2015年07月05日

◆タンカー輸送の過酷な現実

平井 修一



木村正人氏は在英ジャーナリスト。産経ロンドン支局長なども務めた方で、フットワークも良く、リアリズムで世界の「今」を伝えてくれる。

氏のインタビュー記事『ホルムズ海峡「無知、ピンボケの質疑応答に唖然」元タンカー乗り、怒りの直言(上)』『世界は「機雷除去は海自掃海に任せるのが当然」と思っている 元タンカー乗りが怒りの直言(下)』(ブロゴス7/2)から転載する。

<*現実離れした神学論争

中東・ホルムズ海峡での機雷掃海について集団的自衛権が必要か、個別的自衛権でも対応できるのか――。安全保障関連法案を審議する国会では、日本に石油を運ぶシーレーンの大切さと世界一の海上自衛隊の掃海能力をまったく無視した「神学論争」が繰り広げられている。

「Very Large Crude Oil Carrier(VLCC)」と呼ばれる超大型タンカーの船長を務め、ホルムズ海峡を何十回も航行、1980年代のイラン・イラク戦争、イラン軍・イラク軍がタンカーなどの船舶を攻撃したタンカー戦争、91年の湾岸戦争など「危機のペルシャ湾」をくぐり抜けてきた片寄洋一さんを直撃した。

【片寄洋一(かたよせ・よういち)外航船乗組、船長、通信長を歴任(日本籍、米国籍、ギリシャ籍、ポルトガル籍、パナマ籍、リベリア籍船など)。中東駐在員、ポートキャプテン、スーパーバイザー、マリンロイヤーを歴任】

――ホルムズ海峡はどんなところですか

ホルムズ海峡は狭く、両岸は暗礁、岩礁が多く、また水深が浅く、(そのほとんどは)小型船しか航過できません。大型船は中央部分にある航路筋だけが航過できますが。VLCCは中央部の水深があるところを辛うじて航行できるだけで、さらに海峡の中央部分で大きく変針しますので操船は大変です。

特に沙漠地帯特有の風があり、横風を受けると流される危険が生じます。空船ですと喫水が浅いので船体が大きく浮上して、横風の影響は大きくなるため、ペルシャ湾に入るときは冷や汗をかきながらの操船になります。

ペルシャ湾内も岩礁、暗礁が多く、航路が設定されているのですが、夜間はブイを確認しながら航行します。管理に不安があり、常に緊張の連続です。

航路筋の中央に岩礁があり、超大型タンカーの空船の場合は喫水が上がり、その分船橋が高くなり、当然船首も高くなりますから前方の視野が船首から800メートル位の前方は陰になり見えなくなります。

操船が困難になり、四方を砂漠に囲まれたペルシャ湾は日中照りつける太陽で砂漠は熱せられて猛烈な上昇流があり、海から砂漠に向かって猛烈な風が吹きます。雨はないのですが、風は強烈です。

従って(取った舵と反対方向に舵を切って、船体が振れるのを止める)当て舵の操作が熟練を要します。積み込みはシーバースと言って、遙か沖合いにシーバースの係留索止めが設置されており、原油のパイプラインが海底に設置されています。タンカーのパイプとジョイントして流し込みます。

*海峡封鎖はこれまで何度もあった

――ホルムズ海峡が閉鎖されてもパイプラインで湾外への積み出しは可能ですか

ペルシャ湾外にパイプラインを設置して、湾外で積めばとの案もあり、一部可能になっています。しかし、湾内には多くの積み出しパイプラインがあり、国も会社も異なり、それをすべて湾外で積み出すのは到底、無理なことです。原油はスラジを大量に含んでおり、ガソリンのようには流れませんから、流す作業は設備が大変なことなのです。

ホルムズ海峡封鎖はこれまで何度もありました。幸いなことには我が国海運会社所属の船舶は多少の被害はありましたが、大騒ぎするほどの被害ではなかったので、ほとんど報じられませんでした。外国籍の船舶は、触雷による爆発、沈没の被害がありました。火災を起こしている船舶の側を通り過ぎたこともあります。

――機雷とはどのようなものでしょう

機雷とは、機械水雷の略で、水中の地雷と言ったところでしょうか。感応機雷(船のスクリュー音や磁気に反応して爆発)、触発機雷(船体に触れると爆発する機雷)、磁気機雷(海底に設置され、船体の磁気を感知すると浮上して爆発。船体の磁気を感じてもすぐには爆発せず、何隻目かにカウントして爆発する機雷と各種ある)。近年更に改良された機雷が実用化されています。

もの凄い爆発力があり、大型船一隻を瞬時に轟沈できる威力があります。一方、製造は簡単で安価です。ミサイルに比べると遙かに安価で、威力は猛烈です。

現在、国会では掃海に関する論議が行われています。機雷掃海に関する論議は1991年に海上自衛隊の掃海部隊がペルシャ湾に派遣された湾岸戦争後の掃海よりも1歩前進して、停戦、終戦の前に自衛隊掃海部隊を派遣して、機雷を処分するための危険性や必要性に焦点が当てられています。

政府は、原油輸入のルートである中東・ホルムズ海峡が機雷で封鎖され、国民生活に甚大な影響を及ぼす『存立危機事態』が発生した場合、海上自衛隊掃海部隊を派遣しての掃海を可能にすべきだと主張しています。野党側は『ホルムズ海峡封鎖は、非現実的であり得ない』『停戦前は危険』などと反発しています。

*「この程度の知識で国家の政策が決まっていくのが怖ろしい」

――ホルムズ海峡封鎖は非現実的だという指摘があります

何をもって非現実的と言えるのか。過去何度も封鎖の危機にあったことを無視するのか。現実に海上自衛隊の掃海部隊が派遣されて掃海の任に当ったことを無視するのか。また停戦前は危険だとの見解はどういうことか。

停戦前であれば、海上自衛隊掃海部隊の派遣は駄目、その代わり無防備のタンカーは危険を承知でペルシャ湾やホルムズ海峡を航行するのはやむを得ない、シーレーン確保のためには船員の犠牲はやむを得ない、と言うことでしょうか。

安全保障関連法案の国会審議で、集団的自衛権を行使しての機雷掃海に関しての質疑応答が注目されています。

国会議員の先生方は掃海やホルムズ海峡に関しての知識がないのは当然ですが、事前に専門家からのレクチャーは受けているのでしょうか。あまりにも無知、ピンボケの質疑応答に唖然とします。この程度の知識で国家の政策が決まっていくのが怖ろしいほどです。

思い起こせば第二次大戦突入の重大決断が事前に論議さえも行われず、一
部の重臣だけで決定してしまって、聖断としてまかり通ったよりは幾分進歩したと見るべきなのでしょうか。防衛省幹部は『制海権、制空権を確保したエリアであれば、停戦前でも掃海は可能』と強調しています。

*ミサイル時代、制海権、制空権の確保は難しい

しかし、ミサイルが飛び交う時代、制海権、制空権を確保したとは言えず、絶対安全とか安全確保などは何処にいても保証されるモノではありません。従って何処にいても危険はあることを前提として行動するしかない。我々タンカー乗りは常に死の恐怖と闘い、臨戦態勢でことに臨んでいました。

それは職責としてやむを得ないことであり、それを覚悟で業務に従事していただけで、崇高な理想があった訳ではありません。

しかし、結果的には生命線である原油を滞りなく運んで、国民の日常生活に混乱はなかったし、国民もまたそのような危険の中、輸送に従事した我々に感謝どころか、その存在にさえ気付いていません。

それで社会は円満に動いているのであって、お互いが職責をまっとうしただけです。それが社会の歯車と言うべきでしょう。

――機雷の除去はどんな形で進められますか

機雷は敷設されると、その除去は大変です。機雷には各種あり、浮遊機雷でも見張りで発見することは不可能で、タンカーの構造として船橋は後部にあり、また視野が海上から40メートル位から見下ろすようになりますから、車や飛行機のようにすぐ前はまったく視野に入りません。

約700メトールから1キロ位の前方が見えるだけになりますので、船首に見張員をおきますが気休め程度にしかなりません。また機雷の大半は海底に潜む磁気機雷で、それを探知できるような例えばソナーのような機材は全くありません。

磁気を探知して人間が潜っていて確かめるしかありません。まさに命を懸けた作業です。この方法は、掃海艇が装備するソナーのような海底の磁気を探知する特殊な機材があり、これで怪しい磁気を探知した場合、掃海艇からゴムボートが発進され、水中処分員(ダイバー)が分乗しています。

目的の海域に到達すると、ダイバーは潜水し、海底の怪しい磁気に近づき、機雷か単なる鉄器かを確認し、もし機雷と判明した場合は、一度浮上し、ゴムボートから時限点火式の爆薬を受け取り、再び潜水して機雷にその爆薬を取り付け、素早く浮上して、出来る限り安全海域に戻り、掃海艇が近づき点火爆発します。

*海自の掃海能力は世界一

――海上自衛隊の掃海能力のレベルは

このような掃海は海上自衛隊が持つ特殊な技術であって、世界に類を見ない世界一の技術を持っています。第2次大戦中、日本周辺は機雷で封鎖され、輸送路を断たれたとき我が国は敗れました。世界に誇る連合艦隊も緒戦だけで、あとは海上封鎖という我が国軍部が想像もしていなかったアメリカ軍の巧妙な戦術に翻弄され、敗れ去りました。

このため掃海に関しては戦時中から研究を重ね、ある程度の実績を挙げてきました。しかし、大型爆撃機(B29)に多くの機雷を搭載し、日本近海の海上を低空で飛びながら機雷をバラ撒くという新戦術で、あまりにも多くの機雷をばらまかれ、お手上げになってしまったのが実情でした。

戦後は、アメリカ軍が自ら撒いた機雷の除去に苦慮し、終戦時接収していた旧海軍の小型艦艇を貸与という形で機雷除去の掃海を命じ、旧海軍軍人が集まり、掃海に従事し、それが海上保安庁創立の礎になり、さらに海上自衛隊に引き継がれ、現在に至っておりますので、海上自衛隊創立の母体は掃海部隊です。

戦後も触雷による沈没事故は数多く起きており、青函連絡船は夜間の航行は禁止となり、昼間だけ、見張り専用の船舶が同航し、浮遊機雷の発見に努め、避けて航行するのがやっとでした。その危険性が無くなったのは昭和30年代であって、掃海部隊の尽力によるものです。

*ペルシャ湾で海自は100%掃海を達成

――ペルシャ湾掃海はどのようなものでしたか

実践で鍛えられてきた海上自衛隊の実力は世界でずば抜けた実力を有しており、また世界はそれを認め、期待しています。ペルシャ湾掃海は最初にアメリカ海軍、イタリヤ海軍、イギリス海軍などが掃海に従事し、浮流機雷は除去しましたが、残りは海底に潜む磁気機雷で、この掃海は海上自衛隊にすべてを任せ撤収しました。

100%の掃海を目指し、海上自衛隊掃海部隊の実力を発揮し、完全に100%の掃海を成し遂げました。世界の国々、特にタンカー乗りは『JapanNavy(正式にはJapan Maritime Self-Defense Force)』を大絶賛しております。

確かに我が海上自衛隊が持つ掃海能力は、ずば抜けて世界一と賞賛されるモノです。ですからホルムズ海峡の掃海は海上自衛隊掃海部隊に任せるのが当然との考えです。これこそが国際貢献であり、しかも最大の利益を得るのは我が国の輸送路確保です。シーレーン防衛の最大の功績です。

*機雷掃海は憲法を踏みにじるのか

――シーレーン防衛と安全保障関連法案の審議についてどう思われますか

我が国ではシーレーン防衛の重要性を理解できずに自衛隊掃海部隊の活躍をまったく無視するか、憲法を踏みにじるとんでもない違法行為のような受け取られ方で、誠に義憤を感じています。

日本は海に囲まれた国ですが、江戸時代の鎖国令を引きずったままの感覚で、海運に関する知識も関心も低く、国民生活の必需品がどのようにして輸送されているのか関心がありません。これは国民の全体の発想、価値観で、(シーレーンの重要性を理解していなかった)戦前の軍部の発想そのものです。

石油がどのようにして我が国に運ばれているのか、あるいは他の輸出入の実態をどう理解しているのか、誠に無責任な国民性なのでしょうか。

最近はシーレーン防衛の論議もなくなり、平和を満喫できるのは憲法9条があるからであって、はるか遠く、ホルムズ海峡での掃海などとんでもない、そのようなことは外国海軍に任せておけば良い、何もしないことが平和に繋がるのだという身勝手な論考が行われており、シーレーンの重要さなど露ほども考えておりませんし、理解もしておりません。

現場で散々苦労してきた身としては口惜しい限りです。日本国民に警鐘を鳴らさなければならない思います。

*ペルシャ湾にはゲリラも存在

――他に心配事はありますか

海運日本とは名ばかりで、日の丸を掲揚して航行している船舶はほんのわずかしかおらず、大半はパナマ籍、リベリア籍で、乗組員も多国籍で日本人の船乗りはわずかしかおりません。四方海に囲まれた海国日本が、外国籍ばかりの船舶で、どうやって海運を護れるのか心配です。

どうかこの点も警鐘を鳴らしてください。私は海上の経験があるだけの老爺ですが、僅かでもお役に立てばとの想いがあり、もう一例を報告します。

ペルシャ湾では機雷ばかりが障害になっているのではなく、もっと直接的なゲリラが存在します。スピードボートに重機関銃を搭載し、猛スピードでジグザグに接近しては、銃撃を浴びせ、反転して素早く逃れ、島陰に隠れてしまいます。タンカー戦争中はアメリカ海軍の駆逐艦が護衛していたのですが、イラン領海内の島陰に逃げ込んでしまうと、それ以上の追跡は出来ないのでお手上げでした。

我々タンカー側は、見張りを厳重にし、襲来を察知したときは、甲板上からは船内に退避し、また防衛策として消火銃での散水で防御しますが、効果はまったくありませんでした。また狙って銃撃するのは船橋です。海面から40メートくらいの高さですから、下から狙うので、乗組員が直接被弾することはないのですが、船橋の室内に飛び込んできた弾丸は室内を凄まじい音をたてて、飛び跳ね、跳弾から身を護るのは大変です。

*日本国内でまったく報じられなかったゲリラのニュース

といって狭い航路を航行中ですから、身を伏せるわけにもいかず、船長として前方を見詰めながら操船指揮を執っておりましたが、ホルムズ海峡を無事通過して、やっと食事が喉を通るようになります。それまでは船橋に立ったままお茶かコーヒーがやっとでした。

海上のゲリラ戦とも言うべきこの戦術は、巨象を襲う一匹の蜂のようですが、これが怖ろしい蜂で、何しろ防御の手段を一切持たない巨象が茫然としているのですから、蜂の一刺しは怖ろしいものでした。このゲリラの実態は国内ではまったく報道されませんでした。船員の危険性はそれを承知で乗船しているのだから、ニュースとして価値はないということでしょか。

ホルムズ海峡を無事通過すれば、これで安心はできません。次がマラッカ海峡の難関を通過しなければなりません。海賊が出る海域です。タンカーは舷側が高いので襲われる心配は少ないのですが、それ以上の難敵が存在します。それは水深21メートルと浅く、喫水がぎりぎりで満潮の時間帯しか航過できないことです。

それで全航程を満潮時間帯内で航過できるよう綿密な航程表を造りますが、特に夜間航過する場合は灯台や導標を確かめながらです。霧や雨があると泣き出したくなるほどの緊張の連続です。

*南シナ海埋め立ては「海上封鎖の脅し」の布石?

――南シナ海についてどう思われますか

シンガポール沖合いで大きく変針して、南シナ海に入るのです。中国が岩礁を埋め立て飛行機の滑走路や、海軍基地を建設しているらしいですが、目的は何なのか、海底の石油資源だけが目的なのか、次に考えられるのは海上封鎖の脅しです。

南沙諸島は広範囲の珊瑚礁帯で大型船はこの付近は航行できず、南沙の西側、ベトナム寄りの航路しかありません。一部パラワン島沖を航行できますが、大型船は航行できません。従って船舶の航行を封鎖するのは可能で、この航路を航過するのは日本、韓国、台湾、中国ですが、日本船だけを狙い撃ちするのは可能です。

国会ではその心配はまったくされておりません。憲法論争ももちろん大切です。しかし国民の安全を護るのが第一と思います。老爺の戯言と一笑に付されそうですが、世に心配の種は尽きません>(以上)

平日の昼間に国会をとり巻いて「戦争法案反対」と叫んでいる人々=アカを小生はまったく理解できない。「60年アンポ」のゾンビ、50年以上なにも考えてこなかった人たちだと言う見方もあるが、それではどうも腑に落ちない。

ところが「彼らは中共の狗、日本の敵」と見れば、非常にすっきりする。中共にとって不都合な政策にはとことん反対する。日本から軍と基地を一掃したいのだ。それは中共の願いどおりだ。中共に代わってアカが運動しているのだ。

彼らのコアは日共や社民、民主党だ。反日運動を煽って中2坊主の支持/票を集め、議員になって飯を食うのである。「職業革命家」というが、寄生虫の騒動師だ。頑張れば中共詣でで国家主席とツーショットの写真を下賜され、事務所に飾ったり支持者向けの会報に掲載するのである。

動員された中2坊主の中には、コアからいろいろ便宜を図ってもらったりしている者がいるはずだ。NGOを創って寄付を集めたり補助金を受けたりする。お人好しの国民は寄付をするが、20歳、中核派の兵隊だった小生は「空港反対同盟」の看板でカンパを集め、その金はそっくり中核派の軍資金となり、兵隊の兵糧になった。

つまり中共の狗であることは飯のタネでもあるのだ。マルクス曰く「下部構造/経済が上部構造/政治を規定する」。

中共の狗どもを駆逐すべきだと小生は信じ込んでいる。自らの安全は自らが確保すべきだと思い、中共の脅威にさらされている諸国は団結して中共を包囲し、窒息させるべきだと決意している。

そんな見方が拡散していけばアジアは良くなる、世界も良くなるはずだ。中露にとっては最悪だろうが。(2015/7/3)

      

2015年07月04日

◆日本の最高学府の責務

櫻井としこ


自民党などが衆議院憲法審査会に招いた参考人、早稲田大学教授の長谷部恭男氏が、選りに選って自民党の進める集団的自衛権の限定的行使容認や安全保障法制は憲法違反だと語り、国会は大混乱に陥った。
 
過日、私はインターネット配信の『言論テレビ』の番組で、小野寺五典元防衛大臣、長島昭久元防衛副大臣と共にこの問題を語り合った。長谷部氏の主張がなぜ、あのようになるのかについては後述するとして、集団的自衛権の行使の課題については小野寺氏の説明がわかり易い。
 
防衛大臣当時、氏は安全保障上の問題が発生したとき、如何にして日本国民を守り得るのか、考え続けたという。普通の国では緊急時の対応はおよそ全てルール化されており、それを如何に早く適確に行動に移すかに集中すればよい。だが、日本の安全保障体制には幾つもの穴があるために、その穴をどう埋めるかについて考え続けたというのだ。

「北朝鮮が弾道ミサイルを発射したとき、それがアメリカを狙ったものか、日本を狙ったものかはっきりしない段階で撃ち落とした場合、国際法上は集団的自衛権行使だと解釈される可能性が高い。では、日本が集団的自衛権を認めないから、何もしないでいいのかという話になります」
 
日本がミサイルを墜ち落とさず、グアムに着弾した場合、日本にも大きな負の影響が生ずる。グアムには日米同盟を支える米軍基地があり、多くの日本人も滞在している。ミサイル着弾前の撃墜を命じれば、それがたとえ、国際法上は集団的自衛権行使だと解釈されても、防衛大臣としての心情は、あくまでも日本人と日本国を守るためのものである。それを行使しても当然なのではないか。

「国民にこのような具体例で説明すれば、是非、撃ち落としてほしいと言うのではないでしょうか。自民党案は、そうした国民の思いを汲みとって、国際法上、集団的自衛権と見なされることも、わが国の安全を守る視点から限定して行使しようというものです」

日本の頭脳が一掃
 
長島氏は基本的に小野寺氏に賛成する一方で、安倍晋三首相が掲げたホルムズ海峡での機雷掃海のような活動は、歯止めなく広がるのではないかと疑問を呈した。小野寺氏が次のように応えた。

「シーレーンは日本にとっての生命線です。ホルムズ海峡でなくとも日本周辺の公海に機雷が敷設されれば、油を積んだタンカーも、食糧、製品を積んだ船も全て動けなくなる。

ここで機雷を除去すれば、それは武力行使です。日本の見地からすると個別的自衛権ですが、公海上でまだ日本が攻撃されていないのに機雷除去に及ぶことは国際法上、集団的自衛権だと解釈されます。しかし、これはやって当たり前のことなのです。やらないわけにはいかない。だったら、日本も集団的自衛権の行使を認めるようにしましょうということです」
 
こうした事例をひとつひとつ積み重ねていけば集団的自衛権行使は当然だと理解し易くなるが、国会ではこれが憲法問題となり、まず正面から憲法改正に挑み、その後、集団的自衛権を行使せよという主張になる。しかし、こう主張する人たちこそ、憲法は絶対に変えるなとも言うのだ。
 
この種の矛盾を学者の権威で支えるのが、前述の長谷部教授らで、元を辿れば東京大学を頂点とする最高学府の学者たちである。日本の不幸のひとつは、実に学界から生まれているのではないか。小野寺氏の苦言だ。

「世の中や世界の基準からかけ離れていたり、言っていることがどうも理解できないというような変わった人の集まり(が学界)だという状況があります」
 
学界の特徴のひとつが徹底した軍事嫌いである。つい最近まで、東大は軍事に関わる一切の研究を厳しく排除してきた。昭和34年(1959年)、大学の最高意思決定機関である教育研究評議会で、当時の茅誠司学長が「軍事研究は勿論、軍事研究として疑われる恐れのあるものも一切行わない」と表明、昭和42年(67年)には大河内一男学長が「外国も含めて軍関係からは研究援助を受けない」と宣言した。
 
軍事的なるものの一切を排除する日本の知的人士は、世の中の便利な技術の恩恵を受けてはいないのだろうか。多くの軍事技術が民生用技術に転用されていることは今更言うまでもない。軍事衛星が集める位置情報はミサイルのピンポイント攻撃用にも、市販されるカーナビにも使われる。東大教授たちが軍事研究を峻拒しつつ高度に発展を遂げたカーナビのお世話になっているとしたら、それ自体大いなる矛盾である。
 
小野寺氏が語った。

「戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって公職追放された人は20万人以上、政治家や官僚だけでなくアカデミズムの世界からの追放も少なくなく、日本の頭脳が一掃されたと言われたものです。追放された権威の後釜に入ったのが、左翼系の研究者たちでした」

調査協力を拒否
 
元々左翼系だったか、それともGHQの圧力の下で左翼系に転向したか、いずれにしても戦後、東大の教授職の殆どに左翼系の人々が就いたといえる。弟子たちも同じ路線を引き継いだ。憲法学の分野では、先述の長谷部氏もこの系譜に連なる。一方、軍事研究はこうした中で厳しく規制され続けた。小野寺氏が続ける。

「世界のトップクラスの大学には国の安全保障戦略を研究する講座が必ずありますが、わが国の最高学府では安全保障も軍事も研究してはならないことになっていて、そこでは本末転倒の状況が起きています。

たとえば、防衛大学校の優秀な卒業生を最高学府の研究所に派遣してもっと勉強させ、日本の未来を担う人材に育て上げようとしても、教授会が受け入れない。逆に中国人の研究生はどうぞどうぞと迎え入れる。一体この国の安全保障を最高学府の彼らはどう考えているのか。なぜこんな教授会になったのか。その根っこにある、先に触れた戦後の大学の成り立ちに注目せざるを得ません」
 
氏のいう最高学府が東大を指すのは改めて指摘するまでもない。
 
平成25年12月、安倍政権は、大学の軍事研究の有効活用を目指す国家安全保障戦略を閣議決定した。その1年後、東大大学院情報理工学系研究科は軍事研究の解禁を決めたが、実際には殆ど進展は見られない。

この間の国外への頭脳流出も少なくない。また昨年5月、防衛省が航空自衛隊輸送機の不具合の原因究明のため、東大大学院教授に調査協力を要請すると、拒否されるという驚くべき「事件」も起きた。
 
学問の自由も思想信条の自由も私は最大限支持するものだ。それでも、日本の学界に東大が君臨し続けるのであれば、観念の世界から脱して国際社会の現実に立脚すべきだと思う。


『週刊新潮』 2015年7月2日号 日本ルネッサンス 第661回
(採録:松本市 久保田 康文)


◆救いのない中国仏教界

石 平


中国では今、仏教が隆盛の様相を呈している。中国仏教協会ホームページによると、2012年の段階で全国の仏教寺院の数は3万以上に上り、僧侶の人数は24万人に達している。「仏教徒」の数は1億人を超えているという。宗教消滅の「文革」から約半世紀、中国仏教はやっと復興してきたようだ。

問題は、中国仏教の内実である。先月24日、北京青年報が掲載した記事がそれを如実に語っている。記事によると、同20日から北京で開かれた「中華禅文化サミット」では、参会者の誰もが1万9800元(約40万円)を払えば「慈善禅師」の称号を贈られ、9800元を追加すれば『中国当代仏門人物大辞典』に名前を載せてもらえるという。

そして3万元の大金を出せば、サミットの理事会に名を連ねることもできる。「仏門の盛事」と称されるこのサミットは赤裸々な金銭取引の場となっているのである。

こうした会合に限らず、金まみれは中国仏教界の「日常」になっている。

5月19日付の南方都市報記事によると、海南省の博鰲禅寺というお寺では、参拝客が禅堂に集められ、数分間の「禅話」を無理やりに聞かされた後に300元(約6千円)の「聴講料」が徴収されるほか、仏殿に一歩でも足を踏み入れると直ちに600元の「寄付」を強要されるという。どうしても「寄付」を払わない参拝者に対しては、お坊さんが、その親族にまで呪いの言葉を浴びせるらしい。

もちろん今の中国では、それは別に突出した例ではない。全国の仏教寺院の大半が、強引な手法による金集めを行っていることはよく知られている。

だからこそ、10年ごろから、全国で寺院の「下請け代理経営」が盛んとなっている。お寺の「おいしさ」に目をつけた商売人が寺院の経営を一手に請け負い、僧侶たちと連携して参拝客からできるだけ多くの金を強請(ゆす)ることに知恵を絞っているのである。

僧侶たちはこうして「金の亡者」となる一方、共産党政権に対して「権力の僕(しもべ)」になりきっている。たとえば5月25日、中国仏教網が報じた「唐山市仏教界が18期四中全会精神を学ぶ勉強会を開催した」の中にある「18期四中全会」とは、中国共産党第18期中央委員会第4回全体会議のことである。

要するに中国共産党が何らかの会議を開くと、お坊さんたちはその「精神」を学ぶための勉強会を立ち上げるのだ。仏教の僧侶が、ある特定の政党、しかも「無神論」を主張する政党の「会議精神」を熱心に学ぶとは、まさにお釈迦(しゃか)様誕生以来の天下の奇観であろう。

18期四中全会が開かれたのは14年10月のことだったから、先述の勉強会はむしろ遅い方だ。福建省では、この年の11」月の段階で既に「福建省仏教界が18期四中全会精神を学ぶブームを起こした」と報じられている。

上海の仏教界も同年12月3日、「18期四中全会精神を学習する報告会」を盛大に開催した。地元の新聞によると、参加者の「高僧」たちは相次いで、「18期四中全会の精神の指導下で自らの政治的修養を高めよう」と誓い合ったという。

ここまで来たら、僧侶たちの政権への媚(こ)びはもはや笑い話の領域に入っている。とにかく、政治権力にうまく取り入って自らの地位を保証してもらいながら、次にはこの地位を利用して金もうけに狂奔する。これが今の中国のお坊さんたちの「渡世の道」となっている様子だ。

それでは、中国の仏教が形的に「復興」したとしても「仏心の復活」はあり得ない。それ自体が救いのない仏教に救いを求める中国民衆は、永遠に救われることはないのではないか。

               ◇

【プロフィル】石平

せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
産經ニュース【石平のChina Watch】2015.7.2

      

◆私の「身辺雑記」(236)

平井 修一


■7月1日(水)、朝は室温25度、小雨、散歩不可。11時に雨が止んだので出かけたが、ちょっと降られたのでハーフ散歩。

今日は川崎市の市制記念日で小学校は休みのため6歳女児を預かる。市制記念日がなぜ休日なのかは分からないが、市の職員が休みたいからだろ
う。怠けたいのだ。

川崎市は市制施行されてから今年で91周年だ。市のサイトには「川崎市は大正13年7月1日に川崎町、御幸村、大師町の合併により誕生しました」とある。

<川崎市は神奈川県の北東部に位置し、多摩川を挟んで東京都と隣接。横浜市と東京都に挟まれた、細長い地形です。

市内を縦断する形でJR南武線が通り、南武線と交差する形で5つの私鉄が横断。海側から京急線、東急東横線、東急田園都市線、小田急線、京王相模原線が走っています>

京浜工業地帯の中核、都民の食を提供する近郊農業、川崎大師・多摩丘陵・多摩川鮎/うなぎ料理などによる都民のお手軽な観光地として発展したが、1960年代からは東京のベッドタウンとして急速に発展、鉄道網が上記のように充実していることが幸いした。

わが街「宿河原」は川崎駅から多摩川を20キロほど遡上したところにある。多摩川を隔てただけなのに東京に比べれば田舎だ。家賃が安い。東京の1LDKの家賃でわが街なら2LDKを借りられる。ベッドタウンにぴったりだ。

川崎駅周辺は思い切りダサイのが難だが、市民はそれを避けて二子玉川、渋谷、新宿、銀座、横浜、町田、立川へ遊びや買い物に行く。第一、川崎駅周辺には一軒のデパートもないのだ。珍しい都市だ。

戦後の川崎市は空襲で壊滅した京浜工業地帯の復興から始まったが、わが町あたりでは「農地解放」による農業振興から始まった。小生は「農地解放はGHQ占領政策で成功したことの代表例だ」と刷り込まれていたが、どうも評価はそう単純ではないようだ。宿河原町会編「語り継ぐ宿河原」から。

<戦争が終結した昭和20年の暮の12月29日、第一次農地改革法が公布され、翌21年9月21日にはGHQは第二次改革法を公布。22年から農地買収を実施し、25年にはほぼ完了した。

農地改革は敗戦後の日本の食糧事情を救うためにとられた大改革のひとつで、大地主や不在地主の保有する土地を、実際耕作している者に明け渡して食糧増産を図る狙いがあった。

(現場で地主と交渉する)市町村農地委員会の構成メンバーは地主3人、不在地主2人、小作人5人とした。このために小作人の発言が活発になり、それに対して(国に田畑を没収された)地主は黙っていることが多かった
という。

(小作人が元気になったのは)それもその筈、天から降ってきたボタ餅みたいで、タダ同然で田畑が手に入るというのだから。小作人は皆楽々と買い取ることができたという。

農地改革が終戦直後の食糧危機を解決するのに役立ったことは誰しも認めるところだが、この改革がすべての農民の救済、復興に役立ったとは言えない面も多々あったという。

特に東京、大阪など大都市の地区で、高度成長以後、都市化が進むと、安い値段で田畑を入手した農民は、その後、田畑を売り払って高収入を得て、マンションの支配人となったり、他の事業に手を出し、没落する者も出るようになった。

今考えてみると、農地を提供した地主たちの中には、マッカーサー司令部の仕方無き指示とは申せ、日本政府の農業政策の悪さを指摘したり反対する人もいた>(以上)

わが街の農業はいろいろな困難を抱えながらも政府の支援(やらバラマキ、食管法)もあって発展していったが、終戦から20年の1965年あたりから様子が変わっていった。

以前は「大字○○字□□」という住所表示がよくあったが、「宿河原」というのは言わば「大字」で、実際わが街は9の「字」からなっている。小生の住んでいるところは仲町で、他に舟島、橋本、本町、北町、西町、宿之島、新明町、下綱がある。以下は舟島に設置されている「舟島土地改良事業記念碑」の碑文から。

<二十町歩余の耕地にして、低湿田帯と中央中洲状の名産多摩川梨桃の栽培畑地からなり、道路は乱形にして狭く、通行不便を極め、また灌漑用水は二ヶ領用水よりの各水路は曲折甚だしく、降雨ごとに氾濫のため被害甚大、且つ耕作に不利不便を痛感す。

ここにおいて関係者八十一名、相諮り、区画整理事業を起こし、昭和三十七年三月十日、川崎市舟島土地改良区を設立す。

以来三ヶ年有余、工事費二千余万円を以って、昭和四十年十二月十三日、この事業の総てを完了す。

湿田は乾田と変わり、耕地は区画整然とし、道路及び用排水路は完備し、理想の耕地完成せり。

この大事業が当登戸・宿河原地区の将来発展の基礎となることを確信す。ここに事業の概要を記し、この碑を建立す。昭和四十年十二月十三日>
(以上)

「理想の耕地完成せり」。とても誇らしげで、喜びが伝わってくる。農業の明るい未来を信じていたのだ。

ところが高度経済成長は急速にわが街を変えていく。街の東側には東名高速の工事が始まり、1968/昭和43年に部分開業した。農地を売った農民は夢のような大金を得、事業の多角化を進めていった。

野原だらけだったところに2階建てアパートが建ち、戸建て住宅もどんどん増えていく。「農業なんて生産性の低いことはやってられない」と、田畑や果樹園は宅地となり、やがてはマンション、テナントビル、商業施設、GS、駐車場、ゴルフ練習場を経営する農家が増えていった。

「理想の耕地」はなんと理想の宅地、商業地になったのだ。

わが街は確かに発展したが、土地改良から50年たった現在、ある程度の面積のある農地は、小生が毎朝観察する「生産緑地」のみになってしまった。

ちなみに小生の親戚(農業)はバブル時代に大々的にマンション、ビル経営にのめり込み、バブルがはじけて三家が没落した。高ころびだ。首都圏ではこうして消滅した農家は珍しくないのではないか。一寸先は闇。

変化のスピードが年々速くなっている。5年後、10年後には想像もしなかった街、市、県、国、世界へ変貌しているかもしれない。

夕食はトンカツとトン汁、サラダ。大好評。N母子帰る。

■7月2日(木)、朝は室温24度、薄曇り、フル散歩。

トヨタ米国人女性役員の天国から地獄。新幹線自爆テロ。一寸先は闇。緊張感をなくして悪事に手を染めて一生がパーになるのは自業自得だが、自爆テロなんて予想も備えもできやしない。

中共は不都合な人物は刑務所送りだが、自爆テロどころか抗議の声を上げそうな人までを予防拘禁している(釈放されても常時監視下に置かれる)。

危険分子を予防拘禁すると村山、河野、鳩山、菅、それに民主党議員、ついでに原発拒絶症の小泉やら小生のような中共殲滅妄想狂のイカレポンチまで拘禁することになるから、まったく現実的ではない。

統合失調症のような粗暴な振る舞いをする人が犯行に及ぶかというと、そんなことはないし、殺人犯のほとんどは「札付きのワル」どころか、「え、あの人が・・・信じられません」という人が多いのではないか。

結局、いろいろ防犯に努めるしかない。

<・受動的防犯:空き巣や暴漢等、予測しうる犯罪に対してあらかじめ防御策を講じること。二重施錠、監視カメラ、ブザー、警報、通報装置、携帯防犯(通り魔や暴漢に対処するため、スタンガン、催涙スプレー等のいわゆる護身用具。防犯ブザーやGPSを児童に所持させるなど)。

・能動的防犯:あらかじめ犯罪の起きやすそうな場所、死角をなくしたり、町内で見回りをする等。ごく軽微な違反を徹底的に取り締まることによってそれに繋がる犯罪を抑制しようとする「割れ窓理論」もこれにあたる。

・交番制度:現在は、家庭訪問の代わりに、職務質問を積極的に行うことを重視し、パトカー等によるパトロール活動を強化。職務質問を強化した結果、覚せい剤等の禁制品所持犯や窃盗犯の検挙に成功するなど、全国各地で多大な成果を挙げている>(ウィキ)

防犯で「減災」することは可能だが、ゼロにすることはできない。運が悪ければ死傷する。それでもできる限り防犯防災減災に努めたのであれば「運が悪かったと思うしかない」という安心(あんじん)は得られるのではないか。

だから武装強盗団の中共にはしっかり備えよ、ということだ。9条のお札が安全を保障するなんてマンガだ。

わが家のベランダの右端天井近くには暖炉用の煙突が通っているのだが、つがいの鳩が来てその煙突の上に巣作りを始めてしまった。こんなところに巣をつくられたら洗濯物が糞で汚れることは必至だから、大慌てで枯枝を除去し、CDを2枚吊るした。

それでも来るから威嚇し、指でお腹を突いてやったら逃げていったが、念のためにCD2枚を追加した。効き目があるのかどうか。

侵略には断固として対峙し、反撃しないと、敵の縄張りになってしまうということ。鳩だからいいが、これがスズメバチなら大変だ。中共はライオンを駆逐するほどの牙をもつハイエナの群だ。非常に危険かつ狡猾。地域諸国が力を合わせて封じ込めるのが今の課題だ。

毛沢東曰く「問題が発生したということは、解決策があるということだ」。封じ込めるに限る。政冷経熱→政冷経温→政冷経冷で御の字だ。

■7月3日(金)、朝は室温24度、雨でびしょびしょ、散歩不可。梅雨子頑張る。

借金で首が回らないのに「緊縮財政なんてやなこった」と借金踏み倒しをしそうなギリシャ。ギリシャ人気質を調べてみた。

まずはギリシャ人と結婚してアテネに住む日本人女性。

<ギリシャ人といえば、マイペースでわがままで喜怒哀楽が激しく、楽しむために仕方なく働いているというイメージ。日本人と正反対。ギリシャに住むものとして、これらのギリシャ人気質を理解しないと大変なストレスに苦しむことになる。

実際にアテネに住み、この街に慣れてきたにもかかわらず、いまだギリシャ人の働き振りには納得いかない。勤勉な典型的日本人の私が遭遇したギリシャ人とは。

日本ではおしゃべりをしながら仕事をすることがある。おしゃべりをしながら掃除をしたり、料理をしたり、会社であればコピーをとったり。ほんの数分話したりするが、その間も仕事の手は休めない。別に難しいことではない。

けれどギリシャ人は、いったんおしゃべりを開始したら仕事の手は止まってしまう。99%確かな情報だ。スーパーのレジでも、商品をバーコードにつけながら話すことはない。話し出したら話に没頭し、待っているお客さんのことは見えていない。

話しながら手も動かしたらどんなに能率的か。ギリシャ人にはありえない行為だ、云々>(各国いまどき報告)

次は女性レポーターが取材した日本人商社マンの見立て。

<伊藤忠ギリシャ会社の藤本社長が教えてくれた「本当のギリシャ人気質」は、私がぼんやりと感じていたことを、印象派の絵にしたようにして示していたのだった。

「日本人と違うのはもちろんですけど、ECのほかの国ともまったく違う気質を持っていると思いますね。日本人には想像もつかない言動や行動に驚かされることも頻繁にあります。その国民性は、時間をかけて理解するしかないんです」

藤本さんは、ギリシャ人の気質を分かりやすくまとめ、いくつかの項目にした。ギリシャ人の最大の特性はおしゃべりなこと。

「先天的な多弁症。いつも躁状態で、陽気でひとなつっこく、大げさで話し好き。沈黙は嫌われるので、こちらも常にフランクに接するように心がけないといけないですね」

そして、彼らは個人主義を貫いている。

「どこまでも個人のエゴを追求して生きている。宇宙の中心は自分だと考えています」

さらに“フィロティモ”を尊重しなければならない。フィロティモとは『自尊心、名誉を愛すること、自他共に敬うこと』なのだが、これが対人関係の基本になる。

「相手の自尊心を傷つけると、取り返しのつかないことになる。褒めるときには人の面前で大げさに、注意したり叱ったりするときには、陰でこっそりと。陽気で大騒ぎする一方、フィロティモに関しては過剰に反応するんです」

日本人と最も違うのは「約束」や「信頼」の価値観だそうだ。

「衝動的に場当たり的な嘘をつく。嘘の罪は、物凄く軽いんですよ。だから、約束を簡単に信じちゃいけない。それから、何か問題が起こったときには、物事を行動で解決するのではなく、口先で処理しようとする。こちらがちょっとでも引いたり弱気になったりすると、自分の嘘やミスをすっかり転嫁してしまいますからね」、云々>(小松成美のアテネ五輪リポート)

親切で人種的偏見がないという美徳もあるそうだが、仕事をシコシコ熱心にやる性格ではないようだ。まあ、南国特有のお気楽さか。人口1000万人の小国でもあり、生存競争がユルイのだろう。

ところで10億の民を抱えるインドは、さすがに緊張感がある。アフシン・モラビ氏(ニューズウィークコラムニスト)の論考『世界企業に「尊厳」を求め始めた新興中流層 人気即席麺の安全性が問われたネスレは即座に対応、世界の中流層は不当に扱われることにもう我慢ならない』7/1から。

<食品世界最大手ネスレのポール・ブルケCEOは、床に落ちていた麺に足を滑らせたかのようだった。同社でも売れ筋の即席麺「マギー」が、インドで騒ぎを起こしたのだ。

インドの食品監督当局は、中流層の食卓に欠かせないこの即席麺に、法的基準を上回る鉛が含まれていたと公表。いくつかの州で販売が禁止され、メディアはこぞってネスレを非難した。

ブルケはすぐにインドに飛んで記者会見を開き、食品はまったく安全であると宣言し、信頼の回復に努めると固く約束した。

インドの即席麺市場は世界第4位。そのインドでマギーは70%近いシェアを誇り、インドにおけるネスレの収益の約30%を占める。CMにインド映画のスターを起用し、新しい中流層、それも子供を中心に売り込んでいる。マギーは堅実な成長が約束された人気商品だった。

CEOの迅速な対応は、新興成長市場で中流層の力が増大しつつあることを示している。コカコーラ、トヨタ、フォード、アップルといった他の大企業も中流層の反応に敏感だ。それは、自社の未来を左右する力を持っているからだ。

経済アナリストのダニエル・ヤーギンはかつて、20世紀の重要な産物である石油を「プライズ(貴重品)」と呼んだ。いま私は、新興成長市場の中流層が現代の「新しいプライズ」だと考えている。

企業や政府、グローバルな組織は、責任、透明性、効率を求め始めたこの貴重品を、細心の注意を払って扱わなければならない。

マギーへの怒りは、自信を持った中流層が期待を膨らませ、要求度を高めた結果だった(ただし、ネスレやシンガポール当局の検査で麺に異常はなかったという判断が下ったことは明記しておきたい)。

インド人の怒りが正しいかどうかはさておき、ここに重要な点がある。もう彼らは、何か事件が起きても今までのように「やれやれ、また災難か」とやり過ごすことはない。だからグローバル企業のトップも、インドに飛ばなくてはならなかった。

いま世界で一層大きな力を持ち始めている中流層が求めているのは、英語の同じ「d」で始まる言葉であっても「デモクラシー(民主主義)」ではなく、「ディグニティー(尊厳)」だろう。

*「安全」だけでは足りない

新しい中流層はネットワークでつながっている。いまスマートフォンの利用者は、世界で約20億人。19年には51億6000万人に増え、携帯電話の出荷数は90億に達するという推計もある。中流層と関わる企業や行政機関にとって、この数字は期待と同時に危機感をかき立てる。

新興市場の中流層は、電力不足や交通渋滞など「尊厳」のかけらもない環境で暮らしている。彼らは欧米の多国籍企業なら信頼していいと感じていた。ネスレにとっては信頼回復が急務だ。

特別な戦術や派手な広告はいらない。隣国パキスタンを見ればわかる。公共バスの新サービスによって、パキスタンではシャリフ首相の人気が急上昇。政府は3都市で7億ドルを投じ、信号のない専用レーンにエアコン付きバスを走らせている。農民も中流層も官僚も、清潔で時間に正確なバスを安心して利用できるようになった。人々はバスの中で過ごす短い時間にも、自らの「尊厳」が保たれていると感じることができる。

ネスレは長年にわたり、安全な食品を提供してきた(すべてが健康的とは言えないかもしれないが)。今回のインドでの騒動もやがて収束するだろう。

1つ付け加えれば、ネスレがすべきなのは安全性をアピールすることだけでなく、インド人の尊厳を大切にすることだ>(以上)

たかがラーメン、たかがぺヤングだが、されど「お客様は神様です」。不信や怒りを買うと強烈に叩かれる。それが誤解や誤認、悪意によるものであっても、とりあえずメーカーは消費者の「尊厳」を重視して彼らを慰撫しなくてはならない。資本主義市場経済は嫌らしい面が結構ある。代替システムがないのだから許容するしかないのだが。(2015/7/3)

◆目隠しされた日本

伊勢 雅臣



戦前も戦後も情報無しの手探り状態 〜

日本は情報無しの目隠し状態で、戦前はアメリカと戦い、戦後は中ソと対峙してきた。

■1.ずっと自衛隊の写真を撮っていた中国の震災救援部隊

東日本大震災では中国軍が救援に来たが、その際に彼らは何をしたのかこんな証言がある。

<(中国の救援部隊が)ずっと写真を撮っていたという話を聞きました。自衛隊の活動の写真を望遠レンズで撮っている。結局、これは日本人の行動様式と自衛隊の装備を撮っていたんでしょう。>[1]

被災地救援の名目でやってきて、実は自衛隊の装備などを調べる。お人好しの日本人から見れば「まさか」としか思えないが、「渡る世間は鬼ばかり」の国際社会では不思議ではない。ほかにも、こんな事実がある。

<(震災時には)中国のヘリコプターが南西方面で護衛艦に急接近したり、火事場泥棒のような出来事の連続でした。あのとき、自衛隊の戦力の40%が災害派遣に投入され、日本がいかなる防衛体制を敷いているのか調査しに来たのですが、挑発行為は凄まじいものがありました。>[1]

■2.尖閣諸島でどうでるかという戦略的判断に必要な諜報活動

中国が自衛隊の戦力を調べているのは訳がある。国内の経済的行き詰まりや党幹部の汚職、少数民族の反乱などで不満が溜まっている時に、尖閣諸島などをきっかけに対外戦闘を起こすのは、恰好のガス抜きになるからだ。

先の大戦で大敗を喫して、もう戦争はこりごりという日本人とは違って、中国の政府も人民も戦争にそれほどの拒否感はない。1950年にのべ500万人を投入して約90万人の死傷者を出した朝鮮戦争以降も、1962年のインドとの中印戦争、1969年にウスリー河の中州でソ連国境警備隊と衝突した珍宝島事件、1974年に南ベトナム軍を駆逐した西沙諸島占領作戦。

80年代にも南シナ海でベトナム海軍の輸送船を撃沈し、90年代にはフィリピンが支配していた南沙諸島を占領している。[a] 数十人、数百人の死傷者が出ようと、この程度の事件は中国にとっては戦争というより、局地的な小競り合いとでも言うべきもので、外交の延長でしかない。

尖閣諸島においても、小競り合い程度で奪えるなら、中国は容赦しないだろう。逆に自衛隊が強くて、中国軍の面目が潰れるようなことになったら、逆効果なので手出しは控える。そうした戦略的判断をするためにも、自衛隊がどの程度の戦力を持っているのか、について中国は諜報活動をしている訳である。


■3.300万の英霊たちの叫び声

こうした中国の動きに対して、いまだに「平和憲法さえ守っていれば平和は守れる」という声があるのは驚くべきことだ。この態度からは、中国軍の戦力、意図などに関して、諜報活動をしようなどという発想が出てくるはずがない。

諜報活動に関する日本人の鈍感さが敗戦の一大要因だったと、米軍は指摘している。昭和21(1946)年4月、米軍がまとめた『日本陸海軍の情報部について』という調査書には、次の一節がある。

<」日本軍の精神主義が情報活動を阻害する作用をした。軍の立案者たちは、いずれも神がかり的な日本不滅論を繰り返し表明し、戦争を効果的に行うために最も必要な諸準備を蔑(ないがし)ろにして、ただ攻撃あるのみを過大に強調した。その結果彼らは敵に関する情報に盲目になってしまった。>[2,p328]

この一文を次のように変えてみたら、現代日本も同様であることが分かるだろう。

「護憲平和主義が情報活動を阻害する作用をした。護憲論者たちは、いずれも神がかり的な「平和憲法さえ守っていればどこの国も攻めてこない」という護憲平和論を繰り返し表明し、防衛を効果的に行うために最も必要な諸準備を蔑(ないがし)ろにして、ただ護憲あるのみを過大に強調した。その結果彼らは中国軍に関する情報に盲目になってしまった」。

大東亜戦争中に大本営の情報参謀として従事した堀栄三氏は、戦争中に我が国が諜報活動を軽視したために、いかに困難な戦いを余儀なくされたか、を著書『大本営参謀の情報戦記』に描いている。そのあとがきにはこうある。


「また本書に掲げた多数の戦場での教訓の数々は、ひたすら祖国のためにと思いながら歯をくいしばって、正確な情報に基づかない、誤れる戦略に殉じて散華していった300万の英霊たちの叫び声に他ならない」。[2,p342]

12月8日の大東亜戦争開戦の日を機に、この英霊たちの叫び声に耳を傾けて見たい。同じ過ちを現代にも繰り返さないために。


■4.正確な地図もなく

日本陸軍は伝統的に対ソ連、中国を重視していて、情報収集や戦法研究などを対米重点に切り替えたのは、開戦後2年も経った昭和18(1943)年後半からだという。すでにガダルカナルの戦いで、米軍の本格的な反転攻勢が始まっていた時期である。

それゆえに、ニューギニヤ、ソロモン諸島方面では、正確な地図がなくてガリ版刷りの素図をもとに戦争をしたといったら、読者はびっくりするであろう。そんな戦場へ赤紙一枚でやられたとあっては、収まるものも収まらないはずだ。[2,p90]

ニューギニア島北岸は、東西1300キロにわたる長い海岸線と、2〜3千メートルを越す脊梁山脈の間は、一面のジャングルに覆われた前人未踏の地である。米軍はここを統治するオーストラリアから地誌資料を得て、「これを支配するのは歩兵ではない。航空以外にない」と判断していた。

しかるに日本の大本営は、ニューギニアの地図から普通の陸地と誤認して、東部ニューギニアのブナにいた南東支隊に、脊梁山脈を越えて、南岸の都市ポートモレスビーの占領を命じた。


<」この場合の南東支隊の敵は、米軍でもなければ濠洲(オーストラリア)軍でもなかった。道なきジャングルとスタンレー山脈と雨期で増水した名もわからない川の氾濫であった。そして、とうとう皆無の補給による饑餓と疲労と寒気と疫病のために、ぼろぼろになって後退を余儀なくさせられてしまった。(中略)

作戦が中止となり、十分の一の兵員となってやっとブナに帰りついた南東支隊に、米濠軍は海の方から廻って上陸し、攻撃を加えて、玉砕に追いやっている。>[2,p114]

弊誌795号[b]では、この戦いで生き残った西村幸吉氏が、戦後25年もかけて戦友たちの遺骨収集に従事した逸話を紹介したが、多くの英霊を生んだ陰には「正確な情報に基づかない、誤れる戦略」があったのである。


■5.米軍の用意周到ぶり

堀氏は、大正末期から昭和初期にかけて米国研究の第一人者・寺本熊市中将から、親しく教えられた内容を、次のように記述している。

「米国は大正10年以来日本との戦争を準備していた。われわれは米国研究時代、補佐官時代からすでにそのことを指摘していた。米国の考える戦場は、日本に対しては当然太平洋だ。(中略)

ここで勝つには制空権以外にない。彼らは日本の南洋委任統治領を研究していた。小さな島の群島だ。船以外に連絡の方法がない。船を制するにも制空だ。この間資源もない日本は、満洲の方を見つめて眠っていた」。[1,p80]

大正10(1921)年はワシントン軍縮会議が開かれ、日本の海軍戦力が、米国5に対して3と抑えられた年である。米国は日本の海軍力を軍縮条約で抑えつつ、同時に対日戦の研究を進めていたのである。

たとえば、大正10年頃は米軍はまだ馬を使っていたが、島への上陸作戦では馬を泳がせるのも一つの方法だが、その距離は500メートルを越えてはならない、などと規定していた。

日本軍は正確な地図もないまま、2〜3千メートルの脊梁山脈を越えての攻撃を命じたが、米軍はその20年以上も前に、上陸作戦で馬を泳がせても良い距離まで調べていたのである。


■6.堀氏の考案した対抗戦術

参謀本部で米軍に対する諜報活動の任についた堀氏は、サイパン島などの玉砕の状況を研究して、太平洋での島嶼防衛の戦術を立案した。

サイパン島では昭和19(1944)年6月12日、13日と、米軍機数百機が港湾や飛行場、陣地を空爆した。その間に戦艦8、巡洋艦2、駆逐艦22隻が島を完全に包囲して、艦砲射撃を3日続けた。陣地はほとんど叩きつぶされ、日本軍は15日、16日の水際での戦闘で、ほとんど壊滅的打撃を受けた。

玉砕の前日、日本軍の発した訣別の電報は堀氏にも廻ってきたが、涙なくしては読むことができなかったと言う。

堀氏は米軍が空爆と艦砲射撃で徹底的に日本軍陣地を叩いてから、上陸してくる作戦を分析し、それに対抗しうる防御戦術を考え出して、これから太平洋に転用される関東軍の精鋭部隊に説いた。

水際での早すぎる突撃は自滅する公算が多いので避けること。大砲や機関銃などは最低2メートル以上のコンクリートで覆って艦砲射撃から守ること、島内に二重、三重に地下陣地、洞窟陣地などを準備してゲリラ戦を挑むこと、等々。

ペリリュー島守備に向かう中川州男(くにを)大佐は、堀氏の説明を熱心にメモして、質問もしてきた。その後、ペリリュー島の守備隊は4ヶ月で米軍の艦砲射撃と爆撃に耐える強固な陣地を構築し、米軍の猛攻を73日間も持ちこたえ、逆に死傷者1万人を超える損害を与えた。

この戦法は硫黄島や沖縄でも活用され、米軍はその損害の大きさから、日本に対する無条件降伏の要求を取り下げて、終戦に至った事は876号[c]で述べた。

このような諜報活動と作戦研究がもっと以前から行われていたら、開戦当初は航空母艦数などでは太平洋に配備された米海軍を上回っていただけに、その抑止力をもってして、米国からの挑発をはねつけ、開戦に至らずに済んだ可能性すらあった。[d]


■7.オスプレイ配備による抑止力

日本は島国で、国境も多くの離島からなるだけに、それらをどう守るか、は戦前、戦後を問わず、防衛上の重要課題である。特に尖閣諸島は中国軍の直接的な脅威にさらされている。

離島防衛に威力を発揮するとして最近登場したオスプレイは、ヘリコプターのように垂直の離着陸ができるとともに、回転翼を前面に倒してプロペラ機として高速、長距離の水平飛行ができる。

従来のヘリコプターでは作戦行動半径約150キロで、普天間基地から440キロ離れた尖閣諸島には届かない。しかし、オスプレイは約700キロと尖閣を含む海域を十二分にカバーできる。

しかも、時速520キロで尖閣まで1時間以内に着ける。積載量も5.7トンあり、30名程度の要員や武器を積み込める。中国船が尖閣に上陸しようとしたら、その前に沖縄からオスプレイが出撃して、待ち構える事ができる。これでは中国の尖閣奪取も難しくなり、無闇な手出しはできなくなる。

オスプレイは災害救助にも威力を発揮する。昨年11月に巨大台風によって大きな被害を受けたフィリピンへ沖縄から米海兵隊のオスプレイが直接飛んで、避難民や救助物資の輸送に活躍した[4]。東日本大震災などでもオスプレイがあれば、もっと迅速かつ効果的な救援活動ができたはずである。


■8.国民の目隠しをする左傾マスコミ

このオスプレイを、一部のマスコミは開発途上の事故をとりあげて、危険性を大々的に訴えて配備に反対した。しかし、2007年に実戦配備されてからの事故率は10万時間あたり1.93回と現行ヘリコプターCH-53Dの4.15の半分以下。安全性を言うなら、オスプレイ配備を加速すべきなのである。

尖閣防衛にも災害救助にも活用でき、現行ヘリより安全なオスプレイの配備で困るのは尖閣諸島を狙う中国だけだ。安全性のデータも隠して、「未亡人製造機」などとプロパガンダを行う一部のマスコミは、中国の代弁者として、日本国民の目から真実を隠そうとすしているのである。

戦前の情報活動の弱さについて、我が国は反省をしてこなかっが、戦後の日本は他国の情報活動によって真実から目隠しされてきたという点で、もっと始末が悪い。

朝日新聞など左翼勢力は中ソの代弁者として、日本の防衛力強化に様々な情報活動で妨害してきた[e,f]。 最近も集団的自衛権や秘密保護法に対して「戦前に戻る、戦争のできる国になる」などと反対した。[g]

平和を守るためにこそ、中国の侵略に対する抑止力が必要なのであり、そのためには国内の左傾マスコミによる目隠しを外さなければならない。


■リンク■

a. JOG(152) 今日の南沙は明日の尖閣
米軍がフィリッピンから引き揚げた途端に、中国は南沙諸島の軍事基地化を加速した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog152.html

b. JOG(795) ココダの約束 〜 戦友の骨を拾う約束を25年かけて果たした男「もしお前たちがここで死ぬようなことがあっても、俺たちが必ずその骨を拾って、日本にいる家族に届けてやるからな」
http://blog.jog-net.jp/201304/article_4.html

c. JOG(876) ペリリュー島のサクラ
 ニミッツ提督は「この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕していったか」と語った。
http://blog.jog-net.jp/201411/article_7.html

d. JOG(096) ルーズベルトの愚行
 対独参戦のために、米国を日本との戦争に巻き込んだ。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog096.html

e. JOG(865) 中ソの代弁70年 〜 朝日新聞プロパガンダ小史(上)
敗戦直後からソ連崩壊まで、朝日新聞はソ連の忠実な代弁者として発言してきた。
http://blog.jog-net.jp/201409/article_2.html

f. JOG(866) 中ソの代弁70年 〜 朝日新聞プロパガンダ小史(下)
朝日は、中国の国内代弁者としてモンスター国家の成長に一役買った。
http://blog.jog-net.jp/201409/article_4.html

g. JOG Tweet 偏向報道の手口(5) 集団的自衛権/特定秘密保護法/反原発
http://blog.jog-net.jp/201407/article_2.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 百地章、浜谷英博、井上和彦「緊急事態条項なくして国家たりえない」、『正論』H26.6

2. 堀栄三『大本営参謀の情報戦記』★★★、文春文庫、H8
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4167274027/japanontheg01-22/

3. 「オスプレイは本当に危険か−ヘリコプターとの事故率の比較」
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/15968405.html

4.産経新聞「主張 オスプレイ佐賀に 『安保』と『災害』に有益だ」
http://www.sankei.com/politics/news/140725/plt1407250041-n1.html
(再掲)

2015年07月03日

◆中共という「狂気と無知」

平井 修一



日本に亡命した風刺マンガ家・辣椒(ラージャオ、王立銘)氏の「香港の選挙改革とニセの民主主義」(ニューズウィーク6/22)から。

「普通選挙」実現をめぐる香港行政長官選挙の制度改革法案は6月18日、香港議会で実に劇的に否決された。中国共産党がコントロールする「建制派」は、法が定める投票者数に足りないことで流会に持ち込もうとしたが、思いがけず彼らは数学が苦手だったらしい。

33人が議場を離れたが一部に連絡を忘れ、議場に残った同派議員を加えることで流会は回避された。共産党の陰謀は実現せず、その失敗ぶりは相当みっともなかった。

正常な国家では、1つの法案が通過しなければ失敗した方は内容を検討し直し、再び社会を説得する準備をするものだ。だが共産党当局の態度はとても奇妙だった。

共産党系メディアはまさに怒り狂ったという形容がぴったりの様子で、みっともない言葉を使いながら反対派の「独断専行」を指弾した。彼らを「永遠の罪人」とののしり、反対派が香港の民主主義の発展を阻害した全責任を負う、とまで非難した。

この手の文化大革命方式の激しい言葉の背後にあるロジックは荒唐無稽だ。もともと共産党が言う民主主義とは賛成しかできず反対できない、そして中央政府に完全に服従する「民主主義」。反対派の議員は民主主義を阻害する敵にされてしまった。

私はここ数年、共産党系のネットメディアが行ってきたニセの世論調査のことを思い出した。彼らは西側国家の世論調査のやり方を学びたいが、一方で自信もない。多くの調査が「反対」の選択肢を設置したが、結果は往々にして彼らの望むものにならないので、すぐに閉鎖を余儀なくされる。

そして、彼らの世論調査の選択肢はかなり笑えるものになった。選べるのは「非常に賛成」「とても賛成」「賛成」だけで、反対する権利が剥奪されたのだ。

http://www.newsweekjapan.jp/rebelpepper/2015/06/post-6.php

(↑)この漫画に描いた賛成しかできない3つの投票箱は、日本の駅で見かける分別ゴミ箱にそっくりだ。賛成しかできず、反対できない「民主主義」はゴミと同じだ――私はそう思う>(以上)

好きなことを言え、好きなことを書く。叩かれることも覚悟の上だし、逆に嫌な言論を叩く自由もある。殴ったり殴られたりしながらの切磋琢磨で、全体として物事が良い方向へ行けばよし。

悪い方向へ行ったら再び三度ケンケンゴウゴウ、カンカンガクガク。それでも決着がつかなければ選挙だ。万機公論に決すべし。まことに自由民主主義は手間暇がかかるが、今のところはこれ以上のやり方がないのだから甘受するしかない。独裁政治の対極にある「至高の政治システム」だ、今のところは。

渡辺由佳里氏(アメリカ在住コラムニスト、翻訳家)の論考「アメリカのブックフェアで見た中国の『押し売り』プロパガンダ 中国政府ご推薦の作家と作品だけを出展した広大なブースには閑古鳥が」(ニューズウィーク7/1)から。

<ブックエキスポ・アメリカ(BEA、以下エキスポ)は、毎年5月にニューヨークで開催されるアメリカ最大のブックフェアである。どちらかというと出版社が書店や図書館の関係者に新刊をPRするお祭りの傾向が強い。

以前はメディアとしての参加者は紙媒体の雑誌の記者やカメラマンに限られていたが、ネットの口コミの影響力が明らかになり、近年は人気ブロガーや大規模なブッククラブ(読書会)の主催者も歓迎するようになって
いる。

エキスポでは、毎年海外の国をひとつ「guest of honor(主賓)」として大きく紹介する。今年の主賓は中国だった。

主賓と言ってもguestというよりcustomerだ。中国は、展示場のジャビッツセンターで2万5000平方フィートの巨大なスペースを購入した。エキスポ使用料は、100平方フィートあたり平均5000ドルなので、単純に計算すると中国のブース代は125万ドル、つまり1億5千万円になる。そのうえ、150の出版社の社員、作家50人、政府の担当者など相当な人数を中国から連れてきており、1泊350〜500ドルのホテル代も考えると気が遠くなるほ
どの出費だ。

中国の出版市場は、アメリカに次いで世界で2番目に大きい。だから、アメリカの出版社は中国の市場には常に注意を払っている。エキスポ主催側も、気前の良い「主賓」のために中国をテーマにしたイベントを多く企画した。

中国の出版社がどんな売り込みをするのか興味を抱いていたが、会場に着いて首をひねった。どうやらイチオシのお薦め本は習近平国家主席による中国政府の政治哲学本らしい。エキスポ会場のあちこちで習近平の巨大な顔に遭遇してぎょっとする。しかし、日本なら村上春樹や吉本ばななに匹敵するようなアメリカで有名な中国人作家の写真や作品はまったく見当たらない。

それもそのはず。出展しているのは中国政府が厳選し、後押しした作家と作品だけだったのだ。

エキスポと時期を合わせて、作家の郭小櫓、哈金、ジョナサン・フランゼンといったメンバーがニューヨーク市立図書館の前で抗議集会をした。これを企画した国際ペンクラブ・アメリカセンターは、中国政府のプロパガンダに手を貸した形になっているエキスポを非難し、中国政府が言論の自由を保証し、投獄中のノーベル平和賞受賞者の作家、劉暁波を解放するよう訴えた。

非難の的になっているエキスポでの中国展示の「イチオシ本」の宣伝シンポジウムを覗きに行ったところ、いるのは中国から来たと思われるメディアと関係者だけだ。

エキスポでは、人気作家のサイン会には何時間も前から並ばないといけないし、並んでも手に入らないこともある。それなのに、中国ブースの作家のサイン会には客がいない。偶然通りかかった人が本を取り上げて中を見るが、「無料です」と言われても「けっこうです」と断っている。

第二次世界大戦でいかに日本が非道だったのかを延々と綴ったようなプロパガンダ本はタダでも読みたくないのだ。中国が買い取った広大なブースは開催期間を通じて客は集まらず、ガラガラだった。

エキスポの客たちは、中国の押し売り作戦には厳しかった。あれだけの費用を費やした結果は、こんな冷たい肩透かしだ。中国がアメリカに本を売りたいのであれば、投獄中の作家をプッシュしたほうがずっと効果的だ。世界はそういう作家の作品を読みたいのだから。

そもそも、国家が展開するプロモーションは、「わが国のイメージはこうでありたい」、「売るとしたら、それに合うものだけ」という自己満足の押し売りになりがちだ。そして、客を無視した押し売りは、湯水のように金を注ぎ込んでも絶対にうまく行かない。

日本政府も、エキスポでの中国展示から学ぶことは少なくないと思った>
(以上)

中共は人民を恐怖とエサで手なずけて思考停止の小4レベルにしているから、上が右と言えば右を向く。人民は無知ゆえに、左に向いたり、伏せる手もあることを知らない。

そもそも上を批判するような言論はご法度で、皆クチパク。だから国内でしか通用しないやり方を国外に持ち出して、総スカンを食うのだ。

「2000年前から俺の領土領海だ」「俺のやり方は正しい、とやかく文句をつけて俺の邪魔をするな」

狂気と無知。無礼と貪欲。威嚇と懐柔。虚言と脅迫。無理と無法。虚勢と追従。捏造と無恥。傲慢と邪推。殺人と拷問。

中共は悪の総合デパートだ。正義、寛容、慈悲なんてひとかけらもない。所詮は共匪。追剥の類だ。出自の賎しさはいかんともしがたい。尊敬されない国が覇権を立てることはできない。中共の没落を世界は待っている。期待に応えたらどうか。中共ができる唯一の貢献だ。(2015/7/2)

◆女子W杯準決勝戦観戦記

前田 正晶



未だ嘗てこれほど興奮させられた勝ち方はなかった:

私は我が女子代表の実力が運を引っ張り込んだと思っている。実はNHKのBSの中継で見ていたのだが、試合開始前の彼女らの明るい表情を見て「これならば何とか勝ってくれるだろう」との予想を立てていた。

結果的にはあの何と形容して良いのか一瞬言葉を失った、イングランドの所謂“ロスタイム”3分間での”オウン・ゴール”での決勝点だった。審判の判定が瞬間的に遅れたが、私は「入っていた」と見ていた。得点は2対1だった、念のため。

昭和20年から蹴球を始め多くの試合を見たし又経験してきたが、これほど興奮させられた勝ち方はなかった。イングランドの縦一発と言うよりも古き良き英国風の「キック・アンド・ラッシュ」のサッカーに悩まされ多くのシュートを浴びたが、NHKのスタジオ解説の早野がいみじくも言った「ゴールのバーとポストに感謝せねば」というイングランドのシュートの不正確さにも助けられたとも言えるだろうが、それも「ついているかいないかも実力のうち」だった。

それほど押されっぱなしで、恐らくイングランドは試合中には今回もまた日本に勝てると確信したかも知れないほど、優勢に試合を運んでいたし、2〜3本のシュートは海堀が辛うじてセービングで逃れたほど強烈だった。

多くのサポーター(カナダの在留邦人も日本から遠征された人たち)はさぞかしハラハラしたと思ったほど、イングランドには勢いがあった。それが、あの”extra time”の3分間でひっくり返されたのだ。

私は佐々木監督が澤を使わなかったのは、恐らくあの流れでは延長戦もPK戦すらあり得ると見込んで温存し、流れを変えると読んで岩淵だけを投入したのではと思って見ていた。それほど我が方は流れを支配し切れておらず、イングランドの単純に蹴り込んでくるように見えて意外に正確に縦パスが通っていたキック・アンド・ラッシュ戦法に攪乱されて蹴り合いに巻き込まれていたことが、PK以外に点を取れなかった主たる原因と見ていた。

しかし、私はこの勝利では岩淵を含めて試合に出ていた12人の誰も貶す気はない。皆精一杯に自分の持てる力を発揮して、攻める時はあの蹴り上げるだけで守る時には大きな身体をぶつけて来る相手に負けることなく、流れの中で失点することがなかったことと、それを支えた精神力をも褒め称えておきたい。あの攻守両面での健闘振りは勝利で終わって見れば実に立派で感動的なものだった。

別な表現を用いれば「我が代表には前回のW杯を制覇した実力に加えて勝ち方を知る強さがあればこそ、あれだけ攻めていたイングランドがオウン・ゴールになってしまう後方へのパスなのかクリヤーなのかハッキリしない蹴り方をする運を引き込んだのだ」のである。決して幸運などではない。我が方の実力のなせる業だったのだ。

技術面で一つだけ言っておきたいことがある。それはシュートだ。この試合でも枠に中に入ったGK(ゴール・キーパー)が捕ったシュートがなかった不正確さはこれから先の中三日間に可能な限り修正しておくべき重大な課題であろう。特にアメリカのGKのソロ(Solo)は非常に上手いのだから。

恐らくこれほど感動させられ興奮した我が国の代表が勝った試合を見て経験がないので、観戦記を書こうとPCの前に来ても中々構想が纏まらないのだ。兎に角「凄い、偉い、感動した」なのだが、彼女らにはこの実力とそれが招いた運を堅持して(麻雀には「ツキを腕で消す」場合があるので要注意だ)アメリカとの決勝も勝ってまた感動させてくれることを祈念して終わる。

◆変わる世論とご都合主義

阿比留 瑠比



人も国際情勢も世論も移ろい変わりゆく。そんな世の無常を説くかのように菅義偉(すが・よしひで)官房長官はこのところ、平成4年6月の国連平和維持活動(PKO)協力法成立時と現在の国民意識の違いについて、繰り返しこう指摘している。

「当時、憲法学者の8割を超える方が反対だったが、今日では約9割の国民からPKOに理解をいただいている」

確かに、同年7月の朝日新聞の世論調査では、PKO参加のための自衛隊海外派遣に対し、憲法上「問題がある」と答えた人が58%に上り、「問題はない」の26%の倍以上だった。

PKO協力法成立時といえば、菅直人元首相が6月13日の衆院本会議で、「PKOと自衛隊という存在を結びつけることは、憲法上の制約を含めて困難」と主張して制限時間を過ぎても延々と演説を続け、衛視に演壇ごと引きずり下ろされたのも印象的だった。

その菅氏も首相時代の23年3月の防衛大学校卒業式の訓示では、堂々 とこう訓示している。

「諸君が培った技能をぜひこうした(PKOなどの)活動で発揮してください。それが日本の国益につながる」

あのときの反対、違憲論はいったい何だったのかと思うと少し腑(ふ)に落ちない。とはいえ、国民の意識や判断は、それだけその時代の空気や社会情勢に左右されるものなのだろう。

現在、国会で審議中の安全保障関連法案をめぐっては、各種世論調査で合憲ではなく違憲だとみる国民の方が大きく上回っている。これも時の流れとともに変遷していくのだろうか。

もちろん、国民意識が変わるのは別に悪いことではない。それは社会の成熟や学習効果を表すものでもあるからだ。安全保障問題に関してだけではなく、最近は歴史問題でもいろいろと大きな変化がみられる。

読売新聞が5月下旬に実施した世論調査1010人回答)では、過去 の歴史についての韓国への謝罪は「十分だ」との答えが76%に達した一 方で、「不十分だ」は17%にとどまった。

もっと顕著な数字が出たのが、日本テレビが6月中旬に実施した世論調査(1008人回答)だ。韓国政府が日本に謝罪と賠償を求めている慰安 婦問題について、これまでになく明確な意思が示されたのである。

5つの選択肢のうち、「これまでの対応で十分であり、改めて謝罪も賠償も必要ない」との答えが最も多く36・8%に上ったのに対し、「慰安婦だった女性に対し、国として改めて謝罪と賠償をした方がよい」はわずか3・9%だったのだ。これは25人に1人もいない計算になる。

さらに、「慰安婦を組織的に強制連行した証拠はなく、国際社会の誤解を解くため、さらに日本の立場を主張する」という積極策も18・2%の人が選んだ。

根拠もなく慰安婦募集の強制性を認めた5年8月の「河野談話」の虚構性が明らかになり、慰安婦問題の実態がだんだん周知されるにつれ、国民の理解も深まったのだろう。20年前であれば、こうした調査結果は考えられない。

野党や一部メディアは、安保関連法案に否定的な世論が強いことをもって、政府にその取り下げを迫っている。それならば同時に、絶対に韓国に謝罪や賠償をしてはならない、それが国民の声だと主張しないと、ご都合主義といわれても仕方あるまい。
(論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2015.7.2

◆新聞を手にする若者がいない

加瀬 英明



14v世紀の半ばにヨハネス・グーテンベルグが、活字印刷機を発明したことが、人類に情報革命をもたらした。

その後、活字の時代が600年以上にわたって続いた。だが、ITの登場が情報の大革命をもたらして、長かった活字の時代に取って代わるようになっている。

毎日新聞の『発進箱』

4月14日の毎日新聞の『発信箱』を読んで、私も時代遅れになってしまったという、寂寞とした気持にとらわれた。

『発信箱』から引用すれば、記者志望の大学生たちが、「新聞を読む姿を友だちに見られると恥しい。変な人だと思われそう」というのだ。

このところ新聞離れが進んでいることは、電車の車中でもスマホを操っている者がほとんどだし、新聞といっても、株式新聞か競馬新聞しかないから、承知していた。

娘さんが小学校教員だという友人から、「ヂヂババがいない家は、新聞をとっていないから、新聞が何のことかわからない児童が多い」と聞いた時にも、驚かなかった。

2年前に、朝日新聞の幹部と浅酌したところ、「この春入社した新卒のうち、親元を離れて下宿していた者のなかで、誰一人、新聞を購読していなかったのに、衝撃を受けました」といった時にも、そんなものかと思った。

だが、毎日新聞が紙面で、若者から新聞が相手にされないと認めたのに、息を呑んだ。

まさか、いまの若者にとって、新聞を手に取るのが恥しいとは、思ってもみなかった。

書店組合が組合員数が減少している

この4月に、東京都の書店組合が組合員数が1年間で7%以上減ったと、発表している。全国でも、書店の数が急速に減り続けている。

本を読まない人間の増加は知的能力を下げる

日本では変な新聞が多いから、若者が新聞離れしているのはよいことだが、ITが普及したことによって、多くの人々が本を読まなくなっているのは、忌々(ゆゆ)しいことだ。

グーテンベルグはワイン絞り機を改良して、印刷機を考案したという。ワインを呷って、憂さを晴らすしかないか。

パソコンやスマホなどのITが、書籍を追放しているが、粗悪な貨幣が良貨を駆逐するのと均しい。

いまの若者は努力することなく指先一つで、吉田松陰や、坂本龍馬の数百倍、いや数千倍の情報量を、瞬時に取り出すことができる。それでも、幕末の志士たちが身につけていた豊かな知識に、はるかに及ばない。

知識と情報の違い

ITから取り出す情報は、細切れになっている。断片ばかりだから、いくらあっても情報でしかなく、知識とならない。知識はまとまっているものだ。ITは知識を破壊する機械となっている。

スマホをやめて本を読み友達と話をしましょう

この春に信州大学の入学式で、山沢清人学長が新入生に「スマホをやめますか。それとも信大生をやめますか」と、問い掛けた。拍手喝采したい。

そのうえで、学生たちに「スイッチを切って、本を読みましよう。友達と話しましよう。そして、自分で考えることを、習慣づけましよう」と、呼び掛けた。

しかし、これが高校ではなく、大学の学長が行った訓示なのだから、暗澹とせざるをえなかった。

ITは注意欠陥・多動性障害を生む

ITに頼っている若者は、いつだって急いでいる。若者たちが精神科医がいう、注意欠陥・多動性障害を病んでいる。

そのために、注意力を持続することができないでいる。何ごとにつけても、衝動的だ。落ち着きがないのは、1つのことに集中することができないからだ。

パソコンや、スマホが普及するにしたがって、若者たちが深刻な情緒障害と精神の発達障害に、冒されるようになっている。

人と人とのあいだの情愛や、親と子の情をぬくめるためには、長い時間を共有しなければならない。

私は急ぐことは、犯罪だとみなしてきた。いま、私たちは新幹線から、地下鉄、乗用車、電話から、掃除機、炊飯器まで、無機的なものばかりに囲まれて生きている。

しかし、心は生きているはずだから、種を蒔き、芽をふき、花がひらいて、実を結ぶまでに、自然によって定められた時間があるように、有機的な時間を必要としている。

情のない社会

急(せ)くと心がはたらかないから、思いやる心や、まごころが生じない。

誰もがなぜなのか、まるで宅急便になったように、急いでいる。3、40年前までは、情合(じょうあい)のある人がすぐわきに、多くいたものだった。あのころは、今日と違ってゆとりがある時間が、流れていた。

情報や物だけでなく、人までを使い捨てにするために、情がない社会が到来するようになっている。

ついこのあいだまでは、日本中どこへ行っても、人情が空気のなかを、微粒子のように飛んでいたものだった。それが、いつのまにか、ぬくもりがない社会になってしまった。

単独世帯の増加

この3、40年のうちに、世帯構成が大きく変わっている。統計をみると、1980年代前半までは、「夫婦と子世帯」が多数を占めていたのに、いまでは「単独世帯」がもっとも多くなっている。

高齢化が進むかたわら、子が親を煙たがって同居しようとしないために、「夫婦のみ世帯」が増えるようになった。

外食産業でも、業界用語でいう「おひとりさま」の顧客が、珍しくなくなっている。家でも、おひとりさまが多い。「夫婦と子世帯」は2世代が睦む家庭であるべきなのに、夫や、妻や、子の「孤食」が珍しくない。

 日本語には明治に入るまで、「個人」というおかしな言葉が、存在していなかった。「個人」も、明治翻訳語である。日本では人が、孤独な存在ではなかった。平成に入ってから、「孤独死」という言葉が、日常的に用いられるようになっている。

いまの若者文化は、何よりも速度(スピード)を尊んでいる。いまという時間しか、大切にしない。社会が若者文化によって支配されているから、高齢者までが若者を模倣するのにうつつを抜かすようになっている。

現在という頼りない時間

現代は現在という、頼りない時間しかない。過去という厚みを欠いているから、軽薄でつねに漂っている。なにごとにつけても、速度が尊ばれる。現在すらその瞬間ごとに、捨てられていく。

なぜなのか、過去よりも、不確かな未来のほうが重んじられている。過去は軽んじられるだけでなく、進歩を妨げるとみなされている。

脱伝統文化時代とは

記憶はコンピューターのメモリーのように、いつでも指先1つで、取り出すことができる。頭や、心のなかに宿っているものではない。

私のように古い事物を大切にする者にとっては、おぞましいことだが、世界が舵も、錨も失った船のような、脱伝統文化時代に入ったといわれている。

いまの若者は、人生が楽の連続でなければならないと、思っている。そのために、不平ばかり鳴らしていて、ちょっとでも意に染まないことがあると、すぐに挫けてしまう。

私は先の戦時下と占領下に育ったから、人生が苦の連続だとみなしてきた。そこで少しでも楽しいことがあれば、大喜びした。

幸福は安易に手に入るものでは、ないはずだ。私は「幸せを求める罪」があると、思う。周囲の人々や、そのときどきに与えられた境遇に感謝して、こつこつと励めば、結果として幸せがやってくると、信じてきた。

「ありがとう」は美しい言葉

心から、「ありがとう」といおう。「ありがとう」というほど、美しい日本語はない。

電子書籍はITのなかでも有益だから、除外したい。世界中の図書館の本を、閲覧できる。それに、辞書機能がついているから、分からない言葉や、事物についてすぐ検索することができる。

◆居直り、開き直るギリシャ

池田 元彦



主権国家とは絶対的独立を維持するため、自国軍の保持、自国通貨、外国人の自国出入国管理権、更には日本が平等化に苦しんだ関税自主権、裁判権等、国内外の主権を確保しているべきだ。ギリシャは、2001年EU加盟を機に、自国通貨ドラクマをユーロに替えた。それが問題だ。

ユーロ採用EU加盟国は、独自の資金繰りが出来ない。自国通貨の流通量調整も出来ない。それが根本問題だ。加えて借金棒引き癖があるから、経済は悪化の一途を辿る。

ギリシャは、財政危機の都度EU、IMF、ECB(以降トロイカ)の支援体制で救われてきた。完全なる依存中毒症だ。

トロイカは追加支援、返済期限延長の条件として、国内財政緊縮、諸施策の効率化・合理化を要求した。

ギリシャは緊縮財政でデフレ化、失業率25%に至る。暢気な国民は緊縮施策に反対だ。今年発足の急進左翼チプラス政権は、EUの拒絶を承知で6月末の支払期限の延長を提案した。

ギリシャは人口1千百万人、EU総GDPの1.3%に過ぎず、神奈川県より小さい。国の徴税能力、国民の納税意識は薄く、納税しない。金持ちの脱税汚職も多々ある。国民の25%は公務員で給与は民間の3倍。年金平均は日本の2倍以上。斯様な国が43兆円もの国外借金をしている。

2009年、財政赤字5%の虚偽が政権交代で発覚。実際は13.6%だったと2010年に判明。政府は財政健全化計画を発表するも余りにも楽観的な為、デフォルト不安、国債暴落に至り、トロイカは止むを得ず15兆円支援した。2年後、トロイカの条件を呑んだので18兆円追加支援をした。

今年2月には返済期限延長を合意、期限は6月末だった。トロイカ側は、安易な減額、期限延長はしないと今回は強硬姿勢に出た。チブラス首相は7月5日の国民投票で決めると開き直った。

理屈上は7月1日でデフォルト宣言出来るが、支払遅延と見做し国民投票結果を見る算段だ。

自らの生活を緊縮する気のないギリシャ人は、EUにNOと答えるだろう。チプラス首相はそう仕掛けている。返す気があれば今年早々に徹底した返済計画と施策を遂行していたはずだ。巨額の債務者は簡単に潰せない。貸付金回収不可能が一番怖い。だからチプラスは居直り、開き直れる。

ドイツは、ギリシャ国債12兆円を自国銀行救済の為、買上げている。回収不能に至ればメルケルの責任が問われる。それだけではない。デフォルトにすれば、EU全体の存続が危うい。自国通貨でEU参加の英国は、EU離脱も視野に入れている。離脱連鎖でEU崩壊が一番怖いのだ。


ギリシャ離脱自体は殆ど影響がないに等しい。問題は43兆円返済を追求することだ。安易に期限延長、追加支援で合意するとPIIGS(葡伊愛希西)が不公平と騒ぐ。天然ガスの80%はロシアからだが、ギリシャのEU離脱を画策し、新たなガスのパイプライン施設でギリシャを喜ばせた。

結論を言えば、勝負は決まっている。当面は又もやギリシャの居直りに負けて、返済期限延期、追加支援へと傾かざるを得ない。相当額の債権回収をした上で、本気でギリシャのEU追放だ。

EU参加28か国中、ユーロ通貨はギリシャを含む19ヵ国だけだ。英国他9か国は自国通貨のままだ。根本的解決にはEU完全統合、即ち米合衆国のように通貨を含む全主権の統合しかない。中途半端な施策が加盟国間の矛盾を生んでいる。デフォルトも地獄、妥協も地獄、どうするUE ?

欧州諸国は金利3%でユーロを調達し、15%以上の金利に目が眩んで大量にギリシャ国債買っていた。自業自得だ。だから、返せないものは返せないと、巨額借金国ギリシャは開き直るのだ。

2015年07月02日

◆憲法の専門家無視は民主党のはず?

阿比留 瑠比



ちょっと前の話だが、どうにも気になるので書いておく。5月24日付朝日新聞朝刊の対談記事で、杉田敦法政大教授と長谷部恭男早稲田大教授が語っていたセリフについてだ。

長谷部氏といえば、憲法学者(参考人)として招かれた衆院憲法審査安全保障関連法案を「違憲」と断じ、一躍時の人になった人物である。

杉田氏「民主主義とは、選挙で選ばれた代表による、いわば期限付きの独裁なのだ-という安倍・橋下流の政治観が支持を広げているようです」

長谷部氏「(前略)戦後は、全権力が国民に移ったのだから、国民に選ばれた政治家が憲法に縛られるなんておかしいというのが『期限付き独裁』の発想でしょう」

■菅直人氏の独裁論

両氏は安倍晋三首相の政治観を勝手に決め付けて議論を進めていたが、「期限付き独裁」論は菅直人元首相が盛んに口にしていた持論である。

いくら何でも菅氏と一緒にされたら、安倍首相もさぞ迷惑だろう。

菅氏は副総理時代の平成22年3月、参院内閣委員会でこう答弁している。

「議会制民主主義というのは期限を切ったあるレベルの独裁を認めることだ。4年間なら4年間は一応任せると」

また、菅氏は21年11月の参院内閣委では憲法の三権分立の原則も否定し、「これまでの憲法解釈は間違っている」とも述べている。

そもそも「政治主導」を掲げた民主党政権は、学者の意見に耳を傾けるどころか野田佳彦内閣の途中まで内閣法制局長官の国会答弁すら認めず、代わりに法令解釈担当相を置いていた。

「憲法解釈を専門家の指摘も無視して、一方的に都合よく否定するという姿勢は、法の支配とは対極そのものだ」

民主党の枝野幸男幹事長は今月11日の衆院憲法審査会でこう主張した。とはいえ、鳩山由紀夫内閣で法令解釈担当相を務めた枝野氏は、22年6月の朝日新聞のインタビューでは「行政における憲法の解釈は恣意(しい)的に変わってはいけないが、間違った解釈を是正することはあり得る」とも語っていた。

また、菅内閣で法令解釈担当相に就いた仙谷由人元官房長官も就任時の記者会見でこう明言している。

「憲法解釈は政治性を帯びざるを得ない。その時点で内閣が責任を持った憲法解釈を国民、国会に提示するのが最も妥当な道だ」

だが当時、憲法学者らが民主党政権への危機感に駆られ、強い批判の声を上げたという事例は、寡聞にして知らない。メディアもおおむね民主党政権の「政治主導」には優しかった。

現在、国会では安倍首相や中谷元(げん)防衛相らの答弁が「長すぎる」「全く質問に答えていない」などと非難を浴び、国会対策上の駆け引きなどで野党が審議拒否を行うこともたびたびだ。そうした光景を眺めると、つい数年前の国会を思い出してかえって「牧歌的だな」とすら感じる。

■虚偽答弁を容認

菅内閣は22年10月、閣僚が国会で虚偽答弁を行った場合の政治的・道義的責任について質問主意書で問われて、こんな答弁書を閣議決定したのだった。

「内容いかんによる」

つまり、閣僚が国権の最高機関たる国会で堂々と嘘をついても、必ずしも問題ではないということを、当時の菅首相と全閣僚が署名して決めたのである。これでは政府答弁など何も信用できない。

あの頃の絶望的な政治の風景を、決して忘れまい。(政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2015.6.18  (採録:松本市 久保田康文)

◆上海株は大下落

〜喬石葬送に江沢民現れず〜

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)6月20日(土曜日)通算第4583号>  

 〜喬石葬送に江沢民現れず、トップセブンと胡錦涛は出席した
   最長老、改革派重鎮の葬儀は八宝山で火葬。その日、上海株は大下落〜

6月19日午前、北京の八宝山で先日亡なくなった喬石の葬送が行われた。中国全土の行政機関は半旗を掲げて弔意を示した。

火葬には現執行部トップ7全員と胡錦涛が出席したが、最大のライバルだった江沢民は現れず、新華社は「哀悼の意を伝えてきた」と報じた。

1989年天安門事件で、趙紫陽が失脚し、トウ小平は突如、上海市書記だった江沢民を呼んで、新総書記に任命した。

本来なら喬石が、そのポストに就く筈だった。

趙紫陽解任をめぐって李鵬、楊尚昆、薄一波らがトウ小平側になびき、胡啓立らが反対、喬石は棄権した。

以後、江沢民と喬石のふたりはことあるごとに対立し、喬石の党内での人気は高く、一時は「落水石出」と言われた。「水」は江沢民の「江」を意味し、石は当然ながら喬石を意味した。

97年に喬石は「定年」を理由に引退、かわりに首相には朱容基を推した。

14日に喬石が死去した折、党中央、国務院、全人代、そして全国政協の四大国家機関は連名で「訃報告示」を行った。喬石追悼の文字数は2033字。

過去の字数を比較すると、陳雲=5187字、トウ小平=4993字、黄菊=153字、劉華清=193 ,葉剣英=1380字だった。いうまでもないが、陳雲はトウ小平の最大最強のライバルだった。黄菊は上海市長から全人代。江沢民派だった。劉華清は「中国海軍の父」をいわれ、トウの引きで政治局常務委員だった。葉剣英は義侠心厚く、トウ小平が失脚時代に匿った。

喬石は副首相から全人代常任委員長をつとめ、鮮やかに引退したが(裸退)、党内の人気は最後まで高く、改革派の田紀雲ら団派への影響力が強かった。薄煕来や周永康らの腐敗には怒りを込めて批判を展開した。

喬石葬送の日、上海株(A株)は13%下落した。株式バブル崩壊への予兆のように思えた。
       

◆退潮止まらぬ日米の新聞販売部数

平井 修一



世界日報6/16「退潮が止まらない米国の新聞事情」から。

<「様々な分野で必要とされるニュースが供給されなくなり、懸念を呼ぶようになった。『ニュース砂漠』とか『取材空白』と呼ばれる」(朝日5月25日「米、埋まらぬ『ニュース空白』」)

記者が取材に来なくなった自治体の中には「幹部たちがお手盛りで給与を引き上げ、オバマ大統領を上回る高給を受け取っていた」(同)異変例も。報道機関の監視機能が弱まったためだ。

収入全体の8割が広告収入という米新聞界。その広告収入が10年前の半分以下となり足元から揺らぐ。従業員を2200人から1000人減らしたダラス・モーニング・ニュース紙だが、取材記者は300人を維持した。

発行人のジェームズ・モロニー氏によれば「『テレビ、ネットの記事と違った視点や分析で新聞記事の価値を出す』ため」(読売5日「メディア/米国の潮流」)である。「メディア研究者のマーク・エッジ氏は、『米国の新聞は広告への依存から、日本のように購読料収入の割合を高めつつある』と分析」(同)する。

翻って日本の新聞は。文藝春秋7月号「新聞エンマ帖」は住民投票で敗れた橋下徹大阪市長の去就まで抉(えぐ)らない先月18日朝刊各紙を例に手厳しく問う。

「こんな時、やはり新聞は時代をとらえる力が落ちているんだなと感じる」「紙か電子かの前に、記事の中身がおろそかになっていないか」と。自戒して精進する他ない>(以上)

同じく世界日報1/2の評論家・大藏雄之助氏の論考「ジャーナリズムは日々の記録」から。

<60年前の3大新聞は政治的にも社会的にも巨大な影響力を持っており、田中角栄郵政大臣と取引をして民放を系列化することに成功した。そして日常の記者会見では新聞が優先、大きな事件の報道では解禁時間を設けて、ラジオ・テレビの速報を制限した。

そのころアメリカでは、大統領の演説なども可能な限り生中継であり、新聞記者はテレビの前でメモを取っていた。第一報では電波にかなわないことを認めて、新聞はニュースの分析と解説、絵になりにくい事象を文章の力で詳しく描くという調査報道に移行していた。

植物でも動物でも環境の変化に対応できなければ死滅する。それに適応しない新聞は絶滅危惧種であった。

それでも20世紀中はマスメディアが活躍する余地があったが、その後の電子系の技術の発達は驚異的であり、免許事業の放送は、キャスターの一言で大統領にヴェトナム戦争撤退を決意させたほどのアメリカのテレビにおいてさえもニュースは見る影もなく、現在はエンターテインメント媒体と
なっている。

一方でタイムズスクエアに君臨していたニューヨークタイムズは本社ビルを売却して、そのテナントとなっていて、遠からず電子ニュースの課金のみで生き残る決意らしい。

最近の調査によれば、わが国の平均的な家庭で一日に新聞に費やす時間はテレビ欄確認の3分間だという。だが識者は活字の一覧性と記録性を尊重してもっと時間を費やして読んでいる。ジャーナリズムとは日々の記録である。その責任を認識すれば、新聞は存続の意義がある>(以上)

一般紙の発行部数は2005年が4719万部、10年後の2014年は4169万部で、11.7%減、550万部減。新聞広告費は2005年が1兆377億円、2014年は6057億円で、実に41.6%減。数字だけを見ても「新聞は斜陽産業だなあ」と思わざるを得ない。

安定と高給を求める文系学生の人気就職先(来春卒業者対象の2014年調査、ダイヤモンド・ビッグ アンド リード調べ)で、新聞社は朝日が81位、2012年は53位だったから大後退だ。読売は102位、2012年は98位だったからちょっと後退した。

昔は朝日は東大出が多かったそうだが、昨年はゼロだったという。成績優秀な人材がマトモかどうかはさておき、まあ、いい人材が集まりにくいのは確かだろう。

中2レベルの人にとってニュースはネットで読めば十分だろう、只だし。わざわざ「紙」を購読するまでもない。一般紙の論考、社説、解説は大体高2レベルあたりで、もともと小難しい、お堅いから読者は限られる。

思うに現在の新聞の熱心な読者は60歳以上のヂイヂがほとんどではないか。政治に関心がある向きもそうだろう。少子高齢化で、若い人は購読者にはなり得ないし、高齢者はやがて気力が萎えたりボケたりするから購読をやめるだろう。

部数が減れば広告費も落ちる、経営が厳しければ人材は集まらない、いい記事がなければ部数が減るという、負のスパイラルだ。合併して生き残りを図るしかないのではないか。

30年後には「朝毎新聞」「読産新聞」となっているかもしれない。環境の変化に対応して自らが変わらなければ消滅するだけだ。ブンヤにとって試練の連続だろう。(2015/6/23)