2014年10月24日

◆中国、地方政府の債務の行方

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 


<平成26年(2014)10月23日(木曜日)通巻第4372号>   


〜年内に償還期限を迎える中国地方政府の債務はいくらあるのか?
   2013年6月末で17兆9000億元(邦貨換算322兆円)〜


中国の不動産バブルの崩壊はいよいよ本格化する。

中国の「邯鄲の夢」は終わった。まさに河北省邯鄲で建設中の2千戸のマンションが工事中断に追い込まれ、開発業者はなんと30%の高利で運転資金を集めて、現場に注ぎ込んでいたがついに資金が続かず、オフィスはがらんどう、経営者は「蒸発」したことを日本経済新聞が写真入りでつたえた(同紙、14年10月22日、13版3面)。
 
中国国務院は10月2日に地方政府の債務に関して新ルールを発表した。目下、最大の危機は年内に償還期限を迎える地方政府の債務である。返済の見通しはゼロである。

地方政府が「融資平台」という第3セクター的は機関をもうけて投資家から資金を募り、高利を売り物に巨額を集めた。これらが誰も住む見通しのないマンション群、幽霊屋敷と貸したショッピングアーケードなどに投下された。無謀というより、まさに発狂的投機に熱中した中国人の狂態である。

中国会計検査院の発表によれば、2013年6月末で地方政府の債務は17兆9000億元(邦貨換算322兆円)とされるが、その後、関連数字の発表がない。あまりのことに次の発表をすると市場に恐慌心理が蔓延することを懼れているのだろう。

年内に償還期限を迎える地方政府の債務はいくらあるのか?
 
アジアタイムズによれば上記数字のおよそ40%が、償還時期を迎えるというが、シャドーバンキング、理財商品という手口は使い果たし、政府の救済に頼るしかないだろう。

すでに大都会でも不動産が売れず、デベロッパーの倒産、経営者の雲隠れが頻発し、歳入の見通しさえない。

シャドーバンキングの貸付総額は、600兆円を超えると見られる。

中国財務部は10の地方政府を撰んで試験的に地方政府債の発行を許可したが、国家発展改革委員会は、その措置に反対した。

同時に国務院は、「今後、融資平和台の利用を禁止し、政府の救済はない」と言明した。

空恐ろしい結末がみえてきた。

       

◆私の「身辺雑記」(154)

平井 修一



■10月20日(月)。朝は室温20度くらい(計測忘れ)、9時には22.5度、快晴、ぽかぽかの秋日和、2/3散歩。午後から小雨。

忠魂碑には月初めと終戦詔勅の15日あたりに献花しているが、先日行ったら、どなたかが菊を献花してくださっていた。小生が献花のタネを撒いたら同志が生まれたのだ。有難いことだ。

いいこともあれば、ブルーなこともある。

小渕二世(40)が経産大臣だなんて知らなかった。経済のことを知っているのかどうか。優秀な官僚が多いから大臣は素人でも構わないのか。就任間もないのに辞任したそうだが、身体検査をしたのかどうか。女だから手加減したのか。

小渕二世は、選択的夫婦別姓制度の導入に賛成、靖国参拝に反対、親中派。テレビ屋(TBS)出身。TBSはどうしようもない論調の毎日新聞傘下だったが、小渕二世の知的レベルはどうなのだろう。人気者だし、「女性が輝く社会」の看板になればいいということだったのか。

経済再生が大課題なのにド素人をその担当大臣にした。そしてスキャンダルで失脚。アベノミクスは躓くだろう。

選挙民を饗応したのは公選法221条の「買収」に当たるそうだ。議員辞職しないと収まらないだろう。「女が足を引っ張る内閣」だな。能力ではなく「情」で人事を決めた。安倍氏の求心力は大きく毀損された。

家庭内野党やら、嘘つき朝日出身の「うちわ」大臣もいて、「うちわ」も辞任するそうだから、「女でしくじった」ことになるかもしれない。

内政がゆるみ始めたから外交もうまくいかなくなるのではないか。11月の北京APECで得点を稼げるのかどうか。反日が国是の中韓以外のトップと親交を深めれば得点にはなるだろう。

習近平はプーチン流の独裁体制を目指している。近藤大介氏の論考から(現代ビジネス10/20)。

<10月20日から、北京で年に一度の中国共産党の重要会議「4中全会」が開かれる。今回のテーマは「依法治国」---法律に依って国を治める。

法治国家づくりというのは、すなわち習近平を「皇帝様」に戴いた「現代版皇帝システム」を確立するということにほかならない。皇帝様だけは「法の外」にいて、皇帝以外の「その他全員」を法で縛って統治するというシステムである。

習近平政権の発足後、中国共産党の重要会議が始まる前になると「動乱」が起こる。一昨年11月の第18回中国共産党大会の前には、反日デモが吹き荒れた。昨年11月の3中全会の前には、新疆ウイグル族によるテロが吹き荒れた。そして今回は、香港の民主化デモである。

不自然な形で抑え込まれたエネルギーは、どこかで「爆発」するということか。それとも、裏で反習近平派の「暗躍」があるのだろうか?>

中共軍が習のメンツをつぶすために暴発するかもしれない。安倍氏が中韓にすり寄れば、いいことはまったくないどころか失点になる。中韓は世界の敵である。敵は封じ込めるべし。

うまくやれば安倍氏の得点になる。靖国に参拝しないとやはりうまくいかないが。APEC前に参拝したらどうか。支持率は上がる。中韓は放っておけばいい。

■10月21日(火)。朝は室温20度、曇、トラブルでハーフ散歩。

サーチナ10/20「中国メディア『絶対的権力は絶対的に腐敗する』・・・鉄道部汚職で解説記事」が意味深である。こんな内容だ。

<中国青年報は20日付で、中国政府の旧鉄道部の汚職事件を分析する記事を掲載、権力の集中が腐敗の温床になったと分析した。記事見出しは「牛の囲いで猫を閉じ込めることはできない」で、「悪質な腐敗を防止するにはきめ細かな対策が必要」の意だ。

ところが同記事を転載した中国新聞社、中国国際放送系の国際在線、中国人民ラジオ系の中国広播網などは、「絶対的な権力は絶対的な腐敗に至る」を見出しとした。

中国では、メディアなどが直接批判することはないものの、習近平が「自らに権力を集中させすぎている」と懸念する人も増えているとされる。「絶対的な権力は絶対的な腐敗に至る」の言い回しに、現政権に対する疑問視や批判の意図が込められている可能性も否定できない>

支那では東に向いて口撃しているが、実は西を叩いている、とかの諺があるという。まさにそんな感じの記事だ。

名物編集者の如月隼人氏曰く、「絶対的権力は絶対的な腐敗に至る」は中国にとって、共産党の支配体制を否定することにつながりかねない“危険思想”とも言える。中国メディアがどこまで考えてこの言い回しを使ったのかは不明だが、「権力集中」への批判を込めた論調が、多くの人の目にさらされることになった、と。

支那人も中共が大嫌いだが心の底から恐れており、「自由、民主なんて絶対あり得ない」と諦めている。気の毒だ。中共を一日も早く潰すべし。そして本当の日中友好を始めよう。

■10月22日(水)。朝は室温20度、雨、散歩不可。

ウィキによると韓国の国歌「愛国歌」は法律上の定めはないそうだ。作詞者は不明のようだが(諸説ある)、作曲者は安益泰(1906 - 1965)。安は「満洲国祝典音楽」「韓国幻想曲」も作曲しており、この二つはメロディーが似ており、これが「愛国歌」のベースになっているとか。1948年に李承晩により国歌に採択された。

なかなか荘厳な曲である。

「愛国歌」は、安の没後50年後の2015年まで著作権が存在するため、国歌としては珍しく著作権料支払い問題が存在していた。2005年3月に安の遺族は著作権を韓国政府に寄贈し、ようやくほとんどの国歌と同様に公共的な扱いとなった。

ところが「恩を仇で返す」国柄だから、安は、「日本の天皇をたたえる曲を作るなど日本帝国主義の称賛を続け、またナチス・ドイツに協力した行為も明白である」との理由により、2009年に刊行された『親日人名辞典』に、日本による植民地支配に協力した一人として名前が掲載された。

つまり売国奴、韓国の敵、裏切者と認定されたわけだ。

それなら国歌を作り直せばいいのに、相変わらず安の曲を流している。韓国人は小生の理解を超えている。変な国。

シンシアリー氏のブログにこうあった。

<最近、ある教会で安重根と家族を主人公にした演劇が上演されました。その主役の人(一人二役)が、「安重根の息子が親日派だったなんて知らなかった。彼の役などやめるべきかと悩んだ」と話して話題になりました。

何のことだ?と思う人が韓国にも多かったようですが、これは安重根の次男、アン・ジュンセン(安俊生)のことです。

斗山百科辞典によると、こう書いてあります。

「1907年生まれで、中国で滞在し、上海で事業をした。この時から親日派に変節した。 1939年10月7日、マンソン視察団の一員として韓国を訪問し、伊藤博文の位牌を奉安した博文寺(現ソウル市中区新羅ホテルの場所にあった日本の寺院)で、自分の父である安重根が伊藤を狙撃したことを謝罪した。また、10月16日、朝鮮ホテルで伊藤の次男、伊藤文吉に会い、彼に謝罪したとされる」

百科事典に親日派と明記されているようでは、「歴史から消されて」当然ですね。多分、知っている人はそういないでしょう。

ソースは確認できませんでしたが、伊藤博文の孫にあたる人と義兄弟になったという話もあるみたいだし、韓国が「国父」とする金九は彼に激怒、殺害脅迫をしたとも言われています(中国当局が安を保護したとか)。

親日は民族の敵。日本に対してあんなに「謝罪しろ」と叫んでいる韓国ですが、日本に謝罪した人は歴史から消され、親日派として封じられます>

産経新聞前ソウル支局長の加藤達也氏は謝罪しなかったし、当然のことながら親日派だから拉致された。米誌ザ・ディプロマットは、「クネは加藤氏をスケープゴートにして韓国メディアを萎縮させる意図があるのでは」という見方を紹介しているという。「政権批判は許さない」というわけだ。習近平そっくり。変な国。(2014/10/22)

2014年10月23日

◆日中首脳会談実現の可能性は?

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)10月22日(水曜日)弐 通巻第4371号>   

〜「安倍外交は過去42年の日中友好を無駄にする権利はない」(丹羽前大使)
中国の「安倍は第2の小泉、対中国強硬派だ」に同調する日本の政財界人たち〜


丹羽宇一郎前駐北京大使はAPEC開催前のこの時期に「安倍外交は過去42年の日中友好を無駄にする権利はない」と言いはなった。日中首脳会議の開催をめぐっては水面下の交渉が続いている。

2012年9月、日本の尖閣諸島国有化宣言に端を発した日中険悪ムードは、直後に反日暴動となって中国全土で日本企業が襲われ、放火され、あまりに理不尽な中国の暴力に日本は総立ちとなって非難した。

非はすべて中国にあり、日本にはない。

パナソニックは北京のショールームを畳み、山田電機も伊勢丹(瀋陽店)も撤退した。上海高島屋は赤字転落、アジア旗艦店をシンガポールに移し、ベトナムに新店をだす。

つまり日本企業はチャイナ・プラス・ワン路線に舵取りを変え、重点をアジアへ移した。

以後、殆どの世論調査で、日本の対中感情は最悪である。日本の底流にある意識は「さようなら中国、こんにちはアジア」である。

こうした動きを憂慮し、むしろ中国より焦る一群の親中派政治家と財界人がいる。

反日暴動直後に鳩山由紀夫前首相が訪中し、ご機嫌取りのパフォーマンスを展開した。彼は「尖閣諸島領域を『友愛の海』に」と意味不明の駄洒落(だじゃれ)を飛ばした。

翌2013年1月には山口公明党委員党が訪中し、同月に村山富市元首相も北
京へ。

ようやく13年4月に李小林が訪日したが、なんの成果もなく、強硬意見を繰り返した。

2014年4月に胡耀邦の長男、胡徳平が来日し、安倍首相と懇談した。胡耀邦は親日派の政治家だった。しかし胡徳平にはなにほどの政治力もない。

同年7月、福田康夫元首相が北京を訪問し、早い時期の日中首脳会談を打診した。福田は安倍首相の外交を批判したと中国のメディアが伝えた。

安倍首相は師走に靖国神社に参拝した。尖閣諸島の帰属問題では一歩も譲らず、法の支配、積極的平和主義を主張しているため、中国は「第2の小泉」と批判したまま、平行線をたどった。

2014年のある日、谷内正太郎(安全保障局トップ)が安倍密使として密かに北京を訪問した。首脳会談の打診が主目的だった。

10月21日から麻生副首相兼財務省がAPEC財務相会議のため北京を訪問、王洋との会談のほか、李克強首相との会談を希望している。

しかし四中全会開催中の北京では内外の難題を抱えており、北京政権にとって、日本との関係打開を模索する雰囲気は希薄である。

◆日本とアメリカの違い

前田 正晶


既に「1冊の本では語り尽くせないかも」とは申しましたが、そこに挑戦を試みて先ずその一部から述べていきます。

日本人を見下していたアメリカ:

私は1945年からGHQで秘書だった方と交流があったとは既に述べました。記憶は最早定かではありませんが、第一生命のビルの中にあったGHQの建物に入ってアメリカ人と語る機会が出来たのは、46年になってからだったか。Coca Colaと言う当時は我々には手が出なかった飲み物を飲む機会もあり「何だこの薬臭くて苦いものは」と思っていました。

その後、伯父の持つ鵠沼海岸の2軒の貸家のうちの1軒を如何なる縁があったのかChase Bankに夏場に「海の家」として貸すことになり、日本人の行員がどのように扱われていたかを知りました。

その経験もあって1954年の今で言う就活の際には、如何なることがあっても、仮令大学に求人があっても、外資系には行くまいと固く心に決めていました。

それが如何なることか、17年お世話になった日本の会社を辞める決心をして、1972年にアメリカの会社に転身しました。それも、光栄にもMeadCorp.のオウナーファミリーの当主に面接試験をされたので、何処となく安心感があったのかも知れません。さらに1975年には再度会社を辞めてWeyerhaeuserに移りました。

その2社で経験したことは大袈裟に言えば地べたを這いずり回っているかの如き苦労というか難しい地位での仕事先で、外国語を使って働かねばならず、しかもいつ何時”You are fired.”と宣告されるかも知れない危険な立場だったのです。

日米間の文化の違い:

アメリカの会社で10年を過ごす間に徐々に「日米相互間に存在する文化の違い」を知るようになり、その環境に対応する術を知りました。また、彼等に対して直接に指摘したように、彼等の中にはとても抵抗も対抗も出来ないような優れた者は1%程度しかいないという人的ないしは質的な「大きな幅での質の違いというかブレがある」と解り、我々の質の高さでは十分に対抗できると知りました。

そこで「如何なることがあって彼等が俺を馘首することは99%ない」という妙な自信と信念を持って怖れることなく上司でも同僚でも刃向かっていき、その外国の会社の中での自分の位置を確保しようと努めました。

しかし、その地位とても何時如何なる事件を引き起こすか何らかのミスがあれば自信は1%に急降下するハラハラするような世界でした。

我が闘争:

そういう立ち位置を確保して彼等の長所には極力学び、短所は遠慮なく突いていき「彼等を怖れさせるよう」努めました。何が何でも自説を曲げることなく突き進んでいないと、自分の立場が危うくなる世界ですから飽くまで戦います。特に彼等の二進法的思考回路は崩しやす鋳物で全く柔軟性に欠けると解ったのも大きな武器となりました。

アメリカ側の失態で得意先に詫びねばならぬ時は日本式に謝罪し、失敗を犯した本社または工場の担当者は徹底的に責めました。即ち、我が国のビジネスの世界では「顔を潰されるのは最悪のことで、君らの失態で私の日本市場での立場がおかしくなることは認めがたい。

そういう史上を相手にすると良く理解して二度と過ちを繰り返すな」と叱りつけました。それはこの世界では何が何で自分は自分で守らねばならないのですから。彼等がその違いを認識し解るまで繰り返し言って聞かせました。

文化比較論で売り出す:

そういう経験から彼等とそのアメリカの社会と世界を内側から見て「文化の違い論」を唱えるようになり、これが社内でも好評になっただけではなく、リタイヤー後も輸入紙の脅威にさらされ始めた流通業界で講演する機会を与えられ、また「アメリカ人は英語がうまい」の上梓の機会まで得て、やがてそれをコラムにしたし、SBSラジオのコメンテーターの場も与えられ、光栄にも頂門の一針にも投稿の機会が出来たし、ブログを始める切っ掛けにも成って、今日に至っております。

我が独特の見解:

既に述べたように、私のような経験をしてから「アメリカとその文かと思考体系」を論じる人が極めて少ないので、何か異端の徒の如くに捉えられる傾向があるのは止むを得ないことと理解しております。

しかし、「人は誰でも独自の意見を持っているものであり、他人と異なる意見を述べるのに躊躇は不要」というアメリカの文化を未だに引きずっていると指摘されれば「当然でしょう」と胸を張らずに答えます。それほどあの世界で過ごした22年は強烈に意識せざるを得なかったのですから。

自信があろうとなかろうと、他人様と意見が違おうと何だろうと、怖れずに(本当は怖いのでしたが)英語で自己を主唱して、負けてはならないという世界は、経験しないと解って貰えないと思います。実は、一か八かの勝負を続けねばならないあの世界は恐ろしいものでした。

私は解って頂こうと何だろうと、この経験を語っていこうと決めているので、何卒「そういう世界では物事はそうなっているのか」という具合に、異文化のを世界の話しをお解り頂ければ幸甚に存じる次第です。


2014年10月22日

◆朝日新聞、直ちに歪曲報道を検証せよ

加瀬 英明
 


8月に、朝日新聞が1面と16、17面を全ページ使って、これまで32年間にわたって、朝鮮半島出身の慰安婦について「強制連行」したと誤報を行ったと認め、「記事を取り消します」といって、撤回した。

3ページにわたる記事は、多くの読者から寄せられた疑惑に答えるという形をとっている。

それでも、「一部の報道に誤まりがあった」と述べているから、何と往生際が悪いことか。

32年にわたった朝日新聞の報道によって、日本が朝鮮半島から一般子女を強制連行して、慰安婦になることを強いたというウソが定着し、河野官房長官談話を導き、日韓関係を不必要に悪化させ、日本の汚名を世界にひろめた。

今回の記事には、このような由々しい事態を招いたのに対して、謝罪する言葉はまったくない。

どれほど、日本国民が迷惑を蒙ったか、測定しれない。

だが、私は新聞が社会に対して果す役割に期待しているから、朝日新聞が一部だけにせよ、誤報だったことを認めて、撤回したことを、評価したい。

中国の古典に「隗(かい)より始めよ」という故事があるが、よいことは言い出した者が、始めるべきだ。

今回の記事は、これまで行ってきた報道を、「検証」した結果によったと述べている。

それだったら、朝日新聞が今日まで行ってきた、歪められた多くの報道や論評についても、同社の名誉のために検証してほしい。

朝日新聞が金日成の北朝鮮を称えたために、7千人に近い日本妻が地獄へ渡った。在日朝鮮人北朝鮮帰国事業、事実無根の南京大虐殺報道、1960年の安保条約改定に当たって「戦争を招く」といって、煽り立てたことをはじめ、歪曲した報道は枚挙に暇がない。

中国が、日本を露骨に脅やかすようになっているが、朝日新聞に大きな咎(とが)がある。

私は田中内閣によって、日中国交正常化が昭和47(1972)年に行われる前から、中国に対して深い不信感を向けてきたから、国交を急ぐことに強く反対した。

朝日新聞は先頭に立って中国を礼讃していたが、国交正常化を煽り立てたことによって、田中内閣が追い立てられたのだった。あのころの朝日の紙面は、常軌を大きく逸していた。

いまでも、日本の新聞は昭和39(1964)年の日中記者交換協定によって、束縛されている。

8月に、習近平総書記がライバルで、胡耀邦前政権で中国最高権力機構常任委員の一人で、公安と司法のトップだった、周永康氏を大規模な汚職のかどで逮捕した。

日本のどの新聞も「ロイター(通信社)による」と、「周氏が日本円換算して、1兆5千億円にのぼる不正蓄財を行った」と報じた。なぜ、外国のメディアに頼らずに、自分で取材できなかったのか。

ニューヨーク・タイムズが前政権当時、温家宝首相一族が巨額の隠し財産をつくったと、大きく報じた。中国政府が強く反撥すると、温一族の不正について、さらに詳しく報じた。

日本の新聞は、日中記者交換協定によって、「1、日本政府は、中国を敵視してはならない。2、米国に追従して『2つの中国』をつくる陰謀を、弄しない。3、中日両国関係が正常化の方向に発展するのを、妨げない。中国政府(注・中国共産党)に不利な言動を行わない」ことを、誓約している。

日本の新聞は進んで、報道の自由を否定して、外国に奉仕することを約束することによって、国民の負託を裏切った。

危険ドラッグの販売業者との間に、危険ドラッグの販売と使用を妨げる報道を行わないという協定を、結んだようなことだった。

朝日新聞は日中記者協定についても、ぜひ検証して、破棄してほしい。

◆呉勝利がスプラトリーを視察

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)10月21日(火曜日)弐 通巻第4369号>    

 
〜呉勝利(軍事委員会委員)海軍司令がスプラトリーの5つの岩礁を視察
  フィリピンの主権を踏みにじり、米国の警告もなんのその。〜


次はマニラのチャイナタウンで「反中暴動」が起きても不思議ではない。

フィリピンが主権を主張するスピラトリー岩礁の6つの礁を呉勝利・海軍司令が最近視察したことが分かった。どの岩礁を視察したかは明らかにされていない。

台湾議会で問題化し、香港の複数のメディアがつたえた。

この呉勝利の視察は習近平の同意を得たものと言われる(SINOSPHERE、10月16日)。

米国は中国の侵略的行為は「地域を不安定化させるもの」であり、「現状維持を破壊する」と名指しで批判しているうえ、ヘーゲル国防長官はシンガポールのシャングリラ対話でも、中国軍高官を前にそう述べた。

しかし中国側は警告の存在さえ無視し、蛙の面になんとか。

すでに中国はミスチーフ礁に1億ドルを投じて飛行場を建設し、3万の兵力が駐屯できる施設も整っている。

ただしスプラトリー群島はあまりに広域な上、海に隠れる岩礁が多く、ベトナム、マレーシア、フィリピンが領有をとなえ実際に軍が駐屯している岩礁もあり、それぞれも係争中。

また台湾はスプラトリー群島のなかの太平島に1150メートルの滑走路を建設しており、3万トン級の船舶が寄港できる。

台湾議会では太平島への軍の恒久的駐屯も検討されている。

◆朝日を絶対許さない

平井 修一



池田園子氏の論考「朝日新聞は許されるべきか、許されるべきでないか 新聞記者たちが論じる慰安婦報道の病巣と朝日再生」(ダイヤモンドオンライン10/10)から各記者の発言のみを引用する。

               ・・・

■まず1人目は、全国紙記者のAさん(30代女性)だ。Aさんは「決して他人事とは思えない話」と不安な気持ちを露わにする。

「取材対象者の発言を信じて記事にしたものの、その発言内容が誤りだったというのは、報道機関において100%起こらないとは言えないミスです。当然裏を取ったり、複数の関係筋に同じ話を聞いたりすべきですが、本件のような“特ダネ”になればなるほど、関係者が少なくなるのは事実。

万一外部に情報が漏れては困るため、社内でも必要最小限のメンバーにしか情報が明かされません。そのため、固有名詞レベルでのチェックはできても、何重ものチェック機能や校閲機能が働かない場合もあります」

「およそ30年前と現在の経営陣はまったく異なります。当時現場にいた方の多くはすでに退職していますし、自身が指揮したわけではないのに謝罪するのは、現社長も含めてとばっちりを受けているような気も。自分に置き換えて考えてみると、担当した記事の一部に誤りがあったと30年後に発覚しても、正直なところ認めたくはないですから……」

「長きにわたって『吉田証言にまつわる報道は間違いだ』と、他紙をはじめ複数のメディアから指摘されていました。誤りを認めたタイミングがかなり遅かったとはいえ、謝罪をしたという事実は結果的によいことだったと感じます。影響力のある全国紙で訂正記事を出したことは、大きなダメージだったと思いますが……。

同じ新聞というメディアで働く者として、言論・報道機関において一度世に出したものを『誤りだった』と認めるのは、非常に勇気がいることです。謝罪したくなかったという気持ちは理解できます。実際、多くの新聞社では些細なミスが発覚しても、そのまま放置してしまうことが多いです。逆に弊紙で同様のことが起きても、経営陣は謝らないのではと感じます」

「社内が萎縮した雰囲気になる可能性が高まりますが、チェック機能を強化させるしか手立てはないのではと思います。誤報は決してあってはならないことですが、人が行うことですからミスを完璧になくすことは不可能でしょう。とはいえ、社外の反応を気にしすぎるあまり、すでに発表されたことを報道するのでは、戦時中の報道の仕方と何ら変わりません。

新聞の権力監視機能を知らしめるためにも、インサイダーからの特ダネを報道することは役割としては必要であり、それがもたらす効果は非常に大きいと感じます。スクープ報道とそれを支えるチェック機能とのバランスが、重要ではないでしょうか」

■2人目は元地方紙記者のBさん(30代男性)。

「新聞社が訂正記事を出すことを極端に嫌うのは、新聞が持つ絶大な信頼性という根本部分が揺らいでしまうためです。一般の人にとって、メディアの中でも特に信頼度の高い新聞が間違った報道をしたとなると、世間の見方は当然厳しいものになります。私が所属していた新聞社では、記事に誤りが発覚すると、反省文を書かされていました」

「朝日新聞で優先的に掲載されるテーマは、『人権』に関するもの。もともとは右翼系だったのが、次第に左翼系へと転向していったのが朝日新聞です。しかし、右翼・左翼というのは昔の話。今現場にいる若い記者の中には、それほど極端な思想を持った人はいないように感じます」

「朝日新聞は、原稿のチェック機能が厳しい媒体です。現場の記者と情報交換をしたことがありますが、その取材スタイルは非常に入念。たとえば選挙取材においても、立候補者が『会社役員』と名乗っている場合、登記簿謄本まで取り寄せて、事実確認をしてから書くという徹底ぶりです。

とはいえ、昔現場にいた記者が取材対象者の言葉を信じて、そのまま掲載してしまったことは事実。当時のチェック体制の甘さが問題になったのでしょう。ただし、朝日新聞としては自社が展開する主張に誤りがあったのではなく、記者が取ってきた“取材対象者の発言”に誤りがあったという点にロジックを持たせて、今日まで謝罪を避けてきたのだと思います」

「あらゆる新聞の信頼度がなくなったとは、感じません。ただ、現在の新聞購読者の中には、“購読をやめる理由”を探している人も相当数います。
『勧誘に来られるから』『断りづらいから』と、ある種の惰性で購読している人も少なくありません。しかし、朝日新聞がここまでバッシングされるようになると、次回更新時に『ああいう出来事が起きたから信頼できない』と切る理由ができます。そうやって、少しずつ読者が離れていく可能性はあるでしょう」

「本問題にまつわる一連の論争を見ると、『朝日新聞が全て間違っている』といった論調が多く見受けられますが、私は必ずしもそうとは思えません。個人的には、謝罪すべきところは謝罪し、論陣を張るところは張るべきだと考えます。

それを実現するには、『事実は〜だった』と読者に示せるよう、この問題を再取材することが必須です。そもそも新聞社にできるのは、取材した内容を地道に、かつ正確に伝えることしかありません。複雑化した従軍慰安婦問題において“真実を明らかにすること”こそが、今最も求められているのだと思います」

■元全国紙記者Cさん(60代男性)も、Bさんと同様にチェック機能の不備を指摘する。

「記者であれば取材後に現地へ赴き、内容の真偽を確認するのが普通です。また、ガセネタを掴まされている恐れもありますから、記者がスクープを取ってくれば、デスクが再チェックをするのは当たり前。本来誤報は許されないため、デスクだけではなく副編集長、編集長までチェック機能が働いているはずです。それにもかかわらず、ああいった誤報を出してしまうのは、御注進ジャーナリズムが働いているからでしょう」

「特に大正〜昭和期の朝日新聞には、前日の主張が翌日には変わってしまうというような、特殊な体質がありました。たとえば大正デモクラシーを支持する視点で報道を行った結果、右翼から叩かれたために、左翼化した経緯もあります。戦時中は軍国主義を礼賛し、戦後は占領軍の路線へと傾倒していったように、変説するのが常でした」

「私は記者職だったこともあって、1970年代から数紙を読み比べていましたが、一般読者は一紙しか読まないのが普通。それだけに『○○新聞は正しい』と、報道内容を無条件に信じてしまいます。読み比べると各紙の主張は全く異なりますが、一紙だけを読み続けるとある種のマインドコントロールが起こります。だからこそ、新聞は長く生き延びられてきました。その前提が崩れてしまうと『新聞自体が信用できない』となり、今以上に
新聞離れが進んでいくことになるでしょう」

「これまでと路線を変えないまま、中韓におもねる視点で報道をし続けるか、路線を変えて悔い改め、中立公平な報道を行うか、そのどちらかしかないと思います。後者の場合、複眼思考で事実を正しく伝えることが何よりも必要。他紙で報道されているように、言い逃れをしようとしたり、問題をすり替えたりする姿勢を改めることが大事ではないでしょうか」

               ・・・

この記事の最後に「朝日新聞は『許されるべき』だと思う?」というネット世論調査があり、「思わない」85.6%、「思う」8.7%だった。

門田隆将氏がVOICE11月号取材にこう答えている。

<8月末に『産経新聞』はじめ各紙が「吉田調書」を入手して「朝日の誤報」と打ち出したことからもわかるとおり、あの「吉田調書」を普通に読めば、「命令違反の撤退」などと報じられるはずがない。それなのに、なぜそんな偏向した記事になってしまったのか。

それは、記事の目的が反原発、そして原発の再稼働反対を訴えるためのものだったということです。さらにもし、上司も、また会社全体も同様の考えをもっていれば、チェックは甘くなるに決まっています。

事実を積み上げていって真実を報じるのではなく、自分が訴えたいことが先にあり、そのために「都合のいい」ことだけをピックアップして編集し、記事を作り上げてしまう。私はこれを「朝日的手法」と呼んでいますが、『朝日新聞』にはこの手の記事が多いですね>

小生やネット民は、戦後に嘘を世界中にまき散らし、日本と英霊を貶めた朝日を許さない。ダメ、絶対、朝日!(2014/10/15)

◆アメリカという国

前田 正晶


3462号のtoku3様の投稿を興味深く拝読し、そのお言葉に敬意を表します。

私が興味を感じた点は加瀬英明氏を採り上げておられた辺りです。加瀬氏が高名な評論家であるのは疑いもないことでしょう。一方、私は一部には「英語屋」ないしは「アメリカ家」と言う有り難くないようで有り難い札を貼られた経験もあります。

もし加瀬氏との間の違いを挙げよと言われれば「私はアメリカ人の会社で嘗てはトリプルAに格付けされ、Forbesで40位以内に入っていた大手企業で、アメリカの為にアメリカ人の思想と哲学と論理に従って(抵抗はあったものの)22年余りも働いてきた経験があるということ。こういう経験者、ないしはもっと長い年月アメリカ人の指揮下で働いてきた方はおられるでしょう。

しかし、彼等との文化と思考体系の違いを論じる機会を与えられて多くの異なった場で発表の機会を得た人は少ないと思います。もっと簡明直截な表現を使えば「加瀬氏はアメリカ人に使われたご経験はなく、その豊富な海外でのご経験から論じておられる点が私との違いか」と思うのです。

私は再三アフリカ系アメリカ人と膝つき合わせて語る機会などなかったと言ってきました。それは属していた階層が異なっているので、縦にも横にも交流しようもなく、Forbesで100位以上の会社が本社のこれという部署にアフリカ系以外でも採用する機会は希だと言うことでもあります。私は彼等の社交性の高さを何度も指摘してきました。その社交性の巧みさは我が同胞には期待できないし、また真似できないでしょう。

彼等はその巧みさで階層の違いなどを微塵も意識させず感じさせもない扱いをしてみせるので、彼等の文化と社会構造を知らないと、簡単に言わば騙されて「自由・平等で差別もない素晴らしい国」という錯覚(幻想)を起こさせると思っています。

私がこのような我が国との大きく且つ多様な相違点をこれまでに纏めた語ったことはないと思います。だが、書き上げてみれば、アメリカに対する先入観を捨ててお読み願わない限り、違和感が出てくるのは確実だと思います。それは彼等の中で違いを知らざるを得ない立場にいた者が言うことを、いきなり読まされても当然のことで、疑問符ばかりになってしまうでしょうから。

1990年に本社事業部で志願して語った”The cultural differencesexisting between Japan and US business society”は90分を超えました。しかし、これだけではとても語り尽くせないと思う違いが歴然としてあるのです。8代目のCEOのGeorgeの後継の一族ではないCEOは、シアトルの街中で出会った東京事務所の一マネージャーを拾って自分が運転する車に乗せて本社まで40分かけて送り、後から後から質問攻めにして私の考えと知識を知ろうとしました。冷や汗の40分でした。

我が国の大手企業の社長がこういう振る舞いをするかと思う時に、文化の違いを痛感します。何れが良いか悪いかを論じていませんが。こういう違いを事細かに語れば一冊の本では収まらないかと危惧します。

しかし、それとてもアメリカの全人口の5%程度かと言われるアッパーミドル以上の層を語っているに過ぎないのでしょう。私は他の層のこと名知りませんから語る材料がありません。それでもアメリカ通の如くには振る舞える知識
はあると言えるのでは。

◆中性脂肪が気になる人の食事療法

庄司 哲雄



<中性脂肪とは>

血液中の中性脂肪(トリグリセリドともいう)には二つの由来があり、食事で摂取した脂肪が小腸から吸収され血液中に現われたものと、肝臓で炭水化物から脂肪に作り変えられて血液中に放出されたものがあります。

いずれも、体の組織でエネルギーとして利用されるのですが、血液中の濃度が極端に(1000mg/dL以上)増えすぎますと、急性膵炎を引き起こすことがありますし、それほどでない場合でも(150mg/dL以上)動脈硬化の原因のひとつになります。

<中性脂肪を下げる食事の第一歩>

食事療法の基本は、摂取エネルギーの適正化です。脂肪の摂りすぎのみならず、炭水化物の過剰も中性脂肪を増やしてしまいますので、全てのトータルを適正にする必要があります。

身体活動度にもよりますが、標準体重1Kgあたり25〜30kcal/日程度が適切です。肥満気味の方は少なめにし、減量を目指します。アルコール多飲や運動不足は中性脂肪の大敵です。

<炭水化物と脂肪のどちらをひかえるか>

各人の食習慣により異なる場合がありえますが、炭水化物1グラムで4kcal、脂肪1グラムで9kcalですから、脂肪摂取を控えることが大変効果的です。

<ジアシルグリセロールとは>

少し難しくなりますが、中性脂肪とはグリセロールという物質に脂肪酸が3つ結合した構造(TAG)をしており、いわゆる「油」です。

これに対して、脂肪酸が2つだけ結合した油もあり、これをジアシルグリセロール(DAG)といいます。同じような油であっても、小腸で吸収されてからの代謝が異なるため、中性脂肪の値や体脂肪への影響の程度に差があります。

通常の油TAGは、小腸で膵リパーゼという酸素のはたらきで、脂肪酸が2つはずれ、脂肪酸ひとつだけが結合したモノアシルグリセロール(MAG)に分解されます。それぞれは吸収された後、小腸でまた中性脂肪に再合成され、血液中に放出されます。

一方、DAGは中性脂肪へ再合成されにくいため、食後の中性脂肪の上昇が小さく、また体脂肪の蓄積も少ないといわれています。最近、DAGを利用した機能性食品が開発されています。しかし、DAGの取りすぎもカロリー 過剰につながりますので、通常の油TAGとの置き換え程度にすべきでしょう。

<脂質低下作用のある機能性食品>
動物に含まれるステロールという脂質の代表はコレステロールですが、植物には植物ステロールという脂質が含まれます。これは小腸でのコレステロール吸収を抑制する働きがあります。

<専門医に相談すべき病気>
中性脂肪の増加する病態には、糖尿病やある種のホルモン異常、稀には先天的な代謝障害もありますので、一度は専門の先生にご相談いただくのも大切だと思います。<大阪市立大学大学院代謝内分泌病態内科学>
(再掲)

2014年10月21日

◆事実上、中国経済バブルは崩壊

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)10月20日(月曜日)通巻第4367号 > 

 
〜人民銀行が12兆6000億円(7000億元)の資金を緊急に供給
 ついに銀行の悲鳴が聞こえてきた。事実上、中国経済のバブルは崩壊〜


中国人民銀行9月にも5000億元を5大国有銀行に供給した。

経済紙の分析では「金利の調整」などが目的と言われた。同月のM2(通貨供給量)は12・9%もの増加だった。

つづいて10月17日、中堅の銀行数行に2000億元の資金供給を決めた。これは「融資」のかたちを取って銀行の不良債権率を低く演出するための措置で、要するに裏付けのない貸し出しだ。合計7000億元(邦価12兆6000億円)。

穿った見方をすれば、倒産寸前の企業を助ける「つなぎ融資」を銀行にさせる。銀行へは短期融資のかたちをとりながら、次の増資までの時間を稼がせる段取りだろう。増資は行程的に時間がかかる。

2012年に人民銀行がさかんに使った手段は「預金準備率」の引き下げだった。

0・5%さげると3兆円の資金を市場に供給できた。しかし、この方法も2013年には余地がなくなり、使い切った。

2013年は1月から屡々短期市場に資金を供給した。

数回にわたる緊急融資で金利高を予防し、短期金利の急上昇を防ぎ、上海株式指数の暴落を守る役目を果たしたが、この手も使えなくなった。短期金利が一晩に18%とか、世界のバンカーが驚き、かつ警戒を始めたのは、こういう手段を中国が臆面もなく行使したからだった。

他方、不動産価格が下落を続ければ銀行は不良債権が増大する関係となり、中国の借金体質は、じつにGDP比で251%(S&P社調べ)とあいなった(もちろん日本より悪い)。

GDP成長率は明らかに鈍化しており、いやそもそも中国が発表しているGDPの数字は共産党幹部の誰も信用していないシロモノである。

電力消費、貨物取扱量など検証可能な数字から推測しても成長率は精々が3〜4%台であり、GDPは公表数字の9兆ドルより20%は低いと専門筋ではみているようだ。
        

◆消費税殺人事件(1)

佐藤 鴻全



序章 青年首相

◆官邸からの眺め◆

上田光次郎は官邸の窓際に立ち、赤坂から続く東京の街並みを見下ろしている。

コンコン。執務室のドアがノックされた。

「総理、失礼いたします。」

「はい、どうぞ。」

「3時からの会議の資料でございます。」筆頭秘書官の深川だった。

「デスクに置いてくれ。ああ、レクチャーはいらない。」

「はい、承知しました。それでは、失礼します。」

上田は、再び窓の外に目をやり感慨に耽った。

上田が総理に就任し2カ月余りが経っていた。

思えば激動の2カ月だった。いや、激動は暫く前から続いていた。政界全体を考えれば、更に長かった。

上田は、39歳5ヶ月と若い自分が首相に成れたのも、運命の巡り合 せというよりも、この激動から生じた「瓢箪から駒」のようなもので、決 して自力によるものではないと自分に言い聞かせていた。

4年前に当時の矢部首相は、その年の4月から5%から8%の消費税増税を断行した。景気は懸念されていたように消費が大きく落ち込み、4月から6月の改定実質GDP伸び率が年率換算で7.1%のマイナス成長となった。

これについて、「政府は想定の範囲内」とアナウンスした。

その前に消動向の速報で悪い数字が出た時には、井守経済再興担当大臣は、「雨が続いたから」とのコメントをしていた。しかし、梅雨は毎年来る。井守の説明には無理があったが、少なくともTV番組でそれを指摘する声は大きくなかった。

7.1%マイナス成長が発表されたときも、「そもそも政府はどんな想 定をしていたんだ?後付けなら何でも言えるぞ!」という声が上がったが、その声はほぼ一部の活字メディアや、インターネット番組に限定された。

◆矢部首相◆

矢部首相は、その年の12月に翌年10 月に予定されていた10%への 消費税の再増税を決断した。

矢部自身は、景気動向に懸念を持っていたが、財政省主計局とそれを取り巻く政界、マスコミ、財界、学会、日銀、更には労組にも広がっている「消費税翼賛会」に押し切られた。

消費税翼賛会は、8%への増税時のような再びの駆け込み需要を期待したが、8%増税反動増後、一旦湿り始めた消費動向が再び大きく上向くことはなかった。

しかし、財政省ピラミッドに組み込まれたマスコミの報道統制の下、翌年9月に矢部が総裁選を制した後、10月に予定通り10%増税は粛々と 実施された。

駆け込み需要が盛り上がらなかった分、その反動減も大きくないだろうと予想されていた。しかしその希望的観測に反し、反動減は大きかった。下降トレンドを辿る消費動向を駆け込み需要が辛うじて消費を支えていた
のだ。

その後も景気は落ち続け、連動して設備投資も縮小し、失業率は上昇した。

日銀の異次元金融緩和と2020年開催予定の東京オリンピックプチバ ブルによって、製造業等の海外利益の国内移転収支と首都圏不動産投機 は、依然として好調だったがその影響は限られた。

矢部政権は大型公共事業等で景気対策を打っていたが、折からの東日本大震災復興事業と東京オリンピック建設ラッシュによって、建設業の人手不足が起きていて工事進行高が停滞し奏功しなかった。

日本経済の不調とともに矢部は体調を崩し始めた。地球俯瞰外交で依然として全世界を飛び回っていたがその頻度は落ち、首脳会談でTV映像に映る力なく椅子に座り相手国首脳と会談する姿は急死した外務大臣であった父親の末期を連想させた。

マスコミは掌を返したように、矢部の消費税増税と経済政策を非難し始めた。

そして、矢部の身体はいよいよ悲鳴を上げ、消費税増税から丁度半年後の4月1日に退陣声明を行うことになる。

「・・・・・本日私、矢部半蔵は、健康上の理由からここに総理大臣の職を辞し退陣することを表明いたします。志半ばに私は官邸を去りますが、在任中ここまで私を支えて頂いた国民、閣僚そして多くの与野党政治家の皆さん、各省庁及び官邸スタッフに感謝を申し上げます。・・・・・

日本経済を上昇させ、日本復興に筋道を付けられなかったことは誠に慙愧に堪えなく、国民に率直にお詫び申し上げます・・・・・

なお、後任の総理総裁が速やかに総裁選を実施し選出されることを私の方からも最後の仕事として働きかけることをお約束いたします。それまでの首相の職務は筆頭首相代行者である駕素官房長官が代行いたしま
す・・・・」


◆三白眼の功績◆

矢部が官邸を去って、自友党総裁選の日程が決まった。

矢部内閣が改造前に自友党幹事長を務めていた岩菜は矢部首相最大のライバルと見なされていたが、権力闘争の駆け引きに失敗し地方興隆担当大臣として閣内に囲い込まれていたが、総裁選への出馬を見送ったことで矢部派の実質上の支持を受けていた。

一説では総裁選への出馬を見送ったのは、矢部の退陣意向を事前に知っていたためとも言われるが、それは揣摩憶測を出ない。

袋小路に陥った本経済の復活に、地方興隆担当大臣の岩菜に財界からの期待が集まった。これにマスコミも便乗し、「日本経済を救うのは岩菜を置いて他にない。」との期待が集まった。

「・・・・・地方興隆と言うが、お上頼り、中央頼りではなく、地方の皆さんが何をやるかだ。それに対して私は全力で支えたいと思う。」

三白眼で睨み上げるように話すその姿からは、ある種の迫力も感じられ、それが国民の人気に火を付けた。

TVの街頭インタビューに応じ、「岩菜さんなら何かやってくれると思います。」と答える主婦や、「ええ、期待してますよ。だって政治家の中で今あの人の言うことが一番説得力があるもの」と応じる中年サラリーマンの姿が繰り返し放映され、岩菜の総理総裁へのレールが既定路線になって行った。

総裁選は目立った争いもなく、地方興隆担当大臣であった岩菜徹が次期総裁にすんなり決まった。続く国会でも、友党である行進党を加え両院で多数を占める与党自友党総裁の岩菜が制し、正式に内閣総理大臣に決まった。

岩菜が矢部の後継に決まった背景には、前述したように総裁選への出馬を見送ったことに加え、地方興隆担当相という新設の役職が当初こそ首相肝入りとして注目を集めたものの、いつの間にか忘れ去られ、岩菜の側も目立った発信をしてこなかったこともある。

これが逆に作用して、岩菜が地方を地道に行脚してきたエピソードとも重ねられ、謂わば未知なるものへの期待もあった。

岩菜の言う、地方の自主性、それへの全力支援ということからいえば、地方への地方交付税の一括交付化が行われることになる。

現在の地方交付税交付金制度は、地方で行う行政項目の一つ一つについて細かく算式が決められ、その使い方が中央政府に縛られている。そしてその算式は複雑怪奇を極め香港にあった迷宮になぞらえ「九龍城」とも言われている。

これに風穴を開け、一括交付金化をするアイデアは政界、学会の一部から昔から主張されてきたが、利権を放すまいとする各省庁からの抵抗と全体を見据えた制度設計が具体化しないこともあり、いまだになされていない。

岩菜が、地方興隆担当大臣の時に出した法案は、地方に進出する企業に対し減税するというものだった。その法案は与野党の賛成を得て立法されていた。

しかし、その減税措置だけで需要の少ない地方に進出する企業はない。また、製造業も円安の追い風があっても、海外に移転した工場を地方に戻すことはなかった。

岩菜の専門分野は防衛だ。軍事オタクと言われるその知識において、他の追随を許さなかった。そのため、自衛隊内に実質的な海兵隊部隊を創設するということの成果を上げた。

しかし、経済においては全くの素人で、財政省の完全なロボットだった。

日本経済は消費増税の余波で更に落ち込み、街に失業者が溢れ始めた。

これに対して岩菜政権が何も具体的な手を打ちだせないまま、衆議院任期が迫っていた。

その年の8月に解散総選挙を打った岩菜の自友党は、大敗を喫したが辛うじて比較第一党を維持した。そして岩菜は、大敗の責任を取る形で退陣した。

◆強制着陸◆

組閣のためには、野党の一部を取り込まなければならない。

注目されたのは、引退間近と思われていた与党の老政治家の熊田遥だ。

熊田は、予てから消費税増税に反対で、消費税減税を主張していた。

「今日の日本経済の惨状を見るに付け、この10%の消費税は害毒以外の何物でもない。消費税率を矢部総理の前の5%、今の半分にしなければニッポン沈没だ!」

TVの討論番組での迫力ある演説シーンが繰り返し放映されると、その堅肥りで大きな顔の姿が、ある、ゆるキャラに似ているということで「キモ可愛い」と不思議な人気が出始めた。

売上不足に悩むスポンサー達がこれに乗っかり、俄かな熊田期待ブームが起きた。

消費税減税に賛成する野党の協力をいち早く取り付けた熊田は、自友党総裁選と国会での指名投票を制し、総理大臣に就任した。

組閣後、熊田は電光石火で「消費税増税凍結法案」を国会で通した。

マスコミは「拙速!」と報じたが、熊田は孫子を引いて「兵は拙速を聞く、巧遅の未だ久しきを聞かずだ。」と応じなかった。

著名なノーベル賞級の経済学者達が熊田の減税政策を支持した。果たして、懸念されていたような日本国債が売り浴びせを受け金利が急上昇することはなく、減税が実施された。

消費は急拡大の後、巡航速度を取り戻し始めた。

熊田が総理に就任し2年が経とうとしていた。しかし少子高齢化とともに年金財政は拡大し財政赤字は膨らみ続けていた。

熊田は更なる景気回復のため、大型公共事業を打ち出した。これに対し世論はバラマキと非難をした。

そんな折、小さな診療所を開いている医師である熊田の長男が、医師法違反で逮捕されるという事件が起こった。施行するには個別に認可が必要な新しい治療法の認可を取っていなかったというものだ。

折からの熊田の女性スキャンダルと金銭スキャンダルも大きく報じられることになった。内閣に加わった他党から、閣僚を引き揚げる動きが出始めた。

閣僚が引き揚げ、与党として衆院の過半数を割れば、法案を通すことができない。

「無念だが、消費税減税は俺の政治家人生の集大成だ。」熊田はそんな捨て台詞とともに退陣した。


◆追憶◆

熊田のダーティーイメージを払拭するため、若い上田に白羽の矢が立った。

「幾らなんでもまだ早い。」「若過ぎる。」「雑巾掛けが足りない。」自友党党内からはそんな声が止まなかった。上田自身もそう思った。

しかし、上田には根拠のない自信があった。いや根拠はあった。上田はいわゆる二世議員だ。親の急死で図らずも地盤を継ぎ、サラリーマンを辞めて議員になったのは、9年前丁度30歳になった時だ。

それ以来、勉強会を続けていた。いやそれ以前にもブログに政治経済、芸能、趣味のスポーツ等と好きなことを書き殴っていた頃知り合った仲間とのオフ会を不定期にやっていたが、それを発展させたものだ。

そこに、政治家、経営者、若手官僚、芸能人も加わり、サロン化した中で、天下国家を話し合ってきた。

行政、経済、社会保障、労働問題、外交、軍事、文化戦略等、全般に渡り、自分達なりに体系化してきたつもりだ。

上田は自友党の総裁選でそれを訴えて辛勝し、国会でも指名を取り付け総理総裁に就任した。
 
上田は心の中で前の3代の総理について想い起こした。

その中で、特に思い浮かぶのは矢部のことだ。

「日本が中国の脅威の中、米国、ロシア、北朝鮮との関係等難しい環境の中、外交防衛分野について総体として上手く舵取りをした。一部不十分な所もあるが自分だったらあの環境の中であそこまでやれただろうか。」

「一方で不本意ながら、2回の消費税増税で日本経済をガタガタにした。財政省ピラミッド、消費税翼賛会に囲まれ、増税に反対すれば検察とマスコミを総動員され下手をすれば犯罪者として失脚、逮捕され兼ねない中、あれが限界だったのだろうか?」

そして今、上田自身も同じ立場に立たされていた。

熊田の通した消費税減税は、あくまでも「消費税増税凍結法案」だ。迅速に与野党の過半数の支持を得るために、熊田は「消費税増税廃止法案」とはしなかった。

その凍結期間の3年を前に、上田は再増税か回避かの選択を迫られている。

上田は、日本の社会保障を支えるために、将来的な増税には必ずしも反対ではない。しかし、その前にやることがある。自分は、そして仲間達も、これまでそれを真剣に考え抜いてきたつもりだ。

コンコン。 執務室のドアがノックされ、上田の追憶が遮断された。

「はい。どうぞ。」

深川と警察庁出身の山川秘書官だった。

「まだ会議には時間があるが」

山川が口を開く。

「いえ、総理。事件が起こりました。財政省の岡田次官が昨夜殺されまし
た」

「岡田次官が?刺されたのか?」

「いえ。」

「じゃ、撃たれたのか?」

「いえ、それが・・・・・」(続く)

◆我が国の出張旅費の規程

前田 正晶



この度ノーベル物理学賞を受賞された名古屋大の天野浩教授が出張先のヨーロッパからの帰路は「ビジネスクラス(Cクラス)にしなさい」と名大副総長から告げられたとの記事が週刊新潮にあった。私には非常に興味深かった。

それでは国立大学の規定では誰がCクラス搭乗を許されているのだろう。話は違うが、サッカーの日本代表が仁川からシンガポールに向かう際にはCクラスが満席でエコノミー(Yクラス)で行かされたとの報道もあった。彼等は協会からはCに乗せて貰っているようだが、当然そうあるべきだろうか。

ところが、ノーベル賞を貰える大学教授はYだったようだ。経費節約を旨(美風?)とする我が国の出張旅費の規程の文化では、社内というか組織内での肩書きと位で宿泊費・交通費・日当に階級制がある(あるいはあった)ようだ。これは新卒で入社して、嘗ては年功序列で昇進し昇給する文化があったのである以上、当然の処置あるいは格差かも知れない。

私は嘗て、我が国では宿泊するホテルないしは旅館に「私は平社員だから安い部屋に泊めてくれ」と言って予約するのかと皮肉った記憶がある。また、私と一緒にアメリカに来た商社の若手が「堂々と一流ホテルに泊まれる」と率直に喜びを語っていた。

私はこういう制度を否定も批判もする気はない。営々と努力して勝ちとった地位の相応しい出張が出来のは、その努力の賜物であると思うからだ。また「若いうちの苦労は買って出よ」という精神でもあると思うからだ。

またアメリカの話しかと言われるのを覚悟で言えば「アメリカの旅費規程の文化には肩書きも地位も何ら関係がなく、出張中に発生する経費は全て会社負担」となる実費制と規定され、全米有数の会社の社員としては何の問題もなく全米の各都市で我が国で言う「ホテル協会に属する」有名なホテルに泊まり、ビジネスクラスで移動できるのだった。

そこには出張中に赤字が生じるという危険性はない。我々は出張旅費が予算を超過しないように気を配っていなければならないのは当然だが。

一説によれば、ある大手メーカーでは階級別の旅費規程を廃止して実費制に切り替えた結果で、全社的に旅費が軽減されたという例もあったそうだ。私は日米何れの国の制度が良いという議論をする気はない、それは相互に文化の違いがある以上幾ら論じても意味がないと思うからだ。

だが、国立大学の教授がYクラスで海外に出て行くような節約の精神は如何なものかと思うのだ。

W社ではトリプルAに格付けされる企業の社員が、出張先で名もなき安ホテルに宿泊しているようでは「会社の沽券に関わる」という考え方を採っていると聞かされて「沽券ね−」と考えさせられたものだった。

しかし、規定では飛行機ではファーストクラス(Fクラス)に乗って良いとはされていなかった。これはその金額は予算に計上されていないという意味でもある。だが、貯め込んだマイルを利用してアップグレードして乗っている者がいたのは、私を含めて大勢いたようだったが。

2014年10月20日

◆中国の労働争議、各地で頻発、激化

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)10月18日(土曜日)通巻第4364号 > 

〜中国の労働争議、各地で頻発。しかも激化。警官隊導入で収拾のメドなし
江蘇省の照明器具企業では女工数百名が負傷。重慶のファックスコムも。〜


IMFが発表した「購買力平価でみるGDP比較」では中国が17 兆6000億ドルとなって、同米国の17兆4000億ドル上回り、世界一という。

これはジョークなのか、警告なのか。ちなみに1人あたりのGDPでは米国が51248ドル。中国は6629ドルとなって世界86位(「購買力平価」とはPPP,当該国の物価水準をビックマックの値段などで国際比較する指標)。

もうひとつちなみに実質GDPは米国が16n兆1900億ドル、中国は9兆ドル、日本は5兆9600億ドルとなる。これはドル建てベース、しかも昨年度統計だから1ドル=90 円の頃の計算である。

実態の中国経済は真っ逆さまだ。

いまや中国名物の労働争議、あちこちでますます過激化し暴力化している。
 
9月には深センの「信義瑠璃位」の工場で1000 人の従業員が参加するストライキが発生した。工場長は中央政治局常任委員の張高麗の親戚と言われ、華字紙が報道した。

9月下旬には福建省厦門の「奇実実業」で200人の従業員がストライキ、蘇州の「安状電子」でも600人がストライキ。
 
10月に入っても労働争議は納まる気配がない。

山西省臨扮市の三維集団では賃上げのほか医療保険の改善などを求めて、2800人がストライキを行った。このあたりは平均賃金が1000元という安さ、それにもかかわらず経営者が70万元(会長)、50万元(社長)とは「あまりの格差」ではないか、と訴える。

10月8日には重慶の「富士康」(ファックスコム。台湾系。前中国に20万人の雇用)で2000人の従業員がストライキに参加し付近の道路を塞いだ。このため交通渋滞が遅くまでつついた。

かれらのスローガンは賃上げ要求と待遇改善で、横断幕には赤字に黄色で、「これじゃ飯も食えん(我門要吃飯)」と書いてあった。

そして10月15」日、江蘇省准安市連水県にある「強陵昭明」では1700人がスト。この企業は米国系である。平均賃金は3500元だが、「4000元の賃上げと待遇改善。とくに15分で昼飯をくい、5分しかトイレ休憩がないという過酷な条件は改善せよ」とストライキに訴えた。

こうした労働者のストライキに経営側はいきない警官隊を導入し、強制排除。しかしネットで写真がたちまち世界に伝わるため、強圧的な血の弾圧を避ける傾向が見られる。なかにはSWATを導入した工場もある。SWATは特殊部隊、テロリスト対策の警備チームである。