2015年01月22日

◆伊藤忠が投ずる6千億円の行方

〜中国国有企業に〜

泉 ユキヲ



伊藤忠商事がタイ財閥 CPグループと折半出資で共同投資会社CTB 社をつくり、このCTB社が中国の国有企業 CITIC 社(香港上場企業)に合計で1兆2千億円を投入する。

2段階に分けて実施し、順調に今年の10月に完了した暁には、CTB 社が CITIC 社の20%株主になる。(この「20%」という数字が非常に重要で、のちほど解説する)

この取引について分析してみたい。参考としたのは伊藤忠が1月20日に発表した公開情報のみである:

<ニュースリリース>
http://www.itochu.co.jp/ja/news/files/2015/pdf/news_150120.pdf

<図解説明資料>
http://www.itochu.co.jp/ja/news/files/2015/pdf/ITC150120_presentation_j.pdf

<より詳しい資料>
http://www.itochu.co.jp/ja/news/files/2015/pdf/ITC150120_2_j.pdf


■ 伊藤忠の景色が変わる ■

伊藤忠の資料によれば CITIC 社は、2013年度の連結純利益が7,300億円の会社である。

少なくともこの収益水準は最低限維持されると考えれば、20%株主である合弁投資会社 CTB 社の持分収益は 7,300億円の20%で 1,460億円である。

伊藤忠は CTB 社の50%株主だから、1,460億円の 50%である730億円が伊藤忠分の持分収益となる。

伊藤忠が CITIC 社へ投じた 6,000億円は銀行借入だから、金利がコストとなる。

投資を管理し、さらなる事業展開を図るための営業コストもある。その他、関連する税金もコストとなる。
 
730億円から、それらのコストを税後ベースで差し引いたものが、伊藤忠の連結純利益の純増分となる。

伊藤忠のこれまでの収益規模は平成26年3月期で 3,100億円だからCITIC社からの莫大な持分収益は会社の景色を変えるほどのインパクトがある。


■ 持分収益と配当金の違い ■

ところで、先ほど「730億円が伊藤忠分の持分収益となる」と書いたが、伊藤忠は730億円のキャッシュをCITIC社から払ってもらえるのだろうか。

そうではない。実際に払ってもらえる配当金は、CITIC の過去の実績に基づけばその約20%の150億円ほどである。

 あれ?

ビジネスマンならふつうに知っているが一般の方は あまり知らないことを、ひとつ解説しておこう。

実業界には会計上のルールがある。
 
A社がB社に20%以上出資したとき、A社はB社の純利益に出資比率を掛けた金額を自動的にA社の収益として帳簿に記すことができる。たとえB社から1円の配当も受けていなくても。こういう関係を「B社はA社の持分法適用会社である」という。

CITIC 社は CTB 社の持分法適用会社であり、CTB 社は伊藤忠の持分法適用会社だ。

だから、CITIC 社の連結純利益に伊藤忠の出資比率を掛けた金額を、伊藤忠は自動的に伊藤忠の持分収益として帳簿に記すことができる。

もしA社がB社に出資した比率が20%未満だったら、A社が計上できる収益はB社からの配当金のキャッシュ額のみとなる。


■ CITIC 社の配当性向は20% ■

伊藤忠に CITIC 社からどのくらいキャッシュが入ってくるかは、CITIC社の「配当性向」によって決まる。

さきほど掲げた伊藤忠の発表資料に、CITIC 社の最近3年間の1株当たり当期連結純利益と1株あたり配当金の金額が出ている。

配当金を連結当期純利益で割ったものが配当性向。

資料に基づき計算すると、

平成23年末が17.8%、24年末が23.6%、25年末が18.0%だ。

配当性向をざっくり20%とすれば、CITIC 社は収益の20%をキャッシュとして中国政府や機関投資家、伊藤忠などの株主に還元し、収益の80%は再投資に回しているということになる。

これは、事業展開が成功して株価アップにつながれば、好循環といえる。

■ 投資回収の早道は?■


おさらいすると、伊藤忠が投じる6,000億円は、さっそく大きな会計上の利益を生み始めるものの、実際の投資回収は遅々としたものとなる。

保守的な計算によれば伊藤忠の持分収益は 730億円で、そのうち配当金としてキャッシュで受け取るのは 150億円のみ。

差額の 580億円はまったくの帳簿上の利益であり、伊藤忠の帳簿上でCITIC 社の簿価がどんどん積み上がっていく。財務担当者は頭が痛かろう。

伊藤忠とタイ財閥の共同投資会社 CTB 社は 20%以上の出資比率を維持し続けなければならない。CITIC 社の株を売るわけにはいかない。

なぜなら、もし CTB 社から CITIC 社への出資比率が 20%未満となると、会計上のルールにより、収益認識できるのが配当金のキャッシュのみとなってしまうからだ。CTB 社の会計上の収益が激減する。

伊藤忠が投資を回収する手っ取り早い道は何か。わたしの読みは、CTB 社の株をプレミアムつきで売ることだ。

共同投資会社 CTB 社を 50%所有することになるわけだが、20〜25%を他社に売ってキャッシュを得ればよい。うまく売却先が見つかればよいが。


■ 中国政府のさじ加減 ■

会計上の収益とキャッシュ収益の差が大きいことに驚いた方もおられようが、決して伊藤忠が特殊なことをしているわけではない。普通の投資行為である。どうか誤解なきよう。

CITIC 社は現状 77.9%が中国政府(財政部)の出資であり、伊藤忠・たイ財閥の出資参画後も 62.3%の出資比率だ。CITIC 社の配当性向は、中国政府のさじ加減ひとつとなる。

中国政府とのこのような接点は、伊藤忠の強みともなろうし、局面によっては弱みとなる。後者とならねばよいがと願うばかりである。

中国特有の風土からくるコンプライアンス上のトラブルに巻き込まれなければよいがと、これまた祈るばかりだ。

本篇はあくまで分析と解説であり、批判を目的としたものではない。ご意見やご指摘をいただければ謙虚に拝読したい。


          

◆破壊工作か?:開票の怪

MoMotarou



いずれにせよ、革命をやっているわけではないので、「劇的」に事態が動くわけではありません。それでも、いやだからこそ、しつこく「正しいこと」を言い続ける必要があります。日本を「間違った方向」に導くため、しつこく「間違ったこと」を言い続けた左翼の皆様を、この点は見習う必要があると思うのです。(三橋貴明 経済評論家)

              ★

予算案の成立に向けて全開の政府であります。首相は外遊にも忙しく、残った政府・議員は予算編成に忙しい。良いことです。

■財務省のクーデター

「幻の消費税2・26事件」の制圧に成功した安倍政権は自信を持って国家運営をやるべし。野党及び地方団体経済団体は要望を政府に上げ、議員を働かせ、前進すること。安倍首相を貫く「安倍の法則」は柔軟であります。

但し日本国を賤しめる事に関しては厳しいでありましょう。反日勢力などは、早く気が付いており、色々な策動で、安倍政権転覆を謀ってきております。連立を組む公明党さえも怪しい存在であり、気をゆるめてはならない。

■衆議院選挙結果の分析

安倍自民党の「山響的大勝利」に隠れておりますが、「公明党プラス3、共産党プラス13、次世代の党マイナス17議席」という結果です。

「次世代の党」は結党間もなくで混乱もあり自滅の感があります。一連の政策などは我が国にとって大切なものが多かった。選挙に「タブー豚(tabooぶた←タブーの逆さ読み)」を登場させ刺激的でした。波紋は小さいようで大きかった。暗にイメージさせられた勢力は最大限の潰しに専念。

京都では「次世代の党票1500」が共産党の票に化けた。不信に思った府の選挙管理委員会が指摘して判明。関東では有志が開票作業を監視しようとするとすぐに妨害が来た。また街頭演説では怪しげな選挙カーが常に徘徊し妨害をした。

■選挙結果に手をつけ出した反日勢力

先の民主党政権下で真っ先に行われたのは「国籍条項の撤廃」。地方政府や自治体には日本人では無い職員が増えている。今回もその影響が出て来ていると考えられる。2013年7月に施行された参議院議員選挙香川選挙区では“安倍首相の側近”衛藤晟一氏の得票が零票となる事件も起きている。

■共産党と公明党との共通点

両党とも所謂「天皇制」を否定している点。公明党は"池田天皇"。共産党は「立憲君主制」の否定。昨今流行りだした「リベラル、ヘイトスピーチ」等の語は共産党の浸透努力の結果である。

■地方の頑張りが必要

構造改革・特区などの政策で地方に在った商店街が壊滅的に成りだしました。小売商等は現実的でありました。選挙になると商店街のオヤジ達が現実的民主主義勢力となり選挙を支えておりました。現在は机上民主主義・構造改革であります。負けるな日本人!

2015年01月21日

◆インド史上最大の厳戒態勢に

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成27年(2015)1月20日(火曜日)弐通巻第4447号> 

 〜インド史上最大の厳戒態勢に 
   オバマ訪印、アグラのタジ・マハール見学では高速道路閉鎖など〜


インドの警備当局は1月26日からのオバマ米大統領訪問をひかえ、テロリストの襲撃を警戒するため、様々な防御準備をしている。

インド政治にテロはつきもの、ガンジー王朝の3人が暗殺された。

過去の厳戒例では2000年のビル・クリントンが6日間の訪問、07年にはプーチンがレパブリック・ディの国賓で招待したときも、同様な警備体制を敷いた。14年の安部首相、13年の天皇皇后両陛下のインド訪問では、それほどの警備体制は取られなかった。

26日にデリー入りするオバマ大統領は、事前に上空に「飛行禁止措置」(ノーフライトゾーン)をとるようインドに要請したが、これはインドが拒否した(『ザ・タイムズ・オブ・インディア』、1月20日)

オバマのインドに於ける日程は、式典とパレード以外、まだ明かされていない。機密事項となっており、訪問予定の筆頭とされるアグラ(世界遺産のタジマハールがある)でも、地元警察や内務省、軍が大がかりなクリーン作戦を展開(川の浚渫など、不審物の発見につとめる)している。

先週のケリー国務長官の訪問でも、アーメダバードでは、宿泊ホテル名を開かさず朝、昼、晩と食事を三つのホテルに移動してとるなど警備のノウハウを駆使した。
インドのテロリストは西ベンガルからバングラデシュ国境にかけてとカシミールにも武装組織がある。

もしオバマがアグラを訪問するとなれば、エアフォーフワンによる飛行が有力だが、空港からの沿道も、複数のルートが検討されている。しかしインドは大気汚染などで濃霧が発生する時期でもあり、飛行が不可能となった場合、高速道路を封鎖して、自動車によるアグラ入りも想定されている。

またオバマが希望したベナレス行きは、米国から事前に現地入りしたSPチームにより、あまりの混雑のため、不可能との報告もされたという。

(ついでながら筆者は23日からインド入りするので、オバマ訪問という、インドにとって外交史の画期的転換ぶりを報告できると思います)
       

         

◆2016年の台湾総統選挙

Andy Chang



九合一選挙が終わったばかりだが、2016年1月の総統選挙があと一年となった。米国の大統領選挙は2016年11月だから台湾の10ヶ月後である。国民党が大敗したので候補者選びが困難となった。米国の中間選挙でも共和党が大勝利、オバマ・民主党は惨敗した。

いまのところ民進党は蔡英文が立候補すると言われている。台湾では一般にヒラリーが当選すると言う予測がある。蔡英文より他の候補が出る可能性もある。ヒラリーの選挙は台湾選挙の10ヶ月後だから台湾の選挙に影響しない。米国では共和党が勝つと思われる。

●人民の反政治感情

去年秋の台湾と米国の選挙は反対政党が勝ったのではなく国民の反政治が勝ったのである。馬政権とオバマ政権に反対して反対党に投票しただけで、反対党が勝利したのではない。

台湾ではヒマワリ革命が国民党独裁に反対し、香港では雨傘革命が反中国独裁の抗議運動がおきた。民間の「現状に不満」感情が執政党に反対したのである。台北市長に立候補した柯文哲は民進党に入党を拒み、無党派で立候補したが民間の支持率が高かったので民進
党は自党の候補を出さず柯文哲を支持した。

台湾と米国の選挙に見られる傾向は、国民が「政治からの脱却(Political Freedom)」を求めていると思う。しかも国民が現状に不満で現状から脱却を求める傾向は来年の選挙まで続くと思われる。国民は政党所属よりも「世直し大明神」を求めているのだ。

●台湾の核心課題

台湾選挙の核心課題は3つある。中国、米国と民意である。この三つが人民の投票を決める。

台湾の政治にとって中国は最も複雑で困難な課題である。中国は台湾併呑を目指し、国民党も統一を目指している。台湾人民は統一に反対だが、中国との政治経済関係を切ることが出来ない。

中国と国民党政権がグルになっているのが大問題で、彼ら(中国人)は「92共識」と呼ぶ合意があったと主張するが合意は存在しない。台湾人は合意はなかったと主張するが、中国はウソを言い張り、台湾独立反対、武力行使で恫喝する。しかも民進党は中国関係を重視し、党綱領から台湾独立を消去した。人民は民進党に失望し、無党派の柯文哲を支持した。

米国は中国の横暴に対処できず、台湾の主権問題を放置している。中台問題は平和解決すべきと主張するだけで、中国のウソ、「台湾は中国の一部、二つの中国反対、台湾独立反対」に反対しない。米国は現状維持で対決を避ける。2012年の選挙ではダグラス・パールを
台湾に派遣して馬英九を支持し、選挙に干渉した。

台湾人民は来年の選挙に米国の干渉を強く警戒している。民意を無視して独裁支持はできない。米国の民主党はいつも国民党を支持してきたが、ヒラリーが人民を支持する発言をしたが、明かにヒラリーの選挙活動、リップサービスである。

台湾人民は中国統一に反対である。民進党が独立を棄てて中国路線をとっため人民は柯文哲を支持した。選挙で明らかになったのは、台湾人民が政党闘争に飽きて柯文哲の政治中立、台湾優先、経済優先を支持したのである。政党政治を棄てて台湾の為になる候補者を
選ぶ、「台湾優先路線」である。中国、米国の圧力も人民の総意に対抗できない。

●柯文哲旋風とその他の候補者

柯文哲は台北市長に就任した当日から政治改革に乗り出し、遅延工事、汚職摘発、公務員の職務効率と無駄遣い監督など、毎日の新聞トップを飾る高能率を発揮した。この1月で中国人が70年も悪辣な汚職や掠奪をしていたことが明らかになった。つまり中国人が政権
を奪回する可能性を限りなくゼロにしたのだ。


数日前、柯文哲が南部の東港を訪問したとき、数千人が広場に押し寄せ、握手、胴上げで柯文哲を歓迎した。正に「世直し大明神」である。この状況から見れば、もし柯文哲が来年の総統選挙に出馬すれば8割以上の得票率で当選するだろう。しかし彼は台北市長に就
任したばかりだから出馬は難しい。柯文哲のほかに人気が高いのは頼清徳台南市長だが、彼も再選を果たしたばかりである。

民間では蔡英文が出馬すると予想しているが、蔡英文は2008年の選挙で「台湾=中華民国」の中国路線を主張したので人民の支持率は低い。おまけにダグラス・パールが馬英九を支持したから米国の蔡英文支持は期待できない。逆に米国が国民党の朱立倫を支持する可
能性もあるが、米国では選挙の真っ最中だから各候補は台湾問題を避けるかもしれない。

●米国と日本の動向

極東問題の焦点は中国にある。米国や日本の宥和政策は中国が増長するだけである。

台湾は中国の描いた第一防衛線の中央にあり、中国の太平洋進出を防ぐ重要拠点である。台湾が併呑されれば中国の太平洋進出を防ぐことはできず、尖閣と沖縄、日本全体に大きな脅威となる。

米国は台湾の重要性を知りながら現状維持を主張し、中国の尖閣諸島、パラセル、スプラトリー諸島の覇権行動を抑止できない。台湾を失えばアジアピボットは失敗する。口先でリバランスとかピボットとか言いながら台湾問題を放置しているのは大きな間違いだ。し
かも米国は現状維持、国民党支持という愚劣な政策を変更しない。

中国の軍艦が尖閣付近に出没してもアメリカは軍艦を派遣しない。第7艦隊は台湾海峡を通過せず太平洋側を通るようになった。アメリカはパラセルやスプラトリー諸島で中国の軍事行動や建設を監視する軍艦を常駐させたことがあるか。

米国と同じく、日本政府も台湾問題について介入を避けている。日本の不干渉が中国の無法を許し、極東の不穏、日本の安全が脅かされる。台湾と日本は「唇亡歯寒」の連帯関係である。台湾を失えば日本も危ない。台湾問題を避けてアジアの平和は得られない。

◆日本常識のサービスに感動する中国人

河崎 真澄


「百聞は一見にしかず」で反日教育のギャップ解消だ

13日、上海の日本総領事館で開催されたビザ発給要件緩和に関する旅行会社向け説明会には多くの関係者が出席した(共同)

訪日観光から帰国した中国人がブログや中国版ツイッター微博(ウェイボ)などで、日本で受けた「感動」を綴(つづ)るケースが増えている。

ホテルや百貨店、観光地で丁寧なおもてなしを受けた一部始終や、忘れ物や落とし物がすぐに手元に戻ってきた経験など、多くの日本人にとってごく普通の出来事でも興奮ぎみに投稿するようすは興味深い。

なかには、日本人があまり気に留めていないサービスに関心を示す投稿もある。


地下鉄駅の自動券売機の使い方がよく分からず、呼び出しボタンを押したら券売機の隣の小窓から駅員が顔を出し、親切に教えてくれて感動したというケース。ショッピングモールでいくつもの店の買い物袋を抱えていたら、最後に買い物をした店は他店の商品までまとめて大きな袋に入れ直してくれ、さらには袋のプラスチック製の取っ手が手に食い込まないよう柔らかいクッション材を巻いてくれた体験談などだ。


以前に比べれば、中国でも都市部では顧客に対するサービス精神はずいぶん向上したようにみえるが、それでも買い物客に礼のひとつも言わずにおつりを投げてよこす店員や、レストランで自分の注文の取り間違えを謝るどころか、客が悪いと言わんばかりに不機嫌になるウエートレスは後を絶たず、目くじらを立てる方が煙たがられる始末。それが普通だと思っていた中国人が日本で感じる驚きは大きいに違いない。

サービス以外にも自動販売機の多さや商品の多彩さへの感動、空港や駅などでの案内表示板のわかりやすさ、年配の観光客や障害者にも優しいバリアフリーなど、工夫が凝らされた街のようすを写真やビデオ付きで好意的に紹介する投稿があふれる。

ぎくしゃくする関係や根深い反日感情とは裏腹に、こうした好反応の広がりが、訪日客急増にも関係しているのではないか。

日本政府観光局(JNTO)の推によると、昨年1〜11月に日本を訪れた中国人は約222万人。前年同期と比べて82・2%も増えており、通年では240万人を突破したもようだ。もちろん中国からの訪日客が200万人を超えたのは初めてだ。

富裕層や中間所得層に起きている海外旅行ブームの中で、円安効果によるショッピングの割安感が、日本への旅行人気を急速に押し上げている。同時に中国人に対する訪日のための査証(ビザ)発給条件がここ数年、徐々に緩和されたことも大きい。

19日からは、富裕層に発給している数次ビザの有効期限が従来の3年から5年に延長されるほか、中間所得層に課していた収入状況の要件が一段引き下げられて、ビザ取得が可能な層の裾野がグンと広がる。

日本の政府関係者は、「訪日旅行から帰った中国人から日本を足蹴にするような感想を聞いたことは一度もない」と話す。


しかもネット上で、「小さい頃から将来は侵略戦争で中国人を苦しめた小日本(日本人に対する蔑称)を打倒することばかり考えてきたが、出張で訪日したら、現代の日本人があまりに優しすぎて信念が揺らいだ」「誰もが人に迷惑をかけてはいけないと考えて秩序だって生活している日本人をみて、『日本人は常に戦争を企てる軍国主義者だ』との中国メディアの宣伝はウソだと初めて分かった」など、まさに百聞は一見にしかずの反応を示す中国人もいる。


ただ、「化粧しないで買い物をしていた私を日本人の店員は軽蔑したような目でみた」「銀座の店で中国人どうしで会話していたら静かにするように店員に怒られて怒鳴り返した」などとする発言や、「日本でカネを落とすことは非国民だ」との相変わらずの批判もめだつ。それでも共産党のプロパガンダだけではない「本来の日本人の姿」を自分の目で見てもらうことの価値はあると信じたい。(上海支局長)
産経ニュース【視線】2015.1.19

                  (情報採録:久保田 康文)


◆豪州にも巣食う媚中屋

平井 修一



小生は二度と騙されたくないから人を信じない。自分自身も信じていない。中共が「1日1万円やるから反中記事は書かないでくれ」と誘惑してきたら「バカ野郎」と拒絶するが、「1日10万円でどうだ」となったら絶対にころぶ。

ころばすために「金、女、名誉、欲しがるものはすべてやれ」と毛沢東は指導したから、中共になびいた人は世界中にゴマンといるはずだ。キッシンジャーとかクリントン夫妻、米民主党議員なんて怪しいものだと小生は思っている。豪州にもそういう媚中屋がいるのだという。

小生は品がないから「オマエいくら貰っているんだ」と喧嘩を売りたくなる。朝日にも聞きたいものだ。

岡崎研究所の「米豪同盟の重要性 対中過剰配慮への反論」(ウェッジ9/19)から。

◆240億円はテロリストを勢いづけ

杉浦 正章




びた一文支払う必要は無い
 


何でこの時期に中東歴訪かと悪い予感がしていたが、胸騒ぎが的中した。首相・安倍晋三に真っ向からテロリストが立ちはだかった。狂気の処刑人によると「日本の首相は欧米による十字軍の戦いに参戦した」というのだ。


難民救済のための人道援助2億ドルと同額の240億円を、二人の日本人人質のために支払えと要求している。国連の分析によるとイスラム国は身代金と石油の密輸で命脈を保っており、身代金は年間で50億円前後だという。それが濡れ手で粟の5倍の額の要求だ。


安倍が「人命第一に考える」というのは間違っていないが、問題は240億円を72時間以内に支払うかどうかに絞られる。筆者はテロリストにはびた一文支払うべきではないと考える。


そこで思い起こすのは1977年の日航機ハイジャック事件で、日本赤軍から福田赳夫が全く同じ脅迫を受けた例だ。身代金600万ドルの支払いと、獄中メンバーの釈放を要求され、福田は超法規的措置として「一人の生命は地球より重い」と述べて、テロリストに屈した。


世界の世論は賛否両論が巻き起こったが、総じて米欧のマスコミからは日本政府の弱腰ぶりが批判の対象となった。日本の首相としては多数の人質の命がかかった問題であり、やむを得なかった対応であると思う。


しかし今回の場合は状況が全く異なる。世界中がテロリストとの戦いのまっただ中にある。フランスの新聞社襲撃事件から2週間、世界の世論は一致してテロ撲滅の戦いを支持している。


イスラム国の処刑人は日本政府と国民を分断しようとしているかのように見える。「日本国民は政府にプレッシャーをかけ、2億ドル払って国民の命を救うように賢明な判断を求めよ」と主張したのだ。一見見事な策略のように見えるが、しょせんはラッパーの淺知恵にすぎない。日本人の根性をを見くびっている。


アメリカを相手に4年間戦った国民だ。最後は特攻まで行っている。テロリスト如きに甘く見られる民族ではない。なめるなと言いたい。日本国中が卑怯極まりない行為に激怒しているのであり、安倍の「人命を盾にとって脅迫することは許しがたいテロ行為であり、強い憤りを覚える」という発言は全国民が支持しているのだ。


身代金を公に要求したのは初めてであるが、これはイスラム国の弱体化を如実に証明している。まず資金面だがイスラム国の財政は身代金と石油の密輸でなり立っている。しかし原油価格の暴落と米軍の爆撃で密輸ルートの資金は減少の一途をたどっており、残るは人質の身代金だ。


2人の身代金を240億円とふっかけたのは、こうした資金難を一挙に解決する目的がある。身代金を安倍の支援額に合わせたのは、感情的な側面が強く、根拠は全くない。まさか満額とれると思ってはいないだろうと思われる。一方でアメリカの空爆も繰り返されており、当初は高揚していた外人部隊の志気も落ちる一方だと言われている。


逆に2億ドルがイスラム国の手に渡ればどうなるかだが、相手はテロリストだ。ますます勢いづき、周辺諸国の人命が何千人と失われる資金源となるのである。難民は増大する一方であろう。日本はイスラム国が活況を呈する資金を提供することになり、テロとの戦いに結束しようとしている国際社会の非難を受けることは目に見えている。


いったん日本が弱みを見せれば、次々に人質事件を巻き起こし、日本を資金源化するだろう。


官房長官・菅義偉が「テロとの戦いに貢献する我が国の立場に変わりはない」と言明しているのは、当然であり、この方針を堅持すべきだ。フランスやスペインが人質釈放に身代金を支払ったと言われているが、今度の場合はけたが違うのだ。米国はテロリストとは交渉しないことを前提としており、イギリスも歩調を合わせている。
 

それに安倍が提示した援助額2億ドルは、難民や避難民に対する人道支援であり、直接的な軍事援助とは全く異なる。人道支援は主義主張が異なってもイスラム世界全体が潤うものであり、十字軍に参画したというのは全くの筋違いだ。


人質の2人が現地にいたというのは、当然自己責任もあるが、人命は尊い。政府としてはできる限りの救出策を試みるべきであることは言うまでもない。ただ身勝手で許しがたい蛮行に屈してはならない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月20日

◆習近平政権の邪悪な政治的意図

櫻井よし子


「南京事件」で米国を“洗脳”する習近平政権の邪悪な政治的意図 

1月8日の「産経新聞」が1面で南京事件に関連して、「40万人虐殺」説を伝えた。

これは米国で現在使用されている公立高校の教科書の記述だという。大手の「マグロウヒル」による同教科書には「日本軍は2カ月にわたって7千人の女性を強姦」「日本兵の銃剣で40万人の中国人が命を失った」などと記述されているそうだ。

私の脳裏に浮かんだのは昨年3月、訪問先のドイツでの「南京大虐殺で日本軍は30万人以上を殺害した」という習近平国家主席の演説だ。習主席の対日歴史戦争への執念はすでに米国の教科書に具体的に書き込まれているわけだ。

昨年12月、「親学」教育で知られる明星大学教授の橋史朗氏は、米国における中国の対日歴史戦争の実態を調査した。氏はこれまでに、慰安婦像が設置されている全米7つの市を調査済みだ。氏によると、状況は想像以上に深刻である。

「高校教師たちの多くが、頭から南京大虐殺や慰安婦強制連行、そして終戦間際に日本軍は慰安婦たちを虐殺したと信じ込んでいます。中国の情報戦略が徹底しているのです」

中国の対米情報戦略の1つの方法は、費用は中国持ちで米国人を中国に招待することだ。政治家、大学教授、研究者、高校教師など、職種に応じて企画を立て、招かれた側を満足させ、楽しませ、日本への偏見を植え付け、帰国するまでにすっかり中国シンパにしてしまうのだ。

この種の働き掛けを何年も継続することで、中国の歴史観を信じる人を増やしていく。その結果の1つが、米国の高校教師たちの姿であろう。

「南京大虐殺40万人」説など、日本人なら誰も信じない。30万人説も信じない。それ以前に、「南京大虐殺」があったとの主張が虚偽であることを私たちは知っている。

だが、習主席の「30万人以上」という主張が、米国の教科書に「40万人」としてすでに明記され、その教科書で育つ米国人が増えれば、「南京大虐殺40万人」説は近い将来、米国で「真実」となるだろう。

ここで思い出すのが日中戦争の犠牲者の数である。日本の敗戦直後に中国側は中国人の死傷者数は320万人だと主張した。そしてすぐに579万人に上方修正した。中国共産党政府はこれをさらに2168万人に増やした。めちゃくちゃな数字だが、中国政府はひたすら主張し続ける。

だがこの数字さえ戦後50年目にまたもや上方修正された。反日教育を国是と定めた江沢民主席がロシアでの戦勝国記念式典でいきなり中国人犠牲者は3500万人だと大演説したのだ。

それ以来、中国政府は3500万人を公式の数字とし、あらゆる場面で主張し、それを国際社会は引用する。こうしてでたらめな数字が定着していくのである。

「南京大虐殺40万人」説には単なる数字の問題を超えて、習近平政権の邪悪な政治的意図が込められていることを、私たちははっきりと認識しておかなければならない。

中国はすでにロシアと共に、今年をナチスドイツのホロコーストと日本軍の残虐な大量虐殺を糾弾する年として、対日共闘を申し合わせている。中国の大きな狙いは、日本とナチスドイツは全く同じであると位置付け、大東亜戦争の歴史を書き換えることなのだ。

中国の邪悪な宣伝戦の前で、日本外務省の対外情報戦略はどう見ても論外である。500億円の予算を得て、ジャパンハウスを建て、アニメと日本食を宣伝するそうだ。

慰安婦も南京事件も取り上げるとはいうが、日本が直面している歴史戦争は、ジャパンハウスというハコモノ発想などでは乗り越えられない。情報に関する国家戦略を必死で構築する時だ。

『週刊ダイヤモンド』 2015年1月17日号
「新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽」 1067回
2015.01.17 (土)

◆解散総選挙の「意義」

伊勢 雅臣



伊勢雅臣です。今回は、メルマガ「政治の本質」より、昨年末の総選挙の意義を説いた号を転載させていただきます。

消費増税を延期するために、なぜ解散総選挙をする必要があったのか。この質問から、日本の政治構造が見えてきます。

なお、「解散総選挙の『意義』」は、本誌の転載に際して、付けさせていただいたものです。


日本を救う名医に俺は成る!日本を再度洗濯して天下布武の政治を行う!天下布武の意味:「七徳の武」を天下に布く七徳の武・・・暴を禁じ、戦をやめ、大を保ち、功を定め、民を安んじ、衆を和し、財を豊かにする、という七つの徳を天下に布くEoPの広告は、ロベルトが実際に購入した製品とは限りません。必ず★HPを熟読され、★自己責任で決定を下してください。

新規読者の皆様、初めまして。ロベルト・ジーコ・ロッシこと松本です。

ロベルト・ジーコ・ロッシの由来は、1982年にスペインで行われたサッカーワールドカップを見て、サッカー大好き人間になった松本があこがれのサッカー選手から選んだ所にあります。

ロベルトは、ロベルト・バッジョ(1994年アメリカ大会のイタリア代表FW)とロベルト本郷(サッカー漫画「キャプテン翼」登場人物)

ジーコは、勿論1982年スペイン大会ブラジル代表兼2006年ドイツ大会日本代表監督兼鹿島アントラーズのJリーグ発足当時の中心選手

ロッシは、やはり1982年スペイン大会の得点王でイタリア代表FWパオロ・ロッシです。

こうして並べるて分かるのは、勝利を決められる選手が好きなんです。

今回は消費税増税の裏側の真実についてです。


11/18に安倍総理は、消費税10%増税を1年半延期を表明して「民意を問う」と称して、解散・総選挙を表明しました。

マスコミと野党の多くは、今回の解散には「大義が無い!」と批判しています。

又、総選挙の争点は、アベノミクスの是非だと世論誘導しています。

騙されては、いけません。

今回の解散・総選挙で問われるべきなのは、去年の10月に、デフレ脱却が終了する前に、財務省のカイザー木下事務次官(当時)の周到なる安倍総理包囲網の前に、消費税を8%に増税してしまった決断の是非なのです。

マスコミは税務署の査察と消費税10%増税時に行われる可能性が有る新聞業界への軽減税率欲しさに、財務省と対決出来ません。そこで、総選挙の争点を消費税増税から逸らす為に、アベノミクスの是非にすり替えているのです。

ここからは、消費税増税の裏側の真実について鳥内浩一氏に語ってもらいましょう。

今回の解散総選挙の「意義」について、触れておきたいと思います。

今回の解散総選挙で最も重要な意義を一言で言うならば、それは、財務省が進めようとしている消費税増税を阻止することです。

逆に言えば、今回の解散総選挙がなければ、消費税増税の先送りは出来ませんでした。

いや、解散総選挙があったとしても、与党・野党に限らず、本当にちゃんとした人を選ばなければ、消費税は上がります。

それを国民が知らないと思って、消費税増税で利権を確保・拡大したい人々、争点を奪われて自分の立場がまずくなった人々が、苦しまぎれのキャンペーンをやっているのが、「大義なき選挙」の実態でしょう。

このことは、何よりもまず、下記企画で元財務官僚の高橋洋一先生のお話を聞いて頂くのが一番早いのですが、
http://tinyurl.com/m6ofjjt


まず知らなければならない事実は、

・消費税増税法案を通したのは【民主党】

・自分達が動かせるお金を増やしたい 【財務官僚】がそれを入れ知恵した

・自民党が消費税増税を止めるためには、【民主党の増税法案を否定する法案】を通す必要があった

・自民党内部にも、票のため、欲のために財務省から予算がほしい【増税賛成派】 が多数いるため、内部分裂を恐れそれが出来なかった

・マスコミは官僚が完全にコントロールしているため、消費税増税に反対するような内容は決して報道しないし、増税をストップするような動きがあれば、マスコミを通じたバッシングをはじめ、あらゆる手でそれを潰しにかかる

という事実です。

詳細は下記よりご登録頂いて、高橋先生へのインタビューをご覧ください。
http://directlink.jp/tracking/af/926832/o3RcCwxP/


こうしたポイントから、今回の解散総選挙の真実が見えてくるのですが、高橋先生は、「現代ビジネス」に下記のような記事を寄稿されています。

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多くの人は、政府のトップの首相が決断すれば法律が成立すると思い込んでいるが、違う。

郵政解散の時でも、小泉首相が出した郵政民営化法案は国会で否決された。

今回も、消費増税ストップ法案は国会で否決されるどころか、提出もできなかったのは、誰でも知っている事実だ。

というのは、財務省が増税すれば予算措置のアメを与えると国会議員の大半を籠絡していたからだ。


そこで、安倍総理は、衆議院議員を全員クビにして、つまり解散して、総選挙で財務省ではなく国民から意見を聞いてこいといったわけだ。

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今回は、民主主義の基本の税が争点である。急に増税から方向転換した民主党や、自民党でも増税を主張していた議員の是非を問うことができる。急に手の平返しをした人は、選挙後に豹変するかもしれない。

確実に起こった影響は、安倍首相が解散を言ってから、少なくとも増税派(予算をばらまきたい財務省、そのおこぼれをもらおうとする国会議員地方議員、首長、経済界、マスコミ、有識者、学者など)から表立っての増税論はなくなったことだ。

ただし、この増税派は反省してもらいたい。昨年夏から、増税しても景気は大丈夫というウソをつき、その結果、増税後に景気は悪くなった。

それを、天候不順、なかには、エボラ熱、デング熱などが原因という「お笑い」までが官邸のホームページに出てきた。

いかに〓ポチ・エコノミスト〓がデタラメかということが誰にもわかる。
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今回の解散総選挙がなければ、消費税増税の先送りは出来ないということ、今回の選挙で、与党・野党に限らず、本当にちゃんとした人を選ばなければ消費税は上がるという理由が、お分かり頂けましたでしょうか。

つまり、国会で可決しなければ、消費税増税の先送りあるいはストップは出来ない。そして今の衆議院議員は、可決しない。

だから今、その議員達に、「国民の信が問われている」のです。本当に大切なのは、「増税を仕掛けているのは本当は誰か」を知ることです。


それは財務官僚と、彼らに籠絡された国会議員、地方議員、首長、経済界、マスコミ、有識者、学者であり、彼らが今回の安倍首相による、「消費税増税先送り解散」発表により、増税主張を封じられた格好となったため、財務官僚が裏から手を引くマスコミ、そして野党は「大義なき選挙」という前代未聞のPRを繰り広げている、という訳です。

消費税増税ストップ・先送りのためには、改めて法案を作り、国会で可決しなければならない事実を多くの国民が知らない盲点を突いた、とても狡猾な手口です。

ですから、今回の選挙は、「誰が本当は増税賛成派なのか」を見極めなければならない、非常に重要な選挙なのです。


安倍首相は、こうしたことを見越して、「増税派潰し・あぶり出し」のために、戦略的に「増税先送り解散」の発表をしたと言えます。

もちろんそれは、重要な争点で先制し、選挙で勝ち、長期政権を樹立する狙いもあることは間違いありません。

そして、安倍首相は、先送りはするが、2017年には「景気にかくぁ関わらず増税」すると公言していますから、国民として、もっと踏み込んだ民意を表明するのであれば、「消費税増税ストップ」を進められる政党や政治家を支持することがそれに繋がるかもしれません。

いずれにせよ、それをただ口先だけで言うだけの政治家ではなく、高橋先生にインタビューの中でお話し頂いたように、本当に官僚に対抗できる力のある政治家を見抜いていく必要があります。

是非こちらからご登録頂いて高橋先生へのインタビューをご覧になり、その選球眼を磨いて下さい。
⇒ http://tinyurl.com/m6ofjjt


日本のよりよい未来のために。私達の生活、子ども達の命を守るために、ともに歩んでいけることを切に願っています。

それでは、また。今日も皆様にとって幸多き1日になりますように。



リアルインサイト 鳥内

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◆日本の大学が世界で勝つ秘策は

西村 和雄
 


≪アジアでの優位も揺らぐ
 
英教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」(THE)は、研究論文の引用頻度や教員スタッフ1人当たりの学生数など13の要素を基準に、大学に順位をつけた「世界大学ランキング」を昨年10月に発表した。それによると、日本で100位以内に入った大学は、東京大学と京都大学の2校だけであった。

昨年秋、文部科学省は、国公私立大37校を選び、「スーパーグローバル大学」と銘を打って、大学の国際競争力を高めるための重点的な財政支援を10年間続けることを発表した。トップ型といわれる13大学は世界大学ランキング100位以内を目指すという。

前述の英教育専門誌は、アジアの大学が順位を上げる中で、今後、日本が優位を維持できるかを疑問視している。その理由を私はこう分析する。
 
まずは、教員の質。25年前にも、私は、アジアの大学を訪問したが、その時は、国際的に活躍している学者が多いという印象は無かった。

たとえば、ソウル大学経済学部では、以前は米国の大学で博士号を取得している教員は少数であった。それが今では、ほぼ全員取得している。一方、シンガポールや香港の大学は、海外の研究者を積極的に受け入れている。背景には、業績に応じた給与が支払われたり、大学間での競争も激しいことがある。

次に、未熟なグローバル化。文部科学省は2009年に日本に留学生を呼び込むための、「グローバル30」とよばれたプロジェクトに13大学を採択した。

英語圏ではない日本に、英語の授業を受けることを目的とする外国人学生を呼び込むのは、たとえ授業料や生活費の支援をしても容易ではない。留学生の質を高めるのは難しく、出身国も偏らざるを得ない。これでは招く側も学ぶ側も得るものはない。
 
≪年功賃金と定年制見直しを≫

一方、質の高い外国人教員の採用には、年功賃金制度と定年制度が障害になっている。優秀な海外人材の能力給は、日本の大学教授の最高額である退職前の給与をはるかに上回る。

私の知人である経済学者を例に挙げると、彼(アメリカの大学)の給料は、我々(日本)の5倍である。そのうえ、アメリカの大学には定年がないのだから、アメリカの大学から給料が安く定年のある日本の大学にわざわざ移る人はいない。

グローバル化には、日本に来る留学生の数を増やすことも重要であるが、日本から欧米の大学に留学する学生を増やすことはそれ以上に必要である。
 
1996年から2007年にかけて米国の大学で博士号を取得した自然科学系の外国人学生の数は、中国28・2%、韓国9・2%に対し、日本が1・8%である。先に述べたように、現在、ソウル大学の教授の大半がアメリカの大学でPh.Dを取得している。

この数字の差が、10〜15年後のアジアの大学ランキングに反映されると思えば恐ろしいが、当然の結果といえる。

難題が山積みと思われる日本の大学のグローバル化であるが、それを成し得る秘策はある。

私の知人である経済学者を例に挙げると、彼(アメリカの大学)の給料は、我々(日本)の5倍である。そのうえ、アメリカの大学には定年がないのだから、アメリカの大学から給料が安く定年のある日本の大学にわざわざ移る人はいない。

 グローバル化には、日本に来る留学生の数を増やすことも重要であるが、日本から欧米の大学に留学する学生を増やすことはそれ以上に必要である。

1996年から2007年にかけて米国の大学で博士号を取得した自然科学系の外国人学生の数は、中国28・2%、韓国9・2%に対し、日本が1・8%である。先に述べたように、現在、ソウル大学の教授の大半がアメリカの大学でPh.Dを取得している。この数字の差が、10〜15年後のアジアの大学ランキングに反映されると思えば恐ろしいが、当然の結果といえる。
 
すでにあるものを徹底的に有効利用すればよい。つまり、既存の学部の通常の授業のうち英語で行う講義の数を増やすのである。そうすれば、留学生と日本人学生の交流も促され、日本人学生のグローバル化にも、一役買うことができる。

講義を英語で行う教員の給与を1割上げれば、教員のインセンティブを促し、十分な数の講義が提供されるであろう。新たな英語のプログラムをつくるよりはるかに安上がりである。

 ≪「宝の持ち腐れ」になるな≫

アメリカのトップの大学と日本の大学とでは、同じレベルの教授陣を有していても、退職年齢の差だけでも論文の発表数や被引用数に大きな差がつく。アメリカではノーベル賞級の学者が80〜90歳になっても大学に所属して研究を続けているのに対し、日本の国立大学では卓越した国際的な学者が65歳で職を離れざるをえない。これは宝の持ち腐れといえる。

シンガポール国立大医学部の伊藤嘉明教授は、2002年に助手や大学院生を引き連れて研究室丸ごと京都大学から移籍した。定年退職後も研究を継続するためである。伊藤教授のその後の業績、被引用数、若手研究者に対する指導の恩恵を受けているのは、京都大学ではなくシンガポール大学なのである。


日本人学生が日本に居ながら外国人学生と机を並べ、一流の研究者の講義を受け、そして日本人学生の海外留学を促す。教員であり研究者である大学人に対しては、業績に応じた能力給でそれ相応の処遇を施す。卓越した研究者には定年年齢に達した後も大学でそのまま研究・教育を続けさせる。これほど迅速かつ割安に、日本の大学の順位を確実に上げる方法はないと思う。(にしむら かずお)神戸大学特命教授。

産経ニュース「正論」2015 1/19


◆ギリシャ、独に「70年前の金返せ」

平井 修一



川口マーン惠美氏の論考「ナチス・ドイツに貸したお金を取り返せるか!? 第2次世界大戦中の借款をめぐるドイツとギリシャの攻防がおもしろい」(現代ビジネス1/12)はじつにおもしろかったし、大いなる発見もあった。[ ]内は平井の追記。

<*大不況の淵に落っこちたままのギリシャ

ドイツの週刊誌『Der Spiegel(デア・シュピーゲル)』は、ときどき本当におもしろい記事を出す。1月12日に発売された同誌の「政府の機密報告: ドイツはギリシャに110億ユーロ[1兆5400億円]を返済しなければならない」は、中でもとりわけおもしろい。

去年の暮れ、ギリシャ国会が解散して以来、ギリシャ情勢は、たいへん微妙なことになっている。1月25日に総選挙がおこなわれるが、右派であるSYRISA党(急進左派連合)が急伸する可能性が大だ。

党首のアレクシス・ツィプラス氏は、SYRIZA党が政権を取った暁には、給与を金融危機以前の水準に戻し、解雇された公務員を再雇用し、民営化も元どおりの公営に戻し、EUとIMFからの債務は返済しないと言っている。

2010年に金融危機が始まって以来、ギリシャは何度も破産の瀬戸際まで追い詰められた。その度にEUとIMFに救われてきたが、その代償としてEUとIMFと欧州中央銀行が、ギリシャ経済を厳しく管理している。そして、抜本的な構造改革と過酷な金融引き締め政策が実施されて以来、ギリシャは大不況の淵に落っこちたままだ。

最初の2年ほどはストやデモで対抗していた国民も、今ではすでに力尽き、デモも起こらない。増税と年金・賃金カットで消費が落ち込み、公的資金は枯渇し、投資は行き詰まり、人々は職を失い、今までバブルで回っていたものすべてが回らなくなった。学校では教科書さえ配布されず、医療保険も壊滅状態、現金がないと医者にも行けず、薬ももらえない。

ギリシャ人は、自分たちの窮乏はEUの干渉のせいだと思っている。特に悪いのはドイツだ。ドイツのメルケル首相が、ギリシャ人の最大の憎しみの対象となって久しい。

しかし、メルケル首相にしてみれば、ドイツの国庫からギリシャへの援助を引き出すだけでも、かなり苦労しているのだ。ギリシャの景気を上向けるための金融緩和など、ドイツ国民が支持するわけはない。

ドイツでは「ギリシャをユーロ圏から追い出せ」とか「ドイツはユーロ圏を離脱すべきだ」などという強硬な意見さえ、巷にはけっこうある。2012年のアンケートでは、回答者の85%がギリシャへの締め付けを弱めるべきではないと答えた。


それゆえギリシャでは反EU的な空気が強まり、ツィプラス氏の人気がどんどん上昇する。ただ、ツィプラス氏はEUから離脱すると言ったわけではない。それどころか、自分が南欧の国々をまとめて、EUで南欧の力が強くなるようにすると息巻いている。「ギリシャが世界市場に振り回されるのではなく、世界市場がギリシャの奏でる音楽で踊ることになる!」のだそうだ。


これに対して、EUの首脳たちは懐疑的だ。EU議会の議長マーティン・シュルツ氏は、ギリシャのユーロ離脱などあり得ないとし、「誰でも本当に政権を握れば、現実的な政治をしないわけにはいかなくなる」と楽観視(のフリ?)。

また、ドイツの財相も「ギリシャは誰が政権を取ろうが、自国の義務を継続して果たさなければならない」と強気だ。現在のギリシャは、人々は貧乏のどん底に落ちたが、財政収支だけを見るなら、ようやく2016年には独り立ちできるところまで行きそうだった。ここで投げ出されては、EU諸国としては、たまったものではない。

*ドイツが賠償問題をスルーできた理由

さて、そこで冒頭のニュースである。これによると、ギリシャの財務省が専門家委員会に、あることを調べさせていた。あることというのは、第二次世界大戦中に、ドイツがギリシャより借り受けた借款についてである。


中身は、ギリシャの紙幣銀行(中央銀行)がドイツ帝国と、その同盟国イタリアに対しておこなった1兆5,000億ドラクマの融資で、強制的なものであったらしい。同委員会の調べによると、ドイツの分だけでも110億ユーロになるという。ドイツは当時、戦争が終わった時点で返済を始めると約束したが、もちろん、一銭も返していない。110億ユーロは、現在極貧の小国ギリシャにとっては、けっこうありがたい金額のはずだ。


ドイツとギリシャの間には、ほかにもいろいろな係争がある。たとえば戦時賠償。

1944年夏、[ナチスの]SS(親衛隊)の選抜戦車師団が、ギリシャ中部のディストモという町で、ゲリラ攻撃に対する報復として、赤ん坊や老人を含めた218人の町民を殺している。ソ連や東欧に目を移せば、犯罪の規模と頻度はさらに拡大する。しかし、ドイツは被害者に対しては、現在まで賠償を支払っていない。

ディストモに関しては、1997年、ギリシャの裁判所がドイツに3,750万ユーロ[52億5000万円]の賠償支払いを命じたが、ドイツ政府は断固拒否し、国際司法裁判所に訴え、そんな義務はないと言わせている。国際司法裁判所は、司法の最高権威であり、ここで決まったことはもう覆せない。

なぜドイツが戦時賠償を払わないでよいかというのは、次の理由による。

戦時賠償というのは講和条約が結ばれて初めて成立するものだが、ドイツは戦後、東西に分裂したため、どの戦勝国とも講和条約を結んでいない。

当時はまさか分裂が40年も続くとは誰も思わず、そこで、賠償問題はドイツの統一を待ってからということになったが、1990年になってようやく東西ドイツが統一されたときに結ばれたのは "講和条約"ではなく、"2+4条約"(東西ドイツ2ヵ国+連合国4ヵ国の意)だった。こうしてドイツは賠償問題をスルーしてしまった。

ただ、ドイツ国軍の戦争犯罪はディストモだけではないし、ギリシャが請求できそうな戦時賠償はほかにもいろいろあると言われており、その金額はギリシャ側の推定では1,000億ユーロ[14兆円]にのぼるという。

ただ、これら戦時賠償はドイツが支払いを拒否するだろうし、時間が経ちすぎていて、国際司法裁判所でもギリシャにあまり勝ち目はない。それに比べて今回の借款[冒頭の110億ユーロ≒1兆5400億円]は、金額も慎重なもので、議論の余地なしと見られている。ドイツの経済学者などの意見も同じらしい。

最初の報告書はすでに2013年の前半に出されていた。しかし、当時、同年9月のドイツの総選挙を考慮し、ギリシャ政府はこのレポートを公にしなかったと言われている。ギリシャ政府の意向では、その後もドイツ政府とのいざこざを避けることが重要だった。

*ツィプラス氏が選挙に勝ったら、金融引き締め措置撤回?


さて、今、これが公になったことには、どんな意味があるか?1月25日にギリシャの運命を決する重要な総選挙がおこなわれることを考えれば、それこそ微妙な時期である。

ツィプラス氏がEUにお金を返さないと言っているのは、おそらく戦時中のこの借款の返金を頭に入れながらの話に違いない。これまで、気分としてはツィプラス氏を応援したくても、冷静に考えたらできないと思っていた人たちが、財源を確保できるとなると、ツィプラス氏支持にどっと流れる可能性がある。

SYRISAのスポークスマンは、「これまでのギリシャ政府がテーマとして扱わなかったことを、我々は取り上げるだろう」と言っている。それに対して左派の同盟は、戦時中のお金の借り貸しは二国間の問題で、EUの経済援助はEU全体の問題なので、両者を切り離して考えるべきだとSYRISAを牽制している。

しかし、ギリシャ人としての本音は、ドイツから取り戻せるお金があるなら、ぜひとも取り戻したいところだろう。いずれにしても、ツィプラス氏は、左派の忠告になど耳を貸さない。彼は、選挙に勝ったら、金融引き締めの措置をも撤回する意向だ。

110億ユーロというのは、小国ギリシャの国家支出の6%に当たる。そして、ツィプラス氏が、選挙に勝ったら国民に約束している給与の金融危機以前の水準への引き戻しや、解雇された公務員の再雇用、民営化の取り消しなどといった施策にかかる経費をちょうどカバーしてくれる額だそうだ。

ギリシャは2010年に金融危機が始まって以来、EU加盟国とIMFより、2,000億ユーロ[28兆円]の援助を受けている。うちドイツの負担したのが650億ユーロ[9兆1000億円]で最大。

しかし、ドイツ政府内では、今、にわかに、ギリシャにおこなった援助の返済を免除しようかという話が持ち上がっているという。戦時中の借款の返金の話が、それに関係しているのかどうかはわからない。

しかし、ひょっとすると、ナチが強制的に融資させたのは、ギリシャだけではないのかもしれないので、政府がこの話は早いうちに押しとどめないと大変なことになると思っている可能性はある。

日本は戦時賠償などというと、払わなくてもよいものまで払ってもまだ責められるが、ヨーロッパでは、脅すほうもかわすほうもとにかく役者がそろっているようだ>(以上)

ま、“希独の銭闘”だな。ギリシャでは銀行の取り付け騒ぎが始まったようだ。

ところで「ドイツは賠償問題をスルーした」というのはどういうことだろう。戦時賠償について調べてみた。

<戦争賠償(戦時賠償とも)は、戦争で生じた損害の賠償として、ある国が他の国へ金品や資産を提供すること。

多くの場合賠償金の形を取る。賠償する対象は戦勝国の費やした戦費も含まれ、戦争法規違反には限らない。よく似た概念語として「戦後補償」があるが、一般に戦争賠償は国家間、戦後補償は国家対個人の賠償・補償を指す場合に使われる。

1949年、ドイツには二つの分断国家、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)と、ドイツ民主共和国(東ドイツ)が成立し、正当な継承国が決定されない状況下のため賠償問題の解決は統一後まで一時棚上げされることになった。

1990年9月12日のドイツ最終規定条約により、ドイツの戦争状態は正式に終了した[東西ドイツ統合は1990年10月3日]。しかしこの条約には賠償について言及された点は存在していない。

このため統一後のドイツ連邦共和国はドイツの戦後問題が最終的に解決されたとしており、法的な立場からの賠償を認めていない。ただし、道義的な立場としての賠償は行っている>(ウィキ)

「(第一次大戦後)ヴェルサイユ条約でドイツに課せられた膨大な賠償金がドイツを再び戦争へと向かわせたことへの反省から、(連合国は)できる限り在外資産を没収する形での賠償をさせようという方針がとられた(第二次大戦後のドイツにも同様の措置がとられている)」という記述もあるから、上記のウィキの内容は賠償金についてのものだ。

日本は賠償金、準賠償金、見舞金、経済援助金、在外資産放棄などで賠償した。さらにODAで貢献した。「ユスリタカリも芸のうち」で中韓はまだ金を吸い取ろうとしているのには呆れる。

日本人は人が良すぎる。狡猾さ、セコさ、寝技、腹黒さ、ブラフなどを学んだ方がいい。特亜には研究対象があふれている。(2015/1/17)


2015年01月19日

◆難民来襲という恐怖に備えよ

平井 修一



川口マーン 惠美氏の論考「大型化した密航船は大晦日も元旦もEUを目指す 暴利をむさぼる密航あっせん業者、後を絶たない難民の対策で対立が深まるEU諸国」(JBプレス1/14)から。

<12月30日、モルドバ船籍のボロ貨物船「ブルースカイM」号のSOSを受けたとき、ちょうどイタリアの沿岸警備隊は大わらわだった。28日にアドリア海で火災を起こしたフェリー「ノーマン・アトランティック」号の乗客の救助が、荒海の中で40時間にもわたって続けられていたのだ。

*シリア難民を満載して地中海を暴走した貨物船

しかし、ブルースカイM号の方も、放っては置けなかった。最初の情報では、その貨物船には1000人近くの難民が乗っているばかりか、船の舵は自動操縦モードに設定され、船員なしで、アドリア海をイタリア東海岸の岸壁に向かって突き進んでいるということだった。船を止めなくては岩礁に激突する。

沿岸警備隊は慌てて駆けつけたものの、時化ていたため、救助は困難を極めた。ブルースカイM号に船を寄せることができず、ヘリコプターで空から6人の隊員を甲板に下ろした。

そして船のエンジンを停止し、固定されていた舵を解除し、航路を変更し、ようやくエンジンを再スタートすることができたときには、すでに岩礁まで8キロという地点だったというから、まさに危機一髪であった。31日の朝3時半に、ブルースカイM号は、無事にガリポリ港に入港した。

後の調べによると、乗っていた人の数は768人で、ほとんどがシリアからの難民だった。彼らは密航業者に1人当たり4500から6000ユーロ(約63万〜84万円)ものお金を払って、シリア国境からほど近いトルコの港で老朽貨物船に乗り込んだ。雇われ船長はやはりシリア人で、1万5000ドル(約177万円)の報酬と、家族を乗船させるという条件で操縦を引き受けた。

最終的に、船長も家族とともに難民としてイタリアに逃れるつもりだったらしく、密航業者との打ち合わせ通り、沖合で船の操縦を放棄し、自動操縦をセットして難民の中に紛れ込んだ。その瞬間から全員が、荒海を勝手に突き進む船と運命を共にすることになったのだった。

実は、その前日の午後、不安を覚えた難民の1人がギリシャ警察にSOSを送り、船が重武装した人間に操縦されていると報告したという。それが本当なら、最初は、密航あっせん業者の一味が同乗していたのだ。

港湾警察の発表では、通報を受けた後、ヘリコプター1台と巡視船2隻、フリゲート艦1隻を派遣し、コルフ島沖でブルースカイMを点検したが、何も異常はなかったので、航行を継続させたとのこと。しかも、公海に出るまで、フリゲート艦で護送までしたという。

ただ、難民が無事救助されたあと、船長がつかまり、事情聴取をしたところ、話はだいぶ違ってきた。

船長によれば、嵐を避けるため船をコルフ島の近くに避難させていたとき、ギリシャの港湾警察から無線が入った。しかし、船長が「何も異常はない」と言ったら、嵐にもかかわらず、すぐにイタリア方面に進路を取るように促されたという。

いずれが正しいにせよ、このニュースにドイツ人を始め、EUの住人はメチャクチャ腹を立てた。貨物船が768人もの人間を積んでいたのに、何も異常はなかったとするのは、ギリシャの警察が密航あっせんの犯罪組織とグルになっているとしか考えられない。

ギリシャは賄賂の横行する国として名高いが、経済の破綻でこれだけEUの他の国に迷惑をかけ、援助を受けているのだから、少しは規律が締まってきたかと思っていたのに、「何も変わっていないではないか!」

*押し寄せる難民を助けざるを得ないイタリア

ところが、厄介はこれだけでは終わらなかった。そのあくる日の元旦、イタリアの沿岸警備隊にまた通報があった。今度はシエラレオネ船籍の「Ezaleen」号が、難民450人(実際は360人だった)を乗せたまま、イオニア海で漂流しているという。難民の1人が、船員が逃走したとSOSを発信したらしい。

スカイブルーM号とは違い、Ezadeen号は動いていなかった。燃料切れか、故障かはわからないが、まるで幽霊船のようにただ流されていた。同船は3日の日、イタリア沿岸警備隊の手によって、ようやくカラブリア州(長靴の先っぽ)の港に到達した。

この立て続けに起こった2件の遭難騒ぎで、EUの難民問題は新たな局面を迎えた。船でアフリカからやってくる難民は、今までもほぼ全員、密航をあっせんする違法業者によって、危険な船で危険な海に送り出されてきたが、その手法が急激に変わったことが確認されたのだ。

これまでは主に、漁船や、大きなゴムボートが使われていたが、まず、去年の秋ごろより船が巨大化した。

今回のスカイブルーM号もEzaleen号も、築4、50年のボロ船で、しかもEzaleen号は家畜運搬用の船だったが、ともあれ、今までは、リビアからイタリア領としては最短のランベドゥーサ島へ向かうぐらいしかできなかった難民船が、シリアからイタリアへ直接人を運べるようになった。

しかも、一度に何百人も積めるのだから収入が莫大。そのうえ、冬でも航行が可能だ。1人5000ユーロというのは、東京ドイツ間のビジネスクラス往復の飛行機代よりも高い。いまや巨大ビジネスだ。

そこで、たいていのあっせん業者は、沖合に出たところで、自分たちだけ小型のモーターボートなどで逃走し、遭難のSOSを出し、あとはイタリア海軍に救助させるという方法を取るようになった。

安い老朽貨物船なので、船など放棄しても暴利は残る。ひどい業者になると、船を故意に壊したり、乗客を海に飛び込ませたりして、イタリア海軍が難民船を追い返せないようにしていたという。

EUのジレンマは、イタリア軍が救助をするから、それを当てにしたこういう手法が成り立つという事実だ。とはいえ、イタリアとしてはもちろん、助けないわけにはいかない。

EUでは、難民の保護や、その後の審査は、難民が入国した国の管轄であると決められている。ただ、地中海を渡ってくる難民のほとんどがイタリアに流れ着くのだ。結局、難民救助が、そうでなくてもお金のないイタリアの手に負えなくなってしまって、すでに久しい。

また、努力しても救助の追い付かないときもある。一昨年10月、難民船が火災を起こして沈没し、360人もの人間がランペドゥーサ島の近くで溺れ死んだとき、EU市民のショックは大きかった。イタリアはそれ以来、前にもまして、救助に力を入れなければならなくなった。探して助けるという状態が、常に続いた。

それから14カ月、イタリア当局が遭難から救った難民の数は、17万人に達する。難民収容所は、すでにパンクし、イタリア当局は途方に暮れている。しようがないから、どんどん、イタリアを通過させて、北に送り込む。難民の希望国はどのみちイタリアではなく、ドイツやスウェーデンなのだ。

もちろん、ドイツとスウェーデンはそれが気に入らない。結局、EUの間では、難民支援とその経費の分担を巡って、ずっと激しい対立が続いていた。いずれにしても、密航者は後を絶たない。

*巨大なビジネスになった密航あっせん

これほど遭難の危険が大きいのに船に乗り込むということは、祖国に留まる危険がそれに拮抗して大きいという証拠だ。もちろん、海の藻屑となった人たちも相当数に上るだろう。今、シリア人の命は、恐ろしいほど軽い。

一方、密航のあっせんは巨大な黒いビジネスだ。なぜ、こちらの方を取り締まれないのかというと、おそらく世界の麻薬の取引や、売春目的の人身売買を取り締まれないのと同じ理由だ。すでに大きな国際犯罪組織に成長しているからだろう。

とにかく、どうにかしなければならないということで、去年の10月31日、EUの欧州対外国境管理協力機関が重い腰を上げて、あたらしい難民救助プログラム(Triton)をスタートさせた。欧州対外国境管理協力機関とは、EUの国境警備を司る機関で、20の加盟国が装備と人員を持ち寄って運営している。

Triton作戦をスタートする本当の原因は、イタリア海軍があまりにもたくさんの難民を救い過ぎ、密航あっせんの犯罪者たちのモチベーションを異常なまで高めてしまったから、それを是正するためだと言われている。

とはいえ、ブルースカイM号やEzaleen号のように、SOSが入れば放っておくわけにはいかないから、欧州対外国境管理協力機関の希望は達成できるかどうかわからない。

大きな貨物船に乗っている難民は、食い詰めた人々というより、かつては財産を持ち、豊かに暮らしていた人たちも多い。そうでないと、1人5000ユーロなど払えるわけがない。

彼らの祖国は荒れ果て、安全に生きていける場所がなくなってしまった。
だから、この寒空に、身一つでボロ船に乗り、未知のおぼろげな陸地に向かって荒海に乗り出す。この悲劇が、ヨーロッパの目と鼻の先でしょっちゅう起こっている。

しかし、そこまで追い詰められた人の感情や苦悩を、私はうまく想像することができない。助けられた人々の、険しく、絶望的な表情を見ると、ふと、思考が麻痺したようになってしまう。特に幼い子供たちの姿には、私をも含めた全世界のすべての大人が彼らを裏切ったように思えて、ただ情けない。

2015年が、少しでも良い年になってほしいという願いが、年の初めから萎んでいくのは悲しいが、EUとその周辺の状況は、決して楽観できない状態だ>(以上)

中東やアフリカの少なからぬ国がイスラム原理主義者により破壊されている→ 危険な祖国から逃れる難民が欧州に上陸する→ 移民一世はともかくも二世、三世は欧州社会に同化できずに苛立ちを募らせる→ 原理主義テロリストに賛同してテロや戦闘で欧州のみならず世界を破壊する。

残念ながら世界はこういう流れになっている。

中共の国土の荒廃は著しい。土壌、河川、海洋、空気は回復不能なほど汚染された。政治は野蛮な独裁で、「習近平の24字」、すなわち「富強、民主、文明、和諧、自由、平等、公正、法治、愛国、敬業、誠信、友善」とは裏腹の状態だ。経済も下降し始めた。

中共は亡国に向かっている。

中共の権力闘争が武力闘争に転じれば、難民と化した多くの人々が海を渡ってくるだろう。どこに向かうのか。まずは日本しかない。それから米国、カナダ、豪州などへ向かうかもしれないが、欧州でのイタリアの役割をアジアで演じるのは日本である。イタリア、欧州の今日の苦悩は明日の日本の苦悩である。対策を講じる必要がある。(2015/1/16)

◆「宗谷」とその乗組員たちは

伊勢 雅臣



■1.「こんな格好悪い船に乗るのか、、、」

医大を卒業し、海軍の軍医になった並河潔は、昭和19(1944)年に横須賀にやってきた。乗艦する艦名は直前まで分からない。軽巡洋艦「阿武隈」が停泊していたので、これか!と喜んだのもつかの間、命ぜられたのは、その横にいた小型でヘンテコな型の「宗谷」だという。「こんな格好悪い船に乗るのか、、、」 心底がっかりした。

砕氷船型の丸い船底のせいか、ゆれが凄まじい。しかも、石炭で走るため、8ノットしか出ない。乗組員は「四十八ノット」ならぬ「始終八ノット」と評していた。通常の艦隊の速度の半分で、目的地まで倍の日数がかかるため、常に「我艦足遅シ、先ニ洋上ニ出ズ」と信号を掲げて、船団より先に出発しなければならない。

「軍艦」とはほど遠い艦に任ぜられて、落胆するのは「宗谷」乗艦を任ぜられた者が誰でもの事であったが、この落胆が、計り知れない幸運だったと感じるようになるのも、また常であった。

昭和20年6月、「宗谷」は「神津丸」「永観丸」とともに、横浜港で飛行機生産用機材を積み込み、朝鮮の羅津(らしん)港に運ぶべく、岩手県三陸海岸沖を航行していた。すでに日本近海も制空権、制海権ともにアメリカに奪われており、「特攻輸送」とも呼ばれていた。

「敵潜水艦を発見!」と「宗谷」から知らせようとした瞬間、轟音とともに大きな水柱が空中につきあがり、「神津丸」が真っ二つに割れて轟沈した。ばらばらになった遺体や船体の一部が浮き上がってきた。再び、轟音がとどろく。「永観丸もやられた!」


■2.「これで黄泉(よみ)の国に行っても、『宗谷』に乗れます」

「宗谷」は爆雷攻撃を開始。ズンという鈍い爆発音が響く。「成功だ!」見事、敵潜水艦を仕留めた。

すぐに生存者救助のために、「宗谷」からカッターが降ろされた。波間に漂う浮遊物や死体をかき分け、生存者を救出する。並河はたった一人の軍医として、次々に運ばれてくる瀕死の負傷者の救命作業にあたった。一刻を争う、まさに修羅場であった。

自身の手ひとつに、目の前の名も知らぬ兵隊の運命、その親、その妻、その子の運命までが懸かっている。自分は彼らの最後の望みの綱だ。そう思うと、何としてもここで命をつなぎ留めなければならない。その必死の思いで救命にあたった。

この修羅場を乗り切ったことが、並河の医師としての原点となった。戦後、内地に戻って間もなく、財産をはたいて5千円の自転車を購入し、山をいくつも越えて患者の治療に奔走した。その志を教えてくれたのが「宗谷」だった。

医師を引退した時に、寺に頼んで『宗谷院医王潔海居士』と、「宗谷」の入った戒名を貰った。「これで黄泉(よみ)の国に行っても、『宗谷』に乗れます」と並河は言う。


■3.「『宗谷』の強運は先人たちの苦労の結晶だったのだ」

「宗谷」は昭和13(1938)年2月16日に進水した。川南豊作(かわなみ・とよさく)という青年実業家が、長崎で閉鎖されていた造船所を買収して、初めて竣工した船であった。川南は「会社の金も、自分の金も、国のものである」が口癖で、常に「日本を良くしたい」という報国の志を抱いていた。

また、買収した造船所の前社長・松尾孫八を顧問に迎え入れ、「松尾造船所」と命名して、男泣きに泣かせるような、人情を持っていた。

そうした志と人情の中で建造された「宗谷」は、よほど精魂込めて造られたのだろう、それから30年後に南極観測船として改造された際の監督官・徳永陽一郎はこう語っている。


「宗谷を改造するために、ばらして中身が露わになった時、目を見張ることとなった。あまりにも立派に造られており、「宗谷」の強運は先人たちの苦労の結晶だったのだと、そのときはっきり分かった」。[1,p147]

「宗谷」はもともとはソ連からの注文で、砕氷型貨物船として建造された。しかし、進水後もソ連はいろいろ文句をつけて引き取らない。そのうちに、海軍が目をつけて、ソ連と話をつけ、測量艦「宗谷」として使われるようになった。


■4.「『宗谷』のように、何があってもくじけずに生きよう」

「宗谷」は千島列島や樺太周辺の測量に従事し、また開戦後はサイパンなど南洋での水路調査に活躍した。最前線の南洋で、浅瀬や防潜網、機雷などを正確に記述した海図を作り、艦船の運行を助ける。敵の偵察機も「宗谷」の測量を妨害しようと、爆弾を落としていくこともしばしばだった。

昭和19(1944)年2月、連合艦隊司令部のあるトラック島に停泊していた際に、米軍機延べ450機もの空襲に襲われた。魚雷攻撃や爆弾投下で、目の前の僚艦が次々に撃沈されていく。

一番砲手の八田信男は、仲間と共に敵機を狙い撃つが、傍らの仲間は次々と機銃掃射で斃れていく。甲板は肉片の飛び散る血の海と化した。八田も肩と両足に銃弾を受け、その場に倒れた。

「宗谷」は回避行動をとったが、その途中で座礁してしまった。夜を徹して、離礁作業を行ったが動けない。銃弾を撃ち尽くし、身動きもとれない状態で、やむなく「総員退避」の命令が下された。

翌朝、鎮まり返った湾内は見るも無惨な光景だった。沈没した艦船は50隻に達した。しかし「宗谷」だけがポツンと浮かんでいた。自然に離礁して、乗組員を待っていた。「なんてやつなんだ、、、」 乗組員たちは目に涙を浮かべて、狂喜した。

艦の状態を調べてみると、損傷は少なく、航行に支障はない。ただちに負傷者たちを乗せて、内地に向かった。大怪我を負った八田もそのうちの一人だった。

八田は敗戦後も、足の痛みを隠して、必死に働き、小さなスーパーを営むようになった。八田を支えたのは「宗谷」の存在だった。「『宗谷』のように、何があってもくじけずに生きよう」という想いが、八田を支えてきた。


■5.「『宗谷』に戻って、引揚輸送をしよう」

中澤松太郎は砲術学校を出て、昭和19(1944)年11月から「宗谷」に乗艦した。その頃、「宗谷」には“不沈船”神話が生まれていた。艦内に祀られている「宗谷神社」のお陰とも言われていた。

 しかし、砲術長の萩原左門中尉は「鬼の萩原」とあだ名された「猛者(もさ)」。「そんなものをあてにするな! 信ずべきは日頃の訓練のみである!」と朝晩、訓練に次ぐ訓練で鍛えられた。

冒頭の三陸沖での戦闘でも、いち早く敵潜水艦を見つけたり、爆雷で仕留めたりしているのは、そうした猛訓練の成果だろう。“不沈船”神話の陰には厳しい訓練で鍛え上げた乗組員の技量があった。

終戦後、中澤は郷里の長野県の実家に戻ったが、両親から二人の兄の戦死を告げられた。「兄さんが、、、そんな」と中澤は絶句した。ただ一人残った自分が両親を支えなければならない、と決心した。

9月のある日、ラジオ放送から聞こえてきたのは「宗谷乗組員は浦賀擬装事務所に集合せよ」という放送だった。海外に残っていた邦人は、軍人・民間人あわせて7百万人に上り、その引き揚げのために残存していた海軍艦艇132隻が動員された。「宗谷」はその中の一隻だった。

「宗谷」に戻る事は強制ではなかったが、外地に残されたままの人びとの苦しみをよそに自分だけが暖かな床についていることを、2人の兄はどう思うだろう、と中澤は考えた。長い逡巡の末、「『宗谷』に戻って、引揚輸送をしよう」と決心した。老父母の顔をまともに見る事はできないまま、故郷を後にした。


■6.「あと少しで内地ではないか」

中澤が「宗谷」に戻ると、狭い船内も、よく揺れる足許も、全てが「我が家」のように思えた。しかし、1ヶ月足らずで、引揚船に仕立てなければならない。

機械類を点検し、多数の引揚者を収容する部屋を作り、食料や毛布などを仕入れる。引揚船となった「宗谷」は、日本中の留守家族の期待を背負って、10月に浦賀から出港した。占領軍の命令で、軍艦旗も日章旗も禁じられていた。

日本近海は米軍の敷設した磁気機雷が無数に浮遊していた。せっかく日本近海まで戻ってきた引揚船が機雷で沈没し、亡くなった人も多くいた。しかし、磁気機雷が国際条約に違反していることから、米軍はその公表を禁じた。

日本近海が安全に航行できるようになるまで、海上保安庁の掃海作業が多くの殉職者をだしながら、7年間続けられた。[a]

「宗谷」がフィリピンから1千2百キロほどの西方海上にあるヤップ島に到着すると、駐屯していた陸軍兵士が乗り込んできた。栄養失調のため、戦友の肩を借りて歩く者が多い。デッキに上がった途端に感極まって嗚咽する姿もあった。その光景を見て、中澤はそれまでの苦労が吹き飛ぶ思いだった。

しかし、極度の栄養失調から、米を食べて亡くなってしまう兵士もいた。その遺体を水葬に付すのも中澤たちの仕事だった。

10月24日、水平線上に富士山の姿が見えた。「富士山だぞー!」と船内はどよめいた。その瞬間に甲板上に倒れた兵士がいた。中澤は「おい!しっかりしろ!」と抱き起こしたが、すでに事切れていた。「あと少しで内地ではないか」 中澤は悔しくてたまらなかった。

「宗谷」の引揚任務は、グアム島、トラック島、上海、台湾、ベトナム、樺太、北朝鮮などに及び、3年間で約1万9千人の人々を祖国に迎え入れた。


■7.「海のサンタクロース」から南極観測船へ

「宗谷」は昭和25(1950)年からは、創設されたばかりの海上保安庁に移籍し、灯台補給船となった。人里離れた岬などで暮らす灯台守りの一家に、火を灯す燃料や機材、暖房用の石炭、日用雑貨などを運ぶ仕事である。

遊ぶ相手もいない子どもたち向けの絵本やおもちゃも積んであり、家族揃って、その日の夕食は船でご馳走になる。毎年1回やってくる「宗谷」は「海のサンタクロース」だった。

昭和30(1955)年、「宗谷」は南極に赴く事になった。その年9月にブリュッセルで開催された第2回「南極会議」で、日本は南極観測計画に加わりたい、と手を挙げたのである。

戦前から我が国は白瀬探検隊による実績を持っていたが、戦争中の恨みを抱くイギリスやオーストラリアから「日本は、まだ国際社会に復帰する資格などない」という発言があった。それを跳ね返しての参加である。松村謙三文部大臣も「戦争に敗れ、意気消沈している時、こういうことをやらねばだめだ!」と後押しした。

「宗谷」を南極観測船に大改造するには多額の費用がかかったが、朝日新聞社が1億円を寄付すると共に、広く国民に募金を呼びかけ、小中学学生も参加して、1億4500万円もの募金が集まった。

「宗谷」の船出を見送った鳥居辰次郎・元海上保安庁長官は、『宗谷の思い出』でこう述べている。


「(「宗谷」は)その当時敗戦に打ちひしがれた無残な日本を甦らせ、一般国民、殊に青少年を鼓舞し、新生日本に立ち上がらせた精神高揚に、どれだけ貢献したことか」[1,p154]

■8.「海の守り神」から最後のご奉公へ

「宗谷」は昭和37(1962)年、第6次南極観測から帰国して、観測船としての使命を終えた。すでに国民的な存在となっており、しかも船齢26年となっていたが、すぐに次の任務が与えられた。北海道配備の巡視船として、流氷に閉じ込められた漁船などを救う任務である。

昭和45(1970)年3月16日には、択捉島近辺で操業していた漁船19隻が流氷群に閉じ込められた。11隻はなんとか脱出したが、7隻は巨大な流氷に前進を阻まれ、風速30メートルの猛吹雪の中で2隻が転覆、5隻の乗組員は流氷を伝って、択捉島に脱出した。

この時に助けられた84人の生存者の一人はこう語っている。

「迎えの船がいつ来るのか不安だった。だから「宗谷」が来ることを知らされたときの喜びは大変なものだった。厚い氷をばりばり割って進んでくる大きな姿をみたとき、思わずジーンとなった。

釧路に入港するまでわずか1日の乗船だったが、すぐに入れてもらった熱い風呂と炊きたての御飯のうまさ。なによりも乗組員の心のこもったねぎらいを今日も忘れない」。[1,p158]

北方巡視船として、「宗谷」は16年間活躍し、救助した船は125隻、人数は約1千人に及んだ。いつしか「宗谷」は「海の守り神」と呼ば れるようになっていた。

昭和53(1978)年、船齢40歳に達した「宗谷」は巡視船の役目を終え た。最後の「サヨナラ航海」で14の港を回ったが、全国で総計11万人の人々が見送りにやってきた。当初はスクラップ化される予定だったが、 全国から「宗谷」を永久保存しようとの声があがり、11の自治体から陳情があった。

今、「宗谷」は東京お台場の「船の科学館」で見学者を受け入れている。「宗谷」を見て、海洋大国としての日本の未来を開こうという志を抱く青少年も少なくないであろう。「宗谷」最後の使命である。


■リンク■

a. JOG(692) 機雷除去に命をかけた男たち(上)
 終戦直後、機雷で封鎖された各港を開くべく、掃海隊員たちは人知れ
ず、決死の作業を続けた。
http://blog.jog-net.jp/201104/article_1.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 桜林美佐『奇跡の船「宗谷」』★★★、並木書房、H23
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4890632816/japanontheg01-22/