2014年11月03日

◆ジャパン・フィフティーン

前田 正晶



1日は知らずに合わせたチャンネルで正式な日本代表ではない「ジャパン・フィフティーン」が、ニュージーランドのマオリだけのオールブラックスと対戦中の試合を後半から見た。私は我が国でのラグビーとその在り方にサッカー経験者として嫉妬を感じているので、常にラグビーを批判的に見てしまうように偏向しているとお断りしておく。

嫉妬の理由は簡単で、マスコミのサッカーと対比して合理性が感じられないラグビーの持ち上げ方が気に入らないのだ。今や世界の格付けが11位にまで上がったそうだが、それ以前の弱さの割りには「男のスポーツ」だの何のと持ち上げて、関東大学の対抗戦の最終試合を早明戦として、秩父宮ラグビー場を持ちながら国立競技場で試合をやりそれを鳴り物入りでNHKが中継することだ。嫉妬だから、理屈にも何にもなっていないのを承知で
言っている。

1日の試合は事前に鳴り物が入らず、そういう強豪が来日していることすら知らなかった。トライを8本も取られて大敗と報じられているが、私には決してワンサイデッド・ゲーム(カタカナ語のワンサイド・ゲームは文法的に誤りである)とは見えなかった。

トライを取られるまで強敵を相手に健闘してもう一歩で本当のトライとまでは行くのだが、そこから先に弱さというか実力の差が出て取りきれなかった。

「本当のトライ」と言う訳は、強敵から記録した3本のうち2本が所謂「認定トライ」だったことだ。サッカー風に言えば流れの中で取れなかったという辺りになる。

結局は折角日本式ラグビーを展開して押していき良い形にはなるのだが、ここぞというところでミスが出るか相手の力に押されて”turn over”(私はこれを「ターン・オーバー」ではなく「ターンノーヴァー」と表記したくなる。連結音である)で一気にトライを取られた局面が何度もあった。結論的にはここが「力の差」なのだ。

私はこれまでに繰り返し「あの人たちの世界に入って、力と体力と体格勝負に持って行かざるを得ない競技では、我が国の選手たちには不利が生じるし、対等ないしはそれ以上に戦うのは極めて困難だ、喩え言葉や生活等の面での風俗や習慣等を克服できても」と述べてきて、余り大方の賛同を得た気がしていない。

1日もそういう不利な条件と戦っていたかのような感が深く、我が国の代表たちの瞬発的スピード感や細かい技巧が通じていなかったと見えた。しかし、ラグビーの世界には私には余り賛成できない規則があって、その国に3年間滞在し、選手登録(かな?)があればその国を代表する選手になれるとなっているようだ。(正確な知識ではない、念のため)そこで、昨日の代表にも数名の明らかに外国人と見える者がいた。

それが良いか悪いかは世界のルールである以上抵抗は出来ない。だが、1日もこれという「良いプレー」をした者を見れば外国人風の者だった。中でもキャプテンのリーチ・マイケル(以前はマイケル・リーチだった)は東海大学在学中から鳴らした強いニュージーランド人だが、既に帰化したと聞いた気がする。そこで敢えて検索をかけてみれば、リーチの他にも1名帰化人がいたと出たところで止めた。

私は国際的に認められている以上、外国人を日本代表に加えることに異議を唱えようがないと諦めている。だが、1日はトライ数で8対3に終わったが、相手は全てマオリ系のニュージーランド人で構成されたティームだった。世界6位に匹敵する強豪だそうだ。もしも我が国でも全て純粋の日本人だけでティームを作って試合をしたらどうなったかという方に興味と関心があるのだ。

言いたいことは、国際的な規則は別にして純粋に日本人だけの代表ティームを編成して国際試合に臨もうという気が、協会にはないのかと言うことだ。折角、11位にまで上がってW杯にも出るというのだから、輸入の選手に依存しないで国際的な舞台に出ていくことは考えないのかと問いたいのだ。私は今の代表ティームの構成メンバーでは本当の日本代表なのかなと疑ってしまう。

サッカーにはそういう世界的な慣行がないらしく、言わば助っ人はJリーグにしかいない。それだから代表が世界で四十何位だかに止まっているのかも知れないが。野球だってWBCに出ていく代表に外国人はいない。私は一度で良いからラグビーが外国人抜きで国際試合をやって見せて欲しいと考えているが、願ってはいないのだ。


2014年11月02日

◆日本の新聞は再生できるか

加瀬 英明


新聞界に王者として君臨してきた、朝日新聞の落日が始まった。

朝日新聞社は8月に、いわゆる従軍慰安婦について、32年間にもわ たって読者を騙して、虚偽報道を行ってきたことを認めて、撤回した。社長が逃げ隠れしていたが、何日もたった後に、謝罪記者会見を行った。

私はもう50年にわたって、雑誌の紙上を舞台として、朝日新聞が亡国的な報道を行ってきたことを、攻撃してきた。

昭和50年に、月刊『文芸春秋』に「最近朝日新聞紙学」という題で、 27ページにわたる長文の批判を寄稿したところ、朝日新聞社が名誉毀損で、私と文芸春秋社を訴えるといってきた。裁判は望むところだった。

福田恆存氏をはじめ保守派知識人が、私の応援団をつくってくれることになった。ところが、著名な財界人が仲介に入ったために、裁判は実現しなかった。

日本の新聞は先進諸国のなかで、民主社会を脅かす、もっとも遅れた面をつくっている。

欧米の新聞が民衆のなかから生れてきたのに対して、日本の新聞は明治に入って、藩閥政府に不満を持つ武士がつくった。これらの武士はエリート意識が強く、蒙昧な民衆を導くという、使命感に駆られていた。

 日本の新聞の読者に対する目線

今日でも、日本の新聞は誰に頼まれたわけでもないのに、「社会の木鐸」であることを、自負している。欧米では新聞が読者と対等な関係を結んでいるが、日本では読者を上からみる目線で、見降ろしている。

日本の新聞は「これを読め」という態度で、読者に接してきた。32年間にもわたって、虚偽の報道を撤回しなかったのは、読者を大切にしてこなかったからだ。

 欧米紙と日本紙の投書欄は何と違うことか

アメリカや、ヨーロッパの新聞でもっともおもしろい欄は、投書欄だ。その新聞の記事や、論説に対する読者の批判を、率先して掲載している。なかには、辛らつなものもある。

ところが、日本では産経新聞も含めて、投書欄は愚にもつかない内容のものばかりで、批判をいっさい受けつけない。

もし、「カレント」の読者のなかに、朝日新聞を購読されている会員がおい でだったら、孫や、子供に読ませないことを、お勧めしたい。次代の日本人が嘘つきに育ったら、たいへんだ。

今回の朝日新聞社社長による謝罪記者会見が、日本国民の目を覚ますきっかけとなることを、期待したい。

 聖書から学ぶこと

 私はキリスト教信者ではないが、旧約、新約聖書に親しんできた。

新約聖書の『ヨハネの福音書』のなかに、妙に気にかかる言葉が出てくる。キリストの「私が来たのは、彼らがいのちを得、またそれを豊かに持つためです」(10―10)という言葉だ。

いったい、英語ではどういうのか、英語の聖書をあたってみた。I havecome that men may have life and may have it in all its fullness.と、なっていた。

しばらく後に、ドイツ語の聖書もめくってみた。Ich bin gekommen,damit sie Leben haben und es in Fulle haben. とあった。

これは、キリストの言葉のなかでも、有名なものだ。

 生きる心と生かされる違い

キリストがやって来たことによって、人間が罪から解き放されたので、生き生きと生きることができるという、痛烈な叫びである。

英語や、ドイツ語で読むと、人間は眠っていないで、生命力の限りにいっぱいに生きろという、血が滾(たぎ)るような響きがある。ところが、日本語になると、このように燃えるようなところがない。どうも弱々しいのだ。

英語とドイツ語とでは、人間が生命(いのち)を持つというのは、have it/ Leben habenであるのに対して、日本語では「それを‥‥持つため」といって、生命を持つというよりは、「持たされている」という感じが、強い。

英語やドイツ語であると、個人が生命を持つのに、日本語では共有のものを持たされているようなのだ。

 自己意志の表現の力

I haveというと、きわめて強い。「持つ」対象となっている物にも、「私」の強い執着がこめられている。そして、自分の行為まで持つことができる。I have comeとI came、I have seen、I sawとでは、同じ「私は来た」と「私は見た」のであっても、強さがちがうものだ。

 自己存在と所有価値との接点

日本語で「私は鉛筆を持っている」といっても、鉛筆があたかも共有物であって、私が預かっているようにきこえる。自分だけの鉛筆だ、という叫びがない。

「私は金を持っている」「傘を持っている」といっても、共有物である金を、一時、預かっているような感じが強い。I have moneyとか、myumbrellaというより、弱い。

日本人の生活のなかから、haveが欠落してしまっているように思える。それだけ、自我が希薄なのだろう。

日本では、ほんとうは不十分なものであるのに、そのものにあたかも大きな力が備わって、権威があるかのように、まわりから作り上げてしまうことが、しばしばみられる。戦前、戦時中の神国思想や、軍国主義のように、まったく得体の知れないようなものが、コンセンサスとして権威をふるって、横行する。

日本では、人々が得体が知れないものに、寄りかかりやすい。

 “暗愚な帝王”と“暗愚な新聞”

私たち日本人には、どこか無意識に満場一致を求める心情が、働いている。コンセンサスに従おうとする力が、強く働いている。

このようなことは、ほとんどの日本人が成熟した自己を持っていないことから、起ると思う。大多数の日本人が不十分な、中途半端な自我形成しか、行われていない。多くの日本人にとって、自我の中心が自分のなかにあるよりも、集団のなかにある。

自分を1人ぼっちの人間として、意識することがなく、自分が属している集団の部分としてみる。しっかりした自分を、確立することがない。そのために、得体が知れないコンセンサスによって、支配されてしまうことになる。

日本では、首相にせよ、大企業の社長にせよ、周囲が作ることが多い。本人が自分の力によって、その地位を勝ち取るよりも、まわりがそのように作るということが、みられる。集団が中心を探り合ううちに、その人にコンセンサスの中心としての役割が、与えられる。

かつて、鈴木善幸首相がそう呼ばれたが、宇野宗佑首相や、鳩山由紀夫首相や菅直人首相のような“暗愚な帝王”が担がれることが、起こる。

朝日新聞が擁護してきた日本国憲法が、よい例だ。日本国憲法は「暗愚な憲法」なのだ。

日本国憲法は、今日の世界の現実にまったくそぐわないものと、なっている。

人間生活では、あらゆるものが相対的であって、流動しているために、人が状況に合わせてゆかねばならないはずである。

憲法も道具の1つであり、人間生活の手段であって、目的となってはならない。道路交通法と同じような、生活の道具だ。道交法を時代にかなうように、しばしば改めなければならないのと、同じことだ。

現行憲法を墨守するのは、中世的で不合理な不動の宇宙観を、持っているのに等しい。

日本人はなぜ動かない物に対して、憧れを持つのだろうか。いったん、怪しげなコンセンサスが固定化してしまうと、全員が寄りかかってしまうために、壊すことがきわめて困難になる。

朝日新聞は戦後の自虐史観を支えてきたが、「暗愚な新聞」であってきただけではなく、日本の国家としての存立を、脆いものとしてきた。

 日本の新聞は、反社会勢力として存在してきた。“木鐸”という気取りを捨て てほしい。


◆小泉純ちゃん、2代の愚行

平井 修一



小泉純一郎は「原発ゼロ、原発ダメ」を叫び回っている。相棒は朝日出身のバカ殿、細川護熙だ。

2013年10月1日、名古屋市内の講演での発言:

「東日本大震災を考えると、原発をゼロにした方がいい。日本の能力を考えればできる。ピンチをチャンスに変え、原発ゼロの循環型社会をつくる契機にすべきだ」

2014年9月29日、坂本龍一の脱原発コンサートに参加後の記者会見で:

「御嶽噴火は想定外、だから原発はダメだ」

<2014年度上半期の貿易収支は、5兆4271億円の赤字だった。赤字額として過去最大となる。

財務省によると、輸出は自動車の伸びなどで、前の年と比べて1.7%増えた。

一方輸入は、原発停止や円安の進行による液化天然ガスの増加や、中国からの半導体などで2.5%増え、貿易赤字は、5兆4271億円と過去最大となった。

また9月の貿易収支は、9583億円の赤字で、赤字は過去最長の27カ月連続となった>(FNN10/22)

川口マーン惠美氏の論考「ドイツに学んで再エネ推進には慎重になろう」(JBプレス10/22)によれば、ドイツは福島原発事故にショックを受けて脱原発へ加速し、今、大変な混乱に陥っている。

再生可能エネ発電が最大でピーク需要の2倍になってしまった。ところが天候次第で発電量がまったく当てにならないから、電力会社は四苦八苦。安定供給のためにバックアップ用の火力発電所を作っており、完成するとドイツの発電量はピーク需要の3倍にもなるのだという。

壮大なる無駄、まったく馬鹿げたことになってしまった。再エネの20年間固定価格全量買取制度は実質上停止されたが、電気代は高騰する一方だ。

小泉純一郎はバカげた思い込みで日本を潰そうとしているが、先例は父親の小泉純也で、小泉純也は「北朝鮮はこの世の天国」というバカげた思い込みで1950年代末、在日朝鮮人の帰還事業に中心的な役割を果たした。

<当時、自民党の国会議員でありながら「在日朝鮮人の帰国協力会」の代表委員に就任し、在日朝鮮人の北朝鮮帰還のため積極的に活動した。

国際政治経済情報誌「インサイドライン」編集長・歳川隆雄は小泉純也が在日朝鮮人の北朝鮮帰還に積極的だった理由について「当時、純也氏の選挙区である神奈川3区に多数の在日朝鮮人が居住している川崎市が含まれていたためと推定している」とし、「冷戦の真最中だった当時、自民党議員の身分で社会党や共産党と超党派の会合を開くこと自体が異例だった」と述べた。

また歳川は「純也が、1930年代に朝鮮総督府で事務官として働いたこともあった」と述べた>(ウィキ)

小泉純也はこういうこともしている。

<1964年12月4日、カーチス・ルメイの勲一等旭日大綬章叙勲の閣議決定に参加した。この叙勲に関して東京大空襲や原爆投下に関与したルメイへの授与が非難されたが、小泉は「功績と戦時の事情は別個に考えるもの。

防衛庁の調査によれば当時ルメイは原爆投下の直接部隊の責任者ではなく、サミュエル・モリソンによれば原爆投下はトルーマン大統領が直接指揮したものである」と説明し、佐藤栄作首相もそれに同意している。

推薦は防衛庁長官小泉純也と外務大臣椎名悦三郎によって行われた>(同)

ルメイは無差別大量殺人の実行犯、虐殺者である。純也は朝鮮の件も含めてバカな思い込みで日本を棄損した。血筋なのだろう、純一郎もせっせとアカと一緒になって日本を毀損している。ひと頃は女系天皇を推進した。バカは見事に遺伝したが、純一郎の息子は大丈夫か。(2014/10/23)


◆印中がヒマラヤ山奥で軍事衝突の模様

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)11月1日(土曜日)通巻第4379号 >   

 
〜インド軍と中国軍がヒマラヤ山奥で軍事衝突の模様
   過去十年で最大規模の軍事衝突とウォールストリートジャーナル〜


カシミヤの名産地として知られるインド最北西部アルナチャル・ブラデッシュ州のラダク地区。遊牧の民35家族が羊を飼い、カシミヤ原料をつくってほそぼそと暮らしている。信仰するのは山岳特有のシャーマニズムが混ざったチベット仏教で、かれらはチベット語を喋る。立派な仏教寺院もある。

6000メートル級のヒマラヤ山脈の麓、牧草北限とされ、標高2400メートルの高地は荒々しい岩肌が続く。

9月にインドを訪問した習近平は、この機会を狙ったかのように中国人民解放軍がラダク地区に侵入したため、モディ首相から猛烈な抗議を受けた。

この事件を知らなかった習近平は事実確認に手間取って、翌日、遺憾の意を表したという。つまり習近平は、軍を掌握していない実態を晒した。

ウォールストリートジャーナル(11月1日)は、このラダク地区で過去10年来なかった大規模な軍事衝突が起きたと伝えた。武装ヘリを飛ばしあって軍事的緊張がたかまっているという。

インドと中国は、このラダク地区を巡って領土紛争を続行しており、お互いが1000名規模の監視軍を駐屯させている。極度の緊張のなか、両軍はにらみ合っている。

中国側はブルドーザなどを運び込み、道路建設に余念がなく、インドも54カ所に監視所を設け、2850万ドルを投じて、インフラ整備を行っている。

表面的には中国とインドは友好、貿易拡大、そして中国は巨額の投資を行うとされるが、他方では南シナ海に次々と海洋リグをたてて周辺国を脅かしているように、ヒマラヤ国境では高地からインドの要衝を脅かすという矛盾を示している。

◆アメリカという国は

前田 正晶



私は22年半もの間、アメリカの企業社会を内側から見てきた経験から語っているとお受け止め願いたい。

私は予てから「アメリカの全体像を100とすれば、1945年から接してきて1972年からはその企業社会の内部で22年半ほど見てきた結果でのその実態は、精々15〜20程度だと思っている。

我が国の一般的な方々に広く知れわっているアメリカは、失礼を顧みずに言わせて貰えば、5見当かと思っている。即ち、私は一般的に我が国に広まっているアメリカの実像の最大限4倍の知識で語っているつもり」と言ってきた。

換言すれば、私が接してきたアメリカはその沢山ある層の一つが主体で、それ以外のものを内側に入っていって見る機会などはなかったのだった。

具体的に言えば1972年に転身したM社も1975年からのW社も大手製造企業であり、それ以外の例えば大規模小売業界などは買い物客として接する機会があっただけなのだ。

私自身を15〜20とするのに深い根拠はない。それは、アメリカの50州のうちでその州の空港の外に出て町でも野原でも見た経験がある州を一つと数えて20としているだけのこと。

換言すれば、如何にもアメリカを知っているかの如くに語っていると思われた向きもあるかも知れないが、全50州の40%を見てきたに過ぎない。

しかし、これはアメリカを地理的に捉えてのことで、私が見てきたアメリカは「そういう世界とは事前に調べもせず知りもせずに入っていった経済と言うか、企業社会の面でアメリカを支配する大手企業の世界」だったのである。

そこにはアメリカ経済を実際に動かしている全人口の精々5%を限度とすると私が推定する、所謂アッパーミドルとそれ以上の範疇に入るだろう人々が経営の中枢にいるのだ。

その人たちと20年以上も日常的に接触し彼等の指示を受けて仕事をして、家族とも交流し、彼等の思想・信条、哲学、言語・風俗と習慣を知り、知性と教養と富、経営の実態を知れば、我が国に戦後から広まっている「自由で平等で民主的で開放的で、明るく朗らかな人たちで構成されているアメリカ」が、特にビジネスの世界では、虚構であると解ってきた。

それは言葉、即ち英語に対する厳格さ、教育方針(例えば子供を甘やかさない事)、服装と言うか身嗜み、礼儀、スポーツへの取り組み、食生活、家庭内の仕来り、車の格等々の堅苦しいまでの厳格さであり、特に服装に至っては我が国で「紳士の国に」と崇め奉られているUKどころではなく、ヨーロッパを知る人たちをも驚かせるほど細かく厳しい決まりがあるものなのだが。

私は1972年から約2年半を東海岸に本社を置く何事についても極めて厳格で誇り高き歴史ある言わば保守的きなメーカーで過ごした。そして西海岸の大手メーカーに転身して服装等の全ての面で驚くほどの開放感を味わった。西海岸とはそういうところかと思わせてくれた。

しかし、東と対比して自由であり開放的なのは一定の階級以下の者たちの間だけのことで、経営幹部や副社長以上の人たちの中に入れば東海岸と同様ないしはそれ以上のものがあると知るのに、さして時間は要らなかった。

この相違点辺りも我が国では容易に受け入れられないだろうと思う。それは一般的に広まっている「アメリカという国」のイメージ(敢えてカタカナ語である)と異なっているからだろう。

ここで敢えてお断りしておきたいのは「私が語るアメリカは、このようなアッパーミドル以上の人たちが構成するアメリカである」と言うこと。

即ち、繰り返し述べてきたことで、アメリカには多くの層が並んでおり、その層毎に異なる文化(で悪ければ風俗・言語・習慣)があり、受け取り方によってはその各層がそれぞれ独自に如何にもアメリカを代表する文化を持っていると錯覚されているのではないかと言いたいのだ。

私はこれまでに我が国には広く伝えられていなかったアメリカの企業社会の文化を語っているのだ。従って、それ以外のアメリカをアメリカと認識してこられた方々、言うなれば実体験ではなくアメリカを読書や勉強や経済的な統計資料等から客観的に見てこられた方々のご意見や見解と異なる面が多々ある状態になっても、別段不思議はないと考えている。

寧ろ願わくは「そういうアメリカもあるのか」という程度に大らかに受け止めて頂けるかお考え頂ければ、紙パルプ・林産物産業界の大手企業を20年以上も内側から見て対日輸出を担当してきた経験から語ってきたことが、少しは意義があるかと考えている次第だ。

私は一時は自分を「ジャケットの裏地」に喩えたこともあった。それは、何事にもせよ、外から見えるものと内側から見えるものが異なっているのが当たり前だと考えているからである。


◆ネット王国の弊害

黒田 勝弘



もうだいぶ前に聞いたことだが、団地で小学生相手に作文の塾をやっている人の話で、子供たちが宿題の作文を手書きで学校に持っていったところ先生に叱られたという。パソコンで打ってプリントアウトしたものでなかったからだ。

小学校でもパソコンをそこまでやらせているとは。

「さすが『IT(情報技術)王国』の韓国!」と感心したのだが、最近、今度はその弊害が起きていると先生方が嘆いている話が新聞に出ていた。

つまりパソコンでインターネットになじんだ子供たちが、宿題の答えをネットで探し、他人が書き込んだものを丸写しして学校に持ってくるというのだ。

そのため誤字や脱字までそっくり同じという解答がしばしばあり、先生方を困らせているという。

これは他人が書いたものをそのままいただくという「剽窃(ひょうせつ)」、つまり一種の「盗み」になる。小学生のころからそれに無感覚になじんでは大変と、「剽窃禁止」のための倫理教育の必要性を訴えている。

一方、韓国では近年、偽ブランドの取り締まりに力を入れているが、ソウルの東大門市場近くでは今も夜な夜な偽ブランド商品の屋台村が盛況だ。ネット時代で何でも「無断使用」が平気となり、逆に著作権意識は後退しているようだ。

産経ニュース【外信コラム】ソウルからヨボセヨ 2014.11.1

2014年11月01日

◆私の「身辺雑記」(157)

平井 修一



■10月29日(水)。朝は室温18度、快晴、高原みたいに涼しい、フル散歩。

晩秋から初冬へ移りつつあるようだ。小生はすっかりネトウヨとして引き篭ってしまった。以前は日光あたりに紅葉狩りとハイキングに行ったものだが、今は中共殲滅、支那解放作戦で忙しくて、物見遊山のための時間がなかなか取れない。日光では今は、いろは坂や中禅寺湖は見頃だという。

「サヨクも同様だが、ネトウヨは高齢化している。40代以上が多くを占めている。ネトウヨは小金持ちだ」という論考が「ブロゴス」にあったが、ちょっと違うのではないか。小金持ちかどうかはさておいて、小生が日本史とか国防、政治に関心を寄せるようになったのは、胃がん手術後の療養中の2003年、52歳からだ。

20代から40代までは仕事、子育て、スカートまくりを含めた遊びで忙しくて、政治なんぞ選挙のときにちょこっと関心を寄せるぐらいで、基本的にノンポリだった。

確かに20歳のときは三里塚で暴れまくってお縄を頂戴したが、あれは政治活動というより「農民の頭ごなしに空港建設を決め、農地を強制収容するのは許せない」という、一種の住民運動、青年特有の義憤だったと今になって思う。

その時にも日共は大嫌いだったが(表では被害者面、弱者を装い、裏では攻撃的。小生は襲われた)、小生は自民党や佐藤政権を嫌悪していた覚えはない。正確に言えばまったく関心がなかった。(権力を奪取すれば好きなことができる、でもどうやって1億の民の胃袋を満たせるのだろうといつも思っていた。誰も回答できなかった)

若い時から右や左になって政治に関心を寄せるというのは少数派で、今も昔も政治に熱中している多数派は中高年なのではないか。選挙法違反で逮捕されるのは中高年ばかりだ。

左右とも論客の多くは中高年であり、雑誌の「正論」や「WILL」「文藝春秋」「世界」などの読者も中高年だと思う。「世界」は昔は学生に人気があったそうだが、1970年前後にイカレポンチの(小生も含めた)新左翼が読んでいたのは「朝日ジャーナル」「現代の眼」などで、フニャマロ(=リベラル)の「世界」を読んでいる人は現場の将兵レベルではまったくいなかった。今どきの学生はまず雑誌自体を読まないだろう。

40年前にアカ+ピンクのほとんどは若者だったが(70年安保の動員力は社共が60万、新左翼は150万)、今は激減しているだろう。今は中高年がほとんどだ。左右ともにヂイヂ、バアバばっかり。

ネトウヨも中高年が多いだろうが、社会自体が高齢化しているから、「ネトウヨは高齢化している」という指摘は意味がない。

台湾や香港の学生の奮闘に刺激されて日本の学生もせめてネトウヨになってほしいと小生は思うが、彼等は本も新聞も読まないから、まあちょっと難しいかもしれない。レベルは中2だ。小生はせいぜい高2。

日本は政治的、経済的に安定しているし、自由もたっぷり。エンタメのタネも多いから、学生が体制への怒り、改革遅滞への焦燥感などで発奮することはまずないだろう。

年収1000万円以上を目指せる職にありついた人と、どう踏ん張っても400万円かな、という単純労働、肉体労働の人はおり、その格差は多分広がっているだろうが、それがいいことかどうかは簡単には判断できない。

年収1000万円だろうが住宅ローンや教育費で四苦八苦し、昼食代込みの月の小遣いが5万円未満なんていう人はザラだろう。一方で年収300万円に届かなくても、独身でアパート暮らし、結婚なんてどうでもいい、と趣味三昧に散財してオタク生活をエンジョイしている人も多いのではないか。

ともにキツイと言えばキツイし、ヌルイと言えばヌルイ。こういうユルイ社会ではヒマワリもアンブレラも咲かないのかもしれない。隙間でイスラム国を目指す“自分探し”的な若者もいる。それらを喜ぶべきか、嘆くべきか、なかなか難しい。

■10月30日(木)。朝は室温17度、快晴、ちょっと寒くて手袋が欲しいくらい、フル散歩。

倉田徹・立教大学准教授の論考「なぜ香港の若者は『中国嫌い』になったか――香港民主化運動に見る中国の弱点」(SYNODOS10/30)から。

               ・・・

・1997年7月1日、香港は英国から中国に返還された。北京は国際社会や台湾に「一国二制度」の成功をアピールするため、極力香港内政への干渉を控え、香港市民には安堵が広がった。しかし、予想外の大きな問題が生じる。返還直後からのアジア金融危機により不動産バブルが崩壊、香港経済は深手を負った。

・この危機を前に、北京は対香港政策を大きく変えた。その柱が「経済救港」と称される、経済面での急速な大陸と香港の融合策である。

・2005年3月にはデモで辞職を要求された董建華行政長官を事実上更迭した。後任の曽蔭権は、共産党から見れば「愛国者」とは評価しがたい経歴であるが、市民の間で人気があった。北京はこの人事で香港の民意に配慮したのである。

・香港市民の大陸に対する感情は急速に悪化してゆく。その原因は「中港融合」の副作用の拡大である。最も大きな問題は不動産価格の上昇であった。政府統計では、1999年を100として、2012年の住宅の販売価格指数は206.2、オフィスは334.7、小売業用の建物は420.5と暴騰した。富裕層が資産を増やす一方、庶民は家賃の暴騰に悲鳴を上げた。

・2010年に九龍の40平米弱のマンションを購入するのに、平均的な家庭の年収10年分が必要とされた。2002年には同じものを4年分の収入で購入できたという。不動産の暴騰により、多くの若者の人生設計が狂った。

・2012年の7月1日デモでは「党官商勾結」、即ち共産党・香港政府・財界の癒着への非難がスローガンとなった。こうして徐々に多くの市民が、民主化の必要性を痛感するようになっていった。

・香港市民が日常的に接触する「中国人民」は、何と言っても観光客である。大陸からの観光客は、昨年には4,050万人に達した。香港の総人口の5倍強である。彼らは香港の小売業にとっては欠かせないお客様であるが、様々な社会問題の原因にもなった。

・「中港融合」は、副作用として両者の感情的な対立、即ち「中港矛盾」を生んでしまったのである。

・香港市民は、歴史的経緯から共産党に抵抗を持つ者が多い。これに危機感を持つ北京はしばしば「人心の回帰」を課題として挙げる。

・この課題に対し、北京が実施しようとしたのは「愛国教育」であった。若者の激しい抵抗を受けた。北京は香港のデモや集会などに対して、一般の学生や市民に参加を思いとどまらせるような効果的な「脅し」をかけることができなかった。

・今年の7月1日デモでは、6月に北京が初めての「一国二制度白書」を発表し、北京が香港に対して「全面的統治権を持っている」と表現したり、締め付けの強化のイメージが広がった中で行われたが、デモ主催者は「無懼中共威嚇(中共の威嚇を懼れず)」という、かなり踏み込んだスローガンを採用した。デモは10年ぶりの規模の動員となった。

・そして、9月28日、「オキュパイ・セントラル」が発生した。

・どんな国もその軍事力と経済力で全世界を支配することはできない。味方を増やせる魅力・説得力(というソフト・パワー)のない国の影響力はどうしても限られる。

中国が、単なる「超大きな国」から、世界に影響力のある「超大国」へと脱皮するには、このソフト・パワーの弱点を克服する必要があるが、そのハードルは、香港行政長官選挙への民主派の出馬のハードルと同様に、非常に高いようにも見える。(以上)

■10月31日(金)。朝は室温18度、晴、夕べはお湿りがあったようで、ヌルイ感じ、フル散歩。夕べから集団的子育て。ハロウィンで大騒ぎ。

中共は将棋でいうところの「詰んだ」状態だから、絶対勝てない。せめてできるのは「良き敗者」でいることだが、多分、負けを認めずに将棋盤をひっくり返して暴れまくるのだろう。そして自滅するか扼殺されるに違いない。

週刊現代10/25が介護職員や医師、患者団体の関係者など専門家20人にアンケートを実施。現場で聞かれた経験則について、「実際に当てはまると思うかどうか」を答えてもらったところ――

【発症前】厳格でマジメ、下ネタの冗談などが嫌いな人/教員や公務員、裁判官や医師などカタい職業についていた人→

【初期症状】いわゆる「色ボケ」(恋愛過多)で、異性を見ると、つい欲情して追いかけてしまう

【「そう思う」率】75%

小生は仕事はきちんとやったものの、それ以外(アフター5)は結構いい加減だったから、このケースには当てはまりそうもないが、習近平は君子とか大人を気取っているから色ボケになりやすいのではないか。凶暴になられると周りが迷惑するから、ぜひ色ボケになってくれ。クネとの老いらくの恋。結構なことだ。

まあ、ばれると習はプライドが高く、人気の高い奥さんから殺されるだろうが。(2014/10/31)

◆韓国 都合の悪い新聞を狙い撃ち

百田 尚樹


加藤達也前産経新聞ソウル支局長(現東京本社社会部編集委員)の記事はまったく普通の記事で、問題にすべきものではない。産経新聞は韓国にとって都合の悪い真実を書く新聞ということで狙い撃ちにされたのだろう。慰安婦問題で真実を追及してきた急先鋒(せんぽう)が産経新聞だったからだ。

産経新聞の記事は朝鮮日報の記事を引用して書かれている。加藤氏が名誉毀損(きそん)で訴えられるなら、オリジナルの記事を書いた朝鮮日報も当然訴えられるべきだが、彼らには何のおとがめもない。

この訴追は近代国家としてはありえない。韓国は平気で事後法で裁こうとするし、戦時中の韓国人徴用の問題でも国際法を超えて判決を出そうとしている。法律の条文というよりも世論で判決を出すというとんでもない国だ。近代法の概念の無い前時代的な専制国家である。

本来は「司法」が言論の自由を守る役目を持つはずだが、この国では逆に検察が言論封殺をするのだから、悲惨だ。

だいたい名誉毀損というのは、近代国家では「親告罪」、つまり名誉を毀損されたと思った本人が訴え出て、初めて裁判になるものだ。しかし韓国では違うようだ。検察が気に入らない人物を勝手に裁判にかけることができる国だ。これでは言論の自由などはまったく無いといっても過言ではないだろう。

加藤前支局長の出国禁止をこんなに長く続けている状況は、事実上の軟禁状態といえる。非人道的で言語道断だ。世界のジャーナリストたちが一斉に非難すべき大事件である。

韓国はただちに、加藤前支局長の出国禁止も起訴も解くべきだ。そうしないと、韓国の名誉は地に落ちる。もっともその国が名誉を重んじているのかといえば大いに疑問だが。

とにかく「日本憎し」で、法律さえも恣意(しい)的に用いるのだから、あきれる国家としか言いようがない。

日本政府も韓国に強烈に抗議すべきで、起訴と出国禁止を取りやめるよう、要求すべきだと思う。(談)

【プロフィル】ひゃくた・なおき 昭和31年、大阪市生まれ。58歳。同志社大法学部中退。放送作家として人気テレビ番組「探偵!ナイトスクープ」などを手がける。

平成18年に『永遠の0』で小説家デビュー。このほか代表作として『ボックス!』『モンスター』、本屋大賞を受賞した『海賊とよばれた男』などがある。平成25年からはNHK経営委員も務めている。最新作は『フォルトゥナの瞳』。

産経ニュース【記者訴追 韓国に問う】2014年10月31日

               (情報採録:松本市 久保田 康文)

◆国民党が各地で苦戦の様相

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)10月31日(金曜日)通巻第4377号 <前日発行>   

 
〜台湾6大市長選挙、国民党が各地で苦戦の様相
連戦の息子、連勝文(台北市長候補)は不人気、党の集票マシンも迷走中〜


11月29日の投票日まで1ヶ月を切った。

台北、新北(もとの台北県)、台中、桃園(今回から政令指定都市)、台南。そして高雄の6大市長選挙は事前の予想に反して、国民党が大苦戦を強いられている様相である。

第一の理由は馬英九総統の不人気である。

第二は台北市長候補に代表されるように、大陸との融和をはかる中華思想の体現者、連戦(国民党名誉主席)のあまりに無原則的な妥協路線に多くの国民が反発しており、党内がガタガタ、とても挙党一致体制にはない。

第三が王金平(国会議長、本省人)と党内の対立が続き、集票マシンが円滑に動かないようである。

10月24日、台北市内では奇妙なデモが展開された。

「同性愛者同士の結婚を認めよ」と同性愛者、その支持者、そして駐在外国人が加わってデモは6500名に膨れあがったのだ。

野党・民進党は蔡英文・党首も蘇貞昌・元首相も「賛成」を表明していた。

土壇場のデモ前日、与党国民党の台北市長候補の連勝文がフェイスブックで、「賛成。国際的傾向であり、この国際基準に従うべきだろう」とおっとり刀で書き込んだ。デモの盛り上がりに便乗したのだが、翌日、この書き込みが消されていた。

党内の反対勢力が、つよく抗議した結果と見られる。

首都の台北市は外省が多く退役軍人や公務員が集中して住むため、台北は国民党の鉄票で固められた地盤であるとされてきた。

国民党の集票マシンがつねに機能しているため、いかに連勝文という不人気な2世(彼は連戦国民党名誉主席の息子)でも、当選は堅いと見られてきた。

ところが事前のムードは対立候補無所属の何哲文がかなりの差を付けてリードしていることが事前世論調査で判明している。

何は医者、無所属だが、民進党が支援しており、先月、東京で開催された講演会でも数百人の支持者があつまって気勢を挙げた。

日本に暮らす台湾籍の人々も投票日には帰国して投票する(台湾は不在者投票も、外地での投票もない)。


▼連戦の息子、おもわぬ不人気に焦り

焦る国民党は29日、蒋介石親子の眠る御廟に詣でて、必勝を近く。連勝文は、桃園県の慈湖にある蒋介石親子の墓地に花輪を捧げ、「軍人恩給の増加(毎月2万元を2万5千元とする)する」などを訴えた。

たまたま慈湖に観光で来ていたツーリストは中国大陸からで、「連勝文、頑張れ」を激励されたそうな。

アメリカン・エンタプライズ研究所(AEI)のミカエル・マズザ研究員の調査では、いまや台湾と香港で「わたしは中国人だ」と認識する国民が激減しており、「香港と台湾が中国の一部だ」という考え方をアナクロニズムと答える(台北タイムズ、10月30日)。

ちなみに台湾での世論調査では「わたしは台湾人」とする回答が60・4%、「中国人であり台湾人である」とするのが32・7%、そして「わたしは中国人だ」と答えたのは僅か3・5%だった。

世界が懼れる中国共産党に真っ正面から戦いを挑んだ香港の学生の、物怖じを知らない世代の出現は、「ひまわり学生運動」として先輩でもある台湾学生に共通した傾向である。

こうした若者等の新しい運動形態が、国民党有利という世論を変えたとみて差し支えないのではないか。
 

2014年10月31日

◆慰安婦問題、誤解拡散の典型例

阿比留 瑠比



29日付の本紙連載「歴史戦」は、広島県教職員組合と韓国の全国教職員労働組合が共同作成した日韓共通歴史教材「学び、つながる 日本と韓国の近現代史」を取り上げていた。慰安婦問題でデタラメや誤解がいかに拡散されてきたかを示す一つの典型例だと考えるので、補足したい。

歴史教材は、日本軍が朝鮮の女性たちを「戦場に連れていき、性奴隷としての生活を強要しました」と記し、こう決め付けている。

「望ましいのは、『朝鮮女で、しかも若いほどよい(15歳以下が望ま しい)』という軍医の報告により、朝鮮人女性たちが『軍需物資』として犠牲になった」

慰安婦問題を少しかじった者ならピンとくる。ここでいう「軍医」とは産婦人科医の麻生徹男氏のことだろう。麻生氏は陸軍軍医大尉として中国各地を転々とし、上海で慰安婦約100人の検診をした経験から、昭和 14年に「花柳病(性病)の積極的予防法」という論文をまとめ、上官に 提出した人物だ。

麻生氏はこの中で、検診では「(朝鮮)半島人の内、花柳病の疑いのある者は極めて少数なりし」と記し、その理由として日本人慰安婦より若年者が多かったことを挙げている。

要するに、検診結果の一例を示しただけである。だが、これを作家の千田夏光氏が次のように裏付けなくこじつけて著書に書いた結果、麻生論文が朝鮮人女性の強制連行のきっかけだとの誤解が広まっていく。

「レポートの結果として軍の目は当然のようにそこへ向けられていく。(中略)朝鮮半島が若くて健康、つまり理想的慰安婦の草刈り場として、認識されていくことになる」

この千田氏の「創作」話が、さらにゆがんで日韓共通歴史教材の記述につながったとみられる。千田氏は軍属を連想させる「従軍慰安婦」という造語の発案者でもある。

千田氏自身は後に麻生氏の娘である天児都(あまこ・くに)氏からの抗議を受け、手紙で「私の記述が誤解をまねき、ご迷惑をかけているとすれば罪は私にあります」と間違いを認め、謝罪している。

にもかかわらず、いったん流布された虚構は事実を装って独り歩きしていく。

慰安婦を「性奴隷」と認定した平成8年の「クマラスワミ報告書」には、オーストラリア人ジャーナリスト、ジョージ・ヒックス氏の著書が多数引用されている。

この本の索引欄を見ると千田氏や、朝日新聞が虚偽と 判断して関連記事を取り消した「職業的詐話師」、吉田清治氏らの名前が 並んでいるのである。

悪貨は良貨を駆逐するという。扇情的なプロパガンダ(宣伝)は、当たり前の事実よりもよほど流通しやすいらしい。

ちなみに歴史教材は、拉致されたのは「ほとんどが十代の若い女性たち」とも記す。だが、米軍が昭和19年、ビルマ(現ミャンマー)で捕らえた朝鮮人慰安婦20人に行った尋問記録を読むと、10代女性は1人(19歳)しかいない。

また、日本軍が朝鮮人女性を「軍需物資」としたとも指摘する。とはいえ、韓国軍が朝鮮戦争期、軍慰安婦を「第5種補給品」と位置づけ各小隊に支給していたことは、韓国陸軍本部刊行の「後方戦史(人事篇)」に明記されているのである。自らの行為を日本に投影してはいないか。

こんな教材で子供たちに偽の歴史を植え付けて、日韓が「つながる」道理がない。
(政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2014.10.30

◆「土豪」が横行する国

石 平



中国では今、「土豪」という新造語がはやっている。日本語に意訳すれば、「泥臭い成り金」、あるいは「あか抜けていない成り金」といった意味合いになる。

何らかのはずみで大金持ちとなった人が、金のあることを露骨に誇示して世間の注目を集めようとしている。こうした連中が、軽蔑と嘲笑の意をこめて「土豪」と呼ばれているのである。

それでは、土豪たちは一体、どのような行いで世間を騒がせているのか。

たとえば先月6日、江蘇省塩城地区の大豊市で人々が仰天するような出来事が文字通り「天から降ってきた」。この町で生まれ育った土豪の一人が「中秋の名月」の帰省のため、自家用のヘリコプターで町の真ん中に降り立ったからである。

彼の生家がそこにあったわけでもない。町の真ん中にヘリコプターを着陸させた唯一の目的は「自家用ヘリを持つほどの大金持ちとなったこと」を多くの市民に知らせることであろう。

よそで成功し郷里に帰って自己顕示する土豪は別にもいる。昨年11月、重慶市栄昌県で老婦人が亡くなると、企業家の息子は帰郷して盛大なお葬式を執り行った。

その際、この「大土豪」の息子は何と500卓の食卓を設置して数千人参加の大宴会を催した。生前の故人と縁があるかどうかはいっさい関係なく、町の人なら誰でも、あるいはそこを通りかかった人なら誰でも自由に参加して飲み食いすることができた。

宴会は空前のにぎやかさの中で大いに盛り上がったが、それはどう考えても、亡くなった母親のためというよりも、まさに土豪息子による、土豪息子のための、単なる「見えっ張り大会」だったのではなかろうか。

お葬式が土豪たちの「金持ち自慢」の場となることがあれば、結婚式も同様だ。今年8月、浙江省台州市では、地元の土豪が高級ホテルで自分のめの結婚披露宴を催した。

そのとき、会場の真ん中にピカピカの金色に塗られた机が置かれ、金や銀や宝石の装飾品の類と一緒に、新札の山が「展示」されていた。

それらは全部、新郎から新婦への贈り物だというが、決して、「新婦のため」でないのは誰にでも分かっているはずである。

札束の「展示」で驚くのはまだ早い。今年3月、福建省長楽市で、ある地元土豪の結婚披露宴が盛大に開催された。宴会の最後、大皿に盛られて出された圧巻の「料理」を目にしたとき、賓客たちは酔いがいっぺんにさめ、驚愕(きょうがく)の声を上げた。

それは別に「料理」でも何でもない。大皿に載せられているのは実物の札束だった。

このように、今の中国では、カネというもの以外に自分の存在価値を見だすことのできない成り金の「土豪」たちが横行している。彼らの存在はまた、この国のこの時代における精神の貧困と堕落の象徴なのであろう。

その一方で、人々が彼らの行いを軽蔑のまなざしで捉えて嘲笑していることはまた、拝金一辺倒の風潮に中国人が嫌気がさし、より洗練されたものを志向し始めたことの証拠ではないか。

「カネを手に入れたとしてもあの連中のようになりたくない」と思う人は今でも多くいるはずだ。

おそらく今後、バブルの崩壊に伴って土豪たちのよりどころとなる経済繁栄の「邯鄲(かんたん)の夢(人の世の栄枯盛衰は、はかないものであることのたとえ)」が一度破れた後、中国人は自分たちの身丈のほどをきちんと認識して、より堅実にして節度のある生き方を求めることになろう。

そういう意味では、中国人自身のためにも、一度の経済破綻はやはり必要ではないだろうか。

                ◇
【プロフィル】石平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
産経ニュース【石平のChina Wtch】 2014.10.30

◆旧宮家の男子を皇族に迎えよ

百地 章


10月5日に高円宮典子女王と千家国麿氏とのご婚儀が執り行われた。 これを機に、再び女性皇族のご結婚後のあり方をめぐってさまざまな議論がなされている。

男性、女性ともに皇族が減少する中、この問題は速やか に解決する必要があるが、更に一歩進め旧宮家を視野に入れた抜本的解決 をはかるべき時が来たのではないか。

 ≪潮目が変わった宮家論議≫

ご婚儀を挟んだ10月2日と7日、BS11の「報道ライブ21」と BSフジの「プライムニュース」が相次いでこの問題を取り上げた。

BS11では露木茂氏らの司会で皇室ジャーナリストの神田秀一氏と筆者が、BSフジでは反町理氏らの司会で参議院議員の西田昌司氏、京都産業大学名誉教授の所功氏、それに筆者らがこの問題を論じたが、2〜3年前とは明らかに変化が見られた。

両番組とも、初めから「女系天皇」など問題外といった雰囲気が大勢を占めていたし、「女性宮家」についても、さまざまな問題を抱えているとの認識ではほぼ一致していたと思う。

とりわけ興味深かったのは、女性宮 家賛成派の神田秀一氏からも「旧宮家のお若い男子を皇族に」との発言が あったこと、女性宮家問題のヒアリングでは旧宮家の復帰に消極的だった 所教授が、明治天皇や昭和天皇の内親王が嫁がれた旧東久邇宮家などの男 子であれば皇族に迎えてもよいと発言されたことである。

女系天皇容認を結論付けた小泉内閣時代の有識者会議で座長代理を務めた元最高裁判事の園部逸夫氏も、『週刊朝日』誌上(8月22日号)で「(旧皇族に)適格者がいらっしゃれば養子を考えてもよい」と述べ、元朝日新聞の岩井克己氏が「旧皇族の現状や、ピンチヒッターとして皇族に復帰するにふさわしい方がいるのか」調査を、と応じている。間違いな
く、潮目が変わってきたといえよう。

女性宮家の問題点については本欄でも2度指摘したことがあり、ここでは繰り返さない。この対案として出されたのがいわゆる「尊称案」であった。つまり女性皇族については、旧皇室典範44条にあったように、婚姻によって皇籍を離脱した後も特例として「内親王」「女王」の尊称をお与えし、皇室活動のお手伝いをして戴(いただ)いてはどうかというものである。

 ≪結婚後も皇室活動の支援を≫

これに対しては、「内親王」や「女王」といった尊称は皇室典範により女性皇族のみに認められた称号であって、尊称案は新たな身分制度を作りかねないとの批判があった。

そこで出てきたのが、宮中晩餐(ばんさん)会や外交使節の接待などの皇室活動を支援して戴くために、活動の場を提供することを主目的とする新たな案であった。

これであれば、昨年6月、仏大統領を迎えて行われた 宮中晩餐会に元内親王の黒田清子さんが出席された例もあり(読売新聞平 成25年6月8日)、先日の本紙報道(10月20日)にあったように 「閣議決定」で定めることも可能ではないか。

そして皇室活動を支援して戴く際に、尊称でなく事実として皇室とのご関係を示す「皇女」(天皇の女のお子様)や「王女」(皇族の女のお子様)の語を冠することができるようにしようという訳である。

対外的には 「プリンセス」ということになろう。先のヒアリング後の政府の「論点整 理」(概要)でも、第2案として「皇籍離脱後も皇室の御活動を支援し ていただくことを可能とする案」が示され、「その際、御沙汰により称号 を賜ることは考えられないことではない」との説明があった。

 ≪皇統を支えた4世襲親王家≫

他方、皇室活動のご支援と皇位の安定的継承の確保という2つの目的を同時に解決する唯一の方法は、旧宮家の男系男子を皇族に迎えることしかない。

旧11宮家の臣籍降下については、形式的には自ら願い出たものとなっ ている。しかし実際には、GHQ(連合国軍総司令部)の圧力、具体的には約9割に及ぶ過酷な財産課税や経済上の特権剥奪による収入途絶などによって臣籍降下を強いられたものであって、昭和天皇はこれに反対ないし抵抗しておられた。

今回の昭和天皇実録の公開によってこの間の事情がよ り明らかになればと期待するものだが、これまでにも「諸般の情勢により 秩父、高松、三笠の三宮を除き、他の皇族は全員臣籍に降下する事情に立 ち至った。まことに遺憾であるが、了承してもらいたい」(高橋紘・鈴木 邦彦『天皇家の密使たち』)とのお言葉が伝えられている。

室町時代以降、男系の皇統を支えるために創設されたのが4世襲親王家であった。うち3宮家(伏見宮、有栖川宮、閑院宮)から三方の天皇が誕生している。

また第119代の光格天皇から第122代明治天皇まで、成 長された親王はお一人だけという危機的状況が続いたが、その際、4世襲 親王家や幕末から明治にかけて創設された諸宮家が皇統を支えたことを想 起すれば、速やかに宮家の充実を図っておく必要がある。

安倍晋三首相の英断を期待したい。

(ももち あきら)日本大学教授

【産経ニュース】【正論】 2014.10.30 05:01

                 〔情報収録 − 坂元 誠〕


     

◆胡徳平が『炎黄春秋』の社長就任

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)10月30日(木曜日)通巻第4375号>   

 
〜太子党リベラルの星、胡徳平(胡耀邦の子)が『炎黄春秋』の社長へ
  ところが夫人は渡米したまま帰らず、「亡命」の憶測が流れだした〜


胡耀邦の長男、胡徳平は太子党の中でも自由民主の考え方に近く、守旧派や利権だけの政治家とは一線を画しているため海外では人気が高い。

それは父親の胡耀邦がいまも広く尊敬を集めており、静かに復権している事実とも関連する(ちなみに胡耀邦御陵は江西省にある共産主義青年団の牙城、共青城市郊外に宏大な敷地、巨大な石碑がある)。

この春にも来日したおり、安倍首相と懇談した。現在は政治協商会議常務委員である。

その胡徳平が、中国共産党の重要メディア『炎黄春秋』の社長に就任した(10月24日)ことが分かった。

前社長の陸徳任(陸定一の息子)は明洋会長に退く。

夫人の王預顛は各種チェリティ団体や婦人団体の名誉職を兼ねており、5月には台湾で開催された国際会議にも出席している。その王預顛が9月に米国へ行ったまま、2ヶ月も滞在しており、すわ亡命かとの噂が流れ出している。

博訊新聞などによれば、四川省の或るチャリティ団体の役員を兼ねた王預顛だが、当該団体の実態はマフィアの隠れ蓑、その黒幕に周永康の存在がちらつき、このスキャンダルのほとぼりが冷めるまでアメリカに身を隠した? という憶測を書いている。

いずれにしても王預顛夫人は子供をともなっての訪米、彼女は45歳。つまり胡徳平(71歳)の後妻である。