2015年03月10日

◆私の「身辺雑記」(198)

平井 修一



■3月7日(土)。朝は室温14度、小雨、11時に雨上がりの道をフル散歩。

井本省吾氏の論考「懲りないコリアン、『通貨危機も日本が原因』!? 」(アゴラ3/5)から。

<日韓の2国間通貨スワップ協定が2月に終了した。この問題の背景について鈴置高史氏(日経編集委員)がNBオンラインで、真田幸光・愛知淑徳大学教授との対談形式で分析している(3/5)。

読んでいて「そこまでやるのか!」と驚いたのが、次のくだりだ。

≪(司会)今後、韓国が金融面で困った時に日本は助けないのですか?

真田:容易には助けないと思います。日本の金融界には「恩を仇で返された」との思いが強いからです。韓国人は、あるいは韓国メディアは「1997年の通貨危機は日本のために起きた」と主張します。

でも、それは全くの誤りです。あの時は、欧米の金融機関が韓国から撤収する中、最後まで邦銀がドルを貸し続けたのです。韓国の歴史認識は完全に誤っています≫

1997年の金融危機当時、真田氏は東京三菱銀行で韓国を担当していた。「恩を仇で返す韓国」のデタラメ発言に、日本側の金融関係者は切れた。だから「もう助けない」のだ。

≪鈴置:あの頃は、韓国人の中でも分かった人は「日本は最後まで面倒を見てくれた」と語っていました・・・でも今やそんなことを語る人はいない。韓国では日本が悪者でなければならないからです。当時をよく知るはずの記者も「日本の貸しはがしが危機の引き金となった」と書きます。

真田:米欧が貸しはがす中、我々は最後まで引かなかった。「日本が引き金になった」とは言いがかりも甚だしい。これだけは記録に留めていただきたい。邦銀の担当者は本店を説得し、欧米が逃げた後も最後まで韓国にドルをつないだのです≫

それなのに「我が国の通貨危機は日本が起こした」と世界で吹聴する韓国。麻生太郎財務相が2014年10月に「韓国から申し出があれば、スワップの延長を検討する」と国会で答弁したのも、恩を仇で返す国への不信感が背景にあったという。

ギリギリまで韓国を助ける気だった日本の金融界が最終的に手を引いたのは米国の「韓国救済はIMFを軸とした国際的なスキームの中でやる」という指示があったからだと真田氏は証言する。

韓国という国は助けようと助けまいと、ウソと誇張で固めて平気で日本への悪口雑言を世界にふりまく。今更ながら唖然としてしまう。

背景には「歴史文明的に劣る日本に助けられるのはガマンできない」というプライドと、誇りを守るためならウソもためらわない性格、「どれだけウソをついても本当に危なくなったら日本は助けてくれる」という根拠のない思いこみと強い者にすがりつく甘え、事大主義があると思われる。

こうした国は敬して遠ざけ、できるだけ付き合わない。それがこのブログでも何回か紹介した福沢諭吉「脱亜論」の骨子であった>(以上)

「恩を仇で返す韓国」・・・そういえば産経書評2/28に「仇波(あだなみ)」という言葉があった。

<『昭和天皇 七つの謎』加藤康男著

*東京裁判史観へ大胆な挑戦

著者の加藤康男氏は、大手出版社を退職後、近現代史を中心に執筆活動を続けられ、平成23年に出版された『謎解き「張作霖爆殺事件」』(PHP新書)では、山本七平賞奨励賞を受賞されています。

そんな加藤氏が月刊誌『WiLL』に昨年1年間連載してまとまったのが本書です。連載がスタートし、第1回を読んで何とも言えぬ興奮を覚えたのが忘れられません。

それは、本書第1章の「よもの海は替え歌だった」なのですが、まさに昭和史の常識を覆すものだったのです。

先の大戦の開戦3カ月前に開かれた御前会議で、昭和天皇は明治天皇の有名な御製を引かれ、世の安寧を願ったとされています。その歌とは、「よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」というものです。

ところが驚くことなかれ、この御前会議を取り仕切った近衛文麿の手記には、「波風」ではなく「あだ波」と記されていて、近衛だけでなく、陸軍参謀総長・杉山元のメモにもそうあったのです。

つまり、昭和天皇は、世の安寧を願ってこの歌を引かれたのではなく、米英蘭を「あだ波(仇波)」として、敵を鎮めるという強い意思をこの歌で示されたというのが、加藤氏の見解なのです。

本書は、昭和天皇を単なる平和主義者に祭り上げた戦後の昭和史家、研究者といわれる人たち、もっと言えば、東京裁判史観への大胆な挑戦の書であるのです>(以上)

中韓北はオーム信者並の狂信徒、何を言っても無駄だ。日本の周りの仇なす波を鎮めるべし。同志諸君、備えよ!

■3月8日(日)。朝は室温13度、微雨の中、フル散歩。

NHKラヂオでニュースを聞くことがあるが、今朝7時の全国ニュースは最初が2人死亡の火事、次がダルビッシュ投手の故障だった。新聞で言えば1面右の4段見出しが火事、左の3段見出しがダルの故障だ。そんなことはベタ記事で十分であり、小生はまったく関心がない。そんな新聞には誰も金を払わない。

NHKの中2向けニュースのレベルの低さには辟易するが、そのくせに金を強制徴収する。不当、不愉快だ。

安全保障、国際情勢、外交、内政、経済などが優先的に扱われるべきだと思うが、NHKにとりそれらは下位のベタ記事扱いなのだ。NHKがなくなっても小生はまったく困らないし、それどころか精神衛生上も家計的にも快い。

朝日、岩波、NHKなどの反日アカメディアが消えることを切実に願っている。英霊の皆様、どうぞ力を貸してください。

11時にカミサンとともに墓参り。父の祥月命日は3/9、母は3/10。「おまえ百まで、わしゃ九十九まで」を地でいっている(没年は30年以上離れているが)。霊魂とか霊界はあるのか、とても不思議な感じがする。父が母を呼んだような気がする。

帰宅してお雛様をしまっていたら昼に長女と孫2人来。焼きそばを馳走。夕食は親子丼と焼売など。片づけ終わった8時に急遽、N母子来。残り物を長女の土産にするはずだったが、N母子は夕食はまだだというから、親子丼などはN母子のお腹に。

仕方がないので長女へのお土産に野菜炒めの具などを用意したら、「朝は料理する時間がないので料理して」と言う。で、炒めて、茹で卵も殻をむいて持たせた。カミサンはアッシーで長女と孫2人を送り届けた。

長女の旦那は日曜日でも仕事。運次第では過労死するだろう。Nは別居中だし、そのうち我が家に皆押し寄せることになるかもしれない。今は小生とカミサンが子・孫をケアできるが、やがて小生らが子供たちの世話になるかもしれない。先のことはよー分からんが、軍資金などは多分カミサンが積み立てているだろう。

■3月9日(月)。朝は室温16度、曇、雨もよいのなかフル散歩。

川島博之・東京大学大学院農学生命科学研究科准教授の論考「人民解放軍の軍人はなぜ士気が低いのか 農民の子が貧困活から脱出し、将来は天下り」(JBプレス3/8)から。

<現在でも中国人の約半分は農村に住んでいる。よく知られているように、中国の農民は経済成長から取り残されてしまった。最近は農村にも液晶テレビや携帯電話などが普及して、まずまずの生活水準になっているが、それでも都市に住む人間に比べて格段に貧しい。今回は、その農民と人民解放軍の関係について語りたい。

*農民の子が大学に進むことは極めてまれ

中国はものすごい学歴社会。日本も学歴社会であるが、それは明治政府が中国の科挙を真似て高等文官制度を導入したからだ。学歴社会は中国が本家である。

中国の農村にも小学校や中学校はあるが、よい先生はいない。水準も低い。よい学校は北京などの大都市に集中している。だから、農村の中学を卒業しても、なかなか大学まで進学できない。

ただ最近は、農民でもほとんどの子は高校まで進む。故郷からそれほど離れていない街の高校に進み、そこを卒業した後に就職する。儲からない農業は継がない。沿岸部の都市に出て農民工として働く者、内陸部の小さな街で店員や料理人の見習いを始める者などいろいろである。

農民の子供でも大学に進むことがある。ただ、それはごく一部の頭のよい子に限られる。農村の学校で、全校で1番か2番、そんな子は貧しくても大学に進む。親が学費を負担できなければ、親戚(遠い親戚のこともある)が援助する。

中国では親族の助け合いが盛んだ。それは、優秀な子が出世すると“おこぼれ”に預かることができるためだ。中国では官僚と政治家の境目はない。偉くなった官僚が政治家。一族から政治家が出れば、多くの親戚がその周辺でビジネスをすることになる。

農村でも少し裕福な家庭の子なら、50人クラスで3番、4番程度でも大学に進める。しかし、親がそれほど裕福でなければ、親戚が援助したくなるようなとびきり優秀な子どもでもなければ、進学はあきらめざるを得ない。

*人民解放軍の魅力は待遇のよさと天下り

そんな高校生にとって、憧れの職場が人民解放軍と武装警察だ。中国では軍人の社会的地位は日本人が考えているほど高くはない。「よい鉄は釘にならない、よい人間は軍人にならない」そんなことわざがある国なのだ。都市に生まれた子が軍人になることは稀である。

なぜ、農民の子にとって人民解放軍や武装警察が憧れの職場なのであろうか。それは、待遇がよいからだ。

江沢民は、トウ小平が退いた後に共産党中央軍事委員会主席の座についたが、軍歴がなかったために軍の掌握に苦労した。その結果として軍人の処遇を大幅に改善した。ご機嫌をとったのだ。多くの中国人は、江沢民が甘やかしたために軍が贅沢になったと感じている。

実は、給料がよいことだけが、人民解放軍や武装警察を志望する理由ではない。どの軍隊でも兵隊の定年は早い。下士官や下級将校になっても30代で軍隊を去る。普通、その後の生活は大変なのだが、現在の中国では兵士にも天下り先が用意されている。

それは軍が関与する企業であったり、地方公務員であったりする。そして、田舎の公務員になっても、軍の後押しがあるために、それなりに出世する。

だから人気がある。その結果、学校の成績が優秀な者でなければ入隊できなくなってしまった。この20年ほどで、人民解放軍や武装警察の質はずいぶんよくなったと言う。

北京で要所を警備している武装警察官などは全て地方出身。そして、つつがなく3年程度の勤務を終えれば、故郷に帰る。そこで、また数年勤めると、天下り先が待っている。

そんな彼らは絶対に命令に服従する。少しのミスも許されない。それは、ミスを犯せば、天下りに響くからだ。そして、少しでも出世しようとする。出世した方が、よりよい天下り先にありつけるからだ。

ここからが日本人には驚きなのだが、出世するために上官に小まめにプレゼントする。まあ、どんな組織でも出世するにはゴマすりが必要だが、中国の軍隊には売官の伝統があったために、それが下級兵士にも広まったようだ。下級将校でも、処理に困るほどのプレゼントが集まるという。

*地方でなぜ軍人は嫌われているのか

そんな雰囲気の人民解放軍であるから、軍隊というよりも天下り先のあっせん機関のようなものになっている。当然、士気は高くない。演習のための費用を横流しして厚生経費に充てる。軍事費が家庭電化製品に化ける。まとめ買いをする人民解放軍は、地方デパートの重要なお得意先になっている。

くたびれるから演習はやらない。頻繁にパーティーを開いて上官のご機嫌を取る。地方を歩いていると、そのような噂を耳にする。

面白いことに、地方の一般の民衆は尖閣問題で日本との間に緊張関係が生まれることを喜んでいる。それは日本が嫌いだからではない。人民解放軍に呆れているからだ。

「パーティーばかりやってないで、少しは尖閣諸島にでも出動しろ」
「真面目に軍人らしく演習をしろ」
「日本の自衛隊が1発でも打ったら、パーティーと汚職に明け暮れていた人民解放軍は、雪崩を打って逃げ出すに違いない」

そんな陰口をたたいている。

それは、軍人が傍若無人な振る舞いをするからでもある。軍の車の違法駐車は日常茶飯事。デパートの正面に車を乗り付けて、電気製品を買いあさる。警察も軍ナンバーの車には手を出せない。

人民解放軍は世界最大の軍隊であり230万人もの兵士を擁する。武装警察も60万人。しかし、その構成員のほとんどは農民出身であり、軍隊を割のいい就職先として選んだに過ぎない。そして、結構頭がよい。農民のエリートだ。まあ、戦争や演習が好きそうなタイプには見えない。

中国の軍事情勢を分析する際には、圧倒的多数を占める農民出身の兵士がなにを考えているかにも目を向けた方がよいと思う。その方が、等身大の人民解放軍を理解することができよう>(以上)

腐敗摘発・贅沢禁止のキャンペーンの最中でもプレゼントやパーティーが続いているのかどうか・・・軍隊はお目こぼしがあるのかどうか。一種の真空地帯だから、外からはうかがえない面はあるだろう。基地内で宴会をやってもなかなか外には情報は漏れにくい。

中共軍の士気は高いか、低いか。朝鮮戦争では督戦隊が威力を発揮したというが、どうなのだろう。

<督戦隊とは、軍隊において、自軍部隊を後方より監視し、自軍兵士が命令なしに勝手に戦闘から退却(敵前逃亡)あるいは降伏するような行動をとれば攻撃を加え、強制的に戦闘を続行させる任務をもった部隊である。兵士の士気を上げるための手段であり、司令官が「死守」を命じると兵士は文字通り死ぬまで戦うことになる。

第二次世界大戦時、主に独ソ戦のソ連労農赤軍におけるものや中国軍におけるものが有名である。1937年の南京攻略戦の際にも敗退して潰走する国民党軍将兵を、ユウ江門(ゆうこうもん)において督戦隊が射殺したといわれる事件でもその存在が知られている>(ウィキ)

督戦隊がなければ逃げてしまうほど士気が低いのか。利益共同体として「家族・一族・宗族(父系の部族)で結束する」民族性はあるようだが、「国のために死ぬ」という思想、価値観はなさそうな気がする。

中共国歌の「義勇軍進行曲」は1935年に作られた抗日プロパガンダ映画「風雲児女」の主題歌だった。「中華民族に最大の危機せまる、一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。起て!起て!起て! 我々すべてが心を一つにして、敵の砲火をついて進め!」と勇ましい。

習近平は昨年から「滅私奉公」(雷鋒に学べ)を叫んでいるが、現実は「滅公奉私」、蓄財して外国へ逃げる高官が多いから、上から下まで、まず「国のために命を捧ぐ」人民は皆無ではないのか。

メキシコの学者曰く「世界各国の発展史を見れば『自己犠牲精神』が随所に凝縮されている。国家というものは背後に精神がなければ存続することはできない」。いくら国歌が勇ましくても国民の初期設定が「私利私欲」では、士気はなかなか向上しそうもない。(2015/3/9)

2015年03月09日

◆中国軍拡に日米専門家の温度差

古森 義久



中国の軍事力増強への認識は日本と米国ではどう異なるのか。米国大手の研究機関で開かれた討論会で、米国側が抱いている中国の軍拡に対する日本への脅威認識が当の日本よりもずっと高く、また日本側には具体的な対策が不在であることが印象づけられた。

ワシントンのリベラル系シンクタンクのブルッキングス研究所は2月27日、「中国の安保、外交政策=日米の見解比較」と題するシンポジウムを開いた。中国の軍事や外交の対外戦略の実態や展望を日米合計9人の専門家が論じたが、中国の軍事力増強の日本への意味をめぐる見解のギャップが目立った。

まず日本側参加者の見解を主体とした「中国の人民解放軍は日本の本土への攻撃ではどの程度の能力を有し、脅威なのか」という設問に対し、米側の国防総省の中国軍事担当の部署を歴任し、現在は「海軍分析センター」中国研究部長のデービッド・フィンケルスタイン氏が「日本本土攻撃能力はもうずっと以前から存在し、いまその能力を初めて提起するような態度には当惑する」と応じた。

同氏は中国軍の中距離ミサイル多数が長年、日本本土を攻撃範囲に収めていることを指摘し、「日本本土への脅威」が存在してきたことを強調して日本側の認識との差をみせつけた。

中国軍の近代化の名の下での大増強については、米国スティムソン・センター主任研究員の辰巳由紀氏が「日中のミラー・イメージ(左右対称)」という表現で、中国側の軍拡の理由は日本の動向にあるのではという見解を示唆した。

ところがフィンケルスタイン氏は「中国軍の近代化は日本の動向とは直接、なんの関係もない」と述べ、中国が江沢民主席の下で1993年ごろから米国や台湾を主対象として大規模な軍拡を始めたという経緯を詳述した。

一方、中国の対日姿勢については、軍事問題研究でも知られるブルッキングス研究所外交政策研究部長のマイケル・オハンロン氏は「中国の対外戦略の柱は日本への嫌悪や敵意であり、その背後には過去の屈辱を晴らすという歴史上の不満がある」と中国批判をにじませる見解を述べた。

その上で同氏は安倍晋三政権の防衛政策に支持を表明しながらも、「日本はいまの防衛費を少なくとも50%増加してGDPの1・5%まで引き上げれば、中国の抑止やアジアの地域安定に大きく寄与する」と具体的な提案をした。

日本側では防衛研究所主任研究官の飯田将史氏が中国の軍事政策を説明し、「挑発的」「冒険主義」などと評して日本の領海への頻繁な侵入をも指摘したが、日本がどうすべきかについての言及はなかった。

東京大学教授の高原明生氏、早稲田大学教授の青山瑠妙氏もそれぞれ中国の宣伝活動の矛盾や国際秩序への挑戦などについて見解を発表したが、日本への軍事的脅威や日本の対応策の指摘はほとんどなかった。

一方、オハンロン、フィンケルスタイン両氏は中国軍の日本照準部分の脅威を中距離ミサイル配備や新型潜水艦増強といった点に明確に絞って強調した。その上で両氏が日本側の防衛費の増大とともに、とくにミサイル防衛や対潜戦力の強化をも訴えたところが日本側と温度差をみせつける結果となった。(産経新聞ワシントン駐在客員特派員)

産経ニュース【緯度経度】  2015.3.7
                     (収録:久保田 康文)

◆中国全人代、7%のGDP成長が目標

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)3月8日(日曜日)通巻第4481号>  


 〜中国全人代、7%のGDP成長が目標
      習近平は英国を公式訪問し、実質上の英国の謝罪を勝ち取るらしい〜


ちょうどヘルシンキにいた。

英語のメディアが少ないが英紙ファイナンシャルタイムズを手に入れた。中国の全人代が李克強首相は、ことしのGDP成長率の目標を7%におくとしたことが大きく扱われていた。

英国の中国分析は厳しく、中国経済の将来に懐疑的だが、欧州がいま抱えるのはウクライナ問題、ギリシア、そしてロシアでのネムツォフ暗殺である。

テロ対策が頭痛の種、中国は地政学的にも距離が遠く、目前のロシアvsウクライナ戦争、ついで中東のISILの跳梁跋扈という問題がある。

日本の記事は殆どなく、アジアといえば、欧州メディアはもっぱら中国、中国だった。

空港のセキュリティは厳戒ぶり、ベルトも外され、靴も脱がされる。意外だったのはポーランドのアウシェビッツだった。フランスのイスラム風刺新聞へのテロ事件以後、それまでなかったセキュリティ検査がアウシェビッツ収容所跡地でも実施されていた。
       

◆朝日新聞の「従軍慰安婦」報道小史

伊勢 雅臣



「私たちはこれからも変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていきます」という朝日新聞の「姿勢」とは?


■1.「これからも変わらない姿勢で」

昨平成26(2014)年8月5日、朝日新聞の朝刊は「慰安婦問題の本質 直視を」という見出しの記事を掲載した。なかほどに見開き2ページもの「慰安婦問題を考える(上)」と題した特集記事を置き、翌日「(下)」を載せた。(以下「2014特集記事」と呼ぶ)

朝日が慰安婦問題の「誤報」を明らかにしたということで、大騒ぎの発端となった記事だが、タイトルからはそんな内容とは窺い知れない。実際、取り消したのはごく一部の記事であり、最後は「私たちはこれからも変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていきます」と結んでいる。

反省も謝罪もなく、今までの姿勢を継続していく、という決意表明なのである。それがどのような姿勢なのか、本稿では、今までの朝日の報道を時系列に概観して、読者各位の判断に供したい。


■2.1982年、「慰安婦強制連行」の「動員指揮官」吉田清治

朝日の慰安婦報道は、昭和57(1982)年に始まった[a]。9月2日朝刊の社会面で、「慰安婦強制連行」の「動員指揮官」だったという「著述家・吉田清治氏」の証言を大きく取り上げている。「朝鮮の女性 私も連行」「暴行加え無理やり」「元動員指揮官が証言」という見出しをつけ、次のように報じた。

<朝鮮人男性の抵抗に備えるため完全武装の日本兵10人が同行した。集落を見つけると、まず兵士が包囲する。続いて吉田さんの部下9人が一斉に突入する。若い女性の手をねじあげ路地にひきずり出す。こうして女性たちはつぎつぎにホロのついたトラックに押し込められた。連行の途中、兵士たちがホロの中に飛び込んで集団暴行した。>[1,p26]

翌1983年7月に、ほぼ同じような内容で、吉田清治の著作『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房)が出版された。慰安婦問題に精しい西岡力(つとむ)東京基督教大学教授は「吉田氏を世に出したのは朝日新聞だ。彼の証言に権威をつけた。朝日新聞の責任は大きい」と指摘する。[1,p27]

朝日は1997年までの15年間で、少なくとも16回にわたり吉田証言を取り上げた。たとえば1991年5月22日には連載企画「手紙 女たちの太平洋戦争」の一環として、「従軍慰安婦」「木剣ふるい無理やり動員」「加害者側の証言 記録必要と執筆」の見出しで吉田の証言を写真付きで掲載した。

吉田証言以外の「慰安婦」報道も含めると、データベース調査では1985年から90年までに朝日は54件の報道をしており、読売、毎日、NHKも含めた合計72本のうち75%を占めていた。まさに「従軍慰安婦」報道は朝日の独壇場だった。[2]


■3.1991年8月11日 「元朝鮮人従軍慰安婦」証言報道

1991年から93年にかけて、朝日は「従軍慰安婦」問題で一大キャンペーンを展開する。慰安婦報道記事は、それまでは年平均10件以下だったのに、91年150件、92年725件、93年424件と毎日のように報道を始める。それに煽られて読売、毎日、NHKも含めた合計では、それぞれ252件、1730件、1029件と爆発的に増加した。

91年からのキャンペーンの第一弾は、同年8月11日、韓国在住の元慰安婦の証言を、「思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦」「戦後半世紀 重い口開く」という見出しで掲載した記事だった。元慰安婦がメディアで証言したのは初めてで、大きな反響を呼んだ「スクープ」記事だった。[a]

この記事で朝日は、元慰安婦が「女子挺身隊」の名で「17歳の時、だまされて慰安婦にされた。2300人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れていかれた」と報じた。

しかし4日後の8月15日、韓国のハンギョレ新聞は、この元慰安婦・金学順さんがソウル市内で行った記者会見に基づき、こう紹介した。

<生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(養成所)に売られていった。3年後の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、キーセン検番の養父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった。>[1,p54]

金さんらは、同年12月に日本政府を相手に国家賠償請求を求める裁判を起こしたが、その訴状にも「親によって売られた」事が書かれていた。


■4.「母親に売られ、養父に連れられて行った」事を隠して

金学順さん自身の「母親に売られ、養父に連れられて行った」という証言にも拘わらず、朝日はそれには触れずに、「強制連行」されたかのような報道を続けた。たとえば91年12月25日の記事にはこうある。

「そこへ行けば金もうけができる」。こんな話を地区の仕事をしている人に言われました。・・・近くの友人と2人、誘いに乗りました。」

「平壌駅から軍人たちと一緒の列車に乗せられ、3日間、北京を経て、小さな集落に連れていかれました。・・・私と、友人は将校のような人に、中国人が使っていた空き家の暗い部屋に閉じ込められたのです。」[1,p56]

この記事だけ読めば、いかにも金さんは日本軍に強制連行されたように思い込む読者も少なくないだろう。「地区の仕事をしている人」では官憲のようだし「軍人たちと一緒の列車」では、いかにも軍に移送されたように読める。しかし誘ったのも、連れていったのも養父なのだ。

この記事を書いたのは植村隆記者で、前節の国家賠償請求訴訟を起こした「太平洋戦争犠牲者遺族会」の会長の娘と結婚している。当然、金さんの記者会見や訴状の内容も知っていたはずで、「親に売られた」事を隠して、「強制連行」されたかのような記事を意図的に書き続けていたのである。

これらの記事を当時から「捏造記事と言っても過言ではない」と批判した西岡力教授を、植村は今になって名誉毀損で訴えている。

なお、朝日の「2014特集記事」では、植村の記事に関しては訂正していない。「吉田証言」なら、社外の人間に騙されたと言い訳もできるが、自社の記者が捏造報道を行った事を認めては、インパクトが大きすぎる、と判断したのではないか、との憶測がある。


■5.92年1月 「慰安所 軍関与示す資料」

「従軍慰安婦」キャンペーン第2弾が、92年1月11日に、1面トップで「慰安所 軍関与示す資料」と報じた記事だった。

内容は、悪徳業者が女性を騙したり、誘拐したりする問題が多発しているので、「業者の選定をしっかりし、地方憲兵警察と連繋を密にせよ」という陸軍省の慰安所に対する通知だった。「軍による強制連行」とは正反対の人道的な「関与」である。

しかし、この記事が宮沢首相訪韓の5日前に発表されたことにより、ソウル市内で抗議・糾弾のデモや集会が相次ぐ事態となり、宮沢首相は何度も謝罪をするはめになった。

「2014特集記事」では「首相の訪韓時期を狙ったわけではありません」と述べているが、そもそも1月11日の記事で「宮沢首相の16日からの訪韓でも深刻な課題を背負わされることになる」と書いており、同記事はそういう事態を予測していたのである。[1,p83]

さらに朝日は翌日の社説で、戦地での慰安所の設置・運営に軍が関与していたことは「いわば周知のことであり、今回の資料もその意味では驚くに値しない」と述べている。[1,p60]

周知の事実を、わざわざ首相訪韓の5日前に、さも大スクープであるかのように1面トップで取り上げて、予想通りの「深刻な課題」を背負わしたのである。


■6.1992年 産経、現地調査で「吉田証言」への疑惑

朝日の91〜93年の「従軍慰安婦」キャンペーンが奏功して、日韓の外交問題にまで発展すると、他紙もこの問題をとりあげるようになる。

吉田証言に関しては、読者から「そんなことは見たことも聞いたこともない」「もし事実だとしても、それは例外で、一般化するのは不当である」という投書が相次いだという。

1992年3月3日夕刊のコラム「窓」はそのような投書に対して、「知りたくない、信じたくないことがある。だが、その思いと格闘しないことには、歴史は残せない」と書いた。[1,p29]

「強制連行」が事実かどうか、という読者からの問題提起に対して、「知りたくない、信じたくない」から、そんな事を言うのだろう、それではダメだ、という頭ごなしのお説教である。

しかし、事実の検証に乗り出した新聞があった。現代史家の秦郁彦氏による済州島での現地調査結果を、産経が1992年4月30日に報道した。そこでは吉田の著作に関する地元の「済州新聞」の89年8月14日の記事が引用されている。

<島民たちは「でたらめだ」と一蹴し、この著作の信ぴょう性に対して強い疑問をなげかけている。

城山浦の住民チョン・オク・タンさん(85歳の女性)は「250余の家しかないこの村で、15人も徴用したとすれば大事件であるが、当時そんな事実はなかった」と語った。

郷土史家の金奉玉氏は「1983年に日本語版が出てから、何年かの間追跡調査した結果、事実でないことを発見した。この本は日本人の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物と思われる」と憤慨している。>[1,p34]


■7.1997年、吉田証言の「真偽は確認できない」

この産経記事は、朝日の報道にも影響を与えた。「2014特集記事」によれば、この産経記事の直後、朝日の社会部記者が、デスクから指示されて吉田に対して、裏付けのための関係者の紹介やデータの提供を求めたが、「拒まれた」という。

また、「軍関与資料」報道から引き起こされた日韓外交問題に関して、1992年7月6日には、慰安婦に関する日本政府による初めての調査結果が発表され、慰安婦強制連行を裏付ける資料が見つからなかったことも明らかにされた。

しかし、この政府調査結果に関しても、1993年3月20日社説で次のように「負け惜しみ」のような言い訳を述べている。

<朝鮮半島からの労働者の強制連行があったのに、慰安婦についてだけは、強制がなかったと考えるのは不自然だろう。敗戦時に焼却された文書は少なくないはずだし、文書に「強制徴用」の事実を明記するのは避けた事も考えられる。>[2]

しかし、本当の所は、朝日も「強制連行」が事実ではない事をこの頃から認識していたようだ。「2014特集記事」では「93年以降、朝日新聞は強制連行という言葉をなるべく使わないようにしてきた」と言い訳している。

吉田自身もその後、『週刊新潮』の1996年5月2,9日号で「本に真実を書いても何の利益もない。関係者に迷惑をかけてはまずいから、カムフラージュした部分もあるんですよ。(略) 事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやることじゃありませんか。チグハグな部分があってもしょうがない」と語った。

97年3月31日の「従軍慰安婦 消せない真実」と題した特集記事では吉田証言について「済州島の人たちからも、氏の著述を裏付ける証言は出ておらず、真偽は確認できない」と誤魔化している。


■8.国際問題への広がり

朝日が91〜93年に1299本もの記事による「従軍慰安婦」キャンペーンをやり、しかも吉田証言の虚偽が明らかになった後も、訂正をせずに頬被りしたので、その影響は国際社会に広まっていった。

1996年、国連人権委員会のクマラワスミ報告は、吉田証言などを基に、「慰安婦は日本政府によって強制連行され、性奴隷となった」として、元慰安婦への賠償を日本政府に求めた。

2007年には、米国の下院で「従軍慰安婦問題の対日謝罪要求決議」、EU(欧州連合)でも「慰安婦対日非難決議」が可決された。現在でもアメリカでは韓国系住民による慰安婦像・碑の設置が続いており、2015年2月現在、8ヵ所に設置されている。これにより、在留邦人の子弟がいじめにあったケースが報道されている。

しかし、「2014特集記事」では、朝日は自らの報道が国際社会にも大きな影響を与えた点に触れていない。「強制連行という言葉をなるべく使わないようにしてきた」1993年頃に、きちんとした訂正記事を出していたら、国際社会で我が国が虚偽の汚名を着せられることはなかったろう。

しかし、そんな声も馬耳東風のようだ。本年1月22日付けの社説では数研出版の高校公民教科書で「従軍慰安婦」と「強制連行」の文言を削除する訂正申請を行ったことを、「慰安婦問題は日本にとって負の歴史だ。だからこそきちんと教え、悲劇が2度と起きないようにしなければならない」と批判した。

「2014特集記事」で述べた「私たちはこれからも変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていきます」という覚悟は本物だった。

小誌は、朝日にこうお返ししたい。「慰安婦『捏造』問題は日本にとって負の歴史だ。だからこそきちんと教え、悲劇が2度と起きないようにしなければならない」


■■3ヶ月完結、週刊メール入門講座「国民を欺く捏造報道」■■
http://bit.ly/1vSb8va

捏造・偏向報道は「従軍慰安婦」「原発」だけではない。捏造・偏向報道は国民を誤った方向に導く。国民一人ひとりがその実態と手口を学ぶことで、事実を見抜く力をつけま しょう。

■リンク■

a. JOG(106) 「従軍慰安婦」問題(上)〜日韓友好に打ち込まれた楔
「従軍慰安婦問題」は、こうして仕組まれた。
http://blog.jog-net.jp/201309/article_6.html

b. JOG(107) 「従軍慰安婦」問題(下) 〜 仕掛けられた情報戦争
 一部の日本人弁護士、ジャーナリストらが仕掛けた国際プロパガンダ。
http://blog.jog-net.jp/201309/article_7.html

c. JOG(756) 朝日新聞が伝えた「従軍慰安婦」の真実
 朝鮮総督府の警官たちは、婦女子を誘拐する悪徳業者と戦っていた。
http://blog.jog-net.jp/201207/article_2.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 読売新聞編集局『徹底検証 朝日「慰安婦」報道』★★、(中公新書ラク
レ、H26
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4121505093/japanontheg01-22/

2. 「実証報告『慰安婦強制連行』虚構拡散の最大責任は朝日だ」、正論H27.4

◆シャーマン発言に見る米国アジア政策

Andy Chang



2月27日、米国の国務院次官シャーマン(Deputy Secretary of State Department Wendy Sherman)はカーネギー平和基金会で行われた戦後70周年記念会で「国家主義者的な感情につけこみ政治家たちが、かつての敵をけなして安っぽい拍手を浴びるのは難しいことではない。だが、そのような挑発はマヒを引き起こし、先に進むことはない」と指摘した。

日中が尖閣諸島を巡り緊張を高めていることや、中韓と日本がいわゆる従軍慰安婦問題に関して争っていることなどを例に挙げ「理解はできるが、イライラさせる」と述べた。韓国のメディアは早速、米国は慰安婦問題で米国が日本の肩を持つようになったと報道した。

シャーマン次官は台湾についても問題発言をしている。日中韓だけでなく台湾でも強い反発を引き起こした発言は、彼女個人のアジアに対する理解のなさ、オバマ政権のアジアピボットが口先だけで実際には中国問題に対処できない証拠である。

●シャーマン次官の台湾の平和

カーネギー平和基金会の戦後70周年記念会議でシャーマン次官は米国のアジア・リバランスについて講演した。講演のあと、記者が台湾の現状について聞いたとき「最近の台湾はワシントンで余り議題に上がらない。これはよい現象だ。これは台湾の状況が安定、繁栄している、中国との関係が健全である証拠だ」と述べた。

次官は更に、「一つの中国と3つの連合公報は既に常態化(Standard)して、台湾と中国の経済が一体化していることが「現状維持」の現状である」と述べた。つまり台湾は中国の領土である中国の主張を受け入れた発言であった。

続けてシャーマン次官は、台湾と中国の問題は時間が解決するはずだと述べ、更に「世界各地と同じように、台湾と中国の関係は上下があるに違いない。しかし今のところ憂慮すべきことが起きていないのはよい事だ。つまり平和と繁栄があることは適当な生活がある
こと(There is more just life)だ」と付け加えた。

シャーマン次官は、東アジアの平和はオバマ大統領の残る任期中のアメリカ外交の焦点である。そしてアメリカと12カ国間のTPP協定は年内に合意を見るだろうと述べた。

●台湾人民の反応

台湾では多くの人が彼女の発言に敏感に反応し、失望と警戒を顕わにした。シャーマン次官は台湾の政治についてコメントを避け、台湾の政治は台湾人民に任せると述べた。だが台湾が平和で安定しているのはよい事、中国との関係が平和と繁栄があるというのはアメリカの勝手な親中路線、恐中病の証拠である。

シャーマン次官は「1つの中国と3つの連合公報が常態化した」と言う意見を述べた。しかし彼女は「台湾関係法」と「レーガンの6?条保障」がアメリカの台湾の地位の保障、つまり台湾を中国の武力侵略から守る約束に言及しなかった。彼女が意図的に安全保障を避
けたのはオバマのアジア政策が中国に対処できない証拠である。

●オバマ政権は「見ざる、聞かざる」

シャーマン次官はアジア各地で起きた、例えば尖閣諸島近海における中国の艦隻の挑発行為や、韓国の慰安婦問題などは「理解できるがイライラさせる」とは米国がイライラするという事なのだ。

米国は口先だけ、見ざる聞かざるで動かない、これがオバマの政策である。アジアの他にシリアでイスラム国の暴徒が捕虜やキリスト教徒を虐殺してもオバマは何もしない。シャーマン次官が「アジアはオバマの残る任期中のアメリカ外交の焦点である」と言ったのは
紛争があれば米国はイライラするが何もしないと言うことだ。

●台湾の現状と米国の態度

台湾人民の民主と人権を無視し、中国の台湾に対する経済侵略を「平和で繁栄はよい事だ」とは、台湾で実際に起きている現状を無視し、「中国と事を構えるな、大人しくしろ」と台湾人民に圧力を加えているのである。

台湾関係法も、レーガンの6ヶ条保障も「台湾海峡の安定を保証」するアメリカの保障である。オバマは中国の覇権行為を抑えきれず、台湾の安全も保障できない。中国に反対するな、アメリカは中国を抑止出来ないこと、台湾人に対する圧力、人権無視である。

去年のヒマワリ学生運動で台湾人の愛国意識が高揚した。台湾は中国の領土ではない、台湾人は中国人ではないという主張が公然と言われるようになった。国民党独裁に公然と反対し独立意識が高まり、独立を主張するようになった。去年11月の6大都市の市長選挙と地方首長の選挙では国民党が大敗した。

シャーマン次官が述べた、台湾と中国の経済関係が安定すれば平和と繁栄が得られると言うのは事実ではない。台湾の経済は10年以上も衰退を続けているが、その最大の原因は中国投資で資金が還流せず雇用が減少している事である。しかも馬英九は中国人の移入を助
長し、馬英九の中国優先政策が人民の憂慮の主因である。台湾の平和と繁栄は事実に反する。

シャーマン次官は「台湾の政治は台湾人民に任せる」と述べたが、事実はその正反対で、彼女が台湾と中国が平和を維持すれば経済が繁栄すると言ったのは、台湾人民の独立意識を抑えて国民党が政権を維持する、つまり来年の選挙で民進党が勝利しないよう干渉を行
っているのだ。

2012年の総統選挙のとき、アメリカのダグラス・パール元AIT主任は投票二日前に台北で国民党支持を表明し蔡英文が落選した。明らかな政治干渉だった。今回の発言もそれに類似したものである。

●諸国は米国に期待するな

台湾はアジア諸島の中央に位置している。台湾を失えばアメリカはアジア防衛力を失う。だがオバマは弱腰で、中国はオバマ米国を見くびって暴挙を繰り返している。

シャーマン次官の発言で明らかになったのは、一部の台湾人が自己欺瞞で主張する、米国は台湾の占領権を持つとか、決定権を持つ、などはウソと言うことだ。米国は台湾の占領権は持たないし、台湾防衛についても責任回避をしている。

有事の際には日米安保は機能しないだろう。台湾関係法も有事の際は機能しない。アジア諸国はオバマ政権に期待してはいけない。アジアピボットは口先だけで中国の尖閣近海の勝手な行動や南シナ海の島々の占領と軍事構築を見て見ぬふりをしている。

オバマは信用できない。2年後の大統領選挙で共和党が勝てばアジア回帰は現実となるだろう。だが大切なのは諸国が現在の中国の脅威に自力で対処すべき、防衛力を増すべきと言うことだ。

       

◆プーチンはEU解体を目指す

平井 修一



ウクライナ元首相、ユーリヤ・ティモシェンコが「プーチンの野望」を告発している「プーチン大統領はEU解体を目指している」(東洋経済3/8)が興味深い。

<顔をマスクで覆い、軍隊バッジを取り外したロシア軍部隊がクリミアに侵攻して以来、ほぼ1年を経て、新たなウクライナ停戦合意がミンスクで署名された。この間、何千人ものウクライナ人が殺害され、さらに何十万人もの人が自国内で避難民と化した。

ロシアがウクライナを編入する企てを表明した頃、私は投獄されていた。ヤヌコーヴィッチ前大統領はクレムリンと協調しており、私の幽閉生活は、彼の追放を要求する何百万というウクライナ人の勇気のおかげで終了した。

しかし、獄中生活が終わったのは、母国に対する戦争が始まったからで、自由の身になったとはいえ、後味の悪いものであった。

*ドンバスは依然として爆撃を受けている

ミンスク合意が、2014年9月に現地で結ばれた合意とは違って成功するという、見込みのない希望を持たずにはいられない。ドンバスの住民は、依然として包囲されロシア軍部隊らの爆撃を受けており、正常な生活を取り戻す必要がある。

クレムリンに約束を果たす意志があるかどうかの判断材料として、ウクライナ初の女性戦闘機パイロット、ナディア・サフチェンコ氏をロシアが解放するか否かがある。彼女は2カ月超にわたり、私が投獄された理由よりも滑稽な罪での、明らかに不当な投獄に抗議するため、ロシアでハンストを行っている。

ウクライナとそのパートナーは、最新のミンスク合意が破綻した際の、明確な戦略と行動計画を準備しておく必要がある。これには、ウクライナ軍に対する大規模な防衛支援が含まれる。

法の支配を真剣に考えるならば、ハーグの国際刑事裁判所において、クレムリンの指導者たちについて、数多くの戦争犯罪、および彼らの軍隊がウクライナで起こした人道に対する罪で裁くべきである。クリミア侵攻以来、ロシアは継続的かつ深刻に、国連憲章や数多くの国際条約、国際人道規範に違反している。

ウクライナでの激震は、欧州に延びる危険な断層線もあらわにした。プーチン大統領は、ウクライナが、西側を混乱させ分割に至らせる理想的なツールであることを見いだした。

実際にこの1年われわれは、欧州が武力侵略行為に対し、明確な対決姿勢をとるのに難渋している様子を信じがたい思いで見てきた。マレーシア航空17便の、反政府勢力支配地域上での撃墜(この行為で搭乗者298名全員が死亡)がなかったとしたら、米国および欧州連合(EU)が経済制裁プログラムに同意したかどうか、疑わしい。

ロシアが露呈した第1の断層線は、欧州における旧ソビエト圏の国々に見られる。ポーランドやバルト諸国など、一貫してロシアの行動を非難し、しっかりとした対応を要求している国がある。しかし別の国では、指導者たちは早々にロシアの侵攻やクリミアの併合を弁護し、あるいは単にロシアは強力すぎて太刀打ちできないと主張した。

*欧州でも同様の動きか

そして、欧州でも同様の動きが生まれている。大陸のユーロ懐疑政党の左派・右派双方が、EUが解散したら設立しようとしている反自由主義政権のモデルとして、プーチン大統領の権威主義的ナショナリズムを支持している。

実際、クレムリンはこれらの政党の多くに資金提供をしている。そして欧州の政府は、プーチン大統領がEU解体のために、支持をカネで買っていることを、手放しで認めているように思える。

ギリシャの財政的問題ではなく、ウクライナで起こることが、欧州および環大西洋連合が持続できるか否かの究極のテストである。ウクライナから延びる断層線は、欧州での戦後の和平および繁栄を支えてきた、根本的な価値を台なしにするものだ。

ウクライナの和平が成し遂げられない場合、われわれの国境をはるかに越えて、こうした価値自体の解体が引き起こされる。そして、分断された西側諸国は持ちこたえられない。今が行動を起こす時である>(以上)

プーチンと習近平、それにISは世界秩序を乱す「3悪」だ。西側世界は彼らに対して正しく反発し、嫌悪し、包囲し、制裁し、警戒し、いざという時に備えなくてはならない。

“世界の警察官”は昼寝をしているから、我々は結束して「3悪」に向かうしかない。プーチンに対してはEUや北欧同盟で、習に対しては日本が豪印アセアンと軍事同盟を結び、警察官を叩き起こして対処していくほかない。

平和を祈ったところで戦争、紛争、衝突は避けられない。避けたければ攻撃力=抑止力=集団安保を高めるしかない。これがリアリズムだ。日本が誇る最新鋭の潜水艦やミサイルを各国に配備すべきだ。時間の猶予はない。今年こそ「3悪」を殲滅しよう。嫌なことは来年に持ち越すべきではない。(2015/3/8)

2015年03月08日

◆民主と日教組の関係はどうなのか

阿比留 瑠比



安倍晋三首相が先月の衆院予算委員会で、閣僚の献金問題を追及する民主党議員に「日教組はどうするんだ」とやじを飛ばした問題が物議を醸している。首相はこのほか「教育会館から献金をもらっている民主党議員がいる」と答弁し、後に事実誤認を認めて発言を撤回、陳謝した。

自らの答弁が勘違いであると分かれば、ただちに訂正するのは当然だ。ただ、首相が質問者と直接関係ない日教組に言及し、それに民主党側が「デマ首相」(枝野幸男幹事長)と批判するほど強く反発したのはなぜだろうか。

ここをきちんと押さえておかないと、何が問われているかが分からない。そこで「日教組のドン」と呼ばれる民主党出身の輿石東(こしいし・あずま)参院副議長の地元、山梨県の元教員に感想を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「山梨の場合、教育会館は山梨県教組の選挙資金の集配所になってきた。同時に、ここに組合員を集めて投票依頼の電話をさせる選挙活動の拠点だった。安倍さんは言い方はともかく、本質的に間違ったことを言ったわけではない」

 ■選挙で半強制カンパ

日教組は民主党の有力支持団体であり、中でも山梨県教組は組織率9割を背景に高い集票力を誇る。昨年12月の衆院選でも「活発に選挙活動を展開し、自民党候補を選挙区で落選させた」(元教員)とされる。

また、長年にわたって国政選挙など重要な選挙がある年には、選挙資金としてボーナス時に校長3万円、教頭2万円、一般教員1万円、OB教員5000円の半強制カンパが行われ、数千万円単位のカネが使途不明のまま闇に消えていた。

例えば山梨県教組の政治団体「県民主教育政治連盟」の政治資金収支報告書は当初、平成11〜15年の寄付金額をゼロと記載していた。ところが、産経新聞 がこの不透明な資金の流れを報じると15年の報告書の寄付金額を1021万円と修正し、 輿石氏の選挙があった16年には5142万円を計上したのである。

あまりに不自然だが、輿石氏はこの政治団体の役員である「顧問」を務め、国会で「私自身の政治団体」と述べたこともある。

この問題をめぐっては政治資金規正法違反の罪で山梨県教組幹部らが略式起訴され、教育公務員特例法に抵触したとして停職などの処分を受けた教員らは 24人に上る。

にもかかわらず、輿石氏は民主党内で何も問題視されず、それどころ か現在の地位に上り詰め、いまだに参院民主党で隠然たる勢力を維持している。

ちなみに16年12月の自民党による調査報告によると、山梨県内に9つあ る県教育委員会所管の公益法人である教育会館のうち、中巨摩(なかこま)では事務 室内に輿石氏のポスターが貼られ、東八代(ひがしやつしろ)では輿石氏の顔写真が 額に納められて掲示されていた。さらに各教育会館の管理責任者は山梨県教組支部の 書記長だったという。

加えて政治資金収支報告書によると山梨県民主教育政治連盟の本部は、県教育会館内にあることになっていた。民主党は首相の勘違いをそんなに偉そうに非 難できる立場だろうか。

 ■「中立などありえぬ」

「(日教組は)政権交代にも手を貸す。教育の政治的中立などといわれても、そんなものはありえない」

民主党が政権を取った21年の日教組の新春の集いで、輿石氏はこう高らかに宣言していた。民主党が日教組に触れられると激烈な反応を示すのは、うしろめ たいものがあるからではないか。
                 (産経新聞政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】 2015.3.5
                    (採録:久保田 康文)


       

◆笑止な「言論・報道の自由」

平井 修一



長谷川幸洋氏とは何者か。

<はせがわ ゆきひろ、1953年1月18日生は、日本のジャーナリスト。

千葉県生まれ。千葉県立千葉高等学校出身。1976年、慶應義塾大学経済学部卒業。1977年、中日新聞社に入社、1987年、東京本社(東京新聞)経済部。東京本社外報部、ブリュッセル支局長、1999年、論説委員などを経て、現在東京新聞・中日新聞論説副主幹。

『日本国の正体―政治家・官僚・メディア 本当の権力者は誰か』(2009年、講談社刊)で第18回山本七平賞を受賞。

東京新聞・中日新聞社説のほか『現代ビジネス』『FACTA』『週刊ポスト』で署名コラムを連載。現在は、テレビ・ラジオ番組にしばしば出演している。

左派色の強い中日新聞においては社論に反し改憲容認の立場を取るなど、保守、中道勢力に対しても理解を示す等、教条主義的な左派色を打ち出す同僚の論説委員である佐藤圭とは対照的な立場にある>(ウィキ)

氏の論考「日本に報道の自由はあるのか? おそらく、ない。しかし特定秘密保護法のせいでも安倍政権のせいでも、ない」(現代ビジネス3/6)は面白かった。

<日本に報道、言論の自由はあるか。私は国境なき記者団とはまったく別の理由で、きわめて怪しいと思っている。それは特定秘密保護法などとは全然、関係ない。肝腎の記者たちが独立したジャーナリストというより、単なる「大企業のサラリーマン」であるからだ。

本当の問題は記者の横並びと出世志向である。

記者が少し経験を積んで、特派員やデスクを目指すころになると、社内の評判を悪くしないように立ち回る。デスクや部長に「あいつはダメだ」と烙印を押されれば、次のポストなどどこかに消えてしまうからだ。

デスクになれば次は部長、部長になると次は局次長、局長、局長になっても次は役員とみんな上を向いて歩く。記者たちがヒラメ集団になっているのだ。

取材現場はどうかといえば、新人の支局時代から警察や役所の発表をいち早く抜くのが特ダネと染みこまされているから、東京に来て永田町や霞が関を回るようになっても、取材相手に食い込もうと、ごますりのポチになる。

そのくせ記者クラブではどうかといえば、同業他社と仲良くしていないと仲間外れにされるから、横並びの取材に甘んじる。政治記者たちが政治家との懇談で互いに「メモ合わせ」するのは公然の秘密である。共有したメモにない話は書かないのが暗黙のルールなのだ。

*サラリーマン記者に「報道の自由」が議論できるか

報道の現場だけではなく、意見を表明する論説でも似たようなものだ。編集の記者や論説委員たちが本当に自分の意見を自由に表明しているかとい えば、こちらも首をひねらざるをえない。これには証拠がある。

たとえば、左に傾いた朝日新聞や東京新聞に右に傾いた記者の記事載っているか。逆に右に傾いた(世界標準で言えば中立に近いが)産経新聞や読売新聞に左に傾いた記者の記事があるか。ない。

例外は憲法改正にも集団的自衛権行使にも賛成でありながら、東京新聞にときどき小さなコラムを書いている私くらいと思うが、それでも細々と息をつないでいる程度である。

つまり右であれ左であれ、ほとんどの記者は自由な考えに基づいて記事を書いているのではなく、自分が給料をもらっている新聞の論調に合わせているのである。所詮、サラリーマンなのだ。

そんなサラリーマンが「言論の自由」だの「報道の自由」だの、大上段にふりかぶって議論できるか。私に言わせれば、チャンチャラおかしい。

報道、言論の自由を言うなら、まず1人ひとりの記者自身が組織から自由にならなければならない。組織も記者を解き放って自由にしなければならない。そんな記者も組織も残念ながら、日本のジャーナリズムにはほとんどない。それが現状である>(以上)

大手マスコミの記者は、まあステータスが高いのだろうが、所詮は出世競争の中で社論、社風に合わせた言論をつくるサラリーマンなのだ。よほどの反骨精神と腹の坐った上司、同僚をもっていないと「言論・報道の不自由」から免れないということだろう。

もっとも記者の多くは社論、社風にたっぷり馴らされているから「言論・報道の不自由=暗黙の自主規制」なんてこれっぽっちも気にしていないだろう。気にしているのは自分の出世、ライバルの左遷くらいではないか。これでは次代を切り拓くような骨のあるイノベーション的論考や報道は難しい。自浄作用も働かない。

ネット言論がマスコミの一角に食い込むようになると化学反応で面白い展開になるだろうが、小生の寿命の方が早く尽きそうだ。(2015/3/7)
        


◆「米とは必ず戦争になる」と金正恩

久保田 るり子


「戦いの準備を完成せよ」「米国とは必ず戦争になる」-金正恩第1書記は先月下旬以降、党中央軍事委員会拡大会議などで臨戦態勢へのげきを飛ばしている。

北朝鮮は目下、米韓合同軍事演習に猛反発し、昨年に続いて中距離弾道ミサイル「ノドン」発射準備などの動きをみせているが、韓国が警戒しているのはミサイル発射より「正体不明のテロ事件」(韓国筋)という。

金正恩氏の性向が衝動的かつ攻撃的だけに挑発行動のエスカレートが懸念されている。

米韓演習に北朝鮮は「侵略戦争だ!」〜朝鮮半島はテロ厳戒

米韓合同軍事訓練は13日までが指揮系訓練「キー・リゾルブ」、4月24日が野外合同演習「フォール・イーグル」だ。

「キー・リゾルブ」には米最新の沿岸海域戦闘艦「フォートワース」が初参加、米軍約8600人、韓国軍約1万人が参加、公海上での射撃、通信訓練が行われ、朝鮮半島近海で米第7艦隊が演習する。「フォールイーグル」には米軍など3500人、韓国軍20万人が参加、いずれも朝鮮半島有事を想定して演習している。

北朝鮮は昨年の米韓合同軍事演習にはロケット弾やスカッド、「ノドン」など6発を発射した。だが韓国筋によると、「今年は昨年以上の挑発行為が予想される」という。

このため米韓軍は先月24日から連合監視体制を敷き、北朝鮮軍の挑発を監視してきた。米韓軍は海上警戒、軍事境界線の一帯で監視を強化、偵察機なども飛ばしているもようだ。

北朝鮮は演習開始日の2日早朝、「スカッドC」(射程約500キロ)とみられる短距離弾道ミサイル2発を日本海に向けて発射したが、その後も極度の緊張ぶりをみせている。

ジュネーブの国連軍縮会議に出席した李洙●(=土へんに庸)(リ・スヨン)外相が3日「米国を抑止できる。必要であれば先制攻撃を加える力もある」などと挑発的な発言を行ったほか、「挑発の本拠地を灰だけの舞う廃虚、凄惨な墓にするだろう」(朝鮮労働党機関紙「労働新聞」4日付)などと連日の非難を繰り返している。

一方、北朝鮮北西部、平安北道で中距離弾道ミサイル「ノドン」(射程約1300キロ)の移動式発射台が発射準備とみられる動きをみせているほか、北朝鮮西海岸では砲撃訓練を行う兆候も、米韓軍により捉えられている。

原発周辺、発電所、地下鉄…などのテロ警戒

不気味なのは北朝鮮は昨年、冬季演習で生物化学兵器戦の訓練を増加していたことが米韓当局によって把握されていた-という情報だ。

「貧者の核兵器」と別名もある生物化学兵器だが、北朝鮮はこれを「相当量の化学剤を保有」(日本の「防衛白書」2002年)していることが分かっており、具体的には天然痘ウイルス、炭疽菌、ボツリヌス菌を保有、コレラ菌、ペスト菌の兵器化技術もあるとされている。

米国防総省の分析では、北朝鮮は神経ガス、窒息性ガス兵器などを生産できる能力があるともいう。

昨年11月からの北朝鮮の冬季訓練で、「少なくとも10回以上の生物化学兵器戦訓練を行った」(朝鮮日報)とされ、在韓米軍は兵士の防護装備の拡充を始めたという。

朝鮮中央通信などによると金正恩体制は、2月末の朝鮮労働党中央軍事委員会拡大会議で「米国(米帝)とは必ず戦争を行うようになる」との金正恩氏の指令で朝鮮人民軍の組織を改編し、「最高司令部も戦略的企図の実現」のため指導体制を整えているという。国際孤立のなかにあって金正恩体制は攻撃的、挑発的な姿勢を強めている。

韓国側は、「米韓合同軍事演習もあって北朝鮮の挑発は哨戒艦「天安」撃沈事件はじめ春季が多い。今年はミサイル発射のみならず、テロ事件を警戒している」(情報関係者)とする。不測のテロとは原発や原電、地下鉄など重要施設や人々の集まる場所での事件発生を指している。

金正恩氏の危険な戦争ゲーム

北朝鮮に詳しい軍事専門家によると「生物兵器は製造国の特定が可能なため簡単は使用できない。化学兵器使用も、実際に行われれば国際社会からの核兵器並みの扱いとなるため、ハードルはかなり高い。

現状で北朝鮮が生物化学兵器をテロに使用する可能性は低い」とするが、金正恩氏の“戦争ゲーム”へのボルテージは高い。

韓国国防部が韓国国会に報告した北朝鮮情報によると、金正恩氏は冬季訓練で各部隊を視察した折に「戦いの準備を完成せよ」とげきを飛ばし、軍事境界線付近に高射銃部隊を前方展開させて訓練を行うなどの攻撃型訓練の増加が目立っているとしている。

産経ニュース【朝鮮半島ウオッチ】 2015.3.7
                     (採録:久保田 康文)

◆首相談話内容は首相に任せるべき

櫻井よしこ


戦後70年の首相談話をどのような内容にするか、談話に資するための「21世紀構想懇談会」の第1回会合が2月25日に開かれた。

村山富市首相や小泉純一郎首相も談話を出したが、いずれも各首相が勝手に、と言っては失礼かもしれないが、ほぼ独断で出した。野党や国民の意見はおろか、与党内の意見調整も十分には行っていない。これらの前例と比べれば安倍談話に関しては物々しいような監視態勢が出来上がっている。

まず国際社会である。中国は繰り返し、日本が歴史を反省し、村山、河野(洋平・内閣官房長官)両談話の文言を踏襲せよと迫る。23日にも王毅外相が国連安全保障理事会の公開討論会で、日本を念頭に「過去の侵略の犯罪をごまかそうとする者がいる」とけん制した。

韓国も日本が反省し続けることを要求する。中韓両国の情報戦略に影響を受けている米国もまた、水面下で圧力をかけ続ける。国内では野党以下、メディアまでさまざまな注文を付ける。

こうした中、内外の注目が集まる首相談話の実態をあらためて振り返りたい。村山談話について河野氏は2009年7月29日「朝日新聞」で「村山・河野・武村(正義・新党さきがけ代表)の三者が手を握り、戦後50年の村山首相談話を作った」と語っている。

村山談話は、右の三者の独断だったというのである。これが突然自社さ政権の閣議に出された。平沼赳夫氏はかつて私に「全く寝耳に水だった」と語ったが、事前説明も相談も一切なかったのだ。ちなみに河野氏は先の朝日の記事の中でこうも語っている。

「あの政権(村山政権)をつくったことで平和主義を掲げた社会党を結局つぶしてしまった。政治のバランスを崩して全体の右傾化を招いたと悔いが残ります」

いま社会党(社民党)を支持する国民が激減していることを見れば、社会党への哀切の情を抱き続ける河野氏と国民の思いは遠く隔たっている。

一方、小泉首相の戦後60年の談話も野党や国民はもとより、与党内で幅広く話し合った形跡は認められない。つまり首相談話は基本的に首相自身の思いを語るものなのだ。その限りにおいて、歴代内閣が縛られ続けるものでもないはずだ。

21世紀構想懇談会座長の西室泰三氏らが懇談会が談話を書くのではないと発言したのは、その意味でも正しい。談話は安倍晋三首相が自らの思いをまず書くのがよい。それを懇談会が助言すればよいのである。

2月24日、自民党政調会長の稲田朋美氏が自ら主催した「道義大国をめざす会」で語った。

「首相談話について、各方面からさまざまな声が聞こえてくる。しかし、談話の内容は首相に任せるべきだ」

会場から大きな拍手が湧き、氏はこう続けた。

「歴史観というが、大事なことは歴史の事実である」

ここでも大きな拍手が湧いたのは多くの人々の間に、中韓両国などが日本に強要する歴史観は、慰安婦にしろ南京事件にしろ、歪曲した事実の上に立っているという実感があるからであろう。歴史の歪曲を正し、正しい歴史事実に基づいた歴史観の表明を、多くの人が望んでいると感じた場面だった。

慰安婦は強制連行という吉田清治証言のうそを暴いた歴史研究家、秦郁彦氏が第30回正論大賞受賞式で語った。

「談話を出さないことも一つの選択肢として考えてほしい」

首相談話は出さなくてはならないという性質のものではない。しかし、出したからには独り歩きする危険がある。さまざまな前提条件を付けられて自らの思いに沿わない談話を出す事態が生まれるのであれば、出さないことも、賢い判断であろう。

『週刊ダイヤモンド』 2015年3月7日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1074 

            
  

2015年03月07日

◆私の「身辺雑記」(197)

平井 修一



■3月4日(水)。朝は室温12.5度、ちと寒い、快晴、フル散歩。夕べも降った。

駅へ向かう人々は、頭から靴、バッグまで黒づくめが多い。10人ほどが全員真っ黒ということもあり、「まるでISだ、なぜ黒なのだろう」とつぶやいたら、カミサン曰く「ナイチッチュは真っ黒だと、カラフルが好きなシマッチュは皆びっくりするわ」。

ナイチッチュ=内地の人。奄美ではそう呼ぶが、沖縄ではご存知の通りヤマトンチュ=大和の人=外国人=異民族=異文化なのだろう。琉球王朝の時に日本と支那に朝貢していたが、今は「支那の支援を得て独立したい」という、知事・翁長雄志を筆頭とする革マル派や反日売国媚中勢力に席巻されている。

彼らは中韓同様に日本に「怨恨」を抱きながら、それを晴らせずに悶々とし、時には喚いたり悶絶したり乱暴を働く。恨み辛み、悔しさ、怒り、憎悪のサイクルを永遠に繰り返すのだろうが、虚しくならないのか、消耗しないのか。反日音頭を踊り狂うのが生き甲斐なのだろう。悪趣味だ。

奄美の言う「内地」とは九州、四国、本州、北海道で、それ以外は「島」なのだろう。奄美は琉球、薩摩/日本、米国、日本(昭和28年12月25日には悲願の祖国復帰)と為政者が変遷した。

奄美は琉球、薩摩時代は苛烈な支配が行われたようだが、米国占領中は内地と隔絶されたために、戦後の内地の教科書を求めて先生たちが小型船に隠れ命懸けで密航までしたという。米国占領が内地への想いというか日本、日本人意識を大いに高めたようだ。

ちなみに全国学力テスト中学生正答率ランキングで奄美=鹿児島県は40位、沖縄県はワーストの47位。戦後の沖縄の教育は本土復帰前は「親日、反米、親共産主義」、復帰後は用済みになった国旗、国歌を捨てて「反日、反米、親中」になった。

沖縄のマスコミは完璧なアカ=反日だが、奄美のマスコミはそのような偏向はないようだ。

初耳だが、奄美は内心では沖縄を嫌っている人もいるとか。日経・那覇支局長を務めた大久保潤氏の『幻想の島 沖縄』(2009)から。

<沖縄の人の多くが、自らを「日本人」というよりも「沖縄人」と認識する理由の一つに、沖縄は日本とは違う歴史と文化を持つという「沖縄史観」があります。この「沖縄史観」を揺るがすかもしれない遺跡の調査が現在、奄美大島の東方に浮かぶ喜界島で行われています。

2007年11月に琉球大学主催の「沖縄と奄美の経済交流フォーラム」が奄美大島で開かれ、琉大の後藤雅彦准教授から、喜界島で発掘が続く城久(ぐすく)遺跡の報告がありました。

この遺跡からは、古代末から中世の大規模な建物跡が見つかっています。出土品の中に中国や朝鮮製の磁器、九州の陶器があり、螺鈿(らでん)細工に珍重される夜光貝も大量に出土したことから、九州・大宰府の官人の駐在拠点と中国貿易を含む夜光貝の加工・物流センターであった可能性があるというのです。

そうであれば、これまで薩摩侵攻(1609年)以前の歴史では、ヤマトではなく沖縄の一地方と見られていた奄美諸島史が塗り替えられ、奄美はヤマトの最南端、しかもアジア交易の重要拠点だったことになるわけです。

これを、沖縄から見れば、沖縄はヤマトとは別の自律的な発展過程があり、沖縄本島を中心に王国が形成され、その影響が西方の先島諸島や東方の奄美諸島に広がっていったという沖縄中心史観が、覆ることになります。

沖縄史観では辺境に位置する奄美大島の、さらに辺境の小島が実は先に発展して南西諸島の中心となり、沖縄に影響を与えた……。これまでの想定とは逆の文化の流れがあったのではないか、というのです。

奄美は沖縄からも差別された歴史があるので、反沖縄感惰もあります。フォーラムに参加したある奄美出身の経済人は酒の席では「誰が沖縄の世話になんかなるか」とストレートに沖縄への反感を吐露していました。

佐野眞一氏の『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』には、奄美出身者が沖縄で受けたすさまじい差別の証言がいろいろと書かれてあり、読んでいてやりきれなくなります。

那覇に住む奄美出身の知人も「基地問題で『日本人は沖縄を差別するな』と言うのを聞くと『お前らがそんなこと言える立場か』と怒りがこみ上げる」と話していました。

奄美諸島は沖縄より早く米国支配から解放され1953年に本土復帰しましたが、それにより沖縄で生活していた奄美出身者は「外国人」となり、選挙権がなくなったり、公職から追放されたりしました。奄美の人の沖縄に対する恨みは根深いものがあります>(以上)

「沖縄には苦労させた」という思いがヤマトンチュには強かったが、今ではあまりにもの反日振りに「なんなんだ、こいつら、いい加減にせいよ」となってきた。

沖縄→オキナワ→翁派。中共のすすめる「真珠の首飾り」作戦で「龍球」になりかねない。沖縄は孤立しつつある。

「恨みは根深く」複雑な思いがあっても、ともかくも隣人と穏やかに付き合うというのが日本の礼儀だ。しかし、沖縄、中韓は日本を叩くことでしか自らの正当性を主張、アイデンティティを確認できない。自分に自信と誇りを持てないのだ。

だから特亜やアカとは永遠に友好はない。まあ、経済がへたれば政変で自滅する可能性はあるが、最高レベルの警戒心をもって彼らの凶器に対して準備しておくことだ。カッターナイフには刺身包丁の備えを。

■3月5日(木)。朝は室温14.5度、快晴、フル散歩。

北畠徹也氏の論考「背任罪と英米法 グローバル社会の齟齬と罪意識」(アゴラ3/5)の“マクラ”には笑った。

<国民性 (National Traits) - フランスの諺より

Q. 自分の妻が寝取られたときにどうするか

A.スペイン人:相手のオトコを殺す
(名誉を重んじ、後の事まで考える余裕がないため)

イタリア人:オンナを殺す
(嫉妬深いが臆病なので)

ドイツ人:自殺する
(自尊心が高く内省的なので)

フランス人:自分も浮気する
(享楽的なので)

・・・ここまでがフランスの諺。更に、

イギリス人:誉れ高く思惟した挙句、自伝で告白アメリカ人:弁護士事務所に駆け込む
日本人:どのように隠そうか悩み悶えて何もしない(出来ない)>

日本人の男は拱手傍観、結局は事なかれで、現実を見ずに地面の穴に頭を突っ込むダチョウなのか。

昔は武家ならば奥方と間男を手打ちにした。小生の子供の頃、友達のお母さんが浮気をして、「亭主から釘の入ったズタ袋で顔を殴られてお岩さん
のようになった」と母が言っていた。

今は女から別れ話を持ち出されて逆上して殺す男は珍しくないが、奥さんの浮気 or 本気では「育児があるし、俺一人が我慢すればいいのだ、忘れよう、無かったことにしよう、老後を見てもらいたいし…」とかなるのか。仮面夫婦とはこれなのか。こんな情けないダチョウレベルでは中韓と戦えないぞ。ンッタク・・・

姦通罪が撤廃されて韓国人は相当テンパっているようだが、中国人も反日でかなり燃えたぎっているという。ともに気味が悪い。近藤大介氏の論考「爆買い報道と中国人の反応から感じたこと」(現代ビジネス3/2)から。

<北京のある友人(某国有企業中堅幹部)は春節期間中、故郷の江西省に帰省した。故郷では彼の甥っ子が、やはり同郷の女性と結婚式を挙げた。新郎と新婦は紅い籠車に乗って、人口1000人ほどの村を一廻りして、全村民の祝福を受けたという。

その時の模様を友人が「微信」で送ってくれたが、私は腰を抜かしそうになった。何と紅い籠車の両サイドには、「釣魚島中国的」(尖閣諸島は中国のものだ)と大書されていたのだ。

その友人に確認すると、村民たちは誰一人、日本になど行ったこともなく、毎日テレビで抗日ドラマや安倍政権を批判する官製報道を見ては「日本憎し」と燃えたぎっているのだという。中国にはこのような人々がゴマンといるのである。

習近平主席は日々「中国夢」をアピールし、国内企業・文化の発展と国産品の普及に尽力している。彭麗媛夫人も2013年以降、広州の「エクセプションブランド」を着るようになり、国産ファッションの素晴らしさを誇示している。そんな中で、中国人が海外でばかり「爆買い」するのだから、嬉しいはずがないのだ。

特に日本に対しては、そうである。習近平主席は2015年を、「抗日戦争勝利70周年」の記念の年に定め、抗日を鼓舞することで、解放に導いた共産党の正統性を浸透させ、国民を団結させようとしている。ところが、一度でも日本に旅行した中国人は、ほぼ例外なく「親日派」になってしまうのだ。

それどころか、中国人の「爆買いマネー」の一部は日本の税金となり、その一部が中国の脅威に対抗するための自衛隊の軍事予算となる。中国政府としては、歯ぎしりしたい思いだろう>

習も「ンッタク・・・」と思っているが、「爆買い」は中流以上の人民の息抜き、ガス抜き、ストレス発散、生き甲斐になっているから、禁止すれば総スカンを食うこと必定だ。どうするか、見ものだな。

「爆買い」についてはダチョウのように見て見ぬ振り、地面の穴に頭を突っ込んで、とりあえずは抗日戦勝利と“釣魚島”で愚民を妄動するしかないだろう。

■3月6日(金)。朝は室温14度、曇、フル散歩。灌木の鶯はだんだんうまく鳴くようになり、今朝は80点だ。桜の蕾は3〜4ミリになった。

テロリスト安重根を国を挙げて讃える韓国では、安重根は当然ながら英雄であり、その行為は誰もが学ぶべきということになる。駐韓米国大使が凶刃により大けがをし、顔だけで約80針縫合したという。

報道によれば、病院の医療スタッフは「1−2センチの差で頚動脈は外れた。もう少しで命が危うくなるところだった」と発表するほど致命的なテロだった。

韓国では、これは立派な行為ということになる。犯人は「一人でやった。米国のやつらが正気を取り戻すように、叱ってやろうと思った。戦争演習を中断せよ。演習のために南北離散家族再会が実現しなかった」と語ったそうだ。

南北統一は反日と並ぶ韓国の最大の政治課題だ。米韓軍事演習は北の反発を招くからやめろというのは一つの見識である。韓国の与野党にはそれに同調する人も多いだろう。

犯人は政府の統一政策を推進したいというのだから愛国者であり、かつ反日で、竹島死守を叫んでいるのだから、立派な英雄として叙勲すべきではないのか。

クネは「驚きを禁じ得ない。今回の事件は駐韓米国大使に対する身体的な攻撃にとどまらず、韓米同盟に対する攻撃であり、決して容認できない」と述べたというが、テロリスト安重根を賞賛していれば「俺も安重根になりたい、ビッグになる、歴史に名を刻む!」という愛国者が生まれるのは当然だ。

さんざんテロリスト安重根を勇気ある英雄として煽ってきながら今さら「驚きを禁じ得ない、決して容認できない」はないだろう。

駐韓日本大使が襲われたらクネは「テロを招いたのは日本の責任だ。歴史を正しく認識し、慰安婦に謝罪すべきだ」と言い、国民はそれに唱和し、第2、第3の安重根になりたい輩は救急車の前に伏して進路を妨害し、病院にピケを張るだろう。大使が死ねば大喝采だろう。

韓国では「米国で嫌韓感情が高まるのではないか、日本が有利にならないよう外交努力をすべし」との懸念が出ている。このテロ事件でも反日至上主義の国民感情法の発動だ。救いようのない暗愚。

日本大使を襲ったこともある札付きのテロリスト志願者が野放しの国。まことに韓国は「人災の国」だ。テロリストを讃え、売春婦を讃えるから、これからもリンチを含めたテロと売春、人災は増えるだろう。仏罰だ。(2015/3/6)


◆原理主義という難問

平井 修一



1975年のイラン革命あたりから世界はおかしくなり始めた。イスラム教による政教一致の国が生まれたのだ。西側世界の自由、民主、人権、法治とはまったく異なる国家だ。

以来、イスラム教の原理主義、聖戦主義などの過激派、たとえばハマス、ヒズボラ、ムスリム同胞団、タリバン、アルカイダ、ISなどの武装勢力と、2001年の9.11に代表されるテロ事件が世界中に目立ち始めた。

フォーリンアフェアーズレポート2015年2月号から。

<フランスのアルジェリア人 フランス紙銃撃テロの教訓

17人が犠牲になった2015年1月のフランス紙銃撃テロは、イスラム過激派がフランスを対象に実施した初めてのテロではない。実際には、1995年以降、フランスで起きたイスラム過激派のテロによって12人を超える人が犠牲になり、数百人が負傷している。

しかも、これはフランスに留まる話ではない。最近の歴史から明らかなのは、ジハーディストが攻撃を正当化する大義をつねに見いだすということだ。

2011年のフランスによるリビア介入でなければ、2013年のマリへの介入が大義に持ち出される。外交政策でなければ国内政策が、ヘッドスカーフ(ヒジャーブ)の公共空間での禁止でなければ、侮辱的な風刺画を描いたことが攻撃の大義にされる。

この理由ゆえに、今回のテロ攻撃から教訓を学ぼうとしても、それを政策として結実させるのは難しい。テロリストは攻撃を常に正当化しようとする>

テロリストは自分たちの仲間以外は敵であり、殺害することは正義だと思っている。話し合いができる相手ではないのだ。なぜこうしたテロリストが量産されるのか。同誌から。

<ヨーロッパのイスラム教徒 アイデンティティ危機とイスラム原理主義

ヨーロッパで暮らすイスラム教徒の若者たち、特にミレニアム世代の若者たちは、アイデンティティ危機に直面している。自分が誰なのかを自問し、両親もその答をもっていない自画像の問題に思い悩んでいる。

こうし、インターネットで情報を探したり、答を示してくれる人物がいそうな場所に出入りしたりするようになる。パリのテロ事件にも、明らかにこのメカニズムが作用している。

次の段階に進もうとアイデンティティを模索するヨーロッパのイスラム教徒の若者たちが、イスラム過激派・原理主義勢力が示すストーリーに魅了されるのは不思議ではない。

問題は、イスラム過激派がイスラム教徒はどのようにあるべきか、どのように暮らすべきかだけでなく、彼らを取り巻く環境がどのようなものでなければならないかについて、極端に厳格でイデオロギー的で、教条主義的な立場をとっていることだ。

彼らは他者への寛容という概念を明確に拒絶し、「われわれ対彼ら」という精神構造をもっている。これを解体しなければならない。だが、イスラム過激派のイデオロギーに対抗できるのは、同じイスラム社会内部の信頼できる人物によるメッセージだけだろう>

過激派VS世俗派、過激派VS他宗派、過激派VS欧米世界。欧州はイスラム過激派にうんざりし、彼らを追放しかねない反作用も盛んになっている。同誌から。

<台頭するドイツの右派運動 西洋のイスラム化に反対する愛国的ヨーロッパ人

ドイツの極右運動ペギーダが動員するデモ隊は「重税、犯罪、治安問題という社会的病巣を作り出しているのはイスラム教徒やその他の外国人移民だ」と批判している。

「ドイツはいまやイスラム教徒たちに乗っ取られつつある」と言う彼らは、「2035年までには、生粋のドイツ人よりもイスラム教徒の数の方が多くなる」と主張している。実際には、この主張は現実とはほど遠い。

それでもドイツ人の57%が「イスラム教徒を脅威とみなしている」と答え、24%が「イスラム系移民を禁止すべきだ」と考えている。

右派政党「ドイツのための選択肢」を例外とするあらゆるドイツの政党は、ペギーダを批判し、彼らの要求を検討することさえ拒絶している。だが今後、「ドイツのための選択肢」の支持が高まっていけば、ペギーダ運動が政治に影響を与えるようになる危険もある>

「ここ数年はフランスやオランダ、英国でこのようなナショナリズムを打ち出す政党の躍進が目立つようになっている。伝統的な生活様式が脅威にさらされているという、欧州市民の間で高まる不満がこれを後押ししているからだ」(WSJ1/9)

2014年春のピューリサーチセンタの調査では、人口に占めるイスラム教徒の比率(カッコ内%)と「イスラム教徒に対する非好意的な見方」の率はこうだ。

イタリア(2.6)63%、ギリシャ(4.7)53%、ポーランド(0.1)50%、スペイン(2.3)46%、ドイツ(5.0)33%、フランス(7.5)27%、英国(4.6)26%。

イスラム教徒に好意的な国民もおり、たとえばフランスでは72%、英国でも64%もいる。しかし小生が思うにこれは「自分はリベラルなのだから寛容であるべきだ」と思っているためではないか。

実際の生活のなかでの“体感嫌悪度”は1年前と違ってかなり上昇しているのではないか。欧州市民は今ようやく移民を批判する自由を手に入れつつある。

日本がイスラム過激派の攻撃を避けるために何をすべきか。まず単純労働の移民を絶対受け入れないことだ。移民受け入れ諸国の失敗から学ぶべきである。(2015/3/4)

◆与那国「住民投票」に憲法違反の疑い

櫻井よしこ


「こんな選挙をしてしまって、お恥ずかしい限りです。全国に顔向けできません」

日本最西端の国境の島、沖縄県与那国島(与那国町)の町議会議長、糸数健一氏はこう語った。
 
島では2月22日、自衛隊配備を巡って住民投票が行われた。85・7%の高い投票率の下、受け入れ派が632票を獲得し、反対派の445票に、予想を超える187票の「大差」で勝利した。

これは、元々自衛隊配備を陳情した町長の外間守吉氏が前回の町長選挙で配備反対派に47票の僅差で勝ったことに較べれば、本当に大きな勝利だった。
 
にも拘らず、糸数氏が全国に顔向けできないほど恥ずかしいと言うのには、もっともな理由がある。今回の住民投票は、まともな国家ではあり得ないとんでもないものだったからだ。通常の選挙権を持つ有権者に加えて、中学生や島にいる永住外国人にまで投票権を与えたのだ。
 
こうして、総人口1500人弱の島で、中学生41人を含む未成年者97人と外国人5人を入
れて、1284人が住民投票への参加資格を得た。彼らが問われたのは、国と自治体が正式合意した安全保障政策の是非である。これが国家としての異常でなくて、何であろうか。
 
私は現行憲法を是とする者ではなく、日本再生のためには憲法の大改正こそ欠かせないと考えている。それでも、日本は法治国家であり、国の統治は憲法と法の遵守を基本としなければならないと信じている。だが、今回の住民投票は憲法と法の精神への許されざる挑戦である。
 
与那国町が永住外国人に住民投票の資格を与えたのは、選挙権は「国民固有の権利」と定めた憲法15条の主旨に明白に違反する行為であろう。憲法の専門家で日本大学教授の百地章氏が指摘した。

「日本国民には保障されていても外国人には保障されない権利としての代表的事例に、入国の自由、参政権、社会権があります。いずれも国家の存立にかかわる権利で、15条の参政権はその重要な柱です」

安全保障は国の専権事項
 
繰り返すが15条は選挙権を「国民固有の権利」と定めており、最高裁判所は95年2月28日に「(選挙権は)我が国に在留する外国人には及ばない」との判断を示している。
 
15条に加えて、与那国町住民投票は、地方自治は住民の直接選挙によって行われると定めた93条の主旨にも反する。百地氏が詳しく語った。

「93条の『住民』について、最高裁は『地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味する』と判断しました。つまり、地方自治体の行う選挙は、首長選挙でも議員の選挙でも、日本国民である住民にしか参加資格はないということです」
 
一切の選挙に永住外国人は参加できないということなのだ。
 
加えて、国の安全こそ公共の福祉そのものだという視点に立てば、与那国町住民投票は、個人の権利は公共の福祉に反しない範囲で追求できるとした憲法13条の主旨にも反する。

さらにもう一点、重要なことをおさえておきたい。安全保障は国の専権事項だという点だ。現在、与那国島には警察官2名がいるだけで、国防上はほぼ完全な無防備状態にある。中国が軍事力を背景に大胆な挑発的行動をとり、脅威をもたらしているいま、自衛隊の配備は、沖縄を守り、日本を守るのに必要な措置である。
 
島に配備される150人規模の沿岸監視隊は、中国海空軍の動きを見張る重要な役割を果たす。陸上自衛隊の配備自体が対中抑止力にもなる。このような安全保障政策は、日中関係及び世界情勢を踏まえて、国が決めることであり、地方自治体がそれを覆すのは地方自治の本旨から外れる。
 
未成年者に投票資格を与えたことも、住民投票条例案を可決した町議会への出席が自衛隊配備反対派の町議3名を含む4名だけだったことも、常軌を逸した驚くべきことだ。
 
そもそも与那国町への自衛隊配備は外間町長の陳情から始まった。配備は町議会で正式に可決されたにも拘らず、計画が進み始めると町の迷走が始まり、外間氏は自衛隊受け入れに「迷惑料」10億円を要求した。
 
私はこれまで幾度か氏の話を聞いたが、自衛隊誘致に関して氏が語ったのは、専ら島の経済や人口問題だった。無論、離島にとってはいずれも死活的に重要な問題である。

それは認めるにしても、私は氏が国の防衛や安全保障、ひいては目に余る中国船の出没などについて語るのを、殆ど聞いたことがない。
 
安全保障政策やエネルギー政策が国民の理解を得て遂行されなければならないのは当然だ。しかし、今回の法治国家にあるまじき与那国町の住民投票と、そこに至る経緯を振りかえるとき、国の根本を成す安全保障政策を地方自治体の判断に任せることが妥当なのか、極めて疑問に思う。

自治体の「最高規範」
 
与那国町では今回は賛成派が勝ったが、逆の場合どうするのか。元々憲法の主旨に反する投票行為であるから、自衛隊配備という国の政策は影響を受けないと政府は主張する。

しかし、必ずや影響は出てくるだろう。現に外間氏はそのような場合、「町として自衛隊に非協力的な状況になる」と語っていた。国の専権事項である安全保障政策を地方自治体との関係の中でどう推進するのか、新しい規定の制定も含めて明確な方針を立てるべきであろう。
 
その意味で現在、少なからぬ自治体で成立しつつある自治基本条例に懸念を抱くのは私だけではあるまい。内容は自治体によって多少異なるが、殆どの場合、自治基本条例を自治体の「最高規範」と位置づけ、首長に条例遵守を義務づけている。加えてほぼ例外なく外国人に住民投票権、即ち参政権を与えている。
 
NPO法人公共政策研究所の資料によれば、今年1月末までに条例を制定した自治体は実に321に上る。4月までに制定予定なのは、新潟県十日町市など3自治体である。地方自治体約1700の2割に迫る勢いだ。
 
自治体毎に基本条例の内容を吟味する必要はあるが、全国津々浦々に、国家の基盤を揺るがしかねない条例が浸透中だと言ってよいだろう。

憲法で外国人の参政権を禁じていても、地方自治体ではその反対の内容の条例が最高規範とされ、実質的に国の形を変えていくことになりかねない。
 
与那国町では基本条例は制定されていないが、それでも今回、憲法違反の疑いが強い住民投票が実施された。誰もそれを止めなかった。結果の如何を超えて、憲法の主旨に反する住民投票が行われたという悪しき前例が残った。こんなことで日本国は大丈夫なのか。
 
いま、あらゆる意味で中央政府は法治国家としての日本の基盤を強めなければならない。政治家の責任は、日本の政治の末端にまで注目し、国の形を正常に戻 すことである。

『週刊新潮』 2015年3月5日号 日本ルネッサンス 第645回
                   (採録:久保田 康文)