2014年10月09日

◆軍事オタクの北大生は

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)10月8日(水曜日)弐 通巻第4356号>   

〜軍事オタクの北大生は、本気でシリアへ渡航し、テロリストを志願したのか
世界各地でイスラム過激派が若者をリクルートしている〜

アルカィーダにかわる過激派テロ集団の「ISIL」(イスラム国)の謎の指導者はバグダディという。

彼の履歴やバックグラウンドなどを西側情報筋はまだ正確に掴んでいないようだ。

アブ・バクル・アル=バグダディは2003年に米軍がイラクへ再度の侵攻をなしたおり、「イラクのアルカィーダ」(当時はザルワイ議長)に加わった。しかし公開処刑を好んだり、バグダティのあまりに残虐な性格のため、イラクのアルカィーダとはそりが遭わず、袂を分かつ。

そんなおりに、彼はイラク領内で一度、米軍に拘束され、取り調べを受けている。しかし過去の行動歴が不明のため、09年に米軍はバグダディを釈放してしまうという不手際をやらかした。

2010年5月16日、彼は突如「ISIL」の指導者として登場し、翌2011年、米軍は彼をトップの「お尋ね者](Wantted)リストに加えた。賞金10万ドル。

バグダディはイスラム世界各地に代理人をとばし、戦闘員を見つけ、説得する技術に優れているとされる。げんにISILは外国人参加者が目立つ。フランス人700人、英国人500,ベルギーとドイツからそれぞれ300名、デンマークから100名と推定されている(プラウド英語版、10月1日)。

ロシア情報筋は、このISILの胴元をサウジ、カタール、クエートと睨んでおり、欧米の金融数字から巧妙なルートを通じて資金がISILに投入されたとみているようだ。

日本人学生がシリアへ渡航し、ISILに加盟する予定だったことがわかり、渡航直前に拘束したが、背後に見えないイスラムのルクリート機関が日本でも存在することがわかった。

◆続く安倍“無双”状態

沢田 大典


「無双」と名の付くゲームが人気らしい。1人で数千あるいは数万の軍勢をバッサバッサと斬り捨てる爽快感がウケている。永田町では、与野党に敵なしの安倍晋三首相が“無双状態”だ。

野党第一党の民主党は戦闘モードだが、首相は臨時国会の所信表明演説に対する代表質問に立った海江田万里代表の質問を軽く受け流した。その後の論戦をみても、民主党が用意したエース格は弱点も抱えており、どこまで機能するかは疑わしい。

「今国会は荒れるよ。標的はレッド馬場だ」

民主党の国対幹部はこう語った。「レッド馬場」とは、赤い服がトレードマークで旧姓が「馬場」の松島みどり法相を女子プロレスのリングネーム風に呼んだものだ。

2日は参院本会議開始が約20分遅れたのだが、これに先立つ参院議院運営委員会で、野党から「ストールが品位に欠ける(、しかも赤色)」と問題視されたのも一因となった。要するに、対決姿勢をあらわにしているわけだ。

今国会の対決法案は企業が派遣労働者を使い続けられる労働者派遣法改正案ぐらい。女性活躍推進法案や統合型リゾート(IR)推進法案(カジノ法案)が日程闘争の材料になっている。

それでも、民主党の鼻息が荒いのは、前回衆院選から12月で2年が経過して折り返し地点を迎えたため、「いつ衆院選があってもおかしくない」との思いがあり、与党に攻勢をかける必要性にかられている。

永田町では、公明党の山口那津男代表が再来年の参院選とのダブル選を否定したこともあり、首相が来年9月の自民党総裁選前後に解散するのではないかと見る向きは多い。

岸田文雄外相は2日、自らが率いる自民党岸田派の総会で「12月となると、衆院の4年の任期が後半戦に入る。参院選も1年半後にたどり着く。この段階に入ると、みんなが次の選挙を強く意識しながら動き始める。政治にとって、政策も政局も大事だが、選挙も大事だ」と活を入れた。

民主党の枝野幸男幹事長に至っては「私が首相ならこの秋にやる」と語る。「年末に消費税率10%への引き上げを先送りしたら、来年1月もありうるのでは」(民主党中堅)との観測まである。

ただ、盤石の首相に、攻勢が効いているとはいいがたい。先月30日、所信表明演説に対する代表質問が行われた衆院本会議。「地方創生」と「女性活躍」を今国会の最重要課題に掲げる首相に対し、海江田氏は集団的自衛権の行使容認に向けた閣議決定と、消費税増税判断に的を絞って挑んだが、空回りした。

海江田氏は所信表明演説に「集団的自衛権」の表現がなかったことに対し「見事に論議拒否の姿勢を貫いている」と批判した。これに対し首相は「国家国民のため必要な議論を行い、結果を出すことが私たちの使命だ」と述べた。

民主党は集団的自衛権をめぐり、行使反対と限定容認が混在しており、明快な結論は有していない。「結果」を強調したのは、「議論はするが決められない」と揶揄(やゆ)されることもある民主党への皮肉とも取れる。

消費税増税をめぐっても、海江田氏は「安倍政権とは異なる選択肢があることを国民に示す」と述べ、自民・公明・民主による3党合意をほごにする可能性を示唆した。

ただ、党内には野田佳彦前首相や岡田克也代表代行ら民主党政権時に3党合意を主導した議員が多く残っており、増税反対で党内をまとめきれるだろうか。

そもそも、海江田氏は9月29日の党両院議員総会で、代表質問時に「民主党の考えを明らかする」と大見えを切ったが、どのような考えを明らかに示したというのか。

2日の参院での代表質問は、もっと痛烈だった。民主党の田城郁氏が、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の辺野古(名護市)への移設について「民意を無視した工事を予定通り進めている」と迫ったのに対し、首相は、首相は「民主党は一昨年の衆院選、昨年の参院選のマニフェストで(辺野古移設という)『日米合意を着実に実施する』と明記している」と指摘。「言葉だけの政治、無責任な政治を二度と繰り返してはならない」と斬り捨てた。


3日から始まった予算委員会では、民主党は枝野氏のほか、前原誠司前国家戦略担当相、山井和則元国対委員長ら論客をそろえた。民主党内では、前原氏は外相経験者で屈指の安全保障通、山井氏は厚労行政に明るい。

参院では「仕分けの女王」と呼ばれた蓮舫元行政刷新担当相が予算委の筆頭理事として手ぐすねを引いている。首相としては、官僚のバックアップはあるものの、一問一答での“タイマン”(一対一の勝負)の連続は、負担になるのは間違いない。

ただ、3日の予算委員会でも首相の余裕は揺るがなかった。前原氏はアベノミクスについて質問をぶつけたが、民主党政権に比べ株価が上昇していることなどを指摘され、「『民主党政権の時がどうのこうの…』と言うのは小さく見える。あまり言わない方がいい」と不満を述べた。痛いところを突かれたからに他ならない。

枝野氏は政府が7月の閣議決定で盛り込んだ「武力の行使の3要件」(新3要件)を、従来の自衛権発動の3要件と比べ、「(武力行使の対象が広がる)歯止めになっていない」と批判した。

しかし、首相は「枝野氏の発言は国民の多くが誤解する」と反論し、時間切れで中途半端に終わった。党の意見を集約しきれていない弱点を露呈した形だ。

自民党重鎮は今後も「逆質問をぶつける」との策を披露した。例えば、集団的自衛権をめぐっては、海江田氏が「反対」なのに対し、前原氏らは限定容認論で政府の見解に近い。山井氏らが主張する社会保障の充実は、消費税増税がなければ難しく、海江田氏のいう「安倍政権とは異なる選択肢」は取りにくい。

民主党ベテラン秘書からは「経済政策ひとつとっても『民主党政権のときはどうだったのか』と問われると苦しい。一度政権を取った十字架のようなものだ」との嘆き節も聞かれる。

野党第二党である維新の党は、橋下徹共同代表がこだわる大阪都構想実現のためには安倍政権による助力は不可欠のため、対決路線を突き進む江田憲司共同代表との路線対立の火種は残り続けている。

自民党内を悩ませた党内の権力闘争の芽も、日本経済が失速しない限り見当たらないのが現状だ。首相にとって歯応えのある対戦相手は、いつ、どこから出てくるだろうか。
(政治部 沢田大典)
産経ニュース【沢田大典の永田町血風録】2014.10.8

◆「楽園としての芸術」展

馬場 伯明



2014/9/28(日)の午後、上野公園の東京都美術館で「『楽園としての芸術』展」(Arts as a Haven of Happiness)を観た。ギャラリーA・B・Cに、作品98点が展示されていた。

東京では世界や国内の美術展等が毎日何か開催されている。現在も「ボストン美術館浮世絵名品展(上野の森美術館)」、「菱田春草展(東京国立近代美術館)」、「オルセー美術館展(国立新美術館:六本木)」などが目白押しである。

しかし、「『楽園としての芸術』展」は特別の展覧会であった。大きな混雑はなく作品の前に立ち止まることができ、ゆっくりと1FとBF1を巡回した。この展覧会で何とも言えない静謐で不思議な感動を体験した。

この展覧会の作者(作り手)は次の2者である。1つは三重県と東京都の「アトリエ・エレマン・プレザン」に所属するダウン症の人たちが制作した絵画や立体造形の作品。

もう1つは鹿児島県の知的障害者援護施設「社会福祉法人太陽会・しょうぶ園」の人たちの絵画、刺繍、陶器、木彫り等の立体造形などの作品である。「しょうぶ園」は2013年に40周年を迎えている。

「アトリエ・エレマン・プレザン(アトリエ・現代の要素)」のある少年の絵画制作の様子が19分間のビデオで流されていた。その作品は、作為的に何かを描いたものではなく、無心に描いているうちに、作品になったように思われた。

作り手の少年は、気負うことなく手を動かし、でも、合間で隣人と話し、無邪気に笑い、はしゃいでいる。所作は自然でリズミカルだ。カンヴァスには多彩な色により点・線・面・輪郭などができあがった。

ポスターとチケットにプレザンの冬木陽さんの作品「あか」(2012・油彩・508×66.5cm)が使われていた。躍動感溢れる赤の塊が中央に鎮座し、迸る青・黄・緑・茶などの原色の絵具が紙のカンヴァスに舞っている。

責任者に尋ねた。Qアルシュ紙とは?Aメーカー名。Q絵具の種類は?A油絵具・薄く溶く。Q台紙は?A発泡スチロールで裏打ちし立体感を出す(展示者による)。Q表題は誰がつけた?A作者(作り手)が自由に付けた。口出しはしていない。Q筆は何を?A大きな筆先の物1種類など。

(朝日新聞社の後援であるが)読売新聞(2014/8/23)には芥川喜好編集委員が「時の余白に」で論評していた。

《・・・人様にも勧めたい展覧会です。・・・(彼らが)ためらいもなく集中して描けるのは、ひたすら自身のリズムと呼吸にしたがっているからです。そこには他者との比較はない。競争もない。影響も模倣も主義も主張も戦略もない。アトリエには嫉妬もいじめもない。

つまり「通常の」美術の世界にある一切がなく、そこではもはや廃れた、生命の原点からの創造行為だけがある》《・・現代に調和と肯定の感覚をもたらす希望のアートがあることを、(この)展覧会は示しているのです》。

また、産経新聞(2014/8/7)の長期の連載コラム「家族がいてもいなくても(365回)」の久田恵氏も「魅了された『無垢の芸術』」と絶賛していた。

《・・・最初の絵画に、たちまち魅了された。まるで音楽を奏でているような明るい色彩のハーモニー、自由奔放な描きぶりなのに不思議な調和感と品格がある。何とも言い難い癒しの世界がそこにあった》。

この展覧会を観ながら、私は作品を作る「芸術家」という人間ではなく、感動をもたらす「作品」とは何かということについて考えさせられた。

折しも2014/10/3、六本木の国立新美術館で「チューリッヒ美術館展」を観た。スイス随一の美術館から74点。印象派からシュールリアリズムまでの作家の作品である。日本スイス国交150周年記念行事だという。

有名な画家の作品の展示が続く。(ただ、作品数が少なくオルセー美術館のミニ版のよう)。モネ、ドガ、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、ルソー。ホドラー、ボナール、ムンク、マティス、ブラック、ピカソ、クレー。カンディンスキー、シャガール、ミロ、ダリ、ジャコメッティ・・・。

この煌めく画家の歴史的な作品と「『楽園としての芸術』展」の無名の作り手(以下、「楽園の作者」という)の作品の違いは何か。

ごく常識的に言えばプロとアマチュアの差である。すなわち、作り手の絵画の技法や学び・成長の個人歴史が異なる。どんな巨匠でも先人の模倣から始め、それを理論的に消化し、新たな価値を生み出す。

画題・構図・デッサン・モチーフ・色彩・技法等を研究し、同時代の画家らと相互批判や交流などを経て、プロの作品が確立される(通常の形態)。そして、無名から名声の画家に成長し、作品は単なる展示物から売り物になる(購入者を得る)。

一方、楽園の作者は異なる。伝統的・系統的な教育・指導は受けず、場所と道具を与えられ制作する。作品の良否も出たとこ勝負と思われる(私の推測!)。一心不乱の制作が終わり完成したら、その後作者は作品には関心を持たないという。

つまり、楽園の作者は、仕事ではなく自由に制作している。芥川喜好編集委員(読売新聞)が書いているとおり、(他者との)比較・競争・影響・模倣・主義・主張・(販売)戦略もなく、そして、他者の嫉妬・いじめもない。(生活の糧でもなく)制作は自由な、まさに究極の趣味なのだ。

では、作品の価値というか芸術性はどうか。楽園の作者の作品とチューリッヒ美術館展の作品とは、その作者の出自・経歴にとらわれず同次元で作品自体!を比較してよいと思う。

かつて、軽い言語障害と知的障害の後遺症があったが、山下清は優れた構図と配色のちぎり紙細工で人々を感動させた。その作品には稀有な才能が溢れていた。

楽園の作者、冬木陽の「あか」2012・油彩・50.8×66.5cm)や「あおあおあお」(2013・油彩・55.8×66.0cm)にしても、U・マティスやAug・ジャコメッティの隣に、仮に「Red」(1912!・Fuyuky・Yoh)の表示で展示されていたら、観た人は高い評価をするのではないか。

芥川喜好氏(読売新聞)や久田恵氏(産経新聞)は美術の専門家ではないようだが、楽園の作者の作品を「絶賛」していた。その際に「ダウン症の人たちが描いたにしては・・・」という断り書きはしていない。

中原淳行東京都美術館学芸員は解説で書く。「・・もっと深い心の奥底から湧き出てくる静かな衝動であり、美しい形象としてあらわれていた」

その最後。「・・作り手の無心で得られる自由は無限。その自由から生まれた美しい経験は人の心を揺り動かし、奇跡のような連関を生んでいくだろう。その奇跡は・・・人を幸福にする芸術の可能性はわれわれの心のなかにも豊かに示されている」(引用・要約:馬場)。

中原氏は作り手(楽園の作者)の無心さや精神の自由による「芸術の可能性」について語る。しかし、作品の価値や客観的な評価は述べていない。プロの作品との比較は論外であると思っているのか。

では、そもそも、美術展の作品自体をどう鑑賞すればいいのか。

「『楽園としての芸術』展」(Arts as a Haven of Happiness)は名もない展覧会であったが、名もない訪問者に好評を博し開催期間が延長された。この展覧会は国内外の伝統的で著名な展覧会という大きな「湖」に投げ込まれた小石である。その波紋はずんずんと広がっていった。

展覧会の作品を観るとき、作品の作者が誰それであるというのではなく、その作品自体を先入観なく正面から鑑賞する。そして、素直に感動する、または、面白くなければ、さっさと忌避する。

絵画等の鑑賞は(バカボンのパパの)「これでいいのだ!」という正論を「『楽園としての芸術』展」は無言のうちに語ってくれた。(2014/10/8千葉市在住)

◆朝日新聞第二「ゾルゲ事件」

MoMotarou



「スパイの一番大きな目的は、相手国の国策を誤らせる事にある(安岡正篤)」

                ★

これは朝日新聞による第二の「ゾルゲ事件」であります。朝日新聞による「吉田調書"誤報"事件」(2014年5月20日に1面トップに「所長命令に違反原発撤退」)は、北朝鮮が良く使う"陽動作戦"に似ています。要するに、当時の菅直人首相ら政府責任論から東電責任論に「世論誘導」を狙ったもの。

■朝日プロパガンダ・ネットワーク

瞬く間に、東電職員が悪人にされてしまい、世界中に「卑怯な日本人」のイメージが伝えられた。謀略報道に加担したと思われるNYタイムズ日本支社は朝日新聞社内にある。ついでに中国人民日報日本支局もある。因み中国中央電視台支局及び韓国放送公社支局はNHK放送センターにある。

■訃報 産
経新聞 9月30日版
(転載) 原発民間事故調の委員長 北沢宏一氏(きたざわ・こういち=福島原発事故の民間事政調委員長、東京都市大学長)26日、急性肝不全のため死去、71歳。

高温超電導が専門。東京大教授などを経て、平成19〜23年に科学技術振興機構理事長。東京電力福島第1原発事故を受け、民間の立場で検証する福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の委員長に就任。

24年に、事故当初の"官邸の対応に問題があった"とする報告書をまとめた。25年に東京都市大学長に就任した。東京大名誉教授。 (終)  

(wikiより)

北澤 宏一(きたざわ こういち、1943年4月17日 -2014年9月26日)は日本の化学者。現在・東京都市大学学長・独立行政法人科学技術振興機構顧問・東京大学名誉教授。長野県飯山市出身。"朝日賞選考委員"(終)

当時"NHK"7時のニュースが伝える、「原発民間事故調」の不自然さがわかりました。要するに「シナリオ」が狂ったのでした。「官邸が駄目だった」という結果。これでは民主党政権を救えない。そして次の段階として吉田調書捏造による「東電悪者説」に移行。これは政府が「吉田調書」を非公開にして置くのが前提でありました。

ところが安倍晋三という思わぬ人物が登場して大番狂わせが。。。

■朝日新聞は韓国と同じ

【2013年度新聞協会賞】 編集部門
「手抜き除染」一連のスクープ 朝日新聞社 特別報道部取材班(代表)東京本社報道局特別報道部次長  鮫島(さめじま)浩 

高山正之(元産経新聞)さんによると、この鮫島さんという方は菅直人氏の国会質問原稿を書く位の、「ツーカー」の仲だそうです(14分51秒から)。 菅元首相は「太陽光発電」を孫ちゃんと組んで電光石火で開始。大儲けしていたら生涯安泰だな。

*日いづる国より】高山正之、 [桜H26/10/3]
http://youtu.be/jLHswU822_I?list=UU_39VhpzPZyOVrXUeWv04Zg

2014年10月08日

◆韓国のアジア大会

別府 育郎

 
韓国の仁川で行われていたアジア大会が閉幕した。大会のハイライトは、競泳の萩野公介が中韓の五輪金メダリストを逆転で制した200メートル自由形だったろう。萩野は大会MVPにも輝いた。

1986年ソウルのアジア大会を思い出す。個人的には初めて海外で取材する総合大会だった。

当時はまだ仁川に国際空港はなく、金浦空港では開会1週間前の爆弾テロで5人が死亡した。市内には学生デモ鎮圧の催涙ガスが残留して漂い、目や鼻に染みた。

全斗煥体制下、街には戒厳令が敷かれ、夜間は3人以上で歩かないよう注意された。もっとも盛り場は人であふれ、2年後のソウル五輪開催を控えて、この機に世界へ雄飛するのだという熱気は痛いほど感じられた。街中の、食堂やバーのトイレにも「86の成功、88の栄光」のステッカーが貼られていた。

直前に藤尾正行文相が歴史教科書発言で罷免されるなど、当時も日韓間に火種はあった。屋台で戦争責任の論争をふっかけられたこともある。大会10日目に韓国が金メダル数で日本を抜くと、メディアも市民も爆発的に喜んだ。

一方で、常連となった飲食店の主人からは休日に自宅に招かれ、食卓を囲んだ家族から「日本人と話すのは初めてです」と珍しがられた。土産には、自家製のキムチを大量に持たされた。

開会式で日本選手団のプラカードを持った女子大生には、なぜ日本を希望したのか聞いた。当時の新聞を繰ると、「肌の色も同じで親近感があったからです。審査で選ばれ、皆に、あなたは幸福だとうらやましがられました。もし日本に行けたら、古いお寺を見て回りたい」と話している。きれいな人だった。

わずか28年前のことだが、韓国に海外渡航の自由はなく、戦争を知る世代も多かった時代の話だ。でも今ほど、ぎすぎすした感じはなかったように思う。(論説副委員長)
産経ニュース【風を読む】10・7

◆革マル殲滅へ断固決起せよ!

平井 修一



産経10/7に奇妙な記事があった。「8月にもシリア渡航計画 イスラム国参加企ての北大生 仲間とトラブルで断念」から。

<北海道大生の男(26)=休学中=が、過激派「イスラム国」に参加するためシリアへの渡航準備をしたとされる事件で、学生が8月ごろにも、戦闘員としてシリアへの渡航を計画していたことが7日、捜査関係者への取材で分かった。当時は仲間内のトラブルにより断念したという。

その後、あらためてシリアに向かおうと航空券を購入するなど準備を再開。今月7日に出国する計画を立てており、警視庁公安部は、学生がシリア渡航に強くこだわっていたとみて詳しい経緯を調べている。

学生は東京都杉並区の民家で、数人と共同生活していた。同居人によると、アラビア語の本を所持しており、6日の捜索で押収されたという。学生は公安部の調べに「『イスラム国』に加わり、戦闘員として働くつもりだった」と話している>

北大と言えばカルト・革マル派の拠点だから、革マルに洗脳されたに違いない。機関誌ではこう煽っている。

<アメリカ主導「有志連合」のイラク・シリア空爆を弾劾せよ

安倍は、ニューヨークでの演説において「私の政権が日米同盟を深化させた」などとトクトクとおしだし、「イスラム国壊滅」を掲げたオバマ政権のシリア領内への空爆拡大を支持するのみならず、日本の「人道支援・財政援助」をも約束した。

ムスリム人民虐殺に突っ走っているオバマ政権につき従いながら、日本を「アメリカとともに戦争を遂行する一流の軍事強国」へと飛躍させようと躍起になっているのが、安倍ネオ・ファシスト政権なのだ。

いまこの時にわれわれはムスリム人民に呼びかける。アメリカ帝国主義と「有志連合」参加諸国権力者どものシリア・イラク空爆を打ち砕く闘いに断固決起せよ!

各国権力者どもの暴虐に抗して、「イスラム国」式テロリズムを排し、宗派間抗争をのりこえ、<反米・反シオニズム>の闘いをイスラミック・インターナショナリズムにもとづいて推進せよ!

われわれはムスリム人民と連帯しつつ、安倍ネオ・ファシスト政権の「有志連合」参加を弾劾し、アメリカ「有志連合」のシリア・イラク空爆反対の闘いに決起する>

「『イスラム国』式テロリズムを排し」なんてテロリストのくせによく言うよ。言質をとられないように逃げている。

産経の報道では上記の北大生は、外国に対して私的な戦闘を企てることなどを禁じている刑法の「私戦予備・陰謀罪」の容疑だという。こんな法律があるとはまったく知らなかった。

<(私戦予備および陰謀)

第93条 外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、3月以上5年以下の禁錮に処する。ただし、自首した者は、その刑を免除する。

(中立命令違反)

第94条 外国が交戦している際に、局外中立に関する命令に違反した者は、3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金に処する。>

この法律を適用すれば共謀共同正犯で革マルを殲滅できるのではないか。安倍政権、警察庁はカルト・革マルを打ち砕く闘いに断固決起せよ!(2014/10/7)
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◆香港の学生運動が意味するもの

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)10月7日(火曜日)弐通巻第4354号>   

 〜香港の学生運動が意味するものは何か
習近平の辞任要求に発展、しかも外国の支持が相次いで北京を慌てさせた〜


香港の学生(それも八割が高校生)、知識人、そして市民参加の座り込み抗議活動は、世界のメディアから「雨傘革命」と命名された。

殆どの世界のジャーナリズムが報道しただけに、北京は国内報道を規制し、ほぼ黙殺し、20日からの四中全会への影響を未然に防ぐことに躍起となる。

今回の香港学生運動は、歴史的視点にたてば、いかなる意味を持つか?

第一に西側メディアが1989年6月4日の天安門事件との類似を挙げ、共産党の暴力支配、人権無視、非民主的中国というイメージを増幅させた。これは学生の意図したことでもあり、中国への警戒を呼び覚ました意味でも成功と言えるだろう。

第二に香港のかかえる「一国両制度」の矛盾を余すところなくさらけ出し、共産党の全体主義がいかに横暴かつ独裁的かというイメージを西側に人々の脳裏に蘇らせ、経済繁栄ばかりで商売に結びつけばそれでよいのかという疑問を抱かせるに至る。

ビジネスライクの華僑と共産党支配を嫌悪して逃げてきた人々は政治的無関心で生きてきたがその末裔たちは政治の発言を活発化させたことに中国は驚く。

第三は、学生達が中国共産党の統治の正統性を問題視したことである。すなわち選挙を経ての民意がまったく反映されない暴力革命の指導者らが何ゆえにまだ権力を継承しているのかという根本問題である。不当な権力の継続は「経済繁栄」のメッキがはげるとともに浮かび上がった。

第四に習近平が唱える「中国の夢」なるものを香港の若者らが嘲笑しており、習の下台(辞職)を要求するに至ったことである。

学生らは中国の経済政策さえ「かれらの利益のためのもの」と総括しており、香港の裏の統治者である中国共産党指導部のメンツを失わせた。

その上、中国との領土、領海紛争をかかえるベトナム、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ブルネイがこぞってマスコミに大きく取り上げさせ、成り行きに異常なほどの関心を示した。

中国が妥協せず、「核心的利益」といまも香港に対して言い続けている事態は、領土問題とおなじレベルである。

不利になると時間稼ぎをし、すこしだけ譲歩してほとぼりが冷めること、指導者を逮捕する。組織を壊滅させる。あの方法をこんども中国は選択するだろう。
 

2014年10月07日

◆韓国の自己責任で開催せよ

池田 元彦



仁川アジア大会は10月4日閉幕した。が、会場運営の杜撰さ、韓国選手疑惑の判定勝ち等で、諸外国から多くの批判が連日寄せられ、最低の大会との烙印が押された。 殆どの試合会場は、開会式、閉会式同様がら空き、売れ残ったチケットは無料配布。事業運営も赤字は避けられない。

チャングムの主役イ・ヨンエが最終聖火ランナー、恰もK-POPコンサート擬きで、早くも諸外国から不評。日本選手団は日韓両国旗を手に入場行進するも、会場は大ブーイング。日本だけがTV中継でアップされず、テロップでは「世界的な経済大国、周辺国との外交摩擦を起こす国、1998年大会以来4回連続総合3位」と、4回連続韓国の対日本優勢を周知させる意図的解説だ。

大会初日、鳩は焼かなかったが聖火が12分間消えた。試合中や夜間練習時の停電、並行工事敢行、選手着替えロッカーなし、掲揚国旗の取違え、次回開催国の開催年も間違えた。大会委員の事前承認に関らず、自転車競技後の会場1周に罰金、試合直前のスカーフ着用禁止。

福原愛選手の卓球台の不自然な傾き、不揃いなネットの高さ。フェンシング太田選手の吐きだけ反応しない発光で韓国選手逆転勝ち。台北野球選手への試合直前抜打ちドーピング検査嫌がらせ。馬を脅かす音量調節や音楽変更で日本、台湾、中国選手の馬術演技を妨害。

ボクシングでのモンゴル選手、女子インド選手、共に判定0-3で韓国選手の勝ち。双方共、誰が見ても3-0で韓国負けだ。インド選手は抗議の銅メダル授与拒否だ。バトミントンは韓国有利にする為の組合せ不正、日韓戦のコート入替に関わらず、空調の風が常に逆風。
 
拾った球で野球選手にサインを強請り、写真を要求するボランティア。花札等で博打も堂々と。熱意あるも知識なく英語も話せないスタッフ。監督指揮、事前教育が成ってない。

新築選手村宿泊施設は気温25度の蒸暑さ、空調、シャワー、風呂場排水が出来ず、網戸無く蚊の攻撃、WIFIが使えず。エレベーター工事中か故障かで部屋割りが22階の日本選手、階段22階を上下徒歩移動。選手村大型食堂キムチ中心、肉が喰えないと各国選手不満。
 
弁当間に合わず空腹で試合、賞味期限切れ、サルモレラ菌迄登場。記者会見場の机椅子不足、パソコンのコンセントなし、WIFIはあってもパスワードの公開がない。会場間のシャトルバスも時間と台数調整がいい加減、タクシー自腹の選手や3時間待ちもあった。

小予算を理由には出来ない、杜撰な運営管理と毎度のことながら、韓国有利の疑惑判定が目立つ。スポーツ祭典会場に安重根肖像掲示、イスラム教徒に異教の強引勧誘。日本選手に勝って優勝すれば、兵役免除と120万ウォン(=12万円)という特典も如何なものか。

既に計画自体が破綻との噂の平昌冬季五輪。後2年余りの期限で、ジャンプ台や試合会場等の建設が捗らない。財政、予算のみならず、場所も問題だ。降雪量は50cmにも満たない平昌は、ジャンプ台を作っても死の危険を伴う。そもそも朝鮮半島はスキーに適さない。

財政難、危険会場、計画遅延。どうする韓国。まさかサッカーW杯の時の様に開会平昌、ジャンプ競技場日本、公式名称Korea/Japan(韓日)に拘り韓日共催と宣伝して、経済支援とジャンプ会場借用を、安易に或は当初から当てにして裏で強請る積りなのか。拒否せよ。

日本は絶対に、韓国の同じ手口に乗るべきではない。韓国の自己責任の問題なのだ。

 

◆私の「身辺雑記」(149)

平井 修一



■10月4日(土)。朝は室温24度、晴れたり曇ったり、3/4散歩。昨夜は集団的子育てで7人、お煮しめ、八宝菜など。今朝は膨大な洗濯物。午前中に皆帰った。

昨日、図書館で地政学者・戦略家のエドワード・ルトワック著「自滅する中国 なぜ世界帝国になれないのか」(監訳・奥山真司氏=小生の先生)を借りて読み始めたが、すこぶる刺激的だ。支那のダメさ加減がよく分かる。

エコノミストの柯隆氏が「香港で高まっていた嫌中感情 民主派デモで問われる一国二制度の真価」(JBプレス10/3)にこう書いている。

<「占中」活動は単なる選挙制度に対する民主派議員と学生の怒りだけでなく、中国政府に対する不信によるところが大きい。民主派議員と学生たちは、梁振英行政長官の辞任を求めている。だが梁長官が辞任しても問題は解決しない。

この問題を根本的に解決するには、中国政府が政治改革を推し進めることである。中国が自ら変わらなければ、香港人からの信頼を得ることができないばかりか、台湾との統一も叶わぬ夢に終わるだろう>(以上)

柯隆氏は紳士で愛国者なのだろうなあ、それにしても中国が政治改革できると思っているなんて、なんとナイーブなんでしょう、お花畑の乙女のよう・・・小生はほとんど中共べったりの論にうんざりして、下品ながら「こいつ、いくら貰っているのだろう」と思ってしまう。

氏の言う「改革」とは自由、民主、法治、人権などを少しずつでも進めることだろうが、それをすれば三権を超越する一党独裁は必然的に否定されてしまう。中共は消滅し、分裂するだろう。

ある漢族の青年がこう書いている。

「人類に中国人が必要なのか、不必要なのかなどは関係ない。中国は『中国』という二文字で損をしている、すなわち中国が統一されているからうまくいかないのだ。

今、唯一の救済法は中国を解散し、統一に反対することだ。将来の本当の中国を建設するためには、その手段は現在の偽中国を打ち破るべきで、少なくとも最低限、南北は一緒にするべきではない。一歩すすんで各省は自治自決すべきであり、それが唯一の本当の中国を建設するやり方である。

一定期間内に全国の建設をするのは完全に望みが無いと気づかざるをえないし、一番良い方法はきっぱり建設をあきらめることだ。きっぱりと分裂することだ。

各省がそれぞれ建設をおこない、各省で人民の自決主義を行う。22の省、3つの特別区、2つの蕃地区、合計27の地方を27の国にするのがよいのだ」

卓見だ。1920年、「中国は分裂すべし」と史上初めて書いた青年は、後に共産主義に目覚め、中共を建国した毛沢東である、と何清漣女史は上記の毛の論文を紹介している。全国統一なんてもともと無理だったのだ。

無理が通れば道理が引っ込み、8000万人が不自然死し、クチパクの自由しかなく、民主を叫べば殺され、国土は激しく汚染された。中共はそのやり方を香港に押し付けようとしている。一国二制度というのは空手形だったのだ。

自由を求める香港人は大陸から押し寄せる漢族移民にやがては吸収され溶解されてしまうのかもしれない。台湾人も日本人も自由と繁栄を望むのであれば、同志毛沢東の言うように中共を分裂、自滅させるしかない。

午後から「自滅する中国」を一気に158ページまで読む。すこぶる面白い。全部転載したいくらいだ。世界的な一流の論者の論考はすごい。全方面の医者があらゆる面を精査して、「中共の脳みそと体はこうです」と報告しているようなものだ。目の前で腑分けを見ている気分。「この左脳のここに白い部分があるでしょ、これ悪性ガンです、直りません、余命1年ですかね」という感じ。

去年6月時点の本だけれど、的確に今の「孤立中国」「中韓不倫」を予想している。いやはや脱帽、すごい人がいるものだ。

夕方、カミサンは病院50周年パーティ。小生は簡単に1人だけの夕食。夕刻、予想通りN母子来泊。

■10月5日(日)。朝は室温23度、雨、散歩不可、終日びしょびしょ。

先日「第2次世界大戦勃発までは、ファシズム自体が批判的に扱われることは少なく、一部(アカからの誹謗)を除いては(ファシストという言葉は)悪口としては使用されなかった」と書いたが、「アカからの誹謗」について河野道之氏からこうご指摘いただいた。

<戦前の日本において,右翼言論人は中央公論等でファシズム反対の論陣をはっていましたが,左翼は社会民衆党が1932年7月に全国労農大衆党と合同して社会大衆党を結成する前の最後の全国大会で水平社系の委員を除く全会一致で「ナチズムへの共感とナチスと同一歩調をとること」を党是とすることを決議しています(月刊「部落解放」より)>

そうだ、戦前は右翼:統制経済・大政翼賛会、左翼:計画経済・一党独裁で、奇妙な共通項があった。挙国一致的ファシズム的なるものは戦時とかの緊張時には世界中で左右から支持されたのだろう。「アカからの誹謗」はほとんどなかったのかもしれない。折に触れてご指摘を検討していきたい。

ところで対外的、外交的緊張が高まると国民は結束し強い政府を求める。プーチンの支持率は80%超で、ほとんど個人独裁。誰もプーチンを抑えられない。反対すれば「この売国奴め!」と殴られるか殺されるだろう。

「国家は戦時には濃淡はあれ軍国主義、国家主義の色を強める」という認識は正しいだろう。中共は狂気のようにこの路線をたどっている。

ルトワック氏の「自滅する中国」によると中共が急に傲慢無礼、強圧的、居丈高になったのは2008年以降だという。

2008年に何があったのか。

リーマンショックで先進国が弱った。その最中、中共は50兆円の財政出動でいち早く危機から抜け出した。

多分これが中共の自信となったのだろう、トウの遺言「目立たぬように台頭する」という路線を止めて、「俺は大国だ、文句あっか!邪魔したりケチをつけたら殴るぞ、この野郎」という尊大で威嚇的な姿勢を露骨にするようになった。

2010年には尖閣海域で日本の巡視船に海上民兵が漁船で体当たり攻撃し、この年にはGDPで日本を抜き、米国に次ぎ世界2位となった。もう勢いづいてどうにも止まらない、米国と並ぶような大国意識をむき出しにし始め、「米中で太平洋を分けよう」なんて言い出した。

さらには反日暴動で火付け、破壊、強奪やり放題、戦闘機や軍艦で脅しをかける、勝手に防空識別圏を設ける、ベトナムやフィリピンを物理的に叩き始める。外資系からミカジメ料を取る。

これらの乱暴狼藉は国際的外交ルールを無視したものであり、結局は全世界から大顰蹙、警戒感を買い、多くの敵を作ってしまった。今は信用ゼロだ。

なぜこんなことになったかというと、中共は大国意識で先祖返りしたからだ。紀元前の「漢」以来の中華主義、華夷秩序で、習近平は天下の皇帝、周りは野蛮な二流国、朝貢すればたっぷり下賜するぞ、金、女、市場、兵器、なんでもやるぞという、自分を唯一のトップとした上下関係でしか外交を見ていないのだ。

小国でも大国でも「対等に付き合いましょう」という近代国家同士の外交ルールを習皇帝は知らないのだ。身内は大切にするが、対等な人として他者をも大切にする、尊重するという配慮がないから、結局は世界から暴力団、蛇蝎のように嫌われ、周辺国は集団安全保障という「中共包囲ネットワーク」を着々と構築し、警戒するようになってしまった。

習は誇大妄想で「俺が一番!」と攻勢に出たら大反発を招いてしまったのだ。ルトワック氏曰く「巨大国家の自閉症」。自分中心で周りが見えず、対人関係を上手く作れない「発達障害」だ。

GDP2位だろうが世界の田舎者、野蛮人。下品粗暴な小生は「お前らに明日はない。自業自得だ、必ず殺す。加油!香港、絶対勝つ」と決意を新たにする。

追伸:長野に別荘を持つ友人曰く「60代は村の青年部なんですよ、現役バリバリでやれって」。「頂門」村も60代は雑巾掛けみたい、弱音を吐くと叱られる。馬場伯明氏のアドバイスを受けて今夜は酒を1割減らした。

■10月6日(月)。朝は室温21度、寒い、台風で大雨、11時まで散歩不可。

筆坂秀世氏の論考「左翼はなぜ力を失ったのか すがるのは『民主主義』、保守に対抗できる価値観が欠落」(JBプレス10/6)は、ソ連崩壊が日本から革新勢力をなくしたと述べている。

<ソビエト連邦が崩壊したとき、「これで保守と革新の対決は消滅した」という議論が多くなされた。これに対して日本共産党は、この『保革対決消滅』論は、真の革新政党である共産党の存在意義を無視しようとする攻撃であり、そんなことは断じてない、と主張した。もう二十数年前の話である。

ところが1994年、村山富市社会党委員長を首班とする「自社さ」連立政権が誕生した。保革対決どころか、社会党は保守陣営に飲み込まれてしまった。

米ソ冷戦体制の終結は、その日本版であった保革対決の構造をも消滅させてしまった。そして、共産党の文書からも「革新」の言葉が消えてしまったのである。

これは当然の帰結だったと言える。日本における保守と革新の対決とは、資本主義と社会主義の対決であった。だがソ連や東欧の社会主義陣営の崩壊は、社会主義の敗北を世界中の人々の前で鮮やかに立証した。

個人の自由、民主主義、幸福追求権、平和主義などの憲法的価値は、戦後、日本の保守が打ち立ててきたものである。これと同じ価値観しか持たない左翼が力を喪失するのは、当然である>(以上)

それでもいまだにアカや容共左派的な人や記者、学者が生き残っている。マルクス主義的に考えれば、「それで飯が食えるから」である。愚かな記事や学説を好み、金を払っても読みたいという人がいるのだ。変人奇人としか思えないが、例えば岩波「世界」編集長の清宮美稚子みたいな人で、こんなことを書いている。

<「慰安婦」問題と南京事件。日本人はますます加害の歴史の真実に向き合うことができなくなっているのか。朝日新聞が8月5・6日の両日、同紙の「慰安婦」報道を検証する特集記事を掲載したのを受けて、主要週刊誌も「参戦」しての異様な朝日バッシングが続いている。

「『右』は1990年代にリニューアルに成功した」と、斎藤美奈子氏は言う。「右」はまさに排外主義と歴史修正主義にリニューアルし、そこに小泉政権以来の格差・貧困の拡大、民主党への政権交代による既得権益のぐらつきに怯えたオヤジメディアの逆ギレが加わった。

その現在進行形が吹き荒れるヘイトスピーチ、ヘイトデモだ。日本は今、人権と歴史認識の面で異常な国家と国際社会から見られているのではないか>

異常は清宮、お前だろう。ほとんど狂気だ。日本を異常だと見る国は中韓だけだという事実が見えない、というより見たくないのだ。一方でありもしない慰安婦と南京の幻が真実に見える。幻覚、幻聴で、もう病気、精神病か痴呆症だ。「電波が走った、右を殺せ、オヤジメディアを殺せ!」と突っ込んできそうだから1日も早く潰さなくてはならない。

我らが同志、オヤジメディアにしばしば健筆をふるう宮嶋茂樹氏のごくまっとうな論というか咆哮から(夕刊フジ9/18)。

<とてつもない病魔を媒介する害虫が、わが国には蚊の他におるやないか。わが国は30年以上にわたって「反日」という『悪性捏造ウイルス』に冒され、苦しみ続けたのである。

そしてそれを日本中、朝鮮半島、中国大陸にまでその病魔を媒介し、拡散させたのは日本の朝日新聞や。

「日本軍による強制連行された慰安婦」という悪意ある作り話はデング熱の病魔よりタチ悪い。それを作り上げ世界中に伝染させた新聞や悪意をもってそれを広めた人間はヤブ蚊よりさらにタチが悪い。

やっぱヤブ蚊もそんな新聞もいったん撲滅せんといかんが、これが難しいのである>

まあ難しい作業だが、医者によると精神病になるまでに10年かかった人は、回復にも10年かかるという。地道に除染するしかない。

昼前にパタッと雨が止んで日が射した。止まぬ雨はないし、いつまでも続く上り坂もない。左巻を叩き続ければいつか日本晴れになるはずだ。(2014/10/6)

      

◆97歳の宋平が姿を現した

〜「四全中会」を前に〜

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)10月7日(火曜日)通巻第4353号>   


〜香港の「占中」(民主化要求座りこみ)「雨傘革命」に隠れたが
   元老最長老97歳の宋平が「四全中会」を前に姿を現した〜

宋平は周恩来の秘書として活躍した実務家で清廉な政治家として知られた。

ロシア革命(1917)の年に山東省生まれ、清華大学卒業。いわば胡錦涛、習近平の大先輩でもある。甘粛省時代に、宋は少壮の書記だった胡錦涛を発掘し、中央へ登用する機会を与えたことでも有名。

したがって宋平は胡錦涛の「老師」でもあり、「団派」への影響力が強い。

その宋平が現れたのである。生きていたのとは! 97歳。

折しも、中国は内外情勢激変の状況、目の前にあるのは香港の騒乱、「雨傘革命」として世界のジャーナリズムが連日おおきく報道する中、10月20日から北京では四中全会が開催され、周永康問題の党内決着を付ける。

江沢民はこれ見よがしに写真公開などを通じて存在感をアピールしてきた。

揚州訪問、スタバ幹部と接見のほか、プーチン大統領訪中でも面談し、八月には北戴河で海水浴している写真まで公開した。

9月30日には北京人民大会堂で開催された国慶節前夜祭に曽慶紅(江沢民の右腕、元国家副主席)、李鵬らと出席した。

また甥の画展には劉奇保、越洪祝らが駆けつけた。こうして健在を誇示し、習近平らが進める反腐敗キャンペーンの上海派への追求をやめろ、というメッセージを籠めた政治演出だった。

団派元老たちも黙ってはいない。

李瑞環などがスポーツ大会に出席したり、田紀雲らも公の場に現れたりしているが、万里元副首相はまだテニスをしているとの情報くらいしかなく、香石は病床にある。

そこで、97歳の元老格筆頭、宋平の登場となったのだろう。宋平は『国家人文歴史』雑誌への取材で回顧録的な談話を喋っている。第十八回党大会への出席が伝わって以来の動静である。

 

◆日本女性の矜持

伊勢 雅臣



〜『女子の武士道』から

「おなごは大黒柱を支える大地」

■1.「おなごは大地のようなもの」

「おなごは大地のようなもの」。明治22(1889)年生まれのセツは父親からそう聞かされて育った。幕末の会津戦争の際、セツの父親はまだ幼児で、そのまた父と2人の兄は北上してくる新政府軍を迎え撃つために出立した。

<その際の、母じゃの見事なことよ。どっしり構えて笑顔さえ浮かべておった。そんなことがあってから、わしはおなごというのは大地のようなものだと思うようになった。

大黒柱というが、しっかりした良い大地であらねば立っていられるわけがあるまい。一家の大黒柱を受けとめて、その大黒柱を堂々たらしめんのは、おなごにかかっておる。それをよう憶えておくのであるぞ。大地とならんために学び、おのれを鍛錬するのだ。>[1,p23]

そう父から聞いたセツは、喜びを抱いた。

<そんな立派なばばさまを私はお手本にせねばならぬのかと、恐ろしいような気持ちもありましたよ。けれど一方で、おなごはか弱きものとされているのに実はそうではなかったのだと、楽しいような気がしたものです。なんだか手を打って喜びたいような気分でしたねえ。

父を手伝って畑仕事もしましたから、いかに大地の質が大切かというのは、そんなことからもわかりましたし、父もことあるごと、上質な作物を作るためにはなんといっても土だと言っておりましたからの。>[1,p24]

封建時代は「男尊女卑」だったと一般に信じられているが、それは誤った先入観だ。セツからこういう話を聞かされて育てられた孫娘、石川真理子さんは、その著書『女子の武士道』で「むしろ男尊女尊であり、日本は昔から男女共同参画だったのです」と語る。[1,p24]


■2.「そのようなことにへこたれてしまっては面白くないからのう」

「武士道」というと、いかにも生真面目な、堅苦しい生き方と考えるのも、誤った先入観のようだ。会津藩士は会津戦争に敗北した後、青森県の下北半島斗南(となみ、現在のむつ市)に押し込められて、厳しい寒さの中、食べ物さえもろくにないような境遇におかれた。

その頃の苦しい生活をどうして耐えることができたのか、セツが聞くと、

<すると父は笑い飛ばすような勢いで陽気に言ったのですよ。そのようなことにへこたれてしまっては面白くないからのう。誇りを傷つけられたなどと自害しては相手の思うつぼじゃ。陰で奥歯を噛んでいたとても平気の平左で生きてやるのよ。

お前のじじさまは誇りをもって帰農したのだ。自らの食い扶持を自らの手でつくるのだ、誇りをもたぬわけがない。ばばさまにしたって、お前も憶えておろう、得意のお縫いやお仕立てで一所懸命一家を支えたではないか。

どんな目に遭おうとも、どっこいそれがどうしたと、智恵と心意気で相対してやるのだ。士族が無くなろうと西洋張りの日本国が生まれようと、武士の心意気が生きていることを見せてやるのよ。

とまあ、想像もしなかったご返事だから、私は驚いての。けれど、これが天晴れということかと、私の気持ちまで晴れ晴れしたものです。>[1,p30]

著者・石川真理子さんは、ここで小泉八雲が『日本人の微笑』の中で「日本人は心臓が張り裂けそうな時でさえも微笑んでみせる」と書いているのを引用し、東日本大震災の時にも多くの被災者が微笑を浮かべながらインタビューに答えていた事実を指摘する。

困難にも明るく立ち向かうのが日本人の心根であり、武士道はこの国民性に根ざしている。「武士は食わねど高楊枝」とは、見栄ではなく誇りを守るための「やせ我慢」なのである。


■3.片目を失ったセツ

セツが11歳のときに、農繁期で大人たちがこぞって農作業に出てしまうので、2つになるかならないかの女の子の子守を頼まれた。女の子を背負って庭に出たセツは、飛び石を飛んで女の子を喜ばせていた。

その時、ふとした拍子にバランスを崩して、前に倒れこんだ。とっさに女の子に怪我をさせてはいけない、と思ったのか、両手で背中の女の子をしっかりと自分の背に押し付けたまま、前に手を突けない姿勢で倒れこんだ。悪いことにそこには植え込みがあり、そのひと枝で左目を突いてしまった。

女の子は怪我ひとつせずに、びっくりした顔でセツの背中から降りた。異変に気がついた大人たちが駆けつけると、セツは自由になった左手で片目を押さえ、その手指の間から血が流れていた。セツは痛がる様子もなく、女の子を危ない目に遭わせたしまったことと、農作業を中断させてしまったことを詫びた。

セツは左目を失明し、その目は白く濁って、見た目にも恐ろしげになってしまった。これでは嫁にも行けない。目の痛みは軽くなっても、心の方は沈んでいった。


■4.「清く正しい心が見える」

セツは自分の顔を見るのがつらくて、鏡を見なくなった。それに気がついた母親は、ある日、静かにこう諭した。

<鏡に向かってごらんなさい。おなごは毎日よく鏡を見て、おのれの心に陰が射していないか注意しなければならぬのです。その左目が醜いと思うのであれば、なぜ醜いのか考えながら見つめてごらんなされ。それはほかならぬ、お前の心が醜いと決めつけているからでないのかえ。

私には醜くは見えませぬ。おのれより先に幼い子どもを守ったという、おまえの清く正しい心がそこに見えるから、醜くは見えぬのです。>[1,p43]

「清く正しい心が見える」という母の言葉は、あまりにありがたく思えた。そして、自分がまだまだ自分の運命を受け入れていなかったのだ、と分かった。

武士道は自らの運命を穏やかに受け入れ、静かに従う心を求むる。「なぜ自分がこのような目に遭わなければならないのか」と運命を恨んでいるうちは、自分の本当の人生は始まらない。

目を失ったという自分の運命を静かに受け入れた所から、「そのようなことにへこたれてしまっては面白くないからのう」という困難にも明るく立ち向かう生き方が始まる。


■5.「生涯の友を見つけなされ」

日露戦争後は「自由主義」「自然主義」の風潮が起こり、封建時代の道徳などこれからの時代には通用しないという考え方が広まった。セツの女学校でも、級友たちはそういう風潮に染まっていた。

<私も友人たちのように、いっぱしに自由という言葉を使ってみたくてね。だけどその実、何が自由だかわかっていなかったものですよ。せいぜい厳しい父の教えから逃れるのが自由と思ったぐらい。

それでも女学校に通っていた友人をまじえて自由とは何か、なんてことをしゃべりあっていると、不思議な高揚感と解放感があっての。それがますます父親への反発心に火をつけて、反抗したい気持ちになったのですよ。そうしたら父にひどく怒鳴られましてそれは恐ろしかったものですよ。>[1,p49]

セツが「自由主義」という言葉を使った瞬間、父親は烈火のごとく怒って、「自由と身勝手をはき違えおって、そんなくだらん輩(やから)に迎合するぐらいなら、いっそおまえは孤独を選べ!」と怒鳴られたのだった。

セツはじっと唇を噛み、かたちだけ頭を下げて「わかりました」と謝った。その様子を見ていた母親は、しばらくしてから娘を呼んで、こう言い聞かせた。


「ほんとうは親身になって話せる友が欲しいのではないですか。おまえが友に話したいことは、自由主義のことではなかろう。安心しなされ、おまえがまごころを失わずにいれば、かならず本物の友人ができます。

ほんとうの自分を隠して人とつきおうても、そんなのは偽物です。一時の気を紛らわす相手ではなく、生涯の友を見つけなされ」。[1,p49]

■6.「人の情けに触れたときに流す涙はうつくしいものですよ」

セツは女学校で級友たちから「セツさんはお堅いわ。まるで古武士のようね」と敬遠された。そのように受け取られるだろうとは分かっていても、やはり悔しい思いは捨て切れなかった。

そんな時、千代と知り合った。千代も会津藩士の娘で、没落寸前となった一家をなんとか支えようと、わずかばかりの収入でも、とセツの家を訪ねてきた。気の毒に思った父親は、働き口の世話をした。千代はうれしさのあまり涙を流した。

「武家の娘は泣いてはいけない」と教えられて育てられたセツは、いけないものを見たように、はっとして目をそらした。


<すると母が、人の情けに触れたときに流す涙はうつくしいものですよ。ごらんなさい。胸があつくなるようです。こんなに喜んでいただけて幸せだこと・・・ と言うての。

おそるおそる見れば、確かに心が動かされるようにきれいだった。ありがたいと流す涙は礼を失したりはしないということが、ようわかりましたよ。>[1,p54]


それからセツと千代は心を許しあい、忙しく働く合間にも行き来して、おしゃべりをするのが何よりの楽しみになった。

そんなある日、千代はこう言った。「セツさんは古武士のようと言っていた人がいたけれど、それはまったく素敵なことね。私は自慢したい思いだったのよ」

千代の思いがけない言葉に、気がつけばセツの頬に涙が伝わっていた。


<少し恥ずかしかったけれど、ずいぶんうれしい気持ちでしたよ。友とはなんと良いものだろうと思いました。そしてそれからはいっそう、涙はうれしいときしか流すまい、と思うようになったのです。>[1,p54]


■7.「自分の苦しみや悲しみを外面に表さないという礼」

表情に注意するのは、武士道の特徴である。それはいつも能面のような無表情を勧めているわけでない。セツの母の言うように、人の情けに触れたときの美しい涙は流しても良いのである。


新渡戸稲造は著書『武士道』の中で次のように言っている。

<武士道は一方において不平不満を言わない忍耐と不屈の精神を養い、他方においては他者の楽しみや平穏を損なわないために、自分の苦しみや悲しみを外面に表さないという礼を重んじた。>

大震災で家を失うような大きな損害を受けても、微笑を浮かべてインタビューに応じた人々は、「忍耐と不屈の精神」の持ち主であり、また他者の平穏を損なわないための「礼」を実行しているのである。

近隣諸国の中には、不幸に遭うと人前で大袈裟に泣き喚くことを慣習としている国もあるが、武士道から見れば、それは運命を受け入れられずにあがいている姿であり、また他者への思いやりのかけらもない姿である。そこには困難と戦い、他者を思いやる人間精神の自由はない。


■8.国家の元気、気風は母の感化による

ここで紹介したセツの母親の言動から、「おなごは大地のようなもの」という事は十分に感じとれよう。こうして育てられたセツは、やがて自ら「大地」となって、大恐慌、関東大震災、そして大東亜戦争と次から次へと襲ってくる苦難に負けずに夫を支え、3男3女を育てていくのだが、その波瀾万丈の物語は原著で味わっていただきたい。

明治期の女性教育の代表者・下田歌子の次のように語っている。


<その国民の元気、気風のいかんは、またおのおのその母の感化によるものとすれば、母としての婦人は、実に国家の元気、気風を自分の双肩に担って立つものと申さねばなるまいと思います。>[1,p114]

明治日本は、極東の島国からわずか半世紀ほどの間に世界五大国の一つにまで成長したのだが、その国家の元気、気風は、全国津々浦々でセツの母親のような女性が「大地」となって生み出したものだろう。


■リンク■

a. JOG(618) 武家の娘(上) 〜 千年の老樹の根から若桜武家という「千年の老樹」に生まれ育った娘は、 若桜として異国の地に花を咲かせようとしていた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h21/jog618.html

b. JOG(619) 武家の娘(下)〜 アメリカに生きる武家の娘は、西洋も東洋も人情に変わりはないことを知った。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h21/jog619.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 石川真理子『女子の武士道』★★★、致知出版社、H26
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/480091048X/japanontheg01-22/

  

2014年10月06日

◆正恩氏側近が訪韓 経済難・孤立焦り

名村 隆寛



【ソウル=名村隆寛】北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記最側近の黄炳瑞(ファン・ビョンソ)・朝鮮人民軍総政治局長ら高官が4日、仁川アジア大会の閉会式への出席を名目に「電撃的訪韓」(韓国メディア)をした。国際的に孤立する中で対南接触を図り、経済苦境の打破や韓国懐柔を狙った、金正恩指導部の決断とみられる。

アジア大会をめぐり北朝鮮は当初、大規模応援団の派遣を韓国側に提案した。韓国世論の懐柔が狙いとみられたが、韓国側と折り合いがつかず実現できなかった。こうした中、金第1書記は、最側近ら“大物”を急遽(きゅうきょ)、派遣した。

韓国メディアはいずれもトップニュースで報じ、実現しなかった朴槿恵(パク・クネ)大統領との会談や金第1書記の親書持参の可能性にまで触れ、南北関係改善への期待感を高めた。

北朝鮮と中国の関係は昨年12月、それまで中国とのパイプ役を果たしていた張成沢(チャン・ソンテク)氏が処刑されて以来、悪化を続けている。中国からの経済支援が絶たれ、北朝鮮の財政的な困難は一層深刻化している。

今年1月から北朝鮮は韓国に対話攻勢をかける一方、米韓合同演習などに反発してミサイルを発射。米国人3人を抑留したままで、米韓への牽制(けんせい)も続けている。拉致被害者の再調査で日本との交渉も停滞している。対外関係での明るい話題といえば、李秀勇(リ・スヨン)外相が最近のロシア訪問で行った外相会談くらいだった。

こうしたなかで北朝鮮は、アジア大会閉会式を利用して南北対話ムードを演出。韓国側の歓迎ぶりやメディアの報道を見る限り、現時点で北朝鮮の計画は成功したかのようだ。

ただ、サプライズで相手側を感激させ交渉事を自らのペースに持ち込むのは、金正日(ジョンイル)体制当時から北朝鮮が使ってきた伝統手法でもある。韓国の情報当局は、こうした北朝鮮の心理戦術も熟知している。

朝鮮半島の統一を最重要課題に掲げる朴槿恵政権の心中を見透かしたかのような北朝鮮の行動に、どう対処していくのか。突然の融和姿勢の真意を、韓国政府は見極めようとしている。産経新聞 10月5日(日)7時55分配信

◆安倍首相ご満悦 解散カードで主導権

松本 浩史



来年9月に行われる自民党総裁選を視野に、「前哨戦」の意味合いが強かった内閣改造・党役員人事を無難にこなし、長期政権への視界がいかにも良好だから、安倍晋三首相はさぞご満悦だろう。衆院議員の任期が年内には、満了の折り返しを迎え、次期衆院選の時期がいやが上にも政界の焦点となる。「解散カード」をちらつかせながら政権運営をされては、党内の不満分子は出る幕がない。

9月3日に行われた内閣改造・党役員人事で、「ポスト安倍」の最有力候補とされる石破茂地方創生担当相を閣内に取り込めた政治的効用は大きい。安保法制担当相の就任を固辞し、無役になっていれば、何かにつけて政権運営に口を挟み、思わぬ形で屋台骨が揺さぶられるかもしれなかった。

閣内に入ったからには、そんな言動は慎まなければならず、党内には「石破氏は首相からの『禅譲』に期待して閣内に入った」(中堅)との見方も出ている。党財政を管理し、衆院選の候補に対する公認権を握る幹事長ポストから外したので、よしんば総裁選に出馬したとしても、支持の旗幟(きし)を鮮明にしていない勢力の支持は、それほど取り付けられないだろう。

政府・与党では第2次安倍政権の発足後、首相の政権運営に対し批判めいた発言が一時的には出たものの、たいした広がりをみせず、ほどなく収束している。菅義偉官房長官らが中心となり、「反安倍」の芽を丁寧に摘んできた目配りもあり、高い内閣・党支持率を維持し、安定政権を軌道に乗せた。

自民党関係者の一人は「2度の野党体験で味わった教訓が生きている」と話す。平成5年と21年の衆院選で自民党はいずれも、過半数を獲得できず野に下り、党本部には閑古鳥が鳴き、業界団体は掌を返したように政権党に流れた。こんな悲哀はご勘弁というわけだ。

なるほど、21年の衆院選直後に自民党再生会議が取りまとめた「自民党再生への提言−第45回総選挙の総括と政権奪還への取り組み−」では、敗因分析の一つとして、党内抗争に象徴的な「自民党の古い体質」を指摘している。

「わが党の体質が、官僚依存で党内抗争に明け暮れる旧態依然とした体質と受け止められ、投票行動でマイナスに作用した」

「安倍・福田・麻生と3年で3人の総裁が代ったことが、わが党の信頼を大きく低下させた」

「一体感が無く、統治能力に欠ける自民党を嫌悪する国民は少なくなかった」

いたずらに党内抗争をしていては、あれよという間に国民の支持が離反る−。安定政権の底流には、こうした自制心が脈々と党内に流れている石破氏が地方創生担当相に就いたのも、こんな配慮があったとの見方もある。

政界では、年内に任期満了の折り返しを迎えることから、解散時期をめぐり、さまざま憶測が飛び交っており、首相もいつ「解散カード」を切るか、あれこれ思案し始めただろう。

首相とすれば、総裁選で再選を勝ち取るには、支持率が高い時期に実施し、自民党圧勝の実績もってこれを実現したいはずである。

一部には、年内解散説を唱える向きもある。たが、首相が改造で菅氏ら主要閣僚をことごとく留任させたのは、ギクシャクしている日韓両国との関係改善、集団的自衛権の限定行使容認に伴う関連法案の整備、人口減少社会への対応など、諸懸案の処理を優先させたい思惑が透ける。

政府関係者も「首相は年内解散なんて考えていない」と明言する。となれば、年明けの通常国会が閉幕する6月ころという見方が出てくる。

自民党幹部は「いずれにしても、『解散カード』で党内を牽制(けんせい)すれば、政権運営はうまくいく。選挙後にはまた改造をするから、今回、処遇できなかった『閣僚待機組』の不満を抑え付けることもできる」と語る。

首相は、いかなる解散戦略を描くのか。先の提言には、「解散戦略の失敗」としてこんな分析をしている。

「勝機を見いだせる時期に解散を決断できず、結果として、追い込まれた形で解散することとなった(略)。解散戦略なきままの行き詰まり解散の結果は、当然の如く政権交代であった」

言わずと知れたこととはいえ、逆風に横っ面を張られているのに、やらざるを得ない状況にいつ追いやられないともかぎらない。安定政権だからといって油断し、衆院選後に「慢心の目が覚めた」なんてハメにゆめゆめ陥らないよう、首相は心して政権運営に当たってもらいたい。
産経ニュース【松本浩史の政界走り書き】2014・10・5