2014年09月30日

◆木津川だより 7世紀の木津川流域A

白井 繁夫



「大化改新詔:646年」に「畿内国」の境界が定められており、木津川沿いには「畿内国」の中心「大和」から木津(泉津)→宇治(菟道:うじ)→山科(逢坂山)を通り、近江へ出る幹線道路(山背道:山城道)が、すでに在りました。

『日本書紀』大化2年正月条:畿内の境界:東は名墾(なばり:名張市)の横河、南は紀伊の兄山(せやま:かつらぎ町の背山)、西は赤石(明石)の櫛淵(くしぶち:須磨浦公園付近)、北は狭狭波(さざなみ)の合坂山(逢坂山)、と定められています。

天智2年(663)8月、白村江(はくすきえ)の戦いで、唐.新羅連合軍に大敗した我が国は、国土防衛に傾注し、天智6年(667)3月、都を後岡本宮(あとのおかもと)から近江大津宮へ、飛鳥地方に在った諸施設を残して、突然、遷都しました。
この遷都で、「木津川」の右岸を通る「山城道」の重要性がさらに高まったのです。

668年正月、中大兄皇子は大津宮で即位して天智天皇になり、大化改新以来のパートナー(同母)弟(大海人皇子)を皇太子に就けていましたが、兄弟間を取持って来た中臣鎌足(藤原鎌足)が669年10月薨去後、天皇は成長した我が子を親として、大王位に就けてやりたいと思うようになったのです。

大友(伊賀)皇子の生母は「卑母:ひぼ」(地方豪族の女むすめ:伊賀采女宅子娘いがのうねめやかこのいらつめ)であり、当時のしきたりでは、≪大王として擁立する者の生母の「血統的条件」は大王又は王族のむすめか中央の超豪族の女子でなければならない。≫
と云われていました。

大王たるべき者は前大王の同母兄弟か、大王に相応しい年齢、人格者として群臣(まえつきみたち)の推戴を受ける必要があったのです。(大海人皇子を支持する人々が多かった。)

天智天皇は晩年に至って、大友皇子を太政大臣に任じ(671年)、後継者とすると同時に
補佐役を大豪族で固め、左右大臣(各1名)、御史大夫(後の大納言:3名)の5名を任命して近江朝廷の主宰者にしました。(こうした中、大海人皇子は皇太子の地位を追われ、威圧を感じるようになりました。)

大海人皇子は天智天皇に出家して吉野宮へ入る事を申し出て許可を得、10月19日に妃の鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)、草壁皇子や舎人達を連れて総勢70余人が大津の宮から菟道(宇治)を経て山城道(木津川右岸道)を通り飛鳥の島宮から20日に吉野に到着して、吉野宮に隠遁しました。

大津宮から菟道まで、大海人皇子一行を見送った近江朝の重臣は、左大臣蘇我赤兄(あかえ)、右大臣中臣金(なかとみのかね)、御史大夫蘇我果安(はたやす)ですが、この時点では三人の重臣は大海人に未練を持っており、殺害目的などの懸念は少しもありません。

宇治には既に橋が架かっており、この橋がこちらの世界と別の世界の境界でもあり、当時の人々は重要な人々に対しては、ここまで見送り、折り返す習わしだった、と云われています。

東アジアでは、唐対新羅が戦争に突入しそうな状況下となり、我が国は唐か新羅に協力か、両面外交かと路線の対立がありましたが、中臣鎌足の死、大海人の隠遁などが発生した結果、近江朝は唐に協力する方針を取ることを決定しました。

天智10年(671)唐の李守真が軍事的援助を求め来日しましたが、具体的返答を曖昧にして唐使に伝えたため、同年11月に2000人の兵を連れて郭務悰(かくむそう)が再度来日しました。

近江朝は我が国の白村江戦争捕虜と交換に大量の武器と軍事物資を供与し、派遣する兵の徴兵準備は至急開始するという条件で、(翌年)5月12日帰国させました。

しかし、当時の日本は先の戦争で、西国は非常に疲弊しているため、徴兵などは困難であり、東国の美濃、尾張などを中心に徴兵して軍備も整えることに重点を置きました。

吉野に隠棲した大海人皇子は近江に残した高市皇子、大津皇子の状況報告と近江朝の動静を得るため、大海人派の舎人(とねり)と逐次連絡を取り合っていました。
(671年12月3日天智天皇の薨去、近江朝は長期の「殯:もがり」の儀に入りました。)

大海人皇子と妃の鸕野皇女は対新羅戦用の徴兵が完了する時期を窺がっていた時(672年5月)に、朴井連雄君(えのゐのむらじをきみ)から下記の情報を得ました。

『美濃と尾張の国宰が山陵を造るための人夫を徴発し、それらに兵器を持たせていた。』と
の報告により、大海人皇子は挙兵を決意した。と云われています。

6月22日:対新羅戦用に徴発された徴兵が完了し、美濃.尾張の各拠点に多数の兵が集結し終わった。美濃の兵の中には多品治(おおのほんじ)下の兵も含まれる。という情報に基づき、大海人は地方豪族の舎人三名を美濃への使者に任命しました。

(地方豪族三名の出身地と氏名)村国男依(むらくにのおより:美濃の村国から尾張の村国郷)、身毛広(むげつのひろ:現岐阜の関市:大海人の湯沐邑に関係深い)、和珥部君手(わにべのきみて:近江の和邇村:滋賀郡志賀町)

この3名より湯沐令(ゆのうながし)の多品治に「枢要の作戦」を知らさせて、「安八磨郡:あはちまのこほり」の兵を徴発すること、美濃の国宰に命じて「不破道」を閉塞すること。と命じました。(湯朴邑:ユノムラは大海人の支配する領地です。)

大海人皇子と妃の鸕野.草壁皇子が吉野に入って半年間、吉野から湯沐邑のある美濃への脱出ルート(吉野→大倭→伊賀→伊勢→美濃)をより安全に美濃(湯沐邑)に到達する(安全なルート作り)のため、下記問題の解決方法を検討しておりました。

それは、(伊賀は大友皇子の生母の出身地:夜間に山道を通過? 大津に残した高市、大津両皇子との連繋問題、大海人一行の交通手段「馬.輿」、兵士の武器.食糧など、各地に派遣された国宰や在地首長が徴発した農民兵の取り込みなどの手段や方策の検討)だったのです

672年6月24日:大海人皇子の一行はついに吉野を脱出しました。「壬申の乱」の始まりです。古代史上稀な情報戦であり、而も反乱軍が朝廷軍に勝利する我が国では唯一の戦史です。次回につづきます。

参考資料:戦争の日本史 2  壬申の乱  倉本一宏  吉川弘文館
     木津町史      本文篇      木津町

2014年09月29日

◆「誤報欄」常設のすすめ

佐藤 卓己



9月11日、朝日新聞社の木村伊量社長は記者会見で慰安婦問題、東電「吉田調書」スクープの2つの誤報記事について謝罪した。今年1月に各紙が報じたSTAP細胞発見の「虚報」と同じく、日本社会に大きなダメージを与えた歴史的な誤報事件である。

ただし、犬が人を噛(か)んでもニュースにならないという喩(たと)えを引くまでもなく、新聞誤報が大きなニュースになる現状は、新聞で誤報は例外であるという認識がなお一般読者に共有されていることを意味している。速報性や情報量では放送やネットに劣る新聞にとって信頼性こそ最大のセールスポイントなのだ。

それゆえ、誤報の原因について各紙でさまざまな議論が紹介されている。裏づけ取材の不足、記者の思い込み、その底にある特ダネ意識、脆弱(ぜいじゃく)なチェック体制などだが、それらはこれまで何度も指摘されてきたことだ。それが繰りかえされている以上、誤報は今後も必ず起こることであり、チェック組織や記者教育の強化で解消されることはない。

いま必要なのは、新聞も「家電」的思考から脱却することではないかと考える。18日付産経(大阪発行版)は、1面トップで「ソニー2300億円赤字 初の無配」を報じ、経済面の「激戦スマホ 見えぬ勝算」で市場の変化への不対応を指摘している。

つまり、アナログ家電からデジタル機器への環境変化をソニーは見誤ったわけだが、それは新聞産業についても言えそうだ。かつて家電製品は壊れるまで何年間も保守の必要のない「完成品」だった。

一方、今日のデジタル機器は絶えずアップデートが必要な「不完全品」である。ソフトウエアのバグ(誤記)を修正し続け、その保守サービスの継続が製品の寿命を決める。こうした情報環境では、書き換えはいつでも可能かつ必要であり、記述はアップデートを待つ暫定的性格を強く帯びている。

当然ながら、最終版で記事が「完成」する新聞とは異なったニュース観がウェブ上では生まれている。紙媒体で誤記の訂正は「事故」扱いだが、電子テキストでそれは「通常」作業なのだ。

こうした情報環境で新聞が生き残る道は、信頼性を維持し強化する以外にないだろう。そのために「誤報欄」常設が有効だ。自社記事はもちろん他紙も含めて厳しく検証し、速やかに修正を加えていくことは、必要な保守サービスである。

新聞が「生の出来事」を伝える「生きたメディア」である限り、誤報欄に「本日、当該記事なし」が続くとは考えられないからである。また、それは記者教育であるとともに読者のメディアリテラシー向上にも役立つはずだ。

                   ◇

【プロフィル】佐藤卓己・京都大学大学院教育学研究科准教授
さとう・たくみ 昭和35年広島県出身。京都大大学院修了、文学博士。専門はメディア史。

                   産経【新聞に喝!】2014.9.28


◆移民受け入れに反対する

平井 修一



まず現状を見ていただきたい。

               ・・・

【大紀元日本8月26日】海外移住を望む中国人が増える中、6割強の富裕層は移民をしたか、または移民を申請中か、検討中との報告がされた。同移民ブームに対して、手を広げて歓迎する国もあれば、移民政策を緊縮する国もあり、各国はさまざまな対応策を講じている。その現状を追跡した。

中国の民間調査機関、胡潤研究院は2013年度末発表の報告書で、関連の調査結果を明らかにした。

それによると、調査の中で「海外に移民した」「移民申請中」「移民検討中」と答えた総資産160万ドル以上の富裕層は64%に達し、前年度比6.7%も増えた。そのうち、総資産1億元(約16億7千万円)以上の人の3分の1はすでに海外に移民済みという。

同報告書によれば、上記の980人の聞き取り調査の結果、もっとも多い移民の理由は、「子女の学校教育」「政治・社会不安から資産を守る」「安心できる老後生活」「環境汚染」「食の安全」の順だった。

移民先としての人気順位は、米国(52%)、カナダ(21%)、豪州(9%)、欧州(7%)、ニュージーランド(4%)、シンガポール(3%)、香港(2%)、日本(1%)である。

移民ブームはまだ始まったばかりともいわれている。

中国人富裕層は世界各地で札束を積み上げて不動産を買いあさっているが、カナダやニュージーランドなどでは、「中国人は不動産価格上昇の災いの元」と一部地域の住民の反感が高まっているのも事実だ。

国連が6月7日に発表した「2013世界移民報告」によると、2013年時点で海外に移住した中国人は930万人に達し、インド、メキシコ、ロシアに次いで世界4番目の移民輸出国となった。中国国内からは、「大量の海外移民は人材確保と経済・社会の発展にマイナスだ」との論争が勃発している。
(以上)


              ・・・

現地からの報道も見てほしい。「急増する中国系移民にバンクーバーで高まる反感」(NW7/25)は他人事ではない。

              ・・・

カナダ西岸の都市バンクーバーが、中国からの移民に埋め尽くされようとしている。今やこの都市は香港をもじって「ホンクーバー」と揶揄され、アジア以外で「最もアジアらしい街」との異名を取る有り様だ。

中国系移民は独自の文化を育み自分たちで仕事も生む。だが最近になって、他のカナダ人住民らが彼らを敵視しだした。まず標的にしているのは、街にあふれる中国語の看板や広告だ。

ノースバンクーバーに住むブラッド・サルツバーグは、中国人向けの広告が「英語とフランス語による伝統的なカナダのアイデンティティーをむしばんでいる」と言う。今月中旬には、ウェストバンクーバーのバス停に掲げられた多数の中国語の広告に「カナダの公用語を大切に」と書かれたステッカーが貼られる事件が発生した。

ウェストバンクーバーのマイケル・スミス市長は、中国語の広告は何ら問題がないと語る。「カネを払えば何でも好きな言語で広告を出せる」と彼は言う。

中国人排除の動きは、香港が中国に返還され、移民が急増した1997年前後から問題になり始めた。ブリティッシュ・コロンビア大学のダニエル・ヒーバート教授(人口統計学)は、31年までにバンクーバーとトロントの中国系人口が倍増するとの予測を発表。バンクーバーの中国系人口は総人口の23%となる80万9000人に急増するという。

中国の裕福な中流層が住宅を買い占めていることも、バンクーバーの住宅市場を破壊するとして非難されている。05〜12年の8年間でブリティッシュ・コロンビア州に「投資移民」として移住した約3万7000人のうち、3分の2が中国本土からの移民だ。バンクーバーの不動産価格は北アメリカ最高クラスで、購入者の大多数が裕福な中国系だという。

「セカンドハウスとしてカナダの高額物件を買うなど超高級市場で外国人の動きが活発だ」と、ブリティッシュ・コロンビア不動産協会の首席エコノミスト、キャメロン・ミューアは言う。

中国系の投資がこの地域の高級市場の高騰を招いているのは確かだが、外国からの投資のせいでバンクーバーのマンションが法外な高値を付けているとの見方は正確ではないと、ミューアは言う。

中国語の広告と同様、不動産市場での動きもまた、カナダ人の疑心暗鬼を招いている。(以上)

               ・・・

ドイツでも大変なことになっている。地政学者・奥山真司が警鐘を鳴らしている(9/26)。

               ・・・

ウクライナ問題からスコットランド独立投票、さらにシリア内に侵入している「イスラム国」への空爆開始など、国際的に大きなニュースが立て続けに起こっています。

今回は、ドイツが直面している移民問題について少し触れてみたいと思います。

この話は、地味ながらも私達の身近な生活に纏わる話でありつつ、実は政治哲学的な問題までも含みます。

まず最初に、これはどういう話かと言いますと、イスラエルが最近ガザに対する空爆を行ったこともあり、そのとばっちりを受けて、ヨーロッパでは反イスラエル運動が、反ユダヤ運動にまで発展してきております。

そのため、ドイツのメルケル首相は、最近、ある集会で以下の様な発言をしております。

<反ユダヤ主義を非難=ベルリンで抗議集会−メルケル独首相【ベルリン時事】

ドイツのベルリン中心部にあるブランデンブルク門前で14日、反ユダヤ主義に抗議する集会が開かれ、メルケル首相は参加した5000人を前に、「ドイツで差別と排除をはびこらせてはならない」と訴えた。

ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の過去を抱えるドイツでは、ユダヤ人批判はタブー視されているが、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への軍事作戦を背景に反ユダヤ感情が高まり、シナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)に火炎瓶が投げ込まれる事件も起きた>

うーむ・・・火炎瓶までが投げ込まれる事態とは・・・これは穏やかではないですが、この問題のポイントは上記のニュース記事にあるような単純な「反イスラエル運動」というわけではなく、その背景を見てみるとけっこう深刻な事実です。

それはどういうことかというと、この件について「ディー・ツァイト」というドイツの週刊全国紙の政治担当編集者であるヨッヘン・ビットナー氏が、ニューヨークタイムス紙に的確な分析記事を書いておりましたので、まずはそれを一部ご紹介します。

<ドイツの新しい反ユダヤ主義

ドイツには第二次大戦の時に反ユダヤ主義が高まってホロコーストにつながったが、今回盛り上がっている反ユダヤ主義は、過去のものとはちょっと違う。

欧州の多くの人が直視したくない今回の反ユダヤ主義の現実は、その運動がイスラム系を背景に持つヨーロッパの人々によって行なわれているということだ。

とくにここ最近の数ヶ月で、トルコ系やアラブ系のイスラム教徒たちが熱心に反ユダヤ主義運動を行って逮捕されるケースがドイツ内で急増している>
このような衝撃の事実を報じております。

もちろんドイツ国内にはいまだにネオ・ナチのような極右の人々もいるわけですし、ドイツ国内の左派や中道の人々の中にも「パレスチナをいじめるな!」という義憤から結果として反ユダヤ的な感情が出ていることも事実です。

しかも、このイスラム系の人々によるイスラエルに対するデモでのヘイトスピーチが相当強烈なようで、7月にベルリンで行われたデモの時には、

「ユダヤ人たちをガス室に送れ!」

というとんでもないことを叫ぶ人々もいたとか。

さて、この件はドイツの移民問題にからんでおります。

どういうことかというと、安い労働力を必要としていた戦後のドイツは、トルコをはじめとするイスラム系の国から多くの移民を入れてきました。

ところがその移民たちも二世や三世の時代になると、うまく社会全体に溶け込めずに、イスラムコミュニティーの価値観に染まってしまい、親の世代の祖国の反ユダヤ主義をそのまま継承しているというパターンも多いわけです。

しかも、彼らの反ユダヤ主義は、これまでの(戦前の白人たちによる)ものとは違う文脈なので、ある意味では、臆することなく堂々と?!反ユダヤ的な運動を展開できてしまうわけです。

これは、いうなれば、自らのルーツである中東地域の純粋な?!反ユダヤ主義を、あろうことか、移民先のドイツに持ち込んでしまった、という、ドイツにとっては強烈なジレンマです。

なぜなら、先の大戦が終り、せっかく「ユダヤ人差別は絶対にしない!」というリベラル的な政策を採用したというのに、もう一つのリベラル的な政策、つまり「移民の受け容れ」の政策を取った結果として、なんと、その移民たちが非リベラルな反ユダヤ主義を持ち込んできてしまったのです。

視点を広げて考えてみます。

いわゆるリベラル派、と呼ばれている人達の思想の中心にあるのは、一体どのような考え方でしょうか?

論者ごとに色々と意見があるとは思いますが、私はその一つの要素が「寛容」ではないかと思います。

これを今回のドイツのイスラム移民の例から考えると、ドイツはリベラル的な政策のアイディアとして、

1,ユダヤ人を差別しない
2,イスラム系の移民を受け入れる

という二つの「寛容さ」を発揮したわけです。

ところがここで誤算だったのが、受け入れた移民たちの一部が、ユダヤ人を差別する「非寛容」な人々であったという点です。

つまり、ドイツは「寛容」であったがゆえに、逆に「非寛容」な人々の扱いで難しい問題を抱えてしまったことになります。

この「寛容さ」に纏わることで、私自身にも、強い印象が残っているひとつの経験があります。

私が通っていたイギリスの大学院で、超リベラルな女性の先生が公開セミナーを開いたときのことのです。

この時に彼女が述べていたのは、

「すべての思想(例:イスラム教など)に寛容になるべきです!」

ということ。

そこで、すかさず手を挙げた私のコースメート(米国人)が、

「僕は(非寛容な)ファシズムが好きなんですけど、この考えも受け入れてくれるんでしょうか?」

と質問したらしいのです。

この強烈なツッコミに対して、彼女は絶句して、しばし沈黙してしまったとか。

「寛容」をとれば「非寛容」な人間の扱いに頭を悩ますことになる・・・これは社会政策だけでなく、人間の生活全般にも言えることですね。

日本においては、今のところ、今回ご紹介したドイツの件ほど、深刻な事態には陥っていないわけですが、現在の安倍政権は積極的な「移民政策」
を検討しているので、将来的にはこのようなジレンマに直面するという可能性があります。

「移民」政策の推進に伴って生じる良い点・悪い点は、政府レベルの人は、当然、認識した上で政策立案をしているはず(だと信じたいところ)
です。

そして、このドイツでの問題はもちろん、現在、世界各地で「移民」に纏わる厄介な問題が火を吹いてる状況を踏まえて、私があえてここでひとつ強調しておきたいことは、「移民」についての政策を進める上で、そのポジティブな要素だけでなく、ある種のネガティブな側面こそしっかりと考えておく必要がある、ということです。

読者の皆さんは「リアリスト」ですので、なぜ私がそのような“悲観的な“ことを言うのか?というのは、もはや説明する必要はありませんよね。(以上)
・・・

冒頭の調査では日本への移民は1%の支持しかないが、支那13億人の1%は1300万人である。最悪の場合、日本の人口の10%が漢族になってしまうのだ。

同志諸君、警戒せよ! パンツを脱いだら終わりだ。女性はガードルとジーンズでしっかり身を守れ。カナダやドイツの惨状から学び取らなければならない。明日はわが身とならないように「移民、絶対反対」の声を高めよう。適性民族、コリアンとチャイニーズはもう沢山だ。(これってヘイトスピーチか?)(2014/9/28)

◆「小さな世界一企業」一千社

伊勢 雅臣


我が国には世界トップシェア、世界トップ技術を誇る中小企業が千社以上ある。


■1.「小さな世界一企業」千社

経済産業省の内部資料によると、日本には世界シェア・トップの中小企業が100社以上あるという。さらに政府系金融機関が把握している世界トップレベルの技術を持つ企業を含めると、千社を超えるという推計もある。[1,p25]

弊誌では、今まで、瀬戸大橋やスカイツリーなどで使われている「絶対ゆるまないネジ」を開発したハードロック工業(社員50人弱)[a]、100万分の1グラムの歯車を作った樹研工業(70人)[b]、痛くない注射針を開発した岡野工業(6人)[c]を紹介してきた。

近年はエレクトロニクス分野ではソニーやパナソニックなどが一時ほどの存在感を失い、アップルやサムスンなどにお株を奪われたように見えるが、これらの外国企業も部品レベルでは多くの日本企業に頼っている。

自動車分野はトヨタやホンダを代表に日本企業が世界をリードしているが、それも日本の優れた自動車部品メーカーの力による所が大きい。逆に欧米メーカーが日系部品メーカーを使って追い上げを図っている。

航空機分野では、ようやくホンダジェットや三菱のMRJが登場しつつあるが、話題のボーイング787は日本企業の分担比率が35%にも達する。

エレクトロニクス、自動車、航空機などは売上げ規模も大きいので大企業でないと取り組めないが、グローバル化の時代には部品・材料を供給する中小企業が世界のマーケットで勝負できるし、かつ本格的な技術革新は部品材料から生ずるものが多い。

こういう意味で、日本に1千社もの世界トップレベルの中小企業が存在するという点は、我が国の財産である。今回は、いくつかの小さな世界企業を取り上げて、それがどのように誕生し、成長したのか、見てみよう。


■2.歯医者さんの照明が替わっていた

昔の歯医者さんが頭に付けていたい鏡を覚えているだろうか? 額帯反射鏡、またはヘッドミラーと言い、患者の口内に丸い鏡で光を当てながら、患部を観察する。鏡の中心に穴が開いていて、そこから覗く格好で使う事もできる。

この鏡がいつのまにかなくなって、最近ではデスク・ライトのような照明で、患者の口の中を照らす。単なる照明器具と思ったら大間違い。デンタル・ミラーと呼ばれ、次のような3つの革新的な機能がある。

まず、医者の手や手術器具の影があまり出ない。ライトは特殊な反射鏡で光を送るが、鏡の表面に細かい湾曲がたくさんあり、いろいろな角度から光が差し込むので、影ができにくい。

昔のヘッドミラーを頭につけていたのは、医者が頭の位置や角度を変えて、光の当て方を細かく調整していたのである。このデンタル・ミラーによって、医者はそんな事は気にせずに治療に集中できるようになった。

第2に熱が出ない。治療中に歯茎から出血することがあるが、熱は治療の大敵だ。LED照明にしても、ある程度の熱が出る。このデンタル・ミラーは光のみを反射して、熱は送らない。

第3に自然光を再現する。これにより動脈と静脈を見分けたり、人工の歯を入れるときに、他の歯と白さを合わせることができる。

こんなすごい機能があれば、歯医者さんが一斉にデンタル・ミラーを採用したのも当然だろう。また歯科医だけでなく、一般の外科手術にもこの技術が使われている。手術のレベルアップに多大な貢献をしているものと思われる。

このデンタル・ミラーを開発したのが、千葉県柏市に本社を置く従業員約300人の中企業、岡本硝子で、この分野では世界シェア7割強を持つ。その他にもパソコン画面を投影するプロジェクター用の反射鏡など、光学分野では幅広い製品ラインを展開している。

■3.職人と技術開発と

岡本硝子は、昭和3(1928)年、現社長・岡本毅の実父によって設立された。創業の翌年には、海軍から船舶用照明灯と信号ガラスの工場に指定された。戦後、海軍がなくなったが、造船所で使う色ガラスでトップシェアをとったり、高速道路の水銀灯を一手に引き受けたこともあった。

一大転機となったのは、商品ディスプレー用の照明機器メーカーから、デパートなどの高級ファッション用品の展示用に、自然で鮮やかな色が出せないか、という依頼を受けた事だった。精度の高い硬質ガラスで湾曲した反射鏡をつくる技術が高く評価されての依頼だったが、簡単には進まなかった。

ガラス自体の精密な成形は、熟練工が腕をふるう。この道一筋の熟練工になると、手で触れただけでガラスの微妙な具合が分かり、「今日のガラスは機嫌が悪い」などと言う。

湾曲したガラスの表面に特殊な膜をつければ、いろいろな光を出せることは分かっていたが、膜のバラツキが大きすぎて、使い物にならなかった。

「問題は膜にある」として、従来外部に頼っていた表面処理膜の技術開発を自社で行うこととした。苦労の末に、お椀状に湾曲した反射鏡の内側に均一に膜をつける技術を開発したのである。

岡本硝子の成功要因は、ひとえに照明にこだわり続けた点にあるだろう。顧客の求める照明を追求する事によって、ガラス成形の職人を育て、表面処理膜の技術を開発していった。同社の一途さこそ、世界トップシェアをもたらした原動力である。


■4.超小型ベアリングでの世界一

もう一つ、昔の歯医者で思い出すのは、キーンと恐ろしい音をたてて歯を削る医療機器である。その音と共に、刃先が口の中で激しく回転して歯をゴリゴリ削るので、これで「歯医者は苦手」という人も少なくなかった。

それが最近の切削器具は、音も静かになり、歯に激しい振動を与えることもほとんどなくなった。昔は1分間に数万回転だったが、今は28万回転にあがり、それだけ歯を滑らかに切削できるようになった。この進歩を実現したのがベアリング(軸受け)の改良だ。

高速で回転する刃とそれを支えるホルダーの間に、小さな鋼球が円周状に並んで入れられており、それが刃の回転を支えつつ、回転時の摩擦を小さくする。これがベアリング(軸受け)である。鋼球が真円に近く、その大きさが揃っているほど、摩擦が少なくなって高速回転が可能となり、振動や音も減少する。

外径が6ミリ以下の超小型ベアリングのトップメーカーがNSKマイクロプレシジョンだ。最近では外径2ミリ、内径0.6ミリの世界一小さなベアリングの量産技術を確立した。その部品はナノ(100万分の1ミリ)単位の加工精度で製造される。

この超精密加工を可能にしているのが、自社で開発した加工機械で、その設計、製作、さらには運転にも、この道数十年のベテランが携わっている。完全自動に近い設備だが、海外に持っていっても、国内のような超高精度の製品はできない。


■5.一筋の道

同社の前身は昭和24(1949)年に設立された「石井鋼球」で、ボールペンの先端部に入れる鋼球の生産を始めた。昭和26(1951)年にはミニチュア・ベアリング(超小型玉軸受け)の需要が将来伸びる時代が来ることを見越して、研究開発、生産販売を開始した。

自動車、ハードディスク、ディスクプレーヤーなど、回転部を持つ製品は多く、それらにはすべてベアリングが使われる。大手ベアリング会社が大型から小型まで幅広い製品開発をするのに対し、同社は小型に特化することで、研究開発費を押さえつつ、世界最先端の技術を深掘りしてきた。

昭和36(1961)年、日本精工と資本、技術販売の提携を結び、その資本系列には入ったが、現在も創業者の子息が社長を勤め、独自の経営を維持して、子会社というより、パートナーの関係になっている。

高い技術を必要としない製品は海外生産に移したが、極小ベアリングの生産は国内に限定して、社員500人規模の中企業となっている。同社の成功要因も、鋼球の生産から始め、それを応用して市場の求める極小ベアリング一筋に職人を育て、技術を深掘りしてきたことだろう。


■6.スクリューで国内で7割、世界で3割弱のシェア

船舶用プロペラ、すなわちスクリューの製作で、国内で7割、世界で3割弱のシェアを持つのが、従業員約400人のナカシマプロペラである。

ベアリングと同様、高性能のスクリューは泡や波を少なくすることで、エネルギー効率を良くする。ナカシマのスクリューは発展途上国の製品より割高だが、節約できるエネルギー代で、1、2年の航海で元が取れてしまう。また音や振動が少ないので、1ヶ月も船上で暮らす船員にとってもストレスが少ない。

こうした高性能のスクリューを作るには、10メートル近くある大きなプロペラの翼を、100分の1ミリ単位で研削していく技術が必要だ。わずか数ミリの誤差でも、泡が発生したり、振動が大きくなったりする。

精度上、最も大事な研削作業は、この道数十年の熟練工が行う。手の感触を頼りに、100分の1ミリレベルの正確さで削っていく作業で、コピュータ制御の機械でもできない。だから外国企業も真似できない。

またスクリューは船の設計に合わせて、千差万別の設計と製作が必要だ。中島社長は「100万通りの要求に100万通りのプロペラでお応えします」と語る。どんな顧客のどんな要求にも応じるという徹底した顧客第一主義を貫いている。

「まだまだ中国や韓国には負けない」と中島基善社長は言うが、どんなスクリューも設計・製作する専門技術と熟練技能には、何年経っても追いつけないだろう。


■7.「プロペラに生きる」という一途な姿勢

ナカシマプロペラの前身は、中島社長の祖父・中島善一が岡山で大正15(1926)年に設立した「中島鋳造所」である。善一は、当時まだ帆船が多かった漁船がエンジン付きの船に替わる、と予想して安価な漁船用プロペラの製造・販売に乗り出した。妻の松子は乳飲み子を背負って瀬戸内海の漁師町でプロペラを売り歩いたという。

戦時中は軍の要請で上陸用舟艇のプロペラを開発し、その製造を一手に引き受けたが、終戦間際の大空襲で工場は全焼し、敗戦によって、軍からの需要はゼロとなった。

しかし、プロペラ・メーカーとしての再起を決意し、旧海軍のプロペラ設計者を雇い入れて技術の向上を図った。漁船用以外の大型プロペラにも進出し、専門メーカーとしての地位を確立していく。

高度成長時代には日本の造船業界が世界トップを占め、ナカシマも国内第2位まで登りつめたが、どうしても抜けなかったのが神戸製鋼所のプロペラ部門だった。

しかし、70年代以降、日本の造船業界は韓国の追い上げで激しい不況に追い込まれ、神戸製鋼所はプロペラ事業から撤退する。他にいくつも事業部門を持っている大企業だからこそできる決断だが、プロペラ一筋のナカシマには他に道はない。中島社長はこう語る。


「私の会社はプロペラの専門会社で、どんな不況でも撤退することはできない。ここで生きるしか、ここで頑張るしかなかった。そんな「プロペラに生きる」という一途な姿勢が、世界トップシェアを取れた最大の理由でしょう。」[1,p72]

その一途の姿勢で、コンピュータ制御の大型翼面加工機などの先端機器を取り入れ、先端技術と熟練技能の組合せで、大型プロペラの精密加工に挑戦していった。それが今日の世界トップシェアの原動力となったのである。


■8.「小さな世界一企業」の共通点

反射鏡、極小ベアリング、大型スクリューの3つの分野で、小さな世界一企業を紹介した。グローバル化の時代には、このような他社の真似のできない技術を持つ中小企業が、世界の大企業に部品や材料を売り込めるのである。

この3つの企業に共通するのは、以下の点である。

1.一つの事業分野に一途に徹する

2.その分野で顧客のどんな要求にも応えようと挑戦する

3.そのために長期的に技術を開発し、技能を深める

こうした姿勢をとるには、いろいろな事業分野に取り組む大企業よりも、一つの分野に集中する中小企業の方が向いている。また、長期的に技術開発や技能の深掘りに取り組む事は、終身雇用制度が根強く残っている日本企業ならではの得意技だ。

弊誌558号「永続企業の技術革新」では、我が国には創業100年を超える「長寿企業」が10万社以上ある事を紹介した[d]。世代から世代へと一つの事業を継承していく一途さは我が国の国民性であり、それが「長寿企業」にも「小さな世界一企業」にも現れている。

こうした「小さな世界一企業」が、我が国にはたくさんある。参考文献[1]の『世界を制した中小企業』には、船舶用冷凍庫で世界シェア8割の前川製作所、高級猟銃での世界的メーカー「ミロク」、サッカーのワールドカップなどで審判が使う笛を一手に引き受けている従業員わずか5人の零細企業「野田鶴声(かくせい)社」など、元気な世界一企業が次々と登場する。

こういう「小さな世界一企業」が多数あることは、我が国の誇りであり、また強みである。中小企業は日本の雇用の88%を占める。全国津々浦々の中小企業が、それぞれの事業分野で「小さな世界一企業」を目指すことが、精神的にも物質的にも豊かな国作りにつながっていくだろう。


■リンク■

a. JOG(749) 「絶対にゆるまないネジ」はいかに生まれたか「利他の精神」で諦めずにやっていけば、誰でも世界一になれる。
http://blog.jog-net.jp/201205/article_4.html

b. JOG(321) 100万分の1グラムの歯車 世界一の超極小部品を作る職人技が日本企業の明日を示す。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog321.html

c. JOG(294) ニッポンの明日を開く町工場 誰もやらない仕事に取り組んでいるうちに、誰にもできない技術を開発した金型プレス職人。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog294.html

d. JOG(558) 老舗企業の技術革新情報技術やバイオテクノロジー分野で活躍する日本の元気な老舗企業。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h20/jog558.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 黒崎誠『世界を制した中小企業』★★★、講談社現代新書、H15
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4061496956/japanontheg01-22/


2014年09月28日

◆存在感増す「秘密兵器」昭恵夫人

桑原 雄尚


「今回初めてお会いしましたが、暖かい雰囲気のとてもすてきな方でした。女性や食の問題などあっという間に時間がたってしまいました…」

国連総会出席のため、ニューヨークを訪問中の安倍晋三首相(60)に同行している昭恵夫人(52)は25日午後(日本時間26日未明)、自身のフェイスブックにミッシェル・オバマ米大統領夫人(50)と、市内のホテルで懇談した感想を書き込んだ。

これまで首相とオバマ大統領の個別の首脳会談はワシントンと東京で1回ずつ開かれているが、夫人同士の対面は初めて。約30分間の懇談は、両ファーストレディーとも関心が高い「食の安全」の問題などで盛り上がった。

昭恵夫人は、第2次政権発足以降行われた25回の首相外遊のうち14回に同行。外遊先では積極的に首相とは別の独自日程を組み、教育施設に日本語の書籍を「昭恵文庫」として寄贈したり、医療機関や社会福祉施設などで一般人と交流したりするなど、昭恵夫人流の“ソフト外交”を展開してきた。

こうした活動は現地メディアの格好の取材対象となり、外遊に同行するたびに昭恵夫人への注目度は高まっている。今回の米国訪問でも講演や視察の依頼が殺到し、泣く泣く断るケースも多かったという。

23日に首都ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)で行われた講演も、CSIS側からの強い要望だった。昭恵夫人はニューヨークからの300キロを鉄路で移動。首相が掲げる「女性の輝く社会」の実現に向け意気込みを語った。

「女性が男性と同じように働くことが幸せで良い社会だとはとても思えない。女性も男性も、いろいろな働き方、輝き方が認められる社会がすてきだと思う」

率直に語る昭恵夫人への聴衆の関心は高く、質疑応答では日中関係に関する質問も飛び出した。昭恵夫人は「国同士の対立は仕方ない時があるかもしれない。しかし私は1人の女性として、どんな国の方とも仲良くしたい」と答えた上で、「女性の方が平和を好むのではないか。解決(の鍵)は女性同士のつながりにもある」と述べ、自ら日中関係の修復の手助けをしたいとの意向も示した。

海外で存在感を高める昭恵夫人について、米紙ワシントン・ポストは「首相の秘密兵器」と位置付け、タカ派の印象が強い首相のイメージをソフトにすることに貢献していると分析する。実際、12日に都内で開かれた女性国際シンポジウムでは、家庭で洗濯や皿洗い、ゴミ出しなどを行う首相の日常を紹介し、会場を沸かせた。

このシンポジウムでは昭恵夫人が、“家庭内野党”とも称される自身の行動について「主人の考え方を変えさせようなんてつもりはない」と強調し、会場の客席にいた首相が「昭恵は明らかに私の考えを変えようとするときもあり、結構議論になる」と反論する場面もあった。

続けて首相は「私や私の党に投票していないであろう人の意見も聞く機会はおかげで増えた」と昭恵夫人を持ち上げたものの、内心は冷や汗タラタラなのかもしれない。

25日にニューヨークのフォード財団で開かれた防災シンポジムでは、昭恵夫人が東日本大震災の被災地で計画されている巨大な防潮堤建設事業に疑問を投げかけた。「私は計画に反対する活動家ではありません」と断った上で、「海と森を隔てることなく、人間が自然と共生できるような解決策を見いださなければならない。そのために知恵を貸してほしい」と訴えた。

首相周辺は「昭恵夫人は最終的に首相の反対することは決してやらない人だ」と指摘するが、昭恵夫人の影響力が高まっているがゆえに、「秘密兵器」の取り扱いには細心の注意が必要といえそうだ。

産経ニュース【安倍政権考】2014.9.27

◆私の「身辺雑記」(146)

平井 修一



■9月24日(水)。朝は室温22.5度、晴、2/3散歩。3歳坊主が40度ほどに発熱したため夕べから集団的子育て。小生は昼過ぎまで坊主を預かることになった。

午前中に19機のヘリの大編隊を2度も見た。生まれて初めて、孫もビックリ。神奈川県警などの航空隊が合同で訓練しているのだろうが、日独共同開発の川崎式BK117B−2型のようだ。BK117は茨城、栃木、神奈川、埼玉、千葉の県警に配備されている。

ネットがあるからそんなことも調べられる。磯山友幸氏の論考「大都市では消費増税後初の前年同月比プラス 8月の百貨店売り上げデータをどう読むべきか」(現代ビジネス9/24)は興味深かった。これもネットのおかげだ。

反日マスコミが情報を独占販売、「報道しない自由」、捏造、虚報し放題という時代は終わった。

<日本百貨店協会が9月19日、8月分の全国百貨店売上高の集計結果を発表した。

店舗数調整後の前年同月比ではマイナス0.3%と5ヵ月連続で前年同月割れとなったが、7月のマイナス2.5%から着実に改善して、ほぼ前年同月並みの水準まで戻った。

中でも、大阪、福岡、東京、横浜、神戸が、消費税引き上げ後初めて前年同月比プラスに転じたのが注目された。大都市がけん引する形で、消費が戻ってきていることを示している。

百貨店の売り上げを見る限り、7月、8月と着実に回復傾向にあるのは間違いない。

8月の百貨店売り上げで大都市と地方を合わせた全国ベースでプラスになったのは「身の回り品」(1.6%増)と「雑貨」である。身の回り品はハンドバックやアクセサリーなど。購買層は圧倒的に女性で、財布のひもを緩める際に真っ先に売れ始める部門として知られる。

雑貨の中でも伸びが目立ったのは「化粧品」で、4.1%も増えた。これまた購買層は女性である。ここでも、消費税増税から5ヵ月がたって、財布のひもが緩んできているように見える>

小生もカミサンも財布のひもを緩めてい支えしている。皆がやれば景気
が良くなる。企業は賃金を増やすべきだ。

■9月25日(木)。朝は室温23.5度、微雨、2/3散歩。

イスラム国への攻撃が続いているが、AFP9/22が彼らの占領下にある人々の悲惨な状況をこう報じている。

<ラッカを拠点とする活動家で、身元の特定を防ぐため仮名でインターネット取材に応じたフラート・ワファ氏によれば、イスラム国の最下級幹部の報酬は月300ドル(約3万3000円)。「現状からすれば、かなりの額だ」という。

だが、イスラム国の寛大さは支配下に置かれた人々までには及ばないとワファ氏は言う。「ダーイシュ(イスラム国)は本物の国家ではない。仲間には望むものは全て与えるが、ほかの市民たちは、その対象とならない」

ワファ氏はイスラム国を「恐怖を通じて人々を支配するマフィア」に例える。「市民は空腹から、イスラム国の構成員にならねばならない状況に追い込まれる。まともな給料を得るには、それしか手段がないからだ」

さらにイスラム国は市民から税の徴収も行っている。「貧しすぎて支払いができない市民でさえも逃れられない。だからみなイスラム国に加わる。人々には飢えて死ぬか、脅しの中でイスラム国の構成員となるかの選択肢しかない」(ワファ氏)。4年近く続く内戦により困窮した店主らは、月約60ドル(約6500円)の税金をイスラム国に納めているという>

組織暴力団に占領されたのだ。気の毒というしかない。

無恥の捏造屋アサヒを潰すのは良識ある人々の義務だが、アサヒの奥さん連中も叩かれているとか。夕刊フジ9/24から。

<相次ぐ誤報、記事の取り消しによって朝日新聞の信用が根幹から揺らいでいる。会社だけではなく、その社員の妻たちが、絶対的プライドとママ社会での地位をも失いつつある。

実際に郵便ポストに不審な手紙が入っていたり、飼い犬を通じて親しくしていた主婦仲間から無視されるという事例もある。主婦・A子さん(46才)は語る。

「PTAの幹部役員を務め、夫が朝日に勤めている人がいました。本人も高学歴で朝日新聞の記者の妻、というのを鼻にかけていた。専業主婦の間で夫の職業ランキングは医師、弁護士、国家公務員の次くらいに大手マスコミ勤務がきます。

彼女自身も周りに対して高圧的でやさしさがなかったんです。言葉は悪いですが、“ざまあみろ”と思っているママたちはたくさんいますよ」>

そのうち朝日社員の子供がいじめられた、スカートを切られたという、毎度お馴染みの朝日流虚報も出てくるはずだ。「虚報、捏造はごく一部の記者がやっただけなのに」と弁疏するだろうが、めげずに朝日を叩くべし。朝日はすべてイスラム国。敵だ。

清盛は頼朝と義経を殺さなかった。情けが仇となって平家はこの兄弟に殲滅された。朝日、中共を完全に抹殺しないと我々は抹殺される。蒋介石は毛沢東抹殺に失敗し、支那大陸を失った。支那人の多くは今も不幸だ。

1900年7月13日、ロシア兵は支那大陸東北の江東六十四屯の支那人2万5000
人を無慈悲に殺してアムール川(黒竜江)に遺棄し、同地の覇権を確立、1991年に中共と手打ちして正式にロシア領とした。

オバマはシリア情勢分析よりゴルフに夢中になりイスラム国を増長させ、上記のような不幸を招いた。

情けは無用、無慈悲に抹殺すべし。敵を抹殺すると領土が広がり、抹殺しないと領土も命も奪われる。米国は日本人の魂を虚報で溶解し、日本を51番目の州にした。日本は今ヒーヒー言いながら立ち直ろうとしている。

歴史を学ぶといろいろなことが見えてくる。

■9月26日(金)。朝は室温23度、高原のような涼しさ、ビーグルと2/3散歩。4年ほど前にホノルル空港で麻薬調査犬として働くビーグルを見たことがあるが、オランダの空港で働くビーグルの動画がアップされていて、とても感動した。
http://www.cnn.co.jp/fringe/35054256.html?tag=top;editorSelect

犬はビーグル、女はカミサンに限る。

■9月27日(土)。朝は室温21度、Tシャツでは寒いが、犬には具合がいいのだろう、ちょうど1か月ぶりにフル散歩。老犬が復調するのに1か月はかかるということ。人間もそうだろう。

北のシャッポ、金北豚(キンペイトン)こと金正恩は30歳ほどなのに暴飲暴食で痛風になったとか。シャッポは不要、最側近の黄炳瑞・軍総政治局長が軍事政権を樹立し、中韓と緊張を高めてくれ。拉致被害者を返せば制裁解除で経済活性化、軍資金も増えるぞ。

黄炳瑞、今立たずにいつ立つのか。豚のお守りで人生を終えるつもりか。いざ立て黄炳瑞!敵は北京とソウルにあり。命を惜しむな、名こそ惜しめ。歴史に名を刻め!

南北統一したら日本は民主主義という危険ドラッグをたっぷりあげよう。民政移管し、君は初代統一大統領になるのだ。竹島を返せばODAもたっぷりだ。日米朝で中共を包囲せよ!中共殲滅、支那解放の聖戦へ、決起せよ、黄炳瑞!(2014/9/27)
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◆李登輝総統、帰国

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

<平成26年(2014)9月26日(金曜日)通巻第4348号>   

 
〜李登輝総統、日本での視察日程すべてこなし、帰国
   「安倍政権は『日台関係法』の制定を考慮するべき」と記者会見〜


六度目の来日を果たした李登輝元台湾総統は「2014日本訪問の旅」を無事に終えられ、「台湾関係法の制定を日本は検討すべきだ。必要があれば何度でも来ますよ」と記者会見して、新千歳空港から直接、台湾へ帰国した。

李元総統は19日に大阪に入り、講演会、工場見学などハードな日程をこなしたあと、北海道入り、24日には一時体調を崩されたため小樽訪問を中止された。同日夜には体調を回復、李登輝総統の家族水入らずで札幌の寿司レストランへ行かれたとか。

今回の来日は大きく3つの目的があり、最先端の癌治療法、代替エネルギー、肉牛飼育の現状視察。これらの視察目的はつつがなくすべて終了された。

札幌市では同行記者団と会見し、「年はとったが必要があったら、また来たい」と再来日に意欲を示した。

また安倍首相が11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、中国の習近平国家主席との会談に意欲を示していることについて、「集団的自衛権の行使容認を決めたことで中国にプレッシャーがかかり、習近平主席の方が(安倍首相に)会う必要性が出てきている」との分析を示す一方、「日台間に外交関係がないため、経済や人的往来など関係強化の法的根拠となる『台湾関係法』制定の必要性」を改めて強調された。

◆「山師」になった大学名誉教授

千野 境子



民主化と経済改革を進めるミャンマーで少数民族の住む国境地帯だけはいまも秘境だ。政府は主要少数民族と停戦合意しているが、和平協定締結には至っていない。豊富な天然資源の多くは国境地帯に眠るだけに、少数民族との和解は国の発展を左右するカギでもある。

そんな中、カヤ族など少数民族の住むタイ国境カヤ州で、半導体や医薬品に使われるレアメタル(希少金属)、アンチモンの鉱床を探索しているのが関西学院大学名誉教授の早藤貴範さんだ。

少数民族の支配地域に自由に出入りできる日本人は、ミャンマー国民和解担当日本政府代表の笹川陽平日本財団会長ら極めて少ない。早藤さんも地元では「第次2大戦後、カヤ州鉱山地域に入った最初の外国人」といわれている。

知人を通じて早藤さんに探索の依頼があったのは、大学の定年退職が間近となった2012年だった。折しも「民主化の春」が始まっていた。外国人にも秘境が開かれるのだろうか。物質の原子の並び方や組み合わせを研究する結晶学が専門で、鉱山や谷、川などで新鉱物探しに熱中してきた早藤さんの心は動いた。

「研究者はある種の山師でなければならないと長年やってきましたが、人生の最終章で本当の山師でありたいと思ったのですね」と振り返る。

そして始まった山師見習いの日々。まずヤンゴンから首都ネピドーを経由して州都ロイコーへ。四輪駆動に乗り換え、国境警備隊兵士に護衛され、政府軍、民族軍、さらに国境警備隊の検問を次々に受け、目指す南のボラケー地区へ入る。

隣村は遥(はる)か彼方(かなた)という山奥で、検問所はさながら戦国時代の陣地を思わせ、国境警備隊は政府軍と民族軍の混成部隊から成る。相互監視し衝突を回避する狙いもあるらしい。ただ初めに「各軍の親分に挨拶した」早藤さんは、彼らがもう戦いたくないことを肌で感じている。

40度の炎天下、銃を持つ警備隊が見守る中、技術者や地元の人と一緒に地質を調べ、鉱物を採集。国境警備隊の宿舎で寝起きする。食事も現地の人々と同じで日本食は一切持参しない。古希の大学名誉教授には楽でないはずだが、「政府も軍も住民も皆、穏やかで親切、それにとても親日的です」と楽しそうだ。

実は日本とカヤ州は関係が深い。戦後賠償で造られたバルーチャン水力発電所があり、稼働率はいまも全国一とされる。老朽化のため無償資金協力により補修工事中で、この6月にヤンゴンで着工式典が行われた。また、中央政府から派遣されている州首相は年内には来日を予定するなど関係強化を望んでいる。

肝腎のアンチモン探索の成果はどうなのか。早藤さんによれば鉱脈は見えており、残る課題は脈の数(広がり)と深さの程度という。それで鉱床の規模も分かる。このため、これまでは長年の現場経験から「卓越した感覚センサーを持つ現地人の探査」を信頼し、人間優先で進めてきた作業も、今後はボーリングが不可欠で探索も大がかりになりつつある。

10月初め、早藤さんは再びカヤ州に向かう。3度目の今回は日本政府関係者も初めて同行する。ミャンマー政府だけでなく、どうやら日本の期待も高い。

世界生産の90%を中国が握るだけに、探し出せれば両国には中国依存から脱却でき、意味は大きいのである。ただし鉱床の規模如何(いかん)では、明暗も分かれる。これからが正念場かもしれない。

早藤さんがカヤ州に通うのは大きな夢があるからだ。宝物が出たら学校を建て、ミャンマーのために優れた技術者を育てたい。しかしまずはパソコンの中の教材作りからと、冷静に見据える。

先ごろ、同じ1967年に関西学院大を卒業した同窓生たちの会合で鉱山探索を語り、夢の一端を披露すると、山師よりは「山の師」といった雰囲気の早藤さんに大きなエールが寄せられていた。(客員論説委員)

                 産経【遠い響・近い声】2014.9.27




2014年09月27日

◆習近平の「学問はダメよ」

平井 修一



習近平は文革のためにまともな教育を受けていない。中学生レベルで、政治家としては現場の叩き上げだ。経験重視で、知性や学問をどこかで軽蔑している印象を受けるのだが、実際には軽蔑どころか心底嫌っていた。

<中国、党幹部に高学歴取得禁止令 MBAなどダメ…退学ラッシュ起きる(SankeiBiz 2014/9/21)

中国共産党の人事部門である中央組織部と教育省が連名でこのほど、党高級幹部や管理職の公務員に対し、MBA(経営学修士)、EMBA(企業幹部向けのMBA)などの高学歴取得を実質禁止する通達を出した。これを受け、9月に始まる新学期に合わせて北京の各大学院の社会人コースで退学ラッシュが起きているという。

通達は習近平指導部による反腐敗と幹部管理強化の一環とみられ、庶民の間で賛成する声がある。しかし、「幹部の思想硬直化をもたらす」などと、通達を批判する声も上がっている。

しかし、習近平国家主席(61)も李克強首相(59)も高級幹部になってから、大学院の社会人コースで博士号を取得している。共産党当局はこれまでに、党幹部の大学院進学をむしろ推奨してきた。

いきなり政策転換したことに対し、一部の党幹部は「指導部のメンバーは自分のことを棚に上げて下ばかりをいじめている」と批判している>

習が訪印してモディ首相と会談している時に中共軍が中印国境を越えて緊張が高まった。モディは露骨に不快感を示し、習は事態を知らずに狼狽していたそうだが、習は軍を完全に掌握していない、江沢民派が影響力を残しているということだろう。

上記の「学問叩き」も習のハエ叩き・虎退治の一環だが、反発を招いて権力闘争は激化するばかりなのではないか。

産経9/25が北京共同電「中国が民主化すれば『1300万人死亡』『国家は30に分裂』機関紙が一党支配正当化」と報じている。

<中国共産党機関紙、人民日報のウェブサイト「人民網」は24日、中国が西側の多党制の政治制度を導入すれば2年以内に武装衝突が発生し1300万人以上が死亡、1億3千万人を超える難民が出かねないとする李満長駐セルビア大使の論文を紹介した。一党支配を正当化し、民主化の「危険性」をPRする内容。現役大使による根拠に乏しい論文には批判も出そうだ。

論文は「西側の国は自由や人権の名の下に他国の内政に干渉している」と民主主義国を敵視。多党制を導入したアフリカや旧ユーゴスラビアは混乱に陥り、経済も低迷したままだと強調した。1990年代の旧ユーゴスラビアの民族紛争を引き合いに、中国で同様の事態が起きれば死者や難民が出る以外にも経済は20年後退し「5千年の文明を持つ中国が、30を超える小国に引き裂かれる」と警鐘を鳴らした。

多党制を許せば、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世ら支持する「過激組織が人心を惑わし、真相を知らない人たちをだます」と主張した>

人民網をチェックしたが原文は見当たらなかった。贔屓の引き倒しのような論文で、香港の民主派は激怒して10月1日の「セントラル(中環)」を占拠するデモは荒れるかもしれない。人民網に潜んでいる江沢民派が習近平を脅すために仕組んだ可能性もある、「手打ちしないと暴れるぞ」と。内乱で中共が自滅するというのは「世界の夢」である。(2014/9/25)

◆私の英語論を総括すれば

前田 正晶


あれほどの長期間私の英語論を掲載して頂いたにも拘わらず、昨今単発の英語論とでも思って偶々お読み頂いた号の私の英語論をお読み頂いて、異論を唱える方がおられるので、敢えてここで振り返ってみた次第です。

以下が本論です。

私の英語論を振り返ってみると:

私が英語論というか、我が国における英語の在り方、私が見る学校教育の英語の問題点、私の「科学としての英語」ではなく”English”についての持論等を本格的に論じるようになって20年も経っただろうか。その間にバラバラに時によって各論を展開してきたことと(また反省したかのように言えば)私の表現が拙かった為にか、多くの方から私の意図とは相容れないご批判と反論を頂戴した。

それらの中には私の意図を十分にご理解頂いていないのではと危惧する批判的な論調もあった。そこで、今回はあらためて私の英語論を極力手短に総括して、何とか私の意図をご理解願えるように述べていこうと考えた次第だ。

英語の勉強と会話の能力:

私は我が国では、こういうことは万人に押し付ける必要がないと思っている。本当に英語力または自分の思っていることを英語(あるいはEnglish)で表現出来るような力は、それを絶対的に必要とする職業や学問や仕事を選択された方が、英語圏の国々との文化の違いまでを弁えて、正しいと言うか、より目的に叶った方法で学べば良いだけのことだ。そういう必要に迫られている人が我が国にどれほどいるのかという問題を考えてかかる必要があるだろう

支配階層の英語:

私はこの次元の英語を学ぶというか知る必要があり、万人がその次元を目指して学ぶべきだとは主張するものではない。私は偶々転身した先のアメリカの会社ではそういう英語が出来る能力を求められており、知らず知らずに間にそれに適応出来たのであって、始めからその次元を目指していたのではない。幸運にもそれに対応出来る基礎が出来ていただけだ。

万人がその辺りというかアメリカや海外の会社を目指す必要も又ない。私は1994年1月のリタイヤー後に10年を経て知り合った仏文学のTK博士にそう指摘されて初めて「そうだったのか」と意識しただけのことだ。アメリカではアメリカを支配している人たちは全体の精々5%見当で、その富を握っている人たちよりは多いくらいであろう。故に、私は多くの同胞がその層のアメリカ人と交流する機会は極めて希だろうし、その次元というか
その域を目指す必要がないと唱えるのだ。

目標の設定:

ここで指摘しておきたいことは、どの階層と交流する為の英語を目指して勉強するのではなく、文法を正しく覚え、自分にとって適切な語彙を習得し、可能な限り正しい発音が出来るようにすること等の基本というか基礎を築くことを優先すべきだと思う。「会話」等という技は基礎がキチンと固まっていれば、イヤ固めることに努めれば、その上にその力が自然に備わっていくものと心得て置いても良いだろう。どの階層か等ということは、チャンと基礎が出来た後で考えれば良いことだ。

どの次元か:

これは支配階層のそれから、先頃例として採り上げた”Every years, Itake vacation two month, you know.”や、「単語を並べただけ」等々の種々の段階があるだろう。そのどれを選択されるかには私は介入する意志はない。ご自分で選択され「これで十分」と思われる次元に達するよう努力されれば良いことではないか。しかし、可能な限りより高い次元を目指しておかれて、満足出来た時点で落ち着かれたら如何か。換言すれば「可能な限り易きにつくな」となるだろうか。

教養ある人の英語:

これは音声学の権威でご自身も美しいQueen’s Englishの発音をされ、American Englishを下品だと切り捨てられた千葉勉先生が指摘された「文法を守れず、連結音とR-likingを知らないようでは、英国(UK)では無教養と見なされるの厳重に注意せよ」と指導されたことから引用しているのだ。この教訓はアメリカの大手企業内に入っても全くその通りだったのには、寧ろ驚かされたものだった。我が国の学校でもこの原則に従った教育を施す方が無難だろう。

音読と暗記と暗誦:

これは私が偶々実行した中学から高校にかけての勉強法である。そこには単語帳は作らない、英文和訳はしない、英作文は重要視するが学校での教科とは違う形だった、知らないか解らない単語に出会えばその都度辞書を引いて文章の流れの中で使い方(意味)を覚える等の独自の方式が含まれていた。ここには何ら科学的根拠はなく、学校の方式よりも楽に英語が解るようになって行っただけだとの実績があった。

最も良かったと自負していることには「音読・暗記・暗誦の結果で文法的に誤った表現が口から出てこなくなったこと」を挙げたい。この方式は私だけで成功した訳ではなく、中学生の家庭教師、社会人への個人指導でも成果が上がった。

GHQの秘書の方に指導されて話せるようになった:

これは確かに特殊な例かも知れないが「英語のままで考えて、日本語にしようとするな」、「これから話そうとすることを日本語で思い浮かべてから英語に訳そうとしてはならない」、「話しの間に”you know” を挟むな」、「言葉に詰まったら”let me see.”か”Well・・・.”と言って繋ぎなさい」という類いの基礎で、会話での方法を主として学んだのだ。これらはアメリカ人の中に入っても活かすことが出来た貴重な教訓だった。このことと学校での勉強とは無縁ではなかった。これを私は幸運と振り返って
いるのだ。

以上のような項目に纏められると思う。何方かがエリート教育を受けたと批判されたが、見当が違うと思う。私は確かに音読・暗記・暗誦というやり方で進んできた。この方式はもしかして簡単であるかのように聞こえるかも知れない。だが、決してそうではないし、これだけに依存して今日がある訳ではない。そこを語っていないだけで、中学から大学までの通じて試験90点以下が2度しかなかった実績の背景には、それなりの他のやり方も使って学ぶことがあったと申し上げて終わる。


◆「体制崩壊は5〜7年後」

 
宮下 日出男



<脱北者ら分析「金正恩の権力強くない、台本を書いているのは組織指導部」)

北朝鮮に関する学術会議がオランダ南西部ライデンで開かれ、体制内で高官を務めた脱北者7人が金正恩(キムジョンウン)体制の現状などについての分析を語った。

元高官らは、権力の中心は朝鮮労働党組織指導部だとした上で、金正恩第1書記は金正日(キムジョンイル)総書記ほどに権力を掌握できていないと指摘。内部闘争の恐れや統治システムの衰退を踏まえ、体制崩壊も遠くないとの見解を示した。

会議はライデン大学の現代東アジア研究センターなどが企画。朝鮮労働党統一戦線部に勤務した張真晟(チャンジンソン)氏のほか、元外交官や元軍高官、一般警察にあたる人民保安部の元高官らが17、18両日、同大で個別の講義や記者会見、講演を行った。

組織指導部は幹部人事も握る実力組織で、金正恩体制のナンバー2の地位にあった張成沢(チャンソンテク)氏の粛清を主導したといわれる。元高官らは組織指導部について、行政、治安、軍への権限も併せ持つ「最も重要な中央機関」であり、金第1書記の指示も組織指導部を通じて伝えられているとした。

金総書記は金日成(キムイルソン)体制時代に組織指導部長を務めるなど長年かけて権力掌握を進めてきたが、金第1書記は準備期間が短かった上、スイスに留学していたため信頼できる政治的協力者もいない。

このため、金総書記ほどの実権を有しておらず、組織指導部が北朝鮮の権力機構維持のため、金第1書記の権威を保とうとしているという。

 ある元高官は「映画でいえば、金総書記は監督と主役を兼ねたが、金第1書記は主役のみ。台本を書き、監督をしているのは組織指導部だ」と説明。張真晟氏も「金第1書記は象徴的な最高指導者」と強調した。

元高官らは、この状況下で「権力内部では多くの摩擦や緊張が起きている」と指摘。最たる例が張成沢氏の粛清で、「金正恩体制で張氏の影響力が増し、反対派との間で緊張が高まった」結果、組織指導部を中心に排除が図られたという。だが、金第1書記の叔父の粛清は「最高指導者の尊厳を傷つけた」とも強調する。

張真晟氏は「張成沢氏排除で団結した人々も、もはや同じ船に乗っている必要がなくなった」と語り、新たな内部闘争が起こる可能性を指摘。さらに争いの目的もかつては最高権力者に近づくため、金総書記への忠誠心を示すためだったのが、今は「ビジネスや貿易への影響力」の確保に変わっていると分析した。

食糧の配給制度が破綻して密輸などヤミ取引が拡大し、これに伴い外部からの情報を得ようとの動きも強まっているという。張真晟氏は体制を支えてきた「物質的管理」「思考管理」という2つの柱が崩壊しつつあるとした上、「体制崩壊はそんなに遠くない。5年後か、遅くとも7年後だ」と強調した。(オランダ南西部ライデンにて)

産経ニュース2014.9.26



2014年09月26日

◆韓国団体の計算と思惑

阿比留 瑠比



韓国で戦後補償問題に取り組む太平洋戦争犠牲者遺族会(梁順任会長が今月15日、日本政府が平成5年7月にソウルの遺族会事務所で行った元慰安婦16人への聞き取り調査の映像を一部公開した。遺族会は今回、非公開を約束していたものを一方的に公開した形だ。この問題について改めて考えてみたい。

「安倍政権が談話を極度に傷つけているため、証言の証拠が存在することを知らせる」

遺族会は映像公開の理由について、こう説明した。おそらく政府が今年6月20日、根拠なく慰安婦募集の強制性を認めた河野談話の作成過程を検証した報告書を公表したことが一つのきっかけだろう。談話が日韓合作だったことや、聞き取り調査実施以前に原案ができていたことが明らかになったのが気に入らなかったのかもしれない。

もっとも、非公開とされてきた聞き取り調査の中身については、産経新聞が非公開の政府文書を入手し、昨年10月16日付朝刊ですでに「元慰安婦報告書 ずさん調査」「氏名含め証言曖昧」と詳細に報じている。

一方で遺族会が今回初めて公開した映像は、5日間にわたる調査をわずか約17分に編集していた。今月17日付読売新聞朝刊によると、「キム・ボクソン」と「ユン・スンマン」と名乗る2人の女性がそれぞれの体験を証言する内容だ。

ちなみに、遺族会は3年12月に日本政府を相手取って慰安婦賠償訴訟を起こした当事者団体であり、調査対象16人のうち裁判の原告が5人いた。政府の聞き取り調査報告書では、キム氏は裁判の原告と記されており、ユン氏は遊郭はあっても軍専用の慰安所などなかった大阪や下関で働いたと証言している。

「(遺族会が)一部だけを公開したことは理解に苦しむとともに大変遺憾だ」

菅義偉(すがよしひで)官房長官は今月16日の記者会見でこう不快感を表明した。全体のごく一部が切り取られた映像が独り歩きし、元慰安婦の証言が遺族会の都合のいいように広まっていくことに懸念を覚えたからではないか。

聞き取り調査実施直前の5年7月、遺族会事務所で梁氏と事前の打ち合わせをした日本政府関係者は、政府の慰安婦問題に関する調査について、梁氏から繰り返しこう要求されている。

「裁判のために作成した重要な資料である訴状を、当然、参考資料として使用するべきである」

また、聞き取り調査中のビデオ撮影に消極的な日本側に対し、梁氏はこう強調していた。

「外部に公表するためにビデオを入れるわけではない。あくまでも遺族会の記録とする」

さらに日本側が慰安婦問題の調査目的について「歴史を明らかにし、真相究明を行うことだ」と説明すると、梁氏はこう反論した。

「歴史を明らかにして何が残るのか。責任はどうなるのか。罪の意識はないのか」

こうした梁氏の強引で赤裸々な主張に対し、政府関係者は「慰安婦問題について今後の裁判、日本への補償要求につなげていく意図も随所に見られる」ときちんと分析していた。

にもかかわらず聞き取り調査は遺族会ペースで進み、今になって勝手に一部映像を公開された。日本の対韓事なかれ主義は、政府が一民間団体にすら手玉に取られる結果を生んでいる。(政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2014.9.25


◆中国の金消費と生産世界一は本当?

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 


<平成26年(2014)9月25日(木曜日)通巻第4347号 >  


さきごろ中国が世界一の金(ゴールド)消費国であるばかりか、金の生産でも世界一というニュースがあった。 筆者はすぐさま二つのことを連想した。
 

まず第二次大戦直後、国共内戦に敗れた蒋介石は故宮博物院の宝物を台湾へ運んだが、ある日、金塊を載せた船が沈没したと発表した。金の世界市場は揺れ、価格が暴騰した。先に先物を手当てしていた蒋介石系財閥は濡れ手に粟の大儲けをした。
 

つまり偽情報による金市場操作だった可能性が強い(伴野朗『蒋介石の黄金』)。
 

もう一つ。時代は五世紀ほど遡及して関ヶ原の合戦から十数年、大阪冬の陣のとき豊臣家の再興を念じた浪人およそ十二万人が大阪城に集まった。なかには真田幸村、後藤又兵衛など有名な武将も加わっていたが、大半は武士の禄をなくした食いっぱぐれ、金目当ての有象無象で豊臣恩顧の大名からの参加はなかった。
 

豊臣側は城の中庭に組頭を集め、目の前で蓄積してきた小判を改鋳し、朱金に小分けし前払金として支給し士気を大いに高めた(中村彰彦『真田三代風雲録』)
 

この対照的な逸話を紹介した理由はすでにお察しだろう。
 

中国の国家統計局のデータが杜撰であり、政治的作為の下の数字であることは世界にあまねく知られる。李克強首相自らが「あれは信用できない」と米国大使に吐露したように現在のGDP統計は「作文」に過ぎず、或る米国人経済学者は「百兆円の水増し」があると指摘した。中国人のエコノミストでも「GDP成長率は精々4%程度だろう」と言う。
 

不動産価格は五年以上前から下落しており、不良債権を隠蔽するために銀行が裏で株価操作、理財商品とシャドーバンキングにいそしみ、中央政府は景気刺激策を乱発しつつ通貨供給を増やし続けて、バブル崩壊を延命させてきたに過ぎない。


同様な情報操作が金(ゴールド)市場でも行われているようである。 第一に金備蓄は国有企業「中国黄金集団」が全体の二割を占めるという異常事態があり、その発表数字に対して国際機関の検証がない。日本の金備蓄は世界八位前後で(740トン)、しかもその全量は米国フォートノックスの地下金庫に眠る。この措置にも信頼が置けないとドイツは米国に預託していた金を本国へ引き上げた。


第二に金消費世界一の実態だが、金塊は三分の一前後しかなく、多くが宝飾品、アクセサリーとして民間に小口で分散備蓄され、しかも金の純度はフォーナイン(99・99%)ではない。国際基準を満たしていない金製品が多いと言われる。中国軍の誇るミサイル数とて半分が囮と言われるように、金塊もクローム塊の金メッキではないのかという疑惑がつきまとう。


第三に金は利息を産まず、経済生産には流用できない「退蔵品」である。つまり戦争などの危機に遭遇したときの通貨であり、日本のような平和のぬるま湯につかりきった国民からは発想もできないリスク管理商品となる。
 

このような考え方の違いがあり、冒頭のニュースの日本人の受け止め方と世界のそれとは対極的な差違が生じるのである。


(この文章は『北国新聞』、9月22日コラムの 再録です)