2015年04月21日

◆いまだ左右対立をいう朝日

門田 隆将


統一地方選前半戦の結果は、自民党の圧勝に終わった。すべての知事選で与党推薦の候補が当選し、大阪府以外の40道府県議会で自民党が第一党を維持した。

安保法制をはじめ、さまざまな問題で安倍政権への厳しい非難を続ける新聞には、溜息しか出てこないだろう。

しかし、翌13日付の東京新聞社説によれば、「安倍政権は地方の意見や世論にも謙虚に耳を傾けるべきである」とのことで、これは民意を反映したものではなかったらしい。

同紙は、わずか1週間前の6日付では、翁長雄志沖縄県知事と菅義偉官房長官との会談を論評し、「翁長・菅初会談 民意の重さ受け止めよ」という社説を掲げていた。つまり、自分たちが支持する側が勝利したときと、逆の場合とでは、選挙結果が出ても全く異なる主張がなされるのである。

選挙の結果をあらかじめ予想していたのか、朝日新聞にも興味深い記事があった。投票前日の11日、日本の「右傾化」について、丸々一面を使って「耕論」というページで大特集が組まれていた。

そこには学者、政治家、 ライターの3人が登場し、意見を披瀝(ひれき)していた。それは、いま だに朝日は左右の対立という単純な視点しか持ち得ていないことを示すも のでもあった。

1989年のベルリンの壁崩壊以降、左右の対立は、世界史的にも、また日本でも、とっくに決着がついている。自民党と社会党との左右の対立で始まった 「55年体制」の思考からいまだに抜け出すことができないメディアのありさまは“マス コミ55年症候群”とでも呼ぶべきものだろう。だがそんな旧態依然の論調とは無関係 に世の中はとっくに違う段階に移っている。

それは、「左右」の対立ではなく、「空想と現実」との対立である。冷戦下、米国の軍事力の傘の下、空想的平和主義を謳歌(おうか)してきた日本が、中 国の膨張主義と軍事的脅威にいや応なく向き合わざるを得ない時代を迎えている。

そ の現実を前に、「相手に手を出させない」ため、つまり、「平和を守る」ために、さ まざまな手を打たなければならなくなった。しかし、左右の対立という単一の視点し か持ちえない朝日は、「日本の右傾化が問題」という論調を今も続けている。

実際には、どうだろうか。左右の対立などではなく、すでに「空想家、夢想家(dreamer)」と、現実を見据えようとする「現実主義者(rearist)」と の対立、つまり“DR戦争”とも言うべき時代が来たのではないだろうか。

はからずも、この朝日の「右傾化」の記事の中で、国際政治学者の三浦瑠麗(るり)さんがこう語っている。「これは中国の軍事的脅威の増大と米国の力の低下という実情にリアルに対応するものと見るべきで、右傾化とまでは言い難いと私は考えます」

 それは、簡潔にして実に明快な見解であり、同時に朝日に対する痛烈な皮肉でもあ
る。日本の新聞は、いつまで時代の変化に取り残された“ドリーマー”であり続ける
のだろうか。(ノンフィクション作家)

                   ◇

【プロフィル】門田隆将(かどた りゅうしょう)
 昭和33(1958)年、高知県出身。中央大法卒。ノンフィクション作家。
近著に、先の大戦でのバシー海峡の悲劇を描いた『慟哭(どうこく)の海
峡』がある。

産経ニュース【新聞に喝!】 2015.4.19
                (採録:久保田 康文)

◆中国ハイウエイ建設の軍輸送が基軸

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)4月20日(月曜日)弐 通算第4520号>  

 〜中国のシルクロード「一帯一路」は鉄道、ハイウエイ建設による軍輸送
が基軸  曖昧だった「陸のシルクロード」は鉄道輸出プロジェクトが根幹に〜

21世紀のシルクロード構想、中国は400億ドルを「シルクロード財団」に投じ、あるいはAIIBを通じての融資によって、アジア各国との国境を越えて新幹線、ハイウエイ、そして海のシルクロートは港湾の建設プロジェクトが主眼とすることが分かった。

米人学者によれば「これは徹頭徹尾、軍の戦略が基本にある」という。軍の機関誌に発表された論文を読んでも「21世紀のシルクロード構想」はいかにして軍事力を迅速に効率的に輸送できるかに力点が置かれており、2007年と11年の中ロ共同軍事演習でも、ロシア兵、中国兵それぞれが鉄道によって如何に迅速に輸送できるかの作戦展開に重きを置いた。

2014年末に中国は新幹線を(1)蘭州(甘粛省)からウルムチ(新彊ウィグル自治区)へ。(2)貴州省貴陽から広州へ、そして(3)広州から広西チワン自治区の南寧へ通した。いずれも中国版「新幹線」(中国語は「高速鉄道」)で、残りの予定工事区間は、まだ3000キロ(この三千キロだけでも日本の新幹線の全営業距離に匹敵)。

そして国内ばかりではなく、この高速鉄道を(1)カザフスタン、ウズベキスタンなど中央アジアイスラム圏を通過させ、トルクメニスタンを通過してヨーロッパへ向かわせる。

モスクワは従来のシベリア鉄道の競争力を奪われる危険性もあるが、モスクワがシルクロートのハブとして機能し、対欧輸出の拡大となれば、ロシアのメリットは大きいとして前向きになった。

(2)トルコへはすでにイスタンブール → アンカラ間を中国が支援した高速道路が完成しており、これをトルコはさらに四本、東方へ連結する計画がある。

(3)アジアへも雲南省からラオス、カンボジア、ベトナムへ鉄道を拡充して結ぼうとしており、軍事戦略として勘案すれば、たしかに米人学者等の懸念が当たっている。

米国の有力シンクタンク「ジェイムズタウン財団」のレポートによれば「中国国内の鉄道プロジェクトは明らかに中国人民解放軍の軍事戦略の下に発想されており、兵力、兵站、装備、戦車輸送などの基幹ルートでもある」(同財団CHINA BRIEF、4月16日)

欧州戦線への軍投入という事態は想定しにくいが軍人の論文には「ロシアがクリミア戦争で苦戦し、日露戦争が敗北におわったのも、鉄道建設が遅れたからである」としている点には注目しておくべきである。

とはいえ今世紀最大のプロジェクトともいわれる「一帯一路」は短時日で完成しない。

そもそも資金が続くのか、どうか。途中で挫折すれば、あとに残るのは索漠たる曠野であろう。

▼あちこちにプロジェクトの残骸はゴーストタウン、こんどの「一帯一路」のシルクロードも、アジアのあちこちに曠野を出現させるだけでおわるリスクが高い


中国自身が「おそらく何世代にもわたる」と言っているように、これは短時日のプロジェクトでないことも鮮明になった。そしてAIIBの融資先は、これらのプロジェクトへの融資が主力となる。

やはり、そうだった。AIIBは「中国の、中国により、中国のため」の銀行なのだ。

習近平はことし初めての外遊先をパキスタンと、インドネシアに絞り込んだ。

パキスタンとは半世紀を超える軍事同盟でもあり、同国のイランとの国境グアイダールの港湾建設工事も十年前から中国主導で進んでいる。陸のルートも山道が開けているが、これを本格的なハイウエイとする。

インドネシアは大々的な港湾設備に全力を注いでおり、中国の「21世紀の海のシルクロード」はマラッカ海峡を重要視している。シンガポールで分岐するもうひとつのシーレーンをインドネシアへ向かわせる。

したがってジャカルタは中国からの資金導入に前向きとなる。

 
  ▼中国国内シンクタンクからは疑問の声も

とはいえ、構想はあまりにも壮大であり、本当に完成するのか、リスクはないのかと中国の国内シンクタンクからは疑問の声があがっている。

『サウスチャイナ・モーニングポスト』(4月19日)によれば、中国国際問題研究院の石澤らは、「トルクメニスタンからイスラム国へ入っているテロリストは360人、もし鉄道がかれらによって爆破されると、どうなるのかという脆弱性がある。

鉄道沿線の長い距離を守れるのか、ましてカザフ、ウズベクなど指導者はすでに70歳代であり、次の後継者が未定(つまり親中派の指導者が続投できるのか、どうか)なのもリスクをともなうだろう」としている。

「こうした諸問題を勘案すれば、中国の当該地域への投資はリスクが高い」。

また、国内ではGDP成長率が鈍化し、不況にさしかかっているタイミングでの海外投資には疑問がのこり、あまつさえ米国が協力しない金融機関の設立など、「歴史をひもといても中国がおこなった壮大なプロジェクトは多くが挫折しているではないか」と自省の声が聞こえてくるのである。

◆少年法の在り方と「情報公開」

櫻井よしこ


今年2月20日、川崎市の河川敷で13歳の上村遼太君が殺害され、1週間後、少年3人が逮捕された。3月12日付の「週刊新潮」が主犯とされた18歳の少年の顔写真と実名を報じ、少年法の在り方が問われている。

少年犯罪についてはこれまで、(1)顔写真の掲載や実名報道は少年法違反であり、少年の更生を妨げると、批判されてきた。加えて、現在(2)インターネット空間に顔写真や実名だけでなく、加害者とされる少年の自宅、学校まで洗いざらい情報が書き込まれ無法状態が出現、少年法そのものが消失していると指摘されている。

被害者側は、(1)には納得できにくいだろう。被害者の情報は常に顔写真、実名にとどまらず生活態度までありとあらゆることを暴露されてきたからだ。その過程で被害者であるにもかかわらず往々にして晒し者にされてきた。

小学生女児が同級生の女児に殺害された2004年6月の長崎の事件を振り返る。遺族は加害少女と面談することもかなわず、少女がどのような更生教育を受けているかも、知らせてもらえなかった。

被害者遺族にとって明らかなことはただ一つ、突然愛する娘を失ったことだ。なぜ娘は殺されたのか、知る術もなく、立ち直りのきっかけさえつかめない。まるで無間地獄のような状況が続いたことと、加害者に関する情報の保護は釣り合わないと被害者側が感じるのは自然なことだ。

(2)については、事実か否かも不明の情報が満載され、ネット社会はまるで法の枠外である。その空間で事件とは無関係の人まで巻き込まれていくケースが目立つのが現状だ。

ネットという新しい手段が広まったいま、必要なのは、少年法の改正と、加害者に関するきちんとした情報の公開ではないだろうか。それによって皆がより深く考える能力を育むことが求められているのではないかと思う。

その意味で考えさせられたのが月刊「文藝春秋」5月号、佐々木史氏が報じた神戸連続児童殺傷事件、酒鬼薔薇聖斗と名乗る少年Aが犯した事件について家庭裁判所が下した「決定(判決)」全文である。

「決定」は少年Aの生い立ちから犯行、拘束後の取り調べまでを詳述している。多くのことを知ったからといって遺族の心が癒やされるわけではないかもしれない。しかし、知ることによってのみ、その先の展望が開け始めるのではないか。同種の犯罪を防ぐ可能性も、被害者側が立ち直る可能性も、そこから生まれるのではないかと思う。

「決定」には幾つも注目すべきことが書かれている。鑑定に当たった専門家は、少年が生後10カ月で離乳されたこと、決して親に甘えないこと、遊びに熱中できないこと、しつこく弟を苛めることなどから「1歳までの母子一体の関係の時期が少年に最低限の満足を与えていなかった疑いがある」と指摘している。これは精神医学で「愛着障害」とされる傾向だ。

少年は幼年時代の唯一の良い思い出として「幼稚園の頃、祖母の背に負われて目をつぶり暖かさを全身で感覚し」たことを挙げているが、「祖母との間に楽しいとか嬉しいとかの感情的共感が成立していた訳でもない」。

「親学」の専門家、明星大学教授の橋史朗(たかはし・しろう)氏が指摘する子育て論の重要性が痛感される。子供の心に愛、思いやり、喜怒哀楽の情操を育むには、3歳くらいまでに本当に愛されていると子供が実感できるところまで親の愛を注ぐことが大事だという教えだ。

無論、育成過程の一断面だけで犯罪の背景を解明することはできない。それでも少年に関する情報開示から私たちは幾つもの教訓を読み取れるのではないか。

ちなみに少年Aは1997年に関東医療少年院に入院、04年に仮退院、05年1月に社会復帰を遂げたという。

『週刊ダイヤモンド』 2015年4月18日号 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1080(採録:久保田 康文)

◆私の「身辺雑記」(212)

平井 修一



■4月18日(土)。朝は室温19度、快晴、フル散歩。

昨日の午後には25度にもなって、暑いくらいだった。毎日のシャワーが必要になってきた。春子はミニスカでチャラチャラ踊っているが、夏子が出番をうかがっている。その前に洗濯ヂイヂに試練をもたらす梅雨子が舞台を1か月も占領するが・・・

7年間もオキュパイド・ジャパン・・・日米戦争で米国はホロコースト、ジェノサイドで完璧な無差別大量殺人をした。いろいろ是非論はあるが、まあ自国の行為を「そうせざるを得なかった」と肯定するのが健康な国民だから、それはそれでいい。すべての戦争は自衛のため。ま、そういうことだ。プーチンもそう思っている。習近平も同じだ。

戦前、軍部は暴走したのか。居留民保護の緊急性があったから、条約に基づいて駐留していた満洲の関東軍は決起した。中華民国にはまったく治安能力がなかった。決起しなければ張学良軍閥に日本人は殺されていたろう。1日決起が遅れたらそうなったにちがいない。本国の了解を取り付ける時間はない。現場の判断で自衛のために決起した。

あっという間に張学良軍閥を駆逐したから満洲の人々は大喜び。何よりも皆が望んでいるのは「治安」だ。今の中近東と同じ。関東軍はそれをもたらした。張学良軍閥と違って関東軍はミカジメ料をとらない、乱暴しない。大歓迎だ。どこが侵略なのか、暴走、独走なのか。自衛戦争だ。

2発の原爆、激しい空襲による無差別大量殺人。ひどいことをされたのに日本人は米国を憎まない。不思議なほど憎まない。それどころか結構好きだ。なぜだろう。

ゲップが出るほど戦ったから日本は敵国からも敬意を表された。ハル・ノートに従って尻尾を巻いていたら、今の日本はない。誰も日本を尊敬しない。戦いを恐れた臆病な奴ら、とバカにされただろう。

しかし日本人は疲労困憊。もうとにかく終戦でいい。占領されても負けたのだからしょうがない。「勝ち負けは兵家の常」。恨んだり嘆いたところで死者が甦るわけではない。過去を振り返るよりまずは復興、未来を開こう。

まあ、こんな気分だったろう。小生もパクられた時には疲労困憊しており、「ああ、これでマインカンプは終わった」とほっとしたものだ。「お前らのために3人も殺されたのだぞ、この野郎」と護送車の中で警棒で頭を叩かれたが、まあ機動隊はさほど乱暴はしない。米軍も組織的な乱暴狼藉はなかった。

母を看取ってから半年くらいは母がちらついてブルーだった。思い出したくないのだ、あの介護戦争の日々を。辛く、苦しい日々を忘れたい、と。過去を振り返るより、前を向こう、「戦時にあっては敵、平時にあっては友」という思いが終戦後の日本人にはあったろう。

終戦の詔勅から。

<朕は時運のおもむく所、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、もって万世のために太平を開かむと欲す。

信義を世界に失うが如きは、朕もっとも之を戒しむ。

宜しく挙国一家子孫あい伝え、かたく神州の不滅を信じ、任重くして道遠きをおもい、総力を将来の建設に傾け、道義をあつくし、志操をかたくし、誓って国体の精華を発揚し、世界の進運に後れざらむことを期すべし>

昭和21/1946年元旦の詔書から。

<朕ハココニ誓ヲ新ニシテ国運ヲ開カント欲ス。

スベカラク此ノ御趣旨(五箇条の御誓文)ニノットリ、旧来ノ陋習ヲ去リ、民意ヲチョウタツシ、官民挙ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豊カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ図リ、新日本ヲ建設スベシ。

我国民ガ其ノ公民生活ニ於テ団結シ、相ヨリ相タスケ、寛容相許スノ気風ヲ作興(盛んにする)スルニ於テハ、ヨク我至高ノ伝統ニ恥ヂザル真価ヲ発揮スルニ至ラン。

カクノ如キハ、実ニ我国民ガ、人類ノ福祉ト向上トノ為、絶大ナル貢献ヲナス所以ナルヲ疑ハザルナリ。

一年ノ計ハ年頭ニ在リ。朕ハ朕ノ信頼スル国民ガ朕ト其ノ心ヲ一ニシテ、自ラ奮ヒ、自ラ励マシ、モッテ此ノ大業ヲ成就センコトヲコイネガフ>

明治帝が断髪されると国民はそれにならった。明治帝が牛肉を召しあがると牛鍋屋があちこちにできた。昭和帝が「総力を将来の建設に傾け」「新日本ヲ建設スベシ」と号令を発されると、一億火の玉となって復興、発展に邁進していった。

一君万民、日本人は天皇の赤子、親の言うことに素直に従う。実に行儀がよい。

米国に対しては複雑な思いを持ちつつも「ゲームオーバー、これからはノーサイド」という空気もあったろう。7年間の言論統制、洗脳も大きく影響したが・・・未だに除染されていないのは残念だがの。

「リンゴの唄」サトウハチロー作詞・万城目正作曲

♪赤いリンゴに 口びるよせて だまってみている 青い空リンゴはなんにも いわないけれど リンゴの気持は よくわかるリンゴ可愛いや可愛いやリンゴ・・・

日本人は心の中では皆泣いていたのだ。やがて――

「青い山脈 」西條八十作詞・服部良一作曲

♪古い上衣よ さようなら さみしい夢よ さようなら
青い山脈 バラ色雲へ あこがれの 旅の乙女に 鳥も啼く・・・

過去は過去、もういいや、バラ色の未来を目指そう、となった。

近衛兵の父は米軍座間キャンプで職を得た。最初はPX(酒保)でキッチン、後に警備に抜擢され、MP(憲兵)のヘルメットをかぶって酔っぱらって暴れるGI(米兵)を捕縛していた。この際だからと殴っていたのではないか。

自宅とキャンプ座間のフェンスまでは200メートル。蛇の道は蛇、父はGIと結託してフェンス越しにタバコを受け取り密売した。全国でこれは流行した。

ワルはGIに分け前を渡さなかった。したたかというか、恥知らずはいるものである。

父は自宅をガサ入れされたが、運よくばれなかった。皆生きるために必死だった。

2、3歳の小生はGIのジープに向かって「ギブミーチョコレート!」と大声を上げた。「アンタはおねだり上手だったわ、可愛かったし」と中姉が言っていたものだ。チョコとキャンディーとガムで小生は落ちた。

父は米国を嫌っていたが「米国の食糧援助には感謝している」と言っていた。父は米兵の食べ残したものを持ち帰ってきた。小生が結婚したころ父は「お前は米兵の残飯で育った」と言っていた。出自の秘密は「米軍のお菓子プラス残飯」・・・日本人は食い物で手なずけられた面もある。

こんな具合だから60年安保騒動の一瞬は反米が見られたが、大方の日本人は反米になりようがない。日本人のほとんどが親米。反米なんて沖縄にちょろっといるくらいではないか。まったく理想的な占領政策だ。「悪魔的」なほど。

かくしてジャップは鬼畜米英と仲良くなった。ジャップは愛妾、鬼畜は番犬のようでもあるが、まあ持ちつ持たれつ。中共という共通の敵が日米、日豪の結束を促している面もある。まことに「昨日の敵は今日の友」だ。習さま、もっと暴れて! オバマさま、「核ある日本」にしてたもれ。

Mr. President! We are citizens of state of Japan, 51st state ofUS. Please give us nuclear weapons!

■4月19日(日)。朝は室温18.5度、薄曇り、フル散歩。

畑の絹サヤは白い花のと紫のがあり、ともに美しい。来週あたりから収穫できそうだ。薄桃色のシャクヤク、「花の宰相」とか、風格ありていとをかし。原産は支那(宋)のようで、なにやら楊貴妃を思わせる。

今日も集団的子育て。怪獣ギャースカの騒音攻勢に耳栓で耐えるのみ。リベラルというアカの嘘八百に惑わされることなく、子供の躾をきちんとしてほしいものだ。

長女「今日はパパとお風呂に入ってくれる?」
3歳児「いやー、ママがいい」
長女「パパは忙しいから一緒にお風呂に入る機会はないのよ。パパと入って」
3歳児「いやー、ママがいい」

バカな・・・「今日はパパとお風呂に入りなさい」の指導で済むものを、3歳児の許可を親が求めているという、ほとんど暗愚の世界。アカ
(デューイ)の教育を受け、さらに自治労に洗脳されるとこんな風になる。エホバの証人発行「目ざめよ!」4月号から。

<間違ったことを教えている?

以下の場面を想像してみてください。

*あなたは“サッカーママ”です。放課後や週末は,息子や娘を車で送迎し,スケートのレッスン,ピアノのレッスン,サッカーの練習などに連れて回ります。そのようにして,子どもたちをいろいろな活動に目一杯参加させるのです。こう自分に言い聞かせます。

「もうへとへとだわ。でもあの子たちは,わたしが子どもを生きがいと感じていて,子どものためならどんなことでもする,と思ってるし。良い母親であるには必要なことよね」。

考えてみてください】子どもたちは,自分たちに何かをさせるために母親がへとへとになっているのを見て,実際には何を学んでいるのでしょうか。やがて,大人というものは,特に親は,子どもの必要を満たすために存在するのだ,と思うようになるかもしれません。

もっと良い方法】親は親で必要なことがある,ということを子どもたちに学ばせましょう。そうすれば,親や他の人に対する思いやりを持つよう教えることができます。

*あなたは厳しくて批判的な父親に育てられたので,自分はそういう親になるまい,と心に決めています。それで,事あるごとに,2人の息子を褒めます。褒めるに値するようなことは何もしていない時も褒めるのです。

「大切なのは,あの子たちが自分に満足できるようにしてあげることだ。自分は特別な存在だ,と思えるなら,人生で成功するのに必要な自信を持てる」と,あなたはつぶやきます。

考えてみてください】子どもたちは,自分たちを喜ばせるために“意味のない褒め言葉”をかけられることから,実際には何を学んでいるのでしょうか。子どもたちの自尊心ばかり重視するなら,子どもの現在と後の人生にどのような害が及ぶ可能性がありますか。

もっと良い方法】バランスを保ちましょう。子どもに対して批判的になり過ぎてはいけませんが,褒める時は子どもの払った努力を褒めるようにしましょう。

*あなたは,5歳と6歳の娘を持つ母親です。上の子はすぐにかっとなる傾向があります。昨日も,急に怒り出し,妹の腕を殴りました。あなたはその時の自分の対応を思い返します。

「叱らずに言って聞かせることにしたんだけど。でもともかく,『あなたが悪い』なんて言ったら,あの子を傷つけたでしょうから」

考えてみてください】6歳の子には言って聞かせるだけで十分でしょうか。妹をたたくという行為を「悪い」と言うのは,本当に有害なことなのでしょうか。

もっと良い方法】良くないことをしたなら,それに見合った結果を経験させましょう。愛情を込めて与えられる懲らしめは,行動を正すようお子さんを助けるものとなります>(以上)

「愛情を込めて与えられる懲らしめ」が子供を導くのだ。

昔の親は涙を流しながら子を叩いたのである。チヤホヤしたり、我がままやルール違反を見逃していると「人を殺してみたかった」というトンデモ不良少年になる。

アカ仕込みの歪んだチヤホヤ育児が殺人鬼や社会不適合者を産む。長じて彼らは「上からの指示により下は全力で実行する」というルールで動いている社会から当然のことながら排除され、やがては犯罪者や寄生虫に転落する。

エホバの証人はいいことを言うが、人を信じやすい、警戒心が少ないのが難点だ。勧誘に熱心な信者の老婆は「人を殺してみたかった」という少女に殺された。殺して「充実感があった」と少女はうそぶいているとか。性悪説に立って警戒を怠らないことだ。

今朝の産経に門田隆将氏がこう書いている。

<1989年のベルリンの壁崩壊以降、左右の対立は、世界史的にも、また日本でも、とっくに決着がついている。自民党と社会党との左右の対立で始まった「55年体制」の思考からいまだに抜け出すことができないメディアのありさまは“マスコミ55年症候群”とでも呼ぶべきものだろう。だがそんな旧態依然の論調とは無関係に世の中はとっくに違う段階に移っている。

それは、「左右」の対立ではなく、「空想と現実」との対立である。冷戦下、米国の軍事力の傘の下、空想的平和主義を謳歌してきた日本が、中国の膨張主義と軍事的脅威にいや応なく向き合わざるを得ない時代を迎えている。

その現実を前に、「相手に手を出させない」ため、つまり、「平和を守る」ために、さまざまな手を打たなければならなくなった。しかし、左右の対立という単一の視点しか持ちえない朝日は、「日本の右傾化が問題」という論調を今も続けている。

実際には、どうだろうか。左右の対立などではなく、すでに「空想家、夢想家(dreamer)」と、現実を見据えようとする「現実主義者(rearist)」との対立、つまり“DR戦争”とも言うべき時代が来たのではないだろうか。

はからずも、この朝日の「右傾化」の記事の中で、国際政治学者の三浦瑠麗(るり)さんがこう語っている。

「これは中国の軍事的脅威の増大と米国の力の低下という実情にリアルに対応するものと見るべきで、右傾化とまでは言い難いと私は考えます」

それは、簡潔にして実に明快な見解であり、同時に朝日に対する痛烈な皮肉でもある。日本の新聞は、いつまで時代の変化に取り残された“ドリーマー”であり続けるのだろうか>(以上)

エホバの証人もrearistになり、リアリズムで思考、行動しないとこれからも殺されるだろう。「目ざめよ!」「赤ずきんちゃん、気を付けて!」。

山本夏彦翁曰く「人は他者はよく見えるが、自分のことは見えない」。それなら言っても無駄か。洗脳されているからどうしようもないのか。

夕食は8人で手作り春巻と冷凍餃子、サラダなど。春巻は大好評。お土産に持たせた。旨い餌と怖い顔・・・アメとムチ。子育てには必要だ。

■4月20日(月)。朝は室温19.5度、薄曇り、フル散歩。

薄紫の藤の花、清々しくいとをかし。コデマリは賑やかに黄色い花を咲かせている。白、赤、ピンクのツツジも咲き始めた。タンポポは一斉に白い種(綿毛)に変化し始めた。風景は日々変化する。

歴史は多面体のようで、いろいろな角度から観察しないと分からないことが多い。木(ミクロ)を見て、森(マクロ)も見る。そして全体的に「この件はこうだったんだなあ」と一応判断するのだが、新たな史実が発見されたりすると、また見直されたりする。神ならぬ人間がやるのだからなかなか難しいことだ。

今朝の産経「取り戻すべき『歴史認識』の本質」埼玉大学名誉教授・長谷川三千子氏の論考は刺激的だった。

<本来の歴史認識とは、いったいどのようなものなのでしょうか? まず第一に必要とされるのは、歴史を正しく知るのがいかに難しいことであるかを肝に銘ずる、という知的謙虚の姿勢です。

古代ギリシャの歴史家ツキディデスは、紀元前5世紀のペロポネソス戦争を開戦当初から取材調査して『戦史』と題する大部の著作を残し、実証的歴史学の先駆者ともいわれている人ですが、彼がまず第一に強調するのは歴史(ことに戦争の歴史)を調査することの難しさです。彼はその難しさをこんな言い方で語っています。

「個々の事件にさいしてその場にいあわせた者たちは、一つの事件についても、敵味方の感情に支配され、ことの半面しか記憶にとどめないことが多く、そのためにかれらの供述はつねに食いちがいを生じた…」

≪真実究明をいとうなかれ≫

直近の出来事についてすら、正確な検証はかくも難しい。まして過去の出来事の聞き伝えとなると、人々の史実についての無知はさらにひどくなる、と彼は言います。

「大多数の人間は真実を究明するための労をいとい、ありきたりの情報にやすやすと耳をかたむける」

この言葉は、つねに「もっとも明白な事実のみを手掛かりとして」歴史の真実を探求してきた人間だからこそ語りうる切実な警告だといえるでしょう。

本当に「歴史を直視」するには、歴史についての知的謙虚が不可欠です。わが国が率先して本来の正しい歴史認識を取り戻さなければなりません>(以上)

ツキディデスはどんな人なのか。ウィキにはこうある。

<紀元前460年頃 - 紀元前395年。古代アテナイの歴史家。代表作はペロポネソス戦争を実証的な立場から著した『戦史(ペロポネソス戦争の歴史)』である。

トゥキディデスはこの戦争に将軍として一時参加したが、紀元前422年のトラキア・アンフィポリス近郊での失敗により失脚、20年の追放刑に処された。このためスパルタの支配地にも逗留したことがあり、この経験によって双方を客観的に観察することができたとも言える。

なお今もって理由は不明だが、トゥキュディデス『戦史』の記述は紀元前411年の記述で止まった(それ以降も彼は生き続けたので、少なくとも中断は死によるものではない)。

後に哲人ソクラテスの弟子クセノポンが、中断部分から筆を起こし紀元前362年までを記録した『ギリシア史(ヘレニカ)』を著し、ペロポネソス戦争の記録を完成させた。

トゥキディデスは特定の国家を贔屓(ひいき)せず中立的な視点から著述していること、政治家・軍人の演説を随所に挿入し歴史上の人物に直接語らせるという手法を取っており、なかには裏付けがあるとは思えない演説や対話も入っていることが挙げられる>

2500年前から歴史は悩ましいテーマだ。タイムスリップできるわけではないし、支那のように歴史を都合よく改竄することもある。中共は「近現代史の解釈権は中共のみにある」というから、「歴史の真実」から程遠い。

<「正史」とは、東アジア諸国において、主に国家によって公式に編纂された王朝の歴史書のことである。中国の「二十四史」が代表的なものとしてあげられる。

正史は、その名から「正しい歴史」の略と考えられることがあるが、実際には事実と異なることも記載されている。理由は、正史とは一つの王朝が滅びた後、次代の王朝に仕える人々が著すためである。

現在進行形の王朝は自らに都合のいい事を書くから信用できない、という考え方からこのような方法が取られたわけだが、このせいで最後の君主が実際以上に悪く書かれる傾向にある、といった弊害もある。

また正史をまとめるに当たり、前王朝の史官が残した記録も参考にするので、その時点で既に前王朝にとって都合の悪い所が消されていたり、粉飾されていたりする場合もあり得る。

以上のことから正史とはあくまで「王朝が正当と認めた歴史書」という程の意味であり、信頼性の高い史料であるとは言えるが、歴史事実を引き出すには歴史学の手法にのっとり厳密な史料批判を経て行う必要があることに変わりはない>(ウィキ)

プロパガンダ戦においては「論より証拠」ではなくて「証拠より論」、大声で論ずる方が勝つ。「歴史の真実」なんてどうでもいいのだ。「馬を川辺に連れて行くことはできるが、水を飲むかどうかは馬次第」。「歴史の真実」を受け付けない国々、人々は多いのだ。

特に独裁国家は正当性を主張するために平気で歴史を捏造する。中韓北には格別の注意が必要だ。(2015/4/20)


    

◆人民元のハードカレンシー化を狙うか

泉 幸男

アジアインフラ投資銀行(AIIB)ですが、ある読者からこんなメールをいただきました。

≪中国には、自国通貨のハードカーレンシー化、最終的には米ドルに代わる基軸通貨化の意図があるのでは?≫

中国の官僚たちも情緒的には、人民元がハードカレンシーとなり、世界の基軸通貨となることを夢見ているはずですが、そういう夢物語と AIIB 設立とは全く別物だとわたしは断言します。

人民元がハードカレンシーになるって、こういう世界ですよね:


(1) 中国の全人民が人民元を自由に米ドルやユーロ、日本円に兌換(だかん)できるようになる。

(2) 中国の全人民が、兌換した米ドルやユーロ、日本円を海外に自由に送金できるようになる。

これを許せば、AIIB なんか設立しなくても、人民元は即日、ハードカレンシーになりますが、まぁ、その日、何が起きるか。

おそらく中国の全世帯・全企業が「宵越しの人民元は持たねェぜ」の勢いで、手持ちの人民元を米ドルやユーロ、日本円に兌換し、外国系銀行の中国国外の支店に口座を開いて その外貨をそっくり振り込む。

あっという間に中国の外貨準備高は激減する。人民元は大暴落。紙クズになるでしょう。

中国共産党がそれを否定するなら、試しにどこかの特区で人民元の兌換解禁・外国送金解禁をしてみてはどうでしょうか。

中国が軍国主義の統制国家である現状において、自国通貨をハードカレンシーにすることは不可能。ましてや基軸通貨など夢のまた夢です。

そういう負け組の中国が、バブル崩壊の前に最後の気を吐いているのがAIIB だとわたしは断言します。

アジアインフラ投資銀行に日本が参画したとして、日本の企業にどれだけのインパクトがあるか。これまた、ごく簡単なお勉強で予 測がつきす。

アジアインフラ投資銀行って、アジア開発銀行(ADB)よりも規模が小さい。

では、アジア開発銀行の融資のおかげで、日本企業はどのくらいプジェクトを受注できているのか。

日本経済新聞の企業面を読み返していただければ、すぐにわかりますが、日本企業が海外でインフラプロジェクトを受注する場合、そのほとんどは国際協力銀行(昔の日本輸出入銀行)のお世話になっているか、ないしは市中銀行団の融資によっています。

アジア開発銀行の融資によって日本企業が大プロジェクトを受注した!という事例は極めて少ないです。というか、わたしは特段のものを例示できません。)

アジア開発銀行の現状を直視し、アジアインフラ投資銀行がそれ以下の存在にすぎないことを想起するべきです。

2015年04月20日

◆クルーズが投じた一石

加納 宏幸


2016年の米大統領選へ最初に名乗りを上げた共和党のテッド・クルーズ上院議員(44)=テキサス州選出=のもくろみはひとまず当たった。「宗教保守」の 支持を受ける他の有力候補から輝きを奪ったという意味においてだ。

もちろん、本命 になれるかどうかはこれからの戦い方に左右されるが、クルーズ氏を保守系草の根運 動「ティーパーティー」(茶会)の支持を受ける強硬派として単純に切り捨ててしま うと、共和党の指名争いの構図が見えなくなる。

■信仰前面に大統領選出馬

クルーズ氏が3月23日に出馬を表明したのは南部バージニア州のリティー大学。聖書の言葉に忠実で、保守的な教義を持つ福音派のテレビ伝道師、ジェ リー・ファルウェル氏が1971年に設立した。2007年に死亡したファルウェル氏はブッ シュ前政権にも影響力を持った。

「ボーン・アゲイン(生まれ変わり)のキリスト教徒の約半数が投票していない。想像してほしい。信仰を持つ数百万の人々が家にいる代わりに投票所に赴 き、私たちの価値観に投票することを」。クルーズ氏は演説でこう訴えた。

キリスト教の信仰による「生まれ変わり」の体験は、福音派を特徴付ける。クルーズ氏は敬虔(けいけん)なキリスト教徒が多いリバティー大学の学生たち に、キューバ移民である父が信仰に目覚め、一度は捨てた家族の元に戻った体験を語 りかけた。

クルーズ氏は、十字架にかけられて死んだイエス・キリストの復活を祝うイースター(復活祭=今年は4月4日)=に合わせ、大統領選に向けたテレビCMの放 映を始めた。

そこでも「イエス・キリストの愛がなければ、私は父がいない家庭 で、シングルマザーによって育てられることになっていたでしょう」と述べている。

共和党の大統領候補指名争いで、信仰を前面に訴えていくことを明確にした形だ。

■鼻つまみ者から上位へ

12年の上院選で当選したクルーズ氏が知名度を上げることになったのは、13年9月の予算審議で、オバマケア(医療保険制度改革)に反対するために行った フィリバスター(議事妨害)だ。21時間以上にわたって本会議場で演説し、政府機関 閉鎖の立役者の一人となった。

クルーズ氏ら茶会系の非妥協的な姿勢は、共和党に対する世論の反発も招いた。クルーズ氏の名前を挙げると、熱心な共和党支持者でさえ、眉をひそめて薄 ら笑いを浮かべるほどだ。

上下両院で過半数を握り、次期大統領選をにらんで「政権 担当能力」を見せなければならない議会指導者にとっては、やっかいな存在だった。

しかし、いち早く出馬表明したこともあり、泡沫(ほうまつ)候補のような扱いはされなくなった。

政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」がま とめた世論調査結果では、4月上旬の時点でジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事 (62)、スコット・ウォーカー・ウィスコンシン州知事(47)がともに16%の支持で先行 している構図は変わらないが、クルーズ氏は4%台から8%台に伸ばした。

共和党穏健派にとっての「鼻つまみ者」が、上位グループに駆け上った。

■保守の行く末を左右

その一方で元脳神経外科医のベン・カーソン氏(63)、マイク・ハッカビー元アーカンソー州知事(59)の2人は支持を奪われ、支持率でクルーズ氏と肩を 並べた。ここにクルーズ氏の狙いがあった。

セブンスデー・アドベンチスト教団の聖職者を父に持つカーソン氏、バプテスト教会の牧師という経歴を持つハッカビー氏は、いずれも宗教保守からの安定 した支持を得てきた。

クルーズ氏はまず、両氏の牙城を切り崩すことから16年大統領選への長い戦いを始めようとしたのだ。それが出馬表明やCMでキリスト教の価値を強調してい ることの理由だ。

08年大統領選の緒戦、08年1月のアイオワ州党員集会でハッカビー氏が 宗教保守の支持で勝利したことは語り草になっている。米メディアによると、共和党 員の約4割が自らを「ボーン・アゲイン」もしくは福音派であるとしており、宗教保 守の動向が共和党の予備選・党員集会を左右することは間違いない。

4月には共和党の有力候補たちの出馬表明が続く。茶会系から不評な穏 健派、ブッシュ氏も宗教保守を意識せざるを得ない。クルーズ氏の打った先手は、強 硬か穏健かの路線対立が残る共和党の行方を左右することになる。(ワシントン支局) 

産経ニュース【アメリカを読む】 2015.4.17
                  (採録:久保田 康文)

◆GHQが破壊した「隣組」

平井 修一



先日の産経抄に、町から「向こう三軒両隣」的な「隣組」の共助=コミュニティが失われたとあった。1983年の父の葬儀はわが家で行ったが、その際には隣組のご婦人が5、6人ほど手伝いに来てくれた。その頃から自宅で葬儀をすることは、広い庭と家を持つ農家を除いてまずなくなった。

2012年の母の葬儀は小ぢんまりした家族葬で、火葬場に隣接したホールで行った。確かに自宅葬は激減しているし、農林水産業の地以外の町では隣組もほぼなくなったのだろう。

わが町の風土記「語り継ぐ宿河原」によると、戦前は6つの村からなっていたという。村ごとに自治会があり、約20人の委員と1人の長が選出され運営されていた。

<サイパンが米軍の手に落ち、そこの基地からのB29の爆撃が激しく、東京地方、京浜工業地帯は無論のこと、主な都市は焦土化していった。敗戦の色が濃くなっても、軍部は本土決戦を国民に呼びかけ、町内会、隣組は国策遂行の末端を担う重要な役割を果たしていた。

9月2日、降伏文書が調印され、我が国は正式に連合軍の占領下におかれた。GHQは占領政策の一環として、日本の民主化と非軍事化を基本とした財閥解体、農地解放、婦人参政権など政策を打ち出し、軍事色の残る末端組織、町内会、隣組は排除されることになり(町内会解散命令「政令15号」)、昭和22年1月に消滅した。

講和条約が締結され、昭和27年(4月28日)、我が国は名実ともに独立、国家の主権を回復、連合軍司令部の法的規制も解除され、町内会の再編が活発になった。宿河原町会も昭和31年に発足した>

日本の強靭さを支えていた家制度はもとより、町内会、隣組までGHQは絨緞爆撃したわけだ。なんという念の入れようだろう。

かくして市町村の共助の絆、コミュニティは徐々に消えていき、隣家に誰が住んでいるのかも知らない、分からない、気にもしないテンデンバラバラの個人主義的な社会になってしまった。隣は何をする人ぞ。ミイラになっていたり・・・

小生が子供の頃、昭和35/1960年頃までは「向こう三軒両隣」的な交際が残っていた。奥さん連中は料理を作ると、お隣さんに「これ作ったのよ、食べてみて」と持っていった。そのうち、お隣さんがお皿を返しに来て「田舎からリンゴが送られてきたのよ、どうぞ召し上がってね」なんていうことは普通だった。砂糖や味噌、醤油の貸し借りは日常茶飯事だった。

小生は家族付き合いをしている友達の家で夕食をごちそうになったり、小生と母は貰い湯をしたこともあった。思い出せば結構濃厚、濃密な近所付き合いだった。三丁目の夕日の世界。今の個人主義とは別世界のようだ。

山本夏彦翁は「一旦なったら、ならぬ世界には戻れない」と書いていた。時計を戻すことはできない。隣組は風前のともしび、人情も消えつつあるのだろう。ウェットがなくなったドライの、無味乾燥の世界。

住民はバラバラ、赤の他人同士。世界もバラバラ、他人同士どころか憎悪、敵意が渦巻き、毎日多くの人が殺されている。GDPの1位と3位は危険な2位を包囲しているが、いつ衝突が起きてもおかしくない。ジョン・レノンの「イマジン」は理想だったが、結局は夢想だった。

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ・・・

レノンがこれを歌っていた頃は、今から比べればはるかに情緒のある世界だったのかもしれない。白人警官と黒人が殺し合うようになるなんて誰がimagineしたろう。キング牧師の子供たちが遺産を巡って争うことになるなんてとてもimagineできなかった。

この曲がリリースされた1971年10月11日から30年後の9月11日、未曽有のテロが米国を襲い、世界がおかしくなるなんてまったくimagineできなかった。

米国が領導した戦後世界。オバマ米国はその衰退を早めた。日本は戦後レジームからの脱却を模索している。G7、G20の結束も揺らいでいる。imagineできない異次元の時代になっている。一寸先は闇。(2015/4/19)


      

◆スリランカ新大統領を北京が熱烈歓待

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)4月15日(水曜日)通算第4516号 > 〜

 〜スリランカで失敗したはずの中国軍事戦略だったが
  新大統領が北京訪問、熱烈歓迎の波に中国への気迷い〜

1月のスリランカ大統領選挙で、親中派のラジャパスカ大統領が番狂せの敗北。この異変に北京は慌てた。

コロンボ沖に人工島を建設し、そこに複合ビル、大型ショッピング・アーケード、高級ホテルにマンションを林立させる大プロジェクトが破綻しかけた。

これは中国が14億ドルを投下する大型案件で、殆どが中国の融資により、着工式は習近平の訪問時に行われた。

タミル族との30年にわたった内戦に終止符をうった辣腕を買われ、再選されたラジャパスカ大統領はその一族が利権を独占し、息子は北京へ留学させ、反対派を弾圧し、あげくは南東部ハンバントタ港を中国企業に任せ、浚渫工事と港湾設備の拡充工事をやらせて、なんと昨秋の習近平訪問時にあわせて中国海軍の潜水艦が寄港した。

「真珠の首飾り」の具体的成果が南インド洋に出現し、米国は驚き、インドは怒った。しかしかくも国を挙げてスリランカが中国へ酔っていたのは、目の前の仮想敵インドへの戦略上の対抗措置だったことは言うまでもない。

その地政学上の盲点に中国がつけ込んだのだ。

だが、スリランカ国民は温和しい仏教徒が多く、性格的に優しい。

しかし「正邪」を区別する目はある。

前大統領一族のあまりの利権独占と腐敗、人権侵害やジャーナリスト弾圧に怒りの声があがり、ラジャパスカ政権から抜け出した清廉な政治家シリセナが、大統領に立候補するや、奇跡の逆転劇へとまっしぐらに繋がった。

シリセナ大統領は国際的に無名である。

獄中体験があり、汚職とは縁遠く、政治的基盤が弱い。したがって「自分でも意外だったとい選挙結果」(TIME、4月20日号のインタビュー)をうけて、大統領になるや憲法改正を目指し、大統領権限をむしろ弱め、議会に決定権を大幅に付与するという民主的な改革に着手した。

またコロンボ沖の中国主導のプロジェクトを見直すとした。

その新大統領シリセラは最初にインドを訪問し、関係改善の第一歩をしるし、つぎに訪問したのが北京だった。

「スリランカはどちらにも深く肩入れせず、インドと中国とはバランスをたもつ外交が重要であり、一方に急傾斜する方針は改めなければならない」とシリセナ大統領は発言を繰り返した。

つまり中国主導のプロジェクトを中断するには至らず「再評価する」とだけでお茶を濁し、またパパンドラ港への中国の軍事的コミットを排除するとも言わなかった。

それは7月の予定される国会議員選挙で、ラジャパスカ前大統領派の巻き返しが予測されるからでもある。

北京訪問でシリセナが得たものは、いったい何だったのか。

◆櫻の花と「やまと心」

伊勢 雅臣



櫻を愛でるのも、「義のための勇」を奮い起こすのも、「やまと心」の働きである。


■1.「日本人はなぜ、こんなに櫻が好きなのでしょう」

大阪に住む友人から、こんなメールを貰った。


{4月11日の日曜日は、車椅子の母を連れて、造幣局の通り抜けに桜を見に行きました。久しぶりに晴れたためもあってか、駅から造幣局の入り口まで15分ほどの道のりがずっと人で一杯でした。数万人規模の人出だったと思います。こんな人混みでは、母が車椅子から見上げても人の背中ばかりで、桜を見られないのでは、と心配になったほどでした。

造幣局の通り抜けは500mほどの通路の両側に、様々な櫻が見事に咲いていました。その数、約350本、130種類といいます。花びらも小さい淡い薄桃色から、野球のボール大でボリュームのある濃いピンクのものまで実に様々で、それぞれに「松月」「大手毬」などの名前がついており、各地で盛んに交配や品種改良が行われてきた様子を窺わせます。

満開の花をつけた枝が低く垂れて、その下を通るときには、車椅子の母まで枝をかきわけて進んだほどです。あちこちで満開の桜を人々が取り囲んで、写真をとっていました。

それにしても、日本人はなぜ、こんなに櫻が好きなのでしょう。私は欧州やアメリカに住んだ事がありますが、一種類の花が咲いた事で、国中がこんなに大騒ぎするような光景は見たことがありません。

久しぶりに櫻を堪能した母も元気が出たのでしょう。見事な桜の木の周りで、しばしの間ですが、しっかりした足取りで一人で歩きました。}

日本人は櫻に対して格別の愛情を持っているようだ。


■2.櫻とともに生きてきた日本人

櫻は、古来から様々な名歌に詠まれ、民衆の間で愛唱されてきた。

世中(よのなか)にたえて桜のなかりせば春のこころはのどけからまし
(在原業平、825-880年)

「世の中に櫻などなければ、春は心のどかに過ごせるだろうに」という反語的な表現で、桜のことで落ち着かない心持ちを現している。

造幣局の通り抜けも開催期間はわずか1週間、それも満開の時期を選ぶために直前になるまで決まらない。「次の日曜日なら行けるが、天気はどうだろうか」などと、やきもきする心持ちは平安時代も同じだったのである。

久かたのひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ(紀友則、850-904年)

陽がのどかに射している春の日に櫻咲いている美しい光景が目に浮かぶが、その桜の花は「しづ心なく」散っていく。「しづ心」は「静心」で「静かに落ち着いた心」を意味するそうだ。自分は、のんびりと静かに桜を見ていたいのに、そんな気持ちも理解せずに、櫻の方はなぜ散り急いでいくのか、という口惜しい心持ちを詠んでいる。

のどかな春の日に咲き、しかしあっという間に散ってしまう櫻は、日本人にとって人間の生と死の象徴であった。

ねがわくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月(もちづき)のころ

平安末期から鎌倉初期に生きた西行法師(1118ー1190年)の有名な歌である。「願わくば櫻の下で春に死にたいものだ。釈迦が入滅した、旧暦二月十五日の満月の頃に」という意味である。

西行法師は桜を愛し、約230首もの櫻を詠った歌を詠んでいる。その桜の下で死にたい、という望みを果たすかのように、実際に2月16日に亡くなり、世の人々はその不思議に驚いた。そして西行法師を弔うべく、墓の周囲に櫻を植え、山全体を1500本もの桜で覆った。

桜の咲く前から、今か今かと心待ちにし、天気はどうかとやきもきし、咲いては喜び、散っては惜しむ。さらには櫻の木の下で死にたいとまで願う。日本人は昔から櫻の花とともに生きてきたのである。


■3.櫻と武士道

武士の世になって、咲いてはすぐに散る櫻は、現世に執着せず、義のために命を捧げる武士の生き方の象徴とされた。「花は櫻木、人は武士」とは、この理想を謳っている。

ここで思い起こされるのは、アメリカ映画『ラスト・サムライ』の結末シーンである。渡辺謙扮する『勝元』(西郷隆盛を思わせる大将)が戦いに負け、切腹する際に頭上から舞ってくる櫻の花びらを見て、

『perfect! its all perfect(見事だ)』ともらす。勝った官軍側はみな、勝元の切腹に、ひざまづき、ひれ伏す。日本の武士道に対する深い敬意の籠もったシーンである。

『ラスト・サムライ』の原作者は、おそらく英語で武士道を紹介してベストセラーとなった新渡戸稲造の『Bushido』を読んでいただろう。『Bushido』の原著では、緑色の表紙にタイトルとともに、次の本居宣長の歌が朱色に刻まれているという。

しきしまのやまとごころを人とはば朝日ににほう山ざくらばな

そして、著者は本文の冒頭で「武士道とは、日本の象徴である桜花にまさるとも劣らないい、日本固有の華である」と述べている。この歌の「やまとごころ」、すなわち大和魂こそ、武士の精神であり、その大和魂は櫻に象徴されると考えていたのである。日本の国花が櫻になったのも、この宣長の歌に基づくと伝えられている。[1]

武士道を記した古典、山本常朝の『葉隠れ』には「武士道とは死ぬことと見つけたり」という有名な一句がある。主君のためにはいつでも生命を投げ出すのが武士道であり、桜の潔く散る様こそ、その象徴だと見なされた。


■4.「例のうるさきいつはり」

しかし宣長の歌には武士道につながるような意味があるのだろうか?

宣長は「漢心(からごころ)」を清く除いて、人間の生まれながらの真心(まごころ)こそ、人の生きる道とした。その「真心」とは何か、『玉勝間』でこう説いている。


{うまき物くわまほしく、よき家にすままほしく、たからえまほしく、人にたふとまれほしく、いのちながからまほしくするは、みな人の真心也。

(旨いものを食べたい、よい家に住みたい、財産を得たい、人には尊敬されたい、長生きしたいとするのは、みな人の真心である)

然(しか)るにこれを皆よからぬ事にし、ねがはざるをいみじきことにして、すべてほしがらず、ねがはぬかほをするものの、よにおほかるは、例のうるさきいつはりなり。

(しかるに、これら皆よくない事として、願ったりしないことが大事だとして、すべて欲しがらず、願わない顔をする者が世に多いのは、例のうるさい偽りである)}[2,p168]

「例のうるさきいつはり」とは儒教の道徳論のことで、人間の素直な心を偽った中国風の「漢心」だと言うのである。

これに続けて、月花を見ては「あはれ」と愛でながら、美人には目もくれない顔をして通りすぎる「先生」なども、「いつはり」だと論断する。

この「漢心」という嘘偽りを捨て去って、人間の真心そのままに生きることこそ、日本人が古来から大切にしてきた「やまと心」だと、宣長は考えた。

「武士として、主君のためならば喜んで命を投げ出せ」などと説く声を宣長が聞いたら、それこそ人間の真心を偽る「漢心」だと言うだろう。


■5.「朝日ににほう山ざくらばな」の真意

それでは、この宣長の歌はどう解釈すればよいのか。文芸評論家の小林秀雄はこう解説している。

{大和ごころっていうことばを使っているけどね、あの歌はそう理屈っぽく大和ごころを説明しているんじゃないんだよ。もっともっとすなおな歌なんだよ。

宣長は、とてもさくらの花がすきだった。遺言状に、墓はそまつな墓にしろ、うしろに山ざくらをうえろ、それもよくぎんみしていちばんいい木をうえて、かれたらとりかえろ、と書いたぐらいだからね。

だからあの歌は、さくらを愛するあまり、さくらの美しさを、愛情をこめてほめた、すなおな歌だと思えばいいんだ。“しきしまのやまとごころを人とわば”っていうのは、ただ“わたしは”という意味にとって、この歌は“さくらはいい花だ、実にいい花だと思う”という素直な歌だととればいいんだよ。}[3, p13]

この歌が時代を超えて愛唱されてきたのは、「やまと心」を説いた理屈ではなく、「朝日ににほう山ざくらばな」という情景が、人々の「やまとごころ」に直接訴えてきたからだろう。


■6.「やまと心」と武士道

とするなら、新渡戸稲造が『Bushido』で、宣長の歌を武士道に結びつ けるたは、勝手な牽強付会なのだろうか?

「長生きしたい」というような人間の素直な「やまと心」からすれば、いざとなれば潔く命を散らす武士道は「例のうるさきいつはり」なのか?

新渡戸は武士道の最初の徳目として「義」を上げている。たとえば、困っている人々を見て、なんとか救いたいと願うのは、人間の自然な情だろう。

東日本大震災で仙台市では35万世帯の都市ガス供給がストップした が、その復旧のために、全国30ほどの業者から約3千人の技術者が集ま り、ガス管の損傷確認と一軒毎の開栓作業に当たった。

「お客さんのガスを止めるというのは、ガス業者として断腸の思い。同業の仲間として放っておけない」と関係者は語る。また新潟柏崎市から8時間もかけて車で駆けつけた技術者は「中越沖(地震)の際には仙台市にも助けてもらった。やっと恩返しができる」と語る。[a]

この3千人の人々は、人間としてのごく自然な「やまと心」で立ち上がったのである。

■7.「義をなす勇」と「やまと心」

新渡戸稲造は「義を見てせざるは勇なきなり」と説いた。「勇」とは、「義」をなすための勇気であって、被災者を助けたいという「義」から、ガス漏れしているかもしれない危険な地にあえて赴いたのが「勇」である。

逆に「義なき勇」は、「蛮勇」「匹夫の勇」として戒められた。当時の菅直人首相は用もないのに危機の最中の第一原発を訪れるというスタンドプレーをしたが、これは「匹夫の勇」そのものである。「匹夫の勇」で死ぬことを「犬死に」という。武士道はこういう所行を厳に戒めている。

自らの人気取りのために、吉田所長以下の懸命の作業を妨害した「不義」の所行に多くの国民が怒った。これが「義憤」である。

全国から被災地に集まった約3千人のガス技術者たちは、危険な地に行く恐れも当然あったであろう。万一の場合にはガス爆発で命を落とすかも知れない。

その恐れを乗り越えて、「お客さんのガスを止めるというのは、ガス業者として断腸の思い」として赴いた。これは「義をなす勇」である。「武士道とは死ぬことと見つけたり」とは、死を恐れずに「義をなす勇」が、良く生きる道であることを逆説的に説いている。

 そして、その「義」を感じとり、「勇」を発憤させるのも、人間の持つ「やまとごころ」の働きである。「朝日ににほう山ざくらばな」を愛でるのも、被災者たちを救いたいと願うのも、素直な「やまとごころ」の自然な働きである。こう考えれば、新渡戸稲造が『Bushido』の表紙に宣長の歌を飾ったのも、牽強付会とは言えまい。


■8.国花・櫻

現代日本において、造幣局の通り抜けを埋め尽くす人々は桜を愛でる「やまとごころ」の持ち主である。在原業平が「世中にたえて桜のなかりせば春のこころはのどけからまし」と詠ったように、開花はいつか、天気はどうか、と一喜一憂する。

散り初めには、紀友則が「久かたのひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ」と詠ったように、花の散りゆく様を惜しむ。日本人の桜を愛でる「やまと心」は千年前と変わっていない。

のどかな春の日には桜を愛でる日本人が、一朝事あれば「義のための勇」を奮い起こして立ち上がるのも、その「やまと心」のゆえである。「漢心」では、桜を愛でる事も知らず、「不義」も平気で見逃す国になってしまう。

国花の櫻は文武両面で、見事に我が国の国柄を象徴しているのである。


■リンク■

a. JOG(699) 国柄は非常の時に現れる(上)〜 それぞれの「奉公」 自衛隊員、消防隊員は言うに及ばず、スーパーのおばさんから宅配便のおにいさんまで、それぞれの場で立派な「奉公」をしている。
http://blog.jog-net.jp/201105/article_4.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 岬龍一郎『日本人の品格: 新渡戸稲造の「武士道」に学ぶ』★★★、H18
著者:
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4569666426/japanontheg01-22/

2. 牧野和春、『櫻の精神史』★★、牧野出版、S53
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4895000184/japanontheg01-22/

3. 高見沢潤子『兄小林秀雄との対話』★★★、講談社現代新書、S45
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4061156152/japanontheg01-22/

2015年04月19日

◆「歴史好き」の韓国に疲れ果てた

阿比留 瑠比



韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領への名誉毀損(きそん)で在宅起訴された同僚の加藤達也前ソウル支局長の出国禁止措置が、やっと解かれた。8カ月ぶりに帰国した加藤記者は15日、安倍晋三首相に官邸へと招かれて励ましを受けた。まずはほっとした。

今回の韓国政府の措置については、米国の圧力もあって韓国が対日関係に一定の配慮を示したものだと指摘される。とはいえ、これで日韓間に雪解けムードが漂うかというと、おそらくそうはならない。

「成熟期待したが…」

韓国側が、対日姿勢を抜本的に改めでもしない限り、日韓関係が劇的によくなることはありえない。それほど日本側は、韓国という国に「相当くたびれた」(自民党の高村正彦副総裁)状態にある。安倍首相自身もかつて周囲に「韓国には疲れる」と漏らしていた。

政府・与党関係者だけでなく民間もそうなのだ。先月17日、日本外国特派員協会での慰安婦問題に関する討論会で、元慰安婦に償い金を支給したアジア女性基金の元理事、大沼保昭・明治大特任教授が語った言葉を紹介したい。

大沼氏は、外国通信社記者の「なぜ70年もたつのにいまだにこの問題がくすぶっているのか」という質問に、次のように答えた。

「日本の首相は繰り返し謝罪しているが、十分に評価されていない。日本の努力は韓国で評価されず、日本側に失望が深まった」

「韓国の市民社会の成熟には、もうちょっと期待していた。日本が誠実に謝罪すれば評価してくれるだろうと期待していたが、残念ながらそうはならなかった。それが日本側の『謝罪疲れ』をもたらした」

大沼氏の思いは、多くの日本人の気持ちを代弁している。だからこそ、内閣府が昨年12月に公表した外交に関する世論調査で、韓国に「親しみを感じない」との回答が、過去最高の66・4%に達したのだろう。

「千年の時流れても」

加害者と被害者という立場は千年の時が流れても変わらない」

朴氏が一昨年3月に演説でこう述べたときには、この先千年たっても謝罪を求められるのかとうんざりした。ただこの発言には以前、意見を交わした韓国の知日派学者らも一様に「あれは言い過ぎだった」と顔をしかめていたため、ちょっと安心してい
た。

ところが韓国の聯合ニュースによると、韓国外務省高官は今月3日、こう述べたのだという。朴氏の言葉と符合し、やっぱりかとがっかりさせられた。

「加害者というのは、謝罪を百回しても当然ではないか。何回わびようが関係ない」

また、韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相は2日、米民主党のペロシ下院院内総務と会談した際、慰安婦問題で日本に謝罪を求めた2007年の米下院決議について「執務室に決議案の複写版を持っている」と語ったとされる。

このほか韓国は、安倍首相が29日に米上下両院合同会議で演説することにも筋違いに口をはさみ、6日に検定合格した中学校教科書に「任那日本府」が記載されたことには李完九(イ・ワング)首相自ら反発してみせた。

「こんなに『過去』あるいは『歴史』が好きな民族は世界にも珍しいのではないか。(中略)しかもその執着は多くの場合、『過去』を暴いて他者を糾弾するというかたちをとる」

黒田勝弘・産経ソウル駐在客員論説委員が月刊「諸君」(平成4年10月号)にこう書いた22年以上前から、韓国社会に成熟が進んだ様子がみられないのが残念だ。
(産経新聞政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2015.4.16
                      (収録:久保田 康文)



阿比留 瑠比

韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領への名誉毀損(きそん)で在宅起訴された同僚の加藤達也前ソウル支局長の出国禁止措置が、やっと解かれた。8カ月ぶりに帰国した加藤記者は15日、安倍晋三首相に官邸へと招かれて励ましを受けた。まずはほっとした。

今回の韓国政府の措置については、米国の圧力もあって韓国が対日関係に一定の配慮を示したものだと指摘される。とはいえ、これで日韓間に雪解けムードが漂うかというと、おそらくそうはならない。

「成熟期待したが…」

韓国側が、対日姿勢を抜本的に改めでもしない限り、日韓関係が劇的によくなることはありえない。それほど日本側は、韓国という国に「相当くたびれた」(自民党の高村正彦副総裁)状態にある。安倍首相自身もかつて周囲に「韓国には疲れる」と漏らしていた。

政府・与党関係者だけでなく民間もそうなのだ。先月17日、日本外国特派員協会での慰安婦問題に関する討論会で、元慰安婦に償い金を支給したアジア女性基金の元理事、大沼保昭・明治大特任教授が語った言葉を紹介したい。

大沼氏は、外国通信社記者の「なぜ70年もたつのにいまだにこの問題がくすぶっているのか」という質問に、次のように答えた。

「日本の首相は繰り返し謝罪しているが、十分に評価されていない。日本の努力は韓国で評価されず、日本側に失望が深まった」

「韓国の市民社会の成熟には、もうちょっと期待していた。日本が誠実に謝罪すれば評価してくれるだろうと期待していたが、残念ながらそうはならなかった。それが日本側の『謝罪疲れ』をもたらした」

大沼氏の思いは、多くの日本人の気持ちを代弁している。だからこそ、内閣府が昨年12月に公表した外交に関する世論調査で、韓国に「親しみを感じない」との回答が、過去最高の66・4%に達したのだろう。

「千年の時流れても」

加害者と被害者という立場は千年の時が流れても変わらない」

朴氏が一昨年3月に演説でこう述べたときには、この先千年たっても謝罪を求められるのかとうんざりした。ただこの発言には以前、意見を交わした韓国の知日派学者らも一様に「あれは言い過ぎだった」と顔をしかめていたため、ちょっと安心してい
た。

ところが韓国の聯合ニュースによると、韓国外務省高官は今月3日、こう述べたのだという。朴氏の言葉と符合し、やっぱりかとがっかりさせられた。

「加害者というのは、謝罪を百回しても当然ではないか。何回わびようが関係ない」

また、韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相は2日、米民主党のペロシ下院院内総務と会談した際、慰安婦問題で日本に謝罪を求めた2007年の米下院決議について「執務室に決議案の複写版を持っている」と語ったとされる。

このほか韓国は、安倍首相が29日に米上下両院合同会議で演説することにも筋違いに口をはさみ、6日に検定合格した中学校教科書に「任那日本府」が記載されたことには李完九(イ・ワング)首相自ら反発してみせた。

「こんなに『過去』あるいは『歴史』が好きな民族は世界にも珍しいのではないか。(中略)しかもその執着は多くの場合、『過去』を暴いて他者を糾弾するというかたちをとる」

黒田勝弘・産経ソウル駐在客員論説委員が月刊「諸君」(平成4年10月号)にこう書いた22年以上前から、韓国社会に成熟が進んだ様子がみられないのが残念だ。

(産経新聞政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2015.4.16
                      (収録:久保田 康文)


◆中共捕縛網を強化すべし

平井 修一



中共は今日も南シナ海で国際法無視の軍事基地建設を進めている。「李下に冠、瓜田に履」の教えにもとる乱暴狼藉なサラミ式侵略だ。

在香港の弁護士法人キャスト代表弁護士・税理士の村尾龍雄氏の論考「李下に冠、瓜田に履は有名じゃないの!?」(4/17)から。

<他人に疑われるような行動をすることを戒める言葉として、「李下に冠を正さず」、「瓜田に履(くつ)を納(い)れず」は日本でとても有名ですから、中国ではそれこそ小さな子供でも知っているものだと勝手に思い込んでいました。


ところが、先般内部会議を行っていた際に、上海の名門、復旦大学日本語学科を卒業し、京都大学経済学部も卒業した才媛である中国登録会計士X女史に対して「このような顧客の行動は李下に冠、瓜田に履の如きものであり、厳に慎むべきであると思うが、どうか」と尋ねましたところ、「何ですか、その李下とか瓜田とか?」と聞かれて、思わず絶句してしまいました。

村尾:そうすると、あなたほどの才媛が知らないということは、結構多くの中国人はこの表現を知らないのでしょうか?

X女史:少なくとも私はそう思います。

ということで、キャストの主要な中国律師(弁護士)、登録会計士に一斉メールを送付して、李下に冠、瓜田に履は有名なのかの質問したところ、知っている人もいるが、知らない人も結構いて、知らないことが決して恥ずかしい水準のものではないと言えるという答えが返ってきました。

うーむ・・・「少年老い易く学成り難し(中国語:少年易老学難成)」は日本のお坊さんが考えたという有力説があるくらいですから、中国人の誰しもが知らないのは無理ないとしても、李下に冠、瓜田に履は「中国製」なのは間違いなさそうですが・・・。

こういう故事成語について、日本人は「これ、中国語由来だから、中国人は誰でも知っているに違いない」と軽信しがちですが、意外と日本でだけ流行していて、中国ではあまり流行らないものが結構あるので、通訳時には注意が必要です。


ということで、「こんなことならば、もしかすると中国共産党規律検査委員会が賄賂や不当流出した国有資産を抱えて海外逃亡した『裸官(腐敗官僚)』を追い詰める『天網行動』の名称の由来と思われる『天網恢恢疎にして漏らさず(中国語:天網恢恢疎而不漏)』を知る中国人も少ないのかも!?」と思い、キャスト内調査をしたら、「それは99%以上の中国人
(注:13億超え!)が知っています」と返ってきました。

それはよござんした。

なお、「天網行動」については、著名な「天網恢恢疎にして漏らさず」ではなく、国語的には「網を張る、犯人を捕らえる手配をする」を意味する「布下天羅地網」に由来するとの指摘もあることにご注意ください。

本来的に唯物論で、無神論者であるはずの中国共産党が「天=神」を発想の出発点とする「天網恢恢」を語源とするのは奇異ですからね。

でも中国のマスコミには「天網行動」を「天網恢恢」と引っ掛けて論じるものもあります(この文脈では、中国共産党規律検査委員会=天=神の如き存在になるのかな?)>(以上)

支那には良き教えがいっぱいあるが、結局、大昔からの行動規範は「利」最優先だったろう。利己(自分と家族)、利閥(所属する大血族集団や派閥の利)に重きを置く。良き教えは絵に描いた餅、猫に小判に過ぎない。古い友人=利益をもたらす人、なのだろう。

言うこととなすことが真逆。「戦後秩序の破壊は許さない」と言いながら南シナ海、東シナ海で領海侵犯を繰り返すのだ。嘘つきのDNA。

<【名言警句】躬(み)自ら厚くして、薄く人を責むる

【大紀元日本4月6日】「躬自厚而薄責於人」。これは孔子の言葉で、「自分に対して厳しく律し、他人に対して寛大な心で対応する」という意味です。原文の言葉をかみ砕いて解釈すると、「厚責於己而薄責於人」と読み取ることができます。

つまり、「人との間にトラブルが生じた場合は自分の内面を深く反省し、穏やかに相手の間違いを指摘することができれば、怨みから遠ざかることができる」という意味です。

人間社会において、人と人との間にトラブルが生じるのは避けられないことです。家庭や職場、友人間でトラブルが生じた場合、うまく処理できなければ怨みが残ってしまい、次のトラブルの種になりかねません。問題が蓄積してしまうと、互いに対立して敵視するようになる可能性もあります。

こういった問題を穏やかに解決するためには、まず第一に自分を深く内省することです。そして、間違ったところがあれば素直に謝ることが肝要です。

自分の責任ではない場合でも、相手には寛大になること。強く責めたりして相手が逆上し、反発してしまうと、問題の解決にならないばかりか、かえって事態がややこしくなります。穏やかに指摘して相手に自省を促せば、問題が解決することが多いのです。

これはあくまでも日常生活の中で生じたトラブルの解決方法であり、犯罪者に対する場合は別の話です>

犯罪集団の中共に対しては「世界の中心で反中を叫ぶ」のが肝心だ。そして監視、警戒し、備えを固めること。米国議会での演説や日米防衛協力、有事法制の整備に期待したい。「天網恢恢疎にして漏らさず」。粛々と中共捕縛網を強化していこう。(2015/4/18)

◆韓国に真の民主主義あるか

後藤 志保子



【ニューヨーク=黒沢潤】米シンクタンク「ウッドロー・ウィルソン・センター」上級研究員の後藤志保子氏(42)は産経新聞の電話取材に応じ、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領への名誉毀損(きそん)で在宅起訴された産経新聞の加藤達也前ソウル支局長(現東京本社社会部編集委員)への出国禁止措置が解除されたことについて、ひとまず歓迎の意向を表明するとともに、在宅起訴問題は韓国に真の民主主義があるかどうかを問うていると強調した。後藤氏の談話は次の通り。


韓国当局は人道的観点からも措置解除を決定したと説明した。望ましい方向に向かって動き出した。だが、名誉毀損罪そのものは撤回されていない。公判はなお続いており、日韓関係の“トゲ”となっている。

韓国はこれまで、完璧な民主主義を築き上げるため全力を注いできた。韓国は強い経済力基づく地域の大国であり、その経済力は人々の声に耳を傾けることで支えられてきた。

だが、加藤前支局長の在宅起訴は韓国に真の民主主義が存在するかどうかを問うている。在宅起訴は、重要な日本との関係を気まずくさせているばかりか、国際社会の中での韓国のイメージにも打撃を与えている。

「報道の自由」は、内部告発サイト「ウィキリークス」と国家の安全保障との関係から米国でも議論がなされ、懸念も示されてきた。だが、加藤前支局長の問題は、国家の安全保障とは何ら関係がない。韓国メディアですでに言われたことを単に繰り返しただけだ。韓国の記者が訴追されないということは健全なことだろうか? 答えは「ノー」だ。

アジアは欧州など他の地域とは異なり、経済などの分野で最もダイナミックに動いている地域である。この勢いを保つことがアジアの利益につながる。韓国は地域経済のリーダーとして、民主主義の模範であるとともに、「報道の自由」のような価値観を支持する責任を有している。しかし、残念なことに今、そうなっていない。

韓国メディアには、政府に妥協的な調子がうかがえるし、慎重になっているようにもみえる。朴大統領の私的な時間はメディアが関知することではないと思うが、メディアへの検閲は危険だ。検閲が始まれば、どこでそれが終わるのか、誰にも分からない。この状況はまさに、“滑りやすい坂”と言っていい。

今回の問題は、産経新聞や加藤前支局長の問題というだけでなく、「報道の自由」という大きな文化の問題、透明性確保の問題であると韓国メディアが強く訴える責務があると思う。

          ◇

【プロフィル】後藤志保子 ごとう・しほこ 昭和47(1972)年、東京生まれ。早稲田大で修士号(国際政治理論)取得。ダウ・ジョーンズニュースサービス、UPIの特派員として東京、米首都ワシントンで勤務した経験も。米紙ニューヨーク・タイムズなどに積極寄稿する。ウィルソン・センターでは北東アジア担当。産経ニュース【本紙ソウル前支局長在宅起訴】
2015.4.17(収録:久保田 康文)

2015年04月18日

◆朝日は私益追求、国益発想なし

池田 元彦



日本の日刊新聞の嚆矢は、1870年発売の横浜毎日新聞だ。その後東京日日新聞(毎日新聞の前身)、読売、朝日が続き、この3大新聞が全国紙として、戦前、戦中、戦後の社会の木鐸として健筆を揮った。近年は、日経、産経も加えて全国紙5社と言われている。

戦前は毎日新聞が先発の利を得て最大発行部数を誇っていたが、戦争が始まりだすと、それまで政府にやや批判的であった朝日新聞が方針を大転回、戦中に至ると軍部御用新聞の如く戦意高揚のプロパガンダ表現や言辞で、人気を博し瞬く間に毎日を部数で抜いた。

戦後のGHQ支配下では、その朝日がGHQに迎合し、今度は反戦平和主義に転じ、戦後民主主義の知識人必読の新聞となり、一時は大学入試に必ず朝日のコラム等から出題される迄に至った。が、朝日の上から目線を嫌う国民の多くが大衆路線の読売を支持し出した。

読売1千万部、朝日9百万部として部数を競い合う時代もあったが、1997年の5400万部を最高として、以降毎年新聞の購読部数が減少し続けた。2014年度後期に至っては、読売930万、朝日710万等々で、日本の新聞発行部数は10年前から1千万部近くも減った。

特に昨年は、過去最大の164万部減少となり前年比3.5%減だが、読売、朝日の減少幅が、各60万、45万と著しい。唯一増加があったのは産経だが2300部の微増だ。朝日の減少は、慰安婦誤報と吉田調書の曲解報道が原因と推断されるが、読売の原因はよくわからない。

朝日謝罪後、現役・OBが共著で「朝日新聞 日本型組織の崩壊」という本を出版した。内幕ものとしては面白く読めたが、社内の企業体質や上層部を批判し、朝日ならではの若手記者の苦衷も書いているが、著者本人達そのものが、全く反省していないことが良く判る。

決して「日本型組織の崩壊」ではなく、上層部の商業左翼主義と記者達の国民を教導すると言ったエリート意識、福島原発報道等では現場足を運ばず、検証もしていない。イデオロギーと言うより、出世意識が記事を少なからず歪め、結果国民をミスリードしている。

しかし、現状ではわかっちゃいるけど止められず、ズルズルと過去の社の方針を維持継続し、偏向記事や嘘をばら撒いている。最近も戦後70年にあたりと称して、敗戦国日本とドイツの周辺被害国に対する国民の意識差調査結果を報道したが、将に欺瞞と嘘の塊だ。

被害周辺国との関係に問題ないか。日本は半数、ドイツは粗全数がうまくいっていると回答。謝罪や償いを十分してきたかは、日本57%、ドイツ73%。学校できちんと教わったかは日本13%、ドイツ48%等々。要は、日本は反省せず、償いも不十分だと印象つけている。

両国の謝罪・補償内容は全く異なる。ドイツは国家補償等していない。ユダヤ人への謝罪と個人補償だけだ。しかも国民は意図的にナチスに責任を押付けた。日本は中国に4兆円近くのODAを与え、戦争相手でもない韓国に現在価値3兆円(=8億ドル)をあげた。

周辺諸国はドイツに言掛り等つけていない。戦後70年経過しても強請り集るのは特殊東亞3か国だけだ。経緯・背景が異なる両国を意図的に並べ、且つ日本人のGHQ史観に塗れた贖罪意識を悪用した意図的偏向調査等、噴飯ものに過ぎない。朝日は懲りていない。

日本が新たに戦争に巻込まれると、朝日は再び好戦論調に大転換し、屹度売上続伸確実だ。