2014年08月14日

◆人民日報の「朝日新聞」批判は

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)8月13日(水曜日)通巻第4313号>  

〜どちらが茶番? 人民日報の「朝日新聞」批判は、目くそ鼻くそを笑う
   朝日新聞の修正記事に中国は焦燥し、悪罵を投げつけてきたが。。。〜

まずは8月12日付け「人民日報」(同日本語版から引用)

「日本の朝日新聞はこのほど、日本軍が済州島で女性を暴力で強制連行し、慰安婦にしたことを証明した1991〜1992年の一連の記事の取り消しを発表した。この声明に、日本の右翼メディアは歓呼の声に包まれた。(人民日報「鐘声」国際論評)

朝日新聞による記事の取り消しという行為は、安倍晋三氏の指導下で激化し続ける日本の右傾化の産物だ、今回の件によって国際社会は、日本が右傾化の道に沿って一歩一歩滑り落ち、暗黒国家へと変りつつあることも目の当たりにした」

暗黒国家である中国が自ら、日本の民主国家を「暗黒」というのは凄まじいデフォルメの比喩である。

ましてや日本が「右傾化」していると軍国主義国家が避難するのも笑止千万である。

同紙はさらに次のように続ける。

「しばらくの間というもの、日本のマスメディアが人類公認の正しい道理と正義に挑戦する茶番がひっきりなしに起きている。同時に、事実を捏造し、企てをもって中国と他国との関係に水を差す中国関連報道もことのほか目に余る」。

この「事実をねつ造」し、水を差す関連報道が「目に余る」という表現。そのまま中国のマスコミのことではないのか?

さて、朝日新聞が8月5日と6日に掲載した「慰安婦問題を考える」という記事は強制連行証言の吉田氏証言などを取り消した。「女子挺身隊と慰安婦を同一視した」こともり消し、「軍が人さらいのように朝鮮、台湾で組織的連行があった」という資料は見つからなかった、など過去の出鱈目報道の誤りと認めたのだ。

だが誤りを認めても謝罪はせず、あいかわらず詭弁を弄する朝日新聞だが、この「記事訂正事件」こそは「大事件」、今後の中国と韓国の出方が注目されるところである。

筆者は人民日報の反論が出るまで、じつは、朝日の訂正記事を知らなかった。というのも8月7日までロシアにいたので、ロシアでは一行もこの報道がなかったからだ。

◆21世紀の世界情勢

Andy Chang


20世紀は英国の衰退とそれに代るアメリカの一極覇権だった。この一世紀の間に英国の勢力が落ち込み、ソビエト連邦とドイツと日本の興亡があった。アメリカが英国に代って覇者となった。

21世紀になってアメリカの衰退が顕著になったが、この世紀はどのような形になるだろうか?フランシス・フクヤマは(92年)「歴史の終わり」を発表し、サミュエル・ハンチントンは(96年)「文明の衝突」を発表した。

最近の世界情勢ではイスラム反米の台頭、中国の領土強奪、ロシアのクリミア併合、イスラエルとハマスの紛争など、武力闘争が頻発している。北朝鮮やイラン、パキスタンとインドなど、核爆弾を持つ国家が増えると破滅型戦争になる危険度が増す。歴史の終わりは
人類の終わりになりかねない。

●情報の普及が人民主体の世界となる

20世紀は共産主義と資本主義の戦いだったと見ることが出来る。共産思想が世界に広がり、各国は「共産:アカ」の防止に躍起になった。共産主義は階級闘争でもあり、共産主義で人民は平等となり、世界中が共産国家になれば平和になると信じていた。だが共産主義
で国家独裁、人民は平等に貧乏となり、資本主義の自由競争と繁栄に負けた。


共産思想や社会主義の理想とする「富の配分」を実施するには政府が富を集めて再配分する形をとる。オバマも社会主義思想にかぶれているが、アメリカは自由競争の資本主義国家でオバマの社会主義を受け入れることが出来ない。

アメリカの衰退で世界は中国やロシアの覇権拡張が顕著となった。つまり20世紀は共産主義と資本主義の戦いだったが、20世紀末から現在にかけて世界は民主と覇権の争いとなった。一極が多極になる前の群雄割拠である。

21世紀はエレクトロニクスの発達により情報が急速に行き渡るようになった。情報の普及につれて人民の思想と主張は細分化され、人種や宗教、言語や文化などの主張が普遍し尊重されるようになると従来の国家体制が分裂し、小さな民主国家が増えた。国際連合が
成立した1945年当時のは51カ国が現在は193カ国となり、フクヤマの考えた民主主義の発達による民主国家の統合は起きていない。民主が普及すると国家が細分化する。


覇権国家は領土拡張を目標とするので国の細分化に反対である。だから21世紀の課題は民主国家と覇権国家の闘争となる。覇権思想は人民の自由を奪うから人民の反抗が起きる。最終的には覇権が民主に負ける。中国では一年に一万回も人民の抗議が起きていると言う
が、中国を分割すれば覇権国家でなくなる。中国が東トルキスタンとチベットから撤退し、揚子江の南北の国に分割すれば平和な国家になる。21世紀の課題は中国の分割化かもしれない。

●「民主の細分化」も問題である

フランシス・フクヤマが提唱したように、民主自由が最終的に勝利し民主制度の発展が終結すれば平和と自由の永続が起きて「歴史の終わり」となるのは実現しなかった。現在の情勢はハンチントンが提唱したように文明(Civilization)が互いに衝突し細分化し、文
明社会の統合は起きていない。

エレクトロニクスの発達により情報の伝達が早くなり、人民の思想が急速に行き渡るようになると個人の思想や主張が乱立し、統合は困難となる。つまり、民主自由とは個人思想の尊重で、個人思想の尊重は民主の細分化を促す。民主国家の分裂と細分化である。

ここで二つの現象が起きる。

第一に、国家の細分化は国力の弱小化を引き起こし、武力、経済その他各方面の国際競争力の衰退を招く。第二に、細分化した社会や国家の統合を促すために団結力が必要と
なる。だが大同を求めて小異を排除する団結は一種の覇権であると言う皮肉な結果をもたらす。完全な民主ではなく、大同小異の民主である。

つまりハンチントンの予期した文明の衝突は第一の「弱小化」の結果を呼び、フクヤマの理想とする社会制度の統合は第二の「覇権の発展」を促進する。民主主義と覇権主義の闘争だったが、民主の統合は完全な覇権抜きではない。

●自由主義と社会道徳の規範

民主自由の細分化は国際政治だけではない。国内でも細分化と自由の乱発は国政に影響を与える。自由な主張は社会道徳の範囲内でしか通用しない。それ以上の自由は混乱を招く。

アメリカではマリファナ犯罪が多発して監獄が超満員となり、各州がマリファナを合法化した。マリファナの合法化でその他の麻薬犯罪が増加し、密輸入を促進し麻薬犯罪が増加している。

監獄が満員だから軽犯罪者の早期釈放を実施したが早期釈放は社会風紀の悪化を招く。国境を守れないため密入国が増加した。オバマは一部の密入国者の大赦を主張し、国会が反対している。妊娠中絶の自由と胎児の人権のため中絶反対、同性愛結婚の合法化など、ア
メリカ国内は「自由思想の対立」が多発している。アメリカの衰退は自由主張の乱発が原因の一部である。


●中庸の道とは「法と規律の民主」である

民主自由は勝手、放任ではない。この兼ね合いが21世紀のアメリカの課題であろう。安倍首相がシャングリラ会議の講演で述べたように、「法と規律による自由民主」こそ中庸の道なのだ。

21世紀は民主化と武力に頼らぬ相互関係の確立、世界的規模の法と規律の確立が必要である。現在の国際連合は拘束力がない。国連組織の再調整、例えば常任理事国の拒否権を一国から最底でも二国と改めるなどが必要だ。各国に共通する道徳と規律を創設する必要が
あるが、中国のようなならず者国家は世界共通の道徳を認めない。ならず者国家の懲罰が今世紀の重要課題となるだろう。


核兵器の開発と核廃絶の問題も今世紀の最重要課題である。二国間の紛争で核兵器の使用が起きれば短時間内に世界戦争になる。核開発の防止が不可能ならテロの核使用は避けられない。

世界の文明、社会生活、人種や言語、宗教などを互いに尊重した共存共栄が理想だが、現在の時点で予測できるのはエレクトロニクスや医学など、科学の発達により英語が世界共通語となるだろうと言うことだけである。

◆終戦特集:歩兵第八聯隊

MoMotarou


日本陸軍の特徴は、兵隊に「中流」の精神があったことである。(日下公人「思考力の磨き方」より)

                 ★

――部隊の将校が死んでも、兵隊は自発的に戦った。「なぜ自分はここで死ぬのか。ふるさとを守るためだ。女房や子供を俺が守らなきや誰が守るのか」という思いを兵隊は胸に抱いていた。(同上)

■「またも負けたか八連隊...」

 "・・・それでは勲章九連隊(京都の歩兵第九連隊 / 「くれんたい=もらえませんよ」のもじり。民謡。"

八連隊は大阪鎮台の第4師団傘下で、弱い軍隊の代名詞みたいな扱いを京都九連隊と共に巷に流布されていたようだ。しかし実際は異なり、所謂「しぶとい」連隊だった。橋下大阪市長みたいなタイプでしょう。大阪京都は日本の歴史上、戦(いくさ)の舞台になったこと多い。要するに錬(ね)れている面がある。

■大本営陸軍参謀部の作戦課長服部卓四郎談

「誰もが大阪の兵隊は弱かったという。しかし、じつは大阪の兵隊は強かった。戦争が終わってから考えると、東北や九州の兵隊は、大本営が命令した通りにやるから、大本営では強いといった。しかし米軍から見れば、一番しぶとくて厭だったのは大阪の兵隊だった。大阪の兵隊は、大本営の命令通りやらず、自分で考えて一番いいと思うことをやるからだ。」

■「大阪師団はしぶとい」

(転載始:前略)そのような状況下にあって、『大阪師団はしぶとい』と米軍の記録にある。『機を見て反撃してこないから全滅したと思って安心していると、一カ月後、急に攻めてくる。こんなややこしい軍隊はない。ところが、東北、九州の連隊は全力で反撃してくるから機関銃で一掃できる』と。


これは大本営でも分かつていたことである。服部も、「結局、一番強いのは大阪の兵隊で、一月も経って、もうみんな死んだだろうと思っていると、突然ニューギニアのジャングルの奥から電報が来て、『われわれはまだ三〇〇〇人生き残っている。これからどうすべきか』と聞いてくる。あんなうれしいことはなかった」と回想している。(終)

■日下公人さん(評論家)の結論

「結局、大本営は勝つための戦争指導をしていたわけではなかった。それでも、現場の兵隊は強かった。アメリカ軍も、司令部を潰したあとの日本軍の兵隊の強さに困惑した。それは、兵隊の中に「中流」の精神と教養と判断力があったからだ。これが日本である。戦後の日本経済の強さも、『現場の強さ』に裏打ちされている。

■感想

日本には嘗て二百六十余の国(藩とも言う)があった。多彩(colorful)。「竹中経済構造改革」「サヨク日本精神変造構造改革」は日本を一色に染めようとしている気がします。街角保守の精神を発揮し、大本営発表に惑わされる事なく生活をしたい。

近隣のスーパーでは消費増税以後、レジの稼動数が半分になっておりコンビニも安売りキャンペーンが続いています。国民は自分で先行きを判断している。「歩兵八聯隊精神」に学び生き延びましょう!

 ◎オマケ→→アメリカ軍は原住民をスパイにして探らせる一方、綿密に空中偵察をして出入りする人数を調べ、そこが司令部だと判断した。そこへ大型爆弾を集中的に落として、司令部を潰した。アメリカ軍は、これで成功だと思った。ところがアメリカの記録には、「日本軍は不思議な軍隊だ。司令部を潰すと、かえって強くなる」とある。(同上)


2014年08月13日

◆私の「身辺雑記」(132)

平井 修一


■8月10日(日)。朝は室温26度、とても涼しい。夕べはずいぶんと降ったようだが、今朝は微雨→小雨→中雨、時々大雨。久し振りにフルコース散歩を予定していたが、中雨になってハーフで戻らざるを得なくなった。家の窓を全開していたからだ。世の中、思うようにはいかない。

Seoul, Soul, Sewol……4月16日、セウォル号沈没の第一報を聞いた朴クネは、その後7時間行方不明になったとか。森喜朗を思い出した。

<2001年2月10日、ハワイ沖で日本の高校生の練習船「えひめ丸」が、アメリカ海軍の原子力潜水艦と衝突して沈没、日本人9名が死亡するという「えひめ丸事故」が発生した。森喜朗首相は第一報が入ったときゴルフ場におり、連絡はSPの携帯電話を通じて入った。

衝突により日本人が多数海に投げ出されたことや、相手がアメリカ軍であることも判明していたが、森は第二報のあとの第三報が入るまで1時間半の間プレーを続け、これが危機管理意識上問題とされた>(ウィキ)

産経出身の森はこれで評価を落としたが、ゴルフをやっていたことは明白だ。朴クネは7時間も行方をくらまし何をしていたのだろう。ソウルの氷姫にも熱いソウル(魂)はあって、セウォル号より優先すべき大事なことをしていたのか。

<朴大統領めぐるうわさ報道 産経新聞に「責任問う」=韓国 2014/8/7

【ソウル聯合ニュース】韓国青瓦台(大統領府)の広報首席秘書官は7日、「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」と題する記事を掲載した日本の産経新聞に対し、民事・刑事上の責任を問う方針を示した。

この記事は朝鮮日報のコラムと証券街の情報などを引用し、朴大統領の私生活に関するうわさを報じており、外国のマスコミが他国の首脳を侮辱したと物議を醸していた>

大統領府は産経を告訴するのかどうか。大本、元ネタの朝鮮日報は恐いから触らず、その代わりに産経を叩けば反日病の国民感情に大いに賛同されるから、産経告訴、ソウル支局長逮捕、名物の黒田勝弘翁公開処刑、記者はすべて国外追放なんてことになるかもしれない。

韓国野党の「新しい政治民主連合」議員も「産経が、朴大統領が7時間の間、不適切などの行為をしたという噂を載せた。国内で真実の究明ができないから外国から大韓民国の国家元首が侮辱されることになる。もし、私たちが日本の首相を、国王をあんな風に記事に書いた場合は、日本は温和しくしているはずがない。プライドもないのか」と追及しているとか。

韓国ネット界では、「じゃあ(朴クネは)何をやっていたか明らかにすればいいじゃないか」というコメントに多くが賛同している。レイムダックで朴も韓国も沈没するのだろう。大いに楽しみだ。産経、GJ!

「クネ 氷の女王」、副題は「わたしはこれで辞めました」という映画を創ったらどうか。日本極右の卑怯卑劣なあの手この手の攻撃でクネ女王が退位せざるを得なかった反日愛国悲劇に仕立てれば韓国でヒット間違いなし。セウォル号沈没も当然、日本極右の陰謀にする。かの国では歴史はすべてロマン、史実など無視だからクネ慰霊碑もできるに違いない。

■8月11日(月)。朝は室温28度、外は27度ほどか、とても涼しくて犬のフットワークも良く、時速5キロですたすた前を行く。大事をとって3分の2で引き返した。

昨日はカミサンにパンツを2枚買ってもらった。「洗う?」と聞くから「いや、いい。君は買いたての下着を洗うの?」。「洗うわよ。ほら、これメイドインチャイナよ、縫製工が何十人も触っているし、手も洗っていないから毒パンツよ。お店でもそのまま吊るしているから、何人も触っているでしょ。直に肌に着るものだから下着は洗うわ、ねえ、そうでしょ?」


Nに話を振ると、Nも「私も洗うわ」。なるほど、毒パンツか。洗うことにした。衣食住はチャイナフリーで行きたいものだ。

中韓のおかげで日本人は歴史を取り戻しつつあるのだから、中韓には感謝すべきかもしれない。まったく奇妙奇天烈な人々で、毛沢東、トウ小平と並ぶ“偉人”になりたいのだろう、誇大妄想狂の習近平はいよいよ自分の神格化を新華社に書かせ始めた(8/1)。大作そっくり。

<1985年6月にアモイで勤め始めてから、2002年10月に福建省省長の職務から浙江省へ配置換えとなり、習近平主席は福建省で17年半勤務し、前後してアモイ、寧徳、福州、および省党委員会と省政府で指導者の職務を担当してきた。

福建省での仕事期間中、習近平主席は福建省の改革開放と近代化建設事業に自ら参与し、指導した。同時に、習近平主席は軍隊建設とその発展に対してもしきりに関心を寄せて支援し、国防と軍隊建設、経済建設や国防建設の関係および「二つの擁」(中国人民解放軍を擁護し革命軍人の家族を優遇することと、中国人民解放軍が政府を擁護し人民を愛護すること)の仕事に関する重要な思想を提起した。


そのために、本紙記者は福建省福州の駐在部隊に深く入り込み、福州、アモイ、寧徳などに深く入り込んで、習近平主席が福建での勤務期間中に国防や軍隊建設に関心を寄せて支援し、軍政軍民の団結の新局面を切り開いた小さなエピソードを追跡した>

この記事では習の言葉として、

<強大な人民軍と強固な国防は我々が改革開放と経済建設を順調に行うための強靭な後ろ盾であり、頼れる保証だ。二者は中国の特色ある社会主義を建設する偉大な目標の中で統一しており、それは国家と民族の根本的利益を守るのに必要なのだ>

<部隊建設の組織の基盤をさらにしっかりと固め、「呼べばすぐに来ることができる」「呼べば進んでやって来る」「呼べば必ずやって来る」「やって来れば戦うことができる」「戦えば勝利できる」ことを確保する>

などと紹介し、若いころから習が軍隊建設に熱心に取り組んでいたとしている。

権力とは軍事力、警察力のバックがないと危ういが、習はこの面では完全に掌握しているわけではない。いずれも江沢民派の力が残っており、周永康の逮捕には消防隊を使わざるを得なかったという香港報道もある。以上の習の神格化シリーズ記事は軍に「ずっと以前から自分は軍建設に努めてきた。だから自分を支持しろ」とアピールしているわけだ。


習は最近では「命も要らない、名誉も要らない」とも言ったというが、暗殺の危機はずいぶん高まっているようだ。

<中国の習近平国家主席に「暗殺警報」が発せられた。汚職撲滅を旗印に、周永康・前政治局常務委員らを次々と粛正していることに、後ろ盾である江沢民元国家主席が激怒しているのだ。

習氏は「影武者」を用意して警戒を強める一方、江氏一派の息の根を止める急所に狙いを定めた。展開次第では、日本にも直撃しかねない衝撃情報とは。中国最高指導部や長老が国政の重要事項を討議する「北戴河会議」が始まったとの情報も流れるなか、ジャーナリストの加賀孝英氏が迫った。
・・・

「習氏に暗殺の危機が迫っている」「これは(習氏と江氏の)どちらが先に死ぬか、手打ちのない血みどろ権力闘争だ」

旧知の人民解放軍関係者は緊張した声で、私(加賀)にそうもらした。事実、「腐敗撲滅」に政治生命と生き残りをかける習氏と、「上海閥」のトップで、旧権力のドンである江氏との最終戦争はすさまじい>(夕刊フジ8/8)

権力闘争は漢族のDNAなのだ。権力闘争を軍同士の衝突、さらに内乱に転化できるといいのだが・・・軍も軍区で利権集団と化し、さらに海空陸で派閥があるようだ。陸軍の長州閥、海軍の薩摩閥のようなものか。習は内部分裂の連鎖反応に火をつけてしまったのかもしれない。

江は逮捕を恐れて入院し、そこから指令を飛ばしているらしい。まったく三国志みたいで、建国70周年の2019年には中共が存続しているかどうかも危うい。安倍氏はタイミングを見て靖国カードを切り、火をつけるという手もあるか。

もうすぐ8.15だ。中共殲滅、支那解放を祈願しよう。地球もチャイナフリーで行きたいものだ。親亀こければコリアもこける。

集団的子育てで夕方、カミサンが長女の子2人を保育園からピックアップ。食事(辛味抜きの麻婆豆腐など)と風呂の世話をし終った頃に長女来、泊。

■8月12日(火)。朝は室温28度、まあまあ涼しい。1歳女児はお腹がゆるくてかわいそうだ。子育ては本当に戦争だ。若くないととてもできやしない。

支那はインテリも無知蒙昧だ。米国で「ジャパンウォッチャー」として知られるリチャード・ カッツ氏(オリエンタル・エコノミスト・アラート代表)の論考「尖閣諸島領有紛争で中国が望んでいること」(東洋経済オンライン8/10)によると、中共の学者や専門家は、「尖閣諸島や南シナ海での中国の行動が世界の反発を招いている」ことさえ知らないそうだ。

言論はすべて中共中央の統制下にあるから、中共に不都合な情報はまったく広まらないのである。インテリさえも無知蒙昧なままなのだ。小生はこのひどさにショックを受けた。以下要約。

・・・

最近、筆者が北京に行った際に、かなりの数の安全保障専門家たちに質問した──尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐる緊張を緩和させるか、解消するために何を望むかと。

中国は、尖閣諸島の領有をめぐって法的争いがある、と日本が認めることを望んでいる。認めれば、中国は周恩来と田中角栄が採用した「棚上げ」の立場に戻ることができるからだ。

日本が現状を維持するとすれば、中国はいったいどうするつもりなのか。中国は現状レベルの緊張がいつまでも続くと見ているのか。圧力を強めれば、最終的に日本は折れざるをえないと期待して、衝突を強める気なのか。この点では見解に相違があった。中国政府には透明性がないため、回答困難だとする人もいた。


中国政府は武力衝突を望まないが、この海域で船舶が意図せず衝突する危険を認識しているとの見方で専門家たちは一致した。衝突を防ぐため、水面下で協議が進行中だとする人もいた。

中国国外の大学院に通っていた大学教授は、日本国内のみならず国際的にも安倍晋三首相を孤立させ、もっと従順にさせようとした中国政府の計画は失敗した、と述べた。

11月に北京で開催されるAPEC首脳会合で習近平主席が安倍首相と会談するメリットについても指導部内で話し合いがあったという。問題は、習主席が首脳会談開催に合意する場合、安倍首相にどんな譲歩をさせる必要があるかだ。

2点が挙がった。(1)靖国神社に二度と行かないと約束する、(2)尖閣諸島をめぐる争いの存在に言及する。私は、日本ができる最大限の譲歩は以下だろう、と述べた。

「日本は法的な争いがないと主張するが、中国は違う考えだと認識しており、これに耳を傾ける用意がある」

中国政府がこの表現を十分と見なすかどうかは、専門家の誰にもわからなかった。

中国政府自身によって過去20年培われてきた草の根のナショナリズム感情に縛られている中国首脳が、日中関係でどの程度の自由裁量を持っているかについて、見解の一致は見られなかった。

オバマ政権は従来、靖国や慰安婦の問題で安倍首相をあれほど批判してきたのに、なぜ大統領が4月に訪日した際、尖閣諸島から集団的自衛権に至るまで安倍首相にあんなにすり寄ったのかと問う人がいた。

尖閣諸島や南シナ海での中国の行動への反応が一因だと私が答えると、心から驚いた様子だった。中国自身の行動が他諸国をどれほど遠ざけているか考えたことが、本当になかったようだった。(以上)

・・・

カッツ氏もビックリしている。支那ではインテリも庶民も中華思想で、「世界は中共を中心に回っており、自分たち=中共は常に正しく、それは小日本以外の世界では認められている」という妄想にどっぷりつかっているのだ。

完全に中共に洗脳されているクチパク、暗愚、痴呆、危険な狂気。気の毒だが、話し相手にはならない。しっかり監視し、襲ってきたら撃退するのみだ。撃ちてし止まん!

夕方にスーパーへ。雨に降られた。その後に寺の施餓鬼法要で墓参り。えらく美人の尼僧がいたが、ちょっと人騒がせになるだろう。

夕食はステーキ用オージービーフ主体の鉄板焼き。7人で満腹。こと鯨では豪州は許さないが、こと戦では我が国を尊敬しているようだから、小生も豪州牛解禁。日豪同盟はうまくいくだろう。(2014/8/12)


       

◆「慰安婦」歪曲をまだ続けるのか

西岡 力


「西岡さんと私が世間から極悪人と呼ばれることを覚悟して真実を追究しましょう」。22年前、ある月刊誌で慰安婦問題に関する論文を書いていたとき編集長が私に語った言葉だ。朝日新聞が、過去の自社の慰安婦問題に関する記事の検証を行った。それを読みながら、そのことを思い出した。

 ≪22年前の朝日記事批判≫

朝日は検証を行った理由について5日付の紙面で〈一部の論壇やネット上には、「慰安婦問題は朝日新聞の捏造(ねつぞう)だ」といういわれなき批判が起きています。しかも、元慰安婦の記事を書いた元朝日新聞記者が名指しで中傷される事態になっています〉と書き、読者の疑問に答えるとした。検証は私への反論とも取れた。なぜなら、私は22年前、元慰安婦の記事を書いた植村隆記者の実名を挙げて最初に批判し、その後も今まで論文や著書で批判し続けてきたからだ。


22年前の論文で私はまず、植村氏が、最初に名乗り出た元慰安婦、金学順さんについて「『女子挺身(ていしん)隊』の名で戦場に連行された」(1991年8月11日)、「地区の仕事をしている人にだまされて17歳で慰安婦にさせられた」(同年12月25日)などと書いたことを紹介した。

次に、彼女が記者会見や訴状で「母親によって14歳の時に平壌にあるキーセン(編注、朝鮮半島の芸妓・娼婦)の検番に売られていった。3年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れられていった所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」(「ハンギョレ新聞」同年8月15日)という経歴を明らかにしたことを指摘し次のように批判した。

〈女子挺身隊という名目で明らかに日本当局の強制力によって連行された場合と、金さんのケースのような人身売買による強制売春の場合では日本軍ないし政府の関与の度合いが相当に違う。

(略)まして最も熱心にこの問題に関するキャンペーンをはった朝日新聞の記者が、こうした誤りを犯すことは世論への影響から見ても許されない〉。

また植村氏が、個人補償請求裁判の原告組織である「太平洋戦争犠牲者遺族会」のリーダー的存在、梁順任・常任理事の義理の息子であることを指摘し、〈彼自身が韓国人犠牲者の遺族の一員とも言えるわけで、そうであればなおのこと、報道姿勢には細心の注意を払わなくてはならないと筆者は思う。

たとえ仮に自分の支持する運動に都合が悪いことでも、事実は事実として伝えてくれなければ、結局問題の正しい解決にはつながらないのである〉
(「文芸春秋」92年4月号)。

 ≪ごまかしと弁明ばかり≫

今回やっと検証し私の批判に対する回答が来たのかと期待して記事を読んだが、ごまかしと弁明ばかりで怒りが増すだけだった。

朝日は「記事に事実のねじ曲げない」とする大きな見出しをつけて検証結果を掲載した。植村氏が91年8月の記事で金さんのことを「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され」などと書いたことについて「慰安婦と挺身隊との混同については、韓国でも当時慰安婦と挺身隊の混同がみられ、植村氏も誤用した」と弁解した。しかし、これは弁解になっていない。

当時、慰安婦連行が挺身隊制度によって行われたと誤認していた韓国人、日本人は多かった。しかしその制度上の誤認と、金学順さんという一人の元慰安婦が「女子挺身隊」の名で連行されたのかどうかという問題とは無関係だ。金さんは「女子挺身隊」の名で連行されていない。これが事実だ。植村氏は金さんが話していない経歴を創作、でっち上げたのだ。「事実のねじ曲げ」そのものだ。

 ≪誰にだまされたか隠すな≫

また、朝日は植村氏がキーセンに売られた事実を書かなかった理由として、8月の記事では金さん本人がそのことを明らかにする前だったと弁解した。

しかし、12月の記事にはその弁解は通じない。それなのに朝日は今回の検証で、「金さんが慰安婦となった経緯やその後の苦労などを詳しく伝えたが、『キーセン』のくだりには触れなかった。植村氏は『キーセンだから慰安婦にされても仕方ないというわけではないと考えた』と説明。『そもそも金さんはだまされて慰安婦にされたと語っていた』といい」と弁解した。

これもおかしい。彼女が誰にだまされたかという事実関係が問題なのだ。金さんは会見や訴状で、「母がキーセンとして彼女を売った相手の」義父に中国の慰安所に連れて行かれたと証言していた。だまされたとするなら、義父にだまされたことになる。

植村氏が「キーセンだから慰安婦にされても仕方ないというわけではない」と考えるのは自由だが、その個人の考えから、「母がキーセンとして金さんを売った」義父の存在を隠して「地区の仕事をしていた人」という正体不明の人物を登場させたことも、やはり事実の歪曲(わいきょく)である。
(にしおか つとむ)東京基督教大学教授
産経[正論]2014.8. 「8・15」に思う

◆生かせなかった皇室保持シグナル

岡部 伸


謀略警戒、遅れた終戦決断

英国立公文書館で見つかった当時の中立国アイルランドとアフガニスタンから打たれた電報は、あらゆるチャンネルを通じて米国が「皇室(天皇制)存続を認める」シグナルを日本に送ろうとしたことを示している。

皇室存続が伝えられながら本土決戦を唱える軍部の抵抗で降伏(ポツダム宣言正式受諾)をしぶり、犠牲者を増やした日本の指導層の判断が改めて問われそうだ。

                   ◇

 ◆MI5副長官日記

英国立公文書館所蔵のガイ・リッデルMI5(英情報局保安部)副長官日記の1945年(分類番号KV4/466)8月5日にこんな記述がある。

「スイスで日本は、ヤコブセン国際決済銀行顧問を通じ、ダレス米戦略情報局(OSS)欧州総局長と試験的和平交渉を始めたが、米国は無条件降伏に固執しながら、必ずしも皇室廃止を含んではないとの多くのヒントを投げかけている」

実際に米国は、ドイツ降伏後の同年5月8日から8月4日まで14回にわたり、ザカリアス大佐が「無条件降伏まで、攻撃をやめないが、無条件降伏とは日本国民の絶滅や奴隷化ではない」「主権は維持される」などと無条件降伏の条件緩和、つまり天皇制存続を認める可能性があることを短波放送で伝えた。

しかし、日本は、これを「謀略」と受け止め、米英は無条件降伏以外受け入れず、それは「国体」存亡の危機につながる、と思い込んでいた。東郷茂徳外相も「無条件以上の媾(講)和に導き得る外国ありとせば『ソ』連なるべし」(「時代の一面 東郷茂徳外交手記」)とむやみにソ連頼みの和平工作にのめり込んだ。

同年7月28日にポツダム宣言を「黙殺」したため、8月6日広島、同9日長崎に原爆を投下され、同日、頼みの綱だったソ連から宣戦布告を受け、ようやく国体(皇室)護持を条件にポツダム宣言受諾の用意があることを同11日、米英側に伝えた。

 ◆日本国民の意思で

ダブリンの現地時間8月10日に別府節弥領事が打ったグルー米国務長官代理(元駐日大使)の見解として皇室保持方針の電報が日本に届くのは同11日ごろとなる。

同12日未明、米国から「日本国の政治形態は日本国民の意思で決まる」とのバーンズ回答が届き、同日午前、拝謁した東郷外相は、回答は「国民の意思が尊重されるから皇室の安泰は確保される」と奏上、天皇は「そのまま応諾するように」と語り、同日午後の皇族会議で「戦争をやめる決心をした」と発言。同14日に宣言受諾を受け入れる聖断を下す。

このほか、米国では新聞各紙が皇室維持を報じている。現地時間11日付ニューヨーク・タイムズ紙は、「日本は降伏を申し出る」「米国は天皇を残すだろう」、同12日付で「連合国ヒロヒト(天皇)存続を決定」と伝えた。

こうした新聞報道を、中立国スイス駐在の岡本清福(きよとみ)陸軍武官とスウェーデンの岡本季正(すえまさ)公使が引用して本国に連絡。岡本武官の報告が同12日夕に陸軍省に届き、同13日未明には岡本公使の「実質的には日本側条件(皇室護持)を是認」との電報が外務省に届いた。

これらは、ザカリアス放送とともに天皇が皇室維持に確信を得る根拠とされてきた。さらに今回明らかになった別府電も、聖断の根拠となった可能性は十分考えられる。

現地時間8月13日にカブールの七田基玄公使からも「皇室は維持され、問題は解決する」との電報が打たれながら、日本の指導部は米国からの皇室存続の回答がないことを理由にクーデター計画まで進めた軍部の抵抗を前に終戦決断が遅れた。

その結果、降伏を迫る米軍の空襲が続き、同14日から15日にも陸軍造兵廠があった大阪市や山口県光市、岩国市、埼玉県熊谷市、群馬県伊勢崎市、秋田市などで多くの市民が犠牲になった。

310万人といわれる日本の戦争の犠牲者のうち、ドイツ降伏後、終戦までの3カ月間で約60万人が命を落としており、米国から皇室存続のサインがありながら、聖断による終戦まで時間がかかったことは多くの問題を残したといえる。(編集委員)

産経ニュース 2014.8.12

2014年08月12日

◆「核」が日中開戦を抑止する(64)

平井 修一


かのよしのり氏は1950年生まれ。自衛隊霞ヶ浦航空学校出身。北部方面隊勤務後、武器補給処技術課研究班勤務。2004年定年退官。著書はサイエンス・アイ新書『重火器の科学』『銃の科学』『狙撃の科学』など多数。

氏の論考「なぜ『大砲は戦場の神』といわれるのか?」は島嶼防衛のあり方を示唆している(SBクリエイティブOnline 2014/7/24)。以下要約。

              ・・・

「大砲は戦場の神である」という言葉があります。陸上戦闘においては「砲兵火力の優劣が、勝敗を決する決定的要素」ということです。ところが自衛隊は大砲をどんどん削減しています。戦車も削減されています。

大砲や戦車を削減してよい理由などなにもないのですが、GDPの1%にも満たない防衛費のなかでイージス艦を買い、パトリオットミサイルを買い、F-35を導入するということになると、なにかを切り捨てねばなりません。

そこで「日本は島だから、まず海空の守りを最優先にしなければならない」というわけで、砲兵部隊(自衛隊では特科部隊といいます)や戦車部隊が削減されているのです。

ところがいま、沖縄方面には1門の大砲も1両の戦車も配備されていません。懸案の島嶼防衛において、大砲も戦車も不可欠な存在なのですが。

*軍艦はうかつに砲兵隊が守る島に近づけない

第二次大戦における南の島の戦いでは、圧倒的な米軍の火力の前に、島を守る日本軍は壊滅的打撃を受けました。それはなんといっても大砲の火力の差に原因があります。当時、陸軍の大砲は馬で牽くことを前提に設計されていたため口径75mmのものが主力で、それを支援するために少数の105mmや155mmの大砲が装備されていました。

それに対して海から攻める米軍は、戦艦や重巡洋艦の大砲を使うことができました。戦艦の主砲ならば口径40cm、弾1発の重量が1トン、射程は30kmを超え、守る側の陸軍の大砲の射程外から、どんな堅固な陣地でも破壊できるような巨弾を送り込めたわけです。

ですが、現代ではそのあたりの事情が異なります。大きな大砲を乗せた戦艦や重巡洋艦は、現代の海軍に存在しません。日本の「あたご」型でもアメリカの「アーレイバーク」型でも、イージス艦に搭載されている大砲は127mmですが、それが欧米の軍艦に搭載されている最大の艦砲です。ロシアやヨーロッパでは100mm砲が主流です。「チャイナ・イージス」と呼ばれる中国の「蘭州」型も100mm砲搭載です。

それに対し、いまや陸軍の野戦砲の主力は155mm砲が普通です。それを支援する重砲は203mmです。第二次大戦のころとは陸と海の火力が逆転しているのです(陸が海を上回る)。

さらに海上にある軍艦は遠くからでもよく見えますが(つまり狙いやすい)、陸軍の大砲というのはどこにいるのか見付けることからして困難です。ですから、現代では陸軍の砲兵隊が守っている島に対して、軍艦はうかつに近付けないのです。

*軍艦の対艦(対地)ミサイルでは砲兵隊を倒せない

軍艦には対艦ミサイルが装備されています。これは射程が100km前後もあり大砲よりも長射程なのですが、対艦ミサイルというものは水面の上でレーダーを反射したり、エンジンの排気熱をだしたりするものに向かって飛んでいく兵器であって、陸上目標を撃てるようにはできていません。

もちろん一部の対艦ミサイルには、示されたGPS座標に向かって飛んでいく陸上目標攻撃機能をもつものもありますし、その機能がないミサイルでもそれができるように改良することは難しいことではないでしょう。

ですが、そのようなミサイルが撃てるのは、位置がわかっている目標だけです。島のどこにいるかわからない大砲は狙えません。人工衛星から地上の写真を撮れる時代とはいえ、草をかぶって隠れている大砲を見つけるのは容易ではなく、偽物をたくさん配置して、敵の偵察の目を欺くことも行われます。

こうなると1隻の軍艦に6発とか8発しか乗せていない貴重な対艦ミサイルを撃ち尽くしても、どれだけの戦果を上げられるのか疑わしいものです。海軍の軍人としては敵の水上艦艇が出現する可能性がある以上、対艦ミサイルを浪費することはためらうでしょう。

野戦砲は、敵が占領している島を奪還するための上陸作戦でも重要な役目を果たします。第二次大戦のサイパンでの戦例ですが、米陸軍砲兵隊は、サイパン島の南西約5kmにあるテニアン島に大砲を上げ、そこからサイパン島を砲撃しました。

「目的の島に上陸するまで陸軍の大砲は活躍できない」ということはないのです。目標の島を射程内に捉えられる小さな岩礁でもあれば、そこに砲を揚げて敵の島を砲撃し、上陸部隊を支援してやれます。「端から端まで10kmもない小さな島の戦いに、射程30kmの大砲はいらない」ということはないのです。

*小さな島でも戦車の威力は絶大

戦車にしてもそうです。「戦車なんか日本のどこで使うのか。日本には戦車戦をやるような場所はない」などという人がいますがとんでもない間違いです。朝鮮戦争のとき、米韓軍は日本よりよほど山がちでロクな道路もなかった朝鮮半島で、ロシア製T-34戦車を先頭に押し寄せてくる北朝鮮軍に押しまくられ、あと一歩で釜山から海へ突き落されるところでした。

戦車は日本や朝鮮半島どころかサイパンのような小さな島でさえ、決定的ともいえるほど重要な役目を果たしています。日本軍の戦車隊は上陸してきた米軍に対し逆襲を行い、あと一歩で米軍を海へ突き落すところまでいきました。

この逆襲が成功しなかったのは、日本軍に歩兵部隊用の装甲車がなかったからです。敵の艦砲射撃のもとでも、戦車は直撃されなければ破壊されません。ところが歩兵は敵の砲弾が降ってくれば動けないので、攻撃開始位置に戦車隊は来ているのに歩兵が来るのが遅れ、逆襲のタイミングが遅れてしまったのです。歩兵が装甲化されていれば予定の時間に間に合って逆襲は成功し、米軍上陸部隊を海へ突き落せたでしょう。

「日本に大きな戦車はいらない」などという人もいます。しかし日本本土どころか太平洋の南の島で、47mm砲を装備した15トンの日本戦車は、75mm砲を装備した40トンの米戦車にひどい目にあっています。島が大きかろうと小さかろうとそんなことは関係なく大きい戦車が勝つのです。

このように戦車や大砲は、日本本土防衛どころか小さな島の戦いでさえ決定的な役割を果たすのです。「日本は島国だから大きな大砲や戦車はいらない」などということはないのです。

*軍事費を増やしても経済成長は阻害されない

「そうはいうが、では、その予算をどうするのか?」という声もあります。しかし、そもそも日本の防衛費はなぜGDPの1%なのでしょうか? GDPの3%や4%を国防費に使うのは世界の常識です。世界の常識レベルの3分の1〜4分の1の努力しかしないで「予算がない」などというほうがおかしいのです。

「軍事費に巨額のお金を注ぎ込めば、経済発展の足を引っ張る」という人がいます。また「戦後日本が経済発展できたのは軍備にお金をかけなかったからだ」という人もいます。

しかし、いまベトナムは中国の脅威を感じ、GDPの6%を国防費に使っていますが経済発展しています。韓国や台湾も、かつてはGDPの7%を国防費に使いながら、同時に高度経済成長を実現しました。

東西冷戦時代の西ドイツは、もし戦争があれば西ドイツ単独でソ連軍の半分くらいは食い止められるほどのヨーロッパ最強陸軍をつくりながら経済成長しました。「軍備にお金をかけると経済成長を阻害する」などというのは大きな間違いです。

軍備も一種の公共事業であり、へたにダムや高速道路をつくるよりは空母や飛行機でもつくるほうが、よほど景気刺激の効果は高いのです。景気をよくするためにも世界の常識レベルの国防費を使うべきです。

そもそも、これは生きるか死ぬかの問題なのです。子供が死にかかっているとき、「収入の1%以上の医療費は払えません」などという親がいるでしょうか? ですから「予算がない」などということは、大砲や戦車を削減する理由にはなりません。むしろ逆です。大砲や戦車を増やしたほうがお金は回り、お金が回れば景気は良くなり、景気がよくなれば税収も増えるのです。

「大砲は戦場の神」です。神を軽んじて社稷(国家)の安泰はありません。しかるべく国防の神殿に供物を捧げ、国の安全と子孫の繁栄を図るべきです。(以上)

             ・・・

小生を含めて日本人のほとんどは軍事に疎い。ド素人だ。GHQと手先のアカに洗脳され、池田教のように平和を「南妙法蓮華経」と唱えていれば平和が得られると信じ込んでいるから、真剣に軍事を考えない。バカタ大学の見本、東大のようにアカと手打ちして「軍事研究はしない」と決めたところもある。

軍事、国防に反対し、それを駆逐することが正義だと思っている朝日、岩波、NHK、共同などの言論を未だに拝聴している暗愚が実に多い。情けないことだ。

尖閣危機の先覚者は10人分、20人分の大声で「中共が攻めてくる、備えよ!」と叫ばなければならない。その声がやがて日本中、アジア中に浸透することを願って、これからも文字の銃弾、砲弾を撃ち続けよう。一日一弾。(2014/8/12)


 

◆安倍首相の戦い(2) 言動

伊勢 雅臣


先日ラジオに出演した安倍首相の昭恵夫人が「首相はこの日本をなんとか しようと命賭けで取り組んでいる」と話していた。心ある日本人は皆同じ 思いでこの国を案じ、日本を守るために力を尽くさねばならないとそれぞ れの場で頑張っているはずだ。敵は手ごわいが諦めずに努力を続けよう。
2014年06月28日(土) 早見雄二郎(株式評論家)@hayamiy

安倍首相と百田尚樹氏の共著のタイトル『日本よ、世界の真ん中で咲き誇 れ』はインドネシアの若者たちが、東日本大震災後、日本人を勇気づけよ うと歌を作ってくれたその歌詞の一部。涙がでるほど嬉しい思いをしまし た。WiLL26.3櫻井よしこ2014年03月06日(木)

主権回復式典、安倍首相 -昭和天皇御製「ふりつもるみ雪にたへていろか へぬ松ぞををしき 人もかくあれ」に「どれほど難題が待ち構えていよう とも、あのみ雪に耐えて色を変えない松のように、私たちの大切な国を もっと良い美しい国にしていく http://on-msn.com/1diJova
2014年02月12日(水)

安倍首相とロウハニ大統領が注目を集めたダボス会議 (Financial Times) 安倍氏は西側諸国の首脳でもなかなか見せられないエネルギーと情熱を込 めて語っていた。習近平・国家主席の王様のようなスタイルとは対照的に 非常に控えめ http://goo.gl/4c2CHk
2014年01月28日(火)

「靖国神社に関して誤解が多いので、説明したい。明治維新そして第一世 界大戦、更には世界中の戦争で亡くなられた人々も祀られている。国家の ために命を捧げた方に祈りを捧げるのは当然の事だと思う。そこで、不戦 の誓いをしてきた。中国と韓国との関係を良くしたい」(安倍総理@ダボ ス会議)。
2014年01月23日(木) 堀義人/Yoshito Hori@YoshitoHori

自民党大会の安倍総裁年頭演説、「日本を世界の真ん中で咲き誇る年にす る」との力強い言葉があり、また、「この瞬間も、年末年始も休みなく、 厳しい日本の海や空、離島を始め領土を守ってくれている自衛隊と海保 に、この会場から感謝の気持ちを届けよう」との総裁の呼び掛けに大きな 拍手。感動です!
2014年01月19日(日) 佐藤正久@SatoMasahisa

今回(の伊勢の神宮の遷御の儀に)、安倍総理と8人の閣僚が参列しまし た。総理としては戦後初の参列だそうです。伊勢神宮で、日本と国民をお 守り下さる神々に感謝する心はまた、靖国神社で日本に殉じた人々に感謝 する心と相通ずるものがあるのではないでしょうか。正論2512櫻井よしこ
2013年11月30日(土)

伊勢神宮式年遷宮「遷御の儀」への安倍首相の参列。朝日新聞は、「戦前 回帰」なんて心配してたんだ。首相の靖国神社秋季例大祭(10月17日から 20日)参拝へのけんせいのつもりかな。例大祭は首相と一緒に参拝したい ものです! http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-136.html
2013年10月05日(土) 山際澄夫@yamagiwasumio

中田さんやPKO殉職者の慰霊碑に安倍首相が献花 プノンペン http://on-msn.com/1eaCZAU カンボジアに命を捧げた日本人青年
>カンボジアでの自由選挙に命を捧げた青年ボランティア、中田厚仁さん http://bit.ly/1eaCXZF
2013年11月17日(日)

元首相・中曽根康弘】安倍首相からは人柄の良さと国民の声をよく聞く姿 勢がみえる。第1次政権の病気による退陣という経験が効いているのだろ う。失敗を繰り返さぬという非常に堅実な政治手法に努めており、それこ そが「保守の真価」でもある。http://on-msn.com/19pryBK
2013年09月22日(日)

安倍首相は5年間の雌伏期間、全国の落選候補の応援集会に積極的に出向 いては「有意な仲間を落選させ、自民党を大敗させた責任は私にある」と 頭を下げ続けた。「逃げずにその姿勢を示したことが安倍さんの失地回復 の一歩となった」とある自民議員は語る。(日経ビジネス、H25.1.17,p17)
2013年04月23日(火)

三宅氏の応援団の動きが新聞に報じられると、自民党の古参幹部たちは、 いっせいに安倍氏支持に回った。最後の命を燃焼した三宅氏は昨年11月、 逝去。再び総理の座に返り咲いた安倍氏は、激務の合間を縫って、三宅氏 の墓に詣でている。(佐々淳行、VOICE、H25.4)
2013年04月10日(水)

安倍氏が自民党総裁選に立候補したとき、政治評論家の三宅久之氏は、引 退を表明し、体調がかなり悪化していたが、安倍応援団の団長を買って出 た。「最後のご奉公」として呼吸器を着けながら支持を訴える三宅氏の姿 には、鬼気迫るものがあった。(佐々淳行、VOICE、H25.4)
2013年04月10日(水)

首相、硫黄島視察にゆかりの2閣僚を同行:  安倍晋三首相が14日に予 定する硫黄島(東京都小笠原村)の視察に、同島にゆかりのある新藤義孝 総務相と根本匠復興相を同行させる方向で調整していることが4日、... http://on-msn.com/Zdx9Lu #hate_korea
2013年04月05日(金) 児島 正成@kojima_masasige

地元候補者の演説で安倍さんのお話 もう既出だけど、震災後すぐの3月23 日 初めて自衛隊が食料を持って被災地に来てくれた同じ日に 安倍さんが トラックに救援物資を持ってやって来た 全ての避難所を周りたいと申し 出が…”http://t.co/zGcmAVUT
2013年01月10日(木) 日本を守る愛国の安倍晋三の思い@Demo_Leave

自分の嫁が安倍さんと同じ病気で苦しんでるのを側で見てきただけに、メ ディアの「途中で投げ出した」発言は絶対に許せない。彼女は二人の子供 を立派に育ててくれている。潰瘍性大腸炎の患者を差別する様な事を言わ ないで欲しい。 #nhk #tbs #tvasahi
2012年12月17日(月) chikara_i@igaigachan

自民党の安倍総裁(日本記者クラブ主催党首討論で靖国参拝について) 「国のために命をかけた英霊に対して尊崇の念を表していく、そのことに ついて外国の人たちからクレームをつけられるいわれはない。前回、任期 中に参拝出来なかったことは痛恨の極みであった」2012年12月08日(土) 山際澄夫@yamagiwasumio

#安倍晋三 は首相在任中に #靖国 参拝できなかった事を後悔している。 「19年の春秋例大祭か夏(終戦記念日)に参拝しようと思っていたが、 秋の例大祭の時点では首相を辞めていたので時期を逃してしまった。春か 夏に参拝すべきだった」(『約束の日 安倍晋三試論』p177)
2012年12月03日(月)

安倍さんが、どうしてああ「吹っ切れた」ように見えるのか?それは今回 の選挙が「日本が日本人のものであるための最後のチャンス」だからで す。負けたら「日本」は滅びます。自民以外に「外国人参政権に反対」し ている党はありません。
2012年11月29日(木) sakuhana@mina005

安倍・自民党総裁: 自民党政権時代には中国の公船が毎日のように日本 の領海に入ることはなかった。韓国の大統領が竹島に上陸することもな かった。ロシアの首脳が北方領土に上陸することもなかった。これは民主 党政権の「外交敗北」- MSN産経 2012年10月27日(土)
2012年10月15日(月)

安倍総裁は実は原発事故直後にお忍びでこの地に入った。元総理が公に入 ると現地の警察などの手が割かれるのを懸念して言わず。トラックに支援 物資を積んで。避難所の体育館で被災者を慰労してはじめて報道された。 #fukushima #jnsc http://t.co/u4keT9jb
2012年10月11日(木) 森まさこ@morimasakosangi

            

◆クルド自治区の独立に西側は

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26年(2014)8月11日(月曜日)通巻第4311号>  

 〜クルド自治区の独立は西側のコンセンサスになりつつあり
         米軍のイラク空爆はクルド自治区の防衛にも宛てられている〜

優柔不断だったオバマ大統領がイラク北東部の空爆を命じた。FA18ホー ネットが沖合空母から出撃しISISの軍事拠点をいくつか破壊した。まだ当 該地域にいる米国人ならびに少数民族の避難場所を防御し、支援物資を投 下した。

概括的にみれば、いずれもクルド族が支配する地域であり、米軍の介入は クルド自治区の防御が副次的結果を招いていることになる。(アメリカは クルド族地区の独立を促すつもりだろうか?)

折しも8月10日に実施されたトルコ大統領選挙で、エルドガン首相が1回 の投票で過半数を占め、次期大統領に当選した。

トルコ大統領選挙はフランス式で1回目に過半数を取れない場合、2回目 に上位2人の決選投票となる。大方の予測ではエルドガンが初回に過半数 とることはあるまいと言われた。3月の地方統一選挙でも西側マスコミ は、エルドガンの苦戦を伝えていたが、結果は与党圧勝だった。

エルドガンは大統領選挙出馬に際して、選挙公約に「クルド人の独立をめ ぐる住民投票には反対しない」としてきた。

トルコは従来から山岳地帯にいるクルド族の過激派との武装闘争にあけく れてきたが、シリア危機勃発により、南側の脅威も拡大した。

しかもトルコ領内にシリア難民を百万人もいて、治安に問題がでた。クル ド族との一日も早い融和が政治課題に上っていたのである。

事実上の未承認国家「クルド」がもし、独立への歩みを開始すれば、キプ ロス、コソボ、クリミアなどの「未承認国家群」に識別されるか、或いは 南スーダンや東チモールのように、すぐさま国際社会で「国家」と認定さ れるか? 

はやくもややこしい近未来が浮上したが、これはロシアにとってクリミア 承認の取引材料となるかもしれない。

◆歴史的假名遣と現代假名遣

上西 俊雄


[はじめに]

先日、遠藤浩一氏の「生き方としての國語---國語への構へ方から「保 守」について考へる」と題する講演を聽き、一般に假名遣といふものがど う考へられてゐるかに思ひ至った。以下、歴史的假名遣を甲とし、現代假 名遣を乙とすることにする。

恐らく、甲は乙に比べて不便なもの不合理なものと考へられてゐるのだ。 たとへ不合理であっても安定してゐるものの方が不合理なものよりよい。 つまるところさういふことなのだらうか。甲と乙は實際のところ何が違ふ のだらう。

甲は、我等の先人が正しく書かうとつとめたことの積み重ねによって成立 したもの。乙は文部省が戰後導入した改革表記のうち漢字および送假名を 除く部分。

乙は表音的假名遣だと言はれる。甲も表音的假名遣なのだ。甲の場合は據 り所とする國語音韻が過去のものであり、乙の場合は現代だとされるやう だが、そのことが既に確かでない。しかし、とにかく乙の場合は書き手は 自らの國語音韻に從って假名を書いていけばよいとされたのだ。假名遣が 簡單になった、といふより、假名遣などに煩はされることがないようにし たかったのだ。

乙には昭和21年版と昭和61年版とがある。前者は「假名遣」の部分を假名 で表記する。乙を主張する立場でありながら表記の違ひで區別するのも變 なものだが、ここで乙といふとき、二者の違ひは問題にしない。

甲には規範がある。乙には規範がない。さういふ意味で乙は假名遣ではな いのだ。實際、「絆」といふ語は戰前はキヅナと書くことに決ってゐた が、戰後はキヅナでもキズナでもよいことになった。

甲は汎時的。萬葉集から現代まで表記可能。乙は共時的。甲は過去指向 的。乙は未來指向的。その時點での最適化を求めて絶えず變化することを 當然とする。乙の現代は明治期の日本語。英語の氾濫する現代日本語の現 代ではない。

甲は辭書で調べることができる。乙は自分で決めて書くのだから辭書で調 べる必要がない。

甲は五十音圖にある假名がすべて必要。乙は同じ音を表す假名は一つでよ いとして五十音圖を刈込んだ。乙は制限假名字母表記なのだ。


[假名字母の制限]

英語は表音文字によって表記されるが、その綴りの文法は複雜であり、か つ例外が多い。我國の場合、戰前の辭書をみても、きはめて簡單だといふ べきだらう。讀み方が解らないやうな例外は皆無といってよい。その合理 的な表記體系を、ジとヂ、ズとヅ、イとヰとアヒクチ(匕首)のヒ、ウと アフ(逢)のフ、エとヱとイヘ(家)のヘ、オとヲとコホリ(氷)のホ、 ワとイハ(岩)のハなどの書分けがあるのは贅澤だとジズヰヱヲ、それか ら語中のハヒフヘホ(ハ行轉呼音といふ)の使用を禁じたのが乙だ。

これらの字母、特にヰヱ及びハ行轉呼音の假名を用ゐさへしなければどう 書かうと間違ひとはされないのだから制限假名字母表記と呼ぶべきだ。

乙には規範がないとしたが、規範めいたものがないわけではない。その部 分は音聲に基づくのでなく、甲からの變換といふ方法で決められた。オ列 長音と呼ばれるものの表記は、本則ではウであるが、甲でホであったもの はオとするとする準則がある。

乙はテニヲハについても表音的であるとは言へない。このことは、國會圖 書館の JAPAN/MARC アクセス・ポイントのカナ形サブフィールドにおける カナ表記要領をみるとよく判る。表音的といふ點で乙より徹底してゐるか らだ。一部を紹介する。なほ引用の際も差支へないかぎり甲による。


<舊かなづかひはその現代語音によって表記する。

てふてふ チョウチョウ

どぜう ドジョウ

としゑ トシエ

助詞「ハ」「ヘ」「ヲ」は「ワ」「エ」「オ」と表記する。

こんにちは コンニチワ

いずこへ イズコエ

字を書く ジ△オ△カク

2語の聯合または同音の連呼によって生じた「ヂ」「ヅ」は「ジ」「ズ」 と表記する。

ちかぢか チカジカ

磯づり イソズリ

かなづかい カナズカイ

ちぢむ チジム

つづり方 ツズリカタ >


「字を書く」の例のところに△があるのは空白の意味だと思はれる。分か ち書きなのだ。ローマ字轉寫のための前處理だから當然かも知れないが、 テニヲハは英語の場合の前置詞ではなく、後置詞とでも呼ぶべき存在。ハ 行轉呼音など、語中のハ行音と見るべきものだから、この部分を分かち書 きして語頭のやうに書くといふことはローマ字論が間違ってゐるとみるべ きだ。

表音的假名遣の試みは戰前からあった。棒引き假名遣なるものが行なはれ たこともある。點字もその影響を受けた。點字は制限假名字母ではないけ れど、助詞「ハ」を「ワ」、「ヘ」を「エ」とするから乙以上に表音的と 言へるだらう。表音的表記はすでに三つの分派に分かれてゐるわけだ。


[汎時態と共時態]

音聲が共時態の紐帶であれば文字は汎時態の紐帶、傳統をつなぐに必須の ものだ。乙は過去との繋がりを斷つには斷つたが、新たな傳統を擔保する 力など定義上からしてないといふべきだらう。

甲は傳統の上に規範をみようとするもので、その蓄積は辭書だ。スクラッ ブルといふゲームがある。アルファベットの文字のブロックを竝べて單語 (意味のある綴り)にするゲームだ。でたらめな綴りは認められない。辭 書にある、つまり典據のある綴りでなければならない。

乙は生れて六十有餘年、未だ確立せず、その六十有餘年は、外來語の表記 からして、すでに音韻論的に同時代ではない。

戰後、文部省が表記を切替へたとき、信念のある人は從はなかった。しか し公教育では甲を教へない。それどころか、その存在を生徒に知らしめま いとして五十音圖までみせないやうにしてゐる。戰後教育を受けた世代で 甲の人は意識的に切替へたわけだ。

何故切替へるのか。思想的に保守となり、もしくは保守たらんとして切替 へるのか。情念として戰後的なものを忌避するために甲に切替へる人はゐ るかもしれない。逆に右翼的なものであるから切替へるのをためらふ人も あるかもしれない。

遠藤氏は甲で書いてコスプレと言はれたとのこと。甲を恰好いいと見る人 があるのだ。若い友人に書いたものを送ったところ「意味は解らないが恰 好よい」と言はれたことがある。この場合は字體のことであった。

新字體は略字、舊字體は歴史的に檢證された正字體だから、傳統的表記の 方が恰好よいことは確かだろう。假名字母にしても「ゐ」や「ゑ」など見 慣れぬ字母の獨特の曲線のために魅力を増すことはあるかも知れない。し かし、表記をそんなことで切替へたりはしないだらう。

5年前に甲に切替へたが、切替へてみると思ったより容易であった。何よ り、間違ひがさうでないかがはっきりするので、どんどん身についていく からだ。出版社で乙を身につけることが求められたときは、いつまでも身 についたといふ感じになれなかったのと大きな違ひだ。

實際、文部省による表記規則はよく變更になったし、そのつど、國語辭書 を改訂しなければならなかった。まあ見方によれば、そのつど市場が初期 化されるわけだから一種のバブルであったのかもしれない。

甲に切替へる友人は皆無ではないが少ない。切替へたいが今更に學び直す のが面倒だからとか、パソコンの假名漢字變換が對應してゐないからでき ないといふ人もある。契沖といふ日本語變換ソフトは對應してゐるけれ ど、私の場合は擴張ヘボン式に設定するので是を使ふことができない。

出版社や新聞社は乙でないと受けつけないところが多い。このやうに甲に 對してはいろいろ制約が多いけれど、甲に切替へる人が少なく、また、編 集者や記者が未だに乙を墨守して疑ふところがないのは、乙の側の主張に それなりのもっともらしさがあるからではないか。そのことを考へてみたい。


[二重分節]

アンドレ・マルティネは音韻論で二重分節といふことを唱へた。音聲言語 は語より成り、語は音韻より成るとするわけだ。表記をこれになぞらへて 言へば、漢字は表語文字であり、假名は音韻文字だ。歐米の言語のやうに アルファベットを用ゐる言語からすれば、假名は音韻文字といふより音節 文字といふべきかも知れない。

かつては表記通りに讀まれてゐたのが音韻變化の結果、讀みと假名とにず れを生じたので、それを修正するのだといふのが表音主義者の説明。コホ リと書いてコオリと讀む、或は蝶々をテフテフと書くのは變だらうと言へ ば、誰でもさうだと思ふだらう。音と假名との關係を一對一でみようとす ると、確かに甲は分が惡い。乙の力の源泉はここにあるのではないかと思ふ。

しかし、ここに語といふ水準を考へてみればどうだらう。英語の場合、た とへば、E といふ字は開音節(母音字だけの音節)ではイーといふ音を表 し、閉音節ではエといふ音を表すのが原則だ。閉音節でイといふ音を表す のはとんでもないことではないか。

(この場合、economy のやうに弱音節でイとなる場合は勘定に入れな い。)しかし、そんなへんてこな綴りの語が英語には存在する。たとへば English がさうだ。外に思ひつくのは England と pretty くらいだら う。語の形で認識するからこれで良いのであって、これを Inglish とす ることはない。

假名は分かち書きをしない。ハ行轉呼音は語中に限るのだから、語頭の場 合と區別して逆アポストロフィで表すことにするとコホリは ko`ori で、 テフテフは te`ute`u だ。コホリが English ほどでたらめな表記でない ことがお判りになるだらうか。テフテフにしても、要するに eu の問題で あって、eu が Europe のそれのやうに發音されることは、例外でなく規 則なのだ。少し例を擧げてみよう。


<要約(euyaku)、萬葉(mane`u)、

教育(keuiku)、今日(ke`u)、

昭和(seuwa)、妾宅(se`utaku)、

朝廷(teutei)、間諜(kante`u)、

泌尿器科(hineukika)、

妙齡(meurei)、

料簡(reuken)、獵犬(re`uken)>


ハ行轉呼音には切離すべきでないとする機能があるやうに感じられはしな いだらうか。タ行のイ段の音はいささか拗音化してゐるわけであるが、英 語の question で t の音價が tsh になることと竝べてみると、テフテフ も English といふ綴りよりは遥かに納得しやすいものだ。

この eu といふまとまりは、語(單語)といふより、言語學でいふ形態素 のやうなものだが、このまとまりが Europe のそれのやうに發音されると いふ解釋規則が甲の場合には必要。乙は假名の音價を一義的に定めて解釋 規則を不要とした。しかし、たとへば女王とか硫黄とかいふ語を乙に從っ て書かうとすると音節單位に切るのが難しいことが理解できよう。

調布といふ町は甲ではテウフ、乙ではチョウフ。語頭をテでなくチョとす ることによって eu が語頭のタ行音に及ぼす影響をいふ必要はなくなる。 しかし、次の「ウ」と合してチョといふ音をもう一拍延ばして讀むのだと いふ解釋規則を不要とすることはできない。やはり假名のまとまりで見る より仕方がないのだ。

ところで、ハ行轉呼音といふのは、ア行やワ行のやうに讀むハ行の假名の ことといふ意味だらうが、ひょっとしたら捉へ方が逆なのではないだらう か。このハ行音は、いはば一種の境界符號であって、なにか特定の子音を 表すものではなく、ただア段のときにのみ、兩唇半母音の渡り音になると いふだけではないか。さう考へると、これはワ行の場合とまったく同一で あって、ワ行の場合とは音節を區切るのか繋ぐのかといふ違ひがあるだけ のやうに感じられる。

なほ、たとへば「琉球」は甲ではリウキウだが乙ではリュウキュウ。點字 の場合、負荷が増えたといふべきだらう。


[表音的假名遣は假名遣に非ず]

語といふ水準で考へれば、料簡(reuken)、獵犬(re`uken)の如く、同 じ音を表す複數の假名があることが有利に働くことはみてとることができ よう。甲で書分け可能であったものが乙ではできない。書分けがないのだ から橋本進吉博士の昭和十七年の論文のやうに「表音的假名遣は假名遣に あらず」なのだ。

しかし表音的といふことが、更に進んで、書き方は個人で決めてよいのだ とする考へ方を招いた點もあったと思ふ。つまり二重の意味で縱の紐帶を 破壞するやうに感じられるのだ。


[外來語や外國固有名詞の表記]

制限假名字母表記は外來語の表記にもみることができる。
たとへば「スカンジナヴィア」。「ヴィ」といふ國語音韻に本來屬してゐ ない音まで書分けようとしてゐるわけであるが、さうであれば何故「スカ ンヂナヴィア」としないのか。戰前の「ビルヂング」といふ表記は今なら 「ビルディング」となったはずだ。

外來語音もなるべく手持ちの假名で書かうとして「ディ」のところに 「ヂ」を用ゐたのだから、ダ行のイ段音は「ジ」で代用表記せざるを得な かったはずだ。「ディ」や「ヴィ」など本來の五十音圖にない音節を書き わける場合であれば「ヂ」が解放される。だからダ行のイ段音(口蓋齒莖 破擦音)を「ヂ」とするのが先のはずだが、制限假名字母に呪縛されてゐ るわけだ。kid の複數を「キッズ」と表記するのも同斷。英語音の説明も ままならないわけで英語教育の效率が惡いのもむべなるかなと思はれる。

                       平成22年2月8日記


[付記]

平成22年2月2日、國語議聯の勉強會で遠藤浩一氏の講演があった。演題は 「生き方としての國語」。歴史的假名遣を選ぶのは保守だからだと聞こえ るところがあったので一文を草して送ったのが2月8日。2月11日附で立派 な表書きの封書で「就中、「歴史的假名遣と現代假名遣」は秀逸なる國語 論にて云々」と禮状が來た。『國語國字』では長すぎたのか掲載にならな かった。

遠藤氏よりメールをもらったのは昨年1月24日が最後。亡くなる1年前で あった。合掌。

          

2014年08月11日

◆「核」が日中開戦を抑止する(63)

平井 修一


東洋経済「フィリピンは中国の膨張にどう対抗するか バナナが取り持つ日本との強力な友好関係」は、ロペス駐日フィリピン大使へのインタビュー記事。取材・文はジャーナリストの安積明子氏。以下転載。

・・・

中国の海洋進出の動きが強まっている。東シナ海では尖閣諸島の領有を狙い、南シナ海ではパラセル諸島近海で石油を掘削している。スプラトリー諸島のジョンソン礁では港を建設すべく埋め立て工事を開始した。強大化する中国は、これらの国を超えて太平洋までの進出を狙っている。

こうした中国の侵奪行為に対してフィリピンは2013年1月、国連海洋法条約に基づく仲裁裁判所に提訴している。

またベニグノ・アキノ比大統領は2014年2月、米ニューヨークタイムズ紙のインタビューで「間違いと信じることに妥協すると、事態がさらに悪化する可能性がある」「第二次世界大戦を避けようと、ヒトラーをなだめるためにズデーテン地方を割譲した歴史を忘れてはならない」と、中国について世界に警鐘を鳴らした。

マニュエル・ロペス駐日フィリピン大使に、対中国戦略を聞いた。

――なぜ中国は南シナ海への野心を持っているのでしょうか。

ロペス】南シナ海は石油などの天然資源が豊富に埋蔵されている。急速に経済を発展させている中国にとって、大量の資源を確保することは喫緊の課題であり、さらに発展を持続させるために必要不可欠なことなのです。

南シナ海を制することで、太平洋やインド洋への出口をも確保できる。軍事力を増強させている中国は海軍のルートを作り、軍艦を自由に航行させたいのです。

――同じように中国の侵奪行為に悩まされているベトナムでは、最高指導者のグエン・フー・チョン共産党書記長が7月1日、戦争も含めてあらゆる可能性について言及しました。

ロペス】ベトナムには昔から、大国の侵略に対して戦ってきた歴史がある。太古の昔から中国の侵入を受け、近代になってからはフランスの植民地にされた。こうした侵略に対してたびたび抵抗し、独立運動を展開してきたのです。ベトナム戦争ではアメリカとも長期にわたって戦いました。

よってたとえ係争地が狭くても、資源に乏しくても、彼らの士気は変わりません。ベトナムは断固として外国からの侵入を許さず、排除してきたのです。よってどんなに中国が巨大な覇権国家であっても、ひるむことはないでしょう。

*フィリピンは武力行使をしない

――ベトナムと同じように中国から侵奪を受けているフィリピンも同様に、中国に対し武力行使も辞さない覚悟ですか。

ロペス】いえいえ、我々は武力行使を好みません。第一、我々には中国と十分に対峙できるような強大な軍事力がない。たとえどんなに中国に席巻されようとも、我々は平和的手段で紛争を解決していきたい。

今年3月30日には、国連海洋法条約に基づく仲裁裁判所に申述書を提出しました。国際法に基づいて紛争を平和裏に解決することが、この問題に対する我々の変わることのない姿勢です。

――しかし中国は、フィリピンが提訴した仲裁裁判を断固として受け入れようとしていません。

ロペス】そこで我々は、国際世論に訴えたいのです。国際世論を味方につけることは、もっとも有力な平和的紛争解決方法です。どの国も、国際社会から孤立して生きていくことはできませんからね。

そのためには、その強い経済力で全世界に大きな影響力を持つ日本はもちろん、最も力強い盟友であるアメリカの協力を得たい。国際世論を味方につけて中国の愚行を批判することこそ、我々がとれる唯一の手段なのです。

――中国は2年前、フィリピンからのバナナの検疫基準を厳格化し、一時的に事実上の輸入限を実施した。これは南シナ海での紛争の「報復」と見られていますが、影響はどうでしたか。

ロペス】当初は経済的に大きな打撃を受けたが、新規市場の開拓に努め、輸出量を増加させました。とりわけ中東に対する輸出量が急増し、その他の国にもフィリピンバナナの品質の確かさや美味しさが知れ渡るようになりました。

(注:JETRO資料によると2008年→2013年の輸出金額がUAE向けは1116万ドル→7896万ドル、サウジアラビア向けは407万ドル→2640万ドル、ウェート向けは211万ドル→2376万ドルと急増している)

――日本でも当時、「フィリピンの美味しいバナナを食べて、フィリピンを助けよう」との運動が起こりました。

ロペス】友好国である日本には、心から感謝しています。あの一件で、日本におけるフィリピンバナナのシェアは一気に上昇しました。今でも日本は最大の輸出先です。

同時に、フィリピンと日本の親善関係は、ますます強くなっています。6月にはアキノ大統領が来日して安倍晋三首相と会談し、安全保障と経済の両面で「戦略的パートナーシップ」を強化すること、および南シナ海の紛争の解決について「法の支配」が重要であることを確認しました。

*安倍政権の積極的平和主義を支持

――安倍首相が掲げる積極的平和主義に対し、フィリピンはいち早く賛同の意を表明しました。

ロペス】はい、フィリピンをはじめアジアの多くの国が積極的平和主義に賛同しています。日本はアジア諸国に援助を続けることでアジアの平和と発展に大きく寄与しており、この地域において、なくてはならない存在です。

よき隣人として確固たる信頼関係が醸成されており、日本がフィリピンに対して巡視船10隻を提供してくれるのもそのひとつの表れ。我が国は広い海域を持つため、海洋警備をする上でとても有難いことです。

今やアジア諸国は経済的に目覚ましい発展をとげており、2015年にはASEAN経済共同体が誕生します。アジアに巨大な経済共同体が誕生すると、中国の相対的なパワーが小さくなるはずです。

――ASEAN経済共同体が発足することで、アジアがダイナミックに変わるかもしれません。

ロペス】我々としてはASEAN共同体に中国も取り込みたい。アジア諸国の中には中国に近い国が多く、対立は好ましくありません。むしろ中国を効果的に取り込むことができれば、経済的に共存共栄関係が生まれ、軍事的にも中国が野心のままに勝手なことができなくなります。

我々はアジアの平和と繁栄を心から願っています。そういう意味で、南シナ海の問題について中国と武力衝突を起こすべきではない。それよりも愛情と友情、そして正義でもって闘い、勝ち抜いていく。それが平和国家であるフィリピンらしいやり方なのです。(以上)

・・・

大帝国復興を妄想する習近平=中共政府の暴走にストップをかけるためには支那の体制変換が不可欠だ。それまでは日本としては硬軟合わせた「血を流さない政治=外交」で衝突を抑止するしかないのだが、中共から仮想敵とされている日本の場合は「血を流す政治=戦争」を常に覚悟し、「必ず撃退するぞ、報復するぞ」と準備しておかないと抑止力にならない。

戦争ではとても太刀打ちできない、だから「戦争しません」というフィリピンとは事情が異なる。

愛情、友情、正義で国際問題が解決するのは例外的であり、多くは武力や経済封鎖で決着されている。油断していると奪われ、奴隷にされるか、殺されるのがこれまでの世界で、これからもそうだ。

世界は憎悪と敵意と不信と邪悪に満ち溢れている。タフでなければ生き残れない。リアリズムとはそういうことだ。違うか。やられる前に中共を扼殺するのが筋だ。(2014/8/10)

◆壮絶な幼少時代を過ごした下村文科相

櫻井よしこ


政界で最も誠実な人物を3人挙げるとしたら、私は間違いなく下村博文氏をその一人に入れるだろう。以前から教育こそ氏の天職だとも感じていたが、氏の著書『9歳で突然父を亡くし新聞配達少年から文科大臣に』(海竜社)を読んで、文部科学大臣としての氏への信頼はますます深くなった。

本の題名通り、氏は9歳で父親を交通事故で失った。氏を筆頭に幼い3兄弟が残され、母は女手一つで3人を育てたが、それは今も昔も生易しいことではない。

しかし、貧しさの中で博文少年はけなげだった。父の墓を守ろうと頑張り、父の居ない寂しさと心細さにくじけそうになっては、夜、父の墓を訪れた。大好きな父に聞いてもらいたいことを手紙に記して墓前に埋め、自分を支える力とした。心打たれ、涙を誘われる場面である。

賢い少年は目標を定め、努力を重ねた。夢を描き、志を立てて前進しようとする少年を支えたのが交通遺児育英会(あしなが育英会)だった。

氏は幾度となく述懐している──奨学制度がなければ自分は今とは別の人生を歩んでいたかもしれないと。その場合、政治家下村博文はもとより文科大臣としての氏も生まれてはいなかったはずだ。育英資金が教育に深い理解を抱く人材を育てたことが、いま、どれほど日本のためになっていることか。

7月15日、下村氏は幼児教育の段階的な無償化・義務教育化を目指す中で、まず、五歳児の幼稚園や保育所の費用を、年収360万円未満の世帯を対象に無償化する方針を発表した。人材こそが日本国の基盤である。どの子にも教育の機会を与える仕組みこそ大事で、そのことの意義を誰よりもよく実感しているのが氏であろう。

あまねく教育の機会を与えるだけでなく、まっとうな内容の教育を施さなければならない。そのためには日教組教育でねじ曲げられ、深い傷を受けた日本の教育の改革が必要だ。

下村氏が財団法人日本青年研究所の調査結果を引用して警告している。日米中韓4カ国の高校生の意識調査で、「自分は駄目な人間だと思うか」との問いに、「よく当てはまる」「まあ当てはまる」と答えたのは米国53%、中国39%、韓国32%に対し、日本は84%だった。しかもこの数字は1980年、2002年、11年と調査のたびに、増えている。

年々歳々自分を詰まらない存在と見做す若人はなぜ増えるのか。日本国自体を否定する教育から自分を否定する価値観が生まれているのである。

この後ろ向きの教育を正す大改革が必要だ。教育委員会制度の大改革を果たした氏の教育改革に懸ける情熱が本書に溢れている。第一次安倍政権下での教育基本法改正に始まり現政権が引き継いだ教育改革の経緯については本書を読まれたい。

それにしても政治がどれほど厳しい戦いであるか、氏の著書によってあらためて知らされた思いがする。96年、初めての衆議院議員選挙を振り返って氏は「鬼のような執念」「血の滲み出るような選挙戦」と形容する。

06年、第一次安倍政権で官房副長官となった氏に、私は薬害肝炎問題で患者救済の道を開くべく、協力を要請したことがある。同案件は下村氏と萩生田光一氏の助力を得て患者救済の道が開かれたが、当時、下村氏が胃がんを患っていたことを、今回、本書によって初めて知った。

松岡利勝農林水産大臣の自死などで、安倍政権はすでにメディアから嵐のようなバッシングを受けていた。氏は書いている──「自分は戦場にいるのだ。戦いの、しかも大苦戦の真っ最中に、戦友を残して戦線離脱はできない」と。

病と戦いつつ、安倍政権を支えた氏の姿が政治家としての誠実さを物語っている。こんな人物とチームを組める安倍晋三氏の幸せを思ったことだ。
『週刊ダイヤモンド』   2014年7月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1044

◆広州にアフリカ人不法滞在10万人超

矢板 明夫


中国南部の広東省広州市に三元里という街がある。アヘン戦争中の1841年、上陸した英国軍と地元住民が武力衝突した場所で、中国政府に「愛国主義教育」拠点にも指定されている。それから170年余り−。

この街は今、「リトルアフリカ」との異名で呼ばれ、再び外国人と対立している。10万人以上という不法滞在のアフリカ人が住み、地元住民とのトラブルやさまざまな犯罪が起きている。現地から報告する。

広州中心部にある広東省政府庁舎から西へ徒歩で約20分。歩道橋を渡ると、中国とは思えない光景が目の前に広がる。行き交う人々の半分以上が黒人系で、強い香水の臭いが鼻につく。

広東省当局者によると、省内には推定で30万人以上のアフリカ人が住んでいるが、そのうち合法的な滞在資格を持っているのはわずか3万人前後。不法滞在率は実に90%を超える。

5年前に観光ビザで中国に入国したというコンゴ出身のケン氏(39)は期限が過ぎても帰国せず、不法滞在者となった。家電製品の修理工だった彼は一攫千金(いっかくせんきん)を夢見て広州に到着した直後、旅券など身分を証明できる書類を全て破棄したという。捕まっても本国に強制送還されないためだ。

ケン氏は今、広州で雑貨や衣料を仕入れて本国に郵送し、親族を通じて売りさばいている。「故郷にいたときより何倍ものお金を毎月稼げるので国に帰る予定はない。中国人と結婚して、ちゃんとした滞在資格を手に入れたい」という。

しかし、ケン氏の友人の中には麻薬や覚醒剤の密売など犯罪に手を染めている者も少なくない。中国南部の麻薬犯罪の多くは、広東省のアフリカ人が関わっていると指摘する中国当局者もいる。

愛知県稲沢市の男性市議は2013年10月、広州の空港で、スーツケース内のサンダルの底などに覚醒剤3・3キロを隠していたとして逮捕された。本人は「覚醒剤が入っているとは知らなかった」と主張。知人のナイジェリア人を通じてマリ人からスーツケースを受け取り、上海経由で日本まで運ぶことになっていたと供述しているという。

              □ □

三元里では、中国人住民とアフリカ人の間でトラブルが絶えない。タクシーの男性運転手は「中国人女性がレイプされる事件や、金品が奪われる事件もよく起きている」と話す。

インターネットでは「黒人は出ていけ」「広州の植民地化に反対する」といった激しい差別的な書き込みが多い。アフリカ人に物を売らない店や、診療を拒否する病院などもある。

09年7月、あるアフリカ人男性がパスポート調査を逃れるためにビルから飛び降りて死亡した事件を機に、アフリカ人約200人が派出所を襲撃する事件も発生し、それ以降、対立はさらに深刻化したという。

アフリカ人問題を取材する地元紙の記者は「こうしたトラブルは今後、さらに増えるだろう。外国人の入国審査と管理する責任を果たしていない政府に大きな責任がある」と指摘する。

1980年代から90年代にかけて、中国人不法滞在者が日本や米国などでさまざまな社会問題を起こしたが、今では中国自身が外国人の不法滞在で頭を抱えるようになっている。

               ◇

■中国のアフリカ人 アフリカ人の多くは広州、深●(=土へんに川)、仏山など広東省内に住む。雑貨やアパレルの卸売市場とモスク(イスラム教礼拝所)がある三元里周辺が最も多いという。

広州周辺にアフリカ人が増えたのは、1990年代に起きた東南アジアの金融危機がきっかけ。中国政府が対アフリカ輸出を手掛け始めた時期と重なり、東南アジアで仕事を失ったアフリカ人貿易商らが中国に来るようになった。

中国政府が2006年に発表した「対アフリカ政策文書」に従い、アフリカ人の入国ビザ審査が大幅緩和されたのも追い風になったという。
              産経ニュース2014.8.10 [鼓動]