2015年07月27日

◆新国立競技場の責任者は誰だ

池田 元彦


「生牡蠣がドロッと垂れたみたいな」ザハ案は、安倍首相の決断で白紙化され、ゼロベースで再検討となった。遅きに失するが、只管スケッチ(設計以前)だけを選び、景観・環境の観点、アスリートの立場を無視したまま続行されるよりは遥かにマシな決断だ。

世界一流の建築家作品を、世界的名声を馳せる安藤審査委員長以下一流の建築関係者5人を審査員として選定された以上、文科省官僚や外郭団体(JSC)が、予算理由で反対、或は断念提言を、文科大臣や安藤委員長には決して言えなかったと確信する。皆サラリーマンだ。

最終責任者は明らかだ。ザハ案を推進した安藤忠雄委員長の他にいない。問題はザハの建築されない(高予算或は難度の高い建設技術を要する)派手で衝撃的なスケッチを、募集要項に1300億円と予算が明記されているに拘らず、それを無視してザハを選んだからだ。

2012年3月6日に有識者会議が発足し、14人の各専門家及び有識者が集まった。そこに招聘された建築家は安藤忠雄氏1人のみだった。即ち、安藤忠雄氏は、推測に過ぎないが、推測に間違いなく募集前からコンペに関わり、募集要項の主要作成者の1人だったのだ。

短い2か月余りの募集期間に46作品が応募し、11作品が2次審査対象作品に選ばれ、更に11作品から3作品が抽出された。この段階で突出した作品はなく、審査委員間で重ねて議論をしたが纏まらず、最後は委員長一任とした結果、委員長のザハ案が選ばれたのだ。

応募条件に世界主要建築設計賞受賞最低1つが必須とされた。高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)、プリツカー賞、RIBA(王立英国建築家協会)ゴールドメダル、AIA(アメリカ建築家協会)ゴールドメダル、及びUIA(国際建築家連合)ゴールドメダルである。

未受賞の新進気鋭、将来有望な若手建築家は、これにより門戸を閉ざされた。因みに安藤忠雄氏は5つの賞を全て受賞している。選ばれたザハ・ハディド女史も当然そのうちの1つプリツカー賞を受賞しているが、安藤氏お好みの斬新、建設会社泣かせスケッチ専門家だ。

審査員は全員で10人、内2人の外国人は、最終3作品の審査結果を電話連絡で安藤氏から受け了承しただけだし、3人はJOC等の非専門家どころか素人ばかりである。残り5人の建築家中、所謂建築設計を専門とするのは安藤忠雄氏しかいない。他の4人は建築史、都市計画、景観、そして環境・建築設備の専門家だ。デザインに拘るのは安藤氏だけだ。

3作品の審査では、技術面、芝生、高さ、選手から視た天井、コストの課題が共通認識されていたが、デザイン性、ユニークさが故にザハ案を安藤委員長が強く推し、選択された。

他の2作品はデザインよりも、完成度、環境との調和、都市との一体感、技術性等で評価されていたに拘らず、だ。審査委員会は、神宮外苑と言う環境・景観、アスリートの使い勝手、そして肝腎の1300億円予算を一顧だにせず、デザイン一辺倒でザハ案を選んだのだ。

2500億円の段階に至っても安藤氏が、文科省とJSCに何度も当初案を進めるよう、しつこく要請してきたことを建築家難波和彦氏が公にしている。ザハが根本原因に拘らずだ。

TVが面白おかしく犯人探しをしているが、ザハ選択の、コスト無視の安藤忠雄、それを制御できなかったJSCと文部省に問題がある。当時は、民主党時代の出来事だったが。


            

◆外資、陸続と中国株から大脱走

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)7月26日(日曜日) 通算第4616号>   
 
〜外資、陸続と中国株からエクソダス(大脱走) 
   記録的な売り越しを香港で。飛ぶ鳥、あとを濁しながら。。。。。〜


外国人投資家は、中国の緊急措置として行った株価対策(PKO)を「経済戒厳令」的な措置と見抜き、将来に見切りを付けて撤退を始めた。

本格的な流れと考えられるのは市場が外国人の未曾有の売り越しを示しており、香港で中国株を扱う証券会社は真っ青になっている。

上場企業の半数が取引停止、経営者は向こう一年間の売却停止、合法の筈の「空売り」を事実上禁止したうえで、有力21社の証券会社に資金を供給した。これを中国語のメディアの一部は「李克強の暴力的市場救済」と比喩した。

関係者によれば、強引な手法で株価の大暴落を防いだことは事実だが、取引が再開されたら落下することは目に見えており、次にどんな手を打つか、なにしろ人権擁護派弁護士を249名も拘束中の独裁政権が次に何をしでかすか、いまのところ予測不能である。

空売りは上海、深センで事実上禁止されているものの、香港の株式市場ではまだ合法的に行われている。

また「アリババ」などは米国ニューヨークで上場されているため米国ファンドは空売りに乗り出している。(アリババは2014年三月上場初値が99ドル70,ピークは15年一月で118ドル近辺。7月24日の終値が83ドル。すでにピークから30%下落している)。

共産主義というのは独裁執権党が行う計画経済であり、市場経済とは対立する。

中国は「中国的社会主義市場経済」などと呼号したが、その開放政策とは、独裁者だけが富む権貴階級のための「改革」という名の「改悪」であり、いずれ市場は破壊されるだろう。

いまの中国は権貴階級の独裁という体制を守るだけが「まつりごと」の中心となり、表向き「国家資本主義」を標榜しているが、中国でも経済学の分かる人は事態の本質を十分い理解している。

◆今こそ「空想から科学へ」

平井 修一



池田信夫氏の論考「中国の軍事的膨張で変容する太平洋の秩序」(ニューズウィーク7/23)はリアリズムで世界を見る目の重要性、バランス・オブ・パワーが秩序をもたらすことをこう分かりやすく説いている。

<ヘンリー・キッシンジャー(注1)は近著『世界秩序』(未訳)で、20世紀の「正しい戦争か侵略戦争か」という考え方を捨て、力の均衡で現状を維持するリアリズムを説いている。

国際政治は理想や善意ではなく国家の均衡で決まるものだ。1928年の不戦条約で「正しい戦争」という概念は廃止されたはずだったが、その後も世界大戦は起こり、冷戦は続き、国連は国際連盟と同じく無力である。

そして次の混乱の原因となりそうなのは、アジアである。それを防ぐ上でキッシンジャーが高く評価しているのは日本だ。

中国はウェストファリア条約(注2)以来の西洋的な秩序に挑戦し、アメリカと太平洋を分割しようとしている。これに対して日本は欧米と価値観を共有できるアジアで唯一の国として、その地政学的な重要性は高まっている。

近代的な主権国家の概念が、中国にはもともとない。そこでは伝統的に全世界がその版図であり、対等な国家が条約で平和を維持することもない。皇帝に臣下が従うように周辺国は中国に従うので、海外に植民地を求めることもない。むしろ周辺国は皇帝に対して朝貢を行ない、文化的に一体化することが求められた。

国連が機能しない限り世界の警察は必要であり、その役割を果たせる国はアメリカ以外にない。ハーバード大学の研究によれば、新興秩序が既存秩序に挑戦した歴史上の15件のうち10件で戦争が起こった。戦争が起こるかどうかを決める要因として重要なのは、軍事力より秩序概念の違いだという。

西洋的な国際秩序とまったく異なる概念で世界をみている中国が、太平洋でアメリカと妥協するかどうかはわからない。アジアで欧米と価値観を共有でき、平和と安定の柱となりうる国は日本しかない。

参議院では、憲法改正を含めて、21世紀の世界秩序を見据えた建設的な議論を期待したい>(以上)

リベラル≒アカの反日屋≒中共の走狗は洗脳されているから以上のような論考は生理的に受け付けない。彼らは少数派であり、その中核を担っているのは団塊の世代前後(1935〜1950年生まれあたり)、今の65歳から80歳ほどの老人で、肉体的にも絶滅危惧種の連中だ。

毛沢東は「青年は朝の太陽のようだ、未来は君たちのもだ」とヨイショしたが、アカ老人は今や「日没後の残照、君たちに明日はない」。

彼らは言語を共有するお友達“同志”の集団に群れて安心感を得るが、そこには異論が入り込むことはないから、宗教と同様に数十年も前の話の繰り返しで、まったく進化、深化することはない。時間が止まっているのだ。

60年安保、70年安保、そして2015年安保。同じ人が同じ声を上げているだけ。1964年に中共が核実験に成功すると万歳を叫んだ人は、今も中共に恋したままで日中友好を叫んでいる。暗愚としか形容しようがない。

学問=科学は現実を直視することから始まる。アカは現実を無視し、空想=妄想=夢想を信じることから始まる。ほとんど宗教だ。

学問=科学は世界に前進をもたらすが(この70年間、大国間の熱戦はなかった)、アカ教は基本的に「他宗派は敵であり、叩くのみ」というのが原則で、世界に後退と混乱をもたらす(中東を見よ、ギリシャの左派政権、スコットランド独立派を見よ)。

アカどもはいくつもセクトがあるが、自派だけでは人数が集まらないので人民戦線戦術により「抗日戦争」を仕掛けている。小異を捨てて大同につこうと言った中共そっくりだ。中共の工作員が裏で指揮しているのではないか。

ジャーナリストの加賀孝英氏の緊急リポート「反安保デモに『中韓反日組織』の潜入情報 倒閣工作に呼応する勢力も」(ZAKZAK7/23)から。

<私(加賀)はデモを否定するつもりはない。ただ、裏で何が起こっているのか、ぜひ知っておいていただきたい。以下、外事警察を含む、複数の情報当局関係者から得た情報だ。

「中国と韓国の協力者が『今が安倍政権を倒す、絶好のチャンスだ』と活動を活発化させている。デモの参加者の中に監視対象者の姿が確認されている。彼らが法案を『戦争法案』『徴兵令』『強行採決』と叫び、極左集団や一部野党が結託してあおっている。中国の工作員関係者は国内に約5万人いる」

「中韓両国は『安倍首相さえ排除すれば、日本は言いなりになる』と、安倍潰しを画策してきた。彼らは意のままに一部の議員や官僚を動かして官邸情報を盗んでいる。最近、数人の議員に倒閣運動を持ちかけた。『安倍は終わりだ。次(の首相)はあなただ』と」

安倍首相に申し上げたい。焦点の安保法案は参院に論戦の場所を移す。どうか国民の理解を得ていただきたい。そのためにも冷静で建設的で分かりやすい議論が必要だ。そしてひと言、ご忠告申し上げたい。あなたのそばに裏切り者がいる。中韓の「反日」工作を放置してはならない>(以上)

ゾルゲ事件で近衛首相はソ連のスパイ、尾崎秀実やアカ系高級官僚などに操られた。アカの伝統的工作は今も続いている。官邸に巣食う官僚や党本部の2階は怪しい。気を付けた方がいい。

・・・

注1)ヘンリー・アルフレッド・キッシンジャーは、アメリカ合衆国の国際政治学者。ニクソン政権およびフォード政権期の国家安全保障問題担当大統領補佐官、国務長官。

日本については、経済大国である以上政治・安全保障両面でも大国として台頭しようとする欲求を持つだろうとの見方を一貫して示している。特に、1971年の周恩来との会談で日米安全保障条約に基づく在日米軍の駐留が日本の「軍国主義」回帰を抑えており、同盟関係を解消すれば日本は手に負えない行動を取り始めると警戒感を示した「瓶の蓋」論は有名である。(平井:中共では「悪魔の日本を封じ込めろ」という認識が浸透したようだ)

冷戦後間もない時期の著書である『外交』でも将来日本が政治的に台頭するとの予測を示した。2008年1月の「日高義樹のワシントン・レポート」でも変わらず、「日本は10年後に強力な軍隊を保有しているだろう」と述べ、日本の憲法改正や核武装については「日本が決めることだ」と発言している。(ウィキ)

(平井:徹底的な「米国益至上主義者」。現実主義で、利用できるものは何でも利用するという“食えない奴”だが、一目を置かざるを得ない)
注2:ヴェストファーレン条約は、1648年に締結された三十年戦争の講和条約。ラテン語読みでウェストファリア条約とも呼ばれる。近代における国際法発展の端緒となり、近代国際法の元祖ともいうべき条約である。

この条約によって、ヨーロッパにおいて30年間続いたカトリックとプロテスタントによる宗教戦争は終止符が打たれ、条約締結国は相互の領土を尊重し内政への干渉を控えることを約し、新たなヨーロッパの秩序が形成されるに至った。この秩序をヴェストファーレン体制ともいう。(ウィキ)(2015/7/26)

2015年07月26日

◆見え隠れする中華大帝国復興への鎧

加瀬 英明



米中台で固めた対決姿勢

6月末にワシントンに4泊して、帰国した。

滞在中に、中国から楊潔国務委員(前外相)と汪洋副首相に率いられて、約400人が繰り込み、国務省で第7回米中戦略経済対話が、2日にわたって開催された。

ところが、この間『ワシントン・ポスト』紙をはじめ、現地のどの新聞も米中協議について、1行すら報じることがなかった。テレビもまったく取り上げなかった。仕方がないので、私は3日にわたって、国務省のブログで、内容を検索した。

東京に戻ったら、日本の各紙が連日、米中対話について紙面を大きく割いて報じていた。
 
中国側が米中両国が「特別な2つの大国関係を構築」して、太平洋を2分しようと求めたのを、アメリカ側が無視し、中国による南支那海における人工島建設、コンピューターハッキングによるサイバー攻撃に対して強く抗議したものの、蛙の面に水を掛けたのに終わった。

アメリカで、中国の鍍金が剥げた。太平洋を挟んで向き合う、2大国のあいだの協議だというのに、まったく内容が無かった。

ワシントンは昨年10月以来だったが、中国が周辺諸国をいっそう露骨に脅やかしているために、アメリカの中国に対する態度が一変した。

中国側は9月に予定される習近平主席訪米を控えて、アメリカをできるだけ刺激しないように計算を働かせていた。といっても、訪米団の背広の下から、「中華大帝国を復興」して、太平洋を分割して覇権を握ろうとする鎧が、チラついていた。

いまや、アメリカは中国の脅威を意識して、日本との同盟関係をいっそう重視するかたわら、昨年まで台湾はまったくお呼びでなかったのに、台湾の安全に久し振りに目を向けるようになっている。

来年1月に行われる台湾の総統選挙へ向けて、『タイム誌』が蔡英文民進党候補を、大きく好意的に取り上げた特集記事をのせている。現時点では、中国に擦り寄る国民党政権が敗れて、蔡候補の当選が確実視されている。

南シナ海の人工島は、中国から1000キロも離れている。国家安全会議(NSC)の幹部と昼食をとったが、この人工島について、今後、アメリカは軍事力を背景にして、中国と対決する方針を決めたと、言った。

オバマ政権の眼がアジアへようやく向いたのには、中国が傍若無人に振る舞うのに加えて、安倍政権の日本が積極的平和主義を掲げて、アジア太平洋諸国の結束をはかって、アメリカを励ました成果が大きい。

日本の国会では、民主、共産、社民党などが、現実にまったくそぐわない、5、60年前の空想的な議憲論を振り回している。

民主党の岡田代表が「集団的自衛権は必要ない」「北朝鮮がアメリカへ向けてミサイルを発射した場合に、迎撃すべきでない」と述べたが、なぜ「日本安保条約を破棄するべきだ」と、はっきりいわないのか。

国会の安保法制論議は、幕末に長州征伐と馬関戦争に惨敗した後の長州藩を、連想させる。藩論が幕府に恭順しようとする俗論派に固まったのに対して、高杉晋作ら正義派が奇兵隊を率いて、立ち上った。俗論派、正義派は、高杉の命名によるものだ。

今日の日本にあてはめると、民主党や、マスコミが俗論派であって、自公、維新、次世代の党が正義派となるのだろう。


◆周小川のスキャンダル

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)7月25日(土曜日)通算第4615号 > 
 
〜河北省書記も落馬、周小川に汚職と乱倫のスキャンダル
  中央銀行総裁が美女を何人も侍らせ汚職に熱中していたらしい〜


8月1日発売の『博訊』最新号に、周小川のスキャンダルが独占報道されるという。周小川と言えば中央銀行総裁(中国人民銀行行長)。いってみれば金融政策の元締め、先週の上海株式暴落の時、何をしていたのか?

前任者の戴相龍は女婿の東峰の悪行が暴かれて以来、拘束されている模様だが、中央銀行総裁のあと天津市長をしていた。後任が周小川だった。

北京市東城区の古い町並みの中に古色蒼然とした四合院の建物がある。

古めかしい外見なので、周囲には目立たない。所有者は不明だが、東峰がよく出入りしていた。外見はボロでも内部は絢爛豪華に改装され、費用は数億元かかったと見積もられている。

この謎の四合院が「彼ら」の接待場所で、共産党高官、銀行幹部、地方政府幹部等が頻繁に出入りし秘密の宴会が繰り広げられた。必ず美女が陪席し、しかも彼女らは演劇学校、映画学校、舞踊学校の現役女子学生ばかりだった。

その想像を絶する狂態な宴会と周小川ら銀行幹部と共産党幹部の癒着、乱倫などの行状が暴かれた。

連座してか、河北省書記の周本順が『落馬』した。周本順は失脚した周永康の忠実な部下として法政委員会副書記、秘書長などをつとめ、周永康の引きで河北省書記に出世していた。

すでに周永康が拘束されていた時期に、彼の部下だったグループには出国制限措置が執られており、周本順も海外逃亡しようにも、出来ない状態で悶々と日々を送っていたという。

まだまだ伏魔殿から狐と狸がぞろぞろはき出されそうである。

◆中露を手玉にとる?北朝鮮

平井 修一



北朝鮮では数年前から交易市場が増えており、それなりに市場経済が発展しているようだ。「ドンシュ/金主」と呼ばれる新興富裕層も増えて、中にはメイドを雇う者もいるとか。最近では不動産投資も活発になっているそうだ。

北と中共は今は政治的には“政冷”だが、貿易額は減っていない。最近では北はロシアとの貿易を増やし始めたという。デイリーNK7/22「北朝鮮、市場でロシア製品が急増中…中国産を超える勢い」から。

<これまで、北朝鮮の市場を占領していた中国製品が徐々に姿を消しつつある。金正恩第一書記が進める「国産品愛用運動」が功を奏したのかと思いきや、実はロシア製品に取って変わられただけだった。

北朝鮮国内の内部情報筋は、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に「思った以上のスピードでロシア製品が中国製品を追い越しつつある。中国製よりも質がいいからだ」と語る。

両江道の情報筋によると、昨年12月から、ロシア製が市場に現れはじめたという。製品は、サラダ油、小麦粉、粉ミルク、砂糖、ドライフルーツ、医薬品などがメインだ。

恵山の市場では中国製の4.7リットル入りのサラダ油は中国人民元で45元(約900円)だが、ロシア製は5リットル入りで43元(約850円)。「値段も安く質もいい」と評価は高い。

小麦粉1キロは、中国製が6元(約120円)、ロシア製は2.8元(約56円)と倍以上安い。小麦粉に関しては(品質は)中国製に軍配は上がるが、味が極端に変わるわけではないとのことだ。

慈江道の内部情報筋も、「今年1月からロシア製のサラダ油、砂糖、小麦粉が出回り始めて、今では中国製を追い出してしまった」と伝える。

さらに、北朝鮮国内産のお菓子も市場から消えつつあると伝えている。かつては「リョンモッ会社」「金カップ体育人総合食料工場」製のお菓子が多く売られていたが消えてしまい、今では「松濤園総合食料工場」製のお菓子しか見られず、それすらも市場から姿を消しつつあるという。

金正恩第一書記は、国産品愛用を提唱しているが、住民は「国産品を愛用せよという中央の指示は、中国製を追い出してロシア製に入れ替えるための言い訳だったのか」と政府を非難する。

さらに、国産品がない状況について次のように皮肉を言っているという。

「国産品は自分の体ぐらいだ。すでに愛用しまくっている」>(以上)

北朝鮮は今年は干ばつで食糧不足が懸念されているというが、本当なのかどうかは分からない。国連から食糧援助を引き出すために「深刻だ」と騒いでいるのかもしれない。ちなみにできるだけ多く援助してもらおうという作戦のために、北の人口は増えてることにしているとか。

<[ソウル6/22ロイター]この100年で最悪の干ばつに見舞われ、農作物に甚大な被害が出ていると伝えられる北朝鮮。しかし、同国に芽生え始めた市場経済や農民が個人的に作る作物のおかげで、1990年代に見舞われたような壊滅的な飢きんにはならないとみられる>

北のことはよく分からないが、市場経済がしっかり根付いてきたことは確かだろう。それが政治体制変革に繋がるわけではなく、むしろ新興富裕層が増えることで経済が活性化され、国民の不満が和らぎ、独裁政権の安定化が進むかもしれない。

そうなれば南北朝鮮の統一はあり得ないことになる。中露は米軍と直接対峙を避けるために、地政学上、北朝鮮を必要としており、北は中露を両天秤にかけながら必要な物資を得ていけばよく、韓国と統一したところで体制崩壊のリスクしかないからだ。

金王朝は開国・改革開放=外資導入さえしなければ半鎖国状態でしばらくは延命するかもしれない。韓国紙・中央日報7/1/はこう報じた。

<片手に核を握った金正恩時代の北朝鮮は、もう一つの手では「経済発展」を図っている。中国で定期的に北朝鮮関係者に会う対北朝鮮消息筋は「北朝鮮が貧困で崩壊するという期待は捨てるべき」とし「もう現実的な対北朝鮮政策を探さなければいけない時」と指摘した>

手詰まりなのは北ではなく、むしろ韓国のようだ。(2015/7/23)

◆愛國百人一首

◆愛國百人一首
〜(擴張ヘボン式による轉寫を付す)〜
上西 俊雄



[はじめに]

愛國百人一首、ウィキペディアには次のやうにある。

<日本文學報國會が情報局の後援、大政翼贊會の贊助、東京日日新聞と大阪毎日新聞の協力を得て企畫された。選定委員は佐佐木信綱、土屋文明、釋迢空、齋藤茂吉、太田水穗、尾上柴舟、窪田空穗、吉植庄亮、川田順、齋藤瀏、松村英一、北原白秋ら12名(ただし北原は委員就任後まもなく死去)。

企畫目的は、「聖戰下の國民精神作興。」選定基準は、萬葉時代から幕末までの詠歌者の分かっている臣下の和歌であり、愛國の精神が、健やかに、朗らかに、そして積極的に表現されていることとされた。また、幕末期の歌は明治改元より先に物故した人物に限られた。

選ばれた百首は、情報局の檢閲を經て昭和17年(1942年)11月20日、情報局から發表された。これに改訂と解説を加えたものが、『定本愛國百人一首』として昭和18年(1943年)3月に毎日新聞社から刊行されている。さらに同年11月には、日本玩具統制協會により繪入りカルタとして商品化された。>

ウィキペディアの振假名はあてにならない。詠手の名前の讀み方も不明。擴張ヘボン式で轉寫するので一應假名を推定してみた。抗癌劑が效きすぎて服用を中止したところなので、結構疲れた。

擴張ヘボン式、四假名は以下の通り。

ヂ ji, ジ zhi, ヅ dzu, ズ zu

語中のハ行音(medial h) は逆アポストロフィ。ワ行子音の w と同樣にア段でのみ兩唇半母音の渡り音として實現されるが、ア段でなければ發音されない。兩者の違ひは離合の徴表。ワ行は離、ハ行は合でもっぱらくっつきの印である。

最初に番號、詠手、和歌、その下に擴張ヘボン式で詠手と和歌をコロンで區切って示す。

1.柿本人麻呂 大君は神にしませば天雲の雷の上に廬せるかも

kakinomotono hitomaro: o`okimi`a kaminishi maseba amagumono
ikadzuchino u`eni i`ori seru kamo

2.長奧麻呂 大宮の内まできこゆ網引すと網子ととのふる海人の呼び聲

nagano okimaro: o`omiyano uchimade kikoyu abikisuto ago totono`uru
amano yobigowe

3.大伴旅人 やすみししわが大君の食國は大和もここも同じとぞ念ふ

o`otomono tabito: yasumishishi waga o`okimino wosukuni`a yamatomo
kokomo onazhitozo omo`u

4.高橋蟲麻呂 千萬の軍なりとも言擧げせずとりて來ぬべきをのことぞ思ふ

takahashino mushimaro: chiyorodzuno ikusanaritomo kotoagesezu
torite kinubeki wonokotozo omo`u

5.山上憶良 士やも空しかるべき萬代に語り續ぐべき名は立てずして

yamano u`eno okura: wonokoyamo munashikarubeki yorodzuyoni
kataritsugubeki na`a tatezushite

6.笠金村 丈夫の弓上振り起し射つる矢を後見む人は語り繼ぐがね

kasano kanamura: masurawono yuzuwe furiokoshi itsuru yawo nochi
mimuhito`a katari tsugugane

7.山部赤人 あしひきの山にも野にも御獵人さつ矢手挟みみだれたり見ゆ

yamabeno akahito: ashibikino yamanimo nonimo mikaribito satsuya
tabasami midaretari miyu

8.遣唐使使人母 旅人の宿りせむ野に霜降らば吾が子羽ぐくめ天の鶴群

kentaushi shizhinno haha: tabibitono yadorisemu noni shimo furaba
wagako hagukume amano tadzumura

9.安倍郎女 わが背子はものな思ほし事しあらば火にも水にも吾なけなくに

abeno iratsume: waga seko`a monona omo`oshi kotoshi araba hinimo
midzunimo ware nakenakuni

10.海犬養岡麿 御民われ生ける驗あり天地の榮ゆる時に遇へらく思へば

amano inuka`ino wokamaro: mitami ware ikeru shirushi ari
ametsuchino sakayuru tokini a`eraku omo`eba

11.雪宅麻呂 大君の命かしこみ大船の行きのまにまに宿りするかも

yukino yakamaro: o`okimino mikoto kashikomi o`ofuneno yukino
manimani yadorisurukamo

12.小野老 あをによし奈良の京は咲く花のにほふがごとく今さかりなり

wonono oyu: awoniyoshi narano miyako`a sakuhanano ni`o`uga gotoku
ima sakarinari

13.橘諸兄 降る雪の白髮までに大君に仕へまつれば貴くもあるか

tachibanano moroe: furu yukino shirokamimadeni o`ogimini
tsuka`ematsureba ta`utokumo aruka

14.紀清人 天の下すでに覆ひて降る雪の光を見れば貴くもあるか

kino kiyohito: ameno shita sudeni o`o`ite furuyukino hikariwo
mireba ta`utokumo aruka

15.葛井諸會 新しき年のはじめに豐の年しるすとならし雪の降れるは

fujiwino morowe: aratashiki noshino hazhimeni toyonotoshi
shirushito narashi yukino fureru`a

16.多治比鷹主 唐國に往き足らはして歸り來むますら武雄に御酒たてまつる

taji`ino takanushi: karakunini yukitara`ashite ka`erikomu
masuratakewoni miki tatematsuru

17.大伴家持 天皇の御代榮えむと東なるみちのく山に金花咲く

o`otomono yamamochi: sumerogino miyo sakaemuto adzumanaru
michinoku yamani kugane hana saku.

18.丈部人麻呂 大君の命かしこみ磯に觸り海原わたる父母をおきて

hasetsukabeno hitomaro: o`ogimino mikoto kashikomi isoni furi
unohara wataru chichi haha okite

19.坂田部首麻呂 眞木柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自面變りせず

sakatabeno obitomaro: makebashira homete tsukureru tonono goto
imase hahatozhi ome ka`ari sezu

20.大舍人部千文 霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に吾は來にしを

o`otoneribeno chifumi: arare furi kashimano kamiwo inoritsutsu
sumera mi-ikusani ware`a kinishiwo

21.今奉部與曾布 今日よりは顧みなくて大君のしこの御盾と出で立つ吾は

imamatsuribeno yoso`u: ke`uyori`a ka`eruminakute o`ogimino shikono
mitateto idetatsu ware`a

22.大田部荒耳 天地の神を祈りてさつ矢ぬき筑紫の島をさしていく吾は

o`otabeno aramimi: ametsuchino kamiwo inorite satsuya nuki
tsukushino shimawo sashite iku ware`a

23.神人部子忍男 ちはやぶる神の御坂に幣奉り齋ふいのちは母父がため

kamitobeno ko-oshiwo: chihayaburu kamino misakani nusa tatematsuri
i`a`u inochi`a omochichiga tame

24.尾張濱主 翁とてわびやは居らむ草も木も榮ゆる時に出でて舞ひてむ

wo`arino hamanushi: okinatote wabiya`a woramu kusamo kimo sakayuru
tokini idete ma`itemu

25.菅原道眞 海ならずたたへる水の底までも清き心は月ぞ照らさむ

suga`arano michizane: uminarazu tata`eru midzuno sokomademo kiyoki
kokoro`a tsukizo terasamu

26.大中臣輔親 山のごと坂田の稻を拔き積みて君が千歳の初穗にぞ舂く

o`onakatomino sukechika: yamano goto sakatano inewo nukitsumite
kimiga chitoseno hatsuhonizo tsuku

27.成尋阿闍梨母 もろこしも天の下にぞ有りと聞く照る日の本を忘れざらなむ

zhauzhin azharino haha: morokoshimo ameno shitanizo arito kiku
teru hinomotowo wasurezaranamu

28.源經信 君が代はつきじとぞ思ふ神かぜやみもすそ川のすまん限は

minamotono tsunenobu: kimiga yo`a tsukizhi tozo omo`u kamikazeya
mimo susoga`ano suman kagiri`a

29.源俊頼 君が代は松の上葉におく露のつもりて四方の海となるまで

minamotono toshiyori: kimiga yo`a matsuno u`abani oku tsuyuno
tsumorite yomono umito narumade

30.藤原範兼 君が代にあへるは誰も嬉しきを花は色にもいでにけるかな

fuji`arano norikane: kimigayoni a`eru`a taremo ureshikiwo hana`a
ironimo idenikerukana

31.源頼政 みやま木のその梢とも見えざりし櫻は花にあらはれにけり

minamotono yorimasa: miyamagino sono kozuwetomo miezarishi
sakura`a hanani ara`arenikeri

32.西行法師 宮柱したつ岩根にしき立ててつゆも曇らぬ日の御影かな

saigyau ho`ushi: miyabashira shitatsu i`aneni shikitatete tsuyumo
kumoranu hino mikagekana

33.藤原俊成 君が代は千代ともささじ天の戸や出づる月日のかぎりなければ

fuji`arano toshinari: kimiga yo`a chiyotomo sasazhi amano toya
idzuru tsukihino kagiri nakereba

34.藤原良經 昔たれかかる櫻の花を植ゑて吉野を春の山となしけむ

fuji`arano yoshitsune: mukashi tare kakaru sakurano hanawo uwete
yoshinowo haruno yamato nashikemu

35.源實朝 山は裂け海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも

minamotono sanetomo: yama`a sake umi`a asenamu yonaritomo kimini
futagokoro waga arameyamo

36.藤原定家 曇りなきみどりの空を仰ぎても君が八千代をまづ祈るかな

fuji`arano sadai`e: kumorinaki midorino sorawo a`ugitemo kimiga
yachiyowo madzu inorukana

37.宏覺禪師 末の世の末の末まで我が國はよろづの國にすぐれたる國

kaukaku zenzhi: suweno yono suweno suwemade wagakuni`a yorodzuno
kunini suguretaru kuni

38.中臣祐春 西の海よせくる波も心せよ神の守れるやまと島根ぞ

nakatomino sukeharu: nishino umi yosekuru namimo kokoroseyo kamino
mamoreru yamato shimanezo

39.藤原爲氏 敕として祈るしるしの神風に寄せくる浪はかつ碎けつつ

fuji`arano tame-uzhi: chokutoshite inoru shirushino kamikazeni
yosekuru nami`a katsu kudaketsutsu

40.源致雄 命をば輕きになして武士の道よりおもき道あらめやは

minamotono munewo: inochiwoba karokini nashite mononofuno
michiyori omoki michi arameyaha

41.藤原爲定 限りなき惠みを四方にしき島の大和島根は今さかゆなり

fuji`arano tamesada: kagirinaki megumiwo yomoni shikishimano
yamato shimane`a ima sakayunari

42.藤原師賢 思ひかね入りにし山を立ち出でて迷ふうき世もただ君の爲

fuji`arano morokata: omo`ikane irinishi yamawo tachi-idete mayo`u
ukiyomo tada kimino tame

43.津守國貴 君をいのるみちにいそげば神垣にはや時つげて鶏も鳴くなり

tsumorino kunitaka: kimiwo inoru michini isogeba kamigakini haya
toki tsugete torimo nakunari

44.菊池武時 もののふの上矢のかぶら一筋に思ふ心は神ぞ知るらむ

kikuchi taketoki: mononofuno u`ayano kabura hitosujini omo`u
kokoro`a kamizo shiruramu

45.楠木正行 かへらじとかねて思へば梓弓なき數に入る名をぞとどむる

kusunoki masatsura: ka`erazhito kanete omo`eba adzusayumi naki
kadzuni iru nawozo todomuru

46.北畠親房 鶏の音になほぞおどろくつかふとて心のたゆむひまはなけれど

kitabatake chikafusa: torino neni na`ozo odoroku tsuka`utote
kokorono tayumu hima`a nakeredo

47.森迫親正 いのちより名こそ惜しけれもののふの道にかふべき道しなければ

morisago chikamasa: inochiyori nakoso woshikere mononofuno michini
ka`ubeki michishi nakereba

48.三條西實隆 あふぎ來てもろこし人も住みつくやげに日の本の光なるらむ

sandeunishi sanetaka: a`ugikite morokoshibitomo sumitsukuya geni
hinomotono hikari naruramu

49.新納忠元 あぢきなやもろこしまでもおくれじと思ひしことは昔なりけり

ni`iro tadamoto: ajikinaya morokoshimademo okurezhito omo`ishi
koto`a mukashi narikeri


50.下河邊長流 富士の嶺に登りて見れば天地はまだいくほどもわかれざりけり

shimokaube chauriu: fuzhino neni noborite mireba ametsuchi`a mada
ikuhodomo wakarezarikeri

51.徳川光圀 行く川の清き流れにおのづから心の水もかよひてぞ澄む

tokuga`a mitsukuni: yuku ka`ano kiyoki nagareni onodzukara
kokorono midzumo kayo`itezo sumu

52.荷田春滿 踏みわけよ日本にはあらぬ唐鳥の跡をみるのみ人の道かは

kadano adzumamaro: fumiwakeyo yamatoni`a aranu karadorino atowo
mirunomi hitono michika`a

53.賀茂眞淵 大御田のみなわも泥もかきたれてとるや早苗は我が君の爲

kamono mabuchi: o`omitano minawamo hijimo kakitarete toruya
sana`e`a waga kimino tame

54.田安宗武 もののふの兜に立つる鍬形のながめかしはは見れどあかずけり

tayasu munetake: mononofuno kabutoni tatsuru kuwagatano nagame
kashi`aba miredo akazukeri

55.楫取魚彦 すめ神の天降りましける日向なる高千穗の嶽やまづ霞むらむ

katori nahiko: sumekamino amorimashikeru himukanaru takachihono
takeya madzu kasumuramu

56.橘枝直 天の原てる日にちかき富士の嶺に今も神代の雪は殘れり

tachibana ena`o: amanohara teruhini chikaki fuzhino neni imamo
kamiyono yuki`a nokoreri

57.林子平 千代ふりし書もしるさず海の國の守りの道は我ひとり見き

hayashi shihei: chiyo furishi fumimo shirusazu umino kunino
mamorino michi`a ware hitori miki

58.高山彦九郎 我を我としろしめすかやすべらぎの玉のみ聲のかかる嬉しさ

takayama hikokurau: warewo wareto shiroshimesukaya suberagino
tamano mikoweno kakaru ureshisa


59.小澤蘆庵 あし原やこの國ぶりの言の葉に榮ゆる御代の聲ぞ聞ゆる

woza`a roan: ashiharaya kono kuniburino kotonohani sakayuru miyono
kowezo kikoyuru

60.本居宣長 しきしまの大和ごころを人問はば朝日に匂ふ山ざくら花

motowori norinaga: shikishimano yamatogokorowo hito to`aba asahini
ni`o`u yamazakurabana


61.荒木田久老 初春の初日かがよふ神國の神のみかげをあふげもろもろ

arakida hisa-oyu: hatsuharuno hatsuhi kagayo`u kamikunino kamino
mikagewo a`uge moromoro


62.橘千蔭 八束穗の瑞穗の上に千五百秋國の秀見せて照れる月かも

tachibana chikage: yatsukahono midzuhono u`eni chi-i`o-aki kunino
ho misete tereru tsukikamo

63.上田秋成 香具山の尾の上に立ちて見渡せば大和國原早苗とるなり

u`eda akinari: kaguyamano wono`eni tachite miwataseba yamato
kunibara sana`e torunari


64.蒲生君平 遠つ祖の身によろひたる緋縅の面影うかぶ木々のもみぢ葉

gama`u kumpei: to`otsu oyano mini yoro`itaru hiwodoshino omokage
ukabu kigino momijiba

65.栗田土滿 かけまくもあやに畏きすめらぎの神のみ民とあるが樂しさ

kurita hizhimaro: kakemakumo ayani kashikoki sumeragino kamino
mitamito aruga tanoshisa


66.賀茂季鷹 大日本神代ゆかけてつたへつる雄々しき道ぞたゆみあらすな

kamono suwetaka: o`oyamato kamiyoyu kakete tsuta`etaru wowoshiki
michizo tayumi arasuna

67.平田篤胤 青海原潮の八百重の八十國につぎてひろめよこの正道を

hirata atsutane: awo-unabara shi`ono ya`o`eno yasokunini tsugite
hiromeyo kono masamichiwo


68.香川景樹 ひとかたに靡きそろひて花すすき風吹く時ぞみだれざりける

kaga`a kageki: hitokatani nabiki soro`ite hana susuki kaze fuku
tokizo midarezarikeru

69.大倉鷲夫 やすみししわが大君のしきませる御國ゆたかに春は來にけり

o`okura washiwo: yasumishishi waga o`ogimino shikimaseru mikuni
yutakani haru`a kinikeri


70.藤田東湖 かきくらすあめりか人に天つ日のかがやく邦のてぶり見せばや

fuzhita touko: kakikurasu amerikabitoni amatsuhino kagayaku kunino
teburi misebaya


71.足代弘訓 わが國はいともたふとし天地の神の祭をまつりごとにて

azhiro hironori: waga kuni`a itomo ta`utoshi ametsuchino kamino
matsuriwo matsurigotonite

72.加納諸平 君がため花と散りにしますらをに見せばやと思ふ御代の春かな

kana`u morohira: kimiga tame hanato chirinishi masurawoni
misebayato omo`u miyono harukana

73.鹿持雅澄 大君の宮敷きましし橿原のうねびの山の古おもほゆ

kamochi masazumi: o`okimino miya shikimashishi kashiharano unebino
yamano inishi`e omo`oyu


74.僧月照 大君のためには何か惜しからむ薩摩の瀬戸に身は沈むとも

sou gesshou: o`ogimino tameni`a nanika woshikaramu satsumano
setoni mi`a shidzumutomo


75.石川依平 大君の御贄のまけと魚すらも神世よりこそ仕へきにけれ

ishika`a yorihira: o`okimino mini`e nomaketo uwosuramo
kamiyoyorikoso tsuka`ekinikere


76.梅田雲濱 君が代を思ふ心のひとすぢに吾が身ありともおもはざりけり

umeda umpin: kimigayowo omo`u kokorono hitosujini wagami aritomo
omo`azarikeri

77.吉田松陰 身はたとひ武藏の野邊に朽ちぬとも留め置かまし日本魂

yoshida shouin: mi`a tato`i musashino nobeni kuchinutomo todome
okamashi yamatodamashi`i


78.有村次左衞門 岩が根も碎かざらめや武士の國の爲にと思ひきる太刀

arimura zhizawemon: i`aganemo kudakazarameya mononofuno kunino
tamenito omo`ikiru tachi


79.高橋多一郎 鹿島なるふつの靈の御劍をこころに磨ぎて行くはこの旅

takahashi taichirau: kashimanaru futsuno mitamano mitsurugiwo
kokoroni togite yuku`a konotabi


80.佐久良東雄 天皇に仕へまつれと我を生みし我がたらちねぞ尊かりける

sakura adzumawo: o`ogimini tsuka`ematsureto warewo umishi waga
tarachinezo ta`utokarikeru.


81.徳川齊昭 天ざかる蝦夷をわが住む家として竝ぶ千島のまもりともがな

tokuga`a nariaki: amazakaru ezowo wagasumu i`etoshite narabu
chishimano mamoritomogana

82.有馬新七 朝廷邊に死ぬべきいのちながらへて歸る旅路の憤ろしも

arima shinshichi: mikadobeni shinubeki inochi nagara`ete ka`eru
tabijino ikido`oroshimo

83.田中河内介 大君の御旗の下に死してこそ人と生れし甲斐はありけれ

tanaka kauchinosuke: o`ogimino mihatano motoni shishitekoso hitoto
umareshi ka`i`a arikere

84.兒島草臣 しづたまき數ならぬ身も時を得て天皇がみ爲に死なむとぞ思ふ

kozhima kusa-omi: shidzutamaki kadzunaranu mimo tokiwo ete kimiga
mitameni shinamutozo omo`u

85.松本奎堂 君がためいのち死にきと世の人に語り繼ぎてよ峰の松風

matsumoto keidau: kimigatame inochi shinikito yonohitoni
kataritsugiteyo mineno matsukaze

86.鈴木重胤 天皇の御楯となりて死なむ身の心は常に樂しくありけり

suzuki shigetane: o`ogimino mitateto narite shinamu mino kokoro`a
tsuneni tanoshiku arikeri

87.吉村寅太郎 曇りなき月を見るにも思ふかな明日はかばねの上に照るやと

yoshimura toratarau: kumorinaki tsukiwo mirunimo omo`ukana asu`a
kabaneno u`eni teruyato

88.伴林光平 君が代はいはほと共に動かねば碎けてかへれ沖つしら波

tomobayashi mitsuhira: kimiga yo`a i`a`oto tomoni ugokaneba
kudakete ka`ere okitsu shiranami

89.澁谷伊與作 ますらをが思ひこめにし一筋は七生かふとも何たわむべき

shibuya iyosaku: masurawoga omo`ikomenishi hitosuji`a nanayo
ka`utomo nani tawamubeki

90.佐久間象山 みちのくのそとなる蝦夷のそとを漕ぐ舟より遠くものをこ
そ思へ

sakuma shauzan: michinokuno sotonaru ezono sotowo kogu funeyori
to`oku monowokoso omo`e


91.久坂玄瑞 取り佩ける太刀の光はもののふの常に見れどもいやめづらしも

kusaka genzui: torihakeru tachino hikari`a mononofuno tsuneni
miredomo iya medzurashimo

92.津田愛之助 大君の御楯となりて捨つる身と思へば輕きわが命かな

tsuda ainosuke: o`ogimino mitateto narite sutsuru mito omo`eba
karoki waga inochikana

93.平野國臣 青雲のむかふす極すめらぎの御稜威かがやく御代になしてむ

hirano kuni-omi: awogumono muka`usu ki`ami sumeragino mi-itsu
kagayaku miyoni nashitemu


94.眞木和泉 大山の峰の岩根に埋めにけりわが年月の日本だましひ

maki idzumi: o`oyamano mineno i`aneni umenikeri waga toshitsukino
yamato damashi`i

95.武田耕雲齋 片敷きて寢ぬる鎧の袖の上に思ひぞつもる越の白雪

takeda kau-unsai: katashikite inuru yoro`ino sodeno`eni omo`izo
tsumori koshino shirayuki


96.平賀元義 武夫のたけき鏡と天の原あふぎ尊め丈夫のとも

hiraga motoyoshi: mononofuno takeki kagamito amanohara a`ugi
ta`utome masurawono tomo

97.高杉晋作 後れても後れてもまた君たちに誓ひしことをわれ忘れめや

takasugi shinsaku: okuretemo okuretemo mata kimitachini chika`ishi
kotowo ware wasuremeya

98.野村望東尼 武士のやまと心をより合はせただひとすぢの大綱にせよ

nomura bautouni: mononofuno yamatogokorowo yoria`ase tada
hitosujino o`otsunani seyo

99.大隈言道 男山今日の行幸の畏きも命あればぞをろがみにける

o`okuma kotomichi: wotokoyama ke`uno miyukino kashikokimo inochi
arebazo worogaminikeru

100.橘曙覽 春にあけてまづみる書も天地のはじめの時と讀み出づるかな

tachibanano akemi: haruni akete madzu miru fumimo ametsuchino
hazhimeno tokito yomi idzurukana

2015年07月25日

◆私の「身辺雑記」(243)

平井 修一



■7月22日(水)、朝は室温29度、快晴、涼しい、ハーフ散歩。今日も猛暑になりそうだ。噛みつくような日射し。夏子はサドか。

子・孫が来るので食堂・台所の30畳をルンバが掃除している。動きにルールがないようで、どこへ向かうか全然分からない。自分の意思で勝手に動いている感じ。孫たちが面白がるのも当然だ。

掃除夫という仕事の多くはルンバにとって代わられるだろう。戦争も無人機、無人艦隊。そういう時代になってきた。府中あたりの街には無人モノレールがあったっけ。

ハウステンボスにはロボットが接客するホテルができたとか。名付けて「変なホテル」。 この名称はとても優れている。変な会社、変な人、変な報道、変な国、変な説明、変な勢力、変な料理、変な小説、変なカミサン、変な俺・・・この世は「変」に満ちている。変な理屈。

変なホテルのロビーの掃除は当然ロボットがやるのだろう。5年後、10年後にはタクシーやバスも無人運転になっているかもしれない。想像を絶する世界になりそうだ。

未来、たとえ近未来でもある程度のそれなりの予測は不能、来週や来月、来年のことでも「一寸先は闇」ということもある。

東芝の“不適切会計処理問題”は今年2月、証券取引等監視委員会による検査を受け、社内調査を開始したことで明るみに出た。一種の自浄作用が働いたから、立ち直る可能性はある。

中共に5年後、10年後はあるのか。かなり怪しいのではないか。サーチナ7/22から。

<米金融大手のJPモルガンが17日に報告を発表し、15年第2四半期に新興国から流出した資金の規模は1200億ドル(約14兆9039億円)に達し、09年以来最大となったことを紹介。さらに、JPモルガンは「流出した資本の大半は中国からのもの」と見ていると報じた。

さらに、中国政府は15年1−6月の国内総生産(GDP)の実質成長率が前年同期比7.0%増だったと発表したことについて、JPモルガンは「第2四半期に中国から資金が流出したのは投資家が中国の経済成長を悲観的に見ているため」と分析していると伝えた。

また、JPモルガンの分析として、「過去15カ月で中国から流出した資金は5200億ドル(約64兆5835億円)に達した」と紹介し、同金額の規模は2011年から中国に流入したすべての資金と同額であると指摘。中国経済の成長が鈍化し始めたのも11年からだったと論じた>(以上)

国際金融市場は中共を見限ったと見ていいだろう。信用できない、と。読売7/21は「悪い材料出尽くし 東芝株が大幅上昇」と報じているが、中共の悪い材料はこれからボロボロ出てくるから、中共はますます傾き、沈没するしかないだろうと素人の小生は思う。プロの見立てはどうなのか。

エコノミストの柯隆氏(富士通総研)は、

「中国政府が行うべきなのは、抜本的な経済改革に取り組むことしかない。経済改革に景気を押し上げる即効性は期待できないが、差し当たって改革のロードマップとアジェンダを具体的に公表することが重要である。

中国経済は大きな問題を抱え、デフレの入り口に差しかかっていることを再認識し、抜本的な改革で対処すべきであると強調しておきたい」7/21

アナリストの武者陵司氏(武者リサーチ代表)は、

「高成長が持続し世界の経済・政治において中国のプレゼンスが高まり続けるシナリオはもはやないのではないか。いずれかの時点で成長が停止し、経済危機がぼっ発するだろう。その先には共産党独裁体制に関わる体制問題が浮上する。

対外膨張を続ける中国に対し米国も、重い腰を上げ始めた。米中新冷戦の兆しとも考えられる。危機はどう発現するか、また世界と日本に対する影響はどうか、中長期的にはとてつもない不確実性である。

とはいえ短期では、弥縫策が功を奏するだろう。米国主導の先進国経済の成長加速による輸出改善が見込まれることもあり、経済のこれ以上の失速は免れそうである。株価対策も効いている。目先“マドルスルー”(やり繰りでしのぐ)、中期警戒、長期悲観が適切な見方ではないか」7/22

変な隣国。白髪が目立ち、やつれ始めた習近平は動乱に備えて思想統制、言論統制、予防拘禁を進めている。かなりヤバイ状況なのだろう。

新疆ウイグル自治区のウルムチはスナイパーを含む武装警官だらけだというが(近藤大介氏「ラマダン真っ最中のウルムチで味わった、中国少数民族統治の矛盾」7/20)、北京や上海などの大都市も近いうちにそうなるのではないか。

変なヂイヂとしては中共崩壊劇の結末を目撃したいものだ。

何十年ぶりに汗も。腰がちょっと痒い。ムヒを塗る。夏子は元気だ。

■7月23日(木)、朝は室温30度、雨、散歩不可。傘を差してゴミを出したが、それなりの風情はあるのかどうか。カミサンは休み、4歳男児が体調不良なので預かる。

世界日報7/22『石垣市議会、安保法案成立へ「意見書」を賛成多数で可決』から。変なマスコミ、アカ新聞は絶対に報道しないだろうな。

<*尖閣諸島抱える石垣市議会で、沖縄県内では初

安倍政権が推進する集団的自衛権の限定行使容認を柱とする安全保障関連法案が16日、衆院を通過した。

それに先立ち、石垣市議会(知念辰憲議長)は14日の臨時会で、「安全保障関連法案の今国会成立を求める意見書」を賛成多数で可決した。沖縄県内で同法案の成立を求める意見書の可決は初めて。

尖閣諸島を抱える石垣市は、領海侵犯を繰り返す中国との安全保障の最前線に位置しており、基地反対を主張する翁長県政とは一線を画している。(中略)

「安全保障関連法案の今国会成立を求める意見書(一部省略)」

近年、アジア太平洋地域をめぐる諸情勢をはじめ我が国を取り巻く安全保障環境は、いっそう厳しさを増しており、私たちの住む石垣市の行政区域の尖閣諸島においても中国公船の領海侵犯が日常茶飯事の状態にあり、漁業者のみならず一般市民も大きな不安を感じている。

こうした状況から国民の生命と安全、平和な暮らしを守るのは、国、政府の最も重要な責務となっている。

我が国の安全を守るためには、日米間の安全保障、防衛協力体制の信頼性、実効性を強化することが求められており、そのためには、平時からあらゆる事態に対処できる切れ目のない法制を整備する必要がある。

また、我が国の平和と安全のためには、これまで我が国が果たしてきた役割と実績を踏まえ、国際社会の一員として責任ある国際協力活動を行うための法制を整備する必要がある。

よって、国におかれては、我が国の安全と国民の生命、そして国際社会の安全を確保するための平和安全法制について徹底した議論を進め、平和安全法制の今国会での成立を図るよう要望する。

平成27年7月14日 石垣市議会

宛て先:衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、法務大臣、外務大臣、防衛大臣、内閣官房長官>(以上)

中共に対して強烈に危機感を持つ人、一方でまったく危機感を持たない人≒中共ファン≒アカ≒民主党や日共支持者≒朝日など。お互いに「変なやつ」と思っている。

ともに本当は相手を駆除したいのだが、選挙で勝負することになっているから、そのルールに一応みな従っている。皇国皇民は左右とも、まあ、お行儀がよい。

そういう国は世界200か国中のほんの一握りだろう。選挙をしても「納得できない」と暴動やクーデターが起きたりすることは珍しくない。先進国版国際ルールは「選挙・投票で決着」、後進国版地元ルールは「暴力で決着」。

朝日などの反日マスコミは安保法制案の衆院可決を許せないと、「暴力で決着」とばかりにアカどもを煽っている。ISと一緒、野蛮人、ゴロツキの類だ。インテリを装った共産主義過激派。天はこの手のファシスト=クソ野郎を許さないだろう。

夕方、カミサンが2歳女児をピックアップしたが、具合が悪そうなので4歳男児とともに小児科へ。

こんなことは田舎ではできない。平日は町で暮らし、週末は田舎暮らし。それは素敵だけれど、地方でもそれなりの機能を備えた町=中核都市がないと話にならない。

老いたら地方暮らしを? 知り合いが湘南に家を建て、秋田の両親を呼んだが、父上は交友関係を失くしたのが辛くて3か月で単身、秋田の自宅に戻った。地方で介護を受けよ? 人間関係を断って老人は幸せか。官僚は現実をよく見て政策を立案すべきだ。異常なオツムの東大出には無理か。

夕食は5人で具沢山のチャーハン(ニンニク、豚、タマネギ、ピーマン、パプリカ、マイタケ、練り物、大豆)と肉じゃが。大好評で、明日は4時という長女が残りを持って帰った。

■7月24日(金)、朝は室温30度、快晴、ハーフ散歩。すごい日射し。夏を実感するなあ。

昨日は蝉の幼虫がひっくり返ってジタバタしていたので木の根元に移してやったが、今朝は羽化したばかりの蝉が羽を乾かしていた。繊細な和菓子のよう。旨そうだが、日本人は基本的に昆虫は食べない。

小生はイナゴの佃煮は幼児の頃によく食べた。田舎では蛙、蛇、犬も日常的な食糧だった。(台湾の屋台で蛙料理があり、懐かしくて注文したが、クーリエ、クーリエ、ヘンハウツー=かわいそう、かわいそう、とっても美味しい、と言ったら料理人が笑っていた)

小学生の頃はハチの子は炒めておやつ代わりにした。ずいぶん足長蜂に刺されてもので、今でもその痕がある。いたずら坊主。

長じて蚕のさなぎを長野あたりで食べたが、これは線香を食べている感じでまずかった。

犬の白内障は進んで、4メートル以上はほとんど見えないようだ。階段を下りるのもかなり危なっかしい。老化は急速に進むようだ。骨折したら寝たきりになりそう。注意しないといけない。

今朝のロイターは読みでがあった。

<日経がFT買収、親会社から1600億円で コラム:経済合理性に疑問も

日経は英FTの買収で大胆な一歩を踏み出した。ただ、金銭的な観点からこの買収金額が妥当かどうかは疑わしい>

フィナンシャルタイムズの購読者の7割はネット経由だとか。「紙」離れは深刻だし、ネット購読も大して儲かってはいないようだ。日経は相場の2倍でFTを買ったようだが、新聞に未来はあるのかどうか。

<豪潜水艦開発、日本は多国籍連合に 

豪潜水艦の選定手続きに参加する三菱重工など日本官民連合に、英企業が加わる方向で協議が進んでいる>

英ではバブコックとBAE以外にも、関心を寄せる企業があるという。スウェーデンの防衛大手サーブも乗り気のようだ。“連合艦隊”の対抗馬は独ティッセンクルップだという。対独戦の様相か。そういえばクルップはナた。

参考記事に『コラム:高まる「大戦」の脅威、備えるべき兵器は』があったが、そういう時代になってきた。視力の弱い脳内お花畑派はこういう記事を読んだ方がいいだろうに。階段で転んでも助けないぜ。

<中国の株安対策、官民で100兆円 効果に疑問符

中国の株式市場下支え対策の規模が、官民合わせて5兆元相当に上ったことがロイターの分析で分かった>

砂漠に水を撒いても無駄だろう。企業の実態を見れば株価は下がって当然だ。参考記事は「中国、もはや世界経済のけん引役でない」。痛烈!

午後にすさまじい雷雨。犬は雷が大嫌いで、風呂場のマットの上に失禁していた。被害軽微。習が嫌いなものは何か。銃弾か、ナイフか、毒か、盗撮されたビデオか、小鬼子か。

マックが厚木飛行場に降り立った時、失禁したというのは本当か嘘か。知らないことばかり。知りたいことばかり。(2015/7/24)
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◆安保法案賛成派は「悪」なのか

阿比留 瑠比


SNSにあふれる根拠のない断言

タレントで「ウルトラマンダイナ」の主演も務めたつるの剛士氏が、15日付の自身のツイッターでつぶやいた安全保障関連法案に関する発言が「炎上」している。問題とされたのは、以下の内容だ。

「『反対反対』ばかりで『賛成』の意見や声も聞きたいなぁって報道やニュース観ていていつも思う。賛成派だって反対派だって平和への想い、戦争反対の想いは同じ」

ごく常識的で当たり前のことを語っているだけだと感じるし、一方的な主張に偏りがちなメディアへの警鐘とも読めるいい指摘だ。ところが、これに安保関連法案の反対派はカチンときたらしい。次のような猛批判が寄せられている。

「アホすぎる」「戦争に行く覚悟はあるのですか」「法案推進してる側は戦争賛成』なんだよ」…。

安保関連法案を批判する分にはどれだけ激しくても言論の自由だが、賛成したり、中立的な意見を表明したりすることはタブーであり、それは許されないこととされているかのようだ。

国会周辺を歩くと、安保関連法案反対派のこんな演説を聞くことがある。

「安倍晋三首相は、軍需産業と結託して戦争を起こすことでカネもうけをたくらんでいる」

だが、安倍首相をはじめ、この平和の恩恵を享受して繁栄してきた日本で、戦争をしたい政治家がいるとは到底考えられない。そもそも、いま戦争することにどんな利点や意義があるというのか。

安保関連法案の賛否にしたところで、本来は平和を守るための方法論の違い、どんな政策が有効かの考え方の相違であるはずだ。賛成派が反対派より好戦的だなどとどうして言えよう。

にもかかわらず、自分と考え方の異なる人を根拠なく「悪」と見なし、頭の中で勝手に「悪い人たち」がいると仮想し、相手を偏見に基づいて断罪する人たちがいる。

つるの氏のツイッターへの反応にもそんな傾向が表れているが、17日付の東京新聞に掲載された思想家の内田樹(たつる)・神戸女学院大名誉教授の4段見出しの大型談話には唖然とした。内田氏は安保関連法案の衆院通過に関連しこう述べていた。

「(敗戦後)表に出すことを禁じられた『邪悪な傾向』が70年の抑圧の果て、フタを吹き飛ばして噴出してきたというのが安倍政権の歴史的意味だ。(中略)彼らは『間違ったこと』をしたい」

「安倍首相は、世界に憎しみと破壊をもたらすことを知っているからこそ戦争をしたいのだ」

いったいどうしてこんな極端なことを言って、他者を根拠不明のまま攻撃できるのか甚だ不思議である。

こうした現象をどうとらえればいいのか-。こんなことを考えていたら内田氏自身が月刊誌「新潮45」8月号の記事で、ツイッターなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などについてこう語っていた。

「短い文章で断定的に言う人が多い。何の根拠があってこんなに断言するのか分からないけれど、何かそれなりの確証なり、経験知なりがあるのだろうと思ってしまう」

「条理を尽くして、意味の通る話をするより、根拠のない断言や予測不能の行動をした方がメディアに露出する上でははるかに効果的なんです」

なるほど、そういう認識に立っての言葉だったのかと得心した。

(論説委員兼政治部編集委員) 
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2015.7.23
                 (採録:松本市 久保田 康文)

◆中東の異端児カタールにて

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)7月24日(金曜日)
   通算第4613号 > 

 〜中東の異端児カタールにて
   一方でアルジャジーラ、他方ではサウジと共同でイエーメン空爆〜


カタールの首都ドーハを訪れた。

まず空港で驚かされたのはアラブ人に加えて黒人、モロッコ人、インド人ら様々な顔である。この「中東の異端児」の現状はいかようになっているのか、甚だ興味深い。

日本人の描くカタール像とは「ドーハの悲劇」といわれるサッカーの惜敗(93年、アル・アリ競技場で日本はイラクに引き分けた)とガスの最大の輸入相手国というイメージくらいだろう。

なるほど砂漠に巨大なサッカースタジアム、まるで蜃気楼をみるようで近くにはラクダ市場がある。いま産油国富裕層の間にはラクダを持つことがスティタス・シンボルだ。

しかし現場に一歩足を踏み入れると、カタールの印象はまったく異なる。

第一に同国政府が設立したテレビ局「アルジャジーラ」が中東の多くの国の意見と対立的であることだ。アルジャジーラはチュニジアから始まった「アラブの春」を評価し、サウジアラビアなどと鮮明に対立した。ところがサウジと共同してイエーメンなどで軍事行動をとる。

第二に矛盾するかのようにISIS(イスラム国)に密かに資金援助を行なうのもサウジ同様で、シーア派のイランを最大の敵を捉えているからだ。

第三に隣国ドバイと似て、不動産バブルが破裂しかけているが、石油・ガス代金の値下がりが主因で経済に暗い影が漂っている。建設途中で中断したビルが目立ち、近未来の経済見通しはどうみても低成長が予想される。

第四に王様は2代目の35歳。3人の妻に8人の子(先代も存命中で3人の妻に25人の子)と中東独特の家族形成があり、王家専用の空港ターミナルと専用道路がその権威を見せつける。庶民の怨嗟の声が広がる。

第五に地付き住民の人口が少ないため労働者、サービス産業は殆どが外国人の出稼ぎである(人口の80%は外国籍)。医療、教育は無料だが、それでも所得格差は拡大する一方である。

民族差別はいずれ大きな政治問題化するだろう。くわえて外国人労働者や都会の人々はベールを被らない女性が増え、若者はジーンズにTシャツで街を闊歩している。文化的摩擦は日々先鋭化している。

こうみてくるとカタールは資源立国として繁栄を誇るかにみえ、内実は複雑である。

このカタールからアラビア海をこえると旧ソ連のカフカス(アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア)まで2時間という近さ、つまり現地の地政学では中東ばかりかカフカスの政治が手に取るように分かる。

カフカスはソ連から独立後、おなじスンニ派であり石油ガスを産出するアゼルバイジャンとは深い絆で結ばれるが、キリスト教のジョージアとアルメニアとは政治的距離がある。

アルジャジーラはチュニジアのアラブの春を称賛したが、政府はベン・アリ前大統領の亡命を受け入れたサウジと同じスタンスであり、エジプトの軍事政権を支持している。

こうした鵺のような政治スタンスを日本語では八方美人というらしいが。
 
(註 この文章は「北風抄」(『北国新聞』、15年7月13日)からの再録です)

◆日本人の心の回復を――

〜固い心をやさしい心に〜

加瀬 英明



海外から日本を訪れる観光客が、年間1400万人を超えるといわれるなかで、「おもてなし」という言葉が流行するようになっている。

日本に滞在する多くの外国人が、ちょっとした小さなことでも、街角で出会った日本人が親切なことに、感動する。

おもてなしは、相手が何をしてほしいのか、心のなかを察して、思い遣る心から発するものだが、人のあいだの和を尊ぶ日本に特有な精神である。

日本では昔から思い遣りが深い人が、うやまわれた。旅行者がまろうど――客と呼ばれて、見ず識らずの人に対し、心を働かせる国柄であってきた。

人が信仰心に溢れていると、生命が輝いている。いつも明るく微笑んで、周囲を和ませてくれる。

そういう人は、自分を尊んでいるからだ。自分を他人と変わらないように尊ぶ者には、気品がある。

私は母方の祖母が戦災で家を焼かれて、わが家に越してきてから、小学生として多くの大切なことを教えられた。

祖母は口癖のように、「あなたも、人もみな神の子だから、大切にしなければなりませんよ」と、私に言いきかせた。

明治生まれで、8人の子を育てたから、やさしかったが、ときには口調が凛となって、厳しかった。

ある時、私は食事の作法を躾けられた。

私が「おいしくない」と不平をこぼしたところ、「このお魚も野菜も、あなたのために生命(いのち)をくれたのだから、『まずい』といったら、どれほど悲しむでしよう。きっと、涙を流すでしよう。いま、お魚と野菜が天上から、あなたを見てますよ」と、諭された。それ以来、私は食事について一度も、美味しい、まずいと、今日までいったことがない。

小柄な人で、いつも和装だった。私は祖母が、風も雨も、動物も虫も、石もみんな仲間なのよ、という声をときどき思い出す。

私たちが生きている世界は、何についても持ちつ持たれつなのだ。

そのうえで、祖母は「時間も、あなたの仲間なのですよ。だから、大切にして下さい。粗末にしてはなりません」と、いった。

私は子供心に誰よりも、多くの仲間を持っているのだと思って、すっかり嬉しくなった。

自分を尊ぶ人は、傲ったり、飾ることがない。いつも、人々と世界のしあわせを願っている。婦人が着飾ることがあっても、自分のためではなく、相手や、その場に対して敬意を表わすためである。

日本で『古事記』についで、2番目に古い歴史書の『日本書紀』(西暦720年)によれば、日本の神はやさしい「和魂(にぎたま)」、人を幸せにする「幸魂(さきたま)」、不正を打つ「荒魂(あらたま)」、願うと実現する不思議な力を持つ「奇魂(くしたま)」を、備えておられた。

古代の祖先が信じていた神話を、科学によって立証できないからといって、斥けてはならない。心が存在していることだって、科学によって証明することができない。科学は便利なものだが、道具でしかない。人が道具によって、支配されてはならない。

古語では「和」を、「にき」と読む。和(にき)は粗くて、固い布をよく打って、やわらかくすることである。固い心を、やさしい心にかえるように努めたい。


2015年07月24日

◆日経のFT電撃買収、うまくいくのか

小林 恭子


(東洋経済オンライン 7月24日(金)8時10分配信)

 英高級紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を買収するのが日本経済新聞社だった、というニュースにイギリスのジャーナリズム周辺は騒然としている。

 それは、「まさか日本の新聞が買うとは!」という反応である。この日、どこかがフィナンシャル・タイムズを買収するという記事はあちこちに出てはいたが、どの報道も日本の新聞は想定外だった。プレスリリースや記事を何度か読み直さないと、その事実が頭に入ってこないぐらい、あっと驚く買収劇だった。

 プレスリリースや日経を含む数紙の報道によると、今回の買収の概要は次のようなものだ。

 英出版大手ピアソンは、傘下のフィナンシャル・タイムズを発行するフィナンシャル・タイムズ・グループを日経に売却することを決定。金額は8億4440万ポンド(約1620億円)。「日本のメディア企業による海外企業の買収案件として過去最大」(日経)で、「読者数では世界最大の経済メディア」(同)となる。

 日経によれば、買収の目的は「メディアブランドとして世界屈指の価値を持つFTを日経グループに組み入れ、グローバル報道の充実をめざすとともに、デジタル事業など成長戦略を推進する」である。

■ 「グローバル企業の一部になることがFT成功の道」

 ピアソン側のFT売却の理由は、「私たちは、モバイルとソーシャルが中心となる、メディアの転換期にいる」、FTの「ジャーナリズムや商業的成功にとって最善なのは、グローバルなデジタル・ニュース企業の一部になることだ」(ピアソンCEOジョン・ファロン氏)。

 今回の買収には、フィナンシャル・タイムズ・グループの中にあって、ピアソンが50%出資する世界最大規模の経済誌「エコノミスト」や、ロンドンにあるFTのオフィス自体は含まれていない。「バンカー」「インベスター・クロニクル」などの媒体は買収対象に含まれている。

 ピアソンによると、FTグループは昨年の決算で、3億3400万ポンドの売り上げと2400万ポンドの営業収益を生み出している。激変するメディア界にあって、ちゃんと稼ぐことができている会社だ。日経による買収金額は35年分の営業利益相当であり、今後の利益成長を見込めば、決して高すぎるような買い物ではないだろう。

「絶対に、ない」--。2013年までピアソンCEOだったマジョリ・スカルディノ氏は、幾度となくあったFT紙の売却話に対し「私がいる限り、売らない」と常に否定してきた。ネットニュースが人気を得て、紙の新聞が苦戦している時代に、歴史もブランド力もあるFTでさえ、売却の噂が絶えなかった。スカルディノ氏から現CEOファロン氏の移行で、売却話に道が開いた格好だ。

 これまでにFTを買収するのではないかと言われたのは、米ニュース社のルパート・マードック会長や米通信社ブルームバーグを立ち上げたマイケル・ブルームバーグ氏などである。トップの顔が思い浮かぶ、そうそうたる名前ばかりが出ていた。

 ちなみに、アマゾンのジェフ・ベゾス氏が2013年に米ワシントン・ポスト紙を買収した時の価格は2億5000万ドル、マードック氏が米ウオール・ストリート・ジャーナルを所有するダウ・ジョーンズを2007年に買収した時は約50億ドルだったといわれる。

 23日朝(ロンドン時間)、過去58年間FTを所有してきたピアソンがいよいよ「売却について高度な段階の交渉に入った」とロイターが報じた。これに続いて「ブルームバーグが買い手だ」という記事もあったが、数時間後に、正式な買収リリースが出たことになる。

 FTによると、最終段階の交渉は日経と「欧州でもっとも成功した新聞」とされる、独アクセル・シュプリンガー社との戦いになった。シュプリンガー社との交渉は1年前から続いていたが、日経が話に加わったのは2カ月ほど前だった。つまり、後から出てきた日経が横取りをしたようなかっこうである。

■ 攻めに転じた日経新聞

 日経は今年3月26日付で喜多恒雄社長が代表権のある会長に就き、岡田直敏副社長が社長に昇格したばかり。この新体制になってから手を染めたのが、この買収だ。幹部によると「喜多さんは『シリコンバレーの会社に出資をすることは重要』と判断してエバーノートに23億円出資。その後、国内でいくつかのベンチャーに出資するなど、新しい動きを進めてきた。今回の買収も、喜多会長が中心になって進めたもの」と解説する。24日午前に開かれる同社の臨時取締役会において、今回の買収について説明がな
されるようだ。

 1960年代、日経は圓城寺次郎という不世出の経営者のもとで、新聞製作の電子化、日経産業新聞発刊、マグロウヒルとの合弁会社(現在の日経BP)設立、テレビ東京買収、日本経済研究センター設立など、飛躍の基盤を作った。時を経て、2000年前後には市場取引システムにまで手を染めるブルームバーグのようなポジション獲得を目指し、大きな損失を出したことがある。それ以降はしばらく、「自前主義」のモードにあったが、喜多時代に入って、攻めに転じ、ついに圓城寺時代にもなしえなかった大攻勢に打って出ることになった。

 この日経による買収をFTはどう受け止めたか。

ガーディアン紙の報道によると、リリース発表直後、FT編集室は騒然となったという。急なニュースであったことと、日本の新聞社に買われたことで、勤務場所の移動があるかどうかが懸念となった。

 また、FTの編集の独立性が失われるのではないかという懸念も表されたという。FTグループのジョン・リディング会長は「編集権の独立権問題は交渉の中で重要な位置を占めた」として、保障されることを確約している。

 ピアソンは米国の教育出版市場で主要位置を占める。米国市場は同社の売り上げの60%に上る。4万人の従業員が80カ国で働いている。

 127年の歴史を持つFTの発行部数(紙と電子版)は73万7000部。有料購読者の70%が電子版の購読者だ。5年前は24%だった。2012年に電子版の購読者が紙版の購読者を上回った。紙版の発行部数は過去10年で半減し、最新の数字では21万部(英ABC)。電子版は急速な勢いで伸び、現在は50万4000部(前年比で21%増)。ウェブサイトへのトラフィックの半分がスマートフォンやタブレットによる。

 デジタル化を進めてきたライオネル・バーバー編集長はFTに30年間勤務し、2005年から現職だ。昨年9月のガーディアン紙のインタビューで、「ジャーナリズムの中でももっとも恵まれた仕事の一つだろうと思う。すぐに辞める気はない」と述べていた。今回の日経による買収について、バーバー編集長は「FTは世界的な資産だ。新しい所有者と共に働くことによって、これを維持できることを確信している」。

■ 最初は別の名前だったFT

 そもそもFTがどのような会社なのかも、概説しておこう。

 FTは1888年、銀行家ホレイショ・ボトムリーが「正直な金融家と尊敬できる仲買者」のために、「ロンドン・フィナンシャル・ガイド」として創刊した。当初は4ページ組みで、名前を「フィナンシャル・タイムズ」に変更。ロンドンの金融街(シティー)向けの新聞で、4年前に創刊されていたライバル紙フィナンシャル・ニュースと競争関係にあった。紙面をピンク色にしたのは1893年で、ほかの経済・金融紙と差をつけるためだった。

 1945年、競合関係にあったフィナンシャル・ニュースと合併。執筆陣はニュース紙から、名前とピンク色の紙面はFTからもらったという。

 FTは「経済専門紙だから電子版購読者を増やせたのだ」という見方がある。日経の電子版の伸びを見ても納得が行く説明だが、単にそう結論付けてしまうと見落とす部分があるように思う。

 FTと並ぶ電子版成功例の英「エコノミスト」にも同じことが言えるが、FTは経済、金融を中心としているものの、政治、国際、社会、文化、論説といった幅広い分野の記事を掲載する。英国を含む欧州では経営幹部ともなれば、経済、政治のみならず、テクノロジー、アート、音楽、ワイン、旅、健康的なスポーツ、社会貢献活動など広いテーマについて知っていることが重要だ。

 1部売りが一般紙より高いこともあって、読者は一般紙の読者よりも経済的に余裕のある人になるが、FTは経済・金融専門紙であることに加え、世界中にいる知識層向けの高級紙=クオリティー・ペーパーでもある。

 日本で相当する新聞を探すとすれば、誰もが真っ先にあげるのが日経だろう。FTは英語媒体ということもあって、世界中のエリート層、知識人に読まれている。「FTがなければ、コメントできない」(No FT, NoComment)は著名な宣伝文句だ。

 2008年頃の世界的な金融危機で、多くの新聞が広告収入の激減に苦しんだ。FTは「広告収入の上下に左右されない経営」を率先して実行した新聞だ。オーディエンスの計測に独自の方法を導入し、電子版アプリを独自開発など、「自前主義」の新聞でもある。
「どちらも経済紙」、「電子版で成功」、「読者は企業経営者やホワイトカラーの職業人」・・・日経とFTは共通点が多いように見える。

 ただし、日経とFTは新聞文化が異なる日英のメディアだ。

 FTなどの「高級紙=クオリティー・ペーパー」は社会の中の一定の知識層を対象にしており、部数が非常に少ない。日本のように「1部でも多く、あらゆる種類の層の人に、という部分では勝負していない。また、「権力に挑戦するジャーナリズム」が英国の新聞の場合はデフォルトの姿勢だ。日本は是々非々での「挑戦」であり、必ずしもデフォルトではない
ようであること、など。

■ オリンパスの不正を報じないメディア

 ガーディアン紙は社説記事「メディアのグローバル化はフィナンシャル・タイムズにとって良いニュース」の中で、東芝の不正会計の話に触れ、日英の金融スキャンダルについての考え方の違いを挙げる。日本ではこのようなスキャンダルで「大体が犠牲者はいないと見られがちだが、英米では株主の利益を重要視し、正確な情報を与えられなかった株主が犠牲になったと考える」、という。

 また、損失隠しスキャンダルがあったオリンパスも例に出す。このスキャンダルをスクープ報道したのはFTだったとし、日経は「報道が避けられなくなるまで、報じなかった」と断じる。

 日本の大手メディアのジャーナリズムが「腐敗しているのではないが、敬意を表する」傾向があるのに対し、アングロサクソン系はそうではなく、「何物にも敬意を表さない」。

 日英のジャーナリズムの立ち位置は異なるが、「それぞれの新聞社の文化の良い部分がお互いに影響を与えあうだろう」としている。

 メディア環境が激変する今、どこの新聞社も生き残りをかけて必死だが、日経とFTの一体化で、互に学び合うことも多そうだ。

 例えば、電子版購読者の増やし方についての情報だ。これは日本のどの新聞も欲しがる情報だろう。日経はこれから、FTに蓄積された情報をかなり共有することができるかもしれない。

 記者レベル、制作レベルでの交流によって日経が得られるメリットは大きい。互いに大きな刺激になることは間違いなく、場合によっては両社の経営陣が相互に交流すれば、刺激は大きいだろう。

 ジャーナリズムの面からも期待が大きい。英国の新聞記者なら誰でもやっているツイッター使いや、ウェブサイト上のブログ執筆、国際的なリーク情報を基にした調査報道、ソーシャルメディアに上がってくる生情報の検証スキル、大事件が発生したら、記者2−3人がことの経緯をどんどん綴ってゆく「ライブブログ」など、英語圏のジャーナリズムで盛んに行われている手法が日本に直に入ってくれば、これは相当おもしろい。

 経営としては難題が多そうだが、ジャーナリズムの観点からは、久方ぶりに日本の"村社会"に大きな刺激をもたらすことは間違いない。

◆中露を手玉にとる?北朝鮮

平井 修一



北朝鮮では数年前から交易市場が増えており、それなりに市場経済が発展しているようだ。「ドンシュ/金主」と呼ばれる新興富裕層も増えて、中にはメイドを雇う者もいるとか。最近では不動産投資も活発になっているそうだ。

北と中共は今は政治的には“政冷”だが、貿易額は減っていない。最近では北はロシアとの貿易を増やし始めたという。デイリーNK7/22「北朝鮮、市場でロシア製品が急増中…中国産を超える勢い」から。

<これまで、北朝鮮の市場を占領していた中国製品が徐々に姿を消しつつある。金正恩第一書記が進める「国産品愛用運動」が功を奏したのかと思いきや、実はロシア製品に取って変わられただけだった。

北朝鮮国内の内部情報筋は、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に「思った以上のスピードでロシア製品が中国製品を追い越しつつある。中国製よりも質がいいからだ」と語る。

両江道の情報筋によると、昨年12月から、ロシア製が市場に現れはじめたという。製品は、サラダ油、小麦粉、粉ミルク、砂糖、ドライフルーツ、医薬品などがメインだ。

恵山の市場では中国製の4.7リットル入りのサラダ油は中国人民元で45元(約900円)だが、ロシア製は5リットル入りで43元(約850円)。「値段も安く質もいい」と評価は高い。

小麦粉1キロは、中国製が6元(約120円)、ロシア製は2.8元(約56円)と倍以上安い。小麦粉に関しては(品質は)中国製に軍配は上がるが、味が極端に変わるわけではないとのことだ。

慈江道の内部情報筋も、「今年1月からロシア製のサラダ油、砂糖、小麦粉が出回り始めて、今では中国製を追い出してしまった」と伝える。

さらに、北朝鮮国内産のお菓子も市場から消えつつあると伝えている。かつては「リョンモッ会社」「金カップ体育人総合食料工場」製のお菓子が多く売られていたが消えてしまい、今では「松濤園総合食料工場」製のお菓子しか見られず、それすらも市場から姿を消しつつあるという。

金正恩第一書記は、国産品愛用を提唱しているが、住民は「国産品を愛用せよという中央の指示は、中国製を追い出してロシア製に入れ替えるための言い訳だったのか」と政府を非難する。

さらに、国産品がない状況について次のように皮肉を言っているという。

「国産品は自分の体ぐらいだ。すでに愛用しまくっている」>(以上)

北朝鮮は今年は干ばつで食糧不足が懸念されているというが、本当なのかどうかは分からない。国連から食糧援助を引き出すために「深刻だ」と騒いでいるのかもしれない。ちなみにできるだけ多く援助してもらおうという作戦のために、北の人口は増えてることにしているとか。

<[ソウル6/22ロイター]この100年で最悪の干ばつに見舞われ、農作物に甚大な被害が出ていると伝えられる北朝鮮。しかし、同国に芽生え始めた市場経済や農民が個人的に作る作物のおかげで、1990年代に見舞われたような壊滅的な飢きんにはならないとみられる>

北のことはよく分からないが、市場経済がしっかり根付いてきたことは確かだろう。それが政治体制変革に繋がるわけではなく、むしろ新興富裕層が増えることで経済が活性化され、国民の不満が和らぎ、独裁政権の安定化が進むかもしれない。

そうなれば南北朝鮮の統一はあり得ないことになる。中露は米軍と直接対峙を避けるために、地政学上、北朝鮮を必要としており、北は中露を両天秤にかけながら必要な物資を得ていけばよく、韓国と統一したところで体制崩壊のリスクしかないからだ。

金王朝は開国・改革開放=外資導入さえしなければ半鎖国状態でしばらくは延命するかもしれない。韓国紙・中央日報7/1/はこう報じた。

<片手に核を握った金正恩時代の北朝鮮は、もう一つの手では「経済発展」を図っている。中国で定期的に北朝鮮関係者に会う対北朝鮮消息筋は「北朝鮮が貧困で崩壊するという期待は捨てるべき」とし「もう現実的な対北朝鮮政策を探さなければいけない時」と指摘した>

手詰まりなのは北ではなく、むしろ韓国のようだ。(2015/7/23)