2015年04月06日

◆ソウルからヨボセヨ 韓国、豹変す

黒田 勝弘


“韓中蜜月”もここまできたか…

1970年代に韓国語の勉強で韓国に留学したとき、バスに乗っていて 通り過ぎる街の看板のハングルをいかに速く正確に読み取るか努力した。 その時すぐ覚えたのが薬局の看板だ。ハングルで大きく一文字「ヤク」と書かれていたからだ。

昔は医療体制が不十分だったから街に薬局が多かった。店の看板はハングル中心だが、ごくたまに「薬」という漢字も書かれていた。ところが最近、薬局の看板に大きく「●」の字が出ているのを見て驚いた。現代中国で「薬」の簡略体として使っている漢字である。韓国の中国ブーム(?)もここまできたか…。

韓国好きの日本人観光リピーター(女性)が嘆いていたが、ソウルの観光スポットの明洞(ミョンドン)などでは、昔は店などの入り口の表示は漢字で「歓迎」だったのに、今や中国人対応で「光臨」ばかり。「一時は日本人大歓迎だったのに、あの豹変(ひょうへん)ぶりにはビックリですよねえ」と苦笑していた。

ところで、中国人観光客への調査によると、韓国旅行での最大の不満は食事だという。韓国料理はエキゾチックではないし、韓国の中華料理はまずいからとか。韓国では近年、西洋料理は格段にうまくなったのに中華料理だけは相変わらずイマイチなのだ。“韓中蜜月”なら、これ何とかしてよ。●=葯の中国簡略体
産経ニュース【外信コラム】2015.4.4


2015年04月05日

◆「和」の社会を大切にしたい!

加瀬 英明



感謝の心にもとづく「和」の社会を大切にしたい!

今日、日本語の中に、おびただしい量にのぼる英語や、外国語が溢(あふ)れている。

NHKまでが「開店」「始まった」といわずに、「オープン」したという。「カップル」「レジェンド」「エンターテインメント」「アウトレットモール」「ニュースウォッチ」とあげてゆくと、切(きり)がない。

日本は太古の昔から島国で、外来の文化に憧れてきたから致(いた)し方(かた)ないが、ゆきすぎてしまうと、日本の人らしさを損ねてしまう。

私は“英語屋”で、日本で英語遣(えいごつか)いの上位に入ると自負しているが、日本語には外国語に訳せない多くの言葉が、存在している。

まず「和」がある。「和」こそ、日本人の心であって、外国人には理解することが、なかなかできない。

私たちは当り前のように、毎日、「いただきます」「御馳走さま」というが、特定の対象に対してではなく、先祖、先人、国をはじめ、天地(あまつち)のすべての恵みに感謝している。

お隣の韓国では、食前に「チャル・モッケスムニダ」(よく食べましよう)、食後に「チャル・モゴスムニダ」(よく食べました)、中国では「開始吃飯(クアイスツーファン)」(これから食べます)、満腹になったら「好吃飯了(ハオツーファンラ)」(よく食べました)という。

ヨーロッパ人やアメリカ人なら、もとはフランス語だが、「ボン・アペティット」(よい食欲を)、食事が終わったら「アイ・エンジョイド」(楽しく食べました)という。

敬虔なキリスト教徒なら、食前に全能の唯一神に対して、短い感謝の祈りを唱える。自然や、人々や、食材となる植物、動物、魚介類に感謝するわけではない。

日本では具体的に何を求めるかということなしに、「お世話になります」と挨拶する。つねに、互に感謝しあう文化なのだ。

キリスト教は、「愛の宗教」だといわれる。だが、キリスト教の「愛」は、私たちが日頃なじんでいるような、愛ではない。

キリスト教はユダヤ教を親として生まれたが、人が神を愛すれば、神が人を愛してくれるという、条件付きの愛だ。この神との約束を、「神との契約」と呼んでいる。

キリスト教は「旧約」と「新約」の2つの聖書から成り立っているが、ユダヤ教の唯一つの聖書を、神との古い約束である『旧約聖書』、イエス・キリスト生誕後の聖書を、神との新しい約束である『新約聖書』として、分けている。

 この神との契約は、キリスト教のもっとも基本的な教えであって、『旧約聖書』はユダヤ民族を「契約の民」と呼んでいる。キリスト教は全人類を相手にしており、信者はそれぞれ神と契約を結んでいる。

さらに、イスラム教がユダヤ・キリスト教の分派として、生まれた。この3つの宗教は兄弟の関係にあり、同じ唯一神を拝んでいる。

イスラム教は聖典『コーラン』とともに、ユダヤ教とキリスト教の聖書を、聖書として認めている。

私は妻から「愛している」といわれるよりも、「ありがとう」という美しい一言(ひとこと)のほうが、心を和(なご)ませてくれる。

私たちは神仏や、自然や、先祖や、親、隣人に感謝するたびに、心が満たされる。

なぜなのだろうか。心は感謝するために、存在しているからだ。

日本人の信仰心は感謝する心に、基づいている。「和の社会」を大切にしたい。


◆中国バブル、必死で跡始末

平井 修一



デベロッパーは物件(マンションや戸建て住宅)を担保にして銀行から金を借りる。その金で新たな物件を作る。その物件を担保にして銀行から金を借りる。まあ大体そんなことを繰り返して急成長するわけだ。

しかし、買い手は無尽蔵ではないし、物件が市場にあふれると値崩れするから、投資で買っていた人も買わなくなるし、先々に値上がりが見込めなければ投げ売りする。そうなると値はさらに下がる。

日本でもバブル崩壊までの右肩上がりの頃には「マンション転がし」が流行ったもので、高度成長期の中国でも大いに流行った。が、いいことは長続きしない。やがて住宅やビルは売れなくなり、デベロッパーは借金を返せなくなり、銀行に担保物件を差し出すことになる。

事実上の不動産バブル崩壊だ。

「中国の住宅市場の変化で不動産開発企業の再編加速」から。

<【新華社北京3月26日】中国の不動産開発企業の最大の業界組織である中国不動産業協会が24日、最新の中国不動産開発企業トップ500リストを発表した。これらの企業の販売収益などのデータをみると、中国の不動産開発企業は不動産市場の調整期に直面し、強い企業がより強くなり、優勝劣敗が加速していることがわかる>(以上)

トップ500未満の中小デベロッパーは続々と潰れているはずだ。

銀行に担保物件が集中することになるが、売らなければ金にならない。安くしても買い手がつかない物件は「不良資産」「不良債権」になる。物件は経年劣化するし、メンテナンスにも金がかかるから、手を拱いていると銀行自体が潰れてしまう。日本でもそうだったが、今の中国がそういう状況だ。

日本では救済機関として「地域経済活性化支援機構」「企業再生支援機構」などが作られたが、中国でも作りだした。

「銀行不良資産処理 山東省で会社設立」(SankeiBiz 4/3)から。

<山東省で唯一、地域金融機関の不良資産の買い取り・処理を行う地方金融資産管理会社、山東省金融資産管理が3月中旬、同省済南市に設立され、関連する銀行や資産管理会社など金融機関との間で戦略連携協定に調印した。中国国営新華社通信が伝えた。

山東の金融機関の不良資産処理プラットホームを構築し、地域の金融リスクを解消・防止して、地方の金融システムを保護していく方針だ。

昨年の金融統計データによると、同省銀行業の不良債権の動向はほぼ全国並みだが、上昇傾向は明らかだった。昨年末時点で不良債権残高は995億9500万元(約1兆9230億円)となっており、年初より347億8900万元増加。不良債権比率は全国平均を上回る1.86%で、年初より0.5ポイント増だった>(以上)

メガバンクも苦しんでいる。「中国4大銀の減速鮮明に 14年12月期、不良債権36%増」(日経3/31)から。

<【香港=粟井康夫】中国の銀行の収益が伸び悩んでいる。国有4大銀行が30日までに発表した2014年12月期決算では純利益の合計が8526億元(約16兆2000億円)と前の期に比べ6.5%増にとどまり、これまでの2ケタ成長にブレーキがかかった。一方で国内景気の減速による企業の業況の悪化を映し、不良債権は昨年1年間で36%も増えた。

「銀行にも新常態(ニューノーマル)に合わせたビジネスモデルが必要だ」。中国農業銀行の張雲行長(頭取に相当)は香港での決算記者会見で、かつてのような高成長は望めず、事業の抜本的な見直しが必要になるとの考えを強調した。

中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行の4行は国内経済の拡大や金利規制を背景に、2ケタ成長を続けてきた。最大手の工商銀で純利益の伸び率が1ケタ台になったのは、06年の上場以来初めてだ。

収益を圧迫したのは、不良債権だ。昨年末時点の不良債権残高は計4631億元と1年前に比べ36.2%膨らんだ。中国建設銀行の王洪章董事長は「経済を高度化するため、ある種のバブルを取り除いている」と認める。

融資全体に占める不良債権の比率は4行平均で1.26%だ。工商銀の易会満行長は「中国を除く世界の大手銀行30行の不良債権比率は平均3%台後半。国際的な競合相手と比較しても資産内容は良好だ」と強調する。

比率が低い一因には、バブル崩壊直後の日本の銀行と異なり、中国の銀行は不良債権を抱え込まずに外部への売却を積極的に進める傾向がある。国有の不良債権処理会社大手、中国信達資産管理では商業銀行からの債権買い取り額が急増し「新常態でビジネスチャンスが広がっている」(呉松雲副総裁)という。

だが中国の銀行による資産査定は甘いとの見方も強い。農業銀のリスク管理担当幹部は「新常態下では不良債権比率が2〜3%になっても正常な範囲だ」として、不良債権の拡大傾向は当面続くとの見通しを示した>(以上)

4大銀行でさえ苦しいのだから中小銀行は青息吐息、いつ破綻してもおかしくない状況で、事実上破綻しているところはかなりあるのではないか。政府が公表していないだけだろう。しかし、そろそろ公表するつもりのようで、「銀行が破綻しても預金は最大50万元/975万円(これを超える預金はごく一部)保証するから心配するな、暴動起こすな」と言っているわけだ。

「中国が預金保険制度を5月導入」から。

<[北京3/31ロイター]中国国務院は31日、銀行の預金保険制度を5月1日から導入すると発表した。

預金保険制度は20年前から議論されてきたが、昨今の景気減速で銀行の不良債権が膨らむなど、金融市場での緊張が高まるなか、同制度の速やかな導入が必要と判断した>(以上)

中国バブル、踊りまくった「宴のツケ」「強欲どもの夢の跡」。必死で跡始末を上手くやらないとハードランディングで「失われた20年」になる。虎退治や軍拡、反日にうつつを抜かしている場合じゃないだろう。お手並み拝見だ。(2015/4/3)

◆宮崎正弘の書評特集

宮崎 正弘 

<平成27年(2015)4月4日(土曜日)通巻第4505号 <前日発行>>


4月1日、ソウルの日本大使館前で韓国人らが安倍首相を模した人形の首を
切っています。

https://www.youtube.com/watch?v=zagOXM-2n_o

◆文化廳の當用漢字音訓表を使ってみた

上西 俊雄



ニュースで性的暴行といふ表現を耳にした。むかしなら凌辱といったのを漢字制限で暴行といふやうにしてみたけれど、暴行ではいかにも曖昧なので性的と限定せざるを得なくなったのではないか。

凌辱ははづかしめといふ意味の漢語。二重の意味で直截にいはない心づかひが感じられる。第一、子供にはわからないだらう。さういふことも大事なことだと思ふのだ。性的と形容すればすでに、その隱すといふ機能は踏みにじられてしまふ。

凌辱は陵辱と書くこともあるけれど、とにかく制限漢字であったはずだと、手許の字引でみると凌は人名漢字、陵も辱も常用漢字だ。

當用漢字のときはどうであったかを調べてみた。

文化廳の當用漢字音訓表の URL は次の通り。

http://kokugo.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/syusen/tosin04/index.html

以下のやうに部首別にわかれてゐるのだ。1段9行のものが3段あるのか、つまり左段9行、中段9行、右段9行のやうにみていくものなのか。或は各行3項目のものが9行あるのか、それすらすぐにはわからない。

一部〜人部 心部〜手部 絲部〜耳部
人部〜冫部 手部〜日部 耳部〜艸部
凡部〜十部 日部〜木部 艸部〜見部
十部〜口部 木部〜氏部 見部〜豆部
口部〜士部 氏部〜水部 豕部〜車部
夂部〜宀部 水部〜犬部 車部〜酉部
宀部〜巛部 犬部〜皿部 酉部〜阜部
工部〜彳部 目部〜禾部 阜部〜香部
彳部〜心部 禾部〜絲部 馬部〜齒部

凌の部首はニスイだから左段第2行のファイルだとわかる。

辱の部首は辰だから右段第6行の車と酉の間にあるとわからなければならない。こんな部首の配列を知ってゐる人はゐないと思ふ。『大字典』の索引を參照してわかったことだ。

陵はコザト偏。コザト偏は阜でみるのだから右段第7行か第8行の頁だいふことがわかる。コザト偏が阜なのだから、示偏はもちろんネでなく示だ。つまり正字體が原則だといってよいだらう。

當用漢字音訓表は昭和22年9月29日の答申。今の漢字教育とは背馳してゐて當然。こんな部首索引を利用できるくらゐであれば擅と壇は別であることはいふまでもない。

自分たちはこの漢字表をつかふことができるけれど、その能力を生徒につたへる必要はないとしてきたのだから、知識の占有だ。

いや、彼らは生徒の學ぶ勞力を省いてやらうとしただけだったのだ。その結果、劣化した生徒が教師となり、記者となることまでは豫想してなかったのだと思ふ。

ためしに最後の馬部〜齒部にどれだけの部首があるかを入力してみた。

馬骨高髟鬥鬯鬲鬼魚鳥鹵鹿麥麻黄黍黒黹黽鼎鼓鼠鼻齊齒

25字すべて Shift JIS で入力可能であった。實はこのうち髟、鬯、鬲、黹などは音も知らなかった。かういふ字まで使用可能になってきてゐるのだ。漢字制限撤廢の準備ができてきてゐるとみることもできる。

但し嚴密に言へば、黄と黒は新字體で代用しなければならなかった。黄の正字體はユニコードでは9EC3、黒の正字體はユニコードでは9ED1である。

以上、性的暴行といふ表現を耳にして氣になったことを書いてみた。

同じ日のニュース、「ひとりの遺體」といふ表現もあった。タリとかニンとかは生きてゐるものを指すといふことがあったやうに思ふけれど、これも完全にくるってしまった。

最近ネットでみた表現には「リッパート大使を切りつけた」といふのもあった。

海音寺潮五郎が色盲に色の識別はつかないし、つんぼに雷霆は聞こえないといふことを言ってゐる。

まさかそんな人が言葉について鉈をふるってゐるとは考へられない。マゾヒズムではないか。

2015年04月04日

◆アカは平気で嘘をつく

平井 修一



世界日報3/24「尖閣諸島を日本領に描く1969年中国地図に扱い小さく鈍い各紙」から。
<*歴史捏造する共産党

『歴史写真のトリック 政治権力と情報操作』。こんなタイトルの書籍が朝日新聞社から出版されている(1989年刊)。著者は仏ジャーナリスト、アラン・ジョベール氏。独裁者が歴史写真からライバルを抹殺したり、自らを美化するために修整したりした捏造写真を多数紹介している。

とりわけレーニンやスターリン、毛沢東ら共産党の独裁者の「トリック」は圧巻だ。よくもそこまで、と思うほどの捏造ぶりだ。例えば、レーニンで最も有名なのは演壇上から出征部隊に檄を飛ばす写真(1920年)だが、傍に写っていたトロツキーは後の写真やポスター、切手などからことごとく消し去られた。

中国共産党も「トリック」の常習犯だ。1945年10月に毛沢東は天安門上で建国宣言を行ったが、演壇には歴史的指導者がすべて彼を囲んで出席したのに後の写真では毛沢東1人だけが宣言したかのように修整された。

文革期には江青ら「四人組」が歴史写真から政敵を消し去った。ところが四人組が逮捕されると、今度は彼らが抹殺された。例えば1947年に陜西省北部を騎行中の毛沢東の一行の写真には、毛沢東の背後に細身の江青が写っていたが、四人組が失脚すると彼女は消された。

ジョベール氏によれば、江青を消し去った修整写真は延安の革命博物館に飾られており、説明文には「長征中の毛沢東」と記されている。共産党の不屈の伝説とされる長征(34〜36年)の美化に捏造されているわけだ。朝日がこんな歴史捏造を暴く書籍を出版していたとは、今となっては何とも皮肉である。

いずれにしても共産党は歴史捏造がお手の物だ。おまけに「嘘も百回つけば本当になる」(レーニン)の伝統を持つ。だから尖閣諸島を中国領と言い募るのは朝飯前だろう。

*地味に扱う朝・日経

わが外務省は、中国が尖閣諸島の領有権を主張し始める前の1969年に作成した地図をホームページ上に公開した。地図には尖閣が「尖閣群島」「魚釣島」などと日本側の呼称で記載されており、当時は日本領土と認識していたことを示している。

これに対して中国外務省の報道官は「釣魚島が中国に属するのは否定できない事実だ。1、2枚の地図を探し出したところで覆せるものではない」と反論している。報道官は69年生まれで、歴史捏造にどっぷり浸かって育った世代だ。存外、尖閣が中国領と信じているのかもしれない。

だからこそ、本紙18日付社説が言うように「執拗に領有権主張を繰り返す中国に対抗するには、地道で粘り強い広報の取り組みが不可欠だ。外務省は今後も一層の工夫を重ねる必要がある」。メディアもそうだ。

ところが、新聞の反応は鈍い。外務省が地図を公表した16日の夕刊を見ると、読売が1面で報じるものの、毎日は中面、朝日と日経は落としている。翌17日付朝刊では夕刊のない産経と本紙は1面で報じたが、朝日と日経は中面で地味な扱いだ。

毎日18日付に至っては中国報道官の発言を「中国『1、2枚で覆せぬ』」と、一報より大きく報じる始末だ。本紙社説は「日本の一部の有識者が、中国の領有権主張を支持するかのような見解を示しているのは憂慮すべきことだ」とするが、自国の見解をないがしろにする新聞も同類だ。

*沖縄2紙も関心薄い

尖閣の地元、沖縄の新聞を見ると、琉球新報17日付1面トップは「オスプレイ部品落下」、沖縄タイムスは「普天間閉鎖を計画 68年の在日米軍再編で」と、いずれも米軍モノで、中国地図は中面。地元の権益にも関わる報道なのに扱いが小さ過ぎる。

ちなみにオスプレイの落下物は「縦約20.2センチ、横約7.6センチで、重さは約164グラム」つまり大きさは封筒、重さは文庫本ぐらいで、むろん一歩間違えば人命に関わるが、大騒ぎするほどのものか疑問。

後者(普天間閉鎖を計画)は米公文書からのもので、検討された程度の話だ。当時と国際安保環境は変化しており、これをもって普天間閉鎖を論じるのはこじつけも甚だしい。

というわけで、沖縄も本土も左派新聞は中国の「トリック」に寛容で、「お前のやった事は、全部お見通しだ」と啖呵を切る勇気を持たない。これをもって親中という。(増記代司)>(以上)

日本人の8割以上が嘘つき、無礼、傲慢な中共の正体を知って嫌っているのに、左巻マスコミはことごとく中共に寄り添っている。愛嬌のあるパンダだとでも思っているのか。

首根っことキン○マを金とハニートラップで中共にがっちりとつかまれているようだ。親中だと親中企業からの広告がもらえるなど、儲かるような仕組みになっているのではないか。取材で便宜を図ってもらえるのか。

中共もパンダも危険だ。「パンダに襲われ重傷の男性 当局が1000万円賠償で和解=甘粛省」から。

【大紀元日本3月17日】中国北西部甘粛省で、野生のパンダに襲われて大けがを負った70代の男性に対して、地元林業局などが賠償金52万元(約1000万円)を支払うことで和解した。地方紙・蘭州晩報が14日報じた。

それによると昨年3月、同省隴南市の村で、迷い込んだ野生のパンダ1頭の捕獲をするため、地元当局職員は関全志さんが所有する敷地に追い込んだ。関さんはパンダに右足を噛まれ、大けがを負った。

関さんは7時間の大手術を受け、その後も8回にわたって再手術した。病院によると、足の切断を免れない可能性もあるという。

関さんの息子は、状況に応じた適切な捕獲行動を取らなかったとし、地元林業局当局者とパンダが生息する自然保護区に対して訴訟を起こした。

原告側の弁護士によれば、話し合いの結果、当局側が賠償金52万元を支払うことで和解が成立。関さんらは賠償額について「医療費に足しているので、ほぼ満足」と地元メディアの取材に答えた。

可愛い容姿としぐさで人気の高いパンダだが、時には凶暴化して鋭い歯で動物や人間を襲うこともある。パンダをロゴに使用する環境保全NGO・世界自然保護基金(WWF)は公式サイトで「パンダに噛まれれば相当の重傷を負いかねない」と注意を促している>(以上)

反日マスコミ各社は、噛まれて重傷を負う前にオツムの除染、再生に励むべきだ。朝日の天声人語4/1はこう書いていた。

<学舎(まなびや)は新年度を迎えた。情報モラルという言葉がある。情報社会を生きる上で身につけるべき考え方をいう。それをまずは「身を守り、人を傷つけない術(すべ)」として学んでほしい>

中共に身を売り、寄り添い、日本を傷つけ、「報道しない自由」「虚報・捏造の自由」を謳歌する情報インモラルの朝日がよー言うわ。築地城の炎上崩落を見るまではあの世へは行けない。(2015/4/1)

◆中国、銀行預金の保険制度を導入

〜5月から〜

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)4月3日(金曜日)通巻第4505号> 


 〜中国、銀行預金の保険制度を5月から導入
       個人、法人の預金を1000万円まで保証する新制度だが〜
*********************************

石炭企業の高利回り債権が出回り、案の定、その会社はデフォルト寸前に陥った。突如、「大資本家」が登場して、巨額を注入し、当該企業は倒産を免れたことがあった。

何のことはない。これは国有企業で共産党幹部が経営にかかわっており、メンツにかけても倒産させては困ることになるため、モラルハザード(おそらく国有銀行が救済した)となった。

モラルハザードがある限り、国有企業は倒産することはないと言われたが、すでに中国では多くの国有企業は経営危機に陥っている。

「銀行は潰れない」というのも神話である。

世界的常識からいえば、銀行も民間企業である以上、倒産することはある。欧米の銀行、証券、どれほど倒産してきたこととか。日本でも多くの銀行がバブル崩壊後、倒産し再編され、エリート行員の多くが失業した。

ところが中国では銀行も国有企業なのである。この厄介な社会主義的陥穽
が、今後の中国経済が失速し始めるとき、どうなるか?

中国の預金保証制度は、過去21年間も議論されてきたが、結論が出なかった。ようやく2015年3月31日に「預金保険制度」を発足させることが決まった。

5月から導入され、これにより個人、法人の銀行預金は上限1000万円までが保証される(人民元で50万元)。

裏を返していえば、中国も「銀行の倒産に備えよ」というシグナルを送っているのである。

すでに周知のように、中国の外貨準備は空っぽ、かろうじて保有する米国債権は、ドルと人民元交換の担保であり、引き上げるわけにはいかない。だから中国はいま猛烈に外国の金融機関から外貨建てでカネを借り入れている。

虎の子の米ドルが、高級幹部や国有企業の経営者等によって海外へあらかたが持ち出されたため、台所は火の車なのである。


▼人民元はいずれ紙屑となるだろう

対外プロジェクトにも支払い遅延が生じはじめた。

バハマ諸島のリゾート群建設、コロンボ沖のマリーンアイランド建設も中断、そしてギリシアのピレネー港の買収が白紙となった。いずれ、ニカラグア運河も途中で資金が途絶える可能性が高い。

もうひとつ言えば、ビットコインの80%は中国人、庶民は金買いに走り、人民元を手元に置かないように心がけている。そして中産階級以上のひとたちは「人民元が高くて、しかも使える裡に」を合い言葉に海外へ押し出し、日本で耐久消費財などを買いまくる。

日本でマンション、リゾートホテルなどもまとめ買いするインセンティブは、人民元が紙くず化する懼れ、そのことを中国人は本能的に知っているのだ。

つまり換物投機である。嘗てソ連崩壊のときルーブルが紙屑となってマルボロが通貨となったように。近年中に人民元は大暴落を演じることになるだろう。したがってAIIBなどはバブルの仇花と化すのではないのか。

◆「八紘一宇」の本義と三原発言

大原 康男


少々旧聞に属するが、3月16日の参院予算委員会において、多国籍企業に対する課税問題を取り上げた三原じゅん子参院議員(自民)が「現在の国際秩序は弱肉強食だ」と指摘した際に、「八紘一宇」という語に言及したことが論議を呼んでいる。

『日本書紀』神武伝承がルーツ

漢和辞典によれば、「八紘」は「天地の八方の隅」の意で、転じて「全世界」を意味し、「宇」は「軒」または「家」を指す語で、「八紘一宇」は「世界を一つの家にする」というのが原義である。

三原議員はこれを「日本が建国以来、大切にしてきた価値観である」と述べ、この理念の下に「世界が一つの家族のようにむつみあい、助け合えるような経済、税の仕組みを運用していくことを確認する政治的合意文書のようなものを、安倍晋三首相がイニシアチブを取り、世界中に提案していくべきだ」と主張したのだが、この発言が一部の報道やネットで問題視されたことが発端となった。

以上、この語の来歴を概略説明したように、「八紘一宇」は『日本書紀』の神武伝承がルーツだから、総じて国内の統合を強調する思想的文脈で語られてきたのだが、昭和前期にわが国の対外政策に関わる基本理念として用いられ、公文書にもしばしば登場するようになる。

たとえば、昭和15年に第2次近衛内閣が策定した「基本国策要綱」には「皇国ノ国是ハ八紘ヲ一宇トスル肇国(ちょうこく)ノ大精神ニ基キ…」との一節があり、同年の日独伊三国同盟成立に際して発せられた詔書は「大義ヲ八紘ニ宣揚シ坤輿(こんよ)ヲ一宇タラシムルハ…」という文書で始まっている(「坤輿」は「大地」の意)。

さらに、翌16年4月から開始された日米交渉で日本側が提示した日米諒解(りょうかい)案でも「両国政府ハ各国並ニ各人種ハ相拠リテ八紘一宇ヲナシ等シク権利ヲ享有シ…」とある。

論議が行われた「東京裁判」

こうした履歴があったためであろう、敗戦の年の12月15日に連合国軍総司令部(GHQ)が日本政府に交付した「神道指令」(国家神道を廃止し、国公立学校における神道の教育・研究を禁止することを主たる目的とする)において、「八紘一宇」は「大東亜戦争」とともに「軍国主義、過激ナル国家主義ト切リ離シ得ザル」語として公文書で使用することが禁止された。

この見解を今もそのまま諾(うべな)って「アジア侵略を正当化する理念だった」(「東京新聞」平成27年3月19日付)などと断定する手合いがあちこちに見られる。

周知のように、もともと「八紘一宇」は『日本書紀』に記載されている第1代神武天皇の即位建都の詔の一節「八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)と為(せ)むこと、亦(また)可(よ)からずや」(原漢文)に由来する。

したがって、本来は「八紘為宇」という四字熟語だったのだが、近代における在家仏教運動の先駆的唱導者として知られ、日蓮主義に立つ宗教団体・国柱会の創設者である田中智学が、これを基にしてより語感のよい「八紘一宇」という標語を工夫したことから広く世間に知られるようになった。

これは第2次大戦終結直後から連合国によって峻厳(しゅんげん)かつ徹底的に進められた“非ナチ化政策”の一つであるナチス・イデオロギーに関わるキーワード−たとえば「指導者民族(ヘレンフォルク)」「生存圏(レーベンスラウム)」など−の排除を範とした施策であろうが、この「八紘一宇」に関しては、これまでほとんど知られてこなかった実に興味
深い事実がある。

先記した「神道指令」の作成に際して、GHQの草案起草者がこの語の意義について詳しく調査した形跡はない。ところが、いわゆる“A級戦犯”を裁いた「東京裁判」ではかなり突っ込んだ論議が交わされたことが、裁判の「速記録」から窺(うかが)われる。

それは「八紘一宇」に充てられた訳語が多様なことからも分かるが、eight corners of the world under one roof のような直訳は僅かで、概ね making the world one homeといった翻訳がなされている(参考 横溝光暉『東京裁判における八紘一宇』)。

「侵略思想ではない」

最も注目すべきは判決文である。判決は「八紘一宇」は「帝国建国の理想と称せられたものであった。その伝統的な文意は、究極的には全世界に普及する運命をもった人道の普遍的な原理以上の何ものでもなかった」と明言しているからだ。

東京裁判で日本人弁護団の副団長を務めた清瀬一郎は、事実問題で立証に成功したのは「八紘一宇は侵略思想でないということ」のほかには一件あるだけだと回顧している。一方、裁判官においては日米交渉の出発点で提示された日米諒解案での「八紘一宇」の訳語である universal brotherhood が印象深かったかもしれない。

こうした経緯を鑑(かんが)みれば、「八紘一宇」が国策に利用された過去があったにしろ、その本義を踏まえた上で今日的な文脈で捉え直した三原議員の発言を頭から否定するのは、言論の封殺に繋(つな)がると言わざるを得まい。
(おおはら やすお)国学院大学名誉教授
                 産経ニュース【正論】2015.4.3

◆菅元首相 党内では孤立

坂井 広志


永田町ではすっかり影の薄くなった民主党の菅直人元首相は、思わぬところで熱心に活動していた。菅氏の「反原発」運動を「反日本」運動と喝破した中西輝政京都大名誉教授に、ブログで「学者の論文とも思えない」と噛みつき、論争を続けているのだ。」

「イラ菅」ぶりは健在のようだが、民主党からは「最高顧問」の肩書を剥奪されたままであり、党内で孤立の度合いを深めている。

「反日本」運動

中西氏は月刊誌「Voice」(PHP)の4月号で「『反原発』のアナーキズム」と題した論文を掲載した。

それによると、「反原発」運動について「人びとの不安に乗じて原発アレルギーを高める半面、わが国が置かれた深刻なエネルギー・電力不足の危機には目をつぶる、これはまさに『反日本』運動といってよい」と強調した。

その上で、菅氏が平成23年5月6日に法的根拠なく中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止を要請したことをこう批判した。

「市民運動家としての自らの信念である『反原発』を国家的政策の根幹に据えようとした」

「法律ではなくポピュリズムによる情緒的な世論を形成し、その『空気の圧力』によってすべての原子力発電所を止めた菅氏のこの禁じ手が、法治国家ではありえない無法状態を生み出してしまった」

さらに、菅氏が直近の2度の衆院選において選挙区で敗れたことを念頭に「民意に2度もNOを突き付けられ、政治家としてすでに『終わった』人物であるにもかかわらず」とトドメを刺した。

菅氏は3月12日付のブログで反論した。タイトルは「中西輝政氏の暴論」−。

『反原発』を主張することが『反日本』だとすれば、原発ゼロを実現 しようとしているドイツのメルケル首相は『反ドイツ』ということになるのか。あまりにも非論理的で、学者の論文とも思えない」

「いまだに『原発は安全で安価でクリーン』という原発神話を信じているのだろうか」

中西氏は保守派の論客として知られ、安倍晋三首相と考え方が近い。首相が今年夏に発表する戦後70年談話に関する有識者会議「21世紀構想 懇談会」のメンバーでもある。それだけに菅氏が必要以上に闘争心をかき立てられた可能性はある。

脱原発で国際連携?

菅氏は最近、海外で脱原発を説くなど、“国際連携”に余念がない。3月19日にはソウルで講演し、「原発を使うのか、別の道を取るのかが世界 で問われている」と強調。脱原発を主張する最大野党の新政治民主連合の幹部とも会談した。2月24日には欧州の非政府組織(NGO)の招きを受けてパリで講演し、「原発は原爆と同じように多くの人に被害をもたらす」と不安をあおった。

菅氏は、党内で無役ということもあり、自由気ままな発言が許されていると思っているようだ。菅氏は平成25年8月に参院選東京選挙区で無所属候補を支援したため、党員資格停止3カ月の処分を受け、最高顧問の役職を解任された。その後、処分は解除されたが執行部は最高顧問に復帰させなかった。他の党所属議員から「最高顧問に戻すなら離党する」との声が相次いだからだ。

いまや党内で菅氏のことが話題に上ることはほとんどなく、ある中堅は「元首相なんだからもっと大きく構えてほしい」とため息をつき、執行部も「静かにしてほしい」(幹部)のが本音だ。

それでも菅氏は「何とか出させてほしい」と国会で質問する機会を与えるよう求め、3月10日に衆院予算委員会分科会に質問に立った。「当時の首相としていまなお責任を感じている」と殊勝な言葉を発したが、その後に見せた原発政策に関し安倍政権を追及する姿は、市民運動家そのものだった。

民主党出身の元首相といえば、鳩山由紀夫氏が外務省の自粛要請を振り切ってウクライナ南部クリミア半島に渡り、クリミアのロシアへの編入を「ウクライナ憲法の規定に従い、平和的かつ民主的プロセスにのっとって行われた」と発言したり、日本の対露制裁を「日本政府は、米国や欧州の国々の例に追従するよりも、自主的な状況評価をすべきだ」と批判したりして物議を醸したのは、記憶に新しいところだ。

菅氏もいたって“意気軒高”のようで、本人にとってそれはそれで結構なことだ。しかし、民主党はそうはいかない。鳩山氏の場合は「今は少なくとも民主党に属している方ではない」(枝野幸男幹事長)と反論できるが、菅氏は現役の民主党議員だ。

そうした言動が民主党にとって「大迷 惑」になっていて党の支持率低迷の一因になっているという自覚がないの は、悲劇であり喜劇だとしか言いようがない。(政治部記者)

               産経ニュース【安倍政権考】2015.4.2

◆「生きる」よりも「活きる」を選ぶ

渡邊 好造



新聞で有名人の訃報をみると、死因とともについ目をひくのは、その年齢である。わが身に比べて長生きされたかどうか気になるのは、筆者だけだろうか。

最近、死を迎えるのは80%以上が病院だそうだ。今では昔のように自宅であらゆる手を尽くした後残念な結果になることはまずないといってよい。それも数年前までは、患者が例え意識を失い眠った状態でも血管から点滴で栄養分を送り、かなりの期間生きながらえることができた。

しかし、これにも限界があり血管が詰まったり、どうしても栄養分が足りなくなりいつまでも生きながらえるという訳にはいかなかった。

そこに今度は「胃ろう(胃瘻)」という新しい治療法が開発された。この治療法は、小説家・渡辺淳一氏の週刊誌連載エッセイでも取上げておられたが、意識のなくなった患者の胃に栄養分タップリの流動食を直接送り込む。

したがって、意識はなくとも患者は延々と長生きできることになる。筆者かかりつけの内科医によると、「やってみますか」と勧める病院も増えているという。

点滴だったら精々3〜4年が限界だったのが、それ以上に症状が変らないまま長生きできるらしい。医学上目覚ましい進歩には違いない。患者の家族にとって大喜びのこともあろうが、当然のことだが、治療費は計り知れない。

かといって途中で「胃ろう」を打ち切ってくれとは言えない。それを言うと”もう殺してくれ”となり、殺人罪に問われかねない。これではもはや”生き”ているだけで、”活き”ているのでは決してない。

筆者は「生きる」よりも「活きる」方を選びたい。

そこでこんな迷惑な結果にならないよう次のような遺言書を残すことにした。もちろん異論があることは覚悟の上だし、本人死後のことだから守られなくともやむを得ない。

1) 病気・事故などにより脳死状態、認知症などで通常の判断ができない、その他回復不能の病気にかかった場合、余分な延命処置、治療は一切不要のこと。とくに「胃ろう」だけは絶対ご免である。

2) 死体処理は、法律上必要なことのみに限る。

3) 寺、僧侶に関わる費用は使わない。葬儀、読経、戒名、祭壇など不要。焼場直行の直葬も可。(戒名がないと「三途の川」を渡れないと真剣にいう人がいた、)。

念のために申し添えるが、金が惜しくて言うのではない。死者も含めて既に死んだも同然の人に金を使うべきではなく、金は”活きている人”にこそ使うべきなのである。(再掲)


2015年04月03日

◆北朝鮮に萎縮せず圧力を

阿比留 瑠比



政府が北朝鮮制裁措置の2年間延長を閣議決定した3月31日、先週に拉致問題に関する働きかけのため訪米した古屋圭司前拉致問題担当相に、議員外交の成果について聞いた。今回は安倍晋三首相にも事前に相談して賛同を得た上での訪米だったとのことで、十分な手応えを感じたという。

多角度から対策

「米議員らは『ナイス・アイデア』と言っていた」

こう語る古屋氏は、マイク・リー上院議員ら4人の上下両院議員に会い、協力を要請した。内容は中国で北朝鮮に拉致された可能性が高いスネドン氏について、米議会で調査徹底や問題解決を求める決議を採択することが1点目だ。その際、決議文で日本の拉致被害者に関しても言及してもらう。古屋氏は指摘した。

「米国は、自国民が拉致されたとなれば、世論がどっと動く。自国民救出のためなら、軍隊の使用も辞さない国だ」

次に、2008年のブッシュ大統領時代に米国が解除した北朝鮮へのテロ支援国家指定の再指定である。指定解除は、これを主導した当時のヒル国務次官補も後に「失敗だった」と認めている愚策であり、議会側から米政府に強く働きかけるよう求めたのだ。

この2点が実現すれば、北朝鮮に対する大きな圧力となり、日本の拉致問題が動くきっかけにもテコにもなり得るだろう。

折しも安倍政権は先月、警察当局が1年以上前から内偵していた密輸事件をめぐり、朝鮮総連の許宗萬(ホ・ジョンマン)議長、南昇祐(ナム・スンウ)副議長の自宅などの家宅捜索にゴーサインを出した。こうしたさまざまな角度からのアプローチが、拉致問題解決につながることを期待する。

レッテル覚悟で

思えば日本政府もメディアも、平成14年9月の小泉純一郎首相(当時)による初訪朝以前は北朝鮮に対して過剰に配慮し、腰が引けていた。最近メディアにたびたび登場する表現を使えば「萎縮」していた。

朝日新聞に至っては、小泉氏の初訪朝当日である9月17日付朝刊の1面でも、写真説明に「拉致問題解決を訴える行方不明者の家族たち」と書いた。「拉致被害者」とストレートに記さずに、わざわざ北朝鮮が好む「行方不明者」という言葉を用いる萎縮ぶりだ。

もっとも、報道が萎縮するという懸念については、数年前にも聞いたことがある。20年1月に民間シンクタンク、国家基本問題研究所が初記者会見を開いた際のことだ。フリージャーナリストの男性が、こんな質問をした。

「小泉訪朝は日本の空気を大きく変えた。北朝鮮に融和的なことを言うと『反日』とレッテルを貼られるリスクも出てきた。私の知人にも萎縮して本心が言えないという人がいる」

これに対し、研究所企画委員の西岡力・拉致被害者を救う会会長はこう言い切った。

「小泉訪朝前は、拉致問題について書くと身の危険があった。私は脅迫状も脅迫電話ももらった。しかし、言論活動をしていればレッテルを貼られるぐらい当然だ。それぐらいの覚悟がなければ、言論活動をしなければいい」

自身にその覚悟があるだろうかと自問しながらメモを取ったのを覚えている。被害者家族や西岡氏らが萎縮せずに活動を続けたからこそ、拉致問題が日本社会で重視されるようになったのである。今萎縮しなければならないとすれば、報道関係者ではなく北朝鮮だろう。(政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2015.4.2
 

◆私の「身辺雑記」(206)

平井 修一



■3月31日(火)。朝は室温18度、快晴、フル散歩。桜は見事な満開、全開、絶頂だ。花弁の一片は風にも舞い落ちる儚さだが、全体が咲き誇ると圧倒的な存在感だ。威風堂々、皇国の重厚長大、かつ繊細、美、寛容を象徴している。とても感激した。

午前中は膨大な洗濯物を畳んで、新たな洗濯物を干し終ったら、ここ数日間の“集団的子育て”の疲れから居眠りをした。

キッチンヂイヂは手抜きをしないから体に応える。娘たちが自宅ではあまり作らないだろう料理、つまり手間がかかる料理を作るから、時間と労力が結構いるのだ。

たとえば夕べのかき揚げ。具材は桜エビ、鶏モモ肉、竹輪、玉葱、ネギ、ニンジン、ゴボウ、カボチャ、青のり、卵、酒、ほんだし、小麦粉。揚げている最中にカミサンはつまみ食いする。それくらい旨い。チビ達もいっぱい食べてくれた。

一所懸命に旨いものを提供すれば小生の多少(?)の瑕疵は許してくれるだろうという“キッチン帝国主義”なのだが、今のところは上手くいっている。

共産主義は産業を接収、強奪、国営企業とし、そのアガリで国民を食わせるのだが、プーチンはこの一年でクリミアの300〜400社を国営化したという。それだけでは足りないから3000億円/年を注ぎ込むそうだが、ロシア経済が苦しいだろうから、いつまで続くものか。

習近平のインチキ、じゃなかった「インフラ・フラフラ銀行」は失敗するだろう。スタートしても現場はやる気がないのではないか。官僚の元気の源、ユンケル皇帝液は蓄財、蓄妾だった。これを奪われたら役人は「休まず、遅れず、働かず」となる。

姫田小夏氏の論考「腐敗撲滅でやる気をなくす中国の役人たち」(JBプレス3/24)から。

<「今の上海はめちゃくちゃ、用がなければなるべく帰りたくない」

こう嘆くのは東京に駐在する中国人男性W氏だ。帰れば必ずトラブルに巻き込まれるのだという。

トラブルの多発地帯と言えばタクシーの車内。上海では今、W氏のみならず「できるだけ乗りたくない」とタクシーを避ける市民が増えている。上海万博以前はタクシー運転手は明るく、サービスもよかった。

しかし最近はぶっきらぼうな運転手ばかりで、マナーも悪化。うっかりしているとわざと遠回りされるので気が気ではない。重たいトランクの上げ下ろしに手を貸してくれる運転手も少なくなった。

上海でタクシー運転手は2000年代初頭まではちょっとした花形職業だった。しかし今では「安くこき使われる仕事」の代名詞となった。いまや上海戸籍をもつ運転手は少ない。多くは、非上海戸籍の江蘇省や安徽省などの出身者である。

「タクシーの座席には条例の指定で白いカバーが掛けられていたものだが、すっかり見なくなった。車内はお世辞にもきれいとは言えない」(同)

Wさんは先日、上海で運転手の態度に腹を立てて口論になった。タクシーの日常業務を管理監督する「上海市城市交通運輸管理処」にすぐにクレームの電話を入れた。だが、誰も電話に出なかったという。

上海市では「上海市出租汽車管理条例」(出租汽車=タクシー)という条例のもとに、タクシーの運営管理、サービスの維持が求められているが、サービスのレベルは年々悪化する一方だ。Wさんは「行政は何をしているのか」と憤懣やるかたない様子だ。

*“おいしい”出張に行けなくなった

浙江省で地方公務員を務めるNさんは、数年前まで会議を名目に頻繁に上海に出張していた。「出張し放題」は地方公務員の特権だった。上海などの大都市を訪れることは一種の慰安旅行のようなものになっていた。

ところが、習近平体制が発足すると、出張が「テレビ会議」に変えられた。Nさんはこう語る。「出張に行くことはすっかりなくなった。出張の際は必ず訪問先へおみやげを持参していたものだが、それすらも買うことがなくなった」

北京や上海の高級飲食店の中には、公務員による高額消費を当て込んでいたところが少なくない。しかし、そうした店舗は、2013年から2014年にかけて軒並み業績が低迷した。中国割烹協会によれば、2013年、全国の飲食業における収入は2兆5392億元、その伸び率は過去21年間で最低だったという。

特に高級飲食店の業績悪化が目立った。北京ダックで有名な「全聚徳」は日本人にもおなじみの老舗だが、25ある子会社のうち13社が赤字だと報道されている。

さて、この地方公務員のNさんは、誰と食事をするときでも絶対に財布を開こうとしない。「公務員は自分から財布を開くことはないのだ」という。たまに自分がおごる番になると、友人の店に行き、「俺は○○局だ。お前の店の社長とは親しいんだから安くしろ」としつこく迫る。

Nさんが吝嗇家なのは、懐が寒いためでもある。「知ってるか? 俺の給料はたったの9000元(17万5500円)だ。40代で家族もいる。こんな薄給で生きていけると思うか。だからハンコを押す特権を金品に変えて、なんとか生活してきたんだ」

贈収賄がダメだというなら、生活を切り詰めるしかない。「たまの休日に家族で外出する時のご馳走は、一皿5元(100円)の中国版ファストフードだ」とNさんは明かす。

数年前まで、公務員は憧れの職業(不正な収入が得られるから)だったが、「最近は、優秀なやつは公務員にはなりたがらない」(Nさん)という。

贈収賄はダメ、出張もダメとなった今、公務員の仕事に対するモチベーションは間違いなく低下している。

警察官のモチベーションも同様に低下している。法律に基づいてしっかり取り締まろうとすれば、逆に市民から食ってかかられる。ルール違反が当たり前の世の中になってしまっているのだ。

親戚に中国の警察学校の教員がいるCさんは、その親戚からこんな話を教
えられた。

「若い警察官がどんどん辞めている。1日中、街をパトロールするのは決して楽な仕事ではない。収入も少ないうえ、市民から難癖をつけられる。辞めていくのも無理はない」

収入と社会的地位、そして業務内容からすると、現代の若者にとって警察官は著しくバランスを欠く仕事と映るようだ。

*続々と取り調べを受ける「たかり」の公務員

中国の政府機関は、基本的に“やる気のない”職場である。新聞を広げてお茶をすすり、無駄話をしながら、面倒くさそうに仕事をする人たちばかり。加えて行政手続きのフローは不明瞭で、手続きに来た人はあちこちたらい回しにされるのが日常茶飯だった。

これには現地の日系企業も泣かされた。たった1つのハンコをもらうためにも、公務員との「関係づくり」が欠かせない。

公務員にやる気がないのは、薄給であることが背景にある。「この給料で一生懸命働けば自分が損をしてしまう」と、公共機関で働く女性は話す。そこで日本人駐在員は、食事への招待、高価な手土産、もしくは商品券、あるいは現金や海外旅行など、あらゆる手練手管を用いて公務員との関係を作ろうとした。

上海で中小企業を営む日本人経営者Hさんは、「それでもハンコは簡単にもらえなかった」と振り返る。昼間の営業時間に訪れても「忙しい」の一点張り。「その最たる例が税関だ。営業時間内にはもらえず、夜中に担当者の家にまで行ってハンコをもらうのが通例だった」

たった1つのハンコをもらい、たった1枚の書類を作成してもらうのに一体どれほどの金と時間を費やすのか・・・中国で働く日本人ビジネスマンの共通の嘆きである。

“たかり”も多かった。上海在住の日本人経営者Iさんは、次のように話す。

「これまで外資を含む工場経営者は市政府から補助金をもらうと、その一部を市政府の役人に“上納”していた。市政府が組織ぐるみでキックバックさせていたフシがある」

だが、そうやって外資系企業にたかってきた公務員たちが、「最近、続々と取り調べを受けている」とIさんは言う。上は“虎”から下は“蠅”まで一網打尽の状況を見て、腐敗撲滅運動は単なるスローガンではないことを現地の日本人も思い知らされている。

*「キツネ狩り」は文革時代に酷似?

1949年に中国共産党による新しい国家が設立し、80年代に改革開放政策が本格化すると、贈収賄が全国で蔓延した。近年の中国経済発展の歴史は、腐敗蓄積の歴史だとも言える。

「キツネ狩り」と称される逮捕劇は全国各地で展開され、汚職で捕まった公務員は5万5000人、海外逃亡した公務員は2万人にも及ぶという。

中国の圧倒的多数の民衆がこれを支持していると言われるが、その一方で、現政権の腐敗撲滅運動を批判する声もある。「腐敗役人ばかり捕まえてもしょうがない」というのだ。

声の主は、海外に散らばる中国の知識人たちである。一部の知識人は、習近平政権が推し進める反腐敗キャンペーンが「文革時代に酷似している」と警戒する。

上海出身の華僑、Xさんはこう述べる。

「中国という国は、いまだに法治国家ではないのだ。反腐敗は結構だが、制度改革がまったく見えてこない。例えば三権分立を実現させるための議論はいつ行われるのか」

中国では腐敗撲滅運動が進められる一方で、影響力のある知識人のブログは閉鎖され、憲法に保障されているはずの「言論の自由」はむしろ後退を見せている。負の連鎖の原因を突きつめれば、共産党の一党独裁に行きつく。

根本的な議論を行わず取り締まりばかりを強化する現政権。その結果、公務員はますますやる気を失っている。中国の公務員の質の低さは今に始まったわけではないが、これ以上低下すれば社会は秩序を失うだろう。一刻も早い制度改革が待たれる>(以上)

「一刻も早い制度改革」をすれば独裁体制が崩壊するから、まあそれはあり得ないが・・・

習のデタラメ政府は国有企業にデタラメ融資を続け、債務不履行、破綻になると「倒産を認定しない」ことで表面を糊塗してきた。信用不安の蔓延、連鎖を恐れているからだ。

このデタラメ主義者がインフラ銀行で金をばらまくそうだが、借り手は誰も返済しないだろう。「ゴッツァンです」の海千山千の事業案件ばかりだろう。事実上のデフォルト続出で数年でインチキ銀行は中共とともに崩壊するはずだ。

「返済したいけれど財布が底を突いちゃって・・・あと5000億円を追加融資してくれれば返せる目途が立つんで、お願いしますよ」

債務者は皆“居直り”ギリシャ並み。債権者は回収不能で、結局、プーチンは貸金4兆円を「もういいよ、チャラにするわ」と北とキューバに言うしかなかった。債権放棄。「ない袖は振れない、生かすも殺すも好きにしてくれ」と債務者から言われたら、もうどうにもならない。金目のものもないのだ。

インチキ銀行の破綻と債務者の居直りのスッタモンダを早く見たいものである。

■4月1日(水)。朝は室温20度、今季最高、曇、フル散歩。いつもは7時から散歩していたが、犬の熱中症対策で今朝から6時に。桜は今朝も満開だった。いい気分。キンカンの実が大きくなってきた。

夕べ、カミサンは送別会。3月はお別れの季節で、退職やら人事異動は4月1日発令だ。行く人、来る人。

3月決算の会社の社長は、3月末にどうにか払うものを払って、無事、新年度を迎えられたことにホッとする。小生もそうだった。前年度の悪戦苦闘は忘れて、心機一転、新年度に立ち向かうのだ。「区切り」がついて新しいページに新しいことを書き込んでいく。

「区切り」は大事だ。区切りをつけないと交際も上手くいかない。アメリカ独立宣言には「戦時にあっては敵、平時にあっては友」とあり、これが外交の要諦だ。以下は宣言の締めの部分。

<我らは我らの分離を宣言する必要性を認めざるをえず、祖国(英国)の同胞は他の人類と同様、「戦時にあっては敵、平時にあっては友」とみなさざるをえない。

ゆえに我らアメリカの連合諸邦(the united States of America)の代表は連合会議に集い、世界の至上なる審判者に対し我らが意図の正当性を訴えて、これら植民地のよき人民の名と権威において、厳粛に公に宣言する。

これら連合植民地(United Colonies)は自由にして独立な国家であり、またそうであるべきものである。英国王に対する忠誠はいっさいこれなく、グレートブリテンとの間の政治的なつながりは完全に解消されており、またそうあるべきものである。

諸邦は、自由にして独立な国家として、戦争を行ない、講和を締結し、同盟を結び、通商を確立し、その他独立国家が当然の権利として行ないうるあらゆる行為をなす完全な権限をもつものである。

この宣言を支えるため、神の摂理への堅い信頼とともに、我らは相互にその生命、財産、そして神聖なる名誉を捧げあうことを約するものである>
(以上)

戦争が終わって講和したにもかかわらず、未だに70年以上も前の戦争を持ち出して「歴史認識を改めろ」「反省しろ」と隣国に難癖をつけるのは、まともな国家がすることではない。それなら元寇(文永の役・1274年)、弘安の役・1281年)を中韓は反省したのか。バカも休み休み言え。

中韓は「それはモンゴル帝国とその属国である高麗王国によるもので、今の中韓とは別の国」と言うのなら、70年以上前にあっては韓国は日本だったし、支那事変で日本と戦った主役は国民党で、辺境でちょろちょろゲリラをしていた乞食武装勢力=紅匪=中共は脇役どころか通行人に過ぎなかった。違うか?

難癖つけても一銭にもならんぜ。

■4月2日(木)。朝は室温16.5度、快晴、フル散歩。

昨日の風雨で桜はかなり散り、散歩コースは小雪が舞ったよう。駐輪場のオッサンが竹ぼうきで掃除していたが「くっついちゃって取れやしないよ」とぼやいていた。まったく大変だ。

海棠、チューリップ、芝桜、ドウダンツツジ開花、柿は芽吹いた。今日も元気で中共叩きへ、イザ!

中共・紅軍のボス、朱徳の生涯を描いたスメドレーの「偉大なる道」上下合わせて500ページを読み直したが、日本軍と朱徳の率いる部隊が戦ったシーンはゼロだった。辛うじてこうあった。

<私(スメドレー)は、八路軍(国共合作後の紅軍の名称)が前線に出発してから1か月後に、五台山で朱徳将軍の司令部に加わった。山西省の東北部にある五台山は当時、日本軍の後方になっていた。

(1937年)9月25、26の両日、林彪の指揮する115師は長城の平荊関で日本軍と戦って、中国最初の勝利を勝ち取った。

朱徳と彭徳懐将軍は、平荊関で日本の1個旅団を全滅させた話をしてくれた。そしてその他の戦闘でも、日本人は負傷した場合でもなければ、決して降伏しないという話もした。

負傷者さえ、死んだふりをしているということだった。八路軍の担架兵が彼らの上にかがむと、、飛び起きて、たちどころにこちらを殺した。賀竜の部隊が敵の輸送隊を壊滅させたときなど、日本兵がトラックにしがみついて、斬り落とすまで離れなかった。

賀竜の部隊は、日本兵の死体のポケットから、日本共産党や日本反ファシスト連盟の署名のある反戦ビラを多数見つけた。朱将軍はこのビラのことを話し出すと興奮してきた。

「おそらく我々は、我々の同志たちを殺していることだろう!」と彼は叫んだ。「だが仕方がない。これからはわが軍の兵隊も、日本兵に向かって、我々は捕虜を殺さない、と叫ぶだけの日本語を覚えねばならない。敵の兵隊は将校から、紅軍は捕虜をすべて嬲り殺しにすると教えられているのだ」>(以上)

ブログ「父の15年戦争――父は1937年、14歳のとき満蒙開拓青少年義勇軍に志願して満州に渡りました。以来15年間、戦争と革命に明け暮れました」から。

<林彪ひきいる八路軍の115師は平型関(正しくは平荊関)後方の隘路で待ち伏せし、(日本軍の)自動車連隊および歩兵21連隊などの輜重部隊約1000余名を全滅させた。

この戦闘は八路軍初めての大勝利で、それまであった日本軍不敗の神話を打ち破り、中国軍民の抗日意欲を鼓舞した。

しかし日本国内ではこのように日本軍が敗北や苦戦する戦闘はまったく報道されなかった。

昭和13年1月1日発行の大衆雑誌「キング」新年号付録に「支那事変美談武勇談」という特集号がある。ここに書かれている「平型関の七勇士・敵の重囲に死闘三日間」の記事を読むと、日本兵は困難な山岳戦を寡兵で戦い抜き全滅に瀕しながらも最後は「大勝利」を収めたようになっている。

むすびの文を引用すると「かくてその日のうちに、我が軍は暴戻敵軍を完膚なきまでに撃破し、進撃すさまじく大営鎮を陥れた」と書いている。
(この特集には)400ページに渡って戦国時代さながらの武勇談や銃後の美談が満載されている。

近代軍装備で勝る日本軍はこうした「武勇奮戦」で中国の主要都市を制覇したものの、中国人の抗戦意欲は一向に衰えず皇軍の戦死者は確実に増えていった。父の話によると、このころ、山西省の平型関や娘子関(じょうしかん)などの山岳戦で、大勢の日本兵が戦死した。

父は日本敗戦後、人民解放軍に入り林彪指揮下の第4野戦軍で国共内戦を戦いますが、林彪に二度、閲兵を受けたそうです。小柄で色が白く神経質そうな感じだったが、兵士に人気があり、彼の閲兵を受けると「みな意気盛んになった」と言います>(以上)

このブロガーは「1952年中華人民共和国漢口生まれ、1953年家族4人で日本へ帰還」とあり、氏の父上は満洲で少年時代を過ごし、終戦前の1945年5月に徴兵検査甲種合格、関東軍に配属されたとある。終戦後に中共軍に志願したようだ。帰還後に日共に入党したというから、元々が共産主義者あるいはシンパだったのだろう。

人民網2005/9/5によると――

<前田光繁氏(88)は1939年10月20日に自ら志願して八路軍に参加し、八路軍に参加した第一陣の日本国籍の兵士となった(平井:一番目は野坂参三)。1939年11月、前田氏らは八路軍根拠地における最初の日本反戦組織である「日本兵士覚醒連盟」を発足させた(平井:通称「反戦連盟」らしい)。

反戦連盟が発足した時は、わずか3人であったが、1945年8月15日の日本の敗戦の時には1000人以上のメンバーがいた>

ISのように中共は世界中の若者を引きつけたのかもしれない。スペイン人民戦線もそうだが、当時は普通のインテリにとって共産主義=正義だったのだろう。

中共が日本と戦闘してそれなりの成果(日本軍の損害は不明)を上げたのは「平荊関」くらいではなかったか。蒋介石もそう書いているというし(古野直也著「張家三代の興亡」)、台湾国防部も最近「抗日戦争を主に戦ったのは中華民国の国軍だ」と中共に反発している(産経)。そのくせに中共は「抗日戦に勝利したのは我々だ」と嘘八百を並べたてる。

日本は米ソに敗けたが、蒋介石・国民党にも中共にも敗けたのではない。確かに日本軍は終戦の詔勅により連合国の国民党に投降したが、スメドレーの著作によれば、中共が連合国に「(華北で力のある)中共にも日本軍を投降させるべきだ」と宣言したが、「呼びかけられたどの政府も認承しなかった」という。完璧に無視されたのだ。

蒋介石は(米国の意向で?)止むを得ず国共合作で日本に対抗したが、そもそも主敵は中共だった。さらに米国も、主敵の日本を叩くために国共合作を支援した(のだろう)。日本が降伏したら、米国・連合国など国際社会は(ソ連を除いて?)くすぶり始めた蒋介石 VS 毛沢東の内戦には興味がなかったようだ。

エゲツナイのは、蒋介石、米国は、降伏した日本軍(平井:朱徳がやっかむほど支那人が支持した。日本軍が来れば治安が良くなるからだ)とともに中共叩きを始めたのだという(スメドレー)。

中共は用無し、お邪魔虫になったのだ。「国家には永遠の友も永遠の敵もない。あるのは国益だけである」と賢人が言ったそうだが、まったく算盤勘定の世界だ。やがて蒋介石も用無し、賞味期限切れになった。

米国の支援を失った蒋介石、華北で日本軍の武器を盗んだ毛沢東。内戦で中共が勝ったが、「抗日戦で中共が勝った」というのは大嘘、笑止千万だ。

人民が真実を知るとこの大嘘がばれるから、「近現代史の解釈権は中共のみが有する」だと。メチャクチャ、狂気の沙汰だ。

まともな国同士の外交は、戦時で敵対していたことは「過去の話」、講和後の現在は「友好」で行く。この区切りがないと対等な国同士の健全な交際が難しくなる。中韓は日本をすっかり敵にまわした。対日外交破綻のつけは大きいだろう。楽しみだ。

夕食はシャリアピンステーキ、エビ&卵の野菜炒め、スープなど。
(2015/4/2)

◆水に落ちた犬を叩く中国保身術

矢板 明夫



昨年3月に失脚した中国の徐才厚(じょ・さいこう)・前中央軍事委員会副主席が15日に膀胱がんのため死去した。71歳だった。中国の官製メディアは「罪深き人生が終わった」「死んでも罪は消えない」などと徐氏を批判し続けている。

中でも厳しかったのは、徐氏が生前に社長を務めたことがある「解放軍報」だ。「徐才厚が残した毒をわれわれが全力で除かなければならない」などとする批判キャンペーンを展開し、習近平指導部に忠誠を誓う姿勢を打ち出した。

「病亡」の表現で見下す

「人民日報」などの官製メディアは、徐氏の死去を伝える際に「病亡」という表現を使った。中国の場合は、生前の政治的地位に応じて死を表現する言葉を使い分けている。

巨額の収賄などの経済問題で党の規律部門で調査を受けた徐氏だが、死去に伴い不起訴処分となっている。厳密に言うと犯罪者と確定したわけではないが、「病亡」という表現が使われたことで、徐氏は共産党内で「政治犯」と見なされていることがうかがえる。

「悲しき恥ずべき一生」

徐氏と同じく、軍制服組最高ポストである中央軍事委員会副主席を経験した張万年氏(1928〜2015年)が今年1月に死去した。その時、中国共産党は訃報で「優秀な中国共産党員、忠誠なプロレタリアの戦士、革命家、軍事家、中国人民解放軍の卓越した指導者」と表現し、最大限の賛辞を贈っていた。

数年前から体調を崩し、入退院を繰り返していた徐氏がもし失脚する前に死去していたら、その人生もおそらく同じように総括されただろう。

しかし、徐氏が死去した翌16日の「解放軍報」(電子版)は「徐才厚はベッドの上で監視されながら、その悲しき、恥じるべき一生を終えた。彼の人生は終結したけれど、多くの教訓を残した」との書き出しで、長文の論評記事を掲載した。

17日も「徐才厚は解放軍の兵士の人生観、世界観、価値観に重大な損害を与えた」などと批判し続けた。

毛沢東(1893〜1976年)、トウ小平(1904〜97年)クラスの国家指導者は「逝世」、その他の指導者は「病逝」、芸能人やスポーツ選手の場合は「去世」という。

「病亡」は死者を見下すニュアンスがあり、政治犯が死去した時にだけ使われる。1990年代まで、文化大革命後に失脚した王洪文・元共産党副主席(1935〜92年)などが死去した時にも「病亡」は使われたが、最近はあまり見かけなくなった。

張万年氏の葬式には、習近平国家主席(61)をはじめ、共産党の主要指導者はほぼ全員が出席した。しかし、徐氏の場合は、家族・親戚などがほとんど連座して拘束されているため、葬儀が開かれるかどうかは今のところ不明だ。仮に認められても、出席者はほとんどいないとみられる。

自慢のOBに手の平返し

解放軍報は徐氏が死去する前に病院で治療を受けたことについても「人道上の理由から」とわざわざ説明している。「本来なれば、徐才厚には治療を受ける資格はない」と暗に言っているようだ。

数ある中国のメディアの中で、解放軍報が突出して徐氏に激しい理由は、軍の機関紙であるということに加えて、解放軍報が徐氏と特別な関係にあったためでもあるようだ。1992年、地方勤務を経て中央入りした徐 氏が北京で最初に就いたポストは解放軍報の社長だった。

解放軍報の改革 で発揮した手腕が評価され、2年後には総政治部副主任に抜擢(ばってき)された。

最後には軍ナンバー2まで上り詰めた徐氏は、解放軍報にとっては「最も自慢できるOB」だった。解放軍報の事情に詳しい関係者によれば、社長室には徐氏の揮毫が掲げられていたほか、徐氏が地方視察に出かける時は特集を組んで他の軍指導者より大きく宣伝するなど、徐氏との特別な関係を暗に強調してきた。

徐氏が昨年3月に失脚すると、解放軍報はいきなり手の平を返すように徐氏批判の急先鋒となり、徐氏のことを「国妖」(国を攪乱(かくらん)する妖怪)と罵倒するようになった。

解放軍報が豹変(ひょうへん)した理 由について、共産党の古参幹部は「徐氏が憎いからではない。解放軍報の 現在の幹部たちは、徐氏の一派と見なされて粛清されることを恐れている のだ」と指摘した。

中国には「水に落ちた犬は打て」という言葉があるが、現実の世界では、犬を痛めつけることが目的ではなく、叩いている姿を時の権力者に見せて保身を図るのが目的である場合が多いようだ。  (中国総局 やいた・ あきお)
 
産経ニュース【矢板明夫の目】015.4.2