2015年07月24日

◆なぜ韓国人は朝日社旗に怒らないのか

皆川 豪志



マッチポンプという言葉があります。日韓関係が現在のように険悪になったのは、朝日新聞のマッチポンプ報道が原因の一つであると言われています。その下品な手法をちょっと参考にしてみました。

世界文化遺産の登録をめぐり、またしても日本に身勝手な主張を繰り返してきた韓国ですが、「なでしこジャパン」活躍の裏でもこんなことがあったようです。

<韓国のニュースサイト「スポータルコリア」は、6月8日にバンクーバーで開催されたサッカー女子ワールドカップ(W杯)カナダ大会の日本-スイス戦で、日本のサポーターが「旭日旗」を振って応援していたとし、韓国内で物議を醸していると報じた。

韓国では「旭日旗」を日本の軍国主義の象徴と捉え、これまでもサッカーの日韓戦で観客席に掲げられたとして論議となってきた>

もう本当に疲れますね。そもそも旭日旗は日本の海軍旗ですが、現在も海上自衛隊が使用しており国際的にも認められています。百歩譲って「日本軍を連想させるものはすべて認めない」と主張するにしても、彼らが旭日旗を「軍国主義の象徴」などと言い出したのは、わずか4年前、2011年のサッカー日韓戦からと言われています。ある韓国人選手が日本人を揶揄して猿の真似をして問題になったとき、「客席に旭日旗があって腹が立った」などと言い訳をしたため、俄然注目が集まったというわけです。

以来、旭日旗と似たデザインのものまですべて攻撃の対象になってきました。ネットのニュースによれば、ソチ五輪の時には、なんと旭日旗に似たマケドニアの国旗にまで文句をつけた人がいるそうです。


ただ、それほどまで頭に血が上っているのに、一つだけ攻撃されていない旗があるのです。そうです。旭日旗とそっくりの朝日新聞社旗です。仲間意識が強いからでしょうか? 自分たちの味方だと思っているからでしょうか? それともまだ知らないのでしょうか?

マッチポンプという言葉があります。自ら火をつけて煽っておきながら、自らその問題を鎮静化させて、自ら利益を得ることをいいます。考えてみれば、日韓関係がこれほど険悪になったのも、朝日新聞のマッチポンプ報道が大きな要因であることは疑う余地がありません。

ありもしない「従軍慰安婦」をでっちあげて火をつけ、相手の怒りを増幅させた後、今度は日本の政治家に謝らせて得意になる。日本の政治家が、何か保守的な言動をすると、すぐに御注進して火をつけ、政治家攻撃の材料にする。朝日は決して認めないでしょうが、彼らはこの半世紀、まさにこうしたマッチポンプを韓国だけでなく中国にも繰り返してきたのです。関係が悪くなるのは当然です。

こんな下品な手口を真似するつもりはありませんが、例えば、韓国の日本大使館前でデモをする人たちに、「こんな旗がありますよ」「日本軍国主義の象徴である旭日旗を使っている新聞社がありますよ」とご注進する新聞社があったらどうなるでしょうか。ちょっとでも怒ってくれたらしめたものです。

この怒りを受けて、「韓国社会に怒り/なぜ新聞社が…」なんていう一報を出して国際問題になれば、その後は「全支局にも旭日旗/地方に広がる軍国主義」「高校野球の甲子園にも/僕たちは平和に野球がしたいだけ…」なんていう朝日風の「角度のついた」続報がいくらでも書けます。そして韓国人の怒りにさらに油を注ぐことができるでしょう。

朝日新聞の方も歴史ある大切な社旗をこのように貶められるのは嫌だと思います。でも、あなた方が日本にしてきたのは、そういうことなのです。

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◆万里葬送に江沢民はやはり欠席

宮崎 正広 


<平成27年(2015)7月23日(木曜日)弐通算第4612号>  

 〜やはり江沢民は欠席した
  政治局常務委員(トップセブン)全員出席の万里葬送に〜

6月19日の喬石葬送儀式に政治局常務委員(トップセブン)全員と胡錦涛前主席らが並んだ。最大のライバルだった江沢民は欠席した。

7月22日、北京八宝山で行われた万里(元全人代委員長、元副総理)の葬送にトップセブン全員(習近平、李克強、張徳江、劉雲山、王岐山、愈正声、張高麗)が出席し、胡錦涛前主席も並んだ。江沢民は花輪をおくっただけで、欠席した。

中国のしきたりでは、これは非礼にあたる。やはり江沢民に批判的だった万里にも、江沢民はなにがしかの感情的わだかまりがあるのだろう。

北京天安門、新華門など城門の全てと国務院、外交部など政府の建物など国旗掲揚台には半旗が掲げられた。

万里は享年99。天安門事件当時はたまたま米国訪米中で、北京に直接戻らず香港で様子見という態度をとった。このため民主派学生等から「期待」されたこともあったが、生来の消極的な処世からか、総書記のポストを獲得できなかったと言われた。

米国へ亡命したテニス選手の胡那とはテニス仲間として知られ、意外と庶民からもウケの良い政治家だった。
       

◆習政権があきらめない「人民元国際化」

田村 秀男

でもやっていることは真逆…

6月25日発行の産経新聞で、上海株暴落のウラに「人民元国際化」と論じたが、習近平政権はそれでもあきらめそうにない。(夕刊フジ)

北京は相変わらず、国際通貨基金(IMF)の仮想通貨SDR(特別引き出し権)への人民元組み込みを画策している。SDR通貨として認定されると、ドル、ユーロ、円並みに世界で通用するようになる。

IMFによるSDR通貨認定基準は、国際的に自由利用可能通貨であるかどうかである。外国人投資家による中国株投資を厳しく制限している限り、米国の同意を得られることは難しい。

北京は外国人投資家に対し、昨年11月17日から上限付きながら香港市場から上海株を売買できるよう解禁した。株価引き上げ策の一環でもある。

中国人民銀行は利下げして、投資家が借金して株を売買する信用取引をてこ入れし、党機関紙の人民日報は株式ブームを煽(あお)った。国有企業は株式ブームに便乗して、過剰な設備投資や不動産投資失敗などで累積した債務を帳消しにしようとし、株式の新規公開や増資でコスト・ゼロの資金を調達してきた。

平均株価はこの6月初旬までの1年間で2倍以上に上昇した。停滞する景気とは真逆の株価は明らかにバブルである。6月12日金曜には最高値をつけたが、週明けの月曜から暴落が始まった。引き金を引いたのは、香港経由の「外国人投資家」と北京はみている。

実のところ、上海市場での外国人シェアはごくわずかである。グラフは香港証券取引所が発表する香港経由の上海株売買合計額のシェアである。上海株が急降下を始めた当時のシェアは1%にも満たない。つまり、外国人投資家は、ちょうど、膨れ上がった風船を突くほんの小さな針の役割を果たした。

北京が震え上がったことは容易に想像できる。金融市場の自由化や門戸を開放すればするほど、外国人投資の比率が高まり、市場が大きく揺れる。他方で、株価引き上げの旗を振ってきた習政権は株価の暴落を食い止めないと、権威が揺らぐ。統制を強化するしかない。株式バブルの原動力である信用取引では、住宅担保の株買いも解禁する。上場企業の半数以上を売買停止にした。1日に習政権の肝いりで施行された国家安全法では、金融危機での強権発動を可能にした。

金融市場自由化とは真逆である。だが、習政権が元のSDR認定をあきらめる気配はない。

国際通貨として公式的に認定されると、元を自由に刷って、対外膨張の軍資金に使える。アジアインフラ投資銀行(AIIB)の資金源にもなる。中国利権欲に突き動かされる欧州は賛同するだろう。

ならば、条件がある。金融市場の全面自由化と、元の変動相場制移行だ。米国は党支配体制崩壊につながると配慮し、部分開放、元小幅切り上げで妥協しかねない。事なかれ主義の財務官僚にまかせてはおけない。
                     (産経新聞特別記者)
産経ニュース【お金は知っている】2015.7.18

        

◆高校生でも分かる新安保法制

宮家 邦彦



突然、君に嫌がらせ 傷付いてからでは遅い 

先日千葉県で講演した際、ある読者から伺った話。「来年の参院選で投票するかもしれない高校生の娘から、新安保法制がなぜ今必要なのかと聞かれ困っている」。なるほど、確かに説明は難しい。

各国の安保法制は通常「ネガリスト」、すなわち「やってはいけないことを列挙し、それ以外は適宜やるべし」という構造になっている。

ところが、日本では「ポジリスト」、つまり「やれることだけ列挙し、それ以外 は禁止する」作りだ。よりシームレスにしようとすればこの「ポジリス ト」を一層拡大する必要がある。国会答弁が難しくなるのも当然なのだ が、これでは高校生は理解できない。お父さんが娘に分かりやすく説明す るにはどうするのか。

例えば、法案の必要性に関する筆者の説明はこうだ。冷戦時代の安定期は終わり、過去20年間に東アジアの国際情勢は激変した。1945年以来日本は初めて物理的圧力すら感じ始めた。戦争を起こさせないためには抑止力の強化がどうしても必要だ、云々(うんぬん)。

「日曜討論」ならこれでよい。だが、この説明は高校生には分からない。彼らは朝鮮戦争どころかベトナム戦争すら知らないのだ。筆者なら高校生の娘にこう説明する。

●ある日突然誰かが君に嫌がらせを始めるとしよう。君には身に覚えのない話だが、相手はストーカーまがい。当然お父さんが、場合によってはお巡りさんが、物理的力を使ってでも君を守る。君に手を出すことが損だと相手に理解させる必要があるからだ。では、なぜ今かって?

それは君が傷付いてからではもう手遅れだからだ。国際関係も同じ。悲しいことだが、世界には今も抑止が困難な悪意が存在する。その悪意からの攻撃を回避するには一定の備えと実力が不可欠。今までは空想的平和主義でも良かったが、これからはより現実的な平和主義が必要だ。

次は集団的自衛権限定行使の是非に関する筆者の説明である。集団的自衛権は国連憲章上加盟国の権利であり、日本国憲法の枠内でも最小限の行使は可能だ。同盟国をも守る意思を示すことで同盟の絆が強まり、抑止力も高まる、云々。これに対し、高校生の娘への説明はこうだ。

●もしあのストーカーが君だけでなく、君の親友にも嫌がらせを始めた らどうする? お父さんなら可能な限り彼女も守ろうとするだろう。相手は親友の次に君の所にやって来る可能性が高いからだ。

新安保法制議論をややこしくしているのが違憲論争である。政府与党は最高裁のいわゆる砂川判決を根拠に新法制は合憲と主張するのだが、これも高校生には分からない。ではどう説明すべきか。

●学校で勉強したと思うけれど、日本は三権分立の民主国家だ。立法府が作る法律を行政府は執行するが、それが憲法や法律に反するか否かの最終判断は最高裁の仕事だ。

例えば、米国最高裁は最近同性婚を合憲と判断した。でも、この判断は従来の男女婚という論理の延長上にはない。民主国家でこんな判断変更が認められるのは最高裁だけ。憲法学者や官僚にすぎない内閣法制局長官にそんな権限はないのだ。

国会では自衛隊員のリスクが高まるとの議論もあった。自衛隊はリスクを取るプロフェッショナルであり、そのために必要な訓練を行い、装備と情報を持って仕事をする専門集団だが、筆者なら高校生の娘にこう説明するだろう。

●巨大火災が発生したら、消防隊員に「これまでより危険だから、出動するな」と言うか。逆だろう? 火事が拡大した今こそ消火が必要であり、そのためプロは日頃から実力を養っておくべきではないのか。

娘との対話は続くが、紙面が尽きてしまった。今からでも遅くはない。政府与党は丁寧な説明を続けてほしい。

              ◇

【プロフィル】宮家邦彦

みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。昭和53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。

産経ニュース【宮家邦彦のWorld Watch新】2015.7.23

2015年07月23日

◆どこまで下がる金の価格

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)7月22日(水曜日)通算第4610号>  

 
〜金(ゴールド)価格の下落は次に何をもたらすか?
    上海株式暴落で、強気の中国も金売却に転じた模様〜


 金の国際相場がぐらりと下落を始め、一オンス=1180ドル台(7月21日現在)、おそらく1050ドル前後まで下落するだろうと、多くの商品ア ナリストが予測している。
 何が原因か?

第一に米国の金利上昇観測で、ドル高が進み、原油と商品市場が一斉に下降局面にはいった。原油は1バーレル=50ドル台を割り込んだ。
 
第二に上海株価暴落により手元資金不如意となった多くの中国人投資家が金売却による資金確保に走った。

「7月13日の一日だけでも、中国は33トンの金を上海市場で売却した」(『ザ・タイムズ・オブ・インディア』、15年7月20日)

第三は新興国経済がドル高により、輸入物価は高騰するという現象があり、やはり金売却あるいは金輸入を差し控えるため、金相場をさらに押し下げるだろう。

中国への海外からの直接投資は昨年度1250億ドルだったが、反対に中国に見切りをつけて流失した資金は5期連続で、この15ケ月間の類型だけでも5200億ドルに達している。

中国は保有する米国債権を3月―5月に1420億ドル売却した。バラ ンスでいえば、2015年3月時点で960億ドルを減らした。

第四にそれでも強気に金を買うのはインドと中東の一部諸国であるが、一国の需要だけでは相場を支えきれない。

日本の個人投資家の一部が、いまこそ金の絶好の買い時と見ているが。。。

とはいうものの金相場下落は加限がみえている。

基本的に中国、インド、中東の金需要は熱烈であり、将来の自国通貨下落というリスクを抱えているため、資産ヘッジが一番大きな理由である。

日本でも昨日あたりから金地金ショップに早朝から買いの列が2倍になっている(日経、7月22日)

中国は一部の投資家が金売却にはしるものの基本的に金保有は膨大で、6月末時点での金備蓄は5331万オンス(1658トン)、09年より 57%増やしている。

さらに金兌換の動きである。

日本には殆ど伝わっていないが、米国テキサス州議会は金兌換の銀行預金を開始し、これを法定通貨とする州法をまもなく決議する。この法改正にグレッグ・アボット州知事はすでに署名している。これは独立色が強いテキサス人たちのFED(連邦準備制度)への反乱ともいえる。

◆60年安保の愚をまた繰り返すのか

峯 匡孝



これは偶然の一致だろうか-。安倍晋三首相が今夏に発表する戦後70年談話をめぐる野党や一部メディアの言説は中国の主張と奇妙に符合する。これが中国による対日工作の“成果”だとすれば、ゆゆしき事態だと言わざるを得ない。

中国政府の意向を露骨に反映させたのが、中国国営新華社通信の6月24日の社論だろう。「植民地統治」「侵略」「おわび」を70年談話に盛り込むべき「3つのキーワード」として「回避することが許されない」と断じた。

これだけでも内政干渉だといえるが、「3つのキーワードが残るかどうかは首相の歴史問題に対処する上での態度を試す尺度であり、アジアの平和と安定にかかわる」という結びの一節は恫喝(どうかつ)に近い。

朝日、東京、毎日の3紙の社説は、中国の主張にほぼ沿っている。

「植民地支配や侵略というかつての日本の行為を明確に認めなければ、村山談話を全体として受け継いだことにはならない」(朝日新聞)と、「村山談話を全体として受け継ぐといっても『植民地支配と侵略』に対する『反省』と『お詫(わ)び』という根幹に関わる文言を盛り込まなば、談話を継承したことにはなるまい」(東京新聞)などはうり二つ。掲載日も1月27日と同じだった。

同じようなことが55年前にあった。

昭和35(1960)年、安倍首相の祖父である岸信介首相(当時)は職を賭して日米安保条約を改定した。米軍に日本の防衛義務さえなかった極めて不平等な旧条約に比べて、はるかに対等な条約に改定されたが、旧社会党や朝日新聞は「米国の戦争に巻き込まれる」と激しく批判した。

だが、社会党はもともと「不平等条約改正は日本外交に与えられた大きな使命」(元委員長の浅沼稲次郎氏)と安保条約改定を声高に求めていた。これが途中で方針を一転し、労組や学生を扇動して安保闘争を繰り広げた。

背景には旧ソ連の対日工作があった。ソ連は次々に工作員を送り込み、与野党やメディアと接触、日本人が受け入れやすい「中立化」を唱えて安保改定を阻止すべく動いた。

対日工作の責任者としてソ連共産党中央委員会国際部副部長などを務めたイワン・コワレンコ氏はソ連崩壊後に回顧録を残し、民主統一戦線を作るべく政界や労働界を奔走したことを赤裸々に明かしている。

回顧録では、浅沼や石橋政嗣、土井たか子ら歴代社会党委員長を「ともに仕事をして実り多かった愛すべき闘志たち」と称賛。メディア工作も自ら手がけ、朝日新聞幹部らとの深い関係を築いたことを誇示した。

あれから55年。ソ連は崩壊したが、共産党の一党独裁を維持しつつ世界第2位の経済大国・軍事大国となった中国は、旧ソ連に代わって日本の政財界やメディアに工作網を張り巡らせている。

戦後70年談話や安保法制を対日工作の主要テーマとしても何の不思議もない。

産経ニュース【戦後70年首相談話】2015.7.21
                 (採録:松本市 久保田 康文)


◆「赤旗 日曜版」の役目

MoMotarou



2015年07月19日号 http://www.jcp.or.jp/akahata/web_weekly/
「戦争法案 強行許せない」

たたかい広げ 戦争法案廃案必ず 採決などもってのほか 
                清水寺貫主 森清範さん

          ★

 「赤旗」は日本共産党の機関紙で「赤旗 日曜版」はその週刊版となっております。しかし、その性格は全く違います。日曜版も非常に手を掛けており、全面カラー印刷で、日本共産党の親派「シンパサイザー sympathizer」を獲得する為のものです。価格は1ヶ月864円で、"付き合い"で買わせるのには持ってこいです。

私の恩師の1人に堂々とした共産党員がおります。この先生のお付き合いで取っております。読むことは稀(まれ)。1年間は勉強のため日刊を購読しましたが、毎日同じことばかり書いており、新鮮味が無いので中止しました。

■サヨクは楽だ

わが町は日教組の槙枝委員長の出身地でもあり、Left-Cityであります。ですから、自ずとそちらの傾向が強くなります。しかし、旧社会党ぐらい迄が限度で、共産党まで行くと"変な眼"で見られます。小学生の頃は「朝鮮民主主義人民共和国」と諳(そら)んじて喜んでおりました。

■有名人を動く広告塔に

たまたま目についた7月19日(日)号は、安倍首相批判だらけで、清水寺の管主まで登場。思わずぶっとびました。また中を見ますと芸術家や学者、はたまた芸人まで登場しております。常連の宮崎駿ジブリ監督も載っておりました。いつも通り。

巧妙な記事配置で、原稿を書いたりインタビューの時点では予想できないものでしょう。仕立てられている。御陰でサヨクからの批判は受けず、身の安全は確保されます。

最近は芸能人タレントが減っているような気がします。これは創価学会公明党の勢力拡大が原因でしょう。お笑い芸人を中心に池田党。一説に寄ると日本で共産党の勢力が伸びないのは、その層を創価学会が「折伏・入信」させたとの噂もあります。その昔、知人が「民音」主催の音楽会に連れて行ってくれました。驚いたのは朝鮮の扇を使った大人数の「舞」が演じられていた事でした。

■夏井組長に迫る危機

今回は、俳句の普及にテレビ等で活躍されている「夏井いつき組長(先生)」が、「戦争に巻き込まれる」と心配されているのに気づきました。異例ではありますがコメント欄に投稿しました。明らかに「赤旗 日曜版」のルートでしょう。リンクを辿ると澤地久枝(小説家)が見えてきます。

■洗練された勧誘と誘導ーソ連仕込み

「戦争反対」が見事に「安倍政権打倒」に誘導されていくのでした。うまいですね。これでは自民党安倍政権が騒いでも耳には入らないでしょう。芸能人有名人が応援すれば、日常の彼らの執筆料や講演料等安いものになります。

ここら辺が保守活動の注目しなければならない点でしょう。天皇陛下や偉人たちに縋(すが)る以上の努力が必要になって来ました。今日は企業幹部の集まりで話してきました。断固安倍首相・「日本国民」を支持します!
          

2015年07月22日

◆中国製造業は“お先真っ暗”

平井 修一



産経7/15『継続的に「革新」生み出す ライオン会長・藤重貞慶氏」から。

<私は、企業は「革新が命」だと考えます。世の中の動きに順応しているだけの企業は、世の中の変化から少しずつ遅れ、大きなズレが生じます。

世の中の動きよりも1歩、2歩先を行き、世の中が追いついてきたら、また少し先へ。この繰り返しで、世の中の動きに合った企業ができていきます。革新を生み出し続ける人と組織、企業文化の質が大事です。

民主主義の良さは、機会があれば誰でも挑戦できること。国力はいつの時代も、国民の活力と才能に支えられています。自立心を育て、「外向き人間」を増やす教育の立て直しが必要です>(以上)

この記事を読んで「ああ、革新と無縁の中国製造業はお先真っ暗だなあ」と改めて思ったが、サーチナ5/17『「儲け話」に目がくらみ・・・経済構造「いびつ」にした中国、相次ぐ倒産「人材育成」お寒いかぎり』は中共経済のどうしようもない実情を示している。

<中国メディアの中国日報網は5月9日、IT評論家である康斯坦丁氏の手記を掲載し、中国では沿岸部や江蘇省などを中心に受託製造業者の倒産が相次いでいるとし、「中国製造業は春を迎えるどころか、その冷え込みは厳しさを増している」と論じた。

記事は、世界の大手メーカーが相次いで中国国内の工場を閉鎖し、一部のメーカーは東南アジアに工場を移転させていると伝え、多くの労働者が職を失ってしまったと紹介。

産業チェーンにおいて、競争力の優劣による淘汰は当然の規律であるとし、「中国の製造業の脆弱さ、労働者の技能の低さを示すものだ」としたうえで、中国の労働者は知識や技能の向上ではなく、如何にしてストライキを行うかばかりに精力を傾けていると批判した。

続けて、中国経済は不動産投資などによって大きな成長を遂げたとしつつも、「投資は中国経済を持続的に発展させるけん引力にはならない」とする一方で、投資や金融で大きな利益を得ることができたために「利益率が低く、利益を生み出す前に設備や人材への投資が必要な製造業という実業はずっと軽視されてきた」と指摘した。

さらに、不動産の値上がりや投資利益率の高さを理由に、中国の大手メーカーや国有企業までもが不動産投資を行っていたとし、「不動産市場が民間の資本を大量に吸収することになり、その結果として製造業の成長に投下される資本が減少した」と指摘したうえで「投資主導型の経済環境が中国の製造業にとって高度化のタイミングを誤らせた」と論じた。

また記事は、中国の製造業界は深刻な問題を抱えていると伝え、それは「将来の製造業を担うべき人材がいないこと」と指摘。工場で働いている労働者たちは農村部からの出稼ぎ労働者たちであり、「技能の向上などを学ぶべき時に、単純かつ無味乾燥な労働に従事していた」とし、人材育成が進んでいないうえに工場の倒産などによって職を失っていると伝え、「10年後、中国の製造業の高度化を担う人材はどこにいるのだろうか?」と疑問を呈した>(以上)

小生の現役時代のモットーは「真面目にコツコツいい仕事」だったが、中共人民のそれは「一攫千金、濡れ手に粟」なのだろう。株式投資という博奕にのめり込む拝金主義者が多く、真面目にコツコツ働く人は少数派なのかもしれない。

支那は科挙の国である。孟子は「精神を労するものは人を治め、体を労するものは治められる」と教えたが、これは科挙=知識層=エリートに汗水流す労働を蔑視する観念を抱かせたろう。支那人は現代でもその意識を引きずっているのではないか。

「良い鉄は釘にはならない」とも言うが、これは「まともな人は兵士にはならない」という意味だそうだ。「好鉄不打釘、好人不当兵(釘にするのは屑鉄、兵隊になるのは人間のクズ)」というわけだ。

共産主義は「働かざるもの食うべからず」と金持や地主を殺しまくったが、共産党員という新たな支配階級は「人を治め」、労働者は「治められ」た。結局は今も昔も「労働蔑視/軽視」だ。

第42回(2013年)技能五輪国際大会入賞国一覧によると、中共は9種目にエントリーしたが、CNCフライス盤で銅、印刷で銅、冷凍空調技術で銅(美容/理容で銀)だった。ちなみに日本は金4、銀4、銅2で、日中の技能格差は大きい。

モノ造りに熱中する国、一方でモノ造りを軽視する国。中共製造業が世界の動きより1歩、2歩先を行くことは永遠にないだろう。つまりいかにGDPが大きかろうが、永遠に一流国にはなれないということだ。

サーチナ7/15『中国企業が失った「日本の匠の精神」中国の著名財界人がつぶやく』から。

中国の大手不動産開発企業「万科企業(万科集団)」の創始者で董事会主席(代表取締役)を務める王石氏は13日、中国版ツイッターの微博(ウェイボー)で、「中国企業はかつて持っていた匠の精神を失ってしまった」とつぶやいた。

王氏は1984年に万科企業を設立。同社は2014年の売上高が中国の不動産関連企業としては第2位の2180億元(約4兆3200億円)と発表された。王氏は中国の財界人の中でも、一目置かれる存在だ。

王氏は「インターネット分野であれ、伝統的分野であれ、中国企業には欠けているものがある。それは日本の匠の精神だ」と論じた。

王氏は「匠の精神」については「どのように素晴らしいものを求めるか。ひとつの製品を芸術品にするか、命をかけて仕事をするかだ」との考えを示し、「このような精神がなければ、中国がいくら大きくても続けていくことができなくなる。しかも、中国が大きいこと自体が、災難になるかもしれない」と警鐘を鳴らした>(以上)

今さら気づいたところで先進国には追い付けやしない。習近平は大国を気取っていたが、世界はもはや中共を信用しないはずだ。インチキ投資銀行なども空中分解するだろう。高ころびするだけである。
                       (2015/7/16)


◆ロシア極東部にもISISの組織

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)7月21日(火曜日)通算第4609号>  

 
〜驚き、ロシア極東部にもISISのリクルート組織が
  月給10万円、トルコ経由ルートで兵員を補充している〜

世界中からイスラム過激派の若者がISILに加盟しようと躍起になっている珍現象はロシア極東部にも飛び火していた。

ハバロフスクの治安当局は7月19日に記者会見し、「当地に移住してきたイスラム系の失業者、とりわけ若者のイスラム過激思想を吹き込まれた層が月給5万ルーブルという高給の魅力に引かれてリクルートに応じている」とした。5万ルーブルは邦貨換算でおよそ10万5千円である。

治安当局のウルキン報道官によれば、「出稼ぎにきているウズベク人などチュルク語(トルコ系でカザフ、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタンに通用する)、ならびに北カフカス語(チェチェンなど)を操る若者が、そうした言葉で話しかけられ、巧妙な手口で戦地に送られている模様だ」と分析している。

当局は秘密のリクルート組織の発見に必死となっており、捜査対象を言語系の人脈からアプローチ、ISIL代理人のような、斡旋ブローカーは逮捕し、懲役10年、罰金刑100万ルーブルとして内部の情報提供も募っているという。

ハバロフスクには北朝鮮、中国からの出稼ぎも多く、中国公安部も神経をとがらせている。
      

◆自衛隊配備で離島防衛強化を

平井 修一



沖縄は地政学上、戦略的要衝にある。東シナ海を西へ進めば台湾、支那大陸があり、南西方面へ進めばそこは南シナ海で、アセアン諸国が蝟集している。

琉球王国の主要産業は交易だったが、アジアとの交流という面で戦略的要衝だったから利をもたらしたのだ。それならいっそのこと「基地とともに生きる島」「アジア安保の要石」「不沈空母」を主要産業として目指すべきではないか。

己の持っている強みを最大限に生かすのが競争社会でサバイバルに勝つ秘訣である。戦略的要衝を大いに活かすべきだろう。

CH桜沖縄支局スタッフのブログ7/15「自衛隊配備と離島活性化」から。

<国境に近い地域の衰退は、国の防衛力にも影響してきます。まずは次の記事をご覧下さい。

《人口4万9千人突破 石垣市 出生届の夫婦を祝福

石垣市は13日、人口が初めて4万9000人を突破したと発表した。市によると、人口が4万8000人台に到達したのは2007年で、8年かけて次の段階となる4万9000人台を突破した。13日現在の人口は4万9015人(男2万4496人、女2万4519人)。

石垣市の人口は県内11市では、南城市に次いで少ない。市の総合計画では2020年の人口を5万2000人と推計しているが、地方創生に向けて策定中の総合戦略で推計を練り直している。(八重山日報7/14)》

石垣市といえば、日本で最も西にも南にも位置する市ですが、尖閣諸島をめぐる中国との争いが起きている中、それでもなお、人口が増加していることは非常に興味深いですね。国境地域の衰退は国の防衛にも影響します。

幸いにも沖縄県は全国的に人口が減少する中、数少ない人口増加県として名を連ねています。しかし、実は沖縄県において、人口増加が著しいのは沖縄本島と石垣島のみで、その他の島々は人口は横ばいか減少しており、どちらかというと過疎の傾向が見られます。

つまり、沖縄県の人口増加は沖縄本島と石垣島に支えられているわけです。

さまざまな島々が島おこしを模索してきましたが、なかなか産業が育たず、雇用の幅も限られ、島の若い人たちの定住には至っていません。

過疎に喘ぐ離島の中で、与那国島が下した判断は、自衛隊配備による活性化でした。与那国島の自衛隊配備をめぐって今年の2月に住民投票が行われたことはまだ記憶に新しいと思います。

与那国島の自衛隊配備によって、実際に人口が増加し、経済も発展すれば、その他の離島も自衛隊配備を現実的に検討することでしょう。

さて、石垣島の人口増加とは対照的に、同規模の島である宮古島は人口減少が続いています。

沖縄県は島の人口規模でいうと、約9割が沖縄本島に集中しており、残りの約1割弱を宮古島・石垣島で二分しており、沖縄県下においては宮古島と石垣島は互いにライバルという認識が県内では一般的です。

ところが、昨今の人口増減に関しては、完全に石垣島に分があり、残念ながら宮古島は衰退の一途を辿っています。そんな中、宮古島も与那国島と同様、自衛隊配備の話が出てきました。

もし宮古島の活性化に自衛隊配備が寄与したとなると、与那国島以上のインパクトがあり、日本の防衛力強化と離島の活性化の両立を証明することになります。

見方によっては沖縄県全体の活性化に自衛隊配備がカギを握っているといえますね>(以上)

軍事的な空白地帯が生じると中共を呼び込むことになるのは南シナ海で明らかだ。かつてフィリピンが米軍基地をなくすと、中共は南シナ海強奪に動いた。

沖縄県民の中には「独立して基地をなくそう」と妄想し、中共の保護下に入るつもりのようだが、ウイグル、チベット、モンゴルの悲惨な歴史を真摯に学ぶべきだ。脳ミソの空白が中共による侵略と苛烈な支配を招くのである。

産経5/12「宮古島と石垣島 抑止に陸自配備は必要だ」から。

<南西諸島における防衛上の空白が少しずつ埋まろうとしている。防衛省は、沖縄県の宮古、石垣両島へ陸上自衛隊の警備部隊などを配備する方針を地元に示した。

自らの抑止力を高め、周辺国に自制を促す意義がある。国の守りを固めるために自衛隊を真に必要な地域に配置する努力を重ねていきたい。

左藤章防衛副大臣は、宮古島市の下地敏彦市長を訪ね、安全保障環境の悪化を指摘して陸自配備計画を伝え、受け入れを求めた。下地市長は「理屈としては十分理解できる」と述べ、市議会などと検討する考えを表明した。

沖縄の本島以外は陸自にとって空白域だったが、備えが始まっており、平成27年度末までに与那国島に沿岸監視部隊が置かれる。

宮古島は、それに続く計画となる。住民は5万4千人を数え、防衛上の要衝であるからだ。

中国海空軍は近年、宮古島周辺の海空域を太平洋への出入り口として動きを活発化させている。

中国軍の動向を知る上で不可欠な航空自衛隊のレーダー施設などが宮古島に存在する。洋上の橋を使って行き来ができる下地島には戦闘機運用が可能な3千メートル級滑走路をもつ下地島空港がある。

計画通り、陸自が警備部隊に加え、地対艦、地対空ミサイル部隊を置けば抑止効果は高い。順当にいけば、28年度予算に用地取得費を計上し、30年度末までに800人規模の陸自部隊が発足する。確実な実現を期待したい。

石垣島への陸自部隊の配備も同じような意義がある。

左藤氏は宮古島市に続き、石垣市の中山義隆市長を訪ね、石垣島における陸自配備の候補地選定への協力を求めた。中山氏は「安全保障は国の専権事項であり、協力態勢をとりたい」と述べた。

配備に対して「自衛隊が来れば攻撃対象にされる」という反対論があるが、短絡的だ。

宮古、石垣両島が、中国が狙う尖閣諸島に最も近く、多くの人が暮らしていることを忘れてはいけない。両島は戦略的に重要で、陸自の存在の有無にかかわらず、攻撃の危険にさらされかねない。

南シナ海での岩礁埋め立てなど、中国の力による現状変更の動きを対岸の火事と見るべきではない。政府は地元に陸自を配備する意義を丁寧に説明し、早期の受け入れ実現につなげてほしい>(以上)

戦略的要衝というのは基地・要塞があろうがなかろうが常に敵性国家から狙われる。ロシアの旅順要塞、米国太平洋艦隊の拠点ハワイ軍港、大英帝国のシンガポール要塞は、戦端が開かれると瞬く間に日本軍の猛攻を受けた。

ダイヤモンドのような希少な南西諸島の戦略的要衝が無防備というか無謀なほどの軍事空白であれば、中共は電光石火で強奪し、島民を人間の盾とするだろう。

中共は3500万〜8000万の自国民を「不自然死」させた史上最悪のファシスト独裁国家だ。小鬼子(悪魔の日本人)を嬉々として殺すだろう。元寇や通州事件での残虐な殺し方を思い出すべきだ。正しく危機感を高め、油断を戒め、防衛力・迎撃力・抑止力を強化しなくてはならない。
                          (2015/7/20)

◆日韓関係の悪化を喜んでいる者

西岡 力



今年6月で日韓国交50年を迎えた。私事で恐縮だが、私は1977年、大学3年次に1年間、韓国に留学した。留学準備期間を含めると私は、約40年間、韓国と日韓関係を研究対象としてきたことになる。

40年間、多くの尊敬できる韓国人と出会い、たくさんことを教えていただいた。私の研究はそれ抜きには成り立たなかった。

いま、日韓関係が悪化している。論者の中には最悪だという者さえいる。本稿で詳しく論じるように最悪ではないのだが、悪くなっていることは間違いない。

心配なのは韓国人の反日ではない。それは北朝鮮とそれにつながる左派勢力によって人工的に作られたものだから、声高に聞こえるが実質はそれほど強いも のではない。韓国の反日は、ソウルの日本大使館前と国会とテレビ・新聞の中にし かない、少し極端だがそれが私の実感だ。

それに比べて、心配なのは日本人の嫌韓だ。韓国の反日の背後にある政治工作を見ず、その理不尽さをすべて韓国人の民族性・国民性に還元する議論の拡散 を私は心配し続けている。

事柄を形づくる要素のうち、一番最近に起き、かつ一番影 響力が大きい部分を見ないで議論すれば、事柄の全体像を正確に把握することが出来ない。その結果、悪意を持って政治工作を行っている勢力だけが喜ぶこと
になる。

本稿では日韓両国民の感情的対立、特に最近の日本人の嫌韓感情を作り出した主犯として、北朝鮮と韓国内左派勢力、そしてそれを煽る日本国内の反日日本 人らが作り出した「韓国版自虐史観」あるいは「極左的民族主義歴史観」を提示す る。その歴史観がいつからどの様な形で日韓関係を壊してきたのかを時系列を 追って示していきたい。

■70年代の韓国で出合った気高き民族主義

私の処女作『日韓誤解の深淵』(1992年亜紀書房刊)の前書きから話を始めたい。

私は、日韓関係を心配して次のように書いた。読み返すと拙劣な文章で赤面するばかりだが、率直に思いを綴ったことだけは確かだ。

《1977年、当時大学3年生だった私は韓国の延世大学に交換留学生として留学した。在日朝鮮人差別問題のサークルの会員だった私は、日本人の一人として韓 国の人々に過去を深く謝罪したいという気持ちで金浦空港に降り立った。

留学した当初は韓国語があまり出来なかったので、親しくなった友人とはブロークンの英語で話し合っていた。K君もその友人の一人だった。ところがK君は 実は日本語が出来たのだ。私が少ない奨学金を工面して大学での授業以外に家庭教師 を雇って韓国語の勉強をしているのを知った後、K君は日本語を使い始め私を驚かせ た。それまで三、四回話したときはまったく日本語を分かる素振りすらみせなかった のに、である。私の韓国に対する姿勢をひそかに確かめていたのだろうか。

私はさっそくK君に対し、英語では伝えられなかった私の気持ち、つまり、日本人の一人として植民地支配について謝罪したいと語った。すると彼は「力の 強い国が弱い国を植民地にしたのは当時としては当たり前のことだった。我々が弱 かったから侵略されたのだ。謝ってもらうべきことではない。国際社会はパワーがすべ てだ。ぼくが今、日本語を勉強しているのも、うんと極端なことを言うと、もし将来 日本と戦争になった場合、相手の無線を聞いて作戦を立てられるようになるためなん だ。日本語が分かる者がいればその分韓国のパワーを強めることになるからだ》

私は彼の論理の明快さと自信に圧倒された。私が交換留学生としてソウルで暮らした77年から78年にかけて、日本の安易な謝罪を拒否し自民族の弱さを直視 してそれを自分たちの努力によって補おうという気高き民族主義に出合うことが多 かった。

78年3月1日、3・1独立運動記念日でソウル市内の至る所に韓国の国旗である太極旗が掲揚されていた。私は韓国人の友人P君と大学街を歩いていた。一人の 幼稚園生くらいに見える男の子が門柱から垂れ下がっていた太極旗を棒でたたいて遊 んでいた。

それを見たP君が大きな声で「国旗をないがしろにしたらだめだ」と叱りつけた。

そして、私の方を向いて「お前の家には日の丸があるか。日本ではいつ国旗を飾るのか」と聞いてきた。うちには国旗がない。また、日本では公立小学校や 中学校の卒業式に日の丸を掲げることを反対する声が強い等と説明すると、P君は 「日本人は愛国心がないな。先日の新聞を見ると日本の若者の過半数が戦争になったら 逃げると答えていた。

俺はもし自衛隊が竹島を取りに来たら銃をとって戦うぞ。お前 も日本人なら愛国心を持って日本のために戦え」とまじめな顔で言われたことを今も 鮮明に覚えている。相手国の民族主義をも尊重する健全な民族主義、愛国心を、私は 韓国で学んだ。

このような誇り高い民族主義は、1965年日韓国交正常化を推進した朴正煕大統領が持っていたものだ。朴正煕大統領の演説からいくつかの名言を紹介しよ う。

まず、朴正煕大統領の率直な反日感情とそれにもかかわらず「自由と繁栄のための 賢明と勇気」を持って決断を下すと語った1965年5月18日、米国ワシントンDCのナ ショナル記者クラブでの「自由と平和のための賢明と勇気」演説からだ(『朴正煕選 集・主要演説集』鹿島研究所出版会)。

《韓日会談が14年間も遅延してきたことは、みなさんよくご存じのことと思います。それには、それだけの理由があるのでありまして、外交史上いかなる国際 関係にも、類例のない幾多の難関が横たわっているのであります。

周知のとおり、いま韓国には、韓日問題について、極端論をふくむありとあらゆる見解が横行しております。もしみなさんがわたくしに『日本について…』 と質問されれば、わたくしはためらうことなくわたくしの胸に鬱積している反日感情 を烈しく吐露することでありましょう。

またみなさんがわたくしに『親日か』、『反 日か』ときかれるならば、わたくしの率直な感情から言下に『反日だ』と答えること でありましょう。

これはいやしくも韓国人であれば、誰でも同じことであります。 40年にわたる植民統治の収奪、ことに太平洋戦争で数十万の韓国人をいけにえにし た日本は、永久に忘れることのできない怨恨を韓国人に抱かしめているのであります。

それにもかかわらず、そしてこの不幸な背景と難関をのりこえて、韓日国交正常化を促進せねばならない韓国の意志にたいして、みなさんの深いご理解を期 待するものであります。

われわれは、より遠い将来のために、より大きな自由のため に、より高い次元の自由陣営の結束のために、過去の感情に執着することなく、大局的見地において賢明な決断をくだしたいと考えるのであります》

次に紹介するのは1965年6月23日、韓日条約に関する韓国国民への特別 談話からだ。

《去る数十年間、いや数百年間われわれは日本と深い怨恨のなかに生きてきました。彼等はわれわれの独立を抹殺しましたし、彼等はわれわれの父母兄弟を殺 傷しました。彼等はわれわれの財産を搾取しました。

過去だけに思いをいた らすならば彼等に対するわれわれの骨にしみた感情はどの面より見ても不倶戴天とい わねばなりません。しかし、国民の皆さん! それだからといってわれわれはこの酷 薄な国際社会の競争の中で過去の感情にのみ執着していることは出来ません。

昨日の 怨敵とはいえどもわれわれの今日と明日のために必要とあれば彼等とも手をとらねば ならないことが国利民福を図る賢明な処置ではないでしょうか。(略)

諸問題がわれわれの希望と主張の通り解決されたものではありません。しかし、私が自信を持っていえますことはわれわれが処しているところの諸般与件と 先進諸国の外交慣例に照らしてわれわれの国家利益を確保することにおいて最善を 尽くしたという事実であります。

外交とは相手のあることであり、また一方的強要を 意味することではありません。それは道理と条理を図り相互間に納得がいってはじめ て妥結に至るのであります。(略)

天は自ら助ける者を助けるのであります。応当な努力を払わずにただで何かが出来るだろうとか、または何かが生まれるであろうとかという考えは自信力を 完全に喪失した卑屈な思考方式であります。

今一部国民の中に韓日国交正常化が実現すればわれわれはまたもや日本の侵略を受けると主張する人々がありますが、このような劣等意識こそ捨てねばなら ないと同時にこれと反対に国交正常化が行われればすぐわれわれが大きな得をすると いう浅薄な考えはわれわれに絶対禁物であります。

従って一言でいって韓日国交正常 化がこれからわれわれによい結果をもたらすか、または不幸な結果をもたらすかとい うことの鍵はわれわれの主体意識がどの程度に正しいか、われわれの覚悟がどの程度 固いかということにかかっているのであります》

■日韓で真逆だった国交への反対理由

朴正煕大統領が進めた日韓国交正常化交渉に対して、韓国内では激しい反対運動が起きた。私は修士論文のため、韓国の反日の論理を調べたが、その一環と して当時の反対論をかなり集めて分析した(拙稿「戦後韓国知識人の日本認識」、川 村湊・鄭大均編『韓国という鏡』収録)。

野党と言論はほぼ反対一色、学生らは街頭に出て激しいデモを行った。それに対して64年に戒厳令、65年に衛戍令を布告して軍の力で押さえつけて正常化を 決めた。自分は反日だと断言する朴正煕大統領が、そこまでして日本との国交を結ん だ背景は、北朝鮮とその背後にあるソ連、中国という共産陣営に対する危機感があっ たからだ。

特にその頃、中国は原爆実験を成功させ、国連で支持国を増やして近い将来、中華民国から国連議席を奪う見通しだった。東アジアの自由陣営にとって大きな 脅威になりつつあった。

その点は当時の韓国内の対日国交正常化反対運動も認識を一致させていた。反対の論理は大きく2つだった。第1は、韓国の民族的利益が十分確保されていな いという批判、すなわち過去の清算が不十分であり、再び日本の経済的侵略を受ける おそれがあるという議論だった。第2は、日本が反共の立場にきちんと立たず、二股 外交、北朝鮮やその手先である朝鮮総連への配慮、優遇を止めていないという批判 だった。

一方、日本国内の反対運動は、韓国の反対運動と重なり合う部分が全くなく、真逆の立場からのものだった。韓国の反対理由の第1の点については、逆に日 本の利益が侵されているという主張が多かった。

すなわち、過去清算で韓国に譲りす ぎであり、竹島不法占拠を事実上認めているなどだった。当時、社会党議員が国会で 朝鮮からの引き揚げ者がおいてきた莫大な財産について言及して対韓経済協力が大き すぎると批判し、労組の反対デモでは(経済協力資金を)「朴にやるなら僕にくれ」 というスローガンがあった。そして、与党自民党もこの点は内心、
同じ考えを持っていた。

韓国の反対運動の第2の論点、反共の立場については、日本の反対運動は米国の戦争戦略に巻き込まれるとして、烈しい批判を展開していた。それに対し て、自民党政府は「釜山に赤旗が立てば日本の安全保障に重大な危機が来る」として、 反共韓国への支援が日本の安全保障に繋がると主張した。

こうしてみると、日韓国交正常化は、両国内の民族的利害を主張する反対論を、両国政府が反共自由陣営の結束という安全保障上の共通認識で押さえ込んだ ものと言える。

当時の韓国は朝鮮戦争で共産軍からひどい扱いを受けた体験を土台にした反共意識が強く、反共法などで国内の左翼活動を厳しく取り締まっていた。

ところ が、日本では1960年に日米安保反対運動が国民運動として大きく盛り上がるなど、国 内で反米左翼勢力や中立の志向する勢力が一定程度、力を持っていた。

だから、共産 陣営という共通の敵の存在によって、日韓両国が民族的利害を相互に譲歩して国交正 常化を進めたのに対し、日本国内の左派が内部から反対するという構図があった。

そ れについて朴正煕政権が国内の反対運動に答えるために1965年3月に発行した『韓日 会談白書』はこう書いた。拙訳で引用する。

《自由陣営の結束

最近のアジアの情勢とベトナム事態の流動的国際情勢の激変をあらためて列挙しなくても、自由陣営の結束はそのどの時期よりも最も至急に要請されている のが事実だ。(略)

日本も変遷する国際情勢と中共の急速な膨張に対処するため自由陣営が結束しなければならず、特に極東において共産勢力の脅威をもっとも近距離で受けて いる韓日両国が国交正常化を通じて結束しなければならない必要性、ないしは不可避 性を認識していることを物語っていた。

韓日両国が国交を正常化することは、ただ韓日両国だけでなく全自由世界の利益に
符合している。

これがまさに米国をはじめとする友邦国家が一斉に韓日交渉の早期妥結を強力に希望している理由であり、同時に中共、北傀[北朝鮮の傀儡政権の意味・西 岡補]、および日本の左翼勢力がいままで韓日会談の破壊工作を執拗に展開してきた もっとも大きな理由なのだ》

■共産陣営に甘かった日本政府

日韓関係はその後も、共通の敵に対する日本側の態度の甘さに韓国が反発し、揺れ続けた。ところが80年代に入ると、韓国国内では、急速に広がった左傾自虐史観によって共通の敵をむしろ擁護する勢力が急成長し、日韓の動揺の幅がいよ いよ大きくなっていった。

昨今の韓国の執拗な反日外交とそれに対する日本国内の嫌 韓感情の増大は、この枠組みで見ないと全体像が理解できない。

まず、70年代までの日韓関係をこの構図から概観する。韓国保守派随一の知日派である洪ヒョン・元駐日大使館公使は、日韓国交50年間を振り返り、関係悪 化の根本原因は1965年の国交正常化の際、日本が韓国を半島における唯一の合法政府 だと認めなかったことだと指摘する。

中共と国交を結んだとき日本政府は台湾との関係を断絶した。中共側が強力に要求した「1つの中国」という主張に譲歩したのだ。しかし、自由陣営の結束 という共通の利害をから行った日韓国交において日本は、最後まで「2つの朝鮮」の 存在を認めることに固執した。

すなわち、韓国の憲法では韓国の領土を韓半島とその 付属島嶼と規定しており、韓国政府は日本に対して基本条約でそのことを認めるよう に要求していた。その結果、基本条約第3条は「大韓民国政府は、国際連合総会決議 第195号に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府である ことが確認される」とされている。

一見すると韓国の主張が通ったかのようだが、国連総会決議を引用することで日本は韓国の主張を巧妙にかわした。この決議は、韓国政府を、1948年5月に 国連の監視の下で行われた選挙によって成立した半島の「唯一合法政府」と定めたも のだ。

北朝鮮地域を占領していたソ連軍と北朝鮮を事実上支配していた人民委員会 (委員長金日成)は国連監視団の入境を拒否したため、選挙は38度線の南に限定して行 われた。

日本のこの条文解釈は、「北朝鮮地域については何も触れていない」という ものだ。従って、日本が北朝鮮と国交を持たないでいることと第3条は関係がな い。「第3条の結果としてそうなったり、そうする義務を法律的に負うのではない」(外 務省条約局条約課の見解。『時の法令別冊日韓条約と国内法の解説』大蔵省印刷局 1966年)

この解釈の結果、事実上、わが国政府は日本を舞台にした韓国政府転覆活動を放置することになった。韓国では憲法の規定にもとづき、政府を僭称する団体 などを反国家団体として位置づけ、その構成員や支持勢力を処罰する国家保安法とい う法律がある。

同法第2条は反国家団体を「政府を僭称することや国家を変乱することを目的とする国内外の結社又は集団として指揮統率体制を備えた団体」と規定して いる。

同法に基づき国家情報院(朴正煕政権下では中央情報部と呼ばれていた)が反 国家団体などを取り締まっている。朝鮮民主主義人民共和国だけでなく、日本にある 朝鮮総連と韓民連(在日韓国民主統一連合、1978年に指定)も反国家団体とされてい る。

反国家団体の首魁は最高死刑と定められていて、韓国の法体系の中で重大な犯罪 者だ。ところが、日本政府は国内で活発に韓国政府を転覆することを目的として活動 する2つの「反国家団体」を放任してきた。

その結果、70年代に入り、野党大統領候補だった金大中氏が半亡命状態で日本に滞在し、朝鮮総連と背後で繋がりながら民団を分裂させようとしていた在日 韓国人活動家らと韓民統(後の韓民連)を結成する動きを見せたときも、日本当局は それを放置していた。

事実上の亡命政権的組織が東京で出来るかもしれないと危機感を持った中央情報部は韓民統結成の直前である1973年8月、金大中氏を東京のホテル で拉致して強制的に韓国に帰国させる事件を起こした。韓民統は金大中氏不在のまま、彼を初代議長にして発足した。

当時、日本外務省は、韓国の実定法に反する反国家活動をしていた金大中氏を保護していた(外務省が身分保障をして赤十字社にパスポートに代わる身分証 明書を発給させ、ビザを与えた)。

白昼、日本国内のホテルから自国の政治家を暴力 で拉致した韓国情報機関の乱暴なやり方は許されないが、その背後には日本外務省が 金大中氏の日本での韓国政府転覆活動を裏で支援して自由陣営の結束を乱し、ともに 戦うべき相手である北朝鮮を有利にしたことがあった。

金大中拉致事件の翌年1974年8月には、日本を実行拠点とする重大テロ 事件が起きた。文世光事件である。在日韓国人文世光は朝鮮総連生野支部政治部長の 金浩龍らによって洗脳され、大阪港に入港した万景峰号の船室で北朝鮮工作機関幹部 から朴正煕を暗殺せよとの指令を受けた。

文は大阪の交番から盗んだ拳銃と偽造した 日本旅券を持って訪韓し、独立記念日の行事会場に潜入して朴正煕大統領に向けて拳 銃を撃ち、大統領夫人らを射殺したのだ。

韓国政府は朝鮮総連と関連地下組織に対する徹底した取り締まりを日本に求めたが、日本政府は事実上それを拒否した。総連は捜査を受けず、文を洗脳し た総連幹部も逮捕されなかった。

それどころか、日本マスコミは朝鮮総連の宣伝に乗 せられてむしろ韓国政府批判のキャンペーンを行った。朴正煕政権による自作自演説 が報じられさえした。

国会では外務大臣が「韓国に対する北朝鮮の脅威はない」と答弁した。韓国では反日デモ隊が日本大使館になだれ込むという前代未聞の事件が起き た。朴正煕大統領は一時、国交断絶も検討したという。

横田めぐみさん拉致を国会で最初に取り上げた西村眞悟前議員は、この事件で日本当局が総連を捜査しなかったため、その後次々と日本人が拉致されたのだ と以下のように鋭く追及している(「西村眞悟の時事通信」電子版2013年12月20 日)。私も全く同感だ。

《問題は、日本のパスポートと日本警察の拳銃を所持して日本から出国し隣国に日本人として入国して大統領を狙撃するというほどの事件であるにもかかわら ず、また、金正日が認めるまでもなく、事件当初から朝鮮総連の関与が明白であるに もかかわらず、何故日本政府(田中角栄内閣)は、朝鮮総連の捜査をしなかったの か、ということである。

昭和49年の時点で、この捜査を徹底しておれば、その後の拉致は無 かった。宇出津事件も横田めぐみさん拉致もなかった。そして、大韓航空機爆破もな かったのではないか。(略)

しかし、朝鮮総連をアンタッチャブルとしようとする政治家の政治的思惑が最も大胆かつ露骨に捜査よりも優先したのは、明らかに文世光事件であった。

以来、内閣が替わってもこの思惑は生き続け、大統領狙撃指令に使われた北朝鮮の万景峰号も何事も無かったように北朝鮮と我が国をいろいろな物資と人物 を乗せて往復し続け、朝鮮総連も何事もなかった如く現在に至る。そして、日本人は 国内から忽然と拉致され続けたのだ》

文世光事件も日本人拉致事件も日韓の共通の敵である北朝鮮政権によって引き起こされたテロである。ところが、70年代に日本が反共姿勢を曖昧にして利敵 行動をとっていたため、文世光事件の結果、日韓関係が悪化し、日韓の当局の協力が 弱くなり日本人拉致を防げなかったという、日本の国益に反する事態が生まれた。

この日本の利敵行動は全斗煥政権になっても続いた。北朝鮮の脅威に対する危機感からクーデターで政権を握った全斗煥将軍らは、レーガン政権が進める世 界規模での共産勢力に対抗する軍拡路線に参与するため、韓国軍の近代化を行うこと を計画し、そのための資金援助を日本に求めた。

そのとき、日本外務省は「全斗煥体 制は、軍事ファッショ政権」だとして経済協力に反対した。当時の外務省の内部文書 (1981年8月10日付外務省文書「対韓経済協力問題」。小倉和夫『秘録・日韓1兆円 資金』講談社に収録)は次のように反対理由を挙げた。

《(一)全斗煥体制は、軍事ファッショ政権であり、これに対して日本が財政的てこ入れをすることは、韓国の民主化の流れに逆行するのではないか、とく に、金大中事件が完全に解決していないまま、かつ政治活動の規制がきびしく実施され ている現在、韓国に対して経済協力を行うことは、日本の対韓姿勢として納得でき ない。

(二)韓国への経済協力は、韓国への軍事的協力のいわば肩代わりであり、日・韓・米軍事同盟(強化)の一環として極東における緊張を激化させる。

(三)南北間の緊張が未だ激しく、南北対話の糸口さえ見出しえない現在、その一方の当事者である韓国のみに多額の経済協力を行うことは朝鮮(半島)政策 として理解しがたい》

この文書に表れている外務省の認識の決定的欠陥は北朝鮮政権の位置づけがないことだ。朝鮮戦争を起こして300万人を死亡させ、その後も繰り返し韓国へ のテロを続けるだけでなく、日本人拉致を行っていたテロ政権の脅威と、それとの対 抗のために完全なる民主化を遅らせざるを得ない韓国政治の実態を完全に無視する容 共姿勢に驚くばかりだ。

自由陣営の一員として共産主義勢力を共通の敵とする意識は全くない。この時点で外務省は日・韓・米軍事同盟の強化に反対していたのだ。全斗煥政権が ファッショならそれを支援する米国レーガン政権の外交をどう評価するのか、いや、北 朝鮮政権をどう評価するのかという根本的観点の欠落こそが、日韓関係悪化の第1の 要因だ。

■韓国の反日外交の始まり

日米韓同盟強化は日本にとって望ましくないという歪んだ容共姿勢は、少しずつ改善されてきた。特に90年代後半、韓国情報機関が人道的観点からある意味 超法規的に日本に提供してくれた横田めぐみさん拉致情報により日本は北朝鮮の脅威 に目覚めはじめた。

中国の急速な軍事的台頭を目の当たりにして現在の日本 は、限定的ながら集団的自衛権の行使を可能にする大きな政治決断をしながら日米韓同盟の抑止力を強化する方向に動き出した。

これに逆行して「共通の敵」への姿勢がおかしくなってきたのが韓国である。始まりは80年代に遡る。全斗煥政権は上記の日本の容共姿勢に業を煮やし、中 国共産党と日本内の反日左派勢力と手を組んでその圧力で経済的支援を得ようとする 歪んだ反日外交を開始した。日本軍慰安婦などの歴史問題で日本を糾弾している現朴 槿恵大統領の中国との「共闘」の原点とも言える。

1982年、日本のマスコミの誤報から始まった教科書問題で中国と歩調を合わせて韓国が外交的に日本を非難しはじめたのだ。問題の発端は「(旧文部省が) 検定によって政府が華北への侵略を進出と書き直させた」という誤報だったが、いつ の間にか韓国では「韓国・中国への侵略を進出と書き直させた」とする2つめの誤報 がなされた。

それなのに、鈴木善幸内閣は謝罪し検定基準を直して韓国、中国の意見を教科書基準に反映する異例の措置をとった。外務省は文部省の反対を押し切って それを推進した。

その後、中曽根政権が40億ドルの経済協力実施を決めた。中国と組んだ韓国の対日歴史糾弾外交は成功して多額の経済協力が決まったのだ。これ以降、韓国 政府は日本マスコミが提供する反日事案を外交案件としてとりあげ、テーブルの下で 経済支援を求めることをつづけた。

1992年1月、宮沢総理が訪韓した際、盧泰愚政権は朝日新聞などが行っ て作り上げた「強制連行」説に乗っかって首脳会談で宮沢総理に謝罪を求め、宮沢総 理はそれに応じて8回も謝罪した。このときも、駐日大使などが首脳会談で慰安婦問 題を取り上げることに反対したが、経済部署が日本からの技術協力などを得る手段と して取り上げるべきだと主張したという。

全斗煥大統領は韓国内で演説して、植民地支配を受けた原因である自国の弱さを直視しようと訴えるなど、朴正煕大統領とつながる健全な民族主義の精神を 持っていた。

日本から学ぶべきことは多いという認識も持っていたという。盧泰愚 大統領も慰安婦問題の実態を実は理解しており、日本のマスコミが韓国国民感情に火 をつけたと、正鵠を射る指摘をしていることは関係者がよく知っている事実だ。

韓国政治研究の泰斗である田中明先生は韓国の反日が「拒否する」反日ではなく「引き寄せる」反日だと次のように述べている(田中明『遠ざかる韓国』 晩聲社)。

《誰それがけしからぬというとき、われわれはそういう手合いとはつき合わぬ(拒否する)選択をするが、韓国の場合は違う。「汝はわれわれの言い分をよく 聞いて反省し、われわれの意に副う・正しい・関係を作るよう努力せよ」というおの れへの「引き寄せ」が流儀である。

それは一見・主体的・な態度に見えるかもしれな いが、詰まるところは、けしからぬ相手の翻意に期待する他者頼みの思考である》

他人のせいにせず自己の弱さを直視する朴正煕大統領や私の留学時代の友人K君の「反日」とは全く違う甘えをそこに感じざるを得ない。それが積み重なっ て韓国は日本人から尊敬心を得られにくくなっている。

その後、金泳三大統領時代から歴史糾弾外交の目的が変化した。それまでは経済支援が目的だったが、1995年、金泳三大統領が江沢民総書記と会った後に猛 烈に展開した反日外交は、国内での自身の支持率を上げることを目的としていた。

金 泳三大統領はそのとき、日本人指導者のポリチャンモリ(生意気な頭の中)を直すと 語り、竹島近海で軍事演習を行った。その年の夏、村山談話が出た直後の出来事だか ら、日本が謝罪をしないからでなく、韓国の内政上の目的があればいつでも反日が利用 されることが明らかになった。

李明博大統領の竹島上陸強行や朴槿恵大統領の反日告げ口外交も同じ文脈から理解できる。その意味で、日韓関係を悪化されている2つめの要素は全斗煥政 権以降始まった「引き寄せる反日」外交、すなわち日本からの支援や内政上の人気 回復のためのパフォーマンス外交を挙げざるを得ない。

■反日パフォーマンスを支える従北自虐史観

しかし、国交正常化50年を迎えても、反日パフォーマンスが支持率上昇につながるという韓国社会の状況は、自然にできあがったものではない。70年代末以 降、北朝鮮とそれにつながる韓国内左翼勢力が作り出した反日自虐史観が韓国社会を 強く束縛していることが、その根本に存在する。これが私の考える3つめの日韓関係 悪化要因である。

この呪縛から韓国社会が抜け出せなければ、今後の日韓関 係はより一層悪化し、韓国が自由主義陣営から抜けて、具体的には韓米同盟を破棄し、中国共産党の影響下に入るか、北朝鮮テロ政権主導の統一が実現するという悪夢の 可能性さえ存在すると私は危機感を持っている。

韓国社会をここまで反日に縛り付けた契機は、1979年に出版された『解放前後史の認識1』という1冊の本だった。それまで韓国の学生運動や反体制運動には 容共反米は存在しなかった。反日の半分は、日本の容共的姿勢を糾弾するものだっ た。ところが、朴正煕大統領が暗殺された年に出たこの本は、その枠組みを大きく揺 り動かす歴史認識を若者らに植え付けた。

巻頭論文を書いたのが宋建鎬だ。彼は長く新聞記者として朴正煕政権を激しく批判してきた反政府活動家で、1980年全斗煥政権下、金大中氏らとともに逮捕 された。彼は反日を入り口にして、大韓民国は生まれたときから汚れた国で、北朝鮮 こそ民族史の正当性の継承者だという当時の学生らに歴史観のコペルニクス的転換を 求める「解放の民族史的認識」と題する論文を書いた。その結論部分を訳しておく。

《この論文は、8・15が与えられた他律的産物だったという点から、我が民族の運命が強大国によってどれくらい一方的に料理され、酷使され、侮辱され、そ のような隙を利用して親日派事大主義者らが権勢を得て愛国者を踏みつけて、一身の 栄達のため分断の永久化を画策し、民族の悲劇を加重させたかを糾明しようとするも のだ。

過去もまた今も自主的であり得ない民族は必ず、事大主義者らの権勢がもたら され民族倫理と民族良心を堕落させ、民族の内紛を激化させ、貧富の格差を拡大させ て腐敗と独裁をほしいままにし、民衆を苦難の淵に追い込むことになる。民族の真の 自主性は広範な民衆が主体として歴史に参与するときだけに実現し、まさにこのよう な与件下でだけ民主主義は花開くのだ。

このような観点からすでに半世紀が過ぎた8・15が一体どのように民族 の正道から逸脱して行って、それによって民衆がどの様な受難を受けるようになった のかを冷静に糾明しなければならない必要性が生まれるのだ。

このような糾明はけっ して過ぎた歴史の糾明でなく明日のための生きた教訓になるのだ。8・15の再照明は このような点で今日のための研究だといわなければならない》

論文の中で宋は、韓国の建国の父である李承晩を徹底的に攻撃している。李承晩は手段方法を選ばない権力主義者で、米国をバックに日本の植民地統治に協 力した親日派を取り込んで分断の固定化に繋がる韓国単独政府を樹立し、親日派処分 を妨害し、土地改革を遅延させ、日本統治時代に利益を得ていた地主勢力と結託した--。

宋らが提唱した自虐史観の中心にあるのが、実は「親日派」問題だ。ここでいう親日派とは、単純に日本に親近感を持っているという意味ではなく、日本の 統治に協力して民族の独立を阻害した勢力という意味だ。

「解放前後史の認識」は80 年代に韓国学生街で大ベストセラーになった。79年から10年がかりで刊行された6巻 のシリーズで合計100万部売れたという。盧武鉉大統領も弁護士時代に同書を手にし て雷に打たれたような衝撃を受けたという。その歴史観を李榮薫ソウル大教授は以下のように要約している。

「日本の植民地時代に民族の解放のために犠牲になった独立運動家たちが建国の主体になることができず、あろうことか、日本と結託して私腹を肥やした親 日勢力がアメリカと結託し国をたてたせいで、民族の正気がかすんだのだ。民族の分 断も親日勢力のせいだ。解放後、行き場のない親日勢力がアメリカにすり寄り、民族 の分断を煽った」(『大韓民国の
物語』文藝春秋)

この歴史観に立つから、金日成が民族の英雄となり朴槿恵大統領の父親、朴正煕大統領は日本軍人出身だとして「親日勢力」の代表として非難されるのだ。この歴史観は、日本国内の左翼反日自虐観と呼応していることは言うまでもない。

恐ろしいことに、この歴史観は北朝鮮が一貫して維持してきた対 南革命戦略と見事に一致している。北朝鮮は韓国を植民地半封建社会と規定し、まず 米国帝国主義とそれに寄生する親日派勢力を打倒し、地主を追い出して農民を解放 し、その後、社会主義革命を行うという2段階革命論をとってきた。

宋らが6巻のシリー ズで主張した韓国社会認識はまさにこの土台の上に立っている。北朝鮮の工作がそこ に入っていないとみるのはあまりにナイーブな考え方だろう。

この歴史観は90年代以降、各界各層に浸透し、現在使われている韓国の小、中、高校で使われている歴史教科書もこの歴史観にもとづき書かれている。2005 年以降、一部の実証主義学者らが教科書改善運動を開始したが、彼らが執筆した歴史 教科書は今も、採択率ゼロだ。

朴槿恵大統領はまさに親日派の娘という批判を一番恐れている。その政治的資産は選挙に強いことだった。父親に対する絶対的支持層が彼女の基礎票とな り、その上に若者らの票をいかに積み上げるかがこれまでの政治活動の根底にあった。

だから、朴槿恵大統領は反日自虐史観に正面から対決せず、それと迎合し続けてい る。慰安婦問題は自虐史観派にとって格好の材料となっている。

朴槿恵大統領が慰安婦 問題に取り組まないと、慰安婦問題を抜きに日韓国交を正常化させた親日派の朴正煕 の悪業を隠蔽しているという理屈が成り立つからだ。

もちろん、当時を生きていた誰 もが慰安婦の強制連行などなかったことを知っており、だから韓国は日韓国交交渉で 一度も慰安婦問題を持ち出さなかったのだ。

自虐史観派から激しく非難されている李承晩大統領は「悪質的な独立運動妨害者以外に親日派はありえない」「倭政の時にいくら警察官だった人でも建国事 業に参加して大きい功績をたてればその人はすでに親日派ではない。

著しい親日経歴 がない人でも日本語をしばしば口にして日本食が好きで日本にしばしば行き来し、日 本が再進出してくることを待つ人ならば彼らこそ清算される親日派だ」と繰り返し明 言しつつ、日本時代に教育を受け実務経験を積んだ官僚、軍人、警察官らを建国過程 で使い続けた。

それが大韓民国建国に役立つと信じたからだ。この李承晩の信念を李 栄薫教授は「建国のための未来指向的な精神革命としての親日清算」と呼んだ。

朴槿恵大統領がその立場に立てば、北朝鮮の世襲テロ政権を共通の敵として歴史観や領土問題等をお互いに譲歩し合う、50年前朴正煕大統領が築いた日韓友 好関係に戻ることは十分可能だ。

すでに韓国内の自由統一を目標としている趙甲済氏 ら健全な保守勢力はそのような立場から日韓関係の改善を提起している。

50年前もそして今も、釜山に赤旗が立つことは日本の安全保障にとって最悪のシナリオだ。韓国が反日自虐史観を清算して自由統一を迎えるのか、あるい は、自虐史観に飲み込まれ北朝鮮の思うつぼにはまっていくのか、まだ勝負はついてい ない。(東京基督教大教授)

        産経新聞出版【月刊正論】2015.7.20
               (採録:松本市 久保田 康文)

2015年07月21日

◆広告から見る朝日新聞の経営状況

渡邉 哲也



穴埋め広告が急増

経済的側面から朝日新聞を考えてみたい。

朝日新聞とは「株式会社朝日新聞社」が発行する日刊の商業紙である。朝日新聞社は株式会社形態を取る「営利を目的とした私企業」にすぎない。

その収益は、読者の払う新聞の購読料と「広告収入」により成り立っている。新聞社の最も大きな収益源は販売店に手数料が入るチラシではなく、本紙に印刷されている「本紙広告」ということになる。

基本的に、新聞の広告代金は時価であり、明確な定価が存在するものではない。しかし、一応の目安は存在し、朝日新聞の場合、全面(15段)で4000万前後というのが朝日新聞社側が提示している参考価格ということになる。

この価格は年間の出稿回数や曜日、何面に掲載するか、期日の指定があるのかなどにより、いかようにも変動する。要は需要と供給の市場原理で決まっているわけである。 簡単に言ってしまえば、朝日新聞に広告を出したいと思う広告主が多ければ高くなり、少なくなれば安くなるわけである。

また、突然広告主が降りてしまったり、広告が集まらなくなった場合、これが「タダ同然」で販売されるケースも存在するのである。いわゆる穴埋め広告である。その意味では新聞広告というのは、新聞社の経営の健全性を測る一種の目安になるといってよいのだろう。

では、どんな広告が高いのかということになる。基本的に期日の決まったカラー広告は高い。例えば、何かのイベントに合わせた企業のイメージ広告や新発売に合わせた新商品の広告などがそれにあたる。

このような広告は単価も高いため、上場企業など有名企業でなければなかなか出せない。このような広告が多ければ新聞社の経営がうまくいっていると見て良いのだろう。

逆にどのような広告が安いのかといえば、

1.健康食品などの通販広告

2.旅行会社などの広告

3.書籍などの出版物の広告

ということになる。新聞の紙面がこのような広告であふれていたら、経営的には黄色信号と見て良いのだろう。一番危険なのは、系列会社や自社イベントの広告や社会啓蒙などの公共広告である。これは広告主が集まらず、穴埋めのために仕方なく入れた広告である可能性が高いからである。

実は、新聞に掲載することが出来る広告スペースは法律や規定で決まっている。新聞は郵便料金が安くなる第三種郵便の承認を受けており、この規定により全紙面の50%までとなっているわけである。

公職選挙法により、選挙報道を行うにはこの第三種郵便の承認を受けている必要があるため、事実上、紙面の50%に制限されているのである。

どこの新聞社も最大限の利益の確保のため、このギリギリのラインを広告スペースにしているわけだ。朝日新聞の場合、平均で40ページ程度なので20ページ分が広告スペースとして確保されているわけである。

新聞社の営業はこのスペースを埋めるために必死に営業を行うわけであるが、どうしても埋まらない場合、先ほどの穴埋め広告で誤魔化すしかなくなるわけである。単純に考えれば、広告が集まらないならば、記事を増やすことで対応すればよいのであるが、政治部や社会部など部別にある程度枠が決まっており、これを変えるのは簡単ではない。

また、年間の使用量に合わせ紙やインクを確保している為、紙面を減らすのも容易では無いのである。

朝日新聞には紙面を減らせない別の理由も存在する。なぜなら、全国紙の他紙よりも高いからである。競合する読売と毎日新聞が一部130円 産経新聞が110円であり、朝日は150円である。他紙よりも高い以上、ある程度のボリュームがなければ今以上の割高感が出てしまうからなのである。そのため、広告主がいなくなると穴埋め広告が増えるわけである。

昨年、朝日新聞問題が起きた時、穴埋めと思われる子会社の広告が急増した。これは広告主が企業イメージの悪化を恐れ、広告出稿を取りやめたことに起因するものと思われる。

また、このような子会社の広告にはもうひとつの問題も存在する。いくら子会社とはいえ、別法人である以上、広告費を払っているはずであり、これが朝日新聞の売り上げとして計上されているものと思われる。

これを悪用すれば、一種の売り上げの粉飾も可能なのである。100%の連結対象であれば、最終的に親会社子会社の間で利益と経費が相殺されるため、最終的には調整されるが、見た目の売り上げをよく見せることが出来るわけである。

6月25日に公表された朝日新聞決算書(2014年4月から2015年3月)によると 新聞事業4033億2500万円(前年比-7.9%)、セグメント利益29億8300万円(前年比-54.7%)と大幅な業績悪化が生じていた。

また、この数字は問題が発生する前の数字を含んだものであり、問題発生後だけで見ればもっと厳しかったのだと想像できる。

朝日新聞は新聞事業の売上の明細を公表していないため、具体的な実態をつかむことは出来ないが、この業績悪化の大部分が広告収入の減少によるものであると思われるのである。

■渡邉哲也(作家・経済評論家) 

1969年生まれ。日本大学法学部経営法学科卒業。貿易会社に勤務した後、独立。複数の企業運営などに携わる。大手掲示板での欧米経済、韓国経済などの評論が話題となり、2009年『本当にヤバイ!欧州経済』(彩図社)を出版、欧州危機を警告しベストセラーになる。内外の経済・政治情勢のリサーチや分析に定評があり、さまざまな政策立案の支援から、雑誌の企画・監修まで幅広く活動を行っている。 

産経ニュース【iRONNA発】2015.7.19
               (採録:松本市 久保田 康文

◆北戴河会議がまもなく開催される

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)7月20日(月曜、祝日)通算第4608号>  

〜北戴河会議がまもなく開催されるが
 江沢民、胡錦涛の反撃はあるか? 軍高層人事と上海、北京市長異動か〜


夏の秦皇島。北戴河は避暑地として知られるが。海岸へでると海水浴客でにぎわう。

ここに共産党長老たちと幹部が一同に会して、今後1年の方針を決めることは既定の事実だが、今年は反腐敗キャンペーンにより、ぞろそろと側近等が逮捕、拘束、失脚された江沢民がいかなる反撃を習近平になすか、注目される。

また嘗て右腕だった令計画をう失った胡錦涛も、黙ってはいないだろう。江沢民の上海派と胡錦涛の団派が結束して習近平へ抗議、反撃するチャンスでもある。

不穏な空気は習近平と王岐山への暗殺未遂が連続していることでも明らかで、軍のクーデタを防止するためにも、習近平は軍高官人事の刷新を大々的に行うことが予測されている。

すでに徐才厚と郭伯雄の失脚により、連座して失脚した軍人は合計190名に達し、このうち39名が高官で、うち4名が大将だった(博訊新聞網、7月18日)。

また上海特別市党書記の韓正と北京党書記の郭金龍が異動になり、国務院入りするのではないかと噂されている
 
習近平が先週、吉林省の延辺朝鮮族自治区を訪問した際も、軍は緊張し「暗殺防止」のため十数両の99式戦車、装甲車などを繰り出して、一部の軍内の不穏な空気をおさえたという。

この地区は徐才厚が「第16集団」の「大本営」を於いて睨みをきかせたことがあり、軍車両はさかんに延吉市内などを囂々とエンジンを響かせながら通過し「威嚇」行進をしたそうな。