前田 正晶
英文法も用法の過ちも無視:
私がこれまで観察してきたところでは、英語をカタカナ語化する過程で日本語の文法というか日本語の語順に準拠または固執し、英文法を等閑視する傾向がその特徴であることを発見した。
折角学校教育の英語では文法を重要視して教えられてきた効果が挙がっていなかったのである。私は「文法は後天的に言語を分析したもので、学問的に教えるとかえってそれに縛られて、上手く活用または運用出来なくなる点が原因だったのではないか」と思っている。だが、国語の文法には自信がないどころか、ほとんど覚えていない。嗚呼。
私は英文法を重んじる教育を受けたお陰で、何人かの同僚に(こと英文法については)「お前は学者だから」と揶揄された経験があった。
*コイントス flip (toss) a coin、
解説)これは造語に良くある日本語の語順に従っている例である。即ち、目的語が先に出ている。新しい言葉を作り上げる時に日本語の文法を尊重し且つ束縛されて英語の方は無視して言葉を作って解りやすくしてきた傾向があると解釈している。
このコイントスだが、実際に見るか経験した限りでは "toss"(トス)よりも "flip" (フリップ)を使う人が多かった。1980年代のことだったか、ノースウエスト航空(現 Delta)とシアトル空港で座席の予約の有無で争った事があった。
その際に責任者と称する人物がそれならば「決着を付けるために "Let’sflip a coin. と賭け事に用に言いだして驚かせてくれた。この時は明らかに先方の事務処理に手落ちがあったので、「謝ったら許してやる」と試しに言ってみた。だが、彼ら「謝らない文化国」の民は断固として拒否し、コイントスにしようと言い出したのだ。矢張りアメリカ人は凄い。
「では応じようじゃないか」と切り返すと、流石に諦めて予約があったことを実質的に認めた。思うに「日本人がこれほど戦ってくるとは予想もしていなかった」のだろう。ここでの教訓は「アメリカ人を絶対に妥協してはならない」となる。
*タイピン tie bar、
解説)これは文法無視の例でだけではないが、言葉の誤用としても良いくらいの珍妙な言葉であるので採録した。"tiepin"=ネクタイピン(アメリカでは "stickpin" というらしい)なるものを最後に見たのは1951年=昭和26年12月だった。これはネクタイの結び目にさすピン飾りのことで、宝石があしらってあったりしていた。そんな物を21世紀の今日何処かで見たことがある人がいたらお目にかかりたい。あのアクセサリーの本当の名称は tie bar" =タイバーである。
これは遺憾ながら「タイピン」が戸籍を得ていて広く通用していると思う。洋品店等の専門店ですら間違いに気付いていないのが凄いと思う。
ネクタイ関連で他には "tie clip(clasp)" と "tie tack" がある。後者はピンをネクタイの表から通してワイシャツの裏側で止める形の物である。これの使用者も年々減少していると思う。
*バレンタインデイ Saint Valentine’s Day、
解説)これは私好みの造語である。ここにも英文法無視がある。元の言葉の謂われは兎も角、Saintが省略され、所有格の”s”が飛ばされてしまっている。所有格と複数の観念が日本語にないためにか、造語かカタカナ語にする過程で、この "s" は複数を表す場合も含めて、省略されていることがほとんどである。
この点が文法の理解度不足を表しているような点が残念であり且つ面白いのだが。話は逸れるが、レディーファースト=Ladies firstもその例で単数にしてしまったし、"a" の読み方を誤ってしまった。仮名書きすれば「レィディース・ファースト」が英語に近いか。
*アイスコーヒー iced coffee、
解説)余談から入ろう。1962年に初めて大阪に行って「レイコ」と言われて何のことか解らなかったが「アイスコーヒー」だった。ここにも矢張り文法無視があり 、"ice" の後に付くべき過去分詞の "ed" が省略されてしまった。この場合には過去分詞にして形容詞で使った方が良いと思う。
カタカナ語化する過程では概ね過去分詞化する作業が省かれるのが特徴だと思う。またまた余談だが、アメリカの野球場内の売り子(vendor)は冷たいビールを "ice cold beer" と叫んで売っている。ここでは過去分詞でなくて良いのだ。
*テーマミュージックまたはソング theme music or song、
解説)言うまでもないが "thema" はドイツ語で "theme" (仮名書きすれば「スィーム」が近いか)が英語である。それを英語と組み合わせて新しい言葉を創造した点が素晴らしいと思う。先人に拍手。テーマパーク等というのもあった。
*ノートパソコン notebook computer、
解説)「パソコン」が 言うまでもなく "personal computer(=PC)" でそれを短縮したものだが、行きがけの駄賃にと "notebook" までも短縮してしまった。そして戸籍まで与えるところに凄味がある。
*ケースバイケース depending on each case or “It alldepends.”、
解説)これなども文法無視以外に誤用の最たるものとして良いだろう。記憶にある限りでは1950年代初めにすでに使われていた。"case by case"では「一件ごとに」になってしまうのだ。
英文和訳の勉強も効果を発揮していなかった。それでも誰も気が付かずに「時と場合によって(異なる)」の意味で多くの人が使っている。英語圏の人との「英会話」の中で使わないように気を付けて欲しいものだ。この表現を正しく使って実際にアメリカ人が書いた文章をみたのは2008年の5月が最初だった。それなのに前世紀中にカタカナ語化されているのは不思議という以外無い。
*アットマーク at sign、
解説)勿論「@マーク」のことである。本当は "sign" である。野球では本来は "signal" だったものが「サイン」としてカタカナ語化され誤用されている。ここではマークにその座を奪われていた。"sign" は「しるし」か「兆候」か「標識」または「看板」だと思う。
*サイン signature or autograph、
解説)これはかなり微妙な言葉だと思う「署名する」の意味ならば"sign" が動詞である。署名は "signature" で、自筆でした署名を"autograph" と言うのだと思う。私は "sign" を感覚的に動詞と捉えているので、「サインしてください」と願うならば「サイン」というのはおかしい気がするのだが。
英語は面倒くさい。直ぐ上の例では "sign" が「兆し」か「看板」であるのに。野球で捕手が出すものを「サイン」と言っているのは "signal" のことだと聞いている。そうでしょう、まさかキャッチャーがピッチャーに署名を送らないでしょう!
*ジャグジー Jacuzzi、
解説)奇怪である!本当は読んで字の如しで「ジャクージ」と発音するのである。確か人に名前だった。何でこれが「ジャグジー」になり、戸籍まで獲得したのだろうか?まさか、韓国語のように前の言葉に影響されて「ク」が濁音になったのか。
誤読という欄を設けなければならないか?こういう誤読の例にグラフィティーがある。"graffiti" は「グラフィーティー」という発音だが、誰かが導入時点でイタリア語のアクセントの位置を変えて和製英語にしてしまった。
*ホッチキス stapler、
解説)"Hotchkiss" はこの器具を考案した人の上の名前(=苗字)である。「英会話」の中でこんな風に言っても通じないので、ご注意を。なお、英語は "stapler" である。
*プッシュホン push-button phone、
解説)ボタンの掛け違いでボタンを飛ばしてしまった。思うに「プッシュ・バトゥン・フォーン」が言いにくかったのであろう?文法の誤りに入れるべきではなかったか?
*コンセント socket or outlet、
解説)英語にconsentという言葉があるが、それは主に「同意」として使われていると思う。どうしてこうなったのだろう?
*コインランドリー coin-operated laundry orLaundromat、
解説)多分、真ん中の "operated" が難しいとの判断が働いたので省いたのであろう。何によって運転出来るかを示す言葉がないので文法的に誤りとした。国立国際医療研究センターの地下にあるコインランドリー室の看板には "Laundromat" とある。流石に国立である。「硬貨の洗濯」では意味としても文法的にもおかしくはないか。
*コインロッカー coin-operated locker、
解説)ここでも "operated" が嫌われた。上記と同じ過ちだ。思うにこれでは長すぎるので、単に "locker" だけでも通じると判断したのか。因みに「電池式」は"battery-powered" で良いようだが、幸いなことに「電池洗濯機」も「電池ロッカー」もなかった。
*フロント front desk or reception、
解説)最もクラシックな和製英語の一つ。言葉の誤用に入れるべきだったか。「フロントで会いましょう」と外国人に言ったら、ホテルの前で待っていたという落ちになる。私は "reception" (リセプション)という表現を聞くことが多かったと思う。現にその表示がされているホテルが多かった。
*クライアント client、
解説)クライエントと発音するのではないかな?発音記号だってそうなっている。誤読に分類すべきだったかも。この方は個人の客で、"customer"とすると複数形にする前に集団のような感覚で捉えていた。
*プレゼンテーター presenter、
解説)文法的におかしく、みっともない造語である。"presentation"(=プリーゼンティション)という言葉がある。屡々プレゼンと言われているあれだ。ここにまた得意の "er" をつけたまでは良かったが、語幹を誤認してしまったのが敗因。困ったことに、芸人の世界以外にもかなり多くのこの言葉の愛好者がいる。
この項終わり(続く)