2014年11月23日

◆中国人民銀行、突然の利下げは

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

<平成26年(2014)11月22日(土曜日)通巻第4403号>


〜中国人民銀行、突然の利下げは「サープライズ」というより「季節外れ」
  景気刺激策の定石も、この程度では効果が限定されると欧米経済誌〜


中国中央銀行は11月21日、唐突に利下げを発表した。一年物貸しだし を5・6%、一年物定期預金の上限を2・75%とした。

「工業生産が落ち込み、内需が弱いため、不動産市場の下落を今回の利下げで留めることはできない。資金需要がよわく、効果は限定されるだろう」と欧米のエコノミストは各紙に見解を述べている。

中国側は、これにより中小零細企業と農業へのてこ入れを狙うとするが、すでにデベロッパー、不動産関係、地方政府は限度一杯、借り切っているので、利下げの恩恵はない。

この時期の利下げはたしかに「サープライズ」ではあるが、「季節外れ」である。

◆囚人の労働力を活用すべきだ

平井 修一


小生は「囚人の労働力を活用すべきだ」と思っている。中共は海外の建設現場で「囚人を使っているらしい」という話は時々聞く。ソ連に抑留された日本軍捕虜60万人は過酷な労働を強いられ1割が殺された。

北海道の開拓は囚人が活用された。「博物館網走監獄」がその様子を以下ように記している。

<道無き道を進む囚人の旅は険しい地形と熊との戦いだったと言います。道央とオホーツク沿岸を結ぶ道路の開削工事が、千人を超える囚人により昼夜兼行で強行されました。逃亡を防ぐため囚人は二人ずつ鉄の鎖でつながれながら(連鎖という)の重労働でした。

北海道での囚人労働は炭鉱や硫黄採取などでも行われ、そのつど多数の犠牲者を出していました。

「囚人は果たして二重の刑罰を科されるべきか」と、国会で追及されるに及び、ついに明治27年廃止されたのです>

あまりに過酷な重労働になってはいけないし、逃亡をいかに防ぐかという問題もあるが、検討する価値はあるのではないか。

在米ジャーナリストの堀田佳男氏が米国の囚人労働について報告している。「米多国籍企業をたっぷり潤す現代の奴隷制度」(JBプレス11/17)から要約する。

<奴隷という言葉には少しばかり誇張が含まれるが、米国で犯罪に手を染めて実刑判決を受けると、出所するまで奴隷と呼んで差し支えない賃金で刑務作業を強いられる。

*時給25セント、サボタージュも許されない労働力

賃金は経験によって差違があるが、平均時給賃金は25セント(約28円)。服役中に「稼げるだけでいい」との考えもあるが、近年問題視されているのは、世界的に名前が知れ渡る多国籍企業が低額の賃金に目をつけ、受刑者を労働力として利用する動きが加速していることだ。

しかも受刑者数は過去10年で加速度的に増えている。米国の刑務所(連邦、州立、民間)に収監されている受刑者数は現在約240万人。1972年が約30万人で、90年には100万人。過去20年以上で2倍以上に増加した。

米ジャーナリスト、ビッキー・ベラエス氏によると、100社以上の多国籍企業が刑務所と契約を結んで製品を作らせているという。同氏が挙げる企業リストの中にはIBM、ボーイング、モトローラ、マイクロソフト、コンパックなどといった優良企業が並んでいる。

刑務作業で作られる製品は、日本では家具や靴、バッグなどが一般的だが、米国では米軍が使用するヘルメットや防弾チョッキ、弾丸装着ベルト、テントなどはすべて刑務製品である。

*最新の航空機部品、コンピューター製品、医療機器まで

それだけではない。最近は航空機部品やコンピューター関連部品、医療機器まで製造されている。少なくとも37州で、刑務所が多国籍企業と契約を交わし、最低25セントの低賃金労働を利用しているのだ。

受刑者の経験や製品によっては時給2ドルまで上がるが、それでも中国の労働者よりも低賃金に抑えられる企業側の利点がある。

多国籍企業が受刑者に頼る理由は、企業側にとって好条件がいくつも揃っているからにほかならない。もちろん低賃金が最大の魅力だが、受刑者には職を辞する権利がない。

「お勤め」を拒否すれば独房が待つ。さらに賃上げ要求やストライキもない。有給休暇もないばかりか、遅刻や早退もない。そのうえ、失業保険や福利厚生の手当ても必要ない。

使う側からすればこれ以上の働き手は期待できないほどだ。しかも仕事ぶりは四六時中チェックされている。この労働力を見過ごす企業はないだろう。

大企業と刑務所の結託を「獄産複合体」と呼ぶこともある。企業によってはロビーイングに多額の資金を割き、連邦議員と州議会議員に働きかけて「獄産複合体」の維持に力を注いでいるとも言われる。

体制を維持するためには受刑者数の確保が必要だが、今のところ困るようには見えない。むしろ受刑者数が増えすぎて、連邦・州立刑務所に収まりきらず、民間刑務所が増設されているほどだ。

240万人という数字は新潟県の人口とほぼ同じで、それだけの労働力を確保できれば、国外に工場を建てる必要性は減るかもしれない。

一方で、一部の市民団体からは受刑者が大企業に使われたままとの声が上がっている。「奴隷扱いされている」との批判だ。だが、受刑者の声が連邦議会やホワイトハウスに届くことは残念ながらほとんどない。

これが米国の塀の中の現実である>(以上)

囚人労働が民業を圧迫してはいけないし、囚人もお金がたまる、専門技能が身に附く、保釈が早まるなどのメリットが用意されるべきだ。時給600円(日給4800円、月給10万円)で、国と囚人が収入を折半。国は囚人1人につき年間300万円ほどの金がかかっているから60万円節約できる。

囚人は5年のお勤めで出所の際には300万円を更生資金として受け取れる。囚人、企業、国の三者一両得。検討を期待したい。(2014/11/21)


◆権力と食文化

黒田 勝弘


韓国人の古老から聞いた話で、ソウルで「日式(イルシク)」といわれる日本料理など魚をよく食べるようになったのは、南部の慶尚北道(キョンサンプクド)出身者が政権を握った朴正煕(パク・チョンヒ)大統領時代の1960年代以降だという。

それまでは反日色が強かった李承晩(イ・スンマン)大統領をはじめ北朝鮮出身者が羽振りをきかせていたので、ソウルに「日式」はほとんどかったという。

権力と食文化の関係として面白いが、90年代以降も金泳三(キム・ヨンサム)政権では大統領の実家が慶尚南(ナム)道・巨済島(コジェド)のイワシ漁の網元で「だしジャコ」が人気を呼んだ。金大中(デジュン)大統領は故郷の全羅(チョルラ)南道・木浦(モクポ)名物で発酵させた「エイの刺し身」が好まれ、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領時代は出身地の釜山名物「アナゴ(日本語のまま!)の刺し身」が話題になった。

李明博(ミョンバク)前大統領は故郷が東海岸の浦項(ポハン)で、名物サンマの浜干し「クァメギ」が全国的に知られるようになった。干したサンマをそのままワカメや野菜でくるみトウガラシ味噌(みそ)で食べるので酒のさかなにいい。

ただいまその季節で、それをいただきながら「ところで朴槿恵(クネ)大統領時代は何になるのかな?」となったのだがピンとこない。彼女の好物が魚か肉か野菜モノかはたまた麺類なのかよく分からないのだ。このあたりの情報公開があればもっと親近感が出るのに惜しい。(在ソウル)
産経ニュース【外信コラム】ソウルからヨボセヨ 2014.11.22

                     (収録:久保田 康文)

◆國語は金甌無缺であった (6)

上西 俊雄



[注1]

愛國行進曲の擴張ヘボン式、御稜威は接頭辭のところにハイフンを入れて、母音連續を避けたと書いただけで、末尾の榮が sakae となってゐることに觸れなかった。

本居宣長『字音假字用格』に「あいうおノ四音ハ、語ノ中(ナカラ)ニ在ルトキハ省ク例多シ」とあって、ア行のうち「え」だけが省かれてをり、その續きで、いろいろ例をあげた後に「えノ音ノ例ナキハ、イカナル理ニカアラム、未考」とあることを踏まえ e には見えざる仕切りがあるのだと、擴張ヘボン式では e の場合の母音連續に區切りの必要をみとめなかった

仕切りのある e であれば、ヤ行に屬すべきではないかとする議論のあったことは、アーネスト・サトウのローマ字論で知った。サトウのローマ字表にはヤ行のエ段も埋まってゐて ye であるが、これは擴張ヘボン式にもある。たゞ擴張ヘボン式では ye は外來語の轉寫のために設けたもので、さういふ假名の存在を要求するものではない。

サトウは片假名のエが漢字の江の略體に由來するとする説に對して批判があったことを傳へ、また自らの觀察にもとづき詳細にヤ段のエについて論じてゐる。一部を引く。ヤ行のエ段の假名の案については●で示す。


<和名抄によれば江は和名衣だから、日本語の發音は衣と等しいといふことだ。從って和名抄が編まれた當時において江と衣が假字としてまったく等しかったことを疑ふことは難しく、兩方とも同じ綴りにしなけれならない。

ここで、假名47文字が選定され、そのため e か ye かのどちらかが 失はれたのは此の辭書の編纂の前であったのかといふ問題が生じる。もし さうであるなら、引用した箇所によっては何もきまらない。

書かれた日本語として現存する最古の見本である古事記では、假名でエと書かれるべきものが愛延江枝などで書かれてゐる。對應する支那語音によれば、この四字のうち第一は元來 e 第二は ye と發音されてゐたはずであるが、江と枝はともに訓假字なので e なのか ye なのか見ただけでは判らない。

上にあげた學者より後の學者はエは江ではなく延に由來するとする。もしさうであれば、延は明らかに早い時期において 父音 y を伴ってゐたのであるから、假名文字エは ye であったに違ひない。

大石千引の言元梯はエで始まる語は「得る」一語を例外としてすべてヤ行に置いた。その中には江で始まる語も當然含まれるから、もし彼が正しいとするなら、假名文字エは江に由來しやうともまさしく ye であったわけだ。

本居宣長と鈴木音次郎はエの音價を e とする説を主張したもっとも著名なるものであるが、後者は ye の假名として、衣の下半分を取った●を提唱、彼はこれでヤ行に屬する音を表すことを考へたのだ。>


サトウの結論は「しかしながらこれらの新しい文字は日本語表記のためのものではなく、五十音圖の隙を埋めるといふそれだけのために發明されたもので、我々にとって實際的價値を有するものではない。」ときはめて穩當だ。

しかるにウィキペディアにはヤ行のエといふ項目があり、ユニコードでは獨自の字形を設けてある。我々の知ってゐるア行のエ段の假名はヤ段のエ段に移かれ、ア行のエ段にはあたらしい字形の假名(片假名は衣の最初の三畫、フに點を打ったやうな形)が置いてあるのだ。

これも役所だけで言葉を簡單に決めることに我らが唯々諾々と從ってきた結果かもしれないが、一部の學者だけでかういふことが何時のまにか決められてゐることに恐怖を覺える。

[注2]

アーネスト・サトウのローマ字論、原題は

THE TRANSLITERATION OF THE JAPANESE SYLLABARY

發表は

the Transactions of the Asiatic Society of Japan 7, 1879

Nature 1879年8月21日號の雜報とでもいふべき欄に次のやうにある。

The new part of the Transactions of the Asiatic Society of Japan,contains much interesting matter; the most important paper,however, is one on the the transliteration of the Japanesesyllabary, by Ernest M. Satow, of H. M.'s Legation at Yedo, whohas industriously applied himself to the study of the language forthe past eighteen years, and is one of the greatest authorities onthe subject.

譯は國語問題協議會『國語國字』第199號所載。

横濱開港資料館に送ってゐたところ、平成25年12月に「宣教師ヘボン─ローマ字・和英辭書・翻譯聖書のパイオニア─」と題する册子が屆いた。同館で開催のヘボン展の圖録であった。參考資料に拙譯があがってゐた。サトウをローマ字論者として取上げた嚆矢だと思ふ。


[注3]

15世紀の英文を引いてカクストンと書いたけれど、ネットではキャクストンとするものが多い。

Caxton の第一音節の母音は發音記號では ae の合字で表されるものでash の母音と呼ばれる。要するに a の字の閉音節における音で、これが前舌寄りになったのはシェークスピア以後のこととされてゐるので、敢へてカクストンといふ表記をとった。

cut と cat の發音の違ひを發音記號でみると、母音がカットとキャットを分かつ理由のやうにみえる。map も同じ母音だからと map の英語音をミャップとする人もある。

母音といふものは持續しても變化しないものだ。もし ash の音價がヤだと考へるなら母音ではない。ベルリン工科大學教授ヘイリー博士は catの語頭の子音を c として k と區別して書くことがあった。この方が筋が通る。

英語音韻史のことで最初に耳にしたのは great vowel shift と呼ばれるもの。back-vowel fronting と呼ばれる現象は great vowel shift に續く時代の現象だとされるやうであるが、とにかく英語の發音の變化は驚くほどに大きくしかも長期に亙ってゐる。そして英語は音韻變化がくはしく知られてゐる。

言語は變化するものだといふ主張の根底にはこの英語の音韻變化の大きかったことがあると思ふ。

英語に Norman Conquest の影響のあったことはよく知られてゐる。しかし、great vowel shift はそのあとの時代。當時何があって起こったことなのかは今持って解明されてはゐない。ウィキペディアには黒死病も無關係でなかったのではないかとする説もあるほどだ。

黒死病を逃れんとしたのか十四世紀中期には大量の移民がイングランド南東部にあったといふし、四分の一も人口が減れば一般人の言語が表層に押し出されてきても可怪しくはない。

貴族階級の英語が一般人の英語と異なることは、ヂェイン・エアが家庭教師として採用されるときの要件がきちんとした英語を教へることにあったことからも窺へる。

土井忠生『吉利支丹論攷』に巡察使パードレ、アレシャンドロ・ヴァリニャノの日本語觀察が出てくる。

<言語はあらゆる言語の中で最も豐富である。何となれば、多くの點でグレーシア(ギリシャ)語やラテン語に勝ってゐて、同一の事柄を言ひ表はすための無數の單語と言ひ方とがある。從って、それを學ぶのに爲すべきことが多く、二十年以上この地で生活したわが會の者ばかりでなく、本國人でさへ新しく學ぶべき知らないことがある。

更にまた、如何なる言語に も見られないことだと私は信ずるのだが、それらの言葉と共に修辭法と立 派な教養を學ぶのである。大人に話すか子供に話すか、目上に話すか目下 に話すかによって、如何に話すべきかの判斷が即座にでき、誰と話す場合 にも必ず守るべき禮儀をわきまへえ、それぞれの場合に使ふべき特定の動 詞や名詞、言ひ方があるのを知ったのでなければ、誰しも日本語がわかっ たとは言ひ得ない。>

さうであった。小さい時はまづ言葉遣がなってないと叱られたものだ。我が國では一般人も目上に話しかけるときと、さうでないときは言葉遣を改めるのが當たり前であった。日本語は顯現的に主語をいはない。だから待遇表現をきちんとしなければならない。

敬語はつかへばいいといふものでなく、つかふべき場合にしか使ってはならないのだ。返信用封筒の表書に最初から樣付きで宛名を印刷するのでなく、「行」としておいて返信者が「行」を「樣」とか「御中」とかに書き換へる。さういふことが大事だと思ふ。

辯士紹介で名前だけを表示する場合は先生とつけるかどうか。それは聽衆が辯士と個人的な關係を共有するときでなければ不要なのではないかといふ氣がする。

ここまで書いてテレビをつけたら、おぞましい殺人事件の報道に「睡眠を促す藥」といふ表現があって氣分が惡くなった。睡眠導入劑といふ呼稱もはじめて聽いたときは耳障りであったけれど、通常の睡眠藥とは作用機序を異にするものだと理解してゐた。

「睡眠を促す藥」ではその區別を擔保できるかが怪しい。そのことを措いて云へば漢語をつかってはならないとする見えざる規制を感じる。かういふことがすすむと外國人看護師はせっかく漢語を覺えても看護される方には通じなくなっていくだらう。國語の悲鳴が聞こえないのか。

三角形はダメで、三本の直線で圍んだ形といふのがよい、もとい、これでは漢語だらけであった、みっつのまっすぐなすぢで囲んだ形といふのがよい、火事のときは、火がぼうぼうと燃えてゐるよといはなくてはならない。さういふことを主張してゐることにならないか。

口直しにと、北郷山人のサイトの今月の月譚「遠景」14/11/10をみたら福岡伸一『せいめいのはなし』の紹介であった。

四氏をあいての對談集。最後にモノローグといふ趣向。人名の書き方が面白い。

I グルグル囘る 内田樹さん

II この世界を記述する 川上弘美さん

III 記憶はその都度つくられる 朝吹眞理子さん

IV 見えるもの見えないもの養老孟司さん

V 「せいめいのはなし」をめぐって福岡伸一

「さん」がついたりつかなかったり。これが自然だと思ふ。

とにかく、我らの場合、社會全體が言語に於いてガヴァネスのやうなものであった。

ザビエルは來日して一般人の識字率の高いことに驚嘆したといふが、このことも國語を金甌無缺たあらしめた裝置であったと思ふ。

3494號所載平井修一「事大主義の韓國」に事大といふ語の説明がある。事は動詞であってツカヘルといふ意味。大は目的語なのだ。事は常用漢字ではあるけれど、常用漢字表ではツカヘルといふ讀みはない。

今の新聞は交ぜ書きをしてゐる。つまり讀者は常用漢字どまりの理解力しかないとしてゐるわけだ。社會がガヴァネスであった時代に戻る必要がある。

睡眠導入劑、睡も眠も教育漢字ではない。小學校では使用禁止の漢字。導入の方は導が小學校五年で教へてもよい漢字。六年以上では使用可能。入は小學校一年で教へてよい漢字で、二年からは使用可能。だから導入のところを言ひかへるやうに指導してゐる放送局はあべこべの指示をしたことになる。

つまり守っても守らなくても、あべこべに適應してもなんのお咎めがあるわけでない。禁止といふことばをつかったけれど文化廳は禁止してゐるとは言はないだらう。

もういいかげんにこんなことはやめるべきだ。いつこのことが選擧の爭點になるのか。
   

2014年11月22日

◆政治の大義とは何なのか

阿比留 瑠比
 


左から見れば真ん中も右だと思える。その人の立ち位置や考え方で、政治 的営為や政治家の評価はいかようにも変わる。しかも、ものは言いようだ。

安倍晋三首相の衆院解散表明に関するメディアの報道ぶりを見ていて、改 めてその当たり前のことを痛感している。

古来、政治家や政界を描く際に使う形容詞はおどろおどろしい。例えば海 千山千、寝業師、権力亡者、傀儡(かいらい)政権、魑魅魍魎(ちみもう りょう)、妖怪…などをすぐに思いつく。

政治記者は特に批判的文脈でもなく、ごく当たり前にこうした用語を駆使 してきた。政界という権力闘争の場には、そんな魔界めいた一面があると いう感覚があるからだろう。

ところが、今回の衆院選をめぐっては、解散表明以前からやたらと大仰な 「大義」という言葉が目につく。引用すると「解散に大義はあるのか」 (12日付朝日新聞社説)、「民意を問う大義たり得るか」(同日付毎日新 聞社説)、「『大義』示せる選挙に」(19日付日経新聞1面署名記事)な ど枚挙にいとまがない。

今回の解散・総選挙のように大義が取沙汰された選挙は記憶になく、困惑 を禁じ得ないでいる。そこで手元の辞書を引くと、大義の意味はこうである。

「人がふみ行うべき最高の道義。特に、国家・君主に対してつくすべき道」

そもそも現憲法下で、解散を断行せず任期満了で衆院選を行ったのは昭和 51年の三木武夫首相だけなのである。それ以外の数多の衆院選で、果たし て「最高の道義」や「国家・君主に対してつくすべき道」が実践されたと いうのだろうか。

いま、首相の専権事項である解散権を行使しようとする安倍首相に「大義 がない」と詰め寄るメディアは、これまでの解散にはどんな姿勢で臨み、 どんな批判を浴びせてきたのか。百鬼夜行の政界で、どんな大義が実現し ていると信じてきたのか問いたい。

また、19日付朝日新聞は1面で「愚直な政治 忘れたのか」と題する署名 記事を載せ、記事中で「正直いちずなこと」を表す愚直という言葉を4回 も用いて安倍首相に愚直さが足りないと説いている。

だが、複雑怪奇な国際情勢下にあって、それこそ権謀術数渦巻く政界で国 のかじ取りをする首相に、いまいたずらに愚直さを求めてどうするのだろ うか。

そもそも近年、愚直という言葉を好んだ首相はというと、野田佳彦、鳩山 由紀夫の両氏が思い浮かぶ。

野田氏は「愚直に真っすぐに日本の政治を進めていく」「愚直に訴え続け れば必ずや理解を得られる」などと主張し続け、民主党を政権から転落さ せた。

鳩山氏は平成22年4月、米ワシントン・ポスト紙に「愚か」(loopy)と酷 評されたことを国会で取り上げられた際、当初は自らを「愚かな首相」と 認めつつ、いつの間にか肯定的な表現である「愚直」にすり替え、こう述 べた。

「少しでもそれ(沖縄県の米軍基地負担)を和らげることができたら。そ う愚直にそう思ったのは間違いでしょうか」

鳩山氏は同日、記者団に「愚かな首相」と述べた真意を問われると、7回 も「愚直」を繰り返した。とても愚直とはいえない狡猾(こうかつ)なや り口が印象に残った。

報道機関が時の首相に批判的視線を向けるのは当然だ。ただ、「大義」や 「愚直」といった曖昧で抽象的な言葉の乱用はいただけない。(政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2014.11.21

◆中国、何が奥の院で起きているのか?

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)11月21日(金曜日)弐 通巻第4402号>
 
〜王洋副首相がG20(ブリスベン)の後半から姿を消した
  王岐山は安徽省を極秘訪問していたーー何が奥の院で起きているのか?〜

11月17日、豪ブリスベンで開催されたG20(主要20ケ国首脳会議)で、習 近平国家主席に随行したのは王炉寧(政治局員、中国のキッシンジャーと 言われる)、栗戦書(首席補佐官)、楊潔チ(外交担当国務委員)、そし て王洋(政治局員。序列9位。副首相)だった。

豪入りしたことは確認されたが、記念写真に納まらず、王洋はスケジュー ルを突如変更し、ブリスベンから忽然と姿を消した。引き続きニュージー ランド訪問で王洋は随行が予定されていたが、公式の場に一切姿を見せ ず、在米の中国語メディアは「失踪」と書いた(『多維新聞網』、11月20 日)。

王洋は胡錦涛時代から「団派」を代表し、李克強首相を補佐し、国家副主 席の李源潮とならぶ「明日の明星」、改革路線をひた走るので知識人や在 米学生等からも評判が良い政治家だ。

第19期党大会(2018年)には政治局常務委員入りが確実視されている。

王岐山のあとを次いで『米中戦略対話』では中国側を代表して米国とやり あい、また日中関係が冷え切ったおりも、度重なる日本からの訪中団との 会合に出てきて、応対したのも王洋である。

現在、王岐山が反腐敗キャンペーンの先頭に立っているため、王岐山の専 門分野でもあった経済担当の副首相ポストが辣腕の王洋にまわってきた経 過があるだけに、ニュージーランド訪問をキャンセルした<?>謎の行動 に注目があつまる。
 
暗合するかのように、王岐山が秘密裏に安徽省を訪問していたことが分 かった。

王岐山は11月15日に密かに安徽省入りし(これを「神秘隠身」という)、 翌16日、安徽省党書記の張宝順らを伴って安慶の桐城にある名勝地「六 尺港」をジャンパー姿で訪問した。

王岐山は夫人をともなっての「休暇」とされ、突然の訪問に当惑気味なが らも地元は歓迎した。

六尺港は、歴史的名勝地、とりわけ道徳家のふるさとといわれ、モラルを 説いた思想家や慈善事業家がうまれた土地という言い伝えがある。

腐敗を摘発し、道徳を再強調する象徴的スポットとして、王岐山が話題作 りを演出したのか、また急遽帰国したと思われる王洋との行動をあわせて 考えると、北京の権力中枢・中南海の奥の院で、何事かが起きていると推 測される。

 (註 王洋の『王』はさんずい)

◆首相が空しく90分間過ごしたワケ

酒井 充



〜矛盾を恥とは思わない人たち

国会への出席回数が多く「世界一、多忙な首脳」とも言われる日本の首 相だが、安倍晋三首相は7日、平日の約90分間をむなしく過ごした。派 遣労働のあり方を見直す労働者派遣法改正案を審議する同日の衆院厚生労 働委員会が、野党の出席拒否で空転したためだ。

塩崎恭久厚生労働相の答弁が改正案の趣旨と異なっているとして野党は 反発した。改正案を早期に成立させたかった与党は、最終的に渡辺博道
委員長(自民)の職権で委員会を開会、野党は出席を拒否した。

そのため質問時間を割り当てられていた民主や維新、次世代、みんな、 共産の野党5党の議員は、審議を行う衆院別館内の第16委員室に現れな かった。その間、首相は所在なさげに足を組み直したり、隣にいた塩崎氏 らと会話をするなどして、手持ちぶさたの状態で待機するしかなかった。

これを政界用語では「空回し」と呼ぶ。首相が出席しながら、審議が空 回しになるのは、野田佳彦政権だった平成24年8月の衆院財務金融委員 会以来。当時は野党だった自民党などが特例公債法案の採決方針に反対し て審議を拒否し、当時の野田首相が安倍首相と同じような状況になった。

7日といえば、首相にとっては9〜17日の長期外遊を目前に控えた時 期 だった。首相が厚労委でしばりつきにあっていた時間帯に、中国を訪問 していた谷内正太郎国家安全保障局長が帰国、官邸に入った。厚労委を終 えて官邸に戻った首相は谷内氏と面会。第2次政権で初となる習近平国家 主席との日中首脳会談の段取りを話した。

しかし、その直前まで首相は無為に時間をすごしていた。公の場で、 ぼーっとしているしかなかった。読書や資料を読みふければ批判が出たか もしれない。もちろん居眠りをするわけにもいかない。空回し中もカメラ や記者は委員室に入っていたので、談笑でもすれば不謹慎だと言われただ ろう。

こうした危機感は、当事者にも一応あるようだ。主要政党は5月27日に 国会審議の充実に関する申し合わせに合意した。自民、公明、民主、日本 維新(当時)、結い(同)、みんな(28日に解党)、新党改革の各党の国 対委員長らが6項目の申し合わせについて署名した。その筆頭に掲げられ たのは「党首討論の原則毎月実施」だった。

だが、これもさっそく形骸化した。通常国会の会期中だった6月は1回開 催したが、9月29日召集の臨時国会では結局1回も開催されなかったのだ。

主要政党が党首討論を重視しているならば、早い段階で日程を決めておけ ばいいだけの話だ。例えば「毎月第1水曜日は党首討論の日」とでも申し 合わせればいい。

10月に入って与野党ともに党首討論を開催する気配はなかった。その後、 11月26日の開催で合意したが、これも解散によって幻となった。だれ に強制されたわけでもなく、自分たちで決めた合意を平気で破ることに恥 はないのだろうか。こんな人たちのやることを信用してくれといわれても 困ったものである。(政治部)
産経ニュース【政界徒然草】2014.11.21

◆事大主義の 韓国

平井 修一



宮家邦彦・外交政策研究所代表の論考「地政学と歴史からしか不可解な隣国を理解できない」(衆知10/27)から。

               ・・・

事大主義とは朝鮮の伝統的外交政策だ。大に事(つか)えるから事大。この大というのはむろん中国のことなのだが。つまり中国は韓国の上位にある国だったから、そこから侵略されても、ある程度仕方がないとあきらめる。しかし、日本は韓国より下位の国だ、だから侵略されると腹が立つ。(2013年12月16日付『NEWSポストセブン』)

朝鮮は、中国に貢ぎ物をささげる朝貢国として存続してきた。大国に事える事大主義の伝統が抜きがたくある。日本が近代化に懸命に汗を流しているころも、官僚らは惰眠をむさぼり、経済も軍事力も衰亡していた。その朝鮮を国家として独立させ、西洋の進出に備えようというのが日本の姿勢だった。(2014年7月19日付『産経新聞』WEB版)

以上の例では、いずれも「小国である自国はその分を弁え、自国よりも大国の利益のために尽くすべきである」といった「支配的勢力や風潮に迎合し自己保身を図る卑屈な考え」を意味している。いずれにせよ、決して良い意味では使われていないようだ。

北朝鮮でも「事大主義」が軽蔑されている。それもそのはず、北朝鮮と朝鮮労働党の最も重要な政治思想である「主体思想」の意味する「自主・自立」とは、中華王朝などに対する「事大主義」の克服を意味しているからだ。

李氏朝鮮末期になると、国内で政変が起きるたびに事大先が清、ロシア、日本、米国と代わっていった。事大主義の柔軟性とその限界を示す興味深いエピソードだ。

いかに安全保障を確保するためのやむをえざる措置とはいえ、李朝末期の高宗や閔妃が事大先を次々に変えた行動はあまりに場当たり的な対応であった。韓国の朴槿惠大統領の父親である朴正熙元大統領は生前、「民族の悪い遺産」の筆頭として事大主義を挙げ、その改革を真剣に模索していたという。

こうみてくると、コリア半島の対中華事大主義は中華に対する「憧れ」を示すと同時に、中華王朝に対する「劣等意識」を反映したものでもあったことが理解できるだろう。しかし、この「事大主義」に象徴される対中華「劣等感」は、じつは対中華「優越感」の裏返しでもあった。それを理解するための概念が「小中華思想」である。

「事大主義」と同様、韓国を理解するうえで非常に重要な概念が「小中華思想」だ。この二つの概念は一見相反するようで、じつは「コンプレックス」という同じコインの表裏である。この醜い劣等感・優越感の塊こそが、コリア人の魂の叫びなのかもしれない。

小中華とは、中華文明圏のなかで、非漢族的な政治体制と言語を維持した勢力が、自らを中華王朝(大中華)に匹敵する文明国であって、中華の一部をなすもの(小中華)と考える一種の文化的優越主義思想である。

コリア半島の歴代王朝の多く、とくに李氏朝鮮は伝統的な「華夷秩序」を尊重した。表面的には中華王朝に事大する臣下という屈辱的地位に甘んじながらも、内心は自らを漢族中華と並ぶ文明国家と位置づけ、精神的に優越した地位から漢族中華以外の周辺国家を見下していたのだろう。

ところが17世紀に入り、その李氏朝鮮が拠り所としていた明王朝が滅亡してしまう。しかもよりによって、これまで李氏朝鮮が見下していたマンジュ(満州)地方の女真族が明を圧倒し、中華に征服王朝を樹立したのだ。当時の李氏朝鮮の儒者たちにとっては青天の霹靂であろう。

それまで夷狄だ、禽獣だと蔑んできたマンジュの女真族には中華を継承する資格などなく、李朝こそが中華文明の継承者だと彼らが考えたのも当然かもしれない。一方、実際には軍事的に清朝に挑戦することは不可能であり、李朝の仁祖は清への臣従を誓わざるをえなかったのだろう。

この屈折したコンプレックスの塊とも思えるコリア半島の住民の民族性は、李氏朝鮮以降、事大主義という劣等感と小中華思想という優越感を、心中で巧みに均衡させることによって維持されてきたのではないだろうか。そう考えれば、激高しやすい韓国の国民性の理由も理解できるだろう。

当然ながら、東アジア最大の地政学的地殻変動といえるのは中国の台頭だろう。韓国・北朝鮮を含む周辺国は、この新たな地政学的大変動に対して、これまでの外交政策を適応させる必要に迫られている。最近の韓国外交の微妙な変化の背景には、こうした計算が働いているとみるべきだ。

そうであれば、最近日本を軽視し、中国を重視しはじめたようにもみえる韓国外交の変化には、たんなる国内政治的事情だけではなく、最近の中国の台頭に対応した、より戦略的・地政学的な理由があると考えるべきではないか。

コリア半島の住民にとって現在の中国、ロシア、日本、米国はいずれも信用できない大国である。ロシアにはどうしても信頼が置けず、そもそも日本とは格が違うと思っている。米国は唯一の域外国だが、しょせんはコリア半島にとっては新参者に過ぎない。

とくに、中国との関係は複雑だった。潜在的に最大の脅威でありつづけた漢族中華王朝に対する憧憬と劣等意識、非漢族王朝に対する反発と優越意識。この二種類の(繰り返すが実際にはコインの裏表でしかない)コンプレックスを併せ持つのが、コリア半島の対中観の特徴なのである。(以上)

               ・・・

中韓の国民は本音では互いに嫌いあっているが、商売は別ということで習とクネは擦り寄っている。ところがともに経済は減速しつつある。日本も減速中だから偉そうなことは言えないが、日本には苦境を突破する革新的技術があるが、中韓にはない。

中韓は製造設備や部品を輸入して組み立てるというのが製造業の基本パターンであり、中国の賃金と人民元は上昇する一方だから製造業はあまり伸びないだろう。韓国は賃金は伸び悩み、世帯の借金は増えているので市場は伸び悩みだし、ウォンは高止まりで、これまた競争力は落ちている。

中韓FTAの背景には事大主義があるのだろうが、朝貢して保護されるどころか、むしろ競争が激化し、安い中国製品に韓国は押されっぱなしになるのではないか。今でもサムソンのスマホは中国製品に押されている。

韓国はいかがわしい妄想で反日病になったのが運の尽きだ。戦略的な大ミスだった。日本企業の多くは韓国を見離しているだろう。(2014/11/20)

◆國語は金甌無缺であった (5)

上西 俊雄



[保科論文]

戰後の表記改革は實際のところ上田萬年の弟子であった保科孝一が長生き したために起きたものだと思ふ。昭和7年4月25日開催の臨時ローマ字調査 會議事録(第六囘)によれば宮崎静二委員の發言に「保科教授の御書きに なつた東京文理科大學の學藝第4號」といふところがある。檢索しても文 化廳に問合はせても解らなかった。

筑波大學附属圖書館に電話で問合せて調べてもらったところ、大塚學友會 學藝部發行のものだと判明。近くの東京農業大學附属圖書館に所藏されて ゐることがわかったので連絡したところただちにコピーをつくって送って くれた。

學友會といふ性格のためか、保科孝一は表記について主張を自由に述べて ゐるだけでなく自由に實踐してゐる。もちろん國語施策沿革資料にもな い。結論部分は以下の通り。なほ、この引用箇所の表記は原文通り。

<歐洲各國における綴字法の改良は漸進主義によつてゐることが大體にお いて認められるが、それはすでに中世紀以來漸を追うて改定されて居るの である。自然的にも人爲的にも改定されて來たのであるから、今ある一の 原則によつて根本的に改定を加える必要はない。

もしイギリスにおけるがごとく純理論的に改定しても、それは社會から認 められないのは當然である。しかるにわが國では假名遣の整理の出來たの が徳川時代になつてからである。

その以前に定家假名遣が出來て居るが、それは歌人の間に行われたのみ で、ひろく社會に普及しなかつたようである。

徳川時代に至て歴史假名遣によつてはじめて假名遣の統一が出來たのであ るが、しかしさきに述べた通、一般に漢字を用いて假名遣には無關心であ つたから、社會一般がどこまで歴史的假名遣を正確に使いこなし得たかは 疑問である。ゆえに社會において

オホカミ オウカミ オオカミ ヲホカミ ヲウカミ ヲヲカミ オフカミ ヲ フカミ

等の中いずれがもつとも用いられて居るかを知ることが困難である。

社會の人々は「狼」とゆう漢字を用いて、これを假名で書くことがないか ら、以上の中いずれの用例が多いか少いかはまつたくわからない。

タフレル・タオレル・夕ヲレルにしても同樣である。

もし社會の用例における統計が不明であるとすれば、原則によつて改定案 を作るより外に方法がない。

英米では centre と center, honour と honor といずれか多く社會に用 いられるかは統計的に容易に觀察することが出來るが、わが國では漢字を 用いて居るためにそれが困難である。

もし假名を單用する場合にはタフレル・タオレル・タヲレルの中いずれが ひろく用いられるかを容易に知ることが出來るが、今日のごとく漢字と假 名を混用して居るようではそれがきわめて困難である。

ゆえに歐米におけるがごとく漸進的な改定を進めることが出來ない、もし しいて實行すれはかならずや非常な混亂を來すであろうことは想像に難く ない。

すでに述べた通、漢字を用いて居るために假名遣にはほとんど無頓着なの であるから、部分的な改定を加えられたならば、かえつて實用上困難を感 するに相違ないのであるから、わが國においてはむしろ原則的に改定を加 える方がはるかに實行しやすいことは明である。

一部には動詞の語尾のみを保留せよとか、何人も差支なしと認めるものの みを改定せよとゆう意見もあるが、これはすこぶる穩健に見えるが、實際 に當て見ると非常に困難なものである。

假名單用の時代においてならば格別、現在漢字を普通に用いて居る時に、 部分的の改定はかえつて困難であることがほぼ想像し得られるのであり、 この點がまたわが國における假名遣の改定と歐米における正字法の改定に ついて事情の異るところであるから、わが國では部分的改定を避けて、原 則的に改定を加えなければ決して成功し得ないものと斷言してはばからな い。(昭和六年一〇、二五認ム)>

保科孝一は漢字を全廢した場合にのみ效果のある假名遣を提唱してゐたの だ。まるでいはゆるキラキラネームを豫測してゐたやうではないか。

漢字の形(形)も讀み(音)も意味(義)も制限して人名だけは別だとす れば、そこだけに慣用からする規範のはたらくはずがない。人名漢字は別 だとする便法が間違ってゐたのだ。

「大いに」といふのは、いはゆる現代假名遣では歴史的假名遣「おほい」 から「おおい」と書くことになってゐるけれど、保科流の原則を通せば 「おうい」である。
實際、この論文では「これまでとはおういにその趣を異にし」、「そこが 歐米と事情のおういに異るところである」のやうに「おうい」と書いてゐる。

混亂をもたらしたのは保科であったのか、妥協的な方法をとったエピゴー ネンであったのか。

はっきりしてゐることは、戰後の文部省式表記が假名遣の名に値せず、制 限假名字母表記とでもよぶより仕方のない物であるといふことだ。


2014年11月21日

◆台湾統一地方選挙、国民党惨敗の景色

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)11月21日(金曜日)通巻第4401号>

〜台湾の統一地方選挙に関する最終世論調査
          民進党、各地で善戦、国民党惨敗の景色〜


11月29日に行われる統一地方選挙。台湾では投票日の10日前に世論調査発表が禁じられているため11月18日、台湾メディアが発表した世論調査が最終予測となる。

TBVS、聯合報、蘋果日報の調査結果をまとめた数字が中国国民党のホームページに紹介された。

それに拠ると、

台北市      TVBS 聯合報  蘋果日報
〜〜〜〜    〜〜 〜〜〜 〜〜〜
連勝文(国民党) 32%  28%  40.1%
柯文哲(無所属) 45%  42%  28.6%

なぜかリンゴ日報だけが、国民党圧勝を予測している。終盤での選挙のやり方を熟知しているからか?

新北市
〜〜〜〜
朱立倫(国民党) 49% 49% 42.3%
游錫土(民進党) 28% 22% 32.1%

 新北市長再選をめざす朱立倫は、次回総統候補に最有力で、党派をこえた人気があり、一方野党の候補はまじめすぎる、理論家過ぎるというのが逆にアキレス腱となって票が伸び悩んでいる。

基隆市
〜〜〜
謝立功(国民党) 15% 18%
林右昌(民進党) 42% 36%

 これまで国民党の地盤とされた基隆で、野党の躍進がなるか、見所。

桃園市
〜〜〜
呉志揚(国民党) 40% 49%
鄭文燦(民進党) 30% 40%

 桃園はもともと国民党が強く退役軍人の集団住宅のほか、客家人があつまる地域なので国民党が強い。しかし、今回から六大市長選挙といわれるように大都市、国際空港。票の行方は予断を許さない。

新竹県
〜〜〜
邱鏡淳(国民党) 47%
鄭永金(民進党) 20%

新竹も外省人ならびに客家人が多いので野党が勝つ見込みは薄い。

台中市         蘋果日報
〜〜〜        〜〜〜〜
胡志強(国民党) 35% 32.5%
林佳龍(民進党) 44% 41.3%

台中市は保革逆転が成立しそうな重要選挙区。個人的人気もあった胡志強も老齢、本来は引退すべきだったろうが、晩節を汚すことになりそう。

台南市        蘋果日報
〜〜〜        〜〜〜〜
黄秀霜(国民党) 16% 18%
頼清徳(民進党) 67% 58.2%

 台南は圧倒的な反・国民党の牙城。国民党がどこまで票を伸ばすかだけが争点。

高雄市         蘋果日報
〜〜〜         〜〜〜
楊秋興(国民党)  19% 23.7%
陳 菊(民進党)   57% 51.4%

緒戦段階ではガス事故の責任問題などで陳菊現職市長が攻撃されたが、もっか陳菊の圧勝になりそう。

さて台湾の「リンゴ日報」は香港ジミー・ライの経営を離れ、国民党系に移行したため、予測比率は大幅に差し引く必要がある。しかし、この媒体でも、高雄、台南ばかりか台中で国民党の敗色を予想している。

いったいどういう結果になるか、29日深夜、日本でも開票速報の結果は伝わるだろう。

(小生は取材のため27日から現地入りします12月1日まで小誌は休刊です。台湾選挙の分析と今後については『正論』2月号、12月25日発売に書きます)

◆「米中会談9時間」恐るるに足らず

宮家 邦彦


北京の壊れた蓄音機 …首脳会談を読 み誤るな


11月7日、中国の深センで開かれたシンポジウムに招かれた。当日に 例の「日中4項目合意」が発表され、10日には日中首脳会談が実現したが、日本国民は北京で開かれた米中首脳会談に次のような素朴な疑問を持っていた。

 ●オバマ大統領には満面の笑みを浮かべていた習近平国家主席がなぜ安倍晋三首相との握手の際には仏頂面だったのか。

 ●日中首脳会談が僅か25分だったのに、オバマ大統領は習主席と9時 間も何を話し合ったのか。

 ●やはり米中関係は蜜月なのか、米国は中国が主張する「新型大国関係」なる概念を受け入れたのではないか、等々。

オバマ政権が主として対中懸念から「アジア重視」政策を発表してはや3年たつ。それでも、米中関係となると多くの日本人は浮足立つ。どうも米中関係を客観的に見ることは苦手らしい。

中国側の本音はこうだ。あの場で習主席が安倍首相にほほ笑みかければ、逆に大問題となっただろう。中国の国家主席は内政的に「笑うに笑えなかった」のであり、それ以上でも以下でもない。

そもそも、今回の日中首脳会談は中国側も内心望んでいたのではないか。中国側は、経済的圧力をかければ日本は譲歩すると考えたのだろうが、それは逆効果だった。日中経済活動が止まって困るのは中国側も同じだからだ。このままでは日本からの対中投資にも悪影響が及びかねない。

近年の中国の強面(こわもて)作戦は政治的にも逆効果だった。日本を孤立させ日米を分断するつもりが、逆に日米は結束した。南シナ海での強硬策も裏目に出た。ここは従来の方針を一部変更し、体制の立て直しを図ったのだろう。

それにしても、25分と9時間の差は大きいと訝(いぶか)る向きもある。だが、会談時間は長ければよいというものでもない。そもそも、中国の要人は偉くなればなるほどアドリブを避ける傾向がある。

彼らの凄(す ご)い所は、重要問題に関する中国側の統一見解をほぼ璧に暗記してい ることだ。誰であろうと、中国側要人の発言内容は殆
(ほとん)ど変わら ない。

しかも中国側は一度喋(しゃべ)り始めたら、何十分でも、最後ま で止まらない。日本側友好人士たちとの会談では、中国側要人が会談時間 の9割以上喋り続けることも決して稀(まれ)ではない。北京在勤当時、筆者はこれを「北京の壊れた蓄音機」と呼んでいた。

中国側のさらに凄い所は、この「壊れた蓄音機」が相手を選ばず、たとえオバマ大統領であっても基本的に変わらないことだろう。昨年6月カリフォルニアでの米中首脳会談がまさにそうだったと聞いた。

普通の国な ら、9時間も話せば首脳同士話すことがなくなると思うのだが、中国に関 する限り、その心配はない。何時間会談しても「壊れた蓄音機」だから効 率は悪い。

これに比べれば、たとえ25分でも日中首脳会談の限界効用の 方がはるかに高かったのではなかろうか。

では「新型大国関係」はどうか。そもそもこの概念は中国側の発明だが、米中は同床異夢だ。この「新型大国関係」について習主席は12日の共同記者会見で3度も言及したが、オバマ大統領は一切言及しなかった。以前米側閣僚が何度か言及したことを考えれば、米側の態度はむしろ後退したとすらいえるだろう。

だからといって、米中は対話をやめない。中国は安保理常任理事国であり、大国として中東・アフリカだけでなく、南米、中央アジアなどにも既得権と発言力を有している。

米中の基本的利益は異なるが、米国の国力は今も中国を凌(しの)ぐ。だが、中国もその気になれば、米国の国益を著しく害する力ぐらいある。だからこそ、米中は話し合い続けるのだ。日本はこの点を見誤ってはならない。


                ◇

【プロフィル】宮家邦彦

みやけ・くにひこ 昭和28(1958)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。

産経ニュース【宮家邦彦のWorld Watch】2014・11・20
    
          

◆國語は金甌無缺であった(3)

上西 俊雄


[ローマ字問題]

伊澤論文を讀んだのは10月はじめであったのだが、實は8月にヘンリー・ストークスの『聯合國戰勝史觀の虚妄』の英文を讀んで、「天皇」のローマ字表記が一音節缺落してゐることに氣がついた。

9月10日、乃木神社參集殿の集會のあとの懇親會でこのことを口にしたところ、自分のところの機關紙に書けといふ。13日送稿。副題の「子音」を「音節」に改めて送稿しなほしたのが18日であった。

日本言語政策學會の月例會で擴張ヘボン式について説明したことがある。鈴木孝夫田中克彦といふ二人の長老も列席。田中氏から質問攻めにあった。一つだけ別の人からあった質問は父音とはなんであるかといふこと。質問者の鄰の田中氏が子音のことだと答へた。それで別に異論はなかった。

今は少し違ふといひたい。子音イコール父音といふのと父音イコール子音といふのとでは捉へ方が逆だといふこと。我々は父音は子音のことだと理解するが、昔の人は西歐言語學の子音を父音だと理解したはずだ。父音であれば音節の區切りと一致する。

フェニキア文字などについて「母音を省略して子音だけで書いた」といふやうな表現にぶつかったことがあるけれど、これも近代的な看方を古代に遡らせたものであって、音を書いた、今風に言へば母音を捨象して書いたといふほどのことではなかったかと思ふ。それを更にすすめて、國語であれば音節でよいではないかと。以上、副題の一字の變更の理由である。

音節數のことでシャンポリオンにも觸れたけれど、少々怪しい。送稿後ではあるが、矢島文夫氏のシャンポリオン傳を讀むことにした。氏から傳記のことを聞いたのはアジア・アフリカ語學院の院長室であったが、出來上がったものを讀んではゐなかった。大册であった。

その頃ネット接續の調子が惡く、パソコンで試行錯誤を繰り返してゐた。10月に入って、接續をあきらめて保存してあったものを讀むことにした。それが伊澤論文であったのである。

そこに天皇のローマ字表記のことがあった。その箇所を引く。

<この決議に就いて議論のある點を擧げて見れば、第一文字は音韻文字(フォノグラム)を採用することだ。これで見れば、無論漢字は全廢ときめたのである。それはフォノグラムといふ挿註を入れたので、明に分かる。

フォノグラムは發音を記する文字と云ふことで、イヂオグラム(意義を記する文字)即ち漢字の類と反對である。普通の人には甚だ耳馴れない語であるが、これを採用すると決定して居る。抑國語調査會にかういふことを決定する權能があるものか、又決定し得るものかは一大疑問である。

この方針で推し行けば、神武天皇と云ふ皇祖の御名にしても、ジンムテンノー又は Jimmu-tenno ときめることになる。その利害得失は餘り憚り多いから、暫く此では申述べまいが、かゝる大事を國語調査會で決議することが出來ようか、かういふことは文部大臣の許可を得べきは勿論、或は上奏して、樞密院に御諮詢に成つた後に定むれば、定むべきことであらうと思ふ。

若し夫れも單に學者の寄合で、純然たる學術問題として議定するのならばよからうが、國語調査會は責任ある政府の委員である。その調査會がさういふことを議決するといふに至つては、私は實に鵞いたのである。

その當時は國學者も漢學者も政治家も教育家も何とも言はなかつたが今日に成つて始めて世間で種々議論が起つて來ました。かう云ふことは自分等の研究するは勿論の事、廣く世人にも問うて判斷を乞はねばならぬと思ふ。>


この tenno の o にはマクロンがなかった。もしさうであればヘンリーストークスで愕然としたのは我ながらずいぶん間拔けな話ではないか。しかし、これは文部省の擔當者の誤記であった。かかるところで間違ひを犯すといふことからして、言葉にかかはる資格がないといはねばならない。

言語は變化するといふのは普遍的原則であるやうに語られてきたし、言語年代學といふものまである。

國語は、さういふものにどう考へてもなじまない。だからこの二つのことが頭のなかでぶつからないやうにして來たのではなかったか。それが、しばらく郷里で飮みつづけてから歸京した翌朝頭に閃いたことであった。

伊澤修二はすでにその解答を書いてゐると思ふ。

明治の、上代特殊假名遣も知らない人だからと、眞劍に讀む人がなかったからかもしれないけれど、言語年代學のやうなものは書記言語にはあてはまらないのではないかといふこと、書記言語がなければ國語といふやうな方言を超えた存在はそもそもありえないのではないかといふことを思ったことはなかった。

方言を超えた共通語は商品經濟があってはじめて生まれるといふ説を讀んだことがあるが、それだけではない。天皇家が一系でありながら、實際には老いることがないやうに、國語も一系であり、常に和歌の世界にもどって再生を繰り返すものであったのではないかと思ふ。


           

◆「核」が日中開戦を抑止する(74)

平井 修一



「悪いのは“右翼政治家”から“日本人総軍国主義化”へ、中国の公式見解に揺らぎ」という高口康太氏の7/17の論考は興味深かった。

小生は山本夏彦翁の教えで「死んだ人と生きている人を差別しない」「古典を重視する」から、この忙しい時代でも何か月前だろうが何十年前だろうが、いい論考はいつでも紹介する意義はあると思っている。

また、「諜報は90%は公開された資料の分析で、10%は独自調査とスパイの情報だ」とも翁は言っている。小生の多くの記事は90%は「引用・転載」だ。

それはオリジナリティに価値を置く記者としては心苦しいことである。しかしながら小生が真面目に歴史や外交を勉強したのはほんの10年であり、「それなら30年、50年研究してきた方の論考を紹介した方がいいだろう」と思って「引用・転載」を続けている。(小生の専門分野は海外旅行産業で、それ以外は素人)

「引用・転載」は「忙しい若い人のためにリタイアして時間のある自分が情報を取捨選択して、日本のためにいいものを伝えよう」という思いからでもある。

小生がメインの媒体としているメルマガ「頂門の一針」主宰者の渡部亮次郎氏によれば「平井原稿には不動の人気がある」とのことで、今のところは以上の姿勢は読者にそこそこ支持されているようだ。

で、今回も支那在住の高口氏の説を紹介する。是非おつきあいを。

            ・・・

「日本人民は侵略の罪も理解しているし中国にも友好的。一部右翼が日本を誤らせている」というのが中国の公式な立場。ところが「日本人民全体がわかってない」という、公式見解に反する言説が中国メディアに掲載されるようになりました。

*日本の軍国主義化、その土壌は民衆にある

2014年7月7日付環球時報に掲載されたのが中国人民抗日戦争記念館の李宗遠副館長の署名記事「対日“歴史カード”は倦まずたゆまず切り続けよ」。時事通信の城山英己記者が取り上げていますが、(以下のような論調です)。

<安倍が大胆・無謀になれるのは、日本社会に次のような認識が存在するからである。

第1に、日本が発動した侵略戦争の罪に関して非常に多くの戦後生まれの人たちが、自分たちと無関係だと認識していること。

第2に、当時の日本は中国との長期抗戦が敗戦の原因ではなく、米国に負けたと認識していること。

第3に今日の経済規模が中国に追い抜かれたことに不満を持っていること。

こうした考えは現在の日本社会において非常に深くて厚い基礎を有しており、侵略戦争を否定・わい曲・美化する安倍のために広大な土壌を提供している>

そして7月3日付重慶青年報の記事「日本に対して友好的過ぎなかっただろうか」にも同様の言及。こちらはブログ「中国という隣人」が取り上げています。

<軍国主義は何もないところからは生まれない。日本の民衆がその誕生の土壌なのだ。最近のアンケートでも、大部分の民衆が「集団的自衛権」の解禁を支持している。感情的に、民衆を軍国主義から切り離すのは、歴史的に事実には合わない>

*公式見解は転換するのか?

上述2本の記事の背景にあるのは、日本の集団的自衛権の行使容認です。行使容認そのものよりも各種世論調査で相当数の日本国民が支持しているとの結果がでていることが大きいのではないでしょうか。

中国外交部報道官はいまだに「日本の一部右翼勢力、右翼政治家が〜〜」という公式見解を踏襲した発言を続けていますが、中国の偉い人の中にも日本の「普通の国」シフトそのものに不満を覚えている数が増えている可能性はありそうです。

公式見解ですと、日中は基本的に友好モードで、悪い右翼が妨害しているという話だと「悪代官を成敗すれば平和が帰ってくる」的なお手軽仲直り方法があるわけですが、「日本人全員がわかってない」となると、「もう一回一億総懺悔をお願いします」となるわけで手続きが面倒です。

現時点ではぽつぽつとメディアに載っているだけですが、この論調が広がるのか否か、注目されます。(以上)

              ・・・

まあ、日中ともに相手を嫌う率は80%以上で友好モードなんて消えたし、安倍内閣の支持率は60%超だし、事実は日本が「普通の国」、中共から見れば「日本人総軍国主義化」に向かっているのだろう。

左翼更生派の小生はいつも「普通の国にしたいだけなのだ」という思いで記事を書いているが、普通の国はパンツもガードルもズボンもはいて、時にはラブラブで全部脱ぐこともあるが、時には防弾チョッキを付けたり警棒を持ったり、時には鉄砲を持ったりして自衛するのは「普通の国」ならごく当然のことだと思っている。

外交は「平時にあっては友、戦時にあっては敵」「永遠の友も、永遠の敵もない。国益だけが永遠だ」「総ての戦争は自衛権の発動で、戦争が新しい秩序=平和をもたらした」というのが「普通の国」の考えである。

戦争には正義も不義もない、「我にも正義、彼にも正義」で、国益のぶつかり合いである。

先の大戦で日本が仕残したことは共産主義の撲滅だ。今、危険なままで生き残っているのは中共と北朝鮮のみである。中共をつぶせば北も消える。真正面の敵は習近平である。習近平政権ではなく、習近平一人をつぶせば利権をめぐる群雄・軍閥割拠、やがてドミノ倒しで中共は自滅崩壊する。

20余年前、中共をはるかに上回る大国ソ連のまさかの崩壊を我々は目撃した。ベルリンの壁に皆が登り、ハンマーを打ちおろしても誰も射殺されなかった。天安門の毛沢東の看板が引きづり降ろされて踏みつけられる日は遠くない。それは来月か、来年か。予想以上に早いだろう。(2014/9/13)