2014年12月23日

◆アメリカという世界で生き残るには

前田 正晶



上原浩治は言った「自分のことだけで精一杯」と言っていた。

21日にTBSのサンデーモーニングにゲストで出てきたRed Soxの上原浩治は、司会の関口に「アメリカにいる間に日本のプロ野球の成り行きが気になりますか」と訊かれて「シーズン中は自分のことで精一杯で、何も知らない」と答えた。

私は極めて尤もなことだと受け止めた。あの世界で、しかも何時出番が来るかも知れぬクロウザーをやっていれば、それほど集中していなければならず、そういう余裕はないだろうと思った。


かく申す私も19年間もW社日本駐在マネージャーとしての後半の10年ほどは、年間の約3分の1がアメリカ出張、3分の1が単独か来日した者との日本国内出張、残る3分の1が東京の事務所に出勤という具合だった。即ち、自分に与えられた仕事を間違いなくこなしていくのに精一杯で、世界は兎も角としても、我が国の中で何が起きているかというかどうなっているかなどを落ち着いて観察する暇がなかった。


どれほど知らなかったかと言えば、かの司馬遼太郎と言う産経新聞出身の作家がいて「坂の上の雲」等々数多くの本を出していたことなどは風の便りに聞いた気が朧気ながらあったが、何が書いてあったかなどはほとんど知らなかった。

弁解すれば「本を読まなかったのではなく、アメリカでよく売れていた経済小説の類いの本は仕事上役に立つ言葉を覚えられるので、本部の秘書たちに勧められるままに読みまくっていたのだったが。


家庭だって顧みなかった訳ではなく極力家族と過ごす時間を作ってはいたが、何分にも上述のような次第で家にいる時間も限定された。その辺に気を遣ってくれた副社長は家内を連れての出張を認めて、本社で家内に言ったことが「日頃貴女の亭主を貴女と子供たちを家に残すような使い方をして済まない」と言ったのだった。これがアメリカ式社交辞令の上手さというか巧みさで、私に言わせて貰えば「典型的な文化の違いだ」となる。


上原と私の仕事は性質が違い過ぎるが、何とかして自分に割り当てられた仕事をやり遂げて責任を果たさねば生存出来ないという点では同じだろうと思う。上原は「英語が話せなくて」などと謙っていたが、自分に与えられた仕事をやり遂げることの大変さを問わず語りしていたのだと思って聞いていた。

そんなことは日本の企業にいても同じだと言われそうだが、アメリカでは給与に見合う働きをしなければ即「馘首」という辺りが違うと思うのだ。

失職の危機を回避するために懸命に働くのだ。「俺が首になることは99%あるまい」と確信はしていても。一寸した失敗をすると残りの1%が99%に膨れあがってくるのだ。

人によってその危機感が何%かは異なるだろうが、そのパーセンテージを膨張させないために懸命になっていなければならない緊張感が怖いのだ。現に上原はRed Soxが3球団目だったように思う。


◆木津川だより 壬申の乱(4)

白井 繁夫


「壬申の乱の戦」は672年7月に入ると、近江朝廷の大友皇子軍と、不破の大海人軍の両軍が正面からの全面戦争に突入、近江路において雌雄を決する死闘が始まりました。

近江朝の近江路方面軍は、不破(関ヶ原)への進軍途上、近江の豪族、羽田氏や秦氏を味方の軍に取り込みましたが、関ヶ原と彦根市の中間地域を支配している息長氏(オキナガ)の旗幟が不明のため、息長氏の支配地の手前の犬上川畔まで進み陣を構えました。

7月2日に大友皇子の近江路方面軍の山部王将軍は、心ならずも総司令官的立場に担ぎ挙げられましが、大海人皇子に帰参を願っていることが発覚して、将蘇我臣果安.将巨勢臣比等に殺害されました。

この事件は近江朝軍にとって、大きな動揺と内部混乱の起因となりました。

近江朝軍の指揮官の人材不足?による軍の乱れ、(蘇我果安将軍は大津へ帰り、自責の念に駆られてか?自殺する。近江の豪族羽田矢国と子の大人(フシ)一族が息長氏の支配地を通り大海人軍に帰参)の結果、中立的立場だった息長氏を始めとする近江の豪族は、大海人側に加担するようになるのです。

(息長氏が中立を保ち旗幟を鮮明にしなかったので、大海人皇子は彼の本拠地近くの不破に野上行宮を置いていたのです。)

7月5日大津を出発した田辺小隅(オスミ)の少数精鋭の別動隊が、倉歴道から鈴鹿道を抜けて裏面から不破の挟撃を目指し、大海人軍の田中足麻呂が守る倉歴(くらふ:柘植町)を夜襲し守備隊を破りました。

翌日の深夜、莿萩野(たらの:旧上野市)の多品治将軍が守る陣に夜襲をかけますが、今度は田辺小隅軍が敗れて敗走しました。(この勇猛な作戦は非常に良い策でしたが、少数兵では大海人軍に勝てず敗れ去ったのです。)

大海人軍には琵琶湖の東岸の羽田氏、息長氏、北岸の坂田氏などの豪族が加わり、大海人皇子は羽田矢国を、北近江.越方面別動軍の将軍に起用して、北陸方面の要衝(愛発:あらち:高島市.旧マキノ町)の守りに就かせました。(かつて、大友軍の精鋭が夜襲をかけた「玉倉部邑:たまくらべむら」を防げたのも、息長氏の地盤近くで起きたから大海人軍の出雲狛が援助を受けて?防戦できた。とも云われています。)

大海人軍の村国男依が率いる近江路進攻軍(本隊)は7日に出撃し、大友軍の主力部隊と
息長の横河(米原市醒井付近)で主力軍同士が激突し、朝廷軍が敗れ去り、将軍境部連薬は捕えられ斬殺されました。

大海人軍は追撃して、9日に鳥籠山(とこやま:彦根市大堀町)の将軍秦友足率いる大友軍も破ります。(鳥籠山は息長氏と羽田氏の本拠地の中間、両戦闘で大海人軍は琵琶湖の東岸「東山道」を完全に制圧できました。)

大海人軍は更に南下して進軍し、13日には近江最大の川「安河畔」(守山市:野洲川畔)
に達して、2度目の主力戦を大友軍の将軍社戸臣大口(コソベノオミオオグチ)と戦い、撃破して彼を捕虜にしました。

17日には栗太(くるもと:栗東市)の大友軍の陣営も破り、瀬田川の東岸にある官衙まで、あと少しの処まで迫りました。

ここからは近江朝廷本営の主力軍との真剣勝負になるため、進軍を停止して、大海人軍は斥候を出し、大友皇子の正規軍の陣容.伏兵の有無などの状況と朝廷軍の情報収集を開始し主力戦に備へました。

その上で、672年7月22日は、村国男依将軍が率いる大海人軍の各諸将が、大友軍の総力を挙げた起死回生の決戦に挑むのです。

◆大海人軍の斥候の報告:
『大友軍は瀬田橋の西側に整然と布陣しているが伏兵は見受けられない。しかし、驚くことがある。それは大友皇子御本人が御出座されており、左大臣蘇我臣赤兄(ソガオミアカエ)、右大臣中臣連金(ナカトミノムラジカネ)の左右大臣も布陣する、朝廷の最高位の人々が前線に出るなど』と、想定外の出来事でした。

(後世でも家康との最後の決戦となる大坂夏の陣で、外堀も内堀も埋められ、まる裸となった大阪城での戦いを鼓舞するため、真田幸村ら諸将が豊臣秀頼の御出陣を依頼したが叶わなかったことは、ご承知ですね。)

朝廷軍は大津宮防衛のため、瀬田橋を大海人軍には絶対に渡らせない強い決意でした。

むしろ大海人軍の各諸将は前回記述した如く、近江朝の高官とも面識がなく、まして大友皇子の御出座も意に介せず、特大の獲物を狙う獣狼の様な地方の豪族達でした。

大海人軍の各部隊の兵は競って橋を突破しようとしますが、橋を目がけて雨霰の如く矢が降り注ぐ集中攻撃を受け、前進を阻まれました。それをも突破して半ばまで進むと、次は仕掛けが有り、兵は川に落ち流され溺れ死させられました。

(大友軍の将「智尊:チソン:渡来人の知恵者」が橋の中程に長板を置き、綱を引くと板が外れる仕掛けをしていたのです。)

この時大海人軍の兵士に動揺が起きました。前進する士気が薄れそうになったとき、大津皇子の舎人:大分君稚臣(オオキダノキミワカミ)は矢が射込まれても耐えられるように挂甲を重ね着して、踊り出、雄叫びをあげながら抜刀して橋上を疾駆すると、無数の矢が突き刺さりました。が、彼は怯まず橋を駆け抜けました。

西側に整列して矢を射ていた大友軍の兵は、眼前に獣の様な形相の稚臣を見て恐怖に駆られ逃げる余裕もなく斬られて逝きました。男依はこの機を捉へ、全軍に総攻撃を命じ、橋の西側へ攻め込みました。

智尊は必死で奮戦しますが、捕らえられ、男依に知略と武勇は称えながらも、定めにより斬殺されました。(大友皇子の本陣が静かに退くのが、遠望された、と云われています。)

同日、琵琶湖北岸の大海人軍の別動隊(羽田矢国.大人父子と出雲狛)は、西岸道を守る三尾城(みおき:滋賀県高島町)を攻撃して、落城させました。また、大和飛鳥から上ツ道、中ツ道、下ツ道の三道を北上した紀臣の大海人軍は、淀川の山前(京都府大山崎町)に到着して布陣を完了しました。

翌日(23日)瀬田の戦で大勝利した村国男依の大海人軍は、橋を渡り粟津岡(大津市膳所)に全軍集結しました。

一方、敗走した大友軍は左右大臣等の姿はなく、大友皇子はわずかの供を従えるだけとなり、全ての退路は大海人軍に断たれてしまったのです。

大友皇子は最後まで付き添った舎人(物部連麻呂)を大海人軍に遣わしました。村国男依将軍は大友皇子の名誉ある死のため、全軍に攻撃を一時中止させました。

物部麻呂が大海人軍の前に再び現れ、皇子の最後の様子を涙ながら報告し、皇子の首を差し出しましたが、流石に誰も正視する者がいなかったと云われています。

壬申の乱後、大海人皇子の裁きです。重罪は8名で、特に大友皇子の帷幕(いばく)として作戦を立案し、実権を握っていた中臣金は極刑、大友皇子擁立の盟約を結んだ者も処罰して政権から排除しました。その他の人々は寛刑で済ませました。

大海人皇子は、天武2年(673)正月、飛鳥淨御原宮で即位し、天武天皇となり、大臣を置かず皇族や皇親を中心とする皇親政治を採り、律令体制の国家を目指しました。

天武天皇は現体制の有能な官僚を温存して活用し、新国家建設を計り、新しい藤原京の建設を立案するのです。

大規模な造営計画の藤原京の京域は約25平方キロ(平城京:約24平方キロ)あり唐風の都城:礎石建築で瓦を葺いた建物、史上初の条坊制を布いた本格的な都城:を目指すのです。(造営プランは天武13年3月に決定されました。)

この皇位継承をめぐる大戦は、天武天皇妃の鸕野皇女(後の持統天皇)にとっては、我が子草壁皇子へつなぐ天武系統体制を確立する戦いであり、大友皇子擁立の盟約者を完全に排除出来ればそれでよかったのです。

大和.飛鳥の玄関港:泉津(木津の港)へは藤原京造営用の大量の檜材が、近江の田上山(たなかみやま:大津市大神山の峰々)から瀬田川→宇治川→「木津川」へと筏に組んで運ばれ、石材や瓦などの重量物も瀬戸内→淀川→「木津川」と水運を利用して運ばれました。

「木津から大和.飛鳥へ上ツ道、中ツ道、下ツ道の3道を利用するルート」があり、泉津は藤原京から平城京へと繁栄が続いて行くのです。(完)

参考資料:壬申の乱    中央公論社      遠山美都男著
     戦争の日本史2  壬申の乱  吉川弘文館  倉本一宏著
     木津町史    本文篇      木津町 

2014年12月22日

◆どうする、プーチン大帝

平井 修一



小生の会社は9.11テロの2か月後に売上が1/4になって、銀行から見放されて清算したが、今、プーチン・ロシア帝国は泣きっ面(経済制裁)に蜂(原油安)で売上(ルーブル)が半減してしまった。


プーチンではこれから先のロシアは多分収まらないだろう。ところが独裁者はNO.2を育成しないから、プーチンに代わる人がいない。“ロビンちゃん”メドベなんてお話にならない。ロシアを誰が引っ張っていくのか。誰もいない。ゴルビーは歳をとり過ぎて、もう過去の人だ。


このドサクサは、日本にとっては最高の好機である。ただ、ここで日本がロシアに圧迫を加えると、ロシア国民は「我らが苦しんでいる時に日本は弱みにつけ込んで北方領土を取り返しに来た、卑怯だ」と結束するから、ポスト・プーチンを見極めてから「領土返還=極東開発」の交渉を始めるべきだろう。

超大国の米国はNO.2国家を許さない。そのためにはありとあらゆる調略をする。戦前はアジア覇権をめぐって日本をありとあらゆる手段で叩いた。

米国の立場に立てば、今は中共は「14億人は市場としても凄まじく大きいから、まあ叩かないことは米国の国益になるから様子見だ」ということだろう。


ところがNO.3のプーチン・ロシアは「ウクライナを調略してプーチンの代理人のヤヌコヴィッチを追放して欧米寄りする」計画に反発した、そして「クリミアを強奪し、東部を蚕食している」、逆らうなら「つぶすぞ、この野郎」というわけで米国はロシアを叩きまくっている。

で、対ロシア経済制裁を強め、へたったところで極めつけの「原油暴落」を仕掛けたのだろう。

米国の調略は失敗することが多いが、戦前の日本叩きと、戦後のソ連叩きは成功した。今のイラン叩き、シリア叩き、北叩きなどは、あまりうまくいっていない。キューバ叩きは止めるみたいだ。中共叩きの本番は、中共の出方を見ながら「これから考える」ということだろう。

話を戻して、プーチンはどうするのか。矛を収める、尻尾を巻くのか。素人考えでは「ウクライナへの干渉は止めるから、制裁は止めてくれ、OPECもせめて1バレル80ドルほどと、原油価格の安定に努めてくれ」という線で西側と手打ちするしかないだろう。

ロシア帝国の栄光復活を夢見る、誇り高きプーチン大帝にとって、この妥協はいささか不本意だろうが、国民を路頭に迷わせることと比べればはるかに良策だ。

プーチンは、西側との緩衝地帯であり盟友だったウクライナを欧米に取られることは安保上も不安だろうが、問題多いロシア(および中共)を侵略しようと狙うほどバカな先進国はいないということを理解した方がいい。

プーチンも習近平も、もっと「損得勘定のリアリズム」で外交を考えるべきだろう。(2014/12/20)

◆ロシアの混乱は長期化の様相

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

</div>平成26年(2014)12月21日(日曜日)通巻第4420号> 
 
〜ロシアの混乱は長期化の様相
         ルーブル暴落にこんどは労働移民が大量にロシアから帰国〜


ロシアから大量の労働移民が帰国し始めた。

原油価格暴落によるルーブルの下落により賃金は40%もの下落となり(たとえば10万円の月給は対ドルレートで6万円に目減りした)、とりわけタジキスタンからの労働移民がロシアを去った。

あるいは2015年中にタジキスタンからの労働者の4分の1は「ほかの国で職業を見つけたい」としてロシアから去ることを考えているという。

英文『プラウダ』によれば、「最大の理由は労賃下落より言語の問題で、法改正により、労働移民にもロシア語の試験が義務づけられるからだ」と解説している(2014年12月20日)。

久しく聞かなかった闇ドル屋も登場し、外貨両替のできる銀行には一刻も早い9ルーブル紙幣をドルに換えようと行列ができた。銀行預金の目減りを看過できないからである。

オバマ政権は12月18日に「ウクライナ自由法」によりクリミアへの制裁強化を発表した。

カナダはいちはやく同様なロシア制裁措置をとったため、ロシアは反発を強め「農作物輸入禁止ばかりか、もっと強い報復的手段を執らざるを得ない」と言明した。

ロシア外務省は「かりにもクリミアの住民投票によって民主的にクリミア併合が決まったのであり、この民主的手続きを無視する『民主国家』とは何者なのか」と反発を強めた。

ラブロフ外相は「米国、カナダの制裁強化は今後、米ロ関係を長期に亘った悪化させるだろう」と暗い見通しを語った。

◆みかんが教える仕事術

泉 ユキヲ 


愛媛出身なので、この季節になると段ボール箱でみかんを送ってくださるところが何軒か。
 
みかん箱が届くと、心がけていることがあります。

 みかんを1個ずつ箱から出して触り、硬さでよりわけていきます。
 
硬いもの、皮に弾力が出てきたもの、やわらかくなったもの、皮がやぶれたもの。

 アボカドと同じく、蜜柑もだんだん柔らかくなって食べごろの時期が来るのです。

 よりわけながら「長旅おつかれさまだったね」と声をかけたい気持ちになってきます。
 硬いものから段ボール箱に戻していく。箱の上のほうに熟れてやわらかくなった蜜柑が並びます。こうすると、最初から最後まで食べごろの蜜柑が食べられます。


■蜜柑が教える3ヶ条■


 これをやらずにいると、最初のうちに手にとった蜜柑がまだ硬くて酸っぱいことがある。
 いったん酸いみかんに当たると家族じゅうが敬遠しだす。

 なかなか売れず、そのうちカビで真っ青(さお)になったのを発見して「ぎゃ〜〜っ!」
 ますます蜜柑は売れず、いつしか乾燥してスカスカになり……ということに。

 だから、段ボール箱が届いた日にちょっと時間をかけるのは、だいじなことなのです。



 これって、みかんに限らない。

 箱から1個1個取り出し、手触りでよりわけるプロセスは、いわば「ものごとに取り組むとき、まずは広く浅く全体像をつかみ、自分の基準で問題点をよりわける」。

 その時点で傷んでいたり熟れすぎの蜜柑は、すぐに別置き。「とにかくまず応急処置をして、傷がひろがらないようにする」。

 硬い蜜柑から柔らかいものへ、下から上へと並べ替える。「しっかり優先順位をつける。時期尚早はダメ。後手(ごて)にも回らぬよう」。

        

◆カタカナ語の問題点を探る

前田 正晶



我が国の英語教育の負の成果では:

「カタカナ語の99%は英語としては誤りであるし、余程の日本通の外国人以外には通用しないだろう」というのが排斥論者である私の長年の主張だ。さらに私は「カタカナ語の製造業者は英和・和英の辞書すら見たことがないか、あるいは持っていないのか、あるいは単語を覚えることに集中し過ぎた為に品詞の区別すら理解していなかったのだろう」とも言ってきた。


例えばテレビを見て(聞いて?)いても雑誌でも週刊誌でも何時の間にか「対」という言葉が消滅して”VS”になり、その発音を「ブイエス」にしてしまったし、「マジンガーZ」も「ももいろクローバーZ」も”Z”を「ゼット」としてしまった。

UKでも「ゼッド」であり、USでは「ズィ−」なのに。学校では何を教え、生徒や学生は何を学んだのかと不思議に思って聞いている。因みに”V”の発音記号は「ヴイ−」だ。


19日も年末休みに帰郷する際の手段は何かと尋ねられた若者が「車がメイン(main?)になります」と答えた。カタカナ語常用者にとってはごく普通の使い方だろう。だが、排斥論者の私には我が国の英語教育の輝かしくない成果が現れた悲しい一例だと、残念至極に思えてならなかった。

「単語」として”main”を「主な」か「主要な」と覚えたのは結構だが、これが形容詞であることを覚え損なっていたのかと思って聞いた。

“main”には確かに名詞として使われる場合があるが、そこには「主要」という意味はなく、ジーニアス英和でもOxfordでも「水道やガスの本管から電気を引き込む幹線」としてしか出てこない。英語教員か製造業者はキチンと英語を勉強しなかったか、あるいは学ばせて貰えなかったらしいのが残念だ。

こういう誤りの他に目立つのが「英語独特の動詞が時制によって変化する」のを全く無視したカタカナ語をテレビ出演者か局が平然として使う現象だ。その手近な例が「〜をゲット(”get”?)」だ。

これは「手に入れた」後で使われるのだ。揚げ足取りだと承知で言うが、過去形になるべきだから”got”、即ち「ガット」ではないのか。これは文法無視であり、USやUKのある層では「無教養」として非難される誤りだ。「何、通じれば良いのだ」って言ったか。

揚げ足取りを続けよう。これと必ずしも同じ誤りではないが、私は「〜をチョイス(”choice?)」と言うのもおかしいと思って不愉快にさせられている。「選んだ」のだったら、”choose”の過去形で”chose”だと思うのだが、その変化を忘れたか無視したか名詞を使ってしまったのだ。

「〜をチョイスした」と言っている時もあり、この方が罪が深くない。今からでも遅くないから製造業者は電子辞書か、需要促進のために紙の辞書を買って勉強して貰いたい。

誤っているか、おかしなカタカナ語は例を挙げればキリがないだろう。兎に角氾濫している。そんな出鱈目をしながら、許しながら、放置しながら、小学校3年からだったか英語を教えようというのだから、為政者は何を考え、何を見てこのような惚けたことを言うのかと呆れている。

アルファベットの読み方一つを採っても”C”や”H”はUK式とUS式では違うのに、何を思ったのか同盟国・US方式を無視したままだ。

以上、揚げ足取りだと採られても仕方がないが、カタカナ語を使えば格好が良くて如何にも英語を良く知っているかのような印象を他人に与えるとでも、戦後直ぐの時期のような錯覚が未だに通用するのが残念だ。

更に言えば、本当に国民の英語力を高めようとする気ならば、いっそのこと戦時中に敵性語を排除したように「カタカナ語禁止令」でも発動すればどうだ。恐らく、数多くの国民、特にマスコミ等は話すことも書くことも出来なくなりはしないか。あーあ。

◆國語の悲鳴が聽えないか

上西 俊雄



3255號(26.12.20)「話の福袋」冒頭は「日本のマスコミの實態」。「我が國の」となってないのは外國人ヂャーナリストのメールがもとであった ためのやうだ。


ライターと稱する人間にコリアンが多いのは確かであり、最近の著しい日本語の亂れも、ここから來てゐるのかもしれないとある。記事の一部を惹く。

<テレビ放送が始まってまもなくの頃、放送中のちょっとした言葉づかひの問題 に對して、 朝鮮總聯からテレビ局及び經營幹部の自宅に對して脅迫に近い抗議行動が繰り返された。

(例へば「朝鮮民主人民共和國」を「北朝鮮」と言ふと猛抗議を受けた)どのテレビ局も「北朝鮮・朝鮮民主人民共和國」といふ不自然な言ひ方をしてゐた。抗議行動に對する「手打ち」として、採用枠に「在日枠」が密かに設けられた。

總聯幹部の子弟を中心に入社は無試驗、形式的な面接だけでの採用が毎年續いた。在日枠の密約を所轄官廳に對して内密にしてもらふやう局側から總聯に「お願ひ」をして、更に弱みを握られるなど、素人のやうな甘い對應で身動きがとれなくなっていった。>


これはさもありなむと思はれるけれど、それにしても今のテレビやラヂオで耳にする表現は變なものが多い。一例をあげる。


ネットでみつかったNHKニュース2014年(平成26年)12月20日[土曜日]


「政府・與黨は、來年度税制改正で3年後の平成29年末までとなってゐる住宅ローン減税が適用される期限を1年半、延長する見通しとなりました。」


政府・與黨といふのは主語のつもりなのだらうか。彼らが延長するのであれば見通しとみるのはだれなのか。「政府・與黨は延長する意向。」となぜしないのか。


語感が死んでゐると思ふ。反日勢力の影響もあるのかもしれないけれど、表記に於て役所や校閲部に國語を差配され續けてきた結果だと思はれてならない。


「國語は金甌無缺であった」で腹腔鏡を腹くう鏡と書くことの馬鹿らしさを取り上げたけれど、日經26.12.19夕刊では「腹腔鏡死亡例檢證せず」の見出しの記事で「群馬大病院は19日、腹腔(ふくくう)鏡を使った肝臓切除手術を受けた患者8人が術後4カ月未滿で死亡した云々」と書いた。


これは一歩前進といへるだらうか。4カ月の「カ」は箇の略字の「ヶ」を音からしてカとしたのだと教はったことがあるが、やはり片假名では變だ。


實は平成22年11月30日菅直人内閣總理大臣の名前で「公用文における漢字使用等について」といふ内閣訓令が出てゐるが、その中に「專門用語等で讀みにくいと思はれるやうな場合は必要に應じて振假名を用ゐる等、適切な配慮をするものとする」とあるものを適應したものだらう。


腔は形聲字。空といふ音符があるのだから讀みにくい字ではない。にもかかはらず、表外字といふだけで振假名を附す。これが語感を殺していく。

第一、このやうな場合に患者を8人と數へることがあっただらうか。ニンとメイと指示的意味に於て異るところがないからとよってたかってメイを事業仕分けした結果ではないか。


『日本の息吹』新年號卷頭の新春對談は渡邊利夫小川榮太郎。「歴史的情念に衝き動かされる世界─日本生き殘りの戰略とは」といふ大見出しで二人が熱く語ってゐる。


ネットでは必讀の文獻だと評價が高い。そのことに異存はない。特に「憲法は言語化された國體である」といふところは我が意を得た思ひがする。

朝鮮のことにふれると事大主義といふ語が必要になるが事を動詞に用ゐるのはすでにして常用漢字の否定。

對談では事大主義について辭書の項目のやうな注釋を附して、特別のあつかひをしてゐるけれど、常用漢字といふ枠組の否定にまで進んでほしかった。


言語はなぜ變化するのか。A ≒ B ≒ C であるけれど A ≠ C であるとき、つまり親子の間は通じるが、三世代ともなると通じなくなると模式的な説明をみたことがある。

しかし、いろいろの世代が重層してゐる場合、兄弟姉妹が澤山ゐる場合には起りにくいことだ。

人はだんだんと年長になるにしたがって言葉を身に就けていく。いま、兄弟姉妹の數が少い。學校教育の重要さがましてゐるはずだ。

しかし文部省はだんだんと言葉を身に就けていくといふことを認めずに常用漢字表を設けて、さういふ發達段階の低い段階を上限として線を引いてしまった。


國語が世代の違ひを超えて連綿とつづいていくには傳統に根ざすことと未來にむけて枝葉をひろげていくことが必要だ。


假名字母制限はその根と還流する脈をしめつけ壞疽せしめんとするものであるが、漢字制限は時代に應じて枝葉をのばすことを阻害する。


NHKの報道のことにもどるが、意味をなさない文を垂れ流して平氣なのは、意識が語彙の使用可能かどうかの判斷に割かれてゐて十全に意味の方に向けられてゐないためだと思ふ。


この上、安倍政權の教育方針で、英語への傾斜がつづけば、主語を顯現化した表現が當たり前になるだらう。待遇表現がおろそかになる。英文を書かせても平板なものにしかなるまい。


國語の悲鳴が聽えないか。


       

2014年12月21日

◆「475番目の男」の生命力

阿比留 瑠比


完全に乾ききっても雨が降れば蘇生するネムリユスリカの幼虫、セ氏150度でも零下150度でも生き延びるクマムシ、切り刻んだ分だけ個体数を増やして再生するプラナリア…。

そんな驚異の生き物たちと比べても、生命力で負けてはいない。そう、民主党の菅直人元首相のことである。

何しろ今回の衆院選では、前回と同様に選挙区で敗退した後、比例代表で復活当選を果たしたのだ。しかも、同じく復活当選を狙った海江田万里代表を押しのける形で、全候補の最後に当たる475番目の議席に滑り込んだのである。

菅氏は警視庁の監視対象だった学生運動のリーダー時代、機動隊と衝突して逮捕されるのを避けて常に4列目をキープしていたため「第4列の男」と呼ばれていた。今後は、誇りを込めて「475番目の男」と称してはどうだろうか。

「これからは公約に掲げた『原発ゼロ』の実現と『危険な安倍政権にNO!』を目指して、新たな戦いを展開していきます」

菅氏は16日付の自身のブログでは、こう元気いっぱい宣言した。17日付ブログでは、来年1月に民主党代表選が実施されることについて「民主党の再スタートとしてよいことだ」と記すなど、視線はすっかり前を向いている。

普通の政治家ならば、元首相であるにもかかわらず連続して選挙区で敗退すれば「自分は有権者の信を失ったのではないか」と落ち込むところだ。だが、菅氏ともなるとそんな後ろ向きな発想とは無縁のようだ。

振り返ると菅氏の生命力はすさまじい。首相時代の平成23年3月11日には、参院決算委員会で在日韓国人からの違法献金問題を追及されて万事休すかとみられていたその当日に、東日本大震災が発生して問題はうやむやとなった。

同年6月には、菅内閣不信任決議案が採決される直前に退陣を約束し、党内の根強い自身への反発を和らげ、決議案が否決されるとあっさり前言を翻してそれから3カ月近く居座った。

「菅は能力的にはダメだけど、生き残るための嗅覚はすごい」

当時、民主党の閣僚経験者はこう評価し、今回の衆院選で落選した渡辺喜美元行革担当相は「延命学の大家だ」と感嘆した。菅氏は、政権発足からまだ5カ月の22年11月の時点で「内閣支持率1%でも辞めない」とも述べており、自分の将来を正確に見通したその先見性も空恐ろしい。

この衆院選でも、菅氏のこうした執念はいかんなく発揮された。選挙戦最終盤の12月12日には自身のツイッターでこうつぶやいた。

「山本太郎さん(参院議員)が応援に来てくれた。20時を過ぎていたがメガホンで肉声の演説。待っていた人の心をつかむ訴えだった。党派を超えて脱原発派の輪が広がっている」

公職選挙法の1条は「何人も、午後8時から翌日午前8時までの間は、選挙運動のため、街頭演説をすることはできない」と定めている。総務省選挙課によると、「この条文に拡声器と肉声の区別はない」とのことである。

さすがは菅氏である。生き残るためならば、法に抵触する恐れがあろうと敢然とタブーに切り込み、それを堂々とインターネット上で公表している。凡俗の身にはとてもまねができない。(政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2014.12.18

◆反日版「パブロフの犬

黒田 勝弘



犬にある音とともにエサを与えることを繰り返すと、そのうち犬は音だけでよだれを流すようになる。これを「条件反射」といい、この研究でノーベル賞を受賞したのが旧ソ連のパブロフ博士。その後、実態はなくても機械的に反応することを「パブロフの犬」というようになった。

韓国で見かける反日現象にはよくこれがある。旭日(朝日)をかたどったものを見ては「日本軍国主義のシンボルだ!」といって大騒ぎするのもそうだ。

今週もニューヨークのブルックリンで、銀行のビルに描かれた壁 画がケシカランといって、韓国人団体が撤去を要求する抗議の書簡を送っ たと韓国のマスコミが大きく伝えている。

新聞に出た写真を見るとビルの壁画は抽象画風で、長い放射状の陽光が黄色いカラーで描かれている。これを「ニューヨーク韓人学校父母会」が、「日本軍国主義の侵略の象徴である戦犯旗を表現したもの」といって騒いでいるのだ。この言いがかりには「パブロフの犬」も顔負けだろう。

それにしても日本と戦った米国人は何もいってないのに、日本と戦争したわけでもなく、戦犯問題にも本来は関係していない韓国人が一番騒いでいるとは。誤った歴史教育の結果というほかない。あれで日本軍国主義を連想とは病気に近い妄想である。

産経ニュース【外信コラム】2014 .12・21

◆中国製造業の「ゲンバの凋落」

平井 修一



松本晋一・安田製作所代表取締役の論考「実力よりも高給なのになぜかワーキングプアの中国 現地で目にした『ゲンバの凋落』は我が身を映す鏡」(ダイヤモンドオンライン11/26)から。

<中国の製造業には、戦略の転換が迫られている。(金型設計について)純粋に設計スキルや製造のレベルを日中で比較してみると、どうだろうか?

双方の技術者同士の意見も加味した上での筆者の所感をお伝えすると、日本の金型設計者の実力を10とした場合、5から6くらいの実力はありそうだ。この数値を高いと捉えるか低いと捉えるかだが、筆者はこの点数以上に悲観的な見方をしている。

それは、日本に対してではなく中国に対してだ。同一形状であれば、CADのテンプレートを活用して超高速で設計可能だが、実態は設計をしているのではなく、「作業」をしているに過ぎない。

「なぜ、この寸法になるのかわかってクリックしていますか?」と尋ねると、「それは必要ない。システムが計算してくれる」と中国人設計者は答えた。彼は、設計の論拠や中身を知らなくても、CADの操作やテンプレートの中味を理解していれば、設計できると考えている。

これは設計ではない!?だが、彼はこれが設計だと思っている。彼の評価は、設計の中味を理解して難しい金型の設計ができるようになるかではない。何型設計したか、何枚出図したかだ。中国でも、行き過ぎた成果主義が設計力の低下を招いている。

にもかかわらず、彼らの報酬は年々上がり続ける。実力相当の上昇ではない。中国政府の所得倍増計画に準じた最低賃金上昇政策の影響や、過度な人材の奪い合いによる売り手市場の影響などにより、人件費が向上している。

グローバル化とは、それほど甘いものではない。そう遠くない将来、「中国人の給料は実力のわりには高い。同等レベルであれば、タイ人の方が安い」と言われるような過当競争の輪に、彼らも巻き込まれていくだろう。そう、ソニーやパナソニックを苦しめたサムスンが、小米に苦しめられている構図と同様に。中国も「明日は我が身」だ。

工作機械の発達により、職人にしかできなかった加工が機械さえ導入すれば可能となった。日本と中国の差は縮まる一方だ。一見すると確かにそうだ。しかし、見誤ってはならない。

一発目の加工の差は、確かに急激に縮まりつつある。しかし、問題は「玉成」と呼ばれる変更対応だ。最終形状が固まってから、成形トライを実施するのではない。成形トライ品を確認しながらトライ1、トライ2と徐々に完成度を上げていく。

最初の金型の完成度が高くないと、その後の追加工に耐えれなくなってしまう。思いのほか、量産の途中で型が壊れてしまうような現象が増えている。「ラインが止まるくらいならば、型費が1割2割、高くでもペイする」と話すメーカーも増えてきている。

なかなか中国で技術が育たない理由の1つに、答えをすぐに求めたがることも関係していると思う。トラブルが発生すると、「どうすればいいか教えてほしい」と熱心に質問をする。その答えを教えるとすぐに実行するので、「案外、中国人は素直だ」と思う。

しかし、「なぜ、その解決策になるのか?」と技術的根拠は聞いてこない。そう、問題が生じる度に、答えを知り解決できさえすればよいと思っている。これでは、技術は育たない>(以上)

中共がハイテク工業分野の技術に触れてから30年ほどしかたっていない。技術は名人により何代にもわたって引き継がれていく。日本の場合、近代工業では100年以上の技術の蓄積がある。1543年に鉄砲が伝わると、瞬く間に世界最大の生産国になってしまったから、それからなら400年以上の蓄積だ。

デンソーという会社のサイトから。

<株式会社デンソーと、デンソーの技術・技能研修を担当する株式会社デンソー技研センターは、(2013年)7月2日から7月7日までドイツのライプツィヒで開催された第42回技能五輪国際大会において、「プラスチック金型」「CNC旋盤」の2職種で金メダルを獲得しました。

デンソー・タイランドに所属するタイ代表は、カナダ・カルガリー、イギリス・ロンドンで行われた国際大会でも「CNC旋盤」職種で金メダルを獲得しており、3大会連続の金メダルとなりました。

デンソーは、1971年の第20回大会に初めて国際大会に出場し、これまでの通算成績は金メダル28個、銀メダル15個、銅メダル13個です。

デンソーは、技術を形にする高度熟練技能とノウハウを、技術開発とともにものづくりの両輪と考え、デンソー技研センターの技能者育成部門の前身となる技能者養成所を1954年に開設して以来、技能者育成と技能の伝承に力を入れています。

技能五輪の参加目的は、優秀な成績を挙げるだけでなく、技能五輪の訓練を通じて、若い技能者の心・技・体を磨き、将来の高度熟練技能者になりうる人材の計画的な特別訓練により、技能を伝承することです。

デンソーは今後も、技能五輪への取り組みを通じて、若手技能者育成と技能の伝承を継続していきます>

金メダリストは誇らしげだ。

「これまで支えてくれた方々への感謝の気持ちでいっぱいです。特に、ずっと指導してくれた3人のコーチへの感謝は言葉にできません。この金メダルは、みんなの力で獲ったものです。本当にありがとうございました」

「目標を高く立てて訓練してきたことが実を結び、とてもうれしいです。特にスピードには力を置いて練習してきました。タイでの基礎的な訓練や日本で研修の積み重ねを通して自信を持つことができ、金メダルにつながったと思います」

トップクラスの技術力があれば高くても世界で売れる。日本は価格競争から抜け出している。中共は30年で経済が失速し、おそらく不況の長いトンネルに入ることになる。一流の技術を蓄積する前にブレーキがかかってしまった。中共製=安いだけが取り柄の粗悪品のイメージは10年、20年ではとても払拭できないだろう。(2014/12/19)

◆書評・愛国陣営に4女傑見参

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)12月18日(木曜日)通巻第4417号 > 

〜愛国陣営に女傑四人見参
   その熱血トークは今後、保守陣営に活力を与えそう〜


河添恵子、葛城奈海、赤尾由美、兼次映利加
『国防女子が行くーーなでしこが国を思うて何が悪い』(ビジネス社)

女傑4人がそろい踏み、国防の重要性を説くからには男子よ、しっかりせよという内容かと思えば、経済、教育、メディア、沖縄までを論じて平和ぼけニッポンに警告する「女子力」が炸裂する毒舌トークである。

それぞれがなぜ愛国陣営にはせ参じるに至ったか、その個人的経歴をかたるところが面白くもあり、また戦後の教育の弊害、というより平和主義の洗脳をいかに克服したかという精神史の履歴を興味深く読んだ。四名ともに独創的な美人である。そのうえ和服姿の表紙だ。

河添さんは、愛国家庭環境ですくすく育ったのに、なぜ中国に留学したのか。中国人との生活を通じて、この不思議な民族の欺瞞と偽善を見抜くに至ったか。

左翼思想にどっぷりつかっていた葛城さんは、なぜ志願して予備自衛官となり、武道に励むうちに軍隊が悪であるという学校での刷り込みが間違っていることに目覚めたのか。

そして奈海さんは「頑張れ日本! 全国行動委員会」の一員として尖閣に15回も渡航した。

赤尾さんは、赤尾敏の姪であることを誇りにしてきた。そしてブータンに惹かれて行った先でプータン人男性と恋仲になり、父親が急死したためにアルミ工場の経営を引き継いで、経営者としての実践から現場で経済、教育、愛国理解をふかめていく。

一番若い兼次さんは、沖縄という、いまだに反愛国、左翼猖獗の現場にあって沖縄人の不思議なメンタリティの謎に直面し、沖縄からメッセージを発信する。

四者四様の活動歴ににじみ出てくる憂国の心情と、行動しなければおさまらないという愛国女性はこうした始源的動機をもとに言動を活発化させるから、たじたじになる男性もいるだろうなぁ。

それにしても昨今は国民集会などへ行くと、男性顔負けの女傑が急増している。

本能で本物と偽物をかぎ分ける力は女性のほうが優れている。

男はなにごとも論理的に考えてから行動を起こすが、女性は本能から判断して行動するのである。

2014年12月20日

◆衆院選挙結果と展望

池田 元彦



マスコミ報道は可笑しい。自民党が291で圧勝だ、共産党が8から21で大躍進という。自民党の前議席数は293即ち2議席減だから、議席維持が適切な表現だ。共産は前議席を2.5倍にしたが、公明党同様継続増の可能性は低く、批判票を民主党に代わり大量獲得した、が正しい。

低投票率は「自民の陰謀だ。北海道等寒くて投票に行けない、雪で選挙運動が出来ない、12月選挙は非常識だ。」とTBSで久米宏が無知を晒して騒いでいたが、前回比で一番投票率減少が少なかったのが北海道なのだ。全国平均6.66%のところ、マイナス2.38%の事実を知らない。

偏向マスコミは、「大義なき解散」、「600億円の無駄」「争点なき選挙」「自民党圧勝」と騒ぎ立て、戦略通り「52.66%」という戦後最低の投票率を達成し、公明党や共産党等組織票がある政党に有利になるキャンペーンを張っていたのだ。低投票率は、寒さでなくメディアの策謀・陰謀の結果だ。

比例で自民党1765万票は、2012年の民主党からの政権奪取時の1662万票より100万増。得票率も33.1%で前回の27.6%より、5.5%増し。民主は得票数977万票で前回より微増15万増だ。自民からの政権奪取時の2984万票には遥か遠く及ばず、国民は民主党を見限ったのだ。

原因は明快だ。前回マスコミに騙された中間・浮動層が、拙い政権運営に加え中韓阿りの強引な反日政策を推進する民主党に愛想を尽かしたのだ。

一方支持層も党内統一政策が出せない民主党への批判票として、表向き主張はぶれず耳障りも良い共産党を票の受け皿にしたのだ。

中韓の横暴・反日攻勢のお陰で保守層に加え、危機感を募らせた普段ノンポリの中間層が自民党を支持した。ネットで人気の次世代の党は惨敗した。維新の会との連携なく、田母神・西村候補は当選第1の選挙区を選ばず、敢えての敵正面攻撃作戦は清々しいが、実利を犠牲にしたのだ。

即ち、最近の自民党政策は本来の安倍イズムでない、尖閣・小笠原での軟弱対応、河野談話継承、2千万移民、靖国参拝出来ない等は、公明党の介入であると田母神・西村候補は喝破したのだ。次世代の党は、憲法改正も含め本来は安倍与党なのだから、次回復活すべき政党だ。

橋本党首不出馬の維新の党は、今後旧結いの党と必ず内紛分裂するだろう。生活、民社は何れ消滅する。以上概観すれば、自虐史観に染まらない健全野党の成長が必要だ。

民主党保守派と次世代の党に期待したい。自民党は、利権守旧派や反日親中韓党員とは決別してもらいたい。

沖縄は、小選挙区で野党候補者全員が当選したが、その後落選した全候補者が比例で復活した。翁長知事と、どう調整或は戦うのか見ものだ。政府は、補助金ばら撒きを止め、国益に基づき是々非々の、強制執行・排除等の行使も視野に入れ、辺野古移転を早期に実現すべきだ。

今回の選挙では、全国的に投票の入力・集計ミス等が多発している。それも問題だが、投票者総数より、投票総数が上回る例や、港区での次世代の党3束合計1500票が、共産党の票として集計されていたのは意図的ミスか、不正投票、不正管理を疑わせる。原因の徹底究明が必要だ。

最高裁裁判官国民審査は、現状のやり方では事実上審査ではない。国民には判断材料が少なく、盲判を押しているようなものだ。以降選挙公報等では、国論が別れる関与裁判事例に加え、該裁判官の賛否結果を判りやすくリスト化すべきだ。〇?印両方とし、それ以外は無効とすべきだ。

安倍政権の課題は、国内反日勢力排除と、国益に沿った美しい日本の回復、復興である。 

◆ロシア、衝撃的な対抗策を発表

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)12月19日(金曜日)通巻第4419号 >

 
〜ロシア、想定外の経済苦境だが西側へ衝撃的な対抗策を発表
  ルーブル下落をいう経済危機は「克服可能」と表明(プーチン大統領)〜


ロシアのプーチン大統領は12月18日、恒例の記者会見をおこない、「最悪のシナリオは、このルーブル安、原油下落という経済苦境を脱するのに2年かかる」とした。「しかしながら資本規制は見送る」。

原油安はロシアばかりか米国を撃った。シェールガス開発が一気に挫折する展望となって、サウジアラビアの思惑は着々と図に乗っている。

3月のクリミア併呑とウクライナ問題を契機に欧米はロシア制裁にでた。濾紙は農作物輸入を留めるなど対抗措置を講じた。

ロシアに経済政策を継続する欧米には、一方でドイツのようにエネルギーをロシア依存する国があってEUの制裁強硬路線に反対する国もがあり、他方ではフランスのように武器取引を制限する国などとの温度差が顕著である。

ブリスベンのG20で、プーチンは予定を切り上げて急遽帰国した「事件」があった。プーチンは前夜、ヒルトンホテルでメルケル独首相と6時間密室の会談をしており、ウクライナ問題を討議したが、その翌日だけに様々な憶測を呼んだ。

メルケルは東独出身でロシア語が流ちょう、プーチンはKGB時代にドレスデンに滞在したためドイツ語が流ちょうである。

プーチンが帰国後、ロシアは重大な路線変更を発表した。

ロシアは原油とガスの輸送ルートを大幅に変更すると衝撃の発表だっただが、日本のマスコミでは話題となっていない。

不思議である。

つまりウクライナ経由の対欧輸送ルートをトルコ経由とするのである。

EU諸国の中でも、ロシアへのエネルギー依存度に濃淡があって、フラン
スから南欧にかけてはロシアとは貿易額もエネルギー依存度も低いから衝撃は薄いが、このロシアの路線変更に狼狽した国々がある。

 ▼ユーラシアの新しいグレートゲームが始まった

こうしたプーチン大統領の西側接近外交から東へ向きを変えるという外交路線の変更はピョートル大帝以来のロシアの基本姿勢の変更にいたるか、どうか。ともかくG20から帰国後のプーチンは中国寄りをさらに鮮明にし、その上でトルコに急接近した。また先週はインドを訪問している。

「ノーザンストリーム」(北海からドイツへのルート)はそのままだが、「サウザンストリーム」(黒海からルーマニアを経由して欧州へ輸出)をトルクメニスタン、アゼルバイジャンからトルコを経由してバルカンで分岐させ、オーストリア、イタリアなどへの輸出ルートに変更する。

このための投資は50億ドル。半分をガスプロムが負担するとした。

従来の「サウザンストリーム」は黒海からブルガリアを経由する計画だったため「通過料」を失うブルガリアは欧州議会に対ロ制裁を解くよう強く抗議した。

最大の裨益者はトルコである。

しかもトルコはイラン原油がイラクを経由してシリアに運ばれる輸送ルートの建設に反対し、カタールのガスをイラクからシリア経由トルコへ運ぶルートを提案していた。

小誌はトルコのイスラム回帰と脱欧州の動きに注目してきたが、欧米マスコミで悪評高いエルドアン大統領は「勇士連合」に加わったもののISIL対峙には消極的であり、むしろオスマントルコ帝国復活の夢を描いてきた。

2015年の展望は経済危機が続行され通貨戦争が再発することになるだろう。