2015年06月12日

◆南シナ海強奪で開き直る中国

櫻井よしこ



5月末にシンガポールのシャングリラホテルで行われたアジア安全保障会議では、大国意識を隠そうともしない中国が堂々たる悪役を演じた。国際社会から如何なる非難を受けても、中国の行為がどれほど非道であっても、動ずることなく突き進むと、事実上、宣言した。

中国人民解放軍副総参謀長、孫建国氏は会議最終日の5月31日に演説した。絵に描いたような開き直りの内容からは、アメリカをはじめとする国際社会への侮りさえ感じられた。1年前の同じ会議で中国がどのように振る舞ったかを思い返せば、まさに様変わりである。
 
昨年の同会議では安倍晋三首相が基調演説をし、中国を名指しすることなく、航行の自由、国際法遵守、紛争の平和的解決などを提唱した。米国防長官のチャック・ヘーゲル氏は、首相とは対照的に中国を名指しして厳しい批判を展開した。
 
日米両国の後に演説した中国人民解放軍副総参謀長の王冠中氏は、予定原稿にはなかった激しい非難を日米両国、とりわけ安倍首相に浴びせた。口汚い非難は10分以上続き、航行の自由などを指摘されることを中国がどれ程気にしているかをまざまざと見せつけた場面だった。
 
ところが今年は様変わりである。誰がきいても「嘘ばかり」と思う美辞麗句の演説で、孫氏は平和的開発、地域の繁栄と安定、人類の平和、ウィンウィンの関係、対立ではなく協調を、ゼロサムゲームではなく相互の利益を、中国は正義の道を行くなどと繰り返した。
 
南シナ海では航行の自由に関する問題は「1件もない」「埋め立て工事は、そこで働き、住んでいる人々の生活状況改善のためである」とためらいも見せずに語り続けた。

埋め立てとインフラ工事は南シナ海の科学的調査や海難事故などに対応するためだとしつつも、あっさりと「軍事上の必要性を満たすためだ」と認めた。恐れるべき相手はもはや存在せず、中国は如何なることも可能にする力を備えたというかのような態度である。

弱小国の脅え
 
演説後に多くの質問が孫氏に集中した。だが、氏は殆ど気にかけず、質問には演説ですでに答えているとして、応じずに会場を去った。
 
孫氏の尊大な演説と対応は、前日に行った米国防長官、アシュトン・カーター氏の演説に対する中国の回答だと見てよいだろう。

カーター氏は貿易とエネルギー輸送におけるマラッカ海峡の重要性を強調し、南シナ海で8平方キロの膨大な面積を埋め立てた中国が、これから先、どこまで埋め立てをするのか不透明だとして中国を名指しで批判し、工事の即時停止を求めた。
 
加えてアメリカは人工島の領有権を認めず、島の12カイリ内でも自由に航行すること、国際社会で規範に明確に違反する中国に対してアメリカはあらゆる国際組織及び地域諸国と連携して対処するとして、断固たる決意を語ったのだ。
 
それに対して余りにも公式的な決まり文句ばかりを並べた孫演説は、カーター演説など気にもかけていないという印象を与えるものだ。
 
傲慢というべきその姿勢は、アメリカがアジア諸国と結束して中国に対処しようとしてもそうはさせないという自信があるからでもあろう。たとえばシンガポールの首相、リー・シェンロン氏である。去年、安倍首相が行った基調演説を、今年はリー首相が行ったのだが、それは、弱小国の脅えの演説だった。
 
リー首相は中国の埋め立てを非難する替わりに、他の国々も皆一方的に石油やガスを採掘し、埋め立て、軍事的プレゼンスを強めていると述べた。確かにベトナムがガス田の共同開発に、フィリピンが探査に乗り出しわずかな面積を埋め立てている。しかし中国と比較するのもおかしい程、小規模だ。南シナ海問題に触れざるを得ないが、中国への批判にならないように工夫したのであろう。
 
リー首相はまた、「太平洋は2つの大国を受け入れるのに十分な広さがある国が言うことは「よい兆候だ」と語った。中国が提唱する新型大国関係をアメリカが受け入れるのはよいことだと言っているのだが、それは南シナ海の8割以上を中国領有の海、中国の核心的利益として認めるということだ。全面的に中国の主張を言わされているのである。
 
リー首相が展開した厳しい日本批判は中国に全面的屈服を強いられていることを窺わせた。首相は、戦後70年のいま、「日本は過去の過ちを認め、日本国民は右翼学者と右翼政治家による非常識な歴史の歪曲をはっきりと拒否すべきだ。

村山首相は20年前、一般的な意味で謝罪したが、慰安婦や南京大虐殺については曖昧にしようとする意図が見える」と日本に非難の言葉をぶつけたのだ。
 
小国ながら一国の指導者として中国と渡り合う力量を備えていた父親のリー・クアンユー氏が健在だったなら、シェンロン氏はここまで中国になびいた基調演説をしただろうかと、つい考えた。

中国の勝利、アメリカの後退
 
シェンロン氏はかつて中国に脅されたことがある。04年7月、首相就任を目前にして「個人的かつ非公式に」台湾を訪問したときだ。中国政府が直ちに厳しい声明を発表し、「重大な結果を招く」と警告したのである。シェンロン氏は萎縮し、8月の独立記念集会での演説でなんと、台湾独立は支持しないと宣言した。
 
中国にとって、シェンロン氏は与し易い相手であろう。軍事力も経済力も中国と較べれば弱小の、他の東南アジア諸国も同様であろう。
 
アメリカが地域諸国と連携すると言っても、力の効用を確信する中国は、オバマ政権の限界を見ているのである。人工島の12カイリ内に艦船や航空機を進入させるというアメリカの言葉が実行に移され、南シナ海におけるさらなる軍事展開も辞さないとの決意が明らかにされれば、中国は埋め立ての一時停止に合意するかもしれない。その場合でも、完成した人工島や設備はそのまま残り、中国が南シナ海に拠点を得たという実績は残る。
 
オバマ大統領が実力行使に踏み切れない場合、中国はここぞとばかりに敏速に工事を進め、南シナ海を手に入れるだろう。その場合、同海はアメリカに対する核の第2撃能力を築く拠点になると考えられる。
 
いずれの場合も、中国の勝利であり、アメリカの後退なのである。
 
戦後最大の危機を前に、日本がすべきことはただひとつ、アメリカと共に強い抑止力を築くことだ。そうしなければ、南シナ海周辺諸国だけでなく、わが国も中国に削り盗られていく。安倍首相の訪米で新たな段階に入った日米同盟の強化、そのための日本の力の強化しか道はない。

『週刊新潮』 2015年6月11日号 日本ルネッサンス 第658号


◆特に大切な「歯止め」議論

坂元 一哉



安全保障環境が一段と厳しさを増すなか、国の平和と安全を維持し、国際社会のそれに貢献するための新たな法整備案が、国会で審議されている。自衛隊法など、10本の法律改正案と、1本の新法(国際平和支援法)制定案を中心とする「平和安全法制」の審議である。

論点は多岐にわたるが、いわゆる「歯止め」の議論は、憲法の平和主義と、安全保障の実効性を両立させる観点から、とくに大切な議論だと思う。

憲法の平和主義は、わが国の武力行使を、自衛のための必要最小限のそれに限っている。この「歯止め」の代表例は、海外(他国の領土、領海、領空)での武力行使を一般に禁じる政府の憲法解釈である。

この解釈は、自衛隊創設時(昭和29年)に、参議院が出した自衛隊の「海外出動」を禁じる決議を踏まえたものであり、簡単に外せる「歯止め」ではない。

ただ政府は、今回の新法制では、ホルムズ海峡に機雷が敷かれ、国の存立が危うくなるような場合には、たとえ武力の行使とみなされても、同海峡での機雷の除去は例外的にできるとしている。

これまでも政府は、誘導ミサイル攻撃などへの対処(敵基地攻撃)で、海外での武力行使の例外を認めてきたが、新しい例外には「歯止め」の緩みを心配する声がある。

しかし私は、政府の説明を聞いて、むしろ逆の印象を持った。ホルムズ海峡が機雷で封鎖され、日本の存立が危うくなるような事態は、世界の存立も危うくなるような事態だろう。そういう場合でも、武力行使は機雷の除去に限る。海外での武力行使には、それほど強い「歯止め」がある、との印象である。

また、従来の例外も、新しい例外も、海外ではどんな場合でも絶対に武力行使ができない、とはいわないことで、安全保障の実効性を高め、抑止力を高めるところがある。「歯止め」の例外の是非は、そのことも考慮に入れて議論すべきだろう。

新法制で唯一、新法(案)となる国際平和支援法は、国連決議に基づいて行動する多国籍軍への支援を定める。これまでは、事が起こるたびに特措法で対応してきたが、恒久法をつくれば、国連平和維持活動(PKO)の場合と同様、この支援の面でも、より安定的に、国際社会の平和と安全に貢献することができるだろう。

もちろん、この支援には、これまで同様、武力行使は含まれない。後方支援などの支援が、武力行使と「一体化」せぬよう注意すべきはいうまでもない。

ただ、憲法の平和主義との関係で、それ以上に注意すべきは、いかなる多国籍軍に、どういう支援を行うかを慎重に判断することだろう。この判断が拙速にならないようにする「歯止め」はあった方がよい。

この点、私は新法案が、自衛隊派遣に国会の事前承認を例外なく義務づけたことを評価する。そうでない場合より、派遣の是非はより慎重に判断されるだろうし、派遣への国民の支持が明確になり、支援の実効性も上がると思うからである。
(さかもと かずや 大阪大教授)

産経ニュース【世界のかたち、日本のかたち】2015.6.8

     

◆天は中京を見放した

平井 修一


近藤大介氏の論考「社会主義は危機に弱くなったのか?『東方の星』転覆事故から透けて見える習近平体制の『きしみ』」(現代ビジネス6/8)から。

<*「犠牲者より幹部」驚きの「東方の星」転覆事件に対する報道

中国にも、いまは(MERSの件で)韓国に抗議している場合ではないという「お家事情」もあった。それは「東方の星」転覆事件である。

6月1日、夜9時28分、中国湖北省で、長江下りの遊覧船「東方の星」が、竜巻に遭って転覆した。まさに、昨年4月に韓国で起こった「セウォル号転覆事件」の中国版といえる事件である。

「東方の星」に乗船していたのは456人。船客405人、乗員46人、旅行ガイド5人である。ただちに乗員7人を含む14人が救出されたが、残る442人の生存は絶望的だった。

古い客船を増築していたこと、船長をはじめとする乗員が船客を無視して先に逃げていること、竜巻が襲来することが分かっていながら運航をやめなかったことなど、「セウォル号」の教訓が、まったく活かされていなかった。

それに加えて私が驚いてしまったのは、中国の報道である。事故の翌2日夜7時の中国中央テレビ(CCTV)のメインニュース『新聞聯播』を見ていたら、30分の番組中、頭の12分5秒を使って、この未曾有の事故を伝えた。

だが問題は、事故の伝え方である。はじめの3分10秒は、「習近平主席が素早く的確な指示を出した」という「ニュース」を延々と流したのである。「犠牲者(現場)より幹部」、これでは中華人民共和国ではなく、中華幹部共和国だ。

続いて7分7秒まで約4分間にわたって、李克強首相が現場に急行し、やはり「素早く的確な指示を出した」という「ニュース」だった。カメラが李克強首相の姿をアップし、李首相が右手で指さして、現地の当局の幹部たちに檄を飛ばしている。

音声が入らないので具体的な言葉は不明だが、テロップを見る限り、「一分一分が非常に貴重だ」などと言ったそうである。

しかし本当に「絵にならない首相」だ。前任の温家宝首相も、重大事故があるとすぐに現場に駆けつけたものだが、一つひとつの所作に心が込められていた。温家宝前首相は、地べたに座り込んで悲しむ現地の人々の声に耳を傾けたり、手を取って哀しみを分かち合ったりということが、ごく自然にできた。

ところが李克強首相は、右手の人差し指を立てて命令するばかりだ。これではせっかく現場に駆けつけても、逆効果ではないかと思ってしまう。中国共産主義青年団(共青団)のエリート政治家たちに多いパターンだ。

加えて、日本のメディアも指摘していたが、この事故に対する中国の報道規制は、目に余るものがあった。家族を現場近くに立ち入らせないし、家族の当局に対する怒りは、絶対に中国国内で報道させない。

報道してよいのは、中国中央テレビの映像と新華社通信の記事だけだ。インターネットでも、「怒りのコメント」が打ち込まれたら、たちどころにネット警察が削除してしまう。

折りしも中国政府は6月1日から「第2回国家インターネット安全宣伝週」の取り締まりを展開中である。「6月1日の国際児童節に合わせて、青少年の健全な育成のために行う」との前触れだったが、実際は「子供の日」とは何の関係もない。

6月4日が天安門事件26周年記念日だからである。天安門事件は、1989年のこの日、人民解放軍が民主化を求める若者たち1000人以上を虐殺した中国史に残る事件だ。

中国国内の経済状況が悪化している中、習近平政権は、天安門事件の記念日を何とか平穏に乗り切りたい。そこで「インターネット安全週」を設定し、ネット上の取り締まりを強化することにした。そんな中、図らずも湖北省で「東方の星」転覆事故が発生してしまったのである。

*「社会主義体制の強み」がまったく活かされていない

6月4日午前中、習近平主席は「東方の星」転覆事件に関して、中共中央政治局常務委員会を緊急招集した。会議で習近平主席は、「党中央の強い指導のもとで対処する」として、以下の5点を強調した。

第一に、救助活動を継続すること。第二に、きめ細かい仕事を行うこと。
第三に、厳粛に事件の原因を調査すること。第四に、新聞宣伝・世論工作を強めること。第五に、事件に対する組織的な指導を強めることである。

まったく何を決めているのだかという感じがしてくる。要は習近平政権としては、14億人の庶民が怒りの声を上げることを、なによりも恐れているのだろう。

本来なら、社会主義体制の強みというのは、危機に強いことのはずである。1996年2月に雲南省で麗江大地震が起こった時、私はたまたま現場にいて、天地がひっくり返るような恐怖の地震体験をした。だが地震からわずか30分後に、大量の人民解放軍が駆けつけてくれた。このとき、中国の凄さを思い知ったものだ。

というのも、前年に神戸で大地震が発生したときには、「民主主義体制の欠点」を目の当たりにしていたからだ。兵庫県知事の出動要請が発令されていないため自衛隊が出動できないとか、出動しても自衛隊車輌が赤信号で停まらなければならないといったことだ。そのため中国共産党の人々が、「民主主義が人類最高の体制とは限らない」と主張するのを聞いて、「もしかしたらそうかもしれない」と思ったものだ。

だが、あれから20年近く経った今回の「東方の星」転覆事故では、そんな「社会主義体制の強み」が、まったく活かされていない。こんなところからも、習近平体制の「きしみ」が透けて見える>(以上)

中共・習近平もぐらぐらしてきて沈没寸前か。そんな“不穏な空気”は人民の間にも浸透しつつあるようだ。

笹川陽平氏のブログ6/10「中国の小話:長江での客船事故の教訓」から。

<中国湖北省の長江で456人乗りの大型客船『東方の星』が転覆した。大惨事で、船長他わずかな人しか助からなかった。

中国中央テレビは6日、共産党と政府が「非常に責任ある態度」で事故対応に当たったと称賛する総括記事を国営・新華社通信がまとめたと伝えた。しかし、悲しみに打ちひしがれた人々のニュースは伝わってこない。

なぜに近年、習近平政権は厳しい報道規制とジャーナリストの拘束を続けるのであろうか。人民は『東方の星』転覆事故からの教訓として、以下の4項目をひそかに噂している。これは故なき事ではなく、『荀子』王制篇を意識した強烈な政権批判ではないだろうか。

1.巨大な船体で、威勢を見せかけて数十年間長江で航行したものの、一瞬で転覆した。

(どんな強力政権も、一瞬にして崩壊する)

2.転覆の前は誰も予知できなかった。

(政権崩壊は誰も予知できない)

3.『水は舟を載(の)せ、舟を覆(くつが)えす』という言葉を証明した。

(水は人民、船は政権である)

4.舵取りが逃げたら、船内の乗客やスタッフは皆ひどい目に遭う。

(指導者がいなくなると、人民はひどい目に遭う)

『荀子』王制篇前文には「君主とは舟であり、庶民とは水である」「水は舟を載せるが、舟を転覆させもする」というのがある>(以上)

ウィキによれば荀子(じゅんし、紀元前313年? - 紀元前238年以降)は、中国の戦国時代末の思想家・儒学者。日本人ならよく知っている「青は藍より出て藍より青し」の作者だが、孔子や孟子と比べて日本ではあまり知られていないようだ。

サイト「新読荀子」から王制篇第九の一部を転載する。王制篇は一種の「君主論」だ。

<馬車の馬が驚くと、君子は馬車に安心して乗ることができない。庶民が政治に驚くと、君子は位に安心して居ることができない。馬車の馬が驚けば、これを静めるのが最もよい。

庶民が政治に驚けば、これに恩恵を与えるのがもっともよい。賢良な者を抜擢し、篤敬な者を推薦し、孝行な子弟を督励し、孤(みなしご)と寡(未亡人)を保護し、貧窮者に支援する。このようにすれば、庶民は政治に安んずるであろう。

庶民が政治に安んずれば、しかる後に君子は位に安んずるのである。言い伝えに、「君は舟、庶民は水。水はすなわち舟を載せ、水はすなわち舟を覆す」とあるのは、このことを言うのである。

ゆえに人の君主たるもの、

一、地位の安定を欲するのであれば、「政治を平らかにして民を愛する」のが最もよいのである。

一、繁栄を欲するのであれば、「礼を尊んで士を敬う」のが最もよいのである。

一、功名を立てることを欲するのであれば、「賢人を尊重して有能な者を用いる」のが最もよいのである。

この三つは、人の君主たる者が守るべき大節(最重要な三カ条)である。

三つの大節が当たっているならば、その他のことも必ず当たるものなのである。だが三つの大節が当たらないならば、その他のことがいくら当たっていたとしても、益無きがごとしである。

孔子はこう言われた。「大節もよく守って小節もよく守るのは、上君である。大節はよく守るが小節はよく守ったりよく守らなかったりするのは、中君である。大節を守らない者は、たとえ小節をよく守っていたとしても、私はその者についてさらに見るまでもない」>

習近平は「三つの大節」を守らなかった。

一、習は恣意的な政敵叩きで「政情・経済を不安にして、人民の賎しい嫉は少数民族を含めて弾圧・威嚇を加え「多くの人士を獄舎に繋いだ」。

一、習は諫言を一切受け付けずに「学者などの賢者の口を封じてイエスマン=王岐山を重用した」。

桀紂と並ぶ暴君・習が舵を握る船は転覆を免れないだろう。天は中共を見放した。易姓革命の日は近い。(2015/6/11)


       

2015年06月11日

◆伏魔殿の闇のその先にある闇は

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015 )6月11日(木曜日)通算第4571号   <前日発行>>

 〜伏魔殿の闇の、そのまた先にある闇はどこまで明るみに出るか
  戴相龍(前天津市書記)の女婿・東峰を拘束、香港のマネーロンダリングの黒幕か〜


王岐山が訪米を突然中止した背景に米国側のスキャンダル暴露が絡んだようだ。

JPモルガンなど米国有力金融機関が、中国国内でのビジネスに便宜を図って貰うために共産党高層部の子弟らを入社させ、何もしないで社内でぶらぶら居るだけで高給をはんで居たが、その口利きに王岐山も深く関与していた疑惑が浮上し、米紙が報じた。

「反腐敗」の中心的推進者がこれじゃねぇ。 

さすがに米国である。無能社員が高給をはむことなど許されない。このような告発は日本企業でも行うべきであろう。

さて先に報じたように、米国へ逃亡を図ったのは郭文貴と令完成。この二人が幹部等のスキャンダルの機密書類を大量に米国へ持ち込んだようだ。

郭は謎の投機集団ばんげグループのボス、令完成は令計画の実弟。
 
関連して戴相龍が「自主」し、こうした一連の背後のどろどろした大疑獄の全容があきらかになる可能性がある。戴相龍は元人民銀行総裁(中央銀行総裁)、前天津市書記。バンカーとしては世界的に有名で、周小川の先輩格にあたる。

順を追って総括すると、習近平の始めた氾腐敗により、薄煕雷、周永康、徐才厚、郭伯御らが失脚したが、こうした汚職の背後に番頭格で画策したのがバンゲ集団の郭文貴だった。

この絡みで国家安全部副部長だった馬健らも失脚した。

郭文貴は共産党幹部等の株式のインサイダー取引や不動産の怪しげなプロジェクトの賄賂などの証拠となる書類を大量に持ち出し、倫敦から米国へひそかに入国している。これを追って、令計画の弟、令完成も米国へ逃亡したことが確認されている。

今回の戴相龍の自白によれば、女婿の東峰が香港と北京を頻繁に往復し、株式インサイダー取引のほか、巨額の賄賂をマネーロンダリングしていたという。

また天津代理書記の黄興国も拘束されたという情報があり、連座で失脚の懼れがある。

市長、08年に市長、14年から天津市党委員会書記代理をつとめてきた。

まぎれもなく上海派である。上海派が金融国際都市ではライバルとなる天津を牛耳り、前の書記は張高麗だった。かれはシルクロード構造プロジェクトの責任者である。
 

◆伊勢志摩にサミット決定

MoMotarou



安倍首相も"神憑(がか)り"的になって来ました。来年のG7(Group ofSeven;仏米英独日伊加)は三重県の伊勢志摩地区に決定!近くには伊勢神宮も有り、皇室にも縁があります。御木本幸吉の真珠島もある。日本最初の統一政権「大和朝廷」も近くにあった。歴史ある日本に光を当てる良い機会になるでしょう。「戦後」は終わる。

■「皆是れ先世の結縁(けちえん)なり」―『説法明眼論(みょうげんろん)』

偶然が偶然に重なっていく。しかし決定は決定する環境と人物に拠るものでしょう。「縁尋機妙(えんじょうきみょう)」とでも申しますか、安倍首相が歴史を作っている感じがします。岸信介を超えた。

我が国のマスメディアは首相とお爺さんの岸信介と比べることでしか、首相の力量を評価しない傾向があるように思います。これでは何時まで経っても記事報道が"垢抜け"しないものになるでしょう。産経新聞の阿比留記者だけは別格。阿比留さんは民主党政権の菅首相と真っ向"名指し"対決を続けておりました。

■『説法明眼論』聖徳太子 (転載)

<或は一國に生まれ、或いは一郡に住み、或いは一県に処り、或いは一村に処り、一樹の下に宿り、一河の流れを汲み、一夜の同宿、一日の夫婦、一所の聴聞、暫時の同道、半時の戯笑、一言の会釈、一坐の飲酒、同杯同酒、一時の同車、同畳同坐、同床一臥、軽重異なるあるも、親疏別有るも、皆是れ先世の結縁なり。>

■岸信介の事ーwikiより転載(長文注意!)

一般に伝わっているイメージと違い興味深いです。

<岡山市立内山下小学校から岡山中学校に進学したが、叔父の松介が肺炎により急逝したため2年と1ヶ月足らずしかいることが出来なかった。山口に戻り、山口中学(戦後の山口県立山口高等学校)に転校。中学3年の時、婿養子だった父の実家・岸家の養子となる。

1914年(大正3年)、山口中学を卒業。間もなく上京して高等学校受験準備のため予備校に通ったが、勉強より遊び癖の方がつきやすく、受験勉強そっちのけでしばしば映画(当時は活動写真といった)や芝居を見に行ったりした。

第一高等学校の入学試験の成績は最下位から2、3番目だったが、高等学校から大学にかけての秀才ぶりは様々に語り継がれ、同窓で親友であった我妻栄、三輪寿壮とは常に成績を争った。

1917年(大正6年)、東京帝国大学法学部に入学。法学部の入学試験はドイツ語の筆記試験だけで、難なく合格した。大学時代は精力を法律の勉強に集中し、ノートと参考書のほか一般の読書は雑誌や小説を読む程度で、一高時代のように旺盛な多読濫読主義ではなく、遊びまわることもほとんどなかった。

我妻栄と2人で法律学の勉強に精を出し、昼食後や休講時などに、大学の運動場の片すみや大学御殿下の池の木などで、最近聞いた講義の内容や、2人が読んだ参考書などについて議論を戦わせた。

このころ岸は北一輝と大川周明の思想に魅了され、上海で大川に説得されて帰国した牛込の北を訪ねている。特に北について岸は「大学時代に私に最も深い印象を与えた一人」と認め、「おそらくは、のちに輩出した右翼の連中とはその人物識見においてとうてい同日に論じることはできない」と語っている。

1920年(大正9年)7月に東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。上杉慎吉の興国同志会に属し、上杉から大学に残ることを強く求められ、我妻もそれを勧めたが、岸は官界を選んだ。

優等生であった岸が内務省ではなく二流官庁と思われていた農商務省に入省したことは意外の念をもって受け止められ、同郷の政治家で両省に在職経験のある上山満之進はこの選択を叱責したという。>

<極東国際軍事裁判では開戦を実質的に決めた1941年(昭和16年)11月29日の大本営政府連絡会議の共同謀議には参加していなかったこと、東条英機首相に即時停戦講和を求めて東条側からの恫喝にも怯(ひる)まず東条内閣を閣内不一致で倒閣した最大の功労者であること、元米国駐日大使ジョセフ・グルーらから人間として絶対的な信頼を得ていたことなどの事情が考慮されたため、

東條ら7名のA級戦犯が処刑された翌日の1948年(昭和23年)12月24日、不起訴のまま無罪放免された。ただし、多くの戦争指導者同様、公職追放の身のままであり、表だって政治活動をすることは不可能なままであった。>

■安倍総理と麻生総理

岸信介に就いては「安保改定」のお話の、“デモ”の部分しか話題になりません。私は満州国時代に注目しております。発展途上国の「国造り」に大いに参考になるではないでしょうか。安倍さんの顔はドンドン変わって来ましたが、麻生さんは変わらない。精進の差があるのでしょう。

◆米国のアジア政策見直し(1)

Andy Chang



ドイツ・エルマウのG7サミットで7か国首脳は中国の南シナ海における行員な岩礁埋め立てに強い懸念を表明、中国の一方的な海洋進出と領土拡張に強く反対するなど、G7の対中国意見が一致した。

この会議に先立つ5月末のシャングリラ・ダイアローグにおいて、米国のアシュトン・カーター国防長官は、中国の一方的岩礁埋め立てを即時中止すべきだと講演したが、中国側は強気に中国の人工島は軍事防衛の需要を満たすためだと反発した。

G7の会議で安倍首相は一方的な現状変更は放置してはならないと強調したが、G7の基調講演では「対立は対話で解決すべきだ」と述べた。

●米国のアジア政策

シャングリラ・ダイアローグのあと、オバマ大統領は6月1日、ホワイトハウスで開かれた東南アジア諸国の若者たちとの会合で、「中国が南シナ海で岩礁埋め立てを強行することについて、いかなる当事者も埋め立てや攻撃的な行動は非生産的だ」と批判した。オバマ
は「相手を肘で突き、押し出すことで確立しようとすべきでない」と述べたが、同時に航行の自由と領有権紛争の平和的解決を求める立場も改めて強調した。

中国の埋め立て工事は今に始まったことではない。数年前から埋め立てが行われていた。米国は中国の強引な海洋進出を知っていながら対話と平和的解決を強調するだけに止まり、中国はオバマの弱腰を見抜いてどんどん工事を進めている。

米国の外交政策は国防部と国務省(ホワイトハウス)の対立が明らかである。オバマの弱腰が米国の衰退を招いたことは世界の常識である。ところがオバマは最近ASEANのリーダーと会見した際に、「ブッシュの時代はアメリカの威信が最低だったが、私が大統領になって
アメリカを世界で最も尊敬される国に作り替えた」と講演したのである。こんなノーテンキな自画自賛には呆れてものが言えない。

諸国はオバマの任期が終わるまで、つまりあと一年半はアメリカの政策に大きな変化は見られないと思っていたが、国防部が中国の南シナ海の強引な岩礁埋め立て工事を公開するに及んでオバマも遅まきながらアジア政策の見直し、中国に対し強硬な態度を見せるよう
になった様子である。

●頼りにならないオバマ

G7サミットでは安倍首相のリードにより、中国の南シナ海における強引な岩礁埋め立てが討論の焦点になったと報道された。アジア諸国だけでなく欧州諸国も中国の覇権行動、中国のオバマ無視に警戒心を持ち始めた。中国の南シナ海における軍事基地の構築や尖閣諸
島近海に監視船を派遣するなど勝手な動きはアメリカを無視した行動であり、G7諸国はオバマが頼りにならないことに苛立ちを覚えていると言える。

オバマが政権をとって以来、いくらアジアピボットを唱えても中国の強引な領土拡張は一向に収まらない。東南アジア諸国は中国と対立するほどの軍事力がない。中国と対抗できる日本は憲法改正とか集団的自衛権などの討論でもたもたしている。

アジアの不穏は米中の対立、米中冷戦ともいえるが、中国が米国やアジア諸国と妥協しない限りどんどん基地拡張を進めるから、時間は中国に有利で東亜諸国に不利である。カーター国防長官が中国の岩礁埋め立ての即時中止を呼びかけた理由はここにある。

●対話で中国の覇権行為は解決できない

安倍首相がG7サミットで南シナ海問題を強く推進したのは日本及び東亜諸国の苛立ちでもあり、東亜諸国だけでは中国を抑えることが出来ず、アメリカが中国に対する政策の変更を望んでいるから、そしてカーター長官のシャングリラ・ダイアローグにおける強い発
言はアメリカのアジア政策に変化の兆しが見えたと思える。

日本はフィリッピンと合同軍事訓練を行うと発表して中国に圧力をかけているが、日本にできることは限度があり、結局はアメリカが頼り、しかもオバマは頼りにならないから、安倍首相は「対立は対話で解決すべきだ」と述べたのである。

だが中国の覇権拡張は対話で解決できない。これはイランの核開発協定に対するアメリカの態度を見ればわかる。イランが18000基以上の遠心分離器を設置してウラン精錬を始めて既に何年にもなる。

アメリカはイランの核開発を禁止するためイランと対話を始め、最近になって非核発展協定を結んだ。しかしこの協定では濃縮ウランの廃棄を確約できず、イランの時間稼ぎを容認するだけに終わった。協定の最終決定は6月末まで延期されたが、協議が破裂したらアメ
リカは経済封鎖を続けるほかに方法が無い。

中国の領土拡張では東南アジア諸国とアメリカの抗議に対し中国が強く反撥している。つまり中国は抗議を無視して埋め立てを継続している。これは中国の時間稼ぎである。激論、反論を続けている間は埋め立てを停めない。アメリカが実際行動に出ない限り中国は埋
め立てを止めない。基地を完成させ、既成事実を作ることで覇権を確立する計画だ。これに対抗できる手段は経済封鎖だけである。

●「対立と対話」

イランや北朝鮮と同様、中国は「対立と対話」を交互に使って発展を続ける。毛沢東の「打打談談、談談打打」の戦略、つまり「話し合いで妥協すると見せながら武力拡張を続ける」戦略である。こうした「対話と対立」は中国の方に有利な発展となる。米国が強い態度を取らない限り諸国は「対話で解決」と言わざるを得ない。

中国の岩礁埋め立ても経済封鎖も時間の問題である。中国に打撃を与えるには中国投資を止めることだ。各国が中国投資を減らせば13億の人口を持つ中国は干あがってしまう。現在の投資をベトナム、インドなどに向ければよいのだ。アメリカが率先して諸国に中国政
策の変更を呼びかけるべきである。

●PASEAの実現は近い

2012年に筆者が東南亜平和連盟(Peace Association of South EastAsia:PASEA)を提案した時は多くの読者が興味を持ったが実現は難しいと言われた。しかし最近になって米国のアジア政策見直しが始まってシンガポールに駆逐艦二隻を常駐させ、日本とフィリッピンの軍事協力、オーストラリアとベトナムの協力、インド海軍が南シナ海に進出するなど、正にPASEAの実現が始まった感がある。中国は強大になってアメリカと覇権を争うようになったが、PASEAが実現すれば中国を抑えることが出来る。

◆私の「身辺雑記」(229)

平井 修一


■6月8日(月)、朝は室温23.5度、快晴、フル散歩。

政治家は政治目的を達成するためには妥協する、手打ちする、清濁併せ吞む、豹変する、昨日の敵は今日の友、手のひらを返す、野合する、嘘も方便だ。

学者は真理を求めて主張を曲げることはない、妥協しない、適当なところで手打ちをすることはない、孤立を恐れない、曲学阿世を許さない。

中2レベルの国民は面白ければすべてよし、大体がリベラルだから脳内お花畑、「騙してください、何度でも」。テレビ、マンガ、ゲーム、エンタメ、きれいなべべ着て、美味いものを食って、面白おかしく過ごすこと以外にあまり関心はない。

これは健康的なことで、山本夏彦翁曰く「健康とは厭なものである」。“不健康な人”を排除するからだ。

高2レベルの不健康な小生はひたすら疑い「騙されません、もう二度と」、その手は桑名の焼き蛤。マルクスという羹(あつもの)に懲りてなますを吹く。懐疑的。現実主義で、重要事項はいっぱいあるが、最優先事項=生き甲斐は中共殲滅だという、いささか(かなり)エキセントリック。

見た目は同じ人間だが、オツムはそれぞれずいぶんと違うようだ。学者の酒井信彦氏の論考「東京裁判史観を容認した安倍政権」(『月刊日本』2015年6月号)から。

<今年は戦後70年ということで、安倍首相の70年談話なるものが注目されていたが、八月にならずしてこの問題はすでに完全に決着した。歴史認識問題において、バンドン会議とそれに続く、アメリカ上下両院会議での演説に、安倍首相の見解は明確に示されたからである。

アメリカ議会の演説では、「戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません」と述べた。

東京裁判史観の容認であり、戦後70年も経つのに、日本罪悪史観が完璧に再構築されたことを意味している。

戦後レジームからの脱却を唱えたご本人が、戦後の「精神的レジーム」そのものである東京裁判史観を、その本家本元であるアメリカの議会において、無残に確認させられたわけであり、この事実は極めて重要である。日本は戦後の精神的復興に、完全に失敗したのだ>(以上)

酒井先生が嘆くのは大いに理解できるが、政治家・安倍氏からすれば現時点での日本の最優先課題は「中共の武力による威嚇から日本とアジアの安全を守る」ことだろう。そのために一番必要なのは強固な日米同盟だ。

安倍氏はオバマら民主党やマスコミのリベラルから右翼、歴史修正主義者、軍国主義者などとクソミソに言われてきた。胡散臭い奴と思われていたのだ。これでは日米同盟は機能しない。

米議会でのスピーチは、信頼を取り戻し、戦意を高揚し、米国を徹底的にヨイショし、同盟の磐石を期すということがキモであり、そのためには東京裁判史観だろうが米国が喜ぶのなら飲み込んでしまう。それが政治家だ。

米国は正義の国、民主主義の国です、日本も必死で頑張ります、とゴマをすったのは、中共殲滅戦に米国を引きずり込むための方便、パフォーマンス。ま、鹿鳴館のダンスに似ているような・・・滑稽ではあるけれど、ダンスも不平等条約改正に多少は貢献したのではないか。

東京裁判史観=連合国を否定して、今の戦局にもたらされるのは日本への不信だ。先進国は日本はファシスト国家だとレッテルを貼るだろう。そんな日本を日中激突の際に米国は助けるか。助けるはずはない。これがリアリズムだ。

酒井先生の主張するとおり、東京裁判史観の否定は正義だ。しかし山本夏彦翁曰く「正義はやがて国を亡ぼす」。戦況によっては正義をひっこめる必要があるということ。現在の最優先事項は中共殲滅であり、まずこれをかたづけてから他の重要事項にあたるべし。

安倍氏の米上下両院議会での演説は大好評だった。習近平は苦々しく思ったろう。習は今秋訪米するが、演説するなら安倍氏以上の拍手(14回のスタンディングオベーション)を貰わなければならない。米中で一致する価値観は「カネ」だけだから、ちょっとというか、かなり無理ではないか。

■6月9日(火)、朝は室温23.5度、雨、散歩不可。

梅雨子、堂々と見参。「7月20日までは私の季節よ、昔からのお約束。瑞穂の国の恒例の通過儀礼、年中行事だからね」。まあ、そういうことだが、洗濯物で悩まされる40日間が始まった。傘を差してゴミ出し。

洗濯物を部屋に吊るしていたら電話。6歳女児がお腹の調子が悪くて集団的子育て。集団と言っても小生と犬だけだが、夕刻まではウォッチする。36.9度の微熱だからちょっと風邪気味なのだろう。

女児は朝食は嘔吐したそうだからお腹が減ったのだろう、10時過ぎにトーストとサラダ、アイスクリームを食べさせ、オツムに熱さましシートを貼った。

オツムと言えば、小生は国民のオツムのレベルは中2坊主だとしばしば書くが、今朝の「頂門の一針」によると小4程度もいるようで、かなりびっくりした。

<西日本新聞6/8「屋久島で噴火?」勘違いの風評懸念 予約取り消しも

口永良部島(鹿児島県屋久島町)の噴火災害を受け、世界自然遺産に登録されている避難先の屋久島で、観光への風評被害が懸念されている。口永良部島から約12キロ離れているが、屋久島で噴火があったと勘違いする人もいて、一部のホテルで予約のキャンセルが出ている。

書き入れ時の夏山シーズンを前に、観光協会は風評打ち消しに懸命だ。

「屋久島が噴火したのではないのですか」。ホテルや民宿には5月29日の噴火以降、こんな問い合わせが多いという。実際、屋久島に火山はなく、西部で降灰が少しあっただけ。噴火後、屋久島観光協会は「火山島ではありませんので直接的な影響はありません」とのお知らせをホームページに掲載した。

一方、名前が似ていることで思わぬとばっちりを受けたのが、沖永良 部島(同県)。ホテルには予約客から「大丈夫ですか」との電話もあったという。担当者は「口永良部島までは東京−大阪間ほども離れているのだが」と驚いた様子>(以上)

噴火については中2向けのテレビをはじめ膨大な報道がなされており、口永良部島が噴火したことを知らないはずはないのだが、それに興味、関心が薄い人がいるのだ。「屋久島あたりで噴火した」で納得するのだろう。情報格差というか知能格差というのか。

オレオレ詐欺の報道がたくさんあっても相変わらず騙される人がいるが、理解力が低い、最低限の知恵が働かないのだろう。小4レベルだ。

中共の乱暴狼藉がいくら報道されても「日本の危機だ」と理解する人は少数派だ。日本より中共の方を好きな国会議員は民主党などにも結構いるから、国会で安保法制の議論をやったところでまったく無意味。

そもそも親中派、中共の走狗は、日本とアジアの危機を理解する能力も意思もない。反対のための反対で、日本の防衛を邪魔している。ほとんど第五列だ。

分かろうとしない人は永遠に分からない。小4や中2相手に理を諄々と説いても時間の無駄。さっさと強行採決すべきだ。野党が不満なら総選挙で勝ってから法改正すればいい。

11時ころ雨が上がったのでフル散歩。犬は大喜び。夕食後に一卵性母娘のN母子は元気に帰っていった。里芋・鶏モモ・厚揚げ・人参・干し椎茸・高野豆腐の煮物の残りをお土産に持たせたから上機嫌だ。

カミサンは夕食後はカラオケで「お恵ちゃん」こと松山恵子の「だから云ったじゃないの」を歌っている。これまた上機嫌。結構なことだ。

■6月10日(水)、朝は室温23度、快晴、フル散歩。部屋干しの洗濯物をベランダに吊るす。梅雨時は出したり入れたり。

習近平は旅客船事故でも報道管制を敷いてミソをつけた。アカは昔から「死の政治利用」が大好きだが(日本での嚆矢は60年安保の樺美智子の死。中共もこれを利用してアカを煽った)、事故を中共の宣伝にのみ利用したから、多分13億の愚民も「こいつ、何なんだ」と思い始めたのではないか。

習のツキは間違いなく落ち始めている。

人民網6/9「G7サミット 安倍首相の重点は中国、西側大国を巻き込んで中国に圧力」から。

<G7サミットが7日、ドイツ南部で開幕した。日本の安倍首相にとっては、いかにして南中国海情勢、アジアインフラ投資銀行(AIIB)など中国関連の議題を持ち込み、G7の支持を得るかにこそ真の関心がある。日本メディアはこれについて「安倍首相にとって中国がサミットの最重要課題となった」と報道した。

*南中国海問題を誇張し、中国の顔に泥を塗る

安倍首相は今回、ウクライナ問題とアジア情勢には「連動」関係があると繰り返し公言したうえ、ロシアによるクリミア「併呑」と中国による南中国海での埋め立てを同列に論じ、共に「力による現状変更」であるとの認識を示した。

6日に会場に到着すると、安倍首相は様々な外交活動を展開。ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領などと相次いで会談し、日本の主張を力の限り売り込んだ。

7日の夕食会はなおさらに安倍首相によるパフォーマンスの重点となった。安倍首相は中国の「海洋拡張」について「東中国海情勢および南中国海情勢の緊張を高める、一方的な現状変更の試みを放置するわけにはいかない」と強調した。

*公然と疑問を呈し、自己宣伝

南中国海問題で中国に圧力を加えるように求める以外に、安倍首相と日本の高官は議題をAIIBにも向け、その発言には明らかに別の意味が含まれて
いた。

現時点でAIIB参加問題におけるG7各国の意見は分かれている。英国、フランス、ドイツ、イタリアは創設メンバーとなったが、日本、米国、カナダはまだ参加を表明していない。日米両国は、中国による新たな投資銀行の設立を歓迎するが、国際基準に沿った融資が行われるかどうかを懸念していると公言している。

日本の世耕弘成内閣官房副長官によると、安倍首相は7日夜の談話で、すでにAIIBに加盟申請したG7メンバーを「批判する意図はない」が「意向を統一して」「G7内の緊密な連携を確保する」ようG7首脳に呼びかけた。

*G7を巻き込み、連携して圧力

近年、日本は中国関連の議題をサミットに無理矢理持ち込もうと積極的に図り続けており、西側の大国を巻き込んで連携して中国に圧力を加えようとの企てを顕にしている。

昨年6月のG7ブリュッセル・サミット前に、安倍首相は数多くの地ならしをし、国際的な場を利用して中国の顔に泥を塗り続け、日本を中国の「被害者」、国際法と国際ルールの「守護者」として描こうと企てた。サミット共同声明は中国を名指しで批判するとの噂を流した日本メディアもあった。

安倍首相はサミットで、東中国海と南中国海でのいわゆる「力による現状変更」行為について中国を強く非難するよう全力を尽くして西側諸国に求めた。

だが昨年のG7サミットが中国を名指しで批判するという安倍氏の望みを満たすことはなく、サミット後の声明で最後に東中国海情勢、南中国海情勢への懸念を表明しただけだった>(以上)

つまりサミット首脳宣言で中共への批判は盛り込まれない、と習近平は期待したわけだ。で、どうなったか。

産経6/8『中国の南シナ海埋め立てに「強い反対」明記 首脳宣言採択し閉幕』から。

<【エルマウ=宮下日出男、桑原雄尚】ドイツ南部エルマウ城で開かれていた主要国首脳会議(サミット、G7)は8日午後、2日間の成果をまとめた首脳宣言を採択して閉幕した。

中国による南シナ海の岩礁埋め立てに関し「現状の変更を試みるいかなる一方的行動にも強く反対する」と明記し、中国の野心的な海洋進出を牽制した。

首脳宣言は、前文で自由や民主主義、法の支配、人権の尊重といった原則を確認。その上で「主権および領土の一体性の堅持に一致団結する」とした。

中国の海洋進出をめぐっては、東シナ海、南シナ海での緊張状態に懸念を表明。国際法に基づく海洋秩序の維持や平和的紛争解決などの重要性を強調した>(以上)

習近平は完敗。またまた顔にミソ=泥を塗られて恥をかいた。

AIIB(アジア・インチキ・イカサマ銀行の略だそうだ、正鵠を射てる)も失敗するだろう。大体、アジア諸国は「白い財布でも黒い財布でも、札束が詰まっている財布がいい財布」であり、「AIIBなら返さなくていいからどんどん借りまくれ」と手ぐすね引いているはずだ。

小生の関心は開業する前に頓挫するか、開業後に頓挫するかだけ。習はまたまた恥をかくのだ。文革で教育を中断されたから気の毒ではあるが、中2レベルのオツムではアジア制覇はできまいよ。

そう言えば、プーチンの対独戦勝利70周年パレードで、習はロシア軍の次に中共軍を行進させたかったのだが、参加諸国から苦情が出たという。多分こんな具合だ。

「中華人民共和国は第二次大戦の時に存在していませんよね。当時は蒋介石率いる中華民国でした。中華民国でも対独戦には直接参戦していません。私たちは多くの血を流しました。一滴の血も流さない、しかも存在すらしなかった中共軍がパレードの二番手というのは、これはどう考えても理不尽でしょう」

結局、中共軍は最後部になってしまった。パレードのおまけだ。プーチンは報道規制をし、映像はもちろんロシア軍と参戦国軍主体。習は広報宣伝にも使えないのでほとんどニュースにならなかった。多分パーティでも誰からも相手にされなかったのではないか。

食えない奴、プーチンは欧米に“和解”の秋波を送っているから、孤立を深める中共は刺身のツマ扱いだろう。

13億の愚民どもも習と中共の嘘八百、インチキ、異常さにだんだん気づいていくのではないか。求心力は日を追って衰え、レイムダック化は間違いなし。9月3日の反日祭りまでもつのかどうか。

金正恩が先か、習近平が先か、それともクネが先発か。まったく沈没競争から目が離せない。大いなる楽しみだ。一緒に逝けば世界は喜ぶ。プーチンも後を追う・・・とはならないか、このファシスト(クソッタレ)め!

今朝の「頂門の一針」の杉浦正章氏の論考「安倍、中露分断と北方領土前進を狙う」にこうあった。
            
<この(安倍氏の)発言はプーチン“カンダタ”めがけて下ろした芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」になり得るものだ>

「蜘蛛の糸」はずいぶん昔に読んだが「カンダタ」ってなんだ。ウィキにはこうあった。

<釈迦はある時、極楽の蓮池を通して下の地獄を覗き見た。罪人どもが苦しんでいる中にカンダタという男を見つけた。カンダタは悪党であったが、過去に一度だけ善行を成したことがあった。それは小さな蜘蛛を踏み殺しかけて止め、命を助けたことだ。それを思い出した釈迦は、彼を地獄から救い出そうと、一本の蜘蛛の糸をカンダタめがけて下ろした。

極楽からの蜘蛛の糸を見たカンダタは「この糸を登れば助かる」と考え、糸につかまって昇り始めた。ところがふと下を見下ろすと、数多の罪人達が自分の下から続いてくる。このままでは重みで糸が切れるだろう。カンダタは「この蜘蛛の糸は俺のものだ。下りろ」と喚いた。すると蜘蛛の糸がカンダタの所から切れ、彼は再び地獄の底に堕ちてしまった。

自分だけが助かろうとし、結局元の地獄へ堕ちてしまったカンダタを浅ましく思ったのか、それを見ていた釈迦は悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った>

プーチン、習近平、金正恩、クネ・・・地獄に堕ちるか、それとも西側の価値観に従うか。♪オッペケペ、日本に仇するカンダタには、自由湯をば吞ませたい。

「自由・民主・人権・法治」丸は副作用が強いから、ぼちぼち服用すると良さそうだが、そんな漸進的なことは可能なのかどうか。革命しかないのか。マルコス独裁を叩き潰したフィリピンの「ピープルパワー革命」(1986年)が参考になるかもしれない。そのうち調べてみよう。(2015/6/10)

2015年06月10日

◆軍事外交に反対の波、世界に広がる

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)6月9日(火曜日)通算第4569号 >

 〜中国の「軍事外交」に反対の波、世界に広がる
        マレーシアもボルネオ沖の中国軍の侵略に抗議へ〜


G7(15年6月、ドイツ・エルマウ)の首脳共同声明では、強く「南シナ海の埋立てに反対」と、これまでになかった文言が盛り込まれた。

すなわち「東シナ海、南シナ海での緊張を懸念し、大規模な埋立てを含む現状の変更を試みる一方的行動に強く反対する」。

この論調の色彩の変化は注目しておく必要がある。

安倍晋三首相のリードにより、会議における討論の40%が、南シナ海が議題になったという。ほかにロシア批判、自由経済の推進、環境問題で議論が伯仲した。

しかし南シナ海問題を殆ど報じないのは中国とロシアのメディアだった。中国は南シナ海への言及に関して反論し「G7が介入する権利はない」と開き直ったが。。

2014年6月のブリュッセルサミットでは、「東・南シナ海の緊張を深く懸念し、航行飛行の自由、法の支配の重要性」が強調された。

15年4月の「海洋安全保障に関する外相宣言」で、ようやく、「東、南シナ海の状況を注視し、大規模埋立てを含む一方的な現状変更に懸念、力による領土、海洋の権利主張の試みに強く反対」という文言だった。この色彩がG7首脳サミットで「正式」に採択された。

それも米国の姿勢が次第に懸念表明から現実の脅威となり、米国内の中国批判を背にしてペンタゴンが強硬な発言を繰り出すようになったからだ。

2015年5月8日、ペンタゴンの報告では「中国が南シナ海で進める岩礁の埋立てが拡大している」とし、同月27日、ウォレン報道官は「米軍機を22キロ以内に侵入させるのが次の段階」とした。

これに反応して中国は「米国の偵察飛行は偶発的な衝突を起こしかねず、強烈な不満を表明する」(中国外交部報道官)とした。

5月30日、カーター国防長官が「ある国は他の国よりも埋立てを迅速に進めている。あまりにも早く行っている。それは中国だ。全当事者が即時かつ永続的に埋立てに注視すべきだ」と発言すると、中国は「人口島は軍事防衛の需要を満たすためだ」と、孫建国副参謀長が明確に「軍事目的」を認めるに至った。

日本は「一方的な現状変更の試みを放置してはならない」と国際社会の共同を呼びかけた(6月7日、サミットで安倍首相)。


 ▲こうした環境で氾長龍が訪米へ

中国の軍事委員会副主席(事実上のトップ)である氾長龍が米国を訪問し、カーター国防長官と会見する。中国軍トップの訪米団はワシントンのあと、キューバを訪問する予定である(「氾」には草冠)。

氾長龍は、5月の習近平モスクワ訪問にも随行したが、習の進める「軍事外交」の「開局者」といわれるようになった。習の外交思想の実践をまっさきに展開する軍人ということである。

そして随行団に注目する必要がある。

氾長龍訪米に随行するのは、孫建国・副参謀長、総政治部副部長の晃昌徳、北京軍区司令の宋普選。

なかでも孫建国は「ミスター潜水艦」といわれる海軍出身で、先般のシャングリラ対話で、強硬意見を繰り出した。マレーシアなどは、こうした中国の硬直した姿勢を目撃して以来、穏和路線を転換し、ボルネオ沖のマレーシア領海における中国の埋めたてに「抗議」した。

ここに大事なニュースが入った。

「中国主導のAIIBで、中国は拒否権を持つことがわかった」(ウォールストリートジャーナル、6月9日)。

    

◆中国が「勝利して自滅」するワケ

野口 裕之


《ますます醜悪になった》

5月30日付英紙ミラーに躍った大見出しは、中国の軍事膨張や侵略的蛮行を鋭く衝いていた。習近平・国家主席(62)の掲載写真も鉄面皮の悪相だった。ところがよく見ると御髪が…。

汚職スキャンダルに大揺れするFIFA(国際サッカー連盟)に君臨するゼップ・ブラッター会長(79)の5選決定(4日後に辞意表明)を受けた責任追及記事と取り違えていた。

確かに、中国とFIFAは賄賂と派閥の跋扈に始まり不透明な決定プロセスに至る共通の闇文化を有す。ただ、「恥知らずな」幹部を抱えるFIFAには再建が期待されるが、建国100年=2049年までの中華帝国復興をなりふり構わず強引に進める中国には「恥という言葉」すらないが故に、自滅への期待がかかる。

シンガポールで5月末に開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ対話)でも、中国人民解放軍副参謀総長の孫建国・海軍上(大)将(63)が《ますます醜悪になった》中国の南シナ海覇権に異を唱えるベトナムやフィリピンを「小国は挑発的行動を採るべきではない」と侮辱した。

反り返った態度が巨大な反作用を誘発し、自滅へと突き進む愚かを、安全保障論上は《勝利による敗北》と呼ぶ。

■米軍と一戦も辞せず?

FIFA幹部の逮捕に憤りは感じたが、驚きはしなかった。ケタはずれの賄賂を懐に入れる中国軍幹部の汚職を何度も報じてきた小欄は「免疫」ができてしまったらしい。

反面《ますます醜悪になった》中国の安全保障観は分析の度、増殖するバイ菌に触れるのに似た不快感に襲われ、吐き気をもよおす。

孫上将はまるで王朝に仕える将軍のごとく振る舞った。南シナ海で続ける岩礁埋め立て=人工島建設→軍事基地化→領有権設定を「合法で正当かつ合理的活動」と開き直り、南シナ海は「平和で安定している」とうそぶいたのだ。

即時停止や不法な領海設定阻止に向け、人工島の22キロ以内で海軍艦艇・哨戒機を活動させると警告する米国への反発であった。

「平和で安定している」にもかかわらず共産党系の環球時報紙は社説で《中米軍事衝突の危険が高くなった/米国が中国に教訓を与えるとの傲慢なたくらみを持ち、一戦も辞さないなら、尊厳のために戦う》と勇ましい。

孫上将も「米国などが(中国と関係国の)不和の種をまいていることに強く反対する」と喧伝するが、中国が軍事的膨張・冒険を強行しなければ現下の緊張・対立は起きなかった。加害者が被害者を装う立場のすり替えは堂々とし過ぎで、いつもながら滑稽だ。

同時に環球時報紙は《米国の狙いが単に威嚇と嫌がらせならば(戦争回避に向け)自制を働かせる》とも。不利になると「今日はこのくらいで勘弁してやるかっ!」とボケる、強がり漫才を聴いているかのよう。

■下品な恫喝が孤立助長

が、笑って済ませられる時期はもはや過ぎた。中国軍系シンクタンク常務副会長の羅援・退役陸軍少将(65)は「局地戦の準備をしている。米国は絶対に勝てる自信が有るのか」と凄む。

2014年にも「中日が開戦すれば東京を火の海にする」と発言したが、言葉には気を付けた方がいい。ストレス解消も結構だが、国家が発する下品な恫喝は国際的孤立を助長する。

尤も、自身の行いに目をつぶり、行儀よく大哲のフリをする上から目線も鼻につく。習氏は3月末、国際会議で演説し、異なった政体や文化を許容するアジア共同体構築を念頭に、儒者・孟子(紀元前372頃〜前289年)の教えを引き説教を垂れた。

「物が不揃いであることは、それぞれに道理がある」

チベットやウイグルといった他文化を“浄化”し漢文化に「揃える」凶暴を「道理」と詐称する傲岸不遜。以下、米政府・軍に影響を持つ現代を代表する戦略家エドワード・ルトワック氏(72)の著書《自滅する中国/なぜ世界帝国になれないのか=芙蓉書房》の助けを借りて論じる。

《自滅する中国》に通底する論理的支柱の一つは、一方的に勝ち続ける過程で相手の反動を呼び起こし、結局は自らを滅ぼす逆説的論理《勝利による敗北》。

政治・軍事・経済・文化・移民…あらゆる分野での国際常識を逸脱した台頭・侵出は畢竟、諸外国の警戒感や敵愾心を煽る。中立的立場の国や友好国にとっても許容限度を超え、離反をも誘発。

敵対国同士の呉越同舟さえ促す。そうした国々は公式・非公式に連携・協力し、場合により同盟構築に関係を昇華する。国際情勢は中国にとり次第次第に不利になり大戦略・野望をくじく結末を引き寄せる。

■漢民族に戦略の才なし

実際、アジア安保会議を機に開かれた日米豪防衛相会談は対中警戒を確認。日本はベトナムに経済支援を実施→ベトナムはロシアから潜水艦を購入→同型潜水艦を運用するインド海軍が越海軍乗員を訓練する-互いに意図せぬ構図を生んだ。一時後退した米・フィリピンの軍事関係も、ほぼ元に戻った。全て中国の脅威の“お陰”。

自国のパワー増大→反中包囲網形成→パワー減退をたどる皮肉=逆説的状況の回避には、軍の拡大を遅らせる他ない。だのに、中国は他国への挑発的大戦略を止められない。なぜか-。

まず、中華思想に魅入られた中国に対等という感覚はない。冊封体制や朝貢外交に代表される上下関係が全て。しかも、2500年以上前に著わされたとされる《孫子の兵法》通りに、陰謀や騙し合いを当然のごとく繰り返す。漢民族は狡猾な策略こそが知恵だと信じて疑わず、欧米や日本などは権謀術数によって操れ、優位に立てると過信する。

しかし、同一文化内では通用するものの、異文化に強要すれば自国崩壊につながる。

モンゴルやトルコ系王朝、満州族に敗北を喫し、過去1000年において漢民族が大陸を支配できたのは明王朝(1368〜1644年)時代ぐらい。ルトワック氏は自信を持って断じる。

「漢民族に(自身が思っているような)戦略の才はない」

賢者を気取っても、中国はどこか間が抜けている。滅亡へと誘う弱点が奈辺に在るのか、中国に悟られてはなるまい。知ったところで、聴く耳は持たぬだろうが…。(政治部専門委員) 

産経ニュース【野口裕之の軍事情勢】 2015.6.8    
                (採録:松本市 久保田 康文さん)

◆憲法学者バカ2代の妄念

平井 修一



高橋洋一・嘉悦大学教授の論考『憲法学者の限界! アメリカが「世界の警察官」をやめた今、日本はどう生きるのかを考えるべき』(現代ビジネス6/8)から。

<*法律学者は「上から目線」

役人をしている間に、法律学者の生態もわかってきた。筆者のように理系だと、学問の世界では多数意見というのは何の権威でもない。特に、筆者が学んだ数学ではロジックだけが唯一の判断基準であり、間違っていれば、どんな権威のある人でも間違いである。「学問に王道なし」だ。

法律では、一定の権威のある人の意見が尊重される。そして、多数の考えのほうがよりマシとされることが多い。法律といっても、常識と大差ないので、多数の意見のほうがとられやすいことは理解できる。

ただし、権威のある人の意見がいいというのは、今でも違和感がある。

そうした法律学者は、バカな政治家に判断させないために、権威がある自分たちの意見が正しいという「上から目線」である。多くの国民に支持された政治家のほうが、長い目で見れば、権威のある人の意見より劣っていると言えるのだろうか。

*立憲主義というロジックの謎

そうした権威のある憲法学者が、安保法制が憲法違反であると言うときのロジックが「立憲主義」というものだ。かつての左派は平和主義と言っていたが、最近色あせた言葉になっているので、その代わりに立憲主義が護憲の立場をよく表すものとして使われる。まあ、憲法改正反対というものだ。

いろいろな書物を読んだが、どうもわかりにくい。憲法の中に、侵略戦争放棄のように時代を超えた普遍的な原理があり、それを守るというのであれば、わからなくもない。ただし、憲法の中には、統治機構に関する部分もあり、その改正は珍しくない。

さらに、「憲法96条の改正なんて、立憲主義からはトンデモナイ」と言われることもある。かりに「憲法96条」を改正しても、日本の憲法改正難易度は世界的に見て低くない。むしろ最高難易度の国のままだ。要は、憲法改正をしたくないというだけだ。

安全保障について、今国会で議論されているのは、集団的自衛権の行使である。そもそも、個別的も集団的も自衛権は、時代を超えてどこの国にもある個人における正当防衛のように不可分である。集団的自衛権の行使を認めない国はどこにあるのだろうか。筆者は寡聞にして知らない。

何にもまして、立憲主義の先生方は、本コラムで書いているような南シナ海の情勢や尖閣諸島への中国の潜在的な侵略のおそれをまったく考えていない。こうした国際関係など眼中になく、いつでも同じ主張を繰り返している。これは学者としてはかなり楽な話であるが、実際に役立たないで、畳の上の水練のようなモノだ。

*世界の常識

民主党もお花畑のような思考に凝り固まっており、戦後日本が平和だったのは個別的自衛権のみだったからという、驚くべき意見も出ている。

戦後日本が大丈夫だったのは、日本の再軍備を恐れたアメリカが守ってきたからだ。集団的自衛権を持っているが行使しないというのは、世界では馬鹿げた意見だが、なにより日本の無力化を図りたいアメリカにとっては、その方便も好都合だっただけだ。

その上で、二国間の安全保障条約があれば、集団的自衛権は当然となる。米軍に基地を使わせておきながら、戦争に加担していないなんて言えるはずないのが世界の常識だ。それでも日本が侵略されなかったのは、背後にアメリカがいたからだ。つまり、集団的自衛権のおかげでもある。

アメリカがかつて「世界の警察官」であったので、盤石であった。それでも、自国に弱点があって日本でできることであれば、日本に頼んで来たことがある。朝鮮戦争の時、朝鮮半島での機雷掃海だ。占領下で占領軍指令に基づくとはいえ、当時の海上保安庁は特別掃海隊を韓国領海内に派遣し、機雷掃海を行い、作業中に死傷者も出ている。

こうした事実について、法律学者は、降伏条項による占領軍指令なのでやむを得ないが、憲法違反とか法律違反だという立場であろう。おそらく、機雷掃海はやるべきでなかったと言うだろう。そうした人たちは、法違反と言いながら、犠牲者へどのように接するのだろうか。

犠牲者が出たのは本当に残念であるが、日本が機雷掃海をしなかったら、大きく国益を損ない、場合によっては、九州あたりまで朝鮮戦争の戦火に巻き込まれ、日本の安全も脅かされていたかもしれない。犠牲者を出したが、その当時の貢献があったので、それ以降の日本の安全がおおいに高まったと思われる。

*「世界の警察官」が不在の世界をどう生きるか

今現在でも、中国の南シナ海でもオーバープレゼンスは国際問題だ。ドイツで7、8の両日に開催される先進7ヵ国首脳会議(G7サミット)でも、取り上げられるだろう。

それを見越して、3日に来日したフィリピンのアキノ大統領は、参院本会議場で中国の横暴を訴えた。これを日本が世界に伝えるのは当然だろう。

安倍首相と欧州連合(EU)のトゥスク大統領らが5月29日に発表した共同声明にも、「東シナ海・南シナ海の現状を変更し、緊張を高める一方的行動を懸念している」とある。これは中国のことだ。

アメリカのオバマ大統領は、2013年9月10日、シリア問題への対処の中で「もはや世界の警察官ではない」とテレビ演説した。その直後から、中国は南シナ海に出てきた。これは、中国がアメリカは軍事行動しないと高を括ったからだ。

警察官は、相手が見返りなしでも助けてくれる。「世界の警察官ではない」という意味は、同盟国なら相互主義で正当防衛は行使する、つまり同盟国間で集団的自衛権を相互に使うのであれば助けるという意味だ。

もはや世界が変わっているときに、日本でしか通用しないような「立憲主義」を振りかざすのは、国益を損なうだろう>(以上)

日本の現在の憲法は占領下の1946年11月公布、47年5月に施行された。最高権力者のマック元帥から下賜されたトンデモ憲法だ。当時30歳の憲法学者の子供は今は40歳ほどだろうが、トンデモ憲法を後生大事にご本尊として拝めば飯が食えるから2代目も憲法学者だろう。

「憲法学者バカ2代」。日弁連などと同様に本質的には共産主義礼賛、徹底的な反日屋、リアリズム無視で、国立大学や岩波、朝日に寄生して妄念をせっせと広めている。

マック憲法大好きな9条教徒の多くは老人で、日共支持者と重なるようだが、南シナ海での中共の乱暴狼藉をわが国への危機だとは全然思っていないのだ。

たとえ心のどこかではそう思っていても、もともと中共や北が好きだし、「中共はやり過ぎだ」などと言おうものなら仲間はずれにされるから口には出さない。二十歳でバカは老人になってもバカ。山本夏彦翁曰く「歳は勝手にとったのだ、シラガは知恵のしるしではない、老人のバカほどバカなものはない」。

昨日の日曜日には各地でアカいヂヂババが、オウンゴールでミソをつけた自民党を追撃したようだ。自民党もバカだ。アカの多いような内閣法制局推薦の憲法学者をロクに調べもせずの自民の証人にするなんて。右も左も中2レベルのオソマツさ。

斎藤緑雨曰く「教育の普及は浮薄の普及」。駅弁大学乱立で大卒が増えても大学芋のレベル。危機意識ゼロの中2病は今や国民病だ。『八王子から(吉祥寺駅前の反自民集会に)来た男性(72)は「少子化の時代に戦争しようなんて正気の沙汰とは思えない」と憤った』(田中龍作ジャーナル6/7)

子沢山の時代なら戦争はいいのか。今は少子化の時代だから中共に攻撃、占領されても戦争しないのか。中共は喜んで小鬼子の子供を殺すだろう。ヂヂババはやがてくたばるが、子供は将来、中共に復讐するかも知れないからだ。

清盛は頼朝と義経を助命し、この2人によって滅ぼされた。「罪九族に及ぶ」という支那ではそんな話はゴマンとあるだろう。殺しまくり奪いまくり焼きつくす三光作戦は中共の得意技だ。中共に攻撃されても戦争しないなんて狂気の沙汰。正気の人は子のため孫のため、まだ見ぬ曾孫のために戦うのである。(2015/6/8)
--

2015年06月09日

◆財務省の教員削減は本質知らず

櫻井よしこ



「解決策は民間の力の活用にあり」

5月26日、安倍晋三首相の開催する教育再生実行会議と、下村博文文部 科学大臣の諮問に応える中央教育審議会の意見交換会が行われた。私は中教審の委員の1人として出席したのだが、交換会では近未来社会に生ずる大きな変化に対応する教育の在り方に注目が集まった。 

下村文科相が、3つの未来予測を示した。(1)今年小学1年生の児童が大学を卒業するとき、65%の児童がいま存在しない職業に就く、(2)今後10年ほどで47%の仕事が自動化される。この中には頭脳労働も含まれ人間の知的労働がコンピュタによって代替される、(3)2030年までに週15時間労働の時代が到来し、現在のように週40時間労働をすれば、失業者を生み出す結果となる。

下村文科相は右の未来予測を示した上で、いまのままの教育では日本は到底保たないこと、どんな時代にもしっかりと生きることのできる教育を実現するため に、国がいま教育に一番力を注がなければならないと強調した。
 
確かに、世の中は大変なスピードで変化しつつある。うかうかしていると、自分のすることがなくなってしまうやもしれぬ。その上、もう1つ重要なことがあ る。

生命科学の画期的な進歩である。現在マウスの実験で成功している命の若返りを 促す医療が人間に施される場合、いま生まれた赤ちゃんは、なんと148歳まで生きる という。日本人の平均寿命はあと20年ほどで100歳を超えるとの予測もある。平均で 100歳であるから、前述のように150歳近くまで生きる人も少なくないだろう。
 
寿命が延びれば、人生の在り方も根本的に変化する。そのような時代に必要なのは真に自分の人生を創造する能力である。豊かな感受性と活発な知的活動なし には、100年を超える長い人生を充実して生きることなどできない。

100歳を過ぎて もなお、人生を生産的に生き抜くたくましさと賢さを子供たちに養ってやらなければ ならない。教育が重要になるゆえんだ。
 
にもかかわらず、財務省は今後約10年間で小中学校の教員約4万人を削減するという。これによって国が負担している人件費、約780億円を節約できると主 張するのだ。
 
中教審の一員である横浜市長の林文子氏が現在でさえも教員不足は深刻で、4万人の削減は受け入れ難いと訴えた。出席委員の多くが、教育は文科省一省の仕 事ではあり得ず、政府を挙げて、最重要課題として考えるべきだと語った。

財務省は 教育を単なる財務上の数字と考えてはならない。数字を語るなら、教育予算の増額で あるべきで、減額ではない。減額を主張するのは、教育の本質を見ていない証拠だ など、財務省批判が続いた。
 
とはいっても、財政赤字は本当に深刻だ。国の予算から教育にもっとお金を出すのも1つの重要な手立てだが、ここは民間の力を大いに活用したらどうか。

例えば、州にもよるが、米国では、日本の地方税に相当する州税の一部を教育に注入す る方法が採用されている。高い給与をもらって高い地方税を払っている人は、それだ け多くのお金をその州の教育目的に寄付することになる。

地元の校長先生からお礼を 言われたと、この発言者は語ったが、地方税の一部を自動的に教育に回すのは1つ の可能性だと思う。

もう1つの有力な案は寄付の勧めである。日本社会の特徴は余裕のある高齢者が多く存在することであろう。こうした人々が孫や子供など身内だけでなく、教 育のために資産を寄付するのだ。そのための税制を整える。

国全体で教育を充実させ るために教育基金をつくり、心ある人々の支えを得て、日本の子供、学生の全てに恩 恵を及ぼす。教育大国の実現である。教育こそ国のもといである。ここに最大限の 支援を集中させたいものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2015年6月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1086

              (採録:松本市 久保田 康文さん)


2015年06月08日

◆平和への貢献語り国連改革を

内畠 嗣雅



国連創設70年に合わせ、安全保障理事会改革に向けた加盟国間の交渉が始まった。安保理改革は10年前にも機運が高まったが頓挫しており、困難を覚悟しなければならない。

日本にとって安保理改革とは、常任理事国入りを目指すことに他ならない。改革実現に向け、戦後70年の日本の平和への貢献を世界に問い、その地位にふさわしいとの認識を広げてもらいたい。

安保理は、第2次大戦の戦勝国の米国、英国、フランス、中国、ロシア(当時のソ連)の5大国に固定された常任理事国と任期2年の非常任理事国で構成される。

常任理事国は、1国の意思で決議成立を阻止できる拒否権を有し、自身は他国から脅威とみなされても、安保理討議の俎上(そじょう)に載せられることはない。

強大な権限を与えられたのは、「平和の維持は大国が主導する」との発想からだ。戦後の世界平和はこの5大国に委ねられたと言っても過言ではないだろう。

非常任理事国は1965年に6カ国から10カ国に拡大されたが、安保理を5大国が牛耳る基本的構図は変わらない。改革への主張は、戦後70年たち、このままでよいのかとの問題提起でもある。

中国は南シナ海で、日米や周辺諸国の制止を無視して岩礁を埋め立て、軍事目的で人工島を建設している。だが、常任理事国である以上、この問題で安保理が声を上げることはない。

ウクライナ情勢は、ロシアが関与を否定しているため、当事国と扱われないから討議の対象にはなった。だが、ロシアが第三者を装っていては、空疎な議論にならざるを得ない。

力による現状変更を自ら試みる中露両国と、積極的平和主義を掲げる日本と、どちらが「平和の番人」としてふさわしいか聞いてみるとよいだろう。

尤も、中国、ロシアに限らず5大国が常任理事国の特権的地位を手放すことはあり得ない。拒否権を剥奪しようにも、拒否権行使で阻止される。

現実の議論の中心は安保理拡大である。常任理事国の数を増やし、5大国の存在感を相対的に薄める。具体的にはいくつ増やし、どこから選ぶかだ。新常任理事国に5大国と同じ拒否権を与えるかどうかも争点の一つである。

日本は2005年同様に、インド、ドイツ、ブラジルとの4カ国グループ(G4)で、ともに常任理事国入りを目指している。

G4の改革案は、常任理事国を6増の11、非常任理事国を4〜5増の14〜15とし、新常任理事国の拒否権は15年間凍結するというもので、05年と大筋で変わらない。

05年は、国連総会にG4主導の改革決議案が提出されたが、アフリカ連合(AU)案との一本化に失敗するなど採決にも至らなかった。今後、あらゆる外交の機会を利用して安保理改革を訴え、幅広い賛同を得た決議案を問うなど、少しでも前に進めたい。

 国内では、安全保障法制の国会での論戦が続く。世界平和へのさらなる貢献を可能とするものだ。世界が注視しているとの自覚を持って議論してもらいたい。(論説委員)

産経ニュース【一筆多論】2015.6.6
 

◆「けろりの道頓」が造った街

渡部 裕明



大阪都構想が、わずかの差で否決されて3週間。大阪の町は沈んでいる。橋下徹さんが主役となって催した祝祭が終わり、祭りの後の気だるさが、そこかしこに漂っているのだ。

大阪と東京は約400年間にわたって、よきライバルの関係を続けてきた。大坂と江戸、西国と東国の競い合い、といってもいいだろう。

狭い日本列島ではあるが、違ったところも少なくない。それは、それぞれの地域で暮らす人々が自然に抱く感情ではないだろうか。

400年前の人工都市

現在にいたるまで、大阪の恩人といえば、やはり豊臣秀吉であろう。「山崎の合戦」や「賤ケ岳(しずがたけ)の戦い」によって天下人の地位を得たあと、水陸の便に恵まれたこの地を、一大城下町として整備した。

古都の京都と違って、大胆なまちづくりが可能だったことも大きい。財力を傾けてさまざまな人材を集め、巨大な人工都市を造り上げたのである。豊臣家に代わった徳川家康も、この町の利便性に大きな魅力を感じ、将軍代行にあたる「大坂城代」を置いて引き継いだ。

町づくりに協力した人々は数多いが、現在まで名前の伝わる人物もいる。ミナミを東から西に流れる運河「道頓堀」の開削者とされる成安(なりやす)道頓(1533〜1615年)だ。

征夷大将軍・坂上田村麻呂の子、広野麻呂が平野郷(ごう)(大阪市平野区)に住み着いて始まった「七名家(しちみょうけ)」のひとつ、成安家の出身。かつては、安井道頓の名で知られていた男である。

豊臣家の協力者として

道頓堀の開削が始まったのは、慶長17(1612)年とされる。道頓が工事に取り組んだ理由は伝わらないが、慈善事業ではないだろう。彼には有力町人、ブローカーとして労働力を動員できる力があり、秀吉の大坂城築城にも協力していたとみるのが自然である。

ではなぜ、豊臣家への協力者の道頓の名が残ることになったのか。江戸幕府がどうして、それを許したのだろうか。

ひとつのヒントとなる見方がある。司馬遼太郎さんの小説「けろりの道頓」(講談社文庫『最後の伊賀者』所収)だ

。産経新聞在職中の昭和35年に発表した作品で、道頓と秀吉の不思議な出会いと愛妾(あいしょう)・お藻(もう)との別れ、そして道頓堀開削事業への着手を描いた小編である。

司馬さんは作品の中で、道頓の行動を「けろり」と表現し、他人には理解しがたいが、不思議な魅力を持った人物として描いている。

大坂城下につくられた青物市場で偶然、関白秀吉に出会ったとき、道頓は女好きの秀吉にお藻を差し出してしまう。そして1年後、その返礼として道頓のもとに1匹の緋鯉(ひごい)が届けられる。しかし彼はお藻を手放ったことを深く悔い、彼女の代わりの緋鯉を泳がせるため、道頓堀を掘ったと書くのである。

史実ではあり得ないが、司馬さんならではの解釈だ。そして道頓は、大坂夏の陣が始まると「豊公には恩義がある」と言い残して城に入る。

「落ちる城」に籠もって

道頓が大坂城に籠もって亡くなったことは、事実のようだ。平野七名家のひとつ、土橋家の文書には「成安道頓は慶長20年、大坂城中で討ち死に」との注記がある(脇田修著『近世大坂の町と人』人文書院)。

大坂冬の陣(1614年)の和睦によって、天下一の大坂城も堀が埋められ、「裸城」となっていた。落城は時間の問題だった。そんな城に入ることは、明らかに死を意味する。武士でもない一介の町人がなぜ、そうまでしたのだろう。不可解というしかない。

「お藻のこともある。お藻が死んだお城なら、わるい死場所ではない」

司馬さんは、入城する道頓にこうも言わせている。

大坂の町衆は、そんな男気のある道頓を支持した。夏の陣のあと、大坂城代に就任した大和郡山藩主・松平忠明は、この堀を「道頓堀」と呼ぶことを許すしかなかった。道頓を愛する人々に対して、その名を消し去れなかったのだ。

道頓堀に代表される運河が縦横に走ったことにより、大坂は「水都」として江戸時代を通じて繁栄した。道頓堀はいま、夜ともなるとネオンが輝き、あちこちで嬌声(きょうせい)が聞こえる。

日本橋(にっぽんばし)の北詰めには、道頓の功績をたたえる石碑があるが、立ち止まって見上げる人はほとんどいない。(わたなべ ひろあき 論説委員)

産経ニュース【日曜に書く 】2015.6.7