2014年08月30日

◆私の「身辺雑記」(138)

平井 修一


■8月27日(水)。朝は室温23.5度、小雨、とても涼しい。昨日まで5時には明るかったのに、今朝は暗い。例年にない過酷な夏が終わったのか。微雨になったので散歩。犬は時速5キロで快調、階段もピョンピョン昇った。

「アイヌ」というのは「在日半島人」や「同和」などと同様の利権のようだ。札幌市議会議員の金子快之(かねこやすゆき)氏が「アイヌ施策に関するツイートについて」を書いている(8/16)。以下転載。

・・・

「アイヌ民族なんて、いまはもういない」と記した私のツイートについて、それぞれの立場から多数のご意見をいただいています。

「レイシスト」「ネット右翼」「議員辞めろ」などと批判する電話もありました。

本日、複数の報道機関から電話取材を受けたこともあり、本ブログで改めてきちんと私の考え方をご説明したいと思います。

我が国では戸籍や住民票へ「アイヌ」との表記はありません。「アイヌ」を法的に証明する根拠が現行法にないのです。

また日本という一つの国で同じ教育を受け、同じ言葉、同じ法制度で生活する中でアイヌであることをわざわざ証明する必要もないのが現状です。

しかしいま、ことさら「アイヌ」を声高に主張する一部の方には別の目的があるものと思われるものがあります。

それは「アイヌ」を名乗ることで、行政からの便益(メリット)を獲得するということです。

札幌市や北海道は「アイヌ」の方に住宅新築資金の低利貸し付けをはじめ、奨学金、運転免許の取得補助、アイヌ協会への補助金などさまざまな支援を行っています。

・どうしてアイヌだと運転免許取得の補助金がもらえるのか?

・住宅ローンが1%以下で借りられる時代に、なぜ市から住宅ローンを借りるのか?

不思議に思いませんか?

ご想像の通り、アイヌ新築住宅貸し付けはその多くが焦げ付いています。担保をきちんと取っていないため回収できず、返済が滞ってもただ督促状を送るだけです。

奨学金の不正受給の問題なども市議会、道議会でも度々指摘されています。それではそもそも、「アイヌ」であることはどうやって証明しているのでしょうか。驚いたことに、北海道アイヌ協会が「アイヌである」と証明書を出すことで、補助が受けられる仕組みなのです。

北海道アイヌ協会の判断の根拠は、

?アイヌの血を受け継いでいると思われる人?婚姻・養子縁組等によりそれらの方と同一の生計を営んでいる人

などとなっています。


「思われる」とはつまり「自称」「推定」を認める客観性の乏しい仕組みです。さらに婚姻・養子だと日本人なのに、アイヌとしておカネがもらえるのです。

北海道アイヌ協会が認めないと、本当に純粋なアイヌでも補助が受けられない。北海道以外に住んでいるアイヌの方はどうなるのか。

実におかしな仕組みだと思いませんか。

その「アイヌ」の証明を担う「財)北海道アイヌ協会」自体が度重なる不正経理で問題を起こしており、とても公正な団体とは言えません。

札幌市が北海道アイヌ協会札幌支部に委託して建て替えたアイヌ文化交流センターのポンチセ(アイヌの伝統家屋)も不審火を巡るトラブルに端を発し、茅(かや)の調達などいまだにもめています。

これらの支援制度が国民の税金でまかなわれている以上、納税者の立場から是正を求めるのが議員の職務だと私は思っています。

アイヌについて石器時代から今日に至るまでさまざまな歴史的資料が示されています。

先住民族か否かの問題はここでは触れませんが、明治時代の北海道旧土人保護法以来、アイヌの方々にはご労苦があったでしょうし、私もアイヌ文化や歴史を否定するものではありません。

私が問題としたいのはアイヌを称する利権の問題であり、これについてこれまでも議会で指摘してきましたし、今後も問題提起を続けていくつもりです。

私のツイートに賛否それぞれの立場から多くの意見が寄せられましたが、古くからあるこの問題がいま頃話題になるのは、「さわらぬ神にたたりなし」とばかり、事なかれ主義で政治と行政が安易な公金支出を重ねてきた結果だと思います。

まさに従軍慰安婦問題とも共通する事象ではないでしょうか。

限りある財源を国家の未来に有効に使うために、政治家としての勇気も問われています。(以上)

・・・

大日本百科事典にはこうある。

「民族としてのアイヌは急速に失われてしまった。その人口も19世紀初めには2万1000余を数えられていたが、純系のものは次第にいなくなり、今では数えることの意味すらなくなっている」

アイヌは倭人に同化し絶滅したということだろう。ところがアカは「自分はアイヌだ」と言うことで様々な利権を得ている。不条理だ。

沖縄同様、北海道もアカが跋扈している。氏を引きづり降ろそうという運動が始まっている。我々愛国保守派は氏を守らなくてはならない。

■8月28日(木)。朝は室温22.5度、微雨、とても涼しい、というかTシャツ&半ズボンでは寒いくらい。通勤の人は薄手の上着を着はじめた。朝日も寒がっている。

朝日新聞社の2014年3月決算関連の報告書によると「全社部数は朝刊752万6千部、夕刊272万6千部(前期比で朝刊10万1千部減、夕刊5万6千部減)」。夕刊はいずこの新聞社も不振だが、主力の朝刊が1年間で10万部減ったのはかなり痛いだろう。

東証一部上場のインターネットサービスプロバイダ、朝日ネットは前身が朝日新聞系だったが、一時期独立していたものの、昨年末には朝日新聞社と業務・資本提携契約を締結し、朝日が大株主になった。新聞本体が若者などの無読層の拡大と高齢化で漸減は避けられないから苦しい台所事情は続くが、それでもデジタル事業に力を入れざるを得ないということのようだ。

デジタル事業は「金を払ってでも読みたい」利用者を開拓することが最大目的だが、米国でもWSJやNYTは一時期はうまくいきそうだったが、今は伸び悩んでおり、採算ラインに乗っているのかどうか怪しいものだ。“狂竜”朝日は間もなく氷河期に入り、やがて絶滅するだろう。

ネットによりアカの情報独占は“危機的”状況にあるが、特に沖縄ではまだまだアカの「報道しない自由」が続いている。世界日報8/27から。

・・・

沖縄県警は7月30日、女子中学生に金を渡して買春したとして、児童買春・ポルノ禁止法違反の疑いで、沖縄県教育庁参事兼中頭(なかがみ)教育事務所長の浜口茂樹容疑者(59)=沖縄市在住=を逮捕した。

県警などの情報によると、浜口容疑者は今年4月に沖縄市のホテルで14歳の女子中学生に1万数千円を渡してわいせつ行為をした疑い。本人は「未成年だとは知らなかった」と一部容疑を否認しているという。

那覇地検は今月18日付で、児童買春ではなく、18歳未満と知っていたかどうかを問わない青少年保護育成条例違反で浜口容疑者を起訴した。

浜口容疑者は、県教育長に次ぐ県教育行政の実質的ナンバー2として教育指導統括監を2012年度から2年間担当。1984年に小学校教諭に採用され、沖縄本島各地の学校で教壇に立ち、小学校、中学校の校長も務めたことがある経験豊富な教育者だ。

青少年のネットによる性犯罪防止対策委員会の委員長も務めたことがある。

県の諸見里明教育長は「逮捕理由が事実であれば、決して許されるものではなく、本県教育、そして教職員に対する信頼を著しく失墜させるもの」とコメント。8月中旬に臨時校長会を県内全地区の教育事務所で開催、事態を深刻に受け止めている。

ところが、米軍人が不祥事を起こした場合には連日大々的に報じる地元マスコミは、今回の事件に関しては事実関係を報じただけで、ほとんど後追いをしていない。

さらに、米軍のわいせつ行為事件については声高に糾弾する県の女性団体や諸団体が、ほとんど口をつぐんでいるのが不思議でならない。(以上)

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どうしようもない真っ赤な沖縄マスコミ。この売国奴を殲滅するネット情報をドシドシ発信していこう。朝日とともに沖縄タイムス、琉球新報絶滅へ、イザ!

■8月29日(金)。朝は室温22.5度、微雨、とても涼しい。夕べは犬の呼吸が荒くなり、心臓はバクバクでへばっており、臨終かとびっくりした。

今朝の3分の1散歩でも極端にフットワークが低調で、見知らぬオヂイサン(78あたり)から「歳をとったねえ、おれも最後まで世話したから大変さが分かるよ」と声をかけられた。駐輪場のオジサン(68あたり)からも「ずいぶんヨタヨタしてきたねえ」と心配してもらった。

どうも別れが近そうだ。カミサンと相談し「(夫婦)どっちかの納骨の際にトト(犬)の骨壺も入れよう」となったが、ちょっと淋しい。淋しくても言論戦は休めない。朝雲8/28から。

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赤道直下のインドネシアでは現在、日本など29カ国が参加する多国間演習が行われ、まもなく「南十字星14」と名付けられた災害救助訓練もはじまる。

タイを舞台にした2月のコブラ・ゴールド、6月のパシフィック・パートナーシップ、7月の環太平洋合同演習(リムパック)と、アジア太平洋地域では今、米軍を中心とする多国間の共同演習が次々と繰り広げられている。

訓練の内容は、国連平和維持活動(PKO)から、災害救助や人道支援(HA/DR)、能力構築支援(キャパシティー・ビルディング)、海上交通路の安定など様々な分野に広がっている。

今でこそ、自衛隊はほぼすべての演習に参加し、訓練を主導する立場さえ任されているが、少し前までは、「憲法が禁じる集団的自衛権の行使に抵触する」と批判され、黙って見ているしかなかった。

転機となったのは、2004年に発生したスマトラ沖地震と津波災害。だが、より強い連携が必要となったのは、力によって海洋進出を強める中国の度重なる挑発的な行動だ。日本を含めたアジア太平洋の国々にとって、多国間演習に参加することは、中国を抑止する有効な手立てなのだ。

「もはや一国だけで平和を守れる時代ではない」――。安倍晋三首相ら各国首脳はそう口をそろえる。天災や戦災などの「災い」に立ち向かうには、脅威を一にする国々が必死になるしかない。我々には今、その覚悟が問われている。(以上)

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やることなすことすべて裏目に出る中共系暴力団・習近平一家がアジア太平洋の諸国を結束させたのだ。腐った中共の代弁者である無恥の捏造屋、朝日にも皆怒っている。夕刊フジ8/28から。

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【朝日の大罪】懲りない朝日に深刻さを認識させるには… 桜美林大学佐藤正典教授

江戸時代、事件の急報には瓦版屋が活躍した。中には、庶民の無知をいいことにデッチ上げのネタで金もうけをたくらむ輩がいたらしい。朝日新聞は「現代の(悪質な)瓦版屋」だとしか思えない。

私は、謝罪なき訂正のあった日から、朝日の「tokyo-koe@asahi.com」に1日も欠かさず抗議文を送り続けている。不始末の深刻さを認識してもらいたい一心である。

さらに、友人や知人、親戚など周辺の人たちに朝日の不買を働きかけている。同調者は次々に増えている。みな普通の勤め人、海外で日本人の評判が落とされたことに怒り、傷付いた人たちだ。

朝日の誤報には「サンゴ事件」や「伊藤律架空会見」など、先例がいくつもある。ウソを書く行動が改まらないのは、増収狙い、減収の恐怖があるからだろう。これを収益至上主義という。『汚された日本』を次世代に渡さないためには、今やれることをやるという姿勢が大切だ。不買は、誰でもすぐ実行できる。

朝日が今回訂正したのは、すでに部数が落ちたためだという観測がある。それなら、この勢いを持続させよう。ボディーブローだけが偽りの行動を阻止できる。

事実を尊重せよといっても、それを朝日に迫るのは無理であろう。いっそ、政党を立ち上げてはどうか。しかし、卑怯で口先だけの集団に票は入らないであろう。それならやはり、廃業する他あるまい。

ただし、廃業前にどうしても果たさなければならない責務がある。国民と在外同胞に対する謝罪、諸外国に対する説明である。報道機関のつもりなら、逃げない方がいい。それにも頬かむりするなら、不朽の(?)汚名が残るだろう。

■佐藤正典(さとう・まさのり) 桜美林大学教授(企業法・国際取引法)。1953年、青森県生まれ。東京大学大学院修了(法学政治学)。外国銀行勤務などを経て、87年に山一証券入社、同証券経済研究所などを経て97年から現職。大学時代、日教組世代の同級生らが「日本に守るべきものなど何もない」と発言するのを聞き衝撃を受け、近現代史に関心を持つ。
(以上)

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中共や朝日などのアカの時代は終わったのだ。さっさとくたばるがいい。おっと、幹部は公開処刑だった。(2014/8/29)

◆Home leave の期間は何を

前田 正晶


アメリカのビジネスマンは4週間をどのように過ごすのか:

"home leave" とは「アメリカ本社から日本に転勤してきた者に与えられる交通費会社負担の有給休暇制度である」と先日解説したばかりだ。我が国の会社における休暇と比較すれば違い過ぎると思うし、同じ事務所の中からそのように長期間オフィスを空けてしまう者がいると知った時には、些か驚かされたのだった。簡単に言えば、優雅だなと言う前に「アメリカの会社って意外に温情的だな」と感じた。

我が国の会社に17年間勤務した経験がある私には「それが正当な権利であっても、随分と度胸がある人たちだな」と感心していたし、それでも見ている限りでは仕事の面ではさして問題を生じている様子がなかったのも「凄いものだ」と寧ろ尊敬さえしていた。

そこで一度、カリフォルニア州出身の日系人に「それほど長期間オフィスを空けても何でもないのか」と思い切って尋ねてみた。この表現ではかなり不躾な訊き方に聞こえるだろうが、実際にはチャンと "May I ask youa question?" から入っていったのだった、念のため。また英語の講釈だが、ここでは "Would you mind, if I asked you a question?" でも良いだろう。

その答えには「なるほど、そういうことだったか」と思わせる点があった興味ある内容だった。即ち、彼は「最初の1週間は東京に残してきた仕事と進行中の引き合い等の全てが非常に気懸かりで、安心して休んでもいられないのだ。2週目に入ると徐々にそういう心配が消えていき、休暇を楽しもうという心理的な準備が整ってくる。

3週目ともなれば気分爽快で、何もかも忘れて海に山に都会にという具合で休暇を満喫するようになる。誠に楽しい1週間となって、帰ったら思い切り仕事に打ち込もうなどと瞬間的に考えている時すらある。そして、毎年のように4週目に入ると何としたことか無性に『速く東京に戻って仕事がしたくなる』と思い始めて東京が恋しくなるのだった」と語ってくれた。

この答えに対しては、我々が先ず絶対と言って良いほど経験出来ることではないので、「なるほど、さようで御座いますか」と言って承るだけしか出来ないのだ。しかし、聞いていると「"home leave" とはそういうためにあるのだったか」と納得したのだった。

既に述べたことだが、彼は必ずしも夏場に休むとは限らず、また、故郷のカリフォルニア州だけではなく、ハワイに行っていたことがあったと記憶する。

私は「このような休暇制度は何事も個人が単位であるアメリカだからこそ出来るのかな」という疑問を感じたことがあった。それは、我が国の会社では皆がともに一つの課なり部なりの単位でで纏まって仕事を推進しているのであって、誰か1人が休めば残った人たちが全員で補っていくという精神があるので、「彼の仕事に迂闊に手を出して何か失敗でもしたら」というアメリカ式な考え方はないと経験したから、言うのだが。

しかし、現実には4週間の寛ぎの休暇を取ると誰かが申請した場合に「それは結構なことだ。後は皆で面倒を見るから心配せずに楽しんでこい」となるとは考えられないのだが、如何なものだろうか。矢張り、この辺りに「日米間のビジネスの世界における文化の違い」があるという、私流の月並みな結論に達してしまうのだが。


2014年08月29日

◆朝日新聞は廃刊せよ

櫻井よしこ


「不都合な史実に向き合わない『朝日新聞』は廃刊せよ」

8月5、6日の紙面で、「朝日新聞」は吉田清治氏(故人)の「慰安婦強制連行」の証言を虚偽とし、関連記事を取り消すと発表した。

世紀の大誤報を報じた朝日の紙面から伝わってきたのは、しかし、反省なき自己弁護だった。5日の1面、「慰安婦問題の本質直視を」と題した杉浦信之編集担当の主張が、朝日の利己的視点を余すところなく伝えている。

氏は、「『慰安婦問題は朝日新聞の捏造だ』といういわれなき批判」が起きていると書いた。事実はその真逆で、いわれなき批判を浴びているのは、過去と現在の日本人と日本国である。

このままいけば、恐らく未来の日本人も日本国も、いわれなき批判を浴びせられ続けるだろう。被害を受けているのは日本国民と日本国のほうで、朝日ではない。

杉浦氏は「慰安婦問題は朝日の捏造」ではないと言うわけだが、果たしてそうか。同問題で日本が世界中から非難され始めたそもそもの理由は、日本政府や軍が組織的に女性たちを強制連行したとされたからだ。

日本非難の最大の根拠、女性たちを「強制連行」したと書いたのが朝日だった。軍命で部下と共に済州島に行き、泣き叫ぶ女性たちを強制連行したという吉田氏を1982年、最初に紹介したのも朝日だった。以来、16回も吉田氏について報じたそうだ。その一部、92年1月23日夕刊の「窓・論説委員室から」のコラム、北畠清泰氏の一文だ。

「吉田さんと部下、10人か15人が朝鮮半島に出張する。総督府の50人、あるいは100人の警官といっしょになって村を包囲し、女性を道路に追い出す。木剣を振るって若い女性を殴り、けり、トラックに詰め込む」「国家権力が警察を使い、植民地の女性を絶対に逃げられない状態で誘拐し、戦場に運び、1年2年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には戦場に放置した。私が強制連行した朝鮮人のうち、男性の半分、女性の全
部が死んだと思います」

歴史に無知蒙昧

包囲、木剣、監禁、集団強姦、その果てに女性全員の死。恐ろしい証言だ。事実なら、絶対に許されない。

しかし、右記事の約3年前の89年8月14日に吉田証言は出鱈目だと、韓国の女性記者・許栄繕氏が済州新聞で述べていた。にも拘わらず、朝日は92年に前述の記事を掲載したのだ。

このあとすぐ、4月30日には秦郁彦氏も現地取材に基づいて吉田証言は嘘だと産経新聞に書いている。

ところが朝日はその翌月、5月24日にまたもや吉田氏の韓国への「謝罪の旅」を懲りもせず報じたのだ。

「1942年(昭和17年)、『山口県労務報国会下関支部』の動員部長になり、国家総動員体制の下、朝鮮人を軍需工場や炭鉱に送り込んだ。朝鮮半島に船で出かけては100人単位でトラックに詰め込んだ。3年間で連行、徴用した男女は約6,000人にのぼり、その中には慰安婦約1,000人も含まれていた、という」

80年代に当の韓国現地新聞が嘘だと断じた吉田氏の主張を、90年代になっ
ても、恰も事実であるかのように朝日は伝え続けたわけだ。だがそれだけ
ではない。

『週刊新潮』が96年5月2・9日合併号で吉田氏を追及し、証言は嘘だった
という告白を引き出した。吉田氏は語っている。

「秦さんらは私の書いた本をあれこれ言いますがね。まあ、本に真実を書いても何の利益もない」「事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやることじゃありませんか」

本人の告白を受けてからは、朝日は歯切れが悪い。97年3月31日の紙面で、吉田氏が済州島で女性205人を無理矢理連行した、とする本を出版したことに触れて、「この証言を疑問視する声が上がった」、しかし、「真偽は確認できない」とするにとどめている。強制連行の「生き証人」、吉田氏を温存し続けたいという朝日の切望が滲み出ていると思うが、どうか。

それにしても、朝日人士は揃いも揃って歴史に無知蒙昧なのだろうか。日本統治下において朝鮮半島の警察官の多くは朝鮮人だった。吉田氏が語った100人規模の警官は、実際に動員していればその殆どが朝鮮人警察官のはずである。

彼らが、同胞の女性たちが木剣で叩かれ強制連行されることを許すはずがない。それがどれほどあり得ないことかを、朝日人士は見抜けなかったのか。

「職業的詐話師」と秦氏が喝破した吉田氏の嘘を、2014年までの32年間、事実上放置した朝日は、その間、捏造の「強制連行」説の拡散を黙認したと言われても仕方がない。朝日批判は「いわれなき」どころか、十二分の証拠があるのである。

杉浦氏は朝日元記者への「名指し」の「中傷」についても主張しているが、これも受け容れられない。件の元記者、植村隆氏は、91年8月11日、挺身隊と慰安婦を結びつけて報じた張本人だ。

当時は研究が不十分で、両者を混同した「植村氏の記事には意図的な事実のねじ曲げはない」と朝日は主張するが、到底信じられない。その詳細は8月7日号の本誌当欄で詳述したので、そちらを参照してほしい。

壮大なすり替え

杉浦氏は、慰安婦問題の本質は女性たちが「自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたこと」だとも書いた。たしかに慰安婦の女性たちは本当に気の毒だ。二度とこのようなことは繰り返さないと日本国民は決意している。

しかし、日本が非難されているのは、軍と政府が女性を強制連行したとされているからだ。その強制連行説を吉田氏が捏造し、朝日が報道して32年間実質的に放置した。それがすべての始まりである。

だが、いま、朝日は軍の強制連行から、普遍的価値としての女性の尊厳へと壮大なすり替えを行っている。

誤魔化しは好い加減にすべきであろう。杉浦氏の言説に見る論点ずらしは、朝日全体の特徴でもあろうか。8月13日の社説「戦後69年歴史を忘れぬ後代の責務」は、昨年8月15日の全国戦没者追悼式での安倍晋三首相の演説への批判だった。

朝日社説子は、首相が「アジア諸国への加害」に触れなかったことに関して、「不都合な史実には触れない」「歴史書き換えの一歩が潜んでいるのではないか」と批判した。

この言葉こそ、朝日新聞に相応しい。朝日は自社の報道が生み出した「不都合な史実」に向き合うべきだ。朝日が持ち上げた吉田証言は96年、国連のクマラスワミ報告、07年、アメリカ下院の対日非難決議などで証拠として採用され、国際社会における対日非難の土台となっている。

史実を曲げてまで日本を深く傷つけた朝日は、全力で国際社会に事実を伝えたうえで、廃刊を以てけじめとすべきだ。きちんとけじめをつけられないとすれば、朝日再起の道は、本当にないだろう。

『週刊新潮』 2014年8月28日号 2014.08.28 (木)日本ルネッサンス 第619回

◆上が右/左なら下も右/左

平井 修一


なぜ朝日の記者は嘘っぱちの反日記事を書くのか。改めて考えてみた。フジテレビ出身のフリーアナウンサー、長谷川豊氏のブログ7/8から。

            ・・・

【質問】報道圧力ってあるんですか?

先週のブログに「ダン吉」さんから質問が来てまして、

Q:長谷川さん質問です。朝日、毎日は左より、読売、産経は右よりは誰もが知るところですが、そこに勤めている社員の方、とくに執筆者やつたえる側のキャスター、アナウンサーはやはり自分の考えと違っても、さぞ自分の意見のように伝えなければならないのでしょうか?

また、長谷川さんはそのような体験なさったことがありますか?

A:これ、けっこう聞かれるんですよね。なので、お答えしますね。

結論から先に言うと、「ほとんどありません。ありませんけれど…」が答えです。

はい。報道する現場、情報を伝える現場、それぞれ、けっこうテレビ局内では独立していると言えます。なので他部署から色々と言われたところで結構撥ね退けます。そこら辺は意外に思われるかもしれませんがみんなプライドを持って働いていたりします。なので自分たちの信念に従わないような報道はほとんどないってのが実は現実です。

しかし、テレビ局、新聞社って言っても残念ながら、そこにいるのは皆さんと何ら変わらない「人間」ですし、大半は男性なわけですけれど、当然嫁さんから突っつかれるので出世もしたいし社内の論理には逆らえないってのが現実です。

なので、どういう現象が起きるかって言うと「言われてないのに左や右に傾く」って現象が起こってるんです。内部では。

要はですね、マスコミだー、報道機関だーなんて偉そうなこと言ってますけど、そこにあるのは完全に「株式会社」の論理です。基本は「儲け」が大事ですし、それが無いとおまんまが食べられません。

男である以上、そこは皆さんと一緒で出世したら嬉しいですし、出来れば上司に逆らいたくないもんなんです。会社である以上、「人事権」を上司が持っていますから、その上司に逆らった段階で出世の道は閉ざされます。

そんな社会のルールに平気な顔をして逆らうのって、僕をはじめ数人の変わり者だけです(笑)。

なので、みんな頑張って空気を読むわけですね。

サンケイグループで働いている以上は安倍政権にベッタリなのは当然わかる訳じゃないですか。出来れば積極的には安倍政権を批判したくはないですよね。睨まれるかもしれないし、気がついたら彫刻の森美術館に飛ばされてるかもしれないし。

読売グループだったらナベツネさんが自民党ベッタリなことくらい誰でも知ってる訳じゃないですか。じゃあ、ライバルになりそうな昔の小沢さんとか、病的なくらい叩くわけです。あれ、小沢さんを叩いてるように見えて、懸命に上司にヨイショしてるんだと思います。少なくとも現場ではそう見てました。みんな。

同時に、朝日や毎日はとにかく政権批判しときゃあそれでいいので、文句いっときゃいいんです。それに説得力がなさそうなアンケートや情報はすべて無視して、とにかく叩きまくればそれでいいんです。そうすれば、トップの人間達の覚えがめでたくなるって寸法です。

そんな感じで、僕らみたいな「上司なんか邪魔だ、バカジジイどもが」って平気で思ってる人間とかは、実は喋ろうと思えばいくらでも喋れるし報じられるしって状況もあるにはあるんですが、基本的にはそんな人間は少ないです。

一般論から言うと、そのグループのトップが右であれば右方向へ、左であれば左方向へ行くって状況です。

ダン吉さんのご質問にあるように圧力や強制って一つもないとは言わないですけど、実際にはほぼ無いと思っておいてください。(以上)

            ・・・

まあこんなものか。いずれにせよ「社会人の良識」がブレーキになるから極端な極右とか極左は余りないのだろうが、朝日はこのブレーキがない。

朝日は正義は我にありという中共的傲慢さ、上から目線での取材、会社とオーエ真理教的痴呆症読者が喜べば捏造、誤報も構わない、ばれなければよし、ばれたら適当に言い逃れればよし、ヤバイ記事でもヒットすれば本社勤務になれるから、記者は皆、邪道に精を出すのだ。これが朝日の記者気質である。

ノンフィクションライターの降旗学氏の「君、炎上したもうことなかれ――お盆休み期間に『やらかした』おバカな面々」(ダイヤモンドオンライン8/23)から。

           ・・・

夏の甲子園大会、南北海道代表・東海大四高の西嶋亮太投手は、8月14日(大会第4日)の九州国際大附属高校戦で、戦前から評判のスローボールを投げた。彼の場合は、ボールがテレビ画面から見えなくなるほどの山なりのボールで、超スローボールと呼ぶにふさわしいボールだ。

元朝日新聞記者で、高校野球のテレビ解説も数多く経験したというスポーツジャーナリストの岡田忠氏もこう言っている。

『私は甲子園大会を三十数年以上取材してきましたが、あのようなふざけた球を投げるピッチャーを初めて見ましたよ』

朝日新聞って、スポーツの世界でもこんなに威圧的なのかなあ。

何年も前の事件取材で、被疑者の隣家に話を聞きに行ったことがあるんですね。お隣さんは、犯人のことはよくわからないと言う。すると、そこに居合わせた朝日の記者さんがこう言い放ったんです。

あなたは取材に答える義務がある、知ってることを話してくださいとかなんとか。知らないと言う人の口を無理やりこじ開けようとする……

朝日ってこーいう取材するんだな、と思ったものです。だから32年も従軍慰安婦の強制連行があったなんて嘘がつけるのかなあ。

すると、高校球児を使って商売している朝日新聞はふざけた会社ってことにならないか。甲子園の優勝チームは必ず大会終了後、朝日新聞大阪本社にお礼参りに行かなきゃならないっていう威圧的にルール、私はとてもふざけていると思うけど。

そのむかし、開会式にジャニーズを呼んで客を入れようとしたのも朝日新聞ですよね??高校球児を食い物にしてるのはどこの誰だろう。(以上)

              ・・・

この超スローボールの件はダルビッシュだかが「正しい」と言ったら下火になったらしい。「ふざけた球」は正当になり、「真摯な告白の吉田清治証言」は虚偽になった。朝日はいつも嘘を言う。潰すべし。(2014/8/25)



          

◆中国は異常な国である

Andy Chang


中国の戦闘機が米国の対潜哨戒機に異常接近した上で、米国に対し海上偵察の停止を要求した。6月には尖閣諸島付近で自衛隊機に異常接近した。二つとも中国側の威嚇であり、米国の衰退を中国の覇権進出のチャンス、威嚇を繰り返し米国や日本が何所まで譲歩する
かを見極めようとする。

米国だけでなく世界諸国は中国に対応する方法を間違えている。中国人の野心を見極めなかったからである。この状態から脱出するには中国人の本質を見極めて中国政策を改善すべきである。

中国は異常な国である。異常な中国には世界共通の道徳は通用しない。中国人は常に自己の利益、自国の利益を追求する。シナ人根性を理解して対応すべきだ。

●シナ人気質

米国はシナ人気質を理解していない、日本もシナ人気質を理解していない。中国との交渉はどのように些細なことでも常に平気で嘘を言う、双方に通じる道徳は皆無である。だから相手が「人間」と思わず「人間と違うケダモノ」として対処すべきだ。

トウ小平が中国の経済開放を始めたとき、「韜光養晦(野心を隠す)」と「友好」をモットーとした。だが中国が強大になると忽ち豹変して「中国の夢」を唱え、武力誇示、領土拡張、資源獲得を始めた。

不利な時は平和友好を唱えて哀れみを乞うが、有利な時は傲慢をむき出しにして恫喝する。卑屈と傲慢、乞食と富豪、この二つとも中国人の気質である。中国人と交渉するときは相手が隠した本心(野心)を見極めなければ常に譲歩を繰り返す羽目になる。

中国には「鄭州人の喧嘩」と言う笑い話がある。鄭州人(河南省の首都)の喧嘩とは罵りあい、威嚇、悪口雑言、肩を寄せ拳を振り上げて互いに詰め寄る。しかし絶対に手を出さない。手を出したほうが負けだが一触即発まで威嚇を繰り返す。中国人の外交とはいつで
も鄭州人の喧嘩と悟るべき、威嚇には威嚇で対応すべきだ。

戦闘機の異常接近はまさにその通りで、シナ人が拳を振り上げた威嚇なのだ。手出しをすれば戦争になるが、相手は威嚇だけである。相手が戦闘機を出せばこちらも戦闘機で威嚇すべき。相手が二機ならこちらは三機、優勢な対応をすれば引っ込む。だが威嚇が収まっ
ても次の威嚇があるから常に警戒心を持つべきだ。

●交渉条件を「値切る」

APEC の首脳会談で日本側が日中首脳会談を持ちかけて、習近平は日本側に安倍首相が靖国参拝をしないこと、尖閣問題を討論するなどの条件を持ちかけたというが、二つとも日本の国内問題である。

日中交渉に日本側に不利な条件をつけるなどもってのほかだ。日中首脳会談は習近平の地位の確立に有利でも安倍首相に有利ではないし、日本側が譲歩する必要は少しもない。

中国は対外交渉でいつも自国に有利な条件を持ち出すが、このような相手に譲歩するよりも逆にこちらから天安門事件、チベット問題、環境汚染など、相手の弱点を指摘する条件を出すべきだ。中国の弱点はいくらでもあるし、日本が下手に出る必要はない。日中交渉は常に日本が優位に立つと知るべきである。

対中国交渉とは「値切る」ことである。向こうの言い値で交渉してはならないし、中国側の言い値は本当の値段の数倍から数十倍であると知るべきだ。

●世界経済と中国

中国にとって経済とは政治、中国覇権の手段である。中国は諸国と公平な競争をしない。中国では政治がすべて、経済は政治の一部に過ぎない。

諸国の企業家は巨大な中国のマーケットに目がくらんでいるが、中国に進出する企業はみんな中国側の不合理な条件を受け入れなければならない。各国はいろいろな制約を受けるほかに、中国がそれを必要としなくなれば忽ちポイと追い出される。

諸国は中国のマーケットが欲しいけれど、中国は諸国の能力の模倣がしたいのである。中国で不公平な制約を受けるよりも中国以外のマーケットを探すべきだ。中国は世界を必要としているが、世界は必ずしも中国を必要としていない。中国が異常な国でなければ対等
な世界経済に組み込むことが出来る。異常な国であれば世界は中国を排除すればよい。

●共産中国は世界に有害である

トウ小平の「韜光養晦」から習近平の「中国の夢」まで、中国の首脳が変わり、共産党政権は友好からアジア、世界制覇の野心をむき出しにして、米国の戦闘機に異常接近、公海上の偵察飛行にさえ武力恫喝をするようになった。明らかに中国の覇権進出が世界の不穏
の根源である。このような事態に至っても米国は中国を恐れて宥和政策を取り続けるつもりか。

中国共産政権に対抗して習近平の傲慢を叩くべきである。習近平は国内でも汚職追放やチベット、東トルキスタンの反抗に手を焼いている。中国共産党を潰すのは簡単で、まず習近平を潰すことである。中国共産党を潰せば世界は平和になる。

習近平は自己の権力増大を狙い、汚職摘発で徐才厚、周永康などを逮捕したが、熾烈を極める政治闘争で習近平が勝つとは限らない。諸国は習近平に有利になるすべてに非協力をモットーとし、彼の失敗を見極めるべきだ。習近平に有利なAPECの首脳会議や経済交渉などに協力すべきではない。「鄭州人の喧嘩」を理解して、戦闘機異常接近では武力対抗より経済制裁を加えるべきである。外交面では中国側の要求に反対し、いかなる中国側の提案も妨害すべきである。

中国は世界不穏の根源である。中国と戦争をして中国に勝つのではなく、経済封鎖などで中国共産党を潰すべきだ。習近平が権力争いに失敗したら中国共産党は大混乱となり、前世紀のような群雄割拠、政党乱立、地方の独立が起きる。中国がいくつかの小国に分割され弱体化すれば世界が平和になる。


     

2014年08月28日

◆私の[身辺雑記](137)

平井 修一


■8月24日(日)。朝は室温26.5度、快晴、風があり涼しかったが、9時には30度近くまで上がった。今日も暑そうだ。ミンミンゼミが鳴き始めた。晩夏のようだ。

3年振りくらいに先輩からメールが来た。

<残暑お見舞い申し上げます。いかがお過ごしですか。お元気ですか。

今年こそは、あのK(近ツ)の顔触れをそろえて、旧交を温めようとおもっております。

それにつけても、月日ばかり先へ流れています。思い立ったところで、メールさせていただきました。

当方、元気に過ごしております。家事労働に遊びに。

9月25日−10月2日(土、日除く)あたりで、お声をかけようかと考えておりますが、ご都合はいかがでしょう?>

先輩はいい記者・編集者だった。父君は日経の記者だった。DNAが影響しているのだろう。

さて、何と返信すべきか。

「母を看取ってからのここ2年半、車にも電車にも乗ったことがなく、すっかり引き篭ってネトウヨしています。外出する気はありません。わが家で1泊2日の宴会を提案します。

料理には自信があります。しょっちゅう10人前後の宴会をしていますから慣れたものです。来客用寝室は8畳間と15畳間があります。パジャマを持って来てください。

皆さんには大変お世話になりましたので、もちろんロハです。恩返し、謝恩です。近所には銭湯もありますから、ちょっとした温泉旅行をぜひ楽しんでください」

これでいいだろう。

閑話休題。ハマスは、エジプト国民が追放したムスリム同胞団のガザ支部である。そういう認識がないと事の真相が分からないことになる。世界日報8/22「ガザ攻撃で冷静だったエジプト国民」は大いに真理をついている。

               ・・・

イスラエルとパレスチナのガザを実効支配するイスラム根本主義過激派組織ハマスとの激しい戦闘を目前に、今回のエジプト国民は実に冷静だった。「イスラエル反対」を叫んだ中南米や一部欧州諸国の国民とは対照的に、「イスラエル反対・ハマス支持」を叫んだエジプト国民はほとんどいなかった。いつもなら、どこの国以上に激しく行動する国民なのだが。

それは、ハマスの母体である、ムスリム同胞団とハマス自体の正体と行動の動機、その無責任さ、身勝手さ、住民を自分らのためにのみ利用して人間の盾とし、決して個々の命に配慮することの無い冷酷非情な性質を、2011年から14年にかけてのアラブの春騒動で、身に染みて感じていたからだ。

同胞団やハマスを含むイスラム過激派の最終目的は「イスラム法施行によるイスラム独裁国家」であって「民主国家」ではない。ボコ・ハラムやイスラム国と本質的にはなんら変わらない性質を持つ過激派団体だ。

そこを見抜けない一部国際社会や人権団体は、「女性や子供が多数死んだ」と騒ぐが、それも皆、同情を買って有利に戦いを推し進める過激派の戦略なのだ。

国際社会は、ハマスやイスラム国、アルカイダ系諸組織の実態を良く見抜いて、民主主義を拡大するための戦いを一致団結して推し進める必要がある。

ハマスのさらに重要目標は、対イスラエル戦闘姿勢を誇示することにより、アッバス・パレスチナ自治政府議長を支えるファタハをヨルダン西岸から追い出し、全パレスチナを制覇することにある。エジプト国民はそのことを見抜いている。(以上)

              ・・・

自由、民主、人権、法治を原理とする欧米流。それとは全く相いれない中露やイスラム原理主義という独裁流。欧米流はベストではないが、独裁流よりは遥かにベターだ。それを独裁流主義者に分からせることはなかなかできないし、「アラブの冬」の混沌を見ると、独裁流でないと国家を維持できない風土民族が多い。難しいところだ。DNAがまったく異なる。

ストーク氏の「連合国戦勝史観の虚妄」読了。第7章の「日本はアジアの希望の光」には泣かされた。

今夜は調布の花火大会。長女の家のすぐそばなのでカミサン、N達はそこで宴会。6時半からドンドンというすごい音が響いている。屋上から見たら三尺玉、四尺玉は丸々見えた。色、形が実に様々で、花火も技術革新が著しい。

夕刻は29度、今日はどうにかクーラーなしで過ごせた。コオロギが鳴き始めた。さよなら夏子、ようこそ秋子、か。

■8月25日(月)。朝は室温28度、曇、風があり涼しくてホッとしたが、犬の様子を見てハーフ散歩。

小生はスポーツに興味がないが、応援する選手やチームがあることはとてもいいことだろう。毎年、春になるとプロ野球が開幕するが、早朝のコンビニからスポーツ紙を持ったオッサンが歩きながら両手に広げて読み始めるなんていう姿を見ると微笑ましく思う。

夕べ見た試合で贔屓のチームが勝てば新聞でその喜びを再度味わい、敗けても大好きな選手の活躍を喜ぶのだろう。昔「巨人が敗けても報知新聞なら、もしかしたら勝っているかもしれない」という笑い話があった。こんな風に書いてあるのじゃないか。

「ON砲連続満塁弾、江夏粉砕!」の見出しで、ONの活躍を詳報。そして最後に「試合は阪神が11対10で逆転勝ちした」。巨人が敗けたなんて絶対書かないのだろう。ファン心理というのは面白い。

日本には日本ファンと反日ファンがいる。反日ファンは戦前はほとんどいなかったが、戦後にGHQの洗脳で急増した。長命ファンは多いが、「もういいや」というタナトス(終末)ファンも少なからずいる。人はいろいろだ。

「スイスへの『自殺旅行者』が急増 死へのほう助求める」WSJ8/21から。

               ・・・

医療倫理ジャーナル(Journal of Medical Ethics)」に20日掲載された暫定的な研究論文によると、自殺ほう助を求めてスイスに行く人の数が2008年から12年の間に3分の1以上増加した。

研究者たちによれば、スイスで最も人口の多いチューリヒ州では、2012年のいわゆる「自殺旅行者」は172人に達し、08年の123人から39.8%増加した。同州への自殺旅行者の最も多かった国はドイツと英国だったという。

スイスの法律は、利己的な理由でない限り、ほう助自殺を容認している。

マウスバッハ博士は「スイスが他のどこでも実施されていない(自殺ほう助の)仕事をしているのは、他の国の規制がその機会を提供していないからだ」と述べた。

マウスバッハ博士は、この統計は厄介な倫理的・法的な疑問を提起すると述べた。それには患者たちがなぜ自分の生命を終わらせるのにスイスのような遠方まで旅行する必要があるのか、また患者の本国の法律がこの問題に対処していないときに、スイスがそれを行うことが適切なのかという問題も含まれるという。

同博士はまた、スイス政府にとって、例えば現在1人当たり約3000ドル(約31万円)かかっているコストを支払うべきか、どのように支払うかという実際的な問題もあると指摘した。

スイス非営利団体のディグニタス(Dignitas)は、患者の死ぬ権利を支援する最も有名な団体の一つで、今回の研究で取り上げられた自殺旅行のほとんど全てのケースに関わっている。

ディグニタスの幹部の1人、ジルバン・ルリー氏は電子メールで、「ディグニタスの目的は、人々を世界中からスイスに旅行させることではなく、むしろ各国が自分たちの司法システムを人生の終末をどう迎えるかという問題に対処したものにし、それによってその国の市民があるべき選択をすることが可能になり、『自殺旅行者』にならずに済むようにすることだ」と述べた。(以上)

             ・・・

長命=善、夭逝・夭折・早死に・若死に・早世・短命=忌事ということになっており、「人生の意識的途中下車」である自殺・自裁・自死は社会的に(少なくとも日本では)許されない。嘱託殺人、同意殺人、自殺ほう助は罪に問われる。

生まれたのだから終点まで行くのが自然だ、モラルだというのだろうが、途中下車も一つの生き方だからもっと認めたらいいと思うが・・・還暦を迎えたら、あるいは臓器提供に同意したら「大往生丸」とか「ポックリドリンク」を配るとか。

「末期患者のための『院内バー』、仏病院が開設へ」という記事も面白かった。

              ・・・

【8月2日 AFP】フランス人は古くから、一杯のワインがもたらす健康効果に揺るぎない確信を持ってきたことで知られる。そのフランスで現在、末期患者の生活の質の向上を目的とした「バー」を病院内に開設する計画が進行中だ。

仏中部にあるクレルモンフェラン大学病院(Clermont-FerrandUniversity Hospital)は今年9月、苦痛緩和ケアセンター内でバーの運営を開始する予定。患者は友人や家族を招いて、一緒にワインやシャンパン、ビール、ウイスキーなどを楽しむことができるようになる。

同センターのグアステラ所長はAFPに対し、国内初となるこの施設は、「困難な日々を過ごす患者たちを元気づけるものになる」だろうと語り、「生活の質を向上させ、与え、受け取ることの喜びを感じてもらうことによって、患者たちに人間らしさを取り戻してもらうことが目的」だと説明した。

所長はまた、近親者との死別に直面する家族にとっても、「明るく過ごせる時を持つ」ことが可能になるとして、「ささいなことだが、大きな違いを生み出せるだろう」と語った。

病院の職員らは開設に向け、バーに来る患者への対応の仕方について、社会人類学者から特別な訓練を受ける。

              ・・・

これも結構なことだ。病院で送別会というのか壮行会をできる。「じゃあ逝くよ」「逝ってらっしゃい、私も後で逝くから待っててね、カンパーイッ」

神道は死を穢れと見ているようだが、仏教の葬儀では近年、死は穢れではないのだから「お浄め」の塩は出しませんという葬儀会社が増えてきた。

人はいろいろ、人生いろいろ。父は病死、母は老衰、祥月命日は3/9と3/10。父が母を呼んだのだ、「お前百まで、わしゃ九十九まで」と。命というのは不思議である。「天から預かった命なのだから寿命が尽きるまで大切に扱いなさい、授かったのではなく預かったのです、預かり物は大切に」ということなのか。

集団的子育てで7人で夕食。マダラの煮付け、刺身など。

■8月26日(火)。朝は久し振りに室温27度、曇、風があり涼しくていいが、犬は夏バテ気味なのでハーフ散歩。終日、小雨が降ったり止んだり。
(2014/8/26)

◆中共殲滅、支那解放へ!

MoMotarou


「英霊の皆様、日本のため、世界のために戦ってくれて有難うございました。どうか中共殲滅、支那解放の聖戦に力をお貸しください」と祈った。いい一日だった。 
平井修一 平成26年8月16日 
http://blogs.yahoo.co.jp/ishiifam1951/46529781.html

                  ★

お盆を前に朝日新聞が「慰安婦問題」で方向転換。原因は不明。やはり安倍政権の断固とした姿勢が影響を与えたのは間違いないでしょう。また新聞記事にもならないネットを通じた「草莽波状攻撃」も効果を発揮。不買運動も起きつつあります。

■政治問題を経済問題に転換

米国の人種差別撤廃「公民権運動」が力を発揮し出したのは「バスボイコット運動」にてバス会社を倒産に追い込んでから。多くの政治家は「日和見」にならざるをえませんが、流れには乗ってくる。

国民意識(民族の暗黙智)は収束しつつあります。決して「一転突破全面展開」という言葉を使ってはならない。なぜなら菅元首相の多用フレーズだから。

■韓国のうろたえ

8月18日ローマ教皇韓国でミサ。韓国も「神頼み」なってきた。教皇も馬鹿ではない。独自の情報網を持っており、却って韓国朝鮮族の「歴史的悪行」を熟知する結果になっただろう。

韓国では大統領が空港に教皇をお迎えに行きますが、我国では天皇は出向かず教皇が皇居に挨拶に伺います。外交儀典では天皇の方が教皇より「上位」に置かれます。権威を利用する心算が我国には通用しません。

■マスゾエ都知事の印鑑

この4月訪中したマスゾエ知事は、中国の外交当局から印鑑を贈られたらしい。印鑑を貰うと言う事は、シナの考え方ではシナの子分になるという
こと。

今上陛下が「天安門虐殺事件」の後、訪中した時にも贈呈しようとしました。しかし、宮内庁職員の中に意図を見抜いた忠臣が阻止して事なきを得ました。都知事は有難く頂戴した模様。シナに笑われている事でしょう。

*危機一髪だったこと 
http://genevieve65.blog.fc2.com/blog-entry-724.html

■靖国効果

安倍首相も靖国神社に参拝した事で気持ちが整理できたのでしょう。

ちょっと前まで「ぶれない」が信念ある政治家の代名詞でありました。安倍さんがその人です。うまく機能しているような内閣を大幅改造せよとの意味がわかりません。大臣の「器」でもない人間を登用して、国益を損するような事になれば本末転倒であります。国民の厳しい目が必要です。



            

◆赤猪(あかい)抱き

伊勢 雅臣


〜『新釈古事記伝』から(2)

「正しいことをしても、すぐには世の中から認められない。天を相手に仕事をせよ」

■1.日本国民の心田を耕す名著

弊誌857号では『新釈古事記伝』の中から「袋背負いの心」を紹介した。それは「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」という古代日本人の美しい教えであった。

この『新釈古事記伝』は全7巻、1セット1万2千円という高価な書物だが、すでに初刷3千セットを完売し、緊急増刷になったという。古事記を通じて、古代日本人の心映えに迫ったこの名著が広く読まれる事は、日本国民の心田を耕し、国際社会でも尊敬される国際派日本人を増やすことにもなる。

本稿では「袋背負いの心」に続く「あかいだき(赤猪抱き)」を紹介して、さらに古代日本人の人生観に迫ってみたい。

なお本稿への感想を寄せられた弊誌読者のうち4人に、各1セットをプレゼントさせていただく。弊誌への返信の形で、今週中(8/30まで)に感想を送られたい。選ばれた4人の方には、後日、送付先住所をお伺いする。


■2.大国主命の生き返り

「袋背負いの心」では、大国主命(おおくにぬしのみこと)が兄弟の八十神(やそがみ)たちに誘われて、八上比賣(やかみひめ)を嫁に迎える競争の旅についた一幕を紹介した。

八十神たちは、大国主命が力が強く立派そうなので、皆の荷物を入れた大きな袋を背負わせ、従者のように見せかけて、八上比賣に選ばれないよう策略を立てた。

しかし八上比賣はその策略を見抜いて、皆の荷物を引き受けた大国主命こそ立派だとして、その許に嫁ぎたい、と答えた。本稿で取り上げる「赤猪(あかい)抱き」は、その続きである。

嫁取り競争に思わぬ形で敗れた八十神たちは、癪にさわって、大国主命を殺してしまおうと、新たな策略を立てる。「ある山中に大きな赤い猪がいて、人々に危害を与えるので、それを退治しよう。ついては、我々が山の上で猪を取り囲んで、麓の方に追い立てるから、大国主命は下で待ち構えていて、生け捕りにしてくれ」と言った。

大国主命は、いつものように「よろしゅうございます」と簡単に引き受けた。八十神たちは山の上から、猪に似た大きな石を真っ赤に焼いて、転がし落とした。それを受け止めた大国主命は焼け死んでしまう。

母親の刺國若比賣(さすくにわかひめ)は泣き患(うれ)いて、高天原に上って、神産巣日之命(かみむすびのみこと)に助けを求めた。命は二人の比賣神(ひめがみ)を送って、大国主命を以前よりもはるかに壮麗夫(うるわしきおとこ)として生き返らせる。


■3.正しいことをしても、すぐには世の中から認められない

一読した所、たわいもない神話としか読めないが、そこに潜む古代日本人の深い人生観を、著者の阿部國治氏は鮮やかに取り出してみせる。


<この『あかいだき』の示しておることは、当たり前のこと、正しいこと、世の中のためになることを行う者は、すぐには世間から誉められたり認められたりはしないものであるということであります。

それどころか、良いことをすると、そのために却って憎まれて、悪口を言われたり、酷い目に合ったりするものであります。

『ふくろしよいのこころ』を持って、仕事をしていくと、赤猪を抱かねばならぬ場合があります。『ふくろしよいのこころ』の窮(きわ)まるところは、死の覚悟であります。

道に合うことを実行するに当たっては、何人に認められずとも、あるいはまた、さらに進んで、そのために憎まれ嫌われて、死なねばならぬことも、黙って進んで行かなければならぬこともあって、こういういろいろなことを、お諭しになっているのであります。>[1,p103]

親が子の面倒を見るのと同じで、子を躾けようとすると、何も分からないうちは、嫌がったり、反発したりする。それでも子を立派に育てようとするのが親心である。

世間も、ものの分からない子と同じで、先の見える人が「これはやらなければならぬ」と信じて実行しようとすると、一般の人からは「物好きだ」「気違いだ」と非難されたり、時には迫害までされたりする。

<したがって、昔から、本当の仕事をするときには「神様を相手にせよ」とか、あるいは「天を相手にせよ」とか申します。

このように「神様や天を相手に仕事せよ」ということは「人間のことは考えるな」ということではないのであります。

結局、人間を相手として、人間のためにする仕事ですけれども「当面する人々の気持ち、主張を取り上げておったのでは、本当の仕事ができない場合がある」ということ、つまり、この赤猪抱きのことを教えているのであります。>[1,p104]

■4.自衛隊諸士の「赤猪抱き」

「赤猪抱き」の一例として思い起こされるのは自衛隊諸士の生き様である。自衛隊は創設当初から「軍国主義の復活」などと左翼勢力から批判された。産経新聞社会部次長・大野敏明氏は次のような思い出を語っている。

<私の父は自衛官だった。小学生も安保反対デモのまねをしていた60年安保騒動の翌年、小学校の4年生だった私は社会科の授業中、担任の女性教師から「大野君のお父さんは自衛官です。自衛隊は人を殺すのが仕事です。しかも憲法違反の集団です。みんな、大きくなっても大野君のお父さんのようにならないようにしましょう。先生たちは自衛隊や安保をなくすために闘っているのです」と言われたことがある。>[2]


「聞いていた私は脳天をハンマーで殴られたようなショックを受けた」と大野氏は書いている。その後、クラスでいろいろないじめを受け、登校拒否にまでなった、という。

<私の通った小、中学校は東京都下にあったが、都立の全寮制高校に進学して驚いた。そこには全都から生徒が集まっていたが、転勤族である自衛官の子弟が多数、在籍しており、その多くが私と似たような経験を小、中学校で味わったというのだ。

小学校で教師が「自衛官は人殺し。鉄砲もって喜んでいる」といったため、「人殺しの子供」とののしられた経験をもつ者もいた。何人かは中学校で日教組の教師とやり合い、内申書の評価を下げられるという苦汁をなめさせられたという。>[2]

子どもたちの受けたショックの大きさが想像できるが、さらに思いやられるのは、その父親たちである。生命をかけて国民を護る仕事をしているのに、何の罪もない自分の子どもがこんな仕打ちを受ける事への無念さは想像に余りある。

その無念さを隠して、自衛隊諸士は国民に見えない所で、地道な訓練と領土・領海・領空の警備を続けてきた。「赤猪抱き」そのものである。


■5.「天を相手にする仕事」

防衛大学校の第一期学生卒業式で吉田茂首相は次のように語った。

「君たちは自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されたりすることなく、自衛隊を終わるかもしれない。・・・自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。・・・どうか、耐えてもらいたい」。{3]

この訓示を心の支えとして、元陸上幕僚長・火箱芳文氏は任務に励んできた、と語る。

<手柄を誇る派手なガッツポーズをするのではなく、被災者が喜んでくださる姿を見て微笑み、任務が終わったら嵐のように去っていく。去った後に爽やかな空気が残る。それだけで十分だと思ってやってまいりました。>[3]

吉田元首相の予言通り、阪神大震災、東日本大震災と大災害が打ち続き、中国の尖閣侵略、北朝鮮のミサイル発射などで、「国民が困窮し国家が混乱に直面している時」が来て、自衛隊が国民から正当に感謝される時がやってきた。

しかし、真に国民の安寧を願う自衛官たちは、自分たちが持て囃される時代よりも、自分たちが表舞台に立つ必要のない平和な時代を望んでいるだろう。それこそが「天を相手にする」仕事である。


■6.『うるわしきおとこ』

大国主命は焼け死ぬが、神産巣日之命が遣わされた二人の比賣神によって、以前よりもはるかに「壮麗夫(うるわしきおとこ)」として甦る。この部分は何を意味するのか。

<西郷さんの場合には、この『あかいだき』が、実によく分かります。

いちばんおしまいの十年戦争(JOG注:西南戦争)の例を取ってみますと、十年戦争は赤猪ですが、この赤猪を抱かせたのは、明治新政府と西郷さんのお弟子さんたちでしたが、西郷さんは黙って、この赤猪を抱きました。その結果、身体も死んだし、名誉も死にました。そして、西郷さんは国賊ということになりました。

しかしながら、大和民族の中に流れる根本精神は、西郷さんが日本歴史の一転回のために『あかいだき』をしたのだということを、まもなく、はっきりとしないではおきませんでした。

いまでは、西郷さんと言えば、「本当の大和魂を持っておった人である」ということを誰も疑いません。これは「あかいだき」によって、身体も名誉も失った西郷さんが、立派に大西郷として生き返って『うるわしきおとこ』となって、出歩いておられるのであります。>[1,p110]

弊誌429号では、西郷隆盛が無道の西洋諸国からの侵略を打ち払うために明治維新を起こしたのに、その結果、生まれた明治新政府が、自ら西洋化して無道の国になりつつあることを拒絶し、必敗を覚悟に最後まで戦い抜くことで、歴史にその記憶を残そうとした、という見方を紹介した。その結論として、弊誌はこう述べた。

<事の成否を問わず、ある崇高な理想のために命を捧げた人々が、我が国の歴史にはたびたび登場する。楠木正成あり、吉田松陰あり、そして大東亜戦争での特攻隊員たちがいる。西郷とその弟子たちもその系譜に連なっているのである。>[a]

こういう人々を神として仰ぎ、神社を創って顕彰するというのが、我が国古来の習わしであるが、その源泉が『古事記』の「赤猪抱き」にあったのである。


■7.「うるわしきおとこ、おとめ」を育てる

つまるところ「あかいだき」は永生の道であります。死んで死なぬ道であります。だからこそ「あかいだき」の実行は、平らかな安らかな心でできるのであります。・・・

人の意識に上り、人に知られると否とは、まったく別問題であります。それは神産巣日之命にお任せしておけばよいのであります。

したがって、「うるわしきおとこ」とは、名高い人ということでも、名をなすということでもありません。無名の正成公、無名の西郷さん、無名の乃木さんが、それこそ無数にいるわけであります。

そういう人たちがいるからして、その人々の代表者として、有名な正成公や、有名な西郷さんや、有名な乃木さんができるわけであります。

それだからこそ、これらの人たちが神社に祀られて、日本人のみんなが参拝するのであります。[1,p111]

「無名の正成公、無名の西郷さん、無名の乃木さんが、それこそ無数にいる」という一節が味わい深い。東日本大震災では自衛隊員や消防隊員などばかりでなく、スーパーのおばさんから宅配便のお兄さんまでが、被災者のためにそれぞれ立派な「奉公」をしている様を紹介した[b]。これらの人々こそ「うるわしきおとこ、おとめ」である。

一国が幸福な国民生活を実現出来るかどうかは、こういう無名の「うるわしきおとこ、おとめ」が、どれだけいるかで決まるのだろう。

我が国の太古の先人たちは、そういう生き方を理想としてきたのである。そして、その理想は我々の深層心理に脈々と流れていて、一朝事ある時に無数の名もなき「うるわしきおとこ、おとめ」が現れ出でる。まさに「うるわしき国」と言うべきだろう。

『新釈古事記伝』は、『古事記』の幼児にも分かる神話の中から、このような古代の先祖の深い人生観を取り出してみせる希有の書物である。家庭や教室で、ぜひ子供たちに読み聞かせ、将来の「うるわしきおとこ、おとめ」を全国津々浦々で育てて欲しいものだ。


■リンク■

a. JOG(429 西郷隆盛はなぜ立ち上がったのか〜 岩田温『日本人の歴史哲学』から
必敗を覚悟して西南戦争に立ち上がった西郷は、何を目指していたのか。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h18/jog429.html

b. JOG(699) 国柄は非常の時に現れる(上)〜 それぞれの「奉公」自衛隊員、消防隊員は言うに及ばず、スーパーのおばさんから宅配便のおにいさんまで、それぞれの場で立派な「奉公」をしている。
http://blog.jog-net.jp/201105/article_4.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 阿部國治『新釈古事記伝 全7巻』★★★★、致知出版社、H26
http://www.chichi.co.jp/special/yamatonokokoro/

2. 産経新聞東京夕刊、H8.2.02「日教組の「自衛官の子いじめ」 「人権」はなかった…」社会部次長 大野敏明
(コピー)
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4759/19990218.html

3.火箱芳文「護国への変わらぬ思い」、『致知』H25.1




2014年08月27日

◆革新的市長は危機感ゼロ

平井 修一


「革新」とは何か。世界日報8/25の記事を引用する。

          ・・・

広島にはマツダなどが本社を置き、大企業の支社も多い。人口は1960年代には50万人、80年代には100万人を突破。それに対応し、山裾を切り開き宅地が造成されていった。

多数の死者・行方不明者を出した今回の土砂災害で被害のあった同市安佐南区もその地域の一つ。深夜の驚異的な雨量が大災害を引き起こしたことは間違いない。しかし、十分な対策を講じていなかった行政の責任は大きい。

この地域は本来、土砂災害防止法に基づいて特別警戒区域に指定されるべきであった。しかし、同市では住民の合意が得られないなどの理由で指定が進んでいなかった。それでも日頃から住民に注意を喚起し、避難計画を策定するなどしていれば被害をずっと抑制できたのではないか。

同法は1999年の広島豪雨災害を受けて制定されたものだ。広島市は革新市政が続いてきたが、身近なところで住民の生命と暮らしを守る積極的な行政が遂行されていたのか、疑問に思う。

広島県は「土砂災害危険箇所」が全国最多で、3万以上に上る。だが、この中で警戒区域や特別警戒区域に指定されているのは約3分の1にとどまる。過去の教訓を生かし、防災に努めなければならない。

地球温暖化の影響などで、今回のような豪雨は増える傾向にある。土砂災害だけでなく、河川の氾濫などにも警戒を要する。実効性のある河川管理の在り方が問われている。(以上)

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「地球温暖化の影響などで、今回のような豪雨は増える傾向にある」というのは本当か。しっかり検証しているのかどうかは怪しい記事ではある。

それはさておき、革新市政とか革新陣営などというが、革新とはreformとかinnovationで、「新しくすること、新しくなること、改新」などと辞書にはある。何のために、何を、どのように革新するのか。同じく世界日報8/7から。

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広島市は6日、69回目の原爆の日を迎えた。松井一実市長は平和宣言で、「絶対悪」である核兵器廃絶に向け、「憎しみの連鎖を生み出す武力ではなく、人と人とのつながりを大切に、未来志向の対話ができる世界を築かなければならない」と訴えた。

松井市長は、政府に対して、69年間戦争をしなかった事実を重く受け止め、「名実ともに平和国家の道」を歩み続けるよう訴えた。また、オバマ米大統領や核保有国の為政者に被爆地訪問を求め、「信頼と対話による新たな安全保障の仕組みづくりに全力で取り組んでほしい」と述べた。(以上)

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日本が69年間戦争をしなかったのは、武力で生まれた戦後冷戦体制下にあって、平和のために最低限の武力を備え、さらに日米安保で抑止力を強化したからである。「人と人とのつながりを大切に、未来志向の対話で」平和だったのではない。革新(的)市長はこの基本的な認識がない。脳内お花畑(自公推薦だがアカ)だろう。

2014年3月18日 の「市政車座談義」で松井はこう発言している。

「(ソフトとハードの)両方無ければまちづくりはできません。我々が実際に生きていく上でハードのいろんなシステムの上に生活基盤を作って、そこで自分の人生というものというか、生活基盤というものをしっかりしていく」

「しっかりしていく」というのは「信頼と対話」でなされるものではない。お経を唱えるのではなく、具体的な施策を実行することが必要なのだ。松井の言葉からうかがえるのは、危機意識の欠如だ。

戦争に備えるという発想がないどころかそれを憎んでいるから、土砂災害への真剣な取り組みもせずに放置していたのではないか。

広島市では「災害に強いまちづくりプラン」を基に「土砂災害警戒区域等の指定(県事業)及び土砂災害警戒避難体制の整備充実」を課題としている。土砂災害警戒区域等の指定は「県事業」だからと放置していたのではないか。

湯崎英彦広島県知事(自公・民推薦)は8/7記者会見でこう発言している。

「雨は5日間これまで降り続いてまして,県内では特に土壌雨量が高いところもあります。今週末には台風11号の接近が予想されてまして,今回の大雨の影響で,雨が少し降っても土砂災害が起こる可能性が高くなっている地域があります。

そういう意味で,今後の台風情報であるとか,あるいは降雨,また,風,こういった情報と,実際に降ったりしてきたときには注意をいただきたいと思っております。

台風が接近するに当たりましては土砂災害であるとか,浸水の危険性がある場所にお住いの方は早めに避難をしていただきたいと思いますし,これから週末にかけてありますので,ぜひ皆さま,注意喚起をお願いできればと思っております」

危険を認識しておきながら具体策は何もしなかった。無策としか言いようがない。市長も知事も、ともに愚かな“一流”大学(京大、東大)を出て官僚、そして政治家という、ほとんど現実を知らない、知りたくない世界で過ごしてきただろうから、リアルの現実に対して具体的に備えて、行動していなかった。お経で平和、安全が得られると妄想していた。

この無策が結果的に80人の命を奪ったのではないか。人災ではないか。

「金目」になるからとアカの日弁連も奮闘し、補償とか賠償を求めて集団訴訟になるだろうが、住民は自分でこの首長を選んだのである。

住民が反省するか。そんなことはない。アカもバカもいっぱいいる。朝日は今朝も昇って750万部をばらまく。嬉々として読む読者がいる。つける薬なし。除染には時間がかかる。それが日本の現実だ。(2014/8/25)


◆中国の夢にこだわり続ける習近平

加瀬 英明


アメリカでヒラリー・クリントン夫人の回想録が、よく売れている。

この中で、国務長官時代にASEAN(東南アジア連合)会議に出席した時に、中国の横柄な態度に呆(あき)れたと、回想している。

この席上で、中国の楊潔虎外相が領土問題が取り上げられた時に、アジアの代表を見まわして、「中国は大国である」と傲然として、いい放ったと
いう。

習近平主席は、2013年に最高権力者の座についた時に、全人代における就任演説で、「中華民族5千年余の文明に立ち返って、国造りに当たる」と述べ、閉幕式において「中華民族の偉大な復興という、中国の夢(チュングオモン)を実現しよう」と、訴えた。

それ以来、「悠久の中華文明」「中華文明の偉大な復興」「軍事闘争の準備を最重視する」「強国夢(チャングオモン)と強軍夢(チャンチュンモン)の実現に奮闘しよう」「海洋(ハイヤン)強国(チャングオ)」と、繰り返し演説してきた。

今日の中国も2千年以上にわたって、興亡を繰り返してきた歴代の中華帝国と、中国が世界一の文明であると思い上っていることが、まったく変わっていない。中華思想とか、華夷秩序と呼ばれるが、この“天下イズム”は、秦の始皇帝の兵馬俑や、歴代の皇帝が、地下の墓場から甦ったようなものだ。

習近平主席の頭は、中華思想によってすっかり爛(ただ)れている。

このような中国と、いったい、どのように向き合えばよいのだろうか?

5月に、私の中国論の集大成として、『中国人、韓国人にはなぜ「心」がないのか』(KKベストセラーズ新書)を出版したが、中国人の価値観と行動様式を理解する鍵として、中華料理、王朝がしばしば交替する易姓革命、儒教、漢字を取りあげている。

中国人にとっては、食こそが、何よりも重大事だ。「民は食をもって天と為(な)す」というが、中国人は即物的であり、享楽的で、現世利益がすべてだ。精神性が欠けた文化だ。

中国文明は、政治がすべてである。政治のためには、すべてが正当化される。だから、私たちが知っているような公徳心も、愛国心も存在しない。

儒教は日本で誤解されているが、統治思想である。日本にくると、有益な精神修養哲学となったが、専制政治を行う手段である。

儒教では、孝が何よりも大切な徳目とされている。孔子の『公羊伝(くようでん)』は、父親や、身内が悪事を行った場合には、外に対して口にしてはならず、隠蔽(いんぺい)しなければならないと、教えている。

ある村で、息子が「父が羊を盗んだ」といって、告発した。孔子は「身内の不祥事を、外に絶対に洩らしてはならない。隠すのが、人の道だ」と、説いている。

儒教には公(おおやけ)の概念が、欠落している。中国で公というと、皇帝と朝廷のことであって、日本のように国全体を指していない。だから、不都合なことをひた隠しにするのは、徳に適うことなのだ。

天安門事件をひた隠すのも、新幹線が重大事故を起こした時に、大きな穴を掘って埋めたのも、儒教の教えに従ったものだった。

漢字は、秦の始皇帝が命令を全国に下すために統一したもので、政治のための文字だ。日本にくると、仮名を混ぜることによって、毒をすっかり抜くことができた。

中国人は力しか、理解しない。何よりも、中国の文化を知らなければならない。



◆中国を「ならず者」と呼ぼう

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)8月26日(火曜日)通巻第4323号 >

 
〜中国は「ならず者」と指定せよ、米海軍系シンクタンクが提言
  当該国家との分断作戦にでて米国の関与を退ける中国と、今後の米国の対応〜

CNAという米国の有力シンクタンクは以前、米海軍の付属研究機関だった。

70年代に独立し、国防総省の要請により、海洋戦略の立案や、外国の進出状況を分析研究してきた。

政策立案過程での提言は大きな影響力を持つとされる。

そのCNAが最近、ポール・ペトロザ(海軍アケデミー教授)を中心としたチームによる『中国とベトナムの対決 排他的水域の将来像』という140ページの報告書を発表した。

この中で、中国は40年に亘ってパラセル諸島を占拠しており、その主権を唱えているうえ、スプラトリー諸島でも中国は主権を主張して、フィリピンと対立している。しかし中国の主張は国際法に照らして合法性はない。

しかしながら中国は対越、対比で各個撃破の分断作戦をとり、同時に米国には「この問題には関係がないので介入するな」と主張してきた。「この問題は関与する国だけの交渉で解決する」と。

パラセル諸島が中国の主権が及ぶという主張には根拠が曖昧であり、またスプラトリーにおける中国の主権主張はまるで根拠がない。したがって当該海域に立てている中国の海洋リグは非合法である。

国際裁判所への提訴がもっとも理想的であるが、解決に時間がかかるため、当面の中国の違法行為と如何に対応するかが問題である。

まずは中国を『ならず者』と規定することから始めよう、と同報告書は結んでいる。

2014年08月26日

◆パキスタンに反中国の動き

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 


<平成26年(2014)8月25日(月曜日)通巻第4322号 >

 〜パキスタン「赤いモスク事件」の残映
      最高指導者はISIL支持を表明、中国が警戒強める〜


パキスタンと中国は軍事同盟にある。この緊密な関係は半世紀以上も続いており、中国はインドへ軍事的に対峙させる代理人としてアジア最大の同盟国として扱い、多大な軍事援助をしてきた。

しかしこの軍事同盟は脆弱な死角がある。

「アンチ中国」を標榜する宗教指導者がいるからである。

2007年4月、イスラマバードにある中国人経営の「マッサージ・パーラー」が「いかがわしい商売をしている」として神学校の生徒らが襲撃し、中国人7人を人質に立てこもった。警官隊と銃撃戦となり、中国人3人が殺害され、中国政府はパキスタンに厳重に抗議した。

イスラムの聖戦を信じる彼らは無神論の中国人を敵視してきた。このマッサージ・パーラーを名乗る淫売屈襲撃の背後にはイスラム過激派の神学生とパキスタン軍情報部が協力したと噂された。

同年7月、イスラマバードの「赤いモスク」を、警備網を突破した神学校のイスラム過激派の学生らが襲撃し、ムシャラフ政権(当時)の米国に傾斜する政策を「イスラムの戒律に反する」と抗議し、占拠した。

タリバンに同調する彼らはムシャラフ大統領(当時)がアフガニスタンのタリバン攻撃のため、米軍に四つの空軍基地を化したことに抗議し、ジハードを戦っているタリバンを守れと訴えた。占拠は一週間続き、モスクの周りを軍が囲んだ。

軍の特殊部隊が動員され、とくにムシャラフに忠実な部隊が機関銃などでモスクを襲撃し、最低100人の神学生が殺害された(パキスタン筋は最大1000人の犠牲が出たと主張している)。

パキスタンのイスラム指導者赤いモスク占拠を扇動したとして精神的指導者でもあるアブダル・マウラナ・アジス師を逮捕した。しかし裁判所は「アジス師は無罪である」として釈放、同時に24件の関連訴訟を取り下げた。

パキスタンの裁判所はイスラム法を厳格に守るので、後日、弾圧を指導したムシャラフ前大統領を逮捕したほどだった。

米国はムシャラフ退陣のあと、パキスタンの於ける軍事行動が難しくなった。情報が漏れ、アフガニスタンにおいて米軍兵士、NATO軍兵士が、次々と犠牲となった。

凶暴なタリバンの襲撃が繰り返される。

パキスタン軍の情報部が思想的に共鳴するタリバンに米軍の機密を流しているからで、ついにオバマ政権はカンダハル総攻撃を無言のまま、取りやめた。

替わりに今度はパキスタン軍情報部には知らせず、イスラマバードに潜んでいたビン・ラディン邸宅を急襲し、殺害した。


▼パキスタン・ムスリムの精神指導者アジス師がISILを支持していた

さて、このパキスタンのムスリムの精神的指導者アジス師は、最近、イラクで暴れるイスラム過激派の「イスラム国」を支持すると発表した。これは衝撃的な事件である。

ISIL(イスラム国)はイラクが片づけば、次の攻撃目標は中国である、と聖戦の継続と拡大を宣言しており、この動きに神経をとがらせる北京はアジス師の動向監視をパキスタン政府に要請した模様という。

8月23日、中国は昨秋の北京天安門炎上テロ事件の関係者、8人をテロリストとして処刑した。全員がウィグル人だった。同日、湖南省南部にあるカルト集団「全能神」本部を手入れし、信者1000人を「カルトの狂信者」だとして、拘束したことも発表した。

ISILはすでに中国に触手を伸ばしておりウィグル人のイスラム教徒過激派多数が軍事訓練に参加している。ISILは七千名の外人部隊で成り立っており、ウィグル人多数が加盟しているとされる。
北京にとってはやっかいな問題が再浮上した。

◆果たして異常気象だけのことか

前田 正晶


最早この観測史上希な降雨を普通と捉えていても良い時かも:

西日本、就中広島市の大豪雨とその甚大な被害状況を、数人の知り合いと語り合った際に「最早この一連の現象を地球温暖化であるとか一時的な現象とか、気圧がどう動いたからこうなったというような捉え方で語る時期は過ぎてしまったのではないか。

このような言わば亜熱帯的な気候に我が国が組み込まれてしまったと考える方が自然ではないのか」との異見を唱える者が多かった。私には反論ないしは否定する材料の持ち合わせはなかった。

テレビにこういう痛ましい事故があると必ず登場する専門家のほとんどが「最初から予見できていた事故であり、危機が迫った際の行政なり地方自治体の対応に改善の余地があったのではないか」などと指摘する。何も解らない私にはご尤も至極と聞こえる。

しかし、所謂「ハザードマップ」(災害予測地図)の作成作業と地元の合意を得るのか如何に大変かという説明を聞くと、私益(私損)と地域全体の安全の何れかを優先するかとの判断が、当該地域の住民にとってはとてつもなく重要な案件だと解る。地方自治体の押し切れないとの釈明にも一理ないしは半理くらいはあるようだ。

そのことはさて措き、気象条件がここまで従来の美しき四季の変化を楽しむことが出来た我が国独特の形から、集中の超豪雨が毎年のように襲ってくるように変わったのであれば、最早これまでの常識であった対応策を捨てて亜熱帯式な気象に対応する態勢に換えておかねばならないのではないか。

そこには当然公的資金の投入も必須となるだろう。財源の問題も出るだろう。だが、予防は最善の治療なりという言い慣わしがあると思っていれば良いのではないか。

私の1970年8月のマニラでの経験では、取引先のマネージャーの家に夕食に招待さレている間に、あの地方独特のスコールというのかどうか知らないが、大豪雨があって帰りの道路が冠水し、2〜3時間拘束されたことがあり、東南アジアでの豪雨の恐ろしさを経験した。

我が国起きている豪雨による大規模損害と犠牲者の報道を見れば、我が国は徐々に東南アジアに近い気象条件に移っていっていると感じてしまう。

最早二酸化炭素発生がどうしたの化石燃料を動力源とする自動車をHybrid に変えたくらいで追いつく時期は過ぎたのではないかと思わされてします。

しかも、我が国が幾ら正統な努力を積み重ねても、我が国の周辺には未だに環境対応と保護が揺籃期にある国が多くはないか。さらに夢のような考え方だが、森林の徹底した管理と土壌の改良にも "Better late thannever" の精神で着手して貰いたいと思う。