2014年10月06日

◆円安 良い?悪い?

塩原永久・藤原章
 


〇膨らむ所得収支 ×燃料輸入増え貿易赤字

外国為替市場で円安ドル高の動きが強まっている。1日に一時1ドル=110円台まで下落した円は、その後やや買い戻されたが、3日ニューヨーク外為市場では、米雇用統計の改善を受けて大幅反落し109円台後半と再び大台突破をうかがう動きとなった。これまで円安は日本経済にプラスとの見方が支配的だったが、輸入物価の上昇などマイナス面も指摘されはじめており、専門家の間でも見解は分かれている。

「円安が一気に進むのは望ましくない」

日本総合研究所の山田久チーフエコノミストはこう指摘する。海外への生産移転や原発停止に伴う化石燃料の輸入増加で、日本は「輸入が輸出を上回るようになった」という。輸出から輸入を差し引いた貿易収支は8月まで26カ月連続の赤字を記録している。

山田氏は貿易構造の変化と円相場の株価への影響を分析し、「かつてのように『円安=景気にプラス』とはいえなくなっている」と説明する。その上で、1ドル=120円台半ばを超える水準となった場合、日本経済に明らかにマイナスとなると試算した。

これに対し、SMBC日興証券の牧野潤一チーフエコノミストは、「円安は115円でも130円でも日本経済にはプラス」と強調する。貿易収支は赤字でも、所得収支(海外から受け取る利子や配当)の黒字が膨らんでいるため、「円安は海外から日本への所得流入をかさ上げする」という理屈だ。

JPモルガン・チェース銀行によると日本の対外純資産は外貨建てで469兆円にのぼる。佐々木融・債券為替調査部長は「1%の円安で、国富は約4・7兆円増える」と試算する。

また、米国の緩和マネーが投機的に原油などの資源価格をつり上げたため、エネルギー資源の大半を輸入に頼る日本の貿易赤字が膨らんだとの見方もある。

SMBC日興証券の牧野氏は「米国金融政策の正常化に伴って、日本の貿易赤字の悪化も収まる」と見込む。実際、アジア市場の指標となる中東産ドバイ原油価格は下がりつつある。

ただ、リーマン・ショックと東日本大震災を経て、製造業を中心に日本の産業構造が変わったとの見方は根強い。

第一生命経済研究所の熊野英生・首席エコノミストは、製造業の大半の業種で輸入比率が拡大したと分析する。「企業が円高対応を進めたことが、逆に円安への対応を難しくしている」と指摘する。

                   ◇

 ■10円の円安で… 上場企業2兆円増益 中小は1.3兆円減益

みずほ銀行産業調査部の推計では、10円の円安で上場企業は約2兆円の増益になる。だが、中小を含む非上場企業は約1兆3千億円の減益になるという。8月からの円は対ドルで約8円円安に振れた。市場では、急速な円安が実体経済に与える影響を見極めようとする動きも予想される。

みずほ証券の鈴木健吾・チーフFXストラテジストは「年末に向けての円相場は107〜112円」と110円を挟んでもみ合う展開を予想する。

今回の景気回復は「非製造業を中心とした内需主導型」(日銀幹部)と特徴づけられるだけに、円安による輸入物価の上昇が「個人消費に悪影響を及ぼす」との見方もある。今後の円安進行がもたらす影響は予断を許さない。
産経新聞 10月5日(日)7時55分配信


2014年10月05日

◆中国の対日姿勢に変化の兆し

古森 義久



日中首脳会談の開催の見通しが日本側でまた一段と熱をこめて語られるようになった。だが中国側がその開催に前提条件をつけ、日本側が無条件のままで会談に応じてもらおうと訴える基本構図は変わっていない。日本側が中国側に請い求めるという感じなのだ。

しかし、米国の中国外交研究の超ベテランからは中国の対日、対アジアの両関係は日本側が考えるよりは脆弱(ぜいじゃく)で、中国首脳は日本側の譲歩なしに安倍晋三首相との会談に応じる展望が強いとの見方が表明された。

日本側の関心は、11月の北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、習近平国家主席が安倍首相と首脳同士として公式に二国間会談をするか否かに絞られてきた。

中国側は首脳会談について、日本側が尖閣諸島(沖縄県石垣市)への中国の領有権主張を認知し、「領土紛争は存在しない」という立場を変えることなどを開催の前提条件としてきた。だが日本側では首脳会談が2年以上、開かれていない事実だけをみて、「とにかく開催を」と政権に対中譲歩を迫る声も出てきた。

しかし、いうまでもなく首脳会談は対外関係ではあくまで手段であって目的ではない。目的は国益の堅持であり、拡大である。

こうした現状の日中関係での中国指導部の計算について、米ジョージワシントン大学教授のロバート・サター氏が分析を語った。

「中国は米国とアジアの同盟国、友好国との信頼の絆を少しずつ削るサラミ戦術をかなり成功させているが、なおオバマ政権の対中姿勢が最近、硬化して、対アジア関係をこれ以上、悪化させたくないという意向に傾いた形跡が濃い」

「現在の中国にとって年来の盟友の北朝鮮との関係が冷却し、南シナ海の領有権紛争での攻撃的言動でフィリピンやベトナムとの関係も険悪となり、対日関係を放置するとアジア外交全体が手詰まりとなる」

「中国のアジア外交は日本側が考えるより脆弱で、指導部内ではアジア外交全体の悪化や難題の打破のために、日本に対して軟化をみせても当面の関係改善を図ろうとする気配がある」

サター氏は以上の理由から、「中国はこれまでの前提条件要求を棚上げして、日本との首脳会談にまもなく出てくる見通しが強い」と予測するのだ。となれば、安倍首相がこれまで中国側の前提条件を排し、会談に応じなかった姿勢は正当化されることともなる。

サター氏は米国務省や中央情報局(CIA)、国家情報会議(NIC)などで30年以上、対中政策形成や中国情勢分析を専門にしてきた。民主、共和両党の政権で勤務した党派性の薄い研究者としても知られる。

同氏はオバマ政権の政策をめぐり、冒険主義的な行動を抑えるため中国側の弱点を突く具体的措置を取ることを最近、提言した。この思考に従えば、日本も香港での民主主義抑圧やウイグル人学者への弾圧ぐらいには、国政レベルで懸念表明があってしかるべきだろう。(ワシントン駐在客員特派員)
産経ニュース【緯度経度 古森義久】2014・10・4
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◆日本軍の存在なしに韓国軍はなかった

井上 和彦



「日本軍」と耳にした途端、血がのぼって荒れ狂う韓国の方々に教えたい歴史がある。それは、日本軍がなければ現代の韓国軍はなく、今の韓国もないという史実である。

1950年に勃発した朝鮮戦争・釜山橋頭堡(きょうとうほ)の戦いには、こんなエピソードがある。

韓国軍の金錫源(キム・ソクウォン)准将率いる韓国第3師団約1万の将兵は、北朝鮮第5師団との戦闘で、東海岸の長沙洞(チャンサドン)付近に追い詰められた。

壊滅の危機だった同年8月17日、国連軍のLST(戦車揚陸艦)4隻に分乗して無事撤退に成功した。このとき、艦橋に姿をみせた金准将は驚いた。米海軍のLSTの乗組員は、旧日本海軍将兵だったからである。

金准将は、陸軍士官学校を卒業(27期)し、支那事変では連隊長として大活躍した。金鵄勲章まで受章した元日本陸軍大佐だった。「半島の英雄」として、日本でも広く名が知られていた。

その英雄が、朝鮮戦争勃発と同時に、韓国陸軍准将として再び戦場に登場したのだ。韓国軍の士気高揚に貢献しただけでなく、日本軍時代の名声と人柄に、韓国人の元日本兵らが先を競って集まったという。

首都ソウルの防衛を担った第1師団長時代から、金准将はカイザー髭を蓄え、その手には日本刀が握り締められていた。「軍刀は武人の魂である」という教えをかたくなに守り通していた。

米軍事顧問団の制止も聞き入れず、常に最前線で陣頭指揮を執り、日本刀を振りかざして部下を奮起させた。骨の髄まで“日本軍人精神”が染み込んでいた。

月刊誌『丸』(潮書房光人社)の1995年12月号に掲載された、高橋文雄氏の『最後の日本刀』によると、金准将は先の海上撤退で艦艇に収容された後、それまで作戦指導中に片時も放さなかった日本刀を、南少尉に手渡したという。それは戦場における最後の日本刀だった。

金准将のほか、後の韓国空軍参謀総長となる金貞烈(キム・ジョンニョル)将軍は、大東亜戦争緒戦のフィリピン攻略戦で武勲を上げた元日本陸軍大尉で、南方戦線では戦隊長として三式戦闘機「飛燕」で大活躍した。北朝鮮軍戦車に体当たり攻撃を敢行した飛行団長、李根晢(イ・グンギ)大佐も、加藤隼戦闘隊の撃墜王の1人だった。

後の韓国空軍参謀長となる張盛煥(チャン・ソンファン)中将や、金成龍(キム・ソンヨン)大将、韓国陸軍砲兵隊を育てた申應均(シン・ウンギュン)中将なども、日本陸軍の将校であった。

このように韓国軍を立ち上げた首脳部の多くは、日本の陸軍士官学校か満州軍官学校の出身者だった。このため朝鮮戦争での韓国軍は「米軍装備の日本軍」といわれ、戦争自体も「第2次日露戦争」の様相を呈していたという指摘もある。

韓国の方々に言いたい。歴史を直視できない民族に未来はない。

■井上和彦(いのうえ・かずひこ) 軍事ジャーナリスト。1963年、滋賀県生まれ。法政大学卒。軍事・安全保障・外交問題などをテーマに、テレビ番組のキャスターやコメンテーターを務める。

航空自衛隊幹部学校講師、東北大学大学院・非常勤講師。著書に『国防の真実』(双葉社)、『尖閣武力衝突』(飛鳥新社)、『日本が戦ってくれて感謝しています−アジアが賞賛する日本とあの戦争』(産経新聞出版)など。

「夕刊フジ」【賞賛されていた陸海軍 知られざる日本】 2014.10.04

2014年10月04日

◆日本に感謝していた毛沢東

井上 和彦



降伏日本軍、仲共に兵器提供や空軍創設にも尽力

「何も申し訳なく思うことはありません。日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました。みなさんの皇軍なしには、我々が権力を奪取することは不可能だったのです」

これは、誰あろう中華人民共和国建国の父、毛沢東主席の言葉(毛沢東著『毛沢東思想万歳』下巻、三一書房)だ。1964年7月10日、訪中した日本社会党の佐々木更三委員長が、過去の戦争について謝罪したとき、毛主席が語ったという。

習近平国家主席からは口が裂けても出てこないだろうが、毛主席は日本軍が中国建国を助けたことを感謝していたのだ。

もう1つ、日本軍の兵器が中国を助けた事実も忘れてはならない。

北京の中国人民革命軍事博物館には、蒋介石率いる国民党軍と国共内戦で戦った、中国共産党軍(中共軍)の兵器がズラリと並んでいる。その多くが、日本陸軍の兵器であることに驚かされる。

97式中戦車をはじめ、日本陸軍の野砲や機関銃などが、中共軍の主力兵器として使用されたのである。つまり日本軍が残していった兵器があったからこそ、中共軍は蒋介石との国共内戦に勝利できたのだ。

中でも、「功臣号」(こうしんごう)と命名された97式中戦車改は、中共軍が初めて保有した戦車であり、この1両のみで同軍初の戦車部隊「東北特縦坦克服大隊」が編成された。その後、日本軍から接収した97式中戦車改で本格的な戦車部隊が編成され、各地で国民党軍を打ち破ったのである。

「功臣号」は1949年2月3日、北京入りを果たした。そして、59年まで使われたのだ。

もし、日本軍が終戦と同時に、保有するすべての兵器を破壊処理していたらどうなっただろうか。それだけではない。日本軍は中共軍に空軍まで作ってやっている。

第2次世界大戦当時、共産党軍に航空戦力は皆無だった。終戦2カ月後の45年10月、奉天から引き揚げ中の日本陸軍第4錬成飛行隊(飛行隊長・林弥一郎少佐)に、中共軍の林彪将軍らが空軍創設への協力を願い出た。

やむを得ず、これを受け入れた林少佐ら第4錬成飛行隊の隊員らは、大陸に残されていた99式高等練習機や陸軍一式戦闘機「隼」を使って、中国人パイロットと整備員を教育したのだ。

これが中国人民解放軍空軍の始まりであり、朝鮮戦争(1950−53年)では、日本軍によって育成された中国人パイロットが、ソ連から供与を受けたミグ15戦闘機で米軍機と戦った。

中国人民解放軍は日本軍によって助けられ、育てられたのである。日本の政治家や外務官僚はこうした歴史的事実を知ったうえで、習主席が仕掛ける歴史戦に堂々と臨み、反撃していただきたいものである。

■井上和彦(いのうえ・かずひこ) 軍事ジャーナリスト。1963年、滋賀県生まれ。法政大学卒。軍事・安全保障・外交問題などをテーマに、テレビ番組のキャスターやコメンテーターを務める。

航空自衛隊幹部学校講師、東北大学大学院・非常勤講師。著書に『国防の真実』(双葉社)、『尖閣武力衝突』(飛鳥新社)、『日本が戦ってくれて感謝しています−アジアが賞賛する日本とあの戦争』(産経新聞出版)など。

【賞賛されていた陸海軍 知られざる日本】
「夕刊フジ」2014.10.03

◆中国から恫喝される韓国のジレンマ

〜属国扱いで〜

岡田 敏彦



韓国は米国に「媚び」てもよいが、中国に「損」をさせるな…

韓国へのミサイル配備をめぐって、中国と米国が“つばぜり合い”を繰り広げている。米国は韓国国内にTHAAD(サード=中高度ミサイル迎撃システム)の配備を計画しているが、これに中国官営メディアの環球網が真っ向から反論。「韓国は米国に媚(こ)びてもよいが、中国に損をさせてはならない」と題した記事を掲載した。米国と中国という2大国が“竜虎相打つ”状況のなか、韓国の事情を無視して進むTHAAD配備の行方
は−。

THAAD配備が現実味を帯び

THAADは、米国国防総省がミサイル防御網(MD)の中核と位置づける、弾道ミサイル迎撃システム。日本でも導入されているPAC3(パトリオット)が迎撃高度15キロまでと低高度での迎撃を主とするのに対し、THAADは大気圏外での迎撃を可能としている。

これを米軍が韓国国内に配備するとの情報は以前から韓国マスコミなどが取り上げていたが、今年5月28日には米経済紙ウォールストリートジャーナル(電子版)が「米国、韓国へのミサイル防衛システム配備を検討」と報道。一部システム設置の候補地を調査したことも報じたため、信憑(しんぴょう)性が一気に高まるとともに、中国側を刺激することになった。


中国の「虎の子」は核

空母や強襲揚陸艦、新型戦闘機の開発など近年、急激な軍拡を進めている中国だが、最も強力な戦力を保持しているのは冷戦時の昔から変わらず「中国人民解放軍第2砲兵部隊」、つまり核弾頭装備の弾道ミサイルを装備する部隊だ。

中国が持つとされる約200発の核弾頭を引き受け、米国はもちろん、日本もその標的。一説には「中国は800の核弾道ミサイルを持っており、うち100発は日本に向いている」との指摘もある。

しかしTHAADは、こうした核戦力をほぼ無力化する性能を秘めている。しかも中国から至近距離の韓国に配備すれば、発射後わずかの時間で捕捉が可能で、迎撃力は飛躍的に増加する。“核による恫喝(どうかつ)”を有効活用する中国にとっては、虎の子の兵器がガラクタになりかねないのだ。

このため中国は政府の代弁者である官制メディアを使って、あの手この手でTHAAD配備を非難。9月17日の環球網(電子版)は「配備は中国の安全保障にとって深刻な脅威」と本音を全開。

「配備について韓米ともに北朝鮮の武力挑発を牽制(けんせい)するためとしているが、これは言い訳だ。北朝鮮の脅威は長距離砲であり弾道ミサイルではない」と主張した。

実際、北朝鮮の軍備はそういう面がある。

韓国と北朝鮮の国境から韓国の首都ソウル中心部までの距離は約40キロ、同市郊外までなら約30キロ。これに対し北朝鮮の130ミリ砲「M46」はロケット補助推進弾を使った場合、射程38キロ。203ミリ自走砲だと55キロで完全に射程内。

今年に入って北朝鮮が威嚇射撃を繰り返している新型の300ミリ多連装自走ロケット砲(MRL)「KN−09」では射程は150〜200キロともされる。

こうした安価で大量の車両・砲が集中砲火をしかける危機に対して、高価なミサイルで迎撃するのは現実性に欠ける。

属国に命じるかのような…

こうした観点から、環球網では「THAADの矛先の筆頭は中国であると韓国は分かっているはずだ」と前置きしたうえで、「韓国は米国の機嫌をとるために中国を傷つけてはならない。具体的にいえば、THAADを配備させるべきではない」と、属国に命じるような表現で韓国に“警鐘”を鳴らした。

さらに「韓国は中国とのつきあいで、相手にばかり『徳を以って恨みに報いる』ことを期待してはならない」とも。

中国なりに筋を通した主張のようにも見えるが、天安門事件当時、世界から孤立した中国に対しほぼ唯一、経済的に手を差し伸べた日本からすれば、「自らを棚に上げて何を言うか」と首をかしげたくもなる。

一方の米国はこうした中国の主張に対し、「THAADは矛ではなく盾だ。他国の脅威にならない」(韓米連合軍のスカパロッティ司令官)と反論。韓国の中央日報(電子版)によると、同司令官は「THAADは防御用の武器であり、中国が敏感な反応を見せる必要はない」と述べたという。

韓国の事情は無視か

米国は軍事予算削減で世界各地の基地や部隊を整理統合中。対韓国でも、1950年の朝鮮戦争以来、実質的に米軍が持っていた朝鮮半島の戦時作戦統制権を来年に返還する方針で、在韓兵力の削減も進めており、主力部隊をソウルより南に移すことも決めている。

そんななか、THAAD配備は米軍が唯一、積極的に進めている軍備増強の計画だ。これに韓国が反対するなら、米軍が韓国にいるメリットも激減する。

韓国では軍幹部が「北朝鮮と戦争になれば、韓国軍だけでは負ける」と公言。米軍の兵力なしには国が成り立たないのは朝鮮戦争以来の呪縛だ。

一方、経済面では中国なしには成り立たない。韓国銀行(中央銀行)によると、昨年の韓国の輸出額、6171億ドルのうち、21・9%が中国向け。わずかな内需も中国人観光客の落とすカネがカンフル剤で、内外需とも中国抜きにはありえない。

中国にそっぽを向かれれば経済が立ちゆかなくなるが、米軍に去られれば防衛体制が破綻する。どちらに偏っても国家の危機に直結しかねない。

中国に配慮してか、キム・クァンジン大統領府国家安保室長「THAADの導入問題は、韓米間で協議されていない」と述べているが…。米軍は配備する気満々なだけに、韓国のジレンマは増すばかりだ。

産経ニュース【岡田敏彦の軍事ワールド】2014・10・3

◆中国いたるところ「中国夢 我的夢」

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)9月8日(月曜日)弐通巻第4330号>  

 〜「大日本帝国海軍」のTシャツ男、群衆に囲まれ剥ぎ取られた
中国いたるところに「中国夢 我的夢」(中国の夢は私の夢)の大看板〜


近日おきた事件らしい。

山東省泰山で第28回泰山登山ラリーが開催された。天津から参加した30歳前後の中国人男性は「万朶の桜 大日本帝国海軍」と書かれた旭日旗のTシャツ姿だった。
 
ほかの参加者から抗議が出たのか、囲まれて、つかみ合いの論争、警官が現れたときにはシャツははぎ取られていた。

背中の入れ墨は「自由の女神」だった。
 http://china.dwnews.com/photo/2014-09-07/59607422.html

男は少年時代に日本にいたことがあり、政治的意図を持ってのパフォーマンスではないらしいが、日本の海軍旗が思わぬ所で普遍的に知られるマークだということが同時にわかった。

いたるところに立つ看板は「中国夢、我的夢」だが、殆ど中国人はこちらには関心がないようである。

他方、中央の権力闘争劇は、いま広東省の幹部と山西省の「石炭閥」の手入れに入っている。

ところが、次々と拘束されているのが李克強系の団派(共青団人脈)ばかりで、江沢民派ばかりかと思われた汚職追放キャンペーンの標的が、習近平政権の連立相手である共青団にも及んでいるのかと観測がひろがっている。

◆私の「身辺雑記」(148)

平井 修一



■10月1日(水)。朝は室温23度、曇、やや寒い、フル散歩。3歳児は体調不全、発熱の後遺症で発疹、カミサンは休みをとってケア。朝一番で小児科へ。

<10月1日は「コーヒーの日」です。国際協定によって、コーヒーの新年度が始まるのが10月で、この日がコーヒーの年度始めとなります。さらに、日本では、秋冬期にコーヒーの需要が高くなることから、1983年に、全日本コーヒー協会によって、10月1日が「コーヒーの日」と定められました>

ずいぶん世俗離れした話で、こういうのんびりした世界があるのだなあと不思議な感じがする。現実は喜怒哀楽でゴチャゴチャ。

カミサンは何でも買ってくるが、スタバのドリップ用粉コーヒーまで買ってきた。スタバのコーヒーは小生にはただ焦げ臭いだけ、吐気を催すほど大嫌いだったが、それを書くと叩かれるだろうから封印していた。

ところがWSJ9/28が「スターバックスが語りたがらない10の事実」の一番目に「コーヒー好きの多くはスターバックスのコーヒーが好きではない」を挙げていて、「焙煎しすぎ」と指摘している。米国人にもコーヒーの味が分かる人がいるのだ。ん!?

小生がコーヒーを知ったのは5歳ころ、米軍キャンプ座間から持ち出されたインスタントコーヒーからだ。本物のレギュラーコーヒーは15歳で知った。ここ2年ほどは日東紅茶を好むが、ドリップコーヒーも時々楽しむ。

話は変わって、小生は何者か、といつも自問している。保守派か右翼か極右か。思想は軍国主義か国家主義か民族主義か。それとも全体主義か。ただの愛国者かファシストか。いずれの呼称も思想内容も明確な定義はないから、小生は自分にレッテルを貼れないので困惑する。

<ファシズム(結束主義、英: fascism、伊: fascismo)とは、イタリアのベニート・ムッソリーニと彼が率いた国家ファシスト党が提唱した思想や政治運動、および1922年から1942年までの政権獲得時に行った実践や体制の総称である。広義にはドイツのナチズムなど他国の類似の思想・運動・体制も含めて「ファシズム」と呼ばれる場合も多いが、その範囲は多数の議論がある。

第2次世界大戦勃発までは、ファシズム自体が批判的に扱われることは少なく、一部(アカからの誹謗)を除いては悪口としては使用されなかった。

第2次世界大戦中になると、連合国ではファシズム・ファシストを厳密な意味ではなく、枢軸国とその国民に対する一般的な悪口や蔑称ととして使用されるようになった。

ジョージ・オーウェルは1944年に「“ファシズム”という語は、ほとんど全く意味が無い。ほとんどのイギリス人は“ファシスト” という語をbully(いじめっ子、ガキ大将)の同義語として受け入れている」と書いた。

第2次世界大戦で枢軸国が敗北すると、「ファシスト」を悪口や蔑称として扱う風潮は世界的なものとなった>(ウィキ)

今ならならず者、やくざ、極道、ゴロツキ、テロリスト、チンピラか。独裁国家の中露ファシストどもは来年、日独伊のファシズムに勝ってから70年の戦勝記念日を祝うそうだが、中共が日独伊と戦ったというのは大嘘だ。

支那における日本の正当な利権を奪おうと武力発動したのは国民党で、その尻にくっついてうろちょろしていたのが中共。何の手柄もないくせに「戦勝国」とは笑止千万、噴飯もの。中2坊主の習近平ならではの妄想的歴史解釈だ。そのうち香港の傘爆弾による天誅が下されるだろう。

中共の露払いとしてうろちょろしているのが朝日などのアカだ。アカは中朝などの共産主義由来の独裁を目指すファシストで、日本では反日、嫌日、憎日の輩、根っからの売国奴だ。産経9/29から。

<中共はナチスを能く学習している。そこに、ベルギーの“戦史”研究が加われば、中国の対日戦略は完結に近付く。

ベルギーは第1次大戦で、中立宣言したにもかかわらず、戦場となり被害に遭った。戦後、ドイツの脅威に備えフランスと軍事協定を結んだ。ところが「戦争に巻き込まれた」との反動で非戦・反軍思想が深まり1936年、協定を破棄し中立政策に回帰。精強な軍の育成を怠った。

一部には、ナチス独の脅威に対抗し、仏/英軍の国内駐留を求める主張もあったが、ベルギー政府はあくまでヒトラーを刺激せぬよう努め、外国軍を入れなかった。結果、ベルギーはナチス独に占領される。

中立宣言の無力を、占領という屈辱を通し確信したベルギーは第二次大戦(39〜45年)後、ブリュッセル条約(48年)→NATO(北大西洋条約機構)という集団防衛=集団安全保障の枠組みの中に、積極的に自らを投じる。

日本を「戦争をできる国にする」と版図拡大という野望を挫かれる中国は、日本の政治家・官僚や経済人、国民を“友好”で手なずけ、脅し、危機に臨み覚悟できない“平和主義者”を培養する工作に励む。

ナチスはオーストリア併合に際し、テロや暴動を画策し政権を内部より揺さぶった。国民は無邪気にナチスに熱狂し、為政者は脅しに屈して併合とは名ばかりの属国となった。非戦・反軍を看板にしたベルギーは占領された。

中国はナチスに学び、日本はナチスに侵された国に学ぶのだろうか…。
(政治部専門委員 野口裕之)>

産経はすっかり戦争前夜モード、テンションが上がっている。大いに結構なこと。

そう言えば今日から産経ウェブ版が8つに膨れ上がった。4つをお気に入りに登録した。産経頑張れ、朝日絶滅、ファシスト中共殲滅、いざ支那解放へ! 小生はただ騒いでいる阿Qの類なのか?

■10月2日(木)。朝は室温22度、晴れたり曇ったり、フル散歩。

10月4日から2泊3日で長野県の田舎に行く予定だった。カミサンの友達が古民家を改装した別荘を持っており、3年ほど前に行ったときには食事はすべて小生が作ったから、奥さんが「修一さんを連れてきてね」と招待されたのだ。奥さんは別荘まで行って3度の食事までやりたくないのだ。

小生は「頻尿だから1時間以上のドライブには耐えられない」と言って断っていたのだが、「オムツしてでも来て頂戴。95歳の義母も修一さんの料理を楽しみにしているから」と熱烈コール。95のおばあちゃんから期待されたら行かざるを得ない。

ところがこの8月に、カミサンの富豪病院の50周年記念パーティが10月4日に開かれることになり、長野行きはキャンセルとなった。

奥さんが小生を招くのには食事以外にも理由がある。旦那さんは月のほとんどを別荘で過ごしていたが、1年ほど前から体調を崩して横浜暮らしに戻った。田舎にはいい病院が近くにあるわけはないからだ。横浜にはどっさりある。

しかし、別荘の手入れもあるから月に1、2回は行かざるを得ない。3時間運転し、ようやく着けば、広い庭は草ぼうぼう、まずは草むしり。そして雨戸をあけて空気を入れ替え、掃除するが、中2階を含めれば100畳くらいあるからほとんど疲労困憊する。だから「修一さん、料理はお願い」というわけだ。

小生は一時期、別荘に憧れたが、子供が小さく、自分たちも元気なうちはいいが、病気になったり、老いたりしたら、別荘はお荷物になる。父の弟である叔父さんも高原に別荘を持っていたが、呼吸器系の病気になってからまったく行かなくなった。空気が薄いから苦しいのだ。

別荘を買わなくて本当に良かったと思う。ヂイヤ、バアヤ、メードを雇える人ならともかく、庶民は旅館を利用すれば事足りる。元気なうちに旅行へ行って、大いに旅館を利用し、土産物もどっさり買ってくれ。地方も元気になる。

産経の「イロンナ」へ初投稿。メールで「来週掲載予定」とのこと。

■10月3日(金)。朝は室温24度、びっくり、すぐに26度、快晴、日射し強し、犬は元気でフル+α散歩。11時には28度で夏のよう。忠魂碑に献花。ツクツクホウシ鳴く。最後の一匹か。

御嶽山(3067m)。深田久弥はこう記している(「日本百名山」1964)。

<富士山、鳥海山、立山、石鎚山など、古くから宗教登山が盛んであったが、現在では一般登山の中に解消されている。信仰登山の組織と戒律と風俗を今でも濃厚に保っているのは御嶽だけだろう。

夏に表口の王滝や黒沢から登っていくと、道が白く見えるくらい白衣装束の信者が続いている。それが子供から爺さん婆さんに及んでいる。彼らは登山に趣味を持っているわけではない。私の知っているある下町のお茶屋のおかみさんは、およそ山に縁のない人だが、毎年オンタケサンにはお詣りを欠かさない。

広い頂上の然るべき所には、あちこちに宗教的モニュマンが建っていて、信者の一群を率いた先達が、そこで加持祈祷をしているさまが眺められる。信者にお祓いを施す時の先達の形相は物凄い。

全くここは信仰の山、庶民の山であって、ピッケルに登山靴のアルピニストは疎外者のような感じである。彼等(アルピニスト)はそういう山を俗化と呼んで敬遠する。僅かに季節外れの時期に、少数の純粋登山者を見るくらいである>

ちょうど50年前の御嶽山はそんな山だったのだ。山と渓谷社の「日本百名山登山案内」(1999)は、今から15年前の様子をこう紹介している。

<北アルプスと中央アルプスにはさまれて悠然とそびえる御嶽は、古くから信仰の山として全国から登拝者が訪れる。古来の風習をいまに残し、「六根清浄」を唱えて登る白装束姿の信者の列があとを絶たない。

昭和54年(1979)の噴火以来、山頂部には噴煙が上がり、荒涼とした地獄谷から神秘の水をたたえる三ノ池へと変化に富んだ風景が展開している。

歩行時間(休憩含まず):5時間30分、体力度(4段階評価)★★、技術度(3段階評価)★★、危険度(2段階評価)★★>

15年前も信仰の山で、それなら今もそうなのだろう。

東京都の最高峰、雲取山(2017m)。1泊2日で小生も登ったが、山渓もそれを推奨し、歩行時間:1日目5時間30分、2日目3時間50分、体力度★★☆、技術度★★、危険度★☆としている。

つまり御嶽山は3000m級なのに日帰りも可能なお手軽で人気の山なのだろう。ところが楽しいはずの登山、願いごとをかなえてくれるはずの登拝が、戦後最悪の噴火災害になってしまった。

仕事で亡くなれば殉職という言葉で慰められるが、今回の災害で亡くなった人をなんと言って慰めたらいいのだろう。

小生ら4家族の16人は雲取山では山小屋に着く前に激しい雷雨に遭い、左右がピカピカしているので落雷で死ぬのじゃないかと本当に怖かった。奥多摩の大岳山では登山道が凍りついていてとても危険だった。道志川渓谷ではキャンプ中に豪雨と強風に襲われて緊急避難し、すべてのキャンプ機材を失ったものの命は助かった。

自然は時々牙をむく。避けられないことも多いし、運が悪ければ命を失う。当たり前だけれどそう覚悟しておくしかない。

昼過ぎに産経から電話。「手直しした原稿を送るからチェックして」とのこと。まあきめ細かいこと。(2014/10/3)


◆「体制崩壊は5〜7年後」

宮下 日出男


<脱北者ら分析「金正恩の権力強くない、台本を書いているのは組織指導部」)

北朝鮮に関する学術会議がオランダ南西部ライデンで開かれ、体制内で高官を務めた脱北者7人が金正恩(キムジョンウン)体制の現状などについての分析を語った。

元高官らは、権力の中心は朝鮮労働党組織指導部だとした上で、金正恩第1書記は金正日(キムジョンイル)総書記ほどに権力を掌握できていないと指摘。内部闘争の恐れや統治システムの衰退を踏まえ、体制崩壊も遠くないとの見解を示した。

会議はライデン大学の現代東アジア研究センターなどが企画。朝鮮労働党統一戦線部に勤務した張真晟(チャンジンソン)氏のほか、元外交官や元軍高官、一般警察にあたる人民保安部の元高官らが17、18両日、同大で個別の講義や記者会見、講演を行った。

組織指導部は幹部人事も握る実力組織で、金正恩体制のナンバー2の地位にあった張成沢(チャンソンテク)氏の粛清を主導したといわれる。元高官らは組織指導部について、行政、治安、軍への権限も併せ持つ「最も重要な中央機関」であり、金第1書記の指示も組織指導部を通じて伝えられているとした。

金総書記は金日成(キムイルソン)体制時代に組織指導部長を務めるなど長年かけて権力掌握を進めてきたが、金第1書記は準備期間が短かった上、スイスに留学していたため信頼できる政治的協力者もいない。

このため、金総書記ほどの実権を有しておらず、組織指導部が北朝鮮の権力機構維持のため、金第1書記の権威を保とうとしているという。

 ある元高官は「映画でいえば、金総書記は監督と主役を兼ねたが、金第1書記は主役のみ。台本を書き、監督をしているのは組織指導部だ」と説明。張真晟氏も「金第1書記は象徴的な最高指導者」と強調した。

元高官らは、この状況下で「権力内部では多くの摩擦や緊張が起きている」と指摘。最たる例が張成沢氏の粛清で、「金正恩体制で張氏の影響力が増し、反対派との間で緊張が高まった」結果、組織指導部を中心に排除が図られたという。だが、金第1書記の叔父の粛清は「最高指導者の尊厳を傷つけた」とも強調する。

張真晟氏は「張成沢氏排除で団結した人々も、もはや同じ船に乗っている必要がなくなった」と語り、新たな内部闘争が起こる可能性を指摘。さらに争いの目的もかつては最高権力者に近づくため、金総書記への忠誠心を示すためだったのが、今は「ビジネスや貿易への影響力」の確保に変わっていると分析した。

食糧の配給制度が破綻して密輸などヤミ取引が拡大し、これに伴い外部からの情報を得ようとの動きも強まっているという。張真晟氏は体制を支えてきた「物質的管理」「思考管理」という2つの柱が崩壊しつつあるとした上、「体制崩壊はそんなに遠くない。5年後か、遅くとも7年後だ」と強調した。(オランダ南西部ライデンにて)産経ニュース


      

2014年10月03日

◆河野氏が国会で説明すべき3つの疑問

阿比留 瑠比


秋の臨時国会が開会し、衆参両院で論戦が始まった。そこでぜひ、参考人として招いてもらいたいのが河野洋平元官房長官だ。自民党の稲田朋美政調会長は「河野氏を国会に呼んで何を明らかにするかをはっきりしないといけない」と指摘しているが、河野氏には、少なくとも次の3点について国民に説明する義務と責任があると考える。

まず、河野氏が平成5年8月に慰安婦募集の強制性を認めた河野談話を発表した記者会見で、「強制連行の事実があったという認識なのか」と問われ、こう答えた問題だ。

「そういう事実があったと。結構です」

だが、政府が今年6月20日に公表した河野談話作成過程に関する報告書は「(談話作成に至る)一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる『強制連行』は確認できないというもの」だと明確にしている。

実際、河野談話には「強制連行」という言葉はない。河野氏は当時の政府内の共通認識を踏み外し、自身の名が冠された談話の趣旨からも逸脱する答弁をしているのである。

これにより、政府が公式に慰安婦の強制連行を認めたとの誤解が世界に流布されることになった。

「どうしてあの発言が出てきたのか不思議だ。この検証はぜひしてほしい」

現在の政府関係者もクビをひねる「(河野氏)ご本人しか説明できない」(次世代の党の山田宏幹事長)話なのだから、河野氏に出てきてもらうしかない。

次に、河野氏がこれまで河野談話が日韓間で事前に内容や文言を調整した「日韓合作」であることを否定してきた問題がある。

これも6月の政府の報告書が日韓間の事前調整を認定したが、河野氏は例えば9年3月31日付朝日新聞のインタビュー記事でこう語っていた。

「この問題は韓国側とすりあわせをするような性格のものではありません」

明らかに事実と異なることを国民に発信している。これについては、河野談話発表時に内閣外政審議室がまとめた「想定問答」でも模範解答は「事前協議は行っていない」とあった。

いわば宮沢喜一内閣ぐるみのごまかしだったのだろうが、河野氏にはどうしてこんな嘘をつく必要があったのかを聞きたい。

3点目は、河野氏がずっと、河野談話の主な根拠は韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査だと主張してきた経緯についてだ。

河野氏は「被害者でなければ語り得ない経験だ」と強調し、これが河野談話の決め手となったとしてきたが、この点に関しても政府の報告書はこう退けた。

「聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」

ここでも河野氏の言葉の信じがたい軽さが明らかになったわけだ。河野氏は一体何がしたかったのか。

「あの報告書には足すべきところはない。全く正しい。引くべきところはない。正しい」

政府が報告書を公表した翌日の6月21日、河野氏は山口市での講演でこう言い切っている。つまり、今まで自身がメディアで訴えてきたことは虚言であったと認めたわけである。ならば国民に向かって言うべきことがあるのではないか。

三権の長である衆院議長まで上り詰めた河野氏である。長年所属した国会の場で、けじめをつけるべきだろう。(政治部編集委員)

産経ニュース(阿比留瑠比の極言御免)2014・10・2

◆これから米国は力を萎えさせてゆくか

加瀬 英明



昨夏以来、オバマ大統領の支持率が地に堕ちて、30%台で低迷している。

昨年8月に、シリアへ軍事制裁を加えると発表したが、どの世論調査も国外の紛争に介入してはならないという回答が、圧倒的だったのに臆して、撤回したところを、こともあろうにプーチン大統領によって救われたのが、躓(つまず)きの発端となった。

オバマ大統領は9月10日にテレビの全米放送に出演して、「アメリカは、もはや世界の警察官ではない」と、2回も繰り返して、弁明した。
 
軍事力が削減される

そのかたわら、アメリカは巨大な財政赤字に苦しんでいるために、国防予算に大鉈(おおなた)を振っている。

今年に入って、オバマ政権はプーチン大統領がウクライナのクリミアを傍若無人に切り取った時も、効果があるような制裁措置をとろうとしなかった。

オバマ大統領は中東において、かつてない混乱が拡がっているのにもかかわらず、イラクに対する小規模な空爆を決定しただけで、腰がすっかり引けている。

もっとも、アメリカ国民が国外の紛争に介入することに懲りているのは、オバマ大統領だけのせいではない。

 ブッシュ大統領の手張り

前任者のブッシュ大統領が勢いを駆って、アフガニスタンとイラクに侵攻して、成果があったどころか、この2つの国だけとっても、手のつけようがない混乱がひろがっている。

日本でも、世界においても、アメリカが超大国であるのをやめて、孤立主義の殻にこもりつつあると、見る人々が多い。
 頂点を過ぎてもアメリカの存在感はまだ強国である。

だが、アメリカが頂点を過ぎた国となって、これから力を衰えさせてゆくとみるのは、早まっている。

オバマ政権はまだ任期を2年あまり残している。このあいだ、オバマ大統領がリーダーシップを取り戻すことはありえない。

しかし、今後、アメリカが世界の指導国家の座を降りると見るのは、早計だ。アメリカという国の習癖(しゅうへき)を過去に遡って、知らなければならない。

私は、“アメリカ屋”である。ずっと、アメリカの脈を測ってきた。

これまで、アメリカは衰退するという危機感に、周期的にとらわれてきた。

私は1957年10月に20歳だったが、アメリカに留学していた。

 人類最初の有人衛星の衝撃

この月に、フルシチョフ首相のソ連がアメリカに先駆けて、人類最初の有人衛星『スプトニク』を打ち上げて、地球軌道にのせた。

アメリカは『スプートニク』の打ち上げによって、衝撃を受けた。当時、アメリカはアイゼンハワー政権のもとにあった。

『スプトニク』の打ち上げがもたらしたショックは、「ミサイル・ギャップ」として知られる。アメリカは強い危機感に襲われた。

このままゆけば、ソ連が20年あまりのうちに、科学技術だけでなく、あらゆる面でアメリカを追い越すことになると、まことしやかに論じられた。

 1960年の大統領選挙とケネディの登場

1960年に、大統領選挙が戦われた。ニクソン副大統領と、民主党のジョン・ケネディ上院議員が争った。

ケネディ候補は52歳で、颯爽としていた。ソ連のほうが理科系の学生が多いことから、宇宙開発から先端軍事技術、国民生活の質にいたるまで、じきにアメリカを凌駕することになるという恐怖感を煽り立てて、アイゼンハワー政権の失政を激しく非難した。

ニクソン候補はアメリカがそれまで人工衛星を、20以上も地球軌道に乗せたのに対して、ソ連は3回しかなく、有人衛星を打ち上げたからといって、アメリカの優位が揺らぐことはないと、反論した。

ソ連はアメリカにあらゆる面で大きく立ち遅れているから、20年以内にアメリカを凌駕(りょうが)することなどありえないと、言い返した。

選挙結果は、デマゴーグのケネディが僅差だったが、勝った。だが、ソ連は経済が振わず、その時から31年後に崩壊した。

私は1991年のクリスマスの日に、クレムリン宮殿のうえに翻っていた、赤地に鎌(かま)と槌(つち)をあしらったソ連国旗が、最後に降揚されたのをテレビで見たのを、よく憶えている。

今日、このままゆけば、中国が20年以内に、アメリカを経済力と軍事力において上回ることになると説く者が多いのと、似ている。

ケネディ大統領が暗殺されると、ジョンソンが後を継いだ。

1968年に、ニクソンがハンフリー副大統領と、大統領選挙を争った。

ニクソン候補はアメリカが衰退しつつあり、「このままゆけば、向こう15年以内に、西ヨーロッパ、日本、ソ連、中国の4ヶ国が目覚しい経済発展を続けて、アメリカと並び、アメリカはナンバー・ワンの座を失う」「いま、アメリカは国力の絶頂期にあるが、古代ギリシアや、ローマと同じ轍を踏むことになろう」と訴えて、危機感をさかんに煽った。

ニクソン政権は、ケネディ大統領が始めたことから、「ケネディの戦争(ケネディズ・ウォア)」と呼ばれ、ジョンソン政権のもとで拡大して泥沼化した、ベトナム戦争の後始末をするのに苦しんだ。

ニクソン大統領は「もはや、アメリカは世界の警察官ではない」と述べて、ソ連と対決してきた姿勢を捨てて、ソ連との間に「平和共存(デタント)」新戦略を打ち出した。

私は福田赳夫政権が昭和52(1976)年に発足すると、首相特別顧問としてアメリカとの折衝に当たったが、カーター政権が相手だった。

カーター大統領は、朝鮮半島から在韓米軍を撤退することを公約していたが、私の役目の1つが、在韓米軍の撤退を撤回するように、手練手管を盡して、説得することだった。

カーター政権が発足した時には、アメリカ国民はベトナム戦争が大失敗に終わったことがもたらした深い傷が、まだ癒えていなかった。

アメリカはカーター政権のもとで、内に籠った。そのうえ、アメリカはイスラム産油諸国が1970年代に2回にわたって起した石油危機によって、経済が混乱したことによって、国民が自信を失っていた。

 レーガン大統領はアメリカを甦らせた

だが、カーター政権のあとに、レーガン政権が登場すると、アメリカはまるで不死鳥(フェニックス)のように、甦った。アメリカは自信を回復した。

そして、ブッシュ(子)政権のもとで、天空の頂点まで舞い上がった。

これまで、アメリカは振り子のように、果敢に外へ向かう時期と、羹(あつもの)に懲りて、内へ籠ろうとする時期が、交互してきた。

アメリカはいま、アフガニスタンとイラクで受けた傷を、舐めている。アメリカはローラーコースターか、忙しく拡げたり、縮めたりするアコーディオンに似ている。

いまから20年、いや30年先を考えてみよう。アメリカを科学技術で追い越す国が、あるだろうか。中国にそのような力は、まったくない。EUや、日本が、アメリカと並ぶことも、考えられない。

 アメリカの優位性は継続する

現在、アメリカは経済規模で中国の2倍、中国につぐ日本の3倍に、当たっている。

中国は現体制が20年後に、まだ続いているものか、保障がない。圧制によって体制を維持している国は、政治的な激震に見舞われると、経済が揺らぐ脆弱さを内包している。

そのうえ、中国では巨大な人口の高齢化が急速に進んでゆくが、アメリカは移民によって経済規模が増大するとともに、高齢化の速度が緩やかなものにとどまる。

アメリカはほどなく安価なシェールガスと、シェールオイルによって、世界最大の産油国となって、エネルギーの自給自足を達成することになる。

今後、アメリカが畏縮してゆくことになると、きめつけるのは、まだ早い。

◆中共封じ込め着々と

平井 修一



アジアにおける最大の危険因子は中共である。これは世界中での共通認識だろう。国基研企画委員・太田文雄氏は海自出身で、退官後は防衛大学校教授も務めた文武の方。以下の氏の論考「中国海軍の弱点を突く自衛隊の役割」(9/22)はとても参考になった。

<9月19日、トシ・ヨシハラ米海軍大学教授の「アジアの海洋における日本の将来の役割」という講演を拝聴した。講演の骨子は

「中国海軍の海洋進出阻止のため、日本は南西諸島沿いに潜水艦の配備、機雷敷設、高速艇によるゲリラ攻撃、そして陸上自衛隊対艦ミサイルの配備を行うことにより、米軍が攻勢作戦をとるまで中国海軍の艦艇を第一列島線内に封じ込めることが中国を相手にした効果的な競争戦略」

とするものである。

中国海軍にとって、南西諸島から台湾、フィリピン、インドネシアに至る第一列島線内に封じ込められるのが最も嫌であることは、陸自対艦ミサイルを南西諸島沿いに配備する計画が報道された今年6月に、中国の外務省をはじめ国防関係シンクタンクがこぞって懸念を表明したことからもうかがえる。

競争戦略とは冷戦時代に考えられた「ソ連の弱点を西側の強点で突く戦略」であり、現在でも米国防総省ネットアセスメント室の対中戦略はこの考え方を踏襲している。

その基本は「孫子の兵法」虚実篇にある「兵の形は実を避けて虚を撃つ」、即ち敵の弱点を我が強点で攻撃する非対称戦である。

中国海軍の弱点は水面下の戦い、即ち対潜水艦戦及び対機雷戦であるのに対し、海上自衛隊は創設以来、両者をお家芸としてきた。これに加えて海自のミサイル艇隊や陸自が開発した対艦ミサイルを南西諸島沿いに配備することで、相乗効果が期待できる。

ただし、第2次世界大戦中の1944年前後、帝国海軍の及川古志郎海上護衛司令長官も、米海軍の東シナ海侵入を阻止するため同様の機雷敷設を構想したが、帝国海軍ですら所望の機雷を確保することができなかったので、沖縄本島・宮古島間のような幅広い海域は潜水艦で対処する等、有効な組み合わせが必要となってくるであろう>(以上)

読売の報道によると、日中間の偶発的な軍事衝突を避けるための防衛当局間のホットライン「海上連絡メカニズム」作りに向けた協議が、年内に再開される方向となった。「ただ、中国の本気度を疑問視する声も強く、実際の運用開始にはなお曲折が予想される」とある。

習近平は戦争をしたいのだから「海上連絡メカニズム」が機能するかどうかはすこぶる不明だ。力で抑えるしかない。

朝雲9/25は「アジア地域の安定は、軍事的な支援は米国、警察的な協力は日本という役割分担で」と以下のように紹介している。

<陸上自衛隊は今秋、歴代の陸上幕僚長として初めて岩田清文陸幕長がフィリピンを訪問したのに続き、現在は災害救援などを目的とした米比共同訓練にオブザーバーとして参加している。

地域の安定化を目的に、これまで日本は、ベトナムやインドネシアに対し、巡視船艇を供与するなど海洋警察力の能力向上に取り組んできた。軍事的な支援は米国、警察的な協力は日本という役割分担でもある。

それらは、南シナ海における紛争予防が主な目的だったが、今回、陸自が人道支援や災害救援の分野で、本格的に能力構築支援(キャパシティー・ビルディング)に乗り出すことは、日本が担える協力の幅を広げる意味からも歓迎したい。

そうした取り組みの背景には、米国の相対的な衰退という現実がある。今春、オバマ大統領のアジア歴訪直後に、南シナ海で中国がベトナムやフィリピンを挑発したことに象徴されるように、残念ながら米国だけで中国を抑止することなどできない。

日米、そしてアジア太平洋の国々が連携して、中国に好ましくない行動を自制させられるか――。それが年末に控える「日米防衛協力のための指針」、いわゆるガイドラインを見直す最大の目的だ。決して中国が喜ぶ“力の空白”をつくってはならない。

日本が南シナ海の安定にどれだけ貢献できるのか。それが、東シナ海で中国の脅威と向き合う日本の安全に直結していることを、忘れてはならない>(以上)

ガイドラインの見直しでも中共べったりの公明党は足を引っ張るはずだ。平和を唱えて危機に備えぬ獅子身中の虫を追放しないとろくなことにはならない。公明党に仏罰を。これも国防上の課題である。(2014/10/2)

◆ISIL究極の戦争目的は何なのか?

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)9月30日(火曜日 通巻第4350号>   

 〜終着駅が見えないイスラム過激派とのテロ戦争
  ISIL(イスラム国)の究極の戦争目的は何なのか?〜

イラクの政治的統治はもはや絶望的になった。

オバマ大統領がペンタゴンの反対を押し切っての時期尚早の撤兵は、いずれ後世の歴史家から厳しく批判されることになるだろう。

6月に米国はマリキ前政権を見限った。米国傀儡といわれたマリキ政権はむしろ、イランに接近し、シーア派を重視してスンニ派を弾圧したからだ。スンニ派は不満を高めていた。

6月にもケリー国務長官がバグダット入りし、同時期にイラク防衛のためにオバマは特殊部隊を送った。だがイラク政府軍の士気は滅法低く、敗色が濃くなって、あろうことか、北西部油田地帯から逃亡を始める。

ISIL(「イラクとレパントのイスラム圏」)は拠点のシリアから南下し、たちまちのうちにモスル、キルキーク、チクリット、ファルジャなどを軍事静圧した。

このときISILは、米軍から大量に支給されていたイラク軍の武器庫を急襲し、最新兵器多数を奪って武装を強化した。同時に逼塞していた旧バース党員(サダムフセインの残党)が反政府勢力に加わった。

外国企業のイラク撤退が開始された。欧米石油エンジニアが油田から去った。

どこにでもいる中国企業とて比較的安全と云われたイラク南部の油田から石油エンジニアの引き上げを開始した。

間隙を縫ってISILは盗んで油田から石油生産を続行し、廉価で原油の密輸出を始めた。

イランは精鋭の「革命防衛隊」をイラクへ派遣すると言いだし、バグダット政権は志願兵をカネで集めた。しかし志願兵はプロの軍人でもなく、訓練不足。そのうえ武器不足である。

ISIS(イラク・レパントのイスラム圏)はシリアに投入していた外人部隊をイラクへ転戦させ、大攻勢をかける構えを崩さなかった。バグダット侵攻が目前だった。

クルドならびにヤジド族への血の弾圧、粛正が始まり、捕虜とした女性を性奴隷に、男達はつぎつぎと虐殺した。13万人ほどがトルコへ逃げた。

彼らは正統カリフ国家を僭称し、イスラム法を勝手に解釈して、敵と思われる勢力、宗派の抹殺を図る。キリスト教徒への迫害も凄まじい。

ついには米英のジャーナリストを処刑し、その残忍な場面をネットに流した。このため欧米は激怒、オバマ政権は空爆を決める。欧米の世論が一夜にして変わったのは、このジャーナリスト処刑である。

つまり、欧米キリスト教世界に、かれらは残忍さを見せつけ、喧嘩をうった。どのような勝算があるのか、一説に欧米を巻き込んで中東を流血の巷と化かし、毛沢東の展開した持久戦にもちこむ戦略の行使とみることができる。


▼F22ラプター、シリアのISIS拠点攻撃に初登場

シリア領内にあるISILはこの頃から単にIS(「イスラム国」)と呼ばれるようになり、外国人傭兵多数が加わっていることが判明した。

CIAは多くみつもって3万人のメンバーと推測していることが分かった。

9月22日、イラクのみならずシリアへ米国主導の空爆が行われ、「テロリストの本部、軍事訓練場、武器庫、食糧倉庫、財務本部、宿舎などを空爆とミサイルで破壊した」(米中央軍発表)。空爆はF22,B1、F16,F18のそれぞれ爆撃機が勢揃いした。また洋上から多数のトマホークミサイルが発射された。

オバマ大統領の決断は9月10日だった。空爆の実現までに随分と時間が必要だったのは周辺国の同意、賛意、あるいはこの空爆への協力である。米国の発表に従えば、空爆にはサウジアラビア、ヨルダン、カタール、バーレン、UAE(アラブ首長国連邦)が加わり、シリアのアサド政権には事前に通告したと一部メディアがつたえた。

アサドにとっては干天の慈雨のごとき、朗報である。

「中東の異端児」といわれるカタールが有志連合に加わったのは意外だった。

カタールはアルジャジーラの拠点でもあり、産油国で唯一リベラルは政策を掲げるため周辺国と対立してきたのである。


▼イランとトルコの反応

一方でイランからの敵対的な声明もなく、シリア政府は沈黙を続けたままである。

トルコは首相が記者会見したものの、米国とアラブ諸国との協調にはノーコメント、まだトルコ政府そのものは態度を鮮明にしなかった。

トルコにはすでに百万人に及ぼうとするシリアからの難民と、国境にはイラクとの境界線も曖昧なゲリラ地区を抱えており、次の対策の方向性が見えていない。

オスマン・トルコ帝国の復活の夢は遠のいた。

ともかく空爆は、これからの永い対テロ戦争の「はじまり」でしかなく、近未来にかけてISILとの戦闘は長期化する畏れがある。

米国は地上部隊をいつ導入するかという議論になる可能性が高い。オバマは国連で支持を広げ、国際社会の理解を得たい姿勢にある。意外にロシアも中国も現在沈黙を守っている。かわりに豪、フランス、ベルギー、北欧諸国が空爆への参加、すくなくとも武器供与を申し出た。

イラクの構造を複雑に図式化してみせたのはTIME(14年6月30日号)だった。それによれば次のような複雑な背後関係がある。

第一に米国とイランは対立するのにイラク政府防衛では利害が一致している。

第二にシリアのアサドを支持しているのはイランとイラクとシーア派の武装組織であり、そのイランを封じ込めているのが米国と湾岸諸国という錯綜した構図がある。

第三にアサド政権を守ろうというのは湾岸諸国とスンニ派武装組織。シリアに協調的なのがトルコとクルド族で、これら複雑にして輻輳した利害関係が絡み合いながらもISISを駆逐するために共同戦線を張ろうとしているのが米国、イラン、イラク政府とクルドという「野合」の状況が生まれた。

アルカィーダから分派して結成されたのが、このISIL(イスラム国)だが、ほかにアルカィーダ直系とみなされる「ホラサン」が注目をあつめる。

ホラサンは特殊爆弾を使う個人テロが得意であり、残虐さにおいてイスラム国に引きを取らない。そして、このテロリスト集団は、世界各地に戦士を補充するリクルート作戦に乗り出したのである。

 
▼インドのハイテクシティ「ハイダラバード」からも「イスラム国」に

習近平(中国国家主席)がインドを訪問し、モディ首相と会談した。総計2兆円にものぼる新規投資をぶち挙げ、「本当か?」と首をかしげた読者も多いだろう。

これは表層のイベントであり、習近平がインドに持ちかけた主題は、じつのところ、SCO(上海協力機構)への正式メンバーの要請だった。

中国は「テロの戦い」を宣言した欧米の姿勢をむしろ評価し、「テロ対策に二重基準はあったはならない」(たとえば王毅外相の国連演説、9月27日)などとして、新彊ウィグル自治区での独立運動家弾圧を「テロリスト」対策と偽って正当化しようとしているのだ。

さて問題はインドのハイテクシティにおける異変である。

シリアとイラク北東に盤踞する過激派「イスラム国」(ISIS)は、いまや2万から3万のメンバーで、このうち6000名から7000名が外人部隊。それも西欧の白人が戦闘員に混ざり、気勢を挙げている。

「イスラム国」は世界各国にリクルート部隊を派遣し、若者を洗脳し、兵隊要員として次々と雇用しているが、警備当局は警戒を強め、先頃もインドネシアで四名、豪で15名を拘束した。

インドにもイスラム国に魔手が延びていたのだ。

インドが衝撃を受けたのは、イスラム教の狂信者は措くにしても、ハイダラバードから、若者が十数名、イスラム国にリクルートされ、出国寸前だったことだ。

ハイダラバードは「インドのシリコンバレー」といわれるバンガロールと並び、IT,コンピュータ、ソフトなどを開発する先端技術が集約した工業都市、技術大学も林立するうえ、たとえばマイクロソフトのCEOにビルゲーツから指名されたのは、このハイダラバード出身のインド人だった。

インドが恐れるのは、こうした理工系の優秀な若者が、しかもヒンズーの強い町で、なぜかくも簡単に敵対宗教の過激派の武装要員にリクルートされてしまうのか、という恐るべき現実なのである。

かつて日本の某新興カルトに集まったのも理工系、化学などの専門知識をもった若者であり、その洗脳が深ければ深いほど狂信的ドグマから抜け出すのは容易ではない。


 ▼パキスタンにも異変

パキスタンのムスリムの精神的指導者アジス師が最近、「『イスラム国』を支持する」と発表した。これは衝撃的な事件である。

ISIL(イスラム国)は、イラクがかたづけば、次の攻撃目標は中国である、と聖戦の継続と拡大を宣言しており、この動きに神経をとがらせる北京はアジス師の動向監視をパキスタン政府に要請した。

ホラサンは、中国ばかりか世界を相手にテロ戦争をつづけると言っている。

2014年8月23日、中国は昨秋の北京天安門炎上テロ事件の関係者、8人を
テロリストとして処刑した。全員がウィグル人だった。

同日、湖南省南部にあるカルト集団「全能神」本部を手入れし、信者1000
人を「カルトの狂信者」だとして、拘束したことも発表した。ISILは
すでに中国に触手を伸ばしておりウィグル人のイスラム教徒過激派多数が
軍事訓練に参加している。ISILにはウィグル人多数が加盟していると
される。

北京にとってはやっかいな問題が再浮上した。

ISILは当初「イラクとレパントのイスラム圏」と訳されていたが、最近のマスコミは、このテロ組織を「イスラム過激派」とか「イスラム国」という訳語を当てている。

7月に記者会見したISIL指導者は15分にわたる演説で「ISILは北アフリカからスペイン、東は中央アジア、パキスタン、アフガニスタン、インド。そして最終最大の目標は中国である」と述べた。

こうなるとレパント(地中海沿岸)の範囲を超える。

華字紙の「多維新聞網」(8月16日)は、このイスラム過激派の膨張目的を「危険の弧」と命名した。事実、アフガニスタンのアルカィーダ秘密基地で軍事訓練を受けていたウィグル人は、1000人とされ、米軍の攻撃でグアンタナム基地に数十人が拘束され、うち何人かはアルカィーダと無関係とわかってアルバニア、ポリネシア諸国が身柄を引き取った。中国は執拗に身柄の引き渡しを要求している。
 

▼そしてクルド族の独立が射程に入った
 
周辺国にあって大国はトルコである。「オスマン・トルコ帝国」の復活を目指すかのようなエルドアンは「(自らの大統領選の)勝敗の決め手はクルド族との和解にあり、クルドの支持を得られるだろう」とした。

エルドアン・トルコ大統領は「クルド族が『独立』の住民投票を行うことに反対しない」と従来の政策を転換した。

こうした動きを背景にしてクルド自治区のマスード・バルザニ(自治政府議長)が記者会見し、「数ヶ月以内に住民投票を実施して独立を問う」と豪語した。

かくて中東は大混乱、空爆を奇貨とするのはクルド族にみならず、イスラエルとシリアのアサド政権が欧米のシリア空爆に裨益したように、クルド独立には、こんなチャンスは2度とないだろう。

バルザニは、「もちろん選挙管理委員会を組織化することから着手するので実際の投票実施までに数ヶ月の時間を要するが」と日程を明示することは避けた。

もっとややこしいのは、クルド独立をイスラエルが賛成していることだ。

クルドの独立を脅威視してきたイラクは「独立をめぐる住民投票は地域の不安定化につながるうえ、トルコ国内も不安定となる要素が大きく、究極的にはイスラエルを利するだけだ」と強く非難するが、国際世論もクルド独立に同調的である。

クルド族は推定人口1500万人。イラク、トルコ、イランの山岳地帯に住んでいるが、ながらくこれら三国が反対してきたため、独立は叶わなかった。

アラブ人と人種が完全に異なるゆえに自治区を形成してきたが、突如、ISISの跳梁跋扈でイラクが無政府状態となるや、クルドは電光石火の作戦でバイハッサンとキルクークの二つの油田を制圧した。両方で日量40万バーレルの石油が生産され、独立した場合の歳入が確保される。
 
ところで「中東の暴れん坊」だったイランとて、西側の政策が長引いて、宗教革命とかいう全体主義の体制は、第2世代に移行した。

まさに中国の太子党に酷似する。だから中国の奥の院で「共青団」vs「太子党」の権力闘争があるようにイランでもいま、おなじ対立が先鋭化している。

しかし、近代化を急いだパーレビを打倒したイスラム革命の背後には欧米の工作があり、フランスはホメイニ師を匿っていた。

イスラム革命が成功すると、旧権力者と軍幹部を根こそぎ処刑し、宗教警察という秘密警察を敷いて国民を監視し、身動きのできない全体主義国家に陥れ、あげくに彼らは暴走して米国大使館を占拠した。のちに大統領となるアハマドネジャットは、当時、その暴走組の一人だったという。

イランが暴れては困るし、過激派の跳梁跋扈はおっかない。だからサウジなど王政の産油国は恐怖のあまり、米国の兵器にたよる。

大きく歴史の展望を広げて植民地時代の原理原則を振り返れば、アジア各地で英国が何をしたか?

ミャンマー国王夫妻をインドへ強制移住させ、王女はインド兵にあたえ、王子たちは処刑した。旧ビルマから王制は消えた。そのうえでムスリム(イスラム教徒)を60万人、ミャンマーへ移住させて、仏教の国と対立するイスラムを入れ、北部のマンダレーには大量の華僑をいれ、少数民族を山からおろしてキリスト教徒に回収させ、要するに民族対立を常態化させて植民地支配を円滑化したのだ。

ベトナムでフランスが同じ事をやり、インドネシアでオランダがそれを真似、インドにも英国は民族の永続的対立の種をまいた。

つまり言語と宗教の対立をさらに根深いものとして意図的に残し、あるいは強化し、インド支配を永続化させようと狙った。インドの紙幣には十五もの言語の表現があり、統一のインド語のかわりに英語が共通語となった。

アルカイィーダというテロリストのお化けはなぜ生まれ、その亜流がもっと過激なテロ活動を続けているのか?

冷戦時代のソ連のアフガニスタン侵攻で、ムジャヒデンという武装ゲリラの武器援助を続けたのは欧米、とくに米国だった。パキスタンを経由してステンガー・ミサイルなどの高度な武器が供与され、結果、ソ連の武装ヘリは追撃された。

やがてソ連軍は去り、かわってアフガニスタンを支配していたタリバンは、アルカィーダの秘密軍事基地を提供し、テロリストが世界に輸出された。

タンザニアなどの米大使館がかれらに攻撃を受け、クリントン時代の米国はアフガニスタンのタリバン基地に50発のトマホークミサイルをお見舞いした。かれらはしかし生き残り2001年9月11日、NY貿易センタービルを破壊した。

この結果、ブッシュ・ジュニア時代に『対テロ戦争』が開始され、イラクへ、アフガニスタンへ大量の兵士と武器が送られた。政権がオバマになるや、イラクから撤退し、アフガニスタンからも逃げる準備ができた。

こうした状況に過激派アルカイィーダは世界の主要拠点を築いて外国人戦闘員も養成し、そのアルカィーダ残党から分派してできたのが『イスラム国』(もとはISIL<イラクとレパントノイスラム圏>と名乗った)である。

彼らは混乱するシリアに拠点を構築し、銀行強盗、誘拐身代金強奪など残虐さと荒っぽさでたちまちにして肥大化した。フランケンシュタインのようなイスラム過激派のお化けを産んだのは、結局のところ、英国などの植民地支配の残滓、米国の無邪気ともいえる介入と無惨な敗退ではないか。

しかし、もっと大局的な文明観にたてば、欧米はキリスト教文明圏であり、イスラム文明圏が結束して対抗する勢力となることを警戒するのだ。したがってシリアなども、イラクがそうであったように欧米が軍事介入すればするほどに紛争が悪質化するのだが、イスラム全体がまとまらず、恒常的に内訌と紛争を繰り返せば、それは欧米に裨益するからではないのか。

だからこそNATOの一員ではあってもEUからはじかれるイスラム世俗国家のトルコは産油国が加わっての「有志連合」の空爆には関与せず、シーア派のイランは形式的に空爆を非難した。

チェチェンなどイスラム過激派との内戦に痛い目にあっているロシアは当初静観し、中国も知らぬが仏という態度だったが、裏面では紛争地域にも鵺的に武器供与を続けて死の商人ぶりを発揮している。

「イスラム国」にとって米国はサターンだが、チェチェンを弾圧したロシアも敵であり、またイスラム同胞を弾圧し続ける中国の新彊ウィグル自治区のムスリムには深い同情を抱いており、いずれ彼らは攻撃目標に中国を加えるであろう。

かくして世界的規模の戦争がおこる蓋然性は高まった。石油価格は高騰しつづけ、産油国もまた欧米側に付かざるを得なくなった。
       

◆目に余る中国軍の「外交権干犯」

石 平



先月17日から19日、中国の習近平国家主席はインドを訪問した。国際社会でも注目される訪問だったが、中国国内ではなおさら、異様な興奮ぶりで盛り上がっていた。

訪問開始の翌日に人民日報は1面から3面までを関連記事で埋め尽くし、訪問後、政府は国内の専門家やマスコミを総動員して「偉大なる外交的成功」を絶賛するキャンペーンを展開した。中国政府と習主席自身にとって、それが大変重要な外交イベントであったことがよく分かる。

しかし、この内外注目の外交舞台に立った習主席に冷や水を浴びせたような不穏な動きが中国国内で起きた。フランスのAFP通信が9月18日に配信した記事によると、習主席がインド入りした当日の17日、中国との国境に接するインド北西部ラダック地方で、約1000人の中国軍部隊が突如インド側に越境してきて、それから数日間、中国軍とインド軍とのにらみ合いが続いたという。

中国軍の行動は当然、インド側の怒りと強い不信感を買った。18日に行われた習主席との共同記者会見で、インドのモディ首相が厳しい表情で「国境地域で起きていることに懸念を表明する」とメモを読み上げたとき、習氏の表情はいきなり硬くなった。

それは、習主席のインド訪問が危うく壊される寸前の際どい場面であったが、中国軍がこの「重要訪問」をぶち壊そうとするような行動に出たのは一体なぜなのか。

実は同じ9月の19日、中国軍高官の口から、習主席と中央指導部の権威をないがしろにするような発言が別の場所でなされた。

アメリカ海軍大学校で開催中の国際シンポジウムに参加した中国海軍司令官の呉勝利司令官が香港フェニックステレビのインタビューに応じ、米中関係のあり方について「米中間では原則面での意見の相違があり、その解消はまず不可能だ」と語った。それは明らかに、習主席や中央指導部の示す対米関係の認識とは大きく異なっている。

習主席や中国政府も米中間の「意見の相違」を認めてはいるが、これに関する指導部の発言はむしろ「努力して相違の解消に努めよう」とのニュアンスに重点を置くものだ。「相違の解消は不可能だ」という突き放したような断言が中国側高官の口から出たのは呉氏が初めてである。
しかしそれはどう考えても、外交方針を定める中央指導部の権限に対する軍人の「干犯」以外の何ものでもない。米中関係がどういう性格のものか、中国がアメリカとどう付き合うべきか、中央指導部によってではなく、呉氏という一軍人が勝手に決めようとしたのである。

呉氏はインタビューの中でさらに「一部の人々は(米中間の)意見の相違は双方の努力によって縮小することができる、あるいは解消することができると考えているようだが、それは甘すぎる」と発言した。それは読みようによっては、習主席自身に対するあからさまな批判ともなるのである。

たとえば9月9日、習主席は北京で米国のライス大統領補佐官と会見した中で、「中米は対話を強化し、理解を増進し、意見の相違を適切に処理して摩擦を減らさなければならない」と語ったが、前述の呉氏発言からすれば、「甘すぎる」のはまさに習主席その人ではなかろうか。

このようにして、今の中国では、中央指導部の外交権や政策の遂行に対する軍人たちの干犯や妨害がますます増幅しているように見えるし、名目上の最高指導者である習主席の「権威」は彼らの眼目にはなきもの同然のようだ。

あるいは、習主席という「みこし」を担いで軍人が専権するような時代が知らずしらずのうちに始まっているのではないか、という可能性も考えられるのである。

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【プロフィル】石 平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
産経ニュース【石平のChina Watch】10・2