2015年03月13日

◆“歴史戦”に終止符を

上田 和男



!)戦勝国?の論理や過去の経緯にとらわれるなかれ

戦後70年を迎えて、中韓両国がアメリカを巻き込んで日本を貶め脅す「歴史戦」がますます過激化してきました。そんな中、安倍晋三首相が「21世紀構想懇談会」と称する各界有識者チームによるアドバイザリーボードを立ち上げました。

それは大変いいことなのですが、一点気にかかることがあります。

報道によると、今夏に「戦後70年」談話を発表するおつもりのようですが、今夏というと、8月15日か9月2日の“敗戦記念日”が想定され、それでは中韓の“嫌がらせ”を助長してしまうのではないか、ということです。

つまり、こうした日付では、相手の仕掛ける土俵に乗せられてしまう恐れがあり、意図して避けるべきではないかと思うのです。

願わくは、戦勝国側(国連を含む)の論理や、これまでの経緯にとらわれての自虐的な姿勢を排し、戦後70年の輝ける歩みの延長線上に立つ未来志向の声明を、しかるべき記念日に、世界へ向けて「自信と誇り」を持った前向きの言葉で、訴えていただきたいと思います。

談話作成にあたって、まず考慮すべき基本論点は、「敗戦国日本」に対するアメリカをはじめとする「戦勝国」の構図ですが、現在の中華人民共和国も大韓民国も当時の戦勝国ではなかったという史実です。

また、日本にとっても「もはや戦後は終わった」と自ら叫んでから数十年も過ぎておりますし、いつまでも「後ろ向きの敗戦」を引きずるのではなく、前向きの「未来への展望」を声高に訴えるべきだと思量致します。

従って、わざわざ8月15日(正確には、9月2日の降伏文書調印が敗戦記念日ですが)に、首相談話や声明を発するのではなく、前向きの意義がある4月28日、すなわち主権回復し、国際社会へ復帰した「平和記念日」にこそ、首相声明を発していただきたいと提言する次第です。

あるいは、一歩譲って、憲法公布記念日の11月3日の「文化の日」でもいいでしょう。

そういう日に談話なり声明を発信することに、平和国家として70年の実績を積み上げてきた日本国からの意見表明の意義が深くなるはずです。安倍首相と内閣官房には、こうした有意義な発表の舞台づくりにも十分配慮していただきたいものです。言われるまでもなく、そのおつもりなのかもしれませんが…。

「歴史問題」は日本発

そもそも戦後70年といっても、中韓が日本に「歴史問題」を激しく迫るようになったのは、1980年代に入ってからのことで、戦後35年も過ぎた頃でした。それまでの35年間は、ほとんど外交問題に上らなかったという事実を喚起しておきます。

歴史認識問題として俎上に載せられているのは、慰安婦、靖国参拝、南京事件、「進出か侵略か」でもめた教科書検定問題など、いずれも“日本発の情報”に根差した事象でした。

慰安婦問題は、70年代終盤に発せられた“小説家”吉田清治氏の著書や談話(のちに当人がフィクションであることを認めています)をもとに、朝日新聞が80年代初めから自虐一方の問題提起を継続的に展開しました。

その報道が中韓メディアや政治リーダーに伝わり、日本に対して外交上、道義上の「優位性」を主張し始める淵源となってしまったのです。

90年代初めからは、ますますプロパガンダの様相を帯び、中韓が米国のメディアと下院議会、地方議会から国連人権委員会まで巻き込み、これにわが国左翼リベラリスト(政治家、学者、弁護士、ジャーナリストら)が加担し、証拠の裏付けのない「“従軍”慰安婦」「性奴隷」「“強制”連行」といった“造語”を次々に生み出していったのでした。

つまり、日米離反・日本の孤立を狙った中韓による謀略戦で、中華系、韓国系在米勢力の資金力も生かしたロビー活動・宣伝広報を米国議会、地方政府、国連人権委員会などへ展開し、「事実の裏付けのない歴史」を刷り込んでいったのです。

火に油注ぎ、国益損なった政治家らの不用意談話

その間、わが国の政治家も外務省も、中韓米や国連に対して正鵠を得た意見表明を出さないばかりか危機感を欠く弱腰対応に終始し、禍根を断つ努力をしませんでした。逆に細川護煕、村山富市両元首相や河野洋平元官房長官らが史実や真相を十分吟味することなく、不用意な談話を通じて、火に油を注ぐがごとき言動に終始してしまったことが、日本の国益を毀損する結果に至ってしまったのです。

このまま、中韓の仕掛けた“虚妄の歴史”を一人歩きさせてしまっては、日本国と日本人が、世界中から未来永劫に誤解され、われわれの子々孫々に屈辱を負わせ続けてしまうことが危惧されます。

なんとしても、不当な濡れ衣を晴らし、あらぬ恥をそそぐため、不条理な歴史戦に一刻も早く終止符を打ってほしいものです。そういう意味でも「戦後70年談話」に寄せる国民の期待は非常に大きいものでしょう。

 ここまで、中韓と日本国内の一部勢力による“反日プロパガンダ”に焦点をあてて
書いてきましたが、談話作成にあたって考慮すべき基本論点がもう1点あります。そ
れはアメリカと国連の存在です。次回はそのことについて述べたいと思います。

                 ◇

【プロフィル】上田和男(こうだ・かずお) 昭和14(1939)年、兵庫県淡路島生まれ。37年、慶応大経済学部卒業後、住友金属工業(鋼管部門)に入社。米 シラキュース経営大学院(MBA)に留学後、45年に大手電子部品メーカー、TDKに転 職。米国支社総支配人としてカセット世界一達成に貢献し、57年、同社の米ウォールス トリート上場を支援した。その後、ジョンソン常務などを経て、平成8(1996)年カ ナダへ渡り、住宅製造販売会社の社長を勤め、25年7月に引退、帰国。現在、コン サルティング会社、EKKの特別顧問。

産経ニュース【日本千思万考】 2015.3.11
                     (収録:久保田 康文)

◆私の[身辺雑記](199)

平井 修一



■3月10日(火)。朝は室温16度、晴、フル散歩。

先日散歩中に姪っ子(小生の中姉の娘)から声をかけられた。数年ぶりだが、「これから会社」と駅へ向かって行った。もう40歳にはなったろうが独身(主義?)で、ずーっと派遣労働しているのは趣味を優先するためだった。

「いろんな働き方があっていい」という意見があるが、姪っ子はまさにそれで派遣労働を選んだ。彼女の妹も独身で、フリーのウェブデザイナーとして在宅で仕事をしている。

両親が元気で、そこそこ資産があるということもあって、正社員にはこだわらないのだろう。「女性だからできる」という“お気楽さ”もあるかもしれない。

池田信夫氏の論考「日本は雇用イノベーションのトップランナー 正社員という幻想を捨てれば可能性は広がる」(JBプレス3/10)から。

<また国会で、労働者派遣法の改正案がもめている。これまで2度も継続審議になった上に、今度は厚生労働省の担当課長が「これまで派遣労働は期間が来たら使い捨ての物扱いだった」と発言したことに野党が反発し、今国会での成立が危ぶまれている。

ここには二重の問題がある。派遣労働者を正社員ではないというだけで「物扱い」する役所と、派遣労働を規制すれば問題が解決すると考える野党だ。彼らはともに「正社員が唯一の正しい働き方だ」と思っているようだが、それは本当だろうか。

*派遣を減らしたらパート・アルバイトが増えた

この(使い捨ての物扱いという)言葉には、派遣労働者を蔑視してきた役所の発想がよく表れている。彼らは企業に一生忠誠を誓う正社員だけを労働基準法の対象にし、それ以外は奴隷だと思っているのだ。派遣が奴隷なら、問題の解決は簡単だ。派遣を禁止すればいいのである。

派遣を減らしたら正社員が増えるだろうか。派遣を雇うのは正社員のコストが高すぎるからなので、派遣がだめならもっと安いパート・アルバイトに代えるだろう。それが現実に起こったことだ。

2007年には140万人だった派遣員は、民主党政権の規制強化で2012年には90万人に減ったが、このとき正社員も減った。その後の人手不足で増えたのは、パート・アルバイトで1347万人。派遣社員の10倍近い。

専門職としての身分保障のある派遣社員を減らすと、何も身分保障のない
パート・アルバイトが増えるだけだ。雇用規制の強化はインサイダー(現に雇用されている労働者)の利益を守ってアウトサイダーをますます不利にするのだ。

こういう倒錯した発想は、「夢は正社員になること」というテレビコマーシャルを流した民主党も同じだ。彼らが派遣規制を強化しようとする理由は、労働組合の組織防衛である。派遣労働者が増えたら組合員が減って労組の政治的影響力が落ちるから、連合に依存する民主党は改正に反対しているのだ。

正社員を増やすには、解雇を判例で実質的に禁止している曖昧な規制を改め、金銭などの条件つきで解雇を認める立法をするしかない。これがOECD(経済協力開発機構)も日本に勧告している改革である。

ところが厚労省は非正社員を規制で減らそうとし、自民党もマスコミの反対を恐れて及び腰だ。

ITの進歩によって、雇用形態はこれから大きく変わる。特にモバイル端末によって、1日中オフィスにいる必要はなくなった。日本で非正社員が労働者の4割近くまで増えたのは、労働がITで定型化したからだ。

20世紀前半には、機械で工場労働者を自動化するオートメーション(FA)が起こり、後半にはコンピュータで事務労働者を自動化するオフィス・オートメーション(OA)が起こった。いま起こっているのは、インターネットでサービス業を自動化するサービス・オートメーションである。

スーパーのレジはPOSで誰でもできるようになり、居酒屋の注文もタッチパネルになった。このように労働が脱熟練化し、社会全体で共有される流れは止まらない。

その先駆が、いま世界で話題を呼んでいるモバイル端末による運転サービス「Uber(ウーバー)」である(アメリカを始め世界の各都市で展開されている配車サービスで、携帯アプリから今いる場所にハイヤーを呼ぶことができる)。

そこでは人的資源がネットワークで統合され、必要なときにすぐ使えるオンデマンド雇用が実現する。これによって労働者は工場や職場から自由になり、自分の時間を自由に使えるようになる。

この意味でサービス業がITで脱熟練化されて効率化された日本は、世界のトップランナーである。正社員というシステムを廃止し、すべての労働者が自由に働ける社会にすれば、日本はオンデマンド雇用のイノベーションを生み出す可能性がある>(以上)

まあ一理はあるが、FA、OAで仮に仕事が脱熟練化すれば、結婚して子供を大学へやるだけの賃金を得られるのかどうか。オンデマンド雇用とは「必要な時に必要な労働力を買う」ことだろうが、安定した収入と身分が得られるのか。

それにしてもFAについては知らないが、小生の経験(編集・デザイン会社)ではOAで脱熟練化はしなかった。熟練した技と知識と気力・体力が求められ、むしろ日進月歩でハード、ソフトが向上するので高度な専門能力が求められるようになった。

小生の大姉はコンビニを経営しているが、仕入れの責任者である店長の能力次第でロス(廃棄)比率は大きく変わるのだという。コンビニでも高度な専門能力が求められているのだ。池田氏にはこの視点が欠けているように思われる。

そういう能力者=プロは他社から引き抜かれないように賃金を上げ、正社員として確保し、さらに教育し、やがては管理職として部下や外部の会社やフリーランスを動かす人材に育て上げる。

「正社員というシステムを廃止」したら、このサイクルが崩壊し、弱肉強食になる。自由時間タップリ、賃金ポッチリの人ばかりにならないか。亡国だ。

自衛隊出身の方が書いていたが、兵器はますます複雑化し、習熟するまでに結構な時間がかかるそうだ。「安倍政権では、やがては徴兵制度が復活されかねないと騒ぐ人々がいるが、素人ばかりの徴兵制度は現場無視の有難迷惑」とも。

話を戻すと、正社員や公務員の賃金を含めた待遇が恵まれているかどうかはさておき、派遣もパートも同一労働同一賃金など、結婚して子供を育て上げられるくらいまで待遇を引き上げることこそが大事なのではないか。

■3月11日(水)。朝は室温12度、ちょっと冷えるが快晴、フル散歩。3.11大地震・大津波4周年。黙祷。

島地勝彦氏のブログ「Nespresso Break Time @Cafe de Shimaji」(現代ビジネス3/4)がカメラマンの宮嶋茂樹との対談を載せている。

島地氏は1941年、東京都生まれ。青山学院大学卒業後、集英社に入社。『週刊プレイボーイ』『PLAYBOY』『Bart』の編集長を歴任した。現在は、コラムニスト兼バーマンとして活躍中。

宮嶋氏は1961年、兵庫県明石市出身。日本大学芸術学部写真学科卒業後、講談社フライデー編集部所属カメラマンを経てフリーに。通称「不肖・宮嶋」。訪露中の金正日総書記、拘置所内の麻原彰晃など数々のスクープ写真をものにするほか、チェチェン、アフガニスタン、イラクなど紛争地域における戦場カメラマンとしても有名。

とても勉強になった。以下、一部を再録する。

<店主前曰

日本のジャーナリズムにおいて20世紀最高のスクープ写真はなにかと問われたら、平成8年、"不肖・宮嶋"こと宮嶋茂樹と相棒の大倉乾吾が東京拘置所内の麻原彰晃をとらえた一枚だと、わたしは迷わず答えたい。

当時、あらゆるマスコミが麻原の姿をひと目でも撮ってやろうと湧きかえる一方、官憲側は絶対に撮らせまいと鉄壁のガードを敷いていた。そんな困難な状況のなか、まんまと官憲の寝首を掻いたのが宮嶋・大倉コンビだったのである。

写真週刊誌の専属カメラマンを経てフリーの報道カメラマンになった"不肖・宮嶋"。そのニックネームとは裏腹に、彼はさすがに用心深い。イラクの戦場にも行ったが、無事に帰還してきた。

対談の途中、カメラマン立木義浩がいつになく大きな声でこう言った。

「生きて帰ってこなかったら一銭にもならないんだよ」

宮嶋は即答した。

「はい、ぼくは帰ってきます」

"不肖・宮嶋"には強運の神様が味方しているように思えてならない。

            ***

宮嶋?シマジさん、『フューリー』という映画をご存じですか??観たかったんですが、昨日で上演が終わってしまったんですね。ショックでした。

シマジ?あれは面白い映画だったよ。第一、アメリカが負けるというのが
いい。

宮嶋?それ以上はいわないでください。じつはぼくはバクダッドで戦車に撃たれたほうなので、あの映画を観てみたいんです。そのときは弾丸が飛んでくるのがわからなくて、飛び散った破片が顔に当たってはじめて状況を理解しました。大砲がこちらを向いていたんですが、まさかと思ったんです。たしか1.7キロくらい離れていましたか。

シマジ?そんな近いところで。戦車にとっては至近距離でしょう。

宮嶋?ちゃんと共同通信がビデオに撮っていたんです。ピカッと光ってから3秒ぐらいして、ドーンです。米軍の戦車でした。

シマジ?えっ、米軍の戦車に撃たれたんですか!??ひどいね、それは。

宮嶋?理由はいまだにわからないんです。撃たれたのはウクライナ人とスペイン人のカメラマンでした。ホテルのベランダに三脚を立てていたんですが、2人が死ぬまで手にしていたのが300ミリのキャノンの2.8とデジタルの一眼レフでした。おそらく敵の着弾観測と勘違いされたんじゃないかと思います。それで撃たれたという説が濃厚です。

ぼくは3つ隣の部屋にいました。でも衝撃はもの凄かったですよ。二人ともバラバラになりました。彼らはロイターの支局員だったんです。ぼくはなるべくベランダから首を出さないようにしていました。戦車だって自分たちが撃たれることもあるし、「動くものはなんでも撃ってしまえ」という世界ですから。

シマジ?一発だけだったんですか?

宮嶋?一発だけでした。音ももの凄かったですよ。発射した瞬間はかすかだけど、着弾の瞬間はもの凄い音がするんです。米軍は榴弾を撃ったといっていましたが、ぼくのみたところあれは徹甲弾ですよ。榴弾なら火が出ますが、火が出でいなかった。

シマジ?壮絶な体験ですね。宮嶋さんが何歳のころですか?

宮嶋?えーと、あれは40歳のころですかね。いまの戦車は120ミリが主力で、しかも滑腔砲といってライフルのような溝を切っていない砲口から撃ち出されて、翼が飛び出してくるんです。それがまたよく当たるんです。一発必中です。しかも自動装填ですから1分間に10発くらい撃てるんじゃないですか。『パットン大戦車軍団』の時代みたいなロマンある撃ち方なんていまはありません。

自分も撃たれる危険性があるわけだから、一応研究しておかないといけないと思いまして、富士教導団という陸上自衛隊の教育部隊に行って戦車に乗せてもらったんですが、最新式の戦車にはクラウンと同じような無段階変速機がついているんですよ。だからシフトショックもありません。

戦車といえば乗り心地の悪いものの代名詞でしたけど、ずいぶん変わったものだと思いましたね。残念ながら戦車の内部は撮影禁止でした。

ヒノ?そもそも自衛隊取材のきっかけはなんだったんですか?

宮嶋?単に好きだったからですよ。ミリオタみたいなもんです。なにごとも実物をみるのは面白いし、戦地で取材するなら兵器の研究もしないといけない。遠くからみて、どちらの戦車か見分けがつかないとダメですから。イラクのT型なのか、米軍のM1なのか。

シマジ?T型というのはソ連製ですか?

宮嶋?もともとはそうです。イラクは55と72を持っていたらしいですが、72はほとんどみなかったですね。ロシアの戦車もバカにならなくて、相当強い。しょっちゅう地上戦をやっているから慣れているんですよ。ただ空からは一方的にやられますけどね。

米軍は空の優位性を確保してから地上戦に出て行くんで、敵の戦闘機が飛んでいるところには米軍の戦車はいません。あと、いまはヘリコプターが凄い。戦車の敵はヘリです。あれは空飛ぶ戦車みたいなもんですよ。

シマジ?例のオスプレイはどうなんですか?

宮嶋?オスプレイは武器を搭載していないただの輸送機です。戦闘用ヘリは日本にもコブラとアパッチというのが2種類あります。イラクで見たのはアパッチでした。もう「あいつに見つかったら終わり」という世界です。

この間もヘリの実弾射撃訓練を見てきました。むかしは20ミリの機関砲で射撃中は空薬莢がばらばら地上に落ちてきたんですが、アパッチになると30ミリ砲でより強力なのに、空薬莢が収納式で一発も落ちてこないから迫力を表現するのがむずかしくなっていますね。ただ、いずれにしても機関砲の衝撃はすさまじく、射撃中はヘリがその反動でずるずる後退してしまうぐらいです。

シマジ?やっぱり戦場に取材に行くにはそれなりの知識がないと危ないんですね。

宮嶋?兵器もそうですが、軍服の種類とかも最低限の勉強は必要ですね。その点、日本の新聞記者は不勉強です。「別にそんなの必要ない」と思っているみたいです。

最近の話だと、御嶽山の噴火のとき、戦闘装甲車が出動したんですが、それをテレビのコメンテーターが「戦車」って言っちゃうんですよ。戦車と戦闘装甲車の違いもわかっていない。どうしてそれが出ているのかもわかっちゃいないんでしょうね。

噴石が上から落ちてくるから普通の車両では危ないんですよ。あと戦闘装甲車は密閉性が優れていて、有毒な火山ガスが充満するなかでも活動できる。だからわざわざ出動したわけです。そんなことも知らないで「なんで戦車が出てくるんだ?」と現地の報道陣も言っていました。

そういえばオウム事件のときは戦車が出ていました。もしも神経ガスが使われた場合、戦車なら密閉性が優れていて空気を浄化出来るので、後方で待機していたんです。

ヒノ?御嶽山のときは上まで行けなかったんですよね。

宮嶋?行けませんでした。麓までは行ったんですが。記者っていうのは普通、他社を出し抜いてどこへでも行こうとするじゃないですか。でもあのときは誰も登ろうとしなかったですね。ガスもあるし、本当に怖かったから。

自衛隊や消防の人たちが帰ってくるをみていると、みんな腰ぐらいまでドロドロの火山灰に埋まっていたのがありありでしたから。これはムリだ、自力では帰ってこられない、とみんな思ったんでしょう。

シマジ?さすがの不肖・宮嶋も躊躇したわけですね。

宮嶋?はい。麓で取材させてもらいました。

ヒノ?イラクでは入っちゃいけないところにも行ったんですか?

宮嶋?いえいえ、ぼくがいたのはバクダッドだけです。ひたすら温和しく戦争が終わるのを待っていました。

シマジ?わりに用心深いんですね。

立木?当たり前だよ。生きて帰ってこないと一銭にもならないんだから。

宮嶋?はい、ぼくはちゃんと帰ってきます>(以上)

戦場は「動くものはなんでも撃ってしまえ」という世界・・・リアリズムだ。マスコミは米軍による誤爆があると、鬼の首をとったように大合唱で非難を浴びせるが、戦闘地域で自陣営外の「動くものはなんでも撃って」しまわないと撃たれる=殺される可能性が高いわけだ。誤爆は付き物、と言うしかない。

「日本の新聞記者は不勉強」とも氏は述べているが、多くの記者も国民も70年間も軍事を忌避してきたから、平和(戦争のない状態)が当たり前だと思っている。ところが70年前までは戦争は日常茶飯事だった。戦争と戦争の間に束の間の平和があったにすぎない。

今は世界秩序のタガが相当緩んできたから、これからはいつ戦争、紛争、衝突が起きるか分からない。戦争が嫌なら戦争に備えてしっかり攻撃力、抑止力を高める努力と工夫が必要になる。

秩序に挑戦して「動くもの」はなんでも撃たなければ、こちらが撃たれる。好き嫌いの話ではなく、そういう時代認識が必要なのだ。

■3月12日(木)。朝は室温11.5度、快晴、冷風のなかフル散歩。

今朝の「頂門の一針」の「読者の声」に以下の投稿があった。

<中国通のいわゆる識者と称する方々が、もう十数年前から「中国は破綻する」と言ってきました。(ところが現状は)破綻どころか現体制が永遠とは言いませんが、数十年は続くと思います。如何でしょうか。どなたか識者のお考えを頂ければ幸いです>

マスコミは売らんがために「今日明日にも中共崩壊!」と叫んでいるのであって、話半分くらいに思っていた方がいい。商売なのだ。

中共は普通の国なら昨年あたりでバブルがはじけていたろうが、普通の国ではないので延命している。人民はヤケ食いならぬ「爆買い」で鬱憤を晴らしているような印象だ。何となく末期症状。

なぜ延命できるのか。小生は識者ではないけれど、まあ、以下のような事情だろう。

中共が最も恐れているのは太平天国の乱(1851)、義和団の乱(1900)といった大暴動だ。清朝滅亡のカウントダウンが始まり、辛亥革命(1911)、中華民国誕生(1912)となった。

大暴動が起これば中共が崩壊しかねないから、とにかく社会不安を抑え込む。まずは失業者が増えないように企業の倒産を抑えるしかない。

中共は、すべての上に一党独裁の共産党が君臨し、統治する。経済は国家独占資本主義で、ある程度の企業はすべて国営である。生かすも殺すも中共の思うままだ。

国営企業が借金を返済できずにいると、普通の国なら倒産とか会社更生法適用で再建を図ったりする。GMとかJALのように「倒産すると被害が大きすぎるから潰せない」となることもある。

中共の外貨準備高は3兆8800億ドル(2013年、465兆円)、外国での中国の債権は208兆円、合わせて673兆円もある。日本のGDP500兆円を上回っている。国のふところはキャッシュでいっぱいだ。

へたった国営企業を新規融資で救うに当たっては、通常は過剰設備、過剰在庫、過剰人員を整理させる。日本でも猖獗をきわめたリストラだ。減資して増資したりするが、これは国営だから中共にとっては痛くもかゆくもない。

ところが解雇は失業者を生み、社会不安を拡大するから避ける。この結果、改革は先送りされるから、生産性は少しも上がらずに、またへたる。へたれば救う。この繰り返し。

理財商品、財テク商品を人民に売りまくったシャドーバンキングも、同じような感じで救っているのではないか。倒産したら人民は怒り狂って暴動を起こしかねないからだ。地方政府が理財商品を推奨した弱味もある。で、同じように改革は先送りとなり、業界は不健全のままだ。

事実上倒産しても地方政府は「倒産認定」さえしないそうだが、これも社会不安を抑えるためだろう。死んでいるのに生きていることになっているから「ゾンビ企業」と言うそうだ。

中共がやっているのは行き当たりばったりの対処療法で、これでは経済はへたるし、いつかは行き詰まる。対処療法か、それとも外科手術か。外科手術は失業者を生み、社会不安の元になる。

中共中央のチャイナセブンは思案投げ首、どうしていいのか分からない。キャッシュはあるから当分は日和見で行こうとなったのではないか。

まあ、上記の見立ては当たらずとも遠からず、だと思う。

<【大紀元日本2月2日】最近、「新常態」(ニューノーマル)は中国当局が現在経済状況を説明するうえでよく使うキーワードとなっている。在米中国経済専門家の程暁農氏が「新常態」とその問題点について独自の視点から解説した。1月26日付BBCが伝えた。

程氏は「新常態」が現れたのは偶然ではなく、過去十数年の経済成長において多くの問題が隠されてきたと指摘する。中国経済最大の問題点は深刻な収入分配の不公平で、国内総生産(GDP)に占める国民の個人消費が極めて低いことにあると程氏はみている。

2013年の個人消費の割合が36%で、改革開放前の1977年よりも16%低いという。仮に国内消費だけで経済を成長させているならば、GDP成長率は現在の3分の1しかないはずだ。

各地方政府はこの10年不動産市場の発展で経済を成長させてきた。ただ、不動産市場が国民の実質需要より過剰に発展し、住宅価格が国民の購買力を超えたことで、不動産バブルおよび過剰生産能力の問題が必然的に現れる。

現在、不動産市場が低迷し始め、中国はやむを得ず投資を主導とする経済発展モデルから脱却し、構造改革を転換する必要に迫られている。

また、不動産市場の低迷で不動産開発企業や地方政府の債務が急増し、金融システムに多大なリスクを与えている。

同氏によると、国家発展改革委員会の関係者は1997年〜2013年に行われた投資の36%が無効投資、すなわち不良債権で、2009年〜13年の無効投資は42兆元(約798兆円)に達していると示した。

「金融機関がほぼ民営資本である自由経済国家では、金融危機がすでに発生している」と程氏がその深刻さを語った。

さらに、程氏は今後高い失業率が「新常態」になるとの認識を示した。不景気で2年前から珠江デルタ地域で台湾などの外資企業が相次いで倒産した。この「倒産ブーム」は今、長江デルタ地域にも及んでいる。景気減速が続く中、農民工だけではなく大学卒業生の就職環境がますます厳しくなっていくと考えられる。

温家宝・前中国首相は2010年3月の経済討論会において「中国の失業人口は2億人」と発言したことがある。その一方、林毅夫・元世界銀行チーフエコノミストは1月22日に開催されたダボス世界経済フォーラム年次総会で「賃金コストの上昇などの原因で、中国はさらに1.24億人の人々が失業するだろう」と述べた。

現在中国の労働人口は9.4億人で、失業人口が3億人に達すれば、実質失業率は32%となる。この失業率が「新常態」となれば、社会不安が急速に広がる恐れがあるとの認識を示した。

程氏は、中国当局は今、金融危機を避けるため金融機関を救済すべきか、それとも雇用機会を創出するためバブルを維持するのかの選択に悩まされていると指摘した。

金融危機が発生すれば、莫大な資本が流出すると予測され、中国経済に深刻な打撃を与えることが明らかだと当局も理解している。しかし、当局は金融危機を防ぐため、厳しく地方政府の債務増加をコントロールしているが、景気刺激、雇用創出と投資拡大で利下げを実施した。この二つの施策(ブレーキとアクセルの両方を踏む)は明らかに矛盾している。

程氏は「習政権の反腐敗キャンペーンは国民の腐敗官僚への恨みを払拭できるが、失業によって生じた社会不満は解消できない。高い失業率が新常態となる環境では、政治・思想への高圧的(引き締め)や厳格なネット管理は一時的に社会不満の爆発を抑制できるが、社会の安定は長く維持できない。

今後、長期的な高失業率の下で社会の緊張が高まり、中流階級による海外移民の動きが一層加速するだろう」との見方を示した>(以上)

失業率32%・・・仕事がない、金がない、社会保障もない、夢もない。あるのは汚染された土地、汚水、PM2.5、言論統制、弾圧、拘束、収監、不信、絶望。

今年か来年あたりに対日開戦して国民のガス抜きをしないと大暴動になるのではないか。(2015/3/12)


2015年03月12日

◆安倍談話、謝罪の表明は不要

宝珠山 昇



戦後70周年に当たり出されるかも知れない「安倍談話」についての論議が----「植民地、侵略」、「多大の損害と苦痛」、「謝罪の表明」などの要否、「そもそも談話は必要ないのではないか」、など----盛んである。

以下に、「頂門の一針」第588号 平成18年10月03日(火)掲載の「先の大戦の謝罪は完了しています」と同旨ながら、小生の希望を述べさせていただきます。

日本は、先の大戦において「降伏」し、(事後法ではあるが)国際法に基づく裁判の判決を受諾し、「服役」し、1951年の講和条約によって「釈放」され、国際社会に復帰している。

占領下で、死刑を含む処罰を受諾・実行し、憲法を含む基本法を改正し、占領者が気に入らない諸制度を解体(例えば、皇室典範、陸・海軍、財閥の解体、等)などした。

その後の、1958年の国連加盟、諸国との友好協力条約、などは、関係諸国による“謝罪完了”の証明書、確認書である。これらは、例えば、1965年の日韓国交正常化、1972年の日中国交正常化交渉、などにおける諸国の指導層の対応・姿勢を見れば、容易に理解される。

こうして、我が国は、憲法、諸条約などを愚直といわれるまでに順守し、国際秩序の維持・増進、開発援助、などに寄与し、多くの諸国はこれらを歓迎、高く評価してきた。即ち、諸国に対する謝罪はとっくの昔に名実ともに完了している。

加えて、戦後50周年の「村山談話」でも、60周年の「小泉談話」でも、謝罪の表明をし、諸国の理解を得ている。にもかかわらず、なお、国際法等に反する内政干渉にもあたる言動が見られるのはなぜだろうか。

彼らは、「日米同盟」、「戦争責任」、「靖国参拝」、などを突いて、日本国内に対立・亀裂を生じさせ、これを彼らの国家戦略遂行の手段の一つとして利用することの有益さ・うま味を体験・実感し、活用しているのではないか。

「被害者の記憶は長く残るが、加害者の記憶は消えやすい」などの古来不変のことわざなどを引用して、“敗戦国史観”を強要し、謝罪の言葉を引き出し、個人益を得ようとしているように見える公人も見られる。これらに阿り、他国を利する売国的・国賊的行為をためらわないものもいる。

「被害者の記憶は長く残る、、、」は、人類発祥以来の人間の本性を表し、部族、民族、宗教者などの個人・私人の立場では、否定することのできない側面を指摘するものである。(いま、ISILなどが、11世紀にさかのぼる十字軍などを持ち出して、蛮行を正当化しようとしているのも、これらの表れであろう。)

しかし、古くから国家、民族等の指導者、公人は、少なくとも1648年のウエストファリア条約以来、これらを克服しようと努力してきている。自分たちが属している人種、民族、宗教、国、などの個人的・集団的な対立感情の発露を抑制 し、他の集団との融和を図って、共生・共存することの重要さ、時に軍事的強制力の行 使の必要性、などを説くなどしながら、国際の平和と秩序の維持・増進に取り組ん でいる。

1920年の国際連盟も、1928年の不戦条約も、1945年の国際連合も、日韓国交正常化も、日中国交正常化も、関係諸国の指導者が、時々の大課題に公人とし て、未来志向で、共生・共存、相互理解・尊重思考で取り組んだ英知の結晶である。

現在の諸国の指導者も、過去の一時期にかかる個人的・民族的な憎悪などの感情に発する言動を抑制し、それぞれの過去の偉大な指導者、先祖の業績に倣って 行動してほしい。

戦後70周年の談話では「謝罪の表明」は不要である。「安倍談話」は、過去の談話は踏まえるとしても、国際社会の安全保障環境の激化、諸国の協力・法治 の重要さ、などを説き、未来に向かって、日本が国際の秩序の維持・増進、世界平和 の実現にいかに取り組むかについて、先進国の重要な一国の指導者、国際的公人とし ての決意表明に重点を置いたもの
でありたい。

これを多数の国民が強く支持し、この決意を着実に実行・顕示して行くことこそ、諸国が、内政干渉までする言動の非と相互理解・尊重、法治、未来志向の 利・重要性を悟り、正常な関係を築いて行ける王道であると確信している。
(2015年3月11日)(ほうしゅやま のぼる)

◆「政治とカネ」ばかりの野党追及

酒井 充



国民的関心事の「川崎中1殺害事件」は取り上げられず

1月26日召集の通常国会は1カ月以上が過ぎ、「政治とカネ」をめぐる与野党の泥仕合となってきた。西川公也農林水産相を追及し、辞任に追い込んだ民主党だが、岡田克也代表にも類似の問題が発覚。安倍晋三首相や複数の与野党議員にも疑惑が浮上してきたからだ。

国の補助金交付が決定した企業が、議員が代表を務める政党支部に献金をしていたことが政治資金規正法に抵触することが問題となった。同法は利益誘導や補助金の議員側への還元を防ぐため、交付が決定した企業の1年以内の献金を禁止している。

しかし、受け取った側が補助金交付を知らなければ刑事事件にはならない。疑惑が指摘された議員の大半は「知らなかった」と釈明している。補助金が利益を生まない性質の場合も禁止の対象外になる。法の解釈が人によって異なる余地があり、野党幹部は「調べたら与野党の『違反者』はもっと増えるはずだ」と語る。

国会議員でも「脱法的行為」に加担するような法律は欠陥法ともいえる。ならば、問題の根源となっている企業・団体献金を全面的に禁止すればいいのに、その機運は一向に盛り上がらない。

維新の党は2月の党大会で、自主的な取り組みとして来年から企業・団体献金の受け取りを全面禁止する規約改正を行った。全面禁止の政治資金規正法改正案も提出した。しかし、自民、民主、公明などの主要政党が賛同する様子はない。

首相は3日の衆院予算委員会で「企業・団体献金そのものがいけないとは考えていない」と述べた。全面禁止どころか法改正すら否定的で、運用の改善などで対応する意向だ。

民主党の枝野幸男幹事長も3日の衆院予算委で「抜本的解決には本来は企業・団体献金そのものをやめるべきだ」との認識を示したが、同時に「献金した側の罰則強化と厳しく取り締まることをやっていくべきだ」と語った。対立することが多い首相と枝野氏が一致する不思議な光景となった。

民主党は4日、罰則強化などの政治資金規正法改正案の国会提出を目指すとして自民党に協議を打診した。西川氏を追及していたころには、法改正などおくびにも出していなかった。

ところが自分たちの「大将」も同類だったことが判明し、すぐさま方針を転換した。しかも抜本的な対策とは程遠く、結局、自民も民主も貴重な活動資金であ企業・団体献金を断つ決断はできないようだ。

また、民主党の長妻昭代表代行は2月26日の記者会見で、閣僚ら政務三役に限定して企業・団体献金を禁止することを提案した。政治資金規正法は「政府側だからダメ」などと対象を限定していない。自分たちへの献金はいいが、政務三役はダメというのは、いかにも自らに都合が良すぎる。

こうしたご都合主義の体質は、民主党によく目立つ。そもそも今国会当初は、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による日本人殺害脅迫事件で一色だった。2人殺害という結末になり、民主党は国会で政府の対応を追及した。辻元清美政調会長代理のように「首相はゴルフはやめるべきだ」などという本筋から外れた議論もあっ
た。

そんな人質事件に対する政府への追及も、西川氏の政治資金問題が浮上した2月中旬以降の予算委では、ほとんど取り上げられなくなった。民主党が西川氏を辞任に追い込むことに照準を定めたからだ。政府の人質事件対応を追及するなら徹底すればいいものを、ぱたりと止まった。これでは「もっと政府を追及できるネタを見つけたから」と解釈されても仕方ない。

「政治とカネ」の問題を追及すること自体は野党としての本分に違いない。だが、問題の根源となっている企業・団体献金の全面禁止を提案することもないため、消化不良の議論になっている。

もっと深刻なのは、2月20日未明に遺体で発見された川崎市の中学1年、上村遼太さんの殺害事件について、衆院予算委員会で1週間、全く話題にならなかったことだ。

2月27日の衆院予算委でこの事件をようやく取り上げたのは自民党の山本有二元金融相だった。この間、予算委は事件当日の20日、週末を挟んで23日と25、26両日と4日間にわたり計24時間近く行われた。その間に質問に立った与野党議員は延べ37人に上る(民主14人、維新13人、共産7人、公明2人、自民1人)。

容疑者の少年3人が逮捕された27日まで自粛していたのかもしれないが、38人目の山本氏まで誰もまともに取り上げなかった。

「政治の場で何か予防、解決できることがあったのではないか、救う手があったのではないかとの気持ちで質問する」

こう切り出した山本氏は、上村さんが事前に「SOSを発していた」と指摘。「もしその時、大人が気が付くことができれば被害は防げたのではないか」と述べ、首相の見解をただした。

これに対し首相は「今回の事件には大変ショックを受けている。防ぐことができなかったのかと思う」と述べた。さらに「子供たちを守るのは大人の責任だ。学校や教育委員会や警察や児童相談所との連携が十分だったのかどうかということも含めて検証しながら、再発防止策をしっかり考えていかなければならない。こういったことを二度と起こさないとの決意で取り組む」と語った。

だが、事件の犠牲者は上村さんだけではない。2月5日には和歌山県紀の川市で小学5年の男児が殺害され、2日後に22歳の近所の男が逮捕された。福岡県豊前市では2月1日に小学5年の女児が遺体で発見され、後日、46歳の男が殺人容疑で逮捕された。今国会開会後だけでも、これだけの子供たちが不当に命を奪われた。

自らの意志で危険な地に踏み込んだとはいえ、「イスラム国」に拘束された日本人の命を救うことが大事なのは当然だ。だが、日本人の生命を守るのが国の責任ならば、子供に限らずみんなが日常を安全に暮らす環境をつくることもまた、政府や国会の重大な責任のはずだ。

子供が相次いで犠牲となる中、小学生と中学生の息子2人を持つ身としては、これがこの間の最大の関心事だった。しかし、政治は沈黙し続け、国会は人質 事件の対応や「政治とカネ」の問題の応酬ばかりが目立った。

学校や教育のあり方、 身近な治安の問題としても極めて重要な川崎中1殺害事件への哀悼や対策の議論が1週 間も国会で取り上げられないとは、もはや国会議員の感覚は麻痺(まひ)していると しかいいようがない。

(産経新聞政治部)産経ニュース【政界徒然草】2015.3.10 
                      (収録:久保田 康文)

◆伊藤忠の対中大型投資の行方は

平井 修一



キヤノングローバル戦略研究所の研究主幹・瀬口清之氏の論考「2015年の中国経済は下振れリスクもあるが、基本的には安定を持続 北京・上海出張報告」(2/23)は、伊藤忠商事の対中大型投資をこう評価している。

<伊藤忠商事・CITIC(中国中信)・CPグループ(タイ:チャラン・ポカパン・グループ)による大型資本提携が実現した。CITIC は中国の国有企業の中でも、最も格の高い企業である。その企業に混合所有制を導入し、日本企業を参入させた意義は大きい。

これは明らかに習近平主席の指示に基づいて決定されたと見られており、新時代の日中経済交流を切り拓く画期的な出来事と評価されている>

本当に「新時代の日中経済交流を切り拓く画期的な出来事」なのかどうか。

CITICのサイトによると――

「CITICは中国政府系の中国で最大級の産業・金融の総合コングロマリットです。中国政府の開放・改革政策の下で、1979年に、栄毅仁(後に国家副主席)によって設立され、海外の有力企業による中国への直接投資進出の合弁事業を手がけるなど中国の産業発展に重要な役割を果たしてきました。

CITICグループは、中国政府の国務院(内閣に相当)が管轄する企業集団で、中央政府と密接な関係を持つと共に、中国全土にネットワークを持ち、あらゆる接点で政府機関と良好な関係にあります。

グループの事業分野は、石油・化学、金属、重工業、自動車、銀行・証券、不動産、小売、出版など幅広い産業に及んでいます」

「週刊現代」2015年3月14日号の「有力企業『のるか、そるか』の大買収、その意味 『会社の存亡』をかけた決断をなぜしたのか」から。

<*「二度とやりたくない」けれど

「大型の投資案件が進められているという話は、社内でも噂になっていたのですが、これほどの規模だとは誰も想像していなかったので、社内では
衝撃が走りました」

こう語るのは、北米に駐在する伊藤忠商事の社員。大型の投資案件とは、中国中信集団(CITIC)への出資のことだ。

伊藤忠は今年1月20日、タイの最大財閥チャロン・ポカパン(CP)グループと共同で、中国最大の国有複合企業、CITICの傘下企業に1兆2040億円を出資すると発表した。折半の出資なので、伊藤忠が負担する額は約6000億円。日本企業の対中国投資としては過去最高額だ。

伊藤忠は大手商社のうち三菱商事、三井物産に次ぐ3番手。資源に強い上位2社と違って、繊維・食品など非資源分野でナンバーワンを目指すという大きな目標に向かって大博打に出た。

「社内の調整もあるし、針の穴に象の足を3本突っ込むみたいなもんや。もう二度とやりたくないわ」

伊藤忠の岡藤正広社長は経済誌のインタビューで、今回の資本提携をふり返って、このように語っている。長くタフな交渉のストレスが心臓に来て、2回も検査を受けたというから、会社の存亡をかけた「のるか、そるか」の大勝負である。

「岡藤社長は住友商事の後塵を拝して万年4位だった伊藤忠を『3位にする』と言って、有言実行した実力者。今回の投資で本当に業界1位を狙えるかもしれないという空気が社内でも生まれてきました。一方で、CITICがかなりの不良債権を抱えているのではないかという不安の声も聞こえてきます」(前出の社員)

伊藤忠以外にも、海外における日本企業の投資は活発化している。2月10日にはキヤノンが監視カメラ世界首位であるスウェーデンのアクシス社を買収すると明らかにした。

投資額はキヤノンの連結純利益2500億円('14年度)を上回る約3337億円で、同社としては過去最大の買収規模となる。一眼レフなどのデジタルカメラ市場が縮小するなか、今後ますます進むと見られる監視社会化の波にうまく乗ろうというわけだ。

また、2月24日には日立製作所がイタリアの航空・防衛大手フィンメカニカ傘下の鉄道車両、信号メーカー2社を計約2500億円で買収することがわかった。これも日立にとって過去最大規模の買収額で、同社の'14年度純利益に相当する。鉄道のような交通インフラは、家電などと違って参入障壁が高く、安定的な収入を見込める。

経済ジャーナリストの松崎隆司氏は語る。

「M&A情報を提供するレコフ社の調査によると、'14年に日本企業が海外で行った買収案件は557件に上り、過去最高になりました。

海外でのM&Aが増えている一つの要因は、国内市場が明らかにシュリンクしてきているので次の戦略として外に出ていくしかないということ。そして、'13年度の日本企業の内部留保は約320兆円もあり、買収のための資金が豊富であることも追い風になっている」

サントリーは昨年、米国のビーム社を1兆6500億円で買収し、大きな話題を呼んだ。

「ジムビームの名を知らない欧米人はほとんどいませんが、サントリーのことを知っているのは一部の愛好家だけです。今後、サントリーはビームの販売網を使って、ジャパニーズ・ウィスキーを世界に広めていく戦略に出るでしょう。新浪剛史社長はブラウンスピリッツ(ウィスキー類)で、世界一を目指すと明言しています」(経済ジャーナリストの永井隆氏)

*投資家が黙っていない

だがここで、ふと素朴な疑問が頭をよぎる。数百億、数千億円規模の純利益を出しているような優良企業が、なぜ高いリスクを冒してまで海外企業を買収する必要があるのか。利益率の高い企業として地盤を固めたり、自前で海外進出を図る戦略ではいけないのか―という疑問である。

経営コンサルタントの小宮一慶氏は、企業が次々と海外M&Aに打って出る理由を次のように分析する。

「最近は、投資家たちがROE(株主資本利益率)に注目するようになった。ROEとは株主の資金が、どれだけ企業の利益につながったかを示す値です。現金を貯めこまず次々投資をして成長をしないとROEが高まらず、投資家たちから厳しい注文がくるのです」

グローバル資本主義の世界では、「身の丈にあった小商いをして日銭を稼げばいい」という価値観は通用しない。株主たちは企業が無限に成長し続けることを求めているし、もし企業に成長する気がないのなら、現金を貯めこまずにさっさと配当金として吐き出すことを要求する。

「百年コンサルティング」代表の鈴木貴博氏は、「高成長を維持し続けない企業は、グローバル資本主義では生き残れない」と語る。

「マッキンゼーが'00年代初頭に、過去20年にわたって、買収を繰り返して成長し続けた大企業と、そうでない大企業を徹底的に調べた。

すると、さらなる成長を追わずに収益重視の戦略をとった企業は、最初の10年は好調でも次の10年で凋落していく傾向が高いことがわかったのです」

*守りに入れば「死ぬ」

成長か死か― グローバル企業は守りに入った瞬間死ぬしかないのだ。だが、言うまでもなく海外投資にはリスクが付き物。M&Aのアドバイザリー会社SCSグローバルの取締役、松本茂氏が語る。

「日本企業が関与した100億円以上のM&A案件で、買収から10年以上経過したものを調査しました。すると半分くらいが撤退したり、売却したりして失敗していることがわかりました。

例えば、M&Aは『時間を買う』とよく言われますが、工場や従業員を買収できても、そこから収益を出すには意外に時間がかかる。買収対象の会社が赤字だったら、結局遠回りしてしまい、余計に時間がかかってしまうケースも多い。

M&Aの成功例といわれるブリヂストンの米ファイアストン買収にしても、安定的に利益を出せるようになるには20年ほどかかっています」

体力がない企業は負債に耐えきれず、損切りして売却するというケースも多いのだ。

毎日のように大型のM&Aが発表されているが、買収が成功するか否かは未知数である。冒頭の伊藤忠社員が語る。

「CITICへの投資の話が発表されると、伊藤忠の株価は下がりました。市場はリスクが高すぎると見たんですね。でもリスクのないところに投資の
妙味はない。

岡藤社長を始め、伊藤忠にはがむしゃらに上を目指すという気風があります。商社の社風に関する小話で、こういうのがあります。『濁流の川を渡るのに、資金が豊富な三菱商事の社員は橋をかける。スマートな三井物産はヘリコプターで越える。保守的な住友商事は三菱の後について橋を渡る。だが、伊藤忠社員は泳いで渡る』というものです」

伊藤忠のみならず、海外進出を目論む多くの有力企業の社員たちが、気概とガッツでグローバル資本主義という濁流を渡ろうと次々に川に飛び込んでいる。だが、すべての泳ぎ手が、川の向こうにたどり着けるわけではないのもまた事実である>(以上)

冒頭の伊藤忠社員の証言「CITICがかなりの不良債権を抱えているのではないかという不安の声」・・・小生思うに中国は「不良債権がいかに巨額でも、それを公表しなければ問題にはならない。公表するな」というような国ではないのか。

デタラメがまかり通るのは「数字を作って出世する」国柄だからで、上から下まで嘘をつくのだ。嘘は支那の初期設定だ。伊藤忠がこの案件で成功することを祈るが、果して丁と出るか半と出るか・・・「習近平万歳!新時代の日中経済交流を切り拓く画期的な出来事」と手放しで喜んでいる場合ではないと思うのだが。(2015/3/11)


                

◆紀年法をなぜあらためるか

上西 俊雄



(廣く讀まれるべきだと思ふ文章を紹介することがある。假名字母制限などは無視する。讀者に戰前の表記に慣れてもらひ、轉載の許諾を得ることで、戰前の表記を執筆者に見直してもらふ一石三鳥が狙ひであるが、紀年法も元號方式を主とすることにしてゐる。

むかし紀年法について書いたものが出てきた。勞組の機關誌昭和51年5月18日號。表題は「紀元のはなし」。今世紀とか今年といふ表現もそのまま殘した。暦についてのこと、主としてブリタニカ11版の記述による。

中國の一部といふ表現、今ならかうは書かない。要するに歴史年表に神武天皇の欄があることに對して配本直前に疑問が提出されたことがあったのだ。)

[目盛の基準]

華氏目盛について、大抵の國語辭典は「水の氷點を32度とし沸點を212度とする」としてゐる。私には、これが面目くない。基準とするにはどうにもはんちくな數字で、やはり何かを零度とし何かを百度とするとあった方が落着く。

調べてみると、寒劑で實現できる最低温度を零度とし、もう一方は人間の體温を基準にしたものらしい。但し體温を百度とせず96度としたとあるのが腑に落ちないが、或は12進法のせいかもしれない。

華氏が西歐諸國でなかなか廢れないのは零度が低いため自然現象を量るのに攝氏のようにプラス、マイナス二方向の尺度を用ゐるより都合がよいからであらう。より廣範な物理現象の場合は、攝氏の目盛のまま零度の位置を約273度下げたケルビンといふ尺度を用ゐる。この零度が即ち絶對零度でこれより低い温度はない。

[暦の設定]

年代を記録する時もこのやうな絶對的基準があれば便利であらう。歴史はここから始る。そしてこれより古い歴史はないと。ユダヤ暦は、紀元は西暦紀元前3761年とするがこれは天地創造の年である。

地質學では始生代を約23億年前とするが、これは裝ひを變へた天地創造と言へなくもない。天地創造は原點として魅力的であるが、年を單位とするほど精密に固定することはできない。また高々ここ數千年間の歴史時代を問題にする限り迂遠にすぎる。

そこで恣意的な一點、西暦ではキリスト誕生の時期を原點とする。これは前後二方向に算へる不便さがある。また文字通りキリスト誕生から算へるとすれば4年ほどずれてゐるといふ問題の他に、クリスマスや受胎告知(3月25日)で年次を改めるかどうかといった問題もある。

卑近な例では名譽革命が1688年とされたのは(OED)、さういった起算日の違ひによるもので、現在では1689年である。

天文學などで西暦紀元前4713年から通算することがあるが、これは種々の暦の換算に都合のよいやうにユリウス暦によって逆算して定めた年で、特に天變地異があったといふやうな年ではない。

この場合、全ての暦が一巡する7980年といふ期間が根據になってゐる。これほど長くないのにディオクレティウス期といふのがあって、これは532年、ユリウス暦の4年、滿月が同じ日に戻ってくる19年、更に曜日の一巡する7年をかけて得られる。

エチオピアなどではこの期による暦を使ってゐたとかで532年の次はまた一年になる。

我々に馴染み深いのは干支による60進法で60年で一巡する。個人については還暦といひ、社會にあてはめて革命といふ。古來、甲子、辛酉、戊辰の年は維新革命の年とされた。

明治維新は戊辰である。維新の原動力となった人々に「この年にこそ」といふ思ひが或はあったことであらう。

[年表と天皇名]

紀記が神武即位の念とするのは推古天皇の9年辛酉から21期(60×21)遡って逆算した年で當然辛酉である。

この年から起算する記年法いはゆる皇紀は明治以降になるまで使はれることは稀であった。紀記などでも何々天皇の何年といふ形で年を算へる。元號はずっと下って大化改新までない。

ユダヤ暦の天地創造、ローマ暦のロムルスによる建國などと同樣神武以降何代かの天皇は傳説上のもので年號としての意味しかない。時代が下るにつれて史實らしさの程度が増す。

ところで、かういふ連續的な變化は離散的な單位の言語表現に適さない。例へば、語源を遡って、ある祖語に至る時、印をつけて假説であることを示し、そこから更に遡ることはない。

しかし印をつけたりつけなかったりできるのは祖語に至る段階が不連續であるからである。史實らしさの程度を問題にするためか神武等の天皇名を記載することを憚ったやうな年表を見ることがあるが見識が低いと言はねばならない。

[史實らしさと年號の意味]

もし史實らしさの程度の問題を年表における天皇の欄に持込むならば後代の天皇についても天皇としての實權、在位期間、萬世一系のやうな扱ひ方が問題となり、結局そのやうな欄を別枠として設けることが無意味となる。

年號であれば、事實との對應關係は問題にならない。西暦を用いても、キリスト誕生の時期について何らかの主張をしてゐるわけではない。

但し一世一元となってからは否應なしに事實との對應を迫られる。大正天皇の死が12月25日であったため昭和元年は一週間しかなかった。

マホメットがメディナへ移ったいはゆるヒュジュラを紀元とするイスラム暦は西暦622年7月16日に始るが、マホメットがメディナへ移ったのはこれより二ヶ月後の9月20日である。

イスラム暦は純粋の太陰暦で1月1日を新月の日にするため少し遡った日を紀元としてゐる。

建國紀元による紀年法は今世紀に入ってからもあって、例えば1912年中華民國建國から起算すれば今年は65年になる。

この民國紀元の紀年法はいまでも中國の一部で行はれてゐるが、一般には西暦を用ゐる。中國の革命を1911年辛亥から1949年に至る長期のものと捉へるなら人民共和國がこの紀年法をそれ自體として排斥する關係にはないのかもしれない。

民國建國記念日はまた辛亥革命記念日として人民共和國の祝ふところである。西暦採用は共和國成立宣言に先立つこと5日であった。

              
          

2015年03月11日

◆人民元は米ドルに替わる基軸通貨?

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)3月10日(火曜日)通巻第4484号>   

〜中国の「大国幻想」が世界のメディアにファンタジー的仮説を溢れさせ
ている人民元は米ドルに替わる基軸通貨? 中国の金備蓄が3万トン?〜

プラウダ(英語版)によれば、米ドルに替わって世界通貨の位置を狙う中国は、通貨スワップ取引を通じて人民元の市場を拡大してきたが、最近では英国が人民元建て国債を発行し、またマクドナルドが人民元建て社債を出して話題を呼んだように、「いよいよ米ドルに代替し、世界通貨となる事態が近い」と吠えた(2015年3月6日付け)。

人民元取引を認めた市場は香港、シンガポールからフランクフルト、ルクセンブルグ、ロンドンと増え続けている。

世界の基軸通貨は80−100年周期で起こり、米ドルの基軸通貨体制の嚆矢は1921年から。

したがって「そろそろ時期的にも米ドル時代は終わり、つぎは人民元が世界通貨だ」と中国の儚い夢の応援団をプラウダが自ら買って出た。

この幻想は【歴史の終わり】の文明観と酷似したファンタジーである。

実態はと言えば、物々交換に近い貿易を人民元と相手国通貨との交換にしているだけ、中国国債は人民元建てだが、香港市場いがい本格的市場は成立していない。

いや、そもそも原油ガス、レアメタルから穀物相場、金銀銅マンガンに到るまで米ドル建てである。

米ドルが基軸通貨としてのサイクルの終焉が近づいている兆候さえない。いやいや、中国の富裕層はゴミ同然の人民元を一刻も早く米ドルかユーロなどの基軸通貨と切り替えて海外に逃がしている現状を、プラウダは意図的に無視している。

 さても面妖なるトピックはまだ続くのだ。
 

 ▼中国の金備蓄が3万トンを越えた??

世界的なゴールド・アナリストとして有名だというアラスデア・マクデルドは「2014年度までに中国は3万トンもの金備蓄をしている」と推定した(多維新聞網、3月6日付け)。

同紙に拠れば1882年から2003年までに中国は25、000トンの金備蓄をなし、次の11年でさらに5000トン増やして、3万トンを突破していると大胆な推測を述べた。

世界の金備蓄ランキングで中国の国家備蓄は1054トンであり、過去10年の猛烈な民間の金が年平均500トンである。合計しても5000トン前後と見積もられる。

仮に後者の数字が正しいにせよ、中国の備蓄量は米国、ドイツに次ぎ、日本は740トンしかない。

金備蓄が大きいと、その国の通貨の信任が得られ、あるいは世界の通貨が金本位に復帰したときに価値が躍進する通貨となりうる。

だが、どのような資料を捜しても、中国の金備蓄が3万トンというデータはない。人民元の世界通貨入りキャンペーンの一環として外国人を駆使してプロパガンダではないか、と思われる。

そのうえ、中国の金の延べ棒は国際水準の99・99%(フォウナイン)ではなく、99・9(スリーナイン)である。つい4半世紀前までは96%で、これを「純金」として売られていたし、民間備蓄は延べ棒ではなくアクセサリーが主力である。

まして国際的ウォッチャーの常識では、中国流の金備蓄とはミサイルの半分がセメントを流し込んだだけの囮であるように、クロームに金メッキをしたシロモノが多いのではないかと推定されている。

いずれにしても中国の「大国幻像」が、面妖な仮説の洪水をもたらしているのではないか。 
  

◆中国急ピッチで進む“虚像”作り

川越 一



中国共産党機関紙、人民日報傘下の出版社がこのほど、習近平国家主席が演説や論文の中で引用した儒家の名言などをまとめた「習近平用典」を出版した。

中国では昨年来、習氏を題材にした歌やアニメなどが人気を博していると、度々報じられている。習近平指導部が各種媒体を通じて、「勤勉で親しみやすい」という最高指導者の“虚像”を作り上げようとしている可能性も否定できない。

300ページを超える「習近平用典」は、「敬民編」「為政編」「天下編」「廉政編」など全13章で構成されている。習氏の過去27年間の重要講話や論文で引用された教典などを紹介し、それぞれに、習氏が意図する現実的な意味について解説を加えている。

引用した儒家の教典・名言では、「論語」が11回と最も多く、「礼記」が6回、「孟子」が4回と続く。古代の著名な文人らが残した故事では、北宋の偉大な文人、蘇軾(そしょく)の文献からの引用が、最多の7回を数える。

習氏が最も好んでいるのは、蘇軾が著した「晃錯論(ちょうそろん)」の中の「天下之患、最不可為者、名為治平無事、而其實有不測之憂。坐觀其變而不為之所、則恐至於不可救」というくだりだという。

意訳すれば、「世の中の災いへの対応で、してはならないことがある。安定しているように見えても、不安定要素を抱えている場合がある。消極的で事前に何も手を打たずにいれば、災いが大きくなり、手遅れになってしまう」という意味で、2014年4月30日に新疆ウイグル自治区の視察を終えた後に行った講話でも引用している。

ちなみに、現在「花田虎上」の芸名で活動している第66代横綱、若乃花が1998年5月、横綱昇進伝達式で口にした四字熟語「堅忍不抜」の出典も、「晃錯論」だ。

「習近平用典」について、中国のインターネット上には「習大大(習おじさん)も勉強好きな人」「永遠に習大大を尊重し、その政治理念を支持する」「習大大は(中国が栄えていた)漢や唐の時代のような威風を備えており、国家は有望だ」などと、歯の浮くような投稿コメントが並んでいた。

一方、天安門広場に近い繁華街、王府井の大型書店では、1階の入り口近くに特設コーナーが設けられ、「習近平用典」が平積みされていたが、足を止めるのは年配者ばかり。ネット上の反応とは大きな差が見られた。

              ◇

習氏に関連する書籍では、習氏自身が著したとされる「習近平談治国理政(習近平国政運営を語る)」も売れているらしい。外国語版も30万部以上発行されたといい、「改革開放以来、中国の国家指導者の著作で海外での発行部数が最も多い」という触れ込みだ。

また、昨年は習氏と彭麗媛夫人を称える歌がネット上で話題となった。今年の春節(旧正月、今年は2月19日)前には、「大衆路線は実行が伴ったか?」「庶民のことはしっかりとやったか?」「役人は本当に恐れているか?」と題する短編アニメ3部作がネット上に流された。

それぞれが3分に満たないアニメには、習氏ら指導者がアニメキャラクターとなって登場し、親しみやすさを強調。習近平指導部が汚職の撲滅に尽力していることや、官僚主義や贅沢を是正したこと、権力を乱用し、私腹を肥やす役人が事実の発覚を恐れていることなどを暴き出している。

アニメの中で習氏は、大物幹部を意味する「虎」を棍棒で叩きのめしている。「権」と刻まれた印章がカゴに入れられているシーンも盛り込まれている。アニメには、コマーシャルのようなナレーションが付けられている。

官制メディアは、こうした作品が話題になっていると宣伝しているが、一般市民の反応は鈍い。中国では、指導部の意向に沿わない書籍や映像作品は規制の対象になることが多い。ネット上に習氏と習近平指導部を礼賛する映像作品などが氾濫する現状は、指導部が新たなイメージ戦略を展開していることをうかがわせる。

            産経ニュース【国際情勢分析】 2015.3.10
                     (収録:久保田 康文)

◆眞の近現代史を知り、祖國に誇りを

元谷 外志雄



毎年終戰記念日には靖國神社へ參拜してゐるが、昨年の終戰記念日はこれまでにない數の參拜者で溢れ、特に若者や女性の姿が目立った。

百田尚樹氏の著書『永遠の〇』が大ブームとなり、さらにこれが映畫化されたことによって、これまで戰爭や特攻に對して無知、無關心であった人々が、先の大戰の意義や、特攻隊の方々の祖國や家族への強い思ひを知り、英靈に對して尊崇の念を感じて靖國に參拜するやうになったと思はれる。

戰後の自虐史觀から覺醒し、自ら歴史の眞實に目を向けようとする若者が噌えてきたことは、大變喜ばしいことである。

今年で戰後70年を迎へるが、アメリカによる巧みな占領政策と、それを受け繼いだ戰後敗戰利得者である反日日本人によって、戰後一貫して歴史の眞實は歪められ、自虐史觀に基づく教育と反日報道が行なはれ、戰後の日本人の中に、自虐史觀が植附けられた。

私はこの自虐史觀の呪縛を解き、「誇れる國、日本」の再興を目指すため、平成20年(2008年)に「眞の近現代史觀」懸賞論文制度を創設し、第一囘の最優秀賞に當時現役の航空幕僚長であった田母神俊雄氏が受賞したことが大きな話頴となった。

田母神氏の「日本は良い國だった」と主張した論文は、「現役自衞隊幹部が政府見解に反する論文を發表した」としてメディアのバッシングを受け、末期的状態にあった麻生自民黨政權によって田母神氏は更迭されて自動的に退職に追込まれた。

當時と今口とを比べると、この6年間で歴史認識や祖國に對する誇りといふ點で、世論に大きな變化が起こったと感じてゐる。

竹島・尖閣問題で多くの國民が憤り、第二次安倍内閣が誕生し、「永遠の〇」ブームが起こったのも、田母神氏の登場をきっかけとして、日本の保守化か進んだからではないかと見てゐる。

嘉永6年(1853年)6月のペリー來航からの日本の近現代史を振り返ると、當時既に世界の多くの地域が西歐列強の植民地にされ、その波がヨーロッパから最も遠い「極東」にまで及んできたことに對する危機感の中で、日本が獨立國家として存續していくための戰ひの連續だったと言へる。

當時日本の知識階級達は長崎の出島のオランダ人を通じて、アフリカ、中南米、アジアなど有色人種國の植民地化、アヘン戰爭後の中國の悲慘な結果などを聞き、最後の有色人種の獨立國日本が植民地化されれば、有色人種の世界はこの先數百年にも亙って植民地支配を受け續けてもをかしくないといふ危機感を持ってゐたのである。

朝鮮半島の獨立を巡る日清、日露戰爭を經て、日本は列強國の仲問入りを果たしたが、日本が白人國家ロシアを破ったことは、植民地支配を受けてゐた有色人種に大きな希望を與えた。さらに大正8年(1919年)には、日本は國際聯盟において、人種的差別撤廢を聯盟規約に挿入することを提案した。

同年4月11日、採決が行はれ、多數の贊成を得られたが、議長であったアメリカのウィルソン大統領が全會一致を主張したため採擇されなかった。このやうに日本は白人支配の世界の中で、いち早く人種平等を世界に向けて主張してゐたのである。

しかしかうした誇れる歴史を戰後教育の中で教へられることはほとんどない。

さらに先の大戰において、日本はアメリカとの戰爭を望まずギリギリまで對米交渉に向けて努力を續けたが、戰爭をしないと公約して3選を果たしたルーズベルト大統領がヨーロッパ戰線に裏口から參戰するために、海軍や外交の暗號を解讀し日本の手の内を全て知った上で、日本に最初の一撃を打たせるやう、謀略によって日本を追込んでいった。

軍令部總長の永野修身が「戰はざれば亡國必至、戰ふもまた亡國を免れぬとすれば、戰はずして亡國にゆだねるは身も心も民族水遠の亡國であるが、戰って護國の精神に徹するならば、たとひ戰ひ勝たずとも祖國護持の精神が殘り、われらの子孫はかならず再起三起するであらう」と御前會議で發言したやうに、日本は祖國の誇りを守り、植民地支配を受けてゐたアジア諸國を解放するためにやむなく戰ったのである。

日本は戰爭に負けたが戰爭の目的は達せられたと言はれるのは、日本が宗主國である白人國家と戰ったことで、戰後白人による植民地支配が終焉し、數多くの有色人種國家が誕生したからである。

一方、大戰末期にはソ聯による世界赤化の脅威が高まり、アメリカは議會機密費で密かに開發を進めてきた原爆を日本に對して使ふことで、大戰後の覇權を握らうとした。

ソ聯や國民黨政府の蒋介石、バチカンなど數々のチャンネルを使って終戰の意思を傳へてゐた日本、天皇制の存續が唯一の條件である日本に對して、その囘答を曖昧にして時間稼ぎを行ひ、

原爆實驗が成功したところでポツダム宣言を出し、事前に一切通常爆彈での空襲を行ってゐなかった廣島と長崎に、ウラン原爆とプルトニウム原爆の二つの異なったタイプの原爆を投下し、その效果を確認した。

また原爆だけが非道な兵器ではないことを示すために、昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲で、一晩で十萬人もの民間人を虐殺した。

無抵抗な民間人を原爆で虐殺した以上、アメリカが正義の國であるためには、日本が惡の國でなければならない。

そのためにアメリカは、國府軍が主張する虚僞の南京30萬人大虐殺説を東京裁判に持ち出して松井石根大將をB級戰犯として處刑し、日本軍が朝鮮女性を20萬人強制連行して性奴隸にしたなどと主張する韓國を支持してゐる。

さらに、檢閲による日本人の洗腦も行はれた。終戰から一ヵ月後の昭和20年(1945年)9月18日、鳩山一郎の「原爆使用は國際法違反」といふ談話を掲載した朝日新聞に對して、

GHQは2日間の發行停止處分を下し、その翌日に30項目からなるプレスコードを出した。破格の高給で雇はれた4千人もの日本人檢閲官がこれに從ひ、新聞、ラヂオから出版物、個人の手紙2億通もチェックし、徹底的に思想を統制した。


戰時中の日本の檢閲とは異なり、檢閲に引っかかったものは墨塗りなどでは許さず再印刷となり經費がかかる爲、出版社や新聞社は自主規制をする傾向が強くなっていった。

言論統制が行はれたことは祕密とされたが、冷戰が終結してソ聯が崩壞し、機密情報が流出したり、アメリカが情報を開示したりすることによって、だんだん眞實が明らかになってきてゐる。

にもかかはらず、日本のメディアは未だに檢閲官の名簿を報ずることもなくプレスコードを自主規制として守ってをり、東京裁判史觀に沿ふ報道しか行はない。

私は昨年12月に、ブラジル日本會議の徳力啓三理事長の招きにより、ブラジル・サンパウロを訪れ、講演を行ってきたが、ブラジルの日系人の方々と話すと、そこには古き日本精神が色濃く殘ってゐることを強く感じた。

ブラジルでは日本のやうな反日教育や反日報道が行はれてゐないため、戰後70年經ってもなほ日本精神が失はれてゐない。

かつて日本は天皇を頂點とする大家族國家であり、戰前の日本では家督相續制の下、長男が家のすべてを相續するかはりに兩親をはじめ一族の面倒を見ることが當然のこととされてゐた。

現在、核家族化と高齡化を背景に老人の孤獨死が問題となってゐるが、私は現代社會の中でも孤獨死は最も不幸なことの一つであると感じてゐる。

戰後の平等相續制度と個人主義教育によって家族は分斷され、親の面倒を社會保障制度に委ね、子は自らの責任を放棄する傾向にある。

本來「私」がやるべきことを「公」に任せようとしてきたことが、社會保障制度を肥大化させ、財政問題を引き起こしてゐる。

日本の良き傳統が戰後失はれたのも、戰時中に見せた日本精神に對してアメリカが恐怖心を持ち、占領政策の中で、再び日本が立ち上がれないやう精神的に解體してきたためである。

平成24年(2012年)12月に第2次安倍政權が誕生して以來、近鄰諸國に對して一定の配慮はしつつも、國際社會に對して日本の立場を堂々と主張してきた。

いはゆる「南京大虐殺」や「從軍慰安婦強制連行」などの歴史の捏造に對して、政府として反論するやうになったことは大きな進歩である。

昨年11月に衆議院解散に打って出た安倍自民黨政權は大勝し、安倍總理は黨内基盤を固め、長期政權への準備は整った。

安倍總理は1月5日に年頭記者會見で、戰後70年談話に言及したが、早速アメリカから「村山談話」を繼承するやう注文が附いた。

上下兩院で共和黨が多數派となりレームダック化したオバマが大統領である問に「戰後レジーム」からの脱却への足掛かりを作るためにも、「村山談話」「河野談話」に囚はれず、眞實の主張をしていくべきだ。

弱い大統領であるオバマの間に主張すべきことを主張し、次期大統領との交渉につなげていけばよいのである。

戰後日本の經濟的繁榮は、これまで祖國のために命を落とした多くの英靈の犧牲の上に成り立ってゐる。

自虐史觀に棊づき日本の歴史を貶めることは、我々の祖先を貶めることでもある。戰後70年を機に、我々日本人が、靖國神社に祀られる英靈への尊崇の念を抱き、改めて歴史の眞實に目を向け、祖國に對して誇りを持てるやうになるためにも、私はこれからも事業以上に言論活動に力を入れていきたい。

(『靖國』第716號(平成27年3月1日)所載のものを許諾を得て投稿。漢字制限假名字母制限を無視して入力することの許諾も得た。

執筆者の肩書はアパグループ代表。kmns)

◆人工関節手術で歩ける喜び

小池 達也



整形外科の分野ですばらしい発展を遂げていると考えられているのは、人工関節分野です。現在では、肩・肘・股・膝・足関節に人工関節手術が施されますし、手や足の指関節にも応用が始まっています。

特に、股関節と膝関節に関しては膨大な数の手術が毎年日本中で行われています。成績も安定しており、それほど高度な手術でもなくなりつつあります。

しかし、本当に人工関節は進歩したのでしょうか。

1962年にチャンレイという先生が人工股関節手術を初めて実施されました。 今から振り返ってみても、良く考え抜かれたデザイン・材質・手術方法でした。やっぱりパイオニアと呼ばれる人たちには何か光るものがあります。

このチャンレイ型人工股関節は長期成績も良く、スタンダードとなりましたが、もちろん完璧ではないので、チャンレイ自身を含め様々な改良が加えられました。

ところが、それらの改良、良かれと思ったデザインや材質の変更は逆に長期成績を悪化させました。

そうすると、また改良が加えられ、猫の目のようにくるくるとデザインや果てはコンセプトまで変わっていきました。しかしようやく、コンセプトも成熟し成績も安定してきました。改良が加えられ続けていた時代に人工股関節手術を受けてしまった人は、恩恵を受けることが出来なかったわけです。

最先端のものが最良とは限らない好例ではないでしょうか。これは人工関節の性格上、結果がすぐに出ないことが一番の理由です。そして、この危険性は今後も出てくる可能性はあります。

では、人工関節手術などすべきではないのでしょうか。

そうではありません。歩くことさえ大変な方が、人工関節手術を受けて痛みなく歩けるようになった時の喜びは、本人でない我々でさえ感じることの出来る大きなものです。

「人生が変わった」・「旅行に行けるようになった」・「歩くのって楽しい」など、多くの喜びの声を聴かせていただける、医者にとっては実にやりがいのある手術です。これを永続する喜びに変えるために、いくつかの合併症を克服してゆくのが、我々の今後の使命でしょう。

人工関節の合併症で厄介なのは感染とゆるみです。ゆるみの方は、多くの研究により克服されつつありますが、異物を体の中へ入れる手術であることから、感染の危険性はなかなか解決されそうにはありません。
 
ところで、最近ではナビゲーションといって、コンピュータが人工関節を入れる方向を指示するシステムやロボットが人工関節を入れる方法も実用化されています。あなたは、ロボットと人とどちらに手術して欲しいですか。(整形外科 医師)



2015年03月10日

◆王毅外相がまたも日本向けに強硬発言

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)3月9日(月曜日)弐 通巻第4483号>  

 
〜王毅外相がまたも日本に「反省が足りない」などと強硬発言
  王毅は降格か左遷のおそれあり、反日強硬派のポーズは党内の生き残
りを賭けて〜

2015年3月8日、全人代最終日に記者会見に臨んだ王毅外相は、日本に対して「日本は70年前に戦争に負けた。胸に手を当てて誠実に反省しているのか」などと、強硬な姿勢を崩さなかった。

これはNHK北京総局の記者(中国人)の質問「軍事パレードに日本の首相も招待をするのか」に答えたおり、「誠意ある国はどこでも招待する」としたもの。

しかし多くの問題がつきまとう。

第一に王毅外相の発言が中国国内の政治において、どれほどの重みを持つのか。王は党内序列が低く、先輩格の楊潔チ前外相(現在国務委員)にはるかに及ばず、しかも次の党大会で国務委員になれないだろうと言われる。つまり彼が何を言おうと報道する価値は低いのである。

王発言は党内上位に向けての胡麻すり発言でしかないからだ。

第二に最近、王毅の周囲に起きている血みどろの政争である。

失脚直前の令計画が党内理論誌『求是』に論文を書いて、16カ所も「習近平への忠誠が重要だ」などと胡麻をすっていたように、日本通の王毅は、それゆえにこそ党内の空気を読んで強い反日を示す政治的理由がある。
 
先週も或る北京の事情通と話し込んだ折、王毅の微妙な立ち位置に関してのインサイダー情報を得た。王が日本駐在大使のおり、右腕として仕え、日本のマスコミの中国報道をウォッチしていた馬継生が夫人とともに『重大な規律違反』として拘束された。馬は日本勤務のあと外交部報道副部長からアイスランド大使に転任していたが、スパイ容疑を問われたという。

また王毅が日本大使赴任中に公使参事官だった湯本淵も、14年秋に失脚したほか、中国外交部では数人がスパイ容疑として姿を消している。習近平は王毅を嫌っているという情報も飛び交っている。

◆戒めとしたい対中「苦渋の記憶」

大原 康男



別に古傷を暴いて気分をスカッとしようとしているのではない。「人の噂も75日」と俚言にもあるように、忘れっぽい日本人への戒めとして、ここ30年にわたる中国との外交関係を振り返り、同時代を生き、直接関わった者の一人が若い世代にもこの苦渋に満ちた記憶を共有してもらえれば、との思いで一筆したためた次第。

 ≪隘路に追い込まれた靖国問題≫

一つは靖国神社参拝問題である。占領末期に参拝を復活した吉田茂首相以来、4半世紀にも及ぶ首相による公式参拝の実績がありながら、昭和50年の終戦の日に首相として初めて参拝した三木武夫首相が突如として「私的参拝」を標榜(ひょうぼう)したことから、靖国神社をめぐる混迷の時代が始まった。

三木首相の豹変(ひょうへん)は憲法の政教分離原則に過敏に反応したものであった。それからちょうど10年たった同60年に中曽根康弘首相が「戦後政治の総決算」の一つとして公式参拝を復活したことによって、三木参拝がもたらした最初のボタンの掛け違いが解消されたのは評価されてよいが、その直後に中国のいわゆる“A級戦犯”合祀(ごうし)を理由とする抗議を甘受して爾後(じご)の参拝をとりやめたため、それ以降、歴代の首相は公私を問わず靖国神社に参拝できないという異常な事態が続くことになる。これが第二のボタンの掛け違いである。

かくして平成8年の橋本龍太郎首相による例外的参拝を除けば、中断の期間は同13年の小泉純一郎首相の参拝再開まで16年にも及ぶが、首相の靖国参拝はあくまでも国内問題である。にもかかわらず、その不当な干渉に簡単に屈したことによって、あってはならない外交問題と化してしまった不見識さ-ここに靖国問題を隘路(あいろ)に追い込んだそもそもの原因があるのだ。今もなお天皇のご参拝が実現しない最大の要因でもある。

そればかりか、昭和61年秋頃から中国側の意向に沿って“A級戦犯”を靖国神社から分離して別の神社に祀(まつ)るという合祀取り下げ工作を密(ひそ)かに進め、いわゆる“分祀論”の鼻祖になって今日に至っている。中曽根首相の“罪科”はたとえようもなく大きい。

 ≪強行された天皇ご訪中≫

二つ目は平成4年秋に宮沢喜一首相によって強引に実施された天皇ご訪中問題である。まず第一に念頭に置かねばならないのは、憲法上「国政に関する権能」を有しない「国および国民統合の象徴」である天皇の外国ご訪問は「現実の国際政治の次元を超えたところでなされる友好と親善」でなければならないという原則である。

しかるに当時は教科書検定、首相や閣僚の靖国神社参拝、中国による尖閣諸島の領土“編入”や東シナ海での油田採掘、国連平和維持活動(PKO)法案への執拗(しつよう)な反対等々、日中間には厄介な問題が山積しており、その真っ直(ただ)中でご訪中を強行すれば、天皇の「政治利用」になるという激しい反対の声が全国から寄せられていた。

政府は加藤紘一官房長官の下で形としては各界の有識者を集めて意見聴取を行いはしたものの、その1週間前に宮沢首相はご訪中を決断、与党幹部にその旨を伝えていたのである。

ある台湾人が「まるで勝手に丸刈り頭にしておきながら、あとで周囲に“髪を伸ばすべきか、刈るべきか”と相談するようなもの」と評したように、茶番劇もいいところ。

平成15年秋に刊行された銭其●(王へんに深のつくり)外相の回顧録によれば、ご訪中招請は中国が天安門事件による孤立化の打破を狙って進めたもので、「天皇訪中は西側の対中制裁を打破する上で積極的な効果」があったと明言しているが、当時の関係者のうち誰一人として責任の弁を語った者はいない。

 ≪汚点残した「1カ月ルール」≫

もう一つ、平成21年12月15日に中国の習近平国家副主席(現主席)が来日して天皇陛下と会見したときのこと。外国の賓客が陛下と会見する場合、通常は1カ月前に文書で申請する「1カ月ルール」と呼ばれる慣例があるのだが、この申請は11月下旬でありながら、鳩山由紀夫首相は「特例」としてその実現を強く指示した。

宮内庁は当初は拒否したものの、法制上は「内閣総理大臣の管理」に属するとされているため、結局従わざるを得ず、将来に向かって大きな汚点を残すことになった。

この日は夕刻から賢所御神楽(かしこどころみかぐら)が斎行されることになっていた。新嘗祭と並んで皇室祭祀(さいし)の中でも最も由緒ある祭儀であり、陛下が終日お心を安らかにして身を慎まねばならない日を蔑(ないがし)ろにした背後に小沢一郎民主党幹事長がいたことは間違いない。

陛下との会見で箔(はく)をつけたから、有力なライバルをけ落として国家主席になれたとまでは言わないが、中華民族の興隆を揚言し、対日威嚇を加速する習主席の昨今の強硬姿勢を見るにつけ、複雑な感慨を覚えざるを得ない。

以上、紹介したケースはいずれも皇室に関わることでもある。

戦後70年の今日、対中外交における負の連鎖を断ち切って、むしろ積極的により強固な中国牽制(けんせい)網が構築されんことを願うのみ…。
(おおはら やすお)国学院大学名誉教授
              産経ニュース【正論】2015.3.9
                      (採録:久保田 康文)

◆日本語の話し言葉について

東 賢一郎


“コトバは時代が進むにつれて変化することは避けがたいものではりますが、最近、話しことばで以下のような、とても気になる表現が多くなっており、不快感を覚えるものであります。

特に若い層に多いようですが、話の終わりを上昇イントネーションにすることも気になりますが、そのほかに、例えば、「去年父をガンで亡くしてますので、ガンはちょっと怖いカナと思います」とか、「・・・とお願いしたいカナと思います」、「大丈夫じゃないカナと自信をもって言えます」、「早く復興して欲しいカナと思います」。

また、発言の終わりに必ず「・・とイウフウニ思います」を加える。また、条件節でないにもかかわらず、「…….とワ考えます。」と言う人が増えています。こうした「カナ」「イウフウニ」「”とワ”のワ」をなくすだけでとてもすっきりすると思います。

最近、テレビに登場してわいわいがやがや騒ぐタレント達、政治家、評論家の方々がこうした表現を頻繁に使うため、無意識にこうした言い方をする人が増加していますが、好ましくないと思います。今のうちに正しましょう。

賛成の方々、早速実行して、広めていただきたいと思います。3月2日に前田正晶様が「カタカナ語排斥論者の弁」で書いておられたように、カタカナ語について、「言葉は耳から入った場合の影響が強いので、テレビなどに登場するコメンテーター、有識者、学者、スポーツ等の解説者、議員等の社会的に認知されるかあるいは尊敬されている人たちが、無意識に使うかあるいは誤用すると、一般人はそれを素直に受け止めて使ってしまう結果になる点を好ましくないと考えている。

更に、何も知らずに使っているテレビ・タレントたちの悪影響も無視できないことも言っておきたい」と書いておられる通りです。 
(ひがし けんいちろう・投稿)