2014年11月26日

◆安倍首相に折れた習主席

阿比留 瑠比



北京で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に先立つ今月10日、安倍晋三首相と中国の習近平国家主席による日中首脳会談が実現した。日本の首相と中国主席の会談は3年ぶりであり、両国の関係改善に向けた「大きな一歩」(首相)となったが、話題を呼んだのは会談の内容よりむしろ、握手を交わす両首脳の表情だった。

安倍首相が淡々とした様子だったのに対し、習主席は伏し目がちで笑顔はなく、背後には両国の国旗さえ置かれなかった。

日本国内では「無礼だ」と反発が起き、韓国メディアは「日本冷遇」と報じたが、APECに参加したリーダーたちの受け止め方は異なっていた。一部始終を目撃した政府高官はこう証言する。

「首脳間ではむしろ習主席の頑なな態度が笑いものになっていた。習氏の沈鬱な表情を『市場に引かれていく牛みたいだった』と表現した首脳もいた…」

各国首脳は、習主席が「日本に歩み寄った」とみられると政治基盤が打撃を受けるため、国内向けの演出に腐心していることを見透かしていたのだ。当然、日中どちらが会談の主導権を握り、どちらが追い込まれていたのかも理解していた。

実際、会談で習主席は、これまで執拗(しつよう)に問題提起し続けてきた靖国神社参拝問題も、尖閣諸島(沖縄県石垣市)問題も一切言及しなかった。首相は中国に何ら譲歩することなく、首脳会談を実現したのだった。

外交は「何かを求めた方の立場が弱くなる」(外務省幹部)のが常識である。

日中外交筋によると、首脳会談に先立ち、日中間で交わした合意文書は、首相が会談をドタキャンすることを懸念した中国側の要請でまとめたものだった。中国側は文書に、首相の靖国神社不参拝の確約を盛り込むことにこだわったが、日本側が「それならば会談しなくてもよい」と突っぱねたところ、あっさりと折れてきたという。

中国側はこの文書を日中同時発表するに当たり、こうも頼んできた。「日本の外交的勝利だとは宣伝しないでほしい…」

首相はその後、訪問先のミャンマーで李克強首相とも関係改善で一致し、オーストラリアでは再び習主席と握手を交わした。

では、なぜ中国はそれほど軟化したのか。安倍外交の何が奏功したのか。

ヒントは首相の祖父、故岸信介元首相にある。岸氏は「岸信介の回想」(文春学芸ライブラリー)で、昭和32年に日本の首相として初めて行った東南アジア歴訪をこう振り返っている。

「私は総理としてアメリカに行くことを考えていた。それには東南アジアを先きに回って、アメリカと交渉する場合に、孤立した日本ということでなしに、アジアを代表する日本にならなければいけない、という考えで行ったわけです。(中略)それでアメリカに行く前後に15カ国を二2つに分けて回りました」


「首脳間ではむしろ習主席の頑なな態度が笑いものになっていた。習氏の沈鬱な表情を『市場に引かれていく牛みたいだった』と表現した首脳もいた…」「日本の外交的勝利だとは宣伝しないでほしい…」

首相はその後、訪問先のミャンマーで李克強首相とも関係改善で一致し、オーストラリアでは再び習主席と握手を交わした。

では、なぜ中国はそれほど軟化したのか。安倍外交の何が奏功したのか。ヒントは首相の祖父、故岸信介元首相にある。岸氏は「岸信介の回想」(文春学芸ライブラリー)で、昭和32年に日本の首相として初めて行った東南アジア歴訪をこう振り返っている。

「私は総理としてアメリカに行くことを考えていた。それには東南アジアを先きに回って、アメリカと交渉する場合に、孤立した日本ということでなしに、アジアを代表する日本にならなければいけない、という考えで行ったわけです。(中略)それでアメリカに行く前後に15カ国を2つに分けて回りました」

アメリカを中国に置き換えるとどうか。

「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」を掲げる首相は、日中首脳会談の前に5大陸を股に掛けて世界49カ国を巡り、200回以上の首脳会談をこなした。米国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、オーストラリア、インド、ロシア、トルコなど各国との関係を次々に強化し、日本の発言力・発信力を高めた上で50カ国目の訪問国として中国を選んだ。

では、日中首脳会談の実現に最も焦ったのは誰だったのか。歴史問題などで軋轢が生じている韓国の朴(パク)槿恵(クネ)大統領だった。実はこれも首相の読み通りだった。

「遠くない将来、日中韓外相会談と、それを土台にした3カ国首脳会談が開かれることを期待する」

日中首脳会談から3日後の今月13日、韓国の朴(パク)槿恵(クネ)大統領はミャンマーの首都ネピドーで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)首脳会議で唐突にこう表明した。

「実現しない」と踏んでいた日中首脳会談が行われたのに衝撃を受け、孤立を恐れて方針転換したのは明らかだった。

これは「日中両首脳が会えば韓国は必ず折れてくる」という安倍晋三首相の読み通りの展開だった。

野党や一部メディアは、安倍外交によって、あたかも日本が世界で孤立しつつあるように訴えてきたが、現実は逆で、今の日本外交には順風が吹いている。

では、首相はいつ、日中、日韓関係改善に向けての手応えを感じたのか。

それは5月末、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ対話)での基調講演だった。では、首相はいつ、日中、日韓関係改善に向けての手応えを感じたのか。

 それは5月末、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ対話)での基調講演だった。

ここで首相は、海における法の支配について(1)国家が主張をなすときは法に基づいてなすべし(2)主張を通したいからといって力や威圧を用いないこと(3)紛争解決には平和的収拾を徹底すべし−という3原則を掲げ、こう説いた。

「日本は法の支配のために。アジアは法の支配のために。そして法の支配はわれわれすべてのために。アジアの平和と繁栄よ、とこしえなれ」

名指しこそしないが、国際法を無視して海洋進出を進める中国を批判したのは明らかだった。講演が終わると、各国の政府・軍関係者ら500人の聴衆から盛大な拍手が起きた。

一方、会場には中国軍人もいて講演後の質疑で首相への反論を試みたが、聴衆の反応は冷ややかだった。首相は後にこう語った。

「私の講演であんなに拍手が起きるとは思っていなかった。日中問題に対する世界の見方、立場が事実上逆転したのを実感した」

この2年間の外交努力により「日中関係で異常なのは中国の方だ」という認識は世界で共有されてきた。

日米関係に関しても、オバマ大統領は当初、首相を警戒していたが、6月のベルギーでの先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)では、首相にハグするまで距離が縮まった。

また、首相はアジア・太平洋地域のシーレーン確保の観点から、オーストラリア、インドとの関係強化を重視している。

この2年間の外交努力により「日中関係で異常なのは中国の方だ」という認識は世界で共有されてきた。

また、首相はアジア・太平洋地域のシーレーン確保の観点から、オーストラリア、インドとの関係強化を重視している。

7月の豪州訪問時には、アボット首相と「日豪が特別な関係」であることを確認し、両国関係を「準同盟関係」に引き上げた。

アボット首相は共同記者会見で歴史問題について日本をこう擁護した。

「日本にフェア・ゴー(豪州の公平精神)を与えてください。日本は今日の行動で判断されるべきだ。70年前の行動で判断されるべきではない。日本は戦後ずっと模範的な国際市民であり、日本は法の支配の下で行動をとってきた。『日本にフェア・ゴーを』とは『日本を公平に見てください』ということだ」

歴史問題で対日批判を繰り返していた中国は穏やかな気持ちではいられなかったことだろう。

首相は今月14日、インドのモディ首相との会談でも「日米印、日米豪の協力を重視している」と述べた。これは首相が第2次政権発足時に発表した日米豪印を菱(ひし)形に結びつける「安全保障ダイヤモンド構想」とつながる。この構想はフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアなど海洋国家との連携にも広がる。そうなれば日本の安全保障は大幅に強化される。


ここで首相は、海における法の支配について(1)国家が主張をなすときは法に基づいてなすべし(2)主張を通したいからといって力や威圧を用いないこと(3)紛争解決には平和的収拾を徹底すべし−という3原則を掲げ、こう説いた。

「日本は法の支配のために。アジアは法の支配のために。そして法の支配はわれわれすべてのために。アジアの平和と繁栄よ、とこしえなれ」

名指しこそしないが、国際法を無視して海洋進出を進める中国を批判したのは明らかだった。講演が終わると、各国の政府・軍関係者ら約500人の聴衆から盛大な拍手が起きた。

一方、会場には中国軍人もいて講演後の質疑で首相への反論を試みたが、聴衆の反応は冷ややかだった。首相は後にこう語った。

「私の講演であんなに拍手が起きるとは思っていなかった。日中問題に対する世界の見方、立場が事実上逆転したのを実感した」

この2年間の外交努力により「日中関係で異常なのは中国の方だ」という認識は世界で共有されてきた。

日米関係に関しても、オバマ大統領は当初、首相を警戒していたが、6月のベルギーでの先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)では、首相にハグするまで距離が縮まった。

また、首相はアジア・太平洋地域のシーレーン確保の観点から、オーストラリア、インドとの関係強化を重視している。

一方、会場には中国軍人もいて講演後の質疑で首相への反論を試みたが、聴衆の反応は冷ややかだった。首相は後にこう語った。

「私の講演であんなに拍手が起きるとは思っていなかった。日中問題に対する世界の見方、立場が事実上逆転したのを実感した」

この2年間の外交努力により「日中関係で異常なのは中国の方だ」という認識は世界で共有されてきた。

日米関係に関しても、オバマ大統領は当初、首相を警戒していたが、6月のベルギーでの先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)では、首相にハグするまで距離が縮まった。

また、首相はアジア・太平洋地域のシーレーン確保の観点から、オーストラリア、インドとの関係強化を重視している。

「遠交近攻」という中国の兵法がある。遠くの相手と友好を結び、近くの敵を攻めるという意味だ。首相の「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」は実はこれに近い。

「遠交近攻」という中国の兵法がある。遠くの相手と友好を結び、近くの敵を攻めるという意味だ。首相の「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」は実はこれに近い。

今回の衆院解散・総選挙により首脳外交は年明けまで小休止するが、就任から2年弱で50カ国を駆け抜けた外交努力は、今まさに実を結ぼうとしている。(政治部編集委員)

産経ニュース【政権の是非を問う】2014・11・25


◆香港から多額の熱銭が中国に流入した

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)11月25日(火曜日)通巻第4406号> 


〜人民元高をねらい撃ち。香港から多額の熱銭が中国に流入した
真実の貿易額との乖離は9月だけで135億ドル(1兆6065億円)だった〜


不正のインヴォイス(送り状)による送金は中国人の投機家にとっては常識である。

9月に香港への輸出は34%急上昇して376億ドルを記録した。

ところが香港側の統計では241億ドルで、差額は135億ドル。この差額こそ、「合法を装って中国に流入した熱銭(ホットマネー)」である。

中国全体の輸出統計は同期に15・3%伸びたと発表されたが、通関統計では11・6%の伸びで、こうなると何が本当の数字だか訳が分からない。

「中央の反腐敗キャンペーンが効果を挙げていない、なによりの証拠がこれらの数字に潜む投機資金、つまり不正取引であり。換言するならこれは中央執行部への挑戦でもある」(アジアタイムズ、11月21日)。

ホットマネーは逃げ足が速い特徴がある。

今度、人民元安に市場が転化したら、熱銭はさっと中国から香港経由で海外へ、逃げ出すことになるだろう。

ノーベル経済学賞(2014年度)のジャン・ティロールが次の指摘をしている。

『資本移動の自由化、すなわち資本が自由に国家間を無制限に行き来できることは、債務国にとっても、世界経済にとっても、間違いなく良いことであるという合意が経済学者の間で広く受け入れられようとしていた」。

これが日本を蔽うグローバリストの正体でもある。

ところが80年代に中南米で、97年にアジア通貨危機がおこった。

「すさまじい外国為替危機および銀行危機が起こった。(中略)短期間で資本移動が大きく反転したことが経済に大きな影響を与えた。反転はメキシコで1981−83年にGDPの12%、1993−95年では同6%に達し、アルゼンチンでは1982−83年に20%、チリでは1981-83年に7%であった。

インドネシア、韓国、マレーシア、フィリピン、タイでは、1997年の資本流失と1996年の資本流入の左派合わせて8500億ドルに達し、これら諸国のGDP総額の約10%であった」(ジャン・ティロール著、北村行伸、谷本和代訳『国際金融危機の経済学』、日本経済新聞社)。

さて、そうであるとすれば、次の中国金融界、短期資本の移動が反転するだろうが、それは未曾有の事態を引き起こす導火線になるのではないか?

◆マスコミとの価値観の違い

前田 正晶



25日朝も何処の局だったか、白鵬が大鵬の32回の優勝記録に並んだことを賞賛するかの如き内容の放送の仕方をし、白鵬が「もう泣かない」と言ったの言わないのということを採り上げていた。

私はこのような報道の仕方を「テレビを含めたマスコミが彼等の価値観を押し付けているのだ」と受け止めて苦々しい思いで聞いた。大体からして、我が国の全ての人が相撲の愛好者ではないだろう。私はその一人だが。

確かに、白鵬の記録は立派なものであるし、金田正一の400勝、イチローのMLBでの多くの新記録、錦織君の世界ランキング第5位、一寸違うかも知れないアマチュアの吉田沙保里の世界選手権10連覇とオリンピック3連勝等々にも並ぶ偉業だろう。

だからと言って、我々で悪ければ私にまで、その偉業を讃えよとばかりの姿勢で報道するのは如何なものかと批判したい。私は相撲にせよプロ野球にせよ、お客様に入場料を払って見に来て頂いてナンボの世界ではないのか。彼等は歌舞伎の役者ほどではないかも知れないが、お客様を”entertain”=「楽しませる、慰める」のが職業である。

その慰めの仕方が出来が良くて当然なのだと、私は思っている。歌舞伎の役者だって同じ範疇に入れて良いだろう。

「楽しませ方と慰め方」の出来が非常に良かったのは寧ろ当たり前のことで、礼賛せよとの価値観を押し付けることかと疑うのだ。マスコミ、特に中継したり、報道するのが仕事の者たちは、その成績を讃えるのも当たり前だろう。業績を挙げる為に彼等の価値観で報道するのも当然だが、その価値観を観る者や聴く者に押し付けるのは筋が違うと思うのだ。

アメリカを語る時に述べたが、私は我が国でもスポーツのように競争であり且つ興業でもある層、相撲は純粋のスポーツと言うよりも歴史的に観ても興業の色彩が濃厚だと思う世界であり層でもあるもの、映画・音楽・アイドルの層といった具合に、それぞれが横一線で並んでいると思っている。その各層での成功者を「良くやった」、「良く楽しませてくれた」という風に褒めるのは結構だと思う。

だが、だからと言って礼賛や賞賛や崇 めることの対象にするのは如何なものかと思う。

即ち、マスコミの価値観で放送か報道することを批判する気はないが、その価値観を押し付けるような勢いで採り上げて、批判や否定する見方が出来ないような若年層にまで影響を与える結果になっている気がしてならない。

彼等のやり方を見ていると、AKB48やジャニーズのような連中が青少 年の価値観となってしまったような気がしてならないのだ。即ち、後難を 怖れていえば、私は価値観の押しつけのマイナスの効果が出ていると言いたいのだ。

私は海外と国内のサッカーや野球は楽しみつつも冷静な評論家として観る姿勢は忘れない。メッシやロナウドや香川や本田や岡崎がどんなに良いプレーをしても賞賛はするが礼賛はしない。それが彼等の職業なのだから。何処までいっても私の価値観で観ている。これが血液型のAがなせる業かも知れないが、楽しみ且つ批評するのが私の価値観であり、私でもある。


◆台湾関係法の呪縛

Andy Chang


今年は台湾関係法の成立から35周年目である。1978年にジミー・カーターが国会を通さず一方的に(Unilaterally)中国と国交を開始すると発表し、台湾は存在しなくなった(There is no more Taiwan)と言ったため、国会は慌てて台湾関係法(Taiwan Relations Act: TRA)を制定(1979年4月)し、1979年1月1日発効とした。この法律により米台関係が持続し、台湾の安全保障をするに至ったのである。

台湾関係法(TRA)の要点は3つある。(1)米国は中華民国と断交したが、台湾統治当局をタイワンと呼び、経済、外交関係を続ける。(2)タイワンの主権、領土などの関係について現状維持を保障し、台湾に危害が及ぶ時は米国が阻止する。安全保障のため台湾に武器を提供する。(3)台湾問題は平和解決すべきである。

この3つの条件で現状維持を35年続けてきたのは、A:中国の台湾併呑阻止、B:台湾独立に反対、C:台湾防衛に武器提供、ということであった。しかし35年が経過して中国が強大になり、台湾人民の独立意識が高まって国民党政権が「統治当局」を維持していくことにも疑問が出てきた。

TRAを変更することは難しい。クリントンは中国訪問のあと中台関係を変える言動があったが国会が阻止した。また、中国は馬英九と共に経済侵略で平和統一をする意図がある。台湾人は反統一、反中国で、台湾意識が高まっている。

TRAの修正は不可避である。中国の尖閣や南シナ海における覇権進出を防止するには第一防衛線の中央にある台湾が最重要である。中国の進出を止める拠点は台湾である。台湾が中国に統一されればアジアの平和は総崩れとなる。

米国は「TRAの呪縛」にあって現状を変えることが出来ない。台湾人は独立願望が強いが米国はTRAで反対している。中国の覇権進出を抑えるには台湾が必要だが米国は台湾に軍事基地を設置できない。

●曖昧な台湾統治当局と正名制憲

アメリカが中華民国と断交したあと、台湾と経済外交などの関係を維持するため、中華民国を?台湾統治当局(The Governing Authorityin Taiwann )」と呼んで外交関係を続けた。2000年の総統選挙で陳

水扁が当選して台湾人の総統が選出されると、アメリカは「四不一没有」の条件を陳総統に押し付けた。

つまり、台湾統治当局は中華民国で、国名変更をさせない、公民投票もやらない、などである。

陳総統は2回目の当選のあと、公民投票をやると言い出してアメリカは陳総統をトラブルメーカーと呼ぶまでになった。アメリカは台湾独立や国名変更をすれば中国が武力行使をするかも知れないと心配したのである。

だが最近のヒマワリ革命や今回の市町村選挙で台湾意識が高揚し、台湾と中国は2つの違う国という観念がアジア人の共通意識であることを無視するわけにいかない。

今回の九合一選挙では国民党の敗退が顕著となり、台湾人民は中国と違うと主張しているので、2016年には台湾人が総統になる可能性もある。

2012年の選挙ではアメリカのダグラス・パールが非公式に台湾を訪問して馬英九を支持した。台湾人はアメリカの選挙介入に強い怒りを発した。2016年の選挙でアメリカが再び介入するのは難しいが、可能性はある。

台湾人は選挙で政権を取り、国名変更と憲法改正、つまり正名制憲を行うつもりである。中国は強硬に反対するだろうが、アメリカはこれまでのような介入は出来ないだろう。アメリカはアジア回帰を唱えて中国を抑えているが、台湾人の独立意識を抑えるのは矛盾で
逆効果である。

●現状維持は継続できない

アメリカはTRAで現状維持をしてきたが、35年のあいだに中国は強大になり、馬英九は統一路線を推進し、台湾人民は独立意識が高まっている。台湾のほかにも中国の覇権進出は明らかで、尖閣諸島を防空識別圏に設定し、南シナ海の島々に建設を行っている。このような変化を無視して現状維持を続けるのはアメリカに不利である。

アメリカが台湾に現状維持を要求するより台湾当局と協定を結び、台湾に海軍基地と空軍基地を設置するほうが中国を牽制する良策である。もちろん中国はこれに大反対するが、台湾を戦略的防衛圏に組み込むことが最良の選択である。このような変化を可能にするにはTRA改定で呪縛を解くべきである。

●武器提供と安全確保

台湾人はTRAとはアメリカの国内法で、台湾の安全を守り、武器の提供を明記していると思っているが、チャード・ブッシュ元AIT長官によるとそうでもない。武器の選択はアメリカが決める。安全保障にしてもどこまでやるかはアメリカが決める。

アメリカは提供した武器がすぐに中国側に渡ることに大きな懸念を抱いている。例えばアメリカの提供したF15戦闘機が3機も中国側に逃亡したこともあった。ラファイエット事件ではフランスから買った軍艦の武器一切を中国側に渡したため、フランスのTAVITACと呼ぶ監視システムが中国のものとなった。台湾側がTAVITACを使えば情報はすべて中国側に知れるのでシステムが使えなくなった。中国人は信用できない。

これらの事件のあと、米国はイージス・システムを台湾に売却することを拒み、台湾の4隻のイージス艦は租借と言う形で米国が操作し、イージス艦のマストには米国の旗を掲げている。

台湾側は潜水艦の売却を要求しているがアメリカは潜水艦の機密が中国側に漏洩することを恐れて許可しない。

●TRAの改定と中華民国

TRAは中華民国を温存して現状を維持し、台湾独立に反対する法律であった。このため中華民国が経済合作で中国に接近してもアメリカは反対できない。腐敗した中華民国を温存して台湾独立を抑えれば台湾という戦略的基地を使用できない。

35年前の中国は脅威ではなかった。35年前の台湾は戦力があった。しかし35年後の現在では中国が強大となり、台湾の戦力は形骸化して防衛力は殆どなく、米国がTRAに従って台湾を防衛するのは難しくなった。

これを改善するには米国が台湾人の政権を支持し、台湾を東亜防衛権の一環とし、台湾の防衛力を増強すべきである。在台中国人が中国側に寝返ることを防ぐべきである。アメリカは台湾に台湾人政権が出来てこそ東亜の平和が達成できると知るべきである。

2014年11月25日

◆トルコのイスラム回帰が本格化

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)11月24日(月曜日)通巻第4405号 >

 〜エルドアン以後、トルコのイスラム回帰が本格化している
    全土80以上の大学にモスクを新設、イスラム教育を制度化へ〜

トルコの「脱西欧、入イスラム」が進んでいる。

全土80以上の大学構内にモスクを建設し、イスラム教育を制度化すると発あ
表したのだ。

「ゆえに」と書けば、たいそう短絡的と捉えられるかもしれないが、エルドアン大統領は欧米のメディアからぼろくそに批判されてきた。独裁者だとか、時代錯誤だとか。この文脈からはプーチンと同列である。

トルコのイスラム回帰が本格化すれば「近代トルコ建国の父」といわれたケマル・アタチェルク以来のイスラム世俗化路線を大幅に軌道修正することを意味する。

これまでトルコはNATO,OECDの一員でもあり、自らを「ヨーロッパの国」と認識してきた。それがイスラムの国に戻るのだ。
 
欧米のエルドアン批判によって、従来のトルコの西側へのアプローチを逆回転させたことになり、欧米のロシア制裁がプーチンをして中国に向かわせてしまったことと同じ危険性を孕んでいる。

トルコは英国、露西亜との戦争に敗れ、オスマントルコ帝国は音立てて瓦解し、版図は縮小されて、いまのアナトリア半島に縮こまり、冷戦中は西側に与してNATOの一員として多大な貢献ぶりを発揮した。

トルコ軍 は中東諸国の中では精鋭の兵隊を誇り、イラク軍やシリア正規軍や民兵や クルド民兵より強い。

地中海に面したトルコ第3の都市イズミールにはNATO海軍基地も置かれている。欧州企業は、このエキゾティックな港町に多数が進出している。

冷戦崩壊以後のトルコは、積極的にEU参加を表明し、またユーロ加盟を申請していた。たがEU加盟はまだ未決定の上、ユーロは結局の所、昔の「神聖ローマ帝国」の版図をそのまま引き継ぐかのように、キリスト教圏だけをメンバーとして、イスラム圏を加えようとはしなかった。 トルコははじかれたのだ。

心理戦としてはフランスなどが「トルコのアルメニア虐殺」を言いつのったため、欧州の主要国家との政治宣伝上の対立が先鋭化した。トルコ側によれば、「戦争の最中、移動中の事故」があったことは認めるが意図的なアルメニア人虐殺はない、とする立場を貫き、この西側との歴史解釈を巡る齟齬は感情的対立として尾を引くかたちとなった。

見えない心理戦である。

トルコはその替わりユーロ危機とは無縁で、むしろ「ユーロに入れなかった恩恵で」という口実が生まれた。というのも欧米企業は通貨安のトルコへ工場進出を加速化させたため、経済成長著しく、経済的な発展を遂げた。トルコからの出稼ぎがおおいドイツはトルコと経済的絆がもっとも強い。

他方、トルコはイスラエル軍と深い関係を結び、イスラエル空軍から訓練をうけるほどの関係だったが、これも米国の後ろ盾があった。米国がトルコと距離を置きだしたのはエジプトの政変である。トルコは「ムスリム同胞団」を支援していたが、軍はクーデターでイスラム原理主義政権を転覆させ、米国も渋々シシ政権と関係改善を図った。


 ▼トルコが抱える2つのアポリア(難題)

トルコと欧米との関係は表面的にうまく行っているはずだった。しかし最近とみに雲行きが怪しくなった原因は第一にシリア情勢である。昨今はISILの暴虐な浸透ぶり、産油国の警戒と米国への猜疑心が拡大してゆき、国内に難題を抱え込んだ。シリアからトルコへの難民は数十万に膨れあがった。この難民の群にイラクを追われた人々が加わる。

トルコ政府は人道的見地に立って百万近い難民の救援に当たっている。

第二はクルド族の独立問題である。
 
世界に散らばったクルド族は1500万人以上で、アナトリア半島に東側、イラク、シリア、アルメニア、グルジア、イランにまたがる宏大な山岳地帯にクルド族が暮らしているが、ISILのイラク北部占拠以後、クルドへの援助を欧米が再開し、公然とクルドの独立を容認する発言が続く。

トルコはクルド族自治区の住民投票を容認する姿勢に転換している(大統領選挙中、エルドアンは公約した)。

トルコはチュルク民族の最初の国家「突厥」の成立(552年)をもっ て国の成り立ちとしており、また近代化の父ケマル・アタチェルクを顕彰 する日は祝日である。それほどイスラムの世俗主義に徹して、経済発展に邁進してきたので一人あたりのGDPは10,000ドルを超えている。

また政治的には5%ルールのドイツより厳しく「10%ルール」を適用 させているため、選挙で10%に達しない少数政党(とくにイスラム原理 主義、イスラム諸派)は議席を獲得できない。

まして政治の背後に巨大な軍の存在がある。エジプトでも、イラクでもそうだったように軍は近代化路線を志向し、極端な宗教色を嫌う。


▼トルコが「勇志連合」への参加に消極的なわけ

複雑な状況を踏まえて見れば、なぜトルコが米英欧主導の「勇志連合」に対して最初の段階では参加を見送ったか。

米国は9月7日に空爆を決め、直後にヘーゲル国防長官はトルコに参加を呼びかけた。またISILの新規加入者がシリアへ潜入するルートはトルコであり、このルート壊滅も要請した。空爆は10月中旬から開始された。

10月のトルコ議会は渋々「勇志連合」への参加を決めたが、クルド軍兵士の領内通過を容認しただけで、空軍基地の提供はためらったまま、また地上軍の派遣を実行していない。欧米のやり方に懐疑的なトルコは、いざ参加しても途中で梯子を外される危険性を十二分に感知しているからだ。

それゆえにトルコ全土80以上の大学構内に2015年度中にモスクを 新設するというトルコの方針転換は、イスラム回帰の嚆矢となるのか、大 いに注目されてしかるべきだろう。 
      

◆ロバは旅しても馬になれぬ

五十嵐 徹



安倍晋三首相が解散総選挙を表明した。いつにも増して慌ただしい年の瀬になりそうだが、日本を取り巻く情勢もまた、同様に波高しだ。

 内にあっては、消費税率10%への引き上げ延期が日本経済に及ぼす影響。外にあっては中国の脅威で、力による海洋進出が増している。

■資本の流出が止まらず

その中国で、国内資本の流出が加速しているという。

中国の外貨準備高は今年9月末時点で3兆8900億ドル(約450兆円)。6月末比で1千億ドルも減少した。世界の工場を自任し、ほぼ一貫して保有外貨を積み上げてきた中国としては過去最大の落ち込みという。

中国当局は、ドル高による一時的な影響と説明するが、成長鈍化への懸念から、富裕層が、投資名目などで国外に資金を活発に移動させているという。汚職摘発を恐れる政府高官が、不正蓄財した資金を持ち出しているとする指摘もある。

事実、中国ではこのところ、巨額汚職事件の摘発を伝える報道が相次いでいる。

10月末には、中国の最高検にあたる最高人民検察院が、収賄の罪で立件した国家発展改革委員会の副局長宅を捜索したところ、2億元(約38億円)余りの現金を発見した。国営新華社通信が報じたもので、一度に押収した現金としては「1949年の建国以来、最大」という。

今月13日には、収賄容疑で共産党の規律検査委員会が摘発した河北省の役人宅から、1億元(約19億円)以上の現金に加え計37キロの金塊まで見つかっている。汚職体質の蔓延(まんえん)は中央、地方を問わない。

■500人以上が海外へ逃亡

12日付の英紙フィナンシャル・タイムズも、コラムでこの問題を取り上げている。「不正蓄財と資本流出は表裏の関係」とズバリ指摘し、中国の検察当局はこれまで、500人以上の汚職官僚が海外逃亡したことを確認していると書いている。

不透明な海外資産の買収が後を絶たない。無名に近い中国の保険会社が、米高級ホテルを法外な値で購入した例や、香港の金融機関が、中国本土の顧客向けに、外国のパスポートが取得可能な投資案件を紹介して業績を伸ばしていることなどを紹介している。

不正摘発の情報源は、多くの場合、国営メディアだ。汚職撲滅を重要公約の一つに掲げる習近平政権の意向を受けていることは明らかで、取り締まりの強化を内外にアピールする意識的な情報提供といえる。

中国が、コネで社会が動く「人治」ではなく、公正なルールに基づく「法治」の国だと誇示したがるのは、経済運営で、それが死活的に重要な要素になっているからだ。

景気減速を懸念するのは、なにも国内富裕層だけではない。経営に公正な法治環境を確保しなければ、外国企業から早晩、愛想を尽かされる。13億人の巨大市場を武器に海外から投資を呼び込んできた中国も、ここにきて、ようやく、その危うさに気づき始めたのだろう。

だが、中国当局の思惑は、いまのところ空回りしている。

「金もうけのためなら、なんでもやる」。一種の拝金主義と傍若無人ぶりは、中国社会の隅々まで染みこんでいる。上が不正を許されるなら、下だって。そんな風潮は、一朝一夕に払拭できるものではない。

中国漁船による小笠原諸島周辺での赤サンゴ密漁は、典型例だろう。尖閣諸島での度重なる領海侵犯と同様、中国の国家的意志が働いているとまでは言わぬが、自ら「不法行為」だと認めながら、取り締まれないというのでは、およそ法治国家とは認めがたい。

「ロバは旅に出ても馬になって帰ってはこない」。西洋に、そんなことわざがある。解釈はそれぞれにお任せするが、宿痾(しゅくあ)を宿痾だからと放置することの結果は明らかだ。

■中国ばかりを嗤(わら)えない

さて、かくいう日本はどうか。注目されていた7〜9月期の国内総(GDP)速報値は、年率換算で1・6%減と予想以上に悪かった。首相は再増税を1年半延期する方針を明らかにし、その判断について国民に信を問うと述べた。

任期を2年以上残して失業する衆議院の先生方からは、アベノミクスの行き詰まりを取り繕う「目くらまし解散」だとの恨み節も聞かれるが、最裁から違憲状態にあるとされた「一票の格差」の是正すらできていない。さてロバは誰なのか。(いがらし とおる)論説委員

産経ニュース【日曜に書く】2014.11.23
                    (情報採録:久保田 康文)

◆大国の座狙う中国の野望

櫻井よし子 


戦略的指導者と戦略なき指導者の勝負では、必ず前者が勝つ。北京で行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)での米中首脳会談が鮮やかな事例だった。

11月4日の中間選挙で共和党に惨敗したオバマ大統領は決断できない大統領としてすでに死に体だといわれる。大統領が世界観を欠落させてめ米国の対外政策もことごとく、後手に回ってきた。

今回、オバマ、習近平両首脳の会談は10時間に及んだ。昨年6月、習主席がカリフォルニアを訪れ8時間、会談したのと同じように、両首脳は2人で庭を散歩し、夕食を共にし、多数の部下を従えて正式の会談を行い、国際社会に米中2カ国こそが主役だという絵柄を見せつけた。だが、一連の談が巧まずして明らかにしたのは中国の積極攻勢と米国の受動的反応だった。

APEC首脳会議に先立って中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)を正式に設立、東南アジア諸国連合(ASEAN)全10カ国が参加した。「シルクロード経済ベルト」のための基金、4000億ドル(4兆6000億円の創設も発表した。それ以前の7月にはブラジル、ロシア、インド、南アフリカ共和国と共に新開発銀行を設立した。

中国主導体制の確立は金融分野にとどまらない。APEC開幕直前に韓国の朴槿恵大統領と自由貿易協定(FTA)に合意、オーストラリアのアボット首相も「近日中に」中国とのFTA合意がなされると発言した。極め付きは、APEC2日目に習主席が2025年と、明確な期限を切って設立を実現したいと提唱したアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)である。

米国主導の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を埋没させ、貿易をはじめとする諸国間の交流を米国や日本など西側の価値観でなく、中国の価値観を基軸に推進していこうというものだ。

中国の意図はすでに十分分かっていることだが、問題は、中国の積極攻勢に米国が対応し切れずに、後手後手の対応にとどまっていることだ。米国の側には戦略も戦術も見えない。

典型がTPPだ。国際社会はまず、人、物、金の行き来、経済や金融の営みなど経済活動全般にわたって公正で透明なルールを、諸国の全員参加で作ることを決めた。大国による勝手なルール作りや小国への不公正な圧迫、搾取は許さないという意図もある。まさにこれがTPPである。

TPPが合意され、ルールに基づいて枠組みを拡大発展させ、その延長線上にFTAAPをつくるというのが国際社会が考えた順序である。

FTAAPの基本はTPPであり、TPPの合意が先でなければならないわけだ。しかし、中国は、 TPPの足踏み状態を見ながらFTAAPの先行を主張する。中国の価値観に基づき、 中国の影響力を背景に新たな経済交流の制度をつくりたいのだ。

米国は今年夏以降、TPP合意に向けて指導力を発揮していないAPECと同時進行で北京でTPPの会合を開きたいと要望したのは米国だった。にもかか わらず、今回も新しい提案はなかった。オバマ大統領はFTAAPに懸ける習主席の 野望の意味を理解していないのではないか。

全分野で着々と足場を固める習主席に、オバマ大統領は逆に、米中関係を新しい段階に引き上げようと語った。中国の提唱する米中新型大国関係に、のめり込 む姿勢を示したのだ。

中国の世界戦略に取り込まれるかのようなオバマ大統領の残り任期は2年余り、それは大国の座を中国があらゆるすべを使って手に入れようとする2年間だ。 戦略思考を欠くオバマ大統領の下で米国は中国に対処できるのか。

米国の揺らぎの中 で、日本がこの局面を乗り切るには自主独立を強化する相当の覚悟が必要である。

『週刊ダイヤモンド』 2014年11月22日号 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1060 

◆私の「身辺雑記」(164)

平井 修一



■11月20日(木)。朝は室温14度、晴、フル散歩。

杉本りうこ氏の論考「チープ・チャイナはもはや過去 中国が直面する高成長モデルの終わり」(東洋経済オンライン11/9)から。

<北京、上海を取材で回った今回の中国出張は、これまでにない苦痛に満ちていた。

20メートル先さえ霞む深刻な大気汚染のせいか、ずっと咳が止まらない。だが「苦痛」の理由はそれだけではない。記者をもっとも苦しめたのは、「何もかもがやたらに高い」ことだった。

ホワイトカラーからブルーカラーまで、安い給与で豊富に人が雇える「チープ・チャイナ」はもはや過去のものだ。コスト増に耐えかねた日系企業の中には、中国から撤退する例もじわじわと増え、中国ビジネスは明らかに転換点を迎えている。

そしてこの局面は、中国経済そのものにとっても大きな転換点だ。安価な労働力と引き替えに世界中から投資を呼びこむ高成長モデルは終わり、内需主導の安定的・持続的な経済成長を目指そうとしている。

一方で、記者が体験したような「エクスペンシブ・チャイナ」に耐えうる豊かさを、すべての中国人が得ているわけではない。北京大学中国社会科学調査センターによると、中国の上位1%の富裕家庭が全個人資産の3分の1を握る一方で、下位25%の家庭は資産のたった1%しか所有していないという。

過去30年の高成長が残した格差やひずみを、中国はこれから解消していかなくてはならない>(以上)

低成長の中で「格差やひずみ」を是正できるのかどうか。韓国のハンギョレ新聞11/10「品質良くなっても売れない中国産乗用車」は悲観的だ。

<中国の自動車メーカーが外国の競争企業との品質格差を縮めている。しかし世界最大の自動車市場に浮上した中国で、自国メーカーの市場占有率は下がり続けている。

粘り強い品質の改善にもかかわらず、中国の国内メーカーは相変らず市場占有率の下落に苦しんでいると『フイナンシャルタイムズ』が最近報じた。

中国の自動車工業協会によると、中国産自動車ブランドの乗用車市場占有率は11か月連続で下落した。今年、スポーツ実用車(SUV)を除く中国乗用車市場で現地メーカーの占有率は20%で、昨年の25%から5ポイント低下
した。

中国の国産自動車が苦戦しているのは製品の性格のためだ。自動車は誇示用性格があるうえに、生命と直結するという特性上、一度形成されたブランドイメージを変えることは容易でない。メラミン粉ミルク騒動などを体験した中国人は、安全問題で自国ブランドに対する信頼度が低い。

国産ブランドの唯一の競争力は価格であったが、最近中国現地で生産される外車(外国ブランド=合作車)の価格が下がり、価格競争力まで消えゆく傾向だ。

比亜迪の王伝福会長は「過去には合作自動車の販売価格はほとんど10万元(約180万円)以上だったが、今は生産規模が拡大し一部製品は中国産ブランド車両の価格帯まで下がってきた」と話した。

中国市場では米国市場より二倍も多いブランドと三倍多い車種が競争している。 だが、中国産自動車の品質が着実に改善されるならば状況が変わるかもしれない>(以上)

「品質が着実に改善される」だろうけれど、外車はさらに先を行くから永遠に追い付けない。中進国の罠、というわけだ。中共は高度成長を終えて長い停滞に苦しむことになる。

■11月21日(金)。昨日は午後から氷雨だった。今朝は室温14度、晴、フル散歩。

先週から孫が風邪を引くなどで五月雨式に集団的子育て。料理はなんとかこなすが、7、8人分の洗濯ものにはブルーになる。集合ハンガー5つの他に、嘔吐や鼻血で汚れたシーツ2枚、布団カバー2枚などが重なるから、洗濯機を2、3回も回すことになる。

洗濯はまだしも、畳むアイテムが80〜100点にもなるから、かなり体力を消耗する。その後に夕食を作り、8人でレバニラ炒めなど。片づけて翌朝の仕込みをしていたら9時を過ぎた。

■11月22日(土)。朝は室温14度、快晴、フル散歩。

メルマガ「頂門」に連載の上西俊雄氏の論考「國語は金甌無缺であった」は、正字なので昭和26年生まれの小生には読みづらい。30年以降の人はほとんど読めないのではないか。

内容も難しくて高2のオツムではついていけない。大体「金甌無缺」の読み方が分からない。意味は「完璧」あたりだとは推測できるが、ネットで調べたら「きんおうむけつ」なのだとある。

出所は南史の「我國家猶若金甌、無一傷缺」で、意味は「物事が完全堅固で、欠点のないこと。特に、国家が強固で外国の侵略や侮りを受けずに尊厳を保っていること」とあった。

こんな難しい言葉は63年生きてきて初めて出会ったが、上西氏とは何者か。調べたら――

<1939年北海道生まれ。東京大学文学部卒。三省堂で辞書編集と辞書組版支援システム開発に従事。研究社『時事英語』に「英語教育百家争鳴」、明治書院『日本語学』に「拡張ヘボン式の提唱」、『教育新聞』に「私の国語論」を発表>

おお、小生の好きな「広辞林」の版元は三省堂だ(岩波・広辞苑は母用と小生用の2冊あるが、ほとんど今は粗大ゴミ。犬用の踏み台とか漬物石の代わりにならないかと思案している)。広辞林にはこうあった。

<「金甌」黄金で作ったかめ。「―無缺」南史に「武帝曰く、我が国家は猶(な)ほ金甌の一傷欠くる無きがごとし」とある、云々>

上西氏は言語のプロなのだろう。大学院とか教授のレベルだから小生が読解できないのは、まあ当然と言えば当然か。氏はアカデミック、小生はデマゴギック。

焚書坑儒のように勝者は既存文化を破壊する。GHQは旧仮名・旧漢字を破壊し、さらに漢字を制限し、ルビ不要とした。コスト削減になるから新聞社、出版社はそれに唯々諾々と従った、むしろ歓迎した。国語破壊を率先して行った。

韓国はここ30年間ほどで漢字を追放してハングルのみの表記にしたが、漢字を併用復活する動きがあるようだ。サーチナ10/15から。

<漢字をベースにした文化を持ちつつ、15世紀の「訓民正音」(ハングル)発明以降、とくに戦後に「脱漢字化」を進めてきた韓国では、近年漢字の必要性をめぐる議論が活発化している。

中国メディア・環球時報は10月8日、韓国の世論調査機関「韓国ギャラップ」が先日実施したアンケートで、過半数が「漢字が分からないと生活が不便」と回答したことが明らかになったとする韓国メディアの聯合ニュースの報道を伝えた。

記事は、今年の「ハングル記念日」に合わせて1004人の成人に対して行われたアンケートで、「漢字が分からないと生活が不便」との回答者が54%だったとした。2002年に実施した同様のアンケートでは、70%超が「漢字は生活のうえでとても重要」と認識していたという。

また、「漢字は外国の文字か」との質問では「はい」が47%、「いいえ」が48%とほぼ拮抗したと紹介。一方、「ハングルと漢字を併用すべき」との回答が57%にのぼり、「ハングルのみ使用すべき」の41%を約15ポイント上回ったとした。02年の調査では「併用すべき」が55%となっており、この十数年で微増する結果となった。

さらに、年配者ほど漢字に愛着を持っていることも明らかになり、60歳以上の「漢字がわからないと不便」の回答者が63%に達したとも伝えた。

記事は、韓国政府・教育部は18年より学校教科書の漢字併記に向けて準備を行うと決定したことについて、67%が賛成の見解を示し、反対の29%を大きく上回ったとした。なお、同部の決定に対してはハングル学会などから「ハングルが漢字解釈のツールになり下がる」との反対の声が出ているという>

漢字が読めないと古文書がまったく理解できなくなる。韓国は遅ればせながら漢字を復活するのだろうか。前後左右上下東西南北、クネクネとブレまくりの国だな。その時の妄想的国民感情で動くから「芯」がない。沈没するだろう。

夜は11人で手作り餃子64個を楽しむ。

■11月23日(日)。朝は室温14度、快晴、フル散歩。

昼に手作り焼売72個、五目釜飯を楽しんでもらい、3時に20日から流連した長男一家4人が機嫌よく帰っていった。小生はぐったり。肉体的以上に精神的にものすごく疲れた。

4人のチビが終日キーキー、キャーキャー、ギャーギャー、ワーワー。叫びながらドタバタ駆け回る。耳栓でどうにか耐えたが、N曰く「ヂイヂがいつ爆発するかヒヤヒヤしていた」。本当によく耐えた、と思う。

夕食は7人で味噌汁、サンマの塩焼き、イカと大根の煮物、とシンプルな和食にしたが、下ごしらえをする時点で加油、チューハイを飲み始めた。自分で自分を慰労しないと、とてもじゃないが立っていられない。オツムも体もガタガタだ。

それを見ていたカミサンが、「私も本当に疲れた、早いけれど飲み始めるわ」。生まれたてを含めて5人のチビの世話は大変なのだ。60を過ぎてのヘビーデューティは命を削るだろう。

■11月24日(月)。振替休日。朝は室温15.5度、晴、フル散歩。

朝から疲れていて新聞を読む気にもなれない。こんなヘタレで中共殲滅、支那解放ができるのか。パワーをもらうには忠魂碑に詣でるしかない。花を持ってイザ!

英霊に感謝し、「聖戦に挑む小生に力を与えてください」と祈った。効果は抜群。しゃきっとして産経を一気に読んだが、「正論」の「対中経済関係を良好に維持せよ 青山学院大学教授・榊原英資」はフニャマロでお話にならない。

商売さえよければいいのか、中共独裁を看過するのか。民主派を一網打尽し、脳みそを破壊し、廃人にしている習近平、中共中央を放置していいのか。天地はそれを許さない。カネ儲け優先で、不正を見ていながら知らんぷりするのは「正論」か。習に鉄槌を食らわすのが筋だろう。

大蔵省出身の榊原英資はヘタレの中共支持者だ。

<退官後の著作物の中ではアメリカ・欧州中心の時代が終わり再び中国・インド中心の時代が来る(リオリエント)と主張している。また官僚時代後半にも若手官僚の中国への留学を推進する(それまでは現在以上に大蔵省・財務省の若手の留学先はフランス・ドイツ・アメリカが中心)など、こうした意識を官僚の頃から抱いていたとされる。

2013年2月17日の朝日新聞インタビューで、「尖閣諸島を巡る問題の発端は、石原元知事や野田政権の購入・国有化の動きにあった。波風を立てた日本自身が外交的解決に向けて、あらゆる努力をすべきだ」と発言した>
(ウィキ)

根っからのチャイナスクール、加藤紘一のような度し難い中共信奉者だ。こんなボケに「正論」を書かすなよ。

夕食は7人で握り寿司、海苔巻、お稲荷さん、アサリのお吸い物。皆大満足。シャリは最初の4合は売り切れて追加で3合。なんと計7合。チビも無茶苦茶食べる。お稲荷などを土産にもたし、皆、機嫌よく帰っていった。

中共は暴力で国を治め、小生は料理で家を治めている。どちらがまっとうか、習近平は中華帝国より中華料理で世界を制覇した方がいい。気絶するくらいの料理を出せば世界制覇できるぞ。和食との平和的競争にはなるがな。(2014/11/24)


     
   

2014年11月24日

◆朝日新聞の2度目の転機

黒田 勝弘


韓国が以前、今の朴槿恵(パク・クネ)大統領の父の朴正煕(チョンヒ)政権のころ、日本のマスコミは韓国から「韓国を独裁政権と批判しながらなぜ北朝鮮の独裁は批判しないのか」とよく非難された。

当時、日本では北朝鮮支持の朝鮮総連や韓国の反政府・野党勢力の主張が幅を利かし、その影響を強く受けていたからだ。

背景には、過去の軍国主義日本を否定し、ソ連や中国などの社会主義や共産主義を新しい時代の理想とする戦後的な雰囲気があった。韓国・朝鮮に対しては昔、日本が支配したことを「申し訳なかった」とする“贖罪(しょくざい)意識”が強かった。

とくに北朝鮮に対しては「社会主義幻想と対外的贖罪意識」が重なり、腫れ物にさわるような尊敬と同情みたいな不思議な感じがあった。

筆者も歴史的贖罪感から韓国・朝鮮に関心を持ちはじめた一人だから、これは実感でもある。

そんな中で“反共産主義”の論調で知られた産経新聞はほぼ唯一、反共と経済発展でがんばる韓国を支持し北朝鮮には厳しかった。これに対し過去の日本に対する否定や「社会主義幻想と贖罪意識」が強かった朝日新聞は北朝鮮への同情と支持を惜しまなかった。

朝日は長い間、親・北朝鮮的とみられてきたのだが、それが日本人拉致問題の表面化で大きく変化する。「北朝鮮がそんなことをするはずがない」という姿勢だった朝日も、拉致事件が事実として確認されることで北朝鮮報道を軌道修正せざるをえなかった。

それまでの朝日は、北朝鮮からの亡命者証言や脱北者が伝える北朝鮮の実態、さらには韓国の情報機関の北朝鮮情報などにはきわめて冷淡で、大きく報道することはなかったように思う。大韓航空機爆破など北朝鮮のテロに対しても「北の犯行とされる」などと、微妙に断定を避けたあいまいな書き方が多かった。北朝鮮への遠慮、配慮からである。

しかし拉致事件をきっかけに朝日は“北朝鮮幻想”から目覚めた。慰安婦問題での検証、訂正、おわびのような明確な態度変化の表明はなかったが、その後の北朝鮮報道はより客観的で厳しいものになった。脱北者の証言などもよく紹介されるようになった。

今回の慰安婦誤報問題は朝日にとってそれに次ぐ第2の転換点だと思う。誤報の最大の原因は韓国・朝鮮に対する過剰な贖罪意識である。被害者の主張はすべて正しく正義であり、加害者の日本の主張は虚偽で悪であるという観点から、被害証言に過剰に肩入れした結果である。

被害者に対する同情や「申し訳ないことをした」という贖罪感そのものが悪いわけではないが、それが過剰になって目が曇り、本当のところが見えなくなってしまったのだ。したがって第2の転換には「過剰な贖罪意識からの脱皮」が不可欠になる。

ただこの過剰な贖罪意識は歴史における日本悪者論というか過剰な日本否定論につながっている。したがって問題は韓国・朝鮮との関係を超えて日本の歴史をどう評価するかという話になってくる。いわゆる“反日的”といわれる歴史認識だが、朝日新聞がその転換にまで踏み出せるかどうか。 
                   (ソウル駐在客員論説委員)
         産経ニュース【から(韓)くに便り】2014.11.23

                   (情報採録:久保田 康文)

◆「インド外交のクーデターだ」

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)11月23日(日曜日)通巻第4404号 >

 
〜インド外交、オバマ大統領を「リパブリック・ディ」の主賓に
  米国も承諾、これは「インド外交のクーデターだ」(インド各紙)〜

インド外務省は来年1月に予定されている「リパブリック・ディ」の主賓に米国大統領を主賓として招待することを決め、同日米国ホワイトハウスも「喜んで受け入れ、オバマ大統領はインドを訪問する」と発表した。

インドのリパブリック・ディは独立記念日とm並ぶ重大行事。インドの29の州が合邦した歴史的記念日とされ、1月26日が予定される(2015年は2月初旬にずれこむ可能性がある)。

インドのリパブリック・ディの主賓は、「毎年ひとり」だけ世界の指導者から選抜され、ことしは安倍首相が主賓として招かれてインド国会でも演説した。

たまたまインドにいた筆者はテレビニュースも新聞も、安倍首相のデリー訪問を一面トップで大きく扱っていたことを目撃した。

なぜインドが「外交のクーデター」を騒ぐのか?

9月に習近平が訪印し、200億ドルという途方もない経済プロジェクトをぶち挙げたが、その日、人民解放軍はカシミールのインド領に侵攻した。

インドの対中不信感はぬぐえなかった。

これまでインド最大の友好国かつ武器供与国はロシアである。プーチン大統領は師走にインドを訪問することが決まっている。

これら中国、露西亜をさしおいてインドが米国大統領を招待するわけだから、北京もモスクワも面白くない出来事である。「オバマ大頭領を主賓に選んだのは、モディ首相自身の決定」(『ザ・タイムズ・オブ・インディア』、11月22日)と言われ、インドは朝野をあげての歓迎準備に入った。

さきにミャンマーのアセアン首脳会議と、ひきつづきブリスベンでのG20においてモディは習近平、オバマとも懇談したが、その後、キャンベラで演説したことは記憶に新しい。

そこで、日米豪印4カ国が安全保障の話し合いをしたこと、共同文書を発表したことは、こうした動きの前段階だったことになる。
        

◆ペリリュー島のサクラ

伊勢 雅臣



ニミッツ提督は「この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕していったか」と語った。


■1.ニミッツ提督を感銘させた日本将兵の玉砕

フィリピン南端から東に1千キロほどの太平洋上に浮かぶパラオ諸島の一つ、ペリリュー島では大東亜戦争中、日米の激戦が行われ、1万余の日本将兵が玉砕し、米軍も1万人を超える死傷者を出した。

日本将兵の戦いぶりを、米太平洋艦隊司令長官だったニミッツ提督が次のような詩に詠んでいる。

<Tourists from every country who visit this island should betold how courageous and patriotic were the Japanese soldiers whoall died defending this island.

諸国から訪れる旅人たちよ。この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕していったかを伝えられよ。>[1]

ニミッツ提督は著書『太平洋海戦史』の中でも、ペリリュー島の激戦について、こう書いている。

{ペリリューの複雑極まる防備に打ち克つには、米国の歴史における他のどんな上陸作戦にも見られなかった最高の戦闘損害比率(約40パーセント〉を甘受しなければならなかった。}[1]


■2.護国の英霊のお陰

ペリリュー島は南北9キロ、東西3キロの珊瑚礁からできた小島である。この島を防衛していた中川州男(くにを)大佐率いる1万2千名の日本将兵は、洞窟・地下壕を利用した持久戦で、昭和19(1944)年9月から73日間も米軍を釘付けにして、1万人を超える死傷者を出させた。[a]

その持久戦法は翌年2月の硫黄島での戦いにも引きつがれ、2万余の日本軍は36日間持ちこたえて、米軍に2万6千人近い死傷者を出させた。続く4月からの沖縄戦でも日本軍は同様の戦法に特攻を加え、米軍に7万5千人もの損害を与えた[b]。

島を一つ取るたびに万単位の死傷者を出していたら、この先、日本本土占領までにどれだけの損害を受けるのか。本土決戦までいったら100万人の死傷者が出ると予測された。

日本が無条件降伏を受け入れるまで侵攻しようとするルーズベルト大統領の過酷な方針に対して、米国内で疑問の声があがったのだろう。無条件降伏では、皇室が滅ぼされても、あるいは日本全土がハワイやフィリピンのように属領とされても文句は言えない。日本は全滅するまで戦いを続けるだろう。

ルーズベルトの急死を機に、その方針が急転換されて、ポツダム宣言で降伏条件が出された。ここでようやく日本は降伏を受け入れることができたのである。

大東亜戦争での日本将兵の強さを認識したアメリカは、戦後、日本を頼れる国と見なして日米同盟を結び、それがソ連・中国との冷戦から日本を守った。同時に戦後の日本国民は英霊の死を無駄にしないよう祖国の復興に力を尽くした。戦後日本の平和と復興・高度成長は、護国の英霊のお陰と弊誌は考えている。


■3.ペリリュー島原住民を退避させた中川大佐

パラオ諸島は第一次大戦後、日本の委任統治領となった。大東亜戦争が始まると、日本はフィリピン防衛の防波堤として、ペリリュー島に東洋最大といわれる飛行場を建設した。

フィリピン奪回を狙う米軍は、まずペリリュー島攻略から始めた。昭和19(1944)年9月15日、ニミッツ提督率いる大機動部隊がペリリュー島沖合に現れた。

空母11隻、戦艦3隻、巡洋艦約25隻、駆逐艦約30隻、その他に多数の水雷艇、掃海艇、輸送船からなる大機動部隊が島全体を十重、二十重に包囲した。島から見れば、水平線がすべて敵船に覆い尽くされているような光景だったろう。

ペリリュー島には899人の原住民が住んでいた。彼らは産業開発や教育普及に尽くしてくれた日本に恩義を感じ、全員一致で日本軍とともに戦おうと決めたが、中川大佐はそれを許さず、乏しい船舶をやりくりして、空襲を避けて夜間に住民全員をパラオ本島に避難させた。[2]

ちなみに、戦いが終わった後、帰島した彼らは多数の日本将兵の遺体を見て泣き、埋葬して、その後も墓地の清掃を続けてくれている。[1]


■4.「攻略完了までに4日間もあれば十分だろう」

上陸前に、米軍は艦砲射撃と空爆で、徹底的に日本軍を叩こうとした。9月6日から14日までにの3日間に米軍機のべ1400機がペリリュー島と隣接するアンガウル島を空襲した。さらに12万発、3490トンの砲弾を艦砲から撃ち込んだ。島の大地は揺れ動き、太陽は黒煙に包まれた。

輸送船から水陸両用装甲車に乗り込もうとしていた海兵隊第一連隊長ルイス・ブラー大佐に、船長が声をかけた。「大佐。今晩は船に帰って豪華な食事でもしようかね」

「どうしてかね」と聞く大佐に、船長は艦砲と爆撃の煙の間に垣間見える、ジャングルも中央高地も崩れた島を指さし、「戦争はなかば終わっていますよ。大佐の仕事は敗残兵狩りくらいのものでしょう。あれだけ完全に叩いたあとですからね。島の軍事施設は全部ふっとんで見えませんよ」

攻略完了までに4日間もあれば十分だろう、という見込みが、第一海兵師団に下された命令書にも書かれていた。

49隻の輸送船から、起重機で20隻の大型舟艇と300余台の水陸両用装甲車が次々と降ろされ、それらが海岸に向かって接近した。大型舟艇は海岸から2千メートルの地点で停まり、その前部が口を開けて、3百隻にも達する上陸用舟艇が繰り出された。米軍の新兵器である。


■5.「こりゃ大変だ」

海岸から6〜8百メートルのところには、珊瑚礁が島を巡っていた。上陸用舟艇が珊瑚礁線を乗り越えようとした途端に、無数の水柱があがり、舟艇は折り砕かれ、米兵の身体も飛び散った。またたく間に、海は朱に染まり、死体が海上に漂った。

立ち往生している舟艇から、次々と無線通信が司令部に送られた。「ああ、すごい、ひどい。あそこで5両、そこで10両、その向こうで5両、ジャップの機雷にやられて吹っ飛んでしまった。こりゃ手強い」「どうしたらよい、動けないんだ」

米艦隊は無数の発煙弾を撃って煙幕を張り、それに隠れて残存する上陸用舟艇は、注意深く珊瑚礁線を越えようとした。そこに日本軍の一斉砲撃が襲ってきた。

珊瑚礁線は大小無数の砲弾で大穴だらけになり、その穴に米将兵が折り重なって倒れている。いくつもの水陸両用装甲車が紅蓮の炎と黒煙に包まれている。

米艦隊の一人の砲術士官は双眼鏡でその状況を観測して「こりゃ大変だ」と思ったが、ふと飛行場横の高地の中腹には無数の洞窟を見つけた。その入り口に四角い鉄の扉があり、それが開くと、中から砲身が出て来て、真っ赤な火を吐く。そんな洞窟が数百もあった。

それらの洞窟に砲撃を加えたが、炸裂した砲煙が消えると、何事もなかったように、また鉄扉が開いて、砲身が火を吹く。そのたびに上陸用舟艇や装甲車が餌食になっていく。日本軍の中核は満洲関東軍の中でも精鋭部隊で、砲撃の精度も正確無比だった。

この数時間の初戦だけで、米軍は上陸用舟艇六十数隻、水陸両用装甲車30両が撃破され、約千名の死傷者を出した。


■6.山地に立て籠もる持久戦

しかし米軍の猛攻は止まなかった。砲撃によって珊瑚礁線を打ち砕き、島の10メートルもの断崖を崩して、その上に鉄板を敷きつめ、その上で次々と装甲車が押し寄せた。この辺りを守る守備隊はこれに対しても精密な砲撃を行い、17台を撃破して押し戻したが、ついに砲弾が尽きて、最後は敵に斬り込んでいった。

9月15日、11時間の激戦で、米軍は2千名以上の犠牲を出したが、なんとか飛行場の一角を占領した。米軍は日本軍の夜襲にも耐え、陸続と3万人近い大軍を上陸させた。

9月19日に島南部平地の飛行場が制圧されると、日本軍は北の山地に立て籠もる持久戦に変えた。山の斜面には無数の陣地が作ってあり、そこで米軍を待ち構えたのである。

米軍は5、6両の戦車を先頭に、5、60人の歩兵がついてくるという態勢をとったが、坂の上から精密な射撃を受けたり、地面の中から手榴弾が飛んできたりした。地雷を抱いて、戦車に飛び込んで爆破する日本兵もいた。

山地でのゲリラ戦となると、米軍の物量作戦も効かず、陣地を一つひとつ潰していくしかなかった。日本軍の将兵も次々と倒れていったが、米軍の被害も拡大していった。


■7.「勇敢な日本軍の皆さん、夜間の斬り込みは止めて下さい」

島北部に追い詰められつつあるペリリュー島守備隊に加勢せんと、パラオ本島から、夜陰に乗じて、9月22日から25日にかけて780名の援軍が逆上陸をした。ペリリュー島を取り巻く敵艦隊の間を縫い、敵砲撃で150名の犠牲を出しながらも、死地に飛び込んできたのである。

守備隊は「よく来てくれた」と涙を流し、志気はいやがうえにも高まった。昼間は寄せ来る米軍を狙撃し、夜は切り込み隊を繰り出した。拡大し続ける損害に、米軍は日系二世兵に日本語でスピーカーから放送させた。


<勇敢な日本軍の皆さん、夜間の斬り込みは止めて下さい。あなた方が斬り込みを中止するなら、我々も艦砲射撃と飛行機の銃爆撃は即座に中止します。>

放送を聞いた守備隊は、逆に喜んだ。

「米軍の腰抜け目、自分の弱さを認めて宣伝してやがる。ざまあ見ろ!」
「もっとやろう、死ぬまでやり抜くぞ!」

しかし、米軍も闘志では負けていない。一部の部隊は、日本軍陣地に夜襲をやり返した。


■8.「ここを渡せば米軍は祖国に一歩近づくのだ」

じわじわと包囲網を狭める米軍に対し、中川大佐は最後の戦法に出た。ペリリュー島北部の山地の頂上部分には、南北約800メートル、東西約350メートルに亘ってトンネル上の地下陣地が作られており、日本軍はあちこちから地上に出て、登ってくる米軍を攻撃するのである。

米軍は爆撃機から500キロ爆弾を500個以上投下したが、硬い岩肌に守られた洞窟陣地は激しく揺れ動くのみで、崩れはしなかった。

登ってくる大軍を恐れもせず、守備隊は鍛えた射撃の腕で、米兵の一人一人の頭部を狙って狙撃する。高地から打ち下ろす銃弾は、米兵の鉄帽を貫通して即死させる。夜は毎夜、斬り込みを繰り出した。

かつて1万2千名いた守備隊は1ヶ月の攻防の後、10月13日時点で1150名しか残っていなかったが、なおも「ペリリュー島を米軍に渡すな。ここを渡せば米軍は祖国に一歩近づくのだ」という決意を緩めなかった。守備隊はこの戦いをさらに1ヶ月以上も続けた。


■9.「サクラ、サクラ」

11月24日、すでに食料も手榴弾も尽き、小銃とわずかな弾薬のみが残る状況となった。兵員も健在者50名、重軽傷者70名のみとなっていた。中川大佐は洞窟内の指揮所で、軍旗と機密書類を焼き、午後4時、パラオ宛に電文を打たせた。

「サクラ、サクラ」

玉砕を告げる暗号である。中川大佐と2名の幹部は、最後の攻撃へのはなむけとして、収容として古式に則った割腹自決を遂げた。

見事な最期を見届けた将兵は、嗚咽をこらえかね、その慟哭が洞窟内にこだました。重傷者たちは、もはやこれまでと大佐に続いて自決した。

その後、56名からなる最期の決死隊が組織され、米軍と激しく交戦し玉砕した。

日本軍の組織的戦闘はこれで終わったが、各地で孤立した生存兵34名はその後もゲリラ戦を続け、昭和22年4月の投降まで、さらに2年半も戦い続けるのである。

ニミッツ提督の「この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕していったか」という感銘は、このような戦いからもたらされた。それは敵味方の別を超えた武人としての共感であった。

この戦いで戦死したある日本軍将兵は、次のような最期の言葉を残している。<われらここに祖国を遙かなる南海の孤島に英霊となり、祖国の繁栄と平和、同胞家族の幸福を見守る。願わくば我等のこの殉国の精神、永遠に銘感されん事を。>[3,p101]

■リンク■

a. JOG(191) 栗林忠道中将〜精根を込め戦ひし人
「せめてお前達だけでも末長く幸福に暮らさせたい」と、中将は36日間の死闘を戦い抜いた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h13/jog191.html

b. JOG(196) 沖縄戦〜和平への死闘勝利の望みなきまま日本軍は82日間の死闘を戦い抜き、米国の無条件降伏要求を撤回させた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h13/jog196.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 名越二荒之助『世界に生きる日本の心 二十一世紀へのメッセージ』
★★★、展転社、H15
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4886562299/japanontheg01-22/
「ペリリュー島のサクラと神社 米国公刊戦史の讃えるもの」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/nagoshi/palau.htm

2. ブログ「ねずさんのひとりごと 日本とパラオ 歴史を越えた友情」★★★★
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1594.html

3. 舩坂弘『ペリリュー島玉砕戦―南海の小島七十日の血戦』★★、(光人社NF文庫、H12
  

◆國語は金甌無缺であった (7)

上西 俊雄


[付記]

料金不足のため2圓の請求書付き葉書が屆いた。調布郵便局からの請求書は葉書の體裁で、10日以内に2圓の切手を貼って投函することとあるが、失念しても取り返しにくることはないと思はれる。第一、文面は讀んでしまってゐるのだから、取り返されても利用者が困ることはない。

當分の間は2圓の料金不足にうるさいことをいはぬといふ、なかなか味な處置だと思ふ。

しかし、2圓切手を貼るべき圍みのところに太字で「切手貼付欄」でなく「切手ちょう付欄」となってゐて、調布と音が通じるのが面白いけれど、意味不明ではないかと氣になる。

その下に普通の書體で「不足分の切手をお貼りください」とあるのだから貼といふ漢字自體の使用をはばかってゐるわけでない。

手元の『大活字漢字辭典』(三省堂平成16年發行)で貼を調べると、表外字となってゐる。なぜ、訓の場合には使用して音の場合には使用しないのか。念のため平成22年5月19日配布の「改訂常用漢字表」に關する答申案(案)をひっぱりだしてみた。

貼には下線が引いてある。下線は現行常用漢字表に追加した字種、音訓等とある。おまけに、ハルにもチョウにも下線がある。

といふことは、日本郵便株式會社は漢字制限の指示を確かめてゐなかったのかもしれない。確かめないでハルは常用漢字にあるはずで、チョウといふ讀みはないはずだと推測したのではないか。

なほ、チョウのところには貼付といふ熟語が擧げてあって、「テンプとも讀む」といふ意の注記がある。

因みに『大辭典』には「形聲。以物爲質と注す。抵當に物を入るる義。故に貝扁。占は音符。轉じて物の依り付く義より●着する義とす。」とある。●はJISにない字で音コ、ノリの意。

『大辭典』によれば慣用音テン。漢音呉音ともにテフで、訓はツク。「はる」といふ訓はない。

日本郵便株式會社の人がしっかり確かめてゐたら、チョウもハルも使用したはずだ。いや、テンプでなくチョウフと讀ませたいから音の方は使用を控えたのかもしれない。

一體、かういふ風に漢字について使用可能とか不可能とかを決めることに、またそれを守ることにどれほどの意味があるのだらうか。指示する方も指示される方も、それが仕事と見做されて給料がもらへるから、ゲームをやってゐるだけなのだ。

日本郵便株式會社は民營化の結果、さう丁寧にゲームにつきあふ餘裕がなくなってゐるといふことではないか。教員はゲームの規則にしたがはなくてはならない。そのために支拂ってゐる費用は莫大なものになるだらう。

伊澤修二は「吾々が觀察を怠ることの出來ないのは國語調査會である。若しこれが學者の有志團體であるならば、どういふことを議決しようとも御勝手次第であるが、特に帝國議會の協贊を經て國庫より巨額の費用を出して居るのみならず、政府より職權のある委員を以て組織したのであるから、茲で議決したことは、政事上に勢力を持つのである。」と述べてゐる。

巨額の費用は日露戰爭前夜のことであった。今は TPP前夜。ローマ字の混亂を放置しておいてよいのか。

文化審議會を何度か傍聽したことがあるが、時間が經ったものは改定するのが當然だとしてゐて「あまりに頻繁に改訂するのは考へものだ」といふ發言がわづかに良識を示してゐるに過ぎない。

費用のことは別にしても、言葉のひとつひとつに使用可能かどうかを調べてかかるとなると、正常な人間なら氣が狂ってしまふだらう。


[謝辭]

圖書館などほとんど縁のないままに過ごしてきたが、今になって大學圖書館にしか所藏されてないやうなものをみようとすると、大學附屬圖書館の多くは所屬機關または公共圖書館を通して事前に所藏を確認し閲覽日を連絡することになってゐるので、2週間ほどの餘裕が必要。

先年、田丸卓郎の書いたものを讀んでみたところ、「Funk & Wagnall のStandard Dictionary の卷末にある Scientific Alphabet」といふ箇所があった。それを確認しようとしてまだはたせずにゐる。

その頃の版を所藏するところが尠い。やっと所藏する大學圖書館をみつけ許可をとったが當日は豪雨、ずぶ濡れになっていってみたら、書誌情報が間違ってゐて求める版ではなかった。

かういふ經驗をしたばかりであったので、筑波大學附屬圖書館大曾根司書、東京農業大學附屬圖書館T司書の對應を特記して謝意を表する次第。

國語問題協議會の上田博和氏に常葉智子に「表記と音聲の乖離─英學資料の音節「エ」の場合─」があることを教はり、白百合女子大學國語國文學科研究室で讀んでみてアーネスト・サトウのことを知った。電話だけですぐに閲覽の便をはかってくれた藤岡さんに感謝する。

サトウ論文は題からして、ローマ字論であることを直感。入手して讀んでみたところ、擴張ヘボン式とまったく同一であった。孤立無援のところに強力な先驅例を發見して自信を持つことができた。擴張ヘボン式の新しい點はハ行の形を語中と語頭で區別したことだけである。

國立國語研究所研究圖書室では江戸時代の和書を、東洋文庫ではサトウの書込みのある拔刷をみせてもらった。どちらも直ちに閲覽可能であった。

擴張ヘボン式、ほかにも先驅例がなかったわけではない。矢吹晋横濱大學名譽教授から朝河貫一の『入來文書The Documents of Iriki』(YaleUniversity, 1929) のことを教はったのは、サトウ論文を知る一年前のことであった。

朝河は舊制安積中學4期、矢吹は新制 70 期、64 期の後輩とのこと。朝河方式はヂジヅズの書き分けは同じであったけれど、いはゆる長音なるものをマクロンを冠した字母で表す點に於ていまだ完全な翻字式ではなかった。

しかし、朝河貫一のやうな人の方式がどうして埋もれてゐたのか。自分のことを棚に上げていふが、學者としてローマ字のことをやってゐれば、朝河の英文に目を通さないことなど考へられないではないかと思ふ。

學問といふものは、すべてをみて進んでいく、いやそんなことはできないから、とにかく異端のものに特に目配りするものではないのかと思ってゐた。

國語問題にしても、昨今の英語教育の議論にしても、目配りが足りないといふ思ひがする。

訓令式となってゐる日本語のローマ字表記の國際規格(ISO 3602:1989)を修正ヘボン式("Modified Hepburn" system)へ改正する提案が採擇されたのは一昨年。昨年6月に豫定されてゐた國際會議は5ヶ國そろはず流れてしまったと聞くが、いつまでも放置してゐてすむものではあるまい。

我が國ではどういふところで議論することになるのか。役所であれば結局文部省が主導權を握ることにならう。文部省の知ってゐるローマ字はヘボン式と訓令式だけだ。視野を廣げた議論をしてほしい。

        

2014年11月23日

◆日韓議員連盟は、韓国の走狗か

池田 元彦



超党派日韓議員連盟団が、先月下旬韓国を訪問、韓日議員連盟との議論の末、10月25日共同声明を発表した。不思議なことに、参加議員名、共同声明の内容がメディアで広く報道されなかった。主要議員連盟会員や事務局に確認をとっても、拒否、或は言葉を濁すだけだ。

山田宏次世代の党幹事長の正義感溢れる情報開示で、我々は真実を知ることになる。その共同声明はトンデモナイ代物で、韓国の出鱈目な言い分を全て取り上げ、かつ日本からの懸案とする韓国への要望、言い分が声明文に一切含まれていないのだ。共同処か、韓国要望受入書だ。

先ず、朝日新聞の捏造謝罪報道後に関わらず、河野、村山、菅談話継承、及び韓国捏造慰安婦に補償とは何事だ。性奴隷20万人少女像撤回を何故声明に織り込めない。日中韓共同教科書実現や、文化、観光、スポーツ、メディア交流に、何故日本の立法、予算確保が必要なのか。

1998年迄日本文化を拒否し、今もTVドラマや日本語の歌の放映禁止を一方的にしながら交流とは笑止千万だ。メディア交流も構わないが、産経支局長起訴に何故抗議しないのか。永住外国人参政権の要求に、日本側は一層の実現努力を約束できる根拠、理由が何処にあるのか。

在日韓国人へのヘイトスピーチ取締要請を承るなら、韓国の長年の反日教育、反日法は何時改善、廃止するのか、東京五輪ボイコットを国際社会に働きかけ、決定直前には福島原発汚染水を問題にし、福島県等8県水産物輸入全面禁止発表した国は何処か、糾弾したのか。

何ら日本の主張を織り込まず、唯々諾々と韓国の言いたい放題を共同声明として、額賀福志郎会長が、朴大統領に会って貰えたのだ。これは利権漁りの屈辱外交という。要は、議員団は、夫婦別姓、在日地方参政権を積極的に容認する反日議員の、利権漁りの国益既存の訪問だ。

問題点は他にもある。2018年の平昌冬季五輪に関して、緊密な協力体制を構築、支援策協議とはどういうことだ。日本は、2020年の東京五輪に、何らの韓国の支援等要請する必要はない。処がIOCに不可解な動きがある。
バッハ会長が五輪改革案「五輪アジェンダ2020」を発表したのだ。

五輪開催地選定は一国一都市が大前提だが、バッハ改革案では一国の複数都市或は例外的に他国との共同開催が可能となる。12月初めにモナコで開催される第127回IOC総会でIOC委員投票により実施決まる。バッハ会長の不可思議な言動もあり事実上、決まったも同然だ。

平昌五輪開催迄3年余りに関らず、全くの準備不足で雪は降らない、開閉会場所さえ未確定、IOC委員の多くが厳しい批判するも、バッハ会長が問題はないだろうと公式発言した上での、複数国共同開催案が年内に決まるというのは、出来過ぎの判りやすい韓国によるバッハ懐柔陰謀だ。

東京五輪に韓国が介入できる余地はないので、テストケースを平昌五輪の複数国共催として日本に押し付ける可能性が現実味を帯びて来たのだ。ワールドカップの五輪版だ。

五輪は、一都市が単独開催することは、ギリシャのアテネ、スパルタ時代からの伝統だ。それを破るということだ。

日韓議連訪問議員は、国税を使って何しに行ったのか。額賀福志郎会長と川村健夫幹事長の国益に対する見識を疑う。訪韓国賊議員30名の氏名は、インターネットで検索できる。確認し該当議員には投票しなことだ。こんなことでは、次世代の党に時代は遷るぞ。

政治家には3種類ある。名誉欲、利権漁り金銭欲の、そして政策実現に邁進する議員。