かざるをえない。

杉浦千畝に加えるなら、関東軍も評価すべきだろう。杉浦に助けられたユダヤ人が無事にソ連領を通過できた理由は、スターリンが関東軍の圧力下にあったとしか考えられない。

スターリンもヒトラー同様にユダヤ人を筆頭に占領下の人達を、遠慮なく収容所に送り過酷な重労働をさせていたからだ。

第一次世界大戦終了後の、1919年のパリ講和会議において日本全権団は「人種平等」を掲げていた。

それは「日本の信念」としてよく知られていたし、ソ連領通過も可能と承知していたから、日本領事館にユダヤ人が押しかけたと思われる。
(続く)

◆イルカ問題から考える海洋国家

山田 吉彦

 

≪単なるショービジネスか≫

水族館のプールで調教師の指示通りに泳ぎ回り高く跳びはねるイルカの姿を見てイルカの知能の高さを知り、海洋生物の生態に興味を持った人は多いだろう。多くの子供たちは、イルカとの出会いが海洋環境に興味を持つ契機となっている。

イルカの展示は単なるショービジネスではなく、生物を通し環境のほか、海をめぐる人々の生活、歴史、文化を含めた海洋教育や海の価値を考える海洋思想の普及の役割を持っているのである。

日本の伝統的食文化からみても、いくつかの地域においてイルカは貴重な食料であった。現在でも沖縄、和歌山、静岡、岩手各県などでは、マグロやサバなどの魚類と一緒に、鮮魚店の店頭に並ぶ食品である。

歴史的にみても縄文時代の真脇遺跡(石川県)や中世の井戸川遺跡(静岡県)からイルカ漁の痕跡が出土しており、日本人の文化としてイルカ漁が存在していたことを知ることができる。

この伝統的なイルカ漁が、欧米の動物保護団体の活動により誹謗(ひぼう)中傷を受け、実施が困難になっている。保護団体の主張の押し付けが、日本の文化を崩壊させる一例ともいえよう。

和歌山県太地町は、古来、捕鯨の拠点として栄えてきた。現在でも、21人の漁師が「いさな(クジラの意)組合」に加盟し、イルカを含む鯨類を捕獲し生計を立てている。

太地町で捕獲されたイルカの一部は、日本国内のみならず世界中の水族館に配給され、海洋教育の主人公となっている。また、町はクジラ博物館を運営し、小型鯨類の飼育研究と展示による海洋教育を進めている。太地町は、鯨類と人間が共生している数少ない町である。

ところが世界動物園水族館協会(WAZA)は、太地町で行われているイルカ追い込み漁は残酷であり、水族館が追い込み漁で捕獲されたイルカを取得するのは不適切であるとしてきた。太地町はかねてこうした批判にやむなく対応し、捕獲頭数を少なくするとともに、イルカが苦しまず血も流さない処理方法を工夫してきた。

 ≪存続意義失う反対運動≫

さらに昨年夏、WAZAから指示を受けた日本動物園水族館協会(JAZA)からの申し入れにより、イルカの追い込み漁を食用のための捕獲と水族館に提供するための捕獲とに、完全に分離している。水族館用の捕獲は傷つけないように丁重に扱い、対象外となったイルカは逃がしているのである。要するに太地町は、WAZAが指摘したイルカ追い込み漁
の問題を解決したのだ。

そこで困ったのは、調査捕鯨やイルカの追い込み漁を反対活動の対象として活動する環境保護団体である。彼らは、派手な反対活動をアピールして多額の寄付金を得ることで団体を維持し、また、攻撃的な活動をテレビ番組や映画にして「環境保護をビジネス化した」とも言われている。

しかし昨年の調査捕鯨の自粛やイルカ追い込み漁の改良で、それらの団体は存続意義を失いつつある。

一部の環境保護団体は、WAZAに圧力をかけ、日本の水族館が太地町からイルカを獲得することを全面的に禁止することを求め、さもなければWAZAから除名すると、新たな問題を起こした。

JAZAは今年5月、WAZAを通した環境保護団体の要求を「無理難題」と感じながらも受け入れ、JAZAに加盟する動物園、水族館が太地町の追い込み漁でとったイルカを取得することを禁じる措置をとった。

現在、日本国内ではイルカの繁殖はあまり進められておらず、唯一、追い込み漁により生体を捕獲している太地町からの取得が禁じられると、実質的に日本の水族館からイルカの姿が消えることになりかねない。

JAZAの決定を受け、数カ所の水族館はJAZAからの脱退も視野に入れ、太地町からのイルカの購入を続け、新たなイルカ研究の組織づくりをめざす方針を示した。

≪共生へ研究が不可欠だ≫

米国の水族館で展示されているイルカは、ほとんどが繁殖させたものであるというが、繁殖させているのはバンドウイルカだけである。また、現在の繁殖イルカの個体数では、20年程度で繁殖不能になると想定されている。

イルカは、音で仲間同士のコミュニケーションをとることができる知能の高い動物であると言われている。捕鯨文化、イルカ漁文化を持つわが国は、イルカの海洋環境教育に果たす役割にも鑑み、イルカの本格的な研究を進めるべきである。

自然と人間が共生してゆくためには、知能が高いイルカのような動物の研究が不可欠であり、イルカ漁を禁止するだけでは、海洋生物の保護はできない。

そのためには、イルカなど小型鯨類を飼育しながら研究する施設、機関が必要である。外圧や声高な環境保護論のみに惑わされず、海洋生物や海洋環境と人間の共生を考えるのが、海洋国家日本の使命と考える。

(やまだ よしひこ)東海大学教授
               産経ニュース【正論】2015.7.24


◆歴史教科書読み比べ(22)

〜 北条氏の仁政〜
伊勢 雅臣



北条氏は「道理」と「合議」に基づく政治により、安定した社会を生み出した。


■1.「社会が安定したため,農業生産が高まりました」

源頼朝の直系が滅びた後、鎌倉幕府は北条氏が執権となって支えていく。

東京書籍版の歴史教科書は、「民衆の動き」と題した一節で、この時代の社会の発展をかなり好意的に描いている。

{社会が安定したため,農業生産が高まりました。牛馬が利用され、鉄製の農具がいっそう普及し,草や木の灰が肥料として使われ,米の裏作に麦をつくる二毛作も行われるようIこなりました。開発も農民が中心になって行われるようになりました。

農村には,農具をつくる鍛冶屋や染物を行う紺屋などの手工業者が住みつき,寺社の門前や交通の便利なところでは,定期市が開かれるようIごなりました。

このように生活が向上するなかで,しだいに村を中心に,民衆の団結を強める動きが見られ,耕作する人の土地の権利も強化されていきました。}[1,p55]

「農業生産の高まり」と農民の「権利の強化」を重視するあたりは、マルクス主義的な唯物史観めいているが、経済史の記載としては妥当な所だろう。


■2.「社会の安定」をもたらしたのは、どんな政治だったのか?

ただ、疑問なのは「社会が安定したため」という部分で、何がどうしたから社会が安定したのか、という記述がまるで無い事だ。

しかも、その前のページには「武士と地頭」と題した節で、次のような勢力争いが頻発したことを記している。

<農民は年貢を荘園や公領の領主におさめていましたが、地頭となった武士が土地や農民を勝手に支配することが多く、地頭と領主との間には、争いがしばしばおこりました>。[1,p54]

一方で地頭と領主との争いを説き、その後で、社会が安定して農業生産が高まったという史実を説く。階級闘争と経済発展を同時に説くので、何が歴史の真実だったのかが、よく理解できない。

しかも、その次の「武士の生活」では、こう記述している。

<武士は、つねに馬や弓矢の武芸によって心身を鍛えていました。「弓矢の道」や「もののふの道」などと呼ばれる、名を重んじ、恥を知る態度などの、武士らしい心構えが育って行きました。>[1,p54]

結局、東書版は「社会の安定と農業生産の高まり」「地頭と領主の争い」「武士らしい心構え」の三点をバラバラに述べながらも、それらがどのように互いに関連しているのか、を全く説いていないので、いったいどんな時代だったのか、全体像が全く見えない記述となってしまっている。


■3.謡曲「鉢の木」の物語

一方、自由社版の歴史教科書には、「農業生産の高まり」も「地頭と領主の争い」も出てこない。そのかわりに「武士のおこりと鎌倉幕府」という2ページのコラムで、特に鎌倉幕府と武士(御家人)が「御恩と奉公」の関係で結ばれていたとして、謡曲「鉢の木」の物語を紹介している。

鎌倉武士の理想を説いた有名な物語なので、引用しておこう。

{5代目執権・北条時頼が、身分を隠して諸国の様子を観察していた時のことです。上野国(こうづけのくに、群馬県)の佐野のあたりで突然の雪に降られ、近くの民家を訪ねました。その家は、暖をとる薪(まき)も食べ物もない貧しさでした。

しかし、家の主人、佐野常世(さの・つねよ)は、時頼だとは知らぬまま、こころよく迎え入れました。常世は、見も知らぬ旅人を暖めるため、大切にしていた鉢植えの梅・松・桜を囲炉裏(いろり)にくべて精一杯もてなしました。

「ご覧のとおりの貧しさですが、私はかつてはこのあたりの領主でした。今は、領地を奪われ、この有様です。しかし、私は武士です。幕府に一大事があって、いざ鎌倉というときは、いつでも駆けつけられるように、馬と武具だけは手離しておりません。」

 鎌倉に帰った後、時頼は関東の御家人に緊急の招集命令を出しました。すると、常世は武具に身を固め、鎌倉に駆け参じてきました。時頼は、常世の奉公、忠誠心を誉め、領地を取り戻してやり、さらに「加賀梅田」「上野松井田」「越中桜井」を恩賞として授けました。}[2,p85]


東書版の説く「武士らしい心構え」をより具体的に理解できる物語であり、これを知っておくことは、国民的教養として望ましい。

しかし、こういう鎌倉武士たちがどんな政治をしたのか、という点の記述が歴史教科書としては欲しいところだ。


■4.北条泰時の仁政

北条氏の執権政治を確立したのは、源頼朝の妻・政子の弟である北条泰時(やすとき)である。安田元久・学習院大学教授は『鎌倉武士』[3]の中で、次のように泰時を描写している。

<泰時は、父義時の気質をうけついで、幼い時から非常に聡明であった。若いころから立派な見識を持ち、武士としての本分をわきまえ、また理非曲直をはっきりさせる人物であった。

1201(建仁元)年秋、19歳の泰時が、将軍頼家(JOG注: 頼朝の嫡男、第2代将軍)の怒りを受けて、北条氏の領地である伊豆の北条で謹慎していた時のことである。その年この地方は不作のために、百姓たちが非常に疲れきっていた。なかには、領主から貸し付けてもらった米の返済に困って、逃亡しようとする者すらあった。

泰時は、そのような百姓たちを集めて、証文を焼きすて、返済の義務を免除したばかりでなく、かねて用意してあった酒や米をふるまった。そして、農民の喜ぶ様子を見てから、泰時は安心して鎌倉に帰ったという。>[3,p85]


このような人物が40台にして第2代執権となったのである。


<彼は政治の根本を「撫民」ということにおき、しばしばそのことを主張した。「撫民」とは、民衆に対する愛情にもとづく政治のことであったが、泰時のこの政治方針は、とくに飢饉や災害のときにおおいに発揮された。>[3,p98]

たとえば、寛喜2(1230)年には初夏にも関東地方で雪が降り、秋にはしばしば暴風雨に襲われた。泰時は、租税の免除をし、また武家にも衣服の新調を禁じ、昼食を抜き、酒宴をとりやめるよう勧めた。

翌年の大飢饉に際しては、富裕な人々に米を放出させ、返済能力のない農民には、自分が代わって返済してやる事までした。泰時の政治は、後の世までも優れた仁政と讃えられた。


■5.「道理」による統治

泰時が、こうした仁政の基盤として重視したのが、「道理」と「合議制」であった。「道理」に関しては、たとえば鎌倉時代に一般人にも広く読まれた仏教説話集「沙石(しゃせき)集」に、次のような逸話が収められている。[a]

ある時、下総国(千葉県北部が主)の地頭と領家(荘園領主)との間で地代に関する争いが生じ、両者の話し合いでは決着がつかなかったので、鎌倉幕府に裁定が持ち込まれた。

北条泰時が代官となって、両者とじっくり問答を行った際、領家が肝心の道理を述べた時、地頭は手をはたと打って、泰時の方に向かって「これは当方の負けなり」と言った。同席した一同はわっと笑い出したが、泰時はうち頷いて、笑わずに言った。

「立派な負けっぷりである。泰時は長い間、代官として裁定を行ってきたが、あきらかに道理で負けていると思われる側でも、なおも負けじと主張を続ける事はあっても、自分から負けたと言う人はいなかった。

相手の方に道理があると分かったら、ただちに負けを認めたのは、返す返す立派な態度である。正直な人柄が見て取れる」。

と、涙ぐんで褒めた。領家の方も、「今まで道理を理解していなかっただけで、故意ではない」として、6年分の未納の地代を3年にまけてくれた。沙石集の作者は次のように、結論つけている。

<されば、人は道理を知りて、正直なるべき物なり。咎を犯したる者も道理を知りて、我が僻事(ひがごと、間違い)と思いて正直に咎(とが)をあらわし、おそれつつしめば、その咎ゆるさるる事なり>。


世の中には、心ある人間なら誰でも認める道理があるのであり、それに基づいて社会を統治しようというのが泰時の考えであった。富や権力に負けることなく、あくまで道理を通して生きる所に、武士の本分があった。


■6.「御成敗式目」

道理による政治を推し進めるために泰時が定めたのが「御成敗式目」であった。これについて、自由社版は以下のように取り上げている。

{御成敗式目(ごせいばいしきもく) 執権となった北条泰時は、1232(貞永元)年、武家社会の慣習に基づいて、初めて武家の独自の法律である御成敗式目(貞永式目)を定めた。これは、御家人に権利や義務、裁判の基準を分かりやすく示したもので、その後の武士の法律の手本になった。}[2,p83]

東書版はやや短いが大同小異の表現である。しかし、これだけでは御成敗式目の画期的な意義は伝わらない。


■7.「道理」に基づく政治

式目の末尾には、次のような一節があり、この式目が「道理」に基づく政治を目指したものであることが明らかにされている。

<およそ評定の間、理非に於いては親疎あるべからず、好悪あるべからず。ただ道理の推すところ、心中の存知、傍輩を憚(はばか)らず、権門を恐れず、詞(ことば)を出すべきなり。

(裁判の場にあっては決して依怙贔屓(えこひいき)なく、専ら道理に基づいて、傍の目、上なる権力者の意嚮(いこう)を恐れることなく信ずる所を言え)>

鎌倉時代は「武士が主君から領地を与えられて所有する」という形での封建社会が発達した。「封建社会」というと、いかにも前近代的・非合理的に聞こえるが、土地の私有を制度化するには、所有権を守るための法と裁判の整備が必要であり、これらは近代社会発展のための不可欠の基盤なのである。

現代においても近代的な法治主義がきちんと定着しているのは、封建制度を経験した西洋と日本だけであることを考えれば、この事は明らかだろう。

8百年近くも前に、泰時が道理に基づく政治、法、裁判の仕組みを作った史実の重要性はここにある。


■8.日本古来の伝統に基づく見識ある政治

道理を明らかにするには、複数の人々による議論が必要だと泰時は考えたようだ。独裁制では自らの過ちに気がつかない恐れが出てくる。

泰時は執権に就くと直ちに、おじの時房を補佐役とした。この地位は、公文書に執権と共に署名を加えることから、「連署(れんしょ)」と呼ばれた。これにより、執権の独断に対するブレーキ役を果たせる。

嘉禄(かろく)元(1225)年には、政治的能力のある有力者11名を評定衆(ひょうじょうしゅう)に任命した。執権・連署とともに政治や訴訟に関する評定を行う。重要な政務や、裁判の最終的な決定などは、すべて合議によって執り行われるようになった。『御成敗式目』も、評定衆によって起草されたものだ。

我が国には、神話時代の「神集ひ」から聖徳太子の十七条憲法の「上和らぎ、下睦びて事を論(あげつら)」と、衆議公論を尊ぶ伝統が根強いが[c]、それを政治制度として定着させたのが泰時であった。この伝統があったればこそ、明治以降の議会制民主主義の導入もスムーズにいったのである。[b]

『御成敗式目』の全51条は、憲法十七条を天・地・人で3倍した数字と言われている。泰時以下、鎌倉幕府の評定衆は、聖徳太子など日本古来からの伝統的思想を踏まえた見識を持っていたと思われる。とすれば、その「撫民」は、皇室の民の安寧を祈る伝統精神を現実政治に生かそうとした
ものだろう。

「社会が安定したため、農業生産が高まりました」という繁栄の基盤として、我が国の伝統精神に基づく、北条氏の見識ある政治があったことを、我が国の中学生には知っておいて貰いたいものだ。



■リンク■

a. JOG(752) 日本における道理の伝統 布教のためにやってきたフランシスコ・ザビエルは、キリスト教の不合理な面をつく日本人に悩まされた。
http://blog.jog-net.jp/201206/article_2.html

b. JOG(082) 日本の民主主義は輸入品か?
 神話時代から、明治までにいたる衆議公論の伝統。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_1/jog082.html

c. JOG(287) 大御宝の理想を求めて 〜 国柄に根ざした人権思想を いかがわしい「人権」派から、「人権」の理想を取り戻すには。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h15/jog287.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 五味文彦他『新編 新しい社会 歴史』、東京書籍、H17検定済み

2.藤岡信勝『新しい歴史教科書―市販本 中学社会』★★★、自由社、H23
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4915237613/japanontheg01-22/

3. 安田元久『日本の歴史文庫(7) 鎌倉武士』★★★、講談社

◆新作「融氷の旅」やっと出版!

浅野勝人(安保政策研究会理事長)


私の新作「日中秘話―融氷の旅」が、青灯社から出版されました。
前作「北京大学講義録 日中反目の連鎖を断とう」(NHK出版)の姉妹本です。

前作は国際関係論を中心に理屈っぽい学術書でしたが、今回はスタイルをガラッと変えて、中国との40年余の交流の間に、著者が日中双方で体験した折々の出来事を集めた、読んで楽しいノンフィクション随想です。


著書の表の帯に「半世紀におよぶ : 日中融和のこだわり! 特ダネあれこれ!」「あなたに大事なお願いがあるわよ。総理大臣のお父さんが日本の邪魔になるようなことがあったら、真っ先に、私に言って頂戴。私が辞めさせます : 善幸夫人は浅野キャップにこともなげに言いました。― U章より」とあります。こんな内容をご想像下さい。

 発売日に購入して読んでくださったNHKの先輩記者だった方がmailで感想を寄せてくれました。

浅野勝人大兄
 前略
先日(7/22)東京新聞前代表の宇治敏彦さんの出版記念会で久し振りにお会いでき、大変懐かしく嬉しく存じました。

あの夜、貴兄から労作『融氷の旅〜日中秘話』(青灯社刊)発刊の話を聞きました。翌日早速、渋谷東急本店7階にあるジュンク堂書店に行き、買い求めた所、店員さんが暫く書庫を探した後『ただ今入荷したばかりの本です』と顔をほころばせて差し出してくれました。

固い装丁でしっかりした生まれたばかりの本を手にして、早速読み始めました。平易な文章で読み易くエピソード、秘話がふんだんに散りばめられ、9章に亘るどの項目にも引きつけられて一気に読み通しました。

エピソードでは園田 直議員のなぞかけを基に「経堂のカラカラ亭」と言われた鈴木善幸氏邸へ駆けつけた際の「さち夫人」とのやり取り。そして、その情報を政治部に持ち帰ってコンファームして行く場面は、小生も現役の政治記者に立ち戻った様な興奮を覚えました。

園直さんについては、NHK記者から秘書官に転出していた渡部亮次郎氏によると、大平首相の急逝のその夜、いち早く目白に駆け込んで長時間話しこみ、後継者は鈴木善幸という情報を掴んでいたようです。貴兄の超特大の特ダネと符号しますね。

貴兄が横綱白鵬と語り合った際、白鵬の祖父がモンゴルの大統領としてモスクワを訪問した折、スターリンとの面談中にけんかとなり、スターリンを殴りつけて葉巻を吹っ飛ばしたエピソード。そして、その後モスクワに呼び出されて粛清されたことを、白鵬が自ら貴兄に語った物語は世紀の特ダネですね

この本ではこうした特ダネやエピソードで読者の関心をひきつけ、その後、難しい日中論をわかり易く展開。しかも現政権下、自由闊達な議論ができにくい風潮の中で、日中打開、関係改善への政策転換を提唱している点、貴兄の強い信念と誠実さを感じ感激した次第です。

これに関連して思ったのは政治記者から“汚れた”政界に25年間浸っていた貴兄が初心を忘れず良く生き抜いてきたなと感心しました。南国のジャングルで25年間生き続けた小野田少尉の姿を彷彿とさせます。清々しい気分を味わいました。
1人でも多くの人に読んでいただきたい著書ですね。
 
本書末尾に「遺言書」と書いてありましたが、『50,60、花なら蕾、70,80が働き盛り…』という高僧の名言通り貴兄の貴重な経験とそこから生み出した英知を次世代に繋いで欲しいと思うのは小生一人ではありますまい。

とにかく健康で、今後ますます活躍されますよう祈念しています。    敬白。
平成27年7月25日  NHKOB・中井盛久