2015年03月19日

◆看過できない政治家の国際感覚

袴田 茂樹



3月初めにロシアで、日露の専門家や政治家がウクライナ問題や日露関係 をめぐる非公開の会議を行った。私の最大の関心は、本欄で先月私が書い た見解に対するロシア人の率直な意見を聴くことだった。「日露の歴史を 修正しているのはロシア側」という論だが、以下が私の見解の要点である。

■「歴史修正」認めたロシア高官

 (1)プーチン大統領も含めロシア政府は、北方領土の帰属問題が未決 と認めて領土交渉を続けてきたのに、2005年以来「第二次大戦の結果ロシ ア領と決まった」と主張し始めた

 (2)ロシアは軍国主義日本がナチスドイツと同盟を組んで、ソ連が被 害者になったかの如(ごと)く非難するが、日本は独ソ戦の間も含め「日 ソ中立条約」を最後まで守り、それが独ソ戦でのソ連勝利の一因だった。

条約を破って日本を攻撃し大西洋憲章の精神に反して領土を拡大したのは ソ連だ。

この私の見解に対しては、エリツィン時代にロシア政府高官として日本と の領土交渉に直接携わり、交渉経緯を知悉(ちしつ)している人物が、私 の見解に完全に同意すると述べた。私は、真実を知っている者は、ロシア 人でも私の見解を否定できないと密(ひそ)かな確信を抱いていたので、 彼の言葉に得心した。

3月10日にモスクワの国際大学で講演をした。その時もやはり、本欄で書 いた見解に対するロシア人学生や教授たちの反応を知るのが私の主たる目 的だった。

「日本は政治・経済的にあまり関係のないウクライナ問題で対露制裁に加 わっているが、これは単にG7への同調、米国の圧力故ではないか。日本は もっと主体的な対露政策を遂行すべし」との対日批判をまず紹介すると、 100人余りの聴衆の殆どがこの見解に賛成した。

次いで私は、クリミアとスコットランドの住民投票が、ロシア軍の軍事介 入がなかったとしても本質的に異なり、クリミアのロシアへの併合は国際 法的に認められないことを、世界各地の「チャイナタウンでの住民投票」を例に出して説明した。その国の政府が認めない「自決権」は国際法的に 無効という見解だ。ロシア軍介入下での併合はもちろん論外だ。

■鳩山元首相への痛烈な質問

「日本とウクライナは今やロシアに主権、領土保全を侵されているという 共通問題を抱えている。従ってG7の中では日本は他国以上にロシアの主権 侵害を批判する権利と義務を有する」との私見を述べた。

「領土問題ではロシアに別の見解があることは承知だが、日本の立場から するとロシアの対ウクライナ政策を厳しく批判せざるを得ない。それはG7 への配慮故だけではない」として、緊張する尖閣問題も説明した。

この説明のあと聴衆の意見を求めた。驚いたことに、直前に紹介した対日 批判に賛成した者の殆どが、今度は私の見解は理解できると挙手したので ある。

私がモスクワの講演で最も強調したのは、21世紀のグローバル化の時代に なっても世界の秩序は主権国家間の関係で辛うじて維持されており、国民 国家とか主権・領土という観念は過去のものになるというポストモダニズ ムの政治論はあまりに楽観的で、安定した主権国家の存在と他国の主権尊 重が最も重要、という点である。

この私の見解に対して、痛烈な質問が出された。聴衆の一人が、「日本が ロシアによるクリミア併合をウクライナの主権侵害と批判するのは理解で きた。では、鳩山由紀夫元首相が本日クリミアを訪問して住民投票による ロシアへの併合を認めたことをマスコミは広く報じている。これをどう理 解すべきか」と質問したのだ。

ロシア査証でクリミアを訪問した彼の行動は、私自身絶句する事態で心底 から赤面した。あらかじめこの質問は予想していたのだが、次のように答 えざるを得なかった。

■安倍政権とは真逆の見解

鳩山氏はわが国でも国家主権や安全保障の問題が全く理解できない「宇宙 人」と呼ばれている。しかし、そのような首相や政党を選んだのは日本国 民であり、日本人の私自身、赤面している、と。

昨年9月には、自民党の森喜朗元首相が安倍晋三首相のプーチン大統領宛 て親書を携えてモスクワを訪問し、「ノーベル平和賞を受けた欧州連合が ウクライナを巻き込んでロシア叩(たた)きを考えている。それではノー ベル平和賞が泣く。われわれはウクライナ問題に関わる資格はない」とま で述べた。安倍政権や欧米とは真逆の見解で、強い懸念を抱かざるを得ない。

ロシア政府の大使も務めたあるロシア人でさえウクライナ問題で「ロシア は最初から、国際法や自国の評判、さらには自らの良識さえも完全に無視 して、力の論理に従って行動してきた」と自国政府を厳しく批判している のである。

 クリミア併合を批判してきた改革派ネムツォフ元副首相の暗殺に対し て、モスクワでは数万人の抗議デモが行われた。日本の政治家の国際政治に対する音痴 ぶりは、鳩山氏は民主党だから、とは言っておれない深刻な事態である。そして、こ れは日本国民自身の深刻な問題でもある。(はかまだ しげき)新潟県立大学教授
                     産経【正論】2015.3.18
                    (収録:久保田 康文)

◆歴史問題の解決は困難

Andy Chang


台湾の228事件記念日のあと、テレビで「転型正義」という題目で討論会があった。転型とは、改めて別の形で正義を求めることだろう。228事件とそれに続く38年にわたる白色恐怖政治があった。

白色恐怖が終わっても国民党の暴虐政治は祝っていない。だから人民の恨みは今も消えていない。台湾人は現在になっても存在する暴虐政治を清算し、新しい民主政治、新しい正義を求めると言うことである。

228事件の元凶は蒋介石、蒋介石の軍隊、そしてその後の国民党政権の暴虐政治である。蒋介石も当時の加害者はみんな過去の人である。そして被害者もみんな過去の人である。だが中華民国政権は今でも暴虐な加害者である。つまり加害者は今でもまだ居る。

被害者の恨みは消えていない。人民は不満である。ぜ不満なのかというと、現在の国民党政権も加害者であり、現代の台湾人民も被害者であると言う意識があるから、過ぎ去ったこととして清算できないのである。正しい政治が行われていないから人民は正義を求めるのだ。

●台湾人民が求めるもの

228事件で12万人以上の台湾人が行方不明になったと言う。その後の白色恐怖政治でも数万人の被害者が出ている。今の世代は孫や子供の世代だが、現政権に不満だから「正しい政治」を求める。

正しい政治とはなにか。台湾では人種問題が大部分を占める。つまり国民党政権の外省人を優遇し、台湾人を差別している人種問題、公務員と退役軍人に対する優遇措置、為政者の権力濫用に対する不満などである。

過去の被害者についてはどうすればよいのか。李登輝が総統だった時代に228事件の被害者に対し金銭の補償が行われた。しかし金銭だけでは済まない。迫害は続いているのだ。

人民が求めているのは(1)228事件に対する事実の究明、(2)国民党が今でも公開しない記録の公開と討論、それに続く謝罪、(3)人種問題の改善と政治の民主化、(4)新しい公平で民主的な政治、などである。つまり台湾人民は今になっても国民党政権の反省はなく、正義が通らないと認識している。人民が参与できる政治を求めているのである。

●過去と現代、加害者と被害者

歴史問題は過去のことである。過去のことを論じるのは現代の人々で、加害者と被害者もいないのに、加害者側と被害者側に分かれて論争する。双方は殆ど和解することが出来ない。

真相が欲しい、加害者側の反省が欲しい。補償が欲しい。対話が欲しい。このいずれの問題をとっても過去を完全に清算し和解が成立する可能性はない、和解しても再燃する。謝罪しても謝罪が足りない、補償しても金額が足りないと言えば再燃する。過去のことを現在になって討論するのは問題の政治化であり、政治に利用されれば解決は難しい。

228事件の場合は国民党という加害者が今でも存在する。しかし南京虐殺や慰安婦問題など、一方が被害者のふりをしてウソをばら撒けば無知な民衆はすぐに飛びつく。解決は困難である。

だが歴史問題はいろいろな国にもある。台湾の歴史問題はまだ解決していないが、日本は中国と韓国に歴史問題を悪用され、「加害者と呼ばれる被害者」となっている。

●過去を断ち切ること

ドイツの場合はナチスとヒットラーの過去を清算し、現在のドイツはナチスドイツとは関係がないとして成功した。つまり現在のドイツは加害者ではない。過去を取り上げても問題にならないのである。ユダヤ人虐殺も過去の事実として認め、謝罪は済ませ、今のドイツは加害者ではないことに成功している。

台湾の場合は国民党政権が続く限り過去を清算できない。国民党が過去を清算するためには人種問題と国民党がひた隠しにしている資料を一般公開し事実を明らかにしたうえで謝罪しなければ和解は成り立たない。

国民党が政権を握っている限り「台湾の中国人」は加害者と言われる。現代の台湾人が今でも国民党に迫害されていると言った意識を持つ限り、加害者と被害者の立場は消えない。

日本にとって大切なことは過去と現在を分別することである。歴史問題では加害者も被害者も既に存在しない。日本はサンフランシスコ平和條約を締結して戦争を終結した。現代の日本は加害者でないという立場を明らかにすべきである。中国、韓国が「歴史を政治化」しても、現代日本は加害者の立場から論争すべきではない。歴史論争はいつまでたっても解決できない。

中国は賠償金を取って生産を済ませたのに、今でも歴史問題を政治化して日本を攻撃し、政治的に有利な立場を取ろうとしている。韓国は慰安婦問題を歪曲して日本に歴史の追及を迫っている。こんな時に「そのような事実はなかった]」と反論しても無駄である。

現在の日本は戦前の日本軍部とは違う。中国や韓国が歴史問題を取り出しても反論するより、戦争裁判は終わった、賠償は済んだ、現在の日本は加害者ではないと言う立場を強調すべきである。


       

◆私の「身辺雑記」(201)

平井 修一



■3月16日(月)。朝は室温15度、曇、誰もいないので春眠暁を覚えず8時 半起床。今冬初めて暖房なしでもOK。フル散歩。桜の蕾は7ミリ前後。 夜桜用の提灯が付けられていた。同志諸君、春が来た!

一人暮らしだと好きな時に起きて、適当に食べるから、まあ絶対に不健康 になるな。昼夜逆転してNHK「ラヂオ深夜便」を聴くようになったりし て。こうなると立派な孤独死候補だ。

人の目がないものだから今朝はビールを飲んで元気をつけたが、こんなこ とをしていたら確実にキッチンドリンカーに転落する。この世は危険に満 ちており、よほど覚悟しておかないと身を誤る。アル中ヂヂイ、糞ヂヂイ となって晩年を汚すことは避けなければならない。

転落するのは簡単だが、更生するのはとても大変だ。極左暴力集団として お縄を頂戴したのが1971年9月16日。除染、再生に取り組み始めたのが胃 がん摘出手術後の2003年春。今日までの12年でどうにか普通のネトウヨに なれた。

天皇陛下の赤子、臣民、皇民として、イザという時には爆弾三勇士、ラッ パ手・木口小平のように特攻する覚悟もできた。

散華・・・お縄を頂戴したのはクレーン車のアームから転落した時だが、 クレーン車の運転手を排除するためにアームに飛びついた際、4トロの大 竹とサブちゃんが付いてきてくれた。皆命懸けだった・・・方向が間違っ ていたが。歴史を学ばないと身を誤る。

これまで成田の滑走路真下に掘っていた坑道崩落や、革マルに池袋のアジ トを襲撃されそうになったことを含めて10回くらい死にそうになったが、 神様のご加護のおかげで生かされている。皇国のために吶喊、特攻し、散 華し、靖国に祀られるために生かされている。

その覚悟がないとこの世はとても生きてゆけない。自分をはるかに超えた 大なるもの、大義に命を捧ぐことが、生きる目的、生きる意味になる。

生きる意味は何かと数十年間考えたが、「大義に命を捧ぐため」以外に納 得できる解はなかった。それに比べれば子育ては付属的な使命に過ぎな い。もう育児はやり終えたから「大いなるもののために殉じる」のがヂヂ イの正しい生き方だろう。

一朝有事の際に命を捧げる、すなわち死ぬ。死ぬために今を正しく生き る。葉隠の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」とはこのことを言うの だろう。

習近平の権力闘争は「大いなるもののため」どころか私利私略、派利派略 でしかないが、それでも刺客が放たれているのだろう、命懸けのようだ。 日経3/16「習氏独壇場、その先は見えず 全人代閉幕」から。

<中国国家主席の習近平は今、外での行事の際、一度配置した警護要員を 信頼できず、5分前に数百人を総入れ替えする緊張を強いられている。全 人代の席で習が飲むための茶器を女性の係が置く場面では見慣れぬ男性要 員2人が後方から監視した。「凶行を警戒すべき場面は数年で20回近い」 ともいわれる。

中国では暗闇で想像を超す権力闘争が進み結果だけが突然、表に出る。習 もそのように選ばれた。習が猛進する反腐敗運動も、2年後の共産党大会 で固まるはずの「ポスト習」選びの前哨戦だ。

最高指導部経験者の周永康、軍制服組元トップ級の徐才厚は元国家主席、 江沢民に近い。令計画は前主席、胡錦濤の側近だ。3人は捕らえられた。 「何もしない人と思ったが奪権へ文化大革命を発動した毛沢東に倣う強 権。習を選んだ長老は後悔している」。共産党内の声だ。

罪は九族に及ぶ――。長老の右腕の一族を一網打尽にする手法は恨みを残 す。習は引退後、同じ仕打ちを受けぬよう絶対に寝首をかかない人物を探 すしかない。中国では歴史上、苛烈な集権の成功はまれだ。習の「独り舞 台」の先は闇に包まれている。(中国総局長 中沢克二)>

軟派の日経にも骨のある記者がいた! 

<国際報道を通じ国際理解の促進に貢献した日本のジャーナリストに贈ら れる「ボーン・上田記念国際記者賞」の選考委員会は20日、2014年度の受 賞者に日本経済新聞中国総局(北京駐在)の総局長、中沢克二記者(50) と朝日新聞国際報道部の杉山正記者(39)を選んだ>(日経2/20)

ン?朝日ってまだあるのか・・・閑話休題。

鉄砲玉が習を狙っている。そう言えば毛沢東暗殺陰謀事件(1950)という のもあった。

<中国当局は、1950年10月1日の天安門広場で開催された国慶節の式典で 毛沢東ら中国政府首脳を迫撃砲で暗殺しようとする陰謀があったとして、 北京市在住の日本人・山口隆一(47)とイタリア人・アントニオ・リヴァ (56)ら7人を逮捕した。

この陰謀は当局が未然に「検挙」したことで実行はされなかったが、「天 安門広場から迫撃砲を撃ち天安門の楼上にいる中国指導部を暗殺する」も のであったという。

逮捕された2人は、軍事裁判を経て1951年8月17日に北京の天橋刑場で処刑 された>(ウィキ)

冤罪だという説もあるが、真相は藪の中。蒋介石・国民党と日本の接近に 腹を立てた毛沢東がでっち上げて血祭りにしたのかもしれない。事件の翌 年1952年春には日華条約が結ばれ、以来20年間、中共は竹のカーテンの中 に引き篭った。

日米豪印とアセアンは暴支膺懲で中共を再び引き篭らせようとしている が、大いなる前進を期待したい。

ところで習や中共のために命を捧ぐ将兵っているのか。支那人は先憂後楽 ではなく「先楽後憂」で、明日はどうなるか分からないから今楽しめるう ちに楽しむ、蓄財蓄妾美酒美食爆買いで享楽を極めるのが初期設定だろう。

この美味しい生活を取り上げた習や中共を憎む将兵が命を捨てて日本軍に 向かうか、習自身が疑問に思っているのではないか。ミャンマー空軍の爆 弾が国境を越えて中国側に着弾し、住民13人が死傷したそうだが、「習憎 し」と恨み骨髄の江沢民派の中共軍将兵が中南海や軍事パレード閲兵中の 習を空爆する可能性はゼロではない。

<1981年10月6日、エジプト大統領サダトは第四次中東戦争開戦日を記念 しその勝利を祝う戦勝記念日のパレードを観閲中に、イスラム復興主義過 激派のジハード団に所属する親衛隊将兵によって暗殺された>(ウィキ)

サダトは4重の警護に守られていたが、空軍のミラージュが上空を飛行 し、皆がそれに気をとられていた隙に警護網を突破された。習もサダトに 倣って遺書を書いておいた方がいい。長生きしたければ反日と虎退治の大 衆迎合政治をやめるんだな。

■3月17日(火)。朝は室温16度、快晴、小春日和で温かい、フル散歩。ア ジサイが芽吹いたが新緑がとても美しい。カミサンによると丹沢湖あたり では早咲き桜と菜の花が美しかったという。

「日本が強める南シナ海への軍事関与、中国けん制の狙い」から。

<[東京3/16ロイター]第2次世界大戦の敗戦による撤退から70年、日本 が再び南シナ海への関与を強めようとしている。中国の軍事力が急速に拡 大し、米国の影響力が相対的に低下する中、自衛隊が活動範囲を広げてこ の海域の力の均衡が崩れるのを防ぐ狙いだ。

フィリピンやベトナムをはじめ、中国と領有権問題を抱える周辺諸国との 共同訓練を本格化するほか、警戒監視能力の向上につながる防衛装備品を 供与、いずれは自衛隊が哨戒活動をすることまで視野に入れている。

*訪問部隊地位協定も視野

1月下旬、都内で開かれた中谷元防衛相とガズミン国防相の会談で、フィ リピン側は日本に中古の「P3C」の供与を打診した。P3Cは「潜水艦キ ラー」と呼ばれる海上自衛隊の哨戒機。探知装置や高度な情報通信機能な どを備え、海に囲まれた日本の安全保障の主力装備だ。

フィリピンは南沙、中沙諸島で領有権をめぐって中国と争っているもの の、国内のイスラム過激派や共産勢力鎮圧を主任務にしてきた同国の軍隊 は、海洋の防衛力が不足している。能力向上につながるあらゆるノウハウ と装備を日本に求めている。

関係者によると、高い運用能力が必要なP3Cの供与は合意にいたらなかっ た。しかし、両大臣は防衛協力を強化することで一致し、覚書に署名し た。災害時などに航空機から救援物資を投下する技術を自衛隊がフィリピ ン軍に教えることや、海上で他国艦船との突発的な衝突を回避する共同訓 練を実施することなどを決めた。

中谷防衛相は会談後、「覚書を(締結)したことで、さらなる新しい段階 に入った」と語った。

関係者によると、ほかにも日本とフィリピンの間では、共同訓練などで自 衛隊が現地を訪れる際、手続きを簡略化する訪問部隊地位協定を結ぶこと が議題に上っている。南沙諸島に近いパラワン島のフィリピン軍港の周辺 を、日本が整備する案も浮上している。


親日のアキノ大統領の任期が終わる来年6月までに、できるかぎりフィリ ピンとの関係を強化しておきたいのが日本政府の考えだと、複数の関係者 は話す。

フィリピン側は日本のこうした動きを歓迎している。同国国防省の広報 官、レスティトゥト・パディヤ大佐は「日本とフィリピンが一緒に助け 合って海域の海上交通路(シーレーン)を守るのは自然な流れ」と語る。

*南シナ海で防空識別圏の悪夢

日本は尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐって、東シナ海で中国と緊張状 態にあるが、南シナ海では領有権問題の当事国ではない。にもかかわら ず、東南アジア諸国への接近を図るのは、南シナ海が重要なシーレーンだ からだ。

南シナ海は世界の漁獲量の1割を占める有数の漁場であるとともに、年間5 兆ドル規模の貨物が行き交う貿易ルート上の要衝でもあり、その多くが日 本に出入りしている。

一方、中国は南シナ海の暗礁を埋め立て、人工の島を建設しつつある。関 係者の間では、いずれレーダー網が構築され、中国の艦船や軍用機が駐留 し、実効力を伴なった防空識別圏(ADIZ)が設定されるとの懸念が広がっ ている。

「ADIZが設定されれば、壊滅的な事態になる。海と空での活動が著しく制 限される」と、日本の政府関係者は指摘する。

*米の安保政策と歩調

日本が東南アジア諸国への関与を強めようとする動きは、米国の安全保障 政策の変化とも符合する。軍事費の削減と対テロ戦争疲れによる厭戦気分 が広がる米国は、アジアに戦力を傾斜配分する方針を掲げているが、中東 や東欧など他の地域も依然として問題が山積みで、中国の急速な軍備増強 に対応し切れないのが実情だ。

そのため、米国は従来のように一国でにらみをきかせるのではなく、同盟 国と負担を共有しようとしている。「明文化された覚書があるわけではな いが、南シナ海では米国と日本、オーストラリアが一緒になって、東南ア ジア諸国の能力構築を支援する。これが3カ国の基本的な安全保障政策 だ」と、日本の政府関係者は説明する。

米国はさらに一歩踏み込んで、自衛隊による南シナ海の哨戒活動も期待し ている。米海軍第7艦隊のロバート・トーマス司令官は今年1月、ロイ ターとのインタビューで「将来的に自衛隊が南シナ海で活動することは理 にかなっている」と発言。

この報道に対し、中谷防衛相は「南シナ海の情勢が、わが国の安全保障に 与える影響が拡大・深化をする中で、我が国としてどのように対応すべき かは、今後の課題だ」と述べた。

*武器輸出の緩和と集団的自衛権

日本はフィリピン以外にも、西沙、南沙諸島をめぐって中国と争うベトナ ムの治安機関に中古船6隻を供与することを決めている。ベトナムの潜水 艦の運用を支援するため、潜水病治療の研修も行っている。

さらに日本の政府関係者が飛び回り、マレーシアやシンガポール、インド ネシアなどと装備品の輸出や共同開発に向けて協議している。

昨年4月に武器の輸出規制を緩和したことで、日本は防衛装備品の供与を 通じた他国との関係強化が可能になった。集団的自衛権の行使が可能にな れば、これまでのように人道支援や災害救援だけでなく、軍事作戦を想定 した共同訓練もできるようになる。

「日本が関与していく流れは、ますます強まりつつある」と、シンガポー ルの東南アジア研究所の研究員、イアン・ストレイ氏は言う。「中国が懸 念を示したとしても、日本が後戻りすることはないだろう」>(以上)  

結構緊張感のある論考だ。風雲急を告げる四方の海。周辺国を威嚇し徒に 仇波を立てる暴支膺懲へ。中共殲滅、支那解放の聖戦前夜というのがロイ ターの見立てのようだ。日清、日露戦争の時もこんな風ではなかったか。

金城鉄壁の対支防衛線を構築して巨悪を封じ込めなければならない。冷戦 第2部はすでに始まっている。世界はきな臭い。世界は日本を待っている。

ポカポカ陽気で午後2時には室温23度。一気に初夏のようだ。中共は長い 冬になる。

■3月18日(水)。朝は室温13度、快晴、ちょっと寒い、フル散歩。

「中国社会に『信頼と信用』の崩壊危機!?『海賊品、借金の踏み倒し、 試験の不正行為』・・・日本での『爆買い』は兆候か」(サーチナ3/17) から。

<中国メディアの中工網は12日、中国人観光客が日本で電気炊飯器などを 爆買いしたことは「中国で信頼や信用が崩壊の危機に瀕していることを示 す」ものだと論じる記事を掲載した。

記事は、中国経済や中国社会の発展において「信頼や信用の崩壊に関する 問題が極めて大きな影響を与えている」と主張し、信用や信頼が存在する 社会こそ経済発展の前提であり、企業にとっても信用は社会の一員として 存在するうえでの必要条件だと指摘。

信用や信頼が欠けていることは経済発展を損なうばかりか市場や社会の秩 序を損ない、人びとの利益を損なうことにつながると論じた。

記事は、「現在の中国社会には信用が欠けている。経済面では海賊品があ ふれ、借金を踏み倒し、社会においては試験の不正行為がはびこり、老人 が道で転んでも誰も助けようとはしない」と指摘、「社会に信用がなく、 道徳に欠ける行為ばかりだ」と論じた。

さらに、北京大学の教授の言葉を引用し、中国の社会では「人間関係にお ける信頼ばかりか、国民と社会、国民と政府間における信用、信頼関係が 崩壊の危機に瀕している」とし、こうした社会だからこそ中国人消費者は 中国製品を購入せず、わざわざ日本を訪れ、日本の製品を購入しているの だと論じた>(以上)

習・中共は基本的に国民を信じないし、むしろ恐れている。洗脳された暗 愚以外の国民は習・中共をまったく信用しない。明日どうなるか、行く先 不明の国だ。真面目な人が惨めな境遇で、汚い輩がおいしい思いをしてい る。こんな国は発展しない。世界から信用されない。

中共を殲滅して、自由、民主、人権、法治という劇薬を大陸に撒く。人民 は元気になるか、それとも副作用で倒れるか。支那4000年の歴史で初めて 服用する薬だから・・・後者の可能性の方が高そうだ。自己責任で服用し てくれ。

彼岸入り、午後に墓参。帰路にワインとビールなど購入。今夜も集団的子 育て。すき焼きと刺身を楽しむ。(2015/3/18)

◆安重根ハ生キテイタ:韓国

MoMotarou



安重根と閔妃(ミンぴ)

                ★

伊藤博文を暗殺した安重根が顕彰される国であるから「安重根に学 べ」となります。

■洗脳と捏造文化のコラボCollabo成果

学習効果が出てリッパート駐韓米大使を襲撃する"義挙"が行われた。表彰かと思いきや逮捕だという。米国が日露戦争後、公館を閉めて逃げ出した理由がよく分かる。危険な国や。在日が多い日本も何をされるかわかりません。

■民主党政権下の日本革命工作

我が国の地方公的機関は、民主党政権下「国籍条項の撤廃」を迫られた。また「住民投票」を議会の議決よりも上位に置く「破壊工作」も多くの地方自治体で進んでいる。「住民基本条例の制定」は国家転覆の一里塚であります。日本国民の「奴隷化」を狙うものでしょう。

  村田春樹:自治基本条例に反対する市民の会 
http://hanjichikihon.kesagiri.net

■反日外国と日本人との共闘

北朝鮮の韓国浸透工作の成功が今日の韓国の悲劇を生みました。我が国でも民主党政権下の3年で、行政機関の多くに「細胞」が侵入し「オルグ(組織化)」が行われた模様です。

省庁でも部長局長と課長級の分断が指示され、現場の取り込みが行われました。此の手際の良さは破壊・革命壊工作のプロフェッショナルの存在を暗示します。在日ばかりとは限りません。

■安倍首相は狙われている

安倍首相はは就任後、直ちに調査を命じ掌握解消に向かいました。それ故安倍首相には、普通の首相の数千倍もの「政治的風圧」が掛かっています。また支那韓国北朝鮮や呼応する反日革命日本人勢力の増長は、安重根亡霊に安倍首相の暗殺を思いつかせるでしょう。安倍首相を守る大きな力「フォースforce(スターウォーズ風^^)」は、国民の支持であります。

■歴史は繰り返す、姿を変えて
 
乗っ取られたマスコミの"国民分断放送"に眩惑されること無く日本国と安倍首相を守りましょう。世界は混沌としてきており、経済的混乱が嵐を巻き起こす可能性が高くなっております。パククネ韓国大統領は、朝鮮崩壊の李王朝閔妃(ミンぴ)の生まれ変わりに違いない。韓国崩壊の予兆だ

2015年03月18日

◆「戦力あれど、戦意なし」

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)3月17日(火曜日)通巻第4490号>  

 〜ミャンマー軍機が越境し中国雲南省に爆弾、4、5人が死亡
  中国側は「戦力あれど、戦意なし」を徹底するとしたが。。。〜


その昔、日本財界の或る大物氏。日本から北京に呼ばれた宴席で美女を斡旋されそうになったときに言った。

「戦意あれど、戦力なし」。

折から全人代開催中の3月13日、中国雲南省とミャンマーの国境地帯、 臨槍市郊外のサトウキビ畑で作業中の農夫らが、投下された爆弾により13人が死傷するという事故があった。死者は4人とも5人とも言われる。

コーカン族の武装ゲリラを追跡中に越境した「ミャンマー軍機」が爆撃したと中国が発表した

ところがミャンマー政府は16日になって、「ミャンマー国軍は領土保全と中国との友好関係を尊重し、ミャンマー領内での活動を維持するよう指示されていた」とする声明を出し、爆弾事件への関与を否定した。

その一方、「中国国民に死傷者が出たことに深い遺憾の意」を表明しつつも、「中国側と協力して調査を行う」という方針を打ち出した。 

爆撃された中国雲南省西部一帯は大東亜戦争中、インパールの闘いで日本軍が基地とした拉孟に近い場所に位置し、革命後は国民党残党の拠点ともなった。高陵と霧の深い山岳、絶壁がつづき、少数民族のなかでもイ族、ワ族が住む。

筆者も拉孟から騰越周辺を取材したことがあるが、国境に近くなると検問があり、パスポート提示、住民等はIDカードを見せる。「国内国」の扱いである。国境パトロールの兵士等は機関銃で武装していた。

ミャンマー側はミートチナ(中国名は「密支那」)を拠点にシャン族が多いが、雲南との国境にはコーカン族(中国名は「果敢族」)が住んでいる。コーカン族は、中国系であり、明朝末期に中央を追われ、この辺疆へと流れついた。一族の長は楊一族で、一帯で麻薬の原料となるケシ栽培で生計を立ててきたとも言われる。

そしてコーカン族の過激派が組織する「ミャンマー民族民主同盟軍」は2000名から4000名のメンバーが中国製の武器で武装している。戦闘員には中国人も加わっているとミャンマー側はみている。

中国世論は爆撃事件に一斉に反発し、「ミャンマーを撃て」「血には血を以て」などと勇ましくも好戦的な意見が並び、「懲罰を加えるべきだ」とする要求がネットに溢れた。

しかしながら北京では全人代開催中だったことも手伝い、氾長龍・軍事委副主任はミャンマー国防軍総司令のミン・アウン・フライン(中国の表記は「敏昴莱」)に電話して厳重抗議し、「二度とこのようなことがないようにと伝えた。

ミン国防軍総司令は北京を訪問して習近平と面会したことがある。


▼中国・ミャンマー戦争にまで発展するか?

中国雲南省の国境周辺には装甲車、高射砲移動トラック、空輸された兵士に満ちあふれ、いまにもミャンマー侵攻を崩さない構えである。付近はミャンマー側にはシャン族が多い。ワ族も混じり、雲南省は中国最大のワ族集中生息地帯。

このワ族という少数民族はそれでも合計120万人ほどおり、クメール系で色浅黒く、つい先ごろまで首狩りの習慣があった。

コーカン族と同じくケシ栽培に従事してきたため、勢力を争いを繰り返している。このためワ族の過激派も武装している。中国製武器が多い。

とはいえ山岳地帯で、峻険な山稜と獣道しかなく、戦車が通過するには困難をともなうため、中国側が攻撃にでなければ、本格的戦争には至らないだろうと観測筋は読んでいる。

まさに冒頭にのべた財界人とはあべこべで、「戦力あれど、戦意なし」である。

それでなくとも前年11月のアジア首脳会議がミャンマーの首都ネピドーで開催された折、出席した李克強・首相は参加国から四面楚歌、ミャンマーの対中感情の冷たさを認識してきたばかりだ。

そのうえミャンマーの南北を縦断するガスパイプラインは793キロ、雲南省へ繋がりガス輸送が始まっている。

3年前にミャンマーが西側の制裁を解かれて以来、中国が建設していた水力ダムは工事が中止されたままだ。

中国は対ミャンマー感情の国内的爆発をいかに抑制できるか?

◆ファシストはプーチンと習

平井 修一



「プーチンの生き残り策は『嘘と暴力』」(英フィナンシャルタイムズ3/3)から。

<政府が路上で反対派を殺し始める時、一線を越えて蛮行へ踏み込んだことになる。プーチン大統領は好んで、ウクライナ政権をファシズムだとして非難する。

だが、1930年代のロシアとドイツの政治を本当に彷彿させるのは、プーチン氏がかき立てている攻撃的で自己憐憫的なナショナリズムだ。これが国内の反対派の迫害、そして今や殺害と関係している。

*何人も殺害されてきた反対勢力

クレムリン(大統領府)から見える場所で野党指導者のボリス・ネムツォフ氏が射殺された事件については、外部の人間は、プーチン氏が殺害を命じたのかどうか知りようがない。

しかし、プーチン氏とその支持者たちが、ネムツォフ氏暗殺を許容可能にした国家主義的な妄想の雰囲気を作ったのは間違いない。国営テレビは繰り返し、ウクライナにおけるロシアの戦争を批判してきたネムツォフ氏に「裏切り者」のレッテルを貼った。

ネムツォフ氏は死ぬ数週間前に、ロシアの新聞に「プーチンに殺されるのではないかと思う」と語っていた。その不安は無理からぬものだ。なぜなら、プーチン大統領を声高に批判する人は死ぬ羽目になる傾向があるからだ。

そうした人の中には、2006年にモスクワで射殺された調査報道ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ氏や、同じ年にロンドンで毒殺された元ロシア諜報員のアレクサンドル・リトビネンコ氏が含まれる。

リトビネンコ氏の死に対する審問が現在ロンドンで行われている。勅選弁護士のベン・エマーソン氏は冒頭陳述で、リトビネンコ氏の毒殺に使われた「ポロニウムの痕跡は、プーチンの執務室のドアまで真っ直ぐたどれる」と語った。

毒物を投与した嫌疑がかけられたアンドレイ・ルゴボイ氏は、英国に身柄を引き渡されなかった。それどころか、ロシア議会の議員に選出されている。

この暗澹たる過去を考えると、ネムツォフ氏殺害事件に対するプーチン政権の捜査を真に受けることはできない。ウクライナ東部からモスクワの路上に至るまで、暴力を解き放ち、その暴力について嘘をつくことが、プーチン氏率いるクレムリンの標準的手順となっている。

*プーチン大統領の嘘

プーチン氏の嘘は、つじつま合わせの作り話と代替的な現実を提供するだけでなく、同氏が罪に問われないことを顕示している。

プーチン氏の嘘を受け入れることを選ぶ人は、同氏の権力を認めているか、あるいは自分自身の愚かさを証明している。クレムリンとしては、どちらの結果も受け入れられるものだ。

ネムツォフ氏の殺害は、最近の法を無視したロシアの行動パターンに当てはまる。この1年で、ロシアは隣国の一部だったクリミアを強制的に併合した。東部ウクライナの反政府勢力に武器を供与し、その後、反政府勢力が民間航空機を撃墜し、298人を死なせた。

ロシアは外交上の取り決めを破り、停戦協定に違反した。核兵器をひけらかし、英仏海峡の上空に核武装爆撃機を飛ばした。抗議するほど勇敢なロシア人は非難され、今では殺害されるようになった。

権力を失うことに対するプーチン氏の不安は、昨年のウクライナの革命でさらにかき立てられた。

モスクワにおける同様の「カラー革命」を阻止し、我が身を守ろうとする決意が、プーチン氏のすべての行動を結びつける赤い糸だ。

ウクライナを巡る西側との対立は、プーチン氏の支持率を高め、反対派を弾圧する口実を与えた。

ネムツォフ氏がモスクワでデモ行進を先導する予定だった数日前に殺されたことは、恐らく偶然ではない。そしてネムツォフ氏の殺害により、プーチン氏が自発的にクレムリンを去る危険を冒す可能性はいっそう低くなった。

プーチン政権の嘘と暴力の過去は、今後、さらなる再評価を促すはずだ。
プーチン氏は、ロシア国民と近隣諸国にとって同氏が脅威であることを示した。西側にとっても脅威であると考える方が賢明だ。

*西側はロシアの封じ込めに専念を

プーチン氏との対話努力は、概ね無駄に終わった。西側は代わりに、かつてソ連を封じ込めたように、ロシアを封じ込めることに専念すべきだ。

ロシアの封じ込めは、ウクライナに対する経済支援の拡大を意味するはずだ。軍事費の増額とポーランドおよびバルト諸国における北大西洋条約機構(NATO)のプレゼンス拡大も意味するはずだ。さらに、ロシアに対する経済制裁、特に支配層のエリートを狙った経済制裁の強化を意味するはずである。

クレムリンはこれらすべてを「ロシア嫌い」と見なすだろう。筆者の見る限り、これ以上真実からかけ離れたことはない。この10年間で筆者が出会った人のうち、最も立派で印象的な人物の一部はロシア人だった。ネムツォフ氏もその1人だ。

ロシア人がプーチン氏に反対する運動で大きな役割を担うには、時に畏怖の念を抱かせるような肉体的な勇気と知的な頑強さが求められる。

ネムツォフ氏はその勇気の代償として命を落とした。しかし、死の直前に行われた本紙のインタビューで、ネムツォフ氏は前へ進む道を描いていた。

「プーチンは嘘をつく。だが、いつまでも隠し通せるわけはない・・・我々には健全な忍耐が必要だ」>(以上)

「嘘と暴力」の強権政治でプーチンと足並みを揃えているは習近平だ。英フィナンシャル・タイムズ3/5は、同日に開幕する中国全人代に触れて、中共が排外主義、外貨排斥、国家主義を煽っていると報じている。もちろん戦争を仕掛けてアジア覇権を狙う習近平の作戦だ。

<*敵対的な外国勢力

神経質になっている外国の投資家は、国家主義と、特に日本と欧米の企業に対する外国嫌いが強まる兆候を見極めようと、今年の(全人代の)秘密会議と会議に伴う報道合戦を注視することになる。

中国の最高幹部らはここ数週間、教育、法制度、情報技術(IT)、労働組合を含むいくつかの分野で「敵対的な外国(ないし西側)勢力」を激しく非難している。

直近の攻撃は今週、中国政府の支配下にある労組のトップから繰り出された。この労組最高幹部は「敵対的な外国勢力」が労働運動に入り込んでいると痛烈に批判し、中国の労働問題に取り組む非政府組織(NGO)にとって悪い前兆となった。

過去数年で外国人に対する敵意が増しており、外国企業が自分たちを市場から排除したり不平等な競争の場に置いたりすることが狙いだと感じている、政府の措置によって悪化した。

*雷鋒に学べ

3月5日の形式的な国会(全人代)の開幕日は、すべての中国人が模範的な兵士の善行(架空の話である可能性もある)について学び、思い出すことを奨励される「雷鋒に学ぶ日」に当たる。

1962年に倒れてきた電柱の下敷きになって死んだ雷鋒は死後に、全国的なキャンペーンで毛沢東と共産党、そして中国の人民に対する無私の献身の権化としてもてはやされた。

学歴の高い多くの中国人にとっては、雷鋒は冷笑と皮肉の対象になったが、共産党は近年「社会主義的な道徳」を高める手段として雷鋒のイメージを復活させた>(以上)

残虐で好戦的で嘘八百の独裁者であるプーチンと習近平を「ファシスト」と呼ばずにどう呼べばいいのか。「ヒトラーもどき」「ならず者」「ゴロツキ」「ヤクザ」・・・いい言葉があれば教えてくれ。(2015/3/17)

◆世界が認めた「新しい日本」

坂元 一哉



「われわれはこの人類の大災厄において古い日本が演じた役割を悲痛な気持ちをもつて回顧するものであります」

これは吉田茂首相がサンフランシスコ講和会議(昭和26年)で対日平和条約を受諾する際に行った演説の一節である。連合国の代表たちが、戦争の多大な損害について語ったことに答えるものだった。

吉田の演説で、戦争反省に関するものはこの言葉だけである。当時、吉田の演説を聞いた人々に、日本人の戦争を反省する気持ちがよく伝わったかといえば、心許(もと)ないところがある。

だがもしいま、戦後70年の節目に立って、この言葉をまた述べるというのなら、話は別だろう。この間、日本は平和条約に基づいて平和国家の道を堅実に歩み、吉田の言葉にはなかった明確な謝罪も繰り返している。その代表例が、戦後50年の村山談話である。

 安倍晋三首相は、自らが出す戦後70年の「安倍談話」には、この村山談話、あるいはそれを踏襲した戦後60年の小泉談話を「全体として引き継ぐ」と表明している。

それは賢明なことだろう。仮に「引き継がない」となれば、国際社会からは、いったん明確におこなった謝罪を取り消したと受け取られかねない。

もっとも、この「引き継ぎ」が、新たな謝罪と受け取られないように注意すべきである。謝罪を日本のように繰り返す国はない。むろん他がやらないからやらない、というものではないが、新たな謝罪となれば、これまでの謝罪は何だったのかとなるだけだろう。

新しい談話は、謝罪を繰り返すのではなく、これまでの謝罪を確認するという意味で、村山談話を「引き継ぐ」ものであってほしい。

そのうえで、あらためて反省の気持ちを述べるのはいいことだと思う。世界には反省すべき過去があっても反省できない国が少なくないが、日本は違うことを示したい。

実は吉田の演説は、冒頭の一節に続きがある。

「私は、古い日本と申しましたが、それは古い日本の残骸の中から新しい日本が生まれたからであります」

吉田は、その「新しい日本」が、「極東ならびに全世界における隣邦諸国と平和のうちに」暮らそうとしていること。国連憲章の前文にあるような「平和と協調」の時代を到来させるため、「平和、正義、進歩、自由に挺身(ていしん)する国々」と一緒に全力をつくそうとしていることをアピールした。

この吉田のアピールを、連合国が頭から信用したとは考えにくい。とくに、日本の軍国主義再来を強く警戒していた国々がそうしたとは考えにくい。

しかし昨年、安倍首相がその一国である豪州を訪問した際には、アボット豪首相が、日本は70年前ではなく、今日の行動で判断されるべきだ、と明言している。戦後の日本人が、戦争への反省とともに築き上げてきた「新しい日本」が世界に認められている。そのことを示す例だと考えたい。 
                          (大阪大教授)
産経ニュース【世界のかたち、日本のかたち】 2015.3.16
                    (情報収録:久保田 康文)

◆日印が協力すべきことは

平井 修一


知人のお姉さんの作家・篠田節子氏のインタビューが載っていた。塚田紀史氏の「インドでは『日本の良識』は通じない」(東洋経済オンライン/2/15)から。


<古き因習と最先端ビジネスの狭間でうごめく巨大国家を圧倒的筆力で描き出す。『インドクリスタル』(角川書店)を書いた作家の篠田節子氏に聞いた。

篠田 通訳はデリーのシーク教徒の人で、訪れたオリッサ州に入ると言葉が通じない。オリッサ州でも地域によりまた言葉が通じなくなる。名前の由来を聞きたいのに、同じ州のガイドでも言葉が通じなくてわからないことが多々あった。

──インドについては社会の描写も難しい。

篠田 カースト制度で分断された社会だ。オフィスで同じ釜の飯を食べようと誘っても拒否される。アウトカーストの人を実力があるからと班長にして、バラモン階級の人をその下で働かせたときにとんでもないことが起きた、ということも聞いた。そこは日本人には理解しがたい理由でいろんな壁ができている>(以上)

小生はインドへ行ったことはないが、神秘的というか、複雑な国のようである。将来は日印は軍事同盟化するだろうからインドは大事な国だ。外務省のサイトで調べてみた。

民族:インド・アーリヤ族、ドラビダ族、モンゴロイド族等言語:連邦公用語はヒンディー語、他に憲法で公認されている州の言語が21

宗教:ヒンドゥー教徒80.5%、イスラム教徒13.4%、キリスト教徒2.3%、シク教徒1.9%、 仏教徒0.8%、ジャイナ教徒0.4%(2001年国勢調査)

識字率:73.0%(2011年国勢調査)

政治:2014年4月から5月に行われた第16回下院議員総選挙では、インド人民党(BJP)が単独過半数を超えて大勝し、インド人民党(BJP)政権(ナレンドラ・モディ首相)が発足

今年1/17に「第8回日印外相間戦略対話」が開催された。岸田外相のスピーチから。

<太平洋とインド洋は,自由の海,繁栄の海として,ダイナミックに結合しつつあり,地域諸国はめざましい発展を遂げています。

一方で,この地域が安全保障上の脆弱性を抱えることも事実です。インド太平洋地域の平和と繁栄が,日印両国のみならず世界にとっても重要なものとなっている。

そのような中,日本とインドの特別なパートナーシップがインド太平洋地域においてどの様な役割を果たすべきなのかについて,私の考えをお話ししたいと思います。

日本は,今後とも国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の旗のもと,インド太平洋地域はもとより,世界の平和と安定のため,一層貢献していきます。

たとえば,今年6月20日に東京で,「アジアの平和構築と国民和解,民主化に関するハイレベル・セミナー」を開催し,アジアにおける平和構築の経験と教訓を共有し,それを世界に発信する考えです。

そして,更に,日印の特別なパートナーシップの下で,インド太平洋地域の新時代を築くために貢献していきたいと考えています。

インド洋から南シナ海を経て太平洋に至るこの地域は海によって繋がれた地域です。共に海洋国家であるインドと日本は,シーレーンの安全に死活的利益を託す国です。

国際法に基づいた主張,主張を通すために「力」を用いない,紛争の平和的解決,という安倍総理が提唱した「海における法の支配の三原則」が徹底されることが,この地域の平和と安定の基盤となることは論をまちません。

日本とインドは,防衛当局間の共同海上訓練,海上保安当局間の対話や連携訓練の実施など,海上安全保障分野での協力を積み重ねてきています。

今後,救難飛行艇US−2を含む防衛装備協力や印米マラバール海上訓練への日本の継続的参加など更なる協力強化を進めていくことが重要です。

さらには,ASEAN地域フォーラム(ARF)や東アジアサミット(EAS)などのマルチの枠組みにおける日印協力もますます重要になってくるでしょう。

日印の特別なパートナーシップの下,「開かれ安定した海洋」を守るという私たちに課せられた重責を,より積極的に担っていこうではありませんか。

インド太平洋地域の平和と繁栄は,21世紀の世界の平和と繁栄に大きく貢献するものです。モディ首相が訪日時に述べられたように,日印関係は21世紀のアジアの方向性を決定付ける特別なパートナー関係なのです。

世界で最も可能性を秘める二国間関係を有する日本とインドで,インド太平洋を繋ぐ3本の架け橋を更に強化し,この地域の潜在性を大いに開花させ,地域全体ひいては世界の平和と発展を共に牽引していこうではありませんか。

日印が共に努力すれば,必ずやこの世界に前向きな変化をもたらすことができるでしょう>

日印さらにはアセアン、豪州にとって最大の敵は中共だ。中共からすればこれらの国は敵である。中共はこれらの国を軍事的に包囲するために「真珠の首飾り」作戦を進めてきたが、最大の真珠であったスリランカが政権交代で中共べったりを止めてしまった。

習近平はさぞやがっかりしたろうが、権力の最大の岩盤は軍隊=武力だから春節を前に軍に「いつまでも党の指揮に従い、党の命令を実行しなければならない」と発破をかけた。

<【新華社西安2月18日】春節が間もなく訪れるにあたり、習近平主席は16日に駐西安部隊を視察し、将兵を見舞い、党中央、中央軍事委員会を代表して人民解放軍全軍の指揮官と戦闘員、武装警察の将兵全員、民兵予備役全員に新春の祝福を送った。

習近平主席は次のように強調した。

国防と軍隊の建設目標を既に明確にしたが、着実に実行するには指導幹部という「カギの少数」を掴むことが肝心だ。

指導幹部は使命感を強化し、「三厳三実」(「三厳」は、厳しく身を修め、厳しく権力を使い、厳しく自分を律すること。「三実」は、切実に事を計画し、切実に起業し、切実に身を持すること)の要求を実行に移し、強大な軍隊の目標実現において模範的かつ率先的な役割を果たさねばならない。

理想信念を率先的に堅守し、軍隊に対する党の絶対の指導権を揺るぎなく堅持し、党の刷新した理論を深く勉強し、延安精神などの優良な伝統を発揚し、政治的な紀律と政治的な規則を厳守し、いつまでも党の指揮に従い、党の命令を実行しなければならない>

「俺の言うことを聞け」というわけだが、利権を取り上げられた幹部にとって習は敵である。面従腹背で、いざという時に「敵は中南海にあり」となるかもしれない。(2015/3/14)

2015年03月17日

◆徐才厚が死去、汚職裁判は不起訴

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)3月16日(月曜日)通巻第4489号>  

〜徐才厚が死去、汚職裁判は不起訴。闇に消えるか軍の反腐敗キャンペーン
  次の標的は郭伯雄一派だが、事態は暗転し自動車業界に捜査のメスが
飛び火〜


中国は徐才厚の死去を発表した。ガンによる多臓器不全で、昨秋から「植物人間」状態だったことは噂されていた。

次のターゲットは江沢民人事で軍のトップにつき、胡錦涛政権のお目付役として軍を差配して、裏側から「江沢民院政」を支ええた、もうひとりの相棒、郭拍雄である。すでに郭の息子等は失脚しており、外堀から内堀を埋められ、本丸が囲まれている。

習近平の反腐敗キャンペーンを武器とした熾烈な権力闘争は、鉄道部解体からはじまって、四川省閥と公安系を退治し、石油派を追い込んだ。

最大の難関といわれた軍にも手を突っ込み、これで江沢民派の残りの利権をむしり取る方向へ大きく舵取りを代えると予想される。

江沢民派の最大利権は通信と金融だが、これらの利権は伏魔殿状態である。この状況に加えて各派が複層的に入り乱れているため、まずは自動車産業に着手した。

第一汽車集団の徐健一会長を「重大な規律違反」で拘束したのだ。

第一汽車はVWやトヨタと合弁で自動車を大量生産しているため、今後外国企業への捜査が展開される可能性も高まった。

同時にテレビを総動員して外国自動車のアフターケアは「やり過ぎ」「法外な修理代金をむさぼっている」などとする、あたかも外国企業排斥のような面妖なキャンペーンを開始した。

これが第一汽車集団の汚職摘発と裏で関連しているか、どうかは不明。

◆慰安婦=性奴隷 米教科書問題

中村 将



旧日本軍による慰安婦の強制連行があったかのように記述している教科書

終戦から70年の節目が近づくにつれ、米国における中韓の反日プロパガンダが勢いを増してきた。日本側が反論を試みようものなら、中韓側は「歴史修正主義(者)」という言葉で、封じ込めようとする。

米国の公立高校で使われているマグロウヒル社の世界史の教科書に「日本軍による慰安婦強制連行」や「慰安婦は天皇からの贈り物」といった不適切かつ、誤った記述があり、日本政府が同社や執筆者に表現の是正などを求めたことに対しても、米歴史学者ら19人(後に1人増え計20人)は「慰安婦の歴史を排除しようとしている」との声明を発表し、日本側による歴史改竄(かいざん)と批判した。声明は「いかなる修正にも応じない」ともしている。

「歴史修正主義」という言葉は悪いイメージばかりが目立つが、歴史学上は必ずしもそうではない。それは、“真実”とされている歴史解釈に対し、別の可能性を客観的根拠に基づき提示していく試みだ。

歴史修正主義的な立場からの研究成果をまとめた『「日本の朝鮮統治」を検証する1910-1945』(草思社)の共著者で、ハワイ大学マノア校名誉教授のジョージ・アキタさん(88)を訪ねると、柔和な笑顔で迎えてくれた。

アキタさんの研究テーマに対する文献精査はすさまじい。その対象は論文や研究報告のみならず、手紙や日記、メモ、走り書きにもおよぶ。「修正主義的研究の成果を支えるあらゆる証拠を見極め、発表するときに最大限に活用するためだ」という。

アキタさんは著書の中で、米教科書問題で歴史学者の声明を取りまとめたとされるコネティカット大学のアレクシス・ダデン教授が書いた日本の朝鮮統治の研究論文について、《学者らしからぬ、意味不詳かつ一方的な記述の羅列と、ときに史実の立証が不可能な出来事に基づく、単純にして怪しげな結論なのである》と根拠を示しながら痛烈に批判している。

その中には、日本政府が公式に「不適切な表現」と主張している「慰安婦=性奴隷」という内容も含まれる。アキタさんも「慰安婦性奴隷」説は「不適切な主張」との立場をとる。その理由を論理立てて列挙した上で、慰安婦問題では日本人慰安婦の存在がいつも無視されていることに触れ、《国際社会はこれらの女性たちの苦しみにはなぜか憤慨しない》と皮肉っている。

著書の英語版「The Japanese Colonial Legacy in Korea」(MERWIN ASIA)が今月出版された。慰安婦問題を米社会に適切に説明する貴重な資料といえる。

アキタさんは大学からは退いたが、ホノルルの自宅で執筆活動にいそしむ。米歴史教科書の共著者のハーバート・ジーグラー准教授は、ハワイ大の元同僚だ。

アキタさんはジーグラー氏の人柄をほめた上で、こう指摘した。「彼はドイツを中心とした欧州の歴史が専門で、日本や朝鮮半島のスペシャリストではない。果たして、慰安婦などについて正しい記述が書けるのだろうか」

日系2世のアキタさんがもともと「日本寄り」と邪推されるのは本意ではない。ハワイ生まれのアキタさんも当初は「慰安婦強制連行」説や「性奴隷」説を信じていた。それを客観的に検証できたのは、他ならぬ歴史修正主義的な研究だったのだ。

米歴史学者の声明は「いかなる政府も歴史を検閲する権利を持つべきでない」と政治の介入を警戒する。一方、日本の歴史学者有志は米歴史教科書の記述に ついての誤りを指摘する準備を進めているとも聞く。

ならば、歴史学者同士が見解を ぶつけ合うアカデミックな討論の実現を期待したい。教科書の不適切な記述の根拠を ぜひ知りたいものだ。
(なかむら かつし) ロサンゼルス支局長。
産経ニュース【視線】2015.3.16
                  (収録:久保田 康文)

2015年03月16日

◆「愛国心」はけしからん?

貝塚 茂樹



道徳の教科化をめぐって文部科学省は、去る2月に「学習指導要(案)」を公表し、広くパブリックコメントを求めた。これに合わせて複数の新聞、テレ ビは教科化への危惧を前面に押し出した報道を行い、インターネットでは、パブリッ クコメント教科化反対を促す呼びかけが繰り返された。

特に小学校低学年で「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつこと」が加えられたことに激しい批判が向けられた。低学年から「愛国心」を教える のはけしからん、ということのようだ。

しかし「学習指導要領(案)」は、「愛国心」と同時に、「他国の人々や文化に親しむこと」も新たに加えている。「愛国心」と国際理解・人類愛を構造的 に示しているわけだが、私の知る限りどの報道もこの点には触れていない。「愛国 心」を否定することが目的である、いつもの「ためにする批判」であることは明らかで ある。

戦後日本では、「愛国心」は常に「タブー視」されてきた。なかでも教育界では顕著であり、国家を否定することが、「いつか来た道」へ進まない「真理」 であるかのような言説が一般的であった。

 もちろん、国民が政府のあり方や政策を批判するということは、健全な国家としては当然である。坂本多加雄が述べたように、本来「愛国心」とは、決して 自国の正しさや美点のみを強調することではなく、「日本の過去に生きた人々の様々 な事業や苦難や幸福や不幸や、さらには、それに処した精神の構えへの『共感』のな かから生まれる」はずのものである。

つまり、日本の過去の偉業や失敗も含めて丸ごと「共感」し、受け止めることから「愛国心」は醸成されるのであり、立派な歴史を持つから愛するのでも、 正しさや美点があるから愛するわけでもない、ということである。

「京都学派四天王」の一人と称せられた高坂正顕もまた、「日本を愛するに値する国にする」という意味での向上的愛国心が重要であると述べた。

昭和41年 に高坂が起草してまとめた中央教育審議会答申(別記)「期待される人間像」は、 「愛国心」を次のように明快に定義している。

「国家は世界において最も有機的であ り、強力な集団である。個人の幸福も安全も国家によるところがきわめて大きい。世界 人類の発展に寄与する道も国家を通じて開かれているのが普通である。国家を正しく 愛することが国家に対する忠誠である。正しい愛国心は人類愛に通ずる。真の愛国心 とは、自国の価値をいっそう高めようとする心がけであり、その努力である」

戦後日本では、国家と個人との関係を社会契約的に捉え、国家が尊重するに値しなければ否定するという風潮があった。これに対して、坂本や高坂のいうの は、国家が外在的なものでなく、個人の内的な精神と繋(つな)がる運命共同体的な 存在であり、これを内在化することの必要性である。これは、日本の歴史と文化へ の「共感」であると同時に、「日本を愛するに値する国にする」という覚悟でもある。

日本の歴史と文化への「共感」を前提に、自分が国家や社会と繋がっているという意識と実感がなければ、「規範意識」や「生命への畏敬」は育たない。国 家と「愛国心」への感情的な否定と忌避は「国家及び社会の形成者」(教育基本法) を育成するという公教育の使命と責任の放棄である。

                ◇                
   
【プロフィル】武蔵野大教授・貝塚茂樹 かいづか・しげき 国立教育政策研究所主任研究官などを経て現職。専門は日本教育史、道徳教育論など。

産経にゅーす【解答乱麻】 2015.3.14
                     (収録:久保田 康文)

◆職人たちの新宮殿造営

伊勢 雅臣



「国民の手で後世に残す宮殿をつくりあげたい」という思いで職人たちが作りあげた「真っ正直な、ごまかしのない姿」


■1.「真っ正直な、ごまかしのない姿」

新年や天皇誕生日の一般参賀で両陛下を中心として皇族方がご挨拶されるベランダのある建物が「長和殿」である。その他に、外国大使の信任状捧呈式や歌会始めの儀など主要行事に使われる「正殿」、海外からの賓客との晩餐会などが開かれる「豊明殿」、両陛下の執務室のある「表御座所」など合計7つの棟からなるのが新宮殿だ。

この新宮殿が昭和43(1968)年に完成した時、拝観した文芸評論家・小林秀雄は皇居造営部長・高尾亮一にこう語っている。

「ぼくはあの建築を見ていて、すぐピーンと来ましたね。この真っ正直な、ごまかしのない姿は、現代のインテリの議論なぞとはまったく関係がない、ということがね。

あなたの指揮のもので宮殿をだまってつくった人たちはみんな本当の意味の職人でしょう。インテリなんていうつまらん人種は一人もいなかったでしょう。新宮殿の造営は戦後の大事件です。インテリが何の興味も持たなかった大事件ですよ。・・・

腕に自信のある人だけがあつまって、腕によりを掛けて作ったという静かな感銘を受けたな。・・・職人さんたちが、これほど存分に腕がふるえたことはなかったでしょう。」

現実を見ずに机上の空論を振り回すインテリを軽蔑し、自らの腕で現実と格闘する職人を敬愛した小林秀雄は、新宮殿の「真っ正直な、ごまかしのない姿」に職人たちの思いと腕を見たのである。

■2.「国民自身の手で宮殿を再建しよう」という運動

明治21(1888)年に創建されたかつての宮殿は、昭和20(1945)年5月26日未明の米軍による大空襲によって、霞ヶ関一帯の火災から飛び火して、炎上消失した。

そのため、宮内庁庁舎の事務室の一部を仮の宮殿とする一方、両陛下は吹上御苑の中にある「お文庫」と呼ばれた地上地下各一階の建物に仮住まいされた。

防弾のための分厚いコンクリート屋根に覆われ、周囲は爆風を避けるための太い柱に囲まれていたため、採光や風通しが悪く、冬は底冷えがひどく、夏には壁一面に湿気で水滴がつく、という有様だった。

見かねた宮内庁の役人が、陛下のご健康に障りがあるのでご新居建設を、と奏上したが、国民の住宅建設が立ち後れている時期に、自分のみが新居を構えられようか、と昭和天皇は頑として受け付けられなかった。

しかし、終戦後10年以上も経って、経済も急速に復興しつつある中で、宮殿の再建を、という声が各方面から寄せられ、国庫から費用が出せないのなら自分たちでと、国民の中から募金運動が起きた。こうした声が政府を動かし、昭和35年から国費に国民からの寄付金も加えて、造営が始まった。

■3.国民の手で後世に残す宮殿をつくりあげたい

宮内庁内に皇居造営部が設置され、部長として高尾亮一が就任した。皇居造営部で新宮殿の略設計試案が作成され、これを丹下健三ら当代一流の建築家10人に検討して貰って、その結果をもとに詳細設計が進められた。

また施工業者の選定では、大蔵省は会計法の定める競争入札をすべきと主張したが、高尾は「この国の代表的建設業者が共同して事に当たることが望ましい」として、最終的には大林、鹿島、清水、大成、竹中の5社が「新宮殿造営工事共同企業体」を結成して、工事を担当することとなった。

現場には共同企業体事務所が設立され、各社は競うように腕の立つ人材を送り込んだ。高尾は「やはり、国民の手で後世に残す宮殿をつくりあげたいという願望が、このような<一つの旗の下に>を実現させたのだと思う」と述懐している。

また、工事施工にも、共同企業体がそれぞれの分野での一流業者を選んだ。「宮殿工事の各部門に有数の業者が綺羅星(きらほし)のように参加しているのは、このような背景があるためである」と高尾は述べている。

時まさに高度経済成長期、各社が激烈な競争をしている最中だったが、こと新宮殿建設にかけては、日本を代表する建設会社、施工業者が心を一つにして、取り組んでいたのである。

■4.「あっしですか、あっしは目頭がジーンとしました」

起工式は昭和39(1964)年6月29日に行われた。工事期間中、高尾はしばしば昭和天皇に進捗状況を奏上したが、そのたびに「工事上の災害、ことに人身事故を起こさないように」とのお言葉を賜った。このご指示に高尾と工事関係者は万全の対策を講じた。

たとえば大屋根での作業の際は軒周りに通路を巡らせ、さらにその外側に鉄柵をとりつけた。これなら大屋根での作業中に足を滑らせても、転落は防げる。こうした努力のお陰で、4年4ヶ月、延べ72万人におよぶ工事期間に事故は一件もなかった。

昭和天皇はご自身でも、たびたび工事現場を視察された。それも作業の邪魔をしないよう、日曜日を選ばれて。その度にお供をした高尾はこう語る。

「人気(ひとけ)のない現場で、蜘蛛の巣のような障害物の下をくぐり、ぐらぐら揺れる足場を渡られながら、こまかく工事の進行状況や詳細な説明をお求めになる。それはじつにご熱心なものだった。」

こうした昭和天皇のご視察は次第に工事関係者にも知られて、現場で作業者が働いている姿もぜひご覧賜りたいとの熱心な希望が寄せられた。作業の迷惑になっては、と遠慮されていた陛下も、職人たちの願いに応えてお出ましになった。

当時27歳で、鳶(とび)職世話役をしていた野竹辰弥は、昭和天皇が鳶職人たちのもとに来られて、「作業には十分に気をつけるように」というお言葉を賜った時のことをこう回想している。

「トビの男は感激家ぞろいですから、・・・政さん、信さんなど、それで水っぱななどすすっちゃいましてね・・・。あっしですか、あっしは目頭がジーンとしました。

これまでいろいろな工事やりましたが、注文主の社長がでてきて作業員に声をかけたことなんて一度もありませんや。それが天皇陛下が、われわれみたいな職人のことを心配して、お言葉をかけてくださったんですから、、、」


世話役として年上の職人たちを束ねるのは、若い野竹には気の重い仕事だった。しかし、陛下のお言葉が雰囲気を一変させた。

「それもこれも、“お言葉”でみなの気持がひとつになりましね。・・・事故ひとつなく工事をおえたのは、私の腕というよりこの“お言葉”のためです。」

■5.「新宮殿に納める品は、日本人の創造した椅子にしたい」

宮殿に用いる木材には2年4ヶ月をかけて、北海道から九州まで全国の調査をもとに選りすぐった良材が集められた。

たとえば、杉は熊本県人吉の山上にある神社の参道脇に立つ樹齢8百年を超える古木が使われた。製材してみると、「美しく乱れた木目があたかも越前和紙の墨流しを見るように現れた」と言う。

豊明殿の長押(なげし、柱どうしをつなぐ横材)には宮崎県えびの高原の栂(つが)が用いられた。材質は堅牢で年を経るにしたがって木目の美しさが際立っていく。

椅子には丈夫な栗が使われた。なかなか最良の栗の木が見つからなかったが、結局は九州高千穂のものが使われた。それを使って漆工の名人・黒田辰秋が「新宮殿に納める品は、日本人の創造した椅子にしたい」と制作に当たった。

白木に生漆を染みこませ、木目に漆をつめ、その上で砥石で磨いて再び漆を塗る。この工程を何度も繰り返し、仕上げは朱溜(しゅだめ)と呼ばれる漆をかけて完成する。「2千年たっても色が変わらないのが本当の漆工です。これは、そんな作品です」と黒田は感無量の思いを語る。

石材の選定にも苦心があった。昭和29(1954)年正月の一般参賀の際に、人並みが折り重なって転倒負傷するという事故に心を痛められていた昭和天皇は、庭に敷きつめる石は、ぜひ滑りにくいものを選定して貰いたい、と指示をされた。

高尾らが詳細な調査を行い、香川県高松市に近い石山の安石岩が採用された。滑りにくい上に、淡い黄色と青の2色が優しい雰囲気を醸し出した。

■6.純朴な農村の女たちのたゆみない作業饗宴や夜会が催される豊明殿と長和殿「春秋の間」の絨毯は、杉山寧(やすし)画伯の原画により、それぞれサーモンピンクとあやめ色の華やかな抽象図形が描かれた。

その原画を絨毯として織り上げていったのは、熟達した農家の主婦たちだった。豊明殿は山形県山辺、「春秋の間」は兵庫県網野の主婦たちが、手織りで織り上げた。現地で、手織りの現場を視察した高尾は次のように語っている。

「織子たちは織機の台上に並んで腰をかけ、速度をあわせて縦糸に糸を結び、房にして先端を切りそろえる。手先の速さは驚くべきもので、旁に立つ私などの目には、ただ手が上下しているだけのように見える。房を切る刃物を研ぐのに、専属の男が一人、終日かかりきりだと聞いた。

・・・純朴な農村の女たちのたゆみない作業がつづいて、およそ1年有余。夢の絨毯はようやく現実のものとなった。」

■7.海国日本と永遠の生命感を象徴する“波と岩”

宮殿の内部を飾る絵画や工芸作品には、現代日本を代表する芸術家たちが腕を振るった。二重橋に近い南車寄から長和殿に入り、階段を上がった所にある大壁画は東山魁夷(ひがしやま・かいい)の作品である。高尾は東山にこう依頼した。

「この場所は、外国からのお客様が必ずお通りになります。その方々がここの壁画に目をとめて、日本へ来たという実感を抱かれる。そんな図柄が望ましいと思います。

東山は1年ほど思案した挙げ句、「やっと海国日本と永遠の生命感を象徴する意味をこめ“波と岩”を主題にすることにきめました」 そして全国の海岸を行脚し、数多くのスケッチを重ねた。その中から一枚を選び出し、それを横幅15メートル、高さ5メートルに及ぶ巨大絵画として描く。

これまでのアトリエは狭くて制作が不可能なため、自宅の庭に仮設アトリエを建てた。高さ5メートルもの絵を描くために、昇降自在のクレーンを設置し、空調設備も設置した。

一番の懸念は失火だった。高尾は所管の消防署長に面会して、警備をお願いした。署長は事の重大さから、署と直結した非常ベルを設置し、署員のパトロールまで手配して、万全を期した。

かくて完成した大壁画は、朝日の陽光のもと、海面から突き出た岩礁に大波が打ち寄せるという清新な風景を現し、「朝明の潮」と名付けられた。

壁画が新宮殿に飾られた時、東山はこんな感想を漏らしている。

「雄大な規模と簡潔な構成をもつ新宮殿のお部屋に運ばれ、壁に取り付けられた時、この壁画は、私のアトリエで近い距離からのみ眺めていた時よりも、構図も色彩もいかされて見えた。このお部屋を壁画に因んで「波の間」と名付けられたことも、恐れ多いことと思われる。」

■8.「真っ正直な、ごまかしのない姿」

冒頭に登場した小林秀雄は、こうも言っている。

「あの宮殿の姿ですね、あれは大変純粋な感じで、宮殿をつくるという日本の建築家のモチーフの純粋性を、そのままあらわしているといった感じがしましたがね。・・・あらゆる要素が建築の姿をつくるために協力している。・・・」

「モチーフ」とは、大和言葉で言えば「思い」である。その純粋性とは、高尾の言う「国民の手で後世に残す宮殿をつくりあげたい」ということであろう。その思いを共有して「一つの旗の下に」建築家、鳶職人、農家の織子、画家、漆工まで、現代日本の一流の職人たちが完成したのが新宮殿だった。

小林秀雄は宮殿の「真っ正直な、ごまかしのない姿」から、それを作り上げた人々の純粋な思いを感じとった。それはそのまま日本人が美徳とする「真っ正直な、ごまかしのない」姿勢の表れである。

宮殿は我が国の「客間」である。多くの海外からの賓客は新宮殿で迎えられて、その「真っ正直な、ごまかしのない」姿を感じとるだろう。

我々一般国民も、新年や天皇誕生日の一般参賀、修学旅行などでの一般参観、皇居内の勤労奉仕などで、宮殿を拝観できる[2]。そして宮殿の「真っ正直な、ごまかしのない姿」から、我が先人たちの思いを受け継ぎたいものだ。

■リンク■

a. JOG(536) 若者たちの職人道
 一人前の職人を目指して、若者たちが様々な職場で仕事に打ち込んでいる。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h20/jog536.html

b. JOG(307) 伝統技術が未来を開く
 数千年に渡って蓄えられてきた日本の伝統技術が、最先端の現代技術
に生かされ、明日を開きつつある。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h15/jog307.html

c. JOG(867) 「小さな世界一企業」一千社
 我が国には世界トップシェア、世界トップ技術を誇る中小企業が千社以上ある。
http://blog.jog-net.jp/201409/article_8.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 占部賢志『私の日本史教室 甦る歴史のいのち』★★★、明成社、H26
http://bit.ly/1Anturf

2.宮内庁ホームページ「参賀・参観・申込」
http://www.kunaicho.go.jp/event/


◆現実感増すイランの核兵器保有

櫻井よしこ


イスラエルのネタニヤフ首相はおよそいつも「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙など米国のリベラル系のメディアにあしざまに批判される。

イスラエルがイランやパレスチナなど、“敵対的”な国あるいは民族にいわば囲まれる形で、国際社会の中で生き延びるために、ネタニヤフ首相は、非常に現実的かつ強硬な話をする。NYTなどはそれを嫌い「超右翼主義者」という形容詞で報じる場合が多い。

しかし、3月3日、ネタニヤフ首相が米国上下両院合同会議で行った演説は堂々たる内容で、オバマ政権に真っ正面から問題提起するものだった。
 
ネタニヤフ首相は米国が中心になって行っているイランとの核交渉を「非常に悪い取引」だと断じたのである。米国主導の、つまりオバマ大統領主導の合意案ではイランの核保有は阻止できない。

イランの平和的核利用を認める結果、核施設は廃棄しないという案はイランの核計画に必要な施設をほぼ無傷で残すものだと、主張した。
 
オバマ大統領は現在の合意案では、イランが製造を決断してから実際に核兵器を保有するまでに1年かかる、米国など国連安全保障理事会常任理事国が中心になって、イランの核開発を阻止することができると主張する。

核計画を制限する合意の履行期間を「10年以上」としているために、その間の核開発も不可能だというのだ。
 
だがネタニヤフ首相はオバマ大統領の考えが楽観的過ぎるとし、イランが核兵器製造を決断して実際に保有するまでは1年よりずっと短いと、イスラエルの情報では分析されていると説明する。

履行期間10年ということは、その先は制限が撤廃され核兵器製造が可能になるということであり、結論としてイランの核保有は阻止できないのではないか、と反論する。
 
ネタニヤフ首相の警告する通りイランが核兵器保有に至る可能性は高いと、専門家らもこれまで繰り返し指摘してきた。

イランが核を持つとき一体が起きるだろうか。中東諸国が激震に見舞われるのは目に見えている。イランの核保有を恐れる気持はアラブ諸国に非常に強い。加えて米国の中東政策に頼りながらも、オバマ大統領の軍事介入に対する消極姿勢にアラブ諸国の不安は拭えない。
 
従ってイランが核保有に至るとき、サウジアラビアをはじめとする近隣諸国は米国の核で守ってもらうという発想よりも、自らの核武装を選ぶことは十分にあり得る。そのとき、すでに崩壊気味の核拡散防止条(NPT)は最終的に破綻するだろう。
 
一方でイランは自国の核の一部をイスラム過激派の手に渡しかねない。あらゆる意味で、核兵器が一挙に拡散する危険性が生じかねない。このような最悪の事態にどう対処するのか。
 
オバマ大統領はこうした世界規模の危機に対処しかねている。振り返ればオバマ大統領は、イランの核開発の危機にかつて一度も積極的に取り組んだことはないのではないかと思えてならない。
 
オバマ大統領は、イランが核兵器を完成させる前に関連施設を攻撃すべきだというイスラエルの考えを、再三、けん制してきた。イスラエルの存亡に関わる核攻撃の危険について、オバマ政権はあまりに危機感を欠いているとネタニヤフ首相が考え、批判するのも当然であろう。
 
ネタニヤフ首相はホワイトハウスの頭越しに野党共和党によって招かれたが、オバマ大統領の意向を気にして訪米と演説を取りやめることをしかった。

上下両院合同会議には50人以上の欠席者が出たが、それでも自説を曲げることはなかった。オバマ大統領はネタニヤフ首相が実行可能な、検証可能な案は示さなかったと批判したが、それでもネタニヤフ首相の警告は重要な意味を持つと私は思う。

【櫻井よしこ】「重視すべきネタニヤフ首相の警告」

『週刊ダイヤモンド』 2015年3月14日号 新世紀の風をおこす オピニ
オン縦横無尽 1075
                      (収録:久保田 康文)