平井 修一
■4月9日(木)。朝は室温12.5度、快晴、フル散歩。昨日からずいぶん冷え込んでおり、耳をおおう帽子と手袋で出掛けた。今日は日射しが強いので暖かくなりそうだが、早朝はエアコンだけでは足りずに石油ストーブもつけた。
桜は9分落ち。新緑と混ぜご飯状態だが、それなりに春の味わいはある。大型犬のラブラトールレトリバーを連れている青年とはほぼ毎朝すれ違うが、この犬はしつけができていずに犬や人に襲いかかる(じゃれているつもりだろうが)。この乱暴振りは習近平みたいだ(被害妄想、自己肥大、誇大妄想で世界の皇帝を目指しているつもりだろうが)。「何歳?」と聞いたら「4歳」。「元気だねー」
1歳くらいかと思っていたが、4歳(人間なら30歳前後)で暴れん坊ではかなり問題児だ。この青年も表情に険がある。世の中に敵意を抱いているような感じ。浪人か引き籠もりかも知れない。すねもの? いじけ? 心的外傷後ストレス障害(PTSD)か、何かトラウマがあるのか。20歳前のようだが、前途多難だろう。若いころの小生に似ているよな・・・
トラウマと言えば、真夜中に目覚めてもころばないように豆電球を点けたまま眠ることがあるが、千葉刑務所の独居房を思い出して実に厭な気持ちになる。
刑務所の一番厭なところはプライバシーがないことで、常に監視されている。夜も豆電球が点いている。当たり前と言えば当たり前だが、ふと覗き窓を見たら看守と目があったりしてうんざりさせられる。排便もオ○ニーも見られている。
週に1回、狭い三角形の運動場に出されるが、看守の目の届かない隅っこにいると必ず看守が来て、「おい、3202番、そんなところに隠れるな」と警告される。黙秘していたから小生は「3202番」と呼ばれていた。
運動場で唯一の楽しみはガラス片や釘を拾ったり、板塀から釘を抜くことだった。それを髪の毛の中とかパンツの中に隠して独居房に持ち込む。そして壁に「空港粉砕!」などと刻むのだ。
道浦母都子の歌にもあったっけ。
爪立てて「同士よ黙秘を」と 刻みきし わが房の壁 今宵誰が見む皆似たようなことをしていたのだろうが、爪では絶対無理、釘かガラス片が必要だ。この歌は母都子のただの創作だ。
炎上げ 舞い落ちる赤旗に わが青春の 落日を見る
そんなシーンは見たこともない。放水されて水浸しの赤旗が燃えるはずもない。習近平、愛妾クネ並の妄想だ。ろくでもない全共闘世代。
「イワン・デニーソヴィチの一日」には、主人公(通称シューホフ、ソルジェニーツィンの分身だろう)が建築現場でノコギリの破片を拾い、収容所に持ち帰るシーンがある。見つかれば重営倉1か月だ。
シューホフはこれでナイフを作り、ハムなどの差し入れを受けたものの切る術のない仲間に貸して、御礼に食品などを貰うのだが、仲間たちはこのノコギリを借りる時、「同志、重営倉を貸してくれ」と言うのだった。
千葉刑務所では毎朝7時に点呼がある。「10舎、点検よーい!」と看守が第一声を放つ。3、4人の看守が組になって房内を目視点検する。ガチャガチャとドアを開け「番号!」、すかさず囚人は「6!」とか威勢よく答え、看守は「よしっ!」と点検簿に○をつける。バタン、ガチャガチャとドアが閉まる。この一連の動きが10回とか20回ほど繰り返される(囚人の数による)。
10舎には北向きと南向きに独居房が連なっているが、1か月に一度、囚人は1時間ほど南向きの房に移される。房内の厳重点検のためだ。小生の釘はしっかり隠してあるからお咎めなし。
それにしても冬場の北向きの房はほとんど冷蔵庫状態で、小生の手足は霜焼けではれていたが、南向きの房はぽかぽかの春だった。天国と地獄の差がある。
10舎はほとんどが確信犯の国賊、政治犯、危険人物だから、懲らしめるためなのだろう、皆、北向きの房だった。
逮捕されてから3週間は接見禁止で、本もノートもない。読むものは明治時代に作られた「房内心得」とカレンダーだけ。実に苦痛だった。ボーゼンと1日が終わるのを待つだけ。
小隊長は「俺は瞑想しているから平気だ」と言っていたが、場数を踏むというか、経験を積むとあまり苦にならないのかもしれない。
収監されてよかったのは唯一、読書の習慣が身についたことくらいだ。日記をつけていたので、ものを書くことを覚え始めたのもこの時期かもしれない。いずれにしても人生を遠回りしてしまった。
保釈後、海外取材の機会の多い会社に就職したため、旅券がどうしても必要になったのだが、旅券発給を拒否され、仕方なく虚偽申告で何とか手に入れるという違法に手を染めざるを得ないこともあった。
囚人にはなるものではない。当たり前と言えば当たり前なのだが、さして苦にしない人もいるから「出戻り」も多い。
法務省によると――
<刑事施設の年末時点の収容人員は、平成18年に昭和31年以降で最多となる8万1255人を記録したが、平成19年に減少に転じて以降毎年減少し、25年末現在は6万2971人(前年比6.0%減)であった。
再犯者率は平成9年から一貫して上昇し続け、25年は46.7%(前年比1.4pt上昇)であった>
出所しても10年以内に出戻る率(再入率)は、満期釈放の人(程度が悪い)で60.8%、仮釈放(模範囚)で39.2%もある。懲りない人が多いのだ。
男性受刑者のうち60歳以上は17.0%もいる(65歳以上なら9.3%)。娑婆に出ても仕事が見つからなければ「3食・医療付き」の刑務所は孤老にとって魅力的なのかもしれない。刑務所は老人ホーム化しているらしい。
スポニチ2014/6/29から。
<警察署前の掲示板を壊したとして大阪府警浪速署は29日、器物損壊の疑いで、住所不定、無職の男(70)を逮捕した。
浪速署によると、「刑務所に入りたかった。逮捕してくれてありがとうございます」と容疑を認めている。
男は逮捕の数時間前、泥酔状態で同署を訪れ「飯を食いたいから逮捕してくれ」と話していた。署員が帰るよう促すと、玄関付近の路上に座り込んでいたという。所持金は約300円だった>
この手の老人は増えていくかもしれない。安楽死を積極的に検討すべきだ。
■4月10日(金)。朝は室温15度、快晴、フル散歩。
夕刊フジ/ZAKZAK4/8が違う視点でインフラ銀行を評している。
<AIIBの設立協定交渉には、英国やドイツなど50超の国・地域が参加の見通し。「中国の外交的勝利」との短絡的な見方もあるが、実際には「日米の参加なしでは(資金調達のために発行する債券の格付けが)トリプルAを取得するのは難しく、資金調達コストが高くなる」(嘉悦大教授の高橋洋一氏)という欠陥を抱える>
習近平はインチキ銀行に日米がかまないと、それでなくとも低い信用が落ち、壮大なペテンができなくなる恐れがあるというわけだ。どうするのか見ものだな。
紅軍が暴れまくるから大東亜は皇軍を待っている。駆逐すべきは「昔白人、今支那人」。国基研企画委員・太田文雄氏の論考「日本の南シナ海関与に期待」から(4/6)。
<3月末にフィリピンのマニラで行われた「南シナ海国際会議」でプレゼンテーションを行うように招待された。会議の最後に主催者たちにより、中国の南シナ海での埋め立ての中止・遅延を要求する「南シナ海共同宣言」が採択され、ベトナムとフィリピンが中国の南シナ海進出に対して脅威感を共有し、結束しようとしている姿を目の当たりにした。
一方で、ほぼ同時に行われたボアオ・フォーラムでは、中国の習近平国家主席が「海洋を平和、友好、協力の海に」と演説、楊潔チ国務委員が中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)海洋協力年の開始を宣言して、海洋問題での相互信頼を提唱している。
私がプレゼンで「中国は言っていることと行っていることが全く違う。中国の行動を国際社会に積極的に公表して、中国が最も嫌う面子の喪失を生じさせるべきだ」と提案したところ、参会者は拍手をもって賛同してくれた。
*東南アに自衛隊待望論
私に対する最初の質問はベトナムの若い学者からで「日本の南シナ海問題での貢献は現憲法の制約で限られるのか」という、日本の憲法改正を期待している内容であった。
参加したベトナム人の多くは米国が二度とベトナムに関与したくないことを知っている。ASEANは中国に支援を得ている国が多く、結束に欠けて期待できない。従って中国へのカウンターバランスを取ってくれる国は日本しかいないことをベトナムは実感しており、その期待をひしひしと感じた。
フィリピンの前安全保障補佐官であった上院議員の発表でも、自衛隊に対する期待が表明された。
また、3月に都内で行われた日米安保に関するセミナーでも、米側の複数のパネリストから「日本が積極的に東南アジアに関与してもらいたい」との発言があった。
1992年、ハワイにあるイーストウエストセンター主催のアジア安全保障に関するセミナーに招かれたことがある。当時は日本が初めてカンボジアへ国連平和維持活動(PKO)部隊の派遣を決定した直後であったが、ベトナムの代表が「用が済んだら直ちに自衛隊はカンボジアから出て行ってほしい」と発言したことを鮮明に覚えている。
この四半世紀でアジアの安全保障環境は一変している。
*安保法制整備で期待に応えよ
外交の両輪である経済力と軍事力のうち、戦後日本は軍事力に関して異常なほどの縛りをかけてきた。南シナ海には、中東からのエネルギー資源を運ぶ海上交通路を保護するという我が国の重要な国益が存在する。
中国はそこに進出して基地を造ろうとしており、日本はそれを懸念する多くの国の期待に応えるように現在進行中の安全保障法制整備を行うべきであろう>(以上)
八紘一宇、世界は一家、人類は皆キョウダイ、中共以外は。
維新の党から「○○をよろしく」と電話があったが、
「維新って江田憲司さんのところ?」
「(^^)!は、はい、そうです!」
「江田憲司、大嫌い!」
ガチャンと電話を切ったが、相手は(ーー゛)でショックを受けただろう。
維新の党は左巻の江田とテレビ屋の橋下が看板のようだが、橋下は大阪都構想を3分で説明できない。「一通話は3分。この世で3分で説明できないものはない」と夏彦翁は言っていた。それができないのだから大阪都構想は誰も理解できない代物だろう。
「府と市の二重行政は無駄だ」というが、そもそも県議会や市区町村議会は必要なのか。政府の出先機関、あるいは第三者の監視つき目安箱や受付があれば十分ではないのか。自治体利権という岩盤を破壊すべきではないのか。
明治維新は地方分権を中央集権に改めることで富国強兵を実現した。地方自治体は「粛々と」政府の出先機関にすべきではないのか。
国会議員を含めて寄生虫のような議員が多すぎる。「ハエも虎も叩く」粛清が必要ではないか。
■4月11日(土)。朝は室温15度、小雨、10時に微雨になったのでフル散歩。
ネコババ議員、サカリのついた嘘つき議員など、親の顔が見たい。どんな躾をしたのか、それとも躾けなかったのか。
エホバの証人が置いていった冊子「目ざめよ!」4月号の特集「子どものしつけ どうなってしまったのか」には愕然とした。この号は101言語、5179万部も発行されている。つまり世界中で躾がおかしくなって子供が“小皇帝”化、“野猿”化しているのだ。以下引用する。
<ここ数十年の間に,欧米諸国の家庭生活には著しい変化が生じています。以前は親が主導権を持ち,子どもがそれに従っていましたが,今ではその関係が逆転しているような家庭もあります。以下のような場面を考えてみてください。いずれもよくある状況に基づいたものです。
《店に来ていた4歳の男の子がおもちゃに手を伸ばします。母親は,「もうたくさん持ってるでしょ?」と軽くたしなめます。しかし,中途半端な言い方をすべきではなかったと思った時には,その子が,「でも,これ欲しい!」とだだをこね始めます。いつものかんしゃくを起こされては困ると思った母親はそのおもちゃを買うことにします》
《父親が他の人と話しているところへ,5歳の女の子が割って入り,大きな声で,「つまんなーい。おうちに帰りたいよー」と言います。父親は会話を中断し,かがんで娘に話しかけ,「あと少しだけだよ。いい子だから,ね?」とご機嫌を取ります》
《12歳のジェームズは,先生にどなったことで,またしても注意を受けました。ジェームズの父親は腹を立てています。息子にではなく,先生に対してです。「あの先生は,お前のあら探しばかりしているじゃないか。教育委員会に訴えてやる」とジェームズに言います》
これらの場面は,架空のものですが,起こり得ないことではありません。親が子どもの行儀の悪さを大目に見たり子どもの要求に屈したりする家庭や,悪い行ないをしてもその報いを受けないよう子どもを“助ける”家庭では,こうした問題が実際に生じているのです。
「幼い子どもに主導権を渡してしまう親がますます増えている。……少し前であれば,子どもはボスがだれかを知っていた。それが自分たちでないことも知っていたのである」と,「ナルシシズムの蔓延」(英語)という本は述べています。
もちろん,多くの親は,子どもに正しい価値観を教えようと懸命に努力し,良い手本を示すだけでなく,必要な時には,毅然としつつも愛情を込めて矯正を与えています。しかし,そうすることの価値を認めている親も,前述の本が述べているとおり,「文化の潮流に逆らって泳いでいる」のです。
どうしてこのような状態になったのでしょうか。しつけは,一体どうなってしまったのでしょうか。
*親の権威の弱体化
親の権威の弱体化が始まったのは1960年代と言われています。そのころ,専門家と呼ばれる人たちは,親は子どもに対してもっと寛容にすべきだ,と言っていました。
「親の権威を振りかざすのではなく,友達になりなさい」,「懲らしめるより,褒めなさい」,「子どもの悪いところを正すより,子どもがしている良いことに注目しなさい」などと勧めたのです。
専門家たちは,褒めることと懲らしめることのバランスを取りませんでした。それどころか,懲らしめを受けた子どもは繊細な感情にダメージを受け,後の人生で親を恨むようになる,というようなことを示唆しました。
そのうちに,専門家たちは子どもの自尊心を育てることを勧めるようにもなりました。上手な子育ての秘訣が突然に発見されたかのようでした。子どもが自分に満足できるようにしなさいというのです。
もちろん,子どもに自信を持たせるのは大切なことです。しかし,この自尊心を高める運動は極端に走りました。専門家たちは親に,「だめとか悪いといった消極的な言葉を使ってはいけない」,「子どもに,あなたは特別な存在で,なりたいものになれる,と繰り返し言いなさい」などと言うようになったのです。
まるで,いい気分になることのほうが,いい人間になることよりも大事である,と言わんばかりでした。
*王座に座っている息子をほめそやす親
結局のところ,ある人たちに言わせれば,自尊心を高める運動は,子どもたちに権利を主張させ,世界は自分のためにあると思わせたに過ぎませんでした。
この運動は,大勢の若い人を「現実の生活では回避できない批判やしばしば犯す失敗に備えさせることができなかった」と,「ジェネレーション・ミー」(英語)という本は述べています。 この本には,ある父親のコメントが載っています。
「仕事の世界では自尊心を高める運動などありません。……会社にまずい報告を提出した時,『君の選んだ用紙の色はなかなかいいね』などと言ってくれる上司はいません。何をしても褒めてもらえる,と子どもたちに教えるのは,子どもたちにとって極めて有害です」
*変化する見解
ここ数十年にわたり,子育ての方法はしばしば人間の見解の変化を反映してきました。「しつけは変化し続けている。社会の変化を反映しているのである」と教育者のロナルド・G・モリッシュは書いています。
ですから,聖書が述べているように,親は容易に,「波によるように振り回されたり,あらゆる教えの風にあちこちと運ばれたりする」のです。
現代の風潮である寛容なしつけがマイナスの効果を生んできたことは明らかです。親の権威が弱体化しただけでなく,子どもも正しい選択をしたり本当の意味での自信を持って人生を生きたりするのに必要な指針を得られていないからです>(以上)
いい話はまだ続き「必要な指針」なども書かれている。詳細は下記まで。
www.jw.org
リベラル≒容共左派≒アカ≒現実無視の脳内お花畑が小皇帝≒野猿を世界中で量産しているのだ。
埼玉の本庄第一高校サッカー部22人が韓国ソウルで集団万引きしたと報じられていた。この高校は男女共学だが元々が女子高で、女子サッカーで有名らしい。
校長先生は「本校の学園理念は“響生”です。お互いに影響を受け、影響を与え、響きあいながら前進するという考えです」と書いているが、“響生”して集団万引きとは。
良いことをしたら誉め、悪いこと、ルール違反をしたら叱って正す。我慢を教える。この生徒たちは親から基本的な躾がされていないのではないか。「遊び心でやっちゃった」のかもしれないが、軽率すぎる。全員停学処分、使嗾した生徒が悪質なら退学処分、留年処分が相当だろう。
それにしても、よりによって反日至上主義の韓国へ10回目だかの親善試合・・・韓国は災いをもたらすから縁を切るべきだな。修学旅行は反日アイランド沖縄で平和教育≒反日洗脳って・・・習近平の沖縄・南西諸島侵略を防ぐにはいかにすべきかの安保教育をすべきだろうに。変な学校。(2015/4/11)