2016年12月24日

◆天皇退位問題そのA ―女性天皇、女系天皇―

山崎 力 (安保政策研究会理事)

退位問題と関連して、天皇・皇室の制度に関し、もっと深刻なのが、女性天皇・女系天皇の問題です。

 最初に、女性天皇と女系天皇の相違について、一般の方々はどの程度おわかりでしょうか。かなり少ないのではないかと思います。
 まず、女性天皇は、言葉通り性別が女性の天皇です。これは、どなたでも理解できると思います。
 
問題は「女系」です。理解しやすくするため、まず反対の「男系」について点検することにします。男系天皇の場合、父方の男親、つまり今上陛下から始めると、父・昭和帝−祖父・大正帝−曽祖父・明治帝・・・とたどると、天皇になられなかった男性も含めて、すべて男性の血でつながった天皇が、最後は神武天皇に行きつきます。それが男系天皇といわれます。
 
一方、女系天皇は、ずっと女親が天皇の血筋という意味ではありません。男系天皇の血が途切れたのちの天皇の意味です。つまり、ある女性天皇と天皇家の(男系の)血筋でない男性とのお子様がなられた天皇ということになります。

  仮定の話として、将来、もし、女性が天皇になられれば、父の天皇陛下は男系ですから、この方は女性天皇であり、かつ男系天皇です。
 この女性天皇が結婚され、お子様が天皇になられると男系の血が途切れるので、お子様が男子でもその天皇は女系天皇になります。時の天皇が男性か女性かは関係ありません。

歴史を見ると、女性天皇は、これまで飛鳥から奈良時代に6人8代、江戸時代に2人おられますが、女系天皇はおられません。
 また、皇后から天皇になられた女性天皇以外、結婚された女性天皇はおられません。生涯独身が江戸時代を含め、不文律となっていましたし、明治以降は皇室典範で男系が定められています。
 
皇室を取り巻く現状は、現行法制のままでは悠仁親王に男子が誕生しなければ、男系天皇制は続きません。小泉内閣時代、女性、女系天皇問題が論議されましたが、悠仁親王誕生と同時に、小泉総理が議論をストップしたことは、記憶に残る方も多いでしょう。
 さりとて、憲法上も特別な位置づけになっている天皇、皇室制度の根幹は、その連綿とした男系の血のつながりにあり、日本特有の伝統文化、歴史を育んできました。

そこに、天皇家、皇室の他に類のない崇敬の源を感じておられる方々が多いのも、また事実として認めなければなりません。そして、皇室制度はいま存続の大きな危機に直面しているのです。
 
これが現状です。

 過去にも、何回か男系断絶の危機がありました。
 古代ですが、第26代継体帝の際は、高祖父が第15代応神帝の息子という血筋でした。皇族から一度出家された方が皇族に戻られ、天皇になられた例さえあります。
 
その際の「知恵」は、その天皇の皇后に内親王がなられ、それまでの皇室の血も保たせていたことです。その「知恵」を引用すれば、皇族の女性と、臣籍降下された旧宮家男系の男子との婚姻で、新宮家を創立、(皇族に復帰した)男性に、皇位継承権を持っていただくということは、現皇室典範の立法趣旨を大きく外れることなく、可能ではないかと私的には思っています。
 
勿論、実現には個人の意思も関係して、困難極まると思いますが、現行制度のままでは、将来、皇族は悠仁親王(御一家)と独身の女性のみになってしまうことは確実です。悠仁親王以外の男性のいる宮家が増えることは、将来の皇室の安泰からも、良いことではないでしょうか。(元総務副大臣)

2016年12月23日

◆天皇退位問題:その@―修正

山崎 力 (安保政策研究会理事)
 


天皇陛下が、ご自身の象徴としてのお務めについてのお気持ちをビデオメッセージの形で国民に示されたのが、平成28年8月8日。憲法や皇室典範などへの配慮から、「象徴としてのお務め」という表現がなされていますが、誰の耳にも「退位」についての問題提起と受け止められました。
 
政府も放置はできず、「天皇の公務負担軽減等に関する有識者会議」を発足させ、対応の検討に入りました。29年1月をメドに、結論を出す方針が示されています。
 
この問題に関する一般の方々の正直な気持ちは、陛下も高齢になられ、お仕事は体力的にも大変だと察せられます。世間一般で言う「隠居」なされて、皇太子様に新天皇になっていただきたい・・・といったところではないでしょうか。

 こう考えると、まあ妥当な結論かなという印象を受ける方が多いと思われますが、実は大変な課題を抱えた難しい問題です。

 まず第一に天皇陛下の退位(譲位)は、現行(明治以後)の皇室典範では許されていません。とすれば陛下のお言葉は、天皇の政治(=立法)活動を禁じた現行法制下では問題が生じないかという懸念があります。
 
第二に、陛下の海外旅行や急病などの際、臨時に代理をたてる仕組みはあります。また、長期的に無理ということならば、摂政を置く仕組みにもなっています。
  
陛下の問題提起は、現行制度では、退位は認められず、身を引いて摂政をたてるか、“お仕事”を縮小、分散するかということになっているが、退位を認めてもらえる制度について国民はどう思うのか、という内容でしょう。

単に陛下がご高齢になり、現状の“ご公務”が辛くなっているだけの問題なら、解決策は、@誰か他のしかるべき方にしていただくA公務自体を減らす−のいずれかで対応できますから単純なことです。
 
しかし、多くの国民は、@もAも望んでおりません。
つまり、この問題の最大のポイントは、陛下のお気持ちも、国民の思いも、現行法制度と食い違いがあることです。率直にそれを認めて、陛下のお気持ちに沿い、国民の願いの叶(かな)った、そして、現行法制の趣旨にもはずれない良い結論を得る努力が必要です。


 次いで「摂政」について考えます。まず、現行法制では天皇が未成年である場合を除き“お元気”な場合に摂政を置く形にはなっていません。つまり、陛下と摂政が役割分担して、仕事をしていく制度になっておりません。今上陛下が摂政に対し忌避感をお持ちのようだと伝えられる大きな理由です。

思い当たるのが、大正天皇がご不例で、当時皇太子だった昭和天皇が摂政になられた事例です。摂政殿下(昭和天皇)は、晩年、大患の折にも摂政設置を何一つ言及しなかったことが、一端を示している気がしてなりません。
 
父・昭和天皇の思いを、今上陛下は強く感じ取られていないはずがありません。やはり摂政は、本来、まだ年少の天皇を補佐する役割と考えておられるのでしょう。従って、退位(譲位)がお気持ちを尊重する唯一の道と思われます。

 今回の陛下の退位への希望に、多くの国民は、理解を示していると思われます。
 
この退位問題は、明治憲法下の皇室典範をどうするかで大議論がありました(高輪会議)。当時の伊藤博文総理大臣が、譲位を認める他の論を押し切り、認めないとしました。理由は、天皇の政治利用を防ぐためと言われています。明治以来の難題ですが、方向性を大きく二つに分けて、どちらを採るか、誰の責任で採るかを検討すると先が見えてきます。
 
一つは、皇室典範の扱いを、歴史を持つ天皇家の“家族内法”として位置付け、退位は皇室会議等の議論に任せるという選択であります。当然、憲法との関係、あるいは、時の天皇のお考えで、これまでの伝統を変更するといった“不安定化”が生じる懸念について、国民が許容するかどうか見極める必要があります。

 もう一つは、やはり皇室典範を改正して、今上陛下のみならず、今後の恒久的制度として、高齢による退位(譲位)を、ご自身の発意を条件に認めることです。私自身は、最も多くの方に受け入れやすいのではないかと思います。勿論、伊藤博文が心配した退位後の前天皇(上皇)のありようなど諸課題は少なくありませんが、女性、女系天皇の課題に比べれば、方向性は出しやすいのではないかと考えます。(元総務副大臣)

2016年12月22日

◆焦る反日勢力:安倍潰し

MoMotarou



プーチン来る。日本のマスコミは中韓・在日の支配下影響下にあるから、
報道姿勢は「反安倍」の立場になりやすいものだ。「北方領土に進展がな
かった」という表現は“失敗”のイメージを増幅させるには絶好だ。考えて
みれば、“そう簡単に帰ってくるはずがない”というのが平均的日本人の
「常識」だろう。だから「反安倍」の勢力はガッカリした事間違いナ
シ。。(笑)。

■「いい湯だった」(プーチン)

ロシアにしてみれば、「竹島」一つ取り返さず、「尖閣諸島」さへ侵略か
ら守れず、国民を誘拐されても救出しない日本政府の“姿勢”には本気度を
感じません。要するに「外務省の人気取り」にしか見えないのであります。

ロシア外交のスタイルを一番的確に予測・解説したのは馬淵睦夫元ウクラ
イナ大使であります。ロシアの伝統的なスタイルは、交渉の最終段階で威
嚇を兼ねた高飛車な態度をしてくると経験から話されていました。今回は
どうであったでしょうか。日露戦争の講和会議も然り。


■「中国だけが世界ではない」(安倍首相)

この度の安倍・プーチン会談の安倍首相の狙いは、対中国・韓国・北朝鮮
に対する影響を強めるために行ったものと思えます。中国は海からの敵に
は強い(逃げまくるから)が、背後の北からの攻撃には弱い(清朝・ジン
ギスカン・ソ連等)。

 外務省と安倍首相の思いは、仮名らずしも「一致」しているとは思いま
せん。安倍首相と財務省・外務省との対立は大きいらしい。ここら辺は安
倍首相の要請で参議院議員になった青山繁晴氏のレポートの端々に出てき
ます。

■「反安倍首相」勢力の策動

反日影響下のマスメディアは「反安倍」の工作を必死でやっております
(必ずしも反日ではありません)。米軍のオスプレイ事故の報道を見ると
異常であります。しかし国民の沖縄を見る目は厳しくなって来ておりま
す。翁長沖縄県知事は中国大使の振る舞いに似てきた。

国連のユネスコ拠出金(35億円)は保留していたが出すらしい。この流
れからすると「日韓通貨スワップ」も再開されそうだ。麻生はダメだ
(度々“転ぶ”)。財務省は盛んに「お金がない」として増税を云うが、反
日外国に対する援助は減るどころか増えているような気がします。

■反安倍自民党議員に気を付けろ!

安倍首相は「内政」を注意された方が良い。動き過ぎ。「鬼の居ぬ間の洗
濯」ではないが、着々と反日国の謀略工作は進んでいる。マスメディアに
よる世論「分断工作」も激しくなっている。天皇陛下の「生前退位」報道
もこの流れの“一端”と思っている。 

常識ある日本国民の“各員奮励努力”の意識こそ日本を救う。二重国籍議員
には資格がない。

2016年12月19日

◆孤高の大統領『崔圭夏』

室 佳之



崔圭夏と書いて韓国では『チェ・ギューハ(ギュハ)』と読む。大韓民国
の歴代大統領では最も知られていない人だろう。小生も名前を聞いたくら
いで、数年前まではどんな人物か全く知らなかった。

ウィキベディアでは紹介されているもののあまり詳細な情報はない。何し
ろ在任期間は1年にも満たない。

ただ、小生の印象として、歴代の韓国の大統領の中では、最も批判されて
いない人物である。むしろ、謹厳実直というイメージが韓国内にもあると
いう。

朴槿恵現大統領がこの間、ご当地のみならず我が国でも話題に上る中、
『韓国の大統領は、みんな最後は批判されたり、悲惨な末路を、、、』と
いうレッテル付けがされている。崔圭夏への批判は、辞任当時はあったに
せよ、後世の評価は悪くないのではないか。

生い立ちを追っていくと、やはり日本統治時代を過ごされてきたことが、
その人格形成に大きく影響したのではないかとも思う。

朝鮮・韓国分野では第一人者と小生が崇める故田中明氏は、著書『遠ざか
る韓国』(晩聲社)で崔圭夏の人物像に触れている。崔圭夏死去(平成18
年10月)の時のことを数ページにわたって書かれている。

田中氏は、崔圭夏を論ずるにあたって、小林勝(昭和2年〜昭和46年)と
いう小説家を紹介される(戦後共産党員の小説家となる人)。戦前まで朝
鮮で育ったことを土台に、日本統治時代を舞台にした小説を多く手掛けて
いる。

その作品の一つ『日本人中学校』に、若き日の崔圭夏が登場する。東京の
師範学校から韓国南部の大邱(テグ)の中学校に『梅原健太』なる英
語教師が赴任して来る(実際の崔圭夏の日本名は梅原圭一だった)。垢抜
けていて流暢に英語を話し、生徒を魅了する。

しかし、梅原先生が実は朝鮮人らしいという噂が流れ始める。いよいよ朝
鮮人だと確信すると、ある日、1人の生徒が黒板に『講談 新・鴨緑江節
一龍崔貞山』と書き、『崔』の字の脇に二重丸を付け加えて、梅原先生が
来るのを待っていた。

いつものように軽快な足取りで、教室へ入って来た梅原先生が、黒板の字
を見るなり、様子が一変し、震える声で、『ぼくが、君たちに、何かした
かね、、、、』と発し、以後、梅原先生は中学校から姿を消してしまう。

小説では、あたかも著者の小林勝自身が崔圭夏の生徒だったように書か
れているが、実際は小林の兄の体験談をもとにしているのだそうだ。

小説を紹介した前述の田中氏は、小説の舞台と同時期(昭和10年代)に京
城で学校生活を送っていたが、京城では朝鮮人が級長をやっていたという
ほどで、こんなあざとい悪戯は考えられなく、同じ日本人として腹立たし
かったと記している。

中学校での一件の後、梅原先生こと崔圭夏は満州に飛び、大同学院へ入
学、戦後は外交官としてコツコツと実務をこなし、いつしか朴正熙の信任
を得て国務総理を担うまでになる。

すると、突然の大統領暗殺事件が起き、自動的に大統領代行となってしま
う(1979年10月)。余談だが、突然一国のトップとなるところは、どこか
同世代の李登輝元台湾総統の境遇に似ているような感じがしてしまう。

しかし、李登輝元総統がその後確固たる政治力を発揮したのとは反対に、
崔圭夏大統領は、実質的な権力をほとんど持たされないまま、いつしか全
斗煥に大統領の座をあけ渡す。

田中氏は崔圭夏の境遇を、政治家としての資質を持たないのに、政治力
を最も振るわなければならない時に最高権力者となってしまったのは悲劇
と評している。

しかし、大統領を辞してからは、在任中のことを一切弁護、反論せず唯々
沈黙を守り、回顧録を書くように促されても全てを断るほど、その個の強
さは際立っていたと田中氏は評す。

人物像としての崔圭夏には肯定的なエピソードがいくつも残ってい
る。公務員の昼食が贅沢だと朴正熙が警告すると、早速翌日から自ら弁当
を持参して登庁した。

現場第一主義で、鉱山視察の際は、坑夫の苦労をねぎらい、以後自宅では
決して石油を使わずに、練炭で過ごすことを約束し且つ生涯実践した。
在任中から寝たきりの妻の介護を実践していた。

同族意識の強い民族の中で、スキャンダルと全く縁のない崔圭夏の存在は
異色で、そういった根っからの清廉な人柄に朴正熙も惹かれたのではないか。

12月16日の読売新聞国際面は、『弾劾 検証韓国 ’’歴代政権不正絶え
ず’’』となっているが、崔圭夏のことについては一切触れていない。
金泳三大統領以後しか触れておらず、さかの
ぼって崔圭夏まで触れてしまっては、このような題名には
出来ないだろう。現韓国大統領の朴槿恵は、父である朴正煕が重用した崔
圭夏の振る舞いを間近で見ていたはずだ。人間崔圭夏から何かしら学ばな
かったのか。

ソウルに崔圭夏の生家が、一般向けに公開されているという。インター
ネット上でも家屋の中の様子が掲載されている。元大統領は
、日本製の家電を長く愛用していたというのも興味深い。小生は忙しいの
を理由に、8年前にソウルを訪れたっきり。来年こそは渡韓して、まず最
初に崔圭夏元大統領の生家を訪ね
てみたいと個人的に思っている。

朴槿恵大統領や最近の歴代大統領ばかり嘲笑するよりも崔圭夏のような韓
国人がいたことを韓国人も日本人も記憶すべきではないか。


2016年12月14日

◆見えてきたトランプの戦略

佐藤 鴻全



(1)中国を通商で干し上げる

●トランプは、先ず中国を通商で干し上げ、その経済力と軍事力を削ぐ。
それによる返り血は、公共事業と軍拡、規制緩和、減税等による景気浮揚
と「米露同盟」を中心とした包囲網構築で撥ね返す。

●シリアとISは、当面プーチン主導に任せる。しかし中東戦略全体につい
ては今のところ示されたヒントは殆どない。

●プアホワイトを中心とした格差問題には、製造業の米国回帰で対処する
考えだが、持続的なモデルとなるかは疑問である。また、財政赤字と金利
高、ドル高への対処法も不明である。

◆ピーター・ナヴァロ◆

米国大統領選で勝利後、12月4日現在、国務長官を除きトランプ政権の陣
容が固まりつつある。

また、選挙期間中に吠えまくった「公約」も、「就任後100日行動計
画」、その他発言によって徐々に整理され、トランプの政策が断片的に示
された。

それらは未だ取りとめがなく、なかなかストーリー性のある「戦略」と言
えるレベルのものが見えないが、筆者は、来年1月の政権発足前ながら、
現時点でもいち早くトランプ政権の戦略を読み解くことは、特に今の日本
にとって先手を打って対応を立案するために必要不可欠だと考える。

そのため、示された断片を並べながら、そのパズルを解こうとしている
が、それには、経済と外交・軍事を結ぶストーリーが必要だ。

そのヒントとなるのは、ピーター・ナヴァロ(カリフォルニア大学アーバ
イン校教授)だろう。


選挙陣営から引き続き政権移行チームでも政策顧問を務め、経済、貿易、
そしてアジア政策を担当している。

ナヴァロは、トランプ陣営の中で唯一、経済と外交・軍事の双方に通暁し
ている。

その主張をまとめると、凡そ下記の通りだ。

●中国製品を購入すれば、その利益は回り回って米本土を脅かす中国軍の
兵器に化ける。中国との貿易により米国では5万社以上が倒産した。

●アメリカは中国との通商交渉でタフな(強硬な)姿勢を貫け。中国国内
での知的財産権の侵害は厳しく取り締まれ。中国からの輸入品には高い関
税を課せ。

●中国の重商主義に真っ向から立ち向かえ。アメリカに職を取り返せ。そ
して「偉大なアメリカ」を取り戻せ。

また、11月に入って「米中もし戦わば」(原題:Crouching Tiger: What
China's Militarism Means for the World)を刊行している。
https://www.amazon.co.jp/dp/4163905677?_encoding=UTF8&isInIframe=0&n=465392&ref_=dp_proddesc_0&s=books&showDetailProductDesc=1#product-description_feature_div

これらのナヴァロの主張と、示された政策の断片、12月2日のトランプと
台湾蔡総統と異例の電話会談等を混ぜ合わせてみると、トランプは、先ず
中国を通商で干し上げ、その経済力と軍事力を削ぎ、それによる返り血
は、公共事業と軍拡、規制緩和、減税等による景気浮揚と「米露同盟」を
中心とした包囲網構築で撥ね返すという戦略が浮かび上がる。

同2日のキッシンジャーと習近平の北京会談は、筆者にはこれらによる
「パワーシフト」を中国と決定的な対決を避けながら、ジリジリと行いた
いというトランプの意思表示に映る。

なお、ナヴァロには、現時点で政権の要職ポストを示されていない。
経歴を見ると、過去3回公職に立候補したことがあり(何れも落選)、決
して理論家一本でやっていこうという訳ではなさそうだが、性格や健康問
題に難があるのか?

しかし、今後、経済担当補佐官等に指名されるかも知れないが、たとえ要
職から外されても、経済と外交・軍事を跨いだシナリオが他にない以上、
筆者はトランプ政権の戦略の理論的中核はナヴァロに在ると見る。

2016年12月06日

◆英語はツール、文化はコンテンツ

Y・W



■「なぜ英語なのか?」を考えなくては

英語教育の問題を考える際に、コミュニケイションツールとして言語を考
えるのでなく、もっと深い意識下にまで影響している重要な要素として言
語を措定することを大学で学ぶ機会を得、僕は蒙を啓かれた思いがしました。

そもそも、なぜ英語なのか?英語でないと通用しないのか? その疑問を
抱くところから言葉、言語の現状と未来について考察する必要があるので
はないでしょうか。そこを飛ばしていきなり、とにかく英語は重要、英語
を身につけさせるには子供時代からの学習が望ましい…、となる。

赤子のように世の中をニュートラルに見られなくなると、疑問も感じず、
ただただ「そういうものだ」で思考停止…。

そもそも、言語の使用基準は、「郷に入ったら郷に従え」的な属地主義が
原則です。日本国内であれば、日本語を使うのが当然です。英国ならば英
語、フランスならフランス語…、です。

従って、異邦人として訪問したら、その国や地域の言語を使ってコミュニ
ケイトするのが基本原則であり、礼儀でもあります。ところが、思考停止
の日本人は、相手に合わせて(良く言えば寄り添って)言葉を選択して使
おうとします。これは属人主義的な言語選択です。

では、外国の方は日本人と同様、属人主義的に、日本人に対して日本語を
使ってくれるでしょうか?そんなことまずありません。

では、外国の方は「属地主義」で一貫しているのでしょうか? 日本国内
で暮らす我々日本人は、外国人から話しかけられるとき、いつも日本語を
用いてもらえますか?

以上の、極めて不可解で、疑問を抱く筈の言語使用の基準の出鱈目さを意
識すること無く、徒に「英語」で話せなきゃ…、はどう考えてもおかし
い。これをおかしい、と感じない「感性」がそもそもおかしいのです。
きっと麻痺しているのでしょう。


■英語の公用語化は幸せをもたらしのか?

属地主義という言語使用の大原則を蹂躙する様に、世界中で英語が当然の
ように幅をきかせている昨今の姿を平たく言えば、英語という言語による
世界侵略であり、英語植民地化の進展です。

すでに数百年に及ぶ白人キリスト教徒による植民地化で、多くの地域の貴
重な文化、なかんづく、言語が消失してきました。

いまもビジネス、という経済的価値にのみ依拠して、多くの国や地域で、
土着の生活言語を捨て、英語習得に励む人々が増え続けています。英語の
普及は、この地球上にある多様で貴重な文化や民俗、習俗の破壊と消滅を
もたらしている、という側面もあるのです。

ところで、そのように土着の母語を結果的に貶めて、英語を標準語化・公
用語化してきた国々や地域の、政治、経済、文化、暮らしぶり等々はどう
なのでしょう? 何よりも人々ひとりひとりは幸せなのでしょうか?

 英語を駆使して世界を相手にどうどうと渡り合う日本人は勿論、必要で
す。この国と国民の為に、という気持ちになれる日本なる国は、では、ど
んな人々によって成り立っている国なのでしょう。


■伝えるべきコンテンツが大切

日々、日本の文化と民俗と伝統的な営みを体現して暮らしている大多数の
日本人がいるからこそ、大切にし、守っていくに値する日本であり続ける
のではありませんか?

家族や隣近所の人が道で顔を合わせると英語で世間話をし、ハロウィーン
で大騒ぎする…、それは我々が心から「これからずっと大切に守りたい」
という気持ちに駆り立てられる日本でしょうか?

日本と日本人の為、という観点に立てば、ありふれた日常の営みを生き、
四季折々の伝統行事を大切にしながら命のリレーを営々と続ける日本人と
その文化を有するこの国だからこそ、絶対守っていこう、と心に日本への
至誠を誓えるのではありませんか?

いま、僕の住む地域では小中学生の子供たちが毎週一回、公民館に集っ
て、神楽の練習をしています。小学生から英語を学ぶ子もいて勿論いいの
です。けれど、地域行事を引き継ぐことに使命感をもってくれる、こうい
う子供達が、日本を日本たらしめていてくれる、というのが僕の偽らざる
気持ちです。

小学生からしっかり英語を勉強してビジネスマンとして日本の為につくさ
れる方は有り難いけれど、そういう方は恐らく「獅子舞」はできないで
しょうし、篠笛も吹けない、太鼓も叩けない、のではないでしょうか? 
伝統芸能の類も、幼少期から取り組まないとなかなか身に付かないのです。

日本の伝統文化を継承する役は、世界に雄飛しないけれど、国内津々浦々
で地域の暮らしを支えながら生きている、圧倒的多数の名も無い日本人で
す。英語を幼少期よりしっかり学んで使いこなせる方は、そんな日本と日
本人の素晴らしさを伝える「お役」をお務め頂きたい。

英語は、だから、人生をデザインする上で個々人の選択のひとつでいいの
です。国民が挙って英語ネイティヴ化に走れば、肝心の伝えるべき中身
(コンテンツ)を支える人材は枯渇していきます。

 僕は作家でも学者でもないので、言葉足らずで意を尽くすことは難しい
ので、代りに以下の著書を挙げ、ご一読を願うばかりです。

施光恒『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』(集英社新書, 2015年)
鳥飼玖美子『危うし!小学校英語』(文藝春秋、2006)、『「英語公用
語」は何が問題か』(角川書店,2010)
茂木弘道『小学校に英語は必要ない。』(講談社,2001)
鈴木孝夫『閉された言語・日本語の世界』(新潮社,1975)、『武器とし
てのことば 茶の間の国際情報学』(新潮社,1985)、『日本語は国際語
になりうるか ─ 対外言語戦略論』(講談社,1995)、『日本人はなぜ英
語ができないか』(岩波書店,1999)、『新・武器としてのことば ─日
本の「言語戦略」を考える』(アートデイズ, 2008)
津田幸男『英語支配の構造 日本人と異文化コミュニケーション』(第三
書館)


■英語ができても、料理のお手伝いの一つもできないのでは。

最後に、私的体験を記します。

英国の小学校との交流事業が毎年行われている地元の小学校で、僕の娘が
候補に残りました。選ばれれば交流先の英国の小学校に代表で派遣され、
現地で一週間ほどホームステイするのです。

最終選考で、娘か、他の女児か、で選考にあたった方々が悩んだそうで
す。結果的に娘は選に漏れました。決め手となったのは、「英語」でし
た。学外で「英語教室」に通っていた女児が選ばれ、英語のえの字も知ら
ない娘は涙を飲みました。

担任の先生は「私は推したんですよ。英語は選考条件ではない筈なのに、
今回何故かそれが理由でお嬢さんが漏れて…」と。

後日、なんとその女児らの英国滞在の模様がNHKの全国放送の英語番組
で放映されたのです。その中で、日本の小学生が、現地の子供たちのため
に日本の料理を作って紹介し、一緒に食事をする場面がありました。

調理開始から音声付きで奮闘ぶりが映像で伝えられたのですが、娘の対抗
馬だった女児は、普段家庭でお手伝いをしていないようで、包丁も満足に
使えないのです。それを見つつ、娘はハラハラしながらも呆れ顔で「私が
行ってれば…」とボソ…。

 ただ「みそ汁」を作るだけだったのですが、具等を入れる順番もちょっ
と変で、味もおかしかったようです。そもそもダシを入れたのかどうか?
 その女児も「味が何か変…」と発言してました。

その時、英語教室に通わせる時間があるなら、自宅の台所で少しでも母親
のお手伝いをさせてた方が…、と思ったものでした。日本では娘に家庭の
手伝いもさせていないのか?と現地の子供やステイ先のご家族に怪訝に思
われるのは、むしろ恥ずかしい。

挨拶程度の英語が少しできるよりも、おいしい「みそ汁」を英国の小学生
に提供できた方が、よほど交流事業として成果があったのではないでしょ
うか?

 こういう点でも、伊勢先生の言われる様に、人として資質が高いことが
「英語」より日本人の声価を高からしめる、と感じます。ともあれ、何も
考えずに「英語習得」に走ってしまう(走らされている)日本人には、是
非立ち止まって熟考を願いたいのです。


           

2016年12月05日

◆トランプ流商法の破綻

Andy Chang



2月にメキシコへ生産工場を移転すると発表した米国の空調装置の
製造会社キヤリア(Carrier)社は11月29日、本社の所在地インデ
ィアナ州に1000人の雇用を維持する事でトランプ次期大統領と合
意したと発表した。

トランプは米国の製造会社が外国に拠点を移して米国の雇用に影響
を与えるなら外国に拠点を移した会社の製品に35%の関税を課する
と恫喝した。今回は米国の雇用を守ることが出来たとトランプは得
意になっていた。しかし二日後に詳細が出るとトランプの勝利では
なくキヤリアの勝利だったとわかった。

キヤリア社は本社の2300人の雇用を800人に減らし、1300人をメキ
シコに移すとした。その代償としてトランプはキヤリア社に向こう
10年間に700万ドルの減税を約束した。

つまり工場は計画通りメキシコに移転するが、本社の社員2300人を
800人までリストラする。キヤリア社は計画通りリストラを実行し、
工場をメキシコに移転した上に政府の減税を勝ち取ったのだ。

キヤリア社の大勝利である。

トランプは商売人だから「飴と鞭」で相手と交渉する。トランプは
外国に拠点を移せば輸入品に対し35%の関税を課すると恫喝した。

しかしこの恫喝は実際的に不可能である。大統領と言えども特定の
輸入品に35%の関税を課することはできない。関税はNAFTAやWTOの
条約によって決められ、大統領には輸入品に特別課税を命じる権利
はない。これは常識である。

大統領がこのような命令を下せば米国は外国政府と交渉しなければ
ならない。そもそも関税は北米自由貿易協定(NAFTA)で合意したも
のでトランプが勝手に一つの物品にイチャモンをつけることはでき
ない。

大統領が会社に恫喝を加え、命令に従わなければ処罰するという。
これは独裁者のやることだ。会社が独裁者トランプに服従すれば他
の会社もトランプに服従するかもしれない。民主国家アメリカでこ
んなことが通るはずがない。しかもトランプが交渉で勝ち取ったの
は2300人のうち800人、3分の1の雇用を守っただけなのだ。

アメリカですべての会社が外国に拠点を移すことについて大統領の
許可を得なければならないとしたら事は厳重である。大統領に特権
があるとなったらすべての会社はキヤリア社のようにトランプと個
別に交渉し、トランプの「許可を得る努力」をしなければならない。
外国に拠点を移転するためトランプの「お墨付き」を得なければな
らないとしたら徳川幕府の朱印船貿易と同じではないか。

まだある。トランプは商売人である。世界各国に投資をしている。
トランプに有利な条件を示せば許可が出るとしたら大事だ。ヒラリ
ーの国務長官時代に外国の政治家や業者がクリントン基金に献金し
たのと同じようなことが起きて、外国企業がトランプ企業に有利な
条件を与えるかもしれない。

●貿易協定とは政治交渉である

トランプはNAFTAやWTOが米国に不公平だから再交渉すると言った
が、すでに発効した貿易協定に米国が異議を唱えても諸国が同意す
るかは疑問である。たとえ再交渉に同意してもトランプの言いなり
になるとも限らず短期間で終わるはずがない。トランプはTPPにも
反対だが、NAFTA、WTOなどの貿易交渉が難航するだろう。

貿易協定とは政治交渉である。日本のお米は米国産のお米よりも高
い。米国産のお米を輸入すれば農家が破産する。だから関税をかけ、
税率の交渉をする。しかし米国産の米の輸入を禁止するのではない。
お互いの国内生産者の意見を尊重しなければならない。

●労働賃金の格差

米国では労働者の賃金が高い。工場を外国に移せば労賃が低いから
製品が安くなる。代りに米国では失業者が増える。だから輸入品に
関税をかける。トランプはキヤリア社に高い関税をかけると恫喝し
て800人の雇用を保存したが工場の移転を中止できなかった。

問題は製品の品質と労賃の格差である。外国で同品質の製品を作る
ことが出来ればアメリカはコストで競争に負ける。ただし製品の品
質が違えば競争に勝てる。トランプはアメリカの雇用を保護すると
言う恫喝でキヤリアの移転を止めたと自慢したが、すべての製造業
を恫喝するわけにはいかない。トランプは交渉に成功したと自慢す
るが恫喝は独裁者の手段である。アメリカは独裁に反対である。

●貿易協定に反対するトランプ

貿易協定はアメリカが主催して諸国が同意した協定である。だから
今更トランプが反対すること自体おかしい。トランプは外国が彼に
叩頭しなければ貿易をやめると宣言したに等しい。貿易戦争になれ
ばアメリカが鎖国するか、諸国が降参するかである。鎖国はアメリ
カに不利、諸国にも不利で、中国の覇権進出を許し、ロシアの影響
力が増すだけだ。

アメリカの問題は労賃の高騰にあり、アメリカが競争に負けている
証拠である。労賃にはハイテク業、財テク業、製造業、生産業、サ
ービス業など違った分野がある。アメリカはハイテク業と財テク業
で諸国に比べ数十倍の賃金を得ている。つまり知的産業においてア
メリカは世界をリードしているのだ。しかし製造業や生産業のよう
な労働産業が知的産業と同じ労賃を払うことは不可能である。

これがアメリカの困難である。労働者の雇用をアメリカに保留する
と言うトランプの公約には無理がある。アメリカは知的産業に重き
を置き、労働産業を外国に移す趨勢をたどるべきである。高圧的な
手段や税金の軽減など、効果は薄いし不公平さが問題になる。

トランプは傲慢な商売人だが、政治に「飴と鞭」は期待できない。
恫喝で雇用や貿易交渉に介入すれば国外と国内において反撥され、
拒絶されるのは避けられないだろう。

◆大陸型の侵略戦争、日本型の自衛戦争

伊勢 雅臣



■1.欧米、シナとは異なる日本人の戦争観

12月8日、真珠湾の日がまたやってくる。「侵略国家・日本」の行った奇
襲攻撃として、日本が汚名を着せられた日である。しかし、アメリカも含
め多くの歴史家によって、ソ連のスパイに操られたルーズベルト政権が日
本を追いつめ、最初の1発を撃たせた、という史実が機密文書の公開も
伴って広がりつつあるのは、弊誌でも紹介してきた。[a,b]

大東亜戦争に限らず、そもそも古代から近現代までの日本人の行ってきた
対外戦争は専守防衛であり、欧米やシナのように相手を殲滅して土地を奪
う事を目的とした侵略戦争とは根本的に違う、という事を、史実を通じて
論証した書籍が登場した。東北大学名誉教授・田中英道氏の『日本の戦争
何が真実か』[1]である。

一冊の本で、神話時代から近現代までの日本史上の対外戦争を論じた、ま
さに博覧強記の田中氏ならではの著作だが、本稿ではそのごくさわりを紹
介して、読者の参考に供したい。


■2.大陸型の侵略戦争

侵略戦争と防衛戦争の違いを明らかにする上で、まずは西洋史での戦争を
見ておこう。その一例として興味深いのは、旧約聖書に描かれたユダヤ神
話で、イスラエルの民が国家を形成する過程で、近隣の他民族と戦った戦
争である。


彼らが最初に攻撃したのは先住民が立てこもるエリコという大きな都市国
家だった。ヨシュアの指揮のもと、イスラエルの民は隊列を作って連日エ
リコの周囲をぐるぐると回り、7日目に鬨(とき)の声をあげてエリコの
城壁に迫り、それを破壊した。城内に乱入したイスラエルの民は住民を一
人残らず殺害し、エリコを焼き払って破壊し尽くした。

この殺戮や破壊には神に対して捧げ物をするという意味があった。アウ
シュビッツでドイツのナチスがユダヤ人を殺害したことをホロコーストと
いうが、まさにこのホロコーストを地でいったわけである。[1, p24]


 こういう類いの侵略戦争は西洋やシナの歴史では日常茶飯事だった。だ
からこそ、西洋やシナの都市が城壁で覆われていたのである。この本で
は、さらに次のような例が挙げられている。

・十字軍 1096年から1272年まで約200年間、キリスト教徒によるイスラ
ム教徒からエルサレムを奪還しようとする戦いで、死者は300万人に上っ
たとされる。十字軍は手始めとして、遠征途中でラインラントやマインツ
でのユダヤ人共同体を壊滅させていった。

・英仏戦争 フランス王の跡継ぎ問題が発端となって1337年から1453年ま
で100年以上も続いた戦争で、350万人の死者がでたとされている。

この本では取り上げられていないが、シナの歴史も同様だ。しかも残虐な
侵略戦争が現代でも続いているのが特徴である。

・チベット侵攻 シナ共産党軍は第2次大戦後、日本の6.5倍の広さを
持つチベットに侵攻し、600万人のチベット人のうち、120万人の生命を奪
い、さらに産児制限や中絶・不妊手術の強制を行った。そして750万人も
のシナ人が移住した結果、チベット人はその故郷の地でも少数民族になっ
てしまった。[c,d]


■3.「三韓征伐」は先制的自衛

次に日本の対外戦争史を辿って、日本人の戦争観を探ってみよう。古事
記、日本書紀によれば、最初の対外戦争は、4世紀後半とみられる神功皇
后の「三韓征伐」である。同時期に高句麗の好太王碑にも倭と戦った事が
記されており、またシナの史書にも記載があることから、ある程度の史実
を反映していると考えられる。

好太王碑の記述では、最初に神功皇后が攻めた新羅は戦わずして朝貢を誓
い、高句麗も百済も朝貢を約束したという。朝貢を約束するという事は、
形の上で臣従さえすれば、土地を奪われ、住民は殲滅されるという心配は
ないという事である。

当時、半島南部には日本人が多く住んでおり、任那日本府という出先機関
まで存在した。新羅、高句麗、百済、そして日本領と錯綜・拮抗したこの
地域が、敵対する一国に統一されてしまうと、半島に住む日本人の生命財
産が危険に晒され、半島南部の日本の権益を失うだけでなく、日本列島そ
のものにも危機が及ぶ。[e]

こうした事態を先手で防ごうとすることは、今日に言う「先制的自衛」で
あった。


■4.白村江の戦い

続く対外戦争は、西暦663年の白村江の戦いである。これは唐の侵攻に敗
れた百済の遺臣たちが友好国であった日本に助けを求めたものだった。同
盟国・百済を助けようとする集団的安全保障であるとともに、やはり、半
島全域が敵対勢力に抑えられたら、日本の防衛そのものが危うくなる、と
いう先制的自衛であった。

日本は2万7千人の軍勢を送ったが、百済側の内紛もあって、唐・新羅連
合軍に敗れた。戦後、唐と新羅の襲来を恐れた日本は、九州に防人(さき
もり)を置き、水城(みずき)を築いて、国をあげて防衛につとめた。こ
の防衛努力自体が、半島への派兵は先制的自衛が目的だった事を示してい
る。[f]

朝鮮半島が大陸国家に支配されたら、日本の安全がいかに危殆に瀕するか
が、史実として示されたのは元寇だった。

 モンゴル軍は朝鮮半島を蹂躙したが、その際に捕らえられた朝鮮人は男
女二十万余、殺された者は数知れず、と言われている。そのモンゴル軍が
高麗兵を引き連れて、わが国を襲った。「対馬・壱岐の女子供が手に穴を
あけられて船べりに吊された」と語り伝えられた。

その危機を救ったのが、祖国防衛に命を懸けた鎌倉武士たちであった。彼
らがモンゴル軍を水際で食い止めている間に、「神風」が吹き、モンゴル
軍のほとんどの軍船が沈んだのである。[g]


■5.スペインのメキシコ、フィリピン侵略

次の対外戦争である秀吉の朝鮮出兵についてはどうか。秀吉の出兵につい
ては、当時のスペインの世界侵略という背景を考えなければならない。
1494年に、スペインとポルトガルはヨーロッパ以外の世界を両国で二分割
するトルデシリャス条約を、ローマ教皇の承認のもとで取り決めた。

この条約に基づいて、1521年、スペインはメキシコのアステカ帝国を滅ぼ
して、新スペイン副王領を設置した。スペイン人たちが虐殺と略奪の限り
を尽くした様子は次のように記録されている。


40年前にキリスト教徒たちの暴虐的で極悪無残な所行のために、男女、子
ども合わせて1200万人以上の人が残虐にも殺されたのは全く確かなことで
ある。それどころか私は千五百万人以上のインディオが犠牲になったと
言っても真実間違いではないと思う。(『インディアスの破壊についての
簡潔な報告』)[1, p90]


先に挙げた十字軍や百年戦争と並べてみれば、これも西洋史の中では特に
異常な事件ではない。

メキシコから太平洋を渡ったスペイン人は1571年までにはフィリピン諸島
の大部分を征服した。フィリピンという国名自体が、スペイン皇太子の
フェリペから来ている。おそらくメキシコと同様の「キリスト教徒たちの
暴虐的で極悪無残な所行」が行われたと見られているが、記録は残されて
いない。


■6.秀吉の「先制的自衛」

スペインの次の狙いは中国や日本である事を、信長や秀吉は見抜いてい
た。「スペインは、まず多数の宣教師を送りキリシタンを増やす。そして
キリシタンに改宗した者と力を合わせて諸国の君主を倒してきた」という
証言を秀吉はスペイン人から得ている。

実際に有馬晴信、大友宗麟、大村純忠ら九州のキリシタン大名は、フラン
シスコ・カブラルという宣教師に「領民をキリスト教に改宗させ、神社・
仏閣を全て破壊し教会を建設せよ」と命ぜられた。

大村純忠はそれに従って、神社仏閣のみならず祖先の墓まで破壊すること
を命じたため、一部の家臣が反発して、反乱を起こした。さらにイエズス
会に長崎を丸ごと寄付しようとまでした。こうした事件に激怒した秀吉
は、1587年にバテレン追放令を出したのである。

ひとたび、その侵略意思を見抜かれては、日本はもはやスペインが征服で
きる国ではなかった。なにしろ、1543年に種子島に辿り着いたポルトガル
人から鉄砲の仕組みを教わると、わずか30年後の長篠の戦いでは、織田信
長が3千丁もの鉄砲隊を繰り出していたのだ。この12年後にフランスのア
ンリ4世の軍隊が持っていたのは、25名の鉄砲隊と300名のピストル隊だ
けだった。

スペインは、日本よりはるかに豊かで人口も多いシナを征服しようと方針
転換を図った。もし、それが成功して、スペインの軍艦をシナの経済力で
大量生産されたら、日本にとって、元寇をはるかに上回る脅威となる。

 そうなる前にシナをおさえてしまおう、というのが、秀吉の考えだった
ようだ。そのために「明に行く道を貸すように」と朝鮮に要求したが、朝
鮮側も抵抗したので、戦いになった。「朝鮮征伐」とは明に行くための手
段であって、目的ではなかった。

 秀吉の戦略は無謀だったかも知れない。しかし、その意図は東アジア全
体が「キリスト教徒たちの暴虐的で極悪無残な所行」に踏みにじられるこ
とを防ごうとするとする所にあったとすれば、それも先制的自衛であった
と言える。[h,i,j]


■7.日清・日露戦争と日韓合邦

秀吉のキリシタン禁制を受け継いだ徳川幕府は260余年の間、西洋諸国か
ら日本を護ることができた。しかし、幕末に日本にやってきたイギリス、
フランス、アメリカ、ロシアなど新手の勢力は、スペイン、ポルトガルを
はるかに上回る近代的軍事技術を備えていた。

これら西洋諸国はアフリカ、インド、東南アジアを侵略して植民地とし、
今や最後に残った東アジアに襲いかかろうとしていた。1840年にイギリス
が清国を打ち破ったアヘン戦争は、その警鐘となった。

西洋諸国の侵略をいかに防ぐか、これが幕末日本の最大の課題だった。日
本の選んだ戦略は「開国攘夷」、すなわち開国して西洋の技術を取り入れ
て富国強兵を進め、それによって侵略勢力を撃退して独立を護る、という
路線だった。

しかし、ここでも朝鮮とシナが足を引っ張る。朝鮮内部では日本に倣って
近代化を進めようとする金玉均ら独立党と、中華思想に凝り固まった清国
に仕えようとする事大党が対立し、ここから日清戦争に発展した。

勝利した日本は下関条約で清国に朝鮮の独立を認めさせた。したがって、
日清戦争も朝鮮の独立安定を図って、日本を防衛しようという先制的自衛
の戦争であった。

だが、その後はロシアが満洲に侵出し、朝鮮に手を伸ばそうとしてきた。
朝鮮半島がロシアの手に落ちては、日本の安全が再び脅かされる。こうし
て日露戦争が起こった。これも朝鮮半島を大陸国家に支配させないための
先制的自衛戦争であった。

朝鮮半島の帰趨をめぐって、二度も日本は近隣大国との戦争を戦わねばな
らなかった。朝鮮を独立させたものの、常に強きに従おうとする事大主義
では、いつまた足を掬(すく)われるか分からない。朝鮮の100万の民
衆からも政治の安定化と近代化を進めるために日韓合邦の要望が出され
た。こうして朝鮮半島は日本の統治を受けた。[k]

日本の統治下で、朝鮮半島での米の生産量は2倍、人口は2.5倍と高度
成長を遂げた。経済だけでなく、5千校以上もの小学校が作られ、子供た
ちもハングルを学べるようになった[m]。西洋諸国の侵略により植民地と
なったアジア、アフリカ諸国とは全く違う、安定と繁栄の道を朝鮮は辿っ
たのである。


■8.八紘一宇の理想を護るための自衛戦争

その後、ロシアが革命を経てソ連として再び強大化し、世界共産化を狙っ
て東アジアに触手を伸ばしてきた。シナ大陸では清朝が倒れた後、国民
党、共産党、軍閥が割拠する内乱状態にあった。

ここで日露戦争後にロシアから獲得した租借地を護っていた関東軍が動い
て満州国を成立させた。満洲はもともと満洲族の地であり、そこに満洲王
朝であった清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)を
立てて、皇帝とした。そこで日本人、韓国人、満州人、モンゴル人、シナ
人の五族が協和する「王道楽土」を作ろうとしたのである。

これにより、満洲は大陸で唯一安定した地域となり、日本の資本投下によ
り、鉄道、道路、港湾、ダムなどのインフラ整備が急速に進んだ。その安
定と繁栄に憧れて、毎年100万人以上ものシナ人が戦乱を逃れて流入した
[m]。そして満洲を護る日本軍は、ソ連南下を防ぐ防壁となったのである。

朝鮮や満洲、台湾も、ヨーロッパ諸国がアフリカ、インド、東南アジア
を、そしてシナがチベットを侵略し、搾取した植民地支配とは全く異なる
日本型の統治により安定化し、異なる民族が力を合わせて繁栄したのである。

そこに働いていたのは、八紘一宇、すなわち天の下(八紘)に住むすべて
の人が、一つ屋根(一宇)に住む家族のように仲良く暮らそうという理想
であり、また日本の行った対外戦争は、その理想を侵略勢力から護るため
の自衛戦争なのであった。



■リンク■

a. JOG(951) ルーズベルト大統領が播いた「竜の歯」 〜 日米戦争、冷
戦、そして共産中国共産主義者に操られたルーズベルト大統領が、日本を
開戦に追い込み、ソ連を護り育て、世界に戦争の危機をばらまいた。
http://blog.jog-net.jp/201605/article_4.html

b. JOG(929) スターリンが仕組んだ日米戦争
 米政府内に潜伏した200人以上のソ連スパイがルーズベルト政権を操っ
て、日米開戦を仕組んだ。
http://blog.jog-net.jp/201512/article_1.html

c. JOG(123) チベット・ホロコースト50年(上)〜アデの悲しみ〜
 平穏な生活を送っていたチベット国民に、突如、中共軍が侵略を始めた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog123.html

d. JOG(124) チベット・ホロコースト50年(下)〜ダライ・ラマ法王の祈り〜
 アデは27年間、収容所に入れられ、故郷の文化も自然も収奪された。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog124.html

e. JOG(685) 倭国は東アジアの大国だった
中国の史書は、倭国が国家の統合度と人口規模でずば抜けた大国であった
と記している。
http://blog.jog-net.jp/201102/article_1.html

f. JOG(808) 歴史教科書読み比べ(10) 〜 白村江の戦い
 老女帝から防人まで、祖国防衛に尽くした先人の思い。
http://blog.jog-net.jp/201307/article_7.html

g. JOG(917) 歴史教科書読み比べ(23): 元寇 〜 鎌倉武士たちの祖国防衛
 フビライの日本侵略の野望を打ち砕いた時宗と鎌倉武士たち。
http://blog.jog-net.jp/201509/article_3.html

h. JOG(154) キリシタン宣教師の野望
 キリシタン宣教師達は、日本やシナをスペインの植民地とすることを、
神への奉仕と考えた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog154.html

i. JOG(497) 冷戦、信長 対 キリシタン(上)〜 信長の危機感
 信者を増やし、キリシタン大名を操る宣教師たちの動きに信長は危機感
を抱いた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog498.html

j. JOG(498) 冷戦、信長 対 キリシタン(下)〜 信長の反撃
 信長の誇示する軍事力を見て、宣教師たちは日本の植民地化を諦めた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog498.html

k, JOG254) 「親日派のための弁明」を読む
 私たちは国を奪われたのではなく、日本というましな統治者を受け入れ
たのである
http://blog.jog-net.jp/200208/article_1.html

l. JOG(005) 国際交渉の常識 〜 日本の朝鮮統治の「悪しき遺産」?!
 朝鮮統治時代の「悪しき遺産」がまだあちこちに残っているので、一刻
も早くそれらを一掃すべきである。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h9/jog005.htm

m. JOG(239) 満洲 〜 幻の先進工業国家
傀儡国家、偽満洲国などと罵倒される満洲国に年間百万人以上の中国人が
なだれ込んだ理由は?
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog239.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

2016年12月01日

◆不要二重国籍政党:民進党

MoMotarou

 


「天道人事皆漸を以て至る」 − 日本精神は最も漸的なものである。
この故に日本民族が一番天道に近い。
                         (安岡正篤)

               ☆彡

民進党(旧姓民主党)。こんな政党に私の税金が使われていると思うと涙
が出てきます。政党助成金は税金から支払われます。いい加減にして欲し
い。税金は滞納すると資産が差し押さえられます。私の乗用車も「差し押
さえ証」が張られた。まぁその上に朝日新聞紙で覆ってはいるが(笑)。


■政党劣化

民主党も辻元清美さんが入ってこられて変わって来た。パネルを使ってテ
レビ映りばかり気にしている。辻元氏は表情を演出するのがうまい。どち
らかと云うと在日が支配しているTBSあたりでキャスターをやって稼いだ
方がいいのではないか。蓮舫氏より視聴率を取るだろう。

蓮舫氏と言えば「二重国籍の女王」です。こんな出鱈目が現代の日本で通
用する事自体「不思議の国のアリス」ですね。場所は天皇陛下が御出座
(おでま)しになる国会ですぞ。バカにするな!彼女の日本国籍は剥奪す
るべし。可能ならハトポッポ鳩山由紀夫元首相もお願いしたい。謝って済
むなら日本に戻らす海外行脚を継続すべし。

小沢一郎氏。「変名の怪人」。七色の変政党名を持ち、日本政治を混乱に
巻き込んで来た。よく金が続くものだと感心する。沖縄の基地近くを偽名
で購入していた落ちがつく。

■マスメディアが分断する日本

11月22日、東日本福島辺りで地震が観測される。嫌な事を思い出した。時
の首相は菅直人だ。まだしぶとく議員でいる。田中角栄元首相は飛行機を
買っただけで裁判にかけられた。時のヒーローはNHKの立花記者。最近の
NHKはまったく役に立たない。まるで韓国・北朝鮮・中国・在日のテレビ
局みたいだ。

 しかしこんな売国・反日勢力が堂々と闊歩(かっぽ)して、普通の日本
人が“肩身の狭い”想いをさせられ、消費増税等の「標的」にされている。
認めがたい。

「草莽(そうもう)」という言葉は判りにくい。やはり「草の根」だ。日
本は古来より「庶民の国」。「空気・雰囲気の国」だ。何らかの形で「意
思表示」をしなければならない。

■失速し出した安倍政権
 こんな印象を小生は持ち出しました。安倍政権は揺らぎだしたとみるべ
きだろう。天皇陛下の「進退」さえNHKごときに煽られた。「白黒(政治
的判断基準)」が判らなくなってきている。危険だ。

 稲田朋美さんを防衛大臣に任命したのは靖国神社を参拝させるためだと
思った。ここが分岐点だろう。

2016年11月26日

◆今年の感謝祭

Andy Chang



今年の感謝祭で最も感謝しなければならないのはトランプだろう。
泡沫候補で絶対に共和党のプライマリーで落ちると言われていたの
が、あれよあれよという間に共和党候補となり、総選挙でヒラリー
と争って当選したのはどういう星の下に生まれたのかと思ってしま
う。

相手がヒラリーだったから良かった、ヒラリー以外の候補者だ
ったら勝てなかった。トランプは神に感謝すべきである。

ニューヨークでは100年も続いたメーシーの感謝祭パレードがあり、
道端には感謝祭のあとのブラックフライデーのクリスマスセールが
午後6時に開店するので、スペシャルの品物を狙って若者たちがお
目当ての店の道路わきにテントを張って寝ている。

今夜は開店と同時に若者たちが先を争って店内に飛び込み、目当ての品物
を奪い合う。毎年の行事になってしまったが、ニューヨークやロスアン
ジェルスのような大都市では他の道端にはホームレスもたくさん道端に
住んでいる。

ニューヨークもロスアンジェルスもホームレスが多い。

若者たちがスぺシアルセールを狙って道路わきで夜を過ごすように
ホームレスも多い。トランプに反対するデモもまだ終わっていない。
夜の気温は4℃ぐらいだとか。これがアメリカの現状なのだ。

トランプが当選したあと、彼に対する評価が変わって、トランプは
賢い男だとか、トランプの政治は良くなると言う記事も増えて、ト
ランプ反対よりも新政府に期待する記事が出るようになった。投票
日までは傲慢で幼稚な自大狂と言われていた男が当選するとたちま
ち先見の明とか賢い戦術とか言い出した。

だが実情は少し違う。トランプは変わっていない。当選して一時は
大人しくなったけれど就任すればたちまち傲慢な態度を取り戻す。
トランプは選挙で公言したことは99%実行すると言うオベッカ記事
もあるが、国境に素晴らしい塀を作ると公言したのに、いまでは国
境に塀は半分以下だけになり、ヒラリーを起訴すると言っていたの
が起訴しないことになった。選挙公約はいろいろ変わるが、就任し
た後もどんどん変わるに違いない。

私はヒラリーには絶対反対だが、トランプ反対に変わりはない。彼
が大統領に当選しても自大狂に変わりはなく、選挙公約もどんどん
変えていくと思う。

彼は商売人である。商売人は約束を守るのでは
なく約束は守らないのである。商売の駆け引きとは金で誘惑する、
利権で誘う。交渉にあたってはまず相手の弱点を過大宣伝し、交渉
に当たっては恫喝と譲与を交互に使って自分に有利な結果を求める
のである。TPPを廃止すると宣言したのはその最もよい例である。
外国の出方がわからない時はまず先に条約廃止という恫喝を繰り返
し、再交渉に持ち込んで有利な立場を確保するのである。

日本と台湾はトランプ政権を歓迎すべきだと言う記事もある。確か
にオバマ政権はアメリカにとって最悪の8年だった。オバマはブッ
シュのイラク戦争を徹底的に批判したが、イラクとアフガンから完
全に撤兵できず、代わりにオバマが推進したのは「独裁者を倒して
民主国家を作る」戦略で、これが完全な失敗でチュニジア、エジプ
ト、リビアの独裁者を倒し、シリアのアサド政権を倒せずイスラム
国が中東各地で発展した。

アジアでは中国の南シナ海の勝手な建設をストップできず、尖閣諸
島の主権を主張して漁船が日本の領海で勝手な行動を止めることも
できない。トランプは日本が核武装をすることに言及したが就任後
も公約を守るかどうかは未知数である。

オバマは台湾に対する武器提供をストップしてきたので、トランプ
政権が台湾の自己防衛に賛成して最新武器を提供するかと言うと疑
問がある。問題はアメリカでなく台湾の軍隊にある。前の記事
(No.619)で書いたように台湾の軍隊は殆ど信用できない。

台湾軍は9割が台湾人でも高級幹部は中国人だからこれまで何度も
軍事機密が中国側に漏れたし兵隊も中国に対する戦意がない。オバ
マが台湾に武器を提供しなかった理由の一つは、武器を提供しても
すぐに最新機密兵器が中国に渡る過去があったからだ。

アメリカは台湾を防衛すると明言しているが台湾軍は信用できない。
アメリカ、日本と台湾の軍事合作については台湾が信用できない。
軍事計画が台湾から中国に渡る可能性もあり、実際に中国と戦争に
なったら台湾軍が中国に寝返るかもしれない。台湾軍の再建が早急
の課題なのである。こんな状況では商売人トランプが台湾を放棄す
るかもしれず台湾を失ったら日本も安全ではない。中国の覇権を抑
抑止するのはトランプでなく日本と台湾にかかっている。

2016年11月24日

◆東京五輪で「台湾」とどう接するか

加瀬 英明



東京五輪で「台湾」という最も大切な国とどう接するか

日本の安全保障にとって、最も大切な国といったら、台湾だ。

もし、台湾が敵性勢力によって支配されることがあったとしたら、その瞬
間から日本の独立が、危ふくなってしまう。

このところ、アメリカは中国によってすっかり幻惑されて、政権も、議会
も、台湾へ眼を向けることがなくなった。

日本と台湾との間は、日本にとって台湾がかけがえのない国だというの
に、1972(昭和47)年に日中国交正常化を行った時に、台湾と国交を断絶
して以来、公的なものではなく、民間の関係だとされている。

それにもかかわらず、台湾国民は日本が大好きだ。毎年、台湾で行われて
いる世論調査では、日本が毎年、「最も好ましい国」として、アメリカ
や、他の国を引き離して第1位を占めている。

東日本大震災に当たって、台湾は300億円近い義捐金を贈ってくれたが、
どの国よりも大きなものだった。それも、台湾政府によらずに、台湾の国
民の募金によるものだった。

 台湾が中国によって呑み込まれることが、あってはならない。日本とし
て公的な関係がないとしても、台湾を励まし続けなければならない。

 東京オリンピック・パラリンピック大会が、あと4年を割っている。

 台湾チームも、東京大会に参加するが、中国が国際オリンピック委員会
にゴリ押しをしたために、これまでロンドン大会でも、リオ大会でも、
「台湾」という国名を用いることが許されず、「チャイニーズ・タイペ
イ」という呼称を用いることを、強いられてきた。

 ところが、香港もオリンピック・パラリンピック大会に参加してきた
が、「チャイニーズ・ホンコン」ではなく、「香港」という呼称を用いて
いる。

 それだったら、なぜ、台湾が「台湾」として参加してはならないのだろ
うか。どうして、台湾だけが「チャイニーズ・タイペイ」という名称を、
用いなければならないのか。理不尽なことである。

 オリンピック・パラリンピックは、政治闘争の場ではない。オリンピッ
ク憲章によって、政治を持ち込むことは、禁じられている。人類が政治を
忘れて、スポーツで競う祭典であるはずだ。

 台湾という国は、現実に存在している。「チャイニーズ・タイペイ」
は、偽称である。それに、どこを捜しても、そのような地名は世界のどこ
にも、存在していない。

 オリンピック・パラリンピックに、「台湾」として参加することは、台
湾国民の夢であるはずと思う。

 日本は、2020年オリンピック・パラリンピック大会の主催国とし
て、台湾を「台湾」の呼称で招くことができるように、努めるべきであ
る。主催国である日本のオリンピック委員会と、主催都市の東京都が主張
すれば、実現することができると思う。

 もし、台湾のアスリートたちが東京大会に、「チャイニーズ・タイペ
イ」としてではなく、「台湾」として参加することが実現すれば、台湾国
民が東日本大震災に当たって、国民をあげて見舞ってくれたのに対する、
御返しとなろう。

 日本は、台湾を見捨ててはならない。日本の安全保障にとって、どの国
よりも重要だ。日本を見捨てることに、均しい。


2016年11月21日

◆台湾の「現状維持」は今

Andy Chang



台湾の蔡英文政権が発足して6ヵ月になる。国民の大きな支持と期
待を受けて始まった政権だったのに、今では蔡英文に対する不満度
が58%、林全行政院長(首相)に対する不満度は59%と記録している。
国民に支持率の大幅な低下は現状維持を掲げて発足した新政権の政
治の方向と進展に不満があるからだ。

第一に、現状維持とは中台関係の現状のことだが、蔡英文は中国の
圧力に対し平身低頭するばかりで対抗策がないこと。中国が強要す
る「92共識」に対して「台湾は中国ではない」と言えない。

第二に、蔡英文政権は「中華民国を維持する」だけで台湾独立に向
けた改革がみられない。中華民国から台湾国に脱皮する気配が感じ
られない。新政権が発足して半年、国民は早急な変化を望んでいる。

第三に、戦後から70年続いた国民党独裁の司法立法行政、各方面の
改革が進まない。転型正義が進まず不正の摘発が感じられない。

●「体制内独立」の難しさ

独立とは中華民国体制を壊して独立する「体制外運動」(つまり革
命)方式と、中華民国体制から台湾国に脱皮する「体制内」方式が
あるが、国民は体制内方式で選挙を通して蔡英文を中華民国総統に
選出した。中華民国体制から立法司法行政を徐々に変革していく方
式を選んだ。

そうなったあと新政権が発足して6ヵ月だけなのに国民は進展が遅い
と不満なのだ。独立がそんなに簡単とは誰も思っていないはずだが、
期待が大きかれば失望も大きい。

人民側にも問題がある。体制を変える方法についていろいろな意見
があるけれどか纏まった意見がなく、実行不能な意見もある。李登
輝は台湾は既に独立国であると言ったがそれは中華民国であって台
湾国ではない。

国名を変更すればよいと言うが、国名変更とは正名、正名には中華
民国憲法の改正が必要である。憲法改正は立法院(国会)の責任であ
る。しかし立法院にはまだ新憲法法案がない。発足して6ヵ月でで
きることではない。民間には憲法を作る会があるけれど完成した原
稿はない。これを完成させ、国民の討論を経て国会に提出し、投票
で決定する。ながい時間が必要である。

台湾名義で国連加盟をする運動もあるが台湾と呼ぶ国が存在しない
のに国連に加盟できるはずがない。また台湾独立を国民投票にかけ
る運動もあるが、国民が独立に賛成しても正名制憲は国会で通さね
ばならない。

●中国の反対と妨害

蔡英文政権が発足して以来中国はあくどい反対と妨害を繰り返し、
独立の気勢を削ぐ圧力を加えている。中国は蔡英文政権に対し、
「92共識」(台湾と中国は一つの国と言う共通の認識)を認めろと
強要している。認めなければ中台経済は停頓すると言う。

92年の中台会談では「台湾は中国の一部」という合意は無かった。
当時の国民党政権は、中国(中共)と中華民国(国民党)は二つの違
った国だと主張していたが、台湾が中国の領土とは言明していない。
台湾が中国領である「共通した認識」は無かった。これを認めれば
中国の台湾併呑に正当性が付くから台湾側は絶対に認めない。

蔡英文は92共識を認めないが、92共識は存在しないとも言わない。
台湾の民間では蔡英文が「台湾は台湾、中国は中国。違った国であ
る」と言明すべきと主張している。それを言えば中台関係は緊張し、
アメリカは中台間の緊張を台側の責任にする。蔡英文が沈黙を守る
のが最善だが、人民はこれに不満である。

●台湾の退役将軍の中国訪問

11月12日は孫文の誕生日だが中国も中華民国も孫文の誕生日を祝
う式典を行った。この際に台湾の退役将軍32人が揃って中国を訪問
し、南京の孫文廟の式典に参加したのである。

台湾と中国は敵対関係にあり、台湾軍は中国の攻撃を防衛するのが
任務である。それなのに32人の将軍、合わせて63個の星が敵の国
に行って孫文廟に参拝した。これは台湾にとって許せない反逆行為
である。こんなバカな軍隊、バカな将軍があるか。

国会は慌てて中国詣でをした将軍の退職金を割除する審議を始めた。
しかし問題は退職金どころではない。彼らの中国参拝は中国が金を
出したのではないか。それなら将軍たちの中国参拝は降参であり、
銃殺刑にすべきだ。在台中国人が台湾軍のトップである限り、いつ
中国に寝返るかわからない。こんな軍隊はあって無きが如しである。

退職金だけではない。早急に軍を再編すべきである。台湾は直ちに
軍隊の徹底的再編を始めるべきである。愛国心がなく戦意のない軍
隊を持つ国は滅ぶ。最新武器を装備しても降参すれば台湾は滅ぶ。
蔡英文は早急に軍隊再編を開始し、武器購入は後回しにすべきであ
る。台湾人は独立を叫ぶ前に愛国心と台湾防衛の決心を強化すべき
である。

●中華民国から台湾独立

台湾は選挙で国民党に勝って台湾人政権を樹立した。しかし台湾が
中華民国から台湾国になるまでになすべきことは山積している。真
っ先になすべきことは愛国心の強化である。現状維持や転型正義よ
りも台湾防衛が早急の任務である。独立を叫ぶより真っ先に愛国心
を強化すべきである。

2016年11月19日

◆木津川だより 7世紀の木津川流域

白井 繁夫

7世紀になると朝鮮半島の3国(百済.新羅.高句麗)は再び戦乱の時代となりました。
隋が(612年)110万余の兵力で高句麗遠征を始め614年まで続きました。

その後、隋から唐(618)になり、太宗.高宗の時代、再び高句麗出兵(644年から3度)が実行されました。唐と同盟を結んだ新羅は、百済も攻めて、660年に百済を滅ぼし、更に、唐.新羅連合軍は668年に懸案の高句麗をも滅亡させたのです。

隋.唐の侵略戦争から逃れて、我国に渡来した人達が「木津川流域」にも住むようになりました。倭国は、百済と伝統的に親密な関係があったので、660年までに救援軍を出兵すべきだったのでしょう。その間の大和朝廷の状況をいま少し振り返って見ようと思います。

6世紀末頃の蘇我氏は皇族との婚姻を通じて勢力を拡大し、蘇我馬子は587年政敵であり対立する非仏派の大豪族物部守屋を倒して絶大な権勢を得ました。

593年には日本史上、初の女帝:推古天皇を擁立し、政治の補佐役に甥の厩戸皇子(聖徳太子)を起用して皇太子にしました。

聖徳太子は蘇我馬子と協調して、仏教を重視し、天皇を中心とする中央集権国家を目指し、
冠位十二階や十七条憲法を制定しました。

『日本書紀』によると、崇峻天皇元年(588)、百済から倭国へ仏舎利や僧6名とともに技術者「寺工(てらたくみ)2名、鑢盤(ろばん:仏塔の相輪の部分)博士1名、瓦博士4名、画工1名」派遣されました。

法興寺(飛鳥寺)は、馬子が開基(596年)した蘇我氏の氏寺です。本尊の釈迦如来坐像(飛鳥大仏)は、6世紀作の重要文化財です。588年に百済からきた技術者「寺工や瓦博士など」によって造営された日本最古の本格的な仏教寺院であったと云われています。

都が飛鳥から平城京への遷都(710)に伴い、法興寺(飛鳥寺)は元興寺(がんごうじ)として718年に奈良市へ移りました。(現在の元興寺極楽坊本堂と禅室の屋根の一部に現在も1400年前の創建当時の「古瓦」が混じっていると云われています。)

推古34年(626)蘇我馬子が没し、蘇我蝦夷(えみし)が本宗家を継いでから17年後、皇極2年(643)11月、蘇我入鹿(いるか)が、斑鳩(いかるが)の上宮王家を襲撃して一族を悉く滅亡させたのです。蘇我本家の専横著しい行為に対して大反発が起りました。(上宮王家:聖徳太子の遺子、有力な皇位継承資格者:山背大兄王の一族)

2年後の皇極4年6月12日、中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌子(後の藤原鎌足)等により、入鹿は飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)において謀殺されました。(乙巳「イッシ」の変)、翌日(6月13日)父の蘇我蝦夷も自害し、4代続いた蘇我氏本宗家が滅し、6月14日、皇極天皇は軽皇子(孝徳天皇)に譲位しました。

孝徳2年(646)正月に改新の詔を発して、政治改革に乗り出し、宮(首都)を飛鳥から難波宮(大阪市中央区)へ移し、飛鳥の豪族中心政治を天皇中心の中央集権国家に変え、
孝徳天皇は皇太子を中大兄皇子(天智天皇)とする体制を採りました。大化の改新です。
改新の詔の内容:公地公民制、令制国、税(租.庸.調)などの内容説明は省略します。

その後、孝徳天皇と皇太子(中大兄皇子)との政策の相違があり、皇太子が難波長柄豊碕宮から飛鳥へ遷るとき、皇祖母尊(皇極天皇)と皇后、皇弟(大海人皇子)や、臣下の大半を連れて大和に赴きました。(翌年:654年孝徳天皇は病により崩御されました。)

36代孝徳天皇が次代天皇を定めず逝去したため、35代皇極天皇が重祚(ちょうそ:1度退位した君子が再び位に就くこと:再祚)して、37代斉明天皇(655年)となり、皇太子は中大兄皇子(天智天皇)に決まったのです。

斉明天皇時代に百済から救援の要請もありましたが、北方征伐が優先され、658年〜660年に蝦夷と粛慎(しゅくしん:狩猟民族)を討伐したのです。

その後、660年に百済敗北後の百済遺民の百済復興運動の要請に応じて、斉明天皇は百済救援軍の派遣を決定しました。

661年5月、第1派1万余の兵員九州筑紫に集結しますが、斉明天皇急死して仕舞ったのです。

そこで、朴市秦造田来津(いちはたのみやつこたくつ)を司令官に任命し、3派にわけて663年までに約4万2千人、倭船約8百隻派遣して、百済遺民約5千人との連合軍が朝鮮半島の白村江(はくすきえ:はくそんこう:現在の錦江河口付近)で唐.新羅連合軍(唐約13万人、新羅約5万人、唐船約170隻)と663年(天智2年)8月戦いました。白村江の戦いです。

倭国兵約1万人戦死、船約4百隻火災破損の大敗を喫した。倭国水軍は残った船に倭国兵や百済遺民兵の倭国希望者も乗船して、新羅連合軍に追われながらやっとの思いで帰国しました。

その後、668年には首都の平壌城が唐軍により攻略され高句麗は滅亡しました。唐にとっては北の勢力である突厥に続き高句麗にも勝利し、北方の脅威を排除でき、675年に唐が撤収して、新羅により朝鮮半島が統一されました。

天智天皇は「白村江の戦い」に敗れた結果、朝鮮半島の権益を失い、大陸の強大な唐.新羅連合軍の報復と侵攻に防備した国家体制の整備と国内に防衛網を早急に築くことに傾注しました。

北九州の太宰府に水城(みずき)砦、瀬戸内や西日本各地(長門城、屋島城など)に古代山城の防衛砦を築き、九州の沿岸には防人(さきもり)を配備したのです。

667年には都を内陸の近江大津(近江京)へ移し、668年即位して「近江朝廷之令」(近江令:おうみりょう)を発しました。律令制導入の先駆的法令です。

天智天皇10年(671)に新しく大友皇子を太政大臣として、蘇我赤兄.中巨金を左右大臣、蘇我果安.巨勢人.紀大人を御史大夫とする官職が制定されました。しかし、大海人皇子(後の天武天皇)は圧迫感を感じて、11月に吉野に退隠することにしたのです。

木津川流域を挟んで難波(淀川)、飛鳥.大和(木津川)、近江(宇治川)が話題となる
「壬申の乱」は日本の古代史最大の内乱(戦争)で、地方の豪族を味方につけた反乱者(皇弟)が勝利する歴史となります。
      
(郷土愛好家)