2014年12月16日

◆テトラグラマトン・崇むべき四音節語

上西 俊雄



比較言語學の生まれる前、ヘブライ語は人類最古の言語とされ神にもっと も近い言語とされた。イスラエルはフェニキアに近い。テーバイの建國者 カドモスはフェニキアからギリシャにアルファベットをもたらしたとされ る。カドモスが聖なる泉を守るドラゴンを退治したのは文化の連續を斷つ 者の宿命であった。

石原愼太郎が代表質問(平成25年10月16日)で1945年8月14日附(日本よ り一日早い)のニューヨークタイムスの社説に觸れて「ドイツの敗戰のと きの論調とがらっと違ひまして、日本の場合には、しかも漫畫が添えてある。

この部屋ぐらい大きな、何かナマズだか鯨だかわからない醜惡な化物が倒 れてゐて、それがあんぐりあいた口の中に、GI、つまりアメリカ兵がヘ ルメットをかぶって二人だか三人入っていって、大きな大きなやっとこ で、あんぐりあいた怪獸の口からきばを拔いてゐる。」と述べた。カドモ ス傳説に牙は付物だから、化物はドラゴンだったと思はれる。

「リスナー」1986年10月16日號でロバート・マックラムは、1788年7月23 日(米國憲法批准の日)ニューヨークで國語(Federal Language)といふ 書を掲げたデモがあったといふ。

彼らにとって憲法制定は歴史をここから始めるといふことでもあったであ らうが、同時に國語を確立する意味をも持ってゐた。國語としてギリシャ 語やヘブライ語を採用すべきだとする主張まであったのださうだ。

フィラデルフィアのソートンといふ人に『カドモス』といふ表記改革を訴 える本があるが、恐らく5年前のニューヨークのデモの參加者の一人。我 が國の表記改革論者のいふところとあまりに似てゐるので驚くけれど、英 語は English を Inglish と讀まねばならないのだからソートン氏には同 情したくなる。

我が國は古い歴史と國語を持つ。憲法は英語で言へば同時に國體である が、國體をつらぬくものは天皇と國語ではないか。萬葉から敗戰時までの 國語は五十音が骨格であり、五十音圖は國語を守るドラゴンであった。占 領下にあって歴史教育と國語教育がないがしろにされ、今の小學校の教科 書には五十音圖がなく、憲法改正を主張する人も國語のことをいふことは ないが、もし改正憲法が假名字母を制限した表記になるのなら本末轉倒と いふべきだ。


[名前の表記]

グリム童話にルンペルシュティルツヒェンといふ噺がある。不思議な力を もつ小人の名。后となった粉屋の娘が約定によって第一子を小人に渡さね ばならない。名前を當てたら渡さなくてもよい。名前を當てられた小人は 地團駄踏んで悔しがって死んでしまふ。名前に魔力があることがわかる。 一音でも違ってはだめなのだ。

Tetragrammaton

といふ語、tetra が四で、gramma が文字。ヘブライの神の名の四つの音 (ヘブライ文字は母音を捨象したから今風に言へば音といふのは子音)を ならべたもの。神の名を直接いふことをはばかったのだ。

神の名はみだりに口にすべきでなく、信心のないものが口にすれば汚され るとされたのだ。gramma とあるが字形の問題ではない。第一、 tetragrammaton はヘブライ語をギリシャ語に譯した形を、ギリシャ文字 でなくラテン文字で寫したもの。ヘブライ文字なら竝びの方向は逆のはずだ。

シャンポリオンがロセッタストーンからヒエログリフを解讀したのも最初 はここが王の名前だらうといふところからあたりをつけていったのだっ た。かういふ名前の表記が粗略になされることはなかった。

我らの先祖が漢字を借りて日本語を書くときも、名前のところで苦心した といふことを幸田露伴が語ってゐる。

<記者 神樣のお名前などもさうでございませうか。

露伴 それは實に粗略に讀んではならぬのです。それも音で表してあれば 譯はないのですが、○○草葺不合尊(ウガヤフキアヘズノミコト)といふや うな御名を書する段になると、古來文字の義を假りて書かれてあるのです から、餘程細心にそれを讀まなくてはいけないといふやうな書き方になっ て居るのですからね。

記者 一般にはなかなか分りませぬ。

露伴 なかなかそれはおろそかになりません。漢字を和讀して、その元の 儘の音にするといふのですから大變な手數です。>


[ローマ字の場合の問題]

少々前置きが長くなったけれど、最近氣づいたことは畏れ多くもすめろぎ の漢語の表記にかかはる。はからずもテトラグラマトンであった。

ローマ字が翻字式であれば假名を寫すだけだから長音といふことは問題に ならないが、ヘボン式や訓令式は翻字式でなく、長音なるものをアクセン ト符を冠した字母であらはす。

明治期に構想された方式ではタイプライターだからアクセント符を冠した 字母を用ゐることはさして難しくなかった。しかし IT時代になってみ るとアクセント符を冠した字母の入力は簡單ではない。また道路標識の場 合を考へてみてもアクセント符の有無で讀み分けるのは難儀だ。

日本語をローマ字で書いた最初の一人ロドリゲスは母音連續を嫌って一つ に疊み込みアクセント符を冠してその目印とした。これがいはゆる長音の はじまりだ。敗戰後の文部省は一字一音であるべきだとして、母音として しか發音されないワ行の假名や語中のハ行假名の使用を禁じたのでいはゆ る現代假名遣では母音連續が増えた。だから現代假名遣を翻字したローマ 字はつかひものにならない。

ヘボン式や訓令式で轉寫すればアクセント符を冠した字母が増える。それ で國土地理院はアクセント符を冠した字母を普通の字母で置き換へる方式 にした(平成16年)、いや追認したと言ふべきかもしれない。

また文化廳は「外國人のためのハンドブック」で長音は母音字を竝べて表 すこととした(平成21年)。後者は外國人のためのものだから、知る人は 少ないし、學校で教へることもない。教はった通りに書いても、外國人に は別のことをつたへてゐるのだから、サイバーテロを役所がやってゐるや うなものだ。

「勤王」といふ語を例にあげれば平成16年の方式では KINNO で、「金の 斧」の最初の三音節と區別できない。歴史的假名遣の翻字でいくしかない のであるが結果的にそれが正しかった。一字一音であるべきだとすれば無 意味に見えるワ行假名や語中のハ行假名に離合の徴表ともいふべき機能が あって、歴史的假名遣の方が表音機能において合理的であったのだ。

ローマ字表記で御名にあたるところの音節が減じられるといふことは由々 しき問題。ローマ字に合せて假名字母を制限するのでなく假名に合せて ローマ字を考へるべきであった。翻字式ローマ字の導入を訴へる所以であ る。なほ詳細については海津氏のサイト「ローマ字相談室」のローマ字資 料室(ヘボン式系統)にある擴張ヘボン式の説明の參照を乞ふ。


(呉竹會機關紙『青年運動』第977號(皇紀2074年平成26年12月15日號)掲 載。轉載については呉竹會の了解を得た。執筆者の肩書は呉竹會會員。な ほ2字○であらはした。一字目は盧の右に鳥、漢音呉音ともにロ。二字目 は茲の右に鳥、漢音シ呉音ジ、義は等しくウノトリ、シマツドリと手元の 字典にはある。)

         
        

◆中共の技術レベルは低すぎる

平井 修一



「ゲージ」というのは長さ・重量などの物理量を測定する器具の総称だそ うだ。ネジの品質をチェックするのが「ねじゲージ」で、岩城真氏の論考 「誰も知らない中国調達の現実」(サーチナ7/8)はそれについて日中の 技術差を指摘している。

<現場のリアルな話を書く。中国で製造した部品の検査に使うゲージ、み なさんは日本製を使っていますか、それとも中国製ですか?もちろん図面 指示がJISであれば、JIS規格のゲージを使わなくてはならない。JISに準 拠しているものならば、中国製であっても理屈のうえでは良い。

しかし日本に持ち込む部品であれば、筆者は日本製を使っている。通常は 日本製ゲージを中国のサプライヤーに貸与し、日本製のゲージで出荷前検 査をさせ、合格品を出荷ということにしている。

ところが、中国製のゲージを中国で購入し貸与したということがあった。 理由はふたつ、検査の対象となるおねじは、位置決め用のナットを締結す るだけの重要部でないこと。それに日本製と中国製では、価格差に5倍ほ どの開きがあったことだ>

ところが中国製ゲージはしばらくするとガタがきて、とてもじゃないが使 える代物ではなくなるそうだ。まったく信頼できず、結果的に不良品が多 くなってしまう。なぜか。

<焼き入れ、つまり熱処理というものはノウハウの塊みたいなもので、出 来あがったものを分析しても、コピーできるものではない。製品を分解し てスケッチすればコピーできてしまう機構部品と違うのである。

要するに、中国製と日本製では耐久性が、まったく違うのである。ゆえに 新品を比べてみても差異は認められない。

ゲージであれば品質を担保する確実性、産業機械であれば操業の安定性を 考えると、やはり日本製を選び、日本らしく正しく使いたくなる。

筆者は日本の国粋主義者ではないが、「次からは、高くても日本製を買お う」という結論になってしまう>(以上)

中共の技術力というのは二流、三流のレベルだということ。日本車と中共 国産車はネジの品質からして違うと言われるのは、以上の論考からしても 事実なのだ。

永年の競争社会で技術を切磋琢磨してきた資本主義国と、競争のない共産 主義国の技術のレベルは雲泥の差なのだ。

中共軍は米軍には間違っても勝てない。日本軍には「もしかしたら勝てる かもしれない」と開戦の機会をうかがっているが、兵器の技術レベルにも 雲泥の差があるだろうから、勝てるものかどうか。

自衛隊OBが「日中が衝突すれば日本が勝つ」としばしば言っているのは、 以上のことを踏まえたものだろう。中共もこの技術差を承知しているよう である。

「自衛隊の隠された実力 中国は日本のライバルにもなれない」(サーチ ナ11/8)から。

<中国メディアのBWCHINESEは6日、中国は先端技術や基礎的な技術のいず れにおいても日本に敵わないとし、「将来的な見通しとして、中国は日本 のライバルになることはできない」と主張する記事を掲載した。

記事は、四方を海に囲まれた日本は日本国民に危機意識を植えつけたとし たうえで、「日本人は学習に長けており、日本は高い技術力を持つ」と指摘。

さらに、高い技術力は自衛隊の「隠された実力」につながっていると主張 し、海上自衛隊を例に出したうえで「艦艇の数は多くはないが、装備の質 を見れば世界でもトップレベルの水準」と論じた。

自衛隊の実力を支えているのは、「日本の強大な工業体系に隠されてい る」とし、中国でも広く知られた日本企業のなかには軍事産業にかかわる 企業も多いとしたうえで、「民間という隠れ蓑があるだけで、日本は軍事 工業帝国でもある」と主張した>(以上)

こうした情報が中共と人民に浸透すれば、日本などの周辺国を威嚇するこ とをやめ、「平和的台頭」路線に戻るかもしれない。まあ、油断大敵だ が。(2014/12/15)

     
    

2014年12月15日

◆日本企業は中国に見切りを

田村 秀男


今から29年前の1985年9月、ニューヨーク・セントラルパーク脇のプラザ・ホテルで日米欧5カ国の財務相・中央銀行総裁が集まって、ドル高是正で合意した。外国為替市場では円高ドル安が急速な勢いで進行していく。

日本の某新興不動産業者一行はナマオケ楽団を引き連れ訪米し、夜はホテルで演歌に興じながら全米を回り、物件を見つけては札びらを切って買い漁った。

米側は、日本企業に押されていた自動車や半導体・スーパーコンピューターなどハイテク部門で巻き返そうと躍起になっていた。円高ドル安に加えて、中央情報局(CIA)まで動員して半導体の海外市場のデータを収集して日本の半導体業界のダンピングの証拠をそろえ、通商法を活用して制裁条項を発動するほど徹底していた。

結果は、日本の自滅同然だった。不動産業者はことごとく米市場で巨額の損失を出し、軒並み撤退。日本経済自体は成り上がり企業の失敗談で済むはずはなかった。

日銀による金融緩和マネーは株式や不動産市場に流れて、バブルを膨張させ、90年代初めに崩壊。今なお脱し切れていない慢性デフレの淵源(えんげん)はプラザ合意にあると言ってよいだろう。それほど、通貨水準の変更は一国の運命を狂わせる可能性がある。

そこで、少し気になったのが、最近の急速な円安ドル高の進行だ。過去の円高期に大変な勢いで日本企業が中国に進出した。その通貨、人民元の方はドルに対して小刻みに上昇している。

アベノミクスが始まって以来の1円当たりの元相場と、プラザ合意後の1ドル当たりの円相場の推移を照合したのがグラフである。円・元のトレンドはかなりの程度、プラザ合意後のドル・円に似通っている。プラザ合意当時の日本は今の中国、米国は日本とでも言うべきか。

例えば、チャイナ・マネーによる不動産投資だ。カナダ、豪州やシンガポールでは、中国人による買いの影響で、住宅価格が上がり過ぎたとして、市民の間で反発が高まっているほどだ。

今後は東京都心などの不動産の買い漁りに拍車がかかるかもしれない。元は円に対して50%以上も高くなったから、中国人にとって東京などの不動産は割安もいいところだ。中国国内の不動産市況が悪化しているのに比べ、中国人投資家の間では2020年の東京五輪に向け、相場が上昇するとの期待も高い。

肝腎なのは、日本企業である。プラザ合意後、米半導体産業はドル安に技術開発戦略の強化などを組み合わせてインテル、マイクロンが息を吹き返した。自動車ビッグ3も小型車開発の時間を稼いだ。

今回、日本企業はどうするのか。円安に伴う収益増を国内外の株主への配当に回して喜ばせるだけなら、日本全体への波及効果に乏しい。割高になった中国での生産に見切りを付けて、本国にカムバックする戦略に本格的に取り組んだらどうか。 (産経新聞特別記者)

産経ニュース【お金は知っている】2014.12.14

◆「成功の要諦」を読む

伊勢 雅臣


「感謝、幸せ、恩返し」こそ成功への道。

■1.「人を動かすのは、利益ではなく、大義だ」

「人を動かすのは、利益ではなく、大義だ」とは、現代リーダーシップ論の旗手サイモン・シネックの言葉だ。彼は2千万人もの人が見たインターネット講演録[1]で、ライト兄弟の飛行機開発を例にこう述べている。

「20世紀初頭、飛行機の開発を夢見て、多くの挑戦が行われていた。その中で、サミュエル・ピエールポント・ラングレーは成功の本命と目されていた。彼は米国陸軍省から多額の資金を提供され、その資金にものを言わせて、当時の最高の頭脳を集めていた。ニューヨーク・タイムズは、いつ成功するかと彼を追い回していた。

しかし、成功したのは、無名のライト兄弟だった。彼らは自転車店のわずかな利益を開発資金としていた。兄弟を含め、彼らの協力者の誰も大学を出ていなかった。もちろん、ニューヨーク・タイムスの注目も浴びていなかった。

ライト兄弟の成功の要因は何だったのか。彼らを動かしていたのは「飛行機を発明すれば、世界が変わる」という大義、理想、信念だった。ライト兄弟の夢を信じて、そのチームは血と汗と涙を流しながら、一心に働いた。

一方のラングレーは利益と名声のために働いていた。その証拠に、ライト兄弟が人類初の飛行に成功した途端に、彼は開発を投げ出してしまったのである。リーダーがこれでは、スタッフはいくら高給で雇われても、心の底から頑張ったりしなかっただろう。


■2.「世のため人のため」という経営の大義

サイモン・シネックの数十年、数百年も前から、我が国の偉大な経営思想家、一流の経営者たちは、大義によって自分を励まし、他者を鼓舞してきた。

江戸時代の石田梅岩[a]、二宮金次郎[b]、明治大正の渋沢栄一[c]、豊田佐吉[d]、昭和の松下幸之助[e]、本田宗一郎[f]、盛田昭夫[g]。これらの人びとは「世のため人のため」という大義を掲げ、それにより多くの人びとを導いて、偉大な業績をあげてきた。

現代日本で、この系譜に連なるのが稲盛和夫だろう。京セラ、第二電電(現在のKDDI)の創業者、最近では日本航空(JAL)の再建を果たした現代日本を代表する経営者であるとともに、経営思想家としても多数の著書を発表している。

弊誌でも、その思想と言行を443号「稲盛和夫 〜 世のため人のための成功哲学」[h]で紹介した。最新著『成功の要諦』[2]は6つの講演を集めたもので、きわめて分かりやすく氏の経営哲学が語られているが、その「第6講 運命を開く道」では氏が世に出るまでの生い立ちを通じて、その思想を身につけた過程が語られている。

学生や若手社会人の方々にもぜひ読んでいただきたい内容なので、本号ではそのさわりを紹介したい。弊誌なりに氏のメッセージを要約すると「感謝、幸せ、恩返しが成功への道」ということで、これは我が国の伝統的な経営哲学に通ずるものだ。

氏が現代社会でも大きな成功を納めているということは、サイモン・シネックに待つまでもなく、日本の伝統的な経営哲学が21世紀の現代社会においても十二分に有効である事の証左であると言える。


■3.「和夫君をどうしても中学校に入れてやってください」

稲盛和夫は自分の前半生を「悲惨」だったと言う。

戦時中、鹿児島で小学生だった稲盛少年はいたずらばかりしているガキ大将だった。小学校卒業とともに名門旧制中学を受験するが、勉強もしていなかったので不合格。中学に行けない生徒は国民学校の高等科で2年学んでから就職というのが、一般的な進路だったので、その道に進んだ。

昭和19(1944)年暮れ、風邪を引き、すっと寝込んでいたが、医者に診て貰うと、なんと結核の初期症状。当時は結核は死に直結する病で、医者は「安静にして、十分栄養を」と言うが、戦争末期、食糧難の最中では栄養補給もままならなかった。

年があけて昭和20年、小学校の担任だった土井先生が空襲の中を家まで訪ねてきた。何事かといぶかる両親に、土井先生は「和夫君をどうしても中学校に入れてやってください」と頼んだ。願書まで提出してくれていた。

試験当日は、防空頭巾をかぶって、「和夫君を借りていきます」と、熱の残る手を引いて、名門鹿児島一中の試験会場まで連れていってくれた。しかし、そんな体調では受かるはずもなく、2度目の不合格。

稲盛少年は「もう中学校にいくのはあきらめよう」と思った。鹿児島でもしょっちゅう米軍の空襲があり、さらに結核の身では将来の希望を持てる状況ではなかった。

しかし、土井先生はまた家にやってきて「鹿児島一中は受からなかったけど、鹿児島中学という私立校がある。何としても中学校に行きなさい」。両親も「この子は病気ですから、中学校には行かせないつもりです」と言ったが、先生は願書を出してくれていて、「受付は終わっているから、必ず試験に行くように」と聞かない。

土井先生の厚意、善意のままに、稲盛少年は鹿児島中学を受験し、何とか合格できた。土井先生が願書を出してまで勧めてくれなければ、まちがいなく稲盛少年は国民学校高等科卒で就職していた。

「小学校時代の同窓会に顔を出しますと、小学校を卒業し、市バスやタクシーの運転手になった同級生や、実家の食堂を継いだという同級生に出会い、昔話に花が咲くことがあります。

私も田舎でそのような人生を送っても、なんらおかしくなかったのです。今日(こんにち)があるのは、土井先生のおかげだと強く思い、今も心から感謝しています」。[2,p210]


■4.大学進学に両親を説得してくれた辛島先生

昭和20年春、旧制中学に進学したが、敗戦により新制高校に進んだ。卒業を迎える頃になり、貧乏人の子沢山の家だったので、長兄と同様に、地元で就職しようと考えていた。

ところがクラス担任をしていた辛島(からしま)政雄先生が家にやってきて、「稲盛君は学校で一、二の成績だし、就職するのは惜しいですよ。苦しいでしょうが、大学で勉強をし、好きな道に進ませた方がいいと思います。ぜひ考え直して下さい」と、就職を希望する両親に説いた。

学資についても「大学で奨学金を貰い、アルバイトをすれば何とかなる」と、渋る両親に熱弁をふるった。その結果、大学を目指すことになったが、志望していた大学は落第、地元の鹿児島大学工学部応用化学科に進学することになった。そして大学の4年間、懸命に勉強をする。

「もし、辛島先生がわざわざ家まで訪ねてくださり、両親を説得してくださらなかったとすれば、やはり今日の私はなかったに違いありません」。[2,p212]

■5.あちこち駆けずり回って就職先を世話してくれた竹下先生

いよいよ大学を卒業する頃は、まだ戦後10年で、しかも朝鮮戦争終了後の不況で、就職先がなかなか見つからなかった。特に地方大学の出身者には、思うような会社に就職することは大変、難しい状況だった。

指導教授だった竹下寿雄先生は大変心配して、あちこち駆けずり回って、ようやく京都の松風(しょうふう)工業という碍子(がいし)製造会社を紹介してくれた。

しかし大学では有機化学を専攻していたので、急遽、磁器、すなわち無機化学を勉強しなければならなくなった。そこで半年間だけ粘土鉱物の研究に携わり、ハロサイトという結晶を発見するなど、半年間の成果を卒業論文としてまとめた。

卒論の発表会で、新たに着任した内野正夫先生の目に留まった。東京帝国大学応用化学を出て、満洲で軽金属製造を指揮するなど、第一級の先端技術者として活躍していた人だった。内野先生は「あなたの論文は東大の学生よりも素晴らしい。あなたはきっと素晴らしいエンジニアになりますよ」とまで言ってくれた。


■6.「絶対にパキスタンに行ってはなりません」

松風工業に就職してからも、内野先生は鹿児島から東京に出張する都度、京都駅に停車する時間を電報で知らせてくれて、その都度、わずかな停車時間中に、いろいろ研究上や人生面のアドバイスを受けた。

パキスタンから松風工業に実習に来た青年が、母国で碍子を作っている大きな会社の御曹司で、「ぜひパキスタンに来て欲しい」と何度も誘われた。この件で内野先生に相談すると、こう言われた。

「絶対にパキスタンに行ってはなりません。せっかくここまで高めてきた技術を、パキスタンで切り売りすれば、数年後に日本に帰ってきたときには、エンジニアとしてのあなたは使い物にならなくなっているでしょう。

あなたがパキスタンにいる間に、日本の技術は日進月歩で進んでいくはずです。ぜひ日本で頑張り続けなさい」。[2,p218]

あのままパキスタンに行っていたら、中途半端なエンジニアで終わっていたろう、と稲盛は述懐する。

後に内野先生は鹿児島大学を辞めて、ある会社の東京研究所の所長となるが、稲盛は東京に出張するたびに先生を訪問して、新製品や新規事業の技術的アドバイスを受けたり、大学研究機関への紹介をお願いしたりした。


■7.「我が師」

松風工業に入社して3年ほど経った頃、新しい研究テーマについて、経営幹部と意見が合わなくなり、会社を辞めることになった。それを機に、元の上司とその友人たちが「稲盛和夫が研究開発した技術を世間に問うための場」として、新しい会社を作ってくれた。これが今の京セラの前身である。

元の上司が大学時代の同級生・西枝一江(にしえだ・いちえ)さんを紹介してくれた。西枝さんは初めて稲盛と会った時には「こんな若造が」という反応しか示さなかったが、何度も通い詰めて、ファインセラミックスの可能性を繰り返し説いていくうちに、「やってみるか」と言ってくれるよ
うになった。

そして、自分の家屋敷を担保にして1千万円の開業資金を用意してくれた。この西枝さんの支援があってこそ、京セラを創業できたのである。

西枝さんは経営のあり方から、酒の飲み方まで、実に多くのことを教えてくれた。会社の状況を報告するたびに、京セラの成長を我がことにように
喜んでくれた。

ある時、京セラを上場させようと思って、西枝さんに相談した。上場により、大株主である西枝さん自身が相当の利益を手にすることができるので、喜んでいただけると思っていた所、「そんなことはやめなさい」と言う。「訳のわからない株主に経営を左右されるような上場などするべきではない」と言うのである。


「それほど、欲のない、心の美しい方でした。今も、そのお姿を思い返すとき、私は心の底から、「我が師」と呼ばせていただきたいと思いま
す」。[1,p222]

■8.感謝、幸せ、世のため人のため

自分の前半生を稲盛はこう振り返る。

「悲惨な前半生が続いていましたが、松風工業に入り、研究に打ち込み、その成果をもって、京セラという会社をつくっていただく頃になりますと、自分の人生を振り返って、今あるのも、様々な方々との出会いと助けがあったからだとはじめて思えるようになってきたのです」。[1,p236]

「感謝」の念が湧き起こってくると、自分の「幸せ」を感じ始めるようになった。すると、さらに他の人々の幸せをも願うという気持ちが自然に湧き出てくるようになってきた。

京セラが20代の若者中心にできた時、仲間でつくった誓詞血判状に は、「世のため人のために尽くす」という言葉を盛り込んでいた。

「京セラがスタートすると、そのできたばかりの会社をどのように経営していけばよいのか、私は大変悩みました。8人の仲間が集まり、20人の従業員を採用し、28名で会社を創業したのですが、経営を誤り、会社を潰せば、大変なことになります。

せっかく集まった従業員たちを絶対に路頭に迷わせてはならない。そのために、私は「誰にも負けない努力」を払うことを心に誓い、今日まで必死に働いて参りました」。[1,p237]

この稲盛の姿勢と、それに共感した多くの人々が、京セラ、KDDI、日航の成功を実現したのである。稲盛の説く「成功への要諦」を一言で言えば、「感謝、幸せ、恩返し」ということになろう。

そもそも稲盛和夫を育てた人びとも「世のため人のため」と思って、その成長、成功のために尽くしたのである。それに感謝し、幸せに思った稲盛が今度は恩返しとして「世のため人のため」に尽くしている。

稲盛和夫の説く「成功の要諦」は事業の成功だけでなく、人びとが互いに感謝し合う、幸せな社会を築く道なのである。

■リンク■

a. JOG(406) 石田梅岩〜「誠実・勤勉・正直」日本的経営の始祖 それは経済的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさへの道でもある。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog406.html

b. JOG(600) 二宮金次郎と「積小為大」
 二宮金次郎の農村復興事業が、日本人の勤勉な国民性を形成した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h21/jog600.html

c. JOG(279) 日本型資本主義の父、渋沢栄一
 経済と道徳は一致させなければならない、そう信ずる渋沢によって、明
治日本の産業近代化が進められた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog279.html

d. JOG(371) 豊田佐吉の産業報国
 40年におよぶ苦難の発明家人生を生き抜いた原動力。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog371.html

e. JOG(227) 松下幸之助〜繁栄と幸せへの道筋
 危機、また危機を乗り越えて、企業の繁栄と従業員の幸せを実現してき
た道筋とは?
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog227.html

f. JOG(283) 本田宗一郎と藤沢武夫の「夢追い人生」
「世界一の二輪車メーカーになる」との夢を追い続けて二人は幸福な職業
人生を生き抜いた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h15/jog283.html

g. JOG(111) 盛田昭夫の "Made in JAPAN"
 自尊と連帯の精神による経営哲学
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog111.html

h. JOG(443) 稲盛和夫 〜 「世のため人のため」の経営哲学
 従業員の物心両面の幸福を追求するのが、 経営者の役割。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h18/jog443.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. サイモン・シネック「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」、
TED
http://bit.ly/1snvAJv

2.稲盛和夫『成功の要諦』★★★、致知出版社、H26
http://www.chichi.co.jp/special/success/
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4800910552/japanontheg01-22/


◆不遜な姿勢を打ち出す中国の脅威

櫻井よし子



国際社会がとんでもない世の中になりそうだ。中国がこれまでの世界のルールを自分たちの考えで変えてしまうと、事実上、宣言したのである。

世界の制度や規制は中国がつくるという不遜な姿勢が打ち出されたのは11月28、29の両日、北京で開催された中央外事工作会議でのことだった。

習 近平国家主席が常務委員会(日本の内閣に相当)全員と党や軍の幹部を前 に中国の対外政策について演説し、「国際社会の制度改革を進め、わが国 の発言力を強める」「中国は近隣外交を平和、誠実、相互利益、包容に基 づいて行うが、自国の正当な権利、国益で譲ることはない」「核心的利益 は強い覚悟で守っていく」などと語った。

近隣外交では平和や誠実をモットーにするという美しい言葉をちりばめてはいるが、真意は国際社会の制度を中国の都合に合わせて変更し、中国の権益を守り抜くために他国の領土や領海を中国なりの理屈で奪うことも辞さないと表明したとみられてい
る。

このような見方は、演説と同じ日に英国駐在の中国大使館幹部が英国議会の下院に通達した香港統治についての驚くべきメッセージによって、さらに深まっ た。

同外交官は、英国と中国が合意したはずの、香港の高度な自治を返還から50年間は 守るという共同声明は香港が返還された時点で無効になっていたと通達したのだ。

周知のように英国と中国は香港が中国に返還された場合、返還の日から50年間は香港の高度な自治を保障するという内容の共同宣言に調印した。

これが1984年 のことであり、97年に香港は中国に返還された。社会主義一党独裁の国に自由と民主 主義を尊ぶ香港が組み込まれた際、中国は「一国二制度」という制度を考え出した。

ところが、返還から17年しかたっていないにもかかわらず、中国政府は香港の行政長官の選挙に制限を加えた。自由選挙を求める学生たちが立ち上がったが、 彼らの運動も抑え込まれつつある。

英中共同宣言に違反する現状に反発し、英国議員らが香港の実情視察に訪れたとき、中国は入国を拒否するという強硬手段に出た。そして前述のように11月28 日、香港返還時点ですでに84年の共同宣言は無効になったと英国下院に宣言したわけ だ。世界の制度や法律を変えて、中国の主張を押し通すという習主席の言葉の実践が 始まっているのである。

だが、中国の邪な主張が世界にスンナリ通用することはない。11月29日の台湾の統一地方選挙がそのことを有弁に物語っている。

台湾総人口2300万人のうち、 約7割に上る人々が住んでいるのが台北、新北、桃園、台中、台南、高雄の6市であ る。これまでは中国寄りの国民党が4つの市で市長ポストを握っていた。今回、新北 市を除く全てを野党第一党の民進党および同党に支援された候補が奪った。

民進党がどれほど国民党を圧倒したかは得票数から見えてくる。台北市では、85万対60万、まさに大差で勝利したのだ。

民進党の大勝利の背景に、半年前、台湾の国会を占拠し、「ひまわり運動」を起こした学生たちの意識があった。学生たちは馬英九政権が強引に進めようとし た中国とのサービス貿易協定に反対して立ち上がった。

中国が経済力で台湾をのみ込 んでしまうかのような取り決めに反対した学生たちが、台湾を台湾人の国として守っ ていく意思を示したのが今回の統一地方選挙だった。

経済、軍事両面から迫る中国は実に手ごわい相手である。それぞれの国が固い決意をもって対処しなければならない。とりわけ、中国が一番の敵と見なす日本 は覚悟を迫られている。

中国の脅威にどう備えるか、それこそが12月の衆議院選挙の 真の争点だということを重ねて強調したい。
『週刊ダイヤモンド』 2014年12月13日号 
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1063 
                  (情報採録:久保田 康文)


◆私の「身辺雑記」(170)

平井 修一



■12月11日(木)。朝は室温13度、微雨、フル散歩。寒さが緩んだ。

子・孫の一団は朝食後に機嫌よく帰って行ったが、天気が悪くても膨大な 洗濯物は待ったなしだ。2回まわした。午後から日射しも出始め、ほっと した。

高校1年3組の同窓会幹事から最近の会の記念写真(19人)が届いたが、小 生は10年ほども出席していないので誰が誰やらほとんど分からなくなって いた。紅顔の美少年も花咲く乙女も皆ヂイヂ、バアバに変身していた。駒 光なんぞ馳するがごとき。

ほとんどが64歳だから70歳定年の青学教授以外はリタイアしているのでは ないか。東大教授は私大へ再就職したかもしれない。

それにしても同窓会に出席するメンツは大体いつも同じだが、元気で生活 にゆとりのある人が多いようだ。1997年に初代の幹事は小生が務めたが、 以来13回も続いている。大したものだ。

長女の旦那が発熱したため、今夜も集団的子育て。トンテキなどでもてな す。旦那は一人ぼっちで養生。奥さんが「寝ずの看病」なんて遠い昔の話 なのだろう。昭和は遠くなりにけり。皆胡麻塩頭になりにけり。

■12月12日(金)。朝は室温12度、微雨、フル散歩。終日寒い。

またまた膨大な洗濯物。2回して、キッチンを片づけてから洗濯物を干し 終えたら10時近くになっていた。主夫業は力技だ。

今夜はカミサンは病院の忘年会。この他に仲良し4人組の会、町内の友達 の会など飲み会が例年のごとく続くのだろう。そういう季節だ。米屋では カレンダーをくれた。

元日本経済新聞記者でソウル支局長などを歴任し、現在も韓国在住の玉置 直司 (たまきただし)氏が「韓国社会揺るがす『チラシ』爆弾 噂が大 増殖、政財界にも深刻な影響」を書いている(JBプレス12/12)。

<チラシに出てくるような話が国全体を揺るがすようなことは、本当に韓 国にとって恥ずかしいことだ」

2014年12月7日、与党首脳との昼食会で朴クネ大統領は強い口調でこう 語った。日本語が語源である「チラシ」で韓国は大騒ぎだ。

韓国では、主に証券、金融市場などで出回っている情報を集めた自称「特 ダネ情報誌」のことを「チラシ」と呼ぶ。

「チラシ」の信憑性に対しては、「当たっているのは30%から40%くら い」という程度の評価が多い>(以上)

この怪しいチラシ情報がSNSなどで一斉に拡散されるので、一般紙までが 右往左往させられるのだという。韓国経済新聞は「浮薄な韓国政治のあり ようを露呈してしまった。メディアも噂社会、ゴシップ政治をあおってい る。低次元の政治に中毒になり、チラシに狂奔するメディアという批判ま で出ている始末だ」(12/8)と嘆いているそうだ。

韓国人はBSE騒動の時も根拠のないテレビ報道に踊らされて大騒ぎしてい たが、歴史的事実をまったく無視した反日病などもそんな経緯で広まった のだろう。理性ではなく感情に動かされて、容易に騙されてしまう。一種 の国民病だ。ヒステリーを起こす火病もその流れだろう。

夕食は握り寿司を買ってきて、パックを、熱湯をかけた布巾においてシャ リを温めて美味しくいただいた。久しぶりに一人でのんびり。

■12月13日(土)。朝は室温14度、快晴、フル散歩。南京陥落記念日 (1931年)。

香港雨傘革命はとりあえず終わったが、中共ではついに取り付け騒ぎが始 まった。天誅だ。「影の銀行破たん寸前 478億円返還不能 投資家ら抗 議=中国蘇州」から。

<【大紀元日本12月11日】専門家が問題視している中国のシャドーバンキ ング(影の銀行)の債務不履行問題がいっそう顕著になった。江蘇省蘇州市 の大手シャドーバンキングの「高仕公司」が破たん寸前で、投資家から集 めた25億元(約478億円)が全額返還不能となったことから、被害者ら は、12月初めから連日抗議を続けている。

2005年から融資業務を始めた高仕公司の本社は蘇州市呉江区政府庁舎内に あり、地元政府とメディアが同社を宣伝するなど積極的にバックアップし ていた。

高い利回りにつられて一般市民が競って同社に出資したとみられる。ある 100万元(約1910万円)の投資契約書には「年利10%」と記されている。同 社はネット上では「年利20%以上」と謳っていた。

米格付け会社のムーディーズは、中国影の銀行に関する初めての最新報告 書で、2013年末までにその規模は37.7兆元(約720兆円)でGDPの66%を占 めると記し、「重大なリスクを抱えている」と警鐘を鳴らした。

クレディ・スイス銀行アジア地区の首席経済アナリスト陶冬氏は、中国の 実体経済に強い影響力をもつシャドーバンキングは、資金集めや融資にお ける違法行為は広範かつ深刻であると指摘した。

河南省内でもこのほど、複数の信用保証会社が相次ぎ倒産したのを受け、 政府の監督責任を問う大勢の投資家たちが大規模な抗議を続けた。

債務不履行が広範囲で発生すれば、社会不安を引き起こし、中国経済を崩 壊に導くとの懸念が高まっている>(以上)

不動産バブル崩壊→シャドーバンキング破綻倒産→米国禿鷹ファンド来襲→ 食い荒らされる→供給設備/能力が整理され需給バランスが得られる→うま くいけば再生する。

まあ、こんな道筋ではないか。ただ、強烈な「とりあえずの模倣技術」は あっても、絶対的な「独創的最先端技術」がない中共経済に再生がありえ るかどうかは、かなり疑問だろう。2020年に中共がGDPで米国を抜いて世 界トップになるというのは・・・まああり得ないと言うしかない。

フォーブスの「世界トップブランド100企業/2013」を見ても、トップ10に 米国勢は6社、中共はゼロ。日本では楽天がようやく17位、中共は24位で Henan Shuanghui Investmentがランクされている。米国はヘタレといわれ るけれど、圧倒的に「白鵬」級のパワーをもっているのだ。

むしろ来年、「2015年に中共経済は破綻し、中共独裁は崩壊を始める」と いう見立てが現実味があると思うのだが、どうなのだろう。

元衆議院議員の中山正暉氏がこう記している(JBプレス12/12)。

「先日、李登輝・元台湾総統が来日した時に話をする機会があったのです が、李氏は『2020年に世界で大きな出来事が起こるでしょう』と言ってい ました。『それは何ですか』と聞いても返事はありませんでした が・・・。これが2020年の東京オリンピックと関係しているとは思いたく ありませんが、少し不気味な気もします」

李登輝先生は今年の初めにこう書いている(Voice2014年2月号)。

<戦争に訴えることによって初めて、国家は自国の理念に基づく秩序を地 域に敷くことができるようになる。戦争の結果、実現する変革への期待。 これが歴史に変化を及ぼしてきた「力の現実」である。

グローバル資本主義の跋扈という国際的環境の変化によって、人類は再び 戦争の危機を前にしている。その舞台の一つが尖閣諸島を基点とした極東 アジアであることはいうまでもない>

そう言えば50年前の東京五輪の会期中に中共は初の原爆実験を行い、軍事 大国になっていった。中共は2020年の五輪で尖閣および沖縄・南西諸島を 強奪するために開戦するかもしれない。“中共最後の悪あがき”にし、中共 を完全に屠らなければならない。日米豪印は団結せよ!(2014/12/13)

 

2014年12月14日

◆犯罪者容疑者への警官の対応

池田 元彦



罪もない無抵抗の黒人少年や大人を、有無を言わさず或は首締めして警官が殺したのに、裁判で警官が無罪評決さたとして、全米で暴動が起こっている。20年ほど前のロサンゼルス大暴動を彷彿とさせる。白人警察官グループが黒人男性に暴行を加えながら、1992年に州法に基づく裁判で無罪となった事件だ。


暴行シーンを撮影した証拠があり、結果として2人の警察官が公民権法違反の罪で有罪となった。このロドニー・キング事件の13日後、同じロスで今度は韓国人女店主が、オレンジジュースをバックパックに入れ盗んだとして、口論、乱闘の末、ジュースを置いて去ろうとする15歳の少女を後ろから拳銃で撃ち殺した事件も発生した。


冷静に考えれば、一般市民が犯罪者に撃たれ死亡することの方が多いが、黒人が警官に撃たれることはアメリカでは間々ある。しかし、警官が例え人種的偏見を持っていたとしても、滅多矢鱈に黒人を警官が撃つわけはない。撃たれるには、多くの場合何らかの警官から見たそれなりの理由が、過剰防衛かは別としてあるはずだ。


現在、暴動の発端とされているのは、18歳の黒人少年が警官に射殺され、警官が不起訴になった事件だ。このブラウン少年は見回り中の警官と鉢合わせし、警官から道路の中央から脇に寄れと命ぜられたが応じず「貴様の言うことなんかクソ食らえだ」と言い、パトカーに近づき、命令し続ける警官をパトカーに押、込め殴り始めた。


3回殴られた警官は危険を感じて拳銃を撃とうとしたが、逆に奪おうとた少年は社内で1発撃たれ、車の外に出たところ数度撃たれて死亡した。警官は知らなかったが、直前にこの少年はコンビニでタバコを盗んでいた。そして比較的小柄な警官に、身長190cmのブラウン少年は「お前のような弱い奴に俺を打てない」と嗾けていた。


同じミズリー州ファーガソンでは、43歳の黒人男性が、タバコ違法販売で取押えようとしたが抵抗して暴れたので背後から首を抑えたところ、黒人は持病の喘息発作を起こし、結果死亡した。男は違法販売容疑で30回以上の逮捕歴がある、150kgもある巨漢だった。又背後からの警官による首締めは違法とされていた。


オハイオ州クリブランドでは、12歳の少年が市内の公園で遊んでいた際、警察官2人に撃たれ死亡した、とメディアは報道した。実際には、この少年は通行する人に銃口を向け公園周りを徘徊していた。市民の通報でパトカーが現場到着し、手を上げろと3回命令したが従わず腰のあたりに手を伸ばし殺された。銃はエアガンだった。

デモや暴動が続いている。オバマ大統領は、警官が制服に着用する「ウェアラブル・カメラ」を5万台購入し、法執行の可視化を図るための合計約300億円の予算を議会に要求する方針を表明したが、例によってどっちつかずのオバマ発言は、黒人の不満を募らせ暴動を拡大したと思われる。ミズリーでは州兵が投入されている。

黒人貧困率は1959年の55%から、2013年の27%迄低下し、4年制大学学位取得率や年収、持ち家比率も著しく改善している。しかし、昨年は白人の10%より大幅に上回っており経済格差への不満も相変わらず強い。アジア系やヒスパニック系も暴動に加わっていること、リーダー不在で組織化されていないこと今回の特徴だ。


慰安婦問題での日本への助っ人、マイケル・ヨン氏は、グリンベレー(海兵隊)出身で、アルカイダとの戦闘経験もある人物だが、彼は戦闘、或は拳銃の扱い方について警告を発する。抵抗する相手に対しては、拳銃で対抗するしかないが、警官も余裕がない。狙うのは脚が見えれば脚の、体が見えれば体の中心部が当然だという。


そして手先や足を狙って撃てという警官に対する批判は「映画のシーン」からの甘い発想で、現場は素早く中心を狙って撃つことが当然だと主張する。過剰防衛ならウェラブル・カメラを全警官に装備させることは有効だ。しかし、日頃犯罪を繰り返し、警官に事ある毎に逆らい挑発し、時には殴りかかり迄する連中には有効ではない。


身構え、何時でも撃てるようにするのは、警官としての自己防衛であり義務だ。アメリカは銃で自らの身を守る国だ。日本では、警官が発砲するたび、一々正当な理由と過剰防衛でないかどうかを、都度TVでニュース報道し、警官の行為を批判的に見る。不良外国人は、日本の警官は撃たないと馬鹿にしているのを判っているのか。

◆韓国のチラシ情報体質

黒田 勝弘



韓国社会には日本統治時代の名残もあって日本語が残っている。たとえば「サクラ」がそうだ。街頭の物売りなどで客を装って売り上げを伸ばそうとする売り手側のまわし者のことをいう。日本の辞書によると、元は芝居でひいきを装って客席から役者に声をかける者をそういったとか。

韓国では政界などで反対党に有利な言動をとると、すぐ「あいつはサクラだ!」といわれてきた。一種の“政界隠語”だが、その語源も知らない世代が増えたせいか、近年はあまり聞かれなくなった。

その代わり(?)、今、「チラシ」という日本語が政治を揺るがしている。

元は「チラシ広告」のことで、ばらまくので「散らし」だが、いわばビラのようなものをいう。それが韓国では、証券界などで株価を左右する“裏情報”として流通している情報紙誌をそう呼んでいる。

「チラシ」には政治、経済、スポーツ、芸能…あらゆる分野の裏情報や ウワサが盛り込まれているが、ほとんどは真偽不明だ。信じる信じないは勝手という類いのもので、あくまでも参考情報といったところだ。

ところが、大統領官邸の内部報告書には、権力の内部動向を伝える“チラシ情報”を盛り込んだものがある。権力動向というのは、野党やマスコミなどが朴槿恵(パク・クネ)大統領に影響を与えているグループとして関心を寄せてきた、いわゆる“秘線”(隠された人脈)の動きをいう。

それには公式の大統領秘書官3人組のほか、陰の人物として注目されてきた朴大統領の国会議員時代の秘書、鄭(チョン)ユンフェ氏の名前も登場する。

これに加え、朴大統領の実弟の朴志晩(チマン)氏(企業経営)が鄭氏と対立関係にあるという権力をめぐる両者の暗闘説まで登場。そうした“チラシ情報”が含まれた内部報告書の作成と、その外部流出が政治的大問題として連日、マスコミをにぎわしているのだ。

これに対し朴大統領は「チラシに出るような話で国全体が揺さぶられるというのは国の恥だ」とし、鄭氏は「ずっと以前にそばから離れた人物」であり、弟についても「弟夫婦は大統領官邸に出入りさえさせていない」と秘線説や暗闘説を断固否定している(7日の与党幹部との会談)。

しかしチラシ情報というのは韓国の政治体質(文化?)の反映でもある。人びとは蜜に群がるアリのように権力に群がって利を得ようとする。その意味では影響力を持つ大統領秘書官は昔から標的になってきた。そこに接近しようとあらゆる人脈を探る。

韓国ではいまなお組織や規則・法律より人脈による「頼み頼まれ」が優先する人脈社会だ。大統領との“距離感”からして、鄭ユンフェ氏や朴志晩氏は権力の甘い汁への最短接近ルートに見える。「チラシ」は当然、その観点から面白情報をまき散らす。

朴槿恵大統領はそうした“権力病弊”を排除するため人間関係や人脈には極度に慎重だ。そのため人事をはじめ1人で何でも進めようとし、「不通」「孤独」という悪評さえ買ってきた。それが逆に「秘線があるのではないか」といったチラシ的臆測を呼んだのだ。

大統領本人の「クリーンとストイック(清潔と禁欲)」への意志は固いが、権力への群がりという人脈社会の“積弊”を正す「韓国文化との戦い」はまだまだこれからだ。(在ソウル)

産経ニュース【緯度経度】2014.12.13

◆膨張「中国」への戦略こそ選挙の争点

櫻井よし子


12月14日の衆議院議員選挙に向けて、アベノミクス議論が盛んである。経 済成長を確かなものにすることは無論大事だ。しかし、もうひとつの国家 の基本、国防力についての議論が殆どないことに、私は大きな危機感を抱 いている。とりわけ中国の動きを見ると背筋が寒くなる。

過日、北京でのアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議では、軍事力 を恒常的に強化し、経済と金融の力で周辺諸国のみならず世界を搦めとろ うと攻勢に出始めた習近平主席が、アメリカのオバマ大統領を圧倒する存 在感を示した。

11月28、29日の両日、北京で開かれた中央外事工作会議での演説で、習主 席が遂に本音と思われる大胆な発言をした。世界の秩序は中国が創ると、 事実上、宣言したのである。

中央政治局常務委員会(日本の内閣に相当)の全員と党、軍の幹部らを前 に行ったこの演説は、中国国営テレビ局のCCTVによって報道された。 その中で習主席は2012年の第18回全人代以降、中国は着実に発展を遂げて きたとして、「我々は新型大国関係の構築に努力した」と胸を張った。

アメリカとの新型大国関係を築き上げたと明言したのに続いて、習主席は 「多極化へと向かう(国際社会の)流れは変わらないと認識すべきであ る」と語ったのだ。

アメリカによる超大国一国体制が終わりに近づいており、その流れはもは や変えられない、新しい超大国は中国であるとの自負を示した発言である。

演説の中で習主席は「近隣外交では友好、誠実、相互利益と開放性を実行 した」と語ったが、以下の部分は日本を念頭に置いたものと考えてよい。

「近隣諸国との関係における不安定要因を我々は十分認識すべきである」 「変化における中国の最大の好機は、着実な(経済)発展と軍事力の強化 によってもたらされる」

朝貢が寛容な制度?

尖閣問題への対応をはじめ、安倍政権の積極平和主義と呼ばれる対中外交 は、中国にとっては大いなる脅威でもあり、不安定要因でもあるのだろ う。そのような安倍首相の外交に対して、経済と軍事力で中国の道を貫く と言っているのか。習主席は中国は「偉大なる中華民族の復興期に入っ た」、「大国としての役割に基づいて明確な外交を打ち立てる」と強調 し、「我々は平和的発展を求めるが、正当な権利と権益は放棄しない。

中国の核心的利益が損なわれるのは許さない」と、その目指すところを明 らかにしている。有り体にいえば、中国は要求を取り下げない、主張を取 り下げるべきは周辺諸国だという勝手な主張である。

習演説では強面と微笑が交互に出現する。「中国の領土の主権、海洋権益 と国家の統一を断固として守り、領土及び島嶼の紛争を適切に処理する」 と強い調子で語る一方で、他国との友好、誠実、相互利益、包容性が大事 だと繰り返す。

「中国のソフトパワーを強化し、中国の善き物語を伝える」「近隣外交で は中国と近隣地域を運命共同体とする」などの表現は、大中華圏の盟主の ような発言にも聞こえる。

ちなみに、中国では、かつて近隣諸国に強要した朝貢や冊封体制は決して 残虐な力による支配ではなく、朝貢国の貢ぎ物に数倍する富や財を下賜す る穏やかで寛容な制度だったとする研究が始まっている。中国に屈服し、 従属し、その支配さえ受け入れれば、中国は寛容な態度で接してやるとい う宣伝のための研究であろうか。

習主席が強調するウィンウィンの関係、友好、誠実、包容性などの美しい 言葉は21世紀の中華大帝国を実現するための方便であり、それを「新型国 際関係」と表現する。

新型国際関係の原則は、「内政不干渉」「発展の形態、社会制度の在り方 については各国毎の選択があるべきだ」というものだ。アメリカをはじめ 中国と異なる価値観を有する国の干渉は、断固排除するということだ。

だが、恐るべきは中国共産党政権の一貫性である。彼らの外交の基本路線 は、目標に向かって見事といってよいほど、ぶれない。彼らが核心的利益 と主張する東シナ海のわが国の尖閣諸島に関する主張と行動がそのよい例 である。

中国は、尖閣諸島周辺に豊富な資源が埋蔵されている可能性を国連のアジ ア極東経済委員会(ECAFE)が指摘すると、71年に初めて領有権を主 張した。78年にトウ小平が日中平和友好条約批准書の交換のために来日し て、記者会見で尖閣問題は「10年棚上げしても構わない」と語ったが、日 本側との棚上げの合意は実際にはなかった。

14年後の92年、中国は国内法として「領海及び接続水域法」を一方的に制 定した。同法には、尖閣諸島は中国領土であると明記されていた。

その都度、日本が抗議しても、または親善友好の精神に基づいて多額の ODAを与えても、中国は一向に主張を変えないのである。日本の抗議も 友好も、彼らの心には響かないのだ。

国防動員法を施行

そして2010年3月、中国は海島保護法を施行した。同法は大陸沿岸付近の 島嶼の乱開発を制限し、生態系を守り、国家海洋権益を保護するという美 しい目的を掲げた法だが、無人島や周辺海域の資源を統一管理することで 中国の海洋強国としての地位を強めるという野心も透けて見える。

野心を裏づけるように、中国は同法施行からわずか4か月後、今度は国防 動員法を施行した。国防上の危機が発生して動員令が発令されれば、海外 にいる中国籍の者を含め、中国人はそれに従って国防の義務を果たさなけ ればならない。

日本に住む70万人近くの中国人は中国共産党政府の命令に従って、日本国 内で立ち上がるということだ。有事の際は70万人が日本に対抗して行動を 起こしかねない、恐ろしい法律が現存するのである。

こうした流れの延長線上に、今回の中央外事工作会議がある。習主席の演 説の最大の重要点は、中国は新しい超大国で、世界は中国の偉大なる民族 の復興の夢を理解し、受け入れるべきだということだ。これは、まさに世 界史的な大変化を起こすものである。

中華主義剥き出しのその大戦略で、最も敵視されているのが日本である。 彼らの対日敵視政策は、単に尖閣諸島や沖縄を奪うことにとどまらない。 歴史問題を利用して日本を貶め、日本人の心を打ち砕き、屈服させ、従属 させようというものである。

そのような国が隣にいることを忘れてはならない。選挙の争点は、こうし た中国に対処する力を如何にして強めるかということだ。集団的自衛権及 び憲法問題を横に置くことは無責任にすぎるのである。

『週刊新潮』 2014年12月11日号 日本ルネッサンス 第634回

                    (情報収録:久保田 康文)

◆誰も言わない財務省の失敗

MoMotarou



人間というものは、蓑運に際会したり、自分の業務について悪い判断しかもてなくなると、(二、三の人たちが考えるように)わが身にふりかかる災難に対して、一層精だして抵抗しようとするどころか、その反対に、いっさいの努力を怠り、活力を減ずるばかりで、自分を救うことができそうな手段さえ、これを考えたり、講じたりしようとはしなくなるものである。

「政治算術」ウィリアム・ペティ著より(英国 Sir William Petty,1623年5月27日 - 1687年12月16日)

              ★

安倍首相には決断の方式とでも言えるものがあるようだ。それは、一応まわりの意見を尊重してみる。何が何でも自分の意見を通さない。靖国神社がその例だった。

■決断されていた靖国参拝

最初の年は、参拝すると思われていたが延期(実は12月26日に参拝が決まっていたー飯島談 大阪にて)。翌年の12月26日に電撃参拝。

消費税導入も「影響軽微で導入賛成」という周囲の説得で実施。二回とも最初は首相の「本意」とは違っていたように思う。二度とも結果は、首相が周囲(財務省及びその軍門に下った勢力)から吹き込まれていた予想とは大反対だった。

■優しさが辛い

翌年中国は「靖国参拝反対」の声を更に大きくした。消費税導入の結果は言われていた事と「逆」になった。

最初の印象が「アベ組易し」とのなる。「人の良さ」も仇(あだ)になって来るのである。

■無私の決断

今回の電撃解散は、再びあの「靖国参拝の悲劇」を繰り返したくないという"学習効果"の賜物(たまもの)だ。

世間も安倍首相もアベノミクス成否を問うと言っております。しかし安倍首相は直近の経済数値を見て、「これ(消費税増税)では日本"が"駄目になる」と直観したのだ。理屈もヘチマも無い。

■指導者の道具

チャーチルに有って安倍ちゃんに無いものは、「深い歴史的教養と語彙」であります。米クリントン元大統領に有って安倍首相に無いものは「狡猾さ」であります。ただ安倍ちゃんには素朴な「想い」がある。


■「小さな決起」

今回の解散大決断は、「歴史的首相」として第一歩、即波及効果が出現。田母神俊雄・西村眞悟両名が決起。公明党創価学会に敢然と挑むことに。将に返り討ちを恐れぬ決死隊。

「敵は本能寺に有り」。公明党創価学会は財務省による「池田税務調査」を一番恐れている。言いなり。"安倍"首相率いる自民党は「山彦的大勝利」を収める。「安倍」でなければ意味がない。

2014年12月13日

◆埼玉5区 坂の上に雲はありや無しや

阿比留 瑠比



衆院選の最大のテーマは何と言っても、安倍晋三政権の経済成長を軸にする経済政策「アベノミクス」の是非だ。その点で最も注目されているのが、「民主党政権下で死にかけた日本経済をリハビリする」と訴える自民党の牧原秀樹前環境政務官と、対照的に「人口減少社会で経済成長は難しい」と説く民主党の枝野幸男幹事長が大接戦を繰り広げている埼玉5区だ。


民主党は海江田万里代表(東京1区)の苦戦が伝えられており、党ナンバー2の枝野氏までが敗れれば、党の存在意義そのものが問われかねない。

「ここで勝てるかどうかは、安倍政権の経済政策が強く前に進んでいけるかどうかの試金石だ」

牧原氏の選挙応援に駆け付けた自民党の新藤義孝前総務相は10日、さいたま市大宮区の氷川神社前でこう訴えた。9日に5区入りした安倍首相も「この選挙区はこの戦いの象徴だ」と指摘し、5日に入った菅義偉官房長官も「この選挙区で勝つことが、アベノミクス推進の象徴となる」と呼びかけている。

埼玉5区はもともと、枝野氏が5期連続当選を果たした「金城湯池」だった。牧原氏は平成21年の衆院選では約4万5000票の差をつけら れたこともあったが、今回は「マラソンに例えると、今まで背中すら見え なかった民主党のエース、枝野氏を初めてとらえた」(牧原氏陣営)という。

こう訴える枝野氏の表情は険しかったが、演説後、支援者らに囲まれると笑顔になって応えていた。

くしくも、枝野、牧原両氏は作家、司馬遼太郎氏の作品を愛読する。枝野氏は自著などで、明治維新から日露戦争にかけて飛躍していく日本を描いた司馬氏の「坂の上の雲」を引き、現代の日本社会について「坂の上にもう目指すべき雲はない」と説く。

もはや経済成長は困難との認識の上で、「一億総中流社会」を建て直すというのが持論だ。だが、経済成長のないまま再分配機能を強化しても、それは「貧しい社会主義社会」が実現するだけではないのか−。

一方、安倍首相は29年4月の消費税再増税までに経済を安定成長軌道に乗せると明言し、「景気回復、この道しかない」と訴える。

「(楽天家たちは)前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう」

司馬氏は「坂の上の雲」のあとがきにこう記している。埼玉5区は、日本がこの先「輝く雲」を探して坂を上っていくのか、それとも雲はすでにないとみなして別の道を歩むのかを占う重要な意味合いを持つ。

産経ニュース【阿比留記者が行く】2014.12.12

◆中共の拡張主義を封じ込めよ

平井 修一



以下は岡崎研究所の報告。

Benjamin Schreer豪戦略政策研究所研究員が、「豪州は南シナ海で何をすべきか」と題した論説を寄せ、中国の「9点線」(昔から南シナ海は俺のものという)主張に反駁し、東南アジア諸国の海洋での能力強化を支援すべきである、と論じている

<中国は南シナ海の現状を引き続き変えようとしている。中越紛争地帯に石油掘削装置の2基目を送ろうとし、人民解放軍の拠点としてFirey Cross礁に滑走路と港を作っている。フィリピン、マレイシア、インドネシアは懸念を深めている。

中国は、東南アジア諸国に、領土に関する自分の主張を受け入れさせようとしている。中国指導部は、海洋での規範違反の利益はコストを上回ると考えているようである。

中国は、

(1)中国の拡張主義への抵抗はばらばらである。

(2)米国は尖閣諸島については日米安保条約の適用を明言し、東シナ海ではレッドラインを引いたが、南シナ海ではそうしていない。

(3)日印豪も東南アジア諸国を支持していない、

と考えている。

この状況は、豪州の戦略にとり深刻な問題である。中国をバランスさせることを米国やその他の諸国にまかせ、豪州は中国との経済関係強化に気を使えとの尤もな議論がある。

しかし、中国の動きは、規範に基盤を置く海洋秩序を掘り崩し、貿易国の豪州の利益に反する。その上、中国の南シナ海での覇権は豪州の同盟国の地位を弱め、豪州の防衛政策を掘り崩す。中国は豪州の敵ではないが、その将来には疑問がある。

要するに、豪州は中国に対し、より強い対応をするのが基本的利益である。では、何をすべきか。

第1に、

中国の「9点線」の主張に対し、より強く反駁すべきである。米国はこの主張は基本的に間違っていると公然と述べた。ジョンストン国防相もシャングリラ対話で日米と共に中国を批判したが、中国を含む領土主張国が主張を棚上げし、共同資源開発をするように呼びかけたらよい。

第2に、豪政府は、静かに、東南アジア諸国が中国に対抗する能力を強化する方策を考えるべきである。高度な軍事装備よりも、海洋法の執行や監視能力の強化を支援するのが良い。中国の海洋での行動は、豪州のより積極的な態度を要求している>

              * * *

豪州では、対中融和的な議論もある中で、こういう正論もあります。南シナ海での中国の行動を国際規範に反するとして、豪州自身の問題として捉えています。こういう意見が豪州内で強まることは日本としては歓迎できます。

国際法違反の「9点線」に基づく主張には、強く反駁していけばよいわけです。

ただ、紛争棚上げや資源の共同開発を解決策としているのは感心できません。紛争棚上げ合意を通じ、紛争の存在を認めさせる戦術を中国は狙っているからです。微妙な点であるので、豪州側によく説明しておく必要があります

東南アジアの海洋能力支援はよいことで、日豪とも進めたら良いでしょう。

対中政策論議に際して、中国のような大国で対外経済関係も深い国は、冷戦時代のソ連のように封じ込めることなど出来ないと、よく言われます。しかし、これは冷戦時代の封じ込め政策について、誤解に基づく言説です。

X論文を読むと判りますが、フォレスタル海軍長官やケナンが封じ込めということで念頭に置いていたのは、ソ連共産主義の「拡張主義」を許さない、拡張主義を抑えておけば、内部崩壊する可能性があるという趣旨でした。

よりタカ派的な「巻き返し」と、よりハト派的なデタントの間に位置した政策でした。中国の拡張主義には、こういう封じ込めで対応するのは、当然のことでしょう。(以上)

              ・・・

要は「共産主義の対外膨張の拡張主義を許さない、拡張主義を抑えておけば、内部崩壊する可能性がある」ということ。それが正しいかどうかは小生は分からないが、中共が崩壊することは本能的に分かる。あとちょっとで中共は瓦解する。同志諸君、ちょっとの辛抱だ。(2014/12/9)

  

◆「アラスカ無宿譚」(10)

日高 一雄



最後に現代に連なる老人の繰り言を一つだけお許し願いたい。

我が国は1945年から1952年講和条約発効迄米国の完全な占領下にあった。当時国内は食糧飢饉で国民は食べる事に精一杯であった故に、国民が占領軍の施策に思いの回る事が遅れ、多くの管理施策が行われて居た事を知らぬ事は非難出来ない。

1000万人に餓死必死説があった時代である。同じ期間、国民の外部からの受信、外部への発信は占領軍が許可するものに限られていたが、之によって国民は自動的に盲目となった。

又、之は一方的通行的に教育・管理された事を意味し、例えば日本の海岸線全体に塀が建てられて、アルカトラスの監獄に居る囚人と同じ状態になって居た、と言う事である。此の自覚の有無は今の日本考察の鍵である。

そんな事は70年後の今は関係無い、と言う勿れ。此の事実が修正機会を逸したまま、現代に繋がり、現代の我が国の出来事全てに関係して居る。

我々は若者に与えるべき教育内容が外国人にコントロールされ、それが修正されない事の意味する処の重大さに気付き、一刻も早く姿勢を修正せねばならない。

占領中、若者には一旦は地理、歴史の授業を与える事が禁止された。何故禁止されたのか良く考える必要がある。再開許可された時は占領軍の決めた内容で(即ち東京裁判史観で)、歴史教科書が書かれ、更にその上、国家地理は軽視する様指導された。

即ち、両科目共必須性を外して選択性を与えられた上で教育を行う事が強制された。我々戦前生まれは、戦後生まれの後継者が、空間的(地理的)、時間的(歴史的)に基礎知識面で空白が大きくある事を前提にして、今の存在が在る事を忘れず、指導者の充足を考えねばならない。

此の空白を自覚して之を埋める自発的努力をした者だけが、今の国を支える力であれらねばならない、と思うが、その数は誠に少ないのが実情である。我が国の没落に繋がるだろう現在の混乱の遠因には実に我が国の空間、時間に関する重要な基礎知識の欠如が横たわる。(完)
日高一雄事務所・所長