2015年07月11日

◆大変転した共産党の憲法解釈

阿比留 瑠比



共産党の不破哲三前議長が7日、約4年ぶりにテレビ番組(BS11)に出演して気を吐いていた。老いてますます盛んなのはけっこうだが、その憲法論には得心がいかなかった。

集団的自衛権を限定容認する安全保障関連法案に関する違憲論をめぐり、司会者に「共産党は厳格に今の憲法を守る立場か」と聞かれた不破氏は「はい」と答え、こう続けた。

「憲法には国際紛争の解決の手段として武力放棄と書いてある。いくら解釈を持ち出しても、絶対に乗り越えられない壁だ」

だが、果たして共産党はこれまで、憲法やその解釈をそんなに大事にする立場をとってきただろうか。

共産党の野坂参三元議長は昭和21年8月、政府提出の「帝国憲法改正案」に対して各党が最終態度表明を行った衆院本会議で、憲法9条についてこう反対の論陣を張っていた。

「(国際的に不安定な状態にある)現在の日本にとってこれは一個の空文にすぎない。わが国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある」

共産党のナンバー4である政策委員長を務め、後に決別した筆坂秀世氏の近著『日本共産党と中韓 左から右へ大転換してわかったこと』によると、共産党は一貫して改憲政党だった。

また、共産党は現在も自衛隊を憲法違反の軍隊と位置づけているが、これは自衛隊は合憲とする政府の憲法解釈と全く異なる。政府解釈と正反対の見解を掲げる政党が、集団的自衛権をめぐる従来の政府解釈に限って「順守しろ」と言っても説得力に乏しい。

筆坂氏は著書でこう厳しく指摘している。
「(共産党は)自衛隊解消までに、もし急迫不正の侵害があったなら、共産党が与党ならば自衛隊を活用するが、与党でなければ活用しないという支離滅裂な方針を掲げている」

さらに共産党は、天皇に関しても「憲法解釈を見直した」(筆坂氏)。当初は天皇条項は「君主制」だとして現憲法の反動的条項と決め付け、「天皇制打倒」を主張してきたのに、国民に受け入れられないとみると「政治的権能を持たないから君主制とはいえず、打倒の対象とする必要もない」と憲法解釈を変えた。

共産党は現在、「安全保障環境の変化だけ振りかざして憲法解釈を180度変えることは立憲主義に反する」(井上哲士参院国対委員長)と政府・与党を批判している。だが、共産党自身が国際環境や時代の変化に合わせて柔軟に憲法解釈を変更してきたのだ。

そもそも、憲法9条をめぐっては、すでに政府解釈の一大転換がなされている。吉田茂首相(当時)は21年6月の衆院本会議で、「侵略された国が自国を守るための戦争は正しい戦争」と主張する野坂氏に対し、こう明言していた。

「国家正当防衛権による戦争は正当なりとせらるるようであるが、私はかくのごときを認むることが有害であると思う。ご意見のごときは有害無益の議論と考える」

つまり政府は当初、憲法解釈上、自衛戦争そのものも否定していたのだ。それが警察予備隊(25年創設)、保安隊(27年設置)、自衛隊(29年発足)…と国際環境の変化に基づく現実社会の要請を受ける中で、明らかに変わっていったのである。

今さら、政府解釈を少しでも変えることはまかりならぬといわれてもちゃんちゃらおかしい。(論説委員兼政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】 2015.7.9

                (採録:松本市 久保田 康文)

◆中国経済の崩壊が本当は始まっている

宮崎 正弘 



<平成27年(2015)7月10日(金曜日)通算第4594号 >

 〜ついにやってきた中国株の急落はどこまで?
   何度も警告してきたように、中国経済の崩壊が本当は始まっている〜


中国の株式市場を日米欧先進諸国の資本主義メカ二ズム同様に考えていると大火傷をすることになる。

上場企業情報の透明性、有価証券報告書、そして証券管理委員会(SEC)の厳しい目がある国々と、それがまったく機能しない中国との格差を、ものごとを考える出発点にしなければならない。
 
株式市場に上場されている大半の国有企業の公開情報は出鱈目、有価証券は虚偽の報告。SECは、あってもなくても同じ。

株価罫線(チャート)、「PER」(一株あたりの収益率)「PBR」(同純資産倍率)という株式形成理論はいっさい通じない。(だって、殆どがインサイダー取引だもの)。

中国の証券会社のロビィをじっくり観察すると、よく分かる。大きな電光掲示板。個人投資家たちは掲示板の赤いLEDの数字が入れ替わる度にどっと歓声を挙げたり、悲鳴を挙げたり、まるで鉄火場、日本での類似をあげると、場外馬券売り場、新装開店のパチンコ屋。その耳をつんざくような大声、阿鼻叫喚。

「この企業のPERは幾らですか?」と訊いても証券会社の窓口ではきょとんとしている。ロビィでの個人投資家たちの会話は「あの会社は共産党幹部の某某の息子が経営している」「この会社は習近平が最近2回視察した」等々。

つまり共産党との結び付きの強弱が株式を買うか、売るかの判定基準であり、最近の下落にしても「なぁに、大丈夫、共産党が救済に動き出すはずだからと言う暗黙のコンセンサスが投資家たちの意識にある」(サウスチャイナ・モーニングポスト、7月9日)。

銀行の不良債権を隠蔽するために、預金準備率を引き下げ(この半年だけでも実に四回)、財政出動による人工的な景気刺激策、不動産投資への過剰融資。

そしてGDPの48%が投資といういびつなDGP構造を指摘されても、強気の投資が続いてきた中国は、金融政策をフル動員しても、どうにもならない極限状態にきて、シャドーバンキング、理財商品という手口で銀行ならびに国有企業の延命を図らせた。

これらの政策(トいうより奇策の数々)を投入しても、もはやどうにもならなくなった。地方政府の起債も認め、太子党や幹部の関係しない企業の倒産を黙認し、最後の鉄火場に選んだのが個人投資家の金を巻き上げる株式市場であった。

「株は上がる」と、な、なんと人民日報と中央電視台がキャンペーンを張り、つられて個人投資家らが株式市場に参入した。

過去2年間で上海株式総合指数は2・5倍となった!

売り手は誰だったのか? もちろん決まっているでしょう。インサイダー取引を仕掛け、その前に株式を仕入れ、高騰したところでさっと売り抜ける。驚くなかれ、党幹部、国有企業役員、経営者等が、この売り逃げで巨富を手にした。


▲「株式の下落歯止めに失敗した中国」とニューヨークタイムズは報じた

値下がりに転じると、空売りをやってのけるのも、彼らである。

庶民は「え、そんなはずでは」と悲鳴をあげつつ、追い証の支払いに追われる。手持ちの株を売って現金をつくるから、また株は下がる。負の連鎖の始まりである。
 
暴落は「半値8掛け2割引」と昔から言われるように、おおざっぱにみても、ピークから68%下がる。上海株式総合指数は、おそらく1600台までの暴落となるだろう。

簡単に数字かすれば、2014年6月26日から上海株は高騰をはじめ(そのひの株価は2038・68)、ピークは1年後、2015年6月12日の5166・35だった。その2週間後(2015年6月26日)は4192・87だった。

定石的に「半値8掛け2割引」とすれば、当面は2583・32,次に2066・66となり、おそらく半年から1年後に1653・32となるだろう。

さて当局は株価暴落を防ぐために乱暴な政策を出動させた。

下落激しい企業の株取引を中断させ、先売りを禁止し、上場企業の経営陣と大株主に、今後6ヶ月の株式売却を禁止するという荒技にでた。

ついで、中央銀行は証券会社への特融(つまり潰れそうな証券会社に十分な資金を供給する)を許可し、債権市場での資金調達も許可した。


 ▲そして、93兆円が蒸発した

むろんトバッチリは日本にもやってくる。

中国とのビジネスが多い伊藤忠、コマツなどの株式は急落、中国が買収したラオックスにいたっては7月7日一日だけで10%以上の滑落となった。

2015年7月9日までに、上海株式市場から7600億ドル(邦貨勘案93兆4800億円)が蒸発した。この額面は日本の国家予算とほぼ同額である。

日本の投資家が中国株を買うのは香港経由であるため、日本では中国株を組み入れた投資信託がこれまで人気をあつめてきた。

この中国株関連の投信が急落をはじめ、たとえば「三井住友ニューチャイナファンド」は過去一年で63%下落、「野村新中国A株投信は100%強の下落、最悪は野村證券があつかう「上海株式連動投信」で118%もの下落である。

そして「下落の歯止めに失敗した中国」とニューヨークタイムズ(7月9日付け)が書いた。政策出動は失敗したのだ。(ギリシアのデフォルト? 規模が違うって)
 
やがて中国経済全体の崩落が始まる。

◆“お花畑”が死を招く

平井 修一



日本戦略研究フォーラム政策提言委員・ジャーナリスト・海外セキュリティコンサルタントの丸谷元人氏の論考『日本人のテロ犠牲者は忘れられたのか?致命傷になりかねない「健忘症」と「危機感」の欠如』から(6/17)。

<2013年1月にアルジェリアで発生したテロ事件で、10人もの日揮社員が殺害されて以降、わずか2年と少しの間に、新たに2件のテロ事件において複数の日本人が命を落としている。

斬首された写真まで公開された湯川遥菜さんと後藤健二さんの事件は、日本人に大きな衝撃を与えたし、これまで比較的安全とされていたチュニジアにおける博物館襲撃事件では、3人の日本人女性が犠牲になっている。

過去の歴史において、わずか2年と少しの間にそれぞれ別の国で発生した3件ものテロ事件で、15人もの日本人が命を奪われた事などあっただろうか。

にも拘わらず、これらの事件は、すでに多くの人々の中では風化しつつある。日揮の事件が発生した直後は、海外に展開する多くの日本企業が、セキュリティ体制の見直しを行おうとして積極的に動き回ったが、セキュリティ業界の関係者らは、「テロ事件から半年も経つと、企業の反応は以前とほとんど変わらないほどに鈍くなってしまった」と口を揃える。

つまり、先見の明があり、つねに危機感を有している一部の担当者以外の多くは、企業の上層部も含め、一斉に「喉元過ぎて熱さを忘れ」てしまったのだ。

この事は、政府もまた同じであり、テロ事件が起こる度に「情報収集力を強化せよ」とか「在外公館に対する防衛駐在官の数を増やせ」という議論になるが、それらもやがては忘れ去られてしまう。

今、国会では安保法制に向けた議論が盛んになっているが、そんな法律的な問題以前に、こんな日本人の「健忘症」こそが真っ先に問題視されるべきではないだろうか。

3人もの日本人女性が犠牲になったチュニジアの事件では、テロの背景や命を落とした被害者のことよりも、負傷した女性の1人に対する非難が大きな話題となった。

この女性が陸上自衛隊の三等陸佐(医官)であり、しかも、彼女が海外旅行に際して自衛官が出さねばならない届出を出していなかったこと、そして後になって「軍人らしからぬ」手記を出したことが大きく問題視されたのだ。

事件直後、当該医官は事件の様子を実に克明に話していたものの、一方では、まだ襲撃によるパニック状態でもあった。そんな彼女に向けて「自衛官のくせに情けない」といった声も上がり、前述の「渡航届け不提出問題」もあって、一気に当該医官に対するバッシングが過熱したわけだ。その結果、当該医官は帰国後すぐに自衛隊を依願退職したようである。

しかし不思議なのは、このチュニジアにおける一大テロ事件については、現地で命を落とした3人の犠牲者に関しては、その名前や年齢を含めてほとんど興味を持たれることもなく、また、この事件の背景にある、中東やアフリカの資源権益を巡る各国の凄まじい暗闘に関しても、多くのメディアや国民が真剣に知ろうとしなかったことである。

この襲撃に参加した武装集団の構成員の多くが、実は「2月17日殉教者旅団」というリビアの武装組織出身であり、同組織はかつて、米国務省の依頼を受けて現地の米国公館の警備まで行っていたという驚くべき事実など、まったく報道もされない。

つまり、あのような一大テロ事件が、「無断で海外旅行をし、銃撃されてパニックに陥った情けない陸自医官」に対する非難にすり替わってしまったのである。

ここに日本人の「内向きさ」があるが、これは問題を矮小化することで、厳しい現実から逃避するためには極めて効果的な手法だと言える。

確かに彼女が出した手記には、想像さえしなかった凄まじい襲撃を受けた一個の被害者としての思いが綴られており、精強であるべき三等陸佐(陸軍少佐)の書いたものとは思えない、とする気持ちも判らないではない。

国を守る幹部自衛官に対しては、「一般人よりはるかに強靭な精神を持っている(はず)」とする憧れや期待を多くの国民が抱いているからだ。

しかし、である。そこにはもう少しの「被害者に対する思いやり」があってしかるべきではないかとも思う。なぜなら、彼女はその渡航手続きに瑕疵があったとはいえ、自衛隊の実任務としてではなく、完全なプライベート旅行でチュニジアに行ったからである。

そして自分自身だけではなく、一緒に行った母親も手や首を撃たれている。そんな彼女らだけでなく、その周りでも次々と人が狙い撃ちにされたこの事件は、最終的には死者22人、負傷者42人を出す悲惨な結末を迎えたのである。

ちなみに、もし私が防衛省の側にあったら、あの負傷した陸自医官の退職など決して認めず、貴重な経験をしたその行動心理を徹底的に研究しようと試みるだろう。

なぜなら、実際に銃で乱射された中で、自らも負傷し、しかもまったく抵抗できない状態に陥った人間が、何を考え、どういう行動をし、またいかなる反応を見せるのかという問題は、その創立以来、実際の戦闘を行った事のない自衛隊にとっては、貴重な経験となるはずだからである。

特に、中東やアフリカを含む広大な地域における邦人救出が検討されている現在、同医官がくぐり抜けた地獄は、今後海外における展開が一層想定されるであろう自衛官の「メンタルヘルス対策」においても、貴重な考察を与えるに違いない。

南太平洋の治安の悪い地域で生活し、またイスラム過激派や強力な武装民兵集団が跋扈するような地域でセキュリティ対策の仕事をした人間として言わせていただくなら、実際に銃で撃たれるというのは本当に怖いもので、なかなか慣れるという事はない。それは軍人であろうが、一般人であろうが関係ない。

個人的に親しくしているある国の陸軍将校は、世界有数の特殊部隊に所属し、これまで東南アジアをはじめとする各地の戦場で実際に幾度もの戦闘を重ね、何人もの戦友を失ったという歴戦の強者であるが、どんなに訓練を受け、あるいは数度の戦闘に生き残った兵士でも、不意打ちを食らってしまえば、なかなかパニック状態から脱するのは難しい、と言っていた。

つまり、不意の銃撃を受けても平気なのは、ハリウッド映画の中のスター俳優くらいのものなのだ。

斯く言う私も海外において一度ならず撃たれた経験がある(幸いにも身体には当たらなかった)が、恐怖心は後になって当時を振り返った時の方が増大するもので、私の場合は、恥ずかしながら以前よりもはるかに「恐がり」になってしまった。

2年ほど前も、自宅で仕事をしていた際、家の反対側で新しい住宅を建設していた作業員らが、自動の釘打ち機で「パン、パン」と音を立てたのであるが、私はそれを「銃声」だと勘違いしてとっさにテーブルの下に隠れ、それを見ていた家内に笑われるという事があった。

普段は偉そうにしている一家の亭主としてあるまじき、今から考えても赤面すべき振る舞いを晒してしまったわけであるが、その時は全身が一瞬で凍り付き、鼓動が一気に激しくなったものだった。

そんな危険地帯を歩いたことさえなく、銃で撃たれたり、周囲の人間がバタバタと殺されたりするような極限状況に陥った経験もない人々が、実際に命を落とした方々のことさえ忘れてしまい、運が悪ければ自らだっていつかどこかで巻き込まれかねないテロ事件の本質に目を向けようとしないばかりか、不幸にもそれに直面した一人の女性に対し、みなで寄ってたかって非難をするというのは、あまり男らしい作法とはいえないと思うが、いかがだろうか。

少なくとも、そんな無責任な姿勢しか持ち得ない国民が、「テロの脅威」というものに本当に立ち向かっていけるとは思えない。

今、日本は、イスラム国からも名指しで攻撃のターゲットにされている。それどころか、アメリカ国務省のホームページにあるイスラム国を攻撃するための「有志連合」のリストには、我々国民が預かり知らぬ間に「日本」という名前がしっかりと刻まれているのだ。

つまり、今や我々はイスラム国を完全に「敵」と見做し、先方もこちらを「敵」と認識している、という事である。そんな相手から攻撃を受けてから「いや、知りませんでした」では済むはずもない。

そういえば最近、国土交通省の担当者が、国際空港におけるテロ対策などの重要資料などが入ったカバンを電車内で盗まれたという事件があったが、上下左右ともに、現実を見つめる「危機感」や「覚悟」があまりに足りないと危惧する次第である>(以上)

“脳内お花畑”が死を招くということだ。中共や北などのテロリスト国家を含めて、敵性国家、敵性勢力に対しては常に最悪の事態を想定し、警戒し、備えを固め、反撃力、攻撃力を高める。総じて抑止力を高めることが大事だ。

愛は地球を救わない。抑止力が秩序を維持するのだ。マキャベリ曰く――

「次の2つのことは絶対に軽視してはならない。

第一は、忍耐と寛容をもってすれば、人間の敵意といえども溶解できるなどと思ってはならない。

第二は、報酬や援助を与えれば、敵対関係すらも好転させうると思ってはいけない」

日本はこの掟を破って中共を支援し、今、中共による侵略の脅威にさらされている。「憎悪の連鎖を断ち切らなければならない」などと譲歩すれば、中共はそこにつけ込んで一歩前進する。やがては軒を貸して母屋を取られるのがオチだ。

日本とアジア太平洋の未来にとって、いち早く中国共産党、その支援者である岡田民主党、日共などを壊滅することが喫緊の課題なのだ。(2015/6/20)

2015年07月10日

◆私の「身辺雑記」(238)

平井 修一


■7月7日(火)、朝は室温23度、曇り、久し振りにフル散歩。百日紅のピンクの花が満開だ。

七夕だが、旧暦だと今日は5月22日、五月雨、梅雨の真っ盛りだから、ほとんど毎年、七夕は曇りか雨だ。いささか興ざめ。旧暦の7月7日は新暦の8月20日。これなら真夏で晴れている確率は高いから、七夕を旧暦で祝うところもあるだろう。

中共の謀略で日本軍と蒋介石国民党軍が衝突した盧溝橋事件は1937年7月7日。習近平は大事な反日記念式典を急遽、欠席したが、テロを警戒したのだろう。

支那事変当時、蒋介石は中共を主敵とし、「わが国(中華民国)は病んでいる。共産党は心臓病だから真っ先に手当てをしなけれならない。日本は皮膚病だから大したことはない」と言っていたという。結局心臓病が進行して中華民国は大陸から消えてしまった。

台湾へ逃れた国民党は未だに延命しているが、台湾人(日本統治時代は日本人)は国民党の強権支配でひどい目に遭った。国民党(外省人)政権が倒れれば圧倒的多数の台湾人(本省人)にとっては前進だが、マスコミを含む有力企業の多くは外省人が握っているから、中共とは今の政温経熱から政冷経熱に変わるくらいで、大きな変化はないのではないか。

それでも国名を正式に「台湾」に改めることはできるだろう。まずは名を正し(台湾正名運動)、そこから改革が進むのではないか。

1970年刊の王育徳著「台湾」(増補改訂版)から。当時は蒋介石が戒厳令(1947〜1987年)で台湾人を厳しく抑え込んでいた。

<今、台湾人は国府(国民党政府)の圧制から逃れようと、自由陣営に助けを求めている。自由陣営というとき、大多数の台湾人が最初に思い浮かべるのは日本である。ある青年は次のように訴えている。

「かつて台湾人を強制して日本を母国と呼ばせ、51年間、日本政府に税金を納めさせ、何十万の生命を日本のために棄てさせた日本は、台湾人の運命をどう思っているのか。

日本帝国陸海軍健在なりしころなら、台湾人の権益を侵害するものは、容赦なく台湾海峡に叩き込んだであろうが、今はただ『台湾は放棄した、帰属は未定のはずである』と涼しい顔をして言っているだけである。

せめて国連で発言の権利を持たない台湾人に代わって、台湾問題を討議するときは、台湾人の意見を尊重すべきである、台湾人を参加させないで台湾問題を討議するのは正義人道に反することであると主張してもらいたい
ものだ。

日本人がこれだけの誠意を示してくれたなら、南洋に散った何万の台湾青年戦没者の霊も成仏するであろう。私の兄もオオギミに召されてマニラで散華した一人だ。死んだ者の生命の償いはしなくても、生き残った者に対して、これだけの手向けをしてほしい」(1963年3月「台湾青年」より)

これもこれまでの日本の政治的ムードを見るに、どれほどの効果があるか、疑わしいとせねばなるまい。

しかし、台湾人は決して失望しない。正義の声は必ずやいつか人々の良心を揺さぶることがあろうと信ずる。台湾人が挫折することなく戦い続ける限り、必ずやいつか勝利を得ることができよう。

古来、独立を求めて戦った民族で、独立を獲得できなかった民族はないのである、その戦いの時間に長短の差はあったとしても>(以上)

世界最大の親日国である台湾に対して、かつての同胞である日本はあまりにも不人情ではないか。中共の脅威にさらされている国同士でもあり、パートナーとしての協力関係を強化することは双方の国益である。ポスト国民党政権ではこの関係強化を大いに期待したい。

台湾出身の黄文雄氏(評論家、台湾独立建国連盟日本本部委員長、1938年- )は6年ほど前だろうか、反中共の集会・デモ(台湾の声/林建良氏主催)で初めて顔を見た。先の本「台湾」にはこんな行(くだり)もあった。

<70年4月24日、訪米中の蒋経国(蒋介石の息子で2代目総統)がニューヨークのホテルで、台湾独立連盟員の黄文雄と鄭自才の二人によって狙撃されたとのニュースは、世界中を驚かせた>

同じ人物なら32歳で決起したことになるが、調べたら別人だった。

<黄文雄(1937年10月2日 - )は台湾の政治家・独立運動家・人権活動家。

日本在住の評論家黄文雄と生年・政治的な主張が似ており、しかも双方とも台湾独立建国連盟の関係者であるため、混同されることも多いが、全くの別人である>(ウィキ)

当時、評論家の黄文雄氏は米国に滞在していたようで(これまたややこしい)、公式サイトのプロフィールにはこうあった。

<黄文雄の著述が大きな注目を集めたのは、アメリカで在米華人向けに出ている華字の新聞『台湾公論報』で2年にわたり連載された記事で、台湾で『中国之没落』とのタイトルで地下出版された。当時、きびしい言論統制がなされていた台湾では、独裁強権体制のもと、台湾の反体制運動の必読書となり、幅広い人々に読まれ、多くの台湾人に勇気を与えた>

二人の黄文雄・・・因縁めいているが、Wで攻めれば効果がありそう。お二人が達者なうちに台湾独立が叶うといいのだが・・・

■7月8日(水)、朝は室温24度、曇り、2/3散歩。

換気扇の掃除にてこずってグッタリした。モーターを中心とした本体は半年間も放置していたから油でべとべと。危険水域だった。2時間ほど踏ん張ってどうにかきれいになったが、せめて3か月ごとには掃除すべきだ、とつくづく思う。

ところが人間は生来が怠け者だから問題を先送りする。まったくどうしようもない。

ことは換気扇だから、まあ大した問題にはならないが、改革を先送りした中共はかなりまずいことになりそうだ。習近平・王岐山コンビは株の暴落を買い支えろと証券会社に命じたが、資金はたったの2.4兆円。これでは焼け石に水、今日も中国株は下落した。

あろうことか「8日の中国株式市場の上海、深セン取引所では約1300社の企業が売買停止。全上場企業2808社のうち約45%が売買できない状況となっている。市場の警戒感を強めているのは、中国政府のあわてぶりだ」(ロイター8日)。

2008年のリーマンショックの時に中共は50兆円をばらまいて危機を終息させた。今はたったの2.4兆円。金欠病じゃないか。

支那の王朝は基本的に地方分権だ。地方政府に任せ、「この額を上納せよ」とミカジメ料を求めるだけ。地方政府の役人はそれさえ守れば、後は好き放題。蓄財、蓄妾、酒池肉林、もうやりたい放題。年一回の報告書で財務状況を記すのだが、「数字で出世する」国柄だから、嘘八百を書く。

中央からは誰も監査には来ない(来ても接待漬けで籠絡する)から「わが省の国庫には100兆円あります」と書く。実際は空っぽ。こんなのは日常茶飯事だった。

中共は外貨準備高は○○億ドルとか言うけれど、実際にあるかどうかはまったく不明だ。インチキ投資銀行などで金を集めようとしているが、手元不如意のために詐欺に手を染め始めたのではないか。

以前なら土地の利用権を売れば金になった。国有企業を上場させれば、これまた金になった。二大「打ち出の小槌」だ。

ところが今は誰も買ってくれない。デベロッパーは売れない物件を抱えて真っ蒼になっている。投資家は持ち株を売り逃げしたいが、誰も買ってくれない。新規上場株を買うどころじゃない。

中流階級は皆、首を吊るしかない、と絶望し始めた。上流階級はとっくに逃げた。投資と無縁の貧民は、これまたとっくに絶望し、暴動の機会を待っている。中共中央は事態を沈静化、さらには好転させたくても金がない。金がなければ絶望の人民を救えない。

人民に、米と肉入りスープと野菜炒めと温かい寝床を約束したから中共は独裁を容認された。今は確かに飢えはなくなったろう。しかし、貧しさというのは相対的なもので、1日200円、1か月を6000円で暮らしている6億人は、その一方で半年分の3万6000円でディナーを食べている富裕層を見ているのである。

惨めになるわな。やってられない、と絶望的な気分になるわな。日本の幕末もそんな気分が蔓延していた。

<1859年(安政6)、信州伊那郡南山36ヶ村の強訴では、「(役人が)徒党強訴は天下のご法度だ、村々の制札にある第一の御制禁だぞ、不埒至極の者なり、と仰せられ候えば、(強訴の)総代お答えに、『その徒党強訴を致すようなこと、誰がし出しました。皆お前のなされ方がよろしくないゆえ、かく一同お願い申し上げるのでござる。

道は天下の往来、お通し下されずとも通ります。お縛りなされても、お斬りなされても、通れるだけの者は通ります。千五六百人お縛りなされてもお殺しなさるとも思し召し次第、きっと通ります』

と言った(「南山一件文書」)>(北島正元「江戸時代」)

凄い覚悟だ。追い詰められた人民は「惨めな暮らしを続けるより、命懸けで明日にかけるのだ、搾取階級を倒して富を分配するのだ、もう死んだって、今の暮らしより増しだ」と決起するのは、いつの時代、どこの国でも同じなのだろう。

中共崩壊・・・中共は「大躍進」運動での餓死者3000万人を含めて8000万人を殺したという。血は血で贖うのが筋だ。中共党員は奇しくも8000万人。これを絶滅すれば殺された人々の慰藉になるだろう。

殲滅されたくない党員はさっさと脱党し、海外逃亡することだ。小生は「去る者は追わず」主義だが、人民は「墓を暴く」ほどの怨み骨髄的執念があるから、海外で誅されるかもしれない。ま、自業自得だが。

■7月9日(木)、朝は室温24度、曇り、フル散歩。

子供の頃、わが街にはインテリが2人いた。インテリ、知識人、文化人はほとんど死語で、今は「有識者」と言うようだ。戦後にチヤホヤされた「進歩的知識人」なんて今では暗愚のようにバカにされている。「岩波文化人」なんて「ただのアカ≒バカ」になってしまった。

わが街のインテリだが、1人目は弁護士の茅根さん。今は孫の代で、先日、古くなった家を壊していた。敷地は50メートル四方もあり、20本ほど10メートルを超す椎の木があり、鬱蒼としている。以前は30本ほどあったが、かなり整理されたとはいえ、ほとんど森の風情だ。

敷地の南側にワンルームマンションを持っており、その名も「椎の木ハイツ」。茅根さんは代々、椎の木が大好きなのだろう。

自宅を建て直すかと思っていたら、御主人はマンションに手を加えてそこで生活を始めたようだ。敷地の門扉を撤去したから誰でも入れ、小生も散歩がてらに入ってみたが、日が射さないからじめじめしており、蚊に刺された。自然があれば蚊もいる。

茅根家とわが家は付き合いはないが、2人目のインテリの沼尻さんとは交流があった。沼尻さんは労働医学の研究者で、郷土史家でもあり、「宿河原周辺の伝説と史話を尋ねて」という著書は、小生の基礎知識になっている。

奥さまは薬剤師で薬局・化粧品店を経営していた。娘さんも薬剤師だったが、娘さんが年頃になって、何と小生の従兄(本家の次男)に一目ぼれ。「一緒になれないのなら私は一生結婚しません」と言うので、周囲は大慌て。小さな街の大事件に。

これにわが母が俄然興奮して、「おばさんに任せなさい」。従兄は渋っていたが、「惚れた相手と一緒になりたいというのは分かるけれど、惚れられて一緒になってごらん、一生大事にされるよ、おばんさんを信じなさい」。

数年後には従兄は母に「ほんと、おばさんの言った通りだよ、俺は大事にされ、本当に幸せだ」としょっちゅう言っていた。

沼尻家にとっては母は縁結びの神様だから、それはもう感謝感激。小生がナニを買いに行くと、もうひと箱とドリンク剤数本もサービスしてくれた。母が亡くなっても中元歳暮を欠かさないので、小生はいささか心苦しく、謝辞しつつお断りしたものだ。

世話好きのオバサン・・・濃厚なコミュニティが消えると、そんなオバサンもいなくなった。マンションはどんどん建つが、歩いているのは知らない人ばかり。無住の戸建ても目立ってきた。都市化というのは結構味気ないものだ。

今夜は集団的子育て、クリームシチューなどでもてなす。(2015/7/9)

◆ギリシャ民族主義の反撃 

〜黄昏の欧州国際主義〜
宮家 邦彦


ギリシャの衆愚政治が止まらない。5日の国民投票で有権者は国際債権団の財政緊縮策を大差で拒否した。事前の予想に反し、「反対」の声は61%を超えた。今ギリシャ・欧州で何が起きているのか。ギリシャ問題はEU加盟国のユーロ圏離脱にとどまらない政治経済の複合現象だ。欧州の現状を正しく理解するには若干の因数分解が必要だろう。

経済合理性から見れば答えは簡単。ギリシャ人はユーロを諦め、ドラクマ(かつての使用通貨)に戻るしかない。そもそもギリシャにはユーロ圏に入る資格も能力もなかった。

そんな国がユーロを採用すればどうなる か。現下の惨状は5年以上も前から一部で懸念されていた。ユーロ圏EU 諸国はそんなギリシャに厳しい緊縮財政を強いた。

結果的にギリシャのプ ライマリーバランスは黒字化したが、国家経済全体は見事に収縮した。こ れでは経済成長など望めず、借金返済どころではない。要するに、EUが ギリシャに求めた緊縮政策は成功しなかった
のである。

「欧州の乞食にはなりたくない」「自分たちは怠け者ではない」。国 民投票直後、心あるギリシャ人たちは口々に将来への漠然とした不安、懸念を吐露した。

ギリシャ国民が二兎(にと)を追っていることを内心自覚しているからだろうか。チプラス首相は今回の結果を「ギリシャ民主主義の勝利」と表現したが、首相がいかに民主主義発祥の地と自画自賛しても、ギリシャ内政の実態は典型的な衆愚政治だ。同首相はギリシャ人のEUに対する反感とユーロ圏残留への期待を逆手に取って政権の生き残りを図ったにすぎない。

国内・国際を問わず、政治現象を経済合理性だけで説明することはできない。ギリシャ問題は、現在東西を問わず、世界各地で顕著となりつつある「民族主義復活」の一環である。今回のギリシャ国民の「ノー」はEU的な欧州国際主義に対するギリシャ民族主義の反撃なのだ。

そもそも、なぜEUは作られたのか。それは第2次大戦後の冷戦が続く中、米ソのはざまで埋没しつつあった欧州がその生き残りを賭け「政治統合」を目指したからだ。

(軍事同盟の)NATOとは異なり、EUに米国 の影響力は及ばない。EU・ユーロは経済的合理性だけでなく、政治的戦 略性、地政学的独自性の観点からも理解すべきだ。

欧州大陸でのギリシャ の地政学的重要性は論をまたない。だからこそEUはギリシャをユーロ圏 に入れたのだろう。その意味でEU主義、ユーロ圏構想の本質は、欧州の 地域国際主義に基づく欧州全体の生き残り手段の一つである。

残念ながらギリシャはこのような欧州国際主義の期待に応え得なかった。産業革命前まで地中海の恵を享受したギリシャは欧州の先進地域だった。

だが、科学技術の進歩に伴い第2次産業の優位が確立する中、第1・3次産業が中心のギリシャ・ローマ・地中海文明は比較優位を失う。

現在ギリシャは欧州の一部であると同時に、エジプト、チュニジア、レバノンなど旧地中海文明の開発途上国でもあるのだ。そうだとすれば、ギリシャ問題を「北欧州近代文明圏」と「旧地中海文明圏」の対立と見ることも可能だ。

それではEU・ユーロ圏は今何をすべきか。ユーロ圏の動揺が政治的に容認不能なら、まずはギリシャ政府の統治能力回復が不可欠だろう。今の衆愚政治が続く限り、ギリシャ経済に明日はない。

だが、当然これでは不十分。ギリシャのユーロ圏加入が経済合理性より欧州政治統合を優先した結果だとすれば、問題解決には経済合理性だけでなく、政治的資産再配分が必要となる。その鍵を握るのはもちろんドイツだ。ドイツを中心とするユーロ圏の勝ち組がその政治的責任を果たさない限り、EUが目指す政治統合など夢物語に終わるだろう。

                ◇
                  
【プロフィル】宮家邦彦

みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
産経ニュース【宮家邦彦のWorld Watch】2015.7.9

◆世界遺産でゴネた強制性の意味

古田 博司



国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は「明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産に登録することを決めた。これまでご努力なさってきた方々に祝賀と慰労の言葉を贈りたい。

 ≪繰り返される韓国の要求≫

だが6月29日付の「正論」欄で、私は次のように予告しておいた。 「今回の世界遺産申請抱き合わせでもわかるように、韓国の自律行動は、 ゴネ、イチャモン、タカリという至極低劣な『民族の最終独立兵器』によって全うされるのが常」「この点に関しての彼らの『恥』意識は存在しない」「むしろ今後、さまざまな要求を抱き合わせてくる可能性がある。
わが国が注意しなければならないことはむしろこちらの方」だ、と。

佐藤地ユネスコ政府代表部大使は「1940年代に一部の施設で大勢の 朝鮮半島の人々などが意に反して連れてこられ厳しい環境下で労働を強い られた」「この犠牲者のことを忘れないようにする情報センターの設置など、適切な措置を取る用意がある」と述べたという。

だが気を付けなけれ ばならない。韓国は「明治日本の産業革命遺産」の標榜や情報センター表 示の文言に、確実に「強制性」を盛り込むように、ゴネとイチャモンを国 内外のさまざまな団体を使って繰り返すことであろう。

なにしろ会場の外に来ていた反日団体と、韓国の代表団を率いる趙兌烈外務第2次官が、手を取って激励し合う姿をNHKの報道で見てしまった。この趙氏が日本側の言及した措置について、世界遺産委員会に対し確実に実行されるか検証するよう求めたのだった。

米軍進駐により棚ぼた式に独立を手に入れた韓国には、もとより国家の正統性がない。少なくとも独立運動で戦った生き残りは北朝鮮の故金日成主席の方で、こちらに正統性がある。そこで韓国ではさまざまな歴史の捏造(ねつぞう)を繰り返し、ドロップアウターやテロリストを英雄にせざるを得なかった。

日韓併合は不法であり、彼らが日本の不法と戦い続けたという物語を作成し、日本人に同化して生き続けた統治時代のコリアンの生を無化しようとしたのである。だが、朴槿恵大統領の父、朴正煕氏が満州国軍の将校、高木正雄だったことや、結局、世界を魅了し得なかった韓国近代文学の祖、李光洙が香山光郎と名乗ったことを否定することはできなかった。

 ≪残るは「徴用工」問題≫

否定するには、強制されてやむなくそうしたのだという口実が必要なのである。「強制性」さえあれば、不法だったと言い訳ができる。日韓併合自体を不法だとする主張は、既に2001年11月に米ハーバード大学、 アジアセンター主催の日・米・英・韓の学者による国際学術会議で退けら れた。

今回「強制性」から不法を導くというのはいわばからめ手である。

「慰安婦」「徴用工」も「強制性」を剥奪されれば、ただの同化日本人にすぎない。朝日新聞が「従軍慰安婦」の誤報を認めたことで「強制性」の大半は剥奪された。残るは「徴用工」で、韓国は必死に挑んでくることだろう。

問題はそもそも国初をめぐるボタンのかけ違いにあった。たとえ棚ぼた式独立だとしても、民主主義、法治主義、基本的人権の尊重などが満たされれば、韓国は立派な近代国家としての正統性を得ることができ、北朝鮮のような無法国家を凌駕(りょうが)できたのである。しかし、そうはならなかった。

法治主義は、司法の為政者に対する「忠誠競争」により劣化し崩壊した。人権の尊重は、セウォル号沈没やMERS(マーズ)感染拡大に見られるように停滞し、さらに恐ろしい半災害・人為的事件が引き起こされることが予測される。

 ≪「反日」めぐる危険な共闘≫

内政は破綻し、外政で追い詰められる朴槿恵大統領は、政治家としてはいたく素人である。すでに政府や軍の中に北朝鮮シンパがたくさんいるのだ。外相の尹炳世氏からしてそうである。

彼は盧武鉉大統領(03年2月〜08年2月)の左翼政権時代に国家安全保障会議(NSC)室長、外務省次官補、大統領府外交安保首席秘書官など外交分野の実務や重要ポストを歴任し、盧武鉉・金正日氏による南北首脳会談実現の立役者となった。

尹氏は政権が代わると09年からは西江大学(朴槿恵大統領の出身大学)の招聘(しょうへい)教授となり、10年末に発足した朴氏のシンクタンク「国家未来研究院」で外交・安保分野を担当し、朴政権で外相になった。「国家未来研究院」時代の同僚を洗うと、北朝鮮シンパがゴロゴロと出てくる。

今回の世界遺産登録で、反日団体と趙兌烈外務第2次官が手を取って激励し合っている姿に、私は従北勢力の市民団体と政権内部の北朝鮮シンパとの「反日」をめぐる危険な共闘を見るのである。

恐らくアメリカは、政府内部、軍内部のリストアップをより着実に行い、韓国が南ベトナムにならないための担保として、高高度防衛ミサイル(THAAD)設置を踏ませようとしているのであろう。絵踏みしなければ米軍撤退はより確実なものになるだろう。

(ふるた ひろし・筑波大学大学院教授)
                産経ニュース【正論】2015.7.9
 

◆東大卒に気を付けろ

平井 修一



小生は近年「東大卒(特に法学部)」を警戒するようになったのだが、「≒バカ≒異常≒病気」と思うしかないケースが実に多い。東大生、東大卒は発達障害が目立ち、対人関係が上手く作れないという記事もあった。

一番大きな問題は、この手のイカレポンチが上級国家公務員になり、政権中枢に相当はびこっていることだ。由々しき事態である。

東大卒なら大学院レベルだろうに、なぜ変人奇人が多いのか、以下の論考を読んで納得した。加藤俊徳氏(医学博士、加藤プラチナクリニック院長)の論考「なぜ偏差値の高い人が、他人を困らせるのか 脳の力は偏差値などで評価できるものではない PHP新書『高学歴なのになぜ人とうまくいかないのか』より」(衆知7/6)

<*脳は鍛えれば一生涯成長を続ける

人間の脳は、誰でも総合力に大差はない。ある分野で優秀な人たちは、脳の特定の部位──私はこれを「脳番地」と呼んでいる──を上手に使っており、それを継続的に発達させる生活を送っているのである。

彼らの優秀さは、誤解を恐れずにいえば、ほかの分野の能力を犠牲にすることで成り立っている。ある能力を伸ばすためには、ほかの能力に目をつぶらなければならないからだ。天才と呼ばれる人の脳をMRIで診ると、発達していない脳番地が一般人よりはるかに多いことがわかる。

「すべての能力が突出した天才もいるのではないか」

と言う人もいるが、脳科学者の立場からすると、それはほぼ幻想といってよい。

実際、多くの人がイメージする天才は、変人と紙一重である。変人とは、脳科学的にいうと、脳の成長が変わっているタイプのことだ。

彼らの脳は、自分の専門分野には凄まじい能力を発揮するが、人当たりの良さや、他分野への柔軟性には欠けることが多い。ときには、自分の専門性に対するプロ意識を、気がつかないうちに他人にも向けていることがある。

それは一概に悪いことだとはいえない。世界中の誰もが柔軟性があって、ものわかりのいい人ばかりだったら、天才は生まれないし、文明もここまで進歩しなかったのではないかとさえ考えられる。

では、先に述べたような高学歴・高偏差値の人たちに見られるさまざまな問題も、しかたないですませていいのだろうか。私はそうは考えていない。日本で評価される頭の良さは、たいてい従来型の能力観によるものである。学業や学歴を基軸とするこの能力観は、人生の初期段階で瞬間最大風速を測るようなものだ。

人間の脳は30歳前後で成長が一段落するものの、そのあとも鍛えれば一生涯にわたって成長を続けることがわかっている。20歳そこそこの時点での、しかも学業成績という一面的な能力だけで判断するには、人生は長すぎるし複雑すぎる。

自分が変わらなくても、自分をとりまく社会環境は、日々、変化している。そのため、環境の変化に対応できるように能力の変化が脳に起こらなければ、20歳から30歳くらいまではうまくいっても、100歳までもたせることはできない。

私たちは、こうした従来型の能力観を乗り越えなくてはならない。人生の早い段階で、限定的な教材や教科に基づいて高い偏差値をめざす教育は、人間が本来もっている多面的な能力に蓋ふたをして、特定の場面でしか使えない能力ばかりを伸ばそうとしてきたといえる。つまり、特定の脳番地だけを発達させてきたのである。

*脳番地で能力の偏りがわかる

では、脳番地とは何かについて、ここで説明しておこう。脳番地とは、同じような働きをする脳細胞の集まりと、その脳細胞を支えている関連部位を総称したもので、私は脳全体をおよそ120の番地に分けている。これらの機能は、その働きの種類によって、いくつかの機能系にまとめることができる。代表的なものが、次にあげる8つの系統である。

脳は脳番地ごとに成長するので、普段の生活でも、どの脳番地を育てるかを意識することが大切である。(簡略する)

◇思考系◇感情系◇伝達系◇運動系◇聴覚系◇視覚系◇理解系◇記憶系。

現代社会の価値観では、一部の脳番地を鍛えた人だけが高く評価される。
偏差値で表すことができるような、ごく一部の脳番地だ。だが、脳の力は本来、偏差値などで評価できるようなものではない。

伝達系の脳番地が発達している人も、運動系の脳番地が発達している人も、どちらも脳を鍛えた人である。

脳を番地ごとに見ていくと、いままでは評価されにくかった能力、表に出にくかった能力を個別に評価することができる。生まれたときから発達した脳の持ち主などおらず、脳を鍛えるためには一定の時間が必要である。

ただ、特定の脳番地を伸ばせば、手の届かないところが出てくる。光があれば影ができるように、鍛えた脳番地があれば、影になる脳番地も出てくるのだ。

*受験勉強で脳の一部を鍛えすぎてひずみが生じる

高学歴・高偏差値の人は、特定の脳番地だけが突出して発達しているといえる。それは脳にひずみが生じていることを意味する。こうした脳のひずみを軽視してはいけない。どんな人にも得意・不得意な脳番地がある。つまり、脳のひずみは程度の大小はあっても、誰もが共通してもっているのだ。

だが、いわゆる頭のいい人は社会で高く評価され、ひずみがあるとは思われてこなかった。従来の学力を重視する能力観の社会では、この問題に気づけなかったのだ。偏差値が高い人の脳のひずみは、社会全体がつくってきたものだともいえる。

彼らは、脳でいえば、左側頭葉(おもに記憶系の脳番地)を著しく発達させている。私はこれまでに多くの脳画像診断を行ってきたが、それが画像にはっきり現れている。いや、むしろ、左側頭葉の記憶系の脳番地を発達させていなければ、難関大学や医大に合格することは難しいだろう。

こうした特定の脳番地だけに特化した生活を続けた結果、10代で生じた脳のひずみは、大人になっても影響が続く。

学生時代までは、家族や狭い交友範囲でそれほど目立たない。しかし、社会に出ると、あらゆる年代や層、異性とのつきあいで広いコミュニケーション能力が求められるため、人間関係で齟齬が表面化し、際立ってくるのだ。

この表面化が、彼らに人生の2面性をもたらす。1面として、ますますコミュニケーションがとりにくくなり、内向し、自閉化していく。ときにはうつや引きこもりを生む。もう1面は、内向せず、むしろ「高学歴なのにイヤなやつ」へと社会化される。

そうした彼らは弁も立つし、内容は論理的に見えるし、会話だけを見れば間違っていないどころか、正しいと思えるくらいだ。そして、本人は、「なんでこうもバカばっかりなんだ」「ほんと、使えないやつばかり」と嘆く。まわりの人も、「あの人は頭がいいから、私のことがバカに見えるんだ」ととらえてしまう。

なぜ、大人なのに、人間関係がうまくいかないのか。それは本人だけでなく、周囲も「頭がいいから」と納得していたからだ。学業優秀であれば、学業がダメよりましなはずだ、と誰もが思い込んでいる。たんに左側頭葉が極端に発達したにすぎないのに、彼らの脳画像を診断しなければ、それに気づけなかったことが問題であった。

高学歴の人ほど周囲とコミュニケーションをとりにくいのは、現代社会でもっとも目立つ例といえるだろう。そうした社会現象が、会社などの組織運営を困難に陥らせることが多い。というのも、彼らはリーダーになりやすいし、たとえ新人でも有名校出身だからと高く評価され、チームに影響をおよぼしやすいからだ。

だが、この現状は改めることができる。脳には必ずひずみがあり、高学歴の人には特有のひずみが出やすいことに、まずは気づくことが重要である。脳のひずみを許容し、社会が広く理解するようになれば、コミュニケーションはもっと豊かに広がるはずだ>(以上)

つまり「東大出」と聞いたら、まずは警戒し、観察し、対策をとることが大切だ。良識やら常識を期待してはいけない。「得意分野を持った一種の精神障碍者、変人奇人」だと見て、上手く使いこなすことが大事だろう。

運輸省航空局の課長、JTBや阪急交通社の部長などなど・・・小生が出会った東大出はやはり一風変わっていたが、幸いにも人畜無害だった。他の大学出はベストからワーストまで色々。近畿日本ツーリストの創業者の甥っ子は最低だったっけ。思い出すだけで今でも不愉快になる。(2015/7/8)

2015年07月09日

◆安保法案衆院採決前に緊張走る

水内 茂幸



脳裏をよぎる民主「ガソリン値下げ隊」の悪夢 

政府・与党は7月中旬にも、衆院で安全保障関連法案の採決に踏み切る方針だ。廃案を狙う民主党は徹底抗戦する構えで、永田町は早くも緊張感が高まっている。

こうした与野党対決で思い出すのは、平成20年の「ガソ リン国会」の2つの監禁事件だ。

民主党「ガソリン値下げ隊」は、衆院本 会議の開会を実力で阻止するため、笹川堯衆院議院運営委員長(当時)や 河野洋平衆院議長らを国会内の部屋に幽閉。安保法案の採決でも7年前の ような凶暴さを見せるのだ
ろうか。

「ガソリン国会」とは、20年3月末に期限の切れるガソリン税などの 暫定税率を10年間延長する歳入関連法案をめぐる、苛烈な与野党攻防を 指す。当時はガソリンの価格が高騰。民主党は関連法案を廃案にすることで、暫定税率分に相当するガソリン1リットルあたり約20円の「値下げ」を実現しようとしたのだ。

当時は衆参勢力が異なる「ねじれ国会」。与党の自民党は、法案を参院送付後60日たっても採決しない場合、衆院3分の2以上の賛成で再可決する憲法59条の「60日ルール」の適用を検討。

さらに課税期間が確実 に途切れないよう、同年1月29日夕、4月以降も関連法案が成立するま で暫定税率を維持する「ブリッジ法案」を衆院に提出した。

最初の事件はブリッジ法案の提出直後に起きた。当選1、2回生の「値下げ隊」約50人は同日夜にひそかに集結し、法案採決のための衆院本会議の日程を協議中の議運委理事会室に乱入。

うち数十人が内側からドアを封 鎖し、開会を決める笹川氏らを監禁した。騒動は民主党の山岡賢次国対委 員長(当時)が組織的に立案したも
のだ。

民主党の狙いは、再可決の日数を逆算し、1月末までにブリッジ法案を衆院通過させないこと。1日間でもガソリン価格の値下がりが実現すれば、世論が動揺し、政府・与党の悪評が沸騰すると考えたのだ。

当時、現場を取材していた記者は、ためしに監禁中の理事会室のドアノブを引っ張ってみた記憶がある。ドアは簡単に数十センチ開き、隙間から満員電車のように折り重なった民主党議員の姿が見えた。

ただ「なんだお 前は!」と驚いたような怒号とともに、ドアは勢いよく閉まった。笹川 氏は「トイレに行かせてくれ」と懇願したが、民主党議員は聞く耳を持た なかったという。

数時間に及んだ監禁劇は、自民党国対族の連係プレーで鎮圧された。小坂憲次国対委員長代理(当時)が理事会室前で「間もなく衛視が強制排除を始める!」と最後通告した刹那、笹川氏は国会本館2階に位置する理事会室の窓から飛び出し、ベランダを伝って隣室に脱走。

建物内に入り直 し、翌日の衆院本会議開会を宣言した。小坂氏らは携帯電話で笹川氏と連 絡を取り合い、動き出すサインを決めていた。

「ガソリン国会」における監禁事件は、これだけではなかった。

その後、衆参両院議長のあっせんを受けた与党はブリッジ法案を撤回。歳入関連法案は2月29日に衆院を通過したが、野党は「年度内に参院で一定の結論を得る」との約束をほごにし、4月から暫定税率が一時的に廃止された。

第2ラウンドは、参院で一向に法案を採決しない事態に業を煮やした与党が衆院再可決を目指した4月30日にゴングが鳴った。

この日、ガソリン値下げ隊が狙ったのは、衆院本会議の開会を宣言する河野議長の監禁だ。隊員は、院内の議長控室や議長応接室のドアに数人ずつ陣取り、河野氏の出入りを封鎖。物理的に本会議を開会できないよう実力行使した。

その当時も取材をしていた記者は、その後外相に就任する民主党の重鎮が、力ずくでドアを押し戻すシーンを覚えている。

約1時間に及んだ監禁劇は、あっけない幕切れを迎えた。国会内には隣室をつなぐ秘密のドアを持つ部屋が多く、通常は書棚などで封鎖されている。河野氏は秘密のドアを開け、議長控室から数部屋を隠密移動し、値下げ隊が無警戒のドアから脱出。「あっちから出たぞ!」との悲痛な叫びがこだましたが、後の祭りとなった。

ただ国会内では、部屋の外で廊下でにらみ合っていた民主、自民両党の若手議員による衝突がスタート。民主党議員が、ぺらぺらの背広姿で肉弾戦に参加したことを覚えている。長袖の片方の生地を破り、「自民党議員に暴行された」とアピールしていたような…。

結局関連法案は同日の衆院本会議で再可決され、ガソリンの税率は元に戻った。民主党は暫定税率廃止を翌21年の衆院選で政権公約に掲げて大勝したが、財政収支の帳尻を合わせられず、与党になってもガソリンの価格を実質的に下げずに済ませた。あの騒動は何だったのか。

一連の値下げ隊による行為は、刑法220条の「逮捕監禁罪」にあたる のは明らかだ。国会内は衆院議長が警察権を持っており、議員は院内でど んな発言をしても責任を問われることはないが、「監禁」などの犯罪行為は許されない。

自民党は野党時代、委員会採決でプラカードを掲げるなど 規則違反をしたことはあったが、暴力や監禁など直接刑法に触れるような 行為は行わなかった。

今年6月の衆院厚生労働委員会では、民主党議員が労働者派遣法改正案の審議で採決阻止を狙い、渡辺博道委員長(自民)に飛びかかって首をケガさせた。

後半国会最大の焦点の安保関連法案の衆院採決では、派遣法改正案以上の混乱が予想される。自民党幹部は「与党が強行採決したように演出するため、民主党は必ず体を張った抵抗戦術に出るはずだ」と警戒する。

言わずもがなだが、自民党は昨年の衆院選で集団的自衛権の限定的行使容認を選挙公約に掲げ、過半数を超える290議席を獲得した。議論を尽 くしたら粛々と採決するのが、議会制民主主義の大原則。

「ガソリン国 会」のような肉弾戦を演じるなら、それこそ立憲主義に反する愚挙とな る。国民はプロレスを見るために、高い議員歳費を許しているわけではな い。(政治部)

産経ニュース【政界徒然草】2015.7.8

◆長崎で切支丹と対馬防衛を考えた

池田 元彦


5月下旬、4泊5日で長崎を巡った。同行は爺婆各1名。某通信社報道記者で海外に長年居住していたが、中国の歴史と文化に造詣を持ち翻訳もする爺と、婆は福島瑞穂の反日言動に憤るも屈強なガードに制止された愛国猛女で切支丹を研究中だ。所謂爺婆トリオのヨタヨタ道中だ。

長崎は人口140万、GDPは全国15番4兆円余り。その9割はサービス産業による。漁業人口は10%だが、漁獲高は少ない。外食はせず、飲食店は少ない。

嗜好品を食さないが、カステラ、砂糖の消費量は断トツの全国第1位、第2位だ。しかし、長崎訪問目的は県勢調査ではない。

切支丹遺跡と対馬の防衛の実態踏査が目的だ。乗捨・乗換でレンタカーを活用し時間を稼いだ。島原からフェリーで世界遺産目前の三井港、大牟田経由で博多に行った。対馬へは空の往復、最終日は「漢委奴国王の金印」の志賀島にフェリー往復、資料館では蒙古関連資料を多少入手した。

切支丹は、信仰の強さと怖さ、棄教の意味を考えた。現代の我々なら幕府の踏絵強制があっても踏んで済むなら踏めば良いだけだ。何故踏んで殉教したのか。幕末、大浦天主堂に隠れ信徒が出没、神父不在のまま250年の弾圧の下、如何に信仰を持続出来たのか。何がそうさせたのか。

初の切支丹大名は大村純忠だ。火薬原料の硝石輸入と利潤追求で容認していたが、遂には入信し妻・嫡男のみならず、領民の粗全てが切支丹になった特異な藩の主だ。

天正遣欧少年使節も積極的に派遣した。切支丹信仰が深まると、神社仏閣を破壊し、仏教徒を排斥する程迄となった。

禁教令後、嫡男喜前は日蓮宗に改宗、菩提寺に代々の立派な墓を2万7千石の小藩に拘らず作った。その心は藩の取り潰し、子孫断絶を恐れた喜前の仏教帰依の大芝居だ。大きな墓が所狭し、と何十基も並んでいる。本来なら豪勢さを感嘆するはずが、悲哀さの塊として眼前に映る。
 
風光明媚なイタリアやアドリア海沿岸の丘の上に佇む錯覚を来す島原城址跡は、島原天草の乱の古戦場だ。定説は切支丹の弾圧に対する反乱だが、実際には唐津藩主寺沢広高の石高見積錯誤と、島原領主松倉勝家の過酷な年貢取立てで、武士、領民が反旗を翻したのが本当の所だ。

鎮圧後、板倉勝家は改易の上斬首された。斬首大名は彼だけだ。そもそも過酷な徴税で小藩に拘らず島原城を普請し、原城を反乱軍籠城に利用された。島原城には地元彫刻家の北村西望の作品が何体もある。この彫刻家の像は古城の風景に馴染まず、醜悪なだけだ。撤去すべきだ。

長崎各地は基督教徒が多い韓国人とハングル文字が街に溢れていた。対馬の辺鄙な蒙古来襲防壁岸にもバス仕立ての韓国人、日暮の韓国展望台にも韓国人だらけだ。竹敷の海上自衛隊対馬本部傍の韓国系リゾートハウス3軒は、季節外れの施設のように人影も見えず閑散としていた。

アポなしで基地内に乗込んだら、当初警戒するも同志?と判って、色々説明してくれた。対諜報関係には万全を尽くしているようだ。一安心だ。福岡に戻り筥崎神社本殿を詣でると、夕日に日章旗、旭日旗、Z旗が映える。望外の感動だ。そう当日5月27日は日本海海戦記念日なのだ。

思い掛けず対馬空港で西村眞吾前衆議院議員に出会った。対馬北端の日ロ友好の丘でロシア大使等と記念祭典参列の帰路とのこと。握手頂き、氏の健闘を祝した。冒頭の女傑は西村眞吾とヴァリニャーノ命の人故、ヴァリ様の足跡を辿り、眞吾様に出遭え、思い残すことがないと宣った。
 
信仰の強さと怖さ、翻弄された人々の悲哀を辿り、対馬防衛は一安心との思いで、旅を終えた。

◆我が街にサミットが来る

〜2016年5月倉敷〜

MoMotarou


サミットが街にやってくる。本物(?笑)の方は三重県伊勢志摩地区で行われますが、教育相会合が我が町「倉敷(岡山県)」で開催されることが決まりました。新幹線は付近では止まりません(笑)。

■晴天霹靂の決定

来年度の伊勢志摩サミットも突然決まったような印象でしたが、わが町の場合も、この1ヶ月で急進展しました。誰も知らなかった。しかし、その背景には山田方谷先生の遺徳があったのは間違いありません。平成25年1月25日平沼赳夫議員の代表質問で山田方谷を取り上げたのも重要な伏線でした。

■「山田方谷まつり」の開催:平成27年6月7日岡山

山田方谷先生を「NHK大河ドラマに」を目標にしているグループがお祭を開催しました。今回は現職文部科学大臣の下村博文さんが「教育再生日本再生」をテーマに講演をされました。

此の中で大臣が「(教育相会合の開催地に)岡山は手を挙げるべきだ」と発言されました。岡山県民も"ビックリ仰天"。早速名乗りをあげたのが、倉敷市の市長伊藤香織(女性)でした。すぐに上京し下村大臣の所へ。

我が街は日教組の槙枝委員長の出身地でもあるように日教組の影響が強い「お国柄」であります。市民も方谷先生には興味が薄いのが実情であります。ついでに言えば男女共同参画の色もなぜか濃い。左翼都市でいつの間にか全国学力平均順位が最下位付近。家族も私以外は「サヨク風」です。

■下村博文文部科学相の謎

平成25年6月15日―86国立大学に「国旗国歌の適切なる取り扱い」を要請。経歴も面白く、オリンピックを挟んで自己中心都知事舛添要一氏との戦いは、今後の日本の行方を決めるものになるでしょう。楽しみです。群馬県出身。総理大臣就任希望無し。

<経歴:WIKIPEDIAより

1985年東京都議会議員選挙・板橋区に新自由クラブから出馬、落選。4年後の1989年東京都議会議員選挙に民社党・社民連・進歩党推薦の無所属候補として初当選。1993年東京都議会議員選挙に自民党から出馬、再選。

1997年、自民党内の議員連盟「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の設立に参加した。経緯については、「(以前より)もっと徹底したマルクス・レーニン主義による自虐史観の教育が行われていることに対し、とても看過できないということで、歴史教科書を考える議連をつくった」と述べている。また、日本の教科書検定基準に盛り込まれている近隣諸国条項を批判している。

第1次安倍内閣の内閣官房副長官だった2006年10月25日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で講演し、従軍慰安婦問題で旧日本軍の強制を認めた1993年の河野洋平内閣官房長官(当時)の談話に関して「私自身の今後の検討課題」としながらも、将来的には見直すことも必要だとの考えを示した。慰安所の設置・管理や慰安婦の移送については、2007年3月に自身の見解として「日本軍の関与はなかった」との認識を示した。>

 *「明治日本の産業革命遺産」審議 5日夜に先送りーー外務省は腹を切れ!嵌められたのだ。

2015年07月08日

◆再革命を求める中共人民

平井 修一



何清漣女史の論考7/6「“革命”の靴音は半分しか聞こえない…?」から。このタイトルは、靴は左右で一足であり、暴力革命の爆薬=人民の不満はでき上がったが、火をつけるもの、きっかけはまだ来ないものの、それも時間の問題だといった意味だ。

<歴史は統治者の願いどおりにはなりません。歴史は統治者がますます嫌がる結果を往往にして与えてくれます。北京政府がいま、一番望んでいないのは革命ですが、如何せん“革命の女神”は中国の政治の舞台上で幕の間からチラチラと時にはそのスカートを翻したりしてるのが見え隠れしています。

現在「革命」の靴音は片足分は聞こえましたが、もう片足分はさっぱり聞こえてきません。これはどういうことでしょうか?

*困窮極まって考え変わる膨大な人たち

窮状が極まって考え方に変化が生じた階層というのは政治、経済、社会地位の低下と、現在の中国の社会構造ではすでに完全にそれが改善される望みがなくなった人々のことです。

私は「中国階級構造からみる社会転換の失敗」で、中国では少数の億万長者がうまれた一方、膨大な貧困階層がうまれ、現実には中国は社会構造のモデルチェンジに失敗したと指摘しました。

「毛沢東左派」と貧乏人のマルクス主義者の違いについても言っておかなければなりませんが、毛左派というのは毛沢東時代を美化して、資本と資本家(自国のも他国のも)がすべての悪の根源であるとしますが、自国の当局には恭順します。

ただの貧乏なマルクス主義者は中共当局に恨み骨髄であり、革命の要求は表向きは民主の要求ですが、実際は財富の再分配を求めています。

中国にはまだ改良主義のチャンスはあるか?といえば、たぶんもうありますまい。

情勢の変化は早く、清朝末期の1898年から1911年の「改良と革命の競走」のようなものです。1898年、光緒帝がおこなった戊戌維新は、当時の頑固派の西大后から「祖先のやり方を変える大逆非道」とみなされ、頑固派によって弾圧されつぶされてしまいました。

その結果、西太后の死後の1905年、清朝朝廷はようやく改革の準備にのりだしましたが、時すでに遅く「革命」の靴は床に落ちて、皇室の特権を維持しながら、立憲政治の準備をするという、つまり改良主義は最終的には革命とのかけっこ競争に敗れ、最後に1911年の辛亥革命となって清朝は転覆したのでした。

歴史の発展には「機会」という資本はありますが、時機を逸すると消滅してしまい、2度目はないのです。

*膿潰れるが崩壊せず、待ち望まれるもう一足の靴が落ちるまでの痛苦に満ちた過程

現在、革命の片方の靴はもう床に落ちています。しかし、中共の強大な鎮圧能力は統治者と反対者の間の実力にあまりにも大きな差を与えており、「残るもう片方の靴」は遅々として床に落ちることができません。

ある政権が崩壊するには、政権内部の統治危機(政変、財政危機)、官民の対立、暴力的な犯行による殺傷事件の不断の発生、外敵の侵入など四つの要素が一斉に起きる必要があります。

しかし中国は超のつく巨大な国であり「小国は外因で滅び、大国は内因で滅ぶ」で、上述の要素の中で最も重要な変数は当然、経済危機です。中国ではこれは主として政府の財政危機としてあらわれます。

現在、中国の実体経済が深刻な困難に直面して、政府は惜しみなく各種の経済政策をだし株価を引き上げようとしていますが、しかしこれは始まりにすぎません。

「もう片方の靴」が地に落ちる音が聞こえるまで、つまり中国社会がこのまま膿潰れていくけれども倒壊はしない、という状態が続くでしょうが、それこそが社会資源を消耗させ、社会各層の怨念を醸成し、社会道徳の劣化をまねく長いゆっくりした過程なのです。

それがどれほど長い間続くか? それは中共が国家資源を吸い取る力、さらに国際経済が中国に与える影響といった予測し難いおおきな変数がからんできます。

では、このような局面の責任を負うべきは誰なのか? 当然、それは中国共産党です。

彼らはまず暴力革命で有産階級を消滅させ、人類の正常な社会秩序を転覆させ、私が公を略奪し、「改革」と称して自分たちが掌握した国家資源を私し、紅色貴族家族、役人を千万、億万の長者にし、かつ世界で最大の膨大な貧困、半貧困階層をつくりだしました。

同時に中共は既得権益と、民衆の愚民化の維持のために普遍的な価値観を受け入れることを拒絶し、マルクス主義と毛沢東思想をイデオロギーとして用いつづけることによって(結果的に)「搾取者を搾取せよ」という志をもち、「富の公平な分配」を理想とする(再革命を求める過激な)貧乏マルクス主義者たちを育てあげたのです。

中国の統治の歴史はただ人民を愚弄し奴隷化してきたというだけではなく、異なる意見を圧殺してきた歴史でもあります。

しかし歴史の不思議な点は、中共は暴力革命で自身を覆すことなど望んでいないにもかかわらず、そのイデオロギーは逆に暴力革命の温床になっているということです。

今、瓶中の魔神(起爆装置)はすでに生まれています、一旦、瓶の蓋があいたら革命の「もう片方の靴」はすぐ床におちることでしょう>(以上)

かなり物騒な話だ。中共による改良や改革はもう間に合わない、かつてそうしたように金持ち/支配階級を殺して富を分配しよう、再革命しようという気運はとどめようがないようだ。

富士通総研経済研究所主席研究員・柯隆氏は中共に寄り添うような穏健な論者だったが、かなり厳しい見方をするようになってきた。氏の論考『外科手術が必要な中国「一党独裁政権」人民に痛みを強いるか、共産党が痛みに耐えるか』(JBプレス7/7)から。

<中国工程院院士の鐘南山氏は、「中国政府は世界で最も力の強い政府であり、やろうと思えば、何でもできる」と言う。この表現は、中国政府の力を決して誇張するものではない。一党支配政治において、その政府の力は民主主義の政府とは比べものにならないほど強い。

鐘氏の指摘のなかで非常に重要なのは、中国で所得格差の縮小や環境の改善などがなかなか進まないのは、政府が「できない」からなのではなく、「懸命に取り組まない」からだ、としている点だ。

(ギリシャの財政破綻問題で揺れるユーロ圏のように)構造的な問題を抱える中国経済も、制御不能な状況に陥っている。李克強首相は「中国経済はハードランディングしない」と強気な発言を繰り返す。

しかし、上海市場の株価を見る限り、すでにハードランディングしていると言えるだろう。構造転換が遅れ、ファンダメンタルズがまったく改善されないなかで、株価は乱高下している。

この35年で中国の労働生産性は10倍以上も向上したが、同時に格差も急速に拡大している。経済の自由化を進めれば、市場競争が促進され、効率は向上する。本来、格差の縮小を是正することは政府の役割であるが、現実は真逆である。政府は効率の向上を推進するが、格差の縮小には取り組もうとしない。

*効率の追求と格差の拡大

習近平国家主席が取り組む汚職撲滅は、確かに国民から支持されている。とはいえ、人心を完全に掌握するまでには至っていない。なぜならば、追放された汚職幹部は氷山の一角に過ぎないことに加え、格差の縮小が実現されていないからだ。

中国の歴史学者によれば、近代化と工業化の過程において「効率」が唯一の目標と基準となり、社会規範だった「道徳」は顧みられなくなった。これこそが中国社会の最大の悩みである。

*必要なのは痛みの伴う「外科手術」

独裁政治を行う政府の力は無限大のように見えるが、チュニジアのジャスミン革命に端を発する「アラブの春」からも分かるように、何でもできる強力な独裁政治は、臨界点を超えればたちまち無力になってしまう。

集中し過ぎた権力は改革を妨げることになる。中国国内では国民の不満が募り、自由と人権を求める「新公民運動」が高まっている。それを封じ込めると、さらに強い反発を招くことになる。

改革は外科手術のようなもので、短期的に痛みを伴う。いかなる政治家もできることならば、改革を先送りしたいと考える。しかし習近平国家主席にとって、改革を先送りする選択肢はない。人民に痛みを強いるか、共産党が痛みに耐えるかは、中国将来の明暗を分ける分水嶺になる>(以上)

人民は充分に痛みに耐えてきたが、「もう我慢も限界だ。役立たずの中共はもう要らない、真の共産主義革命で平等の社会を創るんだ、富の再分配を!」と決起に備えている。

中共崩壊はカウントダウンに入ったようだ。下り坂を加速度をつけながら滑り落ちていくのだろう。(2015/7/7)

◆摩訶不思議な集団的自衛権反対論

野口 裕之


死を迎える直前まで六法全書を離さなかった法律家は立派だが、敵ミサイルがあと数分で首相官邸や国会議事堂に到達する逼迫した事態で、対処の法的根拠を確認する政治家がいたとしたら狂っている。

ところが、ブラック・コメディーを地で行く政治家が実在するのだから驚かされる。東日本大震災(2011年3月11日)における東京電力福島原子力発電所事故当時の首相・菅直人氏(68)を頂点とする民主党の政治家は、加速度的に危険性を増している状況をよそに、本気で六法をめくった。

各種調査報告書や、当時の経済産業相・海江田万里氏(66)の証言などを総合すると、危機対処を迅速・強化すべく、海江田氏は原子力災害対策特別措置法に基づく原子力緊急事態宣言の発令を求めたが、菅氏や官房長官、官房副長官、首相補佐官、秘書官らが六法や法文のコピーと首っ引きで、首相権限など関係法令の確認作業に追われたという。発令まで貴重な1時間20分が無駄に流れた。

法匪が論じる自衛権

国会での安全保障関連法案に関する審議・質疑に合点がいった。原発事故勃発直後の最も重大な初動時機に「関係法令勉強会」を開いた民主党国会議員と、衆議院平和安全法制特別委員会で質問に立つ顔ぶれは一部重複する。

共通項は法匪。国家・国民の生存に向け憲法・法律を活用するのではなく、国家・国民の生存権を侵害しようとも憲法・法律を狭小解釈したがる悪癖の持ち主だ。野党議員は国会で憲法学者とタッグを組み、安倍晋三政権が進める集団的自衛権の限定的行使を可能する法案を葬ろうと謀るが「健康(憲法・法律)のためには死んでもよい」と考えているとしか思えない。

健康(憲法・法律)は国家・国民の寿命(生存権)を向上させる手段・過程に過ぎぬ。政治家は憲法原理主義学者に惑わされず、何が最終目的なのか自らの頭で考えよ。

日本と中国の法体系に、日本人が思うほどの大差はない。何しろ、安全保障体制や関係国内法は国際社会で希少・異端に属す故、国際的安全保障問題へは国際法や国際慣習の枠外で対応する。

従って、国際社会と安全保障上の協調行動が難しい。「安全保障上の鎖国政策」が、孤立を誘発する危険な国策だと気付かぬ幼さも同じ。

ただし、侵略も含め、安全保障上「何でもアリ」の中国と違い、日本はほぼ「何でもナシ」。世界中の国家が権利も行使も国際法上認められる集団的自衛権の、しかも自国防衛とほとんど同義の限定的行使もダメ。個別的自衛権行使もダメとは、さすがに左翼も言いづらい社会環境に半歩前進したが、自国防衛に備える法的要件も異様なほどハードルが高い。

■他国の「軍靴」は酷使

「軍靴の音」を嫌う“平和国家”がご自慢の一方で、他国の「軍靴」は平気
で酷使する。例えば海外で危機に瀕した邦人の自衛隊による《救出》。

現行法では不可で、できるのは救出後の《輸送》のみ。おまけに、安全見通しが前提で民間にも務まる。

キナ臭い局面では、自衛隊の身代わりとして外国軍を文字通り矢面に立てる。カンボジアで起きた軍閥同士の銃撃戦に伴い【タイ軍機】が邦人440人を救出(1997年)▽エリトリアで発生したエチオピアとの国境紛争時も、邦人3人が【米軍機】で避難(98年)…など、隠したい恥史には事欠かぬ。

日中両国とも、独善性がいかに国際に迷惑をかけるかも気付かぬのだが、国内で人民弾圧を平然と行う中国は外面だけは繕う。2011年のリビア内で、中国軍は自国民退避用にフリゲートを派遣したが、邦人は【スペイン軍機】などに乗せていただいた。中国以下の無責任な棄民政策ではないか。

日本とタイ/スペインとの明らかな軍事協力でもある。なのに、左翼は口数が少ない。「軍事力行使を伴わない平和協力」との反論は詭弁だと断言しておく。

文民・民間を派遣できぬ民間人輸送に軍が出動するとき、軍事力行使は絶対視野に入れる。結局、外国軍は日本を助け、日本は外国を助けない。当然、日本政府がチャーターした民間機で救助した例もあるが、日本の民間航空会社の拒否で、外国民航が助けた信じ難い行為さえ犯した。これが現行法が描き出す、醜くも哀れな日本の姿だ。

■問われる日本の外交常識

安全保障関連法成立後、自衛隊が邦人救出に権能を有しても、現地軍の支援をあおぐ局面には引き続き遭遇する。その際、現地軍が邦人を守るために軍事力を行使したら“平和国家・日本”は抗議するのか。「ありがとうございます」が常識でしょう。

集団的自衛権の限定的行使に関わる法案も、日本防衛目的で来援する外国軍が危険にさらされた場合ぐらいは、外国軍を支援しよう-という主旨を込める。

こちらも「ありがとうございます」が筋なのに「外国の戦争に巻き込まれる」の大合唱となる。野党の反発が少ない《邦人救出法》と「戦争法案」扱いされる《集団的自衛権法》が成立するか否か、わが国の外交常識が問われている。

一部の特殊例を除き、大多数の国は集団的自衛権はじめ外国との軍事協力を国防力に算入して、予算も含め合理的国防体制を構築する。しかし日本は戦後70年、「平和憲法」で国防体制?を構築できると錯覚し、実際は軍事上の現実を見ぬよう思考停止してきた。

この知的怠慢は、安全保障関連法制を「丁寧に説明する」危険な環境を育んでしまう。積極的平和主義への動きを、中国など敵性国家を除き、世界中の国々が歓迎しているものの、安全保障関連法成立で限定的ながら集団的自衛権行使の対象となる国は内心ヒヤヒヤしているやもしれぬ。

国会では、議員が個別具体的ケースを絵を交えて「パネル展示」。法案成立後の「できる軍事行動」「できない軍事行動」を世界に垂れ流している。中国や北朝鮮は、日本防衛の欠陥を探らんと、国会中継を録画して繰り返し観ているはず。欠陥だらけで、欠陥がいずこにあるかカムフラージュできていれば僥倖だ。

左翼が目指すのは国家・国民を幸せにする憲法・法律が治める法治国家ではなく、国家・国民が持つべき暴力・無法への抵抗力を無力化する硬直した法匪国家。「

城を枕に討ち死に」ならぬ「六法を枕にのたれ死に」は、国際社会の奇観である。(政治部専門委員 野口裕之)SANKEI
産経ニュース【野口裕之の軍事情勢】 2015.7.6
              (採録*松本市 久保田 康文)

◆戦争を防ぐには

寺本 孝一



人類の歴史は戦争の歴史です。第2次大戦後、戦争・内乱・動乱・反乱にまみれなかった国は、200近い国家の内わずか十数カ国と言われています。

実は、日本も例外ではありません。北方4島を旧ソ連・ロシアに占領され、竹島に韓国軍が侵略しています。(フォークランド紛争の当時のイギリス・サッチャー首相であれば、とっくの昔に一時間で奪還していることでしょう。)

元公安警察の北芝健氏のテレビ番組での証言によると、ロシアと北朝鮮に頻繁に出入りしていたオーム真理教団は、大量に生産したサリンを、ロシアから輸入したヘリコプターで東京の中心に撒き、大混乱に乗じて北朝鮮軍が日本の政権を奪取するという謀略があったとのこと。

日本の現実は、平和とは程遠いものがあります。

さらに、自民党政権が、憲法改正・集団的自衛権・安保関連法案・秘密保護法などで、戦争できる国にしようとしていることは、中国がついにその本性を現し、日本に牙を向いてきたが故です。

中国は、モンゴル・チベット・ウイグルに侵略し占領し、刃向かう者の臓器を生きたまま取り出して売り飛ばしたり、赤ん坊の死体を粉末にしてカプセルに詰めて滋養強壮薬(それを韓国が大量に買っている)にするという極悪非道・冷血ぶりを発揮しています。

また、東日本大震災の時、海岸に打ち上げられたご遺体女性の左手薬指がことごとく切断されていたとのこと。指輪を盗んだのは中国人だということを、元陸上自衛隊幹部が熱田神宮での講演会で話していました。日本人とはDNAがかなり違うようです。

中国は、旧ソ連・インド・ベトナムとも大きな戦争をするという、戦争大好きな国家であり、しかも日本の十倍もの人口を抱えています。

さらに、中国が韓国に対して対日共同戦線を構築しようと誘ってもいます。

その中国が、尖閣のみならず沖縄も中国の物であると世界に宣言し、すでに日本の領海を何度も侵犯しています。

また、中国国防大学の副学長が、「尖閣と沖縄について、歴史的背景も国際法も関係ない。力で奪うだけだ!」と、学内で講演しています。

すでに、核ミサイル80基の照準を日本各都市にあわせ、沖縄諸島での局地戦か、あるいは全面戦争にするか、深くシュミレーションしているとのこと。

事実上、日本は中国から宣戦布告されているという極めて危機的な状況なのです。

紙に書いた憲法9条や非核3原則などなんの役にも立たないことがすでにハッキリと証明されています。9条などに異常に拘る一部言論人は、国際的非常識の烙印を押されて、嘲笑の的になっていることに気づくべきです。

国家の真価を問われるのは危機管理であり、最悪の事態を想定し、それに備える責務があります。世界に冠たる法治国家を看板に掲げる日本ですが、中国共産党にとっては、日本の憲法などどうでも良いことなのであり、微塵にも感じていません。

その中国からの戦争を防ぐには、防衛力を整えることしかありません。 日本に手を出したら、中国は手痛いしっぺ返しを喰らうという反撃力・攻撃力を今すぐ充分に整える必要があります。すでに、広島・長崎に原爆が落とされた瞬間に、日本は核武装する権利があります。

それが、日本に対する戦争を躊躇させ、平和を何とか維持する唯一の手段であるということは、残念ながら冷厳なる現実世界の常識なのです。

              名古屋市(子どもの感性を育む会 代表)
   

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