平井 修一
■3月7日(土)。朝は室温14度、小雨、11時に雨上がりの道をフル散歩。
井本省吾氏の論考「懲りないコリアン、『通貨危機も日本が原因』!? 」(アゴラ3/5)から。
<日韓の2国間通貨スワップ協定が2月に終了した。この問題の背景について鈴置高史氏(日経編集委員)がNBオンラインで、真田幸光・愛知淑徳大学教授との対談形式で分析している(3/5)。
読んでいて「そこまでやるのか!」と驚いたのが、次のくだりだ。
≪(司会)今後、韓国が金融面で困った時に日本は助けないのですか?
真田:容易には助けないと思います。日本の金融界には「恩を仇で返された」との思いが強いからです。韓国人は、あるいは韓国メディアは「1997年の通貨危機は日本のために起きた」と主張します。
でも、それは全くの誤りです。あの時は、欧米の金融機関が韓国から撤収する中、最後まで邦銀がドルを貸し続けたのです。韓国の歴史認識は完全に誤っています≫
1997年の金融危機当時、真田氏は東京三菱銀行で韓国を担当していた。「恩を仇で返す韓国」のデタラメ発言に、日本側の金融関係者は切れた。だから「もう助けない」のだ。
≪鈴置:あの頃は、韓国人の中でも分かった人は「日本は最後まで面倒を見てくれた」と語っていました・・・でも今やそんなことを語る人はいない。韓国では日本が悪者でなければならないからです。当時をよく知るはずの記者も「日本の貸しはがしが危機の引き金となった」と書きます。
真田:米欧が貸しはがす中、我々は最後まで引かなかった。「日本が引き金になった」とは言いがかりも甚だしい。これだけは記録に留めていただきたい。邦銀の担当者は本店を説得し、欧米が逃げた後も最後まで韓国にドルをつないだのです≫
それなのに「我が国の通貨危機は日本が起こした」と世界で吹聴する韓国。麻生太郎財務相が2014年10月に「韓国から申し出があれば、スワップの延長を検討する」と国会で答弁したのも、恩を仇で返す国への不信感が背景にあったという。
ギリギリまで韓国を助ける気だった日本の金融界が最終的に手を引いたのは米国の「韓国救済はIMFを軸とした国際的なスキームの中でやる」という指示があったからだと真田氏は証言する。
韓国という国は助けようと助けまいと、ウソと誇張で固めて平気で日本への悪口雑言を世界にふりまく。今更ながら唖然としてしまう。
背景には「歴史文明的に劣る日本に助けられるのはガマンできない」というプライドと、誇りを守るためならウソもためらわない性格、「どれだけウソをついても本当に危なくなったら日本は助けてくれる」という根拠のない思いこみと強い者にすがりつく甘え、事大主義があると思われる。
こうした国は敬して遠ざけ、できるだけ付き合わない。それがこのブログでも何回か紹介した福沢諭吉「脱亜論」の骨子であった>(以上)
「恩を仇で返す韓国」・・・そういえば産経書評2/28に「仇波(あだなみ)」という言葉があった。
<『昭和天皇 七つの謎』加藤康男著
*東京裁判史観へ大胆な挑戦
著者の加藤康男氏は、大手出版社を退職後、近現代史を中心に執筆活動を続けられ、平成23年に出版された『謎解き「張作霖爆殺事件」』(PHP新書)では、山本七平賞奨励賞を受賞されています。
そんな加藤氏が月刊誌『WiLL』に昨年1年間連載してまとまったのが本書です。連載がスタートし、第1回を読んで何とも言えぬ興奮を覚えたのが忘れられません。
それは、本書第1章の「よもの海は替え歌だった」なのですが、まさに昭和史の常識を覆すものだったのです。
先の大戦の開戦3カ月前に開かれた御前会議で、昭和天皇は明治天皇の有名な御製を引かれ、世の安寧を願ったとされています。その歌とは、「よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」というものです。
ところが驚くことなかれ、この御前会議を取り仕切った近衛文麿の手記には、「波風」ではなく「あだ波」と記されていて、近衛だけでなく、陸軍参謀総長・杉山元のメモにもそうあったのです。
つまり、昭和天皇は、世の安寧を願ってこの歌を引かれたのではなく、米英蘭を「あだ波(仇波)」として、敵を鎮めるという強い意思をこの歌で示されたというのが、加藤氏の見解なのです。
本書は、昭和天皇を単なる平和主義者に祭り上げた戦後の昭和史家、研究者といわれる人たち、もっと言えば、東京裁判史観への大胆な挑戦の書であるのです>(以上)
中韓北はオーム信者並の狂信徒、何を言っても無駄だ。日本の周りの仇なす波を鎮めるべし。同志諸君、備えよ!
■3月8日(日)。朝は室温13度、微雨の中、フル散歩。
NHKラヂオでニュースを聞くことがあるが、今朝7時の全国ニュースは最初が2人死亡の火事、次がダルビッシュ投手の故障だった。新聞で言えば1面右の4段見出しが火事、左の3段見出しがダルの故障だ。そんなことはベタ記事で十分であり、小生はまったく関心がない。そんな新聞には誰も金を払わない。
NHKの中2向けニュースのレベルの低さには辟易するが、そのくせに金を強制徴収する。不当、不愉快だ。
安全保障、国際情勢、外交、内政、経済などが優先的に扱われるべきだと思うが、NHKにとりそれらは下位のベタ記事扱いなのだ。NHKがなくなっても小生はまったく困らないし、それどころか精神衛生上も家計的にも快い。
朝日、岩波、NHKなどの反日アカメディアが消えることを切実に願っている。英霊の皆様、どうぞ力を貸してください。
11時にカミサンとともに墓参り。父の祥月命日は3/9、母は3/10。「おまえ百まで、わしゃ九十九まで」を地でいっている(没年は30年以上離れているが)。霊魂とか霊界はあるのか、とても不思議な感じがする。父が母を呼んだような気がする。
帰宅してお雛様をしまっていたら昼に長女と孫2人来。焼きそばを馳走。夕食は親子丼と焼売など。片づけ終わった8時に急遽、N母子来。残り物を長女の土産にするはずだったが、N母子は夕食はまだだというから、親子丼などはN母子のお腹に。
仕方がないので長女へのお土産に野菜炒めの具などを用意したら、「朝は料理する時間がないので料理して」と言う。で、炒めて、茹で卵も殻をむいて持たせた。カミサンはアッシーで長女と孫2人を送り届けた。
長女の旦那は日曜日でも仕事。運次第では過労死するだろう。Nは別居中だし、そのうち我が家に皆押し寄せることになるかもしれない。今は小生とカミサンが子・孫をケアできるが、やがて小生らが子供たちの世話になるかもしれない。先のことはよー分からんが、軍資金などは多分カミサンが積み立てているだろう。
■3月9日(月)。朝は室温16度、曇、雨もよいのなかフル散歩。
川島博之・東京大学大学院農学生命科学研究科准教授の論考「人民解放軍の軍人はなぜ士気が低いのか 農民の子が貧困活から脱出し、将来は天下り」(JBプレス3/8)から。
<現在でも中国人の約半分は農村に住んでいる。よく知られているように、中国の農民は経済成長から取り残されてしまった。最近は農村にも液晶テレビや携帯電話などが普及して、まずまずの生活水準になっているが、それでも都市に住む人間に比べて格段に貧しい。今回は、その農民と人民解放軍の関係について語りたい。
*農民の子が大学に進むことは極めてまれ
中国はものすごい学歴社会。日本も学歴社会であるが、それは明治政府が中国の科挙を真似て高等文官制度を導入したからだ。学歴社会は中国が本家である。
中国の農村にも小学校や中学校はあるが、よい先生はいない。水準も低い。よい学校は北京などの大都市に集中している。だから、農村の中学を卒業しても、なかなか大学まで進学できない。
ただ最近は、農民でもほとんどの子は高校まで進む。故郷からそれほど離れていない街の高校に進み、そこを卒業した後に就職する。儲からない農業は継がない。沿岸部の都市に出て農民工として働く者、内陸部の小さな街で店員や料理人の見習いを始める者などいろいろである。
農民の子供でも大学に進むことがある。ただ、それはごく一部の頭のよい子に限られる。農村の学校で、全校で1番か2番、そんな子は貧しくても大学に進む。親が学費を負担できなければ、親戚(遠い親戚のこともある)が援助する。
中国では親族の助け合いが盛んだ。それは、優秀な子が出世すると“おこぼれ”に預かることができるためだ。中国では官僚と政治家の境目はない。偉くなった官僚が政治家。一族から政治家が出れば、多くの親戚がその周辺でビジネスをすることになる。
農村でも少し裕福な家庭の子なら、50人クラスで3番、4番程度でも大学に進める。しかし、親がそれほど裕福でなければ、親戚が援助したくなるようなとびきり優秀な子どもでもなければ、進学はあきらめざるを得ない。
*人民解放軍の魅力は待遇のよさと天下り
そんな高校生にとって、憧れの職場が人民解放軍と武装警察だ。中国では軍人の社会的地位は日本人が考えているほど高くはない。「よい鉄は釘にならない、よい人間は軍人にならない」そんなことわざがある国なのだ。都市に生まれた子が軍人になることは稀である。
なぜ、農民の子にとって人民解放軍や武装警察が憧れの職場なのであろうか。それは、待遇がよいからだ。
江沢民は、トウ小平が退いた後に共産党中央軍事委員会主席の座についたが、軍歴がなかったために軍の掌握に苦労した。その結果として軍人の処遇を大幅に改善した。ご機嫌をとったのだ。多くの中国人は、江沢民が甘やかしたために軍が贅沢になったと感じている。
実は、給料がよいことだけが、人民解放軍や武装警察を志望する理由ではない。どの軍隊でも兵隊の定年は早い。下士官や下級将校になっても30代で軍隊を去る。普通、その後の生活は大変なのだが、現在の中国では兵士にも天下り先が用意されている。
それは軍が関与する企業であったり、地方公務員であったりする。そして、田舎の公務員になっても、軍の後押しがあるために、それなりに出世する。
だから人気がある。その結果、学校の成績が優秀な者でなければ入隊できなくなってしまった。この20年ほどで、人民解放軍や武装警察の質はずいぶんよくなったと言う。
北京で要所を警備している武装警察官などは全て地方出身。そして、つつがなく3年程度の勤務を終えれば、故郷に帰る。そこで、また数年勤めると、天下り先が待っている。
そんな彼らは絶対に命令に服従する。少しのミスも許されない。それは、ミスを犯せば、天下りに響くからだ。そして、少しでも出世しようとする。出世した方が、よりよい天下り先にありつけるからだ。
ここからが日本人には驚きなのだが、出世するために上官に小まめにプレゼントする。まあ、どんな組織でも出世するにはゴマすりが必要だが、中国の軍隊には売官の伝統があったために、それが下級兵士にも広まったようだ。下級将校でも、処理に困るほどのプレゼントが集まるという。
*地方でなぜ軍人は嫌われているのか
そんな雰囲気の人民解放軍であるから、軍隊というよりも天下り先のあっせん機関のようなものになっている。当然、士気は高くない。演習のための費用を横流しして厚生経費に充てる。軍事費が家庭電化製品に化ける。まとめ買いをする人民解放軍は、地方デパートの重要なお得意先になっている。
くたびれるから演習はやらない。頻繁にパーティーを開いて上官のご機嫌を取る。地方を歩いていると、そのような噂を耳にする。
面白いことに、地方の一般の民衆は尖閣問題で日本との間に緊張関係が生まれることを喜んでいる。それは日本が嫌いだからではない。人民解放軍に呆れているからだ。
「パーティーばかりやってないで、少しは尖閣諸島にでも出動しろ」
「真面目に軍人らしく演習をしろ」
「日本の自衛隊が1発でも打ったら、パーティーと汚職に明け暮れていた人民解放軍は、雪崩を打って逃げ出すに違いない」
そんな陰口をたたいている。
それは、軍人が傍若無人な振る舞いをするからでもある。軍の車の違法駐車は日常茶飯事。デパートの正面に車を乗り付けて、電気製品を買いあさる。警察も軍ナンバーの車には手を出せない。
人民解放軍は世界最大の軍隊であり230万人もの兵士を擁する。武装警察も60万人。しかし、その構成員のほとんどは農民出身であり、軍隊を割のいい就職先として選んだに過ぎない。そして、結構頭がよい。農民のエリートだ。まあ、戦争や演習が好きそうなタイプには見えない。
中国の軍事情勢を分析する際には、圧倒的多数を占める農民出身の兵士がなにを考えているかにも目を向けた方がよいと思う。その方が、等身大の人民解放軍を理解することができよう>(以上)
腐敗摘発・贅沢禁止のキャンペーンの最中でもプレゼントやパーティーが続いているのかどうか・・・軍隊はお目こぼしがあるのかどうか。一種の真空地帯だから、外からはうかがえない面はあるだろう。基地内で宴会をやってもなかなか外には情報は漏れにくい。
中共軍の士気は高いか、低いか。朝鮮戦争では督戦隊が威力を発揮したというが、どうなのだろう。
<督戦隊とは、軍隊において、自軍部隊を後方より監視し、自軍兵士が命令なしに勝手に戦闘から退却(敵前逃亡)あるいは降伏するような行動をとれば攻撃を加え、強制的に戦闘を続行させる任務をもった部隊である。兵士の士気を上げるための手段であり、司令官が「死守」を命じると兵士は文字通り死ぬまで戦うことになる。
第二次世界大戦時、主に独ソ戦のソ連労農赤軍におけるものや中国軍におけるものが有名である。1937年の南京攻略戦の際にも敗退して潰走する国民党軍将兵を、ユウ江門(ゆうこうもん)において督戦隊が射殺したといわれる事件でもその存在が知られている>(ウィキ)
督戦隊がなければ逃げてしまうほど士気が低いのか。利益共同体として「家族・一族・宗族(父系の部族)で結束する」民族性はあるようだが、「国のために死ぬ」という思想、価値観はなさそうな気がする。
中共国歌の「義勇軍進行曲」は1935年に作られた抗日プロパガンダ映画「風雲児女」の主題歌だった。「中華民族に最大の危機せまる、一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。起て!起て!起て! 我々すべてが心を一つにして、敵の砲火をついて進め!」と勇ましい。
習近平は昨年から「滅私奉公」(雷鋒に学べ)を叫んでいるが、現実は「滅公奉私」、蓄財して外国へ逃げる高官が多いから、上から下まで、まず「国のために命を捧ぐ」人民は皆無ではないのか。
メキシコの学者曰く「世界各国の発展史を見れば『自己犠牲精神』が随所に凝縮されている。国家というものは背後に精神がなければ存続することはできない」。いくら国歌が勇ましくても国民の初期設定が「私利私欲」では、士気はなかなか向上しそうもない。(2015/3/9)